速水奏「人形の夢」
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36: ◆ty.IaxZULXr/[saga]
2020/01/24(金) 21:39:26.34 ID:W4W9+UtG0
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喫茶店ユリーズ・木犀浪学園前臨時店舗・控室

「こんにちは」

その挨拶がとても遠くから響いてきたように聞こえた。

「どうか、されましたか?」

そんなわけないわね、今度はちゃんと聞こえたわ。

案内された部屋はがらんとしていた。キャンプで使うような折りたたみテーブルが1つに、折りたたみイスが5つ。それと、古ぼけた赤いトランクケースが平置きされていた。クラリスという店員は制服姿のまま、イスの1つに座っていた。

「私にご用があると伺いました、どうぞお座りなってください」

「ありがとう。聞きたいことがあるの」クラリスさんの口元が小さく微笑んだ。

「何でもお聞きください。少し冷めてしまいましたが、緑茶はいかがですか」

「いただくわ」折りたたみテーブルに置かれたティーポットから、プラスチックのマグカップに透き通った黄緑色の液体が注がれる。キャンプ用品ばかりに見えるけれど、誰かの趣味なのかしら。

「どうぞ」

「ありがとう。どなたか、キャンプが趣味の人がいるのかしら?」

「キャンピングカーとキッチンカーが私達の家ですから、最近のキャンプグッズは便利ですよ」

「へぇ、面白そうね」面白そうだけれど、やりたくはないわね。

「荷物を多く持てないことで、本当に大事な物はそんなに多くないと気づかせてくれます」クラリスさんは、床に置かれたトランクケースに顔を一瞬だけ向けた。彼女の大事な荷物は、そこにある。

「本題に入っていいかしら。時間があまりないの」

「申し訳ございません。ご用件をお聞きします」

「あなたは『キヨラさん』を知っているかしら」

彼女の表情は変わらない。静寂の後、彼女はおもむろに立ち上がった。

「存じております。お待ちください」

床に置かれたトランクケースを開錠し、使い込まれた革の手帳が取り出された。丁寧にトランクを閉めると、彼女は戻ってきてイスに腰掛けた。手帳をめくる。手帳ではなくアルバムだということがわかった。店員さん達が映った新しい写真、古ぼけたネガ、白黒の写真。彼女は白黒でよれている写真を私の目の前に置いた。その理由は嫌でもわかるわ、驚くほどに鮮明に映っていたのだから。

「この写真におりますでしょうか」

「ええ、いるわ。この人よ」部屋で見た幽霊と同じ顔が映っている。服装も同じ。ホスピスの職員ではなく、患者だったのね。

「お名前は柳清良さん、と聞いています」

クラリスさんは曾祖母の話を聞かせてくれた。



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