田井中律誕生日記念SS2016(must was the 2014)

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194 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 20:54:07.51 ID:KfzCVlTZo

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12章

 約束していた時間に達しているが、まだ律達は見えてこない。
だが、唯は訝っていなかった。
電車のダイヤのようなピンポイントの時刻を告げられた訳ではない。
汽車道を訪れる時間など、律はレンジでしか示していないのだ。
今はまだそのレンジ内に留まっている以上、姿が見えずとも予定の範疇でしかない。

 約束を破ったのは寧ろ、自分達の方だった。
律からは、ワールドポーターズの屋上からデートを見るように指示されている。
だが今は、他ならぬ唯自身の提案によって、汽車道の近くに席を移していた。

 ワールドポーターズの屋上から見えていた、城のような建物の傍である。
建物脇にある海側の歩道に突き出た角が見えており、
海を挟んで汽車道に最も接近できる場所だった。

 ワールドポーターズの屋上でこの場所に気付いた唯は、
紬と梓に席を移るよう提案した。
呑ませる勝算ならあった。梓は屋上から見物する事に対し、好意的な反応を見せてはいない。
勿論、律との約束に義理立てして、唯の誘惑を一旦は断る姿勢こそ見せるだろう。
だが、梓の本心は、汽車道から遠い屋上の席に不満を抱いているのだ。
違約へと誘惑する悪者の役を唯が引き受けて、
二度三度と重ねて誘えば靡いてくれるだろう。
そうして梓さえ引き込んでしまえば、二対一だ。
数で押して紬を説き伏せる事も容易に思えた。

 そう踏んで提案したのだが、予想外にも紬は反対しなかった。
彼女はワールドポーターズの屋上という律の指定を最も庇っていた。
翻意が意外ではあったが、紬も内心では見え辛い立地は不満だったのだろう。
ただ、本心なのか建前なのか、律のデートを尊重する意思も口にしていた。

『その代わり、絶対に、無茶はしちゃ駄目よ?
邪魔にならないよう、あの場所から見るだけだからね?』

 淑やかな紬にしては珍しく、眉根に皺を寄せながら決然とした語勢で言い含めてきた。
その時、唯は迷わず即答で承諾を返している。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 20:55:17.79 ID:KfzCVlTZo
 難所と思われた紬が靡いた以上、後は容易だった。
梓は儀礼的に渋って見せただけで、
重ねて誘うと”根負け”した風を装って唯の提案に乗ってきた。

 そうして唯の目論見どおり、席は汽車道の傍に移っている。
尤も、仮に二人が強硬に反対した所で、唯は一人でも律の彼氏を間近で見る積もりだった。
その場合、此処よりも更に近く、汽車道の橋梁部の終わり付近に潜んでいた事だろう。

 そしてどちらにせよ、唯は見るだけで満足する気などなかった。
あわよくば偶然を装って、律の彼氏に話し掛けてやる。

『わーっ、りっちゃん、こんな所で何してるのー?
あれー?隣のイケメンは誰ー?あ、もしかしてぇ、前に自慢してた彼氏ー?
初めましてー、私ぃ、りっちゃんの大親友の平沢唯ですぅ』

 約束を破られた律にしてみれば、白々しい事この上ない口上だろう。
だが唯にしてみれば、そうまでしてやらないと気が済まなかった。

 恋人の存在を隠していた事がまず気に食わない。
その上、唯達を彼氏から過剰に遠ざけて、情報を遮断する姿勢も気に入らない。
殊に、友達を邪魔であるかのように扱う律の態度は、唯の逆鱗に触れていた。

 律の大親友として接してきただけに、唯の裏切られた思いは一際強い。
況してや、律の幼馴染である澪の胸中を思えば、
律に彼氏の前で嫌味の一つでも浴びせたくもなる。
澪の律に対する思いが恋情だったにせよ友情だったにせよ、
彼氏の存在が露となってからの律の態度は澪の心を抉った事だろう。
唯も大事な幼馴染が居るだけに、その胸中は察するに余りある。

 唯は頭を振った。
紬達も着いて来てくれて、本当に良かったかもしれない。
予ての決意通りに一人で待っていたのなら、ブレーキ役も居なくなっていた。
だが、紬と梓が居るならば、衝動のままに振る舞っても問題はない。
だから、自分は予定通りに律達を追い掛けて機会があれば話し掛けよう、
紬達にはその際に自分が度を越さないよう制御してもらおう。
それが友達を信じる事だと、唯は自分と友人の役割を確認しながら胸中で言い聞かせた。
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 20:56:33.94 ID:KfzCVlTZo
「あっ。あれじゃないですか?」

 梓の上げた声が、唯の回想も思惟も掻き消して響く。
梓が指差す方向に目を向けると、遠目にも目立つ黄色い服が見えた。
目を凝らして焦点に据えつつ、脳裏で律から送られた画像と照らし合わせる。
黄色い姿が近付いてくる度に、チャイナドレスを着た写メの律と重なってゆく。
あれは間違いなく──

「りっちゃんだね」

「隣が彼氏なのね」

 確認するよう呟く唯に、肯って補足する紬の声が続いた。

 律の左側に、寄り添って歩く人の姿も見えている。
紬が言うように、その人間こそ律の恋人なのだろう。

「あれが例のサングさんですか」

 梓が目を細める中、サングと律の姿が目まぐるしく動く。
橋上でダンスでもするかのように、サングが律を抱き上げて半回転していた。
睦まじさを見せ付けた動きで、二人の左右が入れ替わる。

「大勢の人が居る前なのに。サングさんも大胆な人なのね」

 長息してから繰り出す紬の声には、呆れと羨みが半ばずつ同居しているようだった。
サング”も”と言う巻き添えの対象は、大胆な服装で外を歩く律に違いないだろう。

「サング君の背格好とか服装とかは見易くなったけど、
顔は逆に完璧向こう向いちゃったね」

 律とサングのターンは見応えがあったが、その点は少しだけ残念だった。
唯達から見て、サングの身体が手前にあるという事は、
律の身体は奥に有るという事を意味する。
自然、サングの顔は恋人である律の方へと向く。
当然、唯達には後頭部を向ける格好となっていた。
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 20:57:25.14 ID:KfzCVlTZo
「まぁ、夜だし、海を隔てた距離だし、元がこの角度だし。
二人の位置関係がどうあれ、
相貌の仔細まで視認するのは難しかったんじゃないかしら」

 元より期待が薄かったのか、単に落胆と未練を隠しているだけなのか。
唯に応じる紬の口調は淡々としていた。

 事実、紬の言う通りだろう。
顔の向きがどうあれ、詳しく顔を観察する事は難しかったに違いない。
構わないと、唯は自分に言い聞かせる。
どうせ少しの間、お預けになったに過ぎないのだ。

 唯は再度、サングの背格好を眇めてみた。
律よりも、そして自分達の三人の誰よりも背は高い。
この場には居ないが、澪くらいあるだろうか。

「それよりも、ここ、やばくないですか?
律先輩から見えちゃうんじゃ?」

 梓が弾かれたように言う。
今更気付いたのかと、嘆息したくなる。
否、白々しいと、細めた目で蔑んでやりたくなる。
目の粗いメッシュ状のフェンスがあるだけで、遮蔽物などない場所だ。
歩道脇の芝生に木を植えられた汽車道の方が、まだ視界を遮っている。

「まぁ、気付かれるでしょうね。
りっちゃんの顔、こっち側に向いているんだし」

 紬の方は覚悟が固まっているらしい。
落ち着き払った声で、梓に返答していた。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 20:58:16.11 ID:KfzCVlTZo
「りっちゃんの顔の向きなんて関係ないよ。
どっちを向いているかなんて、此処に着いた時には分からなかったけど、
此処が橋から丸見えって事だけは、あずにゃんも分かってたはずだよね。
つまりさ、見つかる前提で、ここに構えたんじゃないの?」

 唯は追い討ちを掛けてやった。
梓は可愛い後輩だが、腰が定まりきらない欠点を持っている。
自分の立ち位置を見失って『カムバック私』などと呟いている事もあった。
だが、事此処に至ってまで今更惑ってしまうのは、胆力を欠くにも程がある。

 第一、言葉にこそ出さないが、遠目にも一番目立つのが梓だ。
腰まで長くたらしたツインテールなど、横浜に来てから梓を除いては一人も見ていない。
誰が原因で律に見つかるかといえば、彼女自身に他ならないだろう。
律達を最も早く見つけたのも梓ではあるが、
その手柄さえも”触角のお蔭か”と嫌味に転じてやりたくもなる。

「まぁ、ええ。その時はそうでしたけど。でも、今なら、まだ」

「往生際が悪いよ、あずにゃん。なんなら一人で戻る?」

 あくまでも視線は律に向けたまま、梓に一瞥もくれずに唯は言い放つ。
既に律達は、この角と汽車道が最も近くなる地点へと近付いて来ている。
降りるのなら、今が最後の降車駅になるだろう。
そう梓に告げてやろうかと考えた時、唯は律と視線が合ったような気がした。

「なっ。戻りませんよ。
ええ、駄目です。私の目が届く範囲に居ないと、唯先輩は何するか分かりませんから。
変な事しないよう、見張っていてやるです」

 梓が色を成して言う。
顔色が変わっている事は、顔を見ずとも激しい語勢で分かった。

 負け惜しみの嫌味である事くらい分かっているが、
唯は遣り込めてやろうとはしなかった。
売り言葉に買い言葉が呼んだ偶然の符合に過ぎずとも、
梓は間違ったことなど言っていない。
正解だ、唯は大人しくしているつもりなどない。

 それに、どうせもう──

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 20:59:12.18 ID:KfzCVlTZo
「ええ。見張っていましょうね。
だから、一緒に居てくれるわよね?
何かあった時、止めるの協力してくれるわよね?」

 口を開きかけた唯に先んじて、紬が言った。
梓を慰めているような物言いだが、実際には唯に対する牽制も含んでいるのだろう。
唯との付き合いが梓よりも長いだけに、紬は唯の性格をより深く知っている。
場所を移ろうという唯の提案に乗ってしまった以上、
唯を制御する責任も強く感じているのかもしれない。
或いは始めから、提案を拒否して唯に単独行動されるよりは、
傍にいて水際で阻止しようと考えていたか。

「ええ、阻止しますとも。やってやるです」

 紬の意図はともあれ、梓は気合を入れ直していた。丁度良い。
紬も梓も気付いていないだろうが、もう戻る道はなくなっている。
唯は紬に策励されて猛る彼女に、
先ほど紬に割り込まれて言いそびれていた事を伝えてやった。

「ああ、うん、やっぱりあずにゃんも居て。っていうか、ね。
多分、もう、手遅れかも」

 唯の言葉を裏付けるように、律が彼氏の手を引いて走り出していた。
気付かれていたのだ。遅くとも、唯が律と目が合ったように感じた時には。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/15(月) 21:00:04.29 ID:KfzCVlTZo
 もう、静かに留まってやる必要はない。
唯は二人を追うべく駆け出した。
律は汽車道を戻らず、橋梁部の出口へと向かっている。
唯が海を回り込むよりも早く、律は橋梁部から出る事だろう。
その後、律達が進めるルートは二つしかない。
西から唯が追っている以上、ワールドポーターズの側へ北上するか、
赤レンガ倉庫の方へと東奔するか。

 画像で見ていた限りでは、律の身に着けた靴もドレスも走り易そうには見えない。
どちらに向かおうが追い付いてみせると、唯は走る足に力を込めた。

「唯ちゃん、駄目よ」

「唯先輩、それじゃあ話が違いますよ」

 背中の方から、唯を制止する紬と梓の叫び声が追い掛けて来た。
走りながら横目を向けると、声だけではなく二人の身体も追って来ている。
唯の暴走を阻止するという二人の宣言に、嘘はなかった。
確認した唯の口から、荒い呼気に混じって笑い声が微かに漏れる。

 いいよ?さっき言っていた通り──私を止めてみな?

 胸中で挑戦的に呟くと、焦げそうに熱い肺に鞭打って走力を増した。
息を切らせる後ろの二人も、振り切られずに追い縋って来ていた。

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