田井中律誕生日記念SS2016(must was the 2014)

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173 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 19:55:19.22 ID:cjeQh/sKo

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10章

 丁度良い頃合に、ウィンドウショッピングを切り上げる事ができて良かった。
エレベーターに乗り込んだ紬は、安堵に胸を撫で下ろす。
同乗する唯と梓の顔を密かに窺ってみたが、
そこには満足と期待が浮かぶばかりで、不服も未練も感じ取れない。
ウィンドウショッピングの時間を設けた事に、満足してくれたらしい。

 ワールドポーターズの中でも、唯の興味の対象は八方へと向いていた。
一階ではレストランに、二階ではカフェとスイーツに、
そして三階ではファッションに、といった具合である。
梓が唯を注意して引っ張っていたが、その梓も本心では興味があったのだろう。
未練の有りそうな一瞥を、其処彼処のテナントへと投げ掛けていた。
指定の時間までの猶予ならまだ十分にある。
そう判断した紬は、ウォッチスポットへの道順の確認だけ済ませると、
ウィンドウショッピングの時間を設けてやった。
元より、不測の事態に備え、時間的な余裕を持たせてスケジューリングしている。

 そして紬には、不測の事態を危惧するに足る十分な理由があった。
もし口に出したのならば、梓も同調してくれるだろう。
ただ、唯の前では口外できない。彼女が、その理由なのだから。
即ち、唯が予測を超えた行動に出ないか心配だったのだ。
ランドマークタワーのカフェで梓が愚痴混じりに話していたのだが、
唯は梓と同乗した電車の中で中華街に行きたい雰囲気を醸していたらしい。
それを聞いた時、唯なら行きかねないと思ったものだ。
逆に、素直に待ち合わせ場所へと直行してきた事の方が、紬にとっては意想の外だった。
梓は遅刻を詫びていたが、数分の遅刻で済むなら安いものである。
”数分”遅れるとの連絡を貰った時、紬は彼女達にコーヒーを奢る気にさえなっていた。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 19:56:42.73 ID:cjeQh/sKo
 ウィンドウショッピングの時間は、お行儀の良い二人に対する紬なりのお礼でもあった。
切り上げる時も、二人はごねる事なく従ってくれている。

「また来ましょうね。その時は、ゆっくりと」

 二人に話し掛けて、紬は自分の声が弾んでいる事に気付いた。
自分が一番、楽しんでいたのかもしれない。

「ええ。今度は純粋に観光目的で来たいです。
今日のも楽しかったですけど、何も買えなかったのは少し残念でしたし」

 梓の両腕は張り合いがなさそうに、身体の両脇に垂れている。
使命に支障を来たさない程度であれば、荷物を増やしてくれても構わない。
別に隠れる訳でもなければ、身軽である必要もないのだ。
だが、全方位の事態に即応できるようにとの暗黙の了解が、紬達にはあった。

 紬達を乗せたエレベーターは上に向かっている。
ここの屋上にあるルーフーガーデン、
そこに隣接する駐車場の一角が指定されたウォッチスポットだった。
見るだけの場所に向かうはずなのに、戦場に赴くような緊張を感じている。
誕生日の──そして何より危険日の──逢瀬に望む律の本気に、
当てられているのかもしれない。

「あーあー、それ敗北宣言だからね。ムギちゃん、あずにゃん。
りっちゃんってば、今日はデートなんだよ?
それなのに私達ときたら、また次も女同士での約束?
それじゃあ先を越される一方だよ。
りっちゃんが孕んで産んでのサイクルに淫する傍らで、
私ら三喪は仲良くヤラハタ、ヤラサー、ヤラフォー、でヤラハカですか?
勘弁してよー」

 品のない言葉を連ねる唯に、紬は露骨に顔を顰めてみせた。
梓も呆れたように、眉根を寄せている。
唯の言っている事は分かるが、表現が頂けない。
内心で共感できても、それを表出させる気にはならなかった。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 19:58:01.41 ID:cjeQh/sKo
「もう。こんな時、澪先輩が居てくれれば」

 梓が零した。澪が居てくれれば、唯を強く窘めてくれただろう。
その頼もしい存在は此処に居ないばかりか、LINEも見ていないようだった。
それでも紬は、チャイナドレス姿の律がその画像を展開する際、
LINEのグループトークを用いていた事には安堵している。
紬達三人の見学者のみへとメールで送るケースとは異なり、澪を仲間外れにしなくて済む。

「澪ちゃん、やっぱりショックなのかな」

 唯が一転、湿った口調で呟いた。
澪の名を出した梓も、気まずそうに口を噤んでしまった。

 紬は澪と律の交遊に、予てより友情を超えたものを感じている。
今の唯と梓の反応を見るに、二人とも同じ思いらしかった。
無理もない。
それくらい、律と澪のやり取りは比翼連理じみたものを醸し出していたのだから。

 それだけに、律に異性の恋人が居ると知った時は驚いたものだ。
二人の仲に友情以上のものを見出したのは、自分の錯覚に過ぎなかった。
律の性的な興味は異性にあるのだと、紬もあの日に思考を修正している。

 だが、澪の側はどうだったのか。
異性を性的な目で見ている者は律だけであり、澪は律が好きだったのではないか。
現にあの日、澪は露骨なまでに刺々しい態度で、律を突き放していた。
今日来ない理由も、恋人を作った律が許せないからなのかもしれない。
少なくとも唯は、それに類する理由で澪が今日来ないのだと推測している。
唯の一言に黙りこくってしまった梓も同様らしい。

「あっ。もうすぐ到着ですね」

 エレベーターの中に降りた沈黙を、梓が白々しいほど明るい声で破った。
彼女の目は紬にも唯にも向かず、階数の表示されるパネルへと向けられている。

 直後、エレベーターが止まり、両開きの扉が音を立てた。
梓が宣した通り、パネルにはRFという表示が光っている。
一足先にエレベータから降りた唯を追って、紬と梓も順に降りた。
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:00:18.65 ID:cjeQh/sKo
 エレベーターの乗降口は屋根と壁とガラス扉があり、
この一角だけは室内という佇まいを見せている。
だが、性急な唯は早くもガラス扉を開けて、半身を外気に乗り出していた。

 屋上から吹き込んでくる夏の風が、紬の肌に当たる。
冷房に当たりきりだった触覚に、外気が心地良い。
外に出たら、もっと気持ちよさそうだ。
紬も唯に倣って、外へと出た。

「ここに出て、どっち側だっけ?」

 左右を交互に見ながら唯が呟く。

「駐車場の側、右側よ」

 紬は指を差しながら答えてやったが、唯の視線は逆を向いている。
右往左往している内に、関心を引くものが目に入ったのだろう。
目を動かさずとも、
この辺りの地理や名所が頭に入っている紬には対象の推測も付いていた。

「ちょっとだけ、あっち行ってみていい?」

「ああ、あれですか。確かに、近くで見てみたいですね」

 平素から、梓は唯が本来の目的よりも目先の欲を優先させる度に説教していた。
だが、この時ばかりは唯に同調している。
此処は、あの狭い部室とは違うのだ。
部活において練習という目的を脇に、
お茶とお菓子とお喋りに興じる先輩を窘めるようにはいかない。
巨大な観覧車の下部の円弧を目先に置いて、
梓も普段の”真面目な後輩”のままでは居られないようだった。

「構わないわ。少しだけ、寄り道しましょうか」

 この程度の寄り道なら、予測の範疇だった。
紬は二人を伴って、屋上を右、北西側へ向かって歩く。
ルーフガーデンと呼ばれる屋外の一角で、
ここにはパターゴルフの出来る設備も設けられていた。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:01:30.85 ID:cjeQh/sKo
 パターゴルフのコートの外に、台が一段高く盛られてベンチが置かれている。
その前に三人で立って、緩やかに巨躯が回る観覧車を眺めた。
前方の視界に塞ぐに足る円は、遥か頭上の中心部に時計を掲げている。
律との約束に達するまでの時間を数えるより先に、その高さに圧倒されてしまう。
紬達の居る地平は、六階建ての屋上部分である。
にも関わらず、中心部の時計を目に入れる為には、顔を傾けて見上げる必要があった。

「凄い。下を通った時に、見上げてたはずですけど。
こうして近くで見ると、圧倒されますね」

 息を詰めて見入っていた梓が、声を取り戻した。

 梓の言う通り、ランドマークタワーからここに向かう途中、
国際橋の通過後に観覧車の下を通っている。
唯にも遊園地の名称を聞かれ、コスモワールドと答えていた。
そしてこの観覧車がコスモワールドの名物、コスモクロック21である。

「ええ。そうね」

 一周回るために十五分を要する、という巨体を間近に、紬も短く答える事で精一杯だった。
乗った事がないばかりか、近くで見る事さえこれが初めてである。
過去の横浜旅行で、遠目に見た記憶があるのみだった。
その過去の記憶を、目の前で体験している圧巻の光景が上書きしてゆく。

 思慮の足りない唯には内心で呆れる事も多いが、
彼女の積極的な姿勢から受けてきた恩恵も少なくない。
この体験も、その一つに列せられるのだ。
妹のように可愛がっている斉藤菫からも、
最近は紬の性格が積極性を帯びてきたと指摘されている。
それも、唯が齎してくれた影響なのだろう。
偶には、唯に振り回されてみるのもいいかもしれない。
偶にならと、紬は思った。

 勿論、唯が暴走しないよう制御する役を忘れてはいない。
律達の邪魔になる事態だけは避けねばならないのだから。
その手前までが、唯に乗ってもいい限度である。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:02:29.46 ID:cjeQh/sKo
「本当、大きいねぇ。何だか、ホールケーキを食べたくなってくるよ」

 唯の漏らした感想に、紬は危うく噴き出しそうになった。

「もうっ。唯先輩は本当に食べる事ばっかりですね。
これ見て思い浮かぶのがケーキですか?
もうちょっと、サイズとか、装飾とかにも目を配りましょうよ」

 梓は噴き出してしまっている。
その所為か、口から出る文句の言葉に棘は感じられなかった。

「だってぇ、今日はあまり食べてないから、お腹が減ってるんだよ
まぁ大きいのはその通りだけど、装飾は真ん中の時計以外、目を引く所なくない?」

「何言ってるんですか。幾何学的な骨組みとか……」

 唯の薄笑いに気付いたのか、梓は咳を一つした。
発言の途中での咳は、梓が滑った時に見せる癖である。

「とにかくっ。見たいって言ったのは、唯先輩じゃないですか」

「あずにゃんも賛成したくせにー。
それに、私がこの観覧車に興味を持ったのは、大きくて目立ってるからだよ?
そこは正直に言っちゃうけどさ。
だって、装飾だとか幾何学だとか、衒った事を言って格好付ける趣味ないしー」

「なっ」

 梓が色を成した。戯れた言い争いで唯には勝てまい。
見かねて、紬は助け舟を出した。
後輩を弄る趣味はない上に、時間も迫っている。

「でも、装飾、あるよ?
もう少し経って日没になるとね、
観覧車のイルミネーションが点灯するらしいの。
今日のメインイベントの後で見ようね」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:03:34.43 ID:cjeQh/sKo
「ああ、それは楽しみですね。
ライトアップされたケーキ、デザートには持ってこいです。
その前に、メインディッシュを頂いておきましょうか」

 形勢の悪かった梓が紬の話に乗ってきた。
それでもケーキに触れて唯への皮肉を忘れないあたり、
負けず嫌いな梓の性格が表れている。

「そうだね。いい加減、持ち場に着こうか。
りっちゃんの晴れ姿、見てあげないとだし。彼氏がイケメンだったらどうしてくれよう」

 同意した唯が率先して歩き出した。
後輩を茶化して遊ぶ事よりも、彼女の興味を引いているものがある。
食よりも飾よりも、色が今一番の関心事なのだ。

 紬も同じ思いだった。律の色恋沙汰が何よりも気になっている。
気付けば唯を抜かして、三人の先頭に立って歩いていた。
逸る気持ちの所為ではあるが、どのみち二人を案内する役割に違いはない。
紬は二人を先導したまま、エレベーター前の扉を通り過ぎた。
あの扉を背にして右側に、目指すべき場所がある。
エレベーター脇にある連絡通路を抜けた先、駐車場こそが目的の場所だった。

「あー、ここですか。ここから、あの辺りを」

 梓が不服を隠せない口振りで呟く。

 駐車場の入り口の付近、と言っていいのだろう。
連絡通路を通ってすぐ左に曲がった角が、律から指定されたウォッチスポットである。
見通しは自体悪くない。眼下に海とそれを囲う建造物が覗けている。

「あの道、汽車道って言ったっけ?
ここから人を見るには、幾らなんでも、遠過ぎるよねぇ」

 唯も梓に続いて口を尖らせた。
その視線の先で、桜木町駅の方からワールドポーターズの前方まで、
海を区切る様に道が伸びている。
唯の言う通り、汽車道と名付けられている道だった。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:04:43.36 ID:cjeQh/sKo
 海を区切る道が最も目立っているが、
その海上の橋梁を出てからも汽車道自体は終わらない。
ワールドポーターズの東端の向かい、
交差点の前まで続いている道までを正確には指すらしかった。

 紬は今日、桜木町駅を降りているので、
唯達との待ち合わせ場所に向かう道中で汽車道の西側入口の前を通っている。
桜木町駅からランドマークタワーへ向かう道は他にもあったが、
律達の通る場所を下見しておきたかったのだ。

 そう、律は恋人と一緒に汽車道を通る。
そして紬達はここワールドポーターズの屋上から、
二人を観察するというのが今夜の手筈だった。
汽車道の東側、海上に渡された橋梁を出て左にある階段を上れば、
このワールドポーターズの二階に直通する通路も配されている。
だが、自分達──特に唯──との鉢合わせを嫌う律が、
ワールドポーターズの中にまで入ってくる訳がない。
汽車道を道なりに通った後、そのまま真っ直ぐ東に進んで赤レンガ倉庫の方へ向かうのか。
或いは橋梁を出てから北西へ曲がり、紬達が辿って来た道を逆に行くのか。
どちらかではあるのだろうが、そこまで教えられてはいない。
紬達に許されているのは、汽車道を通る二人を遠目に観察する事だけなのだから。

 そして梓や唯が零す様に、この高さと遠さからでは、
汽車道を通る人の顔までは判別が付かない。
双眼鏡や望遠レンズの類を用いたとしても、
遮蔽物の多い中で動体を見るのは素人には難しいだろう。
況してや状況は夜で、遮蔽物には標的同様に動体である人も含まれるのだ。
まだ肉眼のままで視野を広く持った方が、標的を視界には収めやすい。
そもそもが、この距離から人の顔を判別できる倍率ともなると、
専用の機材無しでは扱えまい。

「でも。りっちゃんは、目立つ服を着ているでしょう?
私達、それを送られてきた画像で確認しているんだし。
ここからでも、りっちゃんは分かるんじゃないかしら」

 此処からでも、服の色合い程度は視認できる。
黄一色のチャイナドレスという目立つ格好が標的なのだから、律の特定も容易だった。
そして律が分かれば、寄り添って歩く人影が彼氏である。
そう言って紬は、律の指示した内容を擁護してやった。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:06:10.77 ID:cjeQh/sKo
「うーん、でも律先輩が通る時間帯って、暗くなりますよねぇ。
今の時間帯なら何とかなっても、日没後に黄色って分かりますかねぇ」

 梓は思案顔だ。

「橋の上が真っ暗になる訳じゃないから。
最低限歩けるような照明は灯すはず。
そして特定のスポットでは遠目に映えるように、ライトアップされるに違いないわ」

「むー、それ以前にだよ、あずにゃん、ムギちゃん。
明るかったとしても、彼氏の顔までは見れないよ」

 そこが何よりの問題だと主張するように、唯が語勢を強めて言った。
梓も胸中では同意見らしく、首肯で以って唯に加勢している。

「仕方ないわ。りっちゃんの目的は彼氏を見せる事じゃない。
彼氏が居るんだって事を証明する為だもの」

 律を庇う紬とて、願望に素直に従った意見を表明している訳ではない。
胸の中では、律の彼氏の情報は一つでも多く知りたいと思っている。

「まあ、唯先輩が煽りまくったのが原因ですからね。
でもこっちとしては、証明だけじゃなくって紹介までしてくれると安心できます。
勿論、ちゃんとした人だって、信じたいですけど」

 紬の胸中にある本音を、梓が代弁してくれた。
言い訳がましいが、梓も自分も好奇心だけで此処に来た訳ではない。
渦中の恋人が果たして律に相応しいのか、見極めたい思いもあった。

 だが、律にとっては過ぎたお節介でしかないだろう。
そもそもが、執拗な唯の挑発を原因として、
律は大切な誕生日の逢瀬に部外者を招く事態に陥っている。
本来ならば、二人きりで楽しみたかったに違いない。
ならば、動機が好奇心であれ憂慮であれ、これ以上容喙すべきではなかった。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:07:51.83 ID:cjeQh/sKo
「えーっ。まるで私だけが悪者みたいー。
二人だって気になる癖にぃ。此処まで来た以上、同罪なんだって分かってる?」

 唯は口調でこそ戯けているが、目には裏切り者を告発するような鋭さが宿っていた。
唯の言う通り、此処に来た事実は否定できない。
その上、紬は唯の鼻っ柱を折る為とはいえ、律に逢瀬を見せるよう勧めてまでいるのだ。
今更、自分だけ良い子の如く振舞って、唯一人に責を負わせる事も許されてはいない。

「ええ、連帯しているわ。
りっちゃんに迷惑を掛ける事になったのは、勿論私の所為でもあるもの。
だからこそ、邪魔したくなくって」

 狡い言い分になっただろうか。
自分の責を認めつつも、唯や梓の不満に理解を示してはいないのだ。
その後ろめたさ故だろうか。
紬は唯が頬を歪めて作る笑みから、
『やっぱりいい子ぶっちゃって』という無言の嘲罵を受けた気がした。

「連帯と言えばね。
あの汽車道には、その名の通り、線路に使われていたレールが埋まっているの。
その間を恋人同士で最後まで歩くと、結ばれて後に比翼連理の幸せに浴せるんですって」

 後ろめたさと唯の視線から逃れるように、汽車道を見下ろしながら紬は言った。

 汽車道を視界に収めて、
よく律はこのウォッチスポットを見付けられたものだ、と改めて紬は思う。
夜であろうと明かりさえあれば、
紬達が容姿に付いて事前の知識を持っている律の姿なら視認できる。
反面、恋人の仔細な様子までは伺えない距離だ。
逢瀬の証拠を見せつつも、恋人の情報に付いては遮断できる。

 間違いなく、律はこの日の為に下見をして、
条件に恵まれたウォッチスポットを探したのだろう。
特定の目的の下に、自らの目と足を使わなければ見付けられない場所なのだ。
そこまでして、律は自分達に恋人を見せたくないのだろうか。
或いは本当に、律の言う通り自分達を彼氏に見せたくないだけなのか。
何れにせよ、用意が周到に過ぎているように思う。
ここに留まったままでいいものか、惑う。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:08:57.34 ID:cjeQh/sKo
「へーっ。ロマンチックなエピソードですね。
レール間の幅じゃあ、密着させて歩かないといけませんよね。素敵です」

 話を逸らす目的が見え透いた話題だったが、梓は期待通り乗ってくれた。
乗ってくれるだろうとの見通しの下、変えた話題でもある。
唯に痛い指摘をされたのは、梓とて同様なのだ。

 当の唯は無言ながらも、地上を見下ろしている。
その視線は汽車道に留まらず、脇にも振れている様だった。

「ええ、そうやって寄り添ってレールを歩いて行く事で、
偕老同穴の道程を歩む事を模しているのでしょうね。
本当、素敵」

 黙って景色に目を落としている唯は置き、紬は梓に応えて言う。
それとても、梓に合わせた物言いに過ぎない。
元々が、唯の指摘から逃れる為に引っ張り出した話題でしかないのだ。

 そもそも、自分で紹介したエピソードながらも、本心では全く別の感想を抱いている。
レールの上を歩く恋愛に、浪漫など感じない、と。
レールから外れてでも、規範や人の目から駆け落ち同然に逃れてでも、
自分達の恋を貫く方に紬は浪漫を感じていた。
その方が、当人達は間違いなく幸福になれるのだから。

「ここから汽車道を見ろって事は、律先輩達もそのエピソードに擬えて彼氏と」

「ねえ」

 黙っていた唯が口を開き、梓の言葉を遮った。

 声に釣られて目を向けたが、唯は地上を見下ろしたままだった。
だが今は、視線が振れる事無く、一方向に固定されている。
紬は視線を唯に沿わせ、同じ景色を視界に収めた。

 ワールドポーターズとは道路を隔てて向かい合い、コスモワールドの南に隣接した一角。
そして汽車道とは海を挟んで北に位置する、絢爛な建物を構えた一角だった。
その建物は三階建てか四階建てくらいだろうか。
ワールドポーターズより背丈は低いものの、城を思わせる作りが海に面して映えている。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/14(日) 20:10:01.45 ID:cjeQh/sKo
 だが、唯の視線を精確に辿るならば、その建物が焦点という訳ではなさそうだった。
建物の収まる一角の端、海に面した歩道の辺りだろうか。
海上に渡された橋梁との距離が最も近くなる角に、
唯の視線の焦点が向かっているような気がした。

「一つ、提案があるんだけどさ」

 唯の放った言葉が、紬の視線を再び唯の顔へと振り向けさせる。
梓の発言を遮った時とは打って変わり、唯の顔も双眸も紬達へと向けられていた。
代わりに唯の人差し指が、先程まで視線を置いていた一角へと注がれている。
城のような外観の建物の脇、
海に渡されている汽車道と最も近くなる陸地の角を指し示すように。

「乗ってみない?」

 諾否の問い掛けを倒置してから、唯は提案の内容を話し始めた。
或いは、誘惑の口車を回し始めた。

*

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