【艦これ】神風「最初の一人」

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382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/03(月) 12:37:59.09 ID:oF9u5tTxO
おつ
意味まではわかっても意義は理解できなさそう

僕は那珂ちゃんさん!
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/10(月) 19:28:08.29 ID:/h7AUsa60
今回も面白かった
続き待ってる
384 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 03:51:29.45 ID:CXWxGkuX0
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叢雲『おまたせ』

工廠。

鎮守府で最も大きな施設。

本来の鎮守府なら船のドックなんかが一番大きいのかもしれないけれど、艦娘である私達には人間サイズで十分。

そうなると例え人間サイズとはいえ兵器の開発や整備等色々な設備が必要になる工廠が必然的に最も大きな施設になる。

夕張『待ってましたとも。ほらほらエアコン効いてるから来て来て』

鎮守府における工廠は様々な役割がある。

一口に兵器開発といっても魚雷や電探、大小様々な口径の砲や艦載機まで。どれもオリジナルとは比べ物にならないほど小さいが如何せん種類が多い。おまけにそれらの改修、整備までしなくてはならない。

その為工廠は細かく区分けのようなものが自然と出来上がる。

施設に入ってすぐ右は機銃、左は小口径。港から反対側になる奥の方には艦載機。大口径の物は港から直接運びやすいように海の方にある。

魚雷は一度事故があったので少し開けた、隔離された場所に…

そんなまるで何かの展示会の様相を呈している工廠には当然区画毎に隙間が存在する。

そんな隙間を彼女は、彼女達は利用している。
385 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 03:54:39.96 ID:CXWxGkuX0
叢雲『こんな所にエアコンなんてつけた覚えないわよ』

畳三畳、いや二畳程の隙間にいた。

椅子と机、モニターやらの機材。さながら秘密基地ね。

区画とは言うけれど別にしっかりと壁で遮られているわけじゃない。それでもここだけはじっとりとした蒸し暑さがなく程よい涼しさになっていた。

夕張『隣の冷却用の奴をちょーっと弄ってこっちにまわしてるだけよ。セーフセーフ』

叢雲『今使う必要のない電力が無駄になっている時点でアウトよ』

夕張『PCの冷却用に!』

叢雲『なら下にだけ空気を送りなさい』

夕張『熱いと作業効率が落ちる!』

叢雲『人の死体は冷たくなるそうだけど艦娘もそうなのかしらねー』

夕張『きゃー冷たい目〜』
386 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 03:55:35.06 ID:CXWxGkuX0
閑話休題。

叢雲『別に私達汗かかないんだしいいんじゃないの?』

夕張『それはそうだけど、やっぱりこのしっとりとした感じは嫌なのよねぇ』

まあそこら辺をどう考えているかまで文句を言う気はないけれど。

叢雲『それで。準備は出来てるんでしょうね』

夕張『そこはバッチし。でもその、本当にやるんですか?』

叢雲『やるわよ』

夕張『今更感はありますけど結構やばいレベルでプライバシーの侵害ですし、何よりあの人鎮守府とは別管轄の、はっきり言ってヤバい所と繋がってそうな人じゃないですか。バレたらどうなるか…』

叢雲『プライバシーに関しては申し訳ないとは思うけれどね。バレたら云々は盗撮してる時点でもうアウトよ。毒かどうかは分からないけれど後は皿ごと飲み込むまでよ』

夕張『おぉ流石流れと勢いで盗撮を命じただけある』

叢雲『…』
387 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 03:56:37.89 ID:CXWxGkuX0
そう。流れと勢いだった。

これに関しては今でもかなり後悔してるし今ではかなり反省している。

最初あの男の部屋に盗聴器を仕込もうと考えたのは実際に会ってからだった。

一目見て、やはり信用出来ないと思った私は夕張と明石に頼んで盗聴器を用意してもらった。

それを部屋に仕込んでおしまい。それだけだった。

バレた。

迫真の演技と巧妙な技でこれは完璧だと、さながら映画で見たスパイの気分で得意げに工廠に戻った私に夕張はそう伝えてきた。

はっきり言って恥ずかしさと悔しさで頭がいっぱいになった。あーまた恥ずかしくなってきた。

ともかく人間如きにあっさりと看破されたことに納得のいかなかった私は冷静さを失ったのだ。

部屋がダメならトイレだ!風呂だ!

あの時は本気で言っていた。付き合わせた夕張達には申し訳ないと思っているけれどともかくそうしてあの長屋にいくつかの盗撮用のカメラなどが仕掛けられた。
388 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:00:00.94 ID:CXWxGkuX0
勿論仕掛けてから何があった訳では無い。そりゃあ男のトイレとか風呂とかを撮ってどうするんだという話だ。

映像なんかを管理している夕張も気を使ってかそれ以降私に盗撮に関して報告したりはしなかった。

今朝までは。

なんでも鎮守府のカメラと同じ人の顔を判別するシステムを使っていたらしく今朝二人が一緒にお風呂入ってるという報告が入ったのだ。

夕張からのメッセージは変態が出たという内容の報告だったのでとりあえず経緯を説明してその誤解は解いた。アレは私のワガママでもあったし…

でも映像は気になった。あの男が緋色とどう接しているか。お風呂という特殊な状況でのそれが気になったので私は夕張に映像を見せるように頼んだのだ。

夕張『あ、椅子一個しかない』

叢雲『じゃあアンタは立ってて』

夕張『ヒドッ!?』

叢雲『ウソよ。お互い小柄だし一つでも座れるでしょ』

夕張『は〜い』
389 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:00:31.28 ID:CXWxGkuX0
夕張『二人が映ってる時間は一時間弱』

叢雲『長くない?』

夕張『飛ばし飛ばしでパッと見た感じ着替え中に色々あったみたいです。そこら辺はネタバレなのでお楽しみに』

叢雲『お楽しみにって、そういうのじゃないんだけれど』

夕張『それじゃ行ってみましょうか』

叢雲『…』

夕張『…叢雲?』

叢雲『え?あぁ、お願い』

夕張『何かあったの?』

叢雲『何でもないわ』

夕張『? それでは』

最大で六人程度の人間が同時に使う事を想定した共同の風呂。その小さく質素な脱衣所の角から見下ろす形で仕込まれたカメラの映像がPCの画面に流れ出す。
390 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:03:58.27 ID:CXWxGkuX0
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男「…」

目の前に緋色が寝ている。

勉強中に意識を失ったのだ。久々だったので少し慌てながらもとりあえずベットに仰向けで寝かせた。

この程度なら直に目を覚ますだろう。

相変わらず椅子もなく机だけの部屋で床に座りベットに横たわる眠姫を眺める。

緋色の胸元が静かに上下する。

艦娘も呼吸はする。

ただそれは心臓の動きや肺の機能、血液循環などが複雑に絡み合った生命活動の一つとしてではなく、例えば犬のロボットにその方が自然だからと尻尾を振る機能をつけるかのような、人らしくあるためのアクセサリのようなものだという。

こうして心音を止め寝ている時にもそれが止まらないのもただ止めていないかららしい。今ここで緋色の口を塞いだり首を絞めても息が止まるだけでなんら影響はないという事だ。

男「気持ちよさそうに寝てる、ように見えるんだがなあ」

そういえば先程叢雲と話していた時は冷静ではなかったせいか思い出せなかったがしーちゃんも睡眠について言っていたな。

例え睡眠を取らなくても入渠の時などに眠ると。誰も乗っていない船のように、意識と言うより人の部分を落とすと。
391 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:04:45.94 ID:CXWxGkuX0
しーちゃんは言っていた。自分にはそれはもう出来ないと。

出来なくなる事がある。それが緋色にも言えることなら、緋色もまだ油断はできないという事だろうか。

男「…意外とあるよなぁ」

なんだか億劫になってきて思考を逸らす。

風呂の時も思ったが、とはいえ秋雲もこれくらいだったよな。この体型だと普通くらいなのだろうか。

いやそれよりも気になる事がある。

緋色の胸と水平になるように目線を合わせてじっと見つめる。

確かに上下はしているがそれは呼吸の影響だ。俺が観測したいのは心臓の鼓動だ。
392 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:05:58.34 ID:CXWxGkuX0
男「横から見てもわからんよなぁ」

試しに下を向いて自分の胸を見てみるがやはり胸の動きに区別はつかない。

心臓の部分に触れて確かめるか?いや流石にそれは色々とアウトだよなぁ…

そうだ。確か首筋とか手首で脈を測ったりするんだよな。それなら問題ない。

男「…」

緋色の首筋に伸ばした右手が止まる。

何かを思い出していたような気がする。

ただそれをハッキリとさせる前に伸ばした手を静かに上下する左胸の方へと動かした。

そっと、呼吸の邪魔にならないように右手を乗せる。

小さくて、
柔らかくて、
暖かくて、
そして、

静かに脈打っていた。




酷く後悔しながらそっと手を離した。
393 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:06:49.74 ID:CXWxGkuX0
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叢雲『…』

夕張『…』

画面の中で彼は全裸の緋色を出来るだけ見ないようにしながら着替えを促して脱衣場を出ていった。

律儀というか真面目というか、どう考えても不可抗力だし、そもそも私達相手にそう気にすることでもないだろうに。

でもまあそんな事はどうでもいい匙の範疇だ。

叢雲『どう思う?』

夕張『どうって言われると、えっと、ちょっと予想外というか』

叢雲『これがさっき言ってたネタバレの内容じゃないの?』

夕張『ざっと流し見しただけなので最後のドタバタくらいしか見てませんよ』

なるほど。音声までは聞いていなかったという事ね。

叢雲『つまりこれを見るまで気づかなかった、痕跡はなかったって事よね』

夕張『はい…』
394 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:07:44.87 ID:CXWxGkuX0
この映像は偶然とはいえ確実に彼にはバレていない。ならばフェイクの可能性はない。そもそもこんなフェイクをする理由がない。

事実だ。今し方目にした映像は間違いなく事実で、そしてだからこそ信じられなかった。

叢雲『"誰と、どうやって通信をしたって言うのよ"』

夕張『…』

鎮守府は外と通信は出来ない。

唯一の回線は全て監視されている有線のみ。

また周りの山々や海からの無線も遮断されているし、出来たとしても確実に痕跡が残るはず。

だというのに一体どうやって…?

夕張『耳につけていたのはワイヤレスイヤホンでしょうね。本体は多分、例の箱』

叢雲『なら、あの大仰な箱は"その為"のものだって事になるわね。そういうのって可能なの?』
395 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:09:10.18 ID:CXWxGkuX0
夕張『ん〜、そういう質問には正直"不可能とは言いきれない"としか答えられないんですよね』

叢雲『煮え切らない返答ね』

夕張『例えば鎮守府は外との通信、つまり電波なんかはシャットアウトしてはいます。でもそれって壁で覆ってるわけじゃなくて網を張ってるイメージなんです。

普通なら捕まります。たとえ抜けられたとしても抜けたという痕跡が残ります。でも絶対に穴がなく、また通り抜ける手段がないとは言いきれないんです』

叢雲『技術的な問題ってこと?』

夕張『今この瞬間にも技術は進化してますからね。仮に昨日までは完璧だったとしても今日には抜ける手段が見つかっているかもしれません。

この手の話はなんでもありですからねぇ。実は抜けられますって言われたらそれまでですし。完璧なのはオフラインにする以外ないです』

叢雲『なら特定するのは難しそうね』

夕張『そうですね。それに有線の方だって怪しいもんです』

叢雲『どうして?あっちは網と違ってわかりやすい一本道なわけでしょ?』

夕張『この前課長さんは情報部の人と繋がりがあったって言ってましたよね』

叢雲『えぇ』
396 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:09:58.35 ID:CXWxGkuX0
夕張『通信システムやらを構築、保守をしているのがそこなら隠し通路や抜け穴なんかがあってそこを利用している可能性があるんですよ。そしてこれもまた確認するのは至難の業です』

叢雲『そういう事…さっき送って貰ったログ。あの電話番号ね、その情報部のしーちゃんのものだったのよ』

夕張『え゛、マジ?』

叢雲『マジよ。前に名刺を見せてもらった事があるのよ。どうせダミーの電話番号だと思っていたけれどあの番号と同じだったわ』

夕張『となるといよいよ難しいですねぇ。下手に追ったらこっちが見つかりますよ。リスク高すぎます』

叢雲『アンタが言うなアンタが』

夕張『てへ』

叢雲『ったく。これ、音声をもっと鮮明にしたり出来ないの?』

夕張『技術的には可能だと思いますけど、私にはそれがないので。ソフトとか探せばもしかしたら?』

叢雲『そこまではしなくていいわ』
397 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:10:54.31 ID:CXWxGkuX0
脱衣場で、しかもすぐ隣に緋色もいる。低く小さい声の部分はほとんど聞き取れなかった。

それでも聞き取れたいくつかの部分から感じたのは、いつも通りという事だった。

私や緋色、飛龍や江風なんかと話している時の彼と同じような話し方だ。

とても何かスパイのような活動をしているようにはみえない。

だけど、だけれども、彼にそんなつもりはなくても電話の相手はそうでないかもしれない。

電話の相手。

叢雲『"秋雲"って言ってたわよね』

夕張『はい。考えられる相手は、鎮守府ではなく例のしーちゃんの情報部三課所属の秋雲とかですかね』

叢雲『秋雲っていたかしら。診察やメディアへの露出なんで見かけたことはないけれど』

夕張『裏方かもしれませんよ。構成員が把握出来ない以上可能性でしかないですけど』

叢雲『そうね。あるいは彼と同じく調査員として秋雲がいるのか』

"課長"というのは部下がそう呼んでいるからと本人が言っていた。その"部下"が秋雲の可能性はある。

夕張『基本的に鎮守府以外での艦娘の保有は認められてないはずですけどね』

叢雲『しーちゃんの所だって鎮守府じゃないもの。例外はあるわよ。そもそもそんなの上の都合でどうとでもなるわ』

夕張『全ては可能性。現状じゃ議論しても無駄ですかね』

そうだ。全ては可能性。確証は何もない。
398 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:11:25.62 ID:CXWxGkuX0
叢雲『方法は不明。でもなんであれあの箱からどうにかして外と通信しているのは確かよね』

夕張『それについてはほぼ間違いないと思います』

叢雲『なら、鎮守府と外とに網を張るのではなく箱に網を張るのは出来る?』

夕張『それは…出来ます。防ぐのではなく痕跡を探るためって事ですよね』

叢雲『えぇ。まずはそこから始めましょう』

夕張『そうなると…バレるわけにはいかない…ふむ、ルーターは長屋から遠いし…』ブツブツ

叢雲『あー待ってストップ』

夕張『へぁ?』

叢雲『とてもデリケートな問題よ。慎重にいく必要がある。急いだって仕方ないわ。とりあえずは緋色の艤装の件やいつもの業務を優先してちょうだい。この件は時間を見つけじっくりとお願い』

夕張『了解しました』
399 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:12:06.25 ID:CXWxGkuX0
叢雲『とりあえず戻るわ。執務室空けちゃってるし。また連絡する』

夕張『この映像どうします?消す?』

叢雲『カメラ仕込んでる時点でバレたらアウトだもの。映像消したところで仕方ないでしょ』

夕張『それもそうね。ではしっかり保存しておきます』

叢雲『頼んだわ』

夕張『最後にもうひとついい?』

叢雲『…何?』

夕張『これって提督にナイショって事よね?』

部下としてではなくいつもの口調で聞いてくる。夕張はここら辺の線引きをしっかりしている。

叢雲『えぇそうよ。これは秘書艦という立場からの命令じゃない、秘書艦だからこその個人的な判断、頼みよ』

夕張『つまり〜給料外の労働よね?』

叢雲『うっ、そういうとこホント抜け目ないわねぇ。いいわ、何が望みよ』

夕張『いやぁ実は試したい兵装があって〜明石とも話してたんだけれどちょぉっと規定外の物になりそうで〜申請出来ないから弾薬ちょろまかして欲しいなぁって〜、ダメ?』

叢雲『………私が許せそうな範囲だと思えるなら詳細送ってちょうだい』

夕張『ッシャア!』ガッ

叢雲『まだいいとは言ってないわよ!』

頼りになるけど、悩みの種でもあるのよねこの娘ら…
400 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:14:24.24 ID:CXWxGkuX0
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工廠を後にする。

叢雲『さぁて切り替え切り替え』

一旦この事は忘れておこう。

あの男と対立するのが目的ではない。緋色を助けたいという気持ちは同じなのだから。

最終的にそうなるとしても、今はまだ考える必要は無い。

端末で時間を確認する。もうすぐ演習が終わる時間だ。

一度執務室に戻っててるてる坊主を作ってるバカを叩きに行こう。

…バカ司令官。

あの能天気な平和ボケはきっと今の私の行動を良しとしないでしょう。
401 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/08/23(日) 04:27:01.03 ID:CXWxGkuX0
燃料20万溶かしたけどE6終わった…

艦娘同士での喋り方、つまり敬語やさん付けの基準は人によって解釈にかなり差があるのではないかと思います。
見た目の年齢に沿うのが自然にも思えますが戦艦を駆逐艦が呼び捨てという例もありますし。
史実での階級や親しさ、鎮守府内での練度や着任日順等々色々な解釈があって面白い点です。
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/23(日) 11:36:36.99 ID:Lrqaf7xzo
お疲れ様でした…本当に……
二次創作の腕の見せ所ですよね>艦娘同士の呼称問題
公式はあるとはいえ全て網羅している訳ではないですし
個人的には姉妹艦の場合をあれこれ考えるの好き
403 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:46:53.22 ID:PYziUX8s0
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例の映像見た翌日。

私は朝餉の後に長屋に寄ってみた。

叢雲『あら?』

緋色の部屋を扉の覗き穴から見てみるとどうやら一人だけのようだった。

何やら真剣に机の上のプリントと向き合っている。

隣の部屋の前に移動して控えめにノックをする。

『どうぞ〜』

すっかり聞き慣れた声に許可を貰いドアを開ける。
404 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:47:35.72 ID:PYziUX8s0
男「叢雲か。どうした?」

叢雲「緋色、今何やってるの?」

男「問題集、法律のな。記憶力の方は心配ないが状況判断は慣れが必要だからな」

叢雲「なるほどね…」

男は自室のベットでタブレットを操作していた。ベットの隅にはスマホ。

そしてベットの向かいに例の箱が鎮座している。

男「…気になるか?」

叢雲「嫌でも目に入るでしょこれは。異質よ異質。ま、床が抜けてないようで安心したわ」ヤレヤレ

男「それに関しては俺も安心したよ。といってもある日突然って可能性は捨てきれないが」

叢雲「その場合は何処に請求したらいいのかしら」

男「んー、個人で弁償かなぁ」

適当に話題を逸らす。この箱の存在を気にしていると悟られるわけにはいかない。もっとも今どうこうするつもりは無いけれど。
405 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:48:06.98 ID:PYziUX8s0
叢雲「…緋色の部屋に居なくていいの?」

男「あ、あぁ。解いてる途中だからな、邪魔しちゃ悪いだろ」

叢雲「そ」

彼はそう言ってタブレットに視線を戻す。まるで何かから逃げるように。

昨日から、昨日からだ。昨晩の報告会の時から彼は変だった。何処か逃げ腰というか及び腰だった。

まるで初めて深海棲艦(ヤツら)と対峙した新兵のように。

盗撮がバレた?いやそうは見えないわね。もう少し注意深く観察する必要がある。

叢雲「緋色の航行の件だけど、午後からで問題ないそうよ。準備は出来てるって」

男「そうか。良かった」

とてもほっとしたという顔をする。

叢雲「実際やってどうなるかは出たとこ勝負になるけれど」
406 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:48:37.33 ID:PYziUX8s0
男「そこは仕方ないさ。それで教官というか、指導役は誰が?」

叢雲「私よ」

男「叢雲が?」

叢雲「あら、不満なの?」

男「まさか。ただそこまで時間を割いてもらえるとは思わなくてな」

叢雲「今日は秘書艦休みなの。だから業務は午後の緋色指導一つだけってわけ」

男「そういや交代制だって言ってたな。代わりは誰が?」

叢雲「加賀」

男「ほう…」

何か反応が硬いわね。会ったことないのだから当然か。
407 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:49:13.73 ID:PYziUX8s0
叢雲「さてと、緋色の部屋に行ってもいい?」

男「構わないが、何か用なのか?」

叢雲「気になったから顔を見たいだけ」

男「それでも助かるよ。せっかくの休暇に悪いな」

叢雲「忙しい秘書艦を休むってだけで私は休みじゃないわよ。あの娘の様子を見るのも立派な仕事だしね」

男「なら、ほい」チャリ

あっさりと私に鍵を渡してきた。

男「頼んだよ。と言っても試験中だから邪魔はするなよ。後…一時間ちょいで終わるからそしたら俺も行く」

叢雲「ええ、まかせなさい。それと、最後にひとついい?」

男「ん?」

叢雲「なんで寝ながらやってるの」

男「筋肉痛がな…」

罰が悪そうにそっぽを向く。いつかの司令官と同じような反応ね…
408 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:49:46.19 ID:PYziUX8s0
部屋を出て隣の扉に鍵をさす。

しかし妙ね。何かあったのかしら。

最初に何か慌てたように"緋色の邪魔になるから"とか言ってたくせに私が部屋に行くと言ったらあっさりと承諾した。

一体どういうつもりなのやら。

叢雲『お邪魔するわよ』ガチャ

緋色『おはよ〜先生』

完全に先生で定着してしまった。別にいいのだけど。

緋色『今日はなんの用で?』

叢雲『何もないわよ。ちょっと様子を見に来ただけ』

緋色『あら、そうなの…』

叢雲『なんでそこで残念そうな顔するのよ』

緋色『えっと、お勉強サボれるかなぁって思って』

叢雲『ダァメよ。試験中なんでしょ?集中なさい』

緋色『はぁい』
409 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:50:21.61 ID:PYziUX8s0
緋色『ねぇ先生』

叢雲『何?』

緋色のベットに腰掛け端末で文面を考えていると緋色が話しかけてきた。

緋色『課長さんには会った?』

叢雲『えぇ。隣で作業してたわよ。筋肉痛とか言ってたわ』

緋色『他には?』

叢雲『特に何も』

緋色『そぅ…』

不満そうな声を漏らしつつもテストに戻る。

この娘も気づいているのだろう。今日の彼が少しいつもと違う事に。

考えすぎ、なのだろうか。気分が悪いとか、筋肉痛のせいとか、そんなことかもしれない。

何にせよ今日は午後の事に集中すべきだろう。
410 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:50:59.46 ID:PYziUX8s0
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緋色『終わったぁ!』

叢雲『お疲れ様。課長呼んでくるわね』

緋色『いいわよそこまでしなくても。扉の方で声を出せば気づくわ』

叢雲『私もそろそろ戻るもの。ついでよついで』

緋色『ありがとう。ならお言葉に甘えるわ』

叢雲『あら、何リラックスしてるのよ』

緋色『へ?』

叢雲『試験時間はまだ15分あるわよね』

緋色『え゛知ってたの』

叢雲『見直しする事。基本よ』

緋色『はぁぃ…』

不満げに頬を膨らませるピンク玉。

いずれこの娘と並んで海に出る日も来るのだろう。そう思うと生まれたばかりの妹のようで、いっそう愛おしく思えた。

叢雲『頑張って』

ピンク玉の頭を撫でて部屋を出た。
411 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:51:29.63 ID:PYziUX8s0
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時刻はヒトサンマルマル。

昼食を食べた後だった。

緋色『ほら、早く行きましょう』

男『!』パッ

俺の手を掴もうとして伸ばされた緋色の手から思わず腕を引いてしまった。

緋色『…課長さん?』

不満げに、不安そうにこちらを見上げる。無理もない。緋色からすれば全く意味のわからない行動だろう。

だけど、だけれど俺は、これ以上緋色に触れるべきじゃないんだ。

男『なんでもないよ。行こう』

昼食を終えてすぐ、叢雲に指定された場所に向かう。

食べてすぐ運動というのは身体に良くないと言うが今回運動するのは俺でなく緋色だ。艦娘であれば大丈夫だろう。
412 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:52:12.67 ID:PYziUX8s0
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叢雲『集合時間五分前。流石ね』

緋色『えっへん』ドヤサ

鎮守府には港と呼ばれる艦娘達が帰投、出撃する為の設備がある。役割としては港だがそこは艦娘、実際の港とは異なる機能を持つ。

そんな港から工廠を挟んだ鎮守府内で海に面した箇所としては一番端にある場所。そこが集合地点だった。

叢雲『さて、おおまかな説明は予め聞いていると思うけれど改めて説明するわよ』

緋色『はい先生』ビシッ

叢雲『今日は教官よ』

緋色『はい教官』ビシッ

カラッと晴れた青空と並ぶ穏やかな海を背にして立つ叢雲とその前に敬礼をして立つ緋色。

身長にさほど差がないのですごく微笑ましく見える、とは口が裂けても言えない。

しかし叢雲の横にあるのはなんだ?布で覆われているがこれが今回使う艤装なのだろうか。

それにしては大きい。

叢雲『まず二人に紹介するわ。今回の協力者』

などと考えていると叢雲の言葉を合図に布がバッと飛んでいく。
413 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:52:52.77 ID:PYziUX8s0


夕張『そう!この夕張よ!!』シュバ



緋色『』ポカーン
叢雲『…』
男『…なんだこれ』
叢雲『どうしてもこれやりたいって』
男『あぁそう』

夕張『あ、あれぇ…なんか反応が芳しくないぞ〜…』

布の下から出てきたのは軽巡夕張だった。オレンジのネクタイに灰色のスカート、見ていて心配になるほど露出したお腹。改二だろうか。

目の前にピンクと水色と緑色の三色が並んだ。

夕張『え〜というわけで兵装実験軽巡夕張。よろしくね』

緋色『あ、はい、よろしくお願いします』

飛龍、江風と来てだんだんと慣れてきたのか意外とあっさり夕張と握手する緋色。いい事なんだろうけどあんまり慣れて欲しくない気もする


男『ん?そっちは?』

夕張の後ろに何かがあった。

叢雲『夕張、ここからの説明はアナタに任せるわ』

夕張『ラジャりました』
414 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:53:42.96 ID:PYziUX8s0
夕張『さてさて、事前に説明があったと思うけど今回緋色ちゃんには艦娘としての航行をしてもらいます』

そう言って後ろにあったそれを持ち上げた。

夕張『そしてこれが!今回の訓練の要である艤装です!』

緋色『これが、艤装…』

男『吹雪型の物か。ん、でもなんかちゃっちいな』

夕張『さっすが課長さんよく分かってるぅ。これは訓練用に簡略化された物なんです。最低限の機能だけを有してます。普通の艤装を車とするならこれはゴーカートってとこですかね』

緋色『わざわざ私の為に?』

夕張『いやいや、チューニングはしてあるけどこれ自体は元々ある物なのよ。艦娘にも最初上手く航行出来ないって娘はたまにいるから』

男『そうなのか。知らなかった』

夕張『特に問題になることも無いですからね。一ヶ月もかからずマスターできるんで現場に居なきゃ知らないのも仕方ないですよ』

現場の悩みか。

艦娘はその特殊性からマニュアル化し辛い場面が多く、現場に判断が委ねられる場合が殆どになる。

きっとこういった問題は他にも沢山あるんだろうな。
415 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:54:31.39 ID:PYziUX8s0
夕張『それじゃさっそく装着しちゃいましょう』

緋色『は、はい』

叢雲『大丈夫よ。艤装って言ってもホントに訓練用の簡素な物だから。リュックを背負うようなもんよ』

夕張『じゃあまずはこれを肩に背負ってー、そうそう。サイズもぴったしね。後は腰にこれを』

緋色『付けるもの多いのね』

夕張『装備する訳じゃなくて背負うだけだもの。安全対策として色々あるのよ』

叢雲『どう?キツかったり緩かったりしない?』

緋色『んー多分丁度、かしら』

夕張『あ、叢雲。結局FRCは何色にするの?』

叢雲『青でいいんじゃない。モクは切ってある?』

夕張『バッチリよ。DCと補助だけ』

叢雲『ハタハタ付いたままだけど』

夕張『え、私付ける派』

叢雲『えそうだったの?ん〜まいっか』

緋色『???』

緋色が助けを求めるような目で俺を見つめてくる。

すまん。俺も専門用語はサッパリなんだ。
416 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:55:01.97 ID:PYziUX8s0
叢雲『よしOK。行きましょ』

緋色『うん、じゃない。はい!』

叢雲に手を引かれて階段へ向かう。どうやらそのまま海まで伸びているらしい。

緋色は慣れない背中の艤装で少し歩きづらそうだ。

男『ああして艤装を背負うとちゃんと艦娘なんだと再認識できるな』

夕張『私達の半身みたいなものですからね、艤装は』

半身。その通りだろうな。

だから今の緋色は本来の半分以下の存在でしかないわけだ。

夕張『課長さんって艤装の事どれくらい分かります?』

男『姿形程度なら。さっきみたいな実際の機能や中身になるとサッパリだ』

夕張『あら、調査員というからてっきりお詳しいのかと』

男『詳しい所は部下に任せたりしてるからな。名前を探すだけなら見た目で十分だったし。少なくとも今までは』
417 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:55:38.95 ID:PYziUX8s0
夕張『そっかぁ残念』

男『なんでだ?』

夕張『外の技術者と話す機会って中々ないんで、詳しい人だったらなぁと勝手に期待してまして』

男『その手の知識も覚えようとはしてるんだがな。如何せん実際に触れたりしない立場だと中々難しくてな』

夕張『興味があるなら色々と教えましょうか?マニュアルとかありますし』

男『そんなのあるのか?』

夕張『近年鎮守府はどんどん増えてますからね。古参の鎮守府のデータをまとめてマニュアル化する事で全体の効率や戦力の向上を図ってるんですよ』

男『現場も進化してるんだなあ』

夕張『いつまでも私達相手に分からん分からんじゃこの先もたないですからね。ちなみに発案は件の東京の英雄みたいですよ』

男『あぁ、まあそうだろうな』

夕張『凄いですよねぇあの人。若くてイケメン!しかもスケートもできるとか』

男『それは初めて聞いたな』

夕張『流石に最後のは眉唾ものですけど』
418 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:56:14.07 ID:PYziUX8s0
夕張『ところで緋色ちゃんの近くにいなくてもいいんですか?』

男『それは、ほら、これは艦娘としての訓練だからな。俺じゃなく鎮守府の仲間とやるってのが大事なんだ』

夕張『ふむ、それもそうですね』

嘘じゃない。その通りだ。

緋色に必要なのは鎮守府であり同じ艦娘であり、提督という存在だ。

俺であっちゃダメなんだ。

夕張『あ、そろそろですね』

男『あぁ』

海の方へ近寄る。階段を下りずに緋色達を見下ろす形で。

叢雲は先に階段を降りそのまま海に浮かんだようだ。

緋色はそんな叢雲の両手を握り今まさに階段を一歩下へ、つまり海面に足をつけようとしていた。

緊張で身を強ばらせている緋色に叢雲が優しく何かを話している。

両手を握りリードする叢雲とへっぴり腰で足を踏み出す緋色の二人を見て昔スケートをしたことを思い出す。

あの時もああやって先生に滑り方を教わったなぁ。
419 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:56:44.77 ID:PYziUX8s0
緋色が海へと足を入れた。

チャプンと、そんな水溜りに足を踏み出したような音を想像してしまう程あっさりと彼女は浮いた。

当然のように。そしてやはりそれは当然なのだろう。

夕張『…めっちゃりきんでますよ?』

男『え?』

言われて気づいた。いつの間に手をぎゅっと握り締めていた。全身の力が少しづつ抜けていく。

夕張『心配でした?』ニヤリ

夕張が何か嬉しそうにこちらを見てくる。

男『まあ、そりゃな』

夕張『大丈夫ですよ〜。沈んだりしませんって』

男『分かっていてももし浮く事が出来なかったらと考えちまうんだよ』

緋色は叢雲に引っ張られてゆっくりと階段から離れていく。

僅かとはいえ揺れる海面と背中の艤装でバランスが中々取れないのか始終フラフラしていた。
420 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:57:17.89 ID:PYziUX8s0
夕張『課長さん、叢雲が今何をしているかって分かります?』

男『何って、緋色を引っ張ってる?』

夕張『どうやって?』

男『…後ろ向きで?』

夕張『じゃあその後退がどれくらい凄いことか知ってます?』

男『?』

夕張『ふっふ〜ん分からないですよねそうですよねぇ』

物凄く得意げな顔をされた。

夕張『技術担当として、緋色ちゃんにも関わることですし一度しっかり説明致しましょう』

男『お、おう』

しかし後退?よく分からんな。
421 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:58:10.36 ID:PYziUX8s0
夕張『先程言った通り艦娘にも航行訓練があります。そのレベル0。初歩が前身になります』

男『ん、浮くことじゃないのか?』

夕張『浮くのは艦娘としては技術とかではなく特性に近いですね。艤装なしでも浮く事は出来ますよ』

男『そうなのか!?』

夕張『むしろ意識しないと海に潜れないくらいですからね。そして次に停止。その次は左右に、面舵取り舵って奴です』

男『教習所を思い出すな』

夕張『あー確かに基本的には同じかもですね』

男『あれ、自分で言っておいてなんなんだが教習所分かるのか』

夕張『フォークリフトとか色々乗れるんで私』ドヤァ

男『免許とか取れるのか鎮守府』

夕張『あぁいえ一般道なんかとは別扱いなので正式に免許はないけど乗ってます。一応他所で他の艦娘に習いはしましたけど』

男『そういう事か。ま、制度を待ってる余裕はないわな』

夕張『だから非公式扱いなんですよねぇ。戦争中だっていうのに、周りの目を気にする程度には危機感が薄れてきたようで』

夕張を見て改めて理解する、その意識の差。人と艦娘との間にある壁を。それはきっとこうして積み重なっていったものなのだろう。

男『…そう悪いことばかりじゃないさ』
422 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 00:58:46.56 ID:PYziUX8s0
夕張『おおっと話が逸れましたね。基本的な移動が終わると次は動きながらの攻撃と回避になります』

男『ちなみに潜水艦は?』

夕張『あーーー……』

すげぇ難しい顔をされた。それ聞く?みたいな。

夕張『ここまで出来れば基本的に艦隊の動きには付いてこれるのでチュートリアルクリアって感じですね。後は精度の問題なので鍛錬あるのみです。最終的には急加速急停止が目標ですかね』

男『そうか』

スルーされた。別にいいけど。

夕張『さてここからが艦娘としての本領発揮と言うところです』

男『艦娘の本領?』

夕張『ここからは難易度丙ってとこですね。まずはスケート航行。スケートと同じ要領で両足を交互に動かします。次にステップ。足首だけ動かして細かく右に左に動きます。最後にターン。左右どちらかの足を軸にクルッと回ります』

男『それが本領なのか?』

夕張『はい。船には出来なくて私達には出来る動きですから』

男『そういう事か』
423 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:00:10.41 ID:PYziUX8s0
船はその仕組みと海上という条件ゆえに動きが大仰にならざるを得ない。しかし艦娘は違う。推進力を止まったまま生み出せるという一点を除けばスケートと同じくらい自由に動けるのだ。

夕張『丙では左右で違う動きをする事が目標です。ターンは片足停止、片足前進か後退が必要なので1番難易度が高いですね』

男『しかし丙でそれか。乙は想像つかないな』

夕張『乙は上半身の動きですね。下半身はどうしても動きが制限されるのでその状態で上半身のどう使うかが大切なんです』

男『具体的にはどんな訓練を?』

夕張『ボクシングなんかでやるあの、天井から高吊り下げられたヤツを避けるみたいなのとか、バッティングなんかを海上でとかですかね』

男『地に足を付けずに野球か。一気に難易度が上がった気がするな』

夕張『最後に受け身です。衝撃で体制を崩してもしっかり受身が取れれば戦闘は継続できます。これが出来ないとダメージは少なかったのに倒れた影響で艤装が破損なんて事になりますから、耐久面が大きく変わります』

男『そこに関しては本来の船より難しくなっているわけか』

夕張『そうですね。船なら例え駆逐艦でもまさか転んで大破なんてことにはなりませんから。それも含めて耐久面は私達結構もろいです』
424 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:00:59.09 ID:PYziUX8s0
夕張『最後に甲です。ただ難易度にかなり差があります。一番簡単なのはジャンプ。中くらいで後退。横にスライド移動なんかもヤバめですね。聞いた話だと逆立ちしながら航行できる訳の分からない娘もいるとか。ジャンプ以外はもう才能とかの域になってきますね』

男『ジャンプは分かるが、やはりその中だと後退が難しいってのがよく分からないな。それ自体は船も出来るだろ』

夕張『ただ下がるだけなら練習すれば誰でも出来ます。叢雲がやってるのはそういうレベルじゃないんですよ。アレはもう後ろ向きで前進してるのと変わりません』

叢雲を見る。まるでスーツケースでも引っ張るかのように緋色と手を繋いだまま水上をゆるりと後ろ向きのままに進む。

どうやら少し楽しくなってきたらしい緋色から笑顔が見えた。

夕張『あんな風に誰かを引っ張りながら後退ってのも凄く難しいんですよ。まして戦闘中でも出来るのは、それだけの経験と訓練を重ねた者だけです』

男『…艦娘ってのは、やっぱ凄いもんなんだよなぁ』

夕張『船も艦載機も本来人が許されていない領域を行く為のモノですから。どちらも常に自然から試され続けているようなもんです』

男『その言い方は随分としっくりくる』
425 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:01:40.93 ID:PYziUX8s0
夕張『ちなみに足をぴたっと揃えて直立したままクルクル回れる艦娘は基本練度が頭おかしい人達です、なんて言う話がありますね』

男『叢雲は出来るのか?』

夕張『さすがに無理だそうです。にしても課長さん、意外とこの手の話は知らないんですね』

男『戦闘関係の話はあまりな。その手の話はあまり部外者に知られたくないって鎮守府も多い』

夕張『え、なんでですか?課長さん関係者じゃないですか』

男『軍としてじゃないよ。鎮守府にとって、その鎮守府以外の奴は部外者だ。自分達の戦力を知られたくない事情は、まあ想像できなくもない』

夕張『…うわぁ』

男『そんな顔するなよ』

夕張『こんな大変な時に余計事ばっかだなぁって。でも…叢雲や提督も、そういう事あったりするのかな』

男『どうだろうな』
426 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:02:07.45 ID:PYziUX8s0
夕張『あ、始まった』

男『何が?』

夕張『はい、どうぞ』

男『ワイヤレスイヤホン?』

夕張『緋色ちゃんの艤装に通信機が付いてるんですけど、そのマイクだけONにしてあるんです。これで会話聞けますよ』

男『それは盗聴なんじゃ』

夕張『技術担当として艤装の音を披露必要がありまして〜』

男『モニタリングしろよ』

夕張『じゃあ私作業に戻るので。そこの工廠に居ますから何かあれば呼んでください』

男『おい技術担当』

本当に行っちまった…嘘だろ。

実際この位の訓練なら何も無いのだろうけれど、それにしたってなぁ。
427 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:02:34.72 ID:PYziUX8s0
緋色達を見てみると丁度叢雲が手を離した時だった。

それを眺めながらイヤホンを耳にさした。

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叢雲『いい?転びそうになっても手をついたりしようとしちゃダメ。ここでは"そういう感覚"を捨てなきゃいけないの』

緋色『は、はい』

揺れているのは身体だけじゃなくて声もだった。叢雲から手を離され一人で海に立っている状況が不安で仕方ないようだ。

叢雲『木になったイメージね。足から根が伸びて結びついているイメージ。例え揺れてもある程度なら足さえ海面に付けていれば倒れはしないわ』

緋色『足に根っこ、足に根っこ…』

叢雲『はい後ろで腕を組んで!』

緋色『はい!』ガシ

叢雲『えいっ』

叢雲が緋色のおでこを軽く突いた。

緋色『ヒッ!?』

グラりと緋色の身体が後ろに倒れかける、が。

緋色『…あれ?』

後ろで腕を組みバランスの取れない状況にも関わらず緋色の身体は後ろに倒れることなくただ押された分だけスーッと後ろに下がっただけだった。

叢雲『ね?倒れないでしょ』

緋色『ホントだ…』
428 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:03:37.66 ID:PYziUX8s0
叢雲『で、今どんな感覚だった?』

緋色『どんなって言われると…うーん、波になった、みたいな、感じ?』

叢雲『へぇ、よしよし。じゃあ次は進み方ね』

緋色『はい!』

叢雲『今の姿勢のまま私に腕を伸ばしてみて』

緋色『こう?』

叢雲『ええ、そのまま』

そう言って叢雲も手を伸ばす。しかし二人の間には人一人分程の距離がある。

叢雲『もうちょいね』

叢雲が少し前に出る。

叢雲『もう少し腕を伸ばして』

緋色『ん〜!んっ!』グッ

叢雲『もう少し、もう少し"前に"』

緋色『ん゜っ!あ、届いた!!』

叢雲『はい合格』

緋色『へ?』

緋色の右手が叢雲の右手をぎゅっと掴んだ。緋色が前に出ることによって。
429 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:04:32.55 ID:PYziUX8s0
叢雲『ほら、こっちよ』

再び叢雲が緋色の手を離して後退する。

緋色『…』

緋色は離れていく叢雲に対して再び手を伸ばして、そして少しづつ進んでいく。

緋色『はっ!進んでる、私進んでる!!』

叢雲『次はちょっと曲がってもらおうかしら。ゆっくりよ。焦らずに』

緋色『はいっ!』

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楽しそうに笑っている。

海の世界で。

艦娘の世界で。

俺はイヤホンをそっと外して暫く二隻の姿を眺めていた。
430 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/09/22(火) 01:10:54.83 ID:PYziUX8s0
生きてます

艦これACは一度やったことがあるのであるのですが、改めて艦娘ってすごい動きしてるなと思いました。
ああいった動きも練度に入るのでしょう。
艦娘ならではの訓練は色々考えられて面白いです。
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/22(火) 01:28:56.24 ID:UWNkFLmDO
おつです
叢雲さん教え方上手…まさに先生
海の上に立ってると言うよりは生えてるイメージなんだねぇ
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/22(火) 03:02:37.41 ID:xD1Ah5k5o

>東京の英雄
>スケート
これニヤリとした
「浮く」は特性なんですね、ここでも種族としての違いを気付かされる
夕張さん?情報収集してます?
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/22(木) 19:11:45.19 ID:P5GaQQ3Ko
そろそろ一ヶ月
434 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:41:13.55 ID:vgJpznfL0
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緋色が艤装での航行が可能と分かった日から最初の三日間は叢雲が付きっきりで指導をしてくれていた。

叢雲『はいチェック』

緋色『ベルトよし、よし、よし。ランプABよし。えっと、無線チェックよし』

叢雲『はいストップ。煙突のチェックが先ー』

緋色『あ』

叢雲『もう一回最初から』

緋色『は〜い』




夕張『あの艤装、訓練用だから細々してますけど実際の確認項目は半分もないんですよ』

男『出撃時もああしてチェックしてるのか?』

夕張『それは勿論。緊急時以外は入念に。戦闘でなく整備不良や確認不足で戦闘不能とか笑えませんからね』

男『それもそうだ』

夕張『私達の敵は深海棲艦だけじゃないですから。今じゃ当たり前のように行き来してますけど、油断してるとあっという間に飲み込まれちゃいますから。海に』

男『実際あったりするのか?』

夕張『ウチではまだないですね。モノホンの船と違って私達は航行不能になっても船に乗っけてもらったりおぶってもらったりできるので戦闘以外での轟沈は中々聞かないですし』
435 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:41:52.31 ID:vgJpznfL0
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江風『いよっす』ガチャ

部屋の扉が開けられ江風の顔がひょっこりと現れた。

緋色『江風!どうしたの?』

江風『にっひひぃ。何を隠そう今日の教官は私なのさ!』

緋色『…江風が?』

江風『え、何、そこ疑問に思う所か?』

夕立『私もいるっぽい〜』

緋色『ぽい?』

江風『紹介するぜ!教官その二、夕立だ!』

夕立『よろしくね、新人さん』

緋色『はい、よろしくお願いします』

江風『あ〜そンなに固くなくてもいいって』

緋色『そう?』

夕立『でもこういうのハッキリしとくのが大切だって川内さんも言ってたっぽい』

江風『ん〜〜』

男『昼食はもう食べ終わっているし、緋色がいいならもう行ってもいいぞ』

緋色『ホント!?なら早速行くわよ!』

夕立『おぉ凄い気合い』

江風『ヤル気があるのはいい事だ。よっし行くぜ!』

三人が慌ただしく部屋を出ていく。
436 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:42:22.01 ID:vgJpznfL0
叢雲の指導により最低限の航行が可能と判断された次の日。

訓練に合わせて他の艦娘達と接触させていく事になった。

陸にいる時より海にいる時の方が船の記憶を思い出すきっかけになりやすいかもしれない。それが俺の考えだった。

教官として接触させる案は提督や叢雲も賛成だったため翌日に即決行となった。

緋色の方も海を進むのが楽しいのか訓練には実に積極的だ。まるで新しい遊びを覚えた子供のように。

男「居なくなると静かなもんだな」

まだ提督達には言っていない。だが大切な事だ。

ああして艦娘に囲まれて、同じ艦娘として、同じ鎮守府の仲間として過ごす事が如何に大切か。
437 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:43:57.04 ID:vgJpznfL0
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吹雪『という事で今日は私が教官を務めます!』

緋色『よろしくお願いします吹雪教官』

吹雪『はぅ…』

男『え?』

吹雪『あ、すいません。なんというかその…』

緋色『?』キョトン

吹雪『…緋色ちゃん』

緋色『はい』

吹雪『一回お姉ちゃんって言ってもらってもいい?』

緋色『…お姉ちゃん?』

吹雪『あ゛あ゛あ゛!』ガバッ
緋色『キャッ!?』
吹雪『こんな妹が欲しかったぁぁ!』スリスリ

男『…』パシャッ

吹雪『え、今撮りました?今撮りましたよね??』

後で叢雲に送っておこう。
438 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:44:54.41 ID:vgJpznfL0
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男『どうだった?今日の訓練は』

緋色『雪風はね、とても分かりにくかったわ…』

男『え、そうなのか』

緋色『言っていることはとても正しいのよ。でも、その、言い方が分かりにくいというか、感覚的というか…』

男『あーそういうタイプか』

緋色『一度分かってしまえば直ぐにクルッて回れたの。でもそこに気づくまでが長くって』

男『でもしっかりコツを理解出来たんだから緋色も頑張ってるじゃないか』

緋色『そ、そお?そうね、そうよ!』ドヤ
439 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:45:28.55 ID:vgJpznfL0
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陽炎『今日は私が教官よ。よろしく』

緋色『よろしくお願いします』

男『そちらは?昨日の話では陽炎だけだって』

不知火『陽炎に任せるとどんなスパルタになるか分からないので補佐として来ました、不知火です』

陽炎『ちょっと!人聞きの悪い事言わないでくれる』

緋色『そちらは?』

黒潮『不知火に任せとるとあらぬ方向に行ってしまいそうやと思うてなぁ、ウチも補佐やで〜』

不知火『不知火に落ち度でも?』

陽炎『え、私へのフォローとかないの黒潮。あらぬ疑いかけられてるんだけど』

黒潮『それは事実やし』
不知火『それは事実なので』
陽炎『ぐはっ』


緋色『この場合はどうすればいいの?』ヒソヒソ
男『俺が知りたい…』ヒソヒソ
440 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:45:59.17 ID:vgJpznfL0
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長波『今日は私が教官役』

緋色『はい』

長波『のはずだったんだけどなぁ』

男『梅雨入りしたしなぁ』

緋色『雨天中止なの?』

長波『そりゃあウチらは雨ニモマケズ風ニモマケズだけど、まだ訓練中だろ?』

緋色『これくらいの雨なら大丈夫!よ、多分、大丈夫?』

長波『ほほぉヤル気たっぷりで不安も十分か。よっしなら決行だ!雨天時の航行の事も教えとかなきゃだし』

緋色『りょうかい!』
441 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:46:38.86 ID:vgJpznfL0
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午前は座学。午後は航行訓練という流れで毎日色々な駆逐艦達と触れ合ってもらった。

勿論駆逐艦だけではないし、場所も海だけではない。

川内『はーい休憩。十分間ね』

緋色『は〜い…』

場所は長屋の横にあるグラウンドのような場所。

緋色が背負っていたリュックを外しその場にへたり込む。

登山家なんかが背負っていそうな普通のものより二回りほど大きなそれは緋色の小さな体も相まってもはやリュックとは思えない存在感があった。

しかしあれは決して重い訳では無い。実際に中身も確認した。

あの中にあるのは容器だ。リュックにギリギリ入るほどの大きな容器。そこに水が2L入っている。例え緋色でも背負う分には軽い重さだろう。

男『一ついいか?』

川内『…なんでしょうか』

男『この訓練ってどういう意味があるんだ?』
442 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:47:23.42 ID:vgJpznfL0
川内『…』

川内は俺の方を一切見ず何かを考え込んでいる。

何か。

俺の質問への答えではないだろう。この場合彼女が悩むのは恐らく俺に答えてもいいのかどうか、だろう。

川内『バランスの訓練ですよ』

男『バランス?』

相変わらずこちらを一瞥すらしないがそれでも質問には答えてくれた。

川内『私達の艤装には様々な種類がありますけれど、軽巡や特に駆逐艦は基本的に背中に背負う形のものが多いです』

男『確かにそうだな。背負うか、腰に装着くらいか』

川内『ええ。別に重くはありません、艦娘からすれば。ただ背中にある程度の重量を背負うことによる重心の変化や運動エネルギーの変化は大きいです』

説明は分かるがいまいちピンと来なかった。あの重さをものともしないという前提が人間には想像しにくい。
443 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:48:28.89 ID:vgJpznfL0
川内『バランスは私達にとって死活問題です。なんせ崩れれば転覆ですからね。そのための訓練がこれです』

川内がグラウンドに置かれたリュックを指さす。

川内『大きな容器に水が入ってます。重さは大した事は無いですけど動くと揺れます。この揺れは自身の運動に大きな影響を与えます』

こちらは想像しやすい。水の入ったバケツを持って急ごうとすれば水は揺れそれに身体が引っ張られる。

川内『実際の艤装のバランスはもっと細かくてそれぞれに特徴があるんですけど、今回は大まかな動きになれてもらうためにこういう形にしたんです』

男『なるほど。納得だ』

川内『本当なら海上でやるんですけどね。流石にそれは早そうなので』

緋色は艦娘としての力は殆ど発揮出来ていない様だがそれでも人間より遥かに丈夫だ。

その緋色が今し方リュックを背負い川内とキャッチボールをしただけであれ程疲れている。一体どれだけの負荷がかかっているのだろう。

川内『…やってみます?』

男『…遠慮しておこう』

きっとまた全身筋肉痛になること間違いなしだ。
444 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:49:15.67 ID:vgJpznfL0
パシャリ、と後ろで音がした。

シャッター音だ。それも実際にシャッターが閉まった音ではなく記号としてのシャッター音。つまるところスマホなんかの音だ。

『あやっべ』

川内『ちょっと、何撮ってるのよ』

江風『たははーバレちった』

夕立『江風ドジっぽい』

江風『録画停止ボタンと位置が近すぎるンだよこれ』

長屋の廊下の窓から二人が顔を出す。シャッター音は江風の手にある端末からのものらしい。

川内『別に撮るほどのものはないからねー』

江風『いやいやいや、貴重なものがありますって』

夕立『超激レアよ激レア!』

激レア?なんだろうか、緋色の訓練?

江夕『『敬語の川内さん!!』』

川内『え!そこ!?』

江風『じゃあウチらはこれで〜』

川内『待てぇい!!あ、休憩ちょっと追加ねー』ダッ
445 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:50:28.54 ID:vgJpznfL0
男『追っかけてっちゃったよ…』

改二の服装で全力ダッシュする川内はまさに忍者だ。

緋色『お水飲んできてもいいかしら』

いつの間にか立ち上がっていた緋色が俺の傍に来ていた。

男『あの分じゃ一悶着ありそうだしいいんじゃないか』

緋色『ならそうするわ』

男『あれ、そんなにきついのか?』

緋色『重くはないのよ。でもあやつり人形みたいに背中があっちこっち向いて大変なの』

そう言って腰を振って見せる。

緋色『そうだ!課長さんもやってみたらどうかしら!』

男『それは遠慮させてくれ』

緋色『えー疲れるけど結構楽しいのよ?』

その疲れるの度合いが艦娘とは桁違いなんだよ。

やっぱ緋色もしっかり艦娘だな。
446 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:51:04.18 ID:vgJpznfL0
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男『静かだ』

ベットに寝転んだまま冊子を閉じ自室の天井を見上げる。

緋色が訓練を行う午後はこうして時間が空くことが多くなってきた。

初めこそ興味もあって彼女達の訓練を見学してはいたがあまりいつもお邪魔する訳にも行かない。こうなるのも必然というわけだ。

とはいえ別に暇を持て余している訳ではない。この時間だって仕事なのだ。有意義な事に使わなければならない。

端末を取り出して時間を見る。待ち合わせまで後二十分。少し早いが一応向かうとしよう。
447 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:51:36.11 ID:vgJpznfL0
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空母寮。

艦娘の中でもとりわけ異色な艦種である空母はその特異性から他と違いこうして専用の施設がある事が殆どだ。

今日はその寮の裏手で約束があった。

飛龍から借りていた艦載機のマニュアルを返さなくてはならないのだ。

勿論実在の艦載機ではなく艦娘達の操る艦載機の方だ。これまでの戦闘記録からその特徴や飛行のコツ、弱点等が事細かに記載された冊子は分からないなりに非常に面白かった。

借りる際飛龍は『別に返さなくてもいいわよ?なんならPDFであるし』と言っていたが流石に俺がこれを持っていても仕方ないのでしっかりと返す事にした。

約束の十分前。五分前行動をするようなやつには見えないという偏見があるがさてどうだろうか。
448 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:52:16.71 ID:vgJpznfL0
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男『冗談だろ』

約束の時間から既に三十分が経過した。

流石におかしいだろ。何かあったのか?

男『いや、不思議という程でもないか』

例えば直前に護衛や警戒任務で海に出ていたとして、そこで何かあれば帰投が遅くなるのは当たり前の事だ。

別に戦闘にならなくても近くに深海棲艦がいれば迂回したり安全の為に停止したりすることもある。

海の上なら通学途中の女子大生のようにメッセージで遅れる旨を伝えるなんて事が出来るはずもない。

何にせよ今は無事を祈ってやるくらいしか、

男『ん?』
449 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:53:00.10 ID:vgJpznfL0
二階建てのコテージのような作りの空母寮。裏手に当たるここは各部屋の窓があるだけで特に変わったものはなかった。

そんな寮の壁に背を預け何気なく空を見ると、それは飛んでいた。

二機の艦載機だ。鎮守府のすぐ近くを飛んでいた。

何故こんな所に?しかも二機だけ。

警報などもないし特に危険という訳では無いのだろうが。

縦横無尽に空を掛ける二機を暫く眺め、そしてようやく理解した。

演習だ。

マニュアルにもあったな。艦隊演習ではなく一機だけを操る飛行訓練。

青とオレンジの二機が幾度も空で交差する。

どうやら空中戦、所謂ドッグファイトをしているようだった。
450 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:53:45.25 ID:vgJpznfL0
眺めているとなんとなく二機の違いがわかってきた。

オレンジはともかく暴れている。獲物を前にした猛獣のようにひたすら青に食らいついていく。

一方青は冷静だ。最低限の動きで猛攻を躱している。

だが二機の本質は恐らく逆だ。

青は一度躱し攻めに転じると途端に動きが激しくなる。獰猛と言ってもいいようなそんな何かが感じられる。

オレンジは躱されると途端に動きが鋭くなる。それまでの激しさが嘘のように、自分に食いついてきた相手を冷静に狩るような雰囲気があった。

『わかるの?』
男『オフォア!?』ビクッ

右後ろから急に声がした。空に夢中になっていたので驚いて妙な声が出る。

不思議な声だった。

右耳に入ったそれは確かに声だったがしかし気づかなければそのまま左耳から出ていって何も残る事がなく消えていく、そんなそよ風の様な声だった。

少し心を落ち着けてから振り向く。
451 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:54:42.67 ID:vgJpznfL0
その少女は一階の窓の縁に組んだ両腕を乗せそれを枕に空を見つめていた。

セミロングで太陽の光を内側で反射するような薄く透き通った茶髪。紅白の鉢巻でまとめられた少し長めの前髪がいくらか暖簾のように顔にかかっている。オレンジに近い瞳は俺ではなく空に向けられていた。

純白の弓道着が彼女のその存在の薄さを際立たせているようにも思えた。

男『…』

軽空母瑞鳳、だよな。知識としては合っていると思うのだが空母は実際に目にした事がない艦娘が多い。先程の衝撃もあって確証が持てなかった。

こうして目線の高さが一緒になってはいるが瑞鳳という艦娘の背丈は随分と小さかったはずである。

瑞鳳『アレ、見えるの?』

相変わらず俺の方を見ずに質問を続ける。

だがいつかの川内とは違うように思えた。

川内は、いや川内に限らず俺と一線を引いている者は多い。嫌いという感情だけでなく深入りはしないという意識からそうするのだろう。それは別に珍しくもない。

だが彼女は違う。そう確信できた。きっと瑞鳳にとって俺と目を合わせることと空を見つめることに大差は無いのだ。

もし瑞鳳がこちらを向いていたとしても恐らくその目は今空を見つめるオレンジの瞳と同じ、焦点の合わないぼんやりとした形になっていただろう。

何故だかそう思えた。不思議とそう感じた。
452 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:55:15.64 ID:vgJpznfL0
男『オレンジと青だろう?さっきからあれを見ていたんだ。演習かい?』

瑞鳳『…ふーん、そっかぁ。そうね、演習よ』

男『初めて見るよ。こういうのは』

瑞鳳『青が烈風、オレンジが紫電改二』

男『えっと、艦上戦闘機だよな』

瑞鳳『そ。オススメは零式の三二型』

男『艦載機には疎くてな』

瑞鳳『お好みは?』

男『強いて言うなら水上機かなぁ』

瑞鳳『そっち派かぁ』



沈黙が訪れる。

なんだ、何だこの状況?

明日の天気を気にする乙女のように空を見上げる瑞鳳とそれに並んで壁にもたれかかりながら空を見上げる俺。

別に何も問題は無いはずなのにこの沈黙が妙にきまずい。上司に呼び出された上に目の前で無言だった時と同じくら緊張してしまう。
453 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:55:53.38 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『普段はしないのよ、ああいう演習は。艦載機の訓練ならもっと他にあるもの』

男『これに載ってたよ。俺には少し難しかったから流し読みだったが』

瑞鳳『それは?』

ここで初めて瑞鳳が俺の事を見た。相変わらずぶれたままのオレンジの瞳が光るその小さな顔は無表情だった。

男『飛龍から借りたんだ。こういう知識はいつか役に立つかもと思ってな』

瑞鳳『あー指南書。勉強熱心ね』

男『仕事だからな』

瑞鳳『うそ』

男『…本当だよ』

瑞鳳『ふーん』

瑞鳳がまた空を見上げる。

再びの沈黙。
454 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:56:24.34 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『どうしてここに?』

男『飛龍と約束しててな。これを返しに来たんだが一向に現れなくて』

瑞鳳『そうね。まだ飛んでるもの』

男『あぁ、ん?飛んでる、ってまさかあの艦載機…』

瑞鳳『オレンジが蒼龍、青が飛龍よ』

男『色逆なのか…でも演習があるならそう言ってくれれば』

瑞鳳『二人とも熱くなってるだけよ。たまにああしてずっと二人で飛び回ってるの』

男『つまり俺はすっかり忘れられてるだけか』

瑞鳳『そ』

瑞鳳に習って俺も空を見上げる。

青の方から煙が出ていた。決着はもう少しで着きそうだ。
455 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:57:08.91 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『それ、私が預る?』

男『ん?』

瑞鳳『あの分じゃいつ戻ってくるか分からないもの』

男『そうか、そうだな。そうしてくれるならありがたい』

瑞鳳『なら』スッ

組んでいた腕を解き右手をこちらに伸ばしてくる。

飛行機の翼に纏う飛行機雲のような振袖が腕のラインをくっきりと露わにしていた。細くて、そして思ったよりも長い腕だった。

男『頼んだよ、瑞鳳』

マニュアルを手渡す。しかし何故か瑞鳳はそれを掴まなかった。
456 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:57:38.86 ID:vgJpznfL0
瑞鳳『…』

男『?』

瑞鳳『もう一回』

男『え』

瑞鳳『もう一回言って』

なんで?言う、何を言う?頼み方か?頼み方がダメだった?

男『えっと、お願いします』

瑞鳳『そうじゃなくて』

何がそうじゃないんだ。表情が読み取れない。怒ってはいないようだが。

男『頼みます、瑞鳳、さん?』

瑞鳳『…』

え、怖い。パワハラ上司か?無表情による圧が凄い。

心臓がすげぇバクバク言ってる。

瑞鳳『ありがと』パッ

しかし瑞鳳はそう言うとマニュアルを受け取り素早く顔を引っ込めてしまった。

背中を目で追うことも呼び止める事も出来たがしなかった。勝手に部屋を覗くのも悪いし。

それに
457 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:58:58.43 ID:vgJpznfL0
男『いい匂いだったな』

いや、この言い方は違うな。表現が違う。というかマズい。変態か俺は。

そういうのではなく、なんだろう、空気というか、雰囲気だろうか。

いなくなって初めて気づいた。彼女が漂わせていた空気。

どこか落ち着くような、それでいて心臓の鼓動が高鳴るような。表現に困るが、その懐かしさだけははっきり覚えていた。

俺が艦娘に憧れるようになったきっかけ。かつて同じような体験をして、俺は艦娘に惹かれたんだ。

これに触れたくて、憧れたんだ。提督に。
458 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 04:59:36.89 ID:vgJpznfL0
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秋雲「なんかあったの?」

画面の向こうから秋雲が問いかけてくる。

俺の画面には資料しか映っていないが秋雲はこのPCのカメラから俺の表情を見ているようだ。

こちらも画面を切り替えれば今秋雲がどんな表情をしているかは見れるが、それをしたら負けな気がした。

男「何も無かったよ。ただ会って少し話しただけだ」

部屋に戻って俺は瑞鳳の資料を漁った。空母に関する知識が足りないと感じたのと、単純に気になって仕方なかったからだ。言わないけど。

秋雲「でもめっちゃ乙女な顔してるよ?」

男「…なんだよ乙女って。馬鹿にしてんのか」

秋雲「おちょくってはいるけどね〜。でも質問はマジよ」

男「だから別に何も」

と言いかけたところで廊下から音がした。

何時もの騒音が。

男「一旦切るぞ」

秋雲「あいは〜い」
459 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:00:08.82 ID:vgJpznfL0
『課長ッ!!』

スリープボタンを押したところで扉のノブに思い切り負荷がかかった音がした。

壊れたろこれはと思ったがどうやら無事だったようだ。

PCのスリープを確認してからドアを開ける。

案の定ヤツがいた。

飛龍『生きてる!?』

男『とりあえず一旦落ち着け?な?』

滅茶苦茶焦っているらしい飛龍を前に逆に冷静になって来た。何やってんだこいつ。
460 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:00:45.88 ID:vgJpznfL0
男『で、何があったんだ』

飛龍『何があったというか、何も無くて良かったというか』

男『意味がわからん。それよりも俺に言う事があるんじやないか?』

飛龍『言う事?えっと、ドア壊しかけてごめん?』

男『それは叢雲に言え。そっちじゃなくて、今日は随分と熱心に演習してたらしいじゃないか』

飛龍『あ゛、あはは〜』

男『別にそれは構わないんだが、せめて事前に言ってくれ』

飛龍『ごめんごめん今度埋め合わせするからぁ。ってそうじゃなくて!』

男『おう?』

飛龍『課長、瑞鳳に会ったってホント!?』

男『ホントだが、瑞鳳からマニュアル受け取ったろ?』

飛龍『それで!何もされなかった!?』

男『はあ?別に何も無かったが』

なんだ?何か危険な事だったのか?瑞鳳という艦娘にそんな危険性があるようなデータはなかったが。
461 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:01:20.91 ID:vgJpznfL0
男『一体なんの話をしてるんだ』

飛龍『んーっと。課長はさ、私達空母が艦娘の中でも特殊だってのは知ってるわよね』

男『あぁ、艦載機だろ?』

艦娘は不思議な力を持っている。不思議な力としか言いようがないくらいの力を。

それは例えば海に浮くだとか推進力、爆発力や耐久力だとか艤装の操作だとか、様々な物理法則を無視する物だ。

しかしその力にも制限がある。そのひとつに自身にしか力を使えないというものがある。

艦娘はどうしたって俺を海に浮かせることは出来ないのだ。

だが艦載機に関しては少しは違う。明確に船とは別の物でありながら操ることが出来る。艤装のようにどこからともなく取り出すことが出来る。視界の共有が出来る。

そして艦載機を搭載できる艦娘自体は数多くいるがその中でもそれに特化した空母という艦種は特殊なのだ。

男『宿舎なんかが離れているのもそうだと聞いてる』

飛龍『流石にそこら辺は知ってるか。話が早いっ』
462 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:01:58.91 ID:vgJpznfL0
飛龍『私達空母はね、なんてゆーかこう、第六感?的な?そういう外向きな力というかさ、そーゆーのが大なり小なりあるわけよ』

男『第六感か。艦娘の中でもそういう認識なんだな』

飛龍『まあね。私達からしたら当たり前なんだけど、他の娘達からしたらこっちが変だって言われるわけよ』

男『それが何か関係してるのか?』

飛龍『このシックスセンスね、個人差があるのよ。と言ってとこれの強さは艦娘としての強さには直接関係なくて。ボクサーが幽霊見えてもしょうがないでしょ?』

男『そりゃ確かにな。後なんでシックスセンスって言い替えた』

飛龍『カッコイイから。で、このシックスセンスなんだけどづほちゃんすっごく強いのよ!』

男『…ほう』

飛龍『なんて言うかなぁ。見えてる世界が違うのかなぁ?普段は別に何も感じないんだけど、ふと目を合わせて話してる時に気付くのよ。

あ、この娘と私は見えてるものが違うって。

目を合わせてるはずなのに目が合ってないというか…ごめん意味わかんないねこれ』

男『いや、分かるよ』

まるで自分の事のように。

飛龍『そう?づほちゃん自身は別に人間を好きでも嫌いでもないって感じなんだけど、そういうわけのわからない所があるからさ。なんか人を取って食ったりしそうというか』

男『おいおいいくら何でもそりゃないだろ』

飛龍『それは分かってるけど!けど、本当に分からないのよ、あの娘』
463 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:02:29.66 ID:vgJpznfL0
男『この通り何も無かったよ』

飛龍『だからまあ私の杞憂に終わったってことね』

男『そんなに心配だったのか』

飛龍『なんでかね。直感が告げて、シックスセンスが告げてたのよ!』

男『第六感でいいと思うんだけどなぁ』

心配か。この場合心配だったのは俺ではなく瑞鳳の方なのだろう。

飛龍『まあいっか。マニュアルありがとね』

男『心配なら瑞鳳に直接聞いてみればいいんじゃないか?』

飛龍『えー聞にくいじゃーん。私が何を心配してるのかとか多分伝わんないし。一応それとなく話はしてみるけど』

男『それもそうか。あ、ドアはそっと閉めろよ』

飛龍『分かってるって』
464 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:04:33.56 ID:vgJpznfL0
男『そういや演習は結局飛龍の負けだったのか?』

飛龍『え!なんで分かったの!?』

男『瑞鳳が教えてくれたよ。青が飛龍だってな』

飛龍『うわめっちゃ恥ずかしい…でも通算なら私勝ち越してるから!強いから!』

男『なら次やる時は観戦させてもらおうかな』

飛龍『よぉうし特訓だ!てわけで私は、ん?青って?』

男『艦載機だよ。青が飛龍でオレンジが蒼龍だって。青は最後らへん煙噴いてたからな』

飛龍『あーづほちゃんが言ってたのか、だから色なんて。それじゃまた』

男『おう』

ドアをそっと閉めたあと廊下をダッシュしていく。この後特訓とやらをするのだろう。
465 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:05:15.44 ID:vgJpznfL0
秋雲「やっぱ何かあったんじゃん」

男「うわっ!あれ、スリープにしたはずじゃ」

秋雲「それはそっち側の画面操作を閉じてるだけで私の方は動かせるの」

男「そうだったのかよ」

秋雲「で、づほちゃんと何があったのかしらあ?」

男「話してただけだって。それは嘘じゃない。妙な雰囲気を感じたりはしたけど」

秋雲「それがシックスセンスってやつ?」

男「かもな」

秋雲「艦娘にも色々いるのねぇ」

男「まったくだ」

秋雲「…惚れた?」

男「お前らには惚れっぱなしだよ。昔からな」

秋雲「あはは、ヒューかっこいぃ」

男「そんなんじゃねえって」
466 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:05:53.43 ID:vgJpznfL0
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叢雲『はぁ』

間宮がやけに賑わっているので覗いてみるとどつやら賭けが行われていたようだった。

それ自体は別に咎める事では無かったのだけれど、問題はその賭けの対象だった。

演習。しかも蒼龍と飛龍の一騎討ち。

叢雲『まぁたやったわねあの二人』

今日の演習はあくまで艦載機を使った艦隊防空の訓練だった。しかしその後二人は勝手に試合を始めた。

弾薬ボーキ燃料。二人分など微々たるものだが許可なく使用するというのは問題だ。しかも前科…何犯だったかもう覚えてないわね。

皆も上空を飛びまわる予定にない一騎討ちを見てまたあの二人だと賭けを始めたらしい。

谷風『二人ならそのまま寮に戻ったよ。間違いないね。何せ賭けの結果を確かめる為に見に行ったもんだからさ』

嵐『落ち込んだ飛龍さんと満面の笑みの蒼龍さんが並んで歩いてたよ。語るに落ちるってやつだったな』

との証言が得られた。

というわけで空母寮。

叢雲『加賀がいたら巻き込んで説教してもらおうかしら』

常習犯を相手にどう切り込むかを考えながら入口の戸を開ける。
467 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:07:00.38 ID:vgJpznfL0
『本当なの!?』

叢雲『…あら』

『あ、叢雲』

それはあまりにも意外な光景だった。

いつも通りのふわふわとした様子でこちらを向く瑞鳳と、深刻な顔をして声を荒らげる加賀がいた。

加賀『ッ!…ごめんなさい、少し冷静ではありませんでした』

瑞鳳『それはいいけど、どうする?』

加賀『詳しくは後で聞くわ。それで叢雲、何か用かしら』

叢雲『用はあったんだけれどね。悪いけど優先順位が変わったわ。何かあったの?』

加賀はあまり感情を表に出さない、ということは無い。むしろめちゃくちゃ表に出る。顔には出ないけど。

だからこそ意外だった。

MVPを取って涼しい顔でステップを踏んでしまっている時も、ミスをして何食わぬ顔をしながら箸を動かす手が止まっている時も、仲間を傷つけられて澄まし顔で手にした弓をへし折らんばかりに握りしめている時も、

声を荒らげるなんてことは殆どなかった。
468 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:07:32.69 ID:vgJpznfL0
加賀『…』

瑞鳳『いいんじゃない?別に話しても』

あまりにも対称的な二人の反応に事の重大さを測りかねる。瑞鳳はこういう時でも本当にブレない。

加賀『…あの人間の話しよ』

課長。そう呼ばれている、あの男。人間嫌いな加賀が言うのだからよっぽどの事だろう。

叢雲『その話、ここで出来るかしら』

瑞鳳『あ!じゃあ私のお部屋来る?夕方まで私だけだし』

頭の中でスケジュールを漁る。そうだ、同室のメンバーは5:30まで護衛任務の予定だ。

叢雲『そうね』
加賀『お邪魔しましょう』

瑞鳳『じゃぁ先行ってて。私お茶とお菓子持っていくから』

叢雲『あー、うん、お願い』

完全に遊びに誘う感覚のようだけれど、大丈夫よね?これ、シリアスな話なのよね?
469 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/10/25(日) 05:10:48.94 ID:vgJpznfL0
無印瑞鳳の右手の振袖がクシャッとなってる感じが非常にえっち

決して初めて嫁を書くから色々悩んで一ヶ月も経ったとかじゃないんです本当です。
異色度で言えば潜水艦がぶっちぎりだと思いますが以前別のお話で触れたので今回は出てこないと思います。
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/25(日) 05:19:12.08 ID:XFsnfJgDO
おつおつ
なんか面白い展開になってきた
浮世離れづほってなんかいいな…
471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/25(日) 13:20:08.95 ID:B9+e88VHo
乙でした
そこまでは見えないのかな本来は
課長さん、なんで提督やってないのだろう
472 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:04:41.07 ID:gL4z5twS0
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瑞鳳の部屋は基本的にシンプルだ。生活に必要な最低限のものだけが置いてある。

ガラス張りの棚と艦載機の模型意外は。

加賀『あら、これは…』

加賀が作業机の上にあったものを眺めている。

叢雲『また新しい模型?』

加賀『スピットファイアね。MK.1かしら。こういうのはあまり詳しくはないのだけれど』

瑞鳳『お待たせー。あー!加賀さんそれ作り途中だからね!お触り厳禁です』

加賀『ふむ、これはなかなか。でも貴方にしては珍しいわね』

瑞鳳『脚はあんまり好きじゃないのよ。好きじゃないんだけどぉ、頭の部分が可愛くてぇ、つい』

加賀『あぁ、なるほど』

瑞鳳『オラついてるように見えて可愛い所もある感じがいいのよ!』

叢雲『はいストップー艦載機トーク終わりー』

砲塔や魚雷、電探など艦には様々な装備があるが艦載機程バラエティに富んだものは無い。

そのせいもあってか多くの空母は艦載機に対するこだわりというか並々ならぬ情熱を持っている。
473 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:06:26.30 ID:gL4z5twS0
叢雲『で、何があったわけ』

丸テーブルを三人で囲む。お茶とお菓子でいざ女子トークといった様相だが恐らくそんな話ではない。

加賀『叢雲がここに来た理由ですが、飛龍と蒼龍の件で合ってますよね』

叢雲『えぇ、その通りよ』

教科書に乗せられるくらい綺麗な正座をしてこちらを向く加賀は完全に仕事モードだ。

加賀『あの試合は私も見ていました。瑞鳳も見ていたそうですし、他にも多くの娘達が見ていたでしょう』

瑞鳳『ぅんぅん』モグモグ

一方綺麗に正座こそしているがお菓子を頬張りながら頷く瑞鳳はいつもと変わらない様子だ。まあこの娘はこうじゃない時が珍しいのだけれど。

加賀『それをあの人間も見ていたんです』

叢雲『課長が』

見ていた、という事自体はそれほど不思議なことではないはずだけれど。
474 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:08:20.86 ID:gL4z5twS0
瑞鳳『私はね、最初机で模型作ってたの。そしたら空が暖かかったからなんだろーって思ってそこの窓のとこにいったのよ』

叢雲『それはいつ頃?』

瑞鳳『ん〜時間はわかんない。でも多分二人が飛び始めた辺りよ。それで窓は開けてたから空を見てみようとしたらね、すぐ横に課長さんが居たの』

この部屋は一階の奥にある。もし外に誰か立っていたなら丁度窓の辺りに見えるだろう。

瑞鳳『まあ別にあの人に興味はなかったから無視するつもりだったのだけれど、近寄ってこう並んでみたらね、分かったのよ。あー見えてるんだなって。アンテナある感じだったもん』

叢雲『見えてる?艦載機の事?』

瑞鳳『そう、とも言うかな?青とかオレンジとか』

青にオレンジ?機体の色かしら。

ともかく課長も艦載機を見ていたって事よね。それほど高度は高くないはずだし別にそれも特に不思議な事ではないと思うけれど。

瑞鳳『それで話しかけてみたの。そしたら飛龍に借りた本を返しに来たって。だから私がその本を受け取って飛龍に返したの』
475 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:09:55.42 ID:gL4z5twS0
叢雲『それで、その。何が問題だったの?』

瑞鳳『ん?あの人にも見えてたってとこが』

叢雲『艦載機なら別に誰にでも見えるじゃない』

瑞鳳『ぅうん。見えてたのはそっちじゃなくて。なんて言うかなぁ、本来形の無い力の形を保つ為の構造力、構想力?あるいは指向性の存在しない意志を飛ばすための意志力かなぁ』

叢雲『!?』バッ

いっぱいいっぱいなので助けを求める為慌てて加賀の方を向く。

何もこれだけじゃない。空が暖かいとかアンテナがどうとか色々と理解の限界を超えてるのよさっきから!

加賀『…残念ながら瑞鳳の言っていることは全て本当です』

叢雲『う、嘘でしょ』

瑞鳳『本当だってばぁ!』プンスコ

加賀『ねぇ叢雲。今回の問題、私と瑞鳳の二人がという点でなにか思い当たりませんか?』

叢雲『二人…!』

そうだ。以前に

バタン

飛龍『づほちゃーんちょっと訓練のギャァアアア!!??』ビクッ

叢雲『あ』

問題児と目が合った。

飛龍『アディオス!』ピュー
叢雲『待てコラ!』
476 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:10:50.75 ID:gL4z5twS0
加賀『先に飛龍からでいいわよ』ハァ

瑞鳳『ひりゅーなんかしたの?』

加賀『勝手に試合』

瑞鳳『あ〜あれ無許可だったのかぁ』

叢雲『でも』

加賀『私達の話自体は先程ので全てですから』

叢雲『ま、急を要するのは確かに飛龍達のほうだけれど』

加賀『だから私からは一つだけ。あまりこういうことに私見を述べるのは良くないとは思いますが』

叢雲『構わないわよ』

加賀『あの人間は危険よ。悪意等の有無ではなく存在が、という意味で』

叢雲『…一応聞いておくわ』

瑞鳳『私も賛成』

加叢『『え』』

思わず声が重なってしまった。まさか瑞鳳が今の意見に同意するなんて。

瑞鳳『殆ど事故みたいな話だけど、やっぱり灯台がいくつもあるのは危ないと思うのよ。私は嫌いじゃないけどね』

叢雲『?』

加賀『そう』

あ、これフォローないやつね。

叢雲『じゃあ行ってくるわね。お菓子ありがとね』

瑞鳳『またね〜』ノシ
477 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:11:37.67 ID:gL4z5twS0
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瑞鳳と加賀。

一見特に繋がりのない二人だが意外な共通点がある。

元は噂だった。

艦娘にも噂はある。

一応世間的には他の鎮守府の艦娘との交流はせいぜい演習くらいなもので基本的に各々自分の鎮守府からは出られないということになっている。

いるが、実際は違う。

護衛する船のいる港や遠征先、担当海域を超える際に護衛を他の艦隊に引き継ぐ時や海でたまたま遭遇する時。

他の鎮守府の艦娘と出会う時は頻繁ではないがそれほど珍しくもない。

そしてそんな時、本来業務的な連絡しかしない事になっているがまさかそれで終わるわけもなく、私達は貴重な交流をしているのだ。
478 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:12:44.16 ID:gL4z5twS0
噂は文字通り海を流れる。

護衛の際に会うのは比較的近い鎮守府の艦娘だが遠征や出撃時に出会う場合はかなり遠くの鎮守府の艦娘にも出会える。

そんな時私達は可能な限り話をする。

世界情勢や愚痴や趣味、そして色々な噂を。

私達にとってそれは最も刺激の強い娯楽と言える。

夕餉に他の艦娘と話したなんて娘がいようものならまるで尋問でもしているのかと言うほど皆集まり根掘り葉掘りその内容を聞いてくる。

そんな漂う噂にあったのだ。

数年前。"艦娘の、特に空母に特別不思議な感覚を持った者が稀にいる"という噂が。

確か最初に聞いた時は第六艦覚(ships sense)とかいうクソダサい名前があった気がする。ウチでは流行らなかったけど。

元々艦娘は不思議な存在。自分達ですらそう自覚している。だからこの噂は妙な信憑性がありそれがみんなの興味を引いた。

でも噂は一年も経たずにピタリと止んだ。
479 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:13:40.06 ID:gL4z5twS0
実在したからだ。

その広まった噂に、あぁ自分のコレはきっとその噂のモノと同じだと、そう名乗り出るものが次々現れたそうだ。

実在してしまっては噂も何も無い。

そしてそれこそがこの鎮守府では瑞鳳と加賀だった。

叢雲『これね』

廊下を歩きながら端末を操作する。以前加賀から提出された報告書だ。

一時はどうなる事かと思ったけれど日常生活にも戦闘にも寄与しないこの不思議な感覚にお偉方も「あー不思議だね。でも艦娘だしね」程度の反応しか示さず何も分からないまま今まで放置されている。

まあ今更不思議の一つや二つというのは確かにその通りだけれど。

"コレ"というのは大体が普通は感じないものを感じるという内容だった。

見えないものが見える。

感じられないものが感じられる。

それが、課長もそうだというの?
480 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:14:45.87 ID:gL4z5twS0
提督になれる条件のひとつは私達と話せるという事にある。

私達の声が聞こえて、私達に声が聞こえる。

司令官も普通に話していても艦娘にその言葉が伝わる。

でも課長は私達の声こそ聞こえているようだけれど、私達に聞こえる言葉は言うなればカタコトだ。

聞こえると言うよりどうにか聞こえるように話している感じ。そんな事が出来る人間は初めて見たけれど。

だから資質としては司令官の半分というか、中途半端な感じだと思っていた。

それでも普通の人間とは少し違うのだろうから何か見えるとかそういう事があっても不思議ではない、のだろうか。

叢雲『でも加賀の忠告なのよねぇ』

加賀の人間嫌いは相当なものだ。本人も私見と言っていたが実際それは入りまくりだろう。流石に気にし過ぎだとは思うけど。

ま、課長に対しては今まで通りそれなりに警戒って事で。
481 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:16:53.40 ID:gL4z5twS0
叢雲『ただいま〜』

提督「あぁお帰り」

叢雲『あら、珍しく忙しそうね』

提督「これだよ」

叢雲『深海棲艦…出たの?』

提督「お陰で航路変更やらなんやら」

叢雲『って事は予定組み直しかぁ』ガックリ

提督「何時でも出撃出来るようにもしとかなきゃだしね」

叢雲『飛龍にも話とかないと』

提督「そう言えばさっき艦載機が飛んでたけど、また飛龍達かい?」

叢雲『えぇまたよ、また』

提督「元気だねぇ。今回はどっちが勝ったんだい。僕にはどっちも同じような緑色の機体にしか見えないからね」

叢雲『あぁそれなら…司令官も見てたの?』

提督「うん。あ、いや、サボってたわけじゃなくてね」

叢雲『そうじゃなくて、何が見えたの!』

提督「え?だからなんか飛んでるなって。僕はほら、艦載機あんまり詳しくないからさ。違いとかこの距離じゃ分からないよ」

叢雲『そう…』

提督「?とりあえず民間船にはあらかた連絡したから問題は輸送船だね。こっちの方頼むよ」

叢雲『えぇ、任せなさい』

頭の中でスケジュールを整理しながら窓の外を見る。

大分気温が上がってきた暖かな空を見ながら、少しゾッとした。

あの男、一体何が見えたのだろうか。
482 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:19:04.31 ID:gL4z5twS0
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緋色『課長さん、何か好きな歌ってあるかしら』

訓練から戻った緋色がふと話しかけてきた。

男『好きな歌?んー流行りの曲とか有名なのは知ってるけど、これといって好きってのはないかなあ』

緋色『そっかぁ』

男『なんでまた』

緋色『今日訓練中にね、江風が歌ってたのよ。航行しながら』

男『ほほう、歌を』

緋色『とっても上手だったからどうして歌を?って聞いたの』

男『そしたら』

緋色『これは挨拶のために練習してるんだって』

男『あいさつ?』

緋色『海上で他の艦隊とすれ違う事があるって言ってて、すれ違うと言っても距離はすごく離れてるらしいんだけど』

何も無い広大な海の上ですれ違うとは具体的にどの距離からなのだろうか。目視できる距離とかか?

緋色『余裕がある時は通信したり直接話をしたりするらしいのだけれど、そうじゃない時。数分で別れてしまう時に歌を贈るらしいの』
483 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:21:30.24 ID:gL4z5twS0
男『歌、か』

そういえば歌は艦娘でも人間でも聞こえるんだったな。しーちゃんが音楽関係のイベントなんかから活動を始めたのもそれが所以だったはずだ。

緋色『サビだけだったり前半だけだったり、ともかく相手に歌を贈るって言ってたわ。中には海外の歌を聞いた娘もいるらしいわよ』

男『艦娘の文化ってわけか。初めて知ったよ』

緋色『それでね!私も歌を練習してみようかなって思ったの』

男『緋色は何か知ってる歌は…あ』

緋色『民謡とかいくつか思い浮かぶものはあるのだけれど、他には、なんでか…あまり…』

しまったと思った時にはもう遅かった。記憶を探るような仕草をしたかと思うと緋色の身体がグラりと揺れる。

緋色『ぁ』
男『うお!』ギュッ

倒れかけた緋色をどうにか支えてベットに寝かす。

男「はぁ…迂闊だった」

しかし歌かぁ。後で秋雲にでも聞いてみるか。

きっといつか緋色も海の上を歌いながら駆けていくのだろう。

でもそれだけじゃない。緋色はまだそれを知らない。俺だってそれがはたしてどんな世界なのか知りはしないのだから。

あの青い世界は戦場なんだ。

横たわる緋色を艦娘だと理解していてもそんな世界を知らずにいて欲しいと願わずにはいられなかった。

緋色の髪をそっと撫でてみる。

男「子守唄の一つでも歌えればなぁ」
484 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:26:41.49 ID:gL4z5twS0
月イチとかマジかよ

来月からはもう少しペース上がるはず。
瑞鳳は一時期特攻パワーでとんでもダメージ連発していた印象が強いので何かそっち系の感覚というかがぶっ飛んでるというイメージになりました。
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/23(月) 13:12:10.84 ID:CSVd8msjo
おつおつ
艦娘同士の掛け合いほんと好き
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/24(火) 02:52:52.68 ID:VSDxUMYDO
おつです
ひとつの鎮守府でダブスタになりかねないという事かな…
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/17(水) 15:44:44.93 ID:rEJ+boZE0
そろそろ来てくれ...
488 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:46:44.27 ID:3gV1RL+U0
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提督「貴方も見ていたんですか」

男「えぇたまたま」

提督「あれ一応ルール違反なんですよね」

男「え、そうなんですか」

提督「空も警戒対象ですから。事前通達のない飛行は混乱を招くので本来禁止なんですよ。ここは空の脅威が薄いので大目に見てますけど」

コーヒーを飲みながらいつもの夜の報告会。私はミルクだけど。

正直毎日やるほど報告する内容もないのだけれど、こうして課長と交流するのを目的としてやっている部分がある。

普段外の世界と接点のない私や司令官にとって彼は貴重な存在だ。実際司令官も殆ど彼との会話を目的にこの時間を当てている所がある。

まあ私もだけれど。

単に外の情報が欲しいわけじゃない。そんなものは今時ネットでいくらでも手に入る。

この場合貴重なのは外の世界の価値観だ。

叢雲「大目に見るなって私は言ってるのだけれどねぇ」

提督「まあまあ。あの二人だって超えちゃいけないラインは弁えてるよ」

叢雲「いや普通に考えたらそのラインは既に超えてんのよ」

提督「え」

叢雲「え、じゃないわよ」
489 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:47:27.71 ID:3gV1RL+U0
提督「今緋色ちゃんは?」

男「寝てますよ。何か歌を知らなかと聞かれて
思わずこちらから聞き返したらパタリと」

提督「歌?」

男「艦娘は海で歌うという話を聞いたらしく」

提督「あぁあれか。そんな話もしてたとは、随分皆とは仲良くなっているようで安心しますね」

男「えぇ」

あぁそういえば、司令官にとっては貴重な同性の相手でもあるのかしら。私達がはたして異性と見られているのかは知らないけれど。

でも私は彼と穏やかに話せる気はしなかった。

彼の何かが見えているという事実。加賀の忠告通り警戒する他になかった。

叢雲「それと明日の訓練なのだけれど、少し予定を変更してもいいかしら」

男「変更?」

司令官「教官役を変更せざるを得なくなったんですよ」

男「勿論その辺はそちらの都合に合わせてもらって構いませんけれど、何かあったんですか?」

叢雲「深海棲艦が出たのよ」

男「!」

提督「と言ってもあくまでここの担当する海域付近で見かけた、という程度です。危険なレベルではまだない」

叢雲「いくら制海権を取り返した海域と言っても海は奴らのホームだもの。こうして発見された以上警戒レベルは引き上げる他ないのよ」

男「それで予定変更と」

提督「一般人を乗せた交通のための船は欠航。運搬のための船は迂回したり日時をずらす事になるので、こっちの予定も大きく変わるんですよ」

叢雲「もぉ大変だったのよ今日…というか今日からしばらくなんだけれどね…」

男「そういった苦労もあるのか…」
490 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:48:12.42 ID:3gV1RL+U0
提督「ま、ここに危険が及ぶことはないので安心してください」ハハハ

叢雲「やめてよフラグみたいな事言うの」

男「フラグ?」

提督「いえ、気にしないてください」

叢雲「あぁ、それで明日の教官役なのだけれど」

課長を見る。いつもと変わらずリラックスした感じで座っている。

さぁ、どんな反応を見せる。

叢雲「秋雲に代わってもらったわ」

ピタリ、と課長の動きが止まる。

一瞬。こうして意識して観察していなければ気にもとめないほど僅かに。

だがだからこそハッキリとその硬直が私には見えた。

男「ほぉ。秋雲ですか」

そう言って机のカップを手に取る。まだコーヒーの残るそれをしばらく意味もなく揺らしてまた机に置いた。

人は中々意図してリラックス出来ないものだという。落ち着かなくてはならない時じっとしているのではなく何か他のことをしようとしてしまう。

課長は分かりやすく動揺していた。
491 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:48:49.02 ID:3gV1RL+U0
提督「秋雲なら緋色ちゃんともすぐ馴染めるでしょう。と、それは知ってますか」

とはいえ司令官には何も違和感を覚えさせない程度の行動でもある。でなければ私が困る。

男「まあ、他の鎮守府でも会いましたから」

部下である事は依然隠したまま、か。

叢雲「暇が出来たら私も覗きに行ったげるわ」

提督「暇、暇かあ。暇が出来たらいいね…」

叢雲「ホントにね…」

男「…お疲れ様です」

そんな感じで今晩の報告会は終わった。
492 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:49:26.53 ID:3gV1RL+U0
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叢雲「どうだった?」

提督「何がだい?」

叢雲「課長の様子」

提督「んー?別に何もないけど、何かあったの?」

叢雲「ないならいいわ」

提督「まあたそうやって警戒して。少しは気を抜きなよ」

叢雲「そんなんじゃないわよ。さて、もう一仕事よ」

提督「その前に、コーヒーお代わりいいかな」

叢雲「はいはい、ミルクは?」

提督「多めで」

叢雲「たまには苦いのも飲むべきよ」

提督「甘さは大切だよ」
493 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:50:02.24 ID:3gV1RL+U0
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男「ま、そんな感じだな」

秋雲「ん〜進展ないね〜」

いつもの報告会の後、自室でもいつもの報告を行う。

男「そろそろ別の方法を考えないとな」

秋雲「戦闘訓練じゃない?やっぱ」

男「それは…」

秋雲「緋色ちゃんがどうにもその手の話題が苦手そうなのはわかるよ。でもこのままじゃダメなのは確かでしょ」

男「でももしかしたら「私を見てそう言えるの」…」

秋雲「別に責めてるわけじゃないの。でも逃げちゃダメ」

男「手厳しいな」

秋雲「ありがたぁく思いなさい」

男「なら締切から逃げるなよ」

秋雲「あれは戦略的撤退だから」
494 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:50:36.42 ID:3gV1RL+U0
男「それじゃ、また明日」

秋雲「待って」

男「な、なんだよ」

秋雲「明日の教官役、私聞いてないけど」

男「…秋雲」

秋雲「私?」

男「秋雲だ。ただしお前じゃないな」

秋雲「あぁ、そういう事」

男「うん」

秋雲「それで黙ってたんだぁ」ニヤニヤ

男「なんだよその顔は」

秋雲「んーっとね、なんか嬉しいのと、ムカつくのと、イラッとするのが混じった顔」

男「つまり怒ってると」
495 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:51:07.79 ID:3gV1RL+U0
秋雲「大丈夫?」

男「大丈夫さ。分かってるよ、お前とは違う秋雲だ」

秋雲「私が、秋雲とは違ったと言うべきかもだけどね」

男「かもな…」

秋雲「課長は大変だねぇ。逃げちゃえばいいのにさ」

男「そうもいかないさ。もう逃げられないよ俺は」

秋雲「優しいねぇ」

男「そんなんじゃねえよ」

秋雲「ううん、優しい」

断言された。

秋雲「優しいよ」ニヒ

楽しそうな顔で。
496 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:51:45.00 ID:3gV1RL+U0
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夕張『ちょぉっと聞きたいこともあるんで今日の午後、工廠来ません?』

次の日の朝、そう連絡が来たので久々に工廠にやって来た。

夕張『じゃん!おニューの訓練用艤装です』

男『これは、夕雲型?でもなんか違うな』

夕張『大正解。陽炎型をベースに夕雲型のを組み込んだ形です』

男『こんなの作れるんだな』

夕張『兵装を積まなきゃ船としての艤装部分は案外どうにでも出来るんですよ。だからあくまで訓練用ですけど』

男『それで、こいつの意味は』

夕張『艤装を変える事で緋色ちゃんに何か変化が起きないかなぁって。だからこれを使用していいか課長さんに確認を』

男『確認は必要ないよ。海の事は専門外だからな。現場に任せるさ』
497 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:52:17.73 ID:3gV1RL+U0
夕張『そう言ってくれると信じてました!では早速訓練中の緋色ちゃんに付けてもらいましょう』

男『いきなり艤装変更しても大丈夫なのか?』

夕張『戦闘するわけじゃないですし平気だと思いますよ。そもそもこれ航行用に組み上げたばっかですし負担になるような要素はありませんから』

男『いや待て待て、組み上げたばっかってそれダメなんじゃ』

確か装備は登録された物でないとダメだったはずだ。

夕張『ふふーん、ルールが適応されるのはあくまで正式に着任した艦娘のみです。緋色ちゃんは書類上浮いた存在なのでセーフ!船だけに!』

男『別に上手くないし笑えない』

夕張『それに今回はちゃんと叢雲も呼んでありますから。課長さんだって何かきっかけが欲しいでしょう?』

男『それはそうなんだが…』

それを言われると弱い。

男『はぁ、仕方ないな』

夕張『よっしでは行きましょう』
498 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:52:50.62 ID:3gV1RL+U0
夕張が艤装の乗ったカートを押す。

男『なあ』

夕張『はいはい?』

男『艤装ってなんで皆そうやって吊るしてあるんだ?』

工廠にあったのもそうだが、この運搬用のカートも艤装を乗せるのではなく四隅の柱にある鎖で吊るして固定する形になっている。

夕張『波風とかの衝撃には当然強く作られてますけど、こうして地上にいる想定はされてませんからね船って』

男『それはそうか』

夕張『卵みたいなもんですよ。縦で割るのは難しいけど横ならあっさり割れます。艤装もこういう地面からの細かな振動で不具合とか出やすいんですから』

男『結構管理大変なんだな。丈夫なものだし、はっきり言って雑に扱ってるものだと』

夕張『色々あるんですよ。調子悪いなーってぶっ叩いて見る事もあれば、地震の揺れで倒れて壊れる事もあります』

男『色々だな』

夕張『色々です』
499 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:53:25.27 ID:3gV1RL+U0
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夕張『おーーいあっきぐもー』

いつもの訓練場所である工廠裏の入江のようになっている港。緋色と秋雲はまさに訓練中だった。

さて、俺はもう

夕張『あれ、戻るんですか?』

男『あぁ…』

そうだ、と言いかけてやめた。

きっと声をかけられなかったら戻っていただろう。でもここで肯定してしまったら自分が逃げていると認めることになる。

まあ逃げ出したくて仕方ないんだが、それでも認めるのはなんだか癪だった。我ながら子供じみた理屈だが。

男『いや、見学していくか』

夕張『折角ですからこいつの感想を課長さんにも聞きたいんですよ』

男『見てるだけじゃないも分からないがな』

夕張『何かありません?特に艦橋とマスト辺りはこだわったんですよぉ。艦橋は陽炎!マストは夕雲のハイブリットです!』

男『分かんないって』

目を輝かせて語り出す姿は秋雲を彷彿とさせる。
500 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:54:02.70 ID:3gV1RL+U0
秋雲『なになに?何の話ぃ?』

男『!?』

いつの間にか桟橋までやって来ていた秋雲がこちらにやってくる。

まるで玄関で靴を脱ぐような気軽さで足に装着した艤装を解除し事も無げに陸に上がった。

夕張『ね!秋雲なら分かるわよね!この煙突部分とか!』

秋雲『あーそういう話しね。うんうんワカルワカル』

夕張『他にもねぇ内部もまだ試行錯誤中だけどこだわっててねぇ』

秋雲『こりゃスイッチ入ってますな〜。ごめんね課長さん、オタクは火ぃ付いたらとまんなくってさ』アハハ

男『あ、ぁあ…慣れてるよ』

秋雲『んあ、そうなの?ならいいけどさ』

意外と小さくて、そのくせ妙に細い。姿勢を正すと首がスラリと長く、腰の位置が高い。

歯をのぞかせ笑う口はいつも大きく、楽しそうな瞳に右のホクロが付いてくる。妙に耳につく特徴的な声が不思議と心地よい。

よく知っている、見慣れている。数年ぶりでも鮮明に思い出せる。
501 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:54:33.36 ID:3gV1RL+U0
秋雲『どったの?』
男『秋、雲』

緋色『ちょっと待ってよ〜秋雲先生ぇ』

緋色がようやく陸に上がってきた。彼女はまだ艤装を背負っているだけで扱いきれてはいない。足の艤装を解除するにもしっかりと固定されたスキーブーツを外すように手間がかかる。

秋雲『あ〜ゴメンゴメン。つい』

脱ぎ終えた艤装を桟橋に綺麗に並べてこちらに向かって

男『え』
秋雲『あ』
夕張『お?』

緋色『あれ?』グラッ

ベチャッ、と言う音がしたんじゃないかと言うくらい綺麗に顔面から転んだ。

男『緋色!?』ダッ

一度廊下で見た光景だがここは桟橋。木の板とは違う。この程度で傷つく身体出ないと分かっていても冷静ではいられなかった。

秋雲『あっちゃ〜忘れてたねこれ』

夕張『大丈夫?一応明石に見てもらう?』

緋色『ん゛〜いったぁぁ…』

男『大丈夫、そうだな。流石艦娘』

緋色『うん。痛いけど、痛いだけよ』グス

涙目だが確かにそれだけのようだった。
502 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:55:04.73 ID:3gV1RL+U0
男『でも何だって転んだんだ?』

段差はない。足や服にひっかけた様子はなかった。いや、

そもそも緋色は転ぶ寸前足を動かしてすらなかった。

艤装を外し、こちらを向き、まっすぐ立って、そしてこちらに来るような素振りを見せてそのまま倒れ込んだ。

秋雲『たまにあるのよこういうの。私も一度経験したことあるのよねぇ』

男『こういうのとは』

夕張『"脚離れ""陸離れ""浮き輪"、とかとか呼び名は色々あるんだけど、要するに歩き方を忘れちゃうんですよ』

男『歩き方を、忘れる?』

秋雲『長時間の海上活動。もしくは海と陸の切り替えになれていないと起こる現象。海じゃ足は踏み出さないからね』

男『それであの倒れ方か。確かに理屈はわかるが』

スキーの後なんか暫く歩く時に変な感覚になるが、それのさらに酷い症状って事だろうか。

緋色『自分でもびっくりしちゃった。立ってるだけなのに前に進んでるつもりで身体が前に出ちゃったもの』

秋雲『それだけ航行に慣れてきた証拠とも言えるわけだし気にしない気にしなぁい』
503 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:55:36.80 ID:3gV1RL+U0
夕張『ちょっと休憩する?』

緋色『ううん大丈夫。それで、その艤装は?』

秋雲『おニューの艤装よ。緋色ちゃんのね』

緋色『えぇ、でも大丈夫かしら』

夕張『同調率は高いし、緋色ちゃん飲み込み早いから問題ないわよ。それにそのために秋雲が教官の日を選んでるわけだしね』

秋雲『装着の仕方は同じ?』

夕張『同じ同じ。違うのはFFCとリングの重さくらいかな』

秋雲『あーそこは夕雲型準拠なのね。オーキードーキー』

夕張『それじゃ早速いってみましょう!』
504 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:56:09.41 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲「どう?緋色は」

桟橋で秋雲と緋色を眺めていると後ろから声をかけられた。

男「仕事はいいのか」

叢雲「なんとか一段落付いたの。で休憩がてらね」

男「お疲れさま。緋色の方は順調だよ。こうして見る分には」

叢雲「へぇ、流石秋雲ね」

男「最初からあの艤装があるから教官を秋雲にしたんじゃないのか?」

叢雲「アレをいずれ緋色に試そうと考えてたのは事実よ。でも予定がズレて秋雲が今日になったから艤装を急ピッチで完成させてもらったのよ」

男「そういう事か」

叢雲「秋雲が選ばれた理由は分かってるみたいね」

男「陽炎型と夕雲型。そのどちらでもあったって事だろう?」

叢雲「正解」

男「知ってるさ。よく知ってる」

叢雲「ふぅん」
505 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:56:45.08 ID:3gV1RL+U0
叢雲『二人ともー!そろそろ休憩よー!!』

叢雲の号令を受けて二人が戻ってくる。

叢雲『どうだった?』

秋雲『問題なし。でも細かいところで気になる点が幾つかあるのよね〜』

叢雲『夕張に聞いてみれば?』

秋雲『でも今は一応訓練中だし』

叢雲『構わないわよ。調整に時間かかるなら今日の訓練はここまでにしてもいいし』

秋雲『ならそうしよっと。緋色ちゃん、艤装一度ここに戻してもらっていい?』

緋色『はーい』

緋色が慎重に足を一歩踏み出す。

男『今度は大丈夫そうだな』

緋色『足が棒みたい…』

叢雲『どうしたの?』

秋雲『あれあれ、陸離れ』

叢雲『あぁ』
506 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:57:12.22 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

秋雲が艤装を工廠に持っていったのでしばし休憩となった。

緋色『陸離れって何か対策とか、コツってないのかしら』

叢雲『こればっかりは慣れね。後は手で足に触れるとかかしら。海でも手は自由に動かすから』

緋色『なるほど!』

叢雲『とりあえず今は暫く歩いて慣らしていったほうがいいわ』

緋色『はーい』

少しよろめきながら緋色が歩き出す。

男『大丈夫かな』

叢雲『大丈夫でしょ』
507 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:57:41.00 ID:3gV1RL+U0
緋色『ねーねー二人ともぉ!』

少し行った所でこちらに声をかけてきた。

叢雲と顔を見合せながら緋色の方へ向かう。

緋色『これって何かしら』

緋色が桟橋の側面、海水に浸っている部分を指さした。

男『あーフジツボだな』

緋色『これが。食べられるのかしら』

男『食えない事は無いだろうけどあまりオススメはしないな』

緋色『ふぅん。ねえ叢k…叢雲?』

男『ん?』

叢雲『…』

凄い顔をしてた。

苦虫を纏めてすり潰して煎じて飲ませれた様な凄まじい表情だった。

叢雲『私、それ嫌い』

嫌悪感100%の声でそう言った。

緋色『ど、どうして?』
508 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:58:17.32 ID:3gV1RL+U0
叢雲『船の底の方って赤かったり青かったり、ともかくその材質とは違う色が意図的に塗られているのは分かるわよね』

緋色『そうね。私がさっき履いてた艤装も底は赤かったわ』

男『確かにそうだな。艦娘は大抵赤かな』

叢雲『では問題です。何故色が塗られているのでしょうか』

緋色『何故って言われると難しいわね』

男『話の流れから考えるとフジツボが原因だよな』

叢雲『それは合ってるわ。では理由は何でしょうか』

緋色『ここまで波に浸かりますよ〜って印とか?』

叢雲『当たらずしも遠からずって感じね』

男『…フジツボが付かないように?あ、フジツボが苦手な色とか』

叢雲『んーまあほぼ正解ね』

緋色『えぇ!?そんな理由なの?』
509 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:59:12.11 ID:3gV1RL+U0
叢雲『そんなってレベルじゃないわよ。深刻な理由よ』

男『フジツボがか』

叢雲『フジツボは子供を海に放流するの。そしてそれは岩や船底なんかにくっついて成長し、それみたいにピッタリ張り付くフジツボになるの』

緋色『この子達も頑張ってるのね』

叢雲『頑張ってるなんてもんじゃないわよ。フジツボの幼生はね、何かにくっつく時その材質に合わせた接着剤を自分で作って張り付くのよ。とんでもない吸着力よ』

男『わざわざそんな事してるのか。自然って凄いな』

叢雲『凄いのは認めるけれどね。まあそんな感じで船底にビッシリ張り付いてくるのだけれど、当然そんな余計な突起物付けていたらその分スピードは落ちるし燃費も悪くなるわ。靴にガムつけて歩きたくはないでしょう?』

緋色『ガムかぁ。どうなの?』

男『幸いガムを踏んだことはなくてな』

叢雲『私もないけど多分そんな感じよ』

緋色『今度試してみようかしら』

叢雲『ごめん言い出しといてなんだけれどそれはやめておきなさい』
510 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:59:38.21 ID:3gV1RL+U0
叢雲『とにかく、この赤色はそのフジツボが付かないように塗られているものなのよ。細かい原理は省くけれど、そうね、防水スプレーのイメージね』

男『って事はかけ直したりしなきゃいけないのか』

叢雲『ええ。だから色々と研究開発されてるのよ』

緋色『生き物って凄いのね。海にとって私達は環境の一つでしかないって事だもの』

男『ちなみに赤には理由があるのか?』

叢雲『成分の問題かしらね。でも他にも緑や青なんかもあるからあくまで目印だと思うわ』

緋色『青はいいわね。カッコイイ』

男『自分と同じような赤じゃなくてか』

緋色『違うからこそよ。隣の芝生ね、青だけに』

叢雲『港で聞いた話じゃ、昔と違ってフジツボ対策も随分と進化してるみたいよ。元から船の材質をフジツボが付きにくいものにしてるんだとか』

男『船ってのは本当に色々な技術が詰まっているんだなぁ』
511 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:00:14.16 ID:3gV1RL+U0
緋色『えいっ』コツン

男『落ちるなよ』

緋色『うーん本当に取れないわねフジツボ。岩と変わらないわ』

叢雲『これが身体に付くとか悪夢よ悪夢』

緋色『私達の艤装にも付くのかしら』

叢雲『流石にそれはないわ。小さいし、私達は船と違ってずっと海に浸からず陸に上がるもの』

男『そうか。確かに本来船は一度海に出たら余程の事がない限りずっと海にいるからな。そりゃ手入れも大変なわけだ』

叢雲『そゆこと。だから別に艦娘にとってフジツボは特に気にする事もない相手なんだけれど、ねぇ…』

緋色『苦手?』

叢雲『トラウマというか、本能的に嫌悪感が溢れちゃうのよ…』

男『艦娘にも色々あるんだなぁ。ちなみに一番苦手なものとかってあるのか?』

叢雲『一番、一番ねぇ。そうね、やっぱり潜水艦かしら』
512 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:00:56.09 ID:3gV1RL+U0
緋色『あ、戻ってきたみたい』

叢雲『残念、休憩終わりね』

秋雲『なになにぃ?何の話してたの〜?』

男『フジツボについての話を』

秋雲『あー…』

夕張『チッ』

舌打ちした。すっげぇ表情で舌打ちした。整備とかする側からしたら憎むべき相手なんだろうなぁ。

叢雲『ハイハイそんな顔しないの。艤装は?』

秋雲『ちょこぉっと調整した。緋色ちゃんまたよろしくね〜』

緋色『はーい』

叢雲『私は少し工廠に行くわね。課長はどうするの?』

男『俺は、少しここで見ているよ』

叢雲『了解。じゃ秋雲、後よろしく』

秋雲『あいあいさー』
513 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:01:32.70 ID:3gV1RL+U0
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叢雲『どうだった』

工廠に戻ると同時に尋ねる。そのために今日をセッティングした面もある。正直気になって仕方なかった。

夕張『秋雲と会った時凄く動揺してたわ』

叢雲『そんなに?』

昨晩は必死に動揺を隠そうとしていたけれど。

夕張『暫く言葉も出せないってくらい固まってた。やっぱり何かあったんじゃないかしら』

叢雲『んー、だとしても何かって何かしら』

夕張『…駆け落ち?』

叢雲『そういうのいいから』

夕張『でも現時点じゃなんともって感じね』

叢雲『やっぱりあの箱を調べるしかないかしら』

夕張『でもそれって最終手段じゃ』

叢雲『そうなのよねー。さてどうしたものか』

これ以上は揺さぶっても何も出てこない気がする。もっと具体的な手段で調べる他にない。

叢雲『あ』

端末から音が鳴る。この音は司令官からだ。

夕張『暫くはそっち優先ね』

叢雲『緋色の艤装、任せたわよ』

夕張『はい。そちらも頑張って』
514 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:02:08.63 ID:3gV1RL+U0
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秋雲「でぇ?そっちの秋雲さんと出会っちゃってドキドキしちゃったわけぇ?」

男「うるせぇ」

秋雲「平気だーみたいな事言っといて結局それか〜。ダメだなぁ課長は。まだまだお子様ねぇ」

すごくイキイキした表情で煽ってきやがる。なんかいい事でもあったのかこいつ。

男「好き放題いいやがって…そもそもなんでそんなに楽しそうなんだよ」

秋雲「え〜だってだってさ、そんなに秋雲さんの事を想ってくれてたなんて、キャーもうまいっちんぐ〜」

男「当たり前だろ」

秋雲「…あるぇ」

男「お前の事を、そんな軽く見れるかよ」

秋雲「急にそんな真面目にされると、あはは参ったなこりゃ」

その時画面の奥から音がした。何か軽いものが落ちた音が。

いやこの場合音の内容はそれほど重要じゃない。"音がする"という事が問題だ。
515 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:02:44.59 ID:3gV1RL+U0
男「なんだ今の?」

秋雲「あーちょっと待ってて〜」

秋雲がわざわざ画面から消える。戻ってきたその手にはA4位の封筒が握られていた。

男「なんだそりゃ」

秋雲「メールだね。お、しーちゃんからじゃん」

男「は?メール?」

秋雲「いいっしょ。なんか個人探偵に来る依頼書みたいでさっ」

男「そのためにわざわざ音まで付けたのかよ」

秋雲「こういうのは雰囲気が大切なの。えーっと内容はっと」

男「というかそれ、俺宛には来てないのか」

秋雲「…どうも急いでたからここにしか送ってないみたいね」
516 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:03:26.20 ID:3gV1RL+U0
男「急ぎ?どんな内容だ」

秋雲「例の深海棲艦の動きが活発になって来たみたい。近々大規模作戦が発令されるかもって」

男「マジかよ…」

秋雲「どうする?」

男「と言ってもこっちに出来ることなんて殆どないからなぁ。作戦中緋色をどうするかだけでも考えておくか」

秋雲「今する?」

男「いや、もう寝るよ」

秋雲「オーキードーキー」

男「…」

秋雲「何、その顔」

男「なんでもないよ。おやすみ」

秋雲「おやすみ〜」

画面が消える。昼間見たのと同じ、あの顔が消える。

やっぱりお前は秋雲だよ。
517 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:05:46.57 ID:3gV1RL+U0
余計なもの書いた上に遅れやがったコイツ!

艦娘雑学みたいなお話。
海にいると色々と弊害でそうですよね。
距離感とかもおかしくなりそうです。
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/08(月) 02:16:38.29 ID:iwCpmLkLo
乙でした
丁寧でいてすっと入ってくる世界観構築お見事
課長〜秋雲さんとナニしたんですかね〜?(浮いた話ではなさそうな感じに目をつぶりながら)
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/08(月) 03:15:07.18 ID:HUl8hUxko
秋雲ユニットって事か……?
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/01(木) 17:46:34.39 ID:BpapJjW+0
まだ続いてたか
毎回面白く読んでる 頑張って完結させてくれ
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/08/17(火) 08:36:47.48 ID:KTvo57O3O
待ってる
522 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:13:07.47 ID:vCzKEuQSO
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叢雲「起きてる?」

翌朝、寝癖を整えていたら廊下から叢雲の声がした。

時計を見ると時刻は丁度六時。総員起こしの時間ではあるが叢雲が俺の部屋に来るには少し早い。

男「おはよう、どうした?」ガチャ

叢雲「おはよ、悪いけど急用よ」

男「ん?」

叢雲「上から作戦命令が出たわ」

男「!?」

ウソだろ。しーちゃんからの連絡を受けたのは昨日だぞ。それだけ緊急事態って事なのか?

叢雲「開始は四日後。しばらく慌ただしくなるわ」

男「四日って…短すぎないか?」

叢雲「えぇ。普通短くても一週間、いえ、それでも短すぎるくらいよ」

男「そりゃそうだろうな」

いきなりデカい仕事を振られてそれが一週間後とかゾッとする。

叢雲「前に近場で深海棲艦に動きがあった話はしたでしょう?アレを追っていた別の鎮守府の艦隊が敵の補給線を見つけたのよ」

男「敵の攻勢を見据えての作戦、か?」

叢雲「というより先手必勝ね。体制を整えられる前に潰すってことらしいわ」

男「そのための四日か」

本来ならば今すぐにでも動きたい位なのだろう。
523 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:13:52.35 ID:vCzKEuQSO
叢雲「幸い通常任務の哨戒や護衛はその影響で減らしていたから準備は比較的楽ではあるのだけれどね。それでも四日は大変だけれど」

男「こうして俺と話す時間も勿体ないくらいじゃないのか」

叢雲「本当はね。でもこういう話は直接するに限るから」

男「こちらとしては助かるよ」

叢雲「貴方、こういった事態の経験は?」

男「三度目だ」

叢雲「なら」

男「大体は分かるよ」

叢雲「OK。詳細はまた連絡するわ。とりあえず今日は二人とも部屋にいてちょうだい」

男「あぁ、了解だ」

叢雲「それじゃ」

男「あ、叢雲」

叢雲「ん?何?」

男「…ありがとな」

叢雲「いいわよ」ヒラヒラ

なんてことない風に手を振りながら戻っていく叢雲。しかしその足はいつもより速かった。
524 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:14:36.61 ID:vCzKEuQSO
頑張れ、なんて無責任に言いかけてやめた。

叢雲がずっと頑張ってるのは見ればわかるのに。

俺にかけれる言葉なんてない。

男「何にせよまずは仕事だな」

秋雲と相談するためにモニターの電源を入れる。

男「おい秋「っしゃヘッショ!突っ込め突っ込めえ!」……」

なんか盛り上がってる。

秋雲「あ゛ーーニトロがあ!?」

男「…」

秋雲「うわぁタイミング悪すぎじゃんクソ〜」

男「…」

秋雲「あ〜萎えるぅ」チラッ

男「…」

秋雲「」

男「おはよう」

秋雲「おやすみなさい」
男「寝るな」
525 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:16:17.58 ID:vCzKEuQSO
秋雲「申し訳ございませんでした」

カメラ越しの土下座って滑稽なだけで何の効力もないという事がわかる。

そもそもこいつの土下座は両手で足りない程度にはもう見てる。

男「いや、いいんだよ別に。仕事に問題が出なければ勤務時間外に何しようがさ」

秋雲「えー顔に文句あるって書いてあるぅ」

男「ルール上何も問題は無いけど心象的に言いたいことは山ほどある」

秋雲「是非墓まで持ってってねっ」

男「お前次第だ」

秋雲「ぅう…で、何さ急に」

男「昨日話してた作戦が四日後に開始らしい」

秋雲「はあ四日後!?早っ!これが締切なら私逃亡手段を探し始めるレベルよ!?」

男「もう少し粘れよ」

秋雲「しーちゃんの感じから急を要するとは思っていたけど、まさか翌朝に来るとはねぇ」

男「緋色をどうするか早速話し合わなきゃな」

秋雲「鎮守府の方はどうなのさ」

男「詳細は後でって言ってたが、ここから出られないのは確実だろうな」

秋雲「そりゃそうか」
526 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:16:55.32 ID:vCzKEuQSO
秋雲「で、緋色ちゃんどーすんのよ」

男「部屋で勉強みてやるしかないだろう」

秋雲「まぁた部屋分けてやるの?」

男「いや、今回はちゃんと教えるよ。これを機に鎮守府や出撃時の事も教えなきゃだしな」

秋雲「すっごい嫌そうな顔してる」

男「マジか」

秋雲「何、ヤバいの?」

男「大丈夫だよ。まだ大丈夫だ」

秋雲「ふぅん」

男「なんだよその顔は」

秋雲「アドバイスしてあげよっか?」ニヒヒ

男「…癪だが頼む」

秋雲「そばに居るのがダメってんならさ、一度近づいて背中を押してあげるの。そして自発的に進ませて結果的に離れる。中途半端に距離とるのが一番ダメ」

男「珍しくマトモな意見だな」

秋雲「抗議するー今の発言には断固として異議を唱えるー」
527 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:18:40.83 ID:vCzKEuQSO
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秋雲との話し合いの結果、とりあえず鎮守府の動向を見てからという事になった。

男『緋色、おはよう』コンコン

ドアを叩くと中からか細い声が返ってきた。

緋色『おはよぉ課長ぉさん』

男『入るぞー』

緋色『ぅん〜』

いつものピンクのパジャマに身を包んだ緋色がベットに座っている。

男『眠いのか?』

緋色『なんていうのかしら、重いというか…ブレてる?そんな感じがするの』

少し虚ろな瞳は確かに眠さとは違う何かがあるようだった。

男『ほぉ。まあ体調が悪くないのであれば問題ないさ』

緋色の睡眠状態も依然謎のままだ。

艦娘は夢を見ないはずだし、心音も止まるはずだ。それなのに緋色は

緋色『そうだ。ここが何だかポカポカしたの』

男『ポカポカ?』

緋色『ええ。ほら、何か変じゃないかしら?』スッ
男『ブッ!?』

緋色がパジャマの首元を下げ胸元をさらけ出す。正直若干見なれつつある気もするがとにかく反射的に目を背ける。

緋色『課長さん?』

男『大丈夫だ、大丈夫だからとりあえず服を着てくれ』

飛龍『おっハロー朝食だよ〜ってうわあ!服ぬがせてる!!ロリコンだあ!!』

男『待てえ!!』
528 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:19:08.83 ID:vCzKEuQSO
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飛龍『なぁんだそういう事かぁ。私ゃてっきり』

男『てっきり何だよ、おい』

緋色『ろりこんって何?』

男『気にしないでくれ。それよりも』

飛龍『ん?なになに』

男『朝からこれか』

緋色『豪華ね!』

飛龍が持ってきたのはイクラ丼三人前だった。

飛龍『元々ねぇ、普段からあっちゃこっちゃ遠征でばらばらになってる吹雪型姉妹がさ、ほら!深海棲艦が出たからって出撃や遠征が減ったじゃない?』

男『らしいな』

緋色『いただきま〜す』

男『いただきます』
飛龍『いっただきまーす』
529 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:19:59.44 ID:vCzKEuQSO
飛龍『で!久々に姉妹で揃うからちょっとしたパーチーやろってなったの。長女自ら遠征先のお土産、イクラを持ってね』

男『って事はこれ凄く新鮮な物だったりするのか』

飛龍『多分そうじゃないかなぁ。よくわかんないけど』

緋色『こういうオレンジ色でプリっとしてるのは鮮度が良い証拠よ』

飛龍『へ〜そうなんだ。知らなかった、な』チラッ

男『俺も正直わからん』

飛龍と目が合った。おそらく考えてる事は同じだ。

緋色、こういう知識はあるのか。

飛龍『でねでね!こんな事になっちゃったじゃん?もうパーチーどころじゃないじゃん?』

さっきから物凄い勢いで喋り倒している飛龍だが同じくらいの勢いでイクラ丼も食べている。凄いな。しかも食べ方が綺麗だ。どうやって両立してるんだこれ。

飛龍『悲しくもパーチーはお流れ。でも作戦後までイクラはもたない!でも適当に食べるのはそれはそれで辛い。

という事で吹雪ちゃんが間宮さん達に"託してたイクラは他の人に振舞って上げてください"って哀愁漂う表情で言ってきた』

緋色『…』ピタッ

緋色の手が止まった。まあ今の話聞いたら無邪気に食えなくなるわな。

後どうでもいいけど飛龍の吹雪のマネが妙に上手い。
530 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:20:57.84 ID:vCzKEuQSO
飛龍『という話が鳳翔さん繋がりで入ったから私が少しもらってきたわけ。食べたかったんだけどさ、堂々と貰って食べるのは流石に後ろ髪引かれるものがあってね…』

男『だからここで誰にもみられないように食べたかったと』

飛龍『いぇす!』

十分に図太いのではなかろうか。

緋色『艦娘のお仕事って大変なのね…』

飛龍『普段はそんな事ないよ〜。最前線ならともかく、ここら辺は戦闘自体殆どないし、そりゃあ長期間の遠征とかで中々会えない娘がいたりもするけど、基本的に休みはタップリ取れるから』

そうだ。艦娘は出撃に際してどうしても燃料や弾薬等を消費する。イタズラに出撃してもマイナスになる場合もある。

飛龍『ただ私達が本当に求められるのって緊急事態だからさ。何時どこでそれが起こるか分からないって覚悟してなきゃいけないの。普段の余暇の多さはそういう事態に備えてとも言えるわね』

男『消防士みたいなものだよな。何も起きないなら平和かもしれないが、それでも次の瞬間にはそれが起こっているかもと気を張ってなきゃいけない』

緋色『それは、辛いわ、きっと』

飛龍『こ〜ら箸が止まってるわよっ』ツンッ
緋色『ぁうっ』

飛龍『大変っちゃ大変だけど、私達ヒーローだからねぇ。その分色々なものを貰ってるしイーブンよイーブン』

艦娘の皆が皆この飛龍みたいに力強く笑えるわけではないだろう。それでも少なからずこういった信念があるからこそ戦えている。

それはとても尊い事のはずなのに。

飛龍『ご馳走様』

男緋『『早っ』』
531 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:21:41.30 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『ご馳走様』
緋色『ご馳走様でした』

イクラ丼は非常に美味しかった。非情にも。

緋色『ところで、その。一つ質問いいかしら』

飛龍『何何改まっちゃって〜。ドンと来い』

緋色『さっき飛龍さんの言ってたこんな事って何?』

飛龍『あー大規模作戦のk』ハッ

ほぼ言い終わったところで飛龍が慌てて口を塞いで俺を見る。

緋色『なんだか鎮守府の雰囲気も変な感じで、何かあったのかなって』

男『その事については説明するつもりだったんだ。飛龍が来てくれたから手間が省けたし』

飛龍『あ、なんだ話してよかったんだ。はぁー焦ったー』

緋色『大規模作戦?』

男『悪いが飛龍、説明をお願いしてもいいか?』

飛龍『んぇ?いいけど、なんで私』

男『俺は知識だけだからな。現場の声の方が伝わると思って』

飛龍『なるほどなるほど。なら私に任せて!』
532 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:22:29.31 ID:vCzKEuQSO
飛龍『まず上から命令の来る作戦ってのは大きく分けて2種類あってね。一つは鎮守府単体で行うもの。もう一つが複数の鎮守府共同で行うもの。今回はこっち』

緋色『複数ってどのくらい?』

飛龍『場合によるかなぁ。今回は即応性、機動性を考えて近場の四鎮守府での作戦だけど、例えば深海棲艦共がわっと押し寄せてきたとかなら十や二十の鎮守府でって事になると思う』

男『実際本土近海を取り戻すまではずっと総力戦だったらしいからな。いずれそういう時も来るだろう』

飛龍『他の三つの鎮守府とは交流もあるし連携は楽だと思う。でも流石にいきなりすぎだからな〜。何が起こるか分からないってのが怖いかも』

緋色『ん〜お仕事って大変なのね』

飛龍『大変よ、とってもね。辛いかどうかはそれぞれだけど、とても大変だって所は確か。私はそれが誇りなんだけどねっ』

男『…なぁ、こういう質問はするべきでないかもと迷ったんだが』

飛龍『なになに遠慮しないでドンと来てよ』

男『作戦の期間はどれくらいだと思う』

飛龍『それ聞くの躊躇する内容?』

男『機密かなって』

飛龍『あ〜まぁダメって言われてないしだいじょうビッ』

不安だ…
533 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:23:09.29 ID:vCzKEuQSO
飛龍『て言ってもそもそも期間は決まってないのよね』

緋色『そうなの?』

飛龍『推測、経験則でなら補給線潰しに三日ってとこかな。これは三日かかるじゃなくて三日以上かけるのはマズイって意味ね』

男『後は敵の戦力次第か』

飛龍『そゆこと』

緋色『飛龍さんも行っちゃうの?』

飛龍『へ?あー大丈夫大丈夫。ウチは戦力少ない方だから、一番ヤバいのは別んとこが引き受けてくれるって』

男『鬼ヶ島の所だろ。噂なら聞いたことある』

飛龍『へぇそんな有名なんだあの鎮守府。まそんなだからウチらはせいぜい乙くらいの難易度よ。楽じゃないけどそんな身構える程でもないって』

緋色『そ、そう』ホッ

嘘だな。乙というのは十分に身構える必要がある難度だという。

でもありがたい嘘だ。緋色に心配をかけさせたくは無い。
534 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:23:44.68 ID:vCzKEuQSO
男『助かったよ。色々話してくれて。それに悪いな、時間取ってしまって』

飛龍『いいっていいって。むしろここに逃げてきたいくらいでさ』ハハハ

緋色『ありがとう、飛龍さん』

飛龍『…抱きついてもいい?』

緋色『え゛っ、い、いいけど…』

飛龍『緋色ちゃぁぁあ゛あ゛ん゛』ガバッ
緋色『〜〜〜〜ッ!!??』

再び二つの圧倒的な弾力に挟まれて悶える緋色。

今回は許可取ってるから止めるに止められない。

飛龍『よっし元気でた!それじゃあばっはは〜い』シュバッ

男『ずっと元気100パーセントじゃねぇか』

緋色『』

男『…大丈夫か、緋色?』

緋色『おっきぃ…』

何が、とは聞かない。
535 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:24:13.68 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『そろそろお昼か』

緋色『もうそんな時間なのね』

男『続きは後にして休憩にしよう』

緋色『もうちょっと、もうちょっとだけやるわ』

男『やる気だな』

緋色『皆も、頑張ってるから。私も負けてられないわ』

男『そうか。なら頑張ろう』

緋色のやる気は日を追う事に増しているようだった。他の艦娘を見て、なにか思うところがあるのだろう。

男『ん?』

廊下から足音が聞こえてきた。昼食を誰かが持ってきてくれたのだろう。こんな時に申し訳ない。

飛龍『はいはーい飛龍入りまーす!』

男『え』

緋色『あら?』

またお前かよ。
536 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:24:47.07 ID:vCzKEuQSO
飛龍『イクラ丼美味しかった?』

男『何だ急に』

飛龍『美味しかった?』ズイッ

緋色『えぇ勿論。また機会があったら食べたいわね』

飛龍『ならちょうど良かったぁはいこれ』

イクラ丼が再び机に並べられた。

男『どういう事だこれ』

飛龍『みんな忙しそうでさ、余ってるっぽかったからつい』

男『お、おう』

お前は忙しくないのかよ。

緋色『やったぁ!早く食べましょう!』

飛龍『おーおー気に入ってくれてるようでお姉さん嬉しいな〜』

男『まあ美味いしいいんだけどな』

緋色『これなら幾らでも食べられるわよ』

飛龍『上手いっ!』

緋色『え?』

飛龍『あれ?』

ダジャレでは無かったらしい。
537 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:25:14.90 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『まさか二回連続で飛龍が来るとはな』

緋色『忙しいでしょうに、わざわざ持ってきてくれるなんて』

男『あれは本人が食いたいだけな感じもあるけどな』

緋色『でも美味しかったわ』

男『それはまあ。でも三回目は流石に勘弁だ』

緋色『いくらなんでも三食同じにはしないでしょう』

男『だな。さて昨日の続きだ。法律と軍規のどっちからやりたい?』

緋色『航海術がやりた〜い』

男『それでもいいっちゃいいんだが、やるなら海に出てやりたいものでもあるからなぁ』

緋色『…暫くはお預けかしら』

男『残念ながらな』
538 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:25:51.70 ID:vCzKEuQSO
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飛龍『こんばんわ〜〜』

男『』
緋色『』

飛龍『え、あれ、何この空気』

男『そんな気はしてたけど』
緋色『あ、でも丼じゃない』

飛龍『そうそう!流石に三連続は飽きると思ってイクラ巻きにしてみたの!作ったの私じゃないけどね!』

すっげぇ楽しそうに話すな。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

緋色『ご馳走様』

飛龍『お粗末さま〜』

男『まさか本当に三食イクラとは。明日も持ってくる気じゃないだろうな』

飛龍『残念ながら在庫切れで』

緋色『あら』

男『食べたかったか?』

緋色『えへへ、正直ちょっとありかなって』

飛龍『それと伝言ね』

男『伝言?』

飛龍『叢雲から。今夜は忙しいからいつものはなしって。なになに毎晩何してたのぉ?』

男『知ってて言ってるだろ』

飛龍『さぁてねっ』
539 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:26:25.31 ID:vCzKEuQSO
緋色『皆、大変ね』

飛龍『怖い?』

緋色『え』

緋色の何気ない一言。それを飛龍は真っ直ぐ捉えた。

緋色『怖くは、ないわ。でも不安で、少し怖い』

男『緋色…』

かける言葉が見つからなかった。一体何に不安を抱いているのか、何に恐怖しているのか皆目見当がつかなかったから。

飛龍『わかるなぁ、私もそういう時あったもん』

緋色『そうなの?』

飛龍『うんうん。昔ね、置いてかれそうな気がして怖かった』

緋色『置いて…そう!そうなのよ!多分それだわ!!』

どうやら緋色の中にあった何かを飛龍は知っていたらしい。緋色自身でも理解していなかった何かを。

飛龍『そういう時はともかく勉強と訓練!ただ闇雲に進むには海って強大すぎるから、まずは自分を鍛えよう』

緋色『はいっ!』

何にせよ緋色のやる気が出たなら問題ない。
540 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:26:52.68 ID:vCzKEuQSO
男『今のは飛龍の経験談か?』

飛龍『まあね。海って目的もなしに立ってられる場所じゃないからさ、その目的を見つけるまでが大変なのよ』

男『艦娘にも色々あるんだな』

飛龍『誰だって色々あるのよ。課長もそうじゃないの?』

男『ま、そうかもな』

緋色『そうなの?』

男『多分』

飛龍『それじゃ私はこれで、おやすみ〜』

男『おやすみ』
緋色『おやすみなさい』
541 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:27:39.80 ID:vCzKEuQSO
男『緋色は何か目的があるのか?』

緋色『分からないわ。まだ』

男『そりゃそうか』

緋色『課長さんの目的って?』

男『秘密だ』

緋色『え〜』

男『もし緋色の目的が見つかったら、それを教えてもらう代わりに俺も言うよ』

緋色『なら私、課長さんから目的を聞くのを目的にするわ!』

男『却下』

緋色『えぇ〜』

男『ほら、風呂入って寝るぞ』

緋色『は〜い』
542 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:28:35.34 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「さてと」

翌朝、緋色用の教材を見直しながら支度をする。

秋雲に頼んでおいた物だが流石に出来がいい。普段からこういう真面目さを発揮して欲しいものだが、オンオフが激しいのがあいつの良さでもある。

そんなことを考えていると扉から聞きなれた声がした。

叢雲「おはよ」

男「おはよう」

廊下にいた叢雲は、なんだか昨日とは雰囲気が違っていた。

なんだろう、柔らかいというか。

叢雲「部屋、お邪魔してもいいかしら」

男「それはもちろん構わないが、いいのか?今忙しいんだろ?」

叢雲「えぇ。昨晩遅くまで忙しくした結果、今日の午前中は何も動けないと分かったのよ。だから司令官は部屋で休息中」

男「叢雲は?」

叢雲「ここなら誰にも見つからないでしょう?」

男「なるほど」

つまりリラックス状態なわけか。彼女の負担を少しでも和らげられるのならいくらでも手を貸したいところだ。
543 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:29:23.02 ID:vCzKEuQSO
叢雲「意外と日当たりいいのねここ」

男「住んでみると快適なもんだよ。でここで何する気だ?」

叢雲「棚上げしてた仕事片付けるの」

男「それ休めてないだろ…」

叢雲「別に休む気は無いわよ」

男「なら何しにここに来たんだ」

叢雲「私、鎮守府じゃどこにいても秘書艦叢雲なのよね。だからこうしてただの叢雲としていられる場所って実は貴重な事に気づいたのよ」

男「イマイチわからんが、まあ落ち着けるんなら別に構わんさ」

叢雲「あ、せっかくだしその黒い箱見せてよ」

男「ダメだ企業秘密だ」

叢雲「ざ〜んねん」
544 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:29:49.92 ID:vCzKEuQSO
特に残念そうな素振りも見せず、当然のようにベットに腰かけ端末をいじり始める叢雲。

いつもの何処かピリピリとした、背筋を伸ばしてるような感じはない。これがただの叢雲という事なんだろうか。

叢雲「コラムとかって書いた事ある?新聞なんかにあるような」

男「コラム?普通ないだろそんな経験。なんでコラム」

叢雲「鎮守府内の新聞用にね。ネタが浮かばなくって」

男「そんな仕事まであるのかよ…」

叢雲「面白いわよ案外」

男「息抜きとしてか?」

叢雲「そんなところね」
545 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:30:30.41 ID:vCzKEuQSO
男「そういや昨日三食全部飛龍が持ってきてくれたんだが」

叢雲「なに、なんかやらかしたあの娘?」

男「そういうんじゃなくてな。作戦前で皆忙しいんだろ?なのにアイツ随分暇そうというか、その」

叢雲「あーそういう。実際暇なのよあの娘」

男「え、そうなのか?」

叢雲「むしろそうして暇にしてるのが仕事と言ってもいいわね」

ますます分からん。

叢雲「駆逐艦や軽巡は遠征や護衛やらで忙しいわ。戦艦や空母はこういう時の重要戦力。艤装の整備や作戦前の打ち合わせやらで忙しい。重巡は数が少ないから普段から地味に忙しいわ」

端末に素早く文字を入力しながらもこちらとしっかり会話をする叢雲。

男「皆忙しいわけだ」

叢雲「そ。作戦が始まれば更にね。でも、みんな忙しかったらダメでしょ?」

男「ん?」
546 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:31:12.28 ID:vCzKEuQSO
叢雲「作戦中、出払った鎮守府に敵が攻めてくるかもしれない。突如救助を求める船がでてくるかもしれない。戦況が一変して即時出撃する必要があるかもしれない。そういう想定外な緊急事態に対応出来る艦隊が必要なのよ」

男「つまり予備選力ってことか?」

叢雲「そう言ってもいいかもしれないわね。飛龍はウチでもかなりの古参で腕も立つわ。だから基本的に鎮守府近辺に留まって、後輩の指導や演習をしてるの」

男「それは、俺の考えが甘かったよ…すまん」

叢雲「私に謝っても仕方ないでしょ。というか飛龍に謝っても意味ないわよ」

男「ああ、そうだな」

叢雲「あの娘はね、どんなに楽しい時でももしその緊急事態が起こったら誰よりも早く出撃しなきゃならないの。

敵の戦力が一切不明でも、無事に帰れる保証なんてまるでなくても、誰かに見送られたり決心したりする間もなく出撃するのよ」

飛龍は言っていたな。自分達が求められるのは緊急事態の時だと。本当に文字通りだったわけか。

それなのにあんなに力強く笑えるのか、あいつは。

男「凄いな」

叢雲「ええ。それが飛龍が選ばれてる理由でもあるわ。飛龍以外の艦隊メンバーもそう。皆何よりも心が強いわ」
547 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:31:46.78 ID:vCzKEuQSO
叢雲「ま、そーゆーわけでアナタ達の事あの娘達に任せる事は多くなると思うの。よろしくね」

男「俺はむしろ任される側だよ」

叢雲「それで、作戦中はどうするつもり?」

男「部屋で勉強だよ。記憶の方は一旦置いといて、艦娘としての勉強に集中しようかと」

叢雲「そ。海に出られるようになった以上そっちは確かに大切ね。分かったわ。なにか入り用なら今のうちに準備しときなさい。飛龍は好きに使っていいわ」

男「そうさせてもらうよ」

叢雲「そうだ、せっかくだから写真撮ってもいいかしら?記事に使えるかも」

男「残念ながらNGだ」

叢雲「あらら、何処の事務所に電話すればいいのかしら」

男「あー、しーちゃんのとこにでも頼むよ。情報扱いだろうしな」

叢雲「彼女の説得は私じゃ無理そうねぇ」

男「手強いぞあいつは。じゃ俺は緋色の所行ってくるよ」

叢雲「はいはーい」
548 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:32:23.63 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

…誘われてるのかしら。

されげなく部屋を撮ろうとしたけれどしっかりNGされたし、所属なんかを期待して聞いてみたけれどはぐらかされた。

かと思えばこうして部屋に私だけを残して行ってしまった。

写真でも動画でも取り放題、なのだけれど。

叢雲「ムカつくわね」

誘い受けの罠にしか見えない。この状況で賭けをする理由は、流石に無いわね。

叢雲「あ〜ぁ」パタン

どうにも遣る方無くなってベットに寝転んでみた。

ん、司令官と同じ匂いがする。なんで?

あーシャンプーとか司令官の買い置きの渡したからか。

叢雲「…同じね」

今まで司令官の匂いと思っていたけれど、つまるところシャンプーやらの匂いでしかなかったというわけか。

なんか癪だわ。知らなきゃ良かった。
549 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:33:19.75 ID:vCzKEuQSO
そういえば加齢臭なるものがあるらしいけれど流石にそういったものはなさそうね。

司令官もいつか臭くなるのかしら。

今まで、司令官のものだと思っていたアレやコレやは、大半が鎮守府において人間が司令官しかいないから勘違いしていただけで、人間にとっては極々普通の事なのかもしれない。

叢雲「…」スーハー

それは少し、嫌だわ。


緋色『ぁ、あのー』

叢雲「ん?」

振り向くと入口に不思議そうな顔をした緋色と怪訝な面持ちの課長がいた。


あれ?私今これこの姿勢というか状況というか他人の部屋のベットで俯せで枕に顔突っ込んでてそしてそのえっと


叢雲『…課長』ムクリ

男『アッハイ』

叢雲『休憩終わったから帰る』

男『アッハイ』

叢雲『じゃ』

男『アッハイ』


扉をそっと閉めて全速力でその場を離れた。
550 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:33:56.02 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

緋色『…叢雲、何してたのかしら?』

男『さーなんだろうなー』

よく分からんが深く突っ込んではいけないと本能が叫んでいる。

男『とりあえず、叢雲も帰っちゃったし一度部屋に戻るか。朝食が来たら緋色の部屋に行くよ』

緋色『はーい』タタタ

元気よく部屋に戻ってゆく。寝起きが悪いということはないようだ。

男「…でどうだった?」

「なーんもなし」

秋雲の声が箱から流れる。

男「何も?」

秋雲「写真も取らないしこっちを観察したり触ったりもなーんもなし」

男「そんなもんか。警戒しすぎたか?」

秋雲「どうかねぇ。でもなんか悶えてクンカクンカスーハーしてたよ」

男「いやその辺は、いいよ」

秋雲「見る?小型カメラだけどバッチリ映ってるわよ」

男「いいって。次会う時やりにくいからいいって」

秋雲「あーほら見て見て思いっきり枕に」
男「やめろマジで!」
551 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:34:53.51 ID:vCzKEuQSO
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提督「ふぁ〜…ぁ。ん?」

叢雲『…』モゾ

提督「おはよ、叢雲」

叢雲『おはよ…』

提督「どうしたのさ、こんな日の明るいうちから添い寝なんて。誰かに見つかるよ」

叢雲『精神衛生上必要な事だったのよ』

提督「それはそれでどんな状況なんだい」

叢雲『気にしなくていいわよ。もう大丈夫だから、ほら仕事よ仕事』

提督「はいはい」

司令官から見えないようにそっと胸に手を当てる。

間違いようがない。この鼓動だけは、唯一無二だ。

他の誰でもない司令官の。
552 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:37:33.74 ID:vCzKEuQSO
叢雲は無自覚に依存度が高いタイプ

一時期のSS速報の不安定さからこちらでの更新は半ば諦めていたのですが、他所に移るにせよ一度書き始めたものは終わらせなければなと。
遅くなりましたが可能な限りは続けていきたいと思います。
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/06(月) 11:33:36.04 ID:JGpFMQ3n0
乙、更新ありがてぇ
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/06(月) 12:16:55.87 ID:uES6KTKYo

もう見れないかと思ってた
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/07(火) 02:37:11.25 ID:NVzFkcFko
おかえり
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/08(水) 22:39:25.82 ID:OaQDVJZLo
乙です
557 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:46:59.74 ID:+6Bg2JYSO
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男「今日か」

目が覚めた。

朝の鎮守府はいつも通り静かで、ザワついていた。

この雰囲気には覚えがある。

あれから数日。

今日は作戦の決行日だ。

ヒトロクマルマル。

叢雲は部屋には来ない。

男「秋雲」

秋雲「はいはい起きてますよーっと」

箱から秋雲の元気な声が聞こえる。

男「どうだ?」

秋雲「面白いニュースがあるわよ」

箱の画面が起動する。そこにはテレビの速報が流れていた。
558 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:47:35.20 ID:+6Bg2JYSO
男「こいつは確か、中央のトップだったか」

秋雲「他にも軍のお偉方が何人か」

男「このタイミングで会見ってことは」

秋雲「作戦の発表だろうね。大々的にさ」

妙だな。

普通この程度の規模の作戦をこんな大々的に発表したりしないはずだ。

男「今しーちゃんに連絡取れると思うか?」

秋雲「忙しそうだしなぁ。多分連絡自体は取れると思うけど、どうする?」

男「いや、やめとくか」

秋雲「それがいいと思うよ」

もう政界には関係のない身だ。気にしても仕方ないだろう。
559 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:48:24.72 ID:+6Bg2JYSO
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男『おはよう』

緋色『…おはよ』

男『どうした?』

緋色『いよいよ今日なのね』

男『あぁ。何か思うところがあるか?』

緋色『重いわ、とても』

男『それは、俺にも何となくわかるよ』

緋色『私もいつか、向こうに立っているんでしょうね』

そう言って港の方を見る。

男『嫌か?』

緋色『ううん。でもやっぱり重いわ』

男『大丈夫だよ』

緋色『えぇ』

外は晴れ渡っていたが、鎮守府の空気は大雨の中外に出なくてはならない時のような気の滅入る重さがあった。
560 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:49:04.36 ID:+6Bg2JYSO
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飛龍『いやぁ朝会だるかったァ』ノビー

作戦前の集まりの後、飛龍が朝食を運んできてくれた。

男『仮にも作戦中なのに早々にこんなところでくつろぐなよ…』

飛龍『私真面目な空気は壊したくなるタイプだからさぁ、我慢するの大変なのよ。あ、海の上は別ね!』

緋色『え、飛龍さん真面目な時あるんですか?』

飛龍『あるよ!?』

正直緋色の疑問はもっともだと思う。

飛龍『そんなこと言ってるとせっかくのプレゼントあげないわよ〜』

緋色『プレゼント?』

飛龍『そ!ちょっとまっててね〜』

そう言うとわざわざ部屋の外に隠していたらしい箱を持ってきた。

男『朝食と別にこんなもの持ってきてたのか』

緋色『何かしら!』

飛龍『そこはお楽しみよ。ほら開けて開けて』
561 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:49:50.22 ID:+6Bg2JYSO
片手で持てる程度のそこそこな大きさの箱を緋色が丁寧に開ける。

プレゼントとは言うがお店で買うような丁寧な包装の物とは程遠い、無骨な感じの箱だ。一体なんなんだろうか。

男『え?』

緋色『これって…』

飛龍『そう!単装砲よ!』

男『12cm単装砲、だよな』

ネズミ色の四角い箱から伸びる砲塔。見間違えることは無い。

飛龍『んーかな?正直私はよくわかんない』

緋色『わあ凄い!本物?』スチャ

男『待て待て!いいのかこんな物騒な物普通に持ってて!』

飛龍『大丈夫大丈夫。偽物だから』

緋色『そうなの?』

飛龍『夕張と明石が緋色の訓練用にって作ったんだって』

男『なるほどな。ビックリした…』

飛龍『でもタダのレプリカってわけじゃないわよ〜。なんせあの二人が作ったものだからね』ニヒヒ

男『なんだよその不穏な感じは』
562 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:50:29.71 ID:+6Bg2JYSO
飛龍『ちょっと構えてみて』

緋色『えっと、こうかしら』

左手で単装砲を持ち右手で側面を支える形で胸の前に構える。

飛龍『そうそう。じゃ私が合図したらトリガー引いてみて』

飛龍が緋色の後ろに回り込み、単装砲のセーフティーレバーらしきものを外す。

飛龍『てぇー!』
緋色『はい!』

トリガー。本来単装砲には存在しない部分だ。そこは練習用のレプリカ故だろう。

そのトリガーを緋色が引くと

緋色『キャッ!?』

ガイン、という妙な金属音と共に単装砲が上に跳ね上がった。

そのまま緋色の顎か鼻辺りに直撃しそうだった単装砲を飛龍が後ろから素早く押さえつける。

緋色『び、びっくりしたぁ…』

腰が抜けた緋色を支えながら飛龍が再びセーフティーレバーをかける。

飛龍『ふふ、どうだった?』

緋色『思ったよりも大きかったわ』

男『俺もだ。なんというか…』
563 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:51:26.81 ID:+6Bg2JYSO
例え小さくてもそれは軍艦に搭載されていた兵器。ちゃちな拳銃なんかとは別物だと理解していたつもりだった。

それでも軽々とこれらを操る艦娘を見て、それほどたいしたものじゃないと思っていたのも事実だった。

飛龍『普段は私達が腕力にもの言わせて押さえつけてるものだからさ、課長さんなんか撃ったら骨の一本二本は覚悟しなきゃよこれ』

男『肝に銘じておこう…それ中身はどうなってるんだ?』

飛龍『中身は知〜らないっ。でもなんかアレしてこれして上手いこと本物みたいな反動にしたんだって。あの二人の暇つぶし品だから無駄に凝ってるわよ』

緋色『このレバーが安全装置?』

飛龍『詳しい使い方は中の仕様書見てってさ』

男『ちゃんと仕様書まで作ってあるのか』

箱の中を見てみると中に小さな紙が入っていた。どうやら一枚の紙を折り畳んで冊子風にしたものらしい。

ご丁寧に表紙や中身には図以外に手順を分かりやすくするためのイラストがいくつか添えられている。

男『秋雲だなこれ』

飛龍『え、凄い、なんでわかったの?』

男『そりゃあ…なんとなくな』

緋色『前にイラストが得意って言ってたけれど、とても綺麗ねこれ』

男『だな』

単装砲のイラストはどの角度の絵も実に正確に描かれている。

それとは逆に添えられている夕張や明石のイラストは二頭身程の人形のようなディテールで、ポーズや表情のバリエーションに富んでいた。

きっとどちらも描いていて楽しかったのだろう。
564 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:52:05.05 ID:+6Bg2JYSO
飛龍『ちょくちょくこういう仕事やってるのよあの娘。新聞とか掲示板とか、あと艤装にペイントとかね!』

緋色『へぇ〜』

男『ん?艤装に無断で描くのって禁止じゃなかったか?』

装備は軍の所有物であり、その扱いは極めて厳格に定められているはずだ。

飛龍『おぉやっぱ詳しい。でもほら、魚雷とかは一度使ったら終わりでバレないからってさ』

男『そう来たか』

緋色『でもそれってなんだか勿体なくないかしら』

飛龍『験担ぎってやつよ。駆逐艦の間では恒例になってるわ。当たりますようにって』

男『当たるのか?』

飛龍『当たる』

緋色『おぉ!』

飛龍『と思って発射するからでしょうね。そういう心持ちが大切だから、効果は確かにあるわ』

男『理にはかなってるわけだ』
565 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:52:47.05 ID:+6Bg2JYSO
緋色『飛龍さんもペイントしてもらったりした事はあるの?』

飛龍『私はないのよねぇ。ほら空母って甲板と艦載機が装備なわけだけど、どっちも色とか書いてある文字なんかで見分けたりするからそういうのやると危ないのよ』

緋色『色?』

飛龍『あり?まだ未履修?』

男『レクチャー頼んでもいいか先生?』

飛龍『ラジャっ!』サッ

よく分からないポーズをとったかと思うと飛龍の左腕に今まで無かった飛行甲板があらわれた。

飛龍『私達はさ、艦載機を飛ばすのは弓だけど着艦はここなわけ。でも空母が複数いるとどの甲板に降りればいいかわからなくなるでしょ?だから目印とかがあって、コロコロペイントとかしてると艦載機達が分からなくなっちゃうのよ』

神風『うーん?』

男『…例えば飛龍と蒼龍が並んでたとして、分からなくなるものなのか?』

飛龍『んっとね〜、見た目は問題ないんだけど、んん、難しいな。例えるなら電波ね。私が橙色で蒼龍が青色の電波。これに余計な要素を足しちゃうと電波が変わっちゃって混線しちゃうーみたいな?』

緋色『ラジオのダイヤル調整みたいなものかしら』

飛龍『おぉそれいいわね。それでいきましょう!』
566 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:53:58.54 ID:+6Bg2JYSO
男『結構繊細なんだな。正直もっと自由に操れるものだと』

飛龍『艦娘は基本的に内に秘めてる力を放出するものだけれど、私達空母は放ったそれを繋ぎ止めて操らなきゃいけないもの。それも幾つもね。だから潜水艦に並んで特殊なのよ』

緋色『潜水艦…』

飛龍『潜水っ娘達とはまだ会ったことないんだっけ』

男『あぁ』

流石に潜水艦という線は無さそうなので特に接触の機会を作ってはいなかった。

飛龍『そのうち分かってくるわ。私達にも色んなのがいるってね』

男『そういえば、飛龍はこの後どうするんだ?』

飛龍『午前中はここにいるつもり。コレの撃ち方とか教えられるし。午後はちょっと野暮用が』

男『了解。なら緋色へのレクチャーは任せるよ』

緋色『よろしくお願いします!』

飛龍『まっかせなさぁい』
567 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:55:00.32 ID:+6Bg2JYSO
緋色『こう?』

飛龍『もうちょっと横で、そうそう。結構上に跳ねるから』

2人共楽しそうだった。

ふと、小学生くらいの時に上級生から輪ゴム鉄砲の打ち方を教わったのを思い出した。

こんな楽しそうに撃ち方を教わってていいのだろうか。深海棲艦を、命を軽く消し飛ばせるモノを。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

飛龍「そういうとこ、やっぱ気になる?」

午後になり緋色へのレクチャーを終え帰ろうとする飛龍に、その話をしてみた。

飛龍「私も最初は特に疑問には思わなかったわ。というか今も疑問に思ってはないけどね」

そう言いながら右手で銃の形をつくって俺に向ける。

飛龍「こういうのが当たり前だからさ、私達。怖いとか、そういうのはない。それが人とズレた感覚だってのは分かるけどね」

男「そういうものか」

飛龍「この国は武器を持つ感覚に疎いからね。善し悪しは別としてさ。だから」

左眼を瞑り、人差し指の狙いを定める。

飛龍「バァン」

男「…」

飛龍「こーゆーとこも含めてさ、だからきっとここに壁があるんでしょうねぇ」

コンコンと扉を叩くように俺との間をノックする。

男「壁なら壊せるさ」

飛龍「お、カックィ。期待してるからね〜、それじゃっ!」タッタッタッ

廊下を駆けてく飛龍にそれ以上何も言えなかった。追うことも、手を伸ばすことも。

きっとそれが壁なのだろう。
568 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:55:50.19 ID:+6Bg2JYSO
男「ま、確かにビビってたら戦場でやってけないもんな」

そういう意味じゃ緋色が武器に対して抵抗がないのはとりあえず良しとすべきなのかもしれない。

男「武器、か」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「武器だ」

秋雲「え、なに急に、どしたの」

すぐさま部屋に戻り秋雲に話しかけた。

男「艦娘にはそれぞれその艦に合った武器があるだろ?」

秋雲「あ〜そういう事。確かにね」

俗に言うフィット装備。生前からの馴染み深さやその艦の性能に沿った装備が本来のスペック以上の性能を発揮できるというやつだ。

男「でもそれだけじゃない。例えば初期装備なんかもそういう馴染みのある装備と言えるだろ?」

秋雲「初期装備ねぇ。私はそこら辺わかんないにゃぁ」

男「秋雲という艦娘は12.7連装砲だったよな」

秋雲「そそ。でも同口径の連装砲にも色々あっからね〜。私のは亀って呼ばれてたやつ。陽炎とかは像だったかな」
569 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:56:40.77 ID:+6Bg2JYSO
男「同じ口径でも色々種類があるからな。だから逆にそこから特定できるんじゃないかって」

秋雲「ふむふむ。記憶にはなくても身体に染み付いてるクセみたいなのって艦娘にはあるしね。実際に触ってみたら思い出す可能性はありよりのあり」

男「何より他に糸口もないしなぁ」

秋雲「でもどうすんの?実際に緋色ちゃんに装備持たせるってわけにもいかないし、何より今作戦中だしょ」

男「装備の方は夕張達がレプリカを渡してくれてな。反動まで再現した凄いやつ」

秋雲「流石ねぇあの拘り技術者ズ」

男「作戦中は無理でも、今後のことを考えて話してはおこうかと思ってな。後秋雲は装備についてもう一度今の視点で調べ直してくれ」

秋雲「オーキードーキー。夕張達にはなんて?」

男「今メッセージで送ったところだ。作戦が落ち着いたら何かしら反応をぉわっ!」

手元の端末から慣れない音が鳴る。

秋雲「連絡?」

男「お、おう」

秋雲「…夕張?」

男「…ぽいな」

はえぇよ。
570 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:57:54.06 ID:+6Bg2JYSO
男『もしもし』
明石『面白そうなこと言うじゃないですかあ!』

スピーカー機能をオンにしたんじゃないかという程に大きな声が部屋に響いた。

秋雲「…」
男「…」

画面の秋雲と無言で見つめ合う。

うん、このテンションには覚えがある。

男『あれ、この連絡先夕張じゃなかったっけ』

明石『あーこれ工廠共通アカなんですよ。つっし、秋津洲とか他にも数名いますよ』

アカウント名、メロン海峡なのにか。あ海峡って明石海峡か?分かりにくいわ。

男『待て待て、そっちは作戦中なんだろう?』

明石『皆が出撃やら作戦会議してる時は暇なんですよ。暇なんです』

二回言った。

男『あーつまり?』

明石『今すぐウチに来てください!』

工廠をウチと呼ぶその楽しそうな声は、何処の明石も変わらないな。

男『残念だが叢雲から一応軟禁を言い渡されていてな』

明石『…ではちょっと待ってて下さい』

通話を切らずに、端末を何処かに置いたような音がした。

秋雲「どうよ」

男「おい、声聞こえたらどうすんだよ」ヒソヒソ

秋雲「へーきっしょ」アハハ
男「…」
秋雲「ゴメンナサィ」
571 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:58:38.82 ID:+6Bg2JYSO
明石『あ、オッケーだそうです』

男『え?あ、なんて?』

明石『内線で聞いてきました!というわけで今すぐ来ちゃってください!』

男『いいのか?本当にか?』

明石『そ、そんなに疑わなくても…あーでも緋色ちゃんは絶対に部屋から出さないように〜と』

男『分かった、向かうよ』

明石『お待ちしてま〜す』ピッ


秋雲「行くの?」

男「のようだ」

秋雲「なら二人によろしく言っといてネ」

男「言えるわけないだろ」

誰にも、言う訳にはいかない。
572 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:59:04.42 ID:+6Bg2JYSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲から釘を刺されたので緋色には暫く部屋を空けることを伝える必要がある。

しかしなんでOK出したんだろうか叢雲。

男『緋色』ガチャ

緋色『あ』

男『え』

そこにはいつも通り机に座りプリントや本を広げる緋色の姿はなく、実に楽しそうに単装砲を構える艦娘の姿があった。

緋色『え、えっとぉ…』サァ

一瞬青くなって

緋色『これはそのぉ!』カァ

赤くなって

男『これはその?』

緋色『ほ、本能です!』バァン

開き直った。

余計な知恵付けやがって。
573 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:59:34.01 ID:+6Bg2JYSO
男『楽しいか?』

緋色『ごめんなさい!』

男『いや、違うんだ。サボっていたのはこの際いい』

緋色『いいの!?』

男『あ、うん』

つい許してしまうのは甘いのだろうか。でも見た目でいえば小中学生に当たる娘を怒るって中々難しいと思う。

男『そういうのじゃなくて、単純にそれを持ってみてどう思ったか知りたくてな』

緋色『楽しい、というより憧れかしら?私も早く一人前にならなきゃって』

男『なるほど。よし、なら勉強さぼっちゃダメだな』

緋色『うぅ…』

男『それと暫く出かけてくるから、部屋で待っててくれ』

緋色『はーい』
574 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:00:09.16 ID:+6Bg2JYSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

工廠は鎮守府の中心からは少し離れているが港に近い。だから近くに行くといつも艦娘達の声や音がした。

今はとても静かだ。

なんとなく海沿いを通りながら工廠に向かう、その途中だった。

男「…え」

伊401『』スヤァ
伊19『』スヤァ
伊14『』スヤァ

男「……え?」

そろそろ夏かぁと思える程にはじわりと肌に刺さるようになってきた太陽がさんさんと降り注ぐ港のコンクリートのその上。

打ち上げられたアザラシか、はたまた釣り上げられたマグロか、とにかくそんな感じで三人の潜水艦が川の字に並んで横たわっていた。

周りには何も無く日向ぼっこだと言われればそうとしか思えないような状況ではあるのだが。

男「…」

微動だにしない三人に何か声をかけるのは不味い気がしたのでそのままゆっくりと工廠に向かった。
575 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:00:41.28 ID:+6Bg2JYSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

明石『あ〜天日干し中ですね』

男『天日干して』

明石『陸離れの話は前に聞いてましたよね?』

男『あぁ』

明石『潜水艦達は水上艦よりも長く、またさらに地上と切り離されますから、個体によっては帰投後ああして日光とか地上の感触、重力に慣らさないといけないんですよ』

男『そんなものまであるのか』

宇宙飛行士が地上に戻った時なんかはリハビリが大変だという話があるが、それと同じようなものか。

明石『あの三人は特に重症でして。多分海と親和性がありすぎるんでしょうねぇ。ホントに何しても起きませんよ、あの状態だと』

男『まるで試したことあるような口ぶりだが』

明石『試したことあるんで』ドヤァ

男『…』

深くは聞くまい。
576 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:01:22.26 ID:+6Bg2JYSO
明石『それで、装備の種類でしたよね。まずは今と同じ単装砲で試していきましょうか?』

男『あのレプリカは、たしかハンマーってやつだろ』

明石『俗称の方を知ってるとは中々通ですねぇ。単装砲だと後はブリキ、?(オモテ)なんかがありますね。12.7連装砲だとA型、像、亀、ブラシ、箱等々色々ですし、でもハンマーで違和感なく使えてるのならブリキ辺からの方が馴染みやすい?そっちの方が作るのも早いし、あーでもでも連装砲の方も試したいからそれならブラシとかいっちゃう?後は反動かぁ、連装砲となるとぉ、いや敢えて逆にする?しちゃう?』ブツブツ

おっとこれはもう話してるんじゃなくて思考が漏れてるだけの状態だな。完全にスイッチが入ってしまっている。

どうしようか。考え中なら邪魔しない方がいいんだろうが…

明石『よし!』パンッ
男『うぉ!?』ビクッ

明石『暫く中で考えるんで他の話しませんか?』

そう言って自身のこめかみをコンコンと叩く。

艦娘お得意の並列思考か。
577 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:01:51.76 ID:+6Bg2JYSO
明石『ちなみに課長さんは何か要望あります?』

男『そちらに任せるよ。餅は餅屋だ』

明石『最っ高のご要望です』フフ

男『そういえば夕張は?』

明石『出撃があるみたいなので提督と話してると思いますよ』

男『ほぉ』

工作艦という特殊な艦首の明石と違って夕張は軽巡だ。当然出撃もあるわけか。

明石『そうだ、せっかくだし外の潜水艦達見に行きます?』

男『見に行くって、何かあるのか?』

明石『えぇえぇ、きっと面白いものが見れますよ』

正直かなり興味がある。ここは断る理由もないか。

男『よし行こう』

明石『では!』

明石がすぐ側にあった何の変哲もないバケツを掴んで外へ向かう。

何する気だよ…
578 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:04:36.01 ID:+6Bg2JYSO
ギリギリイベント突破できた提督

同じ連装砲でも見た目はかなり種類がありますよね。
そもそも連装砲なんかを手に持って撃ったらどういう方向に反動が働くのでしょうか。
実物の知識はないのでそこら辺は適当こいてます。
579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/29(水) 08:34:52.87 ID:7pCCxCj9o
580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/10/06(水) 03:09:43.84 ID:OejkVOKa0

秋雲さん何処に居るのか今更気づいたわ・・・
581 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:21:07.54 ID:kHStvoJCO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

伊401『』スヤァ
伊19『』スヤァ
伊14『』スヤァ

男『酷い絵面だ…』

並べられているのが港じゃなければ微笑ましい昼寝風景なのだが、やはりここだと魚市場にしか見えない。

明石『この状態だと殆ど何しても起きませんよこの娘達』

男『そんなに眠りが深いのか』

明石『眠り、という表現は適切じゃないでしょうね。では何が適切かというと上手い言い回しが出て来ないのですけれどね』

男『今どれ位ここで寝てるんだ?』

明石『大体四時間くらいですかね。平均で八時間くらいはこうしてますよ』

男『凄いな…ほんとどういう状態なんだ』

明石『例えば、ほい』グイ
男『うぉ!?』

明石が伊14の瞼を開ける。右の瞳に真上から日差しが差し込むが確かに反応する気配はない。

明石『起きないんですよね〜これでも』

男『怖いから瞼閉じてあげて』
582 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:23:33.26 ID:kHStvoJCO
明石『課長さんも何かします?しおいちゃんならスク水脱がすくらいでも起きませんよ』

男『やったの?それ試したの?』

明石『あはは、それはともかくとして今回見せたかったのはですねぇ』

明石が一体何をしたのか何を置いてもまずたしかめるべき事な気もするが。

明石『ちょっと待っててください』

そう言って海の方へ行き海水をバケツに汲んでくる。

男『かけるのか?』

明石『そりゃもう盛大にっ!』バシャッ

打ち水感覚でバケツ1杯の、バケツいっぱいの水を三人にぶちまける。

日に焼かれた状態にいきなり海水というのはかなりの衝撃のはずだがそれで三人は微動打にしなかった。

だらしなく口を開けて眠る伊14の口にも海水がいくらか入るが少しも反応はない。少し細すぎる気もする身体に海水が走る。

伊19の、その、胸に思いっきり海水が直撃するがこちらも無反応だ。スク水は新品のように水を弾き、光を反射させながら滴り落ちる。

伊401も、

男『ん?』
583 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:25:07.26 ID:kHStvoJCO
妙だ。気のせいかとも思ってもう一度じっくりと観察する。

他の2人と変わらずこちらも反応はない。

生まれつきの特徴とも言える程よく焼けた華奢でいて力強い手足や呼吸に合わせて上下するお腹や隣と比べるととても控えめな胸囲も変わらず海水が滴り落ちる。

いや、落ちていない。

弾かれ染み込むでもない海水は確かに動いてはいるが、それは明らかに重力に従っていなかった。

男『足先に向かってないか、これ?』

明石『今はしおいちゃんだけ見たいですね。ほか二人は結構慣れてきてるみたいです』

男『どういう事だこれ』

明石『課長さん、この娘達が海中で動く時、どうやってると思います?』

男『どうやってってそりゃ、泳ぐ?』

クロール?平泳ぎか?いやいや、そもそもそんな人間みたいなやり方で海中を動けるのか?

明石『私達海上の船と同じですよ。この娘達の場合はほぼ全身に推進力みたいな物が働くんです』

男『推進力?』

明石『厳密には全然違うんですけれど。つまりこの海水の動きみたいにって事です。海の中ではこんな水滴じゃなくて周りの水をどんどん掻き分けてるんですよ』

男『マジか…』

伊401の太腿に触れてみた。

軟らかい。

日光で焼けた身体は思ったよりも熱い。

身体を下に下にナメクジのように動く水滴が俺の指先にくっついた。

水滴のついた指をそっと持ち上げると、途中で重力に負けた水滴が再び太腿に落ちて、また足先を目指して進行を始めた。
584 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:26:02.76 ID:kHStvoJCO
男『な、なんも分からん…起きてる事象一つ一つは子供でもわかる事なのに、こうして目にすると頭がおかしくなりそうだ』

明石『分かったら苦労しませんって。ちなみにこの海中モードの時はまだ陸に上がれてない証拠です。彼女達にとっての地上は、私達で言う海中か、あるいは宇宙空間に当たるのかもしれませんね』

男『つまり伊401、しおいはまだ海で泳いでる途中のつもりなのか』

明石『多分そんな感じです』

男『こんなふうに、泳ぐのか』

明石『さっきみたいに目に対する反応がないのもそれが理由です。海中じゃ目なんてなんの意味もないですから、潜水モードだと刺激を受け付けてないんですよ』

男『そりゃそうか。海なんて少し潜れば真っ暗だしな』

明石『ち な み に 、牛乳とかお酒とか醤油とかだとこうはなりません!』

男『試したってそれか!?』

明石『水はいけるんですけどねぇ。死海レベルで濃い塩水とか。あ、なんとプールの水はダメだったんですよ!ローションも!』

男『それちゃんと本人に許可取ってんだろうな…』
585 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:27:25.40 ID:kHStvoJCO
伊14『ぅわあしょっぱ!!』カバッ
男『!?』

明石『あら、おはようございます』

伊14『暑い!眩しい!あれなんか濡れてる?』

目が覚めて口の中に入った海水に反応したらしい。

伊14『あー!明石さんまたなんかかけたでしょぉ』

明石『今日はただの海水よ』

伊14『本当にぃ?おしっことかとかじゃないよね…提督もさぁ見てないで止めてよね〜』ペッペッ

尿をかけかねないと思われてるあたりがまた。

男『ん?』

明石『あら?』

伊14『へ?あり?提督じゃない?えっとー、カチョーさんだカチョーさん。あれぇっかしいなぁ』

どうやら俺を提督と間違えたようだ。

間違えた?どうやって?

明石『…まあ鎮守府で男性って言えば提督位でしたもんね』

伊14『違う違う。浮上前だから薄らとだったけど、明るかったからさ。てっきり提督かと』

意味はよく分からないがどうにも起きる前から何かを認識していたらしい。しかし目は見えていないのに明るいとはなんだ?

男『…』チラリ

明石『?』

明石と顔を見合せる。向こうもさっぱりらしく分からないとジェスチャーを返してきた。
586 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:28:12.37 ID:kHStvoJCO
伊14『は!今ならお昼間に合う!?』

明石『そうですねぇ。ギリギリ行ける?かな?』

伊14『こうしちゃいられない!っとと』フラフラ

男『お、大丈夫なのか?』

伊14『へーきへーき慣れてっから!』

まだ少し身体がふらついてはいたが転ぶこと無く建物へ戻っていく。

男『不思議な体験だった…』

明石『私も少し予想外でした。それとアイデアまとまったので工廠に戻りますね』

男『アイデア?あーそうか単装砲の件で来てたんだったな。なら俺も緋色の所に戻るか』

ずっと並列して考えていたんだったな。

男『実際どうだろうか。装備で記憶が戻るってのは』

明石『艤装の一部ですからね。フィットなんてのがあるように装備と艦娘の繋がりはそれなりに深いものがあります。記憶を戻すきっかけとしては、文字通りいい衝撃になる可能性はあると思いますよ』

男『期待したいところだな』

正直他は手詰まりだ。
587 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:29:05.08 ID:kHStvoJCO
明石『それと、たまにはウチにも顔出してくださいよ。今日みたいに面白いものが見れるかもしれませんし』

男『興味が無いと言ったら嘘だが、あまり無闇に関わるべきじゃないだろ?』

明石『叢雲がそう言ったからですか?』

男『それもある、が俺も同意見だ』

明石『貴方のような外部の人間との接触は私達にとって良くも悪くも色々な影響がありますからねぇ』

男『あぁ、だから』

明石『だから私は良い方を見たいです。勿論立場のある叢雲や貴方が悪い方を気にするのも分かります。でも鎮守府にとって変化というのはそれだけで価値があると思うんですよ』

男『それは工作艦としての意見か?』

明石『それもあります、けど私個人の意見でもあります』

男『…ま、たまには顔を出すよ。叢雲に怒られない程度に』

明石『おお!それではまたのご来店お待ちしております』

するべきでは無い約束をしてしまった気がする。

でも嬉しかった。

俺と関わる事が何か良いきっかけになるかもしれない。自分で考えると自惚れや願望でしかないが、こうして艦娘から言われることに舞い上がっている自分がいた。
588 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:29:50.59 ID:kHStvoJCO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『戻ったぞ〜』ガチャ

緋色『!』ビクッ

男『?』

緋色『お、おかえりなさぃ…』

部屋の角でこちらに背を向けたまま蚊の鳴くような声を出す緋色。

男『何やってんだ?』

緋色『そのぉ…あのぉ…』

泣きそうな声を絞り出す緋色の真後ろまで近づいてみる。

何かを隠そうとしているようだがこの小さな身体では限度がある。

男『壁、穴空いてないかそれ』

緋色『つ、机がぶつかって?』

男『お前の肩の高さだぞそれ』

緋色『あぅ…』

男『それにこの色…』

ペットボトルのキャップ位の凹みにはネズミ色の跡が残っていた。机じゃこんな色はつかない。

となると。
589 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:30:54.71 ID:kHStvoJCO
男『何回撃った』

緋色『た、たくさん…』

部屋の隅に申し訳なさそうに置いてある12cm単装砲のレプリカを見る。確かに角がひとつ少しばかり禿げている。

男『怪我は?』

緋色『おでこに一回当たったわ…でも怪我はないわよ!』

男『ならまあ良、くはないが』

緋色『ゴメンナサィ』

男『明日は飛龍に頼んで多めに訓練してもらうか』

緋色『ホントっ!?』

男『目を輝かせるんじゃない』ポン

緋色『ぁう』

勉強を教えたり、ご飯を食べたり、そういう生活で忘れていた。

緋色にとってこういう事こそ日常なんだ。

今この時、水平線の向こうで戦っているその姿こそ艦娘なんだ。

男『お互い慣れていかなきゃな』

緋色『お互い?』

男『とりあえず壁の事を叢雲に話そう』

緋色『え゛』

男『俺も謝るから』

緋色『ぅん』

この後めちゃくちゃ怒られた。
590 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:33:39.32 ID:kHStvoJCO
秋刀魚スコア99

艦娘がどうやって浮いていてどうして進めるのか、というのは人によって様々に解釈があって好きです。
とりわけ潜水艦は独特な解釈が多く見受けられる印象ですね。
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/11/24(水) 12:20:48.07 ID:AE2V9bQjo
おつおむ
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/11/25(木) 19:10:26.78 ID:LEJ6xd48o
593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/11/27(土) 02:25:43.90 ID:hCPCosElo
594 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:45:53.16 ID:vgGQ1HgcO
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男『なあ飛龍』

飛龍『ん〜?』モグモグ

男『こうして毎朝、毎日来てくれるのはありがたいんだがな』

携帯画面「次は今週のお天気予報です」

緋色『ん、見て見てこれ』

飛龍『なになに?』

男『食べながら携帯を弄るんじゃありません』

緋色『はーい』

男『でな、飛龍』

飛龍『はいな』

男『毎日ここに入り浸り過ぎなのでは』

飛龍『あ、台風だ』

緋色『台風』

男『台風?』

緋色『四号だって』

飛龍『いつの間に四人も生まれてんだって話しよね』

緋色『こっち来るみたいね』

飛龍『こりゃあちょっと忙しくなるわよ』

緋色『どうして?』
595 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:46:38.38 ID:vgGQ1HgcO
飛龍『艦娘ってのは雑多に言えば本来の姿から百分の一とか二百分の一スケールになってるわけだけど、当然それだけ小さくなると色々影響があるわけ。はい緋色!』

緋色『えっと、戦闘距離、航続距離が短くなる。索敵の難易度が上がる。後は、海に弱くなる』

飛龍『正解!偉い!』

緋色『よし!』

飛龍『船は海に強いってイメージがあると思うけれど、実際はどうにかしがみついてる位なもので、自然がちょっと本気出したらあっという間に海の藻屑だものねぇ』

男『現代の船であっても嵐は脅威そのものだものな』

飛龍『極端な話デカけりゃデカいほど強いわけ。コスト無視するなら』

緋色『私達はヒト一人分の大きさだものね』

飛龍『波は怖いわよぉ。荒れた海なんて大口開けて襲いかかる化物同然だもの』

男『つまり』

飛龍『台風が来たらお休み!』
596 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:47:29.64 ID:vgGQ1HgcO
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作戦の一時中断、になるそうだ。

さらに鎮守府でも台風対策をしなくてはならない。

勿論海沿いの建物だ。そこら辺元々対策はあるのだろうが、それでも準備は必要なのだろう。

叢雲『で、問題はこの建物なのよ』

長屋とか呼ばれてる俺と緋色のいる建物に叢雲がやってきた。

叢雲『以前は全く使ってなかったから窓とか全部板打ち付けてお化け屋敷みたいにしていたのだけれどね』

飛龍『中々迫力ある見た目してたよね〜』

叢雲『で、今回それらをとっぱらっちゃったから、改めて台風対策しなきゃいけないわけ』

男『見るからに頑強さとは程遠い見た目してるものなここ』

緋色『具体的にはどうするの?』

叢雲『板貼るしかないわね。部屋の窓はシャッターがついているけれど、廊下の窓は塞ぐ他ないわ』

男『結構な仕事量になりそうだな』

叢雲『予報通りなら三日は時間があるもの。どうにかなるわ』
597 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:48:03.19 ID:vgGQ1HgcO
叢雲『というわけで飛龍よろしく』

飛龍『一人!?流石に私だけはちょっとキツくない?』

叢雲『と言ってもこっちも人員はあまり割けないし』

男『叢雲の方も忙しいのか?』

叢雲『鎮守府自体は別にいいのだけれど、作戦用に運んだ補給物資とか奪い返した海域の守りとかで外に出なきゃいけない人員が多いのよ』

飛龍『んー蒼龍空いてる?』

叢雲『他の空母はちょっと、あ、そうでもないか…うーん、行けるわね』

飛龍『別に無理にとは言わないわよ?』

叢雲『いえ。嵐となると基地航空隊も避難させなきゃいけなくなるし、そうなると後で基地に行く予定だった空母はこっちで待機になるわ』

飛龍『あそっか。なら蒼龍借りてくね』

緋色『ねえ私は?私はどうする?』

叢雲『勿論働いてもらうわよ。えっと、ここの板張りって誰がやってたかしら?』

飛龍『えっと、そーだ鈴谷だ鈴谷』

叢雲『そういえば得意だったわねこういうの』
598 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:49:37.03 ID:vgGQ1HgcO
飛龍『よっし早速呼ぼう』

叢雲『まずは板を取りに行ってもらわなきゃ』

男『ここの窓全部となると結構な量だよな』

緋色『どうやって貼るの?』

叢雲『釘とかで固定して』

男『壁に釘さしてもいいのか?』

飛龍『もしもし鈴谷?今暇?そうでもない?OKちょっと長屋来てくんない?そうそう。そこら辺は大丈夫。後ついでに蒼龍連れて来て〜。うんうん。じゃ後で』

叢雲『なんて?』

飛龍『暇だったから来るって』

叢雲『港の荷物運び手伝ってるはずなのだけれどね…』

飛龍『おっと、今の私から聞いたって言わないでね』

叢雲『まあいいわ。私は戻るから、あとは任せてもいいわよね』

飛龍『了解。なんかあったら連絡するから。板は小屋のでいいんだよね』

叢雲『ええ、それじゃ』
599 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:51:02.82 ID:vgGQ1HgcO
男『小屋ってのは何だ』

飛龍『物置よ。装備とか保管してるのとは別のちゃっちぃの』

緋色『何が入ってるの?』

飛龍『掛軸とか、クリスマスツリーとか門松、射的台鬼の面雪だるま連装砲、後なんだっけなぁ。ま色々あるわね』

緋色『え、え?』

男『なんだその空間…』

飛龍『たまに動く浮き輪とかカワウソみたいなよく分かんない着ぐるみもあったり』

緋色『そ、そこに今から行くの…?』

男『普通に怖いんだがそれ』

飛龍『あはは、別に何も無いわよ。動いた所で死ぬわけじゃなしに』

そりゃ深海棲艦と比べりゃそうなのだろうが、そう言われると何も言い返せない。
600 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:52:06.13 ID:vgGQ1HgcO
鈴谷『呼ばれて飛び出てチーッス。鈴谷宅急便で〜す』

飛龍『おー早い』

鈴谷『こちらお届け物』

蒼龍『ど、ども』

鈴谷『っと、そういえばはじめましてね。私鈴谷。ヨロシクね』

緋色『鈴谷、ね。ええ、こちらこそよろしくお願いします』

飛龍『よしよし早速取り掛かろう』

鈴谷『そもそもこれ何の集まり?』

飛龍『台風対策にまた板貼るんだって』

鈴谷『あーね』

飛龍『前やってたの鈴谷だよね?』

鈴谷『モチ!DIYならまっかせて!』

緋色『でぃーあいわい?』

鈴谷『日曜大工ってやつよ。えっとDは、大工…んー、日曜大工ってやつね』

正解はDo It Yourselfである。

蒼龍『私はなんで?』

飛龍『雑用?』

蒼龍『そんな役割!?』

飛龍『ウソウソ。じゃ私と飛龍と課長さんで小屋に荷物取りね!鈴谷と緋色はどうやって張ってくか相談しといて』

鈴谷『うぃーッス』

緋色『はーい』
601 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:55:20.07 ID:vgGQ1HgcO
蒼龍『そっかー台風対策だったのねぇ』

飛龍『懐かしいよね。前あそこで肝試しとかやったじゃん』

蒼龍『あったあった!ボヤ騒ぎになったやつ!』

男『ボヤ?一体何やったんだ…』

蒼龍『それがねえ』ニヤニヤ

蒼龍は俺相手でもよく話すやつだ。こうして並ぶと飛龍よりもお喋りかもしれない。

これが素なんだろうが、そういう蒼龍が見れるのはこうして周りに飛龍以外がいない時だけだ。

普段は空気を読んで俺とはあまり話さないようにしてるのだろう。先の鈴谷なんかは目も合わせてくれなかった。

蒼龍『あ、ほらほらアレが小屋』

男『思ったより小屋だな』

飛龍『元は何の建物だったのかな』

蒼龍『あそこにはねぇ板とか以外にも人を喰うと噂のカワウソみたいな着ぐるみがあったりして』

男『それはさっき聞いた』

飛龍『私が言った』

蒼龍『えーずる〜い』

飛龍『早い者勝ち〜』

蒼龍『そうだ!課長さん着てみる?』

男『俺が!?』

蒼龍『大丈夫誰にも言わないから!』

男『さっきの噂を抜きにしても普通に臭そうだし遠慮しとくよ…』
602 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:56:17.13 ID:vgGQ1HgcO
飛龍『おっと鍵持ってきてなかった』

蒼龍『鍵かかってたっけここ?』

飛龍『え、なかったっけ?』

男『とりあえず開けてみるか?』

蒼龍『てい』ガラ

飛龍『開いたし』

男『セキュリティ的にどうなんだ』

蒼龍『まあ取られて困るものもないし』

飛龍『さて必要なのは板と釘ね』

蒼龍『電気電気〜あった』カチ

男『中は意外と広いんだな』

飛龍『ちなみにあれが着ぐるみ』

男『うわ怖!なんて吊り下げて保管してるんだよ』

蒼龍『その方が雰囲気出るからって』

男『雰囲気出してどうする…』
603 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 03:57:40.51 ID:vgGQ1HgcO
飛龍『板、というか木材は結構あるわね』

蒼龍『保管状態もヨシ』

男『あとはどう運ぶかだな』

飛龍『どっか台車とかなかったっけ』

蒼龍『入口の横に2つあったわよ』

飛龍『流石に往復は避けられないかぁ』

蒼龍『重さはともかくこう大きいと私達持てないものねぇ』

艦娘の弱点だな。オリジナルと遜色ない馬力や火力はあってもその積載量は見た目通りだ。

1トンのダンベルは軽々持ち上げられるだろうが、軽自動車1台となるとバランスが取れず運ぶのは難しいだろう。

男『道具もここにあるのか?金槌とか』

飛龍『あー忘れてた!』

蒼龍『道具なら工廠かな』

飛龍『私ちょっと取ってくるから板台車に積んどいて』

蒼龍『オッケー』
604 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:00:15.61 ID:vgGQ1HgcO
蒼龍『じゃ始めましょっか』

男『しかしこれはまた重労働だな』

大小様々な板が煩雑に積み上げられている。安全性とかをまるで考慮していない。

蒼龍『まず上半分くらいガバッといきますか』ガシッ

男『え?おいいくら何でもそれは!』

艦娘からしたら重量的には問題ないのだろうが、こんな山積みの資材をぞんざいに持ち上げようものなら

蒼龍『あ』グラッ
男『ゲェッ!』

当然崩れる。




蒼龍『うぎゃっ!!』

身が縮こまる騒音と共に蒼龍の悲鳴が聞こえた。
605 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:01:35.72 ID:vgGQ1HgcO
男「おい!大丈夫か!?」

資材に下半身を飲まれて倒れ込んだ蒼龍に駆け寄る。

蒼龍『ったー…ん?なんて?』

男「あ、いや…『大丈夫かって』」

咄嗟の事でつい普通に喋ってしまっていたようだ。こんな言葉ですら、本来彼女達には届かない。

蒼龍『あーそっかそっか、うん!大丈夫大丈夫ほら、その…艦娘、だしね』

一瞬、彼女は目を逸らした。

実際平気なのだろう。彼女達がたかが崩れた木材の山で怪我を負う程ヤワなわけが無い。この雑な管理体制もそういう意識から来るものか。

男『…その、』
加賀『なんの音』

言葉が遮られる。慌てて振り向くと

男『あっ』

小屋の入口に立っていたのは、一航戦の加賀だった。

その瞳には凡人たる俺にも十二分に伝わる程の殺気があった。

蒼龍『げっ』

加賀『げっ、とは何よ二航戦』

蒼龍『たははー』

加賀『それに、何をしているの。人間』

男『いや、その』

蒼龍『板!板を取りに来たんですよ!長屋に台風対策するために!ほら撫子ちゃんとこの』

加賀『なでし、あぁ例の赤子ね。なるほど』
606 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:02:16.48 ID:vgGQ1HgcO
蒼龍『板をこうガバッと取ろうとしたら、見ての通りで』

加賀『把握したわ。それで、』
飛龍『道具一式借りてきったぅわお!!かっがさん!!』

加賀の後ろから今度は飛龍がやって来た。

加賀『相変わらずね、貴方達は』ハァ

飛龍『たははー。あれ?でもなんでここに?』

加賀『たまたま近くにいたら大きな音がしたからよ』

飛龍『大きな音?うわ、わー土砂崩れだ。大丈夫だった?』

蒼龍『へーきへーき』

男『俺も、一応な』

飛龍『ならいっか』

加賀『次からは気をつけなさい、二航戦』

飛蒼『『はーい』』

加賀『それに、アナタも、ね』

男『ああ、分かってるよ』

氷のような目で俺を一瞥し去っていく。
607 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:03:27.97 ID:vgGQ1HgcO
男『ふぅーー』ドサッ

蒼龍『大丈夫?』

男『死ぬかと思った』

飛龍『加賀さん怖いからなー。むしろよく耐えた、エライっ!』

男『死んだ方がマシなレベルだありゃ』

蒼龍『さてと、板運んじゃおうか』

飛龍『じゃあ、台車は私達やるから課長はこれお願い』

男『わかった』

力仕事をせっせとこなす少女2人を眺める道具箱を持った俺。どうにも居心地の悪い気分だがこれが一番効率的である。

飛龍『加賀さんね、強いから。空母代表みたいな感じでよくお偉いさんとかに会ってたりするの。だからかな、結構、いやかなーーーり人間嫌いみたいで』

男『それは、まあ分かるかな』

飛龍『赤城さんとかその辺全く気にしてなかったりするし、私もこんなんだから、余計に気を張るっていうかさ。そんな感じ』

蒼龍『飛龍は気にしなさすぎるのよ』

男『だろうな』

飛龍『ありゃ後でご機嫌取っとかないとかなぁ』

男『管理職は大変だな』

飛龍『私はそんなんじゃないって。加賀さんは、そうねぇ。手の焼けるお姉ちゃんって感じ』

蒼龍『アレで結構可愛いところも、っとこれは言ったら怒られるかな』

飛龍『だねー。秘密秘密』

男『それでいいさ』

それを知るのは、同じ艦娘か提督である彼の特権なのだろう。
608 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:06:19.07 ID:vgGQ1HgcO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

板張りの作業はかなりスムーズに進んだ。鈴谷が妙に手際がいい。指示通りに進めるだけで半分も終わった。

緋色『どうしてそんなに上手なの?』

鈴谷『鈴谷、元々手を動かすの好きでさ。なんとなーく暇潰しに初めて見たら趣味になっちったわけ』

とかなんとか。

そんな訳で残りは明日にまわし今日の作業は日が沈む前に終了となった。

しかし、俺は作業中も作業後もずっと集中出来なかった。

脳に焼き付いて離れない。

あの目が、ずっと見つめてくる。

加賀の目、じゃあない。そうじゃない。

蒼龍のあの目だ。

言葉が届かないという現実を前にしたあの目。

寂しそうで、悲しそうで。

普段意識してない現実を突き付けられた、絶望にも近いような、そんな目。

人とは違う。人ではない。人にはなれない。人でいられない。人間じゃない。

きっとみんなそれをわかっていて、その上で見ないふりをしている。

"艦娘だしね"

一体その言葉にはどんな意味がある。

明石は人と関わる事は良い面も悪い面もあると言っていたが、やはり俺は
609 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:08:07.69 ID:vgGQ1HgcO
男「やはり関わるべきじゃないように思えたよ」

秋雲「はぁーーーーーーくっっっっさ!!」

男「は?」

秋雲「くっさいわぁマジくっさいわー。何それ、高二病?今どきそんなの流行んないって。なんてんだろ、シンジ君タイプの主人公?古い古いって」

画面越しに物凄く馬鹿にされた。しかもまるで虫けらでも見るような目で。

秋雲「今どきはもっと熱く燃えるヒーロー的なのが流行りなわけ。暗くてうじうじした話とかそんなんリアルで溢れてるじゃんありふれてるじゃん?タダでさえ戦争中なんだから」

俺は、なんだ、これ、説教されてるのか?

秋雲「大体課長がどうこうできる問題じゃないじゃん。そりゃ自分が原因だっていうなら別だけどそうじゃないし」

男「でも、」
秋雲「デモも一揆もないのだってもへちまもないの。そんなのチラシの裏か便所にでも吐き捨てといてよね。私まで辛気臭くなるし」

男「すまん」

秋雲「あー?なんて?聞こえないなー」

男「悪かった!謝る」

秋雲「そーそー、それでよし。お人好しなのはいいけどさ、それで自分を追い込んでちゃ意味ないんだからね」

男「肝に免じておくよ」
610 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:08:40.22 ID:vgGQ1HgcO
秋雲「ま、そのお人好しに助けられた私が言っても説得力ないか」

男「秋雲」

秋雲「なに」

男「ありがとな」

秋雲「…ふっふ〜ん♪そういうのをもっと言うべきなのよ。もっと私を敬いなさぁい」

男「あぁそうだな。感謝してるよ、秋雲」

秋雲「お、おぅ、うん…//」

男「秋雲?」

秋雲「なんかこう改まって言われると恥ずかしいなぁって」

男「お前が煽ったんだろうが」

秋雲「えへへ。ではおやすみ!」

逃げるように画面を消す秋雲。それでも声は聞こえてるはずだ。

男「おう、おやすみ」
611 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:09:35.67 ID:vgGQ1HgcO
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同日、【某事務所】

しーちゃん「はぁぁぁ…」


時雨「…おはよう」

しーちゃん「あ、おはようございます」

時雨「部屋入ってきたのにも気づかない程の溜め息って相当だよ」

しーちゃん「そんなに大きかったですか…?」

時雨「幸せ逃げるよー」

しーちゃん「この程度で逃す幸せならいらないですよ。あと今日はそこのデスク使えますよ」

時雨「明石さんいないの?」

しーちゃん「出張です」

時雨「ふぅん。いやいいよこっちので。あの人の使った後ってデスクトップゴチャゴチャしてるし」

しーちゃん「弄ると怒られますもんねぇ」

時雨「殆ど専用だもんねこれ」
612 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:10:13.67 ID:vgGQ1HgcO
北上「おはよーさん」ガチャ

時雨「おはよ」

しーちゃん「おはようございます」ハァ

北上「おっと、幸せ逃げちゃうよしーちゃん」

しーちゃん「それさっき聞きました」

時雨「それさっき言った」

北上「え、マジかぁ」

しーちゃん「ガス抜きみたいなものなので気にしないでください」

北上「事務所にそんなもん撒かないでよ」

時雨「北上はここ使う?」

北上「明石さんいないの?ラッキー」

時雨「躊躇なく使うよねぇ」

北上「動作軽い方が嬉しいし」
613 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:10:58.97 ID:vgGQ1HgcO
時雨「ところで今回の溜め息の原因は?」

しーちゃん「こちらの要求に応える気はまるで無いのにそうは言いたくないからとりあえず返しとくかと送られてくる無意味なメールに辟易してるんです」

北上「あーね」

時雨「北上聞く気ないでしょ」

北上「その手の話はわかんないもん。大体私らでどうこうできる事でもないっしょ」

時雨「それは、どう?」

しーちゃん「現状交渉事の代表に艦娘を出す訳にはいきませんからねぇ。私なら戸籍ありますし。偽名ですけど」

北上「ほらー」

時雨「偽名って、一応そっちが正式な名前なんでしょ」

しーちゃん「偽名ですよ。そもそも自分でつけたものですし」

時雨「だから本名はしーちゃん?」

しーちゃん「えぇ。しーちゃんです」

北上「大切な名前かぁ。なんかいいねぇしびれるねぇ」

時雨「でもしーちゃんはどうかと思う」

北上「それはそう」

しーちゃん「ちょっと」
614 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:11:38.04 ID:vgGQ1HgcO
金剛「Good morning!!」バァァン

時雨「おはよう」
北上「God morgen」
時雨「え、なんて?」

金剛「あら、しーちゃんは?」

時雨「ん」クイッ


しーちゃん「…」ハァ


金剛「Hey,しーちゃん!そんなんだと幸せが逃げちゃいマスよ〜」グイグイ

しーちゃん「あ〜金剛さんおはようございます」

時雨「ちなみにそれさっきも言った」

金剛「oh」

北上「ちなみに私も言った」

金剛「wtf」

しーちゃん「ぇーん助けて金剛さ〜ん」ダキッ

金剛「おーよしよし、頑張ってマスネ〜」

時雨「僕らの時と反応が違いすぎない?」

北上「包容力かっこ物理が違うんでしょ」

時雨「確かに」

北上「デカいは正義だねぇ」

時雨「僕だって北上よりはあるのになぁ」

北上「あ?」

時雨「ん?」
615 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:12:49.05 ID:vgGQ1HgcO
金剛「ところでなんでこんなになってるんデス?」ヨシヨシ

しーちゃん「出張やなんです」

北上「どいつもこいつも舐め腐った目で見てくるしね」

時雨「この前もほぼセクハラなこと言われてたもんね」

しーちゃん「選挙前ですし、あんなのでも仲良くしておかないと損ですからね…砲撃でも当たってくれればいいのに」

金剛「おっとこれは重症ネー」

北上「いいぞー言ったれ言ったれ」

時雨「クソジジイ共は全員墓場行きだー」

金剛「そこ煽らない。ちなみに次はどこ行く予定なんデス?」

しーちゃん「えーっと、あら」

金剛「?」

北上「お、あれはなんか企んでる顔だ」

時雨「逃げておこうか?」

しーちゃん「ちょっとやる気が出てきました」

金剛「…ははぁん、しーちゃんも物好きデスネー」

北上「えーなになに教えてよ〜」

しーちゃん「今日の仕事ぶりで決めます」

北上「じゃあいいや」

時雨「えぇ…」
616 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:13:44.02 ID:vgGQ1HgcO
金剛「では出張決定デスか?」

しーちゃん「決定ですね〜。では北上さんと時雨さんでジャンケン」

北上「え、なんで!?」

しーちゃん「勝った方が私の付き添いです」

時雨「えーなら負けた方じゃない?」

北上「罰ゲームじゃんか」

しーちゃん「そんなに嫌ですか?」

北上「嫌だ」

時雨「ずっとそばに立ってつまんない話聞くだけだもんね」

北上「というかなんで金剛さんは抜きなのさ」

金剛「私はscheduleが埋まっているのデース!」

時雨「なら仕方ない」

北上「というか何時行くの?」

しーちゃん「もうちょっと先ですね。今は作戦中でしょうし、台風も来てますから」

時雨「作戦中って、また鎮守府行くの?」

北上「鎮守府の方がマシか。いや鬼ヶ島んとことかだとヤダな、アイツら怖いし」
617 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 04:14:41.72 ID:vgGQ1HgcO
しーちゃん「鎮守府はついでです。本命はこの間挨拶した議員さんの所」

北上「あーアイツか。ならまあ、ギリギリセーフかな」

時雨「何がセーフなの?」

北上「こうギリギリ殺意を抑えられる感じ」

時雨「護衛失格すぎる」

北上「そっかぁじゃあ仕方ない時雨に譲ろう」

時雨「うわズルい。じゃあ僕も殺意と嫌悪マシマシで」

金剛「ハイハイさっさとどっちか決めてくだサーイ」

北上「よしメジャーだ。胸が小さいヤツがお供だ」ガタッ

時雨「よし来た。後負けた方はバストサイズ晒す事」ガタッ

北上「上等」



しーちゃん「仕事放り出されても困るんですけどね…」

金剛「体良く逃げられましたネ」

しーちゃん「ふふ、あの二人もすっかり仲悪くなりましたね」

金剛「しーちゃんNO、言い方がNOデス。言いたいことは分かりマスけど」

しーちゃん「…バストかぁ。私課で一番小さい自信ありますね」

金剛「しーちゃんはそのままでいいんデスヨー」ヨシヨシ

しーちゃん「あ、そういえばそろそろ制服が届くんでした」

金剛「New uniformデスか?何のEventに使う物デース?」

しーちゃん「イベント用では無いですよ。ただちょうどいい機会なので、ふふ」

金剛「おっと、悪い顔ネー」
618 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/28(日) 16:21:29.50 ID:W0JqC9FuO
そろそろイベントやらねば

人間大の大きさで嵐は無理なのではという話。
何より高さが足りないので索敵の難しさが一番船と差が出そうだなと。
619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/11/28(日) 17:26:20.38 ID:mPJYYi3Vo
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/12/28(火) 05:07:19.35 ID:kQGNWjAm0
おつ 気づかないうちに再開してて嬉しい 続きを楽しみにしてる
621 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:43:58.05 ID:HJ8e5cO4O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

提督「ようやく一段落ついたね」

叢雲「まだまだ課題は山積みだけれどね」

長屋の板張りは無事終わったとの報告を受け、ひとまず鎮守府の台風対策は終わった。

でも肝心なのはこの先。

提督「あと一時間で会議かぁ…」

叢雲「憂鬱そうね」

提督「あそこの提督怖いから」

叢雲「それは、否定しないけれど」

悪天候による作戦の一時中断。でも問題は海が静まったあと。

両軍とも嵐が過ぎるまで海には出れない。少し前まで制海権を争っていたあの海上には今荒れ狂う波と風しかいない。

つまりそれらが過ぎ去ったあと、どれだけ素早く部隊を展開できるかによって制海権が大きく揺れ動く。

叢雲「予報なら25時間後には航行可能なレベルまで波は収まるようね」

提督「でも台風は気まぐれだから。この先どんな進路を取ったとしても迅速に作戦を進められるように他鎮守府と連携を密にする必要がある」

叢雲「なら会議にはでなくっちゃね」
622 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:44:33.93 ID:HJ8e5cO4O
提督「…叢雲代理で出ない?」

叢雲「いいけど、どの道後が怖いわよ」

提督「だよねぇ」

ガタンッと窓が揺れた。

提督「大分風が強くなってきたね」

叢雲「煩くなるわよ。シャッター閉めたらどう?」

提督「いいよ。空が見えなくなる」

叢雲「台風の事なら正確な情報がリアルタイムで送られてくるじゃない」

提督「目で見るのも大事だよ。気分的な問題かもだけど」

叢雲「気分ねぇ」

黒に覆われ始めた空を見上げる。

空が見えないというのは船にとって実に恐ろしい事だ。

下は常に水面という僅かな境界を隔てた、全てを飲み込む深い深い海。

こうして空に蓋をされるとまるで閉じ込められたかのように感じる。

海という脅威から逃れられないような、なんていうのも実に気分的な問題だけれど。
623 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:45:11.01 ID:HJ8e5cO4O
叢雲「会議の方は任せるわ。私は最終確認してくるから」

提督「確認なら今し方終えたじゃないか」

叢雲「だから三度目は私がやるのよ」

提督「はいはい、任せたよ秘書艦殿」

叢雲「任されたわ、司令官」

執務室を後にする。

最終確認と言っても別に司令官を信用していないとかでは無い。

あくまで私が心配性という話。

秋雲『あ゛、っと叢雲じゃ〜んお疲れちゃ〜ん』

叢雲『何よあ゛って』

秋雲『気にしな〜い気にしな〜い。用意は終わったの?』

叢雲『えぇ、殆どね。そっちこそ倉庫の片付け終わったの?収納は出来たけど散らかったままとかはなしよ』

秋雲『そこは大丈夫大丈夫。んじゃ!』
624 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:47:17.71 ID:HJ8e5cO4O
叢雲『ストップ』

秋雲『ん゛!?』ビクッ

叢雲『そっちには執務室くらいしかないわよ。まさか資料室に用があるわけじゃないでしょう?』

秋雲『いやぁちょっと提督とお話がしたいな〜って』

叢雲『生憎これから作戦会議があるのよ。話なら私が聞いてあげるわ、ほら』

秋雲『え、えっ…とね』

叢雲『ん?』ニッコリ

秋雲『すんませんでしたあ!!』ドゲザッ

叢雲『ええ!?ちょ、ちょっと待って早い!それは早い!何よ何やらかしたの!今それは怖いからやめて!!』

秋雲『やらかし、てはないんだけどね。私が犯人でもないし』

あっさり土下座を決めたかと思うと直ぐに立ち上がってくる。なんで慣れてるのよこの娘は…

秋雲『倉庫の整理してたじゃん私達』

叢雲『そうね』

秋雲『そしたらさあ、奥の方からホコリ被った海外の艦載機出てきてさ』

叢雲『海外の…あぁそういえばあったわねそれ』

秋雲『そもそもアレなんであるの?』

叢雲『数年前から海外艦の運用が本格的に始まったでしょ?だから国外の規格の装備を扱えるようにって上から事ある毎に配備されるのよ』

秋雲『へぇそんな事情だったんだ』

叢雲『ただウチは海外の空母は未着任って事もあって艦載機に関してはあまり触れてなくて。技術屋の二人も、飛ぶヤツはよく分からんって興味無さそうだったし』

秋雲『なるへそ。でそれを今回私、というか赤城さんと翔鶴さんが見つけちゃってね』

叢雲『それで』

秋雲『見て触れてじゃ物足りず提督に飛行許可貰ってきてって無茶振りが私に』

叢雲『いや断りなさいよ…』

秋雲『いやぁ飛んでるのを見て描きたいなって気持ちがあるにはあったからねぇ』

叢雲『まったく、空母ってのは本当に艦載機好きよねえ。あの真面目な赤城や翔鶴ですらそうなんだもの。一体どういう気持ちなのかしら』

秋雲『我が子のようなってのが一番近いんじゃない?』

叢雲『我が子、我が子ねぇ』

秋雲『ま、私達にゃわからん話でしょ』

叢雲『そういうものかしら』
625 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:48:31.13 ID:HJ8e5cO4O
秋雲『私達はさ、砲塔から機銃、魚雷まで、その一つ一つに妖精さんがいるじゃん。点検装填発射、あらゆる工程につまりは人の手が必要なわけだし』

叢雲『それは艦載機も同じじゃない?』

秋雲『でも私達、つまり駆逐艦や軽巡重巡、戦艦なんかは砲塔を自分の手から離さないでしょ?』

叢雲『砲塔を、あぁそういう事』

言われてみればそうだ。

そもそも攻撃機のコンセプトというか、根本的な考えは攻撃の届かない所へどう攻撃するか。

艦載機なんて括りで忘れがちだけどやってる事は機銃や魚雷発射管を凧に括り付けて飛ばしてるのと同じ事だ。

より遠くへ、見えない、届かない位置への攻撃。

秋雲『放つって点で皆は砲弾や魚雷なんかと艦載機を同じ物だと考えがちだけど、実際はそっちなんだよね』

叢雲『そう考えると見方が変わるわね。長年使ってきた装備には愛着もあるもの。それを飛ばすとなると』

秋雲『艦載機のバリエーションの豊かさも拘りの一つになるんだろうけど、それ以上に未帰還って可能性があるのが決定的だろうね』

叢雲『壊れた砲塔や魚雷発射管と、撃ち落とされて海に消えた艦載機とじゃ比べようがないでしょうね』

右腕を見る。

こうして少し意識を向けるだけでいつも身に付けている魚雷発射管の感覚をありありと思い出せる。

壊れる事もある。投棄することもある。それは身体の一部を捨てる様な感覚だと思う。

でももしそれを空に放ち、帰りを待つとしたら。

それは確かに人で言う我が子という概念に近いのかもしれない。
626 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:49:21.63 ID:HJ8e5cO4O
秋雲『例えば猫、じゃなくてもいいか。犬でも魚でも植物でも。なんか育てるとしてさ、名前を付けるとしたら何にする?』

叢雲『名前?何よ急に』

秋雲『いいからいいから』

叢雲『…叢雲?』

秋雲『分かりにくいよそれ』

叢雲『それもそうね、叢雲二号…叢雲改とか?』

秋雲『そういう感覚の違いなんじゃないかなって。我が子っていう考え方が分からないの』

叢雲『??』

秋雲『だって子供なら名前つけるでしょ?』

叢雲『名前…』

名前なら私にもある。

私の大好きな名前が。

きっと誰かの願いの籠った名前が。

それと同じ事をするのが、我が子という感覚なら、名前は、名前をつけるとしたら。

叢雲『んんー…』

秋雲『あはは、すっごい顔してるよ叢雲』

叢雲『アンタは分かるっていうの?』

秋雲『私はほら、オリジナルとか描いてると名前付けたり愛着湧いたりってのは何となく分かってくるかな』

叢雲『?』

イラストの話、なのかしら。
627 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:50:24.51 ID:HJ8e5cO4O
秋雲『多分さ、船は海っていう隔絶された空間で、その船内だけで自己完結しなきゃいけない物だからさ、人みたいに自分以外との繋がりを感じるのに慣れてないんだよ』

叢雲『それは、悪い事だと思う?』

秋雲『そこまでは言ってないけど、というかそれは流石にテーマが重い』

叢雲『ごめん、ちょっと意地悪だったわ』

秋雲『気にしてないよ』

叢雲『貴方、意外と色々考えてるのね』

秋雲『今すごい馬鹿にされなかった私?』

叢雲『気のせいよ』

秋雲『さいで、それじゃ』

叢雲『あぁ待って、最後にもう一つ』

秋雲『なに?』

叢雲『飛ばすのはダメって伝えてきなさい』
秋雲『チクショウ誤魔化せたと思ったのに!』

叢雲『んなわけないでしょうが』

秋雲『ちぇ〜わかりましたよぉ』

叢雲『言っても聞かなそうなら私に言ってちょうだい。工廠にいるから』

秋雲『最後の確認ってやつ?大変だねぇ』

叢雲『大切でしょ?』

秋雲『そりゃね。いつぞやみたいに停電とかやだしね』

叢雲『…停電』

秋雲『叢雲?』

叢雲『いえ、なんでも、ないわ』

秋雲『あっそ』
628 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:52:12.76 ID:HJ8e5cO4O
叢雲「停電」

そういえばそんなこともあった。

叢雲「嫌な事考えてるわね、私」

それでもそれは必要なことだと私は判断した。

司令官はきっとそうは思わないでしょうけど、

私は違う。

anknouwnは暴かれなければならない。

見えた船影が敵なのか、味方なのか。
629 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:53:59.98 ID:HJ8e5cO4O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲『へい工作犯いる〜?』

工廠の扉を開け呼びかける。

台風対策であちこちに置いていた道具や設備を全て格納したため、室内は普段よりも窮屈になっている。

声の通りも悪くなっているだろうしもう一度呼びかけるべきかしら。

明石『お呼びで?』ヒョイッ

叢雲『…なんでもまた全裸なのよアンタは』

明石『ちょっと埃ついてほしくない作業だったので』

叢雲『理由はわかるけどそれ他に対策ないの?』

明石『ないわけじゃないですけどぉ、手間もお金もかかりますよ?』

叢雲『なら仕方ないわね』

明石『流石秘書艦話が分かる。それで今日はどのようなご用件で?』

叢雲『用ってのはその、夕張のほうでね』

明石『ん、あれ?もしかしてさっきの工作班じゃなくて工作犯のほう?』

叢雲『音じゃわからないけれど多分あってるわよ』

明石『うわ〜また悪だくみですか?最近色々やってますもんね』

叢雲『加わってみる?』

明石『正直興味はありありですけど、ちょっとねぇ』

明石は基本的にルール外の出来事を好まない。

本人的には非常に興味があるのだが信条としてなるべく関わるまいとしている。

夕張のようにあれこれしでかすよりは有難いけれど。
630 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:54:44.51 ID:HJ8e5cO4O
夕張『ただま〜、あれ叢雲?どうしたの?』

叢雲『そっちこそ、何か抱えてるのよそれ』

夕張『浮き輪さん型観測機二号よ!』

叢雲『あぁ海上k『浮き輪さん型観測機二号』…そうそれ』

夕張『回収し忘れてたからちょっと沖合に出て取ってきちゃった』

叢雲『は?アンタまた勝手に出撃したの!?』

夕張『やだなぁ今回は兵装実験とかじゃなくてただ回収しただけだってば』

叢雲『それもアウトだっつってんのよおバカ!』

明石『まぁまぁ、それより夕張に話があるって』

夕張『私?』

叢雲『えぇ。ちょっと停電対策をね』

夕張『あーあったわねぇそんな事も。でもなんで今更?』

明石『停電なんてあったの?』

夕張『そっか明石が来る前か』

叢雲『あったのよ昔。ひどい嵐の時にね』

夕張『山の送電線がね』

明石『うわぁ最悪だそれ』
631 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:55:40.62 ID:HJ8e5cO4O
送電線が切れた、というわけではなかった。

強風で枝が奇跡的なくらい見事に電線をからめとり、システムが問題ありと判断して電力供給を絶ったというのが真実。

夕張『まだ覚えてるわ。あの嵐の中木によじ登って枝切り取ったの』

叢雲『幸い断線までは至らなかったからあとはシステム復旧をこちらでするだけで済んだけれど、そうでなかったと思うとぞっとするわ』

明石『ちなみに現在その対策は』

夕叢『『ない』』

明石『デスヨネー』

島国であるが故に周辺海域の奪還後問題となったのはその守りだった。

結果として各地に鎮守府が急ピッチで建てられたけれど、

粗製乱造、とまではいかないまでも設備は十分とは言えなかった。

仕方ないのはわかっているけれど。

叢雲『別に台風対策無しってわけじゃないのよ。前回のが色々ミラクルだっただけで』

夕張『だから今日までそのままなのよねぇ。やるからには大規模な工事だからこっちとしてもあまりやりたくはないし』

明石『そうよねぇ、送電線の改修をするなら…うわ考えただけで嫌になってきた』

夕張『でしょ〜』

明石『で、それが今回の悪だくみなの?』

夕張『え、悪だくみなのこれ?』


叢雲『…そうね、悪いけど今回は明石にも加わってもらおうかしら』

明石『え゛』
夕張『っしゃ!』
632 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:56:36.46 ID:HJ8e5cO4O
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

明石『…』

夕張『…』

明石『…』

夕張『マジすか』

叢雲『マジよ』

二人の顔が流石に険しくなる。

とはいえこれは予想済み。

私だってこれはまずいと思ってる。

叢雲『でも小手先の手段じゃ何も得られそうにないの。リスクを負ってでもやる価値はあるわ』

明石『で、でも、敵ってわけじゃないんですよね?』

叢雲『敵なら排除できる。でも現状敵なのかさえ分からない。だから危険なのよ』

明石『それは、提督のためって事ですよね』

叢雲『鎮守府の、艦隊全体のためよ』

夕張『ま、議論の余地はないんじゃない?』

明石『夕張はいいの?』

夕張『さあ』

明石『さあって…』

夕張『けれど、叢雲はやれというんでしょ?』

叢雲『あら、いやな言い方するわね』

夕張『私はその辺割り切ってるので。だから確認させて』

叢雲『いいわ、二人とも。やってちょうだい』
633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/15(火) 00:58:53.94 ID:V2uFzKYH0
更新来た!!おつです
634 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 00:59:41.53 ID:HJ8e5cO4O
旗艦として艦隊を指揮する時と同じ。

必要だと思った事を選択していく。

慎重に、だけど迅速に。

迷ってはいけない。

判断はその瞬間に求められる。

目の前の船影は次の瞬間こちらに攻撃してくる敵かもしれない。

あるいは傷を負い助けを求めてる味方かもしれない。

私は、艦隊の為にどう判断を下すべきなのか。

明石『台風は明日の午後からよね』

夕張『間に合う事には間に合う、けどな〜、テスト出来ないのは怖いかな』

叢雲『可能な限りフォローするわ。必要なものがあったら言って』

夕明『『休暇』』

叢雲『…善処する』
635 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/02/15(火) 01:01:42.58 ID:HJ8e5cO4O
カワイイヤッターバレンタイン神風

当日秘書艦にしていたのは瑞鳳ですけれど。
毎年恒例ののチョコも気付けばそこそこの数になってきました。
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/15(火) 09:01:10.46 ID:XgAGmLvpo
637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/21(月) 00:24:40.03 ID:A/BmmMoTO
乙 不穏な気配は課長に吉と出るか凶と出るか
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/02/21(月) 07:24:39.81 ID:SHUxHxf6o
SS速報避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
639 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:04:55.72 ID:0Hx+2bE/0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


昔から寝つきは良いほうだ。親から赤子の時夜泣きがなさ過ぎて不気味だったとか言われるくらいには。

出張の多い仕事柄、枕を選ばず眠れるこの体は非常にありがたいものだった。

とはいえ、限度がある。

男「うるさい」

絶えず窓に大粒の水滴が着弾し続けている。

カンザスに戻れなくなるんじゃないかと思える程の大風が長屋を揺らし、残った大地を飲み込まんと海が唸りをあげている。

つまり五月蠅い。

夕食時には大雨程度だったがすっかり台風に飲まれたらしい。

時刻は夜九時。そろそろ就寝準備に入る時間だが、今日はこの轟音の中でどう寝るかを考える必要もありそうだ。

秋雲「すんごい音ね」

上唇にペンタブを載せて至極どうでもよさげにそんなことを言ってくる。

この仕草をしている時はだいたい原稿の進みが芳しくない時だ。

男「そこは静かで羨ましいよ」

秋雲「今すぐそっちがマイク切ってくれたら静かになるんだけどねぇ」

男「俺が切ってもそっちで音拾ってるだろ」

秋雲「そんなにずっと聞き耳立ててるわけないじゃ〜ん」

男「ほんとか?」

秋雲「へ?」

男「 今 の 言 葉 は 本 当 か ? 」

秋雲「ひ、暇な時は、別、かなぁ」

男「だと思ったよ。別にいいけどな」

秋雲「ならそんな聞き方しなくてもいいじゃんかあ!」

男「いやお前文句言える立場じゃないからな?」

くだらない会話と報告を交えながら一日の業務を終える。
640 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:06:26.77 ID:0Hx+2bE/0
後はさっさと寝て、寝る努力をするか。

その前にトイレに行こうと廊下へ出る。

男「あれ?まだ起きてるのか」

緋色の部屋から明かりが漏れていた。

いつもならもう寝ている時刻だが、流石にうるさくて寝られなかったか。

男『緋色〜起きてるか?』トントン

少し気になったのでドアをノックし声をかけた。

普通の声量だったがこの騒音の中ならもし寝ている場合は起こさずに済むだろう。

などと呑気に構えていたのだが、

言い終わる直前で中で物音がした。

この嵐の中でもはっきり聞こえる程大きな、何かそれなりの重量の物が転がり落ちたような音が。

男『緋色!?』

壁か何かが吹っ飛んだんじゃあるまいかと思い急いで鍵を開け扉を開いた。

すると

緋色『ッ!』ギュゥ

ピンクの物体が凄い勢いで俺に抱き着いてきた。

男『ど、どうした?』

あまりの勢いに二歩後ろに下がってしまう。

コアラの子供のように腰にひしと抱き着いてきた緋色の頭にそっと手を置く。

僅かに震えている。

怯えている?

男『嵐、怖かったか?』

しまった、口に出すべきじゃなかったか。

こういう時原因なんかを本人に聞くとそれを思い起こして余計にパニックになると聞いたことがある。

緋色『怖い、でも嵐じゃないの。それに近い何かが、迫ってくるみたいで、明かりが消せないの…』

男『そうか、そうか。どうしたい?』

緋色『えっと、その…しばらく一緒にいたい、かな…』

周りの音で掻き消えそうなほど小さな声でそう言った。
641 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:07:27.17 ID:0Hx+2bE/0
男『分かった。俺もちょうど寝れなくてな』

原因の究明は後回しだ。今はまず緋色を落ち着かせることを考えよう。

男『あーだが、その、いったんトイレ行ってもいいか?』

緋色『え?え、えぇ。いいわよ』

腰から手を放し、しかし一度も俺から離れずそのまま右手をぎゅっと掴んだ。

え、このままトイレの中までついてくる気じゃないよな?

かといって今離れてくれ等と言うと不安に押しつぶされそうな雰囲気もあるし、どうしたものか。

男『叢雲に頼んで一緒に寝てもらうか?』

緋色『い、嫌よ!そんなことしなくても私一人で、一人でも…』

少しでも明るくしようと茶化してみたが、一人という言葉を口にした途端不安になったようだ。

男『だが、艦娘になるならこれくらいの事で怯えていられないぞ』

緋色『!』

男『俺だって戦場に立った事があるわけじゃないから偉そうな事は言えないが、想像はつく』

昔見た演習を思い出す。

陸地にまで響く砲撃音。吹き上がる水しぶき。どれもそこにいるだけで圧倒されそうなものばかりだった。

緋色『そうよね。皆、そうやって戦っているのよね』

右手をつかむ緋色の手から力が抜ける。
642 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:08:32.39 ID:0Hx+2bE/0
男『それに俺だっていつまでもここにいるわけにはいかないだろ?』

緋色『え?』

男『お前が艦娘として海に立てるのを見送るのが俺の仕事だからな』

実際は少し違うが、俺自身がそうしたいという嘘偽りない本音でもある。

緋色『そっか…』

緋色がいよいよ俺の手を放しかけた、


その時だった。



男「!?」

フッと世界が消え去った。

明かりが消えた、と認識するのに少し時間がかかるほど一瞬で暗闇に覆われた。

慌てて周りを見渡すが暗闇に慣れていない目はもはや真横の壁すら認識できていない。

直前まで目に焼きついていた景色がぼんやりと幻覚のように周りを覆っている。

視覚が奪われたせいか雨音がよりいっそう大きくなったように感じた。

男「…」

停電、か。

真っ先に思い当たる原因は台風よりも深海棲艦の攻撃だ。

嵐で動けないとみせかけての鎮守府襲撃、なんて事があるとしたら。

身体が強ばる。

逃げるか?だとしたら何処に?

廊下に立ち止まったまま思考が堂々巡りを始める。

しかし、そんなことをしている間に何も起こらなかった。

仮にも軍の基地だ。不測の事態であればそれ相応の対応をとるはず。

未だにサイレンやらがならないということは単なる停電とみていいだろう。

男「ふぅ…」

腰の護身用拳銃にかけていた左手を離し緊張感をほぐす。

そこでようやく、右手が妙に締め付けられていることに気づいた。
643 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:09:40.23 ID:0Hx+2bE/0
男『…緋色?』

『………』ギュゥ

男『イタタタ待て待て折れる絞られる一旦落ち着け!な?』

パッ、と。明かりが廊下を照らす。

電力が戻ったのか?

急な光度の差についていけずに目が眩む。

徐々にハッキリとしてきた視界に映ったのは、体を縮こませ俺の右腕に必死にしがみつく緋色だった。

男『お、おい?』

『…』

震えている。だが先程の比じゃない。

そんなに怖かったのだろうか。

男『もう明かりは戻ったぞ。あまり俺とベッタリしているところは誰かに見られたくないんだろ?』

軽口を叩きながら緋色の頭に手を軽くポンと置く。

『!?』ビクッ
男『うおっ!』

猫のようにビクンと体が反応した。驚かせるつもりはなかったのだが。

『…課長?』

男『お、おう。どうし』

どうした急に、まで言えなかった。

それほどに衝撃的だった。

腕にしがみついたままこちらを見上げた緋色の、あまりにも血の気の引いた顔は。
644 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:10:41.53 ID:0Hx+2bE/0
男『おい!緋色?お前…何が』

混乱して言葉出てこない。何を、何をすればいい、なんて言えばいい。

左手を緋色の肩に乗せ軽く揺する。

『いや…その、私…私?………』

男『?』

そう言いながら今度は一気に血の気が戻り、いや戻るどころではない。

緋色どころか顔を真っ赤にし目には涙を浮かべ始めた。

もはや全くもって状況を理解出来なくなったがとりあえず彼女を安心させようと抱き抱えようとしてみる。

すると

『待って!!』バッ
男『うお?』

思いっきり突き飛ばされた、とはいえ緋色の思いっきりなどそう大したものでは無いのだが。

少しよろけてニ三歩下がる。

男『???』

分からない。何も分からない。声すらも出せない。

ただ、

『違うの…違うのよ…私じゃない…私こんなの知らない…違うの…違うのよぉ…』

俯きながらブツブツと呟き続ける。

腰が抜けたのか内股のまま、とうとうその場にへたりこんでしまった。

男『…』

限界だ。お互いに。

男『スマン』

一体もう何が何だか一切合切全く全然微塵に皆無にこれっぽっちもほんの少しも分かりゃしないが、

ともかくここに居るのはまずい。一度部屋に戻るべきだとようやくそれだけが思いついた。
645 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:11:41.09 ID:0Hx+2bE/0
お姫様だっこで緋色を持ち上げる。

糸が切れたようにぐったりとした身体は普段よりも重く感じられた。

男『…』
『…』

目を合わせようとはしない彼女の顔は、やはりどういうわけか赤いままだ。

まあ今はいい。

落とさないようにまだ小刻みに震えている肩と濡れた足の部分をしっかりと手で固定し、

濡れた、

濡れた?

男『濡れてる?』

今濡れる要素があったか?

だが左手には確かに緋色の袴が濡れている感触があった。

脹脛まである桜の花びらを纏っているかのようなそれをよく見ると、下のほうに向かって確かに濡れた跡がある。

雨漏り、ではない。

むしろ温かくて

男『緋色…?』

『……』

男『えっと…』

『』ビクッ

目が、ようやく合った。

そして

『うぇぇぇぇぇん!!』ガシッ
男『うぉっ』

ガッチリと俺の胸にしがみつくとそのまま上からも大量の水を漏らし始めた。

男『…』

これ、誰かに見られたらヤバいなぁ。

半ばフリーズした思考でなんとか緋色を部屋に運んだ。
646 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:12:27.05 ID:0Hx+2bE/0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『気分はどうだいお姫様』

『最悪よ、バカ…』

男『そりゃよかった』

『よーくーなーいー!』

ベットに腰掛けたまま足をバタバタする。

頬を膨らませてこちらを睨みつけるその顔はまだほんのり赤い。

泣き尽くした跡と羞恥心が入り交じっているのだろう。

男『身体の方は本当に大丈夫なんだろうな?』

『平気よ。今は』

そう言って着替えたばかりのパジャマのズボンをギュッと握りしめる。

普段は袴を履いているためわかり辛いがこうして洋服のパジャマを身につけていると意外にもスラリと長い足がよく映える。

まあ先程漏らしたわけだが。

この細長い足に、

男『いかんいかん』フルフル

『どうしたの?』

男『何でもないよ』

艦娘、しかもこんな子供相手に何を考えている。
647 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:13:10.58 ID:0Hx+2bE/0
男『しかしこれどうするか』

大きめのビニール袋に詰め込んだ袴と下着、タオルを持ち上げる。

そういや廊下もまだ拭いていなかったな。どうしよ。殆ど布に吸われてるはずだしほっといてもバレないかな。

『どうするって、洗うんでしょ?』

男『そうだけど。どう洗うかなって』

『いつも通りじゃないの?』

男『そうすると皆に漏らしたってバレるぞ』

流石に濡れたまま洗濯カゴにぶち込むわけにはいかない。事前にこれがどう言ったものか説明がいる。

ばらすなって言ってもどうせ噂は広まるだろう。

『』

また顔が沸騰している。艦娘って血管破裂したりしないだろうなと心配してしまう。

男『俺が洗うか』

洗濯なんてろくにしたことはないが。袴って普通に手洗いでいいのかな。

一応確認のために緋色をチラと見る。

『…うん』コクリ

OKらしい。まだ温度が下がりきってないのか顔は赤いままだ。
648 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:13:53.45 ID:0Hx+2bE/0
「ちょっと!いるの?」コンコン

男『叢雲か』

緋色の事ですっかり忘れていたが停電あったんだよな。心配で様子を見に来たのだろうか。

男『すまん、少し出てくる』

緋色『待って!』

男『?』

緋色『い、言わないで、よね?』

男『あー』

言わない、という選択肢はない。仕事的にも緋色のためにもだ。

だが

男『もちろんだよ』

心苦しいがここは嘘をつくほかない。

男『悪い、遅れた』ガチャ

叢雲『あら、そっちだったの』

嵐のせいで分からなかったが叢雲は俺の部屋をノックしていたようだ。まあそりゃそうか。

叢雲『てことは端末はこっちの部屋に置きっぱなしで携帯していないってところかしら?』

男『端末?あ!もしかして連絡あったのか…?』

叢雲『当たり前でしょ!こういう時に電波飛ばす施設さえ残っていれば連絡取れるのが強みなんだから』

男『申し訳ない。本当に…』

叢雲『で、お姫様は無事なわけ?』

男『あー、うん。何事もなかったよ』

言葉ではそう言いつつ手で俺の部屋を指さす。

叢雲『あらそ、重畳ね。とりあえず端末確認してもらうわよ』

本当に察しがいいし、行動が早い。秋雲ならここで余計な一言を挟むところだ。

そういえば秋雲大丈夫かな。
649 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:14:59.74 ID:0Hx+2bE/0
男「なるほど、緊急時はこういう連絡が来るわけか」

端末を確認すると管理者からの連絡が来ていた。

叢雲「安否と状況は選択肢でさっと選べるようになってるわ。緊急の場合のみ直接私や司令官に連絡がいくの」

男「本当に申し訳ない…」

叢雲「いいわよ。今回はただの停電だったし。非常用電源がちゃんと生きてることが分かって良かったくらいよ」

男「電力のほうは大丈夫なのか?」

叢雲「システムの問題だったからすぐ復旧するわ」

男「そりゃよかった」

叢雲「大変なのはここからだけれどね…トラブルはトラブル、上に報告書出さなきゃだから」

男「作戦中なのにか」

叢雲「なのによ」

男「つまりわざわざここに来たのは」

叢雲「半分現実逃避」

男「どうりで」

叢雲「でもう半分がこれ」

男「それは?」

叢雲「スピーカー。今回は平気だったけれど緊急時は放送が流れるのよ。でもここにはスピーカーを設置していなかったから」

男「停電でも平気なのか?」

叢雲「緊急時の対策だから別になってるわ。それにこれは予備というか、応急処置だから乾電池式」

男「防災グッズってわけだ」

叢雲「まさにね。裏は太陽光パネルだし横にはライトもあるわよ」

男「無駄、とは言わないが妙に多機能だな」

叢雲「あって困るものじゃないでしょう?そうね、部屋の窓に近い所に置いておいてちょうだい」

男「わかったよ。ありがとう」
650 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:15:37.74 ID:0Hx+2bE/0
叢雲「さて、それでそっちは何があったの」

男「それが…」

事実だけを淡々と話した。

推測は交えず、何があったかだけを。

叢雲「…それ本当に大丈夫なの?」

男「一応は」

叢雲「ま、ここで判断はできないわね。それで、袴の洗い方だったわね」

男「ああ、知ってるか?」

叢雲「私達の服って半ば艤装の一部みたいなものだし適当でも大丈夫よ」

男「そんなのでいいのか」

叢雲「洗剤突っ込んだ水でもみ洗いしとけば平気。燃えたり破けたりってわけじゃないんだから」

男「そりゃそうか。いつもは服ってどうやって直しているんだ?」

叢雲「艤装と同じ要領で修復してもらってるわ」

男「艤装の一部か。とりあえず袴は風呂の時にでも洗っておくよ」

叢雲「それがいいわね。問題は、原因のほうね。何か思い当る節は?」

男「真っ先に思い浮かぶのは、トラウマだよな」
651 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:16:43.48 ID:0Hx+2bE/0
叢雲「そうね」

トラウマ、PTSD、etc…

艦娘はその船の当時の記録あっての存在だ。

船の辿った経緯は千差万別だが基本的に戦争の、兵器の歴史だ。

勝利や敗北に関わらずそこには悲惨で残酷な部分が必ずある。

そういったものを記憶として明確に覚えているかは個体差があるが、それが原因で特定の艤装、艦種、海域、天候、時間等にトラウマを持つ艦娘は少なくない。

叢雲「嵐や雷、夜なんかにトラウマを持つ娘は何人かいるわ。そういったものに恐怖を覚えるという感覚も分かる。でも私達は艦娘よ。恐いからといって立ち竦むような事はないわ」

男「皆折り合いはつけてるってことか」

叢雲「存在からしてヒトよりも精神的にタフだとは思うわ。あるいは鈍いのか。それに結局のところこの身体で体験したものではないもの。どこか他人事な部分があるのは否めないわ」

男「だとするとやはり」

叢雲「えぇ、緋色のその反応は異常よ」

異常。予想はしていたがこう断言されてしまうと不安が増す。

男「まだ艦娘として完全に覚醒していないから耐性がない、というのはどうだ」

叢雲「前例がないから断言はできないけれど可能性としてはそれくらいしか思い当らないわね」

男「その方面で探るしかないか。気は進まないが」

叢雲「パンドラの箱を開けないって選択肢はないの?」

男「箱じゃなくて卵の殻だよ。割らなくちゃ、生まれてこられないだろ」

叢雲「かもしれないわね。なんにせよ明日までこの天気は続くわ。緋色の事、頼んだわよ」

男「もちろんだよ」

叢雲「じゃ、私もそろそろ戻るわ」

男「ありがとう」

叢雲「これも仕事よ」
652 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:18:03.38 ID:0Hx+2bE/0
undefined
653 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:19:09.49 ID:0Hx+2bE/0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

してやった。

今すぐ飛び上がりたい衝動を抑えながら廊下を歩く。

我ながら随分と子供じみた思考だと呆れてしまうけれど、そう悪いものではなかった。

今のところあのスピーカーを怪しんでいる素振りはなかった。

後はどんな情報を得られるか、だ。

叢雲「ただいま」

提督「寝たい」

叢雲「どんな返し方よ」

司令官が机に突っ伏してた。

提督「こんな時に停電とかないよ…被害は最小限だったけど、上に報告しなきゃだし、作戦に支障がないか確認しなきゃだし、後、いいや思い出したくない」

叢雲「」

あ、やばい。胸が痛い。

もちろん最小限に留めたし作業も今日中には終わる算段ではあるけど、仕事が増えた事実はどうしようもない。

叢雲「大丈夫よ。私がいるじゃない。報告については夕張達が終わり次第私のほうでやっておくから、残りもサクッとやっちゃいましょ。それとも休憩しておく?」

土下座するか泣いて許しを乞いたら、私がやりましたって言っても怒らないかしら。

なんてちょっと考えちゃう。

そもそも司令官が怒る姿が想像できないのよね。それはそれで見てみたいとも思う。
654 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:19:44.95 ID:0Hx+2bE/0
提督「何より、結局ただの停電で、深海棲艦とかじゃないっていうので気が抜けてるってのが辛い」

机に突っ伏しながらため息をつく。気どころか魂まで抜けてしまいそう。

前にドラマで見た妻の手術が無事成功した夫の表情がこんな感じだったわね。

叢雲「ンンッ!!」
提督「え!何!?」

何かしら、凄くこう、グッとくるものがある。と同時に罪悪感で思い切り自分を殴りつけたくなる衝動に駆られる。

よくわからない板挟みで頭がどうにかなりそう。

叢雲「司令官!」ガシッ

提督「うぉっ!何?」

叢雲「もう休んでていいから!あとは私がやっておくから、今はゆっくり寝ておきなさい」

提督「なにその急なやさしさ、怖い」

叢雲「」

提督「そっちこそ大丈夫?」

叢雲「…」

提督「叢雲?」

叢雲「冗談よ」

提督「え」

叢雲「ほら働け」

提督「叢雲さん?」

叢雲「私夕張に状況聞いてくるから」

提督「あ、うん」

とりあえず司令官を突き放し部屋を後にする。

期待外れの司令官の反応は私を冷静にさせるには十分だった。

叢雲「あーもう」

乱れた呼吸を抑えながら工廠に向かう。
655 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:20:56.40 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『どう?調子は』

夕張『バッチグーです!』

盗聴器。それをスピーカーの中に仕込んである。

今度こそ、だ。

無線式のスピーカーという建前上何か電波が飛んでいても誤魔化しが効く。

夕張『今はまた部屋を出て緋色ちゃんの部屋に行ってるみたいですね。向こうの部屋にも置いてきたらどうです?』

叢雲『それは流石に悪いわよ。あの娘の事まで盗み聞くのはちょっと』

夕張『そこは悪いって思うんだ』

叢雲『何よ、私の事なんだと思ってるわけ』

夕張『冗談です。それとシステムの方ですけど』

叢雲『進展あった?』

夕張『これがもう全然さっぱり。想定通りではあるんですけどね』

目的はあの男の通信の手段、その相手を探る事。

こちらに隠している以上そうするだけの理由があるということ。

秋雲の存在も含めて怪しい箇所が多すぎる。
656 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:22:01.84 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『そんなに難攻不落なの?』

夕張『湾岸要塞を落とすくらいキツイ』

叢雲『なるほど』

停電による再起動の隙にシステムの通信記録とかを覗ければすべて解決だったけれど、それは望みすぎよね。

夕張『だから後は、箱のほうに期待かな』

あの長屋に有線は通っていない。予測通りあの男が無線で鎮守府の回線に潜り込み通信を行っているとしたら。

夕張『システムから直接探すのは無理だったけれど、盗聴で何時通信をしてるかを割り出してそれを元に探れば、ワンチャンあるかも』

叢雲『色々機能を詰め込みすぎな気もするけど、電池でもつのアレ?』

夕張『そこは大丈夫ですよ。やってること自体はそう大したことじゃないので』

叢雲『ならいいけど』

夕張『一応これの見方教えておきますね。管理システムから開発の仮想サーバに入ってここに置いてある私のフォルダを開いて、これをクリックで』

叢雲『何このドキッ!覗き見ステップって名前』

夕張『これなら間違っても提督は開かないだろうなって』

なるほどそれは正しい。
657 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:23:21.41 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『で、開いた画面のこの波打ってるのは?』

夕張『音声ですね。これだけ音拾ってるってことは部屋に戻ったのかしら』

叢雲『音声出してみて』

夕張『さっそく聞いちゃいます?』

叢雲『向こうもちょっとトラブルがあったみたいで、後で話すけど他言無用だからね』

夕張『あいさ。では聞いてる間私は復旧のほうやってますね』

叢雲『まだかかる?』

夕張『再起動自体はいつでもいけますよ。今は確認待ちです。システム課からの』

叢雲『ならもう少しかかるか。丁度いいといえば丁度いいわね』

夕張がPCの消音を切り音声が流れだす。

叢雲『雑音凄くない?』

夕張『あーこの嵐ですものねぇ。ちょっとお待ちを』

鎮守府でも1,2を争う広さを持つこの工廠でも先程からずっと嵐のせいでぐわんぐわんと呻き声が木霊しているくらいだものね。

電波の都合で窓付近に置くように言ったのは失敗だったかしら。
658 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:24:19.51 ID:0Hx+2bE/0
夕張『よし。これでいい感じじゃないでしょうか』

叢雲『あら、急にクリアに』

夕張『最近の技術はすごいですよね。簡単にノイズ除去できますし』

叢雲『これなら問題ないわ』

夕張『起動時にはまた声掛けますから』

叢雲『ええお願い』

緋色の事も気になるし、夕張から連絡が来るまで聞いていようと、そのくらいの感覚だった。

起動音が聞こえた。

どうやらあの箱を起動させたようだ。

「秋雲、無事か?」

叢雲『……は?』

夕張『どうしました?』

「いやぁビックリした。停電?」
「正解。そっちは大丈夫なのか?」
「幸いなんともなし。特になにもしてなかったし」
「それは重畳」

夕張『丁度お話し中でしたか。私じゃ何言ってるかわかんないですけど』
659 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:24:51.63 ID:0Hx+2bE/0
叢雲『…なんで、話せているの?』

夕張『なんで?』

叢雲『今、この鎮守府は有線されているメインシステム以外は完全にスタンドアローンのはずでしょ!』

夕張『えっと、あれ?なんで、かしらね…』カチカチ

夕張が画面を切り替える。

システムは確かにまだ再起動していない。

叢雲『こちらからは観測できない通信方法の可能性は』

夕張『そんなまさか、とは思うけど…でも可能性自体はいくらでもあるわ。情報部やらとつながりがあるのなら尚の事。でもそんなの私達の手には負えない、追えないわよ…』

私はそういった技術面に関して決して詳しいわけではない。それでもそのような手段が一調査員を名乗る彼に与えられているとは考えにくい。

なら一体何者だというの…

夕張『ど、どうする?』

叢雲『復旧を進めてちょうだい。これ以上は、今は無理でしょうから』

流石にこれ以上は手間を割くわけにはいかない。まずもって作戦の成功が第一だ。

想定外の結果が出てしまった以上一度保留にするほかない。

だけど、はたして私にどうこうできる相手なのかしら。
660 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:25:41.79 ID:0Hx+2bE/0
秋雲「やば、駆逐艦のお漏らしとかご褒美じゃんか」

男「んなわけあるか。あんなに焦ったのは久々だよ。人生で三番目くらいに焦った」

秋雲「一番と二番は?」

男「お前と、しーちゃんの時だな」

秋雲「つまり三番目の女か。そうやってハーレムを目指していくわけねぇ。っかし全員幼い見た目なのはこれ如何に」

男「おいやめろ。世間的にマズ過ぎる」

秋雲「で、見たの?ロリの下半身」

男「だから言い方をだなあ!あとそれについてはもう思い出させないでくれ」

秋雲「oh…お漏らしお着換えプレイとかあまりにも高度」

男「第一以前風呂の時に裸は見てしまったが、俺に幼女趣味はないと分かっただろ」

秋雲「いやいや裸であるべき風呂と本来隠されているはずの下半身を脱がして見るとじゃシチュエーションが違うでしょ!エロスだよエロス!」

男「知らねぇよ…」

秋雲「それに緋色ちゃんって別に幼女ってほど幼くはないじゃん?ちっこいけど割と成熟してるというか。ロリ扱いは失礼かな」

男「それはまぁ、そうだな」

秋雲「あー同意したあ!この娘はロリじゃない、ちゃんと女性なんだど思う機会があったってことだあ!」

男「今のはそういう意味の同意じゃねぇよ!」

秋雲「それとも駆逐艦の裸なんて見慣れてると?」

男「慣れるようなことがあってたまるか」

秋雲「じゃぁ秋雲さんと緋色ちゃんの二人だけかなぁ、裸見たの」

男「…そうだな」

秋雲「あれ、え?なにその顔!もしかしてそれ以外にも見てる!?彼女とかいないくせに?何時だ何処で見た!」

男「毎回一言二言余計なんだよお前は!」
661 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:26:13.26 ID:0Hx+2bE/0
夕張『盛り上がってるみたいだけど、何の話してるの二人?』

叢雲『なんかすっごいくだらない話…』

夕張『へー。仲、良さそうね』

叢雲『…そうね』

司令官が誰かと話している時のような楽しげな会話。

叢雲『仕事に戻るわ』

PCの音量を消し席を離れる。

これ以上聞きたくなかった。何故だかわからないけれど、そう感じた。
662 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:26:49.30 ID:0Hx+2bE/0
秋雲「一体誰の裸みたのさ!この前の薄雲ちゃんか!」

男「あの娘はすぐに名前思い出してたろ!」

秋雲「…しーちゃんか」

男「チガイマス」

秋雲「わー絶対そうだあ!少女趣味!変態!」

男「お前が言うな。それに、そんな生易しい体験じゃなかったよ」

秋雲「ふぅん。その辺の話、全然話してくれないもんねぇ」

男「俺自身話したくないってのもあるけど、しーちゃんの話を勝手にするわけにもいかないからな」

秋雲「いつかは聞かせてよね」

男「約束はできないぞ」

秋雲「善処する気はあるみたいだし許してあげましょ〜う」

男「なんで上から目線なんだよ」

秋雲「そうだ。肝心の緋色ちゃんは?」

男「泣き疲れたのかすぐベッドに横になったよ。恐がって寝れないよりかはよかったかもな」

秋雲「明日はどうするつもり」

男「しばらくは付きっきりでいるほかないだろうな」

秋雲「ならちゃあんと気を付けておくことね」

男「わかってるよ。わかってる」

秋雲「ならよろしい。おやすみ」

男「おやすみ」
663 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/03/21(月) 05:28:08.08 ID:0Hx+2bE/0
イベントもやるエルデンリングもやる

そういえば神風の漏らすとこ書きたくて始めたんですよねこれ
ごめんね神風
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/21(月) 09:04:17.31 ID:TI1uPlkCo
乙です
665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 11:26:58.88 ID:dz9KEzXxO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/26(土) 01:44:48.70 ID:YTRQAfego
667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/30(水) 16:31:47.21 ID:F7ZF2fzw0
乙です
毎回文量が多くてありがたい
叢雲はしばらく課長を盗聴し続ける生活を送るのか……
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/16(土) 11:51:35.88 ID:2GgwmyX+0
乙です。まだ皆の意図や目的が分からないが、叢雲にとってコレは意図せぬ悪影響になりそうで怖いね。サスペンス色が心地よい
669 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:33:07.25 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「これほどさっさと意識を落としてしまいたいと思うこともそうないだろうな」

寝たい、というわけではない。もうなんなら頭殴られて気絶とかでもいい。

思考を強制的に止めたかった。

こうしている今も先程までの攻防が延々と頭の中で思い起こされるからだ。

あの後緋色を抱きかかえて部屋に戻って気づいた。

ここで着替えるわけにもいかないと。

結局元の場所まで戻ってそのまま風呂の脱衣所まで運んだ。

未だに俺の胸元にしがみついて泣き声を押し殺している彼女に、濡れた服を脱ぐために立つ、というのはまだ無理だろう。

だからといって床に寝かせるわけにもいかない。ので仕方なくタオルを一枚敷いてゆっくりと体を寝かせた。

幾分落ち着いてはきたようだが、顔をすっかり両腕の裾で覆い表情を一切見せてくれない。

完全に脱力しタオルの上に仰向けで嗚咽を上げ続けている。

こうして足をまっすぐ伸ばしていると股の下から濡れた跡が広がっているのがはっきりと分かる。

もうこの時点で助けを呼んで逃げ出したい気持ちでいっぱいなんだがそうもいかない。
670 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:34:18.72 ID:X/2IuQil0
男『緋色』

反応は、ない。

男『このままってわけにもいかないだろう。一度脱いで、濡れた所だけでも風呂で洗わなきゃ』

まだ反応はない。

こういうのは放っておくと細菌とかが危ないから早く洗うべき、なのかもしれんが艦娘にそんな心配は無用だ。

だからまぁこのままでも害はない。極論だが。

でもそれは流石になぁ。

男『まだ、その…動くのが難しいなら、俺が着替えを手伝うってのは、どうだ』

反応は…

緋色『…』

男『…』

緋色『』コクリ

そこは反応なしであって欲しかったなぁ!

落ち着け。逆にさっさと脱がしてしまえば諦めて風呂に入ってくれるんじゃないか?

少なくとも現状維持よりははるかに良い。まずは行動あるのみだ、うん。

まず袴を脱がして、

袴ってどうやって脱がすんだこれ。

帯?まず帯を解いて、そのまま脱がしていいのかこれ?

不用意に足元のほうを引っ張って破けたりしても怖いので腰のほうから少しづつ下げて、

いやこのままだとパンツ丸見えなのでは!?

寝ている女児を脱がして下着を見ようとしている成人男性以外の何物でもないのでは!?

凄いな、なんか死にたくなってきた。

というかどの道下着も脱がなきゃなんだよな。俺がやるの?嘘だろ?
671 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:35:37.17 ID:X/2IuQil0
緋色『ッ!』ビクッ
男『す、すまん』

もう少しで下着が見えてしまうという位置まで下げたあたりで俺の手が袴の横にある隙間から緋色の太腿に触れてしまったようだ。

ダメだ止まったら終わりだ。

改めて袴をぎゅっと掴みそのまま下までおろした。

よし、濡れた袴をどうするかは後で考えよう。

残るは、

男『…』

下半身白い下着のみの緋色。

思わず両手で顔を覆う。

もう無理いっぱいいっぱいです。

間違いなく人生で一番の窮地。

緋色『もう、大丈夫だから』

男『へ?』

いつの間にか緋色は上半身を起こして座っていた。

泣き腫らした真っ赤な顔は随分な有様だったが、先程と比べれば随分ましだろう。

そしてそのまま

緋色『ンショ』

座ったまま下着に手をかけ、そのまま脚の先に濡れた白い布を滑らしていく。

海の上を力強く走る普段袴とブーツで隠れた二本の脚はピンと伸ばされ、間に張られた下着も併せて帆掲げるマストを髣髴とさせる。

男『ってそうじゃねえ!!』クルッ

あまりに自然に、流れるように行われたせいで顔を背けるのが遅れる。

もはや今更かもしれないが完全に色々と丸見えだった。が開き直るわけにもいかないので座ったまま緋色に背を向ける。
672 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:36:32.58 ID:X/2IuQil0
緋色『え、違うの?洗うんでしょ?』

男『それはそうなんだがな、そうなんだけどな、違くてな』

緋色『…課長さんも一緒に入る?』スルスル

男『何故!?』

緋色『だって、その…汚しちゃったじゃなぃ…』スルリ

男『そこは別に、それに緋色の着替えも取ってこなきゃならないし、それに』

緋色『私とじゃ嫌?』ギュッ

後ろから抱き着かれた。

背中の感触と、目の前に回された肌色の腕ではっきりとわかる。

素っ裸だこれ。

さっきまでと違い胸元に回された腕はとても弱弱しいものだったが、さっきまでとは比べ物にならない引力のようなものを感じる。

そのまま海中に引きずり込まれるんじゃないかと思う程の、渦潮のような。

それは、以前にも一度、いや二度目だ。感じた事のあるものだった。

男『叢雲に殺されると思うからなしで』

緋色『…それは怖いわね』

とりあえずその後風呂に入れて着替えさせて、どうにかなった。
673 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:37:26.02 ID:X/2IuQil0
男「明日いつもと同じように接する自信がない」

天井を見つめながらベットで呟く。

寝れないのは嵐のせいにしておきたい。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

夕張『すんごいの録れちゃった』

明石『どったの』

夕張『エロ同人の導入みたいなの録れちゃった』

明石『何の話?』

夕張『お風呂に仕掛けてたほうの盗聴器でね』

明石『あーそういう話かぁ。既に仕掛けてたのかぁ』

夕張『これ叢雲に渡すのはちょっと気が引けるなぁ』

明石『なになに気になるじゃ〜ん』

夕張『聞く?思いっきり盗聴だけど』

明石『ん〜、聞いてみてどうだった?』

夕張『思わずムラっと来ちゃった』グヘヘ

明石『聞く!』
674 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:38:07.28 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

夕張『どうだった?』

明石『これはもう実質SEXでしょ』ツー

夕張『鼻血鼻血』

叢雲『復旧お疲れ〜…何してんの?』

夕張『ちょっとR18同人音声を嗜んでました』

明石『ティッシュ取ってティッシュ』

叢雲『あぁ、そう。じゃそういうことで』

夕張『お疲れ様〜』

明石『……いいの?言わなくて』

夕張『一応叢雲もいつでも聞くことはできるから。めぼしい内容がさっぱり録れないから仕掛けた事忘れてるみたいだけど』

明石『逆に夕張はチェックしてたんだ』

夕張『いつかこんな展開が録れるんじゃないかと期待しててね。匂いがしたのよ匂いが』

明石『お、おぉ…凄いわね?』
675 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:39:05.91 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

翌朝、嵐は去った。

穏やかな海と照り付ける太陽という絵に描いたような台風一過。

しかしながら俺の心情は決して穏やかとは言えなかった。

緋色『課長さん?』

男『なんでもない、次行こうか』

緋色『うん』

いつものように緋色の部屋で勉強、なのだが一点決定的に違う箇所がある。

緋色が俺の隣に座っている。それもほとんど密着状態で。

これまでは対面で行っていた。もちろん隣に座る場合もあったが基本は対面だ。

別に何か決めたわけでもないが自然とそうしていた。

はたして今日は今まで通りそうなるのか心配だったのだが、まさか逆とは。

男『なぁ、流石に引っ付きすぎじゃないか?』

緋色『嫌、だったかしら?』

男『そういうわけじゃないが…』

緋色『だったら平気よ!』

男『あーうん、そうだな』

変にギクシャクしてしまう事を考えたら別に問題はないか。

まだ昨日の恐怖が残ってるとかそういうのかもしれないし。

違和感はあるが午前中はそんな感じでいつも通りの勉強会を行った。
676 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:42:33.04 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「…」

正午前。長屋のトイレから出てふと足を止める。

ここまでくると鎮守府の騒がしさが聞こえてくる。

無事嵐は去り一刻を争う中作戦は行われている。

見てみたい、という気持ちとその逆の気持ちが自分の中で同質量で存在していた。

後で飛龍が昼飯を持って来た時にでも少し聞いてみようか。

『あ、丁度良かった〜』

部屋に戻ろうとしたところ、後ろから声がした。

男『瑞鳳?』

この声は瑞鳳だ。以前にも聞いた特徴的なこの声を間違えるとは思えない。

何故ここに?昼飯係か?

疑問を浮かべながら振り返って、そして、ギョッとした。

瑞鳳『やっほ』

日の光をよく反射する白とそれに負けない明るい赤の服。その左半分がどす黒い赤で染まっていた。

何故と考えるまでもない。明らかな血の色だった。

その衝撃的な見た目で気づかなかったが、よく見ると左肩の部分が破けている。

黒くくすんだ独特の破け方。被弾した、ということなのだろうか。
677 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:44:26.42 ID:X/2IuQil0
瑞鳳『どうしたの?』

男『どうしたって、それは…』

なんてことはない風に、まるでドッキリのためのただのメイクだとでもいうように瑞鳳はこちらに近づいてくる。

だがそんなことはない。人間なら大怪我だ。艦娘なら、どうなんだろうかこれは。

こうして普通にしているあたりそう大したものじゃない、のか?

瑞鳳『すっごく怖い顔してるよ』スッ

瑞鳳が俺の顔に手を伸ばしてくる。

すっかり固まった血の跡が残る左腕を伸ばして。

飛龍『いたぁぁ!!!』ダダダ

男『え?』
瑞鳳『あ』

飛龍が声をあげながらものすごい剣幕でこちらに走ってきた。

飛龍『ちょぉっとこの娘仮てくから!』ヒョイ
瑞鳳『にゃっ』

親猫のように瑞鳳首根っこをつかんで持ち上げる。

飛龍『あとこれお弁当ね!じゃ!』ビュン

男『お、おう、ありが』

最後まで言う前に瑞鳳を引っ張って走り去ってしまった。

何だったんだあれは。

男『昼飯届いたぞ〜』

緋色『何かあったの?飛龍さんの凄い声がしてたけど』

男『あれここまで聞こえていたのか。ん〜何があったのか俺もいまいちわかってないんだよな』

前にも似たような事があったっけ。飛龍のやつ本当に俺がとって食われると思ってるんじゃないだろうな。
678 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:45:14.51 ID:X/2IuQil0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲『何、あれは』

入居ドック前で艦隊の被害状況を記録してると妙なのがいた。

隅の方で正座させられている瑞鳳と仁王立ちで何かを聞いている飛龍だった。

気になるには気になるけれど、この忙しい時に関わり合いになりたくないというのも本音だった。

長波『あれなら私知ってるぞ』

叢雲『え、なんで』

長波『今加賀さん入渠中だろ?私さっき加賀さんのとこに装備運んでったんだよ。そしたら飛龍に瑞鳳を捕まえるように伝えてちょうだいって言われて、その通りにしたらああなった』

叢雲『えぇ…結局何一つわからない…』

長波『うん、私も分からん』

どうしようかしら。無視しとくか。

加賀『準備できました。いつでも出撃可能です』

長波『お、噂をすればなんとやら』

叢雲『丁度良かったわ。今貴方の話をしていたのよ』

加賀『私の?』

長波『正確にはアレの』チョイチョイ

加賀『アレ、あぁ…やはりでしたか』
679 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:48:19.15 ID:X/2IuQil0
叢雲『何があったの?』

加賀『瑞鳳は小破だったので入渠待ちで待機ということになった時、その、良くない感じがしたのよ』

長波『良くない』
叢雲『感じ?』

加賀『だから飛龍に伝えてもらったのよ。長屋のほうに探しに行くように』

長波『うん、ちゃんと伝えた』

加賀『先程は助かったわ。ありがとう』

長波『いいっていいって。でもせっかくだしご褒美とかねだってもいいかなって』

加賀『ちゃっかりしてるわね。考えておくわ。作戦後のお楽しみです』

あぁ、なるほど。長波は長屋という単語に重要性を感じなかったわけか。

無理もない。

叢雲『ならあっちの話は私が聞くべきね。あまり気は進まないけど…』

加賀『お願いします。あの娘、本当に何するかわからないもの』

長波『瑞鳳さんが?』

叢雲『大したことじゃないわ。気にしないで』

長波『ふぅん。まそう言うんならいいけどね』

何かを察したらしく素直に引き下がる長波。この立ち振る舞いを姉妹にもう少し分けてあげて欲しい。
680 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:48:54.94 ID:X/2IuQil0
叢雲『で、何があったわけ』

瑞鳳『あ、叢雲』
飛龍『む゛ら゛く゛も゛〜』

正座しながらも普段のテンションで挨拶してくる瑞鳳と仁王立ちしながらも半泣きで助けを乞う目をしてくる飛龍。

普通逆でしょ反応が。

叢雲『はいはい、飛龍は戻っていいわよ』

飛龍『よっしゃ後は任せた!』

元気じゃん。物凄い速さで加賀を追っていく。

叢雲『で、何があったわけ』

瑞鳳『何か怒られた』

飛龍の言葉はみじんも伝わっていないようだった。

叢雲『とりあえずドックが開いたから入渠してきてちょうだい。話はそこで』

瑞鳳『はーい』

小破ではあるが瑞鳳は連戦。ここで一度ドックで休憩して編成は千代田と交代になる。
681 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:50:25.08 ID:X/2IuQil0
ドックに着くまでにスケジュールを組み立てる。

うん、十分程度なら余裕がある。

叢雲『彼に会いに行ってたんですって?』

瑞鳳『うん、丁度いいと思って。あ、ありがと』

ドック内で艤装を取り外す瑞鳳に手を貸しながら質問を続ける。

元々瑞鳳はあの男に妙に固執しているところがあった。

それは艦隊の皆が多かれ少なかれ持っている好奇心とは違うという確信がある。

叢雲『一体どうしてそこまで気になるのよ』

私は、ある程度の証拠をもって彼を怪しいと踏んでいる。

でも瑞鳳は違う。

この娘はもっと感覚的で、それでいてもしかしたら、

叢雲『貴方も彼を怪しいと思ってるの?』

瑞鳳『怪しい?なんでなんで?何か悪い事でもしてたの?』

あら?そういうことではない?
682 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:56:01.12 ID:X/2IuQil0
叢雲『違うわよ。ただ貴方がどうにも彼に固執しているように見えるから』

瑞鳳『気になったのよ。あんまり私達の事直視してくれてないみたいだったから、こうしたら見てくれるかなって』

叢雲『ま、普通そんな姿急に見せたら凝視するわよね。でどうだった?』

瑞鳳『微妙な感じだった。方向性が違うのかなぁ』

叢雲『なんにせよあまり勝手にいかないように。次は注意じゃ済まさないわよ』

瑞鳳『はーい』

ちょいちょいと頬をつつかれる。

いつの間にか肩に載っていた妖精達が私に向かって手をバッテンにしていた。

少し意識を深くして耳を済ませる。

妖精:作業します故

妖精:異物混入は許されませぬ

叢雲『ごめんなさい。今出るわ』

修理作業中は立ち入り厳禁。丁度いい時間だし今はこれが限界ね。
683 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 00:57:22.96 ID:X/2IuQil0
それにしても一体何が原因で瑞鳳の興味を引いているのかしら。

個人的に加賀や瑞鳳の感覚は馬鹿にできないと思っている。

私が気付いていない何かがあるのかしら。

気は進まないけれど、やはり盗聴を続けて

叢雲『あーダメダメ。今は作戦に集中!』

港を見ると修理を終えた艦隊が出撃したところだった。

伊勢『叢雲〜支援艦隊準備出来たよ。もう集まってる』

叢雲『今行くわ』

作戦は順調だ。今は余計なことに現を抜かさず、目の前のことを片付けていこう。

私達のやるべき事は、あの水平線の先にある。
684 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/04/26(火) 01:03:51.58 ID:X/2IuQil0
この先これ以上の露出イベントは発生しません、多分

艦これ9周年だそうですね。
自分はアニメから入ったくちなのでかれこれ7年になります。
書き始めたのは5年くらいですかね。
考える程時間って怖いですね。
神風のパンツで忘れましょう。
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/26(火) 23:41:48.59 ID:q97xf0Jdo
おつ
686 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/28(木) 19:56:15.17 ID:dJQyo8F4o
おむ
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/05(木) 00:30:18.84 ID:BKMIlAIo0
神風……?
乙です
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 17:51:03.50 ID:rYV+b3N9O
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
689 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:32:12.52 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

嵐が去ってから一週間が経った。

執務室の窓からは呆れるほど何もない青空が見える。

長いようで短い一週間。

そして今、友軍艦隊からの連絡を受けた司令官が実に嬉しそうな顔で私に内容を報告してくれた。

待ち望んでいた、

その一瞬が訪れた。
690 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:33:15.37 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

緋色『あら?』

男『なにか騒がしいな』

緋色を膝の上に乗せ二人で作戦記録書を読んでいた所、鎮守府が妙な騒がしさを見せ始めた。

作戦中に何かあったのか?しかしそれにしてはなんというか、緊張感がないような気が。

男『まさか』

緋色『何か心当たりがあるの?』

あるにはあるが、確証がない。そんな事を言うべきじゃないだろう。

そう考えている内に廊下から激しい足音が聞こえてきた。

また飛龍、いや?それにしては足音がやけに軽い。

『ていっ!』バンッ

緋色『キャッ!?』
男『えっ?』

ドアが勢いよく開かれる、のはもう見慣れた光景なのだが、問題はその扉を開けた人物の方だった。

男『叢雲?』

およそこういった行為とは無縁としか思えない彼女が目の前にいた。

叢雲『…フゥ』

そのままの状態で何故か一度深呼吸をする。

そしてベールのような薄い青空の髪を振り払って顔を上げた。

必死に抑えようとして、それでも零れる笑みに揺れながら、誇らしげに。

叢雲『作戦完了よ!!!』
691 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:33:50.14 ID:CLLeU+aS0
緋色『ホント!?凄いじゃない!!流石!』

叢雲『ま、主力部隊はウチじゃなくて別の鎮守府だけれどね。それでも私達の大勝利に変わりはないわ』

男『鎮守府の騒ぎはそれが原因か。おめでとう』

叢雲『ふふん』

お嬢様はたいへん誇らしげである。

男『ん?て事はその知らせは今来たんだよな』

叢雲『ええそうよ』

男『…こういう言い方はアレだが、なんでいの一番にここに来たんだ?』

緋色『…確かに?』

叢雲『…え?』

今度は驚くほど間の抜けた表情を見せる。

こうも続け様に普段しない表情を見せてくれるのはとても面白いのだが、今は疑問の方が上だった。

叢雲『なんで、って』

固まってしまった叢雲のポケットからバイブ音がした。どうやら連絡が来たらしい。

叢雲『ごめん、もう行くわ』

男『お、おう』

緋色『行ってらっしゃ〜い』

そそくさと扉を閉めて去ってしまった。

緋色『?』

緋色と顔を見合わせる。一体どうしたんだろうか。
692 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:34:27.59 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鎮守府の廊下を、執務室に向かって歩く。

吹雪『お疲れ〜叢雲!』

敷波『港行こうよ、もうすぐ蒼龍さんたち帰って来るって』

天津風『ちょっと!次私達の番でしょ!』

秋雲『作戦終わったんならもういいっしょ!』

皆がそれぞれの部屋や持ち場から出てきて集まりだしている。

連合艦隊の第一第二、支援艦隊の第三第四。

周辺海域の警戒、奪取した海域の防衛、基地航空隊の整備等々。

艦隊の半数以上が鎮守府を出ているけれど、それでもまだ鎮守府に残る艦娘は多い。

川内『はーい注目〜。一班は帰投航路の警戒行くからね〜』

阿武隈『三班四班も準備しておいてくださ〜い』

決戦ともなると駆逐艦、軽巡は殆ど鎮守府で待機となる。

その役割はむしろ作戦後の海上警備や物資の輸送になるのでここからが本番ともいえる。

予め作戦終了後の段取りは出来ている。

出撃予定のある者や野次馬達は港へ向かっているようだ。
693 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:35:07.97 ID:CLLeU+aS0
最上『結局出番来なかったな〜』

那智『いい事じゃないか』

最上『でもこの後輸送任務だよ。戦ってた方が楽かなぁ』

重巡は数の少なさに対して出番が多い、が今回は二人余ってしまった。

隼鷹『ヒャッハーお酒だお酒!間宮さんとこにつまみの発注だー!』

伊勢『待って待って!打ち上げ何時やるか確認しないと!』

誰が決めたわけでもないけど、こういう時打ち上げは空母や戦艦クラスがこぞって企画する。

といっても酒とその場所を用意するくらいなのだけれど。

互いが互いに今日までの苦労と努力を知っている。

互いが互いにそれを労う。
694 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:35:46.56 ID:CLLeU+aS0
明石『お疲れ様叢雲』ガラガラ

大仰な装置を載せたカートを押しながら明石が工廠の方から歩いてくる。

お馴染みのカラオケ機器を食堂に向けて運んでいるようだ。

この後帰投した皆の修理等があるので早いところ持ち場に戻って欲しいけど、今はいいか。

『お疲れ〜』

限界ギリギリまで出撃した者もいれば、特に出番のなかった者もいる。

でも誰も気に留めずお疲れと言う。

私達は個々ではあるが、この勝利は鎮守府全体のものであると皆が理解している。

提督「お疲れ、叢雲」

執務室に着く前に司令官と会った。

叢雲『あら、何処に行くの?』

提督「もうすぐ第四艦隊が帰ってくるから迎えにね」

叢雲『りょ〜かい。私は執務室で待ってるわ。お疲れ様』
695 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:36:30.92 ID:CLLeU+aS0
執務室に入り扉を閉める。

いつも誰かしらが出入りしているここも、今はガランとしている。

叢雲「あぁ、そっか」

静けさに包まれて私はふと理解した。

褒められたかったんだ。

活躍すれば皆褒めてくれる。それは嬉しい。

勿論司令官も褒めてくれる。とても嬉しい。

でもそうじゃない。

私達は本質的に人々を脅威から守るのが役目だ。

鎮守府にいると忘れがちだけれど、そのためにここを、海を守っている。

艦隊の皆も、司令官も、いわば一緒に走る仲間だ。

だから私は、そんな私達を後ろから見ている誰かに褒めて欲しかったんだ。

あの人とあの少女の言葉が、古傷の様にじわりと体の芯に突き刺さってくる。

叢雲「あぁもう」カァァ

身体が急激に熱を帯びていくのを感じる。

肩が上がり、手足が強ばり、顔が火照る。

そんなことを無意識に考え、いの一番に彼らに伝えに行った事がとても恥ずかしかった。

そして同じくらい、その結果に、二人の言葉に、嬉しいと感じた。

ただ戦ってるんじゃない。私達の戦いは、意味があるんだ。

不思議な感覚だった。

これがどういった感情なのか、私はそれを表す言葉を持ち合わせてはいなかった。
696 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:37:29.12 ID:CLLeU+aS0
飛龍『え、なになにその顔。ヤバ、え、ちょ、写メ!写メ撮っていい?撮るよ?』パシャ

叢雲『』

給湯室からひょっこり顔を出した飛龍が流れるような動作でシャッターをきる。

しかも複数。

飛龍『うわーこれヤバいって。激レア。売れるわこれ。トーク画面にしよ』パシャパシャ

叢雲『…なにしてんの』

飛龍『何って、ちょぉっと提督のお酒をあー待って待って待てストップ!待って!?ごめん!消す消す!消すから!!槍はダメ!NO!槍はしまっtあー構えない!構えないでええ!?』

とか言いつつも冷静に司令官秘蔵のお酒を自分の身代わりにしようと前に突き出す。

叢雲『はぁ、まあいいわ。ほらサッサと行きなさい』

飛龍『あり、いいの?』

叢雲『お酒の事は管轄外よ。司令官に何言われても知らないからね』

飛龍『わーいやったー。サンキュッ』

叢雲『写真は消せ』

飛龍『アッハイスイマセン』

叢雲『目の前で消せ』

飛龍『ハイ』
697 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:38:07.30 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『凄まじい騒がしさだな』

緋色『課長さんは行かないの?』

男『俺は何もしていないからな。あの場は、今回頑張った皆の場所だ』

お昼前に叢雲が飛び込んできてから半日。日が沈みかけてきた夕方。

どうやら事後処理が大方終わったらしく鎮守府では宴が始まっていた。

カラオケなんかもあるらしく憚る事なく大音量を垂れ流している。

周りが海と山だけというのはこういう時便利だ。

男『こりゃ一晩中続くかもな。夜どうするか』

緋色『どうして?』

男『こう五月蝿いと夜寝にくいだろ?ま、今日は我慢だな』

緋色『そっか、眠るのも大変なのね』

男『大変ってことも無いさ、多分な』

男『さて。少し早いがおやすみ』

緋色『おやすみなさい』
698 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:38:50.15 ID:CLLeU+aS0
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秋雲「うわうるさ。誰よゲッダン歌ってるの」

宴が続く中秋雲といつもの報告会を行う。今は九時半。かれこれ四時間近く騒いでいるがよく続くもんだ。

男「そんなタイトルだったかこの曲?」

秋雲「あー気にしないで。で作戦の詳細だけどこんな感じね」

画面に今回の合同作戦の資料が表示される。

正直半分くらいしか理解はできないが。

男「無事完了って事みたいだな」

秋雲「というより予想以上に上手くいった形ね。初動と嵐が去った後の対応が完璧だったのが理由」

男「努力の賜物ってわけだ」

秋雲「世間への発表は明日かしらね」

男「そうか?いつもはもう少し遅いと思ってたが」

秋雲「時期が時期だからねぇ。なるはやで大々的にやるんじゃない?」

時期?なんかあったか?

秋雲「なんにせよこれでようやく緋色ちゃんの訓練再開ね」

男「そうだな。無駄、と言うのはどうかとは思うが時間を食ってしまったからな。少し急がないと」
699 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:39:29.32 ID:CLLeU+aS0
秋雲「そういや今日も緋色ちゃんはべったり?」

男「まぁ、うん」

秋雲「なんなんだろうねぇ。真面目な話漏らしたところ見られてそれって意味不じゃん」

男「そうなんだよなぁ。正直不気味ですらある」

秋雲「大事なところも見られてるし」

男「それはもういいって」

秋雲「よくはないでしょうがぁ!ってそもそも艦娘にその手の羞恥心というか倫理観求める方が変かもだけどさ。よくよく考えたら生殖能力ないんだし大事なところでもないのかな?」

男「艦娘の大事なところねえ。航行能力、いや浮力の方が船としては大切なのか?」

秋雲「さぁてね。今度しーちゃんに聞いてみる?そういう意識調査とかしてそうじゃんあの人」
700 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:40:06.95 ID:CLLeU+aS0
男「…お前はどうなんだ?」

秋雲「え〜〜〜それ聞いちゃう〜〜??」ニヤリ

うっわ凄いうぜぇ顔。

秋雲「な〜んて、私の場合どっちにしたって過去形だけどさ」

男「そうだな」

秋雲「…」

おっとこれはさらに何か面白い事を思い付いた顔だ。そしてこいつにとっての面白い事というのは往々にして俺にとって面白くない事だ。

秋雲「なんなら今確認してみるぅ?」ニヤニヤ

男「そうか、頼む」

秋雲「…え?」

やられてばかりなのも業腹なので少し反撃してみる。

本当に実行したとして、それはそれでどうするつもりなのかというのも正直気になる。

秋雲「…」

男「…」

秋雲「あ、加賀岬だー」

目を泳がせながら露骨に話題を変える。

その少し赤くなった顔を弄ってやりたいところだが、自分自身が今冷静な表情を保てている自信がなかった。

男「皆歌上手いよなー」

両者痛み分けとなった。
701 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:40:39.15 ID:CLLeU+aS0
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男「そろそろ寝るか」

秋雲「おっと、ちょっと喋りすぎちったかな」

男「今日はいいだろう。ん?」
秋雲「あり?」

聞き慣れない着信音が部屋に響いた。

男「こっちか」

秋雲「あー鎮守府用の端末か」

男「…」

秋雲「誰から誰から?」

男「提督から」

秋雲「ほほう」

秋雲の顔が真剣なものに変わる。

男「なんで今」

いや、そういえばさっきから例のどんちゃん騒ぎが聞こえない。

宴会は終わったのか?

だとしてもこのタイミングで電話をかけてくる意味はやはり分からない。
702 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:41:11.53 ID:CLLeU+aS0
男「もしもし」

スピーカーに切りかえ電話に出る。

「あぁよかった。もう寝ているかとも思ったのだけれど、遅くに申し訳ない」

男「それは構わないが、一体どうしたんです」

「もし迷惑じゃなければ少し話せませんか?執務室で。いいお酒もありますし」

男「…わかりました、今から向かいます」ピッ

秋雲「随分と急だね」

男「作戦が終わるまで待っていた、ってことか?だとしてもこんな時間に呼び出す必要はなさそうだが」

秋雲「ん〜見当がつかんね」

男「行ってみるほかないか」

秋雲「気を付けてね」

男「そういうのじゃないことを祈るよ」
703 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:41:44.51 ID:CLLeU+aS0
長屋を出る。

すっかり沈んだ日の光は満天の星空を照らし、地上はそこから僅かに零れ落ちた明かりで辛うじて形を保っていた。

さっきまでの喧騒の反動かいつもより鎮守府は静まり返っている。

比喩じゃなく本当に。

というか建物真っ暗じゃん。どうやって執務室まで行こう。明かり付けたら怒られるかな?

男「ん?」

唯一明かりがついているところがあった。

その明かりはゆっくりと動き、長屋に通じる扉を開けた。

男『貴方は』

『どうも。初めまして、になりますね』

その明かりはぺこりとお辞儀をした。

男『鳳翔、だよな』

鳳翔『はい。軽空母鳳翔です。提督から貴方の案内をするようにと』

瑞鳳程ではないが軽空母の中でもかなり小柄な彼女が懐中電灯を片手に立っていた。

男『助かった…どうやって向かおうかと悩んでいた所だったんだ』

鳳翔『どうぞこちらに。足元にお気を付けください』
704 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:42:23.29 ID:CLLeU+aS0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鳳翔『失礼します、提督。お客様のご到着です』コンコン

「どうぞ」

鳳翔が丁寧に扉を開ける。

提督「こんばんは」

提督は奥の仕事机ではなく手前のソファに座っていた。

目の前のテーブルにはお酒やつまみなどが並んでいる。

提督「鳳翔さんもありがとう」

鳳翔「私が言い出したことですから」フフ

あれ?さっき提督に言われて迎えに来たと言っていたが。

男「というか話せるのか、鳳翔も」

鳳翔「はい。ひぃちゃんから教わったんです。先程は他の方が近くにいたので控えていました」

ひぃちゃん?

男「…飛龍?」

鳳翔「正解。流石ですね」

男「流石って」

意外とお茶目だなこの人。
705 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:43:01.45 ID:CLLeU+aS0
提督「どうぞ、遠慮せずかけてください」

提督の向かいのソファに座る。

一見するとただの飲み会のような風景だ。

夜の密会でさえなければ、だが。

男「それで、一体どういったご用件で」

提督「いやぁちょっと愚痴を聞いてもらおうかと思いまして」ハハハ

男「…はい?」

既にいくらか酔っているらしい。

冗談、だよな?

鳳翔「あ、課長さんも何か食べますか?卵とイカと、オクラ枝豆なんかがありますけれど。卵焼きくらいであれば作りますよ?」

給湯室から鳳翔が顔を出す。その部屋コンロとかまであるのか。

男「え、えっと、じゃぁ卵焼きで」

鳳翔「少々お待ちください」

何このゆるい感じ。マジで飲み会?

提督「あ、何飲みます?ワインとかはないですけど」

男「じゃぁ、これで」

机にあった適当な酎ハイを手に取る。

提督「それでは、乾杯」

男「か、乾杯」
706 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:44:12.14 ID:CLLeU+aS0
提督が手にしたグラスを一気に飲み干す。随分な飲みっぷりだが。

男「てっきりお酒は宴会でたらふく飲んでいるものと」

提督「飲むには飲みますけどね。ほんの少しですよ。彼女たちに合わせていたら肝臓がいくつあっても足りませんから」

男「確かに…」

艦娘はアルコールで酔わない。強いとか弱いという領域ですらない。

提督「だからこうして宴会の後にささやかに楽しむのが趣味なんですよ。宴会は宴会で、皆の事を見ているだけでお腹いっぱいですから」

男「それはまた、贅沢な話だ」

鳳翔「お待たせしました。卵焼きです」

男「どうも」

鳳翔「それでは私も失礼します」ヨイショ

男「あれ?」

鳳翔「はい?」

男「いや、提督の隣でなくていいのかなと」

ちょこんと俺の横に座る。その落ち着いた雰囲気を除けば本当に子供に思える程小さい。

鳳翔「先約がいますからね。それに貴方の話を聞きたいですし」

男「俺の?」
707 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:45:02.43 ID:CLLeU+aS0
提督「鳳翔さんの提案なんですよ。貴方を呼ぼうというのは」

鳳翔「提督が課長さんの事を気にしていたようだったので、だったら呼んでしまえばいいと思っただけですよ」

男「それでわざわざ」

提督「ここでは僕は常に提督ですからね。それは別にいいんですけど、どうしてもただの人間と飲む機会が欲しいと思う時があるんですよ」

男「それが俺なんかでいいのか?」

提督「例えば組織の人間としての愚痴なんかを話す相手が欲しくてね」

男「あぁ、それなら色々ある」

提督「でしょう?」

嬉しそうな表情で提督が再びグラスをこちらに傾ける。

俺もゆっくりと缶を差し出しグラスにこつんと押し当てた。
708 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:45:45.95 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

提督「民間の組織を手下か何かと勘違いしてるんだよねぇ。軋轢によるしわ寄せは殆ど実際に関わる僕らに来るってのに」

男「そうなんだよなぁ。そりゃ有事なんだし協力を拒むことはしないだろうが、それを当然とか思ってやがる」

提督「自分達は命令だけ降ろして報告には何から何まで上に上げろってんだから殿様が過ぎる」

男「そのくせ欲しいもの以外は読まずに責任丸ごとポイ。胃に入れるだけ山羊の方がまだマシだ」

提督「そして山羊役だけが僕らに回ってくる」

鳳翔「山羊?」

男「あぁgoatか」

鳳翔「あ、スケープゴート」

提督「そう」

男「美味い。鳳翔さんの卵焼きくらい」

鳳翔「おかわりをご所望ですか?」フフ

男「それはまたの機会に」

提督「鳳翔さん自分で色々作るのにつまみはいつもスナックですよね」

鳳翔「作れるからこそ、こういう作れない味が好きなのかもしれませんね」

提督「説得力あるなぁ」
709 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:46:44.03 ID:CLLeU+aS0
鳳翔「お酒もなくなってきましたし、私もそろそろ戻りますね」

提督「酒ならまだありますよ。飛龍に隠してたとっておきのが。えっと確か給湯室に」

たらふく飲んだ割にはそこそこな足取りで隣の小部屋に向かう提督。

それを無視して鳳翔さんはお皿を片付け始めた。

男「もういいんですか?」

鳳翔「普段は見れない貴重な提督を見せてもらいましたから。役得というやつですね」フフ

男「悪い人ですね。お皿も持って帰るんですか?」

鳳翔「食堂に置いておけば明日の当番の娘が洗ってくれますから」

結構強かだなこの人。

鳳翔「それに、これ以上独り占めしたら怒られちゃいますし」

男「怒られる?」

鳳翔「それでは、おやすみなさい」

男「えぇ、おやすみなさい」

そそくさと部屋を出て行ってしまった。

怒られるっていったい何の話だろうか。

時計を見るととっくに日付を回っていた。

俺もそろそろ戻るべきか。

提督は、まだ給湯室で何か探しているようだ。

妙に物音がうるさい。一体どこにしまったんだか。
710 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:47:48.78 ID:CLLeU+aS0
叢雲『ちょぉっとぉ。五月蠅いわよ〜』

男「え」

執務室の奥。給湯室の反対側。つまり提督の寝室へつながる扉がゆっくりと開いた。

いかにも起き抜けといった具合の声を発しながら叢雲が真っ暗な部屋から出てくる。

そこまではいい。いいんだが、

男「む、叢雲さん?」

叢雲『ん〜?』

いつもの流水のような髪は今さっきまで寝ていましたと言わんばかりにふわりと癖がついているし、

見慣れた制服ではなく青白いワンピースのような寝間着。しかもその一着だけ、に見える。

少なくともぱっと見は他に何か着用しているように見えないという非常に際どい恰好。

さっき鳳翔さんが言っていたのはこいつの事か!

というかこれ知ってたなら先言えよ!あの人茶目っ気が過ぎないか流石に!?

提督「酒ない…なんで…あ叢雲、おはよう」

叢雲『…?』

本来この部屋には提督一人しかいない、という先入観から俺に話しかけていたらしい叢雲が本物の提督を認識したようだ。

叢雲『?』

寝ぼけた頭がフリーズする。と、同時に眠気が徐々に覚め思考が加速していく。

叢雲『』

目が大きく開く。とりあえず状況は理解したようだ、がさてここからどうするのか。

叢雲『ッ〜!?』

色々と吹き出しそうなのを堪え徐々に赤くなりながらもゆっくりと元の部屋に戻り戸を閉める。
711 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:48:21.41 ID:CLLeU+aS0
男「どうすんだこれ…」

帰ろうか。それはそれで後が怖いけど。

提督「アレ、なんで戻るの」

男「え、あ、おい」

提督「お〜い叢雲〜」ガチャ
男「待っ!」

当然のように扉を開ける。

どう考えても地雷原でタップダンスするレベルの愚行。

あまりによどみない動作に静止は間に合わなかった。

叢雲『バカアァ!!!』
提督「グェッ」

扉の中からすっ飛んできた叢雲の頭部ユニットが提督のみぞおちに深々と突き刺さる。

提督「」

静かに床に転がる阿保を見つつ、とりあえず残っていた缶に口を付けた。
712 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:49:04.85 ID:CLLeU+aS0
男「表情豊かだな、叢雲は」

提督「ん…?」

腹部をさすりながらどうにかソファに戻った提督に問うてみる。

提督「元々感情豊かな方ではあったけど、ここまで色々な反応を見せるのは君が来てからだよ」

男「俺が?」

提督「良い刺激になってるんだと思う。彼女達にはそういうのが必要なんだ」

男「良い刺激、なのかね」

提督「皆最初から個としての人格を有しているし、ある程度知識や記憶もある。でもそれは船としての部分だ。人としては生まれて数年の子供と同じ。感情というものとの付き合いはとても浅いんだ」

男「子供か。言いえて妙だな」

提督「それが彼女達にとって良い事なのかどうかはわからないけれどね。それでも僕はもっと人と触れ合ってほしいと思ってるんだ」

男「色々考えているんだな。まるで父親だ」

提督「余計なお世話かもしれないけど」

男「結果的にどうなるかはともかく、考えることは大事だよ」

静かに扉の開く音がした。

男「お」
提督「あ」
713 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:49:36.18 ID:CLLeU+aS0
叢雲「死にたい…」

普段の服装に戻った叢雲が提督の横に座り両手でジュース缶を握りしめながら項垂れている。

提督「さっきまで鳳翔さんもいたんだけど、ついさっき戻ったみたいで。あ、彼を呼んだのも鳳翔さんの提案でね」

叢雲「あの野郎…」

まさかのあの野郎呼ばわりである。多分間違ってないけど。

男「そもそも叢雲はその、寝てたのか?」

提督「流石に作戦中はずっと気が張りっぱなしだからね。いつも宴会後はスイッチが切れたみたいに寝てるんだ」

男「なるほどそれで」

エネルギー残量10%以下といった感じに見える。

叢雲「死にたい…」

提督「さてせっかく揃ったんだしやはりアレが欲しいな」

落ち込む叢雲をガンスル―する提督。

再び席を立ち給湯室に酒を探しに行く。そんなに大事なのだろうか。
714 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:50:04.18 ID:CLLeU+aS0
叢雲「…なんでいんのよ」

恨みがましそうな目で俺を睨みつけてくる。

男「今あいつが言ってた通りだよ」

叢雲「せっかく二人きりになれるところだったのに」

男「邪魔だったか?」

叢雲「えぇそうよ邪魔よこの上なく邪魔よ」グビッ

開き直ったのかムスッとした顔でブドウジュースを飲み込む。

男「鳳翔さんは普段は見れない提督が見れるとか言ってたが、お前もそのくちか」

叢雲「鳳翔が?ふぅん。知ってる?彼女結構強敵よ」

男「それはなんとなくわかった」

叢雲「…ねぇ、さっきの私の恰好、どうだった」

男「…どう答えたら生きて帰れる」

叢雲「私の事なんだと思ってるのよ」

男「ん〜メンヘラ?」

叢雲「…貴方酔ってる?」

男「そこそこは」
715 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:50:36.24 ID:CLLeU+aS0
叢雲「お酒って嫌ね。酔うってのは、私にはよくわからないわ」

再びジュースを飲む。今度は一口だけ。

男「艦娘ってのは雰囲気に酔うそうだな」

叢雲「そうね。アルコールの影響は受けないもの。逆に言えばこうしてジュースを飲むだけで私達には十分」

男「酔ってる?」

叢雲「少し」

男「…さっきの格好だが、奇麗だったよ。流石に少し驚いたが」

叢雲「ムラっとした?」

男「例えしててもはいとは言えないだろそれ」

叢雲「あらぁ否定しないの?」

男「断固として否定する」

このダル絡みは秋雲を思い出す。艦娘ってこういうの多いんだろうか。
716 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:51:30.15 ID:CLLeU+aS0
叢雲「人間の男女って不思議よね。司令官に触れながら寝るととても心地良いけれど、それは多分私が艦娘だから感じられるものなのよ」

男「それは人間でも同じ気もするけど、人になりたいのか?」

叢雲「さぁ、わからないわ」

俯いて手元の缶を見つめる小さな少女の表情は、俺には窺い知れなかった。

叢雲「わからないわよ」

男「わからない、か。俺も自分が分からなかったことがあるよ」

叢雲「あら、今はわかってるのかしら?」

男「さてどうだかな」

ガシャンと大きな音がする。また給湯室からだ。

男「あいつまだ探してんのか」

叢雲「何やってるの」

男「なんかいい酒が取ってあるとか」

叢雲「あぁ。司令官〜、それ飛龍が持ってったわよ〜」

提督「え゛」

給湯室から断末魔が聞こえた。

叢雲「そういえば、貴方達随分と仲良くなったわね」

男「ん、そうか?」

叢雲「そうよ」

提督「話してみれば、僕ら結構立場が似通ってるからね」

男「中間管理職か?」

提督「そんなところさ」

叢雲「ふぅん」

眠さからなのか、さっきのことが尾を引いているのか。

随分とおとなしい叢雲はいつもと違いすぎてなんだかやりにくい。
717 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:52:15.23 ID:CLLeU+aS0
提督「仕方ない。アレを出すしか」

今度は寝室のほうへ向かう。

男「なんでそんなに隠してあるんだ…」

叢雲「勝手に持ってくやつが多いのよ」

男「提督はやめろって言わないのか?」

叢雲「予算で買ってるから強く言えないのよ」

男「注意されるべきはあいつのほうかよ」

叢雲「調査だけじゃなく監査までやる気?」

男「あんな面倒な仕事誰がやるか」

叢雲「同感」スッ

叢雲が席を立つ。そしてそのまま向かい側、俺の隣に座る。

男「さっきまで鳳翔さんが座ってたよ」

叢雲「なんて言ってた?」

男「俺の話を聞きたいとかなんとか」

叢雲「そういうことよ」

男「そういうものなのか」

叢雲「そういうものよ」
718 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:52:43.82 ID:CLLeU+aS0
男「え」

何の脈絡もなく至極当然のように村雲が静かに俺の右肩に寄りかかってくる。

男「どうした?」

叢雲「対して違わないわね。アンタも司令官も」

男「同じくらいの体格だしな」

叢雲「そうじゃなくて、それもあるけど」

男「じゃあなんだ」

叢雲「…同じ人間なんだなって」

男「そりゃあまぁ」

提督「あったよあった」ガチャ

叢雲「!」バッ

凄まじい速度で俺から離れる叢雲。

そこは見られたくないのか。

提督「あれ、叢雲もそっち側?」

叢雲「今日は私もお客人よ」

提督「なら改めて乾杯といこう」

久々に楽しい時間だった。

最後にこんな時間を過ごしたのは、いつだったろうか。
719 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:53:16.14 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

男「…ん」

身体が重い。なんだこれは。瞼を開けると、瞼?

部屋が暗い。明かりは消えている。

だが真っ暗ではない。窓の外から、カーテンから指しているのは日差しか?

寝ていた?寝たのか?いつ?

金剛『〇〇〇〇』

男「」

目の前に金剛がいた。しかも流れるように口汚い英語をぶつけられたような気がする。

男「えっと、ここは」

金剛『話すならその喋り方はNGデスよ、酔っ払いさん』

男『…これは失敬』

段々と頭が起きてくる。

どうやら金剛は目の前のソファで座ったまま仲良く眠っている提督と叢雲に毛布を掛けているようだった。

いつの間にかみんな寝て

寝て?
720 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:54:33.73 ID:CLLeU+aS0
男『ひょっとしてとっくに日が昇ってる?』

金剛『残念ながらまだMorningネ。その様子だとかなり遅くまで飲んでたみたいだけど』

男『あぁ、いつ寝たかわからないくらいには…』

金剛『そう』

冷たい対応だった。

いや、金剛は俺に対してかなり警戒的なタイプだ。今すぐに追い出されないだけマシなのかもしれない。

男『手伝おうか?』

机の上に散乱した飲み会の跡をテキパキと片付ける金剛に思わず声をかける。

金剛『No Problem.お客様はじっとしててくだサーイ』

そう言ってまとめたゴミや容器を器用に調理場へもっていく。

…なんか、思ったより対応が柔らかい?

じっとしてろと言われてしまったので目の前の二人を眺める。

提督のほうは口を半開きにして随分とだらしない寝顔をしている。

叢雲のほうはまるで人形のように静かに、微動だにせず提督に寄りかかって寝ている。

提督の左腕の中に潜り込み、左胸に耳を押し当てるような形で。

じっと見れば、鼓動に合わせて叢雲の身体が小刻みに揺れていた。
721 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:55:01.86 ID:CLLeU+aS0
金剛『素敵な寝顔ネ』

男『俺もこんなだらしない寝顔してたりしたか?』

金剛『さぁてどうでしょうかネ〜』ニヤリ

不安だ。

金剛『…二人のこんな表情見たのは初めてデース』

男『普段はこんなに飲まないのか』

金剛『そうじゃなくて…はぁ、嫉妬しちゃいマース』

男『嫉妬?なんで』

金剛『乙女にあまりあれこれ聞くものじゃないデスよ〜』

あからさまにはぐらかされた。

いつもより話しやすい雰囲気のせいでつい色々聞いてしまいそうになるが、確かに分をわきまえるべきか。

金剛『Heyカチョー。昨日の今日なので鎮守府はお休みmodeデスが、それでもこの時間には出撃や遠征に行く娘もそこそこいマース』

男『は、はい』

いきなり真面目な顔で話が始まるのでつい身が強張る。
722 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:55:38.48 ID:CLLeU+aS0
金剛『つまりこのまま長屋に戻ろうとすれば誰かとEncountする可能性が大デース』

男『む、そういう話か』

確かにそれはまずいな。

それなりに交流が増えたとはいえ艦隊の俺に対する警戒度はまだ高いだろう。

それをまさか提督の部屋から朝帰りする所を見られでもしたら、瑞鶴なんか即爆撃してきそうだ。

金剛『ということで、私がちょっとした裏道を案内してあげマス』

男『それはありがたいが、いいのか?』

金剛『不満ですカ?』

男『まさか』

提督ではないが、戦艦金剛の頼もしさくらいは知っているつもりだ。
723 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:56:23.31 ID:CLLeU+aS0
男『そうと決まれば早めに』

ソファから立ち上がろうと凝り固まった体を少し伸ばしていると

金剛『ちょっとじっとしててくだサーイ』
男『へ?』ヒョイッ

持ち上げられた。

両脇をがっしりつかまれ幼児でも持ち上げるかのように軽々と。

流石艦娘。

男『え、あの、金剛さん?』

眼下の金剛は俺のことをじっと見つめている。

かと思うとそっと俺を地面に降ろした。

男『???』

金剛『ホラ、行きますヨー』

まるで何もなかったかのように執務室を後にする。

なんだったんだ、とは今度は聞かないことにした。
724 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:57:30.44 ID:CLLeU+aS0
外はすっかり明るくなっていた。まだ少し肌寒い朝の気温が寝ぼけていた体に刺さる。

男『外にも階段があったのか』

執務室を出て、来た方向とは逆に行くと外へ通じる扉があった。

非常階段なのだろうか。確かにここなら多少はエンカウントし難いだろうが、

そこまで案内が必要なルートとも思えない。

金剛『課長は提督より少しHeavyネ』

男『一応脂肪じゃなくて筋肉のはずだ。というかさっきのでそんなことまでわかるのか』

金剛『なんとなくデスヨ。ただなんとなく、提督と同じ人間なんだなぁって』

男『それ、似たようなことを昨晩叢雲も言ってた気がする』

金剛『叢雲も?ふぅん、そう』

前を歩く金剛の表情は俺からは見えなかった。
725 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 00:58:20.06 ID:CLLeU+aS0
金剛『私達は皆囚われのPrincessデスからネ。外のことはどれも物珍しんですヨ』

茶化すような口調でそんなことを言う。

金剛『貴方はさしずめ王子様ってところデスネ』

男『俺があ?』

心にもないことを、そう思ったがどうやら違うようだった。

金剛『彼女を助けたいんでしょ?』クルッ

金剛が足を止め振り返る。

俺をまっすぐ見つめるその瞳は、確かに軍艦の眼だった。

男『あぁ』

それだけは確かだった。

金剛『なら、私も協力しマース!』

一転、普段のテンションに戻って歩き始めた。

男『そりゃありがたいが、協力って具体的に何をだ』

金剛『私こう見えても鎮守府の中ではかなり影響力のあるほうなんデース』

むしろ金剛の影響力が低い例を知りたいくらいだが。
726 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:00:02.18 ID:CLLeU+aS0
金剛『だから艦隊の皆と貴方との間にある壁を私がBleakしてあげマス!』

男『…いいのか?』

金剛『貴方を認めると、そう言っているつもりデス。多分叢雲も同じようなことを考えていると思いますヨ』

男『でも、ほかの皆がどう思っているかは別だろう』

金剛『勿論全員がとはいかないでしょうケド、瑞鶴とか』

男『だろうな…』

金剛『でもそうでない娘のほうが多いネ。壁といっても、殆ど薄氷のようなものデース。興味はあるのにギリギリで保っている最後の一線ってやつネ。小突けばすぐヨ』

男『金剛がそう言うなら、多分そうなんだろうな』

金剛『頼みましたよ。あの娘のこと』

男『約束はできないが、やれるだけのことはやるよ』

金剛『ならOKネ。さて、Navigateはここまで』

見れば長屋はすぐ目の前だった。建物の外側を通っできただけにしては幸運な事にエンカウントはしなかった。

男『ありがとう』

金剛『こちらこそ』
727 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:00:42.06 ID:CLLeU+aS0
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

男「はぁ…」

秋雲「あー帰ってきたぁ、って何その顔」

男「普通に二日酔いだこれ。軽い奴だけど」

秋雲「え、なに、普通に飲んでたの昨日?」

男「うん」

秋雲「なにそれ怖い」

男「詳しくは、また今度な」バタッ

布団に倒れこむ。

二日酔い自体は確かに軽いものだったが、座ったまま寝てたことによる体への負担がすごい。

思い切り体を伸ばせることがこんなにも気持ちいいとは。

秋雲「そろそろ緋色ちゃん起きるけど」

男「…そうだった」

秋雲「どうすんの」

男「…午前は休暇にするか」

秋雲「なんて横暴な…」
728 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:02:43.80 ID:CLLeU+aS0
男「うるせー」ゴロン

仰向けになり少し目を閉じる。

金剛が言っていたことがまだ頭に残っている。

男「囚われの姫か」

自分達を、あるいは緋色の事を指しているのだろう。

しかし、その言葉に俺は昔のしーちゃんの事を思い出していた。

まだしーちゃんと呼ぶ前の彼女を。

秋雲「何耽ってんの緋色ちゃん起きるって言ったじゃん。昔の女でも思い出した?」

男「そういう関係じゃねぇって」

秋雲「え、何々ホントに誰か思い出してたの!?誰々!?」

男「…」

メンドクセェ…緋色起こしに行こうかな。

秋雲「で、飲み会で収穫はあったわけ?」

男「…久々に友達ができたよ」

秋雲「へぇ、良かったじゃん」

男「だな」

それだけは間違いない。
729 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/06/30(木) 01:06:33.70 ID:CLLeU+aS0
絶賛イベント攻略中(E3-3甲)

弊鎮守府では艦娘は人間の構造を模しているだけで生命としての機能は有していない存在となっております。
いくら飲んでも平気っていいですよね。
バカみたいに熱くても平気なのも。
残念ながら我々は人間なので皆さん熱さには気をつけましょう。
730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 10:53:57.82 ID:K77F31lg0
乙乙
731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 13:23:23.75 ID:2yjzIaZvo
乙です
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/06/30(木) 18:12:06.76 ID:dTfNMN+4o
おつ
733 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/07/18(月) 17:28:03.17 ID:feObpqRG0

雪解けの気配……?
吉と出るか凶と出るか
734 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:13:42.80 ID:GEaWwL4j0
金剛『さぁて折角なので提督の寝顔を〜』ガチャ

叢雲『あら、悪いけどシャッターチャンスはなしよ』

金剛『げっ』

執務室に戻ってきた金剛を出迎える。

司令官はまだソファまで寝こけているけれど、この寝顔をおいそれと渡すつもりは無い。

それに

金剛『起きてましたカ…』

叢雲『アレだけ騒がしかったらねぇ』

トントンと自分の頭を指さす。

金剛『uh…』

叢雲『許可なく鎮守府内で艤装を使った通信を行ってはいけない。わかってるでしょ』

金剛『正直バレないかなぁって』

叢雲『アンタそういうとこ結構適当よね…』

艤装には船の機能が概ね詰まっている。

船として浮く力、進む力は勿論、砲撃雷撃、装甲や電探、それに通信機能。

海上でわざわざ端末を使用してメッセージを打つなんて事はしない。通信は全て艤装の、つまり頭の中で行う。
735 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:15:02.24 ID:GEaWwL4j0
叢雲『で、一体何話してたの』

金剛『比叡達に、外階段から長屋にかけて人払いをしてってお願いを』

叢雲『何故』

金剛『聞いてたんじゃないんデスか』

叢雲『ここでの会話くらいはね』

金剛『あの人に協力しようと思ったからデス』

叢雲『意外な理由ね』

金剛『そうデスカ〜?個人的には悪くないと思ってますけど。叢雲だってそうでショ?Faseにそう描いてありマース』

叢雲『寝顔に?』

金剛『Cuteでしたヨ』

叢雲『…そりゃどーも』

金剛『…ちなみに最初の方って本当にsleepしてマシタ?』

叢雲『絶ッ対誰にも言わないでよ、お願いだから』

金剛『モチのロンネ!』イェイ

不安な回答だけど金剛ならば大丈夫でしょう。多分。

金剛『私や比叡達が協力したと知れば、皆さんこれまでのようになんとな〜く距離を置くのではなく自分の判断で立ち位置を決めるようになる、と私は踏んでいマース』

叢雲『それでわざわざ連絡を。まぁ悪くはないんじゃない。嫌いじゃないわよそういうの』

金剛『それはよかったデス』

叢雲『それはそれとして無許可で通信の罰として宴会の片付けしてきなさい』

金剛『それはよくないデース…』
736 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:15:59.43 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

金剛は言っていた。

俺と個々の艦娘との間にある壁を壊してやる、と。

彼女ならきっとできるのだろう。

期待はしていた。していたが、

飛龍『いっぱいいるけどいい?』

蒼龍『ども』
葛城『ども』

男『急すぎるだろ』

元々叢雲と話してはいた。

ここしばらく緋色の状態は安定していたし、記憶の糸口が全くつかめない以上他の艦娘ともっと接触を計った方がいいと。

駆逐艦、軽巡洋艦以外との接触はほぼしてないからな。
737 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:17:26.55 ID:GEaWwL4j0
願ったり叶ったりな状況ではあるんだろうけど。

葛城『わぁかっわいぃ〜!』グリグリ

緋色『ちょっと!くっつきすぎくっつきすぎだからぁ!』

飛龍『やはり緋色ちゃんの魔力には勝てなかったか』

蒼龍『ヘアセット持って来たから後で髪いじらせて〜』

男『あんまり羽交い絞めにしてやるなよ』

緋色『いえ、飛龍さんほどじゃないし大丈夫よ』

葛城『…今どこ見て言った?』

飛龍『緋色ちゃん意外とあるもんねぇ』

蒼龍『葛城よりあるんじゃない?』

葛城『酷い!流石にそんなこと』フニ
緋色『ヒャッ?』

葛城『…意外とある』

男『…』

地獄かここは。

この空気の中で昼飯食わなきゃいけないのか俺。

まさか金剛と話して半日も経たずにこんな状況になるとは。
738 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:22:33.54 ID:GEaWwL4j0
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葛城『ぶっちゃけ警戒する理由って軍関係者って所なのよね』

金剛が言っていた話をするとそんな答えが返ってきた。

飛龍『あ〜ね』

男『やっぱそういうものなのか』

蒼龍『9割はろくでなしってイメージ。で残りの1割がやたらと良い人。そこに0.1%位の変人を少々』

飛龍『料理か!隠し味は?』

蒼龍『え、え?えと、愛情?』

飛龍『くぅ〜見たかねこのピュアリティ』

俺に振るな。

男『俺はどっちだった?』

葛城『どっちでも。なんか一般人って感じ。一般人知らないけど』

男『喜ぶべきなんだろうか』

蒼龍『提督に近いよね雰囲気は』

緋色『そんなに怖い人多いの?』

飛龍『怖くはないけど、嫌な奴〜って感じ』

葛城『大丈夫大丈夫。私達が守ってあげるから〜』ナデナデ

緋色『ん〜…葛城はなんだか頼りないわ』
葛城『ん、え?え、と、えぇ…』
飛龍『ブフッ!」
蒼龍『ッーー!」バンバン
葛城『そんなに笑わないでくださいよぉ!』

男『飯冷めるぞ』
739 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:23:09.68 ID:GEaWwL4j0
蒼龍『じゃそろそろ戻ろっか』

男『緋色は航行訓練だな』

緋色『う、うん…』

男『久々で緊張するか?』

緋色『え、えぇ、そうよ!ちょっとね』

葛城『私達もついてこっか?』

飛龍『空母は他の艦とはわけが違うんだしあんまりアドバイスも出来ないんじゃない?』

蒼龍『はいはい大人しく戻りましょうねぇ』

葛城『ちぇ〜』

緋色『私も、行ってきます』

男『おう、行ってらっしゃい』

記憶の方はまったくだが鎮守府には大分慣れてきているように思える。

こうして皆と接触していればそれだけ早く溶け込めるだろう。

それだけでも十分な成果だ。
740 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:25:13.26 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『お、いたいた』

緋色を見送って小一時間程して、叢雲から連絡があった。港に練習を見に来てほしいと。

久々だし上手くいっていないのかなと、そんな風に思っていた。

男『って、なんだその恰好』

緋色『えへへ』

男『何故その恰好』

体操服。しかもブルマー。

緋色『練習中に濡れちゃって…服は夕張さんに借りたの』

男『なんでこんなもん持ってるんだよ』

夕張『いずれ滅ぶ貴重な装備だと見込んでたくさん確保してあるのよ』

男『滅びるべきはその思考だ』

夕張『感想は?』

男『何かあったのか?』

変態からのインタビューはとりあえずスルー。

緋色『なんだかうまく出来なくて、海にドボンって』

男『それって大丈夫なのか?』

緋色『訓練用の艤装に浮がついてるから。びしょ濡れはどうしようもなかったけれど』

男『そうか…久々だもんな。焦る必要はないさ。ゆっくりやればいい』

緋色『そう、そうよね!うん!』

男『あ、そういや叢雲は?』

夕張『あっちあっち、工廠のほう』

男『一体何の用なんだ?ブルマーみせたいわけじゃあるまいに』

夕張『それは、向こうで叢雲に聞いてきて…』

夕張の表情が妙に暗い。なんなんだ?
741 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:26:16.80 ID:GEaWwL4j0
順調だったとはいえしばらくのブランクがあったんだ。

上手くいかないのは仕方ないだろう。

そういうもんだ。そう思って疑っていなかった。

叢雲「あの娘、大丈夫なの?」

男「え」

工廠の日陰の下で、間髪を入れず叢雲にそう言われた。

男「緋色の件、だよな」

叢雲「私はこういった場合の知識がないから判断はできない。だから貴方に聞くしかない」

男「でも、しばらく間があったからブランクとかで」

叢雲「生まれたばかり、あるいは改装なんかで航行がうまく出来ないって場合はあるわ。だから訓練用の艤装もある。でもそういうのは少し歯車がずれているだけですぐにできるようになるわ」

男「でも緋色は特殊なケースだろ。何も思い出せないんだから」

叢雲「そうね。だから私も判断に困ってるのよ。でも、ねぇ、航行がうまく出来ないってどういうものだと思ってる?」
742 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:27:30.83 ID:GEaWwL4j0
男「どうって、うまく進めないとか、転ぶとか」

叢雲「上手く進めないってことはある。改装でバランスなんかが変わって波を受けたり曲がったりが今まで通りにできなかったりね」

男「お、おう」

叢雲「でも転ぶってことはないわよ」

男「ない?」

叢雲「貴方の想像している転ぶってサーファーがバランスを崩して海に落ちるようなことでしょ?」

男「あぁ、そうだけど」

叢雲「そんなのおかしいじゃない」

男「待て待て、全然意味が分からん」

叢雲「確かにこれは私達ならではの感覚なのかもしれない。けど考えても見てよ。私達は艦よ。名前が分からないとしても船は船。それがただ海に浮かぶことも出来ないなんてありえないのよ」

男「!?」

叢雲「航行訓練ってのは人間でいえば歩行訓練かしらね。でもそれってまずもって自分で立っていることが前提でしょう?」

男「じゃぁ、緋色が転んだってのは…」

叢雲「人なら、例えば骨折とかでまず立つ訓練ってこともあるのかもしれないけど、私達にとって浮くってのは呼吸と同じようなことよ」

脳裏にあの時の光景が蘇る。

叢雲「前提がおかしいのよ」

嫌な記憶程よく覚えているものだ。

叢雲「浮けないって、それだけ異常なことよ。出来るとか出来ないじゃなく、存在としての根本からおかしいのよ」

多分最も恐れていた状態。

叢雲「だからこう尋ねるしかないのよ。大丈夫なのかって」

秋雲の時と同じだ。

叢雲「ちょっと!」

工廠を飛び出し港の緋色に駆け寄る。
743 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:28:48.21 ID:GEaWwL4j0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

課長が急に駆けだした。

港で一応艤装のチェックを行っている夕張と緋色に向かって。

その表所は険しいなんてものじゃなかった。

血相を変えて、それこそ血の気が引いていると言うべきかもしれない。

慌ててそれを追いかける。

男『緋色!』

緋色『わっビックリした。どうしたの?』

男『その脚!脚は、大丈夫なのか?その、感覚とか…』

緋色『脚?えぇ、別に捻ったりはしていないと思うけど…』

夕張『えぇ、特にそういった異常は見られませんけど』

男『そう、か』

少し安心したのか徐々に落ち着いていく。

夕張『?』

夕張と目が合う。

彼女も不思議に思っているようだ。

こんなことは初めてだ。

私も夕張も。

だからこそ妙だ。

脚の感覚とやらを聞いた。

まるでこの現象に心当たりがあるかのように。

叢雲『…』

何を知ってるの?

いえそれよりも、何故それを言わないのか。

緋色の事が心配なのは間違いない、と思う。

なればこそ私達に隠している何かが一体何なのか、何故なのかが分からない。

叢雲『とりあえず今日はこの辺にしときましょう。緋色も、お風呂入ってらっしゃい』

緋色『はぁい』

叢雲『服は後で洗って持ってくわ』

男『あぁ、助かる』
744 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:30:14.28 ID:GEaWwL4j0
叢雲『夕張』

課長が長屋に戻るのを見届けてから夕張に話をする。

夕張『はいはい?』

叢雲『仕掛けたやつ、まだ機能してるわよね』

夕張『え゛、そりゃ勿論、してるけど』

叢雲『今すぐ聞きに行くわよ』

夕張『…了解』

確信がある。きっと課長は彼女に連絡する。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

部屋に戻り電源を入れ画面を開く。

秋雲「んぁ?もー夜ぅ?」

男「昼間だアホ」

秋雲「うっわほんとだ、何々何の用?」

男「緋色の件だ」

秋雲「…何があったの」
745 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:31:41.38 ID:GEaWwL4j0
秋雲「ふぅん。なるなる」

男「どう思う」

秋雲「課長は私の時と同じだって思ったんでしょ?」

男「あぁ」

秋雲「どうだろうね。モデルケースが私だけだし、今回の件もまだ詳しい原因がわかってないし。ただ感覚っていうか、ただの勘だけど私の時とは少し違う気もするかなって」

男「なんでだ?」

秋雲「勘だよ?でも、艦って沈もうが陸に打ち上げられようが真っ二つになろうが、艦は艦でしょ」

男「叢雲とは逆の見解だな」

秋雲「現役バリバリの叢雲とは感覚が違うのは仕方ないっしょ。本人にとっては沈んだりしたらそれで終わりなんだから」

男「立場の違いか。確かに、俺が叢雲って艦に乗っていたらそうだろうな。でも第三者であるならたとえ水底だろうとそれは叢雲って艦に変わりないと思う、か」

秋雲「そんなわけで秋雲さんとしては、まあ予断を許さない状態ではあると思うけど同じには思えないわけ」

男「参考になったよ。助かる」

秋雲「ほんとにぃ?あんまり抱え込まないでよ」

男「本当だよ。随分楽になった」
746 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:32:52.55 ID:GEaWwL4j0
秋雲「ならよし、とは思わないのでしーちゃんに連絡しときました」

男「は?」

秋雲「返事もう返ってきてんだよね。はっやーい」

男「はあ?」

秋雲「お、近日こっちに来るってさ」

男「…は?」

秋雲「マジか」

男「マジか」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲『…マジか』

夕張『なんて?』

叢雲『しーちゃんが近々こっち来るって』

夕張『マジか』

叢雲『いえ、ひとまずそれはいいわ。本来私達は知らないはずの情報だし。聞かなかったことにしましょう』

夕張『あーそっか。知ってたらバレちゃうものね』
747 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:34:26.82 ID:GEaWwL4j0
叢雲『問題は緋色の状態が秋雲と似ているって話よ』

夕張『転んだところが?』

叢雲『そういうニュアンスではなかったけれど、少なくとも確信できる点が一つあるわ』

夕張『えっと…秋雲も元は緋色ちゃんみたいに名無しの艦娘だったって事?』

叢雲『恐らくね。そしてその過程で今回のような事があった』

夕張『で結果として課長さんの部下?しかもどっかから通信って。他の鎮守府にいるとか?』

叢雲『それは少し考えにくいわね。聞く限りいつでも連絡とれるみたいだし、事務所みたいなところにいる風だけど』

夕張『でも基本的に艦娘って鎮守府以外での所持って認められてないわよね』

叢雲『しーちゃんのところみたいな例があるから考えられなくはないわ。それに上層部と繋がりがあるならどうにでもできるって前にも言ったじゃない』

夕張『うわぁ一気にきな臭くなってきたわね』

叢雲『ただ…』

夕張『ただ?』

叢雲『やっぱり緋色を助けたいって姿勢に嘘はなさそうなのよね。根本的にお人よしよ彼』

夕張『それはわかる。ロリコンね』

叢雲『そこには一応同意しないでおくわ』
748 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:35:18.16 ID:GEaWwL4j0
課長の話を信じるならこれまで数度名無しの艦娘に会っていることになる。

そして緋色のようなケースは初めてだとも。

名前の判明した艦娘は当然その艦隊にそのまま所属しているはず。

現に緋色も艦隊に溶け込めるようにしようとしている。

なのに秋雲だけ部下?どうして、何処に?

同じケースってどういうこと?

課長を怪しいとは思わない。ただただ不思議で、謎だ。

叢雲『しばらくは様子見するしかないわね』

夕張『情報が少なすぎるものねぇ。とりあえずは緋色ちゃんなんとかしないと』

叢雲『艤装はどうだった?』

夕張『オールグリーン。なーんにもなし。むしろ出力は上がってたくらい』

叢雲『そう…名前が見つからないと、どうなるのかしらね』

夕張『さぁ。本来なるはずだった誰かになれないのかもしれないわね』

叢雲『そうね』

それだけじゃない。

もしかしたら、艦娘ですらなくなってしまうのかもしれない。

少なくとも私は"叢雲"でなくなったら自分を保てる自身はない。
749 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/08/31(水) 00:39:12.83 ID:GEaWwL4j0
気がつけば夏も終わりそうで

艦娘ってどうやって浮いてるんでしょうみたいな話。
海上では十数メートルの波なんて当たり前ですけれど、
艦娘はどう対処しているんでしょうね。
あまり上手い考えは出てきませんでした。
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/08/31(水) 02:03:00.17 ID:ueVK6dbAo
久々乙 多分だけど、鎮守府を出るくらいまでは飛沫で濡れたりしながら航行してるけど、戦術目標の海域自体が現実の『海』じゃなくて
『海』という名の異界であるし、アニメとかでもそうだけど浮いてるんじゃなくて『飛んでる』んじゃないかと
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/08/31(水) 10:58:02.10 ID:jBvTsGm+0
乙乙舞ってた
752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/09/01(木) 00:42:41.11 ID:sBJ3zub10
スパイクタンパク単体で心臓やその他臓器に悪影響を及ぼすことがわかっています

何故一旦停止しないのですか

何故CDCが接種による若い人の心筋炎を認めているのに情報発信がないのですか
20代はたった1ヶ月で接種後死亡がコロナ死と同等になってます
因果関係の調査は?
753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/09/08(木) 17:01:01.31 ID:pnMFxpla0
クソ待ってた 面白い
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/09/13(火) 03:12:54.35 ID:RunMN67GO
この軽妙な掛け合いとサスペンス色がたまらん…
755 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:24:34.88 ID:WbElbDnF0
>>750
この考え方好きです
756 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:26:33.45 ID:WbElbDnF0
緋色は誰とでも仲良くなれた。

最初のころの人見知りはどこへやら。

あれから数日、毎日初対面の艦娘に会いながらもすぐに打ち解けた。

緋色『よろしくお願いします。赤城』

赤城『えぇ、よろしくお願いします』

飛龍『相変わらず最初は呼び捨てよね』ヒソヒソ

男『分かっていてもちょっとびっくりするよな』ヒソヒソ

慣れてくるとさん付けだったりちゃん付だったりになるんだが、なぜか最初は呼び捨てになる。

まだ艦娘という意識の薄い彼女からすれば駆逐艦も正規空母も等しく艦娘という括りでしかないということなのだろうか。

まあ実際難しい所ではあるよな。

船という意味では皆俺よりはるかに昔に生きていた年上と言えるし、

艦娘としては少なくともここの鎮守府じゃ俺より年上の艦娘はいないだろうし。

噂じゃ大戦初期から現役のままでいる百歳近い艦娘もいるらしいが。

何にせよ呼び方は相手の容姿や雰囲気次第になるものな。

だけどそんな事は問題じゃない。

緋色は作戦終了からずっと航行がうまくいかないままだった。
757 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:27:56.77 ID:WbElbDnF0
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叢雲「どうも浮けないってわけじゃないみたいなのよね」

男「というと?」

二日間、航行不能の原因を探ろうと訓練に付き合ってくれた叢雲が言った。

叢雲「本当に艦娘としての力がないなら、それこそあなたと同じで足を海面につけた途端ドボンでしょ?」

男「そりゃそうか。浮力自体はあると」

叢雲「浮いている以上艦娘としての特性がなくなってるわけじゃないと思うのよ。ただ航行だけがうまくいかない。ただそれが制御できてない。発散している、いえ反転してる?何とも言い難いけど」

男「そんな事ってあるのか?」

叢雲「人間だって怪我や病気で上手く走れない事はあっても勝手に変な方向に走り出しちゃうなんて事にはならないでしょ。わけが分からないわよ」

こと技術の話となると俺には判断のしようがないが、叢雲がそういうのなら本当に分からないのだろう。
758 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:30:10.18 ID:WbElbDnF0
男『海が怖いか?』

訓練終わりの緋色にそう聞いてみた。

緋色『怖くはないわ。そりゃ、夜の海はちょっと怖いけど、それだけよ』

確かに航行訓練自体を嫌がったりはしなかった。だから余計に分からない。

明石に頼んでいた様々な種類の単装砲、連装砲レプリカでの練習も特に変わらなく続けていた。

それでも彼女は一向に変わらなかった。

変わらないだけならまだいいかもしれない。

何時アレが起きるかわからない。

自分では何もできない現状が歯がゆくて仕方なかった。

緋色『ごめんなさい』

男『どうした急に』

緋色『私、その、落ちこぼれでしょう?』

男『うーん、そうだな』

緋色『はっきり言われた!?』

男『事実だしな』

緋色『うぅ…』

男『でも謝る事じゃない。皆が皆優秀ってことはないんだ。やる気があるなら手は貸すよ」

緋色『本当?』

男『本当だよ。緋色は頑張ってるじゃないか』

緋色『えぇ、そうね。頑張ってる。頑張ってるわ』

そうだ。緋色は積極的に訓練をしている。本人の意思の問題とは思えない。

なら一体何が原因なんだろうか。
759 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:31:10.68 ID:WbElbDnF0
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提督「おぉこれが例のレプリカか」

男『気をつけろよ。迂闊に撃つと眼鏡割れるぞ』

提督「そんなに反動強いのかい?」

緋色『すっごいわよ。私何度もおでこ打ったもの』

作戦終了以降、提督もよく緋色と顔を合わせるようになった。

暇なんだそうだ。それもどうかとおもうが。

緋色『司令官はどれか好きなのある?』

提督「砲の違いとかはよく分からないんだよねぇ。強いて言えば大口径が好きだね」

金剛『私の35.6p砲撃ってみますカ?』

提督「全身の骨粉々になりそうだね」

緋色『私も!私も撃ってみたい!』

男『乗せるだけで沈みそうだな』

提督「ははは、重いものね金剛は」

金剛『テートクゥ…』

提督「え」

緋色『今のはデリカシーがないと思います』

提督「あれ」

男『ノーコメントで』

特別なことなど何もないように思えた。

鎮守府にいる普通の艦娘のように皆と過ごしている。

そう思えた。

でもこれは半分、あるいはそれ以下だ。

彼女たちにとって海こそが居場所であり、そこに緋色はまだ一歩も踏み入れていないのだ。
760 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:32:12.49 ID:WbElbDnF0
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そんなある日、唐突に執務室に呼ばれた。

男「え」

いつの間にかすっかり慣れてしまった執務室の扉を開けると、そこには二人の人物がいた。

机を挟んで置かれた二つのソファに向かい合うようにして。

提督「やぁ」

しーちゃん「ども」


男「…え?」
761 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:33:05.10 ID:WbElbDnF0
男「何故いる」

提督「僕もそれを何度も聞いてるんだけど、答えてくれなくてね…」

しーちゃん「まあまあ、とりあえず座っちゃってください」

男「…」

言いたいことは色々あるが確かにこのままでは埒が明かない。

俺は提督の隣に
しーちゃん「え!」
男「え?」
提督「ん?」

しーちゃん「え、そっち座るんですか?」

男「え、ダメなのか?」

しーちゃん「課長さんは私側の人だと思っていたのに!」ガックリ

男「この状況下で相対するべきはどう考えてもお前だよ」

提督「ははは」

反応に困った提督から乾いた笑いが漏れた。
762 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:34:10.28 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「そうそう、どうですか今日の私」

男「ん?」

言われて改めてしーちゃんを見る。

別に何も、

男「あ、夏服か」

暑い時期に会うのは別段これが初めてという訳では無いが、思い出してみるとこれまで彼女が夏服を身につけていることは無かった。

しーちゃん「一応制服ですからね、いつもの。なのであれ一種類で済ましていたんですけれど、いい機会があったので夏服作っちゃいました」

提督「へぇ、制服だったのか」

しーちゃん「ロゴ入りなんですよ〜。ほら、これも。ちょっと分かりにくいですけど」

男「いいんじゃないか。他の娘も喜ぶだろ」

しーちゃん「いえ、これ着るのは私だけです」

男「は?」

しーちゃん「艦娘は扱いが違いますからね。後皆自由にしてもらってますから」

提督「それ制服の必要性ないのでは」

しーちゃん「一応ですよ一応。それに予算使って好きにデザインできますからね。役得役得」

男「職権乱用もいいとこじゃねぇか…」

別に今回に限ったことじゃないが。
763 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:34:50.66 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「で!どうですかこれ?」

男「流行とかオシャレはよく分からんが、似合ってると思うぞ。元々短髪でサッパリしたイメージがあるし、髪色も合わせて、上手く言えんが夏らしくていいと思う」

始めてみるのにそんな気がしないのは街中で見かける学生のような格好だからだろう。

こいつが着ていると全く違和感がない。言わないけど。

子ども扱いするなとか文句を言われそうだし。

しーちゃん「…こういうとこ意外としっかりしてますよねこの人」

提督「それ僕に振るのかい?」

しーちゃん「まあいいでしょう。本題は以上です」

男「待て、本題と言ったか?今本題と言ったか?」

しーちゃん「これ課長さんにもお土産です。おまんじゅう」

男「ついで感覚で鎮守府入れるのはお前くらいだよ…」

提督「おいしかったよそれ」

男「もう食べてんのかよ」
764 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:36:01.44 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「ご安心を。話したいことが無いわけじゃありません。ほら、もう少しで選挙あるじゃないですか」

提督「あぁ、そういう話かい」

男「つっても別に何処にって程関心はないんだよなぁ。そりゃ投票は行くけどさ」

しーちゃん「いやそんな凡俗の民草みたいな話題がしたい訳ではなくてですね」

男「お前は何処ぞの王様か何かか」

いや、よく考えたら今この場にいる二人って一応どちらも組織の長なんだよな。王様というのは別に間違いということもないか。

しーちゃん「なのでその確認というか、今回は使者みたいなものですね私」

提督「僕の方は変わらずだよ」

しーちゃん「規制派から何か来たりしてます?」

提督「全く。こんな小さな鎮守府に用はないだろうしね」

しーちゃん「今回ばかりはそんなこともないと思いますよ〜」

男「待ってくれ、何の話だ」

しーちゃん「…課長さん一応元政界関係者でしょう。どれだけ艦娘に現を抜かしていたらそんなに鈍くなるんですか」

男「言い方…」
765 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:37:18.54 ID:WbElbDnF0
提督「政界関係者?」

男「えっと、これ言っていいのか?」

しーちゃん「いいんじゃないですか?元ですし」

男「別にそんな大した話じゃない。政治家の下っ端をやってたってだけの話だ」

提督「へぇ。それがまたどうして今の仕事に、なんてのは僕も同じか。艦娘に関わる人は妙な縁が多いからね」

男「そんなところだよ」

しーちゃん「…あれ?なにやら随分と親しい感じになりましたね」

提督「ちょっとした飲み仲間になりまして」

男「似た立場だもんな」

しーちゃん「へぇ、いいですねぇ。そういうのは大事ですよ。そういうのは」

男「それはいいって。で一体何の話なんだ」

しーちゃん「軍といえど国民の理解が必要な時代です。幸運にも近海の戦況は徐々に落ち着いてきており、不幸にも国民は非常事態が続いている状況を忘れつつあります」

提督「船の護衛ですら民間からは大袈裟だなんて声が出始めているくらいなんだ」

しーちゃん「そんな中世論の中心は艦娘に人権は必要か、という点で盛り上がってるんですよ」

男「そういや前にあk、部下からそんな話を聞いたな」
766 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:38:08.69 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「政治家もここぞとばかりに色々な意見を出していますが、なにせ世論も三つ巴四つ巴と意見が大いに割れてますからねぇ。この観点で何処に票が集まるか誰も読めない状況なんですよ」

提督「軍としても国民の支持は欲しい。けどどういったスタンスが正しいかわからない状況なんだ。それに元々艦娘の扱いをどうするべきかは内部でも意見が割れていた。今回の事でそれが表面化しているんだ」

しーちゃん「ざっくり人権派と兵器派で派閥ができてまして。私は元帥殿から派閥の鎮守府に使者としてお使いに来てるんです」

男「この間の作戦。やけに世間にへの発表が早かったのは政治的アピール込だったってことか」

しーちゃん「そんな感じです」

提督「面倒な話だよねぇ」

男「でも艦娘の扱いについてこうして議論が起きるのはお前としては望むところじゃないのか?」

しーちゃん「さてどうでしょうね。私としては彼女たちの行く先は彼女たち自身に決めて欲しいというのが望みですから」

提督「嬉しくはないんですか?」

しーちゃん「結局のところ外野が好きかって言ってるだけじゃないですか。悪いとまでは言わないですけど」

男「そんな面倒な話になっているのなら、あそこから離れて正解だったかもな」

しーちゃん「課長さんはどこからかお誘いとか来ていないんですか?」

男「幸運なことにこっちの世界じゃ知り合いが少なくてな」

しーちゃん「ぼっち」

男「隙を見ては刺してくるのやめろ」
767 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:38:48.70 ID:WbElbDnF0
提督「貴方のいる三課はこういう時政治的なアピールに向いているのでは?」

しーちゃん「向いてますよ。ただ私達はあくまで軍の広報です。軍内で意見が割れている以上どちらかに偏った広報はできません。こっちの立場が危うくなるので」

男「何もしないと?」

しーちゃん「まさか。でも色々と工夫しないといけない立場なんですよ」

提督「大変ですね」

しーちゃん「そりゃもう、私も彼女達も戦場が海でないだけで戦いに変わりはないですからね」

提督「なるほど」
768 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:39:19.84 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「さて、そろそろお暇しますかね」

提督「もうですか?」

しーちゃん「ついでに寄っただけですから」

男「だからついでで鎮守府来るなよ…」

しーちゃん「あ、せっかくなので緋色ちゃんに会ってもいいですか?」

提督「僕は構いませんけれど」

男「問題ないよ」

しーちゃん「では。またふらっと来ることもあると思うのでその時はよろしくお願いします」

提督「できれば事前に連絡くださいね」

しーちゃん「失礼しまーす」

社会人として当然の提案を流れるようにスルーして部屋を出ていきやがった。

苦笑する提督を部屋に残し俺もしーちゃんの後を追う。
769 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:41:47.84 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「今緋色ちゃんは?」

男「部屋にいるよ」

しーちゃん「では一度男さんのお部屋にお邪魔しても?」

男「あぁ」

緋色の部屋の一歩手前。早くも二か月近く滞在していることになる俺の部屋の扉を開ける。

しーちゃん「おぉ相変わらず異様な光景ですねこれ」

男「目立つからなぁ」

部屋の中央に鎮座する黒い物体は異様と言われればそ通りでしかない。

しーちゃん「あ、秋雲さん喋っても大丈夫ですよ」

秋雲「マジ?しっかししーちゃん相変わらず行動が早いねぇ」

しーちゃん「元々ここには来る予定だったのでタイミングが良かったんですよ」

男「それで、なんの話だ」

しーちゃん「緋色ちゃん、あまり状態が良くないとか」

男「かもしれないって話だよ」

秋雲「それは十分に危険な状態ってことでしょ」

しーちゃん「この件について私はあまり言及できる事はありません。お二人の方が詳しいですからね」
770 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:43:41.97 ID:WbElbDnF0
男「でももし、緋色が"緋色"になってしまうとしたら?」

しーちゃん「さて、状況が違うのでなんとも」

秋雲「ん?どゆこと?」

しーちゃん「現状最悪なのは秋雲さんと同じパターンになる事でしょう。でも現状維持も問題です。もし他に名無しの、例えば戦艦クラスなんかが現れたら優先度はそちらの方が高いですからね」

男「その場合緋色は」

しーちゃん「研究対象として何処かに、というのがオチでしょうね」

秋雲「それはそれでサイアクだね」

しーちゃん「そもそもそうならないため、名無しの艦娘を保護するというのが課長さんの役割でもありますから」

秋雲「え!そうなの!?」

男「まぁ、一応な。鎮守府に所属できない名無しは管理するルールがなかった。だから連中好き勝手出来たんだよ。勿論それも決して無駄なことじゃないんだろうが、やっぱり艦娘は艦娘であるべきだ」

しーちゃん「佐世保のおじさまと元帥のバックアップで調査員なるものができたんですよ」

秋雲「えー私初めて聞いたんですけどぉ!」

男「別にいいじゃねぇか」

秋雲「良くなぁい!そういう話全然してくれないじゃんかぁ。佐世保のってあの狸爺でしょ?何時そんな大物と知り合ったのよ」
771 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:44:21.86 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「ひょっとして私の話もしてないんですか?」

男「…うん」

秋雲「秘密なんじゃないのそれ?」

しーちゃん「私は別にいいですよ?」

秋雲「うわ課長の一存かよぉ!」

しーちゃん「あ、話すときは男さんが話してくださいね。私からは言いませんから」

秋雲「ほらほら〜白状しちまったほうが楽になるぜぇ」

男「その話は後だ後!しーちゃん、お前のところで緋色を預かるってのはできないのか」

しーちゃん「最終的な手段としては、まあアリではありますね。あまりお勧めはしませんけど」

男「なぜ」

しーちゃん「彼女の場合も上手くいくなんてのは希望的観測が過ぎるからですよ」

男「…そりゃそうか」
772 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:45:18.55 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「さて、そろそろ帰ります」

男「あれ、緋色には会ってかないのか?」

しーちゃん「あれは建前ですよ。私は健康診断のお姉さんですから、そうホイホイ会いに来ちゃダメじゃないですか」

男「どの口が言ってるんだか」

しーちゃん「運転の北上さんも待たせてますし、あら?」

秋雲「どったの?」

しーちゃん「北上さんからヘルプが」

男「ヘルプ?」

端末で何か連絡が来たようだ。

しーちゃん「そうだ。これ提督さんに渡し忘れてしまったのでお願いします」

男「なんのファイルだこれ」

しーちゃん「大したものじゃありませんよ」

男「わかった。後で持っていっておくよ」

しーちゃん「今お願いします、なう」

男「今!?」

しーちゃん「ほらほら」

男「わかったわかった、またな」

しーちゃん「えぇ、お互い息災で。秋雲さんも、久々に直接会えてよかったです」

秋雲「今度はゆっくり時間を取ってくれると嬉しんだけどね〜」

しーちゃん「こう見えて多忙ですからね私」フンス

男「余計なことっばっかしてるからだろ」
773 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:46:17.33 ID:WbElbDnF0
男「そういや今回は何できたんだ?例のトラックか?」

しーちゃん「まさか、アレですよアレ」

男「んー、え、うわフィアットだ」

しーちゃん「えっとなんでしたっけ、あばると?ってやつです」

男「お前のとこにまともな車両はないのか」

しーちゃん「アレは私じゃなくて北上さんのですよぉ。車はよくわからないので」

男「自費か?」

しーちゃん「半分は経費で出来ています」

男「お前なぁ、ん?」

車の方をよく見ると叢雲がいるようだった。

どうやら運転席の北上と話しているらしい。

男「これが理由か」

しーちゃん「ええ。できれば男さんはいない方がよさそうだなと」

男「了解、またな」

しーちゃん「はい」

小さく手を振るしーちゃんはやはり学生にしか見えない。

男「学生か」

再び提督室に向かいながら考える。

艦娘はそういった世界を知らない。

今後も、きっと知ることはできないんだろうな。
774 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:47:12.68 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

しーちゃん「お久しぶりです」

叢雲「久しぶりね」

私達は基本的に変わらない。

改装等で見た目や性能が大きく変わることはあるけれど、

それはどちらかと言えば進化であり、

こうして夏服に身を包み髪形を変えた彼女を見て感じる変化とは別のものだ。

最もそんな人間らしさとは裏腹に目の前のしーちゃんをやはり微塵も人間とは思えないのだけれど。

北上「し〜ちゃ〜ん助けてぇ…この小姑がぁ」

叢雲「誰が小姑よ!」

しーちゃん「一体何の用ですか小姑さん」

叢雲「ちょっと」

運転手と少し話していただけなのにこの仕打ち。

しーちゃん「立ち話もなんですし車入ります?私達にはちょうどいい大きさですよ」

叢雲「遠慮しておくわ。それとも貴方にはこの暑さは応えるのかしら?」

しーちゃん「もうすぐ夏ですからねぇ。幸い暑さには強いほうなので大丈夫です」

叢雲「あらそう」

確かにまだ暑いといえるかは意見の分かれる気温だ。

こうしていても汗一つかかない彼女は確かに暑がりというわけではないらしい。

あるいは、生き物じゃないのか。
775 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:48:03.19 ID:WbElbDnF0
叢雲「よかったの?課長と別れて」

しーちゃん「てっきり私と話がしたいのかと思ってましたけど」

北上「おっとこれオフレコな感じ?私引っ込んどくね〜。巻き込むなよ?」

しっかりと念押しして北上が車の窓を閉め音楽をかけ始める。

凄い激しい曲。ロックってやつかしら。

叢雲「首都圏の勢力図はどうなってるの」

しーちゃん「幹事長の更迭から半年、随分とキレイになりましたよ」

叢雲「早いわね」

しーちゃん「元から準備していたみたい、ですか?」

叢雲「そうは言ってないわよ。それとも心当たりでもあるの?」

しーちゃん「まさか。首都圏は元帥というイコンがあるのでそう難しい話じゃありませんよ。だから問題なのは地方ですね」

叢雲「ここは?」

しーちゃん「ご安心を。鬼ヶ島の提督を筆頭にまとまりがありますから。問題なのは太平洋の方ですかね」
776 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:48:39.48 ID:WbElbDnF0
深海棲艦の脅威が近い所程鎮守府の影響は大きくなる。

港やその近隣、あるいは県そのものと深く関わりを持つことになる。

しーちゃん「まさに一国一城。その長が提督という才能だけで選ばれた人間なんだから大変ですよ」

叢雲「でしょうね。そういった話は私もいくらか聞いてるわ」

本来なら提督という一本柱で成り立つ鎮守府の仕組みを見直すべきなのでしょうけど、

戦線に影響が出ては元も子もないとその辺はほったらかしになっていた。

しーちゃん「ま、そちらはまた別の話です。この鎮守府は大丈夫ですよ。貴方の提督も」

叢雲「なら、いいわ」

それなら問題ない。それならば、国や軍の事など私にとっては細かい些事でしかない。
777 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:49:40.55 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「他には何かあります?」

叢雲「本題の方が」

しーちゃん「先程までのは?」

叢雲「世間話よ」

しーちゃん「ふふ、そうですね」

叢雲「緋色の事、貴方はどう考えてるの」

しーちゃん「私に対してどういう印象を持っているかはわかりませんけれど、この件に関して私ができることは何もないですよ。本当にね」

叢雲「でも、無関係というわけでもないんでしょう?」

しーちゃん「私にできるのは、そうですね。事後処理くらいです」

事後。嫌な言葉ね。

しーちゃん「緋色ちゃん、皆さんとは仲良くやっているそうじゃないですか」

叢雲「それはまぁそうね」

しーちゃん「だったら、そういうのもアリなんじゃないかって私は思うんですよ」

叢雲「緋色のままでいることになっても?」

しーちゃん「ええ」

叢雲「でもそれは緋色のままでいられたら、でしょう」

以前少し考えた事。

名前を見つけることが私達の存在の証明になると課長は言っていた。

それが見つからず、緋色という仮の名で代用したとして、それで足りるのか。

足りなかったら、どうなるのか。
778 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:50:17.95 ID:WbElbDnF0
しーちゃん「…課長さんから何か聞きました?」

叢雲「え」

驚いた。

しーちゃんからの質問にではない。

その質問をする彼女の顔が、心底以外で驚いたという表情だったからだ。

しーちゃん「おっと失言失言」ガチャ

素早くドアを開け車に乗り込むしーちゃん。

止めるのはそう難しくはないけれど、止めたところで話してくれるとは思えない。

叢雲「ねぇ」

しーちゃん「なんでしょうか」

叢雲「何が一番大切なことだと思う?」

しーちゃん「ん〜そうですねぇ」

彼女は少し考えこみ、ゆっくりと眼鏡を外した。

その行動の意味はさっぱり分からないけれど、彼女にとってそれが何か大きく意味を持つことであると、そういう確信があった。

しーちゃん「目的じゃないですかね」

そう言って車のドアを閉める。

叢雲「目的…」

フィアットがゆっくりと進みだす。
779 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:51:00.87 ID:WbElbDnF0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「で、これがそのだしに使われたファイルだ」

提督「ラブレターかな」

男「あいつからのラブレターなら下手な脅迫文より怖いぜ」

提督「ならそうでない事を祈ろう」

男「叢雲が気になるか?」

提督「そうだね。色々と考えすぎるきらいがあるからね」

男「言ってやればいいじゃないか」

提督「なんて言うんだい」

男「…考えすぎだーって」

提督「彼女が自分で決めた事だよ。僕がどうこう言うことじゃないさ」

男「でも心配だ」

提督「そうなんだよねぇ」アハハ

男「ややこしい関係だな」

提督「そう見えるかい?」

男「客観的には」

提督「提督としてじゃないんだ。船はほら、船長が舵を取らなければ流されるだけだろう?でも彼女は自分で目的を決めて動いてる。僕は個人としてそれを応援したいんだ」

男「あぁそうか。それならわかるよ」

随分と自由で勝手になった夏服の少女を思い浮かべた。

男「よくわかる」

あいつは誰に言われるまでもなく自分で目的を持って動いている。

それはきっとすごい事だし、応援したい。
780 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:52:19.20 ID:WbElbDnF0
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男「待たせたな」

しーちゃんが来たその日の晩。改めて秋雲と話をした。

秋雲「そのセリフ、もっと伝説の傭兵みたいに言って」

男「は?」

秋雲「うん、ごめん。気にしないで」

咳ばらいを一つしていつもの茶化すような雰囲気を止める。

秋雲「まったくよ。何年待ったと思う?」

男「3年か?」

秋雲「そ、3年。短い?」

男「3年を短いといえる程歳は食ってないつもりだよ」

秋雲「私にとっては生まれてから今日までよ」

男「そりゃあ、長いな」

秋雲「そう?あっという間だったかも」

男「そうか、ならそうなんだろうな」
781 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:53:09.66 ID:WbElbDnF0
秋雲「で、まさか事ここに及んでまだ話さないとか言わないでしょうね」

男「流石にな。さてどこから話したもんか」

秋雲「あーっと!その前に一つ」

男「?」

秋雲「これ秋雲さん的にはかなり重要な事なんだけどさ、その話するのって私が初めてだったりする?」

試験の合格発表を前にする学生のような恐れと不安を抱いた表情でそんな事を聞いてきた。

男「んー当事者を除けばそうなるかな」

一体何がそんなに気になるのかさっぱりわからないので一切偽らずに答えてみる。

秋雲「ならよしっ!」

今度は原稿が無事に終わった時と同じくらいやり切った表情に変わる。

男「なんだそりゃ」

秋雲「なんでもな〜い」

なんでもない事はないんだろうが、まあ今は別にいい。

男「さてどこから話そうか」

秋雲「once upon a timeってのはどう」

男「そこまで昔じゃないよ。5年くらい前か」

忘れられないなりに忘れようとしていた当時の事を少しずつ思い出しながら言葉にする。
782 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2022/12/03(土) 02:57:24.62 ID:WbElbDnF0
三ゲージバーゲンセールが悪い

書き溜めてはいましたが書き込むタイミングがですね…
いつの間にかいつ海も始まってしまって、
相も変わらず秋刀魚を集めたり。
一瞬でしたがアニメ瑞鳳が見れたので悔いは無いです。
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/03(土) 03:55:31.48 ID:8DwOlyKUo
おつ
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/05(月) 08:23:45.25 ID:VRZTjH4Xo
おつ
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/12/07(水) 13:36:13.66 ID:pRYSr+Fx0
おつです
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/01/04(水) 21:43:32.67 ID:2WI36oZ80
おつ 更新続いててありがてぇ
しーちゃん過去編に入るのかな
787 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:13:45.33 ID:fFXJOFQl0
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男「待たせたな」

しーちゃんが来たその日の晩。改めて秋雲と話をした。

秋雲「そのセリフ、もっと伝説の傭兵みたいに言って」

男「は?」

ヨウヘイ?誰だそれ?

秋雲「うん、ごめん。気にしないで」

咳ばらいを一つしていつもの茶化すような雰囲気を止める。

秋雲「まったくよ。何年待ったと思う?」

秋雲はよく笑う。

大きく口を開けて笑う。あるいは白い歯を見せながらニヤリと笑う。

だからこうして口角を少し上げて優しく笑う秋雲は中々珍しい。

男「3年か?」

秋雲「そ、3年。短い?」

男「3年を短いといえる程歳は食ってないつもりだよ」

秋雲「私にとっては生まれてから今日までよ」

男「そりゃあ、長いな」

秋雲「そう?案外あっという間だったかも」

なんてことはないというその表情がはたして本心かどうかは俺にはわからなかった。

男「ならそうなんだろうな」

それでも秋雲がそういうのならきっとその通りなんだろう。

秋雲「で、まさか事ここに及んでまだ話さないとか言わないでしょうね」ズイ

画面いっぱいに秋雲の顔が広がる。勿論そんなつもりはないがその圧に少したじろいでしまう。

男「流石にな。さてどこから話したもんか」

秋雲「あーっと!その前に一つ」

男「?」
788 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:14:50.05 ID:fFXJOFQl0
急に真面目なトーンからいつもの声に戻る。

画面から目をそらし、締め切りを過ぎた言い訳をしようという時と同じおずおずとした感じで話し出す。

秋雲「これ秋雲さん的にはかなぁり重要な事なんだけどさ、その話するのって私が初めてだったりする?」

試験の合格発表を前にする学生のような恐れと不安を抱いた表情でそんな事を聞いてきた。

男「んー当事者を除けばそうなるかな」

一体何がそんなに気になるのかさっぱりわからないので一切偽らずに答えてみる。

秋雲「ならよしっ!」

一転して今度は原稿が無事に終わった時と同じくらいやり切った表情に変わる。

男「なんだそりゃ」

秋雲「なんでもな〜い」

なんでもない事はないんだろうが、まあ今は別にいい。

男「さてどこから話そうか」

秋雲「once upon a timeってのはどう」

男「そこまで昔じゃないよ。5年くらい前か」

忘れられないなりに忘れようとしていた当時の事を少しずつ思い出しながら言葉にする。
789 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:16:07.51 ID:fFXJOFQl0
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男「調査員?」

「と言うようなもの、だ。まだ正式な名前も決まってはいない。だが今後間違いなく必要となる重要な仕事だ」

上司の、いわゆるお偉いさんにそう言われた。

勉強していい学校に通い、エリートコースを真っ直ぐ順調に進み、あとは金を貰って余生を楽しむだけの人間。

俺も同じだった。選ばれたエリート。幸福な人生。

毎日着るのが少し憚られる高いスーツと胸につけるバッチはその証みたいなものだった。

男「ふむ」

まだ未開拓の重要な役職か。これはチャンスかもしれない。

男「分かりました。しかしなぜその話が私に?」

そう。結局のところ俺はこれまで艦娘とほとんど関わってこなかった。いや、関われなかった。

なのに艦娘の調査とは。

「お前、妖精が見えるんだろ?」

男「あぁ。ええ、そうですよ。一応、ですが」

あくまで一応だ。才能はあったが弱すぎた。

もう少し才能が強ければ今頃は提督になれていただろう。
790 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:16:55.71 ID:fFXJOFQl0
男「それが何か関係あるんですか?」

「ん?なんだ知らなかったのか。てっきり自分で情報を得ているものだと」

必要な情報は求められる前に己で手に入れる。どんな手段を用いても。

それがここで教わった事だ。

情報戦に負けたものは落とされる。

男「艦娘の事は専門外でして」

なんて、かつて諦めざるをえなかった夢に触れたくなかっただけだ。

「なら丁度いい。それも含めて説明してやる」

エレベーターに乗る。

重役しか使えないという暗黙の了解がある建物奥にあるエレベーター。

駕籠と呼ばれているのを聞いたことがある。

「次からはお前もこれを使うことになる」

そう言うと胸元からカードを取り出し、エレベーターの階層ボタンの下の何もない場所にかざす。

するとドアが閉まり階層ボタンに存在しない地下へ向けて動き出した。

男「なんというか、あまり穏やかじゃないですね。遺言状でも残しといた方がいいですか?」

「はは、問題ないさ。お前の口が清掃員のババア共のように軽くさえなければな」

男「ははは」

笑えねえ。
791 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:19:17.56 ID:fFXJOFQl0
地下には思っていたよりも大きい空間が広がっていた。

パッと見ただけでもたくさんの部屋が並んでいる。

奥に伸びる廊下からみてそこそこの広さらしいが人の気配はない。

不気味な雰囲気に反して全体的に白く明るい地下室は、しかし何故だか妙に不安を抱かせる。

資料室、空き部屋、何かの器具が並ぶ保管室のような部屋。

そういえば大学にあった研究練なんかがこんな感じだったなと思い出しながら上司の後をついて行く。

そしてモニターやマイク、その他俺には理解の及ばない様々な機械の置かれた部屋の隣の部屋に、一人の少女が座っていた。

分厚い壁の中、少女はその机と椅子二つしかない狭く白い部屋で椅子に座りじっとしていた。

部屋は廊下からも隣の部屋からも窓で見えるようになっている。

取調室。いや、海外の映画で見た覚えがある。

超能力者かなにかを収容した、実験室か。
792 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:20:15.31 ID:fFXJOFQl0
「入ってみろ」

男「え、自分がですか?」

チラと少女を見る。

危険はなさそうに見えるが、目に見える何かならきっとこんな所には入れられまい。

男「命の保証は?」

「それは問題ない。今のところは、な。取り扱い次第だよ。言われたとおりにすれば大丈夫だ」

そう言って小型の無線機を渡してきた。

「耳に入れとけ。指示はこちらがする。お前はこちらの指示に対してYESかNOで答えろ」

指でYESとNOのサインを作る。

なるほど、相手には聞かれたくないと。

男「アレは、艦娘なんですか?」

「そうだ。いや、まだそうとは言えないのかもしれないな」

男「まだ…」

「だがまあ、人間ではないよ」

人間ではない。それこそ映画やドラマでしか聞かない台詞だった。
793 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:21:06.44 ID:fFXJOFQl0
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男「さてと」

椅子を引き少女と向き合う形で座る。

白いTシャツと黒の短パンという運動部の学生がするような簡素な服装。身長もまさに学生といった程度か。

肩の高さで揃えられた茶色っぽい髪。突然の来訪者に対して一切変化のない無表情と黄緑色の不思議な目。

そういった容姿と、それに関係なく直感からわかる。

人じゃない。

取り調べ、なんて言い方をせず二者面談の気持ちでいこう。

無線から聞こえる指示に従って最初の言葉をかける。

男「はじめまして。私は男というんだ。君は?」

柔らかい感じでごくごく普通に自己紹介をする。

何が返ってくるのだろうと、最悪ダッシュで出口に行けるようにと身を固めつつ少女を見つめる。

すると少女は以外にも少し驚いた表情になり、振り絞るように話し始めた。

少女「??・??サ??ッ?ソコ??ョ?ォ?」






男「は?」
794 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:22:06.47 ID:fFXJOFQl0
英語はできるほうだ。

と言ってもあくまで紙の上だけでいざ会話しろと言われれば恐らく無理だろうが。

それでもまぁ聞き取るくらいは多分できると思う。

だがそういう類の話ではなかった。

街中で全く知らない言語が聞こえてきても、普通○○語っぽいなとか、そういう感想を抱くものだ。

違いはあれど同じ人類の使う言葉。根っこの部分は同じなのだ。

言語。そう認識する。

少なくとも野良猫やカラスの鳴き声と同じに捉えるものはいまい。

でもこれは違う。

目の前の少女から発せられたそれは、まるでノイズのようで、

少なくともそれを言語であると認識できなかった。

「何か聞こえたか?」

耳に入れた無線機から声がした。

少女に見えないようにYESのハンドサインを作る。

「何と言っていたかわかるか?」

NO

「…触れてみる気はあるか?」

…NOだ

「部屋を出ろ」

短い面談だった。

だが椅子から立とうとして気づいた。

脚が少し震えていた。

男「またな」

黙って出るのは何となく後ろめたかったので無責任にもまたなどと声をかけてしまった。

再び無表情に戻った少女の緑色の双眸は、そんな俺をじっと見つめたままだった。
795 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:23:26.38 ID:fFXJOFQl0
男「アレは、なんですか」

誰も答えられない質問だと分かっていてもそう聞かざるを得なかった。

「残念だがこれ以上の情報を開示はできない」

そう言って例のエレベーターのカードキーを取り出す。

「知りたいのならコレを受け取るしかない。勿論受け取れば引き返すことは出来ないが」

初めてだ。

人生の分岐点、と言えば例えば受験や就職なんかを思い浮かべる。

でもそれらは結果が周りに左右されるものばかりだ。

無論自分の実力も大事だが肝心な部分は結局他人に決められてしまう。

だけどこれは、目の前のこの分岐点は、自分で決めるものだ。

全ては自分の判断に委ねられている。責任も結果も、全て。

どちらに舵を切るにせよ100%自己責任だ。

男「何故自分なんですか、と問うてもいいでしょうか」

「駄目だ、と言うところだが、まぁいいか。無論理由は色々あるが、こうして私自身が鍵を差し出す理由はお前に見込みがあると思ったからだ。

 お前は優秀だよ。でも何か違和感があった。だからこの話を聞いたとき、お前には他にいるべき場所があると思ったんだ」

この人はこれまで俺に良くしてくれた。恩師と言ってもいいだろう。

だからその言葉はよくよく響いた。

昔諦めた、ずっと意識しないようにしていた憧れを思い出す。

艦娘。

もし許されるのなら、俺は彼女達に触れたい。

男「わかりました」

しっかりと鍵を握りしめる。

「だと思ったよ」

始めてみる恩師のその少し嬉しそうでどこか寂し気な表情は今でも覚えている。
796 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:24:45.41 ID:fFXJOFQl0
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男「全然わからん」

地下の研究施設。

その共有スペースらしい部屋の無駄に座り心地の良い長ソファに座り机に突っ伏す。

そこで俺は映画やドラマでしか見た事ないような書類の山に囲まれていた。

今まで行われてきた彼女に関わる研究結果の書類だ。

これが兎に角わからん。

そもそも俺は研究職じゃない。

その上レポート内容は物理とか科学とか生物とか様々な分野での研究内容がまとめられている。

生物は履修した事があるから辛うじて上っ面を理解はできるが他はダメだ。

というかそもそもレポートとして読み辛すぎる。

ハッキリ言ってメモかそれ以下なものも多い。

結局一通り目を通して分かったのは彼女に関して何もわかっていないと言うことだった。

男「動かないな」

彼女は昨日と同じく部屋の中で椅子に座ったまま微動だにしていなかった。

知識として知ってはいたが改めて認識する。

艦娘はその個体の維持に食事も睡眠も必要としない。

少なくともその点でいえば彼女は艦娘らしい。

男「しっかしこんだけ専門家が調べつくした後に素人の俺がどうしろってんだ」
797 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:26:11.63 ID:fFXJOFQl0
「おやおや、ドラマの撮影現場かいここは」

男「!?」ガバッ

突然降ってきた女性の声に跳ね起きる。

相変わらず広さのわりに人の気配のない施設で、てっきり自分以外の人間はいないものと思っていた。

顔を上げるとそこには、

男「…えっと、初めまして」

「初めまして。君もコーヒーはいるかい?」

腰まで伸びた長い髪、手にはどうやらコーヒー入りらしい白いカップを持ち、そして何より、

黒い。黒い、白衣?いやそれはもう白衣ではないが材質やデザインはどう考えても黒く塗りつぶした白衣だ。そんなものあるのか?

身長は俺と同じくらいだろうか。女性としては背の高いほうに見える。

年齢は、年上なのは間違いないがどうだろうか。30代と言うには妙に貫禄があるが40代と言うには若く見える。

僅かに茶色の混ざった長い黒髪と黒衣の組み合わせでとにかく黒い。

教授「私は教授というものだ。君もそう呼ぶといい。先輩でもいいぞ」

男「ど、どうも。俺は」

教授「あぁ君はいい。十二分に知っている」

男「そう、ですか」

教授「ブラックでいいか?」

男「え?あ、はい」

教授「そうか」

俺が返答するとカップを机に置き何処かに行ってしまった。

何なんだあの人。ここの研究者、でいいんだよな?

そういやこの施設に関する情報一切貰ってないな俺。
798 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:27:55.88 ID:fFXJOFQl0
教授「ほれ」

思いのほか早く戻ってきた教授が目の前にコーヒーを置く。

缶の。

男「…」

新人いびり?

教授「ツッコミどころだぞ」

なるほど、自覚のない新人いじめだなこれ。

教授「そうだ。せっかくだしここを案内してやろう」

男「え」

急だな。後コーヒーの話はもういいんですか。

教授「秘密主義は結構だがC2の連中施設に案内板やパンフレットを用意しないからな。私も初めて来た時は苦労したものだ」

男「なるほど。正直右も左も分からず困っていたので助かります」

でもパンフレットは流石にないと思う。

教授「ならば付いて来い。そんなものを読んでいるよりは有意義な時間にしてやろう」

教授は以外にも面倒見の良い人だった。

一通り施設を案内してくれた。

その後給湯室に何があるかとかおいしいコーヒーの入れ方を妙に熱心に教えられた。

ここに入り浸るなら給湯室が最も重要な施設になる、とかなんとか。

そのままの流れで俺が諦めていた書類に関しても解説をしてくれた。

研究者というより大学の教授を思い出す。
799 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:28:54.05 ID:fFXJOFQl0
教授「10点だな。勿論100点満点中だ。もっと修行しろ」

教授の指示、というか命令の元俺が淹れたコーヒーを飲みそう言い放った。

男「自分で飲む分にはこれで十分おいしいんですが」

教授「私はこれでは満足できない」

俺にコーヒー作らせる気かこの人。

教授「少し前に私よりコーヒーを淹れるのがうまいやつがいたんだがね」

男「そういえばどうしてここは人が少ないんですか」

教授「少ないんじゃない。君と私の二人だけだ。大規模な組織改編があってな。ここにいた連中も皆他の施設に移ってしまった」

男「教授は何故まだここに?」

教授「この施設を独り占めできるからな。気分がいい」

なるほど。

教授「冗談だ」

納得しちまったじゃねぇか。

教授「アレがいるからな」

そう言って壁を指をさす。

ここからでは見えないがその指が何を指しているかは分かる。

彼女だ。

教授「C21YB0204。アレがここに来てからまる1年だ。結局何もわからなかったが」

管理番号だそうだ。色々と細かい区分けがあるそうだが、最後の04は同じような個体の4番目ということらしい。

教授「滑稽な話だ。名だたる研究者達が皆匙を投げた」

男「でも改めて凄い話ですよね。こんな非科学的な存在を皆がこぞって研究するんですから」

教授「ん〜?それは違うな」

男「違う?」
800 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:31:03.69 ID:fFXJOFQl0

教授「朝の占いが良かった。故に今日は宝くじが当たる気がする。これは科学的か?」

男「それは非科学的でしょう」

教授「だろうな。ならリンゴは地面に落ちる。故に地面には何か物を引っ張る力がある、というのが科学的と言えるだろう」

急になんだ?妙に回りくどい言い方をする。

教授「ではタイムマシンはどうだ?あるいは15世紀頃における地動説だ。どちらも当時は突拍子もない妄言だった。

当然だろう。今立っている地面が自分ごと高速で回転しているなど私だって頭がおかしいと思うだろう」

男「それは…」

地動説は理屈が通っている。科学的、と言えるのだろう。

タイムマシンは、ブラックホールがどうとか光より高速で動けないとかそんな話を聞いたことがある。

でも結局は実現は不可能だみたいなオチだった気がする。

だから、だから非科学的?実現できないから?

教授「他にもニュースで聞いたことはないか?ある数学の問題が証明された。ある理論否定された。ある説が提唱された。

ではどうだ。証明されなければそれは非科学的か?否定されたらそれは非科学的か?証拠のないただの説では非科学的か?」

男「それは、違います」

教授「科学とはルールだよ。そこには何か法則があり、その通りにすれば誰でも再現ができる方程式。それを求めること。何かルールがあるはずだと調べることが科学なんだ。

子供の命だけを奪う洞窟だって、空気より比重の重い有毒ガスが充満していたという科学だったりするんだ。

艦娘なんていう存在が観測された以上、人身御供で雨が降るなんて神様チックな話ですら科学的に証明できてしまうかもしれない」

人類は火を得て、燃料による動力を経て、今や電子世界が当たり前になっている。

もしかしたらその次は艦娘のような、今はまだ不思議な力としか言いようのないソレを操る時代が来るのかもしれない。
801 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:32:35.93 ID:fFXJOFQl0
教授「非科学的なものこそ科学として研究すべきなんだよ。

そしてそれは科学的かどうかを調べるためじゃない。人類の科学として取り込むためなんだ」

男「教授も研究者なんですね」

教授「おい待て、今までなんだと思っていた」

男「でもならなおさら素人の自分に何ができますかね」

教授「かのメンデルだって本来は司祭だぞ。大事なのは発想だ。それに君は声が聞こえるんだろう?」

男「聞こえてはいますけど、声と言うか音と言うか」

艦娘の声を聞くことができる人間は少ない。

だからその貴重な人材は基本的に提督となる。なにせ相手は海全体にいる。提督は何人でも欲しいそうだ。

そんなわけでこんな成果が保証されていない研究に貴重な提督を配属はできない、だから中途半端とはいえ一応聞くことができる俺が呼ばれたと、そういうことらしい。

教授「好きにすればいいさ。なんなら首を撥ねてもいいぞ。それだけのことが君には許されている」

男「そんな物騒な」

だけど教授は冗談とは言わなかった。

ここはそういう場所なんだと、ようやく理解した。
802 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:33:45.06 ID:fFXJOFQl0
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次の日。俺は行動を開始した。

男「本当に音は出ていないんだな」

レポートを眺める。

彼女の声についてのものだ。

声。つまり音は波なわけだが艦娘の発する声にはその波がないらしい。

あるいは観測できていないのか。

男「聞こえてはいるんだけどなぁ。でも波がないなら鼓膜じゃ聞き取れない。どこで聞いてるんだ俺」

あるいは解剖されるべきは俺の方なのかもしれない。

…嫌な想像しちゃったな。

男「どう思う?」

目線をレポートから向かい側に座る彼女に移す。

「…」

彼女は相変わらず黙ったまま不思議そうに俺を見ている。

ひょっとしたら喋ってるのかもしれないが。

場所も変わらず例の取調室の中。

何をするにも取っ掛かりがないので俺はとりあえず彼女と一緒に過ごしてみることにした。

男「でも俺の言ってることはわかるんだよな?」

こくりと小さく頷く。

これも不思議だ。

艦娘側も普通の人間の言葉をうまく聞き取れないらしい。

これはどうやら訓練で聞き取れるようにはなるらしいが。

目の前の彼女もそうだとレポートにはある。筆談のみが可能だと。

なのに俺の声は聞こえているようだ。

やっぱ解剖すべきは俺なんじゃ…
803 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:34:36.45 ID:fFXJOFQl0
男「そうだ。こっちから一方的に話すってのも嫌だろ?筆談用に紙とペンがいるな」

とりあえず手元にあった手のひらサイズのメモ帳とペンを渡す。

男「明日ホワイトボードとか買って来るか、ん?」

早速何やらメモ帳に書き込んでいる。会話の意思はあるようだ。

そう長くない文章の書かれたメモ用紙がそっと渡される。

【書くのは面倒なのでタブレットでお願いします】

男「…あぁ、うん」

意外とはっきり主張してくる娘だった。
804 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:35:41.81 ID:fFXJOFQl0
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男「眠くならないってどんな感じなんだい?」

【眠くならないが分からないように、私にも眠いが分かりません】

男「そりゃそうか」

タブレットに素早く文字が入力されていく。

流石に研究施設。タブレットやらの機材は置いてあった。

【でも睡眠が必要なのは不便そうです】

男「まあな。睡眠が不要になれば一日6,7時間も増えると考えるとその通りだな。食事も不要なんだろ?」

【こうしてじっとしている分には。艦娘として活動するには燃料が必要なようですが】

男「そう考えるととても生き物とは思えないよなぁ。心臓の鼓動もないんだし」

【確かめてみます?】

男「んーそうだな。レポートだけじゃなくて実感として知るってのも大事かもな」

席を立って彼女の前に行く。

彼女もタブレットを置いてからこちらを向き奇麗な姿勢で待つ。

男「では失礼して」

床に膝をつき小柄な体に高さを合わせそっと心臓近くに右耳を押し当てる。

うん、確かに鼓動はないな。

『…なんで直接』

男「え」

「?」

慌てて体を話し顔を合わせる。

向こうもきょとんしていた。
805 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:36:17.63 ID:fFXJOFQl0
男「今喋った?」

「!」

男「なんで直接、って」

「   」

少し顔を赤くしながら何かを発する。でも先程と違いいつものノイズにしか聞こえない。

【聞こえちゃいました?】

諦めて少し残念そうにタブレットに文字を打つ。

男「聞こえ、たな。なんでだ?」

身体の接触、いや耳か?

【一ついいでしょうか】

面倒な文字入力なのにわざわざ前置きをしてきた。なんだろう。

【いきなり人の胸に顔を押し当てるのはどうかと思います】

男「…ごめん」

凄い冷たい目で怒られた。
806 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:37:10.80 ID:fFXJOFQl0
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色々検証した結果、お互い頭が接触した状態が最もクリーンに声が聞こえると判明した。

男「でもこれ会話し難いな」

『男さんは身長が高すぎます。もっと私に合わせてください』

男「縮めと?」

『はい』

男「無茶苦茶言うな」

だが取調室で椅子を並べ左右で頭を突き合わせての会話は確かにキツイ。

俺は寝違えそうなくらい首を傾けなきゃだし、彼女も首が伸びそうなくらい背筋を伸ばしている。

男「まぁ実験としては十分だし、基本はやっぱタブレットで」

そうして寄り添いあうと表現するにはお互いに負荷の大きい姿勢を止めようとした。

すると見た目からは考えられないくらい強い力で引っ張られた。

『文字入力は面倒です。このままでお願いします』

男「えぇ…」

これまで会話らしい会話がなかったからなのか、単純に会話が好きなのか、あるいは両方か。

ともかくお喋りがしたいらしい。

いやでもこの態勢はやっぱきついなぁ。

『あ』

男「ん?あ」

取調室の窓の外に教授がいた。

たまたま通りかかったのか、いつもの黒衣とコーヒー入りのカップを片手にこちらをじっと見ていた。

そして外にある会話用のマイクのスイッチを入れた。

教授「何してるんだ君ら」
807 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:38:41.07 ID:fFXJOFQl0
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教授「へぇ面白い。頭かぁ、それはまた。ふふ、見込み以上だね」

男「でもいいんですか?この娘外に出しても」

教授「別に元から出しちゃダメってことはないよ。びくついてる連中が出そうとしなかっただけさ。

馬鹿だよねぇ、気持ちはわかるけど。

あぁちなみにこの娘のNGはただ一つ。存在が部外者にばれる事。それ以外ならどうとでも」

共有スペースにある例のやたらと座り心地の良い長ソファ。

そこに三人並んで腰かけていた。

体重差から深く沈む俺と軽くしか沈まない彼女で頭の高さが程よく並べることができた。

確かにここでなら楽に会話できる。

男「教授は違うんですか。他の連中ってのとは」

教授「理解にも色々な種類がある。猫を理解するにも、殺して解剖する、野放しで観察する、施設で検査するとかとかだ。

でも私なら一緒に暮らすね。そしてどれも正解だ。方向性の違いだよ」

『実際この人くらいでしたよ。私と会話をしようとしたのは』
808 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:40:05.37 ID:fFXJOFQl0
男「へぇ、あれ?この人の声は聞こえてるのか?」

『はい』

男「え」

教授「聞こえてるのかい?私の声」

男「そのようですけど」

教授「おいおい一体いつからだい。観葉植物に話しかけるOL気分で毎日接していたというのに」

『最初からですね』

男「最初からだそうですよ」

教授「なんと。しかし何故反応しなかったんだ」

『最初は私も返答してましたけど、こっちの声は聞こえていないようだったので諦めていました。

 声が届くのが一方的なだけなら筆談でもいいと思って』

男「自分の声は聞こえていないようだから諦めたと」

教授「なんてことだ。この程度の事にも今日に至るまで気づかないままとは。こうなると自分を解剖台に送るほかないな」

俺にも飛び火するからやめてほしい。

男「そんなに話しかけていたんですか?貴方だけが会話を試みてきたと言っていますが」

教授「ははは、だろうね。最も私もこちらの声は聞こえていないと思って諦めてしまったがね。あの時のコーヒーはおいしかったかい?」

『苦すぎでした』

男「あー、えっと、口に合わなかったと」

教授「それは残念」

不思議な光景だろうな。

二人に挟まれながらそう思った。

言葉はアレだが、言ってしまえば実験体と研究者が並んで腰かけて話しているのだから。
809 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:41:24.44 ID:fFXJOFQl0
教授「そうだ。私もそれ試していいかい?」

「…」コクリ

少し不満げながらも承諾された。

教授「よし」

教授が移動し俺に頭を預けて動かない彼女に頭を押し当てる。

教授「…」

『…』

教授「…だめかぁ。ま、仕方ない」

男「…オイ」

仕方ないも何もこいつは一言も発していない。

『だってもし通じてしまったらこの人何するかわからないじゃないですか』

男「…」

それは何かわかる。

『でも折角に機会なので一つ質問があります』

男「質問があるそうですよ」

教授「お、なんだい」

『その黒い白衣一体何なんですか』

あ、やっぱこれ黒い白衣って認識なんだ。だよな。
810 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:42:21.68 ID:fFXJOFQl0
男「その黒い白衣はなんなのか、だそうです。自分も気になってましたけど」

教授「これかい?研究者なら白衣だろうと昔は普通のを着てたんだがね、コーヒーのシミが目立つから黒にしたんだ」

『え、それ意味ないのでは』

男「白衣って薬品とかこぼしても目立つための白なのに目立たなくしちゃったんですか…」

教授「え、そうなの?」

男「研究職の白衣はそういう理由だったかと」

教授「そうだったのかぁ。でもシミがなぁ」

『そもそもこの人どういう分野の専門家なんでしょう』

男「教授の専門分野って何なんですか。その反応から薬品とかを扱う類ではないとは思いますが」

教授「それは秘密だよ。白衣よりミステリアスを纏っていた方がかっこいいだろう?」

『実はここの管理人とかだったりしませんかねこの人』

男「気持ちはわかる」

教授「おや、彼女はなんて」

『秘密でお願いします』

男「秘密です」

教授「おっとこれはしてやられた」

はははと事も無げに笑う教授。

この人ホントに教授を名乗るだけのただの面白お姉さんなんじゃあるまいな。
811 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:46:39.56 ID:fFXJOFQl0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そんな感じで研究とは名ばかりの緩い生活が始まった。

男「おはよう」

朝エレベーターを降りると彼女が出迎えてくれる。

そっと俺の胸に額を当て

『おはようございます』

そう言ってスッと離れていく。

少し消え入りそうな声だが短い会話ならこの程度の接触でも可能だった。

朝食は共有スペースで食べることにしている。

少しでも同じ環境にいることで何かわかるかもしれないと考えたからだ。

教授「やぁやぁ待っていたよ」

男「え、これ教授が作ったんですか」

大きな皿にこれでもかとフレンチトーストが乗せられている。

銀色のおしゃれなシロップの容器。簡素な装飾の真っ白なお皿に銀のフォークとナイフ。

レストランの朝食としか思えない光景だ。

教授「フレンチトーストは得意料理なんだ。ほらお掛け。コーヒーでいいかい」

男「お願いします」

教授「君もかい?」

「」ブンブン

激しめの否定。

教授「ではミルクか」

「」コクリ

恐い、とは言っていたが基本的に二人の仲は良好に見える。
812 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:47:51.08 ID:fFXJOFQl0
「「いただきます」」

男「美味しい」

教授「何よりだ」

『なんでこんな無駄に美味しいんでしょう』

左側に座る彼女は小さな口にしっかりとトーストを頬張りながら頭を押し付けてくる。

お互いに食べにくいと思うのだが会話したくて仕方ないようだ。

教授「お気に召したかい?」

男「そのようです」

彼女は話す度に俺にくっつく必要があるので聞こえなくても何か言っていることは伝わってしまう。

男「料理好きなんですか?」

教授「好きと言うのは違うかな。美味しいものは好きだがね。

   閃きのきっかけとして別の作業をしようと考えてな、手近なのが料理だったんだ。繰り返すうちに色々出来るようになってしまった」

男「なんだか伝記に乗ってそうなエピソードですね」

教授「もし味を聞かれた時は是非褒め称えてくれたまえ」

男「変人であることもしっかり答えておきますよ」

『コーヒーは微妙なのにどうしてこんなに美味しいんでしょう』

男「…俺に言わせる気かそれ?」

『ご自由に』

教授「なんと?」

男「秘密です」

教授「うーん歯がゆいなこれは」
813 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2023/03/01(水) 00:51:24.52 ID:fFXJOFQl0
気づいたら次のイベントが来てる

リアルが落ち着いてきたので少しずつ更新していきます。
漏らす神風が書きたかっただけなのに凄い長くなってる…
814 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/01(水) 01:23:13.89 ID:vZxFpfEKo
815 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/12(日) 04:09:53.34 ID:+oQTgGEQ0
おつ
長くなりそうだが面白くなりそう

しーちゃん(推定)かわいい
816 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/03/17(金) 11:52:35.61 ID:ugaywt9a0
おつです
この独特の距離感ある会話のテンポが心地よいですね
817 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/07/31(月) 11:36:18.49 ID:56qQ3N810
楽しみに待ってる
818 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/12/15(金) 00:30:23.15 ID:DcSCM0HpO
更新待ってます

819 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2024/02/10(土) 18:23:43.55 ID:wu/6Dwb20
松輪いつまでも松輪(更新を)
820 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2024/08/09(金) 23:12:25.69 ID:nF6IEOyj0
保守
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