4:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:45:29.06 ID:49voo3/L0
翌日。一学期の最終日。
今日は終業式をした後、学活や大掃除をこなすだけで終わり、晴れて夏休みとなる。勉強のことは何も考えずにぼーっとしていればいい気楽な一日。
一晩眠ったことで昨日のケンカのことをだいぶ消化できたーーもとい、なんで怒っていたのかも忘れかけていた櫻子は、家を出て珍しく自分より先に待ち合わせ場所に立っていた向日葵を見て、少しだけ昨日の気まずさを思い出した。向日葵の表情はどことなく険しく、自分と違ってまだまだ昨日のことを強く引きずっているようだった。
5:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:47:16.60 ID:49voo3/L0
ハンガーなんとか、と言っていた説明はよく覚えてないけれど、イライラすることがあったら6秒数えてみるといいという姉の言葉と、優しく頭を撫でてくれたあの手つきが、ふと呼び起こされた。
(いち、にー、さん……)
立ち止まって、目を閉じて、昨日寝る前に繰り返していたように6秒を数え始める櫻子。
6:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:48:42.25 ID:49voo3/L0
「……わ、わかればいいんですわ」
「……」
「その……落ち込んでいたのは、私も同じでしたし。今日から。今日からやってくれればいいですわ」
「ん」
7:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:51:30.42 ID:49voo3/L0
みんなと一緒に宿題をする機会があれば少しは一緒になってやる気を見せることもなくはない櫻子だが、みんなが帰って一人になってしまうと途端にやる気がなくなってしまう。というか、勉強をしなくてはいけない身の上を忘れ、「次の楽しいこと」を探すのに夢中になってしまうのだ。
夏休み初日。昨日に引き続きものすごい暑さになるようだと天気予報の女性キャスターが言っていたのを耳にした櫻子は、おもむろに庭にビニールプールをひろげてホースで水を溜め始めた。小さなガーデンチェアに腰掛け、まだ溜まっていない段階から足をつけてじゃばじゃばと楽しそうにはしゃいでいる。そばに置いてあった花子のアサガオの鉢にも、ホースでぴゃぴゃっと水をかけてあげた。
「なにしてるし、櫻子」
8:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:52:28.87 ID:49voo3/L0
買ったばかりの白い日傘を取り出し、可愛らしげなストラップを外しながら、撫子は妹に声をかける。
「そういえば、ひま子と仲直りできたみたいだね。昨日うちに来たんでしょ?」
「あー、うん」
「してみたの? アンガーマネジメント」
9:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:54:15.85 ID:49voo3/L0
「あーあ、今年の夏休みはいっぱい夏らしいことしたいなー」
「今してるし」
「これもそうだけど、もっといっぱい! ちゃんとしたプールも行きたいし、海も行きたいし、キャンプも行きたいし〜」
「そんなに遊んでばっかりだと、またひま姉に勉強しろって怒られるよ?」
『その通りですわ』
10:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:55:13.49 ID:49voo3/L0
「向日葵は……」
「?」
「向日葵は、何かしたいことある?」
櫻子はゆらゆらときらめく足元の水面に目を落としながら、向日葵にぽつりと尋ねてみた。べつに特段不自然な会話というわけでもないのに、なぜだか少しだけ心がむずがゆかった。
11:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:56:24.61 ID:49voo3/L0
「行けし」
「うひゃーっ!」
櫻子が固まっていると、花子に頭からホースの水をかけられ、櫻子は思わず身を縮こめた。
12:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 22:57:04.63 ID:49voo3/L0
「……いつ行くの?」
「え?」
「図書館。行くんでしょ。しょーがないから私もついてったげる」
向日葵はその返答を聞き、一瞬目を丸くして驚いたが、やがてふわりとした笑みに戻り、
13:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:00:49.15 ID:49voo3/L0
〜
結局、お昼ご飯を食べた後、図書館には花子と楓も含め四人で行くことになった。
櫻子は読みたい本を見つけたわけでも、じっと読書に集中できたわけでもなかったが、マンガ形式で偉人を紹介する本を見つけてぱらぱらとめくってみたり、楓が選んだ絵本を端の方で静かに読み聞かせてあげたりと、そこそこ楽しく過ごせていた。
14:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:02:18.74 ID:49voo3/L0
「見つかりましたの? いい本」
「ううん。でも、向日葵のと一緒でいいよ」
「だめですわ。ちゃんと自分が読みたい本にしないと」
「向日葵が読んでるものを私も読みたいの!」
「えっ……?」
15:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:03:14.83 ID:49voo3/L0
会計を済ませている間、図書館で借りた本を持って外で待っていた向日葵が、コンビニのガラス裏に貼られていたポスターのひとつに目をやっているのを、櫻子は見かけた。
自動ドアから出て袋のアイスを手渡しながら、向日葵が見ていたポスターに目を留める。
それは、ここから少し離れた地域でやっている花火大会の広報用ポスターだった。珍しく7月中に開催されるらしい。昨日もちなつたちと近所で行われる夏祭りにはみんなで行こうと約束したばかりだったが、向日葵がやけに興味深そうに見つめているのが気になった。
「……」
16:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:04:37.00 ID:49voo3/L0
〜
夜空に咲き誇る色とりどりの大きな花火。
それに照らされる、向日葵の横顔。
からからと下駄を鳴らして歩く、浴衣姿の向日葵。
17:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:05:24.28 ID:49voo3/L0
「これ、こっちで合ってるんですの?」
「わかんないけど、みんなこっちに向かってるじゃん!」
駅前から続く人の列はゆっくりと一定の方向に流れている。櫻子と向日葵はよくわからないままにそれに流されていく。二人とも、花火を見るための専用席を予約したわけでもなかったし、このあたりはそんなに来たことがないため土地勘もない。
18:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:07:09.87 ID:49voo3/L0
そこにいたのは、クラスこそ違うが七森中で櫻子が仲良くしている同学年の友人たちだった。みんな同じ部活で、練習の帰りにそのまま立ち寄ったのか、体操着姿のままで屋台街をめぐっていたようだった。
「おおー!」
『来てたんだ! すっごい偶然!』
19:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:08:19.59 ID:49voo3/L0
「……」
向日葵が「それじゃ」と手を振って足早に去っていく。櫻子はその後ろ姿をただ見つめていた。
今の今まで帰ろうとしていたのは事実だ。思っていたよりも人混みがすごくて大変で、落ち着いて花火を見られるような状況じゃないし、はっきり言って楽しくない。自分のペースで歩くこともできず、喧騒にかきけされて会話もまともにできず、想像していた花火大会の良さはここにはなかった。
20:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:09:26.85 ID:49voo3/L0
くるりときびすを返し、向日葵が消えていった方向に慌てて走り出す。困惑気味に『えっ!?』『またねー!?』と声をかけてくれる友人たちの声を背中で感じつつ、とにかく目の前の人ごみをかきわけて前へと進もうとした。
離れてからものの一分ほどしか経っていないはずなのに、向日葵はすぐには見つからなかった。すみません、すみませんと人の波を割りつつ、前へ前へと進んでいく。
後ろ姿を見つけられない時間が一秒一秒経つごとに、やっぱり向日葵と別れてはいけなかったのだという焦燥感が櫻子の胸に募り、ばくばくと音を立てる。
もしもこのまま見つからなかったらどうする?
21:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:10:18.12 ID:49voo3/L0
鮮やかな光が薄闇を切り裂くようにぱーんと広がり、辺りからわっと歓声が上がった。いつの間にか、花火の開始時刻になっていたようだ。
ぱんぱんぱん、と続けざまに花火が打ちあがる。
赤、緑、オレンジ。色とりどりの光が、向日葵の顔をほのかに照らす。
そのまんまるい目を見て、櫻子は向日葵の手をしっかりと握り直し、もう離すまいと心に固く誓った。
22:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:11:29.89 ID:49voo3/L0
〜
撫子に教えられた場所は、たしかに見晴らしがいいのに人があまりいない、珍しいスポットだった。
櫻子は階段状になっている場所に向日葵と一緒に腰を下ろし、途中で買ったいちご味のかき氷を分け合い、静かに花火を見守った。
向日葵の安らかな笑顔を見ていると、心が落ち着くとともに、少しだけドキドキする。
23:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:12:09.22 ID:49voo3/L0
「櫻子、見ました今の?」
「……」
「……櫻子?」
櫻子が先ほどから夜空ではなくこちらをずっと見ていることに向日葵も気づく。まだ少しだけうるんでいるような気がする、まんまるの大きな目と視線が重なる。
24:名無しNIPPER[sage saga]
2024/09/07(土) 23:12:47.56 ID:49voo3/L0
今までだって、ずっとそうだったのかもしれない。
何をするにも、向日葵のことばかり考えている。
他の友達と遊んでいたって、今頃向日葵はどうしてるのかなって、気になるときがあった。
向日葵が嬉しいと嬉しい。向日葵が悲しいと悲しい。
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