【艦これ】ex.彼女

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613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/22(金) 08:52:21.70 ID:DyZ5U7sZO
乙!
614 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:47:07.03 ID:HX+f6vTQO

『どぉ…ん…』


今日も遠くから爆音が聞こえる。

これは工廠の実験の音だ。
大体何時から〜って報告来てて、時間から外れてなけりゃ問題ない。
それ以外だと俺らの特性上出動しなきゃならなくて、この辺の報・連・相が上手く行ってないとトラブルの元って訳。

『どかん!』

派手にやってんなぁ…ま、前んとこから慣れた音だ。

『どごお!!どん!』

…………。

『どすん!ばん!がらがっしゃーーーん!!』

……………何か、いつもより多くね?

『どばばばば!!どん!どん!ひゅーー……どぉん!!』

「…………うるせええええええええええぇえええ!!!!」

「うおっ!?」

ここでキレたのは俺じゃなく、眼鏡の方だった。
どっちがうるせえんだよ…しかし珍しいな、いつもは何も言わねえくせに。

「…失礼した。リョウ、行くぞ。」

「え?どこにです?」

「工廠だよ。明らかに予定を超えている、これは出動案件だ。
久々に連中の病気が出たようだな。」

「病気?」

「ああ、貴様はまだ面識が無かったか…あいつらは歓迎会にも来ていなかったしな。

……うちの火薬庫どもさ。」

615 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:48:06.82 ID:HX+f6vTQO




第25話・ガチはごっこの顔をしていない-1-



616 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:49:28.53 ID:HX+f6vTQO

促されるまま駆け付けたのは、工廠の入口。
裏は海に面していて、弾の実験はいつもそこで行われているらしい。
艦娘も行くばっかで、基本中の連中は出てこないって聞いたな…俺もメールのやり取りはしてたけど、文面からは特に変な印象も受けなかった。

さて、鬼が出るか蛇が出るか…扉を開けてみる。
ここは…まあ玄関か。ん?何か足元に…



\おう、よく来たな/



カ、カ○ルおじさん?

いや、違う。ヒゲに手拭い巻きな妖精だ。
よく見りゃ顔に描いてる…この格好は…法被?

617 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:53:59.41 ID:HX+f6vTQO


「可愛いでしょ?私のお手製。」


声のした方を見ると、黄色いツナギの女がいた。
何やらドヤった笑みを浮かべてるが、眼鏡はそれを見てげんなりとした様子だ。

「はぁ…少しは焦れ。私達が乗り込んできた理由は察せるだろう?」

「……何の事でしょう?」

「自覚無しか。まぁいい、奥にあいつがいるだろう?」

「いますよ。整備長ー、憲兵隊来てますー。」

「………憲兵隊だぁ?」

奥の方からずりずりと足音が聞こえる。
如何にもガラ悪そうな歩き方の影は、次第にその正体を現してきた。
さっきの妖精と同じ格好の……


「なんでえキョウ、珍しいじゃねえか!」


ア、アウトレ○ジ?

タオル巻きに眉無し、ダメ押しのレイバン。さっきの女と並ぶ様はさながら美女と野獣。
どう見てもカタギじゃないのが目の前にいた。


618 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:57:28.83 ID:HX+f6vTQO

「憲兵長、俺達カチコミに来ましたっけ…。」

「現実から目を背けるな、ここは工廠だ。
この二人がうちの火力の要だよ…誠に残念ながらな。」

「おう!おめえが新任のか!?
歓迎会出れなくてすまねえな!俺はシュウ!ここの整備長だ!」

「私は夕張!ここの助手よ、よろしくね!」

「は、はい、よろしくお願いします…。」

「挨拶は済んだか。さて、貴様ら…私が来た理由はわかるな?」

「固え事言うんじゃねえやい!火事と喧嘩は江戸の華ってんだろ?
あいつらが派手に決めれるよう、いい弾になるか試してただけじゃねえか!」

「建前はそうだろうな。だが、数が多過ぎるんだよ。
貴様らの我慢が効かなくなっただけだろう?」

「憲兵長…私はここに入って大切な事を学んだわ。
いい?芸術は爆発よ?
そう、爆発……爆発は芸術なのよ!!まさに戦場の華!!燃え盛る美の快感を死ぬほど体感したくなるじゃない!!」

「そうでえそうでえ!メロン、いい事言うじゃねえか!!俺らは炎のゲージツって奴をよ…」

「貴様らが。」ラリアット 

「ぶっ!?」

「ぶっ放したいだけだろう?」アイアンクロ-

「いたたたたたっ!?出ちゃう!顔から何か出ちゃうから!!」

「やれやれ、出るのは腐ったメロン汁だな。」

うわ、容赦ねえ……整備長はぶっ飛ばされ、夕張は[首の骨が折れる音]って感じでだらんと垂れ下がってる。
しかし今のやり取りからすると、あの騒音って…。

「憲兵長、こいつらって…。」

「ああ、こいつは実家が花火屋でな。で、夕張と妖精達もその悪影響を受けている。
……だからぶっ放すのが大好きなんだよ、こいつらは。たまに暴走するのを止めに来るのさ。」


619 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/12(火) 23:59:39.34 ID:HX+f6vTQO


「…………。」ムス-

「………憲兵長のけち。」プク-

眼鏡がこってり絞りはしたものの、二人はヘソ曲げっぱなし。
整備長、こっち睨むなよ…完全にヤーさんだよあんた。

「リョウ、こいつらはこうしてたまに灸を据えてやらねばならんのだ。
これでもうちの整備や開発を一手に担う場所なのだが、どうにも頭がハッピーでな。特にシュウが。」

「あんまり整備長を悪く言わないでくださいよ、この人は天才なんですから。」

「そうでい!俺にかかりゃ何だってござれよ!」

「バカと紙一重だ。
リョウ、こいつはこんなのでもアメリカの大学を出ている…12歳でな。天才児と言う奴だった。」

「………へ?」

「真性のバカに、お勉強的な天才の頭脳と技術だけ与えた結果がこれだよ。
こいつはその気になればBC兵器だって作れるぞ、未知のな。」

「そうなのよ!整備長にかかれば何だって出来る!まさに発想の爆は…いたたたた!?」

「夕張、そろそろ黙れ。爆発しているのは貴様のメロン色の脳ミソだ。」

天才……このヤクザが?
どう見ても教師殴る方な雰囲気だけどよ…。

620 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:02:24.23 ID:zAl0aIraO

「大したもんじゃねえやい。一通り学んでくりゃ花火に使えるって思ったからよ。
さっさと飛び級しちまえば、学校行かねえで済むしな!」

「結局その力を花火以外で使う羽目になったのは、運命の皮肉と言った所か?
バカと天才は紙一重と言うが、バカで天才なのは貴様だけだよ。」

「変わんねえよ…花火打ち上げに来てんだこちとら。
あいつらが攻めてきた年、うちの工場が出る花火大会が中止になった。ガキ共の落ち込んだツラァ忘れらんねえ。
それ抜きでも頭来てんだよ…連中を汚ねえ花火にしてやらぁって俺ぁ決めてんだ!!平和になるまでな!」

「整備長…私も最後まで手伝います!二人ででかいの行っちゃいましょう!!」

「おうよメロン!!でっけえスターマイン決めてやろうじゃねえか!!
まずは最高の弾をよ……」

「……と言いつつ実験に戻ろうとするな。」

「「ふぼっ!?」」

華麗なダブルラリアットが、二人の喉元を捉えた。

いやぁ、でもさっきからやりすぎじゃねぇ…?
整備長はともかく、夕張なんて女の子だぞ…。

621 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:04:24.71 ID:zAl0aIraO

「憲兵長、ちょっとハードなんじゃ…。」

「甘いな。軍事施設の側とは言え、さすがにこれだけの爆音を放っておけば苦情が来る。
それに言っただろう?こいつらはバカで天才だと。
……騒音以外も色々あったんだよ、今までもな。」

「………へ?」

「……へへへ、俺らが弾ぁだけだと思ったかよ?メロン!!」

「はい!!」

「なっ…!?」

直後、激しい煙が俺達を襲った。
催涙ガスか…!?何も見えねえ…!!

「へっへっへっ…今度の『新作』は効くぜぇ?
おめえら用にこさえた特製だかんなぁ!!」

煙は一向に晴れない。
やべえ、くらくらしやがる…その変調の中、ようやく煙が晴れ始めた時、俺の前に差し出された手があった。

「リョウ、大丈夫か?」

そうは言っても手しか見えない。
だがこの時、凄まじい違和感が俺を襲った。


………こいつの手、こんなデカかったっけ?


622 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:06:21.13 ID:zAl0aIraO

「………っ!?
リョウ、すまない。せいぜい催涙ガスだと油断していたようだ。」

「何言って……!?」


声が、高い?

自分の声に違和感を感じた時、他の事象も次々と現実として俺に襲い掛かってくる。
服がダボダボだ…それに眼鏡の手だけじゃない、煙がより晴れた今、周りのすべての高さが変わってるのに気付く。

まさか……まさか……。


「……小さくなってるううううううっ!?」


そうだ…あのガスをモロに吸った俺は、子供になっていたんだ…!

623 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:08:18.01 ID:zAl0aIraO

「ふふふ…成功。やっぱり整備長は天才ね。」

「いーや、改善の余地ありだな…知能は大人のままになってやがる…。
まぁいいや…どうでえ!幼児化ガスの味はよ!これでおめえらは手も足も出ねえ!!」

「………やはりバカだな。」

「……ぶべっ!?」

整備長をぶっ飛ばしたのは、ガスマスク姿の眼鏡だった。
ついでに夕張にもチョップ喰らわせて、一瞬で二人を縛り上げちまった。

「……やれやれ、最初から手荒く行っておくべきだったな。貴様ら相手に保険無しな訳なかろう。
予め貴様らはワクチンを接種しておいたと言ったところか…。」

「うう、女の子に容赦無いわね…。」

「マッドサイエンティストをしばくのに性別など関係ない。
ガスの効能はどれほどだ?」

「ちっ…5時間ぐれぇだよ。」

「なるほど、その間貴様らを放置しておけばいいと言う事か。」

「………へへへ。」

「何がおかしい?」

「……今日はよお、翔鶴が出撃だよな?
そこの新人、話は聞いてるぜ?あいつおめえの元カノらしいじゃねえか。大分ストーカーな。」

「ふふ、あと何分で帰ってくるかしらねぇ?5分ぐらいかしら?」

「「………っ!?」」

この時俺達は、恐らく同じ事を考えたと思う。

そうだ…帰港したら、まず皆ここへ艤装を置きに来る。
俺はショタ状態………そこにあいつ……導き出される答えは……。



何 か が 起 こ る 。


624 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:09:13.66 ID:zAl0aIraO

「……まずいな、艤装ありではさすがの私でも勝てぬかもしれん。」

「…ダメそうですか?」

「……ああ、手強いだろうな。
母港からここへは一本道、今から逃げてもどこかで遭遇するだろう。」

「………つまり。」

「…大人の隠れ鬼開催と言う事だ。」


たった今、俺達にとって長い5時間が始まった。
そしてこの後俺は知るのだ。人の欲望とは、人の数だけ存在するのだと言う事を。
そしてそいつらは、普段は眠っていると言う事を。

『鬼』は何も、一人だけでは無かったんだ…この鎮守府においてはな。

625 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/13(水) 00:10:54.31 ID:zAl0aIraO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
さて、また頭を悪く行きましょう。
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 06:49:18.31 ID:BmTGH/oDo
おつなのね
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 08:32:43.41 ID:eRIACwESO
憲兵長、自分だけ対策してるとか
なにかあったら犠牲にする気満々やん
628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/17(日) 14:03:46.41 ID:/FnRg9alO
確かにショタ食いそうな奴いっぱい心当たりが・・・・
629 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:01:38.92 ID:0fe9XufhO





第26話・ガチはごっこの顔をしていない-2-




630 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:04:29.87 ID:0fe9XufhO


「よし、服の準備はいいな?」

「ちょっと動きにくいすね…なんでまた制服折るだけなんです?整備長の予備かっぱらっても…。」

「法被は今ならカバー出来るかもしれんが、元に戻った時にまずい。途中で何か起こるかもしれんからな。
またチン兵さんと言われたいのか?」

「げ…それは勘弁ですね。」

「ふむ…あそこにロッカーがあるだろう?あの大きさなら2人入れる。そこに隠れよう。」

工廠コンビは気絶させて、それぞれ机の下に隠した。
ロッカーからなら確かに外の様子は窺えるが…やっぱ子供の体はキツい。制服ですら重く感じる。
そろそろ来るか…俺らは息を呑んで扉の様子を伺っていた。

“足音がするな…いいか?音を出すなよ。”

扉が開き、話し声も聞こえてきた。げ…元カノの声だ。

「お疲れ様です。あら、出掛けてるみたいね。」

『現在外出中です。』と立て札は出したが、あいつは妙な所で鋭い。
頼むぜ…気付くんじゃねえぞ…。

「珍しいわね…とりあえず艤装を置いて行きましょう。」

「そうですね、持ち帰っても危ないですし。」

よし…!!
ガチャガチャと艤装を置く音がする間、緊張感はどんどん高まっていく。
足音が外へ向かって行く…そいつに安堵しかけた時、俺達にまた緊張が走った。

「あ、私ちょっと待ってみるね。夕張ちゃんに聞きたい事あったんだ!」

誰だ!?
いや、待て……この声は……。

631 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:07:10.32 ID:0fe9XufhO

「じゃあ瑞鳳ちゃん、私達は先に上がるわね。お疲れ様。」

「うん!お疲れ様ー。」

ふー…何だ、づほか。
あいつなら最悪見付かっても大丈夫…でも、酒のネタにされてもなぁ。
びっくりされて大声出されても困るし、あいつが出るまで隠れてるか。

“瑞鳳君か…しかし今の貴様を見ても、気付いてもらえないだろうな。”

“大丈夫じゃないすかね…いくらなんでも。”

“……ああ、鏡を見ていないのか。今の貴様はざっと見、5〜6歳頃の体格になっているぞ。”

“……そんなにですか。”

“まさかあのように攻めてくるとはな。せいぜい笑いガスぐらいなものかと思っていたが、誤算だったよ。
昔喰らった時は、まだ精神攻撃系だったが…。”

“……因みに内容は?”

“…こちらの意思と関係なく立ちっぱなしになるガスをな。
自慢ではないが、私はモノは大きい方でな…憲兵の制服で立ち上がってはとても目立つ。
一つでもミスがあれば社会死と言う恐怖の2時間を味わったぞ…。”

“……………そう言えばあんた、自分だけガスマスク持ってましたね?”

“……連中の脅威を、一度身を以て知ってもらおうと思ったのさ。”

「てめえ生贄にしたな!?」

「バカ!!声を出すな!!」

「………あ!!」

空気が凍る。
カツカツと響くのは下駄の音……それは今まさに俺達が潜んでるロッカーの前で止まった。


「………誰かいるの?」


万事休す……!!
元カノらはまだそんな遠くに行ってないだろう…ゆっくりと扉が開けられ、俺達はこの後の地獄を覚悟した。

632 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:08:43.22 ID:0fe9XufhO

「憲兵長……?え?その子は…。」

“しーーーっ!!小声で頼む!”

「むっ!?」

ファインプレーだ眼鏡!!
づほの口を塞ぐと、眼鏡はまくし立てるように事の顛末を伝えた。

「………と言うわけで、こいつはリョウなのだ。変身が解けるまで内密にしてもらえると助かる。」

「………。」コクコク

「よし、分かってくれたか…離してやろう。」

「……ぷはっ。あー、でもちゃんと見るとリョウちゃんだね。
ふふっ、ちっちゃいと本当に女の子みたい。」

「頭撫でんなよ…づほ、隠しといてくれるか?」

「うん!何なら私の部屋で匿おっか?詰所だと誰か来ちゃいそうだし。」

「………良いの?」

633 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:10:36.62 ID:0fe9XufhO


“狭えなぁ…うお、揺れる…。”


で、どうなったかと言うと。
俺はボストンバッグに詰め込まれ、づほの部屋へ向かっている。

「よし…では瑞鳳君、頼んだぞ。変身が解けたら連絡してくれ。」

「はーい。」

運び手の眼鏡も、どうやら上手い事周りに悟らせないようやってくれたようだ。
ようやくの床の感覚に、俺は一息をついていた。

「お待たせー、今開けるね。」

「ふー…狭かった……ありがとな。」

「どういたしましてー。ふふ、まさか見下ろす日が来るなんてねぇ。」

「だから撫でんなっての…ちょっと座らせてくれ…。」

あー、疲れた…喉もカラッカラだぜ…。
まだ20分しか経ってねえのかよ、先が長えなぁ。

634 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:13:19.20 ID:0fe9XufhO

「ごめん、飲み物もらってもいい?」

「うん、いいよー。はい!」

「お、コーラじゃん、いいの?ありがとな、づほ。」

「…………リョウ『くん』、づほ『姉ちゃん』でしょ?」



……………ん?



その声からは、何とも例えようのないものを感じた。
なんて言ったらいいか、ドドメ色っつーか、腐った果物の匂いっつーか…。

しょ、瘴気?

「………ど、どうした?」

気付けばづほの両手は、俺の肩をがっちり後ろからハグ…。
そして後頭部にかかる吐息と共に、『何かが肩に滴る感触』と『ある匂い』を感じた。


“私ね、弟か妹欲しかったんだ!”

“山風本当かわいー!もう私の妹だよ!”


何故か走馬灯のようにづほの過去の発言が巡る。
きいいいいいい……と後ろを振り返ると…。


「ふふ…ふふふふふ……弟…愛でりゅ…!!」ハァハァハァハァハァハァハァハァハァ


濃い鉄のかほりの正体は、づほの鼻からボタボタ垂れる鼻血…。
貞子の如く血走る瞳と目が合った時、俺の脊髄は思考を凌駕した。


635 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:15:03.57 ID:0fe9XufhO

「いやあああああああああああっ!?」

「大丈夫!ちょっとだっこして匂い嗅ぐだけだから!ぜったいかじらないから!かじらないからぜったい!ねっ!?ねえええぇっ!?」

「いやあああっ!!ぜったいかじる!かじるぜったい!!俺は逃げりゅ…!?」

ドアに向かおうとするが、強烈なタックルに姿勢を崩された。
ってこれ逮捕術じゃねえか!!どこでこんなもん覚えた!?

「…ハァ……ハァ…ふふ、チビでも私、大人の女よ?子供が勝てる訳ないじゃん…。
リョウくん……いっぱい遊ぼうねええええええっ!!!!」

「リョウ!『づほ姉ちゃん』と言え!!可愛くだ!!」

「………っ!?

………づ、づほねーちゃん?」

「………。

…………ごふっ……!!」

直後、血の花が咲いた。

そいつの正体は、づほの鼻血と吐血
それを浴びせられた俺の顔面はびったびた。さながらそれはスプラッター。
俺にとっちゃホラー極まりない事だったんだが……後に知る事となるのだが、そいつはこう呼ぶそうだった。


『尊みが鼻から溢れる』と。


636 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:17:44.64 ID:0fe9XufhO

血を浴びて血の気を引かせている間、カーキの影が部屋へ飛び込んだ。
とんっ…と小さな音がすると、倒れ込むづほをそいつは受け止めていたんだ。

「……憲兵長!!」

「やれやれ、念の為ドアの前にいたらこれだ。
どうやら今の貴様が相当お気に召したようだな。」

「づほ……ショタ趣味あったのか…。」

「また違うかもな…改めて鏡を見てみろ。」

「鏡……げっ!?」

大人の頭脳で見る子供の俺。
そいつは否応なしに認めたくない現実を突き付けて来た…。

「……はは…笑えねー……俺、完っ全にロリじゃないっすか…。」

「故に、見た者が覚醒してしまったと言う方が正確だろうな…。
この鎮守府は変態の素質を持つ者が多い、それで今の騒ぎでは…。」

「瑞鳳ちゃん、何かあったの?」コンコンコン

「……この有様だ。」

「…………終わった。」

この声、蒼龍か……どうする?どうするよ!?
またボストンバッグに…いや、そもそも何で眼鏡だけいんだって話だ。

「ふむ……あまり気乗りはしないが…。」

「………へ?」

え?俺を小脇に…

え?何で窓行くの?

え?何その鉤…引っ掛け……

「てええええええっ!?」

「外から行くぞ!こうなれば限界まで逃げる!!」

「嘘でしょ!?」

づほが起きればバレるのは確定…その後は容易に想像出来る。
たった今、隠れ鬼がバイオハザードかメタルギアに格上げされたのであった…。

637 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/03/18(月) 00:18:48.69 ID:0fe9XufhO
小出しになってしまいましたが、今回はこれにて。受難は続くよどこまでも。
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 00:47:48.81 ID:J/9ZgsQQO
おつおつ。これは酷いw
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 08:42:10.85 ID:EaQb5tlZ0
乙!
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/18(月) 13:53:57.47 ID:lzg+TCAP0
メタルギアww
641 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:24:58.98 ID:tMIn8aavO

昼の風をきり箱で匍匐して行くのは誰だ?
それは上司と部下(ショタ化中)
上司は部下を腕にかかえ
しっかりと抱いて息を殺している

“リョウ、何故顔を隠すのだ?ここからは何も見えないはずだ。”

“憲兵長には見えませんか?ギラギラとした目を持つ女達が。”

“リョウ、あれはただの霧だ。”

“…今は昼です。”

「可愛い坊や、私と一緒においでぇ、楽しく遊ぼう!
キレイなメイク道具と可愛い衣装もたくさんあるよぉ。」

“憲兵長、憲兵長!蒼いののささやきが聞こえませんか!?”

“落ち着くんだリョウ、枯葉が風で揺れているだけだ!魔王的なのはいない!”

デデデデデデデン!
と恐ろしげなピアノが脳内再生されるような空気の中を、俺達は進んでいる。
辺りにはゾンビの如く俺達を探し回る艦娘の群れ…ここは詰所の裏だ。

俺達は今、段ボール内で息を殺していた。

642 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:26:03.87 ID:tMIn8aavO





第27話・ガチはごっこの顔をしていない-3-





643 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:27:51.10 ID:tMIn8aavO

窓から逃げた時も騒ぎになったが、まだ俺が誰かはバレてなかった…だが詰所に逃げ込んで一息付いてたら、すぐ大変な事になった。
づほか夕張か、とにかく子供の正体が俺だとバレたらしい。
窓からペタペタ音がし、そっちを見たら蒼龍達がニチャァ…とした顔で貼り付いていた。

初めは籠城作戦に打って出たものの、ここで出てきたのがあの整備長。
あのヤクザは難なくピッキングをこなし、一斉にゾンビ共が雪崩れ込んで来たのが数分前。
突破を読んだ眼鏡が外の段ボールに隠れ、ギリギリ難を逃れているのが今の状況だ。

「……鬼畜系眼鏡×ショタって、尊いと思いません?」

「いやぁ、そこは男の娘っしょー…生で見るとありゃ逸材だねえ。」

「ひひひ、当分話のネタになるよー。ね、蒼龍!」

「ふふ、何が良いかなー…ドレス…いや、スモックも捨てがたい…。」

腐臭漂う駆逐艦どものリビドーが聞こえ、着せ替え人形を探す空母どもの声が耳を犯す。
変身が解ける前に捕まったら最後…いや、社会的な最期だ…!

“いいか、ゆっくりと動くんだ。我々陸軍の得意分野だぞ。”

“匍匐前進…目指すはどちらで?”

“裏門だ…着いたらカードを通して即脱出。それしか無い。”

“………憲兵長、なんでそこまでしてくれるんです?”

“奴らを見誤ったツケと言うのもあるが……今回は笑い話で済まない気がするからだよ。”

この眼鏡が悪ふざけを封じた。

その事実は、状況の悪さを容赦なく俺に突き付けて来ている。
まだ2時間…クソッ、あと3時間どう逃げ切りゃいい…。

644 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:28:58.43 ID:tMIn8aavO

「けけけ…なぁメロン、あいつらどこ行ったんだろうなぁ?」

「ふふ、どこでしょうね?日頃のツケは払ってもらわないと…セキュリティカードは?」

「へっ、俺を誰だと思ってんでぇ!んなもんハッキング済みよ!敷地にいんのは間違いねぇだろ!」

“なっ…!?”

“……バレてはいないが、聞こえるように言っているな。近いとは見ているか。
アレはバカで天才だ、プログラムの書き換えなど造作も無い。
ふむ…脱出は厳しいか。そうなると…。”

“なると?”

“解けるまでひたすら這いずるしかないな。”

オーケイ、俺たちは傭兵じゃないし、堅固な蛇的な名前でも無い。

………無理だな、これは。

645 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:30:51.95 ID:tMIn8aavO

「皆ー、いた?」

「ダメだねー、見つかんない。瑞鳳ちゃん、翔鶴さんどうだった?」

「昼寝してるっぽいね、全然連絡付かない。あの人一度寝ると起きないもん。」

「そっかー、翔鶴さんいたら速攻なのにね。あの人憲兵さんへの嗅覚すごいから。」

あいつが参加してないのは不幸中の幸いか…確かに昔から一度寝たら起きない奴だ。
ん?あいつは寝てて、この状況…何か糸口があるような…。

“憲兵長…もしかして人増えてないですか?”

“ああ、この騒ぎだ。表に集まって来ているな……そうか、その手があったか。 リョウ、良いものがあるぞ。”

“何ですか!?”

“……寮の鍵束だ。夜警用に持ち歩いていたのを忘れていたよ。”

“そうか…今は暇な奴らの大半が出て来てる!”

“ああ…寮に人が少ない今、空き部屋に逃げ込めば勝機はある。寮の裏口に回り込むぞ。”

進め…進め……!
声の方向、人の気配、それらを常々監視しながら、俺達はゆっくりと動き始めた。
もうどれぐらい経ったろう…切れる息すら押し殺し、やっとの思いで固い感触に触れた。これは…裏口の石段…!!

“少しダンボールを持ち上げてくれ。よし、届いた…開いたぞ。”

眼鏡が腕を出し扉を開け、慎重に中へ。
誰かいる様子は無い…最寄りの空き部屋は3階、エレベーターを目指してまたずりずりととダンボールを進めた。

“何とか乗れたな…もう少しだ。”

“ええ、長かったですね…。”

この扉が開けば、即空き部屋へ。
ダンボールも脱ぎ捨て、俺達はようやくの解放感に浸っていた。

『3階 デス。』

着いた……さぁ、開いたらダッシュして…

646 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:31:35.08 ID:tMIn8aavO





「ふふ……来たわね。」





647 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:32:37.11 ID:tMIn8aavO

「「なっ……!?」」

緑が見えた時にはもう遅かった。
エントランスにガスが充満し、視界を全て遮る。
そいつが晴れた時には、ニヤつく夕張の姿と…カツンと眼鏡が落ちる音があった。

ああ、眼鏡も子供になっちまった…!

「ふふふ…敢えて皆をあっちに誘導したのよ…。
一度憲兵長に試してみたかったのよね…。」

「憲兵長!大丈夫ですか!?
くっ…夕張!!てめえどう言うつもりだ!?」

「どう言うつもり?元々アイディア出したのは私よ?
整備長でないと実現出来ないから、ちょっとそそのかしてね。だって……」

「……だって?」

「………切れ長のショタとか見てみたいじゃない!!」ハァハァハァハァ


…………。


ダメだ、この女。


648 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:34:38.04 ID:tMIn8aavO

「……………バカなの?」

「私達、いつも良いようにやられてたわ…時にはハードな技を掛けられる場面も。
そう…次第にそれが私に新たな発想を与え、爆発させた。
どんどん載せていい気持ち……小さくなったこの鬼畜に踏まれたら何が起こるだろう…或いは逆にのし掛かったらどんな気持ちになるだろう…。
技術者はね、一度思い付いたら実現せずにはいられないのよ!!あははははははは!!!」

そう高笑いする夕張は、俺の目にはアレに見えた。
あのー、アレだ。変態後のメ○ン熊。
本性むき出しにガバーッと口開けてる方。

うわぁ…しれっとソロSMな性癖暴露してら。

「憲兵長、日頃の感謝を込めてたっぷり可愛がってあげますよ……後で感想聞かせてねえええええ!!」

……っ!?引いてる場合じゃねえ!今眼鏡も子供だ!
どうする!?突っ込むしかねえ…!

649 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:35:41.26 ID:tMIn8aavO





「………やれやれ、ナメられたものだな。」





650 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:38:22.37 ID:tMIn8aavO

次の瞬間、夕張の体は宙を舞っていた。

それは俺の頭上を越え、エレベーターの鉄扉へ顔面シュート。
めろっ!?と悲鳴が聞こえる頃、俺の目の前にはすくっと立ち上がる影が見えていた。

「…知能を低下させられなかった時点で、貴様らの負けだよ。
格闘技には受け流す技もある、そいつに力は要らん。」

「う"…ふふ、負けた、わ……ぷぎゃっ!?」

「ふん、そこでのびていろ。」

……踏まれてこんな幸せそうに気絶してるの、こいつぐらいだな。
はぁ…眼鏡も小さくなっちまったが、ラスボスは倒せたか。後は空き部屋に…。

「夕張ちゃーん?いるー?」

「何かすごい音したよね?」

………何だと?


「リョウ!!」

「これは…!?」

「鍵束だ、すぐに隠れろ!!」

「なっ…あんたはどうすんですか!?」

「今回は私にも非があるからな…ここで食い止めるとしよう。
なぁに、心配には及ばん。私を誰だと思っている?」

「…………憲兵長!!ご武運を!!」

眼鏡…あんたの死は無駄にはしねえ!
時間がねえ、もう目に付いた部屋でいい!!部屋番と鍵は…あった!!


「………ふぅ。」


飛び込んだ部屋の鍵を閉め、思わずへたり込んだ。
ここはどこだ…そう天井を見た時。

651 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:40:27.99 ID:tMIn8aavO






『A2サイズの憲兵の写真(盗撮)』








……………。

ベッドを見ると、明らかに膨らみがある…そこには。


「…………すぅ…すぅ……。」


元カノーーーーーー!!!!????

ななななんてこった!ラスボス倒したと思ったら隠しボス!
必死にエンカウント避けても強制イベントってかおい!?


652 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:42:34.68 ID:tMIn8aavO

「………ん……あれ、あなたは…。」

起きちまった……つくづく神はいねえ…!
ベッドから降りてくる様は、まさに終わりの始まりに見えたが…。

「………ふふ。あなた、リョウね?夕張ちゃんが何かしたって所かしら。」

「あ…あ…。」

「………大丈夫よ。」

その瞬間、ふわっとした感触が俺を包んだ。
他の奴同様襲ってくるもんだと思ってたが…こいつは随分優しく俺を抱きしめていたんだ。

「………な、何もしねえのか?」

「…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。

………えいっ。」

「ぶっ!?」

体が浮いたと思えば、投げられたのは柔らかい場所。
すぐに何かが顔面に掛かって、思わずうめき声が出ちまった。

………布団?

653 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:43:49.15 ID:tMIn8aavO

「今日は疲れちゃったから、もう少し横になってたいの。
ふふ…私のお昼寝を邪魔したから、お仕置ね。
抱き枕になってもらうわ、それが匿う条件。」

「………本当に?」

「本当よ。あなたも少し疲れてるんじゃないかしら?
子供の体だからよく分かるわ、体温高いもの。きっと眠くなってくる頃よ。
今は可愛い男の子が遊びに来ただけ…大丈夫だから。」

「待っ……むぐっ!?」

問答無用の乳攻撃。しかも眠いとかぬかしてんのに全力でホールドじゃねえか。

それを喰らった途端、くらくらと眠気が襲って来た。
ああ、ガキの頃、メシ食いながら寝そうになってたっけ…こうも急に来んのか。
妹で慣れてんのかね、こいつ子供の寝かせ方分かってやがる…。

あ…ダメだ……疲れが一気に……。

………。

…………すぅ……。



654 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:46:52.86 ID:tMIn8aavO


……………。

……元に、戻った。

捲ってた制服も短パンと半袖状態。拳を見ても、ちゃんとタコがある。

はぁ……良かったぁ〜〜……!
そうだ、眼鏡は無事なのか?すぐにスマホを見ると、LINEが2通入ってた。

『案ずるな、私に掛かればこの通りだ。』

添付画像には屍の山で立て膝座りする、生意気そうなガキが写っていた。
うわ、バケモノかあいつ…。
はぁ、でもこれでよく分かったぜ。あのアホぐらい強くねえと、こんな所まとめらんねえんだろうなぁ…。

さて、早く出ちまわねえと……。



“ぞく……。”



その悪寒を感じた時、一気に意識が覚醒した。

そうだ…俺は元カノに匿ってもらってた。
で、ここはあいつのベッドの上……そこまで理解した時、あるセリフが脳内で木霊する。


“…そうね、確かに今の姿はとっても可愛いけれど…。
私が好きなのは、普段のあなただもの。”

“私が好きなのは、普段のあなただもの…。”

“普段のあなただもの…。”

“フダンノアナタダモノ…。”


幻聴のエコーが切れるその瞬間、俺は後ろを振り向く。
そこには……。



「…………ハァ……ハァ………。」



滝の様なよだれを垂らしつつ、血走った目で獲物を狙う蛇がいました。寝たままで。

655 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:48:22.13 ID:tMIn8aavO

「いやあああああああああっ!!!???」

「“待”ってたわ!!この“瞬間”(とき)を!!」

「ダメ!俺のセカンド童貞死んじゃううう!!」

パリ-ン!! 

ウワ!ケンペイサンオチテキタ-!?

ナニイ!?ドコニカクレテタノ!! 

ニゲキッタネ!!バツトシテジョソウダヨ!!



………あんな奇跡的な受け身、試合や実戦ですら取った事無かったよ。

人間、やれば出来る。


656 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:49:53.56 ID:tMIn8aavO









“あーあ…またやっちゃったわ……ダメな女ね、私。


………分かってるのに。”








657 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:52:02.39 ID:tMIn8aavO


「………いやぁ、最悪でしたね。」

「ああ…流石に無理があったのか、あの後私も全身筋肉痛になったぞ。
全く、あの二人はどうせ懲りんだろう。また時期を見て間節を増やしに行かねばな。」

「……つくづく感じましたけど、あんたいないと本っ当ここ回んないっすね。
バケモノにはバケモノをぶつけんだよ!なんて映画のセリフでありましたけど、身に染みましたよ…。」

「ふむ…強さも重要だが、一番は慣れだよ。
私もおふざけは大好きだが、デッドラインは見極めているつもりだ。度を超えすぎた者を殴るラインをな。」

「……慣れ?」

「コウヘイ……ああ、提督の本名なんだがな。
あいつとは幼馴染だが、昔はもっとメチャクチャだったのさ。

昔から女への手は早かったし、他にも何かと事件ばかり起こす。
散々一緒に悪さもしたが、同じぐらい殴って止める事も多かったからな。
一時期軍内では、サイコパスと言う単語はあいつを指すものだったんだよ。

だから手加減しないラインは、あいつで学んだものだ。」

「………苦労してきたんすねぇ。」

「まぁそれはそれで面白かったがな……おや、メールか……。

……!?……くく……はははははははははははははははははは!!!!」

「……ど、どうしたんすか…?」

「噂をすればなんとやらかな……リョウ、面白い事になるぞ。」

この時の眼鏡の邪悪な笑みったら無かったな。
こいつもやっぱり悪魔だと、のちの件で思うんだ。

658 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:53:39.53 ID:tMIn8aavO

北欧のある国には、ある食品がある。
それはニシンを薄い塩水に浸け、現在では缶で一月程発酵させるのが主な製法。

その発酵ガスによる膨張力は凄まじく。
ある民家にて25年放置された缶詰を処理する際、爆発物処理班と専門家が召集された事もある程だ。

え?そんな大げさなって?
大げさじゃねえ、至ってマジだ。

発酵食品…要は腐敗に近い。そして臭い。
開ければ飛び散る危険な汁を持つその缶詰の名は、シュールストレミング。世界一臭い食べ物と呼ばれているもの。
臭気は多分磯風のGUSOH……じゃなかった、料理の次ぐらいだ。

後日、その原産国からとある女がやってくる。
シュールストレミング並に発酵と膨張でパンパンになった心を抱えて、とある男に会うために。
勿論土砂降りも付いてくる、おぞましい開缶式の始まりだ。

でも正直、解決する気しなかったなぁ…だってよぉ、アレは…。

提督、少しは俺の気持ちが分かりましたか?あんたが蒔いた種です。

659 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/04(土) 21:55:45.83 ID:tMIn8aavO
大分遅れてしまいましたが、今回はこれにて。

次回、雨vs羊。
660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/04(土) 22:16:32.42 ID:AWg4sXrUO
おつおつ。ゴトちゃんは愛が重そう……
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 03:50:54.98 ID:rGrRDjGg0
乙!
もうダメだおしまいだ
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/05(日) 20:51:52.43 ID:qhgIy0N4O
久しぶりの更新乙です
663 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:12:49.80 ID:FwVAF0RqO

「えーと…海外艦、ですか。」

「ああ、とは言え1週間だけだがな。あちらのスケジュールの問題で、まずうちで仮預かりする事になったんだ。
後々日本に正式配属されるが、うちに来るとは限らん。
まぁ、軽く体感してもらう方が本人も不安が減るだろうと言う配慮さ。」

「また珍しい国からですね…英語通じます?」

「母国語では無いが、あの国は英語も上手いらしいぞ?
それに本人は元々日本語を学んでいたそうでな、JLPTのN1持ちだそうだ。」

「JLPT…日本語能力試験ですか!?N1って要は1級じゃないすか!
じゃあ特に心配要らなそうですね。」

こっちの連中はそうでもねえけど、前んとこで大変な事あったなぁ…。
通じるならまぁ、大丈夫そうか。

「それでその当日なのだが、別件で任務が入っている。」

「別件?」

「前も言っただろう?面白い事になるとな。」

664 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:13:47.87 ID:FwVAF0RqO






第28話・女心は8070Au -1-





665 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:15:46.66 ID:FwVAF0RqO

そんなこんなで1週間が過ぎ、とある任務の日がやってきた。

その内容とは、今日1日の執務室の護衛。
また珍しい任務だが、どうも提督一人の判断では無いらしい。

……だって、眼鏡とお淀がめっちゃニヤニヤしてんだもん。

「表ならともかく、なんで内部なんです?これから来るんでしょう?」

「そう言う結論に至ったからだな。」

「何ですかそれ…それにこれまで引っ張り出して来て。」

「ちょっとこれって何よ!」

そう、何故か眼鏡のリクエストでづほも召集されていた。
曰く、普通に執務室にいる体で頼む…なんて言ったものの、何でこいつなのやら。

「まぁまぁ、あまり物々しくても緊張させてしまうだろう?」

「何か変ですよね、今日の内容。何か企んでません?」

「いや、ただの任務だが?」ニヤァ

“……絶対何かあるよな。”

“だよね、私も呼んでるんだし…。”

いまいち察しが付かねえまま、例の海外艦が来る時間になった。
入って来たのは全体的に青でコーディネートされた女…ああ、この人がと思いつつ全体像を確かめた時。


俺とづほは、『何か』を感じ取った。


666 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:18:19.31 ID:FwVAF0RqO

「北欧スウェーデンから参りました、航空巡洋艦ゴトランドです。
提督、どうぞよろしくお願い致します!」

「うん、短い間になるけどよろしくね。」

提督はいつも通りのゆるい笑顔…だが俺らの位置からは、机の下にある脚が見えていた。


……提督、脚にバイブでも仕込んでんですか?


「ふふ、ではお近付きの印に握手でも。」

「こちらこそよろしく。」

何故だろう。
何故ただの握手がやたらニチャァ…とした動きに見えるんだろう。

「あ、あとこれスウェーデンのお土産!ダーラナホースって言うの!幸せを運ぶ馬だよ!」

「ありがとう、飾らせてもらうよ。」

おかしい、急にフランクになり過ぎだ。あと、机越しに提督に近い気がする。
一見普通に会話をしているよう…だが読唇術を齧ってる俺には、その合間にボソッと囁いた言葉が理解出来た。


“ダーラナホースには、私って言う幸せが乗って来たんだよ。ね、コウヘイ?”


コウヘイ…こないだ聞いた提督の本名。
待て……何でこの人が知って………。


……あ。

667 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:20:23.59 ID:FwVAF0RqO

「じゃあゴトランド、今日は部屋でゆっくりしてくれていいから。場所は分かる?」

「うん!説明は受けたから!じゃあまたね!

………コンドハニガサナイカラ。」


………今、何かすっげー怖い事言わなかった?

ドアの音と共に訪れたのは、それは長ーい静寂。
それを破ったのは……提督が蛙のように机に突っ伏す音だった。

「………!!……!!」

「提督!?大丈夫ですか!?」

おいおいおい…普段糸目な人がすっげえ顔してんぞ。
慌てて駆け寄る俺とづほを尻目に、眼鏡コンビは悪魔の笑みを浮かべていた。

668 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:22:07.80 ID:FwVAF0RqO

「…………かはっ…はぁ、やっと息吸えた…。」

「コウヘイ…大変な事になったなぁ?」

「ふふふ、いつ『あの子』にバレるでしょう?」

「……リョウちゃん、あの人見てどう思った?」

「……うん。キャラは違うけど、何か翔鶴っぽい。
提督……もしかして…。」

「うん……僕の、留学時代の元カノだね…。」

この時俺とづほの脳裏には、ある奴が浮かんだ。
その直後……。


『びたぁん!!』


「何だ!?」

「ひっ…!?リョリョリョ、リョウちゃん…あそこ……!」

づほが指差したのは、ついさっきでかい音を出した窓……そこには。



「…………。」ニコォ…



「「で……出たぁああああぁああああっっ!?」」


この場に最もいてはいけない女、時雨が窓に貼り付いていた…。


669 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:24:06.61 ID:FwVAF0RqO

「……………。」ニコニコ

「……………。」

「……よっ、と…さて提督、何から説明してもらおうかな?」

時雨が窓から入ってくるや否や、途端に空気がヒリヒリしたものに変わる。
提督はいつものアルカイックスマイル…だが、明らかに尋常でない汗がダラダラと。

「はは…21歳の時、半年ぐらいスウェーデンに留学してたんだ。
そ、その時付き合ってた子でね…。」

「へぇ?じゃあ僕と知り合うずぅっと前かぁ…その時ゴトランドさんはいくつだったの?」

「じゅ、16歳…。」

すこーん!とした音が部屋に響く。
時雨は相変わらずニコニコしたまま、持ってたペンを机に刺したんだ。提督の目の前に。

670 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:27:14.03 ID:FwVAF0RqO

「ねぇ…“やる事はやった”の?」

「う……うん…。」

「へえ…あの人の方は初めてだった?」

「うん、そうだったね…。」

「…………。」

2本目が深々と机に刺さる。今度は煙も立てて。
時雨は尚も笑みを崩さず、尋問は続いて行く。

「………本当に愛していたのかい?彼女の事を。」

「うん…その時は日本に連れて帰りたいぐらいに。
結局今生の別れになると思って、そのまま別れてしまったけどね。」

「………別れの言葉は?」

「……別れ話をした翌日、あの子は空港に見送りに来てくれた。
僕だって本当は、別れたくなかった……だからこう言ったんだ。

『またいつか、どこかで。』って…。」

「………そう。」

そこから時雨は黙っちまって、長い沈黙が訪れていた。

「提督……。」

それを破ったのは、づほの靴音。
づほは優しく微笑みながら、提督の肩に手を置き、そっと耳元に顔を寄せて…。


「ギルティ。」


その瞬間、ぎょん!と目を見開いた。

671 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:28:38.75 ID:FwVAF0RqO

「時雨ちゃん!」

「うん!行くよ瑞鳳さん!」

「えっ?ちょ、待っ…!!」

づほが提督を羽交い締めした瞬間、ばちこーん!!と爽快な音が響き渡った。
ブ○ャラティも真っ青の殴られ顔を晒しつつ、肩を固定された体は吹っ飛ぶ事も出来ず。
うわぁ、首すっげえ伸びてる。すっげえ伸びてるよ。

「いい音!時雨ちゃんやっるー♪」

「その為の革手袋さ。」

「提督。」

「う……け、憲兵君…?」

「………俺も1発いいですか?」

「ごめん!君のは死ぬ!」

ちっ…まぁいいや、ここは女性陣にボコってもらうか。
あーあ、眼鏡超笑ってんじゃん…。

ダメだわこの人…俺ですらあいつん時はまだちゃんとよぉ…。

672 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:31:44.74 ID:FwVAF0RqO

「………提督、君には失望したよ。

僕と出会うよりずっと前の事…本来なら僕に口出しする権利は無い。
でもそれはあんまりなんじゃないかな?ゴトランドさんが可哀想だよ。

そんな未練を残す別れ方なら、彼女がああなるのも無理はないね。
あの人が入ってきた時から、君へのドス黒い匂いがプンプンしていたよ。

だからあの人の為にも、この1週間でしっかりケリを着ける事。いい?

それが済んだら……ちゃんと、僕の所に帰って来てね?」ギュッ 

「………時雨。」

「もし、失敗したら……。」

「したら?」

「…………。」ニコッ

「頑張ります!頑張りますのでご勘弁をおおおお!!!」ヘコヘコヘコヘコヘコ

提督、キャラぶっ壊れてます。

あれ、おかしいなぁ…何か提督が座布団になってて、時雨がケツに敷いてるように見えるぞ。

673 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:34:22.12 ID:FwVAF0RqO

「はっはっはっ!見事なカカァ天下だな!
時雨も成長したものだ…随分と人の気持ちを考えるようになったな?」

「それはそうさ。僕だって、いつまでも前のままじゃいられないよ。」

「そうか。

……で、本音は?」ポン

「………あのメス、どこからジンギスカンにしてやろうかな…ふふふふふふふふふ……。」ジャキン

「悪魔かあんたは!!時雨もどっからマチェット出した!?」

「ねぇ提督、マトンって好き?今度料理してあげるよ!」

「しれっとおぞましいこと言ってんじゃねえ!!」

こうして俺達による、提督の尻拭い作戦は発動されたのだが…。
俺達は敵を見誤っていた事を、まだ知らなかった。

ゴトランドの資料、もっとガッツリ見とけば良かった…艦娘以前の経歴にこそ、あいつ謹製の爆弾はあったんだ。


………人の心は、理屈を知ってりゃある程度騙せる。


674 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/08(水) 02:37:33.10 ID:FwVAF0RqO
今回はこれにて。

降るのは血の雨かシュールストレミングの汁か…。
675 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 07:09:13.17 ID:2LlBz2PaO
乙です
これ何て舞姫…
676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 07:40:30.46 ID:RprAZFQJ0
乙!
内戦とかワロエ無い
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 08:46:16.84 ID:czzEoTE2O
おつおつ。やっぱゴトちゃん怖いw
678 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:57:09.42 ID:ozMvv0MOO

「で、建前は提督の護衛って事にゃなったけど…実際どうすんだろな。」

「まぁ、ゴトランドさんは100%アレな感情抱いてるだろうけどね。でも何かやらかしそう?」

「正直あんな一瞬じゃ分かんねえ。」

「だよねぇ。」

着任初日の艦娘は、何かと忙しい。そいつは短期でも同じくだ。
今日はもう大丈夫だろうと解放され、打ち合わせも兼ねてづほと軽く飲んでいた。

「……いや、あのメスは間違いなく何かやるね。
僕には分かるんだ、アレはきっと提督を奪いに…!」

……まぁ、厳密には時雨っておまけもいるんだけどな。

679 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:58:00.00 ID:ozMvv0MOO





第29話・女心は8070Au -2-



680 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 18:59:20.35 ID:ozMvv0MOO

「おいおい…烏龍茶で酔ってんのか未成年。」

「し、時雨ちゃん、卵焼き食べる?」

時雨は烏龍茶を飲み干すと、即2杯目に手を付けた。
どっかの吸血鬼みたいに、いかにも飲まずにゃいられねえ!って不機嫌さだ。烏龍茶だけど。

発覚直後はホラーな怒りって感じだったが、今はぷりぷりとヘソ曲げてる。
こっちの方が年頃らしいっちゃらしいが、余程気に触る事でもあったんだろうか。

あの後提督と二人で話してから、ずっとこんな調子だ。
それで見兼ねて飲み屋に連れて来たってわけ。

……因みに、既に時雨の八つ当たりで割り箸3膳が犠牲になってる。

681 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:02:50.19 ID:ozMvv0MOO

「まぁまぁ、あの後何話したの?」

「……ゴトランドさんとの馴れ初め。あと別れた時の事。」

「提督がナンパしたとか?」

「ううん、大分違ったね。詳しく話すと…。」

「どうだったの?」

「軍大学の勧めで留学したはいいけど、行ったのは提督一人だったんだって。

異国で一人だったから、最初は話相手もいなかったらしいんだ。
段々ホームシック気味になってた時、近くのカフェでバイトしてたのがあの人だったみたい。

『コーヒーを一つ。』

『はい…日本の方ですか?』

『ええ、留学でこちらの方に。』

『そうなんですね。えーと、確か日本語で…アリガトウ!でよかったですよね?』

『………!
ふふ…はい、それで合ってますよ。』

提督は英語話せるけど、彼女はわざわざ日本語でそう言って来たんだって。
それから店に行くたび、いつも彼女の方から話しかけて来て……当時の提督は、それに随分救われたみたいだよ。

それである日、いつもみたいにレシートをもらったら…。


『私のアドレスです。もっとたくさんお話したいな。』


それから付き合うまでは、本当に早かったってさ。」

「じゃあきっかけは、ゴトランドさんの方からだったんだ。
でも提督、年の差とか期間の事考えなかったのかな…。」

「ねえ瑞鳳さん、例えば今16〜7歳ぐらいの男の子と知り合ったらどう思う?」

「そうだね、私今年で22だから…弟か後輩みたいに思うかな。

………あ!!」

682 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:05:39.71 ID:ozMvv0MOO

「……そう、その頃の提督は21歳。
5歳違いのカップルなんて、例えば今の提督の年齢で考えれば珍しくもない。相手も瑞鳳さんぐらいの歳になる。
まだ若かった彼は、そんな感覚でいたらしいんだ…ダメ押しにその頃は、好意と寂しさに負けてしまったそうだよ。
いつか別れが来る想像も甘かったって。いざとなれば迎えに行けば良いとすら思ってたってさ。

結局、ゴトランドさんの告白を受け入れる形だったみたいだね…。」

「……提督、もしかして本気だった?」

「……はっきり言われたよ。過去の人の中で、一番好きだったって。

遊び人ではあるけど、実際は提督が来る者拒まずだった部分が強いみたいだね…いや、寧ろ来る者に嫌気が差したからこそと言うか。
彼は所謂エリートだった分、昔からモテたらしいんだ。

ただ話を聞く限り、寄ってくる女の大半は立場に惚れてるだけ。
提督は僕がクズだったからって言うけど…そんな中で次第に歪んで行って、ああなってた部分は強いんじゃないかな。
実際ゴトランドさんと別れて以降、余計ヤケになってた節はあったみたいだよ。

でもあの人は他の女と違って、提督そのものを見て好きになったんだろうね。
だってあの人以来、どれだけ遊んでも『彼女』は作ってなかったって…随分と、後悔してるみたいだった。

彼女の着任を知った時…きっと恨まれてるし、復讐されるだろうって思ってたみたいだね。
お互いいつか終わるって分かってたけど…具体的に帰国が決まるまでは、切り出せなかったって。」

「若気の至りか…後から効いてくるんだよね、そう言うの。」

「なるほどね。」

うーん…まぁ、それも事実だろうな。
でもそれだけじゃねえ気がすんだよなぁ…あのビビりようは罪悪感もあるだろうけど、何か…。
提督、いざって時は腹括るタイプな気もするし。

683 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:08:22.11 ID:ozMvv0MOO

「……でもひどくないかい?
結局僕と色々あったのも、ゴトランドさんの件が尾を引いてたからだろうし…。 」

「あー…でも提督の気持ちも分かるわね。
過去に自分より若い子とそんな事あったら、気にしちゃうかも。」

「…何よりいつまでも昔の女に振り回されてるの、本当むかつく。」プク-

「それな!!」バァン!

「うお!?づほ!酒こぼれんだろ!!」

何いきなりテンション上げてんだこいつ…。
それまでのお姉さんモードから、急にヅホラな雰囲気に変わりやがった。

んー…おや、何か負のオーラが二人から……。

684 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:11:07.89 ID:ozMvv0MOO

「そりゃ彼女と違って、未だに僕とはプラトニックだよ…所詮事実恋愛、正式に付き合えてるわけでもない。
でももう遊び人はやめた以上、今そばにいるのは僕じゃないか…。
何だよ提督の奴……あんなに普段見せないリアクションばっかしてさ…。」

「そーそー!今近くにいるのは時雨ちゃんだもんね!
昔の女にあんなガッタガタ震えてさ、キ○タマ付いてんのかっての!!今近くにいる人を見ろってーの!!」

「ほんとだよ!何だよあの反応!!うー…あったまくるなぁ〜…!!」

「だからさ、しっかり提督の手綱握って、攫われないよう頑張ろ!
自分から振った女にうろたえてさ、男として情けないよね!!リョウちゃんも思うよね!?ねぇっ!?」

「……お、おう。」

………づほ、何そんな目ぇ血走らせてんだ。
ドン引きしてると、時雨はそんな俺の顔を見てくすりと笑った。

「くす…リョウさん、そう言うとこだよ?」

「へ?」

「何でもないよ。」

「……と言うわけで。リョウちゃん、飲めおらーー!!」

「ぶごっ!?」

打ち合わせも何処へやら、この日は怪獣ヅホラのお守りで終わっちまった。
帰り道におぶられてるづほを見て、時雨がボソッと囁いた言葉が忘れられない。

「僕、成人してもお酒はやめておくよ。」と。
づほ、良かったな。立派な反面教師になれたぞ。

685 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:15:31.78 ID:ozMvv0MOO

「食堂はこちらです。明日の歓迎会もここになるので、場所を覚えておくといいかもしれませんね。」

「ありがとう、オーヨド。あなたは食べて行かないの?」

「申し訳ありませんが、私はもう少し仕事があるので。
ふふ、それにしても本当に日本語がお上手ですね。」

「ありがとう。やりたい事があって勉強したの、読み書きはちょっと苦手だけどね。
何度か『旅行』で来た事もあるんだ。」

「そうなんですね…あ、食堂のシステムを教えますね。
席は…あ、ちょうど良かった。紹介したい方がいるんです。
__さん、失礼します。短期赴任の方を紹介したいのですが。」

「初めまして、航空巡洋艦ゴトランドです。」

「あなたが…初めまして、私は___」

「…………ふふ。」

686 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:17:19.13 ID:ozMvv0MOO

翌日、昨日同様執務室にいるが、特に変な事は無い。当番制になったから、眼鏡がいないぐらいだ。
提督も暇じゃないし、ゴトランドは早速任務に参加している。接触なんて、朝に作戦について話してた程度。

「………ふぁ。」

「提督、やっぱり昨日の件でお疲れですか?」

「いや、昨日は早めに寝たはずなんだよ…歳かなー、疲れが取れてないのかもね。」

俺もちょっと眠いが、昨日の酒のせいだろ。
あくびって移るんだよなぁ、俺もうっかり出そうなのを噛み殺してた。

あいつも疲れてっかなこりゃ…えーと、あいつって……あれ?
ああそうだ!時雨だ時雨!あっぶねー…名前出て来なくなるとかどうかしてんぞ。

「おはよう提督、よく眠れた?」

「ああ、おはよう……し、時雨?」

………ん?何だこの違和感。
時雨が入ってきて、ただ提督が返事しただけ。
でも何か変だと思っていると…その答えは、すぐに時雨が導き出してくれた。

687 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:18:20.03 ID:ozMvv0MOO






「ねえ提督…何で疑問形なのかな?

僕 の 名 前 が 。」






688 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:19:54.72 ID:ozMvv0MOO

「………っ!?」

「ひどいなぁ…一瞬思い出せなくなったのかい?あんまりだよ…君と僕の仲じゃないか…。」

「ご、ごごごごめん、ちょっと疲れてて……。」

「くす…言い訳は聞きたくないなぁ……。

……と言いたいところだけど。
リョウさん、恐らく君もお疲れじゃないかな?」

「俺か?そういや確かに…。」

「………提督、ちょっと机を失礼するね。

ほら、あった…。」

「……それは…?」

「超小型スピーカー。
ペットボトルの蓋ぐらいしかないでしょ?Bluetoothで行けるやつさ。
二人とも、これに耳を傾けてよ。」

これは…小さい音で波音が聴こえる。
それに何か、人の声もうっすら……。

689 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:20:54.21 ID:ozMvv0MOO








『アナタハシグレヲワスレル。』








690 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:22:46.83 ID:ozMvv0MOO

「おおおおおおおおおっ!!!???怖え!!」

「催眠か……へぇ、面白いじゃないか。
憲兵さん、君の所にゴトランドさんの資料はないかな?」

「持ってないな…あ、でもスマホからアクセスは出来るかもしれねえ。」

俺の場合、日頃艦娘の資料は見過ぎないようにしてる。
会うまで元カノの存在を知らなかった理由でもあるが、なるべく本人と接して覚えたいと思ってたからだ。

流し見してたゴトランドの資料を、改めてちゃんと見る。
生年月日……本名……血液型……そして日頃、プライベートだからと読むのを避けてたある項目。
そこに辿り着いた時、俺は目を疑った。


『学歴:○○大学、心理学科卒業。』


……………。


………プロだ。


691 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:25:00.52 ID:ozMvv0MOO

「ふふふ……流れで催眠や臨床心理も学んだって所かな?
彼女、日本語検定も高ランクを取ってるんだってね…へぇ、それでそっちもかぁ……。


憲兵さん… い い 雨 が 降 り そ う だ ね ? 」


この時見た時雨の笑顔を、俺は一生忘れないと思う。

子供の頃、悪霊に襲われて死にかけたの……そりゃもう怖かった。
でもそれより怖えんだよこの子!お兄さんちびりそうだよ!

落ち着け…ここまで行ったら流石に眼鏡案件だ…。
そうだ、時雨にも訊きたい事がある。

「なぁ時雨、何で気付いた?」

「んー……一応物証得るまでは偶然だと思うようにしてたんだけど。
あの反応で確信に変わったからかな。」

「……どう言う事?」

「……いつも執務室に入る前、必ずスマホをいじるようにしてるんだ。」

「スマホ?」

「うん!変なBluetoothやwi-fiが無いかね!
皆の使ってるイヤフォンとかの型番、全部把握してるんだ!
だから知らないのは1発でわかるよ!」

時雨さん。その大天使な笑みを絶えず提督に向けてあげればどうでしょう?
言ってる事、最っ高に怖えけど。

あっ….そう言えば提督、どうすんだ?

「提督、どうしま……!?」

「………提督?」

「…………気絶してるな。」

「提督ーーー!?」

半狂乱で叫ぶ時雨だが、俺はこう思っていた。


お前のせいでも、あるんだよと。


692 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:27:07.50 ID:ozMvv0MOO



「今頃バレてるかなぁ……ふふ、でも素晴らしい発想ね。
私がメインにしようとしてた手を超えるアイディアを出すなんて。」

「そんな事ないわ…あなたの手腕あってこそよ。
あなたは他人に思えないもの、だから力を貸してあげたいなって。」

「うん、私も。こんなにシンパシーを感じる人がいるなんてね!
だから私もあなたに力を貸すよ、何でも聞いて!
あ、私の事はゴトって呼んでよ!」

「ふふ…じゃあゴトちゃんでいいかしら?じゃあ私の事も好きに呼んで。」

「うん!私達もう友達だね!





ショーカク。」





693 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/05/21(火) 19:28:32.58 ID:ozMvv0MOO
今回はこれにて。やべー奴らがタッグを組み始めたような…。
694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/21(火) 21:27:19.17 ID:EHEVTQ2CO
乙。これはひどい。
695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 07:42:43.02 ID:L8eL7naS0
乙!
696 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 13:07:32.67 ID:oK+6DSKA0

言うて提督は割と自業自得感強いんだよな
憲兵さんは今回も強く生きて
697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/04(火) 16:37:17.56 ID:C6YbV9h30
pixivで読んでたわ。面白い!
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/17(土) 17:07:50.26 ID:vFoxojSsO
保守
699 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:13:32.96 ID:s1QCE2DCO







第30話・女心は8070Au -3-







700 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:15:00.53 ID:s1QCE2DCO


「………で、どうします?」

「ふむ…ここまでとはな。」

小道具まで仕掛けられてるって事で、さすがに眼鏡を呼んだ。
もはや俺の独断で動いて良いレベルだが、一応話は通しておいた方が良い。
そう判断はしたものの…何やら考え込んでいる様子だ。

「普通に考えれば、上官への洗脳行為としてこちらも動けるな。
だが…これに限っては、少し静観したい所だ。」

「マジで言ってます?さすがにヤバいと思うんですけど…。」

「…いつもの貴様なら、何言ってんだ!?と怒鳴るだろう?
貴様も何か思う所があるんじゃないか?」

「……あ。」

「ほらな。元はと言えば、ちゃんと未練を断ち切ってやらなかったが故の事だ。
…コウヘイ、こればかりは自分でしっかりやってもらおうか。『俺』も今度ばかりは、限度があるぞ?」

「……!」

眼鏡の一人称が素になった瞬間、部屋の空気も一気に変わった。
これ相当怒ってんな…提督と幼馴染だからこそ、思う所はあるって事か。

701 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:15:55.00 ID:s1QCE2DCO

「……憲兵長。」

「時雨。昨日はああ言ったが、貴様もまだまだだな。
何の弱みを握っているかは知らんが…いささか脅しが強過ぎるんじゃないか?こいつの手綱はしっかり握らなければならんが、それは信頼と愛情で示すんだな。
……不安でしょうがないのだろう?奪われてしまわないか。」

「………うん。」

そう俯いてスカートの裾を握る時雨は、何とも年相応に見えたもんだった。
そっか…まだ子供なこいつからしたら、いきなり元カノだ!なんて大人の女が出てくりゃ…。

「私の立場でこんな事を言ってはならんが、自信を持つんだな。
貴様はいい女になる素質は十分にある、簡単に奪われるタマではないさ。こいつが裏でどれだけ貴様に気を揉んでいるかも考えればな。

……こいつは相当な遊び人だったが、惚れ込んだ女にはその限りではない。
くくく…こいつが昔一時帰国した時、ゴトランドへのノロケだけで何度夜を明かした事か。」

「ちょっとキョウ、言わないでってば…。」

「いいや、言うぞ。時雨についても似たようなものだったよな?
いい歳になった男同士でも、そういう所だけは変わらんな。酒を何缶空けたか忘れてしまったよ。」

「提督…それ本当?」

「さ、さてねー。酔っ払って忘れちゃったよ。」

「……ふふ。そう思っておいてあげるよ。」

「……だが、そんな私でも知らん事もある。
こいつから聞き出さねばならん事があるんだが……時雨、少し席を外してくれるか?」

「何で?」

「………男同士の話をするからだ。」

702 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:17:16.05 ID:s1QCE2DCO

そして執務室には、俺たち3人だけになった。

そうだ、何だかんだ言ってこの人も根は肝が据わってる人だ。それがあのビビり方はおかしい。
男同士の話だと時雨を追い出した……多分、眼鏡も俺と同じ疑問を持ったのだと思う。

「リョウ…貴様も私と同じ疑問を抱いたろう?」

「ええ……提督、単刀直入に訊きます。ゴトランドに何されました?


て言うか、ナニされました?」


その単語を口に出した瞬間、何とも虚しくなった。

何なんだ、何でこんなシリアスなトーンでシモな話題を出さなきゃなんねえんだ。
でも男の勘が告げていた、間違いなくそっちで何かトラウマ植え付けられてると。

そして提督は…とても悲しそうに笑った。

703 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:19:06.05 ID:s1QCE2DCO

「ふー…………僕さ、こんなんでも性癖は至ってノーマルなんだ。
アブノーマルな事なんてされたくないし、ましてやする方なんてもっとダメ。女の子の体痛め付けるような事は、僕の美学に反する。
それは彼女に対しても、全く同じだった……だけど。」

「「…………だけど?」」

「彼女にとって僕が初めての男だった…余計な事なんて何も教えちゃいない。
でも……ヒュ-…『彼女が自主的に興味を持って学んだ』なら、その限りじゃ…ヒュ-……ない…。ヒュ-」


……何?この風切り音。


「ふふ……カハッ、ヒュ-…段々と眠っていた……ヒュ-、ヒュ-…本性、がっ…ヒュ-目覚めっ始めたの……かな。
ある時っ……眠って…ったら、僕のっ…。」

提督の座る椅子がガタガタと音を立てる。
風切り音は次第にぜひぜひとした音に変わり、その異常の中でも提督は必死に記憶を掘り返し…。


「あ!あなっ……えねっ…まっ!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタ
 

そのワードを口にした瞬間、提督は白目をグリンと剥いた。


704 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:21:17.06 ID:s1QCE2DCO

「提督!!もういいです!!もうやめましょう!!」

「いかんな、呼び戻そう。はぁ!!」ボキィ!

「………はっ!?僕は一体…。」

うおぉ…ね、寝てる間になんつー事を…。
いや、つーか提督よくそれで逃げなかったな…。

「ふふ……それでも愛していたのさ。
逆に言えば、当時の僕からすればそれしか欠点なんて無かった。」

「いや、それもう決定的…。」

「リョウ、恋は盲目という奴だ。」

「盲目か……だからこそ、舞い上がってしまったんだよ。
何もかも越えられる、そんな甘い事を考えていた。

…今の中佐の地位こそ、戦果の叩き上げで得た物。実力で勝ち取ったと言う自負はある。
でも僕は、それ以前からエリートと呼ばれる立場にいた。それも軍人としての……その重さも、ろくに知りもしないでね。

いや……結局は逃げたんだろうね。
7年前のあの日、彼女に深い傷を負わせてしまった…あれ以来、僕は堕ちる所まで堕ちた。

確かにモテたさ。でも誰も、あの子と違って僕の人となりは見ちゃいない。
だったら逆に、僕も割り切ってしまおう。堕ちる所まで堕ちてしまおう。
それでいつか刺されでもすれば、きっとお笑い種だろう。

そう自暴自棄になって、結局余計に沢山の人を傷付けて来た。
あの子もそんな今の僕を知らない。もはや幻影を追っているだけさ。」

「………提督。」

この時の俺はキレる一歩手前。
と言うか、拳はもう握り込んでた。


「……この馬鹿者がぁ!!」


……だが、先は越されちまったらしい。
眼鏡の本気のパンチで、提督は椅子ごと吹っ飛んじまった。

705 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:23:09.29 ID:s1QCE2DCO

「ならば時雨はどうなる!?あの子はそれでも今のお前そのものを求め、想い続けて来た!!
それに…それでもお前は、時雨を選んだのだろう!?

…振り回されるなよ、コウヘイ。
お前は未来を選んだ。ならばゴトランドの未練も断ち切り、未来を与えてやる事こそがケジメでは無いのか。
それが時雨への、そしてゴトランドへの償いでは無いのか。

お前は時雨に出会い、悪しき過去を捨てたろう……それが答えでは無いのか!!答えろ!!」

「憲兵長!!抑えて下さい!!」

「……っ!!
リョウ、私は詰所に戻る。すまないが手当てをしてやってくれ。」

「……はい。」

「……なぁ、コウヘイ。」

「…なんだい?キョウ。」

「俺がアキの件で腐っていた頃、どこかの誰さんが同じように俺を殴ったよな。
今以上に激しい説教と、ついでに倍の数のパンチも加えてだ。

…俺がこうして憲兵として生きているのは、その拳があったからだ。
貸しは返したぞ?しっかり受け取れよ。」

「……ああ、ありがたくもらっておくよ。」

「ああ、それとな…。」

「………何?」

「“その程度”で怯えているうちは、お前もまだまだだな。
“そんなもの”は、まだまだ通過点に過ぎんぞ?」パタン



……………。


台無し、だ。


706 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:24:14.09 ID:s1QCE2DCO

「はぁ……。」

別に今日じゃなくてもいいんだが…あの後俺は、とぼとぼと夜警に出ていた。

どうにも気が滅入っちまって、あんまり部屋にもいたくない。
一度ぐらい自主的にやったって怒られねえだろ…あんな空気にしたんだ、眼鏡も理解しろって話だ。

それで街灯だけの中庭を歩いてた時、ベンチに人影を見付けた。
アレは…げ、ゴトランドかよ。

「こんばんわ、憲兵さん。」

「あ…ああ、こんばんわ。本当に日本語お上手ですね…。」

スルーしてくれなかったか…。
ちゃんと話をするのは初めてだが、ヤバさはその前からよーく分かってる。
俺ら的にはこれからの敵、君子危うきに近寄らず。今は当たらず障らずで行こう…。

「まだ時差には慣れない感じですか?
今日はちょっと蒸すんで、部屋の方が休めると思いますけど…。」

「そうだね。ふふ、でもさっきまでここで友達とお話してたの。
こんなに早く友達出来るなんて思わなくて、つい話し込んじゃった。」

「と、友達…?
確かにここは皆フレンドリーですけど、誰でしょう?」

「それはね…。」

そう言い始めたと同時に、ゴトランドは俺に向き直った。
クマにも見えそうな長い睫毛と、ブルーの瞳。その奥と目が合った時…。


「ショーカク。」


…………?

今のは…?


707 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:25:10.05 ID:s1QCE2DCO

「ふふ…お言葉に甘えて、今日は帰ろうかな。
じゃあ憲兵さん、おやすみなさい!」

「え、ええ、おやすみなさい…。」

何だ、疲れてんのかな…何か一瞬クラっと来たような…。


「…………今日は夜警かしら?」

「……ショウノ。」

そこに現れたるは、よりにもよって元カノ。
思わず身構えちまうが、あいつは…。


「………。」ギュッ


………はい?


708 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:26:30.92 ID:s1QCE2DCO

「……良い夜ね。
ねえ、覚えてる?昔花火を見に行った事。
浴衣で出かけて、私が下駄の鼻緒を切っちゃったでしょう?」

「………あったな、そんな事。」

今いるのは、中庭のでかい木のそば。
あの時も確か、こんな大木の近くで……ああそうだ、コケそうになったこいつを受け止めて…。

「初めて抱き締めてくれたのは、あの時だったわね…。
ふふ、秘密の場所って言って、高台に連れて行ってくれて…花火の光の中で…。」

記憶の中のこいつと、目の前のこいつが重なる。
そうだったな……初めてこいつを抱き締めて、それで初めて…。

目を閉じてるのが分かる。
次第に何かが込み上げていく。

段々と、自分の顔が近付いてるのが分かる。
なのに止められない。まるであの頃にいるような、今はどこか分からないような。
ああ、もうすぐ触れる…。


その時。


709 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:27:33.88 ID:s1QCE2DCO






『ひゅーー………ぱこーーーん!!!』






「……いってええええええええっ!!!!!????」


後頭部に、実に爽快な激痛が走った。


710 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:28:41.87 ID:s1QCE2DCO

「ふっふっふっ……人の心を自由にしようなんて、傲慢だと思わないかい?
いるんでしょ?ゴトランドさん。」

「………!?ちぃっ…!」

探照灯の眩い光が、茂みに隠れていたゴトランドを炙り出した。

空には月明かり……俺の目には2つの影。
具体的にはこう、あそこ。
何か飛び降りてもあんまり痛くなさそうな庇(ひさし)の上。でも結構ミシミシ言ってる。

そこに立つ2人は…何故か全身タイツにホッケーマスクだった。


「我が名はレイン!」

「そして我が名はビッグバード!」

「「我々は!貴様らの企みを破壊しに現れた名も無き戦士だ!!」」


………いや、もう名乗ってんじゃん。


711 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:30:50.50 ID:s1QCE2DCO

「リョウちゃ…じゃなかったリョウ!私の矢が貴様を救ったのだ!今度ラーメンおごれ!」

「ゴトランド…貴様の手は姑息過ぎる!!女ならば正々堂々追いかけるべきだ!!
翔鶴!!貴様もだ…追跡道の師であるこの僕を捨て、催眠道に走るなど言語道断!!
そう!!女は黙って……いいからストーキングだ!!」

「づほー、時雨ー、危ねえから降りてこーい。」

「ち、違う!!僕たちは断じてそんな和風な名前ではない!」

「そうだ!見ろ!このカッコいいマスクを!!強そうだろう!?」

「………まさに変態仮面、見参。」ボソ

「……違うの!!アレは違うのおおおおお!!!」ビェェェェン

「くっ…邪魔はさせないよ!!ショーカク!!」

「ええ…弟子は師を超えてこそ!師匠!今宵あなたを倒してストーキング道を捨てます!
行くわよゴトちゃん!!」

「「私達の恋路は、誰にも邪魔させない!!」」


執務室でのシリアスかつホラーな空気も、完全にどっか行った。

この時この中庭で、艦娘による伝説の茶番劇………じゃなかった、伝説の陸戦の火蓋が切って落とされたのである。


……ところでお前ら、一体何を賭けて戦ってるんだ。


712 : ◆FlW2v5zETA [saga]:2019/08/19(月) 00:32:41.27 ID:s1QCE2DCO
大スランプにはまってしまいましたが、何とか投下できました。余計に頭が悪くなった気がします。
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