堀裕子「ぴーぴーかんかん?」
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66:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:52:49.80 ID:I9OmqLYR0
 ゆっくりと口を広げて一瞬ためらう。その言葉は呪いだ。
その言葉を彼女に伝えてしまったら俺はもう彼女に想いを伝えることは出来ないだろう。
そんな事は分かり切っていた。

でも、それでもこの物語がバットエンドだとしても
以下略 AAS



67:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:53:45.48 ID:I9OmqLYR0
7.


 映画はここで終わり。
この後に続くのは真っ暗な画面のエンドロール。
以下略 AAS



68:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:54:46.75 ID:I9OmqLYR0
それからしばらくして彼女は東京へ転校していった。
俺はあの日、彼女にその言葉を伝えてから何もやる気が起きなくて、痛みだとか、辛さだとか。
そういう物も何も感じられなくて、自分の心に嘘をつくのも何も思わなくて

だから彼女が東京へ転校していく、その最後の日にも俺は彼女に会わなかった。
以下略 AAS



69:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:55:50.84 ID:I9OmqLYR0
一度だけ彼女からチケットをもらった事がある。
三年の夏の頃だったか「エスパーユッコ」の名義でチケットと手紙が届いていた。
その手紙には東京でも案外楽しくやれている事と信頼できる人に出会えた事
ソロライブを出来るぐらいにまでなった事。
それとあの時、応援してくれてありがとうと書かれたライブのチケットが入っていた。
以下略 AAS



70:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:56:29.32 ID:I9OmqLYR0
 大学生になって初めて彼女が出来た。栗色の大きな瞳を持った彼女だった。
何気なく入った映像サークルで初めて出来た後輩だった。それなりの恋をした。
それなりの事をして、お互いに愛を確かめ合った。
でもその彼女は「先輩はきっと私じゃなくて、私を通した誰かを愛しているんです」
と言って俺のもとを去って行った。
以下略 AAS



71:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:57:59.01 ID:I9OmqLYR0
 偶然テレビで彼女のライブ振り返りを見た事もある。
そこに映る彼女は記憶の中の彼女より少し大人びて見えて綺麗だった。それから彼女はファンに向かって感謝を述べた。
「ありがとうございます!」と。
その笑顔が俺の記憶の中のそれと全く同じものであることに気づいてから、また一人嘔吐いた。


72:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:58:48.17 ID:I9OmqLYR0
俺はときどき思う事がある。
あの日に、俺が告白していれば?
あの日に、俺がグーではなくチョキを出していれば?
あの日に、夕日に満たされた教室で俺が彼女に声をかけなければ?

以下略 AAS



73:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:59:24.82 ID:I9OmqLYR0
彼女は言っていた。
信じ続ければきっと素敵な出来事が待っているのだと。
ならば俺は彼女を信じよう。自分自身の事を見失って何も信じられなくても
彼女の事だけを信じ続けていよう。
彼女の行く末に幸あれと。
以下略 AAS



74:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 15:59:56.21 ID:I9OmqLYR0





以下略 AAS



75:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:00:58.81 ID:I9OmqLYR0
雨の降る六月だった。
朝過ぎから降り続けていた雨は午後になってその勢いを強め
喧噪に塗れたその街を洗い流すように降り続けていた。

彼が居る映画館からは多くの人が見える。
以下略 AAS



76:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:01:46.54 ID:I9OmqLYR0
観客は彼一人。映画が始まっても聞こえるのはモニターのカタカタと無機質な音。それだけだった。

何と言うかその映画は言葉を選ばずに言うなら、普遍的で掴みどころのない物語だった。
主人公の少年は廃校間際の野球部で爛れた日々を送っていたが
不治の病で入院した幼馴染の女の子のために甲子園優勝を目指す。そんなあらすじ。
以下略 AAS



77:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:02:54.38 ID:I9OmqLYR0
「見る映画を間違えたな」
一人呟いてみる。
その呟きは、この東京の街に降り注ぐ大雨にかき消されてどこへ行くわけでもなく消えて行った。

外はまだ大雨が降っている。当分の間は止みそうにない。
以下略 AAS



78:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:03:22.45 ID:I9OmqLYR0
雨はやはり止みそうにない。今ならまだ腹痛で倒れていた言い訳が効く時間だろう。
意を決してその大雨の中に飛び込む。空から斑に降る豪雨は痛いぐらいに体を撃っている。
長くこの雨に撃たれていると体を壊してしまう。そう思えて水溜を踏む足を急かした。

その足も久しく走っていなかったからか、彼にはとても重く感じた。


79:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:04:08.02 ID:I9OmqLYR0
そうして少し走ってから信号に差し掛かった。
即座にボタンを押して一秒、一瞬を感じる。
向こうの信号機には家族連れが見えた。休日がこんな大雨の日になって可哀想だな。
そんな事を思って青色になった信号を渡る。肌着が水を吸って重い。
そうして、彼らがすれ違ってから一瞬目があった。
以下略 AAS



80:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:04:39.56 ID:I9OmqLYR0
信号の音がちくたくと点滅している。空からは大粒の雨が降り注いでいる。
東京の街に降る一年分の雨がこの瞬間のためだけに降っている。そんな突拍子もない事を思えた。

それから少し考えてゆっくりと前を向いた。
彼女に声をかけるのは辞めよう、彼女の物語にもう俺が関わるのは必要ない。
以下略 AAS



81:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:05:30.62 ID:I9OmqLYR0
その瞬間、強くズボンを引っ張られた気がした。
足を降ろしてゆっくり、ゆっくり振り向くとそこには小さな少女が
五、六歳に見える、栗色の大きな瞳を覗かせた少女がいた。

「おじさん!」
以下略 AAS



82:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:06:09.72 ID:I9OmqLYR0
少女はそう言って、陽だまりに溶けてしまいそうな笑顔を浮かべて、手のひらに何かを握らせた。

「じゃあね!バイバーイ!」
 少女は信号機の向こう側で待つ両親の元に駆けて行く。
自分の声すら聞こえない程の豪雨の中でも、不思議と、その少女の声だけはハッキリと聞こえた気がした。
以下略 AAS



83:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:06:53.99 ID:I9OmqLYR0
顔を上げて信号の向こう側を見る。
降り注ぐ豪雨は更に勢いを増して、ほんの先の一メートル程度も見れない程に強かった。
それでも、それでも。彼には、彼女は笑っているのだろうと。あの頃と変わらない笑顔で優しく笑っているのだと。
彼女に言わせれば、これがテレパシーってやつなのだと。根拠はないけど強く、強く思えた。 

以下略 AAS



84:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:07:31.25 ID:I9OmqLYR0
終わりです
ありがとうございました


85:名無しNIPPER
2021/06/24(木) 16:14:41.34 ID:I9OmqLYR0
タイトルのぴーぴーかんかんは映画業界で使用されていた用語で
「快晴」って意味らしいです


86:名無しNIPPER[sage]
2021/06/24(木) 18:44:56.92 ID:ubxzPR4F0
乙でした
ユッコでこういう切ないストーリーってのは珍しい


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