【ミリマス】幸福至上主義者達のサンドウィッチ

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1 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/04/24(水) 23:26:35.23 ID:q0ukqms/0

貰ったプレゼントを試してみたいのだ、と美也が話しかけてきたのは、
お祝いムードも落ち着きを見せ始めたパーティの真っ最中であった。

柔らかく微笑む彼女の腕には、この日私が贈ったばかりの大きなクッションが抱えられて、

それは一見すると巨大なサンドイッチのような、誰がどう見てもサンドイッチのような、

むしろサンドイッチ以外の何物かに見えたのなら眼科へ行くことを勧めるレベルのサンドイッチが抱きしめられていた。

ちなみに具材はベーコンレタストマトである。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1556115994
2 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga sage]:2019/04/24(水) 23:29:02.31 ID:q0ukqms/0

「これは見てるとお腹が空いてしまいますな〜」

十七歳の誕生日パーティ、

ハイセンスな贈り物を受け取った少女は嬉しそうに品を褒めたたえて、
その反応にはプレゼントした私も大満足だった。

その後、彼女はアイドル仲間からも祝福され、用意されていた本物のサンドイッチで腹を満たし、
劇場の一室を会場とした祝いの席は順当に盛り上がって行ったのだが。

プロデューサーさん、といつしか彼女は陽気にはしゃぐ皆の輪から離れ、
部屋の端で雰囲気を堪能していた私の傍へとやって来た。

そこには中央のスペースを確保するために追いやられたソファが並んでいて、
丁度私の座るすぐ隣に彼女が腰掛けた事になる。
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga sage]:2019/04/24(水) 23:33:05.97 ID:q0ukqms/0

「プロデューサーさん」

美也がもう一度口にした。

その視線は思い思いにパーティを楽しむ同僚達へ向けられている。

「今日はありがとうございました〜。素敵な会に贈り物に……正直な話をするとですね〜、
皆さんから、誕生日をお祝いして貰えることは分かってたんです。だって、いつもは私達がお祝いしてますから」

彼女はそれだけの台詞をゆっくりハッキリと喋る。

どんなに時間が無い時でも、どれ程騒がしい場所であっても。

私にはそれが、自分の伝えたい言葉を相手が聞き落としたりしないように……
と、彼女が考えて喋っているように感じられる。
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga sage]:2019/04/24(水) 23:36:03.37 ID:q0ukqms/0

実際、クッションの角を指先でふにふにしながら紡がれる声は、
宴の喧騒の中でも聞き取りやすく。私は一々相槌を返しながら。

「確かに。美也は劇場でパーティをする時に毎回手伝ってくれるものな」

「はい〜。私が誰かをお祝いすれば、お祝いされた人が誰かをお祝いして、
それはつまり、皆がにこにこになれる素敵な事で……プロデューサーさんも一緒ですぞ〜」

笑顔をこちらに向けて応える。が、元々私はこうした催しで自動的に責任者となる立場の人間。

三割は義務、三割は善意、そして残りの三割も幸福至上主義の為だ。
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga sage]:2019/04/24(水) 23:39:33.56 ID:q0ukqms/0

「まぁ、それも仕事であるし……」

「なんと〜……お祝いはお仕事だったんですか?」

途端、美也の愛くるしい眉毛がしゅんと下がり、
巨大サンドイッチは抱きしめられて皺が増した。

悲しみと寂しさがない交ぜになったような表情。

その反応に私が驚き焦った事は言うまでもない。
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga sage]:2019/04/24(水) 23:42:28.46 ID:q0ukqms/0

結果、予想だにしなかった展開に慌てて申し開く為の言葉を探し。

「だが仕事と言っても人としての仕事、夢のハッピーライフを送るためには逃げてはならない道の事で。
決してプロデューサーであるとか何だとかの立場的責務から君たちをお祝いしてるワケじゃないぞ!」

捲し立てた後ですぐに気づく。

こちらを伺い見る彼女の口元はうっすらと笑っているではないか!

……そもそも私と美也は同じ幸福至上主義の旗のもと、
出会ってすぐの頃に義兄妹の契りを交わした仲なのだ。


「むふふ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ〜」

美也は悪戯めいた笑みを浮かべたままサンドイッチのパンに頬を預ける。

淡い栗色をした彼女の髪が体の動きに合わせて流れ、
肩に掛かっていた幾つかの束はふんわりとした溜まりとなった。
7 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga sage]:2019/04/24(水) 23:43:42.71 ID:q0ukqms/0

「……それで、そう、プロデューサーさん? 私、お願いがあったんです」

「お願い?」私の返事には瞬きがセットだった。視線を髪溜まりから彼女の顔へ。

「はい〜。実は折角もらったこのクッションの寝心地を確かめてみたくなって……」

「寝心地というのは枕としての?」

「出来れば横になれる場所へ行きたいんです。
それから実際に眠ってみて、起きたらプロデューサーさんに感想を伝えたいんですよ〜」
8 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/04/27(土) 02:03:01.64 ID:HvshuUb/0
===

さて、こうして話は繋がった。

しかし彼女の"お願い"を聞かされた私はと言えば、たった一言「はぁ」と不明瞭な返事をした他は、
そのままたっぷり二、三分もの間見つめ合うだけで具体的な動きを見せなかった。

さらに付け加えて心情を述べるならば、そんな私をことさら急かす様子もなく、
責めるワケでも無い美也の視線に気まずさも覚え始めていた。

……どうすればめでたい祝いの席において、
それも自分が主役の会の最中に突然何処かで仮眠でも――という考えに至ってしまうのかと自問自答。
9 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/04/27(土) 02:06:00.00 ID:HvshuUb/0

もしや私の頭は他人より数段デキが悪く、そのせいで動機の理解が追い付かないのだ!

なんて事も一瞬ばかり考えたが、これでも人並みの生活を送っている以上、
こんな馬鹿げた想像は速やかにゴミ箱へ入れるべきであろう。

またあり得る可能性の一つとして、彼女にからかわれているのかも
知れないとその顔色を窺ってみたりしたが、先程とは違って美也の口元は笑っていない。

むしろこちらに向けられた彼女の眼、その真剣さから言えば緊張しているようにも見える。
10 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/04/27(土) 02:07:42.69 ID:HvshuUb/0

「美也」

「はい」

「その、今で無いとダメな事なのかな? それは」

結局、私が口にしたのは当たり障りの無い質問だった。

だが美也はこの捻りも何もない問いにただ頷き、
それから少しばかり真面目な調子の顔になって。


「プロデューサーさんは玩具を買ってもらった帰り、お家に着くまで遊ぶのを我慢出来ましたか〜?」


瞬間、まるで雷に打たれたかのように私の体は硬直した!

今から語る事には多少の憶測も含まれるが、過去に偉大な発見をした数多の数学者達が恐らくそうであったように、
彼等も難攻不落の数式群、その突破口を見出した瞬間には同じシビレを感じ取っていたのではないだろうか?

そんな歴史的人物達と私が全く同じ体験!

……つまりこの時の私は有名な数学者と土俵を同じにする存在、
即ち教科書に名前が載ってもおかしくない程の品格を備えた人間になっていたと言ってもあながち言い過ぎではあるまい。
11 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/04/27(土) 02:09:02.09 ID:HvshuUb/0

「プロデューサーさん?」

私は即座に立ち上がった。

「和室へ行こう、美也。より確実なクッションの使い心地を知りたいなら、
こんなソファより平坦な畳の方が良いに決まっている!」

さらに補足を付け加えるならば、この提案は数学的にも望ましい形であったハズだ。

何せ私は彼等と同じ体験を共有できた人間……根拠は無いが自信が沸き立つ!
12 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/04/27(土) 02:10:05.02 ID:HvshuUb/0

だがしかし、まさにこれから行動を起こさんとする私と美也が扉の前に立った瞬間。

「ちょっとお兄ちゃん! 美也さんをドコに連れて行く気?」

それは我々の背後より発せられた。

若干の非難がましさに幼さと生意気さをミックスさせた声の主は、
私が後ろを振り返るより先に美也との間にその身を割り込ませ。

「美也さんは今日の主役なのに。居なくなったらパーティの格好がつかないの、常識だよ」

腕を組み、目線を上げ、少女は叱りつけるようにこちらを睨みつける。


桃子であった。

美也がやって来る以前の記憶が正しければ、
彼女は他の小学生組と一緒にパーティマジックに熱中していたと思っていたが……。
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