他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
BBS2ch
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報R
更新
検索
全部
最新50
田井中律誕生日記念SS2016(must was the 2014)
Check
Tweet
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:15:12.92 ID:KqyK4dU00
*
2章
澪は唯達とは横断歩道で別れた。
紬は先に駅で見送っている。
ここから先は、律と二人きりだった。
先程とは打って変わって、律は黙りこくって歩いている。
皆で歩く帰路の途中、唯に囃されて喧しく応じていた姿はもうなかった。
澪も倣って、律に話し掛ける事はしなかった。
聞きたい事なら山ほどある。
だが、自分から話し掛ける事は、焦らし合いに負けるようで嫌だった。
澪は律の方を見ようともせず、手に携えた白いバラばかりに焦点を置いて歩く。
反面で、律の傍を離れて一人で帰る事もできなかった。
無言のままで帰路の道程を消化し、家が近付いてきた。
この気詰まりする関係を、明日の部活に持ち越したくはない。
意地など張らずに譲歩して、何か話し掛けるべきだろうか。
「ねえ」
言葉を探していた澪に、律が話し掛けてきた。
視線を向けると、弱気な表情を浮かべた律が映る。
いつも澪の譲歩を引き出してきた、見捨てる事のできない顔だ。
「今からうち、来てくれない?
どうしても澪にしておきたい話があって」
「ああ。このまま行くよ」
律に対する怒りが収まった訳ではないが、突き放せぬままに澪は諾した。
加えて。何時になく真剣な表情の律が言う、話の内容も気になっている。
深刻な問題を抱えていなければいいが、と思わずには居られなかった。
.
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:16:07.07 ID:KqyK4dU00
.
澪を部屋に招じ入れた律の瞳が潤んでいる。
深刻な話なのだろうか。梓の危惧した通り、サングとの関係は不幸な恋愛なのかもしれない。
澪は身構えながら問い掛ける。
「で。話ってのは、何なんだ?」
「実は……みーおー」
律は澪の名を叫びながら、飛び付いてきた。
澪は小さなその身体を受け止め、髪を撫でてやる。
彼女の一部に触れた指を優しく動かすだけで、落ち着きを取り戻していく律が愛おしい。
自分が守ってやらなければならないと、澪の使命感を改めて呼び起こす反応だ。
「何があったんだ?もう怖がる必要はないから、言ってごらん?
サングとか言う野郎に、何か不本意な事でもされているのか?」
律を安心させるよう努めて穏やかな声で、それでもサングに対する怒りを隠す事なく。
澪は律を促した。
澪に導かれ、律は意を決したようだった。
埋めていた顔を上げ、口を開く。
「実はね。その話なんだけど……私の嘘なの。
彼氏なんて、本当は私、居ないの」
「えっ?」
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:17:17.86 ID:KqyK4dU00
澪は自身の耳を疑い、次に自分の正気を疑った。
律を独占したい欲心が産んだ、幻聴だろうか。
現実の律の声ではなく、願望の律の言葉を聞いたのではないか。
胸を引く小さな力が、澪を正気に引き留める。
律が澪の胸部を引っ張ったのだ。
まだ聞いて欲しい話があると、非力な律が健気にも澪の関心を引いている。
澪は確かに現実の律の声を聴いていたと、その小さな動作が証していた。
「居ないのに、居るって言っちゃって。
どうしよう。デートなんて、見せられないのに」
律はそれ以上を口にせず、涙ぐんだ瞳で澪を見上げてきた。
察して欲しいと、甘えている。
後を引き取って、澪は言う。
「じゃあ、何で約束なんてしちゃったんだよ。
唯もムギも、楽しみにしていたぞ。
梓なんて、本当に心配ちゃってたし」
安堵が声に出ぬよう、澪は詰責の体で言葉を紡いだ。
嘘との報に胸を撫で下ろした反面、律に踊らされた憤りもある。
心労を費やさせた虚言に、全面的な擁護の姿勢で臨みたくはなかった。
「だって。唯が意地悪ばっかり言うんだもん。
サイズも信じてくれないし。
それで意地張っちゃって、後に引けなくなってって。りー」
律は尖らせた口で言い募ると、頬を膨らませて唸った。
一つの嘘を取り繕う為には、更に多くの嘘を要する。
そうして気付いた時には、雪だるまのように膨らんでしまっているものだ。
律も虚言を通そうと詐言で膨らませた結果、
吐いた本人のコントロールを離れてしまったらしい。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:18:28.16 ID:KqyK4dU00
「どうだか。本当は居るんじゃないのか?
今更怖気付いてないで、見せてやれよ」
事情は呑み込めたが、ここでも澪は突き放した。
嘘であっても、恋人が居るなどと口走った罪は重い。
自分への恋情を隠している事と併せれば、許し難いものだ。
律が潔白を証さずして、澪も安易に協力などできない。
「居ないっ、私、本当に彼氏なんて居ないのっ。
澪まで私の事、虐めないでよ」
涙交じりに喚く律の必死な姿を、澪は冷めた目で遇してやった。
煽る意図を零下の視線に隠している。
自分に信じてもらう為、狂乱の醜態を晒す事さえ厭わない律が愛おしい。
貪欲にそして冷酷に、澪は律から必要とされる実感を欲していた。
「やだ、やだ、やだっ。みーおー、どうして?どうして?どうして?
どうしてそんな意地悪するの?見捨てないでよ、みーおー。
そうだっ。携帯っ、メールの受信フォルダ見てよ。
通話ログもアプリの履歴もLINEのログも」
律はスマートフォンを差し出してきたが、澪は受け取らなかった。
必要ない。もう充分、否──やり過ぎだ。
代わりに澪は、涙に濡れた律の頬をハンカチで拭ってやった。
目元も軽く抑えてハンカチに吸水し、霞んだ視界に自分の姿を取り戻させてやる。
明瞭となった律の瞳に映す顔は、穏やかな微笑だ。
「ごめんな。律の言う事を信じてるから、泣かないで。
それに私、初めから分かってたんだ。律に男なんて居ないって事」
優しく言ってやると、律も安心したらしくスマートフォンを引っ込めた。
澪も倣ってハンカチを仕舞うと、空いた手で律の髪を撫でてやる。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:19:34.30 ID:KqyK4dU00
本当は、分かってなどいなかった。
事実、部活中は律の恋人の有無を判じかねて、苦しい時を過ごしている。
その鬱憤も相俟って律に意地悪く当たったのだが、度を越していたと澪は自省していた。
どうせ律を見捨てられないのなら。
自分の怒りなど度外視して、始めからこう言ってやれば良かったのだ。
「明日、一緒に梓達に謝ってあげるから。
それで、デートの話は無かった事にしてもらおうな。
もし唯が笑ったりしたら、私が怒ってあげるから」
用意していた言葉を、そして恐らくは律が最も欲しているであろう言葉を、
澪は告げてやった。
律が安堵し歓喜する顔を、脳裏に浮かべながら。
だが、眼前の律の表情は、予想と異なっていた。
満足していないように、首を振っている。
「どうした?律。私と一緒に謝るのは嫌なのか?」
心外な律の態度に戸惑いながら、澪は問い掛ける。
一人で決着を付ける積もりなのだろうか。
律にその度胸がない事くらい、澪は知悉している。
現に、嘘だと言い出せないからこそ、ここまで話が大きくなってしまったのだ。
「違うの。唯達に、嘘だってバレちゃうのは嫌なの。
馬鹿にされるに決まってるもん」
律は唯の態度に怒り心頭らしく、すっかり臍を曲げていた。
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:20:35.01 ID:KqyK4dU00
「おいおい。かと言って、このまま誤魔化せはしないぞ?
それとも、今からデートを見せない方向に持って行くつもりか?」
それが難しい事くらい、発言した澪自身も分かっている。
紬は兎も角、心配する梓を納得させる事は骨が折れそうだった。
唯も律の恋人の不在を再び疑い出すかもしれない。
素直に虚言だと認めて謝ってしまう事が、最上の策なのだ。
「んーん。デートだって見せるよ」
「どうするんだよ。だって、男なんて居ないんだろう?
見せようがないじゃないか」
不安に駆られながら、澪は言う。
嘘を本当にしてしまわないか、心配だった。
今からでも恋人を作ってしまえば、誕生日のデートに間に合わせる事ができる。
それだけは、何としても阻止しなければならない。
その時、律の指が動いた。
拳の中で人差し指だけが立って、澪を向く。
「りっ」
澪を指し示すと同時に、律が短く鳴いた。
澪の心臓が跳ね上がり、胸板を内側から激しく叩く。
間違いなく律は、自分を指名している。
告白、なのだろうか。
追い詰められての事とはいえ、遂に告白する勇気を律が持ったのだろうか。
澪は確認の意を込めて、自分を指差しながら言う。
「私?」
肯んずるのか、逃げるのか。
緊張を体の中に抱え込んで、返答を待つ。
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:21:40.24 ID:KqyK4dU00
「そう、みぃお。お願ーい、みーおー。男装して、私の彼氏の役やってよー」
素早く答えた律の言葉は、澪の期待を瞬時に剥落させた。
脱力と落胆に苛まれながら、澪は律を見遣る。
「何言ってるんだよ」
緊張の反動は大きく、返す澪の声調を無愛想に染めていた。
「だって、そうするしかないじゃん。他に頼める人居ないんだから。
澪って丁度、その日、私のデートを見に来ない話になってるし」
丁度、などと偶然であるかのように律は表現しているが、
澪が見に来ないと初めに宣した者は紛れもなく律だった。
思えば、律はこの策を実行する為に、澪を唯達との同行から遠ざけたのかもしれない。
「策士だな。でも、バレると思うぞ」
生半可な変装で、唯達の目を誤魔化せるとは思えない。
それだけの日々を、彼女達とも過ごしている。
「大丈夫だよ。長髪で胸板の厚い彼氏、って事にしておくから」
律は甘い見通しを述べているが、決して楽天家ではない。
澪ならどのような無理難題でも叶えてくれる、という信頼の表れなのだ。
否、信頼の表れと繕うよりも、過度の依存の結果だと換言した方が正鵠を射る。
「乳房まで筋肉で出来てる訳じゃないんだぞ」
澪は呆れながら言う。固い筋組織で構成されているのではなく、柔らかい脂肪だ。
だが、柔らかいからこそ、コルセットで締められる。その外観は筋肉に似るだろうか。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:22:41.84 ID:KqyK4dU00
気付けば、律の望みを叶える方向で考えていた。
澪は流されそうな自分を取り戻すべく、自論を述べ直す。
「正直に謝った方がいいと思うよ。さっきも言ったけど、私も一緒に謝るからさ。
梓は安心するだろうし、ムギだって許してくれるよ。
唯が笑うようなら、きつーく叱り付けてやるし」
「嫌っ」
澪が全面的に助勢すると宣しても、律は強情な姿勢を崩さなかった。
「何で、そんなに意地を張るんだ?
元はと言えば、嘘を吐いたのはお前の方なんだぞ?」
唯に誘導されていった以上、全面的に律を責める気にはなれない。
それでも結果として、律が嘘を吐いた事実は存するのだ。
責任は取らねばならないだろう。
「だって。ムギの言う通り、失礼な唯を見返してやりたいもん」
律が眦を決して言う。
唯に対する憤りの念は、澪にも共感できた。
調子に乗る唯を看過して、剰え勢い付かせてしまった責も感じている。
律がそこまで言うのなら、意思だけでなく行動も同じくして良いかもしれない。
何より、偽装とは言え律と同伴できるのだ。
考えてみれば悪くはない。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:24:01.94 ID:KqyK4dU00
いや。考えて、澪は気付いた。
仮に成功した所で、その結果は軽視できないものになる。
澪にとって、致命的な不都合が生じてしまうのだ。
否んでしまおうと、自身の心が呟いた時。
別の声が、鼓膜を叩いた。
「ぐすっ、みーおー、お願いだよー。
こんな我儘な事頼めるの、みぃおだけなの。助けてよ、みーおー」
瞳の端に涙を溜めた律が、澪の名を連呼して嘆願していた。
振り切る事など、出来やしない。
ましてや、意地の悪い問いを放って虐めてしまった負い目もある。
詫びも兼ねて、律の我儘は極力叶えてやりたい。
致死に等しい不都合を承知で、澪は言う。
「分かったよ。当日はお前の男を装って、エスコートするよ」
律の表情が翻った。
「ほんとっ?みぃお、引き受けてくれるの?
わっ。みぃおが男装するなら、すっごいイケメンになれるよ。
ふふーん、唯を見返して、羨ましがらせてやるんだから」
顔を嬉笑に綻ばせた律が、悦喜の言を連ねて舞う。
泣き顔から一転した燥ぎように、澪は苦笑せざるを得ない。
「浮かれるのもいいが、バレないように気を付けろよ。
デートする時の私は澪じゃなくて、サングだからな?」
「分かってるよ。みぃおの方こそ、バレないように気を付けてよ?
髪とか胸とかの、男子にしては不自然な容姿は、
予め私の方で言い繕っておくけど」
律は乗り切れる目算を立てているようだが、
澪には露見の可能性を軽視しているように思えてならない。
楽観は禁物である。入念に準備を整える必要があるのだ。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:25:14.83 ID:KqyK4dU00
「律の狙いは分かるよ。
不利な事は先回りして言っておく事で、言い訳が利くように仕向けたいんだろ?
でも、言を弄して策する段階で襤褸が出たら、元も子もないぞ。
彼氏の容姿には言及しない方がいい。梓が言った事、忘れたのか?」
「梓?私が心配みたいで、色々言ってたけど」
律は梓の放ったどの言葉を澪が指しているのか、判じかねているようだった。
「私みたいな人を想像した、とか言っていただろ?
それは軽口だったんだろうけど、連想する種はあるんだ。
下手に私に近い外見を上げてしまうと、軽口が疑いに育ちかねない。
分かるな?」
梓が言い放った直後、当の律が否定した発言だ。
躍起になった激しい応酬は、今でも鮮明に思い出せる。
「そっか。策の段階で下手を踏んだら、余計に危なくなるもんね。
その場で詰問されるにしても、疑いの目でデートの見物に臨まれるにしても。
分かったよ。自分からは言わないし、もし唯達から彼氏の外見に質問されても、
当日のお楽しみ、って答えておくね」
律は納得したらしく、澪の論を咀嚼の後に嚥下していた。
「その当日にしても、過度の心配はするな。幾らでも誤魔化せる。
髪形を変えるだけでも、印象は随分と変わるからな」
澪はそこまで言うと、笑みを浮かべて付け加える。
「前髪を下ろしたお前みたいにな」
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:26:07.88 ID:KqyK4dU00
「もうっ。澪だって髪を結んだら、別人みたいになるくせに。
大体、気を付けるのは髪だけじゃないんだからねっ。その大きな胸を抑える事を考えてよ」
拗ねたように噛み付いてくる律の頬が、仄かな恥じらいの色に染まっている。
律が髪を女の命と見立てている事は、
友人として過ごしてきた時間の中で澪も気付いていた。
それだけに、髪が関わると律は繊細な反応を見せる。
今も証した通りだ。
「分かってる、これだって抜からないよ。
律も当日、襤褸を出すなよ」
「澪の方こそ、当日はロサ・ブランコを手に持ったりしないでよ?
白いバラを持ち歩いているのなんて澪くらいなんだし、澪だってバレちゃうからね」
──ロサ・ブランコ
バラの種名である。
普段から携えているほど、澪はこの白い薔薇を気に入っていた。
強靭かつ高貴で気高い特性が、花弁の美しさと相俟って澪を惚れ込ませている。
非常に硬い茎に有した鋭利な棘は、ダンボールさえも容易に貫いてしまう。
柔肌で棘に触れようものなら、一溜まりもなく皮膚を切り裂いて流血に至る。
花弁も強靭であり、生半可に力を加えても形が崩れる事はない。
花弁の白色は多色に馴染み易く、浸す染料の色を忠実に映す。
そして花言葉は『道無き道』。
鋭い棘々の屹立する険しき茎を登れる者だけが、美しく香り高い花弁に辿り着ける。
転じて、掲げたる高き目標に向かい、
困難でも怯まずに立ち向かって行く勇士を称揚するモチーフとしても名高い種だった。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:27:03.03 ID:KqyK4dU00
「言われるまでもないよ。サングの正体が私だと簡単に看破されちゃう材料からな。
大丈夫、私は上手く演じ切ってみせる。
だから律はいつも通りに私を信じていればいい」
律が恥じらいの冷めやらぬ顔色で頷く。
それでも、澪に協力を嘆願していた時に比べれば、落ち着いて見えた。
交渉は律の望む形で妥結したのだ、その安堵が影響しているに違いない。
意地を張っている点も、勇気がない点も自分達は同じかもしれない。
そのシンパシーもまた、澪が律の提案に乗る一つの動機となっている。
だが、澪に生じた深刻な不都合を、律は共有していないらしい。
自分達二人に関わる事だというのに、だ。
目先の危機を乗り切る事に腐心するあまり、そこまで頭が回っていないのだろう。
律は急迫する問題に目途を付けて、一息吐いている。
その眼前に立つ澪は、新たに生じる問題と併せて準備に付いて思考していた。
即ち、律の恋人を装う準備の事だ。
*
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:29:00.08 ID:KqyK4dU00
*
3章
夏休みも終わりに近づき、律の誕生日も明日に迫っている。
澪の準備も後一つを残すのみだった。
それを終わらせる為に、今日もファッション街へと足を運んだのだ。
澪の労など露知らず、今日の部活でも唯達は律を囃し立てていた。
律が逢瀬を見せると宣して以来、その有様で彼女達は部活を過ごしてきている。
当の律も澪の援けを取り付けて気が大きくなったのか、
調子に乗った態度で唯達と接していた。
特に三日前の事は目に余り、目の裏に焼き付いてしまっている。
.
.
律が見せびらかしてきた手帳には、予定が一切書き込まれていなかった。
月別カレンダーの日付の下に、丸印とハートマークが記されているのみである。
春から始めて今月までのページを捲った後で、唯が口を開いた。
「何これ?ハートマークがデートの日なの?」
唯の言った通りの意味で律は記号を書いたのだろうと、澪も思った。
その律の本意は、恋人が居るよう装う為に違いない。
それにしては、稚拙な工作だと思わざると得なかった。
丸印にせよハートマークにせよ、連続してしまっている。
また、平日にも遠慮なく書き込まれ、学校や部活、
そして自分達と遊んだ日々とも重なっていた。
幾ら架空の予定だとは言っても、
以前の自分の話と整合性を持たせようとはしなかったのだろうか。
これでは、逆効果だ。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:30:13.01 ID:KqyK4dU00
「そんなに連日、デートしていたんですか?
平日とか、やっぱり夜だったんじゃないですか」
梓がその矛盾を見逃すはずもなく、口を尖らせて律に噛み付いた。
だが、律に慌てる様子は見えない。
「違うっての。これはサングとのデートを記した方の手帳じゃないよ。
私の身体の管理を記した手帳だよ」
一同の瞳が、律に向いた。
その視線を一身に受けて、律が得意気に説明する。
「丸印が安全日なんだ。そして、ハートマークがねー」
律はそこで自分の身体を掻き抱くと、両目を強く閉じて甲高い声で叫んだ。
「危険日っ。りぃーっ」
身体を悶えさせて一人で興奮している律に、澪は呆れる外なかった。
見れば律の誕生日の日付にも、一際目立つ形でハートマークが記されている。
桃色の波線に囲まれたそれは、周囲に小さなハートマークまで靡かせていた。
.
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:31:35.29 ID:KqyK4dU00
.
思い出すだけで口元へと込み上げて来る溜息を、澪は吐かずに堪える。
確かに、律は調子に乗ってこそいた。
だが、澪の言い付け通り、サングの容姿を唯達に教えてはいない。
加えて、自分と打ち合わせた事も、唯達との間で合意に至らせている。
そこは評価すべきだろう。
上手に唯達を騙す為には、彼女達の動きを制御下に置かなければならない。
律に場所や時間といった当日の逢瀬の予定を話させるとともに、
唯達が観察する時間や取るべき距離まで言い含めさせた。
その中に、唯達は逢瀬を始めから見るのではなく、
途中から見るという合意も含まれている。
内幕の露見を避ける為には、暗くなってから短時間だけ見せた方が都合はいい。
サングに見つからないよう最高潮の場面だけ見せる、というのが口実だ。
その為、場所は横浜のみなとみらい、時間は夕方を指定させている。
今度こそ、澪は溜息を堪えられなかった。
致死的な不都合を負ってまで、計画を事細かに練る自分が滑稽に思えてならない。
そう、この芝居の結果、律と恋仲になるという希望は潰えてしまうのだ。
そう、律は既に恋人が居るという事を、唯達に証明する事となる。
律の恋人の席は架空の男で埋められ、澪が座を占める余地はなくなってしまう。
律はこの事に気付いていないのか、或いは澪と交際する希望を諦めてしまっているのか。
何れにせよ、澪は望まぬ結末に至ると知っていながら、律の詐称に手を貸す事となった。
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[saga sage]:2016/08/07(日) 21:32:47.35 ID:KqyK4dU00
こうなる前に、自分から告白してしまえば良かった。
この三週間近い日々、その後悔に苛まれなかったとは言うまい。
だが、それでは上手くいかないと見越したからこそ、見送ってきたのだ。
臆病な律では澪に告白されてなお、幸福からさえ逃げた事だろう。
律の殻を破る為には、澪に惚れていると自認させなければならない。
その上で、偕老同穴の道程で生じる全てのリスクを、
澪と共に背負うと覚悟させる必要があった。
律に告白させるという或る種の荒療治は、どうしても避けられない。
だが、澪はまだ諦めてはいなかった。
律が唯達に本当の事を話して自分への告白に踏み切る、そのシナリオを捨てていない。
律に今まで持った事のない勇気を強いる策が、澪の頭部にはあった。
否、策ではない。賭けだ。
けれども、賭ける価値ならある。義務もあった。
律が勇気を持てるまで、待つ身に甘んじてきた自分にも責任があるのだから。
だからこそ、此処に来た。これが、最後の準備である。
そして最後の準備はデートの前日でなければならなかった。
明日になるまで、唯達に見せられないのだから。
「Our Splendid Songs」
私達の勇気の歌を。
長く美しい自慢の黒髪を靡かせ、澪は律を手に入れる為の一歩を踏み出した。
『ハーゲンタフ』と描かれた看板が目立つ店、ここに用がある。
その扉を潜り、律の勇気にベッドした。
律を手に入れる為ならば、女の命さえ惜しくはない。
*
463.16 KB
Speed:0
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報R
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
続きを読む
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!
(http://fsmから始まる
ひらめアップローダ
からの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)
スポンサードリンク
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)