【艦これ】神風「最初の一人」

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483 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:21:30.24 ID:gL4z5twS0
男『歌、か』

そういえば歌は艦娘でも人間でも聞こえるんだったな。しーちゃんが音楽関係のイベントなんかから活動を始めたのもそれが所以だったはずだ。

緋色『サビだけだったり前半だけだったり、ともかく相手に歌を贈るって言ってたわ。中には海外の歌を聞いた娘もいるらしいわよ』

男『艦娘の文化ってわけか。初めて知ったよ』

緋色『それでね!私も歌を練習してみようかなって思ったの』

男『緋色は何か知ってる歌は…あ』

緋色『民謡とかいくつか思い浮かぶものはあるのだけれど、他には、なんでか…あまり…』

しまったと思った時にはもう遅かった。記憶を探るような仕草をしたかと思うと緋色の身体がグラりと揺れる。

緋色『ぁ』
男『うお!』ギュッ

倒れかけた緋色をどうにか支えてベットに寝かす。

男「はぁ…迂闊だった」

しかし歌かぁ。後で秋雲にでも聞いてみるか。

きっといつか緋色も海の上を歌いながら駆けていくのだろう。

でもそれだけじゃない。緋色はまだそれを知らない。俺だってそれがはたしてどんな世界なのか知りはしないのだから。

あの青い世界は戦場なんだ。

横たわる緋色を艦娘だと理解していてもそんな世界を知らずにいて欲しいと願わずにはいられなかった。

緋色の髪をそっと撫でてみる。

男「子守唄の一つでも歌えればなぁ」
484 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2020/11/23(月) 05:26:41.49 ID:gL4z5twS0
月イチとかマジかよ

来月からはもう少しペース上がるはず。
瑞鳳は一時期特攻パワーでとんでもダメージ連発していた印象が強いので何かそっち系の感覚というかがぶっ飛んでるというイメージになりました。
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/23(月) 13:12:10.84 ID:CSVd8msjo
おつおつ
艦娘同士の掛け合いほんと好き
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/11/24(火) 02:52:52.68 ID:VSDxUMYDO
おつです
ひとつの鎮守府でダブスタになりかねないという事かな…
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/17(水) 15:44:44.93 ID:rEJ+boZE0
そろそろ来てくれ...
488 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:46:44.27 ID:3gV1RL+U0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

提督「貴方も見ていたんですか」

男「えぇたまたま」

提督「あれ一応ルール違反なんですよね」

男「え、そうなんですか」

提督「空も警戒対象ですから。事前通達のない飛行は混乱を招くので本来禁止なんですよ。ここは空の脅威が薄いので大目に見てますけど」

コーヒーを飲みながらいつもの夜の報告会。私はミルクだけど。

正直毎日やるほど報告する内容もないのだけれど、こうして課長と交流するのを目的としてやっている部分がある。

普段外の世界と接点のない私や司令官にとって彼は貴重な存在だ。実際司令官も殆ど彼との会話を目的にこの時間を当てている所がある。

まあ私もだけれど。

単に外の情報が欲しいわけじゃない。そんなものは今時ネットでいくらでも手に入る。

この場合貴重なのは外の世界の価値観だ。

叢雲「大目に見るなって私は言ってるのだけれどねぇ」

提督「まあまあ。あの二人だって超えちゃいけないラインは弁えてるよ」

叢雲「いや普通に考えたらそのラインは既に超えてんのよ」

提督「え」

叢雲「え、じゃないわよ」
489 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:47:27.71 ID:3gV1RL+U0
提督「今緋色ちゃんは?」

男「寝てますよ。何か歌を知らなかと聞かれて
思わずこちらから聞き返したらパタリと」

提督「歌?」

男「艦娘は海で歌うという話を聞いたらしく」

提督「あぁあれか。そんな話もしてたとは、随分皆とは仲良くなっているようで安心しますね」

男「えぇ」

あぁそういえば、司令官にとっては貴重な同性の相手でもあるのかしら。私達がはたして異性と見られているのかは知らないけれど。

でも私は彼と穏やかに話せる気はしなかった。

彼の何かが見えているという事実。加賀の忠告通り警戒する他になかった。

叢雲「それと明日の訓練なのだけれど、少し予定を変更してもいいかしら」

男「変更?」

司令官「教官役を変更せざるを得なくなったんですよ」

男「勿論その辺はそちらの都合に合わせてもらって構いませんけれど、何かあったんですか?」

叢雲「深海棲艦が出たのよ」

男「!」

提督「と言ってもあくまでここの担当する海域付近で見かけた、という程度です。危険なレベルではまだない」

叢雲「いくら制海権を取り返した海域と言っても海は奴らのホームだもの。こうして発見された以上警戒レベルは引き上げる他ないのよ」

男「それで予定変更と」

提督「一般人を乗せた交通のための船は欠航。運搬のための船は迂回したり日時をずらす事になるので、こっちの予定も大きく変わるんですよ」

叢雲「もぉ大変だったのよ今日…というか今日からしばらくなんだけれどね…」

男「そういった苦労もあるのか…」
490 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:48:12.42 ID:3gV1RL+U0
提督「ま、ここに危険が及ぶことはないので安心してください」ハハハ

叢雲「やめてよフラグみたいな事言うの」

男「フラグ?」

提督「いえ、気にしないてください」

叢雲「あぁ、それで明日の教官役なのだけれど」

課長を見る。いつもと変わらずリラックスした感じで座っている。

さぁ、どんな反応を見せる。

叢雲「秋雲に代わってもらったわ」

ピタリ、と課長の動きが止まる。

一瞬。こうして意識して観察していなければ気にもとめないほど僅かに。

だがだからこそハッキリとその硬直が私には見えた。

男「ほぉ。秋雲ですか」

そう言って机のカップを手に取る。まだコーヒーの残るそれをしばらく意味もなく揺らしてまた机に置いた。

人は中々意図してリラックス出来ないものだという。落ち着かなくてはならない時じっとしているのではなく何か他のことをしようとしてしまう。

課長は分かりやすく動揺していた。
491 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:48:49.02 ID:3gV1RL+U0
提督「秋雲なら緋色ちゃんともすぐ馴染めるでしょう。と、それは知ってますか」

とはいえ司令官には何も違和感を覚えさせない程度の行動でもある。でなければ私が困る。

男「まあ、他の鎮守府でも会いましたから」

部下である事は依然隠したまま、か。

叢雲「暇が出来たら私も覗きに行ったげるわ」

提督「暇、暇かあ。暇が出来たらいいね…」

叢雲「ホントにね…」

男「…お疲れ様です」

そんな感じで今晩の報告会は終わった。
492 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:49:26.53 ID:3gV1RL+U0
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叢雲「どうだった?」

提督「何がだい?」

叢雲「課長の様子」

提督「んー?別に何もないけど、何かあったの?」

叢雲「ないならいいわ」

提督「まあたそうやって警戒して。少しは気を抜きなよ」

叢雲「そんなんじゃないわよ。さて、もう一仕事よ」

提督「その前に、コーヒーお代わりいいかな」

叢雲「はいはい、ミルクは?」

提督「多めで」

叢雲「たまには苦いのも飲むべきよ」

提督「甘さは大切だよ」
493 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:50:02.24 ID:3gV1RL+U0
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男「ま、そんな感じだな」

秋雲「ん〜進展ないね〜」

いつもの報告会の後、自室でもいつもの報告を行う。

男「そろそろ別の方法を考えないとな」

秋雲「戦闘訓練じゃない?やっぱ」

男「それは…」

秋雲「緋色ちゃんがどうにもその手の話題が苦手そうなのはわかるよ。でもこのままじゃダメなのは確かでしょ」

男「でももしかしたら「私を見てそう言えるの」…」

秋雲「別に責めてるわけじゃないの。でも逃げちゃダメ」

男「手厳しいな」

秋雲「ありがたぁく思いなさい」

男「なら締切から逃げるなよ」

秋雲「あれは戦略的撤退だから」
494 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:50:36.42 ID:3gV1RL+U0
男「それじゃ、また明日」

秋雲「待って」

男「な、なんだよ」

秋雲「明日の教官役、私聞いてないけど」

男「…秋雲」

秋雲「私?」

男「秋雲だ。ただしお前じゃないな」

秋雲「あぁ、そういう事」

男「うん」

秋雲「それで黙ってたんだぁ」ニヤニヤ

男「なんだよその顔は」

秋雲「んーっとね、なんか嬉しいのと、ムカつくのと、イラッとするのが混じった顔」

男「つまり怒ってると」
495 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:51:07.79 ID:3gV1RL+U0
秋雲「大丈夫?」

男「大丈夫さ。分かってるよ、お前とは違う秋雲だ」

秋雲「私が、秋雲とは違ったと言うべきかもだけどね」

男「かもな…」

秋雲「課長は大変だねぇ。逃げちゃえばいいのにさ」

男「そうもいかないさ。もう逃げられないよ俺は」

秋雲「優しいねぇ」

男「そんなんじゃねえよ」

秋雲「ううん、優しい」

断言された。

秋雲「優しいよ」ニヒ

楽しそうな顔で。
496 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:51:45.00 ID:3gV1RL+U0
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夕張『ちょぉっと聞きたいこともあるんで今日の午後、工廠来ません?』

次の日の朝、そう連絡が来たので久々に工廠にやって来た。

夕張『じゃん!おニューの訓練用艤装です』

男『これは、夕雲型?でもなんか違うな』

夕張『大正解。陽炎型をベースに夕雲型のを組み込んだ形です』

男『こんなの作れるんだな』

夕張『兵装を積まなきゃ船としての艤装部分は案外どうにでも出来るんですよ。だからあくまで訓練用ですけど』

男『それで、こいつの意味は』

夕張『艤装を変える事で緋色ちゃんに何か変化が起きないかなぁって。だからこれを使用していいか課長さんに確認を』

男『確認は必要ないよ。海の事は専門外だからな。現場に任せるさ』
497 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:52:17.73 ID:3gV1RL+U0
夕張『そう言ってくれると信じてました!では早速訓練中の緋色ちゃんに付けてもらいましょう』

男『いきなり艤装変更しても大丈夫なのか?』

夕張『戦闘するわけじゃないですし平気だと思いますよ。そもそもこれ航行用に組み上げたばっかですし負担になるような要素はありませんから』

男『いや待て待て、組み上げたばっかってそれダメなんじゃ』

確か装備は登録された物でないとダメだったはずだ。

夕張『ふふーん、ルールが適応されるのはあくまで正式に着任した艦娘のみです。緋色ちゃんは書類上浮いた存在なのでセーフ!船だけに!』

男『別に上手くないし笑えない』

夕張『それに今回はちゃんと叢雲も呼んでありますから。課長さんだって何かきっかけが欲しいでしょう?』

男『それはそうなんだが…』

それを言われると弱い。

男『はぁ、仕方ないな』

夕張『よっしでは行きましょう』
498 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:52:50.62 ID:3gV1RL+U0
夕張が艤装の乗ったカートを押す。

男『なあ』

夕張『はいはい?』

男『艤装ってなんで皆そうやって吊るしてあるんだ?』

工廠にあったのもそうだが、この運搬用のカートも艤装を乗せるのではなく四隅の柱にある鎖で吊るして固定する形になっている。

夕張『波風とかの衝撃には当然強く作られてますけど、こうして地上にいる想定はされてませんからね船って』

男『それはそうか』

夕張『卵みたいなもんですよ。縦で割るのは難しいけど横ならあっさり割れます。艤装もこういう地面からの細かな振動で不具合とか出やすいんですから』

男『結構管理大変なんだな。丈夫なものだし、はっきり言って雑に扱ってるものだと』

夕張『色々あるんですよ。調子悪いなーってぶっ叩いて見る事もあれば、地震の揺れで倒れて壊れる事もあります』

男『色々だな』

夕張『色々です』
499 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:53:25.27 ID:3gV1RL+U0
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夕張『おーーいあっきぐもー』

いつもの訓練場所である工廠裏の入江のようになっている港。緋色と秋雲はまさに訓練中だった。

さて、俺はもう

夕張『あれ、戻るんですか?』

男『あぁ…』

そうだ、と言いかけてやめた。

きっと声をかけられなかったら戻っていただろう。でもここで肯定してしまったら自分が逃げていると認めることになる。

まあ逃げ出したくて仕方ないんだが、それでも認めるのはなんだか癪だった。我ながら子供じみた理屈だが。

男『いや、見学していくか』

夕張『折角ですからこいつの感想を課長さんにも聞きたいんですよ』

男『見てるだけじゃないも分からないがな』

夕張『何かありません?特に艦橋とマスト辺りはこだわったんですよぉ。艦橋は陽炎!マストは夕雲のハイブリットです!』

男『分かんないって』

目を輝かせて語り出す姿は秋雲を彷彿とさせる。
500 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:54:02.70 ID:3gV1RL+U0
秋雲『なになに?何の話ぃ?』

男『!?』

いつの間にか桟橋までやって来ていた秋雲がこちらにやってくる。

まるで玄関で靴を脱ぐような気軽さで足に装着した艤装を解除し事も無げに陸に上がった。

夕張『ね!秋雲なら分かるわよね!この煙突部分とか!』

秋雲『あーそういう話しね。うんうんワカルワカル』

夕張『他にもねぇ内部もまだ試行錯誤中だけどこだわっててねぇ』

秋雲『こりゃスイッチ入ってますな〜。ごめんね課長さん、オタクは火ぃ付いたらとまんなくってさ』アハハ

男『あ、ぁあ…慣れてるよ』

秋雲『んあ、そうなの?ならいいけどさ』

意外と小さくて、そのくせ妙に細い。姿勢を正すと首がスラリと長く、腰の位置が高い。

歯をのぞかせ笑う口はいつも大きく、楽しそうな瞳に右のホクロが付いてくる。妙に耳につく特徴的な声が不思議と心地よい。

よく知っている、見慣れている。数年ぶりでも鮮明に思い出せる。
501 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:54:33.36 ID:3gV1RL+U0
秋雲『どったの?』
男『秋、雲』

緋色『ちょっと待ってよ〜秋雲先生ぇ』

緋色がようやく陸に上がってきた。彼女はまだ艤装を背負っているだけで扱いきれてはいない。足の艤装を解除するにもしっかりと固定されたスキーブーツを外すように手間がかかる。

秋雲『あ〜ゴメンゴメン。つい』

脱ぎ終えた艤装を桟橋に綺麗に並べてこちらに向かって

男『え』
秋雲『あ』
夕張『お?』

緋色『あれ?』グラッ

ベチャッ、と言う音がしたんじゃないかと言うくらい綺麗に顔面から転んだ。

男『緋色!?』ダッ

一度廊下で見た光景だがここは桟橋。木の板とは違う。この程度で傷つく身体出ないと分かっていても冷静ではいられなかった。

秋雲『あっちゃ〜忘れてたねこれ』

夕張『大丈夫?一応明石に見てもらう?』

緋色『ん゛〜いったぁぁ…』

男『大丈夫、そうだな。流石艦娘』

緋色『うん。痛いけど、痛いだけよ』グス

涙目だが確かにそれだけのようだった。
502 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:55:04.73 ID:3gV1RL+U0
男『でも何だって転んだんだ?』

段差はない。足や服にひっかけた様子はなかった。いや、

そもそも緋色は転ぶ寸前足を動かしてすらなかった。

艤装を外し、こちらを向き、まっすぐ立って、そしてこちらに来るような素振りを見せてそのまま倒れ込んだ。

秋雲『たまにあるのよこういうの。私も一度経験したことあるのよねぇ』

男『こういうのとは』

夕張『"脚離れ""陸離れ""浮き輪"、とかとか呼び名は色々あるんだけど、要するに歩き方を忘れちゃうんですよ』

男『歩き方を、忘れる?』

秋雲『長時間の海上活動。もしくは海と陸の切り替えになれていないと起こる現象。海じゃ足は踏み出さないからね』

男『それであの倒れ方か。確かに理屈はわかるが』

スキーの後なんか暫く歩く時に変な感覚になるが、それのさらに酷い症状って事だろうか。

緋色『自分でもびっくりしちゃった。立ってるだけなのに前に進んでるつもりで身体が前に出ちゃったもの』

秋雲『それだけ航行に慣れてきた証拠とも言えるわけだし気にしない気にしなぁい』
503 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:55:36.80 ID:3gV1RL+U0
夕張『ちょっと休憩する?』

緋色『ううん大丈夫。それで、その艤装は?』

秋雲『おニューの艤装よ。緋色ちゃんのね』

緋色『えぇ、でも大丈夫かしら』

夕張『同調率は高いし、緋色ちゃん飲み込み早いから問題ないわよ。それにそのために秋雲が教官の日を選んでるわけだしね』

秋雲『装着の仕方は同じ?』

夕張『同じ同じ。違うのはFFCとリングの重さくらいかな』

秋雲『あーそこは夕雲型準拠なのね。オーキードーキー』

夕張『それじゃ早速いってみましょう!』
504 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:56:09.41 ID:3gV1RL+U0
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叢雲「どう?緋色は」

桟橋で秋雲と緋色を眺めていると後ろから声をかけられた。

男「仕事はいいのか」

叢雲「なんとか一段落付いたの。で休憩がてらね」

男「お疲れさま。緋色の方は順調だよ。こうして見る分には」

叢雲「へぇ、流石秋雲ね」

男「最初からあの艤装があるから教官を秋雲にしたんじゃないのか?」

叢雲「アレをいずれ緋色に試そうと考えてたのは事実よ。でも予定がズレて秋雲が今日になったから艤装を急ピッチで完成させてもらったのよ」

男「そういう事か」

叢雲「秋雲が選ばれた理由は分かってるみたいね」

男「陽炎型と夕雲型。そのどちらでもあったって事だろう?」

叢雲「正解」

男「知ってるさ。よく知ってる」

叢雲「ふぅん」
505 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:56:45.08 ID:3gV1RL+U0
叢雲『二人ともー!そろそろ休憩よー!!』

叢雲の号令を受けて二人が戻ってくる。

叢雲『どうだった?』

秋雲『問題なし。でも細かいところで気になる点が幾つかあるのよね〜』

叢雲『夕張に聞いてみれば?』

秋雲『でも今は一応訓練中だし』

叢雲『構わないわよ。調整に時間かかるなら今日の訓練はここまでにしてもいいし』

秋雲『ならそうしよっと。緋色ちゃん、艤装一度ここに戻してもらっていい?』

緋色『はーい』

緋色が慎重に足を一歩踏み出す。

男『今度は大丈夫そうだな』

緋色『足が棒みたい…』

叢雲『どうしたの?』

秋雲『あれあれ、陸離れ』

叢雲『あぁ』
506 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:57:12.22 ID:3gV1RL+U0
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秋雲が艤装を工廠に持っていったのでしばし休憩となった。

緋色『陸離れって何か対策とか、コツってないのかしら』

叢雲『こればっかりは慣れね。後は手で足に触れるとかかしら。海でも手は自由に動かすから』

緋色『なるほど!』

叢雲『とりあえず今は暫く歩いて慣らしていったほうがいいわ』

緋色『はーい』

少しよろめきながら緋色が歩き出す。

男『大丈夫かな』

叢雲『大丈夫でしょ』
507 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:57:41.00 ID:3gV1RL+U0
緋色『ねーねー二人ともぉ!』

少し行った所でこちらに声をかけてきた。

叢雲と顔を見合せながら緋色の方へ向かう。

緋色『これって何かしら』

緋色が桟橋の側面、海水に浸っている部分を指さした。

男『あーフジツボだな』

緋色『これが。食べられるのかしら』

男『食えない事は無いだろうけどあまりオススメはしないな』

緋色『ふぅん。ねえ叢k…叢雲?』

男『ん?』

叢雲『…』

凄い顔をしてた。

苦虫を纏めてすり潰して煎じて飲ませれた様な凄まじい表情だった。

叢雲『私、それ嫌い』

嫌悪感100%の声でそう言った。

緋色『ど、どうして?』
508 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:58:17.32 ID:3gV1RL+U0
叢雲『船の底の方って赤かったり青かったり、ともかくその材質とは違う色が意図的に塗られているのは分かるわよね』

緋色『そうね。私がさっき履いてた艤装も底は赤かったわ』

男『確かにそうだな。艦娘は大抵赤かな』

叢雲『では問題です。何故色が塗られているのでしょうか』

緋色『何故って言われると難しいわね』

男『話の流れから考えるとフジツボが原因だよな』

叢雲『それは合ってるわ。では理由は何でしょうか』

緋色『ここまで波に浸かりますよ〜って印とか?』

叢雲『当たらずしも遠からずって感じね』

男『…フジツボが付かないように?あ、フジツボが苦手な色とか』

叢雲『んーまあほぼ正解ね』

緋色『えぇ!?そんな理由なの?』
509 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:59:12.11 ID:3gV1RL+U0
叢雲『そんなってレベルじゃないわよ。深刻な理由よ』

男『フジツボがか』

叢雲『フジツボは子供を海に放流するの。そしてそれは岩や船底なんかにくっついて成長し、それみたいにピッタリ張り付くフジツボになるの』

緋色『この子達も頑張ってるのね』

叢雲『頑張ってるなんてもんじゃないわよ。フジツボの幼生はね、何かにくっつく時その材質に合わせた接着剤を自分で作って張り付くのよ。とんでもない吸着力よ』

男『わざわざそんな事してるのか。自然って凄いな』

叢雲『凄いのは認めるけれどね。まあそんな感じで船底にビッシリ張り付いてくるのだけれど、当然そんな余計な突起物付けていたらその分スピードは落ちるし燃費も悪くなるわ。靴にガムつけて歩きたくはないでしょう?』

緋色『ガムかぁ。どうなの?』

男『幸いガムを踏んだことはなくてな』

叢雲『私もないけど多分そんな感じよ』

緋色『今度試してみようかしら』

叢雲『ごめん言い出しといてなんだけれどそれはやめておきなさい』
510 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 01:59:38.21 ID:3gV1RL+U0
叢雲『とにかく、この赤色はそのフジツボが付かないように塗られているものなのよ。細かい原理は省くけれど、そうね、防水スプレーのイメージね』

男『って事はかけ直したりしなきゃいけないのか』

叢雲『ええ。だから色々と研究開発されてるのよ』

緋色『生き物って凄いのね。海にとって私達は環境の一つでしかないって事だもの』

男『ちなみに赤には理由があるのか?』

叢雲『成分の問題かしらね。でも他にも緑や青なんかもあるからあくまで目印だと思うわ』

緋色『青はいいわね。カッコイイ』

男『自分と同じような赤じゃなくてか』

緋色『違うからこそよ。隣の芝生ね、青だけに』

叢雲『港で聞いた話じゃ、昔と違ってフジツボ対策も随分と進化してるみたいよ。元から船の材質をフジツボが付きにくいものにしてるんだとか』

男『船ってのは本当に色々な技術が詰まっているんだなぁ』
511 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:00:14.16 ID:3gV1RL+U0
緋色『えいっ』コツン

男『落ちるなよ』

緋色『うーん本当に取れないわねフジツボ。岩と変わらないわ』

叢雲『これが身体に付くとか悪夢よ悪夢』

緋色『私達の艤装にも付くのかしら』

叢雲『流石にそれはないわ。小さいし、私達は船と違ってずっと海に浸からず陸に上がるもの』

男『そうか。確かに本来船は一度海に出たら余程の事がない限りずっと海にいるからな。そりゃ手入れも大変なわけだ』

叢雲『そゆこと。だから別に艦娘にとってフジツボは特に気にする事もない相手なんだけれど、ねぇ…』

緋色『苦手?』

叢雲『トラウマというか、本能的に嫌悪感が溢れちゃうのよ…』

男『艦娘にも色々あるんだなぁ。ちなみに一番苦手なものとかってあるのか?』

叢雲『一番、一番ねぇ。そうね、やっぱり潜水艦かしら』
512 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:00:56.09 ID:3gV1RL+U0
緋色『あ、戻ってきたみたい』

叢雲『残念、休憩終わりね』

秋雲『なになにぃ?何の話してたの〜?』

男『フジツボについての話を』

秋雲『あー…』

夕張『チッ』

舌打ちした。すっげぇ表情で舌打ちした。整備とかする側からしたら憎むべき相手なんだろうなぁ。

叢雲『ハイハイそんな顔しないの。艤装は?』

秋雲『ちょこぉっと調整した。緋色ちゃんまたよろしくね〜』

緋色『はーい』

叢雲『私は少し工廠に行くわね。課長はどうするの?』

男『俺は、少しここで見ているよ』

叢雲『了解。じゃ秋雲、後よろしく』

秋雲『あいあいさー』
513 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:01:32.70 ID:3gV1RL+U0
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叢雲『どうだった』

工廠に戻ると同時に尋ねる。そのために今日をセッティングした面もある。正直気になって仕方なかった。

夕張『秋雲と会った時凄く動揺してたわ』

叢雲『そんなに?』

昨晩は必死に動揺を隠そうとしていたけれど。

夕張『暫く言葉も出せないってくらい固まってた。やっぱり何かあったんじゃないかしら』

叢雲『んー、だとしても何かって何かしら』

夕張『…駆け落ち?』

叢雲『そういうのいいから』

夕張『でも現時点じゃなんともって感じね』

叢雲『やっぱりあの箱を調べるしかないかしら』

夕張『でもそれって最終手段じゃ』

叢雲『そうなのよねー。さてどうしたものか』

これ以上は揺さぶっても何も出てこない気がする。もっと具体的な手段で調べる他にない。

叢雲『あ』

端末から音が鳴る。この音は司令官からだ。

夕張『暫くはそっち優先ね』

叢雲『緋色の艤装、任せたわよ』

夕張『はい。そちらも頑張って』
514 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:02:08.63 ID:3gV1RL+U0
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秋雲「でぇ?そっちの秋雲さんと出会っちゃってドキドキしちゃったわけぇ?」

男「うるせぇ」

秋雲「平気だーみたいな事言っといて結局それか〜。ダメだなぁ課長は。まだまだお子様ねぇ」

すごくイキイキした表情で煽ってきやがる。なんかいい事でもあったのかこいつ。

男「好き放題いいやがって…そもそもなんでそんなに楽しそうなんだよ」

秋雲「え〜だってだってさ、そんなに秋雲さんの事を想ってくれてたなんて、キャーもうまいっちんぐ〜」

男「当たり前だろ」

秋雲「…あるぇ」

男「お前の事を、そんな軽く見れるかよ」

秋雲「急にそんな真面目にされると、あはは参ったなこりゃ」

その時画面の奥から音がした。何か軽いものが落ちた音が。

いやこの場合音の内容はそれほど重要じゃない。"音がする"という事が問題だ。
515 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:02:44.59 ID:3gV1RL+U0
男「なんだ今の?」

秋雲「あーちょっと待ってて〜」

秋雲がわざわざ画面から消える。戻ってきたその手にはA4位の封筒が握られていた。

男「なんだそりゃ」

秋雲「メールだね。お、しーちゃんからじゃん」

男「は?メール?」

秋雲「いいっしょ。なんか個人探偵に来る依頼書みたいでさっ」

男「そのためにわざわざ音まで付けたのかよ」

秋雲「こういうのは雰囲気が大切なの。えーっと内容はっと」

男「というかそれ、俺宛には来てないのか」

秋雲「…どうも急いでたからここにしか送ってないみたいね」
516 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:03:26.20 ID:3gV1RL+U0
男「急ぎ?どんな内容だ」

秋雲「例の深海棲艦の動きが活発になって来たみたい。近々大規模作戦が発令されるかもって」

男「マジかよ…」

秋雲「どうする?」

男「と言ってもこっちに出来ることなんて殆どないからなぁ。作戦中緋色をどうするかだけでも考えておくか」

秋雲「今する?」

男「いや、もう寝るよ」

秋雲「オーキードーキー」

男「…」

秋雲「何、その顔」

男「なんでもないよ。おやすみ」

秋雲「おやすみ〜」

画面が消える。昼間見たのと同じ、あの顔が消える。

やっぱりお前は秋雲だよ。
517 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/03/08(月) 02:05:46.57 ID:3gV1RL+U0
余計なもの書いた上に遅れやがったコイツ!

艦娘雑学みたいなお話。
海にいると色々と弊害でそうですよね。
距離感とかもおかしくなりそうです。
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/08(月) 02:16:38.29 ID:iwCpmLkLo
乙でした
丁寧でいてすっと入ってくる世界観構築お見事
課長〜秋雲さんとナニしたんですかね〜?(浮いた話ではなさそうな感じに目をつぶりながら)
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/03/08(月) 03:15:07.18 ID:HUl8hUxko
秋雲ユニットって事か……?
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/01(木) 17:46:34.39 ID:BpapJjW+0
まだ続いてたか
毎回面白く読んでる 頑張って完結させてくれ
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/08/17(火) 08:36:47.48 ID:KTvo57O3O
待ってる
522 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:13:07.47 ID:vCzKEuQSO
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叢雲「起きてる?」

翌朝、寝癖を整えていたら廊下から叢雲の声がした。

時計を見ると時刻は丁度六時。総員起こしの時間ではあるが叢雲が俺の部屋に来るには少し早い。

男「おはよう、どうした?」ガチャ

叢雲「おはよ、悪いけど急用よ」

男「ん?」

叢雲「上から作戦命令が出たわ」

男「!?」

ウソだろ。しーちゃんからの連絡を受けたのは昨日だぞ。それだけ緊急事態って事なのか?

叢雲「開始は四日後。しばらく慌ただしくなるわ」

男「四日って…短すぎないか?」

叢雲「えぇ。普通短くても一週間、いえ、それでも短すぎるくらいよ」

男「そりゃそうだろうな」

いきなりデカい仕事を振られてそれが一週間後とかゾッとする。

叢雲「前に近場で深海棲艦に動きがあった話はしたでしょう?アレを追っていた別の鎮守府の艦隊が敵の補給線を見つけたのよ」

男「敵の攻勢を見据えての作戦、か?」

叢雲「というより先手必勝ね。体制を整えられる前に潰すってことらしいわ」

男「そのための四日か」

本来ならば今すぐにでも動きたい位なのだろう。
523 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:13:52.35 ID:vCzKEuQSO
叢雲「幸い通常任務の哨戒や護衛はその影響で減らしていたから準備は比較的楽ではあるのだけれどね。それでも四日は大変だけれど」

男「こうして俺と話す時間も勿体ないくらいじゃないのか」

叢雲「本当はね。でもこういう話は直接するに限るから」

男「こちらとしては助かるよ」

叢雲「貴方、こういった事態の経験は?」

男「三度目だ」

叢雲「なら」

男「大体は分かるよ」

叢雲「OK。詳細はまた連絡するわ。とりあえず今日は二人とも部屋にいてちょうだい」

男「あぁ、了解だ」

叢雲「それじゃ」

男「あ、叢雲」

叢雲「ん?何?」

男「…ありがとな」

叢雲「いいわよ」ヒラヒラ

なんてことない風に手を振りながら戻っていく叢雲。しかしその足はいつもより速かった。
524 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:14:36.61 ID:vCzKEuQSO
頑張れ、なんて無責任に言いかけてやめた。

叢雲がずっと頑張ってるのは見ればわかるのに。

俺にかけれる言葉なんてない。

男「何にせよまずは仕事だな」

秋雲と相談するためにモニターの電源を入れる。

男「おい秋「っしゃヘッショ!突っ込め突っ込めえ!」……」

なんか盛り上がってる。

秋雲「あ゛ーーニトロがあ!?」

男「…」

秋雲「うわぁタイミング悪すぎじゃんクソ〜」

男「…」

秋雲「あ〜萎えるぅ」チラッ

男「…」

秋雲「」

男「おはよう」

秋雲「おやすみなさい」
男「寝るな」
525 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:16:17.58 ID:vCzKEuQSO
秋雲「申し訳ございませんでした」

カメラ越しの土下座って滑稽なだけで何の効力もないという事がわかる。

そもそもこいつの土下座は両手で足りない程度にはもう見てる。

男「いや、いいんだよ別に。仕事に問題が出なければ勤務時間外に何しようがさ」

秋雲「えー顔に文句あるって書いてあるぅ」

男「ルール上何も問題は無いけど心象的に言いたいことは山ほどある」

秋雲「是非墓まで持ってってねっ」

男「お前次第だ」

秋雲「ぅう…で、何さ急に」

男「昨日話してた作戦が四日後に開始らしい」

秋雲「はあ四日後!?早っ!これが締切なら私逃亡手段を探し始めるレベルよ!?」

男「もう少し粘れよ」

秋雲「しーちゃんの感じから急を要するとは思っていたけど、まさか翌朝に来るとはねぇ」

男「緋色をどうするか早速話し合わなきゃな」

秋雲「鎮守府の方はどうなのさ」

男「詳細は後でって言ってたが、ここから出られないのは確実だろうな」

秋雲「そりゃそうか」
526 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:16:55.32 ID:vCzKEuQSO
秋雲「で、緋色ちゃんどーすんのよ」

男「部屋で勉強みてやるしかないだろう」

秋雲「まぁた部屋分けてやるの?」

男「いや、今回はちゃんと教えるよ。これを機に鎮守府や出撃時の事も教えなきゃだしな」

秋雲「すっごい嫌そうな顔してる」

男「マジか」

秋雲「何、ヤバいの?」

男「大丈夫だよ。まだ大丈夫だ」

秋雲「ふぅん」

男「なんだよその顔は」

秋雲「アドバイスしてあげよっか?」ニヒヒ

男「…癪だが頼む」

秋雲「そばに居るのがダメってんならさ、一度近づいて背中を押してあげるの。そして自発的に進ませて結果的に離れる。中途半端に距離とるのが一番ダメ」

男「珍しくマトモな意見だな」

秋雲「抗議するー今の発言には断固として異議を唱えるー」
527 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:18:40.83 ID:vCzKEuQSO
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秋雲との話し合いの結果、とりあえず鎮守府の動向を見てからという事になった。

男『緋色、おはよう』コンコン

ドアを叩くと中からか細い声が返ってきた。

緋色『おはよぉ課長ぉさん』

男『入るぞー』

緋色『ぅん〜』

いつものピンクのパジャマに身を包んだ緋色がベットに座っている。

男『眠いのか?』

緋色『なんていうのかしら、重いというか…ブレてる?そんな感じがするの』

少し虚ろな瞳は確かに眠さとは違う何かがあるようだった。

男『ほぉ。まあ体調が悪くないのであれば問題ないさ』

緋色の睡眠状態も依然謎のままだ。

艦娘は夢を見ないはずだし、心音も止まるはずだ。それなのに緋色は

緋色『そうだ。ここが何だかポカポカしたの』

男『ポカポカ?』

緋色『ええ。ほら、何か変じゃないかしら?』スッ
男『ブッ!?』

緋色がパジャマの首元を下げ胸元をさらけ出す。正直若干見なれつつある気もするがとにかく反射的に目を背ける。

緋色『課長さん?』

男『大丈夫だ、大丈夫だからとりあえず服を着てくれ』

飛龍『おっハロー朝食だよ〜ってうわあ!服ぬがせてる!!ロリコンだあ!!』

男『待てえ!!』
528 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:19:08.83 ID:vCzKEuQSO
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飛龍『なぁんだそういう事かぁ。私ゃてっきり』

男『てっきり何だよ、おい』

緋色『ろりこんって何?』

男『気にしないでくれ。それよりも』

飛龍『ん?なになに』

男『朝からこれか』

緋色『豪華ね!』

飛龍が持ってきたのはイクラ丼三人前だった。

飛龍『元々ねぇ、普段からあっちゃこっちゃ遠征でばらばらになってる吹雪型姉妹がさ、ほら!深海棲艦が出たからって出撃や遠征が減ったじゃない?』

男『らしいな』

緋色『いただきま〜す』

男『いただきます』
飛龍『いっただきまーす』
529 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:19:59.44 ID:vCzKEuQSO
飛龍『で!久々に姉妹で揃うからちょっとしたパーチーやろってなったの。長女自ら遠征先のお土産、イクラを持ってね』

男『って事はこれ凄く新鮮な物だったりするのか』

飛龍『多分そうじゃないかなぁ。よくわかんないけど』

緋色『こういうオレンジ色でプリっとしてるのは鮮度が良い証拠よ』

飛龍『へ〜そうなんだ。知らなかった、な』チラッ

男『俺も正直わからん』

飛龍と目が合った。おそらく考えてる事は同じだ。

緋色、こういう知識はあるのか。

飛龍『でねでね!こんな事になっちゃったじゃん?もうパーチーどころじゃないじゃん?』

さっきから物凄い勢いで喋り倒している飛龍だが同じくらいの勢いでイクラ丼も食べている。凄いな。しかも食べ方が綺麗だ。どうやって両立してるんだこれ。

飛龍『悲しくもパーチーはお流れ。でも作戦後までイクラはもたない!でも適当に食べるのはそれはそれで辛い。

という事で吹雪ちゃんが間宮さん達に"託してたイクラは他の人に振舞って上げてください"って哀愁漂う表情で言ってきた』

緋色『…』ピタッ

緋色の手が止まった。まあ今の話聞いたら無邪気に食えなくなるわな。

後どうでもいいけど飛龍の吹雪のマネが妙に上手い。
530 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:20:57.84 ID:vCzKEuQSO
飛龍『という話が鳳翔さん繋がりで入ったから私が少しもらってきたわけ。食べたかったんだけどさ、堂々と貰って食べるのは流石に後ろ髪引かれるものがあってね…』

男『だからここで誰にもみられないように食べたかったと』

飛龍『いぇす!』

十分に図太いのではなかろうか。

緋色『艦娘のお仕事って大変なのね…』

飛龍『普段はそんな事ないよ〜。最前線ならともかく、ここら辺は戦闘自体殆どないし、そりゃあ長期間の遠征とかで中々会えない娘がいたりもするけど、基本的に休みはタップリ取れるから』

そうだ。艦娘は出撃に際してどうしても燃料や弾薬等を消費する。イタズラに出撃してもマイナスになる場合もある。

飛龍『ただ私達が本当に求められるのって緊急事態だからさ。何時どこでそれが起こるか分からないって覚悟してなきゃいけないの。普段の余暇の多さはそういう事態に備えてとも言えるわね』

男『消防士みたいなものだよな。何も起きないなら平和かもしれないが、それでも次の瞬間にはそれが起こっているかもと気を張ってなきゃいけない』

緋色『それは、辛いわ、きっと』

飛龍『こ〜ら箸が止まってるわよっ』ツンッ
緋色『ぁうっ』

飛龍『大変っちゃ大変だけど、私達ヒーローだからねぇ。その分色々なものを貰ってるしイーブンよイーブン』

艦娘の皆が皆この飛龍みたいに力強く笑えるわけではないだろう。それでも少なからずこういった信念があるからこそ戦えている。

それはとても尊い事のはずなのに。

飛龍『ご馳走様』

男緋『『早っ』』
531 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:21:41.30 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『ご馳走様』
緋色『ご馳走様でした』

イクラ丼は非常に美味しかった。非情にも。

緋色『ところで、その。一つ質問いいかしら』

飛龍『何何改まっちゃって〜。ドンと来い』

緋色『さっき飛龍さんの言ってたこんな事って何?』

飛龍『あー大規模作戦のk』ハッ

ほぼ言い終わったところで飛龍が慌てて口を塞いで俺を見る。

緋色『なんだか鎮守府の雰囲気も変な感じで、何かあったのかなって』

男『その事については説明するつもりだったんだ。飛龍が来てくれたから手間が省けたし』

飛龍『あ、なんだ話してよかったんだ。はぁー焦ったー』

緋色『大規模作戦?』

男『悪いが飛龍、説明をお願いしてもいいか?』

飛龍『んぇ?いいけど、なんで私』

男『俺は知識だけだからな。現場の声の方が伝わると思って』

飛龍『なるほどなるほど。なら私に任せて!』
532 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:22:29.31 ID:vCzKEuQSO
飛龍『まず上から命令の来る作戦ってのは大きく分けて2種類あってね。一つは鎮守府単体で行うもの。もう一つが複数の鎮守府共同で行うもの。今回はこっち』

緋色『複数ってどのくらい?』

飛龍『場合によるかなぁ。今回は即応性、機動性を考えて近場の四鎮守府での作戦だけど、例えば深海棲艦共がわっと押し寄せてきたとかなら十や二十の鎮守府でって事になると思う』

男『実際本土近海を取り戻すまではずっと総力戦だったらしいからな。いずれそういう時も来るだろう』

飛龍『他の三つの鎮守府とは交流もあるし連携は楽だと思う。でも流石にいきなりすぎだからな〜。何が起こるか分からないってのが怖いかも』

緋色『ん〜お仕事って大変なのね』

飛龍『大変よ、とってもね。辛いかどうかはそれぞれだけど、とても大変だって所は確か。私はそれが誇りなんだけどねっ』

男『…なぁ、こういう質問はするべきでないかもと迷ったんだが』

飛龍『なになに遠慮しないでドンと来てよ』

男『作戦の期間はどれくらいだと思う』

飛龍『それ聞くの躊躇する内容?』

男『機密かなって』

飛龍『あ〜まぁダメって言われてないしだいじょうビッ』

不安だ…
533 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:23:09.29 ID:vCzKEuQSO
飛龍『て言ってもそもそも期間は決まってないのよね』

緋色『そうなの?』

飛龍『推測、経験則でなら補給線潰しに三日ってとこかな。これは三日かかるじゃなくて三日以上かけるのはマズイって意味ね』

男『後は敵の戦力次第か』

飛龍『そゆこと』

緋色『飛龍さんも行っちゃうの?』

飛龍『へ?あー大丈夫大丈夫。ウチは戦力少ない方だから、一番ヤバいのは別んとこが引き受けてくれるって』

男『鬼ヶ島の所だろ。噂なら聞いたことある』

飛龍『へぇそんな有名なんだあの鎮守府。まそんなだからウチらはせいぜい乙くらいの難易度よ。楽じゃないけどそんな身構える程でもないって』

緋色『そ、そう』ホッ

嘘だな。乙というのは十分に身構える必要がある難度だという。

でもありがたい嘘だ。緋色に心配をかけさせたくは無い。
534 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:23:44.68 ID:vCzKEuQSO
男『助かったよ。色々話してくれて。それに悪いな、時間取ってしまって』

飛龍『いいっていいって。むしろここに逃げてきたいくらいでさ』ハハハ

緋色『ありがとう、飛龍さん』

飛龍『…抱きついてもいい?』

緋色『え゛っ、い、いいけど…』

飛龍『緋色ちゃぁぁあ゛あ゛ん゛』ガバッ
緋色『〜〜〜〜ッ!!??』

再び二つの圧倒的な弾力に挟まれて悶える緋色。

今回は許可取ってるから止めるに止められない。

飛龍『よっし元気でた!それじゃあばっはは〜い』シュバッ

男『ずっと元気100パーセントじゃねぇか』

緋色『』

男『…大丈夫か、緋色?』

緋色『おっきぃ…』

何が、とは聞かない。
535 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:24:13.68 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『そろそろお昼か』

緋色『もうそんな時間なのね』

男『続きは後にして休憩にしよう』

緋色『もうちょっと、もうちょっとだけやるわ』

男『やる気だな』

緋色『皆も、頑張ってるから。私も負けてられないわ』

男『そうか。なら頑張ろう』

緋色のやる気は日を追う事に増しているようだった。他の艦娘を見て、なにか思うところがあるのだろう。

男『ん?』

廊下から足音が聞こえてきた。昼食を誰かが持ってきてくれたのだろう。こんな時に申し訳ない。

飛龍『はいはーい飛龍入りまーす!』

男『え』

緋色『あら?』

またお前かよ。
536 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:24:47.07 ID:vCzKEuQSO
飛龍『イクラ丼美味しかった?』

男『何だ急に』

飛龍『美味しかった?』ズイッ

緋色『えぇ勿論。また機会があったら食べたいわね』

飛龍『ならちょうど良かったぁはいこれ』

イクラ丼が再び机に並べられた。

男『どういう事だこれ』

飛龍『みんな忙しそうでさ、余ってるっぽかったからつい』

男『お、おう』

お前は忙しくないのかよ。

緋色『やったぁ!早く食べましょう!』

飛龍『おーおー気に入ってくれてるようでお姉さん嬉しいな〜』

男『まあ美味いしいいんだけどな』

緋色『これなら幾らでも食べられるわよ』

飛龍『上手いっ!』

緋色『え?』

飛龍『あれ?』

ダジャレでは無かったらしい。
537 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:25:14.90 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男『まさか二回連続で飛龍が来るとはな』

緋色『忙しいでしょうに、わざわざ持ってきてくれるなんて』

男『あれは本人が食いたいだけな感じもあるけどな』

緋色『でも美味しかったわ』

男『それはまあ。でも三回目は流石に勘弁だ』

緋色『いくらなんでも三食同じにはしないでしょう』

男『だな。さて昨日の続きだ。法律と軍規のどっちからやりたい?』

緋色『航海術がやりた〜い』

男『それでもいいっちゃいいんだが、やるなら海に出てやりたいものでもあるからなぁ』

緋色『…暫くはお預けかしら』

男『残念ながらな』
538 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:25:51.70 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

飛龍『こんばんわ〜〜』

男『』
緋色『』

飛龍『え、あれ、何この空気』

男『そんな気はしてたけど』
緋色『あ、でも丼じゃない』

飛龍『そうそう!流石に三連続は飽きると思ってイクラ巻きにしてみたの!作ったの私じゃないけどね!』

すっげぇ楽しそうに話すな。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

緋色『ご馳走様』

飛龍『お粗末さま〜』

男『まさか本当に三食イクラとは。明日も持ってくる気じゃないだろうな』

飛龍『残念ながら在庫切れで』

緋色『あら』

男『食べたかったか?』

緋色『えへへ、正直ちょっとありかなって』

飛龍『それと伝言ね』

男『伝言?』

飛龍『叢雲から。今夜は忙しいからいつものはなしって。なになに毎晩何してたのぉ?』

男『知ってて言ってるだろ』

飛龍『さぁてねっ』
539 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:26:25.31 ID:vCzKEuQSO
緋色『皆、大変ね』

飛龍『怖い?』

緋色『え』

緋色の何気ない一言。それを飛龍は真っ直ぐ捉えた。

緋色『怖くは、ないわ。でも不安で、少し怖い』

男『緋色…』

かける言葉が見つからなかった。一体何に不安を抱いているのか、何に恐怖しているのか皆目見当がつかなかったから。

飛龍『わかるなぁ、私もそういう時あったもん』

緋色『そうなの?』

飛龍『うんうん。昔ね、置いてかれそうな気がして怖かった』

緋色『置いて…そう!そうなのよ!多分それだわ!!』

どうやら緋色の中にあった何かを飛龍は知っていたらしい。緋色自身でも理解していなかった何かを。

飛龍『そういう時はともかく勉強と訓練!ただ闇雲に進むには海って強大すぎるから、まずは自分を鍛えよう』

緋色『はいっ!』

何にせよ緋色のやる気が出たなら問題ない。
540 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:26:52.68 ID:vCzKEuQSO
男『今のは飛龍の経験談か?』

飛龍『まあね。海って目的もなしに立ってられる場所じゃないからさ、その目的を見つけるまでが大変なのよ』

男『艦娘にも色々あるんだな』

飛龍『誰だって色々あるのよ。課長もそうじゃないの?』

男『ま、そうかもな』

緋色『そうなの?』

男『多分』

飛龍『それじゃ私はこれで、おやすみ〜』

男『おやすみ』
緋色『おやすみなさい』
541 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:27:39.80 ID:vCzKEuQSO
男『緋色は何か目的があるのか?』

緋色『分からないわ。まだ』

男『そりゃそうか』

緋色『課長さんの目的って?』

男『秘密だ』

緋色『え〜』

男『もし緋色の目的が見つかったら、それを教えてもらう代わりに俺も言うよ』

緋色『なら私、課長さんから目的を聞くのを目的にするわ!』

男『却下』

緋色『えぇ〜』

男『ほら、風呂入って寝るぞ』

緋色『は〜い』
542 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:28:35.34 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「さてと」

翌朝、緋色用の教材を見直しながら支度をする。

秋雲に頼んでおいた物だが流石に出来がいい。普段からこういう真面目さを発揮して欲しいものだが、オンオフが激しいのがあいつの良さでもある。

そんなことを考えていると扉から聞きなれた声がした。

叢雲「おはよ」

男「おはよう」

廊下にいた叢雲は、なんだか昨日とは雰囲気が違っていた。

なんだろう、柔らかいというか。

叢雲「部屋、お邪魔してもいいかしら」

男「それはもちろん構わないが、いいのか?今忙しいんだろ?」

叢雲「えぇ。昨晩遅くまで忙しくした結果、今日の午前中は何も動けないと分かったのよ。だから司令官は部屋で休息中」

男「叢雲は?」

叢雲「ここなら誰にも見つからないでしょう?」

男「なるほど」

つまりリラックス状態なわけか。彼女の負担を少しでも和らげられるのならいくらでも手を貸したいところだ。
543 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:29:23.02 ID:vCzKEuQSO
叢雲「意外と日当たりいいのねここ」

男「住んでみると快適なもんだよ。でここで何する気だ?」

叢雲「棚上げしてた仕事片付けるの」

男「それ休めてないだろ…」

叢雲「別に休む気は無いわよ」

男「なら何しにここに来たんだ」

叢雲「私、鎮守府じゃどこにいても秘書艦叢雲なのよね。だからこうしてただの叢雲としていられる場所って実は貴重な事に気づいたのよ」

男「イマイチわからんが、まあ落ち着けるんなら別に構わんさ」

叢雲「あ、せっかくだしその黒い箱見せてよ」

男「ダメだ企業秘密だ」

叢雲「ざ〜んねん」
544 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:29:49.92 ID:vCzKEuQSO
特に残念そうな素振りも見せず、当然のようにベットに腰かけ端末をいじり始める叢雲。

いつもの何処かピリピリとした、背筋を伸ばしてるような感じはない。これがただの叢雲という事なんだろうか。

叢雲「コラムとかって書いた事ある?新聞なんかにあるような」

男「コラム?普通ないだろそんな経験。なんでコラム」

叢雲「鎮守府内の新聞用にね。ネタが浮かばなくって」

男「そんな仕事まであるのかよ…」

叢雲「面白いわよ案外」

男「息抜きとしてか?」

叢雲「そんなところね」
545 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:30:30.41 ID:vCzKEuQSO
男「そういや昨日三食全部飛龍が持ってきてくれたんだが」

叢雲「なに、なんかやらかしたあの娘?」

男「そういうんじゃなくてな。作戦前で皆忙しいんだろ?なのにアイツ随分暇そうというか、その」

叢雲「あーそういう。実際暇なのよあの娘」

男「え、そうなのか?」

叢雲「むしろそうして暇にしてるのが仕事と言ってもいいわね」

ますます分からん。

叢雲「駆逐艦や軽巡は遠征や護衛やらで忙しいわ。戦艦や空母はこういう時の重要戦力。艤装の整備や作戦前の打ち合わせやらで忙しい。重巡は数が少ないから普段から地味に忙しいわ」

端末に素早く文字を入力しながらもこちらとしっかり会話をする叢雲。

男「皆忙しいわけだ」

叢雲「そ。作戦が始まれば更にね。でも、みんな忙しかったらダメでしょ?」

男「ん?」
546 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:31:12.28 ID:vCzKEuQSO
叢雲「作戦中、出払った鎮守府に敵が攻めてくるかもしれない。突如救助を求める船がでてくるかもしれない。戦況が一変して即時出撃する必要があるかもしれない。そういう想定外な緊急事態に対応出来る艦隊が必要なのよ」

男「つまり予備選力ってことか?」

叢雲「そう言ってもいいかもしれないわね。飛龍はウチでもかなりの古参で腕も立つわ。だから基本的に鎮守府近辺に留まって、後輩の指導や演習をしてるの」

男「それは、俺の考えが甘かったよ…すまん」

叢雲「私に謝っても仕方ないでしょ。というか飛龍に謝っても意味ないわよ」

男「ああ、そうだな」

叢雲「あの娘はね、どんなに楽しい時でももしその緊急事態が起こったら誰よりも早く出撃しなきゃならないの。

敵の戦力が一切不明でも、無事に帰れる保証なんてまるでなくても、誰かに見送られたり決心したりする間もなく出撃するのよ」

飛龍は言っていたな。自分達が求められるのは緊急事態の時だと。本当に文字通りだったわけか。

それなのにあんなに力強く笑えるのか、あいつは。

男「凄いな」

叢雲「ええ。それが飛龍が選ばれてる理由でもあるわ。飛龍以外の艦隊メンバーもそう。皆何よりも心が強いわ」
547 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:31:46.78 ID:vCzKEuQSO
叢雲「ま、そーゆーわけでアナタ達の事あの娘達に任せる事は多くなると思うの。よろしくね」

男「俺はむしろ任される側だよ」

叢雲「それで、作戦中はどうするつもり?」

男「部屋で勉強だよ。記憶の方は一旦置いといて、艦娘としての勉強に集中しようかと」

叢雲「そ。海に出られるようになった以上そっちは確かに大切ね。分かったわ。なにか入り用なら今のうちに準備しときなさい。飛龍は好きに使っていいわ」

男「そうさせてもらうよ」

叢雲「そうだ、せっかくだから写真撮ってもいいかしら?記事に使えるかも」

男「残念ながらNGだ」

叢雲「あらら、何処の事務所に電話すればいいのかしら」

男「あー、しーちゃんのとこにでも頼むよ。情報扱いだろうしな」

叢雲「彼女の説得は私じゃ無理そうねぇ」

男「手強いぞあいつは。じゃ俺は緋色の所行ってくるよ」

叢雲「はいはーい」
548 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:32:23.63 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

…誘われてるのかしら。

されげなく部屋を撮ろうとしたけれどしっかりNGされたし、所属なんかを期待して聞いてみたけれどはぐらかされた。

かと思えばこうして部屋に私だけを残して行ってしまった。

写真でも動画でも取り放題、なのだけれど。

叢雲「ムカつくわね」

誘い受けの罠にしか見えない。この状況で賭けをする理由は、流石に無いわね。

叢雲「あ〜ぁ」パタン

どうにも遣る方無くなってベットに寝転んでみた。

ん、司令官と同じ匂いがする。なんで?

あーシャンプーとか司令官の買い置きの渡したからか。

叢雲「…同じね」

今まで司令官の匂いと思っていたけれど、つまるところシャンプーやらの匂いでしかなかったというわけか。

なんか癪だわ。知らなきゃ良かった。
549 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:33:19.75 ID:vCzKEuQSO
そういえば加齢臭なるものがあるらしいけれど流石にそういったものはなさそうね。

司令官もいつか臭くなるのかしら。

今まで、司令官のものだと思っていたアレやコレやは、大半が鎮守府において人間が司令官しかいないから勘違いしていただけで、人間にとっては極々普通の事なのかもしれない。

叢雲「…」スーハー

それは少し、嫌だわ。


緋色『ぁ、あのー』

叢雲「ん?」

振り向くと入口に不思議そうな顔をした緋色と怪訝な面持ちの課長がいた。


あれ?私今これこの姿勢というか状況というか他人の部屋のベットで俯せで枕に顔突っ込んでてそしてそのえっと


叢雲『…課長』ムクリ

男『アッハイ』

叢雲『休憩終わったから帰る』

男『アッハイ』

叢雲『じゃ』

男『アッハイ』


扉をそっと閉めて全速力でその場を離れた。
550 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:33:56.02 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

緋色『…叢雲、何してたのかしら?』

男『さーなんだろうなー』

よく分からんが深く突っ込んではいけないと本能が叫んでいる。

男『とりあえず、叢雲も帰っちゃったし一度部屋に戻るか。朝食が来たら緋色の部屋に行くよ』

緋色『はーい』タタタ

元気よく部屋に戻ってゆく。寝起きが悪いということはないようだ。

男「…でどうだった?」

「なーんもなし」

秋雲の声が箱から流れる。

男「何も?」

秋雲「写真も取らないしこっちを観察したり触ったりもなーんもなし」

男「そんなもんか。警戒しすぎたか?」

秋雲「どうかねぇ。でもなんか悶えてクンカクンカスーハーしてたよ」

男「いやその辺は、いいよ」

秋雲「見る?小型カメラだけどバッチリ映ってるわよ」

男「いいって。次会う時やりにくいからいいって」

秋雲「あーほら見て見て思いっきり枕に」
男「やめろマジで!」
551 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:34:53.51 ID:vCzKEuQSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

提督「ふぁ〜…ぁ。ん?」

叢雲『…』モゾ

提督「おはよ、叢雲」

叢雲『おはよ…』

提督「どうしたのさ、こんな日の明るいうちから添い寝なんて。誰かに見つかるよ」

叢雲『精神衛生上必要な事だったのよ』

提督「それはそれでどんな状況なんだい」

叢雲『気にしなくていいわよ。もう大丈夫だから、ほら仕事よ仕事』

提督「はいはい」

司令官から見えないようにそっと胸に手を当てる。

間違いようがない。この鼓動だけは、唯一無二だ。

他の誰でもない司令官の。
552 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/06(月) 01:37:33.74 ID:vCzKEuQSO
叢雲は無自覚に依存度が高いタイプ

一時期のSS速報の不安定さからこちらでの更新は半ば諦めていたのですが、他所に移るにせよ一度書き始めたものは終わらせなければなと。
遅くなりましたが可能な限りは続けていきたいと思います。
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/06(月) 11:33:36.04 ID:JGpFMQ3n0
乙、更新ありがてぇ
554 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/06(月) 12:16:55.87 ID:uES6KTKYo

もう見れないかと思ってた
555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/07(火) 02:37:11.25 ID:NVzFkcFko
おかえり
556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/08(水) 22:39:25.82 ID:OaQDVJZLo
乙です
557 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:46:59.74 ID:+6Bg2JYSO
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男「今日か」

目が覚めた。

朝の鎮守府はいつも通り静かで、ザワついていた。

この雰囲気には覚えがある。

あれから数日。

今日は作戦の決行日だ。

ヒトロクマルマル。

叢雲は部屋には来ない。

男「秋雲」

秋雲「はいはい起きてますよーっと」

箱から秋雲の元気な声が聞こえる。

男「どうだ?」

秋雲「面白いニュースがあるわよ」

箱の画面が起動する。そこにはテレビの速報が流れていた。
558 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:47:35.20 ID:+6Bg2JYSO
男「こいつは確か、中央のトップだったか」

秋雲「他にも軍のお偉方が何人か」

男「このタイミングで会見ってことは」

秋雲「作戦の発表だろうね。大々的にさ」

妙だな。

普通この程度の規模の作戦をこんな大々的に発表したりしないはずだ。

男「今しーちゃんに連絡取れると思うか?」

秋雲「忙しそうだしなぁ。多分連絡自体は取れると思うけど、どうする?」

男「いや、やめとくか」

秋雲「それがいいと思うよ」

もう政界には関係のない身だ。気にしても仕方ないだろう。
559 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:48:24.72 ID:+6Bg2JYSO
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男『おはよう』

緋色『…おはよ』

男『どうした?』

緋色『いよいよ今日なのね』

男『あぁ。何か思うところがあるか?』

緋色『重いわ、とても』

男『それは、俺にも何となくわかるよ』

緋色『私もいつか、向こうに立っているんでしょうね』

そう言って港の方を見る。

男『嫌か?』

緋色『ううん。でもやっぱり重いわ』

男『大丈夫だよ』

緋色『えぇ』

外は晴れ渡っていたが、鎮守府の空気は大雨の中外に出なくてはならない時のような気の滅入る重さがあった。
560 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:49:04.36 ID:+6Bg2JYSO
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飛龍『いやぁ朝会だるかったァ』ノビー

作戦前の集まりの後、飛龍が朝食を運んできてくれた。

男『仮にも作戦中なのに早々にこんなところでくつろぐなよ…』

飛龍『私真面目な空気は壊したくなるタイプだからさぁ、我慢するの大変なのよ。あ、海の上は別ね!』

緋色『え、飛龍さん真面目な時あるんですか?』

飛龍『あるよ!?』

正直緋色の疑問はもっともだと思う。

飛龍『そんなこと言ってるとせっかくのプレゼントあげないわよ〜』

緋色『プレゼント?』

飛龍『そ!ちょっとまっててね〜』

そう言うとわざわざ部屋の外に隠していたらしい箱を持ってきた。

男『朝食と別にこんなもの持ってきてたのか』

緋色『何かしら!』

飛龍『そこはお楽しみよ。ほら開けて開けて』
561 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:49:50.22 ID:+6Bg2JYSO
片手で持てる程度のそこそこな大きさの箱を緋色が丁寧に開ける。

プレゼントとは言うがお店で買うような丁寧な包装の物とは程遠い、無骨な感じの箱だ。一体なんなんだろうか。

男『え?』

緋色『これって…』

飛龍『そう!単装砲よ!』

男『12cm単装砲、だよな』

ネズミ色の四角い箱から伸びる砲塔。見間違えることは無い。

飛龍『んーかな?正直私はよくわかんない』

緋色『わあ凄い!本物?』スチャ

男『待て待て!いいのかこんな物騒な物普通に持ってて!』

飛龍『大丈夫大丈夫。偽物だから』

緋色『そうなの?』

飛龍『夕張と明石が緋色の訓練用にって作ったんだって』

男『なるほどな。ビックリした…』

飛龍『でもタダのレプリカってわけじゃないわよ〜。なんせあの二人が作ったものだからね』ニヒヒ

男『なんだよその不穏な感じは』
562 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:50:29.71 ID:+6Bg2JYSO
飛龍『ちょっと構えてみて』

緋色『えっと、こうかしら』

左手で単装砲を持ち右手で側面を支える形で胸の前に構える。

飛龍『そうそう。じゃ私が合図したらトリガー引いてみて』

飛龍が緋色の後ろに回り込み、単装砲のセーフティーレバーらしきものを外す。

飛龍『てぇー!』
緋色『はい!』

トリガー。本来単装砲には存在しない部分だ。そこは練習用のレプリカ故だろう。

そのトリガーを緋色が引くと

緋色『キャッ!?』

ガイン、という妙な金属音と共に単装砲が上に跳ね上がった。

そのまま緋色の顎か鼻辺りに直撃しそうだった単装砲を飛龍が後ろから素早く押さえつける。

緋色『び、びっくりしたぁ…』

腰が抜けた緋色を支えながら飛龍が再びセーフティーレバーをかける。

飛龍『ふふ、どうだった?』

緋色『思ったよりも大きかったわ』

男『俺もだ。なんというか…』
563 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:51:26.81 ID:+6Bg2JYSO
例え小さくてもそれは軍艦に搭載されていた兵器。ちゃちな拳銃なんかとは別物だと理解していたつもりだった。

それでも軽々とこれらを操る艦娘を見て、それほどたいしたものじゃないと思っていたのも事実だった。

飛龍『普段は私達が腕力にもの言わせて押さえつけてるものだからさ、課長さんなんか撃ったら骨の一本二本は覚悟しなきゃよこれ』

男『肝に銘じておこう…それ中身はどうなってるんだ?』

飛龍『中身は知〜らないっ。でもなんかアレしてこれして上手いこと本物みたいな反動にしたんだって。あの二人の暇つぶし品だから無駄に凝ってるわよ』

緋色『このレバーが安全装置?』

飛龍『詳しい使い方は中の仕様書見てってさ』

男『ちゃんと仕様書まで作ってあるのか』

箱の中を見てみると中に小さな紙が入っていた。どうやら一枚の紙を折り畳んで冊子風にしたものらしい。

ご丁寧に表紙や中身には図以外に手順を分かりやすくするためのイラストがいくつか添えられている。

男『秋雲だなこれ』

飛龍『え、凄い、なんでわかったの?』

男『そりゃあ…なんとなくな』

緋色『前にイラストが得意って言ってたけれど、とても綺麗ねこれ』

男『だな』

単装砲のイラストはどの角度の絵も実に正確に描かれている。

それとは逆に添えられている夕張や明石のイラストは二頭身程の人形のようなディテールで、ポーズや表情のバリエーションに富んでいた。

きっとどちらも描いていて楽しかったのだろう。
564 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:52:05.05 ID:+6Bg2JYSO
飛龍『ちょくちょくこういう仕事やってるのよあの娘。新聞とか掲示板とか、あと艤装にペイントとかね!』

緋色『へぇ〜』

男『ん?艤装に無断で描くのって禁止じゃなかったか?』

装備は軍の所有物であり、その扱いは極めて厳格に定められているはずだ。

飛龍『おぉやっぱ詳しい。でもほら、魚雷とかは一度使ったら終わりでバレないからってさ』

男『そう来たか』

緋色『でもそれってなんだか勿体なくないかしら』

飛龍『験担ぎってやつよ。駆逐艦の間では恒例になってるわ。当たりますようにって』

男『当たるのか?』

飛龍『当たる』

緋色『おぉ!』

飛龍『と思って発射するからでしょうね。そういう心持ちが大切だから、効果は確かにあるわ』

男『理にはかなってるわけだ』
565 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:52:47.05 ID:+6Bg2JYSO
緋色『飛龍さんもペイントしてもらったりした事はあるの?』

飛龍『私はないのよねぇ。ほら空母って甲板と艦載機が装備なわけだけど、どっちも色とか書いてある文字なんかで見分けたりするからそういうのやると危ないのよ』

緋色『色?』

飛龍『あり?まだ未履修?』

男『レクチャー頼んでもいいか先生?』

飛龍『ラジャっ!』サッ

よく分からないポーズをとったかと思うと飛龍の左腕に今まで無かった飛行甲板があらわれた。

飛龍『私達はさ、艦載機を飛ばすのは弓だけど着艦はここなわけ。でも空母が複数いるとどの甲板に降りればいいかわからなくなるでしょ?だから目印とかがあって、コロコロペイントとかしてると艦載機達が分からなくなっちゃうのよ』

神風『うーん?』

男『…例えば飛龍と蒼龍が並んでたとして、分からなくなるものなのか?』

飛龍『んっとね〜、見た目は問題ないんだけど、んん、難しいな。例えるなら電波ね。私が橙色で蒼龍が青色の電波。これに余計な要素を足しちゃうと電波が変わっちゃって混線しちゃうーみたいな?』

緋色『ラジオのダイヤル調整みたいなものかしら』

飛龍『おぉそれいいわね。それでいきましょう!』
566 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:53:58.54 ID:+6Bg2JYSO
男『結構繊細なんだな。正直もっと自由に操れるものだと』

飛龍『艦娘は基本的に内に秘めてる力を放出するものだけれど、私達空母は放ったそれを繋ぎ止めて操らなきゃいけないもの。それも幾つもね。だから潜水艦に並んで特殊なのよ』

緋色『潜水艦…』

飛龍『潜水っ娘達とはまだ会ったことないんだっけ』

男『あぁ』

流石に潜水艦という線は無さそうなので特に接触の機会を作ってはいなかった。

飛龍『そのうち分かってくるわ。私達にも色んなのがいるってね』

男『そういえば、飛龍はこの後どうするんだ?』

飛龍『午前中はここにいるつもり。コレの撃ち方とか教えられるし。午後はちょっと野暮用が』

男『了解。なら緋色へのレクチャーは任せるよ』

緋色『よろしくお願いします!』

飛龍『まっかせなさぁい』
567 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:55:00.32 ID:+6Bg2JYSO
緋色『こう?』

飛龍『もうちょっと横で、そうそう。結構上に跳ねるから』

2人共楽しそうだった。

ふと、小学生くらいの時に上級生から輪ゴム鉄砲の打ち方を教わったのを思い出した。

こんな楽しそうに撃ち方を教わってていいのだろうか。深海棲艦を、命を軽く消し飛ばせるモノを。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

飛龍「そういうとこ、やっぱ気になる?」

午後になり緋色へのレクチャーを終え帰ろうとする飛龍に、その話をしてみた。

飛龍「私も最初は特に疑問には思わなかったわ。というか今も疑問に思ってはないけどね」

そう言いながら右手で銃の形をつくって俺に向ける。

飛龍「こういうのが当たり前だからさ、私達。怖いとか、そういうのはない。それが人とズレた感覚だってのは分かるけどね」

男「そういうものか」

飛龍「この国は武器を持つ感覚に疎いからね。善し悪しは別としてさ。だから」

左眼を瞑り、人差し指の狙いを定める。

飛龍「バァン」

男「…」

飛龍「こーゆーとこも含めてさ、だからきっとここに壁があるんでしょうねぇ」

コンコンと扉を叩くように俺との間をノックする。

男「壁なら壊せるさ」

飛龍「お、カックィ。期待してるからね〜、それじゃっ!」タッタッタッ

廊下を駆けてく飛龍にそれ以上何も言えなかった。追うことも、手を伸ばすことも。

きっとそれが壁なのだろう。
568 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:55:50.19 ID:+6Bg2JYSO
男「ま、確かにビビってたら戦場でやってけないもんな」

そういう意味じゃ緋色が武器に対して抵抗がないのはとりあえず良しとすべきなのかもしれない。

男「武器、か」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

男「武器だ」

秋雲「え、なに急に、どしたの」

すぐさま部屋に戻り秋雲に話しかけた。

男「艦娘にはそれぞれその艦に合った武器があるだろ?」

秋雲「あ〜そういう事。確かにね」

俗に言うフィット装備。生前からの馴染み深さやその艦の性能に沿った装備が本来のスペック以上の性能を発揮できるというやつだ。

男「でもそれだけじゃない。例えば初期装備なんかもそういう馴染みのある装備と言えるだろ?」

秋雲「初期装備ねぇ。私はそこら辺わかんないにゃぁ」

男「秋雲という艦娘は12.7連装砲だったよな」

秋雲「そそ。でも同口径の連装砲にも色々あっからね〜。私のは亀って呼ばれてたやつ。陽炎とかは像だったかな」
569 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:56:40.77 ID:+6Bg2JYSO
男「同じ口径でも色々種類があるからな。だから逆にそこから特定できるんじゃないかって」

秋雲「ふむふむ。記憶にはなくても身体に染み付いてるクセみたいなのって艦娘にはあるしね。実際に触ってみたら思い出す可能性はありよりのあり」

男「何より他に糸口もないしなぁ」

秋雲「でもどうすんの?実際に緋色ちゃんに装備持たせるってわけにもいかないし、何より今作戦中だしょ」

男「装備の方は夕張達がレプリカを渡してくれてな。反動まで再現した凄いやつ」

秋雲「流石ねぇあの拘り技術者ズ」

男「作戦中は無理でも、今後のことを考えて話してはおこうかと思ってな。後秋雲は装備についてもう一度今の視点で調べ直してくれ」

秋雲「オーキードーキー。夕張達にはなんて?」

男「今メッセージで送ったところだ。作戦が落ち着いたら何かしら反応をぉわっ!」

手元の端末から慣れない音が鳴る。

秋雲「連絡?」

男「お、おう」

秋雲「…夕張?」

男「…ぽいな」

はえぇよ。
570 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:57:54.06 ID:+6Bg2JYSO
男『もしもし』
明石『面白そうなこと言うじゃないですかあ!』

スピーカー機能をオンにしたんじゃないかという程に大きな声が部屋に響いた。

秋雲「…」
男「…」

画面の秋雲と無言で見つめ合う。

うん、このテンションには覚えがある。

男『あれ、この連絡先夕張じゃなかったっけ』

明石『あーこれ工廠共通アカなんですよ。つっし、秋津洲とか他にも数名いますよ』

アカウント名、メロン海峡なのにか。あ海峡って明石海峡か?分かりにくいわ。

男『待て待て、そっちは作戦中なんだろう?』

明石『皆が出撃やら作戦会議してる時は暇なんですよ。暇なんです』

二回言った。

男『あーつまり?』

明石『今すぐウチに来てください!』

工廠をウチと呼ぶその楽しそうな声は、何処の明石も変わらないな。

男『残念だが叢雲から一応軟禁を言い渡されていてな』

明石『…ではちょっと待ってて下さい』

通話を切らずに、端末を何処かに置いたような音がした。

秋雲「どうよ」

男「おい、声聞こえたらどうすんだよ」ヒソヒソ

秋雲「へーきっしょ」アハハ
男「…」
秋雲「ゴメンナサィ」
571 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:58:38.82 ID:+6Bg2JYSO
明石『あ、オッケーだそうです』

男『え?あ、なんて?』

明石『内線で聞いてきました!というわけで今すぐ来ちゃってください!』

男『いいのか?本当にか?』

明石『そ、そんなに疑わなくても…あーでも緋色ちゃんは絶対に部屋から出さないように〜と』

男『分かった、向かうよ』

明石『お待ちしてま〜す』ピッ


秋雲「行くの?」

男「のようだ」

秋雲「なら二人によろしく言っといてネ」

男「言えるわけないだろ」

誰にも、言う訳にはいかない。
572 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:59:04.42 ID:+6Bg2JYSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

叢雲から釘を刺されたので緋色には暫く部屋を空けることを伝える必要がある。

しかしなんでOK出したんだろうか叢雲。

男『緋色』ガチャ

緋色『あ』

男『え』

そこにはいつも通り机に座りプリントや本を広げる緋色の姿はなく、実に楽しそうに単装砲を構える艦娘の姿があった。

緋色『え、えっとぉ…』サァ

一瞬青くなって

緋色『これはそのぉ!』カァ

赤くなって

男『これはその?』

緋色『ほ、本能です!』バァン

開き直った。

余計な知恵付けやがって。
573 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 00:59:34.01 ID:+6Bg2JYSO
男『楽しいか?』

緋色『ごめんなさい!』

男『いや、違うんだ。サボっていたのはこの際いい』

緋色『いいの!?』

男『あ、うん』

つい許してしまうのは甘いのだろうか。でも見た目でいえば小中学生に当たる娘を怒るって中々難しいと思う。

男『そういうのじゃなくて、単純にそれを持ってみてどう思ったか知りたくてな』

緋色『楽しい、というより憧れかしら?私も早く一人前にならなきゃって』

男『なるほど。よし、なら勉強さぼっちゃダメだな』

緋色『うぅ…』

男『それと暫く出かけてくるから、部屋で待っててくれ』

緋色『はーい』
574 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:00:09.16 ID:+6Bg2JYSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

工廠は鎮守府の中心からは少し離れているが港に近い。だから近くに行くといつも艦娘達の声や音がした。

今はとても静かだ。

なんとなく海沿いを通りながら工廠に向かう、その途中だった。

男「…え」

伊401『』スヤァ
伊19『』スヤァ
伊14『』スヤァ

男「……え?」

そろそろ夏かぁと思える程にはじわりと肌に刺さるようになってきた太陽がさんさんと降り注ぐ港のコンクリートのその上。

打ち上げられたアザラシか、はたまた釣り上げられたマグロか、とにかくそんな感じで三人の潜水艦が川の字に並んで横たわっていた。

周りには何も無く日向ぼっこだと言われればそうとしか思えないような状況ではあるのだが。

男「…」

微動だにしない三人に何か声をかけるのは不味い気がしたのでそのままゆっくりと工廠に向かった。
575 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:00:41.28 ID:+6Bg2JYSO
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

明石『あ〜天日干し中ですね』

男『天日干して』

明石『陸離れの話は前に聞いてましたよね?』

男『あぁ』

明石『潜水艦達は水上艦よりも長く、またさらに地上と切り離されますから、個体によっては帰投後ああして日光とか地上の感触、重力に慣らさないといけないんですよ』

男『そんなものまであるのか』

宇宙飛行士が地上に戻った時なんかはリハビリが大変だという話があるが、それと同じようなものか。

明石『あの三人は特に重症でして。多分海と親和性がありすぎるんでしょうねぇ。ホントに何しても起きませんよ、あの状態だと』

男『まるで試したことあるような口ぶりだが』

明石『試したことあるんで』ドヤァ

男『…』

深くは聞くまい。
576 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:01:22.26 ID:+6Bg2JYSO
明石『それで、装備の種類でしたよね。まずは今と同じ単装砲で試していきましょうか?』

男『あのレプリカは、たしかハンマーってやつだろ』

明石『俗称の方を知ってるとは中々通ですねぇ。単装砲だと後はブリキ、?(オモテ)なんかがありますね。12.7連装砲だとA型、像、亀、ブラシ、箱等々色々ですし、でもハンマーで違和感なく使えてるのならブリキ辺からの方が馴染みやすい?そっちの方が作るのも早いし、あーでもでも連装砲の方も試したいからそれならブラシとかいっちゃう?後は反動かぁ、連装砲となるとぉ、いや敢えて逆にする?しちゃう?』ブツブツ

おっとこれはもう話してるんじゃなくて思考が漏れてるだけの状態だな。完全にスイッチが入ってしまっている。

どうしようか。考え中なら邪魔しない方がいいんだろうが…

明石『よし!』パンッ
男『うぉ!?』ビクッ

明石『暫く中で考えるんで他の話しませんか?』

そう言って自身のこめかみをコンコンと叩く。

艦娘お得意の並列思考か。
577 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:01:51.76 ID:+6Bg2JYSO
明石『ちなみに課長さんは何か要望あります?』

男『そちらに任せるよ。餅は餅屋だ』

明石『最っ高のご要望です』フフ

男『そういえば夕張は?』

明石『出撃があるみたいなので提督と話してると思いますよ』

男『ほぉ』

工作艦という特殊な艦首の明石と違って夕張は軽巡だ。当然出撃もあるわけか。

明石『そうだ、せっかくだし外の潜水艦達見に行きます?』

男『見に行くって、何かあるのか?』

明石『えぇえぇ、きっと面白いものが見れますよ』

正直かなり興味がある。ここは断る理由もないか。

男『よし行こう』

明石『では!』

明石がすぐ側にあった何の変哲もないバケツを掴んで外へ向かう。

何する気だよ…
578 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/09/29(水) 01:04:36.01 ID:+6Bg2JYSO
ギリギリイベント突破できた提督

同じ連装砲でも見た目はかなり種類がありますよね。
そもそも連装砲なんかを手に持って撃ったらどういう方向に反動が働くのでしょうか。
実物の知識はないのでそこら辺は適当こいてます。
579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/29(水) 08:34:52.87 ID:7pCCxCj9o
580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/10/06(水) 03:09:43.84 ID:OejkVOKa0

秋雲さん何処に居るのか今更気づいたわ・・・
581 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:21:07.54 ID:kHStvoJCO
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伊401『』スヤァ
伊19『』スヤァ
伊14『』スヤァ

男『酷い絵面だ…』

並べられているのが港じゃなければ微笑ましい昼寝風景なのだが、やはりここだと魚市場にしか見えない。

明石『この状態だと殆ど何しても起きませんよこの娘達』

男『そんなに眠りが深いのか』

明石『眠り、という表現は適切じゃないでしょうね。では何が適切かというと上手い言い回しが出て来ないのですけれどね』

男『今どれ位ここで寝てるんだ?』

明石『大体四時間くらいですかね。平均で八時間くらいはこうしてますよ』

男『凄いな…ほんとどういう状態なんだ』

明石『例えば、ほい』グイ
男『うぉ!?』

明石が伊14の瞼を開ける。右の瞳に真上から日差しが差し込むが確かに反応する気配はない。

明石『起きないんですよね〜これでも』

男『怖いから瞼閉じてあげて』
582 : ◆rbbm4ODkU. [saga]:2021/11/23(火) 05:23:33.26 ID:kHStvoJCO
明石『課長さんも何かします?しおいちゃんならスク水脱がすくらいでも起きませんよ』

男『やったの?それ試したの?』

明石『あはは、それはともかくとして今回見せたかったのはですねぇ』

明石が一体何をしたのか何を置いてもまずたしかめるべき事な気もするが。

明石『ちょっと待っててください』

そう言って海の方へ行き海水をバケツに汲んでくる。

男『かけるのか?』

明石『そりゃもう盛大にっ!』バシャッ

打ち水感覚でバケツ1杯の、バケツいっぱいの水を三人にぶちまける。

日に焼かれた状態にいきなり海水というのはかなりの衝撃のはずだがそれで三人は微動打にしなかった。

だらしなく口を開けて眠る伊14の口にも海水がいくらか入るが少しも反応はない。少し細すぎる気もする身体に海水が走る。

伊19の、その、胸に思いっきり海水が直撃するがこちらも無反応だ。スク水は新品のように水を弾き、光を反射させながら滴り落ちる。

伊401も、

男『ん?』
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