渋谷凛「愛は夢の中に」

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42 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 22:57:50.17 ID:bStRNLTRo
「そうなんだ、日本じゃあまり見られないタイプの街だね。面白そう」

凛がわくわくした様子で頷くと、ソウル出身のユジンがあっけらかんに笑う。

「私としては坡州って板門店―パンムンジョム―とアウトレットモールの印象だけどね♪」

その言葉から軍事の街と文化の街という韓国特有の複雑な二面性が垣間見えた。

兎も角、その文化交流の中の一幕に、アイドルステージが設けられるということらしい。
43 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 22:58:29.69 ID:bStRNLTRo
「まあ、主旨はわかったよ。それで、いつ?」

凛がこぢんまりしたガラステーブルに置かれている卓上カレンダーを見遣りながら問うた。

「来月の半ば。4月15日だ」

「はぁっ?」

書類へ目を落としたまま答えるPに、凛は素っ頓狂な声を上げた。

無理もない。あまりにも唐突すぎるスケジュールだったからだ。
44 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:00:37.79 ID:bStRNLTRo
通常、海外での公演となれば半年以上、場合によっては1年ほど前から準備が始まるものだ。

なのに、今回の話はわずか3週間しかない。

もちろん、アイドルのスケジュールはPたちが調整するとは云え――

実際に現地でパフォーマンスをする本人にとっては、準備が不十分なまま放り出されたらたまったものではない。

しかもその1週間前、4月7日と8日には、なんと台北―タイペイ―でCGプロ初の海外公演が開催されるのだ。

2週間連続で週末は海外生活ということになる。
45 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:01:21.32 ID:bStRNLTRo
「だからだよ。どちらも隣国だし、どうせ海外へ飛ぶなら或る程度まとめてやってしまった方がやりやすい」

Pは悪びれる風でもなく笑った。

「坡州公演の規模はそこまで大きくない。台北でのステージの内容から一部を抜粋してアレンジを加えれば充分いけるだろ?」

それに、と付け加えて、書類をテーブルに置いてから対面の男を視た。

「俺も、そして遠藤さんも、この話を振られたのは昨日だ」

急に槍玉に挙がった当人は、その場のアイドル全員を見回して苦笑しながら肩を竦めた。

「なんでも、社長が先日呑みに行った席で韓国のイベントマネジメントを手掛けている方と意気投合したそうです。825エンタの沈社長ともお知り合いとのことで」

半ば思いつきの指示だったが、うまく調整すれば具合よくプランをまとめあげられる目算がついたと云う。
46 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:01:58.93 ID:bStRNLTRo
凛はやれやれと一息吐いた。

「んもう、わかったよ。これも私の役目ってことだね」

CGプロの切り込み隊長はいつだって凛だった。
何かしら初経験のことをする際には、必ず彼女に白羽の矢が立つのだ。

今回の凛のミッション――現地文化に造詣のあるユジンたち3人をサポートに据えて、韓国アイドルシーンへの斥候隊を組むこと。

「ジュニ、ヘナ、ユジン。やるからには全力だよ。私も頑張るから、よろしくね」

凛から力強い視線を浴びた3人は、緊張の面持ちで喉を鳴らして頷いた。

慌ただしい年度末・年度始めが、更に怱忙を極めそうだ。
47 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:03:58.56 ID:bStRNLTRo

・・・・・・

4月14日。この日の韓国は霧雨に濡れていた。

気流も不安定だったのか、厚い雲を突き破って着陸態勢へ臨む羽田発ソウル行きJAL91便の機内は、3次元全方向への振れ方がいつもよりだいぶ大きかった。

カクテルシェイカーの中の氷はこんな気分なのかもしれない。

午前11時前に金浦―キンポ―国際空港へ降り立った凛たちは、ベージュ寄りのアイボリーを基調とした配色の到着ロビーで大きく伸びをしている。

わずか2時間半足らずのフライトとはいえ、じっと席に坐っていては身体が固まってしまうというもの。

解し終えて一息吐きながら天を仰ぐと、照明の明るさに目が細まる。
48 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:04:57.28 ID:bStRNLTRo
1階であるせいかフロアは天井高が抑えられ、密に配置された蛍光灯が機械的な感触を与えている。

思ったよりも人がまばらであることも、その印象に拍車をかけた。

ソウル市内に位置する金浦国際空港は、名称に反して韓国国内線が大半を占める。今や国際線の主力は隣県の仁川―インチョン―国際空港が担っている。

その構図は羽田と成田、或いは伊丹と関空の関係にほぼ等しい。金浦に乗り入れる国際便は羽田、関西、北京、上海、台北の五都市だけ。

ゆえに金浦の国際線ターミナルはこぢんまりしていて、混雑度も高くないのだ。

多忙な身にとって、入国審査なり荷物受取なり、あまり待たされないのはありがたい。
49 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:06:05.28 ID:bStRNLTRo
「いやーソウルって近いもんだな」

声に振り向くと、ターンテーブルから遠征者全員の荷物を回収したPが、カートを押してやってきた。

「そうだね。先週の台湾よりだいぶ早かった気がするよ」

凛の実感は尤もなことだった。羽田からソウルは、国内線である沖縄便よりも距離が短い。

もっと云えば、東京から新大阪までの新幹線に乗っている時間とほぼ同じ。

あまりの気軽さに、ここが国外であることを忘れてしまいそうになるが、それでも読み慣れない文字の連なる案内板や広告が、韓国へ到着したのだと教えてくれている。

「台湾はさ、文字が意外と普通に読めるし意思疎通も何となくできたからよかったけど……韓国語はホント読めないね」

同じ漢字文化圏として台湾の繁体字はさほど理解に難くない。日本の旧字体の知識を持っていれば尚良し。
50 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:06:35.54 ID:bStRNLTRo
しかしハングルはそうはいかない。専門教育を受けていなければ、ただの記号の集合体だと脳は認識してしまう。

万が一にでも迷子になったら、自力で解決するのはかなり難しそうだ。

歩きながらやや不安そうにきょろきょろと方々を見回す凛に、ユジンが笑いかける。

「アハハ、離れないようにいつも一緒にいよ!」

「3人が頼もしいよ、本当に」

凛は安堵の息と共に偽らざる本音を述べた。

セキュリティエリアを抜けたところで現地コーディネーターとの合流はつつがなく進み、ターミナル前に迎えに来ていた黒いワゴン車へ乗り込む。

濡れた地面の水音を響かせて走り出すと、日本とは違う右側通行の道路は、とても違和感が大きかった。
51 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:07:58.91 ID:bStRNLTRo
===

漢江―ハンガン―に沿って30分も北上すれば、周囲はだいぶ郊外の様相を呈してくる。

自由路―チャユロ―と呼ばれる国道77号は片側4車線から5車線に亘る快走路で、心地よいほどに世界が後ろへと流れてゆく。

日本よりも国土が狭いはずの韓国でこれだけ潤沢な道路用地を確保できることに感心してしまう。

いや、確保せざるを得ないほどに車社会なのだと云うべきかもしれない。
52 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:09:09.15 ID:bStRNLTRo
同じ方面へ抜きつ抜かれつランデブーする車群を眺めていると、いつしか案内標識に『坡州』の文字が載るようになってきた。

隣に併記されている『平壌―ピョンヤン―』や『開城―ケソン―』という名が、ひどく遠いようで近いような、複雑な印象を与える。

この自由路は、名目上は北朝鮮へと繋がっている道路なのだ。

「もうそろそろ坡州に入るな。だいぶスムーズに来られたからどこかで時間調整をしようか」

景色をぼんやり眺めていた凛は、助手席に座るPの言葉で現実に戻された。

本日のゲネプロは夕方から。或る程度前もって現地入りしておくとしても、今はまだ早すぎた。

今頃は設営スタッフなどが慌ただしく行き交っているはずだから、早着して邪魔になるのは好ましくない。
53 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:10:13.73 ID:bStRNLTRo
車は自由路に別れを告げ、近代的かつ個性的な建築が並ぶ街へと滑り込んだ。

ここは坡州市の南西端、出版都市―ブックシティ―と云われる新市街。

出版社、印刷会社、流通企業などを集積し、出版事業の効率化を目指すために作られたエリアだ。

出来たばかりの計画都市なだけあって、街並は綺麗に整っている。
建物一つ一つがモダンなデザインをしているため、ともすればコピー&ペーストに近い雰囲気になりがちな新街区ならではの画一さは微塵も感じられない。

決してコンクリートジャングルというわけではなく、溢れる緑と調和した近代建築は、散歩をするだけでもその美しさに好奇心が満たされそうだ。
54 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:12:00.78 ID:bStRNLTRo
芸能業界同様、出版もまた流行の最先端に近い。

そんな業界が集積する街と云うものは、すなわちハイセンスなものに敏感。

至る所に本を読みながらくつろげるカフェがあり、低く垂れ込める雲を吹き飛ばすほどの明るさや熱量を持っているように思えた。

「へぇ、きれいなところだね。面白そう」

凛は読書に特段の造詣があるわけではないが、この場所のポテンシャルは理解できる。

神保町とはまた違うベクトルの専門都市に、ワクワクとした気持ちが湧いてきた。

「ね、プロデューサー、ユジンたちも、お散歩してみない?」

「いいね賛成♪ この隣にアウトレットモールもあるよ!」

ユジンが元気に頷いて、遠くを指差しながら破顔した。
55 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:13:03.15 ID:bStRNLTRo
さすがにモールへ寄っていたら時間調整どころかゲネプロへの遅刻が確定的だね、とつられて笑いながら練り歩く。

バス停のあるメインの通りから眺める街は淡い色やガラス張りの建物が多く、とてもソリッド。

濃色のものだって重い印象は受けないし、壁面が無装飾でも決して無機質一辺倒ではない。

一本路地に入ればそれらの密度は更に増し、それでいて緑の緩衝が適度にあるので、まるで街そのものが美術館か箱庭のように思えてくる。

なるほど、『人間性を回復するための都市』とのテーマは確かなようだ。

やっぱり散歩は小道に入ってこそだね、とおしゃべりをしながら歩いていると、こぢんまりとしたコンクリート打ちっぱなしの建物から出てくる人影があった。
56 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:14:33.13 ID:bStRNLTRo
「あら、イケメン!」

ヘナが小声に抑えつつ口元を綻ばす。

視線を追うと、細身にぴっちりした黒いスーツを纏い、横へ柔らかく流した茶髪の目立つ男が颯爽としている。

「えっ?」

思わず凛が大きな驚嘆の息を漏らした。まさかこんな場所でこんな大物と邂逅するとは露にも思っていなかったのだ。

誰あろう姜だった。

建物に反射してよく響く凛の声に気付いた姜もまた、一行の姿を認めて目を大きくする。
57 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:15:45.49 ID:bStRNLTRo
やや遅れてビルのガラス扉がもう一度開くと、R.G.Pメンバーのうち3人――
リーダー格のキム・ソリ、センターを務めるイ・スジ、ムードメーカーのユキカが黄色い声と共に出現した。

「えー! なんでこんなところに渋谷凛さんが!?」

日本在住経験のあるソリが、飛び上がりながら流暢な日本語で問うた。

「まさか姜プロデューサーがスカウトしてきたわけじゃ……ないか」

とユキカも笑う。
58 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:16:39.59 ID:bStRNLTRo
「実は明日、ヘイリ芸術村での親善交流に参加することとなりまして――」

偶然立ち寄ったのだと凛が説明すると、

「ああ、日本からいらっしゃるシークレットゲストとは貴女たちのことだったのですね」

合点のいったように姜が頷いた。

唯一日本語を理解できないスジは、ソリやユキカの通訳を経て、ワンテンポ遅れてともに頷く。

口ぶりから、凛はR.G.Pも出演―で―ることを察した。
59 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:17:31.10 ID:bStRNLTRo
なのに、こんなところで油を売っているとはどういうことなのだろうか。自らの散歩を棚に上げた疑問を持つ。

「ここは825の事務所兼スタジオなのですよ」

姜が背後を指差して相好を崩した。よく見れば、入口の上に控えめな「825」のロゴが掲げられている。

事務所が郊外に設けられているとは意外だったが、よくよく考えれば、出版と云う行為は芸能とも縁が深い。

ソウル市外とはいえここは首都圏内だし、坡州ブックシティに置くのも選択肢として充分にアリだ。

環境の良い街でレッスンできればモチベーションにもつながる。
60 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/19(日) 23:18:51.84 ID:bStRNLTRo
「羨ましいかも」と凛がつぶやくと、姜は「我が社はいつでも貴女をお待ちしています」と名刺を取り出して云う。

Pの目の前での堂々たるスカウトに皆が笑った。PもPで、

「CGプロも、いつでもお迎えのご用意ができています。R.G.Pだけでなく姜プロデューサー、あなたも我が社でアイドルになりませんか?
理由―わけ―あってプロデューサーからアイドルへ――大ヒット間違いなしですよ」

と誘うのだから、笑い声が更に大きくなる。

ひとしきりの会話の後、明日の健闘をお互い祈り合った。
61 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/19(日) 23:22:47.28 ID:bStRNLTRo

今日はここまで。

ちなみにパジュのブックシティは実際にアイマス.KRの事務所風景のロケが行なわれた場所です。
いつか聖地巡礼してみたいものです。
62 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:45:47.38 ID:3rfsHktno

思いがけない出会いは芸術村に入ってからも重なった。

特設会場の横につけた車から降りて見回していると、聞き慣れた音がステージから届いてきたのだ。

サイケデリックとロック、そしてアイドルソングの融合――これはSATURNのお家芸のはず。

皆で音の出処に向けて歩くと、やや光量を抑えたステージの上でまさにSATURNの音響テストが進行しているところだった。

「あっ!」

中央でギターの配線をチェックしていたTITANが、その視界にPたちを捉えて驚き、その後破顔した。
63 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:46:40.29 ID:3rfsHktno
凛が頭上で大きく手を振って近づく。

「おつかれさまです。SATURNのみなさんも親善交流に参加されるんですね」

「はい、渋谷さんも?」

「ええ、うちの韓国組といっしょに」

斜め後ろについてきた3人を指差すと、ジュニたちはトップアイドルを目の前にして萎縮してしまったかのように頭を下げた。

「この親善交流、知らなかったけど日本側はだいぶ豪勢に取り揃えたんだね」

更にその後ろにいるPへ、事前情報なしで放り込まれたことを言外にちくりと刺しつつ問うと、

「ホントに豪勢だなこりゃ。まあ出演メンバーの全体像は向こうさんしかわからないから」

Pにとっても、SATURNがここにいるのは今初めて知ったらしい。
64 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:47:58.36 ID:3rfsHktno
国が違えば、入ってくるアイドルの情報はトップクラスのものだけになってしまいがち。

だから、韓国側の運営が参加の打診を寄越してくる際、必然的に有名どころに比率が傾いてしまうのは仕方がなかったのかもしれない。

「渋谷さんも参加となると俄然華やかさが増しますね。なにより日本語が通じる仲間がいるのが嬉しいですよ」

TITANが水を得た魚のように大きく笑った。

海外での心細さはよくわかる。言葉が通じず文字にも馴染みのない国ならなおさらだ。

凛が、今回の遠征が海外公演のハシゴであることに触れて、台湾と比してこの地での心細さを共感として伝えた。

「ああよかった、俺だけじゃなかったんですね」

やや安堵の息をつきながら、そうだ、と手を叩いて、

「渋谷さん、もしLINEやってたら交換してくれませんか。明日もほぼ同じ行程でしょうし、このアウェイの中では連絡取れた方が心強いですので」

と提案した。凛にとっては意外な誘いで、スマートフォンを取り出そうとしつつ、Pに目線で訊く。
65 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:48:59.55 ID:3rfsHktno
凛はきちんと自らの裁量範囲をわきまえているのだ。それを超える部分を報連相するのは身に染み付いた所作だった。

「そうだな、うん、OK。凛のことだからきちんと管理もできるだろう」

さして考える時間を取らない――それでいて無思考の即答でもない受け応えは、基本的に担当アイドルを信用しているというのが伝わってくる早さだった。

指で輪っかを作ったPに凛は「ありがと」と頷き、スマホの操作を続ける。

「SATURNさんはこういうの事務所から禁止されていないんですか? ジョニーズさんは特に厳しそうな印象ですし。
CGプロ―うち―はまぁ……この通り、プロデューサーがいいと云えば大丈夫なんですけど」

連絡先を交換しながら尤もな質問を投げると、TITANは「CGプロさんなら大丈夫ですよ」と云った。
66 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:49:46.46 ID:3rfsHktno
「CGプロさんは規模も大きくしっかりしていますし、功績も多いですから」

交換を終えてポケットに仕舞いつつ相好を崩す。

5年ほど前までは、得体の知れない大所帯……と云う専らの評価だった事務所が、いまや他人に認められるプロダクションに成長していることを実感して、凛もPも感慨深く思った。
67 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:51:39.76 ID:3rfsHktno
「おい、栗栖―くりす―」

ステージの後ろからベース担当のENCELADUS―エンケラドス―が顔を出した。

手には、ジュピターベースが握られている。凛のベースと同じハンドクラフトメーカーATLANSIAの名器だ。

サターン―土星―のベーシストがジュピター―木星―を弾く……というのは彼らの遊び心だろうか。

「調整終わったぞ。今回は屋外だから硬めのセッティングにした」

体躯はがっしりしていながらも色白の寡黙な男で、凛たちに気づいてゆっくりと会釈を寄越してくる。
68 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:52:24.93 ID:3rfsHktno
デビューシングルのジャケット撮影に使用した縁でベースを触り始め、歴がもう5年以上になる凛は、このベーシストに一目置いていた。

決して派手に目立たないながらもしっかりと堅固に音の土台―ベース―を組み上げるという、ベースの本質を表現していたからだ。

もちろん、自らの愛用するものと同じ工房の楽器を使っているという点も大いにある。

「ENCELADUSさん、しっかりご挨拶できないまま今まできてしまってすみません」

小走りで近寄って、リスペクトを込めて深めのお辞儀をしながら云った。

「以前から存じてはいたんですが、お声がけするのは恐れ入るというか。私、勝手に親近感を持っていて」
69 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:53:11.13 ID:3rfsHktno
「ああ……それはまあ、自分もなんで。お互い様……ですかね」

感情の読めない言葉で凛に答える。決して不機嫌というわけではないのだろうが、本当に訥弁な男だった。

そんなENCELADUSに慣れているTITANが横から顔を出して、

「アイドルでありつつベースも達者な渋谷さんに不躾ながら仲間意識を持っています」

と翻訳した。もちろん俺も尊敬してますよ、と付け加えてから、

「コイツ奥手な朴念仁なんで。渋谷さんを前にして固まってるんですよ」

くつくつと肩を揺らす。変わり者ばかりのベーシスト界にあって、凛のような華やかな存在は稀有なのだ、と。
70 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:54:08.21 ID:3rfsHktno
「煩―うるせ―えぞ、栗栖」

苦虫を噛み潰したような顔で抗議するさまを見て、凛は小首を傾げた。

「さっきも仰ってましたけど、栗栖、っていうのは……?」

「あ、自分のことです。俺、知多―ちた―栗栖って云うんで」

あまり素性を表に出さないSATURNが、あまりにもあっけらかんと告白した。

「えっ? あっ、もしかしてTITANって……」

「はい、苗字の知多をもじったんですよ。自分だけじゃなくてMIMASは三益―みます―だし、ENCELADUSは遠家―えんけ―です」

会話が聞こえたのか、三益伊里亜―いりあ―が鍵盤の感触を確かめながら、ウィキペディアやSNSには書かないでね、と口を大きく開けて笑った。
71 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:54:33.47 ID:3rfsHktno
謎に包まれたトップアイドルの、国民の誰も知らない機密を知ってしまった凛はたじろいだ。
一歩、取り返しのつかない線を踏み越えてしまったのではないかとの感覚を受けた。

「ええと……それ、私が聞いちゃっていいことなんですか……?」

アイドル仲間として信用してくれているのであろうということは素直に嬉しく思うのだが。

「はは、まあ渋谷さんなら大丈夫でしょうって」

どこから来たのか不明な根拠のない自信を持って栗栖が道破する。

「なんか、大変なことになっちゃったかもね……」

凛は笑顔でいつつも、こめかみに冷汗が一筋流れるのを禁じ得なかった。
72 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:56:12.73 ID:3rfsHktno

・・・・・・

遠家純―じゅん―が床に臥したと云う報せが入ったのはその日午後9時を回った頃だった。

シャワーで1日の汗と汚れを流して、ソファで一息ついたちょうどのタイミングだったのは幸か不幸か。

交換したばかりのLINEに着信があったことで迅速に情報共有がなされたのは良いとしても、最初くらいはもっと明るい話題が好ましかったと口惜しさが募る。

栗栖が云うには、夕食を済ませた直後から全身に不調をきたし、現在は高熱が続いているそうだ。

食べ物に原因があるのかも知れないし、あるいはまた別の何かがあるのかも知れない。

はっきりとした理由が不明なので、よもや凛たちにも万が一のことがないかと連絡を寄越してくれたそうだ。
73 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:56:48.99 ID:3rfsHktno
凛は栗栖の心遣いに感謝しながら、プライベートな居室にも拘わらず、困惑に揺れる声を少しひそめる。

「もし遠家さんがこのまま回復しなければ、SATURNのステージは――」

「……取り止めるしかありませんね」

FMラジオのようなノイズの向こう、考えに耽るわずかな溜息の後、栗栖は決断したようにゆっくりと云った。

まだ今のところは慣れない外国の救急に駆け込むほどではないそうだが、帰国までに無理をしてこじらせては不幸な結果を招きかねない。

もはやキャンセルは不可避と云えた。
74 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:58:00.58 ID:3rfsHktno
耳に当てた受話器から重苦しい空気が伝わってくる。

親善のためわざわざ遠征してきたのに、土壇場での無念は察するに余りある。

努力が水泡に帰してしまうことのやるせなさは、凛もこれまでの芸能生活で厭と云うほど何度も経験してきた。

彼女とて“同志”の晴れ舞台を見られないのはとても惜しいことだった。

考えるよりも先に口が動く。

「私が代わりに弾きましょうか」

「……えっ?」

「もちろん同じレベルのステージパフォーマンスをするのはさすがに無理でしょうけど、後ろで演奏するだけならば或いは」
75 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:58:49.21 ID:3rfsHktno
思いがけない凛の申し出に、電話口の向こうは、深く息を呑んでしばらく考え込んでいた。

きっと様々な想いが頭の中で交錯していただろう。永い間のあと、ぴんと張った声が返ってきた。

「お願い、できますか」

「――もちろん」

今から深夜まで数時間ほど音合わせをすべく、一言二言交わしてから終話ボタンを押す。

凛たちに用意されたホテル新羅―シルラ―からSATURNの泊まるヒルトンまでは、ものの15分しか要さない距離にある。

さあ急いで出かける準備をしなければ。そう腰を上げたとき、ドアをノックする音がした。
76 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 22:59:32.18 ID:3rfsHktno
「凛、いるか? 俺だ」

ドア穴から確認するまでもなかった。Pだ。しかも扉を開けてみれば、凛のベースをもう肩に掛けている。

「行くんだろ?」

どこへ、と云う言葉は不要だった。

凛は少しだけ目を大きく丸くして笑う。

「よくわかったね。しかも私のベース―コンコード―までもう持ってるし」

「わからいでか。ハイヤーも手配してある」

曰く、田嶋からPにも報せが入ったらしい。その時点で担当アイドルの次の行動はお見通しだったわけだ。

先回りしてくれた頼もしさもあり、行動を見透かされた若干の悔しさもあり、それらを綯い交ぜにして凛は廊下を急いだ。
77 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:00:20.30 ID:3rfsHktno
ロビーを出ると、エントランスにはライトアップされたアーチ型の噴水が出迎える。

その前に停まっている黒塗りのセダンが、今夜の彼女の馬車だった。

白い革張りのシートに座ってからタブレット端末を少しいじっていたPが凛にそれを寄越す。

「ほら。演るのはこれだな」

画面にはSATURNがゲネプロで演奏していた曲の譜面がすでに表示されていた。

ヒルトンまでの移動時間なら、細かい部分はさておき全体のコード進行は頭に入れておくことができる。

極端な話、それさえ掴んでおけばあとは流れやアドリブで何とかなるものだ。
78 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:01:54.93 ID:3rfsHktno
さっそく凛が食い入るように読んでいる横では、PはPで、彼女のベースの調絃をしている。

この楽器は元々Pが所持していたものだった。凛がデビューシングルでベース弾きの真似事をしたのがきっかけとなり譲った名器。

だから調整するのはお茶の子さいさいだ。耳で聞いただけで大体のことは終わらせられる。

片やタブレットに没入し、片やいきなりベースを取り出す――

利用者の事情に首を突っ込まないのがハイヤーの基本ながら、「一体この不思議な二人は何者なのだろう」と訝しむ運転手が、それでもなおプロとしての腕前で最短経路を流してゆく。

ミレニアムソウルヒルトンの焦茶色でシックな車寄せに、アウディが唸りながら滑り込むのを、出迎えた栗栖はとても頼もしく感じながら目線で追った。
79 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:03:14.19 ID:3rfsHktno

・・・・・・

芸術村のステージに歓声が響きわたる。

ヘナたちが、韓国語で群衆に安心感を与えつつ新鮮な日本のアイドル像を届ける難しい役どころをこなした後に、満を持して乗り込んだ凛のステージは上々だった。

クールアイドルと韓国芸能シーンの相性はすこぶる良い。

かっこよさ、手の届かない非日常感を求める客層が大半を占めるこの地では、最も力を発揮できるのが第一課の筆頭たる彼女なのだ。

何曲かを披露し、時にはパフォーマンスで、時には歌唱で、日本アイドルの底力を見せつける。

凛々しさと、日本特有の―KAWAII―エッセンスが込められた衣装は物珍しさからも視線を釘付けにした。
80 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:06:05.01 ID:3rfsHktno
オーディエンスの反応を舞台袖から窺うPは、825とは逆の、CGプロ韓国進出もアリだなと手応えを感じている。

CGプロは幅広い人材が集まるところで、中でも格好良さ―クール―を標榜する第一課は、その年最も輝いたアイドル――
即ちシンデレラガールの輩出経験において歴代の過半数を占める成績を持つ。

進出の勝算は充分にありそうだ。

凛の代名詞である黒いゴシックドレスに目を遣りながら、斥候部隊は誰にしようかと考えを巡らすと、立候補するかのように、胸の膨らみを支える彼女のコルセットが、艶かしく鈍い光を反射した。
81 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:07:37.55 ID:3rfsHktno
その絹を思わせる光彩が徐々に潜んでゆく。ステージが終わりを迎え、ライトが落とされてゆくのだ。

照らすものが完全になくなると、黒を基調とした凛の身体は完全に闇へ溶け込んだ。次のステージを準備をするのに好都合だ。

凛同様、黒いスーツに身を包んだPが、コンコードを持ってステージ上の凛へ駆け寄る。

「ナイスなステージだった。観客の興奮がわかったか?」

ベースを差し出して、凛の肩を叩いて労いながら、耳元で健闘を称えた。

「もちろん。国が違っても最高だね、この感じ」

凛はコンコードのストラップを肩に掛けてウインクした。

最も早く準備を終えた伊里亜が、観客の興奮を冷まさないよう、シンセサイザーのアルペジオを流す。

彼自身の操作するフィルタによって有機的に変化してゆくサウンドを聴きながら、客席は次の展開をワクワクして待っている。

Pが親指を掲げて袖に急いで戻るのと、ステージの準備が完了するのは同時だった。
82 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:09:59.25 ID:3rfsHktno
ライトが復活すると、次はSATURNの出番だ。
観客が黄色い声を上げ、特に男性アイドルのマニアとみられる女性は今にも失神しそうな恍惚とした表情で天に身体を仰け反らす。

ふと、先ほどまで踊っていた凛がそのままの姿でベースを抱えていることに気付く人が出始めた。

ENCELADUSを差し置いて何事だ、というざわめき。
特に日本からわざわざ遠征してきたであろう女性の観客から負の感情が見え始めたとき、栗栖が英語とたどたどしい韓国語を交えて説明した。

凛がマイクを受け取って、一礼。

「さっきまでここの主役だった私は、今から黒子の裏方。足を引っ張らないように頑張ります」

昨夜ユジンに手伝ってもらってようやく憶えた韓国語の挨拶もそこそこに、1曲目の開始をリードするベースラインのスラップを繰り出した。
83 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:10:36.94 ID:3rfsHktno
音階楽器と打楽器の両側面を持つベースにおいて、コンコードの魅力は、なによりもその出音の安定した芯の強さだ。

リズムを担当するドラマーに与える安心感はそこはかとなく大きく、ひいてはギタリスト、キーボーディスト、ステージ全体のまとまりに直結する。

栗栖と伊里亜は、凛の予想以上の出来映えに口角を上げた。

「こりゃあ渋谷さん、昨夜の音合わせの後もほとんど寝ないで練習したな、きっと」

「だろうね。負けてられないよ」

不適に笑ったSATURNは、韓国群衆を虜にすると云う本来の目的の為に全ての力を割くことができた。
84 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:11:31.65 ID:3rfsHktno
凛の隣には純のジュピターが飾られている。

コンコードとジュピターは同じ出自ゆえ音の雰囲気も似ているし、彼への尊敬を包含した凛の演奏に感じるものもあったのだろう。
観客席でENCELADUSの団扇を掲げた彼のファンが滂沱の泪を流してステージに応援の歓声を投げる。

舞台上の凛もその姿を認め、一時的なサポートとは云え自らの責任の大きさを改めて感じた。

失望などさせまいと、両手の指に強い意思を乗せて、コンコードが叫ぶ。

栗栖のギターが、凛のベースの上で踊る。
ただの空気の振動であるはずの音――目に見えないもののはずなのに、その場の全員が、その光景を視た。

のちの評価によれば、純のエッセンスに凛のそれが独自配合されたこの日のパフォーマンスは、SATURN史上でも指折りの味わいがあったと云う。

日本の男女トップアイドル同士がタッグを組んだ演目は、異国の地を熱し、強く焦がした。
85 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:24:34.24 ID:3rfsHktno

「すごい熱気! このビジターに負けてられないね!」

90度の直角で接するように設けられた隣のステージが一気に投射された。

まばゆさに目を細めると、その光の洪水の奥からは、R.G.Pのお出ましだ。

決して広くは設けられていない野外ステージの舞台にメンバー10人も勢揃いしようものなら、その圧は相当なもの。

トリコロールなスーツ様の衣装で統一された見栄えは、凛たちが日頃触れるものとは違う、韓国アイドル文化ならではの強烈な非日常感を演出している。

この雰囲気は、CGプロで云えば高峯のあを有機的にすれば近いだろうか。
のあ一人だけなら兎も角、第一課全体でここまでのフィクショナルさは中々出せるものではない。
86 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:25:21.79 ID:3rfsHktno




ACACIA
https://www.youtube.com/watch?v=W9CzxgcgFmw



87 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:26:03.94 ID:3rfsHktno
クリーンギターの甘いサウンドが流れる。すぐさま歓声が挙がった。

この入りはかつて姜が手掛けたRED QUEENの代表曲ACACIAだ。

蝶のように柔らかな旋律も束の間、ものの15秒ほどで甘美なイントロはビートの効いた電子音の奔流に変化した。

展開に連動して、黄色い歓声は怒濤の狂喜の雄叫びへと変わる。

ACARACA ACARACIA ACACIA……
ACARACA ACARACIA 君の所為よ(ニタシャ)――
88 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:26:55.40 ID:3rfsHktno
そのトランシーなシンセサイザーサウンドに聴覚は酔いしれ、彼女らを彩る目立つ三色は、動作の細部までつぶさに焼き付けむと視覚へ流れ込む。

網膜に訴えかけるダンスパフォーマンスは実に圧巻で、ただ騒々しく激しい動きで誤摩化すのではなく、剛健さと柔らかな艶やかさを見事に両立させている。

それでいて、踊りの緩急の差が激しいにも拘わらず、10人もいるというのに一糸乱れぬ正確さを以て各々が自らの役割を完璧にこなしていた。

円形や線形、また矩形とシームレスに陣形をつなぎ、四肢の最先端に至るまで鋭く緻密に制御された振り付けは、まさにシンクロナイズドスイミングを彷彿とさせた。
89 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:31:33.44 ID:3rfsHktno
「うわ、これはまた強烈だね」

控室に下がった凛とPは、トラスの陰から会場の様子を窺う。

「いやーまったくだな。ホームフィールドアドバンテージがあると云ってもそれ以上の出来栄えと盛り上がりだ。日本市場じゃ絶対セーブしてるだろあれ」

Pは嘆息を漏らした。第一課の所属アイドルから10人を選抜してもここまでのパフォーマンスは難しい。

無論、ダンスに秀でたアイドルは先述した高峯のあ以外にも、結城晴や神谷奈緒、そして水木聖來など何人もいる。

しかし個々人の技量はなんら負けてはいないとしても、それを機械の如く精密に同期させるとなると話は別だ。

統率が取れず、ただ大人数でバタバタしている印象を与えてしまうきらいがある。

日本よりもダンスが重視される韓国市場の事情は当然あると云えど、この力量差は、今後CGプロを成長させるため要改善項目の一つに挙げて間違いはないだろう。
90 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:32:44.42 ID:3rfsHktno
「ホント頭が下がりますよね、あれは」

“敵情視察”している凛たちに、自らの機材の片付けを終えた栗栖が話し掛けた。

他国産アイドルグループ、EXOやBTS―防弾少年団―が海を越え上陸してから数年経ついま、男性アイドルシーンも外圧に曝されていた。

どちらもダンスに定評あるグループ。

SATURNとて日本のトップアイドルグループとして迎え撃つ立場だ。少なからずPたちと想いを共有していると云ってよい。

「ぼくらはダンスだけを前面に押し出しているわけではないので正面衝突はしていないですけど。EXOさんとか振りコピするのも骨が折れるくらいですよ」

ステージでは、そのEXO代表曲のひとつ『Growl』を、偶さかにR.G.Pが披露しているところだった。
91 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:35:55.57 ID:3rfsHktno




Growl
https://www.youtube.com/watch?v=wRRiGPRN6yk



92 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/20(月) 23:37:01.14 ID:3rfsHktno
曲自体のテンポは90とゆったりしたラップ主体のヒップホップ調ながら、ダンスは倍取りで実質テンポ180として構成されている。

それでいて、まるで機械仕掛けなのか、あるいはVFXを使用しているのかと錯覚するほどのメリハリを持たせた、人力スローモーションや人力早送りとでも形容すべき演出。

生身の人間では実現できないような、慣性の法則を無視したパフォーマンスが繰り広げられている。

「――ね?」

肩を竦める栗栖。

「これまで以上の戦国時代になるね」

頷く凛が鋭い目線を会場へ向けて、自らへ言い聞かせるように呟いた。

この親善交流での好評価な手応えを手土産としつつ、その結果に甘んじることのない精進を目指す必要があった。

凛の中に、完璧主義精神が首をもたげる。それはデビューしたての時期に常日頃抱いていた、劣等感に近い情動。

頂点を極めてから数年が経って、久方振りに復活した負けず嫌いだった。
93 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/20(月) 23:40:31.13 ID:3rfsHktno

今日はここまで
94 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/20(月) 23:55:55.15 ID:3rfsHktno
高峯のあ
https://i.imgur.com/giuR46D.jpg

結城晴
https://i.imgur.com/VGhTh9o.jpg

神谷奈緒
https://i.imgur.com/9eATEdk.jpg

水木聖來
https://i.imgur.com/I01O0Ch.jpg
95 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 22:49:44.75 ID:TaO7oU2Go



・・・・・・・・・・・・


平地と思われがちな東京は、実は意外と起伏が多い街だ。

日露戦争の英雄であり、また明治天皇の忠君であった陸軍大将乃木希典を祀る神社の前も、緩やかな傾斜になっている。

その名をとって乃木坂と呼ばれる一帯は、正式には港区赤坂。

歴史の匂いを纏う勾配に沿って建てられたビルに、Pの運転する車が吸い込まれていった。

ここは国内最大手のレコード会社のひとつ、ツニーミュージック擁する建物だ。

ただしそれは表向きの話であって、実態はジョニーズの本社が入っている。
96 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 22:51:30.24 ID:TaO7oU2Go
この年の2月にジョニーズがツニーから取得したばかりの、正式な報道発表がまだリリースされていないと云う幻の本社ビル。

公知を目前に控えた大型連休終盤のこの日、田嶋からの極秘のアポイントメントが滑り込みで設定された。

田嶋が急いだ理由は凡そPにも察せられた。
つまり――ジョニーズとCGプロの接触を悟られずに密談をするもってこいの場所、その賞味期限が迫っているのだ。

「本当に急な話で申し訳ありません」

2階で出迎えた田嶋が開口一番に頭を下げる。実はPが電話を受けたのはわずか20分前のことだった。

「いえいえ、弊社もすぐそこですし、お気になさらず」

クイックレスポンスという言葉すら似合わないほどの早さで到着できたのは、ひとえに近所だからという理由である。

ここ乃木坂はCGプロの社屋から2キロと離れていないのだ。
97 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 22:53:19.84 ID:TaO7oU2Go
Pの言葉に「助かります」と恐縮しきりに云い、会議室の卓で正対した彼の目元には社内調整に疲れた色が出ていた。

ジョニーズの規模ともなれば施設の確保にも方々への確認を取らなければならないはずだし、この急ぎ方ではきっと埋まっているところに無理矢理ねじ込んでもらったのだろう。

「――先日の韓国では大変お世話になりました」

秘書課の見目麗しい女性が運んできたコーヒーに一旦口をつけてから、田嶋が改めて頭を下げた。

Pはドアの向こうへ消えていった彼女をスカウトしたい気持ちに駆られながらも、なんとかそれを抑えて会談に専念しようと努める。

「いえ、こちらこそ。急なこととはいえ、弊社の人間がSATURNさんのステージにお邪魔することになりお手数をおかけいたしました」

お互いに頭を垂れる。会議冒頭の様式美とも云えようが、このときは共に相手への感謝と敬意の念を持つきちんとした礼だった。
98 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 22:54:50.49 ID:TaO7oU2Go
「だいぶ一か八かの賭けではありましたが、蓋を開けてみれば概ね好意的に受け容れられていて僥倖でした」

「はい、弊社の渋谷もその部分を結構案じていまして」

アイドルは異性沙汰には神経質なアンテナを張らなければならない。

臨時とはいえ男と女を組ませることに批判が出ることも予見されたが、幸いにも今回の事例は「トップアイドル同士のバンドタッグ」という受け取られ方で、むしろ新境地を切り拓くかの如き評価を受けていた。

それは普段からベースギターを操る凛が演奏者として出たからこそだろう。
単純に他の普通のアイドルを安易に組ませただけだったらこうはゆくまい。
99 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 22:56:53.72 ID:TaO7oU2Go
「渋谷さんがいてくださらなかったら成功裡に終わらせることは不可能でした」

そこで――ともう一口コーヒーを傾けて田嶋が続けた。

「今回の評価を鑑みて、各セクションの第一人者を集め、事務所を横断したアイドルバンドプロジェクトを展開できないかと思っているのです」

紅白後にPも少しだけ漏らしていた構想。
どのように実現しようかずっと思い悩んでいたことが、まさかジョニーズ側から発せられるとは驚きを禁じ得なかった。

ジョニーズは元来、独立独歩志向が極めて強い事務所で、他社と組むことはこれまで一切なかったのだ。

先日の敵情視察と緊急的コラボレーションを経験したことで現状に危機感を大きく持ったのであろうが、それでもオールジャパン体制の構築に協力的な一面を見せたのは意外だった。
100 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 22:58:05.82 ID:TaO7oU2Go
「正直なところ、外来組と同じことをやっても仕方ありません。消耗戦になるだけでなく、地力は向こうの方がありますから、すぐに追いつき追い越すのは至難です」

国内最大手クラスの事務所だからこそ、ジョニーズは国内の現状に冷酷ながら正確な判断を下していた。

このドライさがジョニーズをこれまで巨人たらしめていると云えよう。

Pは大きく首肯を添えた。

「はい。例えば御社のSATURNさんをはじめ先日招待された面々のように、一部には互角以上に戦えるポテンシャルがあると思います。
でも絶対数はそこまで多くないし、その中のほとんどはベテラン勢で占められているでしょう。業界全体として俯瞰すれば我が国の芸能は後れを取っていると認識せねばなりません。
もちろん育成は重要ですが、残念ながらそんな悠長なことを云っていられる状態でもない」

前線でインバウンド攻勢を受け流しつつ、その後ろでは、正面から激突し押し戻せる実力を積むべく育成を長期目線で進める必要があった。
101 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 23:01:12.69 ID:TaO7oU2Go
二人、静かに大きく頷き合う。

「アイドルとアーティストを融合させた魅せ方で勝負する……このプロジェクトには多くの方のお力添えが必要です。そこで、ベースは御社の渋谷さんにお声掛けしたい」

CGプロの切り込み隊長をずっと担ってきた凛。彼女を国内芸能シーンを維持するための戦いでも最前線に据える提案。
もはや彼女はそのような星の下に生まれたのだと云うほかないなと、Pは心の中で思った。

「ギターには765プロのジュリアさんや弊社から知多、キーボードに同じく桜守歌織さんと961プロの伊集院北斗さん、弊社三益を考えていまして、ほか、315プロの神楽麗さんなどは如何かと考えております」

ジュリアは765の中でも――いや、国内女性アイドルの中でも指折りのギター奏者で、ライブでは単独での弾き語りも披露するほどの腕前だ。

また桜守歌織も音楽教室の先生からの転身というだいぶユニークな出自で、伊集院北斗と神楽麗に至っては音楽一家のサラブレッドなピアニストおよびバイオリニスト。
102 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 23:02:04.16 ID:TaO7oU2Go
黒船への対抗手段として申し分ない錚々たる顔ぶれと、また業界最大手の961をも巻き込む構想に触れ、Pは興奮に満ち溢れた。

正面から斬り合うのではなく、日本側の得意分野を活かした魅せ方を模索し、新しいアイドル時代の幕開けを予感させる企画に、どうして胸をときめかさずにおけようか。

「それは実に素晴らしい布陣だと思います。聞いているだけでもうわくわくしてきます」

リップサービスではないのを裏付けるように、頬の血気をよくしてPは云った。

「ただ……そんな壮大なプロジェクトに、数年の経験があるとはいえベーシストとしてはまだまだ半人前の渋谷をご指定頂くとは、よろしいのでしょうか」

アイドル兼ベーシストとして最も適任なのは純だ。凛はベースを弾けるとは云え、それが本業とまでは到達していない。
103 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 23:04:49.92 ID:TaO7oU2Go
田嶋は目を瞑って、小刻みに2回、首を振った。

「そのご懸念は問題ありません。このオファーは、知多だけでなく、遠家の推薦もあるのです」

そう述べる口角の上がり方には、凛が最適だと強く確信していることが顕れていたが、すぐ真顔に戻り「実は」とやや声音を低くする。

「――大変お恥ずかしい話ですが、弊社TOCIOの八馬口―やまぐち―が先日不祥事を起こしまして」

Pはもちろん知っていた。未成年者への淫行という、大スキャンダル。ここしばらくの芸能関連ニュースはこの話題で持ち切りだ。

田嶋は、ここだけのお話です、と前置きをして、顔を近づける。

「弊社は本日この後、本人から提出された辞表を受理する旨、発表いたします」

TOCIOのベース担当であった八馬口が正式に抜ける。その穴をサポートする必要があり、純が動員されると云う。
104 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 23:06:04.31 ID:TaO7oU2Go
一種の災害対応とも表わせる難しい事情がありつつ、また女性側トップアイドルと云う“顔”が欲しいこともあって、凛に白羽の矢が立ったわけだ。

であれば、遠慮する理由はない。

「なるほど、承知いたしました。それならうちの渋谷には思いっきり暴れてもらいましょう」

この場に凛がいたらテーブルの下で絶対に足をつねられるであろう言い方でPが笑うと、田嶋もつられて肩を揺らした。

「ときに、ドラム担当はまだお決まりではないようで? 弊社のライラなど如何でしょう。アラブ出身なだけあって、リズム関係には滅法強いですよ」

機会を逃さむとばかりに営業攻勢をかける。

ほかにも艶やかな雰囲気を醸成できるアコースティックギター担当として有浦柑奈や、サックス担当として東郷あいを推薦したり、
目立つ飛び道具を装備すべく765の白石紬に三味線への起用を依頼できないかと云った案をお互いに出し合い、どんどん構想が膨らんでゆく。

この小さな会議室から全世界をあっと言わせるアイドルの種が芽吹こうとしている――その使命感に、田嶋もPも熱く語り合った。
105 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/21(火) 23:07:02.02 ID:TaO7oU2Go

今日はちょっと短いですがここまでです
106 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/21(火) 23:34:05.19 ID:TaO7oU2Go
ジュリア
https://i.imgur.com/S9Tezzb.jpg

桜守歌織
https://i.imgur.com/WrfBttX.jpg

伊集院北斗
https://i.imgur.com/Q1gUg6q.jpg

神楽麗
https://i.imgur.com/iS3TGyB.jpg

ライラ
https://i.imgur.com/qjQs9Pq.jpg

有浦柑奈
https://i.imgur.com/6UTmN2K.jpg

東郷あい
https://i.imgur.com/JhoAg2f.jpg

白石紬
https://i.imgur.com/RavXoLm.jpg
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/23(木) 14:24:36.84 ID:wFli4tuS0
TOCIOからもう一人消えそうという時事ネタが
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/23(木) 23:25:51.46 ID:XcEIO4yAo
>>34
姜Pには心が孕まされました

>>35
あたしゃ今でもジュニヘナユジンの逆輸入を待ちわびてますよ

>>107
予感はあった
109 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:26:56.54 ID:XcEIO4yAo

・・・・・・

早朝より昼前までのレギュラー番組収録を終え、自室で2時間ばかり仮眠していた凛は、Pからのメール連絡で目が覚めた。

目を擦りながら件名を一瞥し、意識の靄を取り去らむとコーヒーメーカーのスイッチを入れる。

平日のコーヒーは凛の日課だった。じきにコポコポと音を立てて、香ばしく芳醇な薫りが漂う。

淹れたてをマグカップに注ぎ、一口。
インドネシア・カロシ産を深煎りにした豆は、豊かな甘さを包含する心地よい苦味が特長で、起き抜けや気分転換に最適の一杯だ。
110 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:27:58.69 ID:XcEIO4yAo
これもかつてPから教えられた嗜好だった。

付記すれば曰く、コーヒーは淹れる直前に豆を自ら臼ミルで挽いてこそ至高だ、とのことなのだが――
残念ながら世を統べる歌姫にそのような時間は持ち合わせておらず、専ら全自動の機械任せにせざるを得ない。

それでも当初は乳と砂糖を入れなければ飲めなかったものが、今ではストレートで味わえるようになった。
昨今はむしろ「砂糖はコーヒー本来の甘さを掻き消す」と云って、使わなくなった角砂糖を事務所の給湯室に寄贈――と表現する処分――したほどだ。

一杯をやや急ぎ気味に楽しんでから、仮眠していたアイボリーの革張りソファに置かれているアイフォーンを拾い、浴室へと消えていった。
111 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:29:50.33 ID:XcEIO4yAo

メールで指示された時刻の3分前に社屋へたどり着くと、ちょうど受付にいた事務の千川ちひろが凛を視認し、手招きをした。

「おはよう、ちひろさん。どうしたの?」

朝夕の別なく稼働する芸能業界にあっては、いついかなる時も挨拶は「おはよう」だ。

帽子や伊達眼鏡を取り外しながら近づく凛に、ちひろは可愛らしい笑顔を――しかし一部のプロデューサー陣には恐怖を想起させると云う能面の笑みを湛えて、人差し指を上に向けた。

「凛ちゃんおつかれさまです。Pさんから聞いているわ。今日は第一課じゃなくて、このまま8階の第五会議室へ向かってください」

「えっ第五? プロデューサーからは出社時間しか聞いていなかったけど、そんな珍しいところ使うんだ?」

第五会議室は社内では中規模の部屋で、どちらかといえば管理部や興行部など事務方の使用頻度が高いところだった。

プロデューサーやユニットメンバーとの打合せなら小さな部屋で事足りるし、第一課全体集会などでは大会議室を利用するので、中くらいの収容サイズの場所は意外と馴染みが薄い。
112 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:30:48.05 ID:XcEIO4yAo
不思議に思いながらカードキーでエレベーターを呼ぶと、3基のうち左側が地下1階から上がってくるところだった。

チャイムが鳴り、すっとドアが開いて乗ろうとした瞬間に凛は驚いた。

中には961プロの社長、黒井崇男がいた。

飛び上がらなかったのは、スマートであらむとする意地からきた半ば無意識的な抑制の結果だ。内心は1メートルほど後退っている。

「あ、凛ちゃん。チャオ☆」

黒井社長の後ろには所属アイドル伊集院北斗の姿もあった。

凛より三四半年ほど先行してデビューした五つ上の27歳、その兄貴分に近い立ち位置からか、凛のことをちゃん付けで呼ぶ二枚目だ。

彼らはきっと地下にある駐車場からエレベーターに乗ったのだろう。
113 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:31:43.68 ID:XcEIO4yAo
真っ黒い不思議な態―なり―をした、業界随一とも云われる敏腕社長が、こちらを一瞥した。

「……フン、渋谷凛か」

「失礼します」

来訪客と乗り合わせることになった凛は、下座である操作盤前に乗り込んだ。

すでにボタンは凛の行先と同様8階が押されていて、つまり彼らも同じ目的地に向かうことが理解できた。
114 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:32:28.05 ID:XcEIO4yAo
「黒井社長が弊社にお越しとは驚きました。第五会議室に御用ですか?」

「ウィ。わざわざ十番くんだりまで呼びつけるとは面白いことをしてくれるな、貴様のところのPと云う奴は」

上方への加速を感じさせる箱の中で凛が訊くと、黒井は大仰に腕を広げ、まるで悪役のようなイケメンボイスで褒めているのか貶しているのかよくわからない台詞を宣った。

「黒井社長はこう云ってるけど、実は電話口で話を聞いたとき楽しそうにしてたんだよ。素直じゃないよね」

北斗が盛大なネタバラシをする。

「五月蝿い、黙っていろ」

狭い空間でいちゃつく二人に、凛はどうリアクションしたものか悩んで、結局平静を装ってスルーを決め込んだ。
115 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:33:52.55 ID:XcEIO4yAo

「おはようございます……うわ」

第五会議室に入ると、エレベーターで黒井と鉢合わせしたとき以上に凛は驚いた。

長大な会議用テーブルは折り畳まれて隅へ除けられ、代わりにメモテーブルつきのミーティングチェアが円を描くように並べられているところに、他事務所の錚々たるアイドルが一堂に会している。

ジョニーズ、765プロに315プロ――ここへ凛と共にやってきた961が加われば、昨今の芸能シーンを牽引しているオールスターと云ってよい面々だ。
116 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:34:29.29 ID:XcEIO4yAo
ホワイトボードには「オールジャパンアイドルプロジェクト」と走り書きされていて、設営に割ける時間のなさを物語っていた。

そしてここに呼ばれた意味を凛が悟るのに充分だった。

「お、凛。おはよう。黒井社長をエスコートしてくれたんだな。ありがとう」

「おはよ、プロデューサー。どうしたのこれ?」

「まあまあ、すぐに始まるから座って」

Pが碌な説明もしないまま横の椅子を指し示すので、凛は小首を傾げながら座った。
117 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:35:31.77 ID:XcEIO4yAo
会場を見渡して、全員がいることを確認すると、Pは「本日はご足労頂きましてまことにありがとうございます」と簡便な前置きを済ませてから単刀直入に本題へと入った。

韓国遠征の視察成果や出展結果が報告され、外患に憂慮する現状の指摘がそれに続く。

特典商法とも揶揄され実態とかけ離れた売上の数字のみを追う行為が蔓延する国内の体質、
「親しみやすさ」と云うお題目を笠に着たスター性の低下、
アマチュアのお遊戯会にも劣るパフォーマンスでプロを名乗る不届き者――
などなど、国内の課題には枚挙に暇がない。

「――然るに、我が国の芸能をより高みへと昇華させむと、各分野の第一人者を集め、事務所の垣根を越えて本件オールジャパンプロジェクトを献策するものであります」
118 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:36:18.52 ID:XcEIO4yAo
概要の説明を終えたところで、765の高木社長が「ちょっとよろしいかな」と控えめに手を挙げた。

「仰りたいことは理解できた。
しかし一例として、我が社のジュリアくんと、例えば――そこにお座りの315の神楽さんでは、特に大きな接点は見受けられないように思えるのだが……。
もちろん、お声掛け頂いたことは大変光栄なんだがね」

「それについては私からご説明いたしましょう」

田嶋が手刀を切って立ち上がった。
119 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:37:35.17 ID:XcEIO4yAo
「外国資本勢との競争に於いて、正面から激突して跳ね返せるだけの体力は残念ながら国内芸能シーンには残されていません。がっぷり四つに組むことは避けたい。
昨今のトレンドも鑑みつつ、剣戟を受け流すことで後退を食い止める方向での対処が必要です」

「そう、この最前線プロジェクトで防御を兼ねつつ、その裏で正統的な体力育成を図る。中長期目線を要する企画なのです」

田嶋の言を引き継いで、Pが説明しながらホワイトボードにマーカーを走らせた。

「その対処に最も有効なのが、オールジャパンの、最高峰のオトナアイドルバンドプロジェクトです。
オトナアイドル――それは、子供世代からは憧れの対象として。同年代からはいつしか諦めた自らの夢を重ねる依代として。上の世代からはフレッシュなエネルギーを与えてくれる存在として。
全世代からの支持と熱狂を集めるのに最適な階層です」
120 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:38:33.89 ID:XcEIO4yAo
Pが会議室全体を見回す。

ジョニーズの栗栖と伊里亜。

961プロの北斗。

765プロのジュリアと歌織、紬。

315プロの麗。

そしてCGプロから凛、あい、ライラ、柑奈。

「もうお判りですね、この場にいる皆さんは全て、洋の東西を問わず音楽に精通している魅力的なアイドル達――これが共通点です」
121 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:40:39.89 ID:XcEIO4yAo
全員が、全員と見つめ合った。事務所が違えば接する機会もほとんどない。
越境することで、共通点を持つ人間がこれだけ集められたのか、と不思議な感覚がアイドルたちに押し寄せている。

「クックックッ……面白いじゃないか」

みなが息を呑んで静まる中、黒井が肩を揺らした。

「いいだろう、我々としては国内産業を協力して盛り上げることに異論はない」

「えっ」

最も懐柔に難儀すると予想していた人物が、最も早く賛成へと回ったことに、Pは失礼ながらも驚きを隠せなかった。
122 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:41:43.15 ID:XcEIO4yAo
大きく目を見開くさまを見て、黒井はだいぶ心外そうに天を仰ぐ。

「……なんだその目は。私のことを誤解しているようだな。
私はそこの耄碌高木と違い、高品位なアイドルを届ける宿命について常日頃から思い馳せているのだぞ」

「あっ……失礼しました。黒井社長がラスボスだと想定していたもので……」

Pがしどろもどろに答えると、二人を見ていた凛は耐えられず「ふふっ」と息を漏らした。

「黒井社長の云う通り、面白そうだね。アイドルとしてもベーシストとしても成長できるし、周囲の情勢とか抜きに、やってみたいな。
他社さんはもちろん、CGメンバーだけで見てもこの組み合わせは初めてだからね」
123 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:42:42.92 ID:XcEIO4yAo
凛の言葉に、ライラたちが頷いた。
凛と課が異なる柑奈はともかく、同じ第一課であるアイドル同士さえ、所属人数の多さのあまりに接点のない者がいるのだ。

「同意見だ。これまでサックスを前面に押し出した魅せ方はしてこなかったから、新境地を試せそうだよ」

足を組み替えて、あいは爽やかに笑った。
三十路になり艶やかさに磨きがかかっている彼女と、可搬性の高いサックスを用いたステージパフォーマンスは、煌めきに満ちることが容易に予想できる。

この場にいるのは、アイドルの中でも指折りの楽器経験者ばかり。

アイドルとしての振る舞い、楽器奏者としての経験、それらを融合させ高みへ昇らせむと各アイドルが思い思いに語りだす。
124 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:43:17.37 ID:XcEIO4yAo
「ライラさんも楽しみでございますですねー。ジョジョ・メイヤーの教則を復習しますです」

「私も、エレクトリック・フォレスト・フェスティバルが来月に開催されるからミシガンまで最新のインプットをしに往ってきますよ!」

来日して5年が経つにも拘らず、ライラは相変わらず特徴的な怪しい日本語を話す。一種のアイデンティティなのか、あえて直そうとはしない。

またライラと同期の柑奈は、ネオヒッピーの野外フェスティバルで最新のラブ&ピースコミューンを吸収するなどと云いだした。

他にも歌織と北斗など、同じ楽器をやっている者同士では特に会話が弾んでいるようだった。

「また、一緒にできますね」

盛り上がる会議室を横目に、栗栖と伊里亜が、手を差し伸べながら凛の許へと歩み寄った。

「はい、このアイドル業界トップタッグのプロジェクトで何を作り出せるのか。今からワクワクしています」

凛は期待に胸を膨らませて、力強い目線と握手を返した。
125 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:44:35.89 ID:XcEIO4yAo

・・・・・・

TOCIOのスキャンダルが茶の間を賑わせて間もない5月半ば。

事務所の垣根を超えた国内最高峰のアイドルグループ“プロジェクト:ツクヨミ”が電撃発表されたことで、世間の関心は一気にそちらへと移行した。

会議の招集から異例ともいえるこの早さで発表できたのは、最終的には、ジョニーズの北川社長による「YOUたちヤっちゃいなよ」と云う一言で、契約関係などが物凄いスピードで処理されていった為だ。

もちろん実際のところは、不祥事を覆い隠したいジョニーズの意向も多分にあるのだろう。
126 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:46:02.04 ID:XcEIO4yAo
ともかく、国内アイドルシーンを盛り返させたい関係者の努力は、一旦は第一のハードルを無事越えたことになる。

ツクヨミに期待する街中のインタビューなどを流すワイドショーが、どの局にチャンネルを合わせても映し出される。

「どうして名前をツクヨミにしたの? アマテラスじゃなくて」

第一課のソファでテレビの反応を見ていた凛が、後方へ位置するPの自席に向けて背もたれ越しに問うた。

普通の感覚なら、最高峰を標榜するには総氏神である天照大御神をネーミングに据えそうなものだ。
しかし実際はそれに次ぐ三貴子―みはしらのうずのみこ―の次男坊とも云うべき月読命が採用されている。
127 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:46:45.10 ID:XcEIO4yAo
「ツクヨミは夜を統べる神だからな。
現在の、外患に押されているアイドルシーンを夜に見立てて、牽引役になってほしいと云う点。それから、いづれは今回のプロジェクトを超える逸材が飛び越えていってくれることを祈るゲン担ぎもあるのさ」

「ああ……そう云うこと。ずっと走り続けるために、わざと2番目にしたんだね」

このプロジェクトが到達地点じゃないもんね、と凛は口角を上げた。

あくまでトップアイドルとしての目標は更に先にある。

ツクヨミが霞んで見えるほどのSランクアイドルに――アマテラスになるべく不断の努力を続けなければならない。

カタカタと軽快なキーボードの打鍵音が途切れた。「そういうことだ」とPも凛の方を振り向き、目を細めて笑う。
その目元には色濃いクマが生じている。
128 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:49:13.72 ID:XcEIO4yAo
「あーあ、目の周りが酷いよプロデューサー。昔からそうだったけど、最近とみに悪化してる」

「もう俺は若くないからな。それでいて仕事量は減らないどころか増える一方だし」

4年ほど前にCGプロ所属アイドルの増加は一段落を迎えたが、結局プロデューサー職の人間は合計で40人しかいない点は変わらず、増える気配は微塵もない。

単純計算で一人あたり5人のアイドルの面倒を看なければならないことになる。
アイドルランクや仕事量の多寡によって担当アイドル数の差こそあれ、最低でも二人以上の掛け持ちをしており、1対1で看ている者は存在しない。

しかも環境の変化に伴ってアイドルは小さな分身―ぷちデレラ―を持つに至り、プロデューサーがやるべき育成タスクは増え続ける一方だ。
129 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:51:28.49 ID:XcEIO4yAo
更にPについて云えば、ツクヨミの宣伝戦略やロードマップのすり合わせなど、複数事務所を亘る窓口業務が重く伸し掛かる。
ここしばらく、他プロデューサーとは比にならない激務が続いていた。

Pがやれやれ、と肩をほぐしていると、間隙を狙いすましたかのように内線が鳴る。

「あ、テクニカルレッスン終わった? じゃあ次は河川敷を7時間走らせてきてくれ」

不穏な指示を出して即座に切った。受話や終話の際の挨拶をしている時間や手間すら惜しいのだ。

事務のちひろに人手不足の改善を再三申し入れても「s5規模のプロダクションになったおかげで入社待ちは多いんですけど、あいにく社員枠が満杯なんですよ」と意味不明な制限で却下されるのが常態化していた。
130 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:53:36.46 ID:XcEIO4yAo
オーバーキャパシティのあまり、Pの睡眠時間にしわ寄せが生じている。
こんな仕事、本当にアイドルが好きでなければこなせられないだろう。クマが酷くなるのは必然と云えた。

「特に凛は売れっ子も売れっ子だからな、担当する俺のやるべきことも比例して増える。本当は凛のプロデュースに専念したいんだがどうにも人が足らん」

「うん、私のことで業務量がすごいことになってるのはわかってるし感謝してる。それでも、あまり無理しないでよ?」

プロデュース活動に活き活きするPのことを見ているのは嬉しい反面、激務が心配なのもまた事実だった。アイドル当人は複雑な心情を持っている。

「そうだな。まあ、ジュニとかつかさとか、自発的に動いてくれる皆のおかげで何とか兼任の綱渡りができているから有難いよ」

桐生つかさは最も遅くCGプロに入ってきたアイドルだ。凛が組んでいるデュオユニット、BEKILY―ベキリ―の片割れ。つまりPは両極端にもCGプロ最古参と最新参の人間を担当していることになる。
131 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:54:56.74 ID:XcEIO4yAo
つかさは凛と同様に、生来恵まれた容姿を持っていながら、当初はやや不躾な第一印象の殻で覆われていて色眼鏡で見られがちだった。

だが、内面を覗けば熱い意思や努力家の顔を見せる魅力的な女の子だ。その辺り、ベクトルは異なりつつも凛と似たタイプである。

所属当初の彼女は“JK社長”と云う肩書きを持っていたこともあり注目度は高く、社長業の経験から、自ら思考判断できる能力を備えていてあまり手が掛からないのはPにとって僥倖だった。

凛自身も、一つ歳下という年代の近さや、担当プロデューサーが同じゆえ会話する機会は多かった。

「うん。ただ最近つかさがちょっと詰まって打開策に悩んでるって云ってたよ」

「えっマジかよ俺の前では全然そんな様子見せてなかったのに?! 凛もそうだけど演技派女優すぎだろ俺の担当アイドルたちは」

椅子の背もたれに預けていた体重を跳ね飛ばしてPは前のめりになった。
132 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:55:56.19 ID:XcEIO4yAo
「あの子ヘンに周りの状況をトータルで俯瞰しちゃうからね。手間かけさせたくない、ってぽろっと溢してた」

「うわーまじか、気づいてやれなかったなんてクソヘマぶっこいたな……」

アイツの自主性におんぶにだっこで甘えてた俺の責任だ、と呻きながら、右手で額を押さえて再び背もたれに倒れ込む。
椅子が過酷な扱いへ抗議するかのようにスプリングをギィと鳴らせた。

「近いうちにレッスンをチェックしてあげなよ」

「……善処はしたい」

凛の助言にPは難しそうな思案顔。

この綱渡りは、数年もしないうちに無理が来ることは自明だ。対策を考えておかなければならない。
133 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:56:26.91 ID:XcEIO4yAo
こめかみを掻きながらパソコンに向き直り、少々黙考してから再びキーボードを叩き始める。

しばらく無言の時間が過ぎ、いくつかの優先度の高いメールを送信してから身支度を整えて云う。

「……じゃあ、すまん。凛を合同レッスンに送っていこうと思っていたんだが……やっぱり今日はこれからつかさの様子を看てくるよ」

「うん、それがいいと思う。私の方は一人で大丈夫だから。荷物それほど多くないし、行きしなに六本木でライラたちと合流してから向かうよ」

凛は頷いて立ち上がり、コンコードを肩にかける。

第一課の廊下まで二人一緒に出て、軽く手を振り別れた。

髪をさらりと払い、伊達眼鏡をかけ、硬質明瞭な靴音と共に小さくなってゆく背中を、Pは頼もしそうに眺めた。
134 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/23(木) 23:56:58.07 ID:XcEIO4yAo

今日はここまで
135 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/23(木) 23:57:31.89 ID:XcEIO4yAo
千川ちひろ
https://i.imgur.com/7SnJNhS.jpg

黒井社長
https://i.imgur.com/KCU9GKG.jpg

高木社長
https://i.imgur.com/Ypvfglb.jpg

桐生つかさ
https://i.imgur.com/5g6DR66.jpg
136 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:38:57.95 ID:4F4hgJ7vo

六本木――つまりテレビ旭で合流を済ませた凛たち4人は、渋谷にあるジョニーズ自社ビルへと到着した。

CGプロと同様に全面ガラス張りのその建物は、青白磁色をベースとするCGプロとは対照的に、赤みを帯びた茶色のシックかつモダンな雰囲気を纏っている。

全フロアにジョニーズの関連会社がまとめられており、所属アイドルのレッスンするスタジオもこの中に設けられている。

構造としてはCGプロと似た、トータルケアが可能な総合拠点なのだが、乃木坂のツニービルを購入したことで今後の動向に注目が集まっている。

そのためビル前には、芸能関係者の一挙手一投足を逃さむと、パパラッチが常に目を光らせ構えていた。
137 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:39:47.55 ID:4F4hgJ7vo
「うわ、いるいる」

歩道から正面玄関に続くわずかな階段を上がりつつ、道路を挟んだ対面に待機しているカメラ群を横目で見て凛が呟いた。

女性アイドルの筆頭が男性アイドルの総本山へとやってくる――
本来ならあり得ない光景ながら、しかしすでにプロジェクト:ツクヨミが公知されたことで、変に憚ることなく大手を振って他社事務所へと入ってゆけるのは精神的にだいぶ楽だった。

もし発表前にこのような行動をしたら、週刊誌の格好の餌食とされていたに違いない。
138 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:40:21.85 ID:4F4hgJ7vo
上層階へ運んでくれたエレベータを降りると、外光を積極的に取り込む構造のフロア内は非常に明るく、若い芽が羽化せむと励む声が、閉められた扉の向こうから聞こえてくる。

「おはようございまーす……」

レッスン音が漏れてくるところとは別の、指定された静かなスタジオへそろそろと顔を覗き込ませ、控えめな挨拶を投げる。

「あっ、来た来た! おはようございます!」

中には栗栖と伊里亜がいるだけだった。手を大きく挙げて挨拶を返してくる。ホームグラウンドたる彼ら二人は当然として、どうやら凛たちが一番乗りらしい。
139 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:41:06.38 ID:4F4hgJ7vo
本日はプロジェクトメンバーによる初の合同レッスン。
企画が走り始めたばかりで新曲はまだ手配中のため、ひとまずは既存曲の流用をして、各メンバーの同期をとるのが目的だ。

お題曲はカシオペア至高の名曲『Looking Up』。メンバーの楽器構成に近いことから選定されたらしい。

先日譜面を渡され、手の空いたタイミングに事務所の休憩室でベースを手繰っていると、第二課の安部菜々が寄ってきて「いいですねぇーカシオペア。国技館ライブが懐かしいです」と感慨深げに頷いていたのが妙に印象に残っている。

――そのライブは昭和60年に開催されたはずではなかっただろうか?

菜々の周辺では時空の歪みなど日常茶飯事なので、凛は一切気にしないことにした。
140 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:42:29.16 ID:4F4hgJ7vo


Looking Up
https://www.youtube.com/watch?v=lMTf5jDpdlc


安部菜々…さんが懐かしがっていた国技館ライブ
https://www.youtube.com/watch?v=S0Xm1PWb07o

141 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:43:07.25 ID:4F4hgJ7vo
さておき、Looking Upと云う曲はベースラインを大黒柱としつつ、それを様々な楽器が追い、包んでゆくのが特色だ。

ベースにはリズムキープだけでなく、各楽器パートとの噛み合わせや硬軟入れ混ぜた音のメリハリが要求される。

特にギターやキーボードとは息を合わせないと、途端にまとまりがなくなってしまう難しい曲。

その分、歯車が完全にフィットした時のこの曲はとてつもない色香を放つ。

問題は、その難曲を巧く奏でるのみならず、ステージパフォーマンスも交えて実現することを要求される点だ。

演奏だけなら完璧にできて当たり前、ダンスも然り。と云うレベルに到達しておかなければ、目標を満たすことはできない。
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