高垣楓「君の名は!」P「はい?」
1- 20
9: ◆PL.V193blo[sage]
2018/04/18(水) 18:47:18.09 ID:hD9nuK1M0

「見棹屋ぁ、鯉風太夫、道中まかりこしまするゥ」

月明かりに浮かぶ、紅の着物。禿が両袖を胸に添え、きんきら声を張り上げる。
しゃなり、しゃなり。
花車の後ろから、内八字を練る三本下駄。
その艶姿が島原提灯に露にされた瞬間、沿道でやんやと喝采していた群衆の声が、ぴたりと静まる。
美しかった。ハッと、息することを忘れるほど。

――慶応三年の冬、天下は荒れていた。史上例をみない冷害と飢饉が毎年のように続き、民衆は疲弊していた。加えて諸外国の干渉による政情不安、反体制派によるテロリズムとその取り締まりで、連日血の雨が降った。
洛中は脱藩者やお役目を放棄した御家人くずれ、元は武士ではなかった農民町人出の金上げ侍ややくざものが溢れ、社会秩序の崩壊を如実に顕していた。

まさに、乱世である。

そのような末法の世にあって、島原の花魁たちはまさに時代の最後の残り火の如く、妖しくも鮮やかに咲き誇っていた。

「見棹屋ぁ、鯉風太夫、千尋屋さんまでえ、道中まかりこしまするゥ」

朱の番傘に美白面、白百合の精が人に化けたれば、このような出で姿であろう。
寄って見ればその双眸は、右と左で輝きが異なる。色の違う二つの空が映されているかのようだ。

「はぁ……綺麗やなぁ。なんやうち、ため息出てしまいそうやわぁ」
「島原の太夫いうたらお天朝様から正五位を下賜されとる格式やからなぁ。しかも鯉風太夫はあんどえらい別嬪さだけやのうて、歌と舞は迦陵頻伽の如しやっちゅうで。ほんま生身のおなごとは思われへんな」
「なーんや詳しいなぁ。まさか、あんたはんのお馴染みやないどすやろな?」
「滅多なこというなや。太夫のお相手言うたらおまえ、十万石のお大名様で、身請けなんちゅう話になったら千両ものの銭の話や。
 わしみたいな木っ端商人の倅じゃあ、遊びとォてもとてもかなわんわな」
「ほーん……お矢銭があったら遊びたい思わはるっちゅうことやんなぁ。そやろなぁ、背丈もすらーっとしてはるしなぁ。
 うちみたいなちんちくりんじゃあ、あんたはんにもよう満足してもらえへんのやろしなぁ」
「いけずすんない、お紗枝、去年の祇園祭り一緒に行けへんかったこと、まだ根にもっとるんか」

ふと、見物する京雀たちに太夫が流し目を遣り、笑顔をにじませた。
これに、目が合ったとばかりに男が思わず鼻を伸ばして手を振ってしまったのがいけない。
傍らの少女が可愛らしい顔に険を作って、思い切り男の腰をつねった。

「ぎゃおっ!?」
「ふんっ、お・き・ば・り・や・す!」
「ちょっ、すまんかったって、お紗枝、待ちや、お紗枝」


<<前のレス[*]次のレス[#]>>
163Res/145.27 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 書[5] 板[3] 1-[1] l20




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice