D.CUIgnorance Fate【オリキャラ有】

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1 : ◆/ZP6hGuc9o [sage]:2018/11/24(土) 15:11:52.79 ID:ocV8lRAh0
D.CUのSSです。開始前にいくつか

・D.CUP.Cの友情エンド(シーンタイトル:バカ騒ぎできる友達)からの分岐の話となります。

・オリキャラが出てきます。と言うかオリキャラ中心の話になります。

・本編 al fine、da capo のネタばれを含みます。

・桜エディション発売おめでとう!D.Cシリーズが気になってる人は是非買ってね!(ダイマ)

>>1は初代未プレイなので、作中に矛盾が発生する可能性あり。その場合は生暖かい目で見守りください

以上のことを踏まえて大丈夫という方はどうぞ。そうでない方はそっ閉じ推奨
次から本編開始です



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1543039911
2 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:16:32.56 ID:ocV8lRAh0
                                         12月24日(木)

義之「はぁ………」

桜公園のベンチに座るなり、深いため息が口から漏れた。音姉に聞かれたら注意されそうだな。
しかしそれも無理はない。
なにせ……

義之「あの二人にずっと付き合わされてたからなぁ……」

誰に言うでもなく呟く。
今は夜中。あの二人に解放された俺は、すぐに家に帰る気になれず、なんとはなしに桜公園へと来ていた。

義之「でも、寒い……」

寒いのは当然といえば当然。季節は冬だし、今は夜中。
雪が降っていないというだけが幸いだった。

義之「じっとしてたら死ねるな、これは……」

そう判断した俺はベンチから立ち上がり、適当に散歩をすることにした。

桜が咲き誇る中、一人で適当にぶらつく。

義之「明日から冬休みかぁ……」

学校の仲間と毎日会えなくなるのはちょっと寂しいけど、ゆっくりできるのならそれはそれでいい。
それに、会いたくなったら連絡を取り合って遊べばいいだけだしな。
3 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:17:55.60 ID:ocV8lRAh0
冬休みをどう過ごそうかと考えながら歩いていると、気がついたら枯れない桜の木の近くにまで来ていた。

義之「……ん?」

その桜の木のすぐそばに、人影があった。

義之(誰だ……?)

別に見つかってまずいというわけでもないのだが、つい条件反射で隠れてしまう。

義之(……って、これじゃ俺ただの不審者じゃん……)

そう思いながらも、隠れながら様子を窺う。
女の人のようだった。長い黒の髪をほのかな風になびかせながら、桜の木の前で手を合わせなにやらお祈りをしているかのように見えた。

義之(……盗み見はよくない、よな)

そう思い、その光景を気にかけながらもその場を後にした。
4 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:19:48.51 ID:ocV8lRAh0
                                         12月25日(金)

冬休み一日目から昼過ぎまで寝ていた俺は、音姉の襲撃によって起こされた。

音姫「もう、長期休暇だからって、そんなにだらけてたらダメだよ、弟くん」

義之「ふぁぁぁ……別にいいじゃん、休みなんだからさ……」

音姫「そんな生活してたら、いざ学校が始まって困るのは弟くんなんだからね。全く……」

呆れながら、俺の部屋を出て行く音姉。

居間に下りると、昼ごはんが用意されたテーブルを音姉とさくらさんが囲っていた。

義之「あれ、由夢は?」

さくら「由夢ちゃんなら、今日は天枷さんが遊びに来ていて、家にいるよ」

義之「へぇ、天枷がねぇ……」

後でちらっと顔を出しておこうかな。
あいつ、どこか抜けてるから由夢に感づかれるかもしれないし。

昼ごはんを食べ終え、着替えを済ませて家を出ると、ちょうど由夢と鉢合わせた。

由夢「あ、兄さん。ちょうどよかった」

そう言いながら、一枚の紙切れを持って近づいてくる。

義之「あ、お、俺、ちょっと用事が……」

逃げようとした時には、既に服の袖を掴まれていた。

由夢「わたし、今忙しいんだよね。兄さん、ちょっと買いもの行ってきてくれる?」

……やっぱり……。

義之「……念のために聞くが、俺に拒否権は?」

由夢「あるわけないでしょ。はい、これに買ってきてほしいもの書いてあるから。それじゃ、よろしくね」

由夢は自分の用件だけをさくさくと告げると、家の中に戻っていった。

義之「はぁ……仕方ないな」

ため息をつきながらも、商店街へと足を向けた。
5 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:21:39.07 ID:ocV8lRAh0
*          *          *
義之「あ〜、こんなん人に頼む量じゃねぇよなぁ」

ぶつくさ文句を言いながら、膨らんだ買い物袋をぶら下げて歩く。
実際はそんなに重くはないわけだが、由夢のやつこんなにお菓子やらジュースを買い込んで天枷と二人で全部食べるつもりなのか?

義之「一人ってーのも寂しいよな。誰か知り合いがいたら話しながら帰れるってーのに」

独り言を言いながら商店街の中を抜けていく。

義之(なんか腹減ってきたな……。桜公園によってなんか食っていくかな)

帰り道を少しだけ変更して、桜公園に足を向けた。
6 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:24:16.56 ID:ocV8lRAh0
*          *          *

相も変わらず桜の花びらが舞う桜公園。
俺の記憶の中ではこんな光景は日常茶飯事だけど、やっぱり普通じゃないんだよな、これは。

義之(ま、今更ではあるけどな)

今はそんなことよりも、腹ごしらえが先だ。
何を食べようか少しだけ考えた結果、簡単にチョコバナナでいいかという結論に達した。
ペパーミント味を買うことにする。

店員「さて、今日はこれが最後だな」

義之「あれ、もうですか?」

女性「あっ……」

受け取りながら店員に聞く。と同時に、後ろから小さく息を呑む声が聞こえた。

店員「あ〜ごめんね、嬢ちゃん。今日ちょっと仕入れに手違いがあってね。今日はこの兄ちゃんに売ったのが最後なんだよ。すまんねぇ」

申しわけなさそうに頭をかくおじさん。
俺も、後ろを振り向く。

女性「……いえ……」

そこにいたのは、昨日の夜に枯れない桜の木の前にいた女の人だった。

義之「あ、君……」

思わず、そう口にしていた。

女性「はい?」

そんな俺の言葉に反応する。

義之(そういや、この人は俺のことを見たわけじゃないんだよな……)

昨日の夜は一方的だったわけだし。
どうしようか考えて、

義之「これ、よかったら食べる?」

手に持っていたものを差し出した。

女性「え、でも、その……」

差し出したチョコバナナを前にして、戸惑っている。
7 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:26:18.80 ID:ocV8lRAh0
義之「俺のことは気にしなくていいよ」

もう一押し。

女性「え、と……それじゃ……」

おずおずと手を出してきて、

美夏「おーい、桜内ーー!!」

横槍が盛大に投げられた。

義之「天枷?」

声の主は、天枷だった。なにやら全力疾走で俺の所に近づいてくる。

美夏「す、すまん、桜内。そ、そろそろバナナミンが、切れる……」

俺の近くで立ち止まって、息を切らしながらなんとかそう告げた。

美夏「おお、ちょうど、よかった。その、チョコバナナを、美夏に、くれ」

少しずつ息を整えながら、俺の手に握られていたチョコバナナを攫っていった。

義之「お、おい天枷……」

俺のことなど意に介さずに、チョコバナナを食べる天枷。

美夏「んぐ、んぐ……」

全てを口の中に収めた天枷は、しっかりと咀嚼しながら飲み込んでいく。
……涙を流しながら。
8 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:27:56.76 ID:ocV8lRAh0
美夏「んぐ……ふぅ。なんとか間に合ったか……」

全てを飲み込み終えて、そう呟く。

義之「あのな、天枷……」

美夏「ん?ああ、すまんな桜内。助かったぞ」

義之「いや、それはいいんだけど……」

美夏「あ、そうだ。桜内、由夢に頼まれた買い物はどれだ?」

義之「ああ、これだけど……」

もう片方の手にぶら下げていた袋を持ち上げる。

美夏「一応名目上はそれをもらってくると由夢に言って家を飛び出してきたから、持っていく。ありがとうな、桜内」

そう言って、俺の両手に握られていたものは二つとも天枷に掻っ攫われた。
……ちょっと言い方悪いかな。

美夏「じゃあ、美夏はもう行くぞ。桜内にも連れがいるみたいだしな」

天枷に言われて、改めて思い出した。そういえば、この人と話をしていたんだった。

女性「………」

颯爽と去っていく天枷を、その人は物珍しそうに見送っていた。

義之「あ、その……ごめん。チョコバナナ、とられちゃった……」

ごまかし笑いを浮かべながら、さっきまでチョコバナナを握っていた手をひらひらさせる。

女性「……え、あ、はい……」

ぽかんとしながら、それだけ返事をしてきた。

義之「……ま、今日はもう営業終わったみたいだけど、また明日来ればいいさ」

女性「……ふふ。はい、そうですね。それじゃ、わたしはもう行きますね」

そう言い残すと、歩いて去っていった。

義之「………。……あ」

名前、聞くの忘れた……。
9 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:28:53.46 ID:ocV8lRAh0
*          *          *

特にぶらつく気にもなれず、そのまま家に帰ってくる。

義之「ただいま〜……と」

由夢「お帰りなさ〜い、に・い・さ・ん?」

玄関には、なぜかとても不機嫌そうな由夢と、ばつが悪そうな天枷がいた。

「ど、どうした由夢?」

半歩後ずさりながら、そう聞く。

由夢「人の頼まれごとの最中に、逢引でもしていたんですか?」

美夏「すまん、桜内。由夢に話してしまってな……」

義之「ああ、そのことか。別に逢引したわけじゃないよ。小腹がすいたから桜公園に寄り道して、そこでちょっとしたトラブルがあっただけ」

事の顛末を簡単に説明してやる。

由夢「ふ〜ん、そうですか。それで、逢引相手は誰なんですか?天枷さんも知らない人だって言ってましたけど」

あぁ、俺の話は無視なのね。

義之「いや、公園でたまたまあった人だよ。知り合いじゃない」

美夏「そ、そうだったのか!?チョコバナナをあげているように見えたのだが……」

ここで天枷が割って入ってくる。話をややこしくしないでくれよ、頼むからさ……。

義之「だからさ……」

結局、実際にあったことを詳しく説明する羽目になった。
10 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:29:43.41 ID:ocV8lRAh0
*          *          *

義之「は〜〜〜、なんか今日は疲れたなぁ……」

夜、ベッドに倒れこみながらそう呟く。

義之「今日は夜更かししないで寝るかな……」

少しの間逡巡したあと、部屋の電気を消した。

義之(明日、また桜公園に行ってみよう……)

もしかしたら、またあの子に会えるかもしれないし。
11 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:31:06.90 ID:ocV8lRAh0
                                         12月26日(日)

翌日の昼、俺は桜公園に来ていた。

義之(いない、な……)

公園の入り口から全体を簡単に見渡す。
明日また来ればいいと言ったから、来てるかと思ったんだけど。

とりあえず昨日の子の分も買っておこうと思いチョコバナナ屋に向かう。

チョコバナナを二つ買い、後ろを振り返る。

女性「こ、こんにちは……」

そこには、昨日の子がいた。

義之「あ、君……」

両手にチョコバナナを持ったまま、唖然としてしまった。
まさか、本当に来るとは思っていなかった。

女性「あ、あの」

義之「は、はいっ」

思わず声が上ずってしまった。

女性「そこ、どいてくれないと、買えないんですけど……」

義之「あ、そうだ」

わざわざ二つ買った理由を思い出した。

義之「これ、昨日あげそこなったチョコバナナ」

右手に持っていたイチゴ味のチョコバナナを差し出す。

女性「え、あ、ありがとうございます」

それを、昨日と同じように躊躇いながら受け取る。
12 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:32:18.50 ID:ocV8lRAh0
杏「ふふふ、事の一部始終、しっかり見せてもらったわ……」

茜「酷いわ義之くんたら、小恋ちゃんというものがありながら浮気なんて!」

その子の後ろから、にぎやかな声が聞こえてきた。その子も後ろを振り向く。

杏「いくらで買収したの、義之?」

義之「人聞きの悪いことを言うな!」

杏と茜だった。二人とも、遊ぶおもちゃを見つけたような含み笑いを浮かべている。

茜「いけないわ、不潔よ、不純よ、義之くん!」

義之「お前もだ、茜」

こん、と軽くチョップを入れる。

茜「いたっ。杏ちゃ〜ん、義之くんが暴力を振るってくるよ〜……」

そう言って、杏に泣きついていく。

杏「あらあら義之、いいのかしら?ないことないこと言いふらすわよ?」

義之「あのなぁ……」

ぼりぼりと頭を掻く。

杏「ほら義之、言いふらされたくなかったらその子が誰なのか白状なさい」

義之「別に誰でもねぇよ。ただそこであっただけだ」

出店の近くを指差して教える。

杏「なにか卑猥なものを渡していなかった?」

義之「ただのチョコバナナだ」

見知らぬ子をそばに置いて、しばらく杏と茜のエロトークに付き合わされる。
13 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:33:59.46 ID:ocV8lRAh0
杏「なんだ……。ごくごく平凡な話じゃないの」

義之「お前らがそっちに持っていきたかっただけだろ」

女性「あの……」

話の途中で、その子が口を開いた。

義之「あ、ごめん。なに?」

女性「わたし、そろそろ行きますね」

義之「あ、ちょっと……」

杏「ごめんなさいね、うちの義之が迷惑をかけたみたいで。もういいわよ」

女性「それでは」

礼儀よく会釈をして、俺が渡したチョコバナナを持ったまま去っていった。
また、名前を聞きそびれたな……。

杏「そういえば、義之」

義之「ん?」

杏「あの子、名前はなんていうの?」

義之「いや、知らない」
14 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:35:42.67 ID:ocV8lRAh0
                                         12月27日(月)

そのまた次の日。

義之「さすがに三日連続で桜公園には来ないよなぁ」

ベンチに座り、今日はクレープを手にそんなことをぼやく。

義之「はぁ……なんか虚しくなってきた……」

自分の分を口に含み、俯く。

義之「もう帰ろうかな……」

女性「あ……」

義之「ん?」

俺の真正面から声を詰まらせる息遣いが聞こえてきた。顔をあげる。

女性「こんにちは。また会いましたね」

義之「ああ、こんにちは」

また会えたな。俺、もしかしてこの人となにか不思議な縁でもあるのだろうか?

女性「何をしていたんですか?」

何をしていた、か……。

義之「別に何もしてなかったな……」

冷静に考えて、そう思う。そうだよな。この人に会える保障もないのにここに座ってたんだもんな。
……あれ?俺ってもしかして周りから見たらただの変な人なんじゃないか?

女性「え、誰かと待ち合わせとかじゃないんですか?」

義之「そうだなー。強いて言うなら、クレープを食べてたかな」

女性「クレープ、お好きなんですね」

義之「なんで?」

女性「だって、両手に持っているじゃないですか」

義之「……あ」

そうだった。もう俺の分はあと一口で食い終わるけど、もうひとつ持っていたんだった。しかも、これ俺のじゃないし。
最後の一口を放り込み、立ち上がる。
15 : ◆/ZP6hGuc9o [sage saga]:2018/11/24(土) 15:36:41.20 ID:ocV8lRAh0
女性「よろしかったら、これも食べますか?」

義之「え?」

そういって差し出されたのは、またもやクレープだった。

義之「あー……………どうも」

なし崩し的に受け取る。

義之「じゃ、代わりにこれあげるよ」

女性「はい?」

俺が最初から持っていたほうのクレープを差し出す。

義之「いや、もともと君にあげようと思って二つ買ってたんだ」

女性「あ、そうだったんですか。はい、それじゃいただきます」

わずかに微笑み、クレープを受け取ってくれた。
16 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:38:10.80 ID:ocV8lRAh0
まゆき「ほほ〜、弟くんはそういう子が好みかぁ」

またもや、死角から声をかけられる。この声は……。

義之「まゆき先輩?」

声のした方、今回は俺の後ろを振り向く。そこにいたのは、聞こえたとおりまゆき先輩。
……それと、もうひとり。

義之「ムラサキ……」

俺のことを良く思っていないどころか、下手すると憎まれているのではないかと思える奴だった。

エリカ「不潔」

一言ずばりと言われる。

義之「なにが不潔!?」

ただクレープを交換し合っただけじゃんか!

エリカ「ふんっ」

ムラサキはそれだけ言うと、まゆき先輩の後ろに下がる。
17 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:39:06.85 ID:ocV8lRAh0
まゆき「なぁに弟くん、この人は彼女さん?」

人をからかう時の不敵な笑みを浮かべながら俺に聞いてくる。

義之「違いますよ。ただの知り合いです」

こういうときは冷静に答えるのがベストだ。

まゆき「ふ〜ん、お互いのクレープを交換し合うただの知り合い、かぁ」

相変わらず楽しそうな顔をしている。

まゆき「わたしがそんな説明で納得すると思ってるのかにゃ〜?」

じわりじわりと詰め寄ってくる。
うぅ……これは捕まるパターンだ……。

女性「あ、あの、わたし、もう行きますね。それでは」

と、その子はまた俺との話の途中で行ってしまった。
……今回は逃げた、という解釈で問題ないだろうな。若干苦笑いだったし。

まゆき「さあ弟くん。まゆき先輩とじーっくりと語り合おうじゃない!」

エリカ「わたしもせっかくだから聞いてあげるわ、桜内」

義之「か、勘弁してくださいよ〜……」

結局、今日もあの子の名前聞けなかったな……。
18 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:41:01.66 ID:ocV8lRAh0
                                         12月28日(火)

あの子と会ってから実に三日に渡って名前を聞きそびれている。今日で四日目だ。

義之「いや、何を期待してるんだ俺は……」

今俺は、自分で作ったお菓子が入った袋を持ってまたも桜公園のベンチに座っている。

義之「まさかまた偶然会えるなんてことはないよなぁ……」

女性「誰と偶然会える、ですか?」

義之「うわっ!?」

いきなり後ろから声が!?だ、誰だ!?
バッと後ろを振り向く。

女性「きゃっ」

その瞬間、黒い何かが俺の視界を覆った。

義之「うおぅっ!?」

何事!?
俺がテンパッていると、徐々に視界が開けてきた。

女性「ど、どうもこんにちは……」

長い髪をかきあげ、ぺこりと、最近は少し見慣れた子が会釈をしていた。どうやら俺の視界を覆っていたのは彼女の長い髪だったようだ。
19 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:42:08.18 ID:ocV8lRAh0
女性「今日も、暇をもてあましていたんですか?」

居住まいを正し、俺に聞いてくる。

義之「あ、いや今日もここにいたら君に会えるかな〜なんて……?」

お、俺は何を言ってるんだ。これじゃナンパみたいに聞こえるじゃんか!

女性「え、あ……」

その子もどう解釈したのか、顔を赤くして黙り込んでしまった。……き、気まずいっ!

義之「そ、そうだ!これ!」

がさっ、と袋を持ち上げる。

女性「え、と、それは?」

おずおずと指差しながら聞いてくる。

義之「これ、俺が買ってきたお菓子。今まで色々迷惑かけたからさ」

女性「あ、どうもありがとうございます」

その袋を受け取り、またも頭を下げてくる。
20 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:43:00.03 ID:ocV8lRAh0
ななか「おーい、義之くーん!」

遠くから、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。この声は、ななかかな?

ななか「やっほ、義之くん」

俺の近くまで歩いてくる。その隣には、小恋もいた。

小恋「何してるの、義之」

義之「いや、この人と話してたんだ」

話していた子に目を向ける。

小恋「誰?この子」

義之「いや、実は……」

ななか「桜木……さん?」

義之「え?」

突然、ななかがそう言った。

桜木「こんにちは、白河さん」

その子も、ななかに挨拶する。

義之「知り合い?」

二人を交互に見ながら、聞いてみる。

ななか「わたしのクラスメイトだよ」
21 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:46:06.88 ID:ocV8lRAh0
桜木「あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。桜木花穂(さくらぎ かほ)と言います」

ぺこりと、俺と小恋にお辞儀をする。

小恋「初めまして。月島小恋です」

小恋もそれに習うように挨拶。

義之「俺は桜内義之。よろしく」

俺は簡単に挨拶を済ます。

ななか「どうも初めまして、白河ななかです」

花穂「ふふっ、白河さんは三人とも面識あるんじゃない?」

ななか「いやー、この流れなら挨拶しなきゃかな?って。んじゃ、行こっか、小恋」

小恋「あ、うん。じゃあね、義之、桜木さん」

二人は元々用事があったのか、あっさりと行ってしまった。

義之「えーと、桜木?」

花穂「はい?」

義之「いや、今更になって名前を知ったからさ……」

ようやく名前を知ることができたな。昨日まで色々邪魔が入ったからなぁ。

花穂「あなたは、桜内さん……ですよね」

義之「君は、俺のことを前から知ってたの?」

俺からはずっと名前を聞きそびれていたけど、桜木の方は俺に名前を聞くタイミングはいくらでもあったよな。

花穂「ええ、まぁ。校内でも随分有名人ですので」

ふふっ、と小さく笑っている。
22 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:48:02.33 ID:ocV8lRAh0
義之「いやぁ〜はは、なんか一方的に知られてるのって結構恥ずかしいもんだなぁ」

花穂「……あ」

腕時計で時間を確認した桜木は、いきなり小さく声を出した。

義之「ん?どうかした?なにか用事でもあるの?」

花穂「はい、ちょっと……。すみません、今日はこれで失礼します」

会った時と同じように会釈をすると、その場を立ち去った。

義之「あ、ちょっと!」

それを、呼び止めている自分がいた。

花穂「はい?」

立ち止まって、振り返る。

義之「明日も、俺ここにいるから。通りかかることがあったら話しかけてよ」

自分でも不思議だった。なんでこんなことを言ったんだろう。でも、

花穂「はい、わかりました」

なんだか楽しい冬休みになりそうだと、そんな気がしていた。
23 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:50:52.96 ID:ocV8lRAh0
桜木 花穂(さくらぎ かほ) パーソナルデータ

誕生日 12月24日

風見学園付属3年2組在籍。ななかのクラスメイト。クリパ当日の夜、枯れない桜の木の前にいるところを義之に目撃される。

性格は控えめで、少々恥ずかしがりや。基本的に礼儀正しい。

消極的ではあるが、自分の中にしっかりとした芯を持ち、それに反するようなことはしないし、一度決めたことは貫き通す強さも持ち合わせる。

しかしその性格が災いし、融通の利かないところもある。アクセサリー類が好きで、その手の店によく行っている。しかし買ったアクセサリーの大半は身に着けず、自分の部屋に飾っている。
24 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/24(土) 15:51:52.40 ID:ocV8lRAh0
本日はここまで

桜エディション発売前には完結まで行きたい
25 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 22:54:58.41 ID:4gqNM10m0
                                         12月29日(水)

音姫・由夢「お邪魔しまーす」

玄関から音姉と由夢の声が聞こえてくる。

音姫「お、弟くん!?」

由夢「に、兄さん!?」

居間に顔を出した二人は、声を揃えて俺を見た。

義之「いらっしゃい。ほら、朝ごはんできてるよ」

ちょうどご飯を盛った茶碗も全て置き終わって、自分の定位置に座る。

義之「そうそう。今日はさくらさん、学校で仕事があるからって朝から出てるよ」

音姫・由夢「………」

俺の話を聞いているのかいないのか、二人は居間の入り口でぽかんと口をあけたままだった。

義之「どうかした?」

由夢「兄さん、どうしてこんなに早起きなんですか?」

音姫「明日は冬の雨でも降るのかな〜……?」

二人は割と本気でそんなことを言っているようだった。

義之「失礼だな二人とも。俺だって休みの日もたまには早起きくらいするよ」

二人の言動に苦笑する。そんなにめずらしかったか?
26 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 22:56:03.02 ID:4gqNM10m0
三人手を合わせ、いただきますの挨拶。

音姫「弟くん、今日はなにか用事ある?もし暇だったら、由夢ちゃんと三人で買い物にでも行こうよ」

音姉がそんな提案をしてくる。うーん、用事かぁ……。

義之「えーと……あるといえばあるし、ないと言えばないとも言い切れないような……」

曖昧な返事。

由夢「兄さん、下手な嘘ならやめなよ。ただ単にわたしたちの買い物に付き合うのが面倒なだけでしょ?」

ジト目で睨まれる。

義之「いや、本当なんだって」

昨日のことを思い出す。

義之『明日も、俺ここにいるから。通りかかることがあったら話しかけてよ』

今思えば迂闊な発言だったよなぁと後悔する。

音姫「えー、弟くんと買い物行ーきーたーいー!」

駄々をこね始めたよ……。

音姫「よし、それなら言い方を変えよう!弟くん、今日はわたしと由夢ちゃんに付き合いなさい!」

強制ですか!?

義之「いや、俺には俺の都合があるというか……」

音姫「だって弟くん、休みに入ってからずっといないんだもん。ちょっとは家族サービスだと思って、付き合いなさい!」

由夢「そーだそーだ!」

由夢も音姉の援護攻撃に回る。こ、これは厄介だな……。

「ごめん!せめて明日にしてくれ!」

箸をおいて、両手を合わせて謝る。

由夢「……むー」

音姫「そっかぁ……。弟くん、今日は都合が悪いんだね。わかった……」

二人とも不満そうだ……。ってか音姉、そんなにしょんぼりすることないじゃん……。なんだか罪悪感……。
27 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 22:58:18.31 ID:4gqNM10m0
*          *          *

桜木に告げたとおり、昨日と同じ場所に座り、何をするでもなくただぼんやりとする。

義之「うーん、考えてみれば考えてみるほど不審者な気がしてきた……」

桜公園のベンチに座ってただぼんやりとしてるだけだもんな。通報されてもおかしくないかもしれない。

義之「そもそも俺、なんでこんなとこにいるんだろう?」

根本的な疑問にぶつかった。えーと確か、クリパの夜に枯れない桜の木の前に女の子がいて、その女の子と何回か偶然出会って、そしてその子の名前を知って、それで今に至る……と。

……あれ?それ、俺がここにいることと関係なくね?

ダメだ。頭がこんがらがってきた。

義之「帰ろう……」

帰って自分の部屋でゲームでもやろう。それが一番いい。そう考えてベンチから重い腰を上げる。

義之「う〜、さむっ!」

途端、身震いが襲ってきた。天気はいいのに、めちゃめちゃ寒いな……。

手をこすり合わせ、家へと歩き始める。
28 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 22:59:06.60 ID:4gqNM10m0
花穂「こんにちは、桜内さん」

そこで、背後から声をかけられる。

義之「うん?」

振り返ると、頬に暖かいものが当たった。

義之「ぅおおうっ!?」

その感触に驚き、その場から二、三歩あとずさる。

花穂「ふふふ……」

そこには、黒く長い髪の少女……桜木がいた。その手には、暖かそうなタイヤキがあった。さっきの暖かい感触はそれかな?

義之「さ、桜木か……。びっくりさせるなよ……」

頬を押さえて、そう口にする。いや、今のはびびった……。

花穂「ふふ、ごめんなさい。はい、これは寒い中待っててくれたささやかなお礼です」

手の中のタイヤキを差し出す。

義之「あ、どうも」

厚意に甘え、それを受け取る。と同時に、かぶりついた。

義之「……うめぇ」

作り立てなのか、中はまだほかほかで、冷えた体には丁度いい感じだった。
29 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:00:13.25 ID:4gqNM10m0
花穂「こんな寒い中、来るかもわからない人をずっと待っていたんですか、あなたは」

微笑を浮かべながら、何気にひどいことを言ってくる。

義之「いや〜、まぁ、そういうことになるのかな?」

だが間違ってはいないので肯定する。……今正に帰ろうとしていたのは、もちろん内緒だ。

花穂「う〜ん……これからもこんな曖昧な約束じゃ困りますね」

義之「それじゃ、携帯番号でも交換しとこうか?」

ポケットから携帯を取り出し、かざす。

花穂「え?あ、ええと……」

それに若干戸惑いを見せ、

花穂「それじゃ……」

おずおずと携帯を取り出した。赤外線通信で、簡単に済ます。

義之「これで、いつでも連絡取れるね」

花穂「そ、そうですね……」

顔を赤らめながら、うつむき加減でそう答える。

義之「どうかした?」

花穂「え、あ、いっいえ、そのっ……」

一目でわかるくらい明らかに動揺し、しどろもどろに手を動かす。

花穂「お……、男の方とこういうやり取りをしたのは初めてなものですから、どうしたらいいのかわからなくて……」

ぼそぼそと、ぎりぎり聞き取れるくれるくらいの声量でそれだけ話す。

義之「……あ、そう……」

深くは突っ込まないようにしよう……。
30 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:00:56.03 ID:4gqNM10m0
花穂「それでは、わたしはそろそろ行きますね……」

またもおずおずと歩き出す。

義之「いつも桜公園を通っていくけど、どこかに通ってるの?」

素朴な疑問をぶつけてみる。

花穂「ええ、はい。予定のない日や時間の取れる日は必ず行っている場所が」

重要なことは伏せて、それだけ答える。

義之「そっか。暇なら一緒にどこか行こうと思ったけど、それならいいや」

花穂「事前に約束するのでしたら、いいのですが……」

またも顔を赤らめながら、控えめにそう話す。

義之「そう?」

……とは言ったものの。俺自身、知り合って間もない人とアポをとるなんてしたことないしなぁ。

義之「それじゃ、明日からこの時間帯、ここか高台の上に俺を見つけたら、必ず話しかける、でいい?」

そんな提案を出す。

花穂「はい、わかりました。それでは」

最後に穏やかな笑顔を見せ、俺に会釈すると歩いて去ってしまった。

義之「とりあえず明日は無理だけどね……」

その場から桜木が離れたところで、ぼそっとそれだけつぶやいた。
31 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:02:19.20 ID:4gqNM10m0
                                         12月31日(金)

その日は、朝から気だるかった。

音姫「ほーら弟くん、起きる起きる!」

目が覚めても布団から出れないでいた俺を、頼んでもいないのに音姉が布団ごと剥いでくれた。

義之「あー音姉!なんてことをーー!」

朝のこのひと時が一番幸せだって言うのに!

音姫「問答無用!今日は大晦日だから、芳乃邸と朝倉邸の大掃除をします!それに伴って布団も全部洗濯するんだから、もさもさしてると夜までに乾かないんだよ?」

目覚めたばかりで回転の遅い俺の頭に、色々な言葉を叩き込んでくる。

義之「えー、今日は大掃除で、芳乃邸が朝倉邸の大晦日をするから、布団ももさもさして夜にしないと、洗濯が乾かないって?」

音姫「何寝ぼけたことを言ってるの弟くん!ほら、洗面所に行って顔を洗ってくる!」

義之「ふぁーい……」

大あくびをしながら、階段を下りる。
32 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:04:14.51 ID:4gqNM10m0
大あくびをしながら、階段を下りる。

さくら「うーわ、義之くん、寝癖で髪ボサボサだよ。そんなんで大掃除できるの?」

一階に下りると、さくらさんの声が聞こえてきた。

義之「あー、さくらさん……?はい、だいじょーぶですよー。さくらさんは年末もお仕事ですか?」

若干頭の回転が良くなってきた。

さくら「うにゃー……そうなんだよ〜。だから、年越しは家ではできないんだよね〜……。寂しいね〜……」

だ〜っと涙を流しながら、玄関へと向かっていく。

義之「それじゃさくらさん。お仕事で大変だと思いますけど、よいお年を〜」

さくら「うん、ありがとう、義之くん♪」

さくらさんを見送り、洗面所に向かう。
33 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:05:13.46 ID:4gqNM10m0
*          *          *

義之「つ、疲れた……」

自分の部屋に戻り、力なくベッドに倒れ付す。何が疲れたって、何よりこの真下にある本の死守に疲れた……。

義之「今、何時だ……?」

ベッドに置いてある目覚まし時計を見て時刻を確認する。

俺と音姉、由夢ががんばったおかげで、夕飯の買い物に行く時間くらいはありそうだな。今日は大晦日なんだし、ちょっとだけ豪勢に行こうかな。
34 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:07:18.25 ID:4gqNM10m0
*          *          *

音姉と由夢がそれぞれ自分の部屋を掃除している隙を突いて、俺は一人で夕飯の買い物に出かけた。

義之「今日は鍋がいいかな〜。あ、それと年越しそばも買っておかないと」

いつものスーパーで、必要なものをポンポンと買っていく。

*          *          *

義之「ちょっと買いすぎたかな」

でも、ま、いいだろ。大晦日なんだし。

袋をがさがさと持って歩いていると、数日前の出来事を思い出す。

義之「前は由夢の買い物だってんで行かされたんだよな」

そして、ちょっとした腹ごしらえの為に桜公園に……。

義之「………」

いかん。これはいかんぞ。腹が減ってきた。夕食までそう時間もないのに!

空いてる手で周りの人に気づかれないように、桜餅を出してそれを食べる。空腹を紛らすのだ!

食い終わる。

義之「……腹減った」
35 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:09:19.74 ID:4gqNM10m0
*          *          *

桜公園で、クレープをひとつ買う。

義之「………うまい」

自分の意思の弱さを呪うぞ、こんちくしょう。

なかば自暴自棄になりながら、買ったクレープを平らげる。

義之「ま、これで夕飯まで持つだろ」

足元においてあった袋を持ち上げて、帰路に着こうとする。が……

義之「あれは……」

見覚えのある長い黒髪を、前方に確認する。あれは恐らく、桜木だな。

義之「今日はずいぶんと遅いんだな」

後ろから声をかける。

花穂「ひゃっ」

桜木はびくっとして、慌てて振り返る。

花穂「さ、桜内さんっ!?」

義之「よ、桜木」

俺の呼びかけによほどびっくりしたのか、手で心臓を押さえている。
36 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:09:58.35 ID:4gqNM10m0
義之「どうしたの?俺の顔になにかついてる?」

俺の顔を見たまま硬直しているようだった。

花穂「あ、いえ……。一昨日、ここか高台にいるという話をしていたはずなのに、昨日も今日もいつもの時間にいなかったものですから……」

義之「あー、ごめん。昨日も今日も家族との用事が会ったから」

花穂「そうだったんですか」

安堵したようにため息を漏らす。

義之「桜木んとこは、もう大掃除は終わったの?」

花穂「えーと、いえ、はい、まぁ」

なんだか曖昧な返事を返してくる。

義之「そっか。じゃ、俺そろそろ帰らなきゃ。音姉たちももう掃除終わってるころだろうし」

花穂「あ、お引止めしてしまいました?」

義之「いや、そんなことないよ。それじゃ桜木も、よいお年を」

花穂「はい、桜内さんも、よいお年を」

行儀良く、お辞儀をする。

義之「それじゃね」

最後に手を振って、桜木と別れる。
37 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:11:22.53 ID:4gqNM10m0
*          *          *

年越し10分前、俺は部屋の窓から空を眺めていた。頭の中に思い浮かべるのは、なぜか桜木の顔だった。

義之「………」

窓辺に肘をつき、ひたすら空を仰ぐ。やがて、除夜の鐘が鳴り響いた。

義之「年が明けた……か」

除夜の鐘が鳴り終わると、俺の携帯からメール着信音が鳴り響く。

携帯を確認する。毎年恒例の、あけおめメールだった。何件か続けて送られてくる。

From:板橋 渉

『ハッピーニューイヤー義之ちゃん♪今年もよろしくねん♪』

義之「気持ち悪いな……」

From:月島 小恋

『明けましておめでとう!今年もよろしくね!」

義之「おお、さすが小恋。スタンダードだな……」

次々と送られてくるあけおめメール。その中に、桜木からのものもあった。

From:桜木 花穂

『明けましておめでとうございます、桜内義之さん。今年も一年よろしくお願い致します』

義之「堅苦しいな……」

カチカチと、桜木に返信メールを送る。

To:桜木 花穂

『堅苦しい堅苦しい(笑)友達同士のメールなんだから、もっとくだけた感じていいって!まぁそれはそれとして、こちらこそよろしく!』

義之「送信……っと」

桜木のほかにも送られてきた全員に返信すると、眠気がやってきた。

義之「ふわぁぁ……。さて、寝ようかな……」

布団を深く被り、そのまま眠気に身をゆだねていった。
38 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:12:52.02 ID:4gqNM10m0
                                         1月1日(土)

年明け初日の目覚めは、なかなかに快調だった。

義之「音姉〜」

呼びかけながら居間へと降りる。しかし、返事はなかった。

義之「由夢〜?」

今度は由夢。しかし、これまた返答なし。誰も来ていないのか?

居間をあけても、誰もいなかった。

義之「うわ〜、寂しいな〜」

新年から誰もいないとは……。

ふと見ると、テーブルの上に重箱が5つ置いてある。

義之「音姉かな?」

重箱の上には、メモが置いてあった。

『弟くんへ あけましておめでとう。神社の巫女のバイトがあるからいってきます。おせち料理、食べてもいいけど、好物ばかり食べちゃダメだよ? 音姫』

義之「ああ、そういや巫女のバイトがどうのって言ってたような気がするな」

後で、神社に行ってみるか。
39 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:14:50.35 ID:4gqNM10m0
*          *          *

音姉特製のおせち料理を十分に堪能し、準備を済ませて家を出る。

義之「う〜、寒いな〜」

外は気持ちよく晴れていて、その分気温は低かった。肩をすくめながら歩いていく。

神社に到着。あたりは当然のごとく初詣に来た人が結構いる。辺りに視線を巡らせる。と、長い黒髪が視界に移った。

義之(あれは、桜木?)

その人物を追って、人の中を進む。

義之「おーい、桜木ー!」

呼びかけると、桜木が振り返る。

花穂「あ、桜内さん。明けましておめでとうございます」

恭しく頭を下げてくる。

義之「あ、どうも。あけましておめでとう」

つられて、俺も頭を下げる。

花穂「初詣ですか?」

義之「うん、まぁ、そんなとこ。桜木は一人?」

花穂「は、はい、そうですけど……」

義之「そっか。それなら、一緒にお参りしない?」

俺も一人だし丁度いいかな、なんて思う。

花穂「いいんですか?なら、ご一緒させていただきます」

そう言って、俺の隣に並ぶ桜木。なんか傍から見たらデートっぽく見えてるかもしれないな。まぁ、桜木もいいって言ってるし、大丈夫だろ。
40 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:16:44.45 ID:4gqNM10m0
建物の近くまでくる。

音姫「あ、弟くん!来てくれたんだぁ」

巫女服を身に纏った音姉が俺の所まで駆け寄ってくる。手には、おみくじの箱だろうか?小さな木箱を持っていた。

音姫「あれ、その子誰?」

俺の隣にいる桜木に気づく。

花穂「おはようございます、朝倉先輩。明けましておめでとうございます」

音姫「明けましておめでとうございます」

条件反射で挨拶を返す音姉。

花穂「わたしは、桜木花穂っていいます」

音姫「桜木さんね。わたしのことを知ってるって事は、風見学園生?」

花穂「はい、そうです」

二人が挨拶をすませる。
41 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:17:29.59 ID:4gqNM10m0
音姫「弟くんも、隅に置けないねぇ。お姉ちゃんに黙って彼女さんを作っちゃうなんてさ」

少しむくれた顔で、とんでもないことを言う。

義之「いや、いやいや!彼女じゃないからっ!」

それを全力で否定する。ちらりと桜木の方を見てみる。顔を真っ赤にして俯いていた。

音姫「あれ、そうなの?あ、あはは……それは、失礼しました〜……」

ごまかし笑いを浮かべながら、俺たちとの距離を離していく音姉。

音姫「あ〜いけない。巫女のバイトに戻らないと〜」

明らかに棒読みだった。

音姫「それじゃあね〜弟くん」

ごまかし笑いのまま、音姉は逃げていった。

義之「全く、早とちりなんだから……」

ため息をつきながら、音姉を見送る。

花穂「か、彼女さんに見えちゃうんでしょうか……?」

桜木がぼそりとつぶやいた。

義之「あ、ごめん、桜木。嫌だった……よね」

音姉の代わりに謝る。

花穂「い、いえ。わたしは別に構わないんですが、桜内さんに迷惑なのでは、と思いまして……」

義之「迷惑?いや、俺は別に迷惑じゃないけど……」

花穂「そっそうですか。でも、また間違われるのもちょっとアレなので、わたしはこれで失礼します」

早口でそういい残して、桜木は帰ってしまった。

義之「やっぱり嫌だったよな……」
42 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:20:14.44 ID:4gqNM10m0
                                         1月2日(日)

翌日、なんとなく気まずいまま別れたからいつもの場所に行くのも若干躊躇われたが、意を決して行く事にした。

義之「来ないなぁ……」

高台のベンチに座って既に30分。今日はいつもの時間に来たけど、桜木は姿を現さなかった。

義之「………」

待つこと更に30分。

義之「……来ない」

もう今日は来ないのかな。諦めて、今日は帰ることにした。

*          *          *

そのまた次の日。昨日と同じく、一時間ほど高台のベンチに座って桜木の姿を探す。

義之「今日も来ないなぁ……」

昨日の夜、音姉になんとなくこのことを話すと、

音姫「ごめんね弟くん!わたしが早とちりなんかしたばっかりに!」

なんてえらく責任を感じられてしまった。別に音姉が悪いわけじゃないんだけど……。

桜木に会えないまま、一週間が過ぎた。

渉や小恋たちもスキー旅行から帰って来ているが、桜木のことが気がかりだった俺は渉たちとは連絡を取らずに、その子と会えることを祈って毎日のように桜公園や高台に訪れていた。
43 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:21:14.72 ID:4gqNM10m0
                                         1月9日(日)

花穂「あっ……」

今日、約一週間ぶりに会えた。

花穂「こ、こんにちは……」

俺の姿を視界に捉えた桜木が、半歩ずつ後ずさりながら挨拶をしてくる。

俺の方はというと、内心安堵していた。このまま会えないんじゃないか、と思っていたから。

義之「よ、桜木。久しぶりだな」

花穂「は、はい……」

なにやら気まずそうにしながら、手で髪をかきあげる。

義之「もしかして、俺のこと避けてた?」

気になったことを直球で聞いてみる。

花穂「いっいえっ!そ、そんなことは決してなきにしもあらずというかなんというかその……!」

いきなり聞かれたくないことを聞かれたからなのか、珍しく桜木が慌てている。

義之「音姉の言ってたことなら気にしなくていいよ。当の本人がめちゃくちゃ気にしてたからさ」

花穂「で、でも、桜内さんの方が迷惑なんじゃあ……?」

義之「俺?俺は前も言ったとおり全然気にしてないよ。むしろ勘違いされて嬉しいくらいだしね」

花穂「え……えぇぇっ?」
44 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:21:51.83 ID:4gqNM10m0
義之「だから、俺の事は大丈夫。桜木さえ嫌じゃなきゃ、今まで通りにしてほしいんだけど」

花穂「そうですか……。わかりました」

俺が言いたかったことを全て伝えると、桜木もわだかまりがなくなったのか表情に翳りがなくなっていた。

義之「それじゃ、俺はもう帰るわ。正直、朝からここにいるから体冷え切っててさ……」

言葉にすると、本気で寒気が襲ってきた。ああ、これはやばいな。風邪引かなきゃいいんだけど。

花穂「あ、それじゃ」

桜木が手に持っていた袋をがさがさと漁り、その中からタイヤキをひとつ取り出した。

花穂「これをどうぞ」

にっこりと笑いながら、それを差し出してくる。

義之「え、いいの?」

花穂「ひとつくらいなら、構わないですよ。作り立てですから、中までほかほかですよ」

そう聞くと、口の中によだれが溜まるのがわかった。

義之「それじゃ、遠慮なくいただきます」

差し出されたタイヤキを受け取り、前と同じようにかぶりつく。熱すぎず、それでいて冷めてもいなく、絶妙な温度だった。

義之「暖まる〜」

思わず顔が緩んでいるのが自分でもわかる。

花穂「ふふ。それじゃ、わたしは行きますね。桜内さんも、風邪を引かないように気をつけてくださいね」

義之「おお、それじゃ〜」

手を振って、桜木と別れる。うん、今日は桜木と会えてよかった。
45 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:23:23.55 ID:4gqNM10m0
*          *          *

夜。なんとなく携帯を手にとって、桜木にメールを送る。

To:桜木 花穂

『明日、よかったら二人でどこかに行かない?』

義之「送信……っと」

何気なくメールを送ったけど、これデートの誘いのメールだよな……。

義之「うわ〜、なんかそう考えると恥ずかしくなってきた〜」

断られたらどうしよう?とか、返信来なかったらどうしよう?とか、マイナスな方向にばかり考えてしまう。

俺がそんな風に悶々としていると、携帯が着信を告げる音を鳴らした。すぐにかぶりつくように携帯の画面を見る。

From:桜木 花穂

『はい、いいですよ。明日は丁度冬休み最終日ですから、何かしたいなとは思っていたので』

その文面を見てすぐ、体の至る所から力が抜けていった。

義之「よかったぁ〜……」

とりあえず、約束は取り付けることができそうだ。
46 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:32:36.76 ID:4gqNM10m0
                                         1月10日(月)

冬休み最終日。桜木と約束した時間に、高台のベンチで待つ。

義之(うーん、変に意識しすぎかな俺)

桜木とは、あくまで友達として一緒に遊ぶだけだと、自分にそう言い聞かせる。

花穂「お待たせしました、桜内さん」

義之「おう、桜木」

とりあえず、二人並んで歩き出す。こうして歩くと、またカップルと見間違われるんじゃないだろうか。

そうなったらまた桜木……。いや。実際にそうなればいいな、と思う。

桜木は俺のことをどう思っているかはわからないが、少なくとも俺は桜木のことが好きだ。

それは、桜木と会えなかった先週に感じていたことだ。

会えなかった時はずっと不安というか、落ち着かなかった。その後久しぶりに桜木を見た時には、随分と安心した。

だから、桜木さえ嫌じゃなきゃ……。
47 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:33:06.95 ID:4gqNM10m0
花穂「……さん?」

義之「え、あ、え?」

花穂「どうかしました、桜内さん?」

義之「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

いかんいかん。ボーっとしてたみたいだ。

花穂「そうでしたか。桜内さんは、どこか行きたいところとかありますか?」

義之「俺?俺は特にないよ」

花穂「なら、今日はわたしの行きたいところに付き合ってもらえますか?」

義之「うん、いいよ。なら、俺が荷物持ちだな」

花穂「いいんですか?」

義之「全然」

花穂「それじゃ、お願いします」
48 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:33:46.48 ID:4gqNM10m0
*          *          *

桜木と一緒に、商店街の中を歩いていく。

花穂「……ふふっ」

隣を歩く桜木は、さっきからずっとこんな調子だった。

義之「随分と楽しそうだな、桜木」

花穂「え、そう見えますか」

義之「ああ。なんか、見ててこっちまで楽しくなってくるよ」

花穂「ふふ、そうでしたか。でも、親以外の誰かと一緒に出かけるのってこれが初めてだから、とっても楽しいですよ」

義之「初めてなの?」

花穂「はい。わたし、友達といえるような人ができたことはないものですから。桜内さんが、わたしの初めての友達ですね」

そう話す桜木の横顔は、とても嬉しそうで、陰などは全く垣間見えなかった。辛い過去、というわけでもないようだ。

義之「初めての友達、か。じゃあ、たくさん集まってわいわいしたことってーのはないんだな」

花穂「うーん、そうですね。今まで学校のクラスなどで集まったことは何回かありますけど、学外でそういうことをしたことはないですね」

義之「それなら今度、俺の友達を紹介するよ。みんな騒がしいけど、楽しいやつらだから」

花穂「そうですね。楽しみにしてます。あ、見えてきましたよ」

そう言って桜木が指すのは、一軒のアクセサリー店だった。

義之「へぇ〜、桜木はよくここに来てるの?」

花穂「そうですね〜。よくではないけど、結構な常連さんだとは思ってます」

話しながら、店内に入る。
49 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:34:29.57 ID:4gqNM10m0
*          *          *

義之「………」

アクセサリー店に入って、既に一時間近く。桜木は店内のあちらこちらを何回も行き来し、しかし同じアクセサリーは二度取ることなく物色していた。

義之(相当なアクセサリー好きなんだな……)

関心しながらも、なんとなく安心していた。桜木も内向的ではあるが、しっかりとした趣味もあるんだな。

今まで黙々と物色していた桜木だったが、何かに気づいたようにハッとして、俺の方を見てきた。

義之「どうかした?」

花穂「す、すみません。ついいつもの癖で夢中になってしまって……」

義之「ああ、そのことか。俺のことは気にしなくていいよ」

女子の買い物なら、音姉や由夢のおかげ(せい、と言った方が正しいのだろうか?)で慣れっこだしな。

花穂「でも、それじゃ一緒に来た意味が……」

義之「うーん、そう言われてもなぁ……」

正直なとこ、アクセサリーには興味ないしなぁ、俺。

義之「じゃあ、こうしよう。桜木が気に入ったアクセサリーを、逐一俺に見せる。俺はそれに何かひとつコメントを言っていく」

花穂「わ、わかりました」

桜木はそういうと、今まで物色して手に持っていたアクセサリーを一つずつ俺に見せてきた。

義之「って、いつの間にそんなにもってたんだ!?」

よく見るとその手には、半端な数じゃないアクセサリーがあった。

花穂「……厳しいんじゃないですかね?」

ああ、相当厳しいとも。

花穂「それじゃ、一緒に見て回る、でいいですよ」

桜木に気を使われてしまった……。

義之「なんかごめん……」

とりあえず謝っておく。
50 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:35:07.46 ID:4gqNM10m0
*          *          *

それから更に30分ほどその店に滞在して、桜木が気に入ったものを購入して店を出る。

義之「いっつもこれくらいの量買ってるの?」

袋をがさがさと持ちながら、当然といえば当然の疑問を口にする。

花穂「い、いえ。いつもはもっと少ないですよ。ええ、はい」

わずかな動揺を見せながら、否定する。目も泳いでいた。嘘のつけない性格なんだなぁ。

花穂「それよりも、桜内さん。さっきはわたしが行きたいところにいきましたから、次に行くところは桜内さんが決めてください」

義之「え、そう言われても」

特に行きたいところなんてない。

花穂「どこでもいいですよ」

義之「そう?それなら……」
51 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:35:36.35 ID:4gqNM10m0
*          *          *

俺の提案で来たところはというと。

花穂「桜公園ですか」

義之「うん、桜公園」

おなじみの場所だった。適当なベンチに座って、話をする。

花穂「そういえば、最初に桜内さんと会った場所がここでしたね」

義之「ああ、そうだったね」

あの時は天枷に邪魔されて名前を聞きそびれたんだっけな。

花穂「桜内さんのことは学校の関係で知っていましたけれど、お友達が多いんですね」

義之「そうかな〜。多いって思ったことはないけど」

これが俺の普通だし。

花穂「正直な所、友達の多い桜内さんが少しだけ羨ましかったりしました。あんな風にわいわいするのって楽しいんだろうなー、なんて」

義之「でも、ななかとは知り合いだよね?」

花穂「それは、やっぱりクラスメイトの顔と名前くらいは覚えていますから」

義之「あ〜、そりゃそっか」

花穂「だから、桜内さんのお友達を紹介してくれるっていうのは、楽しみにしてますよ」

義之「期待に添えるかは微妙なとこだと思うけどね」

二人で笑い合う。ああ、最初はどうなるか不安だったけど、これなら大丈夫そうだ。
52 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:36:29.10 ID:4gqNM10m0
*          *          *

花穂「それじゃあ、次はわたしですね」

義之「どこでもついてくよ」

花穂「そうですね〜。それじゃあ、露店に行きましょう」

義之「露店?」

花穂「はい。そこも最近わたしがよく行ってる店なんですけれど。商店街の隅で営業している店なんですけれど、見かけたことはありますか?」

義之「商店街の隅、ねぇ……」

全く記憶にないな。

花穂「とりあえず、行きましょうか」

桜木の提案で、その露店に向かう。
53 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:40:12.88 ID:4gqNM10m0
*          *          *

花穂「こんにちは、アイシアさん」

アイシア「いらっしゃい、花穂ちゃん」

この二人は知り合いなのかな。

花穂「ほら、桜内さん。この人、露店主のアイシアさん。最近知り合ったんですよ」

義之「どうも、桜内義之です」

アイシア「はじめまして。少ししかないけど、ゆっくり見ていってね」

にっこりと笑う店主のアイシアさんは、得意そうに両手を広げる。

店に並んでいる商品は、桜木が好きなアクセサリーというよりはおもちゃといったほうが正しいようなものが多かった。

中にあるアクセサリー大の大きさの物も、ちょっとした仕掛けがあって、中々に面白い。

義之「俺も、なにかひとつ買っていこうかな」

花穂「本当ですか!?」

俺がそうつぶやくと、すぐに桜木が反応する。

義之「ここの物は面白いものが多いしね」

アイシア「ありがとう、義之くん。何でも買っていってね」

桜木の隣に並んで、商品を眺める。
54 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:40:43.68 ID:4gqNM10m0
義之「……ん?」

その中に、一際目を引くものがあった。

義之「これは……?」

それは桜の花びらを模したもので、白とピンクの二種類があった。

義之「へぇ。おしゃれだな」

手にとって、率直な感想を述べる。

アイシア「あ、それは……」

アイシアさんがぼそりとつぶやいた。

義之「これが、どうかしました?」

アイシア「あはは。それね、ちょっとした仕掛けもないただのアクセサリーなんだよね」

まぁ、見たところ確かに仕掛けらしい仕掛けもないよな。

アイシア「まぁ、ちょっとした普通じゃない仕掛けはあるんだけど……」

義之「普通じゃない仕掛け?」

なんだ?非常に興味を引く話じゃないか。杉並辺りが聞いたら即決で買いそうな話だな。

義之「よし、じゃあこれを買っていこうかな」

アイシア「えっ?そんなものでいいの?」

アイシアさんは驚いているようだった。

義之「うん。その普通じゃない仕掛けって言うのも気になるし。あー、その仕掛けについては何も聞かないから。そのほうが面白いでしょ?」

実際はただの興味本位なんだけどね。

花穂「それなら、わたしもひとつ買って行きます」

桜木は二つあるうちの、ピンクの方を手に取った。自動的に、俺は白の方を手に取る。

アイシア「ありがとう、二人とも。ひとつ600円になります」

財布から600円を取り出し、アイシアさんに払う。

アイシア「ありがとうございまーす」
55 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:41:27.48 ID:4gqNM10m0
*          *          *

アイシアさんの露店を後にして来たところは、高台の上だった。気がつくと日は既に傾いており、赤い夕陽が差していた。

花穂「今日はありがとうございます、桜内さん」

義之「お礼を言われるほどじゃないよ。俺も楽しかったし」

花穂「それで、その。一つだけ提案があるんですが……」

義之「なに?」

高台の手すりを後ろ手に掴みながら、俺の方を振り返る。

花穂「さっき買った花びらのアクセサリー、ありますよね?」

義之「ああ、持ってるよ」

そのまま受け取ったアクセサリーを、ポケットから取り出す。

花穂「それ、わたしが買ったものと交換しませんか?」

義之「え?あ、いいけど……。もしかして、ピンクより白の方がよかった?」

花穂「そういうわけではないんですけれど……」

どこか言いずらそうに髪をいじりながら、視線を泳がせる。

花穂「さ、桜内さんの物を持っていたい、といいますか……」

どきん、と心臓がはねた。

義之「あ、そ、そう……。俺は、構わないよ……」

そうして桜木と、さっき買ったばかりのアクセサリーを交換する。

花穂「ありがとうございます。これ、大切にしますねっ!」

顔を少しだけ赤らめながら、満面の笑みを浮かべる。
56 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:42:18.83 ID:4gqNM10m0
義之「桜木。俺からも、ひとつ、いいか?」

花穂「なんですか?」

義之「今日、俺と一緒に遊んで、楽しかった?」

今日一日中、ずっと頭の中にあったことを聞いてみる。

花穂「はい、とっても楽しかったです!お友達って、いいものですね」

またもや満面の笑みを浮かべながら、心底嬉しそうに言ってくれる。

義之「うん、そっか。それならよかった。また、一緒に出かけてくれる?」

花穂「それはもちろん!」

三度笑みを浮かべ、俺の問いに頷いてくれる。

義之「そ、その……こ、今度は、友達としてじゃなくて……」

その笑顔に照れくさくなってしまって、俯き加減で声も小さくなってしまった。

花穂「なんですか、桜内さん?」

聞き取れなかったのだろう、桜木が顔を近づけてくる。ち、近い近い!

半歩後ずさりながら、意を決して話す。

義之「こ、今度は友達としてじゃなく、こ、こ……」

だ、ダメだ。恥ずかしくてそこから先が言えないっ!

花穂「友達としてじゃ、なく……?」

俺の言わんとしている事を考えているのだろう、桜木が思案顔になる。

義之「こ……恋人として、デートがしたいんだけど」
57 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:42:56.32 ID:4gqNM10m0
言った。言ったぞ。言い切ったぞ!

花穂「……え?」

少しの間を置いて、桜木が停止する。

義之「お、俺と、付き合ってほしい。俺は、桜木のこと、好きだ」

俺の、素直な気持ちを告げる。

花穂「………」

桜木は、ただ黙っている。

義之「返事はすぐじゃなくていい。ただ、俺は桜木のことをそう想ってるってことだけは、覚えておいてほしい」

きっと今の俺は、顔が真っ赤だろう。すごく顔が熱いのが、自分でもわかる。

義之「……じゃ、じゃあ俺はもう帰るな!明日から学校だし……」

花穂「桜内さん」

俺の言葉を、静かな桜木の言葉が遮る。

義之「……な、何?」

花穂「わたしは……嫌じゃないです。だ、だから……」

義之「OK……ってこと?」

俺の問いに、顔を真っ赤にしながらこくりと頷く。
58 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:43:30.61 ID:4gqNM10m0
義之「ありがとう、桜木。……いや」

ここは、下の名前で呼んだほうがいいかな?

義之「ありがとう、花穂」

花穂「は、はい」

義之「とりあえず、これからよろしく」

花穂「こっこちらこそよろしくお願いしますっ」

緊張しているのが、言葉だけでわかる。なんだか、可笑しく感じてしまった。

義之「……ぷっあはははは!」

思わず、吹き出してしまった。

花穂「え、え?なにか可笑しかったですか?」

義之「い、いやごめん。なんだか急に可笑しくなって……」

笑いを堪える俺を、おろおろとしながら花穂が見守っている。

義之「……それじゃ、帰ろうか」

花穂「はい。えと……よ、義之さん」

僅かに俯きながら、俺の隣に並ぶ。その手を、やさしく握る。

花穂「っ……」

びっくりしたのか少しびくっとしたが、やがて力を抜いていく。
59 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:44:14.14 ID:4gqNM10m0
*          *          *

桜公園に着いたところで、花穂が手を離した。

花穂「それでは、わたしはこっちですので」

今まで俺が持っていた荷物を、花穂に渡す。

花穂「それじゃ明日、学校でまた会いましょうね。義之さん……」

義之「ちょっと待ったっ!」

花穂「えっ?な、なんですか?」

義之「『さん』じゃ、なんか余所余所しいな。せっかく付き合ってるんだから、もっと親密に呼んでくれると嬉しいんだけど」

花穂「そ、それでは……。よ、義之くん、で、いいでしょうか?」

義之「そっちの方がいいかな。今度からはそう呼んでよ。あ、それから、そんなに丁寧な言葉遣いじゃなくてもいいよ」

花穂「よ、義之くんと呼ぶのはいいですけど、後者はもう癖みたいなものだから、それを意識的に直すのは難しそうです……。で、でも、義之くんがそっちのほうがいいっていうんなら、頑張りますっ」

義之「まぁ、無理しない程度にね」

花穂「はい、わかりました。それじゃ、また明日学校で会いましょう、義之くん」
60 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:44:49.96 ID:4gqNM10m0
義之「ああ、それともう一つ」

少しだけ開いていた距離を詰めて、花穂に歩み寄る。

花穂「な、なんですかっ?」

その花穂の問いには答えずに、手を花穂の後頭部に持っていくと、引き寄せ、おでこに軽く触れる程度のキスをする。

花穂「え?え?えぇぇっ?」

すぐに離れると、何をされたのかを理解したのか、空いている手でおでこを押さえている花穂の姿が見えた。

義之「じゃあね、花穂」

照れくさくなってしまった俺は、まだテンパッている花穂を置いて先に歩き出す。

花穂「………」

花穂は、俺の後姿をぼーっとしながら見送ってくれていた。
61 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/11/25(日) 23:46:12.38 ID:4gqNM10m0
今回はここまで
ずいぶん昔に書いたものを推敲しながら投下してるんですが、今読むと展開早いなーと思ってしまう
結構な長さになるので、お付き合いしていただける方いましたらよろしくお願いします
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/26(月) 07:04:46.90 ID:mVtCjBQpO

D.Cとか懐かしすぎて泣きそう
63 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:30:35.87 ID:niNWykBH0
投下します
64 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:32:13.48 ID:niNWykBH0
*          *          *

夢を見ている。それが、夢としっかりと認識できるものだった。

(ここは……?)

辺りを見ようとしても、首が回らない。どうやらまた誰かの夢が流れ込んでいるようだった。でも、この景色は見たことがある。

枯れない桜の木の前に、夢の主がへたり込むように座っているようだ。やがて、夢の主がいるところから木を挟んで反対側から、声が聞こえてきた。

「……………誰?」

「こんばんは」

この声の主は……。

「初めまして」

もしかして……?

「…………う〜んと」

さくらさん……?

「サクライヨシユキ。キミの名前だよ」

………。

「寒くない?」

「……寒い」

「お腹は?」

「……空いた」

「そっか。それじゃあ、温かくてご飯の食べられるところに行こっか♪」

「うん」

覚えてる。俺の記憶の海の、一番深い部分。

「えーっと、ボクはさくら。芳乃さくら。よろしくね」

さくらさんと初めて出会って、初めて朝倉邸に行った日のことだ。

「それじゃあ、行こうか」

足音が二つ、遠ざかっていく。この夢の主は、その場に取り残されてしまったようだ。あの時、桜の木の反対側に誰かがいたというのだろうか?

「………寒い……な」

夢の主が、呟く。二つの足音が去ってからしばらくして、また足音が二つこの桜の木に向かってきた。そこで、俺の意識は覚醒してきた。
65 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:33:14.27 ID:niNWykBH0
                                         1月11日(火)

義之「………」

なんだろう。なんだか、とても大切な夢を見ていたような気がする。あの夢の主は、一体……?

義之「ふわぁぁぁぁぁ……」

寝起きの頭は、思っているよりも回らなかった。とりあえず起きるか……。
66 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:33:59.86 ID:niNWykBH0
*          *          *

音姫「行くよ〜、弟くん」

玄関から、音姉の急かす声が聞こえてくる。

義之「今行くって〜!」

準備を済ませ、家を出る。

音姫「全く、だからあれほど言ったのに」

義之「それは朝からずっと謝ってるじゃん……」

不機嫌な音姉をなだめつつ、二人で学校に向かっていく。由夢はと言うと、俺たちを置いて先に行ってしまっていた。

まあ、俺が寝坊したのが悪いんだけどさ。
67 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:34:47.77 ID:niNWykBH0
団地の道との合流地点で、花穂と、ばったり会った。

花穂「……あ」

俺の顔を見るなり、いきなり停止していた。目の前で手のひらをひらひらとさせてみる。

花穂「………」

反応は返ってこない。

音姫「弟くん。この人って確か……?」

義之「うん、そうだよ。前に音姉が勘違いした人」

そう説明してから、肩をポンポンと叩いてみる。

花穂「…………!あ、義之……くん……」

反応を示した。

義之「おはよう、花穂」

花穂「お、おはようございますっ」

なぜか非常に緊張しているようだった。
68 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:35:16.97 ID:niNWykBH0
音姫「えっと……桜木さん、だったわよね」

俺の隣から音姉が話しかける。

花穂「はい、そうです」

音姫「ごめんね、この前は。わたしが早とちりなんかしちゃったばっかりに」

今までずっと気にしていたであろう事を、花穂に謝る音姉。

花穂「ああ、そのことなら気にしないでください、朝倉先輩」

音姫「あ、ありがと〜。ずっっっとこのことが気になってたから、そう言ってもらえると助かるよ〜」

花穂に許してもらったと思うと、すぐに音姉が泣き始めた。

義之「気にしすぎなんだよ、音姉は。俺たちのことはそんなに心配することないって。な、花穂?」

花穂「そうだね、義之くん」

顔を見合わせて、笑い合う。
69 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:36:06.88 ID:niNWykBH0
*          *          *

渉「おい、義之!」

義之「お、渉。久しぶり。スキー旅行、どうだった?」

渉「え、いや〜、楽しかったよ。義之も来ればよかったのにな〜」

義之「そっか。写真も撮ったんだろ?今度、現像して見せてくれよ」

渉「ああ、それはもちろん」

話が終わったのか、渉が俺の席から離れる。

渉「って違う!俺が話したかったのはそんなことじゃない!」

乗り突っ込みの要領で、びしっと手を突き出す。

義之「じゃ、なんだよ」

渉の意図が読めない。

渉「義之お前!見知らぬ女子と楽しく過ごしてたって本当か!?」

見知らぬ女子?ってもしかして。

義之「花穂のことか?」

渉「誰よその花穂って!ねぇ義之ちゃん?まさかもしかしてなんて思うけど彼女なんてできちゃったりなんかしちゃったの!?」

テンション高めの渉がうざい。
70 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:37:25.17 ID:niNWykBH0
義之「まず、誰から聞いたんだよ?」

こういうのは根元から潰しておくに限る。

渉「えーと、天枷だろ、由夢ちゃんだろ、杏だろ、茜だろ……」

ね、根元から……

渉「あと、月島も言ってたぞ。さぁ、白状したらどうなんだ義之!証拠はもう十分上がってるんだぜ?」

……そういや、いろんなやつらに見られてたんだっけ……。

渉「で、で、誰?そいつ誰なのよ?」

義之「ななかのクラスメイトの女子だよ。冬休み中に知り合ったってだけ」

付き合ってるって事は当然伏せておく。こいつに知れたら瞬く間に学校中に知れ渡ることになる。新学期早々晒し者はごめんだ。

渉「冬休み中に知り合っただけ、だと?それならなんで悉くが二人でいるんだよ!?知り合い以上の関係になっちゃったりしてんの、ねぇ?」

なんでこいつはこんなに知りたがるんだよ……。
71 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:39:02.26 ID:niNWykBH0
杏「ダメよ渉。義之はこういうことは直接聞いても答えるわけないわ」

茜「そーそー。こういうことは、ねぇ?」

小恋「板橋くん、詮索はよくないと思うよ」

雪月花も俺たちの会話に入ってくる。

杏「当事者がもう一人近くにいるんだから、そっちに聞いてみたほうがいいわよ」

そう提案するのは杏。厄介な奴だな。

渉「当事者がもう一人?」

渉がそう言って、教室の周りを見渡す。そしてその視線は、教室の出入り口で止まった。

ななか「やっほー、小恋!」

ななかがこっちの教室に来たところだった。

渉「おお、ちょうどよかった、白河。ちょっと、クラスに戻って、こいつと一緒にいたってやつを連れてきてくれよ!」

しこたま俺を指差して、力強くななかに言う。

ななか「……え、えーと。もしかして、桜木さんのこと?」

直接渉に聞くのを避けるためか、小恋のほうを向いて質問している。

小恋「うん、そう。板橋くん、義之と桜木さんの関係を疑っているみたいなんだよね……」

渉「だって気になるじゃん!月島は気になんねぇの?茜は?杏は?気になるだろ!?」

必死そうな渉が、今度は茜や杏にまで聞いている。
72 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:39:43.37 ID:niNWykBH0
杏「そうね。確かに気になるといえば気になるわ」

茜「でも、わたしたちは二人が一緒にいるところを実際に見てるわけで」

小恋「別に恋人とか、そういう感じじゃなかったよ」

ななか「うんうん。なんか、名前も知らなかったみたいだし」

雪月花とななかが俺のことを弁護してくれる。

茜「結局のとこ、桜木って子が気になるだけなんじゃないの〜?」

茜が渉ににじり寄る。

渉「う……そ、そりゃ気になるだろ!?俺は健全な男子生徒ですよ!?」

開き直った!!

ななか「それじゃ、ちょっと連れて来るね」

ななかがそう言って、教室から出て行く。本人が来たらまずいかもな……。
73 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:40:27.34 ID:niNWykBH0
花穂を連れ添ったななかが戻ってくる。

ななか「改めて紹介するね。わたしのクラスメイトの桜木花穂さん」

花穂「は、初めまして……」

花穂がおずおずと頭を下げる。

渉「おー桜木ちゃん!俺、義之の唯一無二の親友の板橋渉!よろしく!!」

花穂が来たら、更にテンション上がったな、こいつ……。

茜「わたしたちは、休み中に一度会ったよね?わたしは、花咲茜」

杏「わたしは雪村杏よ」

二人が花穂に自己紹介する。

義之「で、俺が桜内義之」

なんとなく俺も流れに乗る。

花穂「あなたのことは知ってますよ、義之くん」

クスクスと笑っている。
74 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:41:21.42 ID:niNWykBH0
渉「で、で、桜木!ひとつ聞きたいことがあるんだが」

早速と言わんばかりに、ズズイっと渉が花穂ににじり寄る。

渉「ぶっちゃけたところ、義之とはどんな関係なのよ!?」

……あーくそ、こんなことになるんなら事前に花穂に言っておけばよかったかな。

当の花穂はというと、何と答えたらいいのかわからず困っているようだった。

花穂「よ、義之くんとはその……お、お付き合いを……」

ぅおおおいいぃ!言っちゃうのかよ!!

渉「へ?なんだって?」

気の抜けた渉の声。

花穂「だ、だから、その、お、おつ、お付き合いを……させていただいています……」

そう言い切った花穂は、顔が真っ赤だった。

みんな「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

渉のみならず、小恋やななか、茜まで教室中に響くほどの声を上げて驚く。
75 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:42:08.42 ID:niNWykBH0
渉「ま、マジですか!?」

花穂「ま、マジです……」

茜「いつの間にいつの間に!?」

花穂「き、昨日の夕方から……」

こうなったらもう引っ込みがつかない渉たちは、ひたすら花穂に質問攻めを行っている。

杉並「大変そうだなぁ、桜内よ」

花穂を中心にしてあれやこれやと話しているところで、杉並が声をかけてきた。

杉並「それにしても、桜内がこうも簡単に彼女を作るとは思いもしなかったぞ。それも、我々非公式新聞部も全くのノーマークの人物だとはな。やるではないか、桜内。俺は嬉しいぞ」

笑顔でそう言う杉並。それは、俺のことを褒めていると取っていいのだろうか……。

義之「花穂は普通の女の子だよ。少なくともお前らみたいなやつにマークされるような子じゃないって」

杉並「ふむ、そうか。まぁ、安心しろ桜内。お前ら二人の恋路は邪魔せんよ」

杉並は「はっはっはぁ!」と高らかに笑いながら、すぐにどこかに行ってしまった。
76 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:42:50.45 ID:niNWykBH0
渉「くそ〜、お前のことを信じてた俺が馬鹿だったよ!この裏切り者!俺というものがありながら〜!!」

花穂への質問攻めは終わったのか、渉はダーッと涙を流しながら俺にそう言ってきた。

義之「俺とお前はなんもないだろ」

花穂「疲れました……」

すっかり質問攻めで疲れた花穂が、俺の近くに歩み寄ってくる。

茜「ふむふむ、こうして並んで立ってるところを見ると、なかなかお似合いって感じね♪」

義之「お前ら、あんまり花穂をいじめるなよ?俺の大事な彼女なんだから」

もう俺は開き直ることにしてやる。
77 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:43:51.98 ID:niNWykBH0
*          *          *

渉「義之〜。昼飯食いに行こうぜ〜」

昼休みに入るなり、渉がそう言ってきた。

義之「裏切り者と一緒に飯なんか食っていいのか?」

茶化し半分でそう返す。

渉「まぁまぁ、俺と義之の仲じゃないの。そんなことで俺たちの友情は崩れたりしないって♪」

にんまりと笑いながらそう言う。

義之「調子のいい奴だな。ま、いいや。行こうぜ」

渉「おう!」

小恋「あ、わたしたちも一緒に行く!」

そう言ってきたのは、雪月花の三人だった。

杏「ふふ、いいのかしら義之?できたばっかりの彼女を放っておいて」

義之「もうその話はいいよ。早く行こうぜ」

小恋「いや、そういう意味じゃないよ義之……ほら、教室の入り口」

小恋が遠慮がちに指をさす。その先を目で追う。

義之「花穂……」

教室の入り口では、花穂がどうしたものかとしどろもどろとしていた。

杏「いってやんなさい、義之」

義之「悪い」

渉「ちぇ、なんだよ」

悪態をつく渉を三人に任せて、花穂のところまで歩み寄る。
78 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:44:26.18 ID:niNWykBH0
義之「よ、花穂」

花穂「お昼です、義之くん。一緒に食べよう?」

そう言ってスッと出したのは、一人分にしては大きい弁当箱だった。

義之「もしかして、俺の分もあったりする?」

花穂「もちろん」

義之「やった!それじゃ、中庭ででも食うか」

花穂「わかりました」

花穂を連れ立って、教室を後にする。
79 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:45:02.20 ID:niNWykBH0
*          *          *

花穂「はい、義之くんの分」

ナプキンをといて出てきた弁当箱のうち、大きいほうを差し出してくる。

義之「おお、サンキュ花穂」

なんか、感動だ。

義之「それじゃ、いただきます!」

両手を合わせて、花穂にいただきますをする。

花穂「どうぞ、義之くん」

返事を受けて、まずは一口、じっくりと味わうように咀嚼する。

花穂「どう?おいしい?」

姿勢を正したまま、俺に聞いてくる。

義之「ん、美味い」

花穂「そうですか。頑張って義之くんの分も作ってよかった……」

ほっとしたのか、肩から力を抜いて、花穂も自分の分の弁当を食べ始める。
80 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:45:33.36 ID:niNWykBH0
義之「花穂に作ってもらいっぱなしってーのも悪いから、明日は俺が作ってこようか?」

花穂「え、いいの?」

義之「花穂さえ嫌じゃなきゃ、作ってこようと思うんだけど」

花穂「んー、それじゃ、お願いしちゃおうかな?」

口元に人差し指を置いて少しの間思案して、そう答えた。

義之「よし、わかった。それじゃ、放課後は買い物だな」

明日の弁当の食材と、今日の夕飯の買い物もしないと。

花穂「あ、それなら、わたしと一緒に商店街、行きます?」

義之「花穂も、なにか買い物あるの?」

花穂「ええ、ちょっとしたものだけど」

義之「そっか。それじゃ、放課後は一緒に行くか」

花穂「はい!」

その後は、花穂の作った弁当を楽しんだ。
81 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:46:05.08 ID:niNWykBH0
*          *          *

一日の最後の授業が終わった。

渉「よぅし、放課後だぜ!義之、帰りにどっか寄っていこうぜ!」

渉が、昼休みよろしくそう言ってくる。

義之「今日は先約があるんだ」

渉「んだよ、また愛しの桜木か?お熱だねぇ、義之は」

義之「悪いな、渉」

渉「いいよいいよ、行ってやれ」

なんだかんだ言っても、渉はいい奴だった。

渉「そして、俺のカッコよさを桜木に教えてやれ」

義之「………」

訂正。こいつ、アホだ。
82 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:46:39.29 ID:niNWykBH0
カバンを持って、教室を後にする。

義之「花穂のクラスは確か、2組だったよな」

ななかと同じクラスだって言ってたしな。

2組の教室の前までくると、ちょうどHRが終わったところのようだった。入り口から教室の中を見渡して、花穂の姿を探す。

……いた。窓際の一番後ろという、授業中に居眠りするにはうってつけの場所だった。

義之「花穂ー!」

そう呼ぶと、花穂はこちらに視線を移してきた。そして俺と目が合うと、にっこりと微笑んでカバンを持ち、こちらに近づいてきた。

花穂「早いんだね、義之くん」

義之「うちのクラスはいつもこんなんだよ。じゃ、行こっか」

花穂「うん」

花穂と肩を並べて、教室を後にした。
83 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:47:29.37 ID:niNWykBH0
*          *          *

義之「花穂は、何を買いにきたの?」

スーパーに到着すると、花穂に尋ねる。

花穂「ええ、お線香を買いに」

義之「線香?」

とすると、誰かのお墓参りに行くのだろうか?まぁ、深くは聞かないことにしておこう。

ふと、花穂のカバンの一所に視線を移す。

義之「あ、そのアクセサリー。カバンにつけてるんだ」

小さなポケットのチャック部分に、まるでキーホルダーのように鎖をひとまとめにしてくくりつけてあった。

花穂「うん。これは、義之くんとの大切な思い出だから」

嬉しそうにそう話す花穂に、ちょっとだけ照れてしまった。

花穂「そういう義之くんは、持ち歩いてるの?」

義之「ああ、ここにあるよ」

そう言って、腕をまくって手首にくくりつけたアクセサリーを見せる。花穂と付き合うきっかけになったものだ。もちろん、大切に持ち歩いている。

花穂「ふふ、学校にそんなものをつけていったら没収されるんじゃない?」

義之「まぁ、そうなるだろうから、見せびらかせたい気持ちを抑えてこうして制服の袖に隠してるんだけどね」

花穂「大切にしてね、そのアクセサリー」

義之「花穂もね」

二人顔を見合わせ、笑い合う。
84 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:48:04.80 ID:niNWykBH0
*          *          *

買い物を済ませ、店を後にする。

義之「ちょっと買いすぎたかな……」

手には、三つほどの大きな袋。

花穂「ふふ、明日、楽しみにしてるからね、義之くん」

クスクスと笑いながら、俺の様子を見守る花穂。

義之「あと、どこか行きたいところとかある、花穂?」

花穂「うーん、ちょっとお腹空いたかな」

義之「それじゃ、桜公園に行こうか」

桜公園へと足を向ける。
85 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:48:43.42 ID:niNWykBH0
*          *          *

義之「はい、花穂」

チョコバナナを二つ買い、高台まで来たところでひとつを花穂に手渡す。花穂に手渡したのは、前と同じイチゴ味。

俺はというと、これまた前と同じペパーミント味。

花穂「えっと、悪いんだけど……」

義之「ん、何?」

花穂「そっちの方をもらってもいい?」

義之「こっち?」

ペパーミント味の方をご所望のようだ。

義之「いいよ、はい」

差し出す手を左に変える。

花穂「ありがとう、義之くん。前に義之くん、こっちを食べてたから、わたしも食べてみたかったの」

俺から受け取り、早速口に運ぶ。

花穂「うん、おいしい」

花穂の笑顔を見届けて、俺も食べ始める。
86 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:49:20.34 ID:niNWykBH0
義之「そういえばさ、花穂」

チョコバナナを味わいながら、花穂に話しかける。

花穂「なに?」

花穂も、耳を傾けてくれる。

義之「前に、たくさんアクセサリーを買ってたけど、それはどこにあるの?」

花穂「そ、そんなに沢山買ってないけど……」

苦笑いでそう言いながらも、少々戸惑う。

花穂「あれは、わたしの部屋に飾ってあるの。わたし、アクセサリーが好きだから。部屋に飾ってあるだけでも、わたしは満足なの」

にっこりと笑い、そう話してくれる。

義之「へぇ……」

あの大量のアクセサリーを、飾る、ねぇ……。ちょっと、想像できなかった。
87 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:50:18.60 ID:niNWykBH0
辺りはあの時と同じく、夕暮れ時となっていた。

花穂「昨日と同じだね、義之くん」

義之「ああ、そうだね」

俺と花穂が付き合い始めた昨日と、同じ。

花穂「昨日は、もうびっくりしたよ。義之くんが、わたしと同じ気持ちだったなんて、考えもしなかったことだから」

義之「あ、それじゃあ、花穂も俺のこと、好きだったんだ?」

花穂「え……あっ!」

自分が何を言ったのかを悟った花穂が、顔を真っ赤に染めた。そして、真っ赤な顔のままこくんと頷いた。

義之「いつから、俺のことを好いてくれてたの?」

花穂「えと、それは……」

返答に戸惑いつつも、答えてくれる。

花穂「じ、実は、義之くんと知り合う前から、気になってはいたの。ほら、義之くん、学校でも何回も騒ぎを起こしていたでしょ?」

義之「あ〜……まぁ」

花穂「でも、正確に意識し始めたのは、やっぱりお互いに知り合った後……かな」

先ほどよりは幾分か収まったが、まだ顔は赤かった。

花穂「わたしが思っていたよりも、義之くん、カッコよかった……」

そこまで言うと、俯いてしまった。な、なんかそう言われるとこっちまで恥ずかしくなってくるな……。

義之「あ、ありがとう、花穂」

思わず、お礼を言ってしまう。
88 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:50:57.23 ID:niNWykBH0
義之「……な、なぁ、花穂」

呼びながら、花穂を真っ直ぐ見つめる。

花穂「な、何、義之くん?」

花穂は少しだけ緊張したような面持ちで、そう答える。

正面から花穂の肩に手を置いて、そっと引き寄せ、抱きしめる。

花穂「え、え、義之くん?」

動揺しているのだろう、花穂はどうしたらいいかわからないといった様子で、体を硬直させていた。

体を少し離し、至近距離で花穂の顔をまじまじと見つめる。

義之「……花穂」

口の中が急速に乾いていくのがわかる。花穂の肩に手を置き、もともと近くだった顔を更に近づける。

花穂「よ……義之……くん……」

花穂はか細くそれだけ言うと、そっと目を閉じた。その唇に、そっと自分の唇を重ねた。
89 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:51:35.46 ID:niNWykBH0
………。

重ねた唇を、そっと離す。

義之「……ごめん。いきなりで」

何と言ったらいいのかわからず、とりあえず謝る。

花穂「う、ううんっ!嬉しいよ、すごくっ!嬉しい……」

花穂はそう言いながら、目尻に涙をいっぱいに溜めていた。

義之「え、な、ご、ごめん!泣かないでくれよ、花穂!」

いきなりの出来事で、動転する。

花穂「ご、ごめっ……泣くつもりは、なかったんだけど……。よ、義之くんが、キスしてくれたのが、すごい嬉しくて……!」

口元に手を当て、嬉し涙を流す花穂。

義之「あ、ありがとう、花穂。でも、人目もあるし、泣かないでくれ、花穂」

この構図は、間違いなく俺が泣かせているように見える。それだけは勘弁だ。

花穂「う、うん。大丈夫、もう泣かないよ」

涙をポケットから取り出したハンカチで拭き、笑顔を見せてくれた。
90 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:52:24.80 ID:niNWykBH0
*          *          *

自然と二人手をつなぎ、家路に着く。

花穂「ちょっと前までなら、想像もできなかったことだよね」

花穂が、おもむろに口を開いた。

義之「そうだな」

なんたって、付き合い始めたのは昨日だしなぁ。

花穂「でも、これだけは自信を持って言える。わたしは、義之くんと付き合えて、本当に嬉しい」

夕陽に照らされた花穂の顔は、心の底からの笑顔のように見えた。

義之「そっか。花穂がそう思ってくれて、俺も嬉しいよ」

それに、俺も花穂と付き合えて、本当に嬉しいし。

心の中に、くすぐったいような感覚が広がっていくのが感じられた。幸せな、それでいて照れくさい、そんな感覚。

花穂「それじゃ、わたしはここで」

義之「うん。また明日ね、花穂」

小さく手を振って、花穂と分かれた。この先は、団地が建っている場所だ。と、言うことは、花穂は団地に住んでいるのかな?

義之「ま、いいか。俺も、早く帰って晩御飯の準備をしないと。由夢に文句を言われるな」

花穂の後姿を見送って、俺も自分の家に帰る。
91 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:53:44.86 ID:niNWykBH0
本日の投下は以上です
勘のいいひとなら、今回投下の冒頭でなんとなーく桜木花穂というキャラがどういうキャラなのかわかったのではないかと思います
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