叢雲「地獄の鎮守府」

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109 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:07:11.01 ID:6b3AGc030
( T)「……」


別に、あの日から海に恐れを抱いたとか、そういったセンチメンタルな感情はない
ただ、こうも波風『しか』立たないこの場所を眺めていると、本当に深海棲艦なんてモノと戦っている最中なのかと疑念を抱いてしまう


叢雲「……珍しく静かじゃない」

( T)「俺のこと落ち着きのない子供か何かだと思ってる?」


ちょっとらしくないこと考えたらすぐこれだよどこ行ってもそうだよそんなに俺は思案が似合わん人間か?????え?????


( T)「ちょっと、先の事をな」

叢雲「先?」

( T)「将来」


『キリ』とリールのギアがやや動き、何かを発そうとした彼女の唇に紙コップの縁が当てがわれる
俺らは『現在』を分析し、『過去』を共有した。残すところは『未来』の話だ。多少身構えもするのだろう


( T)「なぁ、この件が片付いたら、何がしたい?」


しかしそう堅苦しく、畏って話すような内容でもない。先ずは手の届きそうな範囲で良い
高い理想を一飛びで実現した人物など数える程しかいない。天才と呼ばれる者だろうと、その他大勢の凡人だろうと、段階を踏みながらその場所を目指すのに変わりはない


叢雲「……」


コーヒーで濡れた上唇をペロリと舐めた叢雲は、少し考えた後


叢雲「二郎系ラーメンっての?」

( T)「えっ?」


なんか思ってたんと違う、いや違わないんだけど、なんかこう……いやまぁそれでええわワッショイ
110 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:08:25.58 ID:6b3AGc030
叢雲「テレビで見たことがあってね。どんな物か一度食べてみたいの。貴方、食べた事は?」

(;T)「あー……うーん……なんて言うかな……重い」

叢雲「フフッ、でしょうね。とにかく、美味しい物を沢山食べたい」

( T)「いいじゃん。二郎は想定外だったけど」

叢雲「貴方は?」

( T)「漫画と映画」

叢雲「本当にインドアね。そう言えば、お酒は嗜まないの?」

( T)「生来の下戸でね。ビール一杯で吐く」

叢雲「ふぅん……」

( T)「艦娘って呑めるの?」

叢雲「身体能力と一緒で、アルコールの分解機能も一定の水準を満たしてるのよ。艦種に関わらずね。最も、好き嫌いは当然あるし、何事もやり過ぎは毒みたいだけど」

( T)「違いねえ。呑めねえ側からすりゃ手軽に買える毒だからな」

叢雲「『煙』よりかはマシって聞くけど?」

( T)「耳が痛えよ。体験してみたいか?」

叢雲「タバコを?それとも、お酒を?」

( T)「あー……」


失言だったかもしれない。どう見ても未成年に対する飲酒喫煙を勧める悪い大人じゃん
111 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:12:25.57 ID:6b3AGc030
叢雲「……フフ、バツが悪いって顔してる」

(;T)「悪気なくても毒なんか勧めちまった日にゃそうもならぁよ」

叢雲「ま、艦娘である以上はどっちもヒトと比べて悪影響は少ないらしいわよ」

( T)「そりゃ羨ましい」


酒クズやらヤニカスやらの艦娘もいるのだろうか。そんなもん目にした日にゃ悲しくて泣いちゃうかもしれない


( T)「……俺の地元は和歌山なんだが」

叢雲「ん?」

( T)「農業と同じく酒造も盛んでな。ちょっと山の方に出向いたら果実酒を多く扱ってる直売店なんかもあるんだ」

叢雲「へぇ……でも、お世話になっているようには見えないけど?」

( T)「ああ、個人的には行ったことねえよ。だがまぁ、行きてえって奴がいるなら話は別だ」

叢雲「そう……え?」


良い機会だし、もうここで切り出してしまおう。俺が寝る前にサクッと考えた『これから』の提案を


( T)「あと二郎系とは違うが、豚骨ベースの醤油ラーメンも有名でな。駅からちょっと離れた場所に良い店がある。期間限定だが、山奥で開いてる行列が出来る店なんかもある」

叢雲「ちょ、ちょっと待って。何が言いたいの?」

( T)「キミさえよけりゃ、暫く俺の実家に身を寄せねえか?」

叢雲「!?」


まるで、そりゃあもう……なんだっけ……ドラクエの石化の呪文……ペトリフィカス・トタルス?まぁなんでもいいやワッショイ
そのお手本みたいにピシャリと固まってしまったもんだから、笑いのポンプで押し上げられた空気に頬を膨らませてしまう
きっと前代未聞の提案なのだろう。彼女にとっては軍の保有物を自宅に持ち帰るようなもんなのだから
112 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:13:52.85 ID:6b3AGc030
( T)「なんもねえとこだけど、ここよか自由に行動出来る。休んで遊んで英気を養ってから、軍に戻るか戻らないかを決めたら良い」

( T)「働き口……いやまず学校か。多少骨が折れるだろうが、通えるように手配もしてやるよ。凄い頑張って」

叢雲「あ、あの……っ……」


琥珀の瞳が忙しなく反復し、行き着いた先は針の落ちた海
今度は緊張で乾いた唇を濡らす為に舌の先がチロリと出て、リールがゆっくりと巻かれていく


叢雲「……今更、理由を訊くのは野暮よね」

( T)「おー、わかってきたじゃねえか」

叢雲「その口振りだと、散々悩んだ結果ってワケじゃなさそう」

( T)「後先考えるのは苦手でね。今に全力を尽くす。それがこのホル・ホースの人生哲学」

叢雲「フフッ……何よそれ」

( T)「……」


寂しげに笑った彼女の顔を見て、答えを聞くよりも先に結論を知ってしまった


叢雲「……ごめんなさい」

( T)「……ま、突拍子もねえ話だからな」


無茶な提案など百も承知。ヒトの孤児よりも『彼女』を引き取る方が幾千幾万ほどの障害がある
それを抜きにしても、最も重要なのは彼女自身の気持ちだ。『NO』と言ったのならば、俺はまた別の方法でアプローチせねばならない


( T)「ハァー……あ?」


しかし、俺が考えていたよりも、もっと『シンプル』な理由で


叢雲「……」


この提案を蹴ったのだと、思い知らされることとなる
113 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:15:54.65 ID:6b3AGc030
( T)「……何故逃した?」


食卓に並ぶはずだった魚達は、蹴り倒されたバケツから大海原へと帰される
叢雲はリールを最後まで巻き終えると、その場に釣竿を置きっ放しにして答えもなく早足で歩き始めた


( T)「……」


花でも摘みに行ったのでは断じて無い。俺は久しぶりに、彼女が『首筋』に爪を立てているのを見てしまった
今の話に何かトラウマを刺激するような要素があったか?いや、違う。もっと、何か切羽詰まった……


(;T)そ「ッ!!!!!!!」


『そういう事』かよクソッタレ!!!!


(;T)「叢くっ……!?」


慌てて蹴飛ばした水筒が、カンラコンロと音を立てて転がる。落ち着け、今まで暢気に釣りしてたんだ。『猶予』はある


( T)「スー……フゥー……」


深呼吸をして口車を回す準備を整える。一度昂った鼓動を押さえつけられはしない。これは持っていく他ない
それに、考えようによっちゃこれは千載一遇の好機だ。待ちに待った答えが近づいているとも取れる
その為に、最後に差し向けられた試練を何としても払い除けねばならないのだ


( T)「……」


ここには頼りになる上官も、稀代の天才軍師も、命を賭して立ち向かう兵士もいない
棄てられた艦娘と、頭と肉体がバグった一般人がいるだけだ
何が出来るか、何をしてもらうか。足りないオツムでも考えなきゃならない


( T)「……」


俺は『魚』とは違うぞ叢雲。お前がどう思おうが、俺は俺の好きにやらせてもらう。これまでも、これからも
114 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:17:57.66 ID:6b3AGc030
―――――
―――



光の入りづらい格納庫は、やや肌寒く。重たい金属音が余計に助長させていた


( T)「お出かけかい?」

叢雲「……そんなとこ」


案の定、彼女は自身の『艤装』を身につけていた。頭の両端に浮かぶ謎のデバイスは、まるで兎の耳のようだった
表情こそ気丈ではあったが、マストを模したのであろう槍をギュウと握り締めた両手が不安を表している


( T)「行き先くらい教えて欲しいもんだぜ。晩飯はいるのか?」

叢雲「食べて帰るわ。お気遣いなく」

( T)「ハハッ」

叢雲「……」


わざとらしく乾いた笑いを漏らすと、彼女の唇はキュウと締め上がった
後ろめたさはあるらしい。少しイジメが過ぎたか。とっとと本題に入り太郎


( T)「……『連中』の襲撃は、決まっていたのか?」

叢雲「……連絡が届いたのは三日前」

( T)「そうか……」


『連絡』と来たか。そりゃ、実験体をそのままにしておくワケはねえわな。『レポート』は常に欲しがる筈だ
だとすると、少し前に行った艦娘用の『アイテム』の使用実験も指示されたもんと捉えるべきか


叢雲「な、なかなかの、名演技だったと思わない?ここまで何も悟られずにやってこれたのよ?」

( T)「軍に主演女優賞なんてもんがあるなら優秀賞ってところだな。ツメが甘い。何故、今になってボロを出した?何故、俺に何も伝えなかった?」

叢雲「……事が済んだら、私の部屋に向かって頂戴。引き出しに電話が入っているから、連絡を待って」

( T)「叢雲」

叢雲「出来るかぎり丁重に扱うように陳情して置いたから、下手な抵抗はしないで。少なくとも、苦痛を伴う実験や拷問は行わない筈だから」

( T)「叢雲」

叢雲「それじゃ、後はよろしく」

( T)「いい加減にしろテメェ」
115 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:19:13.15 ID:6b3AGc030
出口に向かって歩き出した叢雲を止めようと肩を掴んだ瞬間


(;T)そ「ッ!?」


片手で胸倉を掴まれ、真横に投げ飛ばされる
長い昏睡生活で体重が落ちたとは言え、一般男性よりも重い俺の身体はほんの少しだけ空を飛び、戸棚に衝突する


(;T)「ってぇ……」

叢雲「良いわ、答えたげる。今まで伝えなかったのは、説明と、貴方の介入が面倒だったから」

(;T)「っ……」

叢雲「こーんな可憐な女の子に、いとも簡単に投げ飛ばされるようなヒトなんて、居ても邪魔なだけよ。納得いかないだろうけど、聞き分けてくれない?」

(;T)「嫌だね」


この俺に向かって随分と舐めた真似をしてくれる。多少プライドは傷ついたし、なんか身体も痛いが
それで『はいそうですか』などと受け入れるほど弱ってはいないし、諦めも出来ない


(;T)「今のはちょっとダイナミックに足を滑らせただけだ」

叢雲「私がまだ『優しい』内に素直になった方が身の為だと思うけど?」

(;T)「イキがるなよ小娘。既にもういっぱいいっぱいって顔してんぜ?」

叢雲「っ……!!」


散々見てきた表情だった。死が確定した者の、薄暗い覚悟を決めた顔だ


(;T)「やるならやるでもう少し上手い方法もあっただろうよ。なんせ全く『臭わせ』も……」


いや、予兆は確かにあった。昨夜の会話こそ、異変として捉えるべきだった
そこで既に『答え』を出してしまったのだ。俺を巻き込まず、自らでケリを着けると
116 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:22:28.99 ID:6b3AGc030
(;T)「……とにかく、衝動的に動いちまったのはキミのミスだ。例え脚を捥がれようが目を抉られようが、納得するまでここを出すワケにはいかねえ」

叢雲「……」

(;T)「さぁ時間は限られてるぜ?俺を納得させたきゃ腹ぁ割って貰おうか」


振り返り、出口に向かって走るだけで簡単に俺は撒ける。だが、気持ちに関係なく
腹を据えた奴と対峙して、背中を見せられる者などそうはいない。足には根が生え、目は逸らせられない
嘘だろうと本音だろうと、言い訳だろうと説得だろうと、本気には本気で返さねば打ち負かされるからだ


叢雲「……もう、うんざりなのよ……!!」


よし『乗った』。彼女に残された最後の心の鍵が剥き出しになる


叢雲「まともじゃない環境で過ごす平穏な日常も、隠れてコソコソと裏でやり取りしながら、それを臭わせないように纏う仮面も、ヒトに裏切られた身でありながら、またヒトを信じそうになりそうな自分も!!」

叢雲「私以上の惨状を受けながら、それでも尚!!飄々と前を向いて理想を語り続けるアンタにも!!」

叢雲「何より一番イヤなのが!!この期に及んでまだ元の生活への未練を捨てきれない、甘えきった自分の性根に!!!!」


叫び声は、出口から差し込む光に照らされて浮かび上がる細かな埃と共に空気を震わせ反響する
紅潮した顔に、目尻には涙を。瞳には自身への怒りを灯している


( T)「……」


まだだ、ここじゃない。もう少し引き出せる筈だ。必殺の距離まで耐えろ
117 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:23:59.74 ID:6b3AGc030
叢雲「……アンタの言う通り、感極まって衝動的になったのは私のミスよ。だけど、今の今まで良い方法なんて思い浮かばなかった」

叢雲「逃げ隠れしようとも、立ち向かおうとも、深海棲艦は『ここ』まで到達する。アンタに施した『何か』の成果を確かめる為に、わざわざご丁重に誘導されてね」

( T)「……」


ここで亡くなったとされる奴らの末路まで、ご用意されたものだって事か


叢雲「もう一つ付け加えると、海上で私が『沈めば』、観察は終了と見做され連中は速やかに殺処分される。暫くすれば、迎えを寄越す筈よ」

叢雲「言い訳が出来るくらいの戦果は挙げてあげる。アンタの思い通りの人生には戻れないでしょうけど、それでも『生き延びる』事は出来る」

( T)「……」

叢雲「……」


叢雲は、今にも泣き出しそうな顔を無理に捻じ曲げて、歪な笑顔を作った


叢雲「満足、してるのよ?とて……とっ、てもっ!!楽しかった!!」

( T)「っ……」

叢雲「叶うのなら、軍を離れて、新しい人生も探してみたかった!!アンタのいた街で、美味しい物食べたり、新しい経験だってしたかった!!でも、だけど!!」

( T)「……」

叢雲「私……やっぱり腐っても艦娘みたい!!ようやく……よう、やく!!このヒトの為なら死んでも良いって、思っているもの!!」

( T)「……」

叢雲「だから……これは私の要望で、我が儘よ。何よりも、自分の為の行動なのよ。だから……」
118 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:24:31.47 ID:6b3AGc030






叢雲「最期くらい、格好つけさせて頂戴」





.
119 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:26:35.21 ID:6b3AGc030






( T)「断る」





.
120 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:28:12.71 ID:6b3AGc030
( T)「言いたい事は以上か?」

叢雲「なっ……何よその態度ッ……?」


思いも寄らぬ『意趣返し』。我が身の情けなさとか、なんかちょっと泣きそうとか色々あるけど、やっぱ一番最初に来たのは


( T)「見くびられたもんだな。ええ?」


苛つきだった


( T)「お前にとって俺はただの庇護すべき対象か?慣れねえ自分語りまでした結果がこれかよ。ガッカリだ」

叢雲「た……ただの……?」

( T)「俺の思い通りにいかない人生に成るのなら、生き延びたって何の意味もねえ。死んだ方がマシだ」

叢雲「っ……そん、なに!!死にたいの!?」

( T)「そんなワケねえだろ笑わせんなボケ」

叢雲「なら!!」



( T)「俺を巻きこめば勝てるんじゃねえのか?」



図星だったらしく、言葉に詰まる。勿論、根拠も無しにこんなセリフを吐きはしない


( T)「幾ら深海棲艦を誘導するっつっても、規模に限度はあるだろうよ。戦艦、空母を含む艦隊を本土に近づけさせるにはリスクが伴う」

( T)「まぁギリ負けるってくらいの戦力なんじゃねえか?駆逐艦娘が相手しても打撃を与えられるレベル……精々、軽巡が限界って所か」

叢雲「……それが勝てる理由になってるとでも?甘く見過ぎだわ」

( T)「いいや、ヒト型が絡んでなきゃ策と地の利で上回れる。まんまと『誘導』されるような連中に、そこまでのオツムが備わってるとは思えねえ」

叢雲「ハッ、海上で『地の利』とはお笑いよ!!何も!!アンタに!!出来ることはないの!!」

( T)「気づいてねえとは言わせねえぜお嬢さんよ。俺は、俺達は『陸上』で奴らをぶっ殺したんだ。お前らより遥かに早くな」

叢雲「ッ……!!」


丸めこまれている焦りからか、下唇を噛んだ。前提督のお粗末な作戦を上回る立ち回りをした彼女が、この策を想定していないなんて考え辛い
それを口にしなかったのは語るに及ばないだろう。だから、俺の口から直接伝える
121 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:29:49.43 ID:6b3AGc030
( T)「『此方』に向かっているのなら、本土が見えるギリギリの位置で迎え撃てば背後には回り込まれない。『陸地』という退路も確保が出来る」

叢雲「待って……ダメ……」

( T)「ある程度引っ掻き回して挑発を行い、陸上に揚げちまえば機動力はガクンと落ちる。非ヒト型には『脚』がねえからな」

叢雲「やめて……」

( T)「硫黄島でやった作戦をなぞるだけで良い。勝てる戦いだぜ?何故その方法を採用しない?」



叢雲「簡単に言わないでよ!!!!!!!!!」



耳をキンと劈く絶叫に、思わず仮面の下の爛れた顔を顰めてしまう


叢雲「私だって真っ先に思いついたわよ!!アンタとなら、もしかしたら勝てるかもって!!だけど!!でも!!」

叢雲「もしも『勝って』しまえば、人でなし共は絶対にアンタを逃がしはしないわ!!これからずっと、搾取され続けていくのよ!?」

叢雲「巻き込めるワケないじゃない!!顔を奪われ、軍に裏切られて!!それでも、こんな私を『友達』と呼んでくれた恩人を!!」
122 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:33:42.35 ID:6b3AGc030
『だろうな』と出かけた言葉はそのまま飲み込んだ。気持ちはわかるし、少々不謹慎だが嬉しくもある
俺が彼女を案ずるように、彼女も俺を案じてくれていたのだ。あえて相違点を挙げるとするならば、『立場』による方法の差か
俺は寄り添う事を良しとしたが、艦娘故に『逃げ場』がない叢雲は突っぱねる事を選んでしまった


叢雲「艦娘として戦って、ヒトを守って死ねるなら!!私は『産まれてきて良かった』と悔いなく終わることが出来るの!!これは洗脳でも刷り込みでもない、『私』の本音!!」

叢雲「その想いすらも尊重してくれないの!?例えお互い生き残って、元の鎮守府に戻ったとしても!!沈むその時まで後悔引きずって生きろって言うの!?」


やれやれ、興奮で頭がパンパカパーンしてるようだな。パンパカパーンってなんだふざけてんのか?
ならゴキゲンな話で頭を冷やして貰おうか。俺の『口撃』がアレで尽きたと思ってんなら大間違いだ


( T)「俺には提督の素質があると言ったな?」

叢雲「!?」


一呼吸を置き、ニヤリと口角を上げて見せた
『誰よりも劇的な人生を送った自負があった』『俺の人生のクライマックスは、恐らくもう終わったのだろうと、タカを括っていた』


( T)「巻き込んで貰おうじゃねえか」


とんでもねえ。どうやら、俺の人生の脚本家は青天井がお好きなようだ。クソッタレが
123 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:34:57.06 ID:6b3AGc030
叢雲「……なん……どうして……?」

( T)「わからんか?」

叢雲「わかるわけないでしょ!!私は!!アンタを裏切り続けていたのよ!!そこまでされる義理は無い筈でしょ!!」

( T)「ああ勿論」

叢雲「は……?」


漫画なら頭に『?』でも浮かんでいそうな呆け顔に思わず噴き出してしまう
『失礼』と一言謝ったが、それも聞こえていないようだ

( T)「オメーの言う通り、義理も無けりゃ責任もねえ。だがそりゃ出会った時からそうだっただろうが」

叢雲「っ……」

( T)「俺がこの場から逃げなかったのも、お前と日々を過ごしたのも、全部俺が『したい』と思ったからそうしてるだけだ。まさかこの俺がお前の為を想って行動していたとでも?」

叢雲「……」

( T)「全部『俺』が優先なんだよ。例えそれが滅私奉公の行動に見えようが、俺は俺の為にしか生きない。他人に及ぶ影響なんざオマケで付いてくるもんだ」

叢雲「……」

( T)「こんな楽しい展開をみすみす逃すなんてあり得ねえ。お前の後味の悪さなんざ知るか。顔を焼かれようとも、国に裏切られようとも」


( T)「俺は『友達』と共に深海棲艦をぶっ殺してえだけだ」


叢雲「っ……!!!!」


あっヤバい泣かせた。まぁええわ続けよ
124 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:36:49.37 ID:6b3AGc030
( T)「死んで花実は咲かねえぜお嬢さん?これから新しい人生探して美味いもん食って、色んな経験するんだろ?艦娘がどうのこうのと宣う前に、テメーを第一に考えたらどうだ?ええ?」

叢雲「そっ……そん、なの……」

( T)「『出来る』。今この瞬間こそ最大のチャンスだ。俺を含む誰にも、お前が選んだ生き方を咎められる権利はねえ」

( T)「お前がしたい事の為に、『俺』を利用しろ。何だってする、何だって殺す、使い勝手の良い駒としてな」

叢雲「……そ、それが、アンタの意にそぐわぬ、行動だとしても?」

( T)「まぁ、俺もクソッタレのヒトだからな。後々前言を撤回するかもしれん。だが、今ん所……」


自分で言うのもなんだが、結構矛盾した発言なのかもしれない
だが、これ以上の言葉は見つかんねえし、上手いこと書き替える自信もねえ


( T)「お前の『したい事』を叶えてやるのも、俺が『したい事』の一つだからな。遠慮すんじゃねえよ」


まぁ、これ以上飾る必要もない言葉か


叢雲「っ……フフ、詭弁だわ……結局、私の為なんじゃない……」

( T)「は?自意識過剰乙」

オチャメな照れ隠しに叢雲は、両目をグシグシと拭い鼻を啜る
次に俺を見たときにはもう、赤く腫れてはいたものの『海上の戦士』の目をしていた
125 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:38:27.32 ID:6b3AGc030
叢雲「本気なのね?」

( T)「当然」

叢雲「もう引き返せないわよ」

( T)「本望」

叢雲「私の人生の為に、アンタを使い潰すわ」

( T)「上等だ……ハハ、ハハハハハ!!!!!」


笑わずにはいられない。『一皮剥けた瞬間』ってのを目の当たりにして、盛り上がらずにいられようか!!


( T)「さぁ門出だぜお嬢ちゃん!!責任や義務、『守らなければ他人が死ぬ』『勝たなければ国が亡びる』!!クソみてーな重たい柵から抜け出してぇ!!」



( T)「『楽しんだもん勝ち』の人生を始めようじゃねえか!!なぁ!!」



『自分探しの道楽旅』は終わりを迎えた。今ここに、俺は新たな指針を見つけ出した
艦娘と、『叢雲』と共に、『明るく楽しく深海棲艦を皆殺しにする』
他人の為でも、ましてや国家の為でもない、自分自身の為の戦争を始めようか
126 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:42:39.87 ID:6b3AGc030
―――――
―――



作戦会議だ作戦会議!!!!!!!!ウォーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!時間なーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!


叢雲「残念だけど、アンタの予想は的中ってワケじゃないわ」

( T)「え!!!!!!!????????」

叢雲「声デカ」


上層部から送られた敵情報は『重巡一、軽巡一、駆逐二』といったヒト型含む艦隊編成
幸いにも戦艦、空母といった高火力艦こそ居ないが、海上で駆逐艦娘一人が立ち向かうには少々どころじゃ無く桃色の荷が重い(あやや)


( T)「海上で皆殺しに出来る自信は?」

叢雲「いずれ身につくんじゃない?」

( T)「将来有望だなオイ」


お相手が虫の息ならそれもあり得るだろう。勿論、そこまでの戦果など期待しないし希望しない
兵力が十倍なら包囲を、五倍なら攻撃を、倍なら分断、等倍なら勇戦を
兵力に劣れば撤退し、勝ち目が皆無なら戦わない。則ち、『小敵の堅は大敵の擒也』
『数』という最もわかりやすい勝ちの要素は俺たちには無いものだ
しかし、こんな言葉があるのもまた事実。『兵は多きを益とするに非ず』


( T)「……この状況に置いて、俺らが優っている要素はなんだ?」


叢雲は視線を宙に浮かばせ指折り数える


叢雲「先ず地形でしょ。後は敵艦隊の情報。向こうは此方の戦力なんてわかりようもないしね」

( T)「それから?」

叢雲「疲労度と燃料、弾薬の残量……かしらね。追い立てられているのだから、多少のプレッシャーもあるんじゃないかしら」


深海棲艦はあれでも『生物』だ。遠海から遥々『ご足労』頂いている以上、疲れは多少なりともあるだろう
127 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:45:50.25 ID:6b3AGc030
叢雲「だからこそ目先の利益に囚われる。燃料と弾薬それに資材、ドック、工廠が生きている上に護衛の少ない拠点。連中最大の脅威国である日本の沿岸で拠点を構えれば、人類滅亡へのチャンスは格段に広がるわ」

( T)「つまり〜?」

叢雲「……施設を出来る限り傷付けず確保したい『欲』が産まれる」

( T)「その為に〜?」

叢雲「…………『罠』である事を臭わせない立ち回りをしなきゃならない」

( T)「頭賢い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」


槍の柄底で脇腹をエイッッッッッッッ!!!!!!!ってやられてエンッッッッッッッッッ!!!!!ってなった
緊張感を和らげてやろうとちょっとふざけたらこれかよユーモアに理解がないんじゃねえかこいつ


叢雲「ムカつく」

(;T)「脇はやめろ敏感なんだ」※後に乳首が敏感になる

叢雲「早い話が私の役目は、鎮守府敷地内への誘導って事ね」

( T)「『始めはジョj処女の如く、後に脱兎の如し』」

叢雲「何?」

( T)「最初はジョj処女のように振る舞い油断を誘って、そこを脱兎のような勢いで攻め立てれば敵は防ぐ術を失くす。艦娘主演最優秀女優賞が欲しきゃ、今まで以上に『しおらしく』振る舞え」

叢雲「そうねぇ……でも、手玉に取りやすかった殿方とは違って今度はビッチだもの。そう上手く通用するかしらねぇ」

( T)「腹立つ」
128 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:55:28.48 ID:6b3AGc030
叢雲「肝心の攻撃方法はどうする気なの?」

( T)「いくつか考えはある。一つは魚雷を拝借したい。接触式信管だよな?」

叢雲「ええ。まさか投げつける気?」

( T)「適当な棒に括り付けて投げりゃ立派な投擲爆弾だ。活かさない手はない」

叢雲「発想が如何にもさr人間ね」

( T)「サルって言おうとするな」

叢雲「他には?」

( T)「その槍も貸してくれ」

叢雲「い、嫌よ!!飾りみたいなものでも立派な艤装の一つよ!?爆破なんてさせないわ!!」

( T)「いやそんな事せん……『飾り』?」


『艤装』ではある。だが、艦砲や魚雷発射管のように、明確な役割はない代物なのか?


( T)「……なぁ、それで深海棲艦をぶっ刺したことは?」

叢雲「あ、あるわけないじゃない……」

( T)「前例は?お前以外にもなんか刀とか槍とか持ってる艦娘はいただろ?」

叢雲「無くは……無いけど、下策中の下策よ?砲雷撃を掻い潜って接敵して近接戦で倒すなんて、余程の手練れか若しくはイっちゃってる艦娘くらいだろうし」

( T)「……だよな、だよな、だよな!!」

叢雲「な、何を盛り上がってるのよ気持ち悪い……」


本来なら『あり得ない』戦法であるならば、当然向こうもそう思っている筈だ。何故なら艦娘も深海棲艦も『軍艦』であり、その戦法に乗っ取った戦いを基礎とする
だからこそ『有効』であるのだ。だからこそ、『俺はヒト型深海棲艦をぶっ殺せた』。奴らには『原始的』な白兵戦闘は通用するのだから
129 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:56:42.08 ID:6b3AGc030
( T)「だったら尚更、そいつを借りなきゃなんねえ」

叢雲「正気?」

( T)「勿論イかれてる!!」


即答すると叢雲は陸に上がった魚のように口をパクつかせ、深いため息を吐いた


叢雲「あのねぇ……それなら私が使った方が何倍もマシだとは思わない?」

( T)「思わない。ハッキリと言うがその手の武具の扱いなら俺の方が上だ」

叢雲「……慢心で沈んだ艦は数多いのよ?」


なるほど、敗戦国の重みを感じさせる発言だ。だがこっちもただの蛮勇だけで生きてる男ではない
複数の相手、向こうから見て艦娘とヒトと戦闘を行う場合、どうしてもついて回る要素が浮き彫りになる


( T)「戦いは『正』を以て対し、『奇』を以て勝つ。簡単な策だぜお嬢ちゃん」

叢雲「……『艦娘』である私を囮に、奇襲をするってのね」

( T)「ハハァ、話が早い」

叢雲「とんでもないのと手を組んじゃったわ……」


『優先順位』。駆逐艦とは言え宿敵である『艦娘』か、艤装も無く棒きれ振り回してる『原始人』なら、脅威となる方を真っ先に排除すれば勝利は確定したようなものだ
それに、有効打を一つに纏めておく必要もない。猫の手があるのなら、存分に活用するべきだ。叢雲自身もそれに気づいてないワケでは断じて無かっただろうが、まだ遠慮が残っていたらしい
130 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:58:20.19 ID:6b3AGc030
叢雲「いいこと?必ず!!生きて!!返しなさい!!」

( T)「言われんでもそうすらぁ」


手渡された槍は見た目に反して


(;T)そ「いや重っも!!!!!!!!」


地上最強の筋肉を持つ俺でもちょっと引くくらい重かった


叢雲「『艤装』の一つよ?正直、持ち上げてるだけでも奇跡だわ」

(;T)「フン、俺をそこいらのザコと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」


だがなんとも頼もしい重さでもあった。これなら、連中の装甲だって貫ける


叢雲「後は?」

( T)「そうだな……海上戦闘で少なくとも二隻は殺れ。重巡は揚げて構わん。アレが一番殺りやすい」

叢雲「人間様の言う事じゃないわね……」

( T)「『提督』ならどうだ?」

叢雲「フフ……もっとあり得ない!!」


叢雲は一歩、二歩離れると、クルリと振り返って踵を揃え


叢雲「特型駆逐艦五番館艦、『叢雲』。現時刻を以て……」

( T)「えっちょっと待って急じゃんこわい」


『敬礼』を行おうとしたのを、反射的に止めた
131 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 10:59:27.43 ID:6b3AGc030
叢雲「……何よ?」

( T)「いや俺のセリフ」

叢雲「形式上、こういう『儀式』をやんのよ。ただのヒトを『提督』と認めるためにね」

( T)「っあー……」


そりゃそうか。仮にとは言え提督だもんな。これをしちまえば明確な『上下関係』ってのが出来ちまう
だが向こうがどうあれ、俺はそれを好ましく思えない。軍人ってのに嫌気が差してたのに、元の木阿弥に戻るようでなんか嫌だ


( T)「堅苦しいのはやめとこうぜ」

叢雲「じゃあどうする気?」

( T)「……」


右手を広げて、掲げた。敬礼をするためじゃなく、もっとフランクに『認め合う』ために
叢雲も察して、また呆れたように微笑を漏らすと、同じように右手を掲げる。そして


『パァン!!』


と、互いの中間でそれを叩き合わせた


( T)「これで充分だろ」

叢雲「そうね。悪くないわ」


何かが劇的に変わった実感はない。ただ、共有された掌の痛みと景気の良い音は実に心地良い


( T)「やってやろうぜ、『相棒』」

叢雲「ええ、『司令官』」


『司令官』。妙にこそばゆい言葉だったし、叢雲自身も真の意味を込めて言ったわけでは無いだろう
誰が安全圏で指揮だけを執るお偉い人物になってやるものか。俺は俺のしたいように、文字通り――――


艦娘と共に戦ってやる


.
132 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:01:14.46 ID:6b3AGc030
―――――
―――



執務室の窓からは海が望める


( T)「……」


双眼鏡を覗いて、ようやく豆粒ほどのサイズになった叢雲の姿を目にする
『首輪』が爆破しないギリギリの圏内は鎮守府から凡そ『五キロ』ほどらしい。範囲クッソ狭い舐めてんのか


( T)「フゥー……」


なんせ艦砲の射程距離はその二倍は優に越す。もしも『拠点の破壊』が目的なら、矛先は目の前の小娘ではなく此方へと向かうだろう
だが俺も叢雲もその可能性は低いと睨んだ。情報通りの艦隊ならば『偵察』、もしくは『輸送任務』が主となる
建物を効率よくぶっ壊すなら、艦爆を積んだ空母が居て然るべきだ


( T)「そろそろか?」

《ええ、互いの電探に引っかかってるでしょうね》


無線からは叢雲の張り詰めた声が返ってくる


( T)「いいか、連中に『ストーリー』を連想させるんだ。放棄された場所をたった一人で守る哀れな艦娘を演じきれ」

《簡単に言ってくれるわね……》

( T)「出来ないの?ザッコ」

《アンタ帰ったら覚えてなさいよ》


煽りにもキツイ返しが出来る辺り、緊張はあっても恐怖は薄い。良い状態だ
133 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:02:55.28 ID:6b3AGc030
( T)「海上戦については俺から言う事は『怪我すんな』くらいだ。後は全部任せる」

《呆れ返るほど放任主義の司令官様だこと》

( T)「信頼の証と捉えて貰いたいね」


俺は海の上を奔れないし、小型化された艦砲や魚雷をぶっ放した事もない
戦略にも明るいとは言えないし、兵法も軽く齧った程度だ。他に出来ることがあるとするならば――――


( T)「が……」

《蛾?》


激励の言葉を贈ろうとして、思い留まった。気負いするなと言う方が無茶だが、もっと俺らしい言葉がある


( T)「『楽しんでこい』」

《は?》


間違ったかもしれない
134 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:04:13.51 ID:6b3AGc030
《アンタ緊張で頭可笑しくなったんじゃない?》

( T)「可笑しくない。常時まとも」

《ここ数時間が一番イカレてるんだけれど?》

( T)「スゴイシツレイ」

《フフッ、けど、そうね》


遠くで、叢雲の砲が咆哮を上げた。仕掛けたな


《少しはアンタを倣ってみるのも、面白いかもね》

( T)「ツンデレか?」

《うるさい。それじゃ、また後で》

( T)「ああ、武運を祈る」


通信は途切れ、また咆哮がガラスを僅かに揺らす。俺も配置に着かねばならない


( T)「……」


ふと、備え付けの鏡に映る『自分の顔』が目に入った
可笑しなもんだ。この数週間で顔も環境も、艦娘や国への認識もガラリと変わったと言うのに


( T)「ハハ……ハハハ!!アハハハハハ!!!!!」


『俺』という本質は何一つ変わんねえとはな
さぁ勝負だ深海何某。イカレを敵に回して、生きて帰れると思うな
135 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:05:51.38 ID:6b3AGc030
―――――
―――



砲火の音と、立ち上がる水柱は徐々に距離を詰め始める


( T)「……」


通信を行わない理由は、『その場に誰一人として居ない』と思わせる為
奴らにとってヒトなどゴキブリに過ぎなくても、居るか居ないかで警戒の度合いは変わる
出来る限り姿を見せず、存在を臭わせず、ジッと息を殺す。相棒が身体を張っている最中、心苦しくはあるが
『待機』も立派な戦術の一つだ。焦らずとも、俺の番は直に回ってくる


( T)「……」


爆発音が背にした建物を身震いさせる。燃料と火薬、そして死体を焼いたような臭いが海風に乗ってここまで届く
幸いにも、流れ弾はまだ此方まで飛んできていない。単に『上手い』のか、それとも戦略的価値を貶めたくないのかは知る由もないが


(;T)そ「うおっ!?」


とか思ってたら爆音と共に地面が大きく揺れ、飛来した礫が窓ガラスを障子のように容易く破る
どうやら湾口の端っこに着弾したらしい。コンクリートが深く抉れ、ちょっとしたクレーターが出来ている
奴らと違って、俺らはこの場所に執着はしないし幾ら壊れても構わないものの、実際こう砲弾が届くとビックリしちゃうよね。わかるよその気持ち痛いほど(倒置法)
136 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:11:12.01 ID:6b3AGc030
(;T)「……」


海上に目をやると、立ち上る黒煙が二つ。一つは何かわからないが、もう一つは、今まさに傾き沈んでいく『軽巡級』の深海棲艦の姿
五隻相手にして軽巡含む二隻を既にブッ沈めてる。この時点で既に大武勲と言っても差し支えない。しかし――――


(;T)「っ……」


損害を被っていないなど都合の良い展開はなく、現状彼女は既に『逃げ』に徹している
速度こそ落ちてない為『機関部』への損傷は無いようだが、反撃してねえって事はそっち方面の艤装はダメになってる可能性はある


(;T)「ッ!!」


二つ、三つと衝撃が響き、湾口が再び弾け飛ぶ。やべえな読みを誤ったか?
いや、この程度なら『試し行動』とも取れる。まだ作戦は有効だ。焦るな


(;T)「……?」


すると、これまで断続的に続いていた砲撃が止んだ。双眼鏡で確認を行うと、奴らは速度を落として航行している
残りはヒト型重巡一隻と、駆逐艦が二隻。レンズ越しにそのご尊顔を眺められるほど『近く』にまで迫っている
バケモン丸出しの駆逐はともかく、ヒト型深海棲艦もツラだけはご立派なもんだ。あんなもん抱くくらいならゴリラと一晩過ごす方を選ぶが


(;T)「ん……?」


その隊列に妙な違和感を覚えた。一隻の駆逐艦を後ろに、重巡ともう一隻の駆逐艦が『庇う』ように並んでいる
そういう陣形と言われれば反論出来ないが、わざわざ重巡を前にしてまで何の変哲もない駆逐艦を守る意味はあるか?


(;T)「……」


例えば、腹にわんさか『爆弾』を抱えているって可能性もある。だがそいつを積んでようが無かろうが、奴らは討伐対象だ
そいつさえ倒しちまえば後は爆発の巻き込みでその他も瓦解するような作戦を、幾ら脳足りんのカス共でも採用するか?
いや、だが『何かある』のは確かだ。叢雲もあえてそいつを狙わなかったのかも知れない


( T)「……」


しかし考えようによっちゃ大きなチャンスだ。敵の狙いがどうあれ、奴らには『保護対象』がいる
地獄に仏って奴だ。完全勝利への青写真が見えてきた
137 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:13:27.85 ID:6b3AGc030
水飛沫とエンジン音を響かせて、叢雲は数が減った妨害を掻い潜り戻ってくる
身体に目立つ傷こそ無いが、衣服が不自然に破けて素肌が見えている
前に教えて貰ったが、『耐久値』の度合いを示しているらしい。それがなんで服が破ける事になるんやもっとなんかあったやろセクハラやぞ


( T)「さて……」


此方の得物は背中に括り付けた爆雷槍三本。そして借り物の艦娘の『槍』
緊張感が、シャツをジワリと濡らす冷たい汗と共に滲み出てくる
それすらも、俺の心を高く高く弾ませて、抑えるのに難儀した


叢雲「ハァッ、ハァッ!!」


叢雲は荒く息を吐きながら海上から崩れた湾口へと駆け上がり、そのまま脇目も振らず内部へと走る
チラリと此方に送られた目線に、健闘を称えるサムズアップを返すと、汗だくの顔に不敵な笑みを浮かべて次の配置へと向かった


( T)「……」


さぁ乗ってこいクソ共。デカい餌と、舐めた真似した憎き敵はここにいる
そのまま振り返ってはいサヨナラなんて味気ねえ真似なんてしねえだろう?お前らの気持ちは俺には良く解る
『共存』がお望みなら武器なんて積まなくても良い。『生存』が目的なら戦争など起こさなくても良い
『殺して』『奪う』事こそ、お前らに与えられた使命であり喜びなんだろう


( T)「……」


俺も同じだ。今でも硫黄島での出来事を深く悔やんでいる。『何故覚えていなかった』とな
今度はしくじらねえ。この頭と身体にキッチリと、テメーらがくたばる瞬間と感触を刻み込む
138 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:14:32.09 ID:6b3AGc030
( T)「ッ!!」


葛藤は終わった。狙い通り、奴らは重巡を先頭に此方へと向かってくる
砲撃は今の所してこない。限りある弾薬を無意味に撃ってこない辺り、やはりヒト型はある程度の知能はあるみたいだ


( T)「……」


ジリジリと、距離は詰まってくる。何とも焦ったい時間が過ぎていく
鼓動は高まっていく一方だが、存在を悟られないよう呼吸は抑えた
『ガラ、ガラ』と、湾口の瓦礫が崩れる音。加えて、ズリズリと重く引き摺る擦り音
それに足音も加えて計三つ。まんまと連中は『狩場』へと上陸した


(;T)「……」


だが、まだだ。深く深くまで誘い込み、『脱兎の勢い』で片をつける
今はまだ『処女』を気取れ。生半可な攻撃では、盤面が一気に引っくり返る。それだけの力が向こうには備わっている
139 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:19:04.71 ID:6b3AGc030
奴らの位置は俺から見て二時の方向。工廠に目を取られている
工廠の隣には旧校舎である『鎮守府』。その隣は比較的新しい建物である艦娘の寮棟。俺はそこに身を潜めている
奴らの並びは変わらず、右手に駆逐級、左手に重巡、その後ろに警護対象の駆逐級が続く
やはり非ヒト型の動きは愚鈍で、陸に揚がったアザラシのように腹を擦りながら移動をしている
側面から不意さえ突けば、あれらを葬り去る事は容易い。問題はやはり重巡の方だ


( T)「……」


見栄張って『あいつ余裕で殺せるぜウェッヘヘーイベイベカモーン』などとほざいちまったが、ヒト型は地上であっても急旋回が出来る
それにそれぞれの腕に『盾』らしき装備と、駆逐級の頭部を模した『砲塔』が備え付けられている。当たり前ではあるが『ヒト』や『艦娘』に近い行動を行える
耐久値だって駆逐など比較にならないだろう。爆雷槍一発でぶっ殺せる保証は無い


(;T)「……」


砲撃を喰らって形も残らず木っ端微塵になる嫌なイメージが頭を過ぎる。ああ、やっぱ怖ぇわ
かつてあんなバケモンと正面切って戦って、五体満足で生き残ったのは幸運以外の何者でもない
頭の中で『不安』が語り掛けてくる。『二度もラッキーは続かない』と。では俺はこう返そう


( T)「……」


『なら実力と連携で勝ち残るまでだ』と
140 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:20:31.33 ID:6b3AGc030
鎮守府二階の壁が内側から破れ、執務机が落下する


「!!」


艤装による身体能力強化を得た叢雲による『合図』と『引き』に、重巡級は目敏く反応した
反射的に放たれた砲撃は、木造校舎の上半分を吹き飛ばす。続けて、駆逐艦も機銃を掃射する
言わずもがな、すぐさま脱出しろと指示はしているが、安否が気がかりにならないワケはない。かなり無茶な注文である事は重々承知してる


(#T)「ッ!!」


それよりも先に、彼女の働きに応える必要があるのだから


(#T)「死っ……」


影から飛び出した俺の存在を、重巡は捉えた。だが反応が一つ遅い


(#T)「ねオラァ!!!!!!!!!!!」

爆雷槍、一本目を投擲。地面と水平に、鋭く空を泳ぐ魚雷は


「谺イ縺励>繧ゅ?繝ェ繧ケ繝!!!!!?????」


右手の盾と衝突する前に、透明な『壁』に阻まれる


「!!!!????」


しかし問題なく信管は起動し、爆発。砂埃は悲鳴と共にもうもうと舞い上がった


(#T)「もいっぱt無理だな!!!!!!」


続けて二本目を投擲しようとして、再び建物の影へと身を翻し、次のポイントへと走る
脚先を機銃の弾丸による『鎌鼬』が横切った。危ねえもうちょっとでトムとジェリーに出てくるチーズみたいになるとこだった


(;T)「ハッ、ハッ」


あのバリアが例の『艤装殻』ってやつか。艦娘と同じく連中にも備わっているとは聞いていたがズルじゃんあんなもん来いよベネットバリアなんて捨ててかかってこいやクソが
だがダメージはちゃんと通ってる筈だ。俺が投げたとは言え艦娘が使う魚雷。無傷で済むはずがない
141 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:21:40.25 ID:6b3AGc030
「縺上◎縺後≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠!!!!!!!!!!!!」


(;T)そ「わっ、たっ、たっ!!」


俺の一発は見事に怒りを買ったらしい。建物の壁に大小様々な穴が次々と空いていく


(;T)「景気の良いこって!!」


一応、寮は軍施設らしく頑丈に作られてはいるが、このままだと数分も持たず瓦礫の山だ
足を止めようもんなら下敷きか木っ端微塵は免れない。俺一人ならもうこの時点でほぼ詰みだ。『俺一人』ならば



「あああああああああああああああああッ!!!!!!」



深海棲艦のものではない、気合の入った雄叫びと共に咆哮が響く。俺への砲撃は、別の脅威へと矛先を向ける


(;T)「っし!!」


叢雲の生存を耳で確認し、思わず握り拳を掲げる。叢雲の逃走経路については、予め打ち合わせしていた
確かに鎮守府の上半分は撃ち抜かれたが、階下は比較的……いやえれぇ事になってるのは変わりないが、大穴は空いていない
連中がいる湾から鎮守府を狙えば、必ず『角度』が生じる。つまり、『下』に逃げれば一先ず射線からは逃れられる
勿論、階段で下るなど悠長な真似は出来ない。だから俺はこう指示した。『床ぶち抜いて降りろ』と


(;T)「かーらーのォッ!!」


地面を蹴り返し、出来立ての穴から向こう側を覗く。爆発による塵煙は晴れていない
撃つにしても闇雲だろう。だが、下手な鉄砲なんとやらとも言う。テンポよく行かねばならない
別方向からの絶え間ない波状攻撃により、奴らには『迷い』が生じる。どちらを先にやるべきか、と


(#T)「いったれオラァ!!!!!!!!!!!!!」


爆雷槍、二本目を投擲。同時に、穴から寮内を通り抜け接近する
『バキンゴギャン』と嫌な音を立てて建物内部が傾いていくがもう少し辛抱してくれ頼むお願いなんでもするから
142 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:23:50.81 ID:6b3AGc030
「ッッッッ!!!!????」


二発目も見事に炸裂し、連中の怯みは攻撃の手の緩みとなって伝わる。既に盾となる建物は俺の目の前に無く、背後でガラガラと崩れ落ちていく
片手に叢雲の槍を、もう一方に爆雷槍を手に『仕上げ』に掛かる。矢面に立っていた駆逐艦の顔面は大きく抉れている。叢雲の砲撃で出来たものか
残りは重巡と、身重の駆逐艦。前者はやはり魚雷二連発は相当なダメージだったらしく、額からクソ気持ち悪い青い血を流している


「……!!」

(#T)「ッ!!!!!!」


視線が合った。不気味なターコイズブルーに光る眼に、硫黄島での記憶が甦る
そういやあの時もあんな色してやがった。下等生物に一杯食わされた、怒りに満ちたあの色を


(#T)「ハハハハァ!!!!!!」


全く愉快で堪らねえ!!ヒトを侮り見下すカス共に、立場をわからせる瞬間ってのは!!


(#T)「ク」


三本目の投擲。狙いは重巡ではなく、背後の『警護対象』


(#T)「ソ」


左手の砲が俺を狙う。だが視線は、駆逐を狙う爆雷槍に


(#T)「ザコォ!!」


低身した瞬間、砲弾が頭上を通り抜ける。発生したソニックブームが鼓膜と身体を揺らすが、この俺の足を止めるには微弱過ぎる
爆雷槍は艤装殻を持たない駆逐級の装甲に直接着弾。同時に爆発を引き起こす


「繝吶Μ繧「繝ォ縺ァ隱ソ縺ケ縺ヲ繧ゅ!!!!??????」


背後から爆風を受けた重巡は前へと押しやられる。俺は吹き飛ばされないようにその場で踏ん張り、槍を構えた
143 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:25:23.81 ID:6b3AGc030
(#T)「ナメクジがァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」


突きだした槍の穂先に柔らかな肉と、骨を貫き『中身』を穿つ感触が伝わった


「ッ……!?縺ァ……」


驚愕と苦痛が入り混じる表情に、口からゴポリと流れ出す血が顎から下に化粧を施す
胸元深くに突き刺さった槍を抜こうとしたのか、はたまた俺に一矢報いようとしたのか。腕を僅かに動かすが
既に自身の艤装の重さにも耐えきれないのか。俺の腰ほどにも上がらなかった


「縺ゅ繧……」


思いがけず、『あの日』の終わりと似たようなシチュエーションと相成った。あの日の俺はどんな顔をしていただろうか?
考えるまでも無い。俺を起こした戦友の顔を。『バケモノ』でも見るような恐ろし気な表情を思い出せば、大方察しはつく
マスクに親指を突っ込み、半分だけ捲り上げる。相変わらず凄まじい痛みが襲ってきたが、些細な事であった


「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ!!!!!!!!」

「具スュ?ッ……!?」


連中の『恐怖の形相』を拝められるなら、火傷の痛みなどこれっぽっちも気にならない
数分にも満たなかったが、激闘を演じた仲だ。言葉が通じるとは思わないが、最後に贈りたい


「下等、生物が」


人間にも劣るクズに、とびきりの侮蔑の言葉を
144 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:30:46.14 ID:6b3AGc030
槍を引き抜くと、ブチ空けた風穴からドボリと血が溢れ出た
全身の力が弛緩され、膝から崩れ落ち倒れる。ジワジワと広がっていく血溜まりが靴を汚す
ふと、肩に激痛が奔る。爆発によって飛来した装甲の破片が突き刺さっていたが、それにも気づかぬほど夢中だったみたいだ


「……ギ」


まだ息があるのか。ザコの分際でしぶといな


「オラッ!!!!!」


ショートヘアの頭を踏みつける。骨と共に小さいお脳がブチュリと溢れ出し、ズボンの裾まで汚しやがった
最後まで不敬なクソアマだ。少しはお綺麗に死んで欲しいものだ。まぁ全部俺の所為だけどテヘペロォ


叢雲「司令官!!」

( T)「よぉ、終わったぜ」


マスクを戻し、慌てた様子で駆け寄ってくる叢雲に声を掛ける


叢雲「『まだよ』!!!!!!」


その言葉に、陶酔した俺の思考は白く塗り潰された
『まだ』だと?見ての通り皆殺しは済んだ。これ以上の脅威など――――
145 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:31:23.83 ID:6b3AGc030





「オ」




(;T)そ「ッッッッ!!!!?????」




.
146 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:33:08.36 ID:6b3AGc030
俺が『それ』に気づかなかった要因は幾つもある
お愉しみに夢中で目に入らなかった。興奮が警戒を上回った。『身重』の影に隠れて見えなかった
今更言い訳をつらつらと並べた所で、後悔は先に立たない


「ギャアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」


真っ白な身体を青紫の『羊水』で濡らし、『口』以外の器官が見当たらない子供の落書きのような『ヒトの形』をしたバケモノに
胸を強く殴られてしまうなど、誰が想像出来るだろうか


(;T)・'.。゜「ガッ……!!!!!!??????」


衝撃は筋肉を貫通し、身体の中から骨が砕ける音が響く。内臓は破裂しそうな程痛み、鼓動は不規則なビートを刻む
肺は新鮮な空気を取り込む事を拒み、喉から熱い液体が込み上げ、口から噴き出した


:(;T):「ッ……ッツ……!!」


ありゃ何だ?どこから現れた?考えるまでもねえ、身重の『荷物』がそれだったんだ
迂闊だった。最後に気を抜いた途端にこれかよ。偉そうな口叩いてこれとは面目次第もねえ


「クゥルルルルル……」


追撃が来ると思っていたが、最初の一撃を放った後は奇妙な鳴き声を上げながら辺りを見回している
正確には、見回しているような『仕草』だ。目がある位置に『眼球』はなく、やや色濃い窪みがあるだけだ
骨や筋肉も発達途中なのか、小刻みに震え立ち上がる事も儘なっていない
どうやら『未熟児』であるらしい。それを無理やり産み出してしまったようだ


叢雲「っ……!!」

(;T)「む、ら……」


散々深海棲艦を相手取ってきた叢雲ですら、滴るほどの冷や汗を流している
恐れからか、奥歯と同じくカタカタと震える砲塔を向けたまま、動こうとしない
俺が側にいる事で、巻き添えを懸念しているのか?だったらこう指示するしかない


(;T)「う……て……!!」

叢雲「!!」


死にかけに遠慮などする必要は無い。ここさえ凌げば、少なくとも叢雲だけは生き残れる
気配を感じ取ったのか、未熟児は顔を彼女へと向けた。幾ら身体が出来上がっていなかろうと、この俺を一撃で瀕死に追いやっている
艤装を背負っているとはいえ、ダメージの残る叢雲を殺すには十分だろう
147 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:35:38.18 ID:6b3AGc030
叢雲「……」

(;T)「……て、め……」


俺が元気であるならば、『何をやってんだ俺ごとサッサとブチ殺せ!!』と喚いていた所だろう
だが彼女は、何かを決意したように唇を結ぶと


叢雲「出来るワケないじゃない……」


砲塔を、下ろした


(;T)「この、や……」


「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


未熟児は新たな標的を見据え、グニャグニャの手足で叢雲に向かい跳躍した
迎え討とうと、まるでなっちゃいない拳を放つが、ゴムのような腹に減り込んだだけで勢いは殺せず


叢雲「ぐうっ!?」


そのまま押し倒される
148 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:36:20.45 ID:6b3AGc030
「ガァ!!ガァアアアアアアアアアア!!!!!!」


肉をハンマーで思い切り殴ったような打撃音と、打たれる度に身体を跳ねさせる叢雲の姿
試練を乗り越え、やっと『ここからだ』って時にこの仕打ち。神様はとことん俺たちの事が嫌いらしい


(;T)「……」


いや違う、自分で撒いた種だ。他でもない俺の油断が、この事態を招いた
だったら自分で尻拭いをするしかない。瀕死?冗談じゃねえ。男が赤ん坊に殴られた程度で死ぬかよ


(;T)「ク、ソ……ガキ……がぁぁ……!!」


踏ん張りどころだ。しっかり力を巡らせろ。立ち上がって、此処に我存りと知らしめろ
ああ痛ぇ。身体の端から内臓まで、痛くない箇所はねえ。だがまだ『生きている』
膝を立てて立ち上がれた。拳はまだ堅く握れた。心の火は消えずに煌々と燃え上がっている


(;T)「俺の……相棒に……!!!!」


無様な摺り足に、『おもちゃ』に夢中の奴は気づかない。叢雲は破茶滅茶な暴力の嵐を、青紫に染まる両腕で防いでいた
肩からの破片を引き抜き、奴の背後に迫る。振り返って裏拳でも放たれれば、今度こそ脆弱なヒトの身は砕け散るだろう


(#T)「手ぇ……出してんじゃ……」


だが叢雲を痛めつける手を止めた時にはもう遅い


(#T)「ねぇえええええええええええええッ!!!!!!!」


渾身の力を込め、背後から喉へと抱き付くように、その破片を突き立てた
149 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:37:54.14 ID:6b3AGc030
「ーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」


まるで下手くそなリコーダーの高音のように、声にならない甲高い悲鳴が耳を劈く
ジタバタと抵抗する身体を抑え、破片をゆっくりと、かつ力を込めて真一文字へと引き裂いていく
生温い液体が腕と、馬乗りになっている叢雲を汚していく。多量の出血にも関わらず、抵抗の力は緩もうとしない


(#T)「と、どぉ……」


切り込みはこれで十分だ。破片を放し、片腕を首に巻き付け、もう片方の手で頭を掴み


(#T)「めだァ!!!!!!!!」


頸椎を『く』の字に折り曲げた
150 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:39:45.48 ID:6b3AGc030
「ア……」


脊髄液らしきものがブシャリと飛び散り、フッと力が抜けていく
そのまま手放すと、ふらりと側面へと倒れ落ちた


(#T)「ハァー……ハァー……」

叢雲「し……れい、か……」


一発いいのを貰ったのか、片頬が膨れ上がった叢雲が此方を見据える
カッコいいヒーローのように手を差し伸べて立ち上がらせたかったが、身体は言う事を聞かない
瞼は重くなり、急に寒気が駆け巡った。肩の傷は深くまで到達していたらしく、夥しい血が流れ出ている


(;T)「……」

『まだ残っているかもしれない』『倒れるワケにはいかない』。そうは思いつつも、目の前の景色は斜めへと傾いていき―――――


(;T)「っ……」


未熟児と添い寝するかのように、俺の身体は地面へと堕ちた


(;T)「……」


「しれい……やd……ね……!!」


叢雲の声すらも、遠くから聞こえてくるようだ。返事をしてやりたかったが、口から出るのはか細い溜息だけだ
大丈夫。少し休めば良くなるさ。その後、打ち上げをして、『これから』の事を語り合おう

俺らの楽しい時間は、まだ始まったばかりなのだから―――――
151 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:41:47.11 ID:6b3AGc030






( T)「」



叢雲「司令官!!起きて!!ねぇ!!起きなさいよ!!司令官!!司令官!!!!!!」






.
152 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:47:57.07 ID:6b3AGc030






























.
153 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:48:36.45 ID:6b3AGc030









『パチ、パチ、パチ』








.
154 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:49:12.59 ID:6b3AGc030
幼子が戯れに叩く拍手の音で目が覚めた


〔おはようございます。提督殿〕


訂正、多分ここは夢の中だ。なんて言ったっけ……


〔明晰夢、でしょうか?〕


そうそれ。何これ?デス13?腕に『BABY STAND』って刻まなアカン奴?こわい


〔まぁまぁ、用件はすぐに済みます故、しばしご辛抱を〕


うん……うんじゃないが
155 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:50:51.08 ID:6b3AGc030
ここ何処!!!!!!????????アンタ誰!!!!!!!???????俺はどうなったの!!!!!!!??????死後!!!!!!!!??????ここ死後の世界!!!!!!!!???????あなたトトロっていうの!!!!!!!!????????


〔何処かと問われれば『此処』と答える他ありません。私は……そうですね、少々お待ちを〕


ポン、とコミカルに煙が弾けたと思えば、そこからこれまたデフォルメ化された白猫に乗った『妖精さん』が現れる
白地にアクセントの水色が映えるセーラー服に、帽子には『若葉マーク』のワッペンが縫いこまれている
何か文字も書いているようだが、そこだけ不自然に滲んで読む事が出来ないそんな事どうでもいいや可愛いおやつ食べるの?散歩好き?お洋服とか沢山着せてあげたい


〔きしょ……失礼。このような姿で申し訳ございません〕


おい今キショって言っただろ解釈違いだわ解散!!!!!!!!!終わり!!!!!!!!閉廷!!!!!!!!!


〔話を聞け〕


急にマジトーンになるなよこええよ


〔おっと、失敬を。私は……そうですね、普通に『妖精さん』とお呼びくださって結構です。詳細は省きますが、敵ではございません〕


はぁ。で、何のご用件で?


〔ご挨拶を〕


ええ……起きてる時でいいじゃんいいじゃんスゲーじゃん……


〔何分、不自由な身でありまして〕


ふーん。そりゃ厄介だな。じゃあ、続きをどうぞ


〔えーとですね、貴方は死にました〕


ふざっっっっっっっっっっっっっっっっけんっっっっっっっっっっっな泣くぞ今ここで三歳児みたいに!!!!!!!!!!!!!!!!


〔まぁ生き返るんですけどね。正確には『仮死状態』とでも言いましょうか〕


妖精って天ぷらにしたら美味しそうだよな


〔身の毛のよだつこと言わんでくださいよ〕
156 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:51:31.30 ID:6b3AGc030
〔ここで我々が会話出来ているのも、『世界』の外へと投げ出された貴方の情報を無理やり定着させ……難しい話はやめときましょうか。どうせ忘れますし〕


ええ……そこまで言ったなら最後まで言っちゃえよ……


〔情報規制がございます故、ご容赦ください〕


まぁなんでもいいやワッショイ。つまり俺はちゃんと起きられるんだな


〔ええ。サービスで身体の負傷負担も軽くして差し上げました。『起きてすぐ暴れても大丈夫』なくらいに〕


そいつぁ……ありがてえ話だが、どうして俺に?


〔先行投資という奴ですよ提督殿。貴方を主軸に物語を進めれば、『面白そうだ』と考えたまでです〕


マスコットの分際で人を道化師扱いたぁ恐れ入るじゃねえか。生け作りって知ってる?


〔だから〕
157 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:53:12.40 ID:6b3AGc030
そんで、アンタは俺に何をして欲しいんだよ


〔此方から指示はございません。ただ、貴方の思うがままの生き様を、我々に見せて頂きたいだけです〕


『我々』ときたか。あー……まぁええやろ


〔もしかすると今後の言動や思考に若干のバグが生じるかも知れませんが、まぁ微々たる物ですのでお気になさらず〕


えっちょ待って今サラッとエグいこと言ったよ??????


〔他人事ですので〕


親の顔が見てえ


〔ああ、そうそう。プレゼントはお気に召しましたか?〕


プレゼント?


〔貴方の新しい顔です〕


あのマスクアンタらが用意した物だったんか。視界クソ開けてるし息苦しくないし水や食いモン貫通するし凄えよアレ。まぁ普通に怖い


〔替えも沢山ご用意してますし、普通洗剤で洗濯しても問題ありません。ただシミ抜きだけは苦労致しますのでご了承を〕


なんであんな超技術詰め込んでんのにシミ抜きだけ大変なの?


〔デザイナーの遊び心です〕


ふざけんな死ね
158 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:54:04.84 ID:6b3AGc030
〔あははははは。おっと、そろそろお時間ですので最後にご質問を一つ〕


やりたい放題か??????????


〔……貴方は、今後『彼女達』とどう向き合い、接して行くのでしょうか?〕


急に真面目な質問するじゃん


〔……〕


どうもこうもあるかよ。アンタが言った通り俺は俺の思うがままの生き方をして行くだけだ
これからどうなるかなんて俺にも想像はつかねえし、安っぽい言葉で約束も出来やしねえ
ただ楽しく生きて、戦って、勝ち続けるだけだ。巻き込みてえ奴は巻き込んでやるし、救いてえ奴は救う。後先など考えずにな


〔……なるほど、想像していたよりも図太いお方で感嘆を禁じ得ません〕


そうは見えねえけどなぁ


〔さて!!〕


パン、と妖精さんが手を叩くと、『俺』は天へと急上昇を始める
妖精さんと猫の姿が小さくなって行くが、声は頭の中で鮮明に響いた


〔『物語』は始まりました!!虚と実の交差点!!魑魅魍魎の棲まう地で繰り広げられる貴方と艦娘の賑やかな日常が!!〕

〔その日々はやがて別の『物語』や『世界線』と交わり!!波乱と暴力、陰謀野望に満ちた戦いに身を投ずる事となりましょう!!〕

〔提督、提督、提督殿!!暖かな『人情』を持ちながら、血生臭い『悦び』を求める、優しく愚かな『怪物殿』!!我々から歓迎と激励を込めて、この言葉を贈りましょう!!〕
159 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:54:54.18 ID:6b3AGc030










〔■■■■■■■■の世界へようこそ!!〕









.
160 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:55:27.63 ID:6b3AGc030









なんて?????????????








.
161 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:56:00.79 ID:6b3AGc030





















.
162 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:57:03.76 ID:6b3AGc030
―――――
―――



「―――――!!」


「――!!――――――!!!!」



( T)「」


寝起きの重たい頭は、やいのやいのとうるせえ騒ぎ声でゆっくりと立ち上がる
なんだっけ……俺なんでベッドで寝てんだろうか……なんかキモいのぶっ殺したのまでは覚えてんだが……


( T)「……」


「放して!!放せ!!そいつに触らないでよ!!!!!」


( T)「ッ!!」


叢雲の叫び声で、思考は一気に覚醒する。最大の障害は跳ねのけた。つまり観察実験は……


(;T)そ「う、おっ!?」


「おお!?」


慌てて跳び起きると、目出し帽で顔を隠した『兵士』もまた、驚きの声を上げる
同時に、周りを取り囲むその他の兵士達は一斉に銃口を向けた


(;T)「……」

叢雲「し、れい……官……」


叢雲は『入渠』もしていないのだろう。ボロボロの服装と身体のまま、『艦娘』らしき美女共に両脇を取り押さえられていた
焦燥と怒りに染まっていた表情は、俺が目覚めた事で安堵と驚愕という矛盾した色に変わっていく
163 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 11:58:11.27 ID:6b3AGc030
(;T)「あ……」


やべえどうする寝耳に水じゃねえかこんなもん何なら深海棲艦ぶっ殺した後にこいつらともう一戦交える気でいたのにもう詰みの盤面じゃんどうする?
どうするの?どうするの俺ぇ?どうすんのよぉ!?ライフカード \つづくゥ!!/


(;T)「な、ななな、なん……なんだよお前らァ!?」

「お、落ち着け!!我々は味方だ!!」

(;T)「みっ、みみ、味方!?し、し、信じられるか!!こっここ、こんな場所に、得体の知れないガキと閉じ込めやがってぇ!!」


枕元のすぐ傍に置いていた花瓶を掴み、すっぽ抜けた感じで投げつける
緩やかなカーブを描いて飛んで行ったそれは、『風通し』の良くなった医務室の壁に当たって砕け散った


叢雲「あ……」


(;T)「お、お、俺の傍にち、ちちち、近づくんじゃねっ……!?」


ベッド上から転げ落ち、足腰立たない身体を『演出』する


(;T)「ひっ、ひぃ……ひぃいいいいいいい!!!!」


ガタガタと震えながら丸く縮こまる。誰の目にも滑稽に映るだろう。『錯乱した臆病な男』と
事実、腕の隙間から覗き見ると兵士達は銃口を下げ始めている。恐るるに足らずと踏んだのか、哀れな被検体を同情したのか
なんと叢雲ですら、俺の豹変ぶりに顔を青ざめているではないか。もしかしたら役者の才能があるかもしれない。実質ジェイソン・ステイサム


(;T)「ほ、ほっといてくれよぉ……消えてくれぇ!!」

「……大丈夫だ。ほら、立ちなさい」


まるで子供をあやすかのように優しい口ぶりで俺を立たせようと肩を掴む
おーおー、一般人の顔を丸焦げにして、艦娘にひでえ仕打ちとスパイ行動を強要しといて、ご自分は立派な『人間様』ってか
164 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:01:06.65 ID:6b3AGc030
「ッ!!待っ……!!」


真っ先に俺の『狙い』に気付いたのは、叢雲の片腕を抑え込んでいた『精悍』な顔付きの艦娘
『飢えた狼』みてーに臭いには敏感らしい。だが少し遅かったな


(#T)「シッ!!」

「あゴッ!?」


がら空きの顔面に跳び上がりの頭突きを食らわせる。崩れた体勢を立て直す間も与えず、襟と肩を掴んで身体を裏返し
首に腕を巻き付けややキツめに『締める』。ノロマ共はここでようやく銃口を向け直した


(#T)「なぁんちゃってぇ〜……」


結構ボロクソにやられたと思っていたが、割と傷は浅かったらしい
寝起きでアバレンジャー出来るくらいには平気だった。ダイノガッツ実装済み。爆竜チェンジ元気爆大アバレッド


「カッ……クッ……」

(#T)「落ち着け?我々は味方?ヤクでもキメてんのかカス共が。散々待たせやがって。ええ?」

「放しなさい!!今すぐ!!」


銃口の群れは一歩距離を詰めるが、そんな要求飲めるわけがねえ


(#T)「ほぉ〜〜〜〜〜〜〜〜?放さなかったらどうなんだ?俺の頭をぶち抜くか?」

「必要ならばそうさせて貰う!!」

(#T)「ハァーハハァ!!嘘はいけねえなぁお兄さん!!『大戦果』を挙げた『成功例』を!!下っ端のアンタらの一存でぶち殺せやしねえよなぁ!?」
165 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:02:05.32 ID:6b3AGc030
何人かが明らかな動揺を見せ、叢雲を抑えるもう一方の『メガネ』は露骨に舌打ちをした。お里が知れるぜ


(#T)「オイ、クソアマ共」

「ク、クソアマ!?」


まさか自分がクソ呼ばわりされるとは思っていなかったのだろうか。精悍な艦娘は目を丸くさせる
一方メガネは瞼を痙攣させ、侮辱された怒りを隠そうともしない。由花子かよこいつ


(#T)「とっとと彼女を放せ。のうのうと朗報を待ってたてめえら役立たず共と違って、値千金の働きをした功労者だ。ちょっとは丁重に扱ったらどうだ?」

叢雲「……」

「……足柄」

「ちょ、ちょっと、従う気なの大淀!?」


都合よく自己紹介までしてくれるとはご丁寧な連中だ。どうせ殺す奴の名前なんて憶えていても仕方が無いが
166 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:04:32.89 ID:6b3AGc030
大淀「反論の余地は無いわ。彼の言う通り、あの子は良いデータを送り続けてくれた。その働きには此方も報いなければ、女が廃ると言うもの」

(#T)「ゴミはどんだけ廃ってもゴミのままだ安心しろ」

大淀「ですが」

叢雲「うっ……!?」


乱暴に突き出された叢雲は床に倒れ込む。文句を言おうとした俺の口は、メガネが取り出した『リモコン』により塞がれた


大淀「情に絆され、『提督』への忠誠すら忘れた艦娘を置いておく理由もございません」

叢雲「い……嫌……」


叢雲が何のデータを送ってたのか知らんが、より効果的な脅しにスイッチしたか
兵士達も足下の叢雲から距離を置く。レンズの奥から覗く眼光が、『本気』を物語っている


(#T)「先に裏切ったのはテメーらだろ。責任の押し付けをしてんじゃねえ」

大淀「ええ。ですが、どのような事態に陥っても『ヒト』への信頼と忠誠を損なわない事こそ、我々艦娘の本懐であり意義。軍に身を置く以上、『個』ではなく『公』を優先せねばならない」

大淀「彼女の抵抗は立派な『軍規違反』に該当します。これは私情ではなく『規律』に基づいての行動です。ご理解いただけますか?」

(#T)「ゲロみてーな詭弁吐くのはお上手だが、本音隠すのは苦手のようだな?『愉しくて仕方ない』と顔に出てるぜ?」


鉄仮面がニヤリと歪んだ。隠す気ゼロとは恐れ入る。生粋のサディストと見た
元より穏便に済ます気など無いが、こうも弄ばれると余計に腹が立つ。これで俺が屈するとでも思われているのだろうか
167 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:05:14.48 ID:6b3AGc030
(#T)「押せねえよ」

大淀「楽観的ですね。まさか、此の期に及んで同族の情を期待していますか?」

(#T)「やるならチャンスは幾らでもあっただろうが。邪魔ならサッサと処分してしまえば良かった。じゃあ何故それをしなかったか?」


うわ上りだった唇の端が、逆方向へと歪んだ。顔に出易い女だ。正直で結構


(#T)「『交渉材料』としての余地は十二分に残されていたからだ。こうして『脅し』をしている事こそ、何よりの証拠」

大淀「……言葉は慎重に選んだ方がよろしいかと。私のきまぐれ一つで、脅しは脅しでなくなりますので」

(#T)「ああそうだな。そんじゃあお次は行動で示すか」

「アグッ……!!」


拘束している兵士を軽く締め上げ、身体を浮かす。腰のホルスターから拳銃を抜き取り


大淀「……向ける方向が違うかと」

(#T)「いいや、合ってる」


自分のこめかみへと突きつけた
168 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:07:00.97 ID:6b3AGc030
叢雲「ダメ!!やめて!!」

(#T)「だぁってろ叢雲。お前が死んで耐えきれないのは俺も同じだ」

叢雲「だからって……!!」

足柄「ま、待って待って!!落ち着きましょう!!ね?大淀も!!」


足柄とやらはまだ頭マシなのか、俺らの仲裁に入る。どっちにしろ殺すが


足柄「敵対する為に訪れたんじゃないでしょう!?一旦矛を下ろして、話し合った方が建設的じゃない!!」

大淀「……」

(#T)「……」


先に矛を納めたのは向こう側だった。リモコンこそポケットに仕舞われたが、ライフルの銃口は今だ此方を見据えている
どうやら俺の手にあるもんを警戒しているらしい。マガジンを抜き、それから拳銃を落とす


大淀「彼の解放も」

(#T)「注文の多いカスだな。偉そうに指示できる立場か?ええ?」

大淀「大人になっては如何でしょうか?それとも、このまま我慢比べを続けるおつもりで?」

(#T)「……チッ」


ここは俺が折れるべきか。拘束を解くと、兵士は激しく咳き込みながら膝を突く
邪魔なんで強めにケツを蹴飛ばすと、瓦礫に頭から突っ込んで痛みに呻いた。かぁいそ
169 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:08:27.60 ID:6b3AGc030
( T)「叢雲」

叢雲「……っの、バカ!!」


叢雲を起こそうと跪くと、顔に平手が飛んできた。すごいいたい泣きそう


(;T)「すごいいたい」

叢雲「死……死んだかと思えば生き返って、ま、また死ぬような真似して……私、私……」

(;T)「元気そうで何よりだ。互いにな」

叢雲「っ……!!」


感極まって溢れ出した涙を拭ってやりたい所だったが、こうギャラリーが多いと恥ずかしい(乙女だから)
代わりに肩を軽く叩いてやり、叢雲を庇うように奴らの間に立つ


( T)「おっと?こっちは折れたってのにビビリ共は豆鉄砲に頼らねえと素直にお喋りもできねえか?津波のような侘しさにI know怯えてるHooって感じだな。思い出はいつの日も雨だったりするか?」

大淀「一々一言多く挟まねば気が済まないご様子ですね。皆様方」


メガネの指示に、兵士達は目元に疑心感と不安を浮かべながらも銃口を下ろす。やれやれ、桃色の肩の荷が降りた気分だ(あやや)
170 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:09:26.82 ID:6b3AGc030
大淀「本題に入りましょう。ご同行を願います」

( T)「死ね」


交渉のイロハも知らねえのかよ。素直に着いて行くわけねえだろ


大淀「ハァー……気に食わないのは重々承知ですが、あなた方のケアや理由の説明を行わねばなりません。見たところ心身共に軽傷のようですが、然るべき機関で治療を行なった方が賢明かと」

叢雲「軽傷ですって……よくもそんな口が利けたわね!!」

大淀「貴方の状態を指したわけではありません。口を慎むようお願い致します」

叢雲「死んでたのよ!!アンタらが寄越した、得体のしれないバケモノに襲われて!!彼の心臓は止まってた!!それだけじゃない、顔だって!!二度と人前に出れないくらい酷く焼かれているの!!」

叢雲「アンタら何様のつもりなの!?ヒトが……ヒトがヒトを貶めて傷つけて!!好き勝手に弄くり回して!!それで心は痛まないの!?」


真に迫る言葉だ。現に足柄とやらを初め、何人かの兵士達もバツが悪そうに俯く
『良心』ってもんは一欠片ほど残されているらしい。この事態を招く前にそいつが働いてくれりゃ、此方としても文句は無かったが


大淀「我々は『災害』を相手に戦争しているのです」


だが、大淀含む何人かの心にはそれすらも備わっていないらしい


大淀「『死して屍拾うもの無し』。ええ、生きて勝つ為には非人道的な手段も使いますとも。後ろ指を指されようが、勝てば官軍。選り好みをしている場合ではございません故」

叢雲「だったらアンタ達だけでやってなさいよ!!一般人巻き込むような真似が、アンタ達の正義だって言うの!?」

大淀「その通りでございます」


話になんねえ。ここまでスパッと外道なら、潰しても罪悪感は全くねえ。どっちにしろ殺すが
171 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:10:39.82 ID:6b3AGc030
( T)「叢雲、抑えろ」

叢雲「でも……!!」

( T)「気持ちは嬉しいぜ。ありがとよ」

大淀「仲睦まじいようで何よりですね」

( T)「羨ましいか?お前にはいねえだろうからな。テメーを慮るような野郎はよ」


またもや奴の瞼は痙攣を始める。相当ご立腹なようだ。煽り耐性ゼロかよ


( T)「元よりテメーら下っ端と交渉する気なんてねえんだよこっちは。最初から話になると思うな。俺を動かしたきゃ上を呼べ」

大淀「出来かねます。お忙しい方ですので」

( T)「俺が知るかボケ。それに、どうせ見てんだろ?それとも、進退かけたプロジェクトの総仕上げを、確認もせずに部下に任せたままにする無能に着いてんのか?」

大淀「きさっ……!!」


歯軋りと共に感情が怒りへと大きく揺らいだ。外道であろうと忠誠心はご立派なようで


( T)「サッサと繋げ。面と向かって話す度胸もねえ奴に、俺は最大限の譲歩をしてやってんだ。それすらも出来ないとは言わせないぞ」

大淀「っ……殺す……!!」

( T)「おーおー怖いねえ!!出来ない事をキャンキャンと喚く子犬ちゃんはよぉ!!憎さ余って可愛く見えてくらあ!!」


今にも殴りかかってきそうなメガネを正気に戻したのは


大淀「!!」


やけに明るい、スマホの着信音だった
172 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:11:57.06 ID:6b3AGc030
( T)「おやおや、飼い主様はご理解があるようで」

大淀「……」

( T)「どうした?遠慮せず出たらどうだ?『個より公』を取るお前なら、私情で切ったりはしねえよなぁ?」


お手本のように青筋を浮かべたメガネは、深呼吸をして気を落ち着かせ


大淀「大淀です」


自身のスマホを耳に当てた


大淀「……はい、ですが……いえ、仰る通りです」


口答えはすぐさま諫められ、諦めの色が目に浮かぶ
その後何度かの会話を交わした後、渋々と言った様子でスマホの画面を此方へと向けた


《部下が大変失礼を致しました》


テレビのインタビュー映像で良く聞く、ボイチェンを使った不自然なまでに低い声がスピーカーから響く
あくまでも正体は明かさぬつもりらしい。用意周到なこって
173 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:13:56.95 ID:6b3AGc030
( T)「出迎えにも来ないアンタに比べりゃ幾らかマシだ。初めましてで宜しいかな?」

《申し訳ございません。何分不出来なモノでして、どうしても手が離せぬ公務に追われております故》

( T)「わざわざご説明してくださらぬとも、そんな事ぁ一目瞭然だ」

《自身の至らなさは常々痛感しております》

( T)「殊勝で大変結構なこって。まぁテメーの至らなさなんてクソどうでもいいわ死ね」

《憤るお気持ちは重々お察ししております。あなた方二人には許されざる非道な行いをした事も。先ずは、心からお詫びを申し上げたい》

( T)「謝罪の気持ちがあるのなら、菓子折持って土下座でもしに来いよ。口だけ達者でも行動が伴ってなきゃ意味がないってママに教わらなかったか?」


スマホがビキと軋みを上げる。電話の向こうの相手より、それを持ってる奴の方に効いてるのは失笑を禁じ得ない


《土下座でも、靴を舐めろと仰られるなら幾らでも舐めましょう。それだけの事をしたのです。易々と許されるとは毛頭思っておりません》

( T)「きっしょ」

《ですが、終わりの見えない深海棲艦との戦いに置いての『決定打』が、我々人類には必要だったのです。貴方は見事、その布石となった》

( T)「誰かタバコ持ってねえか?」


こんだけ兵士がいるのなら一人くらい喫煙者がいても良いと思ったんだけど一人も動かねえじゃんクソが
と思ったら、端にいるグラサンを掛けた兵士が銃を立てかけポケットからマルボロとライターを取り出し近づいてきた


《経過報告を読み返す度に、『人選』は正しかったと胸を撫で下ろしました。他人を見捨てぬ優しさに、欲に囚われない誠実な心。兵法を始めとした知性。何より、深海棲艦と真っ向から対峙した勇猛果敢さ!!》

「……」

( T)「あ、どうも」


箱を差し出され、そこから一本失敬する。次にライターの火がゆらぎ立ち―――――


( T)「」


その灯りに照らされたグラサンの奥。見覚えのある『目元の傷』に、俺の呼吸は止まった
174 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:15:14.84 ID:6b3AGc030
《―――――!!―――――、―――》


どうでもいい話が不協和音へと変わるほどのショックだ
可能性として考えられるものだった。だがそうであっては欲しくなかった
俺の顔が元のままであったなら、この動揺が他の連中にも伝わっただろう


「……」


そいつはグラサン越しに、力強い視線を向けていた。『今は従え』と
そして、どうしようもない程の後悔と、電話の向こうでベラベラとクソ垂れ流す野郎など比較にならないほどの罪悪感を
今すぐ掴みかかって顔面が陥没するまでぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、長年の『信頼』が邪魔をする
こいつに従って、間違えた事はなかった。『あの時』だって、一緒に生き残ったじゃないか


(;T)「……」


なぁ、『ロマ』よ。なんでお前がここにいるんだ?
175 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:18:12.90 ID:6b3AGc030
《つまり、この国の象徴となる新たな提督像として》


( T)「解放しろ」


《……なんと?》


不協和音がクソ野郎の声へと戻った瞬間、自然とその言葉は口に出た


( T)「俺と、叢雲の解放だ。そんで今後一切関わるんじゃねえ」

「……」


奴は火を点し終えると、落胆を浮かべて元の場所へと戻った
いつもなら罵倒の一つ二つ飛んでくるじゃねえか。どうしたんだよ。便所のネズミもゲロ吐くくらい罵り合ったじゃねえかよ


( T)「虫の良い話だ。俺たちにここまでして置いて、お前らの為に働くなんざ御免だ」

久々のタバコは舌を焼き、肺を不愉快な臭いで満たす。こんなに不味いものだったか


( T)「名誉も勲章も、金も人望もいらねえ。もうウンザリだ。これ以上お前らに振り回されるなんざ」

《……この言葉は余り使いたくはなかったのですが》

( T)「お次は『家族』か?ああやれよ。お前みたいなクズに従えば、どっちにしろ俺はオトンとオカンに蹴り殺される。巨悪に屈するような男は息子じゃねえってな」

足柄「よ……良く考えて頂戴!!我々だって、無関係な方に手を出すのは本意じゃ」

( T)「無関係?」


どの道、こいつらは越えちゃいけないラインを大きく踏み外した
自覚がないならご覧頂こう。お前らが刻んだ仕打ちを、生涯忘れられないほど深く、深く
176 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:19:43.44 ID:6b3AGc030




「これでもか?」




最早、激痛は感じなかった。怒りが痛みを凌駕したのだろう
顕になった『顔面』に、足柄は口元を両手で抑え、大淀は目を見開いた
旧友は目を伏せ、此方を見ようともしない。そこまで堕ちたか


「お前らにどんな思惑と、立派な志があるかは知らねえよ。だが相手を見誤ったな。例え世界の平和の為だろうと、人類の存亡が懸かってようと、俺は俺が納得する生き方しか選ばねえ」

「ましてや女の命を握って脅し掛けてくるような連中に、傅く気など全くねえ。お前らは最初っから、やり方を間違えてんだ」

「もし俺がこの場で処分されちまっても、お前らは同じ事を、望み通りの人物が出来上がるまで延々と繰り返すんだろうな。だから、一つ忠告してやるよ」




「人間舐めてんじゃねえぞ、外道共」




.
177 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:24:08.33 ID:6b3AGc030
( T)「……フゥー」


マスクを戻し、再びタバコを嗜む。少し気分が良くなったからかなんか知らんが、さっきよりずっと旨く感じられた
誰もが口を噤む中、大淀の表情が冷たいモノへと変わっていく。頭の中には『処分』の二文字が浮かんでいるのだろう
まさかトントン拍子に成功するとでも思っていたのだろうか。おめでたい連中だ。だがそんな中で


《素晴らしい》


件の人物は、拍手と共に賞賛を贈って来た


《それでこそ、私が求めた人材です。何者にも屈しず、『NO』を突き付けるその度量。我が国の若者も捨てたモノではない。貴方のような『日本男児』が残っているのだから》

( T)「若者代表として言ってやるが、テメーみたいな奴を『癌』っつーんだ。冥土の土産に覚えとけ」

《ええ、私の屍と共に棺桶に入れて貰うことに致します。では、アプローチを変えましょう》


『ピッ、ピッ』


叢雲「ッ!?」


叢雲の首輪から、無機質な『カウント音』が鳴り始める。大淀はリモコンを持ってはいない


(;T)「てめえ……」

《単刀直入の方がお気に召すようなので、心苦しいですが起動させて頂きました》

(;T)「汚えクズが……」

《そうで無ければ政治家などやってられませんので》
178 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:25:18.59 ID:6b3AGc030
不意打ちにペースを乱してしまった。これじゃ『効果がある』と教えてるようなもんだ
電話の向こう側の様子など窺う事は出来ないが、きっとほくそ笑んでいるのだろう


叢雲「……ヒ、ンク……」

(;T)「……」


気丈にも、叢雲は上がりかけた短い悲鳴を噛み殺した。誰だって死が足音を鳴らして迫ってくりゃ恐ろしいだろう
大淀が手を翳すと、さっきまで落ち込んでいた銃口はやる気を取り戻し俺に狙いを定める。自害されるくらいなら手足ぶち抜く算段か


(;T)「……」


ロマに目を向けると、誰にも気づかれないよう僅かに首を振った。手助けは期待できない
こうしてる間にも刻々と時間は過ぎていく。タイマー音が、一つ音階を上げて迫真に迫った


叢雲「……あ」

(;T)「なんだ?」





叢雲「『アンタを、怨んだりなんかしない』」





.
179 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:25:57.14 ID:6b3AGc030
( T)「……」


今にも泣き叫びそうな顔して、そんなセリフ吐かれちゃあよ


( T)「わかった。従う」


男が応えぬワケにはいかねえだろうが
180 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:31:01.79 ID:6b3AGc030
《その言葉を心よりお待ちしておりました》


カウントダウンは止まり、叢雲は大きく息を吐き出す
同時に、大して寒くもないのにガタガタと震え始めた


《では早速》

( T)「待てやクソ野郎。こっちの話はまだ済んでねえ」


確かに俺は折れた。だが、全てに置いて従うとは一言も言っちゃいねえ
むしろ本番はここからだ。奪えるものは全部奪ってやる


( T)「まず叢雲の首輪を外せ。次に彼女の身柄と、この鎮守府と設備を貰う。それと、自衛隊上層部による命令の拒否権。軍規からの解放。当鎮守府に着任した艦娘の自由な発言権と正当な給与。これが最低条件だ」

大淀「なっ……無茶苦茶です!!それじゃまるで……」

( T)「『まるで子供の我儘』ってか?当たり前だろそれだけの仕打ちをやったんだ。聞けねえとは言わせないぞ」

《控えろ、大淀》


ビクリと身体を震わせ、メガネはそれ以上何も言おうとはしない。余程のお偉いさんらしい


《言い分はわかりました。ですが、経過観察並びに面談と研修を……》

( T)「『はい』とだけ答えろ。こっちは『飼われてやる』と言ってんだ。これ以上ゴチャゴチャと抜かすようなら、お望み通り『面談』とやらに応じてやろうか?」

《……》


グリズリーは檻の中にいるからこそ、恐れられず見せ物にされる
例え奴が馬鹿正直に面と向かって話そうとせずとも、『深海棲艦』をぶっ殺した獰猛な動物など近くに寄せたくはないだろう


( T)「これでも最大の譲歩をしてやってんだぜミスターショッカー?それを『嫌です』なんて突っぱねはしねえよな?そうとも、『公』の為なら本意じゃなくても汚え手を使うお前らだ。この程度の要求すら飲めねえワケはねえだろ?」
181 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:32:43.35 ID:6b3AGc030
《……》


イエスと応えれば良いものの、随分と渋りやがる。こんなクソ野郎と取引してるこっちの身にもなって欲しい


《先ほどからどうにも疑問に感じていたのですが》


しかも話を逸らしやがった。我慢ならずに怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだ瞬間


《何故、貴方の身に起こった『何某』について言及なさらないのですか?》


(;T)「っ……ゲッホゴッホ!!」


息が変な所に入り、思わず咳き込む。すっかり忘れていたが、『俺』は何かを施されたからここにいるんだ
『最も重要な事』が明らかになっていないではないか


《素直に此方の要求に応じてくださるなら、真実を詳細に明かすつもりだったのですが……いえ、過ぎた事です。貴方の要望はそこの大淀の言う通り滅茶苦茶で、自衛隊含む軍事組織の在り方を根本から否定している。飲めないこともないが、実現への労力とは釣り合わない》

《ですので、この情報を交渉のテーブルに乗せさせて頂きましょう。先ほどまでの要求を取り消し、我々に協力して頂けるのであれば、安全と地位は保証致し》

( T)「じゃあええわ死ね」

《ま……は?》


正しくは『重要だった』だが
182 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:36:27.10 ID:6b3AGc030
( T)「確かに顔はズタボロボンボンになった。だがここでの生活で、俺は俺のまま、何も変わっちゃいねえ事に気づいた」

( T)「例えお脳弄られてようが身体を掻っ捌かれてようが、『本質』は今も昔も俺のままだ。気にならねえって言やあ嘘になるけどよ、聞いた所でやる事も気持ちも変わらねえ」

( T)「与太話は以上か?クズの分際でこの俺の貴重な時間を無駄にすんじゃねえよ」


《……くっ、は、ははははははははは!!!!ひぃ、ひぃ!!ははははははは!!!!!》


先ほどまでの丁寧な語り口とは打って変わって、スピーカー越しから唾でも飛んできそうな勢いで笑い出す
笑いのツボが余程可笑しな場所にあるらしい。足の小指の間とかかもしれない。くさそう


《ひっ、ひひひ……し、失礼を……ここまで気持ち良く言い負かされると、つい笑いがこみ上げまして……》

( T)「そうか。シンプルに気持ち悪いわ」


世の中には変態が多いなって思った


《わかりました。要求を飲みましょう》

( T)「最初からそう言えノロマ。迎えが遅けりゃ判断も遅えのかよ」


ようやくこの不愉快な時間も終わりを迎えるかと思った次の瞬間


《ですが叢雲さんには今しばらく後辛抱を願います》


俺の怒髪は天を突いた
183 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:37:48.92 ID:6b3AGc030
(#T)「ふざけんなテメェ!!!!!!」


殴り掛かる相手はここにはいない。だが前に出ずにはいられなかった
足を踏み出した瞬間、一瞬の閃光と共に大腿部が『弾ける』


(#T)そ「がっ……!!」

「大人しくしてろ!!」


撃った張本人は、続け様にライフルの銃床を鼻先に叩きつけ馬乗りになる。そして二度、三度と俺の顔を執拗に殴りつけた
痛みよりも、ショックの方が大きかった。この中で唯一、僅かであろうとも『味方』かも知れなかった人物に暴力を振るわれているのだから


叢雲「やめて!!」

「退け!!」

叢雲「っ……!!」


それでも、例え友であろうとも


(#T)「ッ……!!!!!!!」


彼女の顔を肘で打ったのには、我慢ならなかった
184 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:41:48.31 ID:6b3AGc030
(#T)「クソッ……!!」


腰を浮かせ、襟を掴んで引き倒し、勢いのまま馬乗りになり返す


(#T)「野郎がァァ!!!!!」


今度こそ衝動のままに顔面に拳を叩き込む。鼻が折れ、目出し帽越しに粘り気のある血が付いたが、怒りは収まらない


(#T)「このっ……!!」


文字通り陥没するまで殴ってやろう振り上げた腕は、隣の少女に掴んで止められる


(#T)「っ……」

叢雲「だいっ、丈夫、だから……」


そんなワケあるか。こいつらは見ていないから簡単に言えるんだ
長い間、恐怖と不安に支配され続け、血が滲むほど首を掻き毟ったお前の痛ましい姿を
やっと、やっと解き放ってやれると思ったのに。こんなのってあるかよ
185 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:42:58.02 ID:6b3AGc030
「き、聞け……コプッ、聞け……」

(#T)「……」


鼻血が喉の奥に流れ込んだのか。目出し帽から血の飛沫を噴き出しながらクソが語り掛ける
奴は俺の胸倉を掴むと、耳元に口を寄せて囁き始めた


「我、輩が……ぜ、絶対に……彼女を、かい、解放する……お、前達を……い、いい様に……扱わせはしない……」

(#T)「……」


『もう遅ぇよ』。怒る気も失せ、胸倉を払って解放する
叢雲に支えられながら立ち上がり、ベッドに腰を掛けた。目の前の大穴から、海に飲み込まれる夕陽が目を焼いた
他の連中がどんな顔して俺を見てるかなんてどうでもいい。ただ、止めなかった所を見るに剣幕に圧倒されたのだろう


《……保険としての措置です。納得行かずとも、ご了承ください》


疲れた。もう何も話したくはない


( T)「消えろ、今すぐ」


自分でも驚くほど、覇気のない声だ。リングの隅にでも置いときゃ、名作ボクシング漫画の最終回を再現出来るだろう
186 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:45:35.55 ID:6b3AGc030
《それでは、今後益々の健闘と活躍を期待しておりますよ。『提督殿』》


心にもねえお祈りメールの定形文に中指を返すと、通信は切断された


大淀「……医療班を待機させております。先ずは治療を」

( T)「必要ねえ。自分でなんとかする」

大淀「……ドックは幸いにも無事ですので、叢雲さんは入渠を行ってください。それと、建築物の修繕っ……!!」


顔に向けて投げた枕は、パンと弾かれ瓦礫の山に落っこちる
本当は重くて硬い物を投げつけてやりたかったが、生憎手近にはアレしか無かった


( T)「もうここは俺らのもんだ。部外者がいつまでも突っ立ってんじゃねえ。耳が悪いならもう一度言ってやろうか?『消えろ、今すぐ』」

大淀「……撤収します。全員です」


流石に思う所があったのか、サディスト艦娘は手短に指示を出した
足柄や兵士はわかり易く同情の視線を送り、いそいそと医務室から出ていく


( T)「テメーもだ。クソ野郎」

「……わかっている。効いたぞ、クソ……」

( T)「……」


大層な素振りで立ち上がった旧友は、タバコとライターを置いてメガネの後に続き部屋を後にする


「……無事で何よりだ」


最後に最悪な言葉を残して、姿を消した
187 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:46:52.04 ID:6b3AGc030
( T)「……」

叢雲「……傷、手当しないと」

( T)「ああ……」


撃たれた傷は上手いこと骨と太い血管を避けて貫通している。叢雲は半壊した薬品棚から無事な消毒液と清潔な包帯を取り出した
撤収まで暫く掛かるのだろう。久々に聞いた喧噪とエンジンの音に耳を傾ける。この暮らしの中で『人恋しい』など一度も思った事は無かったが、何故か物悲しさが襲う


叢雲「痛む?」

( T)「少しな……」


消毒液がゲロ吐くほど沁みたが、俺はされるがままに叢雲の治療を受けた
キツく、それでいて丁寧に包帯を巻き終えると、血で汚れた手を洗い


叢雲「……」


俺の隣に腰かけた


( T)「……」

叢雲「……背負わせちゃったわよね。ごめんなさい」

( T)「構わねえよ。元よりこうするつもりだった」

叢雲「え……?」

( T)「え?」


なんだ気づいてなかったのかよ


( T)「どうせ難癖つけて傀儡にしようってのは見えてたからな。デカい要求突き付けてから、小さな要求を通す。『ドア・イン・ザ・フェイス』だ。交渉の基本だぜ?」

叢雲「じゃあ、全部……?」

( T)「まぁ……大半は演技だよ。向こうが勘づいてたかどうかは知らんけどな」
188 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:48:05.50 ID:6b3AGc030
( T)「思いの外、多くの収穫はあった。まさか言った要求殆ど通るとは思ってなかったしな」

叢雲「……恐れ入ったわ。正直、前代未聞の破格の優遇よ」

( T)「その上で……完全敗北だよ。今の交渉は」


依然として奴の掌の上である事には変わりない。俺の要求が『通った』のが何よりの証拠だ
あれだけの優遇を見過ごして尚、俺を手元に置くメリットが上回るのだろう
枷は付けられっ放しで、黒幕の正体すら明らかになっていない。これを敗北と言わずなんと言おう。ウンチだウンチ


( T)「お前の首輪を外せなかったのが心残りだ。すまん」

叢雲「私の事なんて……アンタ、結局自分の身に何が起こったのかわからず仕舞いじゃない」

( T)「過ぎた事だ」

叢雲「っ……バカじゃないの……」


置いていったタバコを手に取って、試しに一つ差し出してみる


( T)「やるか?」

叢雲「……どうやって吸うの?」

( T)「フィルターを吸いながら火を点ける。ほれ」


緊張した面持ちでタバコを咥えて待つ彼女に、ライターの火を差し出す


( T)「で、口の中に煙を溜めて……」

叢雲「っ!?うぇっ!!ゴッホゴッホ!!」


一気に行ったか……説明が遅かった
189 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:49:56.53 ID:6b3AGc030
叢雲「そういう事は……もっと早く……!!」

( T)「わり」

叢雲「もう結構よ!!返す!!」


涙目で頭が燃えたばかりのタバコを突き返される。勿体ないので続きは俺が引き継いだ
禁煙出来るかと思ったもんだが、現物があると誘惑に負けちまうな


( T)「フゥーっ……」

叢雲「……本気で、提督をやる気なの?」

( T)「ああ。どうせ解放されてもする事ねえしな。図らずも転職成功だ。転職かこれ?」

叢雲「何を目的に?」

( T)「目的か……」


確かに、ただやるってだけじゃモチベーションも続かない。明確に口に出せば、ハッキリさせられる
俺ら二人は、手前勝手な陰謀に巻き込まれてここに辿り着き、首輪と役目を押し付けられた。だったら……


( T)「『強くなる』」

叢雲「強く……?」

( T)「そうだ。誰にも脅かされず、誰にも屈せず、誰にも従わず、そして誰もが一目置き、その気になれば世界すら滅ぼせるほど強大なチームを作る」

( T)「非道な扱いを受けてはみ出した艦娘を集めて鍛え、そしていつの日か、全人類が跪いて許しを乞うような大活躍をしようじゃねえか」

叢雲「……随分と、骨が折れそうな話ね」

( T)「出来ねえと思うか?」

叢雲「いいえ、ちっとも。何故なら!!」
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/16(日) 12:51:46.27 ID:NC0TvhZv0
重白いな
チュートリアルの段階でこの内容とは
楽しく見てるよ
191 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:52:46.10 ID:6b3AGc030
叢雲はベッドから降りると、俺に向き直り胸を張った


叢雲「この叢雲が!!アンタの副官として、相棒として!!しっかりきっちり勤め上げてやるのだから!!」


かつて、俺はこの場所で。今にも消え入りそうな彼女の姿を見た


叢雲「いいこと!?この私を従えるんだがら、中途半端に投げ出すなんて許さないわ!!やるからには徹底的に!!納得がいくまで足掻くのよ!!」


瞳に生気は無く、髪は荒れ放題。首筋には目も当てられないほどの引っ掻き傷


叢雲「暁の水平線に勝利を刻むまで、楽しく戦い成り上がり!!人生を謳歌するわよ!!」


そんな面影はすっかりと消え失せ、目の前には頼り甲斐のある相棒の姿


( T)「ククッ……望むところだ」


人生は報われねえし儘ならねえ。だからこそ、鳥肌が立つほど『面白い』


( T)「やるぞ」

叢雲「そうこなくっちゃ」


この世の理不尽にどれだけ抗えるか。命懸けで試してみようじゃねえか
192 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 12:58:54.50 ID:6b3AGc030
―――――
―――



凡そ一か月後(28日後……)
すっかり元通りになった湾口から、鎮守府を見上げていた


( T)「妖精さんってのはさぁ、ああいう大工さんもおるんやなぁ」

叢雲「ええ、かなりレアだけど」


深海棲艦との戦闘でズタボロボンボンになった家屋。工廠や入渠ドックといった主要施設こそ無事だったものの
木造校舎は半壊、寮に到っては全壊といった被害に見舞われ修繕が急がれたが


( T)「まさか請け負ってくれるとはなぁ……」

叢雲「今でも信じられないんだけど、『お代は受け取ってあります』なんて言って材料費も工賃も無料だなんてね」

( T)「身に覚えは?」

叢雲「あるワケないじゃない。アンタは?」

( T)「同じく」


ねじり鉢巻が似合う大工の妖精さん(正確には高級家具職人と呼ぶらしい)は、連中が帰ったその日から俺らの目の前に現れ作業を開始してくれた
手のひらサイズに見合わぬパワーとちょっと引くくらいの人数に物を言わせ、建物はみるみる元の姿へと直されていった


( T)「なんで直したのに元のボロ校舎に仕上がんのかなぁ……」

叢雲「こだわりでもあるんじゃない?」


そう、文字通り『元の姿』だ。建て直したにも関わらず、木造校舎は過ぎた年月を思わせる趣のある材質で出来上がっている
なんなら呪われた教室もそのまんまだ。理由を訊いたところ『何故かこうなる』とゾッとする回答をしてくれた
193 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:02:18.33 ID:6b3AGc030
( T)「とにかく、間に合って良かった」

叢雲「そうね。出だしで躓くなんてことは無さそう」


あれから一か月。俺らは深海棲艦の死骸の後始末やら本部から送られてきた必要機材の搬入やら書類の記入やらでテンテコマイの日々を送った
これまでスローライフ送ってたツケか、こう一気に展開が進むといつも以上に目が回る。俺お無職様やったんやぞちょっとは気ぃ使え
気がかりは幾つもある。叢雲の首輪も『距離制限』こそ解除されたが、依然として主導権は彼方側に握られたままだ
あのクソ野郎が『解放する』と言った以上、その日を信じて待つ他ない。あいつはその後ぶっ殺す


叢雲「所で……何だったのかしらね。あの出来損ないの深海棲艦」

( T)「さぁな……」


もう一つの大きな懸念は、俺が首をへし折って殺したはずの『未熟児』の死体が見当たらなかった事だ
叢雲はあの後、くたばった俺を引きずって医務室に駆け込んだらしく、後からやって来たクソ野郎集団もその存在を認知していなかった
確実に殺したと思っていたが、奴は筋肉も骨もまだ柔らかいままだった。へし折った関節を元に戻して海に逃げ込むくらい出来たのかも知れない


( T)「一つ確実に言えることは、つぎ俺の目の前に現れたら確実にぶっ殺すってだけだ」

叢雲「違いないわね。今度は油断しないでよ?」

( T)「うん」

叢雲「ホントにわかってんのかしら……」

( T)「あ、あれじゃね?新入り」
194 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:05:57.08 ID:6b3AGc030
遠くから聴こえるエンジン音に振り返ると、水平線の向こうから、ちっぽけな人影が三人分近づいて来る
謀反防止の観点から、今のところ『建造』の機能は差し押さえられている
この鎮守府は従来の『流島』扱いとされたまま、問題ありと判断された艦娘を随時送って来るらしい


( T)「『霰』『朧』、そんで『天龍』か」

叢雲「駆逐艦に関しては、建造の『ダブリ』として幾つもの鎮守府をたらい回しにされていたんだってね」

( T)「行き着く先が『地獄』たぁ、なんとも不憫なもんだ。天龍は面白え奴らしいな」

叢雲「『忌名付き』よ」

( T)「いみょう?」

叢雲「元の鎮守府の司令官とソリが合わなくてね、キレた彼女は深海棲艦の『御首』を切り取って、執務机に叩きつけた。『打首の天龍』として知られている不良艦娘よ」

( T)「なんやそれかっこええ」

叢雲「アンタならそう言うと思った。その後、反逆罪として解体されたって聞いてたけど……まさか同僚になるとはね」

( T)「忌名付きは他にも?」

叢雲「私が知る中ではもう一人、『亡霊の青葉』がいるわ」

( T)「これまた物騒だな」

叢雲「出撃頻度の多い、もしくは鉄火場に出撃する艦隊の『青葉』といつの間にか入れ替わっては、殺戮の限りを尽くして消えていく神出鬼没の戦闘狂。掴み所の無さから付いた忌名が『亡霊』ってワケ」

( T)「そりゃ是非ともお迎えしてえ」

叢雲「アンタとは気が合いそうね……」
195 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:08:07.76 ID:6b3AGc030
叢雲「所で、本当に鎮守府の名前は『アレ』で行くの?」

( T)「『地獄の鎮守府』のままじゃあ、来る連中みんな怖がるだろうが」

叢雲「余計不安を煽るでしょうに」

( T)「それに、こう言うのはインパクトが大事だ。記憶に残りやすい」


今は、場末の弱小鎮守府としてコケにされ馬鹿にされ、『流島』として忌み嫌われるのだろう
だがいつか、そんな連中の目をひん剥くくらい強く成り上がってやる
その時、奴らの頭には俺らの恐ろしさと『この名前』が、嫌でも刻み付けられる


叢雲「ハァ……アンタがそう決めたなら、これ以上文句は言わないわ。ダサいけど」

( T)「言うとるやんけ」


叢雲は心底楽しそうに、拳を口元に添えてクスクスと笑う


叢雲「さって、気を引き締めないとね」

( T)「ああ」


そう言いつつも、お互いワクワクとニヤケが止まらない
敵は内にも外にも数多く、味方など皆無に等しい。それでも
『これから』を自らで選び勝ち取っていく高揚感は抑え切れなかった
196 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:09:07.23 ID:6b3AGc030
叢雲「いいこと?第一印象、しっかり決めなさいよ」

( T)「任せろ」


艤装を背負った三人の新入りは、ゆっくりと減速しながら港に寄せて整列する
書類の顔写真が正確なものであるならば、右から天龍、朧、霰


( T)「……」


タッパの小さな駆逐艦の朧と霰は、得体の知れない鎮守府と、覆面を被った『提督』に脅えと不安を隠しきれないと言った表情
対し、天龍とやらは人を小馬鹿にしたようにニヤニヤ笑っている。こいつ後でシバこう


( T)「スゥー……」


さぁ、始めるか。先行き不透明な『提督業』の初仕事。不安も嘲笑も消しとばすほど、熱い挨拶でキメてやる
197 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:10:40.25 ID:6b3AGc030
( T)「俺がお前らに求めることは五つだ!!」


( T)「たらふく食い、しこたま休み!!倒れるまで鍛え、飽きるまで遊び!!」


( T)「深海のクソ共を皆殺しにする!!それ以上は望まねえ!!」


( T)「退屈など出来ると思うな!!無駄死になど以ての外だ!!ここに来た以上、最高に楽しい人生を覚悟してもらう!!」


( T)「深海棲艦も人類も凌駕した、『艦娘』という優れた種の力、思う存分発揮しろ!!」


さて、仕上げだ。歓迎しよう、盛大に!!
198 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:11:27.54 ID:6b3AGc030





( T)「『地獄の血みどろマッスル鎮守府』へようこそ!!!!」





俺と彼女たちで紡ぐ、『これから』の物語を!!!!!!
199 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:12:37.87 ID:6b3AGc030





叢雲「地獄の血みどろマッスル鎮守府」




終わり
200 : ◆L6OaR8HKlk [sage saga]:2020/08/16(日) 13:19:07.34 ID:6b3AGc030
終わりです。お疲れさまでした。疲れたのは俺だよクソが
いつの間にかこのお話も書き始めて五年経ってました。お腹空きました

次のお話は一話のリメイクか鳳翔さんの話か瑞鶴の話になると思います
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/16(日) 13:21:10.73 ID:Is72khfk0
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/16(日) 13:35:37.77 ID:NC0TvhZv0
乙です
設定とか良く練られてるねえ……好きな人はとことん好きそう
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/16(日) 17:57:15.50 ID:oUjxDLM60
手に汗握る最高の序章だったぜ、1番好きな提督象だよ
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/16(日) 23:53:42.43 ID:QJ2yPm+W0
おつおつ
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/08/17(月) 22:14:28.58 ID:aurMQhsL0

相変わらず最高に熱くて面白かった
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/17(月) 23:39:50.88 ID:e/nUdewzo
めがっさおもしろかった
過去作は上から読めばいいのかね?
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/10(木) 05:43:27.09 ID:0phpIbOC0
マジでおつかれ
今回も最高だった
マッ鎮が永遠に続くことを祈って
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/22(木) 03:59:47.78 ID:EBGGOrBb0
な…
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