豊川風花「140日に1度のチャンス」

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1 : ◆hhWakiPNok [sage]:2022/04/09(土) 13:31:36.34 ID:sRuakiC/0
 アイドルというのはなかなか忙しく、それなりに大変ではあるけれど、それでもなりたくてなった身なのでそれに対する不満はない。
 それに忙しいとはいえ、それでも休日ーーいわゆるオフの日を、プロデューサーさんはスケジュールをやりくりしてなるべく週に1度は取れるようにしてくれている。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1649478696
2 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:33:43.18 ID:sRuakiC/0
 しかしこのオフの日というのが問題で、実は私はオフの日でも特にすることや予定がない。かつての看護師仲間は夜勤もありなかなかオフが一緒になることはないし、友人たちも同じだ。
 劇場の同僚アイドルのみんなも、オフはまちまちであり、それに夜に行動できる成人組は人数も少ない。

 自然、オフの日というのは私にとって退屈な日となる。
 猫カフェやエステに行ったりもいいが、1人ではなんとなく寂しい。

 寂しくなると頭に浮かぶのはあの人ーーそう、プロデューサーさんだ。あの人と一緒にいられたら、オフも楽しいんじゃないだろうか。
 あの人は、どうなんだろう? オフの日に寂しさを感じないんだろうか? そもそもオフをどう過ごしているんだろうか?
3 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:34:54.94 ID:sRuakiC/0
 プロデューサーさんは、昔は全然オフのない生活をしていたらしい。
 ワーカーホリックにもほどがあるが、ある時に社長さんと小鳥さんからきついお達しがあったという。

高木社長「君の熱意や気持ちも分かるが、身体を壊してはなんにもならないよ。せめて少しでも……そう、月に一度……いや二ヶ月に三度ぐらいは休むことだ。いいかね。これは業務命令だ」

 この時から、プロデューサーさんは最低限の休み、二ヶ月に三度のオフをとるようになったそうだ。つまりおおよそ20日に1日のオフだ。
 そして私は、週に一度オフをいただいているので、こちらもおおよそ7日に1日のオフとなる。
4 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:36:30.51 ID:sRuakiC/0
真壁瑞希「最小公倍数は、素因数分解……いえ、今のは忘れてください。周防さんはまだ小学生でした。ですので、すだれ算という方法で求めます。一緒にやってみましょう」

周防桃子「お願い、瑞希さん」

 事務所の私の隣で、桃子ちゃんが瑞希ちゃんに算数の宿題を聞いている。
 学生さんは大変だ。芸能活動の合間に勉強や宿題もある。
 そして今ここに、数学の得意な瑞希ちゃんがいてくれて良かった。そうでなかったら桃子ちゃんは、私に最小公倍数のことを聞いてきただろう。

 いや、私だって数学には多少の心得はある。
 看護師というのは、数学的素養も求められるのだ。
 1本500mlの点滴を1日3本Dr.が指示した場合の滴下数はいくらかを頭の中で計算し、調整したりする必要に迫られたりもする。
 だがそれと、人にそういうことを教えたりするのは別だ。
5 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:37:52.78 ID:sRuakiC/0
 そう、私が最小公倍数について理解しているという証拠に、例えばとして計算してみよう。
 20日に1日のオフと7日に1日のオフが一致するには……?

 7は素数なのでこの場合は簡単だ。20と7をかければ最小公倍数は求められる。
 すなわち――

風花「140日に1日……」
6 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:38:47.71 ID:sRuakiC/0
 改めて計算してみたことで、その数字の遠慮のなさに少し絶望を感じる。
 私とプロデューサーさんは、おおよそ140日に1度しかオフの日が重なることはないのだ。
 4ヶ月以上に1度!
 1年なんて、365日しかないのだからつまり、年に2度はあっても3度はないのが、私たちが一緒にオフとなる日なのだ。
 いやそれだって、私たちは規則的にオフを迎えているわけではない。様々なお仕事の合間にオフをもらっている。
 つまり実際には年に1度も共通のオフなどないのかも知れない。もしかしたら数年に1度しかチャンスはこないのではないだろうか。

風花「そんなの……私、おばあちゃんになっちゃうよ……」

瑞希「え?」

桃子「え?」
7 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:39:49.38 ID:sRuakiC/0
風花「……あ、な、なんでもないのよ」

 慌てて私は、宿題をしている2人に取り繕う。

瑞希「先ほど……140日に1日と呟いておいででしたが、それに何か関係することなのですか?」

桃子「風花さんは、とっても若いじゃない。桃子から見てもそう思うよ?」

風花「う、うん、あの……そういうことじゃなくてね、なんて言うか……」

馬場このみ「え? プロデューサー、明日はオフなの?」

P「ああ、明日予定していた打ち合わせ、先方の都合で全面的に中止になってな。せっかくだから明日、オフ入れちゃってこの先動けるようにしておこうと思って」

 事務室に帰ってきたプロデューサーさんとこのみさんが、そう話しているのが聞こえる。
 せっかくのオフを、休みを取ったことにするというのがプロデューサーさんらしいが、明日と言えば私もオフの日だ。
8 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:40:34.63 ID:sRuakiC/0
 普段だったら、いざとなると勇気を出せない私はためらったかも知れない。だが、今は違う。
 先ほどの計算が、私を突き動かした。
 私にとってチャンスは、どんなに多く見積もっても140日に1度しかないのだ!

風花「プロデューサーさん!」

P「お、なんだ風花?」

風花「プロデューサーさんってオフの日はどう過ごしてるんですか!?」

P「え?」

風花「私も明日はオフなんですけど、意外となんにも予定がないんですよ!!」

 言ってしまった。
 いや、事ここに至ってもアピールだけで誘い切れていないのが私らしいとちょっと思うが、それでもやってしまった。
 プロデューサーさんに、同じ日がオフで自分は予定がないアピールを。
9 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:41:07.48 ID:sRuakiC/0
P「そうか、風花も明日はオフだっけな。じゃあ……明日は一緒にでかけるか?」

風花「ふぇ?」

P「朝は早くても平気だよな? じゃあ、8時に迎えに行くから」

風花「あ、ひゃ、は、はい」
10 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:42:15.75 ID:sRuakiC/0

風花「あ、あの……これはどういう……」

このみ「ついに風花ちゃんが一歩踏み出して、プロデューサーを誘って成功したお祝いと」

百瀬莉緒「明日の対策を考える作戦会議よ」

桜守歌織「……」

 夕刻になり、私はこのみさんと莉緒さんに、半ば強引にバルへと連れて行かれた。そしてそこには歌織さんも待っていた。

このみ「いやー、あの風花ちゃんがプロデューサーにアピールして共にオフを過ごすとはね!」

莉緒「もう一生、関係が進展しないんじゃないかと思ってたのよね!」

歌織「……」
11 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:43:35.83 ID:sRuakiC/0
風花「べ、別にそういうのじゃないんですけど……」

歌織「ないの?」

風花「え?」

歌織「そういうのじゃないなら、私が替わりましょうか?」

風花「え? え? え?」

歌織「私は風花ちゃんが羨ましいな。できたら替わって欲しい」

このみ「おおっ! 言ったわね歌織ちゃん」

莉緒「堂々のライバル宣言、女子力が燃えてるわね!」

歌織「好きですよ、プロデューサーさん。でも、このみさんや莉緒さんは違うんですか? 私はみんなライバルだと思っていたんですけど」
12 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:44:35.06 ID:sRuakiC/0
このみ「プロデューサー? まあ、好きよ。普通に男性として。でもまあ、積極的に私がセクシーをアピールするまでではないかもね」

莉緒「私も。向こうから『好きだ、つきあってくれ』って言われたら考えるけど、まあ……歌織ちゃんや風花ちゃんの方がずっと好きだってわかってるしね」

風花「えええ? わ、私ってそんな風に見られてたんですか?」

このみ「プロデューサーを射止めるのは、歌織ちゃんか風花ちゃんだろうな……とは思ってるわよ? 少なくとも、急に現れたどっかの誰かに連れてかれちゃうよりはその方が嬉しいし」

歌織「まあ、応援してくださるんですか?」

莉緒「2人に関しては、ね。まあここで一歩、風花ちゃんがアドバンテージを得たわけだけど」

歌織「それなんですけど、私は今日いなかったのでわからないんだけど、風花ちゃんはなんて言って明日デートすることになったの?」

風花「え……プロデューサーさんは、オフの日どう過ごしてるんですかって」

このみ「その後、自分もオフだけどなんの予定もないアピールだったわよね」

歌織「なるほど。けれど風花ちゃんらしからぬ、大胆なアピールだったのよね。なにか心境の変化でもあったの?」

風花「え?」

歌織「風花ちゃん、自分からそういうの言わなそうだなって思ってたから」

風花「心境の変化というか……」

 私は件の計算をみんなに話した。
13 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:45:27.60 ID:sRuakiC/0
莉緒「なるほど。140日に1度のチャンスか」

このみ「そう考えると、あの風花ちゃんがああいう行動に出たのも理解できるわね」

歌織「はあ……私にはまだまだ覚悟が足らなかったんですね」

風花「覚悟っていうか、そんなたいしたものじゃないんですけど、でもそう考えたらなんだか……」

歌織「明日はがんばってきてね」

風花「え?」

歌織「立場的に応援はできないけれど、風花ちゃんの勇気は称賛します」

莉緒「うんうん。そういう女の友情もまた、セクシーよね」

このみ「風花ちゃん、明日は決めるところで決めちゃわないと、今度は歌織ちゃんのターンよ?」

風花「き、決めるって……」

このみ「風花ちゃん、歌織さんに秘訣を教えちゃったのよ?」

風花「秘訣?」

歌織「140日に1度のチャンス……ってことですよ。はい、私も次の機会にはその心境でアタックします」

風花「えぇ〜?」
14 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:47:17.62 ID:sRuakiC/0
このみ「うふふ。今日は明日に備えて、早めに散会しましょうね。風花ちゃんは翌日に残らないタイプだけど、酔うのは早いから」

莉緒「明日、8時だったわよね?」

歌織「え!? 8時……?」

このみ「あーそうか。歌織ちゃんには厳しい時間よね、朝の8時は」

歌織「い、いざとなったら私もなんとか……」

莉緒「随分と早いわよね。もしかしてプロデューサー君、なるべく長く風花ちゃんといたいから……かしらね。うふふ」

 莉緒さんの言葉に、頬が赤くなる。
 そうなんだろうか?
 私と少しでも一緒にいたいから?
 お仕事ではなく、オフの時間を私と少しでも長く過ごしたいから?
 そうなんですか?
 プロデューサーさん。
15 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:48:03.81 ID:sRuakiC/0
 実際にはそうではなかった。
 いや、そうではなかったようだ。
 プロデューサーさんは時間通り、朝の8時に私の部屋のインターホンを押した。
 おかしくなるぐらいに、そしてお仕事と混同してるんじゃないかと思ってしまうぐらいにキッカリ朝8時にインターホンが鳴ったのだ。

P「用意はできてるみたいだな。じゃあ行こうか」

風花「はい。あの……今日はどちらに?」

 軽く驚いたような表情になると、プロデューサーさんは頭をかいた。

P「言ってなかったな。映画だ」

風花「映画……なにを見るんですか?」

P「パラノーマル・アクティビティ」

 簡素な答えの中に、私はプロデューサーさんが浮かれている事実を見つけた。
 それは少年が、楽しみにしている夏休みの予定を答えるような、大好きな給食のメニューを答えるような、本当に嬉しそうな感情がこもっていたからだ。
16 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:48:57.28 ID:sRuakiC/0
P「実は俺は、映画が好きだ」

 電車の座席に座ると、プロデューサーさんは重大な秘密を告白するかのように私の顔に口を近づけて言った。

P「忙しいので映画館へはなかなか行けないが、今でもDVDをたくさん買って見ている」

風花「知りませんでした」

P「学生時代は、日に3本も4本も見たりしていた」

風花「やっぱり映画の同好会とかサークルに入ってたんですか?」

P「いやー……」

 プロデューサーさんは、頭をかいた。

P「ああいうとこってな、見たい映画を好きなようには見られなくてな」

風花「? そういうものなんですか?」

P「趣味というか好きなものにあんまり人間関係を持ち込みたくなかったんだ。そう言えば、実は……」

風花「?」

P「家族以外の誰かと映画を見に行く、というのも初めてだな。実は」

 少し照れたように言うプロデューサーさんに、私もちょっと顔が赤くなる。
 そうか、プロデューサーさんもこういうの、初めてなんだ。
17 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:50:42.02 ID:sRuakiC/0
P「今日、見に行くパラノーマル・アクティビティな」

 照れ隠しなのか、プロデューサーさんは急に話題を変えた。

P「元々は自主制作映画だったんだ。撮影は全部、制作者の自宅。それも7日間で取り終え、制作費はなんとたったの1万5千ドルだ」

風花「それって少ないんですか?」

P「メチャクチャ少ないな。そして完成した映画は、最初12館だけで上映がスタートしたんだが口コミで評判が広がってあっという間に2000館近くの映画館で上映された」

風花「そんなに面白い映画なんですね」

P「もちろん面白いんだが、さっき言ったように低予算で撮ったことで雰囲気がマッチしてるんだ。実はあのスピルバーグがこの映画のリメイク権を獲得したんだが、彼の技術を持ってしても原作を超えられないって言って制作を諦めたというエピソードもある」

風花「プロデューサーさんは、もう見たことあるんですね。その映画」

P「DVDでな。劇場で見たいと思っていたんだが、今日たまたまリバイバル上映されるのを知って、それで」

 なるほど朝の8時というのは、この映画に間に合わせる為だったのだ。
 残念ながら、私と少しでも長く過ごしたいからというわけではなかったが、それでもそうした彼が楽しみにしていたことに付き合えるのは嬉しい。
18 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:51:46.83 ID:sRuakiC/0
 映画館に着くと、既に予約してあったのか、プロデューサーさんはすぐにチケットを発券する。

風花「あ、チケット代……」

P「いいって。今日はエスコートさせてもらう」

風花「そんな……悪いです」

P「見たいのは俺だし、誘ったのも俺だから」

 実際には誘ってくれるよう水を向けたのは私だが、こうしていると本当のデートみたいで嬉しい。

風花「あ、じゃあ食べ物をなにか買ってきますね。ポップコーンでいいです?」

P「いや、一緒に行くよ」

 列に並んでメニューを見ながらポップコーンとドリンクを選ぶ。
 ああでもない、こうでもないと話しながらポップコーンの種類やドリンクを選ぶのが楽しい。
 好きな人と列に並ぶだけで、こんなに楽しいなんて。
 しかしここで私は大事なことをプロデューサーさんに聞いていないということに、この時はまだ気づいていなかった。
 そう、これから見るパラノーマル・アクティビティという映画がどんな映画か、ということをだ。

 最初にスクリーンに映ったのは、豪華で広い家が舞台。そう言えばこの映画を撮った人の自宅なんだっけ。
 そこで暮らす、若いカップル。まだ結婚していないけど、双方の親から認められた同棲生活。こんな素敵な家で、好きな人と暮らすとかいいなあ……そういう目で見ていた。
 ところが、徐々に雰囲気がおかしくなる。
 夜になると聞こえてくる不気味な音……
 険悪になりながらも、仲直りを繰り返すカップル……
 あれ?
 もしかしてこれって……

 ホラー映画!?
19 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:53:02.98 ID:sRuakiC/0
 カップルの寝室のドアが、2人の寝ている間に勝手に開くシーンに私は悲鳴を上げかけた。

風花「きゃ……」

 その時だった。暖かな手が伸びてきて、私の手を握ってくれた。
 プロデューサーさんだった。
 見れば視線はスクリーンを見たままだが、しっかりと私の手を握ってくれている。

 プロデューサーさんが、私を案じて手を握ってくれている。
 ここが映画館で良かった。
 明るい所だったら、私は真っ赤になっていただろう。
 そう、ここが映画館で本当に良かった……

 結局そのまま、私たちは映画が終わるまでずっと手を握っていた。
 私が不安そうな素振りを見せると、プロデューサーさんは力を入れて握ってくれる。
 言葉は交わさないのに、2人の気持ちが重なり合っているのを感じられて、私は幸せな時間を過ごした。
20 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:53:59.19 ID:sRuakiC/0
P「もしかして苦手だったかな? ホラー映画は」

風花「き、聞いてませんでしたよぉ〜ホラーだなんて」

P「前に仕事でミイラの役をやった時は……」

風花「あれはお仕事じゃないですか〜」

P「いや、悪かった。平気だと思っていて」

風花「まあ……スプラッタ的なホラーはそうでもないんですけど、今日の映画は怖かったですよ〜」

P「ああ、さすがに血を見て気分が悪くなることはないんだな。いやそれにしても悪かった。お詫びにこのランチはおごるよ」

風花「まあ。ふふっ、じゃあ……許してあげますね」

P「ありがたい」

 たわいもない話をしながら、2人で昼食を摂る。
 楽しい。
 今日はもう、朝から本当に楽しい。
 デートではないかも知れないけれど、デートみたいだ。
21 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:55:24.88 ID:sRuakiC/0
P「さて、この後まだいいかな?」

風花「もちろんいいですけど、どうするんですか? 次の映画です?」

P「いや、今日はもういいかな」

風花「いいんですか? 1日に3本とか4本、見たいんじゃないですか?」

P「せっかく風花と一緒だからな。買い物とか付き合ってもらっていいかな」

風花「え? あ、も、もちろんですよ」

 午後はショッピング。
 これはもう、休日を共に過ごすカップルと言っても過言ではないのではないだろうか。 勘違いしそうになる自分。
 けれど勘違いしそうになるぐらいなら、ここはもう勘違いしちゃおう。
 私はそう考えた。
 だって――

風花「140日に1度しかないことなんだもん」
22 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:56:24.51 ID:sRuakiC/0
P「ネクタイ、どれがいいかな?」

風花「その柄ならこっちの色が良くないです?」

P「……俺には派手すぎないか?」

風花「そんなことないですよ。素敵です」

P「じゃあ……それにするか」
23 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:57:37.07 ID:sRuakiC/0
風花「普段着なんですけど、これゆったりしていていいですよね」

P「……」

風花「あれ? 似合いません?」

P「いや。風花はなんでも似合うな」

風花「……もう、そういうの適当って思われるんですよ」

P「え? そ、そういうものか?」

風花「でも……ありがとうございます」

P「う、うむ……うん」


P「ここでいいのか? 荷物もあるし、家まで送るぞ?」

風花「ちょっと明日のご飯の食材とかスーパーに寄って買って帰ろうと思いますから。もうすぐそこですから、大丈夫ですよ」

P「……今日は、ありがとう」

風花「いいえ、こちらこそ」

 プロデューサーさんは黙り込んでしまった。
 な、なにか言った方がいいのかな。
 どうしよう……
24 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 13:58:50.20 ID:sRuakiC/0
P「……また」

風花「え?」

P「誘っていいかな」

風花「は、はい。待ってます」

P「良かった。じゃあ……また明日」

風花「はい。おやすみなさい」

 私は幸せだった。
 こんな素敵なオフは初めてだ。
 スーパーでも今日一日のことをひとつひとつ思い返しながら、買い物をした。

風花「手……握っちゃった。ふふっ」

 見ると、家電量販店が目の前にある。
 時々電化製品や消耗品を買っていたのだが、DVD等のソフトコーナーに自分のDVDやCDが置かれるようになると自然に距離をおくようになった。
 恥ずかしいからだ。
 特に自分の水着等身大ポップが店頭に設置された時は、どうしようかと思った。
 結局、顔を隠して下を向きながら前を通り過ぎたのだが、今思い返してもあれは恥ずかしい体験だった。
 今はもうそのポップもない。
 私は意を決して店に入ると、ソフトコーナーに向かった。
25 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:01:39.97 ID:sRuakiC/0
風花「パラノーマル・アクティビティ……あ、あった……あれ?」

 ホラー映画のコーナーに今日プロデューサーさんと見た映画、パラノーマル・アクティビティのDVDは置いてあった。
 しかし……

風花「パラノーマル・アクティビティ2……3……4……5? パラノーマル・アクティビティTokyo Night? パラノーマル・アクティビティ呪いのビデオ?」

 その種類の多さに私は圧倒される。
 そういえば大人気となった映画だとプロデューサーさんも言っていたので、きっと続編やその類いの作品も多いのだろう。
 しかしどれがどう違い、どれを選べばいいのかがさっぱりわからない。
 悩んでいる私に、誰かが声をかけてきた。
26 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:02:24.60 ID:sRuakiC/0
二階堂千鶴「風花ではございませんこと?」

風花「あ、千鶴ちゃん。どうしてここへ?」

千鶴「先日わたくしのCDが発売になりましたでしょう? それで、どのぐらい売れているのかをちょっと見に……ま、まあ当然完売しておりましてよ。おーっほっほ……げほごほ」

風花「そうなんだ。すごいなあ」

千鶴「それで? 風花はどうしてこちらに?」

風花「あ、えっと……ちょ、ちょっと気になる映画があって、DVDがあるかなー……って」

千鶴「なんですって? もしかして風花、こちらでDVDをお買い求めになるおつもりですの?」

風花「か、買うかどうかはまだ……あ、あるかなーって」

千鶴「それはいけませんわ!」

風花「え?」
27 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:03:57.17 ID:sRuakiC/0
千鶴「こちらのお店、手広い量販店ではありますが、それだけお値段には融通がききませんのよ!」

風花「そ、そうなんだ」

千鶴「それって最新作なんですの?」

風花「えっと……リバイバル上映って言ってたから……それにこれだけ類似作が出ているということは……」

千鶴「え?」

風花「あ、な、なんでもないの。最新作っていうわけではないと思うんだけど」

千鶴「でしたら、わたくしについてきてくださいまし!」

 千鶴ちゃんは私にそう言うと、少し離れた商店街へと連れてってくれる。

千鶴「こちらの商店街。活気もあるし、売っている物の質、量共に最高でしてよ」

風花「へえ……千鶴ちゃん、商店街とかでお買い物するんだ」

千鶴「えっ!?」

風花「なんか意外だな」
28 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:05:10.91 ID:sRuakiC/0
千鶴「た、たたた、大切なのは本質ですわ! どこで買うのかではなく、良い物を買うべきなんですのよ!! ええ!!!」

風花「そうか。なるほど、そうよね」

千鶴「ええ! ……と、DVDならこちらのお店でしてよ」

店長「へい、らっしゃい! おや、千鶴ちゃん」

千鶴「英雄おじちゃん久しぶり。えっと……風花、なんてDVDなの?」

風花「えっ?」

千鶴「探してたDVDですわよ」

風花「あ、えっと、パラノーマル・アクティビティっていうんですけど」

店長「ああ、パラノーマル・アクティビティな。何作かあるけど、どれかな?」

風花「それなんですけど、私も多すぎて困ってまして」
29 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:07:00.43 ID:sRuakiC/0
店長「ふむ。探してるのはどんなヤツ?」

風花「たぶんですけど、一番最初の映画だと思います」

店長「無印か」

千鶴「ありますわよね?」

店長「当然あるけど、あの映画に興味あるならアルティメットBlu-rayコレクションってのもあるんだがどうする? 日本版以外は全部入ってるうえに特典付きで値段も倍ぐらいにしか違わないけど」

千鶴「そうですわね……特典にもよりますけど……あ、これは風花のお買い物でしたわね。いかがいたします、風花?」

風花「あの、私は最初の映画だけでいいんですけど」

店長「なら無印のBlu-rayだな。Blu-rayは見られるのかい?」

風花「は、はい。大丈夫です」

店長「そらきた……えっと……これだな。今はベスト版も出てるから同じ980円でいいよ」

風花「えっ!?」
30 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:07:42.39 ID:sRuakiC/0
 そんなに安いの!?
 驚く私だが、千鶴ちゃんは更に交渉をしようとし始める。

千鶴「初めてのお客さんなのよ? ここは半額とかにサービスしておくべきじゃないの?」

店長「かなわないな千鶴ちゃんには。わかった、500円でいいよ」

千鶴「ちょっと待って。980円の半額なら490円でしょう!」

風花「あ、あの! ご、500円でいいですから……!」

 結局、千鶴ちゃんが間に入ってくれたことにより、次もまたこのお店で買うことを約束して税込み500円で私はパラノーマル・アクティビティのBlu-rayを買うことができた。


 千鶴ちゃんにお礼を述べると、私は自宅に戻った。
 手にはBlu-rayのパラノーマル・アクティビティをしっかりと抱えて。

風花「こんなに安く新品を買えちゃうなんて、千鶴ちゃんには感謝よね。あ、あとあのお店の人にも」

 私はプレイヤーにディスクを入れると、再生ボタンを押す。
風花「そうそう、この始まり方に騙されちゃったのよね。もう、プロデューサーさんたらホラー映画ならホラー映画って、最初から言っておいてくれればいいのに……」
31 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:09:42.63 ID:sRuakiC/0
 と、そうは言っても、もしプロデューサーさんが「明日はホラー映画を見に行くぞ」と意気揚々と宣言していたとしたら、私はどうしていただろうか。
 ホラー映画なら結構です、と断っただろうか?
 断った?
 140日に1度のチャンスを?
 それは考えにくい。
 では、やんわりとでもプロデューサーさんに予定を変えて欲しいことを伝えただろうか?

風花「どうせ映画を見るなら、ホラーよりももう少し楽しい……恋愛映画とかどうですか?」

 ……いや、パラノーマル・アクティビティと言った時の、あのプロデューサーさんの嬉しそうで楽しそうな、期待の詰まった表情を見た私が、どうにもそれを壊すようなことを言ったとは思えない。

 思考はぐるぐると、私の頭の中で巡る。
 そもそも戻れない過去に想いを馳せて、私はどうしようというのだろうか。
 それに今日は本当に楽しかった。
 最高のオフを送れたのだから、どうやり直したであろうかということなど考える必要もないんじゃないだろうか。
32 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:10:26.57 ID:sRuakiC/0
 そうこうしていると、再生されているパラノーマル・アクティビティは例のシーン……にさしかかる。

風花「あ……」

 私は自分の右手を、左手で思わずつよく握る。

風花「ここで……プロデューサーさんが、私のこの手を……」

 思い返すだけで幸せな、胸がいっぱいに何かで満たされるような感覚になる。
 だって……

風花「あの人が、私の手を握ってくれた……」

 私は幸せな気持ちで、プレイヤーを停止する。
 今日は、いい夢が見られそうだ。
33 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:11:23.22 ID:sRuakiC/0

このみ「そんな早い時間に帰ってきたの!? な、なにやってるのよ風花ちゃん!!」

 翌日、私はこのみさん莉緒さん歌織さんに取り囲まれると、昨日はどうだったのかと聞かれ、問われるままに答えた結果のこのみさんのリアクションがこれだった。
 ちなみに莉緒さんはなぜか少し首を傾げ、歌織ちゃんもなぜかホッとした表情を見せる。

このみ「私はね」

 このみさんが、私に詰め寄る。

このみ「風花ちゃんがこの140日に1度というチャンスを逃さないだろうと思っていたの。つまりその、決めちゃうんじゃないかってね!」

莉緒「このみ姉さん? 決めるってそれはなにを……」

歌織「き、きめ……」

風花「そ、そんなこと……」

 莉緒さん以外の3人は、真っ赤になりながら顔を見合わせる。
34 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:11:57.49 ID:sRuakiC/0
風花「き、昨日が実質初めて2人だけで過ごしたプライベートだったんですよ? いきなりそんな、ね、ねえ」

歌織「ううん」

風花「え?」

歌織「私が風花ちゃんだったら、き……き、おほん。決めちゃったかも知れないわよ?」

 さすがに照れているのがわかる顔の赤さだが、歌織さんは私にそう言った。
 それが事実かどうかは問題ではない。
 これは歌織さんから私への、ライバル宣言なのだ。
 そう、次は……
35 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:15:25.56 ID:sRuakiC/0

歌織「プロデューサーさん、次は私にも時間を取っていただけませんか?」

 その日の午後、歌織さんはプロデューサーさんにそう言った。
 側には私もいるのだが、歌織さんは臆していない。
 自然と私はうつむく。
 プロデューサーさんが、ちらりと私を見た気がした。

P「時間……というと?」

歌織「次のオフ、私をエスコートしていただけませんか?」

P「次のオフって、俺のですか? 再来週以降になりますけど……」

歌織「かまいません。いつですか? その日は、私もオフにしてください」

 うつむいたまま、私は身が縮むような思いになった。
 いやむしろ、このまま小さくなって2人の視界から消えてなくなりたい。

P「……じゃあ、来月の3日に」

歌織「はい。楽しみにしていますね」
36 : ◆hhWakiPNok [saga]:2022/04/09(土) 14:16:35.34 ID:sRuakiC/0

 そこからの3週間近く、私は悶々とした思いで過ごすことになった。
 歌織さんは、本当にその日にすべてを決めてしまうのだろうか。
 そもそも2人でどこに行き、なにをするのだろうか。
 そうしたことが千々に頭を巡り、私の胸を痛める。
 そして歌織さんとプロデューサーさんのオフが重なる日の前日のことだ。

風花「あの、どうして私の家に集まるんですか〜?」

このみ「まあほら、前回風花ちゃんがプロデューサーと出かける日の前にも集まったじゃない?」

莉緒「なるべく条件はそろえた方がいいんじゃないかな、って」

歌織「でも私、今日は早く寝るつもりなんですけど……」

 歌織さんも困惑しているところを見ると、この訪問は莉緒さんとこのみさんの発案らしい。
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