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荒潮「カミサマ」
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80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/05/17(月) 14:31:59.20 ID:OC6fDBFto
柿あげなきゃ(使命感
81 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:45:31.84 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
少年「何かありましたか?」
夕飯を運んできた少年はそんな事を言い出した。
青年「そう、見えるか?」
少年「なんだか変な感じがして」
荒潮「別にぃそういうわけじゃないから大丈夫よ〜」
青年「変な感じって例えばどんな」
少年「お父さんとお母さんが喧嘩した時みたいな感じで」
青年「お、おう」
嫌な例えだった。両親ってのは俺にはピンと来なかったが。
荒潮「?」
どうやら荒潮もそうらしい。
82 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:46:11.16 ID:kaLjlP3W0
青年「美味いな」
荒潮「醤油なんかがあればいいのだけれどねぇ」
青年「あれは高価だぜ。その分美味いがな」
荒潮「嫌な時代だわ〜」
青年「しかしいいのか?客人に魚まで出して」
荒潮「食糧事情は少しづつ良くなっているもの」
青年「ほぉ、努力の賜物か」
荒潮「いいえ」
青年「え、じゃあなんで」
荒潮「年々人が減ってるからよ」
青年「…」
荒潮「もう三十年もすれば、三食魚が食べられるわ」
83 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:46:59.66 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
聞いた事がある。
群れで生きる生き物は、その数が例えば残り百にまで減ったなら、その時点で絶滅が確定するとかそんな話を。
種を残すにはアダムとイブだけでは不足なんだとか。
人も同じだという事だろう。
こんな小さなコミュニティで、しかも食料も限られる。当たり前の結果だ。
青年「なぁひとついいか?」
少年「はい?」
食べ終わった食器を抱えて部屋を出たところで声をかける。荒潮に聞こえないように。
青年「君はここへ出て外に行きたいと思うか?」
少年「…思います。でも多分、行きません」
青年「何故?」
少年「荒潮が、カミサマがここにいるから」
青年「アイツが、何故」
少年「彼女を置いては、行けないですから」
少し恥ずかしそうにそう言った。
84 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:48:00.96 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
青年「なあ」
荒潮「なぁに?」
あぐらをかいた俺の足を枕に寝そべる荒潮。
夕飯を食べてから、というか食べる前からずっとこんな感じだ。
お互いに口を開かず、でも触れ合ったまま。
今は荒潮が巧みにあやつるあやとりを見様見真似で練習していた。
青年「暗くなってきた」
そういや昨日はこの時間に寝たんだったな。
荒潮「そう、ねっ」スッ
反動をつけて荒潮が起き上がる。どうやら例の灯りを取ってくるようだ。まだ起きているつもりなのか。
青年「寝なくていいのか?」
荒潮「睡眠は、必要じゃないもの」
そう言いながら灯りを俺の横に置き、手を入れて、
火をつけた。
85 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:48:31.29 ID:kaLjlP3W0
青年「は?」
ポンと言う音と共に、何も持っていないはずの手で火がついた。
荒潮「こんなことも出来るのよ、私」
俺の目の前で人差し指と親指を擦る。
火種、というより小さな爆発のようなものが起こる。
青年「こりゃカミサマの方かもしれねぇな」
火が起こせるとかサバイバルではあまりにも重宝される能力だ。
荒潮「便利でしょ〜」
青年「他には何か出来るのか?」
荒潮「そうねぇ」ゴロン
再び俺の足を枕に寝転びあやとりを始めた。
荒潮「はい」
青年「…それは」
荒潮「十段はしご」
青年「そういう事じゃなくてな」
86 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:49:08.69 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
青年「ふぁ…ん」
荒潮「…寝ましょうか」
青年「やっとか」
荒潮「あらぁ、眠いなら寝てても良かったのよぉ」
青年「灯りもついてるのにか」
荒潮「私は夜目が効くもの。消しても構わないわよ〜」
青年「先に言えよ」
互いに寝巻きに着替える。まあ俺の方は下着になるだけなんだけど。
布団に入る。うん、やはり布団はいい。寝袋にもこれくらいのやわらかさが欲しいもんだ。
目を瞑る。
荒潮に、色々と話したい事があるにはあるのだが、眠いな今日は。
そう思っていたら急に身体に何か重いものがのしかかってきた。人型の何かがまるで掛布団のようにピッタリと密着してきた。
何か、なんて考えるまでもないが。
87 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:49:49.11 ID:kaLjlP3W0
青年「今度は一体何しウブォッ!?」
目を開けて俺にのしかかっている荒潮を見て、瞬時に顔を逸らした。
掛布団一枚を隔てているから分からなかった。
素っ裸だった。
荒潮「あらあら、初心な反応ねぇ」フフフ
青年「こここんなんも誰でもこうなるわ!つかなんで下着てないだお前!」
荒潮「下着は元から付けてないわよ?」
青年「はあ?」
荒潮「一日の殆ど部屋から出ないしぃ、殆ど動かないもの〜。わざわざ付ける理由がないでしょう?」
青年「一昨日からずっとこれだったのかよ…」
荒潮「ええ、そうよ」
青年「とりあえず離れろ早急に離れろつか服着ろ」
顔を横に逸らしたまま感覚で荒潮の肩を掴み身体から離す。
相変わらず軽いし、少し力を入れれば折れそうな程細い。何より温かかった。
88 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:50:27.68 ID:kaLjlP3W0
荒潮「どうして目を逸らすの?」
青年「流石に裸はダメだろ色々と」
荒潮「ふぅん」ガシッ
青年「ん?」
右手を掴まれた。
思いの外強い力で肩から手をズラされ、体の中心の方へ持っていかれて、
荒潮「ねぇ」
青年「」
右手に柔らかい感触がした。
小さいがハッキリとした形がある。
荒潮「聞こえるかしら?」
青年「」
右手がさらに押し当てられる。
掌の真ん中辺りに何か少し硬いものが当たる。
もうなんかいっぱいいっぱいです。
いっぱいつーかおっぱ待て違うそうじゃない。
指一本でも動かしたら死ぬという想いと掴んでしまいたいという想いが頭の中をぐちゃぐちゃにしてて笑える。
89 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:51:09.93 ID:kaLjlP3W0
荒潮「ねぇ、どうなのよ」
青年「ナニガデスノン」
荒潮「私、生きてる?」
青年「…」
その真面目な少し暗い声にぐちゃぐちゃになっていた脳が少しづつ落ち着いてくる。そして気づいた。
心音が伝わって来ない。
青年「なんで」
目を開け、荒潮と向き合う。裸とかどうとか気にしてる場合じゃなかった。
目の前にある温かい何かが一体何なのか、分からなくなった。
何か、気持ち悪いものに触れている気すらしてくる。
青年「なんでだ。お前今、眠ってないだろ」
荒潮「私はずっとこうよ。一昨日から、生まれた時から」
青年「でも、一昨日の晩は、それにさっきも!」
あの時心音はあった。確かに生きていた。
荒潮「それは貴方の音よ」
そう言うやいなや、俺の布団を素早くめくり入り込んできた。
身体が殆ど直に触れ合う。
90 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:51:43.03 ID:kaLjlP3W0
小さい身体だ。互いの心臓の位置は同じくらいだが足は俺の膝下あたりまでしかなく、顔も肩に乗る程度。
荒潮「ほら、聞こえる?」
馬鹿みたいに脈打つ俺の心臓に重なって同じような心音が聞こえる。
いや同じようなじゃない。同じ心音が聞こえる。
全く同じ、俺の心音が。
青年「どうなってんだよ…」
思い返せばさっきも、一昨日もそうだ。
荒潮から聞こえた心音は俺の心音に重なっていた。
荒潮「触れ合った人の鼓動が響くのよ。何故かは分からないけれど」
91 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:52:31.40 ID:kaLjlP3W0
再び目を瞑る。
荒潮の体重を感じながら心音に集中する。
木霊のように俺の心音に続いて響く音。
鉄の箱に入っている気分だった。そこに俺の音が反響している。
荒潮「あの子は五代目なのよ」
青年「え、何の話」
荒潮「カミサマになってしばらくして、私は村の子供の中から一番背丈が私に近い子供を選んでこう言ったの。その穢れなき幼い徒人を私の手とする、って」
やけに芝居がかった口調でそう言った。
青年「なんだそりゃ。偉そうな」
荒潮「偉かったもの。そして単純に気になったのよ。私と同じくらいの子供に見えるその子が私とどう違うかが」
青年「で結果は」
荒潮「あまりにも違いが多くてガッカリしたわ〜」
青年「ガッカリするとこなのか」
荒潮「えぇ。そこで気づいたの。その子に抱きついてみた後に。自分の中から鼓動が消えていく事に。私がそれまで命の鼓動をしていなかった事に」
92 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:53:15.94 ID:kaLjlP3W0
果たしていつだったろうか。自分の心臓が脈打っている事をハッキリ認識したのは。
もしその時その音がしなかったら。それまでもずっとそうだと知ったら。そんなの想像も出来ないし、したくも無いな。
荒潮「実験の結果人と触れ合う事で私の中に鼓動が響くと分かったのよ」
青年「実験とか言ってやるなよ。お前に抱きつかれたその子供ショック受けるぞ」
荒潮「あら平気よ。もう20年以上前だもの。あの子も今じゃ人の親よ」
青年「そうか。つまりこの20近く幼い子供を取っかえ引っ変えしてんのかてめぇは」
荒潮「ええ、そうよ」
青年「悪魔かよ…俺も大概だと思ってたがその子らも可哀想な青春送ってんだな…」
荒潮「あらあら失礼ねえ。みんなちゃんと卒業したのよ」
青年「何を」
荒潮「子供を。私を畏れない無垢な幼さを」
93 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:53:51.19 ID:kaLjlP3W0
青年「…って事は俺は子供か」
荒潮「そういえば貴方は全然怖がらないわよねぇ」
青年「いや怖がってはいるぞ。結構ビビる事はあった。今とかな」
荒潮「でも悲鳴をあげたり震えたりはしないじゃない」
青年「そんなになるのか?」
荒潮「ここの大人達はそんな感じよぉ。貴方はそうならない。なんでかしら〜、慣れ?」
青年「どうだかな。深海棲艦やら艦娘やら妙なのに会うことは多かったしそうかもしれん」
荒潮「あるいは、その師匠の影響かしらぁ?」
青年「かもなぁ…酔って脱ぎ出す奴だったから度胸はついたのかも」
荒潮「あらあら」
青年「それに、怖いしわけわかんねぇけど、それ以上に心配な気持ちが強い」
94 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:54:23.06 ID:kaLjlP3W0
荒潮「ねえ」
青年「待て、その前に降りろ。服を着ろ」
荒潮「嫌よ」
青年「なんでだよ」
荒潮「私をカミサマでも艦娘でもなく人にしてって言ったら、貴方はどうする?」
真っ直ぐ俺を見つめてそう言った。
そのままゆっくり上半身を持ち上げ俺に覆い被さるように前に出る。灯でキラキラと揺れる髪が雨のように俺の顔を降り注いだ。
そして、少しづつ顔が近づいてk
荒潮「あ」ズルッ
情けない声と共に荒潮の体制が崩れる。どうやら体を支えていた手が布団で滑ったようだ。
唇と唇が触れ合った。
あと額とか鼻とかが、結構な勢いで、ゴッツんと。
95 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:55:07.64 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
青年「なぁ」
荒潮「…なに」
青年「お前が拗ねるのはなんか違うんじゃないか?」
荒潮「うるさい」
幸い怪我する程ではなかった正面衝突の後、お互い痛みに悶え、荒潮は俺の布団の中の左側に篭ってしまった。
青年「はぁ」
おかげで冷静になれた。
ぶっちゃけあのままはヤバかった。
青年「寒くないか」
荒潮「平気よ。汗もかかなければ凍えることも無いもの」
強がりなのか本当にそういう身体なのか判断に困る。
青年「でもほら、そろそろ寝ないと」
荒潮「そうね」バッ
俺の布団の中から荒潮が上半身を伸ばす。
一応目は逸らしておく。
荒潮「フッ!」
荒潮が灯りを消した。思いっきり息をふきかけて。
青年「え?あ、おい!息をふきかけちゃダメなんじゃねえのかよ」
荒潮「カミサマの息は清らかだからいいのよ」
青年「ありかよそんなの…っておいおいおいなんでまたそこに戻る」
荒潮「おやすみなさい」
青年「…あぁ、おやすみ」
荒潮に抱きつかれた左手から感じる温もりは、そう悪いものじゃなかった。
96 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:55:50.56 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
青年「…朝か」
よくいつも通り早起き出来たもんだ。昨晩の疲弊した精神では無理かと思ってた。
青年「荒潮〜」
布団を少しめくる。俺の左手に半ば抱き着くような形で眠る素っ裸の少女が見えた。
左手のこの柔らかい感触は太ももか。
絶対に動かさないようにしよう。
青年「起きろ」
荒潮「んぁ」コツン
青年「朝だぞ。さっさと服着ろ」
荒潮「いぃじゃなぁい。何を急いでいるのよ〜」
青年「この状況を少年に見られたら俺は死ぬしかない」
荒潮「はいはい」
面倒だという意思を身体中から出しながら立ち上がる。
荒潮「…」
青年「え」
荒潮「やっぱり二度寝を」
青年「服着ろ」ペン
荒潮「キャッ」
何気なく尻を叩いたら凄く可愛い声が出た。
青年「あー…すまん」
荒潮「うふふふふふふ」
青年「違うんだたまたま丁度いい高さに」
97 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:56:29.78 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
青年「痛てぇ」
ちっちぇ癖にやたらと痛い回し蹴りだった。
…尻柔らかかったな。
荒潮「今日、出ていくのでしょう?」
青年「あぁ、そのつもりだ」
寝巻きや着物ではなく最初に見たあの姿に戻った荒潮がいた。
荒潮「ならぁ、朝食の後少しお出掛けしない?」
青年「お出掛けって、ここを出ちゃ駄目なんだろ」
荒潮「大丈夫よ〜。他の人には合わないところだもの」
青年「なら別にいいけど」
98 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:57:03.63 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
沢だった。
俺達のいた建物の裏から細い獣道を真っ直ぐ行った先にそれはあった。
緩やかな流れでそれなりに広く、浅い所から少し深めのところもある。
荒潮「どぉかしら。私のお気に入りの場所よ〜」パシャ
予めストッキングを脱いできた荒潮が沢に脚を入れる。
青年「転ぶなよ。って言うまでもないか」
踝程度の浅さだがこういう所は案外滑って危ないのだ。
さて顔でも洗うか。
青年「冷たっ!?」
荒潮「あらあらぁ、情けないわねぇ」
青年「お前よく平気で脚突っ込めるな」
荒潮「冷たいわよ?でもそれだけ」
青年「あぁ、そうかい」
人間からしたら体温を奪われるような危険な温度も、荒潮にとってはただ冷たいというだけなわけか。
99 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:57:37.02 ID:kaLjlP3W0
持ってきたリュックを開ける。
下着と小さいタオルや布を幾つか洗う。大きい物は流石に乾かないだろうから諦めよう。
後は水筒に水を入れて、これも洗うかなあ。
荒潮「ねえ」
青年「どうした」
荒潮「艦娘なら、ここでも浮くのかしら」
青年「…さぁな。艦娘もどきは海に浮く力はもうないって聞いたが、浮くとしてもこの浅さじゃどの道分からないだろ」
荒潮「それもそうね」
青年「荒潮」
荒潮「なあに」
青年「お前結局何になりたいんだ」
100 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:58:51.30 ID:kaLjlP3W0
荒潮「私?」
青年「周りが何言ってるのか知らねぇけどよ、お前はなんか無いのか?なりたいもの」
荒潮「なりたいもの、ねぇ。貴方はあるのかしら」
青年「俺はそうだなぁ。師匠にざまぁみろって言えるくらい立派な商人になりたいかな」
荒潮「そう」
青年「ほら、お前の番だぜ」
荒潮「…ないわよ」
青年「何にもか」
荒潮「だってそうでしょう?自分じゃ行先を決められないのよ。それはいつだって貴方達が決める事じゃない」
青年「俺達?」
荒潮「だからぁ、そう、そうねぇ。艦娘かどうかは分からないけれど、私やっぱり船なのねぇ」
青年「船って、なんだよそれ」
荒潮「行き先を決めるのはいつだって人なのよ」
どこか諦めのこもった静かな言葉だった。
荒潮「それにもう何処にも行けやしないわ」
聞きたいことは色々あったが、もうこれ以上何も答えてはくれない気がした。
緑に囲まれた沢の真ん中で、降り注ぐ水に反射する陽の光を全身に浴びる一人の少女を見ながら、時間が過ぎるのを待った。
いや違うな。
ただただ目が離せなかったんだ。
101 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 01:59:38.73 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
荒潮「行くの?」
青年「あぁ。そろそろ時間だ」
荒潮「もうすぐ日が落ちるわよ」
青年「だからいいのさ」
荒潮「何故?」
青年「ヤツらは夜目が効かない。それはこっちも同じだが、同じならば追われる側の方が有利だ。今から山を降りれば丁度日没だろうからな。少し偵察して闇に隠れるさ」
荒潮「ふぅん。そういう事ね」
青年「さてと」
乾いた道具等をリュックに詰める。準備は万端だ。
青年「出る時はどうすればいい?」
荒潮「なら、付いて来て」
102 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:00:05.04 ID:kaLjlP3W0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
青年「いいのかよこんなコソコソとして」
荒潮「むしろぉ貴方をちゃんと見送る方が変な目で見られるわ〜」フフフ
裏道を通って寺の入口の少し先に出た。裏道っつーか獣道だったけど。
青年「何もお前が見送りに来なくたって良かったんだぜ」
荒潮「私がそうしたかっただけよ」
青年「そうかい。ま、ありがとうな。世話になったよ」
荒潮「えぇ。気が向いたらぁ、また来てちょうだいね〜」スッ
青年「気が向いたらな」
差し出された右手と握手を交わす。
荒潮「さようなら」
青年「…」
このままこの手を引いて行けたらどんなにいいだろうか。
きっと楽しい。心強いし、何よりそれは憧れだった。
艦娘という存在。そして彼女達を連れて生きる者達が羨ましかった。
このまま、このまま荒潮を連れて、連れて、何処に行くんだ?
103 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:00:38.86 ID:kaLjlP3W0
艦娘と艦娘を連れた人間には幾度も出会った。
彼ら彼女らはそれぞれ好き勝手に生きていて、その力は自由を象徴していると感じた。
でも今になってようやく共通する点があることに気づいた。
荒潮の言う通りだ。
皆目標を持っていた。方向はなんであれそれを達成する為何処か明確な目的地を目指していた。
行き先を知っていた。
揺るぎない羅針を。
俺はどうだろう。
俺にはあるだろうか。
この手を迷いなく引いていける何かが。
104 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:01:06.47 ID:kaLjlP3W0
青年「悪い。俺には無理だ」
そっと手を離した。
荒潮「あらぁ残念」
青年「悪い」
荒潮「何も謝ることじゃないわ」
青年「残念って言ったろ」
荒潮「言葉の綾よ、あ や 」
青年「荒潮は、外に行きたいのか?」
荒潮「別にどちらでもいいのよぉ。ただ今回は滅多にない機会だったから」
青年「そうか」
荒潮「そうよ」
青年「じゃあ」
荒潮に背を向け山道に向かって踏み出す。
ここを降りれば、きっともう二度とは
105 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:01:40.59 ID:kaLjlP3W0
青年「ん?」
服の裾を引っ張られた。
控えめで弱々しい力だったが足を止めるには十分だった。
振り返ると荒潮が俺を見つめていた。
その表情は、なんというか表現に困るものだった。
悲しんでるとか喜んでるとかじゃなくて、笑ったり泣いたり怒ったりでもなくて、とにかくそういう揺り動かされるようなものじゃなかった。
荒潮「貴方を乗せては行けないから、私を少し貴方に載せて行って」
青年「はい?」
俺が疑問を投げる前に荒潮の両手が俺の首にかかる。
グイと首元を引っ張られ前に屈む形になったところで、縋り付くようにキスをされた。
106 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:02:22.93 ID:kaLjlP3W0
目の前にあの金色の瞳を閉じた荒潮の顔が見える。
つられて俺も目を閉じてみた。
息が詰まる。
別に呼吸ができていないわけじゃない。鼻は開いてるし。
それでもその長い長い口付けは深く溺れていくような感覚に陥るものだった。
引き込まれる。
とてつもない力で。
そして見えた。引きずり込まれた先で。
コイツは船だ。
静かに底に眠る船だ。
皆が皆互いにそこで眠っているんだ。
底に留まってるんだ。
朽ちて消えるまで。
この村そのものがそうなんだ。
あの少年の言っていた意味がわかった。
その重力から逃れられずに。
その重力から逃れたくなくて。
俺は、俺はここには、
107 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:02:59.97 ID:kaLjlP3W0
荒潮「ッハ」
どれくらいだったろうか。一瞬だった気もするし、ずっとそうしていた気もする。
ただお互い酷く呼吸を乱して、肩で息をしていた。
青年「発情期か?マセガキめ」
荒潮「おまじないよ」フフ
青年「呪い、ねぇ」
今でもはっきりと感じる。コイツとここに残りたいという誘惑を。確かに呪いだこれは。
青年「俺はここにはいたくない」
荒潮「!」
青年「いや、いたくなくはないんだが、でも他に行きたい所があってな」
荒潮「ざぁんねん、でも、ないかもしれないわ」
青年「呪いはもうゴメンだぜ」
荒潮「さっきので十分よ」
青年「え?」
荒潮「私の中には、今貴方がいる。だから貴方も、私を連れて行って」
荒潮が俺の胸を手を当てる。この激しく脈打つ鼓動は俺のだろうか、それとも
108 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:03:48.38 ID:kaLjlP3W0
青年「またくるよ」
荒潮「期待しないで待ってるわぁ」
嬉しそうに笑う。
残念というのが嘘だとは思わないが、きっとこの笑顔も本物なのだろう。
振り返らず山を降りた。
足取りが少し軽かった。
生まれた初めてだ。
何処に行くかがハッキリと決まっているのは。
いつかまた胸を張ってここに来れるように、そういう自分になれるように頑張ろう。
いつかアイツを引き上げることができるような、そんな奴になりたい。
しっかりとした足取りで山を降りる。
別に船でなければ行きたい所に行けないわけじゃあるまい。
この足でも、なんとかなるさ。
109 :
◆rbbm4ODkU.
[saga]:2021/05/28(金) 02:07:27.46 ID:kaLjlP3W0
おしまい
抱いたらバットエンド
もう書けないのかなぁと諦めてましたが復活してたのですね。
移住とか考えた方がいいのでしょうか。
110 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/05/29(土) 16:49:15.80 ID:Ns64p8yEo
乙
111 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/05/30(日) 19:31:54.95 ID:mKe3XkXY0
おつ
いいね
112 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2021/06/04(金) 05:44:47.76 ID:rhYIhPuk0
更新きてたのか、完結嬉しい。ホント良い雰囲気、そして荒潮と俺もチュッチュしたい
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