右京「呪いのビデオ?」修正版

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123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:28:05.62 ID:EAF0Yir90


「…けど…うん…まあもういいか。
私も帝都新聞辞めちゃったわけだし右京さんたちに話しても問題ないでしょう。」


「その言動から察するに何か曰くつきの話のようですが…」


「ハイ、私も帝都新聞に勤めていた頃…年配の先輩から聞いた話なんですけどね。
この話…現在でも社内じゃタブーにされている話でして…
その記事に載っている死んだ記者ってのがウチの…帝都新聞の記者なんですよ。」


「帝都新聞の記者?なるほど、仲間の記者が殺された。
だから山村志津子のことをこんなボロクソに叩いた内容を書いたわけですね!」


「いいえ、それだけじゃないの。この記事を書いた人は…死んだ記者の婚約者なのよ。」


「婚約者?つまり亡くなった記者の方とは恋仲だったわけですか。」


話は今から57年も前に遡る。

この記事を書いたのは『宮地彰子』という女記者はある人物を追っていた。

それは彼女の婚約者を殺した人間だ。

当時、警察は彼女の婚約者の死因を事故死と判断して捜査は行われなかった。

だが彼女は婚約者の死は殺人だと周りに言い続けた。

しかしそんな彼女の発言を新聞社の人間は誰も信じようとはしなかった。

そのため彼女は一人でその人物を追っていた。


「けど宮地さんもかなり違法スレスレでその人物を追っていたらしいです。
警察の調書を見たり実験の録音されたテープを手に入れたり…
他の新聞社がその事件を事故の見出しで出したのに
ウチだけ『山村志津子が人を殺した!』なんて
内容を書いたものだから当時のお偉いさんは怒り心頭だったそうですよ。」


「そりゃそうですよね。
一応病死なのに殺人の見出しになんてしたら嘘の記事書いたことになっちゃうし…」


「なるほど、山村志津子の公開実験を調べていたわけですか…
それで宮地彰子さんは現在どうなさっているのですか?
是非ともお会いして彼女からもお話を伺いたいのですがねぇ。」


美和子に現在の宮地彰子の消息を尋ねる右京。

だがそれは不可能だった。何故なら彼女は45年前に失踪したらしい。

45年前、彼女は同僚の記者に事件の真相を暴くと言ったきり帰ってくることはなかった。

そしてこれが帝都新聞において彼女の存在がタブーとして扱われている問題でもあった。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:29:25.29 ID:EAF0Yir90


「彼女が失踪する直前、ヤクザから拳銃を購入していたと同僚記者が証言していました。
その理由は恐らく婚約者を殺した相手に復讐するため。
だから帝都新聞では未だに彼女の存在がタブーとして扱われているんです。」


「誰かを殺そうとしたってまさか…」


「それで美和子さん、彼女は何処に行くのか行先を言ってはいなかったのですか?」


「ええ、一応言ってたいたそうですよ。ただ…」


「ただ…どうなされましたか?」


「その行先なんですけど…確か劇団だと言ってたそうですよ、名前が…」


その劇団の名前は飛翔だった。

つまりこういうことだ。

45年前、宮地彰子は貞子を殺害しようとした。

ヤクザから購入した拳銃はそのために使用したのだろう。

だが彼女の消息は今も途絶えたままだ。それどころか劇団飛翔の人間も…


「やはり彼女も劇団飛翔のメンバーと一緒に…」


「間違いないでしょうね。
宮地彰子と飛翔の劇団員は何らかの事件に巻き込まれてしまい…
恐らく全員亡くなられたのだと思われます。」


失踪した宮地彰子と飛翔の劇団員たちが今も生きているという可能性は低い。

恐らく45年前に死亡したとみて間違いないはず。

それが誰の手によって行われたのかは一目瞭然だ。
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:29:58.80 ID:EAF0Yir90


「当時の山村志津子の公開実験でまだご存命の記者の方はおられますか?」


「いないそうです。
山村志津子の公開実験…
それを見てた記者全員が実験から10年以内に全員死んだらしいんです。」


「10年以内に死んだ…じゃあやっぱり…
けどどういう事だ?
山村志津子って宮地たちが失踪する12年前にもう亡くなったじゃないですか。
何で宮地彰子は12年以上も前に死んだ志津子のことを調べ続けていたんだろ?」


確かにカイトが指摘する通り山村志津子は実験直後に起きた三原山大噴火で亡くなった。

それにも関わらず既に死亡した相手を調べるというのはどう考えてもおかしい。

それでは宮地彰子は一体誰に復讐しようとしたのか?


「けど…同じ女記者だから
彼女の境遇はちょっと理解出来るところがあるんですよね。
私も薫ちゃんが誰かに殺されでもしたら私情優先した記事を書いちゃうかもしれないし…」


「おいおい、嬉しいこと言ってくれちゃってさ。」


「なるほど、大変参考になりましたよ。美和子さん、どうもありがとう。」


「そんな…気にしないでください。
けど右京さんはこんな事件調べてどうする気なんですか。
いくらなんでもこれ45年前の事件ですよ。
もし宮地彰子が生きていたとしても残念ですけど…もう時効扱いですよ?」


こうして美和子から重要な話を聞こえる右京。

しかしこんな45年前の事件を何故調べるのかと聞かれてしまう。

唯でさえこの事件は他人に教えられないというのに…

だがこのまま何も伝えずにいるとあとで何か問題が起きた時は厄介だ。

そんなわけで触り程度の情報を伝えてみせた。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:34:53.57 ID:EAF0Yir90


「それでは説明します。といっても詳しいことは言えませんが…
最近都内である事件が発生しまして
その事件にもしかしたら山村志津子の娘が関わっている可能性があるのです。」


「山村志津子に娘がいたんですか!なるほど、それで調べていた訳ですね。」


「なるほど、つまりその人物が山村貞子なわけですね!」


「…はぃ?…」


「ええ、俺らが調べた限りだとどうやら娘の貞子にも特殊な力があると…」


「カイトくん、ちょっと話をやめてもらえますか…」


突然カイトの話を遮り何か奇妙なことに気づく右京。それは…


「亀山くん…キミ…どこでその名を知りましたか?」


「へ?何を言ってるんですか右京さん?」


「僕とカイトくんは確かに山村志津子の名前は話の流れで教えましたが…
娘の貞子の名前はまだ明かしていませんでした。
勿論美和子さんも先ほどの会話から察するに
貞子の存在どころか名前すら知らなかったはず…
それなのにキミは山村貞子の名前を知っていた。
それに…僕はこのテーブルについてからひとつ疑問があるのですが…」


「じ…実は…俺もさっきから気になってるんですけど…」


「薫ちゃん…私もなんだけど…」


「ちょっと何だよみんな!
わかるように説明してくれなきゃ俺だって困っちゃうよ?」



亀山はみんなが自分を茶化しているんだろうと思い冗談半分でいたが

右京、カイト、美和子の三人は奇妙な疑問を感じていた。

その理由はテーブルに置かれているカップの数だ。
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:35:30.32 ID:EAF0Yir90


「何故キミはコーヒーを三つも用意したのですか?」


「俺たちは二人しかいないんで、
てっきり亀山さんか美和子さんが飲むモノかと思ってたんですけど…」

「私もてっきり薫ちゃんが飲むかと思ってたから何も言わなかったんだけど… 」


「なんだ、そんな事気にしてたのか!
ハハハ、みんな神経質なんだからもう♪だってさぁ…」


全員が感じていた疑問に亀山は笑って答えるが、

その答えに亀山以外の全員が驚きを禁じ得なかった。
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:36:00.41 ID:EAF0Yir90


「だって右京さんたち三人でウチに入ったじゃないですか!
右京さんとカイトくんとそれと白い服を着た髪の長〜い女の人。
あの人が山村貞子さんでしょ?」


「亀山くん!それは本当ですか!?
そういえばキミは確か玄関口で『三人とも上がって』と言いましたね。
山村貞子は…僕たちと一緒にこの家に入ったのですか!」


「えぇ本当ですよ、俺確かに見ましたモン。
右京さんたちが玄関に居た時にうしろに髪の長い女の人が入りましたから。
そんで気になって名前を尋ねたら小声で『山村貞子』って自分から言ってましたよ。」


「ハハ…何言ってんすか?
俺ら今二人しかいないじゃないですか。そんな髪の長い女なんかいないですよ!」


「そうよ薫ちゃん!
事情はよく知らないけど私だって玄関にいたけど女の人なんかいなかったよ。
それに今だっていないじゃない!」


「そこがおかしいんだよな。
俺もウチに入るところまでは確かに見たんだが気が付くといなくてさ…
まったく何処行っちゃったのかね?」


元々の素質なのか霊感の強い亀山。

以前は亡くなった友人の幽霊も目撃したとのことだが。

右京もそのことを若干ながら羨ましいと思ったこともあるらしい。

それはともかくつまりこの部屋には貞子の気配がある。

そんな不安が過ぎった時だった。


((ピンポ〜ン!))


誰かがこの家のチャイムを鳴らした。

それから何度もドンドンと玄関のドアをノックする音が力強く聞こえてくる。

まさかこれは貞子が!

そんな恐怖がカイトの頭を過ったがそんな事も知らずに

家主である亀山は玄関の扉を開けようとしていた。


「たく…誰だよ?チャイム鳴らしたんだからこんな力強くノックする事はねえだろ!」


「ちょ…ちょっと待ってください亀山さん!開けるのは危険ですよ!?」


「そうよ、薫ちゃん!私も事情はよくわかんないけど…とにかく様子見よ!」


「あのねぇ、ここは俺の家なわけ。
こんな無作法に玄関叩くヤツがいたら
文句のひとつくらい言わなきゃ相手がつけ上がるだけだって…ね!」


「ダメだ亀山さん!離れて!?」


玄関の扉を開けようとする亀山をなんとか止めようとするカイト。

このままでは貞子の呪いが…

玄関の先にはきっと貞子がいる。そんな不安が過るカイトだが…

しかしその心配は必要なかった。何故なら…
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:40:13.32 ID:EAF0Yir90


「『元』特命係の亀山ぁ〜!久しぶりだなこの野郎!」


「テメェは伊丹!何で俺んちに押し掛けてきてんだよ!?」


「うるせぇ!
こっちだってな、誰が好き好んで警察辞めたお前の家になんか来るもんかよ!」


なんと玄関の扉をノックしていたのは捜査一課の伊丹だった。

そのうしろには三浦と芹沢の姿まである。

どうやら右京たちを備考していたのは捜査一課だったらしい。


「これはみなさん。
やはり先ほどから僕の車の後を付けていたのはあなた方でしたか。」


「まあ警部殿が大人しく謹慎なんてするとは思っていませんからね。」


「将来の心配をしない左遷部署ならではってヤツですね。」


「右京さんたちの後を付けていた?おい伊丹!どういう事だ!?」


「どうせ特命係が大人しく謹慎なんざしてるはずがねえと思ってな。
だから尾行したらどういう訳かお前の家に着ちまったんだよ。
あぁ…喉乾いた。茶と菓子くらい持って来い!俺はお客さまだぞ!」


ここが亀山のマンションということもあり

いつものように遠慮する必要もないので偉そうにふんぞり返る伊丹。

そんな伊丹に苛立ってか台所からあるものを持ち出すのだが…


「うっせえ!お前みたいなヤツに誰が茶なんか出すか!代わりに塩撒いてやる!喰らえ!」


「バカッ!やめろ!服に付くだろうが!」


「ちょっと二人ともこんな玄関で騒ぐのやめなさいよ。近所迷惑でしょ!?」


「けどこの家の中には…貞子が…」


「貞子だぁ?
お前まだそんな事言ってんのか?
そんな何年も前に死んだ人間がいるわけがねえだろ!」


「貞子って髪の長い女性ならさっき帰ったよ。なんか妙に苦しそうだったけど。」


どうやら貞子は退散したらしいが…

怪我の功名か今の塩巻きが

思いのほか効果があったのかは定かではないがとりあえずこの場は安全のようだ。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:40:57.16 ID:EAF0Yir90


「じゃあもうここに山村貞子はいないんですね。
よかったぁ!安心したら腰が抜けちまった…ハハ…」


「よかねーよ、ほら立て。さっさと行くぞ!」


「行くって何処へ?」


「どうせお宅らの事ですから何か事件の情報を掴んだんでしょう。
正直我々はこの事件をどう捜査すべきか恥ずかしながら皆目見当も付きませんのでね…
こうして警部殿の動向を探ってたわけですよ。」


「利用出来るものはなんでも利用する、それが捜査一課のモットーだ!」


「いや…そんなモンをモットーにしてるの先輩だけだから…」


「いいから早く行くぞ!こんなところにいると亀山菌が移る!」


「俺だってお前のツラなんざ二度と見たかねえやい!」


相変わらず憎まれ口の応酬を続ける亀山と伊丹。

その光景はかつてを知る人間ならどこか懐かしくも思えなくもない。

それはさて置き、伊丹たちがいるのなら都合がいい。

これより彼らを加えてある場所に向かうことを決めた。


「それでは僕たちもそろそろお暇しましょう。
お騒がせしてすみませんねぇ。亀山くん、それに美和子さん。」


「いえいえ、そんな。大して役に立ったかどうかもどうかもわかりませんけど…」


「もし人手がいるなら手伝います。サルウィンから戻って身体を持て余してますからね!」


捜査の協力を試みようとする亀山と美和子。

だが関係者でない二人をこれ以上関わらせるわけにはいかなかった。


「いえ結構、既に一般人であるキミを巻き込むわけにはいきません。
そのお気持ちだけで充分ですよ。
それよりもこの件はすぐにでも忘れてください、あなた方の命に係わります。」


「わわかりました。
右京さんの言う事に間違いはないですからね。捜査の方は頑張ってください!」


こうして右京たちは亀山のマンションを去って行った。

そんな彼らの立ち去る姿を見送る亀山と美和子だったが…
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:48:51.15 ID:EAF0Yir90


「ねぇ…薫ちゃん…
さっきの右京さんたちの話しからして山村貞子って
もう死んでいるらしいんだよね。それなのに何で捜査しているんだろ?」


「さあな、俺たちの知らないところで何かが起きているんだろ。
まったくこんな時自分が警察官じゃないのが歯がゆいなんて思ってもみなかったぜ。」


「ところで薫ちゃんさっきその貞子って人の事見たんだよね。どんな印象だった?」


「そうだな、一言で言うなら…『暗い』かな…
いやな…陰湿とかそんなんじゃなくて…何かを恨みとか…そんな感じがしたな。
まあ俺自身もよくわかんねえんだけど…」


先ほど目撃した貞子に負の感情に満ち溢れていたことを印象に思う亀山。

あれは尋常なモノではない。

確かに暗いとは思った。だがあれは…暗いというよりも闇そのもの…

そんなモノを右京たちは相手にしているのかと思うと

今の警察官でない自分が何の力にもなれなくて歯がゆさを感じてならなかった。

それにもうひとつ、彼ら伝えなければならないことがあった。


「ところで…右京さんには言えなかったんだが…
実はあの人たちの帰り際にな…
また見えちゃったんだよ…山村貞子…無事でいてくれたらいいんだけどな…」


右京とカイトの安否が気になる亀山…

しかし亀山の不安を余所に右京とカイトの呪いのカウントダウンは着々と進行していった。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:49:26.95 ID:EAF0Yir90


8月31日 PM13:00


「おい、いいのか?アポ無しでいきなりこんなところ来て…?」


「いや、勝手について来たのは伊丹さんたちでしょ。今更何言ってるんですか?」


「だがここは議員会館だぞ。」


「なんだってこんなところに…」


さて、亀山のマンションを出た右京たちが向かった先は

なんと国会議員のオフィスが集う議員会館だ。

その議員会館にある一室、

片山雛子の事務所に右京たち5人が揃ってある人物が来るのを待ち構えていた。

それから待たされること10分、ようやくその人物が姿を見せた。


「杉下さん、それにみなさん、お久しぶりです。」


「これは片山議員、どうもご無沙汰しています。」


そこに現れたのは女性国会議員として注目されている片山雛子だ。

将来は初の女性総理大臣とも称されている彼女に一体何の用があるのか?

さすがにノコノコと付いてきたとはいえ伊丹たちは動揺を隠せずにいた。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:56:35.00 ID:EAF0Yir90


「それで今日はどういったご用件でいらっしゃったのですか?
まさか謹慎中のあなた方がこんな世間話をしに来たわけじゃないのでしょう。」


「おやおや、僕たちが謹慎処分を受けた事をもうご存知でしたか。」


「杉下さんが来られるんですもの。
一応警視庁の方へご報告しておきましたので…
そしたらあなた方は現在謹慎処分を受けていると言われましてね。
まあ私にはどうでもいいことですけど。」


まさか自分たちが来ただけですぐに警視庁にクレームを入れるとは…

些かやり過ぎだと思うカイトだが伊丹たちにしてみれば

長年色々と確執のあるこの片山雛子にしてみれば警戒して当然だと思えなくもなかった。

しかしそうは言ってもこちらも子供の使いではない。

警察の仕事としてこの場へ趣いたわけなので何もせず帰るわけにはいかない。

そんなわけでさっそく伊丹は雛子に対して事情聴取を始めるのだが…


「単刀直入にお伺いします。
先日都内で亡くなった吉野賢三さんですが警部殿たちが言うには
どうも亡くなる前にあなたのことを張り込みしていたらしいんですよ。
何か心当たりはご存じありませんかね?」


「そう言われましても、ご存知かと思われますが
私の仕事は守秘義務のある事柄ばかりですからおいそれと話せないんですよ。
特に令状も無い捜査ではお話しすることも出来ませんので。」


「かーッ!相変わらず痛いところ突きますよね!」


「これでも魑魅魍魎跋扈する国会で仕事をしているんですよ。
わけのわからない濡れ衣を着せられて振り回されるのは御免ですので。ご了承ください。」


任意の事情聴取に対して守秘義務を盾にする雛子。

さらに言うなら右京たちはアポすら取っていない無礼な態度でいる。

それならこちらも無礼で返すのが筋だとでも言わんばかりの態度を取る雛子。

そんな雛子だがカイトに注目していた。

この中で初見なのは彼だけだからか…それとも…


「ところで…あなたは…?」


「あ、自己紹介が遅れました。甲斐享と言います。今度特命係に配属された新人です。」


「そう、あなたが…お父さまのことは聞いているわよ。」


父親のことを聞かれて一瞬ムッとなるカイト。

まさか初対面の人間に父親との関係を指摘されるとは予想外だ。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 07:57:50.35 ID:EAF0Yir90


「親父は関係ありません!」


「まあ確かに警察庁のあなたのお父様とはお近づきになりたいですけど…
個人的にあなたの心情は察する事は出来るわよ。私も政界に入った直後は…
父親の後釜継いだばかりで親の七光りだとか言われたから…」


珍しく自分の心情を察してくれる片山雛子に思わず好感を抱くカイトだが…

そんな感情はこの後の彼女の豹変した態度に

すぐ弾け飛ぶとはこの時のカイトにはまだ予想もつかなかった。


「それで杉下さん、もうこれで話は終わりですか?
それならお帰り頂けませんかしら、これでも私は忙しいので…」


「その前に僕の推理を聞いていただけますか。まぁ多少超常的現象も含みますが…」


「杉下さんの推理?
少し興味がありますね。いいわ、どんな推理を聞かせてもらえるのかしら。」


杉下右京の推理、確かに興味はあった。

わざわざ議員会館まで乗り込んできたわけだ。それなのに何の準備もなく来るはずもない。

さらに言うなら彼が問題を上げてくれるのなら…

そう思い雛子は右京の推理を静かに聞いてみた。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:01:00.43 ID:EAF0Yir90


「それでは、事件の発端は45年前…いえ、57年も前に遡ります。
当時、伊熊平八郎という学者が
大島に住む山村志津子という女性を被験者とした超能力の公開実験が行われていました。
そこで彼女はあらゆる実験を成功させましたが
一人の記者がこの実験を「インチキだ!」と罵った。
その直後、記者は急性心不全で亡くなった…
山村志津子が殺したのではと疑いを掛けられた志津子は発狂し…そして亡くなった。」


「……気の毒な話ですがそれが何か?」


「話は続きます。それから12年後…
山村志津子の娘である山村貞子は成長して劇団飛翔に入ります。
彼女は女優になる気だったのでしょうね、しかしそうはならなかった。
劇の本番中に貞子は予想しなかった事態が起こり…舞台で死人が出た。
その直後…劇団員たちは行方不明…になりました。」


「そんな半世紀も前の事件を話されても困るんですけど…
杉下さん、あなた本当に何しに来たんですか?」


確かにこの事件は45年も前の出来事だ。

こんなことを今更洗いざらいしたところで何になるというのか?

だがこの話はまだ続きがあった。


「57年前に亡くなった記者には当時婚約者がいたそうです。
名前は宮地彰子、彼女は山村志津子の公開実験を調べていたそうですよ。
それはそうでしょうね、婚約者が殺されたのだから…
そして彼女は山村志津子の公開実験から12年後に
娘の貞子が所属する劇団飛翔に赴きます。目的は恐らく貞子を殺すため…
そのために彼女は拳銃を用意したそうですから。」


「け…拳銃…」


「復讐のために娘の貞子を殺そうとするなんて…」


「以前帝都新聞に勤めていた美和子さんから聞いた話です。間違いないはずですよ。」


拳銃の話が出て刑事の職柄か思わず反応してしまう伊丹たち。

だが雛子にはわからなかった。

いくら拳銃が出たところでそれは45年前の出来事。今更罪を問うことなど出来はしない。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:02:27.77 ID:EAF0Yir90


「少しおかしいと思いませんか。
山村志津子が亡くなったのは公開実験が行われてからすぐの事だったとか…
それなのに宮地彰子はその後も事件を調べ続けた。」


「それは…娘の山村貞子を殺すためじゃないんですか?」


「ではそれは何のために?」


「決まってるでしょ。
志津子を殺せなかったから代わりに
娘の貞子を殺して婚約者の恨みを果たしたかったんですよ。」


この話を遮るように口を挟んできた伊丹たちの見解は復讐との答えだ。

雛子もその答えに納得の様子を見せている。

確かにそれなら一見辻褄が合わなくもない。

だがそれでも12年も亡くなった恋人のためとはいえ尋常ではない執念深さを感じられた。


「なるほど…恨みですか。その考えにも一理あります。
しかしそれなら何故さっさと貞子を殺さなかったのでしょうか?
ただ殺すだけならいくらでも機会はあったはずですよ。
それに宮地彰子は 警察の調書や実験の時の録音テープまで調べていたとか…
何故でしょうかねぇ。」


「前置きが長いのは杉下さんの悪い癖ですね。
恐らく杉下さんはこう言いたいのでしょう。
公開実験で記者が死んだのは山村志津子の所為ではないと…」


「そう!まさにその通りなのですよ!さすがは議員、冴えていらっしゃる。」


「まさか…その記者を殺したのは私だとか言わないですよね。
言わなくてもわかると思いますけど57年前なんて私は生まれてませんからね。
それなのに私を疑うなんて馬鹿げてますわ!」


片山雛子の年齢は30代後半。

事件が起きた57年前はまだ生まれてすらいない。

そんな自分が当時の容疑者だとでもい言いたいのかと苛立ちを見せた。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:40:32.19 ID:EAF0Yir90


「いえいえ、さすがにそんな事は考えていませんよ。
57年前の公開実験で記者を殺害したのは…恐らく山村貞子です。」


「山村…貞子が…?」


「そう、宮地彰子は12年掛けて調べて気付いたのでしょうね。
自分の婚約者を殺したのは山村志津子ではなく…娘の貞子だと!」


「けど貞子って…
57年前の事件は確かまだ小学生くらいの年齢だったはずです。
当時子供だった貞子に大人を殺すなんて不可能ですよ!?」


カイトは今の推理にそう異を唱えた。

確かに当時子供だった貞子に人を殺すことなど出来るはずがない。

そう、まともな手段なら…


「山村志津子は公開実験に及ぶほどの超能力を有していた。
そして宮地彰子はこう結論づけた。
娘の貞子も間違いなく能力を持っていて…
もしかしたら母親以上の能力の素質を持っていたかもしれない。
超能力に年齢は関係ないと…そう考えられませんか?」


超能力で人を殺す。

一見馬鹿げた結論かもしれないがそれなら納得がいかなくもない。

だがそうなると疑問が残るのは劇団飛翔での出来事だ。

あれはどう説明するのか?
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:40:58.68 ID:EAF0Yir90


「あの事件も山村貞子の仕業でしょう。
しかし彼女はそもそも舞台中に人を殺そうだなんて思ってもみなかったはず…
引き起こすきっかけを作ったのは宮地彰子が原因です。
彼女は貞子の本性を暴くために舞台の本番中にあるテープを流した。
それこそが…」


それが昨日の内村が45年前の公演で聞いたとされる『的中!』…『的中!』…の音声。

恐らくその音声を流したのは宮地彰子。

彼女は貞子の本性を暴き出そうとそのような行動に出た。

しかしそうなると問題もある。

そんなことをすれば劇団の誰かに怪しまれるのではないかと…?


「もしかしたら劇団の中にもいたのかもしれませんよ。
山村貞子を疎んでいた人物が…
あの劇団で最初に起きた葉月愛子の事件で貞子は一度疑われていますからね。
そんな貞子を疎んでいる人物がいたとしてもおかしくはないでしょう。
その人物と協力して宮地彰子は貞子の本性を暴いた。
つまり45年前の事件は宮地彰子によって引き起こされたことになります。
いえ…劇団のほとんどが失踪したことを考えればもしかしたら…
劇団飛翔の団員たちと宮地彰子は山村貞子の本性を暴き出し…
あわよくば貞子を殺害しようと企んでいた。
しかし計画は失敗し彼らは返り討ちにあってしまった。
恐らくこれが45年前の事件の真相でしょう。」


パチパチパチと部屋に鳴る拍手。

片山雛子は右京の推理を聞き、その推理に対し拍手を送った。

だが彼女の心情は内心穏やかではなかった。


「素晴らしい推理でしたね、けどその事件はもう45年前に起きた事件ですよ。
いくら法改正で時効が無くなったとはいえさすがにその…
宮地彰子という記者や劇団飛翔の団員たちを裁くことは出来ません。
それに山村貞子という女性もこの場合正当防衛になるはずではありませんか?」


確かに山村貞子を現在の方で裁くことなど不可能だ。

そもそも彼女は45年前に死んでいる。

そんな彼女にどんな罪を与えろと?そう苛立ちながら

しかしここまでの話は前置き、本番はここからだ。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:45:37.23 ID:EAF0Yir90


「話を続けます。
45年前、宮地彰子とそれに飛翔の劇団員たちを殺した
山村貞子ですが彼女もまた無事ではいられなかった。
何者かの手により伊豆の井戸に閉じ込められてしまい、それから30年の月日が経ち…
浅川玲子、高山竜司の手により死体を見つけてもらったのですよ。
何故二人は30年も前に閉じ込められた山村貞子を見つけることが出来たのか?
それは15年前に巷で噂になった呪いのビデオが関係しているからですよ。」


「呪いのビデオ?
杉下さんあなた自分が何を言っているのかわかってますか?
警察官がそんな非科学的な…」


まるで話についていけないという素振りを見せる雛子。

無理もない。先程までの山村貞子の話ですらオカルトだったのに…

さらに呪いのビデオなんて出てくればそう思えても仕方のないことだった。


「杉下さんの仰ることが全然わかりません!
いきなりやってきて事件の聴取に来たかと思えば
急に50年以上も前の事件についての推理を語り出して!
おまけに今度は呪いのビデオ?さすがの私も怒りますよ!?」


そう言って珍しく人前で怒りを露にする雛子。

それを見て宥めようとするカイトと伊丹たち。

普段は温厚なイメージで世間からも注目を集める片山雛子だが、

そんな彼女でも突然やって来られて

呪いのビデオなんてわけのわからない話をされれば怒りたくもなるだろう。

だが右京の推理は終わらない。いや、むしろここからが本題だ。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:46:09.53 ID:EAF0Yir90


「いいえ、まだ帰るわけにはいきませんよ。大事なのはここからなのですから。
15年前、精神病院の川尻医師が倉橋雅美という少女を担当しました。
この倉橋雅美という人物は先ほど述べた
呪いのビデオを見て亡くなった大石智子の死亡現場に居合わせた少女です。
当時、彼女は大石智子の死にトラウマを感じてしまい、精神病院に入院してましたが
彼女が呪いのビデオの影響を受けたことを知った川尻医師は
山村貞子の怨念の除去を行う実験をしました。
しかしその実験は失敗…川尻医師もその最中に死亡したとのことです。」


「それが何だと言うのですか?
私には川尻という医者が
単なるマッドサイエンティストでしかないと思いますけど。」


ここまでは特命係がこれまで捜査してわかったことだ。

だがここまでだ。これ以上先は何もわからなかった。

正直、カイトはさすがにもうお手上げかと思ったのだが…


「それではここから今まで知り得たことを推理していきたいと思います。」


なんとカイトの予想に反してこれまで得た情報を元に推理を始める右京。

この片山雛子の前で何を語ろうというのか?
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:46:40.21 ID:EAF0Yir90


「呪いのビデオ、そんなモノが実在すると仮定しましょう。
ここでみなさんに質問します。みなさんはどういった使い方をしますか?」


もし自分たちの手元に呪いのビデオがあれば各々どういった使い方をするのか?

この場にいる全員がそんなことを問われた。

それから右京は一人ずつ聞いてみた。まずは伊丹からだ。


「俺は…まあ捨てちまいますね…そんな厄介なモン誰が好んで持ってられるか。」


それに続いて芹沢と三浦も…


「俺だって先輩と同意見ですよ。
そんな危なっかしいモノ持ってるだけでやばいじゃないですか。」


「そうですよ警部殿。見ただけで死ぬなんて危険極まりないですよ。」


芹沢と三浦も伊丹と同じく破棄するといった意見になった。

警察官として人命を考える職務に付く者としては至極当然な答えだ。

見ただけで人を呪い殺す呪いのビデオ。

そんなモノを好んで傍に置く者など一人もいるはずがない。

それから右京は雛子にもこの質問を行った。それに対して雛子が出した結論は…


「私も伊丹さんたちと同意見です。危険極まりないモノは即処分すべきです。」


やはり政治家として真っ当な答えを述べる雛子。

だが彼女はもうひとつこう付け加えた。


「但しあらゆる検証を行ってからですね。」


「検証とはどういうことでしょうか?」


「当然でしょう。見ただけで人を呪い殺せる代物ですよね。
それならなんらかの対応策を講じる必要がある。だから検証する。
何かおかしいことを言いましたか?」


それが片山雛子の答えだ。

確かに片山雛子らしい答えではある。

単に処分するのは簡単だ。

しかしその後の対応策を講じるというやり方は必ずしも間違いではない。

この場にいる全員の受け答えに満足した様子を見せる右京。

そんな右京だが全員が答え終わると同時に次にある可能性を考慮した。それは…

142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:47:07.27 ID:EAF0Yir90


「それでは次の質問です。もし呪いのビデオが悪意ある者の手に渡ればどうなりますか?」


悪意ある者。

すなわち犯罪者、もしくはそれに該当する人間。

そんな者が呪いのビデオを悪用すれば…

そこには最悪な可能性が巡られた。


「間違いなく殺人の道具に使われるはず。
殺意ある張本人がその手を汚すことなくビデオを見せただけで人が死ぬのです。
しかも死因は急性心不全であるため証拠は一切残されない。
殺人を行うのにこれほど理想的な凶器は他にありませんよ。」


恐らく犯罪者なら誰もが挙って欲する凶器、呪いのビデオ。それが右京の見解だ。

呪いのビデオを見せられた被害者は1週間後に急性心不全で死亡。

警察は病死と判断し殺人事件として取り扱われずに処理されてしまう。

つまり完全犯罪が成立することになる。


「完全…犯罪…」


呪いのビデオの可能性に思わず呟いてしまう雛子。

この瞬間、先ほどまで怒声を口にしていた片山雛子が急に静かになった。

これを見逃す右京ではない。それから右京の推理はまだ続いた。
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:47:34.17 ID:EAF0Yir90


「そう、悪意ある人間の手に呪いのビデオが行き渡り、
呪いを回避する方法を知り得ているなら
その人物は間違いなく呪いのビデオを悪用するはずです。
ましてやそれが国家ともなればどうでしょうか?」


「一体どうなるっていうんですか?」


「先ほど述べた事を拡大するだけですよ。
敵対する国の人々に呪いのビデオの映像を公開させる。
この映像を見た対象のその国の人々は…
1週間後、その国には恐らく死体の山が出来ているでしょうね。
大量殺戮がいとも簡単に行えて
おまけに核ミサイルのように周囲への汚染を気にする必要もない。
また単なるビデオの映像を公開しただけなので
周辺国からは疑惑を持たれたり報復される恐れすらない。」


「究極の殺人兵器『呪いのビデオ』…恐ろしいと思いませんか?」


つまり呪いのビデオとは使い方次第では核と同等の大量殺人の兵器になる可能性がある。

それも国家レベルとなればいとも容易く大量殺戮が行える。

そんな考えは…間違いなく狂気の沙汰だ。

何処の世界にこんな夢物語を取り上げる者がいるものか…


「プ…」


「フフ…」


「アハハハ!」


「杉下さんの想像力の逞しさには相変わらず感服しましたわ。
けどそれだけ、こんな馬鹿げた妄想を本気にする政治家がいると思いますか?」


そんな右京の推理を一笑する雛子。

確かに雛子の言うようにこんなことを真面目に考える政治家などいない。

そんな夢物語を本気で信じる人間などこの世にいるものか…
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:48:00.38 ID:EAF0Yir90


「確かにこの世にはもういないかもしれません。」


「ですが…」


「以前は居たとしたらどうでしょうか。」


なにやら意味深な表情で語り出す右京。

そこで雛子もまた笑うのをやめて構える姿勢を取った。

ここで右京が何かを仕掛けてくると察したからだ。


「もしもですが57年前に行われた公開実験で山村貞子の力を知った人間がいたら?」


「その人間は同じく57年前に起きた三原山大噴火で貞子の力が本物だと確信した。」


「山村貞子の力に有用性を見出すことが出来たらどうでしょうか。」


「きっと利用したいという欲に駆られるはずです。
かつて貞子の母親である山村志津子を利用した叔父の山村敬や伊熊平八郎のように…」


そう、彼らは貞子の母である志津子を公開実験の見世物として利用した。

だがその人物がやろうとしたことはそんな見世物などではないはず。

それらよりもはるかに予想を超える行いを考えていたにちがいないと仮定していた。


「それではその人物とは誰なのか?」


「かつて山村貞子の力を把握していた人間は殆どが亡くなった。」


「ですがそれでも近年まで生きていた人間がいました。
その人は政治家です。恐らく山村貞子が関わった人間の中では最も権力のある人物。」


「その人物はかつて山村貞子と接触していた可能性があります。」


「異能の力を持つ山村貞子。その存在を知り得た政治家。」


「その人物とは片山先生もご存知のあの人です。」


かつて山村貞子の存在を知っていた政治家。

そして片山雛子とも繋がりのある人物とは…
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:49:40.14 ID:EAF0Yir90


「57年前の三原山大噴火、あの災害で島の南側にいた人物で助かった生存者が4名。」


「山村貞子、叔父の山村敬、父親の伊熊平八郎、それともう一人…」


「当時、山村家の旅館に宿泊していた片山擁一。」


「ご存じですよね。片山議員のお父さまですよ。」


それは大島に行った時に陣川のいた駐在所にて明らかになった事実だ。

片山擁一といえば片山雛子の父親にして長年外務大臣を務めていた政治家だ。

父親である片山擁一と貞子に思わぬ接点があったことを明らかにされた雛子。

その瞬間、雛子にわずかながらの動揺が走った。


「お父さまは貞子の存在を知っていた。それは間違いないはず。
そのことを娘である片山議員が存じ上げていたかどうか僕にはわかりません。
ですがこれである仮説が成り立ちます。」


「仮説とは何ですか…?」


「お父さまが貞子の力を政治に利用しようとしたのではないかということです。」


異能なる貞子の力。それを政治に使う。

確かにもしそんな力が手に入ればそれは政治家が有用出来るかもしれない。

たとえばの話しだが対立する政敵がいたとする。

その政敵を異能の力で葬れば己の手を汚さずに抹殺することが可能だ。

しかしこんなのは夢物語だ。そんなことがあるはずは…
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:50:12.77 ID:EAF0Yir90


「ところで吉野賢三が亡くなった日のことです。
僕は彼が転落したマンションである車を見かけました。
ナンバープレートには[品川 ぬ 23 -38]と記載されたセダンの車です。」


車のナンバーを問われて思わず雛子の頬に冷や汗が零れ落ちた。

以前、右京はとある事件で自分が所有する車のナンバーを照会していた。

恐らくそのことを覚えていたのだろう。

まったく忌々しいほどの記憶力だと嫌味に思う雛子。

だが追求はこれからだった。


「さてここでもうひとつ仮説を立てたいと思います。
吉野賢三は亡くなる直前、ある特ダネを仕入れたと言っていました。」


「もしもこの特ダネとやらが
どなたかにとって世間に暴かれることが不都合だったらどうなるでしょうか?」


「始末する必要があったのではないか?そう思えませんか。」


始末、つまり殺害すること。

しかしそうなるとどうやって殺人を実行するかだが…

殺人ともなれば当然あらゆるリスクが生じる。

当然ながら犯行が警察に暴かれたら実行犯は逮捕される恐れもあるだろうし

さらにそれを指示した人間たちも芋づる式で捕まる恐れもある。

だがそのリスクを避けることが出来たらどうか?

そこで浮かび上がったのが先ほど右京が話した呪いのビデオだ。

もしも呪いのビデオが既に殺人の道具として活用されていたとしたら?


「つまり警部殿は吉野賢三が自殺じゃなくて殺害されたと言いたいんですか?」


「考えられる可能性です。
早津さんの証言では吉野賢三は呪いのビデオを浅川さんの遺品から見つけたと推測した。
しかし考えてみればこれはおかしい。彼女は呪いのビデオの恐ろしさを知っていたはず。
そんな彼女が呪いのビデオをひとつでも遺しておくでしょうか?
それを考えれば吉野さんのマンションにあったビデオは
新たに作られたモノであるという可能性が高いと思われます。」


「けど…呪いのビデオで殺人なんて…」


未だに半信半疑な伊丹たち。

確かにそれなら不可能犯罪と言えるかもしれない。

だが呪いのビデオなどというオカルトをどう信じろというのか?
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:51:03.84 ID:EAF0Yir90


「呪いではなくサブリミナル効果として解釈してみてはどうでしょうか。」


「サブリミナル効果…?」


右京の言葉に思わずハモる捜一トリオたち。

サブリミナル効果とは人間の潜在意識に無意識のうちに刺激を与えて影響を与える効果。

日本では禁止されているが過去にはTV番組でこの手法が取り入られたケースがある。

身体に一時的な麻痺症状を起こす被害が見受けられており現在は規制が促されている。


「つまり呪いが起きたのはビデオの映像にサブリミナル効果が使用されていた。
そう考えれば人が死んだという説明に対してある程度の納得がいくというものです。」


「けど杉下さん、刷り込み程度で人が死んだなんて事例は今まで存在しませんよ。」


「ええ、ですからそれを研究していたらどうでしょうか。」


「勿論その研究を行うにはそれなりに規模のある施設が必要です。
それほどのモノを提供出来るのはやはり政治的な発言力の高い人物が望ましい。」


政治的な発言力の高い人物。

それからこの場にいる全員が片山雛子に注目した。

どうやらようやくこの追求における本質が見えてきたからだ。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:51:46.93 ID:EAF0Yir90


「さて、先ほどの車の話に戻りましょう。
転落事故があった日、片山議員は吉野賢三のマンションに自らの車を向かわせた。」


「その理由を考えました。
ひょっとしてあのビデオは片山議員が吉野賢三に流したモノではないのかと…」


「そう考えれば辻褄が合います。
つまり犯行に使われた呪いのビデオは片山議員の手によって吉野賢三へと渡った。
議員にとってスクープを狙う彼は邪魔者でしかない。だから排除する必要があった。
しかし排除するにも方法を選ばなくてはならない。大事になれば厄介ですからねえ。」


「そこで思いついたのが呪いのビデオ。
これを吉野賢三に試すことにより口封じが出来てなにより実地テストも兼ねられる。
まさに一石二鳥だと思いませんか。」


それが吉野賢三と小宮の死の真相だと語る右京。

確かにこれならば片山雛子が自らの手を汚すこともなく殺人を行うことが可能だ。

しかしこの推理にはある問題があった。


「まったくバカバカしい話ですね。
仮に呪いのビデオがあったとしましょう。
杉下さんの言うようにサブリミナル効果で人が殺せると仮定するとしてですよ。
それをどう実証するのですか?」


そう、呪いのビデオが凶器である実証を行わなくてはならない。

実証を行うにはどうするか?

その方法はひとつしかない。実際に呪いのビデオを見た人間が死ぬこと。

だがそんなことが許されるはずはない。

事件の実証を行うために殺人を行うなど以ての外だ。


「確かに呪いのビデオを凶器として実証するのは困難です。
しかしそれを実行出来たらどうですか?
そうすれば呪いのビデオが凶器として認められるはずです。」


「だからその実証を行うというのですか。
まさか警察が事件の実証のためにそんな非人道的な行いをするとでも?」


「いいえ、そんなことをしなくても呪いのビデオを観てあと二日で死ぬ人間が二人います。
その二人が死ねば呪いのビデオは凶器として実証される。
そうなれば警察が本格的に動くことが可能です。」


呪いのビデオを観てあと二日以内に死ぬ人間…?

そんな人間がどこに…

すると右京は雛子を睨みつけた。

それと同時にカイトも今の右京が言った意味を察することが出来た。

その二日以内に死ぬ人間というのが…
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:56:33.40 ID:EAF0Yir90


「そう、この二日以内に死ぬ人間とは僕とカイトくんです。
僕たちは捜査の段階で呪いのビデオの一端に触れてしまった。
そのため、呪い通りなら僕たちはこの二日以内に死ぬ可能性が高い。」


「つまり二日後に僕たちが死ねば当然警察は動きます。
何故なら警察官が死んだのですからねぇ。何かあったと嫌でも察しますよ。
それに今の話を伊丹さんたちも聞いています。
ですから捜査一課が動くのは確実ですよ。」


「ProjectRING、その全容が明らかにされますよ。」


それが右京の推理とこれから予想すべき事態だった。

特命係は文字通り自らの命を賭けている。つまり背水の陣の覚悟だ。

こうなれば片山雛子にとっては厄介だ。

今の右京たちの証言を捜査一課の伊丹が聞いていた。

これによりもし二日後に右京とカイトが死ねば当然捜査一課が動く。

その時には片山雛子にも捜査の手が及ぶ。

面倒なことを疑われおまけに妙なことで腹を探られるのは好ましいモノとは思えない。

そんな思いが彼女の脳裏を過ぎった。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:57:04.97 ID:EAF0Yir90


「話は以上ですか?」


「はい、今のところはこのくらいですね。」


「まったく…
いきなり事務所まで乗り込んできて
呪いのビデオがどうだの父がそれに関わっていたなど妄言は充分聞きました。」


「それと杉下さんたちが亡くなったら
お葬式に出席してお線香くらいは上げてあげるのでどうかご安心なさってください。
それではどうかお引き取りください。」


そんな嫌味を告げて雛子は右京たちにこの場から退席を促した。

さすがに令状も無しではこの場にはいられない。

結局連れられてきた伊丹たちは走るようにさっさといなくなったが

去り際、右京はこんなことを告げた。


「片山議員、僕はあなたがこの件に深く関わっているとは思いません。
ですが今すぐになんらかの対応を行ってください。これは下手をすれば大事になりますよ。」


こうして伊丹たちに続いて右京とカイトもこの場から退席した。

それから右京たちがいなくなったことを見計らい

雛子は自らのデスクに腰掛けてようやく落ち着けた。

呪いのビデオ…山村貞子…それに父親…

相変わらず妙なことにばかり首を突っ込んでくる男たちだと特命係を忌々しく思う雛子。

そんな雛子だがあることを思い出していた。

今は亡き父との思い出だ。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:57:36.25 ID:EAF0Yir90


「山村…貞子…」


つい山村貞子の名前を呟く雛子。

それは自分が幼い頃から疑問に思っていたことだ。

昔から父は誰かを探していた。

それも娘である自分が生まれるずっと以前からだ。

まるで父は何かを求めるかのようにその誰かを探して…いや…欲していたというべきだ。

外務大臣まで上り詰めた父が一体誰を…何を求めていたのか…

幼い頃からずっと疑問だった。そんな疑問が解決したのは15年前のことだ。


『貞子が…死んだ…?』


ある日、父の元へ報せが入った。それは貞子という女性の死だ。

その死を知って父は落胆した。

そんな父の反応を見て雛子もようやく察することが出来た。

父は長年探していたのはこの貞子という女性だ。

貞子の悲報を受けて落胆する父。しかし雛子はそれでよいと思っていた。

これでいい。父はようやく貞子という女の呪縛から解放されることが出来る。

思えば貞子を追い求める父はどこか不気味だった。

まるで何か大きな欲望を求めるようなそんな様が見受けられた。

それが貞子の死でようやく解放される。

人の死を喜ぶのは不謹慎だがこれであの不気味な父を拝まずに済むと思っていた。

ところが…そう思ったのも束の間だった…
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:58:04.53 ID:EAF0Yir90


『呪いの…ビデオ…だと…』


ある日、川尻という医者が訪ねてきた。

死んだ貞子があるビデオを世に広めていたとの話しを父に告げた。

それは当時学生だった雛子も耳にした噂だ。

見たら1週間後に死ぬ呪いのビデオ。

馬鹿げた話だ。こんなオカルトをあの父が信じるはずがない。

だが父はちがった。


『そうか…貞子が…そうかそうか!ハハハハ!!』


そのことを告げられた父は高笑いしながら狂喜した。

あの貞子が遺産を遺してくれた。

それは今まで悲観に暮れていた父にとって朗報にも等しいものだった。

同時に雛子はさらに父親を恐怖するようになった。

それから父は人を集めて何かを始めた。

その詳細は娘の雛子にも一切告げずに秘密裏に進めていた。

だがその最中に父は病に倒れた。

それから医師により余命間近と宣告されて父は愕然となった。

無理もない。不治の病を告げられて父は正気に戻れたようだ。

もう貞子を求めることはやめるだろう。

これでようやく…父は…それに自分は貞子という亡霊から解放される。

そう安堵していたが…
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 08:58:35.75 ID:EAF0Yir90


『雛子…貞子を蘇らせろ…どんな手を使ってもだ…』


それは悪夢だった。

父は今際の際にも貞子を追い求めることをやめなかった。

それどころか今度は娘の自分に後を託そうとしていた。嫌だ…冗談じゃない…

そのことを何度も拒否した。

そんな得体の知れないモノをどうにかするつもりはない。

しかしそれは自らの一存だけで拒否できるものではなかった。


『既にProjectRINGは始まっている…最早誰の手にも止められない…』


既に事は自分では手に負えないほど根深いモノになっていた。

父以外の人間も山村貞子の有用性に気づき始め、あることを実行しようとしていた。

最早それを止める手段は無いに等しい。

そのため父の死後も協力せざるを得なかった。

吉野賢三の死、あれは雛子の仕業ではない。

その連中が吉野賢三を亡き者にしようとビデオを流したようだ。

それを雛子が知ったのは吉野賢三が亡くなる直前だった。

そのため急いで彼の死を確認しに行った。

だがそこで偶然にも杉下右京に気取られるのは計算外だった。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:03:55.82 ID:EAF0Yir90


「ちょっといい?連絡繋いでほしいんだけど…」


それから雛子は秘書たちに取り次いで急いである場所へ連絡を取った。

だがその連絡は一向につかない。

おかしい…今までならこのようなことはありえないはずなのに…

まさか…いや…考えるべきだ…

既にあの杉下右京がこの件に関わっている。

つまり事態は急を要するということ…

こうなれば手段を問いでる暇はない。

そう思った雛子は自らの携帯を取り出し、急ぎある人物に連絡を取った。


「もしもし、実は依頼したいことがあって…」


「そう、詳細に関してはこれからメールでそちらに送ります。」


「事は急を要します。なので…」


「あなたの元相棒、彼にこのことをすぐに伝えてください。」


不敵な笑みを浮かべて連絡した人物を頼る雛子。

それから雛子は送った資料をすべてシュレッダーに入れて処分した。

この件に自分は何も関わってなどいないと思わせるため。

あの杉下右京の追求を逃れるには徹底的にやらなければならない。

それに…うまく行けば彼らは終わらせてくれるかもしれない。

この永遠に続くかもしれない悪夢を…
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:07:22.64 ID:EAF0Yir90


第5話


8月31日 PM15:00


「それじゃあ俺たちはこれで…」


「だからここにはアポ無しで来ちゃダメですよ。」


「そんなこと今更言ってもしょうがないだろ。」


議員会館駐車場で伊丹たちと別れる特命係。

どうやら片山雛子は警視庁にクレームを出したらしく

そのことに激怒した内村と中園の怒りを買って大人しく帰参することになったらしい。

その間に二人は右京の愛車、

日産フィガロに乗り込みながら右京は携帯をジッと見ながらある連絡を待っていた。

なにやら誰かからの連絡を待つ右京。

一体何を待っているのかとカイトは尋ねた。


「あの…何を待っているんですか…?」


「カイトくん、僕は片山雛子が吉野賢三を殺害したとは思っていませんよ。」


「でも…さっきは…」


「あれは彼女を揺さぶるためです。
もし彼女が吉野賢三を殺害したのならわざわざ犯行現場に戻るなんて愚行はしません。
あの行動は恐らく彼の身に何かあったと駆けつけようとしたと考えるべきです。」


片山雛子の人物像についてそう述べる右京。

それはある意味片山雛子の人間を熟知しているからこそ判断できることだ。

156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:08:01.06 ID:EAF0Yir90


「カイトくん、これは僕の片山雛子に対する個人的な見解ですが…
彼女は一見何かよからぬ事を企んでいる策略家…なのは確かでしょうが、
彼女自身が直接手を下すことはしない。
いえ、そもそもそのような危ない橋を渡る人物ではない。
つまり『限りなくクロに近いシロ』だということですよ。」


そんな右京の見解に首を傾げるカイト。

どうにもイマイチ理解出来ないといった表情だ。

さて、そんな二人の元に右京の携帯へ連絡が入った。

どうやら右京が待ち望んでいた反応だ。


「おや?…この番号は…」


「誰からですか?」


「今日は昔の馴染みと縁があるようですね、もしもし。
これはまた随分とお久ぶりです、はぃ?わかりました、すぐに伺います。」


連絡してきた相手にと随分親しそうに話す右京。

一体誰と話しているのかと疑問に思うカイト。

それから連絡を終えると右京はフィガロを走らせてある場所へと向かった。

それは警視庁の隣にある警察庁。

カイトの父親である甲斐峯秋が警察庁次長を務めていることもあるこの建物。

まさか父親と会うのかと警戒するカイトだが…

その駐車場に入るとある男が二人を待ち受けていた。
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:08:47.98 ID:EAF0Yir90


「杉下さん、お久しぶりです。」


そこに現れたのはエリートな風貌を見せるキザそうな男。

およそ警察庁の職員とは思えない風貌だが…

未だに首を傾げているカイトに気づいたのか右京はカイトにこの男を紹介した。


「紹介します。彼は神戸尊くん。かつて特命係に在籍していた僕の相棒です。」


神戸尊、カイトが特命係に赴任する前の前任者。

現在は警察庁官房付きとしてこの警察庁に勤務している。

そんな神戸が二人を呼んだ理由は…


「ところで神戸くん、僕らを呼んだということはひょっとして…」


「杉下さんのお察しの通り、
先ほど片山議員から連絡がありました。
なにやらとんでもなく荒唐無稽な話を彼女の前で言ったそうですね。」


「荒唐無稽…まあ確かに…そうかもしれませんね。」


「…ったく!片山雛子…警察庁にまでチクッたんですか。
お偉いさんってのはクレームにだけはいち早く対応しやがるな!」


片山雛子からのクレームに思わず苛立つカイト。

ここは警察庁、恐らく父にもこのことが伝わっているはず。

そうなるとどうせこの後、小言を言われるに決まっている。

そう思うとどうしても腹立ってしまった。

158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:09:13.92 ID:EAF0Yir90


「まあ…片山議員からの連絡はそんなクレームじゃなくてですね…
今から話す事は守秘義務が課せられます。
こうしてお二人をわざわざ警察庁に呼ばなければならない程の
重要な案件ということを予め承知してください。」


思わせぶりな前ぶりで今から話すことが重要な案件であることを示唆する神戸。

それから神戸は今から5年前に起きた事件について語りだした。


「杉下さん、覚えていますか?
かつて亀山さんと相棒を組んでいた頃に逮捕した小菅彬…」


「小菅彬?彼はまだ刑期満了してないはずですが?」


「それがですねぇ…」


「ちょっと待ってください。その小菅彬って何者なんですか?」


「そうか、キミは知らないよね。」


「無理もありませんね、あの事件は関係者以外には伏せていましたから。」


何も知らないカイトのために右京はかつて小菅彬が起こした事件について説明した。

小菅彬、彼はかつて自分が勤める国立微生物研究所である事件を起こした。

彼は研究所の高度安全室に保管されているウイルスを強奪し、

その際に同僚の職員である後藤一馬を殺害しウイルスを所持したまま逃亡。

後に外部に持ち出されたウイルスがBSL(バイオセーフティーレベル)の、

レベル4で作られたウイルスであった事が発覚する。

すぐに警視庁は警戒態勢を敷き、小菅彬を確保する事に成功、最悪の事態は回避された。

しかし彼の真の狙いは防衛省が密かにレベル4の施設を稼働させている事を世間に公表。

日本人の危機感と防衛意識を植え付けるのが本当の目的だった。

ちなみにこの事件は右京が亀山とともに捜査した最後の事件でもある。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:09:42.86 ID:EAF0Yir90


「そういえば…思い出しましたよ!
俺が新米警官だった頃、突然上から警戒態勢だって言われて…
俺なんかその日は非番だったのにいきなり召集されましたよ。
けど犯人の名前は明かされませんでしたね?」


「前代未聞の犯罪だったからね。彼の身元は一切明かさずに秘密裏に逮捕されたのさ。」


「しかし何故彼の話題を持ち出すのですか?会話の意図が見えないのですけど…」


「実は先日、その小菅彬が秘密裏に釈放されたとのことです。」


それはまさに異例の事態だ。

小菅彬が犯した罪は

一歩間違えればこの大都会東京にいる全ての人間が死ぬかもしれない大犯罪に繋がるもの。

それを無罪放免になど出来るはずもない。


「それ本当ですか!?だって相手は犯罪者じゃ…」


「静かに!
この件は世間には公表されてないし
それに警察庁でも極一部の人間にしか知らされてないんだから!」


「あ、すいません…
けどそれじゃあ国が犯罪者相手に司法取引したってわけじゃないですか!
こんな事態あり得ませんよ!?」


確かに日本は法治国家だ。

だが犯罪者と司法取引したことなどこれまで一度としてない。

いや、それは表向きの話。

実は近年、日本政府はあるテログループと交渉をした事実があった。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:11:43.94 ID:EAF0Yir90


「赤いカナリア、本多篤人。あれが思わぬ引き金になってしまいましたか。」


今の話を耳にして右京は思わずそう呟いた。

かつて右京と神戸は赤いカナリアの大幹部だった本多篤人のことを思い出した。

あの時、逮捕され死刑が執行される直前に本多は釈放された。

その理由は赤いカナリアの残党が都内に炭疽菌をバラ撒くと日本政府を脅したためだ。

それにより日本政府は赤いカナリアと秘密裏に交渉、本多篤人の釈放を実行した。

ちなみに現在、本多篤人は政府の監視下に置かれながら超法規的措置により

娘との余生を過ごしている。

しかし何故この事件が今頃になって蒸し返されるのか?

それはこの事件を指揮していたのがあの片山雛子だからだ。


「なるほど、この件に片山議員が関わった理由がようやく見えてきました。」


「そう、片山議員はとある連中に脅されて指示されたらしいです。
本多篤人の釈放は表向きの理由が警察庁の公安による独断ということですが
どういうわけかその筋の連中が
あれは日本政府が交渉した事実がバレてそれを打ち明けると脅されたらしいです。」


「つまり本多篤人を釈放したんだから小菅彬も利用したいので釈放しろってこと?」


カイトの解釈は概ね正解だと告げる神戸。

つまり片山雛子は本当にこの件には関わっていなかった。

一定の距離を保ち、いざとなれば離反する腹積もりでいたようだ。

しかしそうなると片山雛子に小菅彬の釈放を依頼した連中は何者なのか?
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:12:10.25 ID:EAF0Yir90


「この件には防衛省が関わっています。
それも防衛省大臣官房審議官の山岸邦光。
彼は小菅彬が起こした事件でレベル4の実験室の稼働を指示していた張本人ですからね。」


「防衛省…ですか…
元々小菅彬が作っていたウイルスは防衛省が作らせていたモノだった。
なるほど、彼の有用性は最初から把握済みだということですね。
ちなみに彼が秘密裏に出所したのはいつ頃でしょうか?」


「これがつい最近でして、1ヶ月前なんですよ。
どうやら本多の時のようなすぐにされたわけではなくて、
本多の一件を知った防衛省が3年掛けて小菅彬を出所させたようです。」


1ヶ月前、それは吉野賢三が特ダネの情報を掴んだ時期と重なる。

つまり吉野賢三は防衛省が流した呪いのビデオによって殺害された疑いが出てきた。

これでこの事件の大筋は見えてきた。

しかしこうなるとひとつだけ厄介なことがある。


「けど防衛省にどうやって乗り込むんですか?俺たちじゃ令状なんて取れませんよ?」


カイトが指摘するように

いくら警察官といえど令状も無しに防衛省に乗り込むなど狂気の沙汰だ。

さらに言えば特命係に捜査権など存在しない。

つまりまともな正攻法では望めない。それではどうすればいいのか?


「そこはご安心を、実は助っ人を呼んでいます。」


どうやら一案があるという神戸。

それからこの駐車場に一台の車がやってきた。

この車だがこの警察庁の隣にある警視庁から駆け込んできたらしい。

そして現れたのは…
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:13:16.27 ID:EAF0Yir90


「さて、これはどういうことか説明してもらおうか。」


ビンに詰まった白いモノをポリポリとしかめっ面で噛み砕く強面の男。

警視庁主席監察官の大河内春樹。

いつもながら不機嫌な大河内だがそれには理由がある。


「特命係のお二人は謹慎処分が下されているはずですが何故この場にいるのですか?」


そのことを問われて思わず気まずくなるカイト。

当然だ、主席監察官が目の前に居るというのに謹慎中の自分たちが外を彷徨いている。

これを怪しまない監察官がどこの世界に存在するだろうか?

だが右京はこれを些細なことのように振る舞い

大河内もそんな右京の態度に慣れきっているのか半ば諦め気味だ。

それから右京たちはこれまでの経緯を大河内に説明。

だがそれはあまりにも理解を超える内容だった。


「つまり呪いのビデオとやらが殺人の道具に使われた。
それはサブリミナル効果を使った疑いがあり
そんな危険極まりないモノを防衛省が関与していると?」


今の話を要点だけまとめてみせた大河内。

だがこれでもまだ理解の範疇を越えるものだ。

そもそも政府の役人がオカルトじみたモノを開発するなどありえない。

大体サブリミナル効果で人が死んだ話など前例がない。

とてもじゃないが信じろという方が無理だというのが大河内の見解だ。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:13:47.84 ID:EAF0Yir90


「それで杉下警部、私はどうすればよいのですか?」


「アポを取って頂きたい。防衛省の山岸審議官と直接会ってお話しをしたいのです。」


さらには大河内を通して防衛省の山岸審議官と対面したい旨を要求。

最早それは図々しいにも限度があるという振る舞い。

しかし大河内も頭ごなしに否定するつもりもない。

杉下右京が動いている。これだけで事態は急を要することくらいは想定出来る。

だがそれでも問題はあった。


「無茶を言ってくれますね。
いくら私でも防衛省の役人相手にコネがあるわけではありませんよ。」


「それではどなたならそのコネをお持ちでしょうか?」


「そうですね。この警察庁に居られる甲斐次長なら造作もないことでしょうが…」


不意打ちに父親の名が告げられ不機嫌な様子を見せるカイト。

あの不仲の父にモノを頼むというのは

いくら事件解決のためとはいえ正直快く思えなかった。

しかしそんなカイトの反応など無視して

大河内は甲斐次長に防衛省に取り次いでもらうように直談判を行った。

その結果、今日中は無理だが明日の午前中に会えるようにアポが取れた。

とにかくこれで黒幕と対峙することが出来る。

それに…呪いのビデオを生み出した元凶…山村貞子とも…
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:15:29.99 ID:EAF0Yir90


9月1日 AM10:00


大河内の手はずで右京、カイト、それに神戸と大河内の4人は防衛省を訪れていた。

要件は唯一つ、この防衛省にいる山岸邦光を問い詰め

呪いのビデオを使った吉野賢三、小宮の両名を殺害した事実を認めさせる。

そのために訪れた。

それから4人は山岸の部屋へと通されたわけだが…


「山岸審議官は居られないようですねえ。」


「そうですね、大河内さん本当にアポ取りましたか?」


「いや、連絡を取った時に彼は留守中だったので
仕方なく秘書の者に強引だが今日この時間に会うことを無理やり取り次いだ。
そういうわけだから向こうは一切知らないかもしれんな。」


なんと無茶苦茶なことをと内心呆れるカイト。

だが考えてみれば

一見荒唐無稽な容疑をかける自分たちも十分無茶苦茶であるなと苦笑いした。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:15:57.02 ID:EAF0Yir90


*********


「遅い!遅すぎる!?」


山岸のオフィスに通された右京たちだが

いくら待っても山岸がこの部屋を訪れようとはしなかった。

予定なら山岸はとっくにこの部屋についているはずなのに…

気になった大河内はもう一度山岸のスケジュールを確認すべく秘書に確認を取りに行った。

その間に右京たちはというと…


「ちょっとちょっと杉下さん!
ここ他人の部屋ですから!何やってんですか!自重してくださいよ!?」


「すみませんね、
引き出しとかあるとつい中身を見てしまう癖がありまして。
細かい所まで気になるのが僕の悪い癖でして…」


「だからってここ…お偉いさんの部屋なんだから自重してくださいよ…」


「この人の下に就いたらこんな事日常茶飯事になるから早く慣れた方が良いよ。」


「いやいや、そこは慣れちゃダメでしょ…」


大河内が部屋を出たと同時に

右京はいつもの悪い病気が出てしまい周囲の者を手当たり次第物色し始めた。

するとなにやら出てきたようだが…
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:20:06.79 ID:EAF0Yir90


「おやおや…こんな物が出てきましたよ。」


「それ…何処かの建物の見取り図ですね…?」


それは確かに何処かの建物の見取り図だ。

しかも鉄筋コンクリートでしっかりと作られた施設。

残念ながらこの施設が何処にあるモノかは記されていない。

だがこの見取り図には奇妙なモノが表記されていた。

それは施設の中央、そこになにやら気になるモノが…


「これは…井戸…?」


「何で井戸なんかあるんですか。」


井戸、それにこの施設、行方不明の山岸、そしてProjectRING。

今まで散らばっていたピースがひとつに組み合わさった。


「なるほど、ProjectRINGが何処で進行されているのかわかりました。」


「それは一体何処なんですか?」


「その場所は伊豆パシフィックランドの跡地だと思われます。」


伊豆パシフィックランドはかつて山村貞子が閉じ込められた井戸のあった場所。

それに岩田たち4人と浅川玲子がビデオを見た場所でもある。

しかし何故あの場所なのか?それが疑問だった。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:20:35.56 ID:EAF0Yir90


「恐らく山村貞子の因縁の地だからでしょう。」


「因縁の地…確かに貞子はそこにある井戸に30年も閉じ込められたわけですからね…」


「だからあの場所が選ばれた。
いえ、むしろあの場所でなければならなかった。
貞子にとって因縁あるあの井戸の周囲でなければ人を殺すだけの怨念は満たされはず。」


「そもそも呪いのビデオはどうやってこの世に出てきたと思いますか?」


「そりゃ山村貞子の怨念が念写されたんでしょ。まあ非科学的な話ですけど…」


「そう、念写ですよ!
僕はオカルトに詳しいのですが念写とは能力者の
思念を映像機器に送り込む事です。その行為を行うにはある法則があります。
それは距離です、山村貞子が作った呪いのビデオはオリジナルのビデオだけでなく
ダビングしたビデオにすら呪いが降りかかっていた。
何故その様な事が出来たか、それは山村貞子があの呪いのビデオを念写した場所が
伊豆パシフィックランド、その下に貞子が閉じ込められた井戸があったから…
つまりあの場所で呪いのビデオが念写されたのは山村貞子の怨念が
一番強い場所であったからなんですよ!」


あの井戸には貞子の憎悪に満ちた場所と言っても過言ではない。

そこで吉野たちを殺した呪いのビデオが復元されたとしたら…

それはProjectRINGを行う場所としてはまさに相応しき場所だ。


「伊豆パシフィックランドですか…?」


「ええ、山岸審議官はそちらに居られる可能性が高いです。」


部屋へ戻ってきた大河内に現在山岸の居所を伝える右京。

だがそれはあくまで憶測。そんな憶測だけで動くのは無理な話だ。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:21:01.42 ID:EAF0Yir90


「無理だ。まだ何も起きていない状況でこれ以上は動けませんよ。」


「何も起きていないですか。そうではないのかもしれませんよ。」


「それは…どういう意味ですか…?」


「既に現場ではかなり危機的状況に陥っているとみて間違いないはずです。」


大河内にそう告げる右京。

しかし何故この段階でそんなことが断言できるのか?

憶測だけではこれ以上の判断材料はありえないはずなのだが…


「何故片山議員は僕たちにこの情報を流したのでしょうか?」


「それはたぶん自分がこれ以上やばい橋を渡りたくないからでしょ。」


「それもあります。ですがこうは考えられませんか?
昨日、片山議員は僕たちが事務所を去った時点で山岸審議官と連絡を取ろうとした。
ですが彼とは連絡が取れなかった。
それにProjectRINGの危険性を考慮するなら…」


「まさか…山岸審議官の身に何か起きたとでも…」


「ハッキリ言えば手遅れの可能性すらあります。」


既に手遅れの可能性すらある。

そう告げられてさすがの大河内も動揺が走った。

しかしそうは言われても警察が許可も無しに防衛省の施設に立ち入ることは不可能だ。

事が公にならない限り警察が動くことは出来ない。

これは今の状況だけでなくどんな事件においても言えることだ。

つまり現時点で山岸が居るかもしれない施設に立ち入るには…
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:21:28.98 ID:EAF0Yir90


「僕たちしかいませんね。」


「そうっすね。こういう時こそ特命係の出番ですよね。」


「杉下さん…しかし…」


「大河内さん、わかってください。今すぐ対応しないとさらに事態は悪化します。」


事態の悪化、それは呪いのビデオが再び世間に広まる恐れがあること。

15年前、殆どの関係者を死に至らしめた呪いのビデオ。

それが再び世間に出回れば今度はどれだけの被害が及ぶのか…

その事態だけはなんとしても避けなければならない。

だからこそ、このような事態でも自由に動ける特命係の出番ということになる。


「大河内さんたちはこちらに残って
引き続き令状の手配をお願いします。現地には僕とカイトくんが向かいます!」


現地には自分たち特命係だけで乗り込む右京とカイト。

現状において二人だけなら自由に動けられる。

それに大河内にはこの場に残って今回の一件を上に報告しなければならない義務がある。

そのため、現状においてはこの場で分かれるのは適切な判断だが…
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:21:55.58 ID:EAF0Yir90


「それなら僕も同行しますよ。」


「神戸くん…ですが…
現在キミは警察庁の人間ですよ。それが僕たちと同行していいのですか?」


「お言葉ですがこの件に関わった以上、
このまま引き下がるつもりはありません。
それにお忘れかもしれませんが僕だって元特命係です。同行させてください。」


「わかりました。キミはこういう時になると意外と頑固ですからねぇ。」


それから神戸の運転するGT-Rに乗り込む右京とカイト。


「車の運転は僕に任せてください。
杉下さんのフィガロよりも僕のGT-Rの方がスピード出ますからね。
けどその代わりスピード違反とかうるさい事は言わないでくださいよ!」


「ええ、キミの運転の荒っぽさはよく知ってますから。」


アクセルを全開にして激しいエンジン音を鳴らしながら

神戸のGT-Rは一路かつての伊豆パシフィックランドの跡地を目指した。

その場所こそかつての山村貞子が命を落とした地でもあり

そして現在もその怨念渦巻く忌まわしき因縁ある地でもあった。
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 09:25:30.86 ID:EAF0Yir90


9月1日 PM15:00


「どうやらここが目的地のようですね。」


「そうですね。ここが僕たちの目指していた終着点でしょうか。」


防衛省から神戸のGT-Rで爆走すること4時間近く、

ようやく目的地へとたどり着くことが出来た。

そしてたどり着いた先は…

目の前にあるボロボロに放置された看板にこう記されていた。

伊豆パシフィックランドと…

この地こそがかつて呪いのビデオが作られた場所だった。

その伊豆パシフィックランド跡地のさらに奥に厳重に警備されている施設が存在した。

四方をまるで刑務所のように厚いコンクリートの壁で覆われた施設。

恐らくこの場所がProjectRINGの計画が進行されている施設とみて間違いない。

そう右京たち三人は確信に至った。


「ここが例の場所…ところで二人とも口数が少ないけど大丈夫ですか?」


「いや…全然大丈夫じゃないですよ。
神戸さん…信号機片手で数える程度しか止まってないから車酔いが…ウゲェ…」


「キミ…サイレン鳴らしてなかったら間違いなくスピード違反で捕まっていましたよ…」


「大丈夫ですよ。これでも腕は確かですから。」


ここまでの道中、神戸の荒っぽい運転で車酔いを起こす右京とカイト。

だがそんな弱音を吐いている暇はない。

既にこの施設の内部では

あの恐ろしい呪いのビデオとそれに山村貞子に関する研究が行われている。

その行いを一刻も早くやめさせなければならないのがここへ来た目的だ。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:37:16.84 ID:EAF0Yir90


「それで守衛をどう突破しますか?見たところ警備の人間がいるようですよ。」


これだけ厳重な警備を固めている施設だから当然門番の人間が配置されている。

それを突破する方法はどうすべきか?

さすがの右京もここまで辿り着くことばかりを優先してそのことを疎かにしていた。

いくら警察といえど防衛省の施設を相手に正面突破を行うのは自殺行為に等しい。

しかしこのまま手を拱いているわけにもいかないわけだが…

そんな時、右京はあることに気づいた。


「あの警備員ですがうつ伏せになっていませんか?」


「本当ですね。まさか居眠りしてるんじゃ…」


右京の言う通り、門番の警備員はうつ伏せでになっていて何かがおかしい…

試しに警備員のところに近付いてみることにした。

一歩ずつ忍び足で気取られずに…そしてようやく近づいてみると…
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:38:15.09 ID:EAF0Yir90


「死ん…でる…」


「しかもこの死に方は!」


「間違いありません。吉野さんや小宮さんと同じ死に方です!」


そこにはあの吉野や小宮と同じく恐怖に引きつった死に顔の警備員たちの死体があった。

どれも死後数日は経過したモノばかり。

だが何故こんなことになったのか?

気になって周囲を調べてみるとそこにあるモノが置かれていた。


「これは監視カメラの制御装置ですね。」


「これで外に設置されている監視カメラの映像を見るわけですね。
けどこれといって特別なモノというわけでもありません。こんなモノが死因になります?」


そんな疑問を抱く神戸。

だがこの監視カメラの映像が映し出されるモニターを見て右京はある結論を見出した。

そしてそのカメラのスイッチを切ると同時に神戸に対してある指示を出した。


「神戸くん、キミは今すぐこの場を離れてください。」


「そんな…
お言葉ですが僕だってここへは覚悟を決めてきました。
そう簡単に引き下がることは…」


「いえ、そうではなく応援を呼んでほしいのですよ。
死体が出た以上、これは殺人事件として警察の捜査を入れることができます。」


右京が指摘するように死体が出た以上は

いくらこの施設が防衛省の管轄下とはいえ警察の捜査が入ることが出来る。

それなら携帯で通報すれば十分だと言うが

生憎、この場所は携帯の圏外区域。

応援を呼ぶにしても携帯の利用範囲に行かなければ呼ぶことが出来ないわけだ。


「外部の電話線もどういうわけか切れています。
ですから神戸くん、車を所持しているキミに応援を呼んでほしいわけです。」


「けど…それじゃあ…杉下さんとカイトくんは…?」


「僕たちはこの施設にいる生存者を探します。一人くらい生きていればいいのですが…」


「俺たちのことはいいから急いで応援を!」


神戸は少し考えた後、すぐに思考を切り替え右京たちにこの場を託す選択肢を取った。


「わかりました。
近くの所轄に出動要請した後すぐに戻りますからそれまで無事でいてください!
それと…後輩くんもな!」


そんな先輩風を吹かしながらカイトの頭をポンと叩く神戸。

それからGT-Rに乗り込むと携帯の圏内を目指して猛スピードで走り去っていった。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:39:59.40 ID:EAF0Yir90


「神戸さんですけどあれってわざと逃がしたんですか?」


「ええ、彼はまだ呪いのビデオを見ていない。
そんな彼を死の呪いに巻き込むわけにはいきませんからねえ。」


「そうですね。たぶん警備員たちが死んだのも…」


二人が警備員たちの死を察した時だ。

モニターからザザッと雑音が流れた。見るとそこには奇妙な映像が流れている。

それは恐らく呪いのビデオの映像。

これまでは早津の絵のみで実物は見ることはなかったが

それがどういうわけだかこうしてモニターに映し出されていた。


「なるほど、彼らが死んだのはやはり呪いのビデオの映像を見たせいですね。」


「けど…何でこれが流れているんですか…?」


「それは恐らく諸悪の根源がこの施設で復活の時を待ち望んでいるからですよ。」


門を潜り抜け、施設に入る右京とカイト。

これは罠かもしれない。

だが二人には残り時間が差し迫っていた。

これが罠であろうとこの施設に立ち入る以外に方法はない。

残り時間はわずか…

右京たちはこの施設の何処かにある山村貞子の怨念が封じられた井戸を目指した。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:40:34.12 ID:EAF0Yir90


9月1日 PM20:00


「警察です!助けに来ました!」


「生き残っている人は返事をしてください!」


研究施設に入った右京とカイトはなんとか生き残りを探そうと必死に生存者に呼びかけた。

だがそこにはこの施設で働く職員たちの死体の山しかなかった。

どうやら来るのが遅かったらしい。

恐らく片山雛子が連絡を取った時点で既にこのような事態に陥っていたのだろう。


「ダメですね、生存者は確認できません。
しかも全員急性心不全、しかも全員あの恐怖に引きつった死に顔をしてますよ。」


「つまり全員が山村貞子の呪いを受けてしまったわけですか。」


この施設の職員の全員が例外なく呪いによって死亡していた。

何故こんな事態になっているのか?

山村貞子の力を制御しようとしたその代償なのか?

そんな時だった。この施設の奥に進むとある部屋を発見。

そこは得体の知れない機材が置かれており、さらには膨大な資料で埋め尽くされていた。

その資料の中には勿論、山村貞子の生前の経歴が記されていた。
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:43:44.98 ID:EAF0Yir90


******************


1950年、山村志津子は娘の貞子を出産。
父親は伊熊平八郎であるが妻子持ちであるため婚外子。


******************


1956年、伊熊平八郎が志津子の能力を公開実験。
その際に記者が一名死亡、我々はこれを貞子による仕業と断定。
貞子の能力はこの時点で開花したと予想。


******************


同年、三原山大噴火。
母親の志津子は死亡、原因は自殺。
志津子には精神障害の気があった模様、恐らくそれによる影響。
しかし貞子の影響もあったのではと考えられている。


******************


1962年、貞子が通う小学校で遠泳の授業アリ
その際に同級生の子供たちが全員水難事故により死亡。
この事故の原因が貞子にある可能性大。


******************


1968年、劇団飛翔に入団。
舞台仮面にて主演の座を射止める。
公演時に死者が発生、その後劇団員たちと共に貞子の消息も途絶える。


******************


1998年、伊豆パシフィックランドにある貸別荘の真下にある井戸にて貞子の遺体を発見。
その後、貞子の研究を行うべくこの地にてProjectRINGを開始する。


******************


以上が貞子の出生と経緯に纏わる記述だった。

この事実は概ねこれまで右京たちが調べたことと大差はない。

これで防衛省も長年に渡り貞子を追い求めていた事実が明らかとなった。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:44:36.48 ID:EAF0Yir90


「この部屋にある資料…全部山村貞子のこれまでの出生から劇団飛翔や
井戸に閉じ込められるまでの調査資料じゃないですか!
何でこんな物を調べる必要があるんですか…?」


「恐らく防衛省は45年前…いえ、57年前から調べていたのでしょう。
伊熊平八郎の研究、つまり山村志津子や貞子の能力を軍事利用できないかを…
そして15年前に起きた呪いのビデオによる事件、全て調査したようですよ。」


「けどこんなに調べてどうする気なんだ?」


「呪いのビデオを制御、
そして強化を図ろう山村貞子のルーツを探ったのでしょう。
しかしそれは失敗してこのような大惨事を招いたようですが…」


貞子に関わった者たちは例外なく悲惨な末路をたどる。

この惨状がまるでそのことを物語っているようだ。

しかしだからといってここまできて引き下がるわけにはいかない。

これ以上この惨事が広がらないためにも一刻も早く貞子の呪いを解く必要がある。

そんな時だった。


((ガシャッ!))


この死体の山で溢れかえっている室内に金属の音が響いた。

どうやら先ほどの響音は施錠されたロックが解除された音らしい。

見ると電子ロックされていた奥の部屋の扉が開かれたようだ。


「これってまさか…」


「どうやら貞子が僕らを招いているようですね。行きましょう。」


恐らくこれは罠かもしれない。

だがこの状況で引き返すことはもう出来ない。

たとえこれが罠であろうと進むしかない。

まさに虎穴に入らずんば虎児を得ず。

こうして特命係の二人は貞子に導かれるように扉を開けて奥の方へと進めた。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:51:26.23 ID:EAF0Yir90


9月1日 同時刻


同じ頃、右京たちと別れて応援を要請しようと携帯の圏内に出た神戸だったが…


「おかしいな。何で繋がらないんだ?」


携帯の電波は立っているのにそれでも連絡が付かなかった。

既に右京たちと別れてからかなりの時間が経過している。

一刻も早く応援を連れて戻らなければならないのに

こんなところでグズグズしている暇はないのだが…


「何だ…?」


ふと、奇妙な気配がした。

まるで誰かの視線を感じるようなモノだ。

視られている。思わずそう身構えてしまうが…

しかし周囲を見回すと誰もいない。

やはり気のせいかと思い引き続き携帯を操作していると…


((ザ…ザ…ッ…ザ…))


車に搭載されているカーナビの画面に突如ノイズが走った。

そんな馬鹿な…

このカーナビが不調になったことなど一度もない。それなのにどうして?

すぐにカーナビの不調を確かめようと画面に顔を近寄せた時だ。
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:52:13.03 ID:EAF0Yir90


「うぐっ!?」


突然息も出来なくなるほど苦しみが神戸の全身を駆け巡った。

苦しい…息が出来ない…何で…どうして…?

それでもなんとかカーナビへと目を向けてみせた。

だがそのカーナビの画面には驚くべきモノが映っていた。


「井…戸…?」


そこに映っていたのは井戸。

見覚えのない…いや…そういえば見た気がする…

先ほど、警備員たちの死を目撃した時のことだ。

あの時チラリと監視カメラの画面を見てしまった。

その際に井戸がほんの少しの数秒だけ映っていたはず。

まさかそのせいで…?


「あなたが…山村貞子さんですね…何故こんなことを…」


神戸は画面に映る井戸に向かってそんなことを尋ねてみせた。

何故こんなことをするのかと…?

当然のことだが返事はない。

しかし次の瞬間、恐るべきことが起きた。

180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:52:43.54 ID:EAF0Yir90


『あ゛あぁぁ…』


なんと画面から人間の手が出てきた。

それは女性らしきか細い手だ。

その手が自分の頬を触ってきた。その感触は気味が悪い。

何故ならこの手からは人間の体温というか温もりを一切感じないからだ。

さらに指の爪はボロボロ、まるで拷問で引っこ抜かれたみたいな状態であった。

そしてその手が神戸の顔に寄せてきた。


「ハハハ、こんなところが死に場所か…」


最早これまでだ。

死んだらどうなるのだろうか?

それなら未だに後悔を引きずっている城戸充にでも行くべきか。

そんなことを考えていた。

しかし最後に思うことは右京たちのことだった。


「杉下さん、どうか無事でいてください。」


迫りくる貞子を前にそんな事を思いながら…

死を覚悟した神戸はそっと目を閉じた。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:53:51.28 ID:EAF0Yir90


9月1日 PM21:00


「今…神戸くんの声が聞こえませんでしたか…」


「神戸さんの声?気のせいじゃないっすか。」


その頃、右京たちはこの施設の奥へと潜入を試みていた。

そしてようやくこの施設の奥へとたどり着くのだが…


「ここも死体だらけですね。」


「そのようですね。しかしこの人だけは背広姿ですよ。」


この施設にある死体のほとんどが白衣を着た研究職に携わっている者たちばかり。

そんな中、一人だけ背広姿でいた人物。

IDカードを確認してみるとその人物の名は山岸邦光。

この施設で実施されているProjectRINGの責任者であり右京たちが探していた件の人物だ。


「どうやら彼もビデオの呪いを受けて亡くなっているようですね。」


「けど何でみんな死んでいるんですか?
ここにいる連中はビデオの呪いを解く方法を知っているはずですよ。
それなのにどうして!?」


確かにカイトがそう疑問に思うのも無理はない。

何故なら精神病院から岡崎を連れ出したのなら呪いのビデオの謎を解いたはずだ。

それなのにどうしてこんな死体の山が築かれているのか?

それがどうにも解せなかった。


「それは恐らくビデオのダビング自体が真の解き方ではないからですよ。」


そんなことを呟く右京。

ビデオのダビングが真の呪いの解き方ではない?

いや、そんなはずはない。

現に浅川玲子やそれに自分たちに呪いのビデオの存在を教えた早津は

ビデオの複製によって1週間の期限後も生き延びることが出来たはずだ。

そう右京に反論しようとした時だった。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:58:54.40 ID:EAF0Yir90


「アタナ…スギシタサン…?」


誰かが自分たちの背後からか細い声で呼びかけてきた。

馬鹿な、生存者は誰もいなかったはずでは?だが現に声が聞こえた。

それから恐る恐るうしろを振り返ってみると…そこにいたのは…


「ハハ…ヤッパリスギシタサンダ…」


そこにいたのは大柄な男だった。

背はおよそ180センチで

白衣を着ていることから恐らくこの施設で研究職に携わっていたのだと伺えた。

とにかく生存者がいて良かった。

ホッとしたカイトはその男を保護しようと手を差し伸べようとするのだが…


「その男に触れてはいけません!」


「え…でも…生存者ですよ?」


いくらこのProjectRINGに関わっているとはいえ彼はこの惨事における唯一の生存者だ。

それならば保護をするのは警察官としての務めのはずだが…
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 10:59:22.93 ID:EAF0Yir90


「確かに彼は生存者です。しかし彼は…」


「恐らく彼こそがこの惨事の元凶…」


「何故なら彼は小菅彬。
かつてレベル4のウイルスを世に広めようとした張本人ですからね。」


この目の前にいる男こそが小菅彬。

それを聞いてカイトはすぐ身構えてしまった。

見れば焦点の合っていない目つき。

さらに生気のない顔つき。どれを取っても小菅の状態は尋常ではなかった。


「マサカ…スギシタサンガクルナンテ…コレモウンメイッテヤツカナ…」


「御託は結構。それよりもこの惨状について説明して頂けますか。」


いつもは誰に対しても紳士的な右京も

かつて都内で大量殺戮を起こそうとし、

かつての相棒だった亀山薫を危うく死ぬ危険に合わせることになった

小菅に対しては口調がどうにも荒げていた。

そんな小菅も右京の反応を見るなりニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべていた。

そのやり取りを見てカイトは小菅を不快に思った。

この惨事の何がそんなに面白可笑しいのかと…

それから小菅は懐からビデオを取り出しこう呟いた。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:00:04.37 ID:EAF0Yir90


「ワ…ガ…コ…」


「我が子…なるほど…そういうことですか。」


小菅が呟いた我が子という言葉。それに納得した様子を見せる右京。

かつて小菅はレベル4のウイルスを我が子として大事に扱っていた。

それはまさしく歪んだ愛情。

だがそのウイルスも現在はすべて処分されている。

そんな小菅が我が子と呟いた。それはつまり…


「そのビデオが新しいあなたの子供ですか。」


「ビデオが子供…そんな…」


最早カイトには理解出来る範疇ではなかった。

このビデオは大量殺戮の道具だ。

それを愛でているこの男は単なる異常者でしかない。

小菅を前にして嫌悪感を募らせるカイト。

右京がこの男に対して嫌悪感を抱いても無理もないことだとようやく理解した。


「小菅彬!お前を逮捕する!」


そんな小菅の腕を取り押さえて逮捕しようとするカイト。

だがそうはならなかった。

小菅はカイトに取り押さえられる前に逆にその身体を吹っ飛ばしてみせた。


「うわっ!?」


瞬く間に吹っ飛ばされるカイト。

その怪力はあまりにも常人離れしていた。


「キミハヒドイナ。ボクハオンビンニススメタイノニ…」


「ふざけんなよ…これのどこが穏便だよ…」


「マッタクウルサイナ。コレダカラニンゲンハ…」


そんなカイトを煙たがる小菅。

それから小菅はカイトを無視して右京に視線を移した。

右京もまたそんな小菅に対してあることを質問してみせた。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:02:38.53 ID:EAF0Yir90


「小菅さん、これはあなたの意思で行われているのですか?」


「ソウダヨ…コレハ…ボクノイシダ…」


「確かにあなたの意思なのでしょう。
しかし気になることがあります。それはビデオです。」


右京が指摘したのはビデオだ。何故媒体にビデオを選んだのか?

今ならDVDなり動画なりいくらでも映像媒体は存在するはず。

それなのに敢えてビデオにする理由は何なのか?


「それは自信がなかったからではありませんか。」


「自信がないってどういうことっすか?」


「確実性が欲しかったからですよ。
異なる媒体で呪いの複写を行いそれが有効なのかという自信がなかった。
だから当時と同じビデオテープを使った。
それは成功して吉野さんと小宮さんの二人は死亡した。」


呪いの媒体を敢えて今時のモノにしなかったことを指摘する右京。

それを聞いて何故そのことに拘るのかと思う小菅。

確かにこんなことを尋ねて何の意味があるのかと思うのも無理はない。

だが本題はここからだ。


「つまりあなたが行ったのは単なる再現でしかない。」


「恐らく研究半ばで行き詰まったのだと思われますが…」


「これが何を意味するのかわかりますか?」


「つまりそのビデオはあなたの子ではない。」


「もしもそのビデオに親が居るのならそれは山村貞子です。」


「あなたは単に真似事をしたにしか過ぎないのですよ。」


それが敢えて当時の再現をした理由だと告げる右京。

その言葉を聞いて小菅に変化が見受けられた。

小菅は自分の足元に倒れている山岸を見下ろした。

かつて拘置所で刑の執行を待つ自分を山岸がこのProjectRINGに誘った理由。それは…
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:03:18.60 ID:EAF0Yir90


【転移性ヒトガンウィルス】


これは呪いのビデオで死んだ人間を防衛省が解剖して判明したことだ。

呪いのビデオにはかつての天然痘ウイルスに似たモノが確認された。

それを彼らは転移性ヒトガンウィルスと名付けた。

ビデオを見た人間はこうウィルスに犯され1週間後に死ぬ。

それが防衛省の下した結論だった。

そしてウィルスの研究を携わっていた小菅が呼ばれた理由は

このウィルスを完全に制御することにあった。

そのことを了承して小菅は研究に携わった。

だがそれはこれまで自分が知っている自然界に居るウィルスとはどれも異なるモノ…

その研究は容易なモノではなかった。

それだけではなく元々歪んでいた心に更なる歪みが生じ始めていた。

山村貞子という女は15年前に自分よりも遥かに優れた殺人ウィルスを作ることが出来た。

だが…自分はどうだ…?

その貞子の猿真似をしているにしか過ぎない。

これでは永遠に貞子を越えられないと…

それから程なくしてビデオを媒体にしたウィルスが完成。

後始末兼口封じに吉野賢三という男の殺害に成功。

この施設の連中はこれで当初の目標をクリア出来たと大いに喜んでいた。

だが自分はそうは思えなかった。これでは単なる猿真似だ。

こんなモノを我が子とは言えない。だからこれを超えるウィルスを作ろうと進言した。


『既に設定値はクリアしている。あとは他の媒体で試せるのか確認出来ればいい。』


そんなことを言われた。

それは小菅のプライドを傷つけるのに等しい言動だった。

そもそもこの小菅彬は常人とはかけ離れた思考の持ち主だ。

彼がこれ以上のウィルスを作れないとなればどうなるのか?

歪んだ思いがある暴挙へと変貌しつつあった。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:04:03.49 ID:EAF0Yir90


「そしてあなたは呪いのビデオを使ってこの施設に居た人たちを殺し始めた。
その理由はさらなるウィルスを作り出すため。
呪いのビデオを超える我が子とやらを生み出すためだったわけですか。」


「しかしそれを行うには山岸審議官をはじめとする
この施設の研究員たちが邪魔になってきた。だからあなたは彼らを…」


我が子を生み出す。

そのためだけにこの施設の研究員の命を生贄にしてみせたという小菅彬。

それは極めて自己的な理由。情状酌量の余地など無いに等しい。

さて、そんな小菅だが

結局彼の能力を持ってしもてビデオのウィルスを解析することは不可能だった。

つまりこれだけの犠牲を払っても小菅は自らの子を生み出すことは出来ず、

残ったのはこの凄惨な殺戮現場のみとなった。
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:04:28.63 ID:EAF0Yir90


「ソウダ…ボクハケッキョクマタコドモヲツクレナカッタ…」


「ダカラボクハ…サダコニスベテヲササゲタ…」


「イダイナルワガコヲ…ウミダスタメニ…サダコハボクトヤクソクシテクレタ…」


「ソノタメニボクハ…」


それから小菅は意を決したように右京とカイトの襟首を掴み取ると

そのまま彼らの身体を持ち上げてこの施設のさらに奥にある場所…

中央に位置する井戸へとやってきた。


「井戸…やっぱりここにあったんだ…」


「小菅さん…これ以上はやめなさい…あなたは貞子に操られているのです…」


未だ襟首を掴まれ息苦しそうにする右京たち。

しかしいくら苦しもうが知ったことではない。

いや、むしろ楽になるよう開放させてやるべきだ。

この場で横たわっている他のみんなのように…

そう思ったのか小菅は二人を井戸の穴に近づけた。そして…



「 「うわぁぁぁぁぁ!?」 」



小菅彬の手により右京とカイトは井戸の中へ放り投げられてしまった。
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:10:54.59 ID:EAF0Yir90


第6話


―――


―――――


ここはどこだ…?

カイトが目覚めたそこは何処かの古びた街だった。

まるで昭和の時代にタイムスリップしたようなそんなノスタルジーに浸れるような感覚だ。

だが右京ならともかく残念ながら自分は懐古主義など持ち合わせてはいないが…

それでもこの街並みが奇妙なことに変わりはない。

何故なら先程から見回してみてもこの街には人気がまったくない。

だがそんな時だった。カイトの前に立ったまま顔を伏せている4人組の男女を発見した。


「よかった、すいませんがちょっと聞きたいことがあるんですけど…」


恐る恐るその数人に声を掛けてみるが…

何故か返事が返ってこない。大声で叫んだのだから聞こえているはずだが…?

それにしてもこの男女だが背格好からして全員10代後半のようだ。

だが問題は服装だ。この服は今時のモノにしてはかなり古い。

たとえて言うならまるで90年代後半の印象を思わせるモノだ。

仕方なくその4人に触ってみようとするが…


190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:11:34.71 ID:EAF0Yir90


「やめろー!触ってはダメだ!」


突然背後から誰かがカイトに向かってそう叫んだ。

年齢は20代後半〜30代前半くらいの男だ。

その男はカイトの行動を遮ると急いでその場から連れ出した。


「あの…何するんですか!あの4人は…」


「あいつらは岩田秀一、大石智子、能美武彦、辻遥子!
伊豆パシフィックランドで呪いのビデオに触れて死んでしまったヤツらだ!」


それを聞いてカイトはすぐさま彼らの顔を確認した。

その顔は…生気が漂っていないが…確かに資料で見た岩田たち4人だった…

しかし何故15年前に死んだはずの彼らがこの場所にいるのか?

かつて死んだ彼らがいるこの場所は一体どこなのか?カイトは思わずそんな疑問を抱いた。


「ここは…地獄だ…」


「地獄…?」


「そうだ、山村貞子の呪いに触れた者たちが逝き着く場所だ。」


地獄、そう言われてある意味納得ができた。

確かにこの場所は地獄というにふさわしい場所だ。

よく見渡してみると街にいる人々はカイトとこの男以外まるで生気が感じられない。

その原因がこの男の言うように呪いによるものなら…

そんなカイトたちの前にさらなる集団が現れた。

それは…なんということだろうか…

先ほどまで居た施設の死体の群れだ。さらには…
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:12:19.62 ID:EAF0Yir90


「アァ…ケイジサン…」


「オレタチ…シニタクナカッタヨ…」


1週間以上前にマンションで死んだ吉野賢三と小宮までもがその群れの中にいた。

やはりこの世界が山村貞子の創り出した地獄というのは間違いないようだ。


「吉野さん…それに小宮さんも…」


「彼らは山村貞子に殺された亡者たちだ。
呪いのビデオを見てしまったことで今も成仏できずこの世界に閉じ込められている…」


死後ですら貞子に魂を囚われる。そんな悲惨な事態が起きるとは…

そうなると残り時間が間近の自分がこの地獄へ堕ちたのも当然か。

こんなことなら複製を行えばよかったと後悔した時だった。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:13:02.86 ID:EAF0Yir90


「ドコ…ドコ…ナノ…」


「ヨウ…イチ…」


「ドコニイルノ…?」


目の前をとある女が何かを求めて彷徨っていた。

それはまるで大事な何かを求めているようなそんな感じだ。

しかし何を求めている?

そういえば…さっきこの女はこう言ったような気がする。

陽一と…それではまさか…


「ヨウイチ…ドコ…オカアサン…アナタヲタスケテ…アゲナキャ…」


やはり確信出来た。この女は浅川玲子だ。

15年前、たった一人あのビデオの呪いを解いた女…

その浅川玲子が恐らく息子の陽一を求めて彷徨っていた。

そんな哀れな彼女を目の当たりにしてカイトの脳裏にはある疑問が過ぎった。

何故彼女がここにいるのかと…?

呪いを解いた彼女がこの場にいることはおかしい。

しかしこの場に浅川がいるということは…

その瞬間、カイトはある結論に達してしまった。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:13:37.52 ID:EAF0Yir90


「そう、呪いはビデオの複製を行っただけでは完全に解けないんだ。」


「でも…どうして…
現に浅川玲子は1週間経っても死ななかったはずだ!
それなのにどうして彼女はこの地獄に堕ちたんだ!?」


確かに浅川はビデオの呪いは解いた。

しかし貞子が仕掛けた本当の呪いからは逃れることが出来なかった。


「何故なら彼女は新たな呪いを生み出してしまったからだ。」


「新たな呪いってなんだよ…?」


「お前は岡崎という男を知っているな。
その男は沢口香苗を見殺しにしたことで新たな呪いに掛かった。
それと同じことが浅川にも起きたんだ。」


それを聞いてカイトは何故浅川がこの地獄に堕ちたのかようやく理解出来た。

つまりどんなに呪いを回避しようとしてもビデオの呪いには必ず犠牲者が付き纏う。

ここである疑問が生じる。

もしも自分の呪いが回避出来たのならそのせいで犠牲になった人間はどうなるのか?

その答えは浅川の周囲を蠢く者たちにあった。


「レイコ…ヨウイチハドウシテ…」


「ナンデ…アナタハ…」


浅川の周りを彷徨く老年の男女。恐らく浅川の父母とみて間違いないはず。

その二人がまるで浅川に恨みがましくまとわりついていた。

そしてこの光景を見てカイトはようやく察することが出来た。

ビデオを廻して犠牲になった者は怨念を抱くのではないか。

そしてその怨念は呪いを移した者に復讐を行う。つまり逃れられない連鎖。

そしてカイトは杉下右京が呪いのビデオの解き方について抱いていた疑問を思い出した。

この呪いの解き方は正しいものではないのだと…

まさにその通りだ。勿論一時的な死は免れるのかもしれない。

だが結局はそれ以上の呪いが募って襲ってくる。つまりビデオはきっかけにしか過ぎない。

この呪いの本質の恐ろしさはそこにあったということがようやく理解出来た。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:16:33.76 ID:EAF0Yir90


「結局ビデオの複製は
死の呪いを引き延ばしているだけにしか過ぎない。
生き残るためには根本的な解決を行わなければダメなんだ。」


「けど複製もダメだっていうなら…どうしたらいいんですか…」


「貞子の怨念を除去するしかない。だがそれには…」


「けど浅川玲子と高山竜司も貞子の死体を発見して供養したのに
それでもダメだったんですよ!他にどんな方法があるんですか!?」


死体を探して供養することも、それにビデオの複製もダメだった。

そうなるとこの呪いをどうやって回避することが出来る?

こんな見ず知らずの男にまるで八つ当たりでもするかのように訴えるカイト。

だがこれがいけなかったのだろうか。

今まで俯き彷徨っているだけの亡者たちがカイトに襲いかかろうとしてきた。


「もうダメだ。
これ以上お前はこの世界にいれば亡者になってしまう。そうなる前に俺の手を掴め!」


「え…ちょっと…何がどうなって…」


迫り来る亡者たちを前にして狼狽えるカイト。

そして男がカイトの手を取ろうとした瞬間。

男は不思議そうな顔でカイトを睨みつけてこう呟いた。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:17:06.79 ID:EAF0Yir90


「お前…心に闇を抱えているな…」


男にそのことを問われてカイトは思わず目を反らした。

普通ならこんな時に何をわけのわからないことを言うのかと思うだろう。

だがカイトは自身に向けられたその言葉の意味を察することが出来た。しかし…


「それはここに置いていけ。この闇はいずれお前を不幸にするぞ。」


男がそう言った瞬間、まるで心の中に蠢く何かが腕を伝って抜けていくのが感じられた。

それに伴いこんな状況下で心が不思議なほど冷静でいて穏やかになった。

先ほどまでの恐れや焦りといった感情がまるで何処かへ消えたかのようだ。


「あなたは誰なんですか?どうして俺を助けてくれるんですか!?」


「それはキミが息子の陽一に祖父を殺したという悲しい事実を伝えないでくれたからだ。」


「息子の…陽一…?まさかあなたは…」


ここでようやくカイトはこの男の正体がわかった。

彼は15年前、浅川玲子と共に呪いのビデオを調べていた高山竜二。

恐らく彼もビデオの複製が真の呪いの解き方でないことに気づいたのだろう。

だからこそこのことをカイトに警告した。

そんな高山の招待に気づいた瞬間、目の前が光に包まれ再び意識を失った。

―――――

――
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:17:36.26 ID:EAF0Yir90


…カ…


イ……ト……く……


カ……イ………ト………ん


「カイトくん!しっかりしてください!!」


「ハッ!?杉下さん…ここは何だ?水の中…まさかここは…?」


右京に促されるように意識を取り戻すカイト。

気づくと身体中が濡れていた。どうやら水に浸っていたようだ。

しかしここは何処だ?

周囲が円形の石壁に挟まれたかなり狭い空間に閉じ込められていた。

試しに見上げてみると…その頭上はかなり高い。

これを素手で登るのはロッククライミングの上級者でもかなり困難なそんな場所だ。

しかしここはどこなのだろうか?

カイトは意識を失う前に起きた最後の記憶を辿った。

あの時、自分たちの身に何が起きたのか?そしてようやく思い出せた。


「そうだ…俺たちは小菅彬によってここに突き落とされたんだ…」


「ええ、水がクッション代わりになったおかげでこの高さから落ちても助かったようです。」


「でも小菅はどうなったんですか?」


「彼ならそこにいますよ。」


右京が指した方を見るとそこには先ほどの小菅の姿があった。

どうやら自分たちと一緒にこの井戸に落ちてきたらしい。

何故わざわざ自分から井戸に…?

そう思って小菅を問い詰めようと近寄ったが…
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:20:10.63 ID:EAF0Yir90


「嘘だろ…こいつ…死んでる!?」


「どうやら彼は貞子に操られていたようです。」


貞子に操られていた。

それでようやく小菅の異常な行動に説明がついた。

しかし貞子のことを問われてカイトは咄嗟に腕時計を見て時刻を確かめた。

自分たちが気を失ってからどれだけ時間が経過したのか確かめてみると…


「11時55分…まさかあれからこんなにも気を失っていたのか…?」


この事実に気づいたカイトは呆然とした。

何故なら時刻が正しければ井戸に落とされてから1日が経過してしまった。

呪いの時刻は1週間。あのビデオを見たのは8月26日、そして今日は9月2日。

今日がその当日だ。さらに時刻…

早津が描いた呪いのビデオの絵を見たのがこの5分後の12時ちょうど。

つまり死亡時刻まで残り5分を切っている。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:20:36.34 ID:EAF0Yir90


「そんな…まだ…謎は解けてないのに…」


「いえ、そうでもありませんよ。真上を見上げてください。」


そう言われて真上を見上げるカイト。

見るとそこにはわずかながら丸い天井の光が差し込んでいた。

恐らく山村貞子がこの井戸の中で最後に見た光。

そしてその後、彼女はこの井戸で闇の中を30年も彷徨い続けていた。


「貞子は30年間、この苦しみを味わった。
なんとかこの生き地獄から抜け出そうと藻掻き苦しんでいた。
壁を見てください。彼女がここを出ようとした痕跡がありますよ。」


右京の言うように壁にはやたらと引っかき傷が付いていた。

そういえば静岡県警で井戸のことを調べた際にもこの事実を聞かされた。

貞子がこの世に復讐しようとした動機。

それはどんな手段を用いても井戸から這い出ること。

そのために貞子はあの呪いのビデオを生み出した。

外の世界で何の不自由もなく光に灯てられた自分たちへの憎しみを募らせて…

これこそが貞子の人々を殺し続けた動機。それがようやくハッキリとした。


「これでビデオに隠されたメッセージの謎はすべて解けました。
さあ、ここに居るのはわかっています。いい加減出てきたらどうですかッ!」


ここは貞子のテリトリーである井戸。この場所に貞子は間違いなく居るはず。

彼女は何があろうと自分たちを殺しに来る。

一体どこからやってくる?この狭い周囲を見渡すカイト。

するとこの井戸内部で変化が見られた。

足元を何かがズルズルと這うようなそんな気味の悪い感覚を受けた。

そしてその得体の知れない何かが集まり黒いモノで覆われた。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:21:46.92 ID:EAF0Yir90


「これって…まさか…髪の毛…?」


カイトが気づいたがそれは正しく人間の髪の毛だ。

その異様なまでの長髪が形を成してそこから一人の女が現れた。

白いドレスを着た…腰まで伸びた長髪…顔をその髪で覆い隠すようにしているこの女…

二人は直感で悟った。

今まで感じたこともないこの奇妙な感覚、この女こそ貞子だ。


「山村貞子、ようやく会えましたね。」


ようやく会えたとそう告げる右京。

思えばこの1週間、特命係はこの貞子を求めて彼女の縁ある場所を転々とした。

自分たちの命のためとはいえ貞子の生い立ちを知った。

確かにその生い立ちを知れば同情することは出来る。

しかしそのために人を呪い殺すことなど許されるはずがない。


「あぁぁぁぁ…」


そんなことを思っていた時、貞子が不気味な声を上げた。

そして自らの髪で右京とカイトの四肢に纏わりつき次第に彼らを拘束した。

時刻は残り3分、どうやら直接手を下すつもりらしい。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 11:22:15.20 ID:EAF0Yir90


「クソッ!離しやがれ!」


「まさか僕らの動きを抑えるとは…」


「やばい…杉下さん!時計を見てください!もう残り3分を切りましたよ!?」


呪いの死亡時刻が迫ってきている。

しかしここまできて未だに呪いを解くための方法が見つかっていない。

貞子を供養することもビデオを複製することも呪いを解く真の方法ではなかった。

それでは呪いはどうやって解けばいいのか…?


「ダメだ…どんな方法でも呪いは俺たちに跳ね返ってくるんだ…」


跳ね返ってくる。

思わずカイトが呟いたこの言葉。

それは先ほどの幻の世界で出会った高山竜二とのやり取りで悟ったこと。

確かにこの状況ではそんな弱音を吐いても仕方がないはず。

だがその言葉を聞いた右京はあることを閃いた。


「なるほど、その手がありましたか。
貞子さん、僕らを殺すには少々時間があります。その前に僕の話を聞いてもらえますか!」


今から自分達を殺そうと企む貞子に声をかける右京。

隣に居るカイトもこの時ばかりは何をトチ狂ったことを思わず正気を疑ってしまった。

だがそんな右京の言葉を聞いた貞子は

二人の首に巻きついていた髪の力が弱まりなんとか苦しみから脱することは出来た。

しかしこれは単なる一時凌ぎ、一体右京はどうするつもりなのか?
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 12:44:40.47 ID:EAF0Yir90


「僕たちはあなたについて色々と調べて回ってきました。
どなたも貞子さんについては同じ見解でした。
45年前の貞子さんはとても美しかったと…
劇団に入団して輝かしい将来を手に入れるはずだった。
しかし…それは出来なかった…
いつも彼女の前にはまるで厄病神の如く邪魔をする存在がいた。
それが…あなたですね!もうひとりの『山村貞子』さん!!」


「もう一人の?どういう事ですか!?」


「つまりはこういう事ですよ。山村貞子なる女性は二人いた!
ひとりは母親である志津子さんに似て美しい姿をした女性。しかしもう一人は…
ドス黒く、邪悪な意志を持った…そうあなたの事ですよ。
我々の目の前にいるもう一人の貞子さん!!」


貞子が二人いるという結論を出す右京。

もしも貞子が二人いるのなら…

一方は母親譲りの美貌に恵まれた美女。

反面、もう一人は不気味さと異能な力に悩まされ化物と忌み嫌われた影の女。

そんな二人はこれまでどんな生涯を送ったのか?

それは容易に想像することが出来る。

一方の幸せをもう一方が妬み恨みそして復讐を行った。

それこそが45年前の公演での出来事だ。

あれが影の貞子の力で行われたのならその動機も納得がいく。

つまりあれは嫉妬だった。それも他の誰でもない自分に対する嫉妬だ。

もう一人の恵まれた自分を不幸に堕とすことで復讐を果たそうとした。

だがそれはなんらかの理由で妨げられこうして井戸に閉じ込められることなった。

もしそうだとしたらこれはまさに自業自得としか言い様がない。
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 12:45:15.49 ID:EAF0Yir90


う゛う゛…ぅぅぅ…あ゛…あ゛…あぁぁぁ…



そんな中、この世のモノとは思えない奇妙なうめき声が聞こえてきた。

右京の推理を聞いた貞子が怒り狂っていた。

貞子は未だ彼らを拘束している髪を操り二人を自分の元へと近づけた。


「杉下さん!時刻は…残り10秒!?どうする…どうすれば助かるんだ…」


残り時間5秒前。

それと同時に右京たちは遂に貞子と間近で対面することになった。

その身体は死臭を漂わせており、吐き気を催すほど強烈な臭いが放たれた。


「これが…山村貞子…杉下さん…どうすれば…」


「カイトくん!目を閉じてください!僕がいいと言うまで絶対に開けないでください!」


「え?でも…」


「いいから早く!!」


「わ…わかりました!杉下さん信じてますからね!!」


右京の指示に従い目を閉じるカイト。

言われなくてもこんな不気味な貞子を相手に目を合わす気などない。

それから残り時間が更に過ぎていった。

5…4…3…2…1…

そして遂に右京の死亡時刻に到達した。

それと同時に今まで髪に覆われていた顔を現して凶悪な眼で睨みつけようとする貞子。

その眼から発せられる能力を使い二人を殺そうとしたまさにその瞬間…
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 12:46:27.97 ID:EAF0Yir90


「これを見なさい!!」


右京は貞子の眼にあるモノを近づけた。

それは何かの破片だ。いや、よく見るとそれは鏡の破片。

この破片はかつて大島の山村家で見つけたモノ。それを右京は貞子に押し付けたようだ。


「あ…がぁぁぁあ…!?」


それを見せつけられてなにやら苦しみ出す貞子。

そのおかげで二人の拘束は解けたが

一体これはどういうことなのかカイトにはさっぱりわからなかった。


「時刻が過ぎても俺たちは生きてる。
呪いは解けたんですね!けど…どうして貞子は苦しんでいるんですか?」


「簡単です。彼女の呪いが彼女自身に跳ね返っただけです。」


「跳ね返ったって…まさかその鏡で…?」


「先ほどのキミの言葉で確信が持てました。
僕はずっと気になっていました。
精神病院に入院していた倉橋雅美や岡崎は
『TVから貞子が出てきて殺しに来る。』と言っていましたね。
何故そんな事をするのか?それは貞子が念じて人を殺すことが出来る。
しかしそれは念写と同様に相手を直接見なければならない。
だからTVやガラス等の鏡面を使い直接殺しに来なければいけなかった。
しかしそれが逆にこちらにもチャンスとなった。
高野舞さんからも聞きましたが
15年前彼は水を使って貞子の怨念を水に溶かし出す実験をしていたそうですよ。
何故実験に水を使ったのか?
それは水がすべてを映しだしそして反映させる作用を持っていたから…」


昔からこんなことわざがある。


【人を呪わば穴二つ】


このことわざの意味は誰かを呪い殺せば、自らも相手の恨みの報いを受ける。

恐らく呪いのビデオはこれを利用したモノであるはず。

しかしもしもこのビデオの呪いに盲点があるとするならそれは唯一つ。

つまりこの呪いの大元なる人物たる貞子にも呪いが起きるということだ。

呪いのビデオが世に放たれてから15年。

いや、その前からこの貞子は人を呪い殺していた。

何故その報いを受けなかったのか?そんなはずはない。

呪いのビデオが関わったすべての人間に呪いを与えるのなら

それは貞子自身にも起こり得るはずだ。

その呪いは57年前の公開実験の記者の死から始まり大島の三原山大噴火。

それに45年前の劇団飛翔での呪殺。さらには15年前から始まった呪いのビデオ。

これらの呪いが今ようやくすべて貞子に振り返ってきた。

だからこそ貞子はこうして報いを受けるかのように苦しんでいた。
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 12:48:13.74 ID:EAF0Yir90


「う゛う゛…ギャァァァァァ!?」


跳ね返った自分の呪いに苦しむ貞子。

だが貞子は苦しみながらもその髪で右京を壁に叩きつけた。


「ぐふっ!」


「この…よくも!杉下さん!しっかりしてください!杉下さん!」


そんな右京を必死に呼びかけるカイト。

だが右京は先ほどの一撃で気を失い

その身体は貞子の元へと引きずられる様に連れて行かれた。

右京の身体は貞子の髪に覆われこの井戸のさらに奥へと繋がる水底に誘われていく。


「やめろ貞子!その人を連れて行かないでくれ!
杉下さんにはまだこれからも解決してもらわなきゃいけない事件がたくさんあるんだよ!」


なんとか右京を助けようともがくカイトだがこの髪を振りほどくには人間の力では無理だ。

無理だ。自分の力だけではどうにも出来ない。

こんな時に自分の未熟さ、それに無力さを思い知らされるとは…

そして苦しみから脱した貞子が右京を連れて井戸の底へと深く潜って行こうとした。


「やめろー!俺の相棒を連れて行かないでくれ!!」


連れて行かないでくれ。貞子に対してそう必死に訴えるカイト。

だが貞子は非情にもその言葉に耳を傾けようともせず水の中へ引きずり込んでいく。

もうダメかと思われたその時、そんな訴えに応えるかのように救いの手が差し伸べられた。
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 12:49:00.68 ID:EAF0Yir90


「待て!」


「杉下さんには手を出させないぞ!」


「杉下さんしっかりしてください!」


それは突然の出来事だった。

どこからともなく現れた特殊班の格好をした男たちが現れて

貞子の身体を拘束して右京の身体を取り戻した。


「な…何だ?ひょっとして神戸さんが応援を呼んできてくれたのか!?」


これは神戸が頼んだ応援の人たちが間に合ったのか?

そう思ったが…

しかし駆けつけたのはこの特殊班だけではなかった。


「危ないところでしたね。杉下は無事ですよ。」


もう一人、気を失っている右京の身体担いだ男がカイトの前に現れた。

しかしこの男は先ほどの特殊班たちとはどうも雰囲気が異なる。

この井戸では不似合いな格式ある背広姿で

まるで警察庁次長である自分の父親と同じ官僚のような雰囲気を醸し出していた。
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 12:49:54.56 ID:EAF0Yir90


「あなた方は…もしかして神戸さんが呼んだ応援の人たちですか?」


「神戸?懐かしい名前ですね。
それよりも甲斐さん、杉下を背負って今すぐこの井戸から脱出してください。
脱出するためのロープを用意しました。これによじ登れば必ず上に辿り着けますよ。」


それから背広姿の男は気を失っている右京をカイトに託してそれと同時にロープを渡した。

男の言うようにロープはこの頭上高くどこまでも伸びていた。

これならどうにかして上に戻ることが出来る。

だが問題はまだ残っている。それは貞子だ。

この女をどうにか押さえ込まないとならないわけだが…


「キミたちが登りきるまで我々が貞子を抑えています。
しかしどこまでもつかはわかりません。さあ、時間はありませんよ。急いでください。」


どうやら彼らは自分たちが脱出するまで貞子を阻んでくれるらしい。

一瞬、彼らのことを心配したが

自分たちも長時間水の中にいて疲労困憊で他人のことを心配する余裕がなかった。

とにかくこれで助かる算段は整った。

それにこの人たちの厚意を無碍にすることは出来ない。

今は黙って言うことを聞くしかない。


「本当にありがとうございます。けど最後にお名前くらいは教えてくれませんか。」


「名前…ですか…」


名前を聞かれて一瞬その背広の男は迷った素振りを見せた。

何か名乗れない事情でもあるのかと察するカイトだが…

すると背後で未だに貞子を押さえ込んでいる

特殊班の隊員たちの背中に書かれているロゴを見て背広の男はこう名乗った。


「我々は緊急対策特命係です。」


自分たちは緊急対策特命係と…男はそう名乗った。

まさか自分たちと同じ特命係が他にもいるとは…

こんな事態とはいえ思わずそのことに驚くカイト。

だが時間は迫っていた。驚きつつもカイトはロープを伝って登りだした。


「甲斐さん、杉下のこと…頼みましたよ。」


ロープをつたっていくカイトに男はそんな言葉を伝えてみせた。

そんな男だが希望を託すのと同時に少しながら寂しさを含むような表情が見受けられた。

それはまるで自分にはもう杉下右京を助けることが出来ないという悔い…

そんな想いが感じられた。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 12:51:01.36 ID:EAF0Yir90


「ハァ…ハァ…杉下さん…頑張ってください…もう少しですからね…」


それからロープを伝って上を目指すカイト。

体力に少しは自慢があるカイトもさすがに右京を担いで登るのはかなりの困難だ。

手が痛い。それに自分も体力が限界に近い。しかし手を休めるわけにはいかない。

急がなければ…貞子が…

そう思い必死に登り上がろうとした時だった。


「う゛う゛…あぁぁぁ…」


それはこれまで聞いたこともないような奇声だった。

聞いただけで背筋がゾッとするような奇声が下から聞こえてきた。

こうなれば泣き言なんて言ってる場合じゃない。

急いで登りきらなければ、そう思った矢先のことだった。


「うぐぁぁぁぁ!!」


貞子がロープを驚く速さでよじ登り

あっという間にカイトの前に立ちはだかりその進路の妨害を行った。


「ドウジテ…アナタタチダケガ…タスカルノ…?」


カイトの顔まで近づいて貞子はそう問うた。

何故あなたたちだけが助かるのかと?

自分はこれまで何度もこの生き地獄を抜け出そうと抗った。

だが今まで誰も自分は手を差し伸べてもらえなかった。

それなのに…どうして…
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:06:54.26 ID:EAF0Yir90


「それは…」


「僕たちが…」


「今を生きる…人間だからですよ…」


「カイトくん!ロープを離してください。それから急いで壁によじ登って!」


右京が目覚めた。

そして右京の指示を聞いたカイトはすぐさまその言葉通りロープを離して壁によじ登った。

その行動を目の当たりにした貞子も二人を追おうとしたが…次の瞬間…


「!?」


ロープがブチッと契れた。

それと同時に貞子は落っこちそうになった。


「イヤダ…マタアソコニモドリタクナイ…」


だが往生際悪く貞子は右京の足に掴まって落下を防いだ。

未だに生にしがみつこうとする貞子。


「イキタイ…イキタイ…ワタシモソッチヘイキタイ…」


その様は最早執念と言ってもいいモノ…

そんな生への執着には恐怖を通り越して哀れみすら感じられた。

だが生を許されるのはこの世に居る人間のみだ。

209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:07:29.67 ID:EAF0Yir90


「既に死者であるあなたに…この世界で生きる資格はありませんよ…」


「ソ…ソンナ…」


右京の非情な一言が貞子の胸に突き刺さった。

それから力尽きた貞子は

右京の足から手を離してしまいその身は再び井戸の水底へと戻っていった。


「貞子が井戸の底へ落ちていった…」


「まるで蜘蛛の糸ですね。
御釈迦様が慈悲で罪人に差し伸べた蜘蛛の糸を
罪人の無慈悲な心の所為で切れてしまう。
結局山村貞子は自分から救いの手を振り払ってしまった。
もしも彼女が一度でも誰かを思いやる気持ちがあれば道は違ったかもしれないのに…」


大勢の人間を犠牲にしてでもこの生き地獄を抜け出そうとした貞子。

しかし人を呪い続けた貞子にこの地獄を抜け出すことは出来なかった。

恨みつらみを抱えたまま、自分だけが報われるなんてことは決して有り得ない。

これだけは誰であれ何物にも変えられない真実だった。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:09:16.61 ID:EAF0Yir90


「それよりもキミ…大丈夫ですか?手が震えてますよ?」


「だ…大丈夫ですって!俺若いし…杉下さん担いだくらいで根を上げたりしませんから…」


そう強がってはみたものの

これまでの疲労にロープをよじ登ったことでカイトの体力は最早限界寸前までなっていた。

もう限界が近い。息も途切れている。

急がなければ…

なんとしても抜け出なければと気力を振り絞りよじ登ろうとした。


「いざとなったら僕を降ろしてキミだけでも助かりなさい!」


「いいから俺を信じてください!必ず一緒に助かりますから!」


そんな時、天井から光が見えてきた。

どうやら終わりが見えてきたらしい。

あと少し…ほんの少し登れば上に出られる。それなのに…力が出ない…

そんなカイトの手が汗で滑り落ち…

もうダメだ…カイトはなんとか右京だけでも助かればと最後の力を振り絞って

天井まで上げようと試みようとした時だった。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:10:45.61 ID:EAF0Yir90


「諦めるなー!」


「しっかり!もう大丈夫だ!」


それは二つの手だ。

その手が今にも落ちそうになっていた自分たちの身体を押し上げて井戸から脱出させた。

これでようやく生き地獄から脱することができた。

しかし一体誰が自分たちを救ってくれたのか?

それからすぐにその手を差し伸べてくれた人たちを見るとそこにいたのは…


「右京さん!大丈夫でしたか!」


「キミは…亀山くん…?」


「カイトくんも間一髪だったね。」


「それに神戸さんまで…けど…どうして…?」


そこに居たのは元特命係の亀山薫。それに助けを呼びに行ったはずの神戸の二人だった。

いや、それだけではない。

そのうしろには捜査一課の伊丹、三浦、芹沢、

それに組対5課の角田課長や大木、小松、鑑識の米沢、さらには大河内の姿まであった。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:12:11.81 ID:EAF0Yir90


「伊丹さん、芹沢さん、三浦さん、それに角田課長や米沢さんまで!」


「みなさん、どうしてこちらへ?」


「それはですね…俺がみんなを説得したんですよ。」


そう、彼らを動かしたのは警察の上層部などではなく亀山の意思だった。

右京たちのことが気になった亀山はあれから警視庁に頼み込みに行き

旧知である捜査一課の伊丹たちや角田課長などに動いてもらった。

ちなみにどうやってこの施設に入ろうとしたのか聞いたら

亀山自身が無断侵入してそれを彼らが咎めて強引に入り込もうとしたとか…

それを聞いて随分と無茶な真似をしたなと右京たちは思った。


「…という訳でしてね。」


「僕も亀山さんに助けてもらったんですよ。」


「助けてもらった?そういえばキミ…妙にボロボロですね。」


「応援を呼びに行こうとしたら貞子らしき女性に襲われましてね。そしたら…」


あの時、命の危機に晒されそうになった神戸を助けたのは

この場所へ駆けつけようとした亀山たちだった。

元々霊感のある亀山だからこそ貞子を追い払うことが出来たようだ。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:17:40.68 ID:EAF0Yir90


「それから僕はみなさんを連れて施設に向かったんですよ。」


「まあ死体が出たとなればもう令状は要りませんからね。
俺が無断侵入する必要も亡くなったんですけど…なんなんですかこの死体の山は?」


「警部殿とカイト以外死体の山だぞ。生きてるヤツは一人もいやしねえ…」


どうやら彼らもこの施設を捜索したらしいがやはり生存者は自分たちだけのようだ。

しかし貞子を撃退したとはいえ未だにこの施設が禍々しい雰囲気が漂っている。

急いで彼らを遠ざけなければその命が危ない。


「それでは鑑識の作業に入ろうかと思うのですが…」


「よし、俺たちも現場の捜査を手伝うぞ!大木、小松、米沢の手伝いしてやれ!」


「はいっ!」


「了解っす!」


「待ってください!ここはいるだけで危険なんです!」


「カイトくんの言う通りです!急いで全員退避して…」


急いで現場を調べようとする米沢、それに角田たち。

しかしその時だった。


((ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ))


施設内に地鳴りが響き渡った。

それはこの施設内部が崩壊する音だ。

それから急いでこの崩壊する施設から退避する右京たち。

こうして井戸のあった研究施設は脆くも崩れ去り、

また貞子に関する調査資料も建物の崩壊と共に消えてしまい

今後、山村貞子のルーツを辿ることは永遠に不可能になってしまった。
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:18:27.18 ID:EAF0Yir90


「まさかこんなに脆く崩壊するなんて…」


「これも貞子の影響なのか?」


「大河内さんこの施設は危険です。今後誰も近づけないように手配してもらえますか。」


「わかりました。すぐ対応しましょう。」


それから至急関係各所に連絡を取る大河内。

こうして貞子の呪いは解かれた。


「これで終わったんですね…」


「さあ、どうでしょうか。」


崩壊した建物を呆然と眺める右京とカイト。

時刻は9月2日のPM12:00を指していた。

眩しい陽射しに照らされて瓦礫で埋もれた研究施設を明るく映し出していた。

それは皮肉にも貞子が求めていた光が差し込むかのような光景だった。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:21:02.58 ID:EAF0Yir90


第7話


9月2日 PM14:00


「患者さんはもう喋れる状態ではないのですが…」


「それでも緊急の用事ですので、通させて頂きますよ。」


「ちょっと待ってください!まったく!どうなっても知りませんよ!」


2時間後、右京とカイト、それに神戸と亀山の4人は再び南箱根療養所を訪れていた。

その理由はもちろん貞子の父である伊熊平八郎と話しをするためだ。

しかし病室に居た伊熊は既に息も絶える寸前の臨終だった。

だがそれでも彼に話してもらわなければならないことがあった。


「アナタタチハ…サダコハ…ドウナリマシタカ?」


「山村貞子は再び井戸の底へ戻りました。復活する心配はないでしょう。」


「ソウデスカ…サダコ…スマナイ…」


貞子が井戸の底へ戻ったことに安堵する伊熊。

これでもう思い残すことはないとでも思ったのだろうか。

それから右京はそんな伊熊にあることを尋ねた。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:21:32.01 ID:EAF0Yir90


「伊熊さん、あなたが存命の内に聞いておかなければいけないことがあります。
45年前、山村貞子を井戸に閉じ込めたのは父親であるあなたですね。」


「そんな…あり得ないですよ!」


「そうですよ!貞子は実の娘じゃないですか!?」


「実の娘だからですよ。
これ以上娘の所為で人が死ぬのは耐えられない。そう思ったのではありませんか?」


45年前、貞子を井戸に突き落としたのは父親である伊熊平八郎だと推理する右京。

その推理が正しければ色々な疑問が解ける。

劇団飛翔の団員たちの失踪、もしその時に団員を殺したのが貞子ならある疑問が生じる。

それは彼らの死体処理だ。

団員たちの死体は45年経過した現在でも見つかっていない。

それを井戸に閉じ込められた貞子が処理を行ったとは考えにくい。

だがそれを第三者である人物が行ったとすればどうであろうか?

あの時、それを行えたのは唯一人。父親である伊熊平八郎しかいないはず。


「ソウデス…ワタシガサダコヲイドニトジコメタンダ…」


それから伊熊は語り始めた。

57年前、能力に目覚めた貞子は母の志津子以上の素質があった。

これをどうにかするには貞子をふたつに切り離さなければいけない。

そう考えた伊熊はあらゆる方法を駆使して貞子をふたつに切り離すことに成功する。

一方は母親に似た美しい少女、だがもう一方はドス黒く禍々しい存在…

伊熊はそのもう一人の貞子を伊豆の家にクスリ漬けにして監禁状態にしていた。

そうでもしなければ彼女は間違いなく人を殺そうとするからだ。

しかし、事態は最悪の結果を生んだ…

結局分離したとはいえ善良の貞子の幸せを妬んだ悪意の貞子が尽くその幸せを踏み潰し、

それに怒りを感じた劇団飛翔の団員たちと婚約者を殺された宮地彰子が

悪意の貞子を殺しに乗り込んできた。

貞子は元のひとつに戻り劇団飛翔の団員たちと宮地彰子を返り討ちにした。

もうこれ以上貞子を抑えきれないと思った伊熊は貞子を襲い、

井戸に閉じ込めてしまうという悲しい話であった。
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:24:55.42 ID:EAF0Yir90


「なるほど、やはりそういう事でしたか。
最初にあなたにお会いした時『貞子すまなかった。』と仰ったのでもしやと思いましてね。
それに井戸があった場所ですが元はあなたの邸宅があったと聞いています。
そんなあなたならば貞子を井戸に閉じ込めるのも容易いでしょうね。」


「それじゃあ以前悦子が聞いた女子学生の井戸での噂話は…」


「恐らくそれは『中年の男』つまり当時の伊熊さんが
娘の貞子を殺害しようとして井戸に閉じ込めたのでしょう。
その女子学生が階段を上がれなかったのはもう一人の悪意の貞子がいたから。
貞子の悪意を感じてしまい階段を上がれなかったのかと思われます。」


以上が45年前に起きた劇団飛翔の失踪事件の真相だった。

伊熊はすべて貞子のためだと語った。

本来なら自分は45年前に貞子のあとを追って死ぬべきだった。

だがいざ自殺しようとした時、恐くて出来なかった。

そのせいで45年も生き恥を晒した。

愛人の志津子や娘の貞子は不幸に陥れたのに自分は…


「そんな…アンタ実の娘だろ!何でそんなことをしたんだ!?」


「亀山さん抑えて!重病患者ですよ!」


その話を聞いて思わず伊熊を問い詰めようとする亀山とそれを静止しようとする神戸。

だが何度聞いても答えは「済まなかった。仕方なかった。」を繰り返すばかり。

この45年間、彼はずっとこの罪に苦しんできたはず。

だからといってこの過ちは許されるはずがない。

そんな命の瀬戸際に罪滅ぼしをさせるために右京は最後にあることを問い質した。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:25:52.80 ID:EAF0Yir90


「最後に聞いておきたいことがあります。
あなたが45年前に劇団飛翔の団員たちと宮地彰子の死体を隠した場所を教えてください。」


「カレラノシタイハ…ワタシノイエノ…ウミノヨクミエルバショニウメタ…」


「何故彼らの死体を隠していたのですか?
あなたは死ぬはずだった。それなら隠す必要などなかったはずですよ。」


「モシカレラノシタイガハッケンサレレバ…
シインニカカワラズサダコガウタガワレルコトニナル…
セメテモノ…オヤゴコロダッタンダ…スマナカッタ…サダコ…」


こうして伊熊平八郎は特命係の4人が見守る中、静かに息を引き取った。

思えばこの男こそすべての発端だったのかもしれない。

伊熊が貞子の…いや…貞子の母親である志津子の能力を見定めなければ…

このような悲劇は避けられたかもしれない。

恐らくそのことを伊熊自身もずっと悩んでいたはず。

だからこそ最後はすべての罪を告白したのだろう。

そんな伊熊を哀れに思いつつ、

特命係は伊熊が最期に遺した言葉に従い遺体の捜索に出向いた。
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:28:36.11 ID:EAF0Yir90


9月2日 PM17:00


「ありましたー!白骨死体です!」


「こっちもだ!こりゃ10人くらい埋まってるぞ!」


それから伊熊の証言に従い

伊丹たちとそれに静岡県警との捜査により旧伊熊邸付近を捜索したところ、

伊豆パシフィックランドの海岸付近で男女の白骨死体が大量に埋められているのを発見。

その遺体のすべてが死後45年経過されたモノだと確認することが出来た。


「これで遺体は全部ですね。
飛翔の劇団員たちと宮地彰子さんとみて間違いないでしょう。」


「一応確認取りますけどそうでしょうね。」


「伊熊平八郎は最後に人間として…いや父親としての務めを果たして死んだんですね。」


「そうですね。娘の罪をこうやって告白してくれたわけだし…」


掘り起こされた遺体を確認しながら

最後に伊熊が父親としての行いをわずかばかりに認めるカイトたち。

だが右京はそんな伊熊に対してある疑惑を抱いていた。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:29:57.46 ID:EAF0Yir90


「果たして彼は本当に山村貞子の父親だったのでしょうか。」


「どういうことですか?」


「そもそもあのような異能の力を持った山村貞子の父親が
何の力も持たない伊熊平八郎だというのが僕には不自然に思えてなりません。
貞子の父親は別にいると考えるべきだと思いますよ。」


「お言葉ですが…
それは貞子や父親の伊熊が死んだ今となっては誰にもわからないことでは…」


「いえ、恐らくですが山村貞子は薄々気付いていたはずですよ。
その証拠に彼女はずっと山村姓を名乗っていました。
彼女は母親の死亡後、伊熊平八郎に引き取られています。
それなのに伊熊姓を名乗らず山村姓を名乗っていたことを考えれば
本当の父親が伊熊平八郎ではないことをわかっていたのかもしれません。」


伊熊平八郎が貞子の実の父親ではない。

もしその考えが正しいのなら…

貞子の本当の父親は一体誰なのか?

そんな疑問を抱いた時、右京は現場に近い海を眺めながらこう呟いた。


「しょーもんばかりしているとぼうこんがくるぞ。」


「それって…呪いのビデオのメッセージですよね。それがどうしたんですか?」


「意味は『水遊びばかりしていると、お化けがくるぞ。』ですが…
僕は最初この言葉に何の意味も無いのかと思っていました。
けれどもしこれが意味のある言葉だとしたら…
貞子の本当の父親は恐らく…海の魔物かもしれませんね…」


海の魔物…それこそが貞子の本当の父親なのだと…

確かに海は昔から人を誘う場所だ。

そしてそれは決まって海に巣食う魔物だと伝えられている。

もしもその話しが真実だとしたら…貞子とは…

右京とカイト、それに亀山と神戸は

荒れ狂う海を眺めながらこの一連の不気味な事件に幕を閉じようとした。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:35:45.71 ID:EAF0Yir90


だが…その矢先のこと…

そんな右京たちの元へある報せが舞い込んできた。


「あの本庁の方々…もうひとつ遺体発見されたんですが…」


「他にもまだ死体が?場所はどこですか?」


「ここから少し離れた場所です。それも死後45年くらい経っているらしいですが…」


「何で一体だけ離れた場所に埋められてるんだ?」


「たまたま離れて埋めた…わけじゃないよな?」


全員が疑問に思う中、伊丹の携帯に連絡が入った。

連絡の主は参事官の中園からだ。

すぐに全員本庁の方へ戻れというお達しだった。
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/21(水) 14:36:14.37 ID:EAF0Yir90


9月2日 PM20:00


「 「馬鹿者ォォォォォォッ!!」 」


「貴様ら特命係には謹慎処分を命じていたはずだぞ!それなのに勝手に捜査しおって!」


本庁に戻ったと同時に内村と中園の怒号が飛び散った。

当然だ。特命係は謹慎処分を受けたにも関わらず命令違反を犯して捜査を続行。

さらには防衛省の施設にまで立ち入るという暴挙まで犯したとなれば

普通ならタダでは済まされないはずなのだが…


「おまけに防衛省の施設に勝手に潜入し大量の死体を発見するとは…
それに何故亀山と神戸までここにいる!?特に亀山!お前は警察を辞めた部外者だぞ!」


「まぁ…成り行きというヤツでして、
なんか現職時代は騒音みたいな
内村部長のお説教も今となっては懐かしささえ感じますねぇ…」


「なんとなくわかりますよそれ。僕もちょっと懐かしいみたいな感じが…」


「誰が勝手に喋っていいと言った!?」


「まったく…
今回の命令違反は明らかに重大問題だと言いたいが…
警察庁の甲斐次長がお咎め無しと言ってきてな…」


「防衛省の秘密を暴いた成果だと言ってきてな。フンッ、甲斐次長に感謝するんだな!」


どうやら裏でカイトの父親である甲斐次長が手を回してくれたようだ。

カイトはそんな不仲の父親に悪態をつくが今回ばかりは一応感謝している様子。

さて、本来ならここで全員退室する流れなのだが…


「内村部長、明日から休暇でしたよね。実はお願いがあるのですが…」


そんな中、右京だけ内村にあることを進言してきた。それは…
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