アンチョビ「一万回目の二回戦」

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47 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2019/07/13(土) 23:06:53.71 ID:l6pE73h60
>>45 >>46
いた! ありがとうございます!
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/14(日) 01:10:49.04 ID:+RVMuMt4O
見てるぞ
続き楽しみ
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/14(日) 01:35:41.16 ID:pGPKGYci0
乙乙です!
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/14(日) 04:59:21.49 ID:jzGzF1vGo
乙です
51 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2019/07/14(日) 11:39:35.15 ID:8naFKaaW0
ありがとうございます……。
なんとか三連休中に終わらせるつもりです。
まだ午前中ですが、再開します。
52 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:45:19.35 ID:8naFKaaW0

 アンツィオに難しい作戦は似合わない。

 一周目は確かに無策が過ぎた。
 けれど、二周目のような策を弄する必要はない。
 作戦なんて、ほんのスパイス程度で良い。

 ペパロニ率いるCV33群を正面から突っ込ませ、あたかもノリと勢いだけで行動しているように見せかける。
 大洗の連中は違和感を抱くかもしれないが、少なからずCV33の対処に追われるはずだ。
 しかし実際に正面突破を狙っているのはCV33だけ。
 手薄になった本軍を、残ったP40やセモヴェンテで挟撃し、フラッグ車を仕留める。
 電撃作戦だ。

 これならみんなも全力で臨めるだろうし、なにより、ウチの持ち味を生かせる。

 最高の策だ。
53 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:47:45.98 ID:8naFKaaW0

 ――最高の策だと、思ったのだが。

 結局、今回もアンツィオの敗北だった。

 おそらくは、ペパロニが敵の前で「せーぜー釣られてやがれ、どうせ姐さんがフラッグ車撃破してくれんだからな!」と口走ってしまったのが敗因だろう。

「ドゥーチェ」

「いいさ。また、次がある」

 カルパッチョに言葉を返し、五周目。

 前回の反省を生かし、ペパロニたちには作戦の内容を伝えないことにした。
 作戦の内容自体は前回と同じだ。

 これなら奇襲も成功するはず。そう思った。
54 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:50:52.06 ID:8naFKaaW0

 しかし、大洗はやはり甘くなかった。

 CV33の集団の中にセモヴェンテやP40の混じっていないことを見抜かれていたようで、フラッグ車に辿り着いた我々を待っていたのは、大洗全車輌による総攻撃だった。

「どうして我々の奇襲がわかったんだ?」

「――アンツィオの隊長は優秀な方だとうかがっています。ノリと勢いの強い気風とはいえ、大事な試合で、無策で突っ込むなんてしないと思ったんです」

 西住に認められるのは素直に嬉しかった。

 みくびられれば簡単に勝てるのは確かではあるが、我々をみくびるということはそれだけ脳天気な相手ということだ。
 大洗は賢しい。むしろ良かったと思うべきだろう。
 敵は強大な方が乗り越えた時の感動が増す。

 我々が本当に欲しいのは、勝利でなく、名誉なのだ。
55 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:53:22.02 ID:8naFKaaW0

 ――――。

 勝利でなく……勝利を目指さない……。

 ふいに思いついた。
 勝つための策でなく、負けないための策というのを考えてみてはどうだろうか。

 そう、負けなければ、いつかは勝てるのだから。

「ドゥーチェ、負けないための策というのは、具体的にはどんなものですか?」

「負けるというのは、フラッグ車が撃破されるということだ。だったら、フラッグ車さえ生き残れば負けはしない」

「それはそうですね」

「カルパッチョ。撃破されない戦車といって、思いつくものはなんだ?」
56 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:54:53.55 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョは「うーん、そうですね」と首を傾げ、

「装甲の厚い戦車でしょうか」

「甘いっ! 甘いぞカルパッチョ!」

 私は指揮棒をカルパッチョに突きつける。
 カルパッチョはきょとんと目を丸くする。

「例えばセンチュリオンだってマウスだって600mm砲の前には無力だろう! いくら装甲が厚くとも撃破される可能性はある」

「600mm砲搭載の戦車なんて、戦車道連盟の認可が下りないと思いますけど」

「あくまで可能性の話だっ!」
57 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 11:59:09.17 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョの突っ込みに言葉を返して、こほんと一息。

「話を戻すぞ。しかしそんななか、何をされても撃破されない戦車というものがある」

 そう、それすなわち、

「弾の当たらない戦車――見えない戦車だ!」

「ドゥーチェ……」

 カルパッチョが眉を落とす。

「そ、そんな顔をするな! もちろん見えない戦車というのは戦車に光学迷彩を施すわけではないぞ。もっと現実的な話だ」
58 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:01:05.41 ID:8naFKaaW0

「普通の迷彩ってことですか?」

「まぁ迷彩には塗るかもだが、それだけじゃない」
「――常々、ウチのCV33を生かす方法は他にないか考えていたんだ」
「機関銃しかないCV33には戦車を落とすことはできないが、機動力は十分にある」
「相手の攪乱にしか使えないのはもったいない」

「つまり――」

「そう、CV33をフラッグ車にする」
59 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:03:16.17 ID:8naFKaaW0

 乗るのはペパロニとアマレットだ。
 あいつらならCV33の操縦にも慣れているし、逃げ回るのも楽勝だろう。

 そもそも茂みにでも隠れておけば、CV33のサイズならそう簡単に見つかりもしまい。
 まさに見えない戦車だ。

「名付けてチーズフリット作戦! どうだ、カルパッチョ?」

「そうですね、少なくとも大失敗ということはないでしょうし、上手くいく可能性はあると思います。あとはペパロニの性格次第という気もしますけど……」

「そうだなあ。かっとなってしまわなければ、大丈夫だとは思うんだが。よく言いきかせておくしかないだろう」

 カルパッチョは渋い顔で頷いた。
60 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:05:37.29 ID:8naFKaaW0

「えー、なんすかそれ。性に合わないんすけど」

「そっすそっす、断固、拒否するっす!」

 案の定、ペパロニとアマレットの二人は難色を示したが、私はきちんと対策を考えていた。

「うーん、しかしこれはお前たちにしか出来ない作戦なんだよなあ」
「きっと大洗の連中は『CV33などいてもいなくても変わらない戦車だ』と思っている」
「いや、それどころか、戦車でなく軽自動車か何かと思われているかもしれないぞ」

「はー、なんすかそれっ!」

「アマレット。これはたぶんドゥーチェによる想像だ」

 とアマレットへ言ったうえで、ペパロニはこちらへしかめ面を見せ「ドゥーチェ、それマジに言われてんすか」と続ける。
61 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:06:55.17 ID:8naFKaaW0

「いや、お前の言った通り、私の想像だ」
「でも、そんなこと言われたくはないだろう?」
「CV33はやればできるんだと証明してやりたくはないか?」
「お前らなら、大洗の連中を翻弄することが出来るだろう?」

 私が言うと、二人は声を揃えて「もちろんっす!」と応えた。

「よおし、それじゃあ早速、特訓開始だ!」

 私が威勢良く拳を振り上げ、それに二人が続く。

 説得は成功だった。
62 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:08:28.27 ID:8naFKaaW0

 試合当日までの練習は、これまでとはまったく別メニューを組むことにした。

 なにせ、ペパロニとアマレットには特殊な立ち回りが要求される。
 これまでの二人の戦い方ともかなり違いがあるし、ある程度の慣れが必要だろう。

 そういうわけで、他のCV33を大洗の索敵に見立て、二人にはひたすら彼女らから逃げ回ってもらった。
 出来るだけ長く逃げ回り、撃破されないことが目的だ。
 機銃に一発でも当たったらアウト。
 かくれんぼ状態からのスタートだ。
63 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:11:49.22 ID:8naFKaaW0

 初めはすぐさま見つかった。開始五分。そして機銃で撃たれておしまい。
「おっかしーなー」とぼやくペパロニに、潜伏場所をもっと練るよう注意した。
 彼女は池のほとりにある木々の後ろに隠れていたのだが、水面に反射した車体が映っていたのだ。

 一週間ひたすらその練習を続けていると、ついにペパロニとアマレットは三時間の制限時間を逃げ切ることに成功した。

 もちろん、その間に私やカルパッチョはP40とセモヴェンテを乗り回し、大洗のフラッグ車を仕留めるための戦術を練り上げていた。

 万全は期した。
 迎えた大洗との決戦当日。

 やはり我々は負けた。
64 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:16:53.56 ID:8naFKaaW0

 負けないことと勝てることは似て非なるものだ。
 勝利のためには無数の策が打ち立てられるが、負けないためにはとことん堪え忍ぶしか方法がない。

 というか、実際いつか負ける。負けないなんてありえない。

 ペパロニの乗車したCV33を残して、うちの戦車は削られ続けた。
 セモヴェンテが殲滅、フラッグ車以外のCV33は全て消え、最後に私のP40まで落とされた。
 一輌残されたCV33だけではどうすることもできず、結局、大洗のフラッグ車へ突撃ののち自爆した。
65 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:18:14.50 ID:8naFKaaW0

「駄目、でしたね……」

「ああ。しかし、悪くはない作戦だった」

 アンツィオは全ての戦車をやられたが、こちらだって三突と八九式の二輌を落とした。

 どこかの歯車を一つ入れ替えてやるだけで、勝利をおさめられるような気がした。

「次もこれでいくぞ」

 私の言葉にカルパッチョは頷いた。

 七周目。八周目。九周目。
 さらに三度を繰り返したが、やはり我々の元に勝利の女神は訪れなかった。
66 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:21:51.16 ID:8naFKaaW0

 あと少し。あと少しなのに。
 すんでのところで勝利に手が届かない。

 まるで我々の勝利が何者かに邪魔されているかのようだ。
 こんな世界に我々を放り込んだ神様は、もしかして我々の勝利を望んでいないのではないかとすら思えた。

 延々と続く戦いはじりじりと私の心を蝕む。
 初めはみなぎっていたやる気も、少しずつ失われていった。
 ずぶずぶと沈んでゆき、永遠が大きな口を開けて私を待ち受けているように思えた。

 それでも、隣に立つカルパッチョだけが、なによりの救いだった。
 カルパッチョがいるから、私はドゥーチェとしてどうにか踏ん張れた。

 彼女は私が表情を曇らせてゆくなか、平気な顔でただ立っていた。
67 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:23:00.32 ID:8naFKaaW0

「大丈夫ですか、ドゥーチェ」

 こうやって、私を気遣ってくれさえする。

 私はそんな彼女のことが不思議だった。

 私は安斎千代美じゃない。ドゥーチェ、アンチョビだ。
 アンツィオのみんなを導かなければならない。
 だから弱音を吐いてはならない。気高く堂々としていなければならない。

 ――けれど、今だけ、カルパッチョにだけは甘えても良いんじゃないか。

 そうほんの少しだけ思ってしまって、私はぽつりと口にした。

「なあ、カルパッチョ、何度も同じ時間を繰り返して、お前は、その――辛くないのか」

 そう言ってから「私は辛いぞ……少しだけ」と付け加える。
68 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:29:09.90 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョは「うーん」と首を傾げ、

「私の場合は――」

 そこで言葉を切ると、にこりと笑った。

「普段会えない相手に会えるから、かもしれませんね」

「普段会えない相手?」

「ええ。私は戦車道がやりたくてアンツィオへやって来ましたけど、彼女は戦車道のない学校に進学していきましたから」
69 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:30:12.40 ID:8naFKaaW0

 ……彼女……彼女。

 ああ、そうだ、そういえばカルパッチョは毎度毎度、試合の直前には必ず大洗の赤マフラーの子と言葉を交わしていた。
 カルパッチョが「たかちゃん」と呼ぶあの子のことだろう。

 カルパッチョはさらに「ですから」と、とびきりの笑顔で言葉を続ける。

「まさかこうして戦車道で戦えるなんて、夢みたいなんです」

「……夢みたい」

 ぶるっと、体の奥の方が震えた。
70 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:32:04.98 ID:8naFKaaW0

「ドゥーチェ、私は戦車道が楽しいんです」

「私だって、楽しいさ」

 口からは自然と言葉が漏れ出た。

 そうだ。楽しい。楽しいんだ。
 楽しいはずなのに、そのことを忘れていた。

 私はどうして戦車道をしているんだ。

 カルパッチョの言う通りだ。

 何が私を突き動かす。原動力は何だ。
 私の心に灯る火は、何を喰らう。

 何故、私はアンツィオを選んだのだ。
71 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:33:29.88 ID:8naFKaaW0

「カルパッチョ、我々は本当に勝てると思うか」

 私が問うと、カルパッチョは「そうですね」としばし思案する素振りを見せて答えた。

「あの頃の私は、アンツィオの戦車道がこんなに盛り上がるなんて、想像してませんでしたよ」

 あの頃。
 二人だけでCV33へ乗り込み、戦車道の宣伝をして回っていた、あの頃。
 あるいは、ペパロニを含めた三人で屋台を開き、戦車道の資金と人員を集めていた、あの頃。
72 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:34:14.73 ID:8naFKaaW0

「あーっはっはっはーっ!」

「また突然笑い出して、どうしたんですか、ドゥーチェ」

 私は快笑すると、脳みそをフル回転させ、カルパッチョへ向かって宣言した。

「作戦を変えるぞ、カルパッチョ」

 そう、次の作戦は、

「マカロニ作戦だ!」
73 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:36:17.50 ID:8naFKaaW0

 山岳と荒れ地ステージ。
 遮蔽物や潜伏場所が多く機動力が活きる山岳地帯と、遮蔽物が少なく向かい合えば技術力と戦車性能が浮き彫りになる荒れ地地帯とが対照的なステージだ。

 大洗の戦車は五輌。
 数だけで言えばアンツィオは十輌と大洗に勝ってはいるが、その内の六輌はCV33。
 性能で言えばほぼ同格といったところだろう。

 それにCV33の特徴を考慮に入れると、山岳地帯で戦うのがアンツィオ向きといえる。
74 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:37:53.61 ID:8naFKaaW0

 そして、ループも十週目に突入した私とカルパッチョにとって、もはや山岳と荒れ地ステージは庭のようなものだ。
 マップは全て頭の中に叩き込まれている。

 その上で、やはり結論付けられる要所は、中央に位置した十字路だろう。
 正面からやり合えば、ぶつかるのはここだ。

「しかし、だからこそ、我々はここを放棄する」

 悔しいが、我々は大洗に総合的な技量で負けている。
 正面からやりあってもアンツィオに勝ち目はない。

 ならば他に人員を割き、ここは最小限のリソースで済ませるべきだ。
75 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:39:17.36 ID:8naFKaaW0

「でも、そうしたら十字路を突っ切られてしまいますよね」

「いーや、そうはならない。デコイを配置するからな」

「デコイ……なるほど、戦車のハリボテを作るんですね。欺瞞作戦ですか」

 私が「そういうことだ」と笑うと、カルパッチョは「いけそうです」と小さく答えた。

 他のみんなにも作戦の全容を伝え、猛特訓。
 大洗の連中を機動力でもって包囲する必要があるし、そりゃあ練度は高い方が良い。
 時間を無駄にしている余裕はなく、瞬く間に決戦当日となった。
76 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:41:17.44 ID:8naFKaaW0

『これより、二回戦第四試合、アンツィオ高校対大洗女子学園の試合を、開始いたします』

 荒れ地のど真ん中、遠目に大洗の戦車が並ぶのが見える。
 作戦の確認をしているのだろう、大洗の隊長、西住みほが戦車の前でマップらしきものを広げていた。

「ドゥーチェ、危ないですよ」

「いつものことだろう」

 カルパッチョに諫められるなか、助手席から立ち上がりフィアットのフロントガラスへ足をかける。
 エンジン音を耳にしたのか西住らが顔を上げ、私はそれを合図に「たーのもーっ!」と声を張り上げた。
 角谷の軽口に言い返し、西住と握手をして、カルパッチョが楽しげに駆けていくのを見守る。

 いつもと同じ。
 これで十度目の風景。

 試合が始まる。
77 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:42:52.20 ID:8naFKaaW0

「まったく、二枚は予備だってあれほど言ったのになあ」

 デコイを全て置いてしまっては戦車の数が大会規定を超えてしまう。作戦も即バレだ。
 ペパロニもああいうところがなければ、度胸があって機転も利く凄いやつなんだが。

「まあ良い。過ぎたことを考えても仕方ない。今は目の前の相手に集中――」

 と、前方へ目を向けたところで、ふいにすれ違う顔があった。

 西住みほ。W号だ。

 後方では38(t)と三突も砂煙を巻き上げている。
78 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:44:32.81 ID:8naFKaaW0

「戦車停止! 敵隊長車とフラッグ車発見!」

 対するこちらはP40にセモヴェンテとCV33が一輌ずつ。

 戦力は互角かこちらの少し下といったところか。
 重戦車がいる分、こちらが上に見えなくもないが、P40を過信しすぎるのも良くない。
 なにせ重戦車とはいえ実際の性能は中戦車にも――て、いやいや! 試合中だぞ! 勝負に集中しろっ!

「カルパッチョっ!」

「はい、75mm長砲身は私に任せてください!」

「任せたっ!」
79 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:47:12.33 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョ率いるセモヴェンテが旋回するのを見届け、こちらは残ったCV33と協力してフラッグ車を追う。

「一同! 大洗のフラッグ車を包囲するぞ!」

 敵は一時の方向、下り坂を走り抜けていく。

 道は荒れており、走行すると激しく揺れる。
 木の枝に頭をぶつける前に、私は車内に下りハッチを閉めた。

「ジェラートっ! 弾を装填しろ! フラッグ車を狙うぞっ!」

「木が邪魔で当たる気しないんすけど!?」

「だよなあ! だが撃つっ! 当たったら儲けものだ!」
80 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:48:54.55 ID:8naFKaaW0

 まずはフラッグ車の盾になっているW号を落とすべく、狙いをすませて装填と同時にグリップを握りしめる。
 と、私の腕が悪いのか、弾は車体をかすめて敵戦車の後方へと飛んでいく。

「次ぃっ!」

 ジェラートがすぐさま装填。私は再びグリップを握る。

 何度も何度も何度も、それを繰り返している内に、我々のでなくW号側の弾が、がつんとこちらの砲塔に当たった。

「いったぁ……っ」

「大丈夫っすかドゥーチェっ!」

「ああ、問題ないっ!」

 振動で頭をぶつけてしまったが、白旗は揚がっていない。
 まだ戦える。まだ負けていない。
81 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:51:16.02 ID:8naFKaaW0

「……ふふ」

 楽しい。

「楽しいなあっ!」

 砲音が聞こえる。車内に蒸した熱を感じる。火薬と油の臭いが鼻に漂う。
 ジェラートの息遣いが聞こえ、視界の端には忙しなく体を動かす操縦手の姿が見える。

 やがて敵車輌の撃破を諦め、ハッチを開けば、上半身に風が当たった。
 大洗のフラッグ車は木々の間を縫うように逃げてゆく。

 緩やかに進む風圧や、荒れ地を走行する戦車の振動、そういうのが全部、私の身に感じられる。

 あぁ、これが私の生きる戦車道だ。
82 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:53:11.78 ID:8naFKaaW0

「いやあ、良い試合だった!」

 私が言うと、西住は笑った。

 今回も敗北はしてしまったものの、気分は晴れやかだった。
 勝っても負けても関係ない、私は戦車道ができたのだ。それだけで十分じゃないか。

 それに、どうせ次がある。今回の負けは次のループで取り返せば良いんだ。

「宴会だーっ!」

 飲んで騒いで、大洗と別れてまた飲んで。

 そうこうしている内に、日は徐々に傾いて、いつの間にやら辺りは真っ暗。
 我々の囲うたき火だけが明かりを灯していた。
83 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:54:44.67 ID:8naFKaaW0

「カルパッチョ、いま何時だ?」

「11時50分ですね。もうすぐ日が変わります」

 ああ、もうそんな時間か。

「じゃあカルパッチョ、また次もよろしくな」

「はい、ドゥーチェ、こちらこそ」

 笑みを浮かべるカルパッチョの顔を横目に、私は草原に身を放り出した。
 ぽつぽつと夜空に輝く星々が綺麗だった。

 大きく息を吸い込むと、昼間よりも幾分か冷たい空気が鼻に入る。
 それが気持ち良くて、私は静かに目を瞑った。
84 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:56:35.40 ID:8naFKaaW0

 ――――。
 ――――。
 ――――。

「ドゥーチェ、ドゥーチェ」

 ぼんやりとカルパッチョの声が耳に届いた。
 目を開けば、カルパッチョの真剣な顔が映る。

「ドゥーチェ、大変です」

「ん、どうした? 何かあったのか?」

「日付が変わっています」

 そう言って、カルパッチョが懐中時計の盤面を見せる。
 確かに時計の針は12時5分を示していた。
85 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 12:59:31.11 ID:8naFKaaW0

「そりゃあ12時を跨げば日付が変わるのは当然だろう?」

「違います。ドゥーチェ、もしかして寝ぼけてます?」
「私たちは、ずっと日付が変わるのと同時に巻き戻っていたじゃないですか」
「7月6日――月曜日になるはずがないんです」

 言われてみて、ようやく事の重大さに気付いた。
86 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:00:37.50 ID:8naFKaaW0

 なるほど、つまりこれは。

「――ループしていないということか?」

「そういうことです」

「我々は、ループを脱したのか?」

「仔細は不明ですが、おそらくは」

 カルパッチョが頷く。

 終わりは、ひどくあっけなかった。
 若干の消化不良感さえ覚えるほどだ。

 何が正解だったのかはわからないが、ともかく我々の勝利がループ脱出の条件ではなかったというのは確かだろう。
 我々は今回もまた、大洗に敗北してしまったのだから。
87 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:01:45.79 ID:8naFKaaW0

 周りを見渡せば、私たち以外のみんなは一人残らずぐーすか寝息を立てていた。
 何人かは腹を出して眠っていたので、そっとブランケットを掛けてやる。

「ドゥーチェ、どうします?」

「どーもこーもないさ。みんな眠ってしまってるんだし、私たちも寝るしかないだろう」

 カルパッチョが「それだけですか?」と驚いたが、私は気にせずテントの中へ身を突っ込んだ。

 もう解決してしまったループの謎などどうでも良かった。
 良い試合が出来たのだから、それで十分だ。

 顔だけはテントの外へ出し、仰向けに夜空を見上げ、眠くなるまで、私はずっと星を眺めていた。
88 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:06:28.56 ID:8naFKaaW0

 朝になると、「撤収っ!」の一言で素早く帰り支度を済ませ、みんなで学園艦へと帰った。

 アンツィオの生徒たちは負けた我々を笑顔で迎え入れてくれた。
 その日だけは、授業そっちのけで、再び宴会。
 本当に良い学校に来れたものだと思う。

 夏休みまで残り僅かではあったが、翌日からは改めて授業が開始。
 放課後になると、私はカルパッチョらと協力して大会の後始末を行った。
 すなわち、戦車の損傷の修復だ。

 想像していたよりもP40の損傷が大きく、修理費用はかなりの額になりそうだった。
 P40の購入に貯金は全部使ってしまったから、また一から貯金のし直しだ。
 幸いにもこれから夏休みなわけだし、まー、冬までには何とかなるだろう。
89 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:07:46.96 ID:8naFKaaW0

 ――そう、冬だ。

 今年は冬季無限軌道杯がある。
 夏の大会の負けは冬に取り返せば良い。

 しかしそのためには今のままでは駄目だ。
 夏の反省を生かして猛特訓をする必要があるし、P40の修理費用も稼がなければならない。
 そう思うと、夏休みに入っても遊んでいる暇などはなかった。

 アンツィオのみんなと忙しい日々を送っていると、ある日、ペパロニが怠そうな顔で「たまには遊びたいっす、海行きましょーよ、海」とぼやいた。
 私は「ここが海の上だぞ」と返したが、カルパッチョに諫められ、たまには良いかと、みんなで陸の浜辺へ行くことになった。

 砂の城を建造したり、ビーチバレーをしたり、水泳大会を開いたり、とても楽しかった。
90 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:10:37.19 ID:8naFKaaW0

 そして8月の第一週、忘れかけていた頃に大会の準決勝が始まった。

 大洗女子学園の対戦相手はプラウダ高校。昨年の優勝校だ。

 正直にいって大洗の分が悪いとは思ったが、それでも大洗ならプラウダ相手に勝利をおさめられるんじゃないかという期待もあった。

 会場は北国とアンツィオ総出で出向くには難しい距離で、それならと応援は学園艦の円形競技場にて中継で行うことにした。
91 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:12:06.47 ID:8naFKaaW0

 大洗は初めプラウダの車輌を三輌も撃破し、かなりの善戦を見せた。
 が、プラウダとの圧倒的な戦力差を覆すことは叶わず、結局、決勝へと駒を進めたのはプラウダ高校となった。

 足りない戦力差を知恵や連携で乗り切ろうと奮闘する大洗の姿はアンツィオのそれと重なる。
 大洗の敗北は、我が事のように悲しかった。
92 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:13:39.29 ID:8naFKaaW0

 試合が終わると、大量の食事を用意してそのまま大洗慰労会へと移った。
 肝心の大洗が不在なのはどうでも良かった。
 夜中まで騒ぎ、気付けば再び日付変更間近となっていた。

 8月2日から8月3日への日付変更、その瞬間。

 瞬きをすると見える景色が変わっていた。

「……はあ?」

 つい先ほどまでは夜闇のなか円形競技場で宴会をしていたはず。
 それなのに今見える景色はなんだ、灰色の天井が目に入るばかりじゃないか。
93 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:14:55.28 ID:8naFKaaW0

「どういうことだ、これは……」

 まさか? そのまさかなのか?

 急いでベッドを下り、日めくりカレンダーに残された日付を確認する。

「そんな馬鹿な」

 6月26日、金曜日。
 日付が巻き戻っている。

 つまり、私はまだ、ループの只中にいるのだ。
94 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:16:27.08 ID:8naFKaaW0

 何故、何故だ?

 ループが終わっていないなら、どうして大洗との試合当日に巻き戻りが発生しない?
 どうして大洗対プラウダの試合当日なんだ?
 そこになにか鍵があるのか?

 湧き上がる疑問が脳を駆け巡る。

 と、ふいにノックの音が響いた。

 おそらくはカルパッチョだろう、二度、三度と続けざまに扉をノックされる。
95 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 13:18:25.01 ID:8naFKaaW0

 あぁまったく、仲間がいなければ脳みそが弾けてしまいそうだ。本当にありがたい。

 急ぎ扉へ駆け寄り、ドアノブへ手をかける。

「すまないカルパッチョ、いま起きたばかりなんだ――」

 しかし、そこに立っていたのはカルパッチョではなかった。

「ハァイ、アンチョビ」

 にかっと笑う、金髪の女の名は。

 サンダース大学附属高校、戦車道隊長、ケイ。
96 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2019/07/14(日) 13:20:03.51 ID:8naFKaaW0
一旦、休憩します。
夜になったらまた来ます。
97 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:04:19.26 ID:8naFKaaW0
再開します。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/14(日) 21:05:15.76 ID:xgIBdAYoO
まってた
99 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:07:29.95 ID:8naFKaaW0

 サンダースの隊長ケイは、学校の制服に身を包み、肩には大きめのスポーツバッグを提げていた。
 アンツィオの女子寮にはまったく似合わぬ出で立ちだ。

 先ほどから疑問が増え続けるばかりで、もはや私の脳はショート寸前だが、気力でもってして一言だけ口にする。

「何故、お前がここに」

 しかし、ケイから返ってきたのは「とりあえず場所を変えましょ」というまったく回答にもならぬ返事だ。

 いや、いやいやいやいや。

「お、おい、ケイっ! 私がド忘れしてるとかじゃないよなっ? アポの連絡とか何ももらってないだろっ!?」
「どうしてそんなフランクに話を進められるっ!?」
「というか、ここはアンツィオの学園艦だぞっ!? どうやって侵入したんだあっ!?」
100 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:09:23.11 ID:8naFKaaW0

「そういう疑問にもぜーんぶ答えてあげるから」

「ほ、本当だろうなっ!?」

「イエースっ! ホントよ。手始めにどうやって侵入したのかってのを教えてあげると、アレね」

 言って、ケイが窓の外を指さす。

 首を伸ばして見ると、女子寮の庭に、サンダース印のヘリ、シコルスキーS-58が鎮座していた。
 運転席に座る短髪の子が、こちらの姿を認めるとひらひら手を振る。

 噂には聞いていたが、サンダースは無茶苦茶だな……。
101 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:11:22.25 ID:8naFKaaW0

「そんな顔しないで、アンチョビ。とりあえず待っててあげるから、着替えてきたら?」

 ケイの言葉に、私は絞り出すように「ああ、すまないな」と返して部屋へと戻る。

 ペパロニはいまだ寝息を立てたまま。
 私はその横で制服へと着替え、髪をとかし、リボンをつける。
 最後にマントを羽織り、それでようやく腹が据わった。

 疑問に答えてくれるというのなら乗ってやる。
 ケイも型破りな性格ではあるが、悪い奴ではない。なにも取って食われはしまい。
102 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:12:26.22 ID:8naFKaaW0

 んんっと軽く咳払いして喉を整え、再び廊下へと出る。

「込み入った話になるんだろう。ウチの戦車道準備室まで案内する。途中でウチの副隊長を同行させるが、問題ないか?」

 私が言うと、ケイは「んー」と指を立てる。

「まぁ、問題はないわね! オッケー。良いわよ」

「……含んだ言い方だな」

「そんなことないわよ。さあ行きましょう。レッツゴーっ!」

 腕を振り歩き出したケイの後を追う。

 操縦士の子と二人でアンツィオを訪ねてきたのだろうか、ケイは他のサンダースの生徒と合流する様子はない。
103 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:14:23.86 ID:8naFKaaW0

 カルパッチョの部屋を訪ねると、彼女は私と同じく驚愕の表情を浮かべた。
 ケイの訪問を怪訝そうにしていたが、それも束の間、「ドゥーチェが良いのでしたら」と手早く服を着替えて同行してくれる。
 なんだかんだ切り替えが早いのがカルパッチョの良いところだ。

 戦車道準備室へと着くなり、ケイはホワイトボード前の席に陣取った。
 カルパッチョがコーヒー豆の焙煎を始めるのを見て「彼女には悪いけど話を始めてしまうわね?」と私に確認する。

 私が「ああ、どうぞ」と促し、ケイは「それじゃあ」とにこやかに切り出した。

「まずは――そうね、アンチョビ、貴女、これで今年の6月26日は11回目だと思うんだけど、合ってる?」
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/14(日) 21:15:01.77 ID:scLNyBc90
ツイッタから来ました。見てます。幸子以来のファンです。
105 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:16:18.62 ID:8naFKaaW0

 …………11回目。

「11回目ぇっ!?」

 私が叫ぶと、後ろでカルパッチョも動揺したのか、コーヒーカップが音を立てる。

 てっきり、ケイがここへやってきた理由を説明してくれるものと思っていたのだが、まさかそっちの話をするのかっ!?

「その反応は、正解ってことで良いのかしら?」

「い、いや、なんというか……ああ、混乱していて上手く言葉にできないな……とにかく、正解だ」
「私と――そこのカルパッチョは、これで11回目のループになる」
106 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:19:04.40 ID:8naFKaaW0

「ふーん、貴女もそうなの?」

 ケイの言葉にカルパッチョが「はい」と頷く。

「ははーん、それで彼女を同席させたってわけ。なるほどね」
「副隊長さんにはわけのわからない話になるかもと思ったけど、それなら本当に問題はないわね」
「良い判断だわ、アンチョビ」

「そ、それは、まぁ、ありがとう」

 なんて、お礼を言っている場合ではない。

「……えっと、それじゃあこっちからも訊きたいんだが、つまり、お前もこれが11回目のループってことなのか?」

「違うわよ」

「違うのかっ!?」

「私はこれで48回目だから」

「ええぇ……どういうことだ……?」

 会話に頭がついていかない……誰か助けてくれ……。
107 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:21:08.65 ID:8naFKaaW0

「うーん、そうね、ホントはループ条件の話から始めようと思っていたのだけど、先に全体の説明をしましょう」

 ケイが立ち上がり、マーカーでホワイトボードに一本の長い横線を引く。
 さらに線の左端に『6月1日』と記入、横に髪の長い二頭身のキャラクターを描いた。

「スタート地点は、ここ、6月1日よ。私の場合、ループの度にこの日へ戻されてるの」

「我々と全然違うじゃないかっ!」

「貴女たちのスタート地点はどこなの?」

「今日だ! 6月26日。我々は6月26日に戻されてる」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/14(日) 21:23:29.56 ID:8naFKaaW0

「オーケーオーケー、やっぱりそうなのね」

 そう言ってケイは、横線の中心辺りに『6月26日』と記入する。
 横にはツインテールと長髪の二人組を描いた。
 先ほどの長髪の子よりも髪の毛がふわふわしている。

「ところでアンチョビ。私がどうしてアンツィオの学園艦にいるのか、ホントのホントに、記憶ない?」

「……? いや、そう言っただろう?」

「あのね、私、昨日からこの学園艦にいるの」
「もちろん貴女にも会ってるわ」
「これから帰るところで、最後に挨拶しておこうと思ったんだけど、まさか貴女があんな反応するなんてね」

 ――昨日も、会ってるだと?

「そ、そんな記憶ないぞっ!?」

「私もです」

 私が叫ぶと、カルパッチョが同意する。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/14(日) 21:24:51.93 ID:8naFKaaW0

 ケイは、あははと笑い、言葉を続けた。

「だから確信したの。今日の貴女は昨日までの貴女とは違う。前のループの貴女が、戻ってきたんだってね」

「ど、どういうことだ?」

「……記憶が上書きされている、ということでしょうか」

「ザッツライ! その通りよ、カルパッチョ!」

 ケイが親指を立て、言葉を繋げる。

「ループしてるのは、正確には私たちじゃなくて世界の方。記憶の引き継ぎによって、私たちは偶然それを体験できているだけなのよ」
110 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:28:19.16 ID:8naFKaaW0
酉つけるの忘れてた。 ごめんなさい。

>>108 >>109 これ私です。
111 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:31:45.07 ID:8naFKaaW0
>>98 >>104
ありがとうございます……。

慎重にやろう。再開します。
112 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:33:51.88 ID:8naFKaaW0

「わ、わかりやすく説明してくれえ……」

「んー、それじゃあ、ゲームに例えましょう」

 ケイが再び立ち上がり、マーカーを握った。
『6月1日』の上に『第1ステージ』、『6月26日』の上に『第2ステージ』と記す。

「私たちは、一つのゲームをプレイしているの」
「それは、ゴールへ辿り着くためのゲーム」
「私が第1ステージを担当、貴女たちが担当するのは第2ステージってわけ」
「この後にはきっと、第3ステージと最終ステージが続いてる」
「第63回戦車道高校生大会が終われば、ゲームクリアね」
113 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:36:36.13 ID:8naFKaaW0

「ど、どうしてそんなことがわかるんだ?」

「準決勝でプラウダが大洗に勝ったことで、時間が巻き戻されたからよ」
「おそらく大洗との試合が基準になってる。3回続けば間違いないわ」
「第3ステージの担当は、順当に考えればプラウダのカチューシャね」

「あいつも、我々と同じくループしてるってことか?」

「ううん、ループするのはこれから。だって、まだ第3ステージは1回しかプレイされてないから」

「ああ、そっか。じゃあ、カチューシャにとって、今回のループが2回目ってことか?」
114 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:39:14.02 ID:8naFKaaW0

「あはは、そうとも限らないのよ。だって、貴女たちが第2ステージでゲームオーバーするかもしれないから」

「つまり、ゲームオーバーすると第3ステージが始まらない?」

「そういうこと。時間が巻き戻って、スタートに戻されてしまうの。一応言っておくけれど、スタートというのは、6月1日のことね」

 ケイがホワイトボードに描かれた長髪のキャラクターを示す。
 言うまでもなく、これがケイを示しているのだろう。

「第1ステージの終わりは、一回戦の終わり。6月8日を迎えられれば、第1ステージクリア」

 横線に『6月8日』と記される。二頭身のケイと我々のあいだ辺りだ。
115 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:42:30.72 ID:8naFKaaW0

「第2ステージの終わりは、二回戦の終わり。確か――」

「7月6日だ。7月6日を迎えられれば、クリア」

 ケイは「イエス」と答え、二頭身の我々の眼前へ『7月6日』と記す。

「一つのステージはおおよそ一週間程度で終わるようね」
「だとしたら、カチューシャの記憶が引き継がれるのは、7月26日前後かしら」

「……待て待て」
「じゃあ例えば、第3ステージが開始されなかったとしたら、7月26日を迎えられなかったとしたら、そのループはどうなる?」
「記憶の引き継ぎは行われるのか?」

「行われないわ。そのループ、カチューシャはスキップね」
116 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:45:50.60 ID:8naFKaaW0

 そこまで説明されて、ようやく私はケイの言葉の全てを理解した。
 あぁ……なんてことだ、我々よりしんどいじゃないか。

「ケイ。お前が48回目なのは、48から11を引いた、残りの37回を第1ステージでゲームオーバーしているからなんだな」

 私が言うと、「そういうことね」とケイは笑った。

「ケイ。どうしてそこで笑えるんだ。うんざりしたりとかしないのか」

 ましてや、ケイは私とは状況が違う。

 この場に彼女一人きりということは、おそらく第1ステージを繰り返しているのはケイだけなのだ。

 私にはカルパッチョがいる。だから踏みとどまれた。
 けれどケイには誰もいない。
117 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:47:45.91 ID:8naFKaaW0

「仲間が必要なら、我々が仲間になるぞ」
「……いや、是非、我々を仲間に加えてくれ」
「一緒にループを脱出しようじゃないか」

「ありがとう、アンチョビ」
「でもホントに、そんなシリアスになってもらわなくても大丈夫なの」
「ループを繰り返して辛くなったこと、一度もないしね」

 どうして。

 私がそう短く問いかけると、ケイは言った。

「――だって、わかるでしょ? ループのあいだ、私は大洗との試合を何度も何度も経験出来るのよ?」

 ケイが満面の笑みを浮かべる。

「私は戦車道が大好きだからね!」

 それは、どこまでも明快な答えだった。
118 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:52:42.94 ID:8naFKaaW0

「はいっ。それじゃあ気を取り直して――」

 ぱんっとケイが手を叩く。

「ループ条件の話に移りましょうっ! まずはアンチョビ、何か意見や気付いたことはあるかしら」

「わ、私かっ!?」

 突然に話を振られて少し狼狽えてしまったが、ともかく頭を捻ってみる。

「うーん、ずっとアンツィオの勝利がループ脱出に繋がると信じてきたが、負けて7月6日を迎えてしまったしなあ」
「かといって、ただ負けるだけというのも違う」
「負けるだけで良いなら、これまでループしていたのと辻褄が合わない」
119 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:54:56.48 ID:8naFKaaW0

「負け方に意味があるのかもしれませんね。今回の作戦が、たまたま何かの条件を満たしていたのかも」

 カルパッチョが続けると、ケイが大きく手を広げた。

「グレート! カルパッチョ、さすがね。サンダースに欲しいくらいだわ」

「か、カルパッチョはウチの副隊長だぞ!」

「あはは、わかってるわかってる」

 ケイはそう言って笑うが、サンダースなら本気で勧誘を始めてもおかしくはない。
 きちんと釘を刺しておかないと。
120 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:56:57.78 ID:8naFKaaW0

「まぁでも、つまりそういうことね。大事なのは負け方。大洗に、どう負けるかよ」

「……やっぱり勝っちゃ駄目なのか?」

「そうね。それは確かよ。……具体的にどうすれば良いってアドバイスはできないけど、おおざっぱな条件なら、もうわかってるわ」

「ほ、ホントかっ!?」「ホントですかっ!?」

 ケイがこくりと頷く。

「ループ脱出の条件はね、正史を辿ること」
121 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 21:58:53.64 ID:8naFKaaW0

「正史……正しい歴史、ですか……?」

「前回の我々はそこを辿れたってことか?」

 私たちが問うと、ケイは「ザッツライ!」と返す。

「だから具体的なアドバイスはできないの」
「敢えて言うなら、全部ね。前回やったのと同じことをもう一度やれば良い」
「サンダースの場合、アリサがやらかして、私がそれに気付いて、五輌で大洗の元へ向かって、負ける」

 記憶の中にある、サンダースと大洗の試合を思い返す。

 もう何ヶ月も前のことのように思えるが、確かにサンダースは大洗の無線傍受を行っていた。
 ルールブックでは禁止されていないが、戦車道としては相応しくない。私もそう思う。
 だからケイは戦いに赴く戦車を大洗と同じ数まで落としたのだろう。

 あれが、一回戦の正しい歴史なんだ。
122 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:01:03.11 ID:8naFKaaW0

 ――では、我々の場合はどうすれば良いか。

「マカロニ作戦を決行し、ペパロニが全てのデコイを配置し、大洗に数が合わないのを見破られ、徐々にアンツィオの車輌を削られ、負ける」

「――だけじゃ駄目だけどね。正史を辿るには、もっと細かく一致させる必要があるわ」
「戦車が撃破される順番だったりとか、きっと台詞とか、ポーズなんかまでね」

「え。も、もう一度、まったく同じことをやるのか……?」

 思わず声が出てしまった。

「でも、そこまで細かく記憶している自信ないぞ。話した内容とかなんて、絶対に無理だぞっ!?」
123 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:02:42.24 ID:8naFKaaW0

「そんなに難しく考える必要ないわよ」

 ケイが左右に指を振る。

「アンチョビもカルパッチョも、自然にやれば良いだけよ」
「だって、一回は成功してるんだからね」
「前回のループ、ああしようこうしようって演じてたわけじゃないでしょ?」

「まあ、それはそうかもしれないが」

「出来る気はしませんね……」

「あはは。やってみれば、何とかなるものよ?」

 そう言って、ケイは立ち上がる。
124 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:04:18.13 ID:8naFKaaW0

「さて、これで伝えなくちゃいけないことは全て伝えたわ。あとは各人がクリアを目指せば、きっとゴールに辿り着ける」

 イレーザーを手に取ってホワイトボードの図を消し、私の隣を通り過ぎる。
 その背中へ、私は声をかけた。

「もしかして、もう帰るのか? せっかくだし、朝食くらい取っていったらどうだ?」

「そうしたいのはやまやまだけど、二人で話し合いたいこともあるでしょ?」

 ケイは首の上だけで振り向いてそう言うと、「あ」と何かに気付いたかのように目を大きくした。
125 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:05:32.72 ID:8naFKaaW0

「でも一つ訊かせて、アンチョビ」

「なんだ」

「貴女、これからどうするの?」

 どうする。……どうする?

「何をだ?」

 私が問うと、ケイはふいに顔から笑いを消した。
 まるで、これこそが本日の最重要事項とでもいうかのように――、

「ループ、脱出するの?」
126 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:06:59.98 ID:8naFKaaW0

 私は答えた。

「そりゃあそうだ。当たり前だろう」

 束の間、ケイの顔がふっと崩れる。
 あははと笑って言葉を返す。

「その当たり前は、当たり前じゃないと思うけどね」
「ま、貴女がそう言うなら良いわ。頑張って。ドゥーチェ、アンチョビ」

 そうやって出て行こうとするので、思わず「ま、待てっ!」と声をかける。ケイは再び振り向いた。
127 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:09:36.18 ID:8naFKaaW0

「なあに?」
「……ああ、安心して。貴女がどの選択をしようと、第1ステージはきちんと毎回クリアするから」
「まぁ、たまにはしゃいでゲームオーバーしちゃうかもしれないけど、それも貴女には関係ないしね」

「結局、どうしてこんなループが起きてるんだ? 解決法はわかった。だが、原因がわからずじまいじゃないか」

 ケイは一切考える素振りを見せず、さらりと答える。

「さあね。神様の気まぐれじゃない?」

 その言葉を最後に、ひらひらと手を振ってケイは戦車道準備室を出て行った。
128 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:10:50.39 ID:8naFKaaW0

 残された我々はしんと静まりかえってしまったが、やがてカルパッチョが「ドゥーチェ」とぽつり言葉を吐く。

 その声色がなんだか湿っぽく、私はそれを吹き飛ばすよう、できるだけ明るく言葉を返した。

「まー、わからないことは残っているが、とにかく情報を整理するかー」
「記憶違いもあるだろうし、お互い、覚えてることを共有しないとな」
「やるぞ、カルパッチョ」

 カルパッチョは黙って頷いた。
129 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:14:22.44 ID:8naFKaaW0

 一時間ほどかけてカルパッチョとの情報交換は終わった。

 試合当日の流れは把握できたし、諸処の動きや台詞もおおむね思い出せただろうと思う。
 始める前は無理だろうと思っていたのだが、カルパッチョの記憶に刺激されて私の記憶が蘇り、反対に、私の記憶に刺激されてカルパッチョの記憶が蘇り。  相互作用がうまく働き、思いのほか、細部まで整理できた。

 打ち合わせが終わると、一旦、朝食をとって、他のみんなを集合させて朝練へと移った。

 マカロニ作戦を発表し、まずは作戦を実行に移すためのデコイの制作からだ。
 前回のループと同じく、デコイの制作は一日で終わった。みんな楽しそうにしていてなによりだ。
130 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:16:06.28 ID:8naFKaaW0

 当日までの残りの時間は全て試合の練習に割いた。

 負けるために練習をするというのもおかしなものだが、戦車道はなにも今回の大会で終わりというわけじゃない。
 冬の大会だってあるし、他のみんなには来年もある。練習はいつか実になる。

 そして試合当日。

 これだけ準備を重ねたのに、我々は正解のルートを外れてしまった。

 ペパロニが、全てのデコイを配置しなかったのだ。
131 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:18:33.06 ID:8naFKaaW0

 嬉しい誤算だが、今の私はそれを望んでいなかった。
 作戦は成功した。しかし目論見は失敗したのだ。

 ともかく我々は大洗の背面へ回り込み、全面包囲からの奇襲作戦を行った。

 それでも大洗には勝てなかった。

 M3リーと三突の二輌は撃破できたが、それだけだった。
 三突と撃ち合いになったカルパッチョ車に白旗が揚がり、残りのセモヴェンテは全てW号に狩られた。
 CV33は八九式になぎ払われ、最後に私の乗るP40をやられ、それで終わりだ。
132 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:20:49.22 ID:8naFKaaW0

 私とカルパッチョは、12回目のループを迎えた。

 ケイから見ればこれで49回目――とも限らないのか。
 我々が認識する11回目と12回目の間で、ケイが何度か第1ステージをゲームオーバーしている可能性もある。

 なんともややこしいが、確かなのは、今回のループでケイが第1ステージをクリアしているということだ。
 また負担をかけてしまった。
 私たちはそれを引き継ぎ、今回こそ第2ステージをクリアしなければならない。
133 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:22:48.43 ID:8naFKaaW0

 再び試合当日。
 私はペパロニに言った。

「おいっ! デコイ、全部置いてしまえ!」

『え? マジっすかドゥーチェ。もしかして数の計算できないんすか』

「良いからっ!」

『しゃーねーなー。おーい、残り全部こっちに置くぞー』

 前に7月6日を迎えた時とはペパロニとのやり取りは違っていたが、そこに大きな問題はなかったようだ。
 その後、おおむね前回と同じ流れを辿り、我々は大洗に敗北。
 宴会をして、無事に7月6日を迎えた。
134 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:24:35.76 ID:8naFKaaW0
>>129
改行ミスっちゃった。

集中力切れてきたみたいなので、一旦、休憩します。
40分くらいに再開します。
135 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:46:39.63 ID:8naFKaaW0
遅れました。すみません。
再開します。
136 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:48:22.74 ID:8naFKaaW0

「今回は、第3ステージをクリアできるでしょうか」

「さあなあ。それは私たちにもどうにもできないだろう。だが、とにかくプラウダの隊長には会いに行かなきゃな」

 ケイの予測では、カチューシャに記憶の引き継ぎが行われるのは7月26日前後とのことだった。

 我々はそれまでのあいだ、前回同様、アルバイトや戦車道の練習をして過ごした。

 どのループが我々にとって本当の歴史になるのかはわからない。
 だとしたら、手を抜いて良いはずがない。
 我々は、いつだって全力で臨む必要があった。陸の海辺にも行った。
137 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:49:51.06 ID:8naFKaaW0

 7月26日になると、過去に交換した連絡先を引っ張り出してプラウダへ電話をかけた。

『何のようっ!? 今はあなたの相手なんかしてる場合じゃないのよっ!』

「まーまー。ループしたんだろ? 全部説明してやるから」

『はあっ!? 何それっ! ちょっとあなた――』

 長くなりそうだったので、そこで私は通話を切った。

 ケイへ連絡をとると、貴女たちだけで行ってちょうだい、とのことだったので、プラウダへは私とカルパッチョの二人だけで出向いた。
138 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:51:21.60 ID:8naFKaaW0

 プラウダの学園艦は始めてで、街を歩くと遠目に雪原が見えた。
 驚いて道行く生徒に訊いてみると、人工でなく天然物だそうだ。
 あの雪原を保つために学園艦の進路の調整でもしているのだろうか。そういう酔狂は嫌いじゃない。

 しばらく街を散策した後にカチューシャを訪問。
 しかし、現れたのは本人でなく副隊長のノンナだった。

「カチューシャ様はお眠りになられています。またの機会を」

「起こせっ!」
139 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:53:19.60 ID:8naFKaaW0

 カチューシャの部屋へは15分ほど待った頃に通された。
 つい先程まで眠っていたことなど一切感じさせない様子で、カチューシャは「待たせたわね!」と宣った。
 私とカルパッチョは顔を見合わせてため息をついた。

 さて、と説明を始めようとしたものの、いつまで経ってもノンナが退席しない。
 怪訝に思い確認を取ると、彼女もまた、カチューシャと一緒にループを経験しているとのことだった。

 私とカルパッチョ。
 カチューシャとノンナ。
 各プレーヤーはコンビが基本なのだろうか。
 だとすると、第1ステージのケイは極めて特別な存在だったのだろう。
140 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:54:15.74 ID:8naFKaaW0

 私とカルパッチョは、改めて説明を始めた。

 カチューシャは悪態をつくものとばかり想像していたが、思いのほか、説明を聞いているあいだは素直だった。
 うんうんと頷きながら、RF-8の中で行儀良く体育座りをしていた。

「つまり、このループを脱出するためには、まずは大洗に負けなければならないということだな」

 そう話を締めると、カチューシャは言った。

「それでも勝つのはカチューシャよっ!」
141 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:56:00.12 ID:8naFKaaW0

 …………。

「えぇ……?」「……はい?」

 カルパッチョと二人して、喉の奥から疑問の声が湧き出る。

「聞こえなかった? 勝つのはカチューシャだって言ったのよ」

「聞こえなかったかと確認したいのはこちらの方だっ!」
「もしかして話が通じていなかったのか?」
「勝てばループが続くんだ。全員ループから脱出できないんだぞ?」

「失礼ねっ! 通じてるに決まってるでしょっ!」
「何回やったところで勝つのはカチューシャだし、あなた達には悪いけどループ脱出はできないわ。ね、ノンナ?」

 カチューシャが目をやると、ノンナは「はい」と頷いた。
142 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 22:58:57.80 ID:8naFKaaW0

「ず、ずっとこのループの中にいるつもりかっ!? 本当にそれで良いのかっ!?」

「仕方ないじゃない、プラウダの雪が永遠に溶けないのと一緒で、カチューシャの勝利はもう決まったことなんだから」

「い、嫌じゃないのかっ!? 終わりはやってこないんだぞっ!? 永遠だぞっ!?」

 ループが辛くないと言ったケイだって、脱出へ向けて動いていた。
 あいつだって永遠に彷徨い続けるのは嫌なんだ。

 それをカチューシャは、受け入れると言ってる。
143 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:01:05.12 ID:8naFKaaW0

「嫌とか嫌じゃないとかの話じゃないわ」
「……運命が何と言おうと、カチューシャは勝たなきゃいけないの」
「たとえ一万回繰り返したとしても、勝つのはカチューシャなのよ」

 そう言ったカチューシャの瞳は強く透き通っていて、嘘偽りない本心なのが伝わった。
 茶化す気はまったく起こらない。

 その覚悟も、なんとなく理解ができた。

「でも、だからって――」

 言いかけた私を、カチューシャが「はん」と鼻で笑う。

「ま、あなた達みたいな弱小校には、強者の胸の内なんて想像がつかないだろうけどね」
144 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:03:02.93 ID:8naFKaaW0

 あんまりな言いぐさに、頭へかっと血が上った。

「い、言わせておけばお前ぇえっ! アンツィオは弱くなんかないっ! いや強いんだぞっ!?」

「弱くない高校が、大洗に負けるわけないでしょ?」

 私は「ぐ……っ」と声を詰まらせてしまった。

 カチューシャの、言う通りだ。

 すでに私は大洗との試合を12回も繰り返している。
 それで大洗に一度も勝利できていないアンツィオは、はたして弱くないと言えるのだろうか。

 ふいに頭をよぎった考えは、私の脳裏に染みついたようで、すぐに消えてはくれなかった。
145 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:04:28.19 ID:8naFKaaW0

「なんなら練習試合で証明してあげても良いけど、あいにく大洗との試合までのあいだに差し込む余裕はないわね」

 そこまで言うと、カチューシャはRF-8の中に敷かれた毛布へ倒れ込み「ノンナ、帰ってもらって」と告げる。
 もうこれで話を締めるつもりらしい。

「お、おい、本気で言っているのかっ、カチューシャっ!?」

 慌てて私は声をかけたが、ずいとノンナが私たちとカチューシャとの間へ立ち塞がる。

「カチューシャ様はいつだって本気です。お引き取りください」

 感情の薄い冷酷な瞳に見つめられるとどうすることもできず、仕方なしに私とカルパッチョはプラウダの学園艦を後にした。
146 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2019/07/14(日) 23:06:10.08 ID:8naFKaaW0

 アンツィオは、本当は弱いのだろうか。

 時折、頭をもたげるようになったその考えは、アンツィオの学園艦へ帰った後も続いた。
 その度に私は首を振って頭の中から追い出したが、それでも何度も何度も復活する不安は、まるで呪いのようだった。
 カルパッチョへの相談も考えたものの、口に出したら二度と消えてくれそうになくて憚られた。

 サンダースへは、学園艦へ帰った翌日に電話をかけた。
 カチューシャとの件を報告すると、ケイは「カチューシャならそう言うと思ったわ」と笑った。
 だからケイは付いてこなかったのかと合点がいき、もやもやとしたものを感じた私は「だったら初めから教えておいてくれてもいいだろ」と一言文句を言った。
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