D.CUIgnorance Fate【オリキャラ有】

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71 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:39:02.26 ID:niNWykBH0
杏「ダメよ渉。義之はこういうことは直接聞いても答えるわけないわ」

茜「そーそー。こういうことは、ねぇ?」

小恋「板橋くん、詮索はよくないと思うよ」

雪月花も俺たちの会話に入ってくる。

杏「当事者がもう一人近くにいるんだから、そっちに聞いてみたほうがいいわよ」

そう提案するのは杏。厄介な奴だな。

渉「当事者がもう一人?」

渉がそう言って、教室の周りを見渡す。そしてその視線は、教室の出入り口で止まった。

ななか「やっほー、小恋!」

ななかがこっちの教室に来たところだった。

渉「おお、ちょうどよかった、白河。ちょっと、クラスに戻って、こいつと一緒にいたってやつを連れてきてくれよ!」

しこたま俺を指差して、力強くななかに言う。

ななか「……え、えーと。もしかして、桜木さんのこと?」

直接渉に聞くのを避けるためか、小恋のほうを向いて質問している。

小恋「うん、そう。板橋くん、義之と桜木さんの関係を疑っているみたいなんだよね……」

渉「だって気になるじゃん!月島は気になんねぇの?茜は?杏は?気になるだろ!?」

必死そうな渉が、今度は茜や杏にまで聞いている。
72 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:39:43.37 ID:niNWykBH0
杏「そうね。確かに気になるといえば気になるわ」

茜「でも、わたしたちは二人が一緒にいるところを実際に見てるわけで」

小恋「別に恋人とか、そういう感じじゃなかったよ」

ななか「うんうん。なんか、名前も知らなかったみたいだし」

雪月花とななかが俺のことを弁護してくれる。

茜「結局のとこ、桜木って子が気になるだけなんじゃないの〜?」

茜が渉ににじり寄る。

渉「う……そ、そりゃ気になるだろ!?俺は健全な男子生徒ですよ!?」

開き直った!!

ななか「それじゃ、ちょっと連れて来るね」

ななかがそう言って、教室から出て行く。本人が来たらまずいかもな……。
73 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:40:27.34 ID:niNWykBH0
花穂を連れ添ったななかが戻ってくる。

ななか「改めて紹介するね。わたしのクラスメイトの桜木花穂さん」

花穂「は、初めまして……」

花穂がおずおずと頭を下げる。

渉「おー桜木ちゃん!俺、義之の唯一無二の親友の板橋渉!よろしく!!」

花穂が来たら、更にテンション上がったな、こいつ……。

茜「わたしたちは、休み中に一度会ったよね?わたしは、花咲茜」

杏「わたしは雪村杏よ」

二人が花穂に自己紹介する。

義之「で、俺が桜内義之」

なんとなく俺も流れに乗る。

花穂「あなたのことは知ってますよ、義之くん」

クスクスと笑っている。
74 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:41:21.42 ID:niNWykBH0
渉「で、で、桜木!ひとつ聞きたいことがあるんだが」

早速と言わんばかりに、ズズイっと渉が花穂ににじり寄る。

渉「ぶっちゃけたところ、義之とはどんな関係なのよ!?」

……あーくそ、こんなことになるんなら事前に花穂に言っておけばよかったかな。

当の花穂はというと、何と答えたらいいのかわからず困っているようだった。

花穂「よ、義之くんとはその……お、お付き合いを……」

ぅおおおいいぃ!言っちゃうのかよ!!

渉「へ?なんだって?」

気の抜けた渉の声。

花穂「だ、だから、その、お、おつ、お付き合いを……させていただいています……」

そう言い切った花穂は、顔が真っ赤だった。

みんな「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

渉のみならず、小恋やななか、茜まで教室中に響くほどの声を上げて驚く。
75 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:42:08.42 ID:niNWykBH0
渉「ま、マジですか!?」

花穂「ま、マジです……」

茜「いつの間にいつの間に!?」

花穂「き、昨日の夕方から……」

こうなったらもう引っ込みがつかない渉たちは、ひたすら花穂に質問攻めを行っている。

杉並「大変そうだなぁ、桜内よ」

花穂を中心にしてあれやこれやと話しているところで、杉並が声をかけてきた。

杉並「それにしても、桜内がこうも簡単に彼女を作るとは思いもしなかったぞ。それも、我々非公式新聞部も全くのノーマークの人物だとはな。やるではないか、桜内。俺は嬉しいぞ」

笑顔でそう言う杉並。それは、俺のことを褒めていると取っていいのだろうか……。

義之「花穂は普通の女の子だよ。少なくともお前らみたいなやつにマークされるような子じゃないって」

杉並「ふむ、そうか。まぁ、安心しろ桜内。お前ら二人の恋路は邪魔せんよ」

杉並は「はっはっはぁ!」と高らかに笑いながら、すぐにどこかに行ってしまった。
76 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:42:50.45 ID:niNWykBH0
渉「くそ〜、お前のことを信じてた俺が馬鹿だったよ!この裏切り者!俺というものがありながら〜!!」

花穂への質問攻めは終わったのか、渉はダーッと涙を流しながら俺にそう言ってきた。

義之「俺とお前はなんもないだろ」

花穂「疲れました……」

すっかり質問攻めで疲れた花穂が、俺の近くに歩み寄ってくる。

茜「ふむふむ、こうして並んで立ってるところを見ると、なかなかお似合いって感じね♪」

義之「お前ら、あんまり花穂をいじめるなよ?俺の大事な彼女なんだから」

もう俺は開き直ることにしてやる。
77 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:43:51.98 ID:niNWykBH0
*          *          *

渉「義之〜。昼飯食いに行こうぜ〜」

昼休みに入るなり、渉がそう言ってきた。

義之「裏切り者と一緒に飯なんか食っていいのか?」

茶化し半分でそう返す。

渉「まぁまぁ、俺と義之の仲じゃないの。そんなことで俺たちの友情は崩れたりしないって♪」

にんまりと笑いながらそう言う。

義之「調子のいい奴だな。ま、いいや。行こうぜ」

渉「おう!」

小恋「あ、わたしたちも一緒に行く!」

そう言ってきたのは、雪月花の三人だった。

杏「ふふ、いいのかしら義之?できたばっかりの彼女を放っておいて」

義之「もうその話はいいよ。早く行こうぜ」

小恋「いや、そういう意味じゃないよ義之……ほら、教室の入り口」

小恋が遠慮がちに指をさす。その先を目で追う。

義之「花穂……」

教室の入り口では、花穂がどうしたものかとしどろもどろとしていた。

杏「いってやんなさい、義之」

義之「悪い」

渉「ちぇ、なんだよ」

悪態をつく渉を三人に任せて、花穂のところまで歩み寄る。
78 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:44:26.18 ID:niNWykBH0
義之「よ、花穂」

花穂「お昼です、義之くん。一緒に食べよう?」

そう言ってスッと出したのは、一人分にしては大きい弁当箱だった。

義之「もしかして、俺の分もあったりする?」

花穂「もちろん」

義之「やった!それじゃ、中庭ででも食うか」

花穂「わかりました」

花穂を連れ立って、教室を後にする。
79 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:45:02.20 ID:niNWykBH0
*          *          *

花穂「はい、義之くんの分」

ナプキンをといて出てきた弁当箱のうち、大きいほうを差し出してくる。

義之「おお、サンキュ花穂」

なんか、感動だ。

義之「それじゃ、いただきます!」

両手を合わせて、花穂にいただきますをする。

花穂「どうぞ、義之くん」

返事を受けて、まずは一口、じっくりと味わうように咀嚼する。

花穂「どう?おいしい?」

姿勢を正したまま、俺に聞いてくる。

義之「ん、美味い」

花穂「そうですか。頑張って義之くんの分も作ってよかった……」

ほっとしたのか、肩から力を抜いて、花穂も自分の分の弁当を食べ始める。
80 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:45:33.36 ID:niNWykBH0
義之「花穂に作ってもらいっぱなしってーのも悪いから、明日は俺が作ってこようか?」

花穂「え、いいの?」

義之「花穂さえ嫌じゃなきゃ、作ってこようと思うんだけど」

花穂「んー、それじゃ、お願いしちゃおうかな?」

口元に人差し指を置いて少しの間思案して、そう答えた。

義之「よし、わかった。それじゃ、放課後は買い物だな」

明日の弁当の食材と、今日の夕飯の買い物もしないと。

花穂「あ、それなら、わたしと一緒に商店街、行きます?」

義之「花穂も、なにか買い物あるの?」

花穂「ええ、ちょっとしたものだけど」

義之「そっか。それじゃ、放課後は一緒に行くか」

花穂「はい!」

その後は、花穂の作った弁当を楽しんだ。
81 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:46:05.08 ID:niNWykBH0
*          *          *

一日の最後の授業が終わった。

渉「よぅし、放課後だぜ!義之、帰りにどっか寄っていこうぜ!」

渉が、昼休みよろしくそう言ってくる。

義之「今日は先約があるんだ」

渉「んだよ、また愛しの桜木か?お熱だねぇ、義之は」

義之「悪いな、渉」

渉「いいよいいよ、行ってやれ」

なんだかんだ言っても、渉はいい奴だった。

渉「そして、俺のカッコよさを桜木に教えてやれ」

義之「………」

訂正。こいつ、アホだ。
82 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:46:39.29 ID:niNWykBH0
カバンを持って、教室を後にする。

義之「花穂のクラスは確か、2組だったよな」

ななかと同じクラスだって言ってたしな。

2組の教室の前までくると、ちょうどHRが終わったところのようだった。入り口から教室の中を見渡して、花穂の姿を探す。

……いた。窓際の一番後ろという、授業中に居眠りするにはうってつけの場所だった。

義之「花穂ー!」

そう呼ぶと、花穂はこちらに視線を移してきた。そして俺と目が合うと、にっこりと微笑んでカバンを持ち、こちらに近づいてきた。

花穂「早いんだね、義之くん」

義之「うちのクラスはいつもこんなんだよ。じゃ、行こっか」

花穂「うん」

花穂と肩を並べて、教室を後にした。
83 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:47:29.37 ID:niNWykBH0
*          *          *

義之「花穂は、何を買いにきたの?」

スーパーに到着すると、花穂に尋ねる。

花穂「ええ、お線香を買いに」

義之「線香?」

とすると、誰かのお墓参りに行くのだろうか?まぁ、深くは聞かないことにしておこう。

ふと、花穂のカバンの一所に視線を移す。

義之「あ、そのアクセサリー。カバンにつけてるんだ」

小さなポケットのチャック部分に、まるでキーホルダーのように鎖をひとまとめにしてくくりつけてあった。

花穂「うん。これは、義之くんとの大切な思い出だから」

嬉しそうにそう話す花穂に、ちょっとだけ照れてしまった。

花穂「そういう義之くんは、持ち歩いてるの?」

義之「ああ、ここにあるよ」

そう言って、腕をまくって手首にくくりつけたアクセサリーを見せる。花穂と付き合うきっかけになったものだ。もちろん、大切に持ち歩いている。

花穂「ふふ、学校にそんなものをつけていったら没収されるんじゃない?」

義之「まぁ、そうなるだろうから、見せびらかせたい気持ちを抑えてこうして制服の袖に隠してるんだけどね」

花穂「大切にしてね、そのアクセサリー」

義之「花穂もね」

二人顔を見合わせ、笑い合う。
84 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:48:04.80 ID:niNWykBH0
*          *          *

買い物を済ませ、店を後にする。

義之「ちょっと買いすぎたかな……」

手には、三つほどの大きな袋。

花穂「ふふ、明日、楽しみにしてるからね、義之くん」

クスクスと笑いながら、俺の様子を見守る花穂。

義之「あと、どこか行きたいところとかある、花穂?」

花穂「うーん、ちょっとお腹空いたかな」

義之「それじゃ、桜公園に行こうか」

桜公園へと足を向ける。
85 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:48:43.42 ID:niNWykBH0
*          *          *

義之「はい、花穂」

チョコバナナを二つ買い、高台まで来たところでひとつを花穂に手渡す。花穂に手渡したのは、前と同じイチゴ味。

俺はというと、これまた前と同じペパーミント味。

花穂「えっと、悪いんだけど……」

義之「ん、何?」

花穂「そっちの方をもらってもいい?」

義之「こっち?」

ペパーミント味の方をご所望のようだ。

義之「いいよ、はい」

差し出す手を左に変える。

花穂「ありがとう、義之くん。前に義之くん、こっちを食べてたから、わたしも食べてみたかったの」

俺から受け取り、早速口に運ぶ。

花穂「うん、おいしい」

花穂の笑顔を見届けて、俺も食べ始める。
86 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:49:20.34 ID:niNWykBH0
義之「そういえばさ、花穂」

チョコバナナを味わいながら、花穂に話しかける。

花穂「なに?」

花穂も、耳を傾けてくれる。

義之「前に、たくさんアクセサリーを買ってたけど、それはどこにあるの?」

花穂「そ、そんなに沢山買ってないけど……」

苦笑いでそう言いながらも、少々戸惑う。

花穂「あれは、わたしの部屋に飾ってあるの。わたし、アクセサリーが好きだから。部屋に飾ってあるだけでも、わたしは満足なの」

にっこりと笑い、そう話してくれる。

義之「へぇ……」

あの大量のアクセサリーを、飾る、ねぇ……。ちょっと、想像できなかった。
87 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:50:18.60 ID:niNWykBH0
辺りはあの時と同じく、夕暮れ時となっていた。

花穂「昨日と同じだね、義之くん」

義之「ああ、そうだね」

俺と花穂が付き合い始めた昨日と、同じ。

花穂「昨日は、もうびっくりしたよ。義之くんが、わたしと同じ気持ちだったなんて、考えもしなかったことだから」

義之「あ、それじゃあ、花穂も俺のこと、好きだったんだ?」

花穂「え……あっ!」

自分が何を言ったのかを悟った花穂が、顔を真っ赤に染めた。そして、真っ赤な顔のままこくんと頷いた。

義之「いつから、俺のことを好いてくれてたの?」

花穂「えと、それは……」

返答に戸惑いつつも、答えてくれる。

花穂「じ、実は、義之くんと知り合う前から、気になってはいたの。ほら、義之くん、学校でも何回も騒ぎを起こしていたでしょ?」

義之「あ〜……まぁ」

花穂「でも、正確に意識し始めたのは、やっぱりお互いに知り合った後……かな」

先ほどよりは幾分か収まったが、まだ顔は赤かった。

花穂「わたしが思っていたよりも、義之くん、カッコよかった……」

そこまで言うと、俯いてしまった。な、なんかそう言われるとこっちまで恥ずかしくなってくるな……。

義之「あ、ありがとう、花穂」

思わず、お礼を言ってしまう。
88 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:50:57.23 ID:niNWykBH0
義之「……な、なぁ、花穂」

呼びながら、花穂を真っ直ぐ見つめる。

花穂「な、何、義之くん?」

花穂は少しだけ緊張したような面持ちで、そう答える。

正面から花穂の肩に手を置いて、そっと引き寄せ、抱きしめる。

花穂「え、え、義之くん?」

動揺しているのだろう、花穂はどうしたらいいかわからないといった様子で、体を硬直させていた。

体を少し離し、至近距離で花穂の顔をまじまじと見つめる。

義之「……花穂」

口の中が急速に乾いていくのがわかる。花穂の肩に手を置き、もともと近くだった顔を更に近づける。

花穂「よ……義之……くん……」

花穂はか細くそれだけ言うと、そっと目を閉じた。その唇に、そっと自分の唇を重ねた。
89 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:51:35.46 ID:niNWykBH0
………。

重ねた唇を、そっと離す。

義之「……ごめん。いきなりで」

何と言ったらいいのかわからず、とりあえず謝る。

花穂「う、ううんっ!嬉しいよ、すごくっ!嬉しい……」

花穂はそう言いながら、目尻に涙をいっぱいに溜めていた。

義之「え、な、ご、ごめん!泣かないでくれよ、花穂!」

いきなりの出来事で、動転する。

花穂「ご、ごめっ……泣くつもりは、なかったんだけど……。よ、義之くんが、キスしてくれたのが、すごい嬉しくて……!」

口元に手を当て、嬉し涙を流す花穂。

義之「あ、ありがとう、花穂。でも、人目もあるし、泣かないでくれ、花穂」

この構図は、間違いなく俺が泣かせているように見える。それだけは勘弁だ。

花穂「う、うん。大丈夫、もう泣かないよ」

涙をポケットから取り出したハンカチで拭き、笑顔を見せてくれた。
90 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:52:24.80 ID:niNWykBH0
*          *          *

自然と二人手をつなぎ、家路に着く。

花穂「ちょっと前までなら、想像もできなかったことだよね」

花穂が、おもむろに口を開いた。

義之「そうだな」

なんたって、付き合い始めたのは昨日だしなぁ。

花穂「でも、これだけは自信を持って言える。わたしは、義之くんと付き合えて、本当に嬉しい」

夕陽に照らされた花穂の顔は、心の底からの笑顔のように見えた。

義之「そっか。花穂がそう思ってくれて、俺も嬉しいよ」

それに、俺も花穂と付き合えて、本当に嬉しいし。

心の中に、くすぐったいような感覚が広がっていくのが感じられた。幸せな、それでいて照れくさい、そんな感覚。

花穂「それじゃ、わたしはここで」

義之「うん。また明日ね、花穂」

小さく手を振って、花穂と分かれた。この先は、団地が建っている場所だ。と、言うことは、花穂は団地に住んでいるのかな?

義之「ま、いいか。俺も、早く帰って晩御飯の準備をしないと。由夢に文句を言われるな」

花穂の後姿を見送って、俺も自分の家に帰る。
91 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/02(日) 21:53:44.86 ID:niNWykBH0
本日の投下は以上です
勘のいいひとなら、今回投下の冒頭でなんとなーく桜木花穂というキャラがどういうキャラなのかわかったのではないかと思います
92 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:08:45.49 ID:qAUny/1z0
投下します
93 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:09:39.02 ID:qAUny/1z0
                                         1月12日(水)

午前の授業が終わり、昼休みになる。俺はカバンの中から弁当を二つ取り出して、教室を出た。

渉「おーい義之……っていねぇ!?」

背中越しに渉の声が聞こえたが、まぁ放置で問題ないだろう。

2組の教室に入り込む。

義之「花穂ー」

花穂「義之くん。今行く!」

花穂は机の上に置いてあった教科書を机にしまい込み、俺の近くまで駆けてくる。

義之「昨日と同じ場所でいい?」

花穂「うん」

昨日と同じように、花穂を連れて教室を後にする。
94 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:10:39.39 ID:qAUny/1z0
*          *          *

中庭の空いているベンチに座る。

義之「昨日の約束どおり、作ってきたよ」

花穂に弁当箱ひとつを渡す。

花穂「わあ、楽しみ!」

花穂はわくわくした様子で、弁当箱をあけた。

義之「俺のクラスの奴ら曰く、『義之スペシャル』だそうだ」

花穂「おいしそう!それじゃ、いただきます!」

もう我慢できないといった様子で、両手を合わせると弁当に箸をつけた。

義之「どう?実は、結構自信があったりするんだけど」

花穂「おいしい〜!義之くん、お料理上手なんだね!」

ほんわかとした笑顔を浮かべながら、嬉しそうに弁当を食べている。そんな花穂の様子を見届けて、俺も食べはじめる。

う〜む、我ながら上出来なり。
95 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:11:51.88 ID:qAUny/1z0
花穂「ごちそうさま!お腹空いていたから、もう食べ終えちゃった」

俺が自分の弁当を半分ほど食べたところで、花穂はごちそうさましたようだった。

義之「もしかして、少なかった?」

それなら悪かったかな。

花穂「いえ、そんなことはないですけど」

義之「よかったら、俺の弁当もつついていいよ」

花穂「え、でも、義之くんは大丈夫?」

義之「俺なら大丈夫」

後でこっそり売店で何か買って食うし。

花穂「そ、それじゃあ……ちょっとだけ」

恐縮しながら、俺の手の中にある弁当に箸を伸ばしてきて、玉子焼きを持っていった。

花穂「義之くんの作った玉子焼き、おいしい〜」

どうやら玉子焼きがお気に入りのようだった。口の中で咀嚼しながら、幸せそうな笑顔をする。

こんなに喜んでくれるなら、作った俺も気持ちがいいというものだ。
96 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:13:56.07 ID:qAUny/1z0
花穂「ごちそうさま、義之くん」

義之「お粗末さまでした」

きれいに平らげた弁当箱を俺に返してくる。

花穂「また作ってくれたら嬉しいな」

義之「花穂の望みなら、いつでも作ってきてあげるよ」

気持ちのいい笑顔を見せてくれたし。

花穂「本当っ?やったー!」

嬉しそうにはしゃぐ花穂が、可愛かった。
97 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:15:55.06 ID:qAUny/1z0
                                         1月13日(木)

朝、今日は音姉も由夢も先に行ってしまったから、一人での登校中。団地との合流地点で、またも花穂とばったり会った。

花穂「あ、おはよう、義之くん」

一昨日は会ってすぐに停止していたが、今日は普通に挨拶をしてきた。

義之「おはよう、花穂」

自然と隣に並んで、学校に向けて歩き出す。

義之「花穂の家って、アパートなの?いつもあの道から来るけど」

花穂「うん、そうだよ」

義之「じゃあ、まゆき先輩とかと会ったりするんじゃない?」

花穂「副会長さん?たまに見かけるけど、お互い顔を合わせることはないよ」

義之「ふーん、そっか」

そういや、まゆき先輩も花穂のことは知らなさそうな様子だったな。
98 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:17:08.43 ID:qAUny/1z0
花穂「それより、義之くん」

義之「うん、なに?」

花穂「今日のお昼はどうするの?」

義之「あー、今日は弁当作ってきてないよ。今日は食堂で食べようかなと思ってたから」

花穂「わたしも、一緒に食堂で食べてもいい?」

義之「もちろん。あー、でも渉とか雪月花とかいると思うよ」

花穂「いいよ。そのほうが賑やかで楽しそうだし」

義之「そっか。わかった。じゃあ、午前の授業が終わったら、うちのクラスに来てよ。待ってるから」

花穂「うん、わかった」

花穂と話していると、すぐに学校に到着した。
99 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:18:12.40 ID:qAUny/1z0
*          *          *

昼休みとなる。

花穂「義之くん!」

教室の入り口から、花穂の呼ぶ声が聞こえてきた。教室の中に入ってくる。

渉「なんだ、また桜木か〜。最近お前付き合い悪いぞ?」

渉が不機嫌そうに漏らす。

義之「渉たちは、今日も食堂?」

渉「ああ、そうだけど?」

義之「今日は俺たちも食堂なんだ。一緒に行こうぜ」

茜「え、そうなの?」

茜が聞いてくる。

義之「ああ。花穂も、弁当を作ってきてないらしいから」

茜「ふ〜ん、そっか。それなら、沢山お話を聞きながら食べられるねぇ」

意味深な笑みを浮かべながら、あまり歓迎できないことを言っている。
100 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:21:50.22 ID:qAUny/1z0
義之「あんまり花穂を困らせることは聞くなよ?」

杏「あら、随分とご熱心ね、義之」

杏も会話に入ってくる。

茜「ラブラブだねぇ〜。お熱いですなぁ〜」

渉「くそー!義之ばっかり羨ましいぞこのヤロ〜!」

このまま放っておくと、食堂の席が無くなりそうだ……。

義之「ほら、早く行こうぜ。話なら、飯を食いながらでもできるだろ」

花穂や渉たちを連れて、食堂へと向かう。
101 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:23:26.46 ID:qAUny/1z0
*          *          *

適当に昼飯を食いながら、渉たちの質問攻めに付き合う。

茜「馴れ初めはどうだったんですか?」

義之「インタビュー形式なのかよっ!」

思わず突っ込んでしまった。

杏「義之に黙秘権はないわよ。もし使ったりしたらどうなるか……わかるわよね?」

義之「………」

こいつなら、本当にないことないこと言いふらしそうで怖いな……。

茜「で、もう一度聞くけど、馴れ初めはどうだったんですか?」

義之「……花穂」

答えてもいいものか花穂に視線で聞いてみる。少しだけ楽しげにこくんと頷いた。

花穂は花穂でこの状況を楽しんでいるのか……?
102 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:25:03.73 ID:qAUny/1z0
義之「最初に会ったのは、公園のチョコバナナ屋の前だよ。俺が買ったのがその日最後のチョコバナナで、その後ろに花穂が並んでいたんだ」

茜「ふんふん、それで?」

茜が身を乗り出して聞いてくる。

義之「で、よかったら俺が買っちゃった奴をあげようと思って花穂に聞いたんだよ。ちょうどそのときに、天枷が乱入してきたんだ」

杏「あ〜、その時が初めて会った時だったんだ……」

杏が、合点行ったと言う感じで頷いている。

杏「そのときの話は美夏から聞いていたからね。義之には悪いことをしたって反省していたわよ」

義之「へぇ……」

あの人間嫌いの天枷がねぇ……。
103 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:26:15.28 ID:qAUny/1z0
渉「で、きっかけってのはなんだったのよ?」

ここで、今まで話を聞きながら一人黙々と素うどんを食べていた渉が口を開いた。

義之「それは……これ、かな」

そう言って、制服の袖を捲り上げる。ピンク色の桜の花びらのアクセサリーが姿を現した。

小恋「あ、いけないんだぁ義之。学校にそんなものつけてくるなんて」

そう言ってくるのは小恋。

義之「話の腰を折るなよ……」

渉「で、そのアクセサリーがなんなのよ?」

渉が更に詮索してくる。

義之「これと色違いのアクセサリーを、花穂と交換し合ったんだ。な、花穂」

花穂「はい。義之くんはピンク、わたしは白を持ってます。あ、わたしのはカバンにキーホルダーみたいにつけているんだけどね」

嬉しそうに話す。
104 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:27:07.38 ID:qAUny/1z0
小恋「それ、どこで買ったの?」

小恋が聞いてくる。

義之「これは……えーと」

そういや、どこだっけ?

義之「花穂、覚えてる?」

花穂「あそこですよ、ほら……」

考えているのか、花穂の動きが止まる。そして、少しして口を開いた。

花穂「……どこだっけ?」

花穂も覚えていないようだった。

小恋「なにそれ〜?付き合うきっかけになった物なのに、どこで買ったのか覚えてないの?」

呆れ口調の小恋。ま、まぁ確かに呆れられてもしょうがないかな……。

それにしても、なんで二人揃って覚えてないんだろう?不思議なこともあるもんだ……。
105 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:29:24.28 ID:qAUny/1z0
                                         1月14日(金)

義之「今日はこれから、どうする?」

放課後になり、花穂と合流して、そう聞く。

花穂「わたしは行くところがあるんだけど……」

義之「あ、そうなんだ」

それなら俺は、今日はおとなしく家に帰るかな。

花穂「義之くんは、予定はないの?」

義之「ん、俺はないよ」

花穂「それなら、わたしに付き合ってもらってもいいかな?義之くんもいつか連れて行こうと思ってた場所なんだけど」

義之「うん、わかった」

花穂「一旦家に帰って、着替えを済ませてからでいい?」

義之「いいよ。それじゃあ、桜公園で待ち合わせかな」

花穂「うん」

そう決めて、途中まで一緒に帰ることにする。
106 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:30:40.66 ID:qAUny/1z0
*          *          *

家で着替えを済ませ、桜公園で花穂を待つ。

義之(どこに行くのかな……)

見当もつかないことを考えていると、花穂がやってきた。

花穂「お待たせ、義之くん」

いつもとは、少しだけ落ち着いた感じで話す花穂。

義之「いや、全然」

返事をしながら、ベンチから立ち上がる。

義之「それじゃあ、行こっか」

先に歩き出した花穂の半歩後ろをついていく。

義之「どこに行くの?」

花穂「一緒に来たらわかるよ」

目的地を直接言わないところを見ると、あまり楽しい場所ではなさそうだ。それに、花穂自身いつもより口数が少ない。

それでも俺が話を振ると、それには答えてくれた。
107 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:32:01.36 ID:qAUny/1z0
そうして、着いた場所は……。

花穂「今日も来たよ、お父さん、お母さん」

しゃがみこんで、そう話しかける。

『先祖代々ノ墓 桜木家』

花穂が話しかけたものには、そう刻み込まれていた。

義之(両親のお墓……か)

不謹慎だったかもしれない。花穂と二人だからといって、少し浮かれていた自分が恥ずかしかった。

花穂は持っていた小さなカバンの中から線香を一本とマッチを取り出し、線香に火を灯す。それを立てて、両手を合わせて目を閉じる。

花穂「………」

長い沈黙。やがて、花穂は目を開いた。

花穂「ほら、お父さん、お母さん。この人が、桜内義之くん。わたしの恋人さんだよ」

墓に向かってそう話しかけて、俺の方を向く。
108 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:33:15.94 ID:qAUny/1z0
花穂「義之くんも、わたしの両親に挨拶して?」

義之「ああ、わかった」

花穂の隣にしゃがみこむ。

義之「初めまして、花穂のお父さん、お母さん」

俺がそういうと、花穂は嬉しそうに、少し寂しげな笑顔を浮かべる。

花穂「お父さん、怒らないでね。義之くんはわたしの大切な人だから」

穏やかな口調で、両親に話しかける花穂。俺は、その様子を黙って見守っていた。
109 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:35:18.77 ID:qAUny/1z0
*          *          *

花穂「今日はありがとう、義之くん」

お墓参りの帰り、花穂がそんなことを言ってくる。

義之「いや、気にしなくていいよ。俺も、花穂の両親に挨拶できたし」

それに、もともと用事もなかったし。

花穂「それで、この後なんだけど」

義之「うん?」

まだどこかに行くのだろうか?

花穂「もしよかったら、うちに来ない?」

義之「え?花穂の家?」

花穂「うん」

いきなりの提案に、少し戸惑う。

花穂「もしかして、都合悪い?」

返答に困っていると、花穂が申し訳なさそうに聞いてきた。

義之「いや、都合とかは悪くないんだけど……」

花穂「それなら、来てくれると嬉しいな」

そう言って、ほのかに笑う。

義之「そうだな。じゃあ、お邪魔させてもらうかな」

花穂「ありがとう、義之くん」
110 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:36:06.88 ID:qAUny/1z0
とりあえず、音姉にメールだけ入れておこう。

To:朝倉 音姫

『今日は帰り遅くなるから。ごはんは先に食べてていいよ』

メールを打ち終わり、花穂に聞いてみる。

義之「花穂の家に、なにか用事あるの?」

花穂「ううん、特に何があるってわけじゃないけど。いつもお墓参りをして家に帰ったら、なにか複雑な気持ちになるの。
   だから、誰かがそばにいてくれたら嬉しいな、なんて思って。それが恋人さんなら、なおさらでしょ?」

ああ、そういうことか。

義之「もしかして花穂って、今は一人暮らし?」

ふと思った疑問を聞いてみる。

花穂「うん、そうだよ。お父さんとお母さんの遺産で今は暮らしてるの」

義之「そっか」

俺と同い年の子が、一人暮らし、か。大変なんだろうな、やっぱり。
111 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:37:03.90 ID:qAUny/1z0
*          *          *

団地の、花穂の家に到着する。

花穂「どうぞ、入って」

義之「お邪魔します」

花穂に促され、中に入る。……考えてみたら俺、今彼女の家に来てるんだよな。それも、ふたりっきりだし。

うわ〜なんかそう考えたら緊張してきた〜。

花穂「座って。義之くん、何飲む?」

花穂に言われたとおり、ソファに腰掛ける。

義之「なんでもいいよ」

花穂「それじゃ、わたしと一緒でコーヒー淹れるね」

少しの間を置いて、カップを二つ持った花穂が台所から出てくる。

花穂「はい、義之くん。それと、お菓子も持ってきたよ」

そう言って出されたのは、クッキーだった。

義之「どうも」

コーヒーを一口飲み、クッキーもありがたくいただく。
112 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:38:26.47 ID:qAUny/1z0
花穂「この家にわたし以外の人が入るのも、随分と久しぶりだな」

カップを持ちながら、花穂が呟いた。

花穂「両親が亡くなってから、誰も入ることはなかったから」

義之「花穂の両親が亡くなったのって、いつぐらいなの?」

不意に、そんな質問が口を突いて出た。

義之「ああ、嫌なら話さなくてもいいよ」

念のためそう言っておく。

花穂「ううん、嫌じゃないよ。わたしの両親が亡くなったのは、わたしが風見学園に入学した年。だから、もう二年近くになるかな」

義之「………」

話に聞き入る。

花穂「もともとお父さんもお母さんも体が弱かったの。二人が知り合った場所も、病院だったって聞いたことあるし。それで、わたしが風見学園に入学してから半年で亡くなった」

昔を思い出しているんだろう、花穂は遠い目をしていた。
113 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:40:25.01 ID:qAUny/1z0
義之「……それからは、ずっと一人で?」

花穂「うん。あ、でも、わたしのことを気にかけてくれる人は今もいるよ。その人には、自分のことはあまり口外しないでって言われてるんだけど」

義之「気にかけてくれる人?」

って、もしかして花穂のことが好きな人ってことか?ま、まさか、ライバル出現!?

義之「そ、その人について、ひとつだけ聞いたらダメかな?」

花穂「え、うーん……当たり障りのないことなら、答えられると思う……けど」

義之「その人って……まさか、男の人?」

恐る恐る聞いてみる。その質問を聞いた花穂が一瞬ぽかんとして、そして

花穂「……ぷっ、あははははは!!」

盛大に笑い出した。

義之「え、え?なんで笑うの?」

花穂「も、もしかして、義之くん、ライバル出現とか考えたの?あ、あはははははっ」

お腹を抱えて苦しそうにしている。そ、そんなに面白いこと言っただろうか?

義之「いや、だって気になるだろ!?」

花穂「だっ大丈夫だよ、義之くん。その人、女の人だからっ」

未だに笑いが止まらないようで、目に浮かんだ涙を拭いながらそう答えてくれる。

義之「あ、そ、そうなんだ……」

あ、安心した……。
114 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:41:14.56 ID:qAUny/1z0
花穂「義之くんって、面白いよね」

ようやく笑いが収まった花穂が、そう言ってくる。

義之「そ、そう?」

それは褒められてるのだろうか……。

花穂「大丈夫だよ。その、わたしのことを気にかけてくれる人って言うのは、わたしの後見人みたいなひとだから」

義之「そ、そうなんだ」

それにしても、内緒にされたら余計に気になるな。その花穂を気にかけてる人って、誰だろう?

花穂「でも、基本的には一人暮らしだからやっぱりちょっと寂しいかなぁ。今はもうだいぶなれたけど」

コーヒーを一口飲み、部屋を見渡す。確かに、一人暮らしにしては広いよな、この部屋。

まぁ、芳乃家も俺とさくらさんが二人で暮らすには広いけど。
115 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:42:58.37 ID:qAUny/1z0
コーヒーを飲み干し、時間を確認する。8時ちょっと前だった。

義之「俺、そろそろ帰ろうかな。あんまり遅くなると音姉に怒られそうだし」

花穂「え、もう帰っちゃうの?晩御飯くらい食べていってよ。わたし、作るから」

引き止められる。……どうしようかな。

義之「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

花穂「よかった。座って待ってて。準備するから」

ぱたぱたと寝室と思われる部屋へ行き、エプロンを持ってくる。

俺は花穂に言われたとおり、座って待つことにした。
116 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:43:59.58 ID:qAUny/1z0
*          *          *

花穂「はい、どうぞ、義之くん」

晩御飯がテーブルに並ぶ。

義之「おお、肉じゃが!」

花穂「わたしのお母さんから教わった料理の中で、わたしの一番自信のある料理だよ」

食欲をそそる匂いが辺りに漂う。

義之「いただきます!」

早速肉じゃがに箸をつける。

義之「……う、うまい」

正直、これは俺や音姉以上にうまいんじゃないかと言うほどだった。

花穂「ふふ、ありがと、義之くん」

花穂も、ご飯を食べ始める。
117 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:44:42.53 ID:qAUny/1z0
花穂「ねぇ、義之くん。ご飯食べながらでいいから、わたしの話、聞いて」

義之「うん?」

花穂「実はね、亡くなった両親の話なんだけど……。わたしの本当の親じゃないんだ」

義之「え……?」

本当の両親じゃない?

花穂「わたしがまだ小さい時に、枯れない桜の木の前で会ったの」

義之「枯れない桜の木……」

俺と同じってことか?

花穂「それに、不思議なことにそのとき以前の記憶がわたしにはないんだ。なんだか、気がついたらそこにいたっていうか。だから、本当の親の顔はわからないの」

義之「ちょっと待って。それ以前の記憶が、ない?」

それも、俺と同じじゃないか。

花穂「うん。あ、でも、わたしは今でもあの両親がわたしの本当のお父さんとお母さんだと思ってるんだ」
118 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:46:04.46 ID:qAUny/1z0
義之「不思議なこともあるもんだなぁ……」

花穂「うん、そうだね。それ以前の記憶がないなんて、信じてもらえないと思うけど……」

義之「いや、そっちじゃなくて」

花穂「え?」

きょとんとした顔をする。

義之「俺も、花穂と似たような……っていうか、ほとんど同じなんだよ。小さいころに、今の俺の保護者、さくらさんと会ったんだ」

花穂「えっ……?義之くん、も……?」

義之「ああ。それに、さくらさんと初めて会う以前の記憶も俺にはない。思い出そうとすると、ひどい頭痛がするんだ」

花穂「………」

花穂は絶句していた。そりゃそうだろうな。俺だって、花穂と同じ境遇だったなんて想像もしていなかった。

花穂「……不思議だね」

今まで絶句していた花穂が口を開く。

花穂「なんか、まるでわたしたち、運命だったみたい」

義之「……ああ、そうだな」
119 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:46:45.01 ID:qAUny/1z0
*          *          *

ご飯を食べ終えて、花穂と取り留めない話をする。

ふと時間を確認すると、9時を回ったところだった。

義之「そろそろ、本当に帰らないとまずいかもな」

花穂「ごめん、義之くん。なんだか引き止めちゃったみたいで」

義之「いや、楽しかったよ」

玄関まで、花穂が見送りに来る。

義之「また月曜に、学校で」

花穂「うん。気をつけて帰ってね、義之くん」

義之「ああ。じゃあな、花穂」

最後に手を振って、花穂の家を後にする。


夜の道を一人歩く。

義之(花穂の肉じゃが、うまかったな……。作り方、聞いとけばよかったかもな)

帰りも、頭の中で考えることは花穂のことばかりだった。
120 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2018/12/23(日) 22:48:28.99 ID:qAUny/1z0
本日の投下は以上です
年内には終わらなそうだ…
121 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 21:58:31.65 ID:vXH8Xxmq0
投下します
122 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 21:59:00.56 ID:vXH8Xxmq0
                                         1月15日(土)

目を覚まして、時計を確認する。

義之「……10時前か……」

昨日は帰って来てから音姉と由夢にやたらと文句を言われて、二人が帰ってようやく寝付けたのは夜中の2時過ぎだった。

義之「ふわあああぁぁぁぁ……」

盛大なあくびが出る。休みだし、もう少し寝ることにしよう。

音姫「弟くーん。そろそろ起きなさいよー!」

居間から音姉の声が聞こえてきた。……しょうがない。部屋に襲撃されても困るし、起きるか……。
123 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 21:59:45.12 ID:vXH8Xxmq0
居間に下りる。

義之「……あれ、さくらさんは?」

音姫「なんだか用事があるとかいって行っちゃったけど」

さくらさんも忙しい人だなぁ。

テーブルには、焼いたトーストと目玉焼き、それにコーヒーがそれぞれ三人分置かれていた。

義之「音姉たちも、今日は朝遅いんだな」

由夢「誰のせいだと思ってるんですか、全く……」

由夢が愚痴をこぼすように言う。

義之「俺のせいかよ……」

音姫「そうだよ。弟くん、帰ってくるの遅いんだもん。説教してたから遅くなったんじゃない」

今度は音姉。俺まだ寝起きなんだから、もう少しやさしくしてほしい……。

義之「はい、どーもすいませんでしたー」

棒読みで謝り、コーヒーに口をつける。
124 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:00:27.22 ID:vXH8Xxmq0
音姫「それで、昨日はどこに行ってたの?」

朝ごはんの最中、音姉が詰め寄ってくる。

義之「ああ、昨日は……」

ってちょっと待て、音姉に素直に答えてもいいものだろうか。

……いや、ごまかしておこう。

義之「わ、渉たちと出かけてたんだよ、うん」

音姫「板橋くんたちと?」

義之「う、うん。遊んでただけ」

音姫「へぇ〜、そう。ふ〜ん」

確実に信用してないな、うん。いやまぁ、別にいいんだけどさ。
125 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:03:48.57 ID:vXH8Xxmq0
音姫「……なんか最近、妙な事故が多いよね」

テレビで流れているニュースを見ながら音姉がつぶやく。

義之「原因が不明の事故だっけ?」

トーストをかじりながら聞く。

音姫「うん。初音島でこんなに事故が多いのって、なんだか珍しいよね」

まぁ、確かに聞いたことはないよな。ここまで事故が多発したって話は。
126 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:04:28.35 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

朝ごはんを食べ終えて、音姉と由夢も朝倉家に帰っていった。

さてと、俺はどうするかな。特に約束とかもないし、散歩でもしようかな。

家を出て、特に目的の場所もないまま適当にぶらつく。

桜公園に着いた。

義之「………」

なんとなく辺りを見渡す。もしかしたら、花穂がいるかもしれないと、そう思った。しかし、花穂の姿はなかった。

義之「寂しいな〜なんか」

花穂の家に直接お邪魔しようかな。

桜公園を後にし、団地へと足を向ける。

義之「花穂の家は、こっちだったな」

昨日通った道を、もう一度歩いていく。

花穂の家の前。ブザーを押す。

義之「………」

しかし、扉の向こうからはうんともすんとも聞こえてこない。

義之「留守……かな?」

また、お墓参りに行ってるのかな?しょうがない。今日は大人しく帰ろうかな。

踵を返して、団地を後にする。空からは、ちらほらと雪が降り始めていた。
127 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:06:05.51 ID:vXH8Xxmq0
その帰りに、花穂と会った。

花穂「あ、こんにちは、義之くん」

ほんわかとした花穂の笑顔に、心が癒される。

花穂「どうしたの、こんなところで」

義之「いや、花穂の家に行ってきたんだけど、いなかったから帰るところだったんだ。雪も降り始めてきたし」

言いながら、空を仰ぐ。そんなに酷くはないが、空の雲はけっこう厚そうに見える。すぐに止みそうにはなかった。

花穂「あ、そうだったんですか。それなら、これからわたしのうちにきます?雪が降り止むまで、うちでゆっくりしていってください」

そりゃ願ったり叶ったりだ。

義之「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」

当然のように、そう答えた。
128 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:08:58.45 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

昨日もお邪魔した桜木邸に、今日もお邪魔する。気がつくと時間は正午を過ぎていた。

花穂「今からお昼ご飯の準備するから、座って待ってて」

エプロンをつけて、台所に立っている。

義之「俺もなにか手伝おうか?」

花穂「お客さんにそんなことはさせられません。いいから座ってて」

ぴしっと言って、冷蔵庫から物を色々と取り出す。

義之「でも、前も花穂がやってたし……」

花穂「気にしなくていいよ、そんなこと」

義之「うーん……」

花穂もなかなか引き下がらないな……。

義之「わかった。花穂に全部任せるよ」

引き下がる様子がなかったので、俺のほうから引き下がる。

花穂「それでいいの。彼氏に手料理を食べてもらうほうが、彼女だって嬉しいものなんだから」

手早く食材の下ごしらえをしながら、俺に笑顔を向けてくる。
129 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:10:54.12 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

お昼ごはんを食べ終えて、花穂の私室と思しき部屋へと通される。

義之「ここ、花穂の部屋?」

花穂「うん。この部屋が、なんだか落ち着くんだ。やっぱり、今までずっとこの部屋で暮らしてきたからかなぁ」

部屋の至る所には、アクセサリーがずらりと飾られていた。

義之「すごいな……」

素直な感想が口から漏れる。

花穂「そう?」

義之「本当にアクセサリーが好きなんだな」

花穂「う、うん、まぁ」

照れているのだろう、少しだけ顔を赤くしながらそう答える。
130 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:11:29.55 ID:vXH8Xxmq0
花穂「そ、そんなことより、座って、義之くん」

そう言って、自分が座っている隣をポンポンと叩く。ってか、そこ……。

花穂「どうかしたの、義之くん?」

義之「い、いや……」

花穂は気づいていないのだろうか。そこ、花穂がいつも寝てるベッドだよ?

花穂「ほら、座って」

なおも自分の隣を叩く。ま、まぁいいか。花穂がいいって言ってるんだし。

若干躊躇いながらも、花穂の隣、すなわちベッドに座る。
131 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:12:12.55 ID:vXH8Xxmq0
花穂「この部屋は、一度義之くんに見せたかったんだぁ」

自分の部屋を見渡しながら、花穂が自慢げに言う。

花穂「こうやって、わたしの買ったアクセサリーを部屋に飾るのが、わたしの趣味だから」

義之「そっか」

花穂「実際、持ってるものの中で持ち歩いてるのは、義之くんと交換したあのアクセサリーだけなんだよ」

部屋の隅に置いてあった学生カバンを持ち上げて、つけてあった白い桜の花びらのアクセサリーを取り出した。

花穂「これが、わたしと義之くんの絆の証、だよね」

俺も、手首につけているピンクのアクセサリーを取り出す。

義之「そうだな」

どこで買ったのかはお互いに覚えてなかったけど。
132 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:13:16.74 ID:vXH8Xxmq0
自然と、花穂と見詰め合う形になる。

花穂「……あ……」

小さく声を漏らした花穂だったが、やがてゆっくりと目を閉じた。

俺も目を閉じて、花穂に口付けをする。

唇が触れるだけのキス。しかし、前よりもずっとずっと長い時間重ね合わせる。

花穂「…………っ」

やがて、唇を離す。そして、手を花穂の腰に回した。

花穂「あ、あの……義之くん……?」

義之「なに……?」

花穂の体を自分に引き寄せる。

花穂「………」

花穂の体は、緊張の為なのかがちがちだった。その赤らんだ顔を見て、もう一度口付け。

花穂「んん……」

花穂の息遣いが荒くなってくる。
133 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:14:42.05 ID:vXH8Xxmq0
花穂「義之くん……今日はなんだか積極的だね……」

義之「そう?」

花穂「いつもはもっとこう……紳士的というか。ふふ、でも、積極的な義之くんの方が好きかな……」

嬉しそうに顔を綻ばせて、今度は花穂から口付けをしてくる。そしてそのまま、花穂に押し倒されるようにしてベッドに倒れこんだ。

花穂「んんん……」

仰向けに倒れこんだ俺の上に、花穂が覆いかぶさるようにしてキスを続けている。

花穂の方から口を離す。

花穂「……あ」

惚けたような顔をしていた花穂が、急に真っ赤に顔を染めて、体を起こし上げた。

花穂「ご、ごめんなさい義之くん!」

倒れて少し乱れた髪をかきあげながら、わたわたと謝ってくる。

義之「なんで謝るの?」

花穂「え……だって……わ、わたしが義之くんを押し倒しちゃってたみたいだから……」

言ってて更に恥ずかしくなったのか、真っ赤な顔を更に赤く染め上げる。

義之「俺は、嫌じゃないよ。むしろ、嬉しかった」

俺も体を起こし上げる。
134 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:15:28.38 ID:vXH8Xxmq0
義之「花穂は、押し倒されるほうが好き?」

からかい気味に、そう聞いてみる。

花穂「え、えと、その、あの……」

しどろもどろしている仕草も、かわいい。

義之「それなら……」

未だあせあせとしている花穂にもう一度口付けをして、今度は花穂が仰向けになるように倒れこむ。

花穂「……はぅ……。よ、義之くん……」

口が離れ、今がどういう状況なのか理解しようとしているのか、花穂が俺の名前を呼ぶ。

義之「なに?」

花穂「こ、これは……?」

義之「……嫌……かな?」

正直、今ので俺の中のスイッチがオンになったんだけど。

花穂「嫌じゃ、ない……けど……」

惚けたような目をして答える。

花穂「こ、こういうのは……初めて、だから」

義之「……うん。俺も、初めてだ」





そうして、その日。

俺と花穂は、深く結ばれたのだった。
135 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:15:56.19 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

花穂となんてことない話をしながら過ごしていたが、時間を確認するとそろそろ帰らなきゃならないことに気がついた。

花穂「ん〜、もう帰っちゃうの?」

少し不満げにそう呟く。

義之「また今度、学校でも会えるだろ?」

そうは言うが、俺だって名残惜しい。

花穂「そうだね。……うん。引き止めるわけにもいかないよね。じゃあね、義之くん」

花穂の家を後にし、薄暗くなってきた道を歩く。

義之(俺……花穂と、結ばれた……んだよな)

今日の出来事を振り返る。一番に思い出されるのは、やはり……。

義之(……顔が熱くなってきた)
136 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:17:56.84 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

義之「ただいま〜」

家に到着し、挨拶する。しかし、返事は返ってこない。

義之「あれ?」

居間の電気はついているようだから、誰もいないということはないだろう。

居間をのぞくと、さくらさんが一人でなにやら難しそうな顔をしていた。

義之「さくらさん?」

呼びかける。しかし、返事は相変わらず返ってこない。なにか相当深く考え込んでいるみたいだ。

義之「さくらさ〜ん?」

目の前で手をひらひらとさせる。

さくら「うにゃっ!?よ、義之くんっ!?」

ようやく俺の存在に気づく。
137 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:19:17.20 ID:vXH8Xxmq0
義之「どうかしたんですか、さくらさん?なんだかすごく思いつめているような顔をしていましたけど」

さくら「う、ううん。なんでもないよ。ちょっと疲れが溜まってるだけ」

義之「大丈夫ですか?」

そういえば確かに、最近あまりさくらさんがうちで晩御飯を食べてないことに気がつく。

義之「今日は、晩御飯、まだですよね?」

さくら「うん、まだだよ」

義之「それじゃ、今から作りますね。さくらさんは疲れてるみたいだし、座って休んでてください」

さくら「ありがと、義之くん」

元気がなくても、俺に笑顔を向けてくる。

簡単なものをいくつか作り、テーブルに並べる。

さくら「う〜ん、義之くんが作った晩御飯を食べるのも随分と久しぶりな気がするよ」

義之「そんなに最近、お仕事が忙しいんですか?」

さくら「うん、そうなんだよ〜」

ご飯を口に運びながら、どこか疲れたようにそういう。
138 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:20:00.02 ID:vXH8Xxmq0
さくら「……ごちそうさま」

お椀に盛ったご飯を半分ほど残し、テーブルに置く。

義之「体調、悪いんですか?」

さくら「うん、実はちょっとね……。ごめんね、義之くん。せっかく作ってくれたのに、残しちゃって」

義之「いやいや、いいですよ。それより、さくらさんの体調の方が大事じゃないですか。今日はもう休んだほうがいいんじゃないですか?」

さくら「そうだね……。義之くんの言葉に甘えようかな」

よろりと力なく立ち上がり、ふらふらと寝室へと向かっていく。

……これは、重症かもな。早くよくなってくれればいいんだけど。
139 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:20:58.56 ID:vXH8Xxmq0
                                         1月16日(日)

今日は朝から雪が降っている。

義之「さすがに雪降りのなか、散歩に行く気は起きないなぁ」

ベッドの上で、上半身を起こしあげながらそうつぶやく。

義之(花穂は、今日もお墓参りに行ってるのかな?)

ふと、そんな疑問が頭をよぎった。

義之(……やばい)

一度考えたら、すごい気になってきた。

義之(でも、さすがに行ってはいないだろ)

もう一度、外を仰ぎ見る。雪は、なかなかに強く降り続いていた。
140 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:21:41.64 ID:vXH8Xxmq0
コンコン。

部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。

義之「はい?」

音姫「弟くん?起きてるんなら居間に下りてきなさい」

ノックの主は音姉だった。

義之「ああ、ごめん」

ベッドから降りようとして、思い留まる。

義之「音姉。ちょっと、入ってきて」

音姫「え?」

音姉の戸惑う声。

義之「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

音姫「………」

躊躇いながらも、ドアが開かれる。
141 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:22:27.90 ID:vXH8Xxmq0
音姫「どうしたの?」

義之「うん。音姉と由夢、昨日の夜はうち来なかったから知らないかと思うんだけど。さくらさん、今、いる?」

音姫「さくらさん?わたしと由夢ちゃんがこっちに来たときにはもういなかったみたいだけど……?」

ということは、また出かけたんだな。体調は大丈夫なのかな?

音姫「どうかしたの?」

義之「昨日、さくらさん体調悪いみたいだったからさ。もしかして、今朝からダウンしてるんじゃないかと思って」

音姫「う、うーん……。わたしたちは本人を見てないからなんとも……」

義之「まぁ、大丈夫だよな。自分の体調くらいわかるだろうし」

とは言いつつも、ちょっと心配だな。花穂のことも気になるけど、今日はうちで留守番していよう。
142 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:24:24.25 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

さくら「あら、義之くん!?どうしたの、こんな時間まで!?」

びっくりしているさくらさんの声が居間に響く。ちなみに今はもう夜中の12時を回っている。

義之「おかえりなさい、さくらさん。さくらさんの帰りを待ってたんですよ」

さくら「ボクのことなら気にしないでいいのに」

義之「そういうわけにも行きませんよ。昨日の夜、体調悪そうだったから心配してたんですよ?」

さくら「あう……」

俺の言い分に困ったのだろう、さくらさんが押し黙る。

義之「でも、今日は顔色いいですね。晩御飯はまだ食べてない、ですね」

さくら「え、あ」

さくらさんはハッとしたかと思うと、手に持っていた袋を後ろに隠した。

義之「俺、簡単なもの作りますよ。食欲はあるみたいですからね」

隠したはいいが、当然と言えば当然、隠しきれていない袋に視線をやって、苦笑しながらキッチンへと向かう。

さくら「ごめんね〜、義之くん」

さくらさんは観念したかのように、持っていた袋をテーブルに置いた。

袋の中身はやはりというか、カップラーメンだった。
143 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:24:50.82 ID:vXH8Xxmq0
昨日と同じように、ごはんをテーブルに並べる。

さくら「それじゃあ、いただきます」

義之「どうぞ召し上がれ」

さくらさんと向かい合うように座り、俺はお茶を飲む。

さくら「あ、義之くんはもう寝たほうがいいよ。明日から学校なんだし。後片付けはボクがやるから」

最初は断ろうかと思ったが、

義之「それなら、このお茶を飲んだら寝ますね」

正直なところ俺も眠かったから、その言葉に甘えることにする。
144 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:29:52.80 ID:vXH8Xxmq0
                                         1月17日(月)

翌朝、さくらさんの姿は相変わらずなかったが、テーブルに一枚のメモが置いてあった。

『義之くんへ。 昨日はどうもありがとう。おかげで、だいぶ元気が出てきたよ。

 今日も忙しいけど、体調はもう大丈夫だからね。帰りが遅くても義之くんは早くに寝ること!学生の本分は学業だよ。 

                                                                   さくらより』

昨日のお礼と、小言を一緒に書いているところを見るあたり、本当に大丈夫だと確信が持てた。

そんなわけで、今は登校中。

義之「ふわぁぁぁ……」

当然のように、眠い。今は俺のほかに誰もいないのがせめてもの救いだ。

音姉がいたなら注意してくるだろうし、由夢がいたらジト目で見ながらため息をつくだろうし、花穂や小恋がいたら呆れるところだ。

今朝は、花穂とも会わなかった。先に学校へ行ってしまったのか、それともまだ家を出ていないか。

団地の方へ向かおうかとも思ったが、時間もあまりないから素直に学校へ向かうことにする。

渉「お、義之、おはよー」

後ろから、渉が駆け寄ってくる。

渉「今朝はひとりか。ひょっとして、桜木に嫌われたのか?」

朝一番から、随分と元気な奴だな。

義之「んなわけないだろ。今朝は会わなかっただけだ」

渉「へ〜、そっか」

渉と二人並びながら、学校へ向かう。
145 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:31:11.28 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

教室には、いつもの面々が揃っていた。

茜「おはよ〜、義之くん♪」

杏「今朝は男二人で登校なのね」

茜「いやん杏ちゃん、そういう無粋なことはいいっこなしだって!」

小恋「二人とも、朝からなんの話をしてるのよ〜」

騒がしいノリの杏と茜に、それに突っ込みを入れる小恋。そしてその中には、花穂の姿もあった。

花穂「今日は遅かったんだね、義之くん」

義之「いや、むしろ今日くらいがいつも通りなんだけどな」

そうか。考えてみたら、花穂と顔を会わせてたのは今日よりも早い時間だったな。

茜「ダメよ義之くん。こういうのは、彼女に合わせなかったらっ!」

杏「そんなデリカシーのないようじゃ、嫌われるのも時間の問題かもね」

義之「言ってろ」

冷やかしモード全開の杏と茜をスルーし、机に座る。
146 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:32:22.73 ID:vXH8Xxmq0
杉並「いやぁ〜、朝からお熱いですなぁ桜内は」

と、いきなり杉並が俺に話しかけてくる。

義之「なんだ、杉並」

杉並「いやな、我が非公式新聞部が今朝、少々気になる情報を入手してな。聞きたいか?聞きたいだろう、桜内?」

なんだ?要するに俺に聞いて欲しいのか?

義之「なにかあったのか?」

杉並「ふむ……今朝……というよりは、ここ最近の話らしいのだが、芳乃学園長が、忙しそうに島内を走り回っているらしいのだ」

義之「さくらさんが?」

茜「なにそれ〜、初耳だねぇ」

杏「わたしの記憶にもない情報ね」

杉並「うむ。どうやら人目を気にしているようで、我が非公式新聞部の情報網を以ってして今日入手した情報だ。

   学園生……ひいては島民に知られたくないのかも知れんな。

   詳しくはわからんが、最近島内で多発している不可解な事件を追っているらしい」
147 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:33:09.52 ID:vXH8Xxmq0
義之「さくらさんが、その事件に関係があるとか考えてるんじゃないだろうな?そんなわけないだろ」

杉並「俺もそうであると信じたいところではあるが……自分で言うのもなんだが、我が非公式新聞部の情報収集能力は本物だ。

   だから、真偽の程は桜内自身で調べるといい。俺はこのことを伝えておいたほうがいいと判断したに過ぎん」

この情報を俺に教えてくれたのは、杉並なりの良心だったらしい。

義之「そっか。サンキュ」

杉並「なぁに、礼には及ばん。桜内よ。何かあれば、俺に相談するといい。俺は非公式新聞部の一員として、親身に相談に乗ってやるからな」

杉並はそれだけ言い残すと、去っていった。

こんな時でも軽口を叩いてくれる杉並に感謝する。

花穂「義之くん……?」

義之「俺は俺で調べられそうなことは調べてみることにするよ」

花穂「わたしも、お手伝いする?」

義之「ああ、それじゃあ……」
148 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:34:34.66 ID:vXH8Xxmq0



『……だって、わたしは正義の魔法使いだから』



149 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:35:19.34 ID:vXH8Xxmq0
義之「―――っ!」

一瞬、景色がフラッシュバックした。今のは……昔の、音姉?

花穂「義之くん?」

花穂が、心配そうに俺の顔を覗き込む。

小恋「ど、どうしたの、義之?顔、汗びっしょりだよ?」

小恋が心配そうに言ってくる。

義之「あ、ああ、ごめん。大丈夫だ」

義之(なんだったんだ、今の……?)

花穂「それで、義之くん。その、調べ物のことなんだけど……?」

義之「ごめん、花穂。それは、俺が一人で調べてみることにするよ」

今の光景のおかげで、昔のことを思い出した。

花穂「うん、そう。何か手伝えることがあったら、教えてね」

義之「ああ」

茜「良いのかしらん、義之くん?彼女さんは大事にしないと」

義之「これに関しては花穂は関係ないだろ」

杏「あらあら、残念ね。今回の義之は決意が硬そうよ?」

茜「なぁ〜んだ、つまんない」

俺をからかえないと判断したのか、早々に諦める。

義之「花穂には悪いんだけど、今日はちょっと学校に残って調べ物をするよ」

花穂「わかったよ、義之くん。頑張ってね」

義之「がってん」
150 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:36:45.44 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

義之「正義の魔法使い……か」

図書館で昔の非公式新聞部の新聞記事を読み漁りながら、そんな言葉をつぶやく。


『魔法が使えることはふたりだけのひみつだからね』


昔、音姉とそんな約束を交わしたのを思い出していた。

義之(考えてみたら、最近初音島で起きてる不可解な事故って……)

魔法……とまでは言わないけど、何か不思議な力が関係していると考えた方が、自然じゃないだろうか?

義之「初音島の歴史は……と」

あった。非公式新聞部作成の、初音島の年代表。

この記事自体が3年前のものだから、2052年が一番頭に来ている。そこから遡って行く。

島の桜が咲き誇り始めたのが、2045年。

それ以前に咲いていたのは、1995年から2002年の4月まで。

義之「今から50年くらい前に咲いていた初音島の桜は、ちょうど春が終わると同時に枯れ始めた……と」

枯れない桜の歴史はこんなものか。次は……。

義之「これ……か……」

新聞の隣には、分厚い地方史の本が数冊と、地方紙。

義之「気が遠くなる……」

でも、やらないわけにはいかないよな。
151 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:37:20.86 ID:vXH8Xxmq0
ぱらぱらと本をめくっていき、気になる記事を抜粋していく。

義之「………」

手元に置いておいた本と地方紙に一通り目を通し終わり、時間を確認する。

義之「げっ……もうこんな時間か」

調べ物って、時間がかかるもんなんだなぁ……。

普段はこんな分厚い本と睨めっこなんか天地がひっくり返ろうがやらないことだから、時間の感覚なんて吹っ飛んでたみたいだ。

義之「今日はここまでか」

持ってきていた資料を元の場所に戻し、今日の調べ物は終わりにする。
152 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:37:52.32 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

義之「ただいまー」

音姫「あ、おかえり、弟くん」

がらがらと玄関をあけると、そこにはどこかに出かけようとしている音姉がいた。

義之「あれ、どこかでかけるの?」

音姫「うん。ちょっと、お醤油が切れちゃったから」

義之「俺がひとっ走り行ってこようか?」

音姫「え、いいの?それじゃ、お願いしようかな」

義之「おう、わかった」

音姉にカバンを任せて、商店街へUターンする。
153 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:38:37.63 ID:vXH8Xxmq0
*          *          *

スーパーで醤油を買い、家路につこうとした所。商店街の一角がなにやら騒がしいことに気がついた。

義之「なんだ?」

ついつい野次馬根性でその一角に近づく。

義之「どうかしたんですか?」

俺と同じように野次馬で集まっていた人に聞いてみる。

男性「ああ、なに、ちょっとしたぼや騒ぎだ」

確かに、あたりは少し焦げ臭い。

義之「ぼや騒ぎ……ですか」

なんとなく嫌な予感がする。もしかしてこれも、原因不明の事故……じゃないのか?
154 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:41:01.43 ID:vXH8Xxmq0
義之「原因はわかってるんですか?」

男性「え?さぁねぇ。わたしも、今ここに来たばかりだから、わからないよ」

義之「そうですか……」

いつまでもここにいても仕方ないと思い、身を翻す。と、金髪の髪が人ごみにまぎれて見えた。

義之「……さくらさん?」

直感的にそう思った。探そうと思い人ごみに視線を巡らせるが、その姿はもう見当たらなかった。

さくら「……ごめんなさい」

そうつぶやく声が、聞こえた気がした。
155 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/06(日) 22:42:34.72 ID:vXH8Xxmq0
今日はここまで
ここから先は原作の核心に迫っていくので、一応原作未読の方は注意でお願いします
156 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:08:31.78 ID:Q+Bb88g90
投下します
157 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:09:18.19 ID:Q+Bb88g90
                                         1月18日(火)

花穂「義之くん!」

帰りのHRが終わると、すぐに花穂が教室に入ってくる。

花穂「今日も調べ物?」

義之「いや、調べ物は昨日で終わり」

大事そうなところは一通り調べた。それに正直なとこ、もう調べ物はしたくない。

義之「今日は、商店街を調べて見ようと思ってたんだ」

花穂「商店街?」

義之「うん。昨日の夕方、商店街でぼや騒ぎがあったの、知ってる?」

花穂「ううん、知らないな。昨日は、早めにお墓参り済ませちゃったから」

義之「そっか。じゃあ、一緒に行くか」

花穂「うん!」

荷物をまとめてカバンを持って立ち上がり、学校を後にする。
158 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:10:14.03 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

とりあえずは、昨日のぼや騒ぎがあった店に行く。

花穂「ここで、あったの?」

花穂がたずねてくる。

義之「ああ、そうだよ」

その店は昨日の今日だからだろう、店は営業していなく、警察官の姿もあった。

花穂「……なんだか、怖いね」

商店街の賑わいの一角で、物々しい雰囲気を漂わせているそこを見て、花穂が不安げにぼそりとつぶやく。

義之「原因不明の事件……いや、事件って決め付けるのはよくないよな。不思議なことって、わりと身近にあったりするものだし」

花穂「不思議なこと?」

花穂には、俺や音姉が使える魔法のことは教えてないから、こんなこと言っても何のことかはわからないだろう。だから、身近なものをあげることにする。

義之「いや、だってさ。俺たち島民は意識してないかもしれないけどさ、この島で一年中咲き誇ってる桜だって、本島の人たちから見たら、不思議なものだろ?」

花穂「あっ、そ、そうか。そうだよね」

俺がそう話すと、花穂は何かをごまかすように髪をかきあげる。

義之「でも、こんなことは珍しいよな、本当に。初音島でこんなことが続いて起こるなんて、俺の記憶している中ではないし」

花穂「うーん、そうだよね。わたしの記憶の中にもないな」

ふたり、首をかしげることしか出来なかった。
159 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:11:25.94 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

商店街の中を一通り回り終えて、桜公園に到着する。

義之「花穂は、この後どうする?」

花穂「義之くんがまだ行くところがあるんなら、もうちょっとだけ付き合おうかな。でも、あんまり遅くなるとお墓参りする時間がなくなっちゃうから、そんなには無理だけど」

義之「ああ、それなら問題ない」

あと行こうと思ってた場所は一箇所だけだし。

義之「とりあえず、腹減っただろ?なんか食おうぜ」

花穂「チョコバナナがいい!」

間髪いれずに、花穂がそういう。

義之「了解。花穂は、そこに座って待ってて」

花穂「うん」

花穂をベンチに置いて、一人買いに走る。

両手にチョコバナナを持って、花穂の元に戻る。

義之「さあ、今日はどっちをご所望かな?」

持っていたチョコバナナを突き出して、花穂に聞いてみる。種類はこの前と同じ、ペパーミント味とイチゴ味。

なんだか、二人で食べるときはこれが定番になりつつあった。

花穂「それじゃ、こっちを」

今回は、イチゴ味を持っていった。必然的に、俺はペパーミント味になる。

花穂「やっぱり、美味しいね」

義之「そうだなー」

食いなれた物ではあるけど、食い飽きしないってことはやっぱりおいしいってことだよな。
160 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:12:16.00 ID:Q+Bb88g90
花穂「実はね、義之くん」

義之「ん?」

チョコバナナをほおばりながら、花穂の話に耳を傾ける。

花穂「わたし、あの時に食べたのが初めてだったんだよ」

義之「あの時?」

ってーと、俺が花穂にイチゴ味をあげた時ってことか?

花穂「うん。前にも言ったでしょ?義之くんが、わたしにできた初めての友達だったって」

義之「今は彼氏だけどな」

俺のその言葉に顔を赤らめながらも、話を続ける。

花穂「だから、こういう公園で買い食いをしたこともなかったの。ただ、ずっと一度はやってみたいなって思っていて、あの時に勇気を振り絞って買いに行こうって決めたんだよ」

嬉しそうに話して、チョコバナナを一口食べる。

義之「あ〜……それがあの時か……」

そういや、しどろもどろしていたよな。

義之「じゃあ、花穂の買い食いデビューは俺が邪魔しちまったってことか」

花穂「そうなるかな。ちなみに」

姿勢を正す。

花穂「まだ買い食いデビューはしてないんだよ。義之くん、気づいた?」

義之「え?だって今……」

チョコバナナを食べてるじゃんか。

花穂「これは買い食いじゃないよ。だって買ってきたのは義之くんじゃない」

義之「あ、そうか」

花穂「だから、自分で買って、その場で食べたってことはまだ一回もないんだよ!」

得意げにそう言った。

義之「おお〜」

ぱちぱちと拍手を送る。

義之「優等生の鏡だな、花穂は」

花穂「まぁ、その決意が揺らいだのがあの時なんだけどね」

クスッと笑い、話にオチをつける。
161 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:13:33.28 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

俺が考えていた、最後の場所。それは、この初音島最大の不思議である、枯れない桜の木だった。

道を歩いていき、開けた場所……一際大きな桜の木、通称『枯れない桜の木』の近くまで到着する。

その傍に、人影が二つ、見えたような気がした。

義之「ん?」

花穂「どうかしたの、義之くん?」

義之「今、桜の木のふもとに、人影がなかった?」

花穂「え?」

花穂も桜の木の方を見る。しかし、すでにそこに人影はなかった。

義之「気のせいか?」

花穂「さぁ……?」

ちらりと見えた人影を気にしながら、木の近くまで歩み寄る。しかし、やはり人影の正体はわからなかった。

大きな桜の木を見上げる。

義之「うーん……」

小さな頃にこの桜の木の側でさくらさんと出会ったのが俺の最初の記憶だからだろうか、その木はとても暖かく感じられる。

花穂「なにか、ありそう?」

義之「いや、なんも」

そもそも、この桜の木の近くに来たのだって、この島で一番の不思議だったからだけで、なにかの手がかりを期待していたわけではなかった。

花穂「そっか……」

花穂もどことなく落ち込む。

義之「まぁ、何の用もないのにここにいてもしょうがないよな。今日はこれで終わりにするか」

花穂「そだね」

桜の木を背に、花穂と手を繋いでその場を後にする。
162 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:17:21.27 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

義之「ただいま〜」

日が落ちて辺りが暗くなり始めた頃に、家に到着する。

由夢「おかえり〜、兄さん」

居間に入ると、由夢が返事をしてくれる。

義之「音姉は?」

由夢「キッチンにいるよ」

由夢の言葉を聞き、キッチンへと向かう。そこでは、放心気味の音姉がいた。

義之「音姉?」

呼びかける。

音姫「……あ、弟くん。おかえりなさい」

元気なくそう言う。

義之「どうかしたの?」

音姫「う、ううん。なんでもない。ちょっと、考え事……」

義之「……?」

なんでもない、っていう感じじゃないけど……。話したくないこと、なのかな?

義之「晩御飯の支度、手伝おうか?」

音姫「ううん、いいよ。弟くんは座って待ってて」

俺にそう促し、野菜を切り始める。あ、あんなにボーっとしてて大丈夫だろうか……?
163 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:18:55.28 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

今日も、さくらさんのいない夕食。

義之「最近、さくらさんと一緒に夕ご飯食べてないよな」

由夢「そうだよね〜。なんだか妙な話も聞いちゃったし」

ご飯を食べながら、由夢がそう愚痴る。

義之「なんかあったのか?」

由夢「クラスの子がね、さくらさんが今初音島で起こってる原因不明の事故に関係してるんじゃないかって。そんなはずないのに」

不機嫌そうにそう話す。まさか杉並の奴が言いふらしてはいないだろうが、やはり人の口に戸は立てられぬっていうか。火のないところに煙は立たぬっていうか。

さくらさんはやっぱりなにか関係してるのかもしれないな。信じたくはないけど。

音姫「………」

俺と由夢がそんな話をしていても、音姉はどこか気が抜けているようだった。

義之「音姉?」

心配になり、話しかける。

音姫「え、なに?弟くん」

義之「大丈夫?具合悪いんじゃないの?」

音姫「ううん、そんなことないよ。大丈夫……」

そういうと、またも気の抜けたような顔をする。

義之「……一体どうしたの?音姉?なんかあったの?」

音姉に聞いても無駄だとわかり、小声で由夢に聞いてみる。

由夢「さ、さぁ、わたしも知らない。今日、帰って来てからはずっとこんな調子だよ」

帰って来てからか……。

由夢「そういえばお姉ちゃん、今日はいつもより帰ってくるのが少し遅かったような……」

義之「うーん……そっか」

心配だな……大丈夫だろうか?
164 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:19:34.86 ID:Q+Bb88g90
                                         1月19日(水)

昼休み。今日も花穂と二人で中庭に来ている。

義之「今日は弁当を作ってきたよ」

花穂「え、本当に?実は、わたしも作ってきちゃったんだけど……」

二人とも、二人分の弁当箱を取り出してその場に固まる。

義之「……だ、大丈夫だ。俺は、花穂の作ってきた弁当は全部食べる!」

花穂「義之くんが自分で作ってきたほうは?」

義之「残すのはもったいないから、それも食べる!大丈夫、俺は男だ。やるときはやるってとこを花穂に見せてやる!」

半ばやけくそ気味だった。

花穂「ふふ、わかった。それじゃ、わたしも二人分、食べようかな?」

義之「え、食べられるのか?」

花穂「義之くんがそう言ってくれてるのに、わたしだけが食べないのは失礼でしょ?」

ふむ、なるほど。

義之「わかった。でも、無理するなよ?」

花穂「うん。それじゃあ」

義之・花穂「いただきます」

四つの弁当箱を広げ、食べ始める。
165 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:20:26.02 ID:Q+Bb88g90
しかしその心配は、すぐに解消されることとなった。

杏「相変わらずお熱いことですこと」

茜「今は冬だからねぇ〜。こういう熱い二人の側にいれば外でも問題ないよね〜」

杏と茜が、それぞれ弁当を持って中庭に来た。

義之「あれ、小恋はどうした?」

杏「今、渉と一緒に飲み物を買いに行ってるわ。わたしたちは先に場所取りってわけ」

茜「それよりもさ〜、義之くんも花穂ちゃんもどうしたのよ?二人で弁当箱を四つも開けちゃって」

やっぱり傍から見たら間抜けな光景なんだろうなぁ……。

義之「いや、今日はお互いに弁当を作ってきちゃってて……」

杏「あら、そうなの。心配いらないわ。今日は、渉も一緒に食べるって言ってたから」

義之「お、そっか。そりゃありがたい」

渉も来るんなら、この量は食べきれそうだ。

茜「みんなで食べればなくなるよ〜」

義之「そうだな。花穂、いい?」

花穂「もちろん」

花穂もすっかり俺のクラスの奴らに溶け込んでいるのが、嬉しかった。
166 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:21:21.87 ID:Q+Bb88g90
小恋「み、みんな〜、大変だよ〜!」

小恋と渉が来るのを待っていると、その本人が慌てた様子で中庭に走ってきた。

義之「どうした、小恋?」

渉「どうしたもこうしたもねぇよ!校門前で、事故が起きたらしいぜ!」

義之「事故?」

小恋「う、うん。パトカーも何台も来てるらしいよ」

渉「おい義之。行ってみようぜ?」

義之「あー……」

他のやつらに目配せしてみる。

杏「わたしは行かないわ」

真っ先に口を開いたのは杏。

茜「興味はあるけど、怖いかも……」

茜もパス。

小恋「二人が行かないんなら、わたしもやめとく」

小恋もそう言って断る。

義之「花穂は?」

花穂「んー……行ってみよっか?」

状況を見ておきたいと考えていた俺のことを見抜いたのか、賛成してくれる。

義之「じゃ、渉と花穂と一緒に行ってみるわ」

茜「後で様子教えてね〜」

雪月花をその場において、外に出る。
167 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:22:17.70 ID:Q+Bb88g90
義之「……う……」

渉「ひでぇ匂いだな……」

渉の言うとおり、辺りには焼けたゴムの匂いが充満していた。

地面には急ブレーキをかけたのだろう、生々しいタイヤの跡が残っている。

まゆき「はいはい、下がった下がった!」

エリカ「ここから先は立ち入り禁止ですわ!」

人だかりの中心には、電柱に直撃した跡のある車が一台。

事故現場付近では、まゆき先輩とムラサキが他の生徒を近づかないようにしていた。

車から少し離れた所では、ドライバーと思われる男が警官から質問をされているようだった。

警官の問いかけに、しきりに首をかしげる男の姿があった。

義之「危ないよな……」

まゆき先輩かムラサキと話すことが出来れば、事故の詳細を聞くことも出来るんだろうけど……あいにく二人とも、人だかりの中心だ。

義之「……いつまでもここにいても仕方ないな。腹も減ったし、戻ろうぜ」

渉「あ、あぁ……」

花穂「………」

現場の光景を最後に一瞥し、その場を後にした。



後からまゆき先輩から聞いたが、事故の原因はわからないそうだ。車を運転していた男も、首をかしげるだけで詳しい情報は手にはいらなかったのだとか。

まぁ、誰かが巻き込まれたということはないらしいから、とりあえずはよかった、と言える。
168 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:23:58.19 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

花穂「今日はどうするつもりなの、義之くん?」

義之「ん〜、今回はだな……」

ぶっちゃけたところ、魔法について詳しい人に話を聞いてみるのが一番手っ取り早いんじゃないかと思っていた。

俺の知る中で一番魔法に詳しい人と言えば……。

義之(俺に魔法を教えてくれた、純一さんくらいしか思いつかないな……)

義之「今日は俺の知り合いに話を聞いてみようと思う。花穂は、どうする?」

花穂「わたしは、昨日お父さんとお母さんに明日は一日いっぱい義之くんに付き合うことにしたって伝えてきたから、大丈夫だよ」

うーん……できるなら、今日は俺一人で行きたかったんだけど……。でも、花穂の厚意を無下にするわけにもいかないな。

義之「わかった。花穂も、一緒に行くか」

花穂「うん!」
169 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:24:50.16 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

朝倉家に向かうんだから、必然的に俺の家に向かうことと同じになる。

義之(あ、考えてみたら、花穂が俺のうちに来るのこれが初めてだな)

……やばい。なんか、緊張してきた。でも、今から断るのも不自然だし、何より断る理由がない。

団地への分岐道まで来る。

義之「花穂、どうする?一旦自分のうちに帰る?」

花穂「うーん……そうしようかな?」

義之「わかった。なら、花穂の家まで付き合うよ」

花穂「え、いいの?」

義之「いいって。どうせこの後向かうところは俺の家の隣なんだし」

花穂「……そうなの?」

義之「ああ、生徒会長の音姉……えっと、朝倉音姫、いるだろ?あの人の祖父が、今回の目的の人」

花穂「ああ、朝倉先輩の……」

義之「だから、一度分かれちゃうと花穂、道わからなくなるだろ?だから、ついていくよ」

花穂「うん、わかったよ」

話は決まり、団地へと向かう。
170 : ◆/ZP6hGuc9o [saga]:2019/01/22(火) 00:26:05.67 ID:Q+Bb88g90
*          *          *

花穂の支度が終わり、朝倉家へと向かう。

先ほどから、どことなく口数の少ない花穂の様子を見てみる。なんとなく、緊張しているのがわかった。

義之「そんなに緊張することないって、花穂」

花穂「う、うん。わかってはいるんだけど……でも……だって……」

言いよどむ。

義之「なにかまずいことあった?」

花穂「あの、朝倉先輩の祖父という事は、義之くんにとってもおじいちゃんみたいな人、ということだよね?」

義之「うーん、まぁ、そういうことになるのかな」

あんまりそういう風に意識したことはないけど。

花穂「ということはつまり、わたしにとってもその……」

そこでまた言葉に詰まる。

義之「花穂にとっても?」

花穂「……〜〜〜しょ、将来の、祖父……ということに……」

………。

義之「はい?」

な、なにを言い出すんだ、この子はっ!!

当の本人は、言いながらみるみる顔を赤くして、俯いている。

義之「い、いや、それはまだ早いというかなんというか……」

俺もなんて答えたらいいんだっ!!

義之「あ〜……その。とにかくさっ!そういうことは気にしないで大丈夫だって!」

花穂「そ、そうかなっ?そ、そうだよねっ!うんうん、そうだよねっ!」

自分を無理やり納得させたようで、しきりに頷いている。
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