車でGO!  木村夏樹&松永涼編

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12 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:06:14.91 ID:Bb3Y7mn80
「完成しなかったのか?」

「弦を張る手前で、親に気づかれちまった……」

涼は肩をすくめ、夏樹はため息をついた。

「惜しかったな」

「で、ギターの未熟児はゴミ箱行きになってさぁ。

 アタシはつらくって、それ以上にキレちまって……

 今度は本当に脱獄したんだよな」

「学校はどうなったんだよ」

「“悪い虫達”に匿ってもらいながら、一応卒業したよ。

 単位はギリだったけど。

 そんでその後はバンドやって、

 スカウトされて、今に至るってわけ」

 涼は両腕を前に伸ばして、身体をふるっと震わせた。

 あまり他人に打ち明けたくはない過去だった。

 だが、夏樹には話してもいい、いや、話したいと思ったのだ。
13 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:06:46.63 ID:Bb3Y7mn80
「それで…次はアンタの番だよ」

 涼は促した。

 自分の過去を話した気恥ずかしさを噛み殺しながら。

 車はちょうど高速道路に入り、夏樹は目一杯にアクセルを踏んだ。

 だが元がオフロードの仕様であるので、スポーツカーだけでなく、

 ちんまりとした軽自動車にさえ追い抜かれていく。

「アタシは!」

 耳を擘くエンジン音にかき消されないように、夏樹は叫んだ。

「キレられなくなっちまったよ!!」

 涼は下唇を噛んで、馬鹿みたいに笑う運転手を見つめた。

 不安が胸をざわめかせた。

「勝手に大人にならないでほしいな」

 スピードが安定し音がおさまった後に、涼はぽつりとこぼした。

 それが聞こえなかったように、夏樹は続けた。
14 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:07:14.30 ID:Bb3Y7mn80
「ちょっと前は色んなことにムカついてたのによ。

 思い通りの演奏ができないとか、

 ファルセットがうまく出せないとか。

 バンドメンバー、野次馬どもと殴り合いになるなんざ、

 数え切れねぇくらいあった」

 全ては、アイドルになる前のこと。

 夏樹は自分が変わったことを自覚していた。

 心に余裕ができ、滅多なことでは怒らなくなり、

 年長者からは可愛がられ、年少者からは慕われる。
15 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:07:50.67 ID:Bb3Y7mn80
「音楽を」

 「うん」

 「音楽をながしてもいいか」

 「好きにしなよ」

 夏樹がカーナビを操作すると、切れ味のあるドラミングが耳を突いた。

 「アタシが何て呼ばれてるか、涼は知ってるよな」

 その質問に、涼は淀みなく答えた。

 「美城で一番ロックなアイドル」

 夏樹は頰を歪めた。無理矢理に笑っているようだった。
 
「……デビューは全部お膳立てされてたよ。

 歌も演奏、衣装も…ライブでの立ち振る舞いも……番組での受け答えも。

 まったくもって順風満帆だよ。

 お次はなんだろうな。

 恋人でも用意してくれるのかな」

 木村夏樹は自ら望んでアイドルになった。

 だが、自ら望んだアイドルになれたかどうか、

 それが今では、全く分からなくなってしまった。
16 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:08:22.37 ID:Bb3Y7mn80
「この曲を聴いたとき、涙が出たよ」

 ØωØver!!

 多田李衣菜と前川みくのペアユニット、✳︎(アスタリスク)のデビュー曲。

「こんな詞は……アタシには、書けない。

 ないんだよ。空っぽなんだ。

 自分の言葉が見つからない……」

 アイドルになり、夏樹は幸福だった。

 プロデューサーは夏樹の意見を汲んで、良い仕事を持ってきてくれる。

 仕事を1つこなせば、新しいギターもバイクも、洋服もいっぺんに買える。

 スタジオはプロダクションの中にあり、好きな時に使える。

 寝る場所にも食うものにも一切困らない。

 不満など抱けない。

 怒りなど、ぶつける場所がない。
17 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:08:52.15 ID:Bb3Y7mn80
「気付いちまったんだよ。

 曲なんか作らなくってもいいんだって。

 アタシの曲なんかさぁ!」

 夏樹は笑う。運転は一切乱れていない。

「叫ばなきゃいけないほど、切実なものがないんだ」

 成功した。名誉も手にいれた。

 尊敬すべき先輩、頼れるプロデューサー、

 可愛がりがいのある後輩……文句のつけようがない仲間達。

「今のアタシに何が攻撃できるっていうんだろうな。

 政府? 汚職? 年金がもらえないって? 

 でもさ、いくら政治家の連中が無能でも、明日通帳を開いて

 預金0、“ゲームオーバー!”、なんてことはありえないもんな。

 そんなアタシがさ、“わかるよ”って面して、ファンの前で……」
18 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:10:15.68 ID:Bb3Y7mn80
車は少しずつ減速して、SAに入った。

「腹減ったな! 飯にすっか」

夏樹の表情は笑顔のまま、目まぐるしく切り替わる。

「………そうだね」

涼はポケットティッシュと財布だけを持ち、夏樹と共に車を降りた。

「最近さぁ、サービスエリアのメシもうまくなったよな」

歓声を上げるファンには手を挙げ、サインを求められれば応じながら、

夏樹は言った。
19 : ◆u2ReYOnfZaUs :2018/06/06(水) 23:10:59.75 ID:Bb3Y7mn80
「支那そば2つ」

「おいおい」

「いいからいいから」

「おいおいおい!」

「いいからいいからいいから!
 
 美味しいから大丈夫だって」

かな子もそう言ってる、と夏樹は涼を制した。

「支那そばってトキめくフレーズだよな。

 ラーメンでも中華そばでもないんだぜ」

「全部おんなじじゃない?」

「ラーメンも中華そばも、今じゃ色んな味付けになってるだろ?

 家系とか、創作とか、ブラックとかさぁ……でも」

2人が話している間に、支那そばがテーブルに運ばれてきた。

「支那そばは支那そばのまんまだ。

 これって滅茶苦茶ロックじゃねえか」
20 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:11:43.95 ID:Bb3Y7mn80
「そうだね」

夏樹は割り箸を開いて、歪んだ断面をならした。

涼はきれいに真っ二つに割った。

「「いただきます」」

音を立てて、麺をすする。

コシのある中細。歯ごたえもあり、喉ごしもよい。

スープは鶏ガラ。しっかりとしたコクがあるももの、重たくない。

「大丈夫だろ」

「大丈夫だね。いや、上出来だよ」

焼豚は下品にならない程度に厚く、

乾筍はコリコリとした食感が心地よい。

食べているうちに額に汗が浮かんでくる。

それにも構わずに、食べる。

「ちょっとそっちのもくれよ」

「同じだって」

へへへっと互いに笑いながら、また食べる。

あっという間に皿が空になる。
21 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:12:16.71 ID:Bb3Y7mn80
「涼」

「あいよ」

涼はティッシュを差し出した。

「ラーメ…支那そば食ったあとって、何で鼻がでるんだろうな」

夏樹が音を立てて鼻をかむ。

その様子からはアイドルとしての気負いは感じられない。

「あと、最後の水がとびきりうまいのも不思議だよな」

「今日のアンタは好奇心の塊だね」

「先週紗南からぼくなつ2借りたから、きっとそのせいだな。

 明日には自分称と名前が“ボク”になってるぞ」

ボクはボク、と夏樹が言う。

「夏になったらカブトムシとクワガタを追いかけるのかい?」

「楽しそうだな…うん。楽しいだろうな…」
22 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:12:48.36 ID:Bb3Y7mn80
微笑んで話を合わせながら、涼は考えていた。

アクセルを目一杯踏みながら、苦悩を吐露していた夏樹と、

目の前で心底楽しそうにしている夏樹。

乖離しているように見える。

だが、どちらも本物なのだろう。

どちらも嘘でないから、苦しくてしょうがないのだろう。

「んじゃあ、行こうか」

「帰りは」

「ん?」

「帰りは、アタシが運転する。

 運転させて」

夏樹は、いいぜ、とただ微笑んだ。

涼も微笑んだ。
23 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:13:23.70 ID:Bb3Y7mn80
「その前にさ、ちょっと電話してもいい?」

「かまわねえけど」

涼はスマートフォンを取り出して、“向井拓海”にコールした。

「拓海か?」

『それ以外誰がいるんだ』

「この前血塗れの女の子の声がしたから…それはまあいいとして」

『おい』

「今、出られるかな」

『今すぐに出てやるよ』

「OKOK…じゃあ、足柄のSAまで来てほしいんだけど。

 そこで髪を下ろした金髪の女を見かけたら、思いっきりぶん殴れ。

 いや、轢け」

『わかった。切るぞ』
24 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:14:16.76 ID:Bb3Y7mn80
涼は通話を終えて、夏樹の方を向いた。

「じゃあ、足柄まで行こう」

「アタシは死ぬのか」

「ダメだった?」

涼は、夏樹の腕をぐいと引っ張って駐車場へ行き、

助手席に押し込んだ。

「アンタがさ、“もう誰も騙したくない”とか

 “有名になんてなりたくなかった”とか、

 くだらねぇことほざく前にぶっ殺してやろうと思って」

夏樹は押し黙った。

言おうとしていたことを、全て言われてしまった。

「今のアンタは天国でも泣きごと言いそうだから、

 小梅か志希に生き返らせてもらって、次は地獄に叩き落としてやる」

助手席側の扉がをやさしく閉められた。

「じゃあ行こうか」

運転席側の扉が乱暴に開かれる。
25 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:14:46.66 ID:Bb3Y7mn80
夏樹が、泣き出しそうな目で涼を見た。

「慰めてもらえると思ったか間抜けめ」

エンジンは動かない。

「アンタみたいな不器用な女が、誰を騙せるっていうのさ」

涼は左手で助手席を小突いた。

「アタシらはまだ20手前だろ。ブレてあたりまえなんだよ。

 10代なんてただの荒野なんだから、真っ直ぐ歩けるヤツなんていないんだ」

エンジンは、動かない。

「世界を騙してるなんて思い上がるなよ。

 裏切ってるなんて、そんな……」

涼はハンドルに頭を預けた。
26 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:15:21.62 ID:Bb3Y7mn80
「ムカつきたいってんなら、いくらでもムカつかせてやる。

 みんなに申し訳なくて、自分が許せないってんなら拓海がアンタをぶん殴る。

 誰も攻撃できないってんならサンドバックになることだね」

夏樹は、マジか、と呟いた。

「アタシは……、アンタと漫才やったり、

 一緒にカブトムシとかクワガタとったりするよ。

 誰も見向きもしないような曲だって聴いてやるよ。
 
 “常務をぶちのめす、常務をぶちのめす、

 ベースボールバットで奴をぶちのめす”

 詞なんか適当でいいよ。

 それで“クソみてえな曲だ”って言ってやる。

 あぁ、何度でも言ってやる」

馬鹿が。

涼がそう言って、鼻をすすった。
27 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:15:48.70 ID:Bb3Y7mn80
「涼」

「なにさ」

「ありがとな」

「うるせえ」

エンジンが動き出し、車がゆっくりと前に進む。

「どこに行くんだ」

「どこへでも行けるだろう?

 今はとりあえず足柄だけど」

「マジか……」

夏樹が心の底から響くような声で笑った。

「死にたくねぇー!!」」

28 : ◆u2ReYOnfZaUs [sage]:2018/06/06(水) 23:16:20.26 ID:Bb3Y7mn80
おわり
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/06(水) 23:21:47.47 ID:6/XKyfdSO
>>11
コブラじゃねーか!
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 00:05:01.05 ID:vkAeWQhTO
炎陣ってほんといいグループだよな
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 01:11:34.84 ID:STEMkuwLO
もう書かなくていいよ
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 09:31:51.77 ID:cjAO1cCDo

これだけで通じるたくみんとの関係性がすごくいいね
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/07(木) 09:32:31.75 ID:PuiVtxAIO
>>31
お前が読まなくていいんじゃね?
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 19:35:17.78 ID:Hd5uXm4Co
乙乙
アニメ時空のなつきちはこうなりそうだよなあ
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