【艦これ】ex.彼女

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572 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 20:59:33.64 ID:FN/JI0LlO
時間別れちゃうかもですが、投下します。
573 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:00:36.64 ID:FN/JI0LlO





第24話・TAVEMONO NO URAMI-2-




574 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:01:09.92 ID:FN/JI0LlO

「では、改めてルールを確認するわ。
原則リンゴを射抜くのは禁止。矢を用いた何らかの方法で落とす事で成功とする。
また、台役に怪我をさせてもならない。その際は失格、怪我をさせた者が敗者となる。」

「うん。今回は何投で行くの?」

「先に3投成功させた者の勝ちにしましょう。」

「いいね、吠え面かかせてあげる。じゃあ…行きましょうか。」

話も纏まり、遂に弓道場へ移動が始まる。
あ、山風寝てんじゃん。可哀想だけどちょっと起こさねえとな。

「山風ー?ごめん、ちょっと移動するから起きて。」

「ん……あれ、兄ちゃん、何か頭に引っかかってる…。」

「ん?ああごめんごめん、俺のバックルだな。リボン引っかかってる…よっと。」

で、その場の全員で弓道場に移動…と思ったら、何やら弓道場の方が騒がしい。
扉を開けると、見物席の方にギャラリーがずらりと。

「………憲兵長。」

「ふっ…丁度皆も帰港した頃かと思ってな。祭は大人数で楽しくだ。」

「あんたなぁ…。」

ドヤ顔でスマホ突き付けんなや。
まぁいい、今回俺はお客さんと決め込ませてもらうぜ…くくく、何てったって焼肉は確定してるからな。

575 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:01:57.77 ID:FN/JI0LlO

「リョウちゃーん、楽しそうな事してるねえ。」

「ふふ…ここならしっかり瑞鶴を応援出来るわ。」

「げ、お前らだけここかよ…まさか…。」

「各チームのアシスタントよ。間に合うようなら手伝ってとお願いしたの。」

……俺に眼鏡、アシスタントはづほと元カノ……。
あれ?だんだんいつものメンバーに…へ、へへへ…気にしすぎだ俺…大丈夫大丈夫…。

「…では、まずは双方ウォーミングアップと行こうかしら。先に私から行くわ。」

まずは試射。頭にリンゴをセットし、加賀さんの方を向く。
狙われてんのにすげえ安心感だ…この人なら大丈夫。そう思っていると、妹が何やら元カノに耳打ちしてるのが見えた。

……元カノ、何であんな照れてんだ?

576 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:02:36.64 ID:FN/JI0LlO

「せんぱぁ〜い♪」

「……何かしら、瑞鶴。」

「…ズイカク、ハズカシイワ…//」

「ショウカクネェダイジョウブダッテ!」

何かボソボソ言ってんな…お、二人で並んで…。

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「肝心な時に外すー♪」


命知らずいた!!

577 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:03:35.80 ID:FN/JI0LlO

「………。」

「ふっ…リョウも呆れているようね。私がその程度で煽られると思うのかしら。」

「加賀さぁん!最近何かあったらしいじゃないですかぁ!ホラショウカクネエ!モッカイイクヨ! 」

「…ズ、ズイカクッテバ…」

「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」

「遠恋の彼に振られーる♪」

「え!?別れてたの!?」

そうだ…加賀さん新人の頃の提督と付き合ってたわ…。
別れてたのもびっくりだけど、ただ今は…!



『ぱんっ…!』



その瞬間、衝撃の事実以上の衝撃波が頭上で発生した。
安全の為の吸盤矢…だがそいつの威力は、リンゴを霧の如く粉々に粉砕した。
キラキラと舞う果汁は、さながら加賀さんの悲しみのよう…しかし俺の眼前には、真逆のものが映る。


「……カチ殺すぞこのダラブチ(馬鹿たれ)がぁ…!」


い、石川弁の仁王だ…!
「頭に来ました」なんて決め台詞もねえよ…ああ、深海棲艦っていつもこんな気持ちなのね…正直ちびりそう。

578 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:04:13.34 ID:FN/JI0LlO

「ふっふっふっ、ウォームアップからもう失格?これは美味しい焼肉が食べられそうだねー。ね?リョウさん!」

「馬鹿野郎!誰でもキレるに決まってんだろ!?加賀さんに謝れや!!」

「嫌よ!元はと言えば加賀さんへの恨みだもん!」

「……リョウ、大丈夫よ。危ない目に遭わせ
てごめんなさい。」

「加賀さん…。」

「おや?大人しくなっちゃって…アラサーは怒るエネルギーも減っちゃう?」

「何とでも言いなさい、虚勢を張るのが如何に無駄か理解すると良いわ。瑞鶴、次はあなたの番よ。」

「ふふ、そうね。バシッと決めちゃうんだから。リョウさん、行くよ…!」

すんなり引き下がった…かと思ったんだが、妹が構えた時、ある変化が俺のポジションからは見えた。

加賀さん…にやけてる?


『ぱぁん!!』


その破裂音の直後は、びいぃぃん…と言う音が後ろから響くだけだった。
ちらりと後ろを向くと、貫いたリンゴごと壁に吸い付く矢……アレ、当たったら死んでたなぁ…。

そして妹を見て、俺は数時間前のあるやりとりを思い出した。


“アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。”

“昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ”

“堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。”


アレは午前の話だ。今はそろそろ乳酸溜まって来る頃。
で、肝心の妹はと言えば……。


「はぁっ……はぁっ……!」


……お前めっちゃ疲れてんじゃねえか!!


579 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:05:03.66 ID:FN/JI0LlO

「その格好、今日は加賀式訓練法をしていたようね。
瑞鶴。努力は認めるけれど、今回は大人しく引き下がった方が身と財布の為よ?
このままならば、私がご馳走になるだけだわ。」

「嫌よ…意地でもレバーの恨みは晴らす…!この右腕でね!
何なら無駄な力抜けて良い感じよ!」

「ふっ…今日は美味しい焼肉にありつけそうね。」

加賀さん、あいつが疲れてんの見抜いてたのか…年の功ってやつかね、おっかねえなぁ…。
でもやべえな、下手すりゃ今日は肉どころじゃねえぞ。俺の頬がウェルダンになりかねねえ。

ジャンケンしてる…先攻は妹か!

「リョウさん、行くよ…!」

来る…!
空気が張り詰めるが、妹の右手は少し震えていた。どう狙って来る?
溜めがピークに達したその瞬間。

「瑞鶴、そう言えば__君とはどうなったのかしら?」

「んがっ!?」

矢は俺やリンゴにかすりもせず、実に勢いよく植え込みに突っ込んで行った。
そう、さながら一方通行な恋の如く明後日の方向に。

「〜〜〜〜!!」

「加賀さん、__君って…。」

「そう、空母合宿の時の整備さんよ。瑞鶴が無理矢理LINEを聞き出していたはずだけれど。」

「瑞鶴…それ私も初めて聞いたわ。」

「……グス…う"う"、ぢゃんと付Wき合えたら翔鶴姉に報告じようど思って……でもぉ〜!」

「良い子だと思うんですけど、僕、短気な所がある人とはちょっと合わなくて……と言っていたわね。」

「……って聞いてたんかい!!」

「ええ、申し訳無さそうに話していたわ。」


き、傷に岩塩の塗り合いだなぁ………わぁ、女って怖い。
これで妹は現状無得点。次は加賀さん…どう出る?

580 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:06:06.01 ID:FN/JI0LlO

「加賀さん!あの提督最近幸せそうだって聞きましたよ!肩の荷が下りたんじゃないですか!」

「おうコラ妹!今正月じゃねえんだよ!!」

「リョウ、安心なさい…もはや私に失うものは無い。どんな煽りにも耐えてみせるわ。

………加賀、参ります!」


…………!!

これが一航戦の迫力…!!
震えでリンゴを落とすなんて事も出来ねえ、ビビってらんねえ程の凛とした緊張感。
1秒1秒が長い……来る!!


『ひゅっ…』


その小さな音が聞こえた時、掠った感触も無く足元へリンゴが落ちた。
当たってない…一体何を…?


「……やられた。羽にだけ掠らせたね。」

「ええ。台役へは一切の振動も無いように。瑞鶴、当てるだけなら腕を磨けば出来るわ。でもそれ以上になれば、外す事さえ自在。
鎧袖一触…その力をコントロール出来てこその一流よ。」

「くっ…!」

俺の異動前はまだ付き合ってたから、本当最近だよな…そろそろケッコンカッコガチなんて皆言ってた。
加賀さんすげえよ、あの精神力は見習いてえ。

581 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:07:13.00 ID:FN/JI0LlO

「次、瑞鶴。」

「ふふふ…今日は勝ちに行くよ!
5年付き合った末の失恋!ならその未練たらしいサイドテール刈り取ってやる!奢りの悔しさで全部忘れちゃえ!」

「あなたも振られたでしょう?」

「つ、付き合えてないからノーカン!」

あーあー、そう言う所が杉○って言われんだよ…。
お、来た来た…妹もすげえ迫力だな。疲れてるから余計気い張ってやがる。

「瑞鶴。」

「…何よ。」

「男は25過ぎて童貞なら魔法使い。じゃあ処女で25過ぎると何になるのかしら?
……成人おめでとう、25までの5年はあっという間よ。立派な魔女になりなさい。」

「………っけんなこらああああ!!」

無かったはずの衝撃波が俺を襲いましたよ、ええ。無かったはずのが。
頭のリンゴは無残に霧散、ついでに俺も思わず尻餅ついちまった…。

その後もギャーギャー騒ぐ妹を尻目に、加賀さんは難無く神業を決めて加点。
現状2-0、どっちが勝っても俺は得………しかしこの時、俺の中にはある不安があった。


「はぁっ…はぁっ……ちくしょう…!」


妹は訓練疲れと怒りで正常じゃない。
そして次はこいつのターンだ。

つまり…次何かあったら俺は死ぬかもしれない。
矢を持とうとする手からもうプルプルしてる。アレで来られてもしもが起きたら…。


……!!そうだ、確かあいつは……!!


582 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:08:01.56 ID:FN/JI0LlO



「おい!妹ぉ!!」

「……何よ。」

「どっち立ってんだよ。左で引けや。」

「私スイッチだけどね…今日は加賀さんに真っ向勝負する為に右って信念持ってやってんのよ。」

「………………。」

「…………。

……やってやろうじゃないのよこの野郎アンタ!!半端ないとこ見せてやるわアンタ!!」




583 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 21:08:36.76 ID:FN/JI0LlO
よっしゃ!!
さて、これで少しは安心…どんな手で来る?

「ふふ……いい天気だねー。燦々と輝く太陽。
もう夏だけど…今日が加賀さんに初勝利の初日の出!!お前ら拝め!!あの太陽を!
そして太陽に輝くのは黄金射法!!さぁ!行っちゃうよおおお!!!」

行った!!

上…どこから来る!?
動くな…動けば前と同じ悲劇だ。妹の本気だ、俺を貫く事はねえ。
見えた…さぁ来やがれ!こっちはもう覚悟は出来てるぜ!!



『きんっ………!』



……………きん?



584 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:01:13.82 ID:FN/JI0LlO

直後、下半身を爽やかな風が駆け抜けた。

衣擦れの感触すら無く俺のズボンとパンツは足元に舞い降り、リンゴはその後にころりと落ちる。
留め具が曲がり、そして無残に砕けたベルトのバックル…ああ、山風のリボンで壊れかけてたのね…それでトドメ刺されたと。

バックルが最期のお勤めとして、俺のマイサンは守護ってくれた。
ただし、すれすれを掠めた吸盤の先は、薄皮一枚で俺のズボンとパンツを切り裂いたのだろう。

この長々とした思考の間、現実世界では恐らく1秒。
直後、当然のように観客席から大音響が響き渡った。


「「「「「「「きゃああああああああああ!!!!????」」」」」」」


磯波…何でそんな恍惚とした目でこっち見てんだ…俺と眼鏡を交互に。
秋雲……作家モードで焼き付けようとするのをやめなさい。
おいこら磯風、なるほどキノコ料理かって囁いてんの見えてんぞ。

元カノよ……聖母のような笑みで凝視するのをやめてくれませんか。

瞬殺でズボンをずり上げ隠すもんは隠した。
だが、呆然としてワンテンポ出遅れた事実は変わらない。
晒された醜態…折れかけた心……そこにトドメを刺す奴らが2名程いた。


「リョウちゃんの、普通だね…。」

「ええ、普通ね。」

「え!?そうなの!?」


普通って言うんじゃねえよ……事実だ。

585 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:03:41.34 ID:FN/JI0LlO




「良いレバーね。流石に気分が高揚するわ。」


敗者、妹。

俺たち3人は約束通り、妹の奢りで焼肉に来ている。
うん、牛タン美味しいね…何かしょっぱい気がするけど。涙で。

「………今月焼肉行こうと思ってたけど、予定の3倍だわ。」

「人の金で焼肉が食べたい。
メジャーリーガーもTシャツに刻む程の人類共通の欲望よ。あなたは正月だけのレギュラーだけれど。」

「だから杉○じゃない!どこが似てんのよ!?」

「お前のそういう所だよ。恥かかせやがって。」


586 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:05:22.81 ID:FN/JI0LlO

「何よー、アンタがネタ持ってないからでしょう?
大体顔だけ女みたいで細マッチョ…だったらアンタが短○か巨○だったらまだ笑いになってたわよ!アレ私も気まずかったんだから…。」

「俺の息子にゃ罪はねえ!大体普通普通って他の奴の見た事あんのかよ!?」

「………お、お父さんとお爺ちゃんのなら…。」

「ほれ見ろ!」

「うW……。」

「………リョウ、その辺にしておきなさい。」

「加賀さん…。」

……っと、メシん時に良くねえ話しちまったな。
あーあ…でも普通で悪うござんしたねぇ、バカヤロー。
俺だって笑いで収められてりゃまだなぁ…駆逐よりも、大人組の何とも言えねえリアクションの方がダメージでけえのは何だろう。

587 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:06:18.23 ID:FN/JI0LlO

「リョウ……気にすることではないわ。男の価値は通常時では決まらない。

男の価値とは……いざと言う時に輝けるかよ!!」

「………加賀さぁん!!」


………加賀さん、一生ついて行きます!!心の師匠よ!!



588 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:07:51.05 ID:FN/JI0LlO


「ふー…食った食った…。」


何だかんだ美味かったなぁ。
部屋で一息つこうと窓を開けると、ドォン…と低い音が聞こえる。
ありゃ工廠か…遅くまで頑張るなぁ。

そういやメールのやり取りはしてるけど、未だに入ってはねえな。
眼鏡が言うにゃ、素人が下手に入ると事故りやすいからって言ってたけど…。

この数日後、『仕事』で初めて工廠に入る事になる。
やっぱりなって言うか……ここは魔窟だと、またしても感じる事になるんだよ。


589 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/01/07(月) 22:10:56.09 ID:FN/JI0LlO
今回はこれにて。
大変遅くなってしまいましたが、ご協力いただいた安価の通り、加賀さんの目の前でポロリとなりました。
ありがとうございます。そしてごめんなさい。

次回工廠編と行く前に、ちょっと番外編を挟もうと思います。
眼鏡と酔っ払いのお話。またいずれ。
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 00:44:44.90 ID:6SNhkWa3o
瑞鶴杉谷煽りすきい
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/08(火) 15:23:24.56 ID:TfKQrxOk0
乙!
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/18(月) 14:16:20.81 ID:ByFXjXPHo
念の為保守
593 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:07:57.91 ID:Va0jqsDhO

夕方はあたしの時間。

連絡先知ってるけど、これだけは必ず直で行くって決めてんだ。
そろそろ終わってるかな?ノックしてっと…。

「はい…おや、隼鷹か。」

「へへ、あんたも上がりだろ?飲み行かないかい?」

「そうだな、丁度終わった所だ。一杯付き合わせてもらおう。」

奥にはリョウの奴もいる。
ったく、ニヤニヤすんじゃないよ。あの馬鹿幽霊の方はいないみたいだ。

……まぁ、だと思ったけどね。

1〜2週に一度のお楽しみ。
それがこうして憲兵長を飲みに誘う日だ。

今夜もまた、あいつと飲みに行く。

594 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:08:34.11 ID:Va0jqsDhO




番外編-呑みつ呑まれつ-



595 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:10:06.75 ID:Va0jqsDhO

正門で待ち合わせれば、私服のあいつがやってきた。

こうして見りゃ、本当芸能界とかいそうだねぇ。
磯風そっくりの切れ長の目に、如何にも女ウケしそうな服のセンス。ま、側から見りゃ良い男って奴だろ。
中身知ってても引かないのはあたしぐらいだろうけど。

……ただ、実はこいつの顔は全っ然好みじゃない。
あたしはもっとこう、塩顔が好きなんだ。寧ろ鋭い方向の奴はお呼びじゃないはずなんだけど。

「さて、いつもの店か?」

「そだね。そろそろ季節物入ってると思うよ。」

「それは楽しみだ。つくづく良い店を教えてもらったよ。」

「……へへ。」

なのにこんなやりとりだけで、随分機嫌が良くなっちまう。
自分の事もよく分かんないもんだねぇ、人の事なら尚更さ。

596 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:11:49.98 ID:Va0jqsDhO


「「乾杯。」」


こいつと飲む時は、大体日本酒かウィスキー。まぁまったり飲める奴になる。
馬鹿騒ぎも好きだけど、こんな時ぐらいはゆっくり過ごしたいもんさ。

「リョウの奴もだいぶ慣れたかい?」

「そうだな、もう面識が浅いのは工廠ぐらいじゃなかろうか。相変わらず気は短いが。」

「そりゃあんたがおちょくってるからだよー。」

「よく言う。お前は最初から奴の霊感に気付いていたろう?」

「あ、バレた?あいつなかなか強いの持ってるからねー。他はどうにもにぶちんだけどさ。」

「……瑞鳳君の事か?」

「そ。ありゃ翔鶴ぐらい露骨でないと分かんないだろうね、瑞鳳との関係性もあるだろうけど。」

「そうだな……まぁ、いずれ何か変わる時が来るだろう。」

口には出さないけど、こいつ自身は翔鶴の方に肩入れしてるってのは分かる。
散々話聞いたって言ってたもんね…『翔鶴の本音』知ってたら、こいつなら入れ込むのも分かる。

こいつはもう、やり直す事も出来ないからさ。
どっかで自分の後悔が重なるんだろ。


………面白くねー。


597 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:13:20.24 ID:Va0jqsDhO

面白くないっちゃあ、何よりあのバカ幽霊だよ。
あのデバガメはいっつも色んな奴の事覗き見してる癖に、あたしがこいつと飲む時だけはいない。

てめーで何とかしろって事だろうけどさ…。
ったく、誰のせいでこいつがこうなったと思ってんだか。ちょっとぐらい落とし方教えてくれてもいいだろ。
……ただでさえ、こいつの目には未だにあんたがいるんだから。

「ふぅ…もう春も過ぎたが、日本酒も美味いものだな。」

「良い酒ってのは年中美味いもんさ。
いや、良い時に飲む酒だからこそ年中美味いのかな?」

「そうだな…確かに気乗りしない時の酒は、あまり進まんものだ。」

………ヤケ酒やしみったれた酒なんてもんも、あるけどね。

ありゃーいつだったか。
あたしが屋上でひとりっきりで飲んでた時か。

そん時のあたしの手には、よくあるストロング系のチューハイ。
その手の雑い奴飲む時は、大体相場は決まってる。

……あの頃の事思い出して、胸糞悪くなってる時さ。

あぁ、思えばこいつと初めてまともに話したのも…。

598 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:14:29.25 ID:Va0jqsDhO

“……月見酒か?”

“そうさね。静かに飲みたいんだ、ほっといとくれよ。”

たまに。ほんとにたまにさ。
クソみたいな事を思い出しては、ぼんやりと独りで呑んだくれる夜もある。

静かに飲むなんてぬかしても、あっという間に空き缶も3つ目。
こいつがフラッと現れたのは、4本目が半分空いた頃だった。

“月見酒と呼ぶには、いささか荒いんじゃないか?”

“飲み方か?それとも酒かい?手っ取り早く酔いたい時もあるっての。”

“なに、随分急いていると思ってな。月は一つしか無いはずだが?”

“……うっせ。”

ご指摘通り、この時ゃもう月が二つに見えるぐらい酔ってた。
でも暴れるなんて気にゃならない。ひたすら暗ーくやさぐれちゃあ、好きでもないのを煽ってた。
酒への無礼だなんて、百も承知でね。

月を見ると、思い出しちまうのさ。
あたしが実家を飛び出した夜の事。

599 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:16:21.60 ID:Va0jqsDhO

あたしは親譲りの霊能者だ。
親に至っちゃあたしより遥かに上の力を持ってる。

この力を悪さに使おうなんて思わなかった。
せいぜい悪霊で困ってる奴や、幽霊そのものを助ける為のもんだって。

………それはあいつらへの、せめてもの反発だったけど。

親の力は本物だ。でもあいつらは、それを人の役に立てようとはしなかった。
ちっこい所ではあったけど、親は新興宗教の教祖様って奴でね。
しょうもない金儲けにその力を使ってた訳。

ガキの頃は分からなかったけど、歳を追えば色々見えてくる。
その環境に染まり切れなかったあたしは、17の時に家を出た。

金に狂った両親に、悪どい金で養われてる事。
なまじ力は本物な分、それをありがたがる信者。
でも本当にこんな力を必要としてる奴らにこそ、それは使われたりしない。

もう全部耐え切れなくなったんだ。
死ぬか生きるか。そんな所まで来てたあたしは、衝動のまま家出した。


まだ小学生だった弟を捨てて。


それから艦娘になるまでは、ずっと流れの霊能者として食い繋いでた。
類友って奴かね…そういう場にいた探偵や裏稼業の男らに口説かれちゃ、そいつらの所に転がり込む暮らし。気付けば日本中を転々としてた。
酒と男はその頃覚えたっけ。

……その頃だったな、酒の飲み方と礼儀を習ったのも。
気分良く飲む、当り散らさない。それが酒への礼節だって、覚えたての頃に教え込まれたもんさ。

600 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:18:42.73 ID:Va0jqsDhO

流浪な暮らしから艦娘になったのは、何かを守る為に力を使いたかったってのもあるが…一番は、あたしの欲しい力の使い方を鍛えられるからさ。
あいつらを教団ごと叩き潰す、その為にはまだまだ足りないから。

でも…時々思い出しちまうんだ、置いて来ちまった弟の事を。
もう6〜7年は前、今頃随分でかくなってるだろう。

風の噂で聞いたさ、次期教祖の話が上がってるって。もう洗脳されちまってるかもね。
もしその日が来たら…あたしは、弟と戦う事になるかもしれない。

………あの時、「一緒に逃げよう。」って言ってやれたなら。

そんな事を思い出すのは、決まってあの日と同じ月の夜だった。
胸糞悪くなっちゃあ逃げるように、独りっきりで飲んだくれる。誰かに見られたくない時間で。

“……とっとと帰んな。何もしやしないさ、憲兵長の世話になる事はしないよ。”

“ふむ…そうだな。”

“あっ!?”

こいつは一缶手に取ると、勝手にぐいぐい飲み始めやがった。
てっきり注意でもしに来たと思ったからね、随分面喰らったもんさ。

“……なるほど、よく回るように出来ている。”

“おいおい…勤務中じゃないのかい?”

“生憎上がった後さ。制服のまま飲む、貴様らも自室でよくやるだろう?同じ事だよ。
折角の機会だ…少し腹を割ってみないか?不味い酒のまま夜を明かす事もあるまい。”

“………あたしさ…。”

洗いざらい全部ぶちまけた。
自分の生まれも、何やって生きてきたかも全部。
こいつはただ、そいつをチューハイ飲みつつ黙って聞いてくれていたんだ。
601 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:20:47.18 ID:Va0jqsDhO

“…………。”

“……ごめん、引いちまったかな?”

“…確かに、そんな気分ではヤケ酒に走りたくもなるかもな。
だが悔いる心があるならば、随分マシだと思うが?
逃げた事は間違いじゃないさ。少しばかり、自分を許してやればいい。”

“……でもさ、弟は…。”

“…その力を得る為に、艦娘になったのだろう?ならば助けてやればいいだけさ。
命ある限りはやり直せる。その機会を失うのは、死んでしまった時だけだ。
……今は悔やむな。それは手遅れになってからさ。”

"…….憲兵長…。”

年甲斐も無くわんわん泣いた。お陰でその日の酒はすぐ抜けちまったもんさ。
そこからかな……段々と、タイプでもないこいつに惹かれてったのは。


「あっはっはっ!!いやー!あの時の提督はひどかったぞ!!
チ×コ丸出しで飛び出して来たものだから、仲間内でそのまま…。」


…今は基本ひっでえ会話してっけどなー。


602 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:22:14.80 ID:Va0jqsDhO

地がアホだって知ったのは、その件の後だったっけ。
誰が言ったか、『美形とバカの完璧なシンメトリー』。実際はアホが前に出過ぎてて、身内からはぜんっぜんモテねえけどさ。

………だからあたしぐらいなもんだよね。へへ。
こいつのアホさに引かずにいられる女って奴はさ。

「提督昔っからメチャクチャだったんだねぇ。時雨が首輪付けて良かったんでないかい?」

「まぁな。あいつは海外留学した時もな…。」

こいつと提督の昔話はイカれてるのばっか出てくるけど、皆本当にヤバいのは知らない。
多分ここまで話してくれてるのは、あたしと『あいつ』ぐらいなもん。

………ちょっと小突いちまおうかな。

603 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:24:14.67 ID:Va0jqsDhO

「提督も大人しくなったよねぇ。なぁ、ところであんたは最近どうなのさ?」

「私か?何も変わらずだな。」

へへ、ちょっと目え泳いだね?
こいつはめでたい事に、あたしからの認識はたまーに火遊びしてた頃で止まってると思ってる。
お互い遊びって割り切ってくれる女だけとそんな事してたらしいが、元はと言やぁ、『あいつ』が死んだ寂しさから。

でも知ってんだよ?
あたしと飲みに行くようになってから、火遊びは一切しなくなったって。

それこそあの夜から気付いてた。『あいつ』はずっと不安そうに、こいつの後ろに憑いてた事。
それとあん時チラッと見えたのは、安堵したような『あいつ』の顔。

ムカつくよなー。
勝手にくたばってこいつをこんなんにしてよ、何もしちゃあくんねえんだもん。そりゃ『あいつ』の方はリョウにぶん投げるっての。
…ったく、ほんと死にゃあ手遅れだよ……お陰でこいつは、『あいつ』にずっと捕まってんだよ?

なぁ、あきつ丸?

案の定いねえけどさー、ちょっとは落とし方教えろっての。
あたしは今まで口説かれてばっかで、口説くのはてんでダメなんだ。すぐ真っ赤になっちまう。

除霊は出来てもさ、生きてる奴の無念までは払えないよ。
こいつの憲兵としての信念は、過去への後悔も強い。だから翔鶴につい自分を重ねちまうんだろ。
人の事ばっか気にしてないで、少しは自分の事考えろっての。

……ま、そこをぶっ壊すのが、生者の務めって奴なんだろうけどね。

604 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:25:43.81 ID:Va0jqsDhO

「へー…惚れてる女でも出来た?」

「いないな。仕事で手一杯だよ。」

「じゃ、あたしで手ェ打てば?」なんて言えりゃ上出来かね。
そんなん言えないから、今でもこうして踏んだり蹴ったりだけど。

面白え時間は一瞬さ。
慣れて来た帰り道は、公園を突っ切りゃ近道なんだ。
回り道すりゃ長くいられるけど、あたしはそれより人がいないとこがいい。

だってさー、なるべく二人きりがいいじゃん?
ここなら空もよく見える。少なくともあの日からは、月夜の酒も美味くなったってもんさ。こいつがいるからね。

605 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:27:06.30 ID:Va0jqsDhO

「…もうすぐ夏だな。」

「そだねえ、そろそろビールが良い季節って奴かな!」

「ああ。しかし私は、今年も提督と引率かな。」

「花火大会だっけ?去年駆逐達連れて行ってたもんね。」

「放っておくと工廠組が攫っていくからな。
私達で先回りしておかねば、妙な火遊びを教えられかねん。物理的にな。」

「あはは…まぁあそこはねぇ。」


「2日目はあたしとどう?」


そこまで出かかって、立ち止まる。
こいつの信念を知ってるからこそ、迷っちまう。

……迷うなよ、あたし。
鎮守府の日常を守るのがこいつの意地。
それがこいつが過去に誓った事で、ある種の復讐でもあるんだろう。

でもさ、こっから先はどうすんだい?
それは生者の務めだ。ならあたしが……


「……なぁ、憲兵ちょ…」

606 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:28:25.39 ID:Va0jqsDhO








「………今年の2日目は、ゆっくり花火見物と行きたい所だな。美味いビールと共に。
その日は付き合ってもらえるか?」







607 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:30:21.48 ID:Va0jqsDhO

…………ちぇっ、こんな時ぐれえカッコつけさせろよ、ばーか。
先回りかよー、いけ好かねえ奴ー。

「……おや?先に何か言おうとしてたか?」

「ん?何でもないよ!
へへっ、いーねえ。じゃあ行こうぜ!」

「助かるよ。去年行った時は、飲みたいのを我慢していたからな。」

「大人だって楽しみたいってもんだよね。つまみはもろこしだねー。」

こいつからの誘いなんて、実は今までなかった事さ。ありがたく受け取るよ。
………少しだけ、こっちに引っ張れたのかな?


寮ん所まで来ちまえば、後は別れて帰るだけさ。
いつもなら挨拶して終わり。でもこの時あたしは、ちょっとだけ仕込んどく事にした。

「さて、部屋に帰るか…隼鷹、寝坊するなよ?」

普段はここで軽口叩いて、『憲兵長』って呼んで終わり。
気付くかねー…きっとこいつは、知らないフリすんだろうけど。

608 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:31:28.03 ID:Va0jqsDhO






「しないってーの。
じゃ、おやすみ!『磯村』!」

「………!!
ふっ……ああ、おやすみ。隼鷹。」






609 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:33:01.51 ID:Va0jqsDhO

へへ、ちょっと笑ったね?

まだ『キョウ』とまでは言えねーけど、苗字ぐらいは呼ばせなよ。
憲兵長って呼ぶの、他人みたいで嫌だからさ。

さーて、とっとと部屋帰っか……

「……うらめしやー。」

「げ、不法侵入。」

「幽霊の専売特許でありますよ。
おやおや、『風呂はこれから』でありますかな?」

「んなホイホイ進むかっつーの。帰った帰った、しっしっ。」

「ふふ…随分機嫌が良く見えたもので。
……どうにか、キョウを頼むのでありますよ。」

「…へっ…分かってるっての。」

「アレは意固地な所もありますからなぁ…では、おやすみなさい。」

言うだけ言ったら、満足そうにどっか行っちまいやがった。
嫌なもん見ちったなー、飲み直すかぁ。

610 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:33:58.89 ID:Va0jqsDhO


「………ぷはー。」


一人っきりで飲む缶ビールは、例に漏れず美味いけど。
この時のあたしは、やたら早くまた酔っ払ってた。


「……へへ、誘われちったなー。」


今年の夏のビールは、きっとこれより美味いはずさ。
そんな味を想像しちゃあ、一人ニヤニヤ笑ってたもんだった。

いやぁ、良い夜だ。
やっぱ良い気分の酒程、美味いもんは無いね。へへ。

611 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/02/19(火) 18:36:03.22 ID:Va0jqsDhO
今回はこれにて。眼鏡と飲んべえの番外編となりました。

保守ありがとうございます。投下ペースはスローになってしまっておりますが、ネタは貯めております。
次回はまたいずれ。お次は工廠編でございます。
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/19(火) 22:07:04.63 ID:TK+YyM81O
おつおつ。相変わらず読ませますなあ。
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/22(金) 08:52:21.70 ID:DyZ5U7sZO
乙!
614 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:47:07.03 ID:HX+f6vTQO

『どぉ…ん…』


今日も遠くから爆音が聞こえる。

これは工廠の実験の音だ。
大体何時から〜って報告来てて、時間から外れてなけりゃ問題ない。
それ以外だと俺らの特性上出動しなきゃならなくて、この辺の報・連・相が上手く行ってないとトラブルの元って訳。

『どかん!』

派手にやってんなぁ…ま、前んとこから慣れた音だ。

『どごお!!どん!』

…………。

『どすん!ばん!がらがっしゃーーーん!!』

……………何か、いつもより多くね?

『どばばばば!!どん!どん!ひゅーー……どぉん!!』

「…………うるせええええええええええぇえええ!!!!」

「うおっ!?」

ここでキレたのは俺じゃなく、眼鏡の方だった。
どっちがうるせえんだよ…しかし珍しいな、いつもは何も言わねえくせに。

「…失礼した。リョウ、行くぞ。」

「え?どこにです?」

「工廠だよ。明らかに予定を超えている、これは出動案件だ。
久々に連中の病気が出たようだな。」

「病気?」

「ああ、貴様はまだ面識が無かったか…あいつらは歓迎会にも来ていなかったしな。

……うちの火薬庫どもさ。」

615 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:48:06.82 ID:HX+f6vTQO




第25話・ガチはごっこの顔をしていない-1-



616 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:49:28.53 ID:HX+f6vTQO

促されるまま駆け付けたのは、工廠の入口。
裏は海に面していて、弾の実験はいつもそこで行われているらしい。
艦娘も行くばっかで、基本中の連中は出てこないって聞いたな…俺もメールのやり取りはしてたけど、文面からは特に変な印象も受けなかった。

さて、鬼が出るか蛇が出るか…扉を開けてみる。
ここは…まあ玄関か。ん?何か足元に…



\おう、よく来たな/



カ、カ○ルおじさん?

いや、違う。ヒゲに手拭い巻きな妖精だ。
よく見りゃ顔に描いてる…この格好は…法被?

617 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:53:59.41 ID:HX+f6vTQO


「可愛いでしょ?私のお手製。」


声のした方を見ると、黄色いツナギの女がいた。
何やらドヤった笑みを浮かべてるが、眼鏡はそれを見てげんなりとした様子だ。

「はぁ…少しは焦れ。私達が乗り込んできた理由は察せるだろう?」

「……何の事でしょう?」

「自覚無しか。まぁいい、奥にあいつがいるだろう?」

「いますよ。整備長ー、憲兵隊来てますー。」

「………憲兵隊だぁ?」

奥の方からずりずりと足音が聞こえる。
如何にもガラ悪そうな歩き方の影は、次第にその正体を現してきた。
さっきの妖精と同じ格好の……


「なんでえキョウ、珍しいじゃねえか!」


ア、アウトレ○ジ?

タオル巻きに眉無し、ダメ押しのレイバン。さっきの女と並ぶ様はさながら美女と野獣。
どう見てもカタギじゃないのが目の前にいた。


618 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:57:28.83 ID:HX+f6vTQO

「憲兵長、俺達カチコミに来ましたっけ…。」

「現実から目を背けるな、ここは工廠だ。
この二人がうちの火力の要だよ…誠に残念ながらな。」

「おう!おめえが新任のか!?
歓迎会出れなくてすまねえな!俺はシュウ!ここの整備長だ!」

「私は夕張!ここの助手よ、よろしくね!」

「は、はい、よろしくお願いします…。」

「挨拶は済んだか。さて、貴様ら…私が来た理由はわかるな?」

「固え事言うんじゃねえやい!火事と喧嘩は江戸の華ってんだろ?
あいつらが派手に決めれるよう、いい弾になるか試してただけじゃねえか!」

「建前はそうだろうな。だが、数が多過ぎるんだよ。
貴様らの我慢が効かなくなっただけだろう?」

「憲兵長…私はここに入って大切な事を学んだわ。
いい?芸術は爆発よ?
そう、爆発……爆発は芸術なのよ!!まさに戦場の華!!燃え盛る美の快感を死ぬほど体感したくなるじゃない!!」

「そうでえそうでえ!メロン、いい事言うじゃねえか!!俺らは炎のゲージツって奴をよ…」

「貴様らが。」ラリアット 

「ぶっ!?」

「ぶっ放したいだけだろう?」アイアンクロ-

「いたたたたたっ!?出ちゃう!顔から何か出ちゃうから!!」

「やれやれ、出るのは腐ったメロン汁だな。」

うわ、容赦ねえ……整備長はぶっ飛ばされ、夕張は[首の骨が折れる音]って感じでだらんと垂れ下がってる。
しかし今のやり取りからすると、あの騒音って…。

「憲兵長、こいつらって…。」

「ああ、こいつは実家が花火屋でな。で、夕張と妖精達もその悪影響を受けている。
……だからぶっ放すのが大好きなんだよ、こいつらは。たまに暴走するのを止めに来るのさ。」


619 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:59:39.34 ID:HX+f6vTQO


「…………。」ムス-

「………憲兵長のけち。」プク-

眼鏡がこってり絞りはしたものの、二人はヘソ曲げっぱなし。
整備長、こっち睨むなよ…完全にヤーさんだよあんた。

「リョウ、こいつらはこうしてたまに灸を据えてやらねばならんのだ。
これでもうちの整備や開発を一手に担う場所なのだが、どうにも頭がハッピーでな。特にシュウが。」

「あんまり整備長を悪く言わないでくださいよ、この人は天才なんですから。」

「そうでい!俺にかかりゃ何だってござれよ!」

「バカと紙一重だ。
リョウ、こいつはこんなのでもアメリカの大学を出ている…12歳でな。天才児と言う奴だった。」

「………へ?」

「真性のバカに、お勉強的な天才の頭脳と技術だけ与えた結果がこれだよ。
こいつはその気になればBC兵器だって作れるぞ、未知のな。」

「そうなのよ!整備長にかかれば何だって出来る!まさに発想の爆は…いたたたた!?」

「夕張、そろそろ黙れ。爆発しているのは貴様のメロン色の脳ミソだ。」

天才……このヤクザが?
どう見ても教師殴る方な雰囲気だけどよ…。

620 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:02:24.23 ID:zAl0aIraO

「大したもんじゃねえやい。一通り学んでくりゃ花火に使えるって思ったからよ。
さっさと飛び級しちまえば、学校行かねえで済むしな!」

「結局その力を花火以外で使う羽目になったのは、運命の皮肉と言った所か?
バカと天才は紙一重と言うが、バカで天才なのは貴様だけだよ。」

「変わんねえよ…花火打ち上げに来てんだこちとら。
あいつらが攻めてきた年、うちの工場が出る花火大会が中止になった。ガキ共の落ち込んだツラァ忘れらんねえ。
それ抜きでも頭来てんだよ…連中を汚ねえ花火にしてやらぁって俺ぁ決めてんだ!!平和になるまでな!」

「整備長…私も最後まで手伝います!二人ででかいの行っちゃいましょう!!」

「おうよメロン!!でっけえスターマイン決めてやろうじゃねえか!!
まずは最高の弾をよ……」

「……と言いつつ実験に戻ろうとするな。」

「「ふぼっ!?」」

華麗なダブルラリアットが、二人の喉元を捉えた。

いやぁ、でもさっきからやりすぎじゃねぇ…?
整備長はともかく、夕張なんて女の子だぞ…。

621 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:04:24.71 ID:zAl0aIraO

「憲兵長、ちょっとハードなんじゃ…。」

「甘いな。軍事施設の側とは言え、さすがにこれだけの爆音を放っておけば苦情が来る。
それに言っただろう?こいつらはバカで天才だと。
……騒音以外も色々あったんだよ、今までもな。」

「………へ?」

「……へへへ、俺らが弾ぁだけだと思ったかよ?メロン!!」

「はい!!」

「なっ…!?」

直後、激しい煙が俺達を襲った。
催涙ガスか…!?何も見えねえ…!!

「へっへっへっ…今度の『新作』は効くぜぇ?
おめえら用にこさえた特製だかんなぁ!!」

煙は一向に晴れない。
やべえ、くらくらしやがる…その変調の中、ようやく煙が晴れ始めた時、俺の前に差し出された手があった。

「リョウ、大丈夫か?」

そうは言っても手しか見えない。
だがこの時、凄まじい違和感が俺を襲った。


………こいつの手、こんなデカかったっけ?


622 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:06:21.13 ID:zAl0aIraO

「………っ!?
リョウ、すまない。せいぜい催涙ガスだと油断していたようだ。」

「何言って……!?」


声が、高い?

自分の声に違和感を感じた時、他の事象も次々と現実として俺に襲い掛かってくる。
服がダボダボだ…それに眼鏡の手だけじゃない、煙がより晴れた今、周りのすべての高さが変わってるのに気付く。

まさか……まさか……。


「……小さくなってるううううううっ!?」


そうだ…あのガスをモロに吸った俺は、子供になっていたんだ…!

623 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:08:18.01 ID:zAl0aIraO

「ふふふ…成功。やっぱり整備長は天才ね。」

「いーや、改善の余地ありだな…知能は大人のままになってやがる…。
まぁいいや…どうでえ!幼児化ガスの味はよ!これでおめえらは手も足も出ねえ!!」

「………やはりバカだな。」

「……ぶべっ!?」

整備長をぶっ飛ばしたのは、ガスマスク姿の眼鏡だった。
ついでに夕張にもチョップ喰らわせて、一瞬で二人を縛り上げちまった。

「……やれやれ、最初から手荒く行っておくべきだったな。貴様ら相手に保険無しな訳なかろう。
予め貴様らはワクチンを接種しておいたと言ったところか…。」

「うう、女の子に容赦無いわね…。」

「マッドサイエンティストをしばくのに性別など関係ない。
ガスの効能はどれほどだ?」

「ちっ…5時間ぐれぇだよ。」

「なるほど、その間貴様らを放置しておけばいいと言う事か。」

「………へへへ。」

「何がおかしい?」

「……今日はよお、翔鶴が出撃だよな?
そこの新人、話は聞いてるぜ?あいつおめえの元カノらしいじゃねえか。大分ストーカーな。」

「ふふ、あと何分で帰ってくるかしらねぇ?5分ぐらいかしら?」

「「………っ!?」」

この時俺達は、恐らく同じ事を考えたと思う。

そうだ…帰港したら、まず皆ここへ艤装を置きに来る。
俺はショタ状態………そこにあいつ……導き出される答えは……。



何 か が 起 こ る 。


624 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:09:13.66 ID:zAl0aIraO

「……まずいな、艤装ありではさすがの私でも勝てぬかもしれん。」

「…ダメそうですか?」

「……ああ、手強いだろうな。
母港からここへは一本道、今から逃げてもどこかで遭遇するだろう。」

「………つまり。」

「…大人の隠れ鬼開催と言う事だ。」


たった今、俺達にとって長い5時間が始まった。
そしてこの後俺は知るのだ。人の欲望とは、人の数だけ存在するのだと言う事を。
そしてそいつらは、普段は眠っていると言う事を。

『鬼』は何も、一人だけでは無かったんだ…この鎮守府においてはな。

625 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:10:54.31 ID:zAl0aIraO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
さて、また頭を悪く行きましょう。
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 06:49:18.31 ID:BmTGH/oDo
おつなのね
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 08:32:43.41 ID:eRIACwESO
憲兵長、自分だけ対策してるとか
なにかあったら犠牲にする気満々やん
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/17(日) 14:03:46.41 ID:/FnRg9alO
確かにショタ食いそうな奴いっぱい心当たりが・・・・
629 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:01:38.92 ID:0fe9XufhO





第26話・ガチはごっこの顔をしていない-2-




630 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:04:29.87 ID:0fe9XufhO


「よし、服の準備はいいな?」

「ちょっと動きにくいすね…なんでまた制服折るだけなんです?整備長の予備かっぱらっても…。」

「法被は今ならカバー出来るかもしれんが、元に戻った時にまずい。途中で何か起こるかもしれんからな。
またチン兵さんと言われたいのか?」

「げ…それは勘弁ですね。」

「ふむ…あそこにロッカーがあるだろう?あの大きさなら2人入れる。そこに隠れよう。」

工廠コンビは気絶させて、それぞれ机の下に隠した。
ロッカーからなら確かに外の様子は窺えるが…やっぱ子供の体はキツい。制服ですら重く感じる。
そろそろ来るか…俺らは息を呑んで扉の様子を伺っていた。

“足音がするな…いいか?音を出すなよ。”

扉が開き、話し声も聞こえてきた。げ…元カノの声だ。

「お疲れ様です。あら、出掛けてるみたいね。」

『現在外出中です。』と立て札は出したが、あいつは妙な所で鋭い。
頼むぜ…気付くんじゃねえぞ…。

「珍しいわね…とりあえず艤装を置いて行きましょう。」

「そうですね、持ち帰っても危ないですし。」

よし…!!
ガチャガチャと艤装を置く音がする間、緊張感はどんどん高まっていく。
足音が外へ向かって行く…そいつに安堵しかけた時、俺達にまた緊張が走った。

「あ、私ちょっと待ってみるね。夕張ちゃんに聞きたい事あったんだ!」

誰だ!?
いや、待て……この声は……。

631 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:07:10.32 ID:0fe9XufhO

「じゃあ瑞鳳ちゃん、私達は先に上がるわね。お疲れ様。」

「うん!お疲れ様ー。」

ふー…何だ、づほか。
あいつなら最悪見付かっても大丈夫…でも、酒のネタにされてもなぁ。
びっくりされて大声出されても困るし、あいつが出るまで隠れてるか。

“瑞鳳君か…しかし今の貴様を見ても、気付いてもらえないだろうな。”

“大丈夫じゃないすかね…いくらなんでも。”

“……ああ、鏡を見ていないのか。今の貴様はざっと見、5〜6歳頃の体格になっているぞ。”

“……そんなにですか。”

“まさかあのように攻めてくるとはな。せいぜい笑いガスぐらいなものかと思っていたが、誤算だったよ。
昔喰らった時は、まだ精神攻撃系だったが…。”

“……因みに内容は?”

“…こちらの意思と関係なく立ちっぱなしになるガスをな。
自慢ではないが、私はモノは大きい方でな…憲兵の制服で立ち上がってはとても目立つ。
一つでもミスがあれば社会死と言う恐怖の2時間を味わったぞ…。”

“……………そう言えばあんた、自分だけガスマスク持ってましたね?”

“……連中の脅威を、一度身を以て知ってもらおうと思ったのさ。”

「てめえ生贄にしたな!?」

「バカ!!声を出すな!!」

「………あ!!」

空気が凍る。
カツカツと響くのは下駄の音……それは今まさに俺達が潜んでるロッカーの前で止まった。


「………誰かいるの?」


万事休す……!!
元カノらはまだそんな遠くに行ってないだろう…ゆっくりと扉が開けられ、俺達はこの後の地獄を覚悟した。

632 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:08:43.22 ID:0fe9XufhO

「憲兵長……?え?その子は…。」

“しーーーっ!!小声で頼む!”

「むっ!?」

ファインプレーだ眼鏡!!
づほの口を塞ぐと、眼鏡はまくし立てるように事の顛末を伝えた。

「………と言うわけで、こいつはリョウなのだ。変身が解けるまで内密にしてもらえると助かる。」

「………。」コクコク

「よし、分かってくれたか…離してやろう。」

「……ぷはっ。あー、でもちゃんと見るとリョウちゃんだね。
ふふっ、ちっちゃいと本当に女の子みたい。」

「頭撫でんなよ…づほ、隠しといてくれるか?」

「うん!何なら私の部屋で匿おっか?詰所だと誰か来ちゃいそうだし。」

「………良いの?」

633 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:10:36.62 ID:0fe9XufhO


“狭えなぁ…うお、揺れる…。”


で、どうなったかと言うと。
俺はボストンバッグに詰め込まれ、づほの部屋へ向かっている。

「よし…では瑞鳳君、頼んだぞ。変身が解けたら連絡してくれ。」

「はーい。」

運び手の眼鏡も、どうやら上手い事周りに悟らせないようやってくれたようだ。
ようやくの床の感覚に、俺は一息をついていた。

「お待たせー、今開けるね。」

「ふー…狭かった……ありがとな。」

「どういたしましてー。ふふ、まさか見下ろす日が来るなんてねぇ。」

「だから撫でんなっての…ちょっと座らせてくれ…。」

あー、疲れた…喉もカラッカラだぜ…。
まだ20分しか経ってねえのかよ、先が長えなぁ。

634 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:13:19.20 ID:0fe9XufhO

「ごめん、飲み物もらってもいい?」

「うん、いいよー。はい!」

「お、コーラじゃん、いいの?ありがとな、づほ。」

「…………リョウ『くん』、づほ『姉ちゃん』でしょ?」



……………ん?



その声からは、何とも例えようのないものを感じた。
なんて言ったらいいか、ドドメ色っつーか、腐った果物の匂いっつーか…。

しょ、瘴気?

「………ど、どうした?」

気付けばづほの両手は、俺の肩をがっちり後ろからハグ…。
そして後頭部にかかる吐息と共に、『何かが肩に滴る感触』と『ある匂い』を感じた。


“私ね、弟か妹欲しかったんだ!”

“山風本当かわいー!もう私の妹だよ!”


何故か走馬灯のようにづほの過去の発言が巡る。
きいいいいいい……と後ろを振り返ると…。


「ふふ…ふふふふふ……弟…愛でりゅ…!!」ハァハァハァハァハァハァハァハァハァ


濃い鉄のかほりの正体は、づほの鼻からボタボタ垂れる鼻血…。
貞子の如く血走る瞳と目が合った時、俺の脊髄は思考を凌駕した。


635 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:15:03.57 ID:0fe9XufhO

「いやあああああああああああっ!?」

「大丈夫!ちょっとだっこして匂い嗅ぐだけだから!ぜったいかじらないから!かじらないからぜったい!ねっ!?ねえええぇっ!?」

「いやあああっ!!ぜったいかじる!かじるぜったい!!俺は逃げりゅ…!?」

ドアに向かおうとするが、強烈なタックルに姿勢を崩された。
ってこれ逮捕術じゃねえか!!どこでこんなもん覚えた!?

「…ハァ……ハァ…ふふ、チビでも私、大人の女よ?子供が勝てる訳ないじゃん…。
リョウくん……いっぱい遊ぼうねええええええっ!!!!」

「リョウ!『づほ姉ちゃん』と言え!!可愛くだ!!」

「………っ!?

………づ、づほねーちゃん?」

「………。

…………ごふっ……!!」

直後、血の花が咲いた。

そいつの正体は、づほの鼻血と吐血
それを浴びせられた俺の顔面はびったびた。さながらそれはスプラッター。
俺にとっちゃホラー極まりない事だったんだが……後に知る事となるのだが、そいつはこう呼ぶそうだった。


『尊みが鼻から溢れる』と。


636 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:17:44.64 ID:0fe9XufhO

血を浴びて血の気を引かせている間、カーキの影が部屋へ飛び込んだ。
とんっ…と小さな音がすると、倒れ込むづほをそいつは受け止めていたんだ。

「……憲兵長!!」

「やれやれ、念の為ドアの前にいたらこれだ。
どうやら今の貴様が相当お気に召したようだな。」

「づほ……ショタ趣味あったのか…。」

「また違うかもな…改めて鏡を見てみろ。」

「鏡……げっ!?」

大人の頭脳で見る子供の俺。
そいつは否応なしに認めたくない現実を突き付けて来た…。

「……はは…笑えねー……俺、完っ全にロリじゃないっすか…。」

「故に、見た者が覚醒してしまったと言う方が正確だろうな…。
この鎮守府は変態の素質を持つ者が多い、それで今の騒ぎでは…。」

「瑞鳳ちゃん、何かあったの?」コンコンコン

「……この有様だ。」

「…………終わった。」

この声、蒼龍か……どうする?どうするよ!?
またボストンバッグに…いや、そもそも何で眼鏡だけいんだって話だ。

「ふむ……あまり気乗りはしないが…。」

「………へ?」

え?俺を小脇に…

え?何で窓行くの?

え?何その鉤…引っ掛け……

「てええええええっ!?」

「外から行くぞ!こうなれば限界まで逃げる!!」

「嘘でしょ!?」

づほが起きればバレるのは確定…その後は容易に想像出来る。
たった今、隠れ鬼がバイオハザードかメタルギアに格上げされたのであった…。

637 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:18:48.69 ID:0fe9XufhO
小出しになってしまいましたが、今回はこれにて。受難は続くよどこまでも。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 00:47:48.81 ID:J/9ZgsQQO
おつおつ。これは酷いw
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 08:42:10.85 ID:EaQb5tlZ0
乙!
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 13:53:57.47 ID:lzg+TCAP0
メタルギアww
641 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:24:58.98 ID:tMIn8aavO

昼の風をきり箱で匍匐して行くのは誰だ?
それは上司と部下(ショタ化中)
上司は部下を腕にかかえ
しっかりと抱いて息を殺している

“リョウ、何故顔を隠すのだ?ここからは何も見えないはずだ。”

“憲兵長には見えませんか?ギラギラとした目を持つ女達が。”

“リョウ、あれはただの霧だ。”

“…今は昼です。”

「可愛い坊や、私と一緒においでぇ、楽しく遊ぼう!
キレイなメイク道具と可愛い衣装もたくさんあるよぉ。」

“憲兵長、憲兵長!蒼いののささやきが聞こえませんか!?”

“落ち着くんだリョウ、枯葉が風で揺れているだけだ!魔王的なのはいない!”

デデデデデデデン!
と恐ろしげなピアノが脳内再生されるような空気の中を、俺達は進んでいる。
辺りにはゾンビの如く俺達を探し回る艦娘の群れ…ここは詰所の裏だ。

俺達は今、段ボール内で息を殺していた。

642 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:26:03.87 ID:tMIn8aavO





第27話・ガチはごっこの顔をしていない-3-





643 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:27:51.10 ID:tMIn8aavO

窓から逃げた時も騒ぎになったが、まだ俺が誰かはバレてなかった…だが詰所に逃げ込んで一息付いてたら、すぐ大変な事になった。
づほか夕張か、とにかく子供の正体が俺だとバレたらしい。
窓からペタペタ音がし、そっちを見たら蒼龍達がニチャァ…とした顔で貼り付いていた。

初めは籠城作戦に打って出たものの、ここで出てきたのがあの整備長。
あのヤクザは難なくピッキングをこなし、一斉にゾンビ共が雪崩れ込んで来たのが数分前。
突破を読んだ眼鏡が外の段ボールに隠れ、ギリギリ難を逃れているのが今の状況だ。

「……鬼畜系眼鏡×ショタって、尊いと思いません?」

「いやぁ、そこは男の娘っしょー…生で見るとありゃ逸材だねえ。」

「ひひひ、当分話のネタになるよー。ね、蒼龍!」

「ふふ、何が良いかなー…ドレス…いや、スモックも捨てがたい…。」

腐臭漂う駆逐艦どものリビドーが聞こえ、着せ替え人形を探す空母どもの声が耳を犯す。
変身が解ける前に捕まったら最後…いや、社会的な最期だ…!

“いいか、ゆっくりと動くんだ。我々陸軍の得意分野だぞ。”

“匍匐前進…目指すはどちらで?”

“裏門だ…着いたらカードを通して即脱出。それしか無い。”

“………憲兵長、なんでそこまでしてくれるんです?”

“奴らを見誤ったツケと言うのもあるが……今回は笑い話で済まない気がするからだよ。”

この眼鏡が悪ふざけを封じた。

その事実は、状況の悪さを容赦なく俺に突き付けて来ている。
まだ2時間…クソッ、あと3時間どう逃げ切りゃいい…。

644 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:28:58.43 ID:tMIn8aavO

「けけけ…なぁメロン、あいつらどこ行ったんだろうなぁ?」

「ふふ、どこでしょうね?日頃のツケは払ってもらわないと…セキュリティカードは?」

「へっ、俺を誰だと思ってんでぇ!んなもんハッキング済みよ!敷地にいんのは間違いねぇだろ!」

“なっ…!?”

“……バレてはいないが、聞こえるように言っているな。近いとは見ているか。
アレはバカで天才だ、プログラムの書き換えなど造作も無い。
ふむ…脱出は厳しいか。そうなると…。”

“なると?”

“解けるまでひたすら這いずるしかないな。”

オーケイ、俺たちは傭兵じゃないし、堅固な蛇的な名前でも無い。

………無理だな、これは。

645 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:30:51.95 ID:tMIn8aavO

「皆ー、いた?」

「ダメだねー、見つかんない。瑞鳳ちゃん、翔鶴さんどうだった?」

「昼寝してるっぽいね、全然連絡付かない。あの人一度寝ると起きないもん。」

「そっかー、翔鶴さんいたら速攻なのにね。あの人憲兵さんへの嗅覚すごいから。」

あいつが参加してないのは不幸中の幸いか…確かに昔から一度寝たら起きない奴だ。
ん?あいつは寝てて、この状況…何か糸口があるような…。

“憲兵長…もしかして人増えてないですか?”

“ああ、この騒ぎだ。表に集まって来ているな……そうか、その手があったか。 リョウ、良いものがあるぞ。”

“何ですか!?”

“……寮の鍵束だ。夜警用に持ち歩いていたのを忘れていたよ。”

“そうか…今は暇な奴らの大半が出て来てる!”

“ああ…寮に人が少ない今、空き部屋に逃げ込めば勝機はある。寮の裏口に回り込むぞ。”

進め…進め……!
声の方向、人の気配、それらを常々監視しながら、俺達はゆっくりと動き始めた。
もうどれぐらい経ったろう…切れる息すら押し殺し、やっとの思いで固い感触に触れた。これは…裏口の石段…!!

“少しダンボールを持ち上げてくれ。よし、届いた…開いたぞ。”

眼鏡が腕を出し扉を開け、慎重に中へ。
誰かいる様子は無い…最寄りの空き部屋は3階、エレベーターを目指してまたずりずりととダンボールを進めた。

“何とか乗れたな…もう少しだ。”

“ええ、長かったですね…。”

この扉が開けば、即空き部屋へ。
ダンボールも脱ぎ捨て、俺達はようやくの解放感に浸っていた。

『3階 デス。』

着いた……さぁ、開いたらダッシュして…

646 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:31:35.08 ID:tMIn8aavO





「ふふ……来たわね。」





647 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:32:37.11 ID:tMIn8aavO

「「なっ……!?」」

緑が見えた時にはもう遅かった。
エントランスにガスが充満し、視界を全て遮る。
そいつが晴れた時には、ニヤつく夕張の姿と…カツンと眼鏡が落ちる音があった。

ああ、眼鏡も子供になっちまった…!

「ふふふ…敢えて皆をあっちに誘導したのよ…。
一度憲兵長に試してみたかったのよね…。」

「憲兵長!大丈夫ですか!?
くっ…夕張!!てめえどう言うつもりだ!?」

「どう言うつもり?元々アイディア出したのは私よ?
整備長でないと実現出来ないから、ちょっとそそのかしてね。だって……」

「……だって?」

「………切れ長のショタとか見てみたいじゃない!!」ハァハァハァハァ


…………。


ダメだ、この女。


648 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:34:38.04 ID:tMIn8aavO

「……………バカなの?」

「私達、いつも良いようにやられてたわ…時にはハードな技を掛けられる場面も。
そう…次第にそれが私に新たな発想を与え、爆発させた。
どんどん載せていい気持ち……小さくなったこの鬼畜に踏まれたら何が起こるだろう…或いは逆にのし掛かったらどんな気持ちになるだろう…。
技術者はね、一度思い付いたら実現せずにはいられないのよ!!あははははははは!!!」

そう高笑いする夕張は、俺の目にはアレに見えた。
あのー、アレだ。変態後のメ○ン熊。
本性むき出しにガバーッと口開けてる方。

うわぁ…しれっとソロSMな性癖暴露してら。

「憲兵長、日頃の感謝を込めてたっぷり可愛がってあげますよ……後で感想聞かせてねえええええ!!」

……っ!?引いてる場合じゃねえ!今眼鏡も子供だ!
どうする!?突っ込むしかねえ…!

649 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:35:41.26 ID:tMIn8aavO





「………やれやれ、ナメられたものだな。」





650 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:38:22.37 ID:tMIn8aavO

次の瞬間、夕張の体は宙を舞っていた。

それは俺の頭上を越え、エレベーターの鉄扉へ顔面シュート。
めろっ!?と悲鳴が聞こえる頃、俺の目の前にはすくっと立ち上がる影が見えていた。

「…知能を低下させられなかった時点で、貴様らの負けだよ。
格闘技には受け流す技もある、そいつに力は要らん。」

「う"…ふふ、負けた、わ……ぷぎゃっ!?」

「ふん、そこでのびていろ。」

……踏まれてこんな幸せそうに気絶してるの、こいつぐらいだな。
はぁ…眼鏡も小さくなっちまったが、ラスボスは倒せたか。後は空き部屋に…。

「夕張ちゃーん?いるー?」

「何かすごい音したよね?」

………何だと?


「リョウ!!」

「これは…!?」

「鍵束だ、すぐに隠れろ!!」

「なっ…あんたはどうすんですか!?」

「今回は私にも非があるからな…ここで食い止めるとしよう。
なぁに、心配には及ばん。私を誰だと思っている?」

「…………憲兵長!!ご武運を!!」

眼鏡…あんたの死は無駄にはしねえ!
時間がねえ、もう目に付いた部屋でいい!!部屋番と鍵は…あった!!


「………ふぅ。」


飛び込んだ部屋の鍵を閉め、思わずへたり込んだ。
ここはどこだ…そう天井を見た時。

651 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:40:27.99 ID:tMIn8aavO






『A2サイズの憲兵の写真(盗撮)』








……………。

ベッドを見ると、明らかに膨らみがある…そこには。


「…………すぅ…すぅ……。」


元カノーーーーーー!!!!????

ななななんてこった!ラスボス倒したと思ったら隠しボス!
必死にエンカウント避けても強制イベントってかおい!?


652 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:42:34.68 ID:tMIn8aavO

「………ん……あれ、あなたは…。」

起きちまった……つくづく神はいねえ…!
ベッドから降りてくる様は、まさに終わりの始まりに見えたが…。

「………ふふ。あなた、リョウね?夕張ちゃんが何かしたって所かしら。」

「あ…あ…。」

「………大丈夫よ。」

その瞬間、ふわっとした感触が俺を包んだ。
他の奴同様襲ってくるもんだと思ってたが…こいつは随分優しく俺を抱きしめていたんだ。

「………な、何もしねえのか?」

「…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。

………えいっ。」

「ぶっ!?」

体が浮いたと思えば、投げられたのは柔らかい場所。
すぐに何かが顔面に掛かって、思わずうめき声が出ちまった。

………布団?

653 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:43:49.15 ID:tMIn8aavO

「今日は疲れちゃったから、もう少し横になってたいの。
ふふ…私のお昼寝を邪魔したから、お仕置ね。
抱き枕になってもらうわ、それが匿う条件。」

「………本当に?」

「本当よ。あなたも少し疲れてるんじゃないかしら?
子供の体だからよく分かるわ、体温高いもの。きっと眠くなってくる頃よ。
今は可愛い男の子が遊びに来ただけ…大丈夫だから。」

「待っ……むぐっ!?」

問答無用の乳攻撃。しかも眠いとかぬかしてんのに全力でホールドじゃねえか。

それを喰らった途端、くらくらと眠気が襲って来た。
ああ、ガキの頃、メシ食いながら寝そうになってたっけ…こうも急に来んのか。
妹で慣れてんのかね、こいつ子供の寝かせ方分かってやがる…。

あ…ダメだ……疲れが一気に……。

………。

…………すぅ……。



654 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:46:52.86 ID:tMIn8aavO


……………。

……元に、戻った。

捲ってた制服も短パンと半袖状態。拳を見ても、ちゃんとタコがある。

はぁ……良かったぁ〜〜……!
そうだ、眼鏡は無事なのか?すぐにスマホを見ると、LINEが2通入ってた。

『案ずるな、私に掛かればこの通りだ。』

添付画像には屍の山で立て膝座りする、生意気そうなガキが写っていた。
うわ、バケモノかあいつ…。
はぁ、でもこれでよく分かったぜ。あのアホぐらい強くねえと、こんな所まとめらんねえんだろうなぁ…。

さて、早く出ちまわねえと……。



“ぞく……。”



その悪寒を感じた時、一気に意識が覚醒した。

そうだ…俺は元カノに匿ってもらってた。
で、ここはあいつのベッドの上……そこまで理解した時、あるセリフが脳内で木霊する。


“…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。”

“私が好きなのは、普段のあなただもの…。”

“普段のあなただもの…。”

“フダンノアナタダモノ…。”


幻聴のエコーが切れるその瞬間、俺は後ろを振り向く。
そこには……。



「…………ハァ……ハァ………。」



滝の様なよだれを垂らしつつ、血走った目で獲物を狙う蛇がいました。寝たままで。

655 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:48:22.13 ID:tMIn8aavO

「いやあああああああああっ!!!???」

「“待”ってたわ!!この“瞬間”(とき)を!!」

「ダメ!俺のセカンド童貞死んじゃううう!!」

パリ-ン!! 

ウワ!ケンペイサンオチテキタ-!?

ナニイ!?ドコニカクレテタノ!! 

ニゲキッタネ!!バツトシテジョソウダヨ!!



………あんな奇跡的な受け身、試合や実戦ですら取った事無かったよ。

人間、やれば出来る。


656 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:49:53.56 ID:tMIn8aavO









“あーあ…またやっちゃったわ……ダメな女ね、私。


………分かってるのに。”








657 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:52:02.39 ID:tMIn8aavO


「………いやぁ、最悪でしたね。」

「ああ…流石に無理があったのか、あの後私も全身筋肉痛になったぞ。
全く、あの二人はどうせ懲りんだろう。また時期を見て間節を増やしに行かねばな。」

「……つくづく感じましたけど、あんたいないと本っ当ここ回んないっすね。
バケモノにはバケモノをぶつけんだよ!なんて映画のセリフでありましたけど、身に染みましたよ…。」

「ふむ…強さも重要だが、一番は慣れだよ。
私もおふざけは大好きだが、デッドラインは見極めているつもりだ。度を超えすぎた者を殴るラインをな。」

「……慣れ?」

「コウヘイ……ああ、提督の本名なんだがな。
あいつとは幼馴染だが、昔はもっとメチャクチャだったのさ。

昔から女への手は早かったし、他にも何かと事件ばかり起こす。
散々一緒に悪さもしたが、同じぐらい殴って止める事も多かったからな。
一時期軍内では、サイコパスと言う単語はあいつを指すものだったんだよ。

だから手加減しないラインは、あいつで学んだものだ。」

「………苦労してきたんすねぇ。」

「まぁそれはそれで面白かったがな……おや、メールか……。

……!?……くく……はははははははははははははははははは!!!!」

「……ど、どうしたんすか…?」

「噂をすればなんとやらかな……リョウ、面白い事になるぞ。」

この時の眼鏡の邪悪な笑みったら無かったな。
こいつもやっぱり悪魔だと、のちの件で思うんだ。

658 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:53:39.53 ID:tMIn8aavO

北欧のある国には、ある食品がある。
それはニシンを薄い塩水に浸け、現在では缶で一月程発酵させるのが主な製法。

その発酵ガスによる膨張力は凄まじく。
ある民家にて25年放置された缶詰を処理する際、爆発物処理班と専門家が召集された事もある程だ。

え?そんな大げさなって?
大げさじゃねえ、至ってマジだ。

発酵食品…要は腐敗に近い。そして臭い。
開ければ飛び散る危険な汁を持つその缶詰の名は、シュールストレミング。世界一臭い食べ物と呼ばれているもの。
臭気は多分磯風のGUSOH……じゃなかった、料理の次ぐらいだ。

後日、その原産国からとある女がやってくる。
シュールストレミング並に発酵と膨張でパンパンになった心を抱えて、とある男に会うために。
勿論土砂降りも付いてくる、おぞましい開缶式の始まりだ。

でも正直、解決する気しなかったなぁ…だってよぉ、アレは…。

提督、少しは俺の気持ちが分かりましたか?あんたが蒔いた種です。

659 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:55:45.83 ID:tMIn8aavO
大分遅れてしまいましたが、今回はこれにて。

次回、雨vs羊。
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/04(土) 22:16:32.42 ID:AWg4sXrUO
おつおつ。ゴトちゃんは愛が重そう……
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 03:50:54.98 ID:rGrRDjGg0
乙!
もうダメだおしまいだ
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 20:51:52.43 ID:qhgIy0N4O
久しぶりの更新乙です
663 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:12:49.80 ID:FwVAF0RqO

「えーと…海外艦、ですか。」

「ああ、とは言え1週間だけだがな。あちらのスケジュールの問題で、まずうちで仮預かりする事になったんだ。
後々日本に正式配属されるが、うちに来るとは限らん。
まぁ、軽く体感してもらう方が本人も不安が減るだろうと言う配慮さ。」

「また珍しい国からですね…英語通じます?」

「母国語では無いが、あの国は英語も上手いらしいぞ?
それに本人は元々日本語を学んでいたそうでな、JLPTのN1持ちだそうだ。」

「JLPT…日本語能力試験ですか!?N1って要は1級じゃないすか!
じゃあ特に心配要らなそうですね。」

こっちの連中はそうでもねえけど、前んとこで大変な事あったなぁ…。
通じるならまぁ、大丈夫そうか。

「それでその当日なのだが、別件で任務が入っている。」

「別件?」

「前も言っただろう?面白い事になるとな。」

664 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:13:47.87 ID:FwVAF0RqO






第28話・女心は8070Au -1-





665 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:15:46.66 ID:FwVAF0RqO

そんなこんなで1週間が過ぎ、とある任務の日がやってきた。

その内容とは、今日1日の執務室の護衛。
また珍しい任務だが、どうも提督一人の判断では無いらしい。

……だって、眼鏡とお淀がめっちゃニヤニヤしてんだもん。

「表ならともかく、なんで内部なんです?これから来るんでしょう?」

「そう言う結論に至ったからだな。」

「何ですかそれ…それにこれまで引っ張り出して来て。」

「ちょっとこれって何よ!」

そう、何故か眼鏡のリクエストでづほも召集されていた。
曰く、普通に執務室にいる体で頼む…なんて言ったものの、何でこいつなのやら。

「まぁまぁ、あまり物々しくても緊張させてしまうだろう?」

「何か変ですよね、今日の内容。何か企んでません?」

「いや、ただの任務だが?」ニヤァ

“……絶対何かあるよな。”

“だよね、私も呼んでるんだし…。”

いまいち察しが付かねえまま、例の海外艦が来る時間になった。
入って来たのは全体的に青でコーディネートされた女…ああ、この人がと思いつつ全体像を確かめた時。


俺とづほは、『何か』を感じ取った。


666 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:18:19.31 ID:FwVAF0RqO

「北欧スウェーデンから参りました、航空巡洋艦ゴトランドです。
提督、どうぞよろしくお願い致します!」

「うん、短い間になるけどよろしくね。」

提督はいつも通りのゆるい笑顔…だが俺らの位置からは、机の下にある脚が見えていた。


……提督、脚にバイブでも仕込んでんですか?


「ふふ、ではお近付きの印に握手でも。」

「こちらこそよろしく。」

何故だろう。
何故ただの握手がやたらニチャァ…とした動きに見えるんだろう。

「あ、あとこれスウェーデンのお土産!ダーラナホースって言うの!幸せを運ぶ馬だよ!」

「ありがとう、飾らせてもらうよ。」

おかしい、急にフランクになり過ぎだ。あと、机越しに提督に近い気がする。
一見普通に会話をしているよう…だが読唇術を齧ってる俺には、その合間にボソッと囁いた言葉が理解出来た。


“ダーラナホースには、私って言う幸せが乗って来たんだよ。ね、コウヘイ?”


コウヘイ…こないだ聞いた提督の本名。
待て……何でこの人が知って………。


……あ。

667 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:20:23.59 ID:FwVAF0RqO

「じゃあゴトランド、今日は部屋でゆっくりしてくれていいから。場所は分かる?」

「うん!説明は受けたから!じゃあまたね!

………コンドハニガサナイカラ。」


………今、何かすっげー怖い事言わなかった?

ドアの音と共に訪れたのは、それは長ーい静寂。
それを破ったのは……提督が蛙のように机に突っ伏す音だった。

「………!!……!!」

「提督!?大丈夫ですか!?」

おいおいおい…普段糸目な人がすっげえ顔してんぞ。
慌てて駆け寄る俺とづほを尻目に、眼鏡コンビは悪魔の笑みを浮かべていた。

668 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:22:07.80 ID:FwVAF0RqO

「…………かはっ…はぁ、やっと息吸えた…。」

「コウヘイ…大変な事になったなぁ?」

「ふふふ、いつ『あの子』にバレるでしょう?」

「……リョウちゃん、あの人見てどう思った?」

「……うん。キャラは違うけど、何か翔鶴っぽい。
提督……もしかして…。」

「うん……僕の、留学時代の元カノだね…。」

この時俺とづほの脳裏には、ある奴が浮かんだ。
その直後……。


『びたぁん!!』


「何だ!?」

「ひっ…!?リョリョリョ、リョウちゃん…あそこ……!」

づほが指差したのは、ついさっきでかい音を出した窓……そこには。



「…………。」ニコォ…



「「で……出たぁああああぁああああっっ!?」」


この場に最もいてはいけない女、時雨が窓に貼り付いていた…。


669 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:24:06.61 ID:FwVAF0RqO

「……………。」ニコニコ

「……………。」

「……よっ、と…さて提督、何から説明してもらおうかな?」

時雨が窓から入ってくるや否や、途端に空気がヒリヒリしたものに変わる。
提督はいつものアルカイックスマイル…だが、明らかに尋常でない汗がダラダラと。

「はは…21歳の時、半年ぐらいスウェーデンに留学してたんだ。
そ、その時付き合ってた子でね…。」

「へぇ?じゃあ僕と知り合うずぅっと前かぁ…その時ゴトランドさんはいくつだったの?」

「じゅ、16歳…。」

すこーん!とした音が部屋に響く。
時雨は相変わらずニコニコしたまま、持ってたペンを机に刺したんだ。提督の目の前に。

670 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:27:14.03 ID:FwVAF0RqO

「ねぇ…“やる事はやった”の?」

「う……うん…。」

「へえ…あの人の方は初めてだった?」

「うん、そうだったね…。」

「…………。」

2本目が深々と机に刺さる。今度は煙も立てて。
時雨は尚も笑みを崩さず、尋問は続いて行く。

「………本当に愛していたのかい?彼女の事を。」

「うん…その時は日本に連れて帰りたいぐらいに。
結局今生の別れになると思って、そのまま別れてしまったけどね。」

「………別れの言葉は?」

「……別れ話をした翌日、あの子は空港に見送りに来てくれた。
僕だって本当は、別れたくなかった……だからこう言ったんだ。

『またいつか、どこかで。』って…。」

「………そう。」

そこから時雨は黙っちまって、長い沈黙が訪れていた。

「提督……。」

それを破ったのは、づほの靴音。
づほは優しく微笑みながら、提督の肩に手を置き、そっと耳元に顔を寄せて…。


「ギルティ。」


その瞬間、ぎょん!と目を見開いた。

671 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:28:38.75 ID:FwVAF0RqO

「時雨ちゃん!」

「うん!行くよ瑞鳳さん!」

「えっ?ちょ、待っ…!!」

づほが提督を羽交い締めした瞬間、ばちこーん!!と爽快な音が響き渡った。
ブ○ャラティも真っ青の殴られ顔を晒しつつ、肩を固定された体は吹っ飛ぶ事も出来ず。
うわぁ、首すっげえ伸びてる。すっげえ伸びてるよ。

「いい音!時雨ちゃんやっるー♪」

「その為の革手袋さ。」

「提督。」

「う……け、憲兵君…?」

「………俺も1発いいですか?」

「ごめん!君のは死ぬ!」

ちっ…まぁいいや、ここは女性陣にボコってもらうか。
あーあ、眼鏡超笑ってんじゃん…。

ダメだわこの人…俺ですらあいつん時はまだちゃんとよぉ…。

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