北上「私は黒猫だ」

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102 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:11:17.71 ID:EliH773c0
提督「そいつが行きたい所に行けばいい。ただ出来るだけそばにいる努力はするけどな」

北上「何処へも行かないように閉じ込めておきたいとか思わないの?」

提督「ヤンデレかよ。まあそういう気持ちに理解がないわけじゃないけどさ」

北上「そうなの?」

提督「自分の思い通りになる世界ってのは、誰しも考えた事あるだろ」

北上「そりゃあ確かに理想かもね」

提督「これで満足か?」

北上「それなりに」

提督「そりゃよかった」
103 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:11:53.03 ID:EliH773c0
提督の頭から手を離し、離れようとした。

したけど、

提督「北上」ガシッ
北上「うわ」

今度は提督に捕まえられた。

北上「な、なに?」

提督「お前はどうなんだ?今の質問」

北上「私?」

提督「一方的に質問ってのはナシだぜ」

北上「私、私は…」

提督「き、北上?」

少しづつ顔を提督に近づける。

そしてそのまま




北上「私なら誰にも渡したくないって思う」




提督の耳元でそっと呟いて、ソファを離れた。
104 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:12:59.69 ID:EliH773c0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「はぁ」

結局あの後すぐ部屋を出てしまった。

本当ならこの疲れた体をすぐにでも休ませた方がいいのだろうけれど、どうにも自分で処理できないモヤモヤした感情がそれを許してくれない。

以前からあったこの自分ではない自分のようなモヤモヤはここ最近ドンドン増えているように感じる。

先程のドキドキはきっと私じゃなくて北上のものだ。

でも提督に言った、言ってしまったあの一言はきっと、私のものだ。

どうすればいいだろう。私はどっちを取るべきだろう。

北上「恋心とはまた違う感じだよねえ。ストレスかな。そういや猫もストレスで禿げるんだっけ」

誰もいない建物の外のベンチで自分に軽口を叩く。冬の寒さがいい感じに体を冷やしてくれる。

時刻は9時を過ぎた辺りかな。チラホラと部屋の明かりが消え始めていた。

今は、なんとなく誰にも顔を見せたくない。

大井「ストレスには甘いものですよ北上さん」

北上「まあたそうやって甘いものを食べる言い訳を」

大井「食べ過ぎ!食べ過ぎがダメなだけです!適量摂取はむしろ必要です!」

北上「そりゃそうだけどさ。そうじゃなくてもっと根本的なぁ…あー…大井っち?」

大井「はい?大井っちですけれど」

北上「いつから、そこに?」

大井「今しがたここに」

北上「なんで」

大井「私の北上さんセンサーがここに」

北上「さいで…」
105 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:13:32.51 ID:EliH773c0
大井「何処へ行ってたんですか?訓練の疲れが取れませんよそんなんじゃ」

北上「それはそうなんだけどね」

大井「最近よくフラフラと色々な所へ行ってるじゃないですか。一体何をしてるんですか?」

北上「話をね、聞いてたんだ」

大井「話?」

北上「どうして皆復讐をするのか、みたいな話」

大井「あぁ、なるほど」

北上「…大井っちは、大井っちはどうして?」

大井「そりゃあ勿論北上さんが」

北上「…」ジー

大井「ぁー、すみませんウソじゃないです。でも全部でもないです」

北上「知ってた」

大井「でも、私にとっても復讐なんですよ」

北上「リベンジ、じゃなくて?」
106 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:14:00.30 ID:EliH773c0
大井「北上さんこそ、どうしてこんな危険な事に関わるんですか?」

北上「それは…」

大井「やっぱり言えませんか?」

北上「うん…」

大井「でも引く気は無いと」

北上「うん」

大井「命の危険があるとしても?」

北上「うん」

大井「アイツを討つと」

北上「うん」

大井「復讐する、と?」

北上「…うん」
107 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:14:27.08 ID:EliH773c0
大井「ねえ北上さん、私」

そこで言葉切った。

いや詰まったと言うべきだ。

迷ってる。躊躇している。惑っている。

その酷く辛そうな表情を、大井っちのそんな表情を私は初めて見た。

そして意を決したのか私の方に向き直り改めて口を開いた。

大井「私、人を殺した事があるんです」


北上「はい?」



108 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:14:56.57 ID:EliH773c0
大井「誰にも言ったことはありません。あの日、レ級を追って煙の中に突っ込んだ時です」

北上「飛龍さんから聞いたよ」

大井「あの時皆闇雲に突撃しました。私も。絶対に逃がすまいと無我夢中で」

北上「それだけの事してたからね」

大井「結果、こちらは損害を受け船は沈み生存者はいなかった」

北上「こうして改めて聞くととんでもない話だね」

大井「でも違うんですよ。私、出会ってるんです。あの煙の中で、アイツに」

北上「アイツって、まさか?」

大井「まさかですよ。ええ。あのレ級に」
109 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:15:33.84 ID:EliH773c0
大井「本当に偶然でした。沈みつつある船のすぐ近くで、驚く程近距離で遭遇してしまったんです」

北上「どれくらいの近さで?」

大井「10メートルくらいでしょうか。お互いに驚きで一瞬固まったのを覚えてます。その後すぐお互いに砲を構えました」

北上「手負いとはいえレ級とタイマンか」

大井「本来私の練度じゃどうしようもない相手です。窮鼠猫を噛むと言いますけど、この場合どちらも追い詰められていたわけです」

北上「どちらも必死になるわけだ」

大井「だからまあより私に勝ち目なんてなかったわけなんですけれど、そしたら、そしたら人が降ってきたんです」

北上「ん、え?人?」
110 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:16:01.96 ID:EliH773c0
大井「傾き燃え盛る船の甲板から一人の男が降ってきたんです。レ級目掛けて」

北上「そりゃまた、どうして?」

大井「男はレ級に飛びつきました。極限まで追い詰められていたレ級にとってその奇襲はあまりにも効果的だったようで、何がなんだかわからないというふうにのたうち回っていました」

北上「助けに来たってわけか。しかし深海棲艦相手に生身の人間とは随分勇敢な」

大井「勇敢なんてものじゃないですよ。レ級の視界を塞ぎながら私にこう言ったんですから。私ごと殺れ、と」

北上「!?」

まさか、人を殺したってのはつまり。
111 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:16:40.19 ID:EliH773c0
大井「魚雷を打ち込みました。でも私ではトドメを刺すには至らず、結果的にあの人を殺してレ級には逃げられました」

北上「そっか。そんな事があったんだ」

一時期落ち込んでいたと聞いていたがなるほど。むしろ落ち込む程度で済んでよかったというレベルだ。

大井っちにとっての復讐はその一人の男の命をかけたものなんだろう。

結局皆誰かの命を
大井「その人がかつてのここの提督だったと知ったのは極最近です」

命を、

え?

北上「今なんて?」

大井「当時は誰にも話せませんでした。私自身忘れようとさえしてました。でも少し前に気づいたんです。あの人は、ここ前任の提督だったと」

北上「」

その人は提督を辞め海外に行っていた。

たまたま帰ってくるその船がレ級に襲われ、沈んだ。

死んだ。

でも、そうじゃなかった。それだけじゃなかった。
112 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:19:04.63 ID:EliH773c0
北上「その、話は、提督達にはしない、の?」

上手く言葉が出ない。喉がヒリついている。

大井「少なくともこの件が終わるまではそのつもりです」

北上「なんで、なんで私には話したの」

意識しなければ今にも震えだしてしまいそうだ。

大井「そうする必要があると思ったからです」

北上「どうして」

今すぐ叫び出したいほど何かが体の中で暴れている。

大井「北上さん。まだ迷っているでしょ?だから皆の話を聞いて回った」

北上「それは…」

大井「私もその助けになればと思ったんです」

北上「…」

大井「さあ、もう戻りましょう。冷えてしまいますよ?」


そう言って席を立つその後ろ姿を見て、私の中にあったモヤモヤが黒くて熱い何かに変わっていくのをハッキリと自覚した。
113 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/06/19(水) 03:24:35.20 ID:EliH773c0
わーい修羅場だ修羅場だ

最近当然のようにイベントに顔を出すようになったレ級。あの特別感が良かったんですけどねぇ。ええけして厄介だからとかではなくて…
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/21(金) 01:06:22.36 ID:0yrnYQ5Qo
おっつ
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/21(金) 01:23:05.60 ID:Fw2yPx420
おおいっちは先代の北上をこんな感じで沈めてるんじゃないかと予想してたんだがまさかの先代提督でもっと重い展開だった
北上化け猫モードなりそうw
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/25(火) 21:04:11.16 ID:cigcUDuIO
猫が主人の仇討ちってなんかコンビニたそがれ堂にあったような気がする……
北上さんもあんな感じになんのかなー
117 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:25:32.45 ID:YX4H6MyE0
93匹目:球磨型



大井「なんですか、これは」

球磨「おせークマ。先に始めてるクマ」

多摩「飲み物はそこに置いてあるから好きなのとってにゃ」

木曾「あ、ついでに取り皿いくつか頼む」

北上「…宴会?」

部屋に戻るとコタツを囲んで何やら宴が始まっていた。
118 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:26:07.35 ID:YX4H6MyE0
球磨「最近色々と頑張ってるから労ってやろうという粋な計らいクマ」

北上「自分で粋とか言ってる時点で粋じゃない…」

多摩「これおツマミ足りるかにゃ?」

木曾「多摩姉が食べ過ぎなんだよ」

球磨「まあまあいいから座るクマ」

大井「…」
北上「…」

お互いに顔を見合わせ、ため息をつく。

やれやれ随分と呑気なものだ。気が抜ける。というか毒気が抜かれた。

でもそんな所にいつも救われている。
119 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:26:40.12 ID:YX4H6MyE0
球磨「それじゃあ改めてカンパーイクマ」グイッ

多摩「にゃ」グビッ

北上「うわ多摩姉もうそんなに食べてるの」

多摩「柿の種ってなんでこんなに美味いのかにゃ」ボリボリ

大井「あ〜暖まるぅ」

木曾「外にいたのか?」

大井「ちょっとね」

球磨「ほら飲めクマ。飲めば温まるクマ」

北上「えー私ビールはいいや」

多摩「チューハイならあるにゃ」

大井「随分ありますね」

木曾「そこにあるのは全部多摩姉が飲み終わったやつだぞ」

大北「「え」」
120 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:27:13.48 ID:YX4H6MyE0
球磨「あーこれ柿ピーだクマ!」バンッ

北上「柿ピーだけど、なんで?」

球磨「球磨は柿の種が食べたいんだクマァ」

木曾「同じじゃないか」

球磨「違ぇクマ!柿ピーにはこの薄汚え豆野郎が入ってんだクマァ!」

北上「酷い言い方」

多摩「あぁ?今ピーナッツを馬鹿にしたにゃ?したにゃ?」

球磨「馬鹿にはしてないクマ。不純物だと言っただけクマ」

多摩「上等だにゃ」

球磨「やんのかクマ?」

北上「えぇ何これ…」

木曾「ほっとけいつものだ」

北上「いつもなの?」

大井「いつもなんですよ…」
121 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:27:52.33 ID:YX4H6MyE0
球磨「オラァ!」ポイッ

多摩「にゃ」パクッ

球磨「クマァ!」ポイッ

多摩「にゃ」パクッ

北上「宴会芸か何かで」

大井「いつもの事です」

木曾「球磨姉が残したピーナッツを多摩姉が食べる、というだけなんだがな」

北上「鼻血出るよ」

木曾「艦娘だから」

北上「便利だね」

大井「太りませんしね」

木曾「艦娘だからな」

北上「便利だねぇ」

球磨「胸も大きくならないクマ」

木曾「それ外で絶対言わないでくれよ…」
122 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:28:21.61 ID:YX4H6MyE0
木曾「誰かそこのツマミ取ってくれないか?」


球磨「お眠クマァ?」

多摩「にゃぁ…」コクリ

球磨「コタツは汚ねえからあっちで寝るクマ」

多摩「ぅにゃぁ…」

北上「これホントにアルコールなの?」

大井「1%もないんじゃないですか?」

北上「ジュースだこれ」


木曾「…しゃあねぇなぁ」ヨッコラセ

球磨「缶追加頼むクマ」
北上「お菓子持ってきて」
大井「取り皿お願い」
多摩「芋焼酎」

木曾「人が立つの待ってんじゃねえよ!というか多摩姉起きてるじゃないか!」
123 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:29:24.98 ID:YX4H6MyE0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

木曾「」

北上「木曾が潰れた」

球磨「ペース考えないからクマ」グビッ

北上「艦娘も酔うんだよねぇ」

球磨「船酔いみたいなもんなのかもクマ」

大井「ね〜、程々にしとけばいいのにぃ。カーワイッ」ツンツン

北上「大井っち水飲む?」

大井「チューハイ!チューハイ飲む!ます!」

北上「あ、うん」

多摩「にゅぅ…」スピー

球磨「とりあえず木曾運ぶにゃ」

北上「コタツあるから布団二つしかひけないけど」

球磨「二つに押し込めてきゃいいクマ」

北上「多摩姉ちゃんは?」

球磨「コイツはほっとけば起きてまた飲み出すクマ」

北上「あーね」

大井「私も寝るー」

北上「あ、うん」

大井「やっぱり北上さんと一緒でぇ」ユサユサ

北上「うーん酔っ払い」ユラユラ
124 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:30:13.23 ID:YX4H6MyE0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

多摩「大井はホント胸がでかいにゃ」ソロリソロリ

球磨「おー乗った乗った。これも胸に挟む?」

多摩「もちろんにゃ」

北上「なんで大井っちの胸ひん剥いてんの」

球磨「酔って暑そうだっから」

多摩「厚いのは胸の脂肪にゃ」

球磨「だはは」

北上「じゃなんでそこにみかん乗せてるの」

球磨「ミカンー」

多摩「おー乗ったにゃぁ」

北上「聞いちゃいない…」

球磨「大井っちミカンと名付けて提督に売りさばいてやる」

多摩「闇取引にゃ。間宮を要求するにゃ」

北上「売れそうだから困るよね」
125 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:30:57.32 ID:YX4H6MyE0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…死屍累々」

二つの布団には木曾が大胆に寝転がり、四角いコタツの東側には球磨姉が丸まって寝ており南にはどうにか服を着せた大井っちが寝ている。

多摩「球磨は相変わらず酔いが顔出ないにゃ」

北上「うわっ、起きてたの?」

多摩「今起きたにゃ」

北上「三度目のおはようだね」

いつだか吹雪が言ってたな。多摩姉はどんだけ飲んでも寝て覚めてを繰り返すだけだって。

球磨姉は顔に出ない。大井っちは普通で木曾はキャパ以上に飲みすぎると。

その通りだ。

多摩「北上は退屈じゃなかったかにゃ?」

北上「いや、見てて面白いよ」

多摩「そりゃ良かったにゃ。酒が飲めないってのは混ざりにくそうに思えてにゃ」

北上「ありがと。でも例え飲めてもこうはなりたくないしなあ」

多摩「飲んでも飲まれるにゃってことにゃ」

北上「言い得て妙だね」
126 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:31:47.19 ID:YX4H6MyE0
多摩「ツマミはもうないのかにゃ?」

北上「結構あったのにね。もう多摩姉の胃袋にしかないよ」

多摩「こういうのは無限に食えるから怖いにゃ」

北上「傍から見たら怖いのはツマミじゃなくて多摩姉なんだけど…なんかありがとね、今日は」

多摩「別にただ飲みたかったってのもあるからにゃ。球磨も同じにゃ」

北上「にしたって急だね」

多摩「最近また追い詰められたような表情してたからにゃ」

北上「私?」

多摩「にゃ。でも前と違って少し前向きな感じだにゃ。必死に進もうとしてる感じにゃ」

北上「猫の勘?」

多摩「猫じゃ、ないにゃ」
127 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:32:29.53 ID:YX4H6MyE0
猫か。

結局多摩姉は白猫なのかどうか分からなかったな。

でもそれでいいのかもしれない。

白猫だとしてもそうでないとしても、この件に関わるべきじゃない。

仇とかそんなの関係なく生きていて欲しい。私はそう思う。

こんなのは私だけで十分だ。

こんな事は。

北上「仇って、どうなんだろうね」

多摩「かたき?また本の話かにゃ」

北上「ん…よくわかったね」

多摩「例え姉じゃなくてもわかるにゃ。そんな突拍子もないこと、本で読んだに決まってるにゃ」

北上「だよね」

まさに突拍子もない話だもの。

事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
128 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:32:57.95 ID:YX4H6MyE0
多摩「どんな話なんだにゃ」

北上「主人公がずっと前に離れ離れになった親を探してるんだ。色々あってその親は死んでいることが分かったんだけど、その親を偶然とはいえ殺してしまったのがそれまでに出会った仲間の内の一人だったんだ」

多摩「…難解な話だにゃ。その後どうなったにゃ?」

北上「わかんない。まだ読んでないからさ。ただ自分ならどうするだろって考えて」

多摩「哲学的だにゃ」

北上「多摩姉ならどうする?」

多摩「急にふられても困るにゃ」

北上「まず私達には親がいないよね」

多摩「そうだにゃぁ。強いていえば妖精さん、かかつての船の頃の多摩かにゃ」

北上「提督は、育ての親って感じかな」

多摩「そんな感じ、だにゃ」
129 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:33:50.82 ID:YX4H6MyE0
北上「ねえ、多摩姉ならどうする?」

多摩「…」

何かを考えている。

きっとそれは前任者の、前の提督の事だろう。

多摩姉も知っているはずだ。

仇がいることを。

討つべき仇を。

なのにそれをしないのは、何故なんだ。

多摩「多摩は仇討ちとかはしないにゃ」

北上「どうしてさ」

多摩「親の仇なんて、多摩にはイマイチ想像がつかないにゃ。でもそれよりも、仇を討つよりも、子供としているよりも、多摩はみんなのお姉ちゃんでいたいにゃ。

球磨型の二番艦として、ここにいたいにゃ」

北上「…」

多摩「きっと憎むにゃ。恨むにゃ。目の前にその仇が現れたら我を忘れて飛びかかってしまうだろうにゃ。

だからそいつが現れないように祈ってるんだにゃ。ここで多摩姉としていられるように、祈ってるんだにゃ」
いつも通りの気だるげな感じで淡々と喋る。
130 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:34:19.42 ID:YX4H6MyE0
北上「そっかぁ。流石我らがお姉ちゃん」

多摩「そんな事言ってるとまた球磨が張り合ってくるにゃ」

北上「球磨姉はお姉ちゃんってのとは少し違うかなあ。でもリーダーっていうかさ、だからネームシップって表現が一番合う気がする」

多摩「んにゃ。その意見には賛成にゃ」

北上「ぁあ…っと。そろそろ寝よっか」

多摩「もう丑三つ時にゃ」

北上「しかしこれ何処で寝ようか」

多摩「よし木曾と球磨を布団から退かすにゃ」

北上「え」

多摩「ほらさっさと動くにゃ」

北上「マジか」
131 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:35:30.03 ID:YX4H6MyE0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

昔々ある所にとある鎮守府がありまして、そこには提督と沢山の艦娘が住んでいましたとさ。

まあ鎮守府自体は今もあるんだけど。

ただ提督はいなくなり、それ故に艦娘もいなくなり、だけど五人だけが残った。残された。

提督の息子と、仇も残された。

吹雪曰く、どちらでもいい。ただそれは約束の為であり復讐自体はその約束と同じ位彼女にとっては悲願だった。

日向さん曰く、頼まれたから仇討ちをする。彼女が船であり、提督が提督である以上そういうものだと。

飛龍さん曰く、望むところだ。全ては仇討ちの為。ずっとそれを抱いてここまで来た。

谷風曰く、寂しかった。私と同類である彼女はそもそも艦娘の楔である提督ではなく止まり木としての鎮守府に居着いた者だと。思う所が無いわけではなさそうだが、それでも彼女にとってそれはまた別問題だろう。

多摩姉ちゃん曰く、出会いたくない。球磨型の二番艦こそが自分であり復讐とはそれを失うものだと。恨んでいるからこそ、会いたくないと。
132 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:39:06.27 ID:YX4H6MyE0
そして私。

本来ありえないはずのイレギュラー。

提督の前任者。かつての提督。その提督の提督ではない側面と、その彼が提督を辞めた後に私は出会っていた。

私は、どうするだろう。


そして大井っち。


私はどうするだろう。

どうすべきだろう。

いや、そうじゃないな。

どうしたいのだろう?

吹雪の気持ちが今ならわかる。

多摩姉の選んだ今晩のような姉妹達との幸せな時間か、飛龍さんが選んだあの燃えるような眼差しの先か。

選べと言われたら私は
133 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:39:49.25 ID:YX4H6MyE0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

騒ぎすぎた宴のせいで怒られてから幾日か経った。

いよいよ本格的になってきた冬の凍りつくような朝に、私は工廠を訪ねた。

夕張「はい、バッチし仕上げといたわよ」

北上「おぉー、と言うほどパッと見でなんか変わってる感じはしないけど」

夕張「そりゃあ今回は実用一点張りだからね!それともサイコガンとかにした方が良かった?」

北上「心で撃つとか言われても困るからいいかな」

夕張から受け取った拳銃をポケットにしまう。本当にちっさいな。

夕張「じゃ名前はサイコガンで」

北上「今違うって話したじゃん」

夕張「その大きさで威力は可能な限り高くしてるけど、その代わり装弾数は一発限りだからね」

北上「かまわないよ。護身用というか、保険だから」

元ネタのベレッタポケットという名に恥じない大きさだ。
134 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:40:41.93 ID:YX4H6MyE0
北上「明石は?」

夕張「ん」クイッ

腕を組んだまま顎で工廠の奥を指す。

見てみると散乱した機材の影からボサボサのピンクが僅かに見える。

北上「あー、お疲れさん。ってこれのためにそんなに労力使ったの?」

夕張「流石にそこまではしないわよ。提督からの仕事が終わったからね。これはついで」

北上「ついでにこんなの作るのも凄いけどね」

夕張「まあ今回は装備改修が主だったから私は比較的楽でさ。そぉだ、明石がチラっと言ってたけど北上、記憶の方はその後どぉ?」

北上「記憶?」

そう言えば何度か自分以外の記憶について相談してたっけ。思えば夕張と明石には色々と世話になってばかりだ。

私の記憶の事や大井っちの改装の件も。

もし猫の記憶があるなんて言ったらどう反応するだろう。
135 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:41:10.27 ID:YX4H6MyE0
北上「特に問題はないかな。ボヤけて薄れて、夢でも見てたような感じ」

夕張「へぇ。記憶、かぁ。実は大破するたびに記憶が零れ落ちていたり?」

北上「宝石かよ」

夕張「思い、出した!」

北上「救世主かよ」

夕張「実際あやふやなものよね。私達は特に」

北上「だね」

夕張「辛い記憶抱えてる娘も多いしさ」

北上「沈んだ記憶なんかがあるってのは大変そうだよね」

夕張「コンナンイラヘン…」

北上「トンデケー、って違う。そうじゃない」
136 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:42:13.38 ID:YX4H6MyE0
いつも通りたわいもない話をする。

というより、努めて日常を装っている。

夕張「ねえ」

北上「ん?」

それじゃあと工廠を出ようとした所を引き留められた。

夕張「戦うのではなくて、私達がどうしてこの仕事やってると思う?」

北上「何さ、急に」

夕張「私と明石がやってる整備や修理や開発や回収や改装とかはさ、みんなのためなの。

みんなが少しでも強くなれるように。でもそれは敵を倒すためじゃない。みんなが僅かでも生き残れるように、その為のものなの。

決して自分を顧みず死地へ突っ込もうとしてるバカの背中を押すためじゃない」

工廠の入口で睨み合う。

別に睨みつけているわけではないのだけど、でも睨み合うという表現がきっとぴったりだったと思う。
137 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:42:57.52 ID:YX4H6MyE0
北上「顧みた結果だよ。何も自暴自棄って訳じゃないからさ。帰る所に帰るよ」

夕張「はぁ」ヤレヤレ

北上「何その反応」

夕張「ま、別に止めようとか言う訳じゃないしね。はいこれ」

北上「…なにこれ」

夕張「お守りよ。キーホルダーにしといたから」

北上「よりにもよってメロンか」

夕張「不安になったら私の事を思い出して」

北上「より安心できない…」

夕張「胸元とかにしまっとけば銃弾弾くわよ!」

北上「夕張作だと割と有り得そうなのがまた」

夕張「そして帰ったら、三人で一緒にゲームしようぜ」b

北上「露骨にフラグを並べ立てるな」

夕張「逆フラグよ逆フラグ。死にそう過ぎて逆に死なない的な」
138 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:43:33.67 ID:YX4H6MyE0
北上「とりあえず貰っとくよ。ありがと」

夕張「うんうん。後で感想聞かせてね」

北上「どんな感想を抱けと言うんだ…」

夕張「それじゃ私はこれから久々の休眠に入るから」

北上「あぁ、そっか。依頼は全部終わったんだもんね」

夕張「ええ。後は知ーらないっ」

北上「それじゃ」

夕張「止まるんじゃねえぞ」

北上「だからやめろって」
139 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:44:41.50 ID:YX4H6MyE0
工廠を背に鎮守府を見上げる。

この時間の鎮守府は面白い。

夜の間に凍りついた空気を溶かすようにあちこちで艦娘達が動き始める。

鎮守府の目覚めと言ったところか。

騒がしい、ではなく活気が戻ってくる。

朝の白くぼやけた鎮守府に色がつく。

しばらくはずっと早起きで訓練やらをしてたせいかこの時間でもまるで眠くなくなっていた。

北上「っ…ん〜〜っ…」

大きく伸びをする。

さてさて。

いよいよ今日だ。

作戦の決行日だ。
140 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/08(月) 04:50:49.22 ID:YX4H6MyE0
はあバケツがねえ、資源もねえ、何よりやってる時間がねえ

イベントが終わったかと思えば梅雨っちに学生赤城さんにと供給過多な日々でした。
梅雨っちはまた別の形で書いてみたいですね。

北上さんの話はあと二話でおしまいです。もうちっとだけお付き合い下さい。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/08(月) 11:41:16.64 ID:LxggJBlb0
報恩と報復までシンプルに割り切れないまま仇討ち当日かー
仇はどっちなのかも決めかねたままで大丈夫かいな
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/10(水) 14:26:46.85 ID:7gKXy/LZO
更新の度に読んでる
毎回楽しく読ませていただいてます
そういやぁここのいちさんみたいにプレイ状況に触れる人少ないわね
143 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:17:58.21 ID:peHjoJ4K0
96匹目:黒猫(96猫)















出撃にはまだ時間があった。

部屋に戻った私は夕張からのお守りとやらをどこに付けるかで悩んでいた。

スマホケースに付けられるとは言ってたけど出撃にスマホ持ってくのはちょっとねえ。

北上「まあいっか。別に惜しむ事もない」

手帳型のケースにキーホルダーを付けポケットに入れる。

うん問題なさそう。
144 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:18:33.91 ID:peHjoJ4K0
部屋では私の他に多摩姉が何やら雑誌を読んでいた。

今日の作戦と事は関係者以外知らない。

皆には普通の出撃だと伝えられているはずだ。

だから何食わぬ顔で部屋を出る

はずだった。

多摩「待つにゃ」

私は止まらない。

多摩「待てにゃ」

私は止まらない。

多摩「…」

私は

多摩「行ってきますくらい言えにゃ」

止まった。
145 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:19:01.74 ID:peHjoJ4K0
行ってきます、とは、行って帰ってくるという意味らしい。

今の私には何とも似合わない挨拶だ。

北上「行ってきます」

多摩「行ってらっしゃいにゃ」

再び歩みだし私を、多摩姉は止めなかった。

私が何を考えているか多摩姉には分からないように、私も多摩姉が何を考えているか分からない。

でもきっと多摩姉には多摩姉也の考えがあって私を止めないのだろう。

多摩姉はそういう人だ。

北上「…」

行ってきます。
146 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:19:40.06 ID:peHjoJ4K0
球磨姉は遠征だ。

きっと球磨姉は私のことに気づいていない。

悩んでる時や落ち込んでる時、そういった事には敏感だ。

でも核心的なところには鈍い。

でもそれは悪い意味じゃない。

球磨姉は純粋だ。

ただただいい人なんだ。

私達のおねーちゃん。球磨型一番艦はそういう人だ。

そういう人であり続けてほしい。

なんてのは、少し無責任だろうか。
147 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:20:17.56 ID:peHjoJ4K0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

なんとなく誰かに見つかるのを避けて建物の裏を通っていた。

だから誰にも合わないと、そう思っていた。

木曾「よお、上姉」

北上「…なんで木曾がここにいるのかな」

木曾「行かせないためだよ」

そう言って少し構える。

黒いマントをたなびかせ、右手を腰の剣に回す。

まるで私が逃げ出そうとしようものなら直ぐにでも抜刀すると言わんばかりに。

北上「邪魔しないでよ。私の勝手でしょ」

木曾「邪魔させてもらうぜ。オレの勝手でな」

北上「おねーちゃんの言うことは聞くもんだよ」

木曾「妹のワガママには付き合うもんだぜ」

睨み合う。

抜き身の会話。

本当に、互いの心を相手に差し向けた、やりとり。

木曾のあの鋭い目付きは今、深海棲艦ではなく私に向けられている。
148 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:20:50.56 ID:peHjoJ4K0
木曾「上姉はいつもそうだ。飄々として掴みどころがなくて、大事な事はいっつも言わずに抱え込む」

木曾が拳を強く握る。

木曾「まるで猫だ」

猫か。

木曾「上姉が何考えてるか、オレにはサッパリ分からねえ。でも上姉がどんな人かは知ってるさ」

随分前に、こんな会話をした気がする。

木曾「いっつも抱え込む。自分じゃ抱えきれないようなものでも。でもそれはオレ達を信頼してないからじゃない」

私には悩みを打ち明けられるような家族はもういない。

私には苦悩を共に出来る家族はもういない。

でも私には姉妹がいる。
149 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:21:22.45 ID:peHjoJ4K0
木曾「オレ達の事を信用しているからこそ、上姉は1人で勝手に進んでく」

私の帰るべき場所。

木曾「後先考えずに、後ろを任せて、背中を預けて。上姉は、いつだってオレ達を頼ってたし信頼してくれてた」

転んだら助けてくれる。

立ち止まったら背中を押してくれる。

背を預けて戦える。

木曾「だからオレ達は何も言わなかった。何も言えなかった。球磨姉や多摩姉やおい姉が何を思ってたかは知らないさ。でもオレは、言えなかった」

そう言って少し下を向く。
150 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:22:12.55 ID:peHjoJ4K0
木曾「でもそれでも良かった。上姉はいつだって帰ってきた。いっつも戻ってきた」

私の帰るべき場所。

それは、今、何処なんだろうか。

木曾「でも、今回はダメだ。今回だけはダメだ。今度ばかりは、我慢の限界だ」

声を震わせながらさらに俯く。

そして、決心したかのようにキッと顔を上げ真っ直ぐ私を見据えて言った。

木曾「なんであんたはいつも独りなんだよ!私達は姉妹だろ!?独りでいてどうする!独りでいてなんになる!」

それはもう、ほとんど悲鳴だった。

木曾「いっつもいっつも!まるで独りである事を確認するみたいに家に帰ってきて!」

容赦なく、切り込んでんくる。
151 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:22:57.32 ID:peHjoJ4K0
木曾「信頼してくれてた、信用してくれてた。でも結局あんたは私達の事を一度だって姉妹として見てくれなかったんじゃないか?」

だって、私はニセモノだから。北上じゃないから。私は猫であることを選んだから。

姉妹の事が好きだから、そこにはいられない。

木曾「野良猫と同じだ!エサがあるから寄ってくるだけで、無くなればそれっきりみたいな、そんな!そんなんじゃ、ないだろ…」

再び目を伏せる妹。

猫何故かは死期が近づくと姿を消すという。

眉唾物の迷信みたいなものだ。

所詮は人間が作り出した勝手な想像。

でももし、それがその通りなら。

今の私にはその理由が良くわかる気がする。

艦娘もまた人の生み出した想像の産物だと言うのなら、きっとその通りなのだろう。
152 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:23:23.16 ID:peHjoJ4K0
出会わなければよかった。

今の私ならそう言える。

みんながいたからここまで来れた。

みんながいたから楽しかった。

でも失ってしまうならそんなの無かったのと同じじゃないか。

どうせ消えるニセモノなら、最初からいなければ良かった。

だから、言うべきだ。そう言うべきだ。

木曾「なんで私を頼らないんだよ!!」

北上「木曾」

だから私は
153 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:23:55.66 ID:peHjoJ4K0
北上「ありがとね」

自分でも驚いた。

こんな言葉がこの口から飛び出すとは本当に思いもよらなかった。

でも一番驚いていたのは、木曾だった。

この時の木曾の表情を、彼女の中に渦巻く様々な感情を表す言葉を、私は持ち合わせていなかった。

動揺で立ち尽くした。

だからまるで急降下爆撃のように建物の上から降ってきた第三者に反応できなかった。

谷風「せいっ!」
木曾「!?」ゴツン
北上「ウェッ!?」
154 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:24:27.22 ID:peHjoJ4K0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

北上「…い、生きてるのそれ?」

頭と頭が見事にぶつかり合った結果、木曾は地面にぶっ倒れた。

谷風「少なくとも死んではないみたいだね」

北上「それ大丈夫とは言えないって事だよね」

谷風「だいじょぶだいじょぶ艦娘だからさ」

北上「それ皆言うけどあんまり信用出来ないんだよね私…」

谷風「"艦娘"じゃないからってか?」

北上「…」

谷風「そう怖い顔をしないでおくれよ。何も止めに来たわけじゃないからさ」

北上「なら何をしに」

谷風「こうして助けに。助け、とは言えないかな?うん、お見送りにだね」
155 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:25:05.55 ID:peHjoJ4K0
北上「ウミネコがお見送りとはね」

谷風「それくらいはするさ。雛が飛び立つまではね。何処へ行くかは君次第さ」

北上「下からなのに上から目線だ」

谷風「だからいつも高い所から見下ろしているってわけだ」

北上「高い所が好きってのはあまりいいイメージないけどね」

谷風「馬鹿や煙と一緒にはしないでおくれよ」

北上「そりゃ失礼。ところで谷風は頭大丈夫なの?」

谷風「谷風サンは石頭だからねッ」

北上「はは、確かに頑固だもんね」

谷風「こりゃ一本取られた」
156 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:25:40.41 ID:peHjoJ4K0
谷風「それじゃ、いってらっしゃい」

北上「谷風はどうすんのさ」

谷風「この娘ほっとくわけにはいかないしねえ。かと言って誰かにバレてもアレだし、ここで見張るかな」

北上「今更だけどもっと別の方法があったんじゃないかなって」

谷風「何事も殴って解決が一番だからね」

北上「石頭でなく脳筋だったか」

谷風「手っ取り早いでしょ?」ヨッコラセ

北上「ちょいちょい乗るな乗るな木曾に」

谷風「ほらほらそろそろ時間だよ?」

北上「…はぁ、分かったよ。じゃあ」

谷風「うん」
157 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:26:07.39 ID:peHjoJ4K0
谷風「あぁ最後にひとついいかな」

北上「えーここで呼び止める?」

谷風「忘れてたんだ。これくらいは答えておくれよ」

北上「何さ」

谷風「結局どっちなんだい?散々迷った結果は」

北上「仇討ちだよ。猫としてね。北上にはこんな事させられないからね。そこは決めたよ」

谷風「猫の恩返しってわけだ」

北上「そう、だね。猫の"おん"返しだ」

谷風「ふーん。飼い主の方が大事かい」

北上「皆も同じくらい好きだよ。だからここに置いていく事にした。後ろ髪はずっと引かれてるけど、振り向かないようにしなきゃね」

谷風「強いね」

北上「弱いよ。私だけじゃ」

谷風「そうかい。なら走るといいさ、メロス」

北上「別に谷風を助けるためとかじゃないんだけど」

谷風「私はセリヌンティウスじゃないよ。この場合は、誰だろうね。約束の相手は」

北上「さあ。まあ頑張ってみるよ」
158 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:26:35.15 ID:peHjoJ4K0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

提督「時間ピッタリだな」

北上「何その以外そうな顔」

飛龍「はいじゃあ間宮奢りね」

北上「待て何してたの」

日向「君がいつ来るかで賭けをね」

吹雪「真っ先に遅れるに賭けてましたね」

北上「…」ジトー

提督「違う!違うんだ!」

飛龍「提督サイテー」ケラケラ

大井「北上さんの事全っ然分かってませんね」

北上「いや飛龍さんもやってたでしょ」

飛龍「私はちゃんと来る方に賭けてたから!」フンス

北上「そういう問題じゃない…」
159 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:27:12.89 ID:peHjoJ4K0
港。

と言っても普通のの港と違って私達艦娘用の港。

倉庫のような大きな空間の中にまるでプールのように海水が張ってあって、それが海と繋がっている。

屋根いる?と思った事もあったが出撃する方はともかく見送りやお迎えに来たりする提督や他の艦娘からすると雨風を防げるのは助かるのだ。

今回の見送りは提督と吹雪。二人が並んで立っている。

出撃は私と大井っち、飛龍さん、日向さん。提督達の前に並ぶ。

他は誰もいない。

出撃組も遠征組もこの時間帯は誰も港に来ない。そうなるようにスケジュールを組んだらしい。

私達の出撃はあくまでこっそり。
160 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:27:50.94 ID:peHjoJ4K0
提督「さてと。最後のブリーフィングだ。といっても今更言うことも無いか」

吹雪「えーここは指揮官がビシッと決めるとこですよ!キマってんのは金髪だけじゃない所見せてください」

提督「馬鹿にしたな、金髪を馬鹿にしたなお前」

飛龍「今日上手くいったら金髪辞めるとか?」

提督「それは…いや辞めねえよ。これは別問題だ」

飛龍「じゃあ金髪辞めるか全身の毛を金に染めるかで」

提督「何その惨い二択。言ったらにはお前が染めろよ俺の毛」

飛龍「え、いいの?」

提督「うわ怖ぇ!一切の躊躇がねえ!」

大井「セクハラよそれ」

提督「俺か?俺が悪いか今の?」
161 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:28:23.89 ID:peHjoJ4K0
日向「そろそろ時間だな」

提督「よし」

北上「切り替え早い」

提督「作戦は変更なし。歯痒いが、俺はもうここで祈るくらいしか出来ることはねえ」

飛龍「提督に祈られてもなあ」

吹雪「運はありますよこの人。だからなんだって話ですけど」

提督「だから余計な事はせず待っとくよ。いいか、前にも言ったが今回で成功するとは限らん。あくまでここはスタートラインだ。気負うな。最後に笑った奴が勝ちだ」

北上「おーなんかそれっぽい」

日向「存外様になってるじゃないか」

大井「提督っぽさはありますね」

提督「そ、そうか?」

吹雪「そうですねぇ。蛙の子は蛙、ですね」
162 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:28:55.14 ID:peHjoJ4K0
提督「よし、それじゃぁ…あ?」

提督が固まった。

目線を港の先、海の方に向けたまま。

北上「?」

吹雪「司令官?」

吹雪が不思議そうに提督の視線の先を追う。

釣られて私達も後ろを振り返る。

北上「え!?あれ、あれって…」

港へまっすぐ向かう一つの影があった。
163 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:29:25.62 ID:peHjoJ4K0
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

球磨「何してんだクマ?」

提督「いや、お前こそ何してんだ?」

吹雪「え、あの、球磨さん遠征ですよね?というか、え?一人?」

極々自然に何時もの流れでサッと港から上がってきた球磨姉。あまりに予想外な事に皆対応が出来なかった。

球磨「遠征自体は終わったクマ。ただなんか妙な感覚というか予感がして、皆に断って一人で先行してきたんだクマ」

吹雪「嫌な予感って、そんな事でこちらに連絡もせず独断専行を?」

提督「他の奴、確か神通もいたよな。何も言わなかったのか?」

球磨「言われたけど、旗艦は球磨だクマ」

吹雪「そういう話じゃなくてですね」
164 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:29:59.15 ID:peHjoJ4K0
北上「これ、どうすんのさ」

飛龍「いやぁまいったねこりゃ」

日向「誰にも言うなという事でさっさと行ってしまった方がいい気もするが」

大井「嫌な予感って私達でしょうか?」

飛龍「ま、良いか悪いかで言えば良くはないわよね、これ」

北上「球磨姉こういう時引かないからなあ」

飛龍「中止?」

日向「中止もそうだが今後にも差し支えるだろうな。まさか初回でバレるとは」

大井「ここで誤魔化しても後で私と北上さんは問い詰められますし…」

球磨「おい、北上、大井」

北上「うわこっち来た」
165 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:33:08.00 ID:peHjoJ4K0
まだアタフタしてる提督と吹雪をガン無視して球磨姉が私と大井っちの前に詰め寄る。

私達より僅かに小さい球磨姉の瞳がじっとこちらを見つめてくる。

球磨「よし。お前らそこで少し待ってろクマ」

北上「ま、待ってろって」

球磨「いいから、待ってろ」

踵を返し港を出ていく球磨姉。

北上「て行っちゃったけど」

大井「何、するつもりでしょうか」

提督「何、何なの。めっちゃ怖いんですけど」

吹雪「素直に待っておきます?」

飛龍「あー私は待つに賛成」

日向「同じく」

吹雪「なんでですか?」

飛龍「だって球磨ちゃん達姉妹の問題でしょ?これは」

北上「私達?」

日向「なるようになるさ。舵はきれても、流れは変えられない」
166 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:36:28.11 ID:peHjoJ4K0
北上「まあ」

大井「そう言うなら」

二人で顔を見合わせる。

ここは待つしかなさそうだ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

球磨「待たせたクマ」

北上「」

絶句。

この時私は球磨姉しか見てなかったけどきっとみんなもそうだったはずだ。

球磨姉は十分ちょっとで戻ってきた。

両脇に多摩姉と木曾を抱えて。

抱えて。まるでバッグのように軽々と。妹達を。

多摩「やほー」

多摩姉はなんかもう全てを悟ったような、何もかも諦めたような無の表情だった。

木曾「…」

木曾は、そっぽを向いて黙りこくっていた。
167 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:41:15.05 ID:peHjoJ4K0
球磨「一体何処に行く気かは分からんクマ。でもその装備は多分ヤバイとこに行く気クマ」

港に戻ったあの時しっかり私達の装備を観察していたようだ。こういう所抜け目ない。

球磨「だってのに四人だけで出撃する気クマ?馬鹿かクマ。まして私の妹達まで連れて」

提督「グッ…」

あ、すっげぇダメージ受けてる。

球磨「北上」

北上「は、はい!」

球磨「どうしても行くつもりクマ?」

北上「…」

球磨姉は私に問うた。でも私は背中でしっかり感じていた。

飛龍さんと大井っちの堅い決意を。

北上「行くよ。私は。私がそう決めた」
168 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:42:51.33 ID:peHjoJ4K0
球磨「なら決まりクマ」

北上「え?」

大井「何がですか?」

球磨「あーでもそうなると7隻になっちゃうクマ…うーむ」

提督「おまっ、着いてくる気か!?」

球磨「着いてくんじゃねークマ。一緒に行くんだクマ」

多摩「なら多摩は降りるにゃ」
木曾「俺は行かねえぞ」

球磨「んなっ!?この薄情者!!」

多摩「大体これは多摩達が首を突っむような話じゃないにゃ。気づいてないじゃないだろにゃ」

木曾「そもそもが北姉が決めた事だろ。俺は知らねえぞ」プイッ

球磨「だぁぁ!反抗期かクマ!!揃いも揃って可愛くねえ妹達クマ!!」
169 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:44:55.40 ID:peHjoJ4K0
提督「なんだろ、蚊帳の外に置かれてる」

吹雪「どぉしますこれ」

飛龍「んー…」

日向「なに、そう難しい話でもないだろう」

提督「日向?」

日向「私が残ろう。元々人数がいた方がいい作戦だ。それに私ではトドメには足りないだろう?」

吹雪「それはその通りなんですけど」

日向「後はまあ彼女達次第だな」
170 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:47:45.81 ID:peHjoJ4K0
球磨「そもそも北上も北上だクマ!勝手に一人で突っ走るんじゃねえクマ!」

北上「えぇ、この前は応援してくれてたじゃん」

球磨「背中を押す事はあっても突き放す事はしねぇクマ!」

大井「それに北上さん一人ってわけじゃ…」

球磨「大井は北上がいるからだろクマ」

大井「それはまあそうですけど」

球磨「なら球磨達も一緒クマ。お前達が行くなら行くクマ」

木曾「おい待て俺も混ぜるな」

球磨「ムキィィィ!この捻くれ者!厨二病クマァ!!」

木曾「誰が厨二病だおい!」
171 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:48:17.30 ID:peHjoJ4K0
木曾と球磨姉がギャーギャーと騒ぎ立てて、多摩姉が横槍を入れて、大井っちが宥めようとアタフタしてる。

言い争ってるけど決して争ってるわけじゃない。

多分いつもと変わらない風景だ。

北上「プッ…ッハ、アハハハハ!」

球磨「クマ?」
多摩「にゃ?」
木曾「あ?」
大井「北上さん?」

可笑しくってたまらなかった。

そんな皆を頼もしく思ってしまう"北上"が私の中にやはり居ることも。

どうにもこいつは切っても切り離せないらしい。



北上「っはー…ねぇ皆、ちょっと助けて欲しいんだけどさ」



球磨「…ホレホレ」ツンツン
多摩「お呼びだにゃ」ツンツン
木曾「だぁもお分かった分かったよ!」

両脇から姉につつかれた木曾が不満げに大きく深呼吸をして、



木曾「で、どうすりゃいいんだ?」


172 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/07/23(火) 04:52:47.65 ID:peHjoJ4K0
書こうと思ってたんだが膝に水着雪風を受けてしまってな…

今回と次のタイトルを思いついたせいで冗長感が否めないと思いつつもここまで長くなりましたが私は満足です。
プレイ状況に関してはその、周りに話せる人がいないのでつい…

次で北上さんの話はラストです。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/23(火) 06:46:19.31 ID:YzRW+2gBo
乙です


あれ、ココで日向師匠脱落して球磨型姉妹全員集合とな
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/24(水) 10:37:31.77 ID:gziOnk7nO

次のも教えてね
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/24(水) 12:40:46.13 ID:6vc5n3+R0
提督禿げるまで知恵を絞って遊撃部隊編成をひねり出せ!
日向残しても笑って見送ってくれるだろうが生涯残る悔いを背負わせるぞ
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/31(水) 14:00:58.77 ID:COHrgzFAO
乙です
木曾の一人称俺だったよーな
乙女木曾、ありだね!
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/31(水) 20:36:48.84 ID:V5PvLTJ1o
場面的に意図的でしょ
178 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:42:59.51 ID:f1uEgEbX0
99匹目:白猫


日本では99歳を白寿と呼び祝う

100−1=99

百から一を取って、白

99

九十九

つくも

付喪

付喪神

九十九神

憑く者

船に、憑いている

A cat has nine lives

9つの魂なんて比じゃない

私の中にはもっと多くの何かがある

猫(私)はその中の一つだったに過ぎないんだ

だからきっと、私は猫でも船でもなく私なんだと思う。
179 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:43:42.98 ID:f1uEgEbX0
北上「洒落にならないよねえ」

大井「何がですか?」

北上「全部が」

球磨「それは球磨達のセリフだクマ」

多摩「まったくだにゃ」

360°水平線。大海原を進む。

球磨「まず作戦が作戦だクマ。戻ったら絶対提督をぶん殴ってやるクマ」

北上「それに関しては私達皆で考えたんだけどね」

球磨「提督ってのは責任者でもあるクマ」

北上「そりゃあそうだけど」

多摩「とりあえずぶん殴っておきたいにゃ」

うわすっごいご立腹。
180 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:45:20.20 ID:f1uEgEbX0
木曾「その上で賭けだしな」

飛龍「賭けるには十分だと思うけどね。一回きりって訳じゃないし」

球磨姉と多摩姉を先頭に私と大井っち、木曾に飛龍さんが続く。

編成としては随分と変わったものになる。

吹雪『そこが大事なんですよ。提督も言ってましたけど、今回の出撃が全てってわけじゃないんですからね』

北上「あれ?吹雪?」

通信から聞こえてきた声は吹雪だった。

吹雪『あの人は今通常業務なうです。他の娘にはバレないようにしなきゃですからね。とはいえ何かあったら直ぐ連絡着くようにしてるんで安心してください』

多摩「なんか心が痛むにゃ」

吹雪『騙してる訳じゃなくてあくまで秘密にって話です。上手く行けば誰も不幸になりませんよ』

木曾「上手くいけば、な」

大井「不穏な事言わないの。それに、上手くいくいかないじゃなくてやるのよ。私達が」
181 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:47:11.49 ID:f1uEgEbX0
吹雪『そろそろ目的のポイントですかね』

球磨「クマ。予定に乱れはないクマ」

吹雪『オーキードーキー。それじゃ私も一旦席を外すんで、ここからは日向さんにお願いしますね』

北上「吹雪もなんかあるの?」

吹雪『司令官よりも私がいない事の方が不自然でしょ?』

北上「ノーコメントで」

吹雪『それに叢雲とデートしなきゃなんで』

北上「はい?」

吹雪『ほらあの娘ちょっと私に対してカンが良すぎるんで。お姉ちゃん的には嬉しいんですけどねぇ。だからまあ先手をね、ではでは』

多摩「提督より頼もしい上司だにゃ」

大井「提督も経験が浅いのは事実ですからね」

飛龍「だからこそこういう型破りな事が出来るとも言えるけどね」

球磨「そこはまだいいクマ。経験不足は予想外の事態になった時にモロにでるクマ」

北上「だからこその私達次第だよ。敵をどうやってこっちの思うように動かすか。それが要だからね」
182 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:47:46.78 ID:f1uEgEbX0
日向『そういう事だな』

飛龍「あ、お留守番組」

日向『君のように熱くなる理由は私にはないからな。それに今回ばかりは私でない方が都合がいい』

飛龍「日向も補佐の方が向いてるしね」

日向『と言ってもこの先こちらから何か補佐出来ることも殆どないがな。さて時間だ』

その一言で場の空気が変わった。

ここにいる全員が確かに軍艦だと思い出す。

この海は今や何処だろうと戦場なんだ。
183 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:48:36.04 ID:f1uEgEbX0
日向『目標の"船"は今のところ予定通りの航路を進んでいる。護衛艦隊も同じくだ。作戦に変更はない』

球磨姉と多摩姉が偵察機を構える。

日向『こっから先は隠密行動になる。海で抜き足差し足とはいかないがなるべくバレずに動かねばならない』

私と大井っちと木曾も魚雷を確認する。

日向『こちらからの通信もここで最後だ。後は餌に食いつくかどうかを待つのみ』

球磨「餌、か」

日向『ああそうだ餌だ。人類の為の尊い犠牲、と言うのもまあ間違いでもあるまい。今回で食いつくとも限らないしな』

大井「また、あの黒い煙が目印ってわけですか」
184 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:49:28.50 ID:f1uEgEbX0
球磨姉達が偵察機を飛ばす。

球磨「こんなのが正しいとは思えないクマ」

日向『だろうね。だが間違いということもあるまい』

多摩「そうかにゃ?」

日向『良い事と良い結果になる事は別だよ。逆もまた然り、だ。正しい事は正しい結果を出すだろうが、それが良い事である保証はない』

飛龍「結果もでてないのに結果論もないでしょ。今は今に集中すべきよ

日向『だな。さて、私から特に言う事はない。武運を』

こうしてあっさりと通信が切れる。
185 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:50:26.38 ID:f1uEgEbX0
飛龍「さーってこっからが長いわね」

北上「刑事ものとかである張込みだね」

木曾「アンパンと牛乳が必要だな」

球磨「粒あんを要求するクマ」

大井「えー私はこしあんがいいです」

多摩「呑気してる場合じゃないにゃ。こういう持久戦が一番キツいんだにゃ」

北上「一日目でホシが動くかもよ」

多摩「だからそれに備えて常にある程度の緊張感が必要なんだにゃ。それがキツいんだにゃ」

球磨「いやそれは大丈夫だ」

多摩「にゃ?」

球磨「全員速度をあげろ」

北上「え、じゃあ…」

球磨「戦闘が始まってる」
186 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:51:20.22 ID:f1uEgEbX0
一一一一一一一一一一一一一一一一一

提督「囮を使う」

北上「囮?」

提督「ヤツの狙いは常に船とその護衛だ。いくら強い艦隊でも守る対象がいれば話は別だ。それを突くのがこのクソッタレの手口になる」

吹雪「なのでそれを逆に利用するんです」

机の上にいくつかの資料が並べられる。

大井「これは?」

提督「向こう数ヶ月でヤツが襲いそうな船の情報だ」

北上「え!?そんなの分かるの?」

吹雪「あくまで予想ですけどね。こっちにはデータがありますから」

そうだ。例のレ級を個体として認識しているのは私達だけなんだ。

そのデータだけを見て分析できるのは私達だけなんだ。

提督「この船を餌にする」

大井「餌ってまさか…」

提督「まあそういう事だ」

一一一一一一一一一一一一一一一一一
187 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:52:16.60 ID:f1uEgEbX0
飛龍「状況は?」

球磨「まだ艦載機が飛んでる段階だ。普通の深海棲艦の可能性もある」

飛龍「個人的な感想としてはどう」

球磨「話に聞いていた通りすげぇ数の艦載機だ。正直可能性は高いと思う」

木曾「もっと詳しくは分からないのか?」

球磨「バレないように遠目でしか見れないんだ。これが限界」

多摩「様子見しつつ近づいてくしかないにゃ」

飛龍「そうね。皆いつでも戦えるようにしといて」

北上「了解」

飛龍「餌に、もっと食いつくまで」
188 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:53:02.38 ID:f1uEgEbX0
一一一一一一一一一一一一一一一一一

提督「レ級それ自体は実の所それほど脅威じゃない。倒せるかどうかで言えばここの艦隊でも十分に可能性はある」

吹雪「やっかいなのはアイツが海域のヌシとかじゃないという点に尽きるんですよ」

北上「ボスとかがいるんだよね。私は合ったことないけど」

提督「姫やら鬼に近い強さはある。でもアイツが違うのはゴールに出てこない所だ」

吹雪「倒せば終わりで全力を出せるボスと違って倒しても次があるという前提で全力を出せない。アイツはそれを分かって狙ってきてる」

大井「なるほど。確かに悪ガキ的な発想ね」

提督「どんなに強い艦隊でも守らなきゃいけない対象があって、なおかつ護衛途中であれば隙をつくには十分だ」

吹雪「その上でアイツにとっては例え全滅できなくても被害を与えられたら勝ち逃げできる」

北上「考えれば考える程嫌な奴だね」
189 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:53:45.09 ID:f1uEgEbX0
提督「あぁ、こっちの前提を上手い事突いてくるいやらしいやり方だ」

吹雪「だからこそこっちもその前提を引っくり返してやるんですよ」

北上「前提?」

提督「以前に飛龍や大井がヤツに遭遇した時がまさにそれだ」

大井「…つまり追撃艦隊が来る事、かしら」

吹雪「そう。護衛艦隊を沈めれば終わり、ゴール。それを前提に全力で襲ってきたからこそあの時のレ級は手負いかつ随伴壊滅だった」

提督「その状況をこっちで作り出してやるんだ。あの時はこっちも完全に偶然の遭遇だったから仕留め損ねた」

吹雪「今度は万全の状態で討つ」

提督「そのために」

一一一一一一一一一一一一一一一一一
190 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:54:23.98 ID:f1uEgEbX0
球磨「艦載機が大人しくなってきた」

多摩「どっちがにゃ」

球磨「うようよいやがる。レ級の艦載機だ」

飛龍「オーケー。そこは読み通りね」

木曾「ってことはそろそろ砲撃戦か」

球磨「こっからは空の監視が甘くなる。偵察機を近づける」

多摩「にゃ」

木曾「…ゆっくり見学、か」

球磨「…今ならまだ助けに行けるクマ」

北上「ここで10を犠牲にしても、これからの100が救える」

多摩「でもそれは90救った事にはならないにゃ。100を救って、10を見捨てただけにゃ」

北上「今更でしょ。それに元々誰かを救いに来てるわけじゃない」

球磨「ま、それもそうだクマ」
191 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:55:17.98 ID:f1uEgEbX0
飛龍「見張り、変わるわよ」

多摩「いや、このままでいいにゃ。それに飛龍は偵察位積んでないにゃ」

球磨「ここは球磨達に任せろ」

飛龍「沈むわよ。あの娘達」

サラっと、当然の事のように飛龍さんはそれを口に出した。

周囲を波の音だけが走る。

飛龍「私達が見捨てるから。今ここで、私達はあの娘達が沈むのを待ってるのよ」

多摩「…」

球磨「…」

飛龍「変わるわよ」

多摩「いや、このままでいいにゃ」

球磨「別に罪が肩代わり出来るわけもない。どうせ共犯だ。飛龍は温存しとく」

飛龍「…そ」
192 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:55:59.79 ID:f1uEgEbX0
音が聞こえる。

砲撃による爆発音だ。

実際の軍艦と変わらない威力を秘めた艦娘による戦闘だが実際の軍艦とは大きく違う点がひとつある。

スケールだ。

本来キロ単位での間隔で組む艦隊も私達はこうして手の届く範囲で進む。

戦闘時だってそうだ。

人一人分の高さでは見える水平線の距離も実際の艦とは比べ物にならないほど短い。

当然戦闘距離も短くなる。

まだ見えない水平線の向こうの戦闘。

だが音と煙がハッキリと認識できる。
193 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:56:37.22 ID:f1uEgEbX0
誰も話さなかった。

球磨姉も多摩姉も。

聞かなくても分かる。

段々消えてゆく音とは裏腹にいっそう煙が濃く高く登ってゆく。

私達艦娘からはあれ程煙はでない。

ならば何が起こっているか。

考えるまでもない。

長い戦闘だった。

時刻は三時を回った頃だろうか。

音が消えた。
194 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:58:56.72 ID:f1uEgEbX0
飛龍「状況は」

多摩「目標は中破よりの小破ってとこにゃ。残りは重巡一と軽巡一。どちらも中破にゃ」

球磨「なんで守れねえかよくわかった。こっちの弱みに漬け込んだクソみたいな戦い方だ」

飛龍「艦隊増速。仕掛けるわよ」

木曾「いよいよ、か」

大井「まずは手はず通りね」

北上「どこまで上手くいくか、どこまで上手くやれるか」

黒煙をあげる大型船に、再び向かってゆく。
195 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:00:08.96 ID:f1uEgEbX0
偵察機はあえて戻した。

目視で、ヤツを認識する。

北上「!」

ヤツもこちらを認識した。

間違いなく、

目が合った。

さあ、踊ってもらうぞクソッタレ!

飛龍「今までやってきた事、全部そのまま返してやる!!」

もはや隠す事をしなくなったその燃えるような殺意が次々と矢に乗って空に放たれる。

"搭載された全ての艦戦"が空を駆けてゆく。
196 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:01:16.04 ID:f1uEgEbX0
一一一一一一一一一一一一一一一一一

提督「デカくて鈍くて脆い船を護衛する、ってのはこれハッキリ言って無理ゲーだ。いやクソゲーか」

北上「無理じゃダメでしょ無理じゃ」

提督「だからまあクソゲーなんだよ」

吹雪「護衛艦隊と普通の艦隊で演習させたら護衛側が勝つのは無理ゲーです。でも深海棲艦相手ならそうとは限らない」

提督「アイツら目に付いたものから噛み付くからな。護衛対象を潰せば勝ち、なんて戦術的な行動は取らない」

北上「勝利条件が違うと」

提督「とはいえ近づかれるのはやはりまずい。故に護衛艦隊がやるのは単純明快な先手必勝見敵必殺だ」

吹雪「艦娘の戦闘において唯一戦闘スケールが変わらない空。艦載機の、それも艦攻艦爆による開幕航空攻撃です」
197 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:02:04.33 ID:f1uEgEbX0
提督「だから普通護衛艦隊ってのは艦攻艦爆マシマシだ。襲ってくるようなヤツらにはそれで対処出来る」

吹雪「だからそれを踏まえて襲ってくるような相手がいる、なんてのは考えられていないんです。というよりそこまでカバーは出来ないって話ですけど」

提督「ヤツとの戦闘の痕跡からもハッキリしてる。アイツは殆ど艦攻艦爆なんかを積まずに艦戦で制空権を取りに来てる」

大井「開幕の攻撃を防ぐため、ですか」

吹雪「というよりは空母の無力化でしょうね」

提督「艦攻艦爆を軒並み食われた空母なんて百いようが二百いようが浮いてるドラム缶と変わらんって事だ。とことんこっちを嬲る事しか考えてねえぜアイツ」

吹雪「だからこっちも同じ事をしてやるんです」

大井「同じ事、つまり」

一一一一一一一一一一一一一一一一一
198 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:02:52.78 ID:f1uEgEbX0
北上「って速っ!?」

物凄いスピードで艦戦達が飛んでいく。

飛龍「当たり前よ!バリちゃん達の努力の結晶!フル改修済みの馬鹿力揃いだもん!」

素人目でも分かる。

圧倒的な速度と練度。

制空争いは一方的な蹂躙になった。

多摩「なるほどにゃ。やっこさんやはり連戦を一切想定してないにゃ」

木曾「と言うと?」

球磨「ヤツの艦載機の数が減ってるんだ。恐らく先の戦闘で特攻なりなんなり無茶な使い方したんだ」

そう。全ては織り込み済み。

それだけに特化した一隻の空母に制空を取られる。

連戦で消耗しているところを狙われる。

自分がやっている事をやられる。

一体どんな気分だ。
199 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:05:47.40 ID:f1uEgEbX0
飛龍「よし取ったあ!!」グッ

最後の一機まで容赦なく叩き落とした飛龍さんがガッツポーズを取る。

大井「次は私達ですね」

北上「いっちょやっちゃいますか」

先制雷撃。

私達の最大の強みであり戦闘の流れを大きく左右するものだ。

でも今回の目的は少し違う。

敵の数を減らす事が目的ではない。

飛龍「来た!大井の方!」

艦載機から見たレ級の魚雷の航跡から飛龍さんが進路を読む。

北上「行くよ!大井っち」

大井「はい!北上さん」
200 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:06:16.59 ID:f1uEgEbX0
重雷装巡洋艦。

要するに魚雷バカ。

だけども今回の私達は魚雷特化の装備ではない。

レ級共と私達の丁度中間辺りで大きな水柱が上がる。

アイツは今どんな顔をしてるだろう。

どうやら命中したようだ。

"アイツの魚雷に"

分かっていた。アイツがまず狙ってくるのは先制雷撃が可能な艦娘だと。

狙いが分かれば後は練習通り。
201 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:06:49.80 ID:f1uEgEbX0
北上「へっ」ニヤリ

嗤う。

そういう気持ちがあるのも確かだが、何よりも大切なのは挑発だ。

目論見は全て暴いた。

小細工は全て潰した。

同じ手で同じ事を仕返してやった。

相手は手負いだ。それに既に船と艦隊を沈めている。

勝ち逃げはこの時点で可能だ。

だけど、

レ級「!!」

目が合った。

直感で分かる。表情が見える距離ではないがこの状況でこちらを見据えて一歩も退かないその姿勢からも。

そりゃ怒るに決まってる。

悔しいに決まってる。

冷静さを失うくらいに。

平静を装う事が出来ないくらいに。
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