曜「神隠しの噂」

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302 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:37:21.57 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「部活の話……スポーツの話……好きなモノの話……それと──恋の話を、しました……」

曜ママ「まあ♪ 青春ね」

鞠莉「でも……あの子の恋は届かない恋で……」

曜ママ「……そうなんだ」

鞠莉「辛そうで、悲しそうで、寂しそうで……わたし、放っておけなくて……」

曜ママ「……うん」

鞠莉「わたし……本当は、なんて言ってあげれば、よかったんだろう……」


なんて言えば……こんなことにならなかったんだろう。


曜ママ「……今その子がどんな子になってるのかは、わからないけど……もし、私が鞠莉ちゃんの立場だったら……」

鞠莉「だったら……?」

曜ママ「……告白を勧めたかな」

鞠莉「……望みゼロでもですか……?」

曜ママ「うん、無理矢理にでも、告白させたと思う」

鞠莉「どうして……」

曜ママ「だって、そうじゃないと、終われないから」

鞠莉「終われ……ない……?」

曜ママ「届かなかった想いは……その先、消えることなんてないから」

鞠莉「そ、そんなこと……。……失恋の傷は、時間と共に癒えるって言うじゃないですか……っ」

曜ママ「そうね……時間と共に癒える。だけど、消えてなくなったりしない」

鞠莉「……」

曜ママ「傷が癒えて、苦しくなくなってから……ああ、ちゃんと伝えておけばよかったって思うの。ずーっと、思うのよ」

鞠莉「…………」

曜ママ「私もそうだった、いっぱい恋して、いっぱい失恋して、たまに成功して、付き合って、別れて、付き合って、別れて……その先で今の旦那さんに出会った。だけどね──ちゃんと、想いを伝えられずに終わっちゃった恋は……今でも後悔してるかな」

鞠莉「…………!」

曜ママ「だから、私だったら、何がなんでも、届かなくても、叶わなくても、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた方がいいよって背中を押すかな。そうじゃないと……ずっと、残っちゃうから」


わたしは……。


曜ママ「……って、おばちゃんの恋愛感なんて聞いても面白くないわよね、ごめんなさい」

鞠莉「…………わたし……っ……」

曜ママ「鞠莉ちゃん?」

鞠莉「…………ごめん、なさい……っ……」

曜ママ「え、鞠莉ちゃん!?」


気付いたら、泣いていた。

わたしは……間違えていたんだ。

わたしが傍に居れば、癒えると思ってた。

曜の、千歌への想いが、消えると思ってた。

違った……違ったんだ……。


鞠莉「……わたし……っ……ずっと、曜が……叶わない恋に向き合わない方向にばっかり……引っ張ってた……っ」

曜ママ「……」

鞠莉「……ホントは、わたしが……っ……曜に頑張る、勇気を……あげなくちゃ……いけなかったのに……っ……」
303 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:39:18.42 ID:WJ3m1kFK0

逃げて良いって、甘やかして。

決着をつけさせないで、目を逸らさせて。

曜から……曜自身が、自分の恋に立ち向かう勇気を──奪ってたんだ。


鞠莉「……もっと、早く……もっと、早く、立ち向かう勇気を……曜に教えてあげられたら……っ……」


きっと、曜は、消えることなんてなかった。

誰も恨まず、誰も呪わず……もっと、笑えたんじゃないだろうか。


曜ママ「鞠莉ちゃんは……その、曜ちゃんって子が、大事だったのね」

鞠莉「……っ」


両手で顔を覆って、溢れ出てくる涙を隠しながら……コクリと小さく頷く。


曜ママ「そっか……曜ちゃんは、泣くほど大切に思ってくれる人が居てくれて……幸せな子だね」

鞠莉「幸せなんかじゃ……っ……わたしは……曜を……間違わせた……っ……」

曜ママ「……鞠莉ちゃん……ごめんね。私、鞠莉ちゃんの気持ち考えないで、無責任なこと言っちゃったね……」


曜のお母さんはわたしの頭を優しく撫でながら、そう言う。


鞠莉「…………っ」

曜ママ「確かに告白させてあげた方がすっきりは出来たかもしれない……今の結果にはならなかったのかもしれないけど……。……でも、それでも、鞠莉ちゃんが曜ちゃんを大切に想って、選んだ道なら、それでいいんだよ?」

鞠莉「……でも……曜は……っ」

曜ママ「……曜ちゃんに、鞠莉ちゃんの気持ちは伝わらなかった?」

鞠莉「……」

曜ママ「鞠莉ちゃんが……曜ちゃんをすごく大切に想ってる気持ちは……伝わらなかった?」

鞠莉「……伝わり……ました……」

曜ママ「そのとき……曜ちゃんはなんて言ってた?」

鞠莉「…………ありがとう……って」

曜ママ「じゃあ、そうなのよ」

鞠莉「…………」

曜ママ「鞠莉ちゃんが傍に居てくれて……曜ちゃんは嬉しかったのよ」

鞠莉「…………わたしは……っ」

曜ママ「ん」

鞠莉「…………わたしは……これから、どうすれば……いいですか……っ」


間違ってしまったわたしは、どうすればいいのか。曜を失う結果を選んでしまったわたしは……どうすればいいのか……。答えなんて、曜のお母さんに訊いても、返って来るはずないのに。

でも、


曜ママ「そんなの簡単よ」

鞠莉「え……?」


曜のお母さんは自身満々に、


曜ママ「次は、間違わないようにすればいい。もっと良くなるように、一緒に考えてあげればいいの。何度でも一緒に考えてあげれば、それだけでいいの」


そう答えた。
304 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:41:36.27 ID:WJ3m1kFK0

曜ママ「鞠莉ちゃんも、まだ子供なんだから……全部上手くできるわけじゃない。うぅん、大人にだって、全部上手くなんかできない。失敗してもいいの。だからね、もし大切な人が転んじゃったら……すぐ隣で、また手を取ってあげて? そうしたら、きっとまた笑ってくれるから」

鞠莉「…………っ……はい……っ」


曜のお母さんは、わたしが泣き止むまで、優しく頭を撫で続けてくれたのだった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「船……通りませんね」

曜ママ「もうこの時間になっちゃうとね……」


わたしが落ち着いた頃には、夕日は沈み、夜の時間になっていた。


曜ママ「鞠莉ちゃんは、船は好き?」

鞠莉「……好きかな」

曜ママ「そっか。……じゃあ、私の家に来る?」

鞠莉「え?」

曜ママ「実はね、いっぱい船があるのよ?」

鞠莉「……模型じゃないですか?」

曜ママ「む……ばれちゃったか。旦那さんが好きでね……たくさん船の模型があるの」


──知ってる。曜が教えてくれたから。


曜ママ「そのなかにはね、木で出来た、立派なお船もあるのよ?」


──それも知ってる。曜が教えてくれた。曜の守り神……。


鞠莉「守り……神……?」


なに……? わたしの中で何かが引っかかった。


曜ママ「まあ♪ すごい、よくわかったわね……! そうなの、そのお船は守り神なんだって♪」

鞠莉「え……?」

曜ママ「実はね、大瀬崎のある大瀬明神に奉納する予定だったの。……ただ、あまりに出来がよかったのか……奉納したくないって……あれ、あの人がそう言ったんだっけ……?」

鞠莉「大瀬明神……?」

曜ママ「そうなの。あそこの神社は海上の安全祈願をする神社だから……。旦那さんの船の旅が安全でありますようにって……」

鞠莉「……神……様……。……曜の……神様……」


──『何のきっかけも、理由もなく、こんなことが発生するとは思えません』

──『神頼みとか?』


神に頼んだ。曜が。


──『……今ではパパが乗ってるフェリーも代替わりしちゃったから、晴れてこの木造フェリーは私を守るためだけに、渡辺家にあるって感じかな』

──『ふふ、曜の守り神様なのね?』
305 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:43:30.38 ID:WJ3m1kFK0

一番近くに居る神様に……心から願ったんだ……じゃあ、一体……何を……?

いや……わたしは、曜の、願いを……聞いたはずだ。

あの日、この場所で、初めて曜が、泣きながら話してくれた、あのときに──


──『千歌ちゃんが……っ……幸せなら……っ……私も、祝福してあげないとって……想うのに……っ……全然、そう想ってあげられてなくて……っ……』

──『……千歌ちゃんが、ダイヤさんと一緒に、居るところ、見てると……っ……胸が苦しくて……っ……ダイヤさんが、千歌ちゃんに話しかけてるの見ると……すごく、嫌な気持ちに……な、って……っ……!』

──『早く居なくなって欲しい……って……っ……どっか行ってって……想っちゃって……っ……! そんな自分も……嫌で……っ……』


鞠莉「……あれが……曜の、願い、だったんだ……」


────『──消えて、なくなりたい……って……っ……』────


呪いなんかじゃない──神様が……曜の願いを、叶えただけだったんだ……。





    ✨    ✨    ✨





──深夜。


千歌「うわ……真っ暗」

ダイヤ「千歌さんはここで運転手さんと待っていてください」

千歌「うん……二人とも、気をつけてね」

鞠莉「ありがと。それじゃ、千歌のことお願いね」

運転手「はい、お嬢様もお気をつけて」

鞠莉「Thanks. ダイヤ、行きましょう」

ダイヤ「はい」


わたしたちは駐車場から、海岸沿いを歩き出す。

真っ直ぐ目的地に向かって歩く中、右手側には海が広がっていて、寄せては返す波の音が、静かな夜の大瀬崎に響いていた。

──そう、ここは大瀬崎。

わたしたちは、大瀬明神を目指していた。


鞠莉「ここに……曜がいるのね」

ダイヤ「ええ。恐らくは……」

鞠莉「曜……待っててね」


わたしたちは神社に向けて、歩を進める。





    ✨    ✨    ✨


306 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:46:31.63 ID:WJ3m1kFK0


ダイヤ「天狗隠し──天狗浚いとも言います。神隠しの中でも天狗が原因とされるものを、こう呼称するそうですわ。天狗が子供を浚い、数ヶ月から数年ほど経ったある日、突然消えたはずの子供が戻ってきて、天狗から教わった知識や術、経験の話をすることから、天狗が原因だと判明するそうです」

鞠莉「じゃあ、曜もそのうち帰されるのかしら……」

ダイヤ「どうでしょうか……。天狗そのものというより、今回の場合は天狗隠しの性質を持った神隠しというだけなので、本当に怪異であるところの天狗とお目にかかれるのかは微妙なところですわね。……それよりも、もう一つ、天狗には神隠しに関係のある逸話があって、こちらの方が今回のケースに近いかもしれません」

鞠莉「逸話……?」

ダイヤ「隠れ蓑笠というものをご存知ですか?」

鞠莉「うぅん、知らないわ」

ダイヤ「隠れ蓑笠は天狗が身に纏っている蓑笠で、これを纏うと姿が見えなくなるそうです。そして、この蓑笠は燃やして灰にしても、効果があるそうで、灰を身体に掛けるだけで姿が見えなくなるそうですわ」

鞠莉「姿が見えなくなる……」

ダイヤ「今の曜さんはこの灰を全身に被っているような状態なのかもしれませんわね」

鞠莉「……蓑笠相手でも、用意してきた対策は効くの……?」

ダイヤ「恐らくは大丈夫だと思います。あくまで性質は天狗に付随しているものだと思うので。というか、今回重要なのは天狗隠しの方ですし、持ってきた対策はあくまで天狗隠しへの対策ですから」


──二人で話しながら歩くこと数分。程なくして、鳥居が見えてくる。

ダイヤと一緒に鳥居、そして道の両脇に立っている灯篭の間を抜けると、


鞠莉「ん……」


暗がりで見え辛いが、横に扇のような形をした、石造らしきものがあった。


鞠莉「うちわ……?」

ダイヤ「これは……天狗がよく手に持っている団扇ですわね。確か強風を巻き起こすことが出来る団扇だったと思います」

鞠莉「……噂通り、ホントに天狗の神社なんだ……」

ダイヤ「そのようですわね……。ここまで来て、天狗が関係ないと言われても困るのですが……」


二人で鳥居の先に続く道を進んでいく。


ダイヤ「暗いので、気をつけてくださいませね……」

鞠莉「ダイヤもね……」


街頭なんてあるはずがないので、本当に真っ暗な林の間を抜けていく。

しばらく、歩くと──


鞠莉「……! 池……」


大きな池が見えてきた。


鞠莉「ここが……『神池』なのね」

ダイヤ「こんな岬の先の先なのに……」

鞠莉「うん……」

ダイヤ「鞠莉さん……耳を澄ませてみてください……」

鞠莉「?」


言われたとおり、耳を澄ませてみると──静かな真夜中の林の向こうから……微かに音が聴こえて来る。


鞠莉「……波の音」

ダイヤ「波の音を聴きながら、見ているのが池だなんて……不思議な光景ですわ……。……『神池』と言われて神聖視されるのも納得ですわね……」

鞠莉「そうだネ……」
307 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:48:25.47 ID:WJ3m1kFK0

二人で池の畔に立つと──


鞠莉「……?」


池の中で何かが動いていた。

そして、それらが顔を出す。


鞠莉「……鯉?」


それも一匹ではない、二匹、三匹……いや十数匹が寄ってきて、口をパクパクとしている。


鞠莉「Oh...餌をねだってるのかしら……?」

ダイヤ「人の気配に気付いて、寄ってきたのかしら……。人が餌をくれることを知っているのかもしれませんわね……」

鞠莉「夜なのに、元気ね……。……でも、ごめんね。今日は餌はないの。また今度あげるからね」

ダイヤ「……行きましょうか」

鞠莉「ええ」


池を通り過ぎて、社殿を探す。

暗くて、道がわかり辛いけど……しばらく二人で歩いているうちに、狛犬と鳥居のある場所に出る。

そして、鳥居の根元の部分に、大きな下駄の置物がある。


ダイヤ「一枚刃の下駄……」

鞠莉「天狗の下駄……ってことかしらね」

ダイヤ「ですわね」


恐らく、この先に……この神社の神霊──天狗を祀っている、社殿がある。


ダイヤ「鞠莉さん……心の準備はよろしいですか?」

鞠莉「……大丈夫。行きましょう」


わたしはダイヤと一緒に、社殿に続く石段を登っていく──





    ✨    ✨    ✨





一番上の社殿には思いの外、すぐに辿り着いた。

社殿を見上げると──


ダイヤ「……これは……すごいですわ」


本殿の屋根のすぐ下に、豪華な木の彫刻が堂々とその存在感を放っていた。

やはり暗がりで見え辛いが、目を凝らして見てみると、それが何かわかる。


鞠莉「天狗……」


見事な天狗の彫刻だった。


鞠莉「……すぅ……──ふぅ……」
308 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:52:26.24 ID:WJ3m1kFK0

深呼吸する。


鞠莉「ダイヤ……下がって」

ダイヤ「……はい」


これから、この天狗たちのすぐ傍で──曜を返してもらう。


鞠莉「……神様……ごめんなさい。あなたに悪気がないのはわかってます……でも……とても、大切な人だから──曜を……曜を返してください……」


ゆっくりと息を吸って──唱える。


鞠莉「──鯖食った、鯖食った。……鯖食った曜──」


ダイヤに教えてもらった、文言を──



──────
────
──



ダイヤ「天狗隠しで行方不明になった人を呼び戻す文言があるそうです」

鞠莉「モンゴン?」

ダイヤ「ええ。その文言を唱えたら、山で天狗隠しに遭った人が戻ってきたという話があるそうです」

鞠莉「なんて、文言なの?」

ダイヤ「『鯖食った』と言うそうですわ。天狗が鯖を苦手としていることが起因していると考えられているそうです。その文言の後ろに、居なくなってしまった人の名前を付けて呼ぶと、行方不明になった人が戻ってくるそうですわ」

鞠莉「……そんな簡単なの?」

ダイヤ「ええ……ですが、これはあくまで戻ってくるだけですわ。鞠莉さんの言うとおり、曜さん自身が消えることを望んでしまったのだとしたら……今度は、曜さん自身が消えないことを望まないと、解決はしません」

鞠莉「……うん。わかった」


──
────
──────



鞠莉「鯖食った曜。鯖食った曜」


──曜、お願い……。戻ってきて。

祈りながら、唱え続けると──ビュゥゥと強い風が吹く。


鞠莉「……っ!」


その風に舞うように、大量の木の葉が目の前を踊る。

そして、気付けば──


曜「──…………あ……れ……?」

鞠莉「……っ……!! 曜……っ……!!」


曜が姿を現していた。





    *    *    *


309 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:54:17.97 ID:WJ3m1kFK0


──誰かに呼ばれた気がした。

そう思って、目を開けたら──


曜「……鞠莉、ちゃん……?」

鞠莉「……曜……っ!! 曜……っ……逢いたかったよ……っ……」


鞠莉ちゃんに抱きしめられていた。


曜「……あれ、私……なんで……消えたんじゃ……」

鞠莉「わたしが……呼んだの……戻ってきてって……っ」

曜「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……もう……消えたりしたら……許さないんだから……」

曜「……あはは、また鞠莉ちゃんに見つけられちゃったんだ……私」

鞠莉「当たり前よ……わたし、曜を見つける名人なんだから……」

曜「うん……ありがとう」


鞠莉ちゃんを抱き返す。

しばらく、二人で抱き合ってから──


鞠莉「……曜、聞いて欲しいことがあるの」


鞠莉ちゃんは私の顔を真っ直ぐ見つめて、言う。


曜「何かな……?」

鞠莉「……あのね。わたし、間違ってた」

曜「間違ってた……?」

鞠莉「曜が苦しいなら、目を逸らせば良いって思ってた……だけど、そうじゃなかった……。……それじゃ、曜はいつまで経っても、悲しい現実を、乗り越えられないんだって、やっと気付いた……」

曜「……」

鞠莉「わたしは……悲しい現実と戦えるように。向き合えるように。勇気を持てるように。曜の背中を押してあげなくちゃいけなかった」

曜「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……曜。きっと、悲しいこと、辛いこと……いっぱいあるけどさ……逃げないで、立ち向かおう……。……わたしが傍に居るから……一緒に……前に進もう……?」

曜「鞠莉ちゃん……うん」


私は鞠莉ちゃんの言葉に静かに頷いた。

そして──


曜「……ダイヤさん」


鞠莉ちゃんの後ろで待っていた──ダイヤさんに声を掛けた。


ダイヤ「……曜さん」


きっとこの場にダイヤさんが居るということは、そういうことだろう。


曜「……私、ダイヤさんに……言わなくちゃいけないことがあります」

鞠莉「…………」
310 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:56:20.99 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉ちゃんが、私の手を静かに握るけど。

私は逆の手、その指をゆっくりとほどく。


鞠莉「曜……?」

曜「傍で……見てて。……私、ちゃんと向き合ってくるから」

鞠莉「! ……うん」


一歩前に出て、ダイヤさんと向き合う。


曜「ダイヤさんにね、謝らないといけないことがあるんだ」

ダイヤ「……呪いのこと、ですか? 安心してください、曜さんはわたくしのことは呪っては──」

曜「うぅん、違う。そうじゃなくてね……」


私は上着のポケットから、ソレを取り出した。


ダイヤ「……それは……」


──真っ白な髪飾り。


曜「ダイヤさんの……ヘアピン……。……取ったの、私だったんだ」



──────
────
──


部活終わりの着替えの最中。


曜「あれ……これ」


私はたまたま、落ちてたヘアピンを見つけて、拾ったんだ。

すぐに返そうと思ったんだけど──


ダイヤ「…………」

千歌「ダイヤさん? どうかしたの?」

ダイヤ「髪留めが……どこかに行ってしまって……」

千歌「ありゃりゃ? 着替えてる間に取れちゃったのかな……? 一緒に探そうか?」

ダイヤ「いえ……もう粗方探したので……大丈夫ですわ。そろそろ新しいものを買おうと思っていたので」


あ、ヘアピンならここに──


千歌「あ、ならさっ!」

ダイヤ「?」

千歌「私が新しいの選んであげる!」

ダイヤ「本当ですか?」

千歌「うんっ! とびっきりダイヤさんに似合うの、選んであげるからっ!」

ダイヤ「ふふっ。それでは、せっかくですから、わたくしも千歌さんの髪留めを選んで差し上げますわ。モノを失くしたはずなのに、逆に楽しみが出来てしまいましたわね」

千歌「うん! じゃあ、今度のお休み一緒に買いに行こうね!」


…………。

私は、髪留めを自分の制服のポケットに──ねじ込んだ。
311 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:58:01.70 ID:WJ3m1kFK0

──
────
──────



曜「返す機会……なくなっちゃって……」

ダイヤ「そう……だったのですか……。でも、気を遣ってくれたのでしょう? 気に病むことでは……」

曜「違うんだ」

ダイヤ「……え?」

曜「……私、ダイヤさんのヘアピンを持ち帰ったとき、思い出しちゃったんだ……。あの呪いを……」

ダイヤ「…………」

曜「船の……呪いを……」


私は、幼い頃、聞かされた、恐ろしい呪いのことを──思い出してしまった。

木で出来た船の上に、消えて欲しい人の身に付けていた小物を飲み込ませた『神池』の魚を乗せて、流す。そんな呪いのことを。


曜「嫉妬するたびに……苦しくなるたびに……私は……ダイヤさんを、呪いそうになった……」

ダイヤ「嫉妬……? ……曜さん、もしかして……貴方……」

曜「──私の大好きな、千歌ちゃんを……取っちゃった……ダイヤさんのことを……っ……」

ダイヤ「…………そういうこと……だったのですわね……」


ダイヤさんは私の言葉を聞いて、やっと理由がわかったとでも言わんばかりのいろんな感情の篭もった表情をした。


曜「何度も、何度も……嫉妬するたびに……消えて欲しいって……心のどこかで、思っちゃってた……。その度に、ああなんて私は醜いんだろうって……何度も、何度も……思って……」

ダイヤ「曜さん……」

曜「それでも、我慢してた。我慢できてるつもりだった……。でも、あの日──千歌ちゃんと、ダイヤさんが……キスしてるのを見ちゃった日。……私はしまってたはずの、ヘアピンを……気付いたら握り締めてた」


醜い嫉妬の感情で頭がいっぱいになって。


曜「呪われて、消えて、居なくなって、もうどこか行ってって……ヘアピンを握り締めて……ダイヤさんを消そうとした」

ダイヤ「…………」

曜「…………私、あのとき、本気だったと思う」

ダイヤ「……では、何故」

曜「…………」

ダイヤ「何故……呪いを実行しなかったのですか……?」

曜「──千歌ちゃんが……。ダイヤさんが居なくなったら……千歌ちゃんが……悲しむと思ったから……っ」

ダイヤ「…………」

曜「千歌ちゃんが、泣いてる姿を想像したら……出来なかった。……出来るわけ……なかった……っ」

ダイヤ「曜さん……」

曜「……ごめん、ダイヤさん……。……こんなやつ……こんなこと思うような私、消えて当然なんだ……っ……」


ぎゅっと、拳を握り締める。

私は、本当に罪深いことをしようとしたんだ。人から軽蔑されて、当然なことを。


ダイヤ「……曜さん」

曜「…………軽蔑したよね。仲間を、こんな風に思うやつのことなんか……」
312 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:00:33.82 ID:WJ3m1kFK0

当たり前だ。私はそれだけのことをしたんだ。

だけど、


ダイヤ「軽蔑なんて、していませんわ」


ダイヤさんは、そう言葉を返す。


曜「え……?」

ダイヤ「確かに……消えて欲しいなどと思われるのは、悲しいですが……仕方がないと思います。わたくしが、貴方の大切な人を……取ってしまったのですから」

曜「…………」

ダイヤ「もちろん、頼まれても、千歌さんの手は絶対に離しません。譲るつもりもありません。ですが……もし、逆の立場だったら……わたくしは、きっと貴方を恨んでいました」

曜「え……」

ダイヤ「……恨み、妬み、嫉み、もしかしたら、呪っていたかもしれません」

曜「……ダイヤさん……が……?」

ダイヤ「わたくしだって、同じ人間ですのよ? 誰かを羨んだり、許せないと思うこともありますわ。……ましてや、千歌さんを取られたら、尚更。だって、わかるでしょう……?」

曜「え……?」

ダイヤ「──千歌さんに出会ってしまったら……あの人以外、ありえないって、思ってしまいますもの」

曜「…………そうだね……。……そうなんだよね……」


ああ、よくわかってるなぁ……。そりゃそうだよ。この人は、千歌ちゃんの恋人だもん。


ダイヤ「……人は嫉妬します。自分が欲しがっても手に入らないのに、誰かがそれを持っていたり……自分の想い人が、他の誰かと恋仲になってしまったら……心のどこかで恨んでしまうこともあります。あって、当然ですわ。それでも…………曜さんは、わたくしを呪わなかったのでしょう? 心の中で思っていたことに対して、誰がそれを悪く言えますか? それは……人が持っていて、当たり前の感情ですわ」

曜「でも……っ」

ダイヤ「ですから、いいのです。わたくしが許せないなら、許さなくて。……ですが、それでもわたくしは千歌さんの隣に居続けます。居続けて──きっといつか、曜さんにも認めてもらえるくらい、千歌さんに相応しい人になって見せますから」

曜「…………そっか……っ」


最初から、ぶつかってもよかったのかもしれない。

ぶつかられても、この人は……ブレたりなんかしなかったんだ。

恨まれようが、妬まれようが、嫌われようが──呪われようが。

この人は、胸を張って、千歌ちゃんの隣に居ることを選び続けたんだ。

それがわかって、


曜「──…………もう、十分、相応しいよ……っ」


やっと、私は、そう思えた。


曜「ダイヤさん……っ」

ダイヤ「はい」

曜「千歌ちゃんのこと……泣かせたら……許さないからね……っ……?」

ダイヤ「……肝に銘じておきますわ」

曜「……っ……ぐす……っ………………はぁーぁ……」


思わず大きな溜め息が漏れた。


曜「…………ダイヤさんが、もっと嫌なやつだったら良かったのに……」

ダイヤ「……それでも、千歌さんは渡しませんけれど?」

曜「……かもね。ダイヤさん、頑固だから」
313 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:02:15.69 ID:WJ3m1kFK0

私は、やっと肩の力が抜けた気がした。


曜「……なんか……すっきりした」

鞠莉「曜……」

曜「鞠莉ちゃん……もう、私、大丈夫だよ」


そう言って、鞠莉ちゃんに笑いかけようとした、そのとき──


 「──大丈夫じゃないっ!!」


境内に大きな声が響いた。


曜「え……」


太陽のような。私が、心から好きになった、声。


千歌「はぁ……はぁ…………大丈夫じゃ……ない、もん……っ」

曜「千歌……ちゃん……?」


千歌ちゃんが、息を切らして、立っていた。


ダイヤ「千歌さん!? 車の中で待っていてと……!!」

千歌「ダイヤさんは黙ってて!! 今、曜ちゃんと話してるのっ!!」

ダイヤ「は、はいっ!!」

千歌「曜ちゃん……っ……!!」


千歌ちゃんはそのまま、私に大股で歩きながら、近付いて、


千歌「曜ちゃん……っ……」


私に抱きついてきた。余りに勢いよく、抱きつかれたせいで、思わず尻餅をつく。


曜「千歌……ちゃん……?」


でも、千歌ちゃんはそんなことお構いなしに、尻餅をついた私に抱きついたまま、喋り始めた。


千歌「なんで……忘れちゃってたんだろう……私……。……曜ちゃん……」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「大切な……曜ちゃんのこと……」

曜「…………」


抱きついたまま、千歌ちゃんが私の顔を見上げてくる。


千歌「やっと……また話せるね……曜ちゃん。……あのね……実は私……ずっと、訊きたかったことが、あったの……」

曜「え……?」

千歌「チカのこと……嫌い……?」

曜「!? そんなわけないっ!! 嫌いになんてなるはずないじゃんっ!!」

千歌「そっか……よかった……っ」


千歌ちゃんは急に何を言いだすんだ。そんなことありえるはずないのに。
314 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:03:39.06 ID:WJ3m1kFK0

曜「なんで、そんなこと思うの!? むしろ、私は──」

千歌「曜ちゃん、ずっと、チカと話しづらそうにしてたから……」

曜「え……」

千歌「気付いてないと思ってたの……? いっつも、一緒に居たんだから……それくらい、わかるもん……っ」

曜「…………私……」

千歌「……でも、自分から訊くの……怖くて……。……もし、ホントに嫌われてたら……どうしようって……っ……」

曜「なんで……嫌いになる理由なんて……」

千歌「私……ぶっちゃったから……」

曜「え……?」

千歌「曜ちゃんのこと……ぶっちゃったから……」

曜「ぁ……」


きっと、あの日の、廊下でのことだ。

──『……!! 放してっ!!!』 パシンッ──


曜「そんなこと……ずっと、覚えてて……」

千歌「そんなことじゃないもん……っ……私、ずっと謝らなくちゃって……っ……」


千歌ちゃんだって、余裕がなかったからだと思うのに……。

ああもう……こういうところなんだ。

自分が苦しくても、他の誰かのことを大事に想える、優しい心。

千歌ちゃんのこういうところに私は──


曜「……千歌ちゃん」

千歌「ふぇ……っ?」

曜「……好きだよ」

千歌「曜……ちゃん……?」

曜「私……千歌ちゃんに恋してるんだ……千歌ちゃんのこと……好きなんだ……」

千歌「…………………………」

曜「……千歌ちゃん。好きです。私と……付き合ってください」

千歌「…………………………ごめんなさい。……大好きな人が……すごくすごく、大切な人が居るから……曜ちゃんとは、お付き合い、出来ません……」

曜「……だよね」


ああ──フラレた。私は思わず天を仰いだ。


千歌「もしかして……曜ちゃんが、『消えたい』なんて……神様にお願いした理由って……」

曜「……うん」


千歌ちゃんの言葉に頷く。
315 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:05:10.42 ID:WJ3m1kFK0

千歌「…………ぅ」

曜「……ぅ?」

千歌「ぅ曜ちゃんのっ!!!! おおばかやろうーーーーっ!!!!」

曜「!?」

千歌「なんで、それで消えたいなんてお願いするのっ!? ねぇっ!!!」

曜「え!? ちょ!? まっ!?」

千歌「消えちゃうんだよっ!? 曜ちゃん、居なくなっちゃうところだったんだよっ!!?」


千歌ちゃんが、私の肩を掴んで激しく前後に揺する。


千歌「一緒に遊んだことも!! アイス二人でわけあったことも!! 二人で一緒に学校通ったことも!! ダンスの練習したことも!! わかんないところ教えあったことも!! お泊りしたことも!! いたずらして怒られたことも!! ケンカして泣きながら仲直りしたことも!! 一緒にライブで踊ったことも!! 全部、全部、忘れちゃうところだったんだよ!? なかったことになっちゃうところだったんだよっ!!?」

曜「え、ち、千歌ちゃ……」

千歌「私、そんなの……っ……やだよぉ……っ……曜ちゃんが、居なくなっちゃったら……やだよぉ……っ……」


千歌ちゃんが目の前で、ポロポロと大粒の涙を流しながら、泣いていた。


千歌「……恋人には……なれないけど……っ……それでも、曜ちゃんは、すっごく大切な人だもん……っ……なのに、一人で勝手に……居なくならないでよぉ……っ……ばかぁ……っ……」

曜「……っ……!!」


──私は、思い違いをしていた。

好きな人だとか、恋人だとか、それ以前に──


曜「……私……私も……千歌ちゃんが、すごく大切……だよ、ぉ……っ……!!」

千歌「最初から……っ……知ってるもん……っ!! そんなことぉ……っ……!!」

曜「……わたし、ちかちゃんと……! ……ずっと、ともだちで、いだいよぉ……っ……!!」

千歌「……ぞれも、じっでるよぉ……っ!!」

曜「……やだよぉっ!! ぢがぢゃんど、はなれだぐないよぉ……っ!!」

千歌「……わだじも……ようぢゃんが、いなぐなっぢゃったら……やだよぉ……っ!!」


気付けば、お互い、涙でぐしゃぐしゃになって、抱きあったまま、わんわん泣いていた。


千歌「……ごれがらも……どもだぢがいいよぉ……っ!!」

曜「……わだじも……どもだぢがいいよぉ……っ!!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったまま、二人で抱きあいながら、子供のように泣きじゃくって、叫び続けた。

最初から、これでよかったんだ。

こうやって、真正面から思ってることを言えば、よかったんだ。

ただ、それだけで、よかったんだ。



鞠莉「曜……よかったね……っ」

ダイヤ「……一件落着のようですわね」

鞠莉「うん……そうだね……っ」



すごくすごく遠回りをしてしまったけど……こうして、私の恋を巡る物語は無事──大切な幼馴染に失恋をして、終わりを迎えたのだった。


316 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:06:54.40 ID:WJ3m1kFK0


    *    *    *










    ✨    ✨    ✨


317 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:10:50.66 ID:WJ3m1kFK0


──さて、あの夜から早くも二週間近くが経過しようとしていた。

そんな本日は10月18日金曜日。


ダイヤ「──え? ……では、結局、鞠莉さんはフラレてしまったのですか……?」


隣を歩いていたダイヤが、ポカンとした表情でそんなことを言う。


鞠莉「うん、まあね」

ダイヤ「……てっきり、このまま貴方が曜さんとくっつくのだとばかり……」

鞠莉「まあ……曜なりに思うところがあるみたい。わたしの目の前で、あんな情熱的な告白を、他の子にしちゃった手前だもんね」

ダイヤ「それは確かにそうなのですが……。……そうですか」


ダイヤは難しそうな顔をする。

言いたいことはわかるけどね。


鞠莉「曜、変なところで生真面目だからね〜」

ダイヤ「……それで、良いのですか?」

鞠莉「ん?」

ダイヤ「鞠莉さんは、それでも」

鞠莉「大丈夫大丈夫」

ダイヤ「?」

鞠莉「あれから毎日告白してるから。昨日で12連敗中」

ダイヤ「…………」


ダイヤ、額に手を当てて、小さく唸る。


ダイヤ「曜さんも曜さんですが……鞠莉さんも鞠莉さんですわね……」

鞠莉「でも、いいの。わたし、諦める気ゼロだから」

ダイヤ「まあ……貴方たちがそれでいいなら、わたくしはこれ以上何も言いませんけれど」


そう言って、ダイヤは肩を竦めた。

──さて、あの一件のあと、わたしは部活に顔を出し、Aqoursの全員に謝罪をした。

もちろん、怒っている人は誰一人居なかったけど。

そして、曜のことを忘れている人も一人も居なかった。

……曜が消えていた事実を覚えていた人も、曜を含めて、解決のあの場に居合わせた、わたしたち4人以外には居なかったけど。

そういえば、あの一件と言えば……。


鞠莉「そういえば、ダイヤ。あのこと、ちゃんとルビィと話し合ったの?」

ダイヤ「……ええ。千歌さんを交えて、先週末に話し合いをしましたわ」


──ルビィのこと。

呪いはそもそもなかったわけで、とばっちりを受けたわけじゃなかったルビィはどうして巻き込まれたのか?

その理由は──
318 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:12:47.27 ID:WJ3m1kFK0

ダイヤ「……自分が居なくなれば、千歌さんとわたくしはもっと二人で過ごせるのに、などと言っていたので……」

鞠莉「怒ったの?」

ダイヤ「抱きしめました」

鞠莉「だよね」


どうやら、曜と非常に近い性質の願いが、共鳴してしまったということらしかった。

曜の守り神の癖にルビィの願いまで叶えるなんて……神様的には、サービスのつもりだったのかしらね?


鞠莉「というか、神にも魔除けが効くのね……」

ダイヤ「……神も魔も解釈の違いみたいなところがありますからね。他宗派のお守りなら十分効果を発揮するということかもしれませんわ」

鞠莉「ふーん……そういうものなのね」


今度はわたしが肩を竦めた。神様って思ったよりいい加減な存在なのかも……。


鞠莉「そういえば……」

ダイヤ「なんですか?」

鞠莉「どうして、わたしは曜のこと覚えていられたのかな……」


曜がルビィを覚えていたのは、同じ神様の力を起因にしていたからだ。

だけど、わたしにはそう言ったことは何一つなかったはず。


ダイヤ「はぁ……そんなもの今更言うまでもないでしょう」

鞠莉「え?」

ダイヤ「愛の力ですわ」

鞠莉「……そっか」

ダイヤ「ええ」


全く、ダイヤはたまに、恥ずかしいことを堂々と言うんだから。

でも……きっと、ダイヤの言うとおり、わたしの曜への愛が、記憶を繋ぎ止めてくれたんだよね……。

もし、それが本当なら、恋が叶わなかったのだとしても、曜を好きになってよかったと思える気がした。


ダイヤ「そういえば、この後はどうするのですか?」

鞠莉「わたし? デート♪」

ダイヤ「曜さんと?」

鞠莉「Yes♪」

ダイヤ「……曜さんも、いつまでも変なのに付きまとわれて大変そうですわね」

鞠莉「誰が変なのよ!? 今さっき自分で言った言葉、忘れたの!?」

ダイヤ「それはそれですわ」

鞠莉「はぁ……ダイヤこそ、チカッチとデートしないの?」

ダイヤ「千歌さんは、今日はルビィと二人でショッピングですわ」

鞠莉「え……ついに寝取られたの……? しかも妹に……」

ダイヤ「そんなわけないでしょう!? というか、『ついに』とはなんですか!!」

鞠莉「It's joke.」

ダイヤ「はぁ……三人で話し合って以来、ルビィとの時間も大切にしようということになりまして……」

鞠莉「あら、そうなの?」

ダイヤ「それで、ルビィが──」
319 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:13:44.00 ID:WJ3m1kFK0

────
──

ルビィ『千歌お姉ちゃんっ』

千歌『!?』

ルビィ『あ、だ、ダメだったかな……? お姉ちゃんの恋人さんだから、千歌ちゃんもお姉ちゃんみたいな感じかなって思って……』

千歌『もっかい』

ルビィ『え?』

千歌『One more.』

ルビィ『なんで、英語……? 千歌お姉ちゃん?』

千歌『……っ!! もっかいっ!!』

ルビィ『ええ……?』

──
────


ダイヤ「すっかり、千歌さんもルビィの妹力にメロメロになってしまったようで」

鞠莉「やっぱり、寝取られてるじゃない」

ダイヤ「寝取られていませんわ!? 千歌さんはルビィの魅力にも気付きましたが、今でも一番は、わたくしに決まっていますわ!」

鞠莉「……ああ、その自身満々な態度が、日に日に曇っていく未来が見えマース……」

ダイヤ「ふん。なんとでも仰いなさい。わたくしと千歌さんの間にヒビなんて、そう簡単に入りませんから」

鞠莉「はいはい、ゴチソウサマ」


全く羨ましい、信頼関係ね。


ダイヤ「それよりも、鞠莉さんも頑張ってくださいね。曜さんとのこと」

鞠莉「Thank you. 絶対、曜のことトリコにしてみせるんだから♪」

ダイヤ「本当にお願いしますわよ? 新曲を歌うときに、ギクシャクされたら迷惑ですからね」

鞠莉「まっかせなサーイ♪」


わたしは胸を張って答えるのだった。





    *    *    *





──バシャバシャバシャ。


鞠莉「きゃっ!?」

曜「おー……君たちは相変わらず元気いいねー……。ほら、今あげるから」


私が餌を池に向かって放ると──バシャバシャバシャバシャ!!!

先ほどと比にならないレベルで鯉たちがくんずほぐれつして、餌の争奪戦を始める。


鞠莉「Oh my god...」

曜「あはは……確かにある意味ちょっとショッキングな光景だよね」


──私と鞠莉ちゃんは、学校が終わった後、大瀬崎の大瀬明神を訪れていた。
320 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:16:20.60 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「……あのときは深夜だったけど、日中になると、更にすごいわね……」

曜「この池だけで、一万匹以上、鯉や鮒がいるらしいよ」

鞠莉「なんか……言われても想像つかないんだけど……一万匹も池に入り切るの?」

曜「さぁ……。……この池自体、入ったり魚を捕ったりすると、神罰が下るって言われてて、一切詳しい調査はしてないんだってさ。だから、水深もわかんないんだって」

鞠莉「そうなんだ……。……ゴリヤクありそうだし、せっかくだから、もっと餌あげておこうかしら」


鞠莉ちゃんが、餌をぱらぱらと落とすと、鯉たちが、また大暴れしながら、餌を争奪し始める。


鞠莉「なんか……ちょっと楽しくなってきたかも」

曜「あはは、ほどほどにね」


なんだか、子供の頃を思い出す。

パパと、ママと、三人で、おおはしゃぎしながら、鯉に餌をあげた記憶がある。

──バシャバシャバシャ。


鞠莉「えっと……もう、餌が……」


──バシャバシャバシャバシャ!!


鞠莉「…………」

曜「あはは……たぶんここに居たらずっと餌ねだられるよ」

鞠莉「……また、今度ね」

曜「それじゃ、行こうか」

鞠莉「ええ」





    *    *    *





──本殿。


曜「…………」

鞠莉「…………」


二人でお賽銭を入れてから、二礼二拍手一拝。


曜「…………」

鞠莉「…………」

曜「…………」

鞠莉「…………」

曜「………………よし」

鞠莉「………………ん」


お参りを済ませる。
321 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:17:36.98 ID:WJ3m1kFK0

曜「何をお参りしたの?」

鞠莉「んー? この間は、騒がしくして、ごめんなさいって」

曜「それにしては長かったような……」

鞠莉「ついでに、わたしの恋も成就させてくださいって」

曜「なかなかふてぶてしいね……」

鞠莉「お願いするだけならタダかなって。それで、曜は?」

曜「ん……私はね──」


私は本殿の、天狗の彫像を見上げながら、答える。


曜「もう……私は大丈夫だから。今まで守ってくれて、ありがとう……って」

鞠莉「……そっか」

曜「うん」


もう、私は十分守ってもらったから。これからは自分の力で歩いていきます、と。

そう伝えるために、今日ここに来た。


鞠莉「それじゃ、行きましょうか」

曜「待って」

鞠莉「? What ?」


そして、もう一人。私を守るために、ずっと傍に居てくれた人に──伝えるために、ここに来た。


曜「鞠莉ちゃん、あのね……私、鞠莉ちゃんが居てくれたから、今もここに居られるんだ。……本当にありがとう」

鞠莉「もう、今更ミズクサイんだから」

曜「……千歌ちゃんのことも、ダイヤさんのことも……やっと自分の中で決着がついたと思ってる。鞠莉ちゃんが、傍に居て、背中を押してくれたから」

鞠莉「それは、曜が頑張ったからだヨ」

曜「うぅん……鞠莉ちゃんが居てくれなかったら絶対に出来なかったよ。……だから、ありがとう」

鞠莉「……もう/// ……改めて言われると照れくさいデース……/// ねぇねぇ、曜」

曜「ん?」

鞠莉「I love you.」

曜「うん、ありがとう」

鞠莉「……なんか、せっかくの不意打ちが、さらっと流された」

曜「うぅん、ホントに嬉しいよ。鞠莉ちゃんが、私のことを想ってくれて……私のこと好きになってくれて」

鞠莉「その調子で、曜もわたしのこと好きになってくれたらなー……」

曜「鞠莉ちゃん」

鞠莉「んー?」

曜「私、実はね、ずーっと自分の気持ちと向き合いながら考えてたんだ。考えて、考えて……考えて、答えを出してきたよ。だから、今日……私の想いも伝えるね」

鞠莉「え……」
322 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:18:35.42 ID:WJ3m1kFK0

──叶わない願い。

──届かない想い。

きっと、生きていたら、そういうものはたくさんあるんだと思う。


曜「私ね……鞠莉ちゃんには本当に感謝してるんだ。悲しいとき、傍に居てくれた。寂しいとき、手を握ってくれた。苦しいとき、抱きしめてくれた」


それでも、人は……そういう成就しない想いから、目を逸らさず、苦しくて、時に挫けそうになっても……最後は前を向かないといけないんだと思う。


曜「それが、すごく嬉しかった……。……もし、出来るなら、鞠莉ちゃんが私にしてくれたように、私も鞠莉ちゃんの傍で、鞠莉ちゃんの力になりたい。私の中にある気持ちも、言葉も、全部、鞠莉ちゃんに伝えたい」

鞠莉「……! …………曜……っ」


だって、そうじゃないと──本当に自分を大切にしてくれる人を、想いを、見落としてしまうかもしれないから。

変わっていく未来に希望を持ちながら、頑張って前を向いて、その度に誰かと手を取り合いながら──先に進むんだ。


曜「だから、ちゃんと伝えるね」

鞠莉「うん……っ……」


だって、それが──


曜「私、鞠莉ちゃんのことが────」


──誰かと一緒に生きていくということだと、今の私は……心の底から、そう想えるから。





<終>
323 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:19:40.85 ID:WJ3m1kFK0

終わりです。お目汚し失礼しました。


西伊豆の方、大瀬崎の大瀬明神には実際に神池と呼ばれる不思議な池が存在します。
神様の住まう池とされていて、池に入ったり、そこに住む魚と捕ったりした人間には天罰が下るとされています。
他にもビャクシンと呼ばれる珍しい木が自然群生している樹林もあり、国の天然記念物に指定されているそうです。
海も透き通るほど綺麗ですし、とても神秘的な場所なので、興味のある方は、是非一度訪れてみて欲しいです。
(営業時間は17時まで(冬季は〜16時)です。作中のように深夜に入ることは出来ません)

注釈:この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


それでは、ここまで読んで頂き有難う御座いました。

また書きたくなったら来ます。

よしなに。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/11(月) 01:52:41.03 ID:/JH2gKiho
おつおつ
まさか続編がくるなんて思ってなかったからびっくりした
主役二人の心理描写が丁寧で、今回も凄く惹き込まれるお話でした
こんな長編をしっかり書ききるポテンシャルには感嘆
また気が向いたら書いてくれると嬉しいです
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/24(日) 02:53:19.82 ID:fRz/s9XLo
萎えた
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