照「わたしに妹はいない」久「……そう」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/27(金) 14:41:52.18 ID:YwSoJMOz0
インハイ個人戦決勝

南四局・親:辻垣内智葉


智葉:11233@@AFGGHH
ツモ:2

智葉「……」

打:F



憩:AHH南南西西白白發發中中
ツモ:發

憩「……」

憩(出和了は厳しそうですよーぅ)

打:H



照:444BCDEF南南北北北 ツモ:E

照「……」

打:F



小蒔「…zzz」

小蒔:一一二四五六七八九九九白白 ツモ:三

打:白

憩「ポン」

打:H


照「……ツモ、1300・2600」


恒子『決まったーーー!今年の個人戦優勝は……これで二連覇達成、宮永照だぁぁぁぁ!!!』

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第71回全国高等学校麻雀選手権大会、その個人戦は宮永照の優勝という形で幕を閉じた。そして個人戦が行われる前に行われたもう一つの戦い、団体戦。
団体戦二連覇中の王者白糸台。海外の有力選手を呼び寄せて結成された臨海女子。ダークホース、清澄と阿知賀女子。四校による団体戦決勝は逆転に逆転を重ねるデッドヒートの末、清澄高校の優勝という結末を迎えていた。
清澄高校麻雀部部長、竹井久。彼女にとってその結末は高校三年間における一番の願いであり、あるいは唯一の願いだったかもしれない。久を知るものの多くはそう思っているだろう。

しかし、彼女の頭の中には一つ、この大会における心残りがあった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1532670111
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/27(金) 14:46:07.01 ID:YwSoJMOz0
「今さらだけど、このタイムスケジュールおかしいわよね」

「なんの話じゃ」

会場の近くにあるコンビニで買った六人分のタコスやら飲み物やら、私とまこはそれらの入った手提げ袋を揺らしながら部員たちのいる待ち合い室へと向かい廊下を歩いていた。

「この大会よ。ほら、個人戦の5位から16位を決める試合は決勝前には終わってるじゃない?」

「じゃのう」

「だったら決勝の間にその選手の分のインタビューとかは進めておけるでしょ。なんでそうしないのかしら」

疑問というよりは文句に近い口調で言う、けれど本気で不満には思ってない。


清澄高校からは二人の選手が全国大会個人戦に出場している。

咲と和、高校一年生ながらにして全国出場の権利を得た二人は、これもまた高校一年生ながらにして準決勝、ベスト16まで勝ち上がるという快挙を成し遂げた。

後輩がマイクを向けられる側に立つんだし嬉しくないわけがない。自慢じゃないけどちょっとくらいは彼女たちを育てられたと思ってるし、ほんの軽口だ。

「記者にも都合があるじゃろ、決勝観ずにインタビューなんかしとったら決勝に出た四人への質問とか困るじゃろうし」

「決勝とそれ以外で記者を別にすればいいじゃない」

「そんなに人手割けんわ普通」

「あーあー、ちゃっちゃと荷物纏めて引き上げたかったのに」

まこが呆れ顔を浮かべる。短くはない付き合いだ。冗談半分で言っていることはわかっているんだろう。そんな都合のいいことを考える。

「さっきの和への会見、20分近くかかってたのよ、予定だと10分なのに。スケジュールの意味なくない?」

「そりゃあ……まあ和だしのう。心配せんでも咲のは時間通り終わるじゃろ」

身も蓋もない言い方だとは思うが、確かにそうだ。去年の麻雀全中覇者であの容姿では仕方ない。
基本的には今後の抱負やコクマのことなどを形式的に聞いてインタビューは終わりらしいけれど、和は例外でいろいろ訊ねられたみといだ。


「マスコミも現金ねぇ」

わかりきっていたことを、何の気なしにごちる。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/27(金) 14:47:04.07 ID:YwSoJMOz0
会話の一区切りとみたからなのか否か、まこの視線が前方に向きを変える。その先にある丸の下に三角というシンプルな絵を見て、まこが言う。

「……すまん、ちょっと寄ってええか」

「あら、トイレ?いいわよ、前で待ってるわ」

「ほい」

まこが荷物一式を手前に差し出す。はて、これはいったい。

「ええわ、先行っとれ」

えーっと、まこが持っているのはタコス4個と弁当二つ、それに緑茶一本。手持ちの鞄は持ってこなかったみたいだから、全部で3kgってところかしら。
私のも同じくらいだから倍で……。

「遠慮しなくても、待ってるわよ」

「遠慮なんかせんわ、冷えたもんとか炭酸もあるから先行け言うとるんじゃ。優希が腹空かして待っとるしのう」

「えー」

そう言われては弱い。去年までの可愛いげがあった後輩という像はどうやら鬼の被っていた皮だったみたいだ。一応抵抗してみよう。

「流石に一人で六人分は重いわよ」

「あんたぁいつもは京太郎にもっと重いもん任せとったじゃろ、もう試合にも出んのじゃからそのくらい働きんさい」

一蹴された。鬼というのは取り下げとこう、まこが鬼なら自分も鬼ということになってしまう。

「はぁ……わかった。先に待ち合い室戻るわね」

「わかればいいんじゃ」

渋々という顔を全面に出してアピールしてみるも特に気に止める様子もなく、まこは赤いほうのピクトグラムがぶら下がる部屋へと入っていった。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/27(金) 14:49:29.31 ID:YwSoJMOz0
まこと別れてから一分ほど歩いたあたりだろうか。廊下を曲がったところ二台の自販機と人ひとりが立っていた。足が思わず止まる。
自販機は、飲料水を扱っているものとアイスを扱っているものが一台ずつ。

なんだ、ここに自販機があったならコンビニで買うこともなかったわね。自販機を目にした瞬間に思ったのはこんなところだが、固まった原因はそっちじゃない、立っていた人のほうにある。

「宮永、照」



……おっと、一応初対面だった。つい先ほどまでテレビに映っていた有名人がいきなり目の前にいたのだ、驚いても無理はないと思う。思うのだけれどまぁ言い直そう。

「えっと、宮永さん?」

「ん?」

咲のお姉さん、そして高校生麻雀チャンプ、宮永照。二言目で彼女がこちらを向く。
よかった、さっきの呟きは聞こえていなかったみたいだ。

「ああ、清澄高校の……部長さん」

「なんでこんなところに?記憶違いじゃなければもうすぐ会見だったと思うけど」

「今日は、インタビューまで少し時間があったから……」

「から?」

「その、トイレに行こうと……」

うーむ、どうにも歯切れが悪い。
テレビで見る宮永照はもっと溌剌としてるか、あるいは試合中の淡々と和了り続ける機械のようなイメージなんだけど。体調が悪いんだろうか。
いや、ああこの感じは覚えがある。

「もしかして道に迷った?」

「ウッ」

「ふふっ、や」

やっぱり姉妹なのね、と言いそうになるが、寸でのところで止める。危ない危ない、咲曰く『まだ姉とは話していない』らしいし下手なことはしないほうがいい。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/27(金) 14:50:54.44 ID:YwSoJMOz0
「やっぱり、ホントに迷子なのね。よかったら案内しましょうか?」

返答を考えているのか二秒ほどの間を空けて返事がくる。

「オネガイシマス」

「ん、トイレでいい?」

「いや……出来れば会見のところのほうで、あと五分くらいしかないから」

「りょーかい、じゃあ行きましょうか」

そう言っていま来た方向に向きを変えると、宮永さんが二歩三歩後ろをついてくる。

ちょっと寄り道することになったけど一応人助けだし、皆も許してくれるはず。幸い、アイスの類いは買ってない。


「宮永さんって方向音痴なの?」

「む、心外。そんなことはない」

「あっちの方角わかる?」

前後の位置では話しづらい、軽くステップを踏んで後ろ歩きに切り替える。

「…東」

「……」

「じゃない、西」

「……」

「やっぱり東」

「どっち?」

「ひ、東」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー」

「……うん、オッケー」

ふぅ、と宮永さんが息を漏らす。ひょっとして、オッケーと言われて安堵したとかだろうか。

「麻雀やってるとたまにこんがらがるよね、東と西」

「ん? ええ、そうね」

答えが交互した弁明のつもりなのか、自分の発言にウンウンと頷いている。
ちなみに答えは北だ。



「えっと、地図とかは?さっきのとこにもあったと思うけど」

「さっきのとこ? ……ああ、あったね。チーズケーキ味、美味しそうだった」

アイスの話はしていないはずだけど、もしやジョークなんだろうか。彼女が真顔で言うので判断かね、スルーを決め込む。

「よくチームの人達とはぐれてたりとかない?」

「あるね。気付いたらいなくなってるとかたまに、いや結構あるかも。うちの部長にはもっとしっかりしてもらいたい」

やれやれ、とでも言いたげに宮永さんが目を細める。なるほど非常に共感できる。心労お察しします弘世さん。


「この前も虎姫で縁日に行ったとき、私がわたがし買ってる少しの間ではぐれるし世話が焼ける」

「へぇ、それは大変ねー」

「……冗談デス」

ありゃ、認めた。さすがに相槌が雑だったんだろうか、目線が右往左往と泳がせている。
ところでどこから冗談なんだろうか、出来れば出会い頭からであってほしい。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/27(金) 14:53:38.35 ID:YwSoJMOz0
インハイチャンプでマスコミ対応も容姿も良い。世間では理想像のような扱いだけれど、いざ話してみると意外と隙があるように感じて少しホッとする。

「そうだ。前々から気になってたんだけど、宮永さんって読書家よね?」

「読書家……なのかな。好きっていうならそうかもしれない。どうして?」

後ろ歩きが危なっかしく映っただろうか。少し早足になり、宮永さんが横に来る。

「あ、やっぱり。試合前とかよく読んでるの見るから、機会があったら話してみたいなって思ってたのよ」

清澄麻雀部の部室には大量の本がある。特にやることがなかった二年間に、部費も使わなきゃいけないしと麻雀関係の買ってみたのが始まりだ。
おかげさまで今では咲と小説の話が出来るくらいにはいろいろと読むようになっている。


「普段はどんなの読むの?」

「何でも読む……けど、偏りってことならミステリが多いと思う。比較的古めの」

「ミステリーかぁ、ちょっと読むの疲れるイメージあったんだけど面白いわよね。古めって言うと、江戸川乱歩とか松本清張とか?」

「それも読んだことはあるけど、どっちかというと海外作家の作品かな。クリスティとかドロシーあたり」


クリスティは、そして誰もいなくなったとかポアロとかだっけか。ドロシーは……ドロシー・セイヤーズだったかな、作品はちょっと思い出せない。


「クリスティ! この前薦められてね、あれ読んだわよ。スタイルズ荘の怪事件」

「『エルキュール・ポアロ』シリーズの一作目ね、あれで処女作なんだからやっぱり凄いと思う。ポアロは他にも?」

「んー。読もうと思って手を付けたんだけど、なんかあれ30作品くらいあるでしょ? 少し滅入っちゃって、なにから手を付けたものか……」

「順番通りなら『ゴルフ場殺人事件』だけど、多いってことなら……『アクロイド殺し』がオススメ。シリーズ序盤だし、ポアロを知らなくても読める、あとミステリそんなに読まない人も楽しみやすい内容だと思う」

「お、そうなんだ。じゃあ今読んでるやつ読み終えたらそれ読もうかしら」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 14:55:59.93 ID:YwSoJMOz0
しかしまあ、海外の推理小説とは。聞けば聞くほど、似てるのは容姿だけじゃないんだなと思わずにはいられない。

「今はなに読んでるの?」

「毒入りチョコレート事件って小説」

本のタイトルを言った瞬間、宮永さんの眉間がピクリと動く。

「知ってる?」

「うん」

「えっと、もしかして好きじゃないとか?」

「いやそんなことは、名作だと思う。ただ……」

「ただ?」

「タイトルが好きじゃない」

声のトーンが下がり、それでも彼女の声は鋭く耳に入った。

「あー、うん。タイトルがね」


小説の帯、雑誌やコラムに小説の載っている紹介文。そういうものを読者によっては話の核心に触れすぎるとか見解の相違とかで好かないこともあるらしいけど、その延長みたいなものなのだろうか。

どうやら彼女は、私が思っていた以上にコアな層みたいだ。深堀りして聞くのはやめておこう。



ふと思い出して、携帯を取り出し時間を確認する。

「そういえば時間って大丈夫? 今40分だけど」

「40なら、たぶん。開始は50分からだから、45分までには着きたいけど」

「45ね。なら大丈夫そう、もうちょっとで着くわ」

「うん、ありがとう竹井さん」

おおっと、これは……。テレビで見る明るい笑顔とは違う、もっと質素な表情で彼女が言う。

思考が顔に出てしまったんだろうか、彼女が訝しげにこちらを見る。
ポーカーフェイスは得意なほうだと思ってたんだけど。

「どうかしたの?」

なんだか少しばかり気恥ずかしい。こういうときはおどけみるに限るんだ、舌を出しつつ言う。

「いやー、ビックリ。まさかチャンピオンに名前を覚えてもらえてるなんてね」

「うん、まぁ……それだけ?」

「あら、有名人に名前覚えててもらったら嬉しいじゃない?孫の代まで自慢出来るわよ」

「団体決勝で戦った学校のメンバーを覚えてないほうがおかしい」

「あはは、確かにそれもそうかも」

約一名、それを覚えているか怪しい部員もいる気がしないでもない。

「私も、弘世さん、渋谷さん、亦野さんに大星さん全員覚えてるしね。それじゃあ、うちの他の四人も覚えててくれるのかしら?」

「当然。先鋒で戦った片岡優希さん、次鋒の染谷さん、副将の原村さん、た……」


あ、失敗した。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 14:57:53.45 ID:YwSoJMOz0
横を歩く宮永照の表情は別段変わってないが、aの音を発したところで止まっている口元はその心境を物語っているように見える。

しかし実際にどう思っているかはわからない。たった今失敗したと感じたのは彼女じゃない、私のほうだ。変に羅列したことが誘導になり、それでタブーにかすったのなら不本意ながらこれは私のミスなんだろう。


……なんて、違うわね。自分に嘘をついても仕方ない。今のは探り。

「失敗した」って真っ先に出てくるあたり、たぶん意図的なんだろう。自分はやりきったと思っていた、そうやって理性で押さえ込んでいた、それでもどこかにあったこのインハイでの私の心残り。それがふいに吹き出てしまったのかもしれない。


私がインハイを目指したわけ、それは団体戦の全国優勝を夢見たからだ。

白糸台や姫松みたいな『全国優勝を目指す』者たちとも、万人が思う『全国優勝してみたい』という気持ちとも違う。部員のろくにいなかった一昨年の清澄では、まず勝負の土俵にすら立っていない。『夢見た』というくらいが丁度いい。


和がインハイを目指したわけは、全国優勝するためだったらしい。

なんでも、インハイ優勝出来なければ引っ越すことになっていたんだとか。団体戦が終わってから聞いた話なんだけど……よかった。そんな話聞いてたら私、プレッシャーで潰れてたかもしれないし。和のプレッシャー耐性には改めて感心させらたわねホントに。


そして咲、あの子がインハイを目指した理由は姉と打ち解けるためだった。

姉、つまり宮永照がいる白糸台高校と戦えればそのきっかけになるかもしれない。そう思って決勝まで戦ってきて、そう思いながら戦った決勝で清澄が勝利を修めたとき、白糸台の大将である大星淡は泣き崩れた。
大星さんの元に駆け寄った四人の先輩は彼女を励ましてはいたが、その中には今にもつられて泣き出しそうな者もいた。そんな状態で、勝者の咲が姉に話しかけることなど出来るはずもなし。

そうして個人戦に持ち越された咲と宮永照の和解。これに関しては私も全力でサポートしたけれど、咲は準決勝敗退、姉との対局はついに一度も行われなかった。

麻雀を通しての姉妹の対話が出来なくなった以上、もう私に出来ることはない。直接会って話す他はない、となると後は当人たちの問題であり、一麻雀部というだけの部外者が口を出すのはあまりよろしくないだろう。そう自分を納得させ、私はこの件から手を引いた、つもりだった。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:01:54.50 ID:YwSoJMOz0
3秒くらいだろうか、あるいは10秒くらいか。ふいの失言でから回った体内時計では宮永照の口が固まってからどれくらいの間があったのかわからなかったが、ふたたび正常に動き出す。

「……たしか、マネージャーの須賀くん。これで、四人」


いや、うん。確かに他の四人とは言ったけども。団体のメンバーとは言ってないけども。その繋ぎは無理があるってものではなかろうか。


「……へー、男子部員まで知ってるのね。名門恐るべし」

「まぁ」

「でも男子の方まで調べる意味あるの?」

「場合によっては……」

「そうなんだ。あ、でも彼マネージャーじゃなくて一応選手よ?」

「へぇ」

「……」

「……」

暖簾に腕押し。柳に風。愛宕洋榎に悪待ちリーチ……は、まだわからないけど。

仕方ない、大人しくしよう。これ以上やっても変な空気が蔓延するってものだしね。



「……」

「ここまでで大丈夫」

「え?」

意外にも沈黙を破ってきたのは向こうからだった。思わず聞き直してしまう。

「案内はここまでで大丈夫、あとはわかると思う」

「いいの?」

「うん、もう近いし……一応何回かいったことあるから」

わかりやすい拒絶だ、傷付くなぁ。とはいえ本人がいいって言ってるんだし、ここでお暇するとしよう。

「わかった、じゃあまたいつかね」

「うん、ありがとう……部長さん」

少しの間手を振って、ちょうど彼女が曲がり角に消えるあたりで私も踵を返す。
ふぅ、なんとか切り抜けた。コミュニケーション能力には自信があったけれど、あればかりはどうしようもない。ちゃんと目的は達成したし一件落着だ、よかったよかった。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:03:34.86 ID:YwSoJMOz0
……よくない!
馬鹿か私は。なんのためにここまで来たんだ。妙な空気に冷静さを失っちゃダメだ。今このまま彼女を行かせては、今までの行動全てが無駄になりかねない。
一言、最後に一言、私には宮永照に言わなければならないことがあるじゃないか。

「待って、宮永さん」

「……まだ何か?」

「そこの曲がり角、逆よ」

「……」

「……着いてく?」

「オネガイシマス」

実際、もう近いという言動は間違いじゃない。あと30メートルくらい、秒にして十数ってとこかしら。なので単刀直入に言おう。

「ねえ宮永さん?咲に……妹に会わない?」

なに、ちょっと発破をかけるだけだ。
それに、咲が臆病なだけで案外こういう一言であっさり解決してしまうかもしれない。それならそれでいいかなと思う。さあどんな返しがくるか。

ふ、と悪寒が走る。どきりとして後ろを振り返った……が、何もない、誰もいない。目線の先には殺風景な通路が一本延びているだけだ。
変ね、たしかに何か気配を感じたんだけれど。


「わたしに、」

「…え?」

「わたしに、妹はいない」



……。
…………は?

イモウトガイナイ?どこの言語なんだろう。

「じゃあ、改めてありがとう」

そう言い残して、宮永照が会見用の部屋に消える。しまった、考えに耽っていて返事をしそびれた。

そっかもしかして、妹がいない、か。
そういえば前にもそんな話を聞いた気がする。たしかあのときは又聞きだったから、実際にはなにか語弊があるんじゃないかとか、急にデリケートな質問がきて不用意に返してしまったんじゃないかとか思ってたんだっけ。

そうでなくても、妹が自分に会いにわざわざインハイまで来たとなれば蔑ろにするなんていないだろうとかも思ってたかもしれない。

いやぁビックリ。まさか本当に咲みたいないい子のこと、そんな風に言うなんて。

「……ふざけてる」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:04:13.24 ID:YwSoJMOz0
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12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:06:22.12 ID:YwSoJMOz0
がちゃり。
ファイナリストの会見がある部屋、その横にある一回り小さな部屋の戸が音を立て、人影が出てくる。

ああ、そっか。ちょうど前の会見も終わったところなんだ。ホントは荷物置いてから来るつもりだったけど、グッドタイミング。
人影は咲のものだった。

「ふぅ。あ、迎えに来てくれたんですね部ちょ……っ!?」

はて?咲が、まるで般若の面でも見たかのように強張る。

「ああ、お疲れさま咲。どうしたの?」

「いえ、あの……部長、なにかあったんですか?」

「え?」

ああ、そういうことか。いけない、顔が強張ってたのは私もなんだ。
とっさに表情筋を柔らげる。

「ごめんなさい、大丈夫よ。ほんのちょっと疲れてるだけ」

「そ、そうですか」

「ねぇ、咲。宮永照っての姉なのよね?」

「? はい、そうですけれど」

「決勝前にすれ違って、あれからなにかコンタクトはとった?」

「いえ」

「そう……もうちゃんと話すのは諦めてる、とか?」

「そ、そんなことは !」

「……」

咲がうつむく。ああ、違う、そんな顔をさせたくて聞いたんじゃない。

「ごめんなさい、意地の悪い聞き方だったわね。別に咲の気持ちを軽く見てるとかじゃないのよ、ちょっとした確認」

「確認、ですか?」

「そ」

「はぁ」

「……さて、戻ろっか」

「は、はい」



これではっきりした。いや元々半分は何となくわかってたんだ。

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:06:22.34 ID:ViQrIuAnO
まーた咲をダシにした久厨照厨のクソssか
さすが全国ネットで妹はいないとか畜生なこと言うくせに白糸で脳天気に暮らしてる菓子狂いと様子おかしい後輩も心配せず他校とばかり交流してる部長()ファンなだけあるなぁ
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:07:39.81 ID:YwSoJMOz0
麻雀となれば鬼のように強い後輩、咲。でも、それ以外のときの彼女は端的に言って小心者だ。
臆病なことは悪いことじゃない。けれど、少なくとも今回の件では良く働きはしないだろう。
麻雀での和解が敵わなかった時点で、咲の方からコンタクトを取るというのは望み薄だと思っていた。

となると、私が期待していたのはもう半分。宮永照の方から咲に接してくれることだった。
そして、先ほど理解した。コンタクトを取りたくても取れない咲に対して、あの姉はそもそも会う気がないんだ。

このままでは永遠に平行線だろう。うん、決めた。

「あの、部長」

「ん?」

咲「その食べ物とかって、私たちの分ですか?」

「ああ、うんそうよ。お腹減ってない?」

「いえ、ちょっと減ってます。あの、半分持ちますよ?」

「あら、お気遣いなく」

「でも」

「いいのよ、咲は今日いろいろ大変だったでしょ。これは部長命令です!」

「……はい」

任せて、咲。
確かに荷は重いかもしれないけれど、私が持つ。最後なんだし部長らしいことしないとね。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:12:53.91 ID:YwSoJMOz0
団体戦より参加校が多い個人戦では、各学校に個室を用意することが出来ないため共通の待ち合い室が用意されている。
部屋の入り口から見て左の壁に、部屋の中にはどこからでも見えるような大きなスクリーンが設置されている。そのスクリーンと平行に四人掛けの長椅子が大量に置かれており、加えて椅子が周りに四つ置かれている円卓がスクリーンと反対の壁沿いにいくつか置かれている。

学校によってはロビーに集まっているので全員がここに集まるわけではないが、待ち合い室はそれでも人で溢れていた。場所をきちんと把握していなければ同校の人を探すのも一苦労なレベルだ。


「この気配……部長が戻ってきたじょ!」


遠くから聞き覚えのある声がする。ラッキー、探す手間が省けた。
和の首に冷たい飲み物押し付けて反応見ようとか、そんなくだらないことも考えていたので先に気付かれたのはちょっと残念だけど。

声のしたほうに行くと、優希と和と須賀くん、それにまこももう着いていて円卓の一つに陣取っていた。

「ただいまー」

「おお、ホントじゃった。よく気付いたのう優希」

「お帰りなさい、お疲れ様です。咲さんも一緒だったんですね」

「お疲れ様です部長、次は俺が行きますよ。咲もおつかれ!」

和と須賀くんが席を退こうとしながら言う。二人に悪い、周りを見回して使われてない椅子を二つほど移動して片方を咲に差し出す。

「うんただいま。あ、ありがとうございます部長」

「ふっふっふ、私のシックスセンスに間違いはないじぇ!」

意気揚々と優希が無い胸を張る。確かに、この部屋は結構広いのによくもまぁ扉をあけて気づくものだ。ちょっと感心、と思ったけれどネタばらしはすぐにされた。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:14:48.51 ID:YwSoJMOz0
「なーにがシックスセンスだ、どうせタコスの匂い嗅ぎ付けたんだろ」

「なにをぉー!貴様!私のことよくわかってるな」

「認めちゃうのかよ!」

「タ・コ・スー!」

匂い……なるほど、さすがはタコスソムリエ。

優希が勢いよくタコスの封を切る。そうも喜んでもらえると作り手冥利につきる。ま、わたしは買っただけだけど。

「それにしても、ずいぶんと遅かったのう部長。咲の迎えなら一回ここに戻ってからでもよかったじゃろうに」

「あー……、まあいろいろあってね」

「なんじゃあ、いろいろって」

「いろいろはいろいろよ」

「ふーん」

明らかに不信って顔する。後ろめたいことがあるわけじゃなく、話題にするのもはばかられるワードってだけなんだけど。仕方なく小声で話す。

「ちょっと宮永照にあってね」

「……ああ」

まこの詮索はそこでストップした。察しがいいのか空気が読めるのか、いずれにしてもそのほうが助かる。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:16:30.30 ID:YwSoJMOz0
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18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:18:27.64 ID:YwSoJMOz0
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19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:22:25.69 ID:YwSoJMOz0
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20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:24:51.40 ID:YwSoJMOz0
さてさて、我ら清澄高校麻雀部一行は明日の午後には東京を離れなければならないのだが……そうなると咲と姉とは明日の正午までには会わせたいところだ。
出来ることなら水入らずで話させたいけれど、そうも言ってられるかどうか。
いや、時間はあるしこっちの件は急いで考えることもないかな。優希もおよそ食べ終わりそうだし、まずやるべきことをやっていこう。

「それじゃあ、ぼちぼちミーティングしましょうか」

「はい」

「はい」

「ふぁい」

咲と和が律儀に飲み物を置いて、優希が最後のタコスを口に押し込みながら返事をする。足して三で割るくらいがちょうどいいデコボコ具合だ。

「って言っても簡単な連絡だけだから。そんな畏まらないでいいわよ」

殆どは既に一度は伝えたことを長々と再度言うだけだ。優希以外は聞いてなくても問題ない。

「咲と和の個人戦の反省会は、また牌譜を整理してから後日やろうと思います。 東京での宿泊は、最長で明日までってことになってるので今日もここに泊まります。新幹線は明日の15:32のに乗るから13時にはホテル前にいること、それまでは自由時間にするわ」

ふぅ。一呼吸いれましょう。

「みんな、会いたかった人とかインハイで仲良くなった人とかもいるでしょうし今日もそうしようかな。晩御飯好きなもの食べてきていいわよ。レシートくれれば部費で落とすから」

「む!それは金に糸目はつけないってことか?」

優希が食いつく。たった今あれだけ食べたのに、この小さな体のどこにそんな食欲があるのかしら。

「ええ、最後だもの。高級フレンチのコースでも満漢全席でもオッケーよ」

「タコス100個でも!?」

「どんとこい!そのための後援会よ」

「そのためではないと思いますけど……」

「いざとなったら議会でふんだくってみせるから」

「職権濫用じゃのう」

「あ、でもあんまり変なお店にいっちゃダメよ。流石に10万とかは払えないから。須賀くんわかった?」

「俺ですか!?いきませんよそんな店!」

「あと夜道は一人で歩かないように、夜九時までにはホテルに戻ること。特に咲ね」

「は、はい」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:32:34.98 ID:YwSoJMOz0
和と優希は昔の先輩やら友達やらがインハイに来ているらしいし、まこには来年のために人脈を広げてもらいたい。咲には須賀くんをつけようかな。ええっと、あと言っておくことは……。

「うん、こんなものね。皆からは何かある?」

「ああ、そうじゃ。さっきの買いもん精算今でもいいかのう」

「さっきの?ああコンビニのね、大丈夫よ」

そうだ、さっきはほとんど文無し常態でまこに立て替えてもらったんだった。領収書で膨れ上がった財布に騙されてしまった。

「……む?」

鞄を漁っていたまこが怪訝そうな声を出した。

「どうかしたの?」

「いやぁ、鞄にいれてあった折り畳み傘が見当たらんくてのう」

「えっ」

どこかで落としたのかしら。買い出しに行くときは雨が降っていた。少なくともコンビニでは傘は持っていたのは分かるが、幸か不幸か戻ってくる途中で雨が止んでいた。帰り道のどこかで無くしたなら探すのは一苦労ね。

「どこかに落としたとかですか?」

「いや、忘れてきた場所はたぶんわかっとるんじゃが……違ったら面倒じゃのう」

「目星ついてるんですね、なら俺取ってきましょうか?」

須賀くんがすかさず立ち上がる。雑用が板についてきたわね。なんて、私の言えた義理じゃないけど。

「お、ええんか? すまんのう京太郎」

「いえ、それで忘れてきた場所って」

「トイレじゃ、一階の入り口近くのとこの」

「えっ」

須賀くんの顔が強張る。まこも意外と意地が悪い。

「冗談じゃ、自分で行くからあんたは座っとりんしゃい」

「はーい……」

一階のトイレっていうと、買い出しのときにまこと別れたあのときかしら。地味に遠い、咲だと二回に一回は迷子になりそうだ。

……! 閃いた。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:34:19.59 ID:YwSoJMOz0
「ほいじゃあ、行ってくるわ」

「ストップ、まこ!」

「なんじゃあ?」

「咲に行ってもらいましょ」

「はぁ?」

五人が五人とも意味がわからないって顔をしている。文字通りの意味なんだけどなぁ。もしや[咲に]のイントネーションが[先に]と聞こえてしまったんだろうか。もう一度言い直す。

「その財布は咲に取りに行ってもらいましょう、ってこと」

「いや、それはわかっとんじゃが」

「咲に行かせるくらいなら俺が女子便入りますよ!?」

「落ち着け京太郎、公衆の面前で言うことじゃない! 咲ちゃんじゃなく私が行くじょ」

「そうですよ部長、染谷先輩に何か用なら咲さんじゃなく私か優希が行きます」

揃いも揃って、君らは咲を何だと思っているのか。
それにしても、うーん、須賀くんに女装させて行かせるというアイディアは捨てがたい。普段だったら一考の余地ありだったけれど、残念ながら今回は他に理由がある。

「まぁまぁみんな、咲に行かせるのが不安なのはわかるけど」

咲が小さく「え」と漏らしたが気にしない。

「それでも今回は咲に行ってもらうわ、いつまでも方向音痴の迷子ちゃんってわけにも行かないでしょ?」

「それでも」

「いいからいいから」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:56:46.34 ID:YwSoJMOz0
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24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:57:41.17 ID:YwSoJMOz0
頑固な和のわりには、案外あっさり引いてくれた。
こういうときは先輩って立ち位置は便利だ。一年早く生まれだけで相手より偉くなれる。あと10年も経てばそんなもの何の意味も無くなるというのに。

「ということだから咲、お願いしていい?」

「は、はい。行ってきます」

咲が駆け足で去っていく。人混みのなかで走ると、

「うわぁっ!……ととっ」

あ、躓いた。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 15:59:37.51 ID:YwSoJMOz0
足がかかった相手に頭を下げ、咲が扉に向かっていく。その後ろ姿が見えなくなるのを見届けて、まこが話を切り出してきた。

「それで?」

「ああ、さっきの買い物の値段なら覚えてるわよ。今渡しちゃうわね」

「はぐらかすならもっと丁寧にやらんか」

手厳しい。
残った一年生たちに視線を向けると、話題はなにやら須賀くんがハギヨシさんや美穂子に習ったらしいクッキーやらパンケーキやらに移っていた。意外にも優希より和が食いついている。

そのまま二秒ほど凝視すると、視線の意図が伝わったのかまこが声のトーンを落とす。

「今度はなにを企んどるんじゃ」

「心外ね、別になにも」

「ちゃんと話せばわしのもん出汁にしたのは多目にみたるが」

うぐ。正直あんまりおおっぴらにしたくない話だけど、ここでまこに話さないのは確かにダメなんだろうな。

「悪かったわ。ただちょっと、咲が姉と話すための後押しをね」

「後押し? なんで傘取りに行くのがそうなるんじゃ」

「私と咲が戻ってきてから20分くらいでしょ? そろそろ個人戦決勝組のインタビューが終わる頃なのよ」

「はぁ。まさか、それで都合よく咲が姉と遭遇する言うんか」

呆れたような視線がまこから向けられる。そりゃそうだ、普通は起こり得ないし仕方ない。普通ならば。

「そんなタイミングよく終わらんじゃろ、実際和のときは時間延びとったし」

「まこ、私の麻雀のスタイルは?」

「うん? なんじゃ藪から棒に、悪待ちのことか?」

「そう、だから咲に一人で行かせたのよ」

「話が見え……いや、そうか。『咲一人で出歩かせるという悪い待ち』っちゅうことか」

「うん、そんな感じ」

私の悪待ちは、ジンクスというよりはもはや特性と言っていい類いのものだけど……どうやらその特性は麻雀以外でも発揮されるらしい。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:03:53.62 ID:YwSoJMOz0
つまり今回の私の企み、もとい算段はこうだ。

宮永照のインタビューが終わる辺りに咲にも出歩かせる。
宮永姉妹の噂に名高い迷子スキルなら部屋を出る時間が多少ずれようとも接触の可能性はある。
可能性があるなら、私の特性でその可能性を上げる。
そのために、忘れ物回収という目的の達成への、悪い待ちという大義名分で咲を送り込む。

「・・・ってことよ」

「なるほどのう。そういうことならまあ、わしを出汁にするくらいかまわんわ」

まこのお許しが出たし、話した甲斐はあった。あとは咲のほうが上手くいけばミッションコンプリートだ。

「かまわんのだか、流石に無理があるプランだったんじゃと思う」

「え?」

「ん」

まこに促されて待ち合い室の扉のほうを見てみる。自ら元の位置に戻ろうとしる扉は、閉まりきる一歩手前で減速しているところだった。
これは……思ってた以上にお早いお戻りで、宮永照。


予想外。なんでこんなに早くに、いや、考えるまでもないか。
宮永照の前に入ってきたもう一人を見れば一目瞭然だ。弘世菫が行動を共にしてきたんだろう。

うーん、なかなか上手くいかないものだ。
というかこの悪待ち、麻雀みたいに「悪い待ち」や「良い結果」ってのが明確にわかるならともかく、日常生活ではどうにも使い勝手がよくない。
悪い待ちと呼ぶには不足してたのか、それとも求めるリターンが大きすぎたのかしら。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:05:27.36 ID:YwSoJMOz0
つまり今回の私の企み、もとい算段はこうだ。

宮永照のインタビューが終わる辺りに咲にも出歩かせる。
宮永姉妹の噂に名高い迷子スキルなら部屋を出る時間が多少ずれようとも接触の可能性はある。
可能性があるなら、私の特性でその可能性を上げる。
そのために、忘れ物回収という目的の達成への、悪い待ちという大義名分で咲を送り込む。

「・・・ってことよ」

「なるほどのう。そういうことならまあ、わしを出汁にするくらいかまわんわ」

まこのお許しが出たし、話した甲斐はあった。あとは咲のほうが上手くいけばミッションコンプリートだ。

「かまわんのだか、流石に無理があるプランだったんじゃと思う」

「え?」

「ん」

まこに促されて待ち合い室の扉のほうを見てみる。自ら元の位置に戻ろうとしる扉は、閉まりきる一歩手前で減速しているところだった。
これは……思ってた以上にお早いお戻りで、宮永照。


予想外。なんでこんなに早くに、いや、考えるまでもないか。
宮永照の前に入ってきたもう一人を見れば一目瞭然だ。弘世菫が行動を共にしてきたんだろう。

うーん、なかなか上手くいかないものだ。
というかこの悪待ち、麻雀みたいに「悪い待ち」や「良い結果」ってのが明確にわかるならともかく、日常生活ではどうにも使い勝手がよくない。
悪い待ちと呼ぶには不足してたのか、それとも求めるリターンが大きすぎたのかしら。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:06:47.19 ID:YwSoJMOz0
そんな思考に耽っていると、ふいに腰のあたりに小刻みな震えを感じた。

携帯電話を取り出す。表示されている名前は「竹井久」、咲に貸している端末からだ。

「はい、もしもし」

『部長、あの、ここどこなんでさしょうか……』

期待を裏切らない第一声ね、さすが咲。電話越しにここがどこかなんて言われてもわかるわけは無いけれど、お陰さまでこちらも迷子の対応は百戦錬磨だ。

「落ち着いて咲、周りになにか目印になるものは?」

『いえ、普通の廊下で特には……』

「今何階にいるの?」

『二階……だと思います』

「そう、周りに人はいる?」

『人ですか? はい、何人か』

「じゃあ人の流れるほうについていって、そしたら多少わかりやすい場所に出るから。係員を見かけたらエントランスのカウンターに案内してもらって。私もそこに行くから」

『はい、わかりました……』

「うん、じゃあ切るわね」

終了ボタンをタップし、スマホをしまうと、通話を聞いていたのか一年生三人がこちらに視線を向けていた。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:09:03.17 ID:YwSoJMOz0
「咲ちゃんからか?」

「うん、迷子だって」

「またですか……」

「ちょっと迎えに行ってくるわね」

「部長がですか? 俺行きますよ」

「いいわよ、すぐだしくつろいでて」

「まあまあそう言わず、部長こそクッキーどうですか」

「ああ、うん。美穂子に教わったんだっけ。上達した?」

「はい、自信作ですよ!」

ふぅむ、自信作かぁ。女子力が服来て歩いてるような存在の美穂子に教わったんなら確かに、そう言うほどにはなるのかもしれない。
美穂子は教えるの上手そうだし、須賀くんも結構器用だしね。
にしても……そっか、クッキーか。

「ねぇ須賀くん、そのクッキーあとどのくらいあるの?」

面目無さげに須賀くんが答える。

「どのくらいか、ですか。だいたい30枚くらいですね、ちょっと張り切りすぎちゃって」

「いえ、調度よかったわ」

「え?」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:09:55.49 ID:YwSoJMOz0
『宮永照菓子狂い説』なんてのが一部で囁かれていたりする。過去に何度か「品行方正に見えるチャンピオンですが、何か意外な欠点とかは?」と訊かれた弘世さんが「焼き芋屋の匂いに釣られていつの間にか消えていた」とか「虎姫でお菓子パーティなんてのを開いたときに、照が設けた虎仕様というドレスコードを自分で忘れていて危うく不参加になるところだった」とか述べたのが火種らしい。

流石に二つ目の話は脚色アリだろうけど、この数日インハイで得た情報や咲の話から私は、どうやらそのお菓子好きは本当らしいと思っていた。

「咲のところにはやっぱり私が行く。その代わり、一つお願いしたいことがあるの」

「お願い、ですか。なんでしょう」

「そのクッキー、白糸台にお裾分けしてきてくれる?」

「白糸台? これまたなんで」

「名門白糸台と親しくなっといたら来年以降いろいろ良いことあるかもでしょ?まこも一緒にね」

もちろんこんなのは建前。悪待ちがダメならトロイの木馬だ。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:13:18.87 ID:YwSoJMOz0
-1階・インフォメーションカウンター付近-

まこ達のところを離れて五分ほどで約束の場所に着く。そこにはオロオロと周りを見渡す少女が立っていた。決して低くはない体躯のわりに小動物然として見えるのはその挙動のせいなんだろう。見まごうわけもない、咲だ。

「おまたせ、咲」

「あ、部長!よかった」

喜から一転、咲の顔が哀色になる。

「すいません、また手間とらせてしまって……」

「あらいいのよ、日常茶飯事でしょ?」

「そ、そこまででは無……いや、どうなんだろう。あるのかな」

「ふふ、冗談。今回のは私のせいみたいなところもあるしね」

「?」

「皆待ってるし、ちゃっちゃとトイレ寄って戻りましょ」

まこの傘を回収任務は忘れちゃいけない。外まで探して回るのは御免被りたい、トイレに残ってることを祈りましょう。

「部長、そのことなんですけど」

「うん?」

「染谷先輩の傘ってこれですか?」

驚いた。黄緑色に黒のドット、間違いなくまこの物だ。

「うん、そう。でもどうして咲が?」

「部長より先にここに着けたので一応受付の人に聞いてみたんです。『トイレにあった傘の落し物は届いてませんか』って。そしたらこれを渡されて」

「あー、」

そりゃそうか。まこがトイレに忘れたとしても、そうでなくてコンビニ返りに落としたとしても、それが館内だったらここに届くんだ。訪れる優先度的には二番目に来る。我ながら抜けていた。

「ナイス!危うくコンビニまで無駄に歩くところだったわ、ありがとね咲」

「いえ。元はと言えば私が迷っちゃったからここに来るはめになっただけですし、怪我の功名ですよ」

怪我の功名。なるほど、ある種これも悪待ちかもしれない。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:15:12.60 ID:YwSoJMOz0
「まぁなんにしてもこれで真っ直ぐ戻れるわね。そうだ!須賀くんお手製のクッキー、何枚か残しといてもらってるのよ」

「京ちゃんのですか?やった!」

「須賀くん、もう咲にも女子力で勝ってるんじゃないかしら?このインハイ中結構調理場借りてたみたいだし」

「そ、そんなことないですよ!私だってクッキーくらい焼けますし」

おお、咲が食い気味に言い返してくる。けっこう珍しいかもしれない。

「それに京ちゃんはあれでも運動得意ですから、むしろ男子力のほうがあります」

何だかツッコミの方向がズレてる気がするんだけれど……、というか男子力ってなんだろうか。

「あ、そういう話なら部長だって……」

「私? いいのよ、私は女子力なんt」

「結構男子力も高いですよね」

そっちかい。
六分咲きくらいの笑顔で言ってる、そのあたり悪気はなくってむしろ褒め言葉のつもりなんでしょうけど。

「いやー、それ咲に言われると……ちょっとショックかも」

「えっ!ごめんなさい……」

「いいの、悪い意味じゃないのはわかってる」

さっきと打って変わって、あたふたする咲をなだめながら言う。
普段からあんな振る舞いしてちゃ当たり前の評なんだろう。
自分で贔屓目に見てもずぼらで素行もよくないと思うし、お陰さまで「かわいい」なんて評されたことは過去に一、二回しか無い。
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:55:20.49 ID:YwSoJMOz0
清澄陣営に戻ると、須賀くんとまこ、二人の尖兵が既に戻っていた。

「意外と早かったのね二人とも。はいまこ、これ傘ね」

「お、あったんか。よかったわ」

「見つけたのは咲だけどね」

「そうなんか、ありがとのぅ、咲」

「いえ、はい」

「それで、白糸台はどうだった?」

単刀直入に聞くと、須賀くんが気持ち肩を落としながら答える。

「それがですね……受け取ってもらえませんでした」

「受け取ってもらえなかった? クッキーを?」

「ですね、間に合ってるって」

「ぼちぼち応援組も広間に集合だって、帰り支度しとったわ」


門前払い……狂が付くほどというのは、やはり噂に過ぎなかったんだろうか。でもなにも、白糸台の女子は宮永照一人じゃない。


「うーん、五人揃ってクッキー嫌いとかなのかしら?」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 16:56:44.85 ID:YwSoJMOz0
「いや、OGが差し入れ持ってきてたみたいですね」

「OGが?」

「はい、結構な量のパンケーキを、手作りだったみたいです」

流石に量が多かったってことかしら。なんて間の悪い。
麻雀を長くやってるからか、何となくわかる。こういう、自分に落ち度がなくても上手くいかないことが続くときは手を引いた方がいい。
落ち度があれば「調子が悪い」と思えるけれど、落ち度がないとヒートアップしてしまいドツボに嵌まりやすい。きっと俗に言う、流れが悪いってヤツなんでしょうね。

「なんか咲の姉が優勝のご褒美にその先輩のパンケーキが食べたいって言ったらしくてのう。『せっかく先輩が作ってきてくれたから……』とかなんとか、血涙流しそうな表情で断られたわ」

「向こうの大将は、両方食べればいーじゃん!とか言ってましたね。食べ過ぎだって止められてましたけど」

「あーやっとったのう。『私は食べた分全部胸に行くからいいんですー亦野先輩と違ってー』とか言い出したんは、吹き出さんようにするんが大変じゃった」

「全部胸に行く、のどちゃんみたいだじょ」

「失敬ですね。私だってお腹に溜まらないよう日々苦労してるんですよ? 代謝が良くて脂肪が溜まらない優希が羨ましいです」

「じょ? そんな面と向かって言われるとなんか照れるじぇ!」

横から小さく(わたしもたいしゃいいのかなぁ……)という音が聴こえた気がしたけど、他の皆も反応を見せない。たぶん気のせいでしょう。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:03:19.05 ID:YwSoJMOz0
「にしても、そっか。お姉ちゃんは今もお菓子好きなんですね」

「みたいじゃのう、お姉さんは小さい頃からお菓子好きだったんか?」

「はい、よく賭け麻雀でオヤツの量多い方取られてました。あはは……」

「ハッ! もしや咲ちゃんのお姉さん、お菓子食べると麻雀強くなるのか?」

「いや、そんな優希ちゃんみたいな」

「え? なりませんか? 麻雀って結構頭使いますし」

「あー。うん、そうだね」

「和ちゃん、今はそういう話じゃないじょ」

「……?」

「チャンピオンくらいの実力者が賭けでお菓子争奪とは、大人げ、いや容赦ない姉じゃのう」

「そう……ですね。いえ、でもまだ小学生でしたし、それに」

咲が言葉を詰まらせる。少し俯き、目線はどこを向いているとも言えない。

「なんだかんだ、楽しかったなぁ」

「咲……」



なにを日和っていたんだろう、私は。時間があるなんて妄言だ。最初から、もっとシンプルに行くべきだった。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:05:27.54 ID:YwSoJMOz0
「……さあ、駄弁るのもそろそろおしまい。そういうことなら須賀くんの自信作は私と咲で頂いていくわ。一旦お開きにしましょ」

「あれ、お開きっすか。 一回みんなで宿に戻るんじゃ?」

「そのつもりだったんだけどね。他の学校もぼちぼち解散だろうし、お目当ての人がいるなら一回戻るより会場にいるであろう今のほうがいい。でしょ優希、和」

「それはそうですね」

「む! もう行っていいのか?」

「ええ、いいわよ」

「やた! 行くじょのどちゃん、善は急げだ!」

「ちょっ……! 優希!花田先輩は逃げませんから」

和の呼びかけ空しく、半ば引きずる形で優希が慌ただしく部屋を出ていった。

優希の横暴ぶりは見慣れていると言わんばかり、特に意に介することなく須賀くんが咲の方を向く。


「咲は今からどうするんだ?」

「うーん、私は特に用事ないし帰ろうかな」

「そっか、じゃあ一緒に」

「ごめん須賀くん。咲はちょっと用事があるの」

「あ、そうなんですか。大丈夫です。……何があるんだ咲?」

「えっと、何があるんですか部長?」

咲には特に何も言ってなかった。もちろん、用事なんてないんだしね。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:06:22.91 ID:YwSoJMOz0
適当にお茶を濁すのは簡単だけど避けたいのは、まこや須賀くんが「宿に戻る」という選択をすることだ。なんせお目当ての方向が一緒になってしまう。ならば、背に腹は変えられない。

「さっき、まこといるときに記者の西田さんに会ってね。なんでも咲にもうちょっと話を聞きたいらしいのよ」

まこが怪訝そうにこちらを一瞥する。が、すぐに素に戻る。

「……そうじゃのう、皆用事があるんならわしはコネ作りにでも出るとするわ。来年のこともあるしのう。京太郎、あんたも来んさい」

「俺ですか、いります?」

「いるわ、こんないたいけな少女に単身他校に切り込め言うんか」

「いたいけ…少女?」

「ふんっ!」

「ぐえっ!!」

須賀くんの腹部を、まこが傘で的確に突く。加減はしていたんだろうけど生憎あたりどころが悪かったみたいだ。膝から崩れ落ちる。

「み、鳩尾……」

「あ! す、すまん京太郎。そういうつもりじゃ」

うわあ、痛そう。須賀くんが顔を床に突っ伏したまま小刻みに震える。
とはいえ折角まこが話を合わせてくれたんだ。須賀くんには悪いけど、構ってられない。今は数秒が惜しい。

「じゃあ、行くわね。須賀くんお大事に」

「えっと、頑張って京ちゃん! 一分ぐらいで痛みは引くだろうから『痛覚なんてただの電気信号、脳の錯覚だー』って思えばいいんだよ」

「なんだそりゃ……まあ善処するよ。咲もファイトな」

なんとか声を絞りだす須賀くんと背中を摩るまこを横目に、場を離れる。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:16:33.42 ID:YwSoJMOz0
待ち合い室を出て、二階に降りたあたりで咲が訊ねてくる。

「それで部長。その、記者さんと会うのってどのくらいの時間なんですか?」

WhenとWhereより先にHowとは。
らしいと言えばらしいのかもしれない。
でも残念ながらその問いかけには答えれない。

「ゴメンね咲。実はさっきの、作り話なのよ」

「作り話? じゃあ、今からインタビューされるんじゃないんですか!?」

咲がぱぁっと明るい顔を浮かべる。そんなにマスコミが苦手なんだろうか。

「あれ。でもそれじゃあ今から何をするんですか?」

「ああそれは、あなたのお姉さんのところに突撃しようかなって」

「えっ」

咲が色を失ったような声を出す。いきなり天王山に向かおうと言われたんだ、当然なんでしょう。

「急で悪いとは思うわ。でもインハイ中での対話が適わなかった以上、こうするのが手っ取り早い。咲もお姉さんに会いたいでしょ?」

「私は……」

なにかを言いあぐねているようだけど、生憎今は急がなければ白糸台が帰ってしまう。言いづらそうにしているならば無理には訊かない。

「大丈夫、私もついててあげるから。たぶんまだ外の広間にいるわ」

「ぁ…。はい、すいません」

「ちょっと早足にするわね」

咲を背にするように前に出て、まばらにいる人の中を切り抜けて出口に向かう。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:18:41.97 ID:YwSoJMOz0
会場の外に出るとすぐ、右手側50mほどのところにお目当ての制服は目に入った。白糸台高校、その生徒とおぼしき人達が20人ほど、思い思いに雑談をしながら散在している。そして、散々ビデオで観たからだろう。すぐさまその集団の中に、見覚えのある顔を見つける。

モデルのような長身に青がかった長髪、加えてその目付きの鋭さだ。あとは制服を黒にでも染め上げれば、彼女を知らない人はいわゆる不良と思いかねない。
白糸台部長弘世菫。もっとも、この会場で彼女を知らない人は片手で数えれる程度しかいないだろうけれど。

真っ正面から近づき、10mほどまで来たところで流石に向こうも気がついたらしい。目線が合う。


「あれ? 清澄の……」

「や、弘世さん。 今ちょっといいかしら?」

清澄、という言葉に反応したんだろうか。そこら中から白糸台生の視線が集まる。あまり歓迎されている風ではなさそうだ。

弘世さんが周りをぐるりと見回すと、大方の視線は自然消滅していく。

「なんだかすまないな。皆悪気があるわけじゃないんだが、なにか用なら場所を変えようか?」

悪気がないというのは、誤りではないんだと思う。
集中した視線と同時に聞こえてきたワードの多くは「宮永」や「姉妹」というものだった。察するに、彼女達の興味を引いたのは咲のほうだろう。

「だ、そうだけど咲。どうする?」

「いえ私は、大丈夫です」

「そう。ならさっそく本題といこっか」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:20:49.32 ID:YwSoJMOz0
咲から切り出したいかもと思って少し間を空けるが、私の影に隠れたままなので言葉を続ける。

「宮永照に会いたいんだけど、今って外してる?」

「照に? ……ああ」

咲の方をちらりと見て、合点がいったというように弘世さんが低く唸る。

「アイツなら会場の中に行ってるよ。うちの一年坊が忘れ物をしてな、それについていった。時間的にはそろそろ戻ってくると思うんだが」

「待たせてもらってもいい?」

「そっちがいいなら構わない」

「ありがと。咲、こっち座りましょ」

「あ、はい」

五歩ほどのところにあったベンチによいしょと腰掛ける。

「そういえば、さっき照が世話になったらしいな。礼を言わなければ。ありがとう、助かった」

「さっき? あー会見前のね。あのくらい気にしないで。あの感じだとよく迷子になるんでしょ?」

「バレてたか。だからこそ気を付けてはいるんだが、本人が気にする様子がなくてなかなか上手く……」

prrrrr.
突如、無機質なメロディが響く。ポケットに入った携帯電話に触れるが、私のではなさそうだ。
咲の持っているスマホも、私のものなので音が違うのはわかる。

「っと、すまない私のだ。ちょっといいか」

「どうぞ、お構い無く」

学校指定の鞄なのだろうか。質素な紺色の手提げから、弘世さんがスマホを取り出す。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:22:16.52 ID:YwSoJMOz0
画面を見てしかめ面で、また迷子じゃないだろうな……と呟いている。おそらく電話の相手は、

「ちょうどいい。照からだ」

でしょうとも。

「もしもし。ちょうどよかった。こちらも一つ用だったんだが……どうした、照」

『き……………こと……る』

「聞きたいこと? 道順か」

『………な…』

「なんだ違うのか、それは良かった」

『…の……に…みれの………に?』

「私の?いや、お前のが先でいいよ」

『…………も……』

「いいのか? わかった。実はお前に客人が来ててな」

『……けい……』

「ん? そうだが、よくわかったな」

『…………らね』

「なんだ。じゃあお前の用もそれ絡みか」

『…ん……つた…………って』

「なに!?」

何を話しているんだろう。所々の音は聞こえてくるが、大方は雑踏によってかき消される。弘世さんの浮かべた驚きの表情が、次第に苦虫を噛み潰したようなものに変わっていく。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/27(金) 17:23:44.61 ID:YwSoJMOz0
「照。本当に、そう伝えていいんだな? ………………ああ、わかった」

弘世さんがスマホを下げこちらに目を向ける。まだ通話は切っていないようだ。

「聞いてただろうけれど、照からの言伝てだ。只な…… うん。竹井さん、少し耳を貸してくれ」

手招きをする弘世さんのもとに拠り、顔を寄せる。咲はなんだかばつの悪そうな顔だ。

「照が、どういうわけか竹井さんと……その、宮永咲がここに来てるんじゃないかと言っててな。それで、来てると言ったら『会う気はない』と」

「……そう」

耳打ちにしたのは、弘世さんの優しさか発言者の意思通りか。どっちにしても指名が私ひとりな時点で、なんとなく内容は予想できていた。うん、落ち着け私。

「弘世さん。電話、貸してくれないかしら? 話がしたい」

そう囁くと一考した様子で口元に手を当て、弘世さんが答える。

「すまないが、それは出来ない」

「どうして?」

「たぶん今の照とじゃ話せる状態じゃない」

「そう。なら彼女をここに呼んでもらえる?」

「そんなこと、なおさら出来るわけないだろう」

平行線。お互いが黙りこくり、弘世さんのスマホの通話時間だけが変化していく。電波の向こう側にいる人物も、ただ静かに待っているようだ。
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