一ノ瀬志希「ママの気持ちになるですよ」

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59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/19(水) 14:21:56.31 ID:YILgT9eLo
物語に深みがうまれますねぇ
60 : ◆GO.FUkF2N6 :2018/12/23(日) 20:56:23.36 ID:l63Jdi8N0
 ✉
 仁奈ちゃんと暮らしはじめて2か月と1日。

 2か月記念をお祝いして盛り上がった気分のまま事務所に行くと、プロデューサーからお呼びの声がかかった。
 もしかしてキミも祝ってくれるの?
 プレゼントなら掃除機がいいかなー、あの丸っこい勝手に掃除してくれるやつ。

「掃除機の用意はしてないが、プレゼントっていえばそうかもな」

 そう言いながら仁奈ちゃんに数枚の紙の束を渡して、頭をがしがし撫でる。

「仁奈が出てる番組、今度2時間の生放送をやることに決まったぞ。しかも7時からのゴールデンタイムだ」

「え、ええー!? な、生放送でごぜーますか!」

 大きな声が事務所に響く。
 なになに、あっほんとだ、生放送って書いてる。
 プロデューサーからのプレゼントっていいのかわからないけど、たしかにこれは朗報だ。

「2時間もなにする予定なの?」

「親に感謝の手紙を書いて朗読するってやつらしい」

「ふーん。いかにも泣かせよーって魂胆がミエミエだねー」

「志希おねーさんも泣いちまうでごぜーますか?」

 あたし?
 うーん、どうだろーか。わかんない。泣いたことないし。
 あたしに泣く機能なんてついてないんじゃない?
 カミサマが付け忘れちゃったのかにゃ。

 それはともかく、企画自体は仁奈ちゃんにぴったりなんじゃないかな。
 この子の両親に対する気持ちは本物だし、きっといい手紙を書いてくれると思うよ。

61 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 20:59:13.45 ID:l63Jdi8N0
「ただ、悩んでることがあってな。あのディレクター、どうも仁奈のこと気に入ったみたいでな。この子の宣伝をするために
生放送中に視聴者にインパクトを与えられるような時間をとりたいと言ってくれてる」

「へぇ、いいじゃんいいじゃん。ゴールデンで特別扱いって。それのなにが問題なわけ?」

「……サプライズの内容はこちらで考えろ、だってさ」

 そりゃまた無責任というかてきとーというか。

「どんなサプライズを考えてるのかにゃ」

「それを聞くためにお前たちを呼んだんだよ。なにかアイディアはあるか?」

 いやいや、それをあたしたちに聞くのはどーなのかな、プロデューサーとして。
 だけどせっかくのアピールチャンス、これを活かさない手はない。
 ふむ。

「仁奈ちゃん動物好きだし、動物ふれあいコーナーとかはどーかな?」

 プロデューサーは苦い顔で首を振る。

「それは俺も思いついて先方に言ったよ。でも動物アレルギーを持っている子が出演者の中にいるから難しいんだと」

 むむむ。だめかー。
 仁奈ちゃんのしてほしそうなこと。仁奈ちゃんが望んでいること。
 最近さぼり気味な頭を回転させる。
 ぐるん、ぐるんぐるん、ぐるんぐるんぐるん。

 カチッ。

 思いついた。
 
 あたしらしくない、べたべたで手垢まみれのチープな解。
 だけど、仁奈ちゃんにとってなによりも大切に想っていること。

「……」

 唾を飲み込んでから、それを言った。
62 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:04:23.58 ID:l63Jdi8N0

「仁奈ちゃんのママにスタジオまで来てもらうのはどうかな?」

プロデューサーから息を呑む音が聞こえた。呆れているのかもしれない。
仁奈ちゃんは大きく目を見開いてあたしを見ている。

「……仁奈のママにサプライズで出演してもらうってことか?」

「そういうこと」

「で、でも……ママはお仕事が」

震えながら首を振る仁奈ちゃんに、しゃがんで目線を合わす。

「プロデューサーやあたしが電話したって引き受けてくれないかもしれないけどさ、仁奈ちゃんが真剣にお願いしたらお仕事もお休みして来てくれるかもしれないよ」

ドクン、ドクン。

「仁奈ちゃんがいやだって言うならもちろんしなくていいよ。でも、家族でも言ってみないとわからないことって、きっとあるよー。もしだめだったら、また別のアイディアを出せばいいだけだし。あたしもいっしょに考えるからさ」

ドクン、ドクン、ドクン。

どれくらい時間が経っただろうか。
仁奈ちゃんは祈るようにぎゅっと手を結び、ゆっくりと口を開いた。



「ママの気持ちになるですよ」



その口の動きに既視感がある。

ライブ前。ファンの声と重なって聞き取れなかった、あの言葉。
その言葉の真意はわからない。
もしかしたら、大好きなママの気持ちになることで勇気をもらっているのかもしれない。

「仁奈、お願いしてみるですよ。お仕事たいへんだと思うですけど来てほしいって、言ってみるでごぜーます」
63 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:06:50.05 ID:l63Jdi8N0
それから仁奈ちゃんは震えながらもママに連絡して。
一所懸命に来てくだせーってお願いして。

そして。

「ママが、ママが来てくれるって……来てくれるって、言ってくれたでごぜーますよ!」

仁奈ちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねながら、

「それに、それに……」

満面の笑みで、


「もうすぐしゅっちょーが終わるから、またいっしょに暮らせるようになるって!!」


幸せそうに教えてくれた。

「おお、よかったな。今日はいいこと尽くしだな」

「はい! 志希おねーさん、やったでごぜーますよ! ……志希おねーさん?」

あれっ、なんでぼーとしてたんだろう。
仁奈ちゃんといっしょにいると、たまにわけわかんないことが起こっておもしろいねー。
そういやまだお祝いの言葉を言ってなかったっけ。

「仁奈ちゃんおめでとー。ママにお願いしてみてよかったねー。棚からわらび餅だ!」

牡丹餅だろ、というプロデューサーのツッコミは置いといて。

あたしの気まぐれな行動も、たまには人に幸せをもたらすことがあるらしい。
これって世紀の大発見なんじゃないかな。
新元素の発見なんかよりもさ。

64 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:11:14.53 ID:l63Jdi8N0

あれからというもの、仁奈ちゃんは隙あらば手紙の執筆に勤しむようになった。
どんなことを書いてるのか気になってのぞいてみようとすると、きまって手紙に覆いかぶさって見せてくれない。
もしかしてこれが反抗期ってやつ?
志希おねーさん、とても悲しいでごぜーますよ。

と、いうわけでやることもないので、テレビを見ることにした。
てんでやる気の感じられないバラエティ番組が終わると、ニュース番組がはじまった。


『一ノ瀬先生、このたびの新元素の件についてお話を伺いたいのですが──』

他に流すべき話題がないのか、ニュース番組にチャンネルを合わせると、あの人の話ばかり。
一ノ瀬先生がペラペラ元素の特性について語っているけど、マスコミや視聴者のうちにどれだけ理解できてる人がいるんだろうか。
連日同じことばかり聞いて、質問のネタが尽きたのかもしれない。
ニヤニヤしてる顔がチャームポイントらしいアナウンサーが、こんなどーでもいいことを訊きだした。


『一ノ瀬先生はアイドルをされている一ノ瀬志希さんのお父様だとお聞きしましたが、ほんとうでしょうか?』

一ノ瀬先生は少し困惑したように、ええそうです、と頷いた。

『志希さんはすごく奔放な方と言いますか、先生と同じ天才肌であるように私には思えるのですが、先生から見て志希さんはどのような娘さんなのでしょうか?』

『…………』

一ノ瀬先生は、あの人らしくない時間をかけてから、口を開いた。


『娘は──』

プツン。
電源を切った。

65 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:13:56.84 ID:l63Jdi8N0

あれからというもの、仁奈ちゃんは隙あらば手紙の執筆に勤しむようになった。
どんなことを書いてるのか気になってのぞいてみようとすると、きまって手紙に覆いかぶさって見せてくれない。
もしかしてこれが反抗期ってやつ?
志希おねーさん、とても悲しいでごぜーますよ。

と、いうわけでやることもないので、テレビを見ることにした。
てんでやる気の感じられないバラエティ番組が終わると、ニュース番組がはじまった。


『一ノ瀬先生、このたびの新元素の件についてお話を伺いたいのですが──』

他に流すべき話題がないのか、ニュース番組にチャンネルを合わせると、あの人の話ばかり。
一ノ瀬先生がペラペラ元素の特性について語っているけど、マスコミや視聴者のうちにどれだけ理解できてる人がいるんだろうか。
連日同じことばかり聞いて、質問のネタが尽きたのかもしれない。
ニヤニヤしてる顔がチャームポイントらしいアナウンサーが、こんなどーでもいいことを訊きだした。


『一ノ瀬先生はアイドルをされている一ノ瀬志希さんのお父様だとお聞きしましたが、ほんとうでしょうか?』

一ノ瀬先生は少し困惑したように、ええそうです、と頷いた。

『志希さんはすごく奔放な方と言いますか、先生と同じ天才肌であるように私には思えるのですが、先生から見て志希さんはどのような娘さんなのでしょうか?』

『…………』

一ノ瀬先生は、あの人らしくない時間をかけてから、口を開いた。


『娘は──』

プツン。
電源を切った。

66 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:16:23.46 ID:l63Jdi8N0
「あー!!」

いつの間にか仁奈ちゃんが隣にいて、ぷくーと頬を膨らませている。

「手紙は書き終わったの?」

「あとちょっとでごぜーます。それよりもなんで消しちまったでごぜーますか!?」

「うーん、興味がなかったからかにゃ? だってあの人は研究にしか興味のない人だし、あたしだって別にどうでも──」

「志希おねーさん」

あたしの言葉を遮って、あたしの目をじっと見て、言った。

「仁奈はママに来てほしいってちゃんと言ったでごぜーます。志希おねーさんもパパとお話してーなら連絡したらいいと思うです。
家族でも言わないとわからねーことってあるですよ!」

むむ。
いつしかあたしが仁奈ちゃんに言ったこと。
まあ、フレちゃんたちの受け売りなんだけど。

「にゃはは。りょーかい。会いたくなったら連絡してみるねー」


「んっ」

仁奈ちゃんは、小指だけを立てた左手をあたしに向ける。

「指きり?」

「嘘ついたらはりせんぼん、でごぜーますよ」

「……うん。約束、だね」


こんななんてことのない日常もお昼寝をするとあっという間に過ぎるもので。

市原仁奈のゴールデンタイムデビュー。
生放送の日がやってきた。

67 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:23:17.44 ID:l63Jdi8N0

「はい、オッケー! 本番もよろしく!!」

本番前のリハーサル。
ディレクターのその言葉を皮切りに、スタジオから出演者が散らばっていく。
その中の小さな人影に向かって手を振る。

「おつかれさま、仁奈ちゃん。すごくよかったよー」

「ありがとーごぜーます! 生放送もがんばるですよ!」

仁奈ちゃんはキョロキョロしながら、不安と期待が入り混じった顔であたしに訊いてきた。

「ママはまだ来てねーでごぜーますか?」

「あー、うん。ええとね」

もう本番まで2時間をきっているというのに、いまだに仁奈ちゃんのママの姿は見えない。
さすがにしびれをきらしたプロデューサーが、ついさっき電話をしに行ったところだ。

「もうすぐ着くと思うよ。ほら、ママが来たら教えてあげるから、友達のところに行っておいで」

不思議そうな顔をしつつも、トコトコと友達がいる輪に向かって走って行く仁奈ちゃん。

ふっー。なんとかごまかせたかな。
冷や汗をかきながら待つこと数分、額に汗を貼り付けてプロデューサーがやってきた。

68 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:25:59.01 ID:l63Jdi8N0
「おかえり〜。ってその汗はどうしたの?」

「仁奈の母親が乗っている新幹線が、人身事故の影響で運転を見合わせ中だ」

「……」

「いまいるおおよその場所も聞いた。電車を降りてタクシーを拾ったとしても、本番までには絶対に間に合わない距離だ」

「……キミってそういう笑えないジョーダン言う人だったっけ?」

「こんな冗談つくわけないだろ」

額の汗を拭きながらむっとするその表情は、いつもの200%増しで青白い。

「ほんとうに……ほんとうに来れないの?」

「そうだ」

「そこで志希に頼みたいことが、っておい、なにやってんだ?」


仁奈ちゃんのママの連絡先は以前にプロデューサーに教えてもらっている。
番号は……あった、これだ。

ぷるぷるぷる、ピッ。


『…………はい、市原です』

どんよりと暗い声が聞こえる。
はじめて聞く、仁奈ちゃんのママの声。

69 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:32:23.88 ID:l63Jdi8N0
「はじめまして。一ノ瀬志希と申します。早速で恐縮ですが、番組まで時間がありません。いますぐ来てください」

『……申し訳ございません。さきほどプロデューサーさんにも申し上げましたが、どうやっても間に合いそうになくて』

「仁奈ちゃんには、このことをお伝えしたのですか?」

『……いいえ、言ってません。プロデューサーさんに伝えていただくようお願いしました』

「……」

『この度はご迷惑をおかけし申し訳ございません。ですが、あたしは行けなくなってよかったのかもしれません。こんな母親、仁奈もきっと嫌いになってしまったと思いますから。それに、あなたのほうがよっぽど──』

「ふざけてるのかな」

『……』

「仁奈ちゃんは今日もライブのときも、ママが来てくれるってすっごく楽しみにしてて。そのためにいっぱいいっぱいがんばってきて。それなのに行けなくなってよかった? こと言わないでよ」

『……』

「嫌われたとか知ったようなこと思う前に、ちゃんと自分の口から行けなくなったことを言ってよ。ほんとは震えるほど怖いのに、仁奈ちゃんは勇気を出してあなたに電話をしたんだよ。あの子の母親のくせに逃げないでよ!」

「志希!」

プロデューサーはあたしからスマホを奪い取って、電話の女となにかを話している。

どうして?
いつでも会いにいけるところにいるくせに。
あんなにあの子に愛されているくせに。
あたしは、あたしには──。

70 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:36:35.39 ID:l63Jdi8N0
「志希」

プロデューサーから差し出されたスマホからはもう声が聞こえない。
あたしの興味はもうそれにはない。

「プロデューサー、どうするの? もう時間がないのに。生放送なんだよ」

「わかってる」

「せっかくここまでがんばってきたのに。このままなにもできませんでしたじゃ、仁奈ちゃんが番組を降ろされちゃうよ」

「……わかってる」

「そうだ、仁奈ちゃんのママに変装するってのはどうかな? テレビで見てる人は本物かどうかなんてわからないし、それなら──」

「志希がさっき言っただろ。本番まで時間がないんだ。いまさら変装なんて間に合うわけがない」

「えっ、あっ、そうか。ええと」

「落ち着け、志希」

「あたしは落ち着いてるよ。それよりも、早くなんとかしないと」

「いいか、よく聞け志希。おまえが出るんだ。変装なんかじゃない、一ノ瀬志希としてゲストに出演してくれ。どんな結果になろうと責任は全部俺がとる」

「あたしが、代わりに?」

「仁奈には俺から伝えておく。だから志希は出番までに準備を済ませておけ」

メイク係にあたしのことを頼むと、プロデューサーは控室のあるほうに走って行った。
されるがままに化粧を終えたときには、本番まですでに1時間を切っていた。

……。
準備をしておけと言われても、いまさらなにをすればいいのかなんてわからない。

だけどひとつだけ、絶対にしておかないといけないことがある。
偉そうなことを言ったあたしが、逃げるわけにはいかない。
71 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:40:11.41 ID:l63Jdi8N0


「この先に入っちゃだめだよ!」

仁奈ちゃんがいるはずの控室の前には、両手を広げて通せんぼする小さな門番がいた。
その顔には見覚えがある。

「アケミちゃん、だよね? 仁奈ちゃんとお話しないといけないことがあるから中に入れてくれないかな?」

「だめ!」

プルプルと首を振るアケミちゃん。
ペーパータワーのことを思い出す。

「仁奈ちゃんに対するいやがらせのつもり? 悪いけど、いまは付き合ってる時間がないんだよねー」

仁奈ちゃんと本番について話し合わなくちゃいけない。
無視してドアノブに向かって手を伸ばすと、ふとももをがしっとつかまれる。

「ち、違うよ! だって、仁奈は大切な友達だもん! ひどいこといっぱい言ったのに、それでも友達になろうって言ってくれたもん!!」

ともだち? キミと仁奈ちゃんが?
放送を見てる限り、キミとあの子はあまり波長が合ってない気がするけど。
あの子は優しいからそれに近いことをいっただけで、キミの勘違いじゃないかな。
いまはそんなことどーでもいいか。ドアノブをつかんだ。
72 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:48:10.89 ID:l63Jdi8N0

「お願いやめてよ! 仁奈と約束したんだから! 志希おねーさんだけは絶対に中に入れないでって!!」


ビリっと電流が流れてドアノブから手を放す。
ぐらりと視界が揺らいだ。

「仁奈ちゃんが、そう言ってたの?」

「そうだよ! だから入っちゃダメ!!」

……。
あー。

「にゃはは。ごめんねー、こわがらせちゃって。もう入るつもりないからだいじょうぶだよー。ねぇアケミちゃん、これからも仁奈ちゃんと仲良くしてあげてね」

そっかー。

あたし、嫌われちゃったかー。

そりゃそうだよね、どれだけ仁奈ちゃんの母親を責めたって。

あたしがいなければこんなことにはならなかった、それは揺らぎようのない事実なんだから。
あたしがサプライズでママを呼ぼうなんて思いつかなかったら。
ママにお願いしてみようなんて言わなかったら。

なにが知ったこと言わないでだ。
なにがキミの勘違いじゃないかだ。
思いあがっていたのは、あたしのほう。
結局、あたしの本質はあのときからなにも変わっていない。


──あんたみたいなバケモノに、あたしの気持ちなんてわかるわけないでしょ!


あたしが誰かを幸せにしようなんて、はじめから間違っているのだ。

ねぇ、ママ。
あたしはどんなことでもできるってママは言ったよね。
学者じゃないけど、大学でいちばん優秀な生徒にはなれた。
いちおう売れっ子っていってもいいアイドルにもなれた。

でもね。


「あたしね、ママみたいなおかあさんにはなれなかった、よー」

73 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2018/12/23(日) 21:50:03.81 ID:l63Jdi8N0
今回はここまで。
次でラスト更新になると思います。
あと >>64>>65が重複してますね。申し訳ありません。
74 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 18:39:22.39 ID:9rFSBGbj0
 ✉
生放送がはじまった。

とくにトラブルもなく、にぎやかな空気に包まれて仁奈ちゃんの出番に近づいていく。

この放送が終わったら、プロデューサーに仁奈ちゃんを他の人に預かってくれるようにお願いしよう。
フレちゃんなら引き受けてくれるかもしれない。
あの子ならきっといい母親になると思うよ、あたしと違って。

舞台袖からニコニコと楽しそうに笑っている仁奈ちゃんの姿が見える。
本心からの笑顔なんだろーか。
わからない。
人の気持ちなんて理解できないあたしには一生理解できないんだと思った。

嫌われるなんていつものこと。今回はたまたまそれが長かった、それだけの話だ。


「じゃあ次は仁奈ちゃん、お願いしてもいいかな?」

仁奈ちゃんの出番がやってきた。
仁奈ちゃんは、はーいと元気よく返事をしてから立ち上がる。
それから手紙を広げて大きな声で読みはじめた。


「パパとママへ」

拙いながらも一所懸命にパパとママへの想いを綴ったその手紙はきっと素晴らしく感動的なもので、
朗読が終わりぺこりと頭を下げると、パチパチパチとあたたかい拍手が沸き起こった。
75 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 18:50:21.90 ID:9rFSBGbj0
「仁奈ちゃん、すっごく素敵なお手紙ありがとうございました! ……さて、今日は仁奈ちゃんと仲良しのスペシャルなゲストに来ていただいております。こちらの方です、どうぞ!」

皮肉なアナウンスとともに、おおげさなBGMが流れだす。あたしの出番の合図。
いつもみたいに笑顔をつくって、スタジオに向かう。


「はい! 仁奈ちゃんと同じ〇〇プロ所属のアイドル、一ノ瀬志希さんです!」

「にゃはは。どうもー志希ちゃんでーす」

「志希さんはいま仁奈ちゃんといっしょに暮らしているという話を聞きました」

「そうだよー。うらやましいでしょ」

うらやましいー、とノリのいいレスポンスが返ってきた。


「そういうところも含めていろいろお話を聞けたらな、と思います。それじゃ、こちらの席に──」

「あっ、待ってくだせー! 仁奈、志希おねーさんに渡してーものがあるですよ」

あたしに渡したいもの?
振り向くと、仁奈ちゃんがポケットからなにかを取り出している姿があった。

「ほんとうはママが来てくれるはずだったですけど、来れなくなっちまったです。でも、代わりに志希おねーさんが来てくれるって聞いたからもう1個お手紙を書いたでごぜーますよ」

手紙? もう1通?
あたしの疑問をよそに、仁奈ちゃんはその手紙を広げて読みはじめた。


「志希おねーさんへ。志希おねーさんはほんとにすげーです! いろんなこと知ってて、歌もダンスもできて、ご飯もつくれて、ほんとにほんとにすげーです!」

「……」

「ママもさっき電話で言ってたですよ。志希さんに怒られちゃった、行けなくてごめんね、さびしくさせてごめんね、志希さんはすごいね、これからは私も志希さんみたいなママになるからって。なんで謝ってるのかよくわかんなかったですけど、とにかく志希おねーさんのこといっぱい褒めてたでごぜーます」

「……」

「仁奈、その電話を聞いて志希おねーさんにお礼をしなきちゃいけないって思って。でもなにをすればいいのかわからなくて。だから志希おねーさんにナイショで手紙を書いてみたですよ」


いったいいつの間に?
そんなの決まっている。あたしが控室に行ったとき、あそこで書いていたのだ。
あたしにばれないように、アケミちゃんに通せんぼをお願いして。


76 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 18:54:00.22 ID:9rFSBGbj0
「いっつもおいしいご飯をつくってくれてありがとうごぜーます。お勉強わかんねーことがあったら教えてくれてありがとうごぜーます。いっつも仁奈とお昼寝してくれてありがとうごぜーます。ライブのときに走って応援に来てくれて、ママにお願いしようって言ってくれて、ありがとうごぜーます」

「……」

「仁奈はこわがりで、できねーこといっぱいあって、心配なことばかりでごぜーます。でも、そんなときは志希おねーさんの気持ちになるですよ。志希おねーさんみてーになんでもできるママになりてーって。そうしていっつも勇気をもらってるでごぜーます」



──ママの気持ちになるですよ。



「仁奈、ちゃん」

それじゃあこのママっていうのはあたしのことで。
ライブのときも、ママにお願いするときも、あたしのことを思って。

仁奈ちゃん。
あたしたち、まだお互いのことなんにもわかってないんだね。
あたし、ぜんぜんすごくなんてないよ。
キミみたいに人の気持ちを理解することなんてできないし、そのせいでキミをたくさん傷つけて泣かしてしまったこともあった。

そんなあたしを、キミは理解しようとしてくれてるの?
あたしがママでよかったって、ほんとうにそう思ってくれてるのかな?

仁奈ちゃんはニコッと満面の笑みを浮かべて、その手紙をあたしに差し出した。


「いっつも仁奈といっしょにいてくれてありがとうごぜーます。志希おねーさんは、仁奈の自慢のママでごぜーますよ!」


その手紙に向かって手を伸ばす。
1回失敗して、2回目にようやくつかむことに成功した。

大きな拍手が鼓膜を振動する。

「ぐすっ。ありがとうございました。一ノ瀬さん、なにかコメントをお願いします」

「……」

あたし、やっぱり母親なんかじゃない。
こんなときなのに、なにも言葉が出てこない。
たっぷりと時間を使ってあたしが絞り出せたのは、この言葉だけだった。



「ありがとう、仁奈ちゃん」



77 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:01:06.84 ID:9rFSBGbj0
 ✉
 ソファーの上からすやすやと寝息が聞こえる。

 幸せそうな顔で眠っている、その小さな体に抱き着いてひと眠りしようか、なんて思ってみたけど、時計の短針は7の数字を突き刺している。
 いまから寝るのはお昼寝とは言わないし、せっかく炊き上がったご飯が冷めてしまう。
 しょうがない。

「起きて、仁奈ちゃん」

 体を揺すると、仁奈ちゃんは瞼をこすりながらむくりと起き上がった。
 それから鼻をひくひくさせたかと思えば、

「カレーだー!」

 寝ぼけ眼もどこかにいったみたい、お目目をキラキラさせて叫んだ。

「いま出来上がったばっかりだよー。さあ食べようか」

 ふたりで食卓につく。それじゃ、おててを合わせて。


「「いただきまーす」」

 仁奈ちゃんは豪快にスプーンですくい、ぱくりと口に運ぶ。

「だいじょうぶ? 辛くないかな?」

「すげーうめーでごぜーます! 仁奈、志希おねーさんのカレーだいすきでごぜーますよ!」

 よかったよかった。
 あのとき以来、カレーつくってなかったからちょっと不安だったんだよねー。
 
 でもそっか、もうあれから2か月近く経つんだね。
 時間が経つのはあっという間。
 仁奈ちゃんと暮らしだしたのつい最近な気がするのに、一緒に生活するのも今日で最後なんだもん。

 明日、仁奈ちゃんを迎えにママがやってくる。
 やっと暮らせるようになるのだ。
 ずっとずっと会いたかった、ママといっしょに。

78 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:04:36.73 ID:9rFSBGbj0
「志希おねーさん見てくだせー。仁奈、このまえの漢字のテストで100点とったんだー!」

「おおー。仁奈ちゃんはすごいねー」

ご飯を食べ終わって、おしゃべりをしていると小テストの紙を渡してきた。
その得意げな顔がなんだかおかしくて、頭を撫でてあげるとくすぐったそうに笑った。

 
それから、いつもみたいにいろんなことを教えてくれた。
アケミちゃんと遊びに行く約束をしたこと、トレーナーちゃんに褒められたこと、学校でサインを求められてびっくりしたこと。

いっぱいいっぱいいっぱいおはなしして。

そして、夜が来た。
良い子は、寝る時間だ。

電気を消して、ふたりでベッドに潜り込む。


「志希おねーさん、いままでほんとにありがとうごぜーました」

「どーいたしまして。ママと暮らせるの楽しみ?」

「はい! すっげー楽しみです! ……でも」

俯く仁奈ちゃんから、悲しいにおいがする。

「志希おねーさんと一緒にいられなくなるのは、さみしいですよ」

「そうだねー」

仁奈ちゃんとの記憶が頭をめぐる。

うん、すっごくたいへんだった。
柄にもないあたしの母親劇場も、これにて幕を閉じる。

明日から自由だ。なにしよっかな。
そうだ、あの実験まだやりかけなんだっけ。
もう料理なんてつくらなくていいし、これで集中して研究できる。
いちいち本を片付ける必要もないし、日をまたぐ前に寝なくてもいい。
ママを呼ぶかどうかで喧嘩することもない。
 
誰かと笑いながらご飯を食べることも。
おはよう、おやすみって挨拶するのも。
こうやって同じベッドで一緒に眠るのも。
今日で、ぜんぶおしまい。


……。
ああ、そっか。

あたし、明日から、またひとりになるんだ。


79 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:07:09.66 ID:9rFSBGbj0
「……いや、だ」

瞼からなにかが溢れてきた。

あたしみたいな理解不能な生き物をママって呼んでくれて。
こんなあたしでも家族になれるって思えてきたばかりなのに。
やっとごろんと横になって眠れる居場所を見つけたのに。

やだやだやだ!

献立だってめんどくさがらずに考えるよ。
お掃除だって、お仕事だって、なんだって。
きみと一緒にいられるなら、どんなたいへんなことだって笑ってできるから。

だから。このままずっとあたしと──。

どうしようもなく震える背中を小さな掌がさすってくれた。

「志希おねーさんもさびしいでごぜーますか?」

「……うん。さびしい、よ」

わかってる。
いかないで、なんて言わないよ。
親子でも言ったらいけないことだってきっとある。
キミには笑っていてほしいから。
だから仁奈ちゃん、そんなに心配そうな顔しないで。
あたし、だいじょうぶだよー。


「こんどね、パパに会いにいくよ」

小さくてあたたかい手を握る。

「会ってなにをすればいいのかわからないし、もしかしたら会ってくれないかもしれないけど、それでもお願いしてみるよ。
だからさ、いつでもいいから、またこうやって一緒に寝てもいいかな?」

仁奈ちゃんはうれしそうに、とろけるような笑顔であたしの手を握り返してくれた。

「もちろんでごぜーます! いっぱいいっぱいお昼寝するですよ」

「うん。……仁奈ちゃん」

「はい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


ぎゅっとその体を抱きしめると、シャンプーの香りに混じって鼻をかすめるものがあった。

このにおいのことは、もちろん知っている。
かわいくて、明るくて、悲しいときもあるけど、あたたかい。

どんな偉大な学者にだって分類できっこない、あたしの、居場所のにおいだ。

80 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:11:28.44 ID:9rFSBGbj0


──エピローグ



81 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:14:50.84 ID:9rFSBGbj0
 ✉
 とっくにお盆を過ぎた墓地はしんと静まり返っている。
 
 ママが亡くなってから1度しか来たことのなかったお墓は、綺麗に掃除されていた。
 いったい誰が墓参りに来てくれてるんだろうか。
 わからない。
 あれだけ一緒にいたはずのに、あたし、ママのことぜんぜん知らないんだ。

 線香と蝋燭が入った袋を地面に置く。
 線香はまだあげない。
 これの出番は、来るかもわからない待ち人が来てからだ。

 風がびゅうとあたしの体を震わせる。

 日時、場所、そしてどうしても会いたいから来てほしい。
 パパに送った手紙にはそれ以外になにも書かなかった。
 
 ほんとうに届けたい言葉っていうのは、まっすぐに向きあって話さないと伝わらないと思ったから。
 来てくれるかどうかすらわからない。
 
 それでも、あたしはここで待つことに決めた。

 だって──。


82 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:17:50.69 ID:9rFSBGbj0
 コツコツ。
 後ろのほうから足音が聞こえる。
 だんだんとその音が大きくなってきた。

 
 あー、帰りたい。
 だって、あの人どんなものよりも研究大好きな人間なんだよ。
 話し合ったってあたしのことをわかってくれるとは思えないし、あたしも彼を理解できないんじゃないかって思ってしまう。
 つまらないことで呼ぶなって怒られるかもしれない。
 誰も得をしない無意味な時間になるかもしれない。

 だけど、仁奈ちゃんと約束してしまった。
 あの子はママとちゃんと向き合ったから。
 だったら、あたしが逃げちゃいけないよね。

 あの言葉が頭をよぎる。
 意味なんてない、ただどうしても呟きたかった。



「ママの気持ちになるですよ」



 カツン。
 足音が真後ろで止まる。


「志希」

 テレビで聞いてた声よりも掠れていて、それに震えている。
 どうして、大好きな研究を放り出してまでここに来てくれたのだろーか。
 聞いたら、教えてくれるかな?


83 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:20:49.54 ID:9rFSBGbj0
言いたいことはたくさんあった。

ママが死んだときに来てくれなかったこと。
それからすっごく退屈な生活が続いたこと。
学校で困ってたときに相談に乗ってくれなかったこと。
日本に帰ってきて、アイドルになっていろいろお仕事をしていること。


ずっと、寂しかったこと。


でもね。
いまはそれよりもどんなことよりも、ふたりに知ってほしいことがあるのだ。


「ねぇ。ママ、パパ」

聞いて。
かわいくて元気でとっても優しい。

あたしの、自慢の娘のおはなし。


84 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:21:39.34 ID:9rFSBGbj0



おしまいでごぜーます。


85 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2018/12/26(水) 19:26:31.69 ID:9rFSBGbj0
以上です。
好き勝手書きましたが、読んでいただきありがとうございました。


以前はこんなのを書いていました。
もしお暇なときがあれば読んでいただけると幸いです。


安部菜々「ナナの名は」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495037663

佐久間まゆ「まゆもやるくぼですけど!!」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1514455358/

【ミリシタ】がんばれ紬ちゃん! 面接編
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527314074/



86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/26(水) 20:31:48.56 ID:6GJ0SJx/o
一か月近くお疲れ様でした
なんかスゲー話を読ませてもらった気がする(語彙力不足)

今度時間がある時に最初からまた読み返したいと思いました
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/26(水) 21:05:08.56 ID:ErE1J17ZO
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/26(水) 21:24:55.46 ID:7tDO4npWO
胸にジーンと来た、陳腐な感想しか出てこないのが悔しいぐらい
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/27(木) 12:19:55.11 ID:oXpf95iI0
やっとパパと向き合えたしきにゃんよかった
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/27(木) 17:25:51.09 ID:/ks1IBKE0
泣けた、超良かったです。乙
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/28(金) 05:00:48.52 ID:pP8xzniH0

良きお話でありんした
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/30(日) 17:37:17.36 ID:ifXJfa/E0
あんた最高だ!
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