田井中律誕生日記念SS2016(must was the 2014)

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52 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:22:12.22 ID:NAPwLUtio

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5章

 中華街の大通りに入って、すぐに澪は左に曲がった。
手を引かれるまま、律も従う。
上海路と呼ばれる道だと、澪が教えてくれた。

 大通りに比して、人の往来は少ない。
飲食店も大型の店舗が数軒構えているだけだった。
右手側は大通りと遜色のない綺麗で立派な店構えだが、熱気には欠けている。
左手側に至っては、工事中と思しき建物があった。

「こっちは人通りが少ないんだね」

 律は後方の大通りを一瞥して言った。
寂しい道よりも、殷賑の渦中を共に歩んでみたい。
澪が手を引いてくれている限り、人混みの中でも逸れる事はないのだ。

「上海路、市場通り、それと更にその奥の通り。
折角だから、その三つを全て、見せてやろうと思ってな。
安心しな、そっちの二つは賑やかだから」

 律は一言口にしただけだが、澪には十分だったらしい。
律の気持ちを汲み取って、繁華の路にも後で寄ると教えてくれた。

 澪の気の回りように、本当の逢瀬のように錯覚しそうになる。
偽装の逢引を練習しているという、程遠い状況であるにも関わらず、だ。
付言すれば、練習や食事だけを目的として、ここ中華街に寄った訳ではない。
食事をしながら、この後の段取りの最終的な確認を行うのだ。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:23:34.01 ID:NAPwLUtio
「本当?ありがと、早く見たいな。
でも、人通りが多いなら、澪と逸れないようにしないと」

「不要な心配だな」

 澪が、握る手に力を込めてくれた。
律は忘我の心地で澪の手を握り返す。

「それに。目立つから大丈夫だよ」

 律が呆けて我を忘れているうちに、澪が続けて言った。
熱の消えない耳に届いた言葉を、思わず律は反芻する。

「目立つ?」

 直後、澪が進路を変えた。
気付けば、上海路は三叉路に突き当たっている。

「こっちだ」

 澪は質問に答えないまま、右の道へと律を誘導した。
犇めく店舗を挟んで大通りと平行している道である。
こちらは関帝廟通りと言うのだと、澪が教えてくれた。
沿って二人は、中華街を奥へと進む。

 曇天に阻まれて日光の直射こそ避けられているが、季節は夏である。
肌も汗ばみ始めていた。

「暑そうだな。でももうそこの通りだよ、律。後少しの辛抱だ」

 澪の励声を受けて進んだ先、右側に道があった。
この道が澪の言っていた市場通りなのだと、門に掲げられた文字が教えている。

 市場通りは、上海路に比して狭い道だった。
見通す限りでは並ぶ店構えも小さく、絢爛さでは見劣りしている。
だが、盛況ぶりや熱気は比べものにならなかった。
行き交う人で混雑した道に、軒を連ねた店舗から威勢のいい声が響き渡っている。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:24:45.84 ID:NAPwLUtio
 澪が言っていた通りの殷賑に迎えられ、律は門を潜った。
この通りを先に進めば、再び大通りへと出る事になる。
澪は大通りと関帝廟通りの間でコの字を描きながら、中華街を進んでいくつもりらしい。

 食事も話し合いも、もう一つの通りも見物した後だろうか。
中華街に寄った目的を思い起こす律の傍らで、澪が歩みを止めた。
まだ、市場通りの門を潜ってから、然したる距離を歩いていない。

「ここだ。ちょっと寄り道するぞ」

 澪に連れられた店は、飲食店ではなかった。
土産物を扱う店らしく、龍やパンダを象った造形品が並べられている。
今居る一階だけでも品揃えは豊富だが、二階に続く階段も見えた。
上階にも、商品が溢れているのだろう。

「ああ、良かった。貴方が居てくれたとは、話が早くて助かります。
え?そうだったんですか?態々すみません」

 舶来の品々に没頭していた律だが、澪が女の店員と話している事に気付いた。
知り合いなのか、澪はこの時間帯に此処に来る予定を告げていたらしい。
澪の反応から察するに、店員の方もその時間帯に合わせ店番をしていたようだった。

「ええ、早速。
おいで、律」

 何かの話が合意に達したのか、澪の言葉を受けた店員が二階へと上がっていく。
間を置かず、澪は律の手を引いてきた。

「何?どうしたの?」

 訝しく質しながらも、律は招じられるまま澪に身を委ねた。
澪は店員の後を追うように、階段を上っている。
それでも律を慮ってか、足取りは緩やかだった。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:25:30.86 ID:NAPwLUtio
「来れば分かるよ。楽しみにしてな。
誕生日、だろ?」

 澪が微笑の浮かぶ横顔を向けてくれた。律も理解する。
誕生日プレゼントを貰えるのだ、と。去年までも、毎年欠かさず貰っている。
偽装のデートの道中であっても、澪は律儀に例年通り踏襲してくれるらしい。

 ならば、中身に対する質問は野暮だ。
贈る側もまた、受け手の喜ぶ反応を楽しみにしている。
そして、それは口頭で先行して見るより、現物の披露と同時に見たいものだ。
律とて理解している。

「うんっ。楽しみにしてるね」

 だから今は、表情と言葉で期待を示すに留めておく。
内心でも喜んでいたから、自然に表出させる事ができた喜色と声色だ。

 澪はまた横顔を向けただけだったが、律の気持ちは伝わっているらしい。
相好を崩してこそいないが、頬の緩みは微笑の度を越えていた。

「ああ、すいません。お待たせしました」

 二階で出迎えてくれた先程の店員に、澪が一礼しながら言った。
会釈を返した店員に誘導され、二人は壁際へと進む。
歩きざまに見回した所、二階では中華風にデザインされた生地を扱っているらしい。
一階に比べて人の入りは少ないが、律達の他にも生地を物色する客の姿が見えた。

「ええ、間違いないです。オーダー通りです。ああ、はい」

 澪は生地を予め注文していたようだった。
店員から受け取った品物を確かめた後、受領書にサインをしている。
この店員と知り合いらしいのも、単に注文時に会話をしたからなのだろう。
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:26:24.59 ID:NAPwLUtio
 ただ、この店員は懇意にも、澪の来店する時間帯に店で構えて居てくれている。
また、澪の口振りから推しても、事務的な会話のみ交わした間柄とは考えづらかった。
こうもコミュニケーションが深まる手順を要する注文で、澪は何を贈ってくれるのか。
澪の背を見つめながら、明かされる時を律は大人しく待った。

「律、待たせたな。早速着てみてくれ。
折角のデートだ、律もおめかししないとな」

 受領書を受け取った店員が去ってから、澪が手渡してくれた。
手元に渡ったそれを、律は両手で広げてみる。
黄を基調とした布地に華の柄がデザインされた、チャイナドレスだった。

「いいの?嬉しいけど、高かったんじゃない?」

 生地の手触りが合成繊維などではなく、絹だと教えている。

「別に。大したものじゃないさ。
ただ、律には似合うと思う。人通りの少ない上海路は終わったんだ。
大勢の人に、お披露目してやりな。唯達にも、な」

 近くにある試着室を指差して、澪が言った。

「これ着てデートなんて、唯も羨ましがるね」

 唯達に見せ付ける姿を想像しただけで、胸が弾んだ。

「ああ、間違いない。そうだ、着替えは私が持つよ。
ほら、バッグに余分なスペースがあるからさ」

 試着室の前まで付いてきた澪が、ボストンバッグの口を広げながら言った。
澪は余分なスペースと言ったが、
空きを用意する為に大きなバッグを持って来たに違いない。
逢引には不釣り合いなサイズのバッグだと思っていたが、
澪は荷物が増えると分かっていたのだ。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:27:34.36 ID:NAPwLUtio
「もうっ、手際がいいんだから。
似合うかどうか分からないけど、着てみるね。
一度、着てみたかったんだ」

 律はチャイナドレスを手に、試着室へと上がる。
そのままカーテンを閉じようとしたが、澪に抑えられた。

「待った。律ってチャイナドレスは初めて着るんだよな?」

「そうだけど」

 律はチャイナドレスに目を落とした。
着物と違い、着用がそう難儀とは思えない。

「じゃあ、言っておく事がある。大事な事だ。
いいか、全部脱いでから着るんだぞ」

 澪が真面目な顔で当たり前の事を言うので、律は笑い声を漏らしてしまった。

「分かってるよ。その分、澪には迷惑を掛けるけど」

「ブラジャーやショーツもだぞ?」

「えっ?ええっ?」

 澪の発言の意味が分かり、律は仰け反ってしまった。
笑顔から驚愕へと変わる表情を制御できない。
熱を帯びて赤くなる顔色も、制御できなかった。

「やっぱり知らなかったか。身体のラインが出ちゃう服なんだよ。
ブラジャーやショーツの形が出ると、見栄えに影響する。
それに、スリットも深いから、横からショーツが見えかねないぞ」

 下着の形が浮き出るという説は、律にも真贋を判じかねる話だ。
ただ、襟は閉じても、直下の胸元が菱型に開けている。
ブラジャーはそこから見えかねない。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:28:45.74 ID:NAPwLUtio
 加えて、スリットからショーツが見える事も心配だった。
艶やかなランジェリーではあるが、ティーバックのようにサイドが極細という訳ではない。
素直に澪の忠言を容れるべきだろう。

「うん、分かった。何だか恥ずかしーしっ」

 律は含羞に衝き動かされるように、カーテンを勢いよく閉じた。
人前に顔を晒す事さえ憚られる程、今の顔色は羞恥で茹っているだろう。
この後は多くの人前の中を、外気に性器を触れさせながら歩く事になる。
その意味を考える程に、身体が火照って律の内から体液を湧き出させた。
汗が、滲んでいる。そう律は自分へと言い聞かせた。

「着替るまで待ってるから、ゆっくりでいいぞ」

 カーテンの向こうから、澪の落ち着いた声が聞こえてきた。
澪は急かしていないが、いつまでも悶えている訳にもいかない。
律は覚悟を決めると、脱衣に取り掛かった。

 メッシュ状の黄色いケープも、ベージュのキャミソールも律から容易に離れた。
赤を基調としたチェック柄のフレア状スカートにも手間取りはしない。
次いで、フリルの付いた靴下に取り掛かる。
上下で色合いをアシンメトリックに着こなしていた服が剥がれると、
律を覆うものは白で統一された下着のみとなった。

 否、もう一つあった。
律は時間稼ぎでもするかのようにカチューシャも外す。
額に落ちた髪を梳くと、律は深く息を吸った。

 胸を覆うブラジャーは、深呼吸の勢いを借りて取り払った。
円錐の双丘を為す乳房が、鏡にも映る。

「りぃ」

 初めて訪れた店で裸になるという実感が、改めて律を襲った。
店内の衆目から律を隔絶するものは、カーテン一枚でしかない。
──否、違う。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:29:43.68 ID:NAPwLUtio
 律を守るベールは、カーテンなどという布一枚だけではないのだ。
その前には、姫を守る騎士の如く頼もしい澪が居る。
そうして律は兆した怖気と抵抗を取り払い、ショーツに手を掛けた。
隔壁が、落ちる。

 途端。
新鮮な蜜柑の皮を剥いた時、飛散して鼻腔を衝く鮮烈な香り。
その柑橘の甘酸っぱい匂いを、嗅覚が捉えたような気がした。
澪にも、嗅ぎ取られただろうか。

 律は蓋でもするかのように、慌ててチャイナドレスに肌を通した。
初めて着る衣装、着用の手順などは分からない。
ただ、飛散の門を覆いたい一心で、下腹部から服を身体に合わせてゆく。
股を基点に据えた着衣だったが、それでも腕を通す所まで着こむ事ができた。

 興奮と羞恥から、手付きは覚束ない。
律は手子摺りながらも、背中のファスナーと襟元の赤いボタンも閉じた。

「うー」

 鏡に映る自分の姿に、律は声を震わせる。
襟の下、胸元が菱形に開いている事には、チャイナドレスを拡げた時から気付いていた。
ボタンに手間取っている時には、そこから胸が覗けてしまう事も察している。
だが、実際に目にしてしまうと、恥ずかしさも一際だった。
閉じられた襟の下に開く菱形の空間は、これ見よがしに胸の谷間を露出させている。
直上の装飾を携えた赤いボタンも目立って、開きに注目してくれと言わないばかりだった。

 律は全体的に痩身だが、胸を中心に服が窮屈に感じられる。
澪のオーダーしたサイズが小さかったのだろう。
身体の曲線を映すチャイナドレスの特徴も相俟って、
律の身体の線が競泳水着のように強調されていた。

 尤も、服のサイズを目測でオーダーしたのだとすれば、その精度は決して低くはない。
胸の大きさを過小評価した程度には、収まっているだろう。
装飾の腕輪を二の腕に通しながら、律は澪の眼力を内心で擁護した。

 付属された装飾は、もう一つあった。
腕と脚に一つずつの輪、左腕には通したので後は足輪である。
それを太腿に通して、目視で具合を確かめた時──気付いてしまった。
顔へと走る朱の線を、抑える事ができない。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:30:52.94 ID:NAPwLUtio

 律は立ち見で、下へと長く伸びた裾の上部を凝視する。
脚に嵌めた輪から、斜め上へと視線を転じた場所だ。
土嚢でも積み上げたかのように、恥丘が堆く隆起していた。

「っ」

 意図せず、荒い呼気が漏れる。
自分の身体の特徴は知っていたが、裸の時よりも目立って見えた。
突き出たそこから、匂いも放たれているように思えてならない。
視覚では勿論、嗅覚でも注意を惹き付けそうな有様だった。

 露わに突き付けて、人前を闊歩する。
考えただけで、胸に火が付いて全身を火照らせた。
体内の熱が逃げ場を求めて、肌を汗ばませる。
胸の鼓動と連動して、呼気も荒くなった。切なくて、息苦しい。

 律は興奮に指を震わせながらも、ショーツを手に取った。
自分が残した温度も湿気も、未だに残っている。淡く色付いてもいた。
これをそのまま、澪に渡す訳にはいかないだろう。
律は畳んだ服の間に、ショーツとブラジャーを挟み込んで隠した。

 ここまで終えると、もう試着室に用はなかった。
安全への名残を振り切って、律はカーテンに指を掛ける。
掛けた指が、震えた。
血液を打ち出す心拍の震動も胸板に響いて、心臓がポンプ機関であると実感させられる。
身の内奥から滾り噴くこの狂熱は、含羞だけが生み出せる情動ではない。
自分の身体の変化が、律に教えていた。
──澪に、見て欲しいのだと。皆に見せ付けたいのだと。
秘していたものを明かして、解放の悦びに浴したい。いっそ、淫したい。
羞恥と不安の先にある悦びを求めて、律はヴェールを捲った。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:32:09.18 ID:NAPwLUtio
「おかしーし」

 素直な一言は出てこなかった。
羞恥に押され、右手が胸の谷間を庇う。
それでも、恥丘に手は添えなかった。
左手が腹部にまで動いたが、そこで留め置く。
情動を燃え盛らせるこの一線だけは、含羞を御して死守できた。

「ああ、似合うよ」

 律の口が逃げていても、澪は言って欲しかった言葉を口にしてくれた。
聞いた途端、律の目元に朱の縞が走る。
鏡も見ずに自覚できる程の熱を、律は顔に感じていた。

「これっ、着替えたのっ」

 喜色ばむ自分から注意を逸らすべく、律は畳んでおいた服を渡した。
受け取った澪はバッグに収める間も、そして仕舞ってからも、
律の全身を舐めるように眺め回している。

「サング?あんまり見られると、恥ずかしぃし」

「ああ、済まない、見惚れていた。ところで、律」

 澪の手が、律の右手を掴んだ。
強引とも言える力で、胸部を隠していた手が退かされる。
乱暴には感じたが、律は抵抗などせずにエスコートされるが侭に任せた。

「確かに、着痩せするタイプかもな。
こういう身体のラインが出る服だと、胸がそこまで小さくないって分かるよ」

 澪の視線が、律の胸に注がれている。
そう意識すると、余計に気恥ずかしさが増した。
連鎖して深まる自意識が止まらず、吐息が荒くなる。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:33:34.42 ID:NAPwLUtio
「でも。身体は本当に細いよな。
ウエストなんて、ほら、こんなに括れて、綺麗な弧を描いている」

 澪の両手が律の腋に入れられ、側面を腰に向けて滑る。
澪の掌に肋骨を撫でられ、柔らかい横腹にも触れられた。

「ん、ひゃぁんっ」

 堪え切れなかった声が、喘ぎとなって律の口から漏れ出た。
澪の手に刺激され、身体が奥から疼く。

 腰骨まで撫で下ろされてから、律は澪の侵略から漸く解放された。
澪の手は緩慢な動きだったが、それでも十秒とは経っていないだろう。
だが律には、長時間に渡って愛撫されているような気分だった。
今も腰骨には、澪の手によって加えられた圧力の名残が燻っている。

「綺麗な身体のラインがくっきりだ。
ただ、そこは想定していなかったよ。
隆起が目立って、不躾な視線を引くかもな」

 澪の視線が、律の堆い恥丘を射抜く。
律は恥じらいに身を捩らせ、気付けば太腿を閉じて擦り合わせていた。
逃げる一方では、不審ばかりが目立ってしまう。
蹂躙される侭の我が身を叱咤して、律は話の矛先を転じるべく開口した。

「服がちょっと小さくて、ピッチリしてるからだし。
でも、見た目でサイズを判断したなら、かなり合ってる方だと思うよ。
見た目からサイズを推すのって、自信ある方?それとも、賭けだった?」

 話を変える意図こそ含めているが、目測の精度に対する礼賛は本心でもある。
サイズの規格で選ぶ既製の服とは違い、
オーダーメイドは店側にサイズを伝える必要があるのだ。
実測に依らずここまで適合させたのなら、それは称揚に値するだろう。

「いや、自信はないし、かと言って賭けでもない。
忘れたか?自分の身体のサイズ、皆で言い合ったじゃないか」

「あっ」
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:34:37.27 ID:NAPwLUtio
 律の口から、意図せず声が上がった。
この逢瀬の端緒である、スリーサイズを明かし合った日が蘇る。
すぐに恋人の有無へと場の関心が移ってしまった為、
澪の印象からも薄れていると思っていた。
それだけに、律は驚きを隠せない。

「あの時に言ったサイズ、憶えてたのっ?」

「ああ、記憶力はいい方だからな」

 澪は何でもない事のように言った。
律とて澪のスリーサイズは憶えているが、他の部員の細かな数値までは思い出せない。
張り合った梓のサイズさえ、律はもう忘れてしまっている。
澪にとっては記憶力の問題でしかないのなら、
律と違い彼女達のサイズも憶えているのだろう。

「ただ、私も唯達と同じで、見栄を張っているものだと思っていたよ。
そのチャイナドレスがタイトなのも、その所為だ。済まないな」

 澪の謝る声が、律の耳に降りかかる。

「別に、謝る事なんかじゃないよ、サング。
だって、ほら、実際に、恋人が居るなんて、嘘だった訳だし。
それが原因で、こうして嘘のデートに付き合ってもらってる訳だし」

「しおらしいな。でも、確かに謝る事じゃなかったかもな。
タイトになった分、強調された綺麗なボディラインを唯達に見せ付けてやれるよ。
ほら、次はその打ち合わせに行こう」

 澪が促すまま試着室から出ようとして、律は気付いた。
履いてきた黒いローファーブーツの代わりに、
ドレスと同色のチャイナシューズが揃えられている。
律は思わず、澪を見上げた。

「ああ、いいよ。チャイナドレスには、これの方が似合う。こっちは既製品だけどな。
サイズは下駄箱を覗かせてもらったけど、合うか?」

「ありがとう」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:35:42.61 ID:NAPwLUtio
 礼を言いながら、律はチャイナシューズに足を通した。
大きさに過不足は感じない。

「うんっ、大丈夫っ」

「良かった。そうだ、その服。
唯達にはサングからのプレゼントだって言っていいよ。
どうせ恋人から何を貰ったのかとか、明日は色々と訊かれるだろうからな」

 確かに、明日は今日の事で、数多の質問を受けるだろう。
解答を用意できたと言うのは、心強かった。
そして、目立つ服で関心も引けるのだから、話題の集中も図れる。
襤褸が出るような質問を封じる効果も期待できるのだ。

「み……サングには頭が上がらないな。私の所為でこうなったのに、何から何まで」

「気にするな。この服に付いては、あの件は関係ない。
プレゼントは毎年上げているし、私も貰っている。
サングからって言うのも、唯達向けの対策なだけで。
友人としての毎年恒例のプレゼントだと、気楽に思ってなよ」

 澪はそう言うが、例年よりも明らかに値が張っている。
ただ、指摘はしなかった。
律に気を遣わせまいとする澪の配慮を、無下に扱いたくはない。

 それを踏まえて澪に報いたいのなら、行為で示せばいい。

「じゃあ、プレゼントのお返しは、サングの誕生日にさせてもらうね」

 その意気込みを律は宣した。

 願わくば。偽装の逢瀬を演出してもらう礼もしたい。
それは誕生日と言わず、機を捉え次第、今日にでも。
口には出さない思いも、律は自分の胸に宣した。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:36:51.64 ID:NAPwLUtio
「期待しているよ」

 澪は言葉だけではなく、笑みも添えて返してくれた。
律の宣言が口先だけのものではないと、伝わったようだ。

 歩き出す澪の背を律は追って、そして並んで歩く。
店を出ると、また澪が手を取ってくれた。

「何処に行くの?計画とか、話すんでしょ?」

 市場通りも終わりに近づき、大通りも見えてきていた。
だが澪は、立ち並ぶ店舗の何れにも入ろうとしていない。
食事を摂りながら、最後の打ち合わせをする予定にも関わらず、だ。

「何処かって?勿論、律の行きたい所。
連れて行ってあげるから、安心して付いてきな」

 市場通りの出入口を左に曲がりながら、澪が言う。
新しい景色が開けた。
澪に伴われた律は、中華街の大通りを東門から遠ざかって奥へと進んでゆく。

 このチャイナドレスを受け取る時、澪は代価を支払っていなかった。
キャンセルの利かないオーダーメイドなのだから、前払いしていたのだろう。
サイズや意匠を指図した、その時に。
併せて、本日辿る道筋の下見も済ませていたに違いない。
澪の慣れた足取りが、不案内の地ではない事を教えている。
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2016/08/09(火) 21:37:47.39 ID:NAPwLUtio
「うんっ。任せるから、連れてって」

 行きたい所など頭に浮かんでいないが、律は大船に乗った心地で行先を澪へと委ねた。
些事から要事まで、澪が備えを欠く事はない。
これから向かう先が何処であれ、期待が裏切られる事はないだろう。

「すぐ、そこだ」

 左手には、律も知っている有名な焼売屋が店舗を構えている。
店舗の角に、上海路や市場通りと平行する道があった。
焼売屋もこの道に渡って、二面に展開している。
──そして。

「ここだよ」

 澪に声を掛けられる前に、律は理解していた。
自分の行きたい場所とは、此処の事だったのだと。
道の出入口に設えられた門が、律にそれを教えている。

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