【ミリマス】矢吹可奈「思いを歌に込めて」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:17:06.74 ID:VtK7DKrfO
―可奈ちゃんはなんでもできて凄いねえ

小さいころから、ずっとそう言われ続けてきた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1625015826
2 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:19:00.53 ID:4VJxOnZ+0

―矢吹さん、これもできるなんて凄いわね!

お絵かきや楽器の演奏、上手にできると先生や周りの大人の人はたくさん褒めてくれた。

―可奈ちゃんこれもできるの!?すごーい!

お友達に羨ましがられることもよくあった。

―可奈ちゃんは天才だなあ
3 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:19:26.83 ID:4VJxOnZ+0

それ自体はすごくうれしかった。

だけど……

だけど、その次に言われる言葉はずっと変わらなかった。
4 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:19:52.92 ID:4VJxOnZ+0

――だから矢吹さんは歌以外のことに挑戦してみない?

――可奈ちゃん、歌よりぜったいそっちの方が伸びるって!

――可奈ちゃんはこっちの道に進んだ方が絶対にいいよ!




私の一番好きなこと―歌うことを褒めてくれる人は、誰もいなかった。
5 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:20:22.43 ID:4VJxOnZ+0



〜〜♪〜〜♪〜〜



「別の世界につながる電話?」

「うん、今日友達から聞いたんだけどね―」

学校が終わるといつも通り劇場へ。レッスンまではまだ時間があるからみんなのたまり場になっている控え室で時間をつぶしていた。
学校の宿題をやったり、置いてある雑誌を読んだり、発声練習をしたり……途中で怒られちゃった。

怒られた後くらいにやってきた未来ちゃんと一緒にお話をしていると、その話題になった。
6 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:20:48.33 ID:4VJxOnZ+0

「いつの間にか手元にあって、かけると別の世界の人と電話できるんだって」

「へえ〜。どんな人とつながるんだろう」

もしかしたらお友達になれたり〜なんて。

「馬鹿ね。そんな話あるわけないでしょう」

すると、私たちの向かいで雑誌を読んでいた志保ちゃんが話に割って入ってきた。ちなみにさっき私にうるさい!って怒った張本人だったりする。
7 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:21:36.19 ID:4VJxOnZ+0

「あ、志保いたんだ」

「さっきからいたわよ」

はあ、っと一つため息をついてから志保ちゃんは話をつづけた。

「よくあるオカルトでしょ?作り話よ」

「そんなことないよう!友だちが知り合いが見たって言ってたもん」

「作り話の常套句じゃないのそれ……だいたい、電話ってどんな電話なのよ」

「えっとね……あれ?携帯だっけ、家にかかってくるんだっけ?」
8 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:22:03.50 ID:4VJxOnZ+0

「ほら、所詮噂話なんてその程度よ」

ブーブー文句を言う未来ちゃんをよそに、言いたいことは言い切ったとでもいうように志保ちゃんは意識を雑誌に戻した。

やっぱり作り話なのかなあ。でも本当にあるといいと思うなあ。別の世界ってどんな人が住んでるのかなあ、とか。別の世界の私は何をしているのかなあ、とか。
9 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:22:52.52 ID:4VJxOnZ+0

「可奈、志保、いるか?」

突然、控え室に男の人の声が響いた。プロデューサーさんだ。

「あ!プロデューサーさんだ。お疲れ様です!」

「お疲れ様ですプロデューサーさん。何か用ですか?」

「お、未来もいたのか。ほら、この前二人でゲームイベントの仕事しただろ?評判が良かったって先方から褒められたぞ」

「本当ですか!?やったあ!」
10 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:23:21.06 ID:4VJxOnZ+0

この前、私と志保ちゃんにオファーが来た。新作ゲームのお披露目イベントで、私と志保ちゃんはイベントのMC。

「大成功だったよね!」

「ええ。お客さんも盛り上がってくれてたわ。それにしても、可奈って音ゲー上手だったのね。意外だったわ」

イベントの中で、新作タイトルの一つの音ゲーを私と志保ちゃんでデモプレイさせてもらった。志保ちゃんは何とかクリア、私はなんと満点だった。
11 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:24:06.67 ID:4VJxOnZ+0

「えへへ♪クラリネットやってたからかな?リズム感には自信があるんだ〜♪」

「そういえば歩さんも可奈のリズム感がいいからリズムに合わせて踊りやすかったって言ってたわね」

歩さんと一緒にオファーを受けたときのことかな。私のカスタネットに合わせて歩さんがダンスをしたやつ。
いきなりだったけど歩さんのダンスが凄かったから私も楽しくなっちゃったな〜。
12 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:24:36.50 ID:4VJxOnZ+0

「可奈って結構なんでもできるわよね」

突然志保ちゃんがそんなことを言い出した。未来ちゃんも確かに〜って頷いている。

「え?そうかなあ」

「楽器できるし、運動神経も結構いいよね〜。この前サーカスで綱渡りやってたよね」

「絵も結構上手いのよね、この前のライブで書いてた絵、上手だったわ」

「も、も〜そんなに褒めてもなにもでないよ〜♪えっへへ〜♪」

褒められるのはうれしいけど、ストレートに褒められると恥ずかしくなっちゃうよね。
13 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 10:25:46.34 ID:4VJxOnZ+0

「まあ、歌の方はもうちょっと練習が必要みたいだけど」

「ズコー!……う、歌も少しずつ上達してるもん!」

最近はハトさんも最後まで聞いてるし上達はしてる!たぶん。……たぶん!

「さ、おしゃべりはこれくらいだ。そろそろレッスンの時間だろ?」

プロデューサーさんがパンっと手をたたいた。時計を確認するとレッスンの時間まであと10分もなかった。

「うわあ!もうこんな時間!志保、可奈、早く行こう!」

「あ!ちょっと待って、未来」

未来ちゃんが真っ先にバタバタとレッスンルームへ向かってその後を追うように志保ちゃんも控室を出ていった。
私もそのあとを追って控室を後にした。
14 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:34:09.69 ID:4VJxOnZ+0





〜〜♪〜〜♪〜〜




今日のお仕事はグラビア撮影!プロデューサーさんはこの前の制服のグラビア企画がとっても好評だったから第二弾だって言っていた。

だから今日は、またみんなとお揃いのあの制服に着替えての撮影。前回は給食の時間だったから、今回は放課後の時間だって言ってた。

「じゃあ可奈ちゃん、次の撮影行くよ」

「は〜い!」

放課後だから、部活の風景も撮ってくれるらしい。そういうわけで、次の撮影場所は音楽室。音楽室と言えば、魅裏音の撮影を思い出すなあ。あの時は夜の音楽室で思いっきり歌ったっけ。今回も歌ってるところかな?
15 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:34:57.45 ID:4VJxOnZ+0

「えーっとそれじゃあ可奈ちゃん、好きな楽器持ってくれる?」

「はーい……えーっと、マイクでいいですか?私、マイマイク持ってきてるんです!」

「あー、今日の撮影は吹奏楽部って体だから普通に楽器を持ってほしいかな?」

「ええー!合唱部じゃないんですか!?」

「この前そらさんにマイク持ってる姿取ってもらってるからねえ。それに、ちゃんとした楽器持ってた方が写真映えするし、確か可奈ちゃんクラリネットできたよね?」

「はい、そうですけど……」

「じゃあ丁度よかった!クラリネットもあるし、それでいこう!」

「はーい……」

マイクをしまって、カメラマンさんに言われたとおりクラリネットを手に取って構える。クラリネットもいいけど、やっぱり歌う方がよかったかなあ。でも、たしかにこの前マイクを持ったところは取ってもらってるし。ちょっと複雑かな〜。
16 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:35:23.42 ID:4VJxOnZ+0

「いいよ〜可奈ちゃん。そのまま何か演奏してみて」

「はあ〜い」

そのままクラリネットを口にくわえた。何を吹こうかな?せっかくだから私の歌とかでいいかな?

「〜〜〜〜♪」

「おっ!うまいうまい!そのまま続けて!」

私が演奏している間、カメラマンさんはシャッターを切り続けていた。他のスタッフさんは私の演奏に聞き入ってくれているみたいでちょっと嬉しい。
17 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:35:49.46 ID:4VJxOnZ+0

「うん。いい演奏だったよ!上手だね、可奈ちゃん」

「えへへ。ありがとうございます!」

やっぱり褒められると嬉しいなあ〜気分ウキウキ〜♪

そのあとも、美術室に図書室、いろいろな場所で写真を撮った。
可奈ちゃんほんと、なんでも似合うねとカメラマンさんは褒めてくれて、大満足で帰って行った。
18 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:36:28.19 ID:4VJxOnZ+0



〜〜♪〜〜♪〜〜



「矢吹さん。ちょっといい?」

おっひる〜おっひる〜♪今日の給食なーにっかな〜♪
と言ってウキウキになるほど待ち遠しかった給食の時間も終わたある日のお昼休み、隣のクラスの子に声をかけられた。

「うん。いいよ?」

そういうと私は二人に廊下へと連れていかれた。

「この前のことだけど……」

「あー……」
19 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:49:12.35 ID:4VJxOnZ+0

この前のこと、というのは私に吹奏楽部に入ってほしいということ。この二人は吹奏楽部の子で、一人はこのまえ代替わりした新しい部長さんで、もう一人はクラリネットのパート長さん。以前から私のことをとっても熱心に吹奏楽部に勧誘してくれている。
前に劇場のみんなでマーチングのお仕事をしたときにプロデューサーさんにこのことを自慢したこともあったけど、やっぱり私の答えは決まってるいるから―。

「ごめんね。何回も誘ってくれるのは本当に嬉しいけど……」

やっぱり、アイドルをしていると時間は足りないし、もう私は合唱部に入っているし。……合唱部の方も全然参加できていないけど。
だからいつも通りやんわりと断ろうとした。
20 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:50:17.71 ID:4VJxOnZ+0

「でも、矢吹さんがウチに入ってくれると本当に助かるの」

「この前、テレビで可奈ちゃんたち合奏してたでしょ?とっても上手だったわ」

「え、えへへ♪そうかな……ありがとう、でもやっぱり、今はアイドルで忙しいし……」

「……正直、可奈ちゃんは私よりも上手いと思った」

そう言ったのはパート長の子。

「今まで一生懸命練習して、先輩からこのパートを引き継いで、私もそれなりに上手い自信はあったけど、テレビで見た可奈ちゃんも私に負けないくらい上手だった。きっと真剣にやったら負けちゃうと思う」

いつも以上に真剣な目。その目がまっすぐに私の目を射抜く。
21 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:52:08.43 ID:4VJxOnZ+0

「可奈ちゃん、たいして練習はしてなかったんだよね?」

「え、えっと……本番までに少しは……」

「それだけでできるなら十分才能だよ。可奈ちゃん絶対に才能あるって!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

「可奈ちゃん、絶対にこっちのほうがいいよ!絶対に歌よりも才能があるって!」

「っ!?」

パート長さんは私の両肩に手を置いて言う。その言葉に胸がズキッとした。
22 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 15:55:22.20 ID:4VJxOnZ+0
ちょ、ちょっとそれは言い過ぎよ」

私の反応で察したのか、部長さんがパート長さんをたしなめるように言う。



―キーンコーンカーンコーン。


ちょうどそこでお昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

「……少し、考えてもいい?」

「いいよ。また聞きに来るから」

「ごめんなさい。あの子も悪気はないんだけど。でも、矢吹さん。あなたの才能を貸してほしいのは私も同じなの。だから、いい返事を待ってるわ」

そういって二人は自分のクラスへと戻った。
私も胸の奥がズキズキとしたまま、次の授業のためにクラスへ戻る。

その日、一日私の胸のズキズキが取れることはなかった。
23 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:02:42.40 ID:4VJxOnZ+0



〜〜♪〜〜♪〜〜



「はあ〜」

ため息をつきながら、とぼとぼと帰り道を歩いていく。

『可奈ちゃん絶対こっちのほうがいいよ!歌よりも絶対に才能あるって!』

お昼休みにあの子に言われたことがまだ心の中で渦巻いて残っている。
確かに、クラリネットの方がこの前のカメラマンさんが絶賛してくれたみたいに褒められることのほうが多いけど……。
そういえば、クラリネット以外でも絵とか演技とか、いろいろなことで褒められることはあったけど歌で褒められたことって……。うぅ。
褒められるのは嬉しいしいけど、私の中ではそれ以上に上も下も考えたことがなかったから、少しショックを受けた。

「はあ〜……」

夕日が私の進行方向に長い影を落とす。街灯の電気がポツリポツリと点き始めていた。見つめているとそのまま影の中からもう一人の私がでてきそうなくらい―。
 
24 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:03:15.84 ID:4VJxOnZ+0

「……でも、もっと練習して上手くなれば歌も褒めてくれるよね!」

そう思うとくよくよしてても仕方がないよねって気持ちになってきた。

「めげない〜♪あきらめな〜い♪いつか歌姫になるかな矢吹可奈〜♪」

やっぱりこういう時は思いっきり歌って、悲しい気持ちは吹き飛ばしちゃえ!だんだんと心が晴れてきて、明日からまた頑張ろうって気持ちになる。

とりあえず、気分転換にプチシューを食べよう。志保ちゃんに食べすぎはダメだって言われているけど、今日くらいはいいよね?
25 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:04:12.76 ID:4VJxOnZ+0

「プチシュープチシュ〜……ん?なんだろう、これ」

ガサゴソとカバンの中を漁ってると、カバンの底で何か固いものに手が当たった。そんなもの、何か入れてたっけ?

「これって、携帯?」

気になって中から取り出してみるとそれは携帯だった
26 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:04:47.47 ID:4VJxOnZ+0

「こんな携帯、誰か持ってたっけ?」

その携帯はカバーもストラップもついていない、丸裸の無機質な携帯だった。こんな携帯、誰か持ってたかなあ。もちろん私の携帯じゃない。

「とりあえず、明日みんなに聞けばいっか」

取り出した携帯をいったんカバンに押し込み、帰り道を急いだ
27 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:06:06.89 ID:4VJxOnZ+0



〜〜♪〜〜♪〜〜



「やっぱりみんな違うよねえ」

自分の机の上に置いた例の携帯を眺めながら私はそう呟いた。

次の日、劇場でみんなに聞いて回ったけど、誰もこの携帯は見覚えがないらしい。一応、プロデューサーさんや美咲さんにも聞いてみたけど、心当たりはないって言ってた。

スタッフの人の携帯が紛れ込んじゃったのかなあ。でも昨日はスタッフさんとは会ってないし……。

そういうわけで、持ち主のわからない携帯は私の手元に残ったまま、また私の家へと戻ってきた。
28 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:06:38.97 ID:4VJxOnZ+0
いうわけで、持ち主のわからない携帯は私の手元に残ったまま、また私の家へと戻ってきた。


―ブーッ!ブーッ!!


「うわっ!?」

突然机の上の携帯がブルブルと震え始めた。知らないメロディだけど、誰かがかけてきたみたい。誰からだろう。
表示された電話番号は当然、私の知らない番号だった。

「だ、誰からかな……?」

勝手に出たりしたらダメだよね?
どうしていいかわからずにただ携帯をみつめていたら、ピタッと鳴りやんだ。相手の人が切ったみたい。
もう一度携帯を手に取ると、着信メッセージが届いていた。かけ間違いかな?
やっぱり、明日プロデューサーさんに言ってスタッフさんに聞いてみたほうがいいよね……?
29 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:07:12.57 ID:4VJxOnZ+0

「……ってまた来た!?」

あれこれ考えてるとまた携帯が震えだした。また、何も表示されてないし、多分さっきと同じ人かな?かけ間違いじゃなかったら、何か急いでることでもあるのかな?

「うう〜可奈は人違いかな〜……」

今度は相手の人も諦めないようで、なかなか電話を切らない。だからいつまでも私の手の中で携帯は鳴り続けている。まるで「はやく電話にでて!」って言ってるみたい。やっぱり、とっても急いでるのかなあ……。

いつまで待っても携帯が鳴りやむ気配はなくて、どうすればいいかわからなくなってきた。
本当になんなんだろう、この携帯。そもそもいつ私のカバンの中に……

「……あ」
30 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:07:42.12 ID:4VJxOnZ+0

『―いつの間にか手元にあって、かけると別の世界の人と電話できるんだって!』

思い出した。この前劇場で未来ちゃんが言ってたんだ。
確かに昨日気が付いたらカバンの中に入っていたし、誰のかもわからないけど……。ということはこの携帯ってもしかして……

「別の世界につながる、携帯……?」

すごい!本当にあったんだ!じゃあ、今かけてきてるのは別の世界の人ってことかな?それじゃあ出ても大丈夫だよね。

なんだか心が軽くなった。ふう、と一呼吸おいて、私はずっと鳴っている携帯の音を止めて、耳に当てた。

「も、もしもし!あ、あああああの!別の世界の人ですか!?」

これで相手が普通の人だったらどうしよう。変な人って思われちゃうかな。その時はちゃんと謝って明日プロデューサーさんにこの携帯のことを言おう。
31 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:08:08.70 ID:4VJxOnZ+0

『…………』

「あれ?もしもーし、聞こえてますかー?」

予想に反して相手の人の声が聞こえない。……もしかして、いたずら電話?

「もしもーし。おっかしいなあ……」

『…………い』

ボソッと何か聞こえた。相手の人かな?
32 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 16:08:40.11 ID:4VJxOnZ+0

「あ、よかったあ。ちゃんと聞こえてるみたいだね」

『…………っそい』

「え?」

『遅いって言ってるの!なんですぐに出ないのよ!?いつまで待たせるつもりだったの!?』

「え、えーっと。ごめんなさい……?」

電話の向こうの相手は、かなり怒ってるみたいだった。
33 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 19:50:48.08 ID:4VJxOnZ+0



〜♪〜♪〜♪〜


『ほんっと、いつまで待たせるつもりだったわけ!?』

「ご、ごめんね?」

電話に出ていの一番に知らない人から怒られるってなかなかないと思う。
相手の人はかなり怒ってるみたいで、電話にでてからずっとガミガミ怒ってる。

『何回かけてもぜんっぜん出ないし。なんででなかったのよ?』

声と話し方的に女の人なのかな?結構気の強そうな子だけど。

「し、知らない人からだったし、誰かの携帯だったら勝手に出ちゃ悪いかなって……」

『にしてもこれだけかけてくるんだから折り返しでかけなおすぐらいしなさいよ!』

「ごめんなさい……」

『…………ふん!』

い、一応落ち着いてくれたのかな……?それっきり相手の人は黙りっぱなしになった。
34 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 19:51:14.77 ID:4VJxOnZ+0

「あ、あのー……」

だから私から話を切り出すことにした。

『……なに?喋るならもっとはっきりと喋りなさいよ』

ひいー!まだ怒ってるよー!

「ご、ごめんね?えっと、あなたは本当に別の世界の人、なんですか?」

『……アンタもこの携帯のことは知ってるのね』

「う、うん。気づいたら私のカバンの中に入ってて……」

『私もよ、気づいたら手元にあったわ』

「じゃあ、やっぱりこれ、別の世界につながる携帯、なのかな…?」

『まあ、たぶんそういうことでしょうね』

やっぱり、本当にあったんだ。別の世界につながる携帯。
私も志保ちゃんみたいに、心のどこかでは半信半疑だったからとても驚いている。
35 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 19:58:23.21 ID:4VJxOnZ+0

『でもどうかしらね?お互い、案外近くにいたりするんじゃない?』

「ええー!じゃあ、直接会えたりするのかなあ?私は港北区だけど……」

『え!?私も港北区なんだけど!』

「ええ!?」

こんな偶然ってあるんだ!

「じゃあ、私たち別の世界の同じ場所にいるってこと!?」

『かもしれないわね。そういえばアンタ、名前は?』
36 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 19:59:01.17 ID:4VJxOnZ+0

「え?」

『な・ま・え。まだ聞いてないでしょ』

「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったよね」

そういえばお互いまだ名乗ってなかったんだ。いろいろあって忘れちゃってた。

「や、矢吹可奈。14歳です!アイドルやってます!」

あ、いつものオーディションとかの自己紹介みたいにやってしまった。

『………え、アンタ。アイドルなの?』

すると、相手の子は驚いたように私に聞き返してきた。

「そうだよ。765プロでアイドルやってるんだ」

あれ、でもアイドルってことは言わないほうが良かったのかな。プロデューサーさんも知らない人には気をつけろって言ってたし。この子が悪い子だとは思わないけど。
37 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 19:59:32.11 ID:4VJxOnZ+0

『…………』

「あれっ?おーい」

『えっ!ええっと、765プロってあの765プロよね?如月千早とか』

「うん。やっぱり千早さんたちは有名なんだ〜。私もいつか千早さんや春香さんみたいにすごいアイドルになりたんだ〜」

『待って、765プロでアンタの名前なんか聞いたことないけど』

「えっ!?」
38 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 20:04:25.71 ID:4VJxOnZ+0

どういうことだろう。確かに私たちがアイドルになる前は春香さんたち13人だけだったけど……。

「えーっと765プロライブ劇場って聞いたことないかな?」

『なにそれ、知らない』

「えっと……私たちは劇場って言ってるんだけどね―」

そのあとも私は劇場について説明してみたけど、相手の子はあまりピンと来てないみたいだった。

『聞いたことないわね。それにその場所って別の建物があった気がするんだけど』

「ええー……そんなことないんだけどなあ。結構大きな建物だよ?」

『……調べてみたけどやっぱりそんな建物ないわね』

「ってことはやっぱり……」

『……私たち、本当に別々の世界にいるみたいね』
39 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 20:05:10.87 ID:4VJxOnZ+0
別の世界に繋がる携帯。頭の隅ではそんなわけないよねって思ってたけど、やっぱりホンモノなんだ。
それに、向こうは劇場がない。
私たちがアイドルになっていない世界。
向こうの私は何をしているのかな。やっぱり歌は大好きなのかな。

『で、アンタは別の世界で765プロでアイドルやってるってわけね?』

「そうだよ〜。歌うのが好きなんだ〜」

『…………へえ』

……?どうしたんだろう。ちょっと間があったけど。

「……?どうしたの?あ!もしかして、あなたもアイドルが好きなのかな!」

765プロの先輩たちのことは知ってるみたいだったからアイドルには興味があるのかな?

『……別に、知ってるだけで興味はないわ』

「ええ〜?本当かな〜?あ、さっき千早さんの名前出してたけどもしかして千早さんが好き?」

『だからそういうのじゃ……まあ、如月千早はすごいと思うけど』

わあ!別の世界の子と憧れの人が被るなんて思わなかったな〜。

「やっぱり〜。私も千早さんに憧れてるんだ〜。あっ千早さんが好きってことはもしかしてあなたも歌が好きなのかな〜?」
40 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 20:05:36.81 ID:4VJxOnZ+0

『嫌いよ』

「えっ」

今までで一番冷たい声。吐き捨てるような言葉が耳に届いた私はただ言葉を失うしかなかった。

『嫌い。大っ嫌いよ、歌なんて』

電話の向こうから、自分に言い聞かせるように何度も嫌いという言葉が聞こえた。

「そ、そうなんだ……」

それっきり、お互いに黙り込んでしまって。しばらくの間、気まずい空気が電話越しに流れた。
なんて言葉を駆ければいいか考えていると、先に沈黙を破ったのは相手の方だった。

『……ごめん、アンタに言ってもどうしようもなかったわね。もう切るわよ』

「まっ……待って!」

電話を切ろうとしていたところを私は必死に呼び止めた。
41 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 20:06:10.03 ID:4VJxOnZ+0

『……なに?』

「わ、私はもっと、あなたとお話したいなあ……なんて」

『はあ?』

今電話を切ったらダメ。なんでかはわからないけどそんな気がした。

『さっきのでわかったでしょ。私と話なんかしても得することなんかないわよ』

「そんなことないよ!それに歌が嫌いなのも何か理由があるんだよね?」

『……知ってどうするのよ。どうせなんにもできないでしょ』

「うぅ……。確かに何もできないかもしれないけど……。でも!せっかくお友達になれたんだから、悩みを聞くくらいなら私でもできるよ!」

『…………』
42 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 20:06:36.69 ID:4VJxOnZ+0

ダメ、かな?さっきとは別の意味で、なんとも言えない空気が漂っている……。

「どう、かな……?」

『……夜ならいつも暇よ』

「えっ?」

『だから、夜なら相手できるって言ってるの!それでいいでしょ』

「……や、やったー!」

『ああもう、うるさい!耳元で騒ぐな!』

えへへ。怒られちゃった。
43 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 20:07:10.29 ID:4VJxOnZ+0

『とにかく、もう遅いし今日は切るわよ』

「うん、明日も絶対に電話かけるからね!」

『はいはい、わかったわよ』

「あっ、そういえばまだ名前聞いてなかったよね」

そういえば私が名乗ったっきりでまだこの子の名前を聞いてなかった。なんだか話しづらいなって思ってたけどこれのせいだったんだね。
44 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/06/30(水) 20:07:37.49 ID:4VJxOnZ+0

『………………』

「あれ?おーい!」

『…………ユキよ』

「へえ〜ユキちゃんかあ。よろしくね!」

『よろしく。じゃあ、切るわよ』

「うん!おやすみユキちゃん!」

そう言ってユキちゃんは電話を切った。

こうして、この日から世界をまたいだ、私とユキちゃんの奇妙な交流が始まった。
そういえば、ユキちゃんの声ってどこかで聞いた気がするんだよね。劇場のみんなじゃないと思うけど、誰だったかな。
45 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:08:50.27 ID:vxATPOLO0



〜〜♪〜〜♪〜〜



次の日から、私とユキちゃんは毎晩電話でお話をするようになった。
最初のうちはずっと私からかけていたけど、最近ではあの日みたいにユキちゃんの方からかけてきてくれることもある。少しずつお互いの距離が縮まってる気がする。
46 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:09:24.06 ID:vxATPOLO0

ここ数日でユキちゃんのことも少しだけわかってきた。
本名はクニベユキちゃん。年は私と同い年、性格はちょっと水桜ちゃんみたいな子。だけど、根は結構素直。この前一方的に私が話しすぎて途中で謝ったんだけど、怒るかと思いきや、楽しかったからいいってちょっと小声で言ってくれた。

「あっ!これビデオ通話できるんだ。やってみない?」

『えっ………遠慮しとくわ』

「えーっ!なんでー?」

『は、恥ずかしいからよ』

「そんなことないよー。ほらほら〜」

『うわっ!ちょっと、やめなさいよ!』

「えー!なんで顔映してくれないのー?」

『だから恥ずかしいからって言ってるでしょ!』

「そんなことないのに〜」

お話って言ってもこんな感じの他愛もない話だけど。
47 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:09:51.76 ID:vxATPOLO0

「でね、この前のテストで赤点取っちゃって、補習が大変だったんだよ〜」

『赤点って……今の時期にそんなこと言ってたらヤバいんじゃないの?』

「ううっ……、勉強ももう少し頑張らないと〜」

そうそう、ユキちゃんは結構なんでもできる子だった。頭もいいし、運動も結構できるほうみたいなことを言っていた。大したことないわよって言ったその時のユキちゃんはちょっとかっこよかった。

だけど、ユキちゃんが歌が嫌いな理由はまだ教えてくれなかった。
48 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:11:57.20 ID:vxATPOLO0


「可奈、仕事のオファーが来たぞ」

レッスンで劇場に来たある日のこと。プロデューサーさんが私に仕事のオファーを持ってきた。

「どんなお仕事ですか?」

「ドラマのちょい役だ。先方がスタエレのドラマを見て可奈の演技が気に入ったって言ってな」

そう言ってプロデューサーさんはドラマの台本を取り出した。

「今回はちょい役だが、可奈の演技がかなりお気に入りだったみたいでな、今回の演技次第で次は主役級もあり得るってさ」

「…………」

「?どうした?何か気になることでもあったか?」
49 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:13:09.45 ID:vxATPOLO0

プロデューサーさんは心配そうに私に声をかけた。

「あ、えっと……違うんですけどそうじゃなくて……あっ!お仕事はとっても嬉しいです!ただ……」

「ただ?」

「あのっ……私、もっと歌のお仕事がしたいです!」

私がそう言うと、プロデューサーさんは少しだけ目を細めた。

「いろんなお仕事に挑戦できるのはすごくうれしいです。けど、もっと歌うお仕事もしたいかな〜って……」

「…………」

プロデューサーさんは何も言わない。ただ、私を見定めるように、じーっと私のことを見下ろしていた。

そのあと、頭の後ろをポリポリと掻くと、少しマジメなカオになった気がした。
50 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:13:43.63 ID:vxATPOLO0

「ま、今は我慢の時だな」

「我慢……ですか?」

「人間、思いがけないところで評価されることって結構あるんだよ。今の可奈はいろいろなところで評価されている。それはわかるな?」

「は、はい……」

そのことは嬉しい。けど……。

「だから可奈の歌が埋もれがちになってる。これは事実だ」

「そう、ですよね……」

「アイドルとして売れるなら武器は多い方がいい、それこそ色んな特技や才能があるならそれに越したことはない。だから今の可奈はとてもチャンスではある。伸ばせるものはどんどん伸ばせばいい」

「それは、そうなんですけど……」

そこで一度プロデューサーさんは俯いている私の頭の上にポンッと手を置いた。
51 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:14:41.71 ID:vxATPOLO0

「なあ、可奈。歌うの好きか?」

「……?はいっ!大好きです!」

顔を上げて答えると、プロデューサーさんはニヤっと微笑んだ。

「じゃあ大丈夫だ。その気持ち、忘れるなよ?」

そして、置いた手でクシャクシャと私の頭を撫でた。やっぱり、プロデューサーさんのゴツゴツとした大きな手はちょっとだけ安心する。
52 : ◆OtiAGlay2E [sage]:2021/07/01(木) 00:15:08.62 ID:vxATPOLO0

「……?どういうことですか?」

「ま、それはいずれわかるさ。ただ、その気持ちは可奈の歌にとって大きな武器になるはずだ。とにかく今いえるのは今が我慢の時だってことだな。」

「もっと、上手になればいいってことですか?」

「それもひとつの手ではあるな。というか評価されるならそれが一番手っ取り早い。けど何も方法は一つじゃないさ」

プロデューサーさんの言っていることは少し難しくて、私にはよくわからなかった。

「さ、そのためにもまずは練習あるのみだな。そろそろレッスンだろ?」

「あっ!本当だ!」

「まずは自分の思うようにやってみろ、ダメだったらまた別の方法を考えるしかないけどな」
82.73 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)