遊び人♀「おい勇者、どこ触ってんだ///」

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134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/23(土) 22:43:12.39 ID:M51pKeft0
氷で冷やした拳大のグラス
謎の小瓶から数滴
ベルモットが底を張る程度
カナディアンウイスキーでステア
最後に謎の柑橘を振る

氷で冷やした拳大のグラス
氷を抜かずに謎の小瓶から氷へ数滴
ベルモット、そしてジン
「これじゃあ、ストレートと変わりませんよ」
135 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/02/26(火) 22:34:40.53 ID:Bg4X09fI0
―――――

「カクテルってのはねえ、組み合わせによって無限の広がりをもつものなの」


逆三角形のグラスには、店のランプのせいだろうか少し赤みがかった琥珀色の液体で満たされている。
魔法薬だと言われれば信じてしまいそうな色彩だ。
酒の中でプカプカ浮いたり沈んだりを繰り返しているチェリーも、見ようによってはホルマリン漬けされた実験体みたいだ。


「まあ、論より証拠よ。飲んでみたら」


気づくと、俺の前にもすでにグラスが置かれている。
パッと見たところ、ただのオレンジジュースに見えるが、これが本当に酒なのだろうか。
幸いなことに、その疑いはたったの一口で晴らされた。

強いアルコールがガツンと脳を揺らす。これをジュースと呼ぶ奴がいたら、そいつは間違いなく素面ではないだろう。
オレンジジュースと何かしらの蒸留酒が混ぜてあるのだろう。慣れ親しんだ酸味が、その飲みやすさを助長している。


「うまい」


なにより飲みやすい。俺は、初めて酒を飲んだ日の事を思い出す。
ビールも、ワインもどちらの初めても最初の一口は、まるで異物を体内に取り込んだかのような拒絶反応が起きた。
胃が逆流してくるような強烈な嫌悪感に襲われた。

しかし、この飲み物はすんなりと喉を通る。体が何の拒絶を起こすことなく受け入れている。
起きるものといえば、せいぜいが清涼感ぐらいのものだ。
気づけば俺のグラスは既に空になってしまっていた。


「お気に召しましたか?」


答えは聞くまでもないという表情でマスターがニヤニヤ笑っている。
136 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/02/26(火) 22:35:12.92 ID:Bg4X09fI0


「ああ、えっと何だ。スクリュードライバーをくれ」


「かしこまりました」


まるで、必殺技みたいな名前だな。


「わたしも、初めての時そう思った」


遊び人は、謎の『マンハッタン』をちびちび飲んでいる。
どこか表情は緩んでいて、機嫌もよさそうだ。

さて、状況を察するに俺と仲直りをし仲良く飲みなおそうというのはあながち勘違いではなかったらしい。
そもそも、やらかした彼女に俺が怒るならともかく彼女が俺に怒るというのはお門違いであるし。
納得がいかない部分は大いにあるが、まあ彼女が機嫌がいいならそれに越したことは無い。


ふと遊び人と目が合う。


「なに?これが飲みたいの?」


遊び人が俺をおちょくるようにグラスをクランクランとまわして見せる。


「それは、どんな酒なんだ?」


「論より証拠」


遊び人が差し出したグラスを一口もらう。
そういえば、間接キス程度でドギマギしていたこともあったな。
それが、いまやこの程度じゃ動揺すらせんぞ。俺も、成長したものだ。

そんなことをツラツラと思いながら、マンハッタンに口をつける。
137 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/02/26(火) 22:35:39.47 ID:Bg4X09fI0


「なんだこれは」


なんだこれは。
スクリュードライバーとはまた違った衝撃だった。


「すごいでしょ?」


香ばしく濃厚な香りに、少しだけ果物特有の甘い香り。
それぞれが特色を持ちながら、もともとは一つとして生まれたかのような完璧な一体感。


「なるほどな。カクテルとは、例えるなら酒を使って酒をつくる料理というわけか」


「いいこと言うじゃない」

「私もねかつてこう思ったのよ。もうこの世には新しい酒なんて生まれてこないんじゃないかって」

「だってそうでしょう?ワインだってビールだって起源を辿れば何千年も前にできてたわけだし」

「最近の工業化で蒸留酒が出回るようになったときは、久々の新しい酒だってそりゃもう歓喜したものよ」

「技術革新による新製法なんてものは、そうそう考え出されるものじゃないしね」


遊び人の言葉が止まらない。酒の話になるといつもこれだ。
138 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/02/26(火) 22:37:00.36 ID:Bg4X09fI0


「そんな時に、このカクテルを私は知ったのよ。工業的な技術によらない、文化的革新」

「組み合わせ方によって、無限に広がっていく味・香り・風味!」

「酒の行きつく先、それこそがこのカクテルなのよ!」


ぱちぱちぱち。
思わず拍手してしまっていた。


「ちなみに、この世界にカクテルバーはここしかないわ」


さらっと新情報。


「じゃあ、ここが酒の文化的最前線というわけか」


「いえ、実はそういうわけではありません」


マスターが、新たにグラス注がれたスクリュードライバーを俺の下へと静かに寄越す。
俺は、魔王によく似た男をじっと見つめる。奴は、にこにことするだけで口を開く様子がない。
まるで、俺からの催促を待っているようだ。


「……遊び人、そろそろこの店とこの男のことを教えてくれ」


誰がお前に催促何かするものか。


「では、マスター。ご指名ですので」


遊び人がおどけて畏まると同時にマスターがしたり顔を寄越してきた。
ぶん殴ってやろうか。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/26(火) 23:27:53.62 ID:fpwdeJfeO
おつおつ
魔王関係してるのだろうか
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/02(土) 00:44:01.34 ID:VWbH7aMDO

カクテルのレシピなんてもう忘れちゃったなあ…つか酒自体何年も飲んでないやww
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 00:23:31.25 ID:ZKrufPuDO
おーい、まだかー!?
142 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/03/27(水) 20:20:24.93 ID:DIeGWH8y0


「お客様、いえ勇者様と呼ばせていただいてもよろしいですか?」


俺は言葉を発さずに頷く。


「では勇者様、先ほど貴方がおっしゃったことですが半分は正しいです」
「ここは、この世界においては酒の最前線と呼べるでしょう。しかし、更なる先が存在するのです」


どこに?


「異世界です」


話を聞き終えた俺の頬を一雫の涙が流れ落ちた。
悔しくても認めなくてはならない。
この酒場の主人はただものではないということを。
彼が語る物語は、実に雄大かつ繊細で聞く者を皆惹きつけてしまう魅力をもった物だった。
あまりの面白さに、小便を我慢しすぎて漏れてしまう寸前だったほどである。あるいはこの頬を伝った涙は心の小便なのかもしれん。
あぁ、自らの表現力の乏しさを皆さまに暴露してしまうのが実に恥ずかしいが彼の話を俺なりに要約しよう。

マスターは名門戦士家の嫡男として生を受けたが、その興味は剣や魔法だけではなく酒へも向けられた。
しかし、その家柄から若き日々はその鍛錬へと費やされマスターの酒への欲求は日々積もるばかりであった。
マスターは長き日を耐え続けた。そうして遂に、妻をとり子をなし自身の息子が成人を迎える日に至ってその欲望が爆発した。

成人したばかりの息子に、即座に当主の座を譲り自らは未だ出会わぬ酒を求めて旅に出たのだ。
マスターの旅は、この世界の隅から隅までを探索しつくし遂には異世界へと足を延ばすこととなる。
煌びやかな鉄の車が走り、地上に星が生えたかのよう明るさを持った街にたどり着いたマスターは遂にカクテルと出会う。

しかし、いつからかマスターは酒を飲むだけでは満足できなくなってしまっていた。
彼に沸いた新たな欲求は、故郷の酒飲み友達とともにカクテルを酌み交わしたいというものであった。
そうして一念発起したマスターは、異世界でカクテルの技術を修めこの世界へと舞い戻り店を開くに至ったのであった。
143 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/03/27(水) 20:20:51.86 ID:DIeGWH8y0


「おやおや、つい長話を……失礼いたしました」


マスターが手持無沙汰にグラスを磨く。
グラスからは、乾いた音がした。


「さて、仕事に戻りましょうか。お次は何にいたしますか」


「マスターに任せる」


「それでは、勇者様はお酒に強そうですので少し強めの物をご用意いたしましょう」


マスターの話を聞いたからだろうか、俺はマスターの仕事に少し興味が湧いたようだ。
俺は、カクテルが作られる様子を観察することにした。

マスターは少し大きめのグラスを用意し、その中に氷を敷き詰める。
その氷は、先ほど刻んでいた球形のものとは違い荒く大きく削られたものだった。
ふと、そこでマスターの手が止まる。
訝し気に、マスターに目を向けるとうっかり目が合ってしまった。
マスターはにっこりと笑顔を返してくる。


「しかし、こんなにうまい酒を出す店ならもっと大きくすればいいのに」


壮年の男と見つめあうことに耐えきれなくなった俺は、適当に話を持ち出した。


「でなくても、弟子をとって店を増やすとか」


「ええまあ……」


マスターの返事はどうにも歯切れが悪いものだった。
しかし、その言葉とは裏腹にマスターの手はよく動いている。
流れるような手つきで、棚から大小入り混じった酒瓶を取り上げてカウンターにならべる。
それらを少量ずつグラスへと放り込み、5寸ほどある金属の棒でかき回す。
144 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/03/27(水) 20:21:18.90 ID:DIeGWH8y0


「それね、私も言ってるのよ。この店って来るのが大変だから、ほかにもカクテルが飲める店が欲しいって」
「禁酒法下にあるこのご時世に酒の文化を一歩前進させるなんて反社会的で格好いいじゃない」


「まあ、これだけ画期的な酒なんだ。他には漏らしたくないという気持ちもわかる」


「いえ、カクテルを独り占めしたいというわけでは無いんです」


できあがったカクテルを静かにグラスへと移していく。
グラスにはオリーブの実が沈められている、美しい緑色がマンハッタンのチェリーとはまた違う雰囲気を醸し出している。
グラスの淵に盛り上がるほどカクテルが注がれていく。あんなに並々に注がれていては、持ち上げて飲むことなんてできないんじゃないだろうか。
ましてや、酔ったこの身ではなおさらだ。

溢れんばかりのグラスは、マスターによって一滴も零されることなく俺の手元へと運ばれてくる。
その手際からは、少しでも動かせば零れるのではないかという危惧を一切感じさせない。


「ドライマティーニです」


案の定、持ち上げようとして少しだけこぼしてしまった。
こういうところでスマートにこなせない自分が嫌になる。

マティーニを口に含むと、強く、しかし爽やかなアルコールがそんな嫌気を払ってくれるようだった。
この青臭さはオリーブだろうか?いや、それだけではない。僅かではあるが、何か他の香りが混じっている。


「ドライですので、ほとんどストレートに近いですよ。如何でしょうか?」


「うまい」


率直な感想しか出てこない。
酒を零してしまったことといい、どうも俺は気取った動きというのが苦手なようだ。
まあ、隣に座っている女はそんなこと一切気にしないのであろうが。
145 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/03/27(水) 20:21:47.06 ID:DIeGWH8y0


「私は、普通のマティーニがいいな」


「かしこまりました」


「そういえば、この店はどこにあるんだ?」


ふと浮かんだ疑問を遊び人にぶつけてみる。


「知らない」


「知らないってことは無いだろう。君はよくこの店に来るんだろう?」


「マスターに聞いてみたら」


なるほど、遊び人の言うとおりだった。
マスターを伺うと、忙しそうに遊び人のマティーニを作っている。


「残念ですが場所はお教えできません」


おやおや?なぜ店の場所を隠す必要があるのだろうか。
カクテルのあまりのおいしさに酔い沈んでいた勇者的直観がひょっこりと顔を出してくる。

いや、もちろん禁酒法下にある現在おおっぴらに営業することはできないのだろう。
故に、場所を明らかにしないというのは、まあわかる。
しかし、なぜ既に店にたどり着きカクテルを味わっている俺や遊び人にすら場所を隠すのだろうか。

その徹底的な秘匿主義に、マスターが魔王そっくりの男であることも加えて急に危機感が沸いて来た。
何をやっているのだ俺は、ついうっかりカクテルのうまさに流されていたぞ。

ここのところそればかりだ。
酒がらみになると、すぐに油断してしまう。

そもそもの話、ここは酒場なのだ。
ならば、酒の卸元である魔王一味とも何らかの関りがあるはずではないか。
146 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/03/27(水) 20:22:14.17 ID:DIeGWH8y0


「なぜ、場所を隠すんですか?」


俺の緊張を知ってか知らずか、マスターは眉一つ動かさず口を開いた。


「先ほどの話ともつながるのですが、わたくしは異世界でカクテルを学びました」

「それはいわばズルです。この世界の人々も日々研鑽し、進化し続けている。しかし、私はその過程をすっとばし進んだ異世界からカクテルを持ち込んだ」


声のトーンが少しだけ沈んでいる。
まるで懺悔を聞いているようだ。


「わたくしは、この世界が自らカクテルにたどり着くまで店の存在を公にするつもりはないのです」

「『Bar ゾクジン』は世界が進化するまでの繋ぎ、わたくしのズルに付き合って頂けるほんの僅かなお客様だけにカクテルを提供しています」


遊び人のほうを見ると「初耳」と声に出さず返してきた。


「じゃあ、俺はこの店に来たい時どうすれば―――」

いや、そもそも俺はどうやってこの店に来たんだったか……
そうか、この店は。


「そう、ここは千鳥足テレポートでのみ来店が可能な店なのです」


かつて、遊び人から千鳥足テレポートの仕組みを聞いたことがあった。
「この魔法は酔っ払いが二件目を探すための魔法」「遊び人御用達の魔法」「とあるバーのマスターが作った」
147 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/03/27(水) 20:22:40.86 ID:DIeGWH8y0

「もしかして、千鳥足テレポートを作った大賢者って」


「大賢者だなどと恥ずかしいですが……」


酒好きここに極まれりといったところか。
こんなヘンテコな魔法を作ったやつは、相当な変わり者だろうと踏んでいたが。
酒を求めて異世界を渡り、あまつさえ自分の店を開いてしまうほどの遊び人だとは思いもしなかった。

肩から力が抜けていく。
マスターの言には嘘偽りがあるようには思えない。
少なくとも、俺が勇者として葬り去らなければならない類の者ではないはずだ。

だがしかし、新しい魔法を作り出せるほどの大賢者であり、さらには名門の戦士の家系という事実が。
俺の勇者的直観が、ある結論を導き出していた。
ならば、俺は職責を全うしなくてはならない。確かめなくてはならない。


「マスター、あなたは魔王の……」


「父親です」


やはりそうだ。マスターは現魔王の父親、すなわち先代の魔王だったのだ。
というか、魔王にそっくりな時点でその可能性をまず追うべきだったのだろう。
どうも俺のポンコツ加減に磨きがかかっている。原因は、もちろん酒と……女……つまるところ遊び人にあるのだろう。

だが堕落に甘んじているわけにはいかない、俺は自身に気合を入れなおすために剣の柄に手を触れる。
抜くつもりはない。あくまで俺が何者であり、何を求めて旅をしているのかを思い出すための所作にすぎない。
遊び人がチラリとこちらに目を向けている。


「ここの酒は息子。つまり魔王から直接仕入れているんじゃないのか?」


仕事モードに入ったためか、自然と口調が強く問い詰める形になった。
148 :今日はここまでです。 ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/03/27(水) 20:23:40.53 ID:DIeGWH8y0


「まさか、我が不肖の息子が卸す酒はこの棚に並べられた素晴らしき酒たちとは比べ物になりません」
「ここにある酒は、すべて異世界より持ってきたものです」


「では、魔王の行方は」


「全く存じ上げません」


マスターの目をじっと見つめる。
魔族特有の、マンハッタンのように赤い瞳は、静かにだが強く輝いている。

剣の柄から手を離す。やはり、そこには嘘はないと判断したからだ。
人目をはばからず、息をふーっと吐き出す。
限りなく僅かと言えど、先代魔王と一戦交える可能性すらあったのだ無理もないだろう。
それに、カクテルの味を知ってしまった身としてマスターに剣をかけずにいられてホッとしたことも大きい。


「くだらない質問はおわった?」


遊び人からの棘のある質問が届いた。
こっちは、どこかの誰かとは違い真剣なのだと少しムッとしてしまう。


「くだらなくはない。酒場で情報を聞いて何が悪い」


「馬鹿ね、酒場は魔王を探しに行く場所じゃないわ」


さんざん、一緒に千鳥足テレポートで魔王を探してきたというのに何を言っているんだ。


「じゃあ、なんだと言うのだ」


「お待たせいたしました。マティーニです」
「割り入って恐縮ですが勇者様、酒場は酒を楽しむところですよ」


なるほど、マスターが言うと説得力がある。
ならばしかたない。


「マスター。もう一杯頼む」


夜はまだまだ終わりそうにない。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 22:47:41.15 ID:ZKrufPuDO

打てば響くとは思わなんだ
マスター次は雪国をお願いします
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/31(日) 05:58:57.13 ID:wnGVyay7o
言葉の選び方とかしゅごい
おつおつ
151 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:10:52.62 ID:NdD66LHM0

――――――


人間、酔っぱらうと本性がでるものである。

理性という名の鎧が、普段は身を潜め息を殺してきた溢れんばかりの衝動によって内からはち切れるのだ。

抑えるものが何もなければ、例え進む先が地獄だとしても迷わずに突き進んでこその酔っ払いである。

言いたいことをいい、やりたいことをやる。何を恐れるや。その姿、まさに勇者と呼ばれるにふさわしいのではないか。


では、女神からお墨付きを受けている唯一本物の勇者である俺が酔っぱらったらどうなるのであろうか。

残念なことに、みなの期待には応えられそうにはない。俺は勇者ととしての使命感からか、仮に酒に酔ったとしても何ら素面の時と変わらないのだからから。

まっこと残念なことである。まっこと。

だがしかし、それでも多少なりともほんの僅かであろうが口の滑りが良くなることはあるやもしれない。


さて、酔っ払いが二人。共に思うところあって、懐にのっぴきならぬ問題を抱えて、さらには口に酒を含んだらどうなるか。

行きつく先なんてのは、火を見るよりも明らかではなかろうか。


それは、ついつい初めての「カクテル」に興味心を引かれ昼間の険悪な雰囲気を忘れていた俺。

そして、ついついお気に入りのバーに来たことで大好きなカクテルで喉を潤すことに没頭してしまっていた彼女。

数多の酔いどれをして、「うわばみ」と称されるカップルと言えど酔いには逆らえないのが世の常。


夜も更け、俺たちはいつになく酒に酔っていた。

ワイン蔵を文字通り空けてしまったこともある俺たちをして、僅かなカクテルに酔わされるとは不思議なものである。

だがこのカクテルバーという独特の雰囲気を持つ場には、それを成す何物かが潜んでいるのだ。

つまるところ、俺と遊び人の間に何が起こったのかというと。良い雰囲気に流されて、男女がともにくんずほぐれつ汗をかく……なんてことが起こるはずもなく。

ごくごく酒場にあり触れた光景。腹を割ってのタイマンである。要は喧嘩である。
152 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:11:21.59 ID:NdD66LHM0


切り出したのは、彼女からだった


「ねえ勇者。キミは魔王にあったらどうするの?」


立ち上がりは静かなジャブから。

俺は、彼女の質問の意図を探るように回らない頭を回してみる。カランカランと音がする。まるで氷の入ったグラスのようだ。

結局は、回らないものは回らないと諦め、対外的にバツの悪くない答えを返す。


「魔王を倒すのが勇者の仕事だ」


「はぐらかさないでよ。倒すってのは殺すって意味?」


「場合によっては」


「じゃあ、魔王が人に無害になっていたとしたら殺さないでいてくれる?」


彼女は何を言いたいのだろうか。


「彼らは一度滅んだ。キミの手によってね。でも、今はただの酒の密売人組織じゃない」


「犯した罪は消えない。かつて魔王は世界を混乱に導いた」


「それって王国も同罪じゃない。所詮は国同士の戦争よ、魔王個人に罪を背負わせるなんて道理じゃない」


「元騎士の君がそれを言うのか」


「……少なくとも、キミに魔王を殺されるってのは許容できないかな」
153 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:12:15.28 ID:NdD66LHM0


「魔王を殺さないでいてくれる?」彼女は再び俺に問いかけた。それは既に質問というより懇願に近いものだった。

その問いに、俺は答えることができなかった。

なぜなら、そんなこと一度たりとも考えたことがなかったからだ。

魔王を殺さない選択だって?果たして、そんなものがありえるのだろうか。

……仮に選択肢の中にあったとしても、俺がその一つを選び取れるのだろうか。


この店に来て初めて魔王そっくりのマスターの姿を見た時。

俺の中から沸き上がったものは、遂に魔王を殺せるという喜びだった。


かつて深手を負わせたものの殺しそこなった男を。

長年にわたって追いかけてきた宿敵に、ようやくトドメを刺すことができると俺は歓喜に打ちひしがれていたのだ。

もしも、遊び人の静止がなければ俺は間違いなく剣を抜いていただろう。


全く情けないことに、あの時の俺に勇者としての使命感はほんの欠片すらなかった。

ただひたすらに、自身の感情、欲望に衝き動かされ剣の柄に手をかけたのだ。……そんなの、まるで酔っ払いではないか。

そんな俺が本物の魔王を相対して、どうなるのか。殺さないという選択を取ることができうるのか。俺にはわかりかねた。


「そう……」


沈黙する俺に、何かを察したかのように遊び人が呟いた。

何を察したのかはわからないが、おそらく何かしらの誤解が生じた気がする。
154 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:12:42.69 ID:NdD66LHM0


「魔王が……いえ、魔物がそんなに憎いのね?」


ほら生まれた。おんぎゃーおんぎゃー。


「そんなことはない」と、とっさに否定を試みる。


「そんなことなくはないでしょ。初めて出会ったあの夜のことを忘れたの?」


マスターの眉が片方だけピクリと動いた。

おいおい、「初めて出会ったあの夜」なんて艶めかしい言い方するから、マスターにもあらぬ誤解が生じたかもしれんぞ。


「変な言い方をするなよ。初めて、魔王残党の密造酒倉庫に忍び込んだ時の話だよな!」
「……何かあったっけ?」


「キミはミノタウロス達を躊躇なく殺そうとしたじゃない、あまつさえ拷問すらしようとした」


「そ、それは」


「それにさっきだって、私が止めてなければ君はマスターに切りかかっていたでしょ!」


「……そうだが」


ちがう、そうではない。いや、そうであるのだが事情が事情だ。
155 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:13:10.40 ID:NdD66LHM0


「それに関しては、何の説明もなく連れて来る遊び人が悪いじゃないか」
「突然、目の前に魔王によく似た男がいたんだぞ。俺が何年、魔王を追い続けてるか知っているのだろう?」


「一理あるわ」


一理どころか、百理も二百理もあるわ。

遊び人は、まるでそのことに考えが及ばなかったとばかりに一頻り頷いてみせた。


「もう一度だけ応えて。あなたは魔族が憎い?」


「ミノ達の件は、それが必要だったからだ。当時の俺には、魔物を殺さないでおく余裕も魔物たちから情報を引き出す術もなかった。決して魔族憎しで動いているわけじゃない」


「でも、彼らが人間だったとしたら殺さないし。拷問もしないんじゃないの?」


まあ、その通りだ。

魔族と人間の違いは、その膂力の大きさにある。

例え子供の姿をしていようが、俺を殺し得るポテンシャルをもっている。それが魔族だ。


「魔族は、人間とは違う。だから対応も違ってくるは当然だ」


「魔族は危険だってこと?だったらそれは人間だって同じじゃない」


「度合いが違うだろ」


「……」


「なあ、結局のところ何が言いたいんだ」


「私は、あなたに魔族を嫌ってほしくない」
「ごく普通に、人間とそうするように接してほしい」
156 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:13:38.03 ID:NdD66LHM0


譲歩はしている。

かつての勇者なら、理由がなければ出会った魔族に手心を加えるなんてなかった。

だが、遊び人が無益な殺生を嫌っている以上。そして俺が彼女に嫌われたくはない以上。

俺は彼女の意向に沿って、最大限の努力をしてきた。

そうでなければ、ここにたどり着くまでに俺たちは数多の魔族の死骸を積み上げてきたことだろう。


俺の「殺さない」努力を彼女は一切顧みていない。

これは一体どういうことだ。俺のかつての戦いぶりは、元騎士であるというのなら噂ぐらいは耳にしているはずだ。

勇者の通った後には草すら生えない。勇者のブーツは常に血の赤で濡れている。これまで散々なことを言われてきた。

そんな俺が、彼女と出会ってから今日という日まで命をひとつも奪っていないということがどれほどの事なのかをわかっていない。

惚れた弱み。そう惚れた弱みであるが、これほどまでに尽くしているというのに……。

その無関心には怒りすら覚えてしまう。


「遊び人、俺からも君に質問がある」


「なによ」


「君はなぜ魔王を追っている」
157 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:14:08.91 ID:NdD66LHM0

ほんのジャブ程度の質問のつもりだった。俺の努力を顧みない彼女に対してのほんの意趣返しだったのだ。

本当のところは、彼女が魔王を追っている理由などどうでもいい。

ただ、彼女がひた隠しにする目的を露わにせんとすることで少しでも彼女が嫌がる姿が見たかったのだ。


だが、俺は俺自身のことをよくは理解できていなかったらしい。

そのたった一つの質問を皮切りに、堰をきったように俺の中に溜め込まれていた疑問、いや欲望というべきものがあふれ出したのだ。


「君は、元騎士だと言っていたが何処の騎士団だ」

「なぜ、遊び人なんてやっているんだ」

「年はいくつなんだ」

「どこの出身」


今の俺には、彼女の返答を待つことすらできなかった。

こんなこと、本当なら初めて出会った夜に、初めて背中を任せられる仲間に出会たあの夜に聞いておくべきだったのだ。

だが、下心をさらしたくない一心がそれを妨げた。それでも、俺は聞くべきだった。

共有する時間が増えるにつれ、彼女のことを知らぬまま彼女への思いが募った結果がこれだ。


「一人の時は何して過ごしているんだ」

「俺のことをどう思っている」

「なぜ魔物にやさしくする」

「この店にはしょっちゅう来ているのか?」


……



彼女は黙ってそれを聞き続けた。

答える隙などなかったのだから、仕方あるまい。
158 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:14:37.59 ID:NdD66LHM0


「君の名は」


ようやく、俺の問いかけが尽き。しばしの沈黙が流れた。

遊び人は、最後の俺の問いかけに対してか何かを言いかけたものの息を吐きだすに留まった。


「私は、ただの遊び人よ」


彼女は、俺の心からの問いかけにそう答えた。

この期に及んで、秘密を明かすつもりは毛頭ない。そういうことなのだろう。

「いい加減にしろ」という言葉が喉まで出かかった。

だが、所在なさげに自身の頬を撫でている彼女を見てハッとした。


「痛むのか?」


「ちょっと痒いだけ」そう言って彼女は炎魔将軍にやられた傷を再びさすった。

俺は、彼女のその姿から目をそらさずにはいられなかった。


「もう終わりにしよう」


まるで恋人の会話みたいだな。


「まるで、恋人みたいな言いぶりね」


以前の俺なら、頬を染めていたに違いないであろう言葉も酒の助けもあってか今なら難なく言える。俺も成長したものだ。

……成長?本当に俺は成長したといえるのだろうか。
159 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:15:05.11 ID:NdD66LHM0


「千鳥足テレポートも覚えた。もう二人で飛ぶ必要はない」


そう、俺は成長した。

なんたって俺は勇者だ。誰よりも才能に溢れ、女神の加護を受けた俺は人一倍の成長力を有している。

現に見てみろ、かつて一杯のビールでふらついた足が今では浮つくことなく地面に確固としてその存在を主張している。


「魔王は俺一人で見つけ出す。そして生かしたまま君の前に引きずり出してやる。だから君は、酒でも飲んで待っていろ」


「私がそばにいるとまずいって言うの?初めて会ったときに行ったわよね、貴方は危なっかしいって。あなたを一人にするなんて無理よ」


「それは……俺ではなく魔物を気遣っての言葉だな」


隣席から、猛烈に沸き上がる怒りの波動を感じる。

ちょっとした嫌味のつもりだったが、その怒り様を見るに本当に俺のことを心配してくれているのだ。

それはそれで嬉しいし、自分の心無い言葉に猛省もする。だが、俺がそれに怯むことは無い。

彼女を如何に怒らせようと、たとえ嫌われることがあろうと、そう為さねばならない理由があるからだ。


「俺は今日見たいなことは二度とごめんだ」


「だから、それはごめんなさいって謝ったでしょ」


「謝る謝らないの問題じゃないんだ」


「そう!貴方はそんなに、炎魔将軍が大事なのね!」
160 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:15:32.55 ID:NdD66LHM0


彼女の怒りが頂上へと達するその瞬間、まるで「私のことを忘れていませんか」と言わんばかりにマスターがグラスを二つ差し出してきた。


「お待たせしました」


俺と彼女の前に、届けられたグラスにはそれぞれ透明の液体がなみなみと注がれていた。


「これは何だマスター?蒸留酒か?」


「中身はただの水でございます」


「誰がこんなの頼んだって言うの!ふざけないでよマスター!」


突如、全身に悪寒が走った。

手が震え、足が震え、視界が泳ぎ、歯がかみ合わずにガチガチとなりだした。

酔いではない、勇者の持つ耐性で酒に強くなった俺がこんなにわかりやすく酔うはずがない。

隣では、遊び人もまた同じ症状に襲われている。


「申し訳ありません。そろそろ店じまいしようかと」


マスターは、その笑みを崩すことなくグラスを磨き上げ続けている。

だが、言葉や表情とは裏腹に彼のオーラが「喧嘩は外でやれ」と雄弁に物語っていた。

流石、先代魔王と言ったところだ。この勇者である俺をして、ここまですくみあがらせるとは。

いや決して、決して恐れをなしたわけでは無いが俺は慌てて席を立つ。相変わらず、足がガクガク震えているがこれは酔いのせいだ。
161 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:16:00.04 ID:NdD66LHM0


カクテルが如何ほどするのかは知らないが、これだけあれば二人分の酒代は十分に賄えるだろう。

俺は、黙ってカウンターに銀貨を1枚おいた。

すると、それに対抗するかのように遊び人もまた自身の懐から銀貨を1枚取り出す。

あくまでも、今晩は俺に奢られるつもりはないという意思表示なのだろう。


「多すぎますよ」


マスターが困った表情で、俺と遊び人の顔を見つめる。


「マスターに」「マスターに」


期せずして、俺と彼女の言葉が被さった。

マスターはくっくっと頬を緩め、「では頂戴いたします」と銀貨を引っ込めた。


「また来るわ」


遊び人が、パンパンと手を二回たたき俺の体は再び光に包まれテレポートする。

「またお越しください」

光の中で、ただマスターの声だけが響き渡った。
162 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/07(日) 14:16:27.12 ID:NdD66LHM0

――――――


「おや、兄ちゃん、どっから現れた!?」


大柄で禿頭の店主が、突然転移してきた俺を驚きの表情で出迎えてくれた。


「悪いが、部屋はやっぱり一つしか取れなかったよ」


最悪だ。

部屋が一つしか取れていないことを、俺はすっかり忘れていた。

この険悪な雰囲気のまま、彼女と一晩過ごすのはどんな強敵と戦うよりも困難を極めることだろう。


「あれ、あの可愛い姉ちゃんは一緒じゃないのかい」


店主の言葉に、俺は慌てて周囲を見回すがどこにも彼女の姿はなかった。

なに心配することはない、彼女は腕もたつし夜にふらっといなくなることはよくあることだ。

きっと、近くのスピークイージーになりへ行ったのだろう。

俺は、気まずい夜を過ごさないで済むと少しだけほっと胸をなでおろし床へ着く。

明日、どんな顔して彼女に顔をあわそうかと気に病む間もなく俺は意識を失うように夢の中へと落ちていった。


残念なことに、もしくは幸いなことにか。

翌朝、俺は気に病む必要などなかったことを思い知る。なぜなら、彼女は朝になっても戻ってこなかったからだ。


そしてその翌日も、そのまた翌日も。

彼女は帰ってこなかった。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/08(月) 00:27:12.88 ID:h3mGJ8iDO

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/08(月) 01:28:40.70 ID:CAzlXe61o
痴話喧嘩だもんな
おつおつ
165 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/04/23(火) 23:04:48.48 ID:mit/xXSs0
――――――

翌朝になっても、遊び人は帰って来なかった。
二人で酒を飲んだ後、夜の闇の中に彼女が一人ふらりと消えてしまうことはこれまでも何度かあった。
今にして思えば、俺と別れた後にあのカクテルバーに赴いていたのだろう。

だが、朝になっても姿を見せないなんてことは一度もなかった。
確かに、彼女は魔族との戦いにおいても一歩も引けを取らない実力を持っている。
たとえそれでも、俺が彼女の身の安全を案じない理由には決してならない。
彼女は一人前の戦士であると同時に、俺のハートを打ち抜いた類まれなる愛らしさを持っているのだから。

日が昇ると同時に、俺は宿屋を起点に彼女を探し回ることにした。
ここは、そう広くない村だ。そんな村を、彼女のような美人が、しかも白と黒のワンピースに、首元には赤いマフラーというまるで道化師のようないでたちをしていれば目立たないはずがない。
彼女を目撃していれば、その身目麗しい姿を己が眼に焼き付けていることであろう。
だが残念なことに、予想通りであったのは、この村はさほど広くないという事実のみであった。
日がてっぺんに上る前には、俺は全ての住民に聞き込みも終えてしまったのだ。

俺たちが千鳥足テレポートで飛んで以降、彼女の姿を見たものは誰一人としていなかった。


俺は、宿屋にひとり戻ってきた。どんな精神状態であろうと人間、腹は減るものである。
それに闇雲に探すだけでは、どうにも埒があかないと悟った俺は食事を済ませつつ状況を整理することにしたのだ。
宿屋の主人に、声をかけ、俺は広間の一角に陣取った。

これだけ探しても見つからないということから推測できることは2つだ。
まず一つ目は、酔った彼女が何者かによってかどわかされたという可能性。
だが、例え酔っていたといっても屈強な彼女を、しかも勇者である俺の目を盗んで攫って行くなんてことは不可能に近い。
ならば最も可能性が高いのは、彼女が自らの意思で俺の前から消えたという推測だ。

彼女が消える直前、俺たちは意見の相違にお互い歩み寄ることができなかった。
故に、彼女が俺に愛想をつかし身を隠してしまったというのは十分にありえるのではなかろうか。
であるならば、彼女の行方を捜すという行為は、振られた男が未練がましく女の尻を追いかけているという風に見えるのではないか。
なんともみっともない話である。

そんなことを考えていると、イライラがつのり、つい足が小刻みに震えてしまっていた。
宿屋の主人が、食事を運んでくる。それに、何の配慮か俺にあの謎の自家製酒をすすめてきた。
やはり、俺の姿は女に逃げられた情けない男に見えているのだろう。
だが、見栄を張ったところで恥の上塗りになると思い素直に礼を言って酒を受け取った。

謎の液体を、一息に胃に流し込む。相変わらず、きついだけで美味しさの欠片もない酒だった。
しかしどういうわけか、不思議と足の震えが止まっていた。なんだこれは、これではまるでアル中みたいじゃないか。
だがあらゆる毒ですら殺すことのできない、神耐性を保有する俺が中毒症状に陥るなんてことはありえない。

ならば、先ほどの震えはなんだ。
俺は何を恐れているというのだ。
あの魔王とすら、たった一人で対峙した。世界で最も勇気あるものである俺が、何を恐れるや。

答えは既にわかっていた。
俺が恐れているのは、彼女との別れだ。
生まれてこのかた、魔族と戦うことばかりに励んできた俺が初めてした恋だ。
例え世界で最も勇気があると謳われても、俺はたったひとつ彼女との別れに臆しているのだ。何が勇者だ。ただの臆病者ではないか。
だが、もう震えはとまった。あの謎の酒の力だ。たとえまずくても酒は酒。
アルコールが脳をかき乱し、その恐れをかき消してくれている。

そう酒の力を借りることで、俺は恋愛に関しても恐れなど知らない勇気ある者へと姿を変えたのだ。
例え、どんな結末になろうとも彼女ともう一度話をしなくてはならない。たとえコテンパンに振られようとも、俺は耐性の勇者。その経験を糧に、さらに強くなるのだ。


と、決意を新たにしたところで、この村には彼女の行方に関する手掛かりは皆無だった。
ならば、頼る先はこの村にはない。秘密主義の彼女を辿るには、それを知り得る人を頼るべきだ。
そう、バー『俗人』だ。
彼女が足しげく通うあの店のマスターなら。俺の知らない彼女の情報を、何かしら知っているかもしれない。
もう一度、あの店に赴く必要がある。
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/04/24(水) 14:48:35.72 ID:ciR0Q/f9O
おつおつ!
167 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/01(水) 13:09:52.18 ID:/dcHJZ9Q0


俺は、出された食事を手早く腹に収め、再び宿屋の主人に声をかけた。


「あの酒をもう一杯くれ」


宿屋の主人は、機嫌よさげに「やっと俺の酒の味がわかる客が来た」と呟きながら店の奥へと消えていった。
誤解を生んではいるが……あえて否定することもないだろう。旨いか否かは、問題ではないのだから。
戻ってきた主人の右手には、水差しが握られている。中身は、推測するまでもなくあの酒なのだろう。


「このご時世だ、飲むなら自分の部屋で頼むよ」


礼を言い、俺は二階の自室へと足を向けた。
扉を固く閉じ、大きく息を吸い込む。なにせ一人で千鳥足テレポートを使うのは初めてだ。
遊び人の前では嘯いて見せたが、何事も初めてというのは恐ろしいものだ。

俺は、謎の酒を一息で飲み込んだ。
強い眩暈が起こり、足元がふらつく。胃が、「こんなものを流し込むな」と拒絶反応をおこしている。
昨日のカクテルに比べて、なんて飲みにくい酒だろうか。
だが出来の悪い酒のおかげか、酔いは一気に回った。
魔力を全身に巡らせ、呪文を唱える。


「千鳥足テレポート!」


足元に浮かび上がった魔法陣から光が放たれ、そのあまりの眩しさから視界を奪われる。
次の瞬間、俺は謎の浮遊感に襲われた。

慌てて目を開けると、どういうことだ、足元にはあるはずの地面がなかった。
足元を無意味にバタつかせてみるも、俺は重力に抗うだけの力はもっていなかったようだ。

ひゅー。
どぼーん。

俺の落ちた先は、水の中だった。しょっぱい水が、衝撃で鼻から入ってきた。
どうやらここは、どこかの海らしい。俺の鼻先を、魚たちが優雅に泳いでいく。
慌てて、水面へと浮上して周りを見渡す。見上げれば空が、見下ろせれば海が、俺の周囲に一面の青を形成していた。

やたらと、腰に付けた剣がやたらと重く感じられる。
それなりの旅装備のまま水の中に沈んだのだから、そりゃあそうだろう。
168 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/01(水) 13:10:19.54 ID:/dcHJZ9Q0

いつの日か、遊び人が言っていたが。
確かに金づちの彼女が、今の俺と同じ体験をする可能性を鑑みれば、この魔法のリスクは相当なものだ。
彼女からしてみれば、海に飛ばされるイコール死に直結するのだから。

初めての千鳥足テレポートは、大失敗だった。

俺は、必死に足をばたつかせ両手を頭の上に掲げ、そうして何とか、手を二回パンパンと叩いた。


再び光にのみこまれ、目を開けるとそこは先ほど旅立ったばかりの宿屋だった。
俺から流れ落ちた、水が足元に大きな水たまりをつくっている。
階下へと降り、宿屋の主人にタオルを借りる。


「うお、兄ちゃん、びしょ濡れでどうしたんだ。それになんだか、なまぐせえぞ」


「魔法に失敗したんだ」


「……ほどほどにな」


宿屋の主人に礼を言い、部屋に戻った俺は再び酒に口をつけた。
初めてワインを口にしたとき、そのあまりの渋みと強い香りに絶句したものの。
それでもなお、飲み進めるうちに、それらを楽しむ余裕が生まれてきたものだが。
幾度の邂逅を果たそうと、この自家製酒には慣れそうにもない。


「千鳥足テレポート!」


そこは、ゴミ捨て場だった。


早々に部屋へと帰還した俺は、訝しげな眼を向けながら鼻をつまんでいる店主に湯を借りた。
こざっぱりとしたところで、再度、酒を口に含み挑戦する。


「千鳥足テレポート!」


目の前に広がるのは、赤い海。否、ごうごうと泡を吹き上げているそれはマグマだ。
それに鼻をツンとつつく、卵の腐ったような臭い。間違いない、ここは南の山岳地帯、火龍の住まう火山だ。
ひどい熱気と、まずい酒のせいか頭がくらくらする。
少し休もうと、手ごろな岩に腰掛けると、あまりの熱さにズボンが発火してしまった。
慌てて、ズボンを脱ぎ火を消す。なんとか消火には成功したが、ズボンには大きな穴が開いてしまっていた。
長居してもしょうがないので、俺は再び部屋に帰還した。
169 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/01(水) 13:10:46.66 ID:/dcHJZ9Q0

度重なる失敗に俺がめげることなどなかった。
うまくいかないなら、うまくいくまでやるだけだ。

と、水差しから直に燃料を補給しようとするも当に空になっていた。
いったい今日一日で何往復したかであろう、宿屋の階段を降りていく。


「おいおいおいおい兄ちゃんよ。あんたの魔法ってのは、失敗するたびに臭くなるのかい?」


主人に言われて、自身の袖を嗅いでみる。
腐った卵のような臭い。いわゆる硫黄臭いというやつだ。


「悪いが、酒を追加でくれないか?」


「あのなぁ兄ちゃん。何があったかは知らねえが、酒に逃げるのはあまり褒められたことじゃあねえぜ」


「ありがとう。でも逃げてるんじゃないんだ、追いかけるために酒が必要なんだ」


主人は「ぬぅ」と喉の奥から声を出し、諦めたのか再び酒を持ってきてくれた。


「今日は、もうこれぐらいにしておけよ」


「あぁ」


俺は、再び階段を上っていく。
背後から「なんで尻に穴が開いてんだ」
そう呟く宿屋の主人の声が聞こえてきた。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/01(水) 14:35:20.96 ID:FH1V6VKdo
剣錆びそう耐性つきそう
おつおつ
171 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/01(水) 15:26:15.75 ID:/dcHJZ9Q0
―――――


目が覚めると、朝日が昇っていた。
どういうことだ。俺は、千鳥足テレポートに失敗しすぎて遂に時空を超えてしまったのか。
なんてことはなく、酔っぱらっていることが条件の千鳥足テレポートの燃料補給にと酒をしこたま飲んだせいで酔いつぶれてしまったらしい。

結局、俺は一度たりとも千鳥足テレポートを成功させることができなかった。
遊び人曰く、二人でやると成功率があがる。とのことだったが、それにしたって10割失敗というのはどういうことだろう。
俺には、まだ千鳥足テレポートを使いこなすことができないのだろうか。

真っ先に思いつくのは、俺が呪文を間違っていた可能性だ。
だが、この魔法は妙な条件付けが為されている一方で呪文に関しては非常に簡易なものである。
俺は遊び人の隣で、幾度となくこの魔法の呪文を聞いて来た。一言一句違えていないはずだ。

二つ目に挙げられるのは、燃料不足。つまるところ酔いが足らないという可能性だが。
この点、俺は昨日酔いつぶれるほどに、しこたま酒を飲んだ。あれで燃料が足りないということは無いだろう。
いや待てよ。果たして、そうだろうか。

昨日の俺は、本当に酔っていたのだろうか?
そもそも、『酔い』を『摂取したアルコール量』と仮定するのは些か安直な気がする。
だって、酒に強い女もいれば下戸の男だっているんだ。どれだけ酒を飲んで酔っ払うかどうかなんて人それぞれなんだから。

ならば酔いとは何だろうか。
千鳥足テレポートは使用者に何を求めているというのか。

いや、そうではない。
求めているのは千鳥足テレポート自身ではない。
求めているのは、そう。このみょうちくりんな魔法を生み出した元魔王の大賢者。
バー『俗人』のマスターが、客を自らの店へ招き入れる条件だ。

昨日の自分の姿を、ふと思い出す。
酔っぱらって大暴れ、なんてことにはなってはいない。だが、床を水浸しにし、硫黄の臭いを宿に振りまき。
あまつさえ、主人に苦言をていされる始末。今になって思えば、昨日の俺はとても普段通りとはいいがたかった。
とにかく、早々に酔って千鳥足テレポートを試そうとやっきになっていた。
そんな状態で飲んだ酒は、まったく美味しく感じられなかった。いや、そもそもここの酒がまずいのは間違いないのだが。

だが、そんなまずい酒でも、俺と遊び人は素面の状態からたった一杯の酒でテレポートに成功した。
ふむ、なんとなく見えてきたぞ。

水差しに手を伸ばす。
中には、ほんのわずかではあるが昨日の酒が残っていた。
俺は、一息に酒を飲みほした。

遊び人と初めて出会った日のことを思い出す。
そうあれは春先のことだった。この村と似た辺境の片田舎だ。そこの秘密酒場で、彼女から声をかけてきたんだったな。
それから数日後には、二人で教会のワイン樽を全部開けてしまったこともあった。あの日見た、彼女の下着の白さを久しく忘れていた。
一気に飛んで、一昨日も酷い一日だったが。それでも、いいことだってあった。
そう、あの日は彼女が俺の手を引いて秘蔵のカクテルバーに連れて行ってくれたんだった。

俺は、あらんかぎりの彼女との思い出を引き起こす。
ワイングラスの関節キッス。純白のパンツ。彼女の小さく柔らかい手。
この部屋には、鏡がなくてよかった。おそらく今の俺は、とんでもない間抜け面をしていることだろう。
そうすると、僅かな酒しか体に居れていないというのに、不思議と頬が熱くなってくる。
俺は、成功を確信して呪文を唱える。


「ちどりあしてれぽーと!」


この魔法は、ネガティブな気持ちじゃ使えない。
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 22:38:20.80 ID:jcsr/CODO

若いって良いなあ
173 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:29:04.16 ID:KfriHW7I0
――――――


「いらっしゃいませ」


マスターの声に、俺は胸をほっと撫でおろす。
店の奥には、一人の女がカウンターに突っ伏している。
ブロンドの美しい髪、屋内でも決してとることのない赤いマフラー、そしてまるで道化師のような派手な服。
彼女は、そこにいた。


「あ……」


「こんなところにいたのか」


新たな客に、ふと顔をあげた彼女は、俺の姿を見ると再び机に突っ伏してしまう。
脇には、チェリーが入った逆三角形のグラスがひとつ。まるで、先日から彼女の席だけ時が止まっていたかのようだ。


「まさか、ずっと飲んでたのか?」


俺の問いかけに、彼女は答えない。


「ひとまず帰ろう。ずっといたらマスターも迷惑だろう」


やはり、返答はない。
だが、ここで彼女と押し問答をする気は俺にはなかった。
二の轍を踏んで、マスターを再び起こらせることもあるまいとの配慮からだ。


「マスター、会計は」


「先日、十分な量をいただきましたから」


俺は、黙ったままの彼女の横に立ち手を胸の前まであげる。
すると、遊び人が声を上げた。


「まって」


「……まだ、飲み足りないなんて言わないでくれよ」


「そうじゃないの」
「勇者、私帰れなくなっちゃった」
174 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:29:32.55 ID:KfriHW7I0
――――――


なんとか『千鳥足テレポートが成功しない』を解決したかと思えば、今度は『千鳥足テレポートの期間術式が発動しない』だ。
問題が発生したら、むやみやたらに試行錯誤を繰り返すよりも、まずは状況を整理する。一見遠回りに見えるが、これが一番いいことは既に経験済みだ。

そもそも、千鳥足テレポートとは、二つのテレポートによって構成されている。

まず1つ目のテレポート、これが成功すると、テレポートの行使者は酒のある屋内へとランダムテレポートする。
ただし、そのランダム性には行使者の嗜好、望む場所が影響を与える。
俺が、初めて飛んだのは、ラムランナーの秘密倉庫。
そして先日は、炎魔将軍の便……いや、思い出すのはよしておこう。
まあ、あそこは魔王軍の幹部の隠れ家だ、おそらく相当な量の酒をため込んでいたに違いない。

そして2つ目が帰還術式によるテレポートだ。
一つ目のテレポートが成功したにしろ、失敗したにしろに関わらず、テレポート先で手を二回叩くことで元の場所へと戻される。
そう言えば、ラムランナーの秘密倉庫から帰還した際は、俺はいつの間にか宿屋のベッドの中にいた。
初めての飲酒で、酔いが回っていたのだろう。
そして、炎魔将軍の下からは元居た酒場へと戻された。

今回は、この2つ目のテレポートに何らかの不具合が生じているのだろう。


「なあ、キミと俺が初めて出会った日のことなんだが。あの日、俺を宿屋のベッドに放り込んでくれたのはキミか?」


「……ちがうわよ。あのときはたしか、アタシはもといた酒場にもどされたけど。キミの姿は見えなかった」


「つまり、俺は宿屋のベッドに直接送り返されたということか?」


遊び人が、顎に手をあて黙り込む。


「そういえば、あんまり考えたことがなかったけど……アタシも、ベッドに直接飛ばされたことが何度かある」
「ヨっぱらって宿屋にかえった記憶がないだけかと思ってたけど、イマ思えばあれは転送先がベッドの中だったとしか思えない」


なるほど、確かに一人で千鳥足テレポートを使っていれば考えもしないことだろう。
なぜならば、この魔法の行使者はみな等しく酔っぱらっている状態だ。多少の記憶の祖語は、酔っぱらっていたで説明がついてしまう。
今回、俺たちがこの疑問にたどり着けたのは、俺たちが二人でこの魔法を使っていたからだ。

考えれば考えるほど妙ちくりんな魔法だ。千鳥足テレポートの行使者の状態によって、帰還先が変化するなんて、いったい何の意味があるというのだ。
だがしかし、どうやらこの辺りの条件付けに、問題が潜んでいそうな気がする。
175 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:30:00.04 ID:KfriHW7I0


……って、俺は阿呆か。なんて無駄な思案を巡らせていたんだ。
今、この場において問題は既に解決されたも同然ではないか。なんたってここには、千鳥足テレポートを開発した大賢者がいるのだから。


「ムダよ……アタシが何の手段も講じずに、ここでカクテルを楽しんでいたとでも思うの?」


表情から、俺が何を考えているのか察したのだろう。遊び人が、水を差してくる。
……いや、キミの場合、それが十分にありえるのだが。


「残念ですが。これはあなた方の問題でしょう。私が口出しするのは野暮ってものですよ」


遊び人の言葉を裏付けるように、マスターは俺に釘をさしてきた。
しかし、その口ぶりからは、マスターは問題の原因に既に思い至っていることが伺い知れた。


「ご注文はお決まりですか?」


正直、酒を飲みたいという気分ではなかった。
だが、バーに来て一杯も飲まないなんて選択肢はありえないだろう。
俺は少しだけ考えて、彼女と同じものを頼むことにした。


マスターが酒を作っている間、俺は何とかマスターから情報を引き出せないものかと考えた。
そうした気配を感じ取ったのか、マスターは先日とは比べ物にならないスピードでカクテルを作り上げてしまった。


「マンハッタンでございます」


やはり、なみなみに注がれたグラスが、その中身を一滴も零すことなく遊び人の隣の席へと運ばれる。
マスターの心遣いなのかもしれないが、どうにも面倒なことをしてくれる。
彼女の隣に腰を下ろしていいものか、俺が逡巡していると。
マスターが「おっと、これはしまった。氷を切らしてしまいました。少し出てきます」と、わざとらしいセリフを残して店を出て行ってしまった。


今しがた、マスターが店を出て行った扉に目をやる。
カウンターの向こう側、酒が並べられた棚の横に設置されたその扉は、俺の腰の高さほどしかない。
まるで、童話に出てくる小人たちが拵えたもののようだ。

帰還術式が使えないなら、この店から直接外に出ればどうなるのだろう。
店を改めて見回すと、カウンターのこちら側、すなわち客が座るであろうスペースには一つだけ扉が設置されていた。
マスターの使っていた扉とは違い、こちらはごく普通のサイズだ。
開けてみると、中にはさらに扉が一つ。さらにそれを開けてみると、中はただの便所だった。

マスターの言っていた言葉を思い出す。ここは、千鳥足テレポートでしか来れない店。
つまるところ、客が出入りする扉はそもそも設置していないのだ。そこに、マスターの店の秘匿性を徹底的に守るという強い決意が感じられる。
ならば、と俺はカウンターを乗り越え、今しがたマスターが出て行った扉に手をかける。
鍵がかかっているわけでは無い、だがどんなに力を入れようとドアノブはピクリとも動かなかった。
このドアノブの硬さは物理的なものではない、魔術的な何かだと考えるのが妥当だろう。

千鳥足テレポートは、その帰還術式以外での帰還は絶対にできない。そういうことなのだろう。
176 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:30:29.14 ID:KfriHW7I0


ふむ、手詰まりだ。
自身の魔法への知見が浅いとは思わないが、これだけ複雑の条件付けが為されているとお手上げだ。
少なくとも、酒が入っている状態で取り組むべき問題ではない気がしてきた。

俺は、再びカウンターを乗り越え客側へと戻った。
当然のことだが、俺の酒は彼女の隣に置かれたままだ。正直なところ、気まずさから席を一人分空けたい気分ではあるが。
それでは、俺が逃げたみたいで実に情けないではないか。
俺は、覚悟を決め彼女の隣へ座った。

彼女の手元にあるものと同じ、強い赤みを帯びた琥珀色の酒に口をつける。
マンハッタンといったか。いったいどういう意味なのだろうか。


「アタシは、マンハッタンが一番好き」

「甘くて、芳ばしくて。それに、最後に口に放り込むチェリーがたまらないの」


俺も、もともとはあまり甘いものが好きというわけでは無い。
だが、ウイスキーが放つ香りと混じり合っているせいか、このカクテルの甘さは俺にあっていた。


「たまには、甘い酒も悪くないな」


「あらあら、気取っちゃって」


横目に、彼女をチラリと見る。

彼女の頬は、いつになく赤く染まっていた。
彼女がこんなに酔っているのをみるのは初めてだった。

だが、そこには確かに更に赤黒い一筋の線が見て取れる。
モヤモヤとした薄暗い感情に、俺は視線を正面に戻される。


「キミがこんなに酔っているのは初めて見た。体調でも悪いのか」


「嫌なことがあったから飲みすぎちゃった」


「俺が、帰った後もずっと飲んでたのか?」


「たぶんそう」


先日とは打って変わって、彼女は素直に見える。これもまた、酒の力であろうか。
冷静に話をするなら、今がいい機会なのかもしれない。

この間の話の続きを、するべきなのであろう。
それは、魔王を見つけた時の取り扱いであり、彼女がひたすらに隠す彼女自身の素性についてであり。
そして、最も重要なのは魔王探索の最前線から彼女に退いてもらうことである。

彼女の説得の困難さを鑑みると、どうにも気が重くなってきて自然と眉に皺がよってくる。
177 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:30:56.10 ID:KfriHW7I0


「まだ怒ってる?」


顔中の皺という皺を眉に寄せ、口を真一文字に結び、腕を組んで正面を凝視する俺の様子を窺うように、遊び人が俺の顔を覗き込んできた。


「俺は、そもそも怒ってなんかいない」


「いや、怒ってたよ」


「何に対してだ、俺が怒る要因など何一つない」


「でも、私のせいで炎魔将軍を取り逃がしちゃったじゃん」


「それは、そういうこともあるさ」


「でもでも、二度とこんなのはごめんだって……」


ああ、誤解の原因はそこだったのか。
彼女は、俺が炎魔将軍を取り逃がしたことを怒っていると思っているのだ。
故に、その原因となった彼女を俺が旅から排除しようとしていると勘違いさせてしまっていた。
ならば、その誤解さえとければ、俺は彼女を納得させられるのではないだろうか。
彼女との協力関係を保ったまま、前線に一人で立つことができるのではないだろうか。


「二度とごめんだ」


彼女は悲しそうに「ほら」と呟いた。


「ちがう。そうじゃないんだ」


「じゃあなに?」


「……」


沈黙が流れる。答えに詰まったわけではない。
明確な答えは俺の中にある。だが、それを言うには相応の勇気が必要なのだ。
人々から、勇気あるものと称される俺をもってしても躊躇してしまうほど恐ろしい壁があるのだ。
目をそらしてはならない、俺は自身の罪へと向き合わなくてはならなかった。

カウンターの上に置かれていたウイスキーを無造作に取り上げる。
ラベルには、見たこともない角ばった文字らしきものがでかでかと書かれている。
気にせず、ビンを開け、一気に喉へと流し込む。所謂ラッパ飲みだ。

肺が空気をもとめ、胃が突然の強い酒の侵入に嫌悪感を示す。
えづきそうになるのを我慢して、俺はどうにかビンを全てからにすることに成功した。


「君の顔に、傷が残ってしまった」


彼女が驚いてこちらを見ていた。
俺もまた、彼女の目をそらすことはなかった。

彼女は、自身の頬に何げなく振れた。
そこには、炎魔将軍によってつけられた刃傷がありありと残っていた。
炎魔将軍の高温の剣は肉を切り裂くと同時に彼女の皮膚を焼いていた。血が出なかったのはそのせいだ。
そして、その傷は回復魔法をかけても跡が消えることはなかった。

俺は、美しく愛らしい彼女の顔をまっすぐ見ることができなくなっていた。
彼女を無防備にも魔王幹部に近づけてしまったこと。そして、あまつさえ彼女と連中のやり取りを盗み聞きし彼女の素性を探ろうとしていたこと。
彼女に一生ものの傷を負わせてしまったのは、自分であるという後ろめたさがそうさせたのだ。

絞り出すように、俺は懺悔をつづけた。
178 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:31:23.27 ID:KfriHW7I0


「かつて俺はキミに約束した。俺が君を守ると」


「いや、そんな約束した覚えがないけど」


「す、すまない、気のせいだったかもしれない」


あれ?気のせいだったか?俺の記憶違いなのだろうか。
いや、確かに以前そんな約束をした気がする。
景気づけに、カウンターから再び一本ウイスキーをとる。
あける。飲み干す。
実に燃費の悪い身体である。そうして、ドーピングを重ねないと本心を明かすことができないなんて。


「……君が傷つくのは二度とごめんだ」


我ながら思う。うすら寒い台詞だと。
照れのせいかどうにも鼻がむずかゆい。


「……そう……じ、じゃあ、次は君が守ってよ」


そう言って彼女は机に突っ伏してしまった。
どうやら、俺の説得は失敗したらしい。彼女は、俺が本心を明かしてもなお前線についてきて俺の隣に立つつもりでいた。

しかし、その挙動に一つまみ程の不振さを抱いた俺は、組んだ腕の中に自身の頭を納めこんでいる彼女を、その腕の隙間からのぞみこんでみた。
薄暗くてよく見えないが、頬が先ほどよりも更に赤くなっている気がする。呼吸もいくばくか、荒くなっている。
飲みすぎて気持ち悪くなったのかと、背中をさすろうと手を伸ばすと、彼女はゼンマイ仕掛けの玩具のようにバッと起き上がった。


「私の秘密、ひとつだけ教えてあげる」


その頬はやはり、赤い。というか、頬に限らず顔全体が赤く染まっている。


「お、おぅ」


「君さ。たぶん、自分では気づいていないようだけど」


「お、おぅ?」


「酔っているとき、心のモノローグがだだもれだよ」
179 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:31:50.78 ID:KfriHW7I0
〜〜〜〜〜〜

「ビールの苦みはホップに由来するものなのよ」


「ホップ?」


「そ、ホップステップジャンプのホップ」


遊び人のにやけ面からするに、これは冗談を言っているのだろう。

これだから、酔っ払いの相手をするのは嫌なんだ。下らない冗談を、得意満面に話すなんて恥ずかしくないのだろうか。

どうせ言うならもっと洒落た冗談を言って欲しいものだ。例えば、そうだな……。

ホップ……モップ……コップ……いや、やめておこう。このままだと碌なことを言いだしかねない。


「いい判断だね」


〜〜〜〜〜〜
180 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:32:18.77 ID:KfriHW7I0
〜〜〜〜〜〜


「うんうん、そうだな。俺も、君の中身のほうを楽しみたいものだ」


〜〜〜〜〜〜
181 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:32:46.08 ID:KfriHW7I0
〜〜〜〜〜〜



「それを言うなら、遊び人さんは。地獄のサルの尻のように顔が赤い」


「女性の顔を、エテ公の尻に例えるたあ、勇者様のデリカシーのなさに磨きがかかってきましたなあ。というか、地獄のサルって何よ……」


「いや、なんとなく旨い事言おうとして失敗しただけだから深堀しないで」


「……ならもっと可愛いものに例えなさいよ」


ふむ、サルの尻より可愛いものときた。さて、そんなものが現実に存在しうるのだろうか……。
いや待て、考えるまでもなくそんなものは世に数多あるわ。星の数よりあるわ。
ありすぎて逆に、回答に困るやつだわ。


「はよしろ。あほう勇者」


焦らすなよ。
そうだなあ。かわいいもの、かわいいものねえ。うん、そうだ。
例えば、今俺の目の前で頬を染めて酒を飲んでいる黄金色の髪をもった女の子とか。
あ、これはだめだ。
これじゃあ、可愛いものの例えじゃなくて可愛いそのものではないか。


「 ちどりあしてれぽーとおおおおおおおお!! 」


〜〜〜〜〜〜
182 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:33:13.85 ID:KfriHW7I0

かつての、自身の発言が走馬灯のように駆け巡っていく。
その光は、俺の全身を青白く照らした後、反転急上昇、今度は真っ赤に染め上げていく。


今度は、遊び人に変わって俺が机に突っ伏す番だった。
今ならわかる。彼女が、そうしたのはそういうことだったのだ。
俺は恥ずかしさのあまりに、顔をあげることができなくなってしまっていた。


隣では、彼女が「うえっへっへっへ」とそこいらの酒場に溢れる下品な親父みたいな、汚らしい笑い声を漏らしていた。


「おや、問題は片付いたようですね」


マスターが小人の扉を潜り、店の中へと戻ってくる。
氷を買いに行くと言っていたはずが、その手には何も握られていなかった。


「残念ながら、問題は解決していない。以前、彼女はこの店に捕らえられたままだ」


腕の隙間から、なんとか声を出す。


「いえいえ、もう邪魔な壁は取り払われているとお見受けします。全く憎らしいことに」


憎らしい?


「しかし、老いぼれが若い二人の邪魔をするのも無粋ですし、私からの餞です」

「いま、お二人が飲んでいる『マンハッタン』の由来をお教えしましょう」

「『マンハッタン』とは異世界のある都市の名前で、このお酒はその都市に沈みゆく夕日をイメージして作られたと言われています」


唐突なマスターの語りに、俺は埋もれた頭をもちあげていた。


「夕日が沈む前に人々は帰路につくべきなのです」

「まあ、お二人ぐらいならマダマダ宵の口と肩を並べて千鳥足で街を闊歩したいかもしれませんがね」
183 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:33:42.29 ID:KfriHW7I0


俺は、マスターの意図を探る。
いくら俺たちがマンハッタンを二人して飲んでいるからと言って、その由来を意味深に語る意味はなんだ。
そんなのは考えるまでもない、これはマスターからの餞。すなわち、俺たちが抱えている帰還できないという問題のヒントになっているのだ。

解決法を自身で見つけろと言いながらヒントを与える。
マスターが作り出した魔法が原因となっていることはさておいたとしても、なんともまあ、お人好しな好々爺ではないか。

夕日が沈む前に、人々は帰路につくべき……ね。


「つまり、足元が暗くなる前に帰りなさい」ということだ。
だが、果たして酔っ払いが日も変わらぬ前に家路につくか?いや、そんなことはありえない。
酔っ払いであればあるほど、その楽しいひと時を延ばしたいと家には帰りたがらない。
その結果、酔いつぶれて街の闇に沈んでしまう。

そして、千鳥足テレポートを使うものは総じて酔っ払い。
さらに言えば、その魔法を作り出したのはお人好しの大賢者とくれば答えはそう難しくない。
目の前のマスターなら、きっと酔いつぶれた客をそのまま何処とも知れぬ帰還先に放っておくことなどできないはずだ。


「酷く酔った千鳥足テレポート行使者は、帰還先が自宅へと変更される?」


マスターは、答えを返す代わりにニッコリと笑って見せた。


俺が宿屋に戻れて、彼女だけが店に取り残された合点がいった。

つまり旅の俺たちにとっては、自宅など存在しない。
それでもなお、俺が宿屋の部屋に直接帰還した経験を鑑みるに、俺たち旅人の自宅とは、その都度とった宿ということだ。

あの日、宿屋に彼女の部屋はなかった。
とれた部屋は一部屋だけで、彼女はその部屋に一歩もはいらなかったし、荷ほどきもしていなかった。
俺が同室を拒否したことも相まっているかもしれない。たとえ俺に、そのつもりがなかったとしても彼女はあの夜宿なしのまま酒を飲みにでてしまった。

そして、俺たちはマスターの前で醜態をさらすほどに酷く酔ってしまった。


原因は、既に解明された。……ならば、解決法に見当はつく。


「わかったようですね」


「あぁ……」


「どういうこと」と、遊び人が一人だけ頭上に疑問符を浮かべている。


「……すまない、マスター何でもいい。何か強い酒をくれ」


「……男なら」


「ん?」


「男なら、酒の力を借りずに為すべき時があります」
184 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:34:09.86 ID:KfriHW7I0


……マスターの言うとおりだ。
いったい俺はいつから、こんなにも弱くなってしまったのだろう。
例え初めての経験だろうと、その勇気をもって臨むのが勇者ではなかったか。
その名に恥じぬ男ぶりを見せないで、何が勇者であろうか。

俺は、覚悟を決める。


彼女の目に正面から向かう。
遊び人は相変わらず疑問符を頭上に浮かべたままキョトンとしている。


「今夜、俺の部屋に泊っていけ」


遊び人は、ポカーンと口を大きく開け固まってしまった。
そして、じわじわと時間をかけ口を閉じ、終いには俯いてしまった。


振られたか……?


彼女は面をあげる。
だが、目は開いていない。


「そ、それでは、宴もたけなわでございますが……」


急に改まった口調に、俺は彼女の意図を汲みかねる。


「たけなわ?」


「に、二本締めと行きましょう」


「二本締め?そんなの聞いたことないぞ……?」


「よぉお〜〜〜!」


パンパン。
乾いた音が二回、店内に響き渡る。

有無を言わさない彼女の掛け声にあわせて、俺はつい手を合わせてしまっていた。
光が俺と彼女の体を包み込む。

つまるところ、これはそういうことなのだろう。彼女なりの承諾ととってしかるべきなのだろう。
なんだこいつ、人のことを初心だの何だの散々馬鹿にしておいて。

帰ったら、そのあたりをトコトン問い詰めてやる。
185 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:34:37.78 ID:KfriHW7I0
――――――


光が収まり、バーは再び間接照明の落ち着いた色に染まる。
静けさを取り戻した店内には、老いた店の主人の姿しかなかった。


「二人とも消えたということは、あの娘も彼を受け入れたとみて良さそうかな」


マスターは、店内に誰もいないことを確認すると、鼻をズズッとすすり、懐から出したハンカチで目元を拭った。


「まったく、世話の焼けるお客様だ」


そう独り言ちて、ふとカウンターに目を向ける。
そこには、異世界で仕入れてきたウイスキーが二本。
琥珀色の液体で満ちていたはずのそれらは、既に空き瓶とかしていた。


「……ツケにしといてあげよう」


マスターの声は、少しだけ怒りと悲しみに震えていた。


――――――
186 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:35:04.82 ID:KfriHW7I0
――――――

朝日が、カーテンの隙間から部屋に差し込んでくる。
大きなあくびを一つ上げ、ググっと伸びをする。

アルコールの強烈な香りが鼻をついてくるせいで、とても清々しい朝だとは言えなかった。
床には割れたワインの瓶が転がっている。昨晩、彼女と飲みなおそうと教会から貰ってきたものだ。
宿屋の主人には悪いが、あの自家製酒はもう口にしたくなかった。


「まだ、結構残っていたはずだ。勿体ないことをしたな」


シャツを脱ぐと、襟から胸元にかけて赤いシミがべっとりついていた。
どうやら、頭からワインを被ってしまったらしい。いったいどんな寝ぼけ方をしたのやら。


「おい、遊び人。朝だぞ」


この部屋にはベッドが一つしかない。
俺は、先ほどまで自分が潜っていたベッドに向けて声をかける。


「おーい、キミに限って二日酔いなんてことはないだろう?」


ブランケットの中を覗き込む。
だが、そこには誰もいなかった。


「またかよ」


思わず恨み節がでてしまった。



その日、遊び人は俺の前から姿を消した。

俺は当然のように再び、彼女を探す。
そうして、彼女が消えてから半年が過ぎた。
187 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/03(金) 16:36:58.11 ID:KfriHW7I0


――――――

3杯目 カクタル思い

おわり

――――――
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/03(金) 19:59:00.72 ID:Ux4VZ+H6o
おつおつ
こっちが恥ずかしくなったわ!
これは読み直して二度面白い奴だな
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/04(土) 00:44:28.41 ID:6qKfvimDO

勇気が有るって良いな…
190 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/07(火) 20:44:09.52 ID:WrTit5G+0
 春の陽気のせいか、身にまとったクロークの下は汗でびっしょりだった。
 だが、これを脱いでしまうと、時折吹く冷たい風に誘われて身体が震えてしまう。これがいっそのこと、ひたすら暑ければ諦めもつくし、寒ければ身にまとう服の枚数を増やせばいいさ。だが、春は中途半端に過ぎる。だからこそ、俺は春が嫌いなのだ。

 この半年間、俺は酒を飲んでは飛び、酒を飲んでは飛びと、千鳥足テレポートを繰り返した。
以前の失敗から、千鳥足テレポートの要領は得ていた。ただ酒に酔うのではダメなのだ。陽気な気分で足を右へ左へ自由気ままに進め、まるでステップを踏むかのようにリズミカルに、それでもなお前のめりに。そういう心持ちでなくては千鳥足テレポートは成功しない。
 俺は、千鳥足テレポートを使うたびに、彼女との旅の思い出を呼び起こした。その短くも濃厚な時間は、俺の20数年積み上げてきた、どんな思い出よりも楽しく、鮮烈で、俺を千鳥足へと容易に誘ってくれた。そして、千鳥足テレポートの成功は、まるでその代償と言わんばかりに、彼女が消えてしまったという強い喪失感を俺に思い出させるのだった。

 最近は、魔王軍関連の場所にはあまり飛べなくなってきた一方で、知らない酒場へとたどり着くことが増えてきた。千鳥足テレポートは、行使者の願いと強く結びついた魔法だ。その名の通り、ふらふらと何処に飛ばされるかわからないというランダム性を持ちこそすれど、確かに前には進んでいる。すなわち、行使者が望む場所へといつかはたどり着く。そういう魔法だ。
 俺がたどり着いた酒場は、ことごとく彼女好みの旨い酒を出していた。……いつしか俺は、勇者としての使命を忘れ、憎き魔王の首よりも愛らしい彼女の尻を望むようになっていたのだ。

 今の俺は、果たして『勇者』と呼べる存在なのだろうかと、ふと疑問に思う。いや、ここにいるのはタダの間抜けだ。その身にかけられた使命を忘れ、国が禁じている酒を、毎晩浴びるように飲み、夜が明けぬ内にベッドの中から消えた女に思いを馳せるだけの男が、どうして勇者であるなどと呼べるだろうか。

 だが、安心してほしい。どうやら俺の酒浸りの毎日も、今日で年貢の納め処のようだ。もう、酒を飲む理由が無くなってしまったのだ。あの日から、日を追うごとに飲む酒の量が増えていった俺だけど、ついに許容量を超えてしまったらしい。

 俺の体は、アルコールに対する完全な耐性を手に入れてしまっていた。


――――――

4杯目 ブリューな気持ち

――――――
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 00:34:21.72 ID:617mB4UDO
192 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/08(水) 19:42:23.43 ID:uG8tzRkA0


「ねえお兄さん。悪いけど、このまま飲み続けられると他のお客さんの分がなくなっちゃうよ」


 千鳥足テレポートを使うべく、一心不乱に酒を喉に流し込みつつ、彼女との楽しい思い出に耽っていた俺は、店主に声をかけられるその時まで、自分が周囲から奇異の目で見られていることに一切気づいていなかった。俺の机の周りには、既に空となった酒樽がいくつも転がっている。


「……妙だな」


 これだけ飲んだというのに、俺の足元はしっかり地面を踏んでいる。剣士として鍛えた体幹は、いっさい揺るぎない。まるで根を下ろした大木のような安定感だ。とても千鳥足を踏めるような状態ではない。


「妙なのはあんただよ、兄ちゃん。これだけ飲んで顔色ひとつ変わってねえんだから」


 俺が、勇者として魔物たちと戦ってこれたのは女神から授かった「耐性」の力があったからこそだ。だが、いつかはその力が、俺の敵として立ちふさがることはわかっていた。日を追うごとに、酒の量が増していったのも、なかなか酔えなくなっていたからだ。


「すまない……もう、今日はこれで帰るよ」


 俺は、店主に金を払い、宿へと戻った。
 ベッドの中に潜り込んだ俺は、今後のことを考える。

 酒に酔えなくなったということは、すなわち彼女を探すにあたって最も有効な千鳥足テレポートが使えなくなったということだ。ではどうするか、地道に行方を捜すか……?いや、正攻法の効率の悪さは、魔王捜索の件で身に染みている。だがしかし、それしか手段がないのなら……。いや、それよりも何とか千鳥足テレポートを使う手段を講じたほうがマシだ。工業用アルコールなら、いくら俺でも酔えるんじゃねえか……?だが、それとてアルコールであることには変わりない。単に度数の高い低いでは、俺の耐性を抜くことは到底不可能だ。

 ぐるぐると回る思考は止まることを知らず、俺は久しぶりに眠れない夜を経験する羽目となった。

 日が昇ると同時に、俺は身支度を整えた。たっぷり時間を使って考えた結果、俺は一つの結論へと達していた。


 「俺一人じゃどうにもならない」


 いざ口に出してみると実に情けない話ではあるが、俺に助けが必要なのは明らかだった。千鳥足ではない、普通のテレポートを使うべく俺は詠唱を始める。テレポートでは、行先を強くイメージすることが重要だ。そのイメージと現実との差異が少ないほどテレポートの成功率はあがる。

 俺は、魔王を取り逃した最終決戦後に一度立ち寄ったきりの久方の故郷、王都の街並みを思い浮かべていた。向かうのは、王都にある大聖堂。俺に力を与えた女神を主神とする、この国で最も力を持つ女神正教の総本山だ。
193 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/08(水) 19:44:47.54 ID:uG8tzRkA0

 久しぶりの故郷の空気を吸い込んでも、俺には何の感慨も沸き上がらない。俺は、そもそも孤児だったし、幼い頃から勇者としての厳しい訓練や教育を受けていたためか、ここには何の楽しい思い出もない。浮かぶのは、せいぜいが、勇者としての責務を果たしきれていないことへの罪悪感ぐらいのものだ。


「ほっほっほ、久しいのう勇者様。帰ってきたということは、遂に魔王を打ち取ったか? 」


 俺を出迎えたのは、女神正教の司教。かつて、俺に勇者としてのありよう、教会の戒律をしこたま教え込んでくれた人だ。


「申し訳ありません司教様。残念ながら、行き詰って助けを求めに帰って参りました」


 司教とは、特に親しいわけではない。だが、教会でも有数の情報通であると言われる彼なら、俺の抱える問題に一筋の光を差し込んでくれるかもしれない。俺は、差しさわりのない程度に俺の置かれている状況について説明をした。


「……ふぅむ、酒に酔うことが条件のテレポート。そのように面妖な魔法があったとは」


「国が定める法を犯していることは重々承知しております。しかし、魔王を見つけ出すにはこの魔法が有用であると私は考えたのです」


 正直なところ、俺は魔王を探すという建前だけでなく酒を楽しんでいたのだが、そこまで言う必要はあるまい。魔王をそっちのけで、遊び人を追っているという点も内緒だ。いい年をして、この老いた男に教鞭で叩かれるのはごめんだ。


「まぁ待て、酒が禁じられている世であるが、そのことを咎めるつもりはない。それよりも、耐性の力の話じゃったな……」


「はい。私が女神さまより授かったこの力を、どうにか抑えることはできないでしょうか」


 司教は顎に手をあて「ふむ」と呟いた。
194 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/08(水) 19:45:13.75 ID:uG8tzRkA0

「かつて、お主と同じように女神から力を授かった勇者はたくさんおる。不死の力、莫大な魔力、全てを見通す目、まあ力は様々じゃが、共通している点がひとつ……」


「そ、それは……」


 ごくりと唾を飲み込む。


「魔王を打ち倒した後は、力を失い平穏な日常を享受したということじゃ」


「魔王を……」


 本末転倒ではないか。建前上でも魔王を追うために、耐性の力を抑えたいというのに。そのためには、魔王を打ち倒さなくてはならないとは。見つけられないのに、どうやって魔王を倒せと言うのだ。


「ほ、他に手段はないんですかね……司教様」


「残念じゃが……」


 思わず、ため息がこぼれた。藁にもすがる思いだったが、どうにも事はうまくいかないようだ。諦めて、各地の酒場で地道に聞き込みを続けるしかないようだ。
 しかし、わざわざ王都まで出張ってきたのだ、手ぶらで帰るというのは何となく味気ない。そんな気持ちが、ふと口をついて出ていた。


「そういえば、ここにもワインはあるんですよね?」


 司教の目が、先ほどまでとは打って変わって鋭い物へと変わる。まずい、なにか地雷を踏んだか?
195 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/08(水) 19:45:41.49 ID:uG8tzRkA0

「……あるが、どうするのじゃ?」


「いえ、酔えなくはなったのですが、せっかくですからここのワインの味ぐらいは確かめて帰ろうかと……」


 もし、俺の言葉が司教の怒りに触れたのなら、その時は素直に鞭を受けよう。どうせ、耐性の力のおかげで、たいして痛くはないのだから。そう思った俺は、正直に本音をそのまま司教へと伝えた。

 司教は、目をつむり手を顎にあて「うんうん」と唸りだした。


「耐性の力を抑える方法はないが。魔王を見つける手段なら……実のところ……ある」


「実はな、魔王軍と思しき連中の拠点を一つ見つけての」


「あやつら、遂にこの王都にまで、その魔の手を伸ばしてきおったのだ。最近、ワインの売り上げが芳しくないと思って調べたらこれじゃ……まったくゴキブリのような連中じゃ」


 唐突に、俗的な口調で話し出した司教に、俺は言葉を失っていた。かつて、この俺に教会の戒律を叩きこんだ厳しい神父様と
、いま俺の目の前で、汚い言葉で魔王軍を罵る男が同じものだとは到底思えなかったからだ。
 しかし、司教の話はとても聞き流せる内容ではなかった。司教の変貌ぶりは重要なことではないと、頭を振って、司教へと向き直す。


「ちょっとお待ちください。どういうことですか?」


「じゃから、魔王軍の連中がこの王都に潜んでいるということじゃ」


「やつら、いまや我ら教会の最も強大な商売仇じゃからな。ちょっと行って、ぶっ潰してきてくれないか?」


「そこには魔王も?」


 そうだ、魔王さえ倒してしまえば、俺は耐性の力を失うのだ。そうすれば、また千鳥足テレポートを使えるようになり、遊び人を探しに行くとができる。しかも今度は、勇者としての責務も消え、罪悪感に悩まされることなどもない。大手をふって、彼女の尻を追いかけることができる。
196 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/08(水) 19:46:20.63 ID:uG8tzRkA0

「少なくとも、幹部級がいるとのことじゃ」


「なぜ、そのような情報をお持ちであったのに、もっと早く知らせていただけなかったのですか!?」

 
 俺の怒りの乗った言葉に、司教には一切悪びれる様子がない。それどころか、口をとがらせて口笛を吹く素振りまで見せている。


「儂が知っている勇者は、戒律どころか法律にも雁字搦めにしばられた男じゃった。そんな男に、こんな俗的な話を聞かせたら、逆に儂を鞭で叩きかねんかったからな。それどころか怒り狂って大聖堂内で綱紀粛正を叫びかねん」


「では、なぜその情報を伝える気になられたのですか?」


「お主が、ワインを所望したからの」


 ワイン……?


「おや、数多の酒場で既に経験済みかと思っておったが……知らなんだか」


「酒場では、素面の男は信用されんのじゃぞ?」


 この狸親父め、教会のことを酒場と宣いやがった。俺は、呆れながらも、かつて恐怖におののいた目の前の男に僅かながらの親近感を覚えていた。 

 しかし、参ったものだ。

 司教の様子を見るに、この国で一番の教会内部は拝金主義に目覚め、だいぶ腐りきっているようだ。しかし、なに。腐ることは何も悪いことだけじゃないさ。だって、彼女の愛した教会のワイン。ワインとて、ブドウが腐ったおかげで生まれたものなのだから。 
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/08(水) 20:20:46.35 ID:K0tUgFXlO
おつおつ
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/09(木) 00:20:53.30 ID:WgKj7BqDO

メチルはやめとけメチルはwwでも耐性有るから平気か
199 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/09(木) 21:58:24.09 ID:2o8X2YGF0
 魔王の秘密基地への奇襲攻撃は、十日後の深夜から明け方にかけて行われることとなった。司教の情報によると、基地内には魔王軍でも精鋭と呼ばれる魔物たちが溢れているらしい。当初は一人で乗りこむつもりだったが、司教の勧めもあって教会の僧兵たちを引き連れていくこととなった。その準備に日を要するとのことだ。手数が多ければ、魔物を逃がしてしまう恐れも少なくなる。断る理由はなかった。


 司教は、教会の宿舎に泊まれるよう手配すると申し出てくれたが、俺はそれを辞退した。久方ぶりに眠れない夜を過ごしたせいか、頭が割れるように痛く、重かったからだ。人の出入りが多い教会では、ゆっくり休むことは難しいだろう。俺は、街外れの安宿に部屋を取ることにした。

 
 宿のベッドに横になる。安宿だけあって、やたらに固いが文句は言うまい。今は、一刻も早く床につきたかった。宿に辿り着くころには、頭痛はさらに凶悪なものになっていた。


 そういえば、眠れない夜を過ごしたのはいつ以来だろうか。魔王を取り逃がし、一人で魔王を追っていた頃は、まともに睡眠をとれた日のほうが少なかった。そして、たとえ眠ることができたとしても、それは体力と精神が限界を迎えることで僅かな時間だけ意識が飛んでしまうもので、それは睡眠というよりも気絶に近かった。


 当時の俺は、そういう生活に慣れてしまっていた。魔王を取り逃がしてしまったことへの罪悪感や不安、焦燥感に苛まれることはあっても眠れないことは気にも留めていなかった。だが、こうして、たった一晩の徹夜だけで苦しんでいる自身の様子をみるに、それは勇者の耐性の力によるものではなかったのだろう。慣れることで、眠れない苦しみや痛みに鈍感になっていただけで、痛みは確かにそこにあったのだ。


 俺が、朝を清々しい気持ちで迎えられるようになったのは彼女と出会って、酒を飲むようになってからだ。


 酒には、俺の抱える不安や、のしかかる責任感を一時的に和らげる力があった。いや、今にして思えば、その力は彼女にこそ宿っていたのかもしれない。彼女と共に酒を酌み交わし語らう時間が、俺に安らぎを与えてくれていたのだ。


 ふと嫌な予感が頭の隅をよぎる。慌てて、教会からもらったワインを口に含む。。
 

 俺の鈍った感覚は、彼女と酒の力でどんどん鋭敏さを取り戻していった。これだけ聞けば、何か俺が強くなったかのようだが……。その結果がこれだ。わずか一晩徹夜しただけで、頭の中ではグアングアンと、まるでドラゴンの悲鳴のような重低音が鳴り響いている。俺はこの痛みと再び付き合っていかなくてはならないのだ。しかしまあ、恐れることは何もない。彼女だけでなく酒に酔うことすらも失った俺に、もう安息の夜など訪れることはないとしても。一度は慣れてしまったのだ、今度は二度目だもっと早く慣れるだろうさ。


 口の中一杯に、ワインの渋みと香りが広がっていく。
 
200 :今日はここまでです。いつもありがとうございます。 ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/09(木) 21:58:57.23 ID:2o8X2YGF0

 そう、要は「慣れ」なのである。耐性の力に頼らずとも、慣れてしまえば俺は大丈夫なのだ。彼女に逃げられてしまった悲しみにだって慣れてしまえばいいのだ。……いやまて、俺は逃げられたのか? いや、そうじゃないはずだ。あの晩、俺たちは確かに愛し合った。不手際か?俺が、知らぬうちに何かをやらかしてしまっていたのか?突っ込む穴を間違えた?いやまて、だったら、彼女のことだ笑いながら許してくれる……はずだよな? いやいや、仮にそうだとしても。彼女が怒り心頭したとしてもだ。俺の前から、書置きすらなく急に消えることなんてことはないだろう。逃げられたというのは、妥当な推論から最も遠いところにあるはずだ。ならば、なぜ彼女は姿を消したというのだ。……第三者に攫われたとか? いや、いくら俺が女にうつつを抜かしていたといっても、寝ている隙に女を攫われて気づかないはずがない。伊達にも勇者なのだ、そこまで無能を晒すほどやわな男ではない。では、やはり、彼女は自身の意思で……。


 ああ、だめだ間に合わなかった。遂に、喧噪の夜が始まってしまった。そう、これだ。不安や不満、焦りや怒り。俺の中にあるありとあらゆる負の感情が、俺の意思とは関係なく思考の滑車をくるくるとまわすこの感じだ。止まらない思考から生み出される推測や、憶測は、更なる不安を呼び、その不安がまた思考を回させる。これが始まったら、もうおしまいだ。今晩もまた、俺は眠りにつくことはないだろう。


 慌ててワインを口に含んだところで、それを防ぐことなどできようがなかった。俺はもう、酒に酔うことはできないのだから。


 なんとか朝を迎えるが、疲れは一向にとれていなかった。それどころか、ドラゴンの悲鳴が魔王の断末魔にクラスアップしている。いつか聞きたいと願っていたが、こんなところで耳にすることができるとは実に僥倖僥倖。魔王の野太く響く声が実に心地いい。なんとなしに剣の鞘を抜くと、目の下に確りクマができていた。


 久しぶりの故郷ではあるが、散歩に出かけるような気は起きなかった。魔王の基地を襲撃するまであと六日。俺は、宿にこもり少しでも体力を温存することにした。


 五日目の深夜、俺は遂に限界を迎えていた。意識は朦朧とし、頭痛は常人なら殺しうるほどの鋭さを得、目の下のクマは顔全体を覆うほどに広がっていた。だが、それでもなお「気絶」ないしは「睡眠」に落ちることはできていない。

 ただ、俺は眠りたいだけなんだ。体を休めたいだけなんだ。どうして、こんな簡単なことができないんだ。かつての俺は、この苦しみに耐えきり、慣らしてしまったというのが信じられない。信じられないが、俺は成しえたのだ。為せば成る、為さねばならぬ何事も。……何が成しえただ。魔王討伐という勇者最大の責務を果たせない男が、何をもってして何事かを成しえたというのだ。笑える。実に滑稽な話だ。


 いつものように、回りだした思考が俺の眠りを妨げる。


 あぁ……こんな眠れない夜を……かつて俺はどう過ごしていたのだっけ……。
 この苦しみをどうやって乗り越えたのだったか……。


 ああ、そうか。


「……眠れないのなら、眠らなければいい」


 俺は、ベッドから這い出て、剣を腰に差し、クロークを身にまとっう。
 足元がふらつき、視界がぐるんぐるんと回っているが、これが酔いのせいではないことは確かだった。


「じゃあ、仕事にとりかかろうじゃないか」
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/09(木) 22:37:05.82 ID:4L93rNi0o
おつおつ
勇者復活か
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/10(金) 10:51:26.62 ID:tlMiAUiDO

無粋でスマンが伊達を使うなら、伊達にも〜じゃなく、伊達に勇者を名乗っている〜とかにした方が良いかと
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/10(金) 12:15:33.06 ID:2AJt9e5po
いえ、誤字や誤用の指摘は助かります。ありがとうございます。
204 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/12(日) 10:49:10.93 ID:a8CCrCX80
 草木も眠る丑三つ時、俺は王都の南西、この国で最も広い流域を持つ大河の辺に立っていた。この地域には、背の高い倉庫がぎゅうぎゅうに敷き詰められており視界がまったく通らない。昼はともかく、夜間ともなれば人気もなくなり何かを隠すにはもってこいの場所なのだろう。巨大な川は、それだけで有用な交通路となる。王都に運び込まれる、もしくは持ち込まれる品の大半は、この倉庫街を経由するとも聞く。今回向かっている魔王軍の拠点も、他の地域から秘密裏に流れてきたムーンシャインを保管する秘密倉庫なのだろう。


 俺は、指先に熾した魔法の光で地図を確かめる。地図に従い、倉庫と倉庫の間の狭い路地を進んでいく。倉庫は、どれも似たような造りになっており地図がなければ完全に迷っていただろう。魔王軍の拠点は、そんな迷路のような道の一番奥にひっそりと建っていた。秘密なのはわかるが、こんな迷路の最果てに倉庫を設置して、いったいどうやって荷下ろしをしてるんだ……?

 正面の大扉も締まっているが、わずかに光が漏れている。近づくと、倉庫の中に多くの気配を感じた。俺は、中の様子を伺えないかと建物の周囲をぐるりと回ってみることにした。建物の側面に回り込むが、窓が一つもない。そのまま裏へと回ってみる。


「なるほどな、こんな所でもやっていけるわけだ……」


 倉庫の背後には、大河がひろがっていた。建物から直に伸びた桟橋が、河へと突き出ている。荷物の搬入搬出は、全て水路を利用しているというわけだ。偵察と呼べるほどの成果はなかったが、突入は実にやりやすくなった。出入口が二つしかないということは、つまり、敵を逃してしまう可能性が少ないということだ。

 俺は、普段より一際声のトーンを落として魔法の詠唱を始める。


「氷結魔法 ストロングアイシクル」


 全身から力が抜け、強い疲労感に襲われる。魔力切れの症状だ。片膝をつき顔をあげると、持っている魔力を全部つぎ込んだ甲斐あって、大河の一部を凍らせることに成功していた。これで半日は、船を出せない。敵の逃走経路は、正面の大扉に絞られた。


 大河の異変に、中の連中はまだ気づいている様子はないが時間の問題だろう。俺は、呼吸を整え正面大扉に向かった。


「久しぶりに、勇者らしく正面から堂々と行こう」


 誰に言うでもなく呟き、俺は大扉へと手をかけた。
205 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/12(日) 10:49:38.32 ID:a8CCrCX80


 ごごごごご。大扉は、大きな音をたてながら少しずつ開いていく。すると、その音を聞きつけて倉庫の奥から男が出てきた。背が大きく、シャツの上からでもその屈強さが伺われるほど筋肉が張っている。なるほど、一見すると倉庫街で働く大男といったところだ。


「なんだぁ、おまえ?」


「……俺はただ眠りたいだけなんだ」


「じゃあ、家に帰って眠れば?」


 困惑する大男をしり目に周囲を伺っていると、更にもう一人やはり、同じような背丈の大男が異変を感じてやってきた。


「おいどうした?」


「いや、酔っ払いが入ってきちゃってるんだよ」


「いやまて、そいつどこかで……」


「おまえら、靴はどうした?」


 俺からの不意の質問に屈強な男二人は、はっとした顔で自分の足元を見る。彼らは、二人とも素足で妙なことにつま先だけで立っている。

 大男たちは互いの顔を見合わせ、次の瞬間、二人同時に俺の顔めがけて拳をふるってきた。しかし、そこには既に俺の顔はなく拳は空をきる。俺は身体の力を抜き、重力の助けを借りることで尋常ならざる速度でしゃがみ込み拳を回避したのだ。攻守交替と、俺は剣を鞘ごと腰から引き抜き、勢いそのままに最初に出てきた男の顎を剣の柄でくだく。そして、息つく暇もなく剣を純手にもちかえ、右の男の側頭部を振りぬいた。
206 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/12(日) 10:50:09.75 ID:a8CCrCX80


「今度、人間に化ける時はしっかり靴を履いておけ」


 二人の大男は、地面に倒れ伏せ、しゅうしゅうと煙があげ魔物の姿へと変わっていく。変身魔法だ。大男たちの頭から二本の角が、尻からは尻尾が生え、つま先は蹄へと変わっていく。ミノタウロスだ。そりゃあ、蹄があるのだから靴をはく習慣はないだろうさ。
 
 しかし、こいつらいつかの倉庫で出会った連中じゃなかろうな。いや、俺に魔物の顔は見分けられないし、仮にそうだとしても再開を喜び合う関係ではない。

 倉庫の中には、信じられないほどの大きさの大樽が並んでいた。大樽からは、あちこちに俺の腕ほどの太さがある配管が伸びている。なんだこれは、ただのラムランナーの拠点とは到底思えない。ここは、何か別の目的を持った施設なのかもしれない。

 倉庫の最奥には、中二回になっているところが見える。そこには、倉庫の中だというのに更に小さな建物がぽつんと立っていた。一先ず、あそこを目指してみよう。


「そりゃあそうだよな」


 俺の行く手を、大勢の男たちがふさいでいた。入り口での物音を聞きつけてきたのだろう、その手には、斧やこん棒といった武器が握られている。彼らは、俺の背後に倒れている二頭のミノタウロスの姿を見ると、雄たけびをあげて突撃してきた。


 男たちは一歩進むごとに、その姿を魔物へと変貌させていった。顔が膨れ上がり、腕はさらに太く、足は更にたくましく。ミノタウロスはもちろん、オークにオーガまでいる。まるで魔物の見本市だ。

 対する俺も、歩を進める。少しずつ歩幅を広げ、最後には駆け足で魔物たちへと突撃する。今の俺の姿は、傍から見れば雪崩につっこむ小石の一つに過ぎないだろう。

 俺と魔物たちとがぶつかると、その衝撃が爆発のように倉庫に広がった。俺は、速度を落とすことなく剣をふるう。対する魔物たちも、同様だ。俺は、その身をもって彼らの剣を受ける。避ける必要など一切ない、彼らの斧が俺の肌を切り裂くことはないし、そのこん棒で血が流れることもない。だが魔物たちは別だ、俺が剣を振るごとにその巨体が崩れ落ち、吹き飛び、うめき声をあげる。とても美しいとは思わないが、俺が与えられた耐性の力を最も効率的に使える戦い方だ。

 大雪崩を抜け切ると、俺は踵を返し再び魔物たちの群れへと突っ込んでいく。それを繰り返すたびに、立っている魔物の数は減っていく。息が上がるが疲労感はない。極度の興奮状態で、神経がマヒしているのだろう。着ている服もズタズタにされているが、見た目ほど俺にはダメージはない。

 
207 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/12(日) 10:50:52.20 ID:a8CCrCX80
 魔物たちの第二陣がやってきて、俺を取り囲んだ。先ほどの、戦いぶりをみて警戒しているのだろう。単なる力押しでは勝てないと踏んだのだ。しばしの膠着状態は、一人の男によって崩された。


「勇者め! ついにこんなところまで来たか!」


 その声は、倉庫の中二階から聞こえてきた。見ると、赤い褐色肌のオーガが立っている。その姿、誰が忘れようか炎魔将軍。

 あいつは、遊び人の顔に傷をつけた糞野郎だ。「手加減は抜きだ」と、剣を鞘から抜こうとしたその時、突然背中に激痛が走った。俺の体は宙に浮き、前方へと逆九の字で吹き飛ばされる。


「だめだ、やっばり刃が通らない」


 受け身を取って、振り返ると片目に眼帯をしたミノタウロスがいた。ミノタウロスは、自身の斧を不思議そうに眺めている。しゃがれた声に、他のミノタウロスより一回り大きい身体。魔物の顔は見分けられないといったが、こいつは覚えてる。


「あの時のやつか……っ!」


 ミノタウロスは、今度は俺のほうを不思議そうに見つめてきた。


「なんで、剣をぬいでいないんだ?」


「答える必要はないっ!」


 俺は、僅かに風を切る音を頭上に感じ、慌てて前転して避ける。中二階から飛び降りてきた炎魔将軍が、先ほどまで俺がいた地面を切り裂いていた。炎魔将軍がチッと舌打ちをする。


「耐性の勇者をなめるな。たとえ不意打ちだろうが、俺に二度の同じ失敗はない」


 憎き炎魔将軍を鼻で笑ったつもりだったが、奴は気にもかけず口角をあげた。


「いや、確かによく避けたものだ。流石は女神の力を受けたものだ。しかし避けたということは、私の剣なら貴様も切り裂けるということだろうか?」


「だったら試してみろ……っ!」


 ボス戦の始まりだ。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/12(日) 13:34:26.23 ID:s2iT3OnXo
久々のバトルに興奮を隠せない
おつおつ
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/12(日) 20:46:46.30 ID:Y77BCRwDO

盛り上がってキタ!
210 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/14(火) 20:56:12.41 ID:X2S/KtAR0
 炎魔将軍の持つ刃から、ユラユラと揺らめく空気が昇っている。あの刃は、相当な熱を帯びているのだろう。その鋭さは、俺の骨すら断てるかもしれんと、思わず額から冷や汗が滴り落ちる。
 
 すると、まるで俺の恐怖を読み取ったかのように、炎魔将軍が先に動いた。地面を強く蹴り、一瞬で俺との間合いを縮めその炎の剣を横なぎに振るう。俺は、かろうじて後ろへ一歩退き剣をかわした。

 背後では、それを待っていたと言わんばかりにミノタウロスが斧を上段に構え待ち構えていた。無理な後退で体制を崩した状態では、斧を避けることは適わない。俺は、勢いそのままにミノタウロスに背中から突っ込む。懐に入られては、ミノタウロスも斧を振れまいという算段だ。

 案の定、ミノタウロスは斧を持て余してしまったようだ。せっかくの武器を放り投げ、その逞しい腕で俺につかみかかってきた。しかし、巨体ゆえかその動きは緩慢で俺を捕らえるには至らない。俺は、ミノタウロスの股の下を潜り抜け、その背後に回る。そして、まるで岩山を上るかのようにその背中を登り、遂にはうなじにまで到達し、その首へと手をかける。

 だが、その首はあまりに太く俺の腕では到底回りようがない。俺は、ミノタウロスの首に剣をあて、鞘の両端を持ち渾身の力で後ろへと引いた。呼吸ができなくなったミノタウロスは、俺を振り落とそうと体を揺らしにかかる。だが、こちらとて全力を込めているのだそう簡単には振り落とされない。


「ぐおおおおおおおおお」


 ミノタウロスの動きが、何かを決したかのようにピタリと止まる。その目は、まっすぐ炎魔将軍へと向いている。


「将軍! おでごと! 斬れっ!」


「応っ! 」


 ミノタウロスが、自身の背中を炎魔将軍へと向ける。その背に無防備に張り付いている俺は丸見えの格好だ。

 炎魔将軍は、一瞬の躊躇もなく右斜め上段から剣を打ち下ろしてきた。

 自身を犠牲にしろというミノタウロスと、それをいともたやすく受け入れる炎魔将軍。くそったれ、久しく忘れていた。こいつら魔族は戦いとあれば、死よりも敵を倒せぬことを恐れる連中だ。

 その判断の遅れが、俺がミノタウロスの背中から脱出するのをほんの僅かコンマ数秒だけ遅らせた。炎の刃は、ミノタウロスの背中と俺の脇腹を切り裂いた。

 俺は、片膝をつき炎魔将軍をにらみつける。傷はかなり深い、だがその燃える刃のおかげで肉が焼かれ傷は塞がっている。炎の刃で無ければ、はらわたが零れ落ちていただろうに、まったく炎さまさまだ。……いや、そもそも炎の刃だからこそ俺の肌を切り裂けたのか。久方ぶりの懐かしい痛みと己の阿呆さに、ふと笑みがこぼれる。
211 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/14(火) 20:56:38.89 ID:X2S/KtAR0


「やはり、私の剣なら貴様を切り裂けるようだな」


 隣では、ミノタウロスが俯きに倒れ、ぜはぜはと息を切らしている。背中には、真新しい一文字の傷がしっかり刻まれている。本当にとんでもない連中だ。

 俺は、立ち上がって剣を抜き炎魔将軍へ詰めよる。痛みと、冷たい汗が止まらないが、そんなことを気にしている場合ではない。
 
 ふらりふらりと近づいてくる俺に、炎魔将軍は勝ち誇った顔を見せている。そうやって油断していろ。俺は、細く長く息を吐きだし肺の中から古い空気を追い出していく。ついに空となった肺は、新しい空気を求め大きく息を吸い込んでいく。十分な内気の高まりを感じ、それが頂点へとたどり着いた瞬間、俺は弾かれたバネのように剣を突く。

 剣先は、まっすぐ炎魔将軍の喉へと向いていた。しかし、炎魔将軍はまるで俺の狙いがわかっていたかのように僅かな動きでそれをかわした。


「私と戦う奴は、みなそう考えるんだよ。だが正しい選択だ。私の剣は、お前の剣すら斬ってしまうだろうからな。武器を失いたくないなら、そうやって突いてくるしかないぞ!」


「くそっ……」


「なに、わかっていればお前だって突きを避けるなど造作もないだろうよ。それ、試してみろ!」


 炎魔将軍の鋭い突きが、続けざまに襲い掛かってくる。急所をかろうじてかわすが、腕とふとももに受けてしまった。歯を食いしばり、負けじと突き返すが、こちらの攻撃はまるで当たらない。こちらは、睡眠不足で魔物たちとの大乱闘を経てるんだ、そのうえ脇腹の深手を考えれば無理もないことだった。 


「だったら、こうだっ! 」


 俺は、自身の剣を投げ捨てる。
212 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/14(火) 20:57:06.54 ID:X2S/KtAR0


「おいおい、もう諦めたのか?」


「まさかっ! 」


 炎魔将軍は、俺を訝し気に眺めた後、再び剣を振るってきた。俺は、それらを皮一枚のぎりぎりでかわす。炎魔将軍が目を見張る。攻撃を捨てた、完全な受けの姿勢。普段の俺とは、対極に位置する戦い方だ。


「そんな芸当が、いつまで続くかなっ! 」


 目、喉、肩、腹、ありとあらゆる所に伸びてくる剣を、俺は必死にかわし続ける。一瞬のミスが死に直結する。俺は、全神経を炎魔将軍の手元と剣先に向け、奴の狙いを的確に避けていく。だが、皮一枚でぎりぎりだ。傷の数は、確実に増えていった。



 剣を振るう炎魔将軍も、それをかわし続ける俺も、完全に息が上がるまで相当な時間を要した。額からだらだらと汗を流し、互いに肩を揺らす。炎魔将軍は喉からは声にもならない高い音をヒィヒィと鳴らせている。対する俺も、似たようなものだ。大きく口を開け、ぜぇぜぇと息を吸い込んでいる。だが、大きく異なる点が一つ。満身創痍の俺に対して、炎魔将軍は完全な無傷だった。


「ヒィヒィ……さすがは勇者か……」


「も、もうそろそろいいだろう……」俺が呟く。


「ぞれば、ごっぢのゼリブだっ!」


 どうやら、動けるまで回復したらしいミノタウロスが、俺の背後から組みかかってきた。身体が、がっちりとホールドされ、抵抗を試みるが疲れのせいか力が出ない。


「よくやった、そのまま抑えておけ……ヒィヒィ……これでトドメだっ!」


 炎魔将軍が、息も絶え絶えに寄ってくる。やっとのことで、振り上げられた刃が俺の天辺へと打ち下ろされる。
213 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/14(火) 20:57:33.86 ID:X2S/KtAR0


 がっきーん。


 謎の金属音が倉庫に響く、まるで時間が止まったかのように沈黙が訪れた。


 剣が、皮すら切り裂くことができずに俺の額でピタリと止まってしまっていたのだ。


 炎魔将軍、さらにはミノタウロスすら、そのあまりの光景に空いた口がふさがらずに呆けてしまっていた。


「お前の炎の剣。ようやく俺の体が慣れたようだ」


 受けた傷の数だけ強くなる。俺の耐性の力が、炎の刃を受け続けることによって、それに完全なる耐性を手に入れていたのだ。

 俺は、肩の関節を自ら外し、ミノタウロスの拘束を抜け、阿呆面を晒している炎魔将軍の顎に飛び蹴りをかます。炎魔将軍は、何が起こったのかもわからないまま、激しく脳を揺さぶられ、あおむけに倒れた。

 遅れて、我に返ったミノタウロスが、拳をふりかぶって襲い掛かってくる。それを、落ち着いて半身で回る様にかわし、回しげりをやはりミノタウロスの顎にお見舞いする。その巨体が、地面へと崩れ落ちる。


 周囲を見回す。もう、どこにも、立っている者はいなかった。まるで魔物柄のカーペットが床一面へと敷かれたような死屍累々といった様だが、誰一人として命を奪われたものはいなかった。


 ああ、なんとか終わったぞ。

 両肩は外れ、装備はズタボロ、身体中傷だらけ、剣もどこかにいってしまった。襲い来る疲労感に、いまにも気を失ってしまいそうだ。


「今夜はぐっすり眠れそうだ……」


 目をつむり、倉庫の天井を見上げた俺に


「では、もうおやすみになられては如何です?」と、どこからともなく、力強く優しい声が囁かれた。

 
 独り言のつもりが、思わぬ返答に俺はぎょっとする。


 次の瞬間、後頭部に重い衝撃が走り、俺は振り向きざまに倒れこむ。


 幽かに薄れゆく意識の中で、俺の目に映っていたのは見覚えのある顔だった。


 マスター……なんでアンタがここにいるんだ……?
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/14(火) 22:24:18.94 ID:ssIW+GkDO

なん…だと?
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/15(水) 00:03:16.21 ID:Kfbfm6Owo
耐性の勇者ならではだな並みの勇者なら死んでいた
おつ
216 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/16(木) 21:48:56.27 ID:ao9AIwU40
 意識が戻った俺は頬に冷たさを感じた。身体を動かそうとするが身動きが取れない。それどころか、目は見えないし、声も出ない。どうやら、拘束された上に地面に放られているようだ。唯一、塞がれていない耳から二人の男の会話が聞こえてきた。


「いやあ、しかし遂に決心していただけたのですね。我々魔王軍に、先代が加わってくれれば百人力です」


「いえいえ、勘違いなさらないでください。今日は、見学に来ただけなのですから」


 声の主は、おそらくマスターと炎魔将軍だろう。俺は、目が覚めていることを気づかれないように息を潜める。


「まぁまぁ、そんなことおっしゃらずに」


「……おや?もう目が覚めたようですね」


 速攻でバレてしまったようだ。やはりマスターは侮れない男だ。

 
 身体を起こされ、目隠しが外される。光に目が慣れてくると、そこには白いタキシード姿のマスターが立っていた。俺は、マスターをしり目に周囲の様子を伺う。目の前には、デスクが並んでおり机の上には紙が雑多に置かれている。振り返ると、ソファーがあり炎魔将軍が腰かけ憎々し気に俺のほうを見ている。その腫れて膨れ上がった頬を見て、わずかに笑みがこぼれた。部屋の周囲は、窓ガラスが並べられていて奥には倉庫の壁が見える。ここは、倉庫の中二階にあった小部屋で様子から見るにどうやら事務所であることが知れた。


 俺は、マスターを向き直り抗議の声をあげる。


「もがもがもが」
217 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/16(木) 21:49:23.67 ID:ao9AIwU40


 マスターを問い詰めたつもりであるが、猿ぐつわを噛まされているため喉を鳴らすのがやっとだ。


「……」


 マスターは、人声も発さずに俺の目をじっと見つめている。……どうも、マスターの様子がおかしい。マスターの目は、酷くくすんでいて生気がない。俺がバーで出会ったのは、綺麗な紅色の瞳を持ち、落ち着きこそあれど生気に満ち溢れた男であったはずだ。それだけではない。顔色も心なしか悪いように見える。それに、その背から立ち上るオーラは只ならぬ様相を呈している。


「将軍。彼と二人きりで話をさせてもらえますか?」


 焦った炎魔将軍が、ソファーから立ち上がりマスターに詰め寄ってくる。


「し、しかし、こいつは魔王様の片腕すら斬りおとすほどの危険な男で……」


「よろしいですね?」


 マスターの有無を言わさない態度に、炎魔将軍はゴクリと唾を呑んだ。しばしの沈黙が流れ、その強い意志に諦めたのであろう、炎魔将軍はすごすごと部屋を出て行った。


 マスターの手で、猿ぐつわが話されるや否や俺は今度こそ声をあげた。


「どういうことだマスター! 魔王軍とはかかわり合いがないんじゃなかったのか!?い、いや、今はそんなことはどうでもいい! 聞きたいことが……」


「質問するのはこちらです」


 俺の言葉を遮ったその声は、いかなる耐性を以てしても震えあがるほど冷たいものだった。また、声と同時に放たれたどす黒い殺気が俺を襲ってきた。俺は、歯を必死になって食いしばる。少しでも気を緩めれば、歯がガチガチとなってしまいそうだった。
218 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/16(木) 21:49:58.99 ID:ao9AIwU40


「あの娘は……遊び人は、どうしていますか?」


 まったく予想外の質問に、俺は声を詰まらせてしまう。マスターは、そんな俺の様子をじっくりと伺っている。俺が何か、隠し事や偽りごとをしないか、僅かな動きから読み取ろうとしているのだろう。


 だが、そんな質問がなされるということは。


「マスターの店にも来ていないのか……?」


「にも?」


「ちょうど店で飲んだ日の翌朝だ。その時には、もう姿を消していた……それ以来、ずっと探しているのだが……」


「……私の店にも、あの日以来顔を出していません」


 マスターは、あからさまに大きな溜息を吐き出した。先ほどまで放たれていた、どす黒いオーラもそれと同時に一気に霧散してしまっていた。その口ぶりや様子から察するに、彼もまた遊び人のことを探しており、どうやら俺のことを疑っていたのだろう。疑いが晴れたのは喜ばしい、だがマスターの必死な様相には、彼女とマスターの間には、店の主人が常連客の安否を慮るものとは違う別種の関係があるように俺は感じた。


 しかし、事は予想以上に深刻なようだ。俺は、彼女は何らかの事情で自分の意思で姿を消したのだと踏んでいた。もし、その事情が俺にかかわりのないものだったら、俺は彼女の力になりたいし。逆に、その事情が俺への不満や不平だったとしたら。その時は、スンナリと退きさが……すんなりと……。いや、これは嘘だな。俺の本当の気持ちではない。もし、俺への不平不満だったとしたら……泣いて、詫びて、鼻水も流して、涎も垂らしながら、縋りついて捨てないで下さいと懇願しよう。……そういう腹積もりで、俺は彼女を追っていた。
219 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/16(木) 21:50:26.69 ID:ao9AIwU40

 だが、あの無類の酒好きがマスターの店にすら顔を出さないとすれば話は別だ。仮に、店で俺と鉢合わせるのすら避けたいと彼女が思ったとしよう。それでもなお我慢しきれずに、店にフラフラと飲みに来る。それが、あの遊び人という女なのだ。ましてや、半年以上も自分の意思で酒を我慢するなど天と地がひっくり返ってもありえない。そこに、第三者の介入があると推測するのはもはや必然であった。


「いえね、貴方の様子を見て、そのような気はしていたのですが、確証はありませんでしたので。こういった形になり、とんだ失礼を致しました」


「……俺の様子を見ただけで、そこまでわかるのか。流石マスターだ」


「……?あぁ、勇者様は普段から鏡をご覧にならないのですね」


「どういう意味だ?」


「酷い顔をしてますよ」


「シツレイな」


「いえ、そういう意味ではありません。目は腫れて、クマがはっきりと出ていますし、顔色も真っ青でまるで腐ったゾンビのようですよ」


 人のことを言えた義理ではない。俺からしてみれば、マスターのほうこそ酷い顔だ。……いや、それだけ彼も彼女のことを心配しているということなのだろう。


「それに後頭部には大きなコブまで……あっ」


「コブ?」


 確かに、マスターの言葉通り、後頭部にずきずきと痛みがあった。手で擦ろうにも、手枷がはめられていてうまくいかない。俺が、もぞもぞとしている前で、マスターは、何やら口笛を吹く素振りで視線をそらしている。
220 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/16(木) 21:50:53.35 ID:ao9AIwU40


「……と、なると今日ココに来たのは正解だったかもしれません」


 なんか、話を逸らされた気がする。


「どうでしょう。私と手を組みませんか?」


「手を組む?」


「もしかすると魔王のところに連れていってさしあげられるかもしれません」


「乗った」


 俺は、二つ返事で引き受けた。俺の、そもそもの旅の目的は魔王を見つけ出すことであるし、千鳥足テレポートを使って遊び人を探すにしても、耐性の力を失うには魔王を倒すしかない。今の俺にとって、魔王は二重に重要な存在となっているのだ。


「で、俺はマスターに何を返せばいいんだ?」


 マスターのことだから、憎き人間を殺せとか、貴族たちから金を巻き上げてこいといった、反社会的なことではないだろうが、魔王のところに連れて行ってもらえる代償ともなればそれ相応のものとなるだろう。命以外の物なら、なんだって差し出してやると、俺は人知れず覚悟を決めた。


「まあ、事と次第によっては邪魔な魔物達と戦っていただくかもしれません。しかし、とりあえずのところは私に同行してもらえればそれで十分です」


「この腕と足で?」


 俺は、マスターの目の前で手枷と足かせを揺らして見せる。マスターは、クスリと笑った後にゴニョゴニョと魔法を唱え、枷の鍵を解いてくれた。俺は、立ち上がり大きく伸びをする。どれくらいの時間、拘束されていたのかはわからないが肩や腰がガチガチに固まっていた。
221 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/16(木) 21:51:20.68 ID:ao9AIwU40
 ふと窓の外をみると、手持無沙汰に事務所の周りをぶらぶらとしていた炎魔将軍と目が合ってしまった。炎魔将軍は、押っ取り刀で部屋に入ってきた。


「せせせせ先代っ! 無事ですか!?」


「やぁ、これはすみません。私が、枷を解いてあげたんですよ」


 「はい?」と疑問符を頭に浮かべている炎魔将軍に、俺はマスターの後ろからあかんべーを見舞ってやる。炎魔将軍は歯をむき出しに、何事かを言おうとするがマスターに遮られ「ぐぬぬ」と悔しそうな顔を見せた。ざまあみろ。


「いえね、彼にも見せてあげようと思いまして」


「こいつにですか……?」


 炎魔将軍は、露骨に嫌そうな顔をしている。俺は一体、何を見せられるんだろう?
 

 そんな俺の心を読み取ったかのように、マスターが続けた。


「おや、貴方が大立ち回りを演じた舞台がどこなのかご存じないのですか?」


「いや確かに、ラムランナーの倉庫にしては妙な造りだとは思っていたが……」


「ここは、魔王軍の酒造りの最前線。ビール工場なんですよ」


「魔物たちが? 酒造りだと……?」


「どうです勇者様、魔物の手による初めてのビールです。一緒に見学して、ついでに味見といきませんか?」
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/17(金) 01:09:33.06 ID:PRrXoHHDO

大方の予想を裏切ってまさかのドライ…な訳ねーか
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/17(金) 15:36:05.69 ID:Qj5KZLGlO
冒険が終わるかと思ってヒヤヒヤした
224 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/22(水) 21:54:09.17 ID:n2QIU6Th0
 炎魔将軍が先頭に立ち、そのあとにマスター、そして俺が続く。階段を降り、大樽の間を進んでいくと背の高い円筒状の構造物が見えてきた。円筒状の先は円錐となっており、倉庫の天井を突き破りそうな勢いだ。


「ビールが何でできているかは知っているな?」


 炎魔将軍が前を向いたまま、唐突に声を発した。その口ぶりから察するに、マスターではなく俺に問いかけているのだろう。


「麦だ」


「まあ、その通りだ。正面向かって右手のサイロには大麦が、左手のサイロには麦芽が入っている」


 目の前に並ぶ円筒状の構造物は、サイロと言うらしい。たしか農村とかにある、穀物を貯蔵するための設備だったはずだ。


「なんで、建物の中にサイロなんか建てたんだ?」


「馬鹿かお前。外に建てたら目立つだろ」


 確かにその通りだった。ここは、禁酒法が定められているこの国にとって違法な設備以外の何物でもない。その程度のことにすら考えが及ばないとは、どうやら俺の思考はまだだいぶ鈍っているらしい。


「麦芽もここで作っているのですか?」


「いえ、ここでは手狭ですので。麦芽は、よその業者に任せてます」
225 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/22(水) 21:54:36.54 ID:n2QIU6Th0

 先ほどのやり取りからも伺い知れたが、炎魔将軍はマスターに頭が上がらないらしい。まあ、マスターは先代の魔王であるのだし当然と言えば当然か。


「ところで……麦芽ってなんだ?麦とは違うのか?」


 俺の質問に、炎魔将軍がため息をついた。


「麦芽は、麦に水を与えて芽を出させたものだ。そうすることで、麦の中の糖分が増すんだ」


「糖分を増やす?つまり、ここでは甘いビールを作るってことか?」


「そうじゃない、その糖分を原料に酵素がアルコールを作るんだ」


「酵素?」


「お前は、何だったら知っているんだ……要は菌のことだ」


 飲む専門で酒が如何に造られているかなど知る由もなかった俺としては、炎魔将軍の話は悔しくも興味をそそられるものだった。ついつい、敵地のど真ん中であることも忘れて話に聞き入ってしまう。


「次はこちらです」

 
 炎魔将軍につきしたがい、俺たちは再び大樽の間を抜け階段を上り中二階の通路を進む。物に溢れ死角だらけの一階も、上から見回せば、倉庫の最奥まで見渡せた。一階を覗いてみると、素足の人間たちがセカセカと働いている。その体つきは一様に大きく、力にみなぎっている。おそらく、俺が気を失っている間に魔物たちが再び人の姿に化けなおしたのだろう。


「ちょうど真下にある釜で、熱湯を沸かし麦と麦芽を加えた麦芽ジュースを作っています」


「甘い匂いがするな」
226 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/22(水) 21:55:04.44 ID:n2QIU6Th0


「さっき言った麦の中の糖分を取り出しているんだ、当然麦芽ジュースは甘い」


 大釜の横を、木箱を抱えて大男たちが通っていく。木箱の中には、緑色をした植物の芽のようなものが詰まっていた。 


「麦芽ジュースができたら、隣の釜に移してホップを加えます」


 なるほど、大男たちが運ぶ木箱の中身。あれがホップなのか。


「このご時世で、よくホップを入手できますね」


 マスターが感心そうに木箱に視線を送っている。


「まあ主に生薬として栽培されている物です。見てみますか?」


 炎魔将軍が片手をあげ、一階の大男たちに「おおぃ」と声をかけ身振りでそれを寄越せと伝えた。大男の一人が木箱の中からホップをつかみ、放り上げたものを、炎魔将軍は造作もなくキャッチする。マスターは、その様にパチパチと拍手を送っている。


「お前も見てみろ勇者。これがホップ、ビールの要の一つだ」


 炎魔将軍の掌の上に乗せられたホップをマスターと一緒に覗き込む。ホップは、淡い緑色の葉が折り重なるようにその形を作っていて、まるで花のつぼみみたいだった。

 その一つを手に取って、まじまじと眺めていると炎魔将軍が「食ってみろ」と促してきた。まあ、何事も挑戦と口に放り込んでみる。

 そのあまりの強烈さに、目から涙が零れ落ちた。口内に広がる青臭さが、ひたすらに嗚咽を誘う。慌てて口の外に吐き出しても、その強烈な香りと苦みは残ったままだ。俺が後悔の念を胸に、炎魔将軍をにらみつけると奴はケラケラと笑っていた。その隣では、マスターも笑いをこらえるように肩を揺らしている。


「くそ、いつかこの借りは返すからな」
227 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/22(水) 21:55:36.07 ID:n2QIU6Th0


 俺のもがき苦しむさまを、二人は一頻り笑ったのち、再び通路を歩きだした。しばらく進むと、倉庫の入り口付近、パイプの伸びた大樽のあたりにたどり着いた。


「この大樽の中には、先ほどの麦芽ジュースに酵母を加えたものが入っています」


「ほほう。つまり、この大樽の中で今まさにビールが作られているということですね」


「なんだ、大樽の中で魔物が作業しているのか? 酷い作業環境だ」


「いえいえ勇者様、働いているのは酵母。すなわち、菌達です。かれらが糖分をアルコールへと変えることでビールが出来上がるというわけです」


「菌が……?」


 俺は、素直に感心していた。目に見えないほど小さい細菌が、糖分をアルコールに変える? その実、マクロな話なのだろうに俺の理解を大きく超えるそれは、とても雄大で力強く感じられた。いままで、何も考えずに酒を飲んでいたのが少し恥ずかしく思えてきたほどだ。遊び人は、酒は語らずに飲めと宣っていたが、知っていて語らないのと、ただ知らないだけで語ることができないのとでは大違いだと今更に気づく。


「飲んでみるか?」


 俺は、寸秒もおかずにうなづく。マスターも、目を輝かせて「是非」と声をあげた。


「では、どうぞこちらへ。先ほどの応接室に出来上がったビールを用意させますので」
228 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/22(水) 21:56:02.26 ID:n2QIU6Th0


 ビールを飲めると聞くと、どうにも浮足立ってしまったのか俺たちは足早に応接室へと戻った。炎魔将軍に促され俺はソファに腰を下ろす、だがマスターはそれを固辞し、窓際で倉庫で働く男たちへ熱いまなざしを向けていた。


「勇者と命がけのやり取りをしたばかりだというのに、みなよく働くものですね」


「……幸い、身体だけは丈夫な連中ですので」


 俺は、フンと鼻を鳴らす。別に、俺が悪いことをしたとは思っていない。魔物と勇者が出会えば、剣を交えるのはごく自然なことなのだ。だが、ここでせっせと真面目に働いている連中を見た後だと、そんな連中をコテンパンに伸してしまったことに、僅かにではあるが罪悪感が浮かんできてしまう。


「しかし、勇者よ。腕が鈍ったのではないか?」


 俺は、顔をあげ正面の男に目を向けた。炎魔将軍の物言いに、罪悪感が薄れ、変わりに怒りが込みあがってくる。


「でなければ、甘くなったな」


「……もう一度、地面に這いつくばってみるか?」


 なるべく重く、そして冷たく声を出す。しかし、炎魔将軍に怯む様子はない。


「今日、この倉庫に死体が一つも転がっていないのはどういうわけだ。どうして、最後まで剣を抜かなかった? 」


「……それは」


 別に、不殺主義に目覚めたわけでも、魔物に情けをかけたつもりもなかった。そもそも、手を抜けるような余裕なんてものも今の俺にはない。だが、確かに今日の俺は剣を抜けなかった。いや、幾度となく抜こうとはしたのだ。しかし、その度に、まるで誰かに柄を抑えられているかのような不思議な感覚に陥り力が抜けてしまうのだ。

 そんな俺を、炎魔将軍は「甘くなった」と評した。その言葉は、かつて俺が遊び人に対して使ったものと同じものであった。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/22(水) 22:07:48.51 ID:jFHF2Qqxo
麦芽が甘いからさ!
おつおつ
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/23(木) 22:21:28.61 ID:ZEWDd6aDO

甘いくせに苦いモノ飲みたいってんだから人はわからんものだわね
231 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/23(木) 22:26:48.97 ID:PetabUOy0


「しかし、妙ですね」


 窓の外を眺めていたマスターが、振り向くことなく、まるで自分に言い聞かすように呟いた。


「どうかされましたか?」


「いえね炎魔将軍、どうして魔物たちは人の姿に化けて仕事をしているのです?慣れない姿は大変でしょうに」


 俺は、立ち上がりマスターの隣へと歩を進める。マスターの視線の先には確かに、魔物の姿を保った者は一人もいない。確かに、魔物の巨大な体躯のほうが力は発揮しやすいだろう。ホップ入りの木箱だろうがダース単位で持ちは込めるんじゃなかろうか。


「ああ、それは、設備が人間用のサイズだからです。魔物の体だと大きすぎて、バルブ一つ閉めるのにも苦労しますので」


「ははぁ、そこまでは思い至りませんでした。なるほど、よく考えているものです」


「ですが、そこに少し問題もありまして……」


 炎魔将軍が横目に俺をチラリと見る。どうやら、俺にはあまり聞かせたくない話らしい。



「構いません。話してください」


「……人に化けているせいか、彼らの思考や性質が人間に寄ってきているようなのです」
232 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/23(木) 22:27:15.54 ID:PetabUOy0


「具体的には、どうなってきているのですか?」


「魔族とは、そもそもみな姿かたちが違えども一つの群れのようなものです。ミノタウロスもオーガもオークも等しく群れの一員であり、その頂点には魔王様が君臨しています。魔王様が黒を白と言えば、それは白になり。犬を猫だと言えば、それは猫となります。しかし、その絶対的な関係性が魔物たちが人間性を手に入れたことで薄れつつあるのです」


「人間性……?」


「所謂、アイデンティティを獲得したということでしょうか?」


「そのとおりです」


「俺には、貴様は元よりそれを持っていたように見えるんだが」


「強い魔物は、確かにアイデンティティを持ちうるものだ。だがそれが、下級魔族にまで広がりつつあるということだ」


「人に化けると人に近づくということですか。興味深いものです」


 そこへ、扉が勢い良く開けられ男が入ってきた。眼帯をつけたその男の肩には、その両方に樽が抱えられていた。


「ビール……持ってきたぞ……」


 大男は、樽を無造作に机の上に置いて去っていった。炎魔将軍は、棚からジョッキを持ち出しマスターと俺に渡してくれた。
233 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/23(木) 22:27:41.95 ID:PetabUOy0


「こういうのって、ジョッキに注いで持ってくるもんじゃないのか……?」


「どうせ、おかわりするんだ。こっちのほうが早いだろう?」


 俺は、若干呆れつつも「まあ、それもそうか」と妙に納得してしまっていた。

 炎魔将軍に促され、樽にジョッキを突っ込みビールをすくいあげる。魔族の造った酒か、如何ほどの物であろうかと早速口に運ぼうとするとマスターがそれを制してきた。


「せっかくですから」


 マスターはそういって、その手に握られたジョッキを俺たち3人の中央へと伸ばす。意図を察した炎魔将軍が、忌々しそうにしかしマスターに逆らうわけにもいかず同じようにジョッキを差し出してきた。ここで、それに抗うのも大人げないだろう。


「乾杯! 」


 俺たちは、マスターの掛け声に合わせてジョッキを重ねた。
 
  
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