遊び人♀「おい勇者、どこ触ってんだ///」

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249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/27(月) 03:51:47.15 ID:4ovJX+48o
読み始めたときはまさかこんな熱い展開があろうとは思いもよらんかったわ
最終章期待C
250 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/28(火) 23:51:32.71 ID:AHhj4HuT0
 窓から差す月明かりが、舞い上がった埃を綺麗に照らしている。周囲を見渡すが、薄暗く部屋の全容を見渡すことはできない。

 唐突に、部屋の中にカツーンカツーンと乾いた音が広がった。音の反響具合を聞くに、相当に広い部屋だということがわかる。
 いや、いまはそれよりも、この乾いた音だ。一定の間隔で鳴り続けるこの音は、間違いなく何者かの足音であり。それも、少しずつ俺の方に近づいてきている。

 正面をジッと見据えていると部屋の奥から、黒い影が進んできた。 
 
 
「なんで来ちゃうのかなぁ」


 月明かりに照らされた彼女のあまりの美しさに、俺は息をのむ。赤いストールを首に巻き、黒白のチェック柄という派手なワンピース。まるで道化のようなその恰好は、姿を消したあの日から何一つ変わっていない。ただ、胸のあたりまで伸びた髪が彼女と離れ離れになった時間を如実に表している。  


「心配したんだぞ」


 声が震える。
 喜びと不安が混じり合い、言葉に詰まる。


「会いたかった」


 ようやく、その一言を絞り出すと彼女の瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。


「だめだよ勇者……もう我慢できないじゃないか」


 彼女の声もまた震えていた。
 どうやら、俺と彼女は同じ気持ちを抱いているらしい。俺は、捨てられたのではなかった……みっともなく情けない心配は徒労に終わったのだ。
 彼女が、俺に向かって歩を進める。俺もまた、彼女をお迎えする準備は万端だとばかりに、両手を広げ一歩、また一歩と前へ進む。
 

 さぁ、力強く抱きしめ合おうというその瞬間、彼女の手元に月明かりで照らされたナイフが煌めいた。


 俺の手と彼女の手が重なる。
 ……ついロマンチックな言い方をしてしまったが、その実、彼女の手に握られたナイフを必死に抑え込んでいるだけである。ナイフの先は、まっすぐに俺の心臓を向いている。
 

「あの……遊び人。我慢できないってのは?」


「キミを殺さずにはいられないってことだよっ!!!」


 その手に込められた力が、それが冗談ではないことを物語っていた。
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 02:42:44.38 ID:lAkGJSRQo
このモノローグが垂れ流されていたら其れはそれで面白そう
おつおつ
252 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/05/29(水) 21:54:30.08 ID:ZukyNd5h0
 

 彼女の膂力は、俺のそれを僅かにではあるが確実に凌駕していた。
 ナイフを逸らそうと、もしくは押し返そうと渾身の力を込めているというのに彼女は微動だにしない。

 ならばと、俺は自身の腕に全力を注ぎこむ。


「ぬおおおおおおおおおおお!」


 雄たけびをあげ、腕の力だけで彼女を持ち上げる。たとえどんな力を持っていようが、踏ん張りがきかなければ意味はない。持ち上げてしまえば、こっちのものだ。俺は、そのまま体を一回転させ遠心力を味方に彼女を放り投げた。

 宙に舞った彼女は、くるくると回転し、まるで最初からそういった演舞をしていたかのように見事な着地を見せた。その衣装も相まって、まるで本物の道化師のように見えた。

 間合いをとれたことに気を緩めるのも束の間、次はナイフの雨が俺に襲い掛かってきた。


「なんなんだよもう」


 沸き上がってくる感情のせいか、視界がにじむ。俺は、ごしごしと袖で涙をぬぐった。

 ナイフを避けるつもりは毛頭なかった。どうせ、刃物耐性を持った俺の肌にナイフがささるわけもない。それよりも今は、彼女の全てを感じたかったのだ。たとえ、それが明確な殺意をこめて放られたナイフであったとしても例外にはならなかった。ナイフは、吸い込まれるかのように俺の急所へと的確に当たり、そして俺の肌に弾かれ乾いた音をたてて地面に落ちた。

 その様子を彼女は呆然と眺めていた。
 

「なんで避けないのよ。刺さったら怪我するじゃない!」


 自分からナイフを放っておいて何て言い草だ。だが、彼女の目には輝くものが見て取れる。どうやら、心の底から俺のことを心配しているらしい。一体、今の彼女はどういう心境なのだろうか。見当もつかない。


「俺に、普通の刃物は通らない。だからもうやめてくれ」


 俺の言葉を無視し、彼女は地面に向けて手を振るう。何処に隠していたのか、何本ものナイフが地面に突き刺さった。
 そして、振るった右手をそのまま前へと伸ばす。すると、地面に映る彼女の影から漆黒の柄が浮かび上がってきた。彼女が、それを握ると柄はグネグネとうねり、見る見るうちにその形を大鎌へと変えていった。

 どうやら、彼女は俺の言葉の前半分だけ聞いていたようだ。
 

「ねえ、これが何でできているかわかる?」


 彼女が見せびらかすかのように、大鎌をクルクルと振るって見せる。月明かりの下でも、輪郭がはっきりとしないそれは、まるで影がそのまま実体化したかのように見えた。


「実は私も知らないの……だからお願い。これは受け止めようなんて思わないで」


 やはり妙だ。彼女の言動は、ちぐはぐ以外の何物でもない。
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/05/29(水) 22:21:00.91 ID:lAkGJSRQo
すごく好きだ!
おつおつ
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/30(木) 23:56:26.37 ID:d2vjm0iDO

wktkが止まらない
255 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/02(日) 16:17:03.50 ID:NZ43uSLl0
 だが、今考えるべきは彼女の心境よりも目の前の大鎌だ。さすがに、何でできているかもわからない刃物に俺が今持ちうる耐性で対抗できるとは思えない。

 かといって、手段がないわけでは無い。こちとら、この体で長年戦ってきているのだ。耐性のない物との戦い方は心得ている。すなわち、耐性がつくまで可能な限り攻撃を受け続ける。炎魔将軍との戦いの中で、燃える刃耐性を身に着けた手法だ。多少のダメージをもらう覚悟さえもって臨めば、100%これで勝てる。


 俺の覚悟を知ってか知らずか、遊び人は大鎌をゆっくりと構えた。左足を後ろへとひき、腰と腕を目いっぱい使って上半身を限界まで引き絞っている。その必殺の構えに、思わず冷や汗が頬をつたる。

 全身を使って引き絞ったその上体が、放たれたとき、振るわれる大鎌は間違いなく俺の体を両断することだろう。多少のダメージでは到底済まない。もらえば、一撃で絶命すること間違いなしだ。


「初めて会ったとき、俺に元騎士だって言ったよな。あれは嘘だったのか?」


 俺は、時間が欲しかった。少しでも時間を稼ぎ、次の手を考えなければならなかった。
 場繋ぎ的な質問を飛ばしたのは、そうした狙いがあってのものだった。


「魔王に仕える騎士だったのよ。嘘はついてない」


「暗黒騎士だったのかよ。魔族だってのも聞いてなかったぞ」


「……言うタイミングを逃しちゃったのよ」


 ダメだ。まったく、対策が思いつかない。
 これは、覚悟を決めるべき時なのかもしれない。ダメージをもらう覚悟ではなく、死ぬ覚悟を。


 じんわりと額に滲んだ汗を、腕で拭う。
 大きく息を吐きだし、目の前の可憐な少女をにらみつける。


「お願いだから……絶対に避けて」
256 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/02(日) 16:17:29.97 ID:NZ43uSLl0
 片膝をつき、前傾姿勢をとる。膝とつま先に、全神経を集中し力を籠める。あとは、死ぬ覚悟だけだ。
 覚悟を決めるまで、そう時間はかからなかった。

 籠められた力を、まるで爆発させるかのように一気に解き放つ。雑念を全て取り払い、ただ前に進むことだけを考え地面を蹴る。彼女にたどり着くまで、ただの一歩も無駄にできない。全ての歩みに、ありったけの力を籠め、俺は加速していく。

 遊び人が、俺との間合いを図り大鎌を振るう。遠心力によって浮き上がった刃が、月明かりに晒される。

 
 脇腹に重い衝撃が走った。肋骨のいくつかが砕かれ、メキメキと不快な音を鳴らす。肉が弾け、痛みに顔が歪む。


 俺の勝ちだ。

 
 俺は既に、遊び人の間合いの内側へと入り込んでいた。脇腹にめり込んでいるのは、大鎌の柄。たとえ圧倒的な力で振るわれようと、柄では俺を両断できまい。だが、大鎌はその速度を緩めることなく俺の体ごと振りぬいてくる。

 せっかく間合いに入ったのだ、吹き飛ばされてはたまらないと俺は彼女の肩をつかむ。俺の体は、つかんだ彼女の肩腕を軸に時計回りに回転した。彼女の背後に到達した俺は、その腕を彼女の首に巻き付けた。

 結局のところ、彼女を傷つけずに倒すにはこれしか方法はないのだ。俺は、彼女の首に回した腕にグッと力をいれた。


「やめて! 勇者!」


 彼女は大鎌を手放し、全力で俺の腕をほどきにかかってきた。その細い腕に見合わない強大な力が、彼女が間違いなく魔族であることを如実に語っている。だが、こちらも負けじと渾身の力で首を絞める。



「キミを傷つけたくないんだ。しばらく眠ってくれ!」


「いや! いや! いやああああああああああ!」


 ぶちっ。何処からともなく、糸が引きちぎれるような音が届く。以前、自分で繕ったズボンの穴だろうか。だが、この状況下でそんなこと気にしていられない。


 ぶちっぶちぶちっ。


「きゃああああああ……あっ……」


 唐突に、彼女の悲鳴がとまった。
 彼女の体が、前のめりに倒れる。俺は、その姿を呆然と眺めていた。


 思わず、俺は彼女の頭をギュッと抱きしめる。そう。倒れた体をよそに、彼女の頭は俺の腕に抱かれたままだった。
 あの、ぶちぶちという気味の悪い音は。糸や布ではなく、肉が、……皮が引きちぎれる音だったのだ。


 俺は、彼女の頭を、その体から、ちぎり取ってしまっていた。
257 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/02(日) 20:04:27.82 ID:NZ43uSLl0
 状況を理解するまで、少しばかり時間がかかった。俺は、自分自身の力を見誤っていたのだ。その膂力は、とうに人の域を超えていた。まさか、身体から頭をちぎり取るほどに増していただなんて思いもよらなかった。なにが「魔族は危険だ」だ。本当に危険なのは俺自身ではないか。

 驚きと、悔しさ、悲しさ、言葉に言い尽くせない様々な感情が俺の中でせめぎ合っている。俺は、どうすればいいのだ。俺、はどうするべきなのだ。この気持ちをどう表せばいいのか、俺にはわからなかった。そんなとき、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてきた。

 ああ、そうだ。こんな時は、泣くしかないじゃないか。愛する人を、この手で殺してしまったのに涙の一つも流さないなんて、それこそ人ではない。……ん? ところで、泣いているのは誰だ?


「うぅ……」


 俺の腕に抱かれた、遊び人の頭が泣いていた。


「生きているのか……?」


「いやだよね、こんな女……身体から切り離れても喋る頭なんて……」


「キミは、デュラハンだったのか」


 デュラハン。首なし騎士。人の死を予言すると言われる妖精だ。


「……いやなことあるか、こっちはキミの正体がスライムやオークの可能性だって考えていたんだ。そのうえで、それでもキミを愛すと覚悟を決めていた。首がないぐらいなんてことない」
 

「じゃあ」


「だから、首がないぐらいで泣くな」
258 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/02(日) 20:04:54.85 ID:NZ43uSLl0
 俺は、彼女にまかれたマフラーで彼女の目じりを拭いてやった。ズビズビ言っていたのだ、ついでに鼻もかんでやる。まるで子供をあやしているような、自身の様にふと笑みが零れ落ちた。そんな俺を見て、彼女もまた笑顔を見せる。


「勇者! うしろ!」


 遊び人の声に、反射的に身体が反応した。彼女の頭を、懐深くに抱き、前方へと一回転する。片膝をつき、後方を振り返ると先ほどまで俺がいたところに大鎌の刃が突き刺さっていた。

 大鎌を振るったのは、頭を失った彼女の体であった。ああ、そういうことかと俺は一人納得する。俺を心配する素振りを見せる一方で、殺しにかかってくるという妙に言動が不一致であったのは。頭と身体で、考えが一致していないからだったのだ。


「とりあえず、身体を止めるにはどうすればいい?」

 
 地面に突き刺さった大鎌を抜くのにてこずっている身体をよそ目に、俺は遊び人の頭に問いかける。


「頭が気を失うなりすれば、体も止まるはずだけど……」


「締め落とそうにも首が無いんだぞ……どうすれば」


「そうだ! 勇者、壁まではしって!」


「壁? どっちの?」


「3時の方向! 早く!」


 遊び人に促され、俺は身をひるがえし駆け出す。
 ヒュンヒュンヒュンと風を切る音に、思わず身を伏せると頭上スレスレを大鎌が通り過ぎて行った。


「ひぃ!」


 思わず、叫び声が出る。早くどうにかしないと、今度は俺が首なしになってしまう。
259 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/02(日) 20:05:31.52 ID:NZ43uSLl0
 息を切らして全力で駆けていると、部屋の一角に薄暗くもランプの灯に照らされたカウンターが見えてくる。カウンターには椅子が並べられ、奥の棚には酒瓶が並べられていた。大部屋の中に突然現れたその区画は、まるであの店。カクテルバー《ゾクジン》にそっくりだ。


「あそこにある酒で、私を酔い潰して! それで体は止まるはず!」


「足りるのか!?」


 俺の財産のほとんどをワインと化し、その全てを胃袋に収めた彼女の姿が脳裏に蘇る。


「わからないけど、他に手はない!」


 背後からの気配に振り向くと、彼女の体は既にその大鎌を振りかぶっていた。だが、振るわれた鎌には、大雑把でキレもなかった。どうやら、頭を失ったせいで、間合いを見誤っているらしい。幾分か躱すのは楽であるものの、一撃で俺を殺しうる破壊力をもっていることには変わりない。

 俺は、カウンターを乗り越え無造作に酒瓶を手に取る。だが、右腕で彼女の頭を抱いている状態ではとても栓を開けられそうになかった。かといって、頭をカウンターに置きでもして彼女の体に取り返されることを考えると手放すわけにもいかない。

 カウンター越しに再び大鎌が振るわれる。上体をそらし大鎌を躱す。大鎌の軌道を見ていると、ふとアイディアが思い浮かんだ。俺は試しに、俺の首があった位置へと酒瓶を持ち上げてみる。案の定、奴が狙っているのは俺の首だったらしい、大鎌は俺の首の代わりに酒瓶の首を斬りおとして見せた。


「ほらよ。まず一本目だ!」


 彼女の小さい口に、無理やり酒瓶を押し込む。なんだか、あらゆる方面から怒られそうな扱いであるが緊急事態だ今は目をつむってくれ。彼女はもがもがと言いながら、のどを鳴らしている。
260 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/02(日) 20:05:58.31 ID:NZ43uSLl0


「おいおいおい。お前の大鎌は酒瓶の首を落とすのにちょうどいいじゃないか」


 彼女の体に向かって、あらんかぎりの嘲りを送る。


「それともただ見えていないだけか? 俺の首は、ここだぞ」


 空いた左手で手刀を作り、自分の首をチョンチョンと小突いて見せる。語る口を持たない身体であるが、立ち上るオーラで怒り狂っているのは見て取れた。

 体は、息つく暇もなく大鎌を振るってきた。俺は、それを片っ端から躱しながら棚に並ぶ酒瓶の首を落とさせていくと同時に遊び人の口に代わる代わる酒瓶を差し込んでいく。


「えっぐ……えっぐ……」


 彼女の頭が、涙を流していた。
 いや、これはさすがに俺が悪い。いくら、彼女を酔わさなくてはならないからといって無理やり口に酒瓶を押し込むのはやりすぎだ。俺は、慌てて彼女の口から酒瓶を取り上げ、体に向かって投げつけた。


「す、すまん遊び人。大丈夫か?」


「私の秘蔵の酒がぁ……せっかく溜め込んだ酒たちが……!」


 どうやら、俺の心配は杞憂であったらしい。


「言ってる場合か! さっさと酔いつぶれてしまえ!」


「大事に飲もうって思ってたのにぃ!!!」


 完全に油断しているところに、再び大鎌が襲ってきた。気を逸らしてしまっていたこともあり、俺はその一撃を躱すのに大きく飛び退るしかなかった。カウンターから飛び出た俺の前には、もう酒には近づけないぞと彼女の体が立ちふさがっていた。
261 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/02(日) 20:06:24.94 ID:NZ43uSLl0


 もう、彼女に酒を無理やり飲ますことはできそうにない。だが、俺にはまだ秘策があった。


「すまん、遊び人!」


「ふぇ?」


 彼女の赤いマフラーで、彼女の頭を包み込む。マフラーから彼女の頭が零れ落ちないように、念入りに固くしばりつける。


「どおりゃあああ!」

 
 マフラーの先を握り、彼女の頭を重しに腕をグルングルンと振り回す。


「ちょ! ちょっちょっちょとおおおおおおおおおおおお!!」


 彼女の悲鳴があがるが、お構いなしだ。俺は、その速度をどんどんと上げていく。ぐるんぐるんぐるんぐるん。
 彼女の身体の足元がふらつき始める。そりゃあそうだろう。たとえどんなに酒に強かろうが、酒が入った状態でこれだけ振り回されれば、彼女と言えどたまるまい。彼女の体は、諦めまいと一歩踏み出す。だが、右足と左足が交差してしまい転んでしまった。うむ、見事な千鳥足だ。



「あ、もう無理」


 腕の先から、何もかもを諦めてしまい生気の抜けきった彼女の声が俺の耳へと届いた。その声と同時に、何とか立ち上がろうと四つん這いで踏みとどまっていた身体が地に伏せる。そうして、体は微動だにしなくなった。


 俺は、歓喜の声をあげ腕を振るった。俺たちの勝利だ!


 空からは、喉を鳴らす彼女の声と共に虹色の雨が降り始めていた。
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/03(月) 01:09:00.28 ID:Lt3ypCHEo
そりゃそうなるよね
綺麗な雨なんだろうな…
おつおつ
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/03(月) 23:49:08.89 ID:6O8gSbKDO

明日のジョーばりのゲ〇か…
264 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/05(水) 22:39:02.75 ID:1oYqpqim0
 目を回している彼女の頭を、優しく俺の太ももの上にのせる。長年、如何なる目的も果たせなかった俺ではあるが、ようやく一つ成しえることができた気がする。

 久方ぶりに彼女の顔を拝むが、やはりとんでもない美少女だ。こんなに、幼く可愛らしい顔つきをした美少女の頭をふとももに載せるなんて、なんと扇情的で犯罪的なんだろうか。だが彼女は、立派な大人。そこに違法性は一切ない。というか、彼女の生い立ちを鑑みるに、とんでもない年上の可能性だってあり得る。

 彼女の頭の重みが、俺に歓喜の震えを与える。俺の鋼の精神は、恐慌状態へと陥り、あまりの喜びに泣き叫びたいほどだ。

 俺は、衝動に駆られ彼女の頭を撫でることにした。綺麗な髪が、絡まることなく指の間をスルリと落ちる。


「可愛いなぁ……」


 俺の口から、思わず心中がだだ洩れた。
 すると、まるでタイミングを図ったかのように、彼女の口からもぬるく、粘った液体が滴り落ちた。


「うわ、ばっちいな」


 彼女のよだれが、膝にかかってしまった。いくら愛おしい彼女の唾液だからと言って、それまで愛でるほど俺は変態ではない。俺は、彼女のマフラーで自身の膝を拭う。


「とんでもないやつだ」


 お返しとばかりに、彼女の頬をつねる。プニプニしている。まるでスライムみたいな柔らかさだ。


「……おい勇者どこ触ってんだ」


 目を覚ました遊び人が不満げな声をあげた。俺は、それを無視して頬をいじくる。これは、俺の膝に涎を落とした罰だから俺に何ら後ろめたいことはない。
265 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/05(水) 22:39:41.28 ID:1oYqpqim0


「おい、やめおー」


「ははっ、変なしゃべり方」


 彼女の眉が少しだけ吊り上がる。まずい、やりすぎたか。俺は、慌てて頬をいじくるのをやめた。


「私の体は?」


 彼女の問いかけに、俺は答える代わりに彼女の頭を持ち上げ、部屋の片隅で倒れている彼女の体を見せてやる。


「ばか! 私の頭で、遊んでる場合じゃないぞ! 早く、体が起きる前に縛り上げて!」


 どうやら、頭が目覚めると体も動き出すらしい。俺は、部屋の隅にあったロープを持ち出し彼女の体を縛りにかかる。


「ほら、そっちのわっかに紐をを通して。そうそう、そのまま裏面に回して」


 やたらと、彼女が縛り方に口出ししてくるが、まあ別に逆らう必要もない。俺は、彼女の言うがままに従った。

 俺は、そのあまりの尊さに感動していた。彼女の指示通りに縛り上げられた彼女の体は、後ろ手に縛ることで身体の動きを制限すると同時に、胸をあえて強調するように縄が張り巡らされている。これは、実用性と芸術性(ある意味で実用性)を兼ねそろえた一個の芸術作品と呼ぶに値するものであった。


「こ、これは……」


 赤面する俺に、彼女はしてやったりの表情をみせている。


「どうだ! 恥ずかしいか勇者! 人の頬を好き勝手いじくったお返しだ!」


「いや……これ、縛られてるのキミの体だからね?」


 遊び人は、その事実に今更気づいたようで。見る見るうちに下から上へと真っ赤に茹で上がっていった。……どうやら、久々の再開で精神が恐慌状態へと陥っているのは彼女も同じらしい。
266 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/05(水) 22:40:08.07 ID:1oYqpqim0

 俺たちは、目が覚めてジタバタもがいている身体をよそにバーカウンターに並べられた椅子に腰かけた。バーカウンターの上に据えられた彼女の指示で、俺はグラスに琥珀色の酒を注ぐ。独特な芳ばしい香りが鼻を衝く。


「水で割るか?」


「いや、ウイスキーはストレートが好きなんだ」


 グラスを傾け、彼女に一口だけ飲ませてやる。そうしてから、ようやく自分のグラスに口をつける。強いアルコールが喉を焼く。だが、耐性のおかげでちっとも酔えそうにない。


「なあ、今更だけどさ。教えてくれよ君のこと」

 
 こうやって、酒を酌み交わしつつ彼女と会話するのはカクテルバー《ゾクジン》以来のことだった。あの日、俺たちは語り合うべき話を語り合わずに終わった。俺には、それが彼女がいなくなった遠因に思えてならなかった。俺が、もう少しでも彼女のことを知っていれば、こんなに苦しい思いをしなくてもすんだはずだ。

 俺の強い意志が伝わったのか、彼女はぽつりぽつりと話し出した。


「私は、暗黒騎士でデュラハン。魔王軍の中でもそこそこの力を持つ魔族なの。魔王軍が壊滅した……キミに魔王を倒された時、私は単独で任務に就いていたんだ。そのせいで、姿を隠した魔王軍の残党たちと合流することができなくなってしまった」


「じゃあ、キミは魔王軍に合流しようとしていたのか?」


「いや違うの……まあ、最後まで聞いてよ。どんなに探しても魔王は見つからなかったの。その頃はまだ、千鳥足テレポートも知らなかったし私に魔王を探し出す手段はなかった。それで、私は諦めてしまった。そして私は、自分の頭と身体を糸で縫い付け、人に紛れ静かに暮らすことにした」

「そうして何年か経った頃、違法酒場で飲んでるときに魔王軍がラムランナーを始めたって噂を聞いたの。私は、再び魔王を探すことに決めたわ。でもそれは、元魔王軍の暗黒騎士として魔王軍に合流するためではなく、いち酔っ払いとして、ラムランナーなんてしている暇があったら酒造業界を取りまとめて天下の悪法『禁酒法』と戦えって物申してやりたかったからなの。それを決めたときは、変な気持ちだったわ。かつての私なら、魔王のやることに異を唱えるなんてありえなかったんだから」
267 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/05(水) 22:40:34.52 ID:1oYqpqim0


 炎魔将軍の言葉を思い出す。「人に化けると、思考や性質が人間に寄ってしまう」。おそらく、彼女にもそれが起こったのだろう。魔王軍という群れを一人離れ、人間として日常をおくる中で魔王への忠誠心が薄らぎ、強い自我に目覚めたのだ。


「私は、まずマスターを頼った。先代魔王なら、何か知ってるかもって思ったの。だけど、マスターは何も知らなかった。でも、かわりに千鳥足テレポートを私に教えてくれた。千鳥足テレポートの恐ろしさはキミも知っている通り、私はかつての仲間たちとアッサリと再会を果たしたわ。でも、長らく魔王軍への合流を果たせなかったうえに人間として暮らしていた私は彼らに信用されなかった。誰も、魔王の居場所を教えてくれなかった。……悲しかったわ、本当は魔族だという負い目からか人間たちとは深く付き合えなかったし、そのうえ仲間だと思っていた魔族たちからも信用されなかったんだから。私に居場所なんてないって。その悲しさを紛らわすために、毎日お酒を飲んでたわ。そんなときよ、キミに出会ったのは」


「飲むか?」と、俺は彼女に酒をすすめる。彼女は何も答えなかったが、俺はグラスを口元まで運んでやる。動かない頭ではあるが、俺には彼女がコクんと頷いたように見えたからだ。彼女は、「ありがとう」と言ってウイスキーを喉に通した。

 
「相変わらずの人に化ける生活で、更には勇者に味方したことで余計に魔族たちにも信用されなかったけど、隣に同じ目的を持った人がいるってだけで私はすごくうれしかったの」


 俺は、彼女の頭を持ち上げ自分の前へと運ぶ。そして、そっと机の上に置いて彼女の目を正面から見つめた。


「じゃあ、なんで俺の前から消えた?」


 その質問は、俺が消えた彼女を追い続けた理由であった。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/06(木) 01:37:04.35 ID:E4xWz+6DO

269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/06(木) 01:45:30.92 ID:nmPClHWKo
おつおつ
やっと最初のところにきたな
さびしい
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/06(木) 02:10:10.08 ID:mCNBcR59o
そういやそんな始まりだったなと思って読み直してきたら遊び人の涎がすごいシリアスに書かれてて笑っちゃった
自然にミスリードを誘うこの描写力見事よなぁ
271 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/06(木) 20:32:06.57 ID:xe7KZDDc0

「半分はキミのせいでもあるんだよ」


「俺のせい?」


「こんな伝承を知っているかい? デュラハンは、死が近い者の前に現れタライ一杯の血を浴びせるんだ。私が死を予言すると言われる所以だね」


「それが、どうして俺のせいって話になるんだ」


「私が、《ゾクジン》から帰ることができなくなってキミが迎えに来てくれた日のことを覚えている?」


 忘れるものか、俺たちはあの日仲直りをして二人で宿屋へと帰った。そして、翌日の朝にはキミは姿を消していた。俺がこんなところまでキミを追ってこれたのは、あの日の二人の関係があったからこそだ。一人で国中をさまよっている間、それだけが俺の心の拠り所だった。


「宿屋に帰って……そのあと、私たちは酒を飲みなおすことにした。……キミは、私の為に酒をもらってくると言って部屋を出て行った。足元がふらついていて危なっかしかったけど、まあ勇者なんだし大丈夫だろうと見送ったの。ほどなくして戻ってきたキミは、その手に水差しを抱えてた。そしてその水差しは、私のグラスにその中身を注ぐ前に宙を舞った」


「宙を?」


「床に散らかっていたクロークに足を取られたキミは、水差しを宙に投げ出しすっころんだの。私はそれを見てケラケラ笑っていた。でも、それも長くは続かなかった。……キミは、水差しの中に入っていたを頭から被ってしまっていた。よりにもよって、水差しの中身は赤ワインだった。まるで血を浴びたかのようなキミの姿に、私は血をたぎらせてしまった。デュラハンとしての、魔族としての血を」


「でも、伝承じゃ浴びせるのは血なんだろ? なぜ、たかが赤ワインなんかで」


「たかがじゃないわ。教会だって、血の代わりにワインを儀式に使うじゃないの。ワインってのは、血の代替品でもあるのよ」


 血の代替品という言葉に、自身の血管を流れる赤ワインを想像する。
272 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/06(木) 20:32:32.97 ID:xe7KZDDc0


「魔族の血は、私に魔王に従順たることを求めた。失ったはずの忠誠心が、私の体から自由を奪った。……このままだと、魔王の天敵であるキミの寝首を掻きかねない、そう思った私はキミの前から姿を消した」


「体が俺を殺そうとするのはそういうわけだったのか……だが、キミはどうやって魔王軍に合流したんだ」


「キミの下を去ったあと、千鳥足テレポートを使ったらあっさりと魔王の下へとたどり着いたわ。多分、強い忠誠心が千鳥足テレポートに干渉したんだと思う」


 千鳥足テレポートは、行使者の思いを読み取る魔法だ。強い願いは、そのランダム性の振れ幅を抑えるのかもしれない。だが、俺とて本気で魔王を追い、そして遊び人の後を追っていた。それでもなお、たどり着けなかった。決して、自身の思いが弱かったのだとは思えない。だとすれば、魔族の魔王への忠誠心とは我々人類が計り知れないほどのものなのかもしれない。 


「じゃあ、キミは魔王に物申すという目的は果たしたのか。それで、魔王は説得できたのか?」


「説得は続けてるわよ、相変わらず魔王のやり方は気にくわないからね……でもね、頭はそうでも体は魔王の言葉に逆らえないの」


 俺を心配する素振りを見せながら、本気で殺しにかかってくるわけだ。俺はその様子を、頭と身体がチグハグだと感じたが、実際のところ、彼女にとって頭と身体は別個のものなのだ。


「君の体は、解き放てば、また俺を殺しに来るかな?」


「……たぶん」


「手段はないのか?」
273 :今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/06(木) 20:32:59.15 ID:xe7KZDDc0


 遊び人は、目をつぶってうーんと唸る。


「体は、魔王の言うことを絶対に聞くから、勇者を殺さないよう魔王に命じてもらうか。もしくは……」


「もしくは?」


「魔王をぶっ倒して、私が次の魔王になるってのはどう? そうすれば、自分の体を律することもできるかも」


 その時、俺の体に震えが走った。いや、震えているのは俺だけではない、俺の正面に据わっている彼女の頭も、グラスに注がれたウイスキーも、カウンターの向こう側に並んでいる酒瓶たちも。今この場にある、全ての物が突然震えだしたのだ。


「なんだ!?」


「まずいわ! アイツが来る!」


 アイツ? いや、そんなことは聞くまででもない。この徐々に大きくなる揺れに伴い、部屋を満たしていく禍々しいオーラ。俺は、こいつを経験したことがある。

 地面から立ち上るオーラは、ゆらゆらと地面を走り円陣やルーン文字を形どっていく。術式は、テレポート魔法。アイツがこの部屋にやってくるための通り道だ。完成した魔法陣は、ひときわ光を増し俺と遊び人の視界を一瞬だけ奪った。俺は、光を遮る自身の手の指の隙間からアイツが魔法陣から出てくるのを見た。光が収まっていくと同時に、その男の輪郭が明らかになっていく。

 全身から溢れる、禍々しいオーラ。クロークの上からでもわかる、その逞しい肉体。頭に生えた二本の角が彼が人間でないことを物語っている。そのシルエットは、彼を取り逃がしたあの日から全く変わっていないように思えた。

 だが全て同じかと言えばそうではない。長い年月は、アイツにも変化を与えていた。クロークの隙間から垣間見える金属特有の光沢をもった右手。より一層、凶悪となった表情がそれだ。俺が斬りおとした右腕は、どうやら機械仕掛けの義手へとすげ変わったらしい。だがあの表情はなんだ。目からは生気が失われ、顔全体に暗い影が落ちている。逞しい肉体とは裏腹に、その表情は痩せ衰えているように見える。

 
「魔王。いったい、お前に何があったというんだ……」


 そのあまりの変貌ぶりに、俺の口から思わず魔王を慮る言葉が漏れ落ちた。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/06(木) 20:55:36.03 ID:nmPClHWKo
体は嫌がっていても口はってやつか
おつおつ
275 :今日で最後の更新です ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:26:39.01 ID:ABaWR+nR0


「久しぶりだな勇者、いやいまは《ビール》と名乗っているらしいな」


 俺のことを《ビール》と呼ぶということは、ビール工場での一軒は既に魔王の耳へと届いているのだろう。ならば、俺が既に魔王と争うつもりがないということは炎魔将軍から伝わっているはずだ。


「ビール?」


「……後で説明する。一体何の用だ魔王」


 問いかけてきた遊び人を手で制し、俺は魔王へと向き直る。もう奴と戦うこと必要はないということはわかっているが、いざ魔王を前にすると肌を刺すような緊張感が全身を駆け巡る。


「なに、娘が惚れた男と話をしたくてな」


「娘!?」


 遊び人と魔王の顔を、何度も見比べる。……確かに面影は似ている、真っ赤な目の色も同じだ。俺が、遊び人の瞳をじっと見つめていると、彼女は気まずそうに斜め上へと視線をずらした。それでごまかしたつもりか。

 ……ということは、マスターは遊び人の祖父というわけか。どおりで、遊び人のことをやたらと気にかけていたわけだ。


 魔王が、ゆったりと歩をすすめこちらに近づいてくる。魔法陣の光は既におさまり、部屋は月明かりとカウンターの周りに置かれたランプだけがだよりだ。ランプに照らされた魔王の表情は、やはりどこかやつれていて酷く疲れているように見えた。


「酷い顔をしているぞ」


 そのあまりの変貌ぶりに、思わずかつての宿敵を案じてしまう。

 魔王は、まるで浮いた皺やクマを確かめるように自身の顔を撫でた。
276 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:27:06.19 ID:ABaWR+nR0


「そうか……いやそうだな。我は疲れてしまったのかもしれん」


「……なにがあった」


「長年離れて暮らしていた娘が帰ってきて、喜んでいたのも束の間。我が娘は、魔王軍の一員として命令をしっかり聞くのは身体だけで、頭の方は、常に我へと罵詈雑言を投げつけてくる……。今は、娘がいなかった時より辛い……」


 遊び人を見ると、口笛を吹く素振りをしている。その様相に、魔王の言葉が真実であることを俺は確信する。なにが説得を続けていただ、実の父親に罵詈雑言を浴びせることはもはや説得とはいえないぞ。


「勇者、魔王を倒して! そうしたら、次の魔王には私がなる! そうなれば体の制御もきくようになるし魔王軍もよりよくなる!」


 魔王が深いため息をついた。


「娘の言うことは聞かないでくれ。我としても、もう人間たちと争うつもりはない。それに、娘がそう願うのであれば娘の体のほうも我が何とかして……」


 言葉に詰まる。


「我が娘よ……体はどうした?」


 あ……。


 魔王の問いかけに応じるかのように、部屋の隅でガタガタと物音が鳴った。まずいまずいまずいまずいまずい! いま、彼女の体を見られると非常にまずい! 勇者の直感が、全力で危険を知らせてくる。だが俺には、魔王の視線が物音の方へと向くのを止めることはできなかった。
277 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:27:32.11 ID:ABaWR+nR0


「……」


 当然、そこには遊び人の体が捨て置かれていた。その芸術的かつ扇情的に縛り上げられたからだが、魔王へと助けを求めるように体を揺り動かしている。



「……えっと魔王、それは、その」


 俺は、助けを求めるように遊び人を振り向く。すると遊び人は、まるで悪戯が見つかった幼子のように舌をぺろりと出した。


「勇者がやりました……」


「ばっ!いや、ちが……」


「ゆうしゃああああああああああああああああああああ!!!」



 魔王の叫びに部屋が震える。魔王は、なりふり構わず俺へと身体をぶつけてきた。そのあまりの威力に、俺は部屋の壁に打ち付けられた。肺の中の空気が、衝撃で全て体の外へと吐き出される。俺は、片膝をつき何とか呼吸を整え、恐ろしいまでの黒いオーラを立ち上らせゆっくりと近づいてくる魔王へと呼びかけた。


「お、お義父さん! 誤解なんです!」


「お義父さんなどと呼ぶなあああああああああああああああ!」


 魔王のパンチを、とっさによける。その拳は、さも当然かのように壁にめりこむ。
 
 俺に、反撃に出るつもりは毛頭なかった。炎魔将軍との約束もあるが、なにより俺はもう魔王と争う理由がないのだ。だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に魔王は遠慮なく俺の命を仕留めに来ている。

 魔王の研ぎ澄まされたフックが、ボディへと突き刺さった。骨がきしむ音が、脳天まで届いてくる。その破壊力は、女神から授かった耐性の力を以てしても凄まじいダメージを俺へと与えた。
 

「娘を! 亀甲縛りなんぞにして! いったい何をするつもりだったんだ! この変態め!」


 続けざまに、打ち放たれたパンチはその一つ一つが必殺の威力を有していた。俺は、それを辛うじて受け流す。もう一発でもダメージを受ければ、死に至らしめられる確信が俺にはあった。これまでの俺は、傷を受け、痛みに耐え、何度でも立ち上がり魔物たちとの戦いに勝利してきた。だが、魔王との戦いは別だ。傷を受ければ、痛みに耐えられるはずもなく、一度でも倒れればもう二度と起き上がれない。


 これまで、感じることのなかった死の恐怖で、思わず歯が鳴った。
278 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:28:18.61 ID:ABaWR+nR0

 それは、一か八かの賭けであった。俺は、魔王から繰り出される鉄の拳を目で追う。これを捕らえられなければ、体勢を崩した俺は次撃で死ぬことだろう。そのあまりの緊張感からか、時間がやけに遅く感じられる。俺は、スローモーションの世界の中で魔王の機械の腕を半身で受け流し、そのまま伸び切った腕を脇で固めた。


「うおおおおおおお」


 片腕を、俺に抑えられた魔王が顔面にパンチを入れてくる。だが、腰の入らないパンチに、先ほどまでの威力はない。



「せりゃああああああ!!!」


 俺は、気合をいれ機械の腕をへし折った。鉄の部品が、ガチャンガチャンと音を鳴らしながら崩れ落ちていく。腕は、かろうじて魔王の体に繋がっているものの力が入らないのか振り子のように揺れていた。


「くっ……腐っても勇者ということか」


「もうやめよう魔王。俺に争う気はないんだ」


 俺は、害意がないことを示すために両手をあげて魔王に歩み寄る。


「寄るな変態! 今度は、我を変態的な技法で縛り上げるつもりだろう! そうはさせるか!」


 魔王は、そういうと床に転がっていあ遊び人の体に駆け寄った。


「せめて、我が娘の体だけは守って見せる」


「あ、頭はどうなってもいいのか?」


「……こ、この変態め! 娘の頭で何をする気だ!」


 思わず口にした疑問で、更なる誤解を魔王に与えてしまった。この場を納めるには、魔王の実の娘である彼女しかいない。俺は、僅かな希望を遊び人へと託すこととした。


「やれっ! 勇者! 殺さない程度にパパを痛めつけて! そしたら私が次の魔王だ!」


 もうだめだ……。


「我が娘よ、まだそんなことを!」


「うるさい! くそじじい! さっさと隠居して席をゆずれ! ばーかばーか!」


 魔王と目があう、その死んだ魚のような目に俺は何もかもを察した。ああ、ずっとこの調子で罵倒され続けていたのだな魔王よ……。

 魔王は、どこからともなくスキレットを取り出し口を付けた。その目はわずかに潤んでいるように見える。


「……っ。あ、頭は置いていく! だが、娘の貞操だけは我が守る!」


 魔王は、スキレットを懐にしまいこみ。遊び人の体を優しく抱え上げる。


「な、なにを……する気だ!?」


「貴様らの知る由も手段を用い、貴様らの知る由もないところへ逃げるまでよ!」


「勇者! 魔王を今すぐ捕まえて!」


「さらばだ勇者に我が娘よ! 千鳥足テレポート!」


 遊び人の言葉に、反射的に俺の体が動く。だが俺の腕は、空を切る。既に魔王の体は、光の粒子となって部屋の中から姿を消していた。よりにもよって、俺らが魔王を探すべく散々使ってきた千鳥足テレポートを使って、魔王は何処へと消えてしまったのだ。
279 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:28:45.89 ID:ABaWR+nR0
 魔王も、千鳥足テレポートが使えるのか。だが何故、普通のテレポートではなく千鳥足テレポートを使ったのだろうか。そんな俺の疑問を察して、遊び人が間髪入れずに声をかけてくる。


「普通のテレポートじゃ、私に逃げ先を悟られると思ったんでしょ! 勇者! 私たちも千鳥足テレポートで追うよ!」


「だめだ……俺は、もう千鳥足テレポートはつかえないんだ」


「はい?」


「なあ、俺の顔を見てくれ。ウイスキーを飲んでも、ちっとも赤くなってないだろう?俺の中の女神の力が、俺を酒に酔えない身体にしてしまったんだ。魔王を倒さない限り、俺の体はこれからもずっと酒に酔うことはないんだ」


 遊び人は、驚きの表情を浮かべ固まってしまった。何かを必死に考えているのだろうか、時折「でも」とか「だって」と口に出しているがあとが続かない。


「酔えない俺に、千鳥足テレポートは使えない。つまり、もう魔王を追うことはできないんだ」


 俺は、再び言い聞かせるように遊び人に伝えた。


「だ、だったら、なおさら魔王を追わなくちゃ。キミはともかく私は酔っているんだから、二人でなら千鳥足テレポートはつかえるはずよ。それに魔王を倒せば、またお酒に酔えるようになるじゃない!」


 遊び人の提案は、確かに一考の余地のあるものだった。たしかに、二人でなら千鳥足テレポートが発動するかもしれない。だが、失敗したらどうなる。以前、遊び人が一度目の失踪を果たしたとき俺は幾度も千鳥足テレポートを試み、失敗した。あの時の、鼻をつんざく海水の痛みが思い起こされる。もし海にでも、川にでも落ちたりしたら頭だけの彼女はどうなる。自ら浮き上がる術も持たずに、暗い水の底へと沈んで行ってしまうのではないだろうか。


「無理だよ遊び人。……それに俺はもう勇者じゃない、俺は《ビール》なんだ。もう俺に魔王を倒す理由はない」


 俺は、彼女に千鳥足テレポートを使わせぬべく適当にそれらしい理由を並べ立てる。


「じゃあ、私の為に追ってよ。勇者に理由がなくても私にはあるの! 世界中の皆が普通に酒が飲める世界を作るのを手伝ってよ!」


 遊び人の声は、震えている。だが、俺にはその理由がわからなかった。
280 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:29:12.98 ID:ABaWR+nR0


「手伝うさ。俺には教会にも頼れる伝手がある。なにも魔王軍を手中におさめる必要はない」


 そうだ、わざわざ自ら危険に飛び込む必要なんてない。もう、魔王のことなんて、俺のことを殺そうとする体のことなんて忘れて、二人でゆっくり暮らすのもいいじゃないか。


「そんな、つまんないこと言わないでよ!」


 遊び人は、その目に大粒の涙をためていた。
 何故だ。なぜキミはそこまで、魔王に執着しているんだ。


「頭だけの私には、どうにもならないの。お願いだから手伝ってよ勇者」


 今までみたこともない激昂ぶりに、俺はたじろぐ。以前の喧嘩でも、彼女はここまでの怒りは見せなかった。一体何が、彼女を突き動かしているというのだ。


「もう正直、私の目的なんてどうでもいい。……いや、どうでもよくはないけどどうでもいい!」


「お、落ち着けよ」


「落ち着いていられるわけないでしょ。なに!? 酒に酔えない身体になったってどういうこと!?」


「それは、女神からもらった耐性の力で……」


「もう、一緒にお酒をシコタマ飲んでも二人で酔って、笑って、馬鹿話に講じることもできないってこと!? そんなの私には耐えられない! 私は、酔っぱらって心中だだ洩れのそんな勇者が好きだったんだ!」


 そういうと、彼女は本格的に泣き出してしまった。うわああうわあああとまるで子供のように声をあげて泣いている。

 俺は、立ち上がり彼女の目をぬぐう。ああ、愛しい女を泣かしてしまうなんて俺は勇者として、いや男として失格だ。
 剣を腰に差し、クロークをまとう。彼女に一声かけ、彼女の頭をマフラーごと腰に結わえ付ける。


「勇者?」


 彼女は、心配そうに俺を見上げている。俺は、それに微笑み返しカウンターバーに並べられた酒瓶に向き合う。片っ端から手に取り、その琥珀色のアルコールを体に充填していく。空になったら、次を、それが空になったら更に次を。何杯も、何杯も、何杯も。

 だが、俺の体は一向に酔う素振りを見せない。悔しさに、視界がにじむ。だが、その手は緩めない。
 腰に結った頭が、声をあげる。「がんばれ」と。その声は、少しずつ大きくなっていく。遂には、部屋中に遊び人の声援が響き渡った。 


「がんばれ勇者! キミは、ビールなんかにとどまる男じゃない! そんなアルコール度数の、チェイサー程度の男じゃない! ぐつぐつぐつぐつと魂を燃やせ! 煮詰まった醸造酒は蒸留酒を生むんだ! そうだキミはビールなんかじゃない! その魂は、勇者という生きざまに染まったスピリッツだ!」


 酒瓶を握る手に力が入る。


 あまりに力を籠めすぎたせいか、思わず眩暈がする。足元がふらつき、全身の力が抜けていく。
 巡る思考はまわりすぎて、その複雑に絡み合ったシナプスをほどいていく。

 魔王を倒すのが勇者の役目。彼女の体に関する誤解。酒造業界で一丸となって禁酒法を無くしたいという遊び人の思惑。勇者の力を失い、再びアルコールに酔う身体を取り戻す。そのすべてが、今やどうでもよくなっていく。とりあえず、よくわからないが魔王を倒せばいいんだろう。酔っ払い特有の、短絡的結論にたどり着いたとき、俺は「飛べる」確信を得た。

 
「千鳥足!」


 遊び人の顔を伺う。彼女は動かない頭で、頷いて見せた。
 俺たちは、タイミングを合わせ二人同時に掛け声をあげる。



「てれぽおおおおおおおおおおおおおとおおおおおおおお!!!」
281 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:29:53.18 ID:ABaWR+nR0
 日の光が僅かにさしこむ倉庫。その、両脇には木箱が高く積み上げられ少ない日差しを更に遮っている。どこか懐かしい香りのする場所だ。


 千鳥足テレポートは大成功だった。そこには、扇情的に縛り上げられた彼女の体を片手でほどくこうと苦戦している魔王がいた。


「魔王みいいいいいいいつうううううううううけええええたあああああああああああああ」


 今度は、こちらの番だとばかりに魔王にタックルをかます。俺と魔王は、組み付いたまま積み上げられた木箱に突っ込んだ。魔王は驚きの表情ながらも、突然の来襲に的確に対応した。片腕の力で、組み付く俺と自身の体に無理やり隙間をこじあけ、そこに膝を見舞ってきた。


 魔王の膝蹴りは、見事に俺の腹へとつきささり思わず俺の口から胃液が飛び出す。更に、その凄まじい衝撃は俺の体を倉庫の天井付近まで浮かび上がらせた。


 俺は、ぐうと喉を鳴らし痛みに耐える。そして浮かび上がったまま、踏ん張りの聞かない体勢ではあるが上半身をあらんかぎりの力で引き絞る。体が上昇するスピードは徐々に和らぎ、そしてこんどは重力に惹かれ自由落下を開始する。俺は、身を任せ全体重に自由落下の速度を上乗せし、さらには引き絞った上半身を開放し、魔王の頭上から全力の拳をお見舞いする。


 残念なことに、俺の拳は魔王に届くことはなく、地面に大きなクレーターを形作るにとどまった。その光景に、無様に身を転がし拳を躱した魔王の目は大きく見開いている。やつも俺の拳を恐れている、その事実が俺を勇気づける。


 だが、俺が次の攻撃に移る前に魔王は動いた。地面に突き刺さった拳を抜こうとしている俺へと、魔王の蹴りが襲う。何とか、ガードをするが衝撃で俺は木箱の山まで再び吹き飛ばされ埋もれてしまう。木箱の中から、身を乗り出そうともがいていると魔王の魔法詠唱が聞こえてきた。


「千鳥足テレポート!」


 魔王は、再び千鳥足テレポートを使ったのだ。


「追うよ勇者!」


 腰の頭が、俺に声をかけてくる。


「応っ!」


 俺は、彼女へと返事をし俺に覆いかぶさっている木箱の一つに腕を差し込む。そして、藁の緩衝材で敷き詰められた箱の中から緑色をした瓶を取り出す。ビンには魔王軍の紋章が刻まれている。間違いない、あの工場で作られているビールだ。俺は、ビンの頭を木箱でたたき割り、中の液体を無造作に口へと流し込む。


「いくぞ遊び人! 千鳥足テレポート!」
282 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:30:21.84 ID:ABaWR+nR0

 魔王の驚いた表情を見るのは、今日だけで何度目であろうか。俺たちが、千鳥足テレポートを使えることを知らない魔王にとっては、俺たちがいかにして魔王を追ってこれるのか理解ができないのであろう。


 木箱の山のお次は、樽が大量に敷き詰められた石造りの部屋だった。部屋には冷たい空気が満ちていた。どうやら、何かの保管庫らしい。そこには、窓が一つもなく蝋燭の灯だけがゆらゆらと俺たちの姿を照らしている。

 
 魔王が、樽を抱え上げ俺へと投げつけてくる。樽の剛速球を、なんとか受け止め地面に置く。樽の中身が、ちゃぷんちゃぷんと液体特有の音をあげる。間髪おかずに、二個目三個目の樽が飛んでくるが、俺はそれを受け止めつつ魔王へと前進を続ける。


 足を止めない俺を見て魔王の表情に、恐怖が浮かぶ。


「こっちに来るなあああああああああ!」


 数えきれないほどの樽が、魔王によって放られた。俺は、その一つを受け止めきれずに顔にもらってしまう。だがチート耐性の頑丈な頭に、割れ砕けるのは樽の方だった。砕けた樽は、そのの中身を俺の全身へと浴びせた。頬を伝う液体をチロリと舐めると、それは質のいい赤ワインだった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 突然、何処に潜んでいたのか縄をほどかれた彼女の体が、頭がないはずなのに腹に響く重低音をまき散らしながら俺へと突進してきた。デュラハンの血が覚醒したのか、先ほど戦った時よりも幾分も力が増しているように感じられる。彼女の体は、俺の背後から組み付き俺の歩みをとめる。彼女の膂力に屈したわけでは無い、背中に当たっている何か柔らかいものが一瞬俺の思考を止めてしまったのだ。


「おい! 密着しすぎだ我が娘よ!」


 俺は、魔王の言葉に我を取り戻し、反動をつけ遊び人の体ごと前転をくりだす。俺の体を軸に、大きく円を描いた遊び人の体は地面にたたきつけられた。


「ぐえ」


 俺の腰のあたりから、カエルがつぶれたような声が届いた。む、彼女の頭が、その体とダメージを共有していることをすっかり忘れていた。だが今は、そんなことを気にしている余裕はない。俺は、倒れ伏せた遊び人の両足をつかみ思いっきりのフルスイングをかます。


「ぐえええええ」


 先ほどよりも、僅かだが確実に大きくなったうめき声が届いたところで俺は一気に手を離す。宙に舞った彼女の体は、魔王のほうへと飛んでいき、それを受け止めた魔王は勢いそのままに石の壁へと叩きつけられた。



「ち、千鳥足テレポート!」


 再び、テレポートで飛んだ魔王をしり目に俺はワイン樽に拳をたたきこむ。割れた樽から、流れ出るワインを手ですくって口へ運ぶ。


「おい! 私にも! 私にも!」


 腰で騒ぐ遊び人の口元にも、ワインを運んでやる。彼女は、俺の手ずからであることを気にする様子もなくワインを飲んで見せる。
 

「いくよ! 千鳥足テレポート!」


 そしてワイン蔵に元の静寂が訪れた。
283 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:30:48.64 ID:ABaWR+nR0


 どうしてこの魔法を使った後は、みんな驚いた表情で出迎えてくれるのだろうか。いや、突然何もないところから腰から頭を吊り下げた男が現れたらそうなるのも仕方ないか。というわけで、大柄で禿頭の男は俺たちを見て開いた口がふさがらない様子を見せつけてくれている。

 その手には、酒をグラス注ごうと傾けられたビンが握られており、驚きで固まった大男は既にグラスが酒で満ち溢れているのに構わず注ぐ手を休めようとしていない。……って、この大男、いつかの宿屋の主人ではないか。


「ままままたかよ! 頭のない死体を担いだ片腕の男の次は、頭を腰に吊り下げた男かよ……って、兄ちゃんどこかで?」


 主人に構わず視線を動かすと、今まさに遊び人の体を担いだ魔王が更なる千鳥足テレポートで飛び立つ瞬間だった。


 俺は、落ち着いて懐から銀貨1枚を取り出し、主人の前に置いて見せる。


「こりゃなんだ?」


「酒代だ」


 俺は、主人の前に置かれたグラスを奪い喉に流し込む。
 やはり机に置かれていた酒瓶は、遊び人の口に直接差し込んでやる。

 懐かしい不味さに胃が拒絶反応を起こす。「まずいまずいまずい!」と「こんなものを流し込むな」と悲鳴をあげたのだ。だが、その不味さに不快さはない。それどころか、なぜか愉快な気持ちになってくる。二人で飲めば、こんなにまずい酒でも楽しいのか。その事実がまた、俺を愉快にさせる。


 視線を下に落とすと、遊び人が準備完了とばかりにウインクして見せた。



「千鳥足テレポート!!!」


 魔王、逃げても無駄だ。俺たちは、どこまででもお前を追い続けるぞ。
284 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:31:14.71 ID:ABaWR+nR0


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 転移先は、実に騒がしいところだった。大樽や、パイプが張り巡らされたそこは死角が多く視線が通らない。だが、各所から沸き上がる雄々しい叫び声でそこに大勢の人や魔物たちが争っていることが見て取れる。


「魔王軍の秘密醸造所!? 戻ってきたのか」


 機材の間をかきわけ、中央の最も大きな通路へ出ると魔物たちと白装束の男たちが剣やこん棒を手に血と汗を散らしていた。


「魔王おおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 人ごみの中に、意中の相手を見つけた俺はわき目もふらずにその中へと飛び込む。積もり積もったダメージで這う這うの体の魔王の足取りは重い。俺は、すぐに魔王に追いつきそのクロークを掴み無理やり引き寄せる。クロークはびりびりと音を立てて引きちぎれてしまった。

 魔王は、その反動か前のめりに倒れてしまって。魔王は、一歩でも前に進もうと左手を前へと伸ばす。


「ま、魔王様!」


 伸ばされた手の先では、ちょうど炎魔将軍と女神正教の大司教が剣を交えているところであった。軍配は既に炎魔将軍にあがっていたようで、大司教は肩で息をしている有様だ。魔王に気づいた炎魔将軍が、大司教そっちのけで魔王に駆け寄る。


「炎魔! 我が右腕よ! 頼むから予備の右腕を急ぎ持ってきてくれ!」


 魔王の懇願ともとれる指示に、炎魔将軍は涙を流しながら「御意」と駆けだした。


「おおっ! 勇者様が、魔王を追いつめているぞ!」


 どこからか、僧兵の一人が大声をあげる。俺たちに気づいた、周囲の魔物や僧兵たちが剣を打ち付け合うのを徐々にやめ中央へと集まってくる。彼らは、俺と魔王を取り囲み。自然と、人と魔物の屈強な肉体でリングが形成されていく。その中には、首から上のない彼女の体も見て取れる。
285 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:31:42.01 ID:ABaWR+nR0

 
 魔王は、隻眼のミノタウロスに支えられ小さな樽に腰かけている。周囲の魔物たちが、これでもかと甲斐甲斐しく介抱し魔王は幾分かの体力を取り戻したようだ。

 
 俺は、決戦に備えクロークをぬぎ、剣をはずす。すると、頼みもしないのに僧兵の一人が恭しくそれを預かってくれた。


「勇者、ついに使命を果たす時がきたな」


 なんとか息を整えた大司教が、俺の背をポンと叩く。


「しっかりやってこい!」


 俺はコクりとうなずき、腰に吊り下げていた遊び人の頭を大司教に預けた。大司教は、「げっ」と顔をしかめながらも、彼女の頭を大事に受け取ってくれた。


 正面を見据えると、既に新しい義手を取り付けた魔王が腕をグルングルンとまわしている。こちらの視線に気づいた魔王は、先ほどまでの弱弱しい男とはまるで別人と思えるほど生気に満ち溢れている。なるほど、王として情けない姿は配下に見せられないということか。


「……さて勇者よ。もう追いかけっこはおしまいだ。憎き女神の使徒であり、超ド級の変態である貴様を倒して我が魔王軍の勝鬨としてくれる! 」


 魔王の後ろからは、炎魔将軍が憎々し気に視線を送ってくる。


「勇者! 約束を違えるとは見損なったぞ!」


 批難の声をあげる炎魔将軍に、俺はフンと鼻を鳴らす。そもそも、酒の席で約束をする方が悪いのだ。
286 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:32:09.18 ID:ABaWR+nR0

 俺は、軽やかにステップを踏み身体の調子を整える。対する魔王は、付けたばかりの義手を相変わらずグルングルンとまわしている。


「合図が必要だな」


 焦れたミノタウロスが、そう呟き隣に立っていた僧兵から兜を奪い取る。そして、それを持っていた斧でカーンと打ちならした。

 
 魔王の右ストレートが、俺の左頬へと突き刺さる。あまりの速さに、俺は魔王の動きを全く捕らえられなかった。意識が転よりも高く飛びあがりそうなのを、歯を食いしばって耐える。


 俺は、お返しとばかりに拳をふりあげ、魔王の顎を砕いてやる。確かな感触があった。だがしかし、魔王は倒れない。

 
 ステップを刻む暇などない、超近距離のインファイトが続く。お互いが互いの急所へと必殺の一撃を見舞い合う、ただそれだけの戦略性から最も遠くかけ離れたただの肉弾戦だ。だがそれは、美しさからの欠片もないその戦いは男たちの血をを熱くたぎらせた。一歩も引かずに、拳の応酬をつづける両者に魔物達も人間達も変わりなく声援を送った。


「させ! カウンターだ! ほら今だ、させ! 勇者っ!」


 大司教の皺がれた声には、年不相応な熱がこもっていた。そして、その右手にはなみなみと注がれたビールジョッキが握られている。


「うひょおおお! なんですか今のアッパーは! あんなの食らって立ってられるとは流石魔王様!」


 炎魔将軍が、その姿に似合わず甲高い歓声をあげる。その右手には、やはりビールジョッキが、そして呆れることに左手には乾きものが握られている。
287 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:32:35.64 ID:ABaWR+nR0

 一体何発のパンチを見舞い、何発のパンチをもらっただろうか。膝が震え、肩を揺らし、目は腫れ視界がかすむ。まともな人間、まともな魔族であれば幾百回の死を迎えるであろう威力を正面から受け止め俺と魔王はともに限界を迎えつつあった。


 白く霞んだ世界から、突然魔王の拳が目の前に現れた。精神が高まっているせいか、その拳はひどくゆっくりと俺に向かって飛んでくる。何とか交わそうと、上体を揺らすが力が思うように入らない。


 魔王の拳が、俺の額にあたった。乾いたパンという音に、限界を迎えた肉体と精神が同じくはじけ飛んだ。俺は、前のめりにゆっくりと崩れおちた。


 ミノタウロスが駆け寄ってきて、高らかに腕をあげカウントをはじめる。


「1、2、3……」


 あぁ、遊び人。やっぱりキミのお父さんは化け物のように強い男だ。長年の旅で身に着けた、如何なる耐性をもってしても奴の拳を耐えきることがついぞできなかった。

 
 声がきこえる。だが、その優しい声は猛々しい男たちの声援にかき消されてしまう。


4、5、6……


「ゆ……ひざ……ら!」


 ああ、気持ちいい。自身が不眠症であることが信じられないくらい、今日は安らかに眠れそうだ……。


「ひざま……らし…あげ……!」


 誰だ? それになんだ? 人の睡眠を邪魔するのは……。


7、8、9……


「魔王に勝ったら、今度は私が膝枕してあげるっていってるの!」


 俺の体は、まるで羽が生えたかのよう軽くなる。気づけば、俺は既に立ち上がっていた。
288 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:33:03.37 ID:ABaWR+nR0


 ミノタウロスが、俺の顔を覗き込んでくる。


「やれるが?」


 俺は、目だけで肯定を伝える。


「よじ、やれ! ふぁいっ!」


 魔王が驚いた表情で俺の姿を見ている。なぜ、立ちあがれる。もう、お前は倒れたではないか。そういいたげな顔だ。


「もうっ、貴様の負けだっ……!認めろっ勇者ぁっ!」


 魔王の表情に再び恐怖が浮かび上がる。そうだ、お前は俺を恐れていたのだ。腕を斬りおとされ、徹底してその姿を地下へとくらましたのは、何より勇者が怖かったからだ。恐れは、剣を鈍らせる。お前は、このリングに立った時点でもう負けていたんだよ。


 俺の拳が、既にヘロヘロで、虫すら殺せない威力であったが、それは確かに魔王の頬へとたどり着いた。魔王の目からは、光が消え、そのまま仰向けに倒れこむ。


 ミノタウロスが、魔王へと駆け寄り。声をかける。そして、何かを悟ったかのように立ち上がり両手をクロスさせた。
 その瞬間、地鳴りのような大歓声が倉庫に響き渡った。後の世に、その声は遥か王城まで届いたと言われるほどの大歓声が、人も魔物も分け隔てなく勇者の勝利を称えた。
289 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:33:30.82 ID:ABaWR+nR0


 翌朝、目が覚める。傍らには、遊び人の頭が転がっていた。すやすやと気持ちよさそうに、寝息を立てている。
 周囲を見渡すと、倉庫の地べたに魔物も僧兵たちも入り混じれて雑魚寝している。倉庫の中には血や汗、そしてビールの混じり合った酷い匂いが立ち込めている。どうやら、勇者の祝勝会と魔王の残念会が同時に、そして盛大に行われたらしい。


 ひどい頭痛に、思わず頭をおさえ唸り声をあげる。


「起きたか……勇者」


 大樽に寄りかかった魔王が、声をかけてくる。その腫れあがった顔が、昨日の激戦を思い起こさせる。だが、その程度気にもとめないばかりに、魔王の右手にはビールジョッキが握られていた。


「娘を襲った変態に負けるとはな……我は父親失格だ」


「お義父さん……」


 「お義父さん言うな」魔王はそういって、俺に手招きする。
 痛む身体を引きずるように、魔王へと近寄ると彼は俺にビール瓶を寄越してきた。


「グラスはないから、悪いが貴様は瓶だ。……乾杯といこうじゃないか」


「完敗? 俺の勝ちってことでいいんだな?」


 俺の軽口に、魔王はフッと笑って「どっちでもいいさ」と呟いた。
 俺は、魔王の隣に腰を下ろし瓶を受け取る。


「乾杯」


 今となっては、どちらが発声したのかはわからない。だが、俺たちは長年の因縁を乗り越え初めての乾杯を交わした。


 男たちの汚い寝息の中で、ぶつかりあったジョッキとビール瓶がカチンと乾いた音を響かせた。
 そして俺は、その日久方ぶりの酷い二日酔いに悩まさることとなった。

――――――

 ラストオーダー
 最後の一杯  勇者根性スピリッツ

 おわり

――――――
290 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:33:57.76 ID:ABaWR+nR0
――――――

エピローグ

――――――
291 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:34:24.74 ID:ABaWR+nR0

 目の前に置かれた逆三角形のグラスには、赤い液体で満たされ、更にその中にはチェリーがプカプカと浮かんでいる。


「マンハッタンでございます」


 マスターに、「ありがとう」と感謝の意を伝え、グラスに口をつける。


「ねえ、私の話きいてた?」


 白と黒のチェック柄のワンピースに、赤いマフラーをまとった、金髪の美少女が不満げに話しかけてくる。


「ごめん、聞いてなかった。なんだって?」


「もう!」


 彼女は、プリプリと頬を膨らませて見せる。


「まぁまぁ、ほらこっちもできたよ」


 マスターが、彼女の前に俺の物と委細同じカクテルを届ける。彼女は、打って変わって嬉しそうな表情をうかべ、それを一気に飲み干した。


「だからさ、教会と魔王軍が手を組んで酒造業界一丸となって禁酒法と戦う道筋はできたんだし。私たちも時間が空いたわけじゃん」
292 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:34:51.71 ID:ABaWR+nR0

「ん」


「だからさ、また旅に出ようよって話をしてるの」


「旅だって?なんだって今更」


「だってパパは私たちのことを認めてくれたけど、勇者はまだママに会ってないじゃん」


「ママ?」


「そ、いつだったか仕事命のパパに愛想つかして出て行っちゃって、今は行方不明なの。今度は、そのママに挨拶に行こうってこと」


「行方不明のママねえ。俺は構わないが……」


 どこからかカチカチカチカチと音が鳴っている。


 ふと、音の先を伺うとマスターの手元がそれであった。白いナフキンを持ち、いつものようにグラスを磨くマスターの手は明らかに震え、その爪の先がグラスへと叩きつけられていたのだ。マスターを見上げると、その表情こそ変わらないが血の気が引き真っ青となっている。

 あのマスターが……まさか怯えているのか!?


 俺は、あわてて彼女を振り返る。


「ママは、パパより強いし頑固だから覚悟しててね勇者」


「ふん、望むところさ」


 どうにか精いっぱいの強がりを見せてみるが、どうにも酒は俺の心を丸裸にするらしい。
 マスターの手元と同様に、俺の強がった台詞は恐怖に駆られ酷く震えたものだった。
293 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:35:19.43 ID:ABaWR+nR0


――――――

遊び人♀「おい勇者、どこ触ってんだ///」 

おわり

――――――
294 : ◆CItYBDS.l2 [saga]:2019/06/08(土) 22:41:33.30 ID:ABaWR+nR0
長らくお付き合いいただき有難うございました。
変なところがあれば指摘してもらえると助かります。頂いたご指摘は、小説家になろうに投降している同作品の方で修正していきます。

酔いどれ勇者は、今日も千鳥足で魔王を追っています!
https://ncode.syosetu.com/n4689et/

どうぞこちらのほうにも、感想評価をよろしくお願いします。
重ね重ね、ありがとうございました。
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/09(日) 00:01:37.20 ID:4R9QK5Njo
おつおつ
次も期待しているぞ!
魔王倒したから酔えるようになったのかなめでたい!
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/09(日) 01:54:26.84 ID:AxKE45/DO
そういやなろうの方も有ったんだわな
もうガラケーから見れないから忘れてた
何はともあれお疲れ様
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