花丸「私の天使」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:05:49.89 ID:qe4+sBJv0
ラブライブ!サンシャイン!!SSです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1594555549
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:08:08.89 ID:qe4+sBJv0
どこの国にも言い伝わっているようなお話、幼子への脅し文句。

「あの山には入ってはいけないよ。悪魔が住んでいて、攫われてしまうからね。」

母親に言われた子供は身を震わせて大きく頷くと、そそくさと寝室に向かう。

窓から見える、黒く禍々しい雰囲気を纏う夜の山。部屋を包む暖色の灯り。

これは昔々の寓話。御伽の世界の「アクマ」と1人の少女のおはなし。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:08:37.54 ID:qe4+sBJv0
「──んん……」

柔らかな陽光が青々とした木々の犇めく森に遅い朝を告げる。

その中心で、一際大きい大木が暗緑色の両手を広げていた。

枝が絡み合う大木の中は、まるで頑なに夜を保っているかのようだった。

「うーん……よく寝たわね。」

暗がりから声がする。

ぱらりと葉が一枚落ちると同時に、黒い影がすとんと地面に降り立った。

黒く落ち着いた装束に体をすっぽり包み込めるほどの大きな翼。

腰の下からはきめ細やかな尻尾がゆるりと伸びている。

悪魔と呼ぶにはあまりにもしなやかで美しく、しかし天使と呼ぶのは憚られるほど妖しげで威圧的な佇まいであった。

「ちょっと寝すぎたかしら……?」

それは気怠そうにうんと大きな伸びと欠伸を一つすると、大きな翼を一振りし、一気に巨木の頂点に静かに着地する。

尻尾を揺らめかせながら、周りの草木を威圧するように辺り一面を瞰望する。

「今日も平和な一日ね。」

眼下の街の赤焦げた色の屋根を一瞥しながらふっと息を吐く。

何も変わらない平穏な一日のはじめを身体中で感じながら、まるで雲に降り立つかのようにすとんと地に足を着ける。

さぁ、今日も変わらない一日を──
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:09:07.06 ID:qe4+sBJv0
「だれ……?」

「うわーーー!!!!」

頭のてっぺんから爪先の先まで電気が走ったように驚き、思わず幹の寝床に姿を隠す。

訪れた静けさの中でひらひらと緑色の葉が舞い落ちている。

ゆっくりと木の幹の隙間から下を覗き込むと──

「ふ……うう…………うわーん!!!」

まだ年端もいかない子供だろうか。

びっくりして大きく見開いた目にやがてゆるゆると涙が溜まり、割れんばかりの声で泣き始めてしまった。

「わわ……ごめん!ごめんって!とりあえず泣き止んでー!」

目の前の手のつけようのない子供を前にこっちも泣きたくなる。

どうしていいのかわからず、とりあえず子供の頭を撫でてみる。

「うぅ……ひっく……」

だんだん落ち着いてきたのか、その子供は涙でぐちゃぐちゃの顔をゆっくりと上げる。

茶色の柔らかく長い髪と自分の腰ぐらいまでしかない体。

少し薄汚れたワンピースはお転婆という言葉がぴったりな印象だった。

しかし、そんなことを気にする暇もなく、その子供が恐怖の対象であるかのような目線を送りながら、口をパクパクさせる。

「あなた……なんで!」

またもや大きな声にびっくりしたのか、子供の顔は一転、再び泣き出しそうになる。

「だ、大丈夫よ。落ち着いて……落ち着いてぇ……」

とりあえず彼女に聞きたいことはいろいろとあるが、まずは落ち着かせないと話にならないと思い、ゆっくりと彼女を宥める。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:09:44.05 ID:qe4+sBJv0
数分もすると、ようやく子供は落ち着きを取り戻したようだ。

真ん丸な瞳で不思議そうにこちらを見上げている。

透き通った琥珀のような瞳がとても綺麗だ。

「……それであなたのお名前は?」

「くにきだ……はなまる」

泣き疲れたのか、花丸と名乗る少女はぽつりぽつりと話してくれた。

「おばあちゃんと山に来たんだけど……おばあちゃんとはぐれちゃって……」

話しながら、花丸は三度泣きそうになる。

「だ、大丈夫よ!私がおばあちゃんのところまで連れて行ってあげる!」

思わず言葉が口を衝いて出て、自分でも驚く。

なぜ自分は今出会ったばかりの少女を助けようとしているのだろう?

自分の力で勝手にここまで来たんだ、どうせ家も近くだろうし、近くにそのおばあちゃんとやらもいるだろうに。

そして、何より私は────

「ホント?見つけてくれるずら!」

瞳をきらきらと輝かせながら、花丸の顔が華やぐ。

「……ええ、連れてくわ。」

目の前の花丸の顔を見ると、あれこれ考えていたことなど、ヨハネの頭の中から消えていた。

乗りかかった船と自分に言い聞かせる。

大丈夫。近くまで連れて行くだけ。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:10:19.17 ID:qe4+sBJv0
「おねえちゃんのおなまえは?」

「私の名前……?よ、ヨハネよ。」

自らを名乗ることなんて何時ぶりだろう。

「ずら〜!かっこいいおなまえだね!」

心の底から楽しそうにその場で何度も跳ねる花丸を見て、思わずヨハネの顔がほころぶ。

「ほら、探しに行くわよ。」

似つかわしくない笑顔を浮かべた自分がなんだか恥ずかしくて、思わず顔を背ける。

「しゅっぱーつ!」

花丸の小さな手がヨハネをぐいっと引っ張る。

秋の柔らかな太陽は、森の中を意気揚々と歩いて行く花丸と、尻尾と翼を丁寧に畳み、花丸に引っ張られていくヨハネを優しく照らしていた。

「ねえ、花丸……って言ったっけ?」

「はーい!」

自分が迷子であることなど忘れたかのように、元気よく返事をしながら花丸は満面の笑みで振り返る。

「あんたって──」


──なんで、私の姿が見えるの?


花丸と会ってから、ヨハネの頭にはこの疑問が貼り付いている。

なのに、満面の笑みの花丸の顔を見ていると、途端に言葉が出てこなくなる。

だいたい、こんな年端もいかない子供に聞いてわかるわけがない。

「なんでもないわ。」

微笑を浮かべてヨハネは誤魔化す。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:10:52.66 ID:qe4+sBJv0
数十分ほど経っただろうか。

時折ちろちろと流れていた清流は、いつの間にか音を立てて流れていた。

「花丸……花丸!」

「あ、おばあちゃんずら!」

前方からおろおろと駆け寄ってくる年配の女性を見つけて花丸はぴょんぴょんと跳ねていた。

「おお……よかった。心配したよ……本当に……」

「あのね、ここまで優しいお姉ちゃんが連れてきてくれたんだ!」

すっかり安心しきったように強く花丸を抱きしめるおばあちゃんの胸の中で、花丸は後ろを指差す。

「……あれ?」

「おやおや、この子は。夢でも見ているのかい?」

髪の毛に着いた木の葉を摘み取り、優しく頭を撫でている祖母をよそに、花丸の目は自分が歩いてきた道に釘付けになっている。

そこには少女の姿などなく、あるのは小川を包み込む木漏れ日だけだった。









「ふぅ……とっても疲れたわ……」

木々のすぐ上を弱弱しく飛びながら、ヨハネはため息をつく。

(思えば、人間と話したのは初めてね。)

今朝からの非日常の連続で、ヨハネは若干の疲れを感じていた。

寝床である大樹の木陰に横になる。

幾重に折り重なる葉の裏側を眺めながら、ヨハネは物思いに耽っていた。

(どうしてあなたには私の姿が見えるの?)

一番聞きたかった質問が頭の中に思い浮かぶ。

そう。私の姿は人間からは見えないはずなのだ。

それなのに、何故?

浮かんだ疑問は微睡みの中で泡沫のように消えていき、ヨハネは昼寝に引きずり込まれていった。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:11:23.41 ID:qe4+sBJv0
それから数日が経った。

ヨハネの微かな疑問には平穏な日常が降り積もっていく。

幹の上から山を俯瞰し、華美に虫を惹きつける花々を眺め、最近子供を産んだ狼に微笑む日常が。

彼女が通ると、獣道の植物は嬉しさに朝露を震わせ、獣は鼻を鳴らして頭を垂れる。

「あら?」

いつものように森のパトロールをするヨハネの目の前には足を怪我した鹿が震えていた。

おそらく、崖から足を滑らせてしまったのだろう。

徐々に親鹿の生命力が減っていくのが視える。

この鹿がここで死ぬことは明白だ。

近くで不安げに鼻を鳴らす小鹿も同様の運命を辿るのは明白だった。

「ちょっと待ってなさいよ。」

ヨハネはゆっくりと近寄ると、生々しい傷跡にそっと手をかざす──。

ヨハネの手が輝くと、不思議なことに鹿の傷跡がみるみるうちに塞がっていく。

よろよろと立ち上がった鹿は元通りになった足で森の奥に消えていった。

「次は気をつけなさいよ。」

──支配者。その言葉がぴったりな佇まい。

この山の種々雑多な生き物たちを統べる支配者──。

ヨハネはそういう存在なのだ。

一息ついて帰ろうとしたその時。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:12:10.80 ID:qe4+sBJv0
突如さっと太陽を横切る黄色い影が現れた。

威厳を持って地に降り立ったそれは、「天使」と呼ぶにふさわしい姿形をしている。

きょろきょろと辺りを見渡すと、凛と澄んだ声で呼びかける。

「ヨハネ!ヨハネはどこにいるのデース!」

突如木々ががさがさと揺れ、慌てふためくようにヨハネは駆け込んでくる。

「来るなら前もって連絡してよ、マリー!何でいきなり来るのよ!」

「私は前もって連絡していたわ。あなたが便りを読んでいないだけよ。」

得意気に彼女が指差した先には、枝に小さく括り付けられた文があった。

「あんなの、わかるわけないじゃない!」

憤慨するヨハネに対して、マリーと呼ばれた女性はどこ吹く風といった感じで聞き流す。

「まあまあ、こうして会えたんだし……それにしても」

一呼吸おいて目を閉じたマリーは大きく深呼吸する。

「本当にここの森の空気は美味しいわね。動物植物もとても幸せそうなのが、空から見てるだけで理解できるわ。」

満足げな表情のマリーはヨハネをみて微笑む。

「あなたが森を愛し、愛されている何よりの証拠ね。素敵な場所だわ。」

「この間まで私と同じ地位だったくせに、急に上から目線になるわね……」

「直属の上司に向かって、そんな口をきいていいの?」

意地悪そうな笑みを浮かべるマリーを見て、ヨハネは大きなため息を一つつく。

「そういえば、ヨハネ。」

ふと、風向きががらりと変わる。

先ほどまで射し込んでいた日光は厚い雲に覆われていた。

仄暗くなった森の中でマリーの瞳が黄金色に妖しく煌めいている。

木々は囂々とまるでヨハネに対して牙を剝いているかのようだ。

おどろおどろしいマリーの雰囲気に、思わずヨハネは気圧され、生唾を飲み込んだ。

「さっき、あなたに会う前に一匹のシカを見かけたわ。怪我をしていた。けれど、その傷の治り方に少し違和感を覚えたわ。」

ヨハネはその場で硬直したかのように、その場から一歩も動けなかった。

「私が何を言いたいのかはわかるわよね、ヨハネ。あなた、また手を加えたわね。この森の生態系に。」

木々はマリーの怒りを表しているかの如く騒めき、枝は音を立てて撓っていた。

森は闇夜かと錯覚するぐらい陰の境界を無くし、ヨハネとマリーを包み込む。

「気持ちはわかるわ。それがあなたの優しさなのも理解してる。でもね、自然界には寿命があるの。理があるの。運命があるの。それにあなたが手を出すことはどこかに綻びを生じさせるの。あなたにその埋め合わせができるのかしら?」

マリーの言葉一つ一つが、ヨハネに突き刺さる。

「生き物の生命力が視える私達の役割を理解しなさい。感情を排してこその天使なのよ。」

マリーはそこまで告げると、さっと目の色を変える。

黄金色の瞳はいつもの柔らかな目線に戻り、いつの間にか太陽を覆っていた分厚い雲は何処かへと千切れ飛んでいる。

「ま、あなたはよくやっていると思うわ。そこは自信持っていいわ。」

ちょっとやりすぎちゃったわね、と呟きながら、彼女はヨハネに微笑みかけた。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:12:47.64 ID:qe4+sBJv0
「けどこれだけは言っておくわ──」

一度そこでマリーは一呼吸おいて──


「行き過ぎた優しさはあなた自身を滅ぼすわよ。」


──冗談めかしたように笑いながらそう言ったが、マリーの目は一切笑っていない。

彼女の黄金色の輝きはヨハネに畏怖のようなものを植え付けるには十分すぎた。

ヨハネはマリーが去った後、へたへたとその場に座り込み、呆けているほかなかった。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:13:14.53 ID:qe4+sBJv0









12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:13:54.65 ID:qe4+sBJv0
黒々とした山の麓、街の外れの小さな家からは陽だまりのような灯りが漏れていた。

「花丸や、そろそろ食事ができるから運んでおくれ。」

部屋の窓から夜の山を眺めていた花丸は、後ろを振り返り元気よく返事をする。

「はーい!今日の晩御飯って何ずら?」

「今日はね、花丸の大好きなサラミがあるよ。」

柔らかな笑みを浮かべつつ慣れた手つきでサラミを薄く切るおばあさんは、思わぬ好物の登場に小躍りしている花丸を見やる。

穏やかで幸せな時間だけがゆっくりとそこに流れていた。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:14:29.37 ID:qe4+sBJv0
「ねぇ、おばあちゃん。」

「なんだい?」

継ぎ接ぎだらけのブランケットを被りながら、食事の支度をする自分の祖母に声をかける。

静けさの中で、草が風と擦れ合う音だけが辺りに響いていた。

「この前ね、山で迷子になったとき、お姉ちゃんが助けてくれたんだ。」

「まあ!どこの誰かしら!一度お礼でも言いたいものだわ!」

そんな話はもっと早くにしてほしかったわ、とぶつくさ呟きながら、おばあさんは目を丸くする。

「優しいお姉ちゃんで、おばあちゃんに会うまで送ってくれたずらー!」

「おや、そうなのかい?花丸は1人で降りてきているように見えたんだがねぇ……」

首を傾げるおばあさんを見て、花丸はけたけた笑っている。

「……そりゃ、不思議なこともあるもんだねぇ。」

それだけの言葉を花丸に対して紡ぐ。

「けれど、花丸。一人で森に行くのは危ないからダメだからね。」

嗄れた声で優しく花丸に呼びかける。

顔に深く刻まれた皺には、たくさんの陰が揺らめいて踊っていた。

「あの森には恐ろしい悪魔が住んでいてね、あなたみたいな小さな子が一人で入ると、どこかへ連れ去られてしまうからね。」

まるで演出であるかのように外の風が一瞬強くなり、黒いシルエットの草木はザワザワと騒めき合っている。

年のいった子なら鼻で笑うような脅し文句だが、5つになったばかりの子供を震え上がらせるには充分すぎた。

「おねえちゃんは大丈夫ずら……?帰り道に襲われてないかなぁ。」

「大丈夫よ。あなたを助けてくれるぐらい優しいんだもの。悪魔もきっと見逃してくれるわ。」

優しく頭を撫でられながら、花丸は「さあもう寝なさい。」と急かされる。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:15:05.86 ID:qe4+sBJv0
しばらくの間、ヨハネとの夢のような遭遇は花丸の心の中で残っていた。

けれども、少しずつ降り積もる日常はヨハネとの出会いの上にうっすらと覆い被さる。

夏、秋と季節は過ぎていく。

山にうっすらと雪が積もる頃には、振り返っても木漏れ日しかなかった場所をぽつねんと眺めることもしなくなっていた。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:15:35.41 ID:qe4+sBJv0









16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:16:14.93 ID:qe4+sBJv0
「いってきまーす!!」

「花丸!帽子被っていきなさい!」

叫びすぎて思わず咳き込む祖母から薄汚れた白い帽子を受け取るや否や、花丸は子供たちの喧騒の方に駆けだしていく。

嵐が去った後のような家の中を見渡し、おばあさんはふぅとため息をついた。

段々と小さくなっていく帽子の上で、花をあしらった小さなペンダントが揺れていた。

「毎日毎日……子供は元気だこと。」

小さなつむじ風か去った後かのような静かな家で、そう呟いた。

ヨハネとの邂逅から一年が経とうとしていた。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:16:52.19 ID:qe4+sBJv0
「五月蠅い……」

苛々とヨハネは顔の前を飛翔する羽虫を黒い翼で振り払う。

「ああ、もう……」

心底うんざりだと顔をしかめる。舌打ちの1つでもしてやりたい気分だ。

最近のヨハネを悩みの種が、このがやがや声だ。

「もーいーかーい!」

「まーだだよー!」

また聞こえてきた。

この山はそんなに大きな山でもないが、子供の遊び場としては大きすぎるくらいだ。

それなのに……

「なんでよりにもよって人の寝床の傍で遊ぶのよー!」

誰にも聞こえない叫び声をあげる。

叫んだところで、声が止むわけなし。わざとらしくため息を一つついて、今日もよろよろと喧騒とは無縁の昼寝場所を探そうとした、その時。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:17:36.13 ID:qe4+sBJv0
「待https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1594555549/ってー!!」

ビクッとして思わずヨハネは自分の寝床である大樹に身を隠す。

(今のは近かった……!)

人から見えないと分かっていても、やはりあまり気分は良くないもので、一応姿を隠しておく。

案の定、大樹のすぐ近くを子供が走り去っていく。

ポトリ、と人影から何かが落ちる音がした。

おや、と思い、ヨハネはその落ちた物に手を伸ばす。

それは花をあしらった小さな小さなペンダントだった。

「まったく、最近の子供は不注意ね……」

取りに来るようなら返してあげようかしら。

そんなことを思いながら、物珍しそうにそれをしげしげと眺める。

「小綺麗なペンダントね……。人間の衣装って段々と派手になっていくわね。」

数十分ぐらい経っただろうか。

昼寝場所でも探しに行こうと腰を上げようとしたときに、2人の子供の姿が見えてきた。

「確か、この辺で落としたはずなんだよ……」

「でも、この草むらじゃ見つからないよ。」

片側の子は今にもしゃくり上げそうになっている。

「でも、これはおばあちゃんと街に行ったときに買ってくれた大切なものずら……」

「大丈夫だよ、花丸ちゃん。ルビィも一緒に謝ってあげるから。」

ヨハネは今にも泣き出しそうな顔の上の帽子に当たるようにペンダントを落とした。

ピンク色の左右で髪を束ねた女の子が怪訝そうに、地面に落ちたそれを摘まみ上げる。

裏腹に、白い帽子を被った女の子は木々の隙間、何かが落ちてきた虚空を見つめる。

その子と目が合った瞬間、ヨハネは雷に打たれたように動けなくなっていた。

その口が何か言葉を発する前に、徐々に顔が明るくなっていく女の子が嬉しそうに声をあげる。

「よはねおねえちゃん!」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:18:30.97 ID:qe4+sBJv0
>>18

間違えたので、ここ読まないでください。
次の投下が17の続きです。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:19:11.09 ID:qe4+sBJv0
「待ってー!!」

ビクッとして思わずヨハネは自分の寝床である大樹に身を隠す。

(今のは近かった……!)

人から見えないと分かっていても、やはりあまり気分は良くないもので、一応姿を隠しておく。

案の定、大樹のすぐ近くを子供が走り去っていく。

ポトリ、と人影から何かが落ちる音がした。

おや、と思い、ヨハネはその落ちた物に手を伸ばす。

それは花をあしらった小さな小さなペンダントだった。

「まったく、最近の子供は不注意ね……」

取りに来るようなら返してあげようかしら。

そんなことを思いながら、物珍しそうにそれをしげしげと眺める。

「小綺麗なペンダントね……。人間の衣装って段々と派手になっていくわね。」

数十分ぐらい経っただろうか。

昼寝場所でも探しに行こうと腰を上げようとしたときに、2人の子供の姿が見えてきた。

「確か、この辺で落としたはずなんだよ……」

「でも、この草むらじゃ見つからないよ。」

片側の子は今にもしゃくり上げそうになっている。

「でも、これはおばあちゃんと街に行ったときに買ってくれた大切なものずら……」

「大丈夫だよ、花丸ちゃん。ルビィも一緒に謝ってあげるから。」

ヨハネは今にも泣き出しそうな顔の上の帽子に当たるようにペンダントを落とした。

ピンク色の左右で髪を束ねた女の子が怪訝そうに、地面に落ちたそれを摘まみ上げる。

裏腹に、白い帽子を被った女の子は木々の隙間、何かが落ちてきた虚空を見つめる。

その子と目が合った瞬間、ヨハネは雷に打たれたように動けなくなっていた。

その口が何か言葉を発する前に、徐々に顔が明るくなっていく女の子が嬉しそうに声をあげる。

「よはねおねえちゃん!」
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:20:03.13 ID:qe4+sBJv0
おそらく、自分の中で過去最大の失態になるだろうな、と思いつつ、確実にヨハネの中でじわじわと焦りが蓄積していく。

(完全にやってしまったやつね、これ。)

一周回ってむしろ冷静になった頭でそんなことを考える。

よく考えたら特徴のある語尾を聞いたときに気づいておくんだった。

「わぁ〜!ヨハネちゃんずら!久しぶりにまた会えたね!!」

下からぴょんぴょんと手を伸ばす花丸に対して、ヨハネは身体の硬直を解くことができない。

けれども、喜びに満ち満ちている花丸とは対照的に、もう一人の少女は目の前に異様な光景が広がっているかのような顔をしている。

「だ、誰と話しているの……花丸ちゃん?」

「誰って、ここにいるお姉ちゃんが見」

その言葉を聞き終わる前に、ヨハネは緊張が限界点に達して、突然バネが弾けたように空中高くへ舞い上がる。

「ずら!ヨハネおね……」

なにか微かに耳に残ったような気がしたが、ヨハネは気にせずにその場から遠く離れようとする。

(完全にやってしまった。)

ヨハネの背をじとりと嫌な汗が流れる。

(完璧に見られた。)

頭をぽりぽり掻く。

「マリーにでも知られたら、首絞められるだけじゃ済まないでしょうね……」

その日一日、ヨハネは途方に暮れたようによろよろと山の奥を飛び回っていた。

天の川が空の頂に橋を架ける頃、ようやく戻ってきたヨハネは弱弱しく地面に着地し、力尽きたようにその場で寝てしまった。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:20:38.69 ID:qe4+sBJv0
「ハネ……」

「……ネおねえちゃ……」

薄く光が刺す方向から声が聴こえてくる。

薄目を開けると、目の前にひらひらと白いものがはためいている。

「ヨハネお姉ちゃん……?」

「うわっ!?」

驚いて飛び上がろうとしたが、翼はその場で空を切り、幹にどしんと追突する。

「は、なまる?」

はらはらと舞う葉の中で、おずおずとその名前を呼ぶ。

「ずらー!良かった!覚えておいてくれたんだ。」

「……え?」

「昨日、私が見つけたとき逃げて行っちゃったから、私のこと忘れちゃったのかと思ったずら……」

「そんなことないわよ!ただ、昨日は、その、驚いちゃって……」

いつの間にか逃げようという思考は無くなっていた。

「その……花丸はいったい何の用でここにいるの?」

昨日身に着けていた帽子を大事そうに抱える花丸に声をかける。

徐々に高くなる太陽が、鼻の頭が汚れた花丸を照らしていた。

「帽子のことお礼言いたくて。」

嬉しそうに目の前に突き出された帽子には、昨日拾ったあのペンダントが丁寧に刺繍されていた。

「ヨハネお姉ちゃん、ありがとう!」

ありがとう。その言葉がヨハネの心に染み渡る。

自分の心がじんわり暖かくて、なんだかくすぐったくて、まるで背骨が熱を持ったようだった。

思わず、恥ずかしさでヨハネは尻尾を丸める。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:21:30.60 ID:qe4+sBJv0
「別にいいわよ。今度から無くさないようにしなさいよ。」

顔が赤いところを気取られたくないのか、ヨハネはぷいっと顔を背ける。

「ねぇねぇヨハネお姉ちゃん、せっかくだから遊ぼうよ!」

「遊ぶって──」

突飛なことを口走る花丸を見て、ヨハネはきょとんとしたような顔つきになる。

「あなた私が怖くないの?」

「怖くないよ?」

「この翼や尻尾を見ても?」

「かわいいずら。」

矢継ぎ早に質問してもぽんぽんと即答される様を見てやれやれと首を振る。

(可愛いねぇ……)

自分には似つかわしくないと思っていたこんな単語が、こんな小さな子から聞けるなんて、ヨハネは思いもしなかった。

「ねえ、遊ぶずら〜」

「わかったから引っ張らないの!」

「じゃあ、かくれんぼね!ヨハネちゃんがおに!」

やいのやいの言いながら森の中に消えていく花丸を見つめ、ヨハネは一つ溜息をつく。

自分の口角が自然と上がっている様を自覚し、少し気恥ずかしい。

こんな戯れ事、すぐ飽きるだろう。

「もーいいかーい」

遠くから、もーいいよーと声が聴こえてくる。

(この森を熟知してる私に勝負を仕掛けるなんてね……)

ちょっと手を抜いてやるか、なんて思いつつ、わざとらしく探し回ってあげる。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/07/12(日) 21:22:02.73 ID:qe4+sBJv0
「もう疲れた……きゅうけいさせて……」

「えー?まだ遊び足りないー!」

「勘弁して……もう2時間もぶっ続けで遊んでんのよー!」

花丸の無尽蔵な体力を甘く見てたことを後悔しつつ、花丸は軽々しく遊びの誘いに乗った自分を恨めしく思っていた。

「それに、もうそろそろ夕方よ?おばあちゃんが心配するわ。」

窘めるように花丸の肩を叩く。

早くも太陽は彼方の山の背中を橙色に塗り、自身の影は背丈より大きくなっている。

「むぅ……じゃあ、また今度遊びに来てもいい?」

ヨハネは一瞬だけ逡巡するような素振りを見せたが、すぐに優しそうな顔を浮かべ「いいわよ。」とだけ返した。

「ほら、もう帰りなさい。」

なんだか首から上が熱を放っているような気がして、ヨハネは何となく居心地が悪かった。

手を振りながら笑顔で去っていく花丸を見送ると、ヨハネにはずんと今日一日の疲れが圧し掛かってきた。

「さっさと寝ますか……」

大樹に向かって数歩進んだところで、ふと花丸が立ち去って行った方向を振り返る。

「……私もお人好しね。」

自嘲気味にふっと笑い、翼を一振りして天空に舞い上がる。
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