マミ「QBかく語りき」 QB「君らしいね」

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249 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/17(土) 13:22:43.07 ID:Kt0FTXDco
生きてるならそんなにかけ離れた存在ではないというのがQBの主張なのだろうか
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2016/12/31(土) 15:24:10.16 ID:eFXi0ApIo
>>248
きたよ
>>249
話が終わってからでもいいですか
ひっぱるほどのことではないのですが
251 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:27:45.05 ID:eFXi0ApIo
その日、特別な外出用のワンピースを着た。さやかはじいっと鏡を見て襟元のブローチをちょっと触った。

「もう出かけないと」と父の声がして母が「はーい」と返事する。

こうして家族で出かけるのは久しぶりだった。電車では座れなかったけれどドアの窓から外を眺めることができた。生まれてからずっと住んでいる街。見飽きない。

駅からそう遠くないコンサート専用ホールに到着した。入り口で記名を済ませ、パンフレットを受け取って広いエントランスを通り抜ける。あちらこちらで大人たちが挨拶を交わしている。

重い二重扉をくぐって会場に入り、席に着く。「ちゃんと座っていられるかな?」と母がさやかの顔を覗き込んだ。

かしこまった場所は苦手だし、じっとしていることも好きではないけれどもちろんさやかはちゃんとできる。小さな子供ではないから。

真面目くさってそう抗議すると両親は揃って微笑んだ。

開演ブザー が鳴り響くとざわめいていたホールが静寂に包まれた。さやかより少し年下らしい女の子が緊張しながら舞台に現れてお辞儀をし、バイオリンを奏で始めた。

少々危なっかしいところもあったがピアノ伴奏に助けられながら無事に二曲弾き終え、拍手で送られて退場していった。すぐに次の子の演奏が始まる。

三、四人が同様に弾き終わった頃さやかはとうとう退屈し始めた。

恭介の出番まであと何人分聴かなきゃいけないんだろう。


「なあ、これおもしろいのか?」


隣に座ったポニーテールの子が話しかけてきた。幾つかはわからないけれどさやかよりは確実にお姉さんだ。

なんだかとても嬉しそうにキラキラした目でさやかを覗き込んでいる。


「演奏中はお話ししたらいけないんだよ?」


小さな声で教えてあげた。(し〜)と人差し指を顔の前で立てて見せる。


「ごめんごめん」


その子は声を落としたが、なぜかますます笑みを深めてさやかを見た。丈の長い黒のワンピース姿で、肩から胸を覆う幅のある白いカラーが鮮やかだ。首元に細いリボンをつけている。


「なんだかつまんなそうにしてたから」


にいっと八重歯を見せてそう言う。どこかで見た笑顔だな、と思った。そしてまったくその子の言う通りだったのでさやかは相手をすることにした。ひそひそと言葉を返す。
252 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:36:01.56 ID:eFXi0ApIo

「あのね。みんなおんなじように聞こえちゃうんだよね」

「ん? どういうこと? あ、音楽きらい?」

「まさか!」

「なら、好きなんだな?」

「大好きだよ──あのね、今日はね」

「じゃあ楽しんでもらえると思うな」


今日は幼馴染が云々説明を始めようとしたのを遮って、その子はステージの方へステップでも踏むかのように軽々と歩いて行った。束ねられた髪とスカートの裾が踊る。


(出演者なの??)


呆気にとられて見ていると彼女は舞台に上がって一礼し、オルガンの前に座った。

それからもう一人、さやかと同じ年頃の女の子が緊張しながら袖から出てきてペコリとお辞儀をした。

さっきの子と似ている。姉妹かもしれないとさやかは思った。

ステージの二人が目くばせをしてタイミングを合わせるとちょっとのんびりしたような和音が響き始めた。


(へえ……)


小さな女の子が歌い始めた。


………glory, the glory of the Lord,


きれいな歌声が響く。演奏者が異なるパートを歌い始め、声が重なる。これも良く通る声で聴いていて気持ちがいい。


and the glory, the glory of the Load, shall be revealed,
shall be revealed,


and all fresh shall see it together,
and all fresh shall see it together,


the mouth of the Load
and the glory, the glory………

253 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:38:02.63 ID:eFXi0ApIo

(すごい)


……けど。


(あれ?)


ここ、こんなに狭かったっけ? 座席ってこんな木製のベンチだったっけ?

人がぎっしり座っている。

ステンドグラス、燭台で煌々と輝く何本ものろうそく。

訳が分からない。眉を寄せて考えていると横からラフな格好をした誰かが話しかけてきた。


「よう。まだ寝ぼけてる?」


(んん?)


「チビさやかカワイイからもうちょっとこのままでもいいけど」

「きょーこ」


するりと口から相手の名前が出て、それからゆっくり思い出した。小さな姿のまま、さやかは隣に座るいつもの杏子を見上げて「はぁ〜〜〜」と息を吐いた。


「………ナニコレ」

「さあ、なんだろうな。場所を聞いてるんならここはウチの教会」

「あれ妹さん?」

「うん。モモだ」


杏子の声が少し震えてる。


「どう? 何年も前のクリスマス礼拝。みんな喜んでくれたなあ、これは」

「いつもオルガンはお袋が弾いてたんだけど、あたしとモモでやらせてくれって頼んで」

「けっこう無茶苦茶だったんだ。モモがメロディー歌ってあたしが高いとこも低いとこも引き受けてさ。大勢で歌う曲なんだ」


さやかは──元の姿に戻っていた──杏子の手を握った。


「泣くな杏子」

「説明してるだけだろ、泣いてない」


あたたかい拍手に包まれてステージの二人は席に戻って行った。
254 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:40:10.40 ID:eFXi0ApIo

「あれが恭介だよ」


いつの間にか二人は一緒に天才と称される幼い少年のバイオリンを聴いている。少年の演奏は間違いなくこの発表会における目玉のひとつだった。ホール中の観客が注目している。


「すごいでしょ。音が全然違う」

「さっきの子たちより明らかに音が大きいしきれいだな。それに迫力がある」

「音量についてはね、バイオリンの大きさが違うの」


身体と楽器の見た目のバランスが他の子どもたちと違う。楽器がより大きく見える。


「子供用のバイオリンのサイズって細かく幾つも段階があってね。身体の成長に合わせて変えていくんだ。
楽器が大きければそれだけ音が大きくなるし、響きもぜんぜん違うの。
恭介は腕も指も長い。あと、関節や筋なんかも柔らかくてね、上の合わないサイズでも弾きこなしちゃうの」

「へえ」

「先生やご両親は止めておけって言ったんだって。曲芸みたいなもんだからね。
でもあいつ、どうしてもこれじゃなきゃだめだって。音に拘りがあるんだ。
出せる音をちゃんと出したいって」

「ふうん」

「あはは……つまんない?」

「いいや、続けて」

「あたしが一番最初のファンなんだ。本人の前で宣言したもん」

「そっか」

「この日の発表会でファンをだいぶ増やしたと思うんだよね。
バイオリン辞めたくなった子もいたかも」

「そっか。すごいやつなんだな」

「うん。よく、知りたくて」

「ん」

「クラシックは聴きまくったし、本も読んだ」

「そっか」

「…………」

「泣いてる?」

「泣いてないってば。魔法少女になったことは後悔してるんだけどさ」

「うん」

「あいつの腕が治ったのはほんとよかった」

「そうか」

「あの天才の腕が失われるなんて人類全体の損だ、とか思ったもん」

「大ファンだな」

「これからもずっとね」

「そっか」
255 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:42:24.02 ID:eFXi0ApIo

「お嫁さんになって近くで応援するんだって、小さい頃から思ってた」

「うん」

「どうしようもなく憧れてて、でもどっかでわかってたんだ。住む世界が違う子だって」

「事故があって………腕をやられたって聞いて真っ青になったよ。
大好きなバイオリンを弾けない恭介があたしはすごくかわいそうで」

「かわいそう、だったけど…………でも実際のところは毎日お見舞いに行けて嬉しかったな」

「誰はばかることなく二人きりで会えてこっちはウッキウキだよもう。
治らないケガだなんて知らなかったからさー」


ステージ上の上条恭介はもう幼い少年ではなかった。大けがを奇跡的に乗り越えて挑戦したコンクールの最終審査、実力を出し切った彼は応援に来ていた志筑仁美と目を合わせて穏やかに微笑んだ。


「仁美でよかった、本当に。ぴったりなんだよ」


言い訳でも僻みでもないよ、と前置きしてさやかは続けた。


「仁美が恭介を好きだって聞いた時は、こう目の前が真っ暗になったんだけど」

「絶対にかなわないってわかったし。すごくしっくりきたし。
恭介のこと一番わかっているのはあたしだって自信があったんだけど
そんなのただの勘違いだった」

「なんか、淡々と話すんだな」

「熱く語って欲しい?」

「そうじゃないけど」


握りしめられた手を見ると少し白くなっている。


「恥ずかしいんだ」

「何が?」

「こんな風に頭でわかってても、仁美にあたしの恭介を取られちゃった、ってなった自分が恥ずかしい。
みんなに八つ当たりしてた自分が恥ずかしい。なんにもわからず浮かれてた頃の自分が恥ずかしい。独りよがりでもういろいろと恥ずかしい。
あんたに世話を掛けさせたのが恥ずかしい」

「………ちゃんと整理がついているんだな」

「そうみたい」

「そっか……じゃあ、さ」


杏子は握られた手をしっかりと握り返して心で話す。
256 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:43:46.51 ID:eFXi0ApIo


おねがいだからこうしていて。

たぶんこれからかなりひどくなるから。




お互いの記憶を行ったり来たりしている。なら、すぐ、アレがくる。

杏子は身体を固くした。




音もなく二人のいる場所の底が抜けた。

ゆっくり落ちていく。

お互いを拠り所にして。
257 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:50:25.55 ID:eFXi0ApIo

朗読台で父が聖書を開いている。


「マタイによる福音書、第十四章十六節から──イエスは舟から上がって………」


日曜朝の礼拝時、家族以外誰もいないが父はきっちりと時間になると始める。どこかさびれた聖堂。杏子もモモも毎日掃除を手伝っているのに。

クリスマスが近い。


………for the Load, and the glory, the glory of the Load,………


もうあんな風にクリスマスを祝うことはないんだろうな、と思う。

教会を訪れる人が減っても日々の雑務は減らない。休日ともなると杏子も朝早くから手伝いを諸々こなす。ビラも配るしボランティアにも参加する。


(お腹が空いた)


空腹には慣れなかった。いっときましにはなることはなっても、食べるまでそれは決しておさまらない。

杏子は歯を食いしばり、両手でみぞおちのあたりを押さえた。妹はもっと辛いはずだ。あたしよりずっと小さいんだから。


(イエスさまは何千人もの人を食べさせてくれたけど、神さま。あたしはお腹が空いています)


どうしてうちはこんなに苦しくなったのか、と母に尋ねたことがあった。


「お父さんには考えがあるの」


それまで属していた教派を抜けて独立したらしい。何か教義の解釈について意見の食い違いがあったとかなんとか。父は異端となった。教会を訪れる信徒は激減した。

両親にしてみれば子供たちが飢えているなんて思ってもみなかったかもしれない。時間になればきちんと食事は出た。ただ、育ち盛りの子供たちにとってはその量は満足のいくものでは決してなかった。満腹になれるのは学校で出る給食の時だけだった。

食べ物のことを考えるのはつらかった。


「みんなが親父の話を真面目に聞いてくれるようにってのがあたしの願いだった。
単純に信徒が減ったからうちが貧乏になったって思ってたから」


空腹に苛まれる小学生の自分を見つめながら杏子がさやかに説明する。


「でも……考えてみるとさ」

「教派から独立、ってか破門されたんだけどそれは覚悟の上じゃん」

「信徒が減るのはわかってるんだから、その寄付だけで生活できるなんて甘いことは考えてなかったはずだ。
お袋は昼間働きに出てたよ。忙しそうだったな、親父のアシストも家のこともやるから。
親父はやさしい人だったけど……そんで毎日一生懸命教会のことをやってたけど……それじゃ食えない」
258 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:54:11.60 ID:eFXi0ApIo

そして目の前すべてが炎になる。


「さやか」

「なに?」

「あたしは、どうして絶望しなかったと思う?」

「それはあんたが強いから」

「違う」


さやかは杏子の顔を見た。さやかは答えを知らされる。


「あたしのせいで両親が………小さな妹まで連れて死んじまったってのにあたしは」

「どこかで、ホッとしたんだ。自分が楽になれたって思っちまった」

「杏子」


杏子の声が苦しそうだ。


「ダメな…………親たちだなって…………思っていたんだよ…………」

「神父が……自殺するか? つれあいと子供殺すか? 魔女にやられてたんじゃないか? でもその魔女はあたしなんだ」

「あたしらが戦っているような魔女なんかじゃなくて、正真正銘本物のタチの悪い」


さやかは杏子を抱き寄せてやる。

燃える司祭館、消防車のサイレン。

ものが焦げた不快な臭いの充満する聖堂で泣き明かした。


マミにすっげー八つ当たりしたな。当たる相手があいつくらいしかいなかったし。
そっからは……やりたい放題だった。あたしくらい魔法少女に向いたヤツってなかなかいないよ。
好きに生きて野垂れ死ぬんだ。どうでもいいって思ってた。食えればいいやって。

でも。

でもそれで生きていけるほど単純じゃなかった。マミと再会してあんたらに会って……
ほむらから繰り返しの時間を教えられて。


またふたりの底が抜けてどこかへ落ちていく。

259 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:55:47.26 ID:eFXi0ApIo


まどかはパジャマ、ほむらは魔法少女姿でベッドのへりに並んで座った。

まどかが手を伸ばしてほむらと手をつなぐと、相手がわずかに緊張したのがわかった。

少しの間まどかの熱で掌を温めていたほむらが、意を決したようにそっとそれを握り返した。


「これをお願い」


自分のソウルジェムをまどかに渡す。

まどかは受け取ったそれを胸に当てて少しの間祈るようにうつむいた。


「ほむらちゃん」

「なに、まどか」

「いけるよ」


口調にはっとしてまどかの横顔を見る。半眼になった目が異様に光を帯びている。


(まどか……あなた)

(いけるよ)


思わずテレパシーで話しかけると同じように明瞭に返ってきた。

ほむらは僅かに目を細めた。もう始まっている。

260 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 15:59:18.57 ID:eFXi0ApIo

あれで潮目が変わった。あたしにとっては。

自分にとっても、とさやかは伝えた。

このままじゃいけないって、やっと思えたんだ。

炎がちらつく。

なんだろうこれ。まざっていくね。

草を渡る風の音。

波の音が近づいてくるね。

炎がちらつく。

声が聞こえる。


“…………魔法少女システムの一番ダメなところはね”

“絶望がそのまま死につながるというところよ”

“システムの一番肝心な部分と言っても差し支えないね”

“元々がダメなのね”

“エネルギー収集の効率を第一に考えられているからね”

“本来絶望は出発点なの。循環するのよ”


あれとあんな風に話をするのはあの人だけだと頷き合う。

くすくすと笑いがこぼれる。

笑いながら。

対流が起こる。

お互いの中に自分を見る。

それを目印に回る。

回る。
261 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 16:00:20.52 ID:eFXi0ApIo

一人と一体は話し合いを重ねながらその時を待っている。


「煙幕のつもりもあったとはいえ、あなたとこんなにもおしゃべりをしたのは初めてじゃない?」

「確かにこの星の特定の固体と一緒に過ごした時間は君が一番長くなった」


マミはQBにひとつの提案をする。

QBは条件を出し、マミはそれを飲んだ。


「契約成立。契約書のタイトルはQBかく語りき。どう?」

「君らしいね」

「訳がわからないよって言うと思ったのに。私もまだまだね」

「しかし、君は本当にそれでいいんだね。後戻りはできないよ」

「何であれ、そんなものでしょう」


マミは意識を一点に集中する。


「来るわよ、QB」
262 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 16:01:51.84 ID:eFXi0ApIo

まどかは見た。

マミとQBの姿を。

結界内に姿を現し、降下していくほむらを。

ほむらは黒い糸に絡みつかれたマミを目にして危険を知る。


「見えた。僕はお先に」


情念の黒い糸はQBを束縛しない。絡まる術がないかのように大量の糸がするすると解けていく。


「助かったよ、ほむら」


ほむらとすれ違ってQBは消えた。

大量の糸が迫ってくる。ほむらは手榴弾のピンを抜いて生き物のように伸びてくるそれらに向かって投げた。

しかしそれらは爆風を呑みこむほど大量に現れてほむらに絡みつき、その自由を奪った。

マミは魂の本性であるキャンデロロの姿となり、自分に纏い付く糸とともにほむらへ向かって飛んだ。

ほむらの姿はもうほとんど黒い雲に溺れているように見える。
263 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 16:03:02.25 ID:eFXi0ApIo

(巴マミ。ここでなにが起こっているの?)


黒い糸に浸食されて記憶を探られる。ほむらの脳裏に過去が蘇る。


“何度繰り返すことになっても必ずあなたを守ってみせる”

──リセット


“私の戦場はここじゃない”

──リセット


──リセット


──リセット


──リセット


ほむらは激しい怒りを覚える。しかしなす術がない。

糸がほむらの盾を操作しようとしていることを知って死にもの狂いでもがく。

そのほむらにキャンデロロが飛び込んだ。文字通り。


(身体から切り離された魂と、魂を有さない身体が揃ったわ。あなたの身体を使わせて)


どこでどうしていても巴マミは巴マミだ、というようなことを漠然と思ったのを最後にほむらの意識は身体から切り離された。
264 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 16:03:57.10 ID:eFXi0ApIo


突然まどかのトランス状態が中断された。ショックが大きかったようで彼女の口から「うぐっ」という

ような声がもれた。


「ほむらちゃん!!!」


いない。ただ輝くソウルジェムだけが彼女の手の中にある。

265 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2016/12/31(土) 16:10:15.02 ID:eFXi0ApIo

宙を舞うリボンが黒い糸をすばやく大量に巻き取っていき、ほむらの姿をしたマミが現われる。

完全に自由になった瞬間身を翻し、結界から離れて虚空を全力で飛ぶ。加速していく。


(道はわかる、見える。でも)


糸はしつこくやってきて、何本かが足に絡む。ほむら=マミのスピードが落ちる。

それを発端にまた大量の糸が身体に纏い付いてくる。


(どこまで伸びるの? キリがない!!)


その時どこからともなく巨大な槍が現れて糸の束を易々と断ち切っていった。輝く穂先が何度か往復するともう黒い糸はどこにも見えなくなった。

持ち手も槍の大きさに見合っていた。そびえる姿は首から先が炎に包まれ、動くと火の粉がぱあっと派手に散った。表情や顔かたちなどはっきりしないが、マミはそれの明るい哄笑と蹄の鳴る音を聞いた。徐々に薄れていく。


(ありがとう)


あなたのことをどれだけ頼りにしていたか。想像もつかないでしょうね。

いきなりグンと移動のスピードが上がった。身体が空間ごと進行方向へと流れていく。先へ先へと持って行かれる。

早い流れに身を任せていると、すぐ近くに大きな姿が見えてきた。気付けばほぼ向かい合って泳いでいる。これの作る水流に運ばれていたのだ。

銀色に輝く鎧とウロコ、はるか後方で一瞬尾ひれがひるがえった。フェイスガードの隙間からいたずらっぽい目の輝きを見た気がした。だんだんと消えていく。


(ありがとう)


私みたいな者に憧れてくれた。いつも場を明るくしようと心を砕いてくれていた。

どうやったのかは知らないけれどいろんな壁を越えてきてくれたに違いない。感謝の念で胸を一杯にしながら、ほむらの姿をしたマミは通常空間への道を行く。

雷の音が聞こえる。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/01(日) 13:06:15.24 ID:Hs9BJw+4O
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/10(火) 13:22:58.47 ID:O4YqHNQV0
おつおつ
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/01/18(水) 23:11:51.71 ID:7BySPIe1O
Rにこんな良スレがあったとは
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [saga]:2017/02/07(火) 08:07:56.84 ID:5orYg2PVo
>>266
>>267
>>268
ありがとです
270 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:12:01.01 ID:5orYg2PVo

大きな存在からゆっくり別れていく。自分が自分としてまとまっていく。

少し名残惜しい気がした。


(じゃあ、帰らなきゃいいんじゃない?)


そんな気持ちにつけこむような囁きを聞いた。


「帰るよ。用は済んだ」

(わかってるだろうけど、あんたはこの先あまりいいことないよ?)

「かもね」

(さんざん好き勝手できたのも魔法があってこそだったじゃん)

「よくわかってる」

(あたしが代わってやってもいいんだよ)

「いやだよ」

(いい気分のままここで眠っていられるよ?)

「ごめんだね」

(面倒くさがりのくせに。少しは考えなよ)

「考えたよ」

(あの子がいるから帰るの?)

「うるさいな、それだけじゃないよ」

(あの子のどこがいいの?)


声に笑いが含まれている。


「うるさいよ」

(答えられないの?)

「うるさい」

(まあ、これ以上は足止めしないよ。せいぜいうまくやるんだね)


ずっとあたしと一緒にいた。捨てたと思っていたけれど、ある時は背中を押しまたある時にはブレーキをかけた。


「知ってる。あんたはあたしだ。わかってるから」

「だから任せろ」

「これからどうなったって、なんとかやっていくから」


もう返事はない。

杏子は帰る。

しかし着地はすんなりとはいかなかった。
271 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:21:37.05 ID:5orYg2PVo

何かが起こっている。

取り返しのつかない何かが起こりつつある。そんな思いで胸がざわつく。

まどかが見たのはマミがほむらと一体化したところまでだ。


(ほむらちゃんはマミさんと一緒にいる。マミさんの魂が帰る場所はひとつしかない)


もちろんマミの身体だ。ではほむらの身体は? どこからどうやって戻ってくるのだろう。

手の中のソウルジェムはきれいな紫色だ。


(無事……では、あるはず……)

(ほむらちゃんの色)


見ていると少し落ち着く。

遠くの方からゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。気になって窓を開け、真夜中の空を見上げる。

空の一角で黒い雲が重々しく垂れ込めながら巨大な渦を形成しかけてた。


(あれは)


あの方角は──。

鼓動が早まる。まどかはほとんど無意識に一番手近にあった上着をつかみ、腕を通して家を飛び出した。


(行かなきゃ)


夢で何度も見た終焉の風景を思い出す。

あそこだ。

深夜の住宅街を彼女なりの全速力で駆けていくが、すぐに息が切れた。


(体力なさすぎ)

(情けないな)


しかし走ることを止めない。危機感がそれをさせない。

ぽつぽつと雨が降り始めた。
272 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:26:28.72 ID:5orYg2PVo

それは夢かうつつかはっきりしない。

部屋の中にQBがいる。

杏子は身体を動かせずにいた。ただそこに立って目撃している。

冷たい汗が背中を伝っていく。


(やめろ)


ほむらの家のリビングで眠り続けるマミのそばにQBが近づく。


(やめろ)


声が出ない。

見ていることしかできない。


(やめてくれ)


心の中で絶叫する。

QBが口を開けてマミの身体にかぶりつく。

まるで半固形物をすすりこむようにマミの身体を減らしていく。血は一滴も流れない。QBが頭を動かす度にマミの手足がぱた、ぱた、と力無く揺れる。着々と人の形を失っていくその一方でQBの見た目はまったく変わらない。


(なぜマミを)


QBが振り返って杏子を見た。


「なぜって、もったいないじゃないか」


マミの全てをその小さな身体に詰め込んで去って行く。


(待て!!!)


杏子は身動きできない。


(夢だ)

(絶対に、これは夢だ)
273 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:32:07.96 ID:5orYg2PVo

遠い場所から帰還を果たした。実りの多い旅だった。

そんな満ち足りた気分でさやかは目を覚ました。しかしなぜか自分が今、魔法少女の姿で路上を走っている最中なのを知って驚きの声を上げた。


「えっ?」


かなり本気のスピードだ。とりあえずペースを落とす。

街灯が照らす夜の道に人気はない。雨が降っている。


(なにやってんのアタシは……まだ夢かな?)


一体どこへ向かうつもりだったのかと悩む彼女に待ち望んだ懐かしい声が届いた。


(美樹さん)


さやかは言葉にならない大きな喜びの感情を爆発させた。高らかに鳴り響くファンファーレ、大量に打ち上がった花火のようなそれ。

今のマミにはさやかの純粋でダイレクトな歓喜が少し心に突き刺さる。


(マミさん! 戻ってきてくれたんですね!)

(おかげさまでね。それより──)


少しの間さやかの脳裏にある風景が映し出された。

豪雨、暴風、落雷、破壊された人工物が土砂と共に積み上がっている。


(マミさん、ここって)

(急いで、お願い。暁美さんを助けて)

(はいっ!?)


夜空にその中心がはっきりと見えた。巨大な黒雲の渦巻きがあり、それが所々光る。不穏な雷の音がする。

ちょうどあの真下あたりだ。
274 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:40:29.42 ID:5orYg2PVo
時折稲光で辺りが真っ白になった。数秒後にバリバリバリと雷鳴が追いかけてくる。雨風が次第に強まって行く中、人間には不可能なスピードでひた走る。あっという間に住宅街を抜け大橋を渡り、ワルプルギスの夜と戦った場所へと。


(あの日ほどじゃないけれど酷い天気……ん?)

(ちょっと、うそでしょ!?)


目を疑った。正面前方、自分と同じ方角へよろよろと進む見知った人影がある。


(まどか?!──っとっとっとっとおっ!)


急には止まれない。追い越してからかなりの距離を引き返すことになった。

駆け寄るさやかをまどかは不思議そうに見た。呼吸と動悸がめちゃくちゃでまともに声が出ない。


「さ、さ、さや」

「うわわ、まどか!」


つんのめって前に倒れかけたところを、さやかは危うく支えた。


(なにやってんの、こんなになるまで??)


眉をひそめて文句を言いかけたが、まどかが大事そうにほむらのソウルジェムを握りこんでいるのに気付いて黙った。


(ああ、そっか)


どれだけ慌てて家を出たのだろう。パジャマの上から厚手のカーディガンを着ているだけだ。雨水を吸い込んで全体が重そうに下がっている。足元はと見ると通学用の制靴だった。

下ろした髪はクセが完全に消えるまで濡れそぼっている。さやかは自分のマントを広げてまどかを覆い、わしゃわしゃと手を動かした。


「さやか、ちゃん、………び、、びっくりしたよ……!」
275 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:46:33.23 ID:5orYg2PVo
ゼイゼイと荒い呼吸の合間にまどかはなんとか言葉を発した。


「びっくりしたのはこっちだよ、も〜」


ここから帰すこともこの場に置いていくこともできない。「ごめんね」と一声かけてひょいと抱き上げた。

すーっとまどかの頭の先からつま先まで青い光が走って全身がさっぱりと乾き、靴擦れで傷めた足が癒された。


「一緒に行くよ、まどか」

「すごいね、ありがと……正直、ものすごく、助かっ……ちゃった」


まどかはさやかのマントにつかまり、まだ苦しい息で礼を言った。


「いーんだって、これくらいなんでもないよ」


自分たちの周りを目に見えない流線形の風防ですっぽりと覆い、再び走り始める。


「さやかちゃんはどうして?」

「えへへ、マミさんにほむらを助けてって頼まれてさ」

「マミさん戻ったの!? 良かった……!」

「うん! 直接会ってないけどね。テレパシーが飛んできたんだ」

「テレパシー? マミさんはもう魔法は」

「え? あ、そうか。使えるわけないじゃん。てことはQBが仲介したってことだね」

「QBが……?」


高揚した気分が一気に落ちこんでしまった。
276 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:50:36.64 ID:5orYg2PVo

「たぶん、大丈夫だよ」

「え?」

「ほむらのこと」

「うん」

「マミさんがほむらと一緒だったのを見たよ」

「見たの?」

「正確にはほむらの姿をしたマミさんだったんだけど」

「うん」

「ほむら、ちゃんと行ってくれたんだなって嬉しかった」

「ほむらちゃんは義理堅いから。やさしいし」

「あはは、まどかはほむらが好きだねえ」

「当たり前だよ」

「ああ、うん、まあ」

「さやかちゃん、なにか言いたそう」

「なんでもないよ? あっと、マミさんが戻ってるんだからほむらは機能停止中か。
急がないとね、揺れるかも。酔わないでね?」

「平気、お願い」

「ん!」


気合を入れて加速した。
277 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 08:57:23.77 ID:5orYg2PVo

ひとりでソファーに横になっていた杏子が嫌な汗にまみれて目を覚ました。


(夢だった)


安堵感がこみ上げ、長い溜息を吐いた。

部屋の電気は点けっ放しで時間がわからない。妙に重く感じる頭を持ち上げて壁の時計を見ると、とっくに日付が変わっていた。

身体を起こして深く座り直し、組んだ両手に軽く額を乗せた。


(見て、ちゃんと確認しないと)


マミが部屋の居るべき場所にいるのかどうかを知るのが怖い。なんの意味もないただの夢だったと思いたい。

目を閉じて深呼吸をした。

そして。


「佐倉さん」

「────っ!」


近い距離で背後から名前を呼ばれ全身が激しく震えた。振り返って怒鳴った。


「う、後ろからいきなり声かけんな!」

「再会第一声がそれなの?」


杏子はソファーの背もたれ越しに笑顔のマミにとびついた。膝立ちの体勢で相手の両腕ごと抱え込む。捕獲のニュアンスも垣間見える抱擁だった。


「え、ちょ、ちょっと、珍しいわね?」

「みんなどんだけ心配したと思ってんだ!!」

「まあ……ありがとう」

「うっさい!」


疑念はひとまず脇に置いてマミを実感した。


「……もしかしたら、あんたにはもう会えないかもって思ってたっ」

「ごめんなさいね。──でも話は後」


その真剣な声音に促されて身体を離す。


「どうした」

「さっそくだけどお願いがあるの」
278 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 09:06:19.76 ID:5orYg2PVo



ひとり残されたマミは緊張した面持ちで宙に視線を漂わせる。

しばらくの間そのままでいたが、安心したようにふっと一つ息を吐いた。


279 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/02/07(火) 09:11:28.64 ID:5orYg2PVo

目的地が近づいてきた。この辺りはもう街の明かりはほとんど届かない。さやかは視力を強化させる。

巨大な瓦礫の山──ビルがそのままの形でブロックのように積み上がっている箇所もある──が連なり始める大分手前に高いフェンスが張られていた。まどかを横抱きにしたまま一足で飛び越えると中にはプレハブの建築物と何台もの大型重機が整然と並んでいた。


(ん?)


さやかはフェンス内側に建ててあるポールに監視カメラが設置されていることに気付く。


(こんなとこ入ってくるやついるの?)


剣を飛ばしてポールごと切り落としておいたが、侵入の様子はばっちり録画されていそうだ。


(まあいいや、なるようになる。……はず)

(なにか盗んだり壊したりするわけじゃないし。友達を助けに来ただけだもんね)


ここを訪れるのはあの戦闘以来だ。様子はあまり変わっていないように思う。つまりは撤去作業がまだほとんど進んでいないのだろう。

脆くて険しい絶壁を駆け登り、跳び移り、飛び降りて一番内側へと急ぐ。

二人が辿り着いたそこは不自然な平坦に見えるが、実はすり鉢状の窪地だ。常識はずれのスーパーセルは建物を基礎ごと地面から剥いだ。

ここは魔法少女たちがワルプルギスの夜の進行を止めた場所、魔女があの日一番長く留まった場所だ。

さやかはまどかを地面に立たせて雷の音に負けないよう耳の近くで話しかけた。


「大丈夫だからね!」


こくこくとまどかは頷く。雷雲はしつこく頭上に居座り続け、次々と光っては轟音を響かせる。

さやかが魔力で防護してくれていることはわかっていたが、それでも身がすくんでしまう。


「絶対まどかには落ちてこないからっ」


その通りなのだろう。雨と雹が降りしきる中、身体はまったく濡れていない。不思議だ。


「う、うん、ありがと」


怖がりながらもまどかは何かの兆候を探して神経を尖らせる。雲が禍々しく光を籠らせているので周りの地面がぼんやり見える程度の明るさはあった。

大粒の雹が降り始めた。丸い氷の粒が地面に溜まっていく。
280 : ◆GXVkKXrpNcpr [sage saga]:2017/02/07(火) 14:23:59.51 ID:5orYg2PVo

また光った。近い。直後の一際大きな雷鳴にまどかは絶叫してしまった。ほむらのソウルジェムを持ったまま頭を抱えるようにして両耳を塞ぐ。頬がぴりぴりする。


「よーしよし、怖くないよ〜大丈夫だって」

「い、いい今の、今のすごくなかった? ねえ?」

「すごかったけど、でも大丈夫だからねホント」


涙目でカチカチと歯を鳴らす友人の肩を抱いて励ましているうちに、さやかは一帯になにやら異様な気配が近づいてくるのを感じた。

どんどん大きくなる。鳥肌が立った。


「うーん、どこからだろう、これ」


まどかも同じように感じていたが、それがどこからというなら何度も見た。ワルプルギスの夜はいつでも空から現れた。


「……そうだった……ねえ、さやかちゃん、上だよ」


まどかが震えながら空を見上げると「ん、なに?」とさやかも同じ方を向いた。

ほぼ同時に二人の頭上、雲の渦の中心から小さな何かが放出された。雷光が照らしたそれは人影らしい、という程度の認識しかできないものだったがまどかはぎょっとして叫んだ。


「ほむらちゃん!!」


さやかは彼女のこれ程必死な大声は聞いたことがなかった。

時間がない。


「ふんっっ!」

「ちょっっさやかちゃん?!」


まどかの手からソウルジェムを奪い、頭を下にして落ちてくるほむら目掛けて最小最速のモーションで投げた。

間をおかず直径三メートルほどの白く輝く魔法陣をほむらの落下線上に出現させる。

それ自体は厚みのない円盤が僅かな間隔を保って幾重にも層を成し、地上数メートルに浮かんで明るく光る円柱となった。

重力に逆らって飛んで行った小さな紫は目標を掠め、しばらく上昇してから持ち主に続いて落ちてくる。

ほむらは中心から少しずれて光の柱に吸い込まれた。まどかはそれをはらはらしながら見守りつつ、ソウルジェムの行方も懸命に目の端で追った。

本体はソウルジェムだと頭でわかっていても、どうしても身体の方を重点的に見てしまう。それを抜け殻などと思うことはできない。
281 : ◆GXVkKXrpNcpr [sage saga]:2017/02/07(火) 14:41:08.65 ID:5orYg2PVo

完璧なコントロールで投擲されたソウルジェムが身体に触れた瞬間、ほむらが意識を取り戻す。

なぜか目蓋が開かない。身体が思うように動かせない。ただ高所から落下中だということはわかった。これまで幾度となく味わってきた感覚だ。

ソウルジェムが手元にないため変身できない。鹿目家で入浴後に着替えた部屋着姿だった。

とにかく頭から落ちるのは避けようともがき始めたところで何かの魔法が働いたらしい。固いゼリーの中を落ちていくように感じる。おかげで落下の勢いはかなり弱まった。

着地の瞬間に血肉の広がりになることはないだろう。息を詰めて衝撃に備えた。


「よーしいいよ、そのまま落ちてこいほむら。まどかは離れてて……そうそう、その辺」


ほむらが最後の魔法陣を破りながら背中を下にして落ちてくる。


「んぎっ!!!!!!」


さやかがほむらの身体を受け止めた。頭部と肩を胸にしっかり固定し、足のバネで衝撃をある程度吸収してから臀部、背中と丸く受け身をとった。二人まとまってぬかるんだ地面に押しつけられ、ぐしゃ、という音がした。


「っ………!」


まどかが悲鳴を呑み込んだ。二人に駆け寄りたいのを我慢して、ほむらより先に地面に落ちたソウルジェムを拾いに行った。辺りを明るく照らしていた魔法陣の円柱は役目を終えてゆっくり消えていこうとしていたが、辺りはまだ十分に明るい。

落ちた所は見ていたものの、大きな氷の粒の間で光を放つそれを無事に発見できた瞬間はへたり込みそうになる程ホッとした。
282 : ◆GXVkKXrpNcpr [sage saga]:2017/02/07(火) 15:03:59.90 ID:5orYg2PVo

「あいてててててて、ほむら無事?」


さやかはクッションになって内側にめり込んだ肋骨を整復しながら立ち上がった。彼女なりに細心の注意を払った甲斐あってほむらの外傷は大したことがなさそうだ。


「ん? あれ? ほむら?」


どうも意識レベルが低い。全身が冷え切っている。顔にうっすら霜が張っており、上下まつ毛は閉じられたまま凍りついている。髪の毛や衣服もバリバリに固まって酷い有様だ。


「この子ってば冷凍庫にでも入ってたのかな。ちょっと待ちなよね……よっと」


身体の中心に熱の固まりを発生させるイメージでほむらの体温を上げてやる。温められた血液が全身を巡り、全身から白い湯気が上がった。徐々に顔色が良くなって目が薄く開いた。


「あ………」


小さな声が洩れた。


「よし。どう、ほむら」 

「ほむらちゃん、これ」


まどかが拾ったソウルジェムを手に持たせた。ほむらはすぐさま変身して体を起こし、まどかとさやかを交互に見た。


「……………あの」


情況が今ひとつのみこめない。まどかはそんなほむらに無言で抱き着いた。


「まどか?」


押し殺した嗚咽の声が聞こえてきてあたふたしたが、腕の中の温かさと柔らかさで我に返る。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/09(木) 15:16:50.66 ID:kqnGd+m1O
待ってた
これでみんな帰還かな?
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/13(月) 15:05:31.01 ID:rtISy8QDo
乙でした
冷凍ほむ
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/02/28(火) 00:46:23.40 ID:j15W64fuO
まだ
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 08:02:21.76 ID:AjtdeEYho
>>283
はい
>>284
コールドスリープで未来篇へ
>>285
ごめん
287 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 08:12:47.24 ID:AjtdeEYho

奇妙な圧迫感がどんどん強まっている。気味の悪い地響きがする。

全身で感じる空気の震えがただ事ではない。

さやかは我慢できなくなって、雷雨の中座り込んで抱き合う二人に声をかけた。


「ね、帰ろ。ここマズイ気がする。てか絶対ヤバイ。ぞわぞわする!」


まどかはほむらの肩口に埋めていた顔を上げ、手の甲で涙をぬぐった。


「うん……さやかちゃん、ありがとう。さやかちゃんのおかげだよ」

「んなこたない。まどかが頑張ったんだって」

「私からも。何があったか知らないけれど
あなたに助けられたということはわかる。ありがとう」

「あんたがまず礼を言わなきゃなんないのはまどかだよ。
まどかの格好見なよ。パジャマだよ?」

「……あ、うん、分かってる。私もう終わってるよね……あはは」

「あっ、まどか、ちがうそんなことが言いたかったんじゃなくてね?!」


しょげて力なく笑う友達をもう一度抱きしめて感謝の言葉をしっかり伝えたい。ほむらの両腕が少し動いたその時杏子のテレパシーが届いた。


(いつまでのんびりしているつもりなんだ)


二人の魔法少女がさっと周りを見渡す。


(どしたの杏子、迎えにきてくれたの?)

(あんたたちを見に行けってマミに頼まれてさ。
何やってんのそんなとこで。用は済んだろ? 早くここから帰れ)


同じ方向を黙って見つめる二人の視線をまどかも辿ってみた。何も見えないが「杏子ちゃん?」と聞いてみるとさやかが「うん」と肯いた。

ほむらは杏子の言葉にいたく興味をそそられた。向こうでマミに会って以降のことはほとんど不明のままだったから。

 
(では、巴マミは元に戻ったのね?)

(ああ)

(ちゃんと人間なの?)


なんてことを訊きやがる、と杏子は思った。


(ちゃんとかどうかはともかく、マミだったよ。
それより早いとこ動きなよ。そこ安全じゃないらしいんだ)

(マミはなぜ私たちの状況を把握できているの? ここが安全じゃないとは?)

(詳しいことは知らないけど、この辺り一帯がヤバイのはわかるだろ!)


ほむらはもっとあれこれ聞きたかったが、杏子の苛立ちに気付いて自制した。
288 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 08:16:30.69 ID:AjtdeEYho

「言う通りにしましょう。私たちだけならともかく、まどかがいる」

「おっ急にキリッてなった。調子出てきた?」

「えっと、ほむらちゃん? さやかちゃん?」


左右から腕を取られてまどかは二人を交互に見た。


「超特急で帰るからね、まどか」

「う、うん、よろしくね」

「それから、サイズ的にそれほど問題がないとしてもだよ」

「さやかちゃん?」

「ノーブラで全力疾走はもうやっちゃダメだからね、まどか」

「………さやかちゃん」

「ごめん、緊張をほぐそうとしたの、ほんとごめん。
でもこうくっついてると嫌でも判るじゃん? まったく触れないのもどうかと思って」

「そこは黙ってるのが正解だと思うよ」

「ほむらみたいに?」


知らん顔をしているほむらにもさやかは容赦なく話を振った。


「ほむらさっき、正面からだともっと柔らかかったよね?」

「さやかちゃん!!」


(おまえらいい加減にしろ!!!!!)


魔法少女たちはまどかを半ば抱えるようにしてその場から姿を消した。
289 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 08:20:46.63 ID:AjtdeEYho

(やっと行った。さて)


杏子は荒れた空に目を向けた。


(この感じ……ワルプルギス戦の後、マミがいなくなった時と同じだ。
ほむらが戻ったんだからそれで終わるんじゃないのか)

(何だ、あれ)


雲間からパラパラと何かがたくさん降ってくる。目を凝らし、それが人の形をしているのに気付いて思わず身構えた。


「あれらは人間じゃない。見ていればわかるよ」


側にQBがいた。相変わらず神出鬼没だ。


「QB、いつからここに?」

「まどかについて来たんだ。だからほぼ最初からかな」

「コソコソ隠れて見物してたってわけか」

「僕の出る幕はなかったよ」


人の形は空中でゆるゆるとほどけて崩れ、それでもひとかたまりのまま氷の粒で覆われた地面に達し、真っ平らに潰れた。

広い範囲にばらまかれた染みのようなそれらからぼうっと小さな光点が浮かび上がり、やがてまぶしいほどの光の群れとなる。


(蛍……じゃ、ない。あんなに明るいわけがない)

(それに……)


空耳かと疑う程に微かだが、忘れようのないワルプルギスの夜の笑い声が聞こえた。

集まってしばらくはふわふわと漂っていたが、四方八方に消えていく。不思議と心奪われる風景で、目が離せない。雨も雹もとっくに降り止んでいた。
290 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 08:24:29.31 ID:AjtdeEYho

「さっそくだけどお願いがあるの」

「出戻り祝いになんでも聞くよ」


杏子は相手に抱きつくような大仰な喜び方をしたことを恥じ、マミに背を向けてソファーの上で胡坐をかいた。

その肩にマミが両手を置く。


「今、美樹さんと鹿目さんが暁美さんを助けに行ってくれているの」

「あ? ほむら、まだ戻ってないの? あんたほむら使って帰ってきたんだろ?」

「ええ、助かっちゃった。お礼を言わなきゃ。もちろんあなたたちにも」

「もう聞いたよ。何回もいいよ水臭い」

「そうね。でも本当に嬉しかった」

「だから──」

「しつこかった? ごめんなさい。それより暁美さんのこと」

「ああ」

「境界に至る前に離れ離れ、というか元の状態に戻ったの。
私の魂だけが先にこちらに引っ張られたのね」

「ん? んー……それで?」

「つまり彼女の身体が空っぽのまま異空間に残されて」

「は? 待てそれって大変なことなんじゃ、うっ?!」


話をさえぎって振り向き見上げると思っていたより近くにマミの顔があってぎくっとした。


「落ち着いて」


両肩に置かれたままだった手に誘導され、杏子の捻じれた体勢が元に戻る。
291 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 08:27:56.03 ID:AjtdeEYho

「大丈夫、私の使った通路はしばらく開いたままだからあの子もちゃんと惰性で戻ってくる。時間差ができただけ。
あなたもすぐそこへ向かってほしいの」

「何をしに? 手が足りないのか?」

「いいえ、それもたぶん大丈夫。
ただ三人にいつまでもそこにいないように伝えてくれないかしら」

「危険があるのかい?」

「もしかするとね」

「あいつらに早く帰るよう言えばいいんだな」

「ええ、そういうこと」

「わかった。なんでもって言っちまったし、使いくらいするさ」

「よろしくね」

「あいよ」


マミは元気づけるように軽く杏子の背中を叩いた。わざと億劫そうに立ち上がった杏子が何か言いたげにマミの顔を見る。


「聞きたいことを、聞いていいのよ?」


そう助け舟を出したマミだが、杏子は「まあいいや」と首を振った。


「後にする。行ってくる」

「いってらっしゃい」


そしてマミはひとりになる。

彼女はもはや魔法少女ではない。できることはそう多くはなく、なまじ優秀だっただけにもどかしい思いもある。


(リボンが使えれば簡単だったのに)


──だが、この目はとても便利だ。

今、ほむらが無事に救出された。彼女は安堵の息を漏らした。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 08:33:27.64 ID:KDOyD8MuO

目?なにか得たのかマミさん
……邪気眼?
293 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 08:37:33.40 ID:AjtdeEYho

闇の中、小さな光はもうあまり残っていない。飽かずにそれを眺めていた杏子にQBが話しかけた。


「杏子、マミが君と話したいそうだよ」

「はあ? 話したいったって……ぜんぜん遠いじゃん。届くの?」

「うん。問題はないね」


(マミ? 聞こえるか?)

(ええ)


半信半疑で呼びかけたがちゃんと返ってきた。


(みんな無事だよ、めでたしめでたしってね)

(よかった、ありがとう)

(これができるんなら、コイツに頼めばよかったじゃん伝言くらい。
あんたの言うことよく聞くみたいだな?)


隣のQBにちらっと視線をやる。


(暁美さんとQBはもうちょっと落ち着いた環境で再会した方がいいと思って)

(ふうん? で、なんか降ってきたけどアレは何?)

(ワルプルギスの夜の残りもの)

(聞いたことのある笑い声がした)

(ええ)

(次から次へと湧いて消えてったぞ)

(あれはみんな魔法少女だったもの。特殊な形で存在し続けた魂よ)

(そうなのか)

(QBからすると宇宙の延命に貢献できず、無駄になってしまったエネルギー。
あなたと一緒に見送ってあげることができてよかった)

(んん? 見えてんの?)
294 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 08:52:07.83 ID:AjtdeEYho

マミは説明をQBに任せた。


「マミは僕を通して見聞きしている」

「あ? おまえ、そんなこともできんの? もうなんでもありじゃん」

「なんでもってことはないね」

「うさんくせえ」


(あの人たちは選んだのだと思う)

(何をさ?)

(どこでもない空間で朽ち果てるより、輪廻の輪に戻ることを)

(あー?)


杏子は深く考えることは止めた。


(詳しいことが知りたければ後で説明するわ。もう帰っていらっしゃい。
そこも多分危ないから)


光の点は全て消えてしまった。

それを待っていたかのように今度は湿った重そうな土塊が落ちてきた。大きいものは家屋ほどもある。どすんずしんと迫力のある音を立てて積み上がっていく。

杏子の立つ足場が揺れ、一部が崩れ始めた。


(わかった。今から帰る)

(暁美さんのお宅じゃなくてうちのマンションね)

(了解)


次々と大量に降ってくる。勢いは増していくばかりだ。スーパーセルが築いた脆い壁が押し寄せる土塊をせき止めてくれるとは思えない。杏子は瓦礫の連なりを外側に向かって素早く駆け抜けた。

来る時に越えてきたフェンスまで辿り着いたところで、多分とてつもない大きさの塊が落ちてきたのだろう。これまでとは段違いの衝撃音と激しい揺れが起こった。

土砂やコンクリートの固まりが重機を巻き込みプレハブをぺしゃんこにのしてなだれてくる。急いで逃げた。
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 08:58:53.09 ID:AjtdeEYho
>>292
あんだけ厳しい修行を乗り越えたので


また後程続き投下
296 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 12:57:27.61 ID:AjtdeEYho

家路を急ぐ三人の背後から地響きが追いかけてきた。地面が小刻みに揺れ始める。


「あっ……地震?」

「だね。あたし地震キライだなー。逃げ場がないから」

「私も、苦手」

「まっ得意な人はいないよね」


上擦った声のまどかに受け答えるさやかの顔も青ざめている。

ほむらがふたりに「急がないと」と声をかけたタイミングで大きな揺れにつかまった。ガクンと強烈に突き上げられてバランスを崩しながらも、間に挟んだまどかを支えて注意深く移動を続ける。

揺れはしかしあっけなく止み、地鳴りもおさまっていった。三人はようやく鹿目家の前に到着した。

いつのまにか雨は上がり雷雲も消えている。

未明の街はしんと静まりかえっていたがそれも短い間のことで、すぐに轟音と強い揺れに叩き起こされた人々のざわめきであふれた。救急や消防のサイレンも聞こえてくる。

鹿目家の玄関の明かりが点いた。

さやかは「またね、あたし一度家に帰るわ」と早口で言うと姿を消した。ほむらも変身を解く。

ドアから知久が顔をのぞかせた。


「まどか?」

「あ、パパ」

「いたいた、良かった。君たちが部屋にいなくて驚いたよ」
297 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 13:02:39.08 ID:AjtdeEYho

驚いたと言うがまるでそうは見えない。にこやかだ。


「ごめんなさい」

「すみません、二人で慌ててしまいました」


口々に謝った。


「いや、揺れが大きかったから無理もないよ。短く済んで良かったよね。
ちょっと散らかっちゃったけどガスも電気も水も無事なんだ。ラッキーだったよ」


(私が何時間も前に家を抜け出たことには気付いていない)

(パパは私がそんなことをするなんて、きっと思ってもみない)


ほむらはまどかの後ろめたい思いを見て取った。下を向くまどかに身体を寄せ、耳の近くで小さく「ごめんね」と言った。

まどかはびっくりし、微かに首を振ってみせた。


(そうだよ私は……)

(私はどうしても行かなきゃいけなかったんだから)


二人ともしおらしく知久について家に入る。台所の方からタツヤの泣き声とそれをなだめる詢子の低い優しい声が聞こえた。

部屋に戻って電気を点けてみるとぬいぐるみや本が散乱していたので、二人で簡単に片付けた。
298 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 13:06:04.85 ID:AjtdeEYho

夜明けまで少し時間がある。

まどかはベッド、ほむらはその隣に敷かれた客布団に横になってぽつりぽつりとお互いの情報を交換をした。


「では、まどかも巴さんとはまだコンタクトを取れていないということ?」

「………」

「まどか?」

「え、ごめん今なんて言ったのかな?」

「無理をさせたみたいね」

「……うん?」

「少し眠りましょう。続きはまた起きてから」

「うん……おやすみほむらちゃん」

「おやすみ」


相当疲れていたのだろう。すぐに寝息を立て始めた。

ほむらはふと、自分のソウルジェムを出してみた。魔力の消耗はあまり感じないが、何か全身に違和感がある。

普段まったく使わない部分を酷使して今そのしっぺ返しを受けている。そんな感覚があった。


(無理もないわね。他人に身体を乗っ取られていたのだから)


だがまどかの静かで規則正しい寝息が徐々にほむらのまぶたを重くした。


(巴マミに……会わなければ)
299 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 13:08:42.36 ID:AjtdeEYho

眠りに落ちる最後の瞬間それを想ったせいかもしれない。妙な夢を見た。

ほむらは一面の花畑をひとりで歩いている。空に太陽も月もなく、ただ薄明るい。夢だという自覚はあって、安らかな気分だ。

彼女の周りをふらふらとつかず離れず、蛍の群れが飛んでいる。

ほむらはそれらを蛍だと認識したが、都会育ちの上に病弱でほとんど野外活動の経験がない彼女は蛍という昆虫を実際に見たことはない。もし杏子がこの場にいたら「これは蛍じゃない。こんなに明るくも大きくもない」と指摘しただろう。


「大体、虫の姿が見えないじゃん」


しかし杏子はいない。ほむらはその正体について特に気にもしない。夢だから。

たくさんの光点と一緒に花畑の中を伸びる細い一本道を辿り、緩やかな丘陵を越えていくと眼下に大きな川の流れが広がった。

彼岸花の群生する土手から素朴な石段を使って広々とした河原に降り、流れの側まで歩いた。蛍の群れはそのまま対岸へ向かって飛んで行った。


(花畑、暗い川……縁起がいいとは言えないわね)


向こう岸は靄がかかっている。

中州があるようだ。と言うのも、川の中程に巴マミが立っているからだ。こちらに気付いて柔らかい笑みを見せ、水面を滑るようにやってくる。

ほむらは驚いて言った。


「浮いているのね。幽霊みたい、巴マミ」


そのほむらにマミは笑顔でこう答えた。


「きゅっぷい」


そうね。夢だものね。
300 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 13:43:17.49 ID:AjtdeEYho

「おかえり」

「ただいま」


杏子が土埃にまみれて帰ってきた。

マミはまず湯を張ったばかりの風呂に彼女を追いやり、さっぱりさせたところで空腹かどうかを尋ねた。腹ペコだというので用意しておいた軽食を並べた。

ラップフィルムでひとつひとつ包まれたおにぎりはまだ温かく何種類もあり、味噌汁は具沢山で手がかかっている。杏子は目を輝かせて「いただきます」と手を合わせ、ラップをむいてかぶりついた。

マミは同居人の健啖ぶりを嬉しそうに眺め、茶をそそいだり汁物のおかわりをついだりと世話を焼いた。


「マミは食べないの?」

「寝てばかりだったもの。簡単な物ばかりで悪いわね」

「いやいやじゅうぶん……あ、じゃこ梅もいいけど、おかかにチーズうまいねこれ」

「冷蔵庫の中身が賞味期限切れのものばかりになってて驚いたわ。
レトルト食品もほとんど減ってないし。何を食べていたの?」

「食べる物は主にさやかとまどかに世話になった。ほむらにも。
あたしは正直あんたの抜け殻を世話するので手一杯だったからさ」

「迷惑をかけたわね。あなたが大事に扱ってくれたお陰で不具合もなく助かりました。
あ、まだたくさんあるわよ? 五合炊いたから」

「食べる」


もりもり卓上の食べ物を片付けていく杏子に、どこでどうなっていたのかおおよそのところをマミは話して聞かせた。

杏子の胃が落ち着いた頃にはすっかり日が高くなっていて、マミが部屋のカーテンとガラス戸を開いて換気した。
301 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 14:16:22.82 ID:AjtdeEYho

「新しい山ができたわね。街の人もびっくりよ、きっと」


直接見ることはできないが、その辺りの上空をヘリコプターが何台も旋回している。騒音がひどいのですぐ窓は閉め切った。

結局、ワルプルギスの夜が何世紀もかけて溜め続けてきたものがああいった形でこちらに根こそぎ戻ってきたということらしい。


「あそこにあるごちゃごちゃしたもの全部きれいに覆い隠しちゃったな」

「ファフロツキーズって言うんだって」

「ふぁ、なんだって? またイタリア語?」

「またってことはないでしょ。Falls From The Skiesを縮めた言葉ね。
空から降るはずのないものが降ってくる怪奇現象のこと。魚とかカエルとか」

「へえ、やっぱり変なことには詳しいね」

「詳しくないわよ。調べたの」

「でもそいつら、なんでこっちに来る気になったのかな。
ずっと隠れててQBさえそいつらのこと知らなかったってのに」

「あの人たちはもう、遅かれ早かれ消えるしかなかった。
向こうにいてもただ無になるだけ。でもこちらに戻ればこの星の自然な循環系に参加できるでしょ」

「自然……? 死人ってそんなこと気にするか?」

「そうね。私たちみたいには考えないかもね。
生きた身体を闇雲に追いかけてきただけかもしれない。パニック映画のゾンビみたいに。
本当のところはわからない。知りようがないでしょ」

「紀元前九百年って言ったよね。シバの女王だろ、そいつ聖書に出てくるよ。
QBってほんっとに大昔から地球にいてずっと魔法少女を魔女にしてきたんだな」

「僕たちはそのための存在だからね」

「いたのかよ」


QBが割り込んできた。


「驚かせたかな?」

「いきなりしゃべりかけられると殺意がわく」

「ごめんなさい」

「なんでマミが謝んの?」


マミは「つい」と真面目な顔をした。
302 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 14:18:26.32 ID:AjtdeEYho

「そうだ、マミの携帯にさやかから何か連絡入ってない?」

「そう言えばさっき何か鳴ったかも」

「めんどくさがらずにこまめにチェックしろよ」

「あなたにだけは言われたくなかったわね」


充電中のそれをとりあげて画面を確認する。


「メールが一件。マミさんおかえりなさい、アタシは家で今から寝ます。起きたら遊びに行ってもいいですか。後でメールします、だって。いつでもどうぞって返すわね」

「うん」


あの部屋にはずっと訪れることができないでいる。今すぐ眠るさやかの隣に潜り込みたい。


「仲がいいのね?」

「えっ?」

「美樹さんと。あなたのそういう顔は見たことがなかった」

「なんだよ、どんな顔したんだよ」

「んー……切なげな、なんというかちょっと色っぽいというか」

「頼むからやめてくれ!!!」


たまらず叫んだ杏子に「ごめん」と笑いながらマミが謝った。


「いや自分で聞いたんだった……それじゃあマミ」

「ええ」

「本題に入るとするか」


マミはニコニコしている。


「なんでも聞いて。どう説明したらいいのかわからないの。
質問してもらえると助かるわ」

「うん、それじゃあさ」
303 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 14:30:07.63 ID:AjtdeEYho

一息置いて、気持ちを整えた。


「マミは、人間なのか?」

「単刀直入ねえ」

「ほむらにもそう聞かれた。マミはちゃんと人間なのかって」

「なんて答えたの?」

「マミだったって」

「そう」


どう言えば正確に伝わるか、マミは考えながら話す。


「人間だと自分では思っているけれど。
ところであなたはどうなの? 魔法少女は人間かしら?」

「人間だよ、間違いなく」

「良かった。揺らがないでね。その思いはとても大事なの」

「大事?」

「ええ、あなたたちが人間だということは、私と違って確実なの」

「あんたは確実じゃない?」

「ええ」

「つまり人間じゃない?」

「そうとも言えてしまう」

「じゃ、確実に人間ってのはどういうこと?」

「身体とその魂を持っていること、かな」

「分離されてっけどな」

「ええ」

「あんたはどう確実じゃないんだ」

「身体も魂もインキュベーターに属している。融合している、と言えば近いかしら」


何を言っているのか、理解できなかった。
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage saga]:2017/04/05(水) 14:44:25.76 ID:6t3A4HZho
今のマミさんは殺しても新しいマミさんがどこからともなく出てくるの?
305 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 14:46:18.41 ID:AjtdeEYho

「パパ」

「おや、早いねまどか。おはよう」

「おはようパパ」


台所で忙しく立ち働いていた知久だが、娘の様子がいつもと違うのに気付いて手を止めた。コンロの火を消してまどかと向かい合う。


「どうかしたのかい?」

「ほむらちゃんが熱を出してるの」


まどかは隣で眠るほむらの早い呼吸音で目を覚ました。声をかけても返事がなく、額に掌を当てて熱さに驚いた。


「それはいけないね。何度か計ってみた?」 

「八度九分。今日と明日は家で看病していいよね?」

「一人暮らしなんだよね。うん、うちでゆっくり休んでもらえばいい。
今からお粥を炊くから持っていってあげて。とりあえず、これ」


常備してあったペットボトルの経口補水液を数本とコップをのせたお盆を受け取った。


「少しずつ飲ませてあげるんだ。わかった?」

「わかった、パパありがとう」
306 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 14:51:33.07 ID:AjtdeEYho

そこはいつもの病室で、天上に部屋の中をまんべんなく見渡せる半球状のカメラがある。中で丸く赤い光がキョロキョロと動いている。

腕の内側に点滴の針がテープでしっかり固定されていた。そこから延びたチューブは点滴台にかけられたパックに繋がっており、決められた分量の薬液をほむらの体内に送り込む。

ドアが遠慮がちに開いて看護師が入ってきた。ベッドの足元から回り込んで点滴台のデジタル表示を確認し、手元のボードにさらさらと何か書き込んでトレイをベッド横のテーブルの上にそっと置いた。

部屋の窓は遮光カーテンが引かれて薄暗く、元々目も悪い。だから看護師の顔はよくわからなかった。ほむらは「今何時ですか」と尋ねた。


「あ、起こしちゃった? もうすぐ七時だよ
気分は? 喉乾いてない? お腹空いてない?」

「朝の?」

「もちろん朝だよ」

「そうですか」


優しそうな人だったので、ほむらは天井のカメラのことを頼んでみた。


「できれば、カメラを切ってもらえませんか? 気になってしまって」

「え? なんのこと?」

「天井のあれです」


(天井のあれって何? っていうかどうして敬語……?)


彼女が指差すなんの変哲もない自室の天井を見上げて、まどかは困ってしまった。とりあえず調子を合わせることにする。
307 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 14:55:14.76 ID:AjtdeEYho

「ええと、わかったよ、ほむらちゃん」

「ありがとうございます」


ほむらはそう言って身体を起こし、片手で枕元やそのもう少し広い範囲を探り始めた。


「どうしたの? 何かなくしたの?」

「あ、いえ……眼鏡が……ここに置いていたはずなんですけど……
おかしいな、ない……どこ……」

「ほむらちゃんっ!?」


まどかは衝撃を受けて少し声が大きくなってしまった。


「は、はい?」

「あのね」


(なんて言おう)


「何でしょうか?」

「ええと、今眼鏡がどうしても必要?」

「お手洗いに行きたいんです。眼鏡がないと足元すらぼんやりとしか、見えません」

「そうなんだ……じゃあ、連れて行ってあげるね」


あるはずのない眼鏡を探す間中ほむらは逆の腕を脱力させたままでいた。まどかの目にそれがとても不自然に映ったが、ほむらにしてみるとそちらは点滴針の刺さった腕なので自由には動かせないのだった。


「……お願いします」


チューブに絡まないように注意しながら立ち上がり手を引かれ、点滴台を転がして部屋を出た。
308 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 15:00:32.16 ID:AjtdeEYho

まどかが空になった一人用の小さな土鍋と取り皿を台所に下げに来ると、遅く起きた詢子がコーヒーを飲んでいた。知久とタツヤは買い物ついでに公園まで遊びに行ったらしい。昨夜の悪天候がウソみたいな晴天だ。


「やあ、まどか。ほむらちゃんは大丈夫なのかい?」

「大丈夫……だと思うよ」


練梅をのせた塩粥を「おいしいです」と時間をかけて丁寧に食べきってくれた。咳もしていないし、吐き気や腹痛、頭痛もないらしい。


「そっかそっか」

「でもさ、少し変なの。私のことがわかってないみたいで」

「あん?」


母親にほむらの行動について相談してみた。


「ああ……譫妄ってやつじゃないかな、そりゃ」

「せんもう?」

「熱で幻覚を見てるんだな。薬の影響とかじゃないのか?」

「わかんない、幻覚なのかな……それにしては妙にはっきりお話するんだけどな」

「入院してたんだろ? 今飲んでる薬があるんじゃないのかい?」

「んー、そう言えばそんなことを早乙女先生から聞いたけど……」


(多分、ちゃんと飲んでないんだろうなあ)


「担任なら知ってそうだな。和子に電話してみるか。
長患いの子ってのは血液型やら薬やらの情報をひとまとめにして携帯してたりするんだ、

保険証なんかと一緒に。いつ何があるかわかんないからな。
そういうの見当たらないか?」

「……うん、わかんない」

「いざとなったら持ち物ひっくり返して探してあげな」

「うぇ?」


(でもきっと、そういうのも持ってないだろうなあ) 


「まっ、もうしばらく様子を見よう。熱もびっくりする程高いってわけでもないしな。
ちゃんと食べて飲んで、また眠ったんだろ?」

「うん」
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 15:04:24.32 ID:AjtdeEYho
>>304
気になる?
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 16:41:25.22 ID:6t3A4HZho
>>309
気になる!
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 17:06:02.31 ID:AjtdeEYho
>>310
そうなんか(考)


次の1レスで今日のは終わり
312 : ◆GXVkKXrpNcpr [saga]:2017/04/05(水) 17:09:54.56 ID:AjtdeEYho

「こんなこと言いたくないけど、あの子の親はどうしてんのかね?
病気の子を一人暮らしさせるってなんなんだろうな」

「……」

「ま、他人の家の事情なんぞ知ったこっちゃないが」

「……」


(そういや、ほむらちゃんてもうどれくらい自分のママやパパに会っていないのかな)


難しい顔で黙ってしまった娘に、思わず「ふふふ」と笑いがこぼれた。


「ほむらちゃんが心配か」

「当たり前だよ」

「いい子だろ?」

「はい、とても」

「あっ!」


まどかの背後に身支度を整えたほむらが立っていて、詢子にぺこりと頭をさげた。


「ほむらちゃん熱まだ下がってないでしょ、大丈夫?」

「起きて歩ける程度には大丈夫よ」

「よかった、元に戻ってる」

「元?」

「私と話したこと、覚えてない?」


一から説明されても全く身に覚えがなかった。思い出せるのは「きゅっぷい」までだ。


「ちょっと話さない?」


ほむらに椅子をすすめながら詢子が言った。不安そうにまどかが母親の顔を見ると心配しなさんな、とウインクが返ってきた。
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 19:01:01.46 ID:6t3A4HZho
おつ
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 19:50:36.84 ID:KDOyD8MuO

ただの熱ならいいんだけど
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/04/05(水) 19:59:42.28 ID:NurLkLJco
乙でした
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/06/09(金) 01:49:14.91 ID:Z+ivalPfo
ほしゅ
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/07/12(水) 03:48:53.38 ID:jvG4LKCqo
保守
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします [sage]:2017/08/29(火) 04:43:13.43 ID:WEGaL92po
ho
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