北上「私は黒猫だ」

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193 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:56:37.22 ID:f1uEgEbX0
誰も話さなかった。

球磨姉も多摩姉も。

聞かなくても分かる。

段々消えてゆく音とは裏腹にいっそう煙が濃く高く登ってゆく。

私達艦娘からはあれ程煙はでない。

ならば何が起こっているか。

考えるまでもない。

長い戦闘だった。

時刻は三時を回った頃だろうか。

音が消えた。
194 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 10:58:56.72 ID:f1uEgEbX0
飛龍「状況は」

多摩「目標は中破よりの小破ってとこにゃ。残りは重巡一と軽巡一。どちらも中破にゃ」

球磨「なんで守れねえかよくわかった。こっちの弱みに漬け込んだクソみたいな戦い方だ」

飛龍「艦隊増速。仕掛けるわよ」

木曾「いよいよ、か」

大井「まずは手はず通りね」

北上「どこまで上手くいくか、どこまで上手くやれるか」

黒煙をあげる大型船に、再び向かってゆく。
195 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:00:08.96 ID:f1uEgEbX0
偵察機はあえて戻した。

目視で、ヤツを認識する。

北上「!」

ヤツもこちらを認識した。

間違いなく、

目が合った。

さあ、踊ってもらうぞクソッタレ!

飛龍「今までやってきた事、全部そのまま返してやる!!」

もはや隠す事をしなくなったその燃えるような殺意が次々と矢に乗って空に放たれる。

"搭載された全ての艦戦"が空を駆けてゆく。
196 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:01:16.04 ID:f1uEgEbX0
一一一一一一一一一一一一一一一一一

提督「デカくて鈍くて脆い船を護衛する、ってのはこれハッキリ言って無理ゲーだ。いやクソゲーか」

北上「無理じゃダメでしょ無理じゃ」

提督「だからまあクソゲーなんだよ」

吹雪「護衛艦隊と普通の艦隊で演習させたら護衛側が勝つのは無理ゲーです。でも深海棲艦相手ならそうとは限らない」

提督「アイツら目に付いたものから噛み付くからな。護衛対象を潰せば勝ち、なんて戦術的な行動は取らない」

北上「勝利条件が違うと」

提督「とはいえ近づかれるのはやはりまずい。故に護衛艦隊がやるのは単純明快な先手必勝見敵必殺だ」

吹雪「艦娘の戦闘において唯一戦闘スケールが変わらない空。艦載機の、それも艦攻艦爆による開幕航空攻撃です」
197 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:02:04.33 ID:f1uEgEbX0
提督「だから普通護衛艦隊ってのは艦攻艦爆マシマシだ。襲ってくるようなヤツらにはそれで対処出来る」

吹雪「だからそれを踏まえて襲ってくるような相手がいる、なんてのは考えられていないんです。というよりそこまでカバーは出来ないって話ですけど」

提督「ヤツとの戦闘の痕跡からもハッキリしてる。アイツは殆ど艦攻艦爆なんかを積まずに艦戦で制空権を取りに来てる」

大井「開幕の攻撃を防ぐため、ですか」

吹雪「というよりは空母の無力化でしょうね」

提督「艦攻艦爆を軒並み食われた空母なんて百いようが二百いようが浮いてるドラム缶と変わらんって事だ。とことんこっちを嬲る事しか考えてねえぜアイツ」

吹雪「だからこっちも同じ事をしてやるんです」

大井「同じ事、つまり」

一一一一一一一一一一一一一一一一一
198 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:02:52.78 ID:f1uEgEbX0
北上「って速っ!?」

物凄いスピードで艦戦達が飛んでいく。

飛龍「当たり前よ!バリちゃん達の努力の結晶!フル改修済みの馬鹿力揃いだもん!」

素人目でも分かる。

圧倒的な速度と練度。

制空争いは一方的な蹂躙になった。

多摩「なるほどにゃ。やっこさんやはり連戦を一切想定してないにゃ」

木曾「と言うと?」

球磨「ヤツの艦載機の数が減ってるんだ。恐らく先の戦闘で特攻なりなんなり無茶な使い方したんだ」

そう。全ては織り込み済み。

それだけに特化した一隻の空母に制空を取られる。

連戦で消耗しているところを狙われる。

自分がやっている事をやられる。

一体どんな気分だ。
199 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:05:47.40 ID:f1uEgEbX0
飛龍「よし取ったあ!!」グッ

最後の一機まで容赦なく叩き落とした飛龍さんがガッツポーズを取る。

大井「次は私達ですね」

北上「いっちょやっちゃいますか」

先制雷撃。

私達の最大の強みであり戦闘の流れを大きく左右するものだ。

でも今回の目的は少し違う。

敵の数を減らす事が目的ではない。

飛龍「来た!大井の方!」

艦載機から見たレ級の魚雷の航跡から飛龍さんが進路を読む。

北上「行くよ!大井っち」

大井「はい!北上さん」
200 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:06:16.59 ID:f1uEgEbX0
重雷装巡洋艦。

要するに魚雷バカ。

だけども今回の私達は魚雷特化の装備ではない。

レ級共と私達の丁度中間辺りで大きな水柱が上がる。

アイツは今どんな顔をしてるだろう。

どうやら命中したようだ。

"アイツの魚雷に"

分かっていた。アイツがまず狙ってくるのは先制雷撃が可能な艦娘だと。

狙いが分かれば後は練習通り。
201 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:06:49.80 ID:f1uEgEbX0
北上「へっ」ニヤリ

嗤う。

そういう気持ちがあるのも確かだが、何よりも大切なのは挑発だ。

目論見は全て暴いた。

小細工は全て潰した。

同じ手で同じ事を仕返してやった。

相手は手負いだ。それに既に船と艦隊を沈めている。

勝ち逃げはこの時点で可能だ。

だけど、

レ級「!!」

目が合った。

直感で分かる。表情が見える距離ではないがこの状況でこちらを見据えて一歩も退かないその姿勢からも。

そりゃ怒るに決まってる。

悔しいに決まってる。

冷静さを失うくらいに。

平静を装う事が出来ないくらいに。
202 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:07:19.89 ID:f1uEgEbX0
北上「ねえねえ今どんな気持ちってね」

大井「上手く決まりましたね」

木曾「さて。次は俺達か」

球磨「問題はこっからだ」

多摩「任せるにゃ」

多摩姉達が前に出る。

空は取ったし魚雷も潰した、がしかしそれでもレ級は戦艦並の砲撃を行える。

まだ油断はできない。

飛龍「やっぱ日向居ても良かったんじゃない?」

北上「そこはなんともね〜。こうして軽量編成にして相手に勝てるかもと思わせるのも大事なんだし」

多摩「足りない部分は愛でカバーにゃ」

北上「何故そこで愛」
203 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:08:02.92 ID:f1uEgEbX0
球磨「来る!」

球磨姉が恐らくほぼ直感でそう叫ぶ。

これも私達艦娘と深海棲艦の戦闘におけるチグハグな部分。

こうして身につけている砲の口径は精々バズーカがいいとこなのに私達の砲の起こす現象は元の砲を基準にしたものになる。

つまり、水平線すら超えて放たれる長距離攻撃が人型に合わせたこの短さで発射される。

音の壁を軽々打ち破るそれはその勢いを落とすこと無く、届く。

北上「!?」

先程とは比べ物にならないくらい大きな水柱が上がる。

至近弾。

人型である私達にとって至近弾による衝撃はそれほど問題ではない。

だが驚きを隠せなかった。

その威力や速度ではない。

精度にだ。
204 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:08:46.50 ID:f1uEgEbX0
本来砲撃は数打ちゃ当たる戦法だ。

こんなもん撃って当てられる方がどうかしてる。

だが私達の砲撃戦は撃てば当たる。

少なくとも実際の軍艦による砲撃とは比較にならない程に。

だから今、"外れた事"に驚いた。

だがそれは直ぐに無駄な思考だったと気づかされる。

続け様に四.五発の砲弾が私達に降り注いだ。

北上「皆!?」

水しぶきと波の揺れで定まらない視界の中必死に叫ぶ。

飛龍「報告!」

球磨「ってぇクマァ!大破だ!」

木曾「球磨姉!」

球磨「無茶苦茶やりやがるあの野郎!」

多摩「小破にゃ」

球磨「んなぁ!?」

多摩「バルジしっかり着込んできたにゃ」
205 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:10:00.40 ID:f1uEgEbX0
球磨姉と多摩姉が盾になってくれたおかげで被害は少なかった。

北上「大丈夫なの、ほんとに」

多摩「前に言ったはずにゃ。多摩は復讐とかどうこうする気はないにゃ。おめぇら守る為に来たんだにゃ」

球磨「クソァ!でもタダでやられるつもりはねぇ」

大井「球磨姉さん?」

飛龍「ひゅー、重巡撃破。流石のパワーね」

木曾「いつの間に撃ってたんだよ」

多摩「次来るにゃ!」

北上「!!」サッ
大井「!!」グッ

木曾「何とか凌ぐっきゃねぇな…」
206 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:10:37.92 ID:f1uEgEbX0
昼戦の目的は二つ。

挑発した上で逃がさずに誘い込む事。

孤立させる事。

後者は残り中破の軽巡一匹。簡単に片付く。

前者も今のところ上手くいっている。

後は、決め手となる私と大井っちがどれだけダメージを抑えられるかだ。

飛龍「来た!」

レ級のしっぽの様な部分からまたあのめちゃくちゃな砲撃が放たれる。

浮かぶ城とすら言われた堅牢な鉄の塊をぶち抜く為に作られた砲弾は今、私達に向けられている。

回避、防御に専念して、さらに向こうは冷静さを欠いているであるにも関わらず、しかしそれを補って余りある数が降り注ぐ。

いっそ清々しい。

死を感じる暇もないほどだ。

怯える私は鎮守府に置いてきた。
207 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:11:20.65 ID:f1uEgEbX0
飛龍「ていっ!!」ガイン
北上「ウワッ!?」

飛龍さんに抱きかかえられたかと思ったら鈍い金属音と、それに遅れて水面に砲弾が叩きつけられる音がした。

北上「飛龍さん?」

飛龍「ふー危ない危ない」

多摩「いや、アウトだにゃ」

飛龍「そお?そっかな」

飛龍さんが自慢の飛行甲板を使って弾を逸らしたと理解するのには少し時間を要した。

北上「って大丈夫じゃないよそれは!」

飛龍「セーフよ。元々攻撃機は積んでないし。それに…」

水平線を見る。

そこには今まさに海と交わろうとしている火の玉があった。
208 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:11:54.13 ID:f1uEgEbX0
球磨「冬は日が落ちるのが早くて助かるクマ」

多摩「さて仕上げにゃ」

木曾「っしゃいくぜ!」

レ級の砲撃のクールタイムを狙って一斉に動く。

木曾と私と大井っちと多摩姉で弾幕を張る。

飛龍さんと球磨姉で煙幕を張る。

レ級「!」サッ

突然の猛攻に警戒をしたのかレ級が軽巡を盾にして突っ込んでくる。

煙幕を張ったのだ。逃げられると思い、逃がすまいと突っ込んでくる。

そして
209 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:12:45.23 ID:f1uEgEbX0
レ級「!?」

真っ直ぐ突っ込んで来たレ級に魚雷が命中した。

深手とはいくまい。だが流石に中破にはさせたろう。

ヤツに向かって煙幕の中からこれ見よがしに私と大井っちが出ていく。

この距離なら分かる。

目を見開き私達を凝視するその表情が。

気づいたか?そうでなけりゃ困る。

"編成をわざと弱くして脅威度を誤認させる"

"味方を盾に本命である自分を守る"

どちらもお前がやってきた事だ。

それに今逃がすまいと煙幕に向かって突っ込んできたその気持ちは、かつての大井っち達と同じだ。

お前を追って船の黒煙に突入したあの時と。
210 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:13:14.37 ID:f1uEgEbX0
さぁどうする?逃げるか負け犬?

だがそうはさせない。

その為にこうしてお前の前に立ってやってんだから。

さあ来い。


北上「ギッタギッタにしてあげましょうかね!」

大井「海の藻屑となりなさいな」


今まさにお天道様がその瞳閉じる。

211 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/03(土) 11:18:34.30 ID:f1uEgEbX0
待機列からこんにちは

このタイトルの為に長くなりました…
レ級はホントずるいですよね。あの見た目と一匹狼感で許されていたけれど最近大規模作成でもチラホラと…
レ級の砲撃とかはアーケード使用です。

もちっとだけ続くんじゃ
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/03(土) 12:00:41.48 ID:FQFZFapio
くーっ!この引き!
次の更新はよ
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/03(土) 12:14:17.29 ID:zsiESTuRo
乙なのね


待機列? 横須賀かな?
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/04(日) 12:57:35.34 ID:/xQY7Cd30
大破してなお重巡を叩き潰す球磨、やはり野獣
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/10(土) 08:36:00.63 ID:CdXe9zgwo
おつ
216 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:45:04.76 ID:D+5klDDp0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

川内「私達の攻撃で最も速いのはなんだと思う?」

北上「へ?」

ボッコボコにされた演習の帰り道。川内はそんな事を聞いてきた。

川内「あー速いってのはこの場合攻撃をするまでの動作から相手に当たるまでの時間がって事ね」

北上「んー、速いねぇ」

相手より先に出せるという意味なら艦載機による奇襲とか設置型の機雷とかが思いつくが、そういう前提となるとなんだろう。

北上「普通に考えたら砲撃だよね。それも大口径の」

川内「まあそうね。だから当然不正解」

北上「デスヨネー」

川内「でも答えは単純。一番早い、というより"それより速い物が存在してはいけない"って感じかな」

北上「…はい?」

何言ってんだこいつ。
217 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:45:58.69 ID:D+5klDDp0
川内「答えはこれ」カチッ

そう言って懐から出したそれを点ける。

北上「うわ眩しっ」

川内「正解は光。文字通り光の速さってね」

北上「そりゃ光は速いだろうけど、攻撃とは違うでしょ」

探照灯は諸刃の剣だ。夜間の攻撃を有利にはするが使えば狙われる。装備の枠も取られる。

ここぞという時にしか使えないピーキーな装備だ。しかも攻撃ではなくサポートの。

川内「でも今眩しいってなったじゃん」

北上「なったけどさ、普通は、普通は…」

川内「普通なら使えない、普通なら」

そうだ。普通の事をやる気は無い。

川内「別に探照灯使えってわけじゃないよ?持ち物一個潰れるからリスクもあるし。つまりもっと頭を柔らか〜くしてけって事」
218 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:47:06.12 ID:D+5klDDp0
北上「柔らかくかぁ。常識を変えるのって一番難しいよね」

川内「でも楽しい」

北上「参考までにさ、今近距離で私とやり合うとしたらどうする?探照灯以外で」

川内「この距離なら撃つより蹴るね。ですぐ距離をとる。昼の単純な撃ち合いならこっちが有利だし」

北上「何処蹴る?」

川内「そりゃ脚でしょ。魚雷潰せるし足止めれば的だもん」

北上「そういうのがサラッと出るの怖いよね」

川内「いやぁ照れますなあ」

北上「艦娘やめて忍者やりなよ」

川内「何度か試したんだけどさ。魚雷は流石にクナイみたいには使えなかったんだよね」

北上「試すなんな事」

川内「あ、忍者と言えばさ、こういう金属製の糸とか色々使い道あっていいよ」

北上「だからなんでそんなもん忍ばせてるのさ…」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

219 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:47:59.64 ID:D+5klDDp0
北上「!」ガチャ
大井「!」スッ
レ級「!」グワッ

赤く染まる水面の上で全員が一斉に構える。

大井っちが単装砲を。

私が魚雷を。

そして、それを見たレ級が"私に砲塔を向ける"。

この状況で真っ先に警戒するのは魚雷だ。ならばそれを構えた方を先に狙う。

狙うために見る。

だから

北上「へっ」

腕の魚雷発射管を傾ける。

発射するためではなくその側面、"反射板を取り付けてある面"の角度を合わせるために。
220 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:48:34.30 ID:D+5klDDp0
日が沈む瞬間の、その最後の輝きがそこに反射する。

"私の方を見たレ級の眼球に向かって"。

雷撃よりも砲撃よりも速く、届く。

まさかこのパターンが使えるとは思わなかった。

でも作戦ABCは今は無理だ。DEもいいが使えるならばFでいきたい。

これは提督の指揮の元行う通常の将棋とは違う。

詰め将棋なんだ。

お天道様がとうとうその瞳を閉じた。
221 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:49:05.91 ID:D+5klDDp0
光による目潰し。

しかしこれ自体が攻撃できる隙にはならない。

何せ本当に一瞬だ。

雷撃は当然間に合わない。

砲撃はいけるだろうがそもそも私達の豆鉄砲をいくらか当てたところでさして意味はない。

あくまで夜戦のスタートをこちらが先にとる為だ。

徐々に暗闇に慣れていったこちらと違って向こうは寸前に強烈な光を浴びてる。

暗闇には暫く目が慣れないはずだ。

そこを先に動く。
222 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:49:48.80 ID:D+5klDDp0
北上「行くよっ!」スチャ
大井「はい!」

私も"単装砲を取り出す"。

アイツはこう思ってるだろう。

一人は雷撃、もう一人は砲撃、と。

私が単装砲を取り出すところは見えていないはずだ。

レ級のいた位置に向かいながら大井っちと並んで交互に撃ち込む。

まるで単装砲を持ってジグザグに移動しながら撃っているかのように。

この状況でヤツは迂闊に撃ってはこれない。

ヤツが警戒しているのは魚雷の方だ。こんな豆鉄砲ではない。

ならば砲撃で位置がバレるのを嫌がるはずだ。

この状況なら"砲撃をしながら向かってきているのは囮"、"本命の魚雷は別から来る"と考えるだろう。
223 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:50:43.15 ID:D+5klDDp0
大井っちが撃ちながら右にそれていく。

それに合わせて私は撃つのをやめ少し左に逸れながら魚雷を構える。

大井っちがそれた以上直前まで居たそのコースには誰もいないと思うはずだ。

まずはここから魚雷を撃ち込む。当たればめっけもんくらいだが、ここから徐々に追い込んでい

北上「!?」

一瞬寒気がした。それが忘れかけていた野生の勘だと気づいた時には少しばかり遅かった。

右足に強烈な衝撃が発生した。

北上「なァっ!?」

魚雷!?放っていたのか!いやでも、なんで場所がわかった!?最初に突っ込んだコースからはそれている!

しかし、混乱する私の横を答えがすり抜けて行った。

北上「くっそぉ。防御力はないんだよぉ…っ!?」

魚雷がまた一つ私の左足を掠めていったのだ。

大井『北上さん!?』

北上「クソッ!アイツ、ばらまいたのか!」

搭載機の数、砲撃の数と威力、どれも規格外。それは魚雷の搭載数すらもそうだというのか!

最初の突撃の時点でこちらに向かって放射状にばらまいてやがったんだ!夥しい数を!
224 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:51:37.59 ID:D+5klDDp0
沈黙していたレ級から砲撃音が聞こえた。

私が被弾した事に気づいたらしく、おおよその位置にあの無茶苦茶な砲弾の雨を降らせてくる。

最悪だ。

数と力によるゴリ押し。

想定していた中で最も恐れていた事態だ。

何故って小細工が通用しないからだ。

大井『北上さんっ!!』

反対側で砲撃が始まった。

大井っちが私から気を逸らそうと砲撃をしているようだがそれも気休めにしかならないだろう。

レ級の砲撃も今のところ命中はしていないが時間の問題だ。

数で押せると分かったならいずれこっちがジリ貧になる。

最早猶予は無い。

獲物を追い詰める猫では勝てない。

窮まった鼠にならなくては。

どうせ捨てる命だ。
225 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:52:09.09 ID:D+5klDDp0
周りを包む死の音の中で自分でも驚くほど冷静に状況を確認する。

右足の魚雷発射管はダメだ。

左足と左手は無事か。

やるしかない。

足の魚雷発射管を外し準備をする。

よし行ける。

北上「こっちだクソッタレ!」

単装砲を撃ちながら真っ直ぐレ級に突っ込む。

レ級の砲撃が止まる。

そりゃそうだ。一つと思っていた砲撃が急に二方向から来るんだもの。

北上『大井っち!魚雷も砲撃も全部叩き込んじゃって!』
大井『っ!はい!』

忘れちゃいけない。追い詰められているのは向こうも同じなんだ。

一歩でも引いた方が負ける!
226 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:52:46.30 ID:D+5klDDp0
砲撃が始まった。

やはり狙いは大井っちか。

そりゃそうだ。こっちが手負いなのは分かってる。なら脅威度は大井っちの方が高い。

左手の魚雷を構える。

足を身軽した分いくらか速くはなってるはずだ。こっからはスピード勝負になる。

レ級に向かって真っ直ぐ進む。

直後、"レ級の放っていた魚雷に当たった"。
227 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:53:15.57 ID:D+5klDDp0
衝撃で大きく揺れる。

大井『 !? 』

大井っちが何やら叫んでいる。

かき氷を食べた時みたいに頭がキーンとする。

大井『 !!!』

砲撃音がいっそう激しくなる。

大井っちが奮闘しているようだ。

でも無理だ。

砲撃とは違う爆発音がした。

大井っちが被弾したみたいだ。

それでも大井っちの砲撃音は止まらない。

続け様にまた爆発音がする。

それでも大井っちは止まらない。
228 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:53:46.25 ID:D+5klDDp0
でももう無理だ。

これ以上は。

レ級がニヤリと笑うのが見える。

今までもそうやって多くを沈めてきたのだろう。

だからガキだと言うんだ。

お前は知らない。

捕食者は獲物にトドメを指す時こそ最も無防備なんだ。


北上「沈んで果てろ」ガチャ
レ級「!?」


レ級の背後に思いっきり連撃をぶち込む。
229 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:54:24.88 ID:D+5klDDp0

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

提督「雷撃特化じゃなくていいのか?」

北上「師匠からのアドバイスでさ」

吹雪「師匠って、あぁ川内さんですか。不思議と説得力あるから面白いですよね」

北上「"魚雷による一発があると思わせる事が最大の武器になる"だって。だから単装砲も持ってく」

大井「訓練をしていてもやっぱり魚雷だけでは動きが少ないですから」

提督「なるほどな。ならそれで組み立てていくか」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
230 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:55:12.77 ID:D+5klDDp0
大井「北上さん…北上さんなの!?」

北上「まあね。ほら、ちゃんと足も付いてるでしょ?」

大井「でも!」

北上「いやぁやっぱ難しいよねぇこの艦」

ボロボロの大井っちが駆け寄ってくる。

今にも抱きつこうという勢いだったが私の近くに来てピタリと止まった。

なにせ"レ級はまだ沈んでいないんだから"。

中破の連撃ではやはり轟沈とまではいかなかったようだ。

特に魚雷の数が足りなかった。

"私へ向けられていた魚雷を魚雷で相殺した"のが原因だ。

一度成功したならまたレ級は魚雷をばらまいて私を処理しようとする。だからそれにあえて乗ってやった。

向かってくるであろう魚雷に真っ直ぐ突っ込んで確実に処理できる距離まで引き付けた。

この暗闇では殆ど航跡が見えないからだ。

あんまり近かったから自分でも直撃したと思ったくらいだ。でもだからこそレ級も私が被弾したと思ったはずだ。
231 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:56:44.17 ID:D+5klDDp0
レ級は沈むまいと必死に足掻いていた。

腰から上だけはなんとか浮いているが下半身から徐々に底へと沈んでいる。

北上「…」

こいつはこうやって溺れる人々を眺めながら、何を思っていたんだろうか。

単装砲を構える。

右足はやられたし左手の魚雷は撃ちきった。とはいえトドメならばこれで十分だ。

"トドメだけなら"

大井「…」

大井っちが横に並ぶ。

装備は全部ダメになっているようだ。間違いなく大破だな。

でもまあ結果としては十分だ。

望んでいた以上の結果だ。

この状況は。
232 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:57:53.21 ID:D+5klDDp0
私はしっかり意識していた。

勝利の瞬間こそが最も危険だと。

大井「!?」

だから突如水面から飛び出し右手の単装砲を払い除けたレ級の尻尾と、してやったと言う顔をするレ級を冷静に見ていた。

そして左ポケットに忍ばせていた友人からのプレゼントを素早く構えて放つ事が出来た。

ベレッタ、いやサイコガンだったか。

近距離かつ装甲の薄い部分ならいけると言っていたが、これは想像以上だ。

眼球をえぐられたレ級が情けなく反り返る。

鼠を追い詰めるのではなく、逃げ道をあえて残しておく。

逃げられる、という希望を残しておく。

ただの鼠は猫を噛めない。

単装砲を囮にするため左足の裏に鉄線で括りつけて隠していた魚雷を素早く外し


呆気に取られている大井っちと

のたうち回るレ級と

私の前に放る。
233 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:58:43.76 ID:D+5klDDp0
これで全員だ。

仇はこれで全員だ。

一体と一人と一匹がここで死ぬ。

きっとおかしな考えなんだろう。

私の知る限り人間にとってこれはおかしな考えだと理解している。

でもその上で私は納得している。これは私にとって正しい。

"飼い主の仇は今目の前に揃っている"。

これでいいんだ。
234 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:59:14.17 ID:D+5klDDp0
何もかも忘れて鎮守府に居たいと思わなかったわけじゃない。

皆や、提督の、提督の隣に居たいと思わなかったわけじゃないんだ。

でも私は提督傍にはいられない。

そこには、いや違う。そうじゃない。

そんなんじゃない。

でもそこには大井っちがいて、だけど私は、そもそも北上じゃなくて、

分からない。

またこうなる。

腹の中のグツグツした何かでいっぱいになる。

私はただあの手で撫でられたいだけなんだ。

あの腕の中に帰りたいだけなのに。

でももうそれが出来ないなら。

邪魔した奴は、邪魔する奴は

消えちゃえ。

怨は返さなくちゃ。
235 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 03:59:48.24 ID:D+5klDDp0
それでも一瞬だけ、ほんの一瞬だけ迷った。

私は私の中にいる北上を道ずれにしてしまう。きっと提督や皆の事が大好きだった彼女を。

それにとうとう会えなかった白猫の事を思い出す。

ほんの少し、体から力が抜けた。

だから私は横からの衝撃に耐える事が出来ずにモロに吹っ飛ばされた。

北上「は?」


大井「さよなら黒猫さん」


ニヤと満足気に笑う彼女。

次の瞬間私を襲った衝撃が魚雷によるものなのか、その言葉によるものなのか私には分からなかった。
236 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 04:02:21.11 ID:D+5klDDp0
走馬灯のように記憶が浮かんでは消える。

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明石「記憶が蘇る方法?」

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明石「改造による強化や艦種の変更はその船の記憶をより定着させたり、違う記憶を入れたりするものなんだけど。それもきっかけになったりはするわね」

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北上「あのさ、前に私と大井っちが改装した時の事覚えてる?」

明石「そりゃもちろん。ついこの前だしね」

北上「あの時大井っちが何か聞きに来なかった?」

明石「えーっと、あーきたきた。なんか体調が優れないみたいな事言ってた」

北上「それで!それでなんて?」

明石「まあ改装すると身長とか身体の造りが少し変化したりするし、力加減も変わるから慣れれば平気よーって言ったくらいかな。

後ほら、北上にも話したけど別の記憶が混じったりするよって話とか」

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大井「ふぅ…」

北上「…」

またか。

改造してから何故か唐突に溜息をつき悲しげな表情をする時がちらほら。

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走馬灯とは、死に瀕した時それを回避するために記憶を漁るのが原因だと言う説があるらしい。
237 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 04:02:59.73 ID:D+5klDDp0
私は最初から黒猫だった。

たまたま最初から黒猫の記憶が混じってた。

でもじゃあ向こうは"そうじゃなかったとしたら?"

いつからだ?

いつから私が黒猫だと気づかれていた?

いや、思えば多摩姉を疑ったりして私は随分それについて色々喋っていた。

当事者が聞けばすぐにわかるような事を口にしていた。

思い当たる節は色々あった。

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大井「でも実際麦畑で追いかけっこなんかしたら絶対捕まえられませんよね。お互いに全身スッポリ覆われてしまいますから」

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大井「猫は草を食べるんですよ。本能的なものなので何でと聞かれると分かりませんが」

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思い出せば、キリがない。
238 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 04:03:30.10 ID:D+5klDDp0
大井っちは思い出したんだ。

いや、それは思い出したという表現とは違うのかも知れない。

"他の記憶が混ざる"。そう言っていた。

私もそうだ。自分の中に何かがある、という感覚。

大井っちはきっとあの日から自分の中に自分以外の何かが生まれたんだ。

だから悩んだんだ。

あの時の落ち込みはそういう事だったんだ。

そして気づいた。黒猫である私に。

そして、


自分がかつて飼い主を殺していた事を。
239 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 04:03:59.21 ID:D+5klDDp0
それはどういう感覚だろう。

自分でない自分。

私も未だにそれを飲み込めていないんだ。

だから大井っちは距離を取った。

私からも、提督からも。

飼い主を、父親を殺めたと分かったから。

それがどこかで変わった。吹っ切れた。

何があったかは分からない。

でも大井っちは変わった。

私が全て知った上で復讐を選んだように、大井っちも選んだんだ。

きっと私と同じように。

"飼い主の仇を打つ"

"飼い主に会いに行く"

私達はすれ違いながら全く同じ目的で動いていたんだ。
240 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 04:04:33.45 ID:D+5klDDp0
でも、じゃあ、なんで、どうして?

私を突き飛ばしたんだろうか?


ニヤと満足気に笑う彼女。


私とは違うその迷いのない笑顔がこびりついて離れない。

それでもとうとう、私の意識は深い海の底へ沈んでいった。
241 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/08/20(火) 04:08:25.08 ID:D+5klDDp0
艦娘の夜戦ってどんなんだ…?と悩みだしたらドツボにハマって…


"北上の話"は以上で終わりです。



でももちっとだけ続くんじゃ。
次は一話より前の話です。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/20(火) 12:40:08.67 ID:cJd8koUXO
戦闘描写はなー、と思ったが
自分がここで読んでるので真面目に書いてるのもう1つ位しかないや
擬音に頼ると味気ないし大変そう
更新乙です
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/21(水) 15:37:41.99 ID:QwfSduBCo
おっつー
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/08/21(水) 19:51:34.53 ID:M89RmBJ6O
ニッコリではなくニヤなのはダブルミーニングなのかー?
245 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:42:41.24 ID:G5m/2Yis0
・ 前書き




北上「」ハッ

目が覚めた。

しかし朝起きる時の眠りからだんだん覚醒していく感覚とはちょっと違う。

やけに意識がハッキリしている。

それにしても…

北上「目が覚めたら見知らぬ天井、ってホントにあるんだなあ」

多摩「第一声がそれかにゃ」

北上「うえっ!?」

首を声のした方へ向ける。

どうやら仰向けでベットに寝ているらしい私の右側。椅子に座りこちらを見つめていたのは多摩姉ちゃんだった。

北上「えーと、おはよう?」

多摩「早くないにゃ。とても遅いにゃ、眠り姫め」

北上「私はシンデレラらしいよ」

いつだったか海猫が言っていた戯言を思い出す。

多摩「それは知らなかったにゃ。どうりで王子様のキスじゃ目覚めないはずにゃ」

北上「王子様?」

多摩「気にするにゃ」
246 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:43:21.08 ID:G5m/2Yis0
カーテンから柔らかい光が部屋に差し込む。

今は午後のようだ。

北上「…ここ、鎮守府なの?」

多摩「そうにゃ。印刷室横の空いてた部屋にベットとか機材持ち込んで無理やり医務室に仕立ててあるにゃ」

北上「あぁ、そういや鎮守府にゃ医務室ないんだったね」

多摩「普通は入渠で治るからにゃ」

北上「…」

多摩「…」

北上「今どういう状況?」

多摩「シンデレラが眠り込んでから三日経ってるにゃ」

北上「三日!?」

想像以上の事実にベットからはね起きそうになった。

のだが、"しようとしたけどできなかった"。
247 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:43:59.22 ID:G5m/2Yis0
北上「あ、あれ?」

多摩「明石曰く、中身が死んでる状態だそうにゃ」

北上「中身?」

多摩「外傷は入渠で治ったにゃ。でも何故か目を覚まさなかったにゃ。だから中身が無くなってるって、魂的な話にゃ」

北上「成仏してた?」

多摩「かもしれんにゃ。だから今は多分中身と体のリンクが切れてるんだと思うにゃ。身体があんまし動かないのはきっとそれにゃ」

北上「どうなってんだ私達の体。ロボットか何かなのかな」

多摩「ま、考えてみりゃ当たり前の話にゃ。乗り手のいない艦は動きようがないにゃ」

北上「…それもそうだ」
248 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:44:27.70 ID:G5m/2Yis0
北上「…」

多摩「…」

沈黙が走る。

意識はハッキリしてるのにどうにも頭が回らない。

ボーッとしてるわけじゃないのに、まるで中身が抜け落ちてるような気分だ。

あ、右手が動かせた。

そっと手を上げると、多摩姉がその手を掴んでくれた。

北上「ちょっと動かせてき、え、多摩姉ちゃん?」

多摩「どうしたにゃ?」

北上「いや、その」

多摩「?」

北上「泣いてる、よ?」

多摩「…あぁ、まだ残ってたのかにゃ」
249 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:45:07.44 ID:G5m/2Yis0
表情を一切変えずに静かに涙を漏らしていた。

北上「…」

多摩「北上」

北上「は、はい」

多摩「ふんっ!」ガッ
北上「グエッ!?」

一切の躊躇のない頭突きが入った。

北上「ぉ、ぉおおぉぉぉ…」

唯一動かせる右手で頭を抑える。

とんでもない威力だ。まさか石頭だったとは。

北上「…ってあれ?いないし」

扉が閉じる音がした。

部屋を出ていったのか?
250 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:45:43.45 ID:G5m/2Yis0
そこからが大変だった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

明石「…生きてるわね」

夕張「足はどう?」

北上「まだ動かせないかな」

明石「まあこの分なら時間の経過で治るでしょ」

夕張「ぶっちゃけ私達がどうこうできる範疇じゃないしね」

北上「中身の問題、なんだっけ」

明石「多分ね」

「コラァァァ!!」

北上「ん!?」

部屋の外から凄い声がした。

夕張「あ、吹雪の声だ」
251 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:46:14.43 ID:G5m/2Yis0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

吹雪「ど〜もお久しぶりです北上さん。私の事覚えてます?」

北上「提督のおねーちゃん」

吹雪「もっかい寝ときます?」

北上「遠慮しとく」

夕張「なんかあったの?声がしてたけど」

吹雪「どっから聞きつけたか部屋の外野次馬だらけですよ。皆心配してましたから」

明石「あ〜」

吹雪「一応まだ怪我人扱いなんですから騒がしくして欲しくはないんですけれどね」

夕張「なら私達も退散しますかね」

吹雪「大丈夫そうなんですか?」

明石「多分ね。正直私達の管轄外だし」
252 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:46:44.04 ID:G5m/2Yis0
夕張「というわけで北上ぃ」

北上「な、なに?」

明石「約束、覚えてるわよね?」

北上「約束?」

夕張「私言ったわよ。生きて帰るための武器だって」

北上「あー…」

明石「命知らずの馬鹿にはおしおきが必要よね」

北上「ず、頭突き以外でお願いします…」

夕張「足はまだ動かないのよね?」

北上「待て何をする気だ」

明石「じゃバリちゃん足持ってて」

夕張「あいあいさー」

北上「ちょ!?」
253 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:47:16.95 ID:G5m/2Yis0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

吹雪「生きてましたね」

北上「生きてたね」

吹雪「実は幽霊だったり?」

北上「それは私には確かめようもないかな」

吹雪「まあ足はありますし大丈夫でしょう」

北上「まだ動かないけどね」

吹雪「ですね」ピラッ

北上「スカートめくらないで」

吹雪「ノーパンってどんな気分ですか?」

北上「寝てる分には気にならないかな。それより友人二人にパンツ剥がれることの方が恥ずかしい」

吹雪「あのパンツどうする気なんでしょうか」

北上「あまり考えたくはないね…」
254 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:47:57.19 ID:G5m/2Yis0
吹雪「聞かないんですね、どうなったか」

北上「…」

吹雪「聞かれても答える気ないんですけどね」

北上「おい」

吹雪「私より相応しい人がいますからね。ここで話したら興醒めでしょう」

北上「そんな事は、ないんだけどね」

吹雪「さっき球磨型姉妹に会ってきましたよ」

北上「…」

吹雪「球磨さんと木曾さんもここに来る気満々でしたけど、多摩さんの腫れ上がったおでこを見て止めたみたいです」

北上「…」

最悪三人に頭突きを食らっていた可能性もあったわけか…多摩姉に感謝だな。

吹雪「他の娘達は一応立ち入り禁止です。それでも入口に人集りができてる辺りモテモテですねぇ北上さんは」

北上「…」
255 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:48:27.79 ID:G5m/2Yis0
吹雪「さて、ここは私もカッコつけてデコピンでもして部屋を去っていくのがいいんでしょうけれど、私、こう見えて結構悪い娘なので」

北上「それは、知ってる」

椅子から立ち上がった吹雪はとても悪い顔で、とても、とても楽しそうに笑う。

吹雪「反抗期なんです。素直じゃなくて、正直なんです。だから北上さん」

北上「なに」

吹雪「ありがとございました」ペコリ

お巫山戯でもなんでもない心からのお礼だった。深々と下げられた頭に私はかける言葉が見つからなかった。

北上「…」

吹雪「ご褒美はちゃーんとセッティングしておいたんでそこはご心配なく。それでは」

北上「…」
256 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:48:56.32 ID:G5m/2Yis0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

提督「よっ」

北上「遅い」

提督「第一声がそれかよ。お前自分の立場分かってんのか」

北上「部屋の入口でグダグダしてた人に言われたくはない」

提督「ぐっ…いやだって、後ろめたいと言いますか…つか気づいてんのかよ」

北上「気配とか音でわかるよ」

提督「相変わらず敏感だなそういうのには」

北上「まあ、ね」

カーテンからは月明かりが差し込んでいた。

昼と違い刺すような夜の冷気が窓から入ってくる。
257 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:49:36.68 ID:G5m/2Yis0
提督「よいしょっと」

ベットの脇の椅子に座る。

そこにはきっとこの三日間、色々な人が座っていたのだろう。

提督「とりあえずこれが躊躇した理由その一な」

北上「ん?」

提督「…ほれ」

気まずそうに差し出されたそれは

北上「」

友人に剥がれたパンツだった。







北上「死にたい」

全身で布団にくるまる。

提督の顔を見れなかった。

どうにも恥ずかしくって仕方がない。

提督「何故か夕張達に押し付けられてな…すまん」

北上「提督が謝る事じゃないけどさ…とりあえず返して」

布団から手だけ出してパンツを受け取る。

提督「おう。身体は動くようにはなったみたいだな」

北上「まあ半分くらいは、あー」

提督「どした?」

北上「足がまだなあ。どうやって履こうか」
258 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:50:04.69 ID:G5m/2Yis0
提督「あーね」

北上「…」チラッ

提督「…え、俺?」

北上「え?」

提督「あっ」

北上「えぇ!?ヤダヤダ!それだけは絶対にダメ!」

提督「お、おう!わりぃ、ってしねーよそんなこと!いや決してしたくない訳じゃなくてだな」

北上「え」

提督「何も言ってません」

北上「変態」

提督「うるせえ!もぉいいよパンツくらい。裸の付き合いした仲じゃねえか!」

そういやそんな事もあったな。あの頃はまだなんとも思わなかったけれど。

北上「あー、うん…」

提督「…」

なんだろう。変に気まずい。パンツ云々ではなく何か噛み合わない。

北上「あはは」
提督「わはは」
259 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:50:38.91 ID:G5m/2Yis0
北上「それでさ、あの後どうなったの」

提督「どうなったかは正直分からねえんだ」

北上「どういう事?」

提督「北上も大井も反応が消えた。でも飛龍達も手負いだ。迂闊に動く訳には行かない。まして夜だしな」

北上「それもそうか」

残された皆の事なんて考えてなかった。自分の事しか見えていなかった。

提督「だから吹雪のおかげだよ。相変わらずな。俺は何も出来ちゃいねえよ」

北上「吹雪?」
260 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:51:18.48 ID:G5m/2Yis0
提督「あいつ作戦時何処にもいねえと思ったら叢雲連れて元帥のおっさんのとこ行ってたらしくてな」

北上「ええ!?そんないつの間に、いや、あーそっか」

"叢雲とデートしなきゃなんで"とはそういう意味か。勘繰られるくらいなら自分から巻き込んでしまおうという魂胆だろう。

提督「全部話した上で救援を寄越せと言ったらしい。無茶やってくれる。でも正解だった。アイツやっぱすげぇや」

あの人にとってもレ級は討つべき仇だった。でもそれはそれとして提督の勝手な復讐も止めようとしていた。

後者が既に止めようもない所に行っているのならきっと手を貸してくれる。それに賭けた、という事か。

提督「そんで飛龍達は無事確保。だが問題はお前らだった」

北上「反応は消えてたんだよね」

提督「ぶっちゃけ轟沈判定だよ。そうでなくともこの広い海で何の目印もなしに漂う人一人見つけるなんて無理ゲーだ」

北上「ならどうやって。偶然?」
261 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:51:45.19 ID:G5m/2Yis0
提督「これ、お前は見覚えあるだろ」

提督の懐から出てきたのは

北上「え」

少し緑っぽいコンドームだった。

提督「お前、これスマホに入れてたろ」

北上「いや入れてたけど、アレだよ?金運上がるって聞いたからだからね!変な意味じゃなくて!」

提督「そうじゃなくてな。これ、夕張の作ったやつだろ」

北上「へ?うん、そう、だけど…あー!!」

提督「そういうこった」

北上「え、えぇ…」

"使えばGPSで居場所が特定できるやつ"

提督の浮気現場特定出来るとかなんとかあのメロンは言ってたな。
262 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:52:16.80 ID:G5m/2Yis0
提督「急に夕張が、ここ!ここに北上がいる!って位置情報出してきてな。何言ってんだどうして分かると聞いても何にも答えねえし、他に宛もないから藁にもすがる気持ちで行って見りゃホントにいるんだもんな」

北上「うそぉ…私コンドームに命救われたの?マジ?嘘でしょ?」

提督「良かったな。しっかり命を包んでくれたぜ」

北上「最悪だぁぁ…後その言い方もサイテー…」

提督「ははは、助かったんだしいいじゃねえか」

北上「良くないよぉ…」

再び布団にうずくまる。

恥ずかしいなんてもんじゃないぞこれ。

提督「人生何があるかわからんな」

北上「ホントにね…」
263 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:52:56.79 ID:G5m/2Yis0
提督「後は、いや、それはいいや。北上」

北上「は、はい」

急に改まって私の名前を呼ぶ。

そう、私の名前を。

提督「おかえり」

あぁ、そうか。

そうだった。

私は帰りたいと思ったんだ。

向こうではなく、ここに、この場所に。
264 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:53:35.89 ID:G5m/2Yis0
私も彼女も同じだった。

要するに二匹とも帰りたかったんだ。

でも私にとってはここがその場所になっていた。

その事に私が気づいていないと、彼女は気づいていた。

だからあんな事をしたんだろう。

見事に噛み合わず、綺麗にすれ違って、結局お互い帰るべき場所に帰れたわけだ。

愛する人の元へ。

全部彼女の思惑通りになっちゃったかな。

だと言うのに私は、そんな事露ほども知らずに、あんなこと考えていた。

自分の事しか考えていなかった。
265 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:54:08.76 ID:G5m/2Yis0
北上「ただいま…」

提督「それ、皆にも言ってやれよ?」

北上「分かってるよ。また頭突きはゴメンだからね」

提督「それと、こっちは大井との約束でな」

北上「大井っちの?」

大井っちが残した、大井っちの遺した約束。

そういや以前提督と約束がどうこう言ってたっけ。

提督「はい」パカッ

北上「え」

懐から出した小さな箱を開ける。

黒くて丸みを帯びた四角く、少し柔らかな見た目のその箱の中には首輪よりも小さい輪が入っていた。

提督「散々なんか洒落たセリフ言えとか言われたんだが、どうにも思いつかなくてな」

北上「いやそうでなくて」

提督「え?」

北上「い、え、提督、私の事気になってんの?」

提督「気にというか、しゅ…好きです」

噛むなよ。
266 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:54:46.51 ID:G5m/2Yis0
北上「だって、あれ、大井っちじゃないの?」

提督「一目惚れです」

北上「しかも一目惚れ!?」

何言ってんだこいつ。

提督「大丈夫か?さ、流石にこのタイミングは変だったか?」

北上「悪いのはタイミングじゃない…待って、提督大井っちが好きなんじゃないの?」

提督「いやそれはない。てかそんなふうに思われてたのか!?」

北上「思われてるでしょぉそりゃあ」

提督「うぉぉぉぉ…」

地獄のように深いため息。

提督「いやぁ、でもうん、そういう事かぁ。大井も吹雪もちょくちょくなんか言ってたのはそういう事かぁぁ…」

北上「思い当たる節はあるんだ…」
267 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:55:20.58 ID:G5m/2Yis0
提督「北上が来る一年前に大井が来たろ?それからずっと北上サン北上サンうるさくてな」

北上「あーね。ま大井っちはそだね」

提督「一体どんなやつなんだ北上ってのはと思いつつ一年後、ようやく本人に会えたわけだ」

北上「あの時か。なんかもう随分と昔に思えるね」

提督「一目惚れです」

北上「嘘ん」

提督「マジ」

北上「具体的にどこら辺が?」

提督「え、いやそれは…」テレッ

北上「えっ、キモっ」

提督「」

怪我人のベットの横でモジモジされても困る。
268 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:55:54.77 ID:G5m/2Yis0
提督「大井にも言ったんだよ。惚れましたって」

北上「言っちゃうんだ」

提督「流石提督ですいい趣味してますって言われた」

北上「言っちゃうんだ…」

提督「それはそれとして北上に指一本でも触れたら酸素魚雷ぶち込みますって言われた」

北上「それは言うね間違いない」

提督「そっからはガードが固くてホント…」

北上「流石大井っちだ」

提督「北上のここが良いみたいな話ではよく盛り上がるんだけどな、近づくのだけはNGなんだと」

北上「するなそんな話ぃ…」

何度目か、布団で顔を覆う。

よく2人でなんか話してたのはそれか!アホか!

アホか…
269 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:56:38.25 ID:G5m/2Yis0
提督「でもなんか急にガードするの辞めてさ、むしろ応援された」

北上「!」

提督「色々セッティングされたりとかさ。前行ったデパートも、適当な口実つけて行ってこいヘタレがってさ。ご丁寧にプランまで」

北上「…それってさ、変わったのだいたい半年くらい前だよね。私が改装した後くらい」

提督「あー確かにそんくらいだったな」

そっか。私が改装した後。

つまり大井っちが改装した後。

"大井っちが大井っちでなくなってから"

きっとどこかで気付いたんだ。

私が誰なのか。私が何を思っているのか。誰を想っているのかを。

全部彼女の手の内か。コロコロと、まるで猫のように転がしていたわけだ。
270 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:57:13.01 ID:G5m/2Yis0
提督「この約束もそうだ。アイツが急に部屋に殴り込んで来てさ、今企んでること全部話せって言われて、その後協力するから一つ約束しろって」

北上「約束って」

提督「終わったら告れと。俺にフラグ立ててどうすんだよって話だろ。今にして思えば、なんか悟るってゆーか、思うところでもあったのかもな…」

北上「そうだね…」

思うところなんてもんじゃない。思い通りもいいところだ。

提督「大井はもう約束なんて分かりゃしないだろうが、約束は約束だ。だから」

北上「だから私に?」

提督「おうよ」

北上「はぁ。てーとく、いい趣味してるよ。実にいい趣味だ」

提督「そりゃどうも」
271 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:57:56.61 ID:G5m/2Yis0
北上「でもさ、私、ちょっと変なやつだよ」

提督「お前はそーとー変なやつだよ」

北上「あー提督もそういう認識はあるのね」

提督「大井も言ってた」

北上「大井っちにまで言われてるのか私」

提督「でも安心しろ」

北上「何がさ」

提督「俺がそうだったように、お前にも俺の知らない色々があるんだろうさ。皆そうだろ」

北上「とても北上とは思えないような色々だとしても?」

提督「北上は北上だよ。それは重雷装巡洋艦の北上って事じゃあなくて、お前はお前って事だよ。それにそれがどんなものでも、俺の知ってる北上を嫌いになる理由にはならねえよ」

北上「…」

提督「んだよそのなんとも言えない顔は」

北上「なんとも言えない顔だよ。提督」

提督「ん?」

北上「へへ、やっぱ提督趣味いいね。実にいいよ」

提督「それに関しちゃ大井のお墨付きだからな」
272 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:58:36.47 ID:G5m/2Yis0
北上「だからさ提督、お願いがあるんだけどさ」

提督「お願い?」

私が口を開きかけたその時だった。

部屋の扉が勢いよく開かれたのは。


大井「北上さ「ストォォォップ!!」グェッ!?」


扉を開け何かを叫びかけた人物はまた別の誰かによる横からのタックルで吹っ飛ばされ視界から消えた。

というか

北上「お、大井っ、ち?」

提督「なぁにやってんだあいつ」

北上「え、あれ?大井っち?大井っちだよね?」

提督「大井っちだろそりゃ。まあ大井っちかと言われたら違うのかもしれないがな」

何言ってんだこいつ。
273 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 05:59:26.43 ID:G5m/2Yis0
開いた扉からは廊下のドタバタ騒ぎの音が聞こえてきた。

「邪魔しないでください!!北上さんを!北上さんを守らなきゃ!!」

「いいから今は黙ってろにゃ。後で痛っ!肘!肘はなしにゃ!」

「木曾はそっちの手を抑えろクマ!こういう時は単純な力技が一番クマ」

「すっげえ近づきたくないんだが」

「さっさとするにゃ!このままだとグホォッ!?」ドゴッ

「木曾ぉ!!早くするクマァ!」

「すっげぇ嫌なんだが」
274 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:00:05.04 ID:G5m/2Yis0
提督「…ま元気でよかったな」

北上「そうじゃなくて!大井っちが、大井っち、生きてたの?」

提督「ん?あれ、他のやつから聞いてないのか?」

北上「皆肝心な事は何も」

提督「それくらいは話せよな…つかお前も覚えていないのか?」

北上「何が」

提督「北上を見つけた時、大井のやつを掴んで離さなかったのはお前だぜ」

北上「私が?」

提督「腕をこうがっちり掴んでたって聞いたぜ」

北上「私が…」

ならそれは、私の知らない私なのかも知れないな。
275 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:00:40.98 ID:G5m/2Yis0
提督「ただな、大井のやつ、"ここ半年間の記憶が無くなってる"んだ」

北上「半年間!?」

提督「ショックで記憶がってのは人間なら起こりうる事だし、艦娘がなっても不思議じゃない、のかはわからんがとりあえずはそういう見解らしい」

北上「じゃあさっき言ってた約束を覚えてないってのはそのまんまの意味か」

提督「前みたいに北上北上と、なんだか懐かしくもあるけどな」

北上「そっか」

提督「また何かの拍子に思い出すかも分からんしな。焦ることはないだろ」

北上「そうはならないと思うよ」

提督「なんでだ?」

北上「忘れたわけじゃないからだよきっと。ただ帰っただけなんだ。色々と、元に戻ったんだよ」

提督「…ほー。お前が言うならそうなんだろうな多分」

こんなにも近くにいた幸せの青い鳥は、どうやら飛び去ってしまったあとのようだ。
276 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:02:16.24 ID:G5m/2Yis0
北上「ねえ提督」

提督「なんだ北上」

北上「今すぐにでも抱きつきたいけど少し我慢するね」

提督「お、おう?」

北上「話をしてもいいかな」

提督「そりゃ別に構わないけどよ。なんでまた急に」

北上「長いからだよ。千夜一夜とまではいかないけど、今夜はたっぷり付き合ってもらうよ」

提督「そんなに沢山なんの話しを」

北上「私の話」

提督「北上の?」

北上「うん。だから首輪の事はその後で」

提督「指輪と言え指輪と」

北上「同じようなものでしょ」

提督「イメージだいぶ違くねえか?」

北上「同じだよ。私にはね」

提督「それで、話ってのは」

北上「そうだねえ。長い話だし、タイトルからいこうか」

提督「随分本格的だな」

北上「えーっとねえ」

しばらくの逡巡の後、ひとつ思い浮かんだものがあった。




北上「吾輩は猫である」
277 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:04:17.59 ID:G5m/2Yis0
・ 後書き











老人は大きく欠伸をした。

老後に趣味で始めた古本屋。周りを全て老いた物で囲んだ安らぎの空間だ。

レジ替わりの台の脇で安楽椅子に揺れながらいつもと変わらない時間を過ごしていた。

老人「ん?」

ふいに僅かに戸が揺れる音がした。

店の中からでは所狭しと並んだ本棚のせいで入口が見えない。

風のイタズラだとは思いながらも客の来た可能性を考え春の陽気で眠りかけていた体を起こす。

手元を漁り老眼鏡を掛け店を見渡す。

やはり人影は無い。

いや、"何かが視界の下で動いた"。

吹雪「お久しぶりです吹雪です!」ヒョコ

老人「うお!?吹雪か!」

吹雪「お元気そうでなによりです」

老人「お前さんもな」

驚きとともに妙な懐かしさが込み上げてくる。

数年ぶりではあるが、それ以上に久しぶりに彼女を見た気がした。
278 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:05:16.37 ID:G5m/2Yis0
地面より高い位置に置かれた台からは背伸びした吹雪の顔だけが見える。

数年前と変わらない吹雪が。

老人「艦娘は成長しないんだったな」

吹雪「分かりませんよ?私改四とかしちゃうかも」

老人「なんだそりゃ」

吹雪「成長の話ですよ。成長と言うより変化かな?」

老人「それで、今日はどうしたんだ?数年ぶりに顔見せにて」

吹雪「色々と話しておきたい事がありまして」

老人「話か。ワシみたいなのが1番好むやつだな」

老人が椅子にゆっくりと、深々と座り直す
279 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:06:10.45 ID:G5m/2Yis0
老人「どんな話だ」

吹雪「いい話ですよ」

老人「誰の話だ」

吹雪「そうですねぇ。ウチの話です」

老人「いつの話だ」

吹雪「今までの話です。ちょっと遅くなりましたけど、ようやく落ち着いたので」

老人「良い話か?」

吹雪「はい!」

そのまま飛び上がるんじゃないかという程に勢いよく返事をする。

吹雪「とっても、とても…」

しかしその満面の笑顔が段々としわくちゃになっていく。

吹雪「凄く、良い話です…」

溢れ出る涙を押し止めようとするが次第に喉から嗚咽だけが漏れ始める。

だがそれは散り行く花のような悲しいものではない。

老人(ああ、久しぶりに見た)

思うがままに感情を振り撒く、かつて彼女の慕う提督と共にいた時に見たなんの偽りもないそのままの彼女だ。
280 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:08:11.20 ID:G5m/2Yis0
老人「泣きたくなったらまた来いとは言ったが、そんなに泣かれるとは思わなんだな」

吹雪「は゛い゛」グスン

老人「何がそんなに嬉しかったんだ?」

吹雪「終わったんです…やっと…全部…」

老人「そうかい」

吹雪「だから始まるんです。やっと」

老人「なら、その終わった話は話さなくていい」

吹雪「そうもいきません!もう貴方くらいしかいませんから。この話が出来るのは」

老人「いいのか?楽しいだけの話じゃないんだろう?」

吹雪「はい!」

力強く頷く。

吹雪「最後がハッピーエンドだから大丈夫です。それに」

今度は泣かなかった。

吹雪「忘れたい話じゃないですから!」
281 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2019/09/22(日) 06:17:24.66 ID:G5m/2Yis0
馬鹿野郎一ヶ月も空けやがった!


こんなに長くなるなんて私聞いてない。
後先考えず書くものじゃないです。
でも楽しかったからいいんです。

何思ったか急に物書き始めた素人ですが皆様のおかげでこんなにも調子に乗って長い話になりました。
最後まで付き合った方にはボスにカットイン決めてくれた娘くらい感謝です。
でも次は短い話にしようと思いましたまる
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/22(日) 08:45:22.17 ID:iZ7Fk21UO
おつおつ。長編完走お疲れ様でした
その後の北上たちの日常を読んでみたいかも
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/22(日) 11:10:31.82 ID:G+G71TgN0
乙です
また最初から見直してくるかなあ
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/22(日) 15:16:05.66 ID:okljzoHto
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/22(日) 16:27:51.78 ID:P7QKhJmDO
乙した


うむっハッピーエンドは良いよね
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/22(日) 18:02:20.10 ID:0ZtoyK1/0
尊い犠牲となった輸送船と護衛艦隊の関係者は全滅した直後にレ級が倒されるとかたまたまで納得すんのかな?
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/22(日) 21:37:59.36 ID:8QOVdHHo0
ちょっと強行着陸だったけど前作の空中分解じみた終わりを思い出すに隔世の感があるな
堪能したよご馳走様!
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/23(月) 10:19:28.15 ID:xaEl0QTu0
実に面白かった、乙です!
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/23(月) 14:07:46.13 ID:M5VYjXVZo
おつおつおー
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/23(月) 17:47:27.26 ID:2cCRsn8TO

よかったよ
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/08(日) 11:50:40.93 ID:bovFucNY0
続き読みたいなぁ
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/06/04(金) 05:33:59.18 ID:rhYIhPuk0
何度も読み返してるけど本当に良い。手許に残したくなる良作だった。しばふ艦興味なかったのにこの作品のせいで俺の大井っちが北上を求めるようになる程度には北上さん好きになったよ、ありがとう!
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