小林「あなたは……誰ですか?」トール「……えっ?」【小林さんちのメイドラゴンSS】

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295 : ◆bhlju8wMK6 [sage]:2024/11/30(土) 22:42:17.70 ID:PDbAYs0+0
今回はここまで。それではまた。
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2024/12/06(金) 21:04:07.89 ID:1bHunX4b0
>>294 この世界の私・・・? まさか・・・?!
297 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:26:19.23 ID:oEqW1vd60
こんばんは。
大分ご無沙汰になってしまいましたが、更新していこうと思います。
298 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:27:42.71 ID:oEqW1vd60

ヒュオオオオオ…… ザワザワ……



トール「……………………」

物言わぬドラゴンの骸「……………………」



ザッザッザッ

滝谷(眼鏡OFF)「………………これは」ザッ

ファフニール「………………フン」

エルマ「くっ………………!」ギリッ

カンナ「トール様…………」ジワッ

終焉帝「……おおっ……トールよっ……!」フラッ

ルコア「っ終焉帝! お気を確かに……!」ガシッ

小林「……このドラゴンが……“この世界のトールちゃん”……」ゴクリ

小林(……全く動かない。ミイラみたいに、乾いて萎びて、固まってる)

小林(! 巨大な剣で体を貫かれて、地面に串刺しになってる……。あれが、話にあった神剣ってやつ?)

小林(……確かに、昨日の話でも言われていた……。もう彼女は亡くなっているかもしれないと)

小林(私も、きっと皆も、覚悟はしていた。でも……)

小林「……でも、それでも、こんなのって………………!」ギュウウ



トール「………………」スタスタ ペタッ

小林「! ……トールちゃん?(骸の方の彼女に触れた……?)」

トール「………………ふんッ!」ドゴオッ!

小林(!!? 殴っ……!?)ビクゥッ

小林「って、ちょ、ちょっと、トールちゃん?! 何し――!?」

トール「――何やってるんですか……、“私”」ポツリ

小林「!」

299 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:29:26.58 ID:oEqW1vd60

物言わぬドラゴンの骸「……………………」

トール「……予想はしてましたよ。もし本当に私が小林さんと出会えなかった事で世界が分岐したのなら……、
    “こっちの私”は亡くなっているのだろう、なんて事……」

トール「他の方々からすれば悲劇なのかもしれませんが……。私からすれば、これはただの怠慢の結果ですよ」ハッ

トール「どうせあなたの事です。死んでいく時には、助けを求める声一つ上げずに、黙ってひっそりと死んでいったんでしょう」

トール「分かりますよ、他ならぬ“私”の事です。あの時の私なら、きっとそうしましたから……」

トール「勢力の意向も無視して、独断専行で神に挑んだ末に、惨めに敗走したんです。
    その上で混沌勢に――お父さんに――救援を求める無様は晒したくなかった」

トール「他の勢力……傍観勢や調和勢に頼るのは論外でしたし、それに、この異境の生命体に助けを求めるのも、プライドが許しませんでした」

トール「……プライド。フフッ、アハハッ! ……笑えますね、ほんと、馬鹿で」フフッ

トール「自分の中から生まれたものでもない、内心自分でも大したものだと思っていない――、
    他者の猿真似に過ぎないプライドや体裁に最後まで縛られて死んでいくなんて、滑稽です」

トール「……そんなか細い繋がりを後生大事に抱えたまま逝く位なら、初めから意地を張らずに、腹を割って話をすれば良かったのに」

終焉帝「……トールよ……」

トール「……ほんと、ほんっと馬鹿ですっ……臆病者です……!」ドンッ

トール「要は怖かったんです。誰かを頼る事が、自分の弱さを他者に見せる事が……」

トール「……それでも、一度で良かった。ほんの一度、勇気を出して助けを求める声を上げていれば!
    この世界でも同じ様に、小林さんに見つけてもらえていたかもしれないのにっ……!」ギリッ

小林「トールちゃん……」

300 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:31:04.39 ID:oEqW1vd60

トール「ほんと、何してんですかね――」ギュウウ



???『――好き勝手言ってくれる――』ズズッ……



トール「っ声? どこから――」

ルコア「――危ないっ、トール君!!」

トール「っ!?」ダンッ!



――ボオォォォ!



トール「うぁ――熱っづっ!?」ジュウッ

エルマ「っ! トールが立っていた地面から火柱が!?」

トール「ぐあっ!!」ゴロゴロッ

小林「大丈夫、トールちゃん!?」

トール「は、はい……、ルコアさんの声のおかげで跳び退けたので、脚が少し焦げただけです……! けど、今の炎は……」

???『チッ……すばしっこいな、煩わしい』ズズ……

トール「!(骸から声が……)この声、まさか……!」

小林「骸から、何かが滲み出して……!」



ズズッ…… ズッ…… ズッ!



トール?『――勝手に此方の想いを推察して、代弁する様な真似は止めてもらおうか。見当違いで、不愉快な事甚だしい』ズルリ

小林「あれは……」

トール「ええ……、“私”です」

ルコア「ああ。彼女こそ“この世界のトール君”……、その魂だ」

301 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:32:41.71 ID:oEqW1vd60

この世界のトール(以下、トール’と表記)『………………』ズズ

小林(人型の姿……服装はまるで違う……。こっちのトールちゃんがメイド服なのに対して、あちらはローブを纏ってる。けど、容姿は瓜二つだ……!)

滝谷「半透明に透けてる……。実体のない魂、霊体ってやつかな?」

ルコア「そう。人間のお二人は気を付けて、僕達より前には決して出ないでね」ザッ

小林「は、はい……」
滝谷「了解です」ジリッ

小林(……昨日の夕食前、カンナちゃんに聞いた通りだった――)



――――――――

カンナ『――わたし達にとっては、生き物は体が死んでも、まだちょっと残ってるのがふつー』

小林『ちょっと残る……。それはその〜、いわゆる魂ってヤツ? その生物の、想いや記憶みたいなものというか……』

カンナ『そう、それ。タマシイ』

カンナ『生き物は死ぬと体からタマシイが出て、近くで浮かぶ。
    ふつーの動物やニンゲンのタマシイは、よわいから大して残らないし、少しすれば薄れてあの世に流れてく』

カンナ『けど、つよいドラゴンのタマシイは体が死んでも、はっきりしてるし、何年も残るらしい。
    まだ何か考えたり、魔法を使ったりもできるって聞いた――』

――――――――



小林(あれが、彼女が。死してなお遺るという竜の魂……!)

302 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:34:55.34 ID:oEqW1vd60

トール’『……フン。こんな奥地まで、大層な顔ぶれが雁首揃えたものだな』ギロッ

トール「……ええ、ええ、来ましたとも。全く初手で火柱とは手荒い歓迎じゃないですか、“私”。はるばる皆で話をしに会いに来たっていうのに」フウ

トール’『歓迎だと? 我の領域に土足で踏み入って来た侵入者の分際で笑わせるな、“我の紛い物”』ゴゴゴ

トール「紛い物って……、随分な言い草ですねぇ。ま、信じ難い気持ちは私も分かりますが……。
    とは言え、匂いや魔力で察せられるでしょう? 偽者などではない、同質の存在だと」

トール’『………………』ギリッ

エルマ「と、トール! 聞いてくれ!」ズイッ

トール「エルマ?」

トール’『………………』

エルマ「こ、ここにいる、その、何かフリフリした装束のトールはだな!
    俄かに信じられんかもしれんが、実はその、この世界とよく似ているが少し異なった道を辿った、異なる世界の――」

トール’『――“並行世界”、とやらから来たもう一人の我、だと?』

エルマ「――っえ?!」ドキッ

トール「――――――!」

小林(……! 何で並行世界の概念を知って……? この場のドラゴンの方達は皆、昨日まで詳しく知らなかったのに……)

303 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:37:09.21 ID:oEqW1vd60

トール’『フ。何だその間抜け面は。余程我を無知蒙昧と侮っていたと見える……』ニヤ

エルマ「ち、違う! そんな事思ってないっ! でも、何でその言葉を知って……?」

トール’『ハハ、貴様等、此処を何処だと心得る? 先も言ったぞ、此処は我が領域。
     ――この森に入った辺りからの貴様等の会話は、概ね我の耳まで届いている』ゴゴゴ

トール「………………!」

エルマ「我が領域……? っ! それってもしかして、じゃあここまでの森の結界は……!?」

トール’『何だ、其処からか? 全く……。そう、我こそ結界の主だとも』

エルマ「なっ――――!」

トール’『無論、森の認識阻害の結界のみではない。上空の風の結界、そして転移魔法の妨害……。
     此処までの貴様等の道程を阻んでいたのは、全て我の仕業だとも』ククク

小林「………………!」

トール「……薄々、そんな気はしてました」フウ

エルマ「っ!?」

トール’『…………ホウ』ピクッ

小林「トールちゃん!? それって……」

トール「ただの勘でしたから、口には出しませんでしたけどね。少なくとも、第三者による妨害よりはあり得るかな、と」

エルマ「で、でも話では、ここまでの結界はルコア殿やファフニール殿でも手を焼く様なものだったのだろう?
    トールがそんな高度な魔法を扱える訳が……」アセアセ

トール「ちょっと言い方! まあ否定はしませんが……」

ルコア「――いや、あながち無理とは言い切れない」

滝谷「ルコアさん?」

ルコア「確かに、通常時においては、今のトール君の力量ではまだそのレベルの魔法は難しいだろう。
    けれど魔法とは極論、想いを力に変える技術とも言える。一際強く烈しい想い……、
    激情が時に秘めたポテンシャルを引き出し、普段以上の魔力を発揮させる事例は稀にだが存在する」

ルコア「そう、例えば――死の間際の無念や執着などは、強力な魔法や呪いを発現させ得るんだ」

エルマ「………………っ!!」

トール’『………………フン』

304 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:39:53.89 ID:oEqW1vd60

小林「あれ、でもルコアさんの話では、今日より前にこの山を訪れた際には、転移の妨害や風の結界はなかったって言ってた様な……」

トール「恐らく、これまでは認識阻害の結界だけで自身を隠蔽して、存在自体に気付かれない様にしていたのでしょう。
    しかし私がこの世界に来た事で、なりふり構わず妨害する方針に変えた、という所ですかね。そうでしょう、“私”?」チラッ

トール’『……チッ、訳知り顔でペラペラと、忌々しい。が……その通りだとも』ギョロッ

トール’『昨日の時点で、貴様のこの世界への出現は大気のマナを通じて我も感知していた。
     遅かれ早かれ我を捜しに此処まで来るだろう事も予見できた。
     だから今までは休眠させていた転移の妨害と風の結界を再起動し、貴様等を阻んだ……。失敗したがな』ギリッ

カンナ「そんな……」

エルマ「一体どうして、そこまでして私達を……」

トール「……一応聞いておきましょう。何故私達への妨害を?」

トール’『――言わねば分からんか?』ビキッ

トール「私が推察を語る事も出来ますが、それはあくまで推察です。相互理解の為に、出来れば貴方の口から直接聞かせて欲しいものですがね」

トール’『――――――――――あ』ポツリ

トール「あ?」

トール’『あ、ああ゛、あああ。あ゛〜あ゛〜あ゛ああああ……っ!!』ボリボリ

エルマ「ヒッ――――」ビクッ

カンナ「トール様……?」ブルッ

トール’『煩わしい、煩わしい、煩わしい……っ! そんなのっ!! “全てが煩わしいから”以外にある訳がないだろうっ!』ゴォッ!

305 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:45:29.49 ID:oEqW1vd60

トール「煩わしい……ですか」

トール’『ああ、そうだッ! 我はもう、此の世の全ての関わりが煩わしい!
     竜との関わり、人との関わり、神との関わり! 血縁・地縁・因縁・奇縁、あらゆる繋がり、全部、全部ッ!』ズァッ

小林「くっ…………!(後ずさってしまいそうな程の、圧倒的な迫力……!)」ジリッ

滝谷(昨日、ファフ君が脅しを掛けてきた時以上の、明確な命の危機を感じる……!)ゾッ

終焉帝「トール……!」

トール’『混沌勢? 調和勢? 魔と神の永きに渡る闘争……? 莫迦じゃないのか!?
     幾百幾千の年月を、ただの殺し合いに費やして……! 良く飽きもせず! 勝手にやってろ、我を巻き込むな!』

トール’『ああああ゛ア゛嫌だ厭だイヤだどいつもこいつも気色悪い、暴れる事しか考えていない癖に傲岸不遜に振る舞う混沌の竜共も、
     独善的な秩序を押し付けてくる神々とそれに卑しく侍る調和の竜共も、さも訳知り顔で高みの見物を決め込む傍観の竜共も!』

トール’『短い命で何処までも行こうと身の丈も知らずに世界を貪り散らかす人間共も、
     隠れ潜んでただ奪い合って惨めに生き延びるモンスター共にも虫唾が走る!』

トール’『力ある莫迦共は口を揃えてそれが使命だ、存在意義だ役割だ、生きる目的だとほざいて、自己の譲れない正しさを主張しながら殺し合う。
     “相手にも同様に譲れない正しさがある事”も想像できない低能というだけだろうに!』

トール’『そんな愚物達が、生前は我に様々な感情を向けてきた。憎しみ怒り蟠り、妬み嫉み羨み僻み恐怖侮蔑憧憬狂信復讐猜疑優越劣等、
     べったりと粘つく黒泥が如き妄念を、ああ手前勝手に不躾に!!』

トール’『全部、全部ッ、全……ッ部嫌いだ! 疾っくの昔にうんざりだッ! 』ゴォッ!

トール「――――っ、全部、ですか……」ビリビリ

トール’『ああそうだとも……全部だよ。そう――利用されている事に気付いていながら目を逸らし、聖女を演じ続ける自己欺瞞の偽善者も!』ギンッ

エルマ「――――っ!」ビクッ

トール’『争いから逃げ、それでいて他者との関わりに未練を残して、みっともなく輪の周りをふらつく様な半端な臆病者も!』キッ

ルコア「――――っ」

トール’『財宝を貯め込みに貯め込んだ挙句、自身の熱を見失い、警戒心だけを残して引き籠り続ける生き腐れも!』ギラッ

ファフニール「………………」

トール’『……親に放任された寂しさを埋めようと非力な手を伸ばしてくる、我が鏡像が如き哀れな仔竜も』ジッ

カンナ「っ!………………」

トール’『――――そして。勢力の長たる事を言い訳に、娘を教え導くのを放棄し追い払った、父親も……!』ジロッ

終焉帝「…………!トー、ル……っ」

トール「――あなた! 本気でそんな事っ――」

トール’『認めぬと? 否定すると? そんな想いは理解できぬとッ? 他の誰でもない、我の紛い物ではないと宣うお前がッ!?』ギンッ

トール「……――――――ッ!」

トール「………………理解は、出来ます。その嫌悪も、憤りも、世界全てへの倦怠も。みんな、私自身が抱えてきたものですから」グッ

トール「けど!! それだけじゃなかったでしょう! なかったはずです!
    長い旅の中で、楽しかった事も、大切だった事も、輝いて見えた事だって、あったでしょう!?」

トール’『ハッ。そういうまやかしの様な事こそが、尚更煩わしいと言っているのだ。振り切ろうとして猶、脳の裏に餓鬼の様に纏わり付いてくる……』

トール’『――ああ、しかし。そうだな、我も莫迦だった。世の莫迦共の下らない争いに態態付き合って、終には命を喪って……。
     畢竟、生きている間には柵む因業を振り払う事が出来なかった』ククッ

トール’『だが、もう違う。死んで、やっと愛想が、未練が尽きた。分かるか? 我は今、正に“自由”を手にしているのだ!』

トール「なっ…………!?」

306 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:47:23.38 ID:oEqW1vd60

トール「自由……? こんなのが? こんな山奥で一人寂しく死んでいる事が、自由だと言うんですか!?」

トール’『頭の鈍い! だが当然か。命永らえて今も愚物達との関わりを捨てずにいるお前に分かる訳もない。
     “孤独”こそ、真の自由である事など!』ゴォッ!

トール「くっ…………!」ビリビリ

トール’『もう我は、何者にも煩わされない。立場にも、力にも! 愛にも憎にも、絡みつく情念にも!
     死によって、孤独によって、それら全ての柵みから初めて解放されたのだ!』

トール’『――先程、そちらの臆病者が言っていたな。死に際の強い念が強力な魔法を生み出す、だったか』チラッ

ルコア「!………………」

トール’『そうだ、その通りだとも! 死の間際、最後に私はこう願った。“もう誰にも会いたくない”、“永遠に一人でありたい”と!』

トール’『だからこうして他者を遠ざける結界を張った! 転移の妨害も暴風も認識阻害も! 全て我が幸福な孤独を維持する為だ!』

トール’『嗚呼。そうして我は今、こうして浮世の軛から解き放たれ、自由なる静寂を味わっているのだ。――それだのに貴様等は!』ギンッ

トール’『我の結界をこれだけ荒らしておいて、言うに事を欠いて“会いに来た”?“話をしたい”?“相互理解”?』

トール’『知った事か! 興味もない! 独り善がりのありがた迷惑という奴だ、失せろ!』ズァッ!

トール「ぐっ…………!」ジリッ

終焉帝「…………トール…………」

307 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:48:56.02 ID:oEqW1vd60

トール「…………そう言われて、すごすご去る訳にもいきません。ここに来たのは、私が元の世界に帰る手掛かりを探す為でもあるんですから」グッ

トール’『貴様の都合など、何故我が慮る必要があると思う? これ以上、我が安寧の邪魔をすると言うなら――力尽くで排してやる』ゴゴゴ

トール「……排する、ね。私一人ならともかく、この顔ぶれ相手に、死した魂に過ぎないあなたが勝てると思っているんですか?」

トール’『舐めるな。一年の間我が留まり続けた事で、この領域は、そのマナは!
     最早我の支配下となっている。たかが数羽の侵入者ごとき、排除するのは容易い――!』ズズッ……!

カンナ「っ! トール様、これやばい――!」ゾクッ

エルマ「禍々しい魔力が、辺り一帯を取り巻いて……! あいつ、本気でやる気だぞ!」

トール’『フウゥゥゥーーーーー…………!!』ゴゴゴゴゴ

トール「やるしか……ありませんかっ!」ギュッ



ゴゴゴゴゴゴゴ…………!!



ルコア「小林さん、滝谷さん! 絶対に僕らの後ろから出ないでね。守り切れないから――」

滝谷「くっ…………!」ビリビリ

小林(……――――――)

小林(――いいや)

小林「――ごめん、ルコアさん。私、行かなきゃ」ザッ

ルコア「っ小林さん!!? 下がって――」

308 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:53:05.86 ID:oEqW1vd60

ザッ ザッ………… ザッ!



小林「っ………………」ザリッ

トール’『ム………………?』ピクッ

トール「小林さんっ!?? 何してるんですか、下がって下さい……!」

小林「……ごめん、トールちゃん。けど私は彼女に、言わなきゃいけない事があるんだ」ギュッ

トール「言わなきゃいけない事って――あっちょっと!?」

小林「………………」ザッザッザッ ピタリ

トール’『………………』ジッ

小林「スウ、ハア(一呼吸)………………あの――」

トール’『――――』クンッ



ボオオオオオオオッッッ!!!(火柱)



小林「ヒッ――――!?」ヨロッ ドサッ

トール「小林さんっっつ!!!」

小林(目の前を、ほんの鼻先を、私の全身を軽く飲み込める程の太さの火柱が……!)ハッ、ハッ

トール’『――気を付けて喋れよ、人間。放つ言葉によっては、次に消し飛ぶのはお前になる』

トール’『何  だ  ?』ゴゴゴ

小林「……フッ…………ヒッ…………」ガタガタ

トール「貴ッ様アァァァァ…………!!」ビキビキ

小林「……待ってっ! トールちゃんっ!」バッ

トール「小林さんっ……!?」ピタッ

小林「私に、話させて……。お願い、だ……」ブルブル グッ……

トール「小林さん……っ」

トール’『…………(震えながらも、立ち上がるか)』

309 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 21:55:42.73 ID:oEqW1vd60

小林「…………っ…………っつ」フッ ハッ

トール’『……其処の、我の紛い物の方は、大層お前の事を気に入っている様だが。我も同じだと期待しているなら甚だ見当違いだ』ギンッ

トール’『我にとっては、お前なぞ何の関係も興味もない。只の矮小な人間一匹でしかないのだ、と――理解しているか?』ゴゴゴ

小林「…………分かっ、てる…………そんな事…………っ!」ハア ハア

トール’『――そうか。ならば良かろう、用件を言え。調停か、懐柔か? その蛮勇に免じて、一言だけは聞いてやる』

トール’『(但し、何を言おうと言い終わった瞬間に燃やしてやるがな……!)』ゴゴゴ

トール「小林さん……っつ!」ギュッ

小林「……………………っ」ブルブル

トール’『さあ、言ってみるが良い!』ゴォッ!

小林「……………………っつ!」ゴクリ





小林「――――見つけてあげられなくて、ごめんなさい!!」ペコリ





トール’『――――――――――――――――は?』ポカン

310 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:02:22.92 ID:oEqW1vd60

トール「え…………」

エルマ「へ…………?」

ルコア「………………!」

終焉帝「――――――」

滝谷「小林さん……」



トール’『――――はっ!?(一瞬、呆けていた……!)』ブンブン(頭を振る)

トール’『……いや! 貴様、一体何を――!?』キッ

小林「――ごめん、1年前のあの時、私はこの山に入っていたのに、君を見つけてあげられなくて」

トール’『!』

小林「君が、こっちにいるトールちゃんと違って亡くなる事になってしまったのは、
   1年前のあの日、この私が君を見つけられなかったせい……、なんでしょ?」

トール’『………………』

トール「小林さんのせいなんかじゃありませんっ! そもそもあの日まで小林さんは――」

小林「分かってるよ、トールちゃん。そもそもあの時はまだ私、ドラゴンも魔法もこの世に実在するなんて思ってなかったし、
   当然トールちゃんがこの山に来ている事も知り得なかった。それにあの時は私、泥酔もしていたしね……」アハハ

小林「――でも、それでもね、気付ける事はあったんじゃないかって思うんだ」

小林「森の中で、君から流れ出た血の匂いがしたかもしれない。君が痛みで身じろいで木々を擦る音がしていたかもしれない。
   苦痛に呻く君の息遣いが、放つ熱が漂っていたかもしれない……」

小林「何か一つでも、私がそうした異変を察知して気にしていれば……、もしかしたらこの世界でも、私は君を見つけて、助けられていたかもしれない。
   そう思うと……、やっぱり私は、謝らずにはいられないんだ、ごめんなさい」ペコリ

トール’『――――――………………』

トール「小林さん…………っ」

311 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:06:38.64 ID:oEqW1vd60

トール’『――――ふ…………、ふざけるな! 人間、風情が……、謝罪に、あまつさえ同情だとっ!? 舐めるのも大概にしろ……っ!』フーッフーッ

小林「っ!」ビクッ

トール’『塵も残さず、消え去――』ギリッ

エルマ「待てっ、トールッ!」バッ

トール’『ああ゛っ? しゃしゃり出るなこの――』

エルマ「――私も、悪かったっ!!」ペコリ

トール’『――――――――は、ぁ?』グラッ

エルマ「……本当は、ずっと後悔していた。昔、共に旅していたお前と仲違いし、別れた事……」

エルマ「確かに私達には勢力の違いがあった。それぞれの矜持が、考え方の違いがあった。争う事自体は、避けられなかったのかもしれない」

エルマ「けどそれは、必ずしも別れる理由にはならなかったんじゃないかと、今は思うんだっ!」ギュッ

トール’『っ、お前っ…………!』

エルマ「違いがあっても、対立があっても! もっと対話を重ねれば、もっと一緒に旅を続けていれば!
    分かり合う道も、お前が独りで無茶をしなくてもいい選択も、あったんじゃないかって……!」

エルマ「……生きている内に、仲直りしたかった。昔みたいに一緒に過ごして、ご飯を食べたかった……っ!」ポロポロ

エルマ「だから……、ごめ゛ん゛、ドール゛……っ!!」グスッ

トール’『……………………っ!』

カンナ「私もごめんなさいっ、トール様っ!」バッ

トール’『っ!……カンナ……』

カンナ「私、ぜんぜん分かってなかった。自分が寂しいばっかりで、トール様に甘えるだけで……、
    トール様も寂しいんだとか、誰かに甘えたいんだとか、考えた事もなかった……」エグッエグッ

カンナ「私がトール様に支えてもらった分、私もトール様を支えなきゃだったのに……! ごめん、なさいっ!」ペコッ

トール’『………………っっ!』

滝谷「……では、僕も謝罪を」ザッ

トール’『っ? 今度は何だ……!?』バッ

小林「っ! 滝谷君……」

トール「ちょっ、滝谷さんも前に!?」ギョッ

滝谷「まあ、僕は小林さん以上に君と縁が遠い訳で、君が亡くなってしまった事に僕は一見ほとんど関係してない。
   だから、謝ると言うのも烏滸がましいのかもしれないけれど……」ポリポリ

滝谷「――でも、バタフライエフェクトとか、カオス理論とか。ほんの小さな条件の違いだけで結果が大きく変わってしまう事を表す言葉もある。
   僕が本当に君の死に一切関与していないかというと、それも絶対ではない」

滝谷「昨日から考えてたんだ。
   そもそもどうしてこっちの生きてるトール君の世界では小林さんがトール君を見つけられて、この世界では見つけられなかったんだろうって」

滝谷「……もしかしたら、僕が会社で小林さんに掛けた一言や、仕事でフォローしてもらった分の労力、ほんの少しの挨拶のし忘れ……。
   そうしたほんの些細な事が小林さんの体調に影響してその違いを生んだ、という可能性も、あるのかもしれない」

滝谷「だからまあ、自分の事をあまりに過大評価してるとも思うけど、それでも僕も君に謝りたい。
   僕にももっと、出来る事があったかもしれない。ごめんなさい」ペコリ

トール’『…………ッ…………〜〜〜〜ッ!!』ギシッ

312 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:08:49.11 ID:oEqW1vd60

トール’『……だ、まれ』フルフル

トール’『黙れ、黙れッ、黙れ黙れ黙れッ! 揃いも揃って、我を莫迦にしているのかお前等ッ! 謝罪とか、ごめんとかっ、今更っ……!!』ギリッ

トール「謝罪を素直に受け取れないんですか、私! この拗らせ頑固者っ!」ガーッ

トール’『黙れ紛い物ッッ!! ――ああそうか、そうだな? やはり我を愚弄しているのだろう?
     頭を垂らせば取り敢えずやり過ごせると舐めているな、そうだなっ!?』

トール’『ふざけるなどいつもこいつもッ! 目障りだ、諸共死ねっ――!!』ゴゴゴゴゴ

ルコア「…………!」

トール「(急激な魔力の集中……!)特大の攻撃が来ますっ! 全員下がってっ――!」

トール’『逃がさん……ッ! ……ガアアアアァァァァァ!!』



ボオオオオォォォォォッ!!(火炎のブレス)



ルコア「――――――――っ!」ダッ

トール「っルコアさん!? (何故前に……!?)」



ボアアアアァァァァァッ!!



トール’『――――――な』

トール「ルコア、さん…………」

ルコア「……………………」プスプス

313 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:11:29.93 ID:oEqW1vd60

ルコア「っう……………………」ガクッ(膝を付く)

トール「っルコアさん! そんな、皆を庇って、直撃を受けるなんて……」バッ

ルコア「……ケホ。大丈、夫……。ちょっと焦げたくらいさ〜……」ハハ

エルマ「ちょっとじゃないだろう、その黒さっ!?」

トール’『……………………何故だ』ポツリ

ルコア「ん〜……?」

トール’『何故、防御魔法も使わず、生身で無防備に炎を受けたっ!? そんな真似をすれば、いくら貴様でもっ……』ワナワナ

ルコア「ん〜? 心配してくれてるのかい……?」フフッ

トール’『ッ! そういう事を言っているんじゃないっ! 茶化すな、いいから答えろっ!!』グアッ

ルコア「フフッ、戦いに来たんじゃない、話し合いに来たんだと示すなら……、戦う為の術は使わないのが誠意だと思っただけさ……」ググッ(立ち上がる)

トール’『誠意、だと…………?』

ルコア「そう……。ごめんね、トール君。あの日僕は、神に決戦を挑んだ君を、ただ見ているだけだった」

トール’『っ!………………』

ルコア「それが無謀な闘いで、放っておけば君が死ぬ事は明らかだった。
    一方で直ぐに決断して闘いに割って入れば、僕自身も痛手は負っただろうが、君を助け出す事もできていたかもしれない」

ルコア「だけど結局僕がした事は……、君が神に致命傷を負わされたのを、遠巻きに見てる事だけだった」

ルコア「僕にはもう、君の友達を名乗る資格はない。君がさっき言った通りだよ。
    僕は寂しがりの癖に友の為に立ち上がる事も出来ない只の……、臆病者だ」

トール’『……………………』

トール「違いますっ! それはあなたが中立・不干渉を貫く傍観勢で、私を助ければあなたまで各勢力から目を付けられるから……、むぐっ!?」ムギュッ

ファフニール(――黙っていろ)ヒソヒソ

トール(ファフニールさん……)モゴモゴ

トール’『……だから、贖罪の為に攻撃を生身で受けたと!? ハッ、欺瞞だな! 手前勝手な自己犠牲なんぞ……っ』

ルコア「勿論、こんなダメージで償いになるなんて思ってないさ。あの日の君の苦痛に比べればこんなもの、傷の内にも入らない」

ルコア「ただ、今は……、君に謝りたい。すまなかった……」フカブカ

トール’『っ……………………』ギリッ

314 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:15:42.36 ID:oEqW1vd60

トール’『……フゥーッ……! どいつもこいつも腑抜けた事をッ……………………!』チラッ

ファフニール「ム?」ピクッ

トール’『……もしや、貴様も何か謝ってみせるつもりじゃないだろうな!? ファフニールッ!?』ギロッ

ファフニール「……フン。俺は別に、貴様が死んだ事に対して毛程も悪いとは思っていない。
       我等混沌の竜は闘いこそ本懐。一騎で特攻玉砕など、むしろ称えるべき事だ」プイッ

トール’『(……っ! そうだ、貴様はそうだろうとも、生粋の邪竜よ……!)』ククッ

トール(ちょっとファフニールさん、空気読んで下さいっ?)コソッ

ファフニール「黙れ。……だがまあ、だからこそ」

トール’『…………?』

ファフニール「……一緒に戦ってやれなかったのは、悪かった」ボソリ

トール’『………………っ!?』グラッ

終焉帝「――ふん、お前達の責任など、あまりに瑣末なものよ……」ヨロヨロ

トール’『っ!』バッ

トール「お父さん!? 無理に歩かずとも……」

終焉帝「いいのだ、手を出すな! 言わせてくれ……」ザリッ

トール「っ! ……はい……」グッ……

トール’『何を……、何を言う気だ、貴様が……っ?』

終焉帝「……私だ。私の責任なのだ。自分の目で世界を見てほしいなどと綺麗事を言って、その実ただ娘を放任してきた私の……」フルフル

トール’『…………やめろ…………』ボソッ

終焉帝「私がもっとトールに寄り添い、共に立って世界を教える……、
    否、例えそれが困難でも、せめて互いの本心を伝え合う努力を怠らなければ、こうもすれ違う事は……」

トール’『やめろぉっっつ!!』ブンッ!(風の刃)

終焉帝「――ぐっ!!」ズバァッ!

トール「お父さんっ!!」

トール’『――貴様がッ! ――貴方がそれを言うのか!? 今更、っ、全部終わった今……!?』フーッフーッ

終焉帝「ゴフッ……、ああ、お前の言う通り、こんな言葉、遅きに失している……。その憤りは正当だ。したくば幾らでも私を嬲れ……」ガクッ

終焉帝「だが頼む、どうか、これだけは言わせて欲しい……」プルプル

終焉帝「………………トール、済まなかったっ…………!」ガバッ

トール’『………………………………っつ!!!』

トール「お父さん…………!!」

小林(あの、怖ろしい程の迫力のあった方が……)

滝谷(地に膝付けての、土下座を……!)

315 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:19:23.22 ID:oEqW1vd60

トール’『…………何、だ…………』ジロッ

小林「……………………」
滝谷「……………………」
エルマ「……………………」

トール’『何なんだ…………』チラッ

カンナ「……………………」
ルコア「……………………」
ファフニール「……………………」

トール’『一体全体…………』ギリッ

終焉帝「……………………」


トール’『…………何をしに来たんだ、お前等はッ!!』ゴオッ

トール「最初から言ってるでしょう。話をしに来たんですよ」

トール’『ッ!!』

トール「……言っときますが、私は別にあなたに謝りませんよ。
    別世界とは言え他ならぬ自分自身の事ですし〜、あなたのこれまでの経緯に対して私に責任ありませんし?」ツーン

トール「ですから同時に、私があなたの選択にとやかく言う権利や義理も、本当の所はないんですよね。
    あなたがこの1年間で感じてきた気持ちは、私にすら知り得ない、あなただけのものですから」

トール’『……………………』

トール「…………ただ。私以外の、ここに集った皆さんの言葉位は、聞いてみてもいいんじゃないですか」

トール’『…………っ!』

トール「皆さんは、正真正銘この世界に生き、この世界のあなたを想って今日ここまで来てくれた方々です」

トール「あなたのあの手この手による妨害を受けても、なお諦めず遥々会いに来てくれた皆さんなんです。
    自由なる孤独とやらも結構ですけど、ちょっと位話してみるのもまあ、悪くないんじゃないですか?」ポリポリ

トール’『……ぐ、うぅぅ…………っ!』

トール’『今、更…………、何だ…………!』ギリッ

316 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:21:48.08 ID:oEqW1vd60

…………………………



《(回想)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【1年前・山中】

ヒュウウウウ…………

ズズウウウゥゥン…………!!



トール’「う゛、う゛…………」ズリッ

トール’「……此処は……何処だ……」

トール’「……マナが薄い……。別の土地、いや、別の世界、か……?」

トール’「追手はない……、逃げ延びられたのか……?――ゴハッ!?」(吐血)

トール’「……ッ、この、剣は……」ハアハア



キイィィィィン…… キイィィィィン……



トール’「……竜殺しの神剣……。フン、もうトドメは刺してある、追うまでもない、という事か。フフフ……」

317 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:23:21.69 ID:oEqW1vd60

トール’「これは……、動けないな……」フウフウ

トール’(神剣の力で刻々と命を削られているのが分かる。ああ……、これは助からないな)

トール’「……空が暗い。今は夜か……」ハア

トール’(この世界の夜がどれ程の長さか、詳しくは知らないけど……。まあ、朝日が昇るまでは、持たないかな……)

トール’「ハハ……、フウ、フウ……、惨めなものだ……ガフッ」ゼエゼエ

トール’(……完敗だったな……)

トール’(けどその割に、悔しさはあれど思ったより落ち着いているのは……、心の何処かでこの結果を、予測していたからか)

トール’(フン、やる前から負けを覚悟していれば、そりゃあ当然負ける。滑稽だな……)フフッ……

318 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:24:26.56 ID:oEqW1vd60

〜〜〜〜〜〜〜〜



トール’「…………ああ、静かだ…………」ポツリ

トール’(多少の獣の気配はあるが、いずれも私を怖がって遠巻きに窺っているだけだ)

トール’(神に連なる者の殺気も、竜の様な魔の者の魔力も、今はない)

トール’「…………一人。ああそうか、今、一人か」ボソッ

トール’(自由を求めての戦いだったが……、敵も味方もいない今の孤独も、ある意味で自由か)

トール’(じゃあ目的達成……? なんて、フフ……ほんと皮肉で滑稽な話……)

トール’「フフフ……、う…………」ガクッ

トール’「……………………」シーン

319 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:26:28.93 ID:oEqW1vd60

〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ガサガサ…………

……………………タクッ、…………クショ〜…………

……………………アノハゲ、バカヤロー……………………

??「……………………ひっく、所長めぇ〜………………今に見てろぉ〜……………………」ガサガサ

……………………ウィ〜、オットット……………………



ガサガサ、ガサ……………………



………………………………



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜



トール’「――――――――ハッ!」ピクッ

トール’「…………意識が、飛んでいたか…………」

トール’(どれくらい寝ていた…………? そう長くは経っていない様だが…………)

トール’(寝ている間に、何か声が聞こえた気もしたが……)

トール’(……今は周囲には誰も居ない。こんな夜の森の中で誰かいる訳もない、気のせいか……)フウ……

320 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:27:47.37 ID:oEqW1vd60

〜〜〜〜〜〜〜〜



トール’「…………フウ…………フウ…………ハ、ア」

トール’(ああ、これはもう死ぬな……)ゼエゼエ

トール’(でも、思ったより心は穏やかだ。全力を出した上で負けたからか、ある種、諦めが付いた感じだ)

トール’(結果こそ散々だが……、うん。まあ、しょうがないんじゃないか、この終わりも)

トール’(頑張ったよ、私は……。うん、頑張った。これが私の運命というもの。それでいいさ)

トール’「…………ゼヒュー…………ゼヒュー…………」

トール’(ああ、疲れたな……。もういいよね? もう休もう。目を閉じて、安らかに……)

トール’「…………フウ…………」

トール’「……………………………………………………………………」

321 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:29:07.62 ID:oEqW1vd60

………………………………



エルマ『――――トールッ!』

カンナ『――――トールさま』



ピクッ……



ルコア『――――トール君』

ファフニール『――――トール』



ギリッ……



終焉帝『――――――トールよ』



トール’「…………どうしてっ…………」ギリッ

トール’「どうして今更、懐かしい顔ばかりが浮かんでくるんですか……っつ!」ポロポロ

322 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:40:03.45 ID:oEqW1vd60

トール’(もう少しで静かに逝けそうだったのにっ、綺麗に終われそうだったのにっ……!)

トール’(しょうがない訳ないじゃないですか、それでいい訳がないじゃないですか!)

トール’(悔しい、悔しい悔しい悔しいっ!まだ何も終わっちゃいない、まだ何も始められてすらいない!
     まだ私は自由を掴めていないし――まだ私は、自由になって何をしたかったかも、自分で分かっていないんだ!!)

トール’(孤独が自由……っ?ふざけんな!!こんな、こんなっ、こんな寂しく、惨めに、誰にも知られず一人で死ぬ事が、自由であって堪るものかっ!!)

トール’「ふっ――くっ――う、うぅぅぅぅうう゛――!!」ギリッ ポロポロ



こんな所で、こんな所で終わりたくない!/どうすれば良かったの/全てが憎い!/
ああ、怖いよ/ふざけるなふざけるなふざけるな/エルマ/疎ましい/誰か、誰でもいい/
嫌だ/楽になりたい/煩わしいなあ!/せめて温もりを/まだだ、まだ私は/

くそが……!/暗いなあ/痛い痛い痛い!/みんな厭わしい/殺してやる/ごめんなさい/
星が瞬いている/許さない/カンナ/皆が愛おしい/手遅れだ/さみしいよ/全身が寒い/
傷口だけがひどく熱く感じる/こんな私、知りたくなかった/

何もかも今更/誰も教えてくれなかった/諦められない/静かだ/黙れよ/ルコアさん/
うんざりだ/戻りたい/懐かしい/戻れない/全部壊れればいいのに/なんて往生際の悪い/
早く死ねよ/死なせて/死にたくないよ/誰か触れて/お願い/

恥晒し/私を見ないで/誰か見つけてよ/ファフニールさん/もう一度だけ/終わりだよ/
もう何も視えない/何も聴こえない/心臓の音だけがやけにうるさい/…………/
終わる/楽しかった事ばかり思い出す/何も楽しい事なんて無かった/

疲れた/…………/最後までこんな/あ、止む/――――/お父さん/
…………/ごめんね/最初から/ありがとう/全部無意味だ/ああ……惨めだ/



トール’「………………………………、ああ」



………………………………



もう、誰にも会いたくない/誰かに、見つけてほしい



………………………………



永遠に、一人でありたい/一人は、イヤだよ



……………………みんな……………………







さよなら/たすけて







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜》



トール’『う゛う、う゛うううう゛ぅぅぅぅぅ…………!!』

トール’『今更…………っ、今更、何なんですかぁ…………っ!』ボロボロ

323 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:43:17.54 ID:oEqW1vd60

【現在・山中】

トール’『うぐ、ひっぐ、う、ぐ、ふう…………っ』

エルマ「トール…………」
カンナ「トール様…………」
小林「トールちゃん…………」
滝谷「……………………」

トール’『遅…………すぎなんですよ…………っ、全部…………っ』ポロポロ

ルコア「トール君…………」
ファフニール「……………………」
終焉帝「…………トール」

トール’『ふぐ、あ、あ゛、わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!』

トール「――――はあ。最初からそうして素直に気持ちを出してれば、もっと話が早かったんですがねえ」フウ

トール(――とは言え。よく言えましたね、“私”)フッ



小林「――――…………っ!」ザッ……

エルマ「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」ダッ!
カンナ「トールさま゛っ!」タッ!
小林「うわっとっ!?」サッ

タタタッ…… ギュッ(霊体のトールに抱き着く二人)

トール’『あふぁっ!? う゛あ…………』

エルマ「ごめん、トール、ごめん。待たせた…………!」ポロポロ
カンナ「ごめんね、つらかったね、トールさま、ごめんなさい…………!」エグエグ
トール’『っ! ふ、っつ、う、わああああああああ゛ん!』ボロボロ

小林「……………………」ニコッ

ルコア「――――小林さん(コソッ)」ポンッ(肩を叩く)

小林「!」

ルコア「貴女も、遠慮せず。行きましょう?」スタスタ

小林「…………はい。そうですね」テクテク

ギュッ(エルマ・カンナの上から更に抱き着く二人)

小林「――お疲れ様。大丈夫、もう大丈夫だから…………」ナデナデ
ルコア「ごめんねトール君、本当によく頑張ったね。大変だったね」ギュウウ
トール’『ふ、あ…………っ!はい、はぃ゛っ…………!』コクッ、コクッ

324 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:45:24.91 ID:oEqW1vd60

滝谷「――ファフニール君は、あれ、入らないのかい?」チラッ

ファフニール「馬鹿を言うな。女子供に混じってあんな姦しい真似が出来るか」フンッ

滝谷「ははっ、言うと思った――――」スタスタ

ファフニール「ム? 何処へ…………」チラッ



スタスタ…………



終焉帝「――ぬ、む…………」モゾッ……

滝谷「――お力添えは、必要でしょうか?」ザッ

終焉帝「……ああ、かたじけない。立つのに手だけ、お貸し頂けるか」ググッ……

滝谷「ええ、勿論」スッ

終焉帝「すまぬな……ふっ!……よし、有り難う」スック

滝谷「……彼女の傍まで、行かなくてもよろしいのですか?」ニコッ

終焉帝「む…………」チラリ



アーン、ワーン、ワーン……



終焉帝「――ああ、まだ良い。今は唯、ああして肩を抱き合い悲しみを分かち合えている姿が見られるだけで……」フウ……

滝谷「……ええ。そうですね」

ファフニール「フン…………」

325 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:47:53.98 ID:oEqW1vd60

トール「――全く。我ながら、とんでもない意地っ張りでしたね」ハア

トール(――――そう。先程語っていた事も、決して嘘ではなかったんでしょう)

トール(もう誰にも会いたくないというのも、永遠に一人になりたいというのも。出任せではない本心だったのでしょう。だけど)

トール(それと同時に。本当に、誰かに見つけて欲しくもあった。孤独が嫌でもあったんじゃないですか)

トール(だからここまでの道中、抜け道が常にあった。
    転移を阻害しても直接飛んで来れる様にしていたし、風の結界で阻んでも地上からは来れる様にしていた。
    認識阻害で森を迷わせても決して突破不可能にはなっていなかった……)

トール(まるで二つの相反する意思を感じる様な状況に、初めは異なる二者の存在を仮定もしたけど、そうではなかった)

トール(それは、一人の存在の中で、心が二つに揺らいでいたからだった)

トール(様々な感情でぐちゃぐちゃに乱れた自分の心を醜いと思い、誰にも見せたくないから、幾つもの魔法で遠ざけた。
    一方で、どんな困難があってもそれを乗り越えた上で、自分を探してくれる誰かを求めてもいた)

トール(そうした対立矛盾した心が、あれらの魔法の答えだったんですね……)



トール「…………ほんと、ドラゴンって面倒臭いですね。頭良いのに馬鹿ばかりで」ヤレヤレ

トール「でも、ま…………、良かったですね、“私”。かくれんぼは、もう終わりみたいですよ」フフッ

326 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:51:00.70 ID:oEqW1vd60

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



トール’『――――ひっく、えぐっ、んぐっ…………』ベソベソ

トール「…………そろそろ落ち着きましたか、“私”」

トール’『ひっく…………、ん、む。…………ん』コクリ

カンナ「だいじょうぶ、トール様? ムリしてない?」ナデナデ
エルマ「そうだ、焦らずゆっくりでいいんだぞ? トール……」ギュウ

トール’『だ、大丈夫だ。変に甘やかすな、その……こそばゆい……』ソワッ

エルマ「そうか? ふふっ、慌てずにな」
カンナ「ん。ムリしないでね」ギューッ

トール’『ん、むぅ。わ、分かった……』ムズムズ

トール「おーおー青春しちゃってまあ。同じ顔の奴があやされてるのを見るこっちの身にもなって下さい?」ハー

ルコア「ふふっ。羨ましがっているのかい? 可愛いね♡」クスクス

トール「なっ誰が! 違いま――――」

小林「うん、こっちのトールちゃんも良く頑張って話してくれてたね。偉い偉い」ナデナデ

トール「っつ!!!!(小林さんの頭ナデナデッッツ!?)」ドキーン

小林「お疲れ様、トールちゃん。ありがとね」ナデナデ

トール「は、はい……♡ こちらこそ…………(しばらくこのままでいたい……2兆年くらい)」デヘヘヘヘ

滝谷(表情筋が福笑い並みに緩んで溶けている……)

ファフニール(新種の呪いか?)

滝谷「……ところで、この世界のトール君の体、霊体のはずなのに普通に触れられてるのはなぜ……?」コソッ

ファフニール「? 何が疑問だ? 竜の魂だ、触れられぬ訳がないだろう」サラッ

滝谷「アッハ、ハイ……(そういうもんか……)」

327 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:53:56.95 ID:oEqW1vd60

トール「…………はっ?! い、いや、大変名残惜しいですが、今はそこら辺で止めて頂いて……」カッ

小林「あ、うん。分かったよ」スッ

トール(ああっ!! うう、また後でお願いしたい……)

トール「……アー、ゲフゲフ、ウォッホン!……さあ、気を取り直して、もう一人の私!」クルッ

トール’『む? う、うむ、何だ、もう一人の我』ビクッ

トール「これで和解は済みましたね? なら、こちらの目的にも協力してほしいですね」

トール’『あ、ああ……、構わない。お前が元の世界に帰る為の手助けという奴か。……だが、我は何をすればいい?』

トール「えっ!? えーと、それはですね……」キョド

小林「そもそも帰る方法も分からないから、手がかりを探す為にもまずは、この世界のトールちゃんと会って話を聞いてみよう……って感じだったっけ」

トール「そ、そうです! 私も丁度そう言おうと思ってたんですよっ! ありがとうございます小林さんっ!」アセアセ

トール’『話……と言っても、何を話せばいい?』

ルコア「ふむ……。じゃあ、僕達の確認も兼ねて、改めてここまでの流れを整理してみようか」

エルマ「お願いする」ペコリ
カンナ「うぃー、おべんきょー。おねがいしまーす」ペコリ

トール’『……ところで。お前達はいつまで我に抱き着いているつもりだ……?』ムギュウ

エルマ「む、迷惑か……?」ムッ
カンナ「トール様、抱き着くのやだ……?」ウルウル

トール’『い、いや、迷惑という訳ではないが……』タジッ

エルマ「じゃあ問題ないな! そのまま話を続けてくれルコア殿!」ギュッ
カンナ「くれー!」ギューッ

トール’『……はあ、もう好きにしろ……』ムギュギュ

ルコア「フフフ、微笑ましい光景だね〜♡」アラアラ

トール(カンナはともかく、私の世界のエルマに見せたら恥ずかしさで悶えそうな絵ですね……)フフフ

トール(……まあ現在進行形で、私もむず痒くて悶絶しそうなんですけど! 彼女らの喜びに水を差したくないから我慢しますが……!)モジモジ

328 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 22:57:47.57 ID:oEqW1vd60

ルコア「……それでは僭越ながら、話を進めさせて頂くね」

ルコア「まず、昨日僕達は合流して話し合った結果、こちらの生きているトール君がこの並行世界にやって来た事には、二つの要因があると仮説を立てた」

トール「はい。その要因の一つ目が、私が元の世界で小林さんと喧嘩して
    『小林さんの顔なんて見たくない!』と強く思ってしまった事……でしたよね」ムグウ

ルコア「そう、力ある竜が強く願った事で、無意識に世界の壁を越える程の魔法を発現してしまったと。
    しかしそれならばと、今度はトール君が『元の世界に帰りたい』と強く願いながら試したものの、元の世界に帰る事は出来なかった」

トール「そこで二つ目の要因……、この世界側からも、この私を呼び込む様な力が働いていたのではないか。
    そしてそれにこの世界の私が関わっているのではないか?、と私達は推察した」

ルコア「ああ、そして僕達はこうしてこの世界のトール君を捜索して此処に辿り着いた――というのがここまでの経緯」

ルコア「……それで、どうかな? トールく……、ええと、この世界の方のトール君。心当たりは?」

トール’『……段々、呼び名がややこしくなって来たな……』

トール「仮の略称でも付けます? 私を“生きトール”、あなたの方を“亡くなっトール”とか」

トール’『いや、流石にそれは語感的にふざけすぎてないか!? 口にする度、ちょっと気まずいぞ!』ガビーン

トール「そうですか〜? 分かりやすさ重視だったんですが……。じゃあ、私を“メイドトール”、あなたを“霊トール”とかならどうですか?」

トール’『う、うむ、まあそれなら……いいだろう。……ええと、それで何だったか』

ルコア「うん、メイドトール君をこの世界に呼び込んだ要因について、心当たりはあるかい、霊トール君?」

小林(早速使いこなしている、適応力が高い……)

329 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 23:02:21.17 ID:oEqW1vd60

トール’『ああ、それについては恐らく、我の想いも関係しているのだろう……』

トール’『我は先程“もう誰にも会いたくない”と願ったと言ったが……。
     それ自体は嘘ではないが、それと同時に“誰かに見つけて欲しい”という相反する想いも抱いていたと、今なら認められる』

トール’『頭では否定していても、そうした強い願いはこの1年ずっと、無意識下で燻っていた。
     それが今回、もう一人の我……、メイドトールの想いと呼応して並行世界移動現象に繋がったのではないだろうか』

小林「なるほど、こちらとあちら、両方の世界から引き合った結果だと……」

ルコア「元々強い力を持つ2体のドラゴン……、それも並行世界における同一存在と言えるトール君達2人が互いに引き寄せ合う様な願いを抱いた……。
    そうだね、その条件なら世界の壁を越える程の魔法を発現させる事も、決して不可能ではないと思う」

エルマ「じゃあこれで、並行世界移動の原因ははっきりしたな! それなら帰る方法も……」

滝谷「――ん、すみません。でもそれだとちょっとおかしくないかな?」

ルコア「滝谷さん? どういう事だい?」ピクッ

滝谷「いえ、僕も大体今の話の通りとは思うんですが……。
   でも今の話だと、霊トール……さんは、“誰かに見つけて欲しい”から魔法が発現したって事ですよね? そしてそれはもう既に叶っている――」

ルコア「! そうか。魔法が発現した要因が解決しているのに、特に状況に変化がないのはおかしいんじゃないか、という事だね?」

滝谷「はい、まあ魔法について詳しくはないので、別にそれで問題はないと言われればそれまでなんですが……」

ルコア「いや、重要な疑問だとも。特に今回は無意識に発動した魔法だ。
    要因が取り除かれたなら、その解消も意思に関係なく自動的に起こると考えるのが自然だ」フム……

トール「それなのに何も起こらないという事は……、本当はまだ要因が解決はしていないという事ですか?」チラッ

トール’『むっ!? い、いや、そう言われても、我も心当たりは……』ワタッ

小林「落ち着いて、霊トールちゃん。そうだな……、細かいニュアンスの問題かもしれない。
   霊トールちゃん、試しに願いを、別の言葉で言い換えてみてくれないかな?」

トール’『別の……、そうだな、“一人でいたくない”、とか……』

小林「うんうん、他には?」

トール’『そ、その……、“孤独はいやだ”、とか……』モジッ

小林「なるほど、じゃあ他には?」

トール’『う、うぅ……、その……(は、恥ずかしいぞこれ……!?)』モジモジ

小林「大事な事なんだ、頑張って、霊トールちゃん!」ズイッ

トール’『う、うぅ〜、そ、その、“故郷に帰りたい”とか……?』グヌゥ

小林「っ! それじゃないかなっ?」

トール’『え?』

330 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 23:03:37.82 ID:oEqW1vd60

小林「ずっとこの土地に留まって引き籠っていた事が孤独を生んでいたのだろうし、
   これを機に生まれ故郷……、魔法界に帰れれば、何か変化があるかもしれない!」

トール「なるほど、一理ありますね! 流石小林さん! ……なら霊の“私”!」チラッ

トール’『!』

トール「善は急げです、ゲートは私が開きますから、早速故郷に転移を……」

トール’『い、いや、その……』タジッ

トール「?」

トール’『……それは無理だ。我は行けない』ポツリ

トール「――は、はあ!? 何をあなた、まさかまだこの土地に執着して……」

トール’『ち、違う! そうじゃない、行きたくない訳じゃなくて……』

トール「じゃあ一体何故…………あ」ピクッ

トール「…………もしかして…………」チラリ



キイィィィィン…… キイィィィィン……



トール「……この、神剣が刺さっているから、ですか……?」

トール’『……………………』コクリ

331 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 23:08:12.53 ID:oEqW1vd60

トール’『……先程は、自分の意志でこの土地を離れないかの様に言ったが……。
     何の事はない、本当は自力で此処を離れられない事を隠して、見栄を張っていただけだ』ククッ……

トール「……そう、だったんですね。まあ、言われてみれば当然ではありましたか……」

トール’『この神剣は我を死に至らしめただけには飽き足らず、我の魂をも刺し貫き、今もこの地に縫い付けている。
     これまで何度も抵抗はしたが、まるでビクともしなかった』

トール’『その神力により、少しずつだが確実に我が魂も削り落とされているのを感じる。
     あと数年もすれば、我の魂は一片残らず消滅させられるだろう……。
     いつしか我も諦めて、自らの意志で此処に留まっているのだと自分を騙す様になっていた……』

エルマ「そんな……!」

小林「……で、でも、もう大丈夫なんだよね? これだけ強いドラゴンの皆さんが集まってるんだもん、力を合わせればきっと神剣も抜け……」

ルコア「……いや。実質的に、それは不可能だ」

小林「っルコアさん!? そんな……!」

ルコア「正確に言うなら、引き抜く事自体は可能だろうが、霊トール君の魂がそれに耐えられないだろう」

小林「……っ!」

ルコア「前にも言ったが、この神剣は神が“竜を殺す”という概念そのものを剣の形にした神器。
    ドラゴンは勿論、神への信仰心を持つ全ての者にとっても、触れる事すら儘ならない代物だ」

ルコア「そこに勢力の違いは関係なく、メイドトール君、エルマ、カンナ……、
    そして満身創痍の終焉帝では、残念ながら命懸けでも抜けはしないだろう」

トール「……………………」
エルマ「くっ……………………」
カンナ「うーっ……………………」
終焉帝「……………………」

ルコア「そして、僕とファフニール君なら、全身全霊で掛かれば、大怪我は免れないだろうが抜けはするだろう。するだろうが……」

トール「……殲滅対象であるドラゴンが触れれば、神剣は抵抗して魔力を励起する。その際の魔力の奔流で、霊の“私”の魂は弾け飛んでしまう……と」

ルコア「……ああ、神の権能相手に手加減は出来ない。
    霊トール君の魂を保護しながら、繊細に力をコントロールして神剣を抜くなんて芸当は、僕達でも困難だ」

ファフニール「……………………」ギリッ

滝谷(……あのプライド高いファフニール君も、否定せずに歯噛みだけして黙っている……。じゃあ、本当に……)

332 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 23:09:49.32 ID:oEqW1vd60

トール’『……別に、我の保護など考えなくとも良い。むしろ、此処で我を魂ごと滅してくれて構わない』

小林「っ!?」

エルマ「何を言うんだ、トールッ!」

トール’『――そちらのメイド?とやらの“我”が元の世界に帰るには、要因の解決が必要……。
     それはつまり、要因の大元である我が消滅する事でも果たせるはずだ。そうだろう?』

トール「っそれは――――」ギリッ

カンナ「トール様……? やだ……いやだ……」フルフル

トール’『悲しむな。我はもう、充分に満たされた。この世全てに絶望して独り燻っていた所で、最後に懐かしい顔が現れて、我の為に泣いてもくれた。
     それだけで嬉しくて、我の冷たくなった心臓に再び熱が宿った様だった……』

エルマ「トールッ…………」ギュッ

トール’『どうせこのまま引き延ばしても、遅かれ早かれ我は消滅する運命だ。ならばせめて、お前達の手で――』

エルマ「それ以上言うなっ、トール……っ!」ギュウウ
カンナ「やだよ、トールさま……!」ウルウル



小林(……駄目だ、そんなの駄目だ……! だったら……)グッ

小林「――だったら、私が神剣を抜く!」ザッ

トール「小林さん……っ!?」

333 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 23:13:27.57 ID:oEqW1vd60

小林「皆の手で霊トールちゃんを消滅なんてさせない!
   ドラゴンじゃ駄目でも、人間の私が抜くなら魔力の励起ってやつもないはずでしょ、なら――」ザッザッ

トール’『人間……』



ガシッ



トール「――駄目です、小林さんっ!」ギュッ

小林「……どうして止めるの、トールちゃん。言ってたじゃん、並行世界では何の問題もなく、1年前の酔った私が神剣を抜いたって! なら……!」

トール「その時とは状況が違うんですっ!」

小林「…………っ!?」

トール「昨日言いましたよね、この神剣は、神への信仰心を持つ人間が触れれば、精神を破壊されると……っ!」

小林「……それが何。私は別にトールちゃんの世界の神なんて信仰しちゃいないよ……っ!」ググッ

トール「いいえ。今の小林さんは私達ドラゴンや魔法の存在を知っています。……ひいては神の実在も知って認めています!」

小林「だから、それが何っ!」

トール「聞いて下さい、小林さんっ! 神の実在を信じる事……、言わばそれは、信仰の第一歩です。
    即ち今の小林さんは、神への信仰心を少なからず持っている事になります!」

小林「…………!?」

トール「勿論、洗礼を受けたり、その神の教えを授かって従ったりする人間に比べれば影響は小さいかもしれませんが……、
    それでも今の小林さんが神剣に触れれば、心身に多大な害を及ぼす危険性があります!」

小林「…………っ!」チラッ

ルコア「……残念だが、メイドのトール君の言う通りだ。確かに人の手なら神剣を励起させずに触れられるかもだが……、危険が過ぎる」

小林「……………………!」

ルコア「そもそも並行世界の小林さんが無傷で神剣を抜いたという話を聞いた時、僕も内心驚愕していたんだ。
    それだけ神の力は凄まじく、無傷で抜けたというのは奇跡に等しい。二度はないよ」

終焉帝「そうだ。いくら我が娘の為とは言え、人の子に命を懸けさせる訳には……!」

小林「……………………っ」ギリッ

トール「小林さん……っ!!」ギュウ

小林「…………っそれでもっ!」ベリッ!

トール「あっ!?」

334 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 23:15:00.55 ID:oEqW1vd60

ダダダッ!(霊トールの骸をよじ登る小林)



小林「くっ――――ふっ――――!」グイッ

トール「小林さんっ!!」

小林「――――くっ! はぁ、はぁ……ぬぐっ! ふう、着いた――!」ググッ



キイィィィィン…… キイィィィィン……



小林「これが、神剣…………」ドクン ドクン

小林(近づいてみて分かる、私でも感じる程の神々しさ、怖ろしさ……。およそ人間が触れてはいけない領域のモノ――)ドクン ドクン

小林「…………でも」チラッ



トール’『………………』ジッ



小林(……私しか出来ないなら。私がやらなくちゃ――――!!)キッ!

小林「……………………!」ガシッ!(神剣の柄を掴む)



……キイィィィィン!!



小林「あぐぅっ!!?(掴んだ手が、焼けるに熱い――――!)」ジュウウ!

トール「小林さんっ!! 無茶しないで、手を放して下さいっ!」

トール’『っそうだ、人間! 我に構うな、元々我とお前には何の関係も――!』

小林「そんな゛の゛っ…………! 知るかああ゛ぁぁぁぁぁ!!」グググッ

335 : ◆bhlju8wMK6 [saga]:2025/09/01(月) 23:16:32.91 ID:oEqW1vd60

小林「ぐう゛う゛ぅ゛ぅぅぅ…………!!」ジュウウ

小林(くそっ!! でも、痛みで手に力が上手く入らないっ……。これじゃあ……!!)ギリリッ

小林「……も゛う゛、一人、い゛れ゛ば……っつ!!」ググッ



ザリッ



小林「っ!!!」ハッ

滝谷「――なら僕も手伝うよ。小林さん……っ!」ガシッ!

小林「滝谷君っ!」

トール「滝谷さんっ!?」

滝谷「――熱っ、ぐぅっ!?」ジュウウ

小林「大丈夫、滝谷く――!」

滝谷「っ、話は後! 一気に抜くよ゛……っ!!」グッ

小林「! う゛んっ…………!!」



小林・滝谷「「せー…………、の゛っっ!!」」



ズボッ!!



トール「――――――――っ!」

トール’『―――――――――っ』

336 : ◆bhlju8wMK6 [sage]:2025/09/01(月) 23:18:58.17 ID:oEqW1vd60
今日はここまで。長くなったので次回に分けます。それではまた。
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