ダイヤ「吸血鬼の噂」

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1 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:32:21.72 ID:ZRnZyA2Z0
ラブライブ!サンシャイン!!SS

※残酷描写ありなので苦手な方は注意してください。


過去にはこんなの書いてます

善子「一週間の命」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1495318007/

千歌「ポケットモンスターAqours!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1556421653/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1562365941
2 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:37:09.81 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「──はぁ? 吸血鬼?」


それは、ゴールデンウイークを明日に控えた4月26日金曜日のことでした。


鞠莉「そ、吸血鬼。最近噂になってるんだヨ」

ダイヤ「はあ……」

鞠莉「あ、ダイヤ〜? その反応信じてないネ?」

ダイヤ「まあ……」


生徒会室で連休前の仕事を三年生三人で片付けながら適当に話を聞き流す。


鞠莉「なんでも、ここ最近夜になると出るらしいんだヨ……」

果南「で、出る……?」

鞠莉「……血……血……って呻きながら、校舎内で女生徒の血を探して彷徨うリビングデッドが……!!」

果南「……ッヒ!!」


鞠莉さんがおどろおどろしい口調で、眉唾な噂を口にすると、果南さんが涙目になって、書類で顔を隠す。

というか、吸血鬼からリビングデッドに変わっているのですけれど……。


鞠莉「身を隠したって無駄……リビングデッドの嗅覚は的確に活きの良い乙女の血の匂いを嗅ぎ分けて、喰らいに来るんだから……!!」

果南「…………!!」

鞠莉「果南みたいに活きの良い生娘なんか、特に──」

ダイヤ「──いい加減になさい」


書類の束で、鞠莉さんを軽くはたく。


鞠莉「Ow !」

ダイヤ「果南さん、大丈夫ですからね。こんなのただの噂話ですわ」

果南「……ぁ、ぁはは……そ、そう、だよね……」

鞠莉「もう!! ダイヤ、邪魔しないでよー!!」


怖い話で脅える果南さんを見るのが楽しいのか、鞠莉さんがぷりぷりと文句を言って来る。


ダイヤ「はぁ……噂話もいいですが……。早く仕事を片付けないと……。明日からは10連休なのですわよ?」


今年のゴールデンウイークは長い。

ここで仕事を連休明けに持ち越すのはよくないと思い、今日三年生はAqoursの練習そっちのけで生徒会の仕事をさせて貰っているのです。

これで終わりませんでしたなんて言ったら示しがつかないし、申し訳も立たない。


鞠莉「んーもう……ダイヤは頭が堅いんだから! こんな忙しいときにWitに富んだJokeで場を和ませようってマリーの気遣いがわからないの?」

ダイヤ「はいはい……」


鞠莉さんの言葉を聞き流しながら、果南さんに目を配ると、


果南「……………………」


顔を真っ青にしたまま、フリーズしている。

果南さんは普段はサバサバしているけれど、怖い話が滅法苦手なのです。

怖い話が苦手な人は一度こういう話を耳にしてしまうと、それが頭の中にこびり付いてどうしようもなくなってしまうもの。
3 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:38:18.16 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「果南さん」


わたくしはそんな果南さんの様子を見かねて、彼女の手に、自らの手を添える。


果南「……!? あ、な、なに……!?」

ダイヤ「本当に、大丈夫ですからね」

果南「ダイヤ……う、うん……」


果南さんは未だ目尻に軽く涙を浮かべながら、わたくしの手を握り返してくる。


ダイヤ「…………」


久しぶりに幼馴染の可愛い部分を見ることが出来て、なんだか少し懐かしい。


鞠莉「ダイヤばっかりずるいー!! ほら、果南! マリーのところにも……!」

果南「……やだ。鞠莉、すぐ怖い話するから」

鞠莉「…………」

ダイヤ「自業自得ですわ」


わたくしはショックを受ける鞠莉さんを見て肩を竦める。

たまには良い薬ですわ。

──さて、と。仕事に戻るために、果南さんから離れようとするも。


果南「…………っ」


果南さんが手を放してくれない。


ダイヤ「えーっと……果南さん」

果南「……ダ、ダイヤ……」

ダイヤ「はい」

果南「……今日泊まりに行っちゃダメ……?」


普段見ることの出来ない、可愛い幼馴染に面食らいながらも……。


ダイヤ「……すみません。ちょっと今夜は用事がありまして……」

果南「じ、じゃあ……ルビィのところに泊まりに行く……」

ダイヤ「それは同じですわ……。どっちにしろ、今日からルビィは花丸さんと一緒に善子さんの家にお泊りに行ってしまうので……」

果南「そんなぁ……」

鞠莉「果南! わたしの家だったらいつでも──」

果南「イヤ」

鞠莉「…………」


やれやれ……。
4 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:40:03.29 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「……というか、ダイヤ。泊めてあげればいいじゃない? なんで、果南にそんなイジワルするの?」

ダイヤ「貴方に意地悪とか言われたくないのですが……。先ほど、言っていたじゃないですか」

鞠莉「What ?」

ダイヤ「夜な夜な、この学校に不審者が出るのでしょう?」

鞠莉「不審者……いや、リビングデッド的な吸血鬼が……」

ダイヤ「吸血鬼なのか、リビングデッドなのかはっきりしてください……。……まあ、そんな眉唾な存在かはともかく、火のないところに煙は立ちませんから。少し見回りくらいした方がいいかなと思いまして」

果南「見回り!? あ、危ないって!!」


果南さんがますます顔を青くする。


ダイヤ「こんな田舎の学校にわざわざ侵入してくる人なんて居ませんわよ……。大方、大きなネズミでも住み着いたとか、その辺りでしょう」

果南「で、でも……」

ダイヤ「原因がわかれば、果南さんも怖い想いをしなくて済みますし」

果南「でも……」

ダイヤ「それとも、果南さんも一緒に見回りしてくれますか?」

果南「……それは無理」

ダイヤ「でしょう? 生徒が安心して学業に専念出来るように努めるのも生徒会長の役目ですから」


そんなやり取りをしていると──

──コンコン。


果南「ヒッ!!?」


急にドアがノックされて、果南さんが飛び上がる。


善子「ダイヤ、鞠莉、果南。入るわよ……って、何やってんの?」


ドアを開けて入ってきたのは善子さんでした。

入室するなり、果南さんが涙目でわたくしに抱き付いている姿を認め、怪訝な顔をする。


果南「……な、なんだ……善子ちゃんか……」

ダイヤ「すみません……そこの理事長が、意味もなく果南さんを怖がらせるという、性根の腐った遊びに興じていたもので、すっかり脅えてしまって……」

鞠莉「え、辛辣すぎない?」

善子「……? まあ、いいけど……」

ダイヤ「それはそうと……どうされたのですか?」

善子「ああ、えっと……今日はもう練習終わりにして、引き上げようと思って。その報告に」

鞠莉「え、もう? 随分早いわね?」


……確かに、まだ練習を切り上げるには少し早い気がしますわね。


善子「まあ、そうなんだけど……ちょっと千歌が調子悪いみたいで、先に帰るってことになって」

ダイヤ「千歌さんが?」

善子「お隣のリリー曰く、ここ数日ずっと調子悪いらしくって……」

ダイヤ「それは……心配ですわね」


言われてみれば、ここ数日、千歌さんは貧血気味だと言っていた気もしなくはない。
5 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:42:13.16 ID:ZRnZyA2Z0

善子「リリーが付き添うって申し出てくれたんだけど……大丈夫って言って、千歌は一人で帰ったわ。……リーダーも居ないし、明日からは連休だし、今日は早めに切り上げて、英気を養おうって話になってね。……って、どうしたの果南?」

果南「え……あ、いや……千歌、調子悪いのか……」

善子「?」

果南「それじゃさすがに、泊まりに行くのは悪いな……」

善子「何? 千歌の家に泊まりに行くつもりだったの?」

ダイヤ「さっきも言いましたけれど……果南さんはそこの意地悪な理事長のせいで、ちょっとナイーブになっているのですわ」

鞠莉「だから、わたしの家に泊まりにくればいいのに……」

果南「そ、そうだ……! 善子ちゃんの家、泊まっちゃダメ……!?」

善子「え!? ウ、ウチ!?」

果南「ルビィもマルもいるんだよね……!? 人がいっぱい居た方が安心する……。……あ、いや……迷惑なら、無理にとは言わないけど……」

善子「……ま、まあ別に一人増えようが二人増えようが構わないけど……!」

果南「ホントに!?」

善子「……全くしょうがないわね。脅えてしまったリトルデーモンを受け入れるのも堕天使の使命だし、いいわよ一緒に面倒見てあげる」

果南「あ、ありがとう……!」


珍しく、果南さんに頼られて嬉しいのか、善子さんは腕を組んで誇らしげな顔をしている。


ダイヤ「そういうことでしたら……泊まりの準備もあるでしょうし、果南さんは先にあがってくださいませ」

果南「え、でも……」

ダイヤ「後はわたくしと鞠莉さんでやっておきますので……。それに、このままだと集中出来ないでしょう?」

鞠莉「♪〜〜」


鞠莉さんはへたくそな口笛を吹きながら、目を逸らす。全く……。

鞠莉さんがまた怖い話をしてくると思うと、果南さんは気が気でないでしょうし。


果南「う、うん……なんか、ごめん……」

ダイヤ「いいのですわよ。それより、ルビィたちのこと、よろしくお願いしますわ」


弱っていて、いつもより素直な果南さんを送り出す。

帰り支度を始めて、果南さんがわたくしたちに背を向けた際、


善子「……そういえば、さっきの怖い話って……もしかして、吸血鬼の噂のことかしら?」


善子さんがそう耳打ちしてくる。


ダイヤ「あら……善子さんもご存知だったのですわね」

善子「まあ、ね……一年生では結構話題になってたから」

ダイヤ「そう……。まあ、今日見回りもしますので、すぐに落ち着きますわよ」

善子「そう……? ……ダイヤが見回りするの?」

ダイヤ「ええ、生徒達の不安を取り除くのも、生徒会長の役目ですから」

善子「真面目ね……気を付けてよ。んじゃ、お守りにこれ貸してあげる」


そう言って、善子さんはポケットから取り出したものをわたくしの手に握らせる。


ダイヤ「……? これは……ロザリオですか?」


それは十字架のついた数珠──所謂、ロザリオでした。
6 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:43:46.79 ID:ZRnZyA2Z0

善子「ええ。もし、本当に吸血鬼が居たとしても……十字架があれば安心でしょ?」


確かに吸血鬼は十字架に弱いと言いますものね……。彼女なりの気遣いなのでしょう。


ダイヤ「ええ、ありがとうございます。この御守りがあれば、吸血鬼も怖くありませんわ」

善子「ん……ま、こんな田舎の学校だし……何もないとは思うけど。気を付けてね」


善子さんはそう言葉を残して、


果南「それじゃ、ごめん。あとは任せるね、ダイヤ、鞠莉」


果南さんと共に生徒会室を後にしたのでした。


ダイヤ「……さて、それでは仕事、片付けてしまいましょうか」

鞠莉「……ん、ダイヤ、あんまり怒らないんだネ?」

ダイヤ「……怒って欲しいのですか?」

鞠莉「まさか」

ダイヤ「……一生徒には判断が難しい書類が増えてきたから、果南さんを怖がらせて追い返したんでしょう?」

鞠莉「……何、気付いてたの?」

ダイヤ「まあ、なんとなくは……。果南さんはなんだかんだで、わからなくても最後まで手伝ってくれるでしょうからね……。それにしても、怖がらせすぎだったと思いますけれど」

鞠莉「……ちょっと反省してる。……けど、吸血鬼の噂があるのは本当だヨ?」

ダイヤ「でしょうね……。一年生の間でも噂になってるそうなので……」

鞠莉「見回り……手伝う?」

ダイヤ「大丈夫ですわよ。鞠莉さんは学校に来るのに、船を使わないといけませんし……わたくし一人で大丈夫ですわ」

鞠莉「そう? ……でも、何かあったらすぐ連絡してよね? 飛んでいくんだから」

ダイヤ「ええ、そのときはよろしくお願いしますわ」


……それにしても、吸血鬼、ですか。

この噂はどこの誰が……もしくは何が立てている煙なのか……。今日の見回りでちゃんとわかるといいですわね。





    *    *    *





──夜、浦の星女学院校舎内。

静まり返った真夜中の校舎内を、懐中電灯で照らしながら、進んでいく。

教室一つ一つを見回り、図書室や音楽室などを順に廻っていく。

ただ、そのどこにも不審な影はなく……。

一応、生徒会室や部室も見回ったけれど……特に怪しいものは見つかりませんでした。


ダイヤ「あとは……理事長室と保健室くらいかしら……」
7 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:44:45.73 ID:ZRnZyA2Z0

とは言え、理事長室は鞠莉さん不在の状況で調べるのは少し気が引ける。

と、なると……残りは保健室くらいかしらね。

校舎の1階は普段生徒が立ち寄る場所と言うよりは、教職員のための場所が多いため、後に回していましたけれど……。

どちらにしろ、この調子だと、特に問題もなく。噂は噂のままと言うことに終わってしまいそうです。

……せめて、呻き声と勘違いされたものの原因くらいは見つけられればよかったのですが……。

1階の廊下を照らしながらゆっくり歩を進めていく。

──ふと、そのとき。


ダイヤ「……?」


違和感を覚えた。


ダイヤ「……何……?」


それは保健室に近付くたびに少しずつ大きくなっていく。


ダイヤ「……保健室に……何か……居る……?」


それは、何かの気配だった。わたくしはそっと懐中電灯を消す。

静まり返った真夜中の校舎の中。光源は非常灯の灯りと、月明かりのみ。

──ゆっくりと保健室に近付き、ドアに付いている除き窓から中を伺う。

保健室の中に人影は見えない。……ですが、一つ不審な光景。

──ベッドの周りの遮光カーテンが閉ざされている。

普通帰るときにカーテンは全て開けて、括ってから帰るはずです。

そして、何より。


 「……ぅ……ぐ……ぅっ……ぐす……」

ダイヤ「…………」


室内からは、すすり泣く様な声が聞こえる。

──確実に人が居る。

ただ……噂と違う。

鞠莉さんから聞いた話だと『血……血……』と呻く声だと言っていた。

……いや、この際重要なのは台詞ではないですわね。

この真夜中に誰かが校舎内に侵入し、声をあげているという事実がきっとこの噂の煙なのですわ。

ですが……。

保健室ですすり泣く人──女子校と言うのもありますが、声からしても恐らく女性。

それも学校で……。

少し暗い背景が否が応でも想像出来てしまう。

……陰湿ないじめや、そういう類のものでしょうか。

我が、浦の星女学院でそんなことがあるなんて考えたくないのですが……。


ダイヤ「…………」
8 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:45:21.03 ID:ZRnZyA2Z0

ただ、このまま見て見ぬ振りをして帰るわけにもいかない。

原因は夜な夜な保健室に篭もって、すすり泣く女生徒が原因だったなんて、報告出来るわけもない。

今、彼女の心の傷を癒やして、全ての誤解を解いて、それで初めて解決なのです。

わたくしは意を決して、保健室の引き戸に手を掛けた。

──ゆっくりとドアを開いたつもりでしたが、本当に静かな真夜中の校舎。

それだけで、中に居る女生徒が、誰かが入ってきたことに気付くには十分だったようで。


 「…………っ……!」


遮光カーテンの向こうで、息を呑む声が聞こえた。

そして、同時にすすり泣く声も止まる。


ダイヤ「……そこに誰か、いるのですか?」

 「………………!」


確実にそこに居る。人の気配。


ダイヤ「安心してください……貴方に危害を加えるつもりはありませんわ」

 「…………ぃゃ」


小さく声があがる。脅えきった声。


ダイヤ「……こんな時間にこのような場所に居るなんて、何か事情がお有りなんでしょう? もし、よかったら、わたくしが力になりますわ……」


少しでも警戒を解けるように、柔らかい口調で、そう言葉を掛けながら、ゆっくりとベッド周りのカーテンの方へと近付いていく。


 「…………っ!! 来ないで……!!」

ダイヤ「……え?」


わたくしの制止を促す、大きな声。

わたくしはそれを聞き、驚いて立ち止まる。

その内容にではない。

その声にだ。


ダイヤ「……嘘」

 「来ないで……!! お願い……来ないで……!!」


この声……聞き間違うはずがない。

わたくしは先ほどとは打って変わって、駆け寄るように近付き、


 「来ないでぇっ!!!」


──カーテンを開け放った。


ダイヤ「……!? ひっ!?」


わたくしはその光景を見て、思わず尻餅をついてしまった。


 「ぅ、ぁ……ダ、イヤさん…………み、見ないで……見ないでぇ……!!」
9 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:45:52.28 ID:ZRnZyA2Z0

目の前に拡がっていたのは……。

血まみれのガーゼや絆創膏が周囲に撒き散らされたまま、泣きじゃくっている──千歌さんの姿だった。

その腕や脚には、大量の血が付着している。


ダイヤ「千歌……さん……? あ、貴方……な、なにをしているのですか……?」

千歌「……ぅ……ぐ……見ないで……見ないでよぉ……」


頭が追いつかない。

周囲にあるガーゼや絆創膏は何……?

なんで千歌さんは血まみれなの……?

なんで泣いているの……?

わけがわからない。

ふと──泣きじゃくる千歌さん傍にカッターナイフが落ちていることに気付く。

そして、結びつく。


──自傷……。


彼女はカッターナイフによって、自らの腕や脚を切り付けていた。

そうなると恐らく周りにあるガーゼや絆創膏は治療に使ったもの……?

とにかく、止めなくては……!


ダイヤ「千歌さん……!!」


わたくしは立ち上がり、上履きのまま、ベッドの上の千歌さんの元へ。

靴も脱がずにベッドに乗るなど、はしたないですが緊急事態です。

ですが、


千歌「来ないでぇ!!!!!」

ダイヤ「……っ!!」


千歌さんの絶叫が響く。


千歌「来ないで……来ないで……来ないで……来ないで……!!」


錯乱気味に、ベッドの上を後ずさるように、奥に逃げていく。


ダイヤ「大丈夫ですから……! 事情をちゃんと聞かせてください……!! どうしてこんな──」


──自ら傷つけるような真似を……。


千歌「ダメぇ……!! 来ないでぇ……!!」


こんな状況の彼女、放っておくわけにいかない。

わたくしは身を引いて逃げる彼女に手を伸ばす──


千歌「来ないでぇ……!!!!」


──ドン。

音と共に、視界が回った。
10 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:46:44.76 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「──……な……ぇ……??」


一瞬何が起こったのか理解出来なかった。

鈍痛がする。

身体を打った。

ゆっくりと身を起こすと、千歌さんにベッドから突き飛ばされたのだと気付く。

わたくしはベッドから1メートルほど離れた場所に転がっていた。


千歌「……っひ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!!!」

ダイヤ「…………っ……」


千歌さんは今度は謝罪の言葉を繰り返しながら、縮こまる。

異常だ。異常なことが多すぎる。

そもそも──

女子高生がベッドの上から、両手で押しただけで同体格の人間をここまで突き飛ばせるはずがない。


ダイヤ「何が……何が起こっているの……?」

千歌「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめ──」


急に千歌さんの謝罪が止まる。


ダイヤ「……? ……千歌、さん……」

千歌「……ぁ」


蹲っていた、千歌さんは急にベッドの上を這うようにして、こちらに向かってくる。


ダイヤ「ち、か……さん……?」

千歌「……ぁ……におい……」

ダイヤ「……匂い……?」

千歌「……いい……匂い……」


千歌さんと目があう。


ダイヤ「……っ……!!?」


そして、彼女の目を見て、戦慄した。

なんと形容すればいいのかわからない。だけれど、確実に彼女の目は、わたくし──黒澤ダイヤという人間を見ていなかった。

──なんだか、おいしそうな餌を見ているような、そんな恍惚とした表情のように、見えた。


ダイヤ「ち、千歌さん……!! ……ど、どうしてしまったのですか……?」


声を掛けながら、後ずさりしようとして、


ダイヤ「っ……!!」


痛みを感じて、前腕から流血していることに気付く。

突き飛ばされたときに、床で思いっ切り擦ったか、何かにぶつけたか。

とにかく、血が流れ出し──


千歌「…………ち」
11 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:48:31.64 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんの視線は、わたくしのその流れる血を見つめていた。


千歌「血……血……血……!!! 血!!!!! 血!!!!!!!! 血!!!!!!!!!!!」

ダイヤ「ひっ!?」


急に大きな声をあげて、血と連呼し始める。


千歌「血!!! 血!!!! 血、血、血、血、血、血、血、血!!!!!!!!!!!!!」

ダイヤ「……!?」


そして、そのまま飛び掛ってくる。

千歌さんは仰向けに床を転がっていたわたくしに覆いかぶさるように、組み伏せてくる。


千歌「ぁ血、血……血!!!!!」


目を血走らせ、血と連呼するソレは──噂の吸血鬼そのものだった。


ダイヤ「……千歌……さ……」


余りの光景に、恐怖に、身体が強張って動けなくなる。


千歌「……血……やっと、血……」

ダイヤ「や……やめて……」


恐怖で身体が震える。

逃げなくては。


ダイヤ「……やめて……っ!!!!」


大きな声をあげて、身を捩る。

だが──


千歌「血……!!!」


千歌さんの押さえ込む力が強すぎて、全く逃げられない。


ダイヤ「い、いや……!! いや!!!!」


必死に抵抗する。


千歌「……血!!!」

ダイヤ「お願い!!! やめて!!! だ、だれか……!! 誰か助けて……!!!」


押さえつけられて動けないまま、必死に身体を捩っていると──カラン。

ポケットから、何かが落ちた。

──途端に、


千歌「!!!? いやぁぁぁッ!!!!?」


千歌さんは絶叫を上げて、後ずさる。
12 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:49:11.89 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……はっ……はっ……!? た、助かった……?」

千歌「いや、いや……怖い……それやだ、こわい……!!!」


千歌さんは再び身を縮こまらせて、泣き叫ぶ。


ダイヤ「それ……って……」


千歌さんが怖がっているもの……それは、


ダイヤ「ロザリオ……」


善子さんから貰った、ロザリオだった。

その十字架を怖がっているようだ……。


ダイヤ「…………」


わたくしはゆっくりと立ち上がって、床に落ちたロザリオを拾い上げる。


千歌「ひっ……!!」


そして、ロザリオを手に持ったまま、千歌さんの方へと近付くと、


千歌「ごめんなさい!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!!! ごめんなさい!!!!!!」


千歌さんは絶叫しながら、謝罪を連呼する。

もう、これは確信していいでしょう。確実にこのロザリオを嫌がっている。ですが、これでは本当に……。


ダイヤ「……本当に吸血鬼なのですか……?」

千歌「ごめんなざい……っ……ごべんなざい……っ……!!!!」

ダイヤ「…………」


泣きじゃくりながら、全身を縮こまらせ、謝罪の言葉を繰り返す千歌さんからは……いつもの元気で明るい様子が全く感じられない。


千歌「ぅ……ぐ……ふぐっ……」

ダイヤ「…………」


ただ、あまりに辛そうなので、


ダイヤ「……仕方ありませんわね」


わたくしはロザリオをポケットにしまう。


千歌「は……っ……は……っ……」


そうすると、千歌さんは息を切らせながら、少しずつ落ち着いていく。
13 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:49:52.26 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ダイヤ……さん……」

ダイヤ「…………千歌さん、事情を聞かせて貰えませんか……?」

千歌「……う、ん……はなす……けど……」

ダイヤ「……けど?」

千歌「おねがい……血を……ください……おねがいします……」

ダイヤ「…………」

千歌「もう……おなかが、へって……死にそう、なの…………」

ダイヤ「……どうやら、そのようですわね」


あの血への執着……。お腹が減ってという言い回し。相当な飢餓状態なのではないかと推察出来る。

ただ、また正気を失われて襲われたらと思うと……これ以上近付けない。


ダイヤ「……どのようにすればいいですか?」

千歌「…………くれるの……?」

ダイヤ「このままじゃ……会話が出来そうにないので。ただ、噛み付かれたりするのは……」

千歌「ん……ティッシュ」

ダイヤ「ティッシュ?」

千歌「しみこませてから……こっちに、なげ、て……」


なるほど。確かにそれなら、近付かずにわたくしの血を千歌さんの方に渡すことが出来る。


ダイヤ「わかりました」


千歌さんから視線を外さないように、養護教諭の使う机の方へとゆっくり近付いて……。

机の上にあるティッシュ箱から、ティッシュを数枚取り出してから、腕の傷口の血を拭う。

流血量は大したことはなく、すぐにティッシュで拭き取ることが出来た。

ただ、落ち着いたら消毒はした方がいいかもしれませんわね……。


ダイヤ「あの……余り量がないのですが……」

千歌「……だいじょぶ……新鮮なら、ちょっと舐めれば……落ち着く……と、思う……」

ダイヤ「そう……ですか」


わたくしは自分の血を拭ったティッシュを丸めて、千歌さんの方へと放る。


千歌「……血……!!」


千歌さんはその丸めたティッシュに飛びつく。

わたくしは、その挙動に警戒しながら、ポケットのロザリオに触れておく……が、これ以上の心配はなかったようで……。


千歌「血……血……っ……」


千歌さんは涙を流しながら、わたくしの血が染み込んだティッシュを舐めていた。


ダイヤ「…………」


思わず顔を顰めてしまう。


千歌「……はっ……はっ…………ごめんね。気持ち、悪いよね……」

ダイヤ「……っ……い、いえ……」
14 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:50:41.36 ID:ZRnZyA2Z0

この光景に生理的嫌悪がないなんて……どうやっても言い切れない。


ダイヤ「ごめんなさい……」

千歌「うぅん……チカも、自分で……っ……気持ち悪い……って、思う……っ……」


泣きながら言う。


ダイヤ「…………」

千歌「……ダイヤさん……チカ……吸血鬼に、なっちゃったみたい……」


千歌さんはわたくしに向かって、苦しげに、そう言葉を紡ぐのだった。





    *    *    *





ダイヤ「……落ち着きましたか?」

千歌「……うん」


あれから……わたくしは消毒用のアルコールで傷口の消毒をして、ガーゼを当てて治療をし、千歌さんは再びベッドの奥の方でその身を縮こまらせていました。


ダイヤ「その……何があったのですか……?」

千歌「…………ちょっと前からね、ずっと貧血気味で……おかしいなって思ってたんだけど」

ダイヤ「……ええ」

千歌「夜になるとね……急に、血が飲みたくなるの」

ダイヤ「……」

千歌「最初は……なんか、すごく喉が渇くなってくらいに思ってたんだけど……いくら水を飲んでも、全然渇きが収まらなくて……。……それが何日か続いたある日ね、ウチの旅館に来てたお客さんの子供がね、夜に旅館内で転んで怪我しちゃったんだ。……そのとき、旅館の床にちょっと血がついちゃってね。事情を聞いて後片付けをすように呼ばれたの」

ダイヤ「……まさか」

千歌「……もう、床についてた血を見た瞬間、わけわかんなくなって……床の血を……舐めてた」

ダイヤ「…………そう、ですか……」

千歌「……そしたらね、その血が、おいしくっておいしくって……やっと満たされたって思ったのと同時に……怖くなった」

ダイヤ「…………」

千歌「……なんかわかっちゃったんだ……自分が他人の血を欲してるって……その後、自分の部屋に篭もって我慢してたんだ……。一日目は我慢できた、でも次の日には血が欲しくて、もう頭がおかしくなりそうだったから、タオルを口に詰め込んで我慢した。三日目……っ」


千歌さんの言葉が詰まる。


ダイヤ「……三日目、どうしたのですか……?」

千歌「……気付いたら……お客さんの部屋の前に居た」

ダイヤ「……!!」

千歌「たまたま泊まってた……若い……女性のお客さんの……部屋」

ダイヤ「まさか……」

千歌「うぅん……そこで踏みとどまれたよ。……でも、このままだと次は絶対に襲っちゃうって思って……。夜の間は誰も居ない学校に来ることにしたんだ……」


つまり……ここ最近の吸血鬼の噂は、他人を襲わないように学校に潜んでいた千歌さんだったということです。

火のないところに煙は立たぬと言う言葉の通りに探りに来て……まさに、煙の出所を見つけたのはいいのですが。


ダイヤ「まさか本当に吸血鬼だったなんて……」
15 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:51:23.25 ID:ZRnZyA2Z0

しかも、それがまさか自分と同じグループ内の人間だとは……。


千歌「学校でね……最初は教室とかで朝まで待ってたんだけど……。ふとね、血の匂いがして……気付いたら保健室に来てた」

ダイヤ「……治療に使った、ガーゼや絆創膏」

千歌「……見つけたときは本当にラッキーだったと思った。たまたま捨てるのを忘れちゃった日だったんだよね。……次の日はゴミがちゃんと捨ててあって、お腹が空き過ぎて……辛かった。次の日からお昼の間に出来るだけゴミを集めて、ベッドの下に隠してた……」

ダイヤ「…………」

千歌「それでどうにか凌いでたんだけど……だんだん、古い血じゃ全然満たされなくなって……。それで思ったの、自分の血を飲めばいいんじゃないかって」

ダイヤ「……なっ」

千歌「自分の腕をカッターで切りつけて……舐めてみたけど……全然ダメだった。自分の血じゃ、ダメみたい。……それにね」


言いながら、千歌さんはベッドの上にあるカッターナイフを手に取る。


ダイヤ「え、な……!? 千歌さん!?」

千歌「……ん゛!!」


思いっきり、カッターで自らの腕を切りつける。

すると、傷口から血が流れ出す。


ダイヤ「何をやっているのですか!!?」


わたくしは駆け寄ろうとして、


ダイヤ「……!!」


見る見るうちに、その傷口が塞がっていく光景を目にする。


千歌「……こんなの……もう、人間じゃないじゃん……」

ダイヤ「…………」

千歌「チカ……化け物になっちゃったみたい……」

ダイヤ「そん、な……」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「な、なんですか……?」

千歌「さっきの十字架……でさ」

ダイヤ「……?」

千歌「……チカのこと、殺したり……出来ない……?」

ダイヤ「……なっ!?」

千歌「たぶん……無理矢理、喉とかに突き刺せば……死ねると思う」

ダイヤ「あ、貴方!! 自分で何を言っているのか、わかっているのですか!?」

千歌「…………」

ダイヤ「殺すだなんて……そんな……」

千歌「…………さっきのダイヤさんの血……一週間振りの新鮮な血だった」

ダイヤ「……え」

千歌「おいしくて、おいしくて……一口舐めただけでも、涙が止まらなかった……。やっと生きた心地がした。それで──」


千歌さんは心底苦しげに、


千歌「またこの血が欲しいって……思った」
16 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:52:14.73 ID:ZRnZyA2Z0

そう言った。


ダイヤ「…………」

千歌「このままじゃ……いつか、人を襲う……」

ダイヤ「……千歌さん」

千歌「ホントはね……首筋に噛み付きたいの」

ダイヤ「……!」

千歌「自分でも何でか、わからないけど……女の人の首筋に噛み付いて、そこから血が吸いたい。そしたら、どれだけおいしいんだろうって、そんな考えがずっと頭の中でぐるぐるしてる。……吸血鬼の本能なのかな」

ダイヤ「そんな……」

千歌「……どんどん血が欲しい気持ちが昂ぶってくの……たぶん、もう何日もしない間に耐え切れなくなる。そしたら、私は周りの人を襲い始める」

ダイヤ「…………」

千歌「私……そんな風になるくらいなら……死んじゃいたい。そんなのもう……ホントに人間じゃないもん……化け物だよ……」

ダイヤ「………………」

千歌「……お願い、ダイヤさん……巻き込んじゃったのは謝る、ごめんなさい……。……でも、もう頼れる人、ダイヤさんしか居ないの……。自分じゃ怖くて死ねないから……チカが……っ……チカが完全に人間じゃなくなる前に……殺してください」

ダイヤ「……っ」


眩暈がした。

殺す……? わたくしが……千歌さんを……?


ダイヤ「……血を吸うのを……我慢は出来ないのですわよね」

千歌「……うん。……今はギリギリ正気は保ててるけど……正直吸いたいって思ってる自分が居る」

ダイヤ「どうやって吸うのですか?」

千歌「……? えっと……夜になると、キバが生えてきて……」


千歌さんがあーーっと大口を開けて口内を見せてくれる。

暗がりでわかり辛いが、僅かな月明かりの中で目を凝らしてみると、確かに上顎の犬歯が鋭く尖っていた。


ダイヤ「一度にどれくらい吸うのですか?」

千歌「え? ……直接やったことはないから、わかんないけど……ちょっと吸えば満足する気はする。……たぶんだけど」

ダイヤ「……そうですか」


わたくしは、ポケットからロザリオを取り出した。


千歌「……っ!!」


千歌さんが十字架を見て、本能的にか身を縮こまらせる。

……そのまま、ロザリオを机の上に置いて。


ダイヤ「…………」


わたくしは千歌さんの方へと足を運ぶ。


千歌「へ……」


そのまま、髪を纏めて、右肩の前側へと髪を垂らす。

──つまり、首の左側部が完全に露出する形になる。
17 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:53:30.65 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「へ、あ……ちょ、な……ダ、ダイヤさん……?」

ダイヤ「……人間の血液は確か大体4ℓほど……。致死量の失血は確か20%程度だったはずですわ。さすがに800mℓも一回の吸血行為で吸い切れないと信じましょう」

千歌「な……なに……言ってるの……?」


そのまま、わたくしは千歌さんの顔の近くに首を差し出す。


ダイヤ「……吸いたいのでしょう?」

千歌「……!! や、やだ……!!」


千歌さんは涙目で首を振る。


ダイヤ「……どうして?」

千歌「だって……ダイヤさんから血を吸ったら……そんなの……っ……」

ダイヤ「……餌みたい、ですか?」

千歌「……っ……」

ダイヤ「…………でも、誰かから吸わなきゃ耐えられないのでしょう?」

千歌「……だ、から……」

ダイヤ「殺してくれと」

千歌「…………」

ダイヤ「千歌さんのお気持ちはわかりました。……わたくしの想っていることも聞いていただけませんか」

千歌「………………うん」


千歌さんは小さな声で頷く。


ダイヤ「……わたくしは例え貴方がどんな存在であっても、死んで欲しくない」

千歌「……!」

ダイヤ「ましてや、貴方を殺すなんて……絶対に嫌ですわ。お断りします」

千歌「……ダイヤ、さん」

ダイヤ「わたくしは……同じAqoursの仲間ですわ。絶対に貴方を見捨てたりしない」

千歌「…………でも」

ダイヤ「わたくしの血を吸って、時間が稼げるなら……血液全部をあげることはもちろん出来ませんが、わたくしの血を飲んでください」

千歌「…………」

ダイヤ「その代わり、いくつか約束してくださいませ」

千歌「……約束?」

ダイヤ「わたくし以外の血を絶対に飲まないこと。他の人間を襲わないというのは当たり前ですが……使い終わったガーゼや、床や壁についた血を飲むのもやめてください。感染症や病気に掛かる可能性が高すぎます」

千歌「え……う、うん」

ダイヤ「そして……死にたいなんて、二度と言わないで」

千歌「……!」

ダイヤ「わたくしは、貴方に生きていて欲しい」

千歌「ダイヤ……さん……」

ダイヤ「そして、生きて、元に戻る方法を一緒に探りましょう。……それが、わたくしが貴方に血を提供する条件ですわ」

千歌「…………」

ダイヤ「約束……出来ますか?」

千歌「……いいの?」
18 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:55:40.21 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが搾り出すような声で訊ねてくる。


千歌「チカ……人間じゃないよ……っ……? ……生きてて、いいの……っ……?」

ダイヤ「貴方は人間ですわ」

千歌「……!」

ダイヤ「自分を無理矢理押さえ込んででも、誰かを傷つけないように身を粉にする姿は……わたくしが知っている千歌さんそのものですわ。その心は……どう考えても人間の心よ」

千歌「……人間の……心……」

ダイヤ「……今は事情があって……人から血を吸わないとダメなだけですわ。ただ、そういう個性があるだけで……貴方は人間ですわ」

千歌「……うん……っ……」

ダイヤ「……千歌さん」

千歌「……うん……っ」

ダイヤ「わたくしの血を──飲んでください」





    *    *    *





──千歌さんが深呼吸をしている。

覚悟を決めているのだろう。

吸血行為── 一線を越えることへの覚悟を。


千歌「……ふー……。……血、貰います」

ダイヤ「……はい」


ベッドの上に座ったまま、真正面から向き合い、抱き合うような形で、

千歌さんが自らの顔をわたくしの首筋に近付けていく。

そして、


千歌「ぁー……」


口を開いて、


千歌「──むっ」


噛み付いた。


ダイヤ「……っ」


そのまま、ブスリとキバが首筋に突き刺さってくる。

そして、そこから、血を吸っていく。


千歌「……ん……ちゅ……ちゅ……」

ダイヤ「……ん……」
19 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:56:24.60 ID:ZRnZyA2Z0

キバが刺さっていると言う割には、痛いと言うよりはくすぐったかった。

千歌さんが少しずつ血を飲んでいく。

すると、何故だかだんだんと心拍数が上がっていく。

吸血されるという、余り経験し得ない行為に、緊張しているのかもしれない。


千歌「……ん……ちゅ……コク……」


しばらく、吸血行為を続けた後──


千歌「ん……ぁ……」


千歌さんはわたくしの首筋から離れた。


千歌「……は……ぁ…………おいしぃ……」


千歌さんは心底幸せそうに、息を漏らす。


ダイヤ「……そう、ですか……」

千歌「うん……なんか、生きた心地がする……」

ダイヤ「千歌さん…………もっと、吸っていいですわよ……?」

千歌「……え?」

ダイヤ「いえ……もっと、もっと吸ってください……わたくしが枯れるまで、吸ってください……?」

千歌「へ……え……?」

ダイヤ「わたくしはもう千歌さんのものです……? 好きにしてくださいませ……?」

千歌「……!? ま、待って……!!? ダイヤさん、どうしちゃったの……!!? さっきと言ってること違うよ!?」

ダイヤ「…………え……あ……? ……え、今わたくし……なんて……?」

千歌「……えっと」


一瞬頭に靄が掛かっていたような気がする。

なんだか、凄く千歌さんに血を吸われるのが心地よくて……もうずっと吸っていて欲しい……。


ダイヤ「え、あ、いや……!!」


思わずかぶりを振る。


千歌「だ、ダイヤさん……?」

ダイヤ「い、いえ……大丈夫ですわ」

千歌「ホントに……?」

ダイヤ「……ええ」


得体の知れない現象に襲われた。


ダイヤ「……あの、追加でお願い事をしていいですか?」

千歌「う、うん」

ダイヤ「たぶんなのですけれど……血を吸われた直後、わたくしにもなんらかの影響があるようですわ……。血を吸った直後にわたくしが言ったことは、あまり聞かないで貰っていいですか……?」

千歌「う、うん! わかった!」
20 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:56:56.97 ID:ZRnZyA2Z0

これは正直考えていなかった。

ただ、千歌さんの様子は明らかに吸血前と今では、声の調子が全然違う。

今はいつもの千歌さんだ。

ちゃんとした吸血行為をさせることによって、千歌さんは元の精神状態に戻るというのは恐らく間違いない。

わたくしにも影響があると言うのは予想外だったとは言え、彼女へのケアの仕方としては正解だろう。

ただ、


ダイヤ「バランスは考えなくてはいけないかもしれませんわね……」


吸血されて、こちらが正気を失ってしまっては元も子もない。

これから、元に戻る方法を探りながら……同時に今の千歌さんの状態を知っていく必要がありますわね……。





    *    *    *





……さて、あの後わたくしたちは保健室の後片付けをしてから、家路に着いているところです。

月灯りに照らされながら、夜道を歩いています。


ダイヤ「……本当に自分の家には帰らないのですか?」

千歌「……うん。旅館だと、人が多すぎて……怖い」


これからゴールデンウイークの10連休だと言うのに、学校に居座らせ続けるわけにもいかないと思い、帰宅を促しはしましたが……。

誰かを襲ってしまう恐れは彼女の中では払拭しきれていないようで、自宅に帰ることは拒んでいる。

まあ、そうなると……。


ダイヤ「しばらくはわたくしの家に泊まってくださいませ。……とは言ってもずっと、と言うわけにはいきませんが……」

千歌「うん……ありがとう、ダイヤさん」


さすがに数日もしたら、泊まりに行っていたルビィも帰って来てしまう。

まだ千歌さんの吸血鬼化がどういうものなのか、全く見当が付いていない現状で、誰かにこの事実が漏れるのは恐らく良くないだろう。

わたくしはいろいろ考えた末、彼女を受け入れたとは言え……これから知る人間が恐怖したり、嫌悪しない保証など何処にもない。

せめて、危険がない状態の確保がしっかりと確認出来るまでは、二人の秘密としておいた方が無難でしょう。

……とりあえず。


ダイヤ「現状わかっていることを少しずつ整理しましょうか」

千歌「あ、うん」

ダイヤ「その現象……吸血鬼化はいつからなのでしょうか?」

千歌「うーんと……10日くらい前からだと思う」

ダイヤ「きっかけは……?」

千歌「……わかんない。いつも通り生活してたら、突然だったから……」


……まあ、それがわかればもう少し何かアクションを起こしていそうなものですものね。
21 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:58:13.47 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「強いて言うなら……」

ダイヤ「言うなら?」

千歌「最近ダンスが難しくて、苦戦してた気がする……」

ダイヤ「……ダンスが難しくて、吸血鬼化するのですか……」

千歌「ほら……ストレス性なんちゃらで」

ダイヤ「ストレスで吸血鬼化するのだとしたら、世の中今頃、吸血鬼だらけですわ……」


まあ確かに、外的要因なのか、内的要因なのかで話は結構変わってくるのですが……。

後は……。


ダイヤ「どこまで吸血鬼なのでしょうか……」

千歌「どこまで?」

ダイヤ「ほら……吸血鬼と言えば、みたいなイメージがあるではないですか」

千歌「あー……十字架とニンニクが苦手みたいなやつ?」

ダイヤ「はい。……十字架は苦手ですわよね」

千歌「うん……見ると、すごい怖く感じる……」

ダイヤ「大蒜は?」

千歌「ニンニクもダメかな……。ニンニク使った料理があると、部屋に入れない」

ダイヤ「そこまでですか……?」

千歌「臭いだけで、目とか鼻が痛くなって……耐えられなくなる」

ダイヤ「なるほど……他には?」

千歌「……河に近寄れなくなったかな」

ダイヤ「……河ですか?」

千歌「うん……調べて知ったんだけど……吸血鬼って流水? 流れてる水が苦手なんだってさ……」

ダイヤ「流水が苦手……それはわたくしも初めて知りましたわ」


ある程度の知識があるとは言え、特段吸血鬼について調べたことがあるわけではないですし……。

この辺りは、少し勉強をした方がいいのかもしれない。

ただ、ここまで聞いている限り、思った以上に普通のイメージ通りの吸血鬼の性質を持っている状態だとわかります。


ダイヤ「……となると、シャワーやお風呂は?」

千歌「シャワーは無理かな……水道から出てくる水も怖いって感じる……。お風呂は一応大丈夫だけど……湯船に浸かってるとちょっと気持ち悪くなってくる」


水に対する感覚もかなり変わっている……。

そういえば、聖水が苦手と言うのは聞いたことがありますが、それと関係しているのでしょうか……?


ダイヤ「苦手と言えば……日光は?」


吸血鬼と言えば日光が苦手と言うのがとにかく有名な話です。

でも、ここ数日も学校にはちゃんと来ていたし……。


千歌「うーんと……日光がきついなってのはずっと感じてた。ちょっと日差しを浴びると頭がくらくらして倒れそうになる」


そこまで聞いて、そういえばここ数日はずっと貧血気味だったと言う話を思い出す。
22 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 07:59:23.13 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ただね。お昼の間は……あんまり吸血鬼っぽくないんだよね」

ダイヤ「そうなのですか?」

千歌「うん、キバも普通の歯に戻ってるし……。血が欲しくなるのも夜だけなんだよね」

ダイヤ「なるほど……」


もしかしたら、太陽が出ている時間は、吸血鬼性──とでも言うのでしょうか──が減るのかもしれない。

あと、確認しておかないといけないことと言えば……。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん、なに?」

ダイヤ「血、今でも吸いたいと思っていますか?」

千歌「……うぅん、今は大丈夫」

ダイヤ「……やはり、ある程度満たされていれば大丈夫と言うことですわね。……どれくらいで次の波が来るかはわかりますか?」

千歌「……直接吸えたのは初めてだから、わかんないけど……。たぶん今までの感じだと、2日間全く血に触れられないと……かなり辛かったかな……」

ダイヤ「となると、スパンは2日くらいが限度と考えましょうか……」


余り無理をさせるとまた千歌さんの精神が不安定になってしまう恐れがありますが……まだ詳細がよくわかっていないとはいえ、頻繁にやりすぎると、わたくしにも少なくない影響が及ぶ可能性がある。

そこは様子を見ながら慎重に吸血行為を行う必要がありますわね……。

そんな考察を続けていると──直に我が家が見えてきたのでした。





    *    *    *





ダイヤ「ん……」


自宅に着くと、安心したのか、急に眠くなってくる。

いろいろあったからでしょうか……。

ただ……。


ダイヤ「お風呂に入りましょうか……」

千歌「あ、うん、行ってらっしゃい」

ダイヤ「……いえ、貴方も入るのですわよ?」

千歌「……え? わ、私はいいよ……」

ダイヤ「ダメですわ。さっきまで血塗れだったのですわよ? それに……長いことまともにお風呂に入れて居ないのではないですか」

千歌「……ぅ」


流水がダメと先ほど聞きましたし、湯船でも気持ち悪くなると言うことは、ほとんど入浴が出来ていないと考えた方がいいでしょう。

幸い吸血鬼の特性なのかはわかりませんが、その所為で臭う……みたいなことはないのですが。

……と言うか。


ダイヤ「余り、汗の臭いはしませんわね……」

千歌「ぅ……そういうこと言いながら、ニオイ嗅がないでよぉ……」
23 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:00:03.29 ID:ZRnZyA2Z0

代謝の仕組みが普通の人間と吸血鬼とでは違うのでしょうか……?

まあ、どちらにしろ、流水が苦手と言うのがどれ程のものなのか確認することも出来ますし……。

それに──


ダイヤ「とにかく……お風呂に参りましょう」

千歌「はーい……」


──吸血鬼である彼女を自宅で一人にするのはやはり憚られた。

こういうとき信用していないのかと言われると、少し困ってしまいますが……今の彼女は何かの拍子に自分が全く制御出来ない瞬間が訪れる。

そうなったとき、わたくしの家族にもし被害が及んだら……優しい千歌さんはまた自分を強く責め立ててしまうでしょう。

そうならないためにも……出来る限り、目の届く範囲で千歌さんを見ている必要がありますわよね……。





    *    *    *





──脱衣所。

我が家の浴室はそれなりに大きい。

もちろん、旅館の娘である千歌さんの家のお風呂は、この比ではありませんが……。

脱衣所で服を脱ぎながら──


千歌「ん……しょ……」


彼女の身体を横目で観察する。

身体的な部分としては、これと言って変わった部分は見当たらない。


千歌「ん……どうしたの?」

ダイヤ「いえ……吸血鬼になった際に歯の他にも変化はないのかなと思いまして……」

千歌「変化……あ、えっと……」

ダイヤ「? 何かあるのですか?」

千歌「肌が……すべすべになったかも」

ダイヤ「……それは何よりですわね」

千歌「い、いやホントだもん!」


それが吸血鬼化によるものなのかはわかりませんが……ただ、


千歌「う……/// ジロジロ見られるとさすがに恥ずかしいよ……///」

ダイヤ「そうですわね……ごめんなさい」


彼女の身体には不自然なほど、傷や痕がない。

あまりに綺麗過ぎる。

先ほど目の前で見せられたことですが、今の彼女には、とてつもない治癒再生能力がある。

それによる作用で肌がとてもいい状態で保たれているという可能性は大いにある。

──ふと、わたくしも脱衣所の鏡を確認してみると。

首筋にはしっかりと、先ほど千歌さんが吸血のために噛み付いた傷跡が二つ残っていた。

余り深い傷ではないとは言え、このまま外を出歩くと少し目立つかもしれませんわね……。
24 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:00:40.45 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「これは隠しておかないといけませんわね……」


絆創膏でも貼って誤魔化しておきましょう。

鏡を見ながら、首筋を撫でていると、


千歌「ダイヤさん? お風呂入らないの?」


鏡に映るわたくしの横に千歌さんも割り込んでくる。


ダイヤ「…………」


鏡に映ったまま、並ぶと身体の起伏の違いが明確にわかる。


千歌「……? どうかしたの?」

ダイヤ「……なんでもありませんわ」


何故、年下なのにそんなに発育がいいのか……全く不公平ですわ。


ダイヤ「千歌さん! 早く入りますわよ!」

千歌「え、な、なんで急に怒ってるの!? ねえ、ちょっと!! ダイヤさーん!?」





    *    *    *





さて……浴室に足を踏み入れてみて……。

思った以上に千歌さんの流水が怖いというものが深刻なことがわかりました。


千歌「…………」


千歌さんは、浴室の壁に張り付いて動けなくなっていました。


千歌「ダ、ダイヤさん……み、水……流れてる……」

ダイヤ「……ここまでと言うのは完全に予想外でしたわ」


湯船に浸かる前に、わたくしが身体をお湯で流していたところ……。

千歌さんは排水口に向かって流れている水に脅え始めてしまった。

入浴へ抵抗があるくらいの認識だったのですが、恐らくこの感じだと入浴はまともに出来ていなかったと考えた方がいいかもしれません。

とりあえず……。


ダイヤ「すみません……わたくしの配慮が足りませんでしたわ。水が流れきるまで少しだけ待ってくださいますか?」

千歌「う、うん……いや、その……こちらこそ、ごめんなさい……」

ダイヤ「いえ……」


しばらくして……。完全に水が排水口に流れていったのを確認してから。


ダイヤ「……これで、通れますか?」

千歌「う、うん……」
25 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:01:14.95 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんがおっかなびっくり湯船の方に近付いてくる。

もちろん浴室なので、多少の水気はあちらこちらのあるのですが……。

それを怖がっては居ないので、本当に流水がダメと言うだけのようですわね。


ダイヤ「それでは……湯船に浸かりましょうか」

千歌「え、で、でも……先に身体洗わないと……」

ダイヤ「洗えるのですか? 身体を流すお湯も怖いのでしょう?」

千歌「それは……うん……」

ダイヤ「ここは公共の浴場ではないので……気にしないでくださいませ」

千歌「あはは……ありがとう」


そう言いながら、千歌さんは再びおっかなびっくり湯船へと入っていく。


千歌「ぅ……」


僅かに顔を顰めながら。

先ほど言ったとおり、平気は平気だけれど、水に触れると言う行為自体が少し辛いのかもしれません。

早めに入浴を済ませた方がいいかもしれませんわね……。


千歌「……ダイヤさんも……お湯、浸かって……? チカのこと待ってたから……寒かったでしょ?」

ダイヤ「ふふ、ありがとうございます……」


そうは言っても気を遣う余裕はあるようで……。

わたくしも千歌さんに倣う様に、湯船へと身を沈める。

出来るだけゆっくり湯船に浸かる。

水が浴槽から零れて流水になると、千歌さんは再び身動きが取れなくなってしまいますからね……。


ダイヤ「千歌さん……気分はどうですか?」

千歌「……ん……少し落ち着かないくらい、かな……大丈夫」

ダイヤ「何かあったら、早めに言ってくださいね」

千歌「うん……ありがと」


しかし、入浴だけでこれだけ苦労するとなると……吸血行為以外でも生活が大変になっている部分が多くあるかもしれない。

千歌さんはここ10日間ほど……どれだけ不安だったのか。あまりに不憫に感じて、思わず千歌さんの顔を見つめてしまう。


千歌「ん……なぁに?」

ダイヤ「……いえ」


彼女がわたくしに殺してくれと懇願したのは……もう疲れてしまっていたからなのかもしれない。

自分の異常な状態に……。

わたくしの判断が間違っていたとは思ってませんが……。

こんな状況になっても生きなさいと言うのは……酷なことを言ってしまったのかもしれません。

そんなことを考えていたら、


千歌「……でも、ダイヤさんが見つけてくれて……よかった」

ダイヤ「え……?」


千歌さんはそう言う。
26 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:03:22.16 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「だって……もし、ダイヤさんが見つけてくれなかったら……たぶん狂ってた」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「誰にも相談出来ずに……ホントに人を無差別に襲う……吸血鬼になってたと思う」

ダイヤ「……そう」

千歌「ホントに……人間じゃなくなってた……」

ダイヤ「…………」

千歌「繋ぎ止めてくれて……ありがとう、ダイヤさん……」

ダイヤ「…………」


わたくしは思わず──


千歌「……わっ!?」

ダイヤ「千歌さん……」


──千歌さんを抱きしめていた。


千歌「ダ、ダイヤさん……?」

ダイヤ「……辛かったですわね」

千歌「……!」

ダイヤ「大丈夫……貴方はちゃんと元に戻ります。元の生活にきっと戻れますから……」

千歌「……ぐす……っ……。……うん……っ……」


たまたま偶然、あの場に居合わせてしまったが故に、わたくしは彼女の問題に足を踏み込んでしまいましたが……。

それでも、関わった以上、知ってしまった以上、放っておくことなんて出来ない。彼女を孤独な世界に、還してはいけない。

誰よりも優しい彼女が……本当に人間に戻れるまで、力を尽くそうと。

わたくしはそう心に誓ったのでした。





    *    *    *





──入浴を済ませて……。

今度こそ休もうと思い、布団を並べる。

深夜に学校で千歌さんと出会ってから、相当時間が経過している。

もう夜明けも近い時間になっているため、かなり眠い。

わたくしがうとうとしている傍で、


千歌「ダイヤさん大丈夫……? かなりうとうとしてるけど……」


千歌さんは随分元気そうだった。


ダイヤ「千歌さんは……眠くないのですか……?」

千歌「あ、えっと……夜の間はなんか目が冴えちゃって……」

ダイヤ「……なるほど」
27 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:03:52.80 ID:ZRnZyA2Z0

失念していた。

吸血鬼はどう考えても夜行性の生き物。

つまり、夜の間は眠らないと言っても差支えがないでしょう。

さて、どうしたものか……。


千歌「ダイヤさん……眠いなら寝ていいよ?」

ダイヤ「……え、ええ」


そうしたいのは山々なのですが……。やはり、千歌さんを一人にしたまま、眠ってしまうのは……。


千歌「……ダイヤさんが寝てる間、チカも一緒に横になってるね」

ダイヤ「え……?」

千歌「私が一人にならないようにしてるんだよね」

ダイヤ「……気付いていましたのね」

千歌「うん……。私今一人になると、何するかわかんないもんね。心配なら、ダイヤさんが寝てる間は紐とかで繋いでくれててもいいよ」

ダイヤ「い、いくらなんでも、そんなこと出来ませんわ……!!」

千歌「……ありがと、優しいね」

ダイヤ「そんな……」


優しい、だなんて……。

……わたくしは千歌さんのことを、体の良い理由で見張ろうとしていただけなのに……。


ダイヤ「わ、わたくし……千歌さんのことを……」

千歌「あはは……いいんだよ。だって、チカが今普通じゃないのは事実だもん」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……でも、その上で一応言っておくね。……ダイヤさんとした約束は絶対に守る。何がなんでも守るから」

ダイヤ「……!」

千歌「……その上で、ダイヤさんが不安なときは好きに拘束でもなんでもしてくれていいから」

ダイヤ「…………ごめんなさい、千歌さん」

千歌「うぅん、大丈夫だよ」

ダイヤ「そうじゃなくて……」

千歌「?」

ダイヤ「わたくし……貴方のことを少し見くびっていたのかもしれません。……貴方は本当に、本当に優しい人なのですわね」

千歌「……んーん、普通だよ」

ダイヤ「謙遜なさらないで? ……貴方がそこまで言うなら、信じますわ。ただ、血が欲しいときは本当に早めに言ってくださいね? 貴方の理性が飛んでしまってからでは対応も遅れてしまいますから……」

千歌「うん、わかった」

ダイヤ「……ふぁ」


軽く欠伸が出る。……そろそろ限界かもしれません。


千歌「ゆっくり休んでね……ダイヤさん……」

ダイヤ「……ありがとう、千歌さん……。おやすみなさい……」


わたくしが目を瞑ると……すぐに睡魔が押し寄せてきて、わたくしの意識はすぐに混濁を始める。

こうして、長い夜が一先ずの終わりを告げたのでした。


28 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:05:26.66 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





──翌日。


ダイヤ「ん……ぅ……」


わたくしが目覚めると……。


千歌「……すぅ……すぅ……」


すぐ横で千歌さんが寝息を立てていた。


ダイヤ「時間は……」


部屋にある壁掛け時計を確認すると──時刻は10時前ほどを指していた。

夜明けから大体5時間くらいでしょうか……。

あんなことがあった後だと言うのに、存外ぐっすり眠ることが出来た。

精神的にも、肉体的にも、疲れていたと言うのも多分にあると思いますが……。


ダイヤ「我ながら能天気なものね……」


少し自分に呆れてしまいますが……普段から睡眠はしっかりとる習慣がある意味いい方向に働いたのかもしれない。

かなり寝坊気味なのは気になりますが、幸い今日からゴールデンウイークですし……。


千歌「すぅ……すぅ……」


隣で穏やかな寝息を立てる、千歌さんに目を配る。


ダイヤ「……そういえば、千歌さんの言う通りなら、今は吸血鬼化が解けているはず……」


確認するなら……歯を見ればいいのかしら。

少し口の中を──そう思って手を伸ばして、


千歌「……んにゅ……」

ダイヤ「…………」


やめた。


ダイヤ「……確認なら千歌さんが起きてからでもいいですわよね」

千歌「……すぅ……すぅ……」


あまりに気持ち良さそうに眠っているし……睡眠の邪魔をするのは可哀想だと思ったので……。

千歌さんも相当疲れていたでしょうし、日が昇るまでの間、彼女は目が冴えていても尚、わたくしの横でじっとしていてくれたのだと思う。

眠れないまま、一人横になって過ごすのは思いのほか疲れるものです。

やっと、日も昇り、眠りに就くことが出来た彼女を、今は起こさないであげた方がいいでしょう。


ダイヤ「……さて、千歌さんが起きるまで、どうしましょうか」
29 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:06:49.17 ID:ZRnZyA2Z0

少し遅めの朝食を取ろうかしら……。

ゴールデンウイークの間はお手伝いさんには休暇を取ってもらっているので、準備は自分でしなくてはいけませんが……。

その際、千歌さんの分も一緒に作って……。


ダイヤ「……いえ、それも千歌さんが起きてからにしましょうか」


すぐに考え直す。

今現在彼女が何を食べられるのかもわからないですし……。

……と言うか、吸血鬼も食事をするのでしょうか……?

流石に人の血液だけしか口にしないと言うことはないと思うのですが……。

と、なると今他にやるべきことは……。


ダイヤ「吸血鬼について調べることかしら……」


それならば、とりあえず情報の収集出来る物や場所……自宅ならパソコン、あとは図書館などでしょうか。

自室にあるノートパソコンを探しながら、ふと──


ダイヤ「……あら?」


机の上で携帯電話がピコピコ光っているのが目に止まる。

いまどき珍しくなってしまった、ガラパゴスの携帯を開くと、LINEに通知が来ていた。


 『Mari:見回りどうだった? 吸血鬼いた?』


ダイヤ「……居ましたけれど」


 『ダイヤ:いえ、予想通り大きめのネズミがいただけでしたわ。ちゃんと捕まえましたので、安心してください』


そう返す。

流石にここでバカ正直に答えるわけにも行きませんからね。


ダイヤ「……果南さんからも通知が来ていますわね」


 『果南:ダイヤ、大丈夫? 何もなかった?』


果南さんからも鞠莉さんと同じような連絡が来ていた。

……まあ、果南さんにも同様の返事をする以外出来ませんわよね。

先ほどと同様の文言をポチポチと打ちながら、


ダイヤ「……あ」


あることを思いつく。


ダイヤ「……もしかしたら、あの二人なら……わたくしより詳しいかもしれない」


そう思い、果南さんへの連絡の後に、更に別の二人に連絡を送ることにしました。





    *    *    *


30 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:07:50.47 ID:ZRnZyA2Z0


千歌「──ぁーー……」

ダイヤ「……確かに歯は元の形状に戻っていますわね」


昼過ぎくらいになると、千歌さんが目を覚ましたので、当初の予定通り、歯を確認させて貰う。


ダイヤ「歯が元に戻る……と言うことは、吸血欲求もなくなるのですか?」

千歌「うん。朝になっちゃえば血がなくても我慢出来るから、とにかく夜を越えちゃえばって感じだったんだよね」


言われてみれば、千歌さんは保健室のガーゼなどを昼に集めて隠していたと言っていたけれど、

仮に昼の間も夜と同様の吸血欲求があるなら、血を見た瞬間正気を失ってもおかしくはないはずです。

人の居る時間に騒ぎが起こっていなかったのは、昼の間は夜に比べてかなり吸血鬼性が下がると言う何よりの証拠でしょう。


ダイヤ「……と、なると、流水や十字架も昼の間は平気なのですか?」

千歌「んーと……触るのは無理だけど、夜ほど怖くなくなるかも」

ダイヤ「なるほど……ちょっと試してみてもいいですか?」

千歌「あ、うん」


わたくしは千歌さんに了承を貰ってから、部屋の隅の方へと歩いて行く。

部屋の隅についたところで、ポケットから、昨日善子さんから貰ったロザリオを取り出す。


ダイヤ「千歌さん、無理だったらすぐに言ってくださいませね」

千歌「う、うん……」


ここから、手に持ったまま、どこまで近付けるかを確かめる。

……とは、言ったものの、わたくしが取り出した時点で千歌さんの顔色が少し悪くなった気がする。

昨夜は、わたくしが取り出しただけで、身を縮こまらせて脅えていたから、夜に比べると幾分マシというのは本当らしいですが。

手にロザリオを持ったまま、ゆっくり近付いていく。


千歌「……ぅ」

ダイヤ「……大丈夫ですか?」

千歌「……うん、まだ平気」


大声をあげて発狂してしまう、夜の状態と比べるとかなり近付いても平気そうですわね。

お互いの距離が残り1mくらいまで近付いたところで、


千歌「…………こ、これ以上は無理……」


千歌さんが座ったまま後ずさる。


ダイヤ「……わかりました」


わたくしがロザリオをポケットにしまうと、


千歌「……ほっ」


千歌さんは胸を撫で下ろした。

そこからもわかりますが、目に見えることによって与えられる影響が大きいようですわね。
31 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:08:36.05 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ポケットに入っていれば平気なのですわね?」

千歌「うん、一応。……ちょっと気にはなるけど」

ダイヤ「十字架の気配みたいなものを感じるということかしら?」

千歌「うぅん。持ってるって知ってるからってだけかな。十字架の気配的なものは感じないよ」


やはり、十字架は目に見えると影響があると言うことで間違いなさそう。


ダイヤ「それなら……これは普段は部屋に置いておいた方がいいかしらね」


わたくしが持っているとわかっていたら、千歌さんも落ち着かないでしょうし……。


千歌「あ、いや……ダイヤさんには持ってて欲しい、かな」

ダイヤ「え? ですが……」

千歌「もし、何かあっても……それを持ってれば、チカのこと撃退出来ると思うから……」

ダイヤ「…………わかりました」

千歌「……うん、ありがとう」


彼女が最も恐れているのは、自身が人を襲ってしまうことのようです。

保険として、わたくしには身を守る手段を持っておいて欲しいというのも、わからない話ではない。

仮に危害の方向がわたくしじゃなかったとしても、千歌さんが暴走してしまったときに止める手段にもなりますからね……。

……その後も、ロザリオと流水についての反応を二人で検証していると、確かに千歌さんの言う通り、拒否反応は夜に比べて随分マシだと言うことがわかりました。

昼の間、十字架は目視1mより近付くのは難しい。流水は10cmほどまでは大丈夫なようです。

水への嫌悪も多少和らぐようで──となると、今後の入浴は日が出てる間の方がいいかもしれませんわね。

結果論とは言え、昨日の夜に無理矢理入浴させてしまったのは、少々悪いことをしましたわ。


ダイヤ「……さて、他に調べることは──」


と、次に何をしようか考えていたところで、

──くぅぅぅ……。


千歌「あ……お腹空いたね」

ダイヤ「…………///」


お腹が鳴ってしまい、わたくしは思わず赤くなって俯く。

そういえば、ご飯を後回しにして、忘れていましたわ……。


ダイヤ「ち、厨房に行きましょう……何か簡単なものを作ろうと思いますので、手伝ってくださいますか?」

千歌「あ、はーい」


わたくしは千歌さんを連れて厨房でお昼ご飯を作ることにしました。





    *    *    *


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