高垣楓「君の名は!」P「はい?」
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7: ◆PL.V193blo[sage]
2018/04/18(水) 18:42:44.53 ID:hD9nuK1M0

少女の小さな頭を胸の中に、しまい込むように抱いた。
楓の強がりが、心臓の鼓動が送る温さに融けていき、やがて、しゃくり上げるような嗚咽に変わる。
男の子はぎゅっと目を瞑って、一層きつく、楓の頭を自らに押し付けるように強く抱いた。

――どうか、楓の涙が、俺の胸の奥に少しでも、移っていってはくれねえじゃろうか。
堪えきれぬ涙と共に流るる辛さを。ほんの少しだけでも、俺の胸に置いていって、楓の心を軽くしてはくれねえじゃろうか。

『こったな気味の悪い目ばしてて、好かれるはずがなか。ぶきっちょでろくに手伝いも出来んし、きっとすぐ捨てられます』
『馬鹿言うな。おまんは綺麗じゃ。ずっとずっと言うとるじゃないか。おまんは綺麗で、おぼこい。それになにより、優しい。きっときっと好かれる』

"島原に行けば白いおまんまが食えるよ、綺麗な着物も着られるよ"

そったな謳い文句が嘘っぱちだということは、子供だってわかっとった。まして楓はおつむが良え、自分が売られてゆくのだという事は、はっきりわかっておったに違いねぇ。
白いおまんまをたらふく食うのは、ろくすっぽ楓のことを可愛がらぬまま売り飛ばしてしまう、楓の父どと母がだけじゃ。

――楓はその引き換えに、これから地獄のような苦労を背負わされるはめになる。

瞳の色が互い違いというだけで疎まれ、人より少し口下手というだけで、己が貧乏の大本のように責められ。
捨てられて行く先でも、どうせまた捨てられてしまうのじゃと怯えておる。
自分の幼さが憎らしかった。腹の足しにもならない気休めを、語りかけることくらいしかできない。

『そったなひょうげたこと言うの、おまえさまだけです。楓という名前だって、きっと楓は忘れてしまいます』
『ほなら俺が呼んだる。うんざりごたるほど呼んだる。おまんの名を。楓、と。天下の誰もが、たとえおまん自身が忘れたとて、俺が忘れん。おまんの耳元で呼ばわって、必ず思い出させちゃる』

肩を柔らかに掴んで、楓の顔を上げさせる。
真っ赤に泣き腫らした目に、綺麗な顔立ちも涎と鼻水でぐちゃぐちゃじゃ。

『のう、おまん、歌が好きじゃろ。』

男の子は、少女に向けて、にかッと笑った。

『おまんはひとりになると、必ずここで歌った。俺はその声で、いつでもおまんに会いに行けた。おまんの綺麗な声は、きっと京でも人気になるぞ。遠く離れた京からでも、必ず俺の耳に届く』



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