高垣楓「君の名は!」P「はい?」
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10: ◆PL.V193blo[sage]
2018/04/18(水) 18:49:18.32 ID:hD9nuK1M0

「――――おまねき頂き、ありがとうございます。見棹屋鯉風太夫、ご逢状承り、ただいままかりこしました。」

気の狂うような鮮やかな朱色の天井と金屏風を背に、上座からうやうやしく頭を下げる。

「……公卿の座敷にでも赴くが如き道中、窓から見ておったが、贅沢というべきか、嫌みというべきか」

筋金が入ったように腰をピンと立てて座した侍が、何とも言えぬ表情を浮かべた。

「それと、そのうやうやしい口調も、よしてくれぬか。やりにくくてかなわん」
「……そうどすなあ。お前様がそのだんだら羽織、脱いでくれはったら、童の頃のように話してもよいでありんす」

にっこりと笑った太夫のまなじりに、たちまち侍は、腰に立てた筋金がくずおれてしまった。

「もとは紀州の百姓ですやのに、久しぶりに会うたら尊王攘夷だの公武合体だの言うて血の雨降らして。そんな危なげな事に首突っ込まはってたとは、まったく夢にも思うてませんでした」
「おまんもその紀州の百姓じゃろ。すっかり京者が如きしゃべり方になりおって」
「お前様は、童の頃からちっとも変っておりませんね」

つん、と太夫は澄ましているが、侍はすっかり砕けてしまい、胡坐をかいた膝に肘をつき、酌を受ける。

「……おまんは」

ちびり、と口をつけ、ぼそり。
口当たりはするりとした、京流の伏見酒であった。

「……美しゅう、なった。あの日の言葉通り、押しも押されぬ天下一の芸者じゃ。まったく天晴よ」

侍が酌を返す。太夫の妖瞳に節くれだった手が移り、同時にほのかに香った、血の匂い。
それを認めて、不意に太夫の杯が乱れ、酒がこぼれた。


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