ダンテ「学園都市か」前時代史(仮)

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210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:47:40.52 ID:XVB8s0iW0

7 ロキの決断

隠遁していたロキは長年、
虚無の深部から人間界を見守ってきたが、
此度の魔帝の件ばかりは己も行動する必要があると考えていた。

このままでは間違いなく人間界は戦禍に飲まれ、
さらにそれだけでは済まないということを
ロキはすでに「体験」していた。

彼はその『時の記憶』の力によって、
その恐るべき未来へと一度「旅」をしていたからである。
魔帝の人間界侵略は「終わりの始まり」であり、
ここで魔帝を破らなければ、
三位一体世界は最終的に魔帝の手中に、そんな未来へ。


魔帝の武力は三界最強というわけではない。
クイーンシバやかつてのエーシルに比べたら大きく劣り、
現在の弱体化しているロキにとっても抗えない相手ではなかった。

同じ魔族においても武力自体は互角な覇王がおり、
個に限らず集団も鑑みれば、クイーンシバ召喚術等を編みだした魔女と賢者、
そこに魔神たちも加わった総合武力は、
今や個としての魔帝を大きく凌駕しうるものだった。

だが、魔帝の最たる脅威性とは武力ではない、『創造』である。
『創造』がもたらす不死性、それを打破できないかぎり、
本質的に彼を滅ぼすことは困難なのである。

魔女と賢者もそれこそが最大の問題とみて、
この解決に尽力しているのが現状だった。
ただし、ロキはさらに大きな視点、
世界の「流れ」、もとい現実に対する著者のごとき視点から、
真の魔帝の脅威性をも看破していた。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:48:08.74 ID:XVB8s0iW0

そもそもジュベレウス、クイーンシバ、
そしてもっとも強大なるエーシルすらも、
原初OMNEからは『創造』の力を引き継げなかった。

だがその複製たる力を、魔帝は己の魂内にて生じさせたのである。
これは世界の著者のごとき視点からすれば、
原初OMNEの後継者として魔帝が設定されたかのごとき、
新たな『唯一にして永遠のOMNE』の種とも見なすことができた。

彼にはいわば、世界の主役となる「運命」を掴んでいた。
そしてこれから起こる戦争こそ、
その魔帝の役柄が開花にいたる転換点だった。

「果実」獲得により、すでに魔界を手中に。
次いで人間界も手中にすれば、
魔帝は「物語における主人公」の座をついに確立する。
この世界は「魔帝の覇道を描く物語」に確定し、
この三位一体世界は彼を中心にして流れ落ちていく。

しかもそのおぞましい「物語」は、人間側も気づかぬうちに
後押ししてしまう形にあった。
人間たちの集合意識こそが、
エーシルから受け継いだもっとも強き著者のごとき力を有していたために。

彼らが魔帝を恐れるほど、脅威とみなせばみなすほど、
現実もそう描かれる、その恐怖と脅威が本物となってしまう。
ゆえに、魔帝による人間界侵略が成し遂げられたら、
そうした人間たちの恐怖と絶望からなる「追認」によっても
世界は「魔帝の物語」だと裏付けられ、もはや修正は困難となる。

そもそも魔帝がかつて食した「果実」も
このような人間の著者のごとき力を結晶化させたもの同然である。
つまるところ魔帝が人間界を手中にするということは、
無数の「果実」を食すことと同じ、魔界のみならず、
三位一体世界全ての王になれるだけの莫大な量の「果実」を。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:48:36.21 ID:XVB8s0iW0

そうしてひとたび物語が確定すれば、
並居る強者も上位者もただの通過点でしかなかった。

現在は魔界内に限定されている魔帝の「幸運」が、
全ての世界にまで適用され、全てが魔帝ムンドゥスの成功譚となる。
他者はどれだけ強くても、それこそ魔帝より強くても、
主人公たる魔帝によって敗れ去る運命が待ち受けている。

最終的にジュベレウスは眠ったまま死滅し、
クイーンシバは魔帝の全てを受容する形で取り込まれ、
そしてロキとロプトは弱体化の一途をたどり消滅。

ついにはオリジナルのOMNE全てが消失し、
魔帝こそ新たな『唯一にして永遠のOMNE』と成り、
悪夢のごとき新時代が始まる。

それがロキが『時の記憶』によって体験した、
魔帝が此度の戦争に勝利した場合に訪れる未来だった。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:49:11.02 ID:XVB8s0iW0

この恐るべき未来を回避する手段はただ一つ、
ここで魔帝を挫くのみ。
そしてロキには一つだけ、確実に勝利できる手段があった。

彼が有する『無』の力である。
エーシルだった頃に比べれば遥かに矮小化しており、
今は魔帝そのものを直接抹消することも、
連続して使用することも困難だった。
だが、魔帝の『創造』を消すだけならばまだ可能だったのである。

他にも覇王やスパーダのOMNEの力を消すことも可能、
このロキの力と天界・人間界の総力を併せれば
魔帝陣営のみならず魔界そのものに勝利することも
十分に可能だった。

しかし実のところ、
今のロキはこの『無』という手段を選べなかった。

魔帝とはまた別の問題があり、
そのためには『無』をここで使うわけにはいかなかった。
それはもう一つの脅威、ロプトの存在である。
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:49:53.15 ID:XVB8s0iW0

ロプトという思念は、かつてのエーシルのうち
「人間に自我を与えることを拒否した部分」が核になった存在である。
それゆえ潜在的には魔帝と同様、人間にとって最大級の脅威であり、
人間に自我を与えたロキにとっての宿敵でもある。

その宿敵ロプトが今、
力を取り戻すべく長大な策略を進めていること、
かの竜王事件がそのロプトの計画の一部だともロキは知っていた。

そしていずれ訪れるかもしれない遠い未来。
復活したロプトとの決戦では、
『無』こそが最後にして唯一の切り札となることもすでに知っていた。
だからこそ、ロキは今ここで『無』を使うわけには行かなかった。
単に力を温存するためではなく、
「『無』の力をいまだに使える」という事実をロプトに知られないように。

というのも、将来の決戦においてロプトに勝利するには、
「ロキは矮小化によって『無』の力を喪失した」と
ロプトに誤認させ隠しておく必要があったからである。

かの未来の決戦時、ロプトはロキから多くの力を奪うが、
『無』の残存は知らなかったためにこれを奪い損ねてしまい、
その残った『無』よってこそロキは逆転勝利するのである。
そしてこれこそ、唯一の勝利の未来でもあった。

そのため、今ここで『無』を使って魔帝に勝ってしまうと、
当然ロプトに知られてしまい、
その場合の未来はどのような選択をしても
全ての結末においてロプトに『無』を奪われて
ロキが敗北することが確定していた。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:50:27.79 ID:XVB8s0iW0

ロキが勝利するには、かの決戦まで『無』を秘匿するしか方法がなかった。
それゆえ魔帝への『無』使用は困難であり、
彼は別の方法をとらねばならなかった。

そしてこの「『無』を使わずに魔帝を倒す」未来へつながる唯一の道こそ、
ロキが『時の記憶』についての情報を魔女と賢者に与える、
という行動をとることであった。

彼は誰にも悟られないよう長期間かけて
少しずつ「世界の目」に『時の記憶』の情報を送りこんでいったのである。
人間たちの「心」が、勝利をもたらすよう願いをこめて。
これこそ、かの魔女たちが
「世界の目」から見出した情報の真実だった。

また一つ幸いだったのは、
この時期はロプトからの妨害は一切なかったため、
これら作業が非常に円滑にできた点である。
当時、ロプトは予想外の魔帝の行動に振り回され、
状況に手が出せなくなり活動を一時停止していたのである。

ロプトもロキと同様、『時の記憶』の断片を有しており
未来も体験可能であったが、エーシルから分離した際の配分の関係上
力が弱かったロプト側はその精度も低かった。

それゆえロプトは未来の分岐を選別しきれずに見誤っていた。
当初、彼は自身の力を回復させてから魔帝を処理する予定だったものの、
復活前に魔帝が動くという未知の未来へと到ったために
手を出せなくなっていたのである。
ちなみに、『無』の力は消滅したとロプトが誤認してしまったのも、
さらには「ロキが勝つ未来」を見落としたのも、
この精度の低さが原因だった。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:51:16.58 ID:XVB8s0iW0

ただし、ロキも未来の全てを掌握できたわけではなかった。

「『無』を使わずに魔帝を倒す」未来につながる、
とはいえ確実にそこに至るわけではなかった。
むしろあらゆる段階で「魔帝が勝つ」未来に即座に転じてしまいかねない、
絶望的なまでに不安定で成就の可能性が低い道筋だった。

そもそもこの道筋はロキも脇役でしかなかった。
この未来の結果を決定する最大要因は「人間の心」であり、
その動向をロキはひたすら見守ることしかできない、
という代物だったのである。

だがロキに迷いはなかった。
もとより彼は、己を裂いてまで
人間に「世界の目」と自我を与えた神である。

誰よりも人間の可能性を信じる彼にとっては、
「人間の心」に未来を託すなど
むしろ当然の行いであった。
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:52:02.09 ID:XVB8s0iW0

8 魔女と刺客

魔女と賢者は切り札となりうる知識を獲得したが、
状況は切迫していた。

ちょうどこの時期、魔帝が「現れぬロキ」に痺れを切らして
ついに人界侵略に向けて本格的な準備をはじめたからである。
魔帝軍の召集がはじまった、
その情報を魔女は契約相手の悪魔を通して掴み、
また天界や賢者もそれぞれの情報網で事態を把握し、
より尽力して備えを固めていった。

くわえて竜王事件以来、
魔女は賢者との知識共有を禁じていたが、
この時期ばかりはそれも一時的に解禁された。

さらに禁止されていた魔神との交流も復活、
一時的に在りし日の関係に戻ったことで共同研究が大幅に進展し、
数々の成果がもたらされることとなった。

中でも目覚しい成果は、
賢者たちによる、不可能に思われていたジュベレウス召喚術の完成である。
『時の記憶』の理論を組み込むことで、過去から完全状態のジュベレウスを
ごく短時間ながら召喚することが可能となったのである。
またこれを魔女のクイーンシバ召喚術と融合させることで、
もっとも強力なはずの『原初のOMNE』をも擬似的に構築することが理論上可能であり、
これも完成が急がれた。

そして最大の課題であった『創造』への対応手段もついに目処がたった。
実験的な式が完成し、試験において
『時の記憶』の限定的な再現を成功させたのである。

これをより強化・安定化すれば、
『創造』の時間をも支配して機能停止に陥れることも可能。
いよいよこの切り札の実用化にむけて、魔女と賢者はあらゆる才を投じて
開発を加速させていった。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:52:29.88 ID:XVB8s0iW0



そしてその開発陣の中に、
特に抜きんでた才人がいた。


エヴァという名の魔女である。


219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:53:40.24 ID:XVB8s0iW0

エヴァは、一応はアンブラ族の血筋ではあったものの、
祖母がかつて一族から追放された所謂「孤高の魔女」であり、
彼女も元々は同様の身分だった。

祖母の追放理由は、
竜王事件後も魔神たちとの交友を続けたためだった。
優秀な研究者であったが、
研究を優先するあまり禁を破って魔神との関係を続けたため、
アンブラ指導部の怒りを買って追放されたのである。

以来、エヴァの祖母は「弱き人間」世界の辺境にくだり、
表面的には隠遁しつつも独自の技術研究を続けた。
そしてその長年の成果は、
対魔の機運が高まったことで陽の目を見ることとなった。

アンブラ族が掟を緩和してあらゆる人材を集めるようになると、
すぐに祖母も招かれ、その才を再び発揮することとなったのである。

ただしその娘、エヴァの母にあたる者は招かれなかった。
生まれつき魔女としての力が弱く、
才の有無以前に魔女としての長寿すら保てないという
水準だったために。
しかしその者の娘、エヴァは異なっていた。
祖母をも超えるほどの魔女たる才があったのである。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:54:11.11 ID:XVB8s0iW0

彼女は成人前の段階で、
すぐさまアンブラ族へ招かれることとなった。

ただし当初、彼女はこの誘いを受けるかは迷っていた。
魔女の業のさらなる探求、そして人間界を守るという使命感に高揚した一方、
「才なし」として母の一族復帰は許さないアンブラ指導部への反感、
そして魔女としては虚弱である母を、
たった一人残してしまうことへの抵抗があった。

またエヴァ自身が抱く使命感についても、
若さゆえの狂信ではないのか、
それゆえ盲目になって道を誤ってしまうのでは、
この今までにない熱意に身を委ねてもいいのだろうか、
といった疑問や恐れを自ら抱いてしまっていた。

しかし、そこで母が諭した。
行動を起こすこと、機会を掴むこと、
前に踏みだすことを恐れてはならないと。

確かに行動が報われるとは限らない。
正しき道を歩んだつもりでも、それが間違った結果となることも多々ある。
しかし、物事が隙あらば悪しき結果に向かう今の時代、
正しき道を歩もうとしなければ、正しき結果は訪れない、と。

そして、アンブラ族の掟に反してでも意志を貫いた祖母のことも挙げ、
己が正しいと思う道を歩め、と母は告げた。
それら言霊が揺るがぬ勇気となり、
エヴァは母の元から旅立つこととなった。
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:54:37.44 ID:XVB8s0iW0

魔女の本拠地、ヴィグリッド入りした彼女は、
その才を見込まれすぐに最上位の開発研究陣に加わることとなった。
ただしアンブラ族に正式復帰できたわけではなかった。
思想と価値観が主流派とは相容れなかったからである。

離別のきっかけとなった彼女の祖母は、
竜王事件後も魔神と友好関係を続けたとおり、
当時の魔女主流派たる強硬思想とは相容れない考えの持ち主だった。

その思想はエヴァもしっかりと受け継いでいたうえ、
彼女は生来の優しさからさらに穏健かつ協調路線であった。

「相手が天界主神派であろうと慈愛をもって受け入れるべき」と発言するほどであり、
アンブラ族主流派からすれば紛うことなき要注意人物だった。
才は認められようとも、彼女の人格そのものは
やはり追放に足る「異端」と認識されていたのである。

ただし異なる思想や価値観の存在は、
多角的な視点や発想をもたらすためさらに研究が進む、
という利点はアンブラ族主流派も認めざるを得ず、
エヴァも重要な立場に就くことが許されることとなった。
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:55:03.66 ID:XVB8s0iW0

そして彼女は大きな期待をうけ、
魔術の先端研究に専念することとなった。

その間、いくつかの悲しい出来事があった。
まず祖母が、大悪魔によって殺害された。

戦闘ではなく、契約の場における裏切りだった。
魔女の魂は美味だと悪魔の間では評判であり、
契約するそぶりを見せて喰らおうとする者も少なからずいた。
覇王の側近たるアスタロトなど、
非常に高位の存在までもがそのような悪辣な企てをしばしば行っていた。

またしばらくののち、もう一つの悲しみがあった。
母が老衰で生を終えたのである。

魔女の寿命は霊的な力次第であったが、
母はその魔女としての性質が弱く、「弱き人間」のように物質領域寄りだったため
肉体の老いによって寿命も定められてしまっていた。
そしてエヴァは最重要人物ゆえにヴィグリッドの外には出られなかったため、
母を看取るどころか葬儀すらできなかった。

だが彼女は、悲しみや不満によって任を滞らせることはなく、
逆にそれらを糧にしてさらに研究に没頭し、己の道を邁進しつづけた。
それが祖母や母へ向けた、
彼女ができる精一杯の弔いの形でもあった。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:55:32.68 ID:XVB8s0iW0

「闇の左目」から『時の記憶』の情報が発見された当時、
彼女はいまだ150歳ほどと魔女としてはまだまだ若輩であったものの、
すでに開発研究の中心人物となっていた。

それゆえ、彼女につけられた護衛も厳重だった。
大悪魔の諸神格と渡りあえるほどの最精鋭が常に複数名そばにおり、
時には賢者や魔神が応援警護に加わることもしばしばあった。
ただし、単に彼女が重要人物というだけではなく、
この時期の状況的にも厳重にせざるを得ない理由があった。

すでに魔帝からの密偵や刺客が人間界に多く侵入してきており、
しばしばヴィグリッドの周辺でも確認されていたからである。
その目的も明らかに、対『創造』技術についての情報収集と開発妨害だった。

これは開発が魔帝にもすでに知られているということであったが、
同時にそれは有益な一つの答えも示してくれていた。
魔帝がここまで執拗に情報収集と妨害を試みてくるということは、
魔女たちが研究しているものを脅威とみなしているということ。

本当に魔帝を倒しうる力を備えうる、
というのを魔帝自身が半ば認めたわけでもあり、
これは魔女のパートナー悪魔たちを繋ぎとめる上で
相当の宣伝効果ともなった。
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:56:08.46 ID:XVB8s0iW0

そしてもちろん、
魔女/賢者/魔神たちは妨害に対する備えも固めていた。
エヴァを含め開発陣の守りは厳重であり、
それこそ魔帝が自ら出陣でもしないかぎり鉄壁であった。

また、もし魔帝自身が動いたとしても、
予め用意してあるあらゆる対応策を起動させ、
魔女と賢者の総力をあげて迎撃を行う態勢も整えられていた。

魔帝の動きを事前察知して迎え撃てば、
大変な犠牲は避けられないものの、
エヴァたちが対『創造』技術を完成させるまで
持ちこたえることは可能と判断された。

この時期、魔女と賢者の武力はまさに
魔帝とその軍勢全てとも
正面から戦える水準にまで達していた。
くわえて魔神たちの全面的な支援もあったため、
天界と人間界の連合はようやく確かな勝算も描けるようになりつつあった。

だが忘れてはならないのは、
脅威は魔帝だけではないということ、
侵犯者は三柱いたのだから。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:56:58.81 ID:XVB8s0iW0

当然ながら諸勢力は
他の侵犯者の情報収集にも尽力していた。

覇王アルゴサクスについては、その傲慢と虚栄と支配欲ゆえに
常に堂々と君臨していたため動向把握は難しくなかった。

彼はこの時、侵略準備を進めている魔帝陣営とは異なり、
ただ状況を静観していた。
覇王は予備戦力として魔界に残るよう
魔帝から要請されていた、というのが建前であったが、
実際には互いの反目が最たる理由だった。

魔帝は、覇王に新しいクリフォトや果実、
「世界の目」を横取りされることを警戒していたのである。
一方覇王側は、魔帝のさらなる成功に手を貸すなど論外であり、
とにかく魔帝の失敗を望んでいた。

そしてこれら両者の反目は当然、
天界/人間界の連合にとって好都合だった。
少なくとも覇王はすぐには参戦しない、それが確かなだけでも
非常に大きな余裕ができた。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:57:43.28 ID:XVB8s0iW0

だが一方で、残るもう一柱、
スパーダについては問題があった。
そもそもの動向把握が難航を極めていたために。

彼は単独で魔界を放浪していたうえ、
魔女の情報網でも把握しきれない奥地をもうろついていたため、
おおまかな居場所を知ることすら難しかった。

また一時的に居場所を把握できたとしても、
そこからの行動もスパーダの性格ゆえに予測困難であり、
すぐにまた見失ってしまっていた。

魔帝と覇王については、
支配者として振舞うために行動指針は明確であり、
善悪はともかくその行動予測の信頼性は高いものだった。
一方でスパーダはその時々の闘争心や好奇心で動く一匹狼であり、
どう動くかはまるで予測できなかった。

それでも、魔女たちは長年かけて断片的な情報を集め、
エヴァたちの研究開発が成就しかけていたこの時期、
ようやくスパーダの足取りも割りだしはじめていた。

そしてついに大まかな居所を掴んだが、その情報にみな絶句した。
かの侵犯者スパーダは人間界の内部、
しかも彼らのすぐ『懐』にいたのだから。
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:58:14.72 ID:XVB8s0iW0

この時期、ヴィグリッドにいたのは魔女や賢者のみらなず、
出生が「弱き人間」である魔剣士/闇の巫女と選ばれし者も大勢いた。

魔女や賢者は圧倒的戦力を誇るが、
人口が少ないためどうしても作業数には限界があり、
諸雑務をこなすために魔剣士/闇の巫女と選ばれし者からも
才人や戦士を募って支援兵団を組織していたのである。

ただし誰でも受け入れるわけではなく、
なによりも魔帝側の刺客や密偵の侵入を防ぐため、
何重もの魂・精神の解析を通過しなければならなかった。

これは絶対に『敵』が通過し得ないものだった。
この解析のもっとも重要な項目は
「人間的な慈しみや情を有しているか」、
「人間界に対する敵意や悪意を有しているか」である。

物質的な肉体や力の性質は技術さえあればいくらでも偽装できたが、
魂と精神の完全偽装は困難なものである。
そこを上述の項目などで精査することで、「悪魔的精神」の者、
すなわち「敵」を確実に炙り出すことができた。

しかもこれら解析は「世界の目」による観測が基盤となっていたため、
欺くことは絶対に不可能だった。
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:58:41.14 ID:XVB8s0iW0

そしてこの厳重な解析を通過し、支援兵団に加わった中に
とある一人の「銀髪の魔剣士」がいた。

彼はフォルトゥナという地の生まれと自称していた魔剣士であり、
支援兵団内では抜きんでた技と知識を有する勇猛な戦士だった。

また精神解析を容易に通過したその人格は、
寡黙で冷静、公正と明晰、慈悲と献身をたずさえていたために人望を集め、
魔女・賢者からも評価され、支援兵団の幹部位も与えられるほどだった。

それゆえ、彼はしばしば魔女居住域の重要区画にも立ち入りが許可された。
支援兵団でこのような待遇を受けられたのはごく一部の幹部のみであり、
これは魔女・賢者からの信頼の証でもあった。
229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:59:09.03 ID:XVB8s0iW0

しかしその関係は長くは続かなかった。

「銀髪の魔剣士」が支援兵団に入って9年経った頃、
魔女がついにスパーダの足取りを掴みはじめたからである。

かの侵犯者が人間界に侵入していたという衝撃の事実が判明し、
魔女・賢者はすぐにスパーダが降り立った地域へと調査班を送りこみ、
その足取りをさらに追っていった。

ここまでくればもう時間の問題だった。
スパーダの現在地の特定も、そして「彼」の正体が暴かれるのも。
ゆえに「銀髪の魔剣士」は先手をとった。

ヴィグリッド内にて、その証たる絶大な力を解き放って、
自らがスパーダであることを明かしたのである。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 12:59:39.94 ID:XVB8s0iW0

対創造の切り札が完成間近という重要な時期に起こった、
魔女と賢者の計画を根底から破壊しかねない大事件だった。

人間たちは完全に不意を突かれた。
二大氏族は強固な迎撃網を入念に準備していたものの、
その内側からいきなり侵犯者が現れたからである。

それでもすぐにジュベレウスやクイーンシバの召喚術など、
究極戦力の使用許可が下されたが、
結局このときは実戦使用にはいたらなかった。

スパーダが「なぜか」すぐに立ち去ったからである。
対創造の切り札開発を潰そうとはせず、
それどころか一人の死者も発生させずに。

さらにここでもう一つ、誰も予期してなかったことも起きた。
スパーダは立ち去る際に、
かの才ある魔女エヴァを連れて行ったのである。
しかも誘拐ではなく、彼女が同行を望んだために。
もちろん相手がスパーダだと知った上である。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:00:08.28 ID:XVB8s0iW0

これら立て続けの予想外の事態に、
魔女と賢者は大いに混乱した。

彼らはすぐにスパーダと、
彼に同行した「反逆者エヴァ」を追撃するのと並行し、
諸問題の調査にも乗りだした。

『世界の目』を基盤にした解析、その「敵」を確実に見抜く鉄壁を
スパーダはどうやって欺いたのか、
我々魔女と賢者は何を見誤ったのかと。

だが実のところ、スパーダは解析を「欺いた」わけではなかった。
また解析に何かの不備があったわけでもなく、
魔女と賢者が何かの失敗を犯したわけでもなかった。

そして、むしろ逆に、この事態は「成果」と誇っても良いものだった。
実は彼ら人間たちこそが、
スパーダに「ヴィグリッドを傷つけない」という道を選ばせたも同然なのだから。
人間たちは気づかぬうちに大変なことを成し遂げていたのである。
232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:00:49.10 ID:XVB8s0iW0

ただ、あまりにも予想外の事態であったために、
彼女ら/彼らはその成果を成果として認識することができなかった。

これは仕方のないことだった。
魔界の脅威が迫っている現状において、
悪魔の中の悪魔たる侵犯者スパーダを
「味方」として認識することなど到底困難だった。
絶対にあり得ないはずなのだから。

だが、これこそがロキが密かに導いた、
絶望的なまでに可能性が低くも
「人間の心」によって果たされる勝利への道筋。


そして、一つの愛の物語でもあった。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:01:26.32 ID:XVB8s0iW0


第三部 「伝説の戦い」


その戦いは史上最大でもなければ、史上最強でもない。
はるか古から現代にかけて、
規模や武力で凌ぐ戦いはいくつもある。

古においては天魔の超大戦。
中世においては賢者と魔女の全面戦争、
そして天界の介入による魔女の滅亡。

現代においてはスパーダの息子らと孫による数々の死闘。
生き残りにして最強たる魔女らによる、
ジュベレウスとロプト=エーシルの打倒。

そして第三次世界大戦から発展し、
三界全勢力と魔女やスパーダ血族も参じた大戦、
旧ジュベレウス派の完全失墜、古の悪竜の滅亡など、
より大きい戦いの例は数多ある。

だが歴史的な意味合いにおいて、
世にもたらした影響においては、此度の戦いを越えるものはない。
それまでの世の運命が集束し、
それからの世の運命が決定づけられた。
全ての転換点にして新たなる始まりである。


それゆえにこの戦いは「伝説」と謳われた。
234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:02:07.15 ID:XVB8s0iW0

1 迷える怪物

スパーダが人間界に本格的に関わりだしたのは、
ヴィグリッドの支援兵団入りから約千年ほど前である。
当時ロキの調査を行っていた魔帝に事情を明かされ、
秘密裏に協力したのが始まりだった。

魔帝はスパーダへ、大胆にも人間界への潜入調査を提案した。
これはロキを大いに挑発しうる行為であり、
かの存在が「無」を使えた場合には最初に餌食にされることを意味していたが、
スパーダはその危険も承知で引きうけた。

武力の探求のためなら己すら材料にするスパーダにとって、
三位一体世界最強といわれたエーシル、
その要素を受け継ぐロキの力には
やはり抗しがたい魅力があった。

また、スパーダはかつて「無限の者」を突如襲ったとおり、
とにかく自ら飛びこんで直接体験するという性格でもあったため、
ためらう要素は一切なかった。

くわえて彼は、人間のことも大いに気になっていた。
人間はエーシルが創り出した種であり、
その自我も世界の目によって生じたもの、
すなわち人間たちもまたエーシルの力が直結した存在だからである。

さらにあの「果実」の原料となるほどの未知なる因子、
そして賢者と魔女の目覚しい成長と力量も魔界まで轟いており、
スパーダが彼らに興味を抱くのも当然だった。

それゆえ人間界に潜入できた暁には、
エーシル関連のみならず人間についても
徹底的に調べあげようと考えていた。
235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:02:36.13 ID:XVB8s0iW0

そうして彼はすぐに行動を開始した。
まずは魔帝から提供された人間の「検体」で基礎知識を得た。
この人間たちは、魔帝が配下の悪魔らに拉致させてきたものである。

スパーダはその「検体」たちを解剖して精査し、
人間の霊的・物質的構造を一通り学んだ。
そしてそれを元に己の魂外殻を人間に偽装させ、
さらに肉体を物質的には人間そのものに作り変えた。
また己の悪魔としての力は完全に封じ、一切外に漏れ出さないようにした。

こうして成されたスパーダの偽装はきわめて高水準だった。
物質領域における再現は完璧であり、肉体は生物学的には人間そのもの、
少なくとも、その魂と精神の深部を調べられないかぎり、
ロキ・ロプト以外には見破れないと断言できるほどであった。


このように「人間の銀髪の魔剣士」姿となったスパーダは
いよいよ人界に赴き、魔帝から託されたロキの捜索を開始した。
しかしその仕事は一向に進展しなかった。
スパーダの偽装潜入に気づいていないのか、それとも静観してるのか、
ロキ・ロプトの動きは全く確認できず、収穫は一切なかった。

そのため、スパーダはひとまずロキ捜索を中断し、
個人的な目的である人間の研究を進めることにした。

このスパーダの「寄り道」は魔帝も承認していたものだった。
そもそもこの悪魔が好き勝手動くのは魔帝も承知の上であり、
また人間の理解はエーシルの力の理解にも繋がり、
それゆえ別方向からロキに接近できる可能性もあったからである。
236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:03:17.98 ID:XVB8s0iW0

根本的に武と力にしか関心が無いゆえに、
どんな対象でも武と力の物差しによって評価する、
そんなスパーダからすれば、人間はまさに驚くべき種だった。

誕生したのが最終戦争後という日が浅い種だというのに、
すでに三位一体世界の一角を占める勢力として成熟していたからである。

とくに魔女・賢者は戦闘能力においては
いまや魔界の諸神格と戦える水準、
最強の者たちならば侵犯者とも渡り合えるほどであり、
武力の成長速度においては魔族をも凌駕するほど。

原初時代から存続してきた魔族や、
原初時代の難民で構成された天界勢とも違う、
より高性能ともいえる次世代の知的支配種だった。

スパーダにとってはこれ以上ない研究対象であり、
興味は表面的な強さのみならず、その成長や強さの源、
すなわち人間の精神部分にまで向けられることとなった。
237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:04:00.88 ID:XVB8s0iW0

そしてその際限がないスパーダの好奇心は、
己の身で直接体験するという彼お馴染みの手法によって発揮された。

スパーダは人間社会の内部に堂々と踏み込んでいった。
文明を渡り歩き、農村から都市、貧困層から支配層まで、
あらゆる部分に紛れこんでは人間を直接観察し、
彼らの精神や営みに触れた。

スパーダの人間偽装は完璧であり、
一度たりとも正体を見破られることはなかった。
周囲の人間のみならず天界による監視網でさえも
彼を「弱き人間世代の生まれ」と判定していた。

ただし、魔女・賢者にだけはスパーダは接近しなかった。
その高度な解析技術、そして「世界の目」によって魂・精神の深部まで調べられ、
正体が見破られる可能性があったために。
238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:04:35.21 ID:XVB8s0iW0

ロキ捜索が完全に暗礁に乗り上げていたこともあって、
スパーダは人間研究により没頭していった。

入念に観察し、「検体」を採取し、実験を繰りかえして精査し、
人間についての理解を日々深めていった。
その研究方法は、「検体」として扱われた人間からすれば
想像を絶するほど凄惨でおぞましい所業であったが、
当時のスパーダはもちろん一切気に留めていなかった。

そうして人間の生物学的側面のみならず、
彼らの精神世界を構築する思考や信仰、欲望、感情、
そして「道徳」や「慈愛」という魔族にとって無価値といえる分野まで、
ありとあらゆるものを調べあげ、
仕上げに自ら現場体験することでより理解を深めた。

こういった研究の当初、スパーダがこの人間世界に抱いた印象は
ひどく否定的なものだった。
闘争と暴虐もあれば、調和と慈愛も含む人間世界。
その矛盾溢れる様相は、
「悪魔の中の悪魔」「闘争の象徴」と謳われるほど突き抜けていたスパーダには
苛立たしいほど散漫で濁った世界に見えたのである。

しかし人間の視点に立ち、体験し、学ぶことで
その認識は徐々に変わることとなった。
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:05:01.38 ID:XVB8s0iW0

人間の思考と行動を模倣して直接体験する、
とくに調和や慈愛を味わうことになるなんて、
基本的に悪魔にとっては苦痛と屈辱しかなかったが、
スパーダは全く気にしなかった。
彼にとっては力の探求こそが全てであり、
その目的の前には保身や自尊心などは無いも同然だったから。

彼が後進でありながら侵犯者の域に達したのも、
己を実験動物のように絶え間ない闘争の渦に放りこみ、
自我の変質すら厭わずにあらゆる要素を取りこんで
己を改造してきたがゆえだった。

こうした極端な探求姿勢は、人間を学ぶ上でも同じだった。
彼は己を実験動物として、
さまざまな人間の要素を組み込んでいったのである。

彼にとってはいつものこと、
喰らった悪魔や性質を吸収して、新たな知見や力を手に入れる、
そんな数え切れないほど繰り返してきたことを
また繰り返しただけだった。
240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:06:57.59 ID:XVB8s0iW0

そのように人間の要素を徐々に取り込むことで、
スパーダは他の悪魔には不可能な知見を獲得していくこととなった。
中でもとくに彼を興奮させたのは、もとい認識を改めることとなったのは、
先に人間界に抱いていた「散漫で濁った世界」という否定感だった。

その散漫さ、中でも人間の思念と感情の「不明確さ」こそが
むしろ人間の強さの一因だとスパーダは気づいたのである。

人間の思念や感情はきわめて強烈であるにもかかわらず、
それぞれの境界が不明瞭であり、溶けあって混沌としていた。
忠誠、大義、そして愛情といった要素が、
憤怒、憎悪、嫉妬などといった要素と同居しており、
また愛情と憎悪など、悪魔にとっては相反するはずの感情が
一つに溶け合ってしまうことさえしばしばあった。

これは悪魔の視点からすると実に奇妙だった。
思念や感情は、強ければ強いほど明確であり不変、
というのが魔族の普遍的な精神構造だったために。

そのような悪魔の価値観からすれば、
こうした人間の曖昧な感情は精神異常や虚弱の証だった。
なぜなら思念や感情は闘争行動に直結しており、
それが曖昧ということはまさしく「弱さ」だった。
だからこそ、スパーダも当初はこの世界に悪い印象を抱いたのだった。

だが人間世界では実のところ、それは逆に強さでもあった。
不安定さが彼らの思念や感情の強さにつながっていた。
思念や感情が大きく揺れ、その振り幅の大きさゆえに
反動で振り切った際には凄まじい衝動を形成したのである。
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:07:28.85 ID:XVB8s0iW0

中でももっとも振り幅が大きかったのが「愛情」であった。

愛情には明確な境界などなく、
あらゆる衝動から転化し、またあらゆる衝動にも転化しえた。
大義や忠誠、無上の献身にも、
憤怒や憎悪、嫉妬や浅ましい欲望にも、
ありとあらゆる思念や感情に直結し、溶け合うこともできた。
さらにそれらによる感情発露の強さも並外れており、
人間たちを頻繁に非合理な行動にも駆りたてるほどだった。

そして、そうした精神活動が彼らの才と正しく結合すれば、
魔女や賢者に代表される「人間の強さ」が発揮されうる。
たとえば魔女を魔界傾倒という困難な道へ突き動かし、
そして困難ながらも成功させたのも、一族の未来を守るため、
より究極的には子を守る母親としての愛情が根底にあったためである。


これら判明した人間特有の「強さ」は、スパーダを久々に真に興奮させた。
この魔族とはまったく異なる形で得られる「強さ」とは、
彼にとっては未開拓の新系統の分野、まさに新たな力の宝庫だった。

そしてスパーダの探究心はより加速し、
その手法もさらに踏み込んだものになっていった。
部分的に人間の要素を己に組みこむだけではなく、
思念や感情といった根幹部分の全てを一気に取り込もうとした。


だが、それは悪魔視点からすると大いなる「過ち」だった。
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:08:06.57 ID:XVB8s0iW0

人間の不安定な感情や思念をも取りこむ、
これは自我の変質どころか悪魔の範疇をも外れかねないものであり、
まともな魔族ならば絶対にやらなかった。
しかしスパーダはやはり違った。
彼は躊躇わずに人間的な精神のすべてを己の中に打ちこんだ。


そしてついに獲得した人間的な思念や感情、
その影響はすぐにスパーダの目に映る世界を変えた。
「人間的精神」で彩り豊かな人間世界を見るや、
それまでの興味や驚きだけではなく、美しさへの感動も抱いた。

野山を歩めば心地よさを抱き、
騒がしい人間の町では喜悦や高揚、不快感や怒りも抱いた。
さらに周囲の人間の表情や佇まいに共感することでより情動は増し、
生き生きと浮かびあがる人間社会の営み。

人間の思念と感情を手に入れたことで見えてくる情感世界、
その息吹にスパーダは魂から酔いしれた。


だが、それは「悪酔い」だった。
開花したスパーダの人間的精神は、思わぬ副産物も生じさせた。
それまで彼自身が当たり前のように行っていた人間の拉致、
様々な実験、分解、精査といった行為がどれだけ「残虐」なものだったのか、彼は真に理解した。
そして「人間的なスパーダ」部分は耐え難いほどの自己嫌悪を抱かせたのだった。
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:08:55.73 ID:XVB8s0iW0

自覚した時にはすでに遅かった。
人間のことを研究材料としては見られなくなっていた。
彼らに行ってきた研究は害悪であり、それを「非道」だと思うようになり、
それを行ってきた己に怒りをも抱いてしまう。

これはスパーダの生涯において最も劇的な変化だった。
それまでの彼は他者のみならず、己自身すら鑑みずに実験材料にするほど、
人格や生命それ自体にはなんら価値を認識していなかった。

しかしここで彼は生まれて初めて、
他者の人格や生命そのものに価値を見出し、
それを一方的に破壊する行為を「非道」とも感じた。

これはスパーダの存在そのものを揺らがしかねない一大事だった。
彼の根源的欲求は武力の探求であり、彼の人格も行動もすべてが
その欲求を基礎として形成されていたはずだった。

無数の悪魔を貪って取りこんできても
この探究心だけは一切薄まることはなく、
スパーダという人格を維持してきた不変の核であった。

だがいま、その核が揺れはじめていた。
人間に対する非道、その自己嫌悪が、絶対的欲求だったはずの武力探求を鈍らせ、
従来の「スパーダ」という人格を蝕みはじめていた。
彼が見出した人間の思念と感情の「強さ」は、
皮肉にも彼自身を殺すも同然の猛毒だった。
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:09:30.68 ID:XVB8s0iW0

その毒はもはや止めようがなく、
スパーダは次第に己の在り方をも見失いはじめた。

武力探求をもとめる生来の衝動と、
探求よりもさらに「大事なこと」を示す人間的性質、
相反する本能や情感がぶつかり、彼の思考をひどく淀ませた。
思考も自意識も揺らぎ、スパーダは生涯で初めて途方に暮れた。

自己がこれほど信用ならなくなったことは今まで一度もなかった。
闘争に身を捧げた成り上がりの時代も、侵犯者としてOMNEの力を獲得し、
超越的な戦士として名を轟かせてからも、
一度も自信を失うどころか、一瞬の迷いすらも抱いたことはなかった。

だからこそ、彼はここで果てしなく途方に暮れた。
原初時代より激烈な闘争を勝ち抜いてきた屈指の怪物が、
人間の幼子のように出口が見えない不安に苛まれることとなった。

だがそれほどの状態になろうと、
スパーダは人間的な部分を捨てることはなかった。
技術的に切り離しは可能であり、また彼もそうすることを幾度も考えたが、
迷った末に結局いつまでもできなかった。
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:10:07.60 ID:XVB8s0iW0

そのようにスパーダは鈍い苛立ちと苦悩のなか、
ぼんやりと人間世界に浸る日々を過ごした。

そして、そのまま数百年経ったある時、魔帝から言伝が届いた。
ロキ捜索は切り上げ、人間界への全面侵略に移るという旨である。
くわえて魔帝からの新たな要望も付加されていた。
その内容は以下のとおりである。

魔女と賢者が「世界の目」から
エーシルの力の情報を抽出することに成功し、
対魔への切り札として応用を試みている。
それは侵犯者をも脅かす可能性があるため、
賢者・魔女に接近してこれを探り、最終的には排除せよ、と。

自分は安全圏に座し、厄介ごとはスパーダに押しつける、
そんな魔帝の意図は明らかだったが、スパーダはこれを快諾した。

ただし、人間界に訪れた時とは異なり
快諾の理由は力の探求ではなかった。
スパーダがこのとき欲したのは、賢者と魔女が行っていた支援兵団の募集、
そこで実施されていた精神解析を受けることだった。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:10:34.55 ID:XVB8s0iW0

賢者と魔女が行っていた精神解析、
それは魔帝の手先が紛れこむのを防ぐためのものだったが、
スパーダにとっては今の個人的問題を解決しうる糸口でもあった。

解析には「世界の目」の力も使用されており、
精神の深部をも確実に見抜くことができたからである。
これは今のスパーダにとって、
己の真の姿を映し出してくれるたった一つの「鏡」だった。

「世界の目」の解析によって明確な答えを出してもらえば、
見失いかけている己を再び見定めることができる。
悪魔であると明確に判定してもらうことで、
人間的要素による汚染も止めることができ、
このくだらない「迷い」からも抜け出せる、スパーダはそう考えた。

もちろん、この解析を受けて悪魔と証明された時点で
賢者・魔女にも正体を知られるものの、
その段階ではもう姿を隠す必要もなかった。
悪魔スパーダとして力を解き放ち、
魔女・賢者と存分に戦い、例の切り札開発も潰すだけ。
それが「悪魔としてのスパーダ」が思い描いていた展開だった。
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:11:11.71 ID:XVB8s0iW0

だが、そうはならなかった。
精神解析を問題なく通過してしまったために。

スパーダの精神深部を覗いた「世界の目」は、
彼を「人間」だと観測したのである。

究極にして正確無比な「世界の目」、その判定に疑う余地はなかった。
ただし、スパーダは完全に失意に沈んだわけでもなかった。
「悪魔としてのスパーダ」は嘆いた反面、
「人間的なスパーダ」の部分はやはり安堵を抱いていた。

これで人間を実験材料にするような真似をもうしなくても済む、
あらゆる生命を武力探求に捧げるという「非道」を止められると。
それもまた人間的要素に「汚染」された思考によるものだったが、
もはやこの思考を遮るものは無かった。

「世界の目」がそう認めた以上、
「人間的なスパーダ」こそが今のスパーダの正当な人格である。
その揺るぎない答えを前にしては、
もはや「悪魔としてのスパーダ」部分は抵抗力を失っていた。
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:11:38.16 ID:XVB8s0iW0

そうしてひとたび受け入れてしまえば、
今までの迷いが嘘のように思念は澄みわたり、
不明確だった自意識は一気に再構成されていった。

その過程で何かが捨てられるようなことはなかった。
本来の悪魔としての部分から、新たな人間的性質まで、
すべてが融合し一つとなった。

それゆえ、彼は「別人」に生まれ変わったわけではなく、
ましてや人間に転生したわけでもない。

一時は自己を見失いはしたものの、
最終的には記憶と「スパーダ」だという自意識は完璧に連続し、
生命としては悪魔であることも変わらなかった。
変化はただ一つ、「人間の心」を獲得したという点のみ。
すなわち、彼は「人間の心を有する悪魔」という、
史上初めての存在へと成った。

そしてこのスパーダの変化は、
三位一体世界すべてにとっても大きな意味を持っていた。
もちろん当時の彼は知る由もなかったが、
ここから「救世主の伝説」が始まったとしても過言ではないほどに。
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:12:05.86 ID:XVB8s0iW0

心機一転したスパーダは、
そのまま賢者・魔女傘下の支援兵団員となって
業務をこなすようになった。

精神解析を通過した成り行きでしかなかったものの
彼もまんざらではなく、むしろ嬉々としてその職務に身を投じた。

人間的精神を完全に受けいれた今、その衝動を阻むものはなかった。
幼子が周囲のありとあらゆるものを学んで己を形成していくように、
スパーダは夢中で人間と共に行動し、「人の心」を成長させていった。

賢者や魔女が出張るほどではない案件、
下等悪魔の排除などの任によって人間界中に赴き、
人間の戦士たちと共に戦いを重ねた。

そして友情を育み、次第に人望を集めるようにもなった。
彼は思慮深くて冷静でありながら、大胆で熱意にも満ち、
さらには慈しみ深く献身的だったからである。

スパーダはいまや人界のあらゆる存在に深い慈愛を抱き、
その「人の心」はこれ以上ないほどの善人そのものだった。
そんな彼を、周囲の者たちは
「非の打ち所がないほどに高潔」と称えたほどだった。
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:12:34.61 ID:XVB8s0iW0

また悪魔としての力は完全に封じていたとはいえ、
膨大な経験ゆえに「弱き人間世代の魔剣士」としても
彼は図抜けた能力を発揮した。

くわえて精神解析でも完璧な評価を受けていたため、
賢者・魔女にも「全幅の信頼に足る」と認められて
位もまたたく間に向上した。
それによってヴィグリッド中心部、
魔女と賢者の区画にも立ち入りが許可され、
賢者・魔女とも個人として交友するようにもなった。

そうして共に過ごすようになった魔女と賢者、
その生き様もまた、スパーダにとってこれ以上ないほどに美しいものだった。

人類の頂点であり圧倒的最強の集団なだけあって、
その思念の強さと描きだされる精神世界もまた圧倒的に濃密。

人類種の保存のため、一族の存続のため、
そして究極的には親や兄妹、伴侶、ひいては子の未来のため。
そんな彼らの並々ならぬ覚悟と信念にスパーダは唸らされ、
その忠誠と絆には心底から震わされた。
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:13:10.59 ID:XVB8s0iW0

しかし一方で、スパーダは変えられない現実も常に意識していた。

それは彼が悪魔であり、侵犯者であるという事実である。
彼が人間界にとって究極の敵であることは今も変わらない。
人間たち、この友人たちとはいずれ敵として相対しなければならない。
人間世界を破壊し、殺し尽くさねばならない日が来るのだと。

それはスパーダにとって嘆かわしい未来でしかないが、
その日が訪れたら確実に成すつもりでもあった。

彼は悪魔たる思念を捨てたわけではなく、全てを同化させたのである。
ゆえに人間的でありながら、冷酷で闘争を是とする悪魔的な一面もまた
今でも彼の素顔の一つでもあった。

それは一種の諦めとも言えた。
いくら人間的な心を育みようが、所詮は悪魔なのだと。
自分は、この友人たちにとってはやはり災厄なのだと。
友人らはみな本質的に敵であり、決して真に理解し合えることはないのだと。
誰一人として。

彼はヴィグリッドにて生涯で初めて
友人と呼べる存在、それも大勢に恵まれたが、
それゆえに真の「孤独」というものも思い知らされ、
日々苛まれ続けたのであった。


そしてそのような日々の中、
スパーダは一人の魔女と出会うこととなる。


彼女の名はエヴァといった。
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:13:45.02 ID:XVB8s0iW0

2 運命

きっかけは、支援兵団の在籍三年目に
スパーダが再び精神解析を受けたことだった。

正体を疑われたのではなく、
逆に以前の解析において最高評価を受けていたために、
研究資料としての価値を見出されたからである。

彼の解析情報は「もっとも善良なる精神構造」の一例として、
さまざまな分野にて参考資料として活用されることとなった。

そしてその解析を担当したのがエヴァだった。

二人は知り合うや、双方とも純粋かつ好奇心豊かだったために
自然と互いに関心を抱いた。

スパーダは、エヴァのアンブラ主流派とは相容れない
異端児としての人柄に興味を抱いた。
一方エヴァは、スパーダの「もっとも善良なる人間」という希少性と、
人間界各地を渡り歩いてきたという経歴に興味をもったのである。

幾日かに分けて行われた解析、
作業の合間にて他愛もない会話を重ねるうちに、
その関係は身分の垣根をこえて
まずはささやかな「友情」を生みだした。

そしてその友情は解析が終わった後もつづき、
次第により親しきものとなっていき、
スパーダは非番時にしばしば彼女を訪ね、
エヴァも休憩時間を彼との会話に費やすようになっていった。
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:14:26.64 ID:XVB8s0iW0

そんな日々を重ねるうちに、
スパーダの内側にて好奇心ではない別の感情が芽生えはじめた。

エヴァの仕草や、会話に垣間見える生来の優しさ、
どんな相手であろうと慈愛によって受け入れようとする姿勢。
それでいながら、必要とあれば誰だろうと容赦しない秘められた闘争心、
そして子供のような無邪気さと、相反する冷めた憂いの同居。

そうした彼女の人柄に、スパーダは次第に吸い寄せられていった。
もっと話したい、もっと知りたい、もっと時間を共有したい。
そんな情動が日に日に彼の心を占めていった。

一方、エヴァの側も徐々に惹かれつつあった。
スパーダはよく、彼女の興味に応えて、
自身の人間界各地の探訪体験を話していた。

内容は国、文明、文化といった広範な視点のみならず、
とある日の街角にて見かけた人間模様などの細部にまでわたり、
そこで語られる情景にエヴァは夢中になった。

彼女はヴィグリッドの外で育ったとはいえ、
幼少から祖母の元で徹底した魔女教育の日々を過ごしたため、
「弱き人間」の社会のことは直接的にはほとんど知らなかった。
アンブラ族に招かれてからも厳重なヴィグリッド中央に篭ったままであり、
それゆえスパーダの未知なる外の物語に大変関心を寄せた。

そして当初は純粋に話を楽しんでいたが、
次第にスパーダという人格そのものにも彼女の意識は向いていった。

話自体の面白さのみならず、スパーダの語り口や視点には
無意識のうちに彼の純粋にして善良な人間性が溢れており、
それが優しきエヴァにとって心地よいほどに共感できたのである。
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:14:58.07 ID:XVB8s0iW0

彼女はしばしば思うようになった。
自分もいつか、彼が語る「物語」に現れるのだろうか、と。
彼の純粋にして善良な語り口で自分も描かれる、
そう思うと嬉しくてたまらなかった。

できることなら、自分自身もその物語を聞いてみたい。
彼が紡ぐ「エヴァとの友情」の話を、自分も隣で聞いてみたい。

そんな彼女のささやかな願望は徐々に膨らみ、
そしていつしか、いっそのことその物語自体を
二人で共有したいとも思うようになっていった。
それも二人だけの「特別な物語」として。

双方の好意はとくに秘められたものではなかった。
お互いに純粋素直ゆえ、隠すこともなかったからである。

そして互いの想いに気づいても齟齬など一切なく、
二人の絆をさらに深めていった。
エヴァは最重要人物ゆえ護衛が常についていたため、
肌が触れるどころか二人きりにすらなれなかったが、
それでも両者にとっては十分だった。

話しこんで、笑いあい、そして時に沈黙して見つめ合う。
身分差と高度な警戒環境のため制限されながらも、
二人はゆっくりと「愛」を育んでいった。
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:15:25.94 ID:XVB8s0iW0

二人の身分や立場はともかく、
間に紡がれた関係自体は人間世界ではありふれた、
何の変哲もない恋物語だった。

だがそれゆえにスパーダにとっては大きな意味があった。
これこそが彼の人間的精神を完成させる上での
最後の要素だったからである。

特定の誰かに特別な愛を抱き、そして同様に自分も愛される。
そのありふれながらも人間だからこその特別な感情を得て、
彼の「人の心」はついに完璧なものとなった。


これは彼にとって新たなる人生の始まりであり、
そして大いなる試練の到来をも意味していた。
「人の心を有するスパーダ」、
その幼年期は終わり、夢心地の日々もいよいよ終わりを迎える。

そして過酷な現実に向きあう時が訪れる。
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:15:57.84 ID:XVB8s0iW0

3 選択

現実問題として、近いうちに魔帝は必ず侵略を開始する。
以前ならば、スパーダはそれに呼応して人間界を攻撃するつもりであった。
人間的な心がどうであろうと、不変の現実たる悪魔の本分を優先して。

しかし特定の存在をも愛し、人の心を完成させてしまった彼は、
もはや今までのようには考えられなくなっていた。
エヴァにも刃を向けなければならない事態、それを想像してしまうと
彼の冷酷な悪魔的一面すらも揺らいでしまっていた。

それゆえ、魔帝側について人間を攻撃することにも
大きな迷いを抱くようになっていた。

また「中立で参戦しない」という選択肢も受け入れがたいものだった。
ひとたび戦端が開かれたら
人界が甚大な被害に見舞われるのは避けられない。
一応は勝機があると考えている賢者・魔女による推計ですら、
人類の9割以上が死亡すると算出されていたほどである。

それは事実上、現行の人間界が一度ほぼ滅亡するということであり、
そんな光景をただ眺めているのもスパーダには耐えられなかった。
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:16:25.50 ID:XVB8s0iW0

とはいえ、反対に人間側について魔帝陣営と戦う、
という選択肢にも大きな抵抗感があった。

彼は人間に惹かれ慈しむようになったが、
そのような「心」を有したからこそ
魔族への同胞意識も感じるようになり、
魔界への郷愁も抱くようになっていたからである。

そして此度の戦で人間側につくということは、
単に同胞を殺すという問題に留まらなかった。

魔帝陣営と衝突するということは、全魔族の敵となるということ。
スパーダを「闘争の象徴」と信奉してくれている無数の同胞たち、
悪魔的とはいえ、彼らがどれだけの誇り、誉れと憧れを捧げてくれていたのか、
「心」を有している今だからこそスパーダはその篤さを理解できていた。
魔界において至高の英雄とみなに謳われる、
その真の意味に初めて気づいたのである。

しかし人間界側につけば、その全ての思いを裏切ることを意味していた。
そんな処遇はやはりスパーダの「心」をひどく痛ませた。

これは「人間の心を有する悪魔」として自己を確立したがゆえの板ばさみだった。
愛を知った彼は、その純粋さゆえに
両方の世界をも愛してしまっていた。

開戦そのものを回避できれば全て丸く収まりうるが、
そんなものは夢物語にすぎなかった。
魔帝の目的は「世界の目」の強奪であり、
そして最終目的は「全て」を支配することであり、
その悪意は魔帝そのものが倒される以外に潰えることはない。

ゆえにスパーダはどちらかを選択しなければならなかった。
魔界か、それとも人間界か。
彼にとって究極の選択であり、
当然すぐに答えを出せるものではなかった。
くわえて時機も悪く、彼自身が決断する前に周囲の状況が動いてしまった。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:16:58.20 ID:XVB8s0iW0

彼が支援兵団に在籍して九年目のある日、
ヴィグリッド内が俄にざわめくこととなった。

かの長らく行方知れずだった「侵犯者スパーダ」、
その足取りがついに判明し始めたのである。
決め手となった情報は、魔女が契約している悪魔から噂として得られたものだったが、
その裏にある真実にもスパーダはすぐに勘付いた。

この時期にこれだけ具体的なスパーダの情報、
噂の大元の発信源は間違いなく魔帝であると。

そしてこれは事実だった。
スパーダは賢者・魔女の懐に潜りこんだものの、
その後は報告も妨害工作もせず、
あげくに対創造用の切り札が完成しかけているというのにいまだ沈黙、
そんな状況に魔帝は痺れを切らしたのである。

くわえて魔帝は、
「スパーダは対創造用の技術を我が物にする気では」
という疑いも少なからず抱きはじめていた。

そのため意図的に彼の情報を流して揺さぶり、
無理やり行動に移させようとしたのである。
速やかにやるべきことをやれと。
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:18:47.15 ID:XVB8s0iW0

これはまさに、スパーダの現状を大きく崩す一手だった。

ひとたび手がかりを得たら、
賢者と魔女はその技術を駆使して必ずスパーダに辿りつく。
彼が人間界に入ったこと、
そしてここヴィグリッドに向かったこと、
さらには潜り込んだこともすぐに発覚し、
この「銀髪の魔剣士」の正体も暴かれることになる。
そしてこの満たされた日々もついに終わる。

魔帝の一手は的確に、
スパーダへと否応なく行動の時を突きつけたのである。

だが、魔帝側は一点だけ見誤っていた。
それは彼が悪魔的悪意の権化であり、
人間的性質とは程遠い人格であるがゆえの失敗だった。

スパーダの精神状態をまったく理解できていなかった。
この男がいまや悪魔的な衝動ではなく、
人間的な心で動いていることを。

ましてや人間を「愛」しているなど思いもよらなかった。
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:19:13.36 ID:XVB8s0iW0

選択を迫られたスパーダの思考は、
魔帝がまったく予期していなかった方向へと進んだ。

この状況に陥った際、彼が真っ先に抱いたのは
「人間か悪魔か」などという自己の問題ではなく、
ひたすらな周囲への心配だった。

「スパーダ」の正体が発覚してしまえば、
付き合いのあった人間たちを巻きこんでしまうのでは。
エヴァや友人たちは賢者・魔女の当局から反逆などを疑われ、
厳しい措置をとられてしまうのでは。

そんな危惧がスパーダの意識を支配したのである。
それまで彼を苦悩させていた「どの陣営につくか」という問題を
脇に退けてしまうほどに強く。
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:19:40.86 ID:XVB8s0iW0

ただ幸い、状況を精査してみると、
友人もエヴァもみな危険はなさそうだった。
やはり賢者・魔女当局からの嫌疑は免れないものの、
世界の目による精神解析によって
彼らの無実が証明されうるからである。

そしてそのように危惧が一旦落ち着いたところで、
スパーダはようやくこの己の思考が意味するものを自覚した。

人間界と魔界、どちらにつくかという「選択」はすでに果たされていたのだと。
「心」はとっくに答えを出していた。
なにせ魔帝からの「伝言」を受け取った瞬間、
真っ先に考えたのは周囲の人間のことだったのだから。

彼は一切躊躇うことなく、
意識するまでもなく人間側に立っていた。
そして魔を裏切ったことに対する胸の痛みで、彼はこれまた自覚した。
とっくに果たされていた選択、それを自覚するのを避けていたのは、
この魔への同胞意識と郷愁のせいだとも。

選択しなければと思いつつも、
開戦までは選択しなくていい、できるだけ長く人と魔の両方と繋がっていよう、
そうどこかで我侭を抱いてしまっていたと。
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:20:17.95 ID:XVB8s0iW0

しかし今や、そのような甘さは断たなければならなかった。

魔帝の「伝言」は甘えていたスパーダを叩き起こし、
とことん悪辣にして冷酷な現実を突きつけてきた。
おぞましい悪意が愛する者たちを滅ぼそうとしている、
その揺るぎない事実を前にして、彼はついに覚悟を決めた。

同胞を裏切ることへの負い目は依然あったが、迷いは消えた。
己にとって何がもっとも重要なのか、何をすべきなのか、
いまや彼の「心」は明確に見定めていた。

愛する人間たちを、そして彼らの世界を守る。
同胞たる魔族のすべてを敵に回してでも、
全身全霊をかけて人間の生命と尊厳を守りぬく。

それがスパーダの「心」より発露した意志であり、
「力の探求」に代わる新たな根源的欲求だった。


すなわち、ついに彼は「正義」に目覚めたのである。
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:20:44.44 ID:XVB8s0iW0

4 裏切りの愛

魔帝と戦い、人間界を守る。
それはスパーダにとっても至難だった。

まず対魔帝にあたっては、
スパーダですらも賢者・魔女の支援が不可欠だった。
彼には魔帝の「創造」を崩す術がないからである。

そして幸い、最終的にはそういった支援は期待できた。
侵犯者同士が衝突するとなれば
賢者・魔女たちにとって好都合なのは自明だからである。

スパーダが魔帝と戦えば、ある段階で介入してきて
両方弱まったところで両者をまとめて討伐、
そのような行動を賢者・魔女がとるのは容易に予測できた。

スパーダは道連れになるが、
魔帝を倒せるなら、人間界を守れるなら、
共に討たれようとも構わなかった。
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:21:14.92 ID:XVB8s0iW0

元より、賢者・魔女に共闘を申しこむつもりはなかった。

聞く耳を持たれないのは確実だった。
正体を明かした上での彼の言葉など、
人間側からすれば信用に足る要素など一片も無い、確実に罠だと考える。

「スパーダ」という存在の過去の所業、
そしてそれを踏まえた人間達の評価と敵意は、
どのような言葉をもってしても拭えるものではないのだから。

そのため、彼はもうヴィグリッドに居続ける理由はなかった。
むしろ人間側に余計な混乱をもたらさないためにも、
速やかに離脱するべきだった。


そうしてスパーダは立ち去ることに決めたが、
そこで彼は少し逡巡した。

状況的には誰にも何も言わず去るのが最善、
というのはわかっていたが、親しき者たちのことを思うと
心象的にはとにかく辛いものがあった。

特にエヴァである。
愛した「銀髪の魔剣士」がスパーダだった、
それを知ったときの彼女の衝撃と悲嘆を思うと、
どうしても心が痛んでしまった。
自分は「悪魔」に誑かされたのか、と彼女は思うかもしれない。
全ては偽り、愛も幻に過ぎなかったのか、と。
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:21:44.99 ID:XVB8s0iW0

愛する人にそう受け取られてしまうなんて、
スパーダには耐え難いものがあった。
人の心を獲得し、本物の愛を知ったからこその苦痛だった。

そしてスパーダは理性と感情の狭間で悩んだ末、
去る前にエヴァに真実を告げることにした。

魔帝に挑めばスパーダですら命を落としうる、
それゆえ真実を語る確かな機会は今しかない、
そんな理由もあった。

エヴァに、人間側に、
今のうちに「スパーダの真実」を託しておきたかった。
彼女たちと絆を育んだのは悪魔的な誑かしなんかではなく、
本当に愛していたと伝えておきたかった。
たとえ信じてもらえずとも、せめて記憶しておいてほしかった。

それは人の心を得たがゆえの、
スパーダの最後の我侭だった。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:22:11.36 ID:XVB8s0iW0

彼はいつものようにヴィグリッド中央に赴き、エヴァを訪ねた。
そして普段どおりの穏やかな口調で、
真実の全てを告げた。

己の正体のこと。
人間に興味を引かれ、
観察と非道な実験を続けた末に人の心を得たこと。
人間たちを慈しむようになり、彼女を愛したこと。

そしてそれゆえに人間側に立つということを。

これが話された場所は
エヴァの地位ゆえに完全監視下であり、
発言も一語一句記録される環境であったため、
スパーダの告白はそのまま魔女・賢者全体へ、
ひいては人間界に向けたものともなった。
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:22:38.42 ID:XVB8s0iW0

この途方もない話に、
壁際で聞いていたエヴァの護衛の魔女たちは当初
何かの冗談だとして誰も真に受けていなかった。

だがエヴァだけは彼が真実を話していると最初から理解した。
内容は信じがたくも、彼の目に嘘はないと確信したのである。
そしてそれを裏付けるように、スパーダは直後に
人間の偽装を解いた。

露になったおぞましい魔界闘士の姿、出現する破壊の魔剣。
溢れだす破滅的な魔の力。

そしてかの侵犯者の力を瞬時に検知して、
ヴィグリッド中に響きわたる非常事態の警笛。

そのように示された真実を受けて、
最初に動いたのは護衛の魔女たちだった。
彼女たちはもちろん驚愕していたとはいえ、
精鋭ゆえ行動に微塵の遅れは無く、
瞬時にスパーダへと攻撃をしかけたのである。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:23:05.42 ID:XVB8s0iW0

しかしその行動は、
この悪魔が侵犯者スパーダであることを改めて証明したに過ぎなかった。
彼女たちは容易く制圧された。
命を奪われるどころか、
大きな怪我すら負わずに気絶させられるという形で。

精鋭とはいえ、所詮は侵犯者の相手ではなかった。
このスパーダと真っ向から戦えるのは、
長老たちや抜きんでた英傑などのごく少数に限られていた。

とはいえ逆に言えば、その域の者たちが集結してくれば
スパーダですらも危険というわけでもある。
その者らにクイーンシバやジュベレウスの召喚術、
さらにはその融合型であるOMNEの召喚術などを持ち出されたら、
スパーダもここで殺されかねなかった。

当然ここで死ぬわけにも、
ましてやヴィグリッド中央でそんな破滅的な戦いを
繰り広げるわけにもいかない。

最強格の魔女・賢者が集ってくる前に脱出せねばならず、
いよいよエヴァとの別れのときだった。

エヴァの様子は驚愕と失意、
そして困惑に包まれて呆然としていた。
できればその負の感情を拭うべくもっと説明したかったが、
スパーダにはもう時間はなかった。

彼はささやかな別れを告げ、最愛の人に背を向けて退室しようとした。
きっともう二度と会えない、その覚悟の上で。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:23:31.80 ID:XVB8s0iW0

しかしそこで思わぬことが起きた。

エヴァに呼び止められたのである。
それも彼女の立場上、
絶対にあってはならない言葉によって。

彼女は一言、放った。

「共に」と。
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:23:58.72 ID:XVB8s0iW0

その言葉には、発したエヴァ自身が誰よりも驚いていた。
よく考えず、ろくな意図もなく
衝動的に発してしまったからである。

だがそれゆえに純粋な感情から発露した言霊、
スパーダと同じく「心」に突き動かされてのもの。
彼のおぞましい正体を突きつけられたにも関わらず、
彼女の愛は揺れていなかった。

エヴァはその己自身に大いに驚き、
そして今の発言が己の立場を危うくするともすぐに気づいた。

ここでの会話は全てが記録されており、
そして相手が「スパーダ」と知った上でのこの発言は
反逆と見なされ得ると。

同胞たちからの糾弾を避けるには、
すぐに失言を撤回し、スパーダへ拒絶を示す必要があった。
だがエヴァは躊躇ってしまった。
振り向いたスパーダ、その瞳に心を奪われたからである。

おぞましい悪魔の姿、赤き眼光。
それはそれは忌まわしいはずなのに、その瞳の奥に感じる心は、
「愛した人間の男」のものと何ら変わらなかった。

人間の変装が解けて純魔に戻ったにもかかわらず、
エヴァが愛した存在は変わらずにそこにいた。
愛する人が正しき道を歩もうとしている、
それがこの瞬間エヴァが目にした「スパーダの本当の姿」だった。
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:24:26.97 ID:XVB8s0iW0

彼女の頭の中では、魔女としての理性が叫んでいた。
信じるな、誑かされるな、相手は所詮は悪魔であると。

悪魔は単なる契約対象であり、
愛させることはあっても魔女側から愛するなど禁忌。

しかしそんな魔女としての鉄則を前にしても、
彼女の心はもう止まらなかった。
こみ上げてきた衝動の中、かの祖母の姿が脳裏に蘇った。
アンブラ族の掟に反してでも、己の道を貫いたその生き様を。

そしてエヴァの旅立ちを後押ししてくれた、かつての母の言葉も響いた。
前に踏み出すことを恐れるな、
己が正しいと思う道を歩め、と。

それら家族の生き様が、思い出がここでエヴァを導いた。
己の中に生きつづける母たちの支えを受けて、彼女は前に踏みだした。

魔女としての禁忌を犯してでも、
同胞たちに反逆者と見なされてでも、
全人類に憎まれることになろうとも。

この恐るべき「悪魔の中の悪魔」たる存在を信じて、
彼が果たそうとしている「正義」に自分も全身全霊を捧げる。
そして彼を愛しつづける、と。

その大いなる勇気と覚悟を胸にして、エヴァは再び口にした。
今度は真っ直ぐスパーダを見すえ、
手を差しだしながら、改めて一言。

「共に」と。
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:24:55.40 ID:XVB8s0iW0

その二度目の発言、そして彼女の佇まいの意味するところは、
スパーダもすぐに理解した。

「我侭」で真実を告げたばっかりに彼女を道連れにしてしまった、
そんな後悔と己への怒りに駆られたも、
それ以上に喜びが一気に溢れた。

なぜなら、彼女が全てを受け入れてくれたから。

たとえ正義を果たせたとしても
人間たちが真の意味で受け入れてくれることはない、
エヴァとの特別な愛も終わる、
なぜなら自分は恐るべき「スパーダ」なのだから、
なんて覚悟していた「悪魔」にとって、
ここで彼女が示してくれた愛は究極的な救いであった。


スパーダは糸引かれるように、
エヴァが差しだした手をとった。

それは二人が初めて直接触れあった瞬間だった。

溢れる想いのままに彼女を引き寄せ、
花婿のごとくその身を抱きあげたスパーダ。
そして花嫁のごとくその胸に身をあずけたエヴァ。

二人は互いの体温、鼓動、そして愛情を重ねて、
速やかにヴィグリッドから姿を消した。
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:25:21.66 ID:XVB8s0iW0

この時の二人は事実上、
全てを敵に回したも同然だった。

かたや同胞の魔族に抗う道へ、
かたや同胞の魔女から大逆と見なされる道へ、
三界全てからの孤立を意味する瞬間だった。

だが二人にはもう躊躇いなんてなかった。

この先に果てしない孤立が、
そして恐るべき困難が待ち受けていようとも、
それが非業の結末を迎えようとも。

それらに立ち向かう勇気を、そして受け入れる不動の覚悟を
この「愛」が与えてくれたのだから。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:25:49.28 ID:XVB8s0iW0

5 前夜

ヴィグリッドから脱出した二人は、
現実と虚無の間にある「狭間の領域」に潜った。
そして魔帝側へ先制攻撃を行うための準備を始めた。
これは当初の予定にはなかったものである。

もともと、スパーダは魔帝軍の侵攻開始後に動く予定だった。
彼には「創造」を破る術がないため
賢者・魔女の介入が必要であり、
それを確実に得るには開戦後に参戦するべきと考えていたからである。

しかしエヴァの同行がその制約を解消することとなった。
彼女はすでにいくつもの対創造用の試作式を完成させ、
それらを組み込んだ魔導器製造や試験にも携わった経験があった。

その彼女の技能とスパーダの力を合わせれば、
魔帝軍の侵攻開始を待たずに動くことができ、
人間界への被害を最小限に抑えることが可能だった。
エヴァの選択は、スパーダに精神的支援のみならず
最良の活路をも与えてくれたのである。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:26:24.01 ID:XVB8s0iW0

エヴァはすぐに創造を破るための準備にとりかかった。

とはいえ、彼女は対創造器機の試作経験があったとはいえ、
それは同じく天才的な大勢の研究仲間と
最高の設備がそろった環境でこそ成しえたもの。
一方で今はたった一人でろくな設備もない。

くわえて時間も乏しかった。
ヴィグリッドで何があったのか、そしてスパーダが何を示したのか、
それらは確実に魔帝の耳にも届き、
激怒した帝王が数日中に動きだすのは明白だった。

これら環境では、いくら才女エヴァとはいえ作業は難しかった。
そこで彼女は、自身が記憶していた対創造用の試作器のうち、
もっとも製造が簡単なものを参考にした。

それは魔女の得意分野である時空干渉術に
OMNEたる「時の記憶」理論をそっくりそのまま組み込んだだけのもの。
そしてアンブラでは、とある理由で実運用は困難と判断されていたものでもある。

まずあまりに効果が強すぎるため、制御不能に陥る危険性があり、
くわえて創造を破るほどの効果を出力させると
抑制が効かずに使用者にも大変な負荷をもたらす代物だった。
そもそも製造が比較的簡単なのも、
制御用の式や使用者への防護策が一切含まれていないからである。

とはいえ、今はそれらは問題にはならなかった。
力を式で制御する賢者・魔女にとっては相性が悪い代物だったが、
力を力で強引に制御する純魔、さらには侵犯者たるスパーダならば、
この負荷にも耐えられると考えられたからである。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:26:54.84 ID:XVB8s0iW0

粗末な環境、そして少ない時間に急かされる中、
エヴァは技術と力のすべてを投じて苦行のごとき作業を行った。

対創造用の中ではもっとも構造が簡単だったとはいえ、
それでもOMNEの領域を扱う超越的な代物である。
式は常軌を逸したほどに難解であり、
またその構築作業や魔導器素材の精錬にも
精神を消耗させる最高度の魔女の技を使用せねばならなかった。

この専門分野ではスパーダですらも手出しできるものではなく、
彼はただ見守ることしかできなかった。
そしてその身を捧げるかのごとき作業の末、
彼女はついにやり遂げた。

類稀なる才と力、そして信念と愛情が篭められた唯一無二の品、
のちに時空干渉術の最高傑作とも言われた魔導器、
「時の腕輪」がついに完成した。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:27:21.80 ID:XVB8s0iW0

こうして準備は整った。

戦いの段取りは至極単純。
魔帝軍が集結し、いざ進撃開始という寸前で、
その陣中にスパーダが単身で突入。
「時の腕輪」を用いて創造を機能不全にし、魔帝を殺害する。
もしくは殺害が叶わなければ、最低でも封印する。

エヴァは人間界側に残らざるを得なかった。
もともと戦士型ではないうえ、
「時の腕輪」製造によって消耗も酷かったために。

それゆえ、準備を終えた二人は
残り時間を大切に、穏やかに過ごした。
これまでと同じように語りあい、笑いあい。
そしてこれまでできなかったこと、
お互いに触れあったりもした。

深く愛しあい、ただの女と男として、ここに永遠の契りを交わした。
愛情を重ねる中で、スパーダは彼女のもとに生きて戻ることを誓い、
エヴァもそれを心から望んだ。

現実的には困難な約束だと互いに承知していたが、
困難だからこそ誓うことに意味があった。
愛の絆、未来への希望こそが、
戦う者にとって守るべき存在をより意識させ、
困難な場において強さになるのだから。
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:27:48.89 ID:XVB8s0iW0

そうして彼らがヴィグリッドを去って五日後、
ついにその時が訪れた。

魔帝が号令を発したのである。
その言霊は憤怒をともなって魔界中で受け取られ、
魔帝傘下の者どもが即座に動いた。

以前から入念な準備が行われてきたこともあって
魔帝軍の陣容はまさに屈指の域、
これだけの魔族戦力が集ったのは最終戦争以来であった。

そしてそのような魔界側の動きを受けて
スパーダもすぐに動いた。
時の腕輪を身につけ、彼は単身で出陣した。
人間界を守るという固き信念、そして深き愛情を胸に抱いて。


ここに『伝説』の舞台は整った。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:28:51.89 ID:XVB8s0iW0

6 『伝説』

幾万もの大悪魔の将、
そして無尽蔵とも言えるほどの数の兵、
それら屈指の戦力が魔界の淵に集結していた。

「闘争と暴虐」を正義とする軍勢、
彼らは人間界へのあらゆる悪意、
そして「反逆者スパーダ」への底なしの憤怒を携えて、
魔帝からの進軍指示を待っていた。
しかし彼らが人間界に踏み込むことはなかった。
なぜなら最強の魔剣士が立ち塞がったのだから。

その大軍勢の陣中へ、スパーダはたった一人で突入した。
それは傍目からすれば無謀な戦いではあったが、
実際には軍勢側こそが無謀だった。

「闘争の象徴」、「破壊の権化」、
「悪魔の中の悪魔」、「最強の刃」と謳われた武力。
その魔界中が憧れ、魔族の誇りともされてきた破壊の力が今、
魔族へと向けられたのである。

開かれた戦端はまさに地獄絵図、
悪魔にとってすらも悪夢そのものだった。
魔軍の憤怒の咆哮は、
スパーダによってすぐに悲鳴へと変わった。

「哀れな悪魔」たちを襲う災厄、
斬り捨てられた無数の断末魔が魔界全域を振動させ、
三界全てに知らしめた。
魔界史上最大の戦い、
もとい史上最悪の「虐殺」が始まったことを。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:29:19.25 ID:XVB8s0iW0

愛という感情を有しているスパーダにとって、
この同族虐殺は己の身を切り刻むも同然だった。

しかし愛を有しているからこそ「人間を守る」という信念は揺るぎなく、
その信念によって力はより増幅し、彼をさらに強くした。
皮肉なことに人の心が、その愛の感情が、
スパーダを恐るべき「破壊」の極致、
さらなる高みへと昇華せしめたのである。

とはいえ彼は単身、いくら絶大な力を振るおうとも、
これだけの軍勢を短時間で全て葬るのは難しかった。
そのため高等悪魔以下の雑兵に対しては
ほとんど狙いを絞ることはしなかった。

標的は主に大悪魔級の将であった。
スパーダは彼らに狙いを絞って殺害した。
特に魔帝直属の将は絶対に逃さなかった。
この直属将たちは、魔帝の掲げる人界侵略の担い手、
いわば魔族の中でもっとも人界への悪意に染まった層である。
生かしておけば後に大いなる禍根となるのは必至、
ゆえに根絶やしにする必要があったのである。

また将らの大半も、敗北は承知の上で
自らスパーダという「死」へ挑みかかっていった。
憤怒と憎悪、そして絶望と恐怖により、
自暴自棄な闘志に呑まれてしまったからである。

そしてごく一部の将は戦場から離脱しようとしたが、
彼らも死から逃れることはできなかった。
スパーダの迅速にして執拗な追撃により、
悉くが狩り殺されていった。
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:29:46.57 ID:XVB8s0iW0

そうしてスパーダ突入から人間界基準で2時間後、
「虐殺」は終結した。

ここで殺害された大悪魔は三万柱に達していた。
その中には魔帝直属の将、数にして一万柱も含まれていた。
侵攻軍に参じていた魔帝の直属将は
一柱残らず皆殺しにされた。
そしてその強者たちの惨劇を目の当たりにし、
無数の雑兵たちはみな逃げ散っていた。

これほど多くの大悪魔が一度に殺戮され、
これほどの魔族の恐怖に満ちた戦場は、
原初時代から今まで、そしてこれ以降も存在しなかった。

「闘争と暴虐」の真骨頂をもって、
スパーダは魔界全土へと知らしめたのである。
人間界に侵略しようものならどうなるか。
人間を滅ぼそうなどと考えればどうなるか。

その答えがこの地獄絵図である、と。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:30:17.21 ID:XVB8s0iW0

7 『宿命』

スパーダによる大虐殺を、
魔帝は己の宮殿から静かに眺望していた。
内では憤怒を最高潮にまで滾らせながら。

魔帝にとってかの軍勢は使い捨ての玩具でしかなかったが、
彼らを見殺しにした理由はそれではなかった。
今の彼にはスパーダしか見えていなかったからである。
この瞬間、魔帝にとっては配下軍どころか、
魔界も人間界も、ロキや「世界の目」すらも全てがどうでもよくなっていた。

彼はただスパーダのみを見、その生命の破壊のみを熱望し、
そのためにひたすらに闘志を研ぎあげていた。

その憤怒はもはや臨界点を超えており、
彼の行動規範たる加虐欲すらも押しのけられていたほど。

加虐による「快楽」ではなく裏切りへの「清算」のみが
今の彼が求める全てだった。
魔帝は自我を有して以来初めて、
欲望を忘れるほどに憤怒したのである。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:30:45.51 ID:XVB8s0iW0

その怒りは、ある種の「信頼」の裏返しでもあった。
人間的な友情や親近感は一切なくとも、
アルゴサクス・アビゲイルに対抗するために協力し、
共に耐え忍んだゆえの悪魔なりの仲間意識、
スパーダの妥協なき「破壊」の探求姿勢も評価し、
その生き様にはムンドゥスなりに共感も抱いていた。

そしてロキの件でスパーダにだけは助力を求めたように、
魔帝は打算的ながらも「信頼」とも呼べる姿勢を向けていたのである。
だからこそ、スパーダの裏切りにだけは
魔帝は真に「怒り」を抱いた。

「魔界を捨てた」「人間側に組した」なんて事柄は
今はもう本質的にはどうでもよかった。
生涯で唯一、ただ一人認めていた者が裏切った、
ゆえに他のすべてを忘れさせるほどに魔帝を憤怒させた。

一方でスパーダにとっては、その魔帝の怒りすらも心を痛めるものだった。
悪魔としてのスパーダにとっても、
魔帝こそがもっとも己に近き存在だったからである。

そして皮肉なことに、人の心を有している今だからこそ
スパーダはその関係にある種の情すら抱いてしまっていた。
それゆえに裏切られた魔帝の怒りは当然と思えてしまい、
負い目すらも抱いていたのである。

しかしその心痛がスパーダの闘志を鈍らせることはなかった。
むしろそのような「人の心」があるからこそ、
人間界を守るという信念、
そして打倒魔帝の決意はやはり揺らがなかった。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:31:16.07 ID:XVB8s0iW0

いまや舞台は完璧に整っていた。

いよいよ宮殿に向かうスパーダ、
そして憤怒を携えて待ち受ける魔帝。

その相対を邪魔する第三者はいない。
軍勢に合流していなかった魔帝直属の将もいたが、
この場に参じる者はいなかった。
また覇王アルゴサクスも当然のごとく傍観を選んだ。
己こそ正統な魔界頂点だと自負していた覇王にとって、
魔帝とスパーダの仲間割れはもちろん歓迎するものだった。

ゆえに邪魔者はなく、決闘は完全なる一対一に。
スパーダと魔帝、再会した両者は言葉を交わすことはなかった。
その意味が無かったからである。
これより魂そのものを衝突させて、
あらゆる衝動と思念を互いに曝け出すのだから。

両者は一拍の沈黙の後、その全ての力を解放し、
ついに究極の戦いが始まった。
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:31:48.77 ID:XVB8s0iW0

その決闘は、魔帝が瞬時に創った隔離領域にて行われた。

これは彼自身が自らのために設計し、
強度を極限まで高めた決闘用の「舞台」だった。

両者は俗宇宙から離れた隔絶世界にて、
あらゆる殻を捨て去り、ただただ純粋な戦士と成り、
総力を、そして曝けだした思念をひたすらに衝突させた。

ゆえにこの決闘はある種の『会話』であり、
そしてお互いのあらゆる要素の『共有』でもあった。

両者の全てが交差し摩擦する中、スパーダの剥きだしの思念を通して、
魔帝はそこで初めて「人間の愛」に触れた。
だがそれに魅了されたスパーダとは異なり、
魔帝が抱いた感情はさらなる「憎悪」だった。

悪意の権化たる魔帝にとって、
人間の愛など恐ろしいほどに不快に感じられたのである。

真っ向から拒絶し、そしてよりスパーダに失望し、憎悪し、
さらなる悪意を放つ、
それが「人間の愛」を知った魔帝の回答だった。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:32:15.60 ID:XVB8s0iW0

対してスパーダの側も、その曝けだされた激情に触れたことで
魔帝の本性を改めて理解した。

垣間見えるは完全無欠たる真の悪意。
そのおぞましき本性には充足や限界はなく、
あらゆる存在、事象を糧にして無限に増大していくのだと。

それは究極の実現力たる『創造』と結びつくことで、
その悪意は最終的には人間のみならず全ての生命、全ての存在、
果てには『有』と『無』の根源をも覆い尽くしうるのだと。

そしていずれ、原初時代の『唯一のOMNE』の如く、
魔帝の悪意こそが次世代の絶対真理へと成る。
それがスパーダが垣間見た恐るべき未来だった。

スパーダは極限を超えていく戦いの中で、
ごく一瞬ではあるもエーシル=ロキと同じ領域に踏みこみ、
そしてロキのように絶望的な未来を知ったのである。

とはいえそんな未来を垣間見ようとも、
スパーダの成すべき使命は変わらなかった。

それどころかそんな未来が見えてしまったからこそ、
なおさらに信念が強まり、彼の力も一太刀ごとに圧を増していった。
魂に宿す人間の心、そして何よりも大切な人への想い、
「愛する力」がスパーダをさらなる高みへと押し上げた。

それはいわば、スパーダ自身が体内で『果実』を醸成したも同じ、
もといそれ以上の現象だった。
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:32:53.85 ID:XVB8s0iW0

悪魔に人間の要素を加えることで、その悪魔の力は飛躍的に増しうる。
それは『果実』が究極的な形ですでに証明している。

とはいえ、この『果実』が究極的な形というのは、
実のところ誤り、むしろほど遠いものであった。
『果実』は多数の人間の魂と血で作りだされるものの、
所詮は死者によるもの、残骸の集まりでしかなく、
もっとも重要な人間の要素が欠落していた。

それは『心』である。
そしてスパーダにはそれがあった。
彼の内にある人間の要素はたった一人分、しかし紛れもなく生きた心。
物事を感じ、愛し、そして意志の力を生みだすという点で、
時間が止まってしまった死者の残骸とはまるで比較にならない。
そして悪魔の力へ与える影響も『果実』の比にならない。

悪魔に人間の要素を加えることで、悪魔の力は飛躍的に増しうる、
その究極系を真に証明したのは『果実』ではない。
この瞬間のスパーダこそがそうだった。

『果実』によってもたらされていたはずの魔帝の「運命」は、ここに消え始めた。
ある段階で、スパーダの武は魔帝を凌駕し、
「運命」もまた魔帝からスパーダの手中に移り始めた。

そして勝利への最後の一手が発動した。
愛するエヴァが授けた切り札、「時の腕輪」が。
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:33:32.49 ID:XVB8s0iW0

限界を超えたスパーダを動力源とし、
魔女の技巧がついに魔帝の「創造」を捕らえはじめた。

愛する二人の絆で紡がれるかのように、
スパーダが刃を振るうたびに効力は増し、
「創造」の機能は低下し、魔帝の再生速度は鈍化していった。

そして魔帝の神々しき巨躯すら維持困難に陥れ、
不定形の醜悪な内部を晒させるまでに。
もはや武力と威厳は形も無く、
憎悪と屈辱に呻きながら這う有様に。

魔帝ムンドゥス。
侵犯者にして、『果実』を食したことで
絶対的強者として魔界に君臨した傑物。

運命を手中にし、永劫に勝利し続けるはずだった覇者が、
ついに敗北する時が訪れた。
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:33:59.66 ID:XVB8s0iW0

しかし完璧とまではいかなかった。
スパーダは「創造」を極限まで鈍化させはしたが、
完全な機能停止に追いこむことはできなかった。

「創造」の根幹部分が
スパーダや魔女たちの知識をも超えて頑強であり、
「時の腕輪」の式が対応し切れなかったからである。
ゆえに魔帝を殺し切るのは不可能だった。
そこで彼は苦肉の策として、三位一体世界の外、虚無への封印を選んだ。

魔女とスパーダの知識を併せても
「創造」を完全には破れないと判明した以上、
現時点で採りうる道は封印しかなかった。

恐るべき禍根を残すことになっても、
それこそ、未来において災いが訪れるとわかっていても。
訪れる「かもしれない」ではなく、
「必ず訪れる」と理解していても、である。
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:35:01.35 ID:XVB8s0iW0

これもまた、この極限の戦いの中で垣間見えた未来の一つであった。
そしてスパーダ同様、この未来はムンドゥスにも見えており、
彼は敗北の瞬間にありながら悪辣に笑った。

悪魔と人間が存在するかぎり、終わりは無い。
いつか必ず次の騒乱が発生し、再び雌雄を決する機会が訪れる。
そしてその次なる戦いこそこのムンドゥスが勝利する、
そう魔帝は確信し、封印間際にてスパーダへ言葉を放った。

スパーダよ、束の間の「愛」とやらを嗜むが良い。
その貴様の「愛」こそが我が復讐の糧である、と。

このムンドゥスは必ず復活を遂げ、
貴様が愛する世界、愛する人間、
そして愛する女、その悉くを破壊する、と。

それも容易に滅しはしない、
人間共には緩慢なほどに時間をかけて陵辱の限りを尽くし、
「愛」という事象も貶めてやる、と。
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:36:11.77 ID:XVB8s0iW0

それは人間の「愛」を知ったが故の、
「愛」を標的にした復讐の決意。
スパーダの心理を理解したからこその、
スパーダがもっとも恐れる形の悪意を示した形だった。

だが愛を抱く彼、スパーダは気圧されはしなかった。
時の腕輪から感じられるエヴァの存在と愛情、
それを支えにして彼は魔帝へと反撃の言霊を放った。

貴様の悪意が成就することはない。
貴様はこれより、完全に滅するその日まで敗北し続ける、と。

必ず『人の心』が貴様を滅ぼす、と。

そうして魔帝ムンドゥスは虚無へと封じられた。
スパーダからの反撃の予言により憤怒し、
さらなる復讐の糧にしながら。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:36:52.91 ID:XVB8s0iW0

こうして戦いは終わった。
魔帝による人間界侵略は阻止され、
魔帝、そして魔族そのものが、
魔界史上初めてとなる完全敗北を喫した。

『果実』の運命をも破る圧倒的な武、
もはや彼の前に立ちはだかる者などいなかった。
生き残った魔帝配下は完全に逃げ散り、
覇王すらも慄いて。


そしてスパーダは帰還した。
愛する世界へ、愛する人のもとへ。
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:37:20.35 ID:XVB8s0iW0

8  また逢う日まで

魔帝軍が殲滅、そして魔帝が敗北。
それもスパーダただ一人によって。
その報せは三界全てを震撼させた。

衝撃に包まれた魔界と同様、
天界と人間界においても、まずは喜びよりも
戦慄をもって受け止められた。

そのうえスパーダが人間界に戻ってきたという点がより彼らを緊張させた。
取って返す刃で次は天・人に襲い掛かってくるのではと。

この反応は当然のものだった。
彼らの認識において「スパーダ」とは侵犯者、
すなわち最大の脅威そのものである。

ヴィグリッドにて人間界に味方する意志を表明し、
そしてその宣言どおりに魔帝を打ち倒そうとも、
それでも天・人界側からすれば根本的に信用できる存在ではなかった。
むしろスパーダの言葉と行動があまりに善良すぎたため、
かえって「悪魔らしい誑かし」と疑念を抱かれたのである。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:37:47.28 ID:XVB8s0iW0

それゆえ、帰還したスパーダが
天界・人間界諸勢力との話し合いを打診した時も、
彼らは決闘の申し出のように受けとって臨戦態勢を取るほどだった。

しかし一方で、魔女と賢者のうち一部の柔軟な者らが
スパーダが本当に善良である可能性も考えはじめていた。

これは、彼がヴィグリッドに潜入していた頃の行動を
入念に分析したことによる結論だった。
「世界の目」による精神分析の記録も含め、
全ての分析結果が彼の良心を裏付けており、
論理的な否定は困難だったのである。

「悪魔は信用に値しない」という経験則のみで
これら公正な分析結果の全否定は無理がある、
それはスパーダに反感を抱いている天界・魔女・賢者の主流派も重々承知しており、
事実を明確にするには直接確認するのみという点でも意見が一致していた。

それゆえ最大級の警戒と敵意を抱きつつも、
各勢力はひとまずスパーダとの話し合いに応じることにした。
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:38:26.83 ID:XVB8s0iW0

定められた会談の場所は、
かつてエーシルが座した霊峰フィンブルヴェトル、
その麓にある太古の広場、「神儀の間」とも呼ばれる霊域。

そこにスパーダは人間の姿をとり、エヴァと共に現れた。
また天界側からは四元徳、主だった魔神、各派閥の長が。
賢者・魔女側からは双方の「世界の目」保持者、長老たちと
対侵犯者用の式で身を固めた英傑たちが出席した。

天・人の最大級の戦力がここに集結していた。
犠牲を顧みなければ、ここでスパーダ殺害も不可能ではないほどであり、
実際、場合によっては彼らはその覚悟であった。


そうして始まった一触即発の会談にて、
スパーダとエヴァはまず魔帝封印に至る経緯を説明した。

スパーダが人の心を手に入れたこと、
エヴァと愛し合ったこと、人間界を守るために魔帝に挑んだこと。
みなに「時の腕輪」に記録された情景をも見せて、
軍勢殲滅から魔帝との決闘、封印までの一部始終をも明らかにした。

その屈指の戦いを見て、
魔女・賢者の戦士たちは闘争心を刺激されて興奮し、
魔神たちも参戦を逃したことに悔しがった。

ただし好意的な反応はそのような一部のみであり、
他大多数はスパーダの恐るべき武力に改めて警戒し、
また魔帝を殺しきれずに封印という結果についても
失望を隠さなかった。
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:38:57.52 ID:XVB8s0iW0

ただ、スパーダが非難されることはなかった。
「時の腕輪」は即席品とはいえ、そこに用いられた対創造用の式は
この時点における賢者・魔女の技術の粋を集めたものである。
しかしそれでも創造の完全打破が不可能だった以上、
封印こそが現時点における唯一の方法であることに
否定の余地はなかった。

加えて天・人側に一切損害なく勝利が成し遂げられたのである。
これは彼らにとって想定外なほどの喜ぶべき結果であり、
スパーダの貢献もまた否定しようがなかった。
それゆえ、天・人側はひとまず彼の功績を認めざるを得ず、
四元徳や魔女・賢者の長老たちは
冷ややかながらも賞賛と謝意を述べた。

そして次に問うた。
我々に何を要求するのか、と。
天・人側は対話を続ける意思を示したが、
この会合を「スパーダからの取引」とも見ていた。

すなわちスパーダの功績は認めつつも、
彼そのものを受け入れたわけではない。
勝利を材料にして何かを要求してくるはず、というこの捉え方が、
「悪魔たるスパーダ」への拭いきれない疑念を示していた。

とはいえ、この態度もスパーダ自身の過去の所業ゆえのもの。
「人の心を持つスパーダ」にとって
この彼らの反応はやはり悲しいものだったが、
それでもスパーダの話を聞こうとする彼らの譲歩には
彼はむしろ救いの念をも抱いた。

そして彼らの譲歩を利用し、
今まさに「取引」しようとしている己にも嫌悪を抱いた。
実のところ、天・人側のその穿った見方はある点で正しかった。
スパーダ側も「要求はない」と言えば嘘だったからである。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:39:24.73 ID:XVB8s0iW0

確かにこの戦いそれ自体に打算はなく、
愛する存在を守りたい一心で挑んだものではあった。
本来は、功績を取引材料にするという考えはまるでなかった。

しかし戦いが終わった今となっては、
やはり状況は変わっていた。
スパーダは個人的な願望を強く意識していた。
このまま人間界に永住し、エヴァと共に暮らす、という未来である。

過去の所業を踏まえれば
とてもそのようなことを望める身ではなく、
そしてその巨大な武力も鑑みれば、
人間界永住など天・人側にとっても受け入れがたい要望。
それらはスパーダも重々自覚していた。

しかし、どうしても諦められなかった。
愛する世界にて、愛する人と暮らしたい。
それは人の心を有し、愛を抱いたからこそのわがままだった。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:39:59.63 ID:XVB8s0iW0

スパーダは具体的に、三つの要望を出した。

まず一つ目は、彼が人間界に住まうことの許可。
二つ目は、エヴァがアンブラ族から抜けることの許可。
そして三つ目は、スパーダとエヴァが共に暮らすことの許可。
これらはエヴァの希望でもあった。

それらを聞いた天・人側は、やはり最初は難色を示した。

まずスパーダの人間界定住は、
魔帝を超えうる彼の武力がやはり問題であった。
いくら彼にその気がないと言えども、侵犯者である以上は
論ずるまでもなく天・人側にとって最大級の脅威である。
スパーダの魂そのものが武力の塊であるため、
武装解除を条件に定住、というのも困難。

特に賢者と魔女は「同居人」として、
常に喉元に刃が突きつけられるも同然の状況を
受け入れなければならない。

だが一方で、スパーダを人間界に置く利点もいくつかあった。
まず武装解除は叶わずとも、スパーダの行動の制限や
監視を条件付けることは可能という点である。

この点について、特に魔女と賢者が
その常時監視下にできることは有益だと考えた。
これはかつて、スパーダの行方を長らく捉えきれず、
そのうえヴィグリッドに潜入された前例がある故の考えだった。
「野放し」にして再び見失うことこそ危険では、と。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:40:29.93 ID:XVB8s0iW0

また、彼の存在は今後の対魔界戦略において有益という点もあった。

魔帝が封印され、その配下有力者たちもほぼ皆殺しにされたとはいえ、
依然として魔界には覇王とその大勢力が存在しており、
他にも準侵犯者級や野心的な勢力が多く残っている。
また魔帝も死んではおらず、いずれ復活の可能性がある。

それら将来的な脅威に対する場合、
スパーダは最大の用心棒に成り得るのも事実であった。

そうして諸要素を話しあい、危険性と利点を天秤にかけ
天・人側は一致して結論した。
まず一つ目の要望については、ヴィグリッド等の要所への接近禁止、
および監視を条件に、スパーダの永続的な人間界在留を認めると。


しかし残り二つのエヴァに関する要望については、
スパーダたちの望み通りにはならなかった。

これらに対する魔女側の応えは以下のものだった。
エヴァは裏切りで咎められることは無く、
今回の件は功績として認められ、そして身分も回復される。
だが彼女には今までと変わらず、
今後もヴィグリッドにて研鑽に携わってもらう、と。
エヴァはアンブラ族の財産であり、アンブラの魔女であり続ける。

そしてアンブラの魔女であり続けるかぎり、
今日以降スパーダと会うことは許されない、と。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:41:17.14 ID:XVB8s0iW0

魔女側がエヴァの才と知識を手放すわけがないのは当然。
そしてそのアンブラの魔女たる彼女とスパーダが結ばれるというのも
天界・人間界の情勢が許すわけがなかった。

傍から見れば、それはスパーダとアンブラの同盟と映り、
さらに子を授かろうものなら決定的となる。
アンブラ内ではその「同盟」の力を利用しようという強硬論者の声が強まり、
他勢力ではそれを警戒し、敵視する声も強まる。
そして天界主神派、魔神派、賢者、魔女らの微妙な勢力均衡は崩壊し、
それぞれが強硬手段に出て破滅的な事態に陥りかねない。

そして少なくともこの時は、
魔女をはじめ諸勢力はそのような混乱は望んでいなかった。
対魔帝でせっかく形となった平和と協調、当面はその維持に努めようと。
腹底にはそれぞれ野心、軽蔑や敵意を抱いていようとも。


実のところ、スパーダとエヴァは最初から
このような応えが返ってくるのはわかっていた。
拒否を承知であえて要望したのは、ひとえに愛し合ってることを
各勢力首脳が集まるこの場で今一度、宣言したかったからである。

人間界を守った本当の力が何だったのか。
魔帝を倒したのは確かにスパーダの武力とエヴァの知識であったが、
その二人を突き動かした心とは、根底にあった意志とは一体何だったのか、
それを改めて告げるためだった。
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:41:54.64 ID:XVB8s0iW0

もちろん、それをこの場の皆がすぐ納得することはなかった。
侵犯者の示すものなど疑うべきであり、
エヴァは洗脳されているだけだという認識が
やはりこの期に及んでも強かった。

だが一方で彼らは愚か者でもない。
警戒はしつつも、スパーダの言動に嘘がない可能性も
改めて現実的に考えはじめていた。
とくに賢者と魔女はそうだった。
スパーダとエヴァの言葉は、僅かながらも確かに
彼らの「人の心」にも届き始めていたのである。

そのためか、この会合の後半には、
当初のような一触即発の空気は消えていた。

一定の緊張感はありつつも、場合によってはスパーダと討つなどという
選択肢は放棄され、今はひとまず彼を受け入れる方向へと
諸勢力の意向は統一されたのであった。
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:42:36.71 ID:XVB8s0iW0

その後、会合では様々な細事が話し合われた。

スパーダは人間界に在留する際、
天界および魔女賢者による常時監視を認めること。

人間界内におけるスパーダの武力行使は、
人間に危害を及ぼしうる悪魔のみを対象とすること。
天界と人間界内の情勢に対して、中立と不介入を貫く等々。

そして今後の魔界動向についての意見交換と、
諸状況における対応の確認、様々な案の相談もなされた。
それら案の中でも特に議論が交わされたのは、
スパーダが提示した魔界を封印するという構想である。

これは文字通り魔界と人間界の間を遮断し、
根本的な面からの悪魔侵入の抑制を図るものであった。

もちろん魔女に協力する悪魔のための隙間は残さねばならず、
また「網」にかかりにくい弱き悪魔の侵入までは構造的に防ぎきれなかったが、
それでも強大な悪魔の侵入を
ほぼ抑えられる画期的な案であることは間違いなかった。

諸勢力は好意的に受け取り、また魔女側も
「網」の管理が魔女と共同で行われることを条件に賛同し、
可能なかぎり早く実現することが決定された。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:43:03.14 ID:XVB8s0iW0

そうして会合は終わった。

こうしてスパーダは人間界に受け入れられ、
真に帰るべき世界を得たのである。
ただ、まさしく彼にとって新たな人生の始まりであったが、
一方で離別の時でもあった。

会合の終わりにおいて、
スパーダとエヴァの最後の会話が許された。
言葉数は少なかった。
互いに手を軽くとり、ささやかな言霊で愛を確認。
そしてエヴァがこう口にした。

あなたが最強の魔剣士であるかぎり、
そして私がアンブラの魔女であるかぎり、と。

それ以上は続けなかった。
だがお互い、その後に続く言葉や、
そこから広がる話の意味は理解していた。

お互い現状のままでは、一緒になることは許されない。
だが、もしも力と身分を捨てることができたら、と。
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:43:50.85 ID:XVB8s0iW0

魔帝を倒したとはいえ、世はいまだ脅威に溢れている。

覇王や、その他にも恐るべき強者は多くいる。
それらを排除できたとしても、魔界自体が暴虐と闘争のゆりかごであり、
新たな脅威は未来永劫に現れ得る。
それに天界と人間界、主神派と賢者と魔女らも、今は協調しながらも、
潜在的には解消が難しい対立を抱えている。

その中でスパーダとエヴァのような者が、武力や才能、
そして何よりも献身の心を捨て去るなど、困難と言うほかなかった。
世の災厄を無視して、守れる存在を見捨てて、戦いから離れるなんて。


だが現実がどうであろうと、それを重々理解していようとも、
スパーダは望みを捨てられなかった。
なぜなら愛しているから。
不可能であろうと、愛する人と一緒になりたいという願望は消えない。
抑制はできても、その夢は捨てられない。


ささやかな希望をこめて、スパーダは別れを告げた。

「さようなら、愛する人よ。また巡り逢える日まで」

そうして二人は手を離し、
別々の人生を歩み始めていった。
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:44:28.11 ID:XVB8s0iW0



スパーダは会合の後、後世においては新大陸と呼ばれる地にて、
ある二つの刃を鍛えた。

それは魔剣スパーダと同様、彼の分身たる刃、
だが前者とは籠められた象徴も意志も全く異なっていた。

魔剣スパーダは破壊者、すなわち「侵犯者スパーダ」の象徴であった。
だが新たな二つの刃が象徴するのは、現在の「新しいスパーダ」
「魔との離別」と、「人と魔の融合」である。

彼はその二つの刃、もとい分身を創り出すことで、
今のスパーダが何者であるかを改めて再確認し、意志を形にした。
もう魔界に寄り添うことはない。
今後は「人の心」に従い、己の信ずる道を進むと。
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2022/03/22(火) 13:45:14.31 ID:XVB8s0iW0

こうしてスパーダは伝説となったが、
彼の戦いが終わることは無かった。
むしろそれからの戦いは、彼の生涯において
もっとも苦悩に満ち、そして初めての無力感をも味わわせるものとなった。

対魔帝戦のごとき「巨悪を倒せば済む」、という単純な構図ではなく、
その戦いの真の相手は、そもそもスパーダの刃では断ち切れないものだった。

それは竜王による騒乱から撒き散らされた「負の種」。
人間界を覆い、さらには天界にまで伝染した、
拭いがたい疑念、嫌悪、憎悪、憤怒そのもの。

その「負の種」は魔帝という共通脅威によって
しばらく寝静まっていたものの、
スパーダの勝利によって状況は変わった。

天界と人間界の諸勢力は、
今のところは協調路線を維持しようとしていたものの、
対魔帝という最大の動機は無くなってしまった。
そして諸勢力が対魔帝のために準備した莫大な武力は、無傷で残存。

いまや「負の種」が開花するには絶好の条件がととのっていた。

三位一体世界のすべてを巻き込んで、
人間界はこれより自滅の道を転がり落ちることとなる。
再燃した不和によって留まることを知らず、
天対人、そして人対人という恐るべき未来へ。

スパーダにとっては「守るべき存在」同士が殺し合う、
未曽有の苦難の時代へ。



「負の種」の主、ロプトの望むがままに。



―――
307 : ◆tSIkT/4rTL3o [sage saga]:2022/03/22(火) 13:46:02.38 ID:XVB8s0iW0
おわりです。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/24(木) 11:26:42.48 ID:dz9KEzXxO
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/03/25(金) 06:45:21.96 ID:Gry+iFqo0
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