ダイヤ「吸血鬼の噂」

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112 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:33:48.12 ID:ZRnZyA2Z0

冷や汗が止まらない。

十字架のロザリオが気持ち悪かった。

シャワーから流れ出す水を見て、驚いて悲鳴をあげた。

まさか……まさか……これでは……。

いや、そんなはずはない。

未だシャワーヘッドから出続けているお湯に、手を伸ばす。

──これはただのお湯です。

いつも自らの身を清めてくれる、お湯。

手を伸ばす。

──シャアアアア。水音が欲室内に響く。


ダイヤ「……これはただのお湯ですわ」


自分に言い聞かせる。

水が流れている。

怖い怖い怖い。


ダイヤ「こ、怖いわけないでしょう!?」


心の声に、自問自答するように声をあげる。


ダイヤ「……ぅ……」


──シャアアアア。

音を立てながら、お湯を撒き散らすシャワーに手を伸ばす。

意を決して、一気に近付く。


ダイヤ「……っ……!! ………………ぁ──」


──気付けば、わたくしはシャワーのお湯を全身に浴びていた。


ダイヤ「は……はは……。……そ、そうですわよね……お湯が怖いわけありませんもの。……普通に浴びられるではないですか」


全く、気のせいと言うのは怖いものですわね……。


ダイヤ「……は、早く……浴びて千歌さんの元に戻らないと……」


わたくしは自分に言い聞かせるように、手早く髪と身体を洗い始める。

……その間、何故だか浴び続けるお湯は、身体中を虫が這っているかのような不快感があったことから、必死に目を逸らしながら──





    *    *    *





──あの後、脱衣所の落ちていたロザリオは普通に拾い上げることが出来た。


ダイヤ「……はぁ」
113 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:35:15.94 ID:ZRnZyA2Z0

酷く気疲れしてしまった。

ロザリオが気持ち悪いと思ったのも、恐らく気のせいでしょう。……恐らく気のせいでしょう。


千歌「あ、ダイヤさん。おかえり……どうしたの? 顔色悪いよ……?」


戻ってきて早々、千歌さんに心配されてしまう。


ダイヤ「い、いえ……なんでもありませんわ」

千歌「そう……?」


……思うことはたくさんある。ですが、これは絶対に千歌さんに伝えてはいけない類の問題。

もし……もし、わたくしの懸念が事実だとしたら……。

いや、やめましょう……。伝えたくないのなら今考えるべきではない。


千歌「じゃあ、ご飯にしよ? 作ったから」


言われてちゃぶ台の上を見ると──目玉焼き、白米と海苔が用意してあった。


ダイヤ「まあ……! 千歌さんが一人で用意したのですか?」

千歌「うん。お味噌汁もあったらいいかなって思ったんだけど……水が使えないから諦めた。あと調理器具……洗えなかったから放置してます」

ダイヤ「問題ありませんわ。あとでわたくしが全て片付けておきますから。それにしても、千歌さん料理上手ですわね」

千歌「ん、まあ……お父さんに簡単な料理くらい覚えろってうるさいんだよね」

ダイヤ「千歌さんのお父様に?」

千歌「お父さん板前だから……」

ダイヤ「まあ、そうでしたの?」

千歌「あれ? 言ってなかったっけ? ……それに目玉焼きは得意だから! ご飯はよそっただけだけど……」

ダイヤ「いえ……味わって食べますわ。いただきます」

千歌「ふふ、召し上がれ」


目玉焼きに醤油を少しかけて、頂く。


ダイヤ「……ふふ、おいしい」


思わず笑みが零れる。おいしいのも勿論なのですが……何より、昨日おむすびを作りながら、あんなことを言っていた千歌さんが手料理を振舞ってくれていることが何よりも嬉しかった。


千歌「よかったぁ……目玉焼きなんて、誰が作ってもそんなに変わらないけどね」

ダイヤ「真っ黒コゲになっていたら、大分味が変わりますわよ?」

千歌「まあ、そうだけど……それは目玉焼きというか、焦げた卵だし。チカにも醤油ちょーだい」

ダイヤ「はい、どうぞ」


千歌さんも目玉焼きに醤油をかけて、食し始める。
114 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:37:09.79 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんも醤油派ですか?」

千歌「ん? んー……醤油でも塩でもソースでも食べれるけど……。普段は白だしが好きかな」

ダイヤ「白だしですか? ……珍しいですわね」

千歌「あはは、まあ少数派だよね。でも、おいしいんだよ?」

ダイヤ「そうなのですか……今度試してみようかしら」

千歌「目玉焼きに何かける論争って、いつまでも決着つかないよねぇ……チカは白だし派だから、高見の見物だけど。……あ、ちなみに今のは苗字の高海と掛けた──」

ダイヤ「それは説明しなくていいです。……果南さんは塩派だったかしら」

千歌「あ、うん、そうだよ。曜ちゃんは醤油派だからダイヤさんと同じだね」

ダイヤ「まあ。曜さんに少し親近感を覚えますわね」

千歌「同じ家に住んでるから、ルビィちゃんも醤油?」

ダイヤ「ええ。というか、目玉焼きと一緒に出てくる調味料が醤油しかないので、自然と……」

千歌「あー……そういうのあるよね。私も自分で用意しないと、お母さん白だし全然出してくれなくて……大体厨房行ってお父さんに貰ってる。梨子ちゃんみたいにお料理好きだと自然といろいろ試すんだろうけどなぁ」

ダイヤ「ちなみに梨子さんは何をかけるの?」

千歌「梨子ちゃんはケチャップって言ってた気がする」

ダイヤ「なるほど、ケチャップですか……少数派ですわね」

千歌「白だしほどじゃないけどね。他の皆は何かけるんだろう……鞠莉ちゃんとか、とてつもない高級な調味料とかで食べてそう」

ダイヤ「……というか、日常的に目玉焼きを食べているのか疑問ですわね……。さすがに食べたことがないということはないと思いますが……」

千歌「花丸ちゃんは醤油か、塩胡椒ってイメージかなぁ」

ダイヤ「確かに花丸さんの家も和風料理が多いみたいですからね。あとは……善子さんかしら」

千歌「善子ちゃん……タバスコとかかけてそう」

ダイヤ「ありえますわね……」


二人で他愛もない会話をしながら、ご飯を食べる。

……よかった、千歌さん。少しは元気になってくれて……。

──程なくして、


ダイヤ「ご馳走様でした」

千歌「おそまつさまでした♪」


食べ終わる。


ダイヤ「それでは、あとはわたくしが片付けて置きますから。千歌さんは制服に着替えていてくださいね」

千歌「……練習だけだから、練習着で行っちゃだめ?」

ダイヤ「ダメです。学校に行くなら制服を着ていかなければ」

千歌「ちぇ……はーい」


お皿とお茶碗を持って、厨房へと足を運ぶ。

千歌さんの言う通り、調理器具はそのままにしてあったので、一緒に洗うために流しに下ろして……。


ダイヤ「…………わたくしは大丈夫ですわよね」


変に意気込んでも意味がないので、洗い物のために蛇口から水を出す。


ダイヤ「…………」
115 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:38:27.94 ID:ZRnZyA2Z0

流れている水を見て、顔を顰める、

明確に言葉にしづらいですが、不快感的なものがなくはないと言ったところ。


ダイヤ「……手早く洗ってしまいましょう」


多少違和感こそあるものの、千歌さんのように触れないと言うことはなかった。

そのまま二人分の食器と、調理器具を洗い終えて、さっさと部屋に戻る。

わたくしも制服に着替えないといけませんし。


千歌「あ、ダイヤさん、おかえり」


部屋に戻ると、千歌さんがいつもの制服姿になっていた。


ダイヤ「わたくしも早く着替えないと……」


時計にちらりと目をやると、時刻は12時を指していた。

そろそろ出ないといけませんわね。

自室に掛けてある制服に近付き、部屋着のポケットから出来るだけ視線を向けないように、サッとロザリオを制服のポケットにしまってから、すぐに着替え始めた。





    *    *    *





──玄関。


ダイヤ「千歌さん、忘れ物はないですか」

千歌「うん、だいじょぶー」

ダイヤ「……忘れ物はなさそうですが、リボンが曲がっていますわ」

千歌「え、うそ?」

ダイヤ「今直しますから、じっとして……」

千歌「別に授業とかあるわけじゃないし……適当でも……」

ダイヤ「制服の乱れは心の乱れです。授業の有無とは関係ありません」

千歌「ダイヤさん御堅いなぁ……」

ダイヤ「生徒会長なので。……これでよし」

千歌「えへへ、ありがと」


そのまま、玄関に腰掛けて靴を履く千歌さんに、


ダイヤ「はい、日傘」

千歌「あ、うん! ありがと!」


日傘を手渡す。

これがないと、こんな快晴日和に外を出歩くなんて、自殺行為ですからね……。

むしろ吸血鬼でなくても、日傘が欲しいくらいで……。

わたくしも自分で使う用の日傘を傘立てから、取り出して。
116 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:39:35.30 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「それでは……行きましょうか」

千歌「うん」


二人で玄関を出る。

正午過ぎなので、太陽は一番高い。

日影は出来辛い時間帯なものの、建物の中に日差しが入ってくることもあまりない。そんな時間。

千歌さんが脚が日向に出た、途端。

──ボウッ

燃えた。


千歌「!!!?!!? あっづ!!!!?!!?」


そのまま、脚がもつれて、千歌さんが前方に倒れこむ。

つまり、全身が日向に投げ出されて。

──途端に火達磨になった。


千歌「──────ッ!!??!?!!??」


もはや言葉にすらなっていない、悲鳴が響き渡った。

わたくしは──目の前の光景に対して、脳が理解を拒んで、動けなくなっていた。


千歌「あついっ!!!!! あづっ、あぁあ゛ぁ゛ああぁぁぁ゛!!!!! あづい、あづい!!!! あづいあづい゛あ゛つ゛い゛っ!!!!!!!!」


千歌さんが目の前で絶叫しながら、のたうちまわっている。

なんで、千歌さんは燃えているの……??

千歌さんが……燃えている……??

燃えてる……!!?


ダイヤ「千歌さんっ!!!!!!」


脳がやっと意味を理解して、わたくしは飛び出した。


千歌「あづいっ゛!! あづい゛あづい゛よぉ……っっ!!!!!!!」

ダイヤ「千歌さん!!!!」


無我夢中で千歌さんの身体を掴んで軒下に引っ張り込む。


千歌「はっ……はっ……はっ……はっ……!!!!!」

ダイヤ「千歌さんっ! 大丈夫ですか!?」


幸いな事に、日影に引っ張り込むと、千歌さんの身体の炎はすぐに鎮火した。


千歌「……は……は、ははは……」


千歌さんは焦点の合わない目で、日向を見て、変な笑い声をあげていた。


ダイヤ「……っ! 今すぐ、部屋に戻りましょう!!」

千歌「あ、ははは……」


強引に千歌さんを引きずるようにして、家の中に引き返す。
117 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:40:46.53 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんっ!! しっかりしてっ!!」

千歌「……あ、ははは……」


千歌さんは……気付けば、笑いながら、ぽろぽろと涙を流していた。


ダイヤ「……っ」


どうにか、力の限り引っ張って、玄関まで引き返してこれた。

ここまではさすがに日の光は入ってこない。


ダイヤ「千歌さんっ!!」


改めて、状態を確認するために、声を掛ける。

その際に燃えてしまった全身を確認する。

燃えたのは一瞬だったためか、火傷痕のようなものは見えないですが……。

激しく暴れていたためか、腕に痛々しい感じの大きな擦り傷が出来ていた。


千歌「あ、はは……? いき、てる……?」

ダイヤ「大丈夫です!! 生きてますわ!!」

千歌「そっか……死んだかと……思った……っ……。……ぅ……うぅぅ、うぇぇぇぇ……っ……」


千歌さんはそう言いながら、自分の身体を抱くようにして縮こまり、さめざめと泣き出した。


ダイヤ「……怖かったですわね……大丈夫、ちゃんと生きていますわ……」

千歌「うっぐ……っ……ひぐっ……ぅぅぇぇぇ……っ……んぐ……っ……ひっぐ……っ……」


千歌さんを抱きしめて、慰めながら……。わたくしも混乱していた。

何が起こっている……?

いや、起こったこと自体は単純です。

燃えた。

吸血鬼が日光に焼かれて燃えた。


千歌「……ぅっぐ……ひっぐ……ぅっく……」

ダイヤ「…………」


いえ……状況確認も大事ですが、今は千歌さんを安全な場所に避難させることが最優先ですわ。


ダイヤ「千歌さん……部屋まで歩けますか……?」

千歌「……ぅぐ……っ……ぅん……っ……」


覚束ない足取りの千歌さんを支えながら、わたくしはどうにか自室へと引き返しすことにしたのでした。





    *    *    *





ダイヤ「…………」

千歌「すぅ…………すぅ…………」
118 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:42:30.10 ID:ZRnZyA2Z0

あのあと、千歌さんは錯乱に近い状態で、ずっと泣き続けていました。

よほど怖かったのでしょう……。

全身火達磨になったのです、当たり前ですわ。

擦り傷だらけになった腕は千歌さんが泣きじゃくっている間に手当てをしてあげましたが……。

その間も、痛い痛いと子供のように泣き叫んでいました。

相当混乱していたから仕方がないのですが……手当てをせず放っておくわけにもいきませんでしたし。

──そして、その後、泣き疲れたのか、気絶するように眠ってしまいました。

とりあえず、毛布だけ掛けてあげて……。

わたくしは一人考える。

とんでもないことが起こった。

吸血鬼化は確かにずっと加速していた……だけれど、まさか突然日光で燃えるようになるとは思わなかった。

しかし、現実に起こった以上は認めるしかない。そして、そこから導き出される考えは──


ダイヤ「……吸血鬼化の進行と共に、今までなかった吸血鬼性が現れ始めている……?」


それしかなかった。

勝手に千歌さんにはないものだと思い込んでいた。でも、違った。ただ、要素として“まだ”出現していなかっただけに過ぎなかった。


ダイヤ「……そういえば」


起きてすぐにもおかしなことがあった。


ダイヤ「写真……」


スマホのカメラで千歌さんをうまく撮影することが出来なかった。

……カメラが勝手に天井の方を撮ってしまうというバグ。

時間がなかったから流してしまいましたが……そんなバグ、普通ありえるのでしょうか?

天井を撮ってしまったのではなく……千歌さんが写らなかっただけなのでは……?


ダイヤ「…………」


化粧台から、手鏡を取り出して、千歌さんに向けてみる。


ダイヤ「! ……そういうことでしたのね」


予想した通り、千歌さんは手鏡には映っていなかった。

吸血鬼の要素──鏡に映らない。

レンズだって広義の意味で言えば鏡面です。

きっとあの時点で彼女はもうすでに鏡には映らなくなっていた。

そしてこれも、吸血鬼性の進行によるものだと考えて、間違いないでしょう。


ダイヤ「考えてみれば……昼に吸血鬼性を保ったままだった時点で、日光にはもっと注意するべきでしたわ……」


自分の考えの甘さに思わず唇を噛む。

とりあえず、取り急ぎ今日はわたくしと千歌さんは練習を欠席するという連絡を曜さんと果南さんに送った。

それはいいとして、このあとどうする……?

本日は善子さんの家に泊まりに行っていたルビィも帰ってくる。

別にルビィが帰ってくること=千歌さんを置いておけなくなると言うわけではありませんが……。
119 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:44:22.05 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ただ……いつまでも誤魔化すことは絶対に無理ですわ……」


千歌さんとわたくしの家は近いため、最悪吸血衝動に耐えられなくなったら、千歌さんに自宅に呼んで貰う形でどうにか対処をしようと思っていましたが……。

もう、こうなってしまっては本当に千歌さんを一人にするわけにはいかない。それこそ何かの拍子に日光に焼かれて焼け死んでしまうのではないか。

じゃあ、どこに行く……?

千歌さんの家に泊まる……?

いや、それも結局、他の人にバレるリスクは大して変わらない。

千歌さんのご家族もいますし、すぐ隣には梨子さんの家もある。


ダイヤ「人払いがちゃんと出来ている場所……どこか……」


考える。


ダイヤ「…………学校に戻る……? いや、日中が逆に危険すぎる……」


むしろ日中こそ隠れ続けられる場所が必要なのです。

そうなると……部屋を借りる……。


ダイヤ「ホテルの部屋なら……」


それなら、自由に出入りが出来るし、仮に出てこなくても誰に咎められることもない。ただ、問題は……。


ダイヤ「そんなお金……用意出来るわけありませんわ……」


どんなに安い宿泊先だったとしても一泊3000円程度が恐らく下限でしょう。

しかも今はゴールデンウイークの真っ只中、値段も上がっているでしょうし、そもそも部屋が確保出来るかもわからない……。

加えてわたくしと千歌さん二人で泊まったら、それこそ手持ちから考えてもゴールデンウイークを乗り切ることすら難しいかもしれない。


ダイヤ「どうすれば……」


せめて、格安のホテルを知ってる人がいれば……。


ダイヤ「……ホテル? ……格安ではないですが……いるではないですか、身近に」


わたくしはすぐさま、そろそろ起き抜けて来て練習に行く準備をしている頃合であろう、幼馴染に電話を掛ける──





    *    *    *





千歌「ん……んぅ……」

ダイヤ「千歌さん……? 目が覚めましたか?」

千歌「ダイヤ……さん……?」

ダイヤ「おはよう」

千歌「ん……おはよ……」


千歌さんはぼんやりとしながら、身体を起こす。


千歌「……?」
120 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:45:14.18 ID:ZRnZyA2Z0

周囲を見回して、少し不思議そうな顔をしたあと。


千歌「…………っ!!」


思い出したかのように、顔色を真っ青にして、震えだした。


ダイヤ「大丈夫ですわ……ここまで日の光は差し込んできませんから」

千歌「ダイヤ、さん……」


そう声を掛けながら、震える千歌さんを抱きしめる。

彼女はしばらくの間、震え続けていましたが……。

抱きしめたまま、背中を撫でてあげていると……次第に震えは収まって来ました。

落ち着いてきたのを確認して、


ダイヤ「千歌さん……日が沈んだら、淡島に行きましょう」


そう伝える。


千歌「淡島……?」

ダイヤ「ええ、鞠莉さんに頼んで……部屋を用意してもらいました」

千歌「……鞠莉ちゃんに話したの?」

ダイヤ「いえ……とりあえず、部屋を用意できないかとだけ打診したら、了承は得られたという状態ですわ。今後どれくらい追及してくるかは……会ったときにどうするか次第だと思います」

千歌「そっか……」


鞠莉さんに伝えるかは……正直微妙なところです。

実際ホテルオハラに着いてから理由を聞かれるかもしれませんし、その際に誤魔化しきれないと感じたら説明するしかないでしょうけれど……。


千歌「今何時……?」

ダイヤ「17時過ぎですわ」

千歌「17時……じゃあ、練習終わっちゃったね……」

ダイヤ「今日は仕方ありませんわ……それよりも今は直近のことを考えましょう」

千歌「うん……」


ちょうど、そのとき──玄関の方で物音がする。


ダイヤ「……時間的にルビィが帰ってきたのかしら……少し出てきますわ」

千歌「あ、うん……」

ダイヤ「千歌さんはもう少し眠っていていいですからね……」

千歌「うん……ありがと……」


わたくしは、千歌さんにそう残して、玄関へと向かう。

玄関では、ルビィが腰掛けて靴を脱いでいるところだった。
121 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:46:32.61 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ルビィ、おかえりなさい」

ルビィ「あ、お姉ちゃん! 起きてて、大丈夫なの?」

ダイヤ「ええ、特にわたくしの体調が悪いわけじゃないから」

ルビィ「? そうなの? 練習お休みしてたから、体調が悪いんだと思ってたんだけど……」

ダイヤ「実は今、千歌さんがわたくしの部屋で休んでいますの」

ルビィ「え? 千歌ちゃんが?」

ダイヤ「ええ。……実は練習に向かう際に、道でたまたま千歌さんが日射病で倒れてるところを見つけてしまって……」

ルビィ「え!? だ、大丈夫だったの……?」

ダイヤ「一先ずは落ち着いたわ。お医者様に連れて行きたかったんだけど……生憎ゴールデンウイークのせいでどこもお休みで……」

ルビィ「そうだったんだ……だから、お姉ちゃんと千歌ちゃんが揃ってお休みだったんだね……」

ダイヤ「ええ……。千歌さん、リーダーだから責任を感じてしまっていて……。あまり他の人には言わないであげて貰える?」

ルビィ「うん、わかった!」


千歌さんが眠っている間、延々と考えていた言い訳でルビィを誤魔化す。

かなり嘘だらけですが……。千歌さんが日光で燃えたので練習に行けませんでしたなどと言うわけにもいきませんし……。

そして、心は痛みますが、まだ嘘を吐く必要があります。


ダイヤ「あと、鞠莉さんがお医者様を紹介してくれるらしくて……この後で千歌さんと一緒に淡島の方に赴く予定なの」

ルビィ「そうなんだ」

ダイヤ「だから、今日はあちらの方に泊まることになると思うわ。お母様やお父様に何か聞かれたら、そのように伝えてくれる?」

ルビィ「わかった」

ダイヤ「それと……まだ千歌さん、眠ってるから静かにしてあげてね」

ルビィ「はーい」


……さて、あとは時間になったら淡島に赴くだけですわね……。





    *    *    *





ダイヤ「それでは千歌さん、行きましょうか」

千歌「う、うん……」


時刻は18時半。

日没時間を過ぎて、太陽の光を浴びる心配はなくなった。

ただ、保険として、千歌さんには大きめのレインコートを目深に着て貰っている。

これなら人に見られても千歌さんだとわからなくする効果もあるでしょうし……。

千歌さんの手を引きながら、夕闇の時間が始まった内浦を北上していく。


ダイヤ「千歌さん……体に異常はありませんか?」

千歌「うん……大丈夫」


船着場まではやや歩く。

もう定期船はとっくに終わってしまっているので、これも無理を言って鞠莉さんに迎えを回してもらった。
122 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:47:53.84 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「……ごめんね」

ダイヤ「どうしたのですか、突然」

千歌「私のせいで……途方もないことに……巻き込んじゃってる……」

ダイヤ「……わたくしが自分が意思でここにいるのですわ。貴方が気に病むようなことではありません」

千歌「…………」


確かに、最初はどこかで、どうにかなるだろうと思っていた気がします。

だけれど、状況はどんどん悪化し……解決の糸口がどこにあるのか、だんだんわからなくなってきている。

そもそも、未だに千歌さんが吸血鬼から元に戻る方法については全く思いついていないのです。

起こったことの対処に追われ続けて……あっと言う間に3日間が過ぎてしまった。


千歌「……ねえ、ダイヤさん」


手を引いていた千歌さんが、急に足を止めた。


ダイヤ「千歌さん……?」

千歌「……もう、いいよ」

ダイヤ「……え?」

千歌「……もう、ここまででいいよ」

ダイヤ「……? ……あ、ああ……一人で歩くということですか? ですが、レインコートのせいで周りが見づらいでしょう? 港までちゃんと一緒に──」

千歌「そうじゃなくて……。……ダイヤさんが、ここまでしてくれる理由……ないよ」

ダイヤ「…………!」


千歌さんの言葉に驚いて、思わず目を見開いた。


ダイヤ「な、何を言っているのですか……?」

千歌「……ここ3日だけでも、ダイヤさん、チカにつきっきりで……それどころか、解決するかもわかんないことに、これ以上ダイヤさんを巻き込めないよ……」

ダイヤ「……っ……絶対解決しますわ……! いえ、解決してみせますわ!!」

千歌「日の当たらない場所さえあれば……あとは静かに暮らせばきっと生きていけるよ……」

ダイヤ「その場所だって、これから交渉するのよ……? どれだけの期間使わせてくれるかもわからない……」

千歌「きっと……死ぬ気で頼み込めば、鞠莉ちゃんなら許してくれるよ……」

ダイヤ「血はどうするのですか……?」

千歌「……どうにかする」

ダイヤ「なんですか、そのいい加減な理屈は……!!」


だんだん、イライラしてきて、声が大きくなる。
123 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:50:09.53 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「だって、そうじゃないとダイヤさんの時間も自由も、全部チカが奪っちゃうじゃん!!」

ダイヤ「そんなこと気にしなくていいのですわ……わたくしは何がなんでも、貴方を元の世界に返します」

千歌「……もう……ダイヤさんに迷惑掛けたくない……」

ダイヤ「迷惑だなんて思ってませんわ」

千歌「ダイヤさん優しいから……そう言ってくれるけど……」

ダイヤ「……どう言えば納得してくれるのですか」

千歌「……ここで見捨ててくれたら……納得するよ」

ダイヤ「お断りしますわ。ここまで来て見捨てろですって……? そんなの絶対イヤですわ」

千歌「なんで……」

ダイヤ「何度も言ったではありませんか。わたくしは貴方を見捨てない。途中で投げ出したりなんて絶対致しませんわ」

千歌「……らしくないよ」

ダイヤ「……は?」

千歌「……ダイヤさんってすっごく頭いいんだもん!! 私、ダイヤさんのそういうところがすごいなってずっと思ってたんだもん!!」

ダイヤ「……効率よく切り捨てろと」

千歌「…………」

ダイヤ「もっと賢い選択肢を選べと? その賢い選択肢が貴方を見捨てることだとでも!?」

千歌「だってそうじゃん!! もう、解決なんか出来ないよ!!」

ダイヤ「そんなのまだわからないではないですか!! いや、解決するまでやれば解決しますわ!!」

千歌「なにそれ!? ダイヤさんの言ってる理屈の方が無茶苦茶じゃん!!」

ダイヤ「わたくしが無茶苦茶言ったらいけないのですかっ!!!」

千歌「え……」


問答を続けるうち……気付いたら頭に血が昇って、普段だったら言わないような言葉が勝手に口をつく。


ダイヤ「解決するかわからない……? ええ、そうですわ!! わたくしも、これからどうすればいいのか全然わかりませんわ!!」

千歌「……っ」

ダイヤ「でも、もしここで諦めて……自分の時間も自由も戻ってきて、全部なかったことにして日常に戻っても……そこに千歌さんが居ないではないですか……!」

千歌「……!」

ダイヤ「……それでわたくしが喜ぶとでも……? あそこで見捨ててよかった、自分の世界に一人戻ってよかったなんて……わたくしがそう言いながら生きていけると思っているのですか!?」

千歌「……でもっ」

ダイヤ「わたくしはっ!!! ……諦めたくないっ!!」

千歌「……ダイヤ、さん……」

ダイヤ「周りの人のこと考えて、自分を押し殺さなくちゃいけないことなんてたくさんありましたわ!! 果南さんと鞠莉さんのこと、ルビィとのこと、スクールアイドルのこと、家のことも……!! 押し殺して、我慢して、大人な振りして、賢くなった振りして……その度、たくさん後悔して……失って……」

千歌「…………」

ダイヤ「きっとわたくしはこれからも、たくさん後悔して、たくさん失うのです……きっと、自分自身で選ぶことすら出来ない、運命に翻弄されて……。だけど、今は違う……! わたくしはわたくしの意思で、後悔しないために、千歌さんと戦う道を選ぶ……! 自分の意思で諦めることを選んで、千歌さんが居ない世界で後悔して生きるなんて……そんなのそれこそ死んだ方がマシよ!!!」


気付けば肩で息をしていた。

自分でも驚くくらい声を荒げた気がする。


千歌「………………」

ダイヤ「これでもまだ納得出来ないのですか!?」


俯く千歌さんに向かって言うソレは、もはや癇癪に近かった。
124 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:51:39.78 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「でも……」

ダイヤ「……!!」


頭がカッと熱くなる。

どうして、わたくしの言葉は伝わらないの? いつも、いつもそうだ。


ダイヤ「わたくしはっ……!!」

 「はい、ストップ」


後ろから頭をぱしっと叩かれた。


ダイヤ「な……」


驚いて振り返ると、


鞠莉「はぁ……いつまで経っても来ないと思ったら。なんで往来でケンカしてるの?」

ダイヤ「ま、鞠莉さん……」


そこにいたのは鞠莉さんだった。


鞠莉「こんな風に捲くし立てられても困っちゃうわよね、チカッチも」

千歌「……!」


千歌さんがレインコートのフードを目深に被りなおす。


鞠莉「……ま、ダイヤから頼まれた時点でかーなーり、訳アリなんだってのは想像してたけどね。……とりあえず、船乗ってくれないかしら? これ以上船着場で待たされてたら退屈で死んじゃいそうだから」

千歌「わ、私だけでいいから……!」

ダイヤ「っ!! まだ、そんなことをっ!!!」

鞠莉「千歌もダイヤも、ストップ」

千歌「……っ」

ダイヤ「こんな状況で黙っていられるわけ……!!」

鞠莉「ダイヤ」


鞠莉さんが真面目な声音でわたくしの名前を呼ぶ。

普段、あまり感じない威圧感に思わず、怯む。


鞠莉「……少し頭冷やした方がいいヨ。今のままじゃ、落ち着いて会話出来ないでしょ」

ダイヤ「…………」

鞠莉「チカッチも。一方的についてくるなって言ってるだけじゃ、ケンカになっちゃうだけなんだから。……島に着いてからでも、帰るかどうかは決められるでしょ? 今はとりあえず移動してからにしない?」

千歌「…………わかった」

鞠莉「ダイヤも、それでいいよね?」

ダイヤ「……はい」


わたくしたちは鞠莉さんの先導される形で、船着場まで再び歩き始める。

その間、わたくしは──死んでも放してやるものかと半ば意固地になり気味に千歌さんと手を繋いだまま……船着場を目指すのでした。





    ♣    ♣    ♣

125 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:54:03.98 ID:ZRnZyA2Z0



鞠莉「ホテルオハラまで、出して」


鞠莉ちゃんがそう指示すると、クルーザーは淡島に向かって動き出した。

私が船室の椅子に腰を降ろすと、鞠莉ちゃんがその横に腰を降ろす。

ダイヤさんはと言うと……。


 鞠莉『ダイヤは頭に血が昇りすぎ。少し風にでも当たった方がいいヨ。別に船の上ならどうやっても逃げられないから、安心して頭冷やしてくるといいヨ』


と言って、鞠莉ちゃんが半ば無理矢理、甲板に追い出してしまいました。


鞠莉「……そのレインコート、着たままなのね。今日は雨とか降らないけど」

千歌「……」

鞠莉「ま、話せないなら別に詮索はしないけど……。それにしても、あそこまで素のダイヤ……久しぶりに見たかも」

千歌「……え?」


素……?


鞠莉「ダイヤが頑固なのは知ってると思うけど……あれで結構わがままなのよ?」

千歌「……そうなの?」

鞠莉「思い通りにいかないとすーぐ不機嫌になるんだから」

千歌「……そんなところ、見たことないよ」

鞠莉「そう? 練習サボってると、鬼のように怒るじゃない」

千歌「そ、それは厳しくしないと、皆が上達しないから……」

鞠莉「チカッチはダイヤのこと、大人だと思いこみすぎ」

千歌「……?」

鞠莉「そんなの方便に決まってるじゃない。誰よりも上達して、誰にも負けない、ダイヤの思い描く理想のスクールアイドルの形に近付きたいがためのエゴなのよ、あれは」

千歌「……でもそれって、わがままなのかな?」

鞠莉「それも、立派なワガママよ。ただ、ダイヤはホンキでそれがいいことだと思ってるから、タチが悪いの。だから、いざ爆発しちゃっても、言ってることは自分の考えを押し通すことばっかりで一歩も譲らない。一度意見が直交したら、全然うまくいかなくなっちゃう」

千歌「…………」

鞠莉「だけどね……ダイヤはいつだって、皆が良い方向に行くためのことをホンキで考えてる。だから、皆ついてきてくれるし、いろんな人から慕われてるのよ」

千歌「……そう、なんだ……」

鞠莉「だから、今回も。事情はよくわからないけど……心の底から、千歌の力になりたいって気持ちだから、ダイヤは貴方のことを助けているんだと思うわ」

千歌「…………でも」

鞠莉「ダイヤは自己犠牲でやってるわけじゃないの。むしろ、覚悟が足りてないのはチカッチの方なのかもね」

千歌「え……」

鞠莉「自分一人で抱えて、一人の世界に逃げ込むなんて簡単だもん。でも、人はそれだけじゃ生きていけない。自分一人で出来ることなんて高が知れてるからね。だから、手を取り合って協力して、何かを為すの」

千歌「……うん」

鞠莉「でも、一緒に頑張るってことは絶対どこかで相手に迷惑を掛ける、苦労させる。そういうものなの。でも、それは必要な迷惑だし、必要な苦労。もちろん心苦しい部分もあるかもしれないけど……それでも、何かを為すために同じ方向を向いて、一緒に進んでいくために分かちあわなくちゃいけないもの」

千歌「……」

鞠莉「少なくともダイヤは貴方と同じ方向に進みたいと思ってる。ダイヤにはもうとっくに貴方の苦労を背負う覚悟がある。だから、千歌、貴方もダイヤに背負わせる覚悟をしないといけないのかもね」

千歌「背負わせる……覚悟……」

鞠莉「背負って背負わせて……それをお互い受け止めて、一緒に前に進んでいくことを認め合う。そういうの、なんて言うかわかる?」

千歌「……なんて言うの……?」

鞠莉「信頼って言うのよ」
126 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:55:14.16 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……信頼」

鞠莉「ま、ダイヤと別々の道がいいって思ってるなら、話は別だけどね。ただ、見てる限り、一緒に来て欲しいけど、千歌が一方的に遠慮してるように見えたかな、私には」

千歌「…………」

鞠莉「千歌」

千歌「何……?」

鞠莉「ダイヤのこと、好き?」

千歌「……うん、好き」

鞠莉「一緒に居たい?」

千歌「一緒に居たい」

鞠莉「じゃあ、どうしてダイヤと離れようとするの?」

千歌「……ダイヤさんの邪魔したくないから」

鞠莉「ダイヤが貴方のこと邪魔だって言ったの?」

千歌「それは……」

鞠莉「迷惑だって、言われた?」

千歌「……迷惑なんかじゃないって言われた」

鞠莉「じゃあ、そうなんだヨ。その言葉だけは、ちゃんと信じてあげて欲しいかな」

千歌「…………」

鞠莉「まあ、最後は自分で決めればいいけどね。ただ、ちゃんとダイヤと話し合ってから決めた方がいいとは思うヨ」

千歌「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「あんな性格だから、気持ち全部ぶつけ合うのは大変かもしれないけど……。全部本音をぶつけあってさ、答えを出すのはそれからでいいんじゃない?」

千歌「……うん」

鞠莉「……ま、わたしは今二人の間になんの問題があるのか全くわからないんだけどね」

千歌「あはは……ごめん」

鞠莉「いいわよ、詮索しないって言ったし。……っと、そろそろ着くわね」


──気付けば、フェリーの窓の先に、ホテルオハラが見えてきていました。





    *    *    *





鞠莉「これ頼まれた条件の部屋の鍵ね」

ダイヤ「……ありがとうございます」

鞠莉「監禁とかしないでよ? さすがにそういうことの幇助したってなったら、ホテルの問題になっちゃから」

ダイヤ「するわけないでしょう」

鞠莉「知ってる。だから、部屋貸すんだし」

ダイヤ「感謝していますわ」

鞠莉「ん。ダイヤ」

ダイヤ「なんですか?」

鞠莉「信頼してるわ」

ダイヤ「……知ってますわ」
127 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:55:50.41 ID:ZRnZyA2Z0

全くこういうとき、ああいう言葉が口をつくのは欧米人の悪いところだと思いますわ。

こういうものは言葉にしないからこそ美しいのに……。

まあ……信頼してると言われて悪い気はしませんが……。

鞠莉さんに背を向けて、千歌さんの手を引いてホテルへと歩き出す。


千歌「鞠莉ちゃん……ダイヤさんのこと、信頼してるんだね」

ダイヤ「……まあ、付き合いも長いですし。お互いのこと、嫌と言うほどわかってますからね」

千歌「そっか……。……ねえ、さっき鞠莉ちゃんが言ってた条件って何? 特別な部屋なの?」

ダイヤ「ええ。内側からも外側からも、鍵がないと施錠開錠が出来ない作りになっている部屋ですわ。吸血衝動があるときでも、外に出て誰かを襲ったりしないでしょう」

千歌「……そこまで、考えてくれてたんだ」

ダイヤ「……千歌さん、誰かを襲うことを……すごく怖がってましたから」

千歌「……うん、ありがと……」

ダイヤ「…………いえ」

千歌「…………」


なんとなく、ここで会話が途切れてしまった。

……あとは、中に入ってから。

これからどうするか、長い話し合いをすることになりそうですわね……。





    *    *    *





件の部屋は地下にあった。


ダイヤ「地下なら、日が当たる心配もありませんわね……助かりますわ」

千歌「うん……」


二人で部屋に入ってから、施錠をする。


ダイヤ「鍵はわたくしが持ちますわ」

千歌「……」

ダイヤ「それとも、まだ一人でどうにかするなんて仰るつもりだったりしますか?」

千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「なんですか」

千歌「ダイヤさんが何考えてるのか、ちゃんと聞きたい」

ダイヤ「さっき全て言いました。わたくしは絶対に諦めたくないし、貴方を見捨てるつもりもありません」

千歌「うーんとね、そうじゃなくて……どうして、見捨てないでいてくれるの?」

ダイヤ「どうして……? ……どうして、ですか」


少し頭を捻る。理由なんていくらでもありそうですが……。
128 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:56:58.60 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……そうですわね。貴方が同じAqoursの仲間だから、でしょうか」

千歌「Aqoursの仲間だったら、誰でも助けるの?」

ダイヤ「当たり前ですわ。仲間なのですから」

千歌「……ふふ、そっか」

ダイヤ「……どうして笑うのですか」

千歌「ここで、チカだからって言ってくれれば、それはそれで納得したかもしれないのに、素直だなぁって」


言われてみれば……そうかもしれない。


ダイヤ「……まあ……事実なので」

千歌「ふふ……そっか。ダイヤさんらしいかも」

ダイヤ「逆に聞きたいのですが……逆の立場だったら、貴方も同じように助けるのではないですか?」

千歌「……確かにそうかも」

ダイヤ「なら、そういうものなのですわ。仲間は助ける、当たり前ではないですか」

千歌「うん……そうだね」

ダイヤ「ただ……その前提の上で」

千歌「?」

ダイヤ「貴方と二人で、過ごす中で……たった3日間でしたけれど、わたくしは心の底から千歌さんの力になりたいと思わされることが何度もありました」

千歌「……」

ダイヤ「貴方が恐いと思うなら、その恐怖を和らげてあげたい。泣いているなら、涙を拭ってあげたい。苦しんでいるなら、少しでも楽になれるように一緒に考えたい。そう、思ったのです」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「そして何より……貴方はAqoursに必要なのですわ。皆を繋いで結ぶ力のある貴方は……絶対に必要な人。そんな千歌さんが……貴方だけが、人から繋がりを断たれて、一人ぼっちになるなんて……やるせないではないですか」


何度もその繋ぐ力に、結ぶ力にわたくしたちは救われてきた。なら……。


ダイヤ「今度はわたくしが、貴方を繋ぎ止めて……救ってみせますわ」

千歌「……そっか」

ダイヤ「納得、していただけましたか?」

千歌「……もう一個聞いていい?」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「……どうなったら、解決だと思う?」

ダイヤ「……また、皆でスクールアイドルが出来るようになったら、解決ですわ」

千歌「……そっか」

ダイヤ「出るのでしょう? スクールアイドルフェスティバル」

千歌「……うん!」


千歌さんは頷いて、わたくしの手を握ってきた。


千歌「ダイヤさん……お願い、チカのこと……助けて……。……チカ、人間に戻りたい……。皆とまた一緒にスクールアイドルがしたい」

ダイヤ「ふふ……そんなこと最初から知っていますわ」

千歌「そっか……ダイヤさんは最初っから、知ってたんだね……」


千歌さんはそのまま、わたくしの背中に腕を回して、抱きついてくる。


ダイヤ「ち、千歌さん……?」
129 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:57:36.81 ID:ZRnZyA2Z0

ケンカ腰の状態が続いていたところに急にハグをされて、少し動揺してしまう。


千歌「……イヤなこと言ってごめんなさい……。ダイヤさん……ずっと、チカのこと考えてくれてたのに……」

ダイヤ「い、いえ……その……。……わたくしも……強く言いすぎましたわ……ごめんなさい」

千歌「うぅん……全部チカのためを想って怒ってくれたんだもんね……ありがとう、ダイヤさん……」

ダイヤ「えっと……その……。……わ、わかっていただけたなら……問題ありませんわ」


もっと、言い合いになると思っていたので、思った以上にすんなり納得してもらえて、逆に拍子抜けしてしまいました。


千歌「ダイヤさん……一緒に、考えよう……」

ダイヤ「……ええ、勿論ですわ」





    *    *    *





その後、わたくしは一先ず、千歌さんと和解したことを鞠莉さんへ報告しに行くことにしました。

場合によっては、わたくしだけは本島に戻るかもという話だったので、残ると決まったなら決まったでちゃんと報告しないと鞠莉さんも困るでしょう。

船着場に向かおうと、ホテルのエントランスホールから外に出ようとしたところで──


鞠莉「あ、ダイヤ。終わったの?」


鞠莉さんはエントランスホールのソファで紅茶を飲んでくつろいでいるところだった。


ダイヤ「随分くつろいでいますわね……」

鞠莉「だって、どうせ残るんでしょ?」


鞠莉さんは、まるで見てきたかのように言う。


ダイヤ「盗聴でもしていましたの……?」

鞠莉「そんなわけないでしょ……。それで、チカッチにはなんて言ったの?」

ダイヤ「……千歌さんには想ったことを言いましたわ」

鞠莉「……どーせ、チカッチはAqoursに必要だからーとか言ったんでしょ」


鞠莉さんは、まるで、見てきたかのように、言う。
130 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:58:54.33 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……盗聴でもしていましたの……?」

鞠莉「ダイヤ……もっと、素直に自分の気持ち言わないと、いつか後悔するヨ?」

ダイヤ「え……? わたくし……ちゃんと、言ったつもりですが……」

鞠莉「……はぁー……。自分の気持ちに対してもにぶちんなんだから……じゃあ、わたしが代弁してあげる」

ダイヤ「は、はぁ……」

鞠莉「ダイヤは……ただ、チカッチと一緒に居るのが楽しかっただけなんだヨ」

ダイヤ「……え」

鞠莉「義務感とか、プライドとかじゃなくてさ……ただ、チカッチともっと一緒に居たかったってだけ」

ダイヤ「…………えっと」

鞠莉「ダイヤ、ずーーーーっとチカッチの手握ってたじゃない」

ダイヤ「!?/// そ、それは……!!///」

鞠莉「クルーザーに乗るときに、手を放して、頭冷やして来いって言ったとき、ものすっごい寂しそうな顔してたし……」

ダイヤ「し、してませんわっ!!!///」

鞠莉「そう? 何がなんでも放したくないって顔してたけど」

ダイヤ「どんな顔ですか!?/// まあ、確かに……放したくない……と、想っていた節はありますけど……」

鞠莉「Love…愛だネ〜」

ダイヤ「そ、そんなんじゃありませんわ!!///」

鞠莉「いやどう考えても愛でしょ……」

ダイヤ「わ、わたくしはあくまで仲間を助けるために……」

鞠莉「そのために、ホテルの一室を頼み込んで確保してもらったり、挙句そばについてお世話をしてあげるの? メンバーだから? ……違うでしょ」

ダイヤ「え……いや……」

鞠莉「千歌だからでしょ」

ダイヤ「…………」

鞠莉「普通、同じグループの仲間だからって理由だけじゃ……相談に乗ったり、解決方法を考えるところ止まりよ。ましてや、宿泊先の斡旋とか、ずっとそばについて手を繋いでてあげるなんて……ただの仲間にしてあげる親切心を超えてるわよ」

ダイヤ「…………そ、そう……でしょうか……」

鞠莉「……千歌と手繋いでて……安心してたのは、実はダイヤなんじゃない?」

ダイヤ「…………」

鞠莉「……まあ、これ以上はホントにおせっかいだから、あとは勝手にして。……ただ、自分の気持ちには素直にネ」

ダイヤ「……はい……」


普段はお気楽能天気な理事長で苦労ばっかり掛けさせられている気がするのに、こういうときは核心ばかりついてくる。

全く、鞠莉さんには敵いませんわね……。

……まあ、彼女の言う通り、もう少し……千歌さんと素直に接してみるのも、いいのかもしれませんわね……。





    *    *    *





ダイヤ「千歌さん、戻りましたわ」


鞠莉さんへの報告を終えて、部屋に戻ってくると、


千歌「う、ん……おかえり……」
131 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:59:44.36 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんはベッドの上で苦しげに息を切らせながら、丸くなっていた。


ダイヤ「!? 千歌さん!?」

千歌「あはは……次の吸血時間……近い、みたいで……」


……言い合いになっていたせいで忘れていましたが、時刻はもう20時半を回ったところ。

夜明け頃に50%ほどまで欲求は進行していたのですから、そろそろ時間が来てもおかしくない。


ダイヤ「今、どれくらいですか?」


部屋の戸の鍵を閉めながら訊ねる。


千歌「80……うぅん、85……くらい」

ダイヤ「……となると、あと1時間くらいでしょうか」

千歌「うん……」


千歌さんが横になっているベッドに腰掛けて、手を握る。


千歌「ダイヤさん……?」

ダイヤ「傍に居ますわ」

千歌「……うん。……傍にいて……」


横になっている千歌さんの手を握りながら、逆の手で髪を撫でる。

相変わらずサラサラの髪ですが、軽く前髪を掻きあげると、額には珠のような汗が浮いている。

その汗をポケットから取り出したハンカチで拭いてあげる。


千歌「えへへ……」

ダイヤ「もう……何笑っているのですか……」

千歌「ダイヤさんが……優しくしてくれて、嬉しい……」

ダイヤ「全く、現金なんですから……」


先ほどまで、あれだけもう自分に構うなと言っていたのに……。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「また、ぎゅーって……して欲しい……」

ダイヤ「……わかりました」


千歌さんの背中に腕を回して、抱き起こす。

すると、千歌さんもわたくしの首に腕を回してくる。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「チカのことぎゅってするの……イヤじゃない……?」

ダイヤ「嫌なわけないでしょう?」


そう伝えると、


千歌「えへへ……そっか……」
132 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:00:53.95 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんは嬉しそうに微笑みながら、更に密着してくる。

わたくしは彼女の背中をゆっくりさする。

千歌さんはじっとりと汗をかき、服が濡れていた。

汗の匂いがした。


ダイヤ「…………」


やはり、餓えに耐えるのは苦しいのでしょう。


ダイヤ「千歌さん……辛かったら、いつでも血を吸ってください……」

千歌「う、ん……」


千歌さんはわたくしの胸の中で小さく頷いた。

──ただ、二人で抱き合いながら、限界が来るのを待つ。

これも何度も繰り返してきたこと。

ふと、思う。……何故、何度も繰り返してきたのでしょうか。

何故抱きしめたまま、待つのでしょうか。

抱きしめると、千歌さんが安心してくれるからでしょうか。

……それもあると思います。

ですが、それだけではない。


ダイヤ「…………」


さっき、ちゃんと素直に言うように言われたばかりですものね……。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「ん……?」

ダイヤ「千歌さんとこうして抱き合っていると……すごく安心しますわ」

千歌「……ほんと?」

ダイヤ「ええ……千歌さんが、ちゃんとここに居るんだって……すごく安心しますわ」


今思い返してみれば、わたくしも、ずっと不安だったのだと思います。

いつ彼女が彼女でなくなってしまうのか、わからなくて。

ちゃんと手を繋いで、抱きしめて、存在を意識していないと……高海千歌さんという人間があやふやになってしまう気がして。


ダイヤ「千歌さんが居なくなってしまったら……わたくしは悲しいですわ」

千歌「ダイヤ、さん……」

ダイヤ「貴方の為だけじゃない……わたくしの為にも、ここに居てください……ここに居させてください」

千歌「……うん」

ダイヤ「そして……一緒に元の世界に、帰りましょう……」

千歌「うん。……ダイヤさん」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「……一緒に元の世界に戻るために……今は、血をください」

ダイヤ「ええ」


千歌さんが自らの意思で、首筋に顔を近付ける。

口を開けて──
133 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:01:41.43 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「──ぁむっ」


噛み付いた。

──キバが突き刺さる感覚と共に、わたくしは深く息をする。


千歌「……ちゅぅーー……」

ダイヤ「…………っ……♡」


また快感に襲われる。

下唇を強く噛んで、耐える。


千歌「……ちゅぅちゅぅ……」

ダイヤ「………………っ……ふ、ぅ……♡」


息が漏れる。思わず、千歌さんの背中に回した腕に力が入る。

密着すればするほど──ドキドキ、ドキドキと胸の鼓動が早くなっていく。

頭がぼーっとしてくる。千歌さんの温もりと、千歌さんの匂いで思考が埋っていく。

血が抜けていく感覚が、酷く気持ち良い。


ダイヤ「ふ、ぅ……………ん…………っ…………」


必死に歯を噛み締めて、快感に抵抗する。

流されたくない。


千歌「……ん……ぷはっ……」

ダイヤ「……ん゛っ…………♡」


キバが抜ける感覚に、身体がビクリと跳ねる。


千歌「ダイヤさん、終わったよ……」

ダイヤ「へ……え……? お、終わった……の……?」

千歌「うん、終わり。血、ありがと」

ダイヤ「そう……です、か……」


力が抜けて、思わず一人で横向きに倒れこむ。


千歌「ダイヤさん!? 大丈夫……?」

ダイヤ「ち、ちょっと……疲れた……だけ、ですわ……」


酷く疲れた。だけれど……達成感があった。


ダイヤ「チャームに……呑まれ、ません、でしたわ……」


ギリギリでしたが……今回の吸血行為中、一度も意識が途切れた覚えがない。


千歌「ほ、ほんとに……?」

ダイヤ「わたくし……何か、変なこと、言ったり……していましたか……?」

千歌「う、うぅん! 何も言ってなかった……!」

ダイヤ「なら、よかった……」
134 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:02:46.70 ID:ZRnZyA2Z0

未だに心臓はバクバクと激しく音を立てていますし、酷い疲労感のせいで動ける気が全くしませんでしたが……。

これは大きな進歩でしょう。

チャーム中にお互いの言葉や意思に齟齬が生まれる心配がこれで大きく減る。

今回で5回目……いい加減わたくしの身体も吸血行為に慣れて来たということなのかもしれません。


ダイヤ「これ、で……チャームを、気にして……吸血を、躊躇する、必要……なくなりました、わね……」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「ただ……少し……休ませて……くだ、さい……疲れ、ました……」

千歌「うん……頑張ってくれて、ありがとう……」


倒れこんだままのわたくしの横に、倣うように千歌さんも寝転がり、そのまま胸に顔を埋めてくる。


ダイヤ「千歌……さん……?」

千歌「……その……こうしてた方が安心するし……ダイヤさんも、動けない間、チカがくっついてた方が……安心なのかなって」

ダイヤ「なるほど……」


腕を持ち上げるのもかなりだるいという状態でしたが、どうにか千歌さんの背中に片腕を回して、抱き寄せる。


ダイヤ「……お互いこれが一番安心するみたいですから……しばらく、こうしていましょうか……」

千歌「うん……。……ダイヤさん、心臓の音、すごいね……」

ダイヤ「……そう、かもしれません……」


チャームに思考を呑まれなくなったとは言え、効果がなくなったわけではないと言うことでしょう。


千歌「……あの、どんどん早くなってるけど……大丈夫……?」

ダイヤ「そう、ですか……? まあ、一時的なものだと、思いますので……直に収まり、ますわ……」

千歌「ならいいけど……」


──実のところ、直に収まると言った割に、このチャームによる心拍数の増大は、結構な時間収まらなかったのですが……。

まあ、身体に特段影響があったわけでもないですし……無理に抵抗した反動なだけかもしれませんし。これは余談でしょう。


千歌「……このまま、寝ちゃう?」

ダイヤ「眠れるなら……それもいいかもしれませんわね」


酷い倦怠感なのに、何故か目が冴えているのが憎らしい。

まだ起床してから10時間も経っていないから、仕方がないかもしれませんが……。

結局──わたくしが動けるようになったのは、それから2時間も後のことです。

それまでの間、ただわたくしたちは、お互いの存在を噛み締めながら、ぼんやりと時間を過ごしたのでした。





    *    *    *





──時刻は23時前。

わたくしは鞠莉さんの部屋に訪れていました。
135 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:04:24.56 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「あら、ダイヤ。いらっしゃい。どしたの?」

ダイヤ「いろいろ確認をしようと思いまして……」

鞠莉「確認?」

ダイヤ「……あの部屋、いつまで使わせてもらえますか?」

鞠莉「ん……あの部屋使う人なんて滅多にいないし、いいわよ好きなだけいてくれても。1週間くらい?」

ダイヤ「……あ、えーっと……」

鞠莉「? ……1ヶ月?」

ダイヤ「…………いつまで使う必要があるかわからないと言いますか」

鞠莉「Why? どゆこと?」

ダイヤ「その……なんと、言いますか。……問題が解決するまで貸していただければ」

鞠莉「……その問題ってなんなの?」

ダイヤ「それは……その……」


思わず口ごもる。言ってもいいものなのでしょうか……。


鞠莉「まあ、言いたくないなら無理に詮索しないけど……。その口振りだと解決の目処が立ってないってことかしら?」

ダイヤ「……そうですわね」


先ほど千歌さんと口論になったときも口にしていましたが、正直今後どうしたものか見当もつかない状態です。


鞠莉「その問題って……今日、練習来なかったのと関係あるわよね」

ダイヤ「まあ……はい」

鞠莉「明日は練習行くの?」

ダイヤ「たぶん……難しいですわ」

鞠莉「解決しないと、練習に参加出来ない感じ?」

ダイヤ「……はい」


詮索はしないと言った割に、鞠莉さんの誘導尋問が始まっている。

いっそ、このまま打ち明けてしまった方がいいのかしら……。


鞠莉「全く、ダイヤも大変そうね。連休直前に吸血鬼に噂の見回りしてたと思ったら、今度は何故か千歌を匿ったりして……ん……?」

ダイヤ「…………」

鞠莉「……もしかして、この二つ、関連してるの?」


勘が良すぎる。このまま誘導尋問を受け続けると、確実にバレる。


ダイヤ「関係ないですわ」

鞠莉「ま、そりゃそうよね。見つかったのはネズミって言ってたし」

ダイヤ「そうですわ。吸血鬼なんて、眉唾な話とっくに忘れていましたわ」

鞠莉「ふーん。……その割に善子とマルに吸血鬼の話聞いたりしてたのね」

ダイヤ「……!? い、いや……その……」


カマを掛けられた。
136 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:06:03.55 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「…………」

ダイヤ「…………」

鞠莉「ダイヤ、力になるよ?」

ダイヤ「…………」


鞠莉さんはなんとなくアタリが付いているのかもしれない。

いや……まさか、千歌さんが吸血鬼化していて、わたくしと一緒に元に戻る方法を探しているなんて、ピンポイントな結論に至っていることはないと思いますが……。

どうするか、悩みましたが──


ダイヤ「…………いえ、なんでもありませんわ」


悩んだ末にわたくしはそう答えた。


鞠莉「…………そ」


わたくしには懸念があった。

巻き込んでしまうと……鞠莉さんにも影響があるかもしれない。


ダイヤ「鞠莉さん、一つお訊ねしたいのですが」

鞠莉「何?」

ダイヤ「今日の日差しは……どうでしたか」

鞠莉「日差し……? 普通だったと思うけど」

ダイヤ「真夏のような強烈な日射ではありませんでしたか?」

鞠莉「……? 普通にこの季節の日差しって感じだったけど……。……むしろ、ちょっと控えめってくらいじゃないかしら」

ダイヤ「そうですか……」


……やはり、そうだ。

わたくしが思っていた日差しの感覚と、鞠莉さんの感覚が著しくズレている。

今日の日差しは、絶対に日傘が必要だと思うくらいにきつかったと記憶している。

結局、千歌さんが日光で燃えて引き返したため、わたくしはほとんど日には当たってはいないのですが……。

加えて、それだけではない。

水──主に流水への不快感。ロザリオ──十字架への嫌悪感。そして日光への過敏な反応。

この3つの要素はどう考えても──わたくしにも大なり小なりの吸血鬼化が起こっていることを指し示していた。

こうなってしまった原因の特定は難しいですが……これも、恐らく千歌さんには勝手にないと思い込んでいた吸血鬼要素──血を吸った対象を吸血鬼化すると言う、吸血鬼の能力の一つなのではないでしょうか。

彼女は吸血鬼化が進む中で、日光下で燃える、鏡に映らない等の吸血鬼性を新たに発現してしまったのと同様に……吸血対象の吸血鬼化と言う吸血鬼要素も持ってしまった、と考えるのが状況証拠としては一番有力な気がします。

この事実は……協力者にも、相当な危険が及ぶ可能性を示唆しています。

吸血対象をあくまでわたくしだけに絞れば問題ないのかもしれませんが……あやふやな存在に対して甘い考えで、ここまでに想定を何度もひっくり返されています。

今後も何が起こってもおかしくない……。

そこまでわかった上で、鞠莉さんに事情を話すべきかと言われると……。
137 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:11:21.29 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「──おーい、ダイヤー?」

ダイヤ「……え?」

鞠莉「話聞いてる?」

ダイヤ「あ、すみません……少し考え事をしていて……」

鞠莉「……まあ、ダイヤと千歌が抱えてる問題は、わたしに迂闊に言えないことだって言うのはわかった」

ダイヤ「……すみません」

鞠莉「ついでに解決の目処も立っていない。解決しないと練習にも出て来れない」

ダイヤ「…………」

鞠莉「……ま、ダイヤがチカッチのハートを独占したいからってことにしておいてあげる」

ダイヤ「……!?/// ……で、では、そういうことにしておいてください……///」


これで納得して、部屋も貸してもらえるなら……そういうことで納得してもらいましょう。


ダイヤ「……ところで、一つお聞きしたいのですが」

鞠莉「What?」

ダイヤ「なんで、あのような部屋があったのですか……? 自分で頼んでおいて、まさか本当にあんな部屋があったなんて……」

鞠莉「ああ……なんか、元々はどうにもならない病気を患った患者とかを匿う部屋として作ったみたいなのよね」

ダイヤ「どうにもならない病気……?」

鞠莉「精神錯乱が起こって暴れちゃう人とかをやむを得ず閉じ込めておくとか……。重度の日光過敏症で、外に出られない人とかね」

ダイヤ「どうしてわざわざホテルに……」

鞠莉「さあね……詳しいことはわたしも知らないけど、名残って言ってた気がするわ」

ダイヤ「名残……?」

鞠莉「淡島ってもともと無人島だったでしょ? だから、感染症とかで迫害されて、追いやられた人の隔離先だったんじゃないかって話があってね」

ダイヤ「感染症……」

鞠莉「日本でも戦前戦時中なんかはたくさん感染症もあったって言うし……この辺にもあったんじゃないっけ? チホービョーとか言うやつ?」

ダイヤ「ちほーびょー? ……ああ、地方病ですか」


さすがに詳しいと言うほど詳しくはないですが、確か山梨は甲府盆地一帯で長い間問題になっていた感染症のことだったはず。

当時の富士川水系だった浮島沼──現在の沼川です──でも発症例があったため、沼津も本当にギリギリ感染範囲内でした。なので、家の史書で少しだけ目にしたことがあった気がします。


鞠莉「今は日本の感染病ってほとんどないけど……そういう歴史的な名残と、あとはゲンカツギ? 的なものもあったのかもしれないわね。ほら、狂犬病とか一応まだ撲滅してないし、いざってときの為にね」

ダイヤ「……狂犬病」

鞠莉「光を恐がるし、精神錯乱で暴れることとかあるって言うし……それこそ、そういう病気の患者を意識して作られた部屋なのかもね」

ダイヤ「そうですか……」


花丸さんが言っていたように、吸血鬼と関連付けられて語られることのある、狂犬病患者のために作られたのではないかと言う部屋に、本物の吸血鬼を匿っているなんて、皮肉な話ですわね……。


鞠莉「まあ……わたしの記憶が正しければ、あの部屋を使ってるのはあなたたちが初めてよ。だから、沼津で未知の感染病が大流行でもしない限り、当分の間は使ってても問題ないと思うわ」


あの部屋を追い出されるときは、それこそ世界の危機なのかもしれませんわね……。

何はともあれ、当分の宿泊先は確保されたと言うのは非常にありがたいことです。
138 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:12:24.44 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ありがとうございます……しばらくお世話になると思います」

鞠莉「言ってくれれば簡単なまかないくらいなら、出してあげられると思うから。必要だったら言ってね」

ダイヤ「何から何まで……感謝しますわ」

鞠莉「気にしないで。……それより、千歌のこと、お願いね? さすがに居なくなられたら皆も困るから」

ダイヤ「ええ、承知していますわ」


鞠莉さんとの会話を終えて……わたくしは部屋を後にしたのでした。





    *    *    *





──明けて、時刻2時。


千歌「……ちゅー……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ん…………ふ、ぅ…………♡」

千歌「…………ん、ぷはっ」

ダイヤ「……ん゛……♡」

千歌「ダイヤさん、終わったよ」

ダイヤ「は……はひ……っ……」


通算6回目の吸血行為を終えて、千歌さん方へ倒れこむ。


千歌「わわ!? 大丈夫……?」

ダイヤ「す、すみません……うまく力が、入らなくて……」

千歌「んーん。……気にしないで」


千歌さんに抱きとめられながら、身体に力を込めてみるものの……筋肉が弛緩してしまっているのか、全然思うように動けない。

やはり、吸血はノーリスクと言うわけにはいかないようですわね……。

ただ、理性を飛ばさずに耐えるコツみたいなものがだんだんわかってきた。


千歌「んっしょと……」


千歌さんに抱きかかえられながら、横になる。


ダイヤ「ありがとう……千歌さん」

千歌「うぅん……むしろ、ごめんね……。吸血の度に疲れちゃうよね……」

ダイヤ「いえ、気にしないでください」


さて……チャームをどうにか乗り越えたのはいいとして。


ダイヤ「……そろそろ、本格的に今後どうするか考えないといけませんわね」

千歌「うん……そうだね」


千歌さんにはまだ言っていませんが……わたくしの吸血鬼化が取り返しのつかないところまで進んでしまったら、更に対処は厳しくなる。

二人してお風呂に入れないくらいなら可愛いものですが……日中全く出歩くことが出来なくなったりしたら、それこそ詰みかねない。


千歌「どうしよ……」
139 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:15:57.61 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが先ほど同様、わたくしのすぐ横に横たわりながら、困った顔をする。

千歌さんの方から、ほんのり汗の匂いがした。


ダイヤ「……汗を流すために、お風呂くらい入りたいですわよね」

千歌「?」

ダイヤ「いえ……先ほどから千歌さん汗を……かい、て……? え……?」


わたくし、今……自分でなんて言いましたか……?


ダイヤ「……千歌さん……汗をかいているのですか……?」

千歌「え……い、言われてみれば……そうかも……? ……あ、あれ??」


最初の晩にしたやり取りを思い出す。


 ダイヤ『余り、汗の臭いはしませんわね……』

 千歌『ぅ……そういうこと言いながら、ニオイ嗅がないでよぉ……』


ダイヤ「千歌さん、失礼しますっ!」


身体を捩って、寝転がったまま千歌さんに近付きニオイを嗅いでみる。


千歌「う、うぇぇ!?/// ダ、ダイヤさん!?///」

ダイヤ「……汗のニオイがしますわ」

千歌「!!?!?///// 言わなくていい!!!!//// 言わなくていいっ!!!!!!////」


これはどういうことでしょうか……。

吸血鬼は汗をほとんどかかない、ないし吸血鬼は汗のニオイがしないという大前提が間違っていた……?

確かに焦ったときや苦しいときに脂汗をかくということはありましたが……。

いや……汗をかかないと言うよりは、肌や髪が常に最高のコンディションに保たれるという考えを……。


ダイヤ「え?」


肌が最高のコンディションに保たれるという話の根底にあるのは確か……再生能力を端にした考察だったはず。

それによって、肌の傷や痕がないために美しい肌や、髪になっているはずなのに……千歌さんの腕を見る。


千歌「えっと……?」


そこには昼に火達磨になりながら、のたうち回って転がったときに出来てしまった擦り傷の治療をし、当てているガーゼがあった。


ダイヤ「……どうして気付かなかったのでしょうか」

千歌「……? ……このケガがどうかし……て……? え……? なんでケガしてるの?」

ダイヤ「千歌さん!! ガーゼを外してください……!!」

千歌「う、うん!!」


相変わらず身体にうまく力が入らず起き上がろうとすると、身体が震えるけれど、それどころではない。

千歌さんがガーゼを取ると──そこには治り掛けの擦り傷があった。


千歌「こ、これ……」

ダイヤ「……かなり、治って来ていますが……まだ擦り傷がある……」
140 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:17:50.57 ID:ZRnZyA2Z0

──つまり。


ダイヤ「再生能力が失われている……?」





    *    *    *





千歌「どうして、急に……」

ダイヤ「…………」


何故急に再生能力が失われたのか。

千歌さんの肌は刃物で傷つけても傷口がすぐに塞がってしまうところを目撃している。


千歌「……擦り傷には弱いとか……?」

ダイヤ「その可能性もなくはないですが……」


とは言っても、千歌さんは保健室で出会ったときも、錯乱しながらあちこちに身体をぶつけたり、床や壁に身体を擦っていた気がする。

それでも傷一つない、綺麗な身体だったことはその日のうちにお風呂で確認している。

元から、擦り傷は治り辛いと考えるよりは、再生能力が極端に低下していると考えた方が合理です。


ダイヤ「……どちらにしろ、汗のニオイがしたことの説明になりませんわ」

千歌「ぅ……/// そ、そのことは……忘れてよぉ……///」


何故そんなことが起きたのか。物事の起こっている順番から考えて、原因は……。


ダイヤ「太陽の光に焼かれたから……?」


その可能性が非常に高い。


ダイヤ「…………ですが、解せないことがありますわ」

千歌「解せないこと?」

ダイヤ「再生能力を失ったという割に……火達磨になったのに、千歌さんは火傷一つ負っていませんでした」


一瞬であれば、もちろん軽傷で済むのかもしれませんが……微塵も火傷痕がないなんてことがあるのでしょうか……。


千歌「私……そんなにすごく燃えてたの? 正直熱かったことしか覚えてなくって……」

ダイヤ「……ええ、全身炎に包まれていましたわ」

千歌「……そっか。でもダイヤさんが日影に引っ張り込んでくれたんだよね。大丈夫だった……?」

ダイヤ「大丈夫……? 何がですか?」

千歌「いや……だって、燃えてるチカを引っ張ったんだから、ダイヤさんも熱かったんじゃないかなって」

ダイヤ「……え?」

千歌「え?」


……言われてみればそうです。

千歌さんに微塵も火傷痕がないと言うのなら……何故、わたくしにも火傷痕が微塵もないのでしょうか。

改めて、自身の腕を確認してみますが──
141 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:19:10.42 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「火傷した痕なんて……全くない。というか……熱さを感じた覚えがない」


無我夢中だったから、熱さに気付かなかったという可能性もなくはないかもしれませんが……。

だとしても、実際炎に触れたら火傷ぐらいするはず。


ダイヤ「どういうこと……? あれは実は炎じゃなかった……?」

千歌「……もしかしたら」

ダイヤ「?」

千歌「太陽の光で燃えてたのは吸血鬼のチカで、吸血鬼のチカが燃えちゃったから、人間のチカが出てきたとか……?」


そんないい加減な仕組みなのか……言いたいところですが、根本的に吸血鬼化なんて仕組みがよくわからない現象が起こっているのです。

千歌さんの言っている通りの可能性は十分にある。

どちらにしろ、これは解決の糸口になるやもしれない可能性です


ダイヤ「千歌さん」

千歌「な、なに?」

ダイヤ「一つ試してみたいことがありますわ」


わたくしはここまでの話を受けて、一つの提案をすることにしました。





    *    *    *





ダイヤ「──……ん……んぅ……」

千歌「むにゃむにゃ…………」


目が覚めると、わたくしの胸の辺りで、千歌さんがむにゃむにゃと言っている。

…………。


ダイヤ「……はっ!?」


ばっと起き上がる。


千歌「んにゅ……? ……だいあさん……?」

ダイヤ「ね、眠ってしまいましたわ……夜明けと共に実験を始めようと思っていたのに……」


夜明けの時間にあわせて試そうと思っていたことがあったのに、日の出の時間と共に、急激な眠気に襲われて眠ってしまった。


ダイヤ「今、時間は……?」


自分の携帯を手に取って開いてみると──


ダイヤ「11時……」


昨日の起床と大体同じ時間でした。

地下階故に日の光は全く入ってきませんが、体内時計はまだまだ優秀に機能しているようで安心する。
142 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:20:32.59 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「今から実験する?」

ダイヤ「ええ……ですが、千歌さんは危ないので部屋の中にいてください」

千歌「うん、わかった」


……と言うわけで、予定より、かなり出遅れましたが、わたくしは一人外に出ることに致しました。





    *    *    *





──ホテルの外に出ようとしたところで、


鞠莉「Hello. ダイヤ」


鞠莉さんに声を掛けられる。


ダイヤ「おはようございます、鞠莉さん」

鞠莉「もうお昼よ? まあ、わたしもさっき起きたところだけど……」

ダイヤ「……午前練習始まってますわよ」

鞠莉「午前練習……そんなのあった気がするわね」

ダイヤ「はぁ……」


普段だったら怒っているところですが、本日わたくしは午後練習含めて不参加なため、咎めることは出来ない。


鞠莉「んまあ、今からその練習に行くつもりだったんだけど……。ダイヤはやっぱり休み?」

ダイヤ「ええ、まあ……千歌さんを置いていくわけにもいきませんし」

鞠莉「そ。じゃあ、なんかあったら携帯に連絡してね」

ダイヤ「わかりましたわ。いってらっしゃい」

鞠莉「……なんか、ダイヤにいってらっしゃいとか言われると変な感じね……。いってくるわ」


鞠莉さんが出かけて行ったあと、わたくしはホテルオハラの裏口階段に足を向ける。

鞠莉さんや、わたくしや、果南さんが普段通用口として利用している階段です。

エントランスホール側は少し人目が気になるので、裏口に来たのですが……。

その際外を見てみると、今日も晴れている、絶好の練習日和のようです。

裏口の階段の途中、踊り場で、僅かに日が差し込んでいる場所を見つけて、一旦辺りを見回す。


ダイヤ「人影は……ありませんわね」


入念に人の目がないかを確認する。

大丈夫そうです。

確認を終えたら、千歌さんにお願いしたものを入れた袋を取り出して、ピンセットで1本摘んで取り出す。

──それは千歌さんの髪の毛です。


ダイヤ「……千歌さんが火達磨になったとき、確かに頭部も燃えていた」
143 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:21:15.48 ID:ZRnZyA2Z0

つまり、髪も太陽で燃えると考えて良い。

そのまま、ピンセットで摘んだ髪を、日向に晒すと……。

──ボッ。

案の定髪の毛は一瞬で火に包まれ……しばらくすると、鎮火した。


ダイヤ「……! ……千歌さんの言う通りでしたわ」


そして、その燃えたはずの髪の毛は──ピンセットの先で綺麗に形を残したままでした。





    *    *    *





──その後も何本か同様の実験をしてみましたが……。

同じように全ての髪の毛は、余すことなく、同じ様相の燃えない髪の毛へと変わることを確認しました。

ついでに……わたくしが触れても熱くない──つまり、人間には害のない炎だと言うこともわかる。


ダイヤ「……これが実験結果ですわ」

千歌「じゃあ、もしかして……」

ダイヤ「太陽の光を浴びれば……人間に戻れるかもしれません。……ですが……」


……ただ、問題がある……。

髪の毛ならまだしも……実際にやるとなれば、千歌さんが燃えるのです。

しかも、あくまで髪の毛で十数本で実験をしただけ。

千歌さんの身体が燃え尽きない保証なんてどこにもない。


千歌「私はやるよ」

ダイヤ「…………千歌さん」

千歌「だって、やっと見つけた元に戻れるかもしれない方法なんだもん」

ダイヤ「…………命に関わるかもしれませんわ」

千歌「……そう、だね。でもやる」

ダイヤ「……そうですか」

千歌「ただ……ちょっと、覚悟したいから。今日すぐには……」

ダイヤ「わかりましたわ。どちらにしろ、人払いができていないと、出来ませんから……」

千歌「うん、わかった。……えっと……少しだけ、一人にしてもらっていい?」

ダイヤ「承知しました」
144 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:21:58.97 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはそう言って、一人部屋を後にする。

……覚悟を決めるのに、千歌さんなりにいろいろ思うことがあるのでしょう。

実際、元に戻るためとは言え……全身を焼かれるなんて、相当な恐怖のはず。

しかも、簡単な検証はしたとは言え、命の保証がない。

たった、一日で覚悟を決めろというのすら、酷なのではないでしょうか……。

……ですが、彼女がやると言っている。

他に術が見つかる保証もない。

なら……わたくしはわたくしに出来ることをするしかない。

──電話を掛ける。

prrrrr....prrrrr....

しばらくコール音が続いた後、


鞠莉『ダイヤ? 何かあった?』


鞠莉さんに繋がる。


ダイヤ「重ね重ね申し訳ないのですが……お願いがありまして」

鞠莉『いいヨ。わたしに出来ることならなんでも言って』

ダイヤ「ありがとうございます……それで、お願いしたいことなのですが……──」





    *    *    *





──夜18時半。日の入の時間。


千歌「お世話になりました」

鞠莉「思ったより、すぐ解決したのね」

ダイヤ「……これから解決しに行くのですわ。それより、頼んでいたことは……」

鞠莉「夜中〜朝までの間、浦の星女学院に通じる道を封鎖して欲しいって話でしょ? 理事長権限使って手配しておいたわ。浦女を貸切にして何するつもりなの?」

ダイヤ「それは……秘密ですわ」

千歌「うん、私とダイヤさんだけの秘密」

鞠莉「あらあら……イケナイことしちゃダメよ?」

ダイヤ「/// そんなこと、しません///」

千歌「イケナイことって?」

ダイヤ「千歌さん、行きますわよ」

千歌「え、あ、うん」


鞠莉さんに用意してもらった、船で本島を目指す。

──揺れる船の中で、千歌さんに話しかける。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん……?」

ダイヤ「……元の世界に、帰りましょうね」

千歌「……うん!」
145 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:22:50.24 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしたちは決着をつけるために、浦の星女学院を目指します。





    *    *    *





千歌「……なんか、もうすでに懐かしいな」

ダイヤ「……久しぶりに訪れたような気がしますわね」


わたくしたちは、いつも練習をしている屋上へと足を踏み入れていた。


千歌「夜に来ることってほぼないけど……星がよく見えるね」

ダイヤ「そうですわね……しばらくは天体観測しながら、待つことになると思いますわ」


わたくしは、簡易的なテントを組み立てながら、千歌さんの言葉に受け答えする。


千歌「わ、テント?」

ダイヤ「一応泊まりなので……これも鞠莉さんに用意して貰いましたわ」

千歌「なんか、キャンプみたいでワクワクするね!」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」


テントを手早く組み終えて、中に二人で腰を降ろす。


千歌「テントの中って以外と、居心地いいかも……」

ダイヤ「キャンピングマットがしっかりしているから、これなら横になっても大丈夫そうですわね」

千歌「うん!」

ダイヤ「……吸血欲求はどれくらい?」

千歌「えっと……50くらい」

ダイヤ「では、次は……22時過ぎくらいですわね」

千歌「うん」


きっとそのあと……4時過ぎにもう一回……。

今後のことを考えていると──くぅぅぅ〜〜〜……。


千歌「あはは、お腹空いたね」

ダイヤ「はぁ……/// 最後まで締まりませんわ……///」


どうして、いつもわたくしのお腹が鳴ってしまうのかしら。


千歌「ご飯にしよっか」

ダイヤ「そうですわね」





    *    *    *


146 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:24:34.07 ID:ZRnZyA2Z0


千歌「あむ……」

ダイヤ「……あむ……」


二人でサンドイッチを食べながら、星を見上げる。


千歌「サンドイッチ、おいしいね!」

ダイヤ「ご飯まで用意してもらって……鞠莉さんには結局お世話になりっぱなしでしたわ」

千歌「そうだね……」


水筒から、トマトジュースをコップに注ぐ。


ダイヤ「はい、どうぞ」

千歌「えへへ、ありがと」


千歌さんに手渡してから、わたくしも自分の飲む分をコップに注ぐ。


千歌「ダイヤさんもトマトジュース飲むの?」

ダイヤ「……今日は千歌さんと同じ物が飲みたいと思って」

千歌「そっか、じゃあ乾杯しよ!」

ダイヤ「ふふ……トマトジュースで乾杯する日が来るなんて思いませんでしたわ。乾杯」

千歌「乾杯!」


二人でトマトジュースの入ったコップをコチンとぶつける。


千歌「えへへ……」

ダイヤ「ふふ……」


何故だか、二人して笑ってしまう。


千歌「……ダイヤさん、ありがと」

ダイヤ「なんですか急に」

千歌「ここまで……一緒に居てくれて、ありがと」

ダイヤ「……大変なのはここからですわよ」

千歌「わかってるけど……でもお礼言いたかったんだ」

ダイヤ「……そう」

千歌「うん」


なんだか……すごく穏やかに時間が流れている。

食事を終えたあとも……なんとなく、ぼんやり夜空を眺める。

二人で空を見つめながら、どちらからでもなく、自然と手を繋いでいた。


千歌「…………」

ダイヤ「…………」


お互いの存在を確かめ合うように……ぎゅっと手を繋いで過ごす。

ただ、それだけなのに──何故だか……すごく胸が温かかった。


147 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:25:21.98 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





──22時半。


ダイヤ「今どれくらい?」

千歌「ん……90くらい……」


テントの中でいつものように抱き合う形で訊ねる。


ダイヤ「……その割に、落ち着いていますわね」

千歌「血は飲みたいけど……ダイヤさんがそばに居てくれるから……なんか、安心してる」

ダイヤ「……そう」


千歌さんの頭を撫でながら……いつものように、自分の首筋に誘導する。


ダイヤ「千歌さん……貴方の好きなタイミングで」

千歌「うん……血、いただきます。……ぁむっ」


──ブスリ。

キバが突き刺さってくる。


千歌「……ちゅぅー…………」

ダイヤ「…………ん…………♡」


ぎゅーっと千歌さんを抱きしめる。


千歌「…………ちゅー…………」

ダイヤ「……千歌さん…………ん…………♡ ……おいしい……?」


訊ねると、千歌さんは血を吸いながら、コクコクと小さく頷く。


ダイヤ「……そう……よかった…………ふ、ぅ…………♡」


千歌さんの背中を撫でながら、血を与える。

千歌さんはある程度吸ったところで、


千歌「……ぷはっ」


吸血を終えて、キバを引き抜く。


ダイヤ「……ん゛……♡」


相変わらず、この歯が抜ける瞬間だけはどうしても声が漏れてしまう。


千歌「……血、おいしかったよ……ダイヤさん、大丈夫?」

ダイヤ「ええ……」
148 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:26:37.69 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんにもたれかかる形のまま返事をする。

もう理性が飛ぶこともなくなった。我ながらよく慣れたものです。

──相変わらずドキドキと心臓がうるさいですが、まあいいでしょう。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「なぁに?」

ダイヤ「しばらく……このままでいいですか?」

千歌「えへへ……うん」

ダイヤ「ありがとう……」


やはり吸血後は倦怠感でしんどいのですが……。

こうして千歌さんと抱きあったままいると、不思議とホッとする。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさん……」


抱き合って、存在を噛み締めて。

夜は更けていく。





    *    *    *


149 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:27:22.68 ID:ZRnZyA2Z0


ダイヤ「南東から南の空──少し低い場所で光っている星、わかりますか?」

千歌「んーっと……あ、あった」

ダイヤ「あれがアンタレス。さそり座の心臓部。そのアンタレスの右上から下に向けて伸びているS字に連なっている星たちが、さそり座ですわ」

千歌「……あ、確かにさそりに見えるかも」

ダイヤ「そして、さそり座から左上に……大きな横倒しの五角形、わかりますか?」

千歌「横倒しの五角形……あれかな?」

ダイヤ「ふふ、きっとそれですわ。それがへびつかい座。へびつかい座の周りにぐねぐねと伸びているのがへび座ですわ」

千歌「へび……へび……」

ダイヤ「ぐねぐねの先、上の方にある小さな三角形、あれがへびの頭ですわ」

千歌「あ! へびだ!」

ダイヤ「ふふ……そして、そこから左に視線をずらしていくと……大きな三角形が見えてきますわ。これが有名な夏の大三角」

千歌「まだゴールデンウイークだよ?」

ダイヤ「ゴールデンウイークでもこの時間になると、見ることが出来るのですわよ」

千歌「へー」

ダイヤ「まあ、果南さんの受け売りなんですけどね。……それぞれの頂点にあるのはベガ、アルタイル、デネブですわ」

千歌「どれがどれ?」

ダイヤ「一番下に見えるのがアルタイルですわね。上の方にあるのがベガですわ」

千歌「じゃあ、真ん中くらいの高さにあるのが……」

ダイヤ「ええ、はくちょう座の尾に当たる部分……デネブですわ」

千歌「はくちょう座はわかるよ! ノーザンクロスだよね!」

ダイヤ「まあ、物知りですわね」

千歌「十字の星座、かっこいいから覚えてた!」

ダイヤ「ふふ、千歌さんも果南さんと星をたくさん見ていますものね」

千歌「うん! でもー正直ーあんまり覚えられなくてー……」

ダイヤ「物語を思い浮かべながら見ると、覚えられますわよ。ノーザンクロスは翼を広げたはくちょう座、その両端にいるベガは織姫、アルタイルは彦星。七夕の夜には、はくちょう座が二つの星の架け橋となってくれますわ。お話の中に出てくる鳥はカササギですけれど」

千歌「はくちょうはカササギなの?」

ダイヤ「ギリシャ神話でははくちょう座ですが……七夕伝説は古代中国のお話ですからね。中国ではカササギに見えたのでしょう。ですが……広い世界の別々の場所で、同じように星を見て、鳥を見出したのだとしたら、少しロマンチックな気がしますわね」

千歌「……確かに、そうかも……」

ダイヤ「百人一首にもあの夜空のカササギを詠んだ歌がありますのよ。 『かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける』 中納言家持の歌ですわ。七夕の日、織姫と彦星を逢わせるために、かささぎ連ねて渡した橋──天の川にちらばる霜のような星の群れの白さを見ていると、夜も更けたのだなぁと感じてしまいます。そんな歌ですわ」

千歌「天の川があるの?」

ダイヤ「今の季節は少し見づらいですが……七夕頃になるとカササギが天の川の上に橋を作っているところが、綺麗に見ることができますわよ」

千歌「そうなんだ……! 見てみたいなぁ……」

ダイヤ「ふふ……じゃあ、七夕が近くなったら、また一緒に見に来ましょうか」

千歌「ホントに?」

ダイヤ「ええ、約束ですわ」

千歌「うん!」





    *    *    *


150 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:28:05.38 ID:ZRnZyA2Z0


ゆっくり回る夜空を二人で旅しながら、気付けばだんだん空が白んできた。

時刻は4時半過ぎ。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「最後の……吸血、かな」

ダイヤ「……そうですわね」

千歌「…………」

ダイヤ「どうしたのですか」

千歌「うぅん……なんでもない」

ダイヤ「そう?」

千歌「うん」


……やっと、終わる。

この長いようで短かった、吸血鬼の彼女と過ごした時間も。

不謹慎なので、口には出来ませんが──思い返してみると、少しだけ寂しい気持ちもあるかもしれません。

先の沈黙……もしかしたら、ですが……千歌さんも少しだけ寂しいと思ってくれたのかもしれません。


ダイヤ「千歌さん……」


ぎゅーっと抱きしめる。

もうこうして、彼女を抱きしめる理由も、なくなってしまいますから。

忘れないように、強く抱きしめる。


千歌「ダイヤさん……」


それに応えるように背中に回された彼女の腕にも、力が篭もるのがわかった。


千歌「……酷いこと言って良い?」

ダイヤ「……聞いてから考えますわ」

千歌「……血、いっぱい吸っていい?」

ダイヤ「それは酷いことなのですか?」

千歌「だって……ダイヤさんはごはんじゃないもん」

ダイヤ「ふふ……そうね」

千歌「……でも、ダイヤさんの血……おいしいから」

ダイヤ「それは褒められてるのですわよね。……血の味を褒められるなんて、もう今後ないでしょうけれど」

千歌「あはは、そうだね。ダイヤさんの血の味を知ってるのは……チカだけだね」

ダイヤ「……じゃあ、最後ですから。……好きなだけどうぞ。ただ、死ぬほどは吸わないでくださいね?」

千歌「それってどれくらい?」

ダイヤ「えーっと……500mℓペットボトル1.5本分くらいでしょうか」

千歌「絶対そんなに飲めない……お腹たぽたぽになる」

ダイヤ「じゃあ、安心ですわね……どうぞ」

千歌「うん……──ぁーむっ……」


──キバが首筋に突き刺さってくる。
151 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:29:00.43 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……っ……」


最後の吸血。


千歌「…………ちゅぅ……ちゅぅ……」

ダイヤ「…………んっ…………♡」


噛まれた辺りからぞわぞわとした刺激が拡がっていって、声が漏れる。


千歌「…………ちゅー……ちゅー……」

ダイヤ「…………ちか、さん……♡ ……わたくしの血……おいしい、ですか……?♡」

千歌「…………ちゅ、ちゅ……」


千歌さんは吸い付きながら、コクコクと頷く。


ダイヤ「……そ、う…………んっ……♡」


何故だか、千歌さんが美味しそうに血を吸ってくれると、嬉しいなと思った。

これもチャームの一種なのでしょうか。

……きっと、そうなのでしょう。


千歌「…………ちゅ、ちゅ、ちゅぅー…………」

ダイヤ「ふふ…………♡ …………いっぱい、飲んでください…………♡」


心臓がドキドキと早鐘を打つ。


千歌「…………ちゅーーー……ちゅーーー…………」

ダイヤ「……は……ぁ…………♡ ……ちか……さ……ん…………♡」


そろそろ、まずいかも……。

頭の中に靄が掛かり始めた、そんな頃合で、


千歌「……ん、ぷはっ」


千歌さんが口を放した。

キバが抜ける。


ダイヤ「……ん゛……♡」

千歌「……は……ふ……ふぅ……おいしかったよ……」

ダイヤ「ふふ……それは……なにより、ですわ……」


たくさん血を吸われたせいなのか、いつもより長い吸血だったからなのか、輪をかけて身体に力が入らない。

また、千歌さんにもたれかかるようして、抱きしめてもらう。


千歌「ダイヤさん……」
152 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:30:23.92 ID:ZRnZyA2Z0

……夜明けまでもう20分もない。

千歌さんはわたくしを抱きしめたまま、震えている。

抱き返したいが、脱力してしまって、抱き返すための力が入らない。

ただ、ただ時間が過ぎていく。

千歌さんが震えているのを感じながら──ただ、ただ時間が過ぎていく。


千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「……はい」

千歌「……いってくるね」


夜明けと共に彼女の口から出た“さいご”の──覚悟の言葉。

そして、彼女は……わたくしから離れて、テントの外へ──夜明けの世界へと一人で旅立った。





    ♣    ♣    ♣





──テントから出る。


千歌「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……っ……」


心臓が意味不明なほどの早鐘を打っている。

脚がガクガクと震えている。


千歌「は……はっ……はっ……はっ…………!!」


あと1分もしない間に、ダイヤさんと二人で確認した──夜明けの時間だ。


千歌「…………はっ、はっ、はっ、はっ」


脚だけじゃない、腕が、膝が、ガタガタと震えだす。


千歌「っ……!!」


拳を握りこむ。


千歌「……止まれ……っ……!!!」


声を出したら、その拍子にカチカチカチと音が鳴り始める。

口が震えていた。


千歌「……っ゛!!!!」


思いっきり噛み締める。無理矢理震えを押さえつける。

怖くない、怖くない、怖くない、怖くない、怖くない。

景色の遥か先──東の空が光を帯びていく。


千歌「……っ!!!!!」
153 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:31:17.80 ID:ZRnZyA2Z0

──怖い!

あと何秒。

もう10秒もない。

怖い、怖い、怖い。

怖い!!!

息が出来ない。

全身が震える。

恐怖で心臓が壊れそうだ。

指先の感覚がない。

頭がぐわんぐわんする。

地面がぐにゃぐにゃする。

ダメだ、ダメだ、ダメだ……!!!

無理、無理、無理……!!!!!


千歌「はっ!!! はっ!!!! はっ!!!!」


太陽が顔を出す。

私を焼き尽くす、焔が顔を出す。


千歌「っ゛!!!!!!!」


──そのとき。

声がした。


 「──千歌さん、頑張って──」

千歌「!!!!! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」


叫んで脚を踏みしめて。

夜が──明けた。

太陽光線が真横から私に照り付ける。

──ボウッ!!!!!!

音を立てて、全身が一気に燃え盛る。


千歌「あっづ!!!!!!!!!」


第一声の悲鳴と共に、熱が一気に全身を焼き尽くす。


千歌「っ゛ぁ゛ああ゛あぁ゛ああぁあ゛ッッッッ!!!!!!!!!!」


燃えてる。身体が燃えてる。


千歌「あづ、あ゛づぃ!!!! あ゛つ゛いっ゛!!!!!! あ゛つ゛い゛ぃ゛っ!!!!!!!!」


熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!!!!!!

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!!!!!!!!!!!!!!

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!!!!!

全身が焼き切れる。
154 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:32:12.34 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あ゛つ゛……ぁ゛──」


意識が遠のく。


千歌「──……っ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁぁぁ゛!!!!!!」


熱で意識を無理矢理戻される。

地獄。

死ぬ。

熱い。


千歌「……あ゛つ゛、あ゛つ゛ぃ゛よ゛ぉ……」


あ、もう。ダメだ。

たぶん死ぬんだ。

生き物って痛かったり、熱かったりすると、死ぬんだ。

そんな当たり前のことが頭の中を過ぎって行く。


千歌「ぁ……ぁ……ぁ……ぁ……ァ」


死、ぬ。


 「千歌さん」


千歌「ぁ……」


 「あとちょっとだから……」


千歌「ぐ……っ゛……」


 「頑張って……」


千歌「……は、ぁ……はぁ……ぁ……」


身体の感覚がなかった。

……たぶん、これが死ぬってことなのかな。


 「千歌さん……」


声がする。

大好きな声。

私の大好きな人の声。
155 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:33:02.66 ID:ZRnZyA2Z0

 「千歌さん……」

千歌「──ダイヤ……さん……」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……ダイヤ、さん……?」

ダイヤ「千歌さん……よく、頑張りましたわね……」

千歌「…………ぁ」


ダイヤさんの言葉で、我に返る。

全身を包む炎は──消えていた。


千歌「……生き……てる……」

ダイヤ「……ええ……っ……」

千歌「…………ぁ……っ」


膝から崩れ落ちる。


千歌「ぁ……っ……ぁっ……」


生きてることを実感して、涙が溢れてきた。


ダイヤ「千歌さん……っ」

千歌「ぅ、ぅぁっ……ぅぁぁぁ……っ……生きてる……っ……ぅぐ……っ……生きてるよぉ……っ……」

ダイヤ「ええ……っ!!……生きてますわ……っ……!!」

千歌「……ぇぐ……っ……生きてる……よぉ……っ……ぁぐっ……ぇぐ……ぐずっ…………うぇぇぇぇ……っ……」

ダイヤ「……千歌さん……っ……!! ホントに……っ……ホントに、よく頑張りましたわ……っ……!!!」


──こうして、私の……太陽との戦いは終わったのでした。

……太陽との戦いは。





    *    *    *


156 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:34:17.36 ID:ZRnZyA2Z0


ダイヤ「これは?」

千歌「善子ちゃんがよく持ってるやつ」

ダイヤ「ちゃんと名前を言いなさい……」

千歌「ロザリオ」

ダイヤ「正解。持ってみて」

千歌「うん」

ダイヤ「何か思うことは?」

千歌「……特に。無」

ダイヤ「無ですか……じゃあ、次。これは、なんですか」

千歌「ニンニク」

ダイヤ「食べてみてください」

千歌「え、生!?」

ダイヤ「冗談ですわ」

千歌「冗談きついって……」


全てが終わったあと……わたくしは自宅で千歌さんと最後の確認を行っていた。

十字架、大蒜は問題ない。


千歌「それより……お風呂入りたい」


……流水も問題なさそうですわね。


千歌「……ダイヤさんと一緒に入りたいなー」

ダイヤ「……片付けたら行きますわ」

千歌「ほんとに? 嘘ついたら怒るからね」

ダイヤ「ちゃんと行きますから……」


……千歌さんの吸血鬼性は完全に消滅したと言っても過言ではなかった。

加えて不思議なことに、わたくしに発現していた、症状もまるっと全て消失していた。


ダイヤ「……千歌さんの力による吸血鬼化だったから、千歌さんが人間に戻ったら一緒に戻ったということなんでしょうか……?」


まあ……戻ってくれたのなら、何よりなのですけれど。

──大蒜を新聞紙で包み、保存用のジップロックに入れてから、チルド室に入れる。

ロザリオは……今度善子さんに返さないといけませんわね。

……ただ、自分用のロザリオを今度買いに行きましょうか。

十字架が本当に効果的な魔よけになると、嫌と言うほどわかったので……。


ダイヤ「さて……わたくしもお風呂に」


 「──ミギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


ダイヤ「…………そういえば千歌さん……擦り傷だらけでしたものね」


さぞ傷口にお湯が染みることでしょう。

お風呂から聞こえてくる悲鳴に肩を竦めながらも、わたくしは千歌さんの元へと歩く。
157 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:35:02.23 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「死ぬ!!!! 痛すぎて死ぬ!!!!!」

ダイヤ「それくらいじゃ、死にませんわよ……全く」


やっと、騒がしいいつもの千歌さんが戻ってきてくれて。


ダイヤ「……ふふ」


わたくしは少しだけ笑ってしまった。


ダイヤ「千歌さーん? 久しぶりのお風呂なのですから、肩まで浸かって100まで数えるのですわよー?」

千歌「んなぁ!!!? ダイヤさんの鬼!!! 悪魔!!!! 吸血鬼ぃーーーー!!!!!!」


だけれど、少しだけ変わった千歌さんとの関係に、何故だか少しだけ期待に胸を躍らせて、

わたくしは、ここからの道を、また始まった道を──千歌さんと共に歩いていこうかなと、そう思った、とあるゴールデンウイークの出来事でした。

158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/07/06(土) 11:57:46.58 ID:uBUUJHFb0
ちかだいもっと流行れ
159 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 15:50:01.03 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *










    *    *    *


160 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 18:49:16.27 ID:ZRnZyA2Z0


……さて、あれから少しだけ時が流れました。


花丸「ここが……スクールアイドルフェスティバルの会場……! 凄いずら〜!」

善子「クックック……堕天使ヨハネの闇のパワーを解放するステージには相応しいわね」

梨子「解放するのはいいけど、ミスしないようにしてよ? 善子ちゃん」

善子「善子じゃなくて、ヨハネよ!!!」

曜「でも、ホントにおっきいね! さすが東京の会場……」

果南「いや〜腕が鳴るね。こんな立派なステージ見たら、自然と気合いが入っちゃうよ」

鞠莉「そうだネ〜。この最高の会場でわたしたちの最高のPerformanceを見せ付けてあげましょう!」

果南「だね!」

ルビィ「えっと……さっき確かに、見えたんだけど……」

善子「ルビィ? 誰か探してるの?」

ルビィ「あ、うん……さっき……。……あ、いた!! 理亞ちゃーん!!!」

理亞「ルビィ?」

聖良「Aqoursの皆さん! お久しぶりです」

果南「Saint Snowも、もう来てたんだね」

聖良「ええ。本番前にステージの雰囲気に慣れておきたいと思って……」

理亞「本番前なんだから、それくらい当たり前」

ルビィ「理亞ちゃーん!!」

理亞「!? 引っつくな!?」


スクールアイドルフェスティバルの会場に訪れたわたくしたちは、会場の大きさに圧倒されていた。

この場に集められた大勢のスクールアイドルの中で、本日共に参加するSaint Snowの二人も含め、皆さん本番前に非常にテンションが上がっている。


ダイヤ「いつも通り、騒々しいですわね」

千歌「でも、これくらいが私たちらしいよ」

ダイヤ「ふふ、そうかもしれませんわね」

千歌「……それにしても、スクールアイドルフェスティバルかぁ」

ダイヤ「? どうかしましたか?」

千歌「一時は……本当に出られないかもって、思ってたから……」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさん……ホントにありがと。……ダイヤさんが居てくれたから、今チカはここに居られるよ」

ダイヤ「いえ……全部千歌さんが頑張ったからですわ。わたくしはちょっと手を貸しただけ」

千歌「んーん……そんなことないよ」

ダイヤ「……最後に決めたのは千歌さんですから」

千歌「……ん、じゃあ二人の力ってことで」

ダイヤ「ふふ……それでもいいですけれど」

鞠莉「何イチャイチャしてんのよ」

ダイヤ「イチャ……!?/// し、してませんわ!!///」

千歌「えっへへ……」

鞠莉「チカッチったら、幸せそうに笑っちゃって……」

曜「千歌ちゃーん!! こっち見てよー!! このセットすごいよー!!」

千歌「え、ホントに!? 今いくー!!」
161 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 18:59:47.70 ID:ZRnZyA2Z0

曜さんに呼ばれて、千歌さんは飛び出して行ってしまう。


ダイヤ「ぁ……」

鞠莉「あらあら、フラレちゃったわね」

ダイヤ「……やかましいですわ」

鞠莉「まだ告白してないの?」

ダイヤ「……千歌さんとはそういうのではありませんわ」

鞠莉「はぁ……相変わらずだね。チカッチかわいそー」

ダイヤ「減らない口ですわね……」

鞠莉「マリーはかわいい後輩の味方デスから」

ダイヤ「はいはい……」


……あのあと千歌さんとの関係は特別変わったりはしなかったのですが……。

最近は時折、休みの日に家で一緒に料理を作ったりしている。

先ほどのように、鞠莉さんが『早く告白しろ』とせっついてくるのですが……。わたくしは今の関係で満足しています。

わたくしたちには、これくらいの距離感が丁度いいのですわ。

……ただ、少しだけ……少しだけですが。

あのときの、吸血鬼の問題を一緒に解決したときの距離感が、なくなってしまったことが少しだけ寂しいと思っているわたくしが居るのを……少しだけ感じることがあります。

あれだけ苦労したというのに……人間というのは業深い生き物ですわね。


千歌「ダイヤさんもー!!! 早く早くー!!!」

ダイヤ「はーい、今行きますわー!!」


……ですが、いいのです。


千歌「えへへっ!!!」


千歌さんが……今は満面の笑みで笑ってくれているから。

162 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 19:00:15.43 ID:ZRnZyA2Z0



    *    *    *





千歌「……いよいよ本番だね。皆でいっぱい練習してきた、最高のステージを作るために。あとは今持ってる力を精一杯ぶつけるだけ!! 皆で全力で輝こう!! Aqours──」

9人「サーーーーーーン、シャイーーーーーーーーン!!!!!」


163 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 19:45:16.06 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





千歌「今日のステージは本当に最高だった……!!」

梨子「うん……ホントに夢みたいな景色だったね」

曜「ああ、もう……今でも思い出して踊っちゃいそうだよ!」

果南「せっかくだし、踊っちゃう?」

鞠莉「いいネ! 皆でLet's dance party!!」

ダイヤ「人の家で踊らないでください!」

ルビィ「あはは……家の中で踊られたら、さすがにお父さんとお母さんに怒られちゃうかも……」

花丸「せっかくの打ち上げだから、盛大に食べるずら」

善子「……って、あんた帰りもいろいろ買い食いしてたのにまだ食べるの!?」

花丸「打ち上げは別腹ずら」

善子「はぁ……ホントあんたの胃袋どうなってんのよ……」


スクールアイドルフェスティバルを終えて、沼津に帰還したわたくしたちは、我が家──黒澤家で打ち上げを行っていました。

全く騒がしいことこの上ない……。


善子「……あら? 飲み物もうなくなっちゃったわね」

ダイヤ「あれ、本当ですわね」

千歌「あ、それじゃ、私取りに行くよ」

ダイヤ「お願いしてもいいですか?」

千歌「うん、任せてー」

善子「あ、千歌! 私も手伝う」


千歌さんと善子さんが飲み物を取りに部屋を出て行く。

まあ、千歌さんなら、我が家の厨房には詳しいですから、任せておけば問題ないでしょう。


164 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:03:56.57 ID:ZRnZyA2Z0


    ♣    ♣    ♣





千歌「えーっと……コーラとー。みかんジュースとー……」

善子「千歌、あんた随分慣れてるわね?」

千歌「ん? 何がー?」

善子「ここ、ダイヤとルビィの家なのに、冷蔵庫とか躊躇なく開けてるし……」

千歌「あ、うん。よくダイヤさんと一緒にここでご飯作るから」

善子「え? ダイヤと一緒に?」

千歌「うん、お休みの日とかにね」

善子「……へー。ちょっと意外かも」

千歌「そう?」

善子「千歌とダイヤってそんなに距離感近かったのね」

千歌「……ちかだけに?」

善子「いや、掛けてないから……」


一通り、飲み物を取り出して。


千歌「これくらいあればいいかな」

善子「そうね」


善子ちゃんと一緒に皆がいる部屋に戻る。

廊下を二人で歩いている際に、


善子「……なんかこういう感じの家っていいわよね」


善子ちゃんがそんなことを言う。


千歌「そうなの?」

善子「まさに和って感じの家……自分の家じゃないのに懐かしい感じがするというか……。……前世の血が騒ぐというか……クックック」

千歌「そういうもんなんだ」

善子「廊下から見える中庭とかかっこよくない?」

千歌「いや、よくわかんないけど……」


善子ちゃんはお家がマンションだから、そう思うのかもしれない。

まあ、確かにお庭があるのはいいよねー。

そう思いながら、中庭に続く窓に目を向けて──


千歌「………………ぇ?」


私は目を見開いた。





    *    *    *


165 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:05:55.01 ID:ZRnZyA2Z0


鞠莉「コップが空よ!! ダイヤ!!」

ダイヤ「飲み物がないだけです……今千歌さんと善子さんが取りに行っていますから──」


そのときだった。


 「いやあああああああああああーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」


家中に絶叫が響き渡った。


ルビィ「ぴぎっ!?」 花丸「ずら!?」 果南「え、何!?」 鞠莉「What!?」 梨子「ひ、悲鳴!?」 曜「え、え!?」

ダイヤ「!!? 千歌さんっ!!?」


千歌さんの悲鳴が聞こえて、反射的に部屋を飛び出す。


果南「あ、ちょ、ダイヤ!?」


悲鳴の聞こえてきた方向に走ると、


千歌「い、いやっ……いやっ……!!!」

善子「え、ちょ、ど、どうしたのよ!? ち、千歌!?」


千歌さんが口元を両手で覆い隠しながら、蹲っていた。


千歌「み、見ないで……お、お願い……」

ダイヤ「……!」

善子「え、えっと……」


これは……まさか……。


ダイヤ「千歌、さん……」

千歌「……ダイ、ヤ、さん……」

善子「ダ、ダイヤ……千歌が……」


善子さんは蹲った千歌さんの前でおろおろとしていた。

わたくしは周囲を見回して……。


ダイヤ「……!!」


すぐさま、廊下の障子を閉める。


ダイヤ「…………」

善子「ダイヤ……?」

千歌「……見ないで」


さて、どうしたものでしょうか……。


果南「千歌!! どうかしたの!?」

曜「千歌ちゃん……! 大丈夫!?」


遅れて、果南さんと曜さんがわたくしたちの元へとやってくるが──
166 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:07:40.79 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「来ないでぇっ!!!!!!」

果南・曜「「!?」」


千歌さんが大声で二人が近付くことを制止する。


千歌「来ないで……来ないで……」

曜「えっと……」

果南「千歌……?」

ダイヤ「…………お二人とも、ここはわたくしに任せて貰えませんか?」

曜「え……」

果南「いや、でも……」

ダイヤ「千歌さん……少し気を張っていたので、疲れているんだと思いますわ。わたくしが話を聞きますので……」

果南「い、いや……そういう感じじゃ」

曜「……そ、それに話だったら私も……!」

鞠莉「──……曜、果南」


気付けば二人の後ろから鞠莉さんが肩を掴んでいた。


鞠莉「ここはダイヤに任せましょう」

果南「鞠莉……?」

曜「え、いや、でも……」

鞠莉「いいから……。ダイヤ、任せるわよ」

ダイヤ「ええ、任されましたわ」


そのまま鞠莉さんは二人を強引に部屋に連れ戻す。またしても事情を聞かずに気を利かせてくれた鞠莉さんには感謝しかない……あとでお礼を言わないと。

……さて。


千歌「………………」

ダイヤ「千歌さん……」

善子「えっと……あの……これ、どういう状況なの……?」

ダイヤ「……その、説明が難しいので、今は追及しないで貰えませんか……?」

善子「……いや、こんなの見てほっとけって言われても……」


善子さんはそういいながら、千歌さんの前にしゃがみこむ。


善子「千歌……どうしたのよ」

千歌「……善子、ちゃ……ひっ!!!!?」


千歌さんが善子さんを見て大きく後ずさる。


善子「!?」

ダイヤ「……! 善子さん、それ外してもらっていいですか……?」

善子「……それ?」


わたくしが指差したソレは……。


善子「ロザリオ……?」
167 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:12:16.12 ID:ZRnZyA2Z0

善子さんが首から提げていたロザリオだった。

先ほどまで身に付けていた記憶はなかったので、恐らく首から提げてシャツの中にしまっていたのだと思いますが、この騒ぎの際に勢い余って外に出てきてしまったのでしょう……。


千歌「はっ……はっ……はっ……!!!」

ダイヤ「善子さん……お願いします。何も聞かずに、それを外していただけると……」

善子「……まあ、いいけど。じゃあダイヤ、預かってくれる?」

ダイヤ「ええ、わかりました」


善子さんからロザリオを受け取り、ポケットにしまう。


善子「…………」

千歌「……っは、っは」

ダイヤ「千歌さん……もう、大丈夫ですから」


千歌さんは未だ口元を両手で覆ったままだった。

とりあえず、善子さんに席を外してもらわないと……。


善子「……はぁー、全く困ったものね」

ダイヤ「善子さん……申し訳ないのですが、一旦席を──」

善子「ほんっと、人間って面倒ね。ちょっと自分の見た目が変わっただけで大騒ぎしちゃって」

千歌「!?」

ダイヤ「……!?」

善子「……ま、窓ガラスに自分の姿が映らないのはさすがにびびるか」

千歌「!!?!?」

ダイヤ「!!!」


わたくしは咄嗟に、善子さんを押しのけて、千歌さんを庇うようにして、二人の間に割って入る。


善子「っと……ちょっと、あんた生意気ね。人間の癖して」

ダイヤ「……貴方……誰ですか……」

善子「私? 私はヨハネよ」

ダイヤ「……いつもの善子さんとは雰囲気が違いすぎますわ」

善子「あーだから……」

ダイヤ「……?」

ヨハネ「私は善子じゃなくて、ヨハネ。吸血鬼のヨハネよ」


そう目の前の善子さん──もといヨハネさんは改めて名乗りをあげるのでした。





    *    *    *





ダイヤ「──沼津の……えっと」

ヨハネ「バス停の上土がわかりやすいと思うわ。さんさん通りと139号線の交差点の辺り」

ダイヤ「えっと、そこまでお願いしますわ」
168 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:13:59.92 ID:ZRnZyA2Z0

黒澤家の送迎の運転手に目的地を伝えて車を出してもらう。


千歌「…………」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「……そう警戒しないでよ。別に害意はないわよ」


何故今こうして、わたくしと千歌さんが善子さん──もといヨハネさんと一緒に送迎車に乗っているのか言うと……。



──────
────
──


ヨハネ「とりあえず、どうしたいの? 吸血鬼化を隠したいの?」

千歌「!!!」

ダイヤ「…………」


自らを吸血鬼のヨハネと名乗った彼女は、明らかに吸血鬼のことを知っている。

と言うか──気付けば彼女の歯は鋭利なキバになっていた。

善子さんも割と犬歯が鋭く、八重歯気味ではありましたが……さすがにキバと言えるほどのものではなかった。

となると……。


ダイヤ「貴方……吸血鬼なのですか?」

ヨハネ「いや、だからそう言ったじゃない……」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「とりあえず、吸血鬼化を隠したいなら、ここに居るのはよくないんじゃない? いつまでもここでぼーっとしてたら、またさっきの二人が心配して戻ってくるかもしれないわよ」


……確かに、ヨハネさんの言う通りかもしれない。


ダイヤ「わかりました。一旦場所を移しましょう……千歌さん、立てますか?」

千歌「……う、うん」


千歌さんを支える形で立ち上がらせる。


ヨハネ「とりあえず、善子の家に行きましょう。あそこなら、吸血鬼にとって便利なものもあるから」

ダイヤ「便利なもの……?」

ヨハネ「あんたたちみたいな、吸血鬼もどきじゃ知らないようなことがいろいろあるのよ」

ダイヤ「…………」


──
────
──────



そして、今に至る。


ダイヤ「…………」

千歌「…………」

ヨハネ「…………」
169 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:15:12.49 ID:ZRnZyA2Z0

三者の間に積極的な会話はない。

ドライバーも居ますし、ここで込み入った話をするわけにもいかないので仕方がないですが……。

時折、


千歌「ダイヤ、さん……」


千歌さんが不安そうにわたくしを呼ぶ。


ダイヤ「大丈夫ですわ……わたくしが居ます」

千歌「……うん」


そんなわたくしたちを見て。


ヨハネ「仲良いわね」


ヨハネさんが話を振ってきた。


ダイヤ「……どうも」

ヨハネ「……手厳しい反応ね。……久しぶりに人と話したんだから、もうちょっと優しくして欲しいわ」

千歌「久しぶりなんだ……」

ヨハネ「ええ……本当に久しぶりな気がするわ。普段は寝て過ごしてるから」

ダイヤ「普段は寝てる……。いつ振りなのですか?」

ヨハネ「あー……あんま覚えてないわね。善子が配信するのを覚えてからは、全然夜に寝てくれなくなったし」

ダイヤ「夜しか活動できないのですか?」

ヨハネ「ま、そんな感じ」


当たり障りのない会話だと、この辺りが限界でしょうか……。


ヨハネ「……別に変な探りいれなくても、聞かれたら後で教えてあげるわよ」

ダイヤ「……!」


……遠まわしに探っていることがバレている。


ヨハネ「私も、横からつつかれるようなことされるのは、正直プライドが許さないタチだし」

ダイヤ「……?」

千歌「横からつつかれる……?」

ヨハネ「ま、着いたら話すわよ」

ダイヤ「……」


夜の闇の中を──送迎車が沼津に向かって進んでいく。





    *    *    *





ヨハネ「ただいま」

善子母「あら、おかえりなさい……ヨハネちゃん……?」

ヨハネ「ちょっとわけありでね」
170 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:16:42.21 ID:ZRnZyA2Z0

そう言いながら、ヨハネさんが背後に立つわたくしたちを肩越しに親指で指す。


千歌「お、お邪魔……します……」

ダイヤ「夜分遅くに失礼します」

善子母「あら……こんにちは。ルビィちゃんのお姉さんと、梨子ちゃんのお隣さんの子よね」

ヨハネ「どっちも善子と同じAqoursのメンバーよ。……ま、見たことくらいはあるか」


ヨハネさんの口振りからして、善子さんのお母様はヨハネさんのことを知っているようですが……。


ヨハネ「ちょっとマジで緊急事態だったから、私が出てきちゃってるけど……フォローお願いしていい?」

善子母「……はあ、わかったわ」


善子さんのお母様は、肩を竦めながら了承する。

……いくつか、気になることはあるのですが……。


ヨハネ「それじゃ、とりあえず善子の部屋に行きましょ」

ダイヤ「……千歌さん、行きましょう」

千歌「う、うん……」


ヨハネさんのあとをついていきながら、


ダイヤ「あのヨハネさん……えーっと、善子さんのお母様? ……貴方のお母様にもなるのですか? あの人は……」

ヨハネ「ん? ……ああ、あの人は人間よ。人間100%」

千歌「……人間100%……? 100%じゃない人がいるの?」

ヨハネ「ま、いるわね。ハーフとか言うやつ。いまどきハーフも滅多に見ないけどね。さ、部屋入って」


二人で部屋に通される。


ダイヤ「……じゃあ、貴方はそのハーフとやらなのですか?」

ヨハネ「いや、私は純度100%の吸血鬼」

ダイヤ「……はい?」

千歌「お母さんは100%人間なのに……?」

ヨハネ「……まあ、この辺ややこしいから順番に話すわ。まず、何が知りたい?」


どうやら自由に質問していいらしい。

なら、出来るだけ多くの情報を引き出しましょう。


ダイヤ「……貴方は何者ですか?」

ヨハネ「吸血鬼よ。吸血鬼のヨハネ」

ダイヤ「善子さんと貴方は……どういう関係ですか」

ヨハネ「あー……同居人? 一つの身体に一緒に住んでるみたいな」

ダイヤ「多重人格ですか?」

ヨハネ「大体あってるわ。ただ、あんたたちの言う多重人格とはちょっと違うけど」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「善子は普通の子だけど、私は善子の吸血鬼性だけ切り離された人格みたいに考えてくれればいいわ」

ダイヤ「……余計に意味がわかりませんわ」

ヨハネ「そうねぇ……まず前提として、善子の父方に吸血鬼の血がものすっごく薄く混じってるの」
171 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:19:21.35 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……はい?」

ヨハネ「ただ、ホントに極限まで薄まっちゃってるから、日常生活で気になることって全くないんだけどね。吸血鬼の血は0.1%くらいじゃないかしら」

ダイヤ「…………」

千歌「えっと……吸血鬼って、子供を産んで増えるの……? 吸血して増えるんじゃ……」

ヨハネ「眷属化と子孫繁栄は別よ。眷属化で出来るのはあんたたちみたいな吸血鬼もどき。純血や混血の吸血鬼はちゃんと人間みたいに子供を作らないと出来ないわ」

千歌「も、もどき……」

ダイヤ「……その吸血鬼の血を持った人とやらはどこに居たんですか?」

ヨハネ「吸血鬼って意外と多いわよ? 世界中に伝承があるくらいなんだから。それにこの辺には吸血鬼が大量に放りこまれてた場所があるじゃない」

ダイヤ「放り込まれてた場所……?」

ヨハネ「ほら、淡島だっけ」

ダイヤ「……は!?」

千歌「え、淡島……?」

ヨハネ「ま、今は残ってないみたいだけど……。数百年レベルは昔の話になっちゃうけど、吸血鬼は見つかり次第ああ言う離島に幽閉されてたりしたのよね。ほら、吸血鬼って流水が苦手だから、島の脱出が大変だし、隔離に向いてるのよね」

ダイヤ「…………」


眉唾な話だと一蹴したいところですが……この話には心当たりがあった。


 鞠莉『淡島ってもともと無人島だったでしょ? だから、感染症とかで迫害されて、追いやられた人の隔離先だったんじゃないかって話があってね』


以前、鞠莉さんから聞いた話です。

つまりホテルオハラのあの地下室は、感染病の人間の隔離先だった名残が、たまたま吸血鬼にとって都合の良い場所になったのではなく……。


ダイヤ「元々、吸血鬼の隔離先の名残だから、吸血鬼にとって都合のいい環境になっていた……?」

ヨハネ「ああ……なんか吸血鬼の集落になってたなんて話もあったかもしれないわね。ま、ほとんどは駆除されちゃったけど」

千歌「駆除……?」

ヨハネ「吸血鬼って嫌われ者なのよ。だから、正義のヴァンパイアハンターとかに殺されちゃうの」

千歌「そ、そんな……!」

ヨハネ「だから、多くの吸血鬼ってのはたくみに自分の姿を隠す方法を持ってるのよ。……まあ、善子に流れてる血はその淡島の吸血鬼の生き残りが元の血っぽいけどね」

ダイヤ「……吸血鬼が実在するという前提はなんとなくわかりました」

ヨハネ「いや、厳密には実在はしないわ」

ダイヤ「……はぁ??」

ヨハネ「……ま、めちゃくちゃややこしい話だから、これはあとで話すわ。それで前提がわかった上で何を聞こうとしてたの?」

ダイヤ「……ええっと……ヨハネさん。貴方はどうして純度100%の吸血鬼なのですか? 吸血鬼だけを切り離したというのもよく意味がわかりませんわ」

ヨハネ「まず私の吸血鬼性は隔世遺伝なの」

千歌「かくせーいでん……?」

ダイヤ「……先祖返りということですか?」

ヨハネ「そういうことね」


隔世遺伝──親に現れていない、先祖の遺伝上の特徴が、子に現れる現象のことです。

わかりやすい例だと、両親に血液型がA型かB型なのに、その子供の血液型O型だったりすることがある、ということでしょうか。

これは両親に発現こそしていないものの、元々O型の因子を持っていて、その因子を偶然濃く受け継いだ場合O型になると言われています。
172 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:22:07.32 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「せんぞがえり……?」

ダイヤ「ええっとですね……先祖返りというのは……」

ヨハネ「たぶん、血液型の隔世遺伝とか例に出すと、その子の頭ショートするわよ」

ダイヤ「…………確かに」

ヨハネ「極限までわかりやすい例を出すと……人間ってもともと猿でしょ?」

千歌「あ、うん。お猿さんから進化したんだよね」

ヨハネ「今の人間には猿みたいな尻尾はないけど……極稀に、昔の姿を思い出しちゃったのか、尻尾が生えた人間が生まれてくることがあるのよ」

千歌「あ……! テレビで見たことあるかも!」

ヨハネ「それが先祖返り。わかった?」

千歌「なんか昔の姿を思い出して生まれてきちゃうってことだね! わかった!」

ダイヤ「…………」


まあ、概ねそれでいいのでしょう。たぶん。


ダイヤ「つまり、先祖返りで強い吸血鬼性を持って生まれてきたのが貴方だと?」

ヨハネ「そうよ。だけど、強い吸血鬼性を持ってると、さっきも言ったとおりヴァンパイアハンターとかに見つかってすぐ殺されちゃうの。だから、封印術を使って吸血鬼としての人格を切り離して封印することによって普段は隠してるの」

ダイヤ「…………封印術ですか」


また眉唾な話が……。


ヨハネ「方法はそんなに難しくないわ。ロザリオみたいな吸血鬼が苦手なもので、普段外に出て来れないように蓋をしちゃえばいいのよ」

千歌「あ……だから、善子ちゃんっていっつもロザリオとか持ち歩いてたの……?」

ダイヤ「いや、あれは趣味では……」

ヨハネ「ま、趣味っちゃ趣味だろうけど、刷り込みはでかいと思うわ」

ダイヤ「え……そうなのですか」

ヨハネ「中学生とかで嵌まっちゃうのはままあるけど、善子の場合は幼稚園とかのときからよくわかんないこと言ってたみたいだしね」


よくわかんない存在によくわかんないこと言っていた、なんて言われているのはある意味不憫ですわね……善子さん。


ダイヤ「……では、もしかして先ほどわたくしの家で貴方が出てきたのは……」

ヨハネ「そ、封印用のロザリオをダイヤに渡しちゃったからよ。まあ、封印が弱まるってだけで、私が自分の意思で出てこようとしなければ、出てこないことも出来るんだけど……」

千歌「じゃあ、どうしてヨハネちゃんは出てきたの……?」

ヨハネ「……あーそれね。横からつつかれてムカついたからよ」

ダイヤ「さっきも言ってましたわね……。ですが、どういう意味ですか?」

ヨハネ「せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ」

ダイヤ「………………せっかく落ち着いてた?」


……まるでその言い方では……。


ダイヤ「貴方、以前千歌さんが吸血鬼化していたことを知っていたのですか……?」

ヨハネ「だって、千歌を吸血鬼化させたの、善子だし」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネの胸倉を掴む。
173 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:24:01.25 ID:ZRnZyA2Z0
>>172 訂正



千歌「せんぞがえり……?」

ダイヤ「ええっとですね……先祖返りというのは……」

ヨハネ「たぶん、血液型の隔世遺伝とか例に出すと、その子の頭ショートするわよ」

ダイヤ「…………確かに」

ヨハネ「極限までわかりやすい例を出すと……人間ってもともと猿でしょ?」

千歌「あ、うん。お猿さんから進化したんだよね」

ヨハネ「今の人間には猿みたいな尻尾はないけど……極稀に、昔の姿を思い出しちゃったのか、尻尾が生えた人間が生まれてくることがあるのよ」

千歌「あ……! テレビで見たことあるかも!」

ヨハネ「それが先祖返り。わかった?」

千歌「なんか昔の姿を思い出して生まれてきちゃうってことだね! わかった!」

ダイヤ「…………」


まあ、概ねそれでいいのでしょう。たぶん。


ダイヤ「つまり、先祖返りで強い吸血鬼性を持って生まれてきたのが貴方だと?」

ヨハネ「そうよ。だけど、強い吸血鬼性を持ってると、さっきも言ったとおりヴァンパイアハンターとかに見つかってすぐ殺されちゃうの。だから、封印術を使って吸血鬼としての人格を切り離して封印することによって普段は隠してるの」

ダイヤ「…………封印術ですか」


また眉唾な話が……。


ヨハネ「方法はそんなに難しくないわ。ロザリオみたいな吸血鬼が苦手なもので、普段外に出て来れないように蓋をしちゃえばいいのよ」

千歌「あ……だから、善子ちゃんっていっつもロザリオとか持ち歩いてたの……?」

ダイヤ「いや、あれは趣味では……」

ヨハネ「ま、趣味っちゃ趣味だろうけど、刷り込みはでかいと思うわ」

ダイヤ「え……そうなのですか」

ヨハネ「中学生とかで嵌まっちゃうのはままあるけど、善子の場合は幼稚園とかのときからよくわかんないこと言ってたみたいだしね」


よくわかんない存在によくわかんないこと言っていた、なんて言われているのはある意味不憫ですわね……善子さん。


ダイヤ「……では、もしかして先ほどわたくしの家で貴方が出てきたのは……」

ヨハネ「そ、封印用のロザリオをダイヤに渡しちゃったからよ。まあ、封印が弱まるってだけで、私が自分の意思で出てこようとしなければ、出てこないことも出来るんだけど……」

千歌「じゃあ、どうしてヨハネちゃんは出てきたの……?」

ヨハネ「……あーそれね。横からつつかれてムカついたからよ」

ダイヤ「さっきも言ってましたわね……。ですが、どういう意味ですか?」

ヨハネ「せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ」

ダイヤ「………………せっかく落ち着いてた?」


……まるでその言い方では……。


ダイヤ「貴方、以前千歌さんが吸血鬼化していたことを知っていたのですか……?」

ヨハネ「だって、千歌を吸血鬼化させたの、善子だし」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネさんの胸倉を掴む。

174 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:25:32.68 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「わ、わー!!? ダイヤさん、ストップ!! ストップ!!?」

ダイヤ「大丈夫ですわ、一発殴るだけなので」

千歌「だいじょばない!! 全然だいじょばないから!!」

ヨハネ「ただ、あれは事故よ。故意じゃない」

ダイヤ「事故……?」

千歌「というか……今ヨハネちゃん。吸血鬼化させたのは善子ちゃんって言ったよね……」

ダイヤ「……言い間違いではないのですか?」

ヨハネ「千歌の言う通り、吸血鬼化させたのは善子よ。私じゃない」

ダイヤ「何が起こればそんなに事故が起こるのですか……」

ヨハネ「血が混じると、起こりうる」

ダイヤ「どうすれば善子さんと千歌さんの血が混じるのですか!!!!」

ヨハネ「いろいろ方法はあるけど……SEXしたら血液感染って起こるわよ?」

ダイヤ「…………」


無言でヨハネさんの胸倉を掴む。


千歌「ダ、ダイヤさん!!! ストップ!!!」

ヨハネ「ま、冗談だけど」

ダイヤ「真面目に話しなさい」

ヨハネ「ゴールデンウイーク前、やったら激しいダンスやってたでしょ?」

ダイヤ「……えーと、確かにやっていた気がしますわね」

ヨハネ「あの曲、善子と千歌と曜にやったら激しいダンスパートがあるじゃない。練習中に、千歌と善子が思いっきりぶつかって……」

千歌「……あ!! それで二人で転んで擦りむいちゃったんだっけ……あのときはごめんね」

ヨハネ「いや、私に言われても困るけど。……そんときにたまたま傷口から血が混じった」

ダイヤ「…………」


ふと、千歌さんとしていたやり取りを思い出す。


 千歌『最近ダンスが難しくて、苦戦してた気がする……』

 ダイヤ『……ダンスが難しくて、吸血鬼化するのですか……』


ダンスが難しくて吸血鬼化している人がいましたわ……。


ダイヤ「……まあ、確かに事故と言えば事故ですが……迂闊ではないですか?」

ヨハネ「迂闊?」

ダイヤ「血によって伝染するとわかっていたなら、もっと慎重に扱うべきだったのでは……」

ヨハネ「……ま、血が混じるってこと自体が基本的にありえないから、警戒が薄かったことは認めるけどね。ただ、それだけじゃ吸血鬼性の感染なんてしないわよ」

ダイヤ「え……で、ですが実際に千歌さんは……」

ヨハネ「たぶんだけど……その子、そもそもそれなりの吸血鬼因子を持ってるのよ」

ダイヤ「!?」

千歌「え!?」

ヨハネ「私と同じ淡島の生き残りがルーツの因子だとは思うわ。ヨハネほど極端じゃないだろうけど、千歌もその因子が先祖返りで普通の人より濃く顕在してるんじゃないかしら。そうでもない限り、簡単に吸血鬼化なんてしないわよ。それで吸血鬼化してるんだったら、2世紀くらい前の病院の患者なんて全部吸血鬼になっててもおかしくないわ」
175 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:29:20.44 ID:ZRnZyA2Z0

確かに病院の衛生観念が発達したのは、ここ150年くらいだと言うのは聞いたことがあります……。

当時のお医者様は血の付いたままの服で次から次へと手術をこなしていたため、感染病が絶えず多くの犠牲者が出たと言われていますし……。

もし、ヨハネさんの言う通り、吸血鬼が思った以上に多く存在していて、簡単に吸血鬼性が感染してしまうのだとしたら、そういう時代には簡単に吸血鬼パンデミックが起こっていてもおかしくはない。

……つまり。


ダイヤ「もともと強い吸血鬼因子を持っていた千歌さんと、更に強い吸血鬼因子を持っていた善子さんの血が混じってしまって……それが原因で千歌さんは吸血鬼化してしまったということですか?」

ヨハネ「そういうことね。そこらへんの極限まで薄まった吸血鬼の血を持ってる人間じゃ、こうはならない。たまたま強い因子を持った二人だったから、こうなっちゃったってわけ」

ダイヤ「……なるほど、それはわかりました。……では、横からつつかれたと言うのはどういうことですか?」

ヨハネ「さっきも言ったけど……無理矢理千歌の吸血鬼性を覚醒させたアホがいるのよ」

ダイヤ「……千歌さん、最近善子さん以外と血が混じるようなこと、ありましたか……?」

千歌「え……ないと思うけど……」

ダイヤ「ケガの治療をしてもらったとか……」

千歌「ダイヤさん以外はないかな……」

ヨハネ「あら、オアツイじゃない」


ヨハネさんが茶々を入れてくる。


ダイヤ「…………コホン///」


思わず、わざとらしく咳払いをして誤魔化してしまう。


ヨハネ「……まあ、たぶん今回に関しては血が原因じゃないと思うけど」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「千歌は一回吸血鬼化しちゃった影響で、吸血鬼化しやすい身体になっちゃってるのよ」

千歌「……そうなの?」

ヨハネ「そうなの。……そこにとんでもなく強い影響力のある吸血鬼の血を持ったやつ……そうね、せいぜい薄くて50%くらいの吸血鬼の血を持ったのが近くに来たせいで、その妖気に引っ張られて、無理矢理、吸血鬼性が覚醒しちゃったんじゃないかしら」

ダイヤ「はい……?」

千歌「あ、あー……漆の木の近くに行くと、触ってなくてもかぶれちゃうってやつだよね。お母さんが言ってたよ。スパシーバ効果ってやつ」

ダイヤ「『スパシーバ』はロシア語で『ありがとう』と言う意味ですわ……。プラシーボ効果ね。……いや、プラシーボ効果で吸血鬼になるのですか……?」

ヨハネ「ほら、吸血鬼とか狼男とか、その辺の妖怪って満月の夜にめちゃくちゃ強くなったりするじゃない? 元々外的要因に左右されやすい怪異なのよ」

ダイヤ「そんなあやふやな……」

ヨハネ「そうよ、あやふやなのよ」

ダイヤ「……? どういうことですか?」

ヨハネ「吸血鬼って、イメージの存在なのよ」

ダイヤ「……さっきもそのようなことを言っていましたわね。厳密には実在しないとかなんとか……」

ヨハネ「そうね。その話」

ダイヤ「よく意味がわからないのですが……実際に吸血鬼が実在したから血が残っているのではないですか?」

ヨハネ「ちょっと概念的な話になっちゃうんだけど……吸血鬼って本当にいると思う?」

ダイヤ「……はい?」

千歌「ここに居るけど……」


いや……このタイミングで目の前にいるだろうなんて回答を求めて質問をする意味はない。少し考える。
176 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:34:26.29 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……この場合の居ると思うかと言うのは一般論の話ですか?」

ヨハネ「話が早いわね、そういうことよ」

ダイヤ「……なら回答としては、多くの人は知ってはいるが信じてはいないだと思いますわ」

ヨハネ「じゃあ、犬は居ると思う?」

千歌「……犬は居るよね? ……ウチにも、しいたけ居るし」

ダイヤ「……まあ、100人に聞いたら100人が居ると答えると思いますわ」

ヨハネ「それが、居るか居ないかの認識の差なのよ」

千歌「……?」

ダイヤ「……つまり、どれだけの人間が実在を信じているかの割合で、存在があやふやさが変わるということですか……?」

ヨハネ「そういうことよ。まあ、厳密には人間が、と言うよりは意識が、な気はするけど」

千歌「……どういうこと?」

ヨハネ「ちょっと千歌には難しすぎるから、幽霊的なものって考えてればいいわ。信じてる人にしか見えない的な」

千歌「ふーん……?」

ダイヤ「……人間原理的な話ですか?」

ヨハネ「厳密には全然違うけど……人間に観測されることによって存在してるって意味で言ってるなら、概ね理解の方向性は間違ってないわ」

ダイヤ「……ふむ」

ヨハネ「この世の全ては須く、認識されることによって存在出来る」


……本当に概念的な話になってきました。

言いたいことはわかるような、わからないような気はしますが……。


ダイヤ「ですが、その理屈だと……珍獣などはどうなるのですか? 知名度の低い動物は、存在があやふやになってしまうではないですか」

ヨハネ「存在自体は十分あやふやだと思うけど……でも、写真とか……それで納得しなかったとしても、動画を見せれば多くの人間は存在すると信じるだけの根拠になると思うわ」

ダイヤ「……まあ、確かに」

ヨハネ「ただ、吸血鬼はそうはいかない……」

ダイヤ「……? ……あ、なるほど……吸血鬼はレンズに映らないから、動画や写真に残せない」

ヨハネ「そゆこと、大多数の人間を納得させるだけの証拠を用意することが出来ない。だから、画一的に存在を証明する方法がない。さて、この現象を的確に言い表した言葉……ダイヤなら知ってるんじゃないかしら」

ダイヤ「……悪魔の証明」

ヨハネ「正解」


……まあ、本来は悪魔は例えなので厳密に悪魔を証明出来ないと言う意味の言葉ではないのですが。

ただ、わたくしがさっき言ったように、あやふやな存在か否かの判断基準はこの言葉に適用出来るかだと言うことでしょう。


ヨハネ「吸血鬼は存在があやふや……多くの人は存在を信じていない。だけど、多くの人が吸血鬼を知っている。あやふやな存在である吸血鬼はそんな人々の“知ってる”で形作られた存在だから、ものすごく明確でわかりやすい多くの特徴を有している」

ダイヤ「十字架や大蒜、聖水、流水、日光が苦手……」

ヨハネ「そう。多くの人が吸血鬼は“そう”だと知っているから」

ダイヤ「…………だから、千歌さんはトマトジュースが好きだったのですね」

千歌「?」


わたくしは以前、吸血鬼はやたら通俗的で、生き物と言うよりはキャラクターに近くはないかと言う疑問を抱いたことがある。

これはまさにその通りで……。


ヨハネ「世間一般に吸血鬼はトマトジュースが好きってイメージが定着してたからよ」


確かに最初から、そういう理屈の存在であるならば、わたくしが吸血鬼に対して思っていた疑問もほとんどが解決する。
177 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:37:50.61 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「んで、話を戻すけど……満月によって、強化される性質を持つ吸血鬼なわけだけど。……強い外的要因によって影響を受ける怪異だと思う? 思わない?」

ダイヤ「その聞き方は誘導な気もしますが……。影響を受けると思いますわ」

ヨハネ「それが、千歌が他の強い吸血鬼の力を受けて、吸血鬼化しちゃった理由よ。ただまあ、強いて言うなら、力が強いだけで吸血鬼化させられちゃうなら、もっと世界中吸血鬼だらけになってると思うから、たぶん千歌に強い影響力を持っている存在だとは思うわ」

ダイヤ「……理屈はわかりました。では、具体的にその吸血鬼とやらはどこの誰なのですか?」

ヨハネ「……さぁ……?」

ダイヤ「さぁ!? ここまで言っておいてわからないのですか!?」

ヨハネ「しょうがないじゃない……強い吸血鬼ってのはさっきも言ったけど、隠れるのもうまいのよ……。悔しいけど、格下からじゃ妖気そのものがあるのはわかっても、何処の誰か、出所が何処かまではわからない。せいぜい空間内に妖気の強いやつがいるというのがわかるってのが関の山よ」

ダイヤ「…………そんな」


ここに来て手詰まり……。

……と言うか、


ダイヤ「ちょっと待ってください」

ヨハネ「何?」

ダイヤ「なら、どうしてわたくしたちをここまで呼んだのですか? 解決方法を教えてくれるのではなかったのですか?」

ヨハネ「解決方法?」

ダイヤ「どうすれば、千歌さんが元の人間に戻れるのか……」

ヨハネ「ないわよ、そんな方法」

ダイヤ「な……!!」

千歌「え……」


ヨハネさんはあっけらかんとそう言う。

当たり前でしょ、とでも言いたげに。


ヨハネ「本来吸血鬼化した人間が元に戻る方法なんてないわ。時間を掛けて、血を薄めることは出来るけど……。血はずっと体内で作られ続けるしね。骨髄が吸血鬼化していなければ、血を作れば作るほど、割合的に吸血鬼度は減っていくでしょ? 逆に骨髄が吸血鬼のものなら、作られる血は吸血鬼の血だから無理だけどね」

ダイヤ「えっと……あの……それでは、ヨハネさんはわたくしたちに何を……」

ヨハネ「まあ、さすがに気の毒だから、吸血鬼化を進行させず、減衰させる手段を教えようと思って」

ダイヤ「そんなことが……可能なのですか……?」

ヨハネ「ええ。さっきもいったけど、吸血鬼はイメージ体だから、吸血鬼っぽいことをすればするほど、吸血鬼化は進行していくし、しなければ停滞して、あとは血が時間経過で勝手に薄めてくれる」

ダイヤ「吸血鬼っぽいこととは……?」

ヨハネ「能動的な吸血鬼っぽいこととしては、吸血行為ね。あれは一気に吸血鬼性を加速させるわ」

ダイヤ「……!!」

千歌「え……」


つまり、わたくしが良かれと思って、千歌さんに血を飲ませていたのは……実は彼女を吸血鬼に近付けていた、と言うことですか……?
178 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:40:12.12 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「ま、我慢出来なくなって襲っちゃったら、それこそ吸血鬼のイメージ通りだからね。我を忘れる前に、血を吸ってもらうってのは考え方としては間違ってないわ」

ダイヤ「は……はい……」

ヨハネ「まず、千歌」

千歌「え……あ……はい」

ヨハネ「増血剤を飲みなさい。血をたくさん作る薬よ。出来るだけ真っ赤で、飲んだらいかにも血がたくさん出来そうってやつの方がいいわ」

千歌「……うん」

ヨハネ「直接の吸血は……そうね多くて一週間に一回。それ以外は、指とかから出た血を貰ったり輸血パックがいいわね」

千歌「……うん」

ヨハネ「あと、入浴はちゃんとした方がいいわ。水はそもそも妖気と反発するって信じられてるから……その性質を中和するって考えられてるハーブを浮かべると、だいぶ楽になるわ。シャワーとかはタンクまるごとハーブのお湯にしないとだから、頻繁にはきついかもしれないけど……」

千歌「…………うん」


ヨハネさんが千歌さんに説明する中──わたくしは……。

全然ヨハネさんの言っていることが頭に入ってこなかった。

元に戻る方法は……ない……?

そんな……そんな、ことって……。





    *    *    *





ヨハネ「それじゃ、私が言ったとおりにするのよ? そうすれば、多少不便だなくらいの生活には落ち着くと思うから」

千歌「……うん。……ありがとう、ヨハネちゃん」

ヨハネ「別に、お礼はいい。私も善子の目の前であんたが吸血鬼化するのは都合が悪かったってのもあるし」

千歌「……? どういうこと……?」

ヨハネ「善子は、自分が吸血鬼だってことは一切知らない。ヨハネが起きている間のことは善子の記憶には一切残らない。あの子は自分が吸血鬼だなんて、考えたこともない。そのお陰で、善子は強い吸血鬼因子を持っていても、日常生活に一切不便を感じずに生きることが出来てる。日光は苦手だけど……浴びても大丈夫だし、大蒜も食べられる。流水も怖がらないし、水に不快感もない」

ダイヤ「…………そういうカラクリでしたのね」


吸血鬼はイメージの存在。吸血鬼性をヨハネさんに全て託して切り離している善子さんは、自身が吸血鬼であることを知らなければ、その性質を大きく緩和することが出来ると言うことだろう。

もちろん、それだけではなく……周りに吸血鬼の性質を熟知した人間たちのサポートによって成り立っているのだとは思いますが……。


ヨハネ「だから、善子には絶対吸血鬼のことは言わないで。……あの子に吸血鬼の存在を認識させない、それが私のレゾンデートルでもあるから。あの子が人間として生きるために、私が存在してるから」

ダイヤ「……ええ、承知しましたわ」

千歌「……うん、わかった」

ヨハネ「それじゃね、頑張りなさいよ」





    *    *    *


179 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:41:24.17 ID:ZRnZyA2Z0


──帰りの車中。


千歌「えっと……これがハーブで、こっちが増血剤……」

ダイヤ「……はい」

千歌「……あと、注射器」

ダイヤ「……はい」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」

千歌「……ダイヤさん、もうチカ元に戻れないって」

ダイヤ「…………」

千歌「でも、頑張れば普通の生活は出来るってヨハネちゃん言ってたし……頑張るね」

ダイヤ「……はい」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」


正直、ショックだった。

彼女のためを思って、吸血行為をされる対象になったつもりだったのに。

自分はずっと千歌さんを苦しめていただけだったのでは、と。


千歌「……ダイヤさん、ごめんね」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ごめん……ごめんなさい……」

ダイヤ「どうして、謝るのですか……」

千歌「……チカがダンス上手なら、よかったんだよ」

ダイヤ「……違いますわ」

千歌「善子ちゃんとぶつからなければよかった」

ダイヤ「……違います」

千歌「転んでも受身が取れればよかった」

ダイヤ「……違う」

千歌「ケガしても……すぐに起き上がれば……」

ダイヤ「……千歌さん」


抱きしめる。


千歌「…………」

ダイヤ「貴方のせいではありませんわ……」

千歌「…………」

ダイヤ「……いろいろあって……お互い疲れたと思います。今日はもう……考えるのは止めましょう?」

千歌「……うん」


これからまた……いろいろ考えなくてはいけない日々が始まるのですから……今日くらいは、もう休みたい……。
180 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:42:36.85 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「…………ダイヤさん……私、ね……」

ダイヤ「……なぁに……?」

千歌「…………うぅん……やっぱり、なんでもない……」

ダイヤ「……そう……」


千歌さんを抱きしめる。

わたくしは怒ってないし、迷惑だなんて感じないし、貴方の力になりたいと心から思っている、という気持ちを伝えるには……一番それがいいと思ったから。

彼女が何を言いかけたのか……わからないけれど……。


ダイヤ「……千歌さん」


ただ、名前を呼んで、抱きしめることにした。

──真夜中の内浦を、黒塗りの車が進んでいく。

その中で……家に到着するまで、二人で肩を落として、抱き合っていました。





    *    *    *





──十千万旅館前。


ダイヤ「……本当に今日は一人で大丈夫ですか?」

千歌「うん……。明日は学校あるし、準備しないといけないしさ」

ダイヤ「そうですか……。何かあったらすぐに連絡してくださいませね」

千歌「うん、ありがと」

ダイヤ「明日の朝は迎えに行きますわ」

千歌「うん、待ってる」


千歌さんの希望で彼女は今日はそのまま帰宅。

千歌さんを見送った後、


ダイヤ「──家まで、お願いしますわ」


わたくしも自宅へと帰還する。

──自宅に帰り、玄関で靴を脱いでいると、


ルビィ「お姉ちゃん……」


ルビィが奥から顔を出す。


ダイヤ「……ただいま、ルビィ」

ルビィ「お、おかえりなさい……」

ダイヤ「打ち上げ、途中で抜け出してごめんなさい」

ルビィ「い、いや……それはいいけど……」

ダイヤ「皆さんは……さすがにもう帰りましたか?」

ルビィ「あ、えっと……」
181 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:43:38.07 ID:ZRnZyA2Z0

しどろもどろなルビィの後ろから、


鞠莉「……ダイヤ、おかえり」


鞠莉さんが顔を出した。


ダイヤ「鞠莉さん……。……ルビィ、ちょっと鞠莉さんと話がしたいので」

ルビィ「あ……う、うん、わかった……ルビィはもう寝るね。おやすみなさい……」

ダイヤ「ええ、おやすみなさい」

鞠莉「Good night. ルビィ」


ルビィはなんとなく、この会話には加わってはいけないというのを雰囲気で察したのか、すぐに自分の部屋へと戻って行った。


鞠莉「他の皆は帰った。……と言うか帰した」

ダイヤ「……ありがとうございます」


靴を靴棚にしまって、鞠莉さんを連れ立って自室へと戻る。


鞠莉「……千歌は?」

ダイヤ「だいぶ落ち着きましたわ」

鞠莉「……そ。…………」


鞠莉さんは軽く相槌を打ったあとに、少し悩む素振りを見せましたが、


鞠莉「……ねえ、ダイヤ。これ、もしかしてゴールデンウイークのときの続きなの……?」


意を決したかのように、踏み込んでくる。


ダイヤ「……ご想像にお任せしますわ」

鞠莉「ねぇ、ダイヤ……話して……お願い」

ダイヤ「…………千歌さん、少し疲れてナイーブになってるだけですわ。ここしばらくずっと忙しかったですから」

鞠莉「ダイヤ……」


状況が前と同じなら、もしかしたら鞠莉さんには話していたかもしれない。

だけれど──


 ヨハネ『せっかく落ち着いてた千歌の吸血鬼性を、また無理矢理覚醒させたアホがいるってことよ』


今回は身近にヨハネさん以外の吸血鬼がいることがわかっている。

それが……誰だかわからない。

そうなると……前以上に迂闊にこの話を人にするわけにはいかない。
182 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:45:14.29 ID:ZRnZyA2Z0

鞠莉「…………わかった。話せないなら、聞かない」

ダイヤ「……すみません」

鞠莉「……帰るね」

ダイヤ「送りますわ」

鞠莉「いい。迎え呼ぶから。それより、ダイヤ」

ダイヤ「なんですか……?」

鞠莉「ちゃんと休みなヨ? ……酷い顔してるよ」

ダイヤ「……ご忠告、痛み入りますわ」


このとき、自分がどんな顔をしていたのか。

鏡を見なくても……なんとなく、わかっていました。

……これから訪れる日々に対しての、不安に染まった……疲れた顔をしていたんだと思います。





    *    *    *





布団で横になったけれど、全く寝付けなかった。

あまりにいろんな情報が一気に入ってきて、頭がパンクしそうでした。

そして、何よりも……。


ダイヤ「吸血鬼が他にもいる……」


その事実がずっと頭の中を回り続けていました。

吸血鬼……誰なのかしら。

候補から外せる人間は、当事者の千歌さん、他の吸血鬼の存在を知らせてくれた善子さん……そして、ヨハネさん。

わたくしも自分が吸血鬼の家系だなんて聞いたことはない。なら同時にルビィも候補から外れる。

とは言っても……。


ダイヤ「残り……5人……」


この中に吸血鬼がいるのだとして……もし、それを黙ったまま、千歌さんを再び吸血鬼化させた者が居るとするなら……。

わたくしも、千歌さんも……どうやって、仲間たちを信用すれば良いのかがわからない。


ダイヤ「果南さん……」


少し常人離れしたアスリート気質の彼女。あの体力や筋力、運動能力の源泉が吸血鬼の力だったとしたら……?


ダイヤ「鞠莉さん……」


鞠莉さんも、もし最初から千歌さんが吸血鬼化してしまったことを知った上で、わたくしたちに協力してくれていたんだとしたら……?

事情も聞かず、ありとあらゆることを手際よく斡旋してくれたのは、事情を知っていたからなのでは……?

そんなことを思い浮かべてから、


ダイヤ「わ、わたくし……何を考えているの……?」
183 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:45:55.57 ID:ZRnZyA2Z0

かぶりを振る。

鞠莉さんが吸血鬼なら、千歌さんの吸血鬼化を解くのを手伝う理由なんてないじゃない。


ダイヤ「……もし、もっと他の目的があるんだとしたら……」


そもそも、淡島は吸血鬼と密接な土地だったと、今日知ってしまった。

そうなると、あの島に住んでいる鞠莉さん、果南さんは否が応でも怪しく思えてしまう。

……でも、淡島がルーツの吸血鬼の血は、千歌さんや善子さんのように本島にも存在している。

なら……他の人たちだって、嫌疑の対象ではないでしょうか。


ダイヤ「曜さん……」


千歌さんと距離が近い彼女は……千歌さんに及ぼす影響も大きいのではないでしょうか。

吸血鬼がイメージの存在だと言うならば……千歌さんへの影響力が大きい曜さんも怪しい。


ダイヤ「影響力と言う意味なら……梨子さんも」


梨子さんは家が隣で物理的な距離が千歌さんと最も近い。

それに東京生まれ東京育ちの梨子さんのルーツについては、全く見当もつかない。

彼女こそ、強い吸血鬼の血を受け継いだ子だったと言われたら……それはそれで、納得してしまいそうだ。


ダイヤ「じゃあ、花丸さんは……?」


花丸さんは他の4人に比べると、少しイメージは和らぐ……。和らぐが……。

彼女は吸血鬼に詳しすぎる気がする……。博識で知識に貪欲な人だと言えば、それまでなのかもしれませんが……。


ダイヤ「ダメ……わかるはずない……」


一度怪しいと考え始めたら、全てが怪しく思えてくる。

こんな状態で誰が吸血鬼かなんて特定出来るはずがない。

……そもそも、特定してどうするの?

特定出来たら、その吸血鬼はわたくしたちにどういうアクションを起こすのでしょうか。

わからない……。わからないことが多すぎる……。

延々といろんな考えが頭の中をぐるぐると回り続ける……。

──……結局、わたくしはその夜、一睡することも出来なかった。





    *    *    *





──翌朝。本日は6月3日月曜日。

徹夜明けでガンガンする頭のまま、千歌さんの家に足を運ぶ。

十千万旅館の暖簾をくぐると、


千歌「あ、ダイヤさんおはよ」


千歌さんが玄関に腰掛けて待っていた。
184 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:47:01.13 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「えっと……」


わたくしは彼女の様相を見て、少し困惑した。


千歌「えっと……どうかな」

ダイヤ「どう……って……」


千歌さんは……冬服を身に纏っていた。

もう、衣替えも終わったと言うのに。


千歌「えっと……長袖の方がいいかなって、思って」

ダイヤ「……あ、ああ……なるほど」


出来るだけ太陽の光を浴びないようにとのことらしい。


千歌「学校、いこっか」

ダイヤ「え、ええ……」


わたくしは必要になると思って、自宅から持ってきた日傘を手渡す。


ダイヤ「使ってくださいませ……」

千歌「わ、ありがとっ! ……日傘も自分用の買わなくちゃなぁ」

ダイヤ「……え?」

千歌「だって、いつまでも、ダイヤさんの借りてるわけにもいかないじゃん。今度見に行かないと……」

ダイヤ「……そ、そう……ですわね」





    *    *    *





二人で浦女行きのバスを待つ。


ダイヤ「……調子は……どうですか……?」

千歌「ん……前のときの最初の頃みたいな感じ。朝になると歯は元に戻るし、鏡にも映るよ。日差しはきついけど、燃えたりはしないかな。……って、燃えてたら今バス乗ってるどころじゃないよね、あはは」


笑えない。


千歌「大蒜と十字架は無理だけど……水はね、ヨハネちゃんに貰ったハーブがあれば触っても全然平気だし、飲み水にも出来るみたい! ただ、基本はお風呂に使うやつだから……あんまりたくさん飲み水に使っちゃうとなくなっちゃうかも」

ダイヤ「……トマトジュース……また買わないといけませんわね」

千歌「そうだねぇ……いっそコレを機にトマトジュースソムリエでも目指してみようかなぁ……利きトマトジュースとか出来たら、なんか特技になりそうだし!」

ダイヤ「ふふ……なんですか……それ……」


なんでしょう、この会話は……。

千歌さんの明るい口調なのに、何故か胸が苦しくなっていく。
185 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:48:49.92 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……今後のこと……どう、しますか」

千歌「ん……?」

ダイヤ「血を吸う頻度とか……」

千歌「あ、うん……一週間に一回が限度って、ヨハネちゃんも言ってたから……土曜か日曜の夜に……いいかな」

ダイヤ「ええ……わかりましたわ」

千歌「あれね、増血剤って思ったより効果ある気がするんだっ。今飲んでるのはヨハネちゃんにわけてもらったやつだから……これもお休みの日に買いに行かないとだけど」

ダイヤ「……血が欲しくなったら……いつでも、言ってくださいね……」

千歌「あ……うん。吸血以外で貰うとき……あるかもしれないから、そのときは、お願いするかも」

ダイヤ「ええ……それで、他のことは……」

千歌「他?」

ダイヤ「どうやって……元に戻るか」

千歌「……それはもう、いいかなって」

ダイヤ「え……?」


わたくしは驚いて、目を見開いてしまう。


千歌「だって……もともと、なりやすかったんでしょ。ならしょうがないかなって」

ダイヤ「しょうが、ない……って、そんな……!!」

千歌「いやでも、改善してくようにはするよ? 不便なのはイヤだもん」

ダイヤ「そういう話、では……」

千歌「そういう話だよ。考えようによっては、なんかちょっと困った体質みたいなものでしょ?」

ダイヤ「そう……でしょうか……」

千歌「そうだよ。それにちゃんと対策すれば、ちょっと不便に感じる程度までは改善出来るってヨハネちゃんも言ってたし!」

ダイヤ「…………」

千歌「あ、そういえばね、日焼けクリームもちょっといろいろ見ておいた方がいいかなって……絶対効果ありそうだもん!」

ダイヤ「…………」

千歌「それとね──」


もう、聞きたくなかった。

脳がこれ以上聞くことを拒否していた。

千歌さんが……自分が吸血鬼であることを、受け入れようとしていることを──わたくしは上手く受け入れられなかった。

学校に着くまでの間、ずっと千歌さんは喋り続けていましたが……果たして彼女が何を喋っていたのか、わたくしは全く理解が出来なかった。





    *    *    *





お昼休み。

気付いたら千歌さんの教室に足を運んでいた。

キョロキョロと教室を見渡す。
186 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:49:40.79 ID:ZRnZyA2Z0

梨子「あれ? ダイヤさん」

ダイヤ「梨子さん……千歌さんは?」

梨子「あ、えっと……なんかお昼休みと同時にどっか行っちゃって……。それより昨日、大丈夫でしたか?」

ダイヤ「昨日……ええ、千歌さん……少し疲れていただけみたいなので」

梨子「そうなんですか……」

ダイヤ「それはともかく……千歌さん、探してみますわ、ありがとうございます」





    *    *    *





──なんとなく千歌さんの行き先には見当がついていた。

そして、見当通りの場所で──


千歌「…………くぅ……くー……」

ダイヤ「…………」


千歌さんは昼寝をしていた。

ここは保健室。わたくしが千歌さんが吸血鬼になってしまったことを初めて知った場所。


ダイヤ「…………」


ベッドに腰掛けて、彼女の頭を優しく撫でる。


千歌「…………ん」


彼女は眠りながら、時折苦しそうな表情をする。


千歌「…………ぁ、っぃ……ょぉ……」

ダイヤ「…………」


寝言から……きっと悪夢を見ているんだとわかるけれど、

起こしちゃいけない気もする……。

千歌さんは……絶対に今朝はほとんど寝ていないはずだ。

……いや、吸血鬼化が続くのなら、眠れないのはこれからもだ。

だから……休み時間の間はせめて、寝かせてあげないと……。


千歌「…………ぁ……っ……ぃ…………ぁ……っぃ…………」





    *    *    *





果南「ワンツースリーフォー、ワンツースリーフォー……。ストップ」


果南さんが手を止める。
187 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:50:25.17 ID:ZRnZyA2Z0

果南「ダイヤ、大丈夫……? へろへろだけど……」

ダイヤ「え……? ……ああ……まあ、はい」

果南「……全然大丈夫じゃなさそうだけど……」

ダイヤ「…………」


大丈夫なわけがないでしょう。

思わずそんな言葉が口から飛び出しそうになり、口を噤む。

頭がガンガンする。

寝不足のせいで、思考がまとまらない、気持ち悪い。

一度そう思ったら、もうダメだった。


ダイヤ「……ぅ……」


思わず口元を押さえて蹲る。


千歌「ダイヤさん!?」


千歌さんが、いの一番に駆け寄ってくる。


ダイヤ「……千歌……さん……」

千歌「大丈夫……? 気分悪い……?」


なんで、わたくしは千歌さんに心配されているのでしょうか。

立場が逆ではないですか……。


千歌「……ちょっと、ダイヤさん保健室に連れてくね」

ダイヤ「………………」


もう何かを言う気力もなかった。

考えたくなかった。





    *    *    *





保健室のベッドに横になって。


千歌「ダイヤさん……何か欲しいものある?」


千歌さんがわたくしを見下ろしている。


ダイヤ「…………」

千歌「……眠い? 目の下、隈酷いよ……?」

ダイヤ「…………」


ああ、そうだ……眠いのですわ。

軽く目を瞑る……。


ダイヤ「…………」
188 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:51:16.43 ID:ZRnZyA2Z0

だけれど、眠れる気がしなかった。

頭の奥がずっとチリチリとしているような感覚がする。

眠くて、頭がガンガンしているのに、何故か眠れる気がしない。


千歌「…………ごめん、チカのせいだよね」

ダイヤ「…………違います」

千歌「……あのね、もう心配しなくて……大丈夫だから」

ダイヤ「……なにが……?」

千歌「……ちゃんと受け入れる覚悟……したから」

ダイヤ「…………」

千歌「……これからもいっぱいダイヤさんに迷惑掛けちゃうかもしれないけど……ちゃんと頑張って生きてくから……」

ダイヤ「……千歌さん、迷惑なんかじゃ……ない、ですわ……」

千歌「……うん、ありがとう……」

ダイヤ「……千歌さんは……もう決めたのですわね。吸血鬼として……生きていくことを……」

千歌「……うん」


あっさりと肯定されて。

もう悲しいとか、虚しいとか、やるせないとか、そういう気持ちにもなれなかった。

頭が回ってないのも原因かもしれない。

彼女が、自分で決めたのなら……わたくしも、覚悟を決めないと、いけないのかもしれません。


ダイヤ「ちか……さん……」

千歌「……なぁに?」

ダイヤ「……ずっと……そばに……」

千歌「……っ……。……うん……っ」

ダイヤ「…………すぅ……すぅ……」

千歌「……おやすみなさい、ダイヤさん──」





    *    *    *


189 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:52:16.92 ID:ZRnZyA2Z0


──6月4日火曜日。


千歌「えへへ、見て見て」

ダイヤ「まあ、ストッキングですか?」

千歌「うん! 脚が露出なくていいかなって思って履いてみたんだけど……思った以上に履き心地よくって!」

ダイヤ「とても似合っていますわ」

千歌「ホント? えへへ……これからはストッキング女子になるのだ!」





    *    *    *





──6月5日水曜日。


千歌「ダイヤさん、学校って帽子被って行っても平気?」

ダイヤ「登下校の間なら問題ありませんわ。あまり派手なのは、困りますが……」

千歌「えっと、これ……なんだけど……」

ダイヤ「可愛らしいつば広帽ですわね」

千歌「これ……被って行っていい?」

ダイヤ「ええ、いいですわよ」

千歌「やった! えへへ」





    *    *    *





──6月6日木曜日。


ダイヤ「手袋ですか……?」

千歌「うん。ちょっと日差し気になっちゃって……白手袋ならおしゃれかなって」

ダイヤ「……いいと思いますわ」

千歌「ホントに?」

ダイヤ「ええ……きっと似合いますわ」

千歌「えへへ……」





    *    *    *


190 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:54:18.30 ID:ZRnZyA2Z0


果南「ねぇ……最近千歌、変じゃない……?」

曜「もう熱くなってきたのに……ずっと冬服着てるよね……」

梨子「急にストッキングになったし……いっつも帽子被ってるし……。なんか手袋してるし」

善子「そういえば、昨日いいアームカバー知らないかって聞かれたわね。なんか、日焼け対策に目覚めたらしいわよ」

花丸「え、千歌ちゃんが……? 珍しいこともあるずらね……」

ダイヤ「…………」





    *    *    *





曜「はぁ……」

果南「どしたの、曜?」

曜「私……千歌ちゃんになんかしちゃったかな」

果南「なんかあったの?」

曜「千歌ちゃん……最近声掛けても、一人で行動したがるというか……」

梨子「……たぶん曜ちゃんだけじゃないよ。教室移動のとき声掛けても、気付いたら一人で先に行っちゃってたりするし……」

曜「私たち避けられてる……?」

果南「考えすぎじゃない……? ……あ、でも言われてみれば最近回覧板も持ってきてくれないなぁ……」

ダイヤ「…………」





    ♣    ♣    ♣





千歌「…………」


千歌「なんで部室、ガラス張りなんだろ」


千歌「…………今日はちゃんと映ってる……」


千歌「あ、はは……考えすぎかな……」


千歌「あ、はは……」


千歌「…………ぐす……っ……」


千歌「…………なんで、チカだけこんな目にあうの……?」


千歌「………………もう、やだ…………やだよ……っ……」


千歌「…………誰か…………っ…………助けて…………っ……」




    *    *    *


191 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 20:57:48.37 ID:ZRnZyA2Z0


千歌さんは徐々に口数が減っていき、一週間もしないうちに、誰とも話さなくなっていった。

梨子さんや曜さん曰く、授業中はずっと寝ているらしい。

昼休みは、すぐに教室から居なくなって……保健室で寝ているようです。

放課後の練習も、次第に無断で休むことが増えていった。

メンバーはしきりに心配して声を掛けているけれど、千歌さんは『なんでもない』の一点張り。

わたくしが話しかけても、ぼんやりと相槌を打つばかりで。

……土曜の夜に、血だけ飲ませに彼女の家に行くが。

吸血を終えると、


千歌「ありがと……おやすみなさい」


その言葉を残して、千歌さんとの時間は終わる。

そして……6月18日火曜日──

それ以降、ついに千歌さんは学校にすら来なくなった。





    *    *    *





──6月20日木曜日。

十千万旅館、千歌さんの部屋の前。


ダイヤ「千歌さん……起きてる?」


返事はない。


ダイヤ「……家の人にあげてもらいました。……入りますわね」


戸を開けて、部屋に入る。

彼女の部屋の中はどこから持ってきたのか、衝立のようなものがあちこちに置かれていて、部屋の中は日中だと言うのに、薄暗い。

そして、そんな部屋の中の隅っこ。ベッドの上で、千歌さんは毛布に包まって、縮こまっていた。


千歌「……何……?」

ダイヤ「……学校、来ませんか?」

千歌「……行きたくない」

ダイヤ「……そうですか」

千歌「……ダイヤさんこそ、サボり?」

ダイヤ「……ええ、そうですわね」

千歌「……生徒会長なのに」

ダイヤ「……そうですわね」


千歌さんが居る方に歩を進めようとして──


千歌「来ないで」


制止される。
192 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:00:21.64 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「…………」

千歌「…………」

ダイヤ「……血、足りていますか……?」

千歌「…………」

ダイヤ「土曜にあげて以来ですわよね……」

千歌「……吸血鬼って思ったより頭悪いみたいでさ」

ダイヤ「…………?」

千歌「……一度餓えると、おもちゃの手錠も外せなくなるんだよ。鍵の使い方わかんないみたい」

ダイヤ「…………そう」

千歌「…………」

ダイヤ「…………もう、外に出ないつもりですか……?」

千歌「…………外は人間が生きる世界だよ」

ダイヤ「……っ! 貴方は人間ですわ!!」

千歌「違うよ。私は吸血鬼、化け物だよ」

ダイヤ「……っ」

千歌「日光が怖い。水にも触れない。鏡にも映らない。人を襲う。化け物」

ダイヤ「違いますわ!!! 貴方は人間ですわ!!!!」


思わず、千歌さんの元に駆け寄る。

駆け寄って、手を握る。


ダイヤ「貴方は……人間ですわ……」

千歌「……ダイヤさん……もう、いいよ」

ダイヤ「よくないですわ……!!!」

千歌「……バチが当たったんだよ」

ダイヤ「バチ……?」

千歌「私ね、せっかく一度人間に戻れたのに……ずーっと思ってたんだ」

ダイヤ「……?」

千歌「また、吸血鬼に戻れないかなって」

ダイヤ「…………」

千歌「そしたら……また、ダイヤさんが私のそばに居てくれる……ぎゅってしてくれる。……私の大好きな、大好きな、ダイヤさんが私のことだけ考えてくれる、私だけ見てくれる、私のこと守ってくれる、私に優しい言葉を掛けてくれる、私は……」


千歌さんは悲しげに言う。


千歌「──……醜いね」

ダイヤ「そんなことありませんわ……」

千歌「あるよ……迷惑掛けたくないとか言ってた癖に……ホントはダイヤさんを縛り付けたかっただけなんだって」

ダイヤ「……千歌さん……貴方がそう言うのなら、わたくしも貴方に謝らないといけません」

千歌「……なに?」

ダイヤ「……わたくしも、貴方が吸血鬼でなくなってしまったとき……すごく、寂しかった。貴方の傍に居る口実がなくなってしまうのが、悲しかった。……貴方を抱きしめる理由も、手を握る理由も、すぐ傍でいろんなことをお話する理由もなくなってしまうと……ずっと思っていた」

千歌「…………」

ダイヤ「わたくしたちは……一緒ですわ、同じ気持ちですわ、千歌さん」


千歌さんを抱きしめる。
193 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:03:17.97 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さん……大好きですわ……心から……貴女のことが大好きですわ」

千歌「…………」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……く、くく……あはは……」


急に、千歌さんは笑い出す。


ダイヤ「千歌……さん…………?」

千歌「……吸血鬼って怖いね、自分の思い通りだね」

ダイヤ「え……な、なに、言って……」

千歌「ダイヤさんが私のこと好きなの……チャームのせいでしょ」

ダイヤ「!!!!? そ、そんなこと……!!?」

千歌「ないって言い切れる?」

ダイヤ「それ……は……」

千歌「……私自身にも……制御が出来ない、魅惑の能力に掛かってたんじゃないって……言い切れる?」

ダイヤ「…………」


力強く抱きしめたはずだった腕から力が抜けていく。

自然と腕が下がる。


ダイヤ「この気持ちが……嘘……?」


思わず、自分の両手を見つめる。

今まで何度も彼女を、自分の意思で抱きしめ、繋いだはずの手が──震えていた。


千歌「……ごめんね。チカがダイヤさんの心も壊したんだ」

ダイヤ「…………嘘」

千歌「自分に都合の良いように捻じ曲げて、自分のことを好きになるように仕向けて」

ダイヤ「……嘘」

千歌「……洗脳した」

ダイヤ「嘘よっ!!!」


掻き消すように、声をあげた。


ダイヤ「千歌さん!!! 好き!!! わたくしは貴女が好きです!!! 大好きですわ!!!!」

千歌「……ごめん、そんなこと言わせて……」

ダイヤ「……っ……ち、がう……わたくし……は……」

千歌「……人を惑わす……化け物なんだ、私」

ダイヤ「…………っ」

千歌「……だから、もう私に構わないで……ダイヤさんは……元の世界に、人間の世界に……帰って……ね?」

ダイヤ「…………」


何か言わないと、と思うのに、声が出ない。


千歌「……ありがと、ダイヤさん……。ここまで、チカを支えてくれて──ありがと……っ……。……ばいばい──」


194 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:05:00.23 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





──あのあと、気付いたら自宅の自分の部屋に居た。

どうやって家に帰ったのか、記憶がない。

それくらい、ショックだった。

やっと千歌さんに気持ちを伝えたのに、大切な気持ちを、大好きな人に伝えられたのに。


ダイヤ「嘘……だった……」


──全部、嘘だった。


ダイヤ「……滑稽……ですわね……」


自分が大切にしていた気持ちは……作り物だった。紛い物だった。


ダイヤ「……っ……ぅ……っ……、……わた、くし……っ……」


涙が溢れてきた。

きっとこれが生まれて初めて流す、失恋の涙というものなんだと思う、だのに──

この涙も……紛い物だ。


ダイヤ「…………ぅ、ぐ……うぅ……っ……。……ぁ、ぁぁ……っ……」


……それが紛い物だとわかった今でも──悲しさが自分の中で渦巻いて、どうにも出来なかった。

なら……もう、涙と共に……全部流してしまおう。


ダイヤ「ぅ、ぁあぁぁ……っ……!! ぁぁぁ、ぁあぁ……っ……」


声をあげて泣くなんて、いつ以来だろう。

激情に反して、何故か頭の隅っこでは、そんな自分を俯瞰したような思考が浮かんできた。

自分でも驚いてしまうくらい久しぶりに……心の底から悲しくて泣いていた。

……今、泣いて……忘れてしまおう。

泣いて、忘れて……終わりに、しましょう……。





    *    *    *


195 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:06:07.73 ID:ZRnZyA2Z0


──6月21日金曜日。

心が空っぽだった。

抜け殻のようになるというのはこういうことなのかもしれない。

授業を受けていても、全てが頭を素通りしていく。

途中果南さんと鞠莉さんが話しかけてきた気もするけれど、内容はよく覚えていない。

空っぽの頭の中で、時折考えるのは、


 『ダイヤさん』 『ダイヤさん!』 『ダイヤさん……』 『ダイヤさん!?』 『ダイヤさん……っ』


千歌さんのこと、だけ。

頭の中で、記憶の彼女が……わたくしの名前を呼んでくれる。

……気付けば、放課後だった。


ダイヤ「練習……生徒会……」


……やらなければいけないことがあるのに。

……どうでもよかった。

千歌さんが居ないなら……もう、どうでもいい。

わたくしはカバンを持って下校した。

生まれて初めて、生徒会を無断でサボった。





    *    *    *





家に帰っても、何もやる気は起きなかった。

ただ、ぼんやり、何をするでもなく座っている。

手持ち無沙汰で……何気なくポケットに手を入れると、

硬いものが手に当たる。


ダイヤ「……?」


手に取ってみると、


ダイヤ「……ロザ、リオ……」


打ち上げのとき、善子さんから預かった、ロザリオだった。返し忘れていた。


ダイヤ「……や、やだ……っ……」


千歌さんと過ごした時間を思い出して、また、勝手に涙が溢れてくる。


ダイヤ「き、気分転換をしましょう!!」


自分に言い聞かせるように立ち上がる。

こういうときは──


ダイヤ「そうですわ!! 好きなものを見て、ストレスを発散して──」
196 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:07:16.17 ID:ZRnZyA2Z0

棚を見て、手に取ったのは──


ダイヤ「……っ!」


いつの日か、千歌さんと一緒に見た。スクールアイドルフェスティバルのDVD。


ダイヤ「……また、一緒に……見たかったですわね」


思わず呟いて、


ダイヤ「! ……い、いけませんわっ!!」


ぶんぶんと頭を振る。

少し顔を洗った方がいいかもしれない。

──洗面所に行った。

千歌さんと一緒に覗き込んだ鏡があった。

──厨房に行った。

千歌さんが飲んでいた、トマトジュースのダンボールが置いてあった。中を見ると、最後の一本だけ残っていた。

飲んだ。

トマトジュースの味がした。

──千歌さんとの思い出がない場所に行きたかった。

縁側に行った。

琴があった。

いつか千歌さんに聴いて欲しかったなと、想った。

──家から飛び出した。

千歌さんと歩いた道があった。

千歌さんと見た海があった。

千歌さんが生きてきた──町があった。

──わたくしの心の中に、千歌さんが居ない場所なんて……もう──


ダイヤ「──どこにもあるはず……ないじゃない……っ」


それくらい、寄り添った。抱き合った。手を繋いだ。言葉を交わした。心を寄せた。

なのに、なのに……これは嘘で、紛い物で……。


ダイヤ「わたくし……っ……わたくしは……っ……」


もう、どうすればいいのか、わからなかった。

自分の気持ちがわからなかった。





    *    *    *





ダイヤ「…………」
197 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:08:45.60 ID:ZRnZyA2Z0
近くの砂浜でぼんやりと海を見つめていた。

波の音だけ聞いて、出来るだけ考えないように。

──ザザーン、ザザーンと言う音だけ聞いて……。


 「……はぁ、はぁ……こんなところに居た……」


背後から声がした。


ダイヤ「…………」

善子「はぁ……はぁ……ダイヤ…………」


善子さんだった。


善子「皆、探してるわよ……?」

ダイヤ「……どうして?」

善子「どうしてって……千歌に続いて、ダイヤもいなくなったからに決まってんでしょ!」

ダイヤ「……そう、ですか……」

善子「普段……無断で練習休んだりしないのに……連絡入れても全然反応ないし……何かあったんじゃないかって……」

ダイヤ「……そう」

善子「……何かあったの?」

ダイヤ「……そう、ですわね……」

善子「…………そう」


善子さんは、わたくしの隣に腰を降ろす。


ダイヤ「…………善子さん」

善子「ん?」

ダイヤ「自分が信じられなくなることって……ありますか……?」

善子「……この堕天使ヨハネが自分を信じられなくなるなんてこと、ありえないわ」

ダイヤ「……そうですか」

善子「…………。……あるわよ、いっぱい」

ダイヤ「…………」

善子「自分の気持ちなんて、わかんないことだらけよ。きっと皆そうよ」

ダイヤ「………………」

善子「……それが今のダイヤが悩んでることなの?」

ダイヤ「……自分が、大切にしていたはずの気持ちが……偽物だとわかったら……どうすればいいのでしょうか」

善子「偽物……?」

ダイヤ「大切だと……想っていたのに……それが、紛い物だったら……どうすればいいのでしょうか」

善子「……よくわかんないけど」

ダイヤ「…………」

善子「自分の気持ちに偽物も本物もないんじゃない?」

ダイヤ「……え?」

善子「だって、それを想ってるのは自分なんでしょ?」

ダイヤ「…………」

善子「何を基準に偽物とか本物とか言ってるのかはわかんないけど……。そう想ってる自分が居るなら、それ以上のことってないんじゃない?」

ダイヤ「…………そう想ってる自分」
198 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:10:09.98 ID:ZRnZyA2Z0

善子さんの言葉を聞きながら、ぼんやりと海の先を眺める。

太陽が沈もうとしていた。


善子「……はー、生徒会長様はなんか難しいことで悩むのね……大変そうだわ」


善子さんは呆れたような口振りで、砂浜に勢いよく寝そべる。


ダイヤ「…………」


日が沈んだ。


善子「…………」

ダイヤ「善子さん……わたくしは……」

善子「…………」

ダイヤ「……? 善子さん……?」

ヨハネ「……ロザリオ、返しなさい」

ダイヤ「え?」

ヨハネ「……封印が弱まって困ってるのよ」

ダイヤ「……ヨハネさん……?」

ヨハネ「……この前ぶりね。調子悪そうじゃない」

ダイヤ「……お陰様で……」

ヨハネ「……さっさと元気になってくれないかしら」

ダイヤ「どの口が言うのですか……」

ヨハネ「吸血鬼周りの問題で凹まれると、善子に波及する可能性があるでしょ。困るのよ」

ダイヤ「……そんなこと、言われましても」

ヨハネ「……んで、何さっきの青臭い若者みたいな悩みは」

ダイヤ「……なんで聞いているのですか。普段は寝てるのでしょう?」

ヨハネ「ロザリオ返してもらわないとだから、善子の中から聞いてたのよ。んで? さっきのは何よ」

ダイヤ「…………」

ヨハネ「自分の気持ちが紛い物だったとか、何言ってんだかって感じ。自分の気持ちにくらい自分で責任持ちなさいよ。これだから、人間ってめんどくさい」

ダイヤ「……貴方たちはいいですわね。気持ちを作れる側で」

ヨハネ「気持ちを作れる……? 何の話?」

ダイヤ「チャームで……人の心を操れるではないですか」

ヨハネ「……は」

ダイヤ「……元からそうなら……悩まないのかしら」

ヨハネ「……く、く」

ダイヤ「……?」

ヨハネ「……く、ぷぷぷ……! もしかして、あんたが悩んでるのってそんなこと?」

ダイヤ「……そ、そんなことですって!? わたくしは真剣に!!!」

ヨハネ「あんた、チャームのこと……根本的に勘違いしてるわよ」

ダイヤ「……え?」





    *    *    *

199 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:11:21.66 ID:ZRnZyA2Z0



──十千万旅館。

千歌さんの部屋の前。


ダイヤ「千歌さん!!! 入ります!!!」


戸を開けて、衝立を押しのけて、中に入る。


千歌「!? な、なんでまた来たの……!!」


千歌さんは手錠をして、それをベッドの脚に括りつけて、床に蹲っていた。

たぶん、夜になったから、吸血欲求への対抗策としてだろう。

だけれど、今はそんなことはどうでもいい。


ダイヤ「千歌さん!!」

千歌「な、なに……?」

ダイヤ「好きです」

千歌「……!」

ダイヤ「貴女が好きです。誰よりも好きです。大好きですわ」

千歌「……」

ダイヤ「わたくしの……嘘偽りない、心からの気持ちですわ」

千歌「……そんなこと言いに来たの」

ダイヤ「ええ、大切な気持ちなので」

千歌「チカが作った……嘘の気持ちの癖に」

ダイヤ「嘘ではありません、わたくしが自分で考えて、自分で想って、自分で辿り着いた、わたくしの気持ちです」


千歌さんの前で膝を折り、近くに置いてあったおもちゃの手錠の鍵を拾い上げて、鍵穴に差し込む。


千歌「…………チャームがここまで言わせるの……? ダイヤさんにここまでさせるの……?」


手錠が外れた手を擦りながら、千歌さんがわたくしを睨みつけてくる。

だけれど、わたくしは彼女に伝える。


ダイヤ「千歌さん……よく聞いてください」

千歌「……?」

ダイヤ「千歌さんのチャームに人の心を操るような効果は……ありませんわ」

千歌「……え?」

200 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:13:47.19 ID:ZRnZyA2Z0

──────
────
──


ダイヤ「勘違いとは……どういうことですか……?」

ヨハネ「高位の吸血鬼ならともかく、吸血鬼もどきの千歌に洗脳効果のあるチャームなんて使えるわけないじゃない」

ダイヤ「……!? そ、そんなはずありませんわ! わたくしは実際にチャームを受けて……」

ヨハネ「性的快感はあるだろうし、その場で軽い催眠に近いものは発生するかもだけど……せいぜい長くて10秒くらいでしょ?」

ダイヤ「…………そ、それは」

ヨハネ「そんなの洗脳なんて言わないわよ。マジの吸血鬼の洗脳ってもっとヤバイわよ? 完璧に心酔しきって、平気で自分の命投げ捨てるようになるレベルのものなのよ?」

ダイヤ「それでは千歌さんのチャームは……」

ヨハネ「……ドーパミンとか、そういうのが分泌されたりはしてるかもしれないけど……せいぜい吊り橋効果レベルのものだと思うわよ? それがでかいと感じるか、小さいと感じるかは、個人の感性による気もするけど……──」


──
────
──────



先ほど、ヨハネさんから聞いたことをそのまま話すと……。


千歌「ほん……と……?」

ダイヤ「ええ……本物の吸血鬼に聞いたのですから、間違いありませんわ」


千歌さんは目をパチクリとさせる。

わたくしは──千歌さんの両肩を抱くようにして。


ダイヤ「改めて、言いますわ……。千歌さん、好きです」

千歌「ぁ……」

ダイヤ「貴女のことを……世界で一番、想っていますわ……」

千歌「……ダイヤ……さん……っ……」


千歌さんの目から涙が溢れ出して、ポロポロと零れ落ちる。


ダイヤ「……千歌さんは?」

千歌「っ……!! わたしも、すき……っ!! ……だいやさん、が……すき゛……っ……! ……だいすき゛ぃ゛……っ……!!」

ダイヤ「……なら、やっぱり……わたくしたちの気持ちは、同じですわ……」

千歌「ぅっ……だいやさ゛ん……っ゛、すき、だいすき゛……、ぇっぐ……せ゛かいでいちばん、すきなのぉ゛……っ……」


千歌さんは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、泣きすぎて震えた声で、想いを告げてくれる。


ダイヤ「ふふ……嬉しい……今わたくし……幸せですわ」

千歌「わた゛し゛も……うれし゛ぃょぉ……っ……」

ダイヤ「もう……可愛い顔が台無しよ? 笑ってください」

千歌「ぃぐっ……ぇっぐ……だいや、さん……っ……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「だいや、さぁん……っ……」

ダイヤ「ふふ……ここに居ますわ。ずっと……貴女の隣に……」

千歌「ぅぇぇぇ……っ……」
201 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:14:49.68 ID:ZRnZyA2Z0

わたくしはやっと想いが通じ合った貴女を──千歌さんをぎゅっと抱きしめたまま。

千歌さんが泣き止むまでの間、彼女を撫でながら、愛を伝え続けたのでした。





    *    *    *





千歌「…………ぐすっ」

ダイヤ「落ち着いた?」

千歌「…………うん……」

ダイヤ「ふふ、よかった」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「酷いこと言って……ごめんね。ダイヤさんの気持ち……嘘だなんて言って……」

ダイヤ「……正直、かなり傷つきましたわ」

千歌「!? ご、ごめんなさい……」

ダイヤ「だから……責任取って、ちゃんと傍に居てください。傍に居させてください……」

千歌「ぁ……ダイヤさん……」

ダイヤ「いいですわね?」

千歌「……うん」


ぎゅーっと抱きしめる。

気付けば……部屋の中はもう真っ暗だった。


ダイヤ「もう……すっかり夜ね」

千歌「うん……あ、あの、さ……」

ダイヤ「? なんですか?」

千歌「……その……血、吸って……いい……?」

ダイヤ「……もう、仕方のない人ね……」


今さっきまで、それをしたときに起こる現象について、あれこれ言い合っていたところなのに。


千歌「あの……ね……ダイヤさんの血が欲しい……」

ダイヤ「……それは吸血鬼的な愛の告白なのかしら?」

千歌「そうかも……」

ダイヤ「……わかりました。ただ、今吸ったら1日フライングだから、次の土曜まで我慢ですわよ?」

千歌「うん……」


千歌さんの手を引いて、ベッドに腰掛ける。


ダイヤ「千歌さん……来てください」

千歌「……うん」


ベッドに腰掛けるわたくしに対面で跨るようにして、千歌さんが抱き付いてくる。

そして──
202 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:15:32.36 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「血……いただきます。……ぁむっ」


噛み付いた。

──ブスリとキバが突き刺さってくる。


ダイヤ「……ぁっ……♡」

千歌「……ん、ちゅぅー…………」

ダイヤ「…………は、ぁ……♡ ……ちか、さ……♡」


快感が背筋を走る。吐息が漏れる。


ダイヤ「……はっ……はっ……♡ ちか、さ……♡」

千歌「…………ちゅぅーーー…………ちゅぅー…………」

ダイヤ「んっ……♡ んぅ……っ……♡」


快感で力が抜けて、千歌さんの体重を支えきれなくなり、そのままベッドに背中から倒れこむ。


ダイヤ「はっ……♡ はっ……♡ ちか、さ……ん……♡」

千歌「……ちゅ、ちゅぅ…………ちゅぅぅ…………」

ダイヤ「……んぅっ……♡」


千歌さんに押し倒される形で吸血される。


ダイヤ「はっ♡ はっ♡ ちかさん……♡ おいしい……?♡」

千歌「……おぃひぃ……♡」

ダイヤ「よか、った……♡」

千歌「……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ひ、ぁぁ……♡」


千歌さんの背中に回した腕に力が篭もる。

ぎゅっと抱きしめて、彼女の温もりを感じながら、血を与える。

──程なくして、


千歌「……ん、ぷは」

ダイヤ「ん゛っ♡」


吸血が終わり、キバが引き抜かれた。


千歌「は、は、ごちそうさま……♡」

ダイヤ「は、は……♡ ちか、さん……♡」


そのまま千歌さんを抱きしめる。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「……は、ふぅ……」


抱きしめたまま、少し待っていると、吸血の余韻も収まってくる。
203 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:16:48.79 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「今の吸血……今までで一番幸せだったかも……」

ダイヤ「ふふ……わたくしも同じことを想ってましたわ……」

千歌「えへへ……おんなじ……」


千歌さんと顔を見合わせて微笑みあう。

目の前に、可愛らしい顔があった。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「ん」

ダイヤ「……目、つむって」

千歌「……うん」


千歌さんが目をつむった。

そのまま──


ダイヤ「──……んっ」

千歌「んっ……」


──接吻を交わした。

ファーストキスは──鉄の味がした。

目を開けると、


ダイヤ「ふふ……///」

千歌「……ほぁ///」


至近距離で再び目が逢う。


千歌「……ダイヤさん……/// もっと、ちゅー……/// したい……///」

ダイヤ「……わたくしも……同じ気持ちですわ……/// ん……っ」

千歌「……ん……っ」


幸せな時間に、心が満たされていく。

日も完全に落ちきって、部屋の中も暗いけれど、

至近にいる貴女の顔を確かめながら、何度も何度も口付けをする。

もう、何も遠慮する理由もないから。

わたくしたちの心は通じ合っているから。

ただ想うがままに……お互いを求め合うのです──。





    *    *    *


204 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:21:50.02 ID:ZRnZyA2Z0


ダイヤ「んぅ…………」

千歌「くぅ……くぅ……」


目が覚めると、千歌さんがわたくしの胸の中で、可愛らしく寝息を立てていた。


ダイヤ「ふふ……」


なんだか、嬉しくなってしまう。

千歌さんと……恋人同士になったのだと改めて実感する。

恋人と迎えた、初めての朝ですわね……。


ダイヤ「……そういえば時間は」


部屋の壁掛け時計に目をやると──時刻は11時を指していた。


ダイヤ「寝坊ですわね……」


今日が土曜日でよかった。


千歌「むにゃむにゃ……」

ダイヤ「ふふ……幸せそうな寝顔」

千歌「……らぃぁさぁん……」

ダイヤ「ふふふ、はぁい」

千歌「……しゅきぃ……」

ダイヤ「わたくしも好きですわよ…………ちゅ」


眠ったままの愛しい人のおでこにキスをした。


千歌「……えへへ……」

ダイヤ「ふふふ……」


全く幸せそうだし……わたくしも幸せな気持ちでいっぱいですわ……。





    *    *    *





昼過ぎに二人で起き出して。


ダイヤ「千歌さん……わたくし、ずっと考えていたのですが……」

千歌「? なぁに?」

ダイヤ「人間に戻る方法……やっぱり、もう一度探してみませんか?」


そう提案をした。
205 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:25:49.77 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「…………人間に」

ダイヤ「……はい。ヨハネさんは元に戻る方法はないと言っていましたが……本当にそうなのでしょうか」

千歌「……っていうと?」

ダイヤ「千歌さんは一度……完全に吸血鬼性がなくなるところまで、人間に戻っていますわよね」

千歌「うん。それがなんかすごい他の吸血鬼? の影響で元に戻っちゃったんだよね」

ダイヤ「ええ。……ですが、わたくしヨハネさんの口振りに……実は少しだけ引っかかるところがありまして」

千歌「引っかかるところ?」

ダイヤ「はい。……ヨハネさんの口振りでは、一度吸血鬼化した人間は、時間を掛けて血が薄まっていく以外の方法では吸血鬼性を薄めることすら出来ないようなニュアンスで言っていた気がするのですわ」

千歌「……言われてみれば」

ダイヤ「ですが、千歌さんが以前、人間に戻った方法は……違いましたわよね?」


そう……血を薄めたのではなく、吸血鬼の部分を太陽の光で焼き尽くしたのです。

ヨハネさんはこの方法については一言も言及しなかった。

危険な方法なので、あえて触れなかったという可能性も十分ありますが……。


ダイヤ「ヨハネさんは……吸血鬼部分だけを燃やせるということを知らないのではないでしょうか?」

千歌「……そんなことあるのかな? ヨハネちゃん本物の吸血鬼だし……」

ダイヤ「知っていたら知っていたで、それから諦めても遅くないでしょう……確認してみる価値はあるとは思いませんか?」

千歌「それはそうかも。わかった、聞いてみよう」

ダイヤ「ええ!」


さて、問題は……ヨハネさんとのコンタクト方法ですわね。

昨日砂浜で会ったときに、ロザリオは返してしまったので、また封印状態になっていると思いますし……。


ダイヤ「夜の時間帯に……どうにか善子さんを呼び出して、ロザリオを外してもらうしかない」

千歌「……それなら、チカにいい考えがあるよ!」

ダイヤ「いい考え……?」





    ♣    ♣    ♣





──時刻17時。

沼津の駅前で辺りを伺いながら待つ。


 「え? 駅前の……どこよ?」

千歌「! きた!」


声のする方を見ると、善子ちゃんが電話を片手に駅前を歩いている。


善子「……だから、どこよ!? 駅の樹のところって!? 待ち合わせ下手か!?」


タイミングを見計らう。


善子「駅の正面側から見て真っ直ぐって……えーっと、一旦駅の方を……え──」
206 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:27:07.27 ID:ZRnZyA2Z0

善子ちゃんとばっちり目が合う。

このタイミング──


千歌「!!」


私は脚に力を込めて、駆け出す。


善子「ちょ!? 千歌っ!!? 待って!!!! ごめん、ダイヤ!!!! あとで掛けなおす!!!!」


善子ちゃんが電話を切って、追ってくるのを確認しながら、振り切らないように、でも追いつかれないようにダッシュする。


善子「千歌っ!!!! 待って!!!! 逃げないでっ!!!!」


沼津の駅前から、一気にさんさん通りを南下していく。

ここから約1kmの徒競走……!!


千歌「はっ!! はっ!! はっ!!」


久しぶりに思いっきり身体を動かしている気がする。

でも、意外と身体はしっかり動く。

吸血鬼化のお陰で体力が増えてるのかもしれない。


善子「千歌……っ!! ……げほっ!! 待って……!!!」

千歌「……おとと」


ちょっとペースを上げすぎた。

不自然にならない程度に少しペースを下げながら走る。

大通りを一直線に走りぬけ──目的地が見えてきた。

ここらへんで──


千歌「はっ……はっ……」


疲れた振りをして、ペースを一気に落とす。


善子「!! 超加速!!!」


その瞬間、善子ちゃんが一気に走りこんでくる。


千歌「……ふふ」

善子「千歌ぁぁぁぁっ!!!!」


そのまま、善子ちゃんにタックルされるように捕獲された。
207 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:29:37.12 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あ、あちゃー……捕まっちゃった……」

善子「はぁっ!! はぁっ!! 捕まっちゃったじゃない……わよっ!! あんた学校にも、来ないで……っ! どこ行ってたのよ……っ!!」

千歌「えっと……自分探しの旅?」

善子「皆心配してるのよっ!?」

千歌「あはは……ごめん」

善子「は……はぁ……もう……。……まあ、元気そうで、安心した」

千歌「……うん。善子ちゃん、汗だくだね」

善子「あ、当たり前……じゃない……駅前から、全力疾走、してきたのよ……ってか、あんた……なんで、全然汗、かいてないの、よ……」

千歌「鍛え方が違うので」

善子「同じメニューこなしてるわよ!? ちょっとやめてよ、ヨハネがサボってるみたいじゃない!」


善子ちゃんと問答をしているところに──


ダイヤ「善子さーーん!!」


ダイヤさんがやってくる。よし、打ち合わせ通り。


善子「ダイヤ!?」

ダイヤ「はぁ……はぁ……善子さんが走ってるところが見えたので……」

善子「あ……ごめん。でも、あんたが待ち合わせ下手なのがいけないんだから……って、それどころじゃないわよ、ダイヤ!」

ダイヤ「……あら、千歌さん」

千歌「やっほー」

善子「……へ? なんで、驚かないのよ、あんたたち……?」

ダイヤ「あら……言ってませんでしたっけ、最初から千歌さんも呼ぶ予定でしたのよ?」

善子「は? ……あ、いや、だから沼津の駅前に……? ……いや、でもなんで逃げるのよ」

千歌「追いかけてくるから?」

善子「逃げるんじゃないわよ!? あーもう……汗かき損じゃない……」

千歌「まあまあ♪」

ダイヤ「どちらにしろ、善子さんの家にお邪魔するつもりだったので」

善子「え、そうなの?」

千歌「うん♪ 私たち二人で“ヨハネ”ちゃんに会いに来たんだからね♪」

ダイヤ「ええ」


私とダイヤさんは二人で、“ヨハネ”ちゃんに向かって、ウインクをしてみせた。





    *    *    *





──津島家。


善子「ごめん……ちょっと、シャワー浴びてくる。部屋で待ってて」

千歌「おかまいなく〜」

善子「あんたのせいで汗だくなんだから、少しは申し訳なさそうにしなさいよ!? 部屋のもの勝手にいじらないでよね……」
208 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:31:05.90 ID:ZRnZyA2Z0

そう言って、善子さんはシャワーを浴びに部屋を出て行った。


千歌「……うまく行ったね」

ダイヤ「あとは、察してくれるかどうかですが……」


──数分後

部屋の扉が開き、部屋の主が戻ってくる。


ヨハネ「……待たせたわね。人間ども」

千歌「! ヨハネちゃんだよね?」

ヨハネ「はぁ……あんまり何度も何度も呼び出さないでよね。記憶が飛ぶ分、善子に違和感が残るんだから」


どうにか、うまく行きました。

シャワールームに入る際はさすがにロザリオは外すでしょうから。

ロザリオを外したら、あとはヨハネさんが外に出て来てくれるのを待つだけという寸法です。


ダイヤ「すみません……ですが、どうしても確認したいことがあって」

ヨハネ「確認したいこと……? まさか、またチャームの……」


ヨハネさんがわたくしたちをじーっと見つめて。


ヨハネ「……へー」

千歌「ん……な、なにかな///」

ダイヤ「……コホン///」

ヨハネ「そんなにぴったりくっついておいて、どうもこうもないでしょ……ま、そっちに関してはうまくいったみたいね」

ダイヤ「まあ……お陰様で」

千歌「えへへ……///」

ヨハネ「……んで、聞きたいことって何?」

ダイヤ「吸血鬼から……人間に戻れるかについてですわ」


わたくしは話を切り出す。


ヨハネ「……だから、そんな方法ないわよ。じっくり、血の割合を減らしてくしかないって言ったじゃない」

ダイヤ「本当ですか? 本当にそれしか方法はないのですか?」

ヨハネ「はぁ……今更隠す理由もないでしょ。ないわよ。それ以外は微塵もない、存在しないわ」

千歌「!」


やはり……ビンゴでした。


ダイヤ「……もし、その方法があると言ったら?」

ヨハネ「……はぁ?」

ダイヤ「そもそも……千歌さんはどうやって一旦、吸血鬼化を解除したか、知っていますか?」

ヨハネ「極力吸血我慢して、血を薄めたんでしょ……?」

ダイヤ「違いますわ」

ヨハネ「……なんですって?」

千歌「私は……日光で吸血鬼の部分を焼き尽くしたんだよ」

ヨハネ「は……?」
209 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:32:56.83 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネは千歌さんの言葉に、目を見開いて驚く。


ヨハネ「はぁ!!? そんなことしたら、燃え尽きて……。……いや、待てよ……千歌の吸血鬼化は本当にレアケースもレアケース……」


ヨハネさんはしばらく考えた後、


ヨハネ「ちょっと詳しく聞かせてもらえないかしら」


目論見通り、わたくしたちの話に食いついてきました。





    *    *    *





ダイヤ「──という風に、吸血鬼性を日光で焼き尽くしたのですわ」

ヨハネ「…………」


わたくしたちは、ヨハネさんに日光を使った吸血鬼化の解除の方法をお話しました。

その間、彼女はわたくしたちの話を興味深そうに聞いていました。


ヨハネ「……なるほどね」

ダイヤ「一通り聞いてみて、どう思われましたか?」

ヨハネ「……まあ、まず思ったのは、めちゃくちゃなことするわねってことかしら」

千歌「あはは……確かに、死ぬほど熱かった」

ヨハネ「でしょうね。普通の吸血鬼だったら、絶対死んでるわ」

ダイヤ「普通の吸血鬼だったら、とは?」

ヨハネ「吸血鬼にとって、日光ってのはホントに弱点中の弱点なのよ。吸血鬼状態で日光に当たると細胞単位で燃えるように出来てるの」

ダイヤ「確かに吸血鬼は日光で灰になると言いますからね」

ヨハネ「ただ……千歌は吸血鬼もどきで、しかも人間の部分もまだかなり残ってたから……燃えたのは表面の吸血鬼の細胞だけだった。だから、その下から残った人間が出てきたと考えられなくもない」

ダイヤ「他の吸血鬼はこういう方法を試したりはしないのですか?」

ヨハネ「そもそも……吸血鬼から戻れるって発想がなかったからね。しかも太陽の光を浴びるってのは文字通り自殺行為だから……。……その上でどうして千歌が助かったのかの考察をするなら」

千歌「するなら?」

ヨハネ「吸血鬼性の発現する血が身体に入り込むとするじゃない。その血を端に徐々にそれが身体に伝染してくものって考えて欲しいんだけど……その吸血鬼の血は全身を巡りながら、徐々に身体の細胞を吸血鬼の細胞に置き換えていくの」

ダイヤ「……なんだか、ウイルスのようですわね」

ヨハネ「感染病と同視されるイメージのせいかもね。それに引っ張られてこういう発現方法なのかもしれないわ。──えっと、話戻すわね。その細胞だけど……人間部分が多い吸血鬼もどきなら、吸血鬼部分が燃え尽きても、十分人間としての部分が残ってたってことなんじゃないかしら」

ダイヤ「少々曖昧ですわね」

ヨハネ「まあ、私も考えたことがなかったから……。ただ、出来たって言うのは大きい。せいぜい、千歌とダイヤ、あんたたちの常識の範囲内では、吸血鬼もどきはそれで人間に戻れるというイメージが定着したってことになる」

千歌「イメージが定着した?」

ヨハネ「一度出来たってことは、たぶんまた出来るってこと。前にも言ったけど、私たち吸血鬼はイメージの存在だから、常に性質そのものは人からどう認識されてるかで書き換わっていくのよ」

ダイヤ「なら、もう一度同じように吸血鬼の部分だけ消せば……」

ヨハネ「……まあ、また元に戻れるとは思うわ」

千歌「ホントに!?」

ヨハネ「ただ……元に戻っても、更にまた吸血鬼に戻ることがあるってのも事実よ」

ダイヤ「……そうですわね、その事実もわたくしたちは認識してしまっている」

千歌「じ、じゃあ……吸血鬼化するたびにやれば……」
210 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:33:49.05 ID:ZRnZyA2Z0

ヨハネ「それでもいいけど……やっぱりリスクがでかい方法だとは思うわ。たまたま、うまく行っただけで、もし身体の重要な器官が吸血鬼化してたら、それが焼き切れて死ぬ可能性は十分にあるわ。それに……」

千歌「それに……?」

ヨハネ「そのたびに死ぬほど熱い思いするのに耐えられる?」

千歌「……無理かも」

ダイヤ「…………ヨハネさん」

ヨハネ「ん?」

ダイヤ「もしかして、なのですけれど……吸血鬼性って、そもそも極限まで血が薄まれば、普通の人間レベルのものには戻るのですか?」

ヨハネ「戻るわよ。ただ、因子が残ってる以上、何かの拍子に一気に吸血鬼化しちゃうってことがあるってだけ。今回の場合は圧倒的に強い吸血鬼に引っ張られて血が覚醒しちゃうってことね」

ダイヤ「……でしたら、千歌さんを吸血鬼の方に引っ張ってくる原因を絶てば、千歌さんは実質人間に戻れるのではないですか?」

ヨハネ「……まあ、理論上はそうだけど」

ダイヤ「けど?」

ヨハネ「…………」


ヨハネさんは黙り込んでしまう。


ダイヤ「……方法があるなら、教えて下さいませんか?」

ヨハネ「……理論上あるにはあるけど……実現不可能なことは方法とは……」

ダイヤ「教えて下さい……本当に出来るか否かは、聞いてからでも判断出来ますし……」

ヨハネ「……。…………外的影響を受けて吸血鬼化するってことはよ?」

千歌「うん」

ダイヤ「はい」

ヨハネ「自分より、明確に大きな存在だから、そういう影響を受けちゃうってことじゃない?」

ダイヤ「ええ、そうですわね」


今回の話は相互作用ではなく、強い個体に引っ張られて血が覚醒してしまうと言う話です。


ヨハネ「……なら、自分たちが影響を受けないほど、大きな存在になればいい」

千歌「……? どういうこと?」

ヨハネ「……まあ、簡単に言っちゃうなら、自分を吸血鬼化させてる吸血鬼を超越しちゃえば、そいつから影響を受けることはなくなるんじゃないかって話」

ダイヤ「……なるほど」

ヨハネ「ただ……妖気だけで、周りを覚醒させるって、ホントに半端じゃない個体だと思うのよね……。そいつらを超えることなんて……」

ダイヤ「ちなみに超える……というのは」

ヨハネ「……いろいろあるとは思うけど……明確に上下の優劣が着くことで上に立ったほうがいいから、戦って勝つとかかしら」

ダイヤ「個人戦ですか?」

ヨハネ「……? 千歌が持ってる、吸血鬼性の要素が上回るかが問題だから……個人戦じゃないかしら」

ダイヤ「……言い方を変えますわ。……もし、千歌さんの能力で眷属化した個体の力は……千歌さんの能力として数えられますか?」

ヨハネ「……は……? あ、あんたまさか……」

ダイヤ「どうなのですか?」

ヨハネ「……それが千歌の能力で作られた眷族なら、千歌の吸血鬼性と考えて問題ないと思うわ」

ダイヤ「そうですか……安心しましたわ」

千歌「どういうこと……?」

ヨハネ「……つまり、ダイヤは──あんたと協力して、ヤバイ吸血鬼を倒そうと思ってるってことよ」


211 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 21:35:20.10 ID:ZRnZyA2Z0


    *    *    *





ダイヤ「……あとはその吸血鬼が誰かの特定ですわね」

ヨハネ「…………」

ダイヤ「何か、わかりませんか……?」

ヨハネ「ねえ、話を進める前に……ダイヤも千歌も……本当に何倒そうとしてるかわかってる?」

ダイヤ「……わたくしたちより遥かに強い吸血鬼ですわ」

ヨハネ「二人掛かりだからって、勝てる相手じゃないわよ?」

千歌「んー……でも、それが出来たら全部解決するんだよね?」

ヨハネ「んまあ、そうだけど……」

千歌「なら、やってみる価値はあるよ。それに……」

ヨハネ「……それに?」

千歌「……ダイヤさんと二人なら……なんか、出来ちゃう気がする」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ダイヤさんとなら……なんでも出来る気がする。なんか一緒にいるだけで、勇気とパワーが無限に溢れてくるというか……!」

ダイヤ「ふふ……そうですわね」

ヨハネ「…………」


ヨハネさんはわたくしたち二人を交互にじーっと見つめた後に、


ヨハネ「…………まあ、もしかしたら、もしかするかもね」


そう言った。


ダイヤ「ヨハネさんからお墨付きをいただけたので……改めて、その吸血鬼の特定を致しましょう」

ヨハネ「別にお墨付きってほどのものじゃないけど……宝くじで1等当てるくらいの確率はあるかもねって話よ」

千歌「でも、ゼロじゃない!」

ヨハネ「……ま、いいわ。んで、吸血鬼が誰かだっけ?」

ダイヤ「ええ。……もうこれは虱潰しで当たっていくしか……」

ヨハネ「虱潰しねぇ……」

ダイヤ「ルビィは候補から外れますので……5人の内の誰かだと思うのですが……」

ヨハネ「5人……? ……いや、Aqoursの中にはいないわよ」

ダイヤ「え……!? で、ですが身近に千歌さんに大きな影響力を持っている人間なんて……」

ヨハネ「いやだって……千歌の吸血鬼化が解けてから、また発現するまでの間に毎日接してるのに、なんであのタイミングだったのよ。Aqoursメンバーだったら、吸血鬼化が解けてもまたすぐに吸血鬼化してるはずじゃない」

ダイヤ「……あ……」


言われてみれば単純な話でした……。

千歌さんに影響力のある人間と言う話だったので、勝手にAqoursメンバーだと思いこんでいましたが……タイミングが合っていません。


ダイヤ「タイミング……?」


逆に言うなら……あのタイミングに出会った人物なのでは……?
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