【艦これSS】不器用を、あなたに。

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106 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:33:53.25 ID:FHIWeP8+O

彼女はマンガを閉じて起き上がった。どうやら真剣に話を聞くに値する、と感じてくれたようだ。

那珂「そうなの。私思うんだけど、本当に山城さんはそんな酷い人なのかな、って...」

那珂「だからね、この鎮守府で軽巡最古参の川内ちゃんと、2番目の神通ちゃんなら山城さんがどんな人か知ってるかなって思ったの」
107 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:35:11.96 ID:FHIWeP8+O

少し間を置いて、那珂は深呼吸をする。今から口にすることは、きっとこの鎮守府では決して歓迎されないことだろう。だからこそ、この2人には言うのだ。

那珂「ねぇ、山城さんは本当に仲間を邪魔だって思ってるのかな」

那珂「本当にずっと前からああいう人だったのかな」

那珂「みんなでずっと嫌い続けてていいのかな」



その疑問はとても斬新なものだった。
108 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:36:47.70 ID:FHIWeP8+O
先日の事件以来、そんなことを口にするものは居なかった。一部の“優しすぎる”と呼ばれる艦娘は、何か事情があるんだと言って擁護しようとはしていた。しかしその努力は無駄でしかなかった。

とはいえ、もちろん山城の言動に憤りを感じながらも、多くの人は最初は「どうして?」の気持ちを抑えきれずに彼女に問い詰めた。
疑問に思っていたという点は那珂と同じなのである。
109 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:37:59.45 ID:FHIWeP8+O

しかしそこに含まれる感情はあまりに違いすぎた。
信頼を踏みにじられた哀しみ、姉妹艦や仲の良い同僚を傷つけられた事への怒り、そんな考えを持つ山城自体への恐怖・・・

2人は少し黙りこんでしまった。しばらくして最初に沈黙を破ったのは川内だった。
110 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:38:43.84 ID:FHIWeP8+O

川内「なんとなく那珂の言いたいことは分かったよ」

川内「みんな事件のショックに振り回されて感情的になりすぎてないか、ってことだよね」

那珂「うん...」

那珂「山城さんが絶対悪いけど、それでも仲直りしようとしないでみんなで嫌い続けるなんて良くないよ...」

那珂は懸命に訴えた。それは着任してから感じ続けてきた形容し難い嫌な雰囲気への、精一杯の抵抗だった。
111 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:41:27.09 ID:FHIWeP8+O

川内「でもさ、那珂」

川内「山城さんはそれだけのことをしたんだよ?」

那珂「...うん、そうだね」

川内「那珂は優しいからさ、そう思えるのかもしれないけどさ」

川内「あの人が時雨に言ったことは許されないことだよ」

夕立とは違って一貫して落ち着いている川内。しかしその言葉の重みは夕立のと変わらず、強い感情が篭っていることが感じ取れる。
112 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:43:56.44 ID:FHIWeP8+O

神通「それに私達だって、何度も彼女に聞いたんですよ。どうしてあんなことを言ったのか、って」

神通「返ってくる言葉は毎度「あの時言ったことが全てよ」なんです」

神通「ですから、もうここ2、3日前からは誰も問い詰めなくなりましたね」

神通曰く、山城は本当にそう思っていたのだという。
那珂の思いは引き裂かれようとしていた。
113 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:46:10.00 ID:FHIWeP8+O
那珂「でも...!」

反論しようとしたが、すぐに川内にバトンが渡る。

川内「時雨はさ、初期の訓練から面倒見てるけど、本当に繊細な子なんだよ」

川内「どこか戦いを心底憎んで嫌ってそうで、でも自分が強くなって周りを守りたいと思ってて。」

川内「なのに自身の幸運で自分だけ無傷ななんて事が起きちゃう。その度に悔しさと悲しさと寂しさが混じったような複雑な顔をするの」
114 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:53:13.01 ID:FHIWeP8+O
神通「そういったところが日常生活をに反映されてるのか、時雨さんは極端に遠慮がちですよね」

川内「うん、私が話しかけてもどこか申し訳なさそうにするしね」

神通「それくらいデリケートな彼女を、トラウマを抉ってまで傷つけたんです」

神通「こんなの擁護する必要はないと思いませんか」

古参の2人でさえ、ダメだった。
やはりこの考え方が正しいのだろうか。

那珂「...そう...なのかな」

那珂は自信なさげに呟いた
115 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:58:33.43 ID:FHIWeP8+O
神通「まぁ、でも私はあの人は艦娘としてのスキルはかなり高いと思ってますよ。しょっちゅう被弾しますけど」

神通「なので任務の際は私情を持ち込まないで、彼女とも上手く協力するべきだとは思います」

川内「たしかにあの人は旗艦とか上手かったよね。冷酷だからか落ち着いてるし、艦隊メンバーの状況把握とか戦術理解はかなりのもんだよね。不運すぎるけど」

神通「ですので最初の疑問に答えるなら、山城さんは有能な艦娘ではありましたよ」

神通「ですが、ただそれだけです」

神通「私達は彼女の優しさを目の当たりにしたことがある、とかではないのです」

川内「そう。だからあの人のことは単に“酷いことが簡単に言えちゃう不幸戦艦”っていう認識でしかないよ」
116 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 01:59:53.59 ID:FHIWeP8+O
いつの間にか那珂が沈黙する側になっていた。だが那珂の理想はまだ完全に否定されたわけではなかった。
山城となんてまだ直接会話したことなんてない。それでも山城は、いや山城だけじゃなく艦娘は皆、きっと自分と同じはずだ。
だからまだ言うことは残っている。
117 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/22(火) 02:00:56.52 ID:FHIWeP8+O
今回はここまでです
ほんと更新が遅くなって申し訳ないです
多分次回もまたこれくらい空くかもしれないですがご了承ください
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/22(火) 07:00:08.07 ID:TzqLlarRo
おつお
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/22(火) 23:15:51.22 ID:3yr76B5Y0
>>47
>内心舞い上がってしまった自身を慰めようとした時だった


舞い上がった気分を諌めるどころか利用して自慰に耽っちゃうレディー
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 23:05:23.55 ID:O+d+ImQ8O
今日あたりに投下できるようにと思ってたんですが諸事情により結局水曜くらいになりそうです
駄作なのに待たせてしまってて申し訳ない限りです

相変わらずインフル流行ってるようですが皆さんお気をつけて
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/27(日) 23:13:45.55 ID:Qls5BhKBo
体に気をつけてね!
122 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/01/31(木) 23:09:37.70 ID:7KmWi23FO
首都圏でも雪降るくらい寒いですね!
明日の夜までには続き投下します
暖かくして眠りましょうね
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/02(土) 14:09:25.01 ID:ShT9FOd/O
そういや艦娘に毒舌キャラっていたっけ?提督に対して当たりの強い艦娘はいるけど、艦娘同士ではどうなんだろ。
124 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:14:36.11 ID:hoU/oQbZO
度重なる遅延にただただ申し訳なく思っております...
続き投下します
125 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:17:11.85 ID:hoU/oQbZO


−−
−−−


神通と那珂の、驚きを含んだ確認の問いは、しばらくの沈黙を作り出す。

川内「...あー、言っちゃった」

先程までの嬉々として語ってきた川内は別人だったのだろうか。
どういうわけか、やってしまった、という表情をしているのだ。
126 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:18:27.78 ID:hoU/oQbZO

神通「姉さんが自分から言ってきた事じゃないですか」

川内「いやぁ、その...言いたい事だったのは本当なんだけど、言っちゃいけない約束だったから...」

まぁそのうち2人にはバラそうと思ってたけどね、と苦笑しながら川内は付け加えた。

神通「言っちゃいけないって...山城さんに口止めでもされてるんですか?」

川内「そうなんだよね...だから周りの人には秘密ね?」
127 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:19:40.20 ID:hoU/oQbZO

神通「いいですけど...別に夜戦の練習相手くらい口止めする必要ないでしょうに」

川内「私もそう言ったんだけどね...約束だから...」

川内「ほんと必要ない約束なのに...」

2人が話す間に那珂は再度山城のいる方を見た。かなり離れた所のベンチに座って本を読んでいる。ベンチがこちらに向いていなかったおかげで、私達が注目していることは気づいていない。ここからではよっぽど大声で叫ばない限りは会話も聞こえないであろう。
128 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:21:13.92 ID:hoU/oQbZO

那珂「でも戦艦が夜戦に付き合うなんて珍しいね」

ふと疑問に思ったことを口にした。
山城のことを話題にするなど、那珂にとっては久々であった。

艦種がまるっきり違うため、元々自発的な交流は期待しずらいというのもあった。そして戦闘や演習で同艦隊になった事も、着任して1ヶ月程度では片手で余裕で数えられる程しかなかった。
129 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:23:10.92 ID:hoU/oQbZO

−もっとも、それらは実に些細な追加的説明にしかならない。一番の理由は、山城が嫌われ者で彼女自らも他者を拒絶する姿勢を見せていること、そして何よりもあの夜に姉達が放った言葉が、ますます真実味を帯びて那珂にとっての山城という人物像を固めていったことにあった。

こうして那珂には、最初は山城に対する漠然とした怯えが定着していった。次にその怯えは鎮守府生活への順応と共に、意識する必要がない程までに遠い距離感へと変容していった。そしていつの間にか、その遠い距離間ゆえに、山城のことを特別意識するということはほとんど無くなっていた。

それはちょうど、街を歩く時にすれ違う人々への態度に似ている。すれ違う知らない人々に対して、一々何か考えることなどあるだろうか。相手の進路を予測してぶつからないように歩くくらいである。
130 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:24:14.05 ID:hoU/oQbZO

もはや山城の意図や思考が気になるなんてことはなくなっていた。山城が噂通りの言動をする度に、あぁ流石は嫌われ者だな、と納得するだけであった。

今もしも誰かに − 例えば取材好きの青葉にでも − 山城についての人物像を尋ねられたのならば、那珂は迷わずにこう答えるだろう。


酷いことが言えちゃう不幸戦艦、と。


131 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:27:41.71 ID:hoU/oQbZO

だから川内が指差した先に山城が居ることには目を疑った。
しかし振り返ってみれば、素振りはあったかもしれない。
そういえば先日の山城が出撃部隊の救援を拒否した騒動では、珍しく川内が助け舟を出していた。
その出撃部隊というのが時雨を含んだ艦隊であったというのが問題を大きくしたのだった。
132 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:29:09.66 ID:hoU/oQbZO
もちろん執務室は山城糾弾の熱気を一瞬にして帯び、最優先の救援部隊編成そっちのけで取っ組み合いが起こってもおかしくない状態になった。残念なことにその時は、神通や加賀といった冷静な振る舞いが期待できて発言力もある古参勢が不在だったというのに。

だからいつもは神通がやる役目を同じく古参の川内が引き継いだのだろうと、那珂は納得していたのだった。
だが今の話を聞くと、もしかするとその時既に川内は山城をお得意様としていたのかもしれない。
133 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:30:03.65 ID:hoU/oQbZO

神通「たしかに。戦艦は闇夜に紛れて魚雷で肉薄攻撃するなんてスタイルじゃないですからね」

神通「そうなると避ける練習くらいしか出来ないと思うのですが」

川内「そうだよ、避ける練習になるからって付き合ってくれるんだよ」

那珂「うわ〜、夜戦モードの川内ちゃん相手に練習したいなんてドMだね〜」

川内は苦笑している。
134 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:31:06.49 ID:hoU/oQbZO

神通「でもそこまでして避ける練習したいんですかね」

神通「というより、姉さん相手じゃ被弾する練習にしかならないじゃないですか」

川内「...被弾が前提だからね」

少しの沈黙の後に川内はそう答えた。先程よりその表情は険しくなっている。

那珂「どういうこと?」
135 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:32:53.99 ID:hoU/oQbZO

川内「山城さんはね、自身の不幸を痛いほど理解してるの」

川内「不幸のせいなのか敵の外れ弾がやたら飛んでくるし、そのせいで被弾率は軒並みトップだし」

この事は鎮守府では知らない人はいない。何よりこれこそが、山城が嫌われ者になる事件のファクターなのだから。

川内「だから山城さんは、いかに致命的な被弾をしないかを考えてる」

川内「私との夜戦はね、どれだけ機関部に被弾しないでいられるかを極める練習なの」
136 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:33:55.85 ID:hoU/oQbZO

神通「なるほど...被弾前提というのはそういう意味なのですね」

神通「機関部だけは守って窮地での生存率を上げるためですか」

那珂「あの人、自分だけは生き残りたいって思ってそうだもんね〜」

那珂は別に悪意を込めてそのように言ったわけではなかった。そう思えたし、周囲もそう思っているからこそ、自然と口に出ただけだった。
137 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:35:07.40 ID:hoU/oQbZO



川内「それは違うよ!!!」



川内が突如強く否定する。




川内「山城さんは...決して自分のために生き残りたいんじゃないのよ...」



そして懸命な訴えを絞り出すかのように、口にした。
138 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:36:12.59 ID:hoU/oQbZO

神通「姉さん...山城さんから何か聞いたんですか?」

川内「うん...」

川内「でもごめんね、その内容は本当に言えない」

川内「こっちの方は、私が勝手に必要ない約束だとか言えるものじゃないから...」

悲しそうな顔をして川内は答える。
ということは、よっぽど触れてはならないような話なのだろうか。
139 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:41:07.45 ID:hoU/oQbZO

那珂「でもさ、川内ちゃん」

今のやり取りを聞いて口を開かずにはいられなかった。

那珂「何か事情があったにせよ時雨ちゃんに言ったことは許されない、って川内ちゃんが言ったんだよ?」

那珂「それが許せちゃうほどの事情が存在するの?」

那珂「それがあるんだとして、そんな大きなことを隠し続けて正当化していいの?」

神通「那珂ちゃん...」
140 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:43:39.13 ID:hoU/oQbZO

川内「悪いけどその事はこれ以上は言えないよ」

川内「私に言いふらす権利はないから」

どうやらこの点については譲る気はないようである。

川内「でもね、2人にだけは私が伝えていい範囲で、大きな事情があったことを知っておいて欲しいの」

既に伝えていい範囲守ってないけどね、と自らを皮肉って付け加えた。

川内「山城さんの言動は、全てその大きな事情のためなの」

川内「神通にも那珂にも、山城さんの味方をしてあげて欲しいとは思わない」

川内「そもそも味方になろうとしても本人が拒絶するしね」
141 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:45:33.41 ID:hoU/oQbZO
川内「だけど、周りに流されないで欲しいの。先入観で、感情的に、山城さんの言動を受け止めないで」

川内「これは那珂があの日言ってたことでもある」

思い返せば、着任したてのあの時はそんなことを力説したのだった。

那珂「でもそれは間違ってたよ」

那珂「その時はまだあの人の酷さを自分では目撃してなかったからそう言っただけで...」

川内「それを言うなら、あの時那珂が最後に言ってた言葉は合ってたよ」

川内は食い気味に返してみせた。
142 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:47:36.93 ID:hoU/oQbZO
最後に言った言葉...

−−−

那珂「...ねぇ、川内ちゃんと神通ちゃん」

那珂「私は2人にまた再会できて本当に嬉しかったんだよ!」

川内「い、いきなりどしたの...!?」

神通「えっと...それは今関係ある話なのですか?」

那珂「艦娘として、姿形はだいぶ変わったけど、それでもまた姉妹で一緒に居られるんだもん」

那珂「しかも今度は、夜に騒ぎ回ったり、本を読んだり、歌ったりできる」

那珂「どんな艦娘にとっても、これほど嬉しかったことはないよ」
143 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:48:19.54 ID:hoU/oQbZO



那珂「だから思うんだ、山城さんだって本当は艦時代の仲間達のこと、誰にも負けないくらい大事に思ってるはずだ、って」




−−−
144 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:50:45.77 ID:hoU/oQbZO

川内「神通だってこの言葉で少し変わったんじゃない?」

神通「...たしかに思うところはありましたが、そんなことはないですよ」

川内「でもあの日以来、積極的に山城を目立たないようにフォローしてるよね」

川内「事務伝達とか、部隊編成で山城を憎んでる子達を上手く納得させるのとか、その子達との対立を収拾つけたり」

川内「でも本来は神通は私と同じ駆逐艦の指導がメインだから、事務伝達は加賀さんや同じ艦種の金剛さんに任せればいいだけ。2人とも中立的だしね」

川内「トラブルだって放っておいても電ちゃんや古鷹さん、最終的には提督が対処してくれるよ」

川内「それを神通もやるようになったのは、那珂の言葉を聞いてからでしょ?」

川内「山城さんの事をどこかでまた信じてあげようって思えたからだよね?」
145 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:52:19.54 ID:hoU/oQbZO

神通は下を向く。バレていないと思っていた事が見透かされていたことへの一種の恥ずかしさからであろうか。

那珂「(そういうのって、元々神通ちゃんの役目だったとかいうわけじゃないんだ...)」

そして自分の言葉を、大好きな2人が真剣に考えていてくれていたという事実に、嬉しさがこみ上げる。
それと同時に・・・

那珂「(じゃあ、私のあの言葉が合ってるって...)」
146 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:54:17.09 ID:hoU/oQbZO

那珂「じゃあ山城さんは...本当に...?」

川内は声にこそ出さなかったが、1度頷いた。その頷きがきっと彼女が伝えられる最大限そのものなのかもしれない。

川内「それにさっき言いそびれちゃったけど、夜戦の練習に付き添ってる事を口止めされた理由もね、私達のことを心配してっていうのもあるんだよ」

那珂「私達を...?」

川内「駆逐艦のほとんどは山城さんに嫌悪や恐怖を抱いてるからね、駆逐艦と接する機会の多い私が仲良くしてるなんて噂が広まったら川内型は気まずい思いをするんじゃないか、って」

川内「特に那珂は白露型と仲が良いでしょ?だから鎮守府生活に慣れ始めたばかりの妹の事も考えなさい、ってね」
147 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:56:26.90 ID:hoU/oQbZO

那珂「そうだったの...」

それが本当ならば、いよいよ山城への見方を改めなければならない。


神通「私はやはり山城さんに完全な理解を示すことは出来ないですね」

今度は神通が口を開いた。
否定の言葉を聞き、少し川内の顔が曇る。
148 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/02(土) 23:58:22.02 ID:hoU/oQbZO

神通「私ならどんなことがあっても姉さんや那珂ちゃんにあんな暴言を吐くことはないでしょうし」

ですが、と付け加えて話を続ける。

神通「信頼してる姉さんがそこまで言うんです、山城さんが理不尽に困っている時に助けるくらいなら協力しましょう」

川内「神通ありがとう...!」

川内はとてもまるで自分のことのように嬉しそうである。きっとそれ程までにその事情とやらは複雑で重たいものなのかもしれない。
149 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/03(日) 00:02:17.62 ID:HTCScawkO

川内や神通があの日言ったことは、那珂自身の目で見た山城と合致していた。
だがきっと今日川内が言ったことだって、真実の一つとして、いつか那珂が自身の目でも見ることになる山城であるのだろう。

また信じてみればいいじゃないか。

あの日に置いてきてしまった感情を取り戻した気がする。
150 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/03(日) 00:07:22.72 ID:HTCScawkO

那珂「那珂ちゃんはアイドルだからね!誰か1人を知らんぷりなんてしちゃダメだよね!」

那珂「もちろん那珂ちゃんも協力するよ!」

川内「那珂ちゃんもありがとう...!!」



ふと、また山城がいた方に視線をやった。
山城はまだ立ち去っておらず、さっきと全く同じように本を読んでいる。
だが不思議と、そこに居る人物はさっきと違っているようにすら見えたのだった。
151 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/03(日) 00:08:20.03 ID:HTCScawkO
今回はここまでです
なるべく次も早く投下したいですね...
いやほんとに。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/03(日) 02:52:34.07 ID:sV/MIs8sO
ふむふむ
続けて
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/03(日) 15:51:25.27 ID:cdPVNigKo
おつおう
154 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/12(火) 23:06:22.24 ID:WRV2hrZaO
明日投下しようと思います
遅筆で申し訳ないです
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/13(水) 08:07:26.39 ID:WbFf9cUeo
まってるぞ
156 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:05:36.25 ID:17oph7spO
お待たせしてすみません、投下します
157 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:06:38.57 ID:17oph7spO
12月9日 13:00


ようやく昼時になった。

先程から絶え間なく聞こえてきた廊下のにぎやかな声も収まってきたようだ。

それはすなわち、午前が非番であった艦娘達がぞろぞろと食堂に向かったということでもある。
おそらくは演習組や既に帰投した部隊も、それに合わせて昼食を取りに行くのだろう。

今頃食堂は大盛況なはずである。

そこに嫌われ者の自分が赴いたら・・・

158 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:07:45.10 ID:17oph7spO
嫌われてからそれなりの月日が経過し、日々をなるべく平穏に過ごすための立ち回りが癖になってきた。
だから食事時のような、皆が集まる時間と場所は極力避けるようにしている。そうすることで要らないトラブルを起こさないようにしているのだ。

山城「時間と場所をわきまえるなんてね...ふふっ...金剛に窘められたわけでもないのに」

呟いた冗談は孤独で殺風景な空間に吸収されたのだった。

山城「(そろそろあの場所も行きやすくなった頃よね)」

159 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:08:45.86 ID:17oph7spO


昨日と同様にやはり外は寒い。
冬も本番といったところで、本当は2時間後の午後演習までは部屋に籠っていたかった。

だが今日は是非とも行っておきたい所があった。もっとも、それはたいそうな場所でもなく、鎮守府内のごく一般的な施設であるのだが。
先程まで頃合いを見計らっていたのもこのためであった。

なるべく接触するのは1人のみでありたい。
特に自分をこの上なく嫌う白露型の味方とは、出来る限り出くわしたくない。

色々と考え事をしながら歩いていると、ついに目当ての場所に来た。
160 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:10:06.49 ID:17oph7spO
− 工廠。

ここまでは誰ともすれ違わなかった。
それも時間帯を考えればその筈で、昼食を取る時間にわざわざ工廠に来る艦娘は居ない。

あとは工廠内に、機械オタクの軽巡が居ないことを望むしかない。おそらく彼女は、おっちょこちょいがトレードマークの白露型6番艦と昼食を一緒に取るために不在だと思う。

彼女たちはかなり親密な関係なのだが、艦種が異なるために −というより夕張が工廠の手伝いばかりで普通の軽巡扱いされないという点も大きいが− 普段は別行動を余儀なくされることが多い。だから食事などで時間を合わせるはずと踏んだのだ。
161 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:11:13.39 ID:17oph7spO
別に仲良しなら同部屋になればいいのに・・・。

まだこの鎮守府が今ほど大きくなかった3ヵ月くらい前は、姉妹艦が揃わないなんて当たり前だったし、同型艦以外と同室なんて風景はよく見られた。
そもそも、今だって姉様と満潮の例が・・・

山城「(…半分くらいは私が原因だけど...)」

山城「(まぁ、とにかく今度提督にでも部屋割り変更の進言しときましょうか)」

一つ結論を出しつつ、やや重たい扉を開けて工廠へ入る。
162 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:12:38.03 ID:17oph7spO
入った先には作業着姿の明石が居た。彼女は私を認めると、すぐに微笑んで「何か御用ですかー?」と尋ねてきた。

今ここには夕張が居ないことを知り、安心した。

山城「ええ、ちょっと装備のことで...」

しかしその安堵は束の間だった。

大淀「あら、誰か来たn...」

奥の方から大淀が顔を覗かせたのだ。
執務室でよく顔を合わせて気まずくなる彼女が、まさかこの時間に工廠に来ているとは思わなかった。
163 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:13:33.22 ID:17oph7spO
首から下げたバインダーと手に持つペンを見るに、在庫チェックでもしていたのだろうか。

それに彼女は明石と同じく鎮守府に最初から居る艦娘である。そう考えれば単純に仲が良いのだろうし、大淀自ら暇な時に顔を出しに来るのかもしれない。

いずれにせよ、山城はとりあえず気まずくも会釈した。
明石は申し訳なさそうな苦い顔をしている。
164 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:14:31.60 ID:17oph7spO

大淀「...何しに来たんですか?」

大淀が先程の明石と同様の質問をする。
しかしその語調や含意は真逆のものである。

山城「えっと...装備の相談で...」

大淀「そうですか、どんなに装備を変えても不幸は治らないと思いますけどね」

いきなり敵意が剥き出しであった。
そんなこと言われる前から分かっているが・・・
165 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:15:57.58 ID:17oph7spO

山城「使いやすさの問題で相談しに来ただけよ」

大淀「装備妖精との絆を深めれば使いやすくなるかもしれませんね」

大淀「あ、仲間との絆を踏みにじる人には無縁な話でしたね」

明石「ちょっと大淀!」

明石が大淀を止める。先程までの表情とは少し違い、やや怒気を含んでいた。
166 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:18:19.61 ID:17oph7spO

大淀「何で?今言ったことは事実じゃない」

対して大淀は澄ました顔をしている。

大淀「それにこの人の装備を完璧にしたところで、自分が生き延びるためだけにしか使われないですから」

大淀「艦隊の仲間を蔑ろにする人の装備の相談に乗る必要あるのかしら」

明石「大淀、本当に怒るよ?」

明石の言葉は今度は落ち着いたトーンで発せられた。しかし、それはあくまで表面上のトーンであって、明らかに明石は憤っていた。
167 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:19:50.37 ID:17oph7spO

明石「あんた山城さんが「まぁ、落ち着きなさいよ」......。」

これ以上進むと面倒くさい事になりそうなので私が止めることにした。

山城「大淀の気持ちは分かってるつもりだわ」

山城「誰だって憎い奴と同じ空間には居たくないでしょう」

山城「でも私だってなるべく人が居ない時間に来るように配慮してるのよ?」

山城「少しはそっちも我慢してもらえないかしら」

大淀はこちらを睨んではいるものの黙っている。私が概ね彼女の煽りをすんなり受け入れたことで、彼女は反論しようがない状況に陥るのだ。

本当に、こういう残念なスキルがやたら成長していく。
168 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:21:13.67 ID:17oph7spO

山城「それに貴方は批判的みたいだけど、自分が生き残ることに執着することの何がいけないの?」

山城「皆が自分が生き残るように執着すれば、結果的に皆沈まないじゃない」

山城「そうすれば誰ひとり傷つかない」

山城「自己犠牲精神が美しいの?」

山城「...絆なんて概念だけで苦しみを無くせるなんて思わないで」

つい熱くなってしまったかもしれない。
大淀の様子は相変わらずだが、これくらい釘を指しておけば充分だろう。
169 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:23:08.21 ID:17oph7spO

山城「...それじゃあ明石、本件に入らせてもらうわ」

明石「は、はい!」

山城「ざっくり言うと、フィット性を取るか火力を取るかという話なのだけど...」

相談したかった内容というのは、近日実行予定の大規模作戦に向けた装備調整である。

この鎮守府ももはや大規模なものとなり、複数の鎮守府との共同作戦で担う役割も著しく大きなものとなった。
そのため自身の心許ないスペックを最大限に活用するための装備選択が必須となる。
170 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:25:39.90 ID:17oph7spO

特に主砲については、自身に1番フィットする35.6cm砲か、さらなる火力が出せる41cm砲かという重要な選択肢がある。

なるべく取り回しや機動性を考慮して前者を使いたいが、それならば少しでも火力を上げるために改良等が出来ないかも打診しておきたかった。

こうした相談に明石は親身に乗ってくれた。

一方で大淀はこちらの邪魔はしなかったものの、ずっと私への睨みを効かせていた。
明石に何かするつもりなどないというのに・・・
171 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:27:24.41 ID:17oph7spO

工廠内に独特な緊張感を纏ったまま時間が流れたが、結局私は目的自体は達成できた。

試作品があるというので改良した35.6cm砲をとりあえず装備させてもらい、もう少しで始まる演習で試させてもらうことになったのだ。
明石は試作品を取りに少しの間工廠の奥へ姿を消し、やがてまた戻ってくると快活な声をあげる。

明石「お待たせしました!」
172 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:29:56.39 ID:17oph7spO

彼女から試作品を受け取る。

明石「それじゃあ、今日の演習での使い勝手とか聞かせてくださいね!」

山城「ええ、もちろん。助かったわ、ありがとう」

明石「いえいえ!あっそうだ、今じゃなくていいので、右の砲身よく見といてください」

山城「分かったわ。じゃあ失礼するわね」
173 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:32:46.90 ID:17oph7spO

明石「...ふぅー。...ちょっと、大淀?」

大淀「何...明石」

明石「いくらなんでもあれは酷いよ」

明石は大淀を再度窘める。

大淀「...何で明石はそんなに擁護してるの?」

すると大淀からのカウンターが飛んできた。
174 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:34:58.25 ID:17oph7spO

明石「...私達は直接暴言吐かれたわけじゃないじゃん」

大淀「それでもあまりに許せるレベルじゃないから皆嫌ってるのに?」

大淀「着任時から時雨さんと同室だったのにあんなこと平気でするような人でも?」

攻め立てるように続ける。

大淀「そのくせ自分が生き残るためにはあんなに必死になっちゃってさ」

大淀「...本当、明石までお人好しにならなくてもいいじゃない...」
175 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:36:20.38 ID:17oph7spO



明石は何も言えなかった。



いつもはとても話の弾む同僚との沈黙が続く。

もし自分が、悩みを綺麗に消す魔法の薬を作れたなら、などとありえもしない事を考える。
でも、そうだったら、こんな苦しさは最初から現れずに済んだのだ・・・

176 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:39:07.11 ID:17oph7spO


山城「(そういや明石が言ってた右の砲身を見ろ、って何かしら)」

指示通りに右の砲身を見る。
最初は砲身内部について言ってるのかと思ったが、やがて外側の付け根付近の横側に黒の細いマジックで何か記してあるのを見つけた。

「12/8に再発、軽度と推測」

山城「...」

山城「(...こじつけっぽくなるけど...言われてみればそうだったかも...)」

しばらく考えを巡らす。

そして明石の気遣いに心の中でお礼を言い、新しい主砲を手にして演習場へ向かうのだった。
177 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/14(木) 01:39:45.90 ID:17oph7spO
今回はここまでです

いつもずるずると投下時間遅らせてて本当に申し訳ない限りです
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/14(木) 10:44:18.19 ID:Lza0wqucO
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/14(木) 12:35:50.62 ID:JpqHxvdAo
おうー
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/14(木) 14:27:27.83 ID:BR/4kp16O
このss凄い先が気になる
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/19(火) 02:12:17.80 ID:nxKzR0Wi0
めっちゃ気になる
楽しみに待ってます
182 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:46:13.93 ID:WzqKT6fXO
今日は電ちゃんと古鷹さんの誕生日ですね!おめでとう!

投下を開始します
183 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:46:53.86 ID:WzqKT6fXO
同日19:00 食堂への廊下

暁「今日はお夕飯何があるかな〜」

響「私はボルシチにしよう」

雷「響それ毎日言ってるじゃない...」

電「しかも出てきた事ないのです...」

響のお決まりのジョークで和みながら、暁型4人は食堂を目指していた。

少しして食堂のすぐ近くまで来ると、何やら中が騒がしいことに気づく。
184 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:48:04.81 ID:WzqKT6fXO

雷「なんかいつもよりうるさくない?」

電「叫び声が聞こえるような...」

暁「食事中はおし...おしやか...あれ?...。と、とにかくお静かにするべきだって熊野さんも言ってたわ!」

響「お淑やかって言いたかったのかい?」

暁「そう!それよ!」

電「ちょっと見てみるのです」

使いたかった言葉が分かってスッキリした暁はさておき、喧騒が気になる電は少し先行して食堂に入ろうとした。
185 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:48:33.80 ID:WzqKT6fXO


ちょうどその時、甲高くも非常に強い怒鳴り声が響き渡った。



「言いがかりはやめてくんない!?」




186 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:49:24.06 ID:WzqKT6fXO

空気が振動するようなその怒声に気圧され、暁や雷は思わず震え立ち止まってしまった。

響「満潮の声か...」

電「またなのです...」

早足で食堂に入った2人が見た光景は、山城と彼女を特に嫌う者達との喧嘩であった。
だが喧嘩というには少し深刻すぎる状態だ。

残念なことに、この鎮守府ではそれほど珍しくはないのであるが。
187 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:50:31.15 ID:WzqKT6fXO

山城「言いがかりじゃないわよ、私はもっともな事言ってるもの」

夕立「人の粗探しがもっともな事だなんて、クズは考えることが違うね」

語尾を見るに、夕立はすっかり対山城モードのようだ。

山城「あら、それなら普段私に対して舌打ちと嫌味しか言えないあんたらも同じね。クズ仲間が増えて嬉しいわ」

満潮「は?」

夕立「お前と一緒にすんな」

飄々とした山城の返答の度に、2人はますますヒートアップしていく。
188 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:52:02.64 ID:WzqKT6fXO

最上「煽りでも不幸戦艦の口から「仲間が増えて嬉しい」なんて、ボクの腹筋を破壊するつもりなのかい?」

一方でこちらはケラケラと笑いながら嫌味な皮肉で応えている。

村雨「うふふ、不幸が唯一のお友達というのはさぞかし堪えるんでしょうね」

白露型からは村雨も援護に来ていた。彼女は夕立と並んで、時雨より先に着任した白露型のたった2人のうちの1人だったりする。

時雨「そもそも舌打ちされて嫌われるのは当たり前だよね。今更何言ってるんだい?」

そして時雨もこれらに続く。
189 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:53:16.14 ID:WzqKT6fXO

山城「私はアンタらが粗探しと言って脆弱な部分から逃げようとしてることを皮肉ってるだけよ」

山城「というよりお仲間ごっこの茶番ばっか気にする使えない奴らを仲間にして何になるってのよ」

夕立「...今なんて言った」

山城「何度も言ってるじゃない、昔の艦隊だとか絆が何なの?」

山城「それが具体的にアンタらの能力を引き上げるの?」

山城「大した個人能力無いくせにそんなのを持ち上げて強くなった気でいるから仲間ごっこだって言ってるのよ」

最上「てめぇ...!」
190 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:55:29.04 ID:WzqKT6fXO

山城「特に西村艦隊なんて、苦し紛れの寄せ集めでしょ?そんなのに絆だなんて馬鹿じゃないの」

時雨「...っ!」

時雨だけでなくそこにいる全ての艦娘の顔つきに、一層の憎悪が表れた。
特に西村艦隊の面々はこの上ない怒りに支配され、顔を紅潮させている。

・・・先程から彼女らのすぐ後ろで山城を睨み付けるのみで留まっている扶桑だけが、唯一冷静な振る舞いを辛うじて保っていた。

山城「ノスタルジックにおままごとに執着するなんて...哀れね...」

満潮「ざけんなっ!クソ不幸艦っ!」

時雨「それを言うなって...言っただろっ...!」

自身の大切な艦隊の記憶を貶されて、ついに我慢ならなくなった満潮や時雨は山城に殴りかかった。
191 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:56:35.49 ID:WzqKT6fXO
電「行ってくるのです」

少しだけ静観を決め込んでいた電であったが、これ以上は無理矢理にでも収束させるしかないと決意したのか、いつも通り仲裁をしに行く。

雷「き、気をつけなさいよ...」

その時だった。

手を出しかけた彼女達を扶桑が引き戻したのだった。


扶桑「“仲間”との団欒を邪魔しないで貰える?」


睨んだ顔ではあるが、冷静を維持していた扶桑がついに割って入った。
今しがた山城が否定したものをあえて再度使う辺りに、扶桑の内心に燃え上がる怒りが垣間見える。
192 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:58:12.01 ID:WzqKT6fXO
扶桑も山城のことを毛嫌いするが、無闇に大きなトラブルとするのを良しとしない。

それゆえ扶桑の基本姿勢とは山城をスルーすることであり、他の山城を憎む者達もある程度ではあるが、スルースキルが身についてきた。

とはいえ今のように完全に嫌味な挑発を受ける場合でも安易に乗らないのは、もしかしたら扶桑くらいかもしれない。

・・・それに扶桑とて冷静を装う程度で、挑発の度合い次第では今のように嫌味で応酬する。

いずれにせよ仲裁しに行こうとした電は、とりあえずは扶桑に事態の収拾を委ねた。
193 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 11:59:24.20 ID:WzqKT6fXO
山城「流石は姉様です。感情に振り回されてすぐ手が出るガキとは違いますね」

挑発されて、扶桑に腕を掴まれている2人はまた爆発しそうになる。

扶桑「時雨、満潮。落ち着きなさい」

満潮「なんでよっ...!」

時雨「...離してっ!」

扶桑「満潮は午後演習もやって疲れてるのに明日だって朝早く遠征があるのだから...」

満潮「それはそうだけど...」

ルームメイトがつまらぬ事でコンディションを崩したりしないように気遣う扶桑。

その落ち着いた口調が場に沈静をもたらし始める。
194 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:01:31.13 ID:WzqKT6fXO
扶桑「それにさっき夕立から聞いたけど時雨だって昨日あたりから体調悪いんでしょ?」

そう言って時雨の方を少し見る。

時雨「...それは大袈裟だよ、ちょっと寝不足だっただけなんだ」

時雨も、そして喧嘩に参戦した者達も興奮が冷めてきた。

のだが・・・

山城「寝不足でコンディション悪いなんて呆れるわね...時雨が負けるまで夜通しババ抜きでもしてたとか?」

村雨「っ!」

夕立「お前っ...!」

今度は姉妹艦への嫌味を瞬時に理解した彼女らが爆発する時だった。
195 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:03:11.22 ID:WzqKT6fXO
しかし扶桑を見習ってか、仕方なさそうに嫌々とではあるが、最上が2人を止める。

最上「ボクもあいつ殴りたいけど、ここは扶桑に従っておこうよ」

彼女らはそれでも納得がいかないという顔である。

時雨はといえば、少し山城を睨みつけ1度軽く深呼吸をして自身を落ち着かせた。

時雨「扶桑、心配しないで。一昨日は遠征帰りが夜遅かったからそれで生活リズムが崩れてね...」

そう言いながら時雨は何か思いついてにやけ顔になる。
196 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:04:30.07 ID:WzqKT6fXO
時雨「昨日も夜に“仲間を祝う”パーティーがあったから、生活リズムの乱れを今日も治せてないだけなんだ」

扶桑への事情の説明と共に、ちゃっかり先程の仕返しも含ませた時雨。

夕立「誰かさんも居なかったから素敵なパーティーだったっぽい!」

夕立もここぞとばかりに借りを返す。

時雨「それで昨日の朝にダルそうにしてた僕を夕立が心配してくれて、一応明石のとこに連れてってくれただけさ」

満潮「夕立って意外と気が利くのね」

夕立「意外とって失礼っぽい!」

軽口を言う余裕も出てきたようだ。
197 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:05:50.20 ID:WzqKT6fXO
扶桑「そうだったのね!じゃあ今日こそ早く寝て万全な状態にしなさいね」

時雨「そうするよ」

扶桑の誘導もあって、今度こそ彼女達は平静を取り戻し始めた。

激しい憎悪で剥き出しのこの場も、ひとまずは収束へと向かったようだ。

最上「じゃあボクは食事を取りに行くよ、あそこで日向達が待ってるし」

どうやら瑞雲愛好仲間と食事を約束していたらしい。
198 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:07:12.95 ID:WzqKT6fXO
夕立「夕立たちも早くご飯食べるっぽ〜い!」

白露型も最上に続く。

満潮「扶桑、私たちも席取るわよ」

扶桑「...そうそう、はっきりさせておくけれど」

しかし意外にも扶桑だけは事態の収拾に抗った。
満潮は思わず目を見開く。

皆の注目は、今、この姉妹のみに向けられた。

扶桑は山城の前に立ちはだかったまま言葉を続ける。
199 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:08:08.85 ID:WzqKT6fXO
扶桑「私は碌でもない人とは完全に縁を切る事が最善だと思ってるの」

扶桑「だからこの子達が暴走しないようにって止めてるのも、そもそも関わって欲しくないからなのよ」

山城「...理性的な考えで素晴らしいですね?」

嫌われてもなお扶桑のことを「姉様」と呼んで(勝手に)慕っている山城でさえ、その言動の意図が掴めないようである。

先程まではヒートアップしていた当事者達も、固唾を飲んで扶桑が何を言うつもりなのかを見守っていた。
200 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:09:40.58 ID:WzqKT6fXO

扶桑「単刀直入に言うわ。わざわざ相手が一番怒るようなことを引き合いに出して煽るのはやめてくれない?」

扶桑「それがお互いのためよ」

力強く、そして突き放すような冷たい口調で、扶桑は山城に要求をする。

山城「姉様、私は向こうが煽るから私も煽ってるだけですよ?」

扶桑「嫌味なんて慣れてるくせに、よく言うわ」

扶桑の表情は先刻と変わらない。
201 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:11:08.04 ID:WzqKT6fXO
扶桑「それに自身のせいで嫌われておいて、いざそれに我慢ならなくなったら相手に突っかかるだなんて、本当に救いようの無い性悪ね」

山城「それなら気に食わない考え方をするからといって集団で激しく罵倒しておいて、突っかかられるのは嫌だなんてのもおかしな話ではないですか」

扶桑「...つまりやめる気はないのね?」

扶桑が睨みつけながら問い詰める。

山城「...姉様に逆らうということだけは気が引けますが、やめる道理がありませんから」

扶桑「そう...残念だわ」

そう言って扶桑はほんの少しだけ下がった。
202 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:12:09.04 ID:WzqKT6fXO
そして次の瞬間。





食堂に響き渡る無慈悲な音と共に、山城が大きく態勢を崩した。



予想外の展開に、食堂全体の空気が凍りつく。
203 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:13:02.68 ID:WzqKT6fXO
山城「っ...」

山城は左側の頬を抑えている。


・・・あの扶桑が、容赦なく山城の頬を叩いたのであった。



満潮「...ざまぁみろ」

時雨を始めとした強く山城を憎む者達はその扶桑の制裁に強く同調し、溜飲が下がる思いだったようだ。

食堂に居るその他大勢の艦娘とて、その程度に差はあれど、ほとんどが彼女達と思いを共有していた。
204 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:14:41.41 ID:WzqKT6fXO
電「...やっぱり行ってくるのです」

一方で電はといえば、やはり彼女の方針に基づき、山城を助けに行くのである。

その言葉に、一緒に序盤から騒動を見てきた響、とっくに追いついて再び合流していた暁と雷はコクンと頷くしかなかった。

電「先に席を取っておいて欲しいのです。それと電が遅くなるようだったら気にせず食べ始めちゃていいのです」

雷「わたしは全然待つわ。いいわよね?」

暁と響も同意する。
205 : ◆eZLHgmSox6/X [saga]:2019/02/25(月) 12:15:20.40 ID:WzqKT6fXO
電「ありがとう、なのです。...それと、どうか今朝暁ちゃんが言ってくれたことを思い出して欲しいのです...」

電はそう小声で言い残して騒動の渦中へと向かった。

響「...みんなが喧嘩に注目してる隙に席取っちゃおうか」

暁「そうね...」

こうして3人は逆に、電の言う通り席を確保すべく渦中から遠ざかるのであった。
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