遊び人♀「おい勇者、どこ触ってんだ///」

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1 : ◆CItYBDS.l2 [sage]:2018/05/10(木) 17:47:38.80 ID:w82Vnulm0

チェリーボーイ諸君

巷に溢れる未経験の男達よ、知っているか

人の頭ってのは扱いが難しい

比喩表現ではない、そのまま字面通りに受け取ってくれ

当然のことながら、頭には大事なものがいっぱい詰まっている

脳みそとか、神経とか、そういう諸々の物だ

そうだな、いわば宝石箱だ

うん、わかっている。やっぱり俺は比喩表現を使うべきではないようだ

だが、そのまま聞いてくれ

宝石箱は大事に扱わないといけない

雑に扱って、大事な中身を零れ落とすわけにはいかないだろう?

かといって、力を籠めなければ箱は開かないんだ

その力加減が、実に難しい

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1525942058
2 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:48:12.27 ID:w82Vnulm0

勇者である俺が、何でこんな話をしているかわかるか?

それは、胡坐をかく俺の太ももの上に、遊び人♀の頭が据わっているからだ

正直に言おう、初めての体験だ

いま俺の鋼の精神は、恐慌状態へと陥っている

泣き叫び、助けを乞いたいがそういうわけにもいかない

なに「初めて」は誰もが経験することだ、その名に恥じぬ勇気をもって事にあたろうではないか

ふむ、力を籠めたら、砕けてしまいそうだ

実際、俺の膂力ならそうすることができるだろう

そうならないように細心の注意を払い、遊び人の頭をなでてみる

綺麗な髪が、指の間をするりと通る

驚いた、女の髪の毛ってのはみんなこうなのだろうか

こんなに柔らかく、艶めいているのか

俺の髪の毛は、たわしみたいに硬いぞ

いや恥じているわけじゃないさ、だって男の髪ってのは、みんなそうだろ?

たまに、女みたいな髪を持ったオッサンがいるが

あれは特殊な例だ、まあその話は関係ないし置いておこうか

ところで後姿女オッサンって、なんか極めて特殊な性癖持ってそうだよな
3 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:48:40.45 ID:w82Vnulm0

さて諸君、俺が勇者であるが故、かどうかはわからんが

俺の髪の毛は、男の中でもひと際硬い気がするんだ

太く、硬く、そして多い

俺の頭でなら、銀の皿を鏡みたいにピカピカに磨き上げることができるだろう

とは言ったものの、現実的に俺の頭で皿を磨くなんて無理だ

何でかって?

だって俺の頭には、強くたくましい胴体が繋がっているんだもの

俺の頭で皿を洗うなら、胴体を持ち手にしてゴシゴシやるしかない

そんなことできるのは、巨大なゴレムぐらいだろうさ

もしくは屈強な男たちが数人がかりでもできるだろうが、そんなことするぐらいなら

素直にたわしを使えよって思うよ
4 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:49:08.07 ID:w82Vnulm0


では彼女の頭なら、どうだろうか?


その髪に、劣ることのなかった美しい胴体と切り離されて

俺の膝に据わっている、遊び人の頭なら

立派にたわしとしての仕事を果たせるのではないだろうか

少なくとも、俺の頭よりは使いやすいはずだ
5 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:49:36.64 ID:w82Vnulm0

ふむ、何を馬鹿なことを考えているんだ、俺は

我ながら正気では無かったようだ

なにせ胴から切り離された頭を膝に乗せるなんて初体験なのでな、許してほしい
6 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:50:08.83 ID:w82Vnulm0
さて、そろそろ、物語の本筋に移ろうか

そうだな……タイトルは『酒と魔王と男と女』

勇者である俺が、何故こんな状況に置かれているのか諸君に説明して差し上げようではないか

とは言うものの、何から説明したものか

いつからか酒に酔うことができなくなったはずなのに

まるで泥酔しているかのように頭痛が響き、思考が定まらないんだ

頭を降ってみよう、目が覚めるかもしれない

うん、灰色の脳みそが壊れたラジオのようにカラカラとなったな

聞こえただろう?何か大事な部品が取れてしまったのかもしれないな

よし次は、思考のチューニングをしてみよう、砂嵐のような記憶から明瞭なものに焦点をあわせていくんだ

お、見えてきた見えてきた

なんだ母さん、まだ買い替える必要なんてないじゃないか
7 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:50:36.27 ID:w82Vnulm0

さあ、諸君

物語のはじまりはじまり

どうして、俺が頭だけになった彼女を膝に抱いているのか

是非、最後まで聞いていってくれ
8 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:51:04.12 ID:w82Vnulm0




「彼女と初めて会ったのは、出会いと別れの季節。春だった」
9 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/10(木) 17:51:31.02 ID:w82Vnulm0

勇者が重い口を開くと同時に

ぬるく、粘った液体が彼女の頭から滴った
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/13(日) 02:26:26.71 ID:t7RGioADO

全く訳わからんけどまあ>>1の書くモノだから期待してる
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/13(日) 11:18:37.03 ID:yK6i+SPwO
12 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/25(金) 20:03:27.57 ID:WlRcDlsl0
――――――

1杯目 カクタル思いで、君にエールを送る

――――――
13 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/05/25(金) 20:03:53.22 ID:WlRcDlsl0
――――――

枕が固い、宿屋の外では冬眠から覚めたカエルがゲコゲコ鳴いている

過ごしやすい季節になってきたと人々は言うが、俺にはそうは思えない

ブランケットを羽織れば汗がにじみ、無ければ何と無しに心もとない

春は、そういう中途半端な季節だ

それならいっそ寒いほうがましだ



日は沈み、すっかり夜更け

俺は、早々に宿屋のベッドに横になるがどうにも眠りにつくことができないでいた

だがそれは、今日に限ったことではない

どういうわけだろうか、眠ろうと床についた途端に俺の思考はぐるぐると回り出す

得体のしれない恐怖感が、俺に思考を止めることを許さないのだ

魔王を倒しきれなかった、あの日からそれはずっと続いていた



だが不眠との戦いも半年を過ぎれば、慣れたものだ

俺が見つけた最善手、「眠れないのであれば、眠らなければいい」

無理に寝ようとするからいけないのだ、そんな時は自然に眠くなるまで時間を使うのが一番

そんなわけで、俺は日課に取り掛かる

ブーツの紐を結び、剣を腰にぶら下げる

そしてそれを隠すようにクロークを纏う、さあ準備は万端だ

仕事に取り掛かろうじゃないか

向かうは酒場

アウトロー達が集う、イリーガルなフィールドだ
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/25(金) 22:34:16.70 ID:GEiU6N8DO

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/06(水) 14:23:46.67 ID:NpaNZsCYO
みてるぞ
16 :ありがとうございます ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 17:14:18.20 ID:IZO3JF8l0


――――――

酒の匂いと荒くれ達の喧騒が立ち込める、街外れの酒場

顔を赤めたオッサン共が、周囲に気を配ることなく子供の用に声高らかと笑っている

いい大人が歯をむき出して笑い転げている様は、はっきり言って異常だ

俺は、どうもこの酒場の独特な雰囲気が苦手だ


周囲を見渡し、話が通じそうな人間を探す

これは決して、俺が寂しさ余って話し相手を探しているというわけではない

そもそも、俺は酒を飲みに来たのではないのだ


そう、俺の日課とは酒場で情報を集めること

土とコケにまみれた非常に古典的な手法ではあるが、こと魔王の情報に関して言えば

その効果は絶大であると俺は踏んでいる

それに、日課に精を出せば精を出すほど肉体は疲労し

俺は気を失うように床に就くことができる

まさに一石二鳥というわけだ


「おい、兄ちゃん!そんなところに突っ立ていたら邪魔だろうが」
17 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 17:14:45.58 ID:IZO3JF8l0


酒場に似合う荒い言葉とは裏腹に、可愛らしい声が脳天に響いた

と同時に、尻にも鈍い衝撃が響く

どうやら、俺は尻を蹴り上げられたらしい

振り向くと可愛らしい声に見合った可愛らしい一人の少女が、腰に手を当て俺を睨みつけている

美少女に尻を蹴り上げらたという事実が、何故かはわからないが俺の頬を赤くそめる


「聞いてる?それとも、酔っぱらって耳が遠くなってんの?」


白と黒のチェック柄の派手なワンピース

ブロンドの美しい髪は、肩に届かない程度で切りそろえてある

首には真っ赤なストールが巻かれている

その鮮やかな赤は、まるで首から血を流しているようだ

そう、これから起こる何かを暗示するかのように


「す、すまない」


俺は慌てて、彼女に道を譲る

だが、彼女は俺の顔を訝し気に眺め続けている
18 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 17:15:13.12 ID:IZO3JF8l0


「あんた、勇者様でしょ?」


「そ、そうだけど……」


「すごい!こんなところで会えるなんて!ちょっとアンタ、面貸しなさいよ!」


「え、なんで……?」


「アンタの冒険譚は最高の酒の肴になるって言ってんの!ほら、付き合ってよ!」


なるほど、これは逆ナンというやつだ

魔王を窮地にまで追い詰めた俺の活躍は、どうやらこの田舎町にまで広まっているらしい

正直、悪い気はしない

それに、彼女から魔王に関する情報を引き出せる可能性もゼロではない

ならば、気晴らしもかねて彼女と会話を楽しむことやぶさかではないではないか


「あたしは、遊び人!袖触れ合うもなんとやら、一晩よろしくね!」


「ひひひ、一晩!?」
19 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 17:15:41.14 ID:IZO3JF8l0


脳天に稲妻が落ちる

ひひひひひ一晩よろしくだって!?

男と女が、一晩よろしくするだって!?

つまり、ああ、これこそ俗に言うアバンチュール!!

春なのに一夏の過ち、危険な恋!

これまで、魔王討伐に励むばかりに女性経験の一切なかった俺の

初めて手にしたチャンスが、こんな大冒険になろうとは!


『恐れることはない勇者よ!勇気をもって臨むのだ!』


王都を旅立ったあの日の、祖父の言葉が脳裏をよぎる
20 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 22:21:46.54 ID:IZO3JF8l0


――――――

「ほら、アンタも何か頼みなよ!あ、お姉さーん、私はビールね!」


「俺は、酒は飲まない。それに、この国では飲酒及び酒類の販売は禁じられているのを君は知らないのか」


5年前、俺は魔王を半殺しにこそしたがトドメを刺す前に逃亡を許してしまった

勇者に課せられた使命を達するため、俺は必死に後を追った

しかし、魔王の動きは迅速かつ巧みで俺の追撃の手を悉くかわし

遂には生き残った幹部、魔物達をまとめ上げ地下に潜ってしまったのだ

そうして、表向きには世界はつかの間の平和を手に入れた


それまで国防に費やされていた資金は、魔物によって蹂躙された各地の再建・発展へと使われ

その軍事的利用の為、国が包括的に管理していた魔法使いや錬金術師たちの知識が市民へと解放されたことで

世界は大きく変わった


魔法と科学がもたらす奇跡は、産業を巨大化させ人々の生活水準は飛躍的に高めた

「王国建国以来1000年の発展を全て足しても、このたった5年の変革には及ばないであろう」

とある歴史家にそう言わしめたほどの急激な変革は、特に商人たちに大きな力をもたらす結果となり

絶対王政という権力構造にまで変革の手が及ぶことを恐れた執政府は、商人たちを新たな法で縛ることで保身を図った


禁酒法も、そうした混乱の中で作られた一つの法であった
21 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 22:22:13.10 ID:IZO3JF8l0


「もちろん知ってるさ。だから私たちは、こんな窓もない倉庫みたいなスピークイージーで飲んでるんだろうが」


「スピークイージー?」


「もぐり酒場のことだよ。だいたい、酒場まで来ておいて酒を飲まないなんて何を言ってんのよ」


「俺は、酒を飲みに来たわけじゃない」


「ははあ、さてはナンパ目的だねお兄さん」


ナンパしてきたのはお前じゃないか

そんな言葉が口から出そうになるが、グッとこらえる

これは、初めてのチャンスに水を差したくなかったわけではなく

万が一ではあるが、俺の勘違いだった事態を警戒してである


慣れない女の子との会話で、表情が緩みそうになるのを必死にこらえ

なんとか落ち着きのある男の風格を漂わせながら、言葉を絞り出す


「魔王の行方を追っているんだ」


「なるほど、それで酒場で情報収集ってわけね。この悪法の中、ムーンシャインを店に卸してるのは魔王の一味って噂だしね」

「さすが勇者様、目の付け所がいいね」
22 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 22:22:41.16 ID:IZO3JF8l0


そう、禁酒法が制定されたからといって世間が「はいそうですか」と素直に受け入れるわけが無かった

魔王健在の頃、酒は人々から不安を拭い、恐怖から目をそらしてくれた

人々の生活に根差した酒を、完全に法で禁止するなど無理な話だったのだ


現在、酒造りは地下に潜り、秘密裏に製造されラムランナーと呼ばれる密輸業者によって

(彼女の言葉を借りるところの)スリープイージーこと、もぐり酒場へと流されている

禁酒法制定前まで多くの真っ当な商人によって支えられてきた巨大な酒の卸売市場は、法を犯すことを厭わない者達の手へと渡った

そして、その新しい裏市場の担い手の中でも最たる組織こそが、酒造りと同じく地下に潜った犯罪集団魔王一味である

これが、俺が長年続く日課の中で得ることのできた全てだ


「君は、何か知らないか?どんな情報でも構わない」


「それに答える前に一つだけ言わせてくれ。アンタは、酒を注文するべきだ」

「魔王の行方が知りたいなら、なおさらな」


そう言いながら彼女は、ウェイトレスの手によって届けられたビールを口にした

液体が喉を通る音が、ゴクッゴクッと聞こえてくる


「なぜだ?」


思わず、俺の喉が鳴る

なんていい音をさせてやがる
23 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/06(水) 22:23:07.88 ID:IZO3JF8l0


「酒場で一番信用でされない奴。それは、素面の男さ」

「そんな奴に、誰も情報は渡さない。もちろん私もさ」


「……」


彼女の言い分は、尤もらしく聞こえた

現に、5年を費やし必死の探索を行ったにもかかわらず

俺が得た情報は、酒場の噂程度のものだった


俺は、今年で22歳になる

この国では、禁酒法制定前から未成年の飲酒を禁じていた

そして俺は、齢17で禁酒法を迎えて以来、一滴も酒を口にしたことが無かった


俺の喉が、再び鳴った


「そういえば、喉が渇いたな」


「へえ、なら声を張って注文するといいさ」


「君は、酒に詳しそうだな。俺は初めて酒を口にする、何を飲むべきだろうか」


「へえ、初体験ってわけか、そいつはいいや!」

「そうだなあ……ん、そう言えば喉が渇いたと言ったね」


「ああ」



「それなら決まりだ!喉の渇きを癒すならビールに限る!」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 02:06:46.70 ID:DVCYn8HDO

スリープじゃなくてスピークだよ
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 21:43:23.53 ID:otY7L2Tio
期待
26 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/08(金) 22:53:01.93 ID:/Kiw1pMk0

――――――


「黄金色の酒だ」

錫製のジョッキを傾け喉を潤す、初めて摂取するアルコールに全身が奮え、舌の上で炭酸の刺激と苦みが踊っている。

その強烈さに、不眠もあってか薄ぼんやりとしていた意識が覚醒していく。

胃は拒絶反応を起こし今にも逆流しそうだが、霞が晴れるようなその快感に俺はジョッキを傾けるのを止められない。

そして、遂にはジョッキの中のビールを全て飲み干してしまっていた。

その様子を、遊び人は満足げに眺めていた。


「……苦い、はっきり言うとあまりおいしくない」


「いい飲みっぷりだったけどね。まあ、初めてはそんなものよ」

「しかし、黄金色の酒ね……なかなか洒落たことを言うじゃないの」


勇者が持っているのは、剣と魔法の腕だけではないということさ。

俺は、自分で言うのもなんだがあらゆる可能性を秘めている。魔王を倒したら吟遊詩人になってもいいかもしれないな。


「麦色」


「私は、初めてのビールに畑一面に広がる麦を連想したものよ。まあ麦酒なんて言うくらいだしね」


「そうか、この苦みは麦のものか」
27 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/08(金) 22:53:30.07 ID:/Kiw1pMk0


そういえば魔王討伐の旅の中、手持ちの食糧が尽きかけ、鞄の底に残っていたわずかな麦をそのまま齧ったことがあったが。

この苦みは、あの時感じた麦のそれと似ているかもしれない。


「いや、ごめん。感じ入ってるところ悪いけどビールの苦みは麦のものじゃないわよ」


「すいませーん。ビールおかわり!」


恥ずかしさを誤魔化そうと、俺は新たなビールを注文した。


「ビールの苦みはホップに由来するものなのよ」


「ホップ?」


「そ、ホップステップジャンプのホップ」


遊び人のにやけ面からするに、これは冗談を言っているのだろう。

これだから、酔っ払いの相手をするのは嫌なんだ。下らない冗談を、得意満面に話すなんて恥ずかしくないのだろうか。

どうせ言うならもっと洒落た冗談を言って欲しいものだ。例えば、そうだな……。

ホップ……モップ……コップ……いや、やめておこう。このままだと碌なことを言いだしかねない。


「ホップか……聞きなれない名前だ。どういうものなんだ」


「噛むと、むちゃくちゃ臭い植物。もし機会があっても止めておきなさい、小半時はもがき苦しむことになるわよ」
28 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/08(金) 22:53:57.04 ID:/Kiw1pMk0


その時を思い出しているのか、遊び人の表情は酷く強張ったものになっている。

この女は、内面が表情に全て出るタイプらしい。もしくは、酒のせいなのか。


「このビールは臭くなかったが、どういうわけだ?」


「貴方がそれを知る必要は無いわ……」


今度は、遠い目をして誤魔化そうとしている。


「なによ、その目は。いやらしい。あーいやらしい」

「ホップには、防腐剤の効果があるのよ。それに、ビールに独特な風味や香味を付け足してくれる」


「ビールには欠かせないものなのか」


「そうね、とある侯爵は領内で栽培されているホップを他国に持ち出したものを死刑にしたぐらいよ」

「あそこのビールは特に美味しくて有名だからね。それぐらい、ビール造りにおいてホップは重要ってことよ」


ウェイトレスが新しいジョッキを、机にドンっと置いていく。

今度は、その苦みを意識しゆっくりと味わってみる。やっぱり、まずい。


「そうね、こんな話もあるわよ」


聞きもしないのに、語り口を続ける。これも酔っ払いの特徴だ。酒は人を自己中心的にさせる悪魔の飲み物だ。

だが、どういうわけか俺はついつい彼女の話に耳を傾けてしまっていた。
29 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/08(金) 22:54:23.58 ID:/Kiw1pMk0


「とある異教の国の司教が、死んだ時の話なんだけどね。彼は、仁徳深い人で葬式にも大勢の人が参列したの。それで、埋葬しようと彼の遺体を運んでたんだけど、まあとある町で人々は休憩をとったわけよ」

「みんな喉も乾いてて、喉が渇いたときに飲むのはビールでしょ?ビールを飲もうとするんだけど、残念なことにマグカップ一杯分しかビールが無い」

「ところがあら不思議。マグカップのビールは飲み干しても飲み干しても、まるでマグカップから湧き出るように無くならないの。遂には、参列していた人々全員の喉を潤してしまった」

「その事件をきっかけに、その人は教会から聖人として認定されて。今でも、ビールの守護聖人として崇められているのよ」


随分、俗的な奇跡だった。だが、宗教絡みの話となると直接的に批判するのも憚られる。

それに、酒は宗教的儀式においてしばしば用いられていること鑑みるに、宗教と酒は切っても切れない関係なのかもしれない。


「なんとなく、酒絡みの奇跡というとワインが出てくる気がするが」


「ワインの歴史には負けるけど、ビールだって同じくらい古い歴史があるのよ」

「まあ、私の歴史に比べればどっちも浅いけどね。って、女の子に年齢の話をさせるもんじゃないわよ!」


何がおかしいのかわからないが、遊び人はケタケタと笑っている。

何だこの女は。話に脈絡が無く、たいして面白くも無いのによく笑う。

普段なら忌避したい典型的な酔っ払いの姿ではあるのだが、彼女の笑う姿を見ていると釣られて俺も表情が緩んでしまう。


「そういえば、エールってあるよな。あれはビールとは違うのか?」


「あー、エールね」


「味は知らないが見た目はよく似ている。製法や材料に違いが?」


「アンタね、私を何だと思っているの。醸造家か何かと勘違いしてるんじゃない?」
30 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/08(金) 22:54:49.71 ID:/Kiw1pMk0


『遊び人』彼女はそう自称していたが、その派手な恰好はどちらかというと道化だ。

当然、口には出さない。道化と言われて喜ぶ女がいないことぐらいは、経験の少ない俺にでもわかる。

まあ彼女が普通ではない、道化と言われて感極まる異常者である可能性は完全には拭えないが、彼女の機嫌を損ねる危険を冒してまで試すことはないだろう。

……あれ、俺はなんで彼女の機嫌なんかに気を配っているんだ。


「私は、遊び人よ!」

「付け加えるとしたら、勇者様が魔王軍を壊滅状態に追いやったがために職を失った。元騎士の現遊び人」

「そんな私が、ビールとエールの違いなんて知るわけないでしょう。酒は語るもんじゃない、飲むものよ!」

彼女の感情の起伏の激しさには目を見張るものがある。つい先ほどまで、ビールのあれこれを語っていたのは自分だというのに。

酔っ払いとはみなこうなのか。ん、これさっきも言ったな。

もしかしたら俺も酔っているのかもしれない。

しかし、元騎士の遊び人か……。


―――軍事組織としての魔王軍が壊滅して以来、王国の軍事費は縮小傾向にあった。

争いが完全になくなったわけではないものの、対魔物用に整えられた装備は人間を相手にするにはあまりに強力すぎており。

その絶大な威力と同様に、維持費もまた莫大なものであったためだ。


なにより、人々は新たな争いよりも生活の再建を望んでいた。

結果として、戦乱に乗じて乱立された多くの騎士団が解散される結果となった。

彼女も、そんな解散した騎士団の中で路頭に迷うこととなった一人なのだろう。
31 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2018/06/08(金) 22:55:16.60 ID:/Kiw1pMk0


遊び人の言いぶりからすると、俺は多少恨まれているのだろう。面識のない俺に、突然声をかけたのも恨み節を聞かせるのが目的かもしれない。

そんな推測が、酒の効能もあってか少しお花畑になっていた俺の思考を急激に冷ましていく。

しかし、そのおかげで俺は場の空気に押され頭の片隅に追いやられていた自身の目的を思い出すことができた。


「もうそろそろ良いんじゃないか」


「なにが?もしかして、ベッドインに誘ってるの?血気盛んなのは嫌いじゃないけど、ちょっと焦りすぎじゃない」


「そそそ、そうじゃない!お俺もこうやって酒を口にしたのだから、これで晴れて酔っ払いの一員だ。この酒場で、魔王に関する情報を持っている者を知らないか?」

「もしくは、君自身が何らかの情報を持ってはいないか?」


俺は、息継ぎをする間もなく一気にまくし立てた。声は少し震えつつ、普段より半オクターブほど上がってしまっていた。

全くなかったとは言えない下心を見透かされたようで、俺は明らかに動転してしまっていたのだ。

俺が、この短い逢瀬で彼女の中に築き上げた俺のハードボイルド像は音を立てて崩れ去ったことであろう。


「勇者様は、せっかちだなあ」


「初めてのビール、俺にはあまり美味しく感じられなかった。ビールをまずいと言っているわけではないが……」

「俺の舌は、酒を楽しめる術を持っていないようなんだ。だから、遊びは休憩して本来の仕事をすることにしたんだよ」


「遊びを休憩?『遊びを休憩して』って言った……?はっ、勇者様は遊び人の才能があるようだ!」

「だいたい最初から、酒を美味しく飲める奴なんていないわよ。みんな、少しずつ舌をならしていくんだ」

「時に失敗し、時に後悔し。人はそうやって、酒の楽しみ方を覚えていくもんだよ。女を抱くのと同じさ」
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