男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」

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243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:00:15.26 ID:f3jC59Mz0
児子炉「あ゛り゛す ! あ゛り゛す! あ゛ぁ゛ぁ゛り゛ぃ゛!」

世に存在する怨恨やら憎しみやらを可視化させたかのような邪気が児子炉と熊人形を包み込み黒い稲妻となって電光石火の愛栗子を迎え撃つ。
白き光の如き愛栗子と黒の怨みを纏う児子炉がぶつかり合うとき、それがこの旅の果てと乱怒攻流が直感で悟ったときだった。



児子炉は黒煙となりて闇に溶けその光景を残された二人が認識した瞬間、彼女らも光となりてその場から姿を消したのであった。


244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:02:41.58 ID:f3jC59Mz0

……………………………

薄暗い裏路地に一人、源氏は億劫な表情を浮かべつつ児子炉の鞘を抜いた。

源氏「どれくらい殺りやがった? 勝手に一人で暴れ過ぎンなよ。俺の楽しみが無くなっちまうだろうが」

児子炉「……じゃまされなければ、ぜんぶこわしてた」

源氏の問いに今度は児子炉が沈めた表情で口元を熊の頭で隠してみせたが、その様子に源氏の生き生きとした狂気は口角に取り戻された。

源氏「まあそう拗ねるこたァねェだろ。奴はともかく今奴らを壊すのはもったいねェ」

クククと堪えた笑いには紺之介に対する期待が大いに含まれていた。というのも彼が紺之介の要求を呑み、彼らの間である契約がなされたからである。

245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:03:34.36 ID:f3jC59Mz0
………………

紺之介「源氏、率直に言うとだ……今の俺はお前に本気になれない」

源氏「あ゛? そう水臭ェこと言うなよ。本気で殺し合おうぜ? なにせ俺はてめェの親父の仇なんだからよ」

刀を前に突き出し今にも紺之介に牙を剥かんとする源氏の闘志を断ち切るかのように紺之介は口を挟んだ。

紺之介「だからこそだ」

源氏「……そいつァどういうこった」

246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:06:01.56 ID:f3jC59Mz0
紺之介「今の俺はその件やお前のここに至るまでの行いに対して強い憎悪や怒りを覚えている。それに任せて剣を振りかねんということだ」

紺之介「それ即ち護るための剣にあらず。それはもはやただただお前を斬り伏せるためのみ存在する太刀筋だ。護衛剣術を得意に扱う身としてこれ以上に不利なことはない」

源氏「ほう?」

紺之介の発言は眼差しも含め至って真剣なものであったがそれでも尚命乞いをする者を見るような目でそれを聞く源氏に彼は念を押した。

紺之介「これは言い訳ではなく敬意でもある。強者を求めるお前に対しての敬意だ。ここに宣言しよう。次にお前と邂逅したとき、俺は今よりも確実に強い本気でお前の相手をする。再び出くわすことは互いに幼刀を求め続ける限り、容易い事だろう?」

247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:06:42.69 ID:f3jC59Mz0
紺之介が源氏という男に理解を示したように源氏もまた紺之介という男を剣を交える過程で理解しかけていた。

源氏(確かにコイツが幼刀の一件から完全に手を引くとは思えねェ)

それは紺之介の熱意が源氏を瀬戸際で引き離した悪魔の契約であった。

源氏は刀を納めると背を向け紺之介から遠ざかって行く。
後ろ手を振ってそのまま茶居戸の夜道へと姿をくらませたのであった。

源氏「次に会った時は、本気で殺し会おうぜ。紺之介よ」

248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:07:18.70 ID:f3jC59Mz0
……………………

源氏(初対面で俺の事をあそこまで知り尽くしたのはやはり最高の血を引く所か……親子揃って俺をひりつかせやがる)

源氏「次は殺す」


249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:11:34.48 ID:f3jC59Mz0
………………………

紺之介「その様子なら無事そうだな」

次に愛栗子と乱怒攻流の二人が目を開けたとき、そこは紺之介の目の前であった。

愛栗子「……まあの」

乱怒攻流は愛栗子が少しばかり締まらない顔つきをしていたのを見逃さなかったが、夜闇と疲労に包まれていた紺之介の目には映ることはなかった。

250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:13:55.55 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流(あのまま二人が戦ってたら一体どうなってたのかしら)

心中乱怒攻流によぎったのは愛栗子敗北の後に狙われていたのは全力を出しきれないことが分かっている己だったという危うさ。
愛栗子の締まらぬ表情の中に隠されていたのは『あの場所でこの一件を終わらせておきたかった』という心情。そのことを彼女は見抜いていた。


乱怒攻流(あの楽観的な愛栗子が)

それ程までに彼女を危険視されている児子炉を取り巻く『憎しみの力』
その力の源の正体をこの場で愛栗子だけが理解しているように乱怒攻流は思えた。

251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:14:33.96 ID:f3jC59Mz0
一方愛栗子はというと隠した心中を露わにしないよう早々に事後報告に移った。

愛栗子「すぐそこで噂の男かもしれぬ者が何者かに襲われたのか伸びておったわ。刀を奪おうとして返り討ちにあったのかもしれぬの。奴の鞘を持っておったしの……間違いなさそうじゃ」

愛栗子「肝心の奴のやつはどこに行ったか分からぬがの……幼刀とはいえ小さいやつじゃからのぉ〜……べそをかいてどこかへ消えてしもうたのかもしれぬの」

紺之介「! それは本当か。案内してくれ」

愛栗子「こっちじゃ」

252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:15:21.46 ID:f3jC59Mz0

…………………………

紺之介「おい」

完全に気を失っていた男の頬を紺之介は軽く数回はたいた。刺激を受けて『噂の男』は目を覚ます。

刀狩り「っ……うぉわぁ!? だ、誰だよお前!」

紺之介「お前、噂の刀狩りか?」

刀狩り「ってめ……! もしかしてさっきの黒ずくめの……」

間違った方向に警戒する男の口に愛栗子が軽く下駄を押し付けた。

刀狩り「ぶベッ」

愛栗子「何があったのかは知らぬが妙なことを喋るでない」

不自然に口数の多い愛栗子にさすがの紺之介も懸念の顔つきで彼女を見たが一先ず男に刃先を突きつけ脅しまがいに奴を要求していく。

紺之介「……お前が噂の刀狩りであると言うのなら状況は分かっているな? 今ずく奴を納刀しろ。そうすれば命は助けてやる」

乱怒攻流(うわぁ……児子炉がここにいるって分かってるから焦ってるとはいえ随分と荒いやり方ねぇ)

253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:16:12.38 ID:f3jC59Mz0
不本意ながら乱怒攻流も引く強引な要求の中刀狩りの男は泣いてそれを呑む……と思いきや彼は紺之介らが幼刀関係者と見るや否逆に反抗的な態度で紺之介の刃先に唾を吐きつけた。

刀狩り「簡単に渡すわけねーだろ。噂によると幼刀はどいつもこいつも人知を超えた力を持ってるって話じゃねーか。でも俺様はペドを見て確信した……あいつら全てを手にした者は武力がモノをいわねぇこの国でも……いや西洋すら丸ごと統べる力を手にできるってなぁ!」

刀狩り「殺したきゃ殺せ。アンタが掴んだ世界なんざ興味ねぇんだよ」

254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:17:38.36 ID:f3jC59Mz0
的外れな野望を抱いていた彼に対して愛栗子は虫を見るかのような視線を向けた。

愛栗子「あほうめ。確かに幼刀は人あらざる者じゃが……わらわらにそこまでの力なぞ備わっておるわけがなかろうが」

愛栗子に罵られてもなお『納刀』を口にしない男に対して疲労困憊の紺之介も流石にしびれをきらしあろうことか突きつけた愛刀を自ら先に納刀してしまった。

刀狩り「うわ、おい何しやがるッ!」

刃先に付着した唾液を男の袖着になすりつけながら。

255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:21:10.00 ID:f3jC59Mz0
紺之介「……となれば俺たちで奴を探し出すしかないか」

乱怒攻流「うーん……でもあたしたちじゃ何処に行ったのか検討もつかないわ」

紺之介「それはまずいぞ。先ほど刀を交えた源氏という男が幼刀児子炉を所持者だったんだ。児子炉は他の幼刀の在処を探知する力があるらしい。一刻も早く見つけなければ収集の前に破壊されてしまう」

256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:21:43.16 ID:f3jC59Mz0
体力の限界が近く足元をフラつかせる紺之介とお手上げと言わんばかりに両手を上げる乱怒攻流を見た愛栗子は二人が予想だにしない方針を切り出した。

愛栗子「もはや茶居戸にてわらわらにできることなぞ何一つとしてない。早急にここを離れ次を目指すべきじゃ」

乱怒攻流「次ってことは……もう刃踏しかいないわよね」

257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:22:34.18 ID:f3jC59Mz0
紺之介「……は?」

彼女の出した結論に納得いかずの紺之介が声を荒げて反発する。

紺之介「何を言っている愛栗子! そんなことをすれば……」

当然のことであった。彼にとって今ここを離れるということは奴の収集を諦めるということである。それは客人の依頼を裏切るばかりか己の野望すらも危うくする決断であったからだ。

258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:23:03.71 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「心配せずともよい。炉が奴の位置を知りとて小柄俊敏かつ逃走に命がけのあやつを捕まえるのは至難の業じゃ。それにのぉ紺」

愛栗子が下駄先で紺之介のむこうずねを軽く小突くと紺之介は刀を杖にしてその場に膝を着いた。

紺之介「ぃ゛つ゛……!?」

愛栗子「例え奴らより先に奴を見つけたとて、そのような状態で仮にも幼刀相手にまだ太刀を握る気かの? そのような気力があるとほざくならその気力はこの場を離れるのに使うべきじゃ」

愛栗子「……まぁもっとも、この件を全てわらわに一任すると申すのなら話は別じゃがの」

紺之介「それは論外だ」

その間僅か一秒と足らないものであった。

乱怒攻流「……はぁ」

259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:24:45.68 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「ならば今はわらわの言うことに従ってもらうぞ。さて、そこの哀れな男も使えぬし戦わぬともなると奴の方からこちらの傘下へ入ってもらうしかなさそうじゃし、後のことはふみに頼み込むとするかの」

愛栗子「となると最後の問題じゃが」

刀狩り「がぁ……!?」

愛栗子は刀狩りの男の額を跡が残るほどの力で踏みつけ彼から奴の鞘を取り上げると静かに、声低く怒鳴りつけた。

愛栗子「……ぬし、わらわと紺が戻ってくるまで死ぬことは許さぬぞ? 醜いなら醜いなりに這いずり回って生き延びて見せよ。ぬしに死なれると人知れず刀化して動けぬようになった奴を割られてしまうのでの」

刀狩り「わ゛……わ゛がっだがらやめ゛ろ゛! ペドよりも先に俺様の頭がッ……割れるッ!!」

260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:25:25.42 ID:f3jC59Mz0
紺之介「そこまでにしておいてやれ。で、幼刀刃踏を手にすると奴の方から傘下へ入るとはどういう意味だ? 刃踏はそんなに強いのか? だがな愛栗子……いくら刃踏が強くとも俺が幼刀に直接的な斬り合いをさせることは……」

愛栗子「分かっておる。じゃから『戦わぬ』と言うたではないか。奴ならば戦わずして奴をこちらに引き寄せることが出来るかも知れぬと言うておるのじゃ」

彼女の発言に乱怒攻流は何かを察したかのように呟いた。

乱怒攻流「あ〜……そういうこと?」

紺之介「どういうことだ」


261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:26:05.44 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「奴はの……ふみが十二のときに生んだ将軍さまとの赤子なのじゃ」

源氏、そして児子炉……それぞれの邂逅と過去の記憶を経て彼らは新たな旅路へと進む。
幼刀収集の旅は今、折り返しに向かおうとしていた。


262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:26:39.59 ID:f3jC59Mz0
続く
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/21(日) 12:09:20.74 ID:9vQgivPDO
固有名詞の読み方以外はほんとかっこいいのになあ…
264 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/07/10(水) 17:45:58.76 ID:QarN0Zl90




幼刀 刃踏 -ばぶみ-



265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:46:51.51 ID:QarN0Zl90
茂る山道に石擦る音。
それに合わせるよう蝉も音を奏でる。


乱怒攻流「ねぇ〜……ちょっとぉ、まだ付かないのぉ?」

連なる石段の頂点を仰ぐ。
嘆く少女の目指すは遥か。
広き聖域の寺院なり。

助寺 -じょじ-

その場所こそ控えに記されたる幼刀刃踏-ばぶみ-の在り方なり。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:47:19.12 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「もう疲れたんだけど……」

愛栗子「なんじゃもうへばったのか。その背嚢がおぬしの負担になっておるのではないかえ?」

げんなりとした様子で前屈み両膝に手をついた乱怒攻流を愛栗子が煽る。
そんな愛栗子を彼女は負けじと睨み返した。彼女にとって今さら愛栗子に減らず口を叩かれる筋合いなど毛頭なかったからである。
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:47:59.24 ID:QarN0Zl90
その理由の蓋開けてみるとまず愛栗子は上がり始めて数十歩のところではや歩を止めてしまったのだ。
その場の石段に座り込む愛栗子に紺之介気を利かせて刀に戻るよう促してみるも、彼女は聞く耳を持たずしてあろうことか彼に自らを背負わせることとしたのだ。
さもなくばここから一歩も動かんとした愛栗子に紺之介は頭を抱えつつも仕方なしと従うこととした。

紺之介が強引な納刀に出なかったのはここまでの旅路で深めた彼らの仲が生んだ優しさとも妥協とも取れる。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:48:49.61 ID:QarN0Zl90
そのようなことあって今の今まで楽をしてきた彼女に煽られた乱怒攻流が眉間のシワを増やすのは至極当然のことであった。

紺之介「お前はどうする。刀になっておくか」

乱怒攻流「ならない!」

その意地は愛栗子のわがままとは違った。否、言ってしまえばそれもまたわがままなのだった。そう紺之介の目には映り込んでしまったのだ。

ため息一つで彼女らの意思の違いを混ぜ込んでしまうほどに彼の足もまたそこそこの軋みを上げていたのである。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:49:28.40 ID:QarN0Zl90
と、なれば紺之介の対応もまた同じものとなる。

紺之介「……愛栗子降りろ。もういいだろ。まだ歩くつもりがないなら納刀しておいてやるから」

吐いた言葉は命令形で愛栗子の降背を促すものであったが、実際の彼の動きは強引で腰を下ろすとそのまま愛栗子の腿にかけていた腕も離してしまった。

愛栗子「なっ……!?」

愛栗子なす術なく彼の背を滑り落ちるしかなし。
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:49:55.74 ID:QarN0Zl90
紺之介「乱、乗れ」

乱怒攻流「ぇ……いや、あたしはそんなつもりじゃ……」

紺之介「あー早くしろ」

乱怒攻流の声は蝉のざわつきに呑まれ、後ろすら見ぬ彼の耳には届かぬものとなっていた。
乱怒攻流は唖然としながらも彼の背に吸われるように一歩一歩と石段を踏んでそれにすがる。

紺之介が再び立ち上がる中『これでいいのだろうか』とまだ少し恥の熱を持つ彼女の顔は横側の愛栗子の顔に気づくことはなかった。
そのときの愛栗子の顔こそ彼女が本当に見たかったものであったとも知らずに。

愛栗子「……不愉快じゃ。納めよ」

紺之介「結局か……納刀」
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:50:35.62 ID:QarN0Zl90
…………………………


重ねること千の段。その先で彼らと最初に目を合わせたのは桃の着風にたなびかせ竹箒で石を撫ぜる少女だった。
乱怒攻流よりか一つ二つ大人びて見える彼女は背負われた背嚢を見て目を見開かせた。

「あれ……? 乱ちゃん!?」

一方乱怒攻流も彼女に気づくやいな焦るように紺之介の肩を三度ほど叩く。
まるで見られてはならないものを見られたかのように。

乱怒攻流「あ……もういいから降ろしなさい!」

紺之介「暴れるな!」

彼の背から再び石に着地した彼女に寺の少女が駆け寄ってくる。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:51:08.46 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「久しぶりね。刃踏」

刃踏「もぅ、乱ちゃんも『ふみ』でいいのに」

その名で呼ばれたことに少し不満気な表情を浮かべたのは伝説の一振りが一本、幼刀 刃踏-ばぶみ-である。

刃踏「へぇ、乱ちゃんは今この人と一緒にいるんだね〜」

乱怒攻流「まぁ、いろいろあってね」
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/07/10(水) 17:51:51.19 ID:QarN0Zl90
彼女の正体を知りえた所で紺之介は早速と本題に入る。己を見上げた刃踏に紺之介は要件を述べた。

紺之介「どうやらお前に敵意はなさそうだな。勿論お前にも用があってここに来たわけだが、一先ず今の持ち主に会わせてもらおうか」

刃踏「茢楠先生に、ですか? 少し待っててくださいね」

刃踏「せんせぇ〜! お客様です〜!」
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:01:53.31 ID:QarN0Zl90
刃踏は紺之介の話を快く引き受けると寺に駆け足で寄りて声を張り上げた。その声に応えるようにしてこれまた優男を漂わせる声色一つ。
寺の障子が一つ開くと眼鏡をかけたその声の持ち主は姿を現した。後ろからは数人の童の姿もちらついて見える。

茢楠「いやはやこのような何もない寺にお客様とは……申し遅れました。私、田布 茢楠-でんぷ れつなん- と申します。この助寺の管理を一任されているしがなき坊主にございます」

紺之介(なんだ……この男)

縁側を降り頭を低く保ったその男は常人視点にして如何にも聖人たる気を纏っていたが紺之介の勘は瞬時にその男の只ならぬ歪みを感じ取っていた。

故に既に下手のその茢楠に紺之介容赦のない揺さぶりをかける。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:02:41.19 ID:QarN0Zl90
紺之介「何もない……なんてことはないだろう。現にそこにいるのは幼刀刃踏-ばぶみ-……既に奴の言質は取ってある。俺がここを訪れた理由などそれだけで十分だ」

紺之介の真に迫る声色に一度刃踏と茢楠が和らげた空気が緊張感で上書きされる。緊張感に当てられた何人かの童はそそくさと障子に身を隠した。
姿を現したときは緩かった茢楠の表情もどこか真剣な面持ちとなっておりその中で刃踏だけが困惑した表情で二人を交互に見つめていた。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:03:15.56 ID:QarN0Zl90
紺之介の事情を直感で拾った茢楠は一つ咳払いをして彼を案内した。

茢楠「成る程。では、話はあちらで……」

刃踏「先生……?」

茢楠「フミ、この方とのお話の間……みんなを頼みましたよ」

刃踏「は、はぃ」

縁側に上がり茢楠の後ろについた紺之介らを見送る刃踏の表情は曇ったままであった。

277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:04:03.70 ID:QarN0Zl90
……………………

茢楠「先ほどから気になってはいましたがもしやそのお二方は……」

乱怒攻流「ええ、あたしは乱怒攻流。まぁ刃踏の知り合いってとこね」

愛栗子「わらわは愛栗子、並びに幼刀じゃ」

抜刀された愛栗子に続いて紺之介も口を開く。

紺之介「まだ名乗ってなかったな。俺は都一の剣豪、紺之介だ」

乱怒攻流(そもそもその『剣豪』って名乗ってるのはあんた一人でしょ)
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:04:56.78 ID:QarN0Zl90
連られた別室の床で胡座をかきながら紺之介らは淡々と名を、そしてここまでの経緯を語った。
その一方で茢楠と名乗った男も紺之介の名を聞き覚えのあるものだったと告白した。
都から持ち出された伝説が一刀幼刀 刃踏-ばぶみ-は持ち出した梅雨離最高本人の手からこの茢楠に渡されていたのである。

茢楠は紺之介の話を耳に入れながらその時≠ェ来てしまったのかと若干の感嘆に浸りながらも表情は僧なりにその運命を無情に受け入れていた。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:05:33.36 ID:QarN0Zl90
茢楠「話は大体理解できました。幼刀奴を引き入れ都にまた刀を集めるにはフミの協力が不可欠と……いうわけですね。分かりました。彼女にも話してみましょう」

茢楠が何かを諦めたかのように目を閉じ、床を遅緩な動作で立ち上がる様子から愛栗子は目を離せずにいた。

愛栗子(まぁ、そうなるのも無理はなさそうじゃの)

言葉にはし難き蟠りも呑み込みて一つ貫かんとする男、茢楠。その抑えても抑えきれぬ無念の情はこの場でただ一人愛栗子の目にだけ映りそのまま彼女の無言の激励によってなんとか無事霧散しかかる。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:06:08.32 ID:QarN0Zl90
紺之介「待て」

だがその男を引き止めてしまったのは意外にも紺之介だった。

茢楠「……はい?」

紺之介「お前にはまだ聞きたいことがある。俺の父と出会った経緯、そして刃踏を預かった経緯も聞きたい」

茢楠「あ〜……」

愛栗子「これ紺! ちと無粋が過ぎるぞぬし!」

紺之介「? 何故お前が取り乱す」

愛栗子に肩を扇子で叩かれてもなお己の私利私欲の為に口を滑らせる紺之介に愛栗子は露骨な疲れため息を吐いた。

愛栗子(まったくこやつというやつは……!)
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:06:39.27 ID:QarN0Zl90
彼の言葉にしばらく間を抜かした茢楠であったが再び座り直すと己への戒めのつもりだったのか、はたまた僧故の温厚さか、快く紺之介の要望に応えることとした。

茢楠「ええいいでしょう。やはり、気になってしまいますよね」

乱怒攻流「まぁいいんじゃない? 本人もああ言ってるんだし」

愛栗子「〜……」

愛栗子だけがなんともいえぬ表情で下唇を歯をあてがう中、茢楠は語り始めた。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:07:08.97 ID:QarN0Zl90
茢楠「はは……自分で言うのもなんなんですけどね。私、今でこそ坊主の面を被らせて頂いておりますが、昔はどうしようもない荒くれ者だったのです」

紺之介「荒くれ者……?」

紺之介思わず床に視線を落としそのまま上へ上へと茢楠を見直して行く。
初見でちらついた歪みの正体はどうやらそこにあったようだと紺之介理解しつつも最終的に彼の仏のごとき微笑を見直したるときには『荒くれ者』という言葉の意味を忘れてしまっていた。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:07:43.30 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「あんたが荒くれ者ね〜……想像もつかないわ」

茢楠「お褒めに預かり光栄にございます。そう言ってくださると、この自責に費やした十の年月に意味があったのだと……奢ってしまいそうになります」

紺之介(荒くれ者……十年の自責……もしや最初に感じたこいつの歪みはそれか)
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:08:25.79 ID:QarN0Zl90
茢楠「この世に絶望し、ただ暴力を振るうのだけが取り柄だった私はある日流浪の剣士と出会いました。それが」

紺之介「梅雨離 最高、だな」

紺之介、展開を急かす様にして口を割る。

茢楠「はい。私は彼に暴力を蔑まれたことに腹を立てそのまま決闘を申し込みました」

紺之介「父と闘ったのか!」

また一段と食い気味に前へ乗り出した紺之介に対して茢楠はしばし申し訳なさげに眉を下げた。

茢楠「いや〜……少し話を盛ってしまったかもしれません。今思えばあれは決闘だったのかも疑問ですね。やられちゃったんです私。それはもう、一方的に」

紺之介「……そうか」

紺之介が興奮に前へ着いた腕を再び膝へ持っていったのを確認し茢楠は続ける。
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:09:03.77 ID:QarN0Zl90
茢楠「私は最高さんの護衛剣術に宿る『守るための強さ』に惹かれましてね。彼に弟子入りを頼んだのですがそれもまた断られてしまいまして……ああ、私の過去は思い出せば恥ずべきことばかりですね」

紺之介「続けてくれ」

茢楠「ん、失礼。ですがその代わりに最高さんは『守るための強さならこいつが教えてくれる』と言ってフミを私に預けてくださいました」

紺之介からすればもうはや耳の傾け所は無いに等しかったがその一方で語り手である茢楠からすればここからが募る言葉の吐露であった。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:10:44.27 ID:QarN0Zl90
茢楠「フミは私に優しさを教えてくれました。時には誰かを助け、そうして時には誰かに無理せず寄りかかること……自らがその依り代たる器になること。私は誓いました。その『誰か』を必要としたフミがすがる先は、私自身になることを」

茢楠「それほどまでに、愛しているんです。彼女を」

乱怒攻流「ふーん……ぁいたっ、何すんのよ!」

欠伸混じりの相槌を打つ乱怒攻流の背嚢を愛栗子が叩く音が客間に響いた。

茢楠「あはは、すみませんこんな退屈な話をしてしまって……」

愛栗子「案ずるな。全くもってそのようなことは感じておらぬ。ぬしの心は尊きものじゃ」
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:11:14.72 ID:QarN0Zl90
茢楠「ありがとうございます。ですが、どうもそうはいかないこともあるようで……稀に彼女が何処か遠くに切ない眼差しを送ることがあるんです。まるでその先に、私も知らない大切な何かがあるかのように」

愛栗子「茢楠、それは恐らくの……」

詳細を口に出そうとした愛栗子に茢楠は語らせまいと目を閉じて右手を挙げた。

茢楠「ええなんとなく分かってます。それが訪れたこの日の運命に関係していると。ですから私のことは気にしないでください」
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:11:47.37 ID:QarN0Zl90
愛栗子「そうか。よかったの紺……こやつはよく出来た男じゃ」

愛栗子が清すぎるとも言える彼に賞賛の言葉を送りその言葉をもって彼らの対話は一度畳まれた。

座っていた幼刀二人と茢楠はその場を立ち上がった。これにて話は一件落着……と誰もが納得したかと思いきやその中で紺之介だけがまだ腕を組み胡座をかいていた。

愛栗子「どうしたのじゃ紺。足でも痺れたか」
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:12:48.76 ID:QarN0Zl90
紺之介「……いや、やはりいきなり押し掛けて長きを共にした刀を寄越せというのはムシのいい話だと思ってな」

乱怒攻流「は!?」

愛栗子「ほう? して、どう決着をつけると?」

紺之介はおもむろに立ち上がると差した黒鞘を握り茢楠を見た。

紺之介「この男の話を聞いて確信した。この男が折れたところで、刃踏自身がすんなりここを離れるとも思えんとな」

紺之介「故に俺は刃踏に決闘を申し込む。やはり幼刀との衝突は避けられんのだ。それはこの旅が始まったときから覚悟していたことだ」
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:13:19.64 ID:QarN0Zl90
紺之介の発言と面持ちに茢楠は一瞬呆気に取られたかのような表情になったが直ぐに彼の言い分理解し確認に移った。

茢楠「つまり、フミと貴方が模擬試合を行い貴方が勝てばなんの蟠りもなくフミをここから連れ出すと」

紺之介「ああそういうことだ」
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:13:53.54 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「ね、ねぇあんたやっぱり馬鹿なの? なんでそんなことする必要があるよの!」

茢楠「私としてもあまりそれは……」

茢楠の内心を察した紺之介が補足を付ける。

紺之介「俺は傷ついても構わん。だが安心しろ。刃踏には一切傷をつけずに勝つ」

だが意外にも茢楠の思惑は彼の予測を大きく外していた。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:15:17.75 ID:QarN0Zl90

茢楠「いえ、そうではありません。大変失礼ながら……紺之介殿ではフミに勝つことはできないかと」

紺之介「なんだと?」

眉をひそめる紺之介の後ろから更に愛栗子が告げ口を送り込む。

愛栗子「……全くもってその男の言う通りじゃ。もう良いじゃろう? 馬鹿なことを言うのはよして今回ばかりは素直にその男に甘えておけ」

乱怒攻流「え……愛栗子が紺之介に負けるなんて言うのはちょっと意外だったけど……兎に角やっぱりそうでしょ。戦わずに幼刀が手に入るならそれに越したことはないわ」
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:15:48.36 ID:QarN0Zl90
この場において多数決でも取ろうものならば一瞬で片がつきそうなほど紺之介の発言は多方からの否定を受け愚言とされたがその一方で紺之介自身はそれを物ともしない闘志を燃やしていた。

否、完全に焚きつけられてしまったのである。

ここまでの戦いで幾度となく死線を潜り抜けてきた彼は元々自信過剰の実力者。
その揺らぐことのない信条を戦わずして真正面から否定されて黙っていられる筈もない。

紺之介「どいつもこいつも、中々面白いことを宣ってくれる」

冷めた口調で腰の柄に手をつけた紺之介は顔色こそまだ普通であったがその内心には確かな血色が沸きに沸いていた。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:16:29.21 ID:QarN0Zl90
紺之介「俺はやるぞ。誰がなんと言おうと刃踏を負かし、必ずや実力にて収集してみせる」

茢楠「……」

乱怒攻流「あらら」

愛栗子「……はぁ」

そうして誰もが呆れ返ったその場所に刃踏が呼び出され、紺之介の誇りと尊厳を掛けた戦いの火蓋が切って落とされた。

295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:17:00.84 ID:QarN0Zl90
……………………

愛栗子と乱怒攻流、そして茢楠が見守る中紺之介と刃踏が向かい合う。
方や鞘付き刀を異様な形相で握る剣客の男、方や手ぶらに着物の少女……その光景はとても試合の前触れとは思えぬような光景であった。

刃踏「あ、あのぅ……先生、これ本当に……」

茢楠「ええ、フミの力を紺之介さんに教えておやりなさい」
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:17:31.98 ID:QarN0Zl90
紺之介「おい」

刃踏「は、ひゃいっ!」

紺之介「早く『刀』を構えろ。お前にもあるのだろう?」

刃踏「『刀』なんて……そんなもの、私には」

紺之介(確かに服装も他の幼刀と比べて普通だが……側から見てる茢楠の崩れぬ余裕っぷりで『刀』を持たぬなどハッタリとすぐに分かる。まだ獲物を見せる気は無しか……)
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:18:17.66 ID:QarN0Zl90
茢楠「では御二方、よろしいですね」

紺之介の疑いの目配せを他所に茢楠は行司として対する二人の間に立つと片腕を真上に挙げる。
紺之介は握り手に、刃踏は震える足腰にそれぞれ緊張を走らせど一部の観客の目からは未だ憂いの目線がある中茢楠の腕が空を割いた。

茢楠「始めっ!」
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:18:45.83 ID:QarN0Zl90

声と共に紺之介のすり足が床を離れ、飛び込む形へと移り変わる。
姿勢を低くした急速な接近はかつて彼が乱怒攻流と対峙した瞬間を彷彿させる。

紺之介(先ずは獲物の正体を出させてやる)

決闘において真正面の衝突の先には大抵決着か鎬の削り合うような激しい攻防が待つ。
即ち剣術であれ体術であれ相手の手の内を初手にて知るには一番手っ取り早い方法であった。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:19:14.12 ID:QarN0Zl90

実際、向かってくる紺之介に対して刃踏も棒立ちをやめ、まだ締まらぬ表情を浮かべながらも両腕を広げていた。

紺之介(来るッ)

向かう紺之介の柄にもう一度力が入る。
二人の衝突まであと一丈とない距離だったが対人において常人を逸脱した才覚を発揮する紺之介の頭脳はあらゆる状況を想定していた。常に相手の一手を視界に入れる準備をしながらも己の手が彼女の足首に届く機会をも見極め思考し続ける。

受けに特化した合気のような武術か、はたまた隠された刃針の奇襲か……一寸一寸と詰められるその一瞬の中片時も警戒を怠らない。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:20:05.00 ID:QarN0Zl90
そうして遂に衝突の時は来たる。
激しい攻防の幕開けか、どちらかの決着か、見届ける三人の瞳にその景色は映り込んだ。

乱怒攻流「へ」


301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:20:56.58 ID:QarN0Zl90
突き立てられた鞘付きの刀は刃踏の脇腹をかすめており紺之介の上体は刃踏に抱かれていた。
彼の膝は床を着き、彼の頭は刃踏の胸元にあった。


刃踏「幼刀なんて……そんな大きな力、やっぱり私にはありませんよ」

紺之介の手元からは力なく愛刀の柄が滑り落ち、鍔が大きく床を叩き金音を響かせる。

紺之介(……何が起こった。いったい、なに、が)

先ほどまであらゆることを思考していた彼の脳が糸のように無にほつれていく。紺之介は感じていた。豊満に埋められた頭が意識を手放していくのを。
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:21:40.82 ID:QarN0Zl90
薄れゆく意識な中、近づいてくる愛栗子の声だけが置き土産のように彼の頭蓋に木霊した。

愛栗子「少しは頭が冷えたか。全てを呑み込むその慈愛こそがそやつの『刀』なのじゃ……ぬし、もう斬られておるよ」

紺之介(ああ、これか。これが幼刀刃踏-ばぶみ-の『刀』だったのか……この、やわらかいこれが……)

愛栗子の答え合わせと共に自分なりの理解を得た紺之介は薄い笑みを浮かべ、その心地良さに殺されるようにして意識を絶った。


303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:22:55.82 ID:QarN0Zl90



「ぬしの負けじゃ、紺」




304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:24:51.95 ID:QarN0Zl90
……………………

紺之介「ン……」

紺之介滲む視界を開けばそこは床布の上。障子からは橙色が漏れ出していた。
上体を起こし顔の片方へと手を添えれば意識を失う前の温かな感触がひっそりと蘇り始める。
やがて徐々に鮮明になっていくそれは己が敗北したのだという事実を彼の爪先をもって思い知らせた。

紺之介(っ……本当に敗れたのだな。俺は)


305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:25:57.12 ID:QarN0Zl90
剣豪剣客の前に彼とて一人の男子である。
か弱き少女に屈したという事実は靄となりて彼の肺あたりを蠢いてはいたがそれでもそれは一人の侍の傷にしては小さきところであった。

というのも彼は……否も彼もまた、刃踏の確かな母性から来たる『寛大な慈愛』に呑まれたに過ぎなかったからである。

紺之介(故に『刃踏』か……くそ)

紺之介片目つぶりて頭上に手を置く。

あの敗北する瞬間、あの慈愛に顔を埋めた瞬間だけはきっちりと己が癒されてしまっていたことを認めなければならない。

紺之介は一人ため息を吐いた。

306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:26:24.48 ID:QarN0Zl90
まるでその吐息が合鍵にでもなったかの様な間合いで縁側の障子が開く。

刃踏「あ! ……えっと、随分とぐっすり……でしたね」

紺之介「……お前か」

敷居越しに気まずそうに一礼して入室したのは先ほど彼を負かした少女だった。
刃踏は目を逸らしながら紺之介の横に正座すると握り拳二つを腿の上でさらに力強く詰め、口火を切った。

刃踏「あの、私……勝っちゃいましたけど……付いていきますよっ」
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:26:59.70 ID:QarN0Zl90
そんな彼女の真剣な物言いと先ほど受けた『慈愛の刀』を重ね、紺之介は何処をみているかも分からぬような澱んだ瞳で呟いた。

紺之介「別に、愛栗子を疑っていたわけではないが……本当だったんだな」

刃踏「は、い?」

紺之介「奴のことだ。まさか本当に当時の年齢で将軍の子種を孕んだとはな」

彼女の胸に斬られたせいかまだ半分夢見心地な顔の紺之介から出た無頓着な言いぐさに若干の頬を赤らめた刃踏であったが彼に悪意がなかったことを直ぐに理解するとまた元の面持ちに戻りてぽつぽつと募る想いを溢し始めた。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:27:29.25 ID:QarN0Zl90
刃踏「……刀となったこの身ではや百の年月を生きてしまいましたがあの子のことは片時だって忘れたことがないんです。私も、将軍様も、あの子が大好きでしたから……本当に、将軍様がくれた宝物なんです」

俯き気味の彼女の顔は外で遊んでいるであろう童たちの声に釣られるかのようにして今度は外に向けられた。

刃踏「あの子たちと触れ合う度にこの想いは大きくなっていきました。『今頃どうしてるのかな』『元気なのかな』と……あの子に、あの子にどうしてももう一度会いたいって……」

刃踏「そしてついに、その機会が訪れたんです。あの子たちや先生を置いてここを暫く離れるというのは寂しくもありますが、私は絶対に同行させていただきます」

309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:28:03.92 ID:QarN0Zl90
紺之介「……そうか」

大口を叩いた紺之介からすると流れに任せて彼女の同行をそのまま許可してしまうというのは中々にして締まらぬ展開であった。
が、彼女の固い意志を尊重するという形で今回は甘えもやむを得ぬかと珍しく軟弱になりかけたところであった……

そんなときである。外の童らの声が彼らの元に波のように押しかけ、障子を勢いよく開いた。

「こんのすけー! しょーぶしろー!」

「やーいフミねぇちゃんにまけたこんのすけ〜」

紺之介「……な、なんだこれは」
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:28:32.47 ID:QarN0Zl90
刃踏「みんな紺之介さんと遊びたがってるんですよ」

刃踏は突然の童らの襲来に特に動じることもなく、寧ろそれが分かっていたかのような微笑みで紺之介を見たが彼はそれから逃げるかのようにもう一度床に伏した。

紺之介「知らんっ……何故俺が餓鬼の相手などせないかんのだ」

縁側とは反対側を向いて横になった彼を刃踏は上から覗き込んで目を細めた。

刃踏「……あのぅ、一応私が……勝ったんですよね?」

紺之介(っ〜〜……そういうことか)
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:29:20.17 ID:QarN0Zl90
自分に拒否権がなかったことを悟ると紺之介は布団を蹴り上げて裸足のまま庭に出て童らの足元にあった枝棒を拾い上げた。

紺之介「……来い坊主供。全員でかかってこい」

「やったー!」

「よーしみんなこんのすけをかこめぇー!」

「フミねーちゃんみててー!」

紺之介「どこからでも来い」
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:30:21.22 ID:QarN0Zl90
愛栗子「……なんじゃ随分と面白そうなことをしておるのぅ。わらわも混ぜろ」

紺之介「ん?」

庭木が喋りだしたのかと紺之介が上を拝むと同時に愛栗子の手ぬぐいが紺之介を腕ごと巻き取った。

紺之介「なっ!? おいどういうことだ愛栗子! 幼刀は故意に所有者を傷つけることができないんじゃなかったのか!」

愛栗子「傷つけてはおらぬじゃろ? 殺意も持っておらぬでの。まあなんじゃ……わらわは今ちとむしの居どころが悪いのじゃ。おい小童ども! やってしまえ!」

紺之介「うわ……おいっ! 」
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:31:00.59 ID:QarN0Zl90

「やっちゃえ!」

「えい!」

紺之介の周りにはまるで米に群がる山鳩かの様に枝棒を持った小僧らが集まり、それぞれ好き放題に紺之介をつつき始めた。

紺之介「いたっ! おいお前ら! やめっ……」

刃踏「ふふっ……あまり強くしてはいけませよ〜」

慈愛の少女の微笑みに包まれながら、助寺の橙は静かに沈む。

結局童らの紺之介いじりは日が沈み茢楠の呼びかけがかかるまで続いたのであった。
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:31:40.41 ID:QarN0Zl90
……………………

翌日の朝、再び蝉の音と共に彼らは助寺を発つ。

茢楠「ではフミのこと、よろしくお願いしますね。紺之介さん」

紺之介「……ああ」

別れ際彼らは多くは語らなかったがそのときの不服げな紺之介の顔を刃踏は見逃さなかった。だがその理由は他の者にも分かりやすく単純明解で『幼刀刃踏-ばぶみ- の鞘がまだ茢楠の手元にあったから』とそれに尽きた。

そう、紺之介はまだ刃踏の足首を握るに至ってないのである。

315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:32:28.04 ID:QarN0Zl90
多段に連なる石をそのときの表情のまま踏みしめるように歩く彼の背に刃踏は語りかける。

刃踏「……もしかして、まだ気にしてますか? 」

紺之介「何をだ」

刃踏「その……」

乱怒攻流「まさかまだ負けたこと引きずってんの〜?」

刃踏「あ……」

上手く口に出せずにいた彼女に乱怒攻流がぶっきら棒な助け舟を出した。

『多少雑でも構わない』

乱怒攻流なりの紺之介という男の扱い方の手本である。

316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:32:59.17 ID:QarN0Zl90
紺之介「いや、フミ……確か昨日お前『暫くここを離れる』と言っていたろ。それはつまりここに戻ってくるつもりということだろう?」

刃踏「へ……? 駄目なんですか?」

紺之介「駄目に決まっているだろう。お前は俺の収蔵品になるんだぞ」

刃踏「え、え〜〜〜!!!」

317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:33:26.42 ID:QarN0Zl90
困り果てその場に立ち止まる刃踏の手を引いて紺之介は続けた。

紺之介「だが、負かされたままの幼刀を支配しようとするほど俺も愚かじゃない。今はまだ握らされた刀だが、俺はいつか必ずお前もこの手に収めてみせる。故に俺は事が済んだときお前にもう一度挑む。そのときは必ずや俺が勝利してみせよう……またお前が勝った暁にはここに帰してやる。奴と共にな」

刃踏「は、はぃ……?」

首を傾げたままの刃踏に今度は愛栗子が助け舟を出した。

愛栗子「無理じゃ無理じゃ。諦めろ」

紺之介「ふん。言っていろ……剣豪の俺に握れぬ刀なぞないことを証明してやる」

318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/10(水) 18:35:00.95 ID:QarN0Zl90
そこにいた誰もが紺之介の勝利を否定したが彼の未来へ向けられた眼差しだけはそのことを信じて疑わなかった。
何故なら彼の描いた先の理想ではもう再戦の未来は目と鼻の先だったからである。


一行は再び奴収集を夢見て茶居戸へと舞い戻る。


彼らの行く道は紺之介の理想か、それとも……




319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:35:37.13 ID:QarN0Zl90
続く
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/07/10(水) 18:44:36.45 ID:Vj8eoTDkO
おつおつ
今日知ったけどとても面白かったです
魅力的なキャラクター、続きを読ませる文体
そしてそれら全てを台無しにしているひどいネーミングセンス(誉め言葉)
続きを楽しみにしています!
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/10(水) 19:04:30.36 ID:uGMNWgzrO
おつおつ。今回も面白かった
刃踏がいかにもバブみでどうしようもないなw
322 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/08/02(金) 18:44:26.98 ID:jJ6/ECAP0




幼刀 俎板 -まないた-



323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:45:19.16 ID:jJ6/ECAP0
奴「んゅ! おかー」

真昼の太陽の下、その小さな幼子の手は少女の腕を引いた。

刃踏「ふふ……そうね。おててつなぎましょーね」

乱怒攻流「……まさか、こうも簡単にいくなんてね」

紺之介「本当にな」

彼らの目に映るは手を繋いだ母娘の姿なり。
その微笑ましくもある二人の姿は茶居戸にて企てた作戦の成功を意味していたが、それはあまりにも呆気ないものであった。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:46:14.96 ID:jJ6/ECAP0
茶居戸の雑木林にて刃踏が一度二度奴を呼び上げるとその幼女は飼主を待っていた仔犬が如き勢いで木陰から飛び出したのだ。その後の二人は語るまでもなく今の景色とほぼ同等。

こうして愛栗子の作戦通り無事戦わずして奴を傘下へと引き入れた紺之介一行が次に向かうは事件の発端、幼刀 俎板-まないた-があったとされる村、木結芽-こむすめ-である。

いよいよ間近に迫る彼らにとっての最後の幼刀収集……幼刀 児子炉-ごすろり-の収集へ向け、新たな策を企てるためできるだけ本刀が振るわれた地にて情報を集めるというのが今回の目的の主旨であった。

これを提案したのもまた愛栗子である。

だが
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:47:05.86 ID:jJ6/ECAP0
奴「こーん! たかいたかい!」

紺之介「は……? なぜ俺のとこにくる」

刃踏「きっと歩くの疲れちゃったんですよ。それで、紺之介さんが一番背高いので……」

紺之介「俺は知らん。疲れたのなら納刀してやる」

奴「う゛ー!」

紺之介「……少しの間だけだからな」

乱怒攻流「あんたそういうところ何だかんだで甘いわよね」

刃踏「ふふ、ありがとうございます」

愛栗子「〜……」

提案した当の本人の機嫌は、いささか雲がかって見られた。





326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:47:36.68 ID:jJ6/ECAP0
木結芽。
茶居戸の雑木林を抜け更に約三里先歩いた場所にその里は存在している。

一行は到着のち宿にて常駐。
一泊挟みて俎板の元所有者を当たる所であったがそれにはしばし問題点があった。
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:48:23.69 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「俎板は既に破壊されている幼刀だからな……本人を見つければいいという訳ではないのが問題だな。あまり大きな里ではない故幼刀幼刀と聞いて回るのもできるだけ避けたいところだ」

乱怒攻流「まあお偉いさんがちょっと聞いて回っただけならまだしも一度その源氏ってのが暴れてるんでしょ? 幼刀絡みの話は警戒されるかもね」

愛栗子「なんじゃ背嚢にしてはよく理解しておるではないか」

乱怒攻流「は?」

紺之介「おいお前ら……」

眠たげな愛栗子が扇子を内にあおぎながら同時に乱怒攻流をも煽る。
二人以外からすればその光景はもはや日常の一部にもなりつつあったが、長らく二人のやり取りを見ていた紺之介の目には近頃愛栗子の煽り方が雑になっているようにも見えた。

紺之介(まるで別でためた鬱憤を八つ当たりに晴らしているような……)
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:49:05.98 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子を睨み今にも掴みかかろうとする乱怒攻流を制止させるかのように奴を撫ぜていた刃踏が口で割って入る。

刃踏「あ、あの……では炉ちゃんの姿を聞いて回るのはどうですか? 幼刀という言葉や名前を出すのではなく『黒服の少女』として探してまわる……というのは」

乱怒攻流「なるほどね」

紺之介「妙案だな。それならば源氏たちの仲間とも思われずらく自ずと児子炉の目撃者……いずれ俎板の所有者に近づけるやもしれんな。まったく中々頭のきれるやつだ」

刃踏「ふふ、またぺとちゃんの相手……してあげてくださいね」

紺之介「っ……」
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:49:49.55 ID:jJ6/ECAP0
刃踏に関心を寄せる紺之介ら傍ら愛栗子は片付いた話を手早くたたみにかかるとそのまま横になり顔を背けた。

愛栗子「……もうよいか? ならはよう消灯してしまえ。わらわは疲れたのじゃ」

紺之介「そう急かすな。所有者に聞くべきことを今一度整理する必要が」

「お客様」

不意に宿屋の女将の声が彼らの会話を絶った。襖が二度叩かれた後紺之介の了承を得てその女将敷居滑らせる。
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:50:41.46 ID:jJ6/ECAP0
「入り口の方でお客様に会いたいと仰る方が……」

紺之介「なんだと? ここまで連れてこい」

「かしこまりました」
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:51:07.43 ID:jJ6/ECAP0
彼女が廊下へと去って行く中、愛栗子は不思議そうにぼやきをこぼした。

愛栗子「誰だか知らぬが非常識な奴もおったものじゃ。今をどこの刻だと思っておるのじゃ」

乱怒攻流「も、もしかして源氏だったりして」

紺之介(今存在する幼刀は奴の児子炉と導路港に置いてきた透水を除けば残りは全てここにある……児子炉の幼刀探知で追われていたら確かにその可能性もなくはない)
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:52:01.00 ID:jJ6/ECAP0
乱怒攻流の不穏な予想を考慮し紺之介閉ざされた襖の方を向いたまま背後に立てかけた愛刀を掴む。だが愛栗子に並び刃踏もいたって冷静であった。

刃踏「しかし一度この村で暴れた方を簡単にお通しするでしょうか」

紺之介「それも、そうか」

乱怒攻流「被り物をしてる可能性だってあるじゃない!」

焦りと疑惑どよめく中再び襖は叩かれた。

紺之介「……開けてくれ」
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:52:40.94 ID:jJ6/ECAP0
蝋燭の灯された部屋に廊下から二人の人影が差していく。それが徐々に、徐々に大きくなっていく中で紺之介は手を鞘から柄に移し、乱怒攻流は背嚢を開けた。

そして遂に、襖は完全に開かれる。


「こちらの方です」

「わ、悪い。こんな時間に」

暗い廊下の中、灯にその顔を浮かべたのは一行が名も顔も知らぬ無精髭を生やした男だった。

334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:53:29.29 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「……? 誰だ」

「俺はこの村に住んでる次堂 須小丸 - じどう すこまる - ってもんだ。その……アレだ。鮮やかな鞘と妙な格好した少女をぞろぞろと連れてるもんだからまさかと思ってな。この言葉に心当たりがねぇってんならそのときはもう帰るさ。気にせず寝てくれ」

男はおもむろにそう告げると紺之介らの反応を伺った。
彼は遠慮混じりで本当に直ぐにでも退散するといった様子だったがそこまで言われて一行に心当たり……ないわけがなし。

紺之介は少しばかり目配せしそしてため息を漏らした。彼は己が異様に浸かりきってしまっていたことに気がついたのである。

紺之介(確かに冷静に考えてみればこのような旅の集団……違和感だらけだな)
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:54:31.45 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「と、言うことは……須小丸と名乗ったか、あんたはもしや幼刀 俎板-まないた- の……」

須小丸「ああそうさ。やっぱりそこの女共は俎板の言っていた他の幼刀だったんだな」

須小丸と名乗った男は拳を握りこみ一度瞼を閉じると息を吸い込んでから目を見開き叫んだ。

須小丸「なああんた幼刀に詳しいんだろう!? 教えてくれ!! なんで俎板は殺されなきゃならなかったんだ!」

彼は後ろで女将が短く矯正をあげたことも愛栗子が蔑んだ目で耳を塞いだことにも気にせず一歩二歩敷居を跨ぎて紺之介の両肩を取った。
紺之介は冷静に立ち上がりて彼の手を払いのける。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:55:22.56 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「なるほどな。あんたが知りたいのはその話か……実は俺たちも俎板の元所有者に聞きたいことがいくつかあってな。丁度話したいと思っていたところだ」

紺之介「……だが」

紺之介が何かを気にするかのように刃踏と彼女が抱えた奴へと視線を流したとき、奴が寝ぞろをかきて嗚咽を漏らしたことからさすがの須小丸も場の空気に察しを得た。

須小丸「す、すまん」

刃踏「あ、ああ〜……気にしないでください。ねぇ〜? ぺとちゃんごめんね寝てたもんね〜……」
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:56:09.06 ID:jJ6/ECAP0
刃踏が奴をあやしこむ中、紺之介は須小丸に名乗りを入れて約を結んだ。

紺之介「俺は都の剣豪、紺之介と申す。というわけだ。明日の昼にでもまた訪ねてくれるか? さすれば須小丸、あんたの家にて俺が知っていることをできるだけ話そう」

須小丸「分かった。いきなり押しかけてすまなかった……ではまた昼の刻にて」

須小丸はそう言い残すと一礼のちに女将と共に引き上げて行った。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:56:40.80 ID:jJ6/ECAP0
閉まる襖が合図のごとく奴を再び眠らせ、刃踏が紺之介に礼を申した。

刃踏「すみません紺之介さん……気を使わせてしまって」

紺之介「別に、餓鬼に騒がれた中では正確な情報は聞き取れんと思っただけだ」

乱怒攻流「素直じゃないのね〜」

紺之介「お前にだけは言われたくない」

乱怒攻流「な、なによっ!」

刃踏「ふふっ」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:57:14.66 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「ぬしら煩いぞ。用が済んだならさっさと寝てしまえ! わらわはもう寝かせてもらうぞ」

乱怒攻流「あーこわ……まったく最近お人形さんの機嫌が悪くて困るわ。紺之介! あたしは納刀して。こんな狭い座敷じゃ眠れないわ」

紺之介「はぁ……納刀」

愛栗子の機嫌の悪さはけして乱怒攻流だけが感じ取っているものではなし。
紺之介としては彼女の捨て台詞に加担することはただでさえ理解し難き愛栗子の機嫌を更に悪くするようで控えておきたかったが部屋狭きは事実なので仕方なく彼女の要望を受け入れんとする。
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:57:54.67 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「フミ、そこの餓鬼はどうする」

刃踏「私たちは大丈夫です。ぁ……えっと、本当はぺとちゃんと一緒にいたいだけ、なんですけど……あはは」

紺之介「分かった。それじゃあ寝るか」

紺之介が蝋燭の火を消した部屋には闇夜と月明かりだけが残った。

頑なに皆に背を向け横になる愛栗子の姿も殆ど他の目に晒されぬ身となったが刃踏だけには見えていた。

刃踏「……」


月さえ照らせぬ、彼女の横顔が。



341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:58:42.63 ID:jJ6/ECAP0
翌、一行と須小丸は白昼にて落ち合う。

して須小丸の宅上がりこむ紺之介らの視界に真っ先に入ったのは妙に大事そうに飾られた薄刃包丁であった。

紺之介(なんだあれは)

薄刃包丁……菜切り包丁とも言われるそれはその名の通り一般的包丁である。
故にそのありかも台所であるはずのそれがあたかも伝家の宝刀のように修飾されているとなるとやはりその光景は異様を模したものなり。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:59:10.16 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「? まさかあれが魂の抜かれた……」

乱怒攻流「違うわ。あれはただの包丁」

紺之介「そうなのか?」

紺之介の言わんとしたことをいち早く否定した乱怒攻流の言葉を聞いて須小丸は彼らが何のこと言っているのか気がつき補足を入れた。

須小丸「ああ、確かに幼刀俎板-まないた-の刀身はこんな形をしていたがこれはただの菜切り包丁さ」
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