少女「あなた、死神?」男「あぁ」

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59 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:39:19.98 ID:GTq2Jn9X0


少女「……」テクテク

男「……」テクテク

少女「…こっちの方はまた少し雰囲気が違うのね」

男「そうだな。インテリアや装飾品が主体だからだろう」

少女「食べ物の方が人気があるってわけ?……人間ってわかりやすい生き物よね」

男「……」

男(さっきの君も、他人のことは言えないと思うが…)

少女「……なにか?」ジロ

男「…何も言ってないだろう」

少女「ふん……」

男「………」

男「……この辺りで売っているものよりも、君の部屋にあるものの方が立派だ」

男「君にとっては目新しくないのではないか?」

少女「まぁ、そうね」

少女「でも、家に置いてあるのは、私が選んだわけじゃないから……あっ」ピタッ

男「どうした?」

少女「……」ジーッ

タッタッタッ

男「おい、どこへ…」

タッタッ...

少女「……」ジッ...

男「……」チラリ



看板『雑貨店』


60 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:40:44.36 ID:GTq2Jn9X0


男「……」...テクテク

少女「……」ジッ

店主「おや、いらっしゃい。何か気になるものでもあったかな?」

少女「あ、えっと…」

店主「ん?…この銀の首飾りかな?ふむ、確かに、お嬢ちゃんによく似合いそうだ」

店主「よし!この首飾り、職人の業物でね、本来なら銀貨20枚はいただく代物なんだが……お嬢ちゃんのためだ、特別に半分の10枚にまけてあげよう」

少女「銀貨10枚……」

店主「うむ。どうかね?」

少女(……)

男「……君にとっては安い買い物だろう?」ボソッ

少女「それはそうだけど…今お金なんて持ってきてないもの。何か買うつもりなんてなかったから……」ボソッ

店主「……やっぱりちょっと値が張るかね?なら、こっちの髪留めなんてどうだろう?その綺麗な髪によく映えると思うよ」

少女「いえ、お気持ちは嬉しいのだけれど、私たち──」

男「──店主、その首飾りをいただこう」

少女「え…?」

店主「おぉそうかい!」


61 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:42:13.63 ID:GTq2Jn9X0


男「金だ」ジャラ

店主「はい毎度」

少女「あなた、お金なんて……」

店主「では、こちらをお包み致しますので少々お待ちを──」

男「いや、そのままでいい。渡してくれ」

店主「そうですか?…では、どうぞ」

男「……」

(首飾りを受け取る)

少女「………」

男「……少女」

少女「!!」

少女(今、名前で…?)

男「何をしている。こっちを向くんだ」

少女「え、今、あなた……」

男「早く」

少女「……えぇ」

男「……」



スッ(首飾りを着ける)


62 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:44:14.71 ID:GTq2Jn9X0


少女「……」

男「……」

店主「おぉ…!やはり思った通り、よく似合っている!」

少女「そうかしら…?」

店主「えぇそうですとも!…こちらの鏡で、今のご自身を御覧なさい」スッ

少女「…まぁ…!」

少女(胸元にちょこんと……ふふ、かわいい業物さんね)

少女「ねぇどうかしら、あなたも似合ってると思う?」クルッ

男「……あぁ。とても魅力的だ」

少女「♪」

男「………」

少女「……あ」

少女(そういえば)

少女「店主さん」

店主「なんだい?」

少女「今、何時かしら?」

店主「今……そうだね、17時前くらいじゃないかね」

少女「もうそんな時間なのね…!」

少女(あと40分もない…)

少女「戻りましょう?」

男「……」


63 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:45:10.52 ID:GTq2Jn9X0



テクテク



店主「また来ておくれよー!」



少女「……」テクテク

男「……」テクテク

少女「…♪」クビカザリイジリ

男「……」テクテク

少女「…今日は、ありがと」

男「……」

少女「あなたのおかげで、素敵な一日になったわ」

少女「……こんな日々を送ってみたいものね……」ボソッ

男「………」

男「……最後に、少し立ち寄りたいところがある」

少女「あなたが…?」

男「そんなに時間は取らせない」

少女「なら、いいけど…」

男(………)




64 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:46:31.15 ID:GTq2Jn9X0

ーーー伯爵邸のはずれの森 空地ーーー

少女「──ここって……」

男「……昔、来たことがあるのではないか?」

少女「そう、ね。でも……」



(町を一望できる景色)



少女「……本当に昔のことよ。まだ物心がついたばかりの」

少女「死神さまともなると、そんなことまで分かるのね」

男「………」

少女「………」



トサッ



男「……」

少女「……ほら、あなたも座って」

少女「ここに」ポンポン

男「………」



...スッ


65 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:48:19.81 ID:GTq2Jn9X0


少女「………」

男「………」

少女「…変わらないわね、ここからの眺めは」

男「………」

少女「初めてここに連れて来られたのは、まだ6か7くらいの時だったわ」

少女「あなた、想像できて?私にも素直な幼子時代があったのよ?」

少女「今はもう随分変わってしまったけどね…」フッ

男「………」

少女「ま、あなたにとっては数年なんて一瞬なんでしょうね」

男「……今でも、この景色は好きか?」

少女「……うん。あの頃と同じ。ここから見てると、この世界の一部になったように感じるの」

少女「私みたいな小さい存在でも、確かにそこに居るんだって…思わせてくれる……」

男「………」

少女「………」

男(……柔らかい表情。きっとそれが、君の本来の素顔……)


66 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:49:26.19 ID:GTq2Jn9X0


男「……君の話を、聞かせてくれないか」

少女「……」チラリ

男「この数年で変わったと、そう言っただろう。……何を感じ、何を思って今の君があるのか」

男「俺に教えてくれ」

少女「………」

男「……思い出話に花を咲かせるのは定番、なのだろう?」

男「俺の話は十分にしたはずだ」

少女「………」

少女「……うん」

少女「いいわ。……あまり長く話すことはないけど」

男「………」

少女「……私の小さい頃の夢から教えてあげる」

少女「昔の私はね、それこそ、夢見る女の子の典型例だった。子供ってすごいわよね、無限に想像力があるのよ。いつもいつも、あれはどうだ、これはそうだって飽きもせず考え続けてたわ」

少女「…とある絵本を読んでね。内容は、ありふれたものなの。村の人たちからいじめられて辛い想いをしていた娘が、実はお姫様で、素敵な王子様が迎えに来てくれるっていうね」

少女「でもその絵本を読んだ私は、これしかないって、自分でもびっくりするくらい強い、夢を抱いた」


67 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:50:56.93 ID:GTq2Jn9X0


少女「……ね、クイズ」

少女「どんな夢だと思う?」

男「……姫になりたい、か?」

少女「ふふ、はずれ」

少女「……そのお姫様にはね、友達がいたの。どんなときでもお姫様の味方だった、明るい村娘」

少女「その子の生き方に憧れたのよ」

男「………」

少女「その絵本の中でも、とりわけ好きな場面があって、それが──」チラ

男「……?」

少女「──それがちょうど、さっきの私たちみたいに、村娘がお姫様を大きな市場に連れて行く場面」

少女「こんなに自由に、力強く生きている人がいるんだって、その時の私にはとても眩しく思えたの」

少女「……ふふ、今読んだら分からないわよ?単なる脇役の一人にしか見えないかもしれない」

男「……その本は今も読むのか?」

少女「それがね、残念ながら何処かに無くしちゃったみたいなのよね……」

少女「時々探してみてるんだけど、見つからなくて」

男「………」

少女「……続き、話すわね」

男「あぁ」

少女「ここからはある程度想像が付くかもしれないけれどね」


68 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:52:10.42 ID:GTq2Jn9X0


少女「……とにかく、私が夢見る女の子でいられたのは、その時くらいまでだった」

少女「今のお屋敷に住むようになってから、私の行動は否応なく制限されていったわ」

少女「やれ教養を身につけるための習い事だの、やれ伯爵家の娘としての振る舞いを意識しなさいだの……堅苦しい催事にもたくさん行った」

少女「どれも私にとっては煩わしい鎖にしか感じられなくて、次第にお父様、お母様に反発する数も増えていった」

少女「気付いたらお父様たちと顔を合わせるだけで衝突するようになっていて、今の私とまともに口をきけるのはあの人……教育係だけになっちゃってた」

少女「そうしたら……フッ…この有様」

少女「伯爵家のわがまま娘」

少女「それが他者評価。……まぁ、自覚はあるわ」

男「何の変哲もない、村の娘に生まれたかったのか?」

少女「いいえ、ちょっと違う」

少女「……多分、広い世界に憧れてただけ」

男「広い世界……」

男「……」

男「……そうでもない。意外とこの世界には、同じようなものしか存在しないさ」

少女「もう……すぐそうやって夢のないことを言う」

男「死神に睡眠は必要ないからな」

少女「…?」

男「…夢を見ないということだ」

少女「なにそれ、分かりにくい冗談」クスッ


69 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:53:21.92 ID:GTq2Jn9X0


男「………」

少女「………」

男「……親を、憎んでいるか」

少女「………」

少女「……ううん」

男「………」

少女「だって、全部私が招いた結果だもの」

少女「お父様たちのせいでもない、運命なんて言うつもりもない……ただただ、降りかかる現実を見ないようにしていた私が選択した道」

少女「だから、誰かを憎むなんて…そんなことはないの」

男「………」


70 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:54:13.53 ID:GTq2Jn9X0


少女「………」

男「………」

少女「……どう?私のこと、少しは分かったかしら?」

男「……」

少女「呆れるくらい、何もない人生だったわ…」

男「……」

少女「空虚で、独りで、寂れていて……」

少女「だからね、助からないと知ったあの時……早く終わりにしてほしかったの」

男「……」スッ...

少女「これ以上、無意味な日を重ねても何の──!?」



...ポン(頭に手を置く)


71 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:55:33.14 ID:GTq2Jn9X0


男「………」

少女「………」

男「………」ナデリ...ナデリ...

少女「っ……」

少女「……その手は、なに?」

男「……」ナデナデ

少女「ね、ねぇってば……」

男「……」ナデナデ

少女「……なんなのよ……」

男「……君は泣いている」

少女「…何を言ってるの。涙なんて出てないわ」

男「分からないか?」

男「……もう何年も前からずっと、泣き続けているんだ」

少女「──!」

男「その声は誰にも届かない。その涙は誰にも気づかれない」

男「……君自身さえも」

少女「………」

少女(……ぁ……)

少女「……そう…かもしれない、わね……」

男「………」


72 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:56:36.81 ID:GTq2Jn9X0


少女「………」

男「………」

少女「……こういう時、大声で泣けば、すっきりするのかしら…?」

男「……」

少女「…でも、泣き方なんてとうの昔に忘れてしまったわ」

男「……」ナデナデ

少女「……」

男「……」ナデナデ

少女「……」

少女「……私も、分かったことがある」

男「……?」ナデナデ

少女「……」

少女「…私とあなた、とてもよく似てるのよ」





少女「──二人とも、孤独で寂しい存在」




73 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:58:05.42 ID:GTq2Jn9X0


男「……!」

男(……あぁ、そうか……)

少女「じゃなければこんなに、私以上に私のことを分かるはずないもの」フフッ

男(だから……俺は、こんなにも……)

少女「…私たち、似た者同士でお似合いかもね」

少女「ね、そう思わない?」

男「………」

男(……分かってしまえば、簡単なことなのだな……)

男「………」

男「……その──」

少女「っ!」ビクッ

少女「ぐ……あ……」ウズクマリ

男「おい、どうした…?」

少女「しに……が……」

ドサッ

男(こんなときに発作か…!)

少女「ぃ゛……」ガクガク

男(…この子は今がその時ではない)

男(俺が部屋まで連れ帰る、ということなのか…?)





「──お嬢様から離れてください」




74 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 02:59:24.61 ID:GTq2Jn9X0


男「!」



タタタッ



教育係「……」サッ

少女「ぁ…ぎ……」

教育係「お嬢様、お薬です」クイッ

少女「ん………」コク...コク...

少女「…ぷはっ!」

少女「はぁ…!はぁ…!」

少女「は……」

少女「……………」

教育係「お嬢様…?お嬢様!!」

教育係(いえ、落ち着いて…)

スッ...

少女「………」

教育係「…気を失ってしまわれただけですか…」

男「……」

教育係「全くもう……お約束の時間、過ぎていますよ」

男「……」


75 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/09(火) 03:00:42.37 ID:GTq2Jn9X0


教育係「……僭越ながら、あなたたちの後を尾けさせて頂きました」

男「………」

教育係「どこの誰とも知れない怪しい人物の不法侵入」

教育係「無断でお嬢様を外へ連れ出した罪」

教育係「普通であれば打ち首ものです」

男「……」

教育係「……ですがあなたは……」

教育係(この子から笑みを引き出してくれた……)

教育係「……行きなさい」

教育係「今回だけ、あなたのことは旦那様へ報告しないでおきます」

男「……」

教育係「しかしくれぐれも、今後お嬢様へは近づかれないようにしてください」

教育係「もしお嬢様を悲しませることがあれば、そのときは──」

教育係「──私は一切容赦しません」キッ!

男「……」

教育係「……」スス...



(少女を抱える)



教育係「それでは」



スタスタ...



男「……」

男「……」

男(………)




76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/10(水) 15:52:48.70 ID:GCpAwD4xO
続き楽しみ
77 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 22:43:32.86 ID:NycV8kaX0

ーーー伯爵邸ーーー

伯爵「なんだと?この時間に発作が…?」

教育係「はい。今は鎮痛薬をお飲みになってから、自室にて寝ております」

伯爵「……なんということだ、ついに……恐れていたことが……」

教育係「……申し訳ございません。私の落ち度です。容態が良くないと知っていながら、お嬢様を外へ連れ出してしまいました」

伯爵「うぅむ……君らが外から戻ってきたときは何があったのかと思ったが……」

教育係「……」

伯爵「娘が言い出しのだな?外へ出たいと」

教育係「それは……」

伯爵「言わずともよい。分かっている」

伯爵「……しかし、危険と分かっていながら、娘を許可なく外出させるなど……」

教育係「罰はお受けします」

伯爵「そうではない。君のことだ、何か理由があったのだろう」

伯爵「そこまでする程の、理由が」

教育係「………」



ーーーーー

少女「──多分、広い世界に憧れてただけ」

ーーーーー




78 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 22:45:25.35 ID:NycV8kaX0


教育係「それだけは、お嬢様から直接お聞きになった方がよろしいかと……」

教育係「私が伝えてしまうのは簡単です。ですが旦那様」

教育係「……そろそろ、お嬢様としかと向き合うべきだと、私は思います」

伯爵「なに…?」

伯爵「私が、あの子のことを見ていないと……そう言ったか?」

教育係「………」

伯爵「ふざけるな!私はあの子の父親だぞ!?」

伯爵「確かに今まであの子を放置しかけていたことは認めよう」

伯爵「だが今は違う!あの子の一挙手一投足まで見逃すつもりはない!こうしてお前の報告をつぶさに聞き、あの子の様子を毎日見に行っているではないか!」

伯爵「それが私に足りなかったこと、出来ていなかったことなのだ!」

伯爵「あの子への愛……そう、愛するというのは、片時も忘れず大切に想うこと……」

伯爵「──子を持たぬお前に何が分かる!?」

教育係「………」

伯爵「」ハッ

伯爵(……私は、何を……)


79 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 22:47:28.33 ID:NycV8kaX0


伯爵「……すまない。少し疲労が溜まっているのやも知れぬ」

教育係「………」

教育係「私は、旦那様に手を引かれたあの時より、この御家に仕える身。命果てるまで尽くすと決めております故、子を成すことはないでしょう」

教育係「ですが、お嬢様の──あの子のことは我が子同然と思っております」

教育係「ですから分かるのです。旦那様も奥様も、お嬢様のことを本当に愛していること」

教育係「……旦那様が今、怯えていらっしゃること」

伯爵「っ…」

教育係「もう気付いておいでですよね?お嬢様は、旦那様を拒絶していないと」

教育係「想うだけが愛ではございません。伝えること、受け取ること、これもまた、愛の一つです」

教育係「ご自身を信じてあげてください。旦那様の行いに込められた意味、聡いあの子はきっと理解しています」

教育係「……それとも、自らの子供に恐れを抱くのも、親の愛とおっしゃいますか?」ニコッ

伯爵「………」

伯爵「……はは」

伯爵「敵わないよ、君には」

伯爵「私にそこまでものが言えるのは、娘か、君くらいのものだ」

教育係「光栄ですね」

伯爵「…皮肉だぞ?」

教育係「分かっておりますよ」ニコニコ

伯爵「ふ……」


80 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 22:48:55.95 ID:NycV8kaX0


伯爵「……教育係、この数日、私は親と呼べる存在でいられただろうか」

伯爵「自分ではがむしゃらになっているつもりかもしれないが、振り返ってみると、ただの独りよがりで空回りしているだけなのではないか、などと余計なことばかり考えてしまうのだ」

教育係「………」

伯爵「………」

教育係「……明日です」

伯爵「む?」

教育係「明日、お嬢様とお話しされることになるでしょう」

伯爵「そうは言うが、私から突然出向くのは──」

教育係「この期に及んで何をおっしゃいます」

教育係「それに、勘違いをしていますね」

教育係「──お嬢様の方から、お声がかかるのですよ」

伯爵「……どうしてそんなことが分かる?」

教育係「約束したからです」

教育係「必ず、旦那様と話をされるように、と」

教育係(この約束は、絶対に破らない……そう信じていますから)


81 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 22:51:24.73 ID:NycV8kaX0


伯爵「………」

伯爵「……そう、か」

教育係(……あの子の固く閉ざされていた心は、恐らくこの数日で急速に溶かされた)

教育係(それは多分、あの男がいたからこそなのでしょう)

教育係(あの方と共に歩いていた時の表情……)

教育係(……ふふ、立派に成長されましたね)

伯爵「……娘は、まだ眠っているのだな?」

教育係「はい。今の今、目を覚まされているかもしれませんが」

伯爵「………」



スッ

スタスタ



伯爵(私のやることは変わらない)

伯爵(あの子が安心して眠れるよう、側についていてあげる)

伯爵(それが夜だけでなくなっただけだ)



ガチャ(ノブを回す)



教育係「──旦那様」

伯爵「……」クル...

教育係「お尋ねしたいことを一つ、忘れておりました」

伯爵「……言ってみなさい」

教育係「お心当たりがあればでよろしいのですが…」





教育係「お嬢様が昔読まれていたという絵本について、ご存じありませんか?」




82 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 22:53:34.10 ID:NycV8kaX0

ーーー夜 伯爵邸 娘の部屋ーーー

少女「」スースー...

伯爵「」グー...グー...



──フッ



男「………」



サ...サ...



男「………」

少女「」スースー...

男(………)



ソー...



男「…!」



──パッ(手を引っ込める)



教育係「……近づかないよう念を押したその日に夜這いですか。いい度胸です」

男「……」

教育係「……」

男(この女……なぜ俺が見える)

教育係「…あなたには訊きたいことがあります。私についてきなさい」

男「……断ると言ったら?」

教育係「力づくでも……と言いたいところですが、お嬢様の近くで騒ぎたくはありません」

教育係「あなたも同意見では?」

男「……」

教育係「……」



...テクテク




83 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:28:14.06 ID:NycV8kaX0

ーーー部屋の外ーーー

教育係「……ここならよいでしょう」

男「………」

教育係「どうですか?このお屋敷は。見事なものだと思いませんか?」

教育係「例えばこの絵画などは、お嬢様がお選びになったものなのですよ」

教育係「……ふふ、私がいくら手解きをしても、あの子の美的感覚を養うのは難しかったようで」

男「……」

教育係「──さて」

クルリ

教育係「……まず単刀直入に訊きます」

教育係「あなたは、誰……いいえ」

教育係「何者ですか?」

男「………」

教育係「………」

男「………」

教育係「…答えられないのですか?」

男「………」

教育係「無口な方ですね」

教育係「……普通の人間ではありませんね?」

教育係「人智を超えた何か……そう、例えば──」

教育係「──死神様、とか」

男「──」


84 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:30:12.52 ID:NycV8kaX0


男「……酷い妄想だな」

教育係「私もそう思います」

教育係「ですが、あそこまでお嬢様がヒントを出していれば、気付きます」

教育係「それにその格好」

男「……」

教育係「……古い書物ですが、ある伝承に全く同じ容姿で描かれた挿絵があります」

男「…どこにでも売っているフードだ」

教育係「では趣味でそのような格好を?」

男「………」

教育係「………」

男「……貴女こそ、ただ者とは思えない」

教育係「おや、私に興味がお有りですか?」

男「あぁ」

教育係「あら…」

男「………」

教育係「……なんてことはありません。お嬢様方と同じ、人ですよ」

教育係「ただ、昔から"分かる"だけなのです」

男「"分かる"?」


85 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:31:52.98 ID:NycV8kaX0


教育係「人ならざるもの、異界の者の類…そういった気配」

教育係「小さな頃は、それが当たり前と思い騒ぎ立てることはありませんでしたが、ある日ふと友人に話してしまったのです」

教育係「……魔女狩りは知っていますね?」

男「……知っている」

教育係「あの頃の私は無知でした。その友人は教会に密告してしまい、使者に捕らえられた私は、眼前に降って湧いた処刑を待つだけでした」

教育係「──そこから救ってくださったのが、今の旦那様なのです」

男「……」

教育係「……腑に落ちないという顔をしていますね」

教育係「どうして私だったのか、でしょう?」

男「……」

教育係「勿論、私も尋ねました」

教育係「旦那様が迎えにいらしたその時に」


86 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:33:14.76 ID:NycV8kaX0

ーーーーー

教育係「………」



カツ、カツ...



「おい、女」

教育係「………」

「迎えだ」

教育係「……」カオアゲル

教育係(迎え……?)





伯爵「おぉ、間違いない!この子だ」





教育係(……この男、確か昨週姿を見せていた…)

「じっとしていろよ」ガサゴソ



カチッ カチッ(拘束具がはずれる)



「さぁ出ろ」

教育係「………」

伯爵「……おい、彼女は立てない程弱っているのではないのか?」

「いえ、そのようなことはないはずですが……」

教育係「………」

教育係「…私をどうするつもりですか?」

伯爵「うむ、そう警戒しなくてよい」

伯爵「君に仕事を任せたいだけなのだ」

教育係「……私に……?」

教育係「なぜ、このような女を?」

伯爵「いやなに、先日この教会に立ち寄ったとき、偶々君を見かけただけなのだが……」





伯爵「──私はね、人を見る目には自信があるのだよ」





ーーーーー


87 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:35:04.75 ID:NycV8kaX0


教育係「……それが私と旦那様の馴れ初めです」

男「……」

教育係「初めは当然、信用する気になどなれませんでした」

教育係「…ですが、仕事を覚えていく傍ら、旦那様を観察しているうちに、その言葉が真実であったことに気付かされました」

教育係「僅かでも悪意の持った者は必ず見破られ、誰がどの仕事に向いているのか、適材適所を実現なさる」

教育係「……これこそ、旦那様がここまでの人物たり得る証左に他ならないのでしょう」

男「……」

教育係「もっとも、ご自身の娘さんにだけは、通用しなかったようですね」フフッ

男「………」

教育係「……少々お喋りが過ぎましたか」

男「………」

男「……人ならざる者が分かると、そう言ったな」

教育係「えぇ」

男「ならば、先の問答に意味はなかったろうに」

教育係「先程の?いえいえ、私が察するのはあくまで気配のみ。その正体までは分かりません」

教育係「それは無論、あなたでも、です」

教育係「──今、確信に変わりましたが」ニッコリ


88 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:37:57.77 ID:NycV8kaX0


男「………」

男「……どこまでも測れない人間だ、貴女は」

男「俺の存在に、最初から気付いていたな?」

教育係「………」

教育係「ご明察」

教育係「さすが死神様です」

教育係「正確には、お嬢様がお医者様の診断を受けられた翌日に、ですがね」

教育係「でなければ、いつお身体に不調が出てもおかしくないお嬢様を2時間もひとりにするなど、許すはずありません」

男「……なるほど、盗み見盗み聞きとは確かに、良い思いはしないな」

教育係「これでおあいこでしょう?」

男「……」

男(この物言い……)

男(あの子の口がよく回るのは、この人間譲りか)

教育係「人間の友人を作る死神様……世の中にはなんと、変わった神様がいるものだと思いましたよ」

男「……」

教育係「……それでも、どうしても分からないことがあるのです」

教育係「……」ジッ...

男「……」

教育係「なぜ、あの子なのですか?」


89 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:40:58.42 ID:NycV8kaX0


男「……」

教育係「あなたは暇つぶしの中の偶然と言っていましたが…」

教育係「本当にそうなのですか?」

教育係「ただの偶然で、神様が一人の人間にここまで入れ込むことなど、あるのですか?」

男「………」

男(………)

男「…偶然だ」

教育係「……」

男「…と、思っていた。今日までは」

教育係「…!」

男「あの子が答えを言っていただろう」

教育係「……答え……?」

男「あぁ」

男「……あの子は俺と同じなんだ」

男「──孤独で悲しい存在」

教育係「………」

男「だから、知りたかった」

男「そんな人間のことを」


90 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:41:59.70 ID:NycV8kaX0


教育係「……知ったその先に、何を求めるのです?」

男「先などない」

男「ただ、俺が興味を持ったというだけのこと」

教育係「……ただ、興味を持っただけ、ですって……?」

男「……」

教育係「えぇ、そうなのかもしれません。あなたにとっては長い時間のほんの一部に過ぎない」

教育係「ですがあの子にとっては違う!」

教育係「僅か数日という間に心を開き」

教育係「あまつさえお慕いする程にまで、あなたの存在は大きくなってしまった!」

教育係「気付いておりましたか?あなたを見る目、あなたと話すときの表情、その変化に」

教育係「あぁやはり死神様はとても残酷なお方です…!」

教育係「先が長くないと分かっている人間に、大きな未練を残させるのですから!」

男「……声を荒げると、聞こえてしまうぞ」

教育係「っ……」


91 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:44:24.42 ID:NycV8kaX0


男「………」

教育係「………」

教育係「……感謝、しているのです」

男「……」

教育係「あの子に愛するということを教えてくれた…あなたに」

教育係「あの子の命は、今やこの世のどんなものよりも輝いていることでしょう」

教育係「…ですが同時に」

教育係「──私はあなたを許せない」

男「……」

教育係「あなたは今のあの子にとって、大き過ぎるものを与えてしまった」

教育係「決して叶うことのないその想いは……容赦なくあの子の心を締め付けることになる」

教育係「……私は言ったはずです」

教育係「あの子を悲しませるのであれば、容赦はしない…と」キッ

男「……」

男「……容赦、か」

男「死神を殺すか?」

教育係「……」ギリッ...

男「…ふ、揃いも揃ってよく喋る人間ばかりなのだな」

教育係「何を…!」

男「俺が今しがた口にした言葉」

男「貴女ほどの者でも察しはつかなかったか?」

教育係「……」

男「……俺は興味を持ったんだ、彼女に」

男「興味を、持ってしまったんだ」





男「──俺にとっても、彼女は…特別な存在になってしまったんだよ」




92 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:49:02.55 ID:NycV8kaX0


教育係「──!」

教育係(特別……死神が、人を……)

教育係(あの子を──?)



スタスタッ!

グイッ!(胸倉を掴み上げる)



男「…!」

教育係「──ならば約束なさい!」

教育係「他のどの人間より、あの子を幸せへ導くと!」

男「…あぁ」

教育係「例えあの子の魂がなくなったとしても、絶対にあの子のことを忘れないと!」

男「あぁ」

教育係「あなたの存在が果てるまで、あの子の記憶を背負っていくのです!」

教育係「それが──!」

教育係「……それがあなたにしかできない、あの子に向けた愛」

男「……約束しよう」



ツー...



教育係「……」ポロ...ポロ...

男「……」

教育係「……」ポロポロ



...パッ(手を離す)


93 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:51:02.65 ID:NycV8kaX0


男「……なぜ泣くんだ」

教育係「…これは、私の涙ではありません」ポロポロ

教育係「泣くことを忘れてしまったあの子の代わりに、私が泣いているのです……」ポロポロ

男「……」

男(………)

教育係「………」ポロ...

男「………」

教育係「………」

男「………」

教育係「……首飾りを……」

教育係「ありがとうございます」

男「……」

教育係「あの子は一層可愛くなりましたね」フフッ

男「……」

教育係「……夕刻、倒れられてからあの子はまだ目を覚ましておりません」

教育係「お医者様の話では明日には意識が戻られるとのことですが……」

教育係「こうもおっしゃっていました」

教育係「想定より病の進行が早い、あの子に残された猶予はもうあと幾日ばかり…と」


94 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:52:23.52 ID:NycV8kaX0


男「………」

教育係「私どもにとってはあの子との最後の時間です」

教育係「……あなたにとっては?」

教育係「たったの数日という、あの子に生があるその時間」

教育係「あなたは何をしますか?」

教育係「それとも──何もしませんか?」

男「………」

男「……俺は」

男(……俺の代わりなどはいくらでもいる)

男(だが、あの子は……)



ーーーーー

少女「──こんな日々を送ってみたいものね……」

ーーーーー



男(あの子に与えられるはずだった幸せという時間は……)

男(………)

男「………」

教育係「………」

男「……君が望むなら、俺は……」

教育係「……?」

男「………」



スッ...



教育係「!」

教育係(姿を消した…?)

教育係「………」

教育係「……誠、神とは身勝手なものです……」




95 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:53:46.38 ID:NycV8kaX0

ーーー翌日 伯爵邸 娘の部屋ーーー

少女「」スースー

教育係「………」

少女「………ん」モゾ...

教育係「!」

少女「……んぅ……」

少女(ここは、私の部屋……?)

少女(……いつ戻ってきたんだっけ……)

教育係「お嬢様!良かった…ご無事ですか?」キュ...

少女「教育係……」

教育係「心配していたのですよ。もう一日近く眠っていらしたのですから…!」

少女(一日……)

少女(じゃあ昨日のは、夢…?)

少女「……」チラッ

少女(…夢じゃない)

少女(首飾りがちゃんとある)

少女(……それより……)

少女「……ねぇ教育係」

教育係「なんでしょう?お腹が空かれましたか?すぐお出しできるよう手配していますよ」

少女「ううん、そうじゃなくて」

少女「……今、私に触れているのよね?」

教育係「!すみません。左腕、痛みましたか…?」

少女「………」

少女「……おかしいのよ」





少女「──その手の感触がね、ないの」




96 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/11(木) 23:55:09.12 ID:NycV8kaX0


教育係「──っ」

教育係(……あぁ……)

少女「いいえ…左手だけじゃない」

少女「あまり身体に力が入らないわ」

教育係(そんな……)

少女「んー…!」ググ...

少女「……はぁ、ダメ」

少女「教育係、起こしてくれないかしら?一人じゃ起き上がれないみたい」

教育係(この世界は、無慈悲です)

教育係「…痛かったら、申してくださいね」



スッ



少女「ありがとう」

教育係「……いえ」

教育係(こんなにも儚い子から、躊躇いなく奪っていく……)

少女「……ふふ。これで本当に重病人らしくなったわね」

教育係「………」グッ...

少女「なんて顔してるのよ」


97 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/12(金) 00:00:51.62 ID:dvAFSZf60


少女「………」

少女「…もう、食事だけじゃないわね」

少女「あなたに全てやってもらうことになっちゃいそう」

少女「……最後まで、よろしくね」

教育係「──お嬢様…!」コト...(膝をつく)



──ギュ



少女「…!」

教育係「──」ギュー

少女「……あなたが抱き着いてどうするのよ……」フッ

教育係(……いずれこうなってしまうのは、頭のどこかで予想していました……)

教育係(一番辛いのは、他でもないこの子のはず)

教育係(なのに……)

少女「こっちの手はまだ動くわ」



ナデ...ナデ...



少女「……こうしてると、私がお姉さんみたいね」

教育係(……なのになぜ、そんなにも優しい顔をされるのですか……?)

少女「……」ナデ...ナデ...

教育係「……」ギュ...

少女「……ね、早速お願いがあるの」

教育係「……はい。何なりと」





少女「お父様、お母様と話がしたいわ」




98 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 01:50:40.11 ID:Mh6fG3ql0

ーーーーーーー

少女「………」

少女(……鍵の閉まった窓)

少女「………」

少女(今にも開きそうなのに……)

少女(死神さま……)

少女「………」

少女(昨日、私が倒れてから、何があったのかしら)

少女(──誰が私をここまで運んだの?)

少女(……多分、教育係なら何か知っているはず)

少女(でもなんでだろう)

少女(それを訊くのが、怖い)

少女「……」

少女(訊いてしまえば、もう死神さまに会えなくなるような、そんな気がして……)

少女(……それが、たまらなく怖い)

少女「……」

少女(強く生きる、なんてとんでもない)

少女(私はこんなに弱かったんだ……)


99 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 01:52:12.48 ID:Mh6fG3ql0





「少女、私たちだ」





少女「……入って」



ガチャ



トッ、トッ、トッ...



伯爵「………」

夫人「……少女……」

少女「………」

少女「…ふふ、どうしてそんなところで立ったままなの?」

少女「こっちに来て座ってくれないと、遠いじゃない」

伯爵「……」

夫人「……」



テクテク...



スッ(ソファに腰掛ける)


100 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 01:56:02.67 ID:Mh6fG3ql0


少女「……口調、怒らないのね」

少女「言葉遣いがなってない!って、いつもなら言いそうなのに」フフッ

伯爵「む……」

夫人「そんなこと、もう……」

少女「………」

少女「ん…!」ググ...

夫人「少女、あなた何を!?」

伯爵「おい、無理するんじゃない!起き上がりたいのなら──」

少女「──いいの!」

少女「大丈夫だから。そこで見てて」

伯爵「!」

少女「っ……!」グググ



...ノソ



少女「はぁ……ふぅ……」

少女「…なんだ、頑張ればまだ起き上がるくらいは出来るのね」

夫人「──っ」ウツムキ

伯爵「……」

少女「……お母様」

夫人「」ハッ

夫人「なに、かしら」

少女「……」


101 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 01:57:58.11 ID:Mh6fG3ql0



グイ...(手を伸ばす)



ギュ



少女「……良かった、届いた」

夫人「少、女…」

少女「あたたかい、お母様の手」

少女「私ね、この手が好きよ」

少女「優しく私を抱いてくれた手だもの」

夫人「う……うぅ……」ポロポロ...

少女「……お父様」

伯爵「……」ジッ...



グイ...(再び手を伸ばす)



ギュ



伯爵「」ビクッ

少女「……もう。そんな割れ物に触れたような反応はやめて」

伯爵「す、すまない……」

少女「…お父様の手は大きいわね」

少女「この手も好き」

少女「私を大事に守ってくれた手だから」


102 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:00:08.80 ID:Mh6fG3ql0


伯爵「………」

伯爵「……お前だけじゃないさ」

少女「え…?」

伯爵「……」



...ギュ(手を包み込む)



伯爵「私も母さんも、お前のこの小さくて可愛い手が、大好きだよ」

夫人「えぇ…えぇ…!勿論よ…!」

少女「──」

伯爵「お前は、この手の中にどれだけの想いを持っていたのだろうな……」

伯爵「それを受け取るのは、私たちの役目だったのに」

伯爵「いつしか見えなくなっていた、少女のことが。お前の溜め込んでいたたくさんの想いが」

伯爵「こんな土壇場にならないと、気付くことが出来なかった」

伯爵「……そんな私たちを、お前はまだ、親と呼んでくれるのか……?」

少女「………」





少女「当然ですわ。お父様、お母様」ニコッ




103 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:02:10.18 ID:Mh6fG3ql0


夫人「…!」

夫人「少女……あぁ、少女…!」ヒシッ

少女「あ…」

夫人「私の可愛い娘…」

夫人「ごめんなさい…!いつの日か、あなたが私たちのことを分かる日が来るなんて、思い込んで、何もしようとしなかった…!」

夫人「"いつか"が来るだなんて、勝手に保証されてるものだと思っていたの…!」

夫人「神様はこんなにも不平等なのに……」

少女「……そう、ね」



ーーーーー

男「──君の友となってやろう」

ーーーーー



少女「神さまはちょっと、変わり者なのかもしれないわね」

伯爵「……少女よ」

少女「…?」

伯爵「お前の気持ちを、聞かせて欲しい」

伯爵「……お前はちゃんと、幸せになれたか?」

少女「………」

伯爵「………」

夫人「………」

少女「……うん、きっと」

伯爵・夫人「「!!」」

少女「お父様たちの想いに、向き合えたと思う」

少女「だから、かな」

伯爵「そうか…そうか……!」

夫人「少女……!」


104 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:03:30.05 ID:Mh6fG3ql0


少女(………そう。楽しいと、感じてた)

少女(この数日)

少女(でも、それは)

少女(その中心にあったのは──)

少女「……お母様、ごめんなさい、私をこのまま横にさせてくれないかしら?」

夫人「えぇ、分かったわ」スッ



...トサッ



少女「ふぅ、情けないわ。ちょっと身体支えてるだけですぐ疲れちゃって」

少女「……ね、世間話…というのかしら」

少女「私たちの普段していたこととか、そんな何でもないような話がしたい」

伯爵「私たちが…」

夫人「普段していること…?」

少女「えぇ。お父様方が何していたのか、私全然知らないんだもの」

少女「それに、私だって話したいこといっぱいあるのよ?」

伯爵「……そうだな」

伯爵「ここ何日かは、普段の仕事さえ最低限に抑えていたが、それでもよいなら──」

少女「最近の話はいいの」

少女「……お父様が何をしていたのかは、分かってるから」


105 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:04:45.29 ID:Mh6fG3ql0


伯爵「ほぅ…」

伯爵「では母さんのことならどうだね?」

少女「お母様?」

伯爵「うむ。母さんだってお前のために動いてくれていたのだよ」

少女「……そうだったの?」チラッ

夫人「そんな大層なことはしてないのよ…?」

伯爵「はは、よく言う」

伯爵「お前が倒れたあの日からな、どこから噂を聞きつけてきたのか、お前の様子が心配だという輩が毎日のように押し掛けてきてな」

伯爵「まぁ、どいつもこいつもこの機に乗じて私に取り入ろうとする者ばかりだったが」

伯爵「そんな連中の相手をして、全員丁寧に追い返してくれたのは、母さんなのだ」

夫人「…私は、少女が下らない道具のように利用されるのが嫌だっただけなのよ」

少女「まぁ…!そんなことが…」

少女「全く気付かなかったわ」

夫人「あなたの部屋に近付くことも許しませんでしたからね」

少女「ふふ。ありがと、お母様」

少女「…それじゃあ、少しずつ遡っていきましょう?」

少女「次は、ひと月くらい前から──」



.........




106 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:06:08.64 ID:Mh6fG3ql0

ーーー部屋の外ーーー

教育係「……」



──アノトキノオヨウフクハ...

──ソウナンダ?テッキリオトウサマガ...

──ワタシニフクノセンスヲモトメテモ...



教育係(……私の出る幕はないようですね)

教育係「………」

教育係「……さて、私も急がないといけません」



スタスタ...




107 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:07:54.52 ID:Mh6fG3ql0

ーーー王国 郊外ーーー

男「………」テクテク



「──それで、今度二人目が産まれるって聞いたものだから」

「まぁ!それは良い知らせですね」

「そうなのよ!お祝いの品、何がいいのか悩んでて…──!」

「…?どうかしまし……!」



男「………」テクテク



「……何かしら、この辺りでは見かけない人だけど」ヒソヒソ

「あんな、全身を隠す格好……まさか、賊ですか……?」ヒソヒソ



男「………」テクテク



「……行きましょう。気味の悪い……」ヒソヒソ

「えぇ、そうですね……」ヒソヒソ



スタスタ...


108 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:09:38.50 ID:Mh6fG3ql0


男「………」テクテク

男(………)

男(……分からないな)

男(あの子も、あの女も、俺を変わり者と評したが…)

男(人間の方がよほど不思議な存在だ)

男「………」テクテク

男(仲の良いフリをしながら、簡単に裏切る者)

男(愛が強すぎる故に、憎しみへと変えてしまう者)

男(些細な価値観の相違により、他者を淘汰しようとする者)

男(……誰かの代わりに泣くという者)

男(これまで多くの人間を見、導いてきた)

男(知れば知るほど、矛盾を孕んだ存在)

男(それが人間)

男(…だが君は、これまで見てきたどの人間とも違っていた)



ーーーーー

少女「──今すぐ私を殺して」

ーーーーー



男(ただの死にたがりかとも考えた)

男(何もかもを諦め、世界に絶望し、自ら命を断とうとする……ありふれた人間の末路)


109 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:11:26.51 ID:Mh6fG3ql0


男(しかしそうではなかった。俺は感じていたんだ)

男(あの小さな身に余りある程の……強い想い)



ーーーーー

少女「──呆れるくらい何もない人生だったわ…」

ーーーーー



男(それは恐らく、人間なら誰しもが抱く当然の想い)

男(──幸せになりたい、と)

男(その想いは、彼女の人生の半分以上もの間、どこにも解放されることなく、彼女の中で燻り続けてきたのだろう)

男(孤独という呪縛に囚われた彼女には、捨てることも成就させることも叶わなかった……)

男「………」テクテク

男(……そう、呪縛なんだ)

男("孤独"などというその言葉の本質。人間に理解できようはずがない)

男(確かに、この世のあらゆる命は生まれながらにして唯一無二……ヒトリだ)

男(一つの確立された個としての、ヒトリ)

男(だが、生きていく過程で必ず他者の想いが乗せられていく)

男(初めは親)

男(知人、友人、恩人、恋人、子供……)

男(そうして誰かの想いを抱えながら、時を重ねていく)

男(孤独とヒトリは違う)

男(孤独の本質とは、何者からも想われることがないということ)

男(己だけでは生きていけない人の身で、それを理解することは出来ない)

男(………)


110 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:13:36.43 ID:Mh6fG3ql0



ーーーーー

少女「──ただただ、降りかかる現実を見ないようにしていた私が選択した道」

ーーーーー



男(……君は、いつからか他人の想いを撥ね退けるようになってしまったんだ)

男(自らが描いた夢……あまりに食い違う現実……その乖離に)

男(どれほどの苦悩があったのだろうか。君にとってその夢は、どれほど憧憬を抱くものだったのだろうか)

男(君の心は想いを拒絶し、そして)

男("孤独"を知っていった)

男(だから俺は、惹かれたんだろう)



ーーーーー

少女「──二人とも、孤独で寂しい存在」

ーーーーー



男(あぁ……その通りかもしれないな)

男(──だが君は、人だ)

男(……世界には2種類の人が存在する)

男(幸せになれる者と、なれない者)

男(しかし、幸せになってはいけない者は、存在しない)

男(君が知るべきだったのは孤独ではない)

男(君に向けられた想いの数々……想われるということの幸せ)

男「………」テク...

男(……君の止まっていた時は、ようやく動き出したというのに)

男(残された時間は、残酷なまでに短い)


111 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/14(日) 02:15:28.58 ID:Mh6fG3ql0


男(──どうして俺は、死神なんだ)



ーーーーー

教育係「──あの子に愛するということを教えてくれた…あなたに」

ーーーーー



男(愛……そんなものとは無縁と思っていた)

男(これほどまでに、強い想いだとは……)

男(死神が……有限の命に愛を抱く、か)

男(結末など分かりきっているのにな)

男「………」

男(あぁ……朽ちないこの身が憎い)

男(君と共に生き、君と共に星になりたかった)

男「………」カオアゲル



(遠くに見える伯爵の屋敷)



男「………」



ーーーーー

教育係「──あなたは何をしますか?」

教育係「──それとも──何もしませんか?」

ーーーーー



男(……俺に出来ること……)

男(君が望むなら、俺は)





男(この世の摂理に背いてでも──)




112 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:42:38.16 ID:vBPP1GOf0

ーーー翌日 伯爵邸ーーー

伯爵「なに?今夜に外出の許可を?」

教育係「はい」

伯爵「むぅ……君の頼みだ、なるべくなら承諾したいところだが……」

教育係「…お嬢様のことでございますね?」

教育係「ご安心ください。私が出ているのはお嬢様が寝られている時間のみです」

教育係「その間は信頼のおける侍女に代わりを依頼してあります」

伯爵「………」

伯爵「…あの子にまつわる用件、なのだな…?」

教育係「……はい」

伯爵「そうか」

伯爵「……分かった。許可しよう」

教育係「ありがとうございます」

伯爵「だが、必ずあの子が目を覚ます前に戻ってきてくれ」

伯爵「今や君は、あの子にとって大事な家族のようなものだ」

伯爵「…少しでもあの子と長く一緒に居てあげて欲しい」

教育係「…承知しております」



ダッダッダッ ガチャ!



「こちらに居られましたか!」

伯爵「なんだ?騒々しい」

「大変です!お嬢様が例の発作を…!」

伯爵・教育係「「!!」」




113 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:44:03.23 ID:vBPP1GOf0

ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

少女「はぁ……はぁ……!」

伯爵(まだ正午も迎えていないのだぞ…)

伯爵(──間隔が短くなってきている)

伯爵「少女!薬だ、飲ませるからな!」クイッ

少女「うく………」コクコク...

少女「……はぁっ」

少女「ぅ゛…あ……!」

教育係「……!」

伯爵「少女…?」

少女「ぃ……!」ガタガタ

教育係「鎮痛薬が、効いていないのでは…」

伯爵「なんだと!?」

伯爵(確かに、これまでと違って全く治まる気配がない…!)

伯爵「……ならば……」



ガサゴソ



伯爵「………」



(別の薬)



教育係「旦那様、そちらは…」

伯爵「うむ、より効能の強いものだ」

教育係「しかしどのような副作用があるか──」

伯爵「分かっておる!」

伯爵「だが四の五の言っていられる状況ではない」

伯爵「少女が苦しんでおるのだ…!」



パキ



クイッ



.........




114 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:46:05.04 ID:vBPP1GOf0


少女「」スースー...

伯爵「……何とか、効いてくれたようだな」

教育係「……はい」

伯爵「ふぅ……」ストッ

伯爵「…教育係よ、あの子は先程まで何をしていた?」

教育係「朝食を摂ってから、お嬢様の所望した本を読まれていたはずですが…」

伯爵「………」

伯爵「いつもと変わらぬな」

伯爵「……だが、病は刻一刻とあの子を蝕んでいっておる……」

伯爵「悪化する発作、短くなってゆく間隔」

伯爵「教育係、これが意味するところとは──」

教育係「………」メヲフセル

伯爵「──考えたくないものだな……」

伯爵「それでも、私たちが目を逸らすわけにはいかぬ」

伯爵「この子を見届けてやれるのは、私たちしかおらんのだから」

教育係「はい……絶対に」

教育係「………」チラリ

少女「」スースー...



(胸元の首飾り)



教育係(………)

教育係(……あの方は、一体何をしているのでしょう)

教育係(この現状を知らないわけではないはず)

教育係(それとも本当に……)

教育係(何もしないおつもりなのですか…?)




115 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:47:27.85 ID:vBPP1GOf0

ーーーーーーー

少女(………)

少女(………)

少女「……!」

少女(あれ……?)

少女「……ここは?」



キョロキョロ



少女(……真っ暗……)

少女(でも私立ってるのよね…?)

少女(地面はあるってこと?)





──ヒック...グスン...





少女「!」



「うぅ……」ヒック...



少女(女の子…?)

少女「……」テクテク

少女「……」テク...



「クスン……」シクシク


116 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:48:34.44 ID:vBPP1GOf0


少女「……どうしたの?」

「…?」

少女「何で泣いてるの?お姉ちゃんに話してごらん」

「……あのね」

「わたしね、いろんなとこに行ってね、いろんなものを見て…」

「それでね、とってもキラキラってなりたいの!」

「……でもね、ダメなの」

「わたしはお人形さんなの」

「いい子に言いつけを守らなくちゃいけないんだって…」

少女「………」

「なんでかな……わたし、なにか悪いことしちゃったのかな…?」

少女「……大丈夫」

少女「あなたのせいじゃない」

「……ほんと……?」カオアゲル

少女「っ!」

少女(この子……)

少女(──昔の……私……)


117 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:49:52.95 ID:vBPP1GOf0


「じゃあ、わたし…いつかいっぱい、いろんなところ行けるかな…?」

「たくさん楽しいこと、できるかな?」

少女「──」



──ギュ



「お姉ちゃん…?」

少女「……」ギュー

少女「……うん」

少女「出来る……出来るよ、絶対……!」

「えへへ……そっかぁ…」



ーーーーー

男「──もう何年も前からずっと、泣き続けているんだ」

ーーーーー



少女(今分かった)

少女「……」ギュー

「ねぇねぇ、どんなところに行けるの……?」

少女(この子が……この"私"が……)

少女(ずっと私の代わりに泣いてたんだ…!)


118 : ◆HFDjdCXF6. [saga]:2019/07/15(月) 16:51:42.92 ID:vBPP1GOf0


少女「……ありがとう……」

少女(そして)

少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...

「どうしたの…?」

少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ

「でも……」

少女「大丈夫よ」ポロポロ...

少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」

「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」

少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」

少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」



ーーーーー

男「──娘、生きたくはないのか?」

ーーーーー



少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」



ーーーーー

男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」

ーーーーー



少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」


119 : ◆HFDjdCXF6. [saga]:2019/07/15(月) 16:52:11.18 ID:vBPP1GOf0


少女「……ありがとう……」

少女(そして)

少女「ごめんなさい……!」ポロ...ポロ...

「どうしたの…?」

少女「ううん、何でもないの…」ポロポロ

「でも……」

少女「大丈夫よ」ポロポロ...

少女「……ね、お姉ちゃんがいいこと教えてあげる」

「わぁ…なになに?お外の楽しいお話?」

少女「ふふ、ごめんね、それはお姉ちゃんもあまり詳しくないの」

少女「……けどね、いつか必ずあなたを外へ連れ出してくれる人が来てくれる」



ーーーーー

男「──娘、生きたくはないのか?」

ーーーーー



少女「その人は無口で、不器用で、面白い冗談が言えない人だけど」



ーーーーー

男「──離れると危ない。しっかり握っていろ」

ーーーーー



少女「きっとね、あなたを楽しい世界へ連れてってくれるわ」


120 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:54:19.39 ID:vBPP1GOf0


「そうなの…?」

「わたしの夢、かなえてくれる…?」

少女「もちろん」

「…!」

「すごい…すごいねその人!」

「お願いかなえてくれるの、なんだか神さまみたいね…!」

少女「──」

少女「…そうね、神さまかもね」ニコッ

少女(そう……融通の利かない、私の死神さま……)

少女「だからっ」

少女「その人が迎えに来てくれるまで、ちゃんと良い子に待ってなきゃダメよ。悪い子にしてたら、来てくれなくなっちゃうんだから」

少女「…って、あなたの周りの人たちは、言ったのよ」

「そうだったんだ…!」

少女「えぇ」


121 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:55:29.24 ID:vBPP1GOf0


少女「…ね、良い子にするって、お姉ちゃんと約束できる?」

「できる!」

少女「ふふ、そう」

少女「それじゃ…ほら」スッ

「?」

少女「指切りげんまん」

「!」ススッ



...キュ



少女「……破っちゃダメよ?」

「うん!」

少女「よしよし、偉いわね」ナデナデ

「えへへ…」

少女(これでいいのよね)

少女(これで……私は"私"を解放してあげられる)

「ねぇお姉ちゃん」

少女「ん?」





「──ありがとう」ニッコリ





少女(──)

少女「……どういたしまして」ニコッ




122 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:56:52.92 ID:vBPP1GOf0

ーーーーーーー

少女「……!」

少女(……明るい)

少女(それに、この重い身体)

少女「……」

少女(戻ってきたのね……夢から)

教育係「お嬢様、目が覚めましたか?」

少女「えぇ」

少女(何だか、まだ目がぼんやりしてるけど…)

少女「んー…」シパシパ

少女(ん?)

少女(何かしら、脇に何か立ってる…?)

少女(細い…柱みたいな)

少女「…教育係」

教育係「はい…あぁ、こちらですか」

教育係「お嬢様、昨日の発作以降再び眠りについたままになってしまわれたため、勝手ながら点滴を打たせて頂いたのです」

少女「そうなの…」

教育係「申し訳ございません。お嬢様がこのようなものを望まれていないのでしたら、極力頼らないようにはと──」

少女「いえ、いいわ」

少女「私のためを思ってしてくれたんだものね」

少女(きっと腕のどこかに着けられてるのよね……感覚がないから分からないけど……)


123 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 16:58:22.47 ID:vBPP1GOf0


少女「でも、そんなに眠っていたのね」

教育係「………」

少女「…また起きられてよかった」

少女「こうやって、まだ教育係と話が出来る」

教育係「お嬢、様……」

少女(……あなたはまた、いないけれど……)

教育係「そうです、お嬢様。是非見せたいものがあるのです」



スッ



少女「……?」

少女(ぼやけてて、よく見えない……)

教育係「見覚え、ありませんか?」

教育係「──お嬢様が昔読まれていた絵本です」

少女「─!」

少女「も、もっとよく見せて…!」

教育係「はい」



ソッ...(少女に寄り添う)


124 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 17:00:04.03 ID:vBPP1GOf0


少女「……」

少女(……確かに、よく見ればこの色合い、形……)

少女「……これ、どうしたの?」

教育係「取りに行ったのです。以前住んでいたお屋敷に」

少女「前の?」

教育係「えぇ。このお屋敷の中はどこにもありませんようでしたので」

教育係「以前のお屋敷は、今は別館として様々な用途に使用されていまして、既に処分されてしまっていないか少し不安でしたが……」

教育係「お嬢様が使われていたお部屋の、クローゼットの奥に……隠されているような所から見つかったようですよ」

少女「!」

少女「…そうだ」

少女「そうだったわ……私が隠したんだった」



ーーーーー

「──うん!ここに隠しておけば見つからないわよね!」

「──いつかわたしがこの村娘ちゃんみたいに強く、キラキラになれたら、また読む!」

「──それまでは、ここでわたしのこと見守っててね」

ーーーーー



少女「……そんなこと、すっかり忘れてた」フフッ


125 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 17:01:01.98 ID:vBPP1GOf0


教育係「……お読みになられますか?」

少女「うん。読みたい」

少女「…けど、教育係が読んでくれるかしら?」

教育係「お安い御用ですよ」

少女「ありがとう。……さっきからずっとね、目がぼやけてて、この本の字もはっきり見えないの」

教育係「…!」

少女「困ったものね、この病気は。身体の自由だけじゃなくて視力まで奪うなんてね」

教育係(違う…)

教育係(お医者様のおっしゃっていた症状にそのようなものはない)

教育係(それはきっと、薬の副作用……)

教育係「大丈夫です、お嬢様。私共がついていますから」...ギュ

少女「うん」

教育係「……では、読みますよ」



ペラ



教育係「ここより少し遠いある国で、一人のみすぼらしい女の子が貧しくも慎ましく暮らしておりました──」



.........




126 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 17:02:14.74 ID:vBPP1GOf0


教育係「──こうして、お姫様はいつまでも王子様と幸せに暮らしましたとさ」

教育係「……以上です、お嬢様」

少女「………」

少女「そう、ね」

少女「そんな話だったわね」フッ

少女「やっぱり今読むと、子供向けに作られた普通の本っていうのがよく分かるわね」

少女「とってもご都合主義」

少女「……羨ましい……」ボソッ

教育係「………」

少女「私ね、この本に出てくる村娘に憧れてたの。お姫様じゃなくてね」

少女「すごく自由で楽しそうで……そう見えたのよね」

教育係「…左様ですか」

少女「………」

少女(………)

少女「ねぇ、教育係」

教育係「なんでしょう」

少女「……私が外で倒れたあの日」

教育係「!」

少女「あのとき、私をここまで運んでくれたのは…誰なの?」

教育係「…私ですよ」

教育係「お嬢様がお部屋から居なくなっていたので、急いで周りを捜していたのです」


127 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 17:04:07.51 ID:vBPP1GOf0


少女「……そのときさ」

少女「私以外に誰か、居なかった?」フリムキ

教育係(っ──)

教育係「……誰か、ですか」

少女「……」

教育係「…いいえ」

教育係「お嬢様の苦しそうなお声を聞いて駆け付けましたが、側には怪しい人物は見受けられませんでしたね」

少女「………」

少女「そう」

教育係「………」

少女「……」ソッ...



パタン(本を閉じる)


128 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 17:05:27.09 ID:vBPP1GOf0


少女「絵本、嬉しかったわ」

少女「私の宝物なの。ありがとう」

教育係「喜んで頂けたのなら何よりです」

少女「……教育係はさ、誰かを好きになったことってある?」

教育係「…お嬢様のことなら、大好きでございますよ」

少女「んーと、そうじゃなくてね」

少女「何て言えばいいのかな…」

教育係「……想い人が、出来たのですか?」

少女「!……うん」

教育係「どんな方なのです?」

少女「…いつも、夢の中で逢いに来てくれる人」

少女「私の知らないことをたくさん知ってて…私ととてもよく似ているの」

少女「いきなりやってきたときは、訳の分からないことばかり言っておかしな人だと思ってた」

少女「……けど、少しずつ話をしていくうちにね……」

教育係「……お好きになっていた」

少女「………」コクリ

教育係(小さく頷くお嬢様の顔は、それはそれは)

教育係(……年相応の女の子の顔をしていました)


129 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/15(月) 17:06:44.71 ID:vBPP1GOf0


少女「けれど」

少女「最近は、もう逢いに来てくれなくて」

教育係「………」

少女「だったらもう、私から行くしかないのかなって」

少女「思っちゃうんだ」

少女(この命が尽きれば、あなたは迎えに来てくれる……)

少女(そうだよね…?)

教育係「………」



ナデ...ナデ...



教育係「……そんなことはありません」ナデナデ

少女「……」

教育係「きっと、お嬢様の元へ来てくれますよ。その方は」

少女「……そうかな……」

教育係「はい」

教育係「──お嬢様が生きておられるうちに」

少女「………」





少女(……死神さま……)




130 : ◆YBa9bwlj/c [sage]:2019/07/15(月) 17:08:49.97 ID:vBPP1GOf0
間違えて同じ投稿を二度してしまいました…

次回の投稿で、完結する予定です。
131 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:46:46.09 ID:JVBn92ieO





──そうしてついに、その日はやってきてしまいました。




132 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:47:50.44 ID:JVBn92ieO

ーーー伯爵邸 娘の部屋ーーー

教育係「………」

伯爵「………」

夫人「………」

少女「………」

少女「皆、来てくれたのよね」

少女「ごめんなさい、急に呼び出して」

伯爵「お前のためならいつでも駆け付けるさ」

夫人「私もよ、少女」

教育係「全く同意です」

少女「……なんか、私がとても偉くなったみたいね」フフッ

伯爵「それで、どうしたのだ、少女よ」

伯爵「私たちに出来ることなら何でもするぞ」

少女「えっとね……今日はお願いとかじゃなくてね」

教育係(……)





少女「──お別れを言っておきたかったの」




133 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:49:28.68 ID:JVBn92ieO


伯爵・夫人「「─!?」」

教育係「っ……」

伯爵「お別れ……など…!」

伯爵「縁起でもないことを言うんじゃない…!」

少女「落ち着いて、お父様」

少女「分かるのよ。自分のことだから」

少女「もうね、お迎えが来るんだって」

教育係「お嬢様……」

夫人「……ぅ……」ウツムキ

伯爵「………」

少女「……そんなしんみりとしないでよ。まだお通夜じゃないんだから」

教育係「…お嬢様、それはいささか冗談が過ぎるかと」

少女「あら…やっぱり?」

少女「でもね」



モゾ...(右手を僅かに持ち上げる)



少女「……もう身体も動かない」

少女「目も視えない」

少女「少しばかり動くのはこの右手と口と…耳だけ」

少女「いつ喋ることさえ出来なくなっても不思議じゃない」

少女「…だから今、伝えておきたいの」

少女「私の、お父様たちへの想い」

三人「「「………」」」


134 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:50:08.97 ID:JVBn92ieO


伯爵「……そうか」

伯爵「うむ……聞かせておくれ、少女」

伯爵「お前たちも、よいな?」

夫人「…えぇ」

教育係「はい」

少女「………」

少女「…お父様、こっちへ来て」

伯爵「うむ」



サッ、サッ...



伯爵「……なんだい?」

少女「そこにいる…?」

伯爵「む…」



...ギュ(手を握る)



少女「ぁ…」

伯爵「これで分かるか?」

少女「うん」


135 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:51:41.00 ID:JVBn92ieO


少女「……お父様、私ね、考えてたの」

少女「いつかお父様が言っていた、"強く生きなさい"という言葉」

少女「強いってどういうことなんだろうって」

少女「一騎当千……単騎で千の敵を倒すことのできる力」

少女「堅忍不抜……どんなことが起こっても決して挫けない心」

少女「勇往邁進……何事にも臆せず立ち向かう勇気」

少女「きっとそのどれもが正解」

少女「…けどね、そうじゃないの」

伯爵「……」

少女「最後の最後、ようやく分かった気がする"強さ"」

少女「それはね──」

少女「──何かを大切に想うことのできる意志」

少女「お父様がその身で体現してくれたから」

少女「……ねぇ、私にも大切に想えるものが出来たのよ」

少女「こんなに遅くなってしまったけど、これでお父様の言い付け、ちゃんと守ることが出来たかな」


136 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:52:22.13 ID:JVBn92ieO


伯爵「……出来ているとも」

伯爵「強いというものに、決まりきった形はない」

伯爵「だがな、真の強さとは、どんななりであれ他者から見てそれと分かるものだ」

伯爵「……少女、お前はしっかり強くなった」

伯爵「この私が認めよう」

少女「……」ニコッ

少女「…本当はまだまだ弱いところばかりだって分かってる」

少女「それでも、お父様から教わったこの"強さ"だけは、理解することが出来て良かった」

少女「ありがとう、お父様」

少女「貴方は私にとって、世界で一番強いお人よ」

伯爵「こちらこそ……生まれてきてくれてありがとう」

伯爵「お前は私にとって、一生、世界一可愛い娘だ」

少女「……ふふ……」

少女「………」

少女「お母様」

夫人「…ここよ」



...ギュ


137 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:53:09.91 ID:JVBn92ieO


少女「……子供を持つってどういうことなのかな」

少女「このまま成長していって、大切な人が出来て、子供を授かる…」

少女「そんな当たり前が私にも訪れるのかなって、なんとなく思ってた」

夫人「少女……」

少女「…まだ14年しか生きていないんだもの。未練なんていくらでもあるわ」

少女「思えばお母様の言う事には何かと反抗してばかり……いつもお母様の悩みの種になっていたわよね、きっと」

少女「私もね、母親ってどうしてこんなに煩わしいんだろうって何度も思っちゃった……お互い様かな」クスッ

少女「でもね、生まれて来なければよかったなんて、絶対に言わない」

少女「…自分の人生が満点だなんて言えはしないし、やりたかったこともたくさんあるけど」

少女「──お母様が私を生んでくれたからこそ、私は大切なことを知れた」


138 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:54:34.84 ID:JVBn92ieO


少女「生きる事の目的は、幸せになることだと思ってた」

少女「でも幸せって、色んなことを知っていく中で感じられるものだったんだ」

少女(そう、色んなこと……色んな想い……)

少女「だから私はね、ちゃんと幸せになれたって言えたのよ」

少女「ありがとう、お母様」

夫人「私も……私もよ……!」

夫人「私だってあなたからたくさんのことを教えてもらったわ…!」

夫人「少女が私の娘で良かった……母親としてあなたを育てられたこと、ずっと覚えていますからね…!」

少女「……」ニコッ

少女「……教育係」

教育係「はい、お嬢様」



...ギュ


139 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:55:18.95 ID:JVBn92ieO


少女「……この手」

少女「この手に何度、連れて行かれたことかしらね」

教育係「…お嬢様が習い事を抜け出そうするからですよね」

少女「本当、抜け目ないのよ、あなた」

教育係「それが私の役目ですから」

少女「………」

教育係「………」

少女「…ありがとう」

少女「あなたはいつでも私のことを分かってくれていた」

少女「……きっと、今も」

教育係「……」

少女「私も、あなたのこと好きよ」

教育係「…!」

教育係「……それだけ、ですか?」クスッ

少女「十分過ぎるでしょ?」クスッ

教育係「……」

教育係「…お嬢様」スッ



(そっと額に口付け)


140 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:56:59.67 ID:JVBn92ieO


少女「…?何をしたの?」

教育係「いいえ、何も」

教育係「……私はどんなときでも、お嬢様の幸せを願っていますよ」

少女「……うん」

少女(分かる)

少女(皆の想いが)

少女(こんなに近くで想ってくれていたなんて……ちょっと顔を上げれば見えたはずなのにね)

少女「………!!」

少女(………あ………)

少女(もう、ほんと勝手なんだから………)

少女「……あのね、一つだけ聞いてくれる?」

伯爵「しかと聞いているとも」

少女「少しだけ、本当に少しだけでいいの」

少女「──私が呼ぶまで、この部屋でひとりにさせてくれないかしら」


141 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:58:00.77 ID:JVBn92ieO


教育係「──!」

伯爵「な、それは……」

夫人「少女…そんなことあまりにも危険過ぎるわ。さっきあなたも言ってたじゃない。その間にあなたの声も出なくなったりしたら、もう……」

少女「大丈夫、大丈夫だから。私を信じて」

伯爵「いや、だがな…私たちは最後までお前の側を──」

教育係「──私からも、お願い致します」

夫人「!」

伯爵「……教育係」

教育係「旦那様、奥様、どうかこの通りです」ペコリ

伯爵「……」

少女「……ね、最後のわがままだから……」

伯爵「………出ようか、夫人」

夫人「あなた……」

夫人「……分かりました」



テク、テク...



伯爵「……10分だ」

伯爵「お前からの呼びかけがなかったら、10分で戻ってくる」

伯爵「それ以上は、譲れぬぞ」

少女「うん、それでいい」

少女「10分で果てるほど、やわなつもりはないわ」フッ

伯爵「……言いおる」



ガチャ



教育係「それでは、お嬢様…」

教育係(……後は、頼みましたよ)



パタリ...


142 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 07:59:39.99 ID:JVBn92ieO


少女「………」

少女「………」

少女(………)

少女「……ふぅ」

少女「そこに居るんでしょう?」





少女「死神さま」





男「……あぁ」

少女「…私を迎えに来てくれたのよね?」

男「………」

少女「まったく……何してたのよ」

少女「あの日以来、全然来なくなっちゃって……お仕事暇なんでしょ?」

少女「結局、私との条件、守ってくれなかったわね」

男「条件…?」

少女「そう」

少女「私が死ぬまで、私の暇つぶしに付き合うっていう条件」

少女「……これであなたとの友達の契約も解消かしらね?」


143 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:01:00.16 ID:JVBn92ieO


男「……」

少女「……」

少女「死神さま、手握って……?」

男「………」スッ...



──ギュ



少女「……」...キュ

男「……」

少女「……本当に……」

少女「本当に、自分勝手よ……あなたは……」

男「……」

少女「暇つぶしだとか言っていきなり来たと思ったら……今度は友達になろうなんて突拍子のないことを言い出すし……」

少女「…それなのに、突然いなくなって……」

少女「私、まだまだ話したいことあったのに……」

少女「……ばか……」

男「……悪いと思っている」

少女「………嘘」

男「本当だ」


144 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:02:26.43 ID:JVBn92ieO


少女「………」

男「………」

少女「……でもね」

少女「あなたが居てくれたおかげで、私は楽しかった」

少女「"私"を見つけてあげることが出来た」

少女「この世界はたくさんのもので溢れかえってるって、気付けた」

少女「……あなたは、灰色だった私の世界にもう一度色を付けてくれたの」

男(……)

少女「だから」

少女「あなたにも、ありがとう」

男「………」

少女「死神さまが感謝されることなんて、初めてなんじゃない?」フフッ

男「…そうかもな」

男「……少女」

少女「なぁに?」

男「……」

男「今一度、問う」





男「──生きたくは、ないか?」




145 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:09:12.98 ID:JVBn92ieO


少女「……なぜ?」

少女「今そんなこと…だって私はもう行かなくちゃいけないんでしょ?」

男「……俺は、今この時、君を連れに来たのではない」

男(そうだ)

男(俺がここに来たのは)

少女「……じゃあ、あなたもお別れをしに?」

男「別れか。…それを君らと同じように感じることはない。俺にとっては流れ行く時と同じだ」

男「……人間と同じ物差しで測れぬことは、既に分かっているだろう」

少女「相変わらず捻ちゃって……」

男「……」

少女「……だったら」

少女「その質問、私がはいと答えれば、私は死なずに済むとでも言うのかしら?」

男「そうだ」

少女「!!」

男「……と言ったら?」

男(……)

男(例えこの身が消えることになろうと)

男(この小さな命を守ることが出来るのなら、俺は……)


146 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:10:29.04 ID:JVBn92ieO


少女「………」

男「………」

少女「………」

少女(……………)

少女「……そんなの……」

男「……」

少女「決まってる。私は……」

男(……)





少女「──このまま、あなたの迎えを待っているわ」




147 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:11:58.48 ID:JVBn92ieO


男「──!」

少女「それだけよ」ニコッ

男「………死を望むのか」

少女「死……そうね、私はもうすぐ死ぬ」

少女「あなたと初めて会った時、死ぬことが怖くないって言ったっけ」

少女「あれは、嘘ではないけど、あの時はまだ死がどんなものかよく分かっていなかったの」

少女「ただ無味な私が消えるだけだって、考えていたわ」

男「……」

少女「……死ぬのが待ち遠しいわけじゃない」

少女「神さまから貰ったこの命を、あなたに返すだけ」

少女「それはね、とてもとても自然なこと」

少女「あなたがこれまで導いてきた幾多の命と同じように、私もあなたに委ねるの」

少女「…あ、でも少しくらい特別扱いしてくれてもいいわよ」クスッ


148 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:12:57.84 ID:JVBn92ieO


男「………」

男(………)

男「……やはり、君は最も理解に苦しむ人間だ」

少女「そう?この前出かけたときは、知ったようなこと言ってたのに?」

男「俺と似ているからこそ、理解できない」

男「君の命はまだ追い求めているはずだ」

男「この世界の広さ、まだ見ぬ幸せを」

男「──かつて思い描いた君の夢は、消えてなどいないのだろう…!」

少女「……死神さま」

男「…なんだ?」

少女「私の方が一枚上ね」

男「?どういうことだ?」

少女「だって私、理解出来ちゃったから」

男「…?」

少女「……あなたが鎌を持てない理由」

男「っ」





少女「──優し過ぎるの」




149 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:13:52.97 ID:JVBn92ieO


男「──」

少女「あなたはね、生き物の生死全てを司るには優し過ぎるのよ」

少女「……"暇つぶし"に一人の人間と話をしてしまうくらい、ね」

少女「だからきっと、偉い神様が考えたのでしょうね」

少女「あなたに鎌を持たせないことで、平等な死が崩れないように。不平等な生が生じないように」

少女「……心を知ってしまっても、大丈夫なように」

男「………」

男(……君は……)



ーーーーー

教育係「──あの子の命は、今やこの世のどんなものよりも輝いていることでしょう」

ーーーーー



男(そう、か)

男(なら、その輝きを見届けるのが……俺のすべきこと)


150 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:15:01.97 ID:JVBn92ieO


少女「…叶えたいこと、知りたかったことなんて挙げたらキリがないわ」

少女「それでもね……ねぇ聞いて?」





少女「──優しい死神さま。私はあなたと過ごせたから幸せになれました」





少女「あなたが迎えに来てくれると分かっているから、私はもう寂しくないの」

少女「私の夢と一緒に、私のことを連れて行ってくださいな」

少女(……願わくば、あなたへのこの想いも共に……)

男「………」

男「………」

男「……分かった」

少女「……」ニコッ


151 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:20:24.70 ID:JVBn92ieO



──ツー...



男(…!)

少女「……」ポロ...

男「……」

少女「……」ポロポロ

男「……」

少女「ねぇ、死神さま」ポロポロ

男「……」

少女「私、今どんな顔してる?」ポロポロ

男「………」

少女「ちゃんと笑えてるかしら…?」ポロポロ

男「……っ」

少女「あなたが素敵と褒めてくれた笑顔……ちゃんと出来てるかな…?」ポロポロ

男「──」

男「…あぁ、出来ているさ」

少女「……よかった……」ポロポロ

男「……」ナデナデ

少女「……」ポロポロ



少女(あぁ……)



少女(私は今……)




152 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:21:30.18 ID:JVBn92ieO





──とっても幸せです




153 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:23:28.28 ID:JVBn92ieO



伯爵家の一人娘が息を引き取ったとの知らせが出たのは、その日の夕方でした。

民からの信頼も厚い伯爵様が大事にしていた、少女という娘。

その訃報に悲しむ人は少なくなかったといいます。

ですが、お悔やみを伝えに来た人々は皆、驚いた様子で屋敷を後にしていきました。

それは──

亡くなった娘が、それはそれは晴れやかな笑顔を浮かべていたから。

──だそうです。


154 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:25:06.50 ID:JVBn92ieO

ーーー夜 伯爵邸 娘の部屋ーーー



──フッ



男「………」

男「………」

男「……迎えに来た」





少女「」





男「……」スッ...



(そっと少女を抱きかかえる)



男「……」

少女「」

男「……」

男(……綺麗な笑顔だ)

男「……」

男(君のその笑顔、決して忘れはしない)

男(永遠に──この世界の果てるまで)

男「……」





男「さぁ、行こうか」




155 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:27:40.24 ID:JVBn92ieO

ーーーーーーー

老婆「──はい、おしまいです」

「うぅ……」グスッ...

老婆「あらあら、そんなに泣いちゃって……これで涙を拭きなさい」スッ

「うん……」フキフキ

老婆「…落ち着きましたか?」

「ありがとう、婆や」

老婆「……おや、もうこんな時間ですね」

老婆「今日はもうおやすみなさい。明日は朝から東の貴族様のパーティーに出かけるのですからね」

「分かったわ」

「……婆や、いつもありがとう。私婆やのお話好きよ」

老婆「それは何よりですね」ニッコリ

「でも、今日のは悲しいお話ね……思わずたくさん泣いてしまったわ……」

老婆「悲しいお話?」

老婆「…いえいえそれは違いますよ」

「え…?」

老婆「このお話はですね──」





老婆「とても、優しいお話なんですよ」





老婆(そうですよね)

老婆(──お嬢様)




156 : ◆YBa9bwlj/c [saga]:2019/07/18(木) 08:28:50.14 ID:JVBn92ieO



その黒ずくめの男は、──"死神"。

あらゆる命の期限を知る者です。

ただし、自分では生き物を殺しません。

──殺せません。

何故なら──

その死神様は鎌を持つには、優し過ぎるからです。



これは、広い世界を夢見た小さな女の子と、鎌を持てない死神様の、優しい優しい物語。





ー終わりー


157 : ◆YBa9bwlj/c [sage saga]:2019/07/18(木) 08:53:49.06 ID:JVBn92ieO
以上で完結となります。

元ネタは「鎌を持てない死神の話」という歌からです。

本当は画像を一枚貼りたかったのですが、調べてもやり方がよく分かりませんで…

読んで下さった方、ありがとうございました。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/18(木) 10:57:00.19 ID:O7dUznl9o
年を取ると涙腺が緩くなっていかんな……
素晴らしかった乙!
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