【ミリマスR-18】満月の夜、狼と化した横山奈緒に襲われる話

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2 :満月に目覚めた狼 1 ◆yHhcvqAd4. [sage]:2020/10/08(木) 17:40:25.34 ID:CXB6n4GJ0
 一軒の古びた家屋。築後そう経たない真新しいビルの屋上に、それは立っている。簡易的に組み立てられたハロウィンイベントの宣材用撮影スタジオは、コンクリートのフロアの上にあって、月明かりの下で異様な雰囲気を放っていた。ドアの内側には、森林を模した部屋が一室あり、その先の扉をくぐると、ロッジをイメージした家具類が並ぶ。室内の一角にある暖炉からは、炎の灯りに近い、ぼんやりとした橙色の光がゆらめいている。穴の空いた屋根からは、満月が雲の合間より時折顔を覗かせていた。

『正体を現した狼が赤ずきんに襲い掛かる』……。伝承の中で幾年も積み重ねられてきた光景を題材にしたハロウィンプロジェクト企画のワンシーンだった。童話の『赤ずきん』は子どもでもよく知っている話であり、被写体は可愛らしさあふれるアイドルだ。メルヘンチックな雰囲気で終始和やかに進行すると思っていた現場だったが、被写体二人のあまりに堂に入った演技に小屋の中は一種の異世界と化してしまい、その場の誰もが、得体の知れない緊張感に包まれていた。テーブルに手をついて見ているだけだった俺もその空気に呑みこまれ、声をあげてしまいそうになるぐらいに。

 現場を仕切る監督が写真と映像にOKを出し、日程の終了が告げられた。一同の拍手が小屋の中へ響いたが、その拍手は、無事にスケジュールが終わったことよりも、この妖しい世界から現世に戻れることを保証された安堵が勝っていたのではなかっただろうか。少なくとも、俺はその証拠に、掌の汗をハンカチで拭いながら、肩から不安感が抜けていくのを感じていた。

「お疲れ様。いやあ二人とも、迫真の演技だったねぇ。ちょっと怖いぐらいだったけど、いい絵が撮れたよ、ありがとう」
「おおきに! ノリノリでやらせてもらいましたわ〜! 楽しかったです!」

 監督が二人の役者を称賛する。耳としっぽをあしらった、人間に化けるオオカミの衣装に身を包んだ奈緒の陰で、赤ずきん役のひなたがベッドから体を起こした。バスケットからリンゴが転げ落ちた。「奈緒ちゃん、なまらおっかなかったべさ」と言いながら頭巾を取り去って見えたその顔は、まだ瞳を潤ませていた。

 ドアを開けてスタッフが続々と現実世界へ帰っていく中、小屋の中に残っているのは劇場の三人だけだった。穴の開いた屋根から吹き込む風はうっすらと冷たい。先月まではまだ暑さに苦しんでいたはずなのに、十月になった途端、夜の空気には若干の肌寒さすら覚える。

「ひなた、今日はもう上がっていいからな。奈緒もオオカミお疲れ様」
「したっけ、また明日なぁ。奈緒ちゃんも行こ」
「あっ、ひなた、先行っててええよ。プロデューサーさんに相談せなあかんことがあってな、ちょっと長引きそうやねんか」
「そっかあ、じゃあ、先に上がらせてもらうなあ。お疲れ様でした」

 ちらり、とこちらを見た奈緒の瞳が、薄暗い部屋の中でギラリと光った。ぞくり、と肌が粟立つのを感じて、単なる光の反射だと俺は自らに言い聞かせた。耳と尻尾のシルエットが、深まる影の中へ消えていく。満月が、雲の中へ姿を隠し始めていた。
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