【艦これ】ex.彼女

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571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/13(木) 11:16:03.16 ID:C2HBzmviO
乙乙

やってやろうじゃねえかこの野郎!!
572 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 20:59:33.64 ID:FN/JI0LlO
時間別れちゃうかもですが、投下します。
573 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:00:36.64 ID:FN/JI0LlO





第24話・TAVEMONO NO URAMI-2-




574 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:01:09.92 ID:FN/JI0LlO

「では、改めてルールを確認するわ。
原則リンゴを射抜くのは禁止。矢を用いた何らかの方法で落とす事で成功とする。
また、台役に怪我をさせてもならない。その際は失格、怪我をさせた者が敗者となる。」

「うん。今回は何投で行くの?」

「先に3投成功させた者の勝ちにしましょう。」

「いいね、吠え面かかせてあげる。じゃあ…行きましょうか。」

話も纏まり、遂に弓道場へ移動が始まる。
あ、山風寝てんじゃん。可哀想だけどちょっと起こさねえとな。

「山風ー?ごめん、ちょっと移動するから起きて。」

「ん……あれ、兄ちゃん、何か頭に引っかかってる…。」

「ん?ああごめんごめん、俺のバックルだな。リボン引っかかってる…よっと。」

で、その場の全員で弓道場に移動…と思ったら、何やら弓道場の方が騒がしい。
扉を開けると、見物席の方にギャラリーがずらりと。

「………憲兵長。」

「ふっ…丁度皆も帰港した頃かと思ってな。祭は大人数で楽しくだ。」

「あんたなぁ…。」

ドヤ顔でスマホ突き付けんなや。
まぁいい、今回俺はお客さんと決め込ませてもらうぜ…くくく、何てったって焼肉は確定してるからな。

575 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:01:57.77 ID:FN/JI0LlO

「リョウちゃーん、楽しそうな事してるねえ。」

「ふふ…ここならしっかり瑞鶴を応援出来るわ。」

「げ、お前らだけここかよ…まさか…。」

「各チームのアシスタントよ。間に合うようなら手伝ってとお願いしたの。」

……俺に眼鏡、アシスタントはづほと元カノ……。
あれ?だんだんいつものメンバーに…へ、へへへ…気にしすぎだ俺…大丈夫大丈夫…。

「…では、まずは双方ウォーミングアップと行こうかしら。先に私から行くわ。」

まずは試射。頭にリンゴをセットし、加賀さんの方を向く。
狙われてんのにすげえ安心感だ…この人なら大丈夫。そう思っていると、妹が何やら元カノに耳打ちしてるのが見えた。

……元カノ、何であんな照れてんだ?

576 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:02:36.64 ID:FN/JI0LlO

「せんぱぁ〜い♪」

「……何かしら、瑞鶴。」

「…ズイカク、ハズカシイワ…//」

「ショウカクネェダイジョウブダッテ!」

何かボソボソ言ってんな…お、二人で並んで…。

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「肝心な時に外すー♪」


命知らずいた!!

577 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:03:35.80 ID:FN/JI0LlO

「………。」

「ふっ…リョウも呆れているようね。私がその程度で煽られると思うのかしら。」

「加賀さぁん!最近何かあったらしいじゃないですかぁ!ホラショウカクネエ!モッカイイクヨ! 」

「…ズ、ズイカクッテバ…」

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「遠恋の彼に振られーる♪」

「え!?別れてたの!?」

そうだ…加賀さん新人の頃の提督と付き合ってたわ…。
別れてたのもびっくりだけど、ただ今は…!



『ぱんっ…!』



その瞬間、衝撃の事実以上の衝撃波が頭上で発生した。
安全の為の吸盤矢…だがそいつの威力は、リンゴを霧の如く粉々に粉砕した。
キラキラと舞う果汁は、さながら加賀さんの悲しみのよう…しかし俺の眼前には、真逆のものが映る。


「……カチ殺すぞこのダラブチ(馬鹿たれ)がぁ…!」


い、石川弁の仁王だ…!
「頭に来ました」なんて決め台詞もねえよ…ああ、深海棲艦っていつもこんな気持ちなのね…正直ちびりそう。

578 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:04:13.34 ID:FN/JI0LlO

「ふっふっふっ、ウォームアップからもう失格?これは美味しい焼肉が食べられそうだねー。ね?リョウさん!」

「馬鹿野郎!誰でもキレるに決まってんだろ!?加賀さんに謝れや!!」

「嫌よ!元はと言えば加賀さんへの恨みだもん!」

「……リョウ、大丈夫よ。危ない目に遭わせ
てごめんなさい。」

「加賀さん…。」

「おや?大人しくなっちゃって…アラサーは怒るエネルギーも減っちゃう?」

「何とでも言いなさい、虚勢を張るのが如何に無駄か理解すると良いわ。瑞鶴、次はあなたの番よ。」

「ふふ、そうね。バシッと決めちゃうんだから。リョウさん、行くよ…!」

すんなり引き下がった…かと思ったんだが、妹が構えた時、ある変化が俺のポジションからは見えた。

加賀さん…にやけてる?


『ぱぁん!!』


その破裂音の直後は、びいぃぃん…と言う音が後ろから響くだけだった。
ちらりと後ろを向くと、貫いたリンゴごと壁に吸い付く矢……アレ、当たったら死んでたなぁ…。

そして妹を見て、俺は数時間前のあるやりとりを思い出した。


“アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。”

“昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ”

“堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。”


アレは午前の話だ。今はそろそろ乳酸溜まって来る頃。
で、肝心の妹はと言えば……。


「はぁっ……はぁっ……!」


……お前めっちゃ疲れてんじゃねえか!!


579 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:05:03.66 ID:FN/JI0LlO

「その格好、今日は加賀式訓練法をしていたようね。
瑞鶴。努力は認めるけれど、今回は大人しく引き下がった方が身と財布の為よ?
このままならば、私がご馳走になるだけだわ。」

「嫌よ…意地でもレバーの恨みは晴らす…!この右腕でね!
何なら無駄な力抜けて良い感じよ!」

「ふっ…今日は美味しい焼肉にありつけそうね。」

加賀さん、あいつが疲れてんの見抜いてたのか…年の功ってやつかね、おっかねえなぁ…。
でもやべえな、下手すりゃ今日は肉どころじゃねえぞ。俺の頬がウェルダンになりかねねえ。

ジャンケンしてる…先攻は妹か!

「リョウさん、行くよ…!」

来る…!
空気が張り詰めるが、妹の右手は少し震えていた。どう狙って来る?
溜めがピークに達したその瞬間。

「瑞鶴、そう言えば__君とはどうなったのかしら?」

「んがっ!?」

矢は俺やリンゴにかすりもせず、実に勢いよく植え込みに突っ込んで行った。
そう、さながら一方通行な恋の如く明後日の方向に。

「〜〜〜〜!!」

「加賀さん、__君って…。」

「そう、空母合宿の時の整備さんよ。瑞鶴が無理矢理LINEを聞き出していたはずだけれど。」

「瑞鶴…それ私も初めて聞いたわ。」

「……グス…う"う"、ぢゃんと付Wき合えたら翔鶴姉に報告じようど思って……でもぉ〜!」

「良い子だと思うんですけど、僕、短気な所がある人とはちょっと合わなくて……と言っていたわね。」

「……って聞いてたんかい!!」

「ええ、申し訳無さそうに話していたわ。」


き、傷に岩塩の塗り合いだなぁ………わぁ、女って怖い。
これで妹は現状無得点。次は加賀さん…どう出る?

580 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:06:06.01 ID:FN/JI0LlO

「加賀さん!あの提督最近幸せそうだって聞きましたよ!肩の荷が下りたんじゃないですか!」

「おうコラ妹!今正月じゃねえんだよ!!」

「リョウ、安心なさい…もはや私に失うものは無い。どんな煽りにも耐えてみせるわ。

………加賀、参ります!」


…………!!

これが一航戦の迫力…!!
震えでリンゴを落とすなんて事も出来ねえ、ビビってらんねえ程の凛とした緊張感。
1秒1秒が長い……来る!!


『ひゅっ…』


その小さな音が聞こえた時、掠った感触も無く足元へリンゴが落ちた。
当たってない…一体何を…?


「……やられた。羽にだけ掠らせたね。」

「ええ。台役へは一切の振動も無いように。瑞鶴、当てるだけなら腕を磨けば出来るわ。でもそれ以上になれば、外す事さえ自在。
鎧袖一触…その力をコントロール出来てこその一流よ。」

「くっ…!」

俺の異動前はまだ付き合ってたから、本当最近だよな…そろそろケッコンカッコガチなんて皆言ってた。
加賀さんすげえよ、あの精神力は見習いてえ。

581 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:07:13.00 ID:FN/JI0LlO

「次、瑞鶴。」

「ふふふ…今日は勝ちに行くよ!
5年付き合った末の失恋!ならその未練たらしいサイドテール刈り取ってやる!奢りの悔しさで全部忘れちゃえ!」

「あなたも振られたでしょう?」

「つ、付き合えてないからノーカン!」

あーあー、そう言う所が杉○って言われんだよ…。
お、来た来た…妹もすげえ迫力だな。疲れてるから余計気い張ってやがる。

「瑞鶴。」

「…何よ。」

「男は25過ぎて童貞なら魔法使い。じゃあ処女で25過ぎると何になるのかしら?
……成人おめでとう、25までの5年はあっという間よ。立派な魔女になりなさい。」

「………っけんなこらああああ!!」

無かったはずの衝撃波が俺を襲いましたよ、ええ。無かったはずのが。
頭のリンゴは無残に霧散、ついでに俺も思わず尻餅ついちまった…。

その後もギャーギャー騒ぐ妹を尻目に、加賀さんは難無く神業を決めて加点。
現状2-0、どっちが勝っても俺は得………しかしこの時、俺の中にはある不安があった。


「はぁっ…はぁっ……ちくしょう…!」


妹は訓練疲れと怒りで正常じゃない。
そして次はこいつのターンだ。

つまり…次何かあったら俺は死ぬかもしれない。
矢を持とうとする手からもうプルプルしてる。アレで来られてもしもが起きたら…。


……!!そうだ、確かあいつは……!!


582 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:08:01.56 ID:FN/JI0LlO



「おい!妹ぉ!!」

「……何よ。」

「どっち立ってんだよ。左で引けや。」

「私スイッチだけどね…今日は加賀さんに真っ向勝負する為に右って信念持ってやってんのよ。」

「………………。」

「…………。

……やってやろうじゃないのよこの野郎アンタ!!半端ないとこ見せてやるわアンタ!!」




583 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:08:36.76 ID:FN/JI0LlO
よっしゃ!!
さて、これで少しは安心…どんな手で来る?

「ふふ……いい天気だねー。燦々と輝く太陽。
もう夏だけど…今日が加賀さんに初勝利の初日の出!!お前ら拝め!!あの太陽を!
そして太陽に輝くのは黄金射法!!さぁ!行っちゃうよおおお!!!」

行った!!

上…どこから来る!?
動くな…動けば前と同じ悲劇だ。妹の本気だ、俺を貫く事はねえ。
見えた…さぁ来やがれ!こっちはもう覚悟は出来てるぜ!!



『きんっ………!』



……………きん?



584 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:01:13.82 ID:FN/JI0LlO

直後、下半身を爽やかな風が駆け抜けた。

衣擦れの感触すら無く俺のズボンとパンツは足元に舞い降り、リンゴはその後にころりと落ちる。
留め具が曲がり、そして無残に砕けたベルトのバックル…ああ、山風のリボンで壊れかけてたのね…それでトドメ刺されたと。

バックルが最期のお勤めとして、俺のマイサンは守護ってくれた。
ただし、すれすれを掠めた吸盤の先は、薄皮一枚で俺のズボンとパンツを切り裂いたのだろう。

この長々とした思考の間、現実世界では恐らく1秒。
直後、当然のように観客席から大音響が響き渡った。


「「「「「「「きゃああああああああああ!!!!????」」」」」」」


磯波…何でそんな恍惚とした目でこっち見てんだ…俺と眼鏡を交互に。
秋雲……作家モードで焼き付けようとするのをやめなさい。
おいこら磯風、なるほどキノコ料理かって囁いてんの見えてんぞ。

元カノよ……聖母のような笑みで凝視するのをやめてくれませんか。

瞬殺でズボンをずり上げ隠すもんは隠した。
だが、呆然としてワンテンポ出遅れた事実は変わらない。
晒された醜態…折れかけた心……そこにトドメを刺す奴らが2名程いた。


「リョウちゃんの、普通だね…。」

「ええ、普通ね。」

「え!?そうなの!?」


普通って言うんじゃねえよ……事実だ。

585 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:03:41.34 ID:FN/JI0LlO




「良いレバーね。流石に気分が高揚するわ。」


敗者、妹。

俺たち3人は約束通り、妹の奢りで焼肉に来ている。
うん、牛タン美味しいね…何かしょっぱい気がするけど。涙で。

「………今月焼肉行こうと思ってたけど、予定の3倍だわ。」

「人の金で焼肉が食べたい。
メジャーリーガーもTシャツに刻む程の人類共通の欲望よ。あなたは正月だけのレギュラーだけれど。」

「だから杉○じゃない!どこが似てんのよ!?」

「お前のそういう所だよ。恥かかせやがって。」


586 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:05:22.81 ID:FN/JI0LlO

「何よー、アンタがネタ持ってないからでしょう?
大体顔だけ女みたいで細マッチョ…だったらアンタが短○か巨○だったらまだ笑いになってたわよ!アレ私も気まずかったんだから…。」

「俺の息子にゃ罪はねえ!大体普通普通って他の奴の見た事あんのかよ!?」

「………お、お父さんとお爺ちゃんのなら…。」

「ほれ見ろ!」

「うW……。」

「………リョウ、その辺にしておきなさい。」

「加賀さん…。」

……っと、メシん時に良くねえ話しちまったな。
あーあ…でも普通で悪うござんしたねぇ、バカヤロー。
俺だって笑いで収められてりゃまだなぁ…駆逐よりも、大人組の何とも言えねえリアクションの方がダメージでけえのは何だろう。

587 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:06:18.23 ID:FN/JI0LlO

「リョウ……気にすることではないわ。男の価値は通常時では決まらない。

男の価値とは……いざと言う時に輝けるかよ!!」

「………加賀さぁん!!」


………加賀さん、一生ついて行きます!!心の師匠よ!!



588 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:07:51.05 ID:FN/JI0LlO


「ふー…食った食った…。」


何だかんだ美味かったなぁ。
部屋で一息つこうと窓を開けると、ドォン…と低い音が聞こえる。
ありゃ工廠か…遅くまで頑張るなぁ。

そういやメールのやり取りはしてるけど、未だに入ってはねえな。
眼鏡が言うにゃ、素人が下手に入ると事故りやすいからって言ってたけど…。

この数日後、『仕事』で初めて工廠に入る事になる。
やっぱりなって言うか……ここは魔窟だと、またしても感じる事になるんだよ。


589 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:10:56.09 ID:FN/JI0LlO
今回はこれにて。
大変遅くなってしまいましたが、ご協力いただいた安価の通り、加賀さんの目の前でポロリとなりました。
ありがとうございます。そしてごめんなさい。

次回工廠編と行く前に、ちょっと番外編を挟もうと思います。
眼鏡と酔っ払いのお話。またいずれ。
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 00:44:44.90 ID:6SNhkWa3o
瑞鶴杉谷煽りすきい
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 15:23:24.56 ID:TfKQrxOk0
乙!
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/18(月) 14:16:20.81 ID:ByFXjXPHo
念の為保守
593 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:07:57.91 ID:Va0jqsDhO

夕方はあたしの時間。

連絡先知ってるけど、これだけは必ず直で行くって決めてんだ。
そろそろ終わってるかな?ノックしてっと…。

「はい…おや、隼鷹か。」

「へへ、あんたも上がりだろ?飲み行かないかい?」

「そうだな、丁度終わった所だ。一杯付き合わせてもらおう。」

奥にはリョウの奴もいる。
ったく、ニヤニヤすんじゃないよ。あの馬鹿幽霊の方はいないみたいだ。

……まぁ、だと思ったけどね。

1〜2週に一度のお楽しみ。
それがこうして憲兵長を飲みに誘う日だ。

今夜もまた、あいつと飲みに行く。

594 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:08:34.11 ID:Va0jqsDhO




番外編-呑みつ呑まれつ-



595 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:10:06.75 ID:Va0jqsDhO

正門で待ち合わせれば、私服のあいつがやってきた。

こうして見りゃ、本当芸能界とかいそうだねぇ。
磯風そっくりの切れ長の目に、如何にも女ウケしそうな服のセンス。ま、側から見りゃ良い男って奴だろ。
中身知ってても引かないのはあたしぐらいだろうけど。

……ただ、実はこいつの顔は全っ然好みじゃない。
あたしはもっとこう、塩顔が好きなんだ。寧ろ鋭い方向の奴はお呼びじゃないはずなんだけど。

「さて、いつもの店か?」

「そだね。そろそろ季節物入ってると思うよ。」

「それは楽しみだ。つくづく良い店を教えてもらったよ。」

「……へへ。」

なのにこんなやりとりだけで、随分機嫌が良くなっちまう。
自分の事もよく分かんないもんだねぇ、人の事なら尚更さ。

596 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:11:49.98 ID:Va0jqsDhO


「「乾杯。」」


こいつと飲む時は、大体日本酒かウィスキー。まぁまったり飲める奴になる。
馬鹿騒ぎも好きだけど、こんな時ぐらいはゆっくり過ごしたいもんさ。

「リョウの奴もだいぶ慣れたかい?」

「そうだな、もう面識が浅いのは工廠ぐらいじゃなかろうか。相変わらず気は短いが。」

「そりゃあんたがおちょくってるからだよー。」

「よく言う。お前は最初から奴の霊感に気付いていたろう?」

「あ、バレた?あいつなかなか強いの持ってるからねー。他はどうにもにぶちんだけどさ。」

「……瑞鳳君の事か?」

「そ。ありゃ翔鶴ぐらい露骨でないと分かんないだろうね、瑞鳳との関係性もあるだろうけど。」

「そうだな……まぁ、いずれ何か変わる時が来るだろう。」

口には出さないけど、こいつ自身は翔鶴の方に肩入れしてるってのは分かる。
散々話聞いたって言ってたもんね…『翔鶴の本音』知ってたら、こいつなら入れ込むのも分かる。

こいつはもう、やり直す事も出来ないからさ。
どっかで自分の後悔が重なるんだろ。


………面白くねー。


597 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:13:20.24 ID:Va0jqsDhO

面白くないっちゃあ、何よりあのバカ幽霊だよ。
あのデバガメはいっつも色んな奴の事覗き見してる癖に、あたしがこいつと飲む時だけはいない。

てめーで何とかしろって事だろうけどさ…。
ったく、誰のせいでこいつがこうなったと思ってんだか。ちょっとぐらい落とし方教えてくれてもいいだろ。
……ただでさえ、こいつの目には未だにあんたがいるんだから。

「ふぅ…もう春も過ぎたが、日本酒も美味いものだな。」

「良い酒ってのは年中美味いもんさ。
いや、良い時に飲む酒だからこそ年中美味いのかな?」

「そうだな…確かに気乗りしない時の酒は、あまり進まんものだ。」

………ヤケ酒やしみったれた酒なんてもんも、あるけどね。

ありゃーいつだったか。
あたしが屋上でひとりっきりで飲んでた時か。

そん時のあたしの手には、よくあるストロング系のチューハイ。
その手の雑い奴飲む時は、大体相場は決まってる。

……あの頃の事思い出して、胸糞悪くなってる時さ。

あぁ、思えばこいつと初めてまともに話したのも…。

598 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:14:29.25 ID:Va0jqsDhO

“……月見酒か?”

“そうさね。静かに飲みたいんだ、ほっといとくれよ。”

たまに。ほんとにたまにさ。
クソみたいな事を思い出しては、ぼんやりと独りで呑んだくれる夜もある。

静かに飲むなんてぬかしても、あっという間に空き缶も3つ目。
こいつがフラッと現れたのは、4本目が半分空いた頃だった。

“月見酒と呼ぶには、いささか荒いんじゃないか?”

“飲み方か?それとも酒かい?手っ取り早く酔いたい時もあるっての。”

“なに、随分急いていると思ってな。月は一つしか無いはずだが?”

“……うっせ。”

ご指摘通り、この時ゃもう月が二つに見えるぐらい酔ってた。
でも暴れるなんて気にゃならない。ひたすら暗ーくやさぐれちゃあ、好きでもないのを煽ってた。
酒への無礼だなんて、百も承知でね。

月を見ると、思い出しちまうのさ。
あたしが実家を飛び出した夜の事。

599 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:16:21.60 ID:Va0jqsDhO

あたしは親譲りの霊能者だ。
親に至っちゃあたしより遥かに上の力を持ってる。

この力を悪さに使おうなんて思わなかった。
せいぜい悪霊で困ってる奴や、幽霊そのものを助ける為のもんだって。

………それはあいつらへの、せめてもの反発だったけど。

親の力は本物だ。でもあいつらは、それを人の役に立てようとはしなかった。
ちっこい所ではあったけど、親は新興宗教の教祖様って奴でね。
しょうもない金儲けにその力を使ってた訳。

ガキの頃は分からなかったけど、歳を追えば色々見えてくる。
その環境に染まり切れなかったあたしは、17の時に家を出た。

金に狂った両親に、悪どい金で養われてる事。
なまじ力は本物な分、それをありがたがる信者。
でも本当にこんな力を必要としてる奴らにこそ、それは使われたりしない。

もう全部耐え切れなくなったんだ。
死ぬか生きるか。そんな所まで来てたあたしは、衝動のまま家出した。


まだ小学生だった弟を捨てて。


それから艦娘になるまでは、ずっと流れの霊能者として食い繋いでた。
類友って奴かね…そういう場にいた探偵や裏稼業の男らに口説かれちゃ、そいつらの所に転がり込む暮らし。気付けば日本中を転々としてた。
酒と男はその頃覚えたっけ。

……その頃だったな、酒の飲み方と礼儀を習ったのも。
気分良く飲む、当り散らさない。それが酒への礼節だって、覚えたての頃に教え込まれたもんさ。

600 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:18:42.73 ID:Va0jqsDhO

流浪な暮らしから艦娘になったのは、何かを守る為に力を使いたかったってのもあるが…一番は、あたしの欲しい力の使い方を鍛えられるからさ。
あいつらを教団ごと叩き潰す、その為にはまだまだ足りないから。

でも…時々思い出しちまうんだ、置いて来ちまった弟の事を。
もう6〜7年は前、今頃随分でかくなってるだろう。

風の噂で聞いたさ、次期教祖の話が上がってるって。もう洗脳されちまってるかもね。
もしその日が来たら…あたしは、弟と戦う事になるかもしれない。

………あの時、「一緒に逃げよう。」って言ってやれたなら。

そんな事を思い出すのは、決まってあの日と同じ月の夜だった。
胸糞悪くなっちゃあ逃げるように、独りっきりで飲んだくれる。誰かに見られたくない時間で。

“……とっとと帰んな。何もしやしないさ、憲兵長の世話になる事はしないよ。”

“ふむ…そうだな。”

“あっ!?”

こいつは一缶手に取ると、勝手にぐいぐい飲み始めやがった。
てっきり注意でもしに来たと思ったからね、随分面喰らったもんさ。

“……なるほど、よく回るように出来ている。”

“おいおい…勤務中じゃないのかい?”

“生憎上がった後さ。制服のまま飲む、貴様らも自室でよくやるだろう?同じ事だよ。
折角の機会だ…少し腹を割ってみないか?不味い酒のまま夜を明かす事もあるまい。”

“………あたしさ…。”

洗いざらい全部ぶちまけた。
自分の生まれも、何やって生きてきたかも全部。
こいつはただ、そいつをチューハイ飲みつつ黙って聞いてくれていたんだ。
601 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:20:47.18 ID:Va0jqsDhO

“…………。”

“……ごめん、引いちまったかな?”

“…確かに、そんな気分ではヤケ酒に走りたくもなるかもな。
だが悔いる心があるならば、随分マシだと思うが?
逃げた事は間違いじゃないさ。少しばかり、自分を許してやればいい。”

“……でもさ、弟は…。”

“…その力を得る為に、艦娘になったのだろう?ならば助けてやればいいだけさ。
命ある限りはやり直せる。その機会を失うのは、死んでしまった時だけだ。
……今は悔やむな。それは手遅れになってからさ。”

"…….憲兵長…。”

年甲斐も無くわんわん泣いた。お陰でその日の酒はすぐ抜けちまったもんさ。
そこからかな……段々と、タイプでもないこいつに惹かれてったのは。


「あっはっはっ!!いやー!あの時の提督はひどかったぞ!!
チ×コ丸出しで飛び出して来たものだから、仲間内でそのまま…。」


…今は基本ひっでえ会話してっけどなー。


602 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:22:14.80 ID:Va0jqsDhO

地がアホだって知ったのは、その件の後だったっけ。
誰が言ったか、『美形とバカの完璧なシンメトリー』。実際はアホが前に出過ぎてて、身内からはぜんっぜんモテねえけどさ。

………だからあたしぐらいなもんだよね。へへ。
こいつのアホさに引かずにいられる女って奴はさ。

「提督昔っからメチャクチャだったんだねぇ。時雨が首輪付けて良かったんでないかい?」

「まぁな。あいつは海外留学した時もな…。」

こいつと提督の昔話はイカれてるのばっか出てくるけど、皆本当にヤバいのは知らない。
多分ここまで話してくれてるのは、あたしと『あいつ』ぐらいなもん。

………ちょっと小突いちまおうかな。

603 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:24:14.67 ID:Va0jqsDhO

「提督も大人しくなったよねぇ。なぁ、ところであんたは最近どうなのさ?」

「私か?何も変わらずだな。」

へへ、ちょっと目え泳いだね?
こいつはめでたい事に、あたしからの認識はたまーに火遊びしてた頃で止まってると思ってる。
お互い遊びって割り切ってくれる女だけとそんな事してたらしいが、元はと言やぁ、『あいつ』が死んだ寂しさから。

でも知ってんだよ?
あたしと飲みに行くようになってから、火遊びは一切しなくなったって。

それこそあの夜から気付いてた。『あいつ』はずっと不安そうに、こいつの後ろに憑いてた事。
それとあん時チラッと見えたのは、安堵したような『あいつ』の顔。

ムカつくよなー。
勝手にくたばってこいつをこんなんにしてよ、何もしちゃあくんねえんだもん。そりゃ『あいつ』の方はリョウにぶん投げるっての。
…ったく、ほんと死にゃあ手遅れだよ……お陰でこいつは、『あいつ』にずっと捕まってんだよ?

なぁ、あきつ丸?

案の定いねえけどさー、ちょっとは落とし方教えろっての。
あたしは今まで口説かれてばっかで、口説くのはてんでダメなんだ。すぐ真っ赤になっちまう。

除霊は出来てもさ、生きてる奴の無念までは払えないよ。
こいつの憲兵としての信念は、過去への後悔も強い。だから翔鶴につい自分を重ねちまうんだろ。
人の事ばっか気にしてないで、少しは自分の事考えろっての。

……ま、そこをぶっ壊すのが、生者の務めって奴なんだろうけどね。

604 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:25:43.81 ID:Va0jqsDhO

「へー…惚れてる女でも出来た?」

「いないな。仕事で手一杯だよ。」

「じゃ、あたしで手ェ打てば?」なんて言えりゃ上出来かね。
そんなん言えないから、今でもこうして踏んだり蹴ったりだけど。

面白え時間は一瞬さ。
慣れて来た帰り道は、公園を突っ切りゃ近道なんだ。
回り道すりゃ長くいられるけど、あたしはそれより人がいないとこがいい。

だってさー、なるべく二人きりがいいじゃん?
ここなら空もよく見える。少なくともあの日からは、月夜の酒も美味くなったってもんさ。こいつがいるからね。

605 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:27:06.30 ID:Va0jqsDhO

「…もうすぐ夏だな。」

「そだねえ、そろそろビールが良い季節って奴かな!」

「ああ。しかし私は、今年も提督と引率かな。」

「花火大会だっけ?去年駆逐達連れて行ってたもんね。」

「放っておくと工廠組が攫っていくからな。
私達で先回りしておかねば、妙な火遊びを教えられかねん。物理的にな。」

「あはは…まぁあそこはねぇ。」


「2日目はあたしとどう?」


そこまで出かかって、立ち止まる。
こいつの信念を知ってるからこそ、迷っちまう。

……迷うなよ、あたし。
鎮守府の日常を守るのがこいつの意地。
それがこいつが過去に誓った事で、ある種の復讐でもあるんだろう。

でもさ、こっから先はどうすんだい?
それは生者の務めだ。ならあたしが……


「……なぁ、憲兵ちょ…」

606 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:28:25.39 ID:Va0jqsDhO








「………今年の2日目は、ゆっくり花火見物と行きたい所だな。美味いビールと共に。
その日は付き合ってもらえるか?」







607 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:30:21.48 ID:Va0jqsDhO

…………ちぇっ、こんな時ぐれえカッコつけさせろよ、ばーか。
先回りかよー、いけ好かねえ奴ー。

「……おや?先に何か言おうとしてたか?」

「ん?何でもないよ!
へへっ、いーねえ。じゃあ行こうぜ!」

「助かるよ。去年行った時は、飲みたいのを我慢していたからな。」

「大人だって楽しみたいってもんだよね。つまみはもろこしだねー。」

こいつからの誘いなんて、実は今までなかった事さ。ありがたく受け取るよ。
………少しだけ、こっちに引っ張れたのかな?


寮ん所まで来ちまえば、後は別れて帰るだけさ。
いつもなら挨拶して終わり。でもこの時あたしは、ちょっとだけ仕込んどく事にした。

「さて、部屋に帰るか…隼鷹、寝坊するなよ?」

普段はここで軽口叩いて、『憲兵長』って呼んで終わり。
気付くかねー…きっとこいつは、知らないフリすんだろうけど。

608 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:31:28.03 ID:Va0jqsDhO






「しないってーの。
じゃ、おやすみ!『磯村』!」

「………!!
ふっ……ああ、おやすみ。隼鷹。」






609 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:33:01.51 ID:Va0jqsDhO

へへ、ちょっと笑ったね?

まだ『キョウ』とまでは言えねーけど、苗字ぐらいは呼ばせなよ。
憲兵長って呼ぶの、他人みたいで嫌だからさ。

さーて、とっとと部屋帰っか……

「……うらめしやー。」

「げ、不法侵入。」

「幽霊の専売特許でありますよ。
おやおや、『風呂はこれから』でありますかな?」

「んなホイホイ進むかっつーの。帰った帰った、しっしっ。」

「ふふ…随分機嫌が良く見えたもので。
……どうにか、キョウを頼むのでありますよ。」

「…へっ…分かってるっての。」

「アレは意固地な所もありますからなぁ…では、おやすみなさい。」

言うだけ言ったら、満足そうにどっか行っちまいやがった。
嫌なもん見ちったなー、飲み直すかぁ。

610 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:33:58.89 ID:Va0jqsDhO


「………ぷはー。」


一人っきりで飲む缶ビールは、例に漏れず美味いけど。
この時のあたしは、やたら早くまた酔っ払ってた。


「……へへ、誘われちったなー。」


今年の夏のビールは、きっとこれより美味いはずさ。
そんな味を想像しちゃあ、一人ニヤニヤ笑ってたもんだった。

いやぁ、良い夜だ。
やっぱ良い気分の酒程、美味いもんは無いね。へへ。

611 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:36:03.22 ID:Va0jqsDhO
今回はこれにて。眼鏡と飲んべえの番外編となりました。

保守ありがとうございます。投下ペースはスローになってしまっておりますが、ネタは貯めております。
次回はまたいずれ。お次は工廠編でございます。
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/19(火) 22:07:04.63 ID:TK+YyM81O
おつおつ。相変わらず読ませますなあ。
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/22(金) 08:52:21.70 ID:DyZ5U7sZO
乙!
614 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:47:07.03 ID:HX+f6vTQO

『どぉ…ん…』


今日も遠くから爆音が聞こえる。

これは工廠の実験の音だ。
大体何時から〜って報告来てて、時間から外れてなけりゃ問題ない。
それ以外だと俺らの特性上出動しなきゃならなくて、この辺の報・連・相が上手く行ってないとトラブルの元って訳。

『どかん!』

派手にやってんなぁ…ま、前んとこから慣れた音だ。

『どごお!!どん!』

…………。

『どすん!ばん!がらがっしゃーーーん!!』

……………何か、いつもより多くね?

『どばばばば!!どん!どん!ひゅーー……どぉん!!』

「…………うるせええええええええええぇえええ!!!!」

「うおっ!?」

ここでキレたのは俺じゃなく、眼鏡の方だった。
どっちがうるせえんだよ…しかし珍しいな、いつもは何も言わねえくせに。

「…失礼した。リョウ、行くぞ。」

「え?どこにです?」

「工廠だよ。明らかに予定を超えている、これは出動案件だ。
久々に連中の病気が出たようだな。」

「病気?」

「ああ、貴様はまだ面識が無かったか…あいつらは歓迎会にも来ていなかったしな。

……うちの火薬庫どもさ。」

615 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:48:06.82 ID:HX+f6vTQO




第25話・ガチはごっこの顔をしていない-1-



616 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:49:28.53 ID:HX+f6vTQO

促されるまま駆け付けたのは、工廠の入口。
裏は海に面していて、弾の実験はいつもそこで行われているらしい。
艦娘も行くばっかで、基本中の連中は出てこないって聞いたな…俺もメールのやり取りはしてたけど、文面からは特に変な印象も受けなかった。

さて、鬼が出るか蛇が出るか…扉を開けてみる。
ここは…まあ玄関か。ん?何か足元に…



\おう、よく来たな/



カ、カ○ルおじさん?

いや、違う。ヒゲに手拭い巻きな妖精だ。
よく見りゃ顔に描いてる…この格好は…法被?

617 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:53:59.41 ID:HX+f6vTQO


「可愛いでしょ?私のお手製。」


声のした方を見ると、黄色いツナギの女がいた。
何やらドヤった笑みを浮かべてるが、眼鏡はそれを見てげんなりとした様子だ。

「はぁ…少しは焦れ。私達が乗り込んできた理由は察せるだろう?」

「……何の事でしょう?」

「自覚無しか。まぁいい、奥にあいつがいるだろう?」

「いますよ。整備長ー、憲兵隊来てますー。」

「………憲兵隊だぁ?」

奥の方からずりずりと足音が聞こえる。
如何にもガラ悪そうな歩き方の影は、次第にその正体を現してきた。
さっきの妖精と同じ格好の……


「なんでえキョウ、珍しいじゃねえか!」


ア、アウトレ○ジ?

タオル巻きに眉無し、ダメ押しのレイバン。さっきの女と並ぶ様はさながら美女と野獣。
どう見てもカタギじゃないのが目の前にいた。


618 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:57:28.83 ID:HX+f6vTQO

「憲兵長、俺達カチコミに来ましたっけ…。」

「現実から目を背けるな、ここは工廠だ。
この二人がうちの火力の要だよ…誠に残念ながらな。」

「おう!おめえが新任のか!?
歓迎会出れなくてすまねえな!俺はシュウ!ここの整備長だ!」

「私は夕張!ここの助手よ、よろしくね!」

「は、はい、よろしくお願いします…。」

「挨拶は済んだか。さて、貴様ら…私が来た理由はわかるな?」

「固え事言うんじゃねえやい!火事と喧嘩は江戸の華ってんだろ?
あいつらが派手に決めれるよう、いい弾になるか試してただけじゃねえか!」

「建前はそうだろうな。だが、数が多過ぎるんだよ。
貴様らの我慢が効かなくなっただけだろう?」

「憲兵長…私はここに入って大切な事を学んだわ。
いい?芸術は爆発よ?
そう、爆発……爆発は芸術なのよ!!まさに戦場の華!!燃え盛る美の快感を死ぬほど体感したくなるじゃない!!」

「そうでえそうでえ!メロン、いい事言うじゃねえか!!俺らは炎のゲージツって奴をよ…」

「貴様らが。」ラリアット 

「ぶっ!?」

「ぶっ放したいだけだろう?」アイアンクロ-

「いたたたたたっ!?出ちゃう!顔から何か出ちゃうから!!」

「やれやれ、出るのは腐ったメロン汁だな。」

うわ、容赦ねえ……整備長はぶっ飛ばされ、夕張は[首の骨が折れる音]って感じでだらんと垂れ下がってる。
しかし今のやり取りからすると、あの騒音って…。

「憲兵長、こいつらって…。」

「ああ、こいつは実家が花火屋でな。で、夕張と妖精達もその悪影響を受けている。
……だからぶっ放すのが大好きなんだよ、こいつらは。たまに暴走するのを止めに来るのさ。」


619 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:59:39.34 ID:HX+f6vTQO


「…………。」ムス-

「………憲兵長のけち。」プク-

眼鏡がこってり絞りはしたものの、二人はヘソ曲げっぱなし。
整備長、こっち睨むなよ…完全にヤーさんだよあんた。

「リョウ、こいつらはこうしてたまに灸を据えてやらねばならんのだ。
これでもうちの整備や開発を一手に担う場所なのだが、どうにも頭がハッピーでな。特にシュウが。」

「あんまり整備長を悪く言わないでくださいよ、この人は天才なんですから。」

「そうでい!俺にかかりゃ何だってござれよ!」

「バカと紙一重だ。
リョウ、こいつはこんなのでもアメリカの大学を出ている…12歳でな。天才児と言う奴だった。」

「………へ?」

「真性のバカに、お勉強的な天才の頭脳と技術だけ与えた結果がこれだよ。
こいつはその気になればBC兵器だって作れるぞ、未知のな。」

「そうなのよ!整備長にかかれば何だって出来る!まさに発想の爆は…いたたたた!?」

「夕張、そろそろ黙れ。爆発しているのは貴様のメロン色の脳ミソだ。」

天才……このヤクザが?
どう見ても教師殴る方な雰囲気だけどよ…。

620 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:02:24.23 ID:zAl0aIraO

「大したもんじゃねえやい。一通り学んでくりゃ花火に使えるって思ったからよ。
さっさと飛び級しちまえば、学校行かねえで済むしな!」

「結局その力を花火以外で使う羽目になったのは、運命の皮肉と言った所か?
バカと天才は紙一重と言うが、バカで天才なのは貴様だけだよ。」

「変わんねえよ…花火打ち上げに来てんだこちとら。
あいつらが攻めてきた年、うちの工場が出る花火大会が中止になった。ガキ共の落ち込んだツラァ忘れらんねえ。
それ抜きでも頭来てんだよ…連中を汚ねえ花火にしてやらぁって俺ぁ決めてんだ!!平和になるまでな!」

「整備長…私も最後まで手伝います!二人ででかいの行っちゃいましょう!!」

「おうよメロン!!でっけえスターマイン決めてやろうじゃねえか!!
まずは最高の弾をよ……」

「……と言いつつ実験に戻ろうとするな。」

「「ふぼっ!?」」

華麗なダブルラリアットが、二人の喉元を捉えた。

いやぁ、でもさっきからやりすぎじゃねぇ…?
整備長はともかく、夕張なんて女の子だぞ…。

621 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:04:24.71 ID:zAl0aIraO

「憲兵長、ちょっとハードなんじゃ…。」

「甘いな。軍事施設の側とは言え、さすがにこれだけの爆音を放っておけば苦情が来る。
それに言っただろう?こいつらはバカで天才だと。
……騒音以外も色々あったんだよ、今までもな。」

「………へ?」

「……へへへ、俺らが弾ぁだけだと思ったかよ?メロン!!」

「はい!!」

「なっ…!?」

直後、激しい煙が俺達を襲った。
催涙ガスか…!?何も見えねえ…!!

「へっへっへっ…今度の『新作』は効くぜぇ?
おめえら用にこさえた特製だかんなぁ!!」

煙は一向に晴れない。
やべえ、くらくらしやがる…その変調の中、ようやく煙が晴れ始めた時、俺の前に差し出された手があった。

「リョウ、大丈夫か?」

そうは言っても手しか見えない。
だがこの時、凄まじい違和感が俺を襲った。


………こいつの手、こんなデカかったっけ?


622 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:06:21.13 ID:zAl0aIraO

「………っ!?
リョウ、すまない。せいぜい催涙ガスだと油断していたようだ。」

「何言って……!?」


声が、高い?

自分の声に違和感を感じた時、他の事象も次々と現実として俺に襲い掛かってくる。
服がダボダボだ…それに眼鏡の手だけじゃない、煙がより晴れた今、周りのすべての高さが変わってるのに気付く。

まさか……まさか……。


「……小さくなってるううううううっ!?」


そうだ…あのガスをモロに吸った俺は、子供になっていたんだ…!

623 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:08:18.01 ID:zAl0aIraO

「ふふふ…成功。やっぱり整備長は天才ね。」

「いーや、改善の余地ありだな…知能は大人のままになってやがる…。
まぁいいや…どうでえ!幼児化ガスの味はよ!これでおめえらは手も足も出ねえ!!」

「………やはりバカだな。」

「……ぶべっ!?」

整備長をぶっ飛ばしたのは、ガスマスク姿の眼鏡だった。
ついでに夕張にもチョップ喰らわせて、一瞬で二人を縛り上げちまった。

「……やれやれ、最初から手荒く行っておくべきだったな。貴様ら相手に保険無しな訳なかろう。
予め貴様らはワクチンを接種しておいたと言ったところか…。」

「うう、女の子に容赦無いわね…。」

「マッドサイエンティストをしばくのに性別など関係ない。
ガスの効能はどれほどだ?」

「ちっ…5時間ぐれぇだよ。」

「なるほど、その間貴様らを放置しておけばいいと言う事か。」

「………へへへ。」

「何がおかしい?」

「……今日はよお、翔鶴が出撃だよな?
そこの新人、話は聞いてるぜ?あいつおめえの元カノらしいじゃねえか。大分ストーカーな。」

「ふふ、あと何分で帰ってくるかしらねぇ?5分ぐらいかしら?」

「「………っ!?」」

この時俺達は、恐らく同じ事を考えたと思う。

そうだ…帰港したら、まず皆ここへ艤装を置きに来る。
俺はショタ状態………そこにあいつ……導き出される答えは……。



何 か が 起 こ る 。


624 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:09:13.66 ID:zAl0aIraO

「……まずいな、艤装ありではさすがの私でも勝てぬかもしれん。」

「…ダメそうですか?」

「……ああ、手強いだろうな。
母港からここへは一本道、今から逃げてもどこかで遭遇するだろう。」

「………つまり。」

「…大人の隠れ鬼開催と言う事だ。」


たった今、俺達にとって長い5時間が始まった。
そしてこの後俺は知るのだ。人の欲望とは、人の数だけ存在するのだと言う事を。
そしてそいつらは、普段は眠っていると言う事を。

『鬼』は何も、一人だけでは無かったんだ…この鎮守府においてはな。

625 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:10:54.31 ID:zAl0aIraO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
さて、また頭を悪く行きましょう。
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 06:49:18.31 ID:BmTGH/oDo
おつなのね
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 08:32:43.41 ID:eRIACwESO
憲兵長、自分だけ対策してるとか
なにかあったら犠牲にする気満々やん
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/17(日) 14:03:46.41 ID:/FnRg9alO
確かにショタ食いそうな奴いっぱい心当たりが・・・・
629 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:01:38.92 ID:0fe9XufhO





第26話・ガチはごっこの顔をしていない-2-




630 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:04:29.87 ID:0fe9XufhO


「よし、服の準備はいいな?」

「ちょっと動きにくいすね…なんでまた制服折るだけなんです?整備長の予備かっぱらっても…。」

「法被は今ならカバー出来るかもしれんが、元に戻った時にまずい。途中で何か起こるかもしれんからな。
またチン兵さんと言われたいのか?」

「げ…それは勘弁ですね。」

「ふむ…あそこにロッカーがあるだろう?あの大きさなら2人入れる。そこに隠れよう。」

工廠コンビは気絶させて、それぞれ机の下に隠した。
ロッカーからなら確かに外の様子は窺えるが…やっぱ子供の体はキツい。制服ですら重く感じる。
そろそろ来るか…俺らは息を呑んで扉の様子を伺っていた。

“足音がするな…いいか?音を出すなよ。”

扉が開き、話し声も聞こえてきた。げ…元カノの声だ。

「お疲れ様です。あら、出掛けてるみたいね。」

『現在外出中です。』と立て札は出したが、あいつは妙な所で鋭い。
頼むぜ…気付くんじゃねえぞ…。

「珍しいわね…とりあえず艤装を置いて行きましょう。」

「そうですね、持ち帰っても危ないですし。」

よし…!!
ガチャガチャと艤装を置く音がする間、緊張感はどんどん高まっていく。
足音が外へ向かって行く…そいつに安堵しかけた時、俺達にまた緊張が走った。

「あ、私ちょっと待ってみるね。夕張ちゃんに聞きたい事あったんだ!」

誰だ!?
いや、待て……この声は……。

631 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:07:10.32 ID:0fe9XufhO

「じゃあ瑞鳳ちゃん、私達は先に上がるわね。お疲れ様。」

「うん!お疲れ様ー。」

ふー…何だ、づほか。
あいつなら最悪見付かっても大丈夫…でも、酒のネタにされてもなぁ。
びっくりされて大声出されても困るし、あいつが出るまで隠れてるか。

“瑞鳳君か…しかし今の貴様を見ても、気付いてもらえないだろうな。”

“大丈夫じゃないすかね…いくらなんでも。”

“……ああ、鏡を見ていないのか。今の貴様はざっと見、5〜6歳頃の体格になっているぞ。”

“……そんなにですか。”

“まさかあのように攻めてくるとはな。せいぜい笑いガスぐらいなものかと思っていたが、誤算だったよ。
昔喰らった時は、まだ精神攻撃系だったが…。”

“……因みに内容は?”

“…こちらの意思と関係なく立ちっぱなしになるガスをな。
自慢ではないが、私はモノは大きい方でな…憲兵の制服で立ち上がってはとても目立つ。
一つでもミスがあれば社会死と言う恐怖の2時間を味わったぞ…。”

“……………そう言えばあんた、自分だけガスマスク持ってましたね?”

“……連中の脅威を、一度身を以て知ってもらおうと思ったのさ。”

「てめえ生贄にしたな!?」

「バカ!!声を出すな!!」

「………あ!!」

空気が凍る。
カツカツと響くのは下駄の音……それは今まさに俺達が潜んでるロッカーの前で止まった。


「………誰かいるの?」


万事休す……!!
元カノらはまだそんな遠くに行ってないだろう…ゆっくりと扉が開けられ、俺達はこの後の地獄を覚悟した。

632 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:08:43.22 ID:0fe9XufhO

「憲兵長……?え?その子は…。」

“しーーーっ!!小声で頼む!”

「むっ!?」

ファインプレーだ眼鏡!!
づほの口を塞ぐと、眼鏡はまくし立てるように事の顛末を伝えた。

「………と言うわけで、こいつはリョウなのだ。変身が解けるまで内密にしてもらえると助かる。」

「………。」コクコク

「よし、分かってくれたか…離してやろう。」

「……ぷはっ。あー、でもちゃんと見るとリョウちゃんだね。
ふふっ、ちっちゃいと本当に女の子みたい。」

「頭撫でんなよ…づほ、隠しといてくれるか?」

「うん!何なら私の部屋で匿おっか?詰所だと誰か来ちゃいそうだし。」

「………良いの?」

633 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:10:36.62 ID:0fe9XufhO


“狭えなぁ…うお、揺れる…。”


で、どうなったかと言うと。
俺はボストンバッグに詰め込まれ、づほの部屋へ向かっている。

「よし…では瑞鳳君、頼んだぞ。変身が解けたら連絡してくれ。」

「はーい。」

運び手の眼鏡も、どうやら上手い事周りに悟らせないようやってくれたようだ。
ようやくの床の感覚に、俺は一息をついていた。

「お待たせー、今開けるね。」

「ふー…狭かった……ありがとな。」

「どういたしましてー。ふふ、まさか見下ろす日が来るなんてねぇ。」

「だから撫でんなっての…ちょっと座らせてくれ…。」

あー、疲れた…喉もカラッカラだぜ…。
まだ20分しか経ってねえのかよ、先が長えなぁ。

634 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:13:19.20 ID:0fe9XufhO

「ごめん、飲み物もらってもいい?」

「うん、いいよー。はい!」

「お、コーラじゃん、いいの?ありがとな、づほ。」

「…………リョウ『くん』、づほ『姉ちゃん』でしょ?」



……………ん?



その声からは、何とも例えようのないものを感じた。
なんて言ったらいいか、ドドメ色っつーか、腐った果物の匂いっつーか…。

しょ、瘴気?

「………ど、どうした?」

気付けばづほの両手は、俺の肩をがっちり後ろからハグ…。
そして後頭部にかかる吐息と共に、『何かが肩に滴る感触』と『ある匂い』を感じた。


“私ね、弟か妹欲しかったんだ!”

“山風本当かわいー!もう私の妹だよ!”


何故か走馬灯のようにづほの過去の発言が巡る。
きいいいいいい……と後ろを振り返ると…。


「ふふ…ふふふふふ……弟…愛でりゅ…!!」ハァハァハァハァハァハァハァハァハァ


濃い鉄のかほりの正体は、づほの鼻からボタボタ垂れる鼻血…。
貞子の如く血走る瞳と目が合った時、俺の脊髄は思考を凌駕した。


635 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:15:03.57 ID:0fe9XufhO

「いやあああああああああああっ!?」

「大丈夫!ちょっとだっこして匂い嗅ぐだけだから!ぜったいかじらないから!かじらないからぜったい!ねっ!?ねえええぇっ!?」

「いやあああっ!!ぜったいかじる!かじるぜったい!!俺は逃げりゅ…!?」

ドアに向かおうとするが、強烈なタックルに姿勢を崩された。
ってこれ逮捕術じゃねえか!!どこでこんなもん覚えた!?

「…ハァ……ハァ…ふふ、チビでも私、大人の女よ?子供が勝てる訳ないじゃん…。
リョウくん……いっぱい遊ぼうねええええええっ!!!!」

「リョウ!『づほ姉ちゃん』と言え!!可愛くだ!!」

「………っ!?

………づ、づほねーちゃん?」

「………。

…………ごふっ……!!」

直後、血の花が咲いた。

そいつの正体は、づほの鼻血と吐血
それを浴びせられた俺の顔面はびったびた。さながらそれはスプラッター。
俺にとっちゃホラー極まりない事だったんだが……後に知る事となるのだが、そいつはこう呼ぶそうだった。


『尊みが鼻から溢れる』と。


636 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:17:44.64 ID:0fe9XufhO

血を浴びて血の気を引かせている間、カーキの影が部屋へ飛び込んだ。
とんっ…と小さな音がすると、倒れ込むづほをそいつは受け止めていたんだ。

「……憲兵長!!」

「やれやれ、念の為ドアの前にいたらこれだ。
どうやら今の貴様が相当お気に召したようだな。」

「づほ……ショタ趣味あったのか…。」

「また違うかもな…改めて鏡を見てみろ。」

「鏡……げっ!?」

大人の頭脳で見る子供の俺。
そいつは否応なしに認めたくない現実を突き付けて来た…。

「……はは…笑えねー……俺、完っ全にロリじゃないっすか…。」

「故に、見た者が覚醒してしまったと言う方が正確だろうな…。
この鎮守府は変態の素質を持つ者が多い、それで今の騒ぎでは…。」

「瑞鳳ちゃん、何かあったの?」コンコンコン

「……この有様だ。」

「…………終わった。」

この声、蒼龍か……どうする?どうするよ!?
またボストンバッグに…いや、そもそも何で眼鏡だけいんだって話だ。

「ふむ……あまり気乗りはしないが…。」

「………へ?」

え?俺を小脇に…

え?何で窓行くの?

え?何その鉤…引っ掛け……

「てええええええっ!?」

「外から行くぞ!こうなれば限界まで逃げる!!」

「嘘でしょ!?」

づほが起きればバレるのは確定…その後は容易に想像出来る。
たった今、隠れ鬼がバイオハザードかメタルギアに格上げされたのであった…。

637 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:18:48.69 ID:0fe9XufhO
小出しになってしまいましたが、今回はこれにて。受難は続くよどこまでも。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 00:47:48.81 ID:J/9ZgsQQO
おつおつ。これは酷いw
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 08:42:10.85 ID:EaQb5tlZ0
乙!
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 13:53:57.47 ID:lzg+TCAP0
メタルギアww
641 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:24:58.98 ID:tMIn8aavO

昼の風をきり箱で匍匐して行くのは誰だ?
それは上司と部下(ショタ化中)
上司は部下を腕にかかえ
しっかりと抱いて息を殺している

“リョウ、何故顔を隠すのだ?ここからは何も見えないはずだ。”

“憲兵長には見えませんか?ギラギラとした目を持つ女達が。”

“リョウ、あれはただの霧だ。”

“…今は昼です。”

「可愛い坊や、私と一緒においでぇ、楽しく遊ぼう!
キレイなメイク道具と可愛い衣装もたくさんあるよぉ。」

“憲兵長、憲兵長!蒼いののささやきが聞こえませんか!?”

“落ち着くんだリョウ、枯葉が風で揺れているだけだ!魔王的なのはいない!”

デデデデデデデン!
と恐ろしげなピアノが脳内再生されるような空気の中を、俺達は進んでいる。
辺りにはゾンビの如く俺達を探し回る艦娘の群れ…ここは詰所の裏だ。

俺達は今、段ボール内で息を殺していた。

642 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:26:03.87 ID:tMIn8aavO





第27話・ガチはごっこの顔をしていない-3-





643 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:27:51.10 ID:tMIn8aavO

窓から逃げた時も騒ぎになったが、まだ俺が誰かはバレてなかった…だが詰所に逃げ込んで一息付いてたら、すぐ大変な事になった。
づほか夕張か、とにかく子供の正体が俺だとバレたらしい。
窓からペタペタ音がし、そっちを見たら蒼龍達がニチャァ…とした顔で貼り付いていた。

初めは籠城作戦に打って出たものの、ここで出てきたのがあの整備長。
あのヤクザは難なくピッキングをこなし、一斉にゾンビ共が雪崩れ込んで来たのが数分前。
突破を読んだ眼鏡が外の段ボールに隠れ、ギリギリ難を逃れているのが今の状況だ。

「……鬼畜系眼鏡×ショタって、尊いと思いません?」

「いやぁ、そこは男の娘っしょー…生で見るとありゃ逸材だねえ。」

「ひひひ、当分話のネタになるよー。ね、蒼龍!」

「ふふ、何が良いかなー…ドレス…いや、スモックも捨てがたい…。」

腐臭漂う駆逐艦どものリビドーが聞こえ、着せ替え人形を探す空母どもの声が耳を犯す。
変身が解ける前に捕まったら最後…いや、社会的な最期だ…!

“いいか、ゆっくりと動くんだ。我々陸軍の得意分野だぞ。”

“匍匐前進…目指すはどちらで?”

“裏門だ…着いたらカードを通して即脱出。それしか無い。”

“………憲兵長、なんでそこまでしてくれるんです?”

“奴らを見誤ったツケと言うのもあるが……今回は笑い話で済まない気がするからだよ。”

この眼鏡が悪ふざけを封じた。

その事実は、状況の悪さを容赦なく俺に突き付けて来ている。
まだ2時間…クソッ、あと3時間どう逃げ切りゃいい…。

644 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:28:58.43 ID:tMIn8aavO

「けけけ…なぁメロン、あいつらどこ行ったんだろうなぁ?」

「ふふ、どこでしょうね?日頃のツケは払ってもらわないと…セキュリティカードは?」

「へっ、俺を誰だと思ってんでぇ!んなもんハッキング済みよ!敷地にいんのは間違いねぇだろ!」

“なっ…!?”

“……バレてはいないが、聞こえるように言っているな。近いとは見ているか。
アレはバカで天才だ、プログラムの書き換えなど造作も無い。
ふむ…脱出は厳しいか。そうなると…。”

“なると?”

“解けるまでひたすら這いずるしかないな。”

オーケイ、俺たちは傭兵じゃないし、堅固な蛇的な名前でも無い。

………無理だな、これは。

645 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:30:51.95 ID:tMIn8aavO

「皆ー、いた?」

「ダメだねー、見つかんない。瑞鳳ちゃん、翔鶴さんどうだった?」

「昼寝してるっぽいね、全然連絡付かない。あの人一度寝ると起きないもん。」

「そっかー、翔鶴さんいたら速攻なのにね。あの人憲兵さんへの嗅覚すごいから。」

あいつが参加してないのは不幸中の幸いか…確かに昔から一度寝たら起きない奴だ。
ん?あいつは寝てて、この状況…何か糸口があるような…。

“憲兵長…もしかして人増えてないですか?”

“ああ、この騒ぎだ。表に集まって来ているな……そうか、その手があったか。 リョウ、良いものがあるぞ。”

“何ですか!?”

“……寮の鍵束だ。夜警用に持ち歩いていたのを忘れていたよ。”

“そうか…今は暇な奴らの大半が出て来てる!”

“ああ…寮に人が少ない今、空き部屋に逃げ込めば勝機はある。寮の裏口に回り込むぞ。”

進め…進め……!
声の方向、人の気配、それらを常々監視しながら、俺達はゆっくりと動き始めた。
もうどれぐらい経ったろう…切れる息すら押し殺し、やっとの思いで固い感触に触れた。これは…裏口の石段…!!

“少しダンボールを持ち上げてくれ。よし、届いた…開いたぞ。”

眼鏡が腕を出し扉を開け、慎重に中へ。
誰かいる様子は無い…最寄りの空き部屋は3階、エレベーターを目指してまたずりずりととダンボールを進めた。

“何とか乗れたな…もう少しだ。”

“ええ、長かったですね…。”

この扉が開けば、即空き部屋へ。
ダンボールも脱ぎ捨て、俺達はようやくの解放感に浸っていた。

『3階 デス。』

着いた……さぁ、開いたらダッシュして…

646 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:31:35.08 ID:tMIn8aavO





「ふふ……来たわね。」





647 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:32:37.11 ID:tMIn8aavO

「「なっ……!?」」

緑が見えた時にはもう遅かった。
エントランスにガスが充満し、視界を全て遮る。
そいつが晴れた時には、ニヤつく夕張の姿と…カツンと眼鏡が落ちる音があった。

ああ、眼鏡も子供になっちまった…!

「ふふふ…敢えて皆をあっちに誘導したのよ…。
一度憲兵長に試してみたかったのよね…。」

「憲兵長!大丈夫ですか!?
くっ…夕張!!てめえどう言うつもりだ!?」

「どう言うつもり?元々アイディア出したのは私よ?
整備長でないと実現出来ないから、ちょっとそそのかしてね。だって……」

「……だって?」

「………切れ長のショタとか見てみたいじゃない!!」ハァハァハァハァ


…………。


ダメだ、この女。


648 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:34:38.04 ID:tMIn8aavO

「……………バカなの?」

「私達、いつも良いようにやられてたわ…時にはハードな技を掛けられる場面も。
そう…次第にそれが私に新たな発想を与え、爆発させた。
どんどん載せていい気持ち……小さくなったこの鬼畜に踏まれたら何が起こるだろう…或いは逆にのし掛かったらどんな気持ちになるだろう…。
技術者はね、一度思い付いたら実現せずにはいられないのよ!!あははははははは!!!」

そう高笑いする夕張は、俺の目にはアレに見えた。
あのー、アレだ。変態後のメ○ン熊。
本性むき出しにガバーッと口開けてる方。

うわぁ…しれっとソロSMな性癖暴露してら。

「憲兵長、日頃の感謝を込めてたっぷり可愛がってあげますよ……後で感想聞かせてねえええええ!!」

……っ!?引いてる場合じゃねえ!今眼鏡も子供だ!
どうする!?突っ込むしかねえ…!

649 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:35:41.26 ID:tMIn8aavO





「………やれやれ、ナメられたものだな。」





650 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:38:22.37 ID:tMIn8aavO

次の瞬間、夕張の体は宙を舞っていた。

それは俺の頭上を越え、エレベーターの鉄扉へ顔面シュート。
めろっ!?と悲鳴が聞こえる頃、俺の目の前にはすくっと立ち上がる影が見えていた。

「…知能を低下させられなかった時点で、貴様らの負けだよ。
格闘技には受け流す技もある、そいつに力は要らん。」

「う"…ふふ、負けた、わ……ぷぎゃっ!?」

「ふん、そこでのびていろ。」

……踏まれてこんな幸せそうに気絶してるの、こいつぐらいだな。
はぁ…眼鏡も小さくなっちまったが、ラスボスは倒せたか。後は空き部屋に…。

「夕張ちゃーん?いるー?」

「何かすごい音したよね?」

………何だと?


「リョウ!!」

「これは…!?」

「鍵束だ、すぐに隠れろ!!」

「なっ…あんたはどうすんですか!?」

「今回は私にも非があるからな…ここで食い止めるとしよう。
なぁに、心配には及ばん。私を誰だと思っている?」

「…………憲兵長!!ご武運を!!」

眼鏡…あんたの死は無駄にはしねえ!
時間がねえ、もう目に付いた部屋でいい!!部屋番と鍵は…あった!!


「………ふぅ。」


飛び込んだ部屋の鍵を閉め、思わずへたり込んだ。
ここはどこだ…そう天井を見た時。

651 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:40:27.99 ID:tMIn8aavO






『A2サイズの憲兵の写真(盗撮)』








……………。

ベッドを見ると、明らかに膨らみがある…そこには。


「…………すぅ…すぅ……。」


元カノーーーーーー!!!!????

ななななんてこった!ラスボス倒したと思ったら隠しボス!
必死にエンカウント避けても強制イベントってかおい!?


652 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:42:34.68 ID:tMIn8aavO

「………ん……あれ、あなたは…。」

起きちまった……つくづく神はいねえ…!
ベッドから降りてくる様は、まさに終わりの始まりに見えたが…。

「………ふふ。あなた、リョウね?夕張ちゃんが何かしたって所かしら。」

「あ…あ…。」

「………大丈夫よ。」

その瞬間、ふわっとした感触が俺を包んだ。
他の奴同様襲ってくるもんだと思ってたが…こいつは随分優しく俺を抱きしめていたんだ。

「………な、何もしねえのか?」

「…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。

………えいっ。」

「ぶっ!?」

体が浮いたと思えば、投げられたのは柔らかい場所。
すぐに何かが顔面に掛かって、思わずうめき声が出ちまった。

………布団?

653 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:43:49.15 ID:tMIn8aavO

「今日は疲れちゃったから、もう少し横になってたいの。
ふふ…私のお昼寝を邪魔したから、お仕置ね。
抱き枕になってもらうわ、それが匿う条件。」

「………本当に?」

「本当よ。あなたも少し疲れてるんじゃないかしら?
子供の体だからよく分かるわ、体温高いもの。きっと眠くなってくる頃よ。
今は可愛い男の子が遊びに来ただけ…大丈夫だから。」

「待っ……むぐっ!?」

問答無用の乳攻撃。しかも眠いとかぬかしてんのに全力でホールドじゃねえか。

それを喰らった途端、くらくらと眠気が襲って来た。
ああ、ガキの頃、メシ食いながら寝そうになってたっけ…こうも急に来んのか。
妹で慣れてんのかね、こいつ子供の寝かせ方分かってやがる…。

あ…ダメだ……疲れが一気に……。

………。

…………すぅ……。



654 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:46:52.86 ID:tMIn8aavO


……………。

……元に、戻った。

捲ってた制服も短パンと半袖状態。拳を見ても、ちゃんとタコがある。

はぁ……良かったぁ〜〜……!
そうだ、眼鏡は無事なのか?すぐにスマホを見ると、LINEが2通入ってた。

『案ずるな、私に掛かればこの通りだ。』

添付画像には屍の山で立て膝座りする、生意気そうなガキが写っていた。
うわ、バケモノかあいつ…。
はぁ、でもこれでよく分かったぜ。あのアホぐらい強くねえと、こんな所まとめらんねえんだろうなぁ…。

さて、早く出ちまわねえと……。



“ぞく……。”



その悪寒を感じた時、一気に意識が覚醒した。

そうだ…俺は元カノに匿ってもらってた。
で、ここはあいつのベッドの上……そこまで理解した時、あるセリフが脳内で木霊する。


“…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。”

“私が好きなのは、普段のあなただもの…。”

“普段のあなただもの…。”

“フダンノアナタダモノ…。”


幻聴のエコーが切れるその瞬間、俺は後ろを振り向く。
そこには……。



「…………ハァ……ハァ………。」



滝の様なよだれを垂らしつつ、血走った目で獲物を狙う蛇がいました。寝たままで。

655 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:48:22.13 ID:tMIn8aavO

「いやあああああああああっ!!!???」

「“待”ってたわ!!この“瞬間”(とき)を!!」

「ダメ!俺のセカンド童貞死んじゃううう!!」

パリ-ン!! 

ウワ!ケンペイサンオチテキタ-!?

ナニイ!?ドコニカクレテタノ!! 

ニゲキッタネ!!バツトシテジョソウダヨ!!



………あんな奇跡的な受け身、試合や実戦ですら取った事無かったよ。

人間、やれば出来る。


656 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:49:53.56 ID:tMIn8aavO









“あーあ…またやっちゃったわ……ダメな女ね、私。


………分かってるのに。”








657 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:52:02.39 ID:tMIn8aavO


「………いやぁ、最悪でしたね。」

「ああ…流石に無理があったのか、あの後私も全身筋肉痛になったぞ。
全く、あの二人はどうせ懲りんだろう。また時期を見て間節を増やしに行かねばな。」

「……つくづく感じましたけど、あんたいないと本っ当ここ回んないっすね。
バケモノにはバケモノをぶつけんだよ!なんて映画のセリフでありましたけど、身に染みましたよ…。」

「ふむ…強さも重要だが、一番は慣れだよ。
私もおふざけは大好きだが、デッドラインは見極めているつもりだ。度を超えすぎた者を殴るラインをな。」

「……慣れ?」

「コウヘイ……ああ、提督の本名なんだがな。
あいつとは幼馴染だが、昔はもっとメチャクチャだったのさ。

昔から女への手は早かったし、他にも何かと事件ばかり起こす。
散々一緒に悪さもしたが、同じぐらい殴って止める事も多かったからな。
一時期軍内では、サイコパスと言う単語はあいつを指すものだったんだよ。

だから手加減しないラインは、あいつで学んだものだ。」

「………苦労してきたんすねぇ。」

「まぁそれはそれで面白かったがな……おや、メールか……。

……!?……くく……はははははははははははははははははは!!!!」

「……ど、どうしたんすか…?」

「噂をすればなんとやらかな……リョウ、面白い事になるぞ。」

この時の眼鏡の邪悪な笑みったら無かったな。
こいつもやっぱり悪魔だと、のちの件で思うんだ。

658 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:53:39.53 ID:tMIn8aavO

北欧のある国には、ある食品がある。
それはニシンを薄い塩水に浸け、現在では缶で一月程発酵させるのが主な製法。

その発酵ガスによる膨張力は凄まじく。
ある民家にて25年放置された缶詰を処理する際、爆発物処理班と専門家が召集された事もある程だ。

え?そんな大げさなって?
大げさじゃねえ、至ってマジだ。

発酵食品…要は腐敗に近い。そして臭い。
開ければ飛び散る危険な汁を持つその缶詰の名は、シュールストレミング。世界一臭い食べ物と呼ばれているもの。
臭気は多分磯風のGUSOH……じゃなかった、料理の次ぐらいだ。

後日、その原産国からとある女がやってくる。
シュールストレミング並に発酵と膨張でパンパンになった心を抱えて、とある男に会うために。
勿論土砂降りも付いてくる、おぞましい開缶式の始まりだ。

でも正直、解決する気しなかったなぁ…だってよぉ、アレは…。

提督、少しは俺の気持ちが分かりましたか?あんたが蒔いた種です。

659 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:55:45.83 ID:tMIn8aavO
大分遅れてしまいましたが、今回はこれにて。

次回、雨vs羊。
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/04(土) 22:16:32.42 ID:AWg4sXrUO
おつおつ。ゴトちゃんは愛が重そう……
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 03:50:54.98 ID:rGrRDjGg0
乙!
もうダメだおしまいだ
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 20:51:52.43 ID:qhgIy0N4O
久しぶりの更新乙です
663 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:12:49.80 ID:FwVAF0RqO

「えーと…海外艦、ですか。」

「ああ、とは言え1週間だけだがな。あちらのスケジュールの問題で、まずうちで仮預かりする事になったんだ。
後々日本に正式配属されるが、うちに来るとは限らん。
まぁ、軽く体感してもらう方が本人も不安が減るだろうと言う配慮さ。」

「また珍しい国からですね…英語通じます?」

「母国語では無いが、あの国は英語も上手いらしいぞ?
それに本人は元々日本語を学んでいたそうでな、JLPTのN1持ちだそうだ。」

「JLPT…日本語能力試験ですか!?N1って要は1級じゃないすか!
じゃあ特に心配要らなそうですね。」

こっちの連中はそうでもねえけど、前んとこで大変な事あったなぁ…。
通じるならまぁ、大丈夫そうか。

「それでその当日なのだが、別件で任務が入っている。」

「別件?」

「前も言っただろう?面白い事になるとな。」

664 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:13:47.87 ID:FwVAF0RqO






第28話・女心は8070Au -1-





665 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:15:46.66 ID:FwVAF0RqO

そんなこんなで1週間が過ぎ、とある任務の日がやってきた。

その内容とは、今日1日の執務室の護衛。
また珍しい任務だが、どうも提督一人の判断では無いらしい。

……だって、眼鏡とお淀がめっちゃニヤニヤしてんだもん。

「表ならともかく、なんで内部なんです?これから来るんでしょう?」

「そう言う結論に至ったからだな。」

「何ですかそれ…それにこれまで引っ張り出して来て。」

「ちょっとこれって何よ!」

そう、何故か眼鏡のリクエストでづほも召集されていた。
曰く、普通に執務室にいる体で頼む…なんて言ったものの、何でこいつなのやら。

「まぁまぁ、あまり物々しくても緊張させてしまうだろう?」

「何か変ですよね、今日の内容。何か企んでません?」

「いや、ただの任務だが?」ニヤァ

“……絶対何かあるよな。”

“だよね、私も呼んでるんだし…。”

いまいち察しが付かねえまま、例の海外艦が来る時間になった。
入って来たのは全体的に青でコーディネートされた女…ああ、この人がと思いつつ全体像を確かめた時。


俺とづほは、『何か』を感じ取った。


666 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:18:19.31 ID:FwVAF0RqO

「北欧スウェーデンから参りました、航空巡洋艦ゴトランドです。
提督、どうぞよろしくお願い致します!」

「うん、短い間になるけどよろしくね。」

提督はいつも通りのゆるい笑顔…だが俺らの位置からは、机の下にある脚が見えていた。


……提督、脚にバイブでも仕込んでんですか?


「ふふ、ではお近付きの印に握手でも。」

「こちらこそよろしく。」

何故だろう。
何故ただの握手がやたらニチャァ…とした動きに見えるんだろう。

「あ、あとこれスウェーデンのお土産!ダーラナホースって言うの!幸せを運ぶ馬だよ!」

「ありがとう、飾らせてもらうよ。」

おかしい、急にフランクになり過ぎだ。あと、机越しに提督に近い気がする。
一見普通に会話をしているよう…だが読唇術を齧ってる俺には、その合間にボソッと囁いた言葉が理解出来た。


“ダーラナホースには、私って言う幸せが乗って来たんだよ。ね、コウヘイ?”


コウヘイ…こないだ聞いた提督の本名。
待て……何でこの人が知って………。


……あ。

667 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:20:23.59 ID:FwVAF0RqO

「じゃあゴトランド、今日は部屋でゆっくりしてくれていいから。場所は分かる?」

「うん!説明は受けたから!じゃあまたね!

………コンドハニガサナイカラ。」


………今、何かすっげー怖い事言わなかった?

ドアの音と共に訪れたのは、それは長ーい静寂。
それを破ったのは……提督が蛙のように机に突っ伏す音だった。

「………!!……!!」

「提督!?大丈夫ですか!?」

おいおいおい…普段糸目な人がすっげえ顔してんぞ。
慌てて駆け寄る俺とづほを尻目に、眼鏡コンビは悪魔の笑みを浮かべていた。

668 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:22:07.80 ID:FwVAF0RqO

「…………かはっ…はぁ、やっと息吸えた…。」

「コウヘイ…大変な事になったなぁ?」

「ふふふ、いつ『あの子』にバレるでしょう?」

「……リョウちゃん、あの人見てどう思った?」

「……うん。キャラは違うけど、何か翔鶴っぽい。
提督……もしかして…。」

「うん……僕の、留学時代の元カノだね…。」

この時俺とづほの脳裏には、ある奴が浮かんだ。
その直後……。


『びたぁん!!』


「何だ!?」

「ひっ…!?リョリョリョ、リョウちゃん…あそこ……!」

づほが指差したのは、ついさっきでかい音を出した窓……そこには。



「…………。」ニコォ…



「「で……出たぁああああぁああああっっ!?」」


この場に最もいてはいけない女、時雨が窓に貼り付いていた…。


669 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:24:06.61 ID:FwVAF0RqO

「……………。」ニコニコ

「……………。」

「……よっ、と…さて提督、何から説明してもらおうかな?」

時雨が窓から入ってくるや否や、途端に空気がヒリヒリしたものに変わる。
提督はいつものアルカイックスマイル…だが、明らかに尋常でない汗がダラダラと。

「はは…21歳の時、半年ぐらいスウェーデンに留学してたんだ。
そ、その時付き合ってた子でね…。」

「へぇ?じゃあ僕と知り合うずぅっと前かぁ…その時ゴトランドさんはいくつだったの?」

「じゅ、16歳…。」

すこーん!とした音が部屋に響く。
時雨は相変わらずニコニコしたまま、持ってたペンを机に刺したんだ。提督の目の前に。

670 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:27:14.03 ID:FwVAF0RqO

「ねぇ…“やる事はやった”の?」

「う……うん…。」

「へえ…あの人の方は初めてだった?」

「うん、そうだったね…。」

「…………。」

2本目が深々と机に刺さる。今度は煙も立てて。
時雨は尚も笑みを崩さず、尋問は続いて行く。

「………本当に愛していたのかい?彼女の事を。」

「うん…その時は日本に連れて帰りたいぐらいに。
結局今生の別れになると思って、そのまま別れてしまったけどね。」

「………別れの言葉は?」

「……別れ話をした翌日、あの子は空港に見送りに来てくれた。
僕だって本当は、別れたくなかった……だからこう言ったんだ。

『またいつか、どこかで。』って…。」

「………そう。」

そこから時雨は黙っちまって、長い沈黙が訪れていた。

「提督……。」

それを破ったのは、づほの靴音。
づほは優しく微笑みながら、提督の肩に手を置き、そっと耳元に顔を寄せて…。


「ギルティ。」


その瞬間、ぎょん!と目を見開いた。

671 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:28:38.75 ID:FwVAF0RqO

「時雨ちゃん!」

「うん!行くよ瑞鳳さん!」

「えっ?ちょ、待っ…!!」

づほが提督を羽交い締めした瞬間、ばちこーん!!と爽快な音が響き渡った。
ブ○ャラティも真っ青の殴られ顔を晒しつつ、肩を固定された体は吹っ飛ぶ事も出来ず。
うわぁ、首すっげえ伸びてる。すっげえ伸びてるよ。

「いい音!時雨ちゃんやっるー♪」

「その為の革手袋さ。」

「提督。」

「う……け、憲兵君…?」

「………俺も1発いいですか?」

「ごめん!君のは死ぬ!」

ちっ…まぁいいや、ここは女性陣にボコってもらうか。
あーあ、眼鏡超笑ってんじゃん…。

ダメだわこの人…俺ですらあいつん時はまだちゃんとよぉ…。

672 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:31:44.74 ID:FwVAF0RqO

「………提督、君には失望したよ。

僕と出会うよりずっと前の事…本来なら僕に口出しする権利は無い。
でもそれはあんまりなんじゃないかな?ゴトランドさんが可哀想だよ。

そんな未練を残す別れ方なら、彼女がああなるのも無理はないね。
あの人が入ってきた時から、君へのドス黒い匂いがプンプンしていたよ。

だからあの人の為にも、この1週間でしっかりケリを着ける事。いい?

それが済んだら……ちゃんと、僕の所に帰って来てね?」ギュッ 

「………時雨。」

「もし、失敗したら……。」

「したら?」

「…………。」ニコッ

「頑張ります!頑張りますのでご勘弁をおおおお!!!」ヘコヘコヘコヘコヘコ

提督、キャラぶっ壊れてます。

あれ、おかしいなぁ…何か提督が座布団になってて、時雨がケツに敷いてるように見えるぞ。

673 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:34:22.12 ID:FwVAF0RqO

「はっはっはっ!見事なカカァ天下だな!
時雨も成長したものだ…随分と人の気持ちを考えるようになったな?」

「それはそうさ。僕だって、いつまでも前のままじゃいられないよ。」

「そうか。

……で、本音は?」ポン

「………あのメス、どこからジンギスカンにしてやろうかな…ふふふふふふふふふ……。」ジャキン

「悪魔かあんたは!!時雨もどっからマチェット出した!?」

「ねぇ提督、マトンって好き?今度料理してあげるよ!」

「しれっとおぞましいこと言ってんじゃねえ!!」

こうして俺達による、提督の尻拭い作戦は発動されたのだが…。
俺達は敵を見誤っていた事を、まだ知らなかった。

ゴトランドの資料、もっとガッツリ見とけば良かった…艦娘以前の経歴にこそ、あいつ謹製の爆弾はあったんだ。


………人の心は、理屈を知ってりゃある程度騙せる。


674 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:37:33.10 ID:FwVAF0RqO
今回はこれにて。

降るのは血の雨かシュールストレミングの汁か…。
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 07:09:13.17 ID:2LlBz2PaO
乙です
これ何て舞姫…
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 07:40:30.46 ID:RprAZFQJ0
乙!
内戦とかワロエ無い
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 08:46:16.84 ID:czzEoTE2O
おつおつ。やっぱゴトちゃん怖いw
678 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:57:09.42 ID:ozMvv0MOO

「で、建前は提督の護衛って事にゃなったけど…実際どうすんだろな。」

「まぁ、ゴトランドさんは100%アレな感情抱いてるだろうけどね。でも何かやらかしそう?」

「正直あんな一瞬じゃ分かんねえ。」

「だよねぇ。」

着任初日の艦娘は、何かと忙しい。そいつは短期でも同じくだ。
今日はもう大丈夫だろうと解放され、打ち合わせも兼ねてづほと軽く飲んでいた。

「……いや、あのメスは間違いなく何かやるね。
僕には分かるんだ、アレはきっと提督を奪いに…!」

……まぁ、厳密には時雨っておまけもいるんだけどな。

679 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:58:00.00 ID:ozMvv0MOO





第29話・女心は8070Au -2-



680 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:59:20.35 ID:ozMvv0MOO

「おいおい…烏龍茶で酔ってんのか未成年。」

「し、時雨ちゃん、卵焼き食べる?」

時雨は烏龍茶を飲み干すと、即2杯目に手を付けた。
どっかの吸血鬼みたいに、いかにも飲まずにゃいられねえ!って不機嫌さだ。烏龍茶だけど。

発覚直後はホラーな怒りって感じだったが、今はぷりぷりとヘソ曲げてる。
こっちの方が年頃らしいっちゃらしいが、余程気に触る事でもあったんだろうか。

あの後提督と二人で話してから、ずっとこんな調子だ。
それで見兼ねて飲み屋に連れて来たってわけ。

……因みに、既に時雨の八つ当たりで割り箸3膳が犠牲になってる。

681 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:02:50.19 ID:ozMvv0MOO

「まぁまぁ、あの後何話したの?」

「……ゴトランドさんとの馴れ初め。あと別れた時の事。」

「提督がナンパしたとか?」

「ううん、大分違ったね。詳しく話すと…。」

「どうだったの?」

「軍大学の勧めで留学したはいいけど、行ったのは提督一人だったんだって。

異国で一人だったから、最初は話相手もいなかったらしいんだ。
段々ホームシック気味になってた時、近くのカフェでバイトしてたのがあの人だったみたい。

『コーヒーを一つ。』

『はい…日本の方ですか?』

『ええ、留学でこちらの方に。』

『そうなんですね。えーと、確か日本語で…アリガトウ!でよかったですよね?』

『………!
ふふ…はい、それで合ってますよ。』

提督は英語話せるけど、彼女はわざわざ日本語でそう言って来たんだって。
それから店に行くたび、いつも彼女の方から話しかけて来て……当時の提督は、それに随分救われたみたいだよ。

それである日、いつもみたいにレシートをもらったら…。


『私のアドレスです。もっとたくさんお話したいな。』


それから付き合うまでは、本当に早かったってさ。」

「じゃあきっかけは、ゴトランドさんの方からだったんだ。
でも提督、年の差とか期間の事考えなかったのかな…。」

「ねえ瑞鳳さん、例えば今16〜7歳ぐらいの男の子と知り合ったらどう思う?」

「そうだね、私今年で22だから…弟か後輩みたいに思うかな。

………あ!!」

682 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:05:39.71 ID:ozMvv0MOO

「……そう、その頃の提督は21歳。
5歳違いのカップルなんて、例えば今の提督の年齢で考えれば珍しくもない。相手も瑞鳳さんぐらいの歳になる。
まだ若かった彼は、そんな感覚でいたらしいんだ…ダメ押しにその頃は、好意と寂しさに負けてしまったそうだよ。
いつか別れが来る想像も甘かったって。いざとなれば迎えに行けば良いとすら思ってたってさ。

結局、ゴトランドさんの告白を受け入れる形だったみたいだね…。」

「……提督、もしかして本気だった?」

「……はっきり言われたよ。過去の人の中で、一番好きだったって。

遊び人ではあるけど、実際は提督が来る者拒まずだった部分が強いみたいだね…いや、寧ろ来る者に嫌気が差したからこそと言うか。
彼は所謂エリートだった分、昔からモテたらしいんだ。

ただ話を聞く限り、寄ってくる女の大半は立場に惚れてるだけ。
提督は僕がクズだったからって言うけど…そんな中で次第に歪んで行って、ああなってた部分は強いんじゃないかな。
実際ゴトランドさんと別れて以降、余計ヤケになってた節はあったみたいだよ。

でもあの人は他の女と違って、提督そのものを見て好きになったんだろうね。
だってあの人以来、どれだけ遊んでも『彼女』は作ってなかったって…随分と、後悔してるみたいだった。

彼女の着任を知った時…きっと恨まれてるし、復讐されるだろうって思ってたみたいだね。
お互いいつか終わるって分かってたけど…具体的に帰国が決まるまでは、切り出せなかったって。」

「若気の至りか…後から効いてくるんだよね、そう言うの。」

「なるほどね。」

うーん…まぁ、それも事実だろうな。
でもそれだけじゃねえ気がすんだよなぁ…あのビビりようは罪悪感もあるだろうけど、何か…。
提督、いざって時は腹括るタイプな気もするし。

683 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:08:22.11 ID:ozMvv0MOO

「……でもひどくないかい?
結局僕と色々あったのも、ゴトランドさんの件が尾を引いてたからだろうし…。 」

「あー…でも提督の気持ちも分かるわね。
過去に自分より若い子とそんな事あったら、気にしちゃうかも。」

「…何よりいつまでも昔の女に振り回されてるの、本当むかつく。」プク-

「それな!!」バァン!

「うお!?づほ!酒こぼれんだろ!!」

何いきなりテンション上げてんだこいつ…。
それまでのお姉さんモードから、急にヅホラな雰囲気に変わりやがった。

んー…おや、何か負のオーラが二人から……。

684 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:11:07.89 ID:ozMvv0MOO

「そりゃ彼女と違って、未だに僕とはプラトニックだよ…所詮事実恋愛、正式に付き合えてるわけでもない。
でももう遊び人はやめた以上、今そばにいるのは僕じゃないか…。
何だよ提督の奴……あんなに普段見せないリアクションばっかしてさ…。」

「そーそー!今近くにいるのは時雨ちゃんだもんね!
昔の女にあんなガッタガタ震えてさ、キ○タマ付いてんのかっての!!今近くにいる人を見ろってーの!!」

「ほんとだよ!何だよあの反応!!うー…あったまくるなぁ〜…!!」

「だからさ、しっかり提督の手綱握って、攫われないよう頑張ろ!
自分から振った女にうろたえてさ、男として情けないよね!!リョウちゃんも思うよね!?ねぇっ!?」

「……お、おう。」

………づほ、何そんな目ぇ血走らせてんだ。
ドン引きしてると、時雨はそんな俺の顔を見てくすりと笑った。

「くす…リョウさん、そう言うとこだよ?」

「へ?」

「何でもないよ。」

「……と言うわけで。リョウちゃん、飲めおらーー!!」

「ぶごっ!?」

打ち合わせも何処へやら、この日は怪獣ヅホラのお守りで終わっちまった。
帰り道におぶられてるづほを見て、時雨がボソッと囁いた言葉が忘れられない。

「僕、成人してもお酒はやめておくよ。」と。
づほ、良かったな。立派な反面教師になれたぞ。

685 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:15:31.78 ID:ozMvv0MOO

「食堂はこちらです。明日の歓迎会もここになるので、場所を覚えておくといいかもしれませんね。」

「ありがとう、オーヨド。あなたは食べて行かないの?」

「申し訳ありませんが、私はもう少し仕事があるので。
ふふ、それにしても本当に日本語がお上手ですね。」

「ありがとう。やりたい事があって勉強したの、読み書きはちょっと苦手だけどね。
何度か『旅行』で来た事もあるんだ。」

「そうなんですね…あ、食堂のシステムを教えますね。
席は…あ、ちょうど良かった。紹介したい方がいるんです。
__さん、失礼します。短期赴任の方を紹介したいのですが。」

「初めまして、航空巡洋艦ゴトランドです。」

「あなたが…初めまして、私は___」

「…………ふふ。」

686 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:17:19.13 ID:ozMvv0MOO

翌日、昨日同様執務室にいるが、特に変な事は無い。当番制になったから、眼鏡がいないぐらいだ。
提督も暇じゃないし、ゴトランドは早速任務に参加している。接触なんて、朝に作戦について話してた程度。

「………ふぁ。」

「提督、やっぱり昨日の件でお疲れですか?」

「いや、昨日は早めに寝たはずなんだよ…歳かなー、疲れが取れてないのかもね。」

俺もちょっと眠いが、昨日の酒のせいだろ。
あくびって移るんだよなぁ、俺もうっかり出そうなのを噛み殺してた。

あいつも疲れてっかなこりゃ…えーと、あいつって……あれ?
ああそうだ!時雨だ時雨!あっぶねー…名前出て来なくなるとかどうかしてんぞ。

「おはよう提督、よく眠れた?」

「ああ、おはよう……し、時雨?」

………ん?何だこの違和感。
時雨が入ってきて、ただ提督が返事しただけ。
でも何か変だと思っていると…その答えは、すぐに時雨が導き出してくれた。

687 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:18:20.03 ID:ozMvv0MOO






「ねえ提督…何で疑問形なのかな?

僕 の 名 前 が 。」






688 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:19:54.72 ID:ozMvv0MOO

「………っ!?」

「ひどいなぁ…一瞬思い出せなくなったのかい?あんまりだよ…君と僕の仲じゃないか…。」

「ご、ごごごごめん、ちょっと疲れてて……。」

「くす…言い訳は聞きたくないなぁ……。

……と言いたいところだけど。
リョウさん、恐らく君もお疲れじゃないかな?」

「俺か?そういや確かに…。」

「………提督、ちょっと机を失礼するね。

ほら、あった…。」

「……それは…?」

「超小型スピーカー。
ペットボトルの蓋ぐらいしかないでしょ?Bluetoothで行けるやつさ。
二人とも、これに耳を傾けてよ。」

これは…小さい音で波音が聴こえる。
それに何か、人の声もうっすら……。

689 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:20:54.21 ID:ozMvv0MOO








『アナタハシグレヲワスレル。』








690 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:22:46.83 ID:ozMvv0MOO

「おおおおおおおおおっ!!!???怖え!!」

「催眠か……へぇ、面白いじゃないか。
憲兵さん、君の所にゴトランドさんの資料はないかな?」

「持ってないな…あ、でもスマホからアクセスは出来るかもしれねえ。」

俺の場合、日頃艦娘の資料は見過ぎないようにしてる。
会うまで元カノの存在を知らなかった理由でもあるが、なるべく本人と接して覚えたいと思ってたからだ。

流し見してたゴトランドの資料を、改めてちゃんと見る。
生年月日……本名……血液型……そして日頃、プライベートだからと読むのを避けてたある項目。
そこに辿り着いた時、俺は目を疑った。


『学歴:○○大学、心理学科卒業。』


……………。


………プロだ。


691 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:25:00.52 ID:ozMvv0MOO

「ふふふ……流れで催眠や臨床心理も学んだって所かな?
彼女、日本語検定も高ランクを取ってるんだってね…へぇ、それでそっちもかぁ……。


憲兵さん… い い 雨 が 降 り そ う だ ね ? 」


この時見た時雨の笑顔を、俺は一生忘れないと思う。

子供の頃、悪霊に襲われて死にかけたの……そりゃもう怖かった。
でもそれより怖えんだよこの子!お兄さんちびりそうだよ!

落ち着け…ここまで行ったら流石に眼鏡案件だ…。
そうだ、時雨にも訊きたい事がある。

「なぁ時雨、何で気付いた?」

「んー……一応物証得るまでは偶然だと思うようにしてたんだけど。
あの反応で確信に変わったからかな。」

「……どう言う事?」

「……いつも執務室に入る前、必ずスマホをいじるようにしてるんだ。」

「スマホ?」

「うん!変なBluetoothやwi-fiが無いかね!
皆の使ってるイヤフォンとかの型番、全部把握してるんだ!
だから知らないのは1発でわかるよ!」

時雨さん。その大天使な笑みを絶えず提督に向けてあげればどうでしょう?
言ってる事、最っ高に怖えけど。

あっ….そう言えば提督、どうすんだ?

「提督、どうしま……!?」

「………提督?」

「…………気絶してるな。」

「提督ーーー!?」

半狂乱で叫ぶ時雨だが、俺はこう思っていた。


お前のせいでも、あるんだよと。


692 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:27:07.50 ID:ozMvv0MOO



「今頃バレてるかなぁ……ふふ、でも素晴らしい発想ね。
私がメインにしようとしてた手を超えるアイディアを出すなんて。」

「そんな事ないわ…あなたの手腕あってこそよ。
あなたは他人に思えないもの、だから力を貸してあげたいなって。」

「うん、私も。こんなにシンパシーを感じる人がいるなんてね!
だから私もあなたに力を貸すよ、何でも聞いて!
あ、私の事はゴトって呼んでよ!」

「ふふ…じゃあゴトちゃんでいいかしら?じゃあ私の事も好きに呼んで。」

「うん!私達もう友達だね!





ショーカク。」





693 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:28:32.58 ID:ozMvv0MOO
今回はこれにて。やべー奴らがタッグを組み始めたような…。
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/21(火) 21:27:19.17 ID:EHEVTQ2CO
乙。これはひどい。
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 07:42:43.02 ID:L8eL7naS0
乙!
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 13:07:32.67 ID:oK+6DSKA0

言うて提督は割と自業自得感強いんだよな
憲兵さんは今回も強く生きて
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/04(火) 16:37:17.56 ID:C6YbV9h30
pixivで読んでたわ。面白い!
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/17(土) 17:07:50.26 ID:vFoxojSsO
保守
699 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:13:32.96 ID:s1QCE2DCO







第30話・女心は8070Au -3-







700 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:15:00.53 ID:s1QCE2DCO


「………で、どうします?」

「ふむ…ここまでとはな。」

小道具まで仕掛けられてるって事で、さすがに眼鏡を呼んだ。
もはや俺の独断で動いて良いレベルだが、一応話は通しておいた方が良い。
そう判断はしたものの…何やら考え込んでいる様子だ。

「普通に考えれば、上官への洗脳行為としてこちらも動けるな。
だが…これに限っては、少し静観したい所だ。」

「マジで言ってます?さすがにヤバいと思うんですけど…。」

「…いつもの貴様なら、何言ってんだ!?と怒鳴るだろう?
貴様も何か思う所があるんじゃないか?」

「……あ。」

「ほらな。元はと言えば、ちゃんと未練を断ち切ってやらなかったが故の事だ。
…コウヘイ、こればかりは自分でしっかりやってもらおうか。『俺』も今度ばかりは、限度があるぞ?」

「……!」

眼鏡の一人称が素になった瞬間、部屋の空気も一気に変わった。
これ相当怒ってんな…提督と幼馴染だからこそ、思う所はあるって事か。

701 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:15:55.00 ID:s1QCE2DCO

「……憲兵長。」

「時雨。昨日はああ言ったが、貴様もまだまだだな。
何の弱みを握っているかは知らんが…いささか脅しが強過ぎるんじゃないか?こいつの手綱はしっかり握らなければならんが、それは信頼と愛情で示すんだな。
……不安でしょうがないのだろう?奪われてしまわないか。」

「………うん。」

そう俯いてスカートの裾を握る時雨は、何とも年相応に見えたもんだった。
そっか…まだ子供なこいつからしたら、いきなり元カノだ!なんて大人の女が出てくりゃ…。

「私の立場でこんな事を言ってはならんが、自信を持つんだな。
貴様はいい女になる素質は十分にある、簡単に奪われるタマではないさ。こいつが裏でどれだけ貴様に気を揉んでいるかも考えればな。

……こいつは相当な遊び人だったが、惚れ込んだ女にはその限りではない。
くくく…こいつが昔一時帰国した時、ゴトランドへのノロケだけで何度夜を明かした事か。」

「ちょっとキョウ、言わないでってば…。」

「いいや、言うぞ。時雨についても似たようなものだったよな?
いい歳になった男同士でも、そういう所だけは変わらんな。酒を何缶空けたか忘れてしまったよ。」

「提督…それ本当?」

「さ、さてねー。酔っ払って忘れちゃったよ。」

「……ふふ。そう思っておいてあげるよ。」

「……だが、そんな私でも知らん事もある。
こいつから聞き出さねばならん事があるんだが……時雨、少し席を外してくれるか?」

「何で?」

「………男同士の話をするからだ。」

702 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:17:16.05 ID:s1QCE2DCO

そして執務室には、俺たち3人だけになった。

そうだ、何だかんだ言ってこの人も根は肝が据わってる人だ。それがあのビビり方はおかしい。
男同士の話だと時雨を追い出した……多分、眼鏡も俺と同じ疑問を持ったのだと思う。

「リョウ…貴様も私と同じ疑問を抱いたろう?」

「ええ……提督、単刀直入に訊きます。ゴトランドに何されました?


て言うか、ナニされました?」


その単語を口に出した瞬間、何とも虚しくなった。

何なんだ、何でこんなシリアスなトーンでシモな話題を出さなきゃなんねえんだ。
でも男の勘が告げていた、間違いなくそっちで何かトラウマ植え付けられてると。

そして提督は…とても悲しそうに笑った。

703 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:19:06.05 ID:s1QCE2DCO

「ふー…………僕さ、こんなんでも性癖は至ってノーマルなんだ。
アブノーマルな事なんてされたくないし、ましてやする方なんてもっとダメ。女の子の体痛め付けるような事は、僕の美学に反する。
それは彼女に対しても、全く同じだった……だけど。」

「「…………だけど?」」

「彼女にとって僕が初めての男だった…余計な事なんて何も教えちゃいない。
でも……ヒュ-…『彼女が自主的に興味を持って学んだ』なら、その限りじゃ…ヒュ-……ない…。ヒュ-」


……何?この風切り音。


「ふふ……カハッ、ヒュ-…段々と眠っていた……ヒュ-、ヒュ-…本性、がっ…ヒュ-目覚めっ始めたの……かな。
ある時っ……眠って…ったら、僕のっ…。」

提督の座る椅子がガタガタと音を立てる。
風切り音は次第にぜひぜひとした音に変わり、その異常の中でも提督は必死に記憶を掘り返し…。


「あ!あなっ……えねっ…まっ!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタ
 

そのワードを口にした瞬間、提督は白目をグリンと剥いた。


704 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:21:17.06 ID:s1QCE2DCO

「提督!!もういいです!!もうやめましょう!!」

「いかんな、呼び戻そう。はぁ!!」ボキィ!

「………はっ!?僕は一体…。」

うおぉ…ね、寝てる間になんつー事を…。
いや、つーか提督よくそれで逃げなかったな…。

「ふふ……それでも愛していたのさ。
逆に言えば、当時の僕からすればそれしか欠点なんて無かった。」

「いや、それもう決定的…。」

「リョウ、恋は盲目という奴だ。」

「盲目か……だからこそ、舞い上がってしまったんだよ。
何もかも越えられる、そんな甘い事を考えていた。

…今の中佐の地位こそ、戦果の叩き上げで得た物。実力で勝ち取ったと言う自負はある。
でも僕は、それ以前からエリートと呼ばれる立場にいた。それも軍人としての……その重さも、ろくに知りもしないでね。

いや……結局は逃げたんだろうね。
7年前のあの日、彼女に深い傷を負わせてしまった…あれ以来、僕は堕ちる所まで堕ちた。

確かにモテたさ。でも誰も、あの子と違って僕の人となりは見ちゃいない。
だったら逆に、僕も割り切ってしまおう。堕ちる所まで堕ちてしまおう。
それでいつか刺されでもすれば、きっとお笑い種だろう。

そう自暴自棄になって、結局余計に沢山の人を傷付けて来た。
あの子もそんな今の僕を知らない。もはや幻影を追っているだけさ。」

「………提督。」

この時の俺はキレる一歩手前。
と言うか、拳はもう握り込んでた。


「……この馬鹿者がぁ!!」


……だが、先は越されちまったらしい。
眼鏡の本気のパンチで、提督は椅子ごと吹っ飛んじまった。

705 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:23:09.29 ID:s1QCE2DCO

「ならば時雨はどうなる!?あの子はそれでも今のお前そのものを求め、想い続けて来た!!
それに…それでもお前は、時雨を選んだのだろう!?

…振り回されるなよ、コウヘイ。
お前は未来を選んだ。ならばゴトランドの未練も断ち切り、未来を与えてやる事こそがケジメでは無いのか。
それが時雨への、そしてゴトランドへの償いでは無いのか。

お前は時雨に出会い、悪しき過去を捨てたろう……それが答えでは無いのか!!答えろ!!」

「憲兵長!!抑えて下さい!!」

「……っ!!
リョウ、私は詰所に戻る。すまないが手当てをしてやってくれ。」

「……はい。」

「……なぁ、コウヘイ。」

「…なんだい?キョウ。」

「俺がアキの件で腐っていた頃、どこかの誰さんが同じように俺を殴ったよな。
今以上に激しい説教と、ついでに倍の数のパンチも加えてだ。

…俺がこうして憲兵として生きているのは、その拳があったからだ。
貸しは返したぞ?しっかり受け取れよ。」

「……ああ、ありがたくもらっておくよ。」

「ああ、それとな…。」

「………何?」

「“その程度”で怯えているうちは、お前もまだまだだな。
“そんなもの”は、まだまだ通過点に過ぎんぞ?」パタン



……………。


台無し、だ。


706 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:24:14.09 ID:s1QCE2DCO

「はぁ……。」

別に今日じゃなくてもいいんだが…あの後俺は、とぼとぼと夜警に出ていた。

どうにも気が滅入っちまって、あんまり部屋にもいたくない。
一度ぐらい自主的にやったって怒られねえだろ…あんな空気にしたんだ、眼鏡も理解しろって話だ。

それで街灯だけの中庭を歩いてた時、ベンチに人影を見付けた。
アレは…げ、ゴトランドかよ。

「こんばんわ、憲兵さん。」

「あ…ああ、こんばんわ。本当に日本語お上手ですね…。」

スルーしてくれなかったか…。
ちゃんと話をするのは初めてだが、ヤバさはその前からよーく分かってる。
俺ら的にはこれからの敵、君子危うきに近寄らず。今は当たらず障らずで行こう…。

「まだ時差には慣れない感じですか?
今日はちょっと蒸すんで、部屋の方が休めると思いますけど…。」

「そうだね。ふふ、でもさっきまでここで友達とお話してたの。
こんなに早く友達出来るなんて思わなくて、つい話し込んじゃった。」

「と、友達…?
確かにここは皆フレンドリーですけど、誰でしょう?」

「それはね…。」

そう言い始めたと同時に、ゴトランドは俺に向き直った。
クマにも見えそうな長い睫毛と、ブルーの瞳。その奥と目が合った時…。


「ショーカク。」


…………?

今のは…?


707 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:25:10.05 ID:s1QCE2DCO

「ふふ…お言葉に甘えて、今日は帰ろうかな。
じゃあ憲兵さん、おやすみなさい!」

「え、ええ、おやすみなさい…。」

何だ、疲れてんのかな…何か一瞬クラっと来たような…。


「…………今日は夜警かしら?」

「……ショウノ。」

そこに現れたるは、よりにもよって元カノ。
思わず身構えちまうが、あいつは…。


「………。」ギュッ


………はい?


708 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:26:30.92 ID:s1QCE2DCO

「……良い夜ね。
ねえ、覚えてる?昔花火を見に行った事。
浴衣で出かけて、私が下駄の鼻緒を切っちゃったでしょう?」

「………あったな、そんな事。」

今いるのは、中庭のでかい木のそば。
あの時も確か、こんな大木の近くで……ああそうだ、コケそうになったこいつを受け止めて…。

「初めて抱き締めてくれたのは、あの時だったわね…。
ふふ、秘密の場所って言って、高台に連れて行ってくれて…花火の光の中で…。」

記憶の中のこいつと、目の前のこいつが重なる。
そうだったな……初めてこいつを抱き締めて、それで初めて…。

目を閉じてるのが分かる。
次第に何かが込み上げていく。

段々と、自分の顔が近付いてるのが分かる。
なのに止められない。まるであの頃にいるような、今はどこか分からないような。
ああ、もうすぐ触れる…。


その時。


709 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:27:33.88 ID:s1QCE2DCO






『ひゅーー………ぱこーーーん!!!』






「……いってええええええええっ!!!!!????」


後頭部に、実に爽快な激痛が走った。


710 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:28:41.87 ID:s1QCE2DCO

「ふっふっふっ……人の心を自由にしようなんて、傲慢だと思わないかい?
いるんでしょ?ゴトランドさん。」

「………!?ちぃっ…!」

探照灯の眩い光が、茂みに隠れていたゴトランドを炙り出した。

空には月明かり……俺の目には2つの影。
具体的にはこう、あそこ。
何か飛び降りてもあんまり痛くなさそうな庇(ひさし)の上。でも結構ミシミシ言ってる。

そこに立つ2人は…何故か全身タイツにホッケーマスクだった。


「我が名はレイン!」

「そして我が名はビッグバード!」

「「我々は!貴様らの企みを破壊しに現れた名も無き戦士だ!!」」


………いや、もう名乗ってんじゃん。


711 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:30:50.50 ID:s1QCE2DCO

「リョウちゃ…じゃなかったリョウ!私の矢が貴様を救ったのだ!今度ラーメンおごれ!」

「ゴトランド…貴様の手は姑息過ぎる!!女ならば正々堂々追いかけるべきだ!!
翔鶴!!貴様もだ…追跡道の師であるこの僕を捨て、催眠道に走るなど言語道断!!
そう!!女は黙って……いいからストーキングだ!!」

「づほー、時雨ー、危ねえから降りてこーい。」

「ち、違う!!僕たちは断じてそんな和風な名前ではない!」

「そうだ!見ろ!このカッコいいマスクを!!強そうだろう!?」

「………まさに変態仮面、見参。」ボソ

「……違うの!!アレは違うのおおおおお!!!」ビェェェェン

「くっ…邪魔はさせないよ!!ショーカク!!」

「ええ…弟子は師を超えてこそ!師匠!今宵あなたを倒してストーキング道を捨てます!
行くわよゴトちゃん!!」

「「私達の恋路は、誰にも邪魔させない!!」」


執務室でのシリアスかつホラーな空気も、完全にどっか行った。

この時この中庭で、艦娘による伝説の茶番劇………じゃなかった、伝説の陸戦の火蓋が切って落とされたのである。


……ところでお前ら、一体何を賭けて戦ってるんだ。


712 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:32:41.27 ID:s1QCE2DCO
大スランプにはまってしまいましたが、何とか投下できました。余計に頭が悪くなった気がします。
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/19(月) 00:38:45.87 ID:Nyy4Npv6O
おつおつ。エネなんとかとは業が深い……
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/19(月) 07:22:28.72 ID:P33/Kd1Q0
乙!
715 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/24(土) 01:06:52.04 ID:eoqIWvrpO
某大人向け板の方に、大人向けな番外編を投下しました。
大人の方はよろしければ探してみてください。お子様はだめです。大人向けですが、内容的にはいつものです。
716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/08(火) 18:34:20.25 ID:ZCCjqjJm0
ふう...良かったぜ。
717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/09(水) 18:12:21.73 ID:/V8X8MLho
松輪
718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/17(火) 01:02:56.44 ID:B7yGgTNLO
ひとまず保守
719 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:34:38.05 ID:vd4WLsIgO

“…来ちゃったんだね、この日が。”

“…ごめん。”

“ううん。コウヘイにはコウヘイの、やるべき事があるでしょ?
あなたに出会えて…本当に……幸せだったよ。”


彼の帰国が決まって、別れ話をされた時。
本当は、その前から覚悟は出来ていた。

「いつかまた、どこかで。」

そんな言葉も優しい嘘になってしまう事でさえ、本当は分かってたんだ。

空港から飛行機を見送る時、私は小さな横断幕を掲げた。

『Jag ?lskar dig』

スウェーデン語で、愛してるって意味。
でも本当は、こう言いたかった。

『Jag saknar dig』

日本語に直すと…恋しいや寂しいって意味かな。


ここにいられなかったのなら、いつか会いに行けるよう私が頑張ればいい。
例えこの先ただの思い出や友達になってしまったとしても、人生において大切な人なのに変わりは無いもの。

もしまた会えたなら…その時は、お互いの未来を祝福し合えたらいい。
初めはそんな切っ掛けで、日本語を学び始めた。

その目標が歪んだのは、この戦争が起こった時。
どうしても、何をしてでももう一度彼の心を手に入れなくちゃと思ってしまった。


だって…そうしなくちゃ、守れないと思ってしまったから。



720 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:35:57.56 ID:vd4WLsIgO






第31話・女心は8070Au -4- ?





721 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:37:27.13 ID:vd4WLsIgO


「「行くよ!」」


飛び降りそうな掛け声とともに、ジェイソンマスクなコ〇ンの犯人共は、カサカサと地面に降り立った。脚立を伝って。

率直な感想を言おうか。動きが台所の覇者Gだ。
全身タイツの体のライン…って言うとエロく聞こえそうだが、戦隊っぽく中腰でキマってるケツのラインが地味な笑いを誘う。

「くくく…ゴトランド、君の手の内はもうお見通しさ。
催眠と分かっている以上、提督に何が起きても本心とは言えないねぇ?」

「ふふ、嘘から出た誠…だっけ?日本のことわざ。
初めは刷り込まれたものでも、それが精神の血肉になれば本心になるよ?」

「…外道め。」

「求めよ、されば与えられん。手段は選んでられないもの。
シグレも似たようなものでしょ?でもあなたの場合は…ただの恐怖政治だね。」

「カカァ天下って日本語はまだ知らないみたいだね。女房が強い方が上手く行くのさ。」

「もうママ気取り?まだミルクの匂いも取れないのに。」

「言ったね年増。果たして老いたマトンは美味しいのかな?」

おいおい、煽ってんなぁ…。
で、もう片割れコンビはと言えば…。


「「…………。」」


終始無言の睨み合い。
龍虎の戦いの如くガンを飛ばし合ってんだが……時雨らはともかく、お前ら喧嘩する理由無いだろ。

「…まあまあお前ら、落ち着けよ。
喧嘩するのも分かるけど、そもそも何で決着着ける気なんだよ。」

「「「「……え?」」」」


………。

もしかして、何も考えてないの?

722 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:39:09.51 ID:vd4WLsIgO

ものすっ……ごく、微妙な空気が流れる。
やっちまった。ただ険悪になったならともかく、ここまで茶番があったらどう考えても収拾つかねえ奴。

しかし元は上官への洗脳やら何やら、ヘヴィな事態も噛んでる。解決させない訳にも行かない。
ど、どうする…?アレかなぁ、提督に話通して、また後日演習で手打ちにでも…。

「ふふふ…こうなったら仕方ないよね。ショーカク、奥の手を使うよ。」

「奥の手…ゴトちゃん、まさかアレを…!」

「いや何追い込まれてる風にしてんだ!?」

「…私は艦娘になる前から、何度か日本に来ておいた。
見聞を広め、そしてネットワークを作る為に。」

「いや、聞いてる?俺の話聞いてる?ねえ。」

「黙って!!
そう…その過程で日本にも友達が出来たの。
そしてここに来る前、休暇を取って3日程早く日本に来て…あるものを受け取った。」

ゴゴゴと擬音が見えそうなジェスチャーで、ゴトランドは上着に手を突っ込む。
そこから出てきたのは、黄色と赤の…。

「…この、代理購入してもらったシュールストレミングをね!!」


………洒落になってねえ!!


723 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:42:18.74 ID:vd4WLsIgO

「ゴトランド、落ち着け…そんなもん開けたらお前も死ぬぞ…。」

「ふふ…そうだね。さすが日本の初夏、地元じゃこんな状態のはお目にかかれないよ。」

輸送と日本の初夏を経て、パンッパンに膨らんだ缶詰…。
確か本国じゃ、長年放置された奴の始末に軍が出たって…。

「……シグレ、大人しくコウヘイの事は諦めて。
でなければ、今ここでこれを開けるよ。」

「……卑怯者め。催眠だけに飽き足らず、そんなものまで使うのかい?
いいかい?君の理想の世界に、提督の意思は存在しない。
そんなものは、ただ人形を愛でているだけだ!」

「……何とでも言って。私には私の意地がある。
少なくとも、ショーカクは賛同してくれたよ?」

「翔鶴さん…どうして!?」

「瑞鳳ちゃん。恋というのは修羅の道なの…追いかけてもダメならば、例え卑怯な手を使おうとも…。」

「…本音は?」

「いや、ちょっと催眠掛けて逃げ場なくしてあんなことやこんなことしたい……じゃなかった、自ら退路を断つ覚悟の元、突き進む欲ぼ…でもない!信念の道なのよ!」

「退路断たれてんのはおめえの理性だよ!?」

よだれ隠せてねえぞコラ!!
ああもう、もう解決とか知らねえ!とにかく缶詰取り上げねえと…!?

「…!?」

「う、動けない…!!」

「くす…掛かったね?
シュールストレミングはデコイだよ…ゴトの目を見せる為のね。」

催眠…!!
まずい、指先一つ動かせねえだと…。

724 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:43:42.87 ID:vd4WLsIgO

「そうだね…皆には寝ててもらおうかな?
大丈夫、ちょっと吐いちゃうかもしれないけど、一発で落ちれると思うから…。」

「開ける気かい!?そんな事したら君達だって…。」

「ふふ、ゴトとショーカクには、シュールストレミングの匂いが分からなくなる催眠が掛かってるの。
皆が寝てる間に、コウヘイにしっかり暗示を掛けて……タブンコエタリシナイヨネ…。」

プルタブに指が掛かり、死の予感が俺達を駆け抜けた。
だが……その直後。





「………ちょっと待ったぁ!!」





催眠とは言え、眼球と口だけは何とか動かせた。

俺達の視線が集まるその先には……燦然と輝く満月。
それが照らし出すのは赤と黒のコントラストと…そこから生える、スネ毛の生えた白い脚。

そこにいたのは、何やらカッコいいポーズを決めた…。


「白露型駆逐艦、提督!見参!」

「いや雨風ですらね−!!」


たなびくスカートからは、豪快にオシャレボクパンが見えていた。
はは…細身の人が着てもパッツパツじゃねえか…雄っぱいてんこ盛りだぁ…。
725 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:47:15.92 ID:vd4WLsIgO


「提督…もしかしなくても…。」

「いや、うん…キョウがこれ着て出ろって、倉庫から…。」モジモジ

「提督…かわいい……すっごくかわいいよ…。」ハァハァハァハァ

「興奮すんな本家!!」

「と、とにかく!僕が来たからにはこんな事はもうやめるんだ!!

ゴトランド…いや、Gota(ヨータ)!!
あの時は、本当にすまなかった…でも僕らは…僕らはもう終わったんだ!
僕にはもう、時雨がいる…君も未来を生きてくれ!

…それでも狙うなら僕だけにしろ!!皆を巻き込むのだけは、絶対に許さない!!」

「……!!

……いいよ?幾つか飲んでくれるなら。」

「…え?」

「ふふ…まず、日本での私の配属先をここにする事。
それと、いつでも仕事中は私をそばに置いておく事。秘書艦がダメなら、護衛って体でもいいかな。」

「ダメだよ!!ゴトランド、提督を洗脳する気だろう!?
そんな事…例え提督が飲んでも、この僕が許さない!!」

「…シュールストレミング如きでビビったお子様が、よくそんな事言えるね?
コウヘイよりも、臭い思いしない事が大事なんじゃないの?」

「言ったね…じゃあやってやる!!今すぐ開けてやろうじゃないか!!
ゴトランド…それをよこせえぇぇええ!!!」

時雨は猟犬の如く缶詰を奪い取ると、すぐさまプルタブに指を掛ける。
だがその時、風切り音と共に缶が舞い上がった。
アレは…吸盤矢!?

「………瑞鳳さん、どうして?」

「ふふ……し、ししし時雨ちゃん…また別の機会ででもい、い、いいんじゃないかな?
ほら、その……か、帰ればまた来られるって言うし…。」グルグルメ-

あ…そう言えばづほ、去年台湾旅行で寝込んだって言ってたわ…臭豆腐で。
…って缶詰どこ行った!?ああ!提督の足元に…!

726 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:50:00.09 ID:vd4WLsIgO

時雨の表情は、もはや猟犬から狼にステップアップせんばかりに血走っていた。
そして缶詰と提督に向けダッシュしながら、あいつはこう口走る。


「ゴトランド、僕の提督への愛は本物だ!
だからこそ、君の過去すら許すわけには行かないんだよ!

絶対に許さない…提督の……提督のお尻の処〇は、僕が貰うはずだったのに!!!」

「聞いてやがったのかおい!?」


時雨の渾身の叫びが響き、提督は硬直した。


突き抜ける。


そんな例えが似合う、真っ先に気絶へと到達した白目と共に。

そして……その体は、足元の缶へと倒れ…。



『ぱぁあああん…………』



その瞬間、世界の終わる音がした。




727 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:52:28.30 ID:vd4WLsIgO


「……う…ここは…?」

「お目覚めか?集会室だよ。」

「憲兵長!?……?っ!!」

周りを見渡すと、さっきの面子がのびていた。
その中にはゴトランドと元カノも…ああ、臭いが催眠すら超えちまったのか。

服に染み付いたのか、とんでもねえ悪臭が鼻をつく。
これで軽減された方かよ…そんな中、どうも眼鏡と磯風が俺らの看病をしてくれていたらしかった。

「マスク無しかよ…。」

「ふっ…私と兄ぃは強いからな。だが提督の方は…。」


『臭すぎて死体袋に突っ込まれております』


「提督ー!?ヴォエッ!!」

「私と兄ぃが見付けた時、顔を缶に突っ込んでいたよ。
全く、中庭が酷いことになっているぞ?悪臭とゲロまみれで立入禁止だ。」

はは…近付いただけでこれかよ。中すげえ事になってんだろ。
まぁ、自業自得のツケだ。しっかり熟成されてくれ、人としても。

728 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:54:25.96 ID:vd4WLsIgO

「?…やべえなここ。ちょっと外行ってくる…。」

「そうしてくれ。少し外気に当たった方がいい。」


外に出はしたものの、ここでも若干臭って来てた。
石段に腰掛けてぼーっとしてると、そんな俺に声が掛かる。

「あなたもお目覚め?」

「…ゴトランド!?」

「大丈夫、もう何もしないよ。」

そう言ったきり、ゴトランドは黙っちまった。
気まずい時間も数分か、あいつは不意にまた口を開く。

729 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:56:42.32 ID:vd4WLsIgO


「…さっき、コウヘイが言ったよね?
僕らはもう終わったんだ…って。」

「…ああ。」

「あの一言で、妙に胸がすっとしたんだ。
その時思ったの…私はただ、完璧な終わりが欲しかっただけだったのかなって。何の期待も出来ないような。
ふふ…ちゃんと、別れ話もしてたのにね。」

「……そうかよ。」

「…ショーカクとは、どれぐらい付き合ってたの?」

「…1年半。そう思うと結構長かったよ。」

「夏が近いね…もう憲兵隊は半袖なんだね。
ねえ…『その腕の傷』は、いつのもの?」

「………っ!?

…覚えてねえな。」

「そう。
私があの子に肩入れしたのはね…私とあの子は、同じだからだよ?

例えば私だったら…ただコウヘイを追い掛けて日本に来るだけなら、通訳や留学生向けのカウンセラーなんて手もあった。
それでも敢えて、艦娘って言う危険もある職に就いたの。

『その意味』って、分かる?」

「………っ!?」

「これだけは言わせて。
あの子は私より、もっと切実だよ。

心理学者として言うなら…あなたはもっと、自己と向き合うべき。

じゃあ、私はお風呂に入るから。落とさなきゃ。」

730 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 22:58:32.30 ID:vd4WLsIgO

「…………。」

「あ…何だ、行っちゃったのか…。」

「……時雨。」

「ゴトランドさんも懲りたようで一安心…と言いたい所だけど、お釣りは大きかったよ。
僕もまだまだだね…つい熱くなっちゃった。提督が止めに来てくれなかったら、僕が死体袋行きだったよ。」

「その割にゃ妙に嬉しそうじゃねえか。」

「えへへ…言質取ったからね。」

僕にはもう時雨がいる!なんてあんだけ堂々と叫んでたもんなぁ。
まぁあの人はもう、一生カカァ天下を覆せねえだろ。

あー…安心したら疲れたぜ…。
ん?そう言えば気になる事が…。

「なぁ時雨、提督何であんなヘコヘコ頭下げてたんだよ。
まさかお前ら、もう…。」

「………カレー。」

「…………へ?」

「本気で僕を怒らせたら、もう一生カレー作ってあげないって前に言ったんだ。
説得失敗したら…って時点で察したみたいだね。
提督、僕のカレー大好きだから!」



…………。


……かわいいか!!


731 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:00:54.47 ID:vd4WLsIgO


ゴトランドも帰国し、何週間かすればもう皆忘れかけていた。
そんな中、俺は頼まれ物で執務室に向かってた訳。

今日はお淀が休みで…代打は時雨か。
まぁあれで、提督もやる事はやる人だ。執務室ん中が桃色って事もねえだろ。


「失礼しまーす。書類持ってきましたー。」

「あ、リョウ君お疲れー。」

「リョウさん、お疲れ様。」


最近は憲兵さんじゃなく、リョウさん呼びしてくる奴が増えた気もする。
なーんか馴染んだっつーか、段々俺も毒されて来てるような。

「…ん?本部からメールか。えーと……辞令?」

「誰か来るの……!?」

硬直する二人を見て、嫌な汗が背中を伝った。
まさか…はは、まさかなぁ……。


732 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:02:10.42 ID:vd4WLsIgO



『ぴこーん』


今度は時雨のスマホが鳴る。
それを確認した時雨の手は、わなわなと震えていて…俺らに向けてきた画面には、イ〇スタのDMが表示されていた。



『アイジンワクなら空いてるよね?』



その直後。


ぴぎゃーーーー!!!


と、耳をつんざく時雨の遠吠えが、俺達の鼓膜を引き裂いたのだった。



733 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/12/25(水) 23:04:19.37 ID:vd4WLsIgO
ゴトランド編、何とか終了。
大分久々になってしまいました、皆様保守ありがとうございます。次回はネタを考え中。
734 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/26(木) 08:04:41.57 ID:GxMS3q3bO
乙乙
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/26(木) 09:01:32.83 ID:ZlScouDPO
おつ。カレーでそういう趣味なのかと考えた俺は逝っていい
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/02(木) 02:27:34.88 ID:2fkK+HoCo
おつかーれ
737 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:16:21.24 ID:gEhD0SI+O





「…もしもし?えっ!?」


それは突然の事だった。

携帯に入った1本の電話は、救急隊からのもの。
状況の説明を受け、一気に血の気が引いた。

「…憲兵長、提督に連絡お願い出来ますか?」

「どうした?」

「………づほが、事故って運ばれたそうです。」



738 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:17:57.46 ID:gEhD0SI+O






第32話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-1-






739 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:19:37.67 ID:gEhD0SI+O

報せを受け、その時動けたのは俺と元カノ。
電話が来たのは処置に入ってからだったらしく、詳しい怪我は分からない。
命に別状ないとは言ってたが…それでも重症って事もある。

あいつは少し遠くで事故ったらしく、病院も同じくだった。
着いた頃には処置そのものは終わって、一般病棟に入ってると聞いた。

緊急入院…そんなに悪いのか?
案内された区画を、名札を確認しながら歩く。
元カノの方も気が気でないのか、顔色が良くない。

『鳳(おおとり)ミズキ』…病室はここか。
頼む、無事でいてくれ…!



「づほ!」

「瑞鳳ちゃん!!」


病室に入ると、起こされたベッドにもたれるづほ。
点滴こそ打たれているが、座れる程度の怪我ではあるらしい。
俺らはその姿に一度は安堵するが…。


「…あ、来てくれたんだ…ありがとう。」


きいぃ……と振り向いたづほは、真っ白に燃え尽きていた。


740 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:21:01.36 ID:gEhD0SI+O


「……肋骨骨折で5日入院…大変だったな。」

「でも良かったわ、命の心配が無くて。」

「………うん。」


………まぁ、大怪我だし、治療明けだ。
ぼーっとしてるのも無理はない。痛み止めだって効いてるだろう。

ただこの時俺らは、何か違和感を感じ取っていた。

“…何か、異様に生気がねえよな。”

“うん、完全にダウナー入ってるわね…。”

何か話しかけずらいオーラが空間を支配している。
どよーんとしたオーラのまま、づほは今度は何やらブツブツと呟き始める始末。

俺らはそこに、こっそり聞き耳を立ててみるんだが…。


「……ゼッタイユルサナイゼッッタイニユルサナイチノハテマデオッテケツゲマデムシッテホッテヤルゼッタイユルサナインダカラアアモウマイニチドッカニアシノコユビブツケルノロイカケテヤルノロウノロウノロウノロウノロウノロウ…」


““ひぃっ……!?””


元カノまでドン引きである。
薄々ただの事故じゃねえのは感じ取ってたが…その理由は、背後からの声で判明した。


「鳳さん、治療明けに申し訳ございません。警察の者です。」


741 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:22:47.37 ID:gEhD0SI+O

「「「…………。」」」

づほへの事情聴取がてら、俺らも報告用に一緒に説明を受けた。

状況はこうだ。

丁度信号が黄色から赤に変わる寸前、先行の車は先に抜けられたが、距離が微妙だったづほの車は普通に停車。
そこに行くだろうとタカを括ってた後続のトラックが追突、派手にカマを掘られた。

で、ここからがいけない。
何とそのトラック、降りもしねえで当て逃げしやがったらしい。
まだ昼間で良かったが、これが車通りの少ない夜だったらどんな事になってたか。

これには俺もキレそうだったし、元カノも相当殺気立った顔になった。
不幸中の幸いか、目撃者とドラレコで何とか犯人は追えそうとの事。
本音は俺らの手で潰してやりたい所だが、そこは任せる事にした。

そして警察が見せてきたタブレット。そこに映る画像を見たづほは…。


「……………やっぱり、あの子は死んじゃったんだね…。」


どう見ても廃車確定な愛車を見て、とうとう泣き出してしまった。


742 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:24:03.99 ID:gEhD0SI+O


「………どうしよ。」

「凄い落ち込みようだったわね…。」

少し一人にしてくれと言われ、俺らは病院の休憩室にいた。

づほはああ見えて、結構メカ好きな所がある。
艦載機にも愛着持ってるし、よく夕張にメンテの事聞きに行ってる。
あの車も安い中古車だが…丸さが可愛いのよ!丸さが!とそりゃあ大事にしてた訳。


“10:0だろうし保険もある…別の車は手に入るだろうけど、あの子はもう…。”


そう呟くづほの目は、本当に死んだ魚だった。

退院はすぐでも、当面は通院だろう。
それで車まで廃車じゃ、そりゃしばらく立ち直れねえよなぁ…。

「……今日の所は挨拶だけして帰るか。」

「そうね…安静にしてあげたいし、報告もしなくちゃ。」

そうだ、提督と眼鏡に報告もしなきゃならねえ。
それで一旦病室に戻って、づほに声を掛けたんだ。

「じゃあ今日の所は俺ら帰るから、お大事にな。」

「…ありがとう。」

「俺明日休みだから、また来るよ。ショウノは?」

「ごめんなさい、明日は遅くなるかもしれないわ…。」

「……!うん、待ってるね。」


ひとまず微笑んじゃくれたから、多少は落ち着いたか。
でも心配だなぁ…明日は高いアイスでも買ってってやるか。


743 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:25:15.60 ID:gEhD0SI+O




くくく……ふっふっふっふっ……。

怪我の功名、転んでもタダじゃ起きない。
これはチャンスね。あの子は最期まで私を守ってくれた、ならばものにしない手は無い。

そう、今の私はアバラ3本折ってる怪我人。
正直今もめっちゃ痛い…入渠や修復剤使えたらどんなにかってぐらい。


…だったらこれを機に、攻めてもいいよね?



744 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:26:59.97 ID:gEhD0SI+O

次の日。

……やっばいこれ。一晩寝たら余計痛い。痛すぎて板になる。って誰がまな板よ。
サポーター付けられてるけど、潰れるほど無いって現実が忌々しい…。

昨日はさすがに点滴だったけど、今日から病院食…これがまたキツい。飲み込むたびに痛む。水も同様。
暇潰しにお笑い見たら、この世の終わりが見えそうだった。
こんな時にく〇きーの替え歌見た私を呪う。もう3本砕けてる、ボディーのおかわりはいらない。

痛み止め出ててこれって、切れたら本当…やめよ、怖い。ああ、せめて癒しが欲しい。

181センチ、細マッチョ、なのに極度の女顔。
誰が呼んだか『歩く雑コラ』、『脱ぐだけで笑いの神となる男』。
でも私にとっては…1番暖かくなる奴。


早く来ないかなぁ…こんな時こそ、会いたいや。


745 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:28:31.45 ID:gEhD0SI+O

休みって事は、リョウちゃんの性格ならきっと早く来る。荷物だってお願いしたし。
如何せん急な事、それ以外の人が来てくれたとしてもだいぶ遅いはず。

…そして!なんと今この病室は私ともう1人だけ!それも端と端で離れてる!
ふふ…つまりカーテンで仕切ればそこはふたりだけの国……こう、甘えたフリしてうっかりキ、キスとかしちゃったり…!
って何照れてるの私!年齢=彼氏いない歴でも無い!
漫喫事件を思い出せ!キスより恥ずかしいとこ晒したでしょ!

そうだ、まず目標を決めよう。
ここまで来れたって事は、ちゃんと表札見てる…つまり、私の本名は忘れてないって事。

昨日も翔鶴さんの事、思いっ切り本名で呼んでたもんね。
昨日に限らずいつでもそうだけど、内心イラッと来るんだ。
別に元カノなんだし、翔鶴って事務的に呼べばいいじゃん!むかつくー。

………絶対に、退院するまでにミズキって呼ばせてやる。ふふ……。


「…ん゛っ!?」


いったぁ〜〜……!!
やばい、きっと今すっごい顔して…


746 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:30:26.83 ID:gEhD0SI+O

「大丈夫か?しわくちゃのピ〇チュウみてえになってるけど。」

「リョ、リョウちゃん…いつの間に…。」

「今入ってきたとこだよ。荷物とお土産な。」

「ありがとー!ダッツだ!いただくねー。」

荷物は…うん、リスト通りだ。助かるー。
あれ?でも下着とかその辺も…?

「荷物自体は隼鷹が部屋からまとめてくれたよ。
ここちょっと遠いけど、来れる奴から見舞い来るってさ。」

隼鷹さん助かるー。ん?何だろこの紙袋…?


『0.02mm』


隼鷹さん無理だよ!!ここ病院!!アバラ折ってるし!
ま、まあ、いつか使うの期待して貰っとこうかな…。

「大分落ち着いたみてえで何よりだよ。アバラって痛えもんなぁ。」

「折った事あるの?」

「一度組手で下手こいてな。防具無しだと色々あるぜー?」

そう笑うリョウちゃんの腕には、おっきい傷がある。
昔の傷って聞いたきりだけど…今なら『何の傷』かは、大体分かるのよね。昔話を知ったから。

747 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:32:35.07 ID:gEhD0SI+O

「ん。」

「どうしたよ?手ぇ掴んで。」

「いやー、冷静になると事故の恐怖がねぇ…ちょ、ちょっと掴んでてもいい?」

「まぁ派手にやられたもんな。いいぜ。」

半分本音、半分は下心。
でも私達の関係じゃ、こいつは言葉通りにしか受け取ってくれない。
甘えさせてくれるけど、違うのよ。

……もう、派手にやってやろうかな。

40センチ近い身長差も、リョウちゃんが座ってる今なら殆ど同じ。
いっそこのまま胸ぐら掴んで、思いっきりキスしてやろうか。

そう思って、空いた手を伸ばそうとしたら。




『ぴきっ』




「〜〜〜〜…!!!!!?」

「痛むか?モンハンの山田〇之みてえな顔になってんぞ?」

た、例えがひどい…!

うう、言われなくても今すっごいブスになってるの分かるわよ…!どすっぴんだし。
でも耐えらんないよこれ、か、顔に出るぅ…!

「無理すんなよ、寝てた方がいいって。折った次の日からが痛えんだから。」

「うん…そうする。」

あーあ…まぁ、そうなるよね。
はぁ、ほんと最悪…せっかくの二人きりって言っても、私がこれじゃね。


………。


748 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:34:17.06 ID:gEhD0SI+O

「…どした?手ぇ掴んで。」

「ほんとごめん…撫でて?」


ぶるぶる震えてる手を見て察してくれたのか、リョウちゃんは何も言わず撫でてくれた。
今度はガチ。さっき少し思い出したら、事故った時の怖さが一気に蘇ってきちゃって。


………生きてて良かったな、本当に。
事故って『色々失った』けどね。『色々』と。


「鳳さん、検査のお時間です。今大丈夫ですか?」

「あ、はーい。」

「やっぱりまだある感じ?」

「うん、事故だから一応MRIとか一通りやるって。
……ねぇ、リョウちゃん。」

「どうした?」

「この後暇ならで良いんだけどさ……検査終わるまで、待っててもらってもいい?
もう少し、誰かそばにいて欲しいんだ。」

「ああ、大丈夫だ。頃合見て戻ってくるよ。」

「……ありがと。」


ふふ…嬉しいな。

でも本当は、誰かじゃなく君って言いたいし。
ありがとうの後は、大好きって言いたかった。

今はこれが精一杯。
さて、まずは治さなきゃ。他に変な所見付からなきゃいいけど。


749 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:36:48.92 ID:gEhD0SI+O


…………そんな風に浸ってた頃が、私にもありました。


幸いアバラ以外は異常無し。脳にも異常は見られず。

だけど検査後の今こそ異常が起こってる。
脳波が全力で乱れまくってると思う。

そりゃ家族みんなに連絡したわよ…でも無理して来なくても大丈夫って言った。
すぐ出てこれる怪我だもん、期間だけならインフル並。

でも確かに『この人』は、すぐ来れなくもなかった…。

「お久しぶりです、随分遠かったでしょう?」

「いえいえ、この子の為だもの。リョウ君もお世話ありがとう。」

「そりゃ大事な友達ですから。」

気持ちは嬉しい、とっても嬉しいけど…今日じゃないともっと嬉しかった。
そう…リョウちゃんには出来るだけ会わせたくなかった…。


「お元気そうで何よりです。」

「ええ、リョウ君も。」


私の姉妹艦にして、イチ個人としても実姉。
それでもって、リョウちゃんの好みどストライク。


我が姉、祥鳳。
こと、ショウコお姉ちゃん。


私は改めて知るんだ…この人の悪意なき恐ろしさを。


リョウちゃん…何か鼻の下伸びてない?殺すよ?


750 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/01/12(日) 23:39:43.05 ID:gEhD0SI+O
今回はこれにて。

今回の主役はづほ。憲兵君ポジション的な意味で。
次回・瑞鳳、詰められる。
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/18(土) 13:01:56.97 ID:WoUvBWi7o
おつおつ
752 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:26:39.11 ID:4MF7Q746O







第33話・転んでも タダでは起きぬ 阿呆鳥-2-





753 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:27:59.47 ID:4MF7Q746O


「…………。」ニコニコ

「…………。」ズ-ン

リョウちゃんはお昼食べに、1度院外へ。
お姉ちゃんは先に食べてたみたいで、結局1人で行ったんだ。

……一瞬お姉ちゃんを誘いそうな目ぇした事は、しっかり覚えといてやる。

でも今はそんな事より、目の前のお姉ちゃんが問題…。
姉妹だから分かるんだ、この笑顔はめちゃくちゃ怒ってる顔だって…あぁ、多分お姉ちゃんがキレてるのは、事故った事より…。

「ふふ…ミズキ、その様子だと“まだ”みたいね?」

「う"っ…!」

胃の中が鉄になる。

ああ…そうなのよ。前にリョウちゃんの事、思いっ切りお姉ちゃんに話したの。
その時かなーり厳しいお説教を喰らって…はは…そ、そこから実際問題進展してないんだよねー…。

「リョウくんが異動して離れた時、相当落ち込んでたわよね?
あれから私も同じ所行けるんだ!って随分はしゃいでいたと思うのだけど……どういう事かしら?」ギラリ

「〜〜〜〜〜…!!」

「ふふ…相変わらず酔っ払っては甘えて、そんな関係が心地よすぎて何も進展無し。
でもたびたび女を捨てた酔い方をしては、同い年なのに妹分みたいに見られていく一方。

今回も甲斐甲斐しくお世話してくれてるみたいだけれど…だんだん保護者じみてきた感あるわよね?彼。
艦娘たるもの、いざと言う時は勇ましく…これはあくまで艦娘の先輩として教えた事だけれど、恋に於いても同じだと思うの。」

「あ…あはは…。」

「そう、勇ましく、美しく…あなたは今、私の甲板チューブトップにそっくりなものを付けている。そして和服にも似た入院着。」

「う、うん……サポーター、だね。」

「そうよね……だからリョウくんが帰ってきたら…。


脱ぎましょ?」


出たよ脱ぎ魔。


754 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:29:41.34 ID:4MF7Q746O

そう…お姉ちゃんはちょっと露出狂入ってる。
全裸じゃないけど、何かやろうとすると何かと肩出したがる。

戦闘で本気出す時も脱ぐ。
何なら今までの彼氏の前でも、何でかヤクザ映画みたいに男前に脱いでる。洋服なのに。て言うか一回それで振られてる。

はは…そんなんで落とせるんならもうやってるわよ…何ならキャミにパンイチな変態仮面見られてんのよ。
そもそもね、ガッツリ血が繋がってるのにこの体格差は何なのよ。
お父さんもお母さんも普通体型…なのに私だけおばあちゃんから隔世遺伝。
私にマジックでシワ描いたらそのままおばあちゃんよ。おじいちゃん多分ロリコン。

て言うかね、そもそもね。

755 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:31:19.97 ID:4MF7Q746O


「………無理!ここ病院!」

「ふふ、まぁそうよね。冗談よ。
でもね…そんな無理しなくても…。」

「…むぎゅっ!?」

「……あなたはこんなに可愛いじゃない?ほーら、ほっぺむにむにしたくなっちゃう。」

「やめへよー、わらひ今年にじゅうにらよ?
むっ……はぁ、でもあいつの好みじゃないもん。ちんちくりんだし。」

「……前言ってた元カノさんと比べてる?写真見せてくれた。」

「…………うん。私と真逆だもん。」

「……この後は来るのかしら?」

「来たがってるけど、今日は多分無理だよ。仕事詰まってたはずだもん。」

「そう…。」ジ-…

「……お姉ちゃん。」

「何?」カチッ…ガチャガチャ…

「何でアーチェリー組み立ててるの?」

「それは勿論、可愛い妹の恋敵をぶっ飛ばす為よ?」


やめんかこの姉は。

756 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:33:18.45 ID:4MF7Q746O

「ふふ、所詮正規と軽空の差なんて艦娘モードでの話…ただの人同士の今なら、正規空母にだって負けないわ。」

「お姉ちゃん、それただの傷害って言うんだよ。」

「ふふ、冗談よ。」

「なら目を開けて笑って。ねえ。」

「ちぇっ、しょうがないわね。

…まあそれはそれとして、なんで私がこんなに必死か分かる?
リョウくんは、あなたを任せたいって思うぐらいの人だって事よ。」

「…お姉ちゃん。」

「そうね…いきなりしっかり進展は無理でも、今回はもうちょっと女の子だって意識させてみよっか?
まずは怪我の功名狙お?今ならチャンスでしょ?
あんまりうかうかしてると…私がもらっちゃってもいいかも。」

「ダメ!絶対ダメなんだから!」

「ふふ、その意気よ。それだけ嫌なんでしょ?じゃあもっと勇気出さなきゃ。」

「あ……うー、お姉ちゃんには勝てないなぁ。」

「だってお姉ちゃんだもの。
じゃあそろそろ行かなきゃ、お大事にね。」

「うん、ありがとう。お父さんとお母さんにもよろしくね。」

「うん、伝えておくわね。」


757 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:34:50.43 ID:4MF7Q746O

そしてカーテンの閉まる音と共に、今日の嵐は去って行った。

そんな静かな病室の中、私は一人考えていた。
勇気…そうだ、私にはもう失うものなど何も無い。何を怖がることがあるんだって。


「戻ったぜ。あれ?祥鳳さんは?」

「もう帰ったよ?ちょっと遠くから来てくれてたしね。」

「何だ残念だなー、もうちょい話したかったのに。
あーあ、さっき連絡先聞きゃ良かった…美人だよなぁ、祥鳳さん。」

「うん、私の憧れだもん!マジ姉妹だけど。」

「あー、確かにづほと似てねえもんな。サイズ感とか。」



………あぁん?




758 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:39:23.54 ID:4MF7Q746O

言ってくれるわね……これでも小学生の頃は、体大きい方だったのに。中1で成長止まったけど。

ふつふつと沸く怒りは、ヘタレな私をどこかへ遠ざけた。

そう…失うものなど何も無い。
事故った時、ある状態異常で、ある目的地に向かっていた…その300m前でカマ掘られたの。
確か3日ぐらいご無沙汰で、運転中に急に来た…それで目に付いた青いコンビニ、天国の門に見えたわ。

こんなんでも成人女子、毎月の税金に頭悩ませたり、飲み過ぎでやらかしたりする大人の女…。
ふふ…そんな中、事故った弾みでね…。


かっっったいう〇こ、漏らしたから。今年22なのに。


事故った時は半分気絶してた。
そんな中でよーく覚えてるのは、どう見てもダメそうな愛車内の様子と…パンツの中のダイヤモンドな感触と…

救急隊の人達が連呼する、脱〇だ!って慌てた声よ。

人間って、本当に危ないと色々緩むって言うね…。
多分そう思ったから焦って連呼したんだと思うけど、めちゃくちゃ周りに聞こえてたと思うんだ…はは。


「……リョウちゃん。」

「どうした…!?」


リョウちゃんはベッドの横に立っていた。
だから胸倉掴んで、思いっ切り体重掛けて引っ張った。

もう無理矢理キスしてやる。
女以前に大人としての尊厳を失った私は不退転。
そのままリョウちゃんの体は、目を閉じた私の方目掛け…。

759 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:42:15.50 ID:4MF7Q746O




『どすっ!!』






……どす?




760 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:44:09.78 ID:4MF7Q746O

目を開けると、リョウちゃんの体はバランスを崩し、ある場所に着地していた。

そう…脇にあるベッドガード。
そいつが綺麗に、お尻の割れ目に直撃する形で。
リョウちゃんはそれをケツに挟んだまま、白目を剥いていた。

とさ…と人が倒れる虚しい音を見届け、私はベッドの上に仁王立ちになった。

ナースコールの、カチリと言う音。
それ以降はもう、この病室は静寂以外は存在しなかった。


門長(かどなが)リョウスケ、21歳。職業・憲兵。

私の手により、痔、再発す。

761 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:49:11.26 ID:4MF7Q746O


なけなしの勇気を振り絞った告白作戦も台無し。
怪我の功名はならず、状況は変わらないまま。
結局この事故と入院で、私は損ばかりしたのでした。

そしてこの後、甘えてばかりで踏み出さなかった自分を、またしても悔いる事となるのです。

…あと、リョウちゃんはやっぱり、『そういう星』の元に生まれてるのだと。
翔鶴さんを始め、何かしらアレな人と縁があるって言うか、引き寄せるっていうか…。


星のピアスの女だけにね。


…あ、それ言ったら私もアレな人に入っちゃう。

762 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/01(土) 01:52:47.86 ID:4MF7Q746O
今回はこれにて。
瑞鳳提督の皆様、本当すいません…。

次回、かつてのオリ〇ピック開催地。



763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/01(土) 08:12:40.20 ID:d115Ow1zO
おつ!
いずれは報われて欲しいとこ
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/02(日) 09:25:49.29 ID:Mn6kU1lS0
人は便意には勝てない
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/03(月) 01:45:35.74 ID:eFzQHlTeo
おつおつ

早々にアトランタ編かぁ
楽しみ
766 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:13:34.72 ID:PPFDzITdO

「海外艦?またですか?」


「ああ。まぁ色々あってな、うちで引き取る事になった。」

「…またゴトランドみたいな厄介じゃないですよね?」

「残念ながら、彼女以上の厄介だ。
ゴトランドの件は本当に偶然だったが、今回はコウヘイも一枚噛んでいるし…何よりクソ野郎も関わっている。」

「クソ野郎?ああ、本部長殿ですか。あんたほんとあの人嫌いですね。
でも何でまた、海軍の人事にうちが噛んでるんです?」

「正確には、海軍が泣きついてきたんだよ。
異動先がうちになったのは、異例の基準で決まったのさ。」

「え?まさか…。」

「最後はどんな鎮守府かでは無く、どんな憲兵隊がいるかを基準に決まった……つまり、我々をご指名と言う事だ。」


767 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:14:22.37 ID:PPFDzITdO








第34話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-1-







768 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:16:16.98 ID:PPFDzITdO

その件から2週間、遂にこの日が来てしまった。

詳しい話は眼鏡から聞いてる。
NY育ちで、それもだいぶアレな地区の出身だと。

何でも札付きって奴らしく、艦娘になるまでは相当ヤンチャで、『オレンジのツナギ着てた』時期もあったらしい。
艦娘になって足は洗ったらしいが、気性は変わらず。向こうの提督のクソさにキレて半殺しにしたんだとか。

実際その提督は相当クソ野郎だったみてえで、クビ飛んだのはそいつの方だったようだ。
だが上官への暴行、無処分って訳にも行かず。
結局痛み分けって事で、今日来る奴の方は事実上の左遷ってのが事の顛末だと。
アメリカ側が、引き取ってくれる国を探してたらしい。

不良ねぇ…天龍とか摩耶、元気してっかな。
まぁ上官半殺しも理由がある。今は足洗ったってんなら、可愛いもんであって欲しいけど…。

「もうじきここにも挨拶に来る。さて、実際はどんなものだろうな。」

「大した事なきゃいいですけどね。」

「ああ、“しっかり頼むぞ”?」

この時眼鏡の言葉の意味を、しっかり掴んでおくべきだった。
そうだ、上の意図は俺達に任せたって言うよりも…。




『こん…こん……』




……来たか。

さて、どんな厄介か。

769 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:18:59.01 ID:PPFDzITdO

「How is everything?
あたしはAtlanta級防空巡洋艦、Atlanta。Blooklyn生まれ。
あなた達、憲兵さん?よろしくね。」

「Nice to meet you.そうだ、我々がここの憲兵だ。
私が憲兵長の磯村キョウ、こちらが部下の門長だ。よろしく。」

「Nice to meet you.
門長リョウスケです、よろしくお願いします。」


率直な感想を言うと、肩透かしを食らった。

気だるい喋り方に、どことなくぼーっとした顔。
所謂本物って聞いて、凶暴な性格を想像してたからな。


「phew……Japanも暑いね。」


アトランタの制服は長袖シャツ、おまけに手袋にインだ。
そりゃ暑いよな…アトランタが少しだけ袖を捲ると…。



『tattooーん……』



………おめーの腕がブルックリンの壁だ。


770 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:20:49.02 ID:PPFDzITdO

…いや、俺『ある事情』でタトゥー自体は見慣れてんだよ。何なら全身入ってる人も知ってる。
でも俺の知ってる人らは、ファッションや願掛けで入れてる人。実際そこまで邪悪な印象は持った事ない…こいつを除いては。

例えるならヤーさんの和彫りみてえな、妙な気合い。
ぶっ飛んだ絵柄でもねえのに、何故かチラ見えしたこいつのタトゥーからはそれを感じ取っていた。

ゆ、油断しねえ方がいいな…。
ん?どうした?俺の顔まじまじと見て…




「………cupcake.」





………あ"?




771 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:23:50.52 ID:PPFDzITdO

「…Who the hell are you calling a “cupcake”?you son of a bitch.」(誰が女みてえな奴だって?こんにゃろう。)

「What the fxxk...you can speak english.」(げ…あんた英語喋れるんだ。)

『おーおーこれでも得意分野だよ。日本人ならスラング分かんねえってナメてたろ?』

『随分流暢…て言うか、口が悪いんだね。ブルックリンのストリートならぶっ飛ばされるよ?』

『そのまま返すぜ。
生憎日本語も、お前んとこのFワードみてえなスラングはクソほどあるんでな。英語でもニュアンスで何の意図か分かんだよ。
初対面でナメた口利いてくれんじゃねえか。』

『率直な感想。』

『…警戒してたけど、頭来たぜ。』

「You pickin 'a fight?fxxk'n cupcake.」(やんの?オカマ野郎)ナカユビタテ-

「C'mon,fxxk'n bitch.」(かかってこいやクソアマ)オヤユビサゲ-

「Stop it,fxxk'n stupids.」(やめんかバカども)

「「Ow!?」」((痛!?))


眼鏡に頭同士をぶつけられた俺らは、その場にへたりこんじまった。
首にも来てるぜ…無理矢理この女んとこまで下げやがって…!

772 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:26:39.43 ID:PPFDzITdO


『リョウほどでは無いが、私も英語は出来るぞ?
貴様がここに送られたのは、私達がいる前提でだ。
これから“こいつとは長い付き合い”になる、そう目くじらを立てるな。』

『……へぇ、こいつが“例の”?こんなオカマ野郎に?』

『オイ、まだ言うかコラ。』

『リョウ、お前もだ。
アトランタの言動にキレるのも分かるが、スラングにスラングで返すな。
アトランタ、今日はもう大丈夫だ。下がっていいぞ。』

『そう?じゃあ今日は戻るね。』

そのままアトランタは出て行こうと扉に向かうが、去り際、くるりと俺に向かいこう言った。


「Ryo,fxxk you.」


ほー……あのやる気ねえツラ眉一つ動かさねえで舌出して、声のトーンも変えず中指立てやがりますか。
随分煽り力の高ぇお嬢ちゃんだ事で…!


773 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:32:41.23 ID:PPFDzITdO

「……憲兵長。今回の件、提督と本部も噛んでるって言いましたね?」

「ああ、条件に合う憲兵を探す過程でな。
アメリカ側も、資料を見て任せられそうだ!と喜んでいたと聞いたよ。」

「…それは『俺ら』ですか?それとも『俺』ですか?」

「…勿論、貴様個人をご指名だ。『担当監察員』としてな。
リョウ、言い逃れは出来んぞ…昔2年程アメリカにいただろう?」

「中一中二と、親の仕事の都合でいましたね…。」

「当時通っていたのは邦人学校…だが、空手はどこでやっていた?」

「…現地の空手道場。
後々総合に進むような、陽気で気性の荒いアメリカ人がいっぱいいました。」

「…英語は?」

「……そんな環境だったんで、スラングから覚えましたね。fxxkやshitは挨拶代わり。」

「つまり、アトランタと歳が近く、スラング含め英語も堪能、荒れくれ者と渡り合って来た経験もある…。
ほーら、君しかいないじゃなーい♪」

「…ざっけんなコラァ!!誰だ!?誰がトドメ刺しやがった!?」

「コウヘイだ。彼なら余裕ですよー、うちで引き取りますよー、と二つ返事したらしいぞ。」

「……今から提督殺りに行ってもいいですか?」

「……誰を殺るって?」

「アイエエエ!!時雨!?時雨何で!?床から!?
待って!そのマチェットしまってぇぇえええ!!!???」


第一印象は最悪。
正直次会った瞬間、あのやる気ねぇツラ引っ張ってやりたかった。

…しかしどう言う訳だか、マーフィーの法則。
関わりたくねえ奴とこそ、関わり深くなっちまう事も人生にはある。


ああ、考えたくねー…。


774 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:34:26.12 ID:PPFDzITdO





「うわー…何言ってるか分かんないけど、ボロクソなのだけ分かるわね…。
あれだけ険悪ムードだったら、大丈夫じゃない?」

「…………いえ、あの子は危険ね。」

「そう?」

「ああ言うタイプの子、リョウは何だかんだで放っとかないわ。」

「…………翔鶴さんが言うなら、そうなのかもね。」





775 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/03(月) 22:37:07.70 ID:PPFDzITdO
今回はこれにて。
アトランタ編だけで、何回放送禁止用語出す事になるのやら…。
776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/04(火) 01:42:46.42 ID:Mn+Yjsj4o
777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/04(火) 13:20:43.22 ID:cEfoeIibo
乙です
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 04:28:31.24 ID:UUxPSz0iO
乙です
喧嘩するほどなんとやら
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/05(水) 06:32:39.73 ID:1SrvIYX90
最悪の第一印象とかいうラブコメの王道導入
780 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:54:23.85 ID:731E/n28O

あー…本当ムカつくわあの女。
休憩時刻になってもイライラが収まらなかった俺は、久々に喫煙所へと向かっていた。

前は部屋にタバコ置いてたが、今はすぐ吸えるよう詰所のデスクん中。
相変わらず頻度はたまに嗜む程度だが、この置き場の差が現職場でのストレスを物語る。

喫煙所の扉と左の壁はガラスなんだが、右は普通の壁。
だからだろうな…いざ中に入るまでは、先客に気付いてなかった。


「朝以来だね。」


……呪われてんなぁ、今日。


781 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:55:43.97 ID:731E/n28O








第35話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-2-







782 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 00:58:17.97 ID:731E/n28O


「…………。」シュボ


無視無視。何で一服すんのにこいつのツラ見なきゃなんねえんだ。
ふー……あーあ、横に気配があるだけで味落ちてる気がすんぜ。


「…………。」ジ-


何じっと見てんだよ。
またオカマ野郎とか抜かす気か?…ん?

アトランタの手には、火のついてないタバコ。
…ああ、そういう事ね。

「…………。」ポイッ

「……thanx.」パシッ

『へぇ、礼ぐらいは言えんだな。』

『人の事なんだと思ってんの。』

『初対面で人の事オカマ野郎って言う女。』

『女みたいな顔してるあんたが悪い。そのくせデカいし。』

『うるせえ。もう点けたろ?ライター返しな。』

『タバコに関しちゃ日本はいいね。安いから。』ポイッ

『あー、ブルックリンじゃ州法ですげえ高かったっけか?』パシッ

『そう、NYだから。たまの良い嗜好品だから、日頃はVAPEで誤魔化すしかなくてね。』

『ふーん…。』

それ以上会話は特に無し。
別に話す気もなかったからだけどな。

ゴトランドの件の反省もあって、今回は資料のパーソナルな所まで目は通した。
こいつは20歳だからタバコについて言う事も無いし、俺も知ってる以上、歳について話す事もねえって訳さ。

…10代からだってのは、察したけどな。

783 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:02:37.20 ID:731E/n28O

『…担当監察員って、何するの?』

『…お前がやらかさねえか、一定期間監察するだけ。前科者の自分を呪いな。』

『何もしないよ。この国じゃ悪さのしようも無いしね。』

『それだけじゃねえよ。お前の他者への言動・行動も込みだからな?』

一応釘だけ刺しておく。
ちょくちょく話し掛けてくんな…どうせこれからしばらく、積極的にそのムカつくツラ見なきゃならねえ。
朝の件からイラっと来てんだ、今ぐらい無視させてくれよ。

『……憲兵って、要は軍内の警察でしょ?あたし警察嫌いなんだよね。』

『奇遇だな、俺はお前みてえなタイプの女が嫌いだ。』

『だったらわざわざ英語使わないで、日本語で通せば?左遷決まって叩き込まれたから喋れるけど?』

『お前のスラングにカウンター返す為にわざわざ英語使ってんだよ。ダイレクトにムカつくようにな。』

『……やな奴。』

『お互い様だ。』

人間には相性がある。
どうやら俺とこいつは最っ高にウマが合わねえようだ。

ま、憲兵やってりゃこんな事もあるかね。割り切るしかねえか。
馬合わねえ女っちゃあ、曙の奴はどうしてるやら。

……ん?ガラスに何か張り付いてんな…



『べちょーーん…』


「うおおおおっ!?」

「yikes!?」


スライムみてえにべっちょり顔面張り付けてたのは、づほ。
心臓に悪いわ…最近顔芸マスターになってねえか?

784 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:05:08.28 ID:731E/n28O

「ふっふー、新人さん見ないなあって思ったら、こんな所でおしゃべりしてたんだ。
ないすとぅーみーちゅー。私は瑞鳳。
アトランタちゃんでいいんだよね?よろしく。」

「よろしく。あなた、空母?」

「うん!軽空母だよ!」

「へぇ……。

演習する時、楽しみだね。よろしく。」

この時初めて、ダウナーなこいつがニヤリと笑うのを見た。
ああ、不良上がりの防空巡洋艦…なるほど、食ってみたくなったって訳か。

づほも察したのか、笑顔がこわばった。
やべえのが来るって話は前からしてたから、目配せして出るよう促したんだ。
演習以外じゃ、あんまり好戦的なムードにはさせたくねえからな。


785 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:07:14.50 ID:731E/n28O

『……あの子、本当に軽空母?駆逐艦じゃなくて?』

『あれでも俺と同い年、お前より年上だぜ。
俺の大事な親友だ、いじめんなよ?』

『あんたいくつだっけ?』

『21。今年22だ。お前より2つ上だ、少しは敬いな。』

『じょーだん。憲兵のクセに喧嘩好きは敬えないわ。
その拳…あんた、かなりやってるクチでしょ?』

『空手を長年な。アメリカいた頃、道場の先輩に英語と拳を散々叩き込まれたよ。』

『アメリカでストリートファイトは?』

『人助けから発展しちまった事は何度か。』

『本音は?』

『ボクサーやマーシャルアーツ相手は燃えた。』

『うわ…悪い奴。』

『14の時だ、若気の至りだよ。俺は出るぜ、くれぐれもはしゃぐなよ?』

『やんないよ。』

『どうだか。』

そのまま喫煙所を出ると、角の所にちっこい影が隠れてた。
ああ、あの後も見てたのか。

「リョウちゃん、大丈夫?何か雰囲気悪いけど…。」

「ああ、大した事ねえよ。単に俺とウマが合わねえってだけさ。
お前らは仲良くしてやってくれよ?」

「うう…さっきちょっと怖かったかも。
長門さんとこの秋月ちゃんいるよね?演習中のあの子みたいな目えしたからさ…。」

「そりゃお前が空母だからだ。」

786 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:08:57.41 ID:731E/n28O






「Nice to meet you.あなたが新任の子かしら?」

「うん、あたしはアトランタ。あなたは?」

「私はね…。」





787 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:12:15.26 ID:731E/n28O

さて、時間か…またアレの顔見に行かなきゃ行けねえ。

正直クソみてえな任務だけど、仕事な以上やる。
実際問題、やらかされても困るからな。


『……いるか?様子見の時間だ。』

『ああ、もうそんな時間?いいよ。』

『失礼するぜ。』


定期的な動向把握、並びに日に一度の部屋への訪問。監察の基本内容はこれ。
で、初日真っ只中な訳だが…昼間暑いって言ってた割に、アトランタの部屋着はロンTだった。


『ちょっと寒くねえ?エアコン強えよ。』

『日本はジメついてるからキツいよ…。』

『ロンTなんか着てるからだよ。部屋ん中ぐらい隠すもんでもねえだろ?』

『……スケベ。』

『タトゥーの話だバカ。』

『…………見せびらかすもんじゃないからね。』


……妙だな。

アメリカだったらタトゥーは珍しいもんじゃねえ。
余程失敗されたとかでもない限り、隠したがる奴の方が珍しい。仕上がりもちゃんとしてた。
そもそも両前腕にびっしり入ってたしな。

アレ見た時は妙な雰囲気を感じたもんだが…何かあるな。

……いや、気にしてどうすんだ。俺のやる事はまた別だ。

788 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:14:42.72 ID:731E/n28O

『そう言えば、さっきショーカクって子に会ったよ。あの子は正規空母ね。』

『……あいつかぁ。』

『何か腹に一物ありそうだね。彼女?』

『…高校の元カノだよ。ここにいたのは偶然だけどな。』

『…EX(元カノ)か。ああ言うのが好きなんだ?』

『系統だけで言えばな。色々あって別れたけど。
逆にお前みたいなタイプは好みじゃない。』

『奇遇だね、あたしも女顔は嫌いだよ。
……もう夕方か、夜が来るね。』

『波乱の一日の終わりだ。恵みの夜だぜ。』

『恵みね…あんた、夜はどうなの?』

『夜は夜で、嫌いじゃねえな。』

『そう。あたしは苦手。』

『……札付きなのにか?』

『……札付きだったからだよ。アトランタの適正出てから、余計苦手。』

『そんなもんかね。じゃあ戻るわ。』

『もう来なくていいよ。』

『そう出来りゃラッキーだ。じゃあな。』


部屋から出て廊下を見れば、夕暮れで真っ赤になってた。
夜が苦手…か。ちょっとあいつを頼ってみるかな。

789 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:17:12.48 ID:731E/n28O

「…て訳なんだが、あきつ丸、夜中にあいつの部屋を覗けるか?」

“出歯亀でありますか。趣味が悪いでありますなぁ。”

「治安維持の一環だっての。」

「おや、昼間は揉めていた割に、アキまで引っ張り出して随分やる気だな?」

「げ…幽霊見えない聞こえないな割に、会話の流れは分かるんすね。」

「直近でアキを頼るような場面など、一つしかないからな。
…実際どうだった?一日監察した限りでは。」

「基本的な態度は変わらず、俺との相性は最悪です。
ただ、気になる点はあるんですよね。悪意あるってより、テンパって何かやらかしそうな。」

「動転して?」

「あれだけ派手なタトゥーを見せたがらないのと、夜が苦手って発言の2つ。
その後実艦のアトランタについて調べましたけど、確かに記憶の断片だけ貰ってもキツそうな史実ですね。
……ただ、妙に引っかかるんですよ。」

「何か気になるのか?」

「艦娘適正出て、『余計』夜が苦手になったって言ってたんですよね。
完全に勘ですけど、夜のあいつは注意した方がいいかもしれません。」

「…少しは成長したな。
憲兵と言う職務に於いて、洞察は重要だ。トラブルを未然に防ぐと言う意味ではな。」

「えぇ…夜こそ気が立って、何かしでかす可能性も考慮すべきかと。
あきつ丸、皆が寝静まった頃に頼む。」

“了解であります。”

790 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:19:16.22 ID:731E/n28O

翌日あきつ丸に結果を聞くと、やはり気になる点がいくつかあった。

一つ、ナイトランプを最大にしたまま眠っていた事。

もう一つ、寝言で何人かの名前を口に出していた事。
アメリカの人名だが、男女が混ざっていたらしい。

………今夜は俺の夜警か。
あいつの部屋の前通る時、ちょっと気にしてみるか。


『リョウ、おはよう。相変わらずオカマ野郎だね。』

『あ?朝っぱらからFワード付けんなよ。』


日中はそのまま、昨日通りの毒の吐き合いで過ぎた。
それでいざ夜警ってなった時…予想通り、異変は起こった。悪い意味でな。

791 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:20:30.81 ID:731E/n28O


“電気が点いてる…アトランタか?”


深夜24時、廊下に入ると煌々と明かりが。
トイレに起きる奴用に、普段ある程度照明は残してある。
だが今は、それ以上に全開になっていた。

その時…ふ、と突然照明が落ちた。


「no……nooooooooo!!!!!」


悲鳴!?
これは…アトランタの声か!!

懐中電灯片手に廊下中を探す。
それである程度進んだ時…ようやくへたり込むアトランタを見付けた。

「大丈夫か!?」

懐中電灯を向け、アトランタはこっちを見た。
するとアトランタは俺に飛び付いて…。


弱々しい声で、こう言った。


792 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:21:42.07 ID:731E/n28O






「stop it…farther……
stop it…Jesus…please don't killing homies…」

(やめて…お父さん…。
やめて神様…みんなを殺さないで…)






793 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:24:26.92 ID:731E/n28O



きっとアトランタの目には、俺が俺としては映っていなかったのだと思う。

この時俺は…ただ必死に縋り付く彼女を抱き締める事しか出来なかった。



794 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/09(日) 01:26:22.00 ID:731E/n28O
今回はこれにて。
アトランタ編はシリアスとボケがごちゃごちゃな、ちょっと長めのお話になる予定。
795 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/09(日) 07:33:24.04 ID:99oKMQsKO
おつおつ。それにしても現地事情詳しいっすね
796 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:28:31.27 ID:95/Cik0zO








第36話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-3-







797 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:30:27.34 ID:95/Cik0zO


『………落ち着いたか?』

『………。』

荒かった呼吸も、しばらく抱き寄せてる内に収まってきた。

アトランタは何も言わないが、今こうなった理由を問い詰める事はしない。
大体察しはついた、だからこそだ。

『………ごめん。』

『人間ああなったら仕方ねえよ。こっちこそ触っちまってすまねえ。』

『…ありがと。』

『部屋まで送るわ。』

アトランタを部屋まで連れていくが、ベッドに座るあいつの肩は、まだ少し震えていた。

…一人にしといてやった方がいいな。

「I'll return to the my room,sleep tight.」(俺は戻るぜ。しっかり寝とけ。)

「Are you going to playing “Netflix and jill”now?」(これから『いいこと』して寝るの?)

「If so.I'd have to girls who are different from a person like you.」(もしそうなら、『お前みたいな奴以外の女の子』でだな)

「Fxxk'n pervert.」(ばーか)

「Shut the fxxk up.You'll sleep well after NO2 please,lady?good night.」(うるせえ。クソしてお眠りやがり下さいませ、お嬢様?おやすみ。)

「hehe……Ryo,thanx.」


ふー…何とか笑っちゃくれたか。
あんな唐突な下ネタ、気ぃ紛らわせてえ以外の何だっての。返す俺の身にもなれ。

…そういや、あいつが普通に笑ったの今日で初めてだな。

798 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:31:29.15 ID:95/Cik0zO

あいつの部屋から出て、俺は懐中電灯も点けずに廊下を歩いていた。

ただ苦手な夜が来るだけでああなったなら、艦娘以前に日常生活すら送れねえ。
悲鳴上げたのは停電にビビったからで説明付くが、あの言葉。あれは多分、俺の…。


…どうも、ダメ押ししちまったらしいな。


日常を守るとは、心を守る事。
ムカつく事に眼鏡と知り合ってから持った、俺なりの憲兵としてのポリシー。

アトランタの事は気に食わねえ、どうにもああ言う女は苦手だ。


ただ……それが目の前で泣いてる奴を放っておく理由には、ならねえよな…!

799 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:33:05.07 ID:95/Cik0zO

「リョウくん、また珍しいね。」

「提督…夜分遅くにすみません。」

「…アトランタの様子はどうだい?どうにも僕の前じゃ気を遣ってる風でね。」

「提督…アトランタの資料はありますか?」

「…君の所にもあるはずだ。」

「ちげえよ……出生、半生、具体的な犯罪歴。
あいつが『オレンジ着てた』ってんなら、あんたにそっちの方も来てるはずだ。向こうの警察の調書がな。

出せよ。今すぐだ。」

「………。

かなわないな、君には…いいよ、用意しよう。
すまないね、重い役目を押し付けてしまって。」

「…ありがとうございます。」

「………もう察しはついてるかもしれないけど、うちは『そう言う鎮守府』でもあるのさ。
ここは普通に育ってきた子も多いが、何かしら訳ありな子も、うちは積極的に引き取るようにしている。僕の方針でね。

だが僕は提督…柱は所詮柱。それ以上にも以下にもなれない。
一人一人と時間を掛けて向き合いたいが…僕が本当にそれをしてしまえば、戦いに支障が出てしまう。
まず皆が勝ち、そして生きて帰れるよう運営する。それが僕の1番やるべき事。
僕が出来るのは、ここのみんなの居場所を作る事だけだ。

キョウに憲兵への転身を勧めたのは僕だが、あいつがここへ来たのは、キョウ自身の意思だ。僕の方針を理解してね。
“枝を守るのは任せろ、お前は何より太い幹でいろ。”って言ってくれた。
お淀だって、アレでもその気持ちは同じくさ。

だが、彼らだけでは負担が大きい。
今までのキョウの部下達もいい奴らだったけど、正直その面では頼りなかった。

……リョウくん。改めてアトランタの事を…そして、キョウやみんなを頼んでいいかい?」

「……任せてくださいよ。俺はあのクソ眼鏡の一番弟子ですから。
一人より二人。枝支えんなら、多い方が良いでしょう?
頼みますよ大将!あんたはぶっとい柱でいて下さい。」

「…ありがとう。印刷出来たよ、これだ。」

「…提督、ありがとうございます。」

「すまないね、今度何か奢るよ。」

「だったらここらで一番美味いラーメン食わせてください。それでチャラです。」

「ああ、一番好きな店に連れて行くよ。」

800 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:36:28.58 ID:95/Cik0zO

部屋に戻って、改めて隅から隅まで資料を見る。
捕まるまでの家庭環境、生活…それに、逮捕された時の罪状。

なるほどね…大方はクソな意味で予想通り。
だが、本人の口から聞かなきゃ分かんねえ事はまだ多い。

担当観察員…その役目とは、性質に問題のある者を、艦隊の秩序を乱さぬよう正す事。
だがそんなもんは俺にとっちゃ建前だ。要は…安心して戦い、そして暮らせるようにする事。やらかす必要が無いようにな。

少し時間は掛かるな…俺は俺なりのやり方で、全うさせてもらうぜ。


そうだな、まずは今度…。


801 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:40:23.65 ID:95/Cik0zO



“……コン…コン…。”


『ん……誰?』

『俺だ。』

『げ…もうそんな時間?仕事明けなんだからゆっくりさせてよ、せっかく早く終わったんだよ…。』

『私服に着替えろ。それでゲートん所集合。』

『え?』

『…お前酒は好きか?いい所に連れてってやる。』


802 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:42:55.66 ID:95/Cik0zO

『…で、ここ何?』

『居酒屋っつーんだよ。』

『イザカヤ?』

『要は日本のパブだ。』

来てから数日の様子見る限り、どうもこいつはコミュニケーション自体は不得手な方だ。
鎮守府の連中は話早えから、その辺込みでコミュニケーションは取れる…だが、こいつ自身が安心出来るにゃ、ちょっと時間食うだろう。

そういう事なら、英語出来る俺が最初の窓口になりゃいい。
で…手っ取り早くそうするには…。


『あんた、メシであたしの機嫌釣る気だね。』モグモグ

『もう食ってんじゃねえか。』

『ん、これおいし。甘みあって。』

『Japanese rolled omelette.卵焼きっつーんだよ。』

『タマゴヤキ?ああ、タマゴがeggで、焼きがfriedって事か。』

『名前そのまんまだろ?
瑞鳳いるだろ?あいつも焼くの上手いんだよ。』

『ズイホー…あいつ強いね。この前の訓練、大分やられた。』

『あれでも前の所から、狙いの名人って言われてたからな。』

『…ぷはー。どうりでね。日本のビールは結構濃いね。』

『そうか?濃けりゃハイネやバドぐらいならこっちのスーパーで買えるぜ。』

それとなーく他の奴の話題を振る。
他をどう思ってるか探る意図もあったが、何人かの話題出した限り、こいつからの悪印象はそんなに無さそうだ。


『ショーカクだっけ?あんたの元カノとはまだやり合ってないね。』


…そう思って話してたら、今度は俺が地雷を踏まれる番になっちまった。

803 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:44:44.00 ID:95/Cik0zO

『…あいつこそうちのエースだよ。
何でも俺が来るってなった時、訓練しまくったって…。』

『仕返し?何かひどい振り方でもしたの?』

「No.she is “bunny boiler”...」

「wow...is she “bunny boiler”?i see.」

『俺春からこっち来たんだけど、おかげで大変だったんだぞ…』

『そうは見えなかったけどね。』

『お前はまだあいつの恐ろしさを知らない。キレさせるとやべえから気を付けろよ?』

『そう、気を付けるね。』ニヤ

『待って、何する気。』

『何もしないよ。
これ頼んでもいい?日本酒飲んでみたかったんだ。』

『いいけど回んぞ?暴れんなよな。』

804 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:48:02.77 ID:95/Cik0zO

…………で、案の定。

『なーにー?あたしの酒が飲めないってのー?』

『もう店の外だよバカタレ。重っ!?暴れんなコラ!』

アメリカ人に日本酒はキツかったか…無理矢理アトランタを背負い、俺は夜道を歩いていた。暴れるから。
笑い上戸と絡み酒を同時に発症したこいつは、店ん中でもシャレになんねえスラング連発…CとかDとか。
ここがアメリカだったら、どっからともなく発砲事件になってたぜ。

しかし酔っ払っての本音聞いてた限り、こいつもストレス溜まってたんだなぁ…。

どうも向こうの艦隊じゃいまいち馴染めなかったらしく、オマケに前の提督の件。
相当なパワハラ野郎だったようで、駆逐艦殴ろうとした所に花瓶ぶつけて頭カチ割ったんだとか。
流れでそれまで積んでた悪事もバレて、その提督もクビ飛んだって所らしい。


『だーかーらー、ムカついたから花瓶当ててやったんだよー。あのファ〇キンデ〇ックにさー。』

『その話、もう5回目ー。
…ま、やり方はともかく、嫌いじゃないぜ?そう言うの。その子を守ろうとしたんだろ?』

『………そんなんじゃない。』

『はいはい。』


……やっぱり、根っからのワルって訳じゃなさげだな。

こいつに対する監察は、俺、眼鏡、提督の許可があって解ける。
監察員の任を降りれる時が、イコールでこいつはもう大丈夫って証明になるんだ。

様子は見なきゃなんねえが、こいつがこの鎮守府に安心出来れば…やべえ、ちょっと限界だ。
805 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:51:04.81 ID:95/Cik0zO

『重てえよお前…そこのコンビニで休ませろ。』

『いいよ。タバコ吸いたいし。』

コンビニ脇の喫煙所の所で、ようやく一息をつく。
もう7月も後半か…さすがに人担いで歩くにゃ堪えんぜ。

『…日本食、おいしかったなぁ。
空港でこっちのハンバーガー見た時、どうなるもんかと思ったけど。』

『確かに向こうのに比べりゃ小せえな。でもありゃアジア系の俺からすりゃデカすぎだ。』

『でかいのがいいんだよ。今度アトランタバ
ーガー食わせてあげるよ。』

『それ商品名?それともお前オリジナルって事?』

『あたしオリジナル。なかなかいけるよ?』

『胃薬用意して待っとくぜ。でも今日は夜平気なんだな?』

『…外いて気付いたけど、日本のは向こうの夜ほど怖くないんだよね。』

『…まぁ、確かに雰囲気は別だな。俺はこっちの方が落ち着く。』

『……昔はさ、そこまで嫌じゃなかった。
こんな風に外でタバコ吸ってると、ブルックリンが懐かしくなるね。』

『いくつからだ?不良娘。』

『あんたに言うとめんどいからパス。さてと…』

「…ぐえっ!?」

『ヘイタクシー、乗っけてってくれんでしょ?運賃は出世払いで頼むよ。』

『てめえ、立ち上がんのマジでキツいんだぞ…!』

『はい出発ー。』

『…後で覚えとけよ。』

無理矢理アトランタをおぶって、俺は帰路を急いだ。
あぁ、づほなら軽くて済むんだけどなぁ…二度とこいつにゃ飲ませねえ。


806 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:52:31.45 ID:95/Cik0zO














「………へー…………そこ、私のポジションなんだけどなー…。」













807 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/11(火) 21:54:09.08 ID:95/Cik0zO
今回はこれにて。
シリアス風が続いてますが、その内どうせいつもの頭の悪さに戻るのでご安心ください。
808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/11(火) 22:16:40.63 ID:N6+947b+o
おつ
809 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/11(火) 22:28:02.69 ID:A2SD8YCiO
おつおつ
スラング詳しいなぁ
810 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:47:02.67 ID:eqSmsJhmO


『被告人 ____・ジェンキンズ
xx年4月22日生 18歳
血液型 AB型

罪状 傷害並びに公務執行妨害
判決 懲役6ヶ月

ブルックリン区内にて出生。北欧系アメリカ人。
幼少期から実父より母親と共にDVを受けており、10歳の頃、耐えかねた母親が父親を殺害。母親は逮捕され服役するも、翌年獄中死。

その後同ブルックリン区内在住の祖父と生活するも、14歳の頃に祖父が死去。
以降は祖父のアパートにて一人で生活し、ギャングコミュニティでの目撃情報あり。
自供、並びに証拠は得られていないが、逮捕までの生活費は、祖父の遺産と犯罪行為で得たものを基としていたものと思われる。

仲間を狙撃した警官を襲撃、頭部裂傷を負わせ上記の罪状により逮捕。
負傷した警官は、被告の仲間への不当な発砲を働いており、これも考慮し上記の判決と処す。』


811 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:48:25.52 ID:eqSmsJhmO



「____、晴れてあなたも模範囚ね。きっと半年より早く出られるわ。出所後はどうするの?」

「…ホームレス以外無いでしょ。アパートもファミリーももう無い。
また『運送屋』でもやるか…それか、もう『街に立ちんぼ』するぐらいしかないもね。神様助けてってさ。」

「…フリートガールって知ってるかしら?」

「フリートガール?何か変なカッコしてバケモノと戦ってる奴らでしょ?」

「そう。見た目は派手だけど、立派な軍人よ。
適性がいるから、誰でもなれる訳じゃないけど…____、まだ人生を投げるには早いわ。
あなたは本当はいい子よ、神様もきっと見ててくれる。だから賭けてみない?」


812 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:49:52.77 ID:eqSmsJhmO








第37話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-4-









813 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:52:19.87 ID:eqSmsJhmO


「むー…昨日私も暇してたんだけどなー。」

「そうね、私も暇だったわ。」

「あー…ま、まあ悪かったよ。」

翌日、俺はづほと元カノコンビに詰められていた。
せっかくなら私達もアトランタと飲みたかった!って事らしい。

まぁ親交深めたがってるくれてるなら何よりだが、俺も警戒しすぎたかなー…確かに連れてきゃ良かった。
こいつらなら、多分『アレ』も見てるだろうしな…あ、そうだ。

「なぁお前ら、風呂とかでアトランタって見た?」

「…リョウ、やっぱり大きい方好きでいてくれたのね…!」

「……ほっほー、やっぱりああいう乳が良いんだ?」

「ちげーよ、タトゥーの話だ。俺は腕のチラ見えしただけだからな。」

「あー、私この前被ったよ?二の腕ぐらいまで入ってたね。
あと湯気でちゃんと見えなかったけど、背中にもあったかな。」

「私も見たわ。綺麗な絵柄だったわね。」

こいつらはそう言うので偏見持たないから、訊くには早い。
アレも多分意味がある。全体像見た奴の印象を知りたかったんだ。

814 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:53:58.25 ID:eqSmsJhmO

「鷹や太陽、ひまわり…あとマリアね。私が覚えてるのは。」

「おじいちゃんも入ってたよね?キリスト風の奴。」

「…ふーん。背中は?」

「ちゃんと見てないけど、何か黒いのだったよ?派手には見えなかったかな。」

「なるほどな…ありがとな、二人とも。」

「いえいえ…リョウ、でも頑張りすぎないでね。
接した感じ、そんなに悪い子には見えなかったもの。きっとすぐに監察を解けるわ。」

「そうだね、クールだけど話も出来るし。
リョウちゃんちょっと顔疲れてるよ、アトランタちゃんにもプレッシャーになっちゃうよ?」

「…ああ、気をつけるよ。」

キリスト風の老人…ぶん取った調書見た限り、そういう事だろう。
ただ、でかいデザインじゃなく、小さいのをいくつも入れて二の腕まで…ね。

アトランタも最初はビビられてたけど、外面は上手くやってくれてるらしい。
1週間近く経った今、みんなはそこまで悪くは思ってなさそうだ。

……このまま放っておけば、監察自体は解けるかもな。
でも俺は、あいつが何か抱えてるのを見ちまった。

提督や眼鏡は、そこ込みで俺にこの件任せたんだと思う。
ここが本当に安心出来る場所になってくれりゃ、それがベストだ。

さて…部屋への訪問の時間か。
ただ、生きてんのかあいつ?

815 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:55:11.09 ID:eqSmsJhmO


『入るぜ。』

『………死ぬ。今日はマジで帰って。』


二日酔い・オブ・二日酔い。
昨日はアトランタが今日休みって知ってたから連れてったんだが、見事に休日を寝潰していたらしい。
下ろした髪は大爆発、声のトーンは更に低くなっていた。


『…まぁ、だと思ったよ。実際覚えてるか?』

『コンビニでタバコ吸ってからの記憶が無い。あたしどんなもんだった?』

『ここに寝かせた瞬間、俺の顔面に蹴りが来たよ。マーチン履いたままのな。』

『げ……ごめん。』

ギリギリ受け止めたけどな、本当は。ただ、ちょっとは反省してもらわねえとだ。
へへへ…さすがにしおらしいツラしてやがるぜ。

『うう……リョウ、そこにコーヒーメーカーあるから沸かしてくんない?』

『その前におめーはこれだ。』

『……スポドリ?』

『どうせ二度寝三度寝とキメてたんだろ?まず水分取っとけよ。』

『……ありがと……あー、生き返る…。』

『本当にキツそうだな…今日は戻るぜ、監察以前の問題だ。』

話すだけで頭痛拗らせそうなツラだ、俺もとっとと消えてやろう。
……とか考えてると、手を掴まれた。

816 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:56:39.59 ID:eqSmsJhmO


『………何だよ?』

『LINE。』

『は?』

『日本にLINEってアプリあるよね?あんたの教えて。基本的なのは習ったから。』

『あー、いいけどよ。何でまた?』

『これでまた潰れたらタクシー呼べる。いや、お馬さんかな。』

『…一つ、日本の都市伝説を教えてやる。』

『何それ?』

『イエローキャブならぬイエローアンビュランス。
てめえみてえな頭おかしい奴をぶち込む救急車だ。』

『大丈夫、あたしの専用車両はカーキのタクシーだから。』

『行先は地獄オンリー、運賃はお前の命な。
…ったく、しょうがねえな。スマホ出しな、登録してやる。』

それで登録して、とっとと部屋を出た。
ん?早速か…。


『Ryo,Fxxk you&thnx.』


……はは、どっちだよ。

817 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:57:34.96 ID:eqSmsJhmO

その後ポーラがひと暴れしてくれたお陰で、俺が仕事を終えられたのは22時近く。
例の如く眼鏡は着替える羽目になり、俺は一人で部屋にポーラをぶち込んだ。

“一応様子見とくか。”

何も無いのはわかっちゃいるが、念の為にアトランタの部屋の前も通る事に。
よし…特に物音も無いな。


『…人の部屋の前で何してんの?』

『…出てたのかよ。ポーラぶち込んだついでに様子見にな。』

『あのすぐ脱ぐ子?』

『あのすぐ脱ぐ子。』

『…スケベ。』

『アレのどこに興奮しろと。』

『そう…屋上に行かない?お風呂入ったら少しのぼせちゃった。』

色々とアレなもん見た後で、正直俺も気分が悪かった時だ。
願ったり叶ったり、アトランタに促されるまま屋上に付き合ったんだが、そこでふと気付く。

……夜、怖くねえのか?

818 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 22:59:09.22 ID:eqSmsJhmO

『いい月明かりだね。こうして石段に座ってると、ブルックリンの夜を思い出すよ。』

『……夜、怖いんじゃなかったっけ?』

『………正確には深いのが…かな。
あたしが住んでたアパートには屋上があって、よくこうして月を見てた。』

するとアトランタは、ダボついたロンTの袖を捲った。
顕になったのは、両手の二の腕まで達したいくつものタトゥー。


それをかざしながら、あいつはこう呟いた。

819 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:00:13.34 ID:eqSmsJhmO







『…“みんな”、こっちも月が綺麗だよ。』







820 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:02:00.08 ID:eqSmsJhmO

………。

…やっぱり、そういう事か。

何となく思い描いてたタトゥーの意味に、確信を持てた。
だから今は、あえて触れない事にした。

『……腕の事、何も訊かないんだね。』

『大体分かったよ。アトランタ、お前が話したくなってからでいい。』

「………no.」(違うよ。)

「………why?」(何がだ?)

「……please call me Shelly.it's my real name.」(シェリーって呼んで。あたしの本当の名前。)

資料に載ってた以上、それはもう俺も知ってる名前だ。
だけど実際にそう請われた時…俺は何か、切実な物を感じたんだ。

821 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:03:13.49 ID:eqSmsJhmO

『……ああ、仕事じゃなけりゃ呼んでやるよ。シェリー。』

『……ふーん、仕事中じゃなきゃいいんだ?
ねぇ、リョウ。今から部屋に来ない?見せたいものがあるんだ。』


今度は部屋に招かれて、俺は椅子に座らさせられた。
何か出てくんのかと思った時、アトランタに声をかけられた。


『……リョウ、こっち見てくれる?』

『へ……な!おま、馬鹿野郎!?』


ロンTを脱ぎ捨てたかと思えば、突然下着まで外しやがった。
俺が慌てて目を隠すと、見ろと言わんばかりに手を掴まれる。

『タトゥーの意味、教えてあげる。だから手をどかして?』

『……タトゥーの意味?』

『……分かった、じゃあ背中向けたら声掛けるから。それならいいよね?』

それで声が掛かり、恐る恐る手をどかした。
その時俺が目にしたのは…


「…………っ!!」



そこにあったのは、白い肌に刻まれた黒い影。
アトランタの背中にあったタトゥーは…


天を仰ぐように両手を広げた、死神の後ろ姿だった。


822 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/17(月) 23:05:41.47 ID:eqSmsJhmO
今回はこれにて。
アトランタに設定されてる本名も、他の子同様ちょっとした小ネタが入ってます。
823 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/18(火) 07:40:50.28 ID:ok1xBGeP0
乙です
824 : ◆xu2VpOlD.6 [22564]:2020/02/18(火) 21:07:42.25 ID:e6yselZzO






第38話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-5-






825 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/02/18(火) 21:08:20.65 ID:e6yselZzO
酉間違えました。
826 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:10:46.66 ID:e6yselZzO
酉は変わりますが気を取り直して
827 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:11:57.99 ID:e6yselZzO






第38.話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-5-





828 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:14:34.59 ID:e6yselZzO

『…………。』

俺が背中のタトゥーをしっかり見たのを確かめると、アトランタはタンスから服を取り出した。
タンクトップに着替えたあいつは、俺に近付くと…まず、鷹のタトゥーを指差した。


『……この鷹はジェイムズ。15歳の時の最初のボーイフレンド。
こっちのヒマワリはニーナ、私の親友。この蝶は…。』

一つ一つの絵に対して、出てくるのは一人一人の名前。
それを語るあいつの顔は、どこか優しげな微笑みを浮かべていた。

『………監察員なら、あたしの調書も持ってるよね?』

『……ああ。』

『…いいよ、ちゃんと話してあげる。

あたしの親父は典型的なクズでね、酒に酔っちゃあたしや母親に暴力振るう奴だった。
思えばその頃から、暗い夜が苦手だったかな。またあいつが帰ってくるって…。』

『…………。』

『…10歳の時、とうとう母親が殺っちゃったんだ。
あたしがいつもみたいに殴られてたら、後ろから頭をガツって。

……その時大丈夫?って抱きしめてくれたママは、返り血まみれだった。
笑顔の母親なんて、本当に小さい頃以来に見たよ…それが最後だった。』
829 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:16:00.75 ID:e6yselZzO

『……その後は、じいさんの所にいたんだよな?』

『……この老いたキリストの絵。これがじいちゃん。

あいつらと血が繋がってるなんて思えないぐらい、本当に優しい人なの。
でも歳でさ、あたしが14の時に死んじゃった。人生で最初に尊敬出来た人だった。』

『……そうか。』

あの夜警の時、俺は懐中電灯振り回しながら廊下を探してた。

暗闇に浮かぶ人影…それも何かを振り回しながら。
あの時こいつが錯乱したのは、やっぱりそこに父親の影を見ちまったからか。

アトランタの両腕を見る限り、両親をモチーフにしたタトゥーは無い。
強くは言わなかったが、母親にも良い感情は持てなかったのだと思う。

……最初に尊敬出来る人間が出来たのは、10歳にしてやっと。
その言葉の意味を噛み締めるように、俺の拳は軋みを上げていた。

830 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:18:52.82 ID:e6yselZzO

『………それからは、どう生きてきた?』

『流れるようにストリートギャングの道へ…ってね。
食ってかなきゃいけなかったからね。でもその頃のあたしじゃ、他に生きてく術も無かった。

…今時のギャングコミュニティだと、あたしみたいな人種の奴は少ないんだ。力関係なら、ギャングの中のナードって言ってもいい。
あたしのいた所は少ないながら、あたしと似たような人種が集まってチームになってた。

だから手っ取り早い仕事はありつけなくてね…あたしのチームは、“運送屋”のバイトしてたよ。』

『……“運送屋”ね、そりゃまた大変な仕事だ。』

『…確かに、何度も危ない橋は渡ったね。
でも、あたしにとってはファミリーだった。

仕事が上手く行った時は、皆でパーティーをやっててさ。
あたしの作ったハンバーガーやフライドベーコン、皆好きでいてくれた。

……でも、一人、また一人と減ってったね。

さっき言った、最初のボーイフレンドのジェイムズ。
鷹が好きな人だった……初めて“そう言う事”した次の日、ポリに撃たれて死んじゃったよ。
別のやらかした奴と間違えられて、誤射でね。

ニーナは…どんな人生にも光はあるって、口癖みたいに言ってた。お守りだって、胸にヒマワリを入れてた子。
……どっかのイカレ野郎にヤられちゃってね、朝ゴミ捨て場で死んでたよ。
あたしのヒマワリのタトゥーは、あの子と同じ彫り師に頼んだ。

…独りで過ごす夜が、だんだん怖くなってた。
明日の朝、もう会えない奴が出るかもしれない。今度はあたしかもしれない。
そう思うと、暗闇が怖くて…よくこいつを抱いてたよ。』

そうアトランタが見せてくれたのは、くたびれたぬいぐるみ。
少し前の映画に出てた、クマのものだった。

元はじいちゃんに買ってもらったものだと、こいつは寂しげに笑う。

その後も、次々とタトゥーの意味を語ってくれた。
一つの絵に対して、誰か一人の人生と死が。
それをまた一つ聞く度、俺の中に、顔も知らない誰かの最期が描かれていく。

その会話の中で…アトランタはチームの最期を語ってくれた。

831 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:21:48.32 ID:e6yselZzO

『…あたしが逮捕された日が、チームの最期の日。

ポカしてでかいとこに狙われちゃってね…リーダーは、女と若い奴を秘密の場所に隠したんだ。
明け方手前に、少し遠くの方から銃声がして…それもすぐ止んだ。

夜明けまで絶対に出るなって言われてた。
それで朝、その場所に行ったら…あったのは、チームのみんなの死体だけ。

…リーダーの彼女が、死体に駆け寄ったの。
そしたら……その子は頭撃たれて、その場で脳ミソぶちまけた。

警官がいたんだ。
抗争中のギャングの残りを撃ったって体に出来ると思ったんだろうけど……そいつさ、笑ってやがった。

あたしの事には気付いてなかった…だから、落ちてたブロック持って…。』

『……それで逮捕されて、収監されてたって事か。』

『…………うん。』

…アトランタの目からは、一筋こぼれるものがあった。
だが、話はここで終わるわけじゃ無さそうだ。
制止しようかとも思ったが…俺は、最後までその話を聞くことにした。

832 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:24:47.89 ID:e6yselZzO

『…そうやって、一人誰かいなくなる度にタトゥーが増えてった。
あたしの中で生きてって、そう思ってね…。』

『……そのマリアは?』

『……実の母親じゃないよ。背中のとこれは、艦娘になった時に入れたやつ。

これはね…ムショの監察員のおばさん。
みんなからババアって慕われてた、うざったい人だよ。

出所してもアテが無かったあたしに、艦娘を勧めてくれた人。
色々うるさかったけど…あたしにとっては、初めてちゃんと向き合ってくれた大人の女だった。本当のママみたいにね。』

『………その人は、どうなった?』

『……あたしが出所した夜、新しく来たヤク中女にフォークで刺された。

あたしが出所前に適性検査を受けれたのは、その人のおかげ。
模範囚にしてくれたし、あちこち駆け回って口利きしてくれた…合格した時さ、二人で抱き合って泣いたよ。

出所する時も、思いっきりハグしてくれた……また休暇取って会いに行くって約束して。
でもそれが最後……あの人の匂いとぬくもりは、本当のママより覚えてる。

…報せが来たのは、埋葬も終わった後だった。
休みの日にこっそり制服持ち出して、あの人のお墓の前で敬礼したよ。

………一度くらい、見せてあげたかったからさ。』

『じゃあ…背中の死神は…。』

『…あたしの自画像。
自ら鎌を振るでも無く、ただ深入りした者の死を見るだけの人生…ってね。
ほら、こうして腕広げれば、みんなを見てるみたいになるでしょ?』

そう誇らしげにタトゥーを見せるアトランタの笑みは、その実、俺の目には痛々しく映った。
その直後…


アトランタは、全身を預けるように俺に抱きついてきた。


833 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/18(火) 21:27:03.27 ID:e6yselZzO

『………。』

すすり泣く声だけが、部屋に響く。
強く体を締め付ける腕は、怯えた子供のように加減を知らない。

「………fxxk you.」

「………。」

「Ryo.My heart hurts when I remember…please don't kind to me……fxxk you……fxxk you!!」(リョウ、思い出してつらいんだ……優しくしないで……クソ野郎…クソ野郎!!)

涙声のまま、アトランタはようやく感情の全部を俺にぶつけてきた。
そうか……観察員として向き合えば向き合うだけ、傷に塩塗ってるようなもんだったかもな。だが……



そうは問屋が卸すわきゃねえだろ、馬鹿野郎。



834 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:28:48.40 ID:e6yselZzO


「…………ow!?」


スコーンと1発、アトランタの脳天にチョップをかましてやった。
へへへ、さっきとは別の意味で涙目だ。ざまあみろ。


……ったく、世話あ焼ける奴だぜ。


835 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:31:26.76 ID:e6yselZzO

「Shut the fxxk up,fxxk'n biddie.」(…うっせーな、ワガママ娘が。)

「Oh shit…」(何すんの…)

『……理由はどうあれ、てめえは過去は犯罪者だった。
お前の運んだモンで、人生閉じちまった奴もいるかもしれねえ。それを忘れるな。』

『………っ!
…それ、ババアにも言われたね。』

『……だが、1度はブタ箱に入ってたろ?それも模範囚としてだ。
てめえのやった事は消えねえ。で、てめえを蝕んできた過去も消えねえだろう。

艦娘勧められた時、断らなかったんだよな?
お前は自分の意志で這い上がろうとしたって事だ。どれだけ否定しようがな。

…だったらよ、“どう生きて来たか”じゃねえ、“これからどう生きるか”じゃねえのか?
それがてめえの過去に対する復讐であり、贖罪だ。違うか?

…少なくとも死んでった人らは、お前の不幸を願う奴はいないと思うぜ。
せいぜい、例のクソ親父ぐらいなもんじゃねえか?

俺に腹の底ぶちまけた、それが答えだ。
ずっと、誰かに聞いて欲しかったんだろ?』

『………!!』

836 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2020/02/18(火) 21:33:26.52 ID:e6yselZzO

『……生憎そのババアみてえなのは、ここじゃ俺だけじゃねえぞ?

提督は、お前みてえなワケありも積極的に引き取ってる。居場所を作る為にな。
あの眼鏡は俺の師匠だ、俺より強引にお前を引きずり上げようとするだろう。

ここの艦娘連中だってそうだ…誰かしらあの手この手でお節介焼いちゃ、お前をほっときゃしねえ。
お前と飲み行った後、づほと翔鶴に怒られちまったぜ…何でお前と飲ませてくれなかったんだってな。

……おい問題児、逃げられると思うな。

ここに来ちまったのが運の尽き。
ここは“俺含め”、頭のおかしいキxガイどもの溜まり場だ。』


………あーあ、認めちまったよ俺。
ここは本当にクソッタレで、最高な鎮守府だってよ。
憲兵冥利に尽きも尽きる、大好きな場所になっちまったさ。


だからアトランタには、こう言ってやったのさ。

837 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:35:00.01 ID:e6yselZzO







「Atlanta…not.Shelly.This place is your home.」(アトランタ…いや、シェリー。ここがお前の家だ。)






838 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:36:34.73 ID:e6yselZzO


「Ryo………fxxk you.」

最初詰所から出てく時、俺に吐き捨てたFワード。
だが今は、その意味は180度違った。

俺に抱き着いて泣きじゃくるアトランタを見て、そんな事を思ったもんだった。

『………落ち着いたか?』

『………うん。』

『……ただ、抱き着くのは勘弁な。
日本じゃハグは恋愛的な意味が強えから、色々めんどくせえんだよ。元カノとかに見られるとやべえ。』

『……ショーカク?』

『あー…現在進行形で俺のストーカーなんだわ…。』

『…なるほどね、そりゃあんたの事よく知ってるよ。
最初会った時、こう言われたんだ…』

そうしてアトランタが、話してくれた事は……。

839 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:38:08.73 ID:e6yselZzO



?“Nice to meet you.あなたが新任の子かしら?”

??“うん、あたしはアトランタ。あなたは?”??

“私はね…翔鶴。正規空母よ、よろしくね。”

“うん、よろしく。”

“言いづらい事かもしれないけど…リョウが監察員に付く子って、あなたのこと?

“うん。昔色々やらかしちゃってね。
感じ悪いね、あいつ。”

“そうね、確かに口が悪い所はあるけど…でも、とってもいい人よ。
アトランタちゃん、困った事があったらあの人を頼って。あの人なら、きっとあなたの力になってくれるわ。


…誰よりも、暖かくて優しい人よ。”??


840 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:39:58.53 ID:e6yselZzO


『…………。』

『……複雑そうだね、何か。もしかして未練タラタラ?』

『……んな訳ねえだろ、俺が振ったんだからよ。
未だにあいつが一番のトラブルメーカーだ。』


……あいつ、今でもそんな風に。散々冷たくしたってのによ。


『……さて、俺も帰るかな。』

『…ショーカクオカズにして寝る?あ、それともショーカクと…。』

『生憎フリーなんでな。画面の中の手が届かねえまともそうなお姉様に癒してもらう。疲れちまったぜ。』

『ばーか。おやすみ。』

『ああ、おやすみ。』


………ふう。どうなるもんかと思ったぜ。

まぁこの調子なら、後は何事も無けりゃ監察も解けるだろ。
それでお役御免になれば、晴れてまたいつもの日常に集中するだけだ。

あー、ねっむ…抜く気も起きねえや。


841 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:40:51.36 ID:e6yselZzO









へえ、ならフリーか。

……ショーカク、ごめんね。









842 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:42:15.47 ID:e6yselZzO


あれから半月、監察もすっかりルーティンと化した。

また後で行かねえとな…まぁ、世間話だ。
食堂でコーヒー飲みつつ、そんな感じでこれからの予定を考えていた。

午後のひとときなせいか、周りの席もちらほら埋まってる。
で、一緒のテーブルにいるのは俺と眼鏡、それに元カノとづほ。たまーに隼鷹もいる。
最近休憩時間に食堂来ると、大体このメンツで喋ってる。

……まぁ、あんまり元カノとは話さねえけど。

お、アトランタだ。

843 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:44:22.44 ID:e6yselZzO

「あ、リョウ。ちょっと見せたいものがあるんだ。」

「どうしたよ?」

ポーカーフェイスなこいつが、珍しく機嫌が良さそうだ。
その理由は、どうも背中にあるらしい。


「この前タトゥー入れてきたの。人生最後のやつ。
アフターケアも落ち着いたからさ。」


襟を伸ばして見せてくれのは、丁度死神の上の辺り。
そこには一つ、星のタトゥーが刻まれていた。


『あたしはそれでも、光を追って生きる』


楽しげなアトランタの顔は、言葉はなくともそう語ってるようだった。








と こ ろ が だ 。









844 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:45:38.19 ID:e6yselZzO

「…ねえ、リョウ。」

「………ん?」








『…………ちゅっ…。』








…………は?




845 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:47:20.93 ID:e6yselZzO

がっしり頭掴まれたかと思えば、気付くと思いっきりキスされてましたとさ。

気が動転してる俺をスルーして、アトランタはご丁寧に日本語で、周りに分かるようにこうぬかしやがった。


「リョウ……ギャングに狙われたら、逃げられないんだよ?もうあんたはあたしのもの。


…あんたに拒否権、無 い か ら 。」


変わらぬポーカーフェイス。
だが、桁違いのゴゴゴ…と言う擬音がアトランタの目からは見えていた。



そして……


846 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:49:15.15 ID:e6yselZzO


「………ねえ。」


絶対零度のオーラが、背後から俺を襲う。

ぎぎぎ…と、機械の様に首を回す。

そこには…。




「演習場に行きましょ?久々にキレちゃったわ…。

アトランタちゃん………愉快なオブジェに変わりたいようねぇ…!?」




同じ白髪でも、何かベクトルとか操れそうな方みたいな顔になった元カノ様がいらっしゃいました…。


……お母さん、先立つ不孝をお許しください。


847 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/02/18(火) 21:50:50.81 ID:e6yselZzO
今回はこれにて。
綺麗に終わらせる訳ないでしょう。いつもの感じにギヤを上げていきます。
848 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/20(木) 01:47:28.23 ID:FIOiA8Sp0
ヒェッッ...
849 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/21(金) 09:57:53.90 ID:aXP62vxb0
まあそうなるな…
850 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/05(日) 18:22:28.99 ID:PyoUQ81Do
まーつーわ
851 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/07(火) 13:44:25.09 ID:5HisyGtR0
いつまでもまーつーわ
852 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:44:01.00 ID:77LxSYSIO







第39話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-6-






853 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:45:34.51 ID:77LxSYSIO

「へえ?ショーカク、あたしのsculptureでも作ってくれんの?」

食堂はさながら冷凍庫。
一触即発の空気の中、アトランタと元カノは静かに睨み合っていた。
元カノは完全にブチ切れた笑み、それに対して…アトランタは、余裕ありげな微笑みだ。

正直あまりにもな急展開に、俺自身理解が追い付いていない。
だがこれだけは言える…このまま行くと、俺は何らかの形で召されてしまうと。

そうだ、俺は憲兵。まずはこの場を止めなくちゃならねえ。
そして意を決して動こうとすると…

854 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:47:06.81 ID:77LxSYSIO

「はーい、ストップー。」

「…提督…!?」

「なんか面白そうな事してるねー。でも演習場は僕の許可ないと使えないよ?」

「提督さん、じゃあリアルファイトでもいい?それこそあたしの勝ちだけど。」

「ふふ…あまり弓使いの地力を舐めない事ね。
分かりにくいけれど、これでもインナーマッスルには自信があるのよ?」

「待った待ったー。それも面白そうだけど、君らに始末書出ちゃうよー?
ただ…どうしてもって言うなら、許可出してもいいよ。僕プロデュースの演習ならね。」

「…乗った。」「乗りましょう。」

「くす……じゃあ2時間後、執務室においで。あ、瑞鳳は今着いてきて貰っていいかな?」

「……はい、分かりました…。」

「………!?」

そう提督に着いていくづほの目からは、静かな殺気が放たれていた。
な、何であいつもあんな…呆気に取られている間に、気付けば4人ともいない。
その場に残されていたのは、俺と眼鏡だけだった。


855 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:49:02.06 ID:77LxSYSIO

「……くくく…リョウ、面白い事になったじゃないか。
なるほどな、アトランタは『そういうタイプ』だったか。」

「ど、どういう事ですか…?」

「基本クールでドライではあるが…その分一度気に入った人間には、とことん執着するタイプと見た。
貴様は相当お気に召されたようだな?」

「えー…んな馬鹿な…。」

「……ついでに、ひとつ私の中で確信を得た事がある。」

「……は?」

「リョウ、世の中にはいるんだよ…貴様のようなタイプが。
どういう訳だか、ぶっ飛んだ女にばかり好かれる男と言うのがな…。

それがどういう事かと言うと…つまり、貴様にはまともで優しそうなお姉様どころか、普通の神経の女にモテる日など永遠に来ないのだ…!」

「…………!!!」

な、何だって……!

だが、ショックを受けてる場合じゃない。
俺を巡って演習バトル…下手すりゃ、否応無しにどっちかと付き合えって話になりかねねえじゃねえか…!
こうなりゃ善は急げだ…先手を打つ!多分今なら部屋に…。

856 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:50:32.76 ID:77LxSYSIO

『アトランタ!』

『…なぁにダーリン。シェリーって呼んでくれないの?』

『冗談はその辺にしとけ、何考えてんだおめえは!!』

『ふふ…提督さん、なかなかショーカクとやり合わせてくれないからさ。
まぁ理由は聞いてたけど、あたし的にはそろそろいいかな…ってね。』

『…どういう事だ?』

『…ここの工廠、本当凄腕だね。艤装が使いやす過ぎて、逆に慣れるの手間取っちゃった。
あたし自身まだ時差や気候に慣れてなかったし。

でも、それも慣れてきたから…やっと本来のあたしが出せるかなってね。
慣らしが終わるまで待てって、ずっと止められてたんだ。

あんたなら分かるでしょ?でかい鳥こそ喰ってみたくなるって…!』

その瞬間の笑みを見た時、正直ゾッとした。
うわ…こいつとことん戦闘狂だ。これからの事を心底楽しんでやがる。
でもそれ以前に、巻き込まれた俺はたまったもんじゃねえわけよ。
焚き付ける為でも、アレはよ…。

『聞くまでもねえけど、アレは嘘だよな?
いくらなんでもやり過ぎだ、フォローしきれねえぞ。』

『へぇ……嘘だと思う?』

「……!?」

俺の肩にしがみつくように、また無理矢理唇を奪われた。
思わず押しのけちまったが、アトランタはそれでも楽しそうな笑みを浮かべている。

857 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:52:22.61 ID:77LxSYSIO

『……言ったでしょ?あんたはもうあたしのもの。』

『ごめんなさい無理ですって言ってもか?
この際はっきり言っとくが、お前に恋愛感情は抱けねえな。』

『そりゃ今はそうだろうね、あんたからしたら当然。でもこれからは分からない。嫌よ嫌よも好きのうち…ってね。
色々あっても、明日はいい日になるもんだよ…あんたがあたしに堕ちれば。』

『…しつけえ女はもう間に合ってるんでな、お引き取り願うぜ。
いいか、お前が勝とうが負けようが付き合わねえからな。
演習はこの際仕方ねえが、それ以上のゴタゴタ起こすんなら容赦しねえぞ?』

『くす…容赦なく押し倒してくれんの?』

『あー言えばこう言う。もうちょっとお淑やかになって出直してこい。』

「darling,i love you.」

「thank you,fxxk'n nuts.」(ありがとよ、イカレ女)

ダメだ、ラチがあかねえ。
話にならねえと思った俺は、そのまま一旦部屋から出た。

はぁ…どうもあの様子じゃ、本当に俺に対してガチくせえな。
何度でも口説いてくるなら、何度でも振るしかない。長期戦かよ…。

…あいつ、今まで付き合った奴全員、あの手でかっさらって来たんじゃねえだろうな?


「…………。」


廊下を歩きながら、ふと乱暴に口を拭った。
説明し難い違和感が、どうにも取れなかったんだ。

858 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:53:23.91 ID:77LxSYSIO






“へえ、まずあたしの所に止めに来るんだ……。

余計やり合いたくなったよ、ショーカク。”






859 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 19:55:32.11 ID:77LxSYSIO

「で、来いとは言われた訳ですが……提督、それは無いんじゃないですか?」

「ん?大丈夫大丈夫、実戦ならよくあるパターンだし。」

いざ演習場にボートで乗り付ければ、アトランタに対するはづほと元カノコンビ。
1対2、どう見てもアトランタがボコられる未来しか見えない構図だ。

「今回はアトランタの防空力を見る意図もあるからね。
エース級の空母に補助の軽空も相手して、どれだけ落とせるかと。
逆に、空母コンビの攻撃力の見直しにもなるしさー。

あ、今回はインカムであの子達と会話出来るからねー。」

「……何でそんな余計な事したんですか?」

「そっちの方が燃えるかなってね。」

「提督、後で工廠裏行きましょう。」

「さて、始めようか。」

インカムはあるが、会話は一切無い。
アトランタは不敵な笑み…そして空母コンビからは、ガスバーナーみてえな殺気が放たれていた。

860 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:02:26.24 ID:77LxSYSIO


「始め!」


号令と共に、艦載機が一斉に放たれる。
前見た時に比べると少ない…様子見か?
しかしそれでも2人分、1人でこなすには多すぎる攻撃がアトランタに降り注ぐ。

爆煙がアトランタを覆う…だが、直後にインカムから聞こえた声に、耳を疑った。


「fxxk you thunder,you can suck my dxxk…♪
…ま、あんたたちのなんて、神様の屁にすら値しないけどね。」

余裕気な歌声と共に、爆煙が晴れていく。
そこには無傷のアトランタを、海面に浮かぶ艦載機の残骸が取り囲む光景。

あいつ…全部落としたってのか!?

「へぇ…やるわね。前は私にボコられてたのに。」

「ええ、小手調べに…と思ったけど、そんな必要は無かったわ。
瑞鳳ちゃん…これで全力で“殺れる”わね…!」

「翔鶴さん、どうどう。“楽しい後輩の歓迎会”だよ?
ここは一つ、私達と同じラインに上げてあげないと…。

ねえ、アトランタちゃん。」

「何?」

「そのほっぺたって自前?かわいいね、カ〇ビィみたい。アメリカでも有名だよね?
…いっぱい吸い込んだから、そんなに良い乳になったのかな?」

「そうね、よく似てるわ…ただ、頭には必要なものを吸収出来なかったようね?人前でいきなりあんな事…。」

「……Kixxby?
…fxxk…!人が気にしてる事を…!
c'mon!bunny boiler and pancake!!」

あー…言っちゃったよあいつら…。
悪口ってのは理解出来たんだろう、空母コンビの冷気が高まる。
そして俺のインカムに、地獄への誘いが来た。

861 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:05:09.30 ID:77LxSYSIO

「…ねえ、リョウちゃん。アレ何て言ったの?」

「……無理、訳せねえ。あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ。」

「リョウ… い い か ら 訳 し て ? 」

「……まずpancakeは、スラングでド貧乳って意味だ。」

「ふうん? じ ゃ あ 私 だ ね 。
翔鶴さんのは?」

「bunny boilerは……。
…スラングで、ヤンデレとかメンヘラって意味だな…。」

「…………。

…瑞鳳ちゃん、ちょっと耳を貸して。」

そのまま2人は、こそこそと何か話し始めた。
そして改めてアトランタの方に、仁王立ちで向き直る。

その時、妙な既視感と悪寒が俺を襲った。

元カノ169cm…づほは143cm。
立ち位置はそれぞれ左と右、結構な身長差のシルエット。

あれ?何かこの構図どっかで見た事ある。
そして2人とも、突然ものすごーく可愛く、にっこりと笑った。
それに気付いた時、悪寒は更に激しさを増し…



『大変お見苦しいエヘ顔ダブルファ〇クが発生しております。』



ポップでチームなエピックウウウゥ!!!???



862 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:08:02.40 ID:77LxSYSIO

だめー!ネイティブ相手にそれはだめー!!
本当に発砲事件になるわ!!死体になっても文句言えねえ奴だぞそれ!!

そして今度は、強烈な熱気が反対側から放たれる…その元は勿論…!


「ショーカク…ズイホー……てんめえら…。

fxxk……fxxk……fxxxxxxxxxxxxxxxxxxxk!!!!!!

i'll kill you all!!kiss my ass!!
you guys are dingleberries!!!you despicable fxxk'n cxxts!!

fxxk youuuuuuuuuuuuuuu!!!!!!」



おウ〇コ おウ〇コ
おウ〇コー

あなた達を殺してあげます。くたばってください。
あなた達など拭き残しのトイレットペーパーです。絶対に許しませんよこのクサレ[検閲により削除]達よ。

おウ〇コどもめーーーー。



えー…何とか伏せて訳してもダメ。
余りにも肥溜めのような言葉の羅列に、意識が南国に逝きかけた。

呆然としてる間に、続けてまた通信が入る。


863 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:09:50.42 ID:77LxSYSIO

「リョウちゃん、アレなんて言ってるの?」

「ダメ!汚すぎて本当に訳せない!!」

「リョウ!!ねえ教えてよ!!」

「無理だっつってんだろ!!」

「はぁ…はぁ……あーあ。リョウ、本当下品だねあいつら。
待っててね、全部ハエ叩きしてやるから…!」

「アトランタ、鏡見てこい。心でな。」

「なあに?あたしはパス。
どうせ世界一美しい心が映ってるだけだと思うよ?」

「hehe…please go to psychiatry!!fxxk!!」(はは…精神科行ってこい!!ボケ!!)

「あはは…いいねー君達、そう来ないと楽しくないよ!!
3人とも!!思いっきりやっていいからねー!!」

「「「yes sir!!」」」

「油注ぐな責任者!!」


演習場の熱気は急上昇、これには提督も思わずニッコリだ。
この人が楽しそうにしてる…つまり、この演習が更に泥沼と化すのは確定したのである。


神様、マトモな神経の彼女を僕に下さい。

864 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/04/21(火) 20:11:06.44 ID:77LxSYSIO
今回はこれにて。
世の中大変な事になってしまっていますが、少しでも笑ってもらえれば幸いです。
865 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/21(火) 20:47:38.82 ID:ZGcaIBLpO
おつおつ
アトランタって原作でもこんな感じなんすかね
866 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/21(火) 23:34:42.86 ID:kjLgK/gmO
せやで
867 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/23(木) 15:53:21.26 ID:VAhvK7SI0
らんらんがんばれー
いや、マジでがんばれー
868 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/03(日) 21:02:38.97 ID:YXdvG2YC0
この小説2年超えの大作なってるがな...次も楽しみ
869 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sega]:2020/07/31(金) 04:57:11.92 ID:lfMRttIX0
作者、コロナでイッた説
870 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/09/04(金) 19:34:53.25 ID:RTk4vpvQO
ゆっくり待ってる
871 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 00:57:17.88 ID:I69bmT020

「ふふ…さーて、あの3人どう出るかなー?」

「はは…楽しそうっすね…。」

「まあね。提督の僕からしたら、こういう時こそあの子達の日々の進歩が見られる訳だし。
演習は本人達のセンスでやらせておけば、作戦も立てやすいしねー。」

「……本音は?」

「格闘技観戦みたいな気持ち。」

……ああ、サイコだわ。

楽しそうな提督とは裏腹に、俺の気分は冷えて行く一方。
ガキの喧嘩レベルじゃねえ、殺し合いの宣言が行われたようなもんだ。
双方のいよいよ収拾つかないブチ切れ具合に、どうしようも無い絶望感を抱えていた。

元カノとづほが矢を構え、アトランタは再度迎撃の態勢に入る。
容易に想像出来る、戦闘の激化……だが、少し予想外な闘いがここから起こって行くのだった。



872 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 00:58:32.00 ID:I69bmT020







第40話・深刻なモザイク不足な奴ら、伏字も特盛-7-








873 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:00:30.33 ID:I69bmT020


「行くわよ瑞鳳ちゃん!」

「うん!!」

小手調べ無し、初撃より遥かに多い爆撃がアトランタを狙う。
しかしアトランタも負けちゃいない。爆煙は海面じゃなく上空で巻き起こり、それは撃ち合いが拮抗している事を表していた。

「あんた達そんなもん!?まだまだあたしには届いてないね!」

上がった声のトーンからは、アトランタにも最初程の余裕は無いのが見て取れた。
どちらも本気。均衡が崩れるまでのぶつけ合いの様相を呈している。

爆撃音は次第に減り、今二人が放った分が切れた事を告げる。
決着せず乗り切ったのかと思った、その時。

874 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:01:53.22 ID:I69bmT020


「……yikes!?」


一度アトランタが気を抜いた瞬間、背後から激しい水飛沫がアトランタを襲った。
あれは…低空飛行の飛沫か!? どこにいたんだ?

「ふふ…少しは頭が冷えたかしら?」

「fxxk…あんた最初から…!」

「……私だけじゃないわよ?」

「…………!?……ぶっ!!」


びたああぁあん……と言う音ともにアトランタの顔面に貼り付いたのは、でかい昆布一枚。

それをぶつけてきた艦載機は…


「ふっふー、昆布だしのお味は刺激が強かったかな?
まあでも、『牛』には相性いいよねえ…?」

「づほ…。」


あのドタバタの隙に、一機逃がして昆布探させてたのかよ…ムカつきすぎだろ、怖ぇなぁ。

してやったりと言わんばかりに、二人は悪そうな笑みを浮かべてる。
一方のアトランタは…顔面に昆布貼り付けたまま、微動だにする気配も見せずにいた。

875 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:05:10.58 ID:I69bmT020


「…思った通りね。防空力は大したものだけれど、手元と足元はそれに釣り合っていない。
いい?アトランタちゃん。鳥は撃てば終わりだけれど…艦載機には空母と言う撃ち手がいるのよ?それに他の艦もいる。
上ばかり見ていれば、横から心臓を撃たれても仕方ないわ。

今のは飛沫と昆布で済んでいるけれど…実戦ならとっくに死体よ?
あなた、よく今まで生きてこられたわね。」

「同感ね。煽り耐性も致命的に低いわ。
単にムカついて吠えるだけなら誰でも出来る…その怒りを、どう確実に殺る為の思考に変えられるか。そう言う最後の冷静さが足りない。

アトランタちゃん、向こうじゃ随分周りに助けられてたんじゃない?
仮にも軽巡が前を不得手にしてるんじゃ、前衛じゃなくて浮き砲台だよ?」

うわ…ちょっと言い過ぎじゃねえ?
確かにど素人の俺からしても、前後は劣って見えたけどよ…。



876 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:08:06.49 ID:I69bmT020

「あー…先走っちゃったかー、あの二人。
後で僕から筋道立てて言おうと思ってたんだけどねぇ。」

「空手に置き換えると、気配の察知と動体視力の甘さ…って所ですかね。
ただ、アトランタの性格にあの言い方は…。」

「うん……ちょっとまずいかもね。」

現状の構図だけで言えば、イキった後輩が先輩にやられてる図だ。
元はと言えば、元カノキレさせたのはアトランタな訳で。

しかし、奴らはもうお釣りが来るレベルでアトランタを煽り返し、そして心身共にボコボコにしてる。


そんな中、元カノは更に口を開いた。

877 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:11:38.32 ID:I69bmT020

「……艦娘の先輩として言えるのは、ここまでね。
ここからは、個人的な話をあなたにさせてもらうわ。

所詮私はあの人の元カノ…しかも振られた身なの。
実際の所、あなたや他の子に対してガタガタ言う権利なんて無い…リョウが誰に選ばれるかも、誰を選ぶのかもね。

それでもね、あなたはちょっと許せないのよ…あなたと私は、よく似ているから。
人への甘え方も上手くなくて、その癖甘ったれで。
あの人はそれを受け入れてくれる度量があったから、ただ無理矢理縋りつこうとしているだけ。

ふふ…本当に、私達はよく似てるわ。
結局、自分の事しか考えていないもの…あなたも私も。
私のエゴだけど…少なくとも、2回もそんな女に引っかかって欲しくないの。

似た者同士としてはっきり言うわ。
あなたは私と同じで、リョウを不幸にするだけなのよ。」


…………!?

ショウノ…今、なんて…。


878 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:15:30.09 ID:I69bmT020


「………リョウ君、アトランタを見て。」

「……!」


怒りに震える気配もなく、アトランタは顔面の昆布を鷲掴み、海面に叩き付ける。
その時顕になった顔には、さっきまでの怒りすら見えないポーカーフェイスが浮かんでいた。


「shut the fxxk up…shit,so smells fishy…(うるさいな…ちっ、磯臭い…)

In short…『お前は自分と同じで、優しくしてもらえれば誰でも良かったんだろ?』って言いたいの?

ふー……そうだね…日本語でサゲマンって言うんだっけ?あたしらみたいなの。
確かによく似てるよ……Cognate aversion…ドーゾクケンオって奴?

だからムカつくんだよね…。
似てても他人…勝手に同じ道辿るなんて決め付けんじゃねえよ…!
あたしは冷めてるかもしんないけど…あんたみたいなウジウジした奴とは違う!!

kill you…old battleaxe of a fxxk'n cakeface!!」

雄叫びを上げ、初めてアトランタがその場から動いた。

機銃の持ち方を変えた……あの持ち方は…!
やべえ!!あいつ機銃で殴る気だ!!

879 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:17:04.83 ID:I69bmT020






「……old battleaxe…聞いた事があるわね。」





だがその緊張感は、元カノのこの一言で凍り付いた。






880 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:20:18.91 ID:I69bmT020


「………リョウ。あの子、何て言ったのか訳せる?」

「……要は、ぶっ殺してやるって事だよ。」

「…………。

ねえ……正 確 に 訳 し て も ら っ て い い か し ら ? 」

「…………。

……”ぶっ殺してやる、厚化粧のクソババアが“……だな。」

「ふふ…… そ う 。 」


その瞬間、あいつが見せた笑顔。
それはさながら、氷の女王と呼ぶに相応しい恐ろしさを放っていた。

唯一その空気に殺られていなかったのは、アトランタのみ。
怒りのままに突進するあいつに反し、元カノは笑顔のまま拳を握り、そして姿勢を下げた。

あいつは高校の頃から、大人びて見られるのを相当気にしてた…アトランタは間違いなく、踏んではいけない地雷を踏んだ。
俺の空手家の本能が告げる。渾身のカウンターの後、アトランタは数mは確実に吹っ飛ぶと。

艤装ありきでも、間違いなく歯と骨の4~5本は逝く未来しか見えない。
あと数秒…提督けしかけて止めさせる時間は無い……。


………ならば!!


881 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:22:40.84 ID:I69bmT020

「………ショウノ。」

「………何かしら?」

「……降参しろ。でなけりゃ俺と二人の時の事をここでばらす。」

「………ど、どう言う時のかしら?」

「………。

……部屋の中、或いは街中や学校。
屋内外問わず、とにかく周りの誰にも見られない、正真正銘俺と二人っきりの時のお前をだ。」

「……………。」


その瞬間。
元カノが耳まで真っ赤になったのを、俺は見逃さなかった。





「ま……参りましたあああああ!!!!!!」




はは…まさか水上土下座なんて、生涯の中で見るとは思わなかったよ…。



882 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:25:38.89 ID:I69bmT020

『………よう。』

『何?また監察?』

演習の片付けも終わり、アトランタの部屋に様子を見に行った。
不機嫌そうにベッドに不貞寝してたが、服装はホットパンツにキャミ。
もうタトゥを隠す気はさらさら無さそうだった。

『…………腐っても先輩だね、あいつら。
あたしの艦娘としての欠点、全部見抜かれてた。』

『あの後あいつらにも言ったけど、他に言い方あったろって思うけどな。キツすぎだよ。』

『……ううん。アレで良かったんだよ。
何かさ、ムショのババアに怒られてる時思い出した。
いつもぐうの音も出ないぐらい痛い所突かれて…でも、大体後でそういう事かって分かるんだ…ムカつくけどね。』

『………日本酒みてえなもんだよな。』

『あの二日酔いはキツかったよ。

ねえ……。』

『いって!?』

ベッドの端に座ってた俺の膝に、アトランタは思いっ切り頭を乗せてきた。
太ももに痛みが響くが、そんな俺を無視するように、こいつはそのまますがり付いて来る。

883 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:27:39.27 ID:I69bmT020

『…………ごめん。ショーカクの言う通りだ…。
一旦これでおしまい。だからその前に、ちょっとだけ甘えさせてよ…。』

『…………。』




………いや、あいつをそうさせたのは…。

変われてねえのは、きっとよ…。




『……リョウ。ここがお前の家だって言ってくれたよね。
じゃああんたから見たら、あたしはどんなポジション?』

『……すっげー手のかかる妹分。』

『…なるほどね。』

『………へ……!?』

完全に油断してた。
一瞬だったが、またしても強引に唇を奪われちまったんだ。


……こ、こいつ…懲りてねえ……。



884 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:34:13.81 ID:I69bmT020


「………I'm gonna be your lover someday.
And then I'll make you the happiest man in the world.

…So I'll let you off the hook for now.
You'll have to wait for them to shoot you down.」



「Good luck on that,genius.」(言ってろ、ばーか。)



885 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:37:39.43 ID:I69bmT020

………恋愛対象に無い奴を振り続けなきゃなんねえのは、変わんねえのか。
引き取ってくれる男が出てくるまで、この新しい妹分の面倒見なきゃなんねえな…。


『………ところでさ。』

『ん?』

『あんたと二人の時のショーカクって、実際どうだったの?』

『………。

…でかくて白い犬。』

『犬。』

『これ以上は黙秘な。』


…まぁ、言えねえよな。
誰もいなけりゃ本当にずーっと、抱きついてきたり手ぇ繋いできたりな甘えん坊だったとは。


886 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:41:03.49 ID:I69bmT020

「………おはよう、アトランタちゃん。」

「ショーカク…おはよ。」

次の日の食堂は、朝から緊張感が走っていた。

昨日の大立ち回りは皆の知る所、バトルが始まらないか身構えるのは当然か。
しかし俺や提督は、少しも心配しちゃいない。

「その…昨日はすみませんでした。センパイ。

えーと、コ、コンゴトモ、ブシド…no…!ゴ、ゴシドーゴベンタツ!!よろしくお願いします!」

「いえ…私の方こそごめんなさい。言い過ぎだったわ。
…大丈夫、あなたはきっと強くなれるから。」

「…ショーカク。」


……まぁ、少しは頭冷やしてくれたか。
ん…?何かアトランタの後ろに…。


「ほほーう?いい乳してるわねぇ…。」モニュンモニュン

「…ズイホー!て、てめえ…!」

「私も昨日はごめんね。あ、おっぱい揉ませてくれたから謝らなくていいよ。
昨日はぶつけちゃったけど、昆布って本当は美味しいんだ。

……昆布だしの卵焼き、食べりゅ?」

「……!…Taberyu!」

はは…卵焼き美味そうに食ってたもんなぁ。

づほの奴、わざわざ早起きして焼いてたのか。
……巨乳相手は若干態度ひねくれてる気もするけど。

雨降って地固まったと思いてえな。
後で提督に聞いたけど、艦娘の喧嘩に限っては俺ら呼ぶまでもなく、大体演習やらせれば収まるんだとか…道理で率先してた訳だ。
しかし憲兵としちゃ、ちょっと情けなくなる案件だった…。

あ、そうだ。仕事と言えば、今日は後でアレ書かねえとだ。
本当は昨日付けにする気だったけど、あいつらと仲直りするまで保留にしてたんだ。


『防空巡洋艦・Atlantaは監察解除に値すると本官は判断せり。』ってな。


これで晴れて、あいつも普通のここのメンバーだ。
もう札付きなんて言わせねえからな。


887 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:42:35.73 ID:I69bmT020



「翔鶴さん!さっきのどう言う事!?」


あの演習の後、私は寮の裏に翔鶴さんを呼び出した。

あの発言に、どうしても納得が行かない。
この時冷静さを欠いていた私は、思わず激しく詰め寄っちゃったんだ。


「どうって…そのままの意味よ?

本当はね…もう一度あの人の隣に並べるなんて思ってないの。」

「……どうして!?あんなに必死だったのに!!
……それに……リョウちゃんだって、きっと心のどこかじゃまだ…。」

「…………瑞鳳ちゃん、それ以上は言っちゃダメ。

…そうね、また今度飲みにでも行きましょう。
その時話してあげる……何で私が艦娘として戦場にいるのかもね。」


チビの私でも見えないぐらい俯いていて…垂れた前髪で、翔鶴さんの目は隠れてた。

口元には薄い笑み。
それは自虐的で、卑屈に見えて……私をキレさせるには、充分過ぎて。

「いい加減にしなさいよ……言え!!今すぐよ!!」

両手で胸ぐらを掴んで、激しく揺さぶる。
その時やっと翔鶴さんは顔を上げて、そこに見えたのは…。

888 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:43:39.51 ID:I69bmT020








「…………ごめんなさい。今は上手く、話せないの…。」






そう悲しげに笑う翔鶴さんの目からは、ぽたぽたと涙が流れていた。


889 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:45:44.49 ID:I69bmT020

「…………。」

「……お疲れ様。また明日ね。」


翔鶴さんもいなくなって、誰もいない寮の裏。
夕暮れの鬱蒼とした影の中で、私は呆然と立ち尽くしていた。


…思えば初めて、あの子の本音に触れた気がする。

頭の中が上手く整理出来なかった。
どうしたいのか、どうすればいいのか。それすらも整理出来ないまま。

普通に考えたら、あの子が諦めればライバルが消えるって事だ。
だけどこの時、私はとにかく納得出来なくて仕方がなかった。
あの子を殴ってでも、諦めるなとどやしつけてやりたくなった。


「…………っ!!」


気付いたら近くにあった電柱を、思い切り蹴飛ばしていた。
足裏のびりびりとした痛み。嫌でも目をかっぴろげたくなる脳への刺激。


そんな最中にあっても、胸につかえたモヤモヤは晴れてくれなかった。



890 : ◆2CwLAofVjc [saga]:2020/09/09(水) 01:52:25.80 ID:I69bmT020
大変お待たせしたアトランタ編もようやく終了。あえて訳してない英文は、どうしても気になる方は翻訳サイトへどうぞ。
ちょっとこの作品の辛い部分も出てきました。

次回は寒い時期になりそうですが、納涼と言えば…なお話の予定です。
891 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/09(水) 06:20:46.89 ID:mr6R6MEdO
おつう
892 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/09(水) 12:07:40.44 ID:Q6mvB37nO
おつおつ
893 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/10(木) 11:03:51.52 ID:VyKuDg07o
おつおつよー
894 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/10(木) 11:16:57.49 ID:uTJcGDsKo
895 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/29(金) 10:14:05.62 ID:08HxJyE9o
待つわ
896 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/02/12(金) 17:09:40.74 ID:kGyRhf4r0
作者、コロナでイッた説
897 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/21(日) 19:06:41.82 ID:iEx7fcoSo
898 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/07/17(土) 14:04:26.03 ID:yKEzjPov0
899 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/08/20(金) 02:27:40.37 ID:XIF9Yj5Q0
900 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/09/19(日) 19:57:30.14 ID:IK7Ahfm60
スパイクタンパク単体で心臓やその他臓器に悪影響を及ぼすことがわかっています

何故一旦停止しないのですか

何故CDCが接種による若い人の心筋炎を認めているのに情報発信がないのですか
20代はたった1ヶ月で接種後死亡がコロナ死と同等になってます
因果関係の調査は?
901 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/02(水) 22:10:12.27 ID:pFIuXi+uo
902 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/02(土) 00:54:32.86 ID:1Y/7oPbeO
もう3年も経つのかー…
完結しないまま終わるのは寂しいなぁ
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