僧侶「勇者様は勇者様です」

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547 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/06/10(月) 20:28:28.92 ID:WDKhBHLy0
暗器使い「変だと?」

猫又「私は猫又だから、霊とか、そういう死に纏わる気配に敏感なんだけど」

猫又「南側に沢山の“死”を感じる……」

僧侶「言われてみれば、確かに感じます……!」

勇者「……! 急ごう……!!」
548 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/06/10(月) 20:30:12.26 ID:WDKhBHLy0
投稿予告しても有言不実行になりそうなので、今まで通りにやっていきます。
半年後ぐらいに思い出してください。申し訳ございませんでした。
549 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/12(水) 01:37:01.78 ID:A9v4qX2DO
>>548

狐神読み直してそのノリで突っ込んだだけだから気に病む事はあらぬのじゃ!
550 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/06/17(月) 23:00:51.39 ID:kGe2xwg10
>>549
乙ありがとうございます。更新頑張ります。
551 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/24(月) 07:27:17.75 ID:ZDw34mNLO
今の辻斬りのランクはどれくらいなんだろ
552 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/07/02(火) 15:03:45.78 ID:8Mb4mLm20
>>551
この話の終わりにランク表を出しますが、変化がないとだけお伝えしておきます。
妖刀の狂気に飲まれた強さは無いですが、修行で剣士としてステップアップしたのでプラスマイナスそのままという事です。
553 : ◆8F4j1XSZNk [sage]:2019/07/02(火) 15:05:28.50 ID:8Mb4mLm20





勇者達が南の森に駆けつけると、そこには異様な空気をまとった甲冑の軍団が待ち構えていた。

その先頭に立っているのは、法国のダンジョンで遭遇した新生魔王軍の四天王の騎士だった。


黒い騎士「久しいな、勇者よ」

勇者「エルフさんをどこにやった……!」

黒い騎士「……あの森の民か……」

黒い騎士「知らんな」

勇者「……! 居場所を言えっ!」

僧侶「ゆ、勇者様……」

黒い騎士「今はあの女の心配よりも、自分たちの事を気にしたほうが良い」
554 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:06:55.10 ID:8Mb4mLm20


黒い騎士の後ろに控えている甲冑の騎士たちが動き出した。

その数は二十ほどだ。


僧侶「あの全てが死霊です……! ですが、何かがおかしいです……」

僧侶「あそこにいる以上の数の気配を感じるんです……」

暗器使い「伏兵か……!?」

猫又「……違うよ……」


猫又は、その猫の耳を丸めて怯えていた。


猫又「あの先頭のヤツ……アイツに“沢山いる”……!」

辻斬り「あの騎士そのものが、死霊の集合体なのか……!」

黒い騎士「今はあの時と状況が違う」
555 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:07:52.48 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「手は抜かないと思え。行くぞ」

死霊騎士「オオオオオオッ!」


黒い騎士が剣を抜くと同時に、死霊の騎士たちが一斉に勇者たちに襲いかかってきた。

勇者、暗器使い、辻斬りはそれぞれ得物を抜き、遅れて猫又も怯えながらも刀を抜いた。

聖なる加護のない普通の武器では霊体を斬ることは出来ないため、暗器使いと辻斬りは敵の動きを封じる事に集中した。

そしてそれらを、勇者の剣と、猫又の持つ『霊体斬りの刀』が一体ずつ葬っていった。

しかし一体一体が驚くほど強いというわけでは無いが、数の差のは覆せなかった。

それに加えて黒い騎士の存在が勇者たちを追い込んだ。


黒い騎士「驚いたな。この数ヶ月で見違えるほど強くなった。」

勇者(ぐっ……! こんなじゃ駄目だ……! もっと“受け入れないと”……!)

556 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:09:08.27 ID:8Mb4mLm20
勇者をまとう雰囲気が、格闘家の隠れ家での一戦のときのように一変した。


黒い騎士「ほう、まだ強くなれというのか……!」

黒い騎士「だが、足りないな!」


黒い騎士の剣が、勇者の首筋を切り裂いた。


勇者「が、がああああああああああああっ!!」

僧侶「勇者様!!」


直ちに僧侶が勇者の傷を治療した。


勇者(おかしい……! ダンジョンの力の恩恵を受けていたはずのあの時と、今の黒い騎士が同じぐらい強い……!)

黒い騎士「不思議か、勇者よ」

黒い騎士「まあ知らずとも良い。貴様はここで死ぬのだからな」
557 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:10:31.37 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「厄介な能力を持つ僧侶とともに葬ってやろう」


黒い騎士が剣を振り上げた。


暗器使い「チッ! 間に合わねえ……!!」

黒い騎士「さらばだ」

僧侶「あ……」


僧侶は、死んだ、と目を伏せたが、その剣が僧侶を切り裂くことは無かった。

ギリギリで飛び込んだ辻斬りの刀がそれを受け止めたのだ。


辻斬り「ぐ……おお……!」

辻斬り(何て重い……!)

黒い騎士「剣士の紋章持ちか……」
558 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:11:33.85 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「やはり勇者は早めに葬るべきであったか」

黒い騎士「来い……! その剣技を俺に見せてみよ!」

辻斬り「……!!」


辻斬りは黒い騎士と善戦はするが、やはり少しずつ押されていった。


黒い騎士「どうした! そんなものか!」

黒い騎士「あの島で戦った正騎士団長や、先の戦場で葬った将の方が強かったぞ!」

辻斬り(猫又の話ではこいつは霊体の集合体らしいが……ちゃんと肉体は持っている)

辻斬り(ならば俺の刀でも倒せるはずなのだが……それが届かない)

辻斬り(最近は精神修行に専念しすぎていた……勇者との稽古があったとは言え、やはり体が出来上がっていないか……)

辻斬り(流石に今の実力差では……)
559 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:12:32.57 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「もう終わりか? ならば望み通り……」

猫又「ちょっと君! 何諦めてんの!」

猫又「休んでいる暇があったらこれを使いなさいよ!」


猫又が投げたものを受け取ってみると、それは鞘に収まった一本の刀だった。

その雰囲気に、辻斬りは覚えがあった。


辻斬り「馬鹿な……これはさっきお前が折ったはずでは!?」

猫又「君が昔持ってたのとも、さっきのとも別。帝国に来る途中に盗賊から取り戻したの」

猫又「それを使えばまだ太刀打ちできるんじゃないの?」

辻斬り「だがこれは……!」

猫又「ああもう! 言ってる場合じゃないでしょ!」
560 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:13:24.46 ID:8Mb4mLm20
猫又「今の君なら大丈夫だから! さっき自分で誓ったことをもう忘れたって言うの!?」

辻斬り「それは……」

黒い騎士「……参る!」

辻斬り「……!」

辻斬り(俺は……せめて死ぬまでは誰かのために刀を振るうと決めた)

辻斬り(だが死ぬのは、今じゃない……!!)


辻斬りが妖刀を抜くと同時に、その身に嫌な感覚が走った。

よく覚えている、懐かしい感覚だった。


辻斬り(俺はもう、あの時とは違う……! 憎しみや、怒りに飲まれない……!)

辻斬り「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」
561 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:14:24.92 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「何っ…………!?」


辻斬りの一太刀が、黒い騎士を袈裟斬りにした。


黒い騎士「ぐうううううううっ!?」

辻斬り「ハァ……ハァ……」

辻斬り「もう俺の信念は、曲げさせはしない……」

猫又「ふう……やれば出来るじゃん」

猫又「仮に暴走しちゃったら、また私が止めるから安心しなよ」

辻斬り「いや……もうあんな事は、させない」

猫又「……そ。なら良いんだけど」

辻斬り「トドメだ」
562 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:15:22.83 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「……! 来い! 死霊騎士達よ!!」


黒い騎士の呼び声に応じて甲冑の中から霊体が飛び出し、彼の身体へと吸い込まれていった。

すると辻斬りから受けたはずの深い傷は塞がり、何事も無かったかのように立ち上がった。


黒い騎士「……仕切り直しと、いこうか」

勇者「そうか……アイツは『霊体を吸収して強くなる力』を持っているんだ……!」

勇者「だから法国の地下墓地でもあれほどの強力な力を有していたんだ!」

暗器使い(冗談じゃねえ……俺も勇者も体力の限界だ。辻斬りだってもう一回剣を交える余裕は無いはずだ)


勇者達が満身創痍で得物を構え直したその時、僧侶がその後ろですっと立ち上がった。


僧侶「……今の様子からすると、やはり肉体はあってもその本質は生霊で構成されているようですね」

勇者「僧侶……?」
563 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:16:43.06 ID:8Mb4mLm20
僧侶「貴方が以前よりも力が増しているというのも、二ヶ月前に三国との大戦で沢山の生霊を吸収できたからではありませんか?」

僧侶「ならば、これが効くはずです……!」

僧侶「戦闘が始まってからずっと溜めさせて貰いました! 聖なる光をくらいなさい!!」


僧侶がそう叫ぶと、その両手からまばゆい光が放たれた。

しかしそれは目くらましのためのものではなく、霊体に絶大な威力を発揮する聖属性の術だ。

かつて旅立ちの前に、王都の郊外でゾンビ相手に放った一撃よりも更に強力なものが、黒い騎士の体を直撃した。


黒い騎士「があああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


光と砂埃でその姿は見えないが、苦しむ騎士の声が辺りに響いた。

次こそ終わりだと、辻斬りが踏み込んで刀を振り下ろした。


しかし、その刀は宙を斬った。

564 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:18:48.94 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「やはりその力は厄介だ。ここで斬り捨てなければいずれ我軍の損失に繋がるだろう……!!」


辻斬りも勇者も無視をして、黒い騎士が狙ったのは僧侶だった。


僧侶「やっ…………!」

暗器使い「僧侶っ!!」


先ほどと違い、誰もが間に合わない場所に立っていた。

次の瞬間には、ごろんと僧侶の首が地面に転がっていた。
565 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:29:28.90 ID:8Mb4mLm20





──はずだった。

僧侶の首の代わりに地面に落ちていたのは、黒い騎士の腕と剣だった。


黒い騎士「……馬鹿な……! 間に合う距離では無かったはずだ……」


それを斬り落としたのは、勇者だった。


勇者「僧侶を……殺させはしない……!」

勇者「“俺”は……!!」


黒い騎士は瞬時に判断した。

消耗した今では確実に“これ”には勝てないと。

眼の前に立っている男は、自分の知る勇者では無いと。
566 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:30:21.75 ID:8Mb4mLm20


僧侶「きゃっ!?」


黒い騎士は僧侶と自分の腕を抱えてその場を離脱することにした。

作戦による撤退以外で、敵に背を向けたのは初めてだった。

それほど圧倒的な何かを、勇者から感じたのだ。


勇者「僧侶を離せええええええええっ!!!!」


その背後から勇者が迫った。

背中の傷で死ぬとは、何とも不名誉なことだ、と騎士は思った。


迫る勇者の肩に、矢が突き刺さった。

勇者も良く知る、生木から削り出された特殊な矢だ。


勇者「な、んで……!」

567 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:31:19.99 ID:8Mb4mLm20
射手は、木の上からその紅い瞳で勇者たちを見下ろしていた。


僧侶「エ、エルフさん……! 一体何で!!」

紅目のエルフ「…………」


勇者達が初代格闘家の隠れ家を出た直後に入ってきた情報を思い出した。


>大陸会議で取りまとめられた帝国、王国、共和国による共同攻撃が魔国に向けて行われたが、それは完全に失敗に終わってしまった。

>まるで、作戦の全てが筒抜けであったように。

>現在各国は内通者の存在を疑っている。

>特に、あの会議の場に居た者が疑わしいとされている。


勇者「内通者って……エルフさん、だったの……?」

紅目のエルフ「……そうよ」
568 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:35:22.74 ID:8Mb4mLm20
勇者「いつから……!」

紅目のエルフ「最初からよ。私は新生魔王軍の弓兵なの」

僧侶「そんな……」

紅目のエルフ「私ね、人間なんて大嫌い」

紅目のエルフ「私が何であそこまで奴隷商人達を追っていたか教えてあげるわ」

紅目のエルフ「昔、私も奴隷だったのよ」

紅目のエルフ「ハイエルフの白い肌に、ダークのエルフの紅い瞳が珍しいって、随分な高値で取引されたのを覚えているわ」

紅目のエルフ「一緒に妹も奴隷として市場に並んでいた」

紅目のエルフ「でも妹は身体が弱くて、粗悪な環境に耐えられなかった」

紅目のエルフ「安値で叩き売りされて……それで買った奴は妹を連れて行く際に何ていったと思う?」
569 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:37:14.46 ID:8Mb4mLm20
紅目のエルフ「『壊れる前に沢山使ってやる』ってね」

僧侶「ひ、酷い……」

紅目のエルフ「私や妹みたいな目にあった亜人は、大陸中に幾らでもいるはずよ」

紅目のエルフ「そして皆、人間を恨んでいる」

紅目のエルフ「現に、奴隷商から救い出された人外奴隷達の多くがこちらの軍門へ下ったわ」

暗器使い「エルフの森で奴隷商から情報を聞き出した途端に、各地で奴隷市場が襲撃されたのはそういう事か」

紅目のエルフ「そうよ」

僧侶「法国での検問を突破できたのはどういう事なんですか……!?」

紅目のエルフ「それは簡単なことよ。まだ魔王軍での契の儀式をしていないから、術の検知に引っかからなかったの」

紅目のエルフ「何でかは知らないけれど、勇者一行の紋章まで出ちゃうもんだから、内通者にピッタリでしょう?」
570 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:38:19.50 ID:8Mb4mLm20
紅目のエルフ「法王サマは、紋章持ちにはそれぞれ役割があるなんて言っていたけれど、私の役割って何だったのかしらね」

紅目のエルフ「勇者一行を騙して出し抜いてやるってのが役目だったのかもね、あははっ」

僧侶「エルフ、さん……」

紅目のエルフ「皆上手いこと騙されてくれて良かったわ」

暗器使い「……薄々は、気がついていた」

紅目のエルフ「あら、そうなの?」

暗器使い「まず内通者の存在を疑ったのは、あまりに都合よく敵が現れる事からだ」

暗器使い「始めのうちは勇者の行く先を阻むように何度も……今思えばこれは紋章持ち探しを妨害するためだったんだろう」

暗器使い「そして法国での一件を皮切りに、勇者を排除する方針に変わった訳だが……」

暗器使い「あんな山奥に幹部級が二体も現れたのはおかしかった。確実に行き先を流している奴が身近にいなければな」
571 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:40:01.09 ID:8Mb4mLm20
紅目のエルフ「ま、私達の中に内通者がいるとすれば消去法で私よね」

暗器使い「……いや、それでも仲間であるお前を疑いたくは無かった」

紅目のエルフ「……あっそ」

暗器使い「だが確信に変わったのは、ある事に気がついたからだ」

勇者「ある事……?」

暗器使い「法国でその騎士に出会ったときからそうだ」

暗器使い「お前、一度だって新生魔王軍の配下相手には直接攻撃をしていないだろう」

勇者「……確かに……」

僧侶(言われれば……)

暗器使い「法国のダンジョンでは違和感なく戦闘から離脱できるように、あんな芝居を打って俺達と離れたんだろう?」
572 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:40:48.73 ID:8Mb4mLm20
紅目のエルフ「芝居を打ったなんて酷いわ。あの時はこの騎士サマが本気で勇者を殺しに行くから」

黒い騎士「……俺はあの時点で、勇者が危険な力を秘めていると感じ取っていた……」

暗器使い「……そう、“そこに俺は違和感を感じていた”」

紅目のエルフ「違和感……?」

暗器使い「その時もそうだしが、何より……」

暗器使い「何故格闘家の隠れ家での一戦で、サロスから僧侶を庇った! 最後にゼパールの逃亡を妨害した!!」

紅目のエルフ「……!」

暗器使い「お前の行動にはゼパールも解せない表情をしていた」

暗器使い「お前は恐らく……」

紅目のエルフ「……違うわ」
573 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:42:01.08 ID:8Mb4mLm20
暗器使い「お前は勇者達が、仲間が大切に感じられるようになっていたんじゃ無いのか!!」

紅目のエルフ「違うわよ!!!!」

紅目のエルフ「勝手なこと、言わないで……」

紅目のエルフ「少しあなた達のおままごとに付き合ってあげただけよ」

紅目のエルフ「早く撤退しましょう。これ以上は時間の無駄だわ」

黒い騎士「……ああ……」

僧侶「は、離して……!」


黒い騎士が僧侶を抱えて踵を返した。


僧侶(駄目……もう一度術を打つ力の余裕がない……)

勇者「待て……!!」
574 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:45:49.18 ID:8Mb4mLm20
暗器使い「追うな勇者!!」

勇者「だけれど!!」

暗器使い「こっちはもう全員が満身創痍だ。下手に深追いして敵の罠があったらどうするつもりだ……!」

辻斬り「……俺も同意見だよ。これ以上は危険だ」

勇者「このままじゃ僧侶が殺されてしまうんだよ!?」

暗器使い「いいか。今追えば敵の思う壺かもしれない」

暗器使い「僧侶が攫われたのは、俺達の力が足りなかったからだ。この足りない力では、世界どころか僧侶だって救えない。そうだろ?」

勇者「くっ……!」

暗器使い「それに……気休めかもしれんが聞いてくれ」

暗器使い「僧侶は恐らく殺されない」
575 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:46:33.70 ID:8Mb4mLm20
辻斬り「……なんでだい?」

暗器使い「初めの頃、勇者が殺されずに見逃されていた理由と同じだ」

暗器使い「僧侶を殺せば次の僧侶の紋章持ちが現れるだけだ」

辻斬り「なら、殺さずに捕らえておいた方が良い、か」

暗器使い「ああ。奴らはあの能力がこちらの陣営にいることを厄介に思っていたようだからな」

暗器使い「それに、殺すならこの場でも出来たことだ」

暗器使い「黒い騎士はそうしようとしていたが……アイツはそうはしなかった」

勇者「……エルフさん……」

暗器使い「……良いか勇者」

暗器使い「今の俺達に出来ることは二つだ」
576 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:47:19.82 ID:8Mb4mLm20
暗器使い「一つは今まで通り、残りの紋章持ちを探すという事」

勇者「……残りは魔法使いと格闘家の紋章持ちだね」

猫又「へえ、紋章持ちっていうのは全部で七人なんだ」

暗器使い「……そして二つ目は、俺達自身がもっと強くなることだ。もう二度と負けないためにもな」

勇者「うん……そうだね」

暗器使い「それから勇者。お前に一つ聞いておきたい」

暗器使い「その剣と、お前自身についてだ」

勇者「…………」

暗器使い「そろそろ俺達も、知っておいて良いんじゃないのか?」

勇者「……分かった。話すよ」
577 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:48:01.20 ID:8Mb4mLm20


勇者は街まで戻り安全が確保できた所で、暗器使い達に剣の秘密を語った。


暗器使い「……驚いたな。その剣の中に“初代勇者様がいる”って言うことになるのか?」

勇者「そうだと思う」

勇者「初めの内は夢にぼんやりと出てくる程度だったんだけど、最近ははっきりと認識できるようになったんだ」

勇者「剣のおかげで僕は初代勇者様の力を借りることが出来る」

勇者「それこそ最近は……かなり力が馴染んできた感覚があるよ」

暗器使い(時折別人のように強くなるのはそのせいか……)

暗器使い「しかし何で今日までその事を黙っていた? 何か問題でもあるのか?」

勇者「それは……その……ほら、確証が持てなかったって言うか」

勇者「この剣に宿っているのが誰かをきちんと認識できるようになったのは最近だから、言い出すタイミングがなくて」
578 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:53:04.52 ID:8Mb4mLm20
暗器使い「……そうか。そういう事にしておこう」

勇者「うん……」

猫又「あのさ、初代勇者の魂と一体化したような状態になったおかげで記憶の共有も出来たのなら、あの騎士のことも何か分からないの?」

勇者「ええっと、まだ完全に記憶が共有できている訳じゃ無いんだ」

勇者「現に魔王の事ですら何にも頭に浮かんでこないんだ」

勇者「ただそれにしても恐らくは……あの騎士は千年前の大戦の時にはいなかったはずだよ」

辻斬り「新しく加入した幹部って事か」

辻斬り「ま、新生なんて名乗るぐらいだし中身は結構別物って可能性は高いね」

辻斬り「初代勇者の記憶……場合によっては俺達にとってかなり有益な情報をもたらしてくれるかもしれないね」

暗器使い「かもな……」
579 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:53:50.27 ID:8Mb4mLm20
暗器使い「そんで、これからそうするんだ? いつもの直感で行きたい場所は無いのかよ」

勇者「それがね……中々ピンと来なくて」

勇者「もしかしたら、ここで少し腕を磨いていけって事なのかもしれない」

辻斬り「そういう事なら付き合うよ」

辻斬り「俺もかなり、剣筋に鈍りがあるみたいだからねえ」

暗器使い「お前はどうするんだ?」

猫又「私? ……うーん……」

猫又「君たちが良ければだけど、しばらくは一緒に行動してみようかな」

猫又「妖刀の監視もしなきゃ、だし」

辻斬り「それは心強いけど……何でまた?」
580 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:54:39.94 ID:8Mb4mLm20
猫又「盗品の刀は今回で全部回収できたから、私の生きている目的っていうのは果たされてしまったわけ」

猫又「前はね、その目的が無くなったあとどうしたら良いんだろうって不安だったの」

猫又「でもね、皇国で知り合ったある二人組のおかげでその不安も消えた」

猫又「どんな些細な、どんな下らない事でもまた次を見つければ良い。簡単なようで難しいことだけど、そう思うようにしてるの」

猫又「しばらくは君たちが歴史をどう動かしていくのか眺めているのも面白いかなあって」

暗器使い「同行者が増えるのは心強いが、大丈夫なのか?」

勇者「あんまり紋章持ち以外が仲間になると良くないとは聞いているけど、一人や二人なら何の問題も無いはずだよ」

勇者「実際初代勇者様だって色々な人と冒険していたからね」

勇者「猫又さんが良いなら是非」

猫又「それならしばらく厄介になるね」
581 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:55:12.09 ID:8Mb4mLm20
辻斬り「あんたと一緒に行動する日が来るとはね……」

猫又「それはこっちのセリフ。あのときの傷跡残っているんだから」

辻斬り「それは……悪かったよ」

猫又「ま、いずれ何かの形で返してもらうわ」

辻斬り「ああ、そうする」

辻斬り「さて、取り敢えずは道場に戻るって事で良いんだよね」

勇者「うん、そうしようかな」

辻斬り「それじゃあ行こうか」

辻斬り(初代勇者が宿った剣か……恐らくはこの刀も……)

辻斬り(いろいろと調べてみる必要が有りそうだな)
582 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:56:56.75 ID:8Mb4mLm20





──数日後、魔国にて


百目の異形「では無事に僧侶の紋章持ちを捕獲できた、と」

黒い騎士「ああ……だが肝心の勇者を仕留めきれなかった」

隻腕の忍「あっちには剣士の紋章持ちも加わっていたんだろ? それは予定外だったから仕方が無い」

隻腕の忍「あの紋章持ちは毎度毎度、単純戦闘力が飛び抜けているからな」

妖艶な術師「だからこそ、発展途上の今に叩いてしまえれば良かったのだけれど」

黒い騎士「済まない……」

妖艶な術師「まあ、僧侶の力と貴方の魂の相性は最悪だからね……不意打ちを食らったのであれば仕方が無いけれど」

百目の異形「もう少しそちらに兵力を回せれば良かったのだが、敵の目を掻い潜るためにはあまり大所帯では困るのでな……」
583 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:58:53.52 ID:8Mb4mLm20
隻腕の忍「何より人間の連合国側の攻撃が苛烈になってきているからなあ。主力はやはり前線に置きたい」

隻腕の忍「向こうも先の作戦の失敗分を取り戻そうと必死なんだろう」

百目の異形「うむ。その件については見事な働きだったぞ、エルフよ」

百目の異形「まさか勇者パーティー内に間者がいるとは思いもしなかっただろう」

紅目のエルフ「……それはどうも」

妖艶な術師「それにしても、僧侶は殺さなかったのね」

妖艶な術師「当代はかなり強い力を持っているみたいだから殺して次に移しても良かった気がするけれど」

妖艶な術師「長いこと一緒に居て情でも移っちゃった? エルフちゃん?」

紅目のエルフ「……まさか」

新生魔王軍の長「そこまでにしておけ」
584 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:59:27.28 ID:8Mb4mLm20
新生魔王軍の長「黒い騎士が殺さずに捕獲をしたのであれば、あれは騎士の物だ」

新生魔王軍の長「四天王は互いに過干渉をしてはならない……そう決めたはずだ」

妖艶な術師「分かっているわ。ちょっと疑問に思っただけよ」

新生魔王軍の長「今回は先の戦の穴を突いて黒い騎士らを送り込めたが、この先は警戒も強まってそう簡単には行かないだろう」

新生魔王軍の長「残りの転移魔法陣も多用はでき無いのでな」

新生魔王軍の長「勇者本人を叩けなかったのは痛かったが、回復役を削げたのは大きい」

新生魔王軍の長「次の機を見て当代勇者は消す」

新生魔王軍の長「四天王はこの先も自身の役割を果たせ。良いな?」

百目の異形「うむ」

妖艶な術師「はあい」
585 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 15:59:59.79 ID:8Mb4mLm20
黒い騎士「承知した」

隻腕の忍「へいへい」

新生魔王軍の長「紅目のエルフも今後は別の役割を与えることになる。頼んだぞ」

紅目のエルフ「分かりました……」

新生魔王軍の長「傲慢な人間共からこの大陸を奪い取る。その日まで我々は止まれん」

新生魔王軍の長「さあ奴らにもう一泡吹かせてやろうか……!!」
586 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 16:00:44.72 ID:8Mb4mLm20


《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A〜 黒い騎士

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 勇者(初代の力)
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 猫又 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領 柄の悪い門下生
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り 死霊騎士
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
 ※黒い騎士は特に条件変動が激しいためA〜とします。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス
※前作「フードの侍」を「猫又」に変更。
※勇者(初代の力)は名前の通り、剣の力に頼った状態でのランクです。
※お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。
587 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/07/02(火) 16:01:33.99 ID:8Mb4mLm20
《出会いと》編でした。
次回は《不毛の大地》編です。
588 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/03(水) 02:08:25.04 ID:PPMgNJKDO
待ってたぜ!乙乙
589 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 19:57:31.58 ID:B6eGxfUL0
《不毛の大地》


──紅目のエルフが裏切り者だと判明し、僧侶が新生魔王軍に攫われてから二ヶ月が経過しようとしていた。


連合国と魔国の戦いは一進一退で終りが見えず、日に日にお互いが疲弊していくのが感じられた。

紅目のエルフの裏切りが露見した事もあり、過激派がより一層人外を糾弾するようになった。

彼らと人外擁護派の衝突によって戦線から遠い街の治安も悪化の一途を辿っていた。

勇者達はそんな各地を回って暴動や事件を治めながら、他の紋章持ちを探して帝国から共和国へと拠点を移すことになっていた。


勇者「あ、暑い……」

暗器使い「これはキツイな……」


帝国と共和国の国境を越えてしばらく、勇者達は巨大な砂漠の真ん中を進んでいた。


辻斬り「地域的に暑いのは当然なんだけど、こうも植物がないと肌を刺すような暑さになってしまうんだねえ……」

猫又「水ちょうだい……」
590 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 19:58:18.69 ID:B6eGxfUL0
辻斬り「はいはい」

勇者「次の集落まではどれ位かな」

暗器使い「日が沈むまでには着けそうだな」

猫又「良かった。夜は日中と打って変わって冷え込むから」

辻斬り「その距離なら水も十分持ちますね」

暗器使い「ああ、あと少しだ。頑張って行こう」

勇者「……そうだね」


休憩を終え、砂漠でのメジャーな移動手段となる砂漠アシダカドリに各々騎乗した。

最後に腰を上げた勇者は身長こそ変わらないものの、少し逞しい背中に成長していた。
591 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 19:58:48.75 ID:B6eGxfUL0





目的の集落が近付いて来た時、勇者達はある異変に気がついた。


猫又「何か騒がしいね」

勇者「うん、行ってみよう……!」


勇者達が騒ぎの起こっている方へと駆け付けると、集落で逃げ惑う人々の姿があった。


砂漠の村人A「に、逃げろおおおお!!」

砂漠の村人B「ヒイイイイイッ!!」

勇者「一体何があったんですか!?」

砂漠の村長「た、旅の人かね……! ここは危ないから逃げなさい!」

砂漠の村長「“ヤツ”らが現れたのだよ……!!」
592 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 19:59:43.17 ID:B6eGxfUL0
暗器使い「ヤツら……?」


その時、勇者達の背後の砂の中から巨大な影が姿を現した。


砂漠の村長「あ、危ないっ……!!」

暗器使い「何だ!? ジャイアントワームか!?」


巨大なミミズのような怪物が、勇者達を飲み込もうとその口を開けて迫ってきた。


勇者「っ!!!!」


しかし、次の瞬間には勇者の抜いた剣によって真っ二つに切り裂かれてしまった。


辻斬り「うん、だいぶ様になってきたな」

勇者「……まだまだ、辻斬りさんには敵わないよ」

砂漠の村長「あ、貴方がたは一体……」
593 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:00:19.17 ID:B6eGxfUL0
勇者「僕は勇者です。ここは僕たちにお任せを」





しばらくして、集落に大量発生していた怪物たちは一掃された。

お礼に、と勇者達は快く集落に招き入れられたのだった。


砂漠の村長「勇者様方にはなんとお礼を言えば良いのか……」

勇者「そんな、当然のことをしたまでですよ」

辻斬り「それにしても、さっきの怪物たちは一体……」

砂漠の村長「あれはジャイアントワームの砂漠固有種、サンドワームです」

砂漠の村長「砂の中から馬や牛ですら一飲みにしてしまう恐ろしい怪物ですが、ある特定の音を嫌がるという性質が有りましてな」

砂漠の村長「その音を砂中に流し続ける特殊な魔法の鐘で集落を守るのがこの辺りでは普通の事なんですよ」
594 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:02:44.16 ID:B6eGxfUL0
猫又「そんな事を知らずに砂漠越えをしていたね」

辻斬り「最悪睡眠中に食われていたかもねえ」

暗器使い「まったく運が良いんだか、なんだかなあ……」

暗器使い「それで、今回はその鐘が有りながらなんであれ程のサンドワームが集落に?」

砂漠の村長「最初は鐘の故障を疑ったのですが、どうやらそうでは無いらしく……」

砂漠の村長「サンドワームの生態に詳しい者によると、何やら奴らは怯えた様子だったと言っていましてね」

猫又「普通なら嫌がる鐘の音を無視できる程の何かから逃げてきた、と」

砂漠の村長「うむ……」

砂漠の村長「先程他の集落からも同様の報告が来ましてね。この砂漠で何かが起こっている可能性は高いでしょうな」

勇者「サンドワームが怯える程の何か……」
595 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:03:36.41 ID:B6eGxfUL0
勇者「…………」

砂漠の村長「…………」

砂漠の村長「勇者様のお考えになっていることは分かります。ですがご自身の目的のためにここは早く出られたほうが良いでしょう」

勇者「で、ですが……」

砂漠の村長「今回は急にヤツらが現れたものだから対応に遅れましたが、警戒をすれば何てことは有りませんな」

砂漠の村長「既に周辺集落との連携も始めていましてね」

暗器使い「勇者、村長のおっしゃる通りだろう」

暗器使い「実際さっきの戦い、彼らの活躍が大きかっただろう?」

村守護のダークエルフ「町へ食糧の買い出しに行っている間にこんな事に……申し訳ない」

砂漠の村長「何、自分の人員配分ミスだ」
596 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:04:13.28 ID:B6eGxfUL0
砂漠の村長「我々はこの砂漠で代々ずっと暮らしてきた民族でしてね」

砂漠の村長「この程度の困難、乗り越えてみせましょう」

勇者「……分かりました」

砂漠の村長「しかしやはり砂漠に現れた何かについて、勇者として気になる点は有るのでしょうな」

砂漠の村長「他の集落からの情報をまとめると、方角は恐らく南東側……」

砂漠の村長「この共和国の首都の方角とおおよそ一致しますな」

砂漠の村長「あちらの方がより情報が手に入るでしょう。元々の目的地のようですからな、丁度良いのでは?」

猫又「そういう事なら明日の朝にはまた出発した方が良さそうだね」

辻斬り「うん。今晩はお言葉に甘えてここで休ませて貰おうか」

砂漠の村長「ええ、しっかりと疲れを取って下され」
597 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:05:00.79 ID:B6eGxfUL0





翌朝、村長の厚意で携帯用のワーム避けの鈴を貰い、勇者達は共和国首都を目指して出発した。

更に砂漠の案内人としてダークエルフが同行してくれる事になった。


勇者「すいません、わざわざ僕たちのために……」

村守護のダークエルフ「旅人を送り届けるのも我々の仕事だ」

勇者(確かにそれなりのお金も取られたけど……この地で暮らすために必要な仕事なんだろうな)

村守護のダークエルフ「村のことは大丈夫だ」

村守護のダークエルフ「……この砂漠は広いが、生き物が暮らせる場所は限られている」

村守護のダークエルフ「水が湧き、わずかに緑が茂る場所に少数が寄り添う……そんな村々が点在している」

村守護のダークエルフ「一つ一つの規模が小さいからこそ、昔から有事の際は皆で結託をして乗り越えてきた」
598 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:08:43.68 ID:B6eGxfUL0
村守護のダークエルフ「今回も“何か”が起こっていると思われる場所の周囲の者は、比較的広い集落へと避難させ、我々ダークエルフが重点的に守護にあたっている」

暗器使い「ダークエルフは古来よりこの砂漠に住まう亜人種なんだな?」

村守護のダークエルフ「……古来言うほど長い歴史は無い。せいぜい八百年ほどだろう」

猫又「八百年でも十分長いけれど……」

辻斬り「俺達と亜人とでは時間の尺度が違うのさ」

勇者「失礼な質問になってしまうんですが、良いですか」

村守護のダークエルフ「気にするな。だいたい聞きたいことは分かる」

村守護のダークエルフ「何故こんな不便な場所に住んでいるのか、だろう?」

村守護のダークエルフ「理由は森の民と大体同じだ。過去の大戦で人間と人外が対立した後、教会勢力がいる国々では俺達亜人も迫害の対象になった」

辻斬り「森の民……エルフか」
599 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:09:47.88 ID:B6eGxfUL0
村守護のダークエルフ「ああ。だが俺達と奴らとでは境遇が違った」

村守護のダークエルフ「千年前の当時、俺達の祖先の多くは魔王軍側に加わっていた」

村守護のダークエルフ「エルフに領土を分け与えた王国も、流石にダークエルフに干渉することは出来なかったみたいだ。そのときには既に、教会の力は絶対的なものになっていたからな」

暗器使い「初代勇者パーティの弓使いもエルフだったと聞くからな。そういう点も、当時の国王の行動が見逃された理由の一つだったんだろう」

村守護のダークエルフ「その口ぶりでは今回もエルフなのか?」

勇者「うん……今は訳あって居ないけれど」

村守護のダークエルフ「……詳しくは聞かないでおこう」

暗器使い「やつの瞳はお前たちのように燃えるような紅色だった」

暗器使い「本人曰く、どこかにダークエルフの血が混ざっているらしいが」

村守護のダークエルフ「エルフのとダークエルフの混血か……珍しいな」
600 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:10:34.34 ID:B6eGxfUL0
村守護のダークエルフ「かの大戦後は我々は砂漠に、奴らは森に籠もっているからな。交流は無いに等しい」

村守護のダークエルフ「大戦以前も良い間柄では無かったようだしな」

村守護のダークエルフ「さて話を戻すか」

村守護のダークエルフ「この砂漠に留まる理由……それは俺達ダークエルフも、あの集落の人々も同じだろう」

村守護のダークエルフ「ここが故郷だからだ」

村守護のダークエルフ「先祖がここに住み着いた理由は関係ない。それは彼らも同じだろう」

村守護のダークエルフ「生まれ育った場所を簡単に捨てることは出来ないものさ」

辻斬り「故郷、か……確かに大事なものだね」

猫又「…………」

辻斬り「しかし大丈夫なのかい? ここの国のお偉いさんには人外亜人嫌いが多いと聞くけれど」
601 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:11:02.63 ID:B6eGxfUL0
村守護のダークエルフ「その心配はない……まあ街に着けば理由も分かってくるだろう」

辻斬り「…………?」
602 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:11:46.74 ID:B6eGxfUL0





集落を発って一月近く、ようやく一面砂の景色から変わって人々が多く行き交う場所に到達していた。

しかし彼らの顔はどこか暗く、活気が感じられなかった。

その空気は首都に到着しても同じで、少しメインストリートから外れればならず者がたむろする怪しい地域に迷い込んでしまうようになっていた。


村守護のダークエルフ「流石にこの先はついて行けない。この先の酒場で仕事を探しているから、また用があれば来てくれ」

村守護のダークエルフ「次は大値引きするさ」

勇者「はは、分かりました。ありがとうございます」


ダークエルフに別れを告げると、予め退魔師ギルド経由で連絡を取っていたとある人物に謁見するために中心部に向けて歩き出した。

足を進めると少し賑やかさが出てきたようで、出し物などをしている姿も散見された。


観光客らしき男「食いもんはここまでだ。夜に食べられなくなっても知らねえぞ」
603 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:12:12.88 ID:B6eGxfUL0
観光客らしき女「ふん、わしの胃が底なしであるという事を忘れたのかのう?」

観光客らしき男「俺の財布が底ありなんだよ!!」


観光客のような人々の姿も増えていき、ようやく中心部らしい雰囲気になってきた。

しかしそれでもどこか影があるのは、今が戦争中だからなのだろうか。
604 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:15:45.58 ID:B6eGxfUL0





それからしばらくして、勇者らは目的の人物と卓を囲んでいた。


眼鏡の共和国外交官「久しぶりですね勇者殿。会議以来なので半年以上ですか」

勇者「お久しぶりです……」

眼鏡の共和国外交官「そちらが剣士の紋章持ちの方と……また新しいのが“一匹”紛れ込んでいますね」

勇者「そんな言い方は……!」

猫又「気にしないよ。私猫だし」

眼鏡の共和国外交官「また同じ轍を踏むのですか、勇者殿」

眼鏡の共和国外交官「例の内通者のことはとっくに耳に届いています」

勇者「…………」
605 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:16:37.36 ID:B6eGxfUL0
眼鏡の共和国外交官「人外共は我々を同じ知的生命だとは思っていない。家畜と同じです」

眼鏡の共和国外交官「分かり合うことなど出来ないのですよ」

勇者「それは、貴方も同じなのでは無いですか……?」

眼鏡の共和国外交官「そうです。だから争うしか無いのです」

勇者「でも少なくとも僕は……僕たちは違います」

勇者「全員が納得の行く方法なんて無い……だから僕は僕の信じたようにやるんです。それは貴方と同じことのはずです」

眼鏡の共和国外交官「……後悔してからでは遅いのですよ?」

勇者「後悔はもう十分してきました。これからも沢山するでしょう」

勇者「でも僕はやります」

暗器使い「勇者……」
606 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:17:08.09 ID:B6eGxfUL0
眼鏡の共和国外交官「……そうですか。ならば好きにすると良いでしょう」

眼鏡の共和国外交官「ただしここは我々の国です。ルールには従っていただきます」

勇者「勿論です」

眼鏡の共和国外交官「さて本題ですが……ここ最近共和国で入手できた情報について教えて欲しい、でしたか」

勇者「はい」
607 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:19:35.86 ID:B6eGxfUL0





暗器使い「やはり戦線は厳しい状態か……」

眼鏡の共和国外交官「例のダンジョンの罠で各国とも主力を多くを失いましたからね」

眼鏡の共和国外交官「最深部に誘い込みダンジョンごと爆破するとは卑劣な手段を……」

眼鏡の共和国外交官「勇者殿はよく生還できたものだ」

勇者「僕に関しては恐らく、あの時点では向こうが殺すつもりが無かったんだと思います」

眼鏡の共和国外交官「ふむ……?」

勇者「実は……」


勇者は眼鏡の共和国外交官に事情を説明した。


眼鏡の共和国外交官「勇者の力のシステムを逆手に取るために、勇者の力を見極めていたという事ですか……」

暗器使い「予想に反して勇者が成長し始めたから、始末するって方針に変わったようだがな」
608 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:20:19.44 ID:B6eGxfUL0
辻斬り「相手は勇者の力を厄介におもっているようだからねえ。紋章持ちが全員揃うのも快く思わないんじゃないかな」

眼鏡の共和国外交官「そうですか……しかし残念ながら我が国で紋章持ちが覚醒したという話は聞いていない」

勇者「そうですか……」

眼鏡の共和国外交官「力になれず申し訳ない」

眼鏡の共和国外交官「その件に関しての情報はありませんが、少し気になる話が有りましてね」

暗器使い「気になる話?」

眼鏡の共和国外交官「ここから南西に向かった砂漠の中にダンジョンらしき建造物が現れ、そして消えたという噂です」

勇者「ダンジョンらしき建造物……!」

辻斬り「へえ……?」

眼鏡の共和国外交官「元々は古代の遺跡があった場所なのですが、それとは似て非なるものが一晩だけ観測されたのことで、今聖騎士達が調査の準備をしているところでしてね」
609 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:20:51.96 ID:B6eGxfUL0
眼鏡の共和国外交官「勇者殿は戦線ではない地域で活躍することに注力している様子なので、良ければ聖騎士らに話を通しましょうか?」

勇者「……よろしくお願いします……!」
610 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:21:41.36 ID:B6eGxfUL0





勇者達は案内されるがままに、大聖堂横の聖騎士の兵舎へとやって来た。

そこに現れたのは修道女にしては顔の険しい、騎士にしてはあまりに身軽な女性だった。

その姿を一目見て、勇者は気がついた。


勇者(人間じゃ、無い……? 教会に何故……)

目付きの悪い細身の女性「貴様が勇者か」

勇者「う、うん……」

目付きの悪い細身の女性「付いて来るが良い」

勇者「は、はい……」

暗器使い(怖い姉ちゃんだな……)
611 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:26:21.39 ID:B6eGxfUL0
辻斬り(しかもかなり強そうだ)

猫又(お腹空いたなあ)

目付きの悪い細身の女性「何故我がこのような小間使いのような……」


終始機嫌の悪そうな女性に付いていった先は小さな応接間のような場所で、既に何人かの人物が待機していた。

その多くがフードを深く被っており、異様な雰囲気に包まれていた。

その中心にいる騎士らしき男だけが柔和な笑みで勇者達を招き入れた。


共和国首都の聖騎士長「私はこの首都教会の聖騎士長を任されている者です。よろしくお願いします、勇者御一行様」

勇者「よろしくお願いします」

共和国首都の聖騎士長「案内を任せてしまって済まなかったね。こちらも慌ただしくて」

目付きの悪い細身の女性「二度とやらんぞ」
612 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:27:30.80 ID:B6eGxfUL0


ぶっきらぼうな女性の物言いに、控えていたうちの一人が立ち上がって不機嫌そうな顔を見せた。


赤毛の術師「貴女、誰の温情で今存在できているのかまだ理解できないみたいね」

目付きの悪い細身の女性「……それは貴様が言うことではなかろうが、雌餓鬼が」

赤毛の術師「は?」

目付きの悪い細身の女性「あ?」

共和国首都の聖騎士長「こらこら二人共、お客様の前だ」

赤毛の術師「しかし……!」

共和国首都の聖騎士長「落ち着いて、な?」

赤毛の術師「…………はい」


火花を散らす女性二人を、聖騎士長が困った顔をしながらその場を収めた。

613 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:28:13.18 ID:B6eGxfUL0
暗器使い「(うちの子はこうじゃなくて良かったな……)」

辻斬り「(いやいや、この子も意外と凶暴だよ?)」

猫又「(……あ?)」

勇者「(ま、まあまあ……)」

辻斬り「(それにしても案内してくれた子も、赤毛の子も並の実力じゃない……)」

暗器使い「(何よりあの優男……法国の正騎士団長に劣らない力を感じる)」

猫又「(首都を任されるにはそれだけの力が必要って事なんじゃないの?)」

猫又「(これだけの実力者が集まる必要があるものなの? ダンジョンってやつは)」

勇者「(うん。決して油断できない場所なんだ)」

共和国首都の聖騎士長「さて少し狭いけれど席に着いてもらえますか」
614 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:28:56.02 ID:B6eGxfUL0
共和国首都の聖騎士長「まさかこのタイミングで勇者殿らが訪れてくださるとは、これも導きなのでしょうか」

暗器使い「砂漠にダンジョンらしきものが出現したとの事だが……」

共和国首都の聖騎士長「恐らくはダンジョンで間違いないみたいですね。本来あの位置にあるはずのダンジョンが宣戦布告時に現れなかったそうなので」

辻斬り「本来あるはず……? 何故そんな事を知っているんだい?」

共和国首都の聖騎士長「敵の情報を握っている者はこっち陣営にもいるってことですよ」

目付きの悪い細身の女性「…………」

共和国首都の聖騎士長「ダンジョンを出現させた者の検討もついています」

共和国首都の聖騎士長「非常に強力な敵です。ここの戦力だけで勝てるかどうか……」

暗器使い「それほどの……!?」

共和国首都の聖騎士長「ええ。“理”側の存在と考えていいでしょう」
615 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:31:05.54 ID:B6eGxfUL0
勇者「つ、つまり……素の状態でもランクSなのは確定だと……」

目付きの悪い細身の女性「しかも生半可な者ではではない」

目付きの悪い細身の女性「死ぬ気がないのであれば残って寝ているが良い」

勇者「…………!」

共和国首都の聖騎士長「本来ならば“あの方”の協力を得たかったのですが」

赤毛の術師「『この街からは出ない』との事で……」

共和国首都の聖騎士長「やれやれ、いつも通りですか……」

勇者(ランクSの凄さは目の当たりにしてきた……)

勇者(初代格闘家様やダンジョンでの黒い騎士……皆自分一人では及ばない強さだ……)

勇者(でも……!)
616 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:31:40.37 ID:B6eGxfUL0
勇者「この剣が、行かねばならないと言っているんです……!!」

暗器使い「勇者、それは……」

勇者「うん、そらくは」

目付きの悪い細身の女性「……好きにしろ……」

共和国首都の聖騎士長「よし。それならこの先の話に進めましょうか」

共和国首都の聖騎士長「やはりダンジョンの主は、“アレ”で間違いないのですね?」

目付きの悪い細身の女性「うむ、確実だ」

目付きの悪い細身の女性「彼処に眠っていたのは海の王レヴィアタンと対を成す、ベヒモスと呼ばれる獣だ」

赤毛の術師「……ベヒモス……!」

猫又「私でも知ってるぐらい有名な怪物だね」
617 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:32:27.24 ID:B6eGxfUL0
猫又「でも確かレヴィアタンと同士討ちで死んでしまったんじゃなかったっけ?」

目付きの悪い細身の女性「ふん、それは違うな」

目付きの悪い細身の女性「かの大戦が終結した後も、ベヒモスとレヴィアタンは戦い続けていた」

目付きの悪い細身の女性「奴曰く……真の死を求めてとの事だが、我にはあの考え方は理解できん」

目付きの悪い細身の女性「そしてその戦いに巻き込まれた男がいた…………初代戦士だ」

勇者「もしかして初代戦士様が海上で亡くなった原因って……」

目付きの悪い細身の女性「その時の消耗によるものだろうな」

目付きの悪い細身の女性「結果として初代戦士は死に、ベヒモスは瀕死に……レヴィアタンは生死が不明だそうだが恐らく死んだだろう」

目付きの悪い細身の女性「ベヒモスはそのまま数十年眠り続け……そして目覚めると辺り一面が不毛の大地と化していたという」

辻斬り「その言い方だと、あの砂漠が出来たのは大戦の後だったのかい?」
618 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:33:18.27 ID:B6eGxfUL0
目付きの悪い細身の女性「何だ、何も知らんのか」

目付きの悪い細身の女性「いかに初代戦士と言えど、あの怪物二体を同時に相手して致命傷を与えるなど無理な話だ」

勇者(その通りだ……剣の記憶をたどってみても、あの方一人だけではそんな芸当が出来るとは思えない……)

勇者(駄目だ……! 何か引っかかる……記憶が……)

目付きの悪い細身の女性「やはり“正しい歴史”は伝えられていないのか」

目付きの悪い細身の女性「……やれやれ」

目付きの悪い細身の女性「あの砂漠と同じような地域がこの大陸にあるだろう。そこについて調べてみることだな」

猫又「随分と詳しいんだねえ。それにさっきの口ぶりからすると……」

目付きの悪い細身の女性「……その通りだ。我は元々魔王軍下にあった」

暗器使い「やはりか……しかし何故」
619 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:33:44.73 ID:B6eGxfUL0
目付きの悪い細身の女性「経緯は省く」

目付きの悪い細身の女性「ただ単に、自分の愚かさに気がついただけだ」

赤毛の術師「…………」

目付きの悪い細身の女性「奴らの近くにいた立場からの言葉としてもう一度聞くが良い」

目付きの悪い細身の女性「勝てると思うなよ」
620 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/08/15(木) 20:35:05.24 ID:B6eGxfUL0
今日はここまでです。続き頑張ります。
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/16(金) 20:15:08.64 ID:m2te1SYDO
乙乙
続き待ってるよ!
622 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/09/11(水) 16:48:59.63 ID:zmSxpxYN0
>>621 頑張ります
623 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:50:14.88 ID:zmSxpxYN0





──ダンジョン目撃場所への道中


辻斬り「なあなあ、おねーさん」

目付きの悪い細身の女性「……気安く話しかけるな」

辻斬り「ヒュウ怖い」

辻斬り「元魔王軍にいたってことで、内通者騒ぎの時に疑われなかったの?」

目付きの悪い細身の女性「ふん、当然疑われた。今も監視がついている」

目付きの悪い細身の女性「裏切ろうにも“枷”のある今は不可能だと言うのにな」

共和国首都の聖騎士長「枷なんて言い方しなくても……」

目付きの悪い細身の女性「貴様もああいった自体を想定して施したのだろう? 用意だけは周到な男だからな」
624 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:52:14.82 ID:zmSxpxYN0
目付きの悪い細身の女性「お陰で必要以上の取り調べは無かった。そこは感謝しよう」

赤毛の術師「もう少し感謝が伝わるような言い方が出来ないの?」

目付きの悪い細身の女性「言い方一つで価値が変わるならば、それは真の気持ちと言えるのか?」

赤毛の術師「流石に屁理屈過ぎる……!!」

目付きの悪い細身の女性「何とでも言え」

目付きの悪い細身の女性「……しかし、裏切り者か」

目付きの悪い細身の女性「紅目のあいつも、そんな役をやる羽目になったな」

勇者「エルフさんのことを知って……って当然か」

目付きの悪い細身の女性「新生魔王軍としていまの軍勢が立ち上がった後、奴とは共に行動することが多かったのでな」

目付きの悪い細身の女性「……昔、弓も少々指南してやったな」
625 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:53:08.10 ID:zmSxpxYN0
目付きの悪い細身の女性「奴とは主に、仲間を増やすために各地を巡って回っていた」

目付きの悪い細身の女性「特に大戦後に多く捕らえられた亜人……エルフなどを探し回った」

目付きの悪い細身の女性「多くの者は故郷へと戻ったが、中には我の配下として下る物好き共も居てな……」

共和国首都の聖騎士長「西人街で戦った彼らですか……」

目付きの悪い細身の女性「そうだ」

目付きの悪い細身の女性「命も奪わず無力化し、人目につく前に故郷へ送り返すとは器用な真似をしてくれたものだ」

目付きの悪い細身の女性「……その件も、感謝している」

共和国首都の聖騎士長「どういたしまして」

赤毛の術師「…………」

暗器使い「しかし紅目のエルフのことを知っていたのに内通者であると密告しなかったのは何故だ?」
626 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:53:39.49 ID:zmSxpxYN0
暗器使い「昔の部下への温情か?」

目付きの悪い細身の女性「どうであろうな……温情、というのは違うだろう」

目付きの悪い細身の女性「やはり奴が紋章持ちとして選ばれたその意味を、見届けてやろうと思ったからかもしれんな」

辻斬り「紋章持ちとして選ばれた意味、か……」

暗器使い「…………」


それからしばらく続いた沈黙を破ったのは勇者だった。


勇者「聖騎士長さん。どうして外交官さんがあそこまで人外を毛嫌いするのか、その理由をご存知ですか?」

勇者「もちろん話せない内容でしたらこれ以上は聞きません」

共和国首都の聖騎士長「……いや、話しましょう」

共和国首都の聖騎士長「嬉々として言いふらすような事では決してありませんが、親しいものなら皆知っていることですので」
627 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:54:25.72 ID:zmSxpxYN0
共和国首都の聖騎士長「よくある話といえば、よくある話です」

共和国首都の聖騎士長「あの方が兵士として活躍されていた頃に、大規模な暴動事件が有りましてね」

共和国首都の聖騎士長「その際に奥様とお子さんを亡くしているんです」

共和国首都の聖騎士長「その暴動の中心にいたのが人外だった……という事です」

共和国首都の聖騎士長「国を、街を守るために戦ったが、家族を守ることは出来なかった……その事実があの方を縛り続けているんでしょうね」

共和国首都の聖騎士長「せめてこの国、この街だけは守らなければ、と」

共和国首都の聖騎士長「しかしこの国はご覧の有様です。広大な不毛の大地に加えて生き物の住まわない死の海域……おまけに地下資源にも乏しく多くは輸入に頼り切り」

共和国首都の聖騎士長「そんな最中に隣国の皇国で巨大な炭鉱が発見された」

共和国首都の聖騎士長「だからこの国はあんな馬鹿な真似をしてしまったのでしょうね」

勇者「皇国にある教会を利用した例の工作の事ですか」
628 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:55:09.70 ID:zmSxpxYN0
共和国首都の聖騎士長「命令とはいえ、関わった私にものを言える筋合いは無いのですがね」

暗器使い「工作活動の失敗による賠償に加えて魔国との戦争による更なる疲弊……」

暗器使い「首都があんな空気になっているはずだ」

辻斬り「ダークエルフの彼が言っていた、砂漠にいる彼らが放置されている理由……」

辻斬り「放置されていると言うより、そっちに手を回す余裕が無いって事なんだろうね」

猫又「みたいだね」

目付きの悪い細身の女性「不毛の大地と死の海域か……」

目付きの悪い細身の女性「あれらをどうにかする方法は無くはない……」

共和国首都の聖騎士長「何か知っているんですか?」

目付きの悪い細身の女性「……まあ、現実的な話ではない。忘れろ」
629 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:55:58.84 ID:zmSxpxYN0
目付きの悪い細身の女性「さて、そろそろ目的の場所が近いのでは無いのか?」

共和国首都の聖騎士長「ええ、例の遺跡が見えてきました」


聖騎士長の視線の先には砂風によって朽ち果てた太古の遺跡が見えた。

しかしそれは昔ながらの姿であり、ダンジョンのような異形の姿と化してはいなかった。


共和国首都の聖騎士長「これは報告通りですね……しかし……」

辻斬り「うん、確実に“何かいる”ね」

目付きの悪い細身の女性「……確実に奴の気配だ。精々気をつけるが良い」


事前の打ち合わせ通りに散開し、前衛と後衛がうまく連携できるように準備を進めた。

そしていよいよ、聖騎士長らが率いる前衛が遺跡へと進行を始めた。

そこで待ち受けていたのは遺跡の眼の前でじっと動かない、様々は獣が溶け合ったような異形の巨大な姿だった。
630 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:56:51.23 ID:zmSxpxYN0
共和国首都の聖騎士長「西人街での“偽物”とは大きさも力も比べ物にならないですね」

レライエ「当たり前だ。こんな怪物を完全に再現できるわけがなかろう」

レライエ「……まあ、まずは我に任せろ」

ベヒモス「……何者だ?」

目付きの悪い細身の女性「我だ」

ベヒモス「その声は…………レライエか? グハハハハ、久しいな」

勇者(このお姉さんの正体はレライエ……! やはり幹部級だったのか……!)

ベヒモス「今はいつだ? どれほどの時が経った?」

目付きの悪い細身の女性→レライエ「眠りについてから二百年少々だ」

レライエ「他の者は全て目覚めている。貴公は少々寝過ぎだ」
631 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 16:59:12.59 ID:zmSxpxYN0
ベヒモス「の、ようだな。遥か遠くから大きな戦の気配がする」

レライエ「目覚めが遅れたのは術の不具合か何かだとは思うが……」

レライエ「何故折角のダンジョンを崩壊させた? 我々後発組とは発生までにかけた年月が違う」

レライエ「完成したダンジョンの力も更に強大なものとなっていただろう」

ベヒモス「フン……あんな小細工がなくとも我は全てを屠れる」

ベヒモス「しばらくは我の望む戦いが無いと判断し、眠りにつくのも悪くはないと思ったから従ったまでの事……」

レライエ「ふう……貴公はそういう者だったな……」

レライエ「しかしそうだとしても、何故転移陣を使わずここで油を売っている」

ベヒモス「戦局の見極めだ。どう立ち回るのが一番面白いのか、それを知りたい」

ベヒモス「貴様がここに来てくれたことでだいぶ手間が省けたぞ」
632 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:00:01.46 ID:zmSxpxYN0
ベヒモス「…………貴様、人間に敗れたな?」

レライエ「…………」

ベヒモス「グハハハハッ、人間と共に行動する貴様を見ることが出来るとはな!」

ベヒモス「勝利は成長を促すが本質を変えることは無い。敗北は時に両方をその者に与える……」

ベヒモス「そういう事だろう」

レライエ「だとすれば、何だ?」

ベヒモス「グハハハハッ、決めたぞ! やはり我はこちらの陣営に残る! 人間とはいつの時代でも予想外の手を打ち、我らを楽しませくれるからな!!」

レライエ「そうか……残念だ」

レライエ「──今だ」

共和国首都の聖騎士長「魔導隊! 放て!!」
633 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:00:54.18 ID:zmSxpxYN0


聖騎士長の掛け声と共に、後方に控えていた魔導隊が練り上げていた術を一斉に解き放った。


赤毛の術師(西人街のダンジョンの件で貴様に術の類が有効であることは分かっている! 最大出力の雷槌に焼かれて死ねっ!!)


赤毛の術師や、他の術使いが放った雷が、炎が、氷がベヒモスに向かって一直線に降り注がれた。

ベヒモスが避ける間もなくそれらは全て直撃し、爆音とともに大量の砂が舞い上がった。


赤毛の術師「よし当たった……」

辻斬り(あのフードの集団、やはり一人一人が強い……だが)

赤毛の術師「まあ、この程度で終わるならこんなに入念な準備はいらない」


砂煙が晴れた先では、表情一つ変えずに同じ場所にベヒモスが鎮座していた。


赤毛の術師「それならもう一発……!」


赤毛の術師が手をかけたのは地面に突き立てられた巨大なランス。
634 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:01:58.32 ID:zmSxpxYN0
その表面にずらっと紋様が現れたその時、共和国首都の聖騎士長がそれを手に取りおおきく振りかぶってから投擲した。

ベヒモスに向かって一直線に飛んでくランスは、バチリと大きな音を立てて輝き出した。


ベヒモス「雷の槍か……面白い! 来い!!」


やはりベヒモスはそれを避けることはなく、体で受け止めた。

しかし聖騎士長の力で投擲された槍を無傷で受けきることなど無理な話で、腹部に深く突き刺さり、次の瞬間には体中を電撃が走り回った。


ベヒモス「ぬうううううううううううううううううううっ!!!!」


ランスの刺さった場所は勿論、最初の一斉攻撃による傷口からも血が滲み出ては焼け焦げた。

普通の相手ならばとっくに絶命しているであろう。

しかしそれでもベヒモスは一歩も動かず、そしてその瞳は勇者達を捉え続けていた。


ベヒモス「面白い。この時代にも優秀な術者共がこれ程に存在しているとは」
635 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:02:53.43 ID:zmSxpxYN0
ベヒモス「やはりまずはこちらの陣営で暴れた方が楽しめそうだ」

共和国首都の聖騎士長「ふう、そこまで平気そうな顔をされると困ってしまいますね」

ベヒモス「否。人間だけでよくもここまで出来るものだ」

ベヒモス「千年前と同様に驚かされる」

ベヒモス「しかし人間の主力の術者共はかの大戦終結の際にあの国ごと滅んだのでは無かったか?」

共和国首都の聖騎士長「……今は亡国と呼ばれる連邦国に接した魔導の国の事ですか」

暗器使い(亡国……あの半島にかつて存在していた国で大戦は終結したと言われているが、あそこが魔導師の国だったとはな)

共和国首都の聖騎士長「確かに国は滅び、民の殆どは死に絶えたと聞いています」

共和国首都の聖騎士長「ですが初代魔法使い様によって多くの術が体系化され、世に広められました」

共和国首都の聖騎士長「貴方がたの敵となりうる者が、千年前と同じ程度しか存在しないと思わない方が良いですよ」
636 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:03:31.27 ID:zmSxpxYN0
共和国首都の聖騎士長「彼女のように、亡国の民の生き残りの子孫も各地にいますしね」

赤毛の術師「…………」

ベヒモス「グハハハハッ、ますます楽しめそうで涎が滴る」

ベヒモス「まずは貴様らを屠ることで目覚めの一食目とさせてもらおうか」


痛みを感じていないのだろうか、腹に深く刺さったランスをずるりと抜き、その大きな口を歪めてニタリと嗤った。

その肩の傷口に、矢が刺さった。


ベヒモス「む…………?」


その矢は何の変哲も無い普通の矢で、鏃に猛毒などが仕込まれている訳でもない。

しかし、その矢を放った者が問題だ。


レライエ「そこまで深く抉られていれば、この細い矢も芯へと突き立てられる」
637 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:04:02.13 ID:zmSxpxYN0
ベヒモス「レライエ……貴様ごときの力では我を殺せぬという事を忘れたのか?」

レライエ「その油断を待っていたのだ」


その鏃に毒はない。

しかし、レライエが放った矢はその標的の体を侵食し、腐り落とす。そういう事になっているのだ。

次の瞬間にはベヒモスの臓物に到達した矢の周りが、ドロリと腐り始めた。


ベヒモス「何っ!?」

レライエ「今の我は……不本意ながら聖騎士長の使い魔という事になっている」

レライエ「術者の絶対的な支配下に置かれる代わりに、我の力は底上げされている」

レライエ「この力ならば貴様に届く」

ベヒモス「貴様……!」
638 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:08:14.27 ID:zmSxpxYN0


ベヒモスがこのまま腐った肉塊へと変わり果てる。そう思ったのもつかの間だった。


ベヒモス「グオオオオオオオッ!!」


ベヒモスは自らの腹の中に爪を立てた手をねじ込み、腐り始めたモツを引きずり出してしまった。


猫又「なっ!」

辻斬り「……! 避けろっ!!」


猫又は辻斬りに襟首を掴まれて投げ飛ばされた。


猫又「げほっ!」


先程まで猫又がいたところにはベヒモスの姿と、逃げ切れなかった前衛の兵士達……だった物がバラバラに転がっていた。

ベヒモスが口に含んだものぐちゃぐちゃと咀嚼すると、みるみる内に腹部を含めた全身の傷が回復し始めた。


ベヒモス「レライエェ……我を殺したくば心の臓を狙うのだったな」

ベヒモス「しかしその機会ももう巡って来るとは思わぬことだ」
639 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:08:56.88 ID:zmSxpxYN0
レライエ「チッ……!」

共和国首都の聖騎士長「やはり倒すことは出来ませんか……ならば」

ベヒモス「ダンジョンからの脱出用に用意されている転移魔法陣で我を突き返すか?」

ベヒモス「楽しくなってきた所だ、その手には乗らんぞ」

共和国首都の聖騎士長「……!!」

ベヒモス「聖騎士長と言ったか……貴様も楽しめそうだが、向こうには更に楽しめそうな気配を感じる」

共和国首都の聖騎士長(首都の方角……! この怪物をあそこに向かわせるわけにはいきませんね……!)

ベヒモス「レライエを使い魔として使役するとは、貴様の力はまだまだ底が見えるものでは無さそうだな」

共和国首都の聖騎士長「いえいえ、買いかぶり過ぎも困りますね……」

ベヒモス「無理矢理にでもそのヤワな面の下を拝ませて貰おう」

ベヒモス「さあ、始めようではないか……!!」
640 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:09:37.17 ID:zmSxpxYN0





──一方、共和国首都にて


共和国外交官の護衛「失礼します」

眼鏡の共和国外交官「……入ってください」

共和国外交官の護衛「報告です」

共和国外交官の護衛「勇者および聖騎士長らが目標との戦闘に入りました」

眼鏡の共和国外交官「それで、戦況は」

共和国外交官の護衛「劣勢、と言っていいでしょう」

眼鏡の共和国外交官「詳しく」

共和国外交官の護衛「通信術式の様子から推測しますと正騎士団長様は勿論、勇者殿一行の猛攻で何とか耐えているようですが」
641 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:27:33.20 ID:zmSxpxYN0
共和国外交官の護衛「ベヒモスはどれだけ傷つけられても立ち上がってくるそうです」

眼鏡の共和国外交官「やはり伝説の怪物はそう簡単には倒せませんか……」

共和国外交官の護衛「やはり“あの方”に出て頂く他ないのでは」

眼鏡の共和国外交官「それが出来れば早いのですが、やはりこの街を出るつもりは無いらしくてね」

共和国外交官の護衛「そうですか……」

眼鏡の共和国外交官(私が政治で国全体を、彼がその力で都市を護ると確かにあの日そう決めた……)

眼鏡の共和国外交官(だが……)


???「この街にも危害が加えられる可能性がある、か」


共和国外交官の護衛「い、いつの間にいらっしゃたのですか!?」

眼鏡の共和国外交官「お前……! 出てきていたのか」
642 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:28:38.57 ID:zmSxpxYN0


いつの間にか部屋に姿を現していたその男は、そのやつれた顔と、肌という肌に掘られた入れ墨のせいか異様な雰囲気を放っていた。

彼は三白眼の呪術師と呼ばれ、共和国最強の術者として長い間この首都を守り続けてきた男だった。


???→三白眼の呪術師「転移魔法陣で送り返すという算段は勘付かれたようだな」

眼鏡の共和国外交官「ああ……」

三白眼の呪術師「当然だ。向こうはあの伝説の怪物だ」

眼鏡の共和国外交官「だが、お前ならば戦えるはずだ」

三白眼の呪術師「この街を出ないという誓いを破るつもりはない。もし奴がここへと来るのであれば迎え撃つことは約束する」

共和国外交官の護衛「……た、たった今、追加の報告です!」

共和国外交官の護衛「ベヒモスがこの首都に向けて進行を開始したとの事です……!!」

眼鏡の共和国外交官「何っ……!?」
643 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:29:05.44 ID:zmSxpxYN0
三白眼の呪術師「……なるほど、準備はしておこう」

三白眼の呪術師「お前も軍の方と連絡を取って準備を進めておくといい」

三白眼の呪術師「周辺諸国との連携も考えた方が良いかもしれないな」

眼鏡の共和国外交官「た、帝国や皇国の力など……!」

三白眼の呪術師「……私情に流されて、“また”失っても俺は知らんぞ」

眼鏡の共和国外交官「ぐっ……」

眼鏡の共和国外交官「各位に通達の準備を……!」

共和国外交官の護衛「はっ!」

眼鏡の共和国外交官「……お前はどうする」

三白眼の呪術師「当然奴がここに現れた際の対策は進める……」
644 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/09/11(水) 17:34:49.42 ID:zmSxpxYN0
三白眼の呪術師「だが、もう一つやる事があってな」

眼鏡の共和国外交官「この緊急時に一体何を……」

三白眼の呪術師「数日前に自分の元にとある若者が訪ねてきていてな」

三白眼の呪術師「彼らにとあるものを託しておいた」

三白眼の呪術師「知っての通り俺の力は、そう使い勝手の良いものではない」

三白眼の呪術師「だからこそここで迎え撃つ必要がある」

三白眼の呪術師「だが彼らの力にちょっとした手助けをすることは出来る」

三白眼の呪術師「同じ……運命を司る者としてな」

眼鏡の共和国外交官「まさか、お前と同じような術者が……!?」

三白眼の呪術師「モノは違うがその本質は同じ、とだけ言っておこうか」

三白眼の呪術師「俺達みたいな老人はそろそろ引退して、ああいう若者に任せていこうじゃないか」
645 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/09/11(水) 17:35:56.46 ID:zmSxpxYN0
あと二回ほどで「不毛の大地」編は片が付きます
646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/12(木) 00:54:28.84 ID:LgNyABaDO
乙乙
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/15(日) 12:04:38.14 ID:L72ZccVJO
何気に前回の話にお祓い師達らしき人達が出てる件
648 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/10/24(木) 20:13:59.70 ID:q4fF5FA70
>>646 ありがとうございます
>>647
649 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/10/24(木) 20:15:40.29 ID:q4fF5FA70





ベヒモスは何も、砂漠を駆け出した訳ではない。

しかしその大きな一歩ゆえに、全速力のアシダカドリに劣らぬ速度で共和国首都へと歩き始めていた。

その進行を止めようと聖騎士らが斬りかかるが、薙ぎ払われ、潰され、胃の中へと放り込まれてしまった。


ベヒモス「まだ足りぬ。大きな街に行けば腹も満たされるだろうか」

共和国首都の聖騎士長「あちらに行かせる訳にはいきません」

ベヒモス「手を抜いたままでは我を止めることは出来ぬぞ」

共和国首都の聖騎士長「……そうですね」

共和国首都の聖騎士長「あまりやりたくは無いのですが……」


剣を構えた聖騎士長の纏う雰囲気が先程とは変わった。

650 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:16:44.54 ID:q4fF5FA70
勇者(何だ……!? 別人みたいに……)

辻斬り(あれが真の力、って事なのか?)

レライエ「…………大丈夫なのか?」

共和国首都の聖騎士長「あまり時間はかけたく無いですね」

共和国首都の聖騎士長「行きますよ!!」


ダッ、と踏み出した先を周りの騎士たちは目で追うことが出来なかった。

辛うじてその姿を捉えていたのは、ベヒモスやレライエ、そして勇者と辻斬り、暗器使いらだけだった。

それほどに聖騎士長の動きは素早かった。

ずぷっ、という音がしたかと思うと、ベヒモスの右の手足が砂上に転がった。


ベヒモス「ぐっ!?」
651 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:17:17.21 ID:q4fF5FA70
勇者(何だ……!? 別人みたいに……)

辻斬り(あれが真の力、って事なのか?)

レライエ「…………大丈夫なのか?」

共和国首都の聖騎士長「あまり時間はかけたく無いですね」

共和国首都の聖騎士長「行きますよ!!」


ダッ、と踏み出した先を周りの騎士たちは目で追うことが出来なかった。

辛うじてその姿を捉えていたのは、ベヒモスやレライエ、そして勇者と辻斬り、暗器使いらだけだった。

それほどに聖騎士長の動きは素早かった。

ずぷっ、という音がしたかと思うと、ベヒモスの右の手足が砂上に転がった。


ベヒモス「ぐっ!?」
652 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:17:58.38 ID:q4fF5FA70
共和国首都の聖騎士長「まだです!!」


聖騎士長の猛攻がベヒモスを襲う。

その姿は果たしてAランクに収まる者の動きなのだろうかと、その場の誰もが思った。

そしてついにベヒモスは大きな音を立てて地面に伏した。

しかし。


暗器使い「……バケモノめ……」


その巨体は再びゆらりと立ち上がった。


ベヒモス「グ……グフ……グフフフフフフフ……」

ベヒモス「面白いぞ人間……! やはり、戦いはこうでなくてはな!!」

共和国首都の聖騎士長「いい加減倒れてくれませんかね……!」
653 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:18:39.06 ID:q4fF5FA70


聖騎士長が剣を構え直した時、その手に血がポタリと落ちた。

血は聖騎士長の口から流れていた。


共和国首都の聖騎士長「ごほっ……」

赤毛の術師「聖騎士長様っ……! 無理をしすぎです……」

共和国首都の聖騎士長「ごほごほっ……いやあ、そうみたいですね」

ベヒモス「……病持ちか」

共和国首都の聖騎士長「色々とありましてね」

ベヒモス「病人を嬲る趣味はない。しかし逃すには惜しい相手だ」

ベヒモス「その魂燃え尽きるまで戦え。さもなくば周りから屠るまでだ」

共和国首都の聖騎士長「そうは、させませんよ……」
654 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:19:17.52 ID:q4fF5FA70
赤毛の術師「駄目です……! 一旦引いてください!」

共和国首都の聖騎士長「私が引いては貴女達が、街の皆が危険にさらされる……」

共和国首都の聖騎士長「私は護るために騎士になったのです……」

赤毛の術師「ですが……!」

ベヒモス「魔導の国の生き残りよ。邪魔をするのであれば貴様から殺してやろう」

赤毛の術師「……来なよバケモノ……!」

共和国首都の聖騎士長「……! 駄目です!」

赤毛の術師「この紫電で骨の髄まで焼き尽くす……!」


ベヒモスが赤毛の術師に向かって飛びかかる。

彼女の手に纏わりついたイカヅチと、ベヒモスの獣の身体がぶつかりあう音が……。
655 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:20:03.54 ID:q4fF5FA70
聞こえることはなかった。


ベヒモス「ごっ……!?」

赤毛の術師「……ふう。正面しか見えていないの?」


ベヒモスを横に吹き飛ばしたのは、その小柄な体から打ち出されたとは思えないほど重い重い、勇者の剣の一撃だった。


勇者「僕は……“俺”は歴代でも出来損ないの勇者だが」

勇者「それでも勇者一族の末裔なんだ……!」

ベヒモス「面白い……! 受けて立つぞ末裔よ!!」


掠りでもすれば死にも繋がる攻撃を掻い潜り、勇者は剣を繰り出す。

僧侶が居ない今、重症を負えばそれで全てが終わってしまう。

それでも勇者はその手を、脚を止めなかった。
656 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:20:39.49 ID:q4fF5FA70
眼の前の敵は乗り越えなくてはならない壁だと感じていたからだ。

大きく空振ったベヒモスの腕を駆け上がり、その顔面に飛びかかった。

勇者の剣はベヒモスの瞳に深く突き立てられた。


ベヒモス「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?」

暗器使い(あいつ、また別人みたいな……!)

猫又「凄い……」

共和国首都の聖騎士長「やりますね……」


勇者の猛攻に怯んだベヒモスを見て、全員が「いける」と思ってしまった。

戦いに油断は禁物である。


勇者「……!? まずっ……!」
657 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:22:02.38 ID:q4fF5FA70
ベヒモス「逃さんぞォォォォ小僧ォ!!」


そう、ベヒモスは勇者の剣を抜かせんと瞼を強く閉じて固定してしまったのだ。

剣を握る勇者に、ベヒモスの腕が襲いかかる。


猫又「ぼさっとしてないで!!」


あと一瞬遅れたらミンチになっていたであろうという所で、猫又が勇者を抱えて救出した。

猫又に抱えられた勇者の瞳にはその光景が映っていた。


──勇者の剣が、バキリと二つに折られたのだった。


忌々しそうに剣を抜き取り勇者を睨むベヒモスの足元でキラリと何かが光った。

それは美しい靭やかさで繰り出される剣撃だった。

聖騎士長が切り落としたものとは別の手足がボロボロと身体から離れていく。
658 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:23:37.11 ID:q4fF5FA70
辻斬りはベヒモスの足元から離れて刃についた血を拭った。


辻斬り「どういうわけか俺は、あの伝説の剣士の紋章を任されているらしいんだよ」

辻斬り「この刃、かつての英雄達のようにあんたらに届かさせてもらう」


猫又「あいつ無茶を……!」

猫又「ああもう! これを使って!」


猫又が投げたものを受け取ると、それは一本の刀だった。

しかし何か違和感がある。


猫又「それは普通の刀から太刀程の長さまで変幻自在に化ける妖刀……」

猫又「並の剣士じゃ扱いきれないんでしょうけれども、あなたなら出来るでしょ」

辻斬り「なるほど……これならデカイの相手に丁度いいね」
659 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:24:17.25 ID:q4fF5FA70
辻斬り「それじゃあ行くよ!!」

ベヒモス「ぬうううっ!」


辻斬りの猛攻によって、わずかにでは有るが確実にベヒモスの動きは鈍り始めていた。

──そしてついにベヒモスが攻撃を避けた。

地面には一本の矢が刺さっている。


レライエ「フン……我の矢など効かぬのでは無かったのか?」

ベヒモス「レライエェ……!」

レライエ「流石にこの人数差ではやせ我慢も続かんか」

ベヒモス「レライエェェェェッ!!」


ベヒモスが飛びかかったその先にいたのはレライエと…………どこから持ってきたのか巨大な大砲の砲撃準備をしている暗器使いだった。

660 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:26:47.87 ID:q4fF5FA70
暗器使い「俺はな、武器なら何でも隠し持てるんだ。猪突猛進過ぎるぞデカブツ」

ベヒモス「ぬおおおおおおおおおっ!!」


ベヒモスは止まれない。その顔面にめがけて大砲が放たれた。

頭は血飛沫とともに弾け飛び、巨体が宙を舞った。

ぐしゃりと地面に落ちたそれは、それでも。


暗器使い「……いい加減死ねよ……」


それでもまだ動き出した。


ベヒモス「……終わりか?」

勇者「なんて底なしの生命力……」

共和国首都の聖騎士長「ふう……一体どうすれば殺しきれるんでしょうね……」
661 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:27:25.13 ID:q4fF5FA70
猫又「こんなの……勝てっこないじゃない……」

赤毛の術師「くっ……」


満ちる絶望の空気。

しかしその場に居た全員が気がついていないことがあった。

少し遅れてようやく、ベヒモス本人が気がついた。


ベヒモス「…………!!」

ベヒモス(ここは……馬鹿な! 偶然か!? いやそんなはずが……!!)


ベヒモスは今、転移魔法陣の真上にいる。

ダンジョン跡を離れ街に向かっていたはずが、いつの間にかスタート地点へと戻っていたのだった。

そこに、勇者達一行にはいなかった二つの影が姿を現した。
662 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:28:30.33 ID:q4fF5FA70


観光客らしき女「おぬしよ、今じゃ!!」

観光客らしき男「分かっている!! 転移魔法陣発動!!」


男の方が叫ぶと、ベヒモスの足元の魔法陣が輝き出した。


ベヒモス「ぐっ! しまっ……!!」

観光客らしき男「ここは取り敢えず退場してもらうぜ。もう二度と会わないことを願っておくぜ」

観光客らしき女「まったくじゃな。こんなのを相手にしては命がいくつあっても足りんわい」

ベヒモス「貴様らァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」


ベヒモスは雄叫びとともに虚空に消え、砂漠に一瞬の静寂が訪れた。

撃退に成功はした。しかしそれは多大な犠牲に見合う結果だったのかは定かで無い。


勇者「撃退できた……! あの伝説の魔獣を……」
663 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:29:25.12 ID:q4fF5FA70
勇者(でも……)

勇者(これだけの戦力で……これだけの犠牲を払って、撃退しか出来ない……)

共和国首都の聖騎士長「……」

暗器使い「チッ……」


今回の戦いで一同は、今起こっている戦争の厳しさを改めて思い知らされた。

そんな暗い雰囲気の中、転移魔法陣を発動したと思われる謎の男女は、衣服についた砂を払うと勇者達の方に歩いて寄って来た。


観光客らしき男「おー、何とも見覚えのある顔ぶれだな」


どこか氷の退魔師と雰囲気の似たその男は、勇者達を見渡してそう言った。
664 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:30:04.34 ID:q4fF5FA70





観光客らしき男「特に……お前が何でこんなところにいる?」


観光客らしき男は辻斬りをギロリと睨んだ。


辻斬り「これはこれは、お祓い師と狐神……だったかな」


辻斬りのおどけた態度に対して、お祓い師と呼ばれた男は一切表情を崩さなかった。


観光客らしき女→狐神「……おぬしよ」

観光客らしき男→お祓い師「分かっている。今のこいつが敵だって言うなら、事情を知っているはずの“アイツ”が同行しているはずがない」


お祓い師の言葉を肯定するように、猫又はため息をついた。


お祓い師「俺はただ本人の口から聞きたいだけだ。何でここにいるのかって事をな」

辻斬り「分かっている。ちゃんと説明するさ」
665 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:30:46.50 ID:q4fF5FA70


辻斬りはお祓い師破れた後帝国に逃げ延び、己を見つめ直すために剣術道場の門下生になった事。

そこで勇者や猫又に出会い、自分が剣を握りる理由のために彼らに同行することに決めたことなどを簡単に説明した。


お祓い師「……お前が剣士の紋章持ちに選ばれるとはな」

辻斬り「俺にもなぜかは分からない」

辻斬り「でも、選ばれたからにはこの役目を全うするつもりさ」

お祓い師「……そうか」


お祓い師と辻斬りの間のピリッとした空気に、入り込むタイミングを見計らっていた勇者がようやく口を開いた。


勇者「……お祓い師さん、お久しぶりです」

お祓い師「おう、大きくなったな」

勇者「お祓い師さんもなんだか変わったね」
666 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:31:22.63 ID:q4fF5FA70
お祓い師「そうか?」

お祓い師「それよりもお前……その剣……」


お祓い師は勇者が抱えている二つに折れた剣に目線を移した。


勇者「あはは……どうしよう、これ」

お祓い師「……俺も初代の勇者パーティーについては色々調べていてな。剣についての話も多少かじった」

お祓い師「俺の力では治せ無いが、破片は一つとして逃さず持って帰るようにしようか」

勇者「……うん、わかった」

暗器使い「知り合いなのか?」

勇者「うん。初代魔法使い様の末裔なんだ」

勇者「僕と僧侶とお祓い師さんの一家は昔から付き合いがあるんだ」
667 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:32:05.32 ID:q4fF5FA70
暗器使い「なるほどな」

暗器使い(つまりあの氷の退魔師の息子か……言われてみれば面影が有る)


暗器使いは大陸会議でその手腕を存分に発揮していたSランク退魔師の姿を思い出した。


お祓い師「あんたらも久しぶりだな」

共和国首都の聖騎士長「お久しぶりです。お元気そうで何よりですね」

赤毛の術師「あの狼男達も元気にやっているの?」

お祓い師「ああ。皆それぞれ為すべき事のために頑張っている」

赤毛の術師「そう……なら良い」

お祓い師「……そしてまさか、あんたまでいるとはな」

レライエ「……ふん」
668 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:32:51.08 ID:q4fF5FA70
お祓い師「ダンジョン攻略後、処分は親父に一任されていたと聞いていたが……」

共和国首都の聖騎士長「後処理はほとんど自分が任されてしまいましてね」

共和国首都の聖騎士長「お互いの利害が一致したので今はこうして使い魔契約の間になっています」

お祓い師「任されたって、あのクソ親父……」

共和国首都の聖騎士長「忙しい方ですから、まあ……」

お祓い師「仮にもあの時の共和国は“やらかした側”なんだから、もう少し考えられなかったのかよ……」

共和国首都の聖騎士長「私が言うのも何ですが、同意します」

暗器使い「(やっぱりあの氷の退魔師って男は無茶苦茶やっているみたいだな)」

勇者「(だ、だね……)」

辻斬り「(一度お会いしてみたいものだ)」
669 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:33:22.82 ID:q4fF5FA70
猫又「(この界隈は濃い人が多すぎる……)」

お祓い師「どうかしたのか?」

勇者「い、いや何でもないよ」

勇者「それよりそちらの方は?」

狐神「む、わしか?」

暗器使い「見たところ人間では無いようだが……」

狐神「ふむ、よくぞ聞いてくれた」

狐神「わしは皇国の峰々を守護しておった元神にして……」

お祓い師「なあーにが峰々だ。話を盛りやがって」

狐神「うるさいのう。初対面相手に見栄を張る事の何が悪いんじゃ」
670 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:34:51.52 ID:q4fF5FA70
お祓い師「そういう姿勢は後々後悔するぞ」

狐神「ごほん。とにかくわしは元山神であり、今は此奴の式神をしておる」

お祓い師「そして、俺の妻でもある」

勇者「え……ええっ!? そうだったんですか!? ご、ご結婚おめでとうございます!」

猫又「……人間と人外の番、か」

お祓い師「そう珍しい話でも無いみたいだぞ。現に“思ったよりも身近”に居たしな」

猫又「ん……?」

狐神「そういう訳で残念じゃったな泥棒猫よ。此奴はわしのものじゃ」

勇者「ど、泥棒猫……?」

猫又「まだ“あのこと”根に持っていたの? ちょっとした戯れじゃない」
671 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/10/24(木) 20:35:21.67 ID:q4fF5FA70
狐神「うるさいわい! この尻軽猫!」

猫又「あ、その言い方は傷付く!」


さっきまでの死闘が嘘のようにギャーギャーと騒がしくなった一行は、疲労した体を休ませてから首都を目指して出発したのだった。
672 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/10/24(木) 20:36:03.69 ID:q4fF5FA70
次回で《不毛の大地》編は終わります。
前作の同窓会みたいになりましたね。
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/25(金) 01:36:03.29 ID:Yoia043DO

待った甲斐があった次も頼むで!
674 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/11/26(火) 18:42:19.98 ID:s8Q2SDgy0
>>673 毎度お待たせして申し訳ないです
675 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:43:09.62 ID:s8Q2SDgy0





辻斬り「しかし……なるほど、ああいう場面ではあんたらの力は役に立つね」

暗器使い「その口ぶり……やはりベヒモスが偶然あの陣の上に移動したわけでは無かったんだな?」

お祓い師「ああ、そうだ。あれはコイツの力があってこその必然だったんだ」

暗器使い「ほお、一体どんな能力なんだ?」

狐神「簡単に説明すると……そうじゃな。目的地への道筋が頭に浮かんでくる能力、となるのかの」

狐神「じゃが使い方によってはこの道筋を辿ることを強制させることも出来るのじゃ」

お祓い師「俺はこの力は自分や他人の思考に介入するタイプのものだと思っていた」

お祓い師「だが共和国でとあるお方に出会って、それが間違っているという事が分かった」

共和国首都の聖騎士長「ふむ……もしや」
676 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:44:57.87 ID:s8Q2SDgy0
お祓い師「ああ。共和国最強の退魔師にして、退魔師ギルドを取りまとめている重鎮の一人、三白眼の呪術師様だ」

お祓い師「どうやら狐神の能力はあの方の術と近い仕組みになっているみたいでな」

共和国首都の聖騎士長「呪術師様と同系統の……?」

お祓い師「ああ。狐神の能力は“運命を司る力”の一種らしい」

暗器使い「運命を……」

お祓い師「術をかけた相手がどんな運命を辿るのか……それを場所に限定した力がこいつのものってことだ」

暗器使い「なるほどな」

共和国首都の聖騎士長「呪術師様後からは“術の対象の命を奪う”という力のはず……これも運命に関係しているのですか?」

お祓い師「“相手の命を奪う力なんて、この世には存在していない”」

お祓い師「いや、かつては一つだけ存在していたらしいが……」
677 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:45:46.87 ID:s8Q2SDgy0
共和国首都の聖騎士長「と、言いますと……?」

お祓い師「呪術師様の力は、“対象が死に至る運命に限りなく近づけていく力”なんだ」

お祓い師「つまり力が直接相手を殺すのではなく、対象が死ぬような運命を辿らせる能力ってことだ」

赤毛の術師「でもそれって、結局相手を確実に殺せる能力だよね」

赤毛の術師「なんで命を奪う能力ではないって言い方をしたの?」

お祓い師「運命なんて言い方をしているが、そこに確実なものはない」

お祓い師「精一杯抗えば運命なんていくらでも覆る」

お祓い師「そういう意味では、あの方の術は確実に相手を死に至らしめるものでは無いってことだ」

お祓い師「ただし」

お祓い師「術が解かれない限り、次々とその運命が襲いかかってくる」
678 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:47:11.93 ID:s8Q2SDgy0
お祓い師「それこそ死ぬまでずっとな」

勇者「心が折れて抗えなくなったら、そこまでってことか……」

お祓い師「ああ。俺の親父が大陸最強の術師だって言うのも頷けるぜ」

勇者「お祓い師さん達は呪術師様のところに居たんですね? 入れ違いだったのかなあ……」

お祓い師「俺達は恐らくお前たちよりも早く首都入りをしていたんだろう」

お祓い師「それからしばらくは呪術師様に力の使い方の講義を受けていた」

共和国首都の聖騎士長「ええ、お祓い師様方の方が大分早く来ていたみたいですよ」

共和国首都の聖騎士長「耳には入っていたのですが時間を空けられず、これが久方の再開だったというわけです」

勇者「なるほど……」

勇者「それにしても狐神さんの能力は凄まじいですね」
679 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:48:50.25 ID:s8Q2SDgy0
猫又「確かに。使い方によってはどんな格上でも渡り合えそうな気がする」

狐神「うむ、そうじゃろう!」

狐神「……と言いたいところじゃが、そう万能なものでもない」

狐神「此奴の先程の説明の通り、運命にはいくらでも抗うことが出来る」

狐神「格上の相手となると、やはりわし程度の運命操作力では強制することが難しいことあるのじゃ」

狐神「ベヒモスとやらを転移魔法陣まで導くことが出来たのは、おぬしらの猛攻であやつが疲弊していた事……」

お祓い師「そして呪術師様の力添えのおかげってわけだ」

勇者「力添え……?」

お祓い師「簡単に言えば遠隔から俺達の術のサポートをしてくれたんだ」

お祓い師「同じ系統の術だからこそ出来ることなんだが……」
680 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:51:12.22 ID:s8Q2SDgy0
共和国首都の聖騎士長「呪術師様が……珍しいこともあるものですね」

共和国首都の聖騎士長「あの方は持つ力は強大ですが、その活動域を共和国首都に限定しています」

共和国首都の聖騎士長「何やら色々と制約があるようでしてね」

共和国首都の聖騎士長「しかしなるほど……同系統の力を持つあなた達がいるからこそ、今回のような形での手助けが実現した訳ですか」

勇者「もし仮に呪術師様がベヒモスと対峙していたらどうなっていたんだろう……」

共和国首都の聖騎士長「あまり憶測でものを言うべきでは有りませんが……恐らくお一人で勝てたのではないでしょうか」

共和国首都の聖騎士長「ああいった単純に力を振るう相手には負けることは無いと思いますよ」

勇者「そ、そんなにお強いんですね……」


眼鏡の共和国外交官「奴がいるが故に、共和国首都は大陸で一番安全な都市と言えましょう」


勇者「えっ!?」
681 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:51:53.84 ID:s8Q2SDgy0
共和国首都の聖騎士長「外交官殿……なぜこのような場所に?」


首都に到着するまでにはまだ少し距離があり、見渡す限りの砂漠の真ん中を進んでいる最中であった。

それにも関わらず眼鏡の外交官は軍の兵士らをお供に連れて、眼の前に現れたのだった。


眼鏡の共和国外交官「主力の多くは戦線へと送り込まれていますからね。色々と人手不足なのですよ」

眼鏡の共和国外交官「なにやら首都近辺の砂漠で巨大な影が発見されたとの報告が相次いでいましてね」

眼鏡の共和国外交官「従軍経験のある私も臨時に指揮に加わったというわけです」

暗器使い「しかし巨大な影か……目的のベヒモスは転移魔法陣で追い返しちまったからな」

暗器使い「別の何かがいるってことか」

狐神「うむ……確かに何かいる気配が……」

狐神「近いのう……いや、近付いて来ておる!? 皆の者気をつけよ!」
682 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:52:37.81 ID:s8Q2SDgy0
お祓い師「何……!?」


大きな地鳴りと共に砂中から姿を現したそれは、その巨体をうねらせて一向に突進をしかけてきた。


勇者「サンドワーム!? いや、もっと大きい……!」

眼鏡の共和国外交官「キングサンドワーム……!! 全員回避してください!!」


通常のサンドワームとは比較にならないほど大きな体での体当たりを喰らえば無事では済まない。

更にはその口は全員を飲みん混んでしまえるほど巨大だった。


勇者(皆が消耗しているこんな時に……!)

勇者(それに僕は剣が……)


初撃何とか回避するが、その方向が間違いであったということに全員が気がついた。

キングサンドワームの巨体が描いたとぐろの中に追い込まれてしまっていたのだ。

683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/26(火) 18:54:54.79 ID:7jwLmLWu0
てす
684 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 18:55:16.14 ID:s8Q2SDgy0
猫又「逃げ場……なし。戦うしか無いね」

レライエ「やれやれ面倒な……」


レライエが弓を引くが、その指からは血が滴っっていた。

ベヒモスを確実に仕留めようと先の戦いで持てる力を出し切っていたのだ。


共和国首都の聖騎士長「あまり無理をしないでください」

レライエ「貴様ほどには消耗しておらん。立っているのが精一杯の癖に出しゃばるなよ」

暗器使い(チッ、このメンバーが万全ならこの程度は余裕のはずなんだがな……)

お祓い師「狐神……!」

狐神「ぐぬぬ……この状況を覆すには……」

狐神「……む!?」
685 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:00:21.70 ID:s8Q2SDgy0


狐神が何かに気がついたと同時に、キングサンドワームに対して複数の影が飛びかかった。

彼らの攻撃を受けて怯んだそれを、トゲの付いたツタが縛り上げてしまった。


勇者「ダークエルフの皆!?」

眼鏡の共和国外交官「何……!?」

村守護のダークエルフ「数日ぶりだな、勇者」

眼鏡の共和国外交官「何故ダークエルフがここにいるのですか……」

村守護のダークエルフ「何故ってそれは……」

共和国軍兵士A「外交官殿! 無事でありますか!」


ダークエルフらの背後から共和国軍の兵士らが駆け寄ってきた。


眼鏡の共和国外交官「何故我が軍がダークエルフと……これは一体どういうことですか?」
686 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:01:44.24 ID:s8Q2SDgy0
共和国軍兵士A「はっ! それが実は、首都防衛門の付近でこのキングサンドワームが出没いたしまして」

共和国軍兵士A「我々が苦戦していたところに彼らが駆けつけてくれまして……門前からは撃退に成功して、ここに至るという訳であります」

眼鏡の共和国外交官「馬鹿な……貴様らが我が軍を助けるメリットなど無いはずだ」

眼鏡の共和国外交官「長年一族を砂漠に追いやっていた国を突き崩すチャンスであったのでは無いのですか?」


心底不思議そうな眼鏡の外交官の顔を見て、思わずといった様子で村守護のダークエルフが笑った。


村守護のダークエルフ「はははは! 何を馬鹿なことを」

村守護のダークエルフ「そちらにその気がなくとも、我々は確かにこの国に守られていた」

村守護のダークエルフ「かの大戦から人外にとって生きにくい世の中が続いた」

村守護のダークエルフ「そんな中で見て見ぬふりとはいえ、きちんと一族で暮らす場が与えられた。感謝などはしないが、恨むこともあるまい」

村守護のダークエルフ「我々にとっての安寧の場となっているこの国が危機に瀕しているというのならば、手を貸さない理由はない」
687 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:03:32.90 ID:s8Q2SDgy0
眼鏡の共和国外交官「貴様らの祖先の多くは魔王の軍門に下ったのですよ?」

眼鏡の共和国外交官「再び我々人類に反旗を翻すという選択にはならなかったのですか?」

村守護のダークエルフ「奴ら……新生魔王軍はかつての魔王軍と違う」

村守護のダークエルフ「我々の祖先が共に剣を握ったかつての魔王軍とは、世代を重ねて聞き伝えられてきた軍勢とは目指している方向がまったく違う」

村守護のダークエルフ「あんなのに従うのは御免だ」

眼鏡の共和国外交官「…………」

眼鏡の共和国外交官「共に戦うというですか……我々と」

村守護のダークエルフ「勘違いしないでくれ。別に我々は新生魔王軍を打倒したいわけじゃない」

村守護のダークエルフ「人間とそれ以外とが、手を取り合って生きているこの土地を守りたいだけだ」

眼鏡の共和国外交官「……奴といい、揃いも揃って馬鹿馬鹿しいですね」
688 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:04:13.60 ID:s8Q2SDgy0
眼鏡の共和国外交官「人間と人外とが……? 馬鹿な、そんな事が出来るはずが……」

村守護のダークエルフ「後ろの連中を見てみろよ。皆第一歩を踏み出しているんだ」


眼鏡の外交官が振り返った先には、人間も人外も関係なく、大切なものを護るために立ち上がった者たちがいた。


眼鏡の共和国外交官「…………!」

眼鏡の共和国外交官(そんな子供の理想のような話を信じていては、現実を護ることは……)

眼鏡の共和国外交官(だが……)

眼鏡の共和国外交官「その向かう先に、この国平和があると思いますか?」

村守護のダークエルフ「そうするのが、お前らみたいな人間の仕事なんだろ?」

眼鏡の共和国外交官「……言いますね」

勇者(外交官さんが……!)
689 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:05:33.22 ID:s8Q2SDgy0
赤毛の術師(笑った……!?)


その背後で、もぞりと巨体が動いた。


村守護のダークエルフ「……! まだ息絶えていなかったか!!」


それに気が付くのに遅れたダークエルフらが慌てて武器を構えようとしたその時、キングサンドワームの頭部が綺麗に両断された。

剣を握っていたのは、眼鏡の外交官だった。


眼鏡の共和国外交官「これから忙しくなります。急いで首都に戻って準備に取り掛かりましょう」

共和国外交官の護衛「は、はっ!」

眼鏡の共和国外交官「まずは砂漠の民の戸籍を迅速に取るのです。内のことも把握せずに外とやり合うなどおかしな話だったのですよ」


眼鏡の外交官は護衛の兵士らを連れて踵を返して歩き出した。

残された者たちは暫し呆然として、後ろ姿を眺めていた。
690 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:06:02.31 ID:s8Q2SDgy0


暗器使い「あのオッサン、並み以上に強いんじゃねえか……!」

共和国首都の聖騎士長「従軍経験者とは聞いていましたが……まさかあれ程とは」

勇者「ま、まだまだ現役で行けそうだったね」

猫又「能ある鷹は、ってこと? なーんかヤラシイなあ」

レライエ「ふん。我らもさっさと帰るとしよう。また何かに襲われては面倒で敵わん」


そうして一行も眼鏡の外交官の後を追うようにして首都を目指して進み始めた。

勇者の抱える重大な問題と共に。
691 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:06:54.38 ID:s8Q2SDgy0





そして事件は起きた。

692 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:07:36.64 ID:s8Q2SDgy0



暗器使い「な……馬鹿な……」

共和国外交官の護衛「……残念ですが、たったま北方連邦国から直接入った確かな情報です」

勇者「そ、そんな……」

暗器使い「議長が……殺されただと……!?」


勇者らが連邦国に捕らえられた時に議会で顔を合わせた、大柄な熊髭の老人の姿を思い出した。

大陸会議にも出席をしており、短い時間では合ったが言葉も交わした。

勇者にとってはその程度の関わりではあるが、暗記使いにとっては違う。

彼の育ての親とも言える老人が、暗殺をされたというのだ。


勇者「それに隻眼の斧使いさんも重症だなんて……」

693 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:08:17.86 ID:s8Q2SDgy0
前勇者、つまり勇者の父親のパーティに属していた元戦士の紋章持ちの彼が重症を追ったという事実は、報告を聞いた全員を動揺させた。


暗器使い「エルフの馬鹿の裏切りが判明した後は、国境の警戒も厳重になっていたはずだ」

暗器使い「その網を潜り抜け、議長の暗殺に成功した上に斧使いのおっさんに重症を負わせただと……?」

暗器使い「そんな事を簡単にやってのける奴が居るっていうのか……?」

勇者「……ねえ暗器使い」

暗器使い「……どうした」

勇者「一旦国に帰りなよ。きっと君の力が必要になっているはずでしょ」

暗器使い「だが今の俺は勇者のパーティメンバーだ」

暗器使い「第一、剣が折れたお前の元を離れる訳にはいかないだろうが」

勇者「でも……!」
694 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:12:14.13 ID:s8Q2SDgy0
お祓い師「その点に関しては俺に任せてくれないか」

お祓い師「暗器使いが抜けた穴は、俺と狐神でカバーする」

お祓い師「剣の修復についても情報集めを手伝おう」

お祓い師「それに“これ”が、このパーティに加わる何よりの理由になる」


お祓い師の両腕には既にびっしりと何らかの印が刻まれていた。

それを避けてか、その首筋にくっきりと魔法使いの紋章が浮かび上がっていた。


勇者「魔法使いの紋章……! いつの間に……!」

狐神「例の呪術師に教えを受けていた頃じゃったかの」

お祓い師「俺達の力が、この大陸のために役立つって認められたんだろう」

お祓い師「だからここは一旦俺に任せて、あんたは国に戻れよ」
695 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:12:54.83 ID:s8Q2SDgy0
お祓い師「国が崩れちまったら、新生魔王軍には勝てない」

暗器使い「……すまねえ……しばらく暇をもらう……」

勇者「うん。気をつけてね」

暗器使い「……剣が治るまでは、代わりにこれを使っておけ」


暗器使いは能力によってどこからか取り出した一振りの剣を勇者に投げ渡した。


暗器使い「ナントカっていう有名な鍛冶師の打った剣だ。大きさも丁度良いぐらいだろう」

勇者「……ありがとう」

暗器使い「それじゃあ俺は行くぜ」

眼鏡の共和国外交官「北方連邦国に最速で向かえるルートと路銀になります」

暗器使い「何から何まで悪いな」
696 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:13:32.58 ID:s8Q2SDgy0
眼鏡の共和国外交官「国の危機を救った者をタダで返すわけにはいきませんから。ご武運を」


眼鏡の外交官からメモと金類を受け取り、お祓い師にパーティーについて色々と伝えると、暗器使いは首都を飛び出して行った。


勇者「暗器使い……」

お祓い師「心配なのは分かるが、今は自分のことだ」

お祓い師「その剣、治す手立てがあるとすれば……」

眼鏡の共和国外交官「南部諸島連合国、ですか」

お祓い師「ああ。その剣を打ったと言われている初代戦士の生まれ故郷だ」


それから数日後。

勇者は初めの頃とはまったく違う仲間──辻斬り、お祓い師、猫又、狐神らと共に、船に乗って南部諸島連合国を目指していた。

いつもの夢は、ついに見ることはなかった。
697 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2019/11/26(火) 19:15:02.34 ID:s8Q2SDgy0


《ランク》


S2 九尾 ベヒモス
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A〜 黒い騎士

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 勇者(初代の力)
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い 眼鏡の共和国外交官
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 猫又 小柄な祓師 紅眼のエルフ 村守護のダークエルフ キングサンドワーム

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領 柄の悪い門下生
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り 死霊騎士
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ サンドワーム

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ

不明 三白眼の呪術師


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
 ※黒い騎士は特に条件変動が激しいためA〜とします。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス
※前作「フードの侍」を「猫又」に変更。
※勇者(初代の力)は名前の通り、剣の力に頼った状態でのランクです。
※お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。
698 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2019/11/26(火) 19:17:21.48 ID:s8Q2SDgy0
《不毛の大地》編はここまでです。
Sランクのキャラも増えてきました。
次回は《心》編です。
時間が少し遡ります。あと短めです。
699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/02(月) 00:46:17.05 ID:OFrAGycDO
キテター!!!!111乙乙乙!

>>674
こうして更新してくれてるのに何の不満が有りようか
700 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:12:37.81 ID:zIRINte70
《心》


──時間は勇者らがベヒモスと相まみえるより一月以上遡る。

──場所は、魔国。


僧侶「…………ここは?」


僧侶が目を覚ますと、見慣れない天井が目に映った。

自分の置かれている状況を即座に理解できないほど間抜けではない彼女は、深くため息をついた。


僧侶(とうとう魔国まで来てしまったってことなんですね)

一ヶ月前、勇者らは帝国領内で黒い騎士と遭遇し、辛い戦いではあったが追い詰めることに成功した。

しかし、紅目のエルフ裏切りによって取り逃がしてしまっただけではなく、僧侶は黒い騎士に連れ攫われてしまったのだ。

そして国境際の激戦区を越えて現在、魔国の中心部に僧侶はいるという経緯だ。
701 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:13:22.58 ID:zIRINte70


僧侶(皆さんはどうしているのでしょうか……)

僧侶(もし私を救出しようと無理でもしていたら……こんな敵陣の真ん中に来ては確実に殺されてしまう)

僧侶(そんな事態だけは避けなければ……)

僧侶「はあ…………私、足を引っ張ってばかり」

僧侶(いっその事ここで命を絶って、次の僧侶の紋章持ちに役目を引き継いで貰った方が……)

紅目のエルフ「なーーんて考えているんじゃないでしょうね」

僧侶「……エルフ、さん……」


僧侶が寝ていた部屋にはいつの間にか紅目のエルフが入ってきていた。

前はあんなに仲良く笑い合えたはずの相手を、僧侶はただ睨むことしか出来なかった。


紅目のエルフ「せっかく生かして捕らえた苦労が水の泡になっちゃうでしょ」
702 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:14:12.82 ID:zIRINte70
僧侶「それで貴方がたに嫌がらせが出来あるのであれば、検討に値します」

紅目のエルフ「やめておきなさいって。次の僧侶が現れても結果は同じ」

紅目のエルフ「命を使うほどの価値は無いわよ」

僧侶「……貴女は一体何が目的なんですか? この部屋も、寝具も、とても捕虜に与えるようなものでは無いです」


僧侶のいる部屋は外から鍵かかるという点以外は清潔でそれなりに広く、旅の道中の宿よりもよっぽど豪華に見えた。


紅目のエルフ「“貴女”だなんてよそよそしいじゃない。前と同じ様に読んでくれても良いのよ」

僧侶「ふざけないでください!」

紅目のエルフ「……別に、大した理由じゃないわ」

紅目のエルフ「貴女にはこれから、ここで働いてもらうんだから」

僧侶「働く……? まさか……」
703 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:14:41.84 ID:zIRINte70
紅目のエルフ「ええ。貴女には重症患者の手当をしてもらうつもり」

紅目のエルフ「特別ゲストにはそれなりの待遇をしないとね」

僧侶「そんな事に協力するわけが無いでしょう!!」

紅目のエルフ「するわ」

僧侶「何でそんな事が言い切れるんですか……!」


紅目のエルフ「──貴女の両親を殺した相手が、この城にいるわ」


僧侶「…………え…………」


その一言に、僧侶は目を見開いて固まった。


紅目のエルフ「治癒師として働く以上は貴女が処分されることは無い……」

紅目のエルフ「そうやって命を繋いで、何をしたいのか良く考えると良いわ」
704 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:15:22.05 ID:zIRINte70
僧侶「…………」

紅目のエルフ「……ほら、食事を持ってきたの。お腹が空いていたら力も十分に使えないでしょう」

紅目のエルフ「それじゃあ私は行くわね」


ホカホカと湯気が出ている美味しそうな料理は、野営時に紅目のエルフが振る舞ってくれたものと同じに見えた。
705 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:16:42.93 ID:zIRINte70





それからしばらく捕虜として生活して分かったことが幾つかある。

一つ目──ここは新生魔王軍の本拠点で、魔王城と呼ばれているという事。

二つ目──紅目のエルフが言っていた通り、今の所僧侶に危害を加えようという輩はいない。あくまで今のところは、だが。

三つ目は……。


僧侶「……また来たんですか?」

黒い騎士「仕方があるまい。これが今の俺の役割なのだから」


三つ目は、この黒い騎士が私の管理権限を持っているという事。

基本的に捕虜の扱いは捕らえた本人が幹部級であれば、その裁量に任される事が多いという。


黒い騎士「……今日も残さず食べたか」
706 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:18:30.65 ID:zIRINte70
僧侶「食べなかったら死んでしまいますもの」

黒い騎士「貴様は我軍にとって非常に有用であると判断されているからな……自決でもされては敵わないと俺がこうして監視を任されている訳だが」

黒い騎士「どうやらその心配はないようだな」

僧侶「……勇者の仲間を自陣の真ん中に置いておくという事の愚かさを、後でたっぷり思い知らせてあげます」

黒い騎士「やはり自由が効かないように、脚を使い物にならないようにしておいた方が良いか……?」


黒い騎士の冷たい視線に僧侶はぞわりと体を震わせた。


黒い騎士「とにかく馬鹿な真似は考えないほうが身のためだ」

僧侶「……わかっています」

黒い騎士「……さて、仕事の時間だ」


黒い騎士は僧侶の手枷に鎖を繋いで、部屋から連れ出した。
707 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:20:13.30 ID:zIRINte70
彼の手は両方とも健在だ。

勇者によって切り落とされたはずの腕は、その傷口も分からないほど綺麗に治療されていた。

僧侶の力は万能ではない。あくまで治癒を高速で促すだけであり、無くなった四肢を生やすようなことはできない。

しかし黒い騎士の場合は切り落とされた腕をきちんと回収していたために、無事繋げることが出来たのだ。

それが僧侶の初仕事だった。

そして今日も仕事が始まる。

僧侶の手によって怪我が完治した者の中には、心の底から僧侶に感謝をしているような人外も多かった。勿論全員ではないが。

感謝をされるという事には、敵とはいえ不思議と嫌な気持ちは起こらなかった。

しかしこうして元気になった彼らは、人間を殺すために再び戦場に向かっていくのだ。

僧侶は両親の仇を探すために、敵に協力し続けている。
708 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:20:59.74 ID:zIRINte70

僧侶(例えここを出られたとしても、皆さんに合わせる顔が有りませんね……)


紅目のエルフが言っていた事は嘘の可能性も十分にある。

仇の正体を言わない時点で僧侶をここに繋ぎ止めるための発言であることは明確だ。


僧侶(でも、それでも私は)

僧侶(お父さんとお母さんを殺めたヤツを見つけ出して……)


自治区五代目区長に渡されていた呪術を抑えるペンダント。

それに亀裂が走った事に僧侶は気がついていなかった。
709 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:21:37.40 ID:zIRINte70




黒い騎士「今日はここまでだ」

僧侶「……そうですか」


怪我人や病人が集められている棟と寝室との往復のみの毎日。

湯浴みの際は女性が見張りとして当てられるが、言葉をかわした事は無かった。

日が過ぎる毎に、忘れていたはずの痛みが体に戻ってくるような気がした。

自分を前線に連れて行けば良いのにと思ったこともあったが、前線で負傷した全員を治療しきれるほど力の容量があるのか、と一蹴された。

怪我を負ったことでここまで送られてくるのは、それなりの地位を持った者たちだ。

そうして患者の数は限られているため普段は城内で片がつくのだが、今日に限っては城の外に足を伸ばしていた。

というのも城に入れない巨大な竜兵が負傷したとのことで、城外に伏せていたそれの治癒に一日を使っていたのだ。
710 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:22:25.78 ID:zIRINte70
治療が済み、黒い騎士に連れられて寝室に戻ろうという時、雑多に積まれた木箱の影で動く影が視界に映った。


僧侶「……猫?」

黒い騎士「どこからか入り込んでいたのか」

僧侶「あ、後ろに子猫が……親子だったんですね」


よく見ると母猫の方は背中の毛を逆立てて威嚇をしているようだった。

その視線の先には……。


黒い騎士「小型の魔獣か。小型とはいえただの猫では太刀打ちできまい」


普通に考えれば勝負は見えている構図だが、母猫は唸り声と共に魔獣に飛びかかった。


黒い騎士「馬鹿な。獣は己の力量も分からないのか」

僧侶「……そういうことでは無いんですよ」
711 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:23:51.75 ID:zIRINte70
黒い騎士「何……?」


黒い騎士は僧侶の方に振り返るが、彼女はただじっと猫と魔獣の方を見ていた。

そして母猫の気迫に押されたのか、魔獣はどこかへと姿を消してしまった。

しかし母猫も無傷ではなく、赤く滲んだ毛が痛々しかった。

そこに歩寄る僧侶に母猫は唸り声を上げるが、癒やしの魔法をかけられると敵ではないと判断したのか、子猫を守る体勢は崩さないまま大人しくなった。


黒い騎士「何故そんな傷を追ってまで子を守るのか、俺にはわからない」

黒い騎士「母体が無事であれば子はまた残せる。そうすれば種は存続する」

黒い騎士「違うか?」

僧侶「……貴方は、愛というものをご存知ですか?」

黒い騎士「愛……」
712 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:24:24.61 ID:zIRINte70
僧侶「母から子への愛は、時に自分の命を投げ出してでも貫こうとするものなんですよ」

黒い騎士「……よく分からんな」

黒い騎士「猫が襲われている姿を傍観していた貴様は、これらへの愛というものが無いということか?」

僧侶「……もし私が猫を助けたら、あの魔獣は食べることに困って餓死してしまうかもしれません」

黒い騎士「結果として奴は食い損ねた。何が違うと言うのだ?」

僧侶「……争いは互いの正義がぶつかり合うものです」

僧侶「信念のない者はそこに参加する権利はないんです」

黒い騎士「信念のない者、か……なるほど」

黒い騎士「……戻るぞ」


それから近くを通る時には猫の親子を見に行くようになった。
713 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:24:56.53 ID:zIRINte70
僧侶が自分の食事を分けてあげていると、後日からは黒い騎士が自前で餌を持ってくるようになった。

彼曰く「僧侶の食事が減って健康状態に影響が出ると我々にとって不利益になる」という事らしい。
714 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:25:35.14 ID:zIRINte70





そうして、治癒、食事、湯浴み、睡眠のサイクルの中に、猫との戯れが追加されてしばらくが経った。

人間を憎むが故に僧侶に罵詈雑言を投げつけたりする者もいたが、現四天王の所有物であるため直接手を出されるような事はなかった。

中には僧侶のお蔭で死の淵から生還し、それ以来親しげに声をかけてくれる者もいた。

そんなある日、僧侶は城内の廊下で彼女に出会った。


妖艶な術師「貴女がウワサの僧侶ちゃん?」


すらっとして美しく、同性から見ても惚れ惚れする女性だった。

しかし僧侶はその瞳の奥に何か黒いものを見たような気がした。


僧侶「あの、貴女は……」

黒い騎士「我が軍一の呪術師で四天王の一角を任されている方だ」
715 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:26:08.52 ID:zIRINte70
僧侶「四天王……貴方と同じ……」

黒い騎士「いや、俺のような仮の四天王とは違う正式な立場だ」

僧侶「え、仮の……?」

妖艶な術師「そんな謙遜しなくても良いじゃない」

妖艶な術師「貴方は十分四天王としての力を有しているわ」

黒い騎士「……自分はまだまだだ」

妖艶な術師「ま、向上心が有るのは悪いことじゃないわ」

妖艶な術師「それにしても貴女……」


術師が僧侶の瞳を覗き込むように乗り出してきた。


僧侶「な、何か……?」
716 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:26:42.90 ID:zIRINte70
妖艶な術師「おかしいわね……だって貴女……」

妖艶な術師「ま、あとで百目に聞いてみましょ」


そう言って僧侶から離れると、クルッと振り返って歩き出してしまった。


僧侶「な、何だったのでしょうか……」

黒い騎士「彼女は参謀面でも重要な役割を果たしていてな。多忙が故か、今のような短時間の息抜きをしているのを見かける」

僧侶「随分と貴方の肩を持っていたようだけれど」

黒い騎士「そう見えたか?」

僧侶「少なくとも私には」

黒い騎士「……そうだとすれば自分の成果への自信、といった所だろうな」

僧侶「成果?」
717 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:27:18.36 ID:zIRINte70
黒い騎士「ああ」

黒い騎士「俺は彼女によって創られた存在だからな」

黒い騎士「話はここまでだ、戻るぞ」

僧侶「は、はい……」


部屋に戻ろうとした二人に新たに声を掛ける者達が現れた。


角長の化け猿「よう人間の嬢ちゃん、元気かい」

面長の化け猪「へへっ、騎士様もご一緒でしたか」

丸顔の化け蛙「仕事帰り?」

僧侶「あ、どうも……」


この三人は僧侶に親しくしてくれる人外の中でも特に言葉を交わすことが多い。
718 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:27:52.10 ID:zIRINte70
見ての通りの軽い性格で、周りからひょうきん三人組と呼ばれているのを聞いたことがある。


角顔の化け猿「大丈夫か? 少し顔が疲れてるな」

丸顔の化け蛙「頑張りすぎんなよ〜」

丸顔の化け蛙「頑張りすぎるとコイツみたいな顔になるぜ」

面長の化け猪「あ? 俺の顔が何だって?」

丸顔の化け蛙「のっぺりして溶けそうじゃん? おまけに豚みたいでさ」

面長の化け猪「なんだと!」

角顔の化け猿「豚顔なのは当たり前だろ! なはは!」

丸顔の化け蛙「そりゃそうだ!」

面長の化け猪「そ、そりゃそうか!」
719 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/02(月) 21:28:23.13 ID:zIRINte70
ひょうきん三人組「わははははははっ!」

黒い騎士「……行くぞ」

僧侶「あ、はい」

黒い騎士「あんなのと親しくしているのか」

僧侶「悪い人達じゃないんですよ?」

黒い騎士「……ほどほどにしないと馬鹿が移るぞ」

僧侶「酷いですね。移りませんよ」

黒い騎士「……お前も中々だぞ」

僧侶「え?」

黒い騎士「……いや、何でも無い」
720 : ◆8F4j1XSZNk [saga sage]:2020/03/02(月) 21:29:23.86 ID:zIRINte70
次回は週末か来週に上げます。

>>699
この投稿ペースにお付き合いいただきありがとうございます。
721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/04(水) 00:45:45.37 ID:ANSYw1BDO
>>720
乙乙
なんのこれしき!舞ってるぜ!
722 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:01:12.44 ID:jLK6xcok0





今日も仕事の時間がやってきた。

それもかなりの大仕事となった。

帝国が誇る陸軍主力との全面衝突があったようで、双方に甚大な被害が出たようだ。

辛うじて生き延びた者も酷い有様で、僧侶のおかげで一命はとりとめたものの戦線復帰など到底無理な状態であった。

人間側も先の作戦の失敗分を取り返そうと本腰を入れて来ているのだ。

僧侶に親しくしてくれていた人外らの内の一部が、帰らぬ者となったという報告も耳に入った。

血の臭いが充満する病室で、僧侶は黙々と治療にあたった。


僧侶「ふう……」


僧侶は一息ついて額の汗を拭った。
723 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:03:08.14 ID:jLK6xcok0
僧侶の持つ治癒の力は絶大だが、彼女自身の力の容量が人一倍に多いわけではない。

そのためこれ程の数の患者を相手にすると、かなり消耗してしまうのも無理はない。

一通りの処置が終わり、何時も通り部屋へと帰る。

いつもと違うのは隣にいるが黒い騎士ではなく、彼の部下であるという点だろう。

黒い騎士は再び前線に出ており、ここの所しばらくは私の監視役は部下に任されているのだ。


黒い騎士の部下A「お前……」

僧侶「……なんでしょうか」

黒い騎士の部下A「うちの頭が目をかけているからどんな女かと思っていたが……つまらん、普通の女じゃねえか」

僧侶「私が黒い騎士さんに……?」

黒い騎士の部下A「自覚がねえのか……腹立つぜ」
724 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:03:54.51 ID:jLK6xcok0
僧侶「えっ……」

黒い騎士の部下A「あの人が創造主である呪術師様の命令以外に時間を割くなんて初めての事だ」

黒い騎士の部下A「……知っているか? あの人は近々四天王の座から降ろされる」

僧侶「えっ……!?」

黒い騎士の部下A「魔王軍が今の体制で動き始めてからの、本来の四天王であったベヒモス様が、遅れて目覚めたという報告が入った」

僧侶(本来の……だからあの時自分のことを仮の四天王って言ったんだ……)

黒い騎士の部下A「だが俺はベヒモス様よりも、うちの頭が四天王の座に相応しいと思っている」

黒い騎士の部下A「ベヒモス様は確かに絶大な力を有している……だがその力は軍のために振るわれているのではない」

黒い騎士の部下A「自分の欲求を満たすためだけに振るわれているんだ」

黒い騎士の部下A「それに対してうちの頭は誠実だ」
725 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:05:52.59 ID:jLK6xcok0
黒い騎士の部下A「騎士として、己の職務を全うしてきた」

黒い騎士の部下A「……だが、最近その刃に迷いが見えるようになってきた」

僧侶「…………」

黒い騎士の部下A「元々、頭を四天王として続投しようという声は上がっていた」

黒い騎士の部下A「しかし俺が見抜ける気の迷い、上の方々が見逃すはずがない」

黒い騎士の部下A「やはりベヒモスに任すべきという意見が優勢になってきた……!」

黒い騎士の部下A「騎士として純粋だった頭に混じった不純物は、お前に違いない」

黒い騎士の部下A「何なんだ……何でお前のような小娘に」

僧侶「…………」

黒い騎士の部下A「お前が居なくなれば、頭は元に戻るのか?」
726 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:06:46.95 ID:jLK6xcok0
僧侶「えっ……」

黒い騎士の部下B「本当にヤッちまって良いんですかね」

黒い騎士の部下A「……殺してはならないとの命令だ」

黒い騎士の部下A「ならば自ら死にたくなるような目に合わせてやれば良いだけの事」

黒い騎士の部下C「へへっ、屁理屈だな」

黒い騎士の部下C「だが折角の機会だ。美味しく頂くぜ」


にじり寄る男たちに僧侶は後ずさるが、背中が壁にぶつかってしまった。


僧侶「い……嫌……! 来ないで……!」

黒い騎士の部下B「騒ぐなよ。二度と喋られなくしてやろうか」

黒い騎士の部下C「へへっ、必死に抵抗する声がたまんねえんだろうが」
727 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:07:40.47 ID:jLK6xcok0
僧侶「離して! 嫌!!」

黒い騎士の部下C「へへへっ、そう言われて離すかよ」


力任せに床に叩きつけられた僧侶が、肺の中の空気を吐き出すように呻き声を上げた。

僧侶が人外を憎むようになったきっかけの、あの忌々しい記憶が蘇ってきた。

抵抗できない自分を嬲り続けたあの人外達と、目の前の騎士達とが重なって見えた。


僧侶「お願い……離してください……許してください……」

黒い騎士の部下B「あーあー泣いちゃった」

黒い騎士の部下C「お嬢ちゃん。良いこと教えてあげようか」

黒い騎士の部下C「逆効果だよ、ははははっ!」

僧侶「嫌ァァァァァァッ!!」
728 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:09:20.71 ID:jLK6xcok0


無理矢理に服を脱がされそうになった時、その暴漢の手の僅か上を矢が掠めた。


黒い騎士の部下C「うおっ、危なっ!」

黒い騎士の部下A「…………何の用だ?」

僧侶「……なんで……」


矢を放った主は紅目のエルフだった。


紅目のエルフ「……別に、同じ女性として見逃せなかっただけ」

黒い騎士の部下A「ふん、どうだかな」

黒い騎士の部下A「内通者をやる内に情が移ったのではないのか?」

紅目のエルフ「そうだとすれば攫って来たりなんかしないでしょ」

黒い騎士の部下A「だからこそ、だ」
729 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:10:20.22 ID:jLK6xcok0
黒い騎士の部下A「生かして連れて帰ってくる必要があったのか?」

紅目のエルフ「勇者やその仲間達は、死んでも次の代役が現れるって知っているでしょ?」

紅目のエルフ「だから一番厄介な僧侶を生かさず殺さず捕らえてきたんじゃない」

紅目のエルフ「この子が居なければ勇者は十回は死んでいたわ」

黒い騎士の部下C「その生かさず殺さずに反対してんだよ俺達は」

黒い騎士の部下C「勇者やその周りの奴らの成長速度は凄まじいらしいじゃねえか」

黒い騎士の部下C「だから当代勇者にも退場していただくことになったんだろ?」

黒い騎士の部下B「その女も始末してしまえば、敵の計画を大きく遅らせることが出来るはずだ」

紅目のエルフ「始末って……あんたらの所のボスに止められてるんでしょ? 馬鹿なこと考えてないで手を引きなさいよ」

紅目のエルフ「さーもないと……」
730 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:10:55.33 ID:jLK6xcok0

黒い騎士の部下A「……お前もいつまでもそうしていられると思うな」

紅目のエルフ「なあに? 脅し?」

黒い騎士の部下A「多くの者がお前のことを信用していない。いつ背中を刺されるか分からない身だと自覚しておくんだな」

黒い騎士の部下A「行くぞ」

黒い騎士の部下B「了解」

黒い騎士の部下C「ちえー、良い所で邪魔しやがって」


三人が去ったのを確認して紅目のエルフは僧侶に手を差し出した。

僧侶は一瞬ためらった後、その手を取って立ち上がった。


僧侶「……何で助けたんですか」

紅目のエルフ「そこは助けて頂いてありがとうございます、でしょう」
731 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:11:26.77 ID:jLK6xcok0
僧侶「……私、エルフさんがどうしたいのか分からないです」

紅目のエルフ「……それは同感」

僧侶「え……」

紅目のエルフ「私も自分がどこを向いているのか分からないの」

紅目のエルフ「……さ、部屋まで送るわ」

紅目のエルフ「あの騎士が戻ってくるのはまだ先になりそうだから、しばらくは私が面倒見るわね」

僧侶「…………」

僧侶(この人も同じなのかな……)

僧侶(自分は人外の事を苦手として……いや、憎んでいた)

僧侶(今は区長様のペンダントのおかげで感情が抑えられているけれど、またいつこの“呪い”が現れるか分からない)
732 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:11:57.84 ID:jLK6xcok0
僧侶(……ここに連れ去られてきて、勇者様の言っていいることが分かった)

僧侶(人外の中にも善と悪が居て……それは人間も同じで……)

僧侶(種族で区別できるものじゃないんだって……そう分かった)

僧侶(頭では分かっているのに、何で……)

僧侶(何でこんなに憎く思えてしまうの……?)
733 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:14:16.37 ID:jLK6xcok0





百目の異形「ふむ……中々面白い事になっているな」

妖艶な術師「なあにが面白いのよ。これだけ人外に囲まれていて、あの娘平気そうじゃない」

妖艶な術師「“あらゆる負の感情が爆発する”ように呪いをかけたのは貴方でしょう? 百目の異形さん?」

百目の異形「いや、呪いは生きているのだが……どうやら特殊なアイテムで効果が抑えられているようだ」

妖艶な術師「アイテム?」

百目の異形「誰の仕業かは知らないが、良い仕事をしてくれたものだ」

妖艶な術師「ならそれを取り上げえしまえば良いんでしょう?」

百目の異形「いや、それには及ばない」

百目の異形「そのアイテムも限界が来ている」
734 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:14:44.51 ID:jLK6xcok0
百目の異形「自壊するほどの感情の昂ぶりが起こった時に、あの娘は一体どうなるのか……興味深いと思わないか」

妖艶な術師「……いい趣味しているわね、ほんと」

百目の異形「貴女には及ばない」

妖艶な術師「ふふふ、ありがとう」

妖艶な術師(それは楽しみが増えたわ……)

妖艶な術師(“貴女”にも是非見てもらいたいものね)
735 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:16:54.26 ID:jLK6xcok0





それから時は経ち、勇者らがベヒモスと相まみえている頃。

魔国と王国の国境での戦いは冬の訪れと共に沈静化しつつあった。

人間陣営も新生魔王軍陣営も消耗が激しく、雪が多く積もる高山地帯での全面衝突は避けたいという背景がある。

彼らがする事は拠点を強化しつつ、来たる春に向けてじっと耐え抜くことだ。

それに伴って指揮権を部下に移した黒い騎士は、久々に魔王城へと帰還していた。


僧侶「あ、お帰りなさい。随分と長い遠征でしたね」

黒い騎士「…………」

僧侶「ど、どうかしましたか?」

黒い騎士「その“お帰りなさい”とは何だ」
736 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:17:21.54 ID:jLK6xcok0
僧侶「えっ……お帰りなさいっていうのは帰ってきた人に対しての挨拶で」

黒い騎士「意味は分かる。何故お前が、俺に対して言っているのかと聞いているのだ」

黒い騎士「その手の挨拶は、親しい者に対して言うものではないのか?」

僧侶「べ……別にそういう意味で言ったんじゃ有りません」

黒い騎士「まあ良い……」

黒い騎士「俺が居ない間に変わった事は無かったか」

僧侶「変わったこと……」


一瞬、黒い騎士の部下達に襲われた事が頭をよぎったが、すぐに引っ込めた。


僧侶(下手に恨み買われても困りますし……)

僧侶「……ああ、そういえばあの子猫だいぶ大きく成長しましたよ」
737 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:17:48.17 ID:jLK6xcok0
僧侶「そろそろ三ヶ月……親離れも近いですね」

黒い騎士「なるほど……見に行くか」

僧侶「おや、気になりますか?」

黒い騎士「日々の飯の恩も忘れて勝手に親離れというのが納得出来ないだけだ」

黒い騎士「あの矮小な生き物がどこまで大きくなれたか見てやろうというだけの事」

僧侶「またそんな言い方して……」

僧侶「ささ、気になるなら見に行きましょう」

黒い騎士「貴様何か勘違いしていないか……」

僧侶「さあさあこちらですよ」

黒い騎士(何だ……? ここでの生活に慣れたのか……? それとも腹が括れたのか……)
738 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:18:18.79 ID:jLK6xcok0
黒い騎士(何か、無理をしているようにも見えるが)

僧侶(騎士さんは危害を加えてこないって分かっているので少し安心できますね……おかしな話ですけれど)

僧侶(黒い感情も何故か、あまり出てきません)

僧侶「さあ猫ちゃん、今日のごはんですよ〜……って、あれ?」

黒い騎士「どうした?」

僧侶「居ない……」


猫の親子がいつも居るはずの木箱の辺りにその姿が見当たらないのだ。


僧侶「親離れの訓練のためにお散歩中でしょうか……」

黒い騎士「……いや、この臭いは……」

黒い騎士(獣の血……)
739 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:18:46.04 ID:jLK6xcok0
黒い騎士「……こっちだ」

僧侶「えっ……?」

黒い騎士「やはり、か……」


黒い騎士が見つめる先には赤い小さな血溜まりがあった。


僧侶「…………嘘…………」


そこには猫の死骸が転がっていた。

黒い騎士はしゃがみ込んでその死骸や周りを調べ始めた。


黒い騎士「……魔獣だ。恐らくはこの間取り逃がした奴だろう」

僧侶「そん、な……」

黒い騎士「勝てないと分かっていても立ち向かう……これが愛によるものだというのか?」
740 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:19:42.27 ID:jLK6xcok0
黒い騎士「蛮勇を掻き立てる……それが貴様らがやたらと口にする感情の成せることことなのか?」

黒い騎士「実に下らない」

僧侶「…………」

僧侶「……せめて、埋めてあげましょう……」

黒い騎士「ふむ……こんな所に転がっていては邪魔か」


黒い騎士が猫の亡骸を両手で拾い上げた。

ぼたりと血が落ちた。


黒い騎士「こうなると分かっていたはずだ」

黒い騎士「一度撃退された程度では魔獣は標的を諦めたりはしない」

黒い騎士「この結果を望んでいなかったのであれば、貴様が保護するべきだったのではないか?」
741 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:20:10.36 ID:jLK6xcok0
僧侶「それは……」

黒い騎士「貴様に信念がないから、か?」

僧侶「……信念というのは、与えられる物ではない」

僧侶「自分で掴む物だ」

黒い騎士「……?」

僧侶「……父の言葉です」

僧侶「でも私には出来ない……」

僧侶「それがどこに在るのか分からないんです」

黒い騎士「……くだらん、行くぞ」


そう言って立ち去ろうとした騎士を見て、僧侶は「え……」と声を漏らした。

742 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:20:36.93 ID:jLK6xcok0
僧侶「震えて、いるんですか……?」

黒い騎士「何……?」


猫を抱える自分の腕に目をやると、僧侶の言う通り小刻みに震えている。


黒い騎士「何だ……これは……」

僧侶「……なんで騎士さんは、猫の親子に餌を与え続けたんですか?」

黒い騎士「言っただろう。貴様が食事を分けすぎて体調を崩されると困るからだと……」

僧侶「違います」

黒い騎士「何……?」

僧侶「それなら私の食事量を増やすとか、縛り付けて無理やり食べさせでもすれば良いんです」

僧侶「でも貴方はそうしなかった……」
743 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:21:05.55 ID:jLK6xcok0
僧侶「貴方は貴方の意志で、猫に餌を与えたんです」

黒い騎士「……何が言いたい」


僧侶「貴方は……貴方が矮小だと言って捨てたあの小さな生き物達を、愛していたんですよ」


黒い騎士「……何を馬鹿な」

黒い騎士「ではこの震えは、悲しみから来るものだとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい……」

僧侶「いいえ、違います」

黒い騎士「では何だと……」

僧侶「それは“怒り”です」

僧侶「愛しい者を奪われて怒るのは、心がある者ならば当然……」

僧侶「……そう、怒り……」
744 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:21:34.51 ID:jLK6xcok0
僧侶「そうか、それが今の私の……」

黒い騎士「……どうした?」

僧侶「いえ、何も」

僧侶「とにかくこれは貴方が否定しようとも覆らない事実です」

僧侶「想いが無ければ、貴方のその手は震えない筈なんですから」

黒い騎士「…………」

僧侶「……あれ、待ってください」

僧侶「この鳴き声は……」


僧侶が鳴き声がする場所の瓦礫を退けると、そこには三ヶ月前から大きく成長したあの子猫の姿があった。


僧侶「命懸けで守ったんですね……あの時と同じ様に」
745 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:22:34.88 ID:jLK6xcok0
黒い騎士「……忌々しい」


黒い騎士は親猫の死骸を片手に抱え込み、もう片方の手で子猫を掴み上げた。


僧侶「つ、連れて帰るんですか?」

黒い騎士「この忌々しい感情が貴様の言う通りの物ならば、同じ経験をしないために保護をするまでの事だ」

黒い騎士「何より二度も同じ敵に狙わた挙げ句、自分では何も出来ないとは本当にこの勇敢な猫の子とは思えん」

黒い騎士「俺が直々に鍛えてやる」

僧侶「ほ、程々にしてあげて下さいね」


子猫という同居人が増えたことで僧侶の部屋は少し騒がしくなった。

稽古……と言う名の面倒見のために黒い騎士が訪れる事も多くなった。

そんな生活がしばらく続いた頃、正式な四天王であったベヒモスが転移魔法陣によって帰還したという報告が入った。
746 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:25:02.37 ID:jLK6xcok0





そして場所は再び共和国へと戻る。


747 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/03/09(月) 20:25:47.77 ID:jLK6xcok0
《ランク》


S2 九尾 ベヒモス
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A〜 黒い騎士

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 勇者(初代の力)
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い 眼鏡の共和国外交官
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 猫又 小柄な祓師 紅眼のエルフ 村守護のダークエルフ キングサンドワーム

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領 柄の悪い門下生
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り 死霊騎士
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ サンドワーム

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ

不明 三白眼の呪術師 百目の異形 妖艶な術師


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
 ※黒い騎士は特に条件変動が激しいためA〜とします。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス
※前作「フードの侍」を「猫又」に変更。
※勇者(初代の力)は名前の通り、剣の力に頼った状態でのランクです。
※お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。
748 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2020/03/09(月) 20:27:11.87 ID:jLK6xcok0
《心》編はここまでです。次回は《港湾都市》編です。

>>721 ありがとうございます。
749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/10(火) 01:26:52.08 ID:92rlhhqDO
>>748
乙カレー
楽しみにしてます
750 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:08:34.31 ID:8D+Kdu790
《港湾都市》


ベヒモスを撃退してからしばらく。

共和国首都を出発した勇者一行は南下し、国内最大の港街を目指していた。

勇者一行と言っても、見慣れたメンバーはそこには居なかった。

紅目のエルフは新生魔王軍の内通者だった。

僧侶はその新生魔王軍に捕らえられ安否は不明。

暗器使いは祖国、北方連邦国の議員の暗殺騒ぎのためについ先日パーティーを離脱して帰国の途中だ。

暗器使いは元々その手の仕事に関わっていたため、呼び戻されるのも自然だ。

何より殺されたのは大柄な熊髭の老人で、暗器使いをスラム街から拾い上げた恩人でもある人物だ。

例え呼び戻されなくとも、彼は自分の意志で祖国を目指しただろう。
751 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:16:51.75 ID:8D+Kdu790


勇者「砂漠はギラギラとした暑さだったけれど……この辺りはムシムシとしてまた別の辛さだね……」

辻斬り「海を渡って南部諸島連合国に着けばこの比では無いって聞いているよ」

猫又「無理……」


代わって勇者の横にいるのは、かつて皇国で妖刀の魔力によって人外を斬って回っていた辻斬り。

その妖刀の製作者の飼い猫が化けた猫又。

猫又は暑さにやられてすっかりのびてしまっている。


お祓い師「俺達の故郷は冬になろうって言うのにな」

狐神「ふむ、世界とは不思議なものじゃのう」


そして退魔師ギルドの幹部でありSランク術師の氷の退魔師の息子、お祓い師。

お祓い師の式神であり、妻でもある狐神。
752 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:17:23.38 ID:8D+Kdu790
この二人を新たに加えて次の旅が始まった。


辻斬り「さあて、南部諸島連合国に目的の人物が居てくれれば良いんだけれどね」

勇者「信じるしか無いよ……今までと違って確証が持てないんだ」


勇者が腰の剣に手をやる。

そこに有るのは一族に伝わる、使い慣れたあの剣では無く、暗器使いに手渡された一振りだった。

愛剣はベヒモスに真っ二つに折られてしまった。

それを元に戻すことが出来るとすれば、南部諸島連合国に居るとある人物以外は考えられないとお祓い師が言ったのだ。


勇者「勇者の剣を打ったと言われている初代戦士様……その末裔……」

勇者「その人に会わないと、駄目なんだ……」

勇者「僕は……剣が無いと……」
753 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:17:57.38 ID:8D+Kdu790


アシダカドリの背中でブツブツと独り言を言い始めた勇者を見て、お祓い師は大きく溜息をついた。


お祓い師「やれやれ、重症だな」

辻斬り「あの剣にはどうやら特殊な力があるみたいでね」

辻斬り「あの力無しでは、自分は皆に貢献できないって思っているらしい」

辻斬り「純粋な剣の腕も、そこそこのものになって来ているんだけどなあ」

お祓い師「そこそこ、じゃ駄目なんだ。勇者の末裔っていうのはそういうプレッシャーの中にある」

お祓い師「何より今は、世の中がその力を求めているからな」

辻斬り「プレッシャーか……経験談?」

お祓い師「……うるせえ」

狐神「のう、そろそろ休憩にせんか?」
754 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:19:45.89 ID:8D+Kdu790
お祓い師「疲れたか?」

狐神「喉がカラカラなんじゃ。手元の水筒は底を尽きてしまったのでの」

お祓い師「向こうに積んである水袋から継ぎ足さないと、か」

お祓い師「よし、一旦止まろうか」

勇者「う、うん」


砂漠は既に越えており、今は鬱蒼と木々が生い茂る森林地帯を進んでいた。

この人工的に拓かれた道がなければ突破には一苦労では済まないだろう。

一同は木陰に腰を下ろして水や食料を口に運んだ。

どこか遠くを見ているような様子の勇者を見て、猫又はやれやれと首を振った。


猫又「うーん、どうしたもんかね」
755 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:20:30.50 ID:8D+Kdu790
辻斬り「剣が折れた事だけが原因ではないんだろうね」

お祓い師「やはり今までの仲間の事か?」

辻斬り「だろうね」

辻斬り「僧侶ちゃんは君も含めて同郷の幼馴染なんだってね」

お祓い師「ああ、そうだ」

辻斬り「そんな双子の姉弟のように過ごしてきた僧侶ちゃん……そしてパーティー全体の姉御的立場だったエルフの裏切り……」

辻斬り「僧侶ちゃんを除けば、彼の旅に最初から同行してた暗器使いの事を実の兄のように慕っていたみたいだ」

辻斬り「彼にとっては家族を同時に失ったようなものなんじゃないかな」

狐神「なるほどのう……」

猫又「そこに私達四人が新しく加わった訳だけど……剣の力無しで引っ張っていく自身が無いって事なのかな」
756 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:30:34.31 ID:8D+Kdu790
猫又「まだ深い絆が浅い……そう感じているって事なんだろうね」

狐神「確かに妙に他人行儀な所があるのう」

辻斬り「うーん……」


十分に休憩を取った一行は港街に向けて再び動き始めた。


勇者「そちらの四人は仲が良いんだね」

狐神「ううむ、仲が良いと言えるのかの」

猫又「約一名に他三人は殺されかけてる訳だし……」

辻斬り「その節はどうも……」

お祓い師「しっかし、皇国で知り合った四人がこうやって異郷の地で巡り合うとは、分からないものだな」

猫又「確かに。誰の故郷でもないもんね」
757 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:40:13.33 ID:8D+Kdu790
お祓い師「……勇者」

勇者「ん?」

お祓い師「お前は“勇者”として俺達を引っ張っていかないといけないと思っているようだが……それは違うぞ」


お祓い師と狐神がまたがるアシダカドリが勇者の隣に並んだ。


お祓い師「一緒に並んで闘う仲間だ。だろ?」

勇者「お祓い師さん……」

狐神「そういう事じゃ。わしらは部下でも召使いでもない、対等な関係じゃ」

猫又「お互いがお互いを補い合う……それが仲間なんだと思うよ」

辻斬り「生まれも育ちも、種族も性別も、価値観考え方も違う他者を理解し合う……君の行き着く先がそこだとするなら、まずは周りの皆と助け合うところから始めるのが良いじゃないのかい?」

辻斬り「俺は馬鹿だから、その事の大切さに気が付くまで随分とかかってしまった」
758 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:41:03.01 ID:8D+Kdu790
猫又「……そうだね」

勇者「……みんな……うん、そうだね」

勇者「不甲斐ない僕だけど、力を貸してもらえるかな」


お祓い師は勇者の肩をバシッと叩いた。


お祓い師「はっ、当たり前だっての」

猫又「男なら胸張って行きなさいっての」

辻斬り「君は張る胸が無いもんね……って痛ぁ!」

猫又「もう一度言ってみて?」

辻斬り「あー……遠慮しておく」

狐神「よさぬか。小振りモンが突っ張ってもみっともないだけじゃ」
759 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:41:35.74 ID:8D+Kdu790
猫又「垂れた年増が何かほざいていますね」

狐神「んん〜?」

猫又「んんん〜?」

お祓い師「止めておけよ、お前ら……」

勇者「ぷ……あははっ!」

勇者「そうだね……確かに悩んでいても仕方がないや」

勇者「僕は僕の出来ることをやる……みんなと一緒に」

勇者「それで良いんだ」

お祓い師「ああ、そうだ」

お祓い師「……教えておくかどうか迷っていたが、今なら大丈夫だろう」
760 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:42:11.39 ID:8D+Kdu790
お祓い師「現在、僧侶の奪還作戦が秘密裏に進行中だ」

勇者「えっ!?」

お祓い師「当初は俺と狐神で遂行する予定だったが、知り合いにもっと適任の奴が居たんでな」

お祓い師「大丈夫だ、あいつなら無事に助け出してくれる」

お祓い師「予定では海路経由で南部諸島連合国へと抜けることになっている」

お祓い師「上手く行けば落ち合えるだろう」

お祓い師「だからそれまでに、俺達は俺達のすべきことをしよう」

勇者「……うん! そうだね!」

勇者(王国を出発してからもう一年以上が経過している……急がないと……!)
761 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:42:59.71 ID:8D+Kdu790





それから勇者一行は共和国の最南端、水の都とも言われる港街に辿り着いた。

共和国周辺の海……特に砂漠に隣接したエリアは漁業が出来ない死の海と呼ばれるが、この港街の周辺では魚影も濃く、国にとって重要な街となっている。


勇者「帝国と王国の国境にあった歓楽街もそうだけど、港街ってなんでこうやって活気があるんだろう」

お祓い師「あらゆる場所からあらゆる物が出入りするからだろう……当然人間も」

お祓い師「端的に言えば、金が舞い込むのさ」

勇者「なるほどなあ……」


あの歓楽街とは雰囲気は違うが、また別の熱気がある街並みだ。

下手をすれば首都よりも活気があるかもしれない。


勇者「ええと、目的地はというと……」
762 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:43:46.30 ID:8D+Kdu790
猫又「あれじゃない?」

勇者「あ、あれだ」


勇者らが探していたのは港を出入りする船を管理する港湾管理施設だ。

ここで南部諸島連合国行きの便の乗船券を入手しようとしているのだが……。


勇者「えっ! 次の便がいつになるのか分からないんですか?」

港湾管理施設の受付嬢「ええ、大変申し訳無いのですが……」

港湾管理施設の受付嬢「沖にかなりの嵐が来ているようでして、安全のため南部諸島連合国との定期便は欠航しているんです」

港湾管理施設の受付嬢「一隻、貨物船が夕刻に無理矢理来るようですが……」

お祓い師「出ないものは仕方がないな」

お祓い師「再開が決定次第伝えてもらうことは出来るか?」
763 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/05(火) 19:44:21.98 ID:8D+Kdu790
港湾管理施設の受付嬢「ええ、お泊りのお宿を教えて頂ければ」

お祓い師「分かった。宿が取れたらもう一度伺う」

港湾管理施設の受付嬢「ご不便おかけいたします」

お祓い師「いや、そちらも忙しいだろうに。じゃあまた後で」

港湾管理施設の受付嬢「ええ、お気をつけて」
764 : ◆8F4j1XSZNk [sage saga]:2020/05/05(火) 19:44:47.47 ID:8D+Kdu790
来週更新します
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/07(木) 01:31:45.86 ID:EpS64GvDO
乙乙乙 待ってたぜ
766 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 20:56:27.83 ID:E+0OV0+s0





勇者「で、宿を探すもどこも満室と……」

辻斬り「便の再開待ちをしているのは俺達だけじゃないって事だろうね」

辻斬り「まあこれほどの規模の港だ。全面欠航はかなりの影響を出す訳だ」

勇者「ううーん、困ったなあ……」

狐神「宿が満室といえば西人街を思い出すのう」

猫又「西人街で何かあったの?」

お祓い師「ああ……感謝祭か何かと被って宿が取れないってことがあってな……いや待てよ」

お祓い師「そうだ、あの時は確か……」

猫又「どうかしたの?」
767 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 20:59:28.36 ID:E+0OV0+s0
お祓い師「いや、あの時はどうにか宿を取ることが出来たんだが……ダメ元でギルド支部に行ってみようか」

勇者「ギルド支部に?」

お祓い師「ああ……運が良ければ恐らくは……」


お祓い師に言われるがまま、一行は退魔師ギルドの支部へとやってきた。

大きな街の支部ということもあり、建物は大きく中には沢山の人々が行き交っていた。


共和国港街のギルド受付嬢「退魔師ギルドの支部へようこそ」

共和国港街のギルド受付嬢「ご用件は……と、これはこれは勇者様でございますね?」


勇者が差し出したギルド会員証を見て受付嬢が眼鏡の位置を直しながら一瞥した。


共和国港街のギルド受付嬢「と、なると南部諸島連合国へ向かう道中といった所でしょうか」

勇者「どうしてそれを?」
768 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:00:13.77 ID:E+0OV0+s0
共和国港街のギルド受付嬢「ギルド幹部……氷の退魔師様から、最大限のバックアップをするようにと連絡が入ってまして」

お祓い師「あの親父……俺達の動向を把握してるのかよ」

辻斬り「三白眼の呪術師という男経由の情報だろうね。その男もギルドの幹部なんだってね?」

お祓い師「ま、だろうな」

共和国港街のギルド受付嬢「船の再開の目処は立っておらず、それまで夜を明かす宿も取れず……といった所でしょうか」

勇者「お、お見通しなんですね」

共和国港街のギルド受付嬢「当ては……ギルドの所有する宿ですね?」

勇者「えっ、そんな物があるんですか?」

共和国港街のギルド受付嬢「おや、違いましたか」

お祓い師「いや、そうだ」
769 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:01:03.11 ID:E+0OV0+s0
お祓い師「もし空きがればで良い……泊まらせては貰えないだろうか」

共和国港街のギルド受付嬢「勿論御座いますよ。こちらも氷の退魔師様からの指示でして」

お祓い師「ちっ、相変わらず一歩先にからこっちを見やがって」

狐神「ふふ、まだまだ敵わないのう」

勇者「でもこんな忙しい時に部屋を抑えて頂いたなんて……何かの形でお礼をしたいのですが」

共和国港街のギルド受付嬢「お礼ですか……そうですね」

共和国港街のギルド受付嬢「滞在している間、ギルドの依頼をこなして頂けると助かります」

勇者「そんな事で良いんですか?」

共和国港街のギルド受付嬢「トラブルというのは別のトラブルを誘発するものです」

共和国港街のギルド受付嬢「これだけの人数を抱えていながら手が回りきっていないのが現状でして」
770 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:01:39.24 ID:E+0OV0+s0
勇者「そういう事なら任せて下さい。困っている人を助けるのが僕たちの仕事ですから」

共和国港街のギルド受付嬢「助かります。まずは係に宿まで案内させますので」


案内された部屋は贅沢にも全部で三室。

部屋割りは、お祓い師夫婦で一室。勇者と辻斬りで一室。猫又が一室となった。

荷物を預けて再びギルドに出向くと、手が回りきっていないという分の依頼書が手渡された。


勇者「また盗人、か」

辻斬り「猫の次はなんだろうね」

猫又「さあて、ね」

お祓い師「何かあったのか?」

辻斬り「なに、再会の時に少しね」
771 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:03:19.10 ID:E+0OV0+s0
共和国港街のギルド受付嬢「ここ最近、このような目立った犯罪が頻発しています」

共和国港街のギルド受付嬢「原因は共和国政府による、例の決定だと言われていますね」

お祓い師「例の決定……砂漠の民などの人外も含めて、正式に国民として登録するという話か」

お祓い師「ベヒモス件から随分と早かったが……大陸会議以来準備そのものは進めていたんだろうな」

勇者「それが何で犯罪増加に繋がるの?」

辻斬り「世の中には自分は存在しない事になっていた方が都合の良い連中ってのもいるのさ」

辻斬り「今まで自由にやれていた領域が、国民全員の管理によって上手く回らなくなる……」

辻斬り「そういった連中が、次のお仕事を確立するまでの軍資金貯めに躍起になっているんだろうね」

猫又「犯罪が増えたと言うより、見えていなかった連中が表に顔を出したって事だね」

勇者「……皆のための変化なのに」
772 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:07:57.82 ID:E+0OV0+s0
狐神「変化を望まない者いるというわけじゃ」

勇者「変化を、望まない……」

狐神「大陸中の揉め事もそこでぶつかっておるのじゃろう?」

狐神「禍根を断って仲良しこよしよりも、今まで通り憎しみ合っていたい連中が立ちはだかって居るんじゃないのかの?」

勇者「うん……でも僕は変わる道を進み続けるつもりだ」

狐神「それで良いんじゃないのかの? 所詮正義なんて自分の中にしか無いのじゃから」

勇者「……うん……」

お祓い師「……さ、て」

お祓い師「お仕事内容の詳細だが……」

辻斬り「船の積荷を狙った盗賊団か」
773 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:08:29.94 ID:E+0OV0+s0
お祓い師「勇者達が以前訪れたっていう歓楽街が北の海の入口なら、ここは南の入口だ」

お祓い師「内陸……特に帝国に運び込めば値段が跳ね上がるような積荷が多くある」

お祓い師「それを掻っ払えるだけ頂いて内陸にトンズラするつもりだろう」

勇者「じゃあゆっくり探している時間は……」

辻斬り「あまり無いだろうねえ」

猫又「そうと決まれば早速向かったほうが良さそだね」

勇者「うん。商船の船着き場に行こう」
774 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:10:30.66 ID:E+0OV0+s0





──商船船着き場の倉庫


港湾倉庫の管理係「ああ、積荷泥棒には本当に参っているぜ」


大柄の男は忌々しそうに木箱に肘をついた。


港湾倉庫の管理係「被害はうちだけじゃねえ。とにかく気が付けば荷がどこかへと持ち出されているのさ」

港湾倉庫の管理係「奴らは人外の盗賊団だ」

港湾倉庫の管理係「どこから現れ、どこに消えていくのか想像もつかねえ。奇妙な力を使いこなすかなりの手練達だ」

勇者「実際に目撃された方がいるということですか?」

港湾倉庫の管理係「ああ、俺がその一人さ」

港湾倉庫の管理係「奴らは、魚人族さ。この街にも魚人族はいるが……良い奴らだから、別の集団だろう」
775 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:10:59.17 ID:E+0OV0+s0
勇者「確かに魚人族なら港湾での行動には有利かもしれないけれど……」

港湾倉庫の管理係「とにかく犯人を早く捕まえてくれよ。このままじゃ仕事になりゃしねえ」

勇者「はい、なるべく早く解決したいと思います」

港湾倉庫の管理係「おう、任せたぜ」
776 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:13:17.89 ID:E+0OV0+s0





勇者らは倉庫を出て繁華街を歩き出した。

行き交うのは人間だけでなく、様々な種族の面々だ。

亜人などの人外らが正式に国民として登録される……この事への準備そのものは大陸会議後から進められていたのだろう。

ベヒモスの一件後、直ぐに共和国内でも新しい法律が定められたのだ。


勇者「折角世の中が変わり始めたのにね……」

お祓い師「急激な変化は歪みを生む……予想はできた事態だ」

勇者「そうだね……」

勇者「さて、早速街の人に聞き込みを開始しようか」

お祓い師「いーや、その必要はないぜ」
777 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:13:53.23 ID:E+0OV0+s0
お祓い師「人探しや道案内はこいつの十八番だ」

お祓い師「『導く能力』を持っているんだからな」

お祓い師「どうだ? 積荷を盗んだ犯人は見つかったか?」

狐神「むむむ……それがのう……」

お祓い師「どうした?」

狐神「ピクリとも反応しないのじゃ」

お祓い師「何……?」

勇者「どういう事?」

狐神「あの貨物倉庫から積荷を盗み出したという者の居場所が全く見つからないのじゃ」

猫又「能力の調子が悪いとか?」
778 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:16:25.42 ID:E+0OV0+s0
狐神「それは無いのう」

狐神「現にこの通りで一番美味な食事処の場所ははっきりと分かる」

お祓い師「オイ」

辻斬り「敵がその手の能力を妨害する手段を持っている可能性は?」

お祓い師「そうだとすればお手上げだな。そんな奴を相手にしたことが無い」

勇者「う〜ん、困ったね」


どうしたものかと考え込む勇者の背後に人影が飛び出してきた。

全員が身構えるが、勇者が手でそれを制した。


勇者「大丈夫、知り合いだ」

???「……勇者さん……やっと見つけた」
779 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:17:10.54 ID:E+0OV0+s0
勇者「初代格闘家さんの……」

???→褐色肌の武闘家「はい、お久しぶりです」

勇者「僕の事を探していたみたいだけど」

褐色肌の武闘家「それが、実は……」

お祓い師「何か事情があるみたいだな」

お祓い師「立ち話も何だし、どこかに入らないか」


取り敢えず狐神が指定した食事処の奥の間を借りて話をする事になった。


お祓い師「それで。このお嬢さんは一体どこのどなたなんだ?」

勇者「僕たちのとの出会いについても交えて少し話そうか」

褐色肌の武闘家「う、うん……」
780 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:20:14.41 ID:E+0OV0+s0


褐色肌の武闘家は自らについて、そして帝国の山中で勇者らと遭遇した時の一連の出来事を説明し始めた。

自分が初代格闘家と暮らしていた事。

そこに勇者らが訪れた時に、サロスとゼパールの襲撃にあった事。

そして彼らの持つ『愛情を操る力』によって、気持ちを暴走させられた武闘家が勇者を庇って重症を負った事。


お祓い師「初代格闘家が生きている……か」

勇者「思ったよりも驚かないんだね」

お祓い師「ああ……俺も千年越しの伝説をこの目で見てきたばかりだからな」

お祓い師「それも、かなりの身近でな」

狐神「ふ……」

勇者「……?」
781 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:21:13.63 ID:E+0OV0+s0
猫又「それで。なんでわざわざ帝国の山奥からこんな所まで勇者を追いかけて来たの?」

褐色肌の武闘家「それが、勇者様方と出会ってからお師匠様の様子が変で……」

勇者「えっ……?」

褐色肌の武闘家「一日中何か考え事をしているようで……」

褐色肌の武闘家「そしてついにしばらく家を空けるなんて言い出してしまって」

褐色肌の武闘家「あのお師匠様が長期で家を出るなんてただ事じゃない……そう思って居ても立っても居られず」

勇者「まあ確かに……引きこもりお屋敷で一日中ゴロゴロしている人だったもんね」

褐色肌の武闘家「きっかけと言えば恐らくは勇者様か、あの魔王軍の幹部達……」

褐色肌の武闘家「どちらにせよ、勇者様を追いかければどちらにも近付けるだろうと思って、噂やギルドの情報を頼りにここまで来たの」

褐色肌の武闘家「同行させてとまでは言わない」
782 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:22:04.59 ID:E+0OV0+s0
褐色肌の武闘家「お師匠様について情報が入れば教えて欲しい」

お祓い師「……なるほどな」

お祓い師「どうするんだ、勇者?」

勇者「うん……何か分かるまでは一緒に行こうか」

猫又「私が言うのも何だけど、同行者が増え過ぎたらまずいんじゃ無かったっけ?」

勇者「一時的にだし……そもそも今は勇者の力がうまく使えている実感が無いし……」

お祓い師「…………」

お祓い師「まあ、良いんじゃねえか」

お祓い師「今の依頼も狐神の力でちゃちゃっと解決するつもりだったんだが、こうなってしまっては人手が多いほうが良いだろう」

褐色肌の武闘家「あ、ありがとう……!」
783 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:22:50.25 ID:E+0OV0+s0
褐色肌の武闘家「そういう事ならもちろん協力させてもらうよ」

勇者「あと、勇者様はやめてよ。歳も大して違わないんだし」

勇者「僧侶はいくら言っても直してくれないんだけどね……」

褐色肌の武闘家「……分かった。よろしくね、勇者」

勇者「こちらこそ!」


店を出た一行は、勇者と武闘家、辻斬りと猫又、お祓い師と狐神のペアで手分けをして情報を集めようということになった。

決して仲が良いという訳ではない辻斬りと猫又のペアを勇者が心配したが、辻斬りが個人的に猫又に用があると言って結局そのままとなった。
784 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/05/12(火) 21:28:50.40 ID:E+0OV0+s0
>>765 ありがとうございます。

今日はここまでです。
近い内にこのスレ分は一旦走り切りたいと思っています。
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/14(木) 02:01:39.39 ID:oeOyoGeDO
乙乙
ゆっくりでも良いんだぜ?
786 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:06:43.82 ID:ALKaSVx60





それから日付は変わっていくものの船が再開する様子は無く、勇者達は荷泥棒の捜索を続けていた。

しかし有力な情報は手に入らず、思った以上に難航する羽目になっていた。

勇者が行く先々で人助けをするものだから尚の事だった。

お祓い師が暗記使いから聞いた話曰く、今までの旅の道中でもその調子だったらしい。

本人はその事についてこう言っていたらしい。

──勇者の紋章システムは僕たちに意図的に大陸中を旅させようとしている。

──この一大事の最中、前線ではなくここに僕たちがいる意味は恐らく……。


褐色肌の武闘家「国も種族も越えて、手を差し伸べられるような存在になるため……か」

勇者「ん? 何か言った?」
787 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:07:14.79 ID:ALKaSVx60
褐色肌の武闘家「……いや、何も」

褐色肌の武闘家「あのね、志としてはご立派だと思うんだけど」


武闘家は勇者を見て大きくため息をついた。


褐色肌の武闘家「一応契約を交わして仕事をしている最中なんだから、ちゃんと本命に集中したほうが良いと思うよ」


勇者の両手には荷物が抱えられており、その横を歩く老婆と談笑していた。


勇者「わ、分かっているよ?」

褐色肌の武闘家「確かにその荷物はお婆さんが持って帰るには大変そうだけれど……」

褐色肌の武闘家「次は寄り道無しでお願いね」

勇者「ははは……善処するよ」

港湾街暮らしの老婆「すまないねえ忙しい中」
788 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:07:53.44 ID:ALKaSVx60
勇者「ううん、良いんです」

勇者「これが僕たちの仕事なので」

褐色肌の武闘家「はあ……本当に程々にね」

勇者「分かっているって」

港湾街暮らしの老婆「家はここだから、もう大丈夫だよ」


老婆の家だという建物は何らかの店をやっているようで、周りと比べると幾分か豪勢な造りだった。


勇者「中まで運びますよ」

港湾街暮らしの老婆「ありがとうねえ」

港湾街暮らしの老婆「そうだ、お世話になったからねえ。冷たいお茶でも飲んで行きなさい」

勇者「あ、ありがとうございます」
789 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:13:59.14 ID:ALKaSVx60
褐色肌の武闘家「勇者……はあ。お言葉に甘えさせてもらいますね」


お店の中には煌びやかな宝石が並んでおり、普段光物にあまり興味がない武闘家でさえも目を奪われてしまった。

お茶と一緒に焼き菓子を振る舞ってもらい、十分に休憩ができた二人は情報集めに戻ることにした。


勇者「あ、お婆さん。この辺りで魚人族を見かけませんでしたか?」

港湾街暮らしの老婆「魚人族かい? それならこの家を出てすぐの道をずっと西の方に進むと彼らが集まっている場所があるねえ」

勇者「魚人族の集会所……!」

港湾街暮らしの老婆「彼もボウヤみたいに荷物持ちをしょっちゅう手伝ってくれたりしてね」

港湾街暮らしの老婆「とても良い人達だよ」

勇者「……その魚人族達が盗みを働いているという話を聞いたことは?」

港湾街暮らしの老婆「盗み? そんな馬鹿なことがあるものですか」
790 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:14:58.37 ID:ALKaSVx60
港湾街暮らしの老婆「私もだてに長くは生きていない。彼らがそんなことをしないという事ぐらい分かるさ」

港湾街暮らしの老婆「それに私は彼らとたまに仕事をしていてね。そんな事をしなくても儲かっていることぐらい分かるさ」

褐色肌の武闘家「仕事……?」

勇者「……なるほど分かりました。お茶、美味しかったです」

港湾街暮らしの老婆「はいはい。何やら忙しそうだけれでも気をつけて行きなさい」

褐色肌の武闘家「ありがとうね、お婆さん」


老婆の家を出て、教えてもらった道を進んだ。

港湾街の中心部からは少し外れた地区に目的の建物はあった。

魚人族が集いの場としているという酒場で、一見寂れているが看板などはよく掃除されており、ホコリ一つ見当たらない。


勇者「使われている形跡がある……空き家ではないね」
791 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:15:46.16 ID:ALKaSVx60
褐色肌の武闘家「どうする? 忍び込む?」

勇者「うーん……まだ黒と決まったわけじゃないしなあ」


入るか入るまいか、悩む二人の背後に迫る影に気が付いたときには遅かった。

二人は十数もの魚人族に囲まれてしまっていた。


魚人グループのリーダー「おう、人間のお二人さん。こんな所に何の用だ?」

褐色肌の武闘家「しまった……!」

褐色肌の武闘家(囲まれるとは不覚を取った……! この人数相手は骨が折れそうだね……)


慌てる武闘家に対して、勇者はいつも通りの冷静さだった。


勇者「この酒場はまだ開店前なの?」

褐色肌の武闘家「ゆ、勇者!? 何を呑気に……!」
792 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:16:24.52 ID:ALKaSVx60
太った魚人「これから準備って所だが、席についていてもらっても構わないよ」

勇者「それではそうさせてもらうかな」

褐色肌の武闘家「えっ? えっ!?」


武闘家の心配とは裏腹に二人は快く受け入れられた。


太った魚人「酒にするかい?」

勇者「いや、ちょっと探し物の最中だから遠慮させてもらうよ。酒場に来たのに申し訳ないんだけど……」

太った魚人「それらな最近手に入った珍しいお茶を淹れよう」

勇者「ありがとうございます」

褐色肌の武闘家「待って待って! 待ってってば!!」

魚人グループのリーダー「ん、どうした嬢ちゃん」
793 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:18:52.63 ID:ALKaSVx60
褐色肌の武闘家「えっ、いや、その……」

勇者「大丈夫だよ。お婆さんの言う事を全て鵜呑みにするわけじゃないけれど、そこまで警戒しなくても平気」

勇者「このご時世にこんな人が集まる街で問題を起こすのはリスクが高いし」

勇者「この酒場も住宅街の真ん中だけど、周囲の人から避けられている様子もない……」

褐色肌の武闘家「それはそうだけど……」

魚人グループのリーダー「何の話だ?」

勇者「すいません。中で詳しく話します」


そうして二人は席に着くと、魚人らに港湾倉庫で多発している窃盗事件について説明した。


魚人グループのリーダー「なるほど……それで犯人として自分たちが疑われていると」

勇者「まあ確かに、荷を運び出すのは警備が厳重な丘よりも海の方が幾分かは楽そうですけれども……」
794 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:19:30.28 ID:ALKaSVx60
魚人グループのリーダー「その容疑者たちの本拠地の真ん中でお茶を飲むとは肝が太いのかそれとも」

褐色肌の武闘家「おそらく後者の方だと思います……」

太った魚人「ほうら砂糖菓子だ。今日のお茶に良く合うはずだ」

褐色肌の武闘家「……もうなるようになれ」


武闘家は菓子を口に放り込んで咀嚼した。

それが想像以上に美味だったためか、次々と口へと運んで行った。

勇者も一つ食べると、魚人らにある書類を見せた。


勇者「今日の晩、貨物船が南部諸島連合国から来るらしいんですけれども、その積み荷は宝石、貴金属、鉱石類のようで」

勇者「盗むにはもってこいの品です」

魚人グループのリーダー「……その窃盗団とやらが来るとすれば今日という事か」
795 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:21:06.09 ID:ALKaSVx60
魚人グループのリーダー「その容疑者たちの本拠地の真ん中でお茶を飲むとは肝が太いのかそれとも」

褐色肌の武闘家「おそらく後者の方だと思います……」

太った魚人「ほうら砂糖菓子だ。今日のお茶に良く合うはずだ」

褐色肌の武闘家「……もうなるようになれ」


武闘家は菓子を口に放り込んで咀嚼した。

それが想像以上に美味だったためか、次々と口へと運んで行った。

勇者も一つ食べると、魚人らにある書類を見せた。


勇者「今日の晩、貨物船が南部諸島連合国から来るらしいんですけれども、その積み荷は宝石、貴金属、鉱石類のようで」

勇者「盗むにはもってこいの品です」

魚人グループのリーダー「……その窃盗団とやらが来るとすれば今日という事か」
796 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:21:38.84 ID:ALKaSVx60
魚人グループのリーダー「警邏側にも魚人やらがいるらしいからな」

勇者「それは……難しそうですね」

魚人グループのリーダー「とにかく今の港の中で自由に泳ぎ回る事は出来ない」

魚人グループのリーダー「正面から倉庫に忍び込めるような特技を持った奴は俺のグループにはいない」

褐色肌の武闘家「それならどうして荷は消えてしまったと……」

魚人グループのリーダー「さあな、見当もつかない」

太った魚人「俺たちが出来るとすれば港の外での強奪ぐらいか……」

魚人グループのリーダー「そうだな。だが荷は倉庫の中で消えているらしい」

勇者「港の、外か……」

勇者「もし積み荷が港の外で消えていたとしたら」
797 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:23:59.98 ID:ALKaSVx60
褐色肌の武闘家「でもそれだと管理係の人の証言と食い違うんじゃ……」

勇者「確かに……ううん、何か引っかかるな……」

勇者「……もし、そうだとすれば」

魚人グループのリーダー「何か気が付いたのか」

勇者「いや、可能性の一つってだけですよ」

勇者「一つお伺いしたいんですけども、良いですか」

魚人グループのリーダー「何だ」

勇者「実は先程、向こうの通りで商いをされているお婆さんと話しまして」

太った魚人「ああ、だからこの場所が分かったのか」

勇者「そうなんです。それで、あのお婆さん曰く、貴方がたとは仕事の付き合いのようですが」
798 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:24:30.07 ID:ALKaSVx60
勇者「一体どんなお仕事をされているんですか?」

魚人グループのリーダー「本業はここの経営だったり、運送業だったりとみんな様々だ」

魚人グループのリーダー「ただ、たまに実入りの良い仕事が必要になった時に、あの婆さんにお世話になるのさ」

褐色肌の武闘家「ご、合法な仕事ですよね?」

魚人グループのリーダー「当然だ」

魚人グループのリーダー「この辺りの海底で、とある石が採れるのを知っているか」

勇者「宝石類ですか?」

魚人グループのリーダー「いや、そういった価値はあまり無い」

魚人グループのリーダー「魔石だ。術師がその威力を増強するのによく用いるあれだ」

勇者「魔石が海底で?」
799 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:28:54.38 ID:ALKaSVx60
魚人グループのリーダー「ああ。地下資源に乏しい共和国だが、大砂漠や海底では魔石がそれなりに採れる」

魚人グループのリーダー「以前は需要が限られていたから売れたものでは無かったが、近年はその用途が広がったらしくてな」

魚人グループのリーダー「あの婆さんはその販売ルートを持っている。俺たちは手付かずの海底の石を手に入れる」

魚人グループのリーダー「そういう利害関係さ」

勇者「あのお婆さん、宝石商ですもんね」

褐色肌の武闘家「しかしそんなに儲かるならそちらを本業にしないんですか?」

太った魚人「はっはっは、それは流石に精神が持たないぜ」

太った魚人「高値で売れるような質の良い魔石は死の海の際にあるんだ」

勇者「死の海……」


共和国は広い国土に対して資源に乏しい国だ。
800 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:29:28.17 ID:ALKaSVx60
国の中央に大きく広がる砂漠は作物を実らせず。

死の海と呼ばれる南洋は魚の影も無い

大砂漠と死の海はとある一点を中心に広がっており、そこに近づく者には死が訪れるという。


太った魚人「文字通り命がけで潜っているからな。滅多なことじゃ行かないさ」

魚人グループのリーダー「まあこの間潜ったばかりだがな」

勇者「そうなんですか?」

太った魚人「酒場の二号店を出そうと思っていてね。その資金調達というわけだ」

太った魚人「その準備でここしばらくはここも閉めていたんだけれど、明日には再開できそうだ」

勇者「では今まさに忙しい盛りでしたか?」

魚人グループのリーダー「気にするな。どうやらそれどころじゃない状況のようだからな」
801 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:29:57.73 ID:ALKaSVx60
魚人グループのリーダー「他に聞いておきたい事はあるか? 力になれる事はなろう」

勇者「ううん……そうだなあ……」

勇者「お店で扱う食材や資材はどこから仕入れていますか?」

魚人グループのリーダー「うん? まさに今盗難被害にあっているあの倉庫を持っている商会だが……」

勇者「……前回の仕入れはいつですか?」

太った魚人「まさに今日、仕入れて来るところだけど……」

勇者「…………」

褐色肌の武闘家「勇者?」

勇者「……うん」

勇者「僕たちも今日はあの倉庫に行くので、仕入れの時もご一緒させてもらっていいですか?」
802 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:30:47.59 ID:ALKaSVx60
魚人グループのリーダー「それは構わないが、一体……」

勇者「実はですね……」
803 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:31:20.04 ID:ALKaSVx60





──一方辻斬りと猫又ら


辻斬り「猫又は今何本の妖刀を持っているんだい?」

猫又「……手の内は明かさない」

辻斬り「別に敵対している訳じゃないんだからさ……」

辻斬り「はい、そろそろこれ返すね」


辻斬りは腰に差していた刀を猫又に手渡した。

猫又が受け取ったそれは、徐々に泡のように消えてなくなってしまった。


辻斬り「ふー、しんどかった」

猫又「いい加減慣れなよね」
804 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:32:11.44 ID:ALKaSVx60
辻斬り「そうは言ってもねえ……」


辻斬りは妖刀への耐性を向上させるため、そしてトラウマを払しょくしていくためにも普段から腰に差すようにしている。

そして限界が来たところで猫又に預けて、という事を繰り返している。


辻斬り「しかし相変わらず便利な力だね。持てる数には限界は無いのかい」

猫又「私はこの姿になれるようになってから、ご主人様の妖刀を回収するのに必要な力が色々と備わった訳だから……」

猫又「そもそもご主人様の刀以外は持てないから、実質打たれた本数以上は無理なんじゃない」

猫又「あの暗器使いって人間の完全下位互換の力だね」

辻斬り「でも刀回収のために便利な能力が他にも備わっている訳でしょ? 猫又本来の力も残っているみたいだし」

辻斬り「そこまで複数の力が扱えるのは珍しいね」

猫又「大して役に立つようなものでもないけどね」
805 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:33:32.04 ID:ALKaSVx60
辻斬り「……一つ提案があるんだけど、良いかな」

猫又「何?」

辻斬り「お祓い師も交えて話したいから、彼らを探そうか」

猫又「……?」


辻斬りらは二人を探すために露店が密集している繁華街へと足を延ばした。

予想通り食べ歩きに精を出す狐神と、その横で財布の中を見て溜息をつくお祓い師の姿を発見した。

二人を捕まえて茶屋へと入ると、辻斬りはとある提案をした。

一同は驚き、特に猫又は心底嫌そうな顔をしたのだった。


お祓い師「しかし驚いたな。お前からあんな提案をされるとは」

辻斬り「これからは今まで以上の強敵と出会う事も増えるかもしれない。ベヒモスもその予兆だ」
806 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:34:01.14 ID:ALKaSVx60
辻斬り「出来る事はやっておきたいじゃないか」

お祓い師「まあ、な」

お祓い師「だが俺は“処置”をしただけだ。“発動”はしていない」

辻斬り「分かっているよ」

狐神「まあこればかりは急いでもどうにかなるものではあるまい」

狐神「気長に頑張るのじゃな」

猫又「ふう……まあ期待はしないで」

お祓い師「……さて、そろそろ行くとするか」

辻斬り「おや? 何か用事が?」

お祓い師「勇者に呼ばれてんだよ。この後全員で来てくれってな」

辻斬り「……と、言うと」

お祓い師「ああ、詳しくは聞いていないがある程度の目星はついたって事だろうな」
807 : ◆8F4j1XSZNk [saga]:2020/08/25(火) 23:35:11.90 ID:ALKaSVx60
本日はここまでです。

>>785
スレが落ちない程度に頑張ります……。
808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/26(水) 04:41:53.34 ID:9IJCgEhDO
>>807
是非頑張って下さい&更新乙です
809 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/12/24(金) 03:23:13.84 ID:ox6OiFVR0
未だ待ち続けてるんだ!書いてくれよ!
810 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/24(金) 21:02:54.72 ID:VnJFlRub0
あの世で続きやってるから見に行くといいよ
811 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/12/25(土) 04:23:51.66 ID:Ncef1LXsO
どうだかw
812 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/25(土) 15:49:46.12 ID:wf/n9Ir50
最近エタったスレ死体蹴りすんの流行ってんの?
晒し上げたりしないでそっとしとくのも優しさだぜw
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