宮本フレデリカは如何にしてこの世を去ったのか

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1 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:05:59.44 ID:p0TmPlc30
「にゃあお」

黒猫が鳴いている。
悲しげな鳴き声が一つ、また一つふわりと飛んで消えていく。

「にゃあお」

猫は鳴くのを止めない。
体の中に溜まっていき、抑えきれなくなったものを垂れ流すように。

「にゃあお」

壁にもたれかかる女性にしきりに頭をこすりつけ、
猫はただひたすらに鳴き続けた。
痛々しい血の赤に覆われながらも、彼女はどこか満足そうに微笑んでいた。
終わりを知らせる夕焼けが女性の髪を金色に照らす。
彼女の名前は「宮本フレデリカ」だった。
2 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:07:48.07 ID:p0TmPlc30
うだるような真夏の日光が容赦なく辺りに降り注ぐ。
黒猫は日陰ででろんと寝ころび暑さに耐えていたが、
不意に耳をピクリと立て、歩いてくる女性に跳びかかった。

「にゃはは、グッドモーニン♪」

女性は慌てる素振りもなく抱きかかえ、
「暑いねー今日も」と話しかけながらそのまま歩を進める。
猫は胸にもたれかかり、眠そうに青い目を細めた。


彼女は猫を抱きかかえたまま、『ペットとの入店大歓迎!』との立て看板が置いてある喫茶店に入った。
コロコロと鈴が鳴り、ウェイトレスらしき金髪の女性が振り返る。
彼女の胸には「宮本フレデリカ」と書かれた名札が付いていた。

「あ、シキちゃんいらっしゃーい♪キシちゃんもいらっしゃーい♪」

「やっほーフレちゃん♪」

フレデリカは志希に駆け寄り、猫と、なぜか志希の頭を優しく撫でた。
気持ちよさそうな顔が二つ並ぶのを楽しそうに見つめた彼女は、
一人と一匹をテーブル席へ案内した。
3 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:09:09.16 ID:p0TmPlc30
冷房の効いた店内は快適そのもので、ソファに座った猫は軽く伸びをすると
早々に丸くなり寝る体勢に入る。
志希は猫の背中を撫で、メニューを手に取ると少し遠くにいる例のウェイトレスを見つめた。


「お待たせいたしました、お嬢様〜♪」

「ありがと〜。んん〜いい匂〜い♪」

フレデリカは志希の席にパンケーキとオレンジジュースを運ぶと、そのまま志希の向かいに座った。
平日の昼間で客も少なく、店長が寛容ということもありフレデリカはよくこんな風に志希と談笑する。
志希はフレデリカと目線を合わせたまま、慣れた手つきでパンケーキにナイフを入れる。
丸いパンケーキを十字にカットし、その一切れをさらに小さく切り分けて猫の顔を模した小皿に移す。
やがて猫はパンケーキの香りで目を覚まし、テーブルに跳び乗る。
志希の差し出した小皿を見てスンスンと匂いを嗅ぐと、おもむろに齧りついた。
フレデリカはまるで我が子を見るかのようにその様子を見つめていた。
4 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:09:44.14 ID:p0TmPlc30
その黒猫、キシは志希の飼い猫というわけではない。
志希がきまぐれに野良のキシを連れ歩き、さらにキシもそれに乗っているだけである。
更に言うと志希とフレデリカに特別な交流はない。
志希はフレデリカがアルバイトしている店の一常連に過ぎない。
しかし志希はほぼフレデリカ目当てで店に通い、
フレデリカも志希とキシが来るのをバイト中随一の楽しみにしていた。
5 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:11:15.31 ID:p0TmPlc30
「へーっ、じゃあ何で辞めちゃったの?」

「んーっとね〜、……なんとなく♪」

「なんとなくか〜…じゃあ、仕方ないね」

宮本フレデリカはアイドルであった。
所属していたのは小さな事務所だったものの、そこそこ人気はあったらしい。
煌めくような金髪に、ハーフ故の整った顔立ちをした彼女は道を歩けば男女を問わず振り向かせ、
口を開けばその美しい容姿にそぐわない奇妙奇天烈な言葉をぽんぽん飛ばし場を和ませる。
アルバイト中のテキパキとした動きからして要領も悪くないのだろう。
何より人を喜ばせることが大好きな彼女に、
主に人を喜ばせる事を生業とするアイドルは天職だったろう。
志希は珍しく驚いた顔をしたが、すぐに普段通り口元を緩ませた。

「ふぅ〜ん、そっかそっか」

志希はそう呟くと、ちゅーっとストローでジュースを吸い上げる。
フレデリカは愛おしそうにそんな志希を眺めて口を開いた。

「それとねー、フレちゃんこれから旅にでるんだー」

「へえ、何処行くの?」

「ふっふーん、あてのない一人旅!」

アチョーと下手な中国拳法ような構えをする。

「フレちゃんは山籠もりをして誰も手の届かない存在となるのだ!」

志希は目を少し大きく開くと、にゃははと笑いながら尋ねた。

「すっごーい!その一人旅、あたしもついて行っていい?」

同じくフレデリカも笑いながら答える。

「一人旅に二人…二人旅!?効果2倍じゃーん!もちろんいいよー!」

「ほんと?ありがとー!じゃあこの一ノ瀬改め二ノ瀬に何なりとお申し付けくださいませ〜♪」

「頼もし〜♪よろしくね、シキちゃん♪」

思いつきだけで言っているような二人の会話を猫は冷めた目で見つめ、
大きなあくびをすると再び目を閉じた。
6 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:11:52.91 ID:p0TmPlc30
その不可解な事件はメディアに取り上げられた。
怨恨からの殺人事件と考えたマスコミは、彼女の短期大学で取材をした。
彼女はとても人気のある女性だったという。
美しい金髪に整った目鼻立ちという外見はもちろん、
人の心に潜り込むようなフレンドリーな性格で男女問わず好かれ、嫉妬の対象にすらならなかった。
彼女の知人は皆目を潤ませながら、なぜ彼女が死ななければならなかったのかと
激しい怒り、そして悲しみの感情を噛みしめていた。
しかし親しい友人が多くいるにも関わらず、彼女の家庭環境を知る者は誰一人いなかった。

彼女の両親は事故により死亡していた。
7 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:12:45.76 ID:p0TmPlc30
「はぁっ……ふっ……」

薄暗い部屋で女性が喘ぐ。悪夢にうなされているようだ。
酸素を求め金魚のように口を動かし、額には脂汗が滲んでいる。

「はっ……!」

一際大きく声を出すと、彼女は大きく目を開いた。
呼吸を乱らせたまま周囲を見渡す。見慣れた光景。いつもの自室。
深呼吸をし、冷静さを取り戻していく。
安堵か、それとも諦観か、いずれともつかない溜息をつくと
彼女はゆっくりと体を起こす。
鳥の鳴き声が聞こえ、カーテンの隙間から弱弱しい光が差し込んでいた。

「朝……」
8 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:14:22.14 ID:p0TmPlc30
待ち合わせ場所は喫茶店最寄りの駅前。
約束の時間から数分遅れ、志希は到着した。

「おはよー、待ったー?」

彼女は大きなリュックサックを背負っている。
くるぶしまで届くジーンズに飾り気のないTシャツと、これからの旅に備えていた。

「んーん、今来たとこー♪」

反面、フレデリカは靴こそスニーカーだが、薄いピンクのワンピースに革のポシェットと
前日自分で言った「山」という単語を微塵も感じさせない格好だった。
9 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:15:00.51 ID:p0TmPlc30
和気藹々と話しながら二人は切符を買って電車に乗った。
平日の朝とはいえ、ラッシュを過ぎた絶妙な時間で二人は難なく席に座ることができた。
志希はリュックを抱え、隣に座るフレデリカを横目で見つめる。
彼女は窓の外で流れる景色を眺めていた。

「眠れなかったの?」

フレデリカの横顔が小さく跳ねた。

「え?うん、そうそう、今日が楽しみで〜♪分かっちゃった?」

フレデリカは少し困った笑顔を見せて尋ねた。

「キュートなフレちゃんがクールになってたもん、分かるよ〜♪」

志希は微笑んで答えるとフレデリカはぱあっと笑い、抱きついた。

「流石シキちゃん!フレデリカ検定1級あげちゃう!」

「やったー!」
10 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:16:00.75 ID:p0TmPlc30

「友達とお出かけなんていつぶりかなー?」

フレデリカは外に視線を戻す。

「アイドルと大学とバイトだもんねー。そりゃ忙しいよ」

志希はフレデリカの横顔を眺めながら続ける。

「でもこれからは時間がとれるんじゃない?」

それを聞くと、フレデリカは少し寂しそうに微笑んだ。

「そうだね」

ガタンと列車が揺れる。
窓の外を見つめたまま口を開く。

「ねえ」

「ん〜?」

「これからも、一緒に遊んでくれる?」

列車がトンネルに入った。
車両内から光が消え、表情が見えなくなった。
一瞬の沈黙。闇の中ではその一瞬がとてつもなく永く感じた。
彼女は今どんな顔をしているのだろうか。
ついさっきまでは誰もがつられ笑いをするような優しい笑顔をしていた彼女は。
闇を照らす物は何もない。彼女を輝かせる美しい金髪も今だけは漆黒に染まっている。
いつも通り笑っているのか、それとも・・・

「もっちろーん!大歓迎!」

彼女がそう言うと同時に列車はトンネルを抜け、車内に光が広がった。
フレデリカは、トンネルに入る前と全く同じように微笑んでいたが、
その言葉を聞くとさらに頬を綻ばせ、嬉しそうに笑った。

「ほんとー?ありがとー!」
11 : ◆xa8Vk0v4PY [saga]:2020/05/04(月) 17:16:38.47 ID:p0TmPlc30
志希は優しく彼女の目を見つめると、ゆっくりと再び窓の外に視線を移した。

「あたしはこういうの初めてだよー」

「えっそうなの!?」

「そうだよ〜フレちゃんが初めて♪」

「やったー!シキちゃんの初めて♪」

そう笑い合っていた時、志希のリュックがもぞもぞと動いた。
志希は「やば」と声を洩らすと、リュックの中から声が聞こえた。

「にゃあお」

周囲の目が集まる。志希は明後日の方向を向く。
ちなみにフレデリカは目を丸くして笑っていた。

『○○、○○。お出口は右側です。××線にお乗り換えの・・・』

タイミング良くアナウンスが響き、電車が止まる。

「あはは・・・降ります、降ります、アデュー・・・」

志希は気まずそうに笑い、フレデリカの手を引いて電車から降りた。
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