速水奏「人形の夢」
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18: ◆ty.IaxZULXr/[saga]
2020/01/24(金) 21:26:09.45 ID:W4W9+UtG0
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木犀浪学園・校庭・食堂前

かな子との散歩は穏やかな気持ちと心地よい疲れをもたらしてくれた。そう、物事は幾らでも良く言える。悪く言えば、散歩した道に目ぼしいものはなかった。平坦な道に、まばらな民家と古ぼけた電柱、少しでも視線を逸らせば学園の塀と建物が見えた。かな子と見つけた発見は、半分ほど苔に覆われたお地蔵さんを見つけたことくらい。かな子は自分のハンカチでお地蔵さんの顔を拭いてあげると、手を合わせていた。私も手をあわせて、何かを願ったふりをした。薄目をあけると、私よりもずっと長く目を閉じていたかな子が見えた。散歩の思い出はそのくらい。

汗をかきすぎる前に、学園に帰って来た。食堂の前を通ると、明かりがついているのが見えた。
今日から営業開始だものね。食堂の窓を見ながら歩いていると。

目が逢った、気がした。何と目が逢ったかわからないのに、目が逢ったことが先にわかった。何と目が逢ったかもわかった、食堂の奥、丸いテーブルの真ん中に人形が座っていた。人間の子供くらいはありそうな、白い服を着た洋風の人形。

「奏ちゃん、かな子ちゃん、こんにちはぁ」

聞きなれ始めた声が視線をそこから引き離す。

「雪菜ちゃん、おかえりなさい」

「あら、井村さん。帰って来たところかしら?」クラスメイトの井村雪菜だった。左手にはキャリーケースのハンドルが握られていた。学園の生徒にしては珍しく化粧もしっかりしている。外の人からすると意外らしいけれど、学園の校則はさほど厳しくない。1年生の時は同じクラスだった、かな子の話だと、先生から井村さんが注意されたことはないみたい。

「はぁい。雪乃先輩とご一緒したんですよぉ」

井村さんの他にもう1人。強い日差しに晒されないように肌を隠した3年生は、井村さんと違って小さなカバンを1つ持っているだけだった。相原雪乃、白雪さんのお節介で上品なルームメイト。肌をほとんど見せていないのに豊かなボディラインは隠しきれていない。

「秋田でお会いしまして、ご一緒できて楽しかったですわ」

「こちらこそ、楽しかったですよぉ」

「三村さんと速水さんの、おふたりも今日戻られたのですか?」

「私達は昨日戻ってきたんですよ」

「ええ。人の少ない学園は新鮮だったわね」ふふっ、と相原先輩は小さく笑う。本当に可笑しい時は大きく口を開けて笑います、と無表情なクラスメイトは言っていた。どうやったら、その笑顔は見れるのかしらね。

「まぁ、千夜さんとお会いしましたか?」

「昨日、会ったわ。寂しそうにしてたわね」会ったのは本当。寂しそうにしていた、これは本当かもしれない。嘘かどうかも確かめようがない。

「私の実家にお誘いしたのですが、断られてしまって」

「雪乃先輩のお家ですかぁ?もったいない、私はお邪魔してみたいなぁ」

「ぜひ、夏休みにいらっしゃってくださいな。荷物を持ったままなので失礼しますわ」

「はい、ゆっくり休んでくださいね」

「奏さん、また明日」

「ええ」井村さんと相原先輩は1号棟の方に歩いて行った。そう言えば、隣部屋だったことを思い出したわ。

もうひとつ、思い出す。食堂の方へと目を向ける。

人形はどこにもいなかった。

「雪乃先輩のお家かぁ、きっと素敵ですよね……奏さん?」

「ごめんなさい、かな子、何か言ったかしら?」持って行ったのでしょうね、誰かが。

「いいえ、なんでもないです」

「そう……ねぇ、かな子?」

「なんですか?」

「あそこに、人形が置いてなかったかしら?」かな子の答えは表情に先に出る。見てなかったみたい。



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