七尾百合子の夢十夜

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1 : ◆ivbWs9E0to [saga]:2020/10/31(土) 06:51:58.13 ID:v56twnXw0
アイドルマスターミリオンライブ!のSSです。
夏目漱石『夢十夜』のパロディで、七尾百合子が不思議な夢を見るお話です。

ほぼ地の文です。文章が固くて長いです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1604094717
2 : ◆ivbWs9E0to [saga]:2020/10/31(土) 06:54:07.41 ID:v56twnXw0
第一夜

 こんな夢を見た。
 指先が冷やりと露を撫でた。深海のように暗い深緑の芝が風で擦れる音が聞こえる。
 私はその只中に腰を下ろし、肌を撫でる夜風によって自分の曖昧な輪郭を感じていた。秋虫の翅が立てる音も夜鳥の甲高い鳴き声も、湿った地面に吸い込まれていく。顔を持ち上げると傾いた地平線の上に、より深い黒が広がっている。その画紙にチラチラと、白い砂が撒かれていた。砂はペッタリと貼り付いて、紙と一体になっているようだ。
 とても届かないな、と私は思った。夜空に向かって手を伸ばしてみる。手の平に透明な何かが触れた。指を曲げると、ぐにぐに、と水風船を握っているような感触がある。これは一体どういうことだろうと、指の曲げ伸ばしを続けているとやがて指の隙間から煙が漏れるように透明な何かは空気と変わり消えた。そのまま腕をパタパタと振ってみても、まるで感触の無いサラサラとした風が抜けるばかりだった。
3 : ◆ivbWs9E0to [saga]:2020/10/31(土) 06:57:42.70 ID:v56twnXw0
  
 なにか、大切なものだったような気がする。しかし、腰を持ち上げることは出来なかった。足に力を入れても冷たく重たい芝に沈みこむだけ。分厚い湿布の上に座っているようだ。足先にジンワリと広がる悴みに、靴を履いていないことに気が付いた。

 なるほど、これでは立てる筈もない。どうして前もって靴を編んでいなかったのだろう。周りの草々を刈って乾かしておけば、足袋の一つでも拵えることが出来たハズなのに。後悔ばかりが先に立つ。どうしたものか。

 指で傍の芝を撫でていると、音もなく指の先に星が落ちてきた。ちょうど手を伸ばしても届かない位置だった。星はまるで生きているかのように、小刻みに震えていた。光が煌々と輝いている。

 星に手を伸ばすと、光によって照らされた自分の掌の影がスルリと目に吸い込まれていった。そうなると、自分の手が大きな影にしか見えなくなった。もしもこの光に触れてしまったら、私はどうなってしまうのだろう。夜の影であるところの私は光に呑まれて消えてしまうのだろうか。
4 : ◆ivbWs9E0to [saga]:2020/10/31(土) 07:08:37.70 ID:v56twnXw0
 
 悩んでいると星は真鍮製のコップを箸で叩いた時のような音を鳴らして散ってしまった。小さな光を残している欠片を拾い集めれば、また元のような輝きを取り戻すだろうか。きっとそうではない。割れた星は、割れた星だ。一つの光には戻らない。
 
 そうして、数個の星を見逃していった。星が弾けた数が十四を超えた頃、空に浮かぶ一つの星が目に入った。どうしてか分からないが、あの星を掴まなければ、と思った。どうすればあの星を掴めるだろう。いや、きっとあの星も自分の届かないところで散ってしまうのだろう。自分が掴まなくても星はまだ無数に空を飛んでいるし、誰か別の人の心を照らしてくれる。そういうものだ。この空は誰の物でもない。
 
 だが、その星から目を離せなかった。じっ、と身じろぎもせずに見つめていた。やがてチラと星の輪郭がブレたと思ったら、透き通った音を響かせながら星が落ちてきた。きっと自分の近くには落ちてこないだろうと高を括っていたにも関わらず、どうしてか、諦めきれなかった。

 流れ星は私の目の前で、宙に浮かんだまま停止した。足に力を込めると腰が浮き上がり、私は立ち上がることが出来た。胸の前で星が煌めいている。
 
 包み込むように、決して零さないように、星に両手を伸ばした。
 
5 : ◆ivbWs9E0to [saga]:2020/10/31(土) 07:10:38.26 ID:v56twnXw0
 
   第二夜
 
 こんな夢を見た。
 
 土埃の匂いがするビル群の前に佇んでいた私は、子供が泣く声を聞いた。
 
 えぇん、えぇんと駄々を捏ねるような声ではない、上質な悲劇のクライマックスシーンでヒロインが殺害されたような、痛覚を刺激される声だった。泣き声はそこかしこから聞こえる。耳を塞げど鳴り止むことは無い。ならばと、私は声が聞こえる方へと走り出した。最後の角を曲がるまで赤い裏地のマントが背を撫でることはなかった。
 
 異形の怪物が子供を縊り殺そうとしていた。人の形を成そうとした泥のような姿に説得の余地なしと、私は雄叫びと共に右手に力を込め、大地を蹴った。身体の勢いを乗せたまま右手を怪物にめり込ませると、グチャアと嫌な感触と共に怪物の身体が抉り散った。
 
 子供を持ち上げていた泥は力なくダラリと垂れ下がり、子供と共にボトリと音を立てて地面に転がった。
 
6 : ◆ivbWs9E0to [saga]:2020/10/31(土) 07:12:24.30 ID:v56twnXw0
 
「ありがとう、お姉ちゃん」
 
 子供は一言だけ発すると、動じた様子もなく別の路地に消えていった。やけに無味乾燥なものに感じた。地面には泥に塗れた怪物の眼球が転がっている。酷い匂いがする。下水を窯で煮詰めたような匂いだ。堪らず鼻を袖口で覆う。足元の亡骸がブツブツと嫌な音を立てている。右手には腐りかけの魚の腹に手を突っ込んだような、生暖かい感触が残っていた。
 
 とにかくこの場に居たくなかった。自分を動かすために誰に言うでもなく「行かなきゃ」と呟いた。地面に広がる泥状の物体に足を捕られ思うように進まない。重い。重い。苦しい。「苦しい」? 私は別に苦しくはない。誰かが苦しいと呻いているようだった。ただ、その声の主は終ぞ判明しなかったし、詮索する気にもならなかった。
 
 路地を抜けると多少空が開けていた。明るい灰色の空だ。ビルの影の色よりはよっぽど気分が晴れる。明るく重い雲を網膜に擦り付けて視線を下げると、女が立っていた。黒い制服に赤いタイ、右手に倭刀を携えている。
 
 嗚呼、戦わなきゃ。何故かそう感じた。私は右手に力を込める。女は構えない。私は膝を曲げ飛び掛かる構えを取る。女は構えない。私は吠えた。女は構えない。右手がどんどん女に近づいていく。女は構えない。右手が女の鼻先に触れる。女は最期まで構えなかった。
 
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