他の閲覧方法【
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報R
更新
全部
最新50
【グラスリップ】透子「かけるくん?」
Tweet
1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 19:40:26.53 ID:DvK9a+dU0
†
ピアニストの母さんは、職業柄なのか、人柄なのか、ひとところに留まらない人だった。
それが原因で、子供の頃から俺は各地を転々としてきたけれど、そのことで母さんを恨んだことはない。
むしろ、母さんのしていることは、それがなんであろうと、正しいように感じられた。
母さんのような生き方に、憧れていた。
広い世界を飛び回る、まるで翼が生えているような、母さんの背中。
その後ろについていくことを許されたのだから、俺は恵まれていた。
母さんの生き生きとした姿を間近に見ることができて、俺は誇らしかった。
……ただ、一つだけ。
この胸にわだかまる気持ち。
ふとした瞬間に襲いくる痛み。
それだけが、ずっと、影のようにぴたりと付いてきて、俺を苦しめた。
しかし、それも俺が完全な人間になれば。
散らばる断片を集めて完成した形になれば。
いつか、何かしらの決着をつけられるはずだ、と。
そう、思っていた。
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 19:54:56.47 ID:DvK9a+dU0
<第1話 花火>
転校は初めてじゃない。
ただ、これが最後になるかもしれなかった。
高校三年生の夏。
進路を決めるのに、腰を据えて考えられたほうがいいだろう、と誘われて、俺は父さんの地元で一緒に住むことになった。
そうと決まれば、それまで住んでいたところを離れ、学校も変える。
いつもしてきたことだ。
『新しい場所でうまくやっていけるだろうか?』
『やっていけるとも。これまでそうしてきたようにな』
車窓に映る《俺》たちが、他人事のように軽い調子で言う。
『それにしても、やけに人が多くないか?』
『祭りでもしているんだろう。花火の音が聞こえるし、華やかな装いの人も多い』
『このあたりでは有名な祭りなのかもな』
『人が増えないうちに、さっさと父さんの家に向かおう』
俺は《俺》たちが喋るのをただ聞いていた。
汽笛が鳴り響き、電車が石橋の下をくぐる。
外の景色が遮られ、窓に映る《俺》たちの顔が、元の俺の顔に置き換わった。
混み合う車内で一人、重たい荷物を抱え、退屈そうに押し黙る俺――沖倉駆と目が合う。
三両編成の古そうな電車が、乗客の重さに耐えられないというように、軋みながら停車する。
『日乃出浜港駅』
日の沈む日本海の港町なのに、日の出。あべこべな印象を受ける地名。
電車が止まり人が動き出すと、俺もその流れに乗って電車を降りる。
花火が打ち上がり、前をゆく乗客が歓声を上げながら立ち止まった。
俺は歩みを止めず、視線を足元に向け、空いている僅かなスペースを見つけて、ごったがえす人々の間を抜けていく。
まるで幽霊か、透明人間にでもなったかのように。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 20:07:16.43 ID:DvK9a+dU0
『花火、少しくらい見ていかないのか?』
ほとんど歩く機械みたいになっていた俺を見かねたのだろう、《俺》が苦笑気味に言う。
『よせよ。俺は祭りが苦手なんだ。知ってるだろ?』
何も答えない俺の代わりに、もう一人の《俺》が俺を擁護する。すると、花火が見たいらしい《俺》は、納得いかないといったように言い返した。
『祭りが苦手、とはちょっと違うだろう』
『なら言い方を変える。祭りにはあまりいい思い出がない』
結局、《俺》は《俺》にやり込められてしまい、名残惜しそうにため息をついた。
『花火……綺麗だと思うんだがな。今日見逃すと、次はきっと来年だろうに』
来年――それは果てしなく遠くのことのように思えて、うまく想像できなかった。
高校を卒業して、来年の今頃、俺はどうなっていて、何をしているのだろう。
少しくらいは変われているだろうか。
今の俺に足りない、欠けている何かは、手に入っているだろうか。
それは、どこに落ちている?
どこを探せばいい?
どうしたら俺は完全になれる?
そもそも、俺に欠けているものとは一体なんなのか――。
思考がいつもの袋小路に迷い込んだ、その瞬間だった。
どんっ……!
と、ひときわ大きな花火が打ち上がり、そして、
《――やっと見つけた――》
「っ……!?」
不意に聞こえる、俺自身の《声》。
空耳や幻聴とは違う、《未来の欠片》と名づけた現象――それは今までにも何度もあった。
しかし、今回の《未来の欠片》はやけにはっきりと聞こえた。
それだけじゃない、《声》と一緒に『打ち上がる色とりどりの花火』までもが『見えた』。
実際の花火を、俺がこの目で見たのではない。俺はずっと下を向いて歩いていたから、見えるはずがないのだ。
なのに今、確かに花火が――立っている俺よりももっと地面に近い視点から見上げた花火が――見えた。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 20:11:26.57 ID:DvK9a+dU0
何が起こっている?
《未来の欠片》で何かが見えたことは一度もない。
明らかにこれまでのものとは違う。
俺はその理由を求めて、周囲を見回す。
すると、山吹色の帯に桃色の浴衣を着た、明るい髪色の女の子の姿が目に飛び込んできた。
露店の前にしゃがみ込んで、鈴のようなものを手にしている。
ちょうど『彼女の視点』からなら、俺に『見えた』のと同じように花火が見えるのではないか――?
『声をかけてみるか』
『なんて言って? 完全に不審者だろ』
『今みたいなのはこれっきりかもしれない。理由を突き止めておかないと』
『だが、彼女が原因だと決まったわけではないだろう』
『その時はその時で、いっそナンパしたらいいじゃないか』
『いや、まあ、可愛らしい子だとは思うが――』
そのとき、彼女がこちらの視線に気づいて、振り返る気配がした。
《俺》たちの意見もまとまらず、困惑も大きかった俺は、逃げるようにその場を去った。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 20:28:12.54 ID:DvK9a+dU0
翌日、俺は転校の手続きに必要な書類を受け取るため、日乃出浜高校を訪れた。
既に夏休みに入っていたので、登校している生徒は少なかった。野球部員がグラウンドで練習していたり、美術部員がなぜか放し飼いにされている鶏をスケッチしていたりと、そんな程度。
閑散とした校舎に入り、担当の先生と会って、少し話をした。しかし、昨日のことが気になって内容が頭に入ってこない。俺は適当なところで話を切り上げ、そそくさと帰り支度をした。
日差しが遮られて薄暗い昇降口から、炎天下の屋外へと足を踏み出す。
ふと、つば広の帽子を被った美術部員の姿が目に留まった。
少し癖のある、長い髪の女の子。その明るい髪色に、俺はハッと息を飲む。
「……君だったのか」
再会できるとは――それも昨日の今日で――思ってもみなかった。
俺の《未来の欠片》に、何らかの変化を齎した……かもしれない存在。
同じ学校の生徒ならば、声をかけても不自然ではない。もし違っていても、その時はその時。ひとまず自己紹介をして、それとなく探りを……。
「――ダビデ!」
振り返った彼女は、開口一番、驚きに満ちた表情でそう言った。
「ダビデ……?」
意味がよくわからない。
いや、ダビデとはイスラエルの王の名か、あるいは美術部員ならば、あの有名な石像のことを指しているのだろう。
しかし、なぜ俺を見ての第一声が、ダビデ?
……少し変わった子なのかもしれない。
「おおい、きみー、これ」
話の端緒を探っていると、先ほどの先生が俺を追ってやってきた。転入手続きに必要な書類を持ってきてくれたのだ。すっかり本来の用事を失念していた俺は、礼を言ってそれを受け取った。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 20:35:08.72 ID:DvK9a+dU0
「ありがとうございます」
先生が校舎へ戻っていくのを見届けてから、俺はスケッチを続ける彼女の隣に、ゆっくりと腰掛けた。
「面倒だよね。転校って」
こういう雑談はそれなりに得意だと思っている。ひとまずは、様子見だ。
「何年生?」
彼女はあまり警戒することもなく、自然に話題に乗ってきた。
「三年」
「同じなんだ。三年で転校って大変だねえ」
相手に合わせているというよりは、心から共感しているような言い方。素直な子なのだろう。話しやすい、と感じる。
「名前、なに?」
「深水透子」
フカミ、トウコ――綺麗な響きだと思った。
ガラスとガラスが優しく触れ合う、風鈴の音色のような響き。
「トウコ」
気づくと、俺はその名を口にしていた。
いきなりの呼び捨てに、彼女――トウコが困惑するのが伝わってくる。
けれど、トウコは気恥ずかしそうにするだけで、俺に対して線を引いたり壁を設けたりはしなかった。
やはり、ちょっと変わった子だ。もちろん、いい意味で。
「この間、花火大会の日、君を見た。鈴、買ってたよね」
やや踏み込んだ言い方をしてみる。
どうだろう、さすがに不審がられるだろうか?
俺はちらりと、トウコの表情を伺う。すると――。
「あっ、待って、ジョナサン!」
トウコは急に立ち上がって、校庭に放し飼いにされている五羽の鶏のうち、デッサン対象なのだろう一羽のところへ走っていく。
「ジョナサン?」
何気ない問いかけだったが、トウコはこの鶏たちを可愛がっているのか、詳しく教えてくれた。
「鶏の名前。他にもフッサール、孔子、ロジャー、真葛がいるの。学校のみんなで飼ってるんだけど、一番世話してるのは倫理の先生かな。ジョナサンだけは他から来た子なんだけどね」
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 20:44:27.48 ID:DvK9a+dU0
『他から来た子』――その単語が、胸の奥に無断で手を突っ込まれたように、嫌に耳についた。
「……だから一羽だけ浮いてるのか」
少し暗い調子でそう呟いた俺に、トウコが不思議そうに振り返る。だが、俺が何も言わないでいると、彼女はまたデッサンに戻った。
「放し飼いだから、描きづらいったらないのよ」
「なら、小屋に入れればいいのに」
トウコに悪気はないとわかっている。なのに、どうしても言葉に棘が出てしまう。気を落ち着かせなくては。俺は立ち上がり、ジョナサンなる鶏をよく見てみようと歩み寄る。
「私の勝手で小屋に入れるなんてできないよ。かわいそうだし」
何気なくそう呟く、トウコ。
「なんでジョナサン逃げないの? すごいね」
確かに、ジョナサンは俺が近づいても反応らしい反応を見せない。
いや、それよりも、俺はまた彼女の言葉に引っかかりを感じてしまう。
「……かわいそう?」
それはつまり、小屋に入れるのを良しとは思ってないということ。
言い換えれば、放し飼いの肯定だ。
けれど、彼女はきっと、知らない。
「好きなとこ歩けたほうがいいでしょ?」
色んな街を見られて楽しそう、自由な生活が羨ましい――誰もが口々に言った。
「それはトウコの価値観だろ」
あてどもなく歩き回ることが、いいことばかりとは限らない。
小屋の中での生活だって、そう悪いことばかりじゃないはずだ。
一つの場所に留まる人々ほど、そのかけがえのなさに気づかない。
「ええっと、自分から檻に入る動物なんていないし……」
「それは彼らに、選択肢が不足しているからだよ」
生まれてからずっと同じ街に住み続けるのか。
それとも、飛び回るように様々な街を移り住むのか。
子供の俺には、母さんについていく以外の選択肢はなかった。
それが間違っていたとは思わない。
けれど、もしも、自分の意思でどちらかを選べたなら。
あんな経験をすることもなかったんじゃないか?
仮にしたとしても、それは俺自身で選択した結果なのだと、納得できたんじゃないだろうか?
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 20:51:08.02 ID:DvK9a+dU0
「ここは港町だし、猫もたくさんいる。――襲われる可能性は考えない?」
「魚でお腹いっぱいだから大丈夫っ! ……たぶん。今まで猫に襲われたっていう話、聞いてないし……」
「猫以外は?」
直接的な外敵なんかではない。
もっと概念的なものに、不意に襲われる可能性。
「ジョナサンは飛んで逃げ――」
そう言いかけて、彼女は俺のことを見、ぎょっとしたように表情を強張らせる。
「へ……?」
自分でもわかっている。こんなの、幼稚な八つ当たりでしかないと。
本気で彼女を困らせたいわけでも、ジョナサンを傷つけたいわけでもない。
それでも、つい、試したいと思ってしまった。
「いったいなに!?」
俺の醸し出す不穏な雰囲気に、彼女が焦ったような声を出す。
「……飛んで逃げるんだろ」
他にどうしようもないなら、そうするしかないだろう。
「俺は敵? 味方?」
唐突に現れる、強大で、自分ではとても太刀打ちできない、何か。
ちょうど、ジョナサンにとっての、今の俺のような。
そんなものに襲われたときには、どうするのが正解なのだろう。
敵として、戦いを挑んで必死に抗えばいいのか?
味方のように、自らの一部として受け入れるしかないのか?
それとも、飛び立って、捉われないよう、どこまでも逃げる?
ジョナサンは、どうするだろう? 俺はどうすればよかった? あるいは彼女なら――。
「それならジョナサンは、私が守るからっ!」
想定していなかった答えに、面食らった俺は、言葉を失った。
……守る? 君が――?
彼女はジョナサンを庇うように俺の前に立ち塞がり、決意に満ちた瞳で見つめてくる。
素直で、暢気そうで、少し天然風な女の子――そんな素朴な印象が、上書きされる。
俺の《未来の欠片》に何らかの変化を齎したかもしれない存在。
フカミトウコは、どうやら、かなり変わった子のようだった。
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 20:57:42.87 ID:DvK9a+dU0
*
あんなことをしでかして、結局、俺は彼女に《未来の欠片》のことを切り出せずに終わった。
けれど、もちろん、一歩目で躓いたくらいで諦めるつもりはない。
狭い街だからだろう、少し聞き込みをするだけで情報は手に入った。
彼女――深水透子は、普段はカゼマチという喫茶店に数人の仲間とたむろしているらしい。
早速、俺はその喫茶店を訪れた。
からん、と、どこか懐かしい音色でカウベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
すらりと背の高い、大きなリボンが特徴的な子に迎えられ、好きな席に座るよう案内される。
俺は手近な席に落ち着いて、店内を見回す。すると、奥のテーブル席に透子の後ろ姿を見つけた。
話しかけるタイミングを伺っているうちに、先ほどのリボンの子がエプロンを脱いで透子のいる席へ向かう。
俺は静かに席を立った。
「なんでいきなりあんなことしようと思ったの?」
「えっと……転校生がね、三年で、ダビデみたいな――」
近づくにつれ、壁で遮られていたテーブル席の様子が見えてくる。
集まっているのは、透子とリボンの子を含めて、五人。
最初に俺に気づいたのは、透子の正面に座るリボンの子だった。
「……ん?」
そして最後に振り返ったのが、当の本人。
「俺のこと?」
「あっ……!?」
背後から話しかけたせいか、透子はかなり驚いた様子だったが、わりあいすぐに気を取り直し、物言いたげな仲間たちのほうへ向き直った。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 21:01:17.60 ID:DvK9a+dU0
「紹介します。ええっと、名前は――」
「沖倉です」
「沖倉ダビデ?」
カチューシャで前髪を上げた男が、そんなとぼけたことを言う。きっと人が良いのだろう、彼からは敵意を感じない。
ただ、彼の隣にいる眼鏡の女の子、それに透子の隣にいる目つきの鋭い男からは、かなり不興を買っているように思う。
リボンの子は――どうなのだろう、じろじろと俺の顔を見てくるが、敵意よりは興味を持たれている感じだ。
「私、ジョナサンのこと考えているつもりで――」
透子が昨日のことで俺に何か伝えようとする。だが、その言葉は途中で遮られた。
「ってか、なんだ?」
がたっ、と目つきの鋭い男が立ち上がる。背が高い。それに何かスポーツをしているのか、身体が引き締まっている。凄まれると、なかなかの迫力だ。
「男子がいるのは想像の範囲内だったけど……」
透子に話しかけただけでこんなに睨まれるとは――ちょっと厄介だな。
「なんなの?」
男に続いて、今度は眼鏡の女の子が立ち上がった。よほど俺が不審に見えるのか、あるいは、透子が仲間内でかなり大事な立場にいるのか。リボンの子も、二人の不穏な反応を見て、俺という異分子に警戒心を抱く。
長居するのは得策ではないらしい。用件だけを告げて、退散するとしよう。
「――透子」
《未来の欠片》について、どうやって切り出すか、いくつか用意してきた。
その中で、最も手短でかつ端的な台詞を、俺は口にする。
「俺はあの日、君と同じものを見た」
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 21:13:31.09 ID:DvK9a+dU0
唐突な当たり前のグラスリップSSです。
このSSは完全かけるくん視点なのでヒロくんはもうラストまで出てきません。
第2話はしばらくしたら更新します。
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 23:10:29.16 ID:DvK9a+dU0
†
その《声》のことは、母さんにも、もちろん父さんにも、話したことはない。
あれは、忘れもしない、あの夏祭りの日。
家へと続く道を悄然と歩いていた俺の元に、それは通り雨のようにふらりとやってきた。
《――またな――》
その時は、何かの空耳かと思い、気にも留めなかった。
しかし、その街を出ていくことになって、みんなに別れを告げたとき。
『……またな』
無理に笑って再会を約束する自分の声に、俺は強い既知感を覚えた。
以来、俺はその《声》を、それなりの頻度で耳にするようになった。
大半は意味のないノイズだったり、おぼろげで何を言っているのかわからなかったりしたけれど、かろうじて聞き取れた《声》は、ほとんどの場合、少しあとになって俺が言うことになる言葉だった。
母さんのあとについていくのに精一杯で、自分が今どこにいて、次にどこへ向かうかもわからなかった幼い俺にとって、その《声》は闇夜の灯台のように感じられた。
今はまだ不完全な俺だけれど、その《声》の示す場所へ向かうことで、いつか完全な形を手に入れることができるかもしれない……。
いつしか、俺はその《声》を待ち望むようになった。
《声》について、もっと多くのことを知りたいと思った。
少しでも《声》の正体に近づければと思うようになった。
そしてついには、《声》それ自体が、現実の、現在の俺の欠落を補ってくれる、何かの部品のようなものなのではないか、と考えるようになった。
胸にわだかまるこの気持ちを、いつか埋めてくれる小片。
ゆえに。
暗い海の底か、あるいは、はるか遠くにある大地にでも落ちていくような感覚の中で。
藁に縋るような、淡く、それでいて切実な期待を込めて。
俺はその《声》に、《未来の欠片》という名をつけた。
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 23:16:14.15 ID:DvK9a+dU0
<第2話 ベンチ>
「俺はあの日、君と同じものを見た」
そう告げた俺に、透子は何も答えることはなかった。
代わりに反応したのは、周りにいた透子の友人たちだ。
「同じものって……」
カチューシャの彼は、状況についていけない、と戸惑っている様子。
「あんた、透子のなに?」
目つきの鋭い彼は、俺への敵意を隠そうともしない。
「ちょっと」
そんな彼を諌めるのは、気の強そうなリボンの子。だが、彼は構わず質問を重ねた。
「ここにも透子に会いにきたわけ?」
「ああ」
「ああ、って……」
そんなの見ればわかるだろう、と開き直った態度で肯定した俺に、彼は言葉に詰まったようにうめいた。
「どうして場所がわかったの?」
鋭い質問をしてきたのは、眼鏡の女の子。直情的な彼よりも、彼女のほうが手強そうだ。俺は誤解されないよう、なるべく正直に答える。
「ここが君たちのたまり場なんだろう?」
「そうだけど……」
次なる質問はなかった。しかし、会話が途切れたことで、かえって彼らからの視線が痛い。透子の返事はまだ受け取っていないが、これ以上待ってもさらなる面倒が起こるだけだろう。
「明日の十一時、麒麟館の展望台で待ってる」
透子の耳元に囁き、俺は踵を返す。透子が困惑したように振り返り、例の彼氏が声を荒らげて俺を呼び止めたが、一切を無視して俺は店を出た。
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 23:26:55.15 ID:DvK9a+dU0
*
そして、翌日。
父さんの家のリビングのリクライニングソファの上で、俺は母さんの演奏する夜想曲を聴いていた。
『昨日は随分と思い切りがよかったな』
『けど、確実に反感を買った』
仕方がなかったんだ。時間も無限ではない。少し強引なくらいでないと。
『俺にしか聞こえない《声》なんて、よくわからないものに巻き込むんだからな』
『それでも、周りの彼らはまだ、適切な距離を置けばいいさ。ただ、深水透子――彼女には、どうしたって迷惑を掛けることになる』
そこは、俺も彼女に悪いと思ってる。でも、だからこそ急がなければならない。
『彼女も受験を控えているだろうから、期限はこの夏休み中か』
『忙しくなりそうだ』
『でも、ようやく巡ってきたチャンスだ』
『逃すわけにはいかない……な』
《俺》の言う通り。
こんな偶然はきっと、最初で最後。
今まで形のはっきりしなかった《声》――《未来の欠片》。
その正体に迫る手がかりを、俺はあの花火の日、《やっと見つけた》。
ずっと知りたかったことが、わかるかもしれないんだ。
掴もうとしても掴めなかった、《未来の欠片》の本当の意味。
不完全な俺に足りないもの、今の俺に欠けているものが、一体なんなのか。
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 23:37:18.67 ID:DvK9a+dU0
『何はともあれ、今日の約束に深水透子がどう応じるかだ』
『彼女の協力は必要不可欠なんだから、うまくやれよ』
わかってる……やれるだけのことはやるさ。
決意を固めると、俺は逸る心を鎮めるため、母さんの演奏に集中する。
深く呼吸をして、身体の力を抜いていく。
そうして音楽に聴き入り、無心になれたかと思った、次の瞬間だった。
《――あなたの欠片は見つかった?――》
「っ……!?」
またしても、かつてないくらい、はっきりと聞こえる《声》。
それも俺のじゃない――『深水透子』の《声》だ。
「……油断した……」
母さんの演奏を聴いていると《声》を聞きやすいのは、わかっていたはずだ。
ただ、『深水透子』の《声》が聞こえるというのは、完全に想定外。
これは……しかし、やはり彼女が何らかの鍵を握っているということなのか?
「済まないな、部屋の準備が間に合わなくて――」
聞こえた《声》について考えを巡らせていると、ダイニングにいた父さんが話しかけてきた。
庭のテントのことで詫びられたが、好んでああしているのは俺だ。今までふらふらと各地を飛び回ってきたから、急に自分の部屋ができるのは違和感があった。
「そうだ、これから出かけるから、昼飯いらないよ」
そう伝えると、父さんは冗談めかして返した。
「なんだ、デートか?」
デート――言われて、俺ははたと気づく。
同年代の女の子と待ち合わせるのは、客観的に見れば、そういうことになるのか。
「……うん」
まさか『《未来の欠片》の正体を探るため』とも言えず、俺は頷いた。
それにしても、デート、か。
昨日喫茶店で会った深水透子と、彼女の友人たちの姿が思い浮かぶ。
たが、今更後には引けない。
俺にできるのは、俺の我儘で起こる面倒が少しでも小さくなるよう、祈ることくらいだった。
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 23:46:05.92 ID:DvK9a+dU0
*
来ないという可能性も考慮していただけに、女の子一人が同伴しての登場とは、昨日の突貫はかなりの成果を上げたと考えていいだろう。しかし――、
「やあ、こんにちは。君は昨日の……」
「永宮です」
同伴者がこの眼鏡の子――永宮となると、かえって対応は難しい。彼女に下手なごまかしは通じないだろう。何もかもを喋るわけにもいかないが、話せる範囲で誠意を見せるしかない。
「永宮は、透子が心配でここにきた?」
答えがイエス以外にありえないのは、俺を睨む永宮の表情でよくわかった。
腹の探り合いでは埒が明かない。ここは単刀直入にいこう。
「どうしたら君の信頼を得られる?」
「透子ちゃんに近づかないで!」
拒絶――永宮は、得体の知れない俺を端から信用していないらしい。
となれば、信じるか信じないかではなく、損か得かで決断を迫るのがいいか。
「……もし、俺が透子の悩みの一部を解決できるって言ったら、どうする?」
確証はないが、起こった現象や透子の反応から、俺はある仮説を立てていた。
「透子には、何かきっかけがあると、幻覚のようなものが見えるんじゃない?」
あの花火の日、それまで《声》だけだった俺の《未来の欠片》に、《映像》が付随した。
もし、その変化を齎したのが透子なら、その《映像》はきっと彼女に由来するもののはず。
その先は俺の体験からの類推でしかなかったが――、
「さっちゃん、私、沖倉くんと話したい」
どうやら、そう的外れではなかったようだ。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 23:51:34.60 ID:DvK9a+dU0
「でも……」
永宮はなおも反対したが、最終的には透子の意思を尊重することに決めた。
「透子ちゃんを、助けてくれるのよね?」
「……恐らく」
俺と短いやり取りを交わし、永宮は俺と透子を残して席を外す。ただし、
「うちのグループ、恋愛禁止だから」
そう、しっかりと釘を刺していく。
……父さんといい彼女といい、やはり、そういう捉え方になるのか。
しかし、永宮の懸念は少しだけピントがズレている。
俺は透子とそういうことをするつもりはないし、透子にもその気はないだろう。
だから、何かあるとすれば、それはきっと、俺が現れたことで仲間内の人間関係が変化する、という形で訪れるに違いない。
部外者の俺に気を取られて、近くのものを見落とすようなことにならなければいいが――。
「そういうの、すぐ崩れると思うけど」
釘を刺された意趣返し、というわけではないが、やんわりと警鐘を鳴らしてみる。
永宮は細い眉を顰め、それから心配そうに透子を一瞥すると、静かに階段を降りていった。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/03(水) 23:54:34.34 ID:DvK9a+dU0
*
いざ透子と二人きりになってみると、自分でも意外だが、多少の緊張があった。
それもこれも父さんや永宮の一言のせいだ――というのは、さておき。
あまり長い間二人でいると、永宮が上がってくるかもしれない。
限られた時間の中で、うまく説明できるといいのだが……。
「透子は自分の才能についてどう考えている?」
「自分の才能?」
「能力と言い換えてもいい。君の幻覚の話」
手短に、かつ端的に――そんな俺の急いた気持ちを察してか、それとも単なる天然か、透子は言う。
「あの、外に出ない?」
……この子と話していると、ペースを狂わされてばかりだな。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/04(木) 00:00:56.70 ID:dmglIwuH0
*
クーラーの効いた室内から外に出た瞬間、痛いほどの日差しが肌を焦がした。
「暑い……」
自ら進んで外に出たはずの透子だが、早くも後悔しているようだった。
どこまでも飾らないというか、感情がそのまま表に出るというか、少し抜けてるというか。
その屈託のない横顔を見ているうちに、俺は自分が彼女にひどい詐欺を働いているような、心苦しい気持ちになってくる。
「俺、透子に謝りたいことがある」
「え?」
いきなり謝罪を申し出られた透子は、そうだっ、と見当をつけて、まったく見当外れのことを言った。
「あんな一方的に約束して、もし来なかったらどうするつもりだったの?」
「そのときは何度でも会いに行くさ」
なぜそんなわかりきったことを訊くのだろう。
まあ、それはいいとして、まずは謝罪からだ。
「今日、少し油断してたんだ。だから、透子の《声》を聞いてしまった。ごめん」
「あの、意味がよく……」
「断りもなく、未来の《声》を聞いてしまったから」
「私の、未来の声?」
「うん」
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/04(木) 00:08:18.77 ID:dmglIwuH0
言いながら、俺は透子の反応を伺う。
すると、彼女はどういうわけか瑣末なことをぶつぶつと呟き始めた。
「……謝るってことは、誰にも聞かれてないと思ってお風呂場で歌を歌ってたり、いや、そんなことより、まさかテストの点、呟いてないよね……」
「どっちでもない」
「よかったぁ」
透子はほっと安堵のため息をつくが、その様子がどこか空とぼけているように見えて、俺はつい意地悪なことを言ってしまった。
「悪いの」
「え?」
「テストの点」
「フツーそこ聞かないよ、察して!」
今度はむうっと頬を膨らませる。ころころとよく表情の変わる子だ――と、脱線はこれくらいにしなくては。
「信じてくれるんだね?」
「今、ウソだっていえば許すよ、三秒ルールで」
「……嘘じゃない」
真剣な声音でそう言って、俺はまっすぐに透子を見つめる。
透子は俺の視線から逃れるように俯き、黙り込んでしまった。
先ほどまで豊かに変化していた表情が、強い日差しに翳る。
悄然と肩を落とすその姿に、俺は自分の性急さを悔いた。
この子は――透子は、たぶん、自分の不安や動揺を胸の内に抱え込むきらいがあるのだろう。冗談みたいなことを言ったのも、場を和ませようとしてのことかもしれない。だとしたら、悪いことをした。
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/04(木) 00:14:57.31 ID:dmglIwuH0
「……こないだの祭りの日」
彼女を不安にさせないよう、俺はなるべく穏やかな口調で、そう話を続けた。
「俺は初めて《映像》と《声》――両方の合わさった《欠片》を見た」
「かけら……?」
透子は俺の言い回しに首を傾げたが、心当たりがあったのだろう、これまでで一番それらしい反応を見せる。
「声を聞いたの……初めてだった」
あの日、俺が聞いた《声》は透子にも聞こえていたらしい。俺はさらに続けた。
「俺の聞いてきた未来の《声》。それを俺は、《未来の欠片》と呼んでいる」
「未来の、欠片――」
「透子に見えているのもそうだ」
「っ、私に未来が見えるの!?」
「恐らく」
「どうやって……!?」
未来という要素に心を引かれたのか、透子の声に明るさが戻り、話はとんとんと進んでいく。
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/04(木) 00:27:19.72 ID:dmglIwuH0
「幻覚のようなものが見えるとき、何かきっかけがあるだろう?」
「……うん」
「それがあると、たぶん見えやすい」
すると、透子は首から下げたネックレスの飾り玉に触れた。
「ガラス、でいいの?」
「うん。きらきらしたものとかなんだけど、ガラスが特に」
「じゃあ、そのまま、ガラスに意識を集中させて」
百聞は一見に如かず――この場で互いの体験を共有することができれば、透子の不安や悩みもいくらか和らぐに違いない。
透子はガラスの飾りをじっと見つめる。俺も母さんの演奏を聴くように集中を高める。
果たして――『それ』は起こった。
最初に『見えた』のは、鮮やかな静止画。
昼間の日乃出浜港駅のホーム。
線路の上に並んで立つ、透子の四人の友人たち。
そして反対側には、一人で立つ透子。
そのイメージはやがて中心に向かって歪み、直後、
《――私も、未来が見たいの――》
透子の《声》が、『聞こえた』。
「……今の、私?」
透子が驚きに満ちた表情で俺を見上げる。思っていた以上の収穫に、俺は自信を持って頷いた。
「やっぱり君がいると、俺にも《映像》が見える」
「こんなにはっきり見えたこと……今までなかった。それに声まで」
自身の《未来の欠片》の変化を反芻する透子。と、彼女は小さな疑問を口にした。
「でも、どうしてこれが未来だってわかるの?」
改めて問われると、客観的な根拠はない。あるのは経験則のみだ。
「俺がそうだったからとしか」
「ん……?」
納得しているような、いないような、なんとも言えない表情。
もちろん《未来の欠片》には不明な点も多い。というか、そこを解明したくて、俺は今こうして透子と一緒にいる。初回でこれだけの結果を出せたのだから、十分だといえよう。
「今の通り、二人の時は《映像》と《声》、両方がわかるんだ」
俺がまとめると、透子は、きょとん、と大きな瞳を俺に向けた。
「それを知って、どうするの?」
「っ…………!」
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/04(木) 00:35:01.58 ID:dmglIwuH0
どうする――?
素朴な質問に、俺は虚を衝かれた。
俺にとって《未来の欠片》は、それ自体が目的であって、何かを為すための手段ではない。
俺が完全な形になるのに、《未来の欠片》を拾い集めることが必要だというだけ。
そして透子といれば、よりはっきりとした《未来の欠片》を手に入れることができる。
今日のような実験を繰り返せば、さらに鮮明で、意味のある《未来の欠片》を聞いたり見たりできるかもしれない。
そう思って俺は透子に声を掛けたわけだが――。
《未来の欠片》を集めて……それで、俺はどうする……?
欠落が埋まって、完全な形になれたとして、それから先のことは……?
――ダメだ、考えがまとまらない。いや、でも、とりあえず今はわからないことがたくさんある。なぜ透子がいると《未来の欠片》が変化するのか。その変化にどんな意味があるのか。この夏休みのうちに、できる限り調べておきたい。
「一応これ、番号」
「これって、もしかして家電!?」
やたらと驚かれたが、理由はよくわからない。
ともあれ、そろそろ切り上げ時だろう。続きはまた、なるべく早いうちに。
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/04(木) 00:38:09.78 ID:dmglIwuH0
*
家に帰ってからも、透子の問いに対する明確な答えは出なかった。
考え過ぎで疲れた頭をすっきりさせようと、俺は海沿いを走ることにした。
その途中、俺は透子の友人の一人に会った。
イミ、ユキナリ。
喫茶店で透子の隣に座っていた、目つきの鋭い彼。
お互い名乗りあっただけで、他に言葉は交わさなかったが――。
俺を追い抜き、ぐんぐんと遠ざかる背中が雄弁に語っていた。
『負けねえからな』
と。
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/04(木) 00:41:09.60 ID:dmglIwuH0
*
次の日の夕方、家の電話が鳴った。
「はい、沖倉です」
『あの! あ、えっと、深水ですけど、同じ学校の』
「ああ、俺だよ」
『あっ、沖倉くん、あのね――』
小さく息を吸い込んで、透子は言う。
『私、未来が見たいのっ!』
瞬間、麒麟館での《未来の欠片》が脳裏を過ぎる。
《――私も、未来が見たいの――》
透子もそうだったのだろう、はっと息を飲む音が、受話器を通して間近に聞こえた。
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 10:02:17.87 ID:4h98r15f0
†
山登りは、元々は父さんの趣味だった。
子供の頃は、正直、父さんとの山登りにはあまり気が乗らなかった。
大人の足ならなんてことのない山道も、子供の足にはかなりきつかった。景色だってほとんどの道のりはただ木々が見えるだけで退屈だった。
それでも、一度習慣になったことは、なかなか抜けないもので。
一人になりたいとき、考えを整理したいとき、気分を変えたいとき、俺の足は自然と山へ向いた。
丈夫な靴とバックパックがあれば事足りるくらいの、そう高くない、街からもさほど離れていない山を、散歩感覚でぶらぶらと巡る。
身体が成長し、歩幅が大きくなるにつれ、それは俺自身の趣味になっていった。
しっかり自分の足で歩けるようになったことで、物事の感じ方や、景色の見え方が変わったのだろう。
大人になるって、たぶん、こういうことなんだと思う。
背が伸びて、力がついて、色んなことを知って、苦手だったことも楽しめるようになる。
けれど、それでも、まだ歩くことを覚えただけ。
自由に飛び回る母さんの背中は、今もなお、ずっと遠くにある。
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 10:07:02.95 ID:4h98r15f0
<第3話 ポリタンク>
『あ……今の――』
初めてガラス球越しに逆さまの風景を見たときのように、透子は《未来の欠片》が実際に『未来の欠片』であることに感じ入っていた。俺はそっと手を取るように、うん、と肯定し、話を本題に――透子が未来が見たいと言い出した件に――戻す。
「それは今から?」
『うん、今から』
透子の声からは、何かしらの強い決意が感じられた。むろん断る理由はない。《未来の欠片》を見聞きする機会が増えるのは俺も望むところである。
「とにかく会って話をしよう。透子の家に行くよ」
『えっ?』
「これからだと、帰りが遅くなる」
『いや、それは悪いよ。私なら平気だから』
「用事を片付けてからいく」
『あっ……』
結局、俺が押し切る形で、透子の家へ向かうことになった。
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 10:12:50.32 ID:4h98r15f0
*
『YATAGLASS
studio』
透子から聞いた住所に着くと、烏の意匠の看板を掲げた建物がまず目に入った。ここが透子が待ち合わせに指定した工房だろう。電気が点いていたので、俺は正面の入り口ではなく、ガラス張りになっている側面へと回る。
透子は工房の中に一人でいた。Tシャツにジーパンというラフな格好で、髪を一つに結んでいる。作業中のようで、竿の先についたオレンジ色に煌めくガラスの表面を、特殊な紙か布のようなもので磨いていた。透子は慣れた手つきで、くるくると竿を動かし、ガラスの形を整えていく。
俺はそんな彼女の姿を黙って見つめた。扱っているものがものだけに不用意に声は掛けられないし、それに、誰かが一心に仕事をしている姿は、それだけで絵になるものだ。
しかし、鑑賞の時間は長く続かなかった。透子が俺の視線に気づいて振り返ったのだ。
「うっ、ああ……」
俺に気を取られているうちに、透子のガラスは、誰の目にも失敗だとわかるくらいに、ひどく変形してしまった。
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 10:20:25.51 ID:4h98r15f0
*
作業場の隣には、長テーブルと椅子が置かれた談話室のような部屋があり、俺はそこに案内された。
片付けを終えた透子が、作業場の電気を消し、部屋に入ってくる。その表情はどこか暗い。先ほどの失敗を引きずっているのかとも思ったが、理由はまた別にあった。
「……やなちゃんを泣かせちゃう」
やなちゃん――眼鏡の彼女、永宮が『さっちゃん』だったから、透子が言っているのはリボンの子のことだろう。
「未来が見えた?」
尋ねると、透子は沈んだ面持ちで頷いた。
俺に電話をしてから今までの間に、透子は単独で《未来の欠片》を見たのだ。
しかし、それももっともだと、部屋に並ぶガラス製品の数々を見て、俺は思った。
「なるほど。透子のための媒体がガラスである理由はこれか」
「そうかも……」
俺にとって母さんのピアノがそうであるように、幼少から慣れ親しんでいるものが媒体になりやすいのだろう。これも《未来の欠片》を紐解くヒントになりそうだ。
そうして興味深く部屋を眺めていると、隣の作業場に明かりが灯った。そして――、
「あっ、お客さんだったの?」
中学生くらいのショートカットの少女が、ひょこりと扉から顔を出し、こんばんは、と明るく挨拶してくる。
「いつも姉がお世話になっております」
少女は透子の妹だった。かなり人懐っこい性格のようで、初対面の俺に臆する様子もない。それどころか、俺が何者なのか、透子とどういった関係なのか、好奇心に目を輝かせていた。
「今、お茶を――」
「大丈夫! 沖倉くんはもう帰るから!」
俺を接待しようとする妹さんを、透子は強引に部屋の外へ追い出す。そして姉妹の間で短い密談が交わされ、妹さんは工房を去り、透子は申し訳なさそうな顔で俺の前に戻ってくるのだった。
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 10:35:19.41 ID:4h98r15f0
*
「ごめんね、来てもらったのに追い返すような……」
「別に気にしなくていい」
少なくとも、透子とガラスの関わりについてわかったのは収穫だった。
それより気がかりなのは、透子が『未来を見たい』といった理由のほうだ。
何か、透子にとって重大なことが起きたのではないかと思ったのだが――。
「私、やなちゃんとゆきくんの未来を見たかったの」
ぽつりと、そう零す透子。
ゆきくん――その名がイミユキナリと繋がった瞬間、走り去っていく彼の背中が、脳裏に蘇った。
「……イミユキナリに、告白されでもした?」
鎌をかけてみる。すると透子は丸々と目を見開いて、
「なあっ……!? なぜそれを!?」
と大げさな身振りで驚愕をあらわにした。
彼女の感情表現の大胆さと豊かさに、俺は少し笑ってしまう。
だが、もちろん、端からは可笑しく見えたって、当人にとっては冗談では済まない。
俺に言い当てられた衝撃が収まると、透子は深刻な表情で事情を話した。
「やなちゃん、ゆきくんに好きな人がいるって気づいて、私に相談してくれたの」
イミユキナリの好きな人――そんな存在がいるとすれば、透子以外にありえないだろう。
カゼミチという喫茶店で彼を見たときから、その可能性は考慮していた。
なにせ彼は、あんなにもわかりやすく、透子に話しかける俺を睨んできたのだから。
「恐らく、気づいてなかったのは君だけだろうね」
「えぇ……?」
カチューシャの彼はわからないが、やなちゃんというリボンの子が気づいたのなら、きっと永宮も気づいているだろう。
まあ、透子がその方面に疎いのは仕方あるまい。
いま考えるべきは、直面している問題をどう解決するかだ。
イミユキナリが透子に告白したのは、俺の出現も原因の一つなのだろうし。
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 10:46:36.55 ID:4h98r15f0
「透子は彼らの未来を見て、どうするつもりだった?」
『どうする?』――麒麟館での透子の問いかけが脳内に反響する。
《未来の欠片》を手段にして現実を変えようとする透子。
《未来の欠片》そのものを追い求める俺とは違う。
そんな彼女は一体何を求め、何を願うというのだろう?
「離ればなれにならなくて済む方法を考えたくて……」
真剣な面持ちでそう答える透子は、やはり、俺とは根本から違っていた。
離ればなれになりたくない――なんて、俺にはまず思い至らない。
「……叶うかどうかはともかく」
仲間思いで、純粋で、自分の気持ちに正直で、流されやすく脆そうに見えるのに、その核は頑として堅固。
仲間と呼べる者はなく、ひねくれ者で、嘘も平気でつけて、自分本位のように振る舞っているのに、中心を覗いてみればそこには何もない。
別離を繰り返し、そのたびに色々なことを諦めてきた俺と、透子は、真逆の存在。
「何事にも懸命なのは、君の美点だな」
透子は俺にないものばかり持っている。
それは、しかし、不思議と嫌な感覚ではなかった。
ちょうど工房の外からそうしていたように、何事にも一生懸命な彼女を、俺はいつまでも見つめていたいと思った。
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 10:56:12.58 ID:4h98r15f0
*
「ここでいいよ、ありがとう」
見送りは透子の家の敷地から出たところで固辞した。と、透子に呼び止められる。
「明日、山にみんなで行くの!」
喫茶店にいたメンバーでハイキング――それがどうかしたのだろう。イミユキナリと会っても気まずくならない方法とかなら、対症療法は思いつくが……。
「沖倉くんも行かない?」
……本当に、この子は予想もつかないことばかり言う。
「どうして?」
「えっ!? ……その、こっちに来て友達とか、まだ少ないかなー、とか……」
純粋な好意からのお誘いだったらしい。
一瞬、イミユキナリと対決させられるのかとも思ったが、自意識過剰だったようだ。
まあ、透子にその気はなくたって、俺が飛び入りで参加したら彼は黙っていないだろう。
もちろん透子の気持ちは嬉しい。が、だからこそ俺はできるだけそっけなく返した。
「山には、一人で登るようにしてるんだ」
角が立たない言い訳を探したが、咄嗟に思いついたのはこれくらいだった。
すげなく断られた透子は、あからさまにショックを受けていた。その心細げな俯き顔を見ていると、前言を撤回したくなる。だが、不可能だ。仲良しグループの和をいたずらにかき乱すような真似はしたくない。透子には悪いが――。
「……じゃあ、また」
後ろめたい気持ちを抱えながら、俺は透子に背を向けた。
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:02:03.78 ID:4h98r15f0
*
その帰り道のことだった。
『見ろよ、夕日が綺麗だ』
《俺》に声を掛けられ、俺はそちらから肩を叩かれたように、海へと視線を向けた。
岸に泊められた船舶の向こうで、赤々と輝く、大きな太陽。
逆光の中を影絵となって飛び交う、悠然たる鳶。
絶えることのない波音。
風に運ばれてくる、強い潮の香り。
『こんないい景色がすぐ横にあるのに、素通りしようとするんだもんな』
仕方ないだろう、考え事をしていたんだ。
『考え事か。《俺》たちにも黙って、何をそんなに?』
揶揄うような《俺》の問いに、はっと、胸を突かれたような気持ちになる。
気づけば、古の哲学者にでもなったみたいに、一心不乱に歩いていた。
誘いを断り、逃げるように別れてから、ここまでずっと。
沈みゆく夕日に目をくれることなく、《俺》たちの声に耳を傾けることもなく。
俺は、ただ、彼女のことを。
彼女の未来や、願いや、大切な友人たちとの関係について。
考えていたのは、そんな、他の何でもない。
透子のことばかりだった。
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:20:54.06 ID:4h98r15f0
†
自分の名前について調べてみることは、誰でも一度は経験があるだろう。
俺――沖倉駆も、例に漏れず漢字辞典を開いた口だった。
『馬』に、『区』。
意味は、走ること。特に、馬に乗って。
そこから、馬を追い立てるとか、鞭を打って走らせるとか、強要や排斥といった意味も派生する。
正直、プラスよりもマイナスのニュアンスが強いように思った。
同じ『カケル』ならば、『翔』のほうがずっと印象も良くなるのに、とも。
けれど、学校で『駆』の字を習う頃には、考えが変わっていた。
俺にぴったりなのは、『翔』ではなく、『駆』なのだと。
俺は母さんのように大空を翔ぶことはできない。
置いていかれないように、追い立てられるように地を走るだけで、精一杯。
そうして必死に駆けていくうちに、何かを取り零し、掴み損ね、欠けていく。
母さんも父さんも、俺がこうなるとわかって『駆』と名付けたのだろうか?
いや、そんなわけはない――頭ではわかっているけれど、時々、自信がなくなる。
自由に飛翔する母さんの姿を間近で見ていると、尚更に。
俺は『駆ける』ことしかできない、『馬』では空は飛べないのだ、と。
ため息をついて、ふと、ある思いつきが頭に浮かんだ。
もし『馬』ではなかったとしたら、俺はどうなっていただろう。
もしも、俺が『鳥』だったら――?
ぱらぱらと漢字辞典をめくり、俺はその一字を見つけ出す。
『鳥』に、『区』。
ノートの余白に書きつけて、横に『沖倉』と添えてみる。
ひどく間が抜けているような、ある意味では似合いのその名に、俺は苦笑するしかなかった。
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:23:59.70 ID:4h98r15f0
<第4話 坂道>
庭に張ったテントで寝起きすることにも、少しずつ慣れてきた。
日が昇り、まどろみの心地よさと、覚醒しようとする意思とが、いつものように戦っていると、
「どうだ、住み心地は?」
そう、テントの入り口から父さんが顔を出した。
「おはよう。思ったほど悪くないよ」
少なくとも夏の間は保つだろう。その先のことは――まだ、わからない。
「虫、食わないか」
「ああ。……ん?」
気遣う父さんの背後から、耳慣れた旋律。
早朝に聴く、夜想曲。
それは、日乃出浜に沈む夕日のように。
あるいは、麒麟館に飾られていた、エッシャーの『昼と夜』のように。
性質の異なるもの同士の、奇妙な融和だった。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:28:07.43 ID:4h98r15f0
*
「長いこと、おまえには迷惑かけたな」
芳ばしく薫るハムを皿に盛りつけながら、父さんはそんなことを言った。
「朝からなんだよ」
「いや、これから一緒に暮らすわけだしな。最初に少し真面目な話をしたほうがいいかと思ってな」
改まって、なんの話だろう――まあ、候補は限られるが。
俺は父さん特製の炙りハムに舌鼓を打ちつつ、続きを待った。
「一般的には、親の都合で子供が右往左往させられるのは……」
「扶養家族だし。まあ、ある程度は仕方ないことだよね」
「そう言ってくれると助かるよ」
父さんの口元がふっと安堵に緩む。しかし、それはすぐ真剣な表情に変わった。
「だが、それも子供が小さくて自立できないときの話だ」
真面目な話とは、俺の進路のことだった。
確かに、今までの俺は、父さんの言葉を借りるなら、親の都合に合わせて生活せざるをえなかった。
だが、高校を卒業して大人になれば、話は別。
どこで、何をして、どう生きるのか、それは俺自身が決めること。
わかってる。俺が父さんのところへやってきたのは、それを考えるためなのだから。
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:31:39.20 ID:4h98r15f0
それに、俺なりに、こうしてみたい、という漠然とした希望もある。
母さんのようになりたい、という気持ち。
色々な場所を飛び回るような仕事をして、生きてみたい。
ただ、それ以上のことを考えようとすると、決まって胸の中に暗い靄が立ちこめる。
迷っている……いや、踏ん切りがつかない、というほうが正しいか。
不安が拭えない。躊躇いに足を取られている。
今のままでは、いけない。
胸に支えるこの気持ちに、どうにか決着をつけなければならない。
そのためにも、今は彼女の……。
《――一緒に行こう――》
その《声》は、ごく自然に、俺の耳に届いた。
優しく、どこかへと誘う、彼女の呼びかけ。
さらに、
《――違うのかもしれない――》
暗い部屋で呟くような、不安げな自問。
またしても、俺は無断で透子の未来の《声》を聞いてしまった。
油断していた?
……いや、むしろ俺は今、望んでいたんじゃないか?
『未来を見たい』と言った透子が、ほどなくして《未来の欠片》を見たように。
俺もまた、心のどこかで彼女の《声》を聞きたいと思っていたのではないか――?
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:35:20.74 ID:4h98r15f0
答えを求めるように、俺は母さんの演奏を再現するオーディオプレイヤーに目を向け、ふと思う。
俺にとっての《未来の欠片》と、父さんにとってのこれは、似たようなものかもしれない、と。
「いつも聴いてるの?」
ずっと母さんと一緒にいた俺は、父さんがこの家で一人、どんな風に暮らしていたのかよく知らない。けれど、
「ああ。おまえがいると恥ずかしいんだが……まあ、聴いてるかな」
少し照れつつも、穏やかに目を細める父さんを見て、俺は同志を見つけたような気持ちになる。
「俺も母さんの演奏の中じゃ、好きなほうかな」
「……そうか」
きっと父さんは、こんな朝を何度も過ごしてきたのだ。
離れて暮らしていても、この旋律によって、父さんと母さんは繋がっている。
二人の子供として、俺はそのことを純粋に嬉しく思った。
ただ、それと同時に。
独り立ちの時が迫ってもなお決心がつかず、
《未来の欠片》という不安定なものしか頼るよすがのない俺は、
深い繋がりを持つ二人を、心の底から羨ましいと思った。
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:38:26.85 ID:4h98r15f0
*
朝食を済ませると、俺は出かける準備を始めた。
透子の誘いを断った手前、というわけではないが、近辺を散策することにしたのだ。
結論から言うと、その散策で、俺は二つのものに遭遇した。
そのうちの一つは、人物。
透子の友人――泣いてしまう未来が見えたという、渦中のリボンの子だった。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:42:49.91 ID:4h98r15f0
*
麒麟館近くの坂道を下っていたときのことだ。
近づいてくる雨の気配に、俺はバックパックから雨具を取り出した。
そのとき、坂下に見覚えのある女の子の姿を見つけた。
会うのは二度目で、まともに喋ったことは一度もないが、傘も持っておらず、その上、足を引きずっていた。
さすがに無視するのは後味が悪い。
「――こっち」
問答無用で合羽を羽織らせ、ちょうどよく蔦が屋根になっている擁壁の下にリボンの子を案内する。彼女は驚いた様子だったが、状況が状況なのですんなりと俺についてきた。
「……ありがと。一人だったら、やばかったかも」
礼を言う彼女に、俺はとりあえず名乗ろうとしたが、
「ダビ――沖倉、カケル」
透子か誰かから聞いたのだろう、彼女は既に俺のフルネームを知っていた。
「君、透子の友達だよね」
「高山やなぎ」
やはり、この子が『やなちゃん』か。
幸い、永宮やイミユキナリほどには俺を警戒していないようだ。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:48:04.28 ID:4h98r15f0
「足、つらそうだけど」
「ただの捻挫」
「そんな足で出歩くのは感心しないな」
つい口調がきつくなって、自分でも少し驚く。
透子から彼女が『泣いてしまう』と聞かされていたからだろう。
軽率な行動を咎める気持ちが声に出てしまった。
なぜなら、彼女が悲しめば、透子が悲しむ。
俺は透子が悲しむ姿を見たくなかった。
「……カケル、って変な名前」
俺の小言に反発してか、高山は揶揄うようにそんなことを言った。
ひとまず、さほど気分を害した様子はないことに安堵する。
「やなぎ。いい名前だ。ひらがな?」
「漢字だと幽霊みたいだから、ひらがな」
『柳』ではなく、『やなぎ』。
彼女の名付け親が、どんな思いを込めたのか、想像を巡らせる。
「しなやかにして強靭」
「へ?」
「ひっそりとしてしたたか」
「あっ、それって――」
名前を褒められたと思ったらしく、高山は少し笑顔を見せ、今度は俺の名前を話題に挙げた。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 11:52:51.19 ID:4h98r15f0
「カケルって――」
「馬偏に区」
誤った変換をされないように、食い気味に答える。
『翔』ではなく、『駆』なのだと。
「馬を走らせるとか、追い立てるとか、そういう意味。もしかしたら、名付け親は何かの欠如という意味も付加したかったのかも」
「親は子の名前にそんな意味かけたりしないと思うけど」
もちろん、俺だってそんなことはわかっている。
高山も「当たり前じゃない」と明朗な声で否定してくれる。しかし、
「……そう、かな」
現に俺は今、自分が不完全であると感じる。
何かが欠けている――そんな感覚が、影のように付き纏う。
「雨が、上がる……」
降り始めと同様、急速に過ぎ去る雨脚。
空を見上げれば、散らばる雨滴に光が反射して、きらきらと輝いている。
透子なら、こういった光景でも《未来の欠片》が見えるのだろうか。
今頃どこかで、同じように雨上がりの空を見ているだろうか。
透子に会いたい……。
そう、俺が思っていると。
「あっ、これありが――痛っ」
合羽を返そうとした高山が、体勢を崩してこちらに倒れてくる。
咄嗟にその身体を支えながら、俺は心の中でため息をついた。
今この瞬間に透子と鉢合わせたら、不本意な誤解を生みそうだな……と。
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:17:32.32 ID:4h98r15f0
†
そこは、誰からも見落とされたような場所だった。
それでいて、誰かに見つけられることを待ち望んでいるような場所だった。
山歩きの途中、引き寄せられるように、俺はその高台に辿り着いた。
四方に解放されているのに、立ち寄る人はなく、閑散としている。
重荷になるから途中で捨ててしまったみたいに、特別なものは何もない。
そんな寂しげなところなのに、不思議と気が落ち着くのは、たぶん、ここが俺によく似ているからだろう。
一人で考え事をするにはうってつけの場所だ、と思った。
でも、実際に草の上に寝転がって、木漏れ日を浴びながら、ぼんやりと過ごしてみると。
隣に誰かいてくれたら、とも思う。
……いや、誰か、なんてはっきりしない言い方はよそう。
ここに深水透子がいてくれたら。
風の音に耳を澄ませながら、俺は彼女のことを思った。
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:27:28.54 ID:4h98r15f0
<第5話 日乃出橋>
通り雨の日に高山と話をしてから、数日。
工房で会って以来、透子から連絡はない。
ゆえに、高山を泣かせてしまう、という件がどうなったのか、俺はわからないままだった。
かといって、俺の都合で透子を呼びつけるのも気が引けた。
恐らくだが、高山を泣かせてしまうことと、透子がイミユキナリに告白されたことは、無関係ではない。
透子とその友人たちの人間関係に、何かしらの変化が生じている。
発端はどう考えても、俺が透子に声を掛けたことだ。
透子は『離ればなれになりたくない』と言った。
透子がこの街で積み上げてきた交友関係。
部外者の俺が不用意に透子に近づけば、彼女が大切にしているものを壊しかねない。
事態が落ち着くか、あるいは透子から連絡があるのを待つしかなかった。
そうして晴れない気持ちのまま山歩きに出かけ、帰りに駅の近くを通りかかった――そのときだった。
「っ……!」
振り返れば、何やらただ事ではない様子の、高山やなぎがそこにいた。
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:29:54.98 ID:4h98r15f0
*
高山に案内されてやってきたのは、急な階段の上にある小さな神社だった。
日陰になっている社の軒下、礎石に腰を下ろし、俺は高山が何か言い出すのを待った。
「こないだは、ありがと」
「そんなこと言うために、わざわざ息切らせて追いかけて来たのか?」
当然そんなことはなく、高山は静かに切り出した。
「……話を少し聞いてほしくて。あなたならあるでしょ? 美術室のデッサン用の石膏像に話しかけて、自分の気持ちを整理したりしたこと」
「ないけど」
「透子はあるって」
……揶揄われているのか、これは。
「じゃあ俺は返事しないでもいいわけ、かな?」
石膏像扱いに不満を呈してみるが、返答はない。
振り向くと、高山は何かの決心がついたように、顔を上げた。
俺は要望に従い、黙って聞くことにした。
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:33:37.85 ID:4h98r15f0
*
高山がまず話してくれたのは、井美雪哉のことだった。
彼は陸上部で、一年の夏に足を怪我して以来、リハビリ中なのだという。
今日は記録会があり、高山はそれに付き合って会場まで行ったようだった。そして、結果はというと――。
「あんまりよくなかった」
悔しそうな表情で、高山は言う。
俺は一度だけ見た、井美雪哉の走る姿を思い浮かべた
それこそ翔ぶように、力強く駆けていた背中。
あれで『リハビリ』だというのだから、怪我をする前の彼はきっと有望な選手だったのだろう。
怪我から回復したことも含めて、彼がどれだけ陸上に打ち込んできたのかは、素人の俺にも察せられる。
ただ、競技の世界は、結果が全て。
今は夏で、彼は高校三年生、最後の大会も近いはずだ。
本人も、傍らで支えてきたのだろう高山も、焦りを覚えて当然だと思う。
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:38:52.68 ID:4h98r15f0
「未来が見えるといいのに」
思わず、俺は高山のほうに振り返った。
透子から何か聞いたのだろうか――そう思ったが、
「ユキは……すごい不安だと思う。みんな未来が知りたいもんだよね」
高山の口ぶりから、ごく一般的な仮定の話だとわかり、俺は落ち着きを取り戻す。
それにしても……『未来が見えるといいのに』か。
現在の自分が直面している問題。
未来が見えれば、それを解決することができる。
透子はきっとそう考えている。だから《未来が見たい》と、彼女は言った。
「……ほんとに喋らない気なの?」
黙考していたら、高山が呆れたように声を掛けてきたが、俺はわざと返事をしなかった。
正直、先の見えない不安に駆られているのは俺も同じなので、的確なアドバイスができるとも思えない。
それに話題が話題だ。《未来の欠片》について口を滑らせないとも限らない。
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:42:28.34 ID:4h98r15f0
そうして俺がだんまりを決め込んでいると、高山は諦めたように俺から視線を外して、
「ううん、ウチは見ない」
決然と、そう宣言した。
それは、小さな池に投げ込まれた石のように、俺の胸に波紋を広げる。
未来を見ない――仮に未来が見えたとしても、彼女はそれをしないという。
俺は横目で高山を見る。毅然と前を向く姿が、とても眩しく映る。
透子の見た未来では、『泣いてしまう』らしい彼女。
しかし、彼女ならば、たとえ悲しみに涙しても、それを乗り越え、前に進めるのではないだろうか。
その名のように、しなやかに、強靭に、したたかに。
「…………」
俺は何も言えなかった。もちろん石膏像だからではない。
強くあろうと胸を張る高山の姿に、胸を打たれたからだ。
同時に、そんな高山が特別な感情を抱いているのだろう、井美雪哉についても。
彼もまた挫折を経験し、今も苦しい状況にありながら、それでも走り続けている。
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:46:31.59 ID:4h98r15f0
それに比べて、今の俺はどうだ……。
透子に迷惑をかけるかもしれないから、連絡を待つしかない――本当にそれでいいのか?
透子を思い遣っているようで、その実、透子に会って何かを変えるのが恐くて、二の足を踏んでいるだけじゃないのか……?
とどのつまり、自分の気持ちに自信がないから。
「ウチ、ユキに告白するつもり」
ぐだぐだと迷う俺の耳に、またしても高山の毅然とした宣言が響く。
井美雪哉は透子に思いを伝えた――恐らくはそれを承知の上で、高山は井美雪哉に思いを伝えるという。
その堂々とした姿に感化されて、迷いが晴れる。
高山はさらに話を続ける。すると、おあつらえむきに透子に伝言を頼まれた。
背中を押してもらったばかりか、口実まで与えられる。
雨合羽の礼には釣り合わない気もするが……さておき。
家に帰ったら、透子に電話を掛けよう。
そう、俺は決めた。
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:49:30.86 ID:4h98r15f0
*
家に帰ると、父さんがきまりの悪そうな顔で待っていた。
「さっき、女の子からおまえに電話があったぞ」
透子だ。間違いない。
「私をおまえだと思ったみたいでな。『あの夜に言われたこと』がどうこうって……結果的にだが、おまえたちのプライベートに立ち入ってしまった。しかも相手は若い娘さんだ。本当に申し訳ない」
電話を取った相手を確認せずに喋り出す透子の姿が目に浮かぶ。そして、相手が俺ではなく父さんだとわかったときの、頓狂な反応も。
「お詫びと言ってはなんだが、ちょうどおやつどきだし、軽食でもご馳走しようと思うんだ。ついては、駆……今から彼女をうちに招待してはどうだ? 彼女もおまえに用があるようだったしな。もちろん、おまえと彼女さえ良ければだが」
なんだかんだ言って、父さんも透子に興味があるらしかった。
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 12:52:44.34 ID:4h98r15f0
*
父さんから話を聞いてすぐ、俺は透子にリダイヤルした。ちなみに父さんは気を遣ってリビングから出ていった。
『はい、深水ですけど』
電話越しだが、本物の透子の声。久しぶりに聞くような気がする。
「やあ。さっきは留守しててごめん」
『あっ、いや……あの、さっき』
「若い娘さんに申し訳なかったって、親父が謝ってたよ。俺からも」
『私が勝手に間違えただけだから……』
少し間が空く。俺は小さく息を吸い込み、なるべく自然な調子で尋ねた。
「今からうちに来ないか?」
『えっ?』
「もし君に時間があるなら、親父がお詫びに手料理ご馳走したいってさ」
『手料理!?』
「親父、一人暮らしが長かったんで、料理うまいんだ」
『いや、でも――』
「俺になんか用だったんだろ?」
『えっ……それは、そうなんだけど』
気後れしているのか、遠慮がちな透子。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は押しの一手で続けた。
「俺も君に、伝えなきゃならないことがあるし」
『――え?』
「うち、わかる?」
『あっ……わからない……』
そうして半ば強引に、俺は透子を家に招いたのだった。
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 13:02:17.07 ID:4h98r15f0
*
透子に電話を掛けてから、一時間ほどして。
俺と透子は、俺の部屋という名のテントが張られた庭でコーヒーを飲みつつ、父さんの料理が出来上がるのを待っていた。
「……あの」
話を切り出したのは、透子が先だった。電話で父さんに話したことかと思ったが、どうも違うらしかった。
「こないだ、ほら、にわか雨の日、麒麟館の坂道で……」
躊躇いがちに言って、俯く透子。
彼女がなんの話をしたいのかはすぐにわかった。
まさか本当に目撃されていたとは。しかも案の定、あらぬ誤解をされているらしい。
「……見てたのか。でも俺は高山を抱きしめてたんじゃない。支えてたんだ」
努めて淡々と、言い訳がましくならないように注意しながら――途中、透子が何か呟いたような気もしたが――俺は続けた。
「彼女、足を痛めてて。知ってるだろ? で、坂道でこけそうになって――」
ちらりと透子の反応を伺う。ものすごい形相でこちらを睨んでいた。
……誤解は解けたのだろうか? 定かではない。が――、
「ま、大したことじゃない」
この話はここで終わらせるのが最善だというのは、いくら俺でも理解できた。
それに、大したことじゃない、というのは実際その通り。
ちょうど高山の話が出たことだし、大したことがある用件のほうを話すとしよう。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 13:04:19.57 ID:4h98r15f0
「でも、今日来てもらった俺のほうの理由は、その高山のことなんだ」
昼間に石膏像として聞いた内容を、俺は一息に告げる。
「高山、井美雪哉に告白するらしい」
「…………え?」
透子は、ぽかん、と口を開けた。どうやらうまく伝わらなかったらしい。俺は放送委員にでもなったつもりで、同じことを繰り返す。
「だから、高山が、井美雪哉に告白するらしい」
やがて理解が追いついた透子は、ひどく混乱した様子で声を張り上げた。
「なにっ!? なになに!? どうしてやなちゃんのそんなこと知ってるの!? 未来を見たの!?」
「本人から聞いた」
「ええっ!?」
「君に伝えてほしいと頼まれた」
「えええええーっ!?」
慌てふためく彼女の姿は――透子には悪いが――とても可愛らしかった。
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 13:09:30.03 ID:4h98r15f0
*
ひょっとすると、俺は気恥ずかしかったのかもしれない――というのは、後から気づいたことだ。
高山からの伝言を透子に伝えると、途端に俺の口は、チェーンの外れた自転車のように回らなくなった。
食事の席について、父さんがいたから話しにくいというのもあったのかもしれないが……。
本来、高山の伝言は口実に過ぎず、俺自身が透子に伝えたいことがあったはずなのに。
思いがけず聞こえてくる透子の《声》について話したかった。
あの夜から今まで、透子が何を考えて過ごしてきたのか訊きたかった。
《未来の欠片》のことを深く知るために、また透子に力を貸してほしかった。
あるいは、もっとプライベートなことも――井美雪哉の告白にどんな返事をしたとか――知りたかった。
結局、透子との会食は、父さんが話すのに相槌を打っているうちに終わった。
料理に満足している透子の顔が見られたのは嬉しかったが、これではただの伝言係だ。
何か言わなければ。
他の誰かではなく、俺自身のことを、伝えなければ。
このまま付かず離れずの距離でいたって、何も変わらない。
踏み出して、踏み込んでみようと、決めたはずだろう――。
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 13:12:34.86 ID:4h98r15f0
「なんかすっかりご馳走になっちゃって」
見送りの玄関、靴を履き終えて、扉の前に立つ透子。
「お邪魔しました」
何を躊躇う? 何を怖がる? いつまで同じことを繰り返す?
「それじゃ……」
なんでもいい、透子に伝えたいこと、聞かせたいこと、本当はたくさんある、そのたった一つでいい――。
「――こないだ、面白い場所を見つけた」
前置きもなく切り出すと、扉に手を掛けた透子が、「ん?」と振り返る。
「すぐ近くなんだ。見つけたとき、どうしても君をつれていきたくて、いつか誘おうと思ってた。これから行ってみないか?」
決心が鈍らないよう、俺は一気にまくしたてる。
その勢いが功を奏したのか、透子は、うん、と小さく頷いた。
「……待ってて。すぐ用意する」
必要なものを取りに、俺は家の中へ引き返す。
心臓がどくどくと高鳴っているのは、きっと、無駄にばたばたと動いたせいばかりではない。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 13:17:09.41 ID:4h98r15f0
*
そこは、あの通り雨の日に、たまたま遭遇した二つのうちの、もう一つ。
家から山のほうへ少し歩いたところにある高台、木々がまばらに生えた、開けた場所。
そこだけ人の目から見落とされたような、ひっそりとした空間。
道も通ってなければ、ベンチの一つも置かれていない。
それでも、葉の擦れ合う音や、野鳥のさえずり、木漏れ日の暖かさが、俺をとても穏やかな気持ちにしてくれる。
なんて、言葉ではうまく説明できる気がしなくて、とにかく俺についてくるよう透子に言って、あとはひたすら無言で歩き続けた。
やがて、目的の場所に辿りつく。
そよそよと風が吹き、さわさわと木々が囁き合う。
「……あっ……」
後ろをついてくる透子が、静かに息を飲んだ。
たぶん、ここを気に入ってくれたのだろうと思う。
そのことに俺はひどく安心し――情けないことに――その瞬間に緊張の糸が切れてしまった。
しかし、気持ちはいくらか上向いたように思う。
自分にとって特別な場所を、自分にとって特別な存在が、受け入れてくれた。
それだけで何か得がたい繋がりを手にしたような気持ちになる。
事ここに至っては言葉など不要――いや、飾らずに言おう。
今の俺の対人能力では、これが精一杯だった。
57 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/07(日) 13:21:28.27 ID:4h98r15f0
「………………」
何も言わず、俺は草の上に寝転がり、目を閉じる。
すると、それがここでの作法と思ってくれたのか、透子も同じように横になった。
夏草のベッドがさわさわと涼やかな音を立てる。
風に乗って透子の呼吸が伝わる。
緊張から解放された心地よさと、透子がそばにいる安心感で胸がいっぱいになる。
ほどなくして、俺はまどろみの中へと落ちていった。
……そうして、どれくらい経っただろう……。
指先に何かが当たったような感触がした。
がさがさ、と透子が慌てて起き上がる音が聞こえる。
「ん……?」
俺が目を開けて身体を起こしたときには、既に透子は立ち上がっていた。
「今日はありがとう。すっごくおいしかった。お父さんによろしく。私このまま帰ります。さようなら」
箇条書きにされたメモを読み上げるように言って、透子はぱたぱたと元来た道を走っていく。
俺は何か言わなければと口を開くが、結局、ぼんやりと見送ることしかできなかった。
透子を引き留めるための適切な言葉が出てこなかった。
でも、それも当然かもしれない。
確固とした理由や口実なんて、初めからありはしないのだから。
ただ、もう少し君とここにいたかった――なんて。
俺の胸にあったのは、そんな漠然とした気持ち一つ。
そんなもの、そのまま本人に伝えられるはずもなく。
「……透子の用事、まだ聞いてないぞ」
もう見えない透子の背中に向かって、ぽつりと、俺は未練がましく呟いた。
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 11:37:03.76 ID:W+HAaMa50
†
あの夏祭りでの出来事は、俺のその後に大きな影響を与え、また様々なものをもたらした。
そのうち一つは、不思議な《声》――《未来の欠片》。
もう一つは、《俺》という存在だ。
初めて《俺》が現れたのは、移動中だった。
古い街を去り、新しい街へ向かう道すがら。
俺は母さんの運転する車の助手席で、あの夏祭りのことや、その帰り道で聞こえたよくわからない《声》、そしてその《声》が時を置いて実際の俺自身の声になったことなんかを、とりとめもなく考えていた――そのときだった。
『あの《声》は、先のことを暗示する予知夢みたいなものなのかもな』
サイドミラーに映る自分が、こちらに向かって話しかけてきた。
『もしくは、俺の秘められた能力が目覚めたのかもしれない』
その《俺》は、俺の頭の中の、浮かんでは沈む思考の断片を掬っているようだった。さらに、
『未来の《声》をラジオのように受信する力、とかか?』
最初の《俺》とは微妙に違う《俺》が、《俺》と意見交換を始める。
《俺》たちの議論を聞くうちに、俺は自分の中で考えが整理されていくように感じた。
『まあ、なんにせよ情報が足りないな』
『同じようなことがまた起きれば、いずれあれがなんなのかもわかるだろう』
それからというもの、《俺》たちはわりと頻繁に現れるようになった。
あの《声》に《未来の欠片》という名称をつけたのも、《俺》たちがきっかけだった。
今となっては、《俺》たちは俺の一番の友人といっていいくらい、ごく自然に俺とともにある。
何か大きな問題に直面したときや、一人では抱えきれない感情の揺らぎが生じたときに、俺と《俺》たちはその負荷を等分して、俺自身の負担を軽減する。
透子が、何かややこしい出来事があると、急に饒舌になって動揺を紛らわせようとするのと同じ。
胸に収まりきらない気持ちを、それでも自分の中に閉じ込めようと、足掻いた結果なのだった。
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 11:44:25.46 ID:W+HAaMa50
<第6話 パンチ>
透子に驚愕されたテント生活だが、利点を一つ挙げるなら、目覚まし時計が要らないことだろう。
なにしろ幕一枚隔てた先は屋外だ。自然と、日の出と目覚めが同期する。
いつものようにのそのそとテントを出て、庭の水道で顔を洗う。
すると、水音に交ざって、ピアノの音色が耳に届いた。
栓を締めて水を止める。リビングから漏れるのは、母さんの夜想曲。
《――駆くん――》
聞こえてくる《未来の欠片》――透子の《声》。
下の名前で呼ばれたことなど一度もないのに、不思議としっくりくる。
これは確定した未来だろうか?
それとも、俺の願望だろうか?
浅い眠りから目覚めた朝に夢の続きを求めるように、俺はピアノの音のするほうへ向かう。
リビングに上がると、父さんがパイプをくゆらせていた。
「おはよう」
「おはよう。起こしたかな?」
「……いや」
なおざりな返事をして、俺はオーディオプレーヤーに目をやり、耳を澄ます。
《――そこにいたの?――》
弾むような、透子の《声》。
《――探しちゃった――》
……自分でも、よくわからない。
《――俺はずっとここにいた――》
俺は《未来の欠片》を聞きたいのか?
それとも、透子の声を聞きたいのか?
いくら《未来の欠片》に耳を傾けても、答えは出てきそうにない。
「ん……?」
プレーヤーを見つめたまま佇む俺に、父さんが不思議そうに首をかしげる。
「……まだ、少し眠いかな」
考えが纏まらない言い訳のように、俺はそう返した。
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 11:48:25.82 ID:W+HAaMa50
*
その日、俺は午前中と昼過ぎの二度、透子に電話を掛けた。
会う約束を取りつけるつもりだったが、一度目は慌ただしく切られ、二度目も要領を得ないまま早々に切られてしまった。
父さんが「何かやったんじゃないか?」なんて言ったせいで、もやもやと落ち着かない時間を過ごす羽目になった。
例の高台まで行って考えを整理したいが、透子から電話がかかってくるかもしれないと思うと、家を動けない。
……俺も持つべきなのだろうか、携帯電話。
なんて益体もないことを考えていた、そのときだ。
玄関のベルが、何者かの来訪を告げる。
透子だろうか、と期待を抱きつつ、俺は努めて冷静にインターフォンに出た。
返ってきたのは、硬く強張った、低い声。
「井美といいます」
――嫌な予感しかしなかった。
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 11:53:20.77 ID:W+HAaMa50
*
外で話したい、と言った井美雪哉は、要件はおろか、どこに行くのかも告げずに、ひたすら俺の前を歩き続けた。
そうしてやってきたのは、例の急な階段の上にある神社。
井美雪哉は俺に背を向け、海を眺めながら言った。
「本当はおまえなんて呼びたくねえんだ」
無愛想で、ぶっきらぼうな第一声。案の定、愉快な会話にはなりそうになかった。
「……なら、呼ばなければいいじゃないか。なんの問題が?」
「やりたいこととやりたくないことだけで世の中回ってねえんだよ」
「そうか……。で、なに?」
背中に問いかけると、井美雪哉は感情を押し殺したように告げた。
「いつもの面子で花火をする。それのお誘いだ」
いつもの面子――つまりは井美雪哉と、高山と永宮、カチューシャの彼、そして、透子。
「……なるほど。君は誘いたくないけれど、理由があって仕方なく誘いにきたってことか」
「そう」
62 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 11:57:00.91 ID:W+HAaMa50
状況的には、以前に透子からハイキングに誘われたときと同じ。答えは決まっていた。
ただ、今回は相手が井美雪哉――気を遣う必要もないので、俺はあけすけに突っぱねる。
「なら断るよ。わざわざ波風を立てる必要もないだろ」
俺が関わりを持ちたいのは透子だけだ。仲良しグループの和を乱すつもりはない――もう手遅れかもしれないが。
「おまえが来た時点で波風立りまくりだよ」
苛立ちを隠さず、事実を告げる井美雪哉。
「……そうだろうな」
後ろめたさは、もちろんある。
俺さえ現れなければ、きっと彼らは今頃――あの日喫茶店でそうしていたように――五人で仲良くだべって、ハイキングや海水浴の計画を立て、高校生最後の夏休みを楽しく過ごしていたのだろう。
全ては、俺が《未来の欠片》を――透子を求めたから。
「知っててやってるのか?」
「……ある程度は」
俺の投げやりな物言いに神経を逆撫でされたのか、とうとう井美雪哉が振り返った。
「楽しいか?」
「楽しいわけないだろ。……副次的なものだ。君同様、やりたくてやってるわけじゃない」
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 12:03:57.56 ID:W+HAaMa50
俺が透子に関わり、透子の友人関係に変化をもたらす可能性は、考慮していた。
それでも、引き下がるという選択肢はなかった。
透子は、俺がずっと探していて、やっと見つけた、《未来の欠片》を解き明かす鍵。
否、《未来の欠片》のことを抜きにしても、今や透子は俺の中でとても大きな存在になっている。
彼女から手を引くつもりはない。
井美、高山、永宮――君たちに配慮はしても、遠慮はしない。
「なんだよ、それ……っ」
歯切れの悪い言い回しばかりの俺に業を煮やしたのだろう、井美雪哉が声を荒らげる。
「透子との関係はなんなんだ!? おまえ透子の気持ちに気づいてねえのかよ!?」
「っ……!!」
なんだよ、それ――瞬間、そっくり言い返してやりたくなった。
透子との関係?
透子の気持ち?
そんなもの……俺だって知りたいくらいだというのに。
「――透子からは、何も聞いていない」
透子が俺をどう思っているのか。
透子が俺に何を求めているのか。
透子は俺とどうなりたいのか。
そもそも、透子の中で俺は、どれほどの存在になれているのか。
大事なことは何も話せていない。
それどころか、俺自身の透子に対する気持ちだって、はっきりと言葉で表せているわけではないのだ。
俺は透子をどう思っていて、透子に何を求めていて、透子とどうなりたいのか――?
自分でもよくわからない。
それに、これがもし仮に、透子と答え合わせをして、全てを理解できたところで、だ。
「君に言う必要もない」
それは俺と透子の問題であって、井美雪哉――君には関係がない。
64 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 12:11:21.45 ID:W+HAaMa50
「おまえ……っ!」
ほとんど挑発のような俺の言葉に、井美雪哉の顔がみるみると気色ばむ。
睨み合いは数秒続いた。先に目を逸らしたのは俺だった。
花火とやらには参加しない。用件は済んだ。もう彼と話すこともない。
「おいっ、待てよ!」
立ち去ろうとしたが、井美雪哉に肩を掴まれる。
その力があまりに強く、直接的な痛みに、俺もとうとう我慢の限界がきた。
「――高山から告白はされたのかい?」
振り向いて、彼を狼狽させるのにうってつけの一言をぶつける。
「っ……!?」
目に見えて動揺する彼に、残酷な気持ちが湧き上がってくる。
それは、羨望であり、嫉妬だった。
この街でずっと暮らしてきた彼らに対する、羨望と嫉妬。
透子の隣に寄り添って、彼女を外敵から守ろうと立ちはだかった永宮。
透子のことを近くから見てきて、自然に恋愛感情を抱くことができて、想いを告白することができた井美。
そんな井美雪哉に好意を持ち、傍らで支え続け、一方で透子とも親しい友人のままであろうとする高山。
当たり前のように一緒にいて、当たり前のように想い合う。
そんな当たり前の絆で結ばれている彼らが、羨ましく、妬ましい。
「まさか、まだ返事をしていないってことは――」
どろどろとした気持ちが、棘だらけの言葉となって吐き出される。
そして気づいたときには……。
「っ――!!」
目の前が真っ白な光で埋め尽くされる。
それが引くと、今度は視界いっぱいに青空が広がった。
じわじわと頬が熱を持つ。井美雪哉に殴られたのだと、理解した。
「…………っ」
身体を起こし、口元を拭う。鋭い痛み。手の甲を見れば、掠れた血の跡。
しかし、涙も、ため息も、恨み言さえ出てこない。
わかりきったこと。
こんなのは、最悪の、自業自得。
今の俺は――正真正銘の、バカだった。
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 12:43:08.86 ID:W+HAaMa50
*
しばらくその場に立ち尽くしていたが、乱れた心中はなかなか治らなかった。
じっとしていても仕方がない――俺は足元に気をつけながら、急な階段を下りていく。すると、
「あっ……」
間がいいのか悪いのか、息を切らした透子と出くわした。
心配そうに揺らいでいた視線が、俺の頬のあたりでぴたりと止まる。
「……どうしたの、それ?」
君を巡って井美雪哉と揉めた、とはさすがに言えない。
「とりあえず、痛かった」
「なんでこんな……」
透子は困惑しながらも、すぐに事情を察して、驚愕に目を見開いた。
「まさか、まさかまさか、ゆきくんに……?」
ああ、と俺は頷く。ひどい……、と透子は震える声で呟いた。ショックに青くなっている顔を見て、俺は白状する。
「いや、俺が言い過ぎたんだ」
「えっ?」
俺が井美雪哉を擁護したように聞こえたのか、透子は意外そうな声を上げる。俺はさっさとこの話を切り上げたくて、微妙に話題をズラした。
「高山は彼に、自分の気持ちを伝えたみたいだね」
しかし、透子は悲しげに俯いてしまう。
「私、ゆきくんにひどいことしてるのかな……」
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 12:47:02.52 ID:W+HAaMa50
思いつめたように、井美雪哉のことを案じる透子。
俺の胸にまた暗い靄が立ちこめる。
部外者の俺は、透子たちの過ごしてきた日々を何も知らない。
俺は透子たちの現状、それぞれの感情が縺れ合う今を、総合的に分析できるだけの材料なんて持ち合わせていない。
だから、透子が井美雪哉にしているのがひどいことなのか――俺には評価しようがない。
「……どうだろ」
考えが纏まらない。
俺は何がしたいのか。どうしたらいいのか。
ずっと《未来の欠片》の本当の意味を知りたいと思っていた。
透子と出会って、その答えに手が届くと思った。
それがいつしか、《未来の欠片》は、まるで透子に会うための口実のようになって。
今の俺は、透子に特別な感情を抱いているように思う。
けれど、それは伝えていいことなのか?
透子には大切な友人たちがいて、俺はそこに要らぬ波風を立てる部外者で、彼らが悲しめば透子も悲しむ。
俺は透子とどうなりたい?
そして肝心の――透子は、俺をどう思っている?
「実は最近……色んなことがよくわからないんだ」
《未来の欠片》のこと、俺のこと、透子のこと。
わからないことばかりが増えていく。
全ては、透子に出会ってからだ。
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 12:48:29.69 ID:W+HAaMa50
*
「うちに寄っていかないか?」
自転車を押しながら後ろをついてくる透子に、俺は言った。
「……え?」
深い意味はない。俺は透子を安心させるように、言葉に微笑を含めた。
「父もいるよ」
「あっ……、うん」
そう、深い意味はない。
ただ、透子と、もう少し一緒にいたいだけ。
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 12:56:40.24 ID:W+HAaMa50
*
家の扉を開けると、玄関に女性物のパンプスが置かれていた
それに、リビングからうっすらと聞こえてくる、華やいだ声。
「母だ……」
俺が日乃出浜にやってきてから、母さんが家に立ち寄るのはこれが初めてだった。
俺の声色に驚き以外の感情を読み取ったのだろう、透子は優しく微笑む。
「私、今日は帰るね」
ほとんど反射的に、俺はその腕を掴んでいた。
「っ……?」
咄嗟のことで、言葉が出てこない。
透子をむりやりに引き止めて、俺は――一体、何を言うつもりだった……?
「透子――」
リビングから漏れ聞こえる、母さんの生演奏。
振り向いた透子の、驚きに大きくなった瞳に、吸い込まれそうになる。
そして、次の瞬間――。
《――俺は見つけたのか――》
俺の《声》――透子が息を飲む。彼女にも聞こえたのだ。
俺はそのまま透子をつれて家を飛び出した。
「どこ行くの……?」
どこか、どこでもいい、とにかく母さんの演奏が聞こえないところまで。
《未来の欠片》が聞こえないところまで。
おかしな話だ。俺は《未来の欠片》が聞きたくて透子を求めたはずなのに。
今、この瞬間は、透子に未来の俺の《声》を聞かれたくない。
未来の俺が透子に何を伝えるにしろ、それは今の俺が透子に伝えなきゃいけないことだから。
今はまだ、何を伝えたらいいのかさえわかってない今は、未来なんて知りたくもない。
俺は透子をどう思っていて、透子とどうなりたいのか――?
《――やっと見つけた――》
《――俺はずっとここにいた――》
《――俺は見つけたのか――》
今までに聞こえた俺の《声》が、耳の奥に反響する。
思考の断片や感情の破片が、頭の中に次々に湧いては散らばって、何一つ纏まった形になりやしない。
わからないことだらけだ。
でも、一つだけ、はっきりしていることがある。
なんであるにせよ、答えはきっと、今の俺自身で見つけなければいけないんだ。
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 13:00:37.07 ID:W+HAaMa50
*
例の高台までやってきて、乱れた息を整えると、俺は草の上に寝転がった。
透子は俺の隣に腰を落ち着けて、同じように呼吸を整えている。
「ここに来ると、落ち着くんだ」
ようやく人心地つけた気がして、俺はそうこぼした。透子も笑顔で同意してくれた。
「……わかるよ」
透子は足を伸ばし、空を見上げて尋ねてきた。
「お母さんって、どんな人?」
「そうだな……一か所に留まらない人かな。職業柄なのか、人柄なのか、わからないけど」
「活発な人なんだね」
「幼い俺には、母が何をしても正しいことをしているように見えた――なんていうと、マザコンなのかな」
「まさか。私もそう思うときあるよ」
風が吹き抜ける。俺は透子の様子を伺いつつ、間を埋めるように、聞きそびれていたことを訊いた。
「二度も電話したけど、例の透子の用事、そろそろ教えてくれないか?」
「ごめん、二回とも、ちゃんと話せなくて……」
透子は少し硬い声で語り出す。
「さっちゃん、入院するんだって。さっちゃんは検査入院だから心配ないって言うんだけど、入院してる未来も見ちゃったし」
「……心配、なんだな」
「うん……」
友達思いで、懸命で、優しい透子。
透子はいつも他人の心配ばかりしているように思う。
高山のこと、永宮のこと、井美のこと。もしかしたら、カチューシャの彼のことも。
しかし、なら、俺のことは……?
透子は、突然現れた俺のことを、どれほど気にかけてくれているのか?
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします
[sage saga]:2019/04/09(火) 13:06:03.49 ID:W+HAaMa50
そう疑問を抱いた直後、無粋な電子音が穏やかな空気に割って入った。
「あっ――もしもし、ゆきくん?」
電話の相手は、井美雪哉らしかった。
「……沖倉くんを殴ったことでしょ?」
二人は俺の話をしているらしい。「いま一緒にいる」と透子が言ったところで、俺は透子から彼女の電話を取り上げた。
「えっ?」
突然のことにぽかんと固まる透子。俺は電話の向こうの井美雪哉に、一方的に告げる。
「校庭に来い。はっきりさせよう」
そして彼の返事も聞かずに通話を切った。
――はっきりさせよう。
思わず、失笑したくなるような、安っぽい台詞だ。
それは、確固たる意志で以って前に進もうという、勇ましい決意表明なんかでは、決してない。
後に引けない状況に自らを追いやることで、無理にでも答えを出そうという、姑息な売り言葉。
「……透子は俺の味方だろ?」
不安に胸がざわつき、尋ねる。
困惑する透子からの答えはない。
それでも、もう後戻りはできない。
俺はほとんど自棄になって、大股に歩き出した。
212.06 KB
Speed:0
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報R
更新
専用ブラウザ
検索
全部
前100
次100
最新50
続きを読む
名前:
E-mail
(省略可)
:
書き込み後にスレをトップに移動しません
特殊変換を無効
本文を赤くします
本文を蒼くします
本文をピンクにします
本文を緑にします
本文を紫にします
256ビットSSL暗号化送信っぽいです
最大6000バイト 最大85行
スポンサードリンク
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2026/05/10 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)