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一方「どンなに泣き叫ンだって、それを聞いて駆けつけてくれるヒーローなンざいねェ」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:00:40.96 ID:gGgzkDcl0

「困った時だけ神頼みしても、奇跡が起きる訳じゃない」


「どンなに泣き叫ンだって、それを聞いて駆けつけてくれるヒーローなンざいねェ」


だから。



当スレは
上条「だからお前のことも、絶対に助けに行くよ」一方「……」
から続くSSスレです。

前スレ:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294936403/

続きものなので、前スレから続けて読むことを推奨します。
細かい注意事項も前スレの>>1にありますので、宜しければ目を通して頂けると助かります。
では、以下投下。
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714136403/

少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714054765/

渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

2 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:01:50.93 ID:gGgzkDclo

部屋が明るくなると同時に、乾いた拍手の音が鳴り響く。
その音に、襲い掛かって来た不良たちを返り討ちにした少女は振り返って少し意外そうな顔をした。

「いやー、オモシロイもの見せて貰ったわ。ヤバくなったら割り込もうって思ってたんだけど」

拍手をしながら部屋の入り口から姿を現したのは、美琴だ。
その後ろには、控えるようにして一方通行が立っている。

(話術と演出だけで心を折って不良を鎮圧、ね。俺もやったことがあるにはあるが、大した度胸だ)

不良たちの死屍累々を眺めながら、一方通行も部屋に入って行く。
すると、彼はふと少女が自分たちのことをじっと見詰めていることに気が付いた。
同時に美琴もそれに気付いたようで、少し怪訝そうな顔をして尋ねる。

「な、何よ。私の顔に何か付いてる?」

「あなたたち……」

「へ?」

しかし少女はそれきり口を噤んでしまい、黙り込んでしまった。
まあ美琴は有名人だし、物珍しさからまじまじと眺めてしまっただけなのかもしれない。

「ま、良いや。ところでどうしてこんなことしてるの?」

「detailed.こんなこと、とは?」

「マネーカードよ。どうしてばら撒くの?」
3 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:02:19.44 ID:gGgzkDclo

再び、少女がじっと美琴を見つめる。
美琴はその眼力にぎくりとしたが、怯むことなく少女を見詰め返した。

「人の目で街の死角を潰しているの」

「へ?」

「マネーカードをばら撒くことで普段人目に付かない路地や裏通りに意識を向けさせ、学園都市の監視カメラの穴を人の目で埋めているの。
 そうしたら、そこで起こるかもしれない『事件』を阻止できるかもしれない」

「事件? 阻止? ……よく分かんないけど、そんなの風紀委員や警備員の仕事じゃない」

「風紀委員や警備員は頼りにならないわ。『事件』が起こってから駆け付けたのでは間に合わないもの」

「?」

曖昧な物言いしかしない少女に、美琴は戸惑うことしかできない。
一方通行は割とどうでも良いと思っているのか、彼女の話など軽く聞き流しているようだったが。

「でも、私自身が目撃されて尾行されるとは迂闊だったわ。家探しされて余計なものを見られたら面倒な事になっていたかもしれないから」

言いながら、少女が部屋の真ん中にぽつんと置いてあった机の引き出しから取り出したのは、紙束だった。
当たり前だが、美琴たちの立っている位置からはその内容など見ることができない。
あれは何だろう、なんて悠長なことを考えていると、少女は突然ライターを使って紙束を燃やし始めた。

「ちょっ、良いの!?」

「because.他人に見られると厄介だから。やっぱり形の残るものは駄目ね」

話している内にも、紙束はみるみると燃えていく。
もう、半分が炎に呑み込まれて灰になってしまっていた。
4 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:02:48.38 ID:gGgzkDclo

「ここも勝手に間借りしていただけだし、この人たちが目を覚ます前に退散しましょう」

「ま、待って! アンタの言ってる『事件』って何のこと? 何の話をしてるの?」

そのまま立ち去ってしまいそうな雰囲気の少女を引き止めようと、美琴が彼女の肩を掴もうとする。
が、その前に少女はするりと美琴の手を躱すと、そのまま美琴の横っ腹にローリングソバットをかました。

「ぐおふ!?」

「御坂!?」

「あなたは中学生私は高校生。長幼の序は守りなさい」

「す、すみませんでした……」

強烈な攻撃に横腹を抑えながら、美琴が蹲る。
一方通行はその様を暫らく茫然と眺めていたが、不意に二人の背後にあるものを目にしてしまってその表情を凍りつかせた。

「……オイ、オマエそれ」

彼がわなわなと指差したのは、美琴と少女の背後。少女が美琴に攻撃した拍子に地面に落ちてしまった、紙束だった。
無論、燃えているし壁や床やその他家具に燃え移っているし燃え盛っている。

「……indeed.証拠隠滅するなら現場もろとも目撃者も消してしまえということね」

「えっ!? 違……」

「知ーらない」

「ま、待って待ってちょっと待って! コイツらどうすんの!?」
5 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:03:15.46 ID:gGgzkDclo

しかし少女は美琴の言葉を無視して、さっさとビルを後にしてしまった。
残された美琴と一方通行は、もはや茫然とするしかない。

「ど、どうしよう……」

「流石にこの人数を全員外に出すのはキツイなァ」

「何暢気なこと言ってんの!? あ、そうだ。アンタの能力で風を起こして鎮火とかできないの?」

「えェー……。部屋ン中は無風なンだが」

「良いからやるだけやってみてよ!」

美琴に急かされて、一方通行は仕方なく能力を使用する。
だが、完全に無風な室内の空気を操ると言っても高が知れている。生まれた風は僅かに炎を靡かせただけで、むしろ炎を燃え上がらせた。

「あァ、酸素供給……」

「どどどっどどどうすんのよ!? 事態が悪化したじゃない!」

「ンー……、なンとかなるだろ」

「アンタ最近アイツに似てきてない!? 主に楽観的なとことか楽観的なとことか楽観的なとことか!」

「落ち着け御坂。全部同じことだ」

美琴は一方通行の方を掴み、がっくんがっくんと前後に揺さぶる。
もちろん、こんなやり取りをしている内にも炎は燃え広がっていた。
6 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:03:41.61 ID:gGgzkDclo

「って言うかもうちょっと強い風とか起こせないの!?」

「無理。俺の能力は確かに便利だが出力は微妙なンだよ。ここ無風で操るベクトルがねェし」

「じゃあどうすんのよ……」

「取り敢えず不良ども叩き起こすか。で、鎮火を手伝わせればイイだろ」

「……結構燃え広がっちゃってるけど」

「不良どもを全員外に引き摺り出すよりかは楽だと思うが」

美琴は改めて周囲を見渡してみる。確かに、不良たちは意外と数が多い。
頑張っても時間を掛けた上で一人ずつしか運び出せないだろうし、炎の燃え広がる速度はそれなりに早い。
どう考えても、炎を消すことに集中した方が建設的だ。

「仕方ないわね。やりましょう」

「じゃあ叩き起こすぞ」

「はいはい」

それから二人は、手近にいた不良を数人だけ叩き起こしてこき使い、炎の鎮火を成功させた。
炎が消えた頃には部屋の中はだいぶ酷い有様になってしまっていたが、まあ大火事になるよりはましだろう。

……ちなみに、炎を鎮火するなり起こした不良が変な因縁を付けて襲い掛かって来たので、仕方なくもう一度眠らせておいた。


7 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:04:09.71 ID:gGgzkDclo

―――――



ボヤを起こしたという騒ぎを聞き付けて集まって来た野次馬や警備員の目を掻い潜って、二人はこそこそと雑居ビルを抜け出した。
ざわざわと噂話をしている野次馬たちを横目に見ながら、二人は何とか人目の付かないところまで辿り着く。

「はあ、ここまで来ればもう大丈夫ね……」

「不良どもには悪いことしたがな。まァ襲い掛かってきたあっちが悪いンだが」

「まったくもう、それもこれも全部あのギョロ目の所為よ!」

「……ギョロ目、ねェ」

一方通行が腕を組み、うーんと考え込み始める。
それを見て、美琴はきょとんとした顔をしながら首を傾げた。

「どうしたの?」

「いや、なァンかアイツの顔に見覚えがあるよォな……」

「本当!? 何処のどいつなの!? 確か、制服は長点上機だったけど……」

「長点、上機……?」

その学校名に、一方通行は更に深く考え込む。
もうすぐ思い出せそうな様子の彼を、美琴も緊張した面持ちで見守っていた。

「そォだ、アイツ……。妹達の研究所のデータにあったな。布束砥信」
8 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:04:36.70 ID:gGgzkDclo

「妹達の!?」

「あァ、確か妹達の面倒を見てる研究員の一人だ。だからオマエのことをまじまじと見てたのか」

「なるほど……。でも、そんな人がどうしてあんなことをしてたのかしら?」

「さァな。妹二号の様子を見るに、少なくとも妹達の方はこのことは知らねェンだとは思うが……」

「……が?」

「アイツ、相当金にがめついからな。分かっててマネーカード探しをやってた可能性がある」

「ああ、うん……」

何となくその図を想像できてしまったのか、美琴が気まずそうに目を逸らす。
とは言え、別にミサカ13577号がすべてを知っていてマネーカード探しをしていたことが確定したわけではないので些か早計だが。

「にしても、アイツは本当にどォしてこンなことをしてたンだろォな。やっぱ妹達関係か?」

「妹達関係なら、逆に路地裏に人の目を向けさせるのは不味いんじゃないかしら? あの子たちよく路地裏うろついてるし」

「それもそォか……? 確かに研究所も路地裏の奥にあるしな」

「そういう後ろめたいことをやってる研究所は、普通人目の付かないところにあるものね」

「……そォいや、『事件』を防ぐとか言ってたな」

「うーん?」
9 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:05:06.00 ID:gGgzkDclo

今度は美琴も一緒になって考え込んでしまう。
二人は暫らくそうしていたが、まったく何も思い付かずに小さく息を吐いてから同時に顔を上げた。

「駄目だ、全然思いつかない……」

「そもそも前提が間違ってるのかもな。妹達関連じゃねェのか」

「もっとプライベートなことなのかしら?」

「そォいや、アイツは妹達以外にも様々な研究に携わってる天才って話だからな。生物学的精神医学の分野じゃ引っ張りだこらしい」

「ふーん、あのギョロ目がねぇ。ってことは、そっち関係かしら?」

「恐らくな」

「それじゃ、私たちがいくら考えたところで分かりっこないわね」

当てが外れてがっかりしたのか、美琴は肩を落とす。
だが、妹達関連の事件でないのならば美琴にも一方通行にも関係のないことだ。気にしなくても良いのかもしれない。
変に首を突っ込んで、事態を悪化させないとも限らない訳だし。

「うーん、でもなーんか引っ掛かるのよねえ」

「何が?」

「いや勘だけど……。本当に放って置いても良いのかなあ」

「良いも何も、アイツの目的が分からねェンだから仕方ねェだろ。そンなに気になるなら、今度研究所の妹達に訊いといてやるよ」

「そう? それじゃあお願いしようかしら……、ってああ!!」
10 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:06:26.07 ID:gGgzkDclo

突然大声を出した美琴に驚いて、一方通行がびくりと肩を震わせる。
しかしそれ以上に、大声を出した張本人である美琴の方がわなわなと肩を震わせていた。

「ど、どォした?」

「門限……思いっ切りぶっちぎってる……」

「……あァー」

昼間にもう寮監に目を付けられるようなことはしないと宣言したばかりなのに、もうこのありさまだ。
まあミサカ13577号と別れたのが十八時前で、それから不良の後を尾けたり布束と色々あったり鎮火に精を出したり雑居ビルから逃げ出したりしたし、
またそれぞれにかなり時間を掛けてしまったので、無理もない。

「どうしよう……、うう、黒子が上手いこと誤魔化してくれてると良いんだけど……」

「電話してみろ」

「うん、そうする……」

今回の罰掃除が本気で辛かったらしい美琴は、おろおろとしながら携帯電話を取り出してルームメイトの白井へと連絡する。
一方通行はそんな彼女を横目に見ながら、再び布束のことを考えていた。

(妹達関連、なァ……。誘拐を懸念してる可能性はあるっちゃあるが、アイツらはネットワークがあるからな。
 ンなこと気にしなくてイイ気もするンだが……)

妹達の誰かが誘拐なんてされようものなら、即座にネットワークに救難信号が送られて他の妹達が救助に向かう。
それに、誘拐犯がどんな力を持っていようとレベル2〜3の能力者二万人に襲い掛かられたら、いくら何でもひとたまりもないだろう。
いや、レベルはあまり関係ないか。人数だけでアウトだ。埋まる。
11 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:06:54.31 ID:gGgzkDclo

「……うん、うん、分かった。ホントにありがとうね。じゃあね」

「どォだった?」

「大丈夫だった! ちょうど今日は風紀委員の仕事が非番だったみたいで、ずっと寮に居たから誤魔化しといてくれたみたい」

「そォか。良かったな」

「うん。これで一安心ね」

美琴はほっと胸を撫で下ろした。
一方通行はその寮監という人を見たことは無いが、あの美琴がここまで恐れるほどなのだから相当な猛者なのだろう、と勝手な想像を膨らませる。
まあ、それはそれで間違っていないのだが。

「アンタももう帰るの?」

「まァ何もやることねェし、遅いしな。オマエも上手く誤魔化せたからって調子に乗ってねェでさっさと帰れよ」

「ふーん、そっか。でもここから寮までかなり距離あるのよね……」

「送ってった方が良いか?」

「いや、別にそこまではいいや。そういや、アンタはどっち方向?」

「真逆」

「じゃあ余計駄目じゃない。まあ私はのんびり散歩でもしながら帰るから、心配しないで」

「道草食って不良に絡まれるなよ」
12 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:07:31.91 ID:gGgzkDclo

「大丈夫だってば、絡まれても追い払うもん」

「オマエじゃなくて、不良の心配してンだよ。意外とオマエのこと知らない馬鹿が多いからな」

「ああ、そっちね」

「納得するのかよ」

「その通りだし」

「ちょっとは否定しろよ」

「今更か弱い乙女ぶってもなあ……」

ふと想像してみて、美琴はあまりの違和感に鳥肌を立てる。自分で言うのもなんだが、そんなのは自分のキャラじゃない。
彼女には魔王の城で大人しく助けを待っているお姫さまよりも、それを助けに行く勇者の方が似合っている。
……ただし、この言葉をそのまま上条あたりに言われたりしたらビリビリしてしまいそうな気がするが。乙女心は複雑なのだ。

「って言うか、アンタの方こそ気を付けなさいよ。路地裏禁止!」

「分ァかってるっての。いい加減しつけェ」

「分かってないから言ってるのよ。こないだ支部に来たときに持って来た紙束だって、どーせ路地裏で見つけたものだったんでしょ?」

「うぐ……」

「ほら、分かったら今度からちゃんと路地裏は避けること。良いわね?」

「…………」

「返事」

「……分かったよ」

「よし」

不満そうに言う彼の一方で、美琴は満足そうに頷いた。
流石の一方通行も、これだけ言っておけばいい加減に大丈夫だろう。

「それじゃ、私ももう帰るわね。また明日!」

「あァ。またな」

そうして二人は互いに挨拶を交わすと、それぞれ軽く手を振りながら別れて行った。
また明日、いつもの通りに出会えることを疑わずに。
13 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:08:25.78 ID:gGgzkDclo





――――彼らの夜は、まだ終わらない。




14 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/21(土) 00:09:17.07 ID:gGgzkDclo
投下終了。
次回は一週間以内に。

次はもうちょっと早くに来ると思います、恐らく。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 00:18:22.33 ID:sPduO3dDO
乙!
毎回楽しみにしてる
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 00:53:15.11 ID:G1oibdBYo

新章に入ったみたいだな
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/05/21(土) 09:30:45.14 ID:55rXlvt30
乙!

ローリングソバット炸裂したな
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/21(土) 11:12:36.11 ID:Z7CC9Uds0
スレタイからして「いるさ!ここに一人な!!」ってなるんじゃないかと思った
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 11:29:21.80 ID:l9gQloNko
>>1乙!

>>18
ヒューッ!
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/05/21(土) 14:36:30.98 ID:1DVnQQ0f0
おれは一方通行が敵になってるように思える……
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/21(土) 14:56:10.39 ID:xlCWcgHlo

どんな展開でこのスレタイが出てくるのか楽しみだな
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/21(土) 14:56:48.49 ID:UrYhR6Wg0
超電磁砲で似たような台詞を美琴が言っていたような気がするがそこからかな?
乙乙
23 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:25:55.86 ID:KACOPQpWo
次はもうちょっと早くに来るとか大法螺吹いて済みません。
ちょっと色々立て込んでました。

スレタイは、回収するのはだいぶ先のことになると思うので気長にお待ちください。
ちなみに>>22さんが正解です。そこから取りました。
状況は……、まあその時が来てからのお楽しみと言うことで。期待しないで待っていて下さい。

では、投下を始めます。
24 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:26:31.99 ID:KACOPQpWo

「ふふふーんっふふんふんふーんっ」

鼻歌を歌いながら、美琴が暗い夜道を歩いている。
当初の目的であった一方通行についての情報は何も得られなかったものの、何だかんだ言って今日はなかなか楽しい一日だった。
だから彼女の機嫌は上々で、気ままに散策なんてしながらのんびりと寮へと向かって行っているのだ。
すると。

「ん?」

流れてきた携帯の着信メロディに、美琴はぴたりと立ち止まった。
無論、彼女の携帯電話だ。
美琴はポケットの中に入れていた携帯電話を取り出すと、発信者の名前を確認する。
そこに表示されていた名前は、初春飾利。

(初春さん? 珍しいわね、こんな時間にどうしたんだろ)

白井は風紀委員の仕事は非番だと言っていたので、そっち関係ではない筈だが……なんて思いながら美琴は応答ボタンを押す。
そして電話を耳に当てると、飴玉を転がすような甘ったるい声が聞こえてきた。

『御坂さーんっ! 私やりました、ついにやりましたよ!』

「へっ? な、何が?」

『あれですよあれ、ちょっと前に御坂さんが情報収集を依頼してきたじゃないですか。『一方通行』に関する』

こんな時にこんな場所で、しかも初春からそんな単語を聞くとは思っていなかった美琴は驚いて飛び上がりそうになる。
そしてそれと同時に、滝のような汗が流れてくるのが分かった。

「う、初春さん? それはもう良いって言ったと思うんだけど……」
25 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:27:15.38 ID:KACOPQpWo

『ですけど解決はしてないみたいでしたし、報酬は前払いで貰っちゃったんで流石に何もしないのも悪いかなーと』

「だけど、その、えーと、大変だったでしょ?」

『はい。かなり深いところまで潜っても大した情報が得られなくって、本当に大変でしたよ』

「そ、そっか、あはは。……あのさ、まさかとは思うけどバレたりは……」

『そんなドジ踏みませんよお、白井さんじゃあるまいし! 結構ヤバそうだったんで、念に念を入れて完璧に偽装しました!』

「そうなんだ、良かった!」

初春の言葉に、美琴は心の底から安堵する。
あの初春がここまで豪語するほどなのだから、少なくとも彼女の方が目を付けられる可能性は無さそうだ。
しかし、まさかゼリーなんかの為にここまでしてくれるとは思わなかった。
確かに情報を得られるのは助かるが、危険を承知でこんなに危ない橋を渡ってくれるとは。

『ただ、少し問題があるんですよね』

「どうしたの?」

『えーと……、御坂さんの欲しい情報が何処にあるのかは掴めたんです。
 ですがそこは完全な隔離区域になっていて、コンピュータからじゃどんな手を使っても侵入できないんですよ』

「なるほど。要するに、直接そこに侵入して見てくる他ないと」

『そういうことです。なので、私から直接御坂さんにお教えできる情報は殆どないんですよね……』

「いや、そこまでやってくれたんだから充分よ。あとはこっちでやるから」
26 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:27:45.89 ID:KACOPQpWo

『ほんとにすみません。それじゃ、研究所の位置情報を御坂さんの携帯電話に送信しますね』

「了解。ありがとね」

通信を切断すると、すぐに携帯電話がメールの着信音を奏ではじめた。
美琴は携帯を操作して初春からのメールを開くと、さっそく研究所の位置情報を確認する。

(品雨大学のDNA解析ラボ、ね)

そこまでは、ここからだとかなり距離がある。
しかし、どうせ門限は破ってしまっている上に寮監は白井が上手く誤魔化してくれた。よって、帰路を急ぐ必要はない。

(……いっちょ、やってやりますか)

美琴はにやりと悪い笑みを浮かべると、研究所の方向へと視線を投げる。
そして彼女は心を決めて、目的地に向かって駆けだした。


27 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:28:44.73 ID:KACOPQpWo

―――――



鳴り響いた着信音に、眠りかけていた一方通行ははっと眼を覚ました。
机の上に置いてあった携帯電話を引き寄せ、発信元を確認する。
しかしそれは、見たことのない番号だった。

「?」

疑問に思いつつも、一方通行はボタンを押して電話に出る。
すると、聞こえてきたのは意外にも知っている人間の声だった。

『もしもし、鈴科か?』

「……上条?」

『ああ良かった、番号合ってたか! うっかり携帯踏み抜いちゃってさ、番号も何も全部パーですよ』

「やっぱりか。御坂がオマエにメール送ったのに返信来ないって文句言ってたぞ」

『マジで? やばいなあ怒ってるかも』

「別に特別な用がある訳じゃないっつってたし、そこは大丈夫だろ。それより何の用だ?」

『そうそう、訊きたいことがあるんだよ』

上条の声を聞きながら時計を見やれば、時刻は零時近かった。
四人の中では一番良識のある上条がこんな時間に電話してくるのは、非常に珍しい。
よっぽど大切な用事でもあるのだろうか。
28 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:29:12.48 ID:KACOPQpWo

「何だ?」

『あのさ、お前完全記憶能力って知ってるか?』

「完全記憶能力?」

耳慣れない単語に、一方通行は思わず鸚鵡返しにしてしまう。
しかし、聞いたことがない単語ではない。
記憶喪失故に記憶関連の書物を読み漁ったことがあるので、むしろどちらかと言うとよく知っている方と言えるだろう。

「それがどォかしたのか?」

『その、完全記憶能力者が記憶のし過ぎで頭がパンクして死ぬことってあるか?』

「オマエが死ね」

『何で!?』

あんまりな一方通行の返答に、上条が驚愕の声を上げる。
だが一方通行は悪びれるどころか、更に苛立ちを露わにしながら言葉を続けた。

「オマエなァ、あンだけ勉強教えてやったのにまだ脳の仕組みも理解してねェのかよ。留年しろ」

『ぐっ、返す言葉もございません……』

「確かに完全記憶能力者はどンなゴミ記憶も忘れられねェよォにできてるが、それでどォこォなったりしねェよ」

『で、でも限界まで記憶力を使いまくったりしたら!? 例えば本を十万冊記憶するとか……』

「……はァ。イイか上条、オマエは俺が記憶喪失だってことは知ってるな?」
29 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:29:41.46 ID:KACOPQpWo

『何だよ急に、それが何の関係が……』

「だが、俺が失ったのはエピソード記憶のみ。意味記憶と手続記憶は残ってる。そォじゃねェと、喋ることも歩くこともできねェからな」

『…………?』

「ここまで言って分からねェか。そもそも、記憶ってのはエピソード記憶だの意味記憶だのとそれぞれ独立したモンなンだよ。
 容れ物が違げェンだ。
 俺がエピソード記憶を全部失くしても喋ったり歩いたりできてンのは、エピソード記憶とその他の記憶の格納場所が違うお陰だ」

『容れ物が、違う……? じゃあ意味記憶に当たる本を十万冊記憶しても、エピソード記憶とは……』

「関係ねェな。つゥか、たぶン御坂もそれくらい本記憶してるンじゃねェか? アイツ記憶力良いし、意外と努力家だからな」

『……じゃあ、記憶のし過ぎで死んだりは……』

「ンなことあって溜まるか。そもそも、人の脳ってのは百四十年分の記憶は余裕で蓄えておけるようにできてンだよ。
 大体、記憶のし過ぎで死ぬとか言い出したら完全記憶能力者は全員短命ってことになるじゃねェか」

『!!』

電話越しに、上条が息を呑む音が聞こえた。
しかし一方通行からしてみれば、まったく下らない問答だった。
むしろ、コイツ人がどういう状態にあるのかもよく理解してなかったのかよと文句を言いたい心境だ。

「で、疑問は解消したのか?」

『ああ、本当に助かった! ありがとな!』

「ハイハイ。これからはちゃンと勉強しろよ」

『わ、分かってるよ! とりあえずまたな!』

急いでいるのか、上条は一方通行の返事を待たずに電話を切ってしまった。
一方通行は溜め息をつきながら通話を終了させると、大人しくなった携帯電話を机の上に放り投げる。
そして再び襲い掛かって来た睡魔に身を任せ、彼はそのまま眠りについた。


30 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:30:09.59 ID:KACOPQpWo

―――――



「セレクターが盗まれた?」

完全に傷を完治させ、ようやく復活した矢先に聞かされた報告に垣根帝督は眉を顰めた。
そんな彼に対していた研究者は、その気迫に押されそうになりながらも報告を続ける。

「はい、それも複数。ただし、試作品(プロトタイプ)ですが……」

「そもそもアレは完成してなかっただろ。試作品でも盗まれたのは痛いんじゃねえのか」

「いえ。データ自体は残されていますしセレクターを作成する為の機材もありますので、試作品が無くなったということ自体は問題ありません」

「じゃあ何が問題なんだ」

「……どうも、セレクターを盗んだ犯人は妹達らしいのです」

その名前に、垣根が不機嫌そうに顔を歪めた。
当然それは研究者に向けられた苛立ちではなかったが、それでも彼はびくりと身体を震わせる。

「そりゃ、確かに厄介だ。あっち側に持ってかれて解析されたら今までの苦労が水の泡だ」

「こちらでも捜索を続けているのですが、なかなか足取りが掴めず……」

「…………。ところで、妹達が盗んだって証拠はあるのか?」

「もちろんです。監視カメラに妹達の姿が映っていましたし、偶然居合わせた目撃者が妹達の姿を見ました」

「チッ、確定かよ。参ったな」
31 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:30:41.99 ID:KACOPQpWo

先日、一方通行を拘束することに躍起になって暴走した馬鹿な一部の研究者どもの所為で、この実験における私設部隊は壊滅してしまった。
その代替として用意された木原数多率いる『猟犬部隊』も、『退院日』に甚大な被害を受けてしまっている。
幸い猟犬部隊の方には人的被害は無かったので体調が回復すれば持ち直せるが、当然ながらそれまで待っていることなどできない。
……そして『反対派』の妹達は、圧倒的に人数が少ないしいざという時には上位命令文の支配下に置かれて使い物にならなくなってしまう。

「俺が動くしかないって訳か。こちとら病み上がりだってのに」

「申し訳ありません、こちらの不注意で……」

「過ぎたことを言っても仕方ねえ。アイツらがここまで野蛮な手を使ってくるとは俺も思ってなかった……、?」

そこまで言って、垣根は違和感を覚えた。
野蛮な手。
そうだ。普段の彼女たちならそうそう使ってくることなど無いような、強硬手段。
先日御坂妹が堂々と研究所に侵入してきた時、木原数多が騒ぎ立てなかったのは彼女たちがそういう性質の持ち主だからだ。

そう。彼女たちは、基本的によっぽどのことが無ければこのような暴力的な手段を取ってこない。
それに、ここまでするだけの理由が彼女たちがあるのか、という疑問もあった。

セレクターとは、『反対派』の妹達を最終信号の上位命令文から守る為の装置だ。
ただ、あまり妹達の身体を弄繰り回してしまうと『実験』に支障が出てしまう恐れがあるので、内蔵型ではなく装備型になっている。
形は黒いチョーカー。
そこから電極のようなものが伸びていて、こめかみに張り付けることで効果を得られる。

また、上位命令文を無視するだけでなくネットワークに接続したままの状態でも思考をネットワークに漏らさないような機構もある。
上位命令文を無視できず、思考をネットワークに流してしまってこちらの考えや作戦を筒抜けにさせてしまうこともある彼女たちにとって、
これほど必要不可欠なものもないだろう。

……しかし、言ってしまえばそれだけだ。
『推進派』の妹達が持っていたって、何の価値もない。だってあちらは上位個体を擁しているのだから、そんなものは必要ないのだ。
32 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:31:15.45 ID:KACOPQpWo

いや、セレクターを盗んで完成を阻止、あるいは解析して事前に対策を立てるなどのことができるというメリットはあるか。
だが彼女たちはあまり強硬手段を取りたくはないと思っているのか、
本当に重要な時にしか上位命令文を下さないし、プレイバシーの侵害などといって思考を読み取ることもしない。

だからこそ木原も垣根も彼女たちがこの研究所に侵入したことに気付いてもそこまで驚かないし、目くじらを立てたりもしなかったのだ。
そんな彼女たちが、今更セレクターに対して執着なんかするだろうか。

(……おかしい)

彼女たちの行動原理と、噛み合わない。
しかし監視カメラには確かに彼女たちの姿が映り、目撃者も存在している。

「あの、どうかなさいましたか?」

「……いや、何でもねえ。それより、セレクターを盗んでったっつー妹達の情報はあるか?」

「はい。途中で見失ってしまい、監視カメラの範囲からも逃れてしまったようですのであまり参考にならないかもしれませんが……」

「構わねえよ。お前らは引き続き監視カメラから妹達の足取りを掴めないか試してくれ」

「了解しました」

研究者から資料を受け取った垣根は、足早に去って行く研究者の足音を聞きながらそれに目を落とした。
途中で見失ってしまったとは言っていたものの、かなり良いところまでの足取りは掴めていたらしい。

(妹達の人格データや思考回路を頭に入れといて助かったな。予測ルートは大体立てられる。
 ただ、ミサカネットワークには確か『実験中の証拠隠滅マニュアル』が搭載されてたはずだからな、それに基づいて行動されると少し厄介か)
33 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:31:54.46 ID:KACOPQpWo

セレクターが盗まれてから、それほど時間は経っていない。
この周辺には『推進派』の妹達に協力している研究所は存在しないから、恐らく犯人はまだ逃走を続けている筈だ。

(逃走してる間に捕まえられりゃ良いんだが、何処かの研究所に逃げ込まれると厄介だな)

『推進派』の妹達に協力している研究所は、数こそそう多くないものの学園都市のあちこちに均等に散らばっている。
よって、一度姿を晦まされてしまうとすぐにどの研究所に逃げ込んだのか分からなくなってしまい、追跡が困難になるのだ。
また、単純に研究所間の距離が長いので追跡に時間が掛かってしまうということもある。

(幸い第七学区は学園都市の中心にあるから、逃走経路からどの研究所を目指しているのかを大まかに割り出せる、が……)

彼女たちが、そんな分かり易い逃走の仕方をするとは思えない。
こちらの追跡を撒くまで、あえて目指している研究所とは違う方向に走って行った可能性もあるのだ。

(それなりに足取りは掴めてるが、ちと決定打に欠けるか)

それでも彼は、妹達の行動パターンや思考回路を考慮したうえでの予測逃走ルートを作成する。
また、監視カメラの範囲から逃れる為のルートと言うのもある程度限定される。
彼は頭の中で思い描いた道筋を資料の地図に書き込んでいき、やがて予想される妹達の逃走ルートを割り出した。

(あとはこの中から妹達本人を見つけるか、手掛かりを見つけられるかだな。証拠隠滅マニュアルが使われてないと楽なんだが)

一応、絞り込んだ研究所をひとつひとつ虱潰しに探していくという強硬手段があるにはあるのだが、それではあまりに目立ちすぎる。
大きな騒ぎを起こして風紀委員や警備員に目を付けられたら双方にとって都合が悪いし、余力を残しておきたかった。

(とにかく、まずはセレクターを盗んだ妹達の逃走ルートをなぞってみるか)

資料を懐に仕舞いながら、しかし垣根は未だ違和感を拭えずにいた。
彼女たちがここまでする理由。
やはり、思いつかない。彼の知る限りではありえない。ならば。

(……それだけの無茶をしなければならないような理由があちら側に発生した? 何か問題があるのか?)

恐らく、こちら側に伝えられていない何かがあちらにあるのだ。
ただの予測でしかないが、今はこれしか考えられない。
しかしそれならば、彼女たちが無茶をしなければならない理由とは、何なのか。

(セレクターを盗んだんだ、あっちはかなり焦ってる。双方にとって有害な問題であれば協力だって申し出てくるだろう)

つまり、発生した問題とはこちらにとって都合の良いものの筈だ。
もしかしたら、ここから逆転の一手を得られるかもしれない。
しかし垣根は眉根を寄せて難しい顔をすると、まるで何かを振り切るかのように歩き出し、研究所を出て行った。


34 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:32:26.18 ID:KACOPQpWo

―――――



(流石に二回目ともなると、手慣れたもんね)

品雨大学、DNA解析ラボ。
難なくその研究所への侵入を成功させた美琴は、PDAに映し出したこの研究所の詳細な情報を元に行動していた。

(流石に制服のまま不法侵入ってのは無謀だったかしら。
 でも監視カメラやセンサーには引っ掛からないように細工したし、警備員の巡回ルートは把握済みだから大丈夫よね)

本当ならその辺りで適当に変装用の服でも購入してからの方が良かったのだろうが、うっかり忘れてしまっていた。
まあ、先程彼女自身がそう言ったようにそこまで気を回す必要もない、ということもあるだろうが。

(前回みたいな時間制限は無いんだし、慎重に行こう。今回失敗しても、見つかりさえしなければ侵入はいつでもできるしね)

そう。一度情報さえ手に入れてしまえば、あとはこっちのものなのだ。
殆ど有り得ないことだが、仮に美琴の能力でも突破できないようなセキュリティが現れたとしても出直してくることができる。
つまり、焦る必要など何処にもない。

だから本当ならもっとちゃんと準備をしてから、かついつでも好きな時に侵入すればそれで良いのだ。
にも関わらず、ろくな準備もできないままに、こんなにも急いでこんな場所に来てしまったのは何故なのか。

(……やっぱり、ずっと知りたかったことだもんね。これでやっと第二位たちの目的も分かるかもしれないんだし)

ずっとずっと探し求めていた情報。
それを掴むことができれば、きっと自分たちはここよりも一歩先に進むことができる。
もしかしたら、この不安定で危うい状況を脱する手段を得られるかもしれない。
35 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:33:00.20 ID:KACOPQpWo

(そうだ。そしたらきっと、アイツも)

彼が彼の好きなように生きることができないのは、ひとえに彼を追ってくる奴らの所為だ。
だから、この問題をすべて解決することさえできれば。

(全部解決しよう。全部終わらせよう。その先に、きっと誰もが望んで誰もが笑える最高のハッピーエンドがある筈なんだ)

彼女はただひたすらにそれを信じる。
故に多少の無茶は厭わないし、強大な敵を恐れたりもしない。
その先に、ハッピーエンドが存在すると信じて疑わない。

「…………、……ここか」

全速力で走ってきた所為で、肩で息をしていた。
けれど疲労からではない理由で、指先が震えている。

そして彼女はごくりと固唾を飲むと、電子ロックを能力で解除して隔離区域へと足を踏み入れる。
一人分の足音が、いやによく響き渡った。

(大丈夫、ここに来るまでに誰にも見咎められてない。巡回の時間も過ぎたばかりだから、当分の間はここにいても問題ない)

隔離区画は、資料室のような場所だった。
資料や書物で溢れ返った、広い部屋。
そして部屋の奥には、何処にでもあるような平素なコンピュータが一台だけ置かれてあった。

(なるほど、こんなアナログな方法で情報を保管してたんならハッキングも出来ない筈だわ。まあそもそも回線が繋がってないんだろうけど)

美琴は適当なキャビネットに近付くと、能力で電子ロックを外してその中からいくつかの資料を取り出す。
そうして彼女が手にしたのは、いくつものディスクが保存されているファイルのようだった。
しかし、その表面には何も書かれていない。
首を傾げながら改めてファイルの表紙を見てみたが、そこには『実験記録』としか書かれていなかった。
36 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:33:29.40 ID:KACOPQpWo

(実験、って多分アイツが関わらせられてた奴のことよね……)

だとしたら、ここから何かを掴むことができるかもしれない。
美琴はつつっと頬を伝った汗を拭うと、一旦ファイルを閉じて部屋の中を見回した。

(この中身を見たいんだけど……。
 この部屋にあるちっさいコンピュータじゃ、ディスクも一枚しか読み込めないわよね。もっと大きいコンピュータは……)

PDAを取り出し、再び研究所の見取り図を表示させる。
ちょうど、この隣に巨大なコンピュータが複数置いてある部屋があるようだった。これらの記録を閲覧する為の施設かもしれない。
美琴はPDAを閉じると、ファイルを手にしたまま部屋を出た。
電子錠を掛け直した方が良いかと思ったが、どうせファイルを戻す為に戻ってくるのだからこのままで良いかと思いそのままにしておく。

(で、この部屋ね)

目的の部屋はすぐ隣だったので、美琴はものの数歩で扉の前に辿り着いた。
彼女はもはや手慣れた様子で電子ロックを解除すると、堂々とコンピュータ室へと入って行く。

その先にある部屋には、気圧されてしまいそうなほどに巨大なコンピュータがびっしりと並べられていた。
特にディスプレイは、壁全体を覆ってしまいそうなほどの大きさと数だ。
美琴は一瞬その光景に茫然としてしまったが、すぐに我に返るとファイルを握りしめる手に力を込めて一番大きなコンピュータに近付いていく。

彼女は緊張に震える指にぐっと力を込めると、ゆっくりと操作盤に触れる。
途端、コンピュータが一斉に動き出してディスプレイに光を灯した。
部屋が一気に明るくなる。

(……この、中に)

美琴はファイルの中から何枚かのディスクを適当に選んで抜き取ると、それを一度に入るだけコンピュータに呑み込ませる。
すると暫らくの駆動音の後に、ディスプレイにいくつもの画面が浮かび上がった。

(よし。ここまでは大丈夫)

彼女の指が、操作盤の上を踊る。
複数のディスクに収められた膨大な情報の海から、自分たちの必要としている情報を検索する。
機械語が、滝のように画面を流れていった。


37 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:33:58.32 ID:KACOPQpWo



……そして。
彼女は、遂にそれを見つけ出した。
見つけて、しまった。

(あっ、た……! これだ!)

検索が終了し、目的のデータを目にした瞬間、胸の中で心臓が暴れているのではないかと錯覚するほど鼓動が早くなった。
滲んだ汗にまみれてしまった所為で指が滑り、危うくコンソールの操作を誤りそうになる。

彼女は心臓を落ち着かせる為に一度深呼吸をすると、慎重に慎重にコンピュータを操作してとある動画ファイルへとカーソルを合わせる。
そして、エンターキーを押し、ファイルを展開、させた。

瞬間。
彼女の指先が凍りついた。
瞳が大きく見開かれる。
呼吸が一瞬、止まった。

「なに、これ」


38 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/26(木) 01:36:04.44 ID:KACOPQpWo

あは





投下終了。
次回は短いものを、三日以内に投下します。
それでは。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/26(木) 01:40:10.50 ID:PRVXpLaO0
ようやくktkrって思ったら生殺し……狙われた気がする
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/26(木) 02:33:09.96 ID:wsW+OrdEo
実験の映像ってひょっとしてあれなんですか…
上条さんも記憶喪失フラグたったしどうなっちゃうんだ
続きまってる
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/26(木) 03:06:25.23 ID:hPIeu7ZDO
なんという生殺し
気になりすぎてヤヴァイ
次回更新も楽しみだ乙!
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/26(木) 06:24:47.89 ID:m+nWsMDU0
ついに私の出番なんだよとーま!!!
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/26(木) 07:58:13.47 ID:AQICYehSO
>>42
穀潰しはおことわりします
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/05/26(木) 09:32:11.10 ID:yLykXHFGo
>>42
お前のせいで御坂どん底コースじゃねーか
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/05/26(木) 10:45:33.02 ID:T2BnEvbAO
上条さんの方は原作通りのストーリーなのか…
大丈夫なの?ねえこれ大丈夫なの?
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/05/26(木) 16:52:11.21 ID:GiuWE5Uj0
上条さんにフラグが…
色々と気になりすぎてやヴぁい
これぞまさに生殺し

乙乙!
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/05/26(木) 17:43:33.08 ID:UhdUgf/t0
今日も活力をありがとう
乙乙
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/27(金) 01:00:12.77 ID:kbbo7XADO
なんかすげぇ緊張してきたぜ
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/27(金) 08:13:46.80 ID:p7+RW+ODO
三人バラバラフラグたったな
50 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/27(金) 21:35:50.91 ID:n10dM9VJo
インデックス可愛いのに……
皆さん、いつもレスありがとうございます。本当に励みになります。

では投下。
51 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/27(金) 21:36:20.71 ID:n10dM9VJo

赤以外の色を見つけるのが難しかった。
複数の巨大な画面が、すべて真っ赤に染め上げられている。
まるで冗談のような光景に、美琴は笑うことしかできなかった。

「は、はは」

自分でもびっくりするくらい掠れた笑い声。
他人事のようにそんな声を聞きながら、彼女は人間にこんな声が出せるものなのかと感心した。

「何これ、新手のドッキリ?」

引き攣った笑顔を浮かべながら、美琴は前髪を掻き上げた。
その前髪さえも、まるで水で濡らしたようにぐっしょりと濡れている。

「やだなあ、初春さんまでグルになってるのかしら」

彼女の目の前に映し出されている、映像。
それは、凄惨の一言に尽きた。
最初、彼女は画面中に塗りたくられた赤が何なのか、理解できなかった。
それ程までに、凄惨だったのだ。

「まったく、いつの間にこんなもの用意したのかしら」

見覚えのあるひとが、見覚えのあるひとを、虐殺している。
無感情に、冷徹に、まるで作業みたいに。
虐殺されているひとは、為す術もなくあっという間に殺された。抵抗もしなかった。

「今どきスプラッタ映画なんて流行んないっつーの」
52 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/27(金) 21:36:55.41 ID:n10dM9VJo

殺す側は、いつも同じひとだった。
殺される側も、いつも同じひとだった。

通常なら、そんなことは有り得ない。
殺す側が同じならともかく、殺される側が同じなんてことがある筈がない。
けれど彼女は、どうしてそんな状況が成立するのかを知っていた。

知らなければ良かったのかもしれない。
知らなければ、それこそこんな映像はただの作り物であると一蹴することができたかもしれないから。
だが彼女は、知っていた。
偽物と一蹴できない理由を、持っていた。

「アイツら、お金ないとか騒いでなかったっけ? こんなもんにお金掛けるからよ、馬鹿ね」

知っているひとの手が、伸びる。
知っているひとの体が、弾ける。

全身から血を噴き出し、内臓を撒き散らし、脳漿をぶちまける。
残った骸は血と内臓と脳漿の海に沈んで、動かなくなった。
そんなことが、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返される。

「計画書とか、設定はまあ及第点かしら。でも悪趣味ね、誰よこんなの考えたの」

本当は、気付いていた。
こんなにも生々しく残酷な映像が、作り物なんかである筈がないということに。
だからこれは、ただの、  。
53 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/27(金) 21:37:40.22 ID:n10dM9VJo

「ほんと、いたいけな少女に見せるような映像じゃないわよね。夢に出たらどうしてくれんの、よ」

……声が、震えてしまった。
そしてそこから伝播するようにして身体中が震えだし、立っていることもできなくなる。
耐え難い吐き気が、襲い掛かってきた。

「、ぁ」

口を押さえ、蹲る。
胸の奥からじりじりとせり上がってくる何かを、必死で耐えた。
そこで決壊してしまえば、すべてを認めることになってしまいそうで。
すべてが壊れていってしまいそうで。
けれど。

「あ」

そこが、彼女の限界だった。
膝をつき、手をつき、崩れ落ちる。
スピーカーから聞こえてくる断末魔が、彼女の鼓膜を震わせる。

「あああああああああああああああああッ!!」

……そして。
彼女は自分を騙すことを、諦めた。


54 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/27(金) 21:38:11.28 ID:n10dM9VJo

―――――



夢を見た。
いつもの四人組で、約束の水族館に遊びに行く夢だった。

上条はいつもの不幸に見舞われながら引き摺りまわされ、
美琴は可愛らしい魚や水棲動物に目を奪われ、
御坂妹は無表情のままはしゃぎまわって迷子になりかけ、
一方通行は一歩引いた場所からその光景を眺めている。

そんな、いつも通りの光景。
幸せな光景。
近い未来に実現される筈の光景。

けれどそれは夢だから、どんどん輪郭がぼやけていってやがては白く消えてしまう。
そして、再び深い深い眠りへと落ちていく。


いつか果たされる筈の約束を、微睡みの中に夢見ながら。


55 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/27(金) 21:38:53.21 ID:n10dM9VJo
以上。
短くて申し訳ない。

次回投下は一週間以内。それではまた。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/27(金) 21:44:10.92 ID:IY+YTdZDO
乙乙!
これで美琴が離れていって、上条さんも記憶をなくしてしまうのか…
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/05/27(金) 21:53:55.78 ID:yXmXGfTAO


願わくはこの話に全てを乗り越えてハッピーエンドを……
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/05/27(金) 21:58:56.73 ID:eA3NFGzP0
おおお…
続きが気になってしゃーねえよ…

乙乙!舞ってるよ
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/27(金) 22:37:02.50 ID:yT0MDc4DO
えっ
あ、うん……
泣きたくなった乙です
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 02:10:26.41 ID:wShn+wJDO
ここでネタバラシ
これにはターゲットも苦笑い

美琴「もう二度と門限は破らないよ(笑)」

…こうはなりませんよね
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 02:38:21.26 ID:ilc696Hao
あああああ頼む頼むから誰もが望む最高のハッピーエンドってやつをたのむううううう
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 10:53:20.70 ID:mDoEy5ZIO
>>60
いっそのことそっちのほうがいい
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/05/28(土) 14:08:36.54 ID:xR3FyhhCo
インデックスは確かに可愛いけどこの手の原作再構成ものだとうわああ来ないでえええええってなるのは仕方ないと思うww
記憶リセットフラグでしかないしな…
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 14:31:33.62 ID:sxoM2T1U0
だから私に物語をスウィッチアウトなんだよ!
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/28(土) 22:10:58.11 ID:U4acy+8SO
>>64
ゴミはごみ箱にはいってろ
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/30(月) 16:20:12.81 ID:UUK43WrDO
叩きみたいなことしてんじゃねーよ
そんなにインさん嫌なら俺が貰ってくからやめろ
67 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:51:56.65 ID:WDsQS3KCo
>>66
そげぶ
インデックスは自分のですから。嫁ですから。

では、投下します。
68 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:52:27.22 ID:WDsQS3KCo

「………………」

暗い路地裏を行く、一つの影。
夜の闇に潜みながら歩く彼女の手には、黒いチョーカーが握られていた。
セレクター。
『反対派』妹達の為に作られた、上位個体命令を無視する為の装置。

「……、遂に」

手の中のセレクターを見つめ、彼女は僅かに口角を釣り上げる。
喉から手が出るほど欲していたもの。
漸く、それが手に入ったのだ。
普段は自分の感情を表に出さない彼女も、思わず笑みを零してしまう。

もう、時間が無い。
他人を当てにしても無駄だということは、もう十分に理解した。

だから、もう誰も頼らない。
自分たちの問題は、自分たちで解決するべきだったのだ。
気付くのが遅すぎたが、今ならまだ間に合う。
コレを使い、最後の逆転の一手を。

「これで、……」

彼女はセレクターを強く握り締め、その感触を確かめる。
そして彼女は、暗闇の中を再び走り始めた。
近い未来に迫り来るであろう追手どもを、撒く為に。


69 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:52:55.64 ID:WDsQS3KCo

―――――



(おかしい)

作成した資料を基にセレクターを盗んだ妹達を追っていた垣根は、胸の中にわだかまっていた違和感がどんどん大きくなるのを感じていた。
能力で生み出した燐光を頼りに暗闇に包まれた路地裏を飛行しながら、垣根は表情を歪ませる。

(やっぱり、どう考えてもこれはおかしい。どういうことだ?)

路地裏には、ぽつぽつと小さな光が点在している。
あれも、垣根が能力で生み出したものだ。
妹達の足取りを掴む手掛かりが残されている場所に、目印として光を置いているのだった。

(……証拠隠滅マニュアルを使用した形跡はある。だが、その消し方があまりにも雑。跡が残っちまってるから通り道が丸見えだ)

推進派の妹達は、所謂マジョリティだ。
とにかく人数が多く、故に彼女たちは人海戦術でもって垣根たちを足止めすることも多い。
今回のセレクター奪取も、恐らく大人数で行われたはずだ。

(にも関わらず、まるで証拠を消す手間を惜しむかのような雑な作業の仕方。複数人で作業すればそんな手間を惜しむ必要はない筈なのに)

普通なら、実際に目的物を奪取して逃走する実行犯と、その足取りを掴めなくする為の証拠隠滅班、実行犯を直接助ける逃走幇助班がある。
しかしこの逃げ方では、まるで人手を惜しんでいるようにしか見えない。
協力してくれる仲間があまりにも少なく、実行犯しか集められなかった為にその他の細工が疎かになっているように見えるのだ。

(しっかし、あの仲良し妹達が協力を惜しむなんてことがあるか?)

同じ遺伝子を持っているからなのか、お互いを本当の姉妹だと思っているからなのか、妹達同士の絆は非常に強い。
とある個体がちょっと悪ノリしたって、溜め息をつきながらも付き合ってやるような奴らだ。
その妹達がこんな大仕事に対して非協力的になるなんてこと、ある筈がない。少なくとも垣根の知っている妹達はそんな人間ではなかった。
70 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:53:32.77 ID:WDsQS3KCo

(仲間割れ? これはこれで考え辛いが……)

推進派妹達の中で、何か決定的な仲違いがあった可能性を考えよう。
すると、盗人がセレクターを盗んだ理由も理解できる。
推進派に属する上位個体と道を違えてしまったがゆえに、上位命令文を無視することのできるセレクターが必要になったのだ。

(だが、今更どんな理由で仲間割れなんかするんだよ。あの妹達がこの局面になって心変わりするとは考えられない)

しかしセレクターは実際に盗まれ、逃走の仕方は不自然。
少なくとも、推進派の協力を得られないような立場にいる妹達が存在するのはほぼ確定だ。

(……ああ、くそ。だったら目的地を研究所に限定したのは失敗だった。奴らは独自の隠れ家を築き、そこに逃げ込むはず)

当然ながら、彼が最初に目的地として設定した研究所は推進派妹達の縄張りだ。
推進派と袂を別ったような奴らが匿って貰えるはずがない。

(僅かだが手掛かりが残ってたのは不幸中の幸いだな。ここから奴らが逃げ込んだ場所が割り出せれば良いんだが)

垣根は能力を解除して地面に降り立つと、燐光の置いてある場所へと歩いていく。
そこには、逃走している妹達のものと思われる毛髪が一本、落ちていた。

(ぶっちゃけ相手にセレクターを解析する技術なんかないだろうし、無効化されないなら追う必要なんてないんだけどな。
 ただの試作品だし、そんなに必要なら譲ってやっても良いくらいだ)

しかし、だからといってここで追跡を放棄するわけにはいかない。
それではきっと、研究者どもは納得しないからだ。

(まったく。辛いね、雑用ってのも)
71 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:54:02.57 ID:WDsQS3KCo

誰も見ていないというのに、垣根はわざとらしく溜め息をついた。
それから彼は毛髪を回収するかどうか暫らく悩んでいたが、すぐに落ちていた毛髪を放置して歩き出した。

(あの毛髪を鑑定に出せばセレクターを盗んだのが何号の妹達か判明するだろうが、遺伝子が同じだから鑑定に時間が掛かるな。
 これならまだ監視カメラを確認して、俺か木原が何号の妹達かを判断した方が早い)

とは言え彼らが覚えていない妹達も多いので、知らない妹達だったらどうしようもないのだが。
まあ、どちらにしろ毛髪などなくとも監視カメラに映っていた映像を鑑定した方が早いのは間違いない。

(……駄目だ、手掛かりの消し方が雑とは言え必要な情報は確実に消して行ってる。手掛かりだけじゃ奴らの逃げ込んだ場所は分からねえ)

ここら一帯をぐるっと回ってみたが、妹達の姿は発見できなかった。
一応ここよりも先をまだ走っている可能性はあるが、垣根の移動速度の方が遥かに上だしわざわざそんな場所に隠れ家を作るとは思えない。
よって、恐らくセレクターを盗んだ妹達はもう何処かへと逃げ込んでしまった後だろう。
なので彼女たちを捕まえてセレクターを取り戻すには、その隠れ家を何とかして見つけ出さなければならないのだが。

(っつーか、当然だがそもそもそんな情報を落とさないように逃亡してるんだろうな。どうする、八方塞だぞこれ)

とにかく、セレクターを盗んだ妹達に関する情報が少なすぎる。
何しろ、推進派妹達から分裂したらしい奴らだ。
彼女たちと敵対している自分たちがそんな内輪揉めのことなど知る由もないし、あっちだってわざわざ教えてやる義理などないだろう。
研究所にいる筈の反対派妹達に尋ねれば、ミサカネットワークを通じて得た断片的な情報は得られるかもしれないが……。

(しかしそれでも決定的じゃねえな。不本意だが、ミサカ10032号あたりと直接掛け合ってみるか……)

垣根は苛立ちを紛らわすかのように頭をがしがしと掻き毟ると、再び翼を広げて飛び上がった。
それと同時に、路地裏に点々と輝いていた燐光も消失する。
彼はビルより高く上昇すると、力強く羽ばたき凄まじい速度で研究所へと向かって行った。


72 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:54:27.87 ID:WDsQS3KCo

―――――



蝉の声が、頭の中でわんわんと鳴り響いている。
七月二十八日。
正午。
とある公園。
電灯のポールに背中を預けながら、御坂美琴はそこに立っていた。

(なんで)

虚ろな目は、何も写してはいない。
半開きになった口からは、何の声も発せられない。

(どうして、こんなことになっちゃったんだろう)

考えがまったくまとまらない。
何が何だか分からない。
何がしたかったのかも思い出せない。
何をすべきなのか、分からない。

(どうすれば良いの……?)

頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。
何を考えればいいのかも分からない。
信じていたものさえ、もう、見失ってしまった。

(助けて……)

固く硬く目を閉じ、顔を覆う。
もう、何も見たくない。
もう、何も知りたくない。

73 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:55:03.08 ID:WDsQS3KCo




けれど、神様はそれを許してくれなかった。




「御坂?」


聞きたくなかった声が、聞き慣れた声が、聞いてはいけない声が、聞こえてきた。
いつもの、声音。
いつもの、口調。
いつもの、言葉。
いつも通りであることが、逆に異常に感じられた。

「どォした、こンなところで」

答えない。答えられない。
喉がカラカラに乾いて、声を出すことができない。

「すげェ顔色悪りィぞ。大丈夫か?」

こちらに向かって歩いてくる。
心配そうな顔をしてる。
すぐそばで立ち止まって、顔色を窺っている。

「……オマエ、帰ってねェのか? 制服、昨日のままじゃねェか」

背中に付いている汚れを見て、怪訝そうな顔をした。
昨日、路地裏を通った時についた汚れだ。

「オイ、本当に大丈夫か?」

何も答えない彼女を気遣って、白い手が伸ばされる。
途端、彼女は思い出してしまう。
74 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:55:31.04 ID:WDsQS3KCo






あの映像の中の少女たちは、あれに触れられた瞬間、どうなったっけ?





75 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:56:08.44 ID:WDsQS3KCo

「…………ッ!!」

びくりと肩を震わせて、彼女は伸ばされた手を避ける。
自分の手が空を切ったことに、彼はとても驚いた顔をしていた。

「ご、めん」

「あ……、あァ」

困惑した顔をしながらも、彼は差し出した手をそっと引いた。
美琴は俯いたまま顔を上げず、どんな表情をしているのかも分からない。

すると、その時。
不意に、何処からともなくにゃーという鳴き声が聞こえてきた。
彼が振り向くと、そこには何処かで見たことのある黒猫が。

(あ)

彼は、その子猫を見たことがあった。
いつだったか、御坂妹が可愛がっていた子猫。
御坂妹の発する電磁波に怯えない子猫だ。

(御坂、猫好きだったよな)

通常、発電能力者はその身体から無意識に発している電磁波によって動物に避けられてしまう。
しかしあの子猫は、御坂妹も発している筈の電磁波を恐れないのだ。

(アイツなら御坂も触れる、よな?)

いつも猫に触れようとしては逃げられてしまってがっかりしていたから、美琴もきっと子猫に触ってみたいはずだ。
それに、どうやら今の彼女は凄まじく落ち込んでしまっているらしいので、子猫と触れ合えば少しは気晴らしになるかもしれない。
冥土帰しも、いつだったか動物には癒し効果があるとかなんとか言っていた気がする。
76 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:56:32.16 ID:WDsQS3KCo

「御坂」

子猫の方に注意を向けながら、美琴の名前を呼ぶ。
けれど、彼女は振り返りもしない。

「御坂?」

ぴくりとも反応しない彼女に首を傾げるその姿が、昨晩見てしまった映像と重なる。
その顔が、その姿が、その声が。
その全てが、悉く美琴の胸を抉る。

(やめて)

顔を見るたび、影が揺れるたび、声を聞くたび、思い出してしまう。
あの、凄惨な光景を。

(やめて)

けれどそれと同時に、みんなで過ごした楽しい穏やかな時間も思い出される。
彼女の心の支えにさえなっていた、優しい記憶。
そしてそれが、余計に辛かった。
何が正しくて何が間違っているのか、余計に分からなくなってくる。


(やめて)


怖い。
77 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:57:07.73 ID:WDsQS3KCo


許せない。悔恨。助けたい。憎い。殺したい。残酷。忌まわしい。記憶。同一人物。喪失。命。悔しい。疎ましい。妹。死体。血。
拒絶。優しい。受容。守りたい。恐ろしい。愛憎。嬉しい。暖かい。暗闇。血溜まり。汚濁。殺した。許す。血飛沫。計画。友達。
大好き。凄惨。殺す。記憶喪失。別人。酷い。許容。殺人鬼。路地裏。赤黒い。友情。ゲームセンター。悲しい。理由。許したい。
妹。友達。人殺し。信じたい。殺せない。記憶喪失。許されない。また明日。過去。罪。憎悪。嫌い。さよなら。助けて。愛する。
信じられない。殺した。血。大切。受け容れる。冷たい。肉片。飛び散る。明るい。地下街。プリントシール。汚い。殺してやる。
悪意。穢い。暖かい。疎ましい。優しい。死体。罰。忘れて。喪失。助けたい。憎い。一緒に。白。反射。銃弾。薄ピンク。中身。
同一人物。遊園地。観覧車。怨恨。悔しい。忌まわしい。ジェットコースター。仇。罰。内臓。忘れたい。研究所。妹達。血飛沫。
血管。千切る。遊ぶ。笑う。手足。もぐ。優しい。殺した。暗い。葬る。海の底に沈むような。怨念。憎い。信じる。友達。殺害。
助けたい。憎い。忌まわしい。同一人物。喪失。命。悔しい。路地裏。人殺し。殺人鬼。観覧車。狙撃銃。大好き。悔恨。助ける。
暖かい。受容。計画。友達。殺した。凄惨。大好き。恐ろしい。疎ましい。死体。信じられない。肉片。妹。研究所。もぐ。人体。
許されない。過去。明るい。嫌い。忘れたい。妹達。愛憎。優しい。血。受け容れる。地下街。殺してやる。嫌い。死ね。赤黒い。
取るに足らない。許容。嫌悪。また明日。最後。大量殺人。殺人鬼。記憶喪失。殺せない。許されない。忘れた。銃弾。黒。夜闇。
穢い。路地裏。血飛沫。友達。死体。散る。血痕。赤。証拠。壁。隠滅。マニュアル。兵器。笑顔。ヒトガタ。過去。大好き。罰。
殺してやる。ミサカネットワーク。研究所。誰。レベル。超能力者。開発。白。妹達。路地裏。人形。明るい。血溜まり。赤黒い。
疎ましい。肉片。濁った白。汚らわしい。血。脳漿。信じられない。悪意。殺した。守りたい。殺した。無限。殺人。喪失。欠損。
観覧車。信じたい。約束。実験。許されない。さよなら。仇。忘れたい。黒。穢い。欠陥。迸る。殺し合い。何故。記憶。研究者。
手を振る。殺せない。深紅。クローン。殺した。汚濁。殺人。喪失。欠損。雷。遺伝子。信じたい。楽しかった。どうして。殺せ。
また明日。断末魔。過去。罪。憎悪。嫌い。マニュアル。兵器。笑顔。ヒトガタ。灰色。統括理事会。助けてあげて。私。楽しい。
海の底に沈むような。冷たい。最初。銃弾。反射。自殺。さようなら。優しい。悲嘆。命。発狂。悲鳴。二万人。罪悪。繰り返す。
遠く。ジェットコースター。ヒトガタ。過去。大好き。罪。鈴科。最後。大量殺人。樹形図の設計者。理由。計算。死体。忘れる。
地下街。否定。優しい。受容。守りたい。恐ろしい。愛憎。嬉しい。暖かい。暗闇。どうか。超能力者。意味。演算。憎悪。許す。
さようなら。殺した。プリントシール。汚い。凄惨。殺してやる。肯定。大好き。恐ろしい。絶対能力。一方通行。白い。綺麗な。
憎悪。路地裏。人殺し。殺人鬼。第一位。観覧車。狙撃銃。大好き。悔恨。助ける。信じたい。殺せない。記憶喪失。許されない。
血飛沫。赤黒い。友情。ゲームセンター。信じて。進化。許したい。許されない。過去。明るい。嫌い。助けて。誰か。誰か。闇。
忌まわしい。忘れたい。妹達。愛憎。優しい。悪意。穢い。暖かい。疎ましい。優しい。死体。罰。忘れて。絶対能力。光。神様。
水族館。悪。約束。黒。鮮血。許せない。チケット。水。屋上。狙撃。オモチャの兵隊。地下室。折り重なる。無数の。嫌悪。死。

78 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:57:44.80 ID:WDsQS3KCo

「みさ、」

「やめて」

言うべきじゃない。言っちゃ駄目だ。言ってはいけない。
分かってる、のに。

「やめ、てよ」

止まらない。
言葉が堰を切って溢れ出すのを、止めることができない。

「その声、で」

駄目だ。
頭では分かっているのに、声が言葉が後から後から溢れ出てくる。

「その、姿で……」

止まって。
本当に、お願いだから。
これ以上は。

「もう……、私の前に現れないで……ッ!」

悲痛な叫び。
切実な。
冗談でもなんでもない。
彼女の、本心。
79 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:58:15.76 ID:WDsQS3KCo

「、あ」

彼、は。
ほんの少しだけ、驚いたように目を見開いた。
けれど、それだけ。
表情は変わらないまま。
あるいは、凍りついたような。

「分かった」

信じられないくらい平坦な口調で、彼はそれだけ答えた。
まるで何でもないことのように、たったそれだけ。

「悪かったな」

彼が、背を向けた。
途端、彼女は我に返る。
現実感を取り戻す。
しかし、もうすべてが手遅れだった。

「あ……」

遠ざかって行く背中に、手を伸ばす。
でも、声は出ない。
引き止める為の言葉が、出てこなかった。
伸ばした手が、震える。

「……、…………」

血が滲むほど、強く拳を握る。
無理矢理、震えを止めようとする。
なのに止まらない震えに、彼女は唇を噛んだ。

瞬間。

凄まじい音と共に、街灯が揺れた。
美琴の拳からは、血が流れている。
それでも、まだ彼女の震えは止まっていなかった。

「最っ低だ……」


80 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/05/31(火) 22:58:41.60 ID:WDsQS3KCo
投下終了。
次回は一週間以内に。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 23:03:05.97 ID:HjppzBd8o
終わりが見えないからこそ、どういう風に終わるのかが楽しみだ。
ハッピーエンドにしろバッドエンドにしろ。
何が言いたいかっていうとマジ>>1乙。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 23:12:43.15 ID:3gzunUIDO
夢中になりすぎて感情移入しすぎてヤバイ。

どうなるんだ、もう次の投下が楽しみでしょうがねぇぜ!
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 23:18:18.22 ID:SXZnPo2DO
うわぁぁぁぁぁぁぁ………なんかもどかしいよぉぉぉぉぉぉ………
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/05/31(火) 23:29:32.64 ID:yauKmPU+0
二人が絡まなかった時点で上条さんの記憶喪失は確定か・・・オワタ・・・
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/05/31(火) 23:53:20.57 ID:JMxwNCaA0
やっと追いついた。
このss神すぎる
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/05/31(火) 23:57:32.77 ID:2z2NjF74o
乙!
すごく物語に引き込まれる
次の更新も楽しみ
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/01(水) 13:59:22.79 ID:6ARFV0Nx0
追いついた…
続きが気になる…
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/02(木) 13:07:41.59 ID:Zq6reASj0
今やってる中じゃ一番期待中のSS
マジ面白い!!
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/02(木) 18:56:44.05 ID:n6UUTNfAO

それでもHAPPY endを願わずにはいられない
90 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:31:01.03 ID:PqfKcVW5o
皆さんレスありがとうございます。励みになります。
では、投下します。
91 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:31:45.00 ID:PqfKcVW5o

目の前の喧騒が、まるで何処か遠い出来事のように感じる。
自分とは、まったく関係のないことのような。

周囲にはこんなにもたくさんの人々が歩いているのに、自分だけ切り離されてしまったかのような、錯覚。
大勢の人々で溢れ返っている雑踏を、一方通行はとぼとぼと歩いていた。
隣に立つ人間は、いない。
彼は、この喧騒の中に一人ぼっちだった。

(……みさか)

足取りも覚束ない。
目の焦点も合っていない。
何処に向かっているのかも定かではない。
けれど彼は、ただただ歩いていた。

(御坂に、拒絶された)

ただその事実だけが、胸に突き刺さる。
何が、悪かったんだろう。
姿。
声。
仕草。
見たくない、聞きたくないと言われた。

普通じゃない、気味の悪い色。
誰が見ても、異常な。
それが、悪かったんだろうか。
ずっとそれが不快で、今まで黙っていたのだろうか。
92 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:32:46.77 ID:PqfKcVW5o

考えて、けれど自分で否定する。彼女はそんな人間ではない。
だが、それくらいしか心当たりが無かった。
……いや。もしかしたら何か自分の気付かない内に、嫌なことをしてしまったのかもしれない。

けれど、何にしろもう何もかもが手遅れだ。
彼は拒絶されて、もう二度と目の前に現れないでと懇願された。
それで、もう終わった。


だから、もう、美琴のそばにはいられない。


できるだけ、遠くに行きたかった。
美琴の目の届かないところに。
否、これは義務だ。
彼女をこれ以上傷つけない為にも、もう彼女の目の前に姿を現してはならない。

さりとて、行く当てなどない。
研究所。
病院。
アパート。
何処も近すぎる。
何処か、もっと遠くへ。


けれど、いったい何処へ行けば良いんだろう。


その問いに答える者はいない。
だから、彼は只管に歩く。
歩く。
歩く。
とにかく遠くへ。
もう二度と、彼女に出会わずに済むような場所へ。


93 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:33:52.78 ID:PqfKcVW5o

―――――



ずっと別件で手が離せなかった所為で、木原が事件のことを知ったのは翌日になってからだった。
彼は研究員たちから事件の概要を聞きながら、忌々しげに舌打ちする。

「垣根はどうした」

「事件のことを聞いてすぐに、妹達の追跡を」

「成果は」

「手掛かりはあるものの、犯人を捕まえるには至らなかったようです」

「第二位の見解によると、犯人は推進派ではなくそこから分裂した第三勢力ではないか、とのことです」

「第三勢力ぅ?」

その単語を聞いた途端、木原があからさまに不機嫌になる。
しかし第三勢力がどうのこうのとかいうことを言い出したのは飽くまで垣根なので、ただの一介の研究員にそんな目を向けられても仕方がない。

「はい。第二位が……」

「阿呆か。アイツ、何考えてやがんだ?」

「はあ……。ですが彼の推測は筋が通っていますし、今までの妹達の言動から考えても説得力があるかと」
94 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:35:08.20 ID:PqfKcVW5o

「チッ、面倒臭え。おら、監視カメラの映像持って来い。あんだろ」

「え」

「さっさとしろ。俺が見りゃ大体何号の妹達か分かる」

「わ、分かりました。すぐに準備します」

研究員たちは狼狽えながらも、木原の指示に従って映像の準備を始める。
もともと垣根に監視カメラの映像を用意するように言われていたので、準備はすぐに整った。

「では、再生します」

「前置きは良い。早くしろ」

木原に急かされて、研究員は慌てて再生ボタンを押した。
途端、コンピュータの画面にセレクターの置いてあった部屋が映し出される。
まだ事件発生前時点なので、部屋には誰もいなかった。

「間も無くです」

「分かってるっての」

部屋に、妹達が現れる。
後ろ姿だ。
顔は見えない。
しかし、木原はそれを見ただけで僅かに表情を歪めた。

「くそ、やっぱりか」

妹達がこちらを向く。
だが、こちらを向いたところで研究員たちが妹達を見分けることなどできる筈もない。
研究員たちは、それが誰なのか分からずに困惑するばかりだ。

「あの、何か分かりましたか?」

「……ああ、最悪だ。すぐに垣根を呼び戻せ。大至急」

珍しく深刻そうな顔をしている木原を見て、研究員たちは慌てて行動を開始する。
その一方で木原はモニタの前に立ったまま暫らく沈黙を保っていたが、そばを通った研究員を呼び止めて新たな指示を下した。

「推進派妹達……、ミサカ10032号にも連絡しろ。非常事態だ」


95 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:35:53.60 ID:PqfKcVW5o

―――――



どうしよう。
どうすれば良かったんだろう。
どうすれば良いんだろう。

一方通行を追うことも引き止めることもできなかった美琴は、未だ公園に蹲っていた。
街灯に背を預け、じっと地面を見つめる。

(……何やってんだろ、私)

自分で自分が嫌になる。
やるべきことは、やらなければならないことは山ほどあるのに、そのどれにも手を付けていない。
何処から手を付けたら良いのか、もう分からなかった。

「…………、……」

こんなところで、私は何をやっているんだろう。
こんなところでじっと蹲っているだけで、事態が好転するはずもないのに。

(駄目、だ)

鉛のように重くなってしまった身体に喝を入れて、彼女はようやく立ち上がる。
こんなことをしている場合じゃない。
とにかく、とにかく、前に進むしかない。
ここまで来てしまった以上、今更引き返すなんてことができる筈がない。
96 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:36:30.80 ID:PqfKcVW5o

(追わなきゃ。追って、謝らなきゃ)

いざ目の前にしてしまったとき、本当にそんなことができるのかどうかは分からない。
でもこのまま放っておくなんて事、もっとできない。
だから、行かないと。

(まだそんなに遠くまでは行ってないはず)

美琴は足に力を込め、歩き出す。
一方通行が去っていた方角へ。

最初は、歩き慣れていない子供のようによたよたと。
やがてだんだん早く、走り始める。

記憶喪失で、何も知らなくて。
だから別人で、だからあれは彼じゃない。

(いや、違う)

否定する。
そんなことはない。
一方通行は一方通行だ。
殺人は殺人だ。
人殺しは人殺しだ。

でも、でも、きっと、人は変われるから。
きっかけは歪でも、いつかまた歪んでしまうとしても、今の彼は善人であるはずだから。
今度こそは、あんな間違った方向に進まないように正さないと。
97 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:37:42.63 ID:PqfKcVW5o

何をどうするのが正しいのかは分からない。
けれど、とにかく、こんなやり方は間違ってる。

(すずしな)

追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて。
走っても走っても、あんなに目立つ後姿を見逃す筈なんてないのに、見つからない。

(どこ)

いない。
見つからない。
何処にも。
見逃す筈なんてないのに。

(どうしよう)

見つからない。
見つけられない。
どうしよう。
このまま、見つけられなかったら。

「…………ッ」

美琴は強く強く唇を噛むと、再び走り出す。
途中、何人もの人にぶつかって何度も睨まれたが、彼女は少しも気にしなかった。
気にしている余裕がなかった。
ひたすらひらすら、彼女は白い少年だけを探して走り続ける。

「何処にいるの」


98 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:38:21.61 ID:PqfKcVW5o

―――――



「ああくそ、アイツ着拒してやがる」

「当然だ。何を今更」

一人携帯電話と格闘している垣根を見て、木原が呆れたようにそう零した。
やがて垣根は携帯電話を諦めてポケットに仕舞うと、忌々しげに舌打ちをする。

「んなこと言ってる場合か? 携帯が使えないんなら、どうやってアイツに連絡取るってんだよ」

「今、クズ共が研究所の特殊回線使って奴らと連絡取ってる最中だ」

「そんなん、俺の携帯より頼りねえじゃねえか。直接アイツらの研究所に特攻かけた方がまだ現実的だ」

「ならお前が行け」

「勘弁してくれ。華麗にスルーされるのが関の山だっての」

前例があるのか、垣根はげんなりとした顔をする。
立場上仕方がないものの、彼の妹達からの嫌われっぷりは尋常ではないのだ。

「つか、一方通行の方は?」

「ロストした」

「はあ!?」
99 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:39:17.70 ID:PqfKcVW5o

「仕方ねえだろ。お前も猟犬部隊の役立たず共も療養中、俺も別件にかまけてたんだ。監視役がいなかったんだよ」

「適当な暗部組織にでも任せりゃ良かったじゃねえか」

「お前が言うか。アイテムはあの有様だし、暗部も暇人ばかりじゃねえんだよ。お前と違ってな」

「あーはいはい分かった分かった俺が悪かったよ! で、監視カメラでは追えてねえのかよ」

「今やってる」

「そりゃ失礼」

木原は先程からずっとパソコンに向かい、凄まじい速度でのタイピングを続けている。
垣根は木原が座っている椅子の背凭れに手を乗せてその上からディスプレイを覗き込んでみると、確かに画面には監視カメラの映像が映し出されていた。
映像は高速で切り替わり続けているが、そのどれにも一方通行の姿は映っていない。

「こりゃ、死角に隠れてるかな」

「この時間帯は人通りが多い。大通りの人混みに紛れられてたら監視カメラでも役に立たねえ」

「監視衛星は?」

「申請に時間が掛かり過ぎる。使えるようになる頃には手遅れだろうよ」

「はあ。ただでさえ八方塞だってのに、これ以上追い打ち掛けなくたって良いじゃねえか……」

「誰に言ってんだ」

「神様」

「メルヘン野郎が」

「心配するな、自覚はある」
100 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:39:50.04 ID:PqfKcVW5o

垣根は背凭れから手を離し、前のめりになっていた体を起こす。
変な体勢を維持し続けていた所為で変に固まってしまった身体を伸ばすと、彼は木原に背を向けた。

「何処に行くつもりだ?」

「自分の足で探す。監視カメラの死角は限られてるから探索しやすいし、人混みに紛れてるなら尚更だ」

「そうか。さっさと行け」

「はいはい」

こちらを振り向きもしない木原に向かってひらひらと手を振りながら、垣根はその場を立ち去ろうとする。
しかし彼がまさに部屋の扉に手を掛けようとしたその瞬間に、唐突に木原が声を上げた。

「おい」

「……今度は何だよ」

「クソガキか例の妹達を見つけたら、どうするか。分かってるな」

「重々承知してるさ。最悪の事態に対する覚悟もな」

「なら良い」

タイピングの手を止めて、木原は椅子ごと垣根に向き直る。
いつになく神妙な顔をしている木原は、睨むように垣根を見据えていた。

「セレクターを盗んだ反対派――――ウチの妹達の処分も、念頭に入れておけ」


101 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:40:42.34 ID:PqfKcVW5o

―――――



――セレクター盗難事件についての報告。


監視映像を鑑定した結果、セレクターを奪取したのは本実験に協力的な姿勢を見せていた通称『反対派妹達』であることが判明。
目的は、被験者一方通行を極めて強制的に本実験に復帰させる為と推測される。

だが、当該手段は実験自体を破綻させるだけの危険性を伴う。
その過程上、被験者の精神に負担を掛け過ぎるのだ。
よって、実験を完全に破綻させてしまう可能性が高いことから、上層部は反対派妹達の行動の阻止命令を通達。
反対派妹達全員の確保、または上位個体最終信号(ラストオーダー)の捕縛および上位命令文の行使を急がれたし。



追記。

例の『退院日』以来、反対派妹達は非常に精神不安定な状態にあった。
実験存続の危機に陥り、精神的に追い詰められていたのだろう。

そしてセレクター試作機の完成に伴い、遂に彼女たちは強硬手段を取る。
実験の破綻という究極の危険を冒してまで被験者を奪還するという、本末転倒な行動を導き出してしまったのだ。
結果、彼女たちはセレクターの奪取という凶行に走り、現在に至る。


事態は一刻を争う。
妹達よりも先に被験者に接触し妹達との遭遇を阻止するか、妹達の行動自体を妨害しなければならない。
手段は不問。


已むを得ない場合に限り、反対派妹達の殺害を許可する。


102 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/04(土) 21:41:09.33 ID:PqfKcVW5o
投下終了。
次回はまた一週間以内に。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/06/04(土) 22:04:50.09 ID:ymyPFKn8o

美琴と一方の今後も気になるし
垣根たちの思惑も気になる

次も期待してる
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/04(土) 22:12:18.78 ID:GXH9LMDp0

わくわく
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/04(土) 22:40:38.27 ID:aIxa5vTO0
盛り上がってきたな…乙!
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/04(土) 23:28:23.64 ID:TXJptvNG0
うおおおおお乙
この先どうなるか気になるぜ…!
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2011/06/04(土) 23:32:32.93 ID:zSPgxY4v0
推進派と反対派って何を推進して何を反対してるのか今ひとつ分からなかったがやっと分かった。
一方さんのレベル6進化実験を続けようとしてるのが「反対派」で実験を中止して人間らしく育てようとしてるのが推進派なわけね。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/05(日) 02:40:43.98 ID:9NgK9r1DO
ああ。実験中止反対派と実験中止推進派ってことか
後まだ分からないのは一方さんが記憶喪失になった理由と木原ていとくんの関係かな
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/05(日) 05:12:39.31 ID:p6ZieXDDO
推進派と反対派は逆の意味だったのな

ずっと実験推進派と実験反対派だと思ってたわ
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2011/06/05(日) 13:05:53.99 ID:jdpZ7XhAO
前スレからおいついたよ!応援してる!
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/06(月) 00:35:24.44 ID:9oef8lx20
紛らわしいww
面白い
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) :2011/06/06(月) 00:40:32.43 ID:J0Ci/tSz0
やっと追い付いた。
乙ですノ
次回も楽しみにしてますa
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/06(月) 00:54:03.72 ID:6JMMwrbAo
あああ、打ち止めが推進派ってへんだよなーと思ってたらそういうことか
ミスリードすぎるw

実験に肯定的な妹達もいるんだよな
やりきれねえ
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/06(月) 21:37:05.06 ID:eadU+NM/0
確か、実験が続行されなかったら、一方通行に殺されるより遥かに無惨で残酷な実験動物として扱われることになる。
実験が行われるなら、一方通行なら苦しまずに殺してくれるし、実験の結果として絶対能力者が生まれれば多くの人を救えるのかもしれないし、生み出された存在理由を果たすこともできる。
そんな感じで、実験中止の推進派と反対派に分かれてる、とかって話じゃなかったっけ?
幾らかの妹は実験動物にされずに生き残れることになってて、しかしそんな血塗れの結果の上で自分だけ生き残るのは嫌だということで、反対派として活動してるのはそんな生き残り組の妹たち、だったはず。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 10:54:54.09 ID:oGWObLtS0
途中までは実験進んでいたこと確定か
その上で一方さんに懐いて構いたがる妹達かわゆす
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 10:55:27.92 ID:oGWObLtS0
途中までは実験進んでいたこと確定か
その上で一方さんに懐いて構いたがる妹達かわゆす
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/06/07(火) 18:27:46.23 ID:d+df629h0
10039号と19090号の可愛さは異常
118 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 20:59:26.28 ID:grnhluano
皆さんレスありがとうございます、嬉しいです。
でもプレッシャーぱねぇです。
あ、あまり期待し過ぎない程度にお待ちください……

あと自分でも描写したかどうかうろ覚えなシーンがあったりして良い復習になりました。
やばい最初の方でどれくらい種明かししたのか覚えてない……

そして妹達の派閥。ややこしくてさーせん。
マジョリティをメインにするべきかなあと思ったのでこんなことになってしまいました。
ミスリードのつもりは無かったんですけどねえ。
ともあれ、細かいことはそのうち作中で語られることになると思うので、追々。

では、以下投下。
119 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:00:19.31 ID:grnhluano


『量産異能者「妹達」の運用における超能力者「一方通行」の絶対能力への進化法』。


学園都市には七人の超能力者が存在する。
しかし、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を用いて予測演算した結果、まだ見ぬ絶対能力(レベル6)へ辿り着ける者は
一名のみという事が判明。
他の超能力者は成長の方向性が異なる者か、逆に投薬量を増やす事で身体バランスが崩れてしまう者しかいなかった。
唯一、絶対能力に辿り着ける者は一方通行(アクセラレータ)と呼ぶ。


一方通行は事実上、学園都市最強の超能力者だ。
『樹形図の設計者』によるとその素体を用いれば、通常の時間割りを二五〇年組み込む事で絶対能力に辿り着くと算出された。
参考資料として、別紙に人体を二五〇年活動させる方法をいくつか纏めておく。

我々は『二五〇年法』を保留とし、他の方法を探してみた。
その結果、『樹形図の設計者』は通常の時間割りとは異なる方法を導き出した。
実践における能力の使用が、成長を促すという点である。
念動能力(テレキネシス)や発火能力(パイロキネシス)などの命中精度が上がるという報告が多いが、我々はこれを逆手に取る。
特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めることで「実戦における成長」の方向性をこちらで操る、というものだ。


予測装置『樹形図の設計者』を用いて演算した結果、
一二八種類の戦場を用意し、超電磁砲を一二八回殺害する事で一方通行は絶対能力へ進化することが判明した。

だが、当然ながら同じ超能力者である超電磁砲は一二八人も用意できない。
そこで、我々は同時期に進められていた超電磁砲の量産計画『妹達』に着目した。
しかし当然ながら、本家の超電磁砲と量産型の妹達で性能が異なる。
量産型の実力は、大目に見積もっても強能力(レベル3)程度のものだろう。
120 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:01:00.30 ID:grnhluano


これを用いて『樹形図の設計者』に再演算させた結果、
二万通りの戦場を用意し、二万人の妹達を用意することで上記と同じ結果が得られることが判明した。

二万種の戦場と戦闘シナリオについては別紙に記述する。


妹達の製造法は元あった計画のものをそのまま転用する。
超電磁砲の毛髪から摘出した体細胞を用いた受精卵を用意。
これにZid-02、Riz-13、Hel-03等のの投薬を用いて成長速度を加速させる。

結果、おおよそ十四日で超電磁砲と同様、十四歳の肉体を手にする事ができる。
元々劣化している体細胞を用いたクローン体であること、投薬に置いて成長速度を変動させていることから、
元の超電磁砲より寿命が減じている可能性が高いが、実験中に性能が極端に変動するほどではないものと推測できる。

むしろ問題なのは、肉体(ハード)面ではなく人格(ソフト)面である。
言動・運動・倫理など基本的な脳内情報は〇〜六歳時に形成される。
だが、異常成長を遂げる妹達に与えられた時間は僅か一四四時間弱。通常の教育法で学ばせることは難しい。
よって、我々は洗脳装置(テスタメント)を用いてこれら基本情報を強制入力することにした。


最初の九八〇二通りの『実験』は所内でも行える。
しかし、残り一〇一九八通りの『実験』は戦場の条件上、屋外で行うしかない。
死体の処分などの関係から、我々は戦場を学園都市内の一学区に絞って――


121 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:01:35.02 ID:grnhluano

―――――



小さな女の子が、泣いている。
それに気付いた母親が、そっと女の子に近付いて行った。

「何で泣いてるのかなー?」

ぐしぐしと涙を拭った女の子は、持っていたカエルのぬいぐるみを母親に向かって差し出す。
ぬいぐるみは、指の部分が破れて綿が飛び出してしまっていた。

「ありゃりゃ、壊しちゃったか」

母親は苦笑いして、女の子を抱き上げる。
まだめそめそしている女の子を宥めながら、ベッドの上に寝かせた。

「だいじょうぶ。良い子でねんねしてたらきっと治るわよ」

「ホント?」

涙声の女の子が、上目遣いで見つめてくる。
母親は女の子に布団を掛けて、ぽんぽんとその頭を撫でてやった。

「サンタさんが治しに来てくれるの?」

「い、今春だけど……。オッケー、あのおじさんママの友達だから頼んどいたげる」

親指を立てながら言う母親に、女の子はぱっと表情を明るくさせる。
自信満々な母親を、純粋に信じる。

「だから、今日はもうねんねしましょうね」

「うん」

女の子は無邪気に返事をすると、母親の言い付け通りにそっと目を閉じる。
母親は女の子が眠りについたのを見送ると、女の子を起こさないように慎重にその場を離れた。


122 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:02:08.84 ID:grnhluano

翌朝。
女の子が、目を覚ます。

女の子はのそりと起き上がると、寝惚けまなこをごしごしとこする。
そしてあくびをした時、女の子はすぐそばに何かが置かれていることに気が付いた。
カエルのぬいぐるみ。
指が、綺麗に治されている。

女の子は大喜びしてカエルのぬいぐるみを抱き上げると、ベッドを降りて駆けだした。
朝食の準備をしていた母親の足に飛び付いて、満面の笑顔でカエルのぬいぐるみを掲げて見せる。
それを見て、母親が笑った。

「良かったね、美琴ちゃん」


123 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:02:38.29 ID:grnhluano

―――――



小さい頃、私が泣くようなことは眠っている間にママが全部解決してくれた。

だから。
あんな狂った実験も昨日の出来事も全部悪い夢で、目が覚めたら無かった事になれば良いのに。


けれど、現実は甘くない。


「……ん」

街角のベンチの上で、美琴は目を覚ます。
膝を抱えて蹲った格好のまま眠ってしまっていたので、身体はすっかり固まってしまっていた。
身体のあちらこちらが痛い。
けれど、今更そんなことなど気にならなかった。

(黒子、心配してるかな)

結局、二日も連続で無断外泊してしまった。
一日目は一応白井に連絡して誤魔化してもらったが、何の連絡もしなかったし、流石に二日連続は誤魔化せないだろう。
きっと、今頃寮監は激怒しているだろう。返ったらどんな仕打ちが待っているのか、想像もできない。

(……何か、どうでもいいや)

普段は殺されるかもなどと言ってあんなに恐れているのに、今は何も感じない。
いっそそのまま殺してくれた方が、いくらか楽かもしれなかった。
124 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:03:06.38 ID:grnhluano

(……、どうしよう)

あれから、彼女は一方通行を見つけることができずにいた。
何処に行ってしまったのだろう。
そんなに遠くになんて行ける筈はないのに。

「………………」

その時。
かつん、という靴音が耳に入った。

無視してしまおうかとも思ったが、音がしたのは美琴の目の前。
不良が絡んできたのなら、相手をしてやらねばならない。
そう思って、美琴はのろのろと顔を上げる。
しかし、そこに居たのは。

「regrettable.計画を知ってしまったようね」

「アンタは……」

先日のギョロ目。
布束砥信。
妹達の管理者の一人。
それは、つまり。

「アンタ、知ってたの?」

「sure.彼女たちに使う洗脳装置の監修をしたのは私だもの」

「……そう」
125 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:03:36.11 ID:grnhluano

美琴はさして興味なさげに、再び俯いた。
布束が首を傾げる。

「怒らないの?」

「怒る気力もないわよ」

「indeed.気持ちは分かるわ」

「……何が」

低くくぐもった声で、美琴が呟く。
布束は、彼女の言葉を黙って待った。

「アンタなんかに、私の気持ちが分かる訳ない」

「……そうかしら。少しは理解できていると自負しているけど」

表情を変えもせずに言う布束に、美琴は目を細める。
何が言いたいのかは分からないが、不愉快だった。

「とにかく、あなたはもう彼には関わらない方が良いわ。妹達にも」

「馬鹿言わないで。私が引き起こした事態よ」

「だからよ。今のあなたでは何もできない。彼を傷付けるだけ」

思わず、言葉に詰まる。
けれどやはり、そんなことを認めることはできない。
美琴は歯を食い縛り、ぎりりと布束を睨んだ。
126 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:04:17.42 ID:grnhluano

「……あなた、彼に会ってどうするつもり? 酷いこと言ってごめんって、謝るの? 謝れるの? 謝る必要はあるの?」

「どういう意味」

「彼が妹達を殺したのは紛れもない事実よ」

ざあっと血の気が引いたのが分かった。
絶対に認めたくなかった事実。
それを、こんなにもさらりと真実であると突き付けられた。
やっぱり何かの冗談だったんだと、そんな妄想はあまりにもあっけなく砕け散った。

「見たんでしょう? 品雨大学DNA解析ラボで」

「アンタ、何処まで知ってるの」

「妹達が教えてくれたのよ。彼女たちが気付いた時にはもう全てが手遅れだったけれど」

妹達。
御坂美琴の体細胞クローン。
彼女の、妹。

御坂妹とは、未だ連絡が取れていない。
彼女は今、何をしているのだろう。
何を何処まで知っているのだろう。
知った上で、何をしようとしているのだろう。

「今回のことを仕組んだのは、『反対派』の妹達。あなたが仲良くしている『御坂妹』とは敵対関係にある妹達なの」

「反対派……?」

「そう。実験の再開を目論む妹達のことよ」
127 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:04:48.08 ID:grnhluano

その言葉に、美琴はぎょっとした。
実験の再開?
そうだ、今実験は中断されているんだ。

一方通行が記憶喪失になったから。
一方通行が実験を拒否して逃げ回っているから。
だから今、実験は行われていない。

……せっかく中断された実験を、どうして再開なんてさせようと?
殺されるって、分かってるのに!

「な、んで、そんなこと……」

「彼女たちには彼女たちの考えがあるのよ」

「だからって!」

「あなたには理解できないわ。しない方が良い。本当なら、知りもしない方が良かった」

布束の声は、何処までも淡々としている。
感情が読み取れない。
どんな気持ちでこんなことを話しているのか、分からない。

「……妹は、反対派じゃない妹達は何をしてるの?」

「実験の再開を阻止しようとしているわ。多数派ね」

それを聞いて、美琴は少し安心した。
そうだ。
あの子たちだって、死にたくないに決まってる。
そういう普通の人間に普通に備わっている感覚が、彼女たちにも同じように備わっている。
128 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:05:19.19 ID:grnhluano

「どうすれば、実験は阻止できるの」

「ひたすら、彼を逃がし続けるしかないわ。研究者どもが諦めるまでね」

「……途方もないわね」

「ええ。『阻止』というのは少し語弊があるかしら。だけど、現状それしか方法が無いのも事実」

それはまるで、終わりのない追いかけっこのような。
本当に終わりがあるのかどうかも疑わしい。

「……ねえ」

「何?」

「その、……反対派妹達は、どうして実験を再開させようとするの?」

「…………。知らない方が良いわ。気分が悪くなるだけよ」

布束が、初めて美琴から目を逸らした。
その反応から何を感じ取ったのか、美琴は目を伏せる。追及しようとは思わなかった。

「アンタは、どっちの味方?」

「実験を阻止する側よ。通称『推進派』の側と言えるかしら」

「……アンタだって、研究者なんでしょ。どうしてあの子たちの味方をしようと思ったの?」

意外にも、その時、布束は微笑んだ。
悲しそうな笑みだった。
129 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:05:46.88 ID:grnhluano

「彼女たちは、私なんかよりも遥かに人間らしいわ。あなたも知っている筈よ」

「………………」

美琴は、何も答えなかった。
答えられなかった。

クローンだ。
造り物だ。
人間じゃない。

そう、思うのが普通だ。
試験管の中で生まれ、薬で成長を促され、心さえ洗脳装置で形成された。
人間の真似事をしているだけの、人形だ。
美琴だって、一番最初はきっとそう思っていた。

「ここから先は、あなたには辛すぎる」

俯いていた美琴の頭を、布束が撫でる。
久しぶりの感覚だった。
泣いてしまいたくなる程に、優しい。

「ここは年上のお姉さんたちに任せなさい。あなたは元の居場所に帰った方が良いわ」

「…………」

「すべてが解決した時には、きっとあなたの心の整理もついているはず。だから、その時にまた、彼の友達になってあげて」

布束の手が、離れる。
美琴が、ついと顔を上げた。
130 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:06:21.00 ID:grnhluano

「それじゃあ、ね。常盤台の方にはこちらから口利きをしてあげるわ。ちょっとしたコネがあるから、安心してお帰りなさい」

「ま、待って」

立ち去ろうとした布束を、美琴は咄嗟に引き止める。
布束は振り返り、首を傾げていたが、もう一度美琴の方に向き直ってくれた。
    . . . .
「……一方通行は、記憶喪失になる前はどんな人間だったの?」

「…………。可哀想な子よ。優しい良い子だったわ」

「え……」

予想もしていなかった返答に、美琴は呆けてしまう。
しかし布束はそんな彼女を待つことなく、再び踵を返すとそのままその場を立ち去ってしまった。

「……それなら、なんで……」

しかし、そんな彼女の問いに答える者はいない。
一人ぼっち、取り残された彼女は、ただ茫然とすることしかできなかった。


131 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/07(火) 21:06:58.14 ID:grnhluano
投下終了。
では、次回も一週間以内に。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/07(火) 21:14:57.58 ID:8B44QsqT0
乙乙!
予想外の投下の早さにびっくりしたぜ……!
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/06/07(火) 22:04:31.29 ID:vDATffoAO
乙!!

布束△
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/07(火) 22:22:02.89 ID:V9aVc9ga0
乙!ここの一方さんは理解者に恵まれてるな
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 23:03:43.34 ID:XDmYLtvDO
乙乙ー

多分ここの一方さんは原作でいう「サイン」に気付いてもらったんだろうな
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/07(火) 23:04:23.48 ID:XDmYLtvDO
乙乙ー

多分ここの一方さんは原作でいう「サイン」に気付いてもらったんだろうな
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 00:51:17.61 ID:E5RE95iAo
乙!
布束さんが素敵なお姉さまだ…
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/08(水) 01:04:40.30 ID:O4OUcoyIO
投稿はやいですね!(◎_◎;)
超乙ですwwww
アクセラレータの過去編も気になる!
次回、投稿を楽しみにしてます(^O^)/
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/08(水) 01:06:14.12 ID:O4OUcoyIO
投稿はやいですね!(◎_◎;)
超乙ですwwww
アクセラレータの過去編も気になる!
次回、投稿を楽しみにしてます(^O^)/
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/08(水) 12:48:36.30 ID:w955Lozn0
>>131
ゆっくりでも前の話確認しながら進めてもらって結構です!
完結さえしてもらえればww
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/11(土) 15:57:04.20 ID:aeehm9Wp0
てっきり魔術側は総スルーすると思ってた ありがとうどうなるかすごい楽しみだ
142 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:03:46.93 ID:ur038zOPo
いつもレスありがとうございます。
それにしても二重投稿酷いですね……自分も気を付けなければ。

ちなみに、書き込み失敗と表示されても大抵の場合正常に書き込みされているので、
五分程度待って更新してみてから再度投稿するか、他のブラウザで確認してみると良いかもしれません。
自分はいつもそうしています。

それでは、投下して行きますね。
143 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:04:14.09 ID:ur038zOPo

埃の匂いが鼻についた。
ガラスの無い窓から差し込んできた太陽の光で、一方通行は目を覚ます。

そこは、廃墟の片隅。
夜を過ごす為に何となく立ち寄ったそこは、どことなく以前ねぐらにしていた廃ビルに似ている気がした。
とは言え、距離は随分と離れているが。

(……そォいや、あそこでは御坂妹と一緒に暮らしてたンだったな)

もうずっと昔のことのように感じるが、まだあれから一ヶ月も経っていない。
そうだ、御坂妹と上条はどうしているだろうか。
何の連絡もしていなかったから、きっと……

(くっだらねェ)

考えかけて、自分で切り捨てる。
今更、何を考えているのか。
戻ることのできない場所に思いを馳せたところで、虚しいだけだ。

「…………」

壁に手を付きながら、ふらふらと立ち上がる。
無意識の内に能力で保護していたのか、固い床に雑魚寝していたにも関わらず、身体は何処も痛くなっていなかった。

(……どォするかな)

狭い窓から、外を眺める。
学園都市の外周を囲む、高い高い塀が見えた。
『外』と学園都市とを隔てている外壁だ。
144 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:04:41.15 ID:ur038zOPo

当然ながら、何人もの警備員や警備ロボットによって厳重なセキュリティが敷かれている。
それでも、一方通行の能力なら強行突破は可能だろう。

(騒ぎを起こして奴らに俺を追う口実を与えるのは得策じゃねェな。堂々と警備員まで使ってくる可能性もある)

それに。
出来る限り、誰にも迷惑を掛けずに立ち去りたかった。
彼がここで事件を起こせば、彼の関係者として美琴や上条たちにまで捜査の手が及んでしまうかもしれないからだ。

ただそれだけでも迷惑には違いないし、自分の関係者だったというだけで世間から変な目で見られてしまう可能性もある。
それだけは、絶対に避けたい事態だった。

だが、だからと言って他に妙案がある訳でもない。
よって一方通行は、目の前に立ちはだかっている学園都市の外壁をただ眺めていることしかできなかった。
……とは言え、それについて何かを思うことも無い。
どうでも良かった。

(…………、出る、か)

窓に背を向け、覚束ない足取りで歩き始める。
纏わりつく生温い空気が、気持ち悪かった。


145 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:05:15.60 ID:ur038zOPo


ここは、第十学区。
学園都市でも最も土地の値段が安い学区で、学園都市唯一の墓地や実験動物の廃棄場、少年院などが立ち並ぶ場所だ。
そしてそれに比例するようにして、廃墟も多い。

また、その土地の性質上、人気も少なかった。
身を隠すには最適だ。
それに外壁に面している学区でもあるので、機会を伺って『外』に脱出することもできる。
今の一方通行にとって、これほど都合の良い場所もないだろう。

(晴れてる)

無神経なくらいに綺麗に晴れ渡った空を、見上げる。
雲一つない。
鬱陶しいくらいに太陽が燦々と輝いている。
どれも、今の一方通行の心境にはそぐわないものばかりだった。

(七月、二十九日)

何となく、今日の日付を呟いてみる。
夏休みの九日目。
それは一方通行には何の関係もない事象だったが、何だか妙に気になった。

いや、関係ないことなんてない。
きっと、彼は。

(……何を、今更)
146 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:05:43.85 ID:ur038zOPo

楽しみにしていた。
一日中ぐだぐだして無為な時間を貪ったり、水族館に遊びに行ったり、もっとたくさん色んな場所に行ってみたり。
彼は、たぶん、夏休みにそういうことを期待していた。

(寂しい、なンて)

馬鹿馬鹿しい。
そもそも、そんな風に平和ボケした生活をしている方がおかしかったのだ。

彼はそんな立場にあるような人間ではない。
自覚、していたのに。
あまりにもぬるま湯に浸かっている時間が長かった所為で、勘違いしてしまっていた。

一方通行は恐ろしい連中に狙われていて、周囲を散々巻き込んで、身近な人間を危険に晒す、そんな疫病神だったのに。
自分ではきちんと一線を引いているつもりでいて、その実、自分は普通の人間なのだと錯覚してしまっていた。

(これで、良かったンだ)

最初から、そのつもりだった筈だ。
時が来たら、上条たちの前から姿を消す。
そのつもりでいた筈なのに。

(そう、これで正しい)

上条と美琴に引き止められて、学園都市に残ることにした。
そしてその足枷の片方が、壊れた。
もう片方は、どうなっているのか。一方通行にも分からない。
でも、きっと、どうせ、こちらももうすぐ壊れるだろう。

(願ったり叶ったりだ。余計な邪魔が入らなくなったンだから)
147 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:06:12.51 ID:ur038zOPo

これで、心置きなくここから立ち去ることができる。
そうすることを望んでいたし、いつかはそうするつもりだった。
そしてそれが正しいと、今でも確信している。

(これで、)

正しい。
良い。
間違ってない。

言い聞かせる。
言い聞かせる?

誰に。
自分に。


どうして?


(……うるさい)

歯を食い縛る。目を固く閉じる。
考えないようにする。

彼は頭を振って無理矢理思考を断ち切ると、再び歩き出す。
何処を目指しているわけではない。
ただ、歩く。
目的地は無い。
148 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:06:40.88 ID:ur038zOPo

『外』には行けない、元の居場所には戻れない。
だから他に適当な居場所を探して、歩き続けるしかない。
そんなもの、見つかるとも思えないけれど。

「…………?」

それは、偶然。
彼はふと、寂れた研究所の前で立ち止まった。

いや、寂れているのではない。
閉鎖されている。
それは、研究所の跡地だ。

「……特例、能力者……、多重調整技術、研究所」

門に刻まれていた研究所の名称を、何となく読み上げてみる。
やたら長いくせに、名前だけでは何の研究をしていた場所なのかよく分からない。
どちらにしろ閉鎖されているのだから、どうでも良いことだが。

「特力、研」

ふと、口をついて出た単語。
聞き覚えのない言葉。

(……?)

にも関わらず、彼は唐突に思い出した。
特力研。
ここは、特力研だ。
149 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:07:10.38 ID:ur038zOPo

(思い、出した? 覚えてる……、のか?)

彼が洗脳装置によって削除されたのは、あくまでエピソード記憶のみだ。
この研究所のことが知識として残っているのなら、覚えていても不自然ではない。
けれど、それを知った経緯や理由を知らないのに『知っている』というのは、何とも気持ちの悪いものだった。

(……俺の記憶に、関係あるのか)

何だか妙な感覚がする。
胸騒ぎ、というのか。
ここに一体、何があるというのか。

(何か、残ってる、か?)

研究所は閉鎖されている。
当然ながら、見張りの類は存在しない。放置された廃墟と言って良い。

だから、ここに何かが残っている可能性というのは限りなく低い。
何の研究をしていたのかは分からないが、機密データなんかは恐らく綺麗さっぱり消されてしまっているだろう。
けれど。

(……行こう)

一方通行は心を決めると、特力研へと足を踏み入れる。
足元に転がる無数の瓦礫は、果たして何を物語っているのか。


150 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:07:43.77 ID:ur038zOPo

―――――



(私、何やってんだろ)

美琴は、上条の寮の目の前に立っていた。
相変わらず携帯は繋がらなかったが、どうしても顔が見たくなって、こんなところまで来てしまった。

(……大丈夫、だよね)

思いながら、今更何を遠慮しているんだか、と自分に呆れる。
確か、上条の部屋は七階だった筈だ。
ポストを見て改めて上条の部屋番号を確認した美琴は、寮の中へと入って行こうとした、が。

「みさかー? どうしたんだ、こんなところでー?」

「……土御門?」

見覚えのある少女の登場に、美琴は目を大きく見開く。
彼女は、土御門舞夏。
繚乱家政学校に通う生徒で、実習と称して常盤台の女子寮の中で働いているエリート中学生だ。

「あ、アンタこそ何でこんなとこに……」

「私の兄貴がここに住んでるんだぞー。言わなかったかー?」

「知らなかった……」

「それにしても、今までどこほっつき歩いてたんだー? 寮監さんカンカンだったぞー」
151 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:08:21.47 ID:ur038zOPo

ああやっぱり、と美琴は心中で嘆息する。
布束が口利きをしてくれるとは言っていたものの、それも一体どこまで通用するのか。
ちょっとやそっとで、あの寮監が連続無断外泊を許してくれるとは思えない。

「……ちょっと、事情があってね」

「む……、なかなか深刻そうだなー? 大丈夫かー?」

「ん、平気。心配しないで」

「そうかー? あ、でもここに用事があるならちょっとは力になれると思うぞー。私はここではちょっと有名だからなー」

舞夏のようなメイドさんになんて学園都市でもそうそうお目に掛かれるものではないから単純に目立つだろうし、
彼女は普段から頻繁にここに出入りしているからちょっとはこの寮の事情や勝手に詳しいらしい。
それに美琴は常盤台中学の制服のままだったので、このまま一人で男子寮に入ったら目立ってしまうだろう。
だから、彼女の申し出は素直に有り難かった。

「じゃあ、お願いしようかな」

「うんうん、どーんと任せてくれたまえー」

「えっと、七階に住んでる筈の上条当麻って奴に用があるんだけど……」

「上条か?」

その名前に、舞夏が目を丸くする。
知り合いだったのか。

「うん。そいつに会いたいんだけど……」

「上条なら入院中だぞー。何でも階段から転げ落ちて頭を打ったとかで」

「は、はあ!?」
152 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:09:15.35 ID:ur038zOPo

美琴は思わず変な声を上げてしまった。
しかし舞夏はこれを予測していたのか、大して驚くことも無く話を続ける。

「知らなかったのかー?」

「全然……。アイツ、携帯壊したみたいで全然連絡取れなかったから」

「ああ、なるほどなー。有り得そうな話だ」

どうやら上条の不幸は周知の事実らしい。
美琴もその一端を知ってはいたが、そのあまりにも普通な反応に上条に対する同情を禁じえなかった。

「二十八日の真夜中だったかー? 救急車が飛んできて、結構な騒ぎになったらしいぞー」

「だ、大丈夫なのかしら……」

「良いお医者さんに恵まれたみたいで、後遺症はないそうだぞー。意識も戻ってるそうだし、今頃ピンピンしてるんじゃないかー?」

「何処の病院か分かる?」

「第七学区の……、名前は何だったかなー? あ、カエル顔の医者で有名な病院だぞー」

「ああ、あそこ、……か」

かつて、一方通行も入院していた病院だ。
因果、なのだろうか。
まさかこのタイミングで、またあの病院に行くことになるとは。

「ありがとね、舞夏。ちょっと行ってくる」

「お役にたてて良かったんだぞー。あ、私からも上条にお大事にって伝えといてくれー」

「分かった。じゃあね」

美琴は軽く手を振ってから、舞夏に背を向けて歩き出す。
そして寮のエントランスを出ると、強烈な日差しが肌を突き刺した。

(……快晴、ね)

まるで空全体が光を発しているかのように、晴れ渡っている。
眩し過ぎる空に、彼女は目を細めた。

(眩しすぎる、かな)

空から目を逸らし、彼女は歩き始める。
憎たらしいくらいの青空は、今も彼女の頭上で輝き続けていた。


153 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/11(土) 22:09:55.59 ID:ur038zOPo
投下終了です。
次回はまた一週間以内に。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/11(土) 22:53:39.58 ID:Efh2zYtv0
上条さん…
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/11(土) 23:06:55.66 ID:Poj5EOna0
記憶喪失か……
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/11(土) 23:23:52.52 ID:8V8qv4mB0
ああ…とうとう来たか……

乙乙。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/11(土) 23:25:35.20 ID:LL81pUASO
なんてこった…
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/11(土) 23:25:56.10 ID:8V8qv4mB0
ああ…とうとう来たか……

乙乙。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/11(土) 23:41:12.04 ID:YqhGbzRIO
うわあこれ御坂にとってダブルで衝撃きそうだな
それともとっさの機転で上条さんがバレ回避するのか
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/12(日) 00:11:35.80 ID:trrAAM310
来たか……
普通に考えたら出来るはずないんだよね、記憶全喪失をアドリブだけで誤魔化すって。
ここの御坂は現時点で原作より上条さんと縁深いし、どうなることやら。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/06/12(日) 01:33:54.65 ID:CnoVz2CCo
おおう…もう言葉もないわ…
続きが待ち遠しいのに怖い
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2011/06/13(月) 12:10:41.83 ID:kUqOXKri0
美琴とは未だ和解できず、頼りの上条さんは記憶が消去され…
救いは無いんですか!?

1乙。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 16:24:55.39 ID:yRKKaNUIO
いい鬱ものが好きなわけではないが、この不幸具合が実に良い
>>1乙と言わざるをえないな

続き楽しみにしてる
164 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:22:18.64 ID:ZXgDi2udo
皆さんこんばんは、いつもレスありがとうございます。
最初からこうするつもりで書いてはいたのですが、
はたから見ると唐突に路線変更したみたいで見てる方が嫌な思いをしていたら申し訳ないなあと思っていたので、
そう言って頂けると助かります。

まあ、かなり最初の方からそういう不穏な雰囲気を漂わせてはいましたが。
かつて、ほのぼのを求めて来て下さっていただろう方々にはほんとごめんなさい。

では、投下開始します。
165 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:22:53.04 ID:ZXgDi2udo

白い扉の前で、立ち止まる。
左手には、お見舞い用のフルーツバスケットを持って。右手は、病室の扉に掛けて。
美琴は、深呼吸してから勢いよく扉を引いた。

「やっほー、お見舞いに来てやったわよー……あれ?」

元気よく挨拶をしながら入ったのは良いものの、返事がない。
即座にその理由に思い当たった彼女はそろりそろりと上条のベッドへ近づいていくと、予想通り、彼は熟睡中だった。
まあ、仮にも怪我人なのだから安静にしているのは当然だ。

(そう言えば、アイツの時も何度か寝てて話せないことがあったっけ)

すっかり失念していた。
と言うか、上条がそんなふうに弱っている姿なんて想像できないというのもあったかもしれない。
幻想殺しと丈夫さだけが取り柄のような人間だったし。

(……どうしようかな。折角ここまで来たんだし、何もしないで帰るってのも……)

取り敢えず、彼女は手にしていたフルーツバスケットをベッド横の机の上に置いておく。
と、その時ちょうど机の上に置いてあった紙とペンが目に付いた。

(そうだ、手紙でも置いてくか。フルーツバスケットだけ置いてあっても混乱するだけだろうし)

思い立って、彼女は置いてあったペンを手にした。
……のは良いものの、いざ紙に向かってみると何を書いてみれば良いのか分からない。

書きたいことは沢山あるが、書くべきではないこともある。
『話す』ならいつも通りにするだけで良いので特に気負いすることは無いのだが、改まって『書く』となると、また勝手が違ってくる。
きちんと伝えたいことと伝えないことを選別して、相手に分かり易く書かなければならないからだ。
166 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:23:16.66 ID:ZXgDi2udo

それに、こんなに小さな紙に彼女の伝えたいことがすべて入り切るとも思えない。
だから余計に、きちんと情報を選別しなくてはならなかった。

(……何を書こう。教えない方が良いことも、多いけど)

迷ったが、とにかく美琴は自分がお見舞いに来た旨とフルーツバスケットをお見舞い品として持って来た旨を書いてみる。
消費したのは二行。
小さな紙と言っても、まだまだ書ける。

(問題はここからだな)

ペンでこめかみを叩きながら、迷いに迷う。
上条の睡眠の邪魔にならない程度に唸りながら考え込んでいた、その時。
唐突に、真横でがばりという音がした。

「うおおおぉぉッ!? 誰!? 何だ!? 曲者!?」

……上条が目を覚ました。
彼は目の前に座っている美琴の存在に気付くと、驚いて跳び上がって大騒ぎ。
あんまりなオーバーリアクションに、美琴は思わずぽかんとしてしまった。
そして。

「ぶっ」

「……へ?」

「ぶふっ、あっはははは! 何よ曲者って!? 何時代!? アンタいつの時代の人間だっつーの!」

「え? ええ?」
167 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:23:43.88 ID:ZXgDi2udo

突然大笑いを始めた美琴に、上条は困惑してきょとんとしてしまった。
まだ寝惚けているのか、何が何だか分かっていない様子だ。

「あーおかしい、どんな夢見てたのよ……、ぶふっ。くくく……」

「……あのー、驚きすぎた俺が言うのもなんだけど、笑い過ぎじゃありませんか?」

「だ、だってアンタ……、ヤバいツボった……」

混乱のあまりになのか敬語になっている上条も何だか面白くて、美琴は笑いを止めることができずにいた。
こんなに笑ったのは、すごくすごく久しぶりのような気がする。
まるで、みんなで仲良く遊んでいたあの頃がずっと昔のことのように感じられた。

「はーっ、笑ったぁ。まったく、せーっかくこの御坂美琴様がお見舞いに来てやったってのに曲者扱いって。失礼しちゃうわ」

「お、お見舞い?」

「何よその意外そうな顔は。私だって……、と、友達を労わる心ぐらい持ち合わせてるんだから。ほら!」

言いながら美琴がずいっと差し出したのは、如何にも高価そうなフルーツバスケット。
貧乏学生の上条には、到底手が出せないような代物だ。
しかも、その果物のひとつひとつが高級品と来た。
透明なフィルムに包まれた状態のままでも漂ってくる芳醇な香りに、上条は思わず唾を飲む。

「お見舞いと言ったらやっぱりこれでしょ。さっさと元気になりなさいよー」

「こ、こんなの良いのか!?」

「うむ。美琴様に感謝せよ。よーく味わって食べなさい」

「ははーっ!」
168 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:24:12.31 ID:ZXgDi2udo

偉ぶる美琴に、上条も大袈裟に感謝して見せる。
この馬鹿馬鹿しいやり取りに、もはや懐かしささえ感じられた。

「いやー、それにしても立派だ。本当にありがとうな、御坂」

「……え?」

きょとん。
今度は美琴の番だ。
かと思いきや、そんな彼女につられて上条もまたきょとんとした顔をしていた。

「な、何だ? 何かおかしかったか?」

「いや……。アンタ、私のことちゃんと名前で呼ぶの初めてじゃない?」

「えっ!? そ、そうだったっけ!?」

「そうよ。いっつもいっつも私のこと変なニックネームで呼んで、何度やめろって言っても名前も覚えてくれなかったじゃない」

「えーと……、へ、変だったか?」

「いや? やーっと心を入れ替えて覚えてくれる気になったのね。感心感心」

腕を組み、美琴はうんうんと頷く。
それを眺める上条は何となく挙動不審だったが、改まって名前なんか呼んだものだから照れているのだろうと思って
美琴は大して気にしなかった。

「じゃ、じゃあこれからも御坂で良いか?」

「当たり前じゃない。って言うか、私がずっと名前で呼べって言い続けてたんだし」

「そっか。それは良かった」
169 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:24:40.22 ID:ZXgDi2udo

長年の苦労が報われてようやく名前で呼んでもらうことに成功した美琴は、しばし感動に浸っていた。
その一方で、上条は彼女に悟られないようにこっそりと胸を撫で下ろす。

「と、とにかく本当にありがとな。こんなに良い果物食うの、たぶん生まれて初めてだよ」

「そう? 何だかそこまで感謝されるとむず痒いわね……。ま、気が向いたらまた持って来てあげるわ」

「え!? それは流石に悪いって」

「いーのいーの、私が好きでやってるんだからさ。それより、アンタ階段から落ちたんだって? ほんと、アンタの不幸は折り紙付きよね」

「あ、あはは……」

上条も、もはや乾いた笑いしか出てこないようだ。
美琴はそんな彼を元気付けようと思ってか、ばしんと肩を叩いてやる。

「でもま、あのお医者さんに見て貰ったんなら安心ね。あの人いまいち貫禄ないけど、腕は確かだし。あ、いつ退院するの?」

「痛い……。ええと、怪我自体はもう殆ど治してあるから、すぐに退院できるってさ。明後日って言ってたかな?」

「その回復力も相変わらずね。アイツなんか、私の電撃喰らっただけで随分入院してたけど」

「それはまた過激な……」

上条が、不意にぼそりと呟いた。
しかしそれを聞き取れなかったらしい美琴は、首を傾げながら上条に問い返す。

「ん? 何か言った?」

「いや何も」
170 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:25:10.62 ID:ZXgDi2udo

「でもま、すぐに退院できるんなら良かった。補習あるんでしょ? 頑張りなさいよ」

「は、はい……頑張ります……」

やっぱり思い出したくないことだったのか、上条が一気に暗くなる。
入院の所為で補習に行けていないから、恐らく上条の補習はもともとの予定よりも長引くことになってしまうだろう。
今回ばかりはただの事故なので少し可哀想だが、美琴には今更どうしてやることもできない。

「……あー、ところでさ」

「何だ?」

それまで明るく振る舞っていた美琴が、唐突に声のトーンを低くする。
上条は思わず身構えて、彼女の次の言葉を待った。

「その……、アイツ、ここに来た?」

「アイツ? って誰?」

「……あー。鈴科よ、鈴科! お見舞いに来た?」

「へ? あ、いや、お見舞いに来てくれたのはお前とあともう一人だけだから、来てない……と思う」

「誰よ、もう一人って」

「と、とにかく! 鈴科は来てないぞ。寝てる間に来てるんだったら分からないけど」

「……ふーん。そっか」

上条の返答に、美琴は僅かに肩を落とす。
別れた時のあの様子からして、上条に会いに行く可能性は低いとは思っていたが。
171 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:25:42.11 ID:ZXgDi2udo

「どうかしたのか?」

「うーん……、ちょっとね」

「喧嘩?」

「……まあ、そんなところ」

苦笑いしながら言う美琴を見て、上条はやんわりと微笑んだ。
この表情を見るのも、本当に久しぶりに感じる。

「そっか。仲直りしないとだな」

「わ、分かってるってば。だからアイツが何処にいるか知ってるか訊こうと思ったのよ」

「携帯かなんかで連絡取れば良いんじゃないのか?」

「繋がんないのよ。そうだ、アンタから電話してみてくれない?」

「え!? あ、いや、携帯行方不明でさ! 電話番号も電話帳に登録したっきりだから覚えてないし、ちょっと難しいかなー?」

「あー、やっぱりそうだったか。なら仕方ないわね」

「ごめんな。……そうだ、鈴科が来たらすぐに連絡してやるよ。番号教えて貰えるか?」

「……じゃあ、お願いしようかな。赤外線……、は無理だから、紙に書いとくわね」

「ああ、頼む」

美琴は手紙に使おうと思っていた紙の最初の二行を消しゴムで消すと、自分のメールアドレスと電話番号を書いていく。
こんなアナログな方法で連絡先を遣り取りすることなんてまず無いので、何だか新鮮だった。
やがてメールアドレスと電話番号を書き終わった彼女は、書いてある連絡先に間違いが無いかを確認してからそれを上条に手渡す。
172 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:26:12.32 ID:ZXgDi2udo

「はい、これ。もう失くさないでよ?」

「流石にこれは失くさないって……」

「そうかしら? この間、銀行から出て十分で通帳を失くした時は流石に自分の目とアンタの頭を疑ったけど」

「そんなことあったっけ!?」

「あったわよ。まあ、あの後はすぐに妹が見つけて来てくれたから良かったけど」

「な、失くさないように細心の注意を払いますです……」

「……うん、いつもそれくらいの心意気でいた方が良いと思う」

これまで上条が襲われた数々の不幸を思い出しながら、美琴が遠い目をする。
別に虐めているつもりはなかったのだが、それを聞いた上条は何故か怯えているようだった。張本人なのに。

「とにかく、鈴科のこと、お願いね。私はまたアイツを探してみる」

「それは分かってる、けど……、大丈夫か?」

「……何が?」

「いや……。何か、お前疲れてるみたいだからさ。少し休んでからの方が良いんじゃないか?」

「……ん、気持ちだけ受け取っとくわ。ありがとね。……今は一刻も惜しいから、さ」

「そっか。……無理すんなよ」

「平気平気、アンタほどじゃないけど私も頑丈さが取り柄だしね。それじゃ、またね」

「ああ。またな」

上条に見送られながら、美琴は病室を後にする。
そしてゆっくりと閉じられていく扉を眺めながら、上条は少しだけ悲しそうに眉根を寄せた。


173 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:26:39.24 ID:ZXgDi2udo

―――――



足元に転がる瓦礫を踏み分けて、一方通行は先へ先へと進んで行く。
特例能力者多重調整技術研究所。
通称、特力研。
一方通行の頭の中に残っていた、単語。
その正体を確かめるべく、一方通行は今は廃墟と化したその研究所を探索していた。

(……何も、ねェな)

しかし、やはり随分前に閉鎖されてしまっていたらしく目ぼしいものは何も残っていない。
こんなに広い研究所なのだから、一つ二つくらいの取り零しはありそうなものなのだが。

(よっぽど後ろ暗い研究でもやってたのか? ……今更か)

自分が何か恐ろしい実験に加担させられていたということは、何となく分かっている。
覚えている訳ではない。
境遇や環境から、推測しただけだ。
けれど一方通行は、何故かそれについては確信があった。

(研究所の名前からもイマイチ何の研究をしてたのか分からねェしな……、せめてそれくらい分かれば……)

ここは、いつ頃に閉鎖されたのだろうか。
スキルアウトなどに荒らされた痕跡はないのだが、何故かやたらと瓦礫が転がっていて、薄汚い。

(つゥか、破壊……されてる、よな)

一方通行の歩いている廊下は、時々大きな横穴が空いていた。
そこから、空っぽの研究室のようなものが見える。
仮眠室なのか、稀に寝台が大量に配置されている部屋も見えた。
174 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:27:07.47 ID:ZXgDi2udo

(研究を巡った抗争でもあったのか?)

それしか、考えられない。
明らかに威力の高い銃器や爆弾によって破壊された痕跡が、いくつもあるからだ。
原因は、流石に推測できないが。

(その辺のことも分かるよォな手掛かりがあると良いンだが……ン?)

一方通行は行き止まりに突き当たる。
いや、行き止まりではない。
いくつもの南京錠や電子錠で厳重に施錠された鉄の扉が、目の前に出現したのだ。

(何だこりゃ? この先に何かあるのか?)

目の前の鉄扉に手を触れながら、一方通行は首を傾げる。
どうして、わざわざこんなことを?

(鍵が掛けてあるってことは、この先に何かがあるってことだが……)

それならばこんな警備も何もあったものではない研究所に鍵を掛けて放置しておくより、持ち去った方が得策だ。
破壊され、侵入されてしまうリスクがあまりにも高すぎる。

(研究所自体に付属した大型装置なら、まァ持ち出せねェか……。研究所が取り壊されてねェのも、これが理由か?)

この研究所はそこかしこが盛大に破壊されてしまっていて、とてもではないが修繕したところで再利用できそうにない。
一旦すべてを取り壊してしまってから新しく立て直した方がまだ手っ取り早いと思えるレベルだ。
にも関わらず、こんな研究所が破壊された当時のまま保存されている理由。それが、この先にあるのだろうか?

(見つかったら、警備員に追われる立派な理由になるな)
175 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:29:23.43 ID:ZXgDi2udo

しかし、考えてみれば今更だ。それに、見つからなければ良いだけのこと。
一方通行は一瞬、疲れたような笑みを浮かべると鉄扉に触れたままそっと目を閉じる。
途端、扉に掛けられていたすべての錠が砕け散った。

(これで、後戻りはできねェな)

甲高い音を立てながらバラバラと地面に落ちていく錠のカケラを眺めながら、一方通行は細く息を吐く。
そして、彼はドアノブへと手を掛けて、鉄の扉を押し開けた。

「…………?」

しかし目の前に広がっていたのは、これまでと大して変わり映えのしない廃墟だった。
一方通行は軽く周囲の様子を窺う。
と、彼は手前の壁際に何か巨大なコンピュータのようなものが聳え立っていることに気が付いた。

(これ、か?)

巨大なディスプレイは壁と完全に一体化してしまっていて、コンソールも床と壁に完全に溶接されてしまっている。
なるほど、これなら持ち出せない訳だ。
一方通行は暫らくその見上げるほどの大きさのコンピュータをまじまじと眺めていたが、やがてコントロールパネルに手を触れた。

(……まァ、そォ簡単に動いてくれるわけねェよなァ)

適当にタイピングをしてみても何の反応も示さないコンピュータに、一方通行は肩を落とす。
だが、保存されている以上何らかの手順を踏めば動くはずだ。
彼はきょろきょろと辺りを見回し、電源装置のようなものがないか探してみる。

(それっぽいものはねェな……、別の部屋か?)

この部屋の探索を諦めて、一方通行が奥にある部屋へと足を進めようとした、その時。
彼の足が何かのセンサーに引っ掛かり、ピピッという電子音が響いた。
同時、彼の足元から赤い光が全身を包むようにして競り上がり、対象の解析を開始する。

(な、ンだ!? セキュリティ……?)

一方通行は即座に足元に設置されていた装置を破壊したが、それより早く解析完了の電子音が響き渡る。
早急に逃げるべきか、などと一方通行が思案していると、唐突に部屋の中が明るくなった。
驚いて振り向けば、なんと先程までうんともすんとも言わなかったあのコンピュータが起動しているではないか。

『被験者番号1923の個人データを認証。メインコンピュータを起動します』

「は……?」

驚いている間に、ディスプレイに見覚えのある子供の顔写真とプロファイルが表示される。
それは、白い髪に赤い瞳の、九歳程度の少年。

直接見たことがある訳ではない。
だが、今更見間違えよう筈もない。
だから一方通行は、確信と共にこう呟いた。

「……俺、か?」


176 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/15(水) 21:30:06.70 ID:ZXgDi2udo
投下終了。
次回はまた一週間以内に。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 21:57:49.64 ID:7ajI0Ea+0
乙……!
もうほんと……こいつらには幸せになってほしいよ……
がんばれ一方通行。がんばれ上条さん。がんばれ御坂。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/15(水) 22:29:35.70 ID:YzXm7yqr0
乙乙!
ぐおおおお先が気になるううう!
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/06/15(水) 22:37:22.71 ID:labN9Acyo
乙!
3人でハッピーエンドを迎えて欲しい・・・!
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/06/15(水) 23:32:03.12 ID:vTwRU5P80
乙!今一番気になっているスレだぜ!
三人に幸あれ!!
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/15(水) 23:52:08.55 ID:wV8AuCWIO
記憶バレ回避できたか
しかし普通に会話してるようにしか見えないから凄いよな
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/06/16(木) 00:41:59.51 ID:W66J2qcKo

すごく今更だけど主人公はやっぱり一通なんだな
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2011/06/16(木) 01:51:50.41 ID:W66J2qcKo
すみませんsagaだけでした
連投すみません
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/16(木) 03:15:44.35 ID:v185iOSDO
乙です
上条さんはやはり記憶喪失か……。
三人に幸あれ
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/18(土) 00:44:01.02 ID:v1jYxm3AO
まだかな…
186 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:03:50.66 ID:bssuRx3yo
今更ですね。
ちょっと遅れてしまって申し訳ないですけど寝るまでが一日なのできっと許されますよね。

では、投下します。
187 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:04:39.51 ID:bssuRx3yo

一方通行は、食い入るようにディスプレイを見つめていた。
そこに映るのは、彼と同じ色を持った九歳程度の少年。
いや、色だけではない。
画面の中の少年は、何処も彼処も一方通行にそっくりだった。

「能力名、一方通行……」

それは、彼の名称。
やはり間違いない。この子供は、一方通行の幼少期の姿なのだ。

(これは……、つまり、俺はここにいたことがあンのか……)

一方通行は汗ばんだ指先で、恐る恐るコンソールを操作していく。
しかし、被験者番号や能力名、行った実験の概要などは書かれているものの、人間らしい名前は何処にも記載されてはいなかった。
探しても探しても見つからないので、やがて一方通行は自分についてのデータが書かれているファイルを閉じて別のファイルへと手を出してしまう。

(多重能力研究概要……?)

自分に対して行われていた実験の概要を見ただけではよく分からなかったが、どうやらここは実現不可能とされている
多重能力を研究する場所だったようだ。
ただ、最後の研究が行われた日付けは随分昔なので、恐らくこの当時は多重能力が実現不可能であることは判明していなかったのだろう。
どんな実験が行われていたのかは知らないが、ここで行われていたことは全て無意味だった訳だ。

(まァ、そォいう経緯で閉鎖されたンだろォな。ここは)

当時の研究者たちと彼を含む被験者たちの努力は、あえなく徒労で終わってしまったという訳だ。
当然ながら彼はそんなことなど覚えてはいなかったが、気の毒なことだ。

(……ン? これは……)
188 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:05:18.79 ID:bssuRx3yo

暫らく適当にコンピュータを操作していた一方通行だったが、そのうちに気になるファイルを発見する。
実験の様子を記録した、動画ファイルだった。

(見てみる、か?)

研究の内容が判明した以上、わざわざコレを見る必要はない。
けれど彼は、もしかしたらこの実験の何かが自分が追われている理由の一因になっているかもしれないと思い立ち、
実験の詳細を知ろうと動画ファイルを再生してみた。
再生、してしまった。

「!?」

驚いて、一方通行は思わず咄嗟に再生画面を消してしまう。
よって彼が動画を見たのは、一瞬。
けれど一方通行は、混乱と驚愕によって鼓動が早まるのを止めることができなかった。

(な、ンだ? 悲鳴……?)

動画ファイルを再生して真っ先に彼の耳に飛び込んできたのは、身の毛が弥立つような悲鳴だった。
……画像については、よく覚えていない。
いや、認めたくなかっただけなのかもしれなかった。
あんな所業が、行われていたことを。

(……ひ、と? だよ、な)

思い出しかけて、彼は込み上げる吐き気を必死で耐えた。
辛うじて、人と分かる形はしていた。
だが、まともな人の形をしたものは一つも無かった。
189 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:05:49.07 ID:bssuRx3yo

過剰な投薬による突然変異なのか、化け物のような姿をした何かもあった。
あれは、本当に人間だったのだろうか。
一方通行が知らないだけでああいう動物は普通に存在していて、それを実験動物として飼っていただけなのではないだろうか。

(違、う。半分は、人だった。人の言葉で助けを求めてた。だから、あれは、)

考えてしまいそうになって、彼は慌てて思考を断ち切る。
幸か不幸か、動画の中には一方通行らしい子供の姿は見えなかった。
けれどあの中に、一方通行の知り合いは何人くらい居たのだろうか。
口の中が酸っぱい。
考えないようにしていても、目を瞑ると先程の一瞬で焼き付いてしまった光景が浮かび上がってくる。

(……考えるな。頼むから……)

彼は頭を振って見てしまったものを忘れようと努力しながら、彼は動画ファイルの入ったフォルダを消して別のフォルダを展開する。
今度はテキストファイルだ。

本心では、これ以上あんな実験に関する記録など見たくない。
けれど、何故あんなことが行われていたのか。
それを知りたかったし、それに向き合わなければならない気がした。

(最終報告書……)

末期の特力研は、気付いていた。
多重能力者は、実現不可能だということに。

けれど惰性か諦められなかったのか、はたまた上層部から圧力を掛けられていたのか。
何れにせよ、下らない理由で実験は続けられた。
無意味だと分かっている実験を何度も何度も何度も何度も繰り返して、大勢の子供たちを犠牲にした。
何人も死んで、何人も精神崩壊を起こして、何人も処分されて、何人も原形を留めない姿に変えられた。
190 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:06:25.82 ID:bssuRx3yo

だが、その中で一方通行だけが奇跡的に助かった。
どうしてだろうか。

(……移送?)

特力研における一方通行の履歴の、一番最後。
そこに書かれてあった、簡潔な概略。

(被験者番号1923は、諸般の事情により九歳の時に他の研究所に移送された……)

当時の彼は、平均よりもちょっと良いくらいの平凡な能力者だったらしい。
けれど何故か彼はこの地獄のような研究所から連れ出され、また別の研究所へと送られていった。
理由は……、何故か何処にも記述されていない。

しかし彼は、自分の能力についてよく理解している。
恐らく、一方通行はその能力の希少性と有用性を見い出され、また別の新しい実験を行う為に保護されたのだ。

そう、保護だ。
詳細な理由や過程、目的はどうあれ、結果的に彼はそのお陰で助かった。

……それ以降、彼に関する記述は無い。
この研究所の管轄では無くなったからだろうか。
とにかく一方通行は、これ以降の自分の行方を知ることはできなかった。
他の被験者たちの行方は……、大体予測できたし、被験者リストの右端にずらりと『廃棄処分』の文字が並んでいるのを見て詳細を調べるのを諦めた。
きっと、調べたところで愕然とするだけだ。

(…………、……どうして)
191 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:07:37.83 ID:bssuRx3yo

こんな気違いじみた実験が、平然と行われていた。
やはり、学園都市は狂っている。
改めてそう思った。
……そして、そんな学園都市があんなにも執着している実験に使われていた自分は、一体何者だったのだろうか。

希少な能力。
有用な能力。
……それだけ、なのか?

彼はどんどん深みに嵌っていく思考を頭を振って中断させると、じっとコンピュータのディスプレイを見つめ始める。
もう、これ以上ここに居ても得られるものは何も無いだろう。
自分について何か知りたいことがあるのなら、彼が移送されたという研究所を訪ねなければならない。
だが、その研究所はここからかなり離れているし、ここと違ってまだ稼働しているようだ。そうする訳にもいかないだろう。

(ここまで……、か。クソ)

一方通行はそれでも暫らく何事かを考え込んでいたが、やがて顔を上げるとコンピュータのシャットダウン画面を起動する。
衝撃的な出来事が続いていた所為ですっかり忘れてしまっていたが、彼は鍵を壊して無理矢理ここに侵入した立派な不法侵入者だ。
いつ異変に気付いた警備員が駆け付けて来てもおかしくない。
だから一方通行は、出来るだけ早急にここから姿を消す必要があった。

……いや。実験の内容が内容だから、『表の世界』の人間である警備員や風紀委員はやって来ないかもしれない。
しかし、ここは学園都市。
この手の機密を守る為の用心棒くらい、いくらでもいる筈。

そしてそれは、きっと警備員や風紀委員なんかよりもずっと厄介な存在だ。
そんなものに目を付けられてしまっては、恐らく一方通行なんかひとたまりも無いだろう。
よって彼は、一刻も早くここから立ち去らなければならない、のだが。

(……チッ)

ここに来て、精神的な疲労も身体的な疲労も、ピークに達してしまっていたらしい。
コンソールに突いていた手を離した途端、彼はよろめいて倒れそうになってしまった。

それでも彼は何とか体勢を整えると、足に力を込めて歩き出す。
ふらふらとした足取りは何とも頼りなかったが、今はもう彼の隣にその手を取って支えてくれる人間は居ない。
一方通行は歯を食い縛りながら必死に足を動かして、静かな研究室を後にした。


192 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:08:01.11 ID:bssuRx3yo

―――――



病院の廊下を歩いていると、美琴は前方からよく知る人物が歩いて来ていることに気が付いた。
冥土帰し。
かつて一方通行が、そして今は上条が世話になっている凄腕の医者だ。
彼は向かいから美琴が歩いてくるのを見つけると、人当たりの良い笑みを浮かべて話し掛けてくる。

「おや、お見舞いかな?」

「は、はい。アイツが入院したって聞いて……」

「そうか。彼はどんな様子だったかな?」

「いつも通りですよ。相変わらず馬鹿でお人好しでへらへらしてました」

「……、なるほど。それは良かった」

「ま、アイツは丈夫なだけが取り柄みたいなもんですから。退院、明後日でしたっけ?」

「ああ。外傷はもう殆ど治っているからね? もう心配いらないさ」

「そうですか、良かった」

冥土帰しの言葉に、美琴は改めて胸を撫で下ろす。
格好つけたがりなのか心配させたくないのか何なのかは知らないが、上条は実際よりも自分の怪我を軽く伝えることが多いので
彼の言葉は半分信用していなかったのだ。

「……あ、そうだ。その、先生はうちの妹に会いました?」
193 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:08:34.92 ID:bssuRx3yo

「うん? 御坂妹さんかな?」

「そうです。その、最近あの子見たかなーと思いまして……」

「いや、忙しいのかまったくね。そう言えば一方通行……、今は鈴科くんだったかな? 彼はお見舞いには来ないのかい?」

「さ、さあ……。私、アイツとちょっと……、喧嘩しちゃって。あ、アイツには会いました?」

「いいや。彼にも会ってないね? それにしても、喧嘩なんて珍しい。どうかしたのかな?」

困ったように眉根を寄せた冥土帰しを見て、美琴は苦笑いした。
他にどういうリアクションを取るべきなのか、彼女には分からなかった。

「私が悪いんです。だから、仲直りしなきゃと思ったんですけど、なかなか会えなくって」

「ふむ。確か彼は御坂妹さんがお世話になっている研究所で働いていたよね?」

「は、はい」

「だったら、彼女に尋ねれば何か分かるかもしれないよ?」

「……試してみたんですけど、さっき先生が言ったように忙しいのか連絡付かなくって。まあ地道に探してみます」

「そうか。仲直り、できると良いね?」

「はい。頑張ります」

穏やかに笑いながら言う冥土帰しに、しかし美琴は疲れたような笑顔を浮かべて返事した。
そんな彼女を見て冥土帰しは喧嘩の内容が想像よりも深刻であることを悟ったが、
彼が口を開く前に美琴はぺこりと頭を下げて足早に去って行ってしまう。
そうして結局何かを言うタイミングを逃してしまった冥土帰しは、複雑そうな顔をしながら彼女の背中を見守っていた。

「……何事も、無ければ良いんだけどね?」


194 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:09:13.64 ID:bssuRx3yo

―――――



美琴の残して行ったメモを眺めながら、上条はぼうっとしていた。
開け放してある窓から入ってくる風に、白いカーテンが揺れる。
メモから目を離した上条は、窓から見える空を見上げながら今日は良い天気だな、なんて思っていると、不意にがららと病室の扉が開かれた。

「とうま、とうま!」

そして入って来たのは、真っ白な修道服を身に纏った銀色の髪の少女。
彼女はその可愛らしい顔に輝かんばかりの笑顔を浮かべながら、上条に駆け寄って来た。

「インデックス」

少女、インデックスを見て、上条もまたやんわりと微笑む。
インデックスは病室に置いてあった椅子を引き摺って来ると、上条の隣にちょこんと座った。

「あのねあのね、今日は私もお見舞い品を持って来たんだよ! 見て見て!」

「お、花か。どうしたんだ?」

「ふふふ、秘密なんだよ! ほんとはもっと立派なのが欲しかったんだけど、
 私、あんまりお金持ってないからちっちゃいのをちょっとしか買えなかったのが心残りなんだけどね」

「いや、嬉しいよ。ありがとうな」

小さな白い花束を受け取った上条は、インデックスの頭をぽんぽんと撫でてやる。
上条の手のひらを黙って受け入れているインデックスは、ふにゃりと幸せそうに顔を緩ませた。

「あ! とうまとうま、これどうしたの?」

「ん? ああ、御坂が持ってきてくれたんだよ。お見舞い品」
195 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:10:00.25 ID:bssuRx3yo

「美味しそうなんだよ……」

「……食べるか?」

「良いの!?」

「お前、本当に食べるの好きだなあ……」

途端にきらきらと瞳を輝かせ始めるインデックスを見て、上条は苦笑いする。
そして彼はサイドテーブルに置いてあった果物ナイフを手に取ろうとしたが、その前にナイフはインデックスに引っ手繰られてしまった。

「とうまは怪我人なんだから、じっとしてて! 私が剥いてあげるんだよ」

「え、インデックスさんそんなことできたんですか!?」

「むむっ、舐めないでほしいかも! 私だって年頃の女の子なんだよ、これくらい余裕だもん」

「本当かあ? まあそれなら任せるけど……」

「どーんと任せるんだよ!」

インデックスは得意げに胸を張ると、さっそく手にしたナイフで林檎を剥こうとする。
が、その手付きはあまりにも危なっかしい。
横から見ている上条は、ゆっくりゆっくり不恰好に剥かれていく林檎をはらはらと見つめていた。
すると。

「あっ」

「ぎゃああああああ!?」
196 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:10:38.38 ID:bssuRx3yo

つるりとインデックスの手から滑り落ちた果物ナイフが、ベッドに突いていた上条の手の指と指の間に落ちてきた。
幸い指の間をほんの少し切ってしまっただけで済んだが、一歩間違えれば指が血塗れになっていたかもしれないという事実に上条は震える。

「ごっ、ごめんなさい! とうま大丈夫!?」

「な、何ともありませんのことよ……」

「ほんと? ほんと? お医者さん呼ぶ?」

「いやいや、本当にほんのちょっと切っただけだから。それよりインデックス、林檎貸してみろ」

「へ? うん」

インデックスが剥きかけの林檎を素直に手渡すと、上条は新しいナイフを手にして林檎の皮を剥いていく。
手慣れているのか、上条はまるで魔法みたいにするすると林檎を剥いていった。
その様子を眺めているインデックスは、悔しい以上にすごいという感情が勝っているのか、瞳を輝かせている。

「ほら、できた」

「とうますごい!」

そして手際良く切り分けられていく林檎を見て、インデックスはぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃぎまわる。
上条は林檎の並べられた皿からひとつ選んで口に運ぶと、残りは皿ごとインデックスに差し出した。

「さあ、お食べ」

「わあい! あ、でもでもはんぶんこにしないと駄目なんだよ!」

「ん? いや、残りはお前が全部食べて良いぞ。好きだろ?」
197 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:11:40.62 ID:bssuRx3yo

「好きだけどね、これはとうまのお見舞い品だもん。それにとうまはもっと栄養つけなくちゃ! 早く元気になってね!」

「インデックス……」

あの三度の飯より食べることが好きな大食漢インデックスが、自分の身を案じて食べ物を分けてくれるなんて!
上条は眼頭に熱いものを感じながら、二つめの林檎を口にする。
すると、インデックスは満足そうに微笑みながらさっそく一切れ目の林檎に齧り付いた。

やはり高級林檎だったのか、信じられないくらい甘くて美味しい。
インデックスもその味に感動しているのか、両手で頬を包むように押えながら幸せそうな唸り声を上げていた。

「これすっごく美味しいんだよ、とうま!」

「そうだな。こんな良い林檎は滅多に食べられないから、ちゃんと味わって食べるんだぞ?」

「うん!」

彼女は元気良く返事すると、満面の笑みを浮かべながら二切れ目の林檎を手に取った。
上条はそんな彼女を眺めながら、ふと林檎を食べる手を止める。

(そうだ。俺は……)

傾き始めた太陽が、肌に突き刺さる。
真夏の陽光は、この時間になっても未だ明るく、そして強かった。

それはきっと、とてもとても昏い決意。
果てなき葛藤の始まり。
険しく苦しい道を、そうと分かっていてそれでも彼は突き進む。
198 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:12:24.30 ID:bssuRx3yo





(この子の笑顔を守る為に、記憶喪失を隠し通さないと)




199 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/20(月) 00:13:25.38 ID:bssuRx3yo
投下終了、お疲れ様でした。
次回はまた一週間以内に。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/20(月) 00:18:04.11 ID:wLsTFUnbo
乙です
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 00:24:08.28 ID:tfRpt2nJo

インさんに癒された…だと…
三度の飯より食べることが好きってwwwwww
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/06/20(月) 00:31:54.62 ID:VetRO5Z5o
乙です

みんなどうなるのか予想がつかない…
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2011/06/20(月) 00:39:34.62 ID:l8GBWmuP0
インさんはかわいいなあ
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 01:14:12.96 ID:jJsIMaXL0
ええい畜生インさんめ。
いや、彼女に非が無いことは重々承知してるんだけどそれでもこんちくしょうインさんめ。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/20(月) 03:22:45.14 ID:7lxZUL8DO
乙だにゃー

次も楽しみにしてるぜい
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/06/20(月) 18:40:11.93 ID:oaDP1VVj0
インデックスさんかわいいのう、かわいいのう

乙乙!
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/06/20(月) 20:16:03.19 ID:AZfma0mAO
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2011/06/20(月) 23:11:30.07 ID:1I8A7iPAO
インさん可愛すぎてメイド服着せたくなるのよな

209 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 20:59:36.04 ID:JlPmNs0to
いつもレスありがとうございます。
実はビジュアルはインデックスが一番好きです。
性格も含めたらダントツで一方さんなんですけど。

取り敢えず投下します。
210 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:00:03.40 ID:JlPmNs0to

七月三十一日。
名も知らぬビルの屋上に佇む一方通行は、静かな学園都市の風景を見下ろしていた。
時刻は、午前五時。
美しい朝日が、昇ろうとしていた。

「…………」

彼が第七学区を去ってから、三日が経つ。
この間まったく何も口にしていなかった一方通行は流石に何か食べなくてはと思い立って第十学区の隣の第十一学区までやって来たのだが、
せっかく買った食べ物はほとんど喉を通らなかった。

一方通行は溜め息をつきながら、隣に置いてあるコンビニのビニール袋に目を向ける。
その中には、手を付けられていない食べ物がいくつも放り込まれていた。
けれどそれを見ても、彼に何らかの感情が湧いてくることは無い。
もはや、様々な感情が鈍ってしまったようだった。

(……俺は)

結局、何がしたかったのだろう。
何がしたいのだろう。

もう何も分からなくなって、一方通行は腕の中に顔を埋めた。
このまま美琴から逃げ続けて、それで良いのだろうか。
どうしよう、どうすればと言う気持ちばかりが渦巻いて、ちっとも前に進めやしない。

(やっぱり、……)

彼女と、向き合うべきなのではないだろうか。
感情が鈍ってしまった今ならきっと、あれ以上の拒絶にも耐えられる気がする。
それにこの三日間で、少しは気持ちの整理がついたと、思う。
だからきちんと美琴の話を聞いて受け入れるなら、今しかないのではないだろうか。

(……、そォ、だな)

逃げ続けてばかりでは、何も始まらないし、終わらない。
一方通行は深呼吸してから立ち上がると、第七学区へと向かうべくして一歩前へ足を踏み出そうとした。
が、その時。
211 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:00:39.97 ID:JlPmNs0to


「お待ち下さい」


突然背後から聞こえて来た声に、一方通行は足を止める。
それは、とてもとても聞き覚えのある声だった。
まさかと思いながら、一方通行はゆっくりと後ろを振り返る。

「と、ミサカは一方通行を引き止めます」

そこに立っていたのは、妹達。
御坂妹ではない。
いや、それどころか19090号でも10039号でも13577号でもない。
見たことのない妹達、だった。

「……誰だ?」

「おや、研究所には相当数の妹達がいた筈ですが。本当に見分けがつくのですね、とミサカは感心します」

初対面であることを、否定しない。
そしてそれは、彼女が一方通行が働いていた研究所にいた妹達ではないということを裏付けていた。

「まあ、そんなのは些細なことです、とミサカは断じます」

「…………?」

一方通行は、彼女の意図を察することができなかった。
妹達は基本的に無表情だが、慣れてくればその感情や思考を読み取ることはそう難しくない。
いつかミサカ19090号が言っていたように、妹達は精神的に未熟なので反応が単純なのだ。
212 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:01:06.24 ID:JlPmNs0to

……そんな、そうであるはずの彼女たちの意図が、今はまったく掴めない。
何を考えているのか、分からない。
しかし一方通行は、相手が妹達だったので大して警戒はしなかった。
妹達とは言え初対面だし、そんなこともあるだろうと思って気に留めなかったのだ。

「じゃあ、何の用だ?」

「単刀直入に言いましょう。
 お姉さまがあなたを拒絶した理由。知りたくはありませんか? とミサカは用件を提示します」

途端、一方通行が目の色を変える。
そんな彼を見て、妹達は満足そうに微笑んだ。

「第十学区の、とある研究所。そこに、答えがあります」

「待て。……オマエは、何か知ってるのか」

「……ええ、存じていますとも。
 ですがそれはミサカからはお教えできませんし、仮に教えることができたとしてもきっとあなたは疑います。
 ですから手っ取り早く、証拠と一緒に『見て』頂きたいのです、とミサカは説明します」

「…………」
213 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:01:42.51 ID:JlPmNs0to

一方通行は何も言わない。
黙ったまま、何事かを深く考え込んでいた。
彼は暫らくそうしていたが、やがて顔を上げると妹達の顔を見据えてこう言った。

「場所の詳細は」

「第十学区の北北東です。詳細は後ほど携帯端末に送信しておきますのでそちらをご参照ください、とミサカは助言します」

「……分かった。ありがとう」

その、一瞬。
妹達の表情が硬くなる。
しかし一方通行は、どうして彼女がそんな顔をしたのか分からなかった。
どうしてそんな、辛そうな顔をしたのか。

「それでは、ミサカはここで失礼させて頂きます。健闘を祈っていますよ、とミサカは心から応援します」

「あァ。……じゃあな」

一方通行は硬い表情の妹達を慰めるように淡く微笑むと、能力を使って向かいのビルに飛び移った。
次はその向こうのビルに、そのまた向こうのビルに、どんどん飛び移って行く。
残された妹達はそれを見つめながら暫らくじっとしていたが、やがて何かを振り切るようにして彼の去って行った方向に背を向ける。


そして迷いなく歩み出した彼女の首には、黒いチョーカーが巻かれていた。


214 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:02:09.82 ID:JlPmNs0to

―――――



午前七時。
もう数日間休みなく学園都市中を飛び回っていた垣根は、既に疲労の限界に達しようとしていた。
探しても探しても探しても探しても、反対派妹達も一方通行も見つからない。

いや。反対派妹達については、わざと見つけないようにしていたのかもしれなかった。
彼女たちを殺したくないからだ。
彼は既に、妹達に情を移してしまっていた。

(……くそ。アイツ何処に隠れてんだよ)

頭では仕方ないとは分かっているとは言え、やはり超電磁砲が恨めしい。
彼女があんな拒絶の仕方をしなければ、こんなことにはならなかったのに。

(あーもう、何考えてんだ俺は。あれは当然の結果だろうが。奴らに出し抜かれたこっちの落ち度だっつの)

いらいらと頭を掻き毟りながら、垣根は建物の上に降り立った。
ここは、第二十三学区。
侵入するのは難しいが、学園都市の学生たちにさえその内部構造の詳細が知れていないここなら隠れるのに最適かと思ったのだが。

(手掛かりなし、か。そもそも今のアイツの能力じゃ侵入できねえか?)

以前の彼を知っているのが、逆に足を引っ張っている気がする。
垣根は、今の一方通行がどれくらいの能力を持っていてどんな考え方をしているのか、いまいちよく分かっていないのだ。
だから自然と探し方や戦い方も以前の彼に合わせたものになってしまうのだが。

(どうするかな……。他に心当たりは……)

ズボンのポケットから新品の携帯端末を取り出し、学園都市の地図を表示させる。
今彼の立っている第二十三学区に隣接しているのは、第十二学区、第六学区、第五学区、第十八学区、第十一学区。
何処も隠れるには適していない学区だが、ちゃんと探せば隠れる場所なんてものは何処にでもある。
……つまり、まったく見当も付かない。
215 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:02:41.64 ID:JlPmNs0to

(隠れるのに適した学区、か)

あるには、ある。
第十学区だ。
あそこは学校よりも研究施設の目立つ学区で、学園都市唯一の墓地や実験動物の廃棄場、少年院なども存在する場所。
故に人気も極端に少なく、隠れるには絶好の場所でもある、のだが。

(無いな。第十学区にはアレがある)

かつて、一方通行が最も忌み嫌っていた場所。
近寄ろうともしなかった場所。
だから今の彼も無意識の内にあそこだけは避けるだろうと、垣根は思い込んでしまっているのだ。

(……いや、今のアイツは完全に記憶を失ってる。そういう考え方をすること自体間違ってるか……?)

頭がこんがらがってきた。
疲労の所為もあるかもしれない。
もう彼は、何日も休息を取っていないのだ。
冷静に、客観的に物事を考えられない。

(ちくしょう、こんな場所でもたもたしてる時間は無いってのに……)

ぎりりと携帯端末を握り締める。
超能力者故に、力加減を間違えるとすぐに壊れてしまう精密機械が腹立たしい。
いっそ全力で八つ当たりできたら、もっと気が楽になっただろうに。

(……行ってみるか? 第十学区)

思案しつつ、携帯端末を閉じる。
すると、その時。
216 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:03:19.83 ID:JlPmNs0to

「!」

ピピピ、と急に携帯端末が音を発した。
垣根は慌てて携帯端末を開き直すと、応答ボタンを押して耳に当てる。

「どうした?」

『緊急事態だ。反対派妹達がクソガキに接触した』

垣根が、驚きに目を見開く。
しかし木原は彼にそんなリアクションをする暇さえ与えずに言葉を続けた。

『妹達はどうやらクソガキに実験のデータが保存されてる場所を教えたらしい』

「……マジかよ。行き先は」

『不明だ。ただ、第十学区内の実験関連施設の何処かではある』

「足取りを追ってる奴はいねえのか?」

『推進派妹達が頑張ってるが、クソガキの足に追い付けるとは思えねえ。最後の目撃地点を送信する。そこからお前が追え』

「了解」

一度携帯端末から耳を離し、送信されてきた位置情報を確認する。
最終目撃地点は、第十一学区の南西部。
第十学区ですらない。これでは情報なんて、あってないようなものだ。

「これだけかよ」

『それだけだ。仕方ねえだろ』
217 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:03:47.39 ID:JlPmNs0to

「……第十学区に実験関連機関はいくつあったっけ?」

『二十四。地道に探すしかねえ』

「はあ、本当に地道だな……。つーか、先に施設のデータを全削除とかできねえの?」

『そんなん上も研究員どもも許さねえだろ。どんだけ貴重なデータが詰まってると思ってんだ?』

「俺としては病理解析研究所のデータ以外はどうでも良いんだが」

『……阿呆か』

呆れたような木原の声は無視。
そんなことより、と彼は前置きして更に話を続ける。

「アイツが向かってるのはこっちが管理してる研究所なんだろうが。そっちで迎え撃てねえのか』

『役立たずな猟犬部隊はまだ回復してねえ。推進派妹達はクソガキ捜索の方に人数を割いてる。
 その場にいる研究員にアイツを止めさせるのが無謀だってことは、いくらなんでも分かるよな?』

しかも反対派妹達は第十学区の研究所全てに何らかの細工を施したらしく、研究員たちはその修正にてんてこ舞いらしい。
恐らく、一方通行が研究所に侵入してあのデータを閲覧しやすくするための処置なのだろう。
……まさか、ここまで手を回しているとは思わなかった。彼女たちは、一体いつからこれを計画していたのだろうか。
そして彼らは、どうして彼女たちがそこまで思い詰めていることに気付けなかったのだろうか。

しかし、今はそんなことを後悔している場合ではない。
垣根は即座に余計な思考を断ち切ると、この状況で使えそうな他の駒を思索した。
218 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:04:19.47 ID:JlPmNs0to

「……アイテムは」

『この間の仕事だか何だかでヘマやらかしたとかで後処理に追われてる。連絡も付かねえよ』

「はあ。この肝心な時に……」

『言ったってどうしようもねえ。黙って飛び回れ』

縋るような思いで口にしたそれにも、結局蹴落とされてしまったような気分だった。
垣根は盛大に溜め息をつくと、疲弊しきった声で呟く。

「ったく。本当に人使いが荒いな」

『そこまで言うなら、休んだって構わねえんだぞ』

「冗談」

垣根は諦めたような笑みを浮かべると、地面を蹴って飛び立った。
口ではぶつくさと文句を言うものの、その姿には疲労の色など微塵も感じられない。
第二位のプライドの為せる業、なのだろうか。

「じゃ、続報が入ったらまた連絡してくれ。俺は目撃地点に飛ぶわ」

『分かった。頼んだぞ』

「頼まれましたよっと」

言って、垣根は通話を切ると一際強く翼を羽ばたかせる。
途端、白い翼を背負った少年の姿は、一瞬の内に見えなくなってしまった。


219 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:04:48.40 ID:JlPmNs0to

―――――



同時刻。
本日の昼間に退院を控えた上条は、その準備として着替えなどの私物を鞄に詰め込んでいた。
そしてやがて一通りの作業を終えた彼は、鞄のファスナーを閉めて小さく息を吐く。

「ふう。こんなもんかな」

ぱんぱんになった鞄を軽く叩いて、上条は満足そうな顔をした。
改めて病室を見回してみても、忘れ物は無さそうだ。
いつもの不幸対策に、何度も確認を繰り返したのできっと間違いない。

「……いや、やっぱり念の為にもう一度だけ確認しておこう。うん」

先日遭遇した無数の不幸が脳裏を過ぎったのか、上条は鞄をテーブルの上に置き直すと再び病室の探索を開始した。
タンスの中、窓際、ベッドの中、棚の下などその隅々まで探し回る。
そして彼がベッドの下を覗き込んだその時、唐突に病室の扉が開かれる音が聞こえてきた。

(ん? 看護師さん?)

まだ面会時間には早いので、来客ではない筈だ。
しかし今朝の検診は終わったばかりだし、看護師さんがやってくるような時間ではない筈なのだが。

そんなことを思いながら上条が体を起こそうとすると、その拍子にベッドのふちに思いっ切り頭をぶつけてしまった。
声にならない悲鳴を上げながら上条が冷たい床を転がっていると、その上にふと黒い影が覆い被さる。
目の前に聳え立つ影の正体を見上げてみれば、そこには見覚えのある少女が立っていた。

「あれ、御坂?」

「……ミサカはお姉様ではありません。妹の方です、とミサカは訂正を求めます」

「い、妹!?」
220 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:05:18.12 ID:JlPmNs0to

上条は面白いくらい狼狽えながら、慌てて起き上がる。
そんな彼を、妹はじっと眺めながら待っていた。

「よいしょ、っと……。いやあ、悪かったな。間違えて」

「いえ。ミサカとお姉様はDNAレベルで同一なので、間違えても仕方ありません、とミサカはフォローします」

「そ、そっか。でもお前、どうしてこんなところにいるんだ? 面会時間はまだな筈なんだが」

「……そのことなのですが。緊急事態でしたので、やむを得ずこっそりと侵入してきたのです、とミサカは正直に白状します」

「へ?」

妹の突然の言葉に、上条は思わずきょとんとしてしまう。
けれど妹は、そんな彼に構うことなくそのまま言葉を続けた。

「お願いがあります、とミサカはあなたの顔を真っ直ぐ見て心中を吐露します」

切実な声だった。
自然と、彼女を見つめ返す上条の瞳も真摯なものに変化する。



「ミサカと、ミサカの妹たちの命を助けて下さい、とミサカはあなたに向かって頭を下げます」


221 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/23(木) 21:05:58.62 ID:JlPmNs0to
投下終了。お付き合いありがとうございました。
次回投下も一週間以内に。それでは。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/06/23(木) 21:14:39.45 ID:Xl1I2fuZ0
乙!
続きが待ちきれないおもしろさだぜ
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/23(木) 21:52:39.77 ID:KsGNCacIO
うあ〜続きが楽しみだな
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りしまう :2011/06/23(木) 21:58:59.48 ID:S2n1Wu1b0
やべえ、燃える
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/06/23(木) 22:11:01.59 ID:TOEgRtJa0
乙なんだよ!
続きが楽しみすぎる
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/06/23(木) 22:24:55.05 ID:Hs4wBaPGo

この個体のNoが幾つなのかがまた
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/23(木) 23:26:32.74 ID:Yl3ARSCg0
反対派の妹達は、なんだか本気で手段を選んでる余裕が無くなってる、て感じだなぁ。
記憶を無くした上条さんと一方さんがそれぞれに事件と関わりだすとか、不吉な予感が膨らんで止まらん。

しかし、垣根と木原くンはどういう立ち位置なのかね。
反対派と賛成派、どっちかの味方、みたいな単純なポジションじゃないっぽいけど。
これまでで情報ってあったっけ?
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/24(金) 08:48:45.15 ID:Qf1c5zh5o
そげぶされてまう
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/06/24(金) 10:22:15.63 ID:vsItSirAO
ミサカの妹たちって言ってるからには10032っぽいけどな。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/06/24(金) 13:14:05.43 ID:dZSWh0IPo
これはヤバイ予感がヒシヒシとしてくるな
この緊張感堪んねぇ…面白いわぁ
乙!
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/25(土) 16:11:39.12 ID:bSvvML6DO
やっと追い付いた。
全裸で舞ってる。
232 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:42:10.66 ID:9f457dqao
いつも通りギリギリですね。
ていとくんと木原くンは目的自体はかなり単純ですけど……行動原理は複雑かもしれません。
恐らく、現時点では推測は難しいと思います。鋭い人は分かるかもしれませんが……

ともあれ、投下します。
233 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:43:32.72 ID:9f457dqao

「お姉さま!」

聞き慣れた声に呼び掛けられて、美琴は振り返る。
そこに立っていたのは、妹達だった。
けれど、御坂妹ではない。
美琴自身はその検体番号を知らないが――――ミサカ13577号、通称妹二号がそこにいた。

「……アンタ。どうしたの?」

「き、緊急事態です、とミサカは、息を整えながら……」

「落ち着きなさい。焦らなくて良いから」

どれだけ急いで走って来たのか、ミサカ13577号は激しく息を切らせている。
美琴は肩を上下させているミサカ13577号の背中を擦ってやりながら、その息が整うのを待ってやった。

「も、申し訳ありません、とミサカはお姉さまに感謝します」

「良いから。どうしたの?」

「彼が……。一方通行が、例の実験関連施設に向かいました、とミサカは現状を報告します」

……美琴の息が、詰まる。
あの凄惨な光景が、ずっとずっと忘れようと努力していた光景がフラッシュバックした。
無残に悲惨に残酷に、目の前の少女と同じ顔をした人間が殺される様が。

「お姉、さま?」

俯き、指先を小刻みに震わせている美琴の顔を、ミサカ13577号が覗き込む。
その顔を見た瞬間に殺されたあの子たちの最期の表情が蘇り、美琴は思わず彼女から顔を逸らしてしまった。
234 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:45:01.15 ID:9f457dqao

「……ごめん。少し、待って」

「そんなことをしている場合では……」

「お願い、だから」

焦りつつも、尋常ではない美琴の様子に、ミサカ13577号は黙り込んでしまう。
本当は、そんな時間などないのに。
けれど彼女は、そんな『お姉さま』の姿を黙って見ていることしかできなかった。

震え、汗にまみれた手で顔を覆う。
今だけは、彼女の顔を見たくなかった。

(なん、で)

そんなの、分かり切ってる。
誰かが、一方通行を唆したのだ。

そうでなければ、あんなにも『実験』を忌避していた彼がそんな場所に行くはずがない。
いや、彼がそこを実験関連施設と知っているかどうかも怪しかった。
何も知らないままあんな場所に行けば、あんなものを見れば、どうなってしまうかなんて。
だから、

(……止め、なきゃ?)


疑問。
それは、止めなければならないことなのか。

235 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:45:28.49 ID:9f457dqao

だって、彼が妹達を殺したことは事実なのに。
知るべきではないのか。
自分が殺人者であるということを、人の命を背負っているということを、罪を償うべきだということを。
忘れてしまったままで良いのか。
そんなことが、許されるのか。

忘れたからって、許されるようなことではない。
だから、知って少しは悲しんだり悔んだり悼んだりするべきではないのか。

何もかもをけろりと忘れて平和に幸福に生きて、だから罪の意識に囚われることなんてない。
それで、殺された妹達は浮かばれるのか。
あんなに酷い殺され方をしたのに、殺した本人には綺麗さっぱり忘れられてそれっきりだなんて、そんなのあんまりじゃないのか。

(何考えてるの、私)

今の一方通行には、鈴科には、関係のないことだ。
分かってる、のに。
あの光景浮かび上がるたび焼き付けられるたび、忘れかけていた憎悪と憤怒が頭をもたげてくる。

だって、そんなの、ひどい。
それなら彼に殺された妹達は、何の為に死んでいったのか、分からない。
生きられないなら、せめて生きている人の心に残るべきなのに。
それさえも許されずに、それどころか存在をひた隠しにされて闇に葬り去られようとしている。
どうして。

「……お姉さま」

「…………」

「お姉さまが何を考えているのか、ミサカには分かりかねます。ですが、どうか、お姉さま。ミサカたちを、助けて下さい。
 と、ミサカは懇願します」
236 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:46:09.28 ID:9f457dqao

爪が食い込むほど強く拳を握る。
血が滲むほど強く唇を噛む。
それは、ほんの十四歳の子供である彼女にとってどれだけ重い決断だっただろう。
……それでも、彼女は。

「分かったわ。私は何をすれば良いの?」

顔を上げ、真っ直ぐにミサカ13577号を見据える。
彼女の瞳は、揺れていた。
まだ、迷っているのだろう。
それでも、彼女は決断を下した。

「……ありがとうございます、とミサカは感謝の言葉を口にします」

「良いのよ。私はアンタたちの姉だもの。妹のお願いはちゃんと聞いてあげないとね。……それより、私は何をすればいいの?」

「はい。第十学区にある二十四の研究所、そのすべての施設の稼働状況を調査して頂きたいのです、とミサカは作戦の概要を説明します」

「施設の稼働状況?」

ミサカ13577号がこっくりと頷く。

「現在、第十学区にある実験関連施設はすべて電源が落とされている状態にあります、とミサカは解説します」

「……そんなこと、できるの?」

「反対派の妹達は、随分前からこの準備を進めていたようですね。
 個々の意思を尊重して記憶や行動を監視せずにいたのが裏目に出てしまったようです、とミサカは今更ながら後悔します」

「なるほど。それに、あの子たちは内部の人間だった。だからこそ、そんなことができたって訳か」
237 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:46:37.61 ID:9f457dqao

「その通りです。ですがその中に、たった一つの例外がある筈なのです、とミサカは、ミサカたちは推測します」

「……そういうことね」

全ての施設の電源が落とされてしまっているのでは、一方通行を研究所に迎え入れることなどできない。
つまり、何処かに必ず電源の落とされていない施設がある筈なのだ。

「それで、電力の稼働状況って訳か。でもそれって研究所の方から直接調べた方が早いんじゃないの?」

「研究所には何重にも妨害工作が施されてあり、研究員たちはその対処に追われている状況です。
 稼働状況を表示する為のモニタにも複数のカムフラージュがされており、正しい稼働状況を調べるのが難しい状態なのです、
 とミサカは解説します」

「……内部の研究員が直接電源が動いているかどうかは確認できないの?」

「自動扉をはじめ、防災用シャッターや非常用出口までが電源のシャットダウンによって作動しなくなり、研究員も閉じ込められています。
 それ以前に、研究員の中にも反対派妹達に加担する者がいるという報告が上がっています、とミサカは頭を抱えます」

「なるほど、それはまた徹底してるわね……」

「あちらもそれだけ本気だということです、とミサカは苦い顔をします」

言って、ミサカ13577号は俯いた。
そんな彼女の頭を眺めながら、美琴も眉根を寄せる。

「……ねえ。ずっと気になってたんだけど、反対派の妹達はどうしてこんなことをするの?」

「…………」

「別に、言いたくないなら良いんだけどさ」
238 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:47:22.03 ID:9f457dqao

黙りこくってしまったミサカ13577号から、美琴が目を逸らす。
しかしミサカ13577号は不意に顔を上げると、淡々とした口調でこう言い放った。

「大した理由ではありません。自殺志願者と思って頂いて間違いないかと思われます、とミサカは断言します」

「じ、自殺志願者って……」

「我ながら的を射た表現だと思っています。
 特に、お姉さまにとってはそうでもなければこの一連の行動は納得できないものであるはずです、とミサカは問い掛けます」

美琴は、何も言い返せなかった。
けれど同時に、彼女はミサカ13577号がすべてを語っているとは思わなかった。
まだ、何かを隠している。

きっとそれは、誰かを、恐らく美琴を傷つけない為の配慮なのだろう。
だからこそ、美琴も彼女の意思を尊重してそれ以上は何も尋ねなかった。

「……こんなことをしている場合ではありません。早急にハッキングをお願いできますか? とミサカはお願いします」

「ええ。もちろんよ」

「ではこちらのノートパソコンをお受け取りください、とミサカは必要物を提示します」

そう言ってミサカ13577号が取り出したのは、薄いノートパソコン。
表面に見たことのないロゴが付いている。
美琴は差し出されたノートパソコンを黙って受け取ると、それを開いてさっそく起動させた。

「これは?」

「研究所で使われているノートパソコンです。
 セキュリティレベルが高めに設定されているので、それを使えば普通のコンピュータを使うよりも遥かにハッキングが楽になるかと。
 とは言えもちろん実験関連施設に限られますが、とミサカは付け加えます」
239 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:48:04.46 ID:9f457dqao

「なるほどね。これで電力の使用状況を調べれば良いと」

「はい。厳密には、お姉さまの能力で『電気が使われている部分』を感知して頂きたいのです、とミサカは補足します」

「私の能力で調査する分には、モニターの表示が狂わされようが何だろうが関係ないもんね。……よし」

美琴はノートパソコンの操作盤に手を触れ、目を閉じる。
そして彼女が精神を集中させると、一瞬だけノートパソコン全体が発光したように感じられた。
ノートパソコンが、完全に彼女の支配下に置かれたのだ。

暫らくの、無言。
美琴がその小さな端末を通してどれだけ精密な作業をしているのか、ミサカ13577号には想像もつかない。
だから彼女は、黙って彼女を見守っていた。
そして、祈っていた。

成功することを。
間に合うことを。

沈黙はまだ途切れない。
ノートパソコンが異常な駆動音を発し、熱を持ち始める。
それだけの過負荷が掛かる作業をしているのだ。
けれど美琴は作業を止めない。
作業は、まだ終わらない。見つからない。見つけられない。

そして。

「見つけた……!」

同時、美琴が目を開く。
ミサカ13577号は一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、すぐに我に返り慌ててノートパソコンの画面を覗き込んだ。

「何処ですか? とミサカはお姉さまを急かします」

「待ってね。今表示させるから……」

美琴が素早く操作盤を叩くと、すぐに画面が切り替わる。
ディスプレイ上に無数に展開されていたウィンドウが一つを残してすべて消失し、一つの研究所名を映し出した。

そこは、奇しくも美琴が侵入した研究所と全く同じ場所。
彼女のトラウマともなっていたが故に、調査を最後まで後回しにしていた研究所だった。
これも反対派妹達の策略だったのだろうかと思いながら、美琴はその名を口にする。

「品雨大学、DNA解析ラボ」


240 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:48:40.78 ID:9f457dqao

―――――



時は少々巻き戻る。
午前七時半。
既に、一方通行は妹達に教えられた研究所――――品雨大学DNA解析ラボへの侵入を果たしていた。
その過程で特に障害や妨害が無かったことを不思議に思いつつも、彼は足を進める。

(妹達が手を回しといてくれたのか?)

そうとしか考えられない。
もちろん、彼自身もセキュリティに引っ掛かることがないように細心の注意を払ってきた。
しかしそれを勘定に入れたとしても、あまりにもスムーズに事が運んでいるのだ。

これでは、まるで機密を守る気が無いとしか思えない。
実際にはそんなことは有り得ないのだが、そんな有り得ない可能性を考えてしまうほどに奇妙な状況だった。

(まァ、今はそンなことはどォでもイイか)

適当なところで思考を切り上げて、一方通行は最終目的地である隔離区画に足を踏み入れる。
そこは、資料室だった。
四方の壁にはびっしりと本棚が詰め込まれており、床を覆うようにして配置されている机の上にも無数の本や書類が積まれている。
そして、部屋の奥には妹達の研究所でも見たことがあるような普通のコンピュータが一台だけぽつんと設置されていた。

(……変な部屋)

隔離区画なんて言うものだから、先日の特力研のように巨大なコンピュータが無数に並べられているような場所だと思っていた。
だが、今はそんなことなどどうでもいい。
データの処理方法がデジタルだろうがアナログだろうが、この場で一方通行がやるべきことはただ一つだ。

(御坂が見たデータは何処だ?)

確か、実験だったか計画だったかどうのこうのという話だった気がする。
一方通行はポケットから携帯電話を取り出して先程新しく送られてきたらしい妹達からのメールを展開した。
親切にも、そこには一方通行が探すべきデータの名称が綴られている。
241 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:49:22.43 ID:9f457dqao

(絶対能力進化計画)

大袈裟な名前だな、と思った。
それが、第一印象。

(奥から2つ目のキャビネット、23s……)

本棚のそれぞれの段に付けられたプレートを目印に、目的のものを探す。
そして23sの段を発見した一方通行は、さっそくガラスのケースを開けてその中身を取り出そうとした、が。
ガチリと何かに阻まれて、ガラスのケースは開かなかった。

(げ、暗証番号)

当然だ。
仮にもここは機密文書ばかりが収められている隔離区画。そういうセキュリティがあったとしても、何もおかしくは無い。

(……どォするか)

折角ここまで来て何も収穫なし、というのは流石に勘弁願いたい。
そんなことを思っていると、不意に左手に持ったままだった携帯電話が震えだした。
メールを受信したらしい。

(またアイツか)

メールの内容は、十二文字の英数字。
これが暗証番号なのだろう。
まるでこちらの様子を逐一観察しているようなタイミングの良さだ。
だが、有り難いことには変わらない。
一方通行はそれを特に疑問に思うことなく、コントロールパネルに暗証番号を入力する。
242 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:50:01.05 ID:9f457dqao

ピリリ、と小さな電子音が鳴り、錠が外れた音が響く。
けれど一方通行はまだ何かあるかもしれないと思い、慎重にガラスの扉をスライドさせた。

(何もねェ、な)

扉を開き切っても何も起こらなかったことに、一方通行は安堵する。
そして、彼は棚の中に収められた無数の書類の中から一つのファイルを適当に選び取った。
どうやらこの段にある書類は、すべて絶対能力進化計画に関するものらしい。

(被験者名、)

一方通行。
ファイルの一番最初にいきなり出てきた自分の名前に、しかし今更驚いたりはしなかった。
美琴と自分に関係することなので、これくらいは覚悟していたからだ。

(だが、頑ななまでに名前が出てこねェのはどォしてだ? 能力名ばっかじゃねェか)

疑問に思いつつも、一方通行はページを捲る。
……すると、驚くべき単語が目に飛び込んできた。

「学園都市、第一位?」

思わず声に出してしまう。
それは、被験者の概要。

「能力名、一方通行」

彼の名称。
それはつまり。

「……俺が、超能力者の第一位?」
243 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:51:49.17 ID:9f457dqao

御坂美琴さえ超えた。
垣根帝督さえ超えた。
いや、それどころかこの世界に存在するすべての能力者を超えた先にある、称号。


意味が分からない。


それしか、言うことができない。
何かの間違いか冗談だとしか思えなかった。
だって、何故なら、彼は美琴の超電磁砲をまともに弾くことさえできないからだ。

垣根帝督にしたって同じ。
前回戦ったときは相手が疲弊していたのと油断していたのが幸運して、偶然勝利を掴み取ったようなものだった。

そんな人間が、第一位?
……いや、そう言えば超能力者の序列は戦闘能力ではなく工業価値で決まるんだったか。
けれど、だとしても、こんなことが。

(本気で言ってンのか、これ?)

しかしここまで来て、まさか嘘が書かれているなんてことは無いだろう。
妹達が用意した壮大なドッキリにしては、あまりにタチが悪すぎる。
何しろ、彼女たちは「美琴が一方通行を拒絶した理由」を餌にして彼をここまで導いたのだから。

(他には……、ン?)

ぱらぱらと適当にページを捲っている途中で、ファイルの隙間から何かCDのようなものが滑り落ちた。
データディスクだ。
一方通行は落ちたディスクを拾い上げると、その表面をまじまじと観察する。
ディスクケースには、実験記録200〜300、と書かれていた。

(こっちを見た方が手っ取り早そうだな)

一方通行はケースの中からディスクを取り出すと、部屋の奥にあるコンピュータの方へと歩いていく。
ディスクなのだから、これで再生できるだろう。
彼が電源ボタンに手を触れると、コンピュータはいとも簡単に作動した。
特力研の時とは大違いだ。

しかし。
本来、厳重に秘匿されるべき研究所のコンピュータがこんなにも簡単に起動するなんて、有り得ない。
けれどそれに気付くには、一方通行はあまりにも知識に乏し過ぎた。
だから彼は、躊躇うことなく疑うことなくコンピュータを操作し、その中にディスクを挿入する。

(これで良いンだよな)

彼はディスクを取り扱ったことがなかったので少々の不安が過ぎったが、幸い目的のデータはすぐに表示されてくれた。
一方通行は安堵すると、ファイルを展開してその中身を確認する。
そのディスクの中には、無数の動画ファイルが保存されているようだった。


244 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/06/27(月) 23:53:37.46 ID:9f457dqao
投下終了、お疲れ様でした。
次回はまた一週間以内に。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/27(月) 23:55:33.04 ID:KD+fa6dAo

実験記録は200からか
最初から見たらどうなってるのかね
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/06/27(月) 23:59:59.07 ID:LZeeyigdo
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/06/28(火) 00:09:45.79 ID:X6mndFTCo
うおォン、早い投稿で嬉しいです。
いよいよアクセラさんが過去を知るのか…
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/28(火) 02:02:45.84 ID:Qgq34aGDO
最初の方は室内で集団戦なんだっけか?
先気になるなぁ
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/06/28(火) 11:29:56.83 ID:VWFn/28n0
200回目からか
200回目というと一方さんが淫語を使いはじめたあたりだな

まだちょっと恥じらいがのこる時期だったはず
期待してる
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/06/30(木) 01:49:43.82 ID:hx/ZTUiT0
乙です。
次も期待してます。
251 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:18:19.67 ID:lTZ37+tqo
こんばんは、少々遅れてしまいましたね。申し訳ないです。
そしていつもレスありがとうございます、本当に励みになります。

では、皆さん。
……覚悟はよろしいですか?
粛々と投下して行きます。
252 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:19:01.54 ID:lTZ37+tqo

最初に映し出されたのは、他でもない自分自身の後ろ姿だった。
しかし当然ながら、そんな覚えはない。
だからこれは、きっと記憶喪失になる前の自分の姿なのだろうと、一方通行は思った。

「……あ」

そして、彼は思わず声を上げる。
映像の中に、見慣れた顔を見つけたからだ。

(妹達?)

言いかけて、彼は慌てて自分の口を押えると、見慣れた少女――――妹達の顔を見上げる。
しかし、それは見たことのない妹達だった。

(記憶喪失になる前からの知り合いだった、のか)

だとしたら、どうして御坂妹は今までそのことを黙っていたのだろう。
いや、もしかしたら本当に知らなかったのかもしれない。
彼女たちにはミサカネットワークがあるが、それも『上位個体』とやらによって統率されている。
よって、情報を全く共有していない二種類の妹達が存在する可能性もあるにはあるが……、やはり、少し考えにくい。

(……まァ、それは後で本人に訊けば良いことだな)

何しろ、彼にこの場所のことを教えたのは他でもない妹達なのだ。
少なくとも、今朝会ったあの妹達はこの実験と彼と妹達のことを知っていた筈。
だったらもう一度あの妹達に会い、聞き出せば良いだけだ。

(信用しねェかもしれねェから、証拠と一緒に見せたいってのはこういうことだったのか)

確かに、口頭で説明されただけでは信じられないかもしれない。
そんなことを思っていると、映像の中の妹達が持っていた楽器のケースのようなものを開き始めた。
253 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:19:41.75 ID:lTZ37+tqo

(あれ……、は?)

そしてその中から出てきたものに、一方通行は目を見開く。
それは、アサルトライフル。
しかもただのアサルトライフルではない。
学園都市製の特殊加工の施された銃、F2000R――――通称、オモチャの兵隊(トイソルジャー)だ。

(何に……)

なんて無意味な問いだろう。
だって、アサルトライフルの使用用途なんて、一つしかないではないか。

混乱する一方通行を余所に、妹達はオモチャの兵隊を構える。
その銃口の先に居るのは、無論、一方通行。

そして妹達が銃の引き金に指を掛けた瞬間、一方通行の顔からさっと血の気が引いた。
自身の身を案じてのことではない。
彼は誰よりも、自分自身の能力についてよく理解していたからだ。
そして。


銃声。


鮮血が、飛び散る。
一方通行からではない。
引き金を引いた、妹達から。
ばしゃん、と粘ついた液体が跳ねる音がして、妹達の身体が赤に沈む。


「え」

254 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:20:11.24 ID:lTZ37+tqo

倒れた妹達の胸が、真っ赤に染まっている。
抉れて、血を吐き出している。
あの位置にある、臓器は。

「……ァ」

病院で長く暮らしていて、いつも暇潰しにと冥土帰しの仕事を覗き見ていたから分かる。
あれは、助からない。
即死だ。

(なン、で)

ふらふらとよろめき、壁にぶつかる。
眩暈のように、目の前の景色がぐらぐらと揺れていた。

(反射角を、変えなかった)

……そう、だ。
以前の一方通行は、超能力者の第一位だった。
だとしたら映像の中のこの少年は、少なくとも自分よりも優れた能力者だった筈だ。
にも関わらず、わざと反射角を変えなかった。
今の一方通行でも、十分対応できる速度とタイミングだったのに。

(殺した)

力の抜けた一方通行の手のひらから、ディスクケースが滑り落ちる。
思わず彼は、落ちたディスクケースに目を向けた。
そして改めて、その表面に書かれた文字を目にしてしまう。

(実験、記録)
255 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:20:45.29 ID:lTZ37+tqo

実験。
その言葉を呑み込んだ瞬間、全身から滝のような汗が噴き出してきた。

顔を上げてコンピュータのディスプレイを見やれば、そこではまた別の惨劇が繰り広げられていた。
目を背けたくなる程の、残酷な。
途端、ショックからか生理的な嫌悪感からか、凄まじい吐き気が込み上げてきた。
一方通行は床に蹲り、必死になってそれに耐える。

(俺は、何を)

殺されているのは、妹達。
彼の、良く知る。
ついこの間まで一緒に話し、笑い、過ごしていた。
そんな人間の顔を見て、姿を見て、吐こうとするなんて。

心のどこか、綺麗な理性がそんなことを叫ぶ。
そして一方通行自身も、その言葉を心の中で必死に繰り返した。
だからだろうか。
彼はギリギリのところで踏み止まり、何とか嘔吐感を耐えきることができた。
それが、映像の中の彼女たちに対する慰めになったかどうかは、分からないけれど。

(どうして……)

彼は物に掴まりながらふらふらと立ち上がり、デスクの上に置いていたファイルを再び手に取ると、乱暴にページを捲って行った。
そして、辿り着いた項目。

実験概要。
絶対能力進化実験。
二万通りの戦場で二万人のクローンを殺害する事で、一方通行は絶対能力へと進化する。
256 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:21:17.78 ID:lTZ37+tqo

その、たった一文。
けれどたったそれだけでも、聡い彼がすべてを悟るには十分だった。

「はは、は」

彼は知っているだろうか。
いや、いつか知ることになるだろうか。
あの御坂美琴も、かつて今の彼のような笑い声を上げたことを。

(そォいう、ことか)

二万通りの戦場。
クローンの生産は終了。
被験者は承諾。
実験の進捗状況。

ファイルの内容に一通り目を通すと、一方通行はそれを床の上に放り投げた。
そして、次のファイルを手に取る。
けれどその内容は、どれも似たり寄ったりだった。
ただ、戦場の内容や殺害されたクローンの死体状況が違うだけ。
それが、延々と続いていた。

これなら、まだ特力研で見た被験者データの方がマシだったかもしれない。
死に様にしても、きっと大差ないだろう。

(第三四二一次実験、第五六三九次実験、第六九三一次実験、第九九八二次実験……)

ファイルを何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も何冊も積んで、彼はようやく最後の実験記録に辿り着いた。
その次のページは、白紙。
実験が途中で中断されたから、そこから先の記録は付けられていないのだ。
257 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:21:46.89 ID:lTZ37+tqo

「…………」

最後の実験記録は、第一〇〇三一次実験。
だから、その次のページは。
次に殺されることになっている、妹達は。

「……、は」

今度こそ、彼は思い知らされた。
美琴がどうして自分を拒絶したのか。
妹達がどうして自分のことを知らないふりをしたのか。
御坂妹がどうして自分に近付いたのか。
どうしてこんなことになったのか。

「そォ、かよ。結局、…………」

コンピュータのディスプレイは、相変わらず実験の様子を映し出している。
とは言え一方通行には、それが一体何を映しているのか、もうよく分からなかった。

だって、画面が真っ赤だったから。
その真ん中にある何だか赤黒いものが、何の形をしているのかよく分からなかったから。
スピーカーから流れてくる音が何なのか、よく聞き取れなかったから。

(……俺は)

ばさり、と乾いた音。
彼の手からファイルが滑り落ちた音。

しかし彼は、もうそんなものには構わなかった。
構うだけの余裕が、なかったのだ。
だから、もう、何もかもがどうでも良かった。
ここで見つかろうが捕まろうが殺されようが、どうでも。

一方通行は虚ろな目で床に落ちたファイルを眺めていたが、やがて覚束ない足取りで歩き始める。
できるだけ、こんなところに留まっていたくなかった。
ただ、その思いだけが彼の今の原動力。
頭の中はぐちゃぐちゃで、もう何も考える気力すら湧いてこなかった。

そして彼が立ち去った後には、起動したままのコンピュータと床に放り出されたままのファイルだけが痕跡として残される。
画面の中の惨劇は、未だ飽きることなく続けられていた。


258 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:22:29.33 ID:lTZ37+tqo

―――――



一方通行は路地裏を歩いていた。
ふらふらと、何度も人や壁にぶつかりながら、それでもひたすらに歩いた。
何故歩いているのかは、自分でもよく分からない。
けれどとにかく歩き続けていないと、おかしくなってしまうような気がした。

(……御坂)

美琴は、一体どこまで知ってしまったのだろう。
……やはり、全部だろうか。
それなら、あの時の彼女のあの反応にも納得がいく。

いや、むしろ彼女はあれでもよく耐えた方だった。
普通なら、もっと口汚く罵って全力で拒絶したっておかしくない。
それが、普通の人間の正しい反応なのだから。
それでも彼女がそうしなかったのは、……友達としての情が、まだ残っていたのか。

(………………)

そして、御坂妹。
彼女はやはり、一方通行を監視する為に寄越された存在なのだろうか。
これ以上実験を続けさせない為に。
これ以上妹達を死なせない為に。
……死にたく、なかったから。

考えてみれば、簡単なことだ。
誰だって死にたくない。
人より少し特殊な生い立ちを持つ彼女たちにとっても、それは同じだったというだけのこと。
ただ、それだけ。
259 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:23:04.58 ID:lTZ37+tqo

だから御坂妹にとって、きっと一方通行はそれだけの存在でしかない。
いや、むしろ恨んでいた筈だ。
文字通り血と遺伝子を分けた、クローンの仲間を殺されたのだから。

彼女は、どんな気持ちで一方通行の隣に立っていたのだろう。
彼の隣で笑いながら、心の底ではどう思っていたのだろう。

想像することしかできない。
いや、想像もできない。
一〇〇三一人もの仲間を殺した大量殺人鬼と、並んで歩くなんて。

恐怖、憤怒、悲哀、怨恨、憎悪、厭忌……、如何なる言葉を以ても、彼女たちの感情を表現するには足りないだろう。
理解できない、感情。
それが、余計に一方通行を混乱させていた。
そしてそんな感情を抱いた上で彼の隣に立ち続けていた、彼女のことも。

理解しようとすること自体、おこがましいのかもしれない。
彼女たちを殺した張本人である自分が、彼女たちの心情を理解しようとするなんて。


胸が張り裂けそうで、喉はひりひりして、頭はぐらぐらと揺れるのに、不思議と涙は出てこなかった。
哀しくて苦しくて辛くて死にたいくらいなのに、泣きたいと思えないのだ。
その資格が無いと、無意識に思っているからかもしれない。そして、その通りだとも思う。

これから、どうしようか。

もう、美琴の傍にも御坂妹の傍にもいる訳にはいかない。
上条からも、もう離れていった方が良いだろう。
こんな血も涙も無い殺人鬼の近くに、あんな善人たちがいるべきではない。

けれど、と。
彼は無意味で無価値な想像をする。
あのどうしようもないお人好しなら、こんな時どんな言葉を掛けてくるのだろうと。
……もしかしたら。

その有り得ない、妄想と言って差し支えない愚かな想像に、一方通行は自嘲する。
流石にそれは、都合が良過ぎる。
しかしそれでももしかしたらという期待を捨てきれない辺り、……自分は本当に救いようがないのかもしれない。

260 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:25:36.32 ID:lTZ37+tqo

その時。
こつり、と。
誰かの足音が、聞こえた。
すぐ近く。
その気配に、一方通行は顔を上げる。

「一方通行」

そこに、居たのは。
一方通行は、そこに立っていた少女を見て、息を止めた。
心臓さえ、一瞬動きを止めたような気がする。

「妹、達」

恐らく、最も一方通行の傍にいるべきではない少女。
他でもない、彼に研究所のことを教えた妹達。
彼女は感情を全く読み取ることのできない表情で、ゆっくりと一方通行に歩み寄ってきた。

「その様子だと、きちんと見てきたようですね、とミサカは確認します」

「オマエ、は……」

何号だか分からない妹達は、あれだけのことをされたにも関わらず、そしてそれを彼が知ってしまったことを察した上で、
それでも平然とした顔で彼の顔を覗き込んできた。
余計に、分からなくなる。
彼女たちが、いったい何を考えているのか。

「申し訳ありませんがそこから動かないで頂けますか? 少々不都合が生じてしまいますので、とミサカはお願いします」

「え……」
                     . . .. . .. . .
「少し分かりにくかったでしょうか。逃げないで下さいね? と、いうことです。とミサカは自らの発言を要約します」

彼女が何を言っているのか、よく分からなかった。
けれど、一方通行は彼女の言葉に従う他無い。
それが一体どういう意味を持つ言葉なのかは分からなかったが、……せめて、彼女の願いを聞き入れるべきだと思った。

「……ああ」

妹達が、軽く背後を振り返る。
路地裏の、奥。
その、道の向こうに。

「遂に、来てしまったようですね」
261 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:26:43.81 ID:lTZ37+tqo

ざり。
砂を踏む音。
暗い闇の先から聞こえてきた、音。

誰かが、いる。
否、来た。
その気配に、一方通行が、振り返る。

「おい」

懐かしい、声だった。
あんなにも聴きたかった声が、聴きたくなかった声が、その持ち主が、目の前に立っている。
七月二十七日の深夜以来、顔を見るどころか声も聴いていない、少年が。

「……上条」

思わず、その名を口にする。
けれどそのか細く枯れた声が、果たして彼の耳に届いたかどうかは定かではなかった。

立ち止まってこちらを見ていた上条が、ゆっくりと歩いてくる。
路地裏の暗闇の所為で、彼の顔はよく見えなかった。
だから一方通行は、上条がどういうつもりで、何を思って、何を知ってこうしているのか、分からなかった。
見えたとしてもそれを悟ることができたかどうかは、分からないけれど。

「……ろ」

上条が何を言ったのか、よく聞こえなかった。
押し殺すような、低い声だった。
彼の隣に立つ妹達が、一方通行の瞳を覗き込んでくる。
262 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:27:47.20 ID:lTZ37+tqo

その瞳の中に、一方通行は初めて彼女の感情を見出すことができた。
悲哀。
あるいは、憐憫。

けれど一方通行は、彼女がどうしてそんな瞳をしたのか考えることができなかった。
彼は、歩いてくる上条をただじっと見つめていた。
その理由は、一縷の希望か、期待か、夢想か、楽観か。いずれにせよ、途方もない希望的観測だ。
それでも一方通行は、捨てきれない。

何も知らない上条が、いつものように声を掛けてくれることを。
何かを知っていたとしても、過去とはもう違うのだと慰めてくれることを。
         . . . . . .. .. ..
友達だから、絶対に助けに来てくれると、そう言ったから。
その約束をまた守りに来てくれたのではないかという希望を、どうしても捨てられなかった。
彼にはもう、それしか縋るものがなかったから。
けれど。

「……ねえのか」

上条の声が小さく震えていたからか、一方通行の耳がおかしくなってしまったのか。
最初、彼は上条が何を言っているのか理解できなかった。

一方通行が一歩、後ずさる。
これ以上ここにいてはいけないと、その言葉を聞き入れてはいけないと、本能が警鐘を鳴らす。
妹達が咎めるように彼を睨んだ。
逃げるな、と彼女が言った意味を、そしてその意図を、一方通行は漸く理解した。
263 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:28:46.29 ID:lTZ37+tqo



「今すぐ御坂妹から離れろっつってんだろ、三下ァ!!」



落雷のような上条の怒号に、一方通行が息を詰まらせる。
その気迫に、慄然に、剣幕に、悲嘆に、絶望に、頭が真っ白になった。

恐怖に足が竦み、かたかたと指先が震える。
まるで時間が止まってしまったかのように、身動きが取れない。
だから。


振り上げられた右手を、彼は茫然と見上げることしかできなかった。


264 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:29:53.69 ID:lTZ37+tqo

がこん。
鈍音。
視界が揺れ、口の中に血の味が広がる。

痛かった。
けれどそれ以上に、苦しかった。
一方通行は、為す術もなく地面に倒れ伏す。
黒く汚れた地面は、冷たかった。

(……ァ、)

足音が聞こえてきた。
こちらに、歩いてくる音だった。
ゆっくりと、近付いてくる。

殴られる。
怖い。
近付いてくる。
彼を糾弾する為に。

恐ろしかった。
ついこの間まで友達だった筈の人間が、何か言い知れぬ感情を滲ませた瞳で睨みつけてきていた。
逃げろ、と心が悲鳴を上げる。
一方通行も、もうこれ以上耐えられなかった。

妹達の言い付けも忘れて、一方通行は死にもの狂いで逃げ出した。
その他の意識や主張が差し挟む隙もない。それ以外のことを考える余裕も無い。自らの感情に従って逃げることしかできなかった。
265 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:30:26.53 ID:lTZ37+tqo

「あ、」

唐突に逃亡を図った一方通行に、上条が呆けた声を上げる。
まさか自分から逃げ出すとは思っていなかったらしい。
もしかしたら、妹達にそういう風に言われていたのかもしれない。

だから上条は、思わず逃げてゆく一方通行を追おうとした。
しかしその腕を、妹達がそっと掴んで止める。

「もう結構です、とミサカは制止を掛けます」

「え、あ、ああ……」

引き止められて、上条は素直に立ち止まる。
何故だか、彼は戸惑っているようだった。

「学園都市第一位の超能力者は、無能力者との戦闘の末に逃走しました。実験を中止に追い込むには充分な戦果でしょう、とミサカは結論付けます」

「……そう、か。良かった」

「はい。ありがとうございました」

感謝されて、上条は困ったような気恥しそうな顔をした。
そんな彼の様子を見たからか、妹達もゆっくりと彼の腕から手を離す。
266 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:31:17.53 ID:lTZ37+tqo

「……でも、さ」

「なんでしょう、とミサカは応答します」

「その。……アイツ、無抵抗だっただろ? それに、何か……、そんなに悪い奴だったのかなって」

「愚問ですね、とミサカは切り捨てます」

妹達が、ついとそっぽを向く。
その声が異常に冷たいことに、上条は少し驚いた。

「一方通行は自らが絶対能力者へと進化する為だけにミサカたち妹達を10031人も殺した悪魔のような人間です。
 同情の余地などありません、とミサカは断じます」

「そう、……か」

「そうです。一方通行は、あなたが想像している以上に危険な存在。
 ですからあなたも以後の接触は避け、決して彼に関わることがないようにして下さい、とミサカは忠告します」

「あ、ああ。分かってるさ。……心配してくれて、ありがとな」

「いえ。そんなことより、こんなにも危険な依頼を請け負って下さって本当にありがとうございました、とミサカは感謝します」

妹達はこちらに向き直ると、ぺこりと頭を下げる。
先程までの冷たさは、もう完全に消えてしまっていた。

「良いよ、別に。これで実験が中止になるんだったら、安いもんだ」

「……はい。そうですね、とミサカは肯定します」

上条は明るく笑いかけたが、妹達の表情は暗かった。
その理由は、彼には分からない。
ただ彼は、慰めるように優しくその頭を撫でてやった。

(……これで、良かったんだよな)

妹達の、視線の先。
彼の去って行った、路地裏の向こう。
彼女と同じものを眺めながら、上条は胸中にわだかまる違和感を振り払おうとしていた。


267 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/02(土) 21:32:18.68 ID:lTZ37+tqo
投下終了。
予測していた人もいたようなので、実はちょっとびっくりしました。

では、次回投下は一週間以内に。
ここまでお付き合って下さって、ありがとうございました。
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/02(土) 21:33:32.50 ID:koz38vGzo
うおおお乙
すれ違う3人が悲しい
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/07/02(土) 21:33:42.38 ID:Oqzsp6Bko
おつうわああああああああああああああああああああああああああああああああ
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/02(土) 21:49:41.00 ID:Kx53tSIBo
記憶喪失をこう持ってくるのか、流石だなww
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/07/02(土) 22:02:45.39 ID:4tWqwL9v0
うわあああああああああああああ
こうなるような気はしていたけどやっぱ……うわああああああ

乙乙!一週間待てそうにないけど舞ってる
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/07/02(土) 22:03:48.33 ID:AG/desN40
思わず涙が出てしまったぜ…最近涙腺がゆるいな…
今後がすごく気になる、乙!
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/02(土) 22:12:26.23 ID:rhmDWYBSO
うわあああああああああああ
読んだ瞬間涙が…一方さん…(´・ω・,`)
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/02(土) 22:14:28.40 ID:0guCQW7f0
上条さんは
美琴が話していた鈴科=一方通行ってことも知らなければ
虐殺を行った一方通行≠今の一方通行ってことも知らないんだよな…

続きが超気になる。乙
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/07/02(土) 22:19:53.87 ID:JLDE5cIAO

実験知るのは遅かれ早かれどうあっても通る道なんだよな…
全ての状況が悪い方向に行ってって感情移入しすぎてなんか死にたくなってきたうわああああああああああああああ
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 09:15:04.04 ID:mOP1rotto

上条の記憶喪失を利用してこの展開を起こしたのか
腹黒妹達め…
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 10:13:54.03 ID:rxMe4KyIO
推進派の御坂妹がどうやって上条さんの記憶喪失を知ったのか気になる…

仲のよかったあの四人を知っているからこそこの展開は……うわあああああああ
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/03(日) 10:55:06.84 ID:dxno7va60
続きががががががあがががががががが
気になるぅぅぅぅぅぅぅうううううううううう


279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 16:42:51.02 ID:kdCKZnRDO
上条さんに接触した妹達は10032号じゃないよな?な?

反対派の妹達だよな?な?(´;ω;`)
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 16:49:09.83 ID:p8lVaErto
推進派だったら一方さんベリーハードからインフェルノになってまう
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/03(日) 23:41:33.14 ID:Zz8ghdDX0
え?え?つまり10032号ちゃん腹黒展開なの??
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/04(月) 10:06:28.44 ID:6F5YA7wmo
正解は次回更新ってやつですね
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/04(月) 12:03:02.96 ID:V6URD+9IO
でもこれで実験続けさせないようにしてるなら推進派になるよな。
それともここから実験に繋げる策があるのか
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/04(月) 12:44:53.74 ID:WWROu5rF0
超乙……!
どうやってタイトルにたどり着くんだろうと考えるともう胸が痛い
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/07/04(月) 20:02:29.89 ID:bvaaWh4u0

結局あの妹達はどちらサイドなんだろうか
どちらサイドにしても、これから何をするつもりなのかが気になるな
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/05(火) 01:21:55.12 ID:KdMqd+q20
『彼に研究所のことを教えた妹達』ってあるから反対派の妹達だろ
この書き手が書かないわけないんだからちゃんと読めよ
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/05(火) 11:17:08.86 ID:u0yoCqdIO
このタイミングで出てくる妹達なら反対派が普通だよな
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2011/07/05(火) 22:59:08.44 ID:t/DxPCWe0
おk、とりあえず見直してくる
289 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:24:51.36 ID:G48tr4Njo
未だかつてない量のレスが付いていてびっくりです。ありがとうございます。
やー阿鼻叫喚ですね。嬉しい限り。
それにしたって疑心暗鬼になり過ぎな気もしますけど。ちゃんと読めば説明されてるのであれですが。
こと妹達に関しては、そこまでややこしいことにはなってない……筈。

では、今回も投下して行きます。
290 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:25:24.06 ID:G48tr4Njo





俺は、いったい何から逃げているんだろう。




291 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:26:00.96 ID:G48tr4Njo

怖かった。
辛かった。
苦しかった。

優しいはずのものから逃げ出すことが、こんなにも辛いことだなんて思わなかった。
けれど、彼は逃げた。

無我夢中だった。
必死だった。
死にもの狂いだった。
ひたすらひたすら、走り続けた。逃げ続けた。あの、恐ろしいものの手から逃れる為に。


ぽつり。
何か冷たいものが、彼の頬に落ちてきた。
それは、最初の一滴を皮切りに次々と降り注いでくる。
雨だ。

息が切れてきた。
足が痛い。
身体が冷たくなってきた。

強くなってきた雨に引き摺られるようにして、一方通行の歩調が遅くなっていく。
体力も、既に限界に近付いていた。
殴られた頬がじんじんと痛む。
まるで存在を主張するかのように熱を持つその痛みは、彼に現実を叩き付け続けていた。

「…………て」

彼が発した小さな小さな声は、いとも簡単に雨音に掻き消された。
無情にも、冷たい雨は降りしきるばかり。
292 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:26:34.14 ID:G48tr4Njo

どうしてこんなことになったんだろう。
いや、その理由は恐らく彼自身が一番よく理解している。
自業自得。
因果応報。
他人に押し付けた毒杯が、自分のもとに帰って来たというだけのこと。

ただ、それだけのこと。
正当な報いを受けただけ。
なのに。
どうしようもなく、苦しい。

「……けて」

こんなことを言ったって、どうしようもないのに。
こんなことを思い出したって、どうしようもないのに。
今更だ。
もう、何もかも。

『友達を助けるのは当然のことだろ』

今になって、そんな約束を反芻して何になる。
ただの、話の流れで出てきただけの言葉だ。それ以上の価値も、意味もない。他愛のない約束だ。妄言と言い換えても良い。
それにあの男はお人好しだから、きっと誰にでも似たようなことを言っている筈だ。
それがたまたま、何かの手違いで彼にも向けられただけ。

その手違いが、正されたのだ。
それだけだ。

けれど、どうしても、その言葉が頭にこびりついて離れない。
彼がずっとずっと縋りつき続けてきた言葉が。
今は、もう何の意味も持たない言葉が。
それでもどうしてもどうしてもどうしても、一方通行はその言葉を手放すことができない。
293 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:27:16.57 ID:G48tr4Njo





『だからお前のことも、絶対に助けに行くよ』




294 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:28:55.71 ID:G48tr4Njo

信じていた。
嬉しかった。

けれどそんな信頼も感情も希望も、もう既に砕けて散った。
他ならぬ、自分の所為で。
そして、一度壊れてしまったそれは、もう二度と元には戻らない。
それだけの過ちを、過去の彼は犯してしまったのだ。

そう、分かっている。
自分の所為だ。
こうした仕打ちを受けるに値するだけのことをしたということを理解しているし、納得もしている。

それでも。
辛くて、苦しくて、怖くて、悲しくて、死にそうだった。
いや、死んだ方がいくらか楽かもしれなかった。
泣き叫んで悲鳴を上げて、狂ってしまいそうになるのを必死で耐えた。

だから、どうか。
この言葉を、願いを、嘆きを、叫びを、口にすることだけは、どうか許して。



「たすけて」


295 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:29:41.32 ID:G48tr4Njo

それは、誰にも届くことのない、言葉。
絞り出すような枯れた声は、故にとても呆気なく雨音に塗り潰されてしまった。

だから、彼の言葉を聞き届ける者も聞き入れる者も、もう何処にもいない。
弱々しい声は、ただ空気に溶けて消えるのみ。
果敢ない願いは脆く崩れ去り、決して叶えられることはない。
296 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:30:11.57 ID:G48tr4Njo


ばしゃん。


水溜りを踏み抜く音が、背後で上がった。
どくんと鼓動が激しくなり、彼は身体を凍りつかせる。

誰だろう。
上条が、追ってきたのだろうか。
彼を糾弾する為に。
また、彼を責め立てる為に。

恐ろしくて恐ろしくて、彼は身体を動かすこともできなかった。
寒さ以上に、恐怖からくる震えがその身体を硬直させていた。

しかし。
背後に立つ誰かも、動かない。
動く気配も見せない。
すると。

「はあ」

……聞いたことのない、声だった。
いや、何処かで聞いた覚えは、ある。
けれどそれが誰のものなのかは思い出せなかった。

誰、だろう。
けれど、少なくとも上条ではないことに、……一方通行は少なからず安堵していた。
297 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:30:49.98 ID:G48tr4Njo

我ながら、異常だとは、思う。
だが一方通行は、もし今上条がやって来たら、正気でいられる自信が無かった。
最早、彼の中で上条は恐怖の対象にさえなってしまっていた。

「おい」

背後に立っていた誰かが、突然一方通行の目の前に姿を現した。
気配も音も悟られることなく。

しかしそれ以上に、彼は目の前に現れたその顔に驚いた。
それは、ある意味では彼の中でもう一つの恐怖の対象となっている人間の顔だったからだ。
くすんだ金色の髪に、茶色のブレザー。
一方通行ともそう年が変わらないように見える、長身の男。


垣根帝督。


けれど、そんな彼に対して一方通行が示した反応は、ほんの少し目を見開いただけ。
逃げようとか戦おうとか、そういった姿勢を見せることは無かった。
後退りさえ、しない。
そんな彼を見たからか、逆に垣根の方が驚いたような顔をした。
298 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:31:42.39 ID:G48tr4Njo

「何だよ。もうちょっとリアクションとかねえの?」

「…………」

「おーい、学園都市第二位だぞー」

「…………」

「……こりゃ重症だ」

一方通行が垣根の顔を見ていたのは、最初だけだった。
彼はすぐに濁った瞳をついと逸らして、虚空を見つめ始める。無論、その目は何も写してはいない。
興味が無いのだ。

「ったく、どうしろってんだよ。くそ」

此方を見もしない一方通行に苛立ってか、垣根は頭を掻き毟る。
どうすれば良いのか、さっぱり分からないのだ。
すると、垣根が困り果てているのを見兼ねてという訳ではないだろうが、唐突に一方通行が何事かを呟いた。

「……のか」

「?」

「連れ戻しに、来たのか」

けれどそれは、言葉の内容の割にどうでも良さそうな声だった。
いや、実際どうでも良いと思っているのだろう。
信じていたもの、大切にしていたものを完膚なきまでに破壊され尽くした人間はこんなにも生気のない顔をするのかと、垣根は感心さえした。
垣根は暫らくどう応えるべきか迷っているようだったが、しかしどちらにしろ正直に答える他ない。
299 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:32:50.60 ID:G48tr4Njo

「…………。まあ、そうなんだけど」

「……好きにしろ」

「ついこの間まで、あんなに必死に逃げ回ってたのにか」

「もう、どォでもいい」

本気で言っている。
それを理解しているからか、垣根はまた盛大な溜め息をついた。

「何だよ。調子狂うな」

「オマエが気にすることじゃねェだろ……」

「またお前はそういうことを」

垣根が呆れた顔をする傍らで、一方通行はどうして垣根がそんなことをわざわざ尋ねてくるのか理解できずにいた。
連れ戻したいのなら、勝手に連れ戻せばいい。
今の一方通行に、抵抗する気力は無い。ならば、今なんか絶好の機会ではないか。

そして、それを垣根も理解している筈だ。
にも、関わらず。

「……何なンだよ」

「何が」

「どォして俺に構う。オマエこそ、意味分かンねェよ。
 連れ戻したいなら、いつかみたいに半殺しにしてでも引き摺ってきゃ良いじゃねェか。何でいちいち俺の機嫌を伺ってンだよ」
300 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:34:01.03 ID:G48tr4Njo

「そりゃ、お前……」

何か言い掛けて、……しかし垣根は言葉を詰まらせた。
彼は暫らく戸惑ったように視線を彷徨わせていたが、すぐに一方通行に視線を向け直す。

「とにかく、このまま此処にいたんじゃ風邪引いちまう。取り敢えず屋根のあるところに行くぞ」

「……何処に」

「んー……。そうだな、適当に近くの研究所で良いか。ああ、絶対能力進化計画とは無関係なところだから安心しろ」

「はァ?」

今度こそ、一方通行は自分の耳を疑った。
いや、垣根の頭を疑った。
こいつは一体何を考えているんだ。

「何だよその顔は。今すぐに実験を再開したい訳じゃねえんだろうが」

「オマエ、……本当に第二位か」

「はあ? 当たり前だろ。何言ってんだお前」

垣根が馬鹿にするような調子で言う。
確かに、仮にいま目の前にいるこの男が垣根帝督ではない別人で、何らかの能力を使って垣根に変化している、なんてことは有り得ない。
何故なら、一方通行を何処かに連れ去りたいと思っているのならば垣根に化けるのは完全に逆効果だからだ。
301 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:34:42.63 ID:G48tr4Njo

垣根が別の誰かに化けて一方通行を唆したいというのなら分かるが、他人が一方通行が警戒している垣根に化ける、なんてのは無意味。
メリットがまったく無いのだ。
つまり目の前にいるこの男は垣根帝督以外の人間では有り得ない。
それに、仮に何らかの理由で肉体変化や幻覚系の能力者化けているのだとしても、この特有の威圧感までは真似ることはできないだろう。

「…………」

「ま、何でも良いけどな。ほら、ついて来い」

垣根は一方通行に背を向けると、すたすたと歩きだす。
それを見て、一方通行は少しの間だけ逡巡していたようだったが、すぐにその後をゆっくりと歩き出した。
けれど彼はどうしても垣根の行動が理解できなくて、だからつい声を掛けてしまった。

「……なァ」

「ん? 何だ?」

「どォして、こンなことをするンだ」

途端、垣根がぴたりと足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返る。

「……そうだなあ」

垣根は、何だか疲れたような顔をしていた。
あのプライドの高そうな超能力者がそんな顔をしたことを、一方通行は少しだけ意外に思った。
その理由は理解できなかったし、しようとも思わなかったけれど。
しかし、垣根は無表情に佇む一方通行をじっと見据え、……遂に口を開いた。

「俺は、……お前の親友だったからだよ」


302 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:35:13.37 ID:G48tr4Njo
―――――



美琴が例の研究所のシステムに強制的に干渉し、すべての電源装置をシャットダウンした時にはもうすべてが手遅れだった。
隔離資料室の入り口に立ちながら、御坂妹は荒らされた室内を無言に眺める。

電子錠が掛けられていた筈のキャビネットは開け放されたまま。
床には無数のファイルが積まれている。
かつては惨劇の映像を映し出し続けていたであろう平凡なコンピュータは、今はうんともすんとも言わなくなっていた。

「……駄目、でしたか」

そこには、一方通行がここにいた痕跡が、無数に残されている。
つまり、もう最悪の事態は起こってしまった。
彼女たちがあんなにも努力して回避しようとしてきた事態は、こんなにも呆気なく引き起こされ、そしてすべてが終わってしまった。

「反対派、妹達……」

とある事情により、実験の再開を目論む妹達。
妹達における超少数派。
『彼』を実験から逃がし、普通の人間らしい幸せな生活を送らせることに『反対』している者たち。
そして、この事件の首謀者。

(甘く、見ていました。と、ミサカは正直な感想を吐露します)

まさか彼女たちがここまでするとは思わなかった。
彼女たちの覚悟を、意志を、行動力を、侮っていたと言わざるを得ない。

高を括って、楽観していたのは自分たちの方だった。
御坂妹たち推進派はマジョリティだったし、最近はこと実験関連の事件が何も起こっていなかったので油断していた。
そこを、付け込まれた。
303 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:35:51.54 ID:G48tr4Njo

(それだけ、彼女たちも本気だったということですか。とミサカは今更ながらに認識を改めます)

反対派妹達は、仮に実験が中止になった場合、『処分』されずに助かる手筈になっている妹達だ。
つまり彼女たちは、何もせずとも生き残ることができる。
なのに、彼女たちはここまでやった。
紛れもなく、本気だ。
彼女たちは何が何でも実験を再開させるつもりなのだ。

御坂妹は、彼女たちも本心では生きたいと思っている筈だと考えていた。
そう、思い込んでいた。

けれどそれは、大きな間違い。完全に認識を誤っていた。
自らの浅薄さを恨まずにはいられないが、今更後悔したところでもう遅い。
既にすべては脆く崩れ去り、もう二度と元に戻ることはない。

(これから、どうすれば……)

希望は失われた。
打開策など、思い浮かぼう筈もない。
それこそ、再び彼が記憶喪失にでもならない限りは。

(どう、すれば)
304 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:36:18.52 ID:G48tr4Njo

もう、どうすることもできない。
手詰まり。
八方塞り。
袋小路。
そんな言葉たちばかりが脳裏を巡る。

そしてそれは、事実。
覆すことのできない。

(ミサカたちのやってきたことは、結局……)

それは、最悪の想像。
今までの彼女たちの、文字通り血の滲むような努力全てを無為に帰して余りある想像。

考えてはいけない。
積み上げてきたすべてが、音を立てて崩れ落ちようとしている。
だから、振り払わなければ。
あまりにも残酷な、こんな、答えは。

(ミサ、カは)

彼女以外に誰もいない部屋で、御坂妹は茫然と立ち尽くす。
強く強く握った拳に食い込んだ爪の先から、僅かの血が滴っていた。


305 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/06(水) 22:37:54.87 ID:G48tr4Njo
投下終了。次回更新は一週間以内に。
細かい種明かしはまた次回。

ところで自分は難易度のあるゲームはテイルズくらいしかやったことがないんですけど、ベリーハードとかインフェルノってどのくらいなんでしょう?
ちなみにこの話の難易度(一方さん視点)はテイルズで例えるとアンノウンかもしれませんねーとか言ってみたり。

と言うわけで、ここまでお付き合い下さってありがとうございました。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/06(水) 22:39:00.02 ID:hATTjzK60
妹達の中でも食い違いが起こってるのか……?

乙乙
垣根がイケメンそうで期待
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/06(水) 22:43:37.16 ID:13i+/7yM0
マジ>>1乙ですたい。
本当に誰も彼もが追い込まれてきてるな。
垣根の言うことも……本当のことかどうかはわからんけど、タイミング的に考えて本当のことかも知れんなあ。原作の垣根もそんな簡単に憎めるような奴ではなかったけど、ここの垣根はもっとなんか憎めない。

うーん、ほんとどうなっちまうのか、楽しみだ。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/06(水) 22:50:19.33 ID:LACs1/Hco
一方さんもう何がなんだか分からんだろうなぁこれ
続きがすげぇ気になるぜ
乙!
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/07/07(木) 00:15:03.51 ID:UBmXgp57o
乙!!
それぞれの思惑が気になる
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/07(木) 02:08:41.24 ID:mV4T5L+DO
乙乙ー

やはり、反対派の妹達だったか…
しかし、どこで上条の記憶喪失を知ったんだろう?
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/07(木) 02:16:49.20 ID:FS3Z7M4Vo
一方通行の周囲を調べる為にハッキングしてたんじゃね?
その過程で見つけたとか
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/07(木) 03:49:17.18 ID:1Lk8Bt8uo
>>1乙!

ベリーハード→2周目くらいでまぁいける
インフェルノ→パターンしっかり把握できるまで無理ゲー

って感じじゃね?
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/07/07(木) 18:43:18.16 ID:k3XUj43Ko

垣根と木原くんの目的が何となく見えてきたな
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/07(木) 22:35:39.80 ID:MUWCUopDO
>>312違う!!把握しても無理ゲーがインフェルノだ!!




だって把握してもクリア出来ないんだもん
315 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:07:09.29 ID:HbwtXehOo
皆さんレスありがとうございます、嬉しいです。
さて、ちょっと遅くなってしまいましたね。急いで投下して行きましょう。
316 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:09:44.91 ID:HbwtXehOo

「ほら、これ使え」

そう言った垣根に投げ渡されたのは、新品のタオルだった。
一方通行は頭に覆い被せられたタオルを掴むと、そのままごしごしと頭を拭く。
ずっと大雨に晒されていた彼はすっかり濡れ鼠になってしまっていたにも関わらず、垣根は全く濡れてはいなかった。
能力で保護していたのかもしれない。

「あー、こりゃ着替えなきゃ駄目だな。ちょっとそこで待ってろ」

垣根は早くも濡れ切ってしまったタオルを見て二枚目のタオルを一方通行に渡すと、研究所の奥の方へと走って行ってしまう。
一方通行はその後ろ姿をじっと眺めていたが、不意に聞こえてきた小さな声に気付いて振り返った。

それは、彼に関する噂話。
悪評と言い換えても良いだろう。
超能力者。
第一位。
一方通行。
実験。
絶対能力。
殺害。
……そんな、単語の羅列。

だから彼は何となく居心地が悪くなって、垣根が去って行った方へと歩いていく。
と、そう歩かない内に戻ってきた垣根に遭遇した。

「ん? どうした」

「……別に」

「まあ良いけど。ほら、着替え持って来たぞ。研究員用の着替えで悪いけどな」

垣根が手渡してきたのは、きちんと糊付けされたブラウスとズボンだった。
一方通行はそれを暫らくぼうっと見つめていたが、不意に垣根が適当な部屋を指差した。

「そこで着替えて来い。どうせ誰も使ってないだろうから」

何も答えずに小さく頷くと、一方通行は指差された部屋へと入って行った。
垣根は閉じられた扉を眺めながら、苛立ちを紛らわそうとがしがしと頭を掻き毟る。
どうも、調子が狂ってしまう。
317 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:10:39.87 ID:HbwtXehOo

(……何だかんだで、俺もアイツらに毒されてたってことなのかね)

一方通行の入って行った部屋の扉に背を預けながら、垣根は深々と溜め息をつく。
彼も、まさかこんなことになるとは思わなかった。
こうした事態を全く想定していなかったわけではないが、反対派妹達がここまで容赦なく一方通行を突き落とすとは思わなかったのだ。

(確かに確実な方法ではあるんだが、な)

しかし先日の報告書の通り、それは実験自体を完全に破綻させる危険性も孕んでいる。
今はそんなことを気にしている場合ではないが、それでもそれが懸念事項であることには変わりなかった。
何しろ、その危険性というのが。

(過度な精神的負担による自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の崩壊、ね)

自分だけの現実。
それは、能力者にとっての命とも言うべきもの。
精神によって形成され、支えられている超能力の源。

本来なら、そんなに簡単に崩壊してしまうようなものではない。
だが、今回は違う。
一方通行の場合は、『そんなに簡単に』という領域を遥かに超越してしまっているのだ。
それだけの精神的負担が、今の彼には圧し掛かっている。

(……今は実験のことなんかどうでも良いな。問題は、これからどうするかだ)

流石にあの状態の一方通行を、絶対能力進化計画の関連施設に連れて行くわけにはいかない。
しかし、こうして彼を匿うのにも限界がある。
垣根もまた、学園都市によって厳重に管理されている超能力者なのだ。
318 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:11:11.81 ID:HbwtXehOo

それでも彼は暗部の人間でもあるのでそれなりの隠れ家を持ってはいるが、学園都市統括理事長は滞空回線なる監視機構を所持している。
つまり、統括理事長に本気で狙われてしまえば最後、この学園都市の何処にも逃げ場などないのだ。

(しっかし、統括理事会も何処まで本気なんだかな……)

実は、統括理事長に横槍を入れられた所為で一方通行を逃してしまった、ということが何度もあった。
入院中には手出しするな、という命令など、その最たるものだろう。

よって、実験関係者の目さえ掻い潜ることができればそれだけで大丈夫、という可能性はあるにはある。
しかしいつまでもそうして逃げ回っている訳にもいかない。
流石にそれも度が過ぎれば、統括理事会も黙っていないだろうからだ。

奴らがどれだけこの実験に執着しているのかは分からないが、大方『結果は急いでいない』程度だろう。
実験自体が中止になることなど、恐らくない。
それこそ、一方通行がその超能力を完全に失うことにでもならない限り。

(何でこんなことになったんだったかなあ)

しかし垣根自身もまた、一方通行に実験を再開させようとしている人間の一人だ。
とある事情によって、そうせざるを得なかった。

本当なら、何の犠牲も出ないのなら、妹達の為にもどんな手を使ってでも実験を中止に追い込んでやりたい。
だが、それは叶わぬ夢。
どれだけ努力したとしてもどうにもならないことがあるという現実を、彼は既に知ってしまっていた。
……どちらにしても今となってはもう手遅れだし、どうしようもないことだけれど。

(取り敢えずは、アイツが落ち着くのを待つしかないな)

と、その時。
突然彼が寄り掛かっていた扉が開かれて、油断していた垣根は支えを失い。
319 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:11:51.13 ID:HbwtXehOo

「へぶっ!?」

背中から床に激突した。
倒れたまま上を見上げてみれば、そこにはちょうど変なものを見るような目で自分を見下ろしてくる一方通行の顔があった。

「……何してンだ」

「いや、うん、何と言うか……。触れないでくれ」

「…………」

一方通行は僅かに目を細めたが、何も言わずに垣根の上を跨いで部屋を出、扉を閉めた。
その際に頭に扉がぶつかりかけたので、垣根は慌てて立ち上がってそれを回避する。
何となく扱いが悪い気がするのだが、一方通行は記憶を失っているのだからきっと気のせいだ。気のせいだ。

「と、着替えたか。サイズは……、大丈夫そうだな」

一方通行が、再び黙ったまま頷く。

「んじゃ、これからどうする? 一応お前の希望を訊いておくが」

何も答えない。
関心が無いから無反応なのか、迷っているから無反応なのか判断がつかなかった。

「それどころじゃねえか。どうすっかねえ」

癖なのか、垣根は再び頭を掻き毟る。
一方通行はそれを虚ろな瞳で眺めていたが、やがてゆっくりと薄い唇を開いた。
320 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:12:36.69 ID:HbwtXehOo

「……なァ」

「ん?」

唐突に一方通行が声を発したので、垣根は少し驚いたようだった。
それを見て、一方通行も何となく話し辛くなってしまう。
しかし彼は暫らく迷った後、言葉を続けた。

「俺は、実験をしてたのか」

無意味な質問だ。
本人も、それを分かっている筈。

よってここで垣根がどう答えたところで、きっと何も変わらない。
慰めにだってならないだろう。
だから垣根は下手なことをするよりも、正直に答えた。

「そうだ」

まるで突き放すように、はっきりと答える。
一方通行は、少し俯いたようだった。

「……オマエは、俺の親友だったって言ったよな」

「ああ」

「俺は、何の為にそこまでして絶対能力を目指してたンだ」

かつての自分が、理解できない。
一方通行は、そんな顔をしていた。
だから垣根は、彼の為にも迷わずに答える。
321 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:13:18.82 ID:HbwtXehOo

「別に、絶対能力に執着してたわけじゃねえさ」

「……え」

「そうする他なかったんだ。それが最善だった。お前は善意で実験を始めた。それだけだ」

垣根は、断言する。
だが、それを聞いた一方通行の顔は余計に複雑に歪むばかりだ。

「意味分かんないって顔してるな」

「そりゃ、……そォだろ」

「無理もないさ。俺だって、どうしてこんなことになったのか未だに理解できてねえからな」

そう嘯く垣根の声には、諦観の色が色濃く混ざっていた。
一方通行の親友を自称する彼は、長い間あんな光景を見せ付けられ続けて一体何を思ったのだろうか。

「……じゃあ、俺はどォしてあンな実験を」

「ストップ。その前に」

壁に寄り掛かっていた垣根が、急に姿勢を正して一方通行に向き直る。
その瞳は、真っ直ぐに彼を見据えていた。

「相当キツい話になるぞ。聞く覚悟はあるのか?」

「……、…………」
322 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:14:21.66 ID:HbwtXehOo

黙ったまま、一方通行はほんの少し力のこもった眼差しを垣根に向けた。
たったそれだけだったが、それでも先程まで死人のような瞳をしていたことを考えれば、それが彼の精一杯の返事であることが伺える。
垣根はそれを見ると、溜め息をつきながらも口を開いた。

「特力研って言葉に、覚えはあるか?」

その単語に、一方通行が僅かだけ目を見張る。
垣根は、そんな彼の反応を見て逆に驚いているようだった。

「見てたのか」

「へ? 見てた、ってのは?」

「第十一学区の特例能力者多重調整技術研究所、通称特力研。名前に覚えがあったから、記憶の手掛かりがあるかと思って忍び込ンだンだ」

「…………、なるほど。そりゃ、運が悪かったな。で、中身を見たのか」

一方通行は、何も答えなかった。
けれど、その沈黙は肯定とほぼ同義。
だから垣根はそれ以上変な追及はせずに、言葉を続けた。

「お前が実験を拒否した場合。妹達が辿ることになる末路が、アレだ」

小さく、一方通行が息を飲む音が聞こえた。
そしてその一瞬のうちに、特力研で見た映像がフラッシュバックする。
とてもではないが人間とは思えないような、残骸。
あれ、に、彼女、たちが。

唐突に込み上げてきた吐き気に、一方通行は口を抑える。
想像、してしまったのだ。
彼女たちが、彼が思わず反射的に消してしまったほどに凄惨な、あの実験映像の通りの姿になってしまう光景を。
323 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:15:51.87 ID:HbwtXehOo

「おい、大丈夫か?」

「ゥ、……っく」

「……ま、確かにあれはキツイわな。流石の俺も、初めてアレを見たときは暫らく食事が喉を通らなかったもんだ」

蹲る一方通行の背中を、垣根は擦ってやる。
しかしそうしてやりながら、垣根は自分の胸にも何かもやもやとしたものがわだかまっているのを感じた。
えずいている彼を見たからかもしれない。
恐らく脅迫のつもりだったのだろう、送り付けられた実験映像を初めて見た時のことを思い出してしまったのだ。

「……ン、で」

「ん、どうした?」

「誰が……、何の為に、こンなことを……」

それは、当然の疑問。
不思議に思って当然なこと。
こんなにも惨いことを誰が発案し、計画し、実行にまで漕ぎ着けようとしたのか。
誰が、彼らを脅してまでそんなことを強制させようとしているのだろうか。
しかし、いや、だから、垣根は即答した。

「学園都市統括理事長、アレイスター・クロウリーだ。この都市の支配者。そいつが、何が何でもお前に実験をさせる為に仕組んだことだ」

言葉を、失った。
とは言え、それをまったく懸念していなかったわけではない。
何となくそうなのではないかと、思ってはいた。
だが、実際にこうして真実を突き付けられてしまうと、やはり狼狽えずにはいられない。
324 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:16:43.42 ID:HbwtXehOo

「それは、……つまり」

「そう。この都市自体が敵だってことだな」

うんざりしたような声色だった。
彼にとっては、もう何度も叩き付けられ突き付けられてきた現実だからかもしれない。
もはや、そういうことに慣れ切ってしまっているようだった。

「詳しいことは俺も知らねえが、どうもアイツにとって必要な事らしい。本当かどうかは知らねえがな」

「…………?」

「面白半分にやってる可能性もあるってことさ。そういう奴だ、アイツは」

その時になって、一方通行は初めて垣根の目をじっと覗き込んでみた。
彼は、一方通行程とは言わずとも、とても濁った瞳をしていた。
その年の少年らしからぬ、瞳を。

そこには例の暗部とかいうものも関連しているのだろうが、……一方通行には、それはそれだけでは説明できないもののようなものに思えた。
その澱の名は、きっと、絶望。

「だが、相手は統括理事長。必要事項だろうが面白半分だろうが、それを強制的にやらせるだけの力を持ってる」

「……どォしようも、ねェのか」

「さあな。思いつく限りのことは全部やった。それでも駄目だった。その末に、俺もお前も諦めた」

そして、実験は開始される。
妹達の命を、せめて最悪の最期で終わらせない為に。
325 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:18:07.73 ID:HbwtXehOo

それが正しかったのかどうかは、今でもよく分からない。
ただ、その時はそれが最善だった。
だから彼らは、彼女たちが享受することの許されている最善を、与えようとした。
そうする他無かった、とも言えるけれど。

「だが、多重能力者なんて作り出せるわけがねえ。結果は既に出てる。
 にも関わらずそんなことを言い出したのは、ひとえにお前のトラウマを刺激する為だったんだろうな。
 実際、それは非常に効果的な手段だったわけだ」

沈黙。
一方通行は俯いたまま、顔を上げようともしなかった。

「その一方で、未だに多重能力者の研究をしたいと思っている狂人がいることも事実。
 そういう狂人どもは、今もお前が実験を拒否してくれることを首を長くして待ってるだろうな。妹達が置かれてんのは、そういう状況だ」

「……なら、」

俯いていた一方通行が、沈んだ声音で言葉を発する。
故に、その表情を伺うことはできない。

「お前が……、俺を、連れ戻そうと、してたのは」

「……そうだな」

垣根が淡い笑顔を浮かべる。
その理由を、一方通行は終ぞ理解することができなかった。

「お前は昔から聡い奴だった。だから自分がどうなるのか、薄々感づいてたのかもしれない」

哀しそうな瞳をしていた。
あんなにも屈強で、一時は残虐とさえ思っていた少年がこんな目をすることに、一方通行は少し驚いた。
326 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:19:13.90 ID:HbwtXehOo


「……『俺が実験から逃げ出したら、半殺しにしてでも連れ戻せ』。」


一瞬。
いやに、鼓動が強く脈打った。
その言葉に、どうしようもない既視感を感じたからかもしれない。
そしてそれを、垣根は肯定する。

「他でもない、お前自身の言葉だ」

既視感だったものが、みるみると現実感を帯びていく。
消えてしまった筈の記憶が、蘇ったかのような錯覚がした。
……だからこそ、それは、間違いなく。

「お前が望んだことだったんだ」


327 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/10(日) 23:20:17.90 ID:HbwtXehOo
投下終了。
近々試験があるので、次回はいつもより遅れてしまうと思います、すみません。
一応目標は一週間以内ということで。

では、皆さん此処までお付き合いありがとうございました。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/07/10(日) 23:28:13.08 ID:940z+yQAO
乙です!


一方さん どうするのかな…?
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/11(月) 00:18:21.71 ID:iAxiggFSO


なるほど、反対派の目的はこれだったんだな……
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/07/11(月) 00:23:51.45 ID:p11SuTvw0
>>1
カッキーと一方さんの友情に、ちょっと泣いたわ
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/11(月) 02:15:07.89 ID:X6qdWnaDO
乙乙
垣根も頑張ったんだなぁ
一方さんのこれからも気になる
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/11(月) 02:33:37.17 ID:FKhcPWW40
このssはみんないい人だなあ
だからダメってわけではないけど
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/12(火) 22:55:32.96 ID:Yl8YGPnIO
これ、ハッピーエンドに持っていけるんでしょうか((((;゚Д゚)))))))
しかし、1さん、泣かせすぎです。
愛してる。
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/13(水) 04:13:23.50 ID:eWvWUpTDO
乙。
おっさん全裸で舞ってる。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2011/07/17(日) 20:52:07.30 ID:yySJJEJX0
wktk
336 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:08:22.44 ID:p3ZzyZ/mo
遅くなってしまいました、すみません。
まさか一週間も放置する羽目になるとは……

取り敢えず投下していきますね。
337 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:09:24.64 ID:p3ZzyZ/mo

間に合わなかった。
それを知っても、それでもまだ美琴は諦めることができなかった。

だから、走る。
あの、白い少年を探して。
諦めない為に。
見捨てない為に。

(ああもう、何処にいるのよ!!)

苛立ちから怒鳴ってしまいそうになったのを何とか飲み込んで、彼女は心中で毒づく。
焦っているのは、誰の目から見ても明らかだった。
しかし、分かっていても止められない。
焦ったって仕方ないのに、こんな調子では見つかるものも見つからないと、頭では理解しているのに。

(馬鹿なこと仕出かしてなければ良いけど……)

数少ない心の支えを喪ってしまったあの少年は、今頃どうしているだろうか。
記憶喪失前の残滓なのか、プライドは人一倍高いので恐らく泣いてはいないだろうけれど。

……そんなことを考えながら走っていると、彼女は無数の人々が行き交う雑踏の中に見慣れた姿を見つけた。

(あ、れは……)

退院したてだからか見たことのない服を着ているが、あの黒いツンツン頭は間違いない。
思わず、美琴はその後ろ姿に駆け寄った。
彼に何を期待していたのか、自分でもよく分からない。
でも、何故か無性に彼に話し掛けたくなったのだ。

「ちょっと、アンタ!」

「へっ!?」
338 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:10:22.72 ID:p3ZzyZ/mo

急に背後から声を掛けられて、上条は驚きつつも振り返る。
振り返った先に居るのが美琴だと気付いた彼は、何故か少し安堵したような顔をした。

「なんだ、御坂か。どうしたんだ?」

「鈴科! 見なかった!?」

切迫した表情で詰まったからか、上条は一瞬当惑したような顔をした。
しかし答えに迷うような質問ではないので、彼はすぐに答える。

「いや。ちょっと分からないな」

「……そっか。アイツから連絡来たりはした……、って、携帯壊してるんだっけ」

「あ、ああ」

上条が一瞬だけ美琴から目を逸らす。
彼女は少しだけそれを不審に思ったが、今はいちいちそんなことを追及している余裕はない。

「急に引き止めて悪かったわね。あ、もしアイツを見つけたら私に連絡して!」

「分かった。……それと、その、鈴科の連絡先、携帯の電話帳頼りで忘れちまったからそっちも教えて貰えるか?」

「ああ、そうだったわね。ちょっと待って」

美琴はポケットから携帯電話を取り出すと、アドレス帳の中から一方通行の連絡先を見つけ出して表示させる。
そしてそれをそのまま上条に見せてやったが、彼から連絡したところで連絡がつくとも思えなかった。
339 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:11:05.35 ID:p3ZzyZ/mo

けれど、それでも可能性はゼロではない。
もしかしたら、何も知らない筈の上条に救いを求めて、いつも通りを装った電話でもするかもしれない。
そんな淡い希望を抱きながら、美琴は上条が連絡先をメモする姿を眺めていた。

「これで良し、と。ありがとな」

「ううん。それじゃ、アイツから連絡があったら私に教えてね」

「……手伝おうか?」

言うと思った。
美琴はそんなことを思いながら、呆れたような、困ったような笑顔を浮かべる。
彼の親切が、何だか無性に嬉しかった。
けれど。

「大丈夫。こっちの問題だからさ」

「そう、か」

「そうよ、気にしないの。それじゃ、またね」

美琴は軽く手を振ると、上条の答えを待たずに走り去ってしまった。
上条は何かを言おうとしていたようだったが、彼女を引き止めようと突き出した手は虚しく空を切るだけ。

その手の中に残されたメモ帳を眺めながら、上条は難しい顔をしていた。


340 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:11:40.00 ID:p3ZzyZ/mo

―――――



「……どうしよう、ってミサカはミサカは途方に暮れてみる」

とある小さな研究所。
その小部屋の現在の主である少女は、その愛らしい顔に似つかわしくない暗い表情を浮かべていた。
向かいに座っている研究者も、そんな彼女を見たからか悲しそうな顔をしている。

「ミサカたちのやって来たこと、全部無駄だったのかな、ってミサカはミサカは落胆してみたり」

「そんなことは無いわ。……束の間とは言え、彼は幸せな時間を過ごせたはずよ」

そんな慰めを口にしながら、研究者、芳川はそんな言葉しか掛けることのできない自分を情けなく思った。
けれど、現状を鑑みればそんな曖昧な言葉しか掛けることが許されていないのもまた事実。
無責任なことを言って過度な期待をさせてしまうよりかは、きっと幾らかマシだろう。
それだけ、彼女たちに降り掛かった絶望の色は濃かった。

「そう言えば、ヌノタバは何処に行っちゃったの? ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」

「……さあ、ね。第三位に会いに行く、とは言っていたけれど」

「お姉さまに?」

少女、打ち止めが目を丸くする。

「ええ。まあ、大方もうわたしたちに関わらないように言いに行ったんでしょうけど……」

「そっか。……仕方なかったとは言え、今回はお姉さまも巻き込んじゃったもんね、ってミサカはミサカは後悔してみる」

「そうだったわね。あの子のことだから、きっと謝罪も兼ねているのでしょう」
341 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:12:45.67 ID:p3ZzyZ/mo

「でも、あれはミサカたちが勝手にやったことだったのに。
 ……ミサカも謝りに行った方が良いかな?ってミサカはミサカは思案してみたり」

「やめておきなさい。あの子を余計に混乱させてしまうだけよ」

「……やっぱり、そうだよね。ってミサカはミサカは思い直してみる……」

今打ち止めが美琴に会ったところで、新たなクローンの登場に戸惑わせてしまうだけ。
やはり、彼女との接触に最も適しているのは布束だろう。
彼女ならば美琴と面識があるし、学生なのでクローンや研究者のように直接実験を連想させるような要素を持っていない。
そういう意味では、芳川も美琴の目の前には現れるべきではないだろう。

「でも、お姉さまは間に合わなかったことを知った途端に何処かに走って行っちゃったみたい、
 ってミサカはミサカは13577号からの情報を伝えてみたり」

「きっと、諦めきれなかったのでしょうね。……気持ちは分かるわ」

「お姉さまなら何とかしてくれるかな、ってミサカはミサカは希望的観測を口にしてみる」

「……そう、だと良いわね」

縋るような打ち止めの眼差しにも、曖昧に答えることしかできない。
得意の甘い言葉でも掛けてやれたら、どんなに良いか。
けれど、打ち止めはその年齢に似合わずにとても聡い少女だ。そんなことをしたところで、きっと彼女は見破ってしまうだろう。
むしろ逆に、気を遣わせてしまいかねなかった。

「これから、どうなっちゃうのかな。ってミサカはミサカは不安になってみたり」

「……どうでしょうね」

「やっぱり実験は再開されちゃうのかな。あの人のことだもん。きっとそうしちゃうよね、ってミサカはミサカは推測してみる」

「…………」
342 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:13:33.70 ID:p3ZzyZ/mo

芳川は、何も答えることができなかった。
否定することもできないし、下手な慰めを口にすることもできない。

「ミサカは、上位個体だから助かるけど……。でも、でも、そんなの、全然嬉しくないよ」

スカートの裾を握っていた手をぎゅっと握る。
打ち止めは、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。

「彼も、同じよ。……あなたたちがあんな死に方をするのを見るのが辛いから、そうするの」

「……でも。そんなことして貰っても、きっと他のミサカたちは喜んだりしないよ、ってミサカはミサカは訴えてみたり」

「そうね。だから、それはあなたたちの為なんかじゃなく、きっと、自分の為なのよ」

打ち止めが、訝しげな顔をした。
こてんと首を傾げる姿はとても愛らしい。

「よく分からないや、ってミサカはミサカは俯いてみる」

「複雑なのよ。あの子も、あなたたちもね」

「……ミサカたちも? ってミサカはミサカは訊き返してみる」

「ええ。論理的には理解し難いかもしれないけれど、感覚的にはあなたたちも分かっている筈よ」
343 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:14:17.43 ID:p3ZzyZ/mo

芳川の言葉を聞いても、打ち止めはますます深く首を傾げるだけだ。
やはり少し難しかっただろうか、と思いつつ芳川は苦笑いする。

「でも、でもね。やっぱりミサカは、あの人にそんなことしてほしくないの。
 あの人があんな風に壊れていくのを、もう見たくないの、ってミサカはミサカは切実な心情を吐露してみたり」

「…………、そうね」

芳川は優しく微笑むと、そっと打ち止めの頭を撫でてやった。
その暖かな手のひらを打ち止めは素直に受け入れていたが、やがて芳川の手が離れると不思議そうにその顔を見上げる。

「ねえ、ヨシカワ、ってミサカはミサカは問い掛けてみる」

「どうしたの?」

「ヨシカワは、これからどうすれば良いと思う? ってミサカはミサカはアイディアを求めてみる」

「……申し訳ないけれど、わたしにもこの状況を打破できるような妙案はないわ。
 選択権を持っているのは、あの子だけ。そして、あの子はわたしたち如きの言葉を聞き入れてはくれないでしょう」

打ち止めは、悲しそうに眉尻を下げた。
けれど、それは事実。
ただの実験動物でしかない妹達になど決定権はなく、唯一、被験者である彼だけがすべてを決めることができる。
妹達はその権利を喉から手が出るほど欲しがるだろうが、……今の彼にとっては、それも重荷でしかないだろう。
かつての彼もそのことについて酷く苦悩していたことを思い出しながら、芳川は小さな小さな声で呟いた。

「……今の彼は、どうすることを選ぶのかしら」


344 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:14:49.34 ID:p3ZzyZ/mo

―――――



誰かを探してきょろきょろを周囲を見回しながら歩いているその少女を発見して、布束は小さく息を吐いた。
その理由は、安堵か、呆れか。
けれど、何にしろ彼女の行動は変わらない。
布束はふらつきながら歩いている彼女のそばまで歩いていくと、彼女の肩を掴んで引き寄せた。

「Carefully.そんな歩き方をしていては、いつか倒れてしまうわよ」

突然肩を掴まれて、美琴は驚いたようだった。
彼女はばっと振り返り、布束の顔を見て目を見開く。

「あ、アンタは……」

「彼を探しているのでしょう。やめておきなさい」

「……ッ! な、んで!」

美琴は布束の手を振り払い、彼女をぎっと睨みつけた。
しかし布束は全く動じることなく、言葉を続ける。

「彼は、もう引き返せないところまで来てしまった。あなた如きでは、もう連れ戻すことは叶わないわ」

「そんなの、やってみないと分からないじゃない」

「……悪いことは言わないわ。もう、私たちに関わるのはやめなさい。あなたはもう日常に帰るべきよ」

美琴とて、布束が善意で言っていることは理解している。
彼女も、何となくこれ以上進んでしまってはいけない気がしていた。このまま進めば、どうしようもなく傷ついてしまう気がした。
345 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:15:37.30 ID:p3ZzyZ/mo

でも、だからと言って諦めることなんてできる筈がない。
ここで諦めてしまえば、もう二度と彼が戻ってこないような気がしているから。
そしてそれは、きっと正しい。

「悪いわね。私は、絶対に諦めたりなんかしない」

「…………」

布束の目つきが、鋭くなる。
常から人を威圧するような目をしているが、それとはまた違った色を宿している。
彼女は、怒っている。
聞き分けの悪い、子供に。

「聞き分けなさい。私は、私たちはこれ以上あなたを傷つけたくはないの」

「絶対に嫌」

美琴も、更に強く布束を見つめ返す。
その瞳の宿す光は、強い。
皮肉にも、布束はその光を見たことがあるような気がした。

「覚悟は、あるわ」

「……それは、どういう意味かしら」

「アンタたちが、私の為と言って隠している真実の全てを聞く覚悟。少なくとも、私にだってその権利はあるはず。
 だって、私は、」

そこで、美琴は一度言葉を区切った。
心を落ち着かせる為に、決意が揺るがないようにする為に。
強く強く、もう一度その言葉を噛み締める為に。
346 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:16:15.18 ID:p3ZzyZ/mo


「あの子たちの、お姉さまなんだから」


真っ直ぐな瞳だった。
その言葉に嘘偽りなど一滴も交じっていないことが、よく見て取れる。

そんな彼女に、屈したのだろうか。
布束は小さく溜め息をつくと、美琴を睨みつけていた視線を緩めた。

「……分かったわ。そこまで言うのなら、教えてあげましょう」

「!」

「そして、その上で諦めなさい。それ以上は駄目だわ」

彼女の口調は、未だ厳しい。
その刺々しさに、美琴も険しい表情をしてしまう。

「どうしてそんなに……」

「第一位だったあの子でさえどうしようもなかったのよ。
 超能力者だろうが何だろうが、私たちのようなただの学生や研究者がどうにかできるような問題ではないの」

それは、事実。
誰もが全力を尽くして彼らを、彼女たちを救おうとし、しかしそれでも駄目だった。
彼らは、少なくとも美琴よりは力のある人間たちである筈だった。
だからここで彼女が何をしてどう足掻いたところで、何かが変わる可能性は限りなく低い。

そして美琴は、何もできない自分をきっと責めてしまうだろう。
唯、傷付くだけなのだ。
布束は、それをとてもよく理解していた。
347 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:16:44.18 ID:p3ZzyZ/mo

「ただ、あなたの言う通りあなたには知る権利がある。だから、教えてあげるだけ。あなたにこれ以上の手出しを許したわけではないわ」

「…………」

美琴も、言葉を失ってしまう。
彼女もまた、理解していたのかもしれない。
自分にそれほど力が無いことを。

第二位に直接立ち向かい、その圧倒的な力の差を見せつけられたから。
かつてはその第二位さえ制していたという、第一位である彼のことを思い出したから。

けれど、それでも。
彼女は知ることを願う。

何もできないとしても。
後悔することになっても。
傷付くことになっても。

知らなければならないと、思った。
姉として、友人として、家族として、仲間として、彼女たちがどのような状況に置かれているのか。
そうして同じ位置に立ってやっと、美琴は初めて彼女たちとちゃんと向き合える。
そして、彼とも。

「行きましょう。こんなところで話すべきことではないから」

「……分かったわ」

布束の言葉に静かな声で返事をすると、美琴は歩き始める。
先を行く、布束の背を追って。
その行き先に、どんな真実が待っているのか。覚悟と決意を、その胸に携えて。


348 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/18(月) 00:17:41.39 ID:p3ZzyZ/mo
投下終了、お疲れ様でした。
次回はまた遅くなってしまうかもしれません、すみません。

それから、次回は演出上の新しい試みをしようと思っているので、読みにくかったらすごくごめんなさい。
文章上の苦情はいつでも受け付けてますので……
では、今回も最後までお付き合いして下さってありがとうございました。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/07/18(月) 00:20:40.92 ID:X+zMcsduo
乙!

布束さん素敵です
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/07/18(月) 01:39:03.75 ID:U3DarOqgo
相変わらずヘヴィだぜ……
おつー
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/18(月) 10:48:56.05 ID:sy03iCrDO
乙乙ー

もしかして仄かに電磁通行フラグが立っているのか…
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/18(月) 10:53:19.22 ID:DcnGYjWTo

重いがやけに癖になる……

>>351
ないだろ
美琴の行動は友情+責任感

でも一方→美琴はあると思って読んでる
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/07/18(月) 11:23:52.13 ID:KSyWT3+Do
乙!!

布束さんの話を聞いた美琴が一方通行とどう向き合うのか気になる
次回も期待してる
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2011/07/20(水) 22:28:45.79 ID:1bovygrD0
超期待!
355 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:42:14.72 ID:x1KDK1+Ao
タイムリーというかタイミングが良いというか……、ううむ。
皆さんいつもレスありがとうございます、励みになります。

では、投下して行きますね。
356 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:42:44.34 ID:x1KDK1+Ao



静かな研究所の一室で。
寂れた廃墟の片隅で。
彼は、
彼女は、

口を開く。
耳を傾ける。


そして、真相が語られ始めた。


357 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:43:13.67 ID:x1KDK1+Ao


「妹達は、彼を救いたいだけなの」

布束が言う。

「だから、これっぽっちもお前は恨んでなんかいねえ」

垣根が言う。

「特力研を知っているかしら?」

布束が美琴を見る。

「あれの真の恐ろしさは、見た目やそれに伴う痛みの残忍さじゃねえ」

垣根が一方通行を見る。
その覚悟を問うような瞳をしながらも、二人は話し続けた。

「多重人格者に複数の能力が宿るのか。あそこは、そんな研究もしていた研究所よ」


「その為に、人為的に多重人格者を作り出す為の実験も行われていたらしい」


「これがどういうことか分かるかしら?」


「多重人格者を産む為に、わざわざ脳と精神に負担を掛けるんだ」

358 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:43:44.10 ID:x1KDK1+Ao


「そうして多重人格者が生まれれば、今度は多重能力者を生み出すための実験を始める」


「この時に、被験者に掛かる過負荷を想像できるか?」


「発狂しない方が難しいでしょうね」


「あの実験の本当の恐ろしさは肉体的苦痛じゃない。精神的苦痛だ」


「そういう実験に、彼女たちは掛けられようとしているの」


「死よりも恐ろしい拷問だ。だからこそ、お前はそんな実験に彼女たちが掛けられるのに耐えられなかった」


「だからそれを救う為に、彼は妹達を殺していたの。彼女たちに、そんな地獄を見せない為にね」

一方通行は、無言で項垂れている。
美琴は、言葉を失う。
突き付けられた真実に、想像を絶する真実に、何も言うことができなかったから。
359 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:44:14.02 ID:x1KDK1+Ao

「だから、あれは仕方のないことだったんだ」


「仕方のないことだった、なんて言わないわ」


「気に病むな。お前は正しい選択をした」


「確かに、あの時はそれが最善の選択だった。けれど、それでも彼女たちを殺したという事実は変わらない」


「あいつらだって、お前には感謝してる」


「ただ、妹達が彼に感謝しているのも、また事実」


「お前がそんな罪悪感に駆られる必要はないんだ。お前は何も悪くない」


「私には分からないの。彼が正しいことをしたのか、悪いことをしたのか」

360 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:44:41.37 ID:x1KDK1+Ao

布束が俯く。
その苦悩が見て取れて、美琴はとても複雑そうな顔をした。

「……彼は言ったわ。
 もし、自分が遂におかしくなって実験から逃げ出してしまったら、何が何でも連れ戻して、実験を再開させて、妹達を殺させてくれ、とね。
 そうしなければ、あの子たちはあの実験に掛けられることになるから」

そう。彼は、最善を尽くそうとした。
すべては妹達の為に。

「けれど、妹達はそれを望まなかった」

「…………」

「実験を進めるにつれて壊れていく彼を、見ていられなくなったのでしょうね」

妹達は、実験時の体験のすべてをミサカネットワークに記録している。
彼の手によって自分が死ぬ瞬間、最も彼の精神に負担で掛かるであろう瞬間に一番彼の近くにいたのは、他でもない彼女たちだ。
だからこそ、彼女たちは彼がどれだけの苦悩を強いられているのかをよく理解していた。
その様を、誰よりもそばで見ていたから。

「そして、奴らは計画を実行に移した。記憶の消えたお前を、学園都市の外に逃がそうとしたんだ」

垣根が顔を上げる。
呆れたような、疲れたような顔をしていた。

「ま、その結果が今のこの状態って訳だが」
361 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:45:16.98 ID:x1KDK1+Ao

彼は自嘲するように微笑んで、小さく息を吐く。
別に、彼は誰を責めている訳ではない。
本当に、仕方ないことだと思っている。
それが人間として本当に正しい感覚なのかは分からないけれど。
それでも、彼が何とかして自分を傷つけないようにしながら真実を伝える努力をしていることを、一方通行は感じた。

「それなら……、もし俺が何も気付かずに『外』に行っていたら、アイツらは実験に掛けられてたってことか」

「ああ。その通りだ」


「……あの子たちは、それは覚悟の上だったの?」

「勿論よ。ただ、甘く見ている節はあるけれど」


「どォいう意味だ」

「実験の時。お前がいちいち痛みが無いように苦しまないように優しく殺してやるもんだから、本物の死の苦痛ってモンを知らないんだ」


「でも、あの子たちはそれでも後悔なんてしないでしょうね」

「……どうして、そこまでするの?」


「お前のことが大好きだったからさ。そりゃあもう偏執的なまでに」

「……仲が、良かったのか」

362 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:45:49.80 ID:x1KDK1+Ao


「ええ、とても。あの子たちにとって彼は友人であり、兄姉であり、親であり、恩人であり、師であり……、そんな存在だった」

「そう……、だったんだ」


「まあ、お前にとってはそれだけじゃなかったみたいだけどな」

「…………?」

「今のお前には関係ないことさ」

言って、垣根は曖昧に笑った。
対する一方通行は、首を傾げることしかできない。

「何はともあれ、妹達が決死の覚悟で企てた計画も、結局はこうしておじゃんになっちまった」

「…………」


「……そうだわ。反対派妹達は、そんな死に方をしたくないから実験を再開させようとしているの?」

「厳密には、違うわ」


「え……」

「反対派妹達は、妹達の中でも実験が中止になった場合に助かることになっている、数少ない妹達だ」

363 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:46:25.91 ID:x1KDK1+Ao


「助かるの!?」

「ええ。けれど、彼女たちはそれを望んではいない」


「自分の分身とも言える他の妹達が無残に殺されていくのに、自分たちだけが助かるってのがどうしても嫌ならしい」

「……死ぬより、嫌なのか」


「彼女たちにとっては、そうみたいね。私も、理解できない訳ではないけれど」

「それでも、わざわざ自分から死を選ぶなんて……」


「俺たちが理解しようとしたところで、難しいだろうな。妹達はその性質上、非常に奇妙な絆で結ばれている」

「クローン、……ミサカネットワーク」

「ご名答。とにかく彼女たちは、仲間の死体の上に生きるよりも仲間と共に死ぬことを選んだ。だから、推進派妹達の計画を妨害した」


「その結果が、これ。私たちはまんまとはめられ、彼は拒絶されてしまった」

「…………、……私の所為なのね」

「そういうつもりで言ったのではないわ。それに、今回のことに限って言えば原因は反対派妹達。あなたが自分を責める必要はない」

364 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:46:55.46 ID:x1KDK1+Ao


「で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」

「……俺、は」

「まあ、結論を急ぐ必要はねえ。仮にお前が今から実験を再開することにしたとして、準備に時間が掛かるからな。
 時間はあるから、存分に悩んでくれ。
 ……もちろん、俺としては実験を再開させてほしいんだがな。それが、以前のお前の望みだったから」

垣根の言葉に、一方通行が目を伏せる。
確かに、妹達を救いたいのであれば、実験は再開するべきだ。
以前の彼が、そうしたように。

だが、今の一方通行にそんなことができるのだろうか。
少なくとも今の彼よりも屈強であったはずの『第一位』でさえ耐えることが難しかったという、その実験を。
最後まで、やり遂げることができるのだろうか。
……残り、9969人。
今の脆弱で薄弱な一方通行が、壊れることなくそのすべてを殺してやることなどできるのだろうか。

いや、違う。
今の彼が望んでいるのは、そんなことではない。
妹達が、それを望まないのなら。
一方通行だって、そんな選択をしたくはない。
だから。
365 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:47:42.18 ID:x1KDK1+Ao


「……それでも、俺は、」


「まだ、諦めきれない」


「今の俺にも、まだできることがある筈だ」


「もしかしたら、アンタたちがまだ試していなかったことがあるかもしれない」


「だから、まだ諦められねェ」


「あの子たちを、アイツを、諦めたくないの」


「……悪ィな。わざわざそこまでしてくれたのに、応えられなくて」


「けど、やっぱり、私、もう少し頑張ってみるよ」


「時間があるなら、まだ少しだけ試させてくれ」

366 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:48:31.50 ID:x1KDK1+Ao

それを聞いて。
垣根は、悪戯っぽく笑った。
布束は、驚いた顔をした。

「……それが、どういうことだか分かっているの?」

「多分。……色々、覚悟はしてる、つもり」


「それやると、マジで上がブチギレかねねえぞ?」

「どっちにしろ、妹達にこれ以上の被害が行くことはねェンだろォが。これより下はねェンだ、怖いモンなンてねェだろ」


「だからさ、うん。人生棒に振る羽目になっても、やっぱり後悔はしたくないんだ」

「……あなたって子は……」


「悪いけど、俺は付き合えねえからな。恐らく、その他の誰の助けも得られねえ。それでも良いのか?」

「良いさ」

一方通行は、そんなことを言いながらもちっとも心配そうにしていない垣根に応えるようにして、淡く笑った。
美琴は、情けない笑顔を浮かべながら、それでも布束から目を逸らしたりはしなかった。
367 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:49:24.39 ID:x1KDK1+Ao





「困った時だけ神頼みしても、奇跡が起きる訳じゃない」



「どンなに泣き叫ンだって、それを聞いて駆けつけてくれるヒーローなンざいねェ」




368 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:50:09.50 ID:x1KDK1+Ao


「だから、」

「だったら、」


「自分の手で終わらせるしかないじゃない」

「自分で何とかするしかねェだろォが」

そして、二人は二人に背を向ける。
彼は、彼女は、振り返らない。
369 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:50:56.29 ID:x1KDK1+Ao


「それじゃ。本当のこと、教えてくれてありがとね」


「……世話ンなった。じゃァな」

自動ドアが開閉する音と共に、一方通行は姿を消す。
空っぽの廃墟に足音を響かせながら、美琴はゆっくりと立ち去った。

残された者たちは、それを見送ることしかできない。
二人を引き止める言葉さえ、もう二人は持っていなかった。
それがどれだけ無謀で危険なことか、理解していても。
きっと二人はそんな言葉を聞き入れることなどないことを、知っていたから。


370 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/07/21(木) 21:52:49.74 ID:x1KDK1+Ao
投下終了。

スレタイ回収回でした。
あと、演出が分かりにくかったら申し訳ありません。やってみたかったんです……

次回投下は未定……、恐らく一週間前後かと。
定期試験なので遅くなってしまうと思います、すみません。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。

371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/21(木) 21:54:47.87 ID:UQRuTNQxo

変わりに俺が泣き叫ぶことにする
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 21:58:05.87 ID:GTG9XltJo
スレタイが前向き(?)な台詞に繋がるとは乙
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 22:05:56.23 ID:dM2Qp84SO

なにか色々込み上げてきた
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/21(木) 22:10:15.51 ID:hX6tPygVo
格好いいわ…怪物の反逆楽しみにしてる。乙!
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 22:23:08.90 ID:BVCCxX9po
いい意味でゾワリと来た
面白い演出だったと思うし、すんなり読めたよ

超乙!
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 22:28:35.40 ID:NWYiy+PYo
>「え……」
>「反対派妹達は、妹達の中でも実験が中止になった場合に助かることになっている、数少ない妹達だ」

ここだけ違和感を感じるな
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 22:31:31.69 ID:SUt193OIO

いい演出だ。鳥肌立った。
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/21(木) 23:28:24.71 ID:4SmbpZl00
取り敢えず一言、感動した

今回マジで魅入った


あと気になったんだが布束と垣根の言葉を紡いでいるのなら
>「妹達は、彼を救いたいだけなの」
>「だから、これっぽっちもお前は恨んでなんかいねえ」
お前は、じゃなくてお前をじゃねえ?それとも俺が馬鹿なのかな


次回も期待しているんだぜ!
379 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/21(木) 23:45:39.67 ID:x1KDK1+Ao
感想レスありがとうございます。
演出も、意外と好評だったようで胸を撫で下ろしております。
でも書いてても大変なのでもうやらないです……多分。


>>376
そこは自分でも違和感を感じたのですが、他に良い言い回しが思いつかなかったのでそのままにしてしまいました……
意味は通ってますよ、ね? 分かりにくかったらごめんなさい。

>>378
はい、華麗に誤字です。実にすみません。
「お前を」に脳内変換して読んでいただけると幸いです。誤字脱字には特に気を付けていたんですが……畜生。

380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/21(木) 23:53:45.81 ID:weOPohA70
これは鳥肌。ここでこう繋げるかぁ。
しかし、一方さんと美琴が覚悟を決めただけに、上条さんがどうにも蚊帳の外な感が強いな。
記憶喪失によって、それまでの繋がりが上条さんだけ完全に途切れてしまってるわけだし。
一方さんの台詞どおり、ただヒーローとして駆けつけるだけじゃあ出来ること無さそうだなぁ、これは。
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 00:36:30.93 ID:WV1OAOSao
上条さんそげぶったばっかだしな
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/07/22(金) 01:17:55.34 ID:54Y12gLTo
乙。
演出面白かった。スレタイ回収まで絡めてて驚いたわ。
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 01:30:25.77 ID:0rABfr62o
それも、上条さん側が仕組まれた幻想に基づいて撃ち出す誤爆そげぶだったからな
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/07/22(金) 01:39:27.59 ID:As9Oge2AO
>>1

演出がかっこいい…そして蚊帳の外な上条さんェ…
ぶっちゃけ記憶喪失はかなり早い段階でバレるだろうな
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 02:03:03.50 ID:jai1VbP4o
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/22(金) 08:50:10.99 ID:XvO00XFo0
>376 妹達が3回も出てくるのが変なのでは?
>「反対派妹達は、実験が中止になった場合に助かることになっている、数少ない妹達だ」

でも意味は通じる

387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 10:32:57.44 ID:I0lPud2DO
面白いわー
高翌揚感が凄いな乙
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/22(金) 10:38:48.49 ID:K8eSnkv6o
>>379>>386
ごめんね垣根の方じゃなくて一方通行の反応がここだけ平凡になり下がってる感じがしただけです
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/07/22(金) 10:56:11.16 ID:GbryT+Qdo
乙!

一方さんと美琴さんがかっこいいぜ
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/07/22(金) 13:41:45.86 ID:aK1d1Bgfo
乙!

スレタイが絶望のセリフじゃなくて良かった
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/23(土) 08:07:54.76 ID:c+8y7OVf0
>記憶喪失
考えてみれば、原作でもあんまり触れられてないけど『記憶喪失によって失われた絆』ってのはあってしかるべきなんだよな。
一方さん、美琴、妹達の強固な繋がりから一人途切れてしまった上条さんは、今後どう関わってくるのやら。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2011/07/25(月) 00:03:58.68 ID:55neXTkG0
…………あ、やっと分かった。
布束さんと美琴の会話、ていとくんと一方さんの会話が交互に出てきてるのか。

話し手があっちこっちに飛んで分かりにくかった。
こういうアニメ的な手法を文字だけで表現しようとすると途端に分かりにくくなるな。
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/25(月) 01:35:06.33 ID:cC/oFlfmo
口調でわかんなかったんかい
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/25(月) 10:29:21.53 ID:urd/A/Uvo
いや、普通にわかりやすかったと思うが…
これですんなりと読めないってどういうことだ
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/07/25(月) 19:22:18.03 ID:EXGErnm5o
>>392
エー
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/07/26(火) 14:03:08.97 ID:uOoWC1ad0
俺は今回すごく楽しめた
次回の更新楽しみにしてる
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/07/29(金) 22:37:37.24 ID:N9qUUQd/o
どうもこんばんは。
案の定分かり辛かった方がいらっしゃったようで申し訳ないです。
ですが、もうあんな演出をする予定はありませんのでご安心ください。

>>388
そこはあまり深く考えてませんでした……
何かもういちいち驚くのも億劫になってる状態を表しているつもりでした。つもりでした。
今後はその辺り気を付けて行こうと思います、ご指摘ありがとうございました。

さて、少し遅くなってしまいましたが投下しますね。
今回は少々短めというか、繋ぎ回です。
398 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:38:59.39 ID:N9qUUQd/o




七月三十一日。
夜。
誰もいない筈の研究所から、ぼうっとした光が発せられた。



399 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:41:07.35 ID:N9qUUQd/o

―――――



Sプロセッサ社脳神経応用分析所。
警報の鳴り響いているその研究所で、とある外人研究者は後ろをついてくる部下からの報告を聞いていた。
周囲の様子は慌ただしく、部下の様子も落ち着かない。
非常事態、だった。

「何事でス?」

「品雨大学付属DNAマップ解析ラボ第T棟で、火災が発生したようです!」

「原因と被害の規模ハ?」

「それは現在調査中で……」

鳴り止まない警報に、研究者は眉を顰める。
すると、背後からばたばたと誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。
やって来たのは、また別の部下。

「大変です! 研究所で火災が……」

「既にその報告は受けましタ」

「いえ、別件です! 被災地は磁気異常研ラボなんです!」

途端、研究者と部下の顔が険しくなった。
研究者は暫らく何事かを考えるように俯いていたが、やがて歩き始めると特に大騒ぎしている通信管理室へと足を向ける。
400 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:41:56.65 ID:N9qUUQd/o

通信管理室は、まさに大混乱に包まれていた。
あちらこちらの電話や通信機がけたたましく鳴り響き、警報と混ざり合って耳を劈くような雑音を奏でている。
機械音が煩くて仕方のない部屋だったが、それ以上にそこは大勢の人の怒声や悲鳴で溢れ返ってきた。

「蘭学研究所で火災が……!?」

「バイオ医研細胞研究所の施設で爆発事故が発生!」

「動研思考能力研究局からの通信が途絶しました!」

「品雨大学のDNA解析ラボ……、第U、第V、第X棟からも火の手が……」

通信や対応処理を行っている内にも、次々と他の施設からの緊急信号が送られてくる。
どんどん警報アラームの音が大きくなっていき混乱が拡大していくこの光景に、

 . . . . . . .. . .
..研究者は覚えがあった。


そして彼は溜め息をつく。
またか、と。

「当時多発テロ、ですネ。今回のテロリストの攻撃手段ハ?」

「外部から襲撃の形跡なし、侵入者の目撃情報もありません。突然機材が爆発したと……」

ふむ、と研究者は顎に手を添える。
状況はよく似ているが、どうやら犯人は彼の予想していた人間ではなかったようだ。
401 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:43:11.32 ID:N9qUUQd/o

研究者が予想していた『彼ら』が犯人であったなら、このような器用な真似はできないはず。
彼らはもっと単純で分かり易く、そして圧倒的な暴力で以て襲撃してくる。
……だとしたら、犯人は。

そんなことを考えていると、原因の究明に手を尽くしていたオペレーターが唐突に声を上げた。

「判明しました、サイバーテロです! 犯人は通信回線から攻撃を仕掛けています」

「なるほド」

研究者は納得したように呟くと、オペレーターの操っていたコンピュータの画面を覗き込む。
そこには、確かに研究所の通信回線に何者かが不正に侵入した痕跡があった。

「外部からの通信をすべて遮断しろ!」

「電気的な通信手段は使用禁止、連絡用のスタッフを組織して往復させるんだ!」

オペレーター同士の声が飛び交い、何人か立ち上がって部屋を出て行く。
恐らく外部への通達の準備をしに行ったのだろう。
そして、事態はゆっくりと収束していった。

収束させられて、しまった。


402 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:43:52.98 ID:N9qUUQd/o

―――――



「チッ」

手にしたPDAに表示されるのは、簡素な英文。
Not Found.
それは、彼女の目論見が半ばで失敗したことを意味していた。

「思ったより早く気付かれたわね」

美琴は悔しげに呟くと、公衆電話に繋いでいたPDAのコードを引っこ抜く。
監視カメラを誤魔化しているとは言えハッキングが露見すると不味いことになるので、できるだけ早くここから離れなければならない。

(……相当数潰したつもりだったけど、全体から見ると全然ね。まったく、どうしてこんなに沢山関連施設があるのかしら)

それでも、第三位の力を持ってすれば絶対不可能というような数ではない。
タイムリミットが如何ほどかは不明だが、不眠不休かつ死ぬ気でやればきっと間に合うはずだ。

(ここからは、)

コードを巻いてポケットに仕舞い、PDAを閉じる。
彼女は公衆電話側に残っている筈の使用履歴を綺麗に削除すると、電話ボックスの扉を押し開けて外へと飛び出した。

(直接殴り込みね)

そして、美琴は全力で走る。
自分でも無謀と分かっている作戦を、実行に移す為に。


403 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:44:28.30 ID:N9qUUQd/o

―――――



同時刻。
暗いコンピュータルーム。
その広い部屋で、一方通行は一人、大きな端末に向かっていた。

ディスプレイに映し出されているのは、高速で流れていく文字の滝。
紅い瞳を小刻みに動かしながらそれらの情報を処理していた彼は、やがて苛立ったように眉根を寄せる。
何の収穫も得られないのだ。
どんなに手を尽くしても、どれだけ探し回っても、何の成果も上げることができない。

(アレも駄目、コレも駄目、か……)

彼は一旦コンピュータの動作を停止させると、深い溜め息をつく。
しかし、のんびりはしていられない。
タイムリミットまではまだ時間があるが、目的を達するまでにどれくらいの時間が掛かるのか分からないからだ。

(ここにも、長居はできねェしな)

伸びをして身体中の骨をぱきぽき言わせながら、一方通行は軽く周囲を見回した。
誰もいない。
……わざわざ研究所が稼働を停止している時間を選んで侵入したのだから、当然だが。

このコンピュータルームは、とある研究所にある施設の一つだ。
ただし、実験に直接関係している訳ではないらしい。
だが実験に関するデータへのアクセス権を持っている辺り、まったく無関係という訳ではないのだろう。
まあ、そのお陰で一方通行もここでこうして実験関連資料を閲覧することができているのだから、好都合だ。

(出来るだけ事を荒立てたくは無かったンだが……)
404 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:45:03.31 ID:N9qUUQd/o

一方通行はディスプレイに向き直ると、コンピュータの動作を再開させた。
そして再び流れ始めた情報の波を、彼は機械的に記憶していく。

(仕方ねェ、か。まァ、どっちにしろ最初から覚悟の上だ)

すると、やがてコンピュータが動作を止めた。
どうやら処理が終了したらしい。

それを確認した一方通行は、端末をシャットダウンする。
情報はそれほど得ることができなかったが、これ以上時間を掛けて何かを得られるとも思えない。
引き上げるべきだった。

(これ以上、妹達に被害が行くことはない。……だったら、躊躇うことなンて何もねェ)

彼は椅子から立ち上がると、コンピュータも消えてしまった所為で完全に光の落とされてしまった部屋を見回す。
室内には何の光源も無いので、真っ暗闇だ。
けれどそんな部屋の中を、一方通行は何故か感慨深げに眺めていた。

(何を惜しンでたンだかな)

一方通行が、自嘲する。
暗闇の中で、一人。
無論、それを目にする人間など居ようはずもない。

そして、一方通行は静かに部屋を後にした。
何の痕跡も残さずに。
……誰にも、悟られることがないように。


405 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:45:36.40 ID:N9qUUQd/o

―――――



八月一日。
朝。
研究者は、手を組みながら部下からの報告を聞いていた。

「DNA解析ラボ第T〜Y棟全焼、バイオ医研細胞研究所半壊、その他二十三か所の施設が再起不能の状態です」

しかし、それを聞いても研究者が特に顔色を変えることは無かった。
何を考えているのかは、分からない。
いや。ただ、呆れているだけ、のようだった。

「……昨晩の被害状況は、以上となります」

「ふム」

溜め息をつきながら、研究者が立ち上がる。
落ち着いている彼に対して、部下の方の顔色は明らかに悪かった。汗さえ浮かばせている。

「ようやく彼が戻って来たというのニ……」

「で、ですが残存施設だけでも実験は十分に続行可能です。しかし、いったい何処の組織がこんなことを……」

「心当たりはありまス。が、確定ではない。
 もちろん、同じ『絶対能力進化(レベル6シフト)』開発の対立グループの可能性もありますしネ」

「はあ……」

部下の男は、研究者の心当たりが何なのかよく分かっていないようだった。
彼は、比較的最近にここに配属されてきた人間なのでこの実験における内部事情の詳細を知らないらしい。
406 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:46:22.73 ID:N9qUUQd/o

「どちらにしろ、心配することは無いでしょウ。たとえ全ての施設を破壊されたとしても……」

「すみません、失礼します」

話している途中で、唐突に一人の所員が部屋に駆け込んできた。
しかし、彼はかなり落ち着いている。
一応緊急を要する報告のようだが、部下の男と違ってまったく狼狽えた様子はない。

「先程、新たに三施設が襲撃を受けました。何者かが直接侵入して破壊活動を行った模様です」

「……早いですネ」

「職員に死傷者はありませんが、機材とデータの類はすべて破壊されています。
 また、特記事項としてはロックされていた筈の隔壁が外部から開錠されており、赤外線などのセンサー類は襲撃中でさえも一切反応なし、
 監視カメラもどれひとつとして襲撃者を捉えてはいませんでした」

その報告に、部下の男の顔色が更に青くなっていく。
詳細を知らないとは言え、実験にどんな実験動物が使われているのかを思い出すことができればその意味など簡単に察することができる。
だから、報告を終えた所員もこう続けようとした。

「これらの事実から、襲撃者は恐らく……」

「……ほぼ確定ですカ」

「そ、それってつまり……」

「ええ、そういうことでしょうネ。犯人が彼女なのだとしたら確かにセキュリティは役に立たないでしょうシ。
 しかし確たる証拠がある訳でもなシ、そう思わせる為の対立チームの工作という可能性もありまス」

「ですが、あまりにもタイミングが良過ぎます」

「それにもし彼女が犯人だったとしたら、我々にはそれに対抗する戦力なんてありません!」

「如何しますか。このままでは実験が……」

研究者は表向き何でもないような顔をしてはいるが、その心中は決して穏やかではなかった。
この男たちの言っている通りに、現状彼らは『彼女』に対抗することのできる戦力など持っていないからだ。

「さて。どうしましょうかネ……」


407 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:47:08.91 ID:N9qUUQd/o

―――――


黒いTシャツに、薄手のズボン。
キャップ帽を目深に被り、顔を見せないようにしている侵入者(インベーダー)。
彼女は絶対に顔を見られることがないように更に深くキャップ帽を被り直すと、眼下に広がる巨大な研究所を見下ろした。

(ま、こんなの気休め程度だけどね)

美琴は心中で、自分でも信じられないくらい軽い調子で呟くと、被り直したキャップ帽から手を離す。
頭の中でハッキングして手に入れた研究所内の見取り図を広げながら、作戦の内容を反芻する。

(ここで四基目、か。まだまだ道のりは遠いなあ)

多少わざとらしくても、気楽を装っていないとやっていられなかった。
そうしないと、心が折れてしまいそうで。

これが本当に意味のあることなのか、分からない。
そしてその末に自分がどうなってしまうのか、分からない。
相手はどれくらいまでこの自体を察知し、そして予測しているのか、分からない。

けれど、分からないのが救いでもあった。
分からないのなら、変なことを考えることもなくただひたすらに突っ走ることができる。
余計なことなど考えなくて良い。
そうした雑念や迷いは、きっとそのまま彼女をより深い絶望へと突き落としてしまうだろうから。

(……頑張りますか)

強がって、虚勢を張って。
そんなことがいつまで続くのか、いつまで続けられるのかは分からない。
けれどいつか報われることを信じて、続けなければ。
ここで自分が膝を折ってしまえば、そこで本当にすべては終わってしまうんだ。

(行こう)

最後に彼女は微笑みさえ浮かべて、建物の屋上から飛び降りた。
磁力を纏って安全に着地し、電子干渉を通してセキュリティを片っ端から無効化させる。
そこから、彼女の戦いは始まるのだ。


今日も明日も明後日も、誰もが望んで誰もが笑えるハッピーエンドを迎える為に、彼女は戦い続けるのだろう。
誰よりも、自分自身の為に。


408 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/07/29(金) 22:48:38.31 ID:N9qUUQd/o
投下終了。
最初、トリを付け忘れてましたね。すみません。

次回の投下は、また一週間前後に。
それでは、ここまでお付き合い下さってありがとうございました。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/30(土) 00:22:02.17 ID:myVKP3Xko

始まった、という感じがするな
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/07/30(土) 05:27:13.97 ID:ofkcQLSE0
>>1
読んでるのである。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/31(日) 11:16:07.06 ID:LCuqx6jDO
登場人物説明が欲しい
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/07/31(日) 12:03:22.12 ID:kYbcpc1Fo
ググれ
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/07/31(日) 13:12:49.33 ID:ZEnBZChko
読み直せ
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/01(月) 00:12:04.97 ID:2Sg2HPqC0
人が何でもやってくれると思うな
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/01(月) 00:56:31.47 ID:nmTg5VXmo
自分で書け
投下はしなくていい
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/01(月) 03:13:44.29 ID:M64fWgtJ0
フルボッコワロタ
>>1超乙!
また前スレの初めから読み直してるけど、事実が分かってから読むと色々切なくなってくるな…
417 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 22:51:02.37 ID:wRlmWV7ao
皆さんお久しぶりです、投下しに来ました。
いつもレスありがとうございます、励みになります。

一体どれだけの方が読んで下さっているのか分かりませんが、本日もまた粛々と。
今回はあの子たちのターンです。
418 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 22:51:42.05 ID:wRlmWV7ao

「厄介なことになったわね」

暗部組織『アイテム』が拠点にしているアジトの一つで、リーダー・麦野沈利は深い溜め息をついた。
そして、それに同調するように他のメンバーの表情も暗い。彼女たちの抱えている問題は、それほどに深刻だった。

「私たちがテレスティーナに超かまけている間にそんなことになっていたとは……」

「結局、これも上の思惑通りって訳なのかなあ」

「……有り得る、と思う。でも、上が流石にあんな過激な作戦に加担する、なんて危険なことに踏み切るかな?」

「上の考えてることはサッパリだからね。それに、不自然な点も多い」

言いながら、麦野は緩く首を振った。
するとそれに応じるようにして、絹旗が頷く。

「確かに、超その通りです。タイミングがあまりにも良過ぎる」

「それに、上条当麻の行動もおかしくない? 今までちょくちょく観察してきたけど、アイツあんな奴だったっけ?」

「さあ、私たちは直接奴と話したことは無いしね。それにあんな実験のことを教えられりゃ、ああなるのは別におかしくはないでしょう」

「反対派妹達に何かを超吹き込まれたのではないでしょうか?」

「だったら、誤解を解かないと」

「やめときなさい。第三位みたいに、余計に混乱するだけよ」

「でも……」
419 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 22:52:21.62 ID:wRlmWV7ao

「ですが現状、上条当麻の精神状態は超安定しているようです。一方通行を悪人ということにして吹っ切ってしまったのでしょうか」

「凄まじい切り替えの良さだけど、それはそれで正解かな。変に首を突っ込まれても困るし」

「本人が安穏と暮らしてるなら、それで良いんじゃないの? わざわざ本当のこと教えて苦しめることもないでしょ」

「…………」

「真実を知った第三位があの有様だからね。結局、知らない方が良いこともあるって訳よ」

言いながら、フレンダがぽんぽんと滝壺の頭を撫でる。
それでも滝壺はまだ納得いっていないようだったが、強く言い出すこともできないのかしょんぼりしていた。

「とにかく、今は上条当麻については保留。問題は第三位よ」

「実験関連施設を超潰しまわってるんでしたっけ」

「あれ、監視カメラに映像が残ってないから確定ではないんじゃなかった?
 まあ状況的にはそうとしか考えられないんだけど……、ん? そう言えば一方通行の方は今何してるの?」

「一切不明。最後にアイツを見たのは垣根みたいだけど」

「アイツ何してんの? 監視しろよ」

フレンダの鋭い突っ込みに、絹旗が苦笑いする。
何しろ、垣根の今の仕事は一方通行の監視であった筈なのだ。
にも関わらず監視対象であるはずの一方通行の行方が分からないということは、つまり彼は堂々と仕事をさぼっているということになる。
彼の職務怠慢は今に始まったことではないのだが、それでもこの状況でそれをやってのける彼の度胸はもはや賞賛に値する。
420 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 22:53:20.73 ID:wRlmWV7ao

「ま、何だかんだ言って第二位は一方通行には超ベタ甘ですからね。どーせこっそり後援しつつ好きにやらせてやってるんでしょう」

「好きにやらせてやってるって点については同意だけど、流石に後援とかはしてないと思うわよ」

「? どうして?」

「アイツ、上から実験に対する妨害行為を一切しないようにーって釘を刺されてるみたいなのよね。一方通行の後援もアウト」

「……アイツがそんなのに従うタマかなあ?」

「そこは流石に、超従わないといけない理由があるんじゃないでしょうか」

「例えば?」

「超問答無用で実験中止、妹達は全処分とか」

「なるほどねー。結局、アイツの目的は実験の再開だから、それだけは絶対に避けたいだろうし」

彼女たちとしても、そんな事態は避けたい。
かつてはそれが最終目的ではあったが、一方通行がすべてを知ってしまった今となってはそれは最悪のエンディングでしかない。
しかし、気になることが一つだけあった。

「でもそれならどうして私たちにはそういう条件が出されてないんだろ?」

「別に、垣根みたく一方通行にベタ甘って訳じゃないからじゃない?」

「へ?」

「フレンダちゃんに質問でーす。アンタは今この状況で、一方通行や第三位の手伝いをしようと思う?」

「……ああー」
421 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 22:54:24.89 ID:wRlmWV7ao

ふざけたような麦野の言葉に、フレンダは納得したような声を上げる。
つまりは、そういうことなのだ。

一方通行が今何をしているのかは不明だが、少なくとも今の彼女たちが第三位たる御坂美琴の助力をすることなどあり得ない。
何故なら、無意味だからだ。
気持ちは分かるのでわざわざ止めはしないし気が済むまでやれば良いとは思っているが、決して手伝うことはしない。

これが垣根ならこっそり見守ったり危険に晒されないように手を回したりしてくれるのかもしないが、彼女たちはそこまでお人好しではなかった。
そして上層部も彼女たちがそういう人間だと理解しているから、わざわざ彼女たちに釘を刺したりしない。

「これで一方通行が本当に実験を止められるような逆転の一手を見つけたんだとしたら、話は別なんだけどね」

「……あると、思う?」

「無いでしょ」

「超ないでしょうね」

「結局、無かったからこんなことしてる訳でしょ?」

他のメンバーに完全否定され、滝壺は肩を落とす。
こうなることを分かっていなかった訳ではないだろうに、やはり彼女は未だに希望を捨て切れてはいないらしい。

「と、話が脱線しちゃったわね。えーと、何処まで話したっけ?」

「第三位が超厄介ってところまでですね」

「あー、そうそうそれだ」
422 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 22:55:09.81 ID:wRlmWV7ao

「あれ? でも別に妨害する必要はないんじゃない? むしろ連中の損害を考えればいい気味だと思うんだけど」

「それが、そうも言ってられないのよねー。これ見て」

言いながら麦野が机の上に広げたのは、第七学区を拡大した地図だった。
そのところどころには、まるで撃墜マークのようにバツ印が付けられている。

「これは……、第三位が超潰した研究所ですか」

「ご名答」

「これがどうかしたの?」

「焦らない焦らない。と、その前に第三位の動向について話しておこうか」

そう話しながらも、麦野は地図上に次々とマルを付けていく。
彼女がマルを付けていく地点にあるものは、他のメンバーにも覚えがあるものだった。

「まず、第三位は第七学区の実験関連施設を潰して回ってるのよね。基本常盤台の女子寮で寝泊まりしてるみたいだから当然だけど」

「つまり、そこを拠点にして超破壊活動をして回っているという訳ですね」

「そういうこと。でも、第七学区内にある施設は概ね破壊し終わっちゃってるの。流石第三位ってとこかな」

「……これは」

丸を付け終えられた地図を見て、滝壺が目を丸くする。
それは、フレンダたちも同様だった。
423 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 22:57:10.32 ID:wRlmWV7ao

麦野が丸を付けたのは、実験関連施設。
そして、その殆どには撃墜マークであるバツ印が重なっていた。
その、残された僅かな施設の中には。

「水穂機構、病理解析研究所……」

「なーるほど。ここだけは破壊されるわけにはいかないと」

「その通り。何が何でも、ここだけは守り通さなきゃなんない」

麦野が、いつになく真剣な顔を浮かべる。
その雰囲気に押されてか、フレンダはごくりと固唾を呑んだ。

「では、超具体的にはどうすれば?」

「第三位は連日の破壊活動によって肉体的にも精神的にも極度の疲労に陥ってる。上手くやれば、アンタでも充分に相手できる程度にはね」

「……結局、二手に分かれて行動しようって訳?」

「そうよ。あ、もちろん滝壺は私の同伴だけど」

「うへえ、気が重いなあ」

絶望的な顔をしながら、フレンダはぐったりとソファに寄り掛かった。
同じく絹旗も、複雑そうな顔をしていた、が。

「ああ、そうそう。絹旗は別行動ね」

「へっ?」
424 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 23:01:24.13 ID:wRlmWV7ao

「テレスティーナを完全に放置するわけにはいかないでしょ?
 そんなことしたら上も黙ってないだろうし、単純に私たちにとって凶悪な不安要素でもある。
 だから、絹旗は下部組織の指揮を取ってテレスティーナを追いなさい」

「で、ですが超大丈夫なんですか?」

思わぬ指示に狼狽えながら、絹旗が不安そうにそう言った。
しかし、それよりも更に深刻そうな顔をしたのはフレンダだ。

「ま、待って待って! それじゃ私ってば……」

「うん。一人で頑張って☆」

「大丈夫だよフレンダ。私はそんなフレンダを応援してる」

「マジで?」

「マジマジ」

とっても良い笑顔を浮かべながら言う麦野を見て、フレンダは硬直する。
麦野は本気だ。

「無理無理無茶だって! って言うか酷い! 私が何かした訳!?」

「したした。MAR本部の時」

「あ、あの時は頑張ってキャパシティダウン壊したよ!」

「でもアンタがうっかり警報鳴らした所為でテレスティーナに勘付かれるのが早まって、挙げ句の果てには逃げ切られ更に今でも
 まだ捕まってない上、テレスティーナにかまけてる間に反対派妹達に出し抜かれてこんなことになっちゃった訳だけど、粛清されたい?」
425 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 23:05:05.09 ID:wRlmWV7ao

「申し訳ございませんでしたやらせて下さいお願いします」

「フレンダ。応援してるよ。応援してるからね」

「滝壺さん、それ微妙にフラグっぽいので超やめてあげて下さい」

必死に懇願するフレンダは、もはや土下座でもし兼ねない勢いだ。
それでもかつてはもっと酷いお仕置きとセットで無理難題を押し付けられていたこともあったので、これでもだいぶ優しくなった方なのである。

「あ、言い忘れてた。あんまり傷つけちゃ駄目だからね」

「超さらっとハードル上げましたね」

「まあ、相手は第三位だからちょっとやそっとの攻撃でどうにかなるとは思えないけどね。フレンダはうっかり自爆とかしないよーに」

「が、頑張る……」

何とも歯切れの悪い返事だったが、麦野は華麗にスルーした。
と、絹旗が突然思いついたように口を開く。

「そう言えば、せめて滝壺さんはフレンダに付けてあげた方が良いのでは? サーチ能力は超役立ちますし」

「フレンダが滝壺を守りながら第三位と戦えると思う?」

「……ああ」

「な、何な訳よその納得したような声は!」
426 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 23:08:18.63 ID:wRlmWV7ao

「だって……ねえ?」

「……フレンダだし」

「滝壺まで!?」

皆のあんまりな言いように、フレンダはがっくりと両手を地面についた。
滝壺がそんなフレンダを指先でつんつんと突いていると、麦野がぱんぱんと手を打って全員の注意を集める。

「はいはい、駄弁りはここまで。これで、各自何をすべきかは分かったわね?」

「うん」

「超了解しています」

「大丈夫だよ!」

「よし。んじゃ、作戦の決行は今夜八時。これまでの統計から考えて、恐らくその時に第三位は病理解析研究所にやって来る」

「ポイントは決まってるの?」

「一応ね。これまでの第三位の行動パターンと侵入経路から割り出したポイントが二つあるから、それぞれそこで待機することになるわ。
 あと、フレンダには確率の低そうな方を充てがってあげるから安心しなさい」

「おおっ、ありがと麦野!」

「……自分が第三位と超戦ってみたいだけじゃないんですか?」

「んー? きーぬはたぁ、何か言った?」

「いえ、何も」

不気味なまでににっこりとした笑みを作った麦野に気圧されたのか、絹旗はぎくりとしながら顔を背けた。
麦野はそれを見送って笑顔を引っ込めると、全員に向き直って改めて命令を下す。

「それじゃ、八時まではまだ時間があるからそれぞれしっかりと準備しておくように。解散!」


427 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 23:11:19.97 ID:wRlmWV7ao

―――――



「……出ねえなあ」

浴槽の中に敷いた布団にごろんと寝転がりながら、上条は買ったばかりの携帯電話を眺めていた。
そのディスプレイに表示されている名前は、鈴科。
美琴にその番号を教えられて以来、何とか連絡を付けることができないかと思って何度も電話を掛けているのだが、ちっとも繋がる気配は無かった。

「メールも返事は無いし」

携帯を持ったまま、寝返りを打つ。
今度こそはと思って試しにもう一度電話を掛けてみたが、やはり電話が繋がることは無かった。

(もしかして、俺が覚えてないだけで俺もこの鈴科って奴と喧嘩してたり……?)

だとしたら、不味い。
何しろ、彼は何も覚えていないのだ。
何とかして仲直りしようにも、喧嘩の内容を覚えていないのだったら謝りようがない。
しかもその内容によっては、忘れてしまったなんてすっとぼけようものなら更に関係が悪化しかねないのだ。

(あああああ、どうしよう……不幸だ……)

ぼふんと枕に顔をうずめ、途方に暮れる。
流石にこんな事で記憶喪失を告白するなんて間抜けなことをしたくは無いので、何とかしなければならないの、だが。

(いや、でもまだ俺まで喧嘩してたって決まった訳じゃない。単に忙しいだけって可能性もある!)

せめて、以前使っていたという携帯電話が見つかってくれれば良いのだが。
記憶喪失になる前に使っていた携帯電話は、いったい何処に吹っ飛ばしてしまったというのか、依然行方不明なままだった。
携帯電話さえあれば、もしかしたらメールや通話の履歴から自分とその鈴科という人物がどんな関係で、
最後にどんな話をしたのかが推測できるかもしれなかったのだが。
428 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 23:14:45.98 ID:wRlmWV7ao

(でも、当然ながら何処で落としたのかもさっぱり覚えてないしなあ……)

もし外で落としてしまったのだったら、流石にお手上げだ。
通学コースくらいなら何となく推測できたが、自分が普段どの辺りで遊んでいてどの辺りをふらふらしていたのかなんて、知りようがない。
一応美琴に尋ねるという手があるにはあるが、どう考えても不自然だし、記憶喪失が露見してしまうことを考えるとどうしてもその勇気が出なかった。

(……仕方ない、一先ず携帯電話のことは諦めよう)

上条はそこで一旦思考を区切ると、ふと美琴の妹のことを思い出した。
いや、厳密にはクローンだったか。
彼女は美琴とは仲良くやっているらしいと聞いたのだが、鈴科とは顔見知りなのだろうか。
鈴科と美琴の妹は、自分と美琴の共通の友人らしいので、もしかしたらそうなのかもしれない。

(だったら、あっちにも気を付けないとな。俺が鈴科って奴のことをさっぱり覚えてないなんてことがバレれば一巻の終わりだ)

想像して、身震いする。
恐らくバレても死ぬ気で頼み込めば秘密にしていてくれるだろうが、やはりこんな秘密は誰にも知られないに越したことはない。
それに、相手に余計な気を使わせて変にぎくしゃくしてしまうのは上条の本意ではなかった。

(とにかく、気を付けねえとな。はあ、誰かに訊けたらどんなに良いか……)

しかし、そんな都合の良い知り合いなんているはずもない。
上条は深く溜め息をつくと、ふと携帯電話の時計に目をやった。
時刻は八時。
自分はこっそり携帯を弄るためにこんなところに隠れているが、インデックスは今頃テレビを見ている頃だろうか。

(……ぐだぐだ考えてたってどうしようもねえな。出るか)

上条は携帯電話を布団の上に放り投げると、手をついて身体を起こす。
そうして風呂場のドアを開けて居間へと出ると、予想通りテレビに齧り付いていたらしいインデックスが、上条に気付いて満面の笑みを浮かべた。


429 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/05(金) 23:18:33.20 ID:wRlmWV7ao
投下終了。
途中から最後までずっと書き込み失敗し続けでした……。この時間帯込んでるんでしょうか。

ともあれ、次回投下は一週間以内に。
暫らくSS書いてなかった所為でなまっているので、いきなり以前ほどの更新速度には戻せないかもしれません。すみません。
では、ここまで付き合って下さってありがとうございました。
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/08/05(金) 23:32:42.13 ID:Hkh4/PWAO
上条さんは元々実験に無関係だし、記憶が無くなった今
更にその関係が希薄になってるのは理解してたけど

実際に実験とは無関係な所にいる上条さんを見るととても歯痒い
どう転んでも、元通りの仲良しとはいかないだろうし

ともあれ>>1乙!
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/08/05(金) 23:34:22.92 ID:Hkh4/PWAO
上条さんは元々実験に無関係だし、記憶が無くなった今
更にその関係が希薄になってるのは理解してたけど
実際に実験とは無関係な所にいる上条さんを見るととても歯痒い

どう転んでも、元通りの仲良しとはいかないだろうし

ともあれ>>1乙!
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/08/05(金) 23:34:53.56 ID:Hkh4/PWAO
上条さんは元々実験に無関係だし、記憶が無くなった今
更にその関係が希薄になってるのは理解してたけど、
実際に実験とは無関係な所にいる上条さんを見るととても歯痒い

どう転んでも、元通りの仲良しとはいかないだろうし

ともあれ>>1乙!
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 00:37:22.82 ID:ljOACQdG0
乙! 携帯……例のアレさえ見つかればなんとか……って期待
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/08/06(土) 01:00:37.05 ID:vfJPeKDl0
例のアレってなんかあったっけ?
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 01:08:22.22 ID:wP1AoLILo
携帯のバッテリーの蓋の裏に貼ったプリクラのことじゃないかな
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 10:20:05.01 ID:ROidXq080
乙です。
色々とキャラが入り組んでて先が読めんなぁ。
しかし、反対派妹達は、上条さんの記憶喪失を知った上であの誘導を仕掛けたのだろうか。
だとしたらどこで知ったやら。
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 17:18:32.33 ID:D/dObyY9o
>>433
携帯買い換えてんじゃね?踏み抜いてるし
あといい伏線読みではあるが楽しみがへるかもしれない事だったからあまりいわんでほしい
438 :437 [sage]:2011/08/06(土) 17:19:14.17 ID:D/dObyY9o
後者の文は>>435にかけてますた、すまんこ
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/06(土) 21:46:55.08 ID:wP1AoLILo
>>437
踏みぬいた奴が現物残ってるなら、なおのこと発見の望みがあるんじゃ、とも


>>438
疑問に答えただけなので謝らないが、理解は出来る
440 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:29:36.47 ID:wd2l4JCho
遅くなってしまいましたね、すみません。
投下します。
441 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:30:15.46 ID:wd2l4JCho



「……ここか」

午後八時。
目深に被ったキャップ帽に、薄手のズボン。
そして黒のTシャツを身に纏った侵入者が、病理解析研究所へと降り立った。
目前に聳える研究所を見据え、侵入者は深く息を吐く。
遂にここまで来てしまったのかと思うと、何となく感慨深いものがあった。

「…………」

だが、そんな感傷に浸っている時間などない。
侵入者はぎゅっと拳を握って自分に気合いを入れると、一歩前へと踏み出した。

間もなく戦場となるであろう、病理解析研究所へ。


442 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:31:46.66 ID:wd2l4JCho

―――――



(そろそろ時間かあ)

研究所のダクト内。
爆弾を仕込んだ無数のぬいぐるみを弄びながら、フレンダは暢気に寝転がっていた。

とは言え、当然ながらその心中は穏やかではない。
何しろ、あの第三位がこれからここにやって来るのだ。
しかも自分は、それと戦うことになるかもしれない。

長い暗部生活のお陰で戦闘にはそれなりに自信があるが、それでも相手が超能力者となると不安を拭えないのは仕方のないことだ。
一応麦野は確率の低い方を割り振ってくれたものの、その低確率に当たって戦う羽目になる可能性は十分にある。

(ううう、怖いよう)

ぬいぐるみを抱き締めて、フレンダは身震いする。
こちらは相手のことを知っているし、大怪我をさせるつもりも無いが、あっちはそうとは限らない。
目の前に立ち塞がった初対面の人間相手に、一体どれだけ手加減をしてくれるのか。

ただ、第三位が人を殺すような人物ではないのは確実だ。
しかし、事情が事情。
その中で、彼女が何処までやってくるかは不明だった。
恐らく最悪でも寝たきりにされるくらいで済むだろうが……。

(どっちにしろ死……)

うっかり想像しかけて、フレンダはぶんぶんと首を振る。
この世界、使えなくなった人間に一体どんな処分が下されてしまうのか、彼女も重々承知していた。
だからこそ、何が何でも無事にこの場を切り抜けなければならない。
443 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:32:20.96 ID:wd2l4JCho

(……あれ、これ結構ハードル高くない?)

かなり今更だ。
だが、もうここまで来てしまったのだから、あとは自分の戦闘センスと第三位の心優しさに期待するしかない。
……何とも情けない話だが、暗部の人間とは言え無能力者である彼女にはこれが精一杯だ。

(でも、結局頑張るしかないって訳よ)

ぐっとガッツポーズをして自らを奮起させると、何となく恐怖心が和らいだような気がした。
……と、その時。
彼女が寝そべっているダクトの真下から、かつん、かつんと何者かの足音が響いてくる。

「……え」

思わず声を上げかけて、フレンダは慌てて自分の口を抑える。
しかし、これは、間違いない。
侵入者(インベーダー)が、やってきた。

(えええええ!? 私ってばそんなに日頃の行い悪いかなあ!?)

だが、こんなところで嘆いていても始まらない。
フレンダはすぐに麦野たちへ信号を送ると、侵入者を迎え撃つ為に動き出した。


444 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:33:15.80 ID:wd2l4JCho

―――――



病理解析研究所内。
侵入者は、監視カメラに映らないようにと物陰に隠れながら奥へ奥へと進んで行っていた。
目的は、最深部にあるデータの完全破壊。

見取り図は持っているので、後はそこに向かうだけではあるのだが。
流石にそう簡単に行くはずもないか、と思っていた矢先。

突然、天井に無数の光線が走った。

「!」

走った光線に沿うようにして切断された天井が、瓦礫となって落下してくる。
そしてそのすべてが、侵入者に襲い掛かろうとした。
が。
天井に向かって軽く手を振ると、たちまち瓦礫は侵入者を避けて床に突き刺さった。
その様子を、隠れて観察していたフレンダは小さく口笛を吹く。

(さっすが! あんなんじゃ何ともないかあ)

感心しながらも、導火線となるテープを張る手は止めない。
フレンダは侵入者からは完全に死角になっているところまでテープを張り終えると、錐のような形をした道具を取り出した。

(本来は、ドアや壁なんかを焼き切る為の道具なんだけど)

手の中で一回転させてから、フレンダは点火装置をテープに突き刺す。
途端、テープが発火して高速で床を焼き切り始めた。

(こんな使い方もあるって訳よ!)

発火したテープの向かう先は、侵入者の足元。
しかし侵入者はテープに気付くと、咄嗟に飛び退いて切断を回避した。
だが、そのテープの行く先には。
445 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:34:07.57 ID:wd2l4JCho

(……ぬいぐるみ?)

疑問に思いながらも、侵入者は嫌な予感がして背後へと跳ぶ。
それとほぼ同時に、点火された人形が大爆発を起こした。

(爆弾!? ぬいぐるみに仕込むのが流行りなのか?)

爆風から顔を庇いながら、侵入者は爆弾から距離を取ろうとする。
しかし、その先にも更にぬいぐるみ=爆弾が無数に設置されていた。
導火線は、もうすぐそこまで迫っている。

(チッ)

侵入者は能力を使って瓦礫を引き寄せ、盾にしようとする。
が、その中身から時計の音が聞こえてきた。

(今度は瓦礫に時限爆弾! 動きが読まれてるのか?)

間一髪で瓦礫を遠くへと投げ飛ばし、爆弾を回避する。
けれど、それでは周囲に配置された無数の爆弾に対して無防備になってしまう。

(こうなったら……)

ぬいぐるみが爆発する、直前。
侵入者の身体が一瞬宙に浮いてから、一気に後方へと飛んで行った。
能力を駆使した強引な緊急回避だ。

(っ痛、やっぱりコレは調整が必要だな)
446 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:34:40.51 ID:wd2l4JCho

この緊急回避は、自分への反動が大き過ぎるのだ。
精神的疲労で能力が上手く使えないこともあいまってか、かなりのダメージを負ってしまった。

(それより、相手は何処だ? 導火線を辿った先にいる筈……)

床や天井の裂け跡を追った、その先。
非常階段の中ほどに、金髪の少女が立っているのを発見した。

(アイツか)

一方、フレンダもまた自分の居場所が悟られたことに気が付いていた。
彼女は侵入者と目が合ったことに一瞬ぎくりとしたが、すぐに我に返って一目散に逃げ出した。

(むっ、麦野おおお! 私頑張ってるよね!? 頑張ってるよね!!)

あんなのとまともに戦ったところで、勝てる訳がない。
時間稼ぎだって、まともにできるかどうか怪しいものだった。
だからフレンダは、必死になって麦野たちのいる方へと向かおうとしているのだが。

(ううっ、いつものリモコン式ならもうちょっとくらいダメージ与えられたかもしれないのに!
 でも発電能力者相手だと逆に支配されかねないのよね……)

文句を言ったところでどうしようもない。
とにかく今は、侵入者を麦野たちの居るところまで誘導することを考えなければ。

「みぎゃあっ!?」

すぐ真横の壁に何かが当たった大きな音がして、フレンダは思わず変な声を上げてしまった。
壁が砕けた音がしたので、恐らく電撃か磁力で投げ飛ばした瓦礫が壁にぶつかった音なのだろう。
背後を見る余裕なんてもちろん無いので、確認はしていないが。
447 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:35:11.49 ID:wd2l4JCho

(……外したか。後々ちょっかい出されても面倒だ、先に片付ける!)

フレンダを追い、侵入者が走り出す。
しかし、その向かう先にはまた時限爆弾が設置されていた。

時計が最後の一秒を刻み、爆散する。
内部から放たれた鋭い陶器のかけらが、侵入者に襲い掛かろうとした、が。
かけらはすべて何らかの能力の干渉によって弾き飛ばされ、侵入者にダメージを与えるには至らなかった。

(陶器爆弾も一蹴!? 発電能力者の応用の幅って本当にずるいよね!)

侵入者は、もう既にフレンダの走っている階段の真下まで迫っている。
暗いので顔はよく見えないが、尋常でない雰囲気を纏っているのはここからでもよく分かった。

(これ、やっぱり捕まったらタダじゃ済まないよね……)

逃げながら、フレンダは背筋を凍らせた。
彼女は階段の頂上までやってくると、ツールを取り出して手近にあったテープへと勢いよく突き刺す。

「頼むから足止めくらいにはなってよね!」

瞬間。
がぱっ、と凄まじい音がして、鉄の階段がバラバラに分解された。
階段に張り巡らせていたテープで、切断したのだ。
フレンダを追って階段を駆け上がっている最中だった侵入者は、それで下階に落下する筈だった、のだが。

「うえっ!?」

落下が始まるその直前に、侵入者は宙に浮かんだ幾つかの瓦礫を足場にして一気にこちらへと飛び込んできた。
恐らく、先程の緊急回避と同じ要領で適当な瓦礫に身体を引き寄せて渡っているのだろう。
448 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:35:44.81 ID:wd2l4JCho

「ですよねー!」

フレンダが悲鳴のような声を上げながら逃亡を再開すると、先程まで自分の居た場所に何かが突き刺さる音が聞こえた。
走りながらも何度か足元の床が砕けたが、彼女は何とかそれを避けながら逃げ続ける、が。

(……あれ?)

そこで、彼女はようやく違和感に気付いた。
なんだか、行き先を誘導されているような気がする。
……つまり何が言いたいかと言うと、

(この先って行き止まりじゃなかったっけ)

気付いた途端、ざあっと血の気が引くのが分かった。
しかし、今更気付いたところでもう遅い。
既に後戻りできないところまで来てしまっているし、背後には侵入者が迫っている。

(麦野ぉー! まだー!?)

幸い麦野たちのいる筈の方向からはそうずれていないが、それでもフレンダを助けに来てくれるまでには時間が掛かるだろう。
と言うことは、それまで何とか自力で耐えなければならない。

(ええい、こうなったらやるしかない!)

覚悟を決めて、フレンダは袋小路となっている大部屋へと飛び込んだ。
それに少し遅れて、侵入者も部屋に入って来る。
フレンダは部屋の真ん中で立ち止まって振り返ると、表情だけは平静を装いつつこう言った。

「結局、ここまで追い込まれるとは思ってなかった訳よ」

「…………」

「覚悟はしてたつもりだったんだけど、やっぱりちょっと甘く見てたみたい。素直に称賛するわ」
449 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:36:12.29 ID:wd2l4JCho

侵入者は何も答えない。
無言のまま軽く背後を振り返り、部屋のシャッター上部に向かって手をかざした。
瞬間、シャッターの留め金が破壊され、轟音を立てながらシャッターが落下してくる。
これで、自力では脱出できなくなってしまった。

(徹底してるなあ。当たり前だけど)

動揺を悟られないように表情だけは維持しながらも、頬を冷や汗が流れる。
しかし、まったく勝機が無い訳ではない。

(この施設の構造は知り尽くしてるし、念には念を入れてトラップを仕掛けまくってるもんね!)

フレンダが、足元に向けてツールを投擲する。
すると張り巡らされていたテープが一斉に発火し、部屋中を駆け巡って切り裂いた。
その範囲には、侵入者の頭上のダクトも含まれている。

「!」

切断されたダクトから、無数のぬいぐるみが降ってきた。
もちろん、中身には爆弾が仕込まれている。
ぬいぐるみがまだ点火されていないテープの上に落下すると、フレンダはそのテープに向けてツールを突き刺した。

「退路は塞がれ、身を守る盾も無し! 防ぎきれるもんなら防いでみなさい!」

発火した導火線は、もうすぐそこまで迫っている。
しかし、侵入者は少しも慌てた様子を見せない。
ただ、軽く床を蹴った。

途端、フレンダの初撃で切断された溝に沿って床が大きく持ち上がった。
それによってテープが断ち切られ、導火も止められてしまう。

(い゛っ!? 極度の疲労状態にあるって聞いてたけど、それでも超能力者ってここまでできるもんなの!?)
450 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:37:01.82 ID:wd2l4JCho

驚いている内に、侵入者が持ち上げた床を飛び越えてこちらに向かってきていた。
しかし、今更こんなことで戸惑ったりはしない。
フレンダはスカートの中から小さな缶のようなものを取り出すと、栓を引き抜いて相手に悟られないように地面に落とす。

(でも……)

少し遅れて、侵入者もそれに気付く。
だが問題ないと判断したのか、構わずに突っ込んできた。

(その強すぎる力が、油断に繋がるのよね)

一歩後ろに下がり、帽子で顔を覆う。
同時、缶が……スタングレネードが炸裂し、途轍もない衝撃音と閃光を発した。
その予想外の攻撃を、侵入者はまともに喰らってしまう。

(くそっ、油断したか)

目と耳を潰され、侵入者はやむを得ず立ち止まる。
フレンダは帽子を被り直すと、今度はスカートの中からコーヒー缶ほどの大きさの砲弾を取り出した。

(ま、こんな小細工がどれくらい通用するか分からないけど!)

ランチャーに点火し、照準を定めて発射する。
結構な発射音がしたが、視覚と聴覚を奪われた所為でフレンダの動きが全く分からないのか、侵入者は避けようとする素振りさえ見せなかった。
そして。

「うっひゃあ!?」

着弾した途端、耳を劈くような爆音が轟き、息苦しく感じるほどの煙幕が上がった。
想像よりも威力が大きかったことに、フレンダの方が驚いてしまう。
451 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:38:54.93 ID:wd2l4JCho

(あ、あれ? 弾種間違えた?)

慌てて手持ちの武器を点検してみると、案の定と言うかなんと言うか、やはり撃つ弾を間違えてしまったようだった。
本当なら、こんなに大爆発するのではなく煙幕と催涙ガスを噴出する弾を撃つつもりだったのだが、
形が似ていたのと焦っていたので取り違えてしまったらしい。

(…………、……まあ超能力者だし、大丈夫だよね。多分)

だらだらと嫌な汗を流しながらそんなことを願っていた、その時。
唐突に煙幕を裂いて、その中から人影が飛び出して来た。
無論、フレンダを目掛けて。

「うひゃっ!」

彼女はそれを紙一重で回避したが、それは殆ど経験による反射のようなものだった。
頭はそれどころではなく、混乱している。

(なっ、何で何で!? 盾になるようなものは置いてないし、目と耳は潰れてる筈なのに!
 どうして回避もしてない癖に無傷で、しかも私の位置が分かったの!?)

しかし、相手は考える暇など与えてはくれない。
間髪入れずにニ撃目、三撃目を叩き込もうとしてくる。
フレンダはその何れもをギリギリで回避し続けていたが、素人の少女とは思えない体捌きと威力に困惑していた。
452 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:40:36.60 ID:wd2l4JCho

(こいつ、本当に第三位……?)

思いつつも、否定する。
それ以外の人間がいる筈が――――

「っ、とぉっ!?」

拳が眼前を掠め、金色の髪が数本宙に舞う。
だがフレンダは怯まず、相手の鳩尾に回し蹴りを叩き込んだ。

(っつぅ! 防がれた!?)

まるで固い壁でも蹴ったような感触に、フレンダは慌てて足を引いて体勢を整える。
見やれば、確かに侵入者は体の前で腕を交差して彼女の蹴りをガードしていたようだった。

(でも、それだけであんな感触に……?)

また数発の攻撃を避け、彼女は相手の顔面を目掛けて拳を放つ。
これも寸前で回避されたが、フレンダは相手が避ける為に体勢を崩した隙を突き、擦れ違うようにその背後に回り込む。
フレンダは相手の髪を掴むと、力任せに引っ張ってそのまま前方へと投げ飛ばした。



そしてその拍子に、侵入者のキャップ帽がひらりと舞い落ちる。


453 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:42:59.45 ID:wd2l4JCho


「……え?」


一瞬見えたその色に、フレンダは思わず目を丸くしてしまった。
手の中に残った引き千切られた髪に、目を落とす。

……あの妹達のオリジナルなのだから、当然第三位の髪も茶色である筈なのに。
彼女の手の中にある髪の色は、


「白い」


風切り音。
殆ど無意識に反応し、フレンダは側頭部を狙って飛んで来た蹴りを右腕で辛うじて受け止めた。

「……ッ、くッ!」

何とか蹴りを押し返したが、右腕はじんじんと痛んでいる。
これは、罅が入ってしまったかもしれない。
だが、彼女の意識はそこにはなかった。それどころではなかった。

キャップ帽が無くなり、侵入者の顔が露わになっていた。
それは、とてもとても見覚えのある顔。
妹達を通してとか、間接的に知っているというのではない。何度も、直接会ったことのある人間だった。
忘れる筈が、間違える筈が、ない。

白い髪に、赤い瞳。
かの少女と大差のない、華奢な体躯と白い肌の、少年。

「アクセラ、レータ」


454 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/09(火) 23:44:43.70 ID:wd2l4JCho
投下終了。
次回も一週間以内に。
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/08/09(火) 23:52:59.35 ID:uTfz7km3o
乙!

美琴が侵入者かと思いきやまさかの一方通行だと……
続きが気になる〜
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/09(火) 23:56:54.21 ID:nK38jsGP0
なん………だと………?
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/08/10(水) 00:04:15.34 ID:nGqX7Lwao
おつー

>>456
侵入者が美琴だといつから錯覚していた……?
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/08/10(水) 00:13:01.33 ID:Nnz1iPQAO
>>457

嘘や…夢や…13kmや…
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/08/10(水) 00:26:57.17 ID:9wsN4l0mo
乙です!

美琴じゃなかったとは、どうして気づかなかったー。
読み返したらそれっぽい所はあったのに、全然分からなかったよ。
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 09:58:06.64 ID:1OYe6YcIO
乙です!
すげえ完全に騙された
多少言葉使いが荒くなってるかなーとは思ったけど全然違和感なかったっす
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 12:05:41.38 ID:Cc/zaqUDO
一方通行じゃね?と思いつつあれ違うのかなと考えつつ読み進めました
うへへ面白ぇ
やっぱ一方通行だったね!
フレンダ可愛し
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/10(水) 16:50:10.92 ID:olyfCtDuo
え、これは別に何も隠してなくね・・・?
むしろ気づかせるように書いてたと思うんだが・・・。
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 20:28:45.26 ID:fxluZovco
うん。普通に美琴じゃないと思った。
じゃあ誰だと考えたら一方さんしか思いつかなかった。
464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/08/10(水) 20:54:49.70 ID:nGqX7Lwao
そこはわかっていても書かないのが大人の対応だ
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/08/10(水) 21:17:44.24 ID:xWnwwM95o
漫画版超電磁砲を読んでるかどうかで感覚も違うんじゃね
俺は既読で、展開が漫画と一緒だったから途中まで美琴だと思ってた
途中でしゃべり方に違和感あったから「あれ?一方通行か?」と思ったけど
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/10(水) 22:13:58.89 ID:DE6OwwDEo
>>464
まともな事言ってるつもりか知らんが
別に隠すつもりで書いてないんじゃない?が完全に騙されたに向いてるなら
雰囲気でしか語れない大人の対応(笑)になるぞ
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/08/11(木) 00:03:43.37 ID:G5vEOhr4o
>>466
一体、どういうことだってばよ…?

>>465
なるほど、漫画のほうを読んでない人もいるよな。
俺も違和感はあったんだけど、漫画と同じ展開だったから美琴だと思いこんでた。
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/11(木) 00:53:46.18 ID:uNOa5UlLo
なるほど
俺も「これ別に騙されなくね?」と思っていたが漫画版既読者に対してのミスリードか
騙された方が楽しめるだろうし、>>1は上手いことやったな
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/11(木) 07:29:38.76 ID:lKbLUqiLo
>>462だけど、俺は既読者なんだ・・・
まあ、そんなことはどうでもいいんだけれど。
伸びちゃうと思わなかった
すまん、ROMるわ
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/11(木) 20:00:08.16 ID:bAopr69IO
やべぇ、漫画を想定してたから美琴としか思ってなかったわ。

471 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:50:30.66 ID:yZwgTcDLo
ああそうか、超電磁砲読んでない人もいますよね。当然ながら。
あと案の定バレバレだったようで恥ずかしいです。
この辺りは超電磁砲沿いのお話ですが、恐らく超電磁砲を読んでいなくても分かると思います。
ですが、漫画の超電磁砲は面白いのでお勧めですよ! と宣伝してみる。

ともあれ投下します。
472 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:51:09.51 ID:yZwgTcDLo




記憶喪失というものは、本当に厄介だ。
よりによって、他でもない彼が、この研究所を襲撃してくることになるなんて。



473 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:51:46.46 ID:yZwgTcDLo

侵入者は、一方通行は、名前を呼ばれて顔を顰めた。
正体を明かされたからだろうか。
しかし、フレンダの方はそれどころではない。
彼女は今までになく混乱していた。

(どうしてアイツがこんなところに!? 結局、研究所を破壊して回ってるのは第三位じゃなかった訳!?)

いや、今まで研究所を破壊して回っていたのはその手口からして明らかに発電能力者――――即ち、超電磁砲だった。
ならばこれはつまり、彼も彼女と全く同じことを考えて行動を始めたということ。
しかもそれが、よりにもよって偶然にもこの病理解析研究所に当たってしまった。

(どどどどどうしよう!)

しかし、そうしておろおろとしている間にも一方通行は立ち向かってくる。
フレンダは飛んで来る攻撃を危ないところで避け続けながらも、心の何処かでこの状況に納得もしていた。

(ああ、でも確かにアイツなら記憶喪失になったんならこうするんだろうなあ)

それに、今まで感じていた違和感も、相手が彼ならば納得がいく。
体捌きや威力は、恐らく能力で補強した結果なのだろう。
先程攻撃を加えた際におかしな感触がしたのは、彼が反射を適用させて……

(……ん?)

そこで、フレンダは首を傾げる。
もし本当に反射が適用されていたのなら、あんなものでは済まない筈だ。

しかも彼女はあの時かなり本気で蹴ったので、反射なんてされようものなら最低でも骨折にはなっている筈。
にも関わらず、彼女の足は骨折どころか腫れてさえいない。
単に鍛えているお陰かもしれないが、少し痛くなっただけだった。
しかしフレンダは、すぐにその理由に思い至る。
474 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:52:24.15 ID:yZwgTcDLo

(自分だけの現実が、不安定になってるのか)

かつて研究者たちが危惧していた通りに、度重なる過度な精神的負担を掛けられて自分だけの現実が崩壊を始めているのだ。
無能力者であるフレンダにはよく分からない感覚なのだが、これは相当に衝撃的なことらしい。

(暴風を操ったり、さっき床を持ち上げたみたいな大技を連発しないのは……)

もちろん、精神的疲労によってそれが難しい、ということもあるのだろう。
しかしそれ以上に、能力そのものが不安定になっているのだ。

(……大丈夫なの? コイツ)

とは思うものの、今はそれどころではない。
今は、一歩間違えれば自分が殺されかねない状況なのだ。

現在の一方通行がどういう性格の持ち主なのか、その詳細を彼女は知らないが、もし今の彼の性格が昔と大差ないのであれば、
見ず知らずの『敵』にはきっと容赦はしてくれないだろう。
実験の私設部隊の人間が虐殺されていたことを考えると、本当に殺されてしまう可能性もある。
その危険度は、第三位の比ではない。

(とにかく、何とかしない、とッ!)

一方通行の拳を捌き、カウンターを叩き込む。
確かにフレンダの方にも反動はあるものの、一方通行の反応を見るにダメージが通っていない訳ではないらしい。
胸を抑え、一瞬だけ苦しそうな顔をした。

(大技が使えないってのは助かるわね。能力で補強したとしても、体術ならこっちに分があるもん)

彼の動きが鈍った隙を見逃さず、フレンダは顎にアッパーを叩き込む。
身体が宙に浮き、身動きが取れないのを利用して更に追撃をしようとしたが、顎を打ち上げた手首を掴まれた。
475 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:52:52.71 ID:yZwgTcDLo

「うえっ!?」

掴まれた手首が、みしみしと悲鳴を上げる。
体術では分があるのは事実なのだが、能力を使われている以上単純な力比べではあちらの方が遥かに上なのだ。

フレンダはもう片方の手で一方通行の手首に手刀をぶつけ、何とか振り払う。
危うく折られるところだった。

(やばいやばいやばい、本気だ! いや当たり前だけど!)

強い力で掴まれた所為で真っ赤になった手首を擦りながら、フレンダは一旦距離を取る。
一方通行の方も、体術では分が悪いことを悟ったのか無理に距離を詰めてきたりはしなかった。

(爆弾……、は通るのかな? さっきのロケット弾の時は無傷だったし……。集中する余裕さえあれば、完全な反射はできない訳じゃないのか。
 さっきみたいに近接戦闘してる時は、咄嗟にはできないみたいだけど)

蹴りによるダメージはそれなりに入っていたようだから、不意打ちで爆発なんてさせようものなら大怪我を負わせてしまいかねない。
それでは駄目だ。
説得出来れば一番良いのだが、この状況でそんなことができるとも思えなかった。

(そもそも、あっちにしてみれば私は初対面なんだし)

そんな人間の言葉に聞く耳を持ってもらえるとは思えない。
一応顔見知りの滝壺がいれば何とかなるかもしれないが、彼女は今麦野と一緒だ。

(……とにかく、麦野が来るまで時間を稼ぐか自力で何とかしないと!)
476 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:53:28.85 ID:yZwgTcDLo

フレンダは懐から小型爆弾を取り出すと、一方通行に向かってばら撒く。
放たれた爆弾は、床や壁に当たった途端に弾けて無数の小爆発を起こした。
そして巻き起こった黒煙の向こうに、一方通行の姿が隠れる。

(ただの目くらましにしかならないだろうけど、こうしてちょっとくらい時間を稼げれば……)

ひゅん、と。
耳元を何かが掠めた。

少し間を開けて、背後で何かが砕けるような音が響いた。
嫌な予感がしてそろりと背後を振り返れば、抉れた壁と粉々になった床の残骸が。
恐らく、先の爆発によってめくり上げられた瓦礫だ。

(墓穴掘ったッ!?)

そして当然ながら、攻撃がこれだけで終わる筈がない。
瞬時にそれを悟ったフレンダは即座に真横に跳び、一瞬遅れて飛来してきた瓦礫を回避した。
瓦礫自体の大きさはそれ程ではないが、速度はちょっとした弾丸並みだ。
もしも当たれば、ただでは済まない。

(大技は使えないにしても、こういう使い方はできる訳ね! 距離を取ったのは失敗だったかなあ!)

近接戦闘では分が悪いと見てのこの攻撃だ。
今更近づこうとしたところで、そう簡単には近付かせてはくれないだろう。
そう言えば階段の時も似たような攻撃をしてきたのだから、迂闊に距離を取ったりするべきではなかった。
後悔しても、もう遅いが。

(えーとえーとえーと、何とかして距離を詰めるか何とかしないと!
 相手が第三位だと思って携行型AIMジャマーを持ってこなかったのは失敗だったなあ)
477 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:54:04.32 ID:yZwgTcDLo

携行型AIMジャマーは通常のものと比べて効果範囲も効力も遥かに弱いので第三位の超能力者たる美琴には殆ど効果は無いし、
そもそも電力を大量に消費するという代物なので時間も長く続かない上、下手をすると美琴の方から干渉されてしまう可能性があったので
持って来なかったのだが、どうやら判断ミスだったようだ。

しかしそんなことを考えている内にも、次々と攻撃は飛んでくる。
持ち前の反射神経と動体視力のお陰でそのことごとくを回避してはいるが、このままでは埒が明かない。
どうしようどうしようと思っていると、ふとポケットの中に忍ばせた手の先に固いものが当たった。

(……これ、使えるかも)

フレンダがスカートの中から取り出したのは、透明な小瓶。
警戒してか、それを見た一方通行は身構えたが、立ち向かって来たり小瓶を破壊しに掛かってきたりはしなかった。

(集中すれば完全な反射ができるってことは、これも別に危険じゃないってことなのかな)

手の中で小瓶を弄びながら、フレンダは一方通行を見やる。
動かない。
現時点では間合いはそこまで空いていないので、この位置から彼女が小瓶を思いっ切り投げれば避けきれない程度の距離なのだが。

(っても、ダメージを与えることが目的じゃないから防がれても良いんだけど)

フレンダが、透明な液体の入った小瓶を宙に放る。
そしてすかさず点火用のツールを小瓶に向かって投擲した。

ツールは見事に小瓶に当たり、薄いガラスを砕き、同時に衝撃に伴い小さな火花を発する。
途端。
透明な液体に火花が引火して、大爆発を引き起こした。

「…………ッ!?」

小瓶程度の液体がここまでの威力を持つ爆発を起こすとは思っていなかったらしく、さしもの一方通行も驚愕する。
フレンダはその爆煙に紛れて巨大なパイプに近付くと、そのパルプを一気に全開にした。
途端、部屋中に張り巡らされ設置されたパイプの口から正体不明の気体が噴き出す。
478 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:54:35.83 ID:yZwgTcDLo

「この……」

「学園都市特製の気体爆薬『イグニス』!」

宣言するかのような高らかなフレンダの声に、一方通行が動きを止める。
彼女は、不敵に笑った。

「この気体は人体には害が無いけど、放出後一瞬で拡散して空間を満たす。要するに今やこの部屋自体が巨大な爆弾って訳よ」

気体は無色で無臭だが、能力による空間把握によって既に部屋中に充満していることが分かる。
とは言え、これだけ一気に放出したのでは一瞬で拡散するなんて特性が無くてもあっという間に充満してしまうだろうが。

「香水瓶程度のサイズでさっきのあの威力。さっきみたいな攻撃の仕方をしてたら、すぐに火花が散って大爆発よ」

別のことに能力を使った直後では、反射だって上手く作用するか分からない。
そうでなくても、これだけ部屋中を気体爆薬で満たされてしまったら、爆発自体は防げても酸素を奪われてどうなるか。

(小賢しい真似を……!)

つまり、攻撃に能力を使うことはできない。
分の悪い接近戦に挑む他なくなってしまった。

(これで、何処まで行けるか!)

対応に迷って動きを止めている一方通行と、一気に距離を詰める。
彼ははっと我に返ると、飛んで来た蹴りを目の前で交差させた両腕で受けた。

「くっ!」

やはり咄嗟では上手く能力を作用させることができないのか、一方通行の表情が苦痛に歪む。
防御したのだが、それでも腕への衝撃で手が痺れるほどのダメージを負ってしまった。
479 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:55:16.75 ID:yZwgTcDLo

(やっぱり分が悪ィ……!)

自ら退路を断ったのは失敗だったかもしれない。
逃げようと思っても、部屋中に爆薬を充満された状態で壁をぶち破ろうものなら当たり前に火花が散ってしまうからだ。
そうなってしまえば彼も彼女もお終いだ。

もしかしたら一方通行は命だけは助かるかもしれないが、それでは意味がない。
彼には、まだやらなければならないことが山ほどあるのだ。

(身体能力強化自体は問題ねェだろォが、能力で建材を操るのは摩擦が危険、反射も場合によっては火花が散りかねねェし、
 空気の動きが殆どない部屋ン中では風も起こせねェ。マズい、俺の能力が殆ど……)

フレンダの拳が、眼前を掠める。
散った前髪が邪魔で、一瞬目の前にいる筈の彼女の姿を見失ってしまった。
たん、と背後で軽い足音が上がる。

(後ろ!?)

反応が、遅れてしまった。
一方通行の横腹に、まともに回し蹴りが叩き込まれる。

その衝撃に彼は地面を転がり、更に響いた地面を蹴る音に反射的に顔を上げる。
跳び上がったフレンダが、もうすぐそこまで迫っていた。

「ぐ、……ッ!!」

横向きに起き上がり、彼は何とかフレンダの踏み込みを回避する。
床に着地した瞬間の凄まじい音に、一方通行はひやりと背筋が冷えるのを感じた。
あんなのに直撃したら、反射で保護していたって肋骨くらいは折れていたかもしれない。
いや、もしあれを反射していたら最悪火花が散っていた可能性も……
480 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:55:46.86 ID:yZwgTcDLo

(ったく、自殺志願者かっての!)

そうだ、踏み込みの衝撃だって火花の一つくらいは起こしかねない。
にも関わらず、フレンダはそれを全く恐れることなく攻撃してくる。

疑問に思っていると、そこで隙が生じたのか今度は鳩尾に蹴りを入れられる。
一方通行の身体はいとも簡単に吹き飛び、壁に叩き付けられた。
その衝撃で呼吸がおかしくなり、激しく咳き込んでしまう。ただ、火花が散らなかったことに安堵していた。

(思ったより効果はあったみたいね。良かった)

身動きを取れずに必死で息を整えようとしている一方通行を眺めながら、フレンダは内心ほっとしていた。
この分なら、彼女一人でもなんとかできそうだ。

(とは言え、麦野がやって来た瞬間にばれるだろうけどね。こんな小細工)

現在、この部屋のシャッターは下ろされ、どうあっても脱出も侵入も不可能な状態にある。
そこで、内部の様子を知らない麦野はきっと能力でシャッターをぶち破って特攻してくるだろう。

……そんなことになったら、部屋は大爆発を起こしてしまうのではないか?
だが、フレンダはそんな心配などしてはいなかった。
何故なら。

(ま、爆薬なんて嘘っぱちだし)

ただし、もちろん最初に投げた爆薬は本物だ。
でなければ、ツールの火花が引火しただけであんな大爆発など起こりよう筈もない。
481 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:56:20.34 ID:yZwgTcDLo

しかし、その後にパイプを通じて放出した気体。
あれの正体は、実は窒素なのだ。
それを知っているフレンダは何の躊躇もなく暴れることができる一方で、一方通行は火花を立てないように必死で自ら行動を制限している。
それが、彼女の狙いだった。

(一方通行はうっかり火花を上げないように能力の強さを調整するのに精一杯。どんなに暴れたって、爆発なんて起きないのにね)

騙していることに対する罪悪感をさっぱり感じないあたり、自分はやっぱり根っから暗部の人間なんだなあと思う。
そんなことを考えていると、地面に膝をついて息を切らせていた一方通行がようやく立ち上がった。

(さて、どれくらい持つかなーっと)

向かってきた一方通行の攻撃をひらりとかわし、首筋に踵を打ち込む。
そうして彼がふらついたのを見逃さず、無防備な体にフレンダは更に追撃を重ねた。

一方通行はその衝撃に吹き飛ばされかけたが、能力で重心を調整したのか何とか踏み止まって着地する。
彼女はそれに少し感心しながらも、体勢を整える暇を与えないように間合いを詰めようとした。
それに負けじと、一方通行も地面を蹴ってフレンダへと接近を試みる。
だが、僅かだけフレンダの方が早かった。

しかし。

確かに一方通行に突き刺さったはずの拳が、するりと擦り抜けた。
手応えが、ない。
それどころか、彼女の拳は一方通行の身体を突き抜けて虚空を切った。

(な、にこれ!?)

こんな能力の使い方は見たことがない。
過去の彼を知っているからと、油断していた。
これは光を歪ませて対象の位置を誤認させる、いわゆる偏光能力だ。
482 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:57:08.90 ID:yZwgTcDLo

かつての彼はその強力過ぎる能力ゆえ、このような小細工を使ったことなど無かった。
だからフレンダは、彼の能力のこんな使い方を知らなかった。

(やば、)

すぐそばで、空気が動く音が聞こえる。
即席の偏光能力など、そこまで精密で応用が利くようなものではない。
つまり、見えないだけで一方通行はすぐ近くにいるのだ。


がごっ、と。
一瞬、上顎と下顎がずれてしまったような気さえした。
能力を使用した状態で、側頭部を蹴られたのだ。
身体を吹き飛ばされたフレンダはそのまま為す術もなく床に倒れ込む。
意識を失わなかったのが奇跡だった。

(いっだああああ!! でも私生きてる!? まだ動く!)

視界はぐらぐらしているし頭もがんがんしているが、まだ立ち上がることができる。
変なところを打ってしまったのか身体の動きがぎこちないような気がしたが、彼女は構わずにむりやり立ち上がった。
一方通行は、もう目の前まで迫っている。

(避けきれないか。ちょっと辛いけど、防ぐしか……!)

フレンダは顔の前で両腕を交差させ、一方通行の拳を受けようとした。
が、振り下ろされた拳は彼女になんの衝撃も与えない。
ただ、擦り抜けた。

(まっ、また幻!?)
483 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:57:43.12 ID:yZwgTcDLo

彼女は慌ててガードを解くと、周囲を見渡して状況を把握しようとした。
しかし、回そうとした首ががっとホールドされる。
目の前には、白い腕。

「ぐぎッ!?」

気付いた次の瞬間、凄まじい力で首を締められた。
鶏を絞め殺した時のような変な声が出たが、一方通行は構わずにギリギリと締め上げてくる。

(な、なるほどこれなら衝撃なく相手を倒せ……ってこんなこと考えてる場合じゃない!)

フレンダは酸素が足りずに回らない頭で必死に考えて、現在何の防御もされていない筈の腹部に向かって思いっ切り肘打ちを叩き込んだ。
そこで一瞬込められた力が弱まったのを見逃さずに、彼女は回されていた腕を全力で引っ張った。

「う、おりゃああああああッ!!」

体重の軽い一方通行はいとも簡単に投げ飛ばされ、背中から地面に激突する。
その拍子に、フレンダの隠し持っていたツールもいくつか落ちて散らばってしまった。

「ぐッ」

息を詰まらせながらも、一方通行は何とか転がって立ち上がる。
フレンダも、激しく咳き込みながらも必死で息を整えようと苦心していた。

「わっ、悪くない考えだったけど結局は素人! 完全には……ゲホゲホッ! って訳よ!」

危うく意識を持っていかれるところだったが、振り払ってしまえばこちらのものだ。
偏光能力にしても、使ってくるタイミングを把握できれば何ということもない。
の、だが。
484 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:58:22.61 ID:yZwgTcDLo

「……あれ?」

彼女は、自分が張った発火テープの真上に立っていた。
天井近くまで吹っ飛ばされていたらしいツールは、未だ宙を漂っている。
そしてそのうちの一つが、丁度その切っ先を彼女の真下にあるテープに向けて落下しようとしていた。
つまり、点火しようとしている。

(えっ?)

このテープは、ただの導火線ではない。
ただそれだけで鉄板を焼き切ることもできる、恐ろしい凶器だ。
そんな凶器の上に、靴の脱げた彼女の足が乗っている。
点火されれば彼女の足がどうなるかなんてのは、わざわざ語るまでもない。

(ちょ……)

チ、
リッ。
ツールがテープに突き刺さり、途端にテープが凄まじい勢いで発火した。

「にょわッ!?」

フレンダは、弾かれるようにして真上に飛んだ。
それに一瞬遅れて、彼女の足元に張ってあったテープが発火する。
あくまで接したものを焼き切る罠であってそこまで爆発力はないのが幸いし、彼女の足は何とか事なきを得た。

しかし跳躍の方向や力を自分で調整できなかった上に発火の衝撃で妙な方向に飛ばされてしまい、彼女はゴロゴロと地面を転がってしまう。
何だかよく分からない機械に頭をぶつけたところで漸く停止すると、彼女は頭をさすりながらよろよろと身体を起こした。

「い、ててて……。あっぶねーあぶねー、危うく自分の罠で下半身吹っ飛ばすところだったわ」

無残に焼き切られた床を振り返りながら、フレンダは額を伝う汗を拭う。
ひとまずは無事な自分の足を改めて確認し、彼女はほうっと息をついた。
485 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 22:59:32.47 ID:yZwgTcDLo

「まったく自分の脚線美だってのに……」

彼女が無傷な自分の足を眺めて安堵している、と。
何処かからか何かが割れるような音が聞こえてきた。

「あ」

気が抜けた所為で、すっかり忘れてしまっていたが。
ついうっかり、火花どころか爆炎を盛大に上げてしまった。
……と、いうことは。

「あァ、そォかそォか」

こつ、こつ、と。
前方から、無機質な足音。
その主である一方通行は、その手に半円状に捻じ曲げられたパイプのようなものを持っていた。
奥では、彼が引き千切ったらしい電線がバチバチと凄まじい火花を上げている。

「そォいうことか。なるほどなァ」

曲がったパイプを上方に投げたり受け止めたりを繰り返しながら、一方通行が近付いてくる。
彼の顔には、気持ち悪いくらい楽しそうな笑みが張り付いていた。

「結局、俺も随分と初歩的なハッタリに引っ掛かってたって訳か」

「は……、ははは……」

一方通行が近付いてくるにつれて、フレンダもじりじりと後ずさって行く。
しかし、その背はすぐに壁にぶつかってしまった。

「てへっ」

頭を軽く小突き、ぎこちない笑顔で取り繕う。
が、おどけて誤魔化そうとしても無駄だ。
室内に甲高い音が響き、彼女は呆気なく敗北した。


486 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/12(金) 23:00:08.54 ID:yZwgTcDLo
投下終了。お疲れ様でした。
次回はまた一週間以内に。
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/12(金) 23:20:47.10 ID:O85NfcO90

まあフレ ンダらしい最後だったな
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/08/12(金) 23:22:40.59 ID:2Z0lPwA6o


安定のフレ ンダだな
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2011/08/13(土) 00:24:42.21 ID:M3k3As0P0
らしくないとおもったらやっぱりフレ ンダだったな
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/13(土) 00:44:22.40 ID:hyKZgEYDO
ヒヤッとしちまったよ
491 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:14:41.51 ID:US2bwjK/o
どうもこんばんは、フレンダの扱いは相変わらずですね。
取り敢えず投下します。
492 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:15:19.36 ID:US2bwjK/o

「トドメを刺さなかったのは、死なせたら寝覚めが悪い……とかじゃねェからな」

何処から拾ってきたのか、手の中でナイフのように鋭い金属棒を弄びながら一方通行が言う。
フレンダは片手と片足をそれぞれ半円状に曲げたパイプで壁や床に拘束され、身動きが取れない状態にあった。
何とかパイプを引き抜こうと努力はしているものの、ぐっさりと刺さったパイプは全く抜けてくれる気配は無い。

「まさか一人でここを守ってる訳じゃねェだろ。人数と、能力者がいるならそいつの能力も吐け。洗いざらいだ」

「…………」

フレンダがぷいとそっぽを向く。
一方通行はそれを見て僅かに眉を動かすと、ちょうど真横にあった機械をこすんと軽く小突いた。
瞬間、凄まじい轟音を立てながら機械が破壊され、紙屑のように崩れ落ちる。

「ッ……!?」

その光景に、フレンダは目を丸くする。
まだここまでの力を残していることにも驚いたが、これまでの戦闘ではやはりかなり加減をしていたことを思い知らされたからだ。
もしあんなのが一度でも掠っていたら、彼女はもっと早くに敗北していたに違いない。

「あァなりたくなかったら、三秒以内に答えろ」

(ひいっ!?)

冷酷な声音で発せられた言葉に、フレンダが顔を真っ青にする。
同時に、無慈悲なカウントダウンが始まった。

「3」

(うわあああどうしよう! 麦野まだ!? まだあ!?)
493 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:15:48.01 ID:US2bwjK/o

辛うじて動く首を回して部屋の入り口を見つめるが、灰色のシャッターはうんともすんとも言わない。
足音や気配がしないことからも、助けの望みは絶望的だった。

「2」

(今の一方通行相手なら麦野でも敵う!
 と思うけど、流石に能力バレしたらキツいよね!? 麦野の能力の仕組みなんか教えちゃったら解析早くなるだろうし!)

一方通行は、今ひどく弱体化している。
仮に解析されたとしても、麦野の攻撃を反射によって完全にいなすことはできないだろう。
絹旗の話によると、あのテレスティーナの疑似超電磁砲でも相当の深手を負っていたようだから、
麦野の粒機波形高速砲が直撃しようものなら骨の一本や二本は余裕で折れる筈だ。

しかし、あの素早さで回避に回られると少々厳しいかもしれない。麦野の能力は、小回りが利かないし精度もあまり高くないのだ。
だからフレンダは、どうしても情報を吐くことができなかった。

「1」

(……ううっ、やっぱ駄目!)

一方通行の瞳は、ぎらぎらと凶悪に輝いている。
あの様子では、とてもではないが見逃してはくれなさそうだ。
つまり、黙秘イコール死。
でも。

(言えない)

彼女は、心を決める。
黙秘することを、自ら選び取る。
494 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:16:21.23 ID:US2bwjK/o

「0」

そして、最後のカウントダウンが終わる。
フレンダは口を固く閉ざしたまま、じっと一方通行を見つめていた。

「……仲間は売れないって訳か」

「…………」

「そォいうの、嫌いじゃねェけどな……、?」

妙な気配がした。
その違和感に、一方通行が何気なくシャッターの方を見やる。

、と。
シャッターの一部が、変質していた。
嫌な予感がして咄嗟に背後に飛んだ一方通行の目の前を、ほんの一瞬遅れて発せられた極太の光線が横切って行く。
そうして二人の目の前を素通りした光線は、その先にあった壁や障害物を跡形もなく破壊した。

「これは……」

破壊された建造物や機械類、そしてシャッターを見て、一方通行は息を飲む。
すべて、溶かされたようになっていた。
光線をなぞるように円柱状に抉れた建造物は、そのことごとくがまるで最初からそう作られていたかのように綺麗に消失している。

「あんまり静かだから、殺られちゃったのかと思ったけど」

高らかな、足音。
シャッターに開けられた穴の向こうから、一人の少女が姿を現した。
495 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:17:07.55 ID:US2bwjK/o

「危機一髪だったみたいね、フレンダ」

亜麻色の長い髪を靡かせて悠々と部屋に入ってきたその少女は、けれどその身体のあちらこちらが煤けていた。
まるで、激しい戦闘でもしてきたかのように。

「むっ、麦野ぉ!!」

顔を見た瞬間、一気に力が抜けて涙が零れてきた。
麦野はそれを見て呆れたように微笑んだが、すぐに一方通行に向き直ってきっと彼を睨みつける。

「ったく、記憶喪失だからってちょーっとおイタが過ぎるんじゃないかにゃーん?」

麦野の言葉に、一方通行がぴくりと反応する。
しかし麦野は構わずに、右手を真横に振り抜いて不敵に凶悪に笑った。

「オシオキカクテイだ。覚悟しろよ、クソガキが」


496 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:17:34.69 ID:US2bwjK/o

―――――



「第十学区、か」

日常ではあまり見ることのできない、殺風景な学園都市を見回しながら美琴はぽつりと呟いた。
とは言え、美琴も超能力者なのでここに来たのが初めてという訳ではない。
第十学区は研究施設の多い学区なので、実験協力などの時にはたびたび訪れたことのある場所だ。

(久しぶりに来たわね。最近は実験協力の依頼も全然なかったし)

そんなことを考えながら、美琴はそこかしこに点在している研究所を確認し、PDAに目を落とした。
PDAには、書庫(バンク)をハッキングして手に入れた第十学区の地図が映し出されている。
第十学区は第二十学区のように学園都市の学生でもその詳細を全く知らない、という訳ではないのだが、
違法な実験を行っている施設も多いので本当に詳細な事項は隠匿されているのだ。

よって、彼女の目的を達する為には普通に公開されている地図では足りない。
そこで彼女はハッキングに手を染めたのだが、これがなかなか骨の折れる作業だった。

(まさかこんな時間まで掛かっちゃうなんてね。まあ、ついでに体力は回復できたから良いけど)

自分の胸に手を当てながら、美琴は深呼吸をする。
僅かとは言え休憩を取ることができたお陰で、体調も能力も安定しているように感じた。
これなら、まだまだ頑張れる。
そう自分に言い聞かせながら、彼女は手のひらをぐっと握った。

(さて、次のターゲットはっと)

今日のノルマは、八基。
本当ならもっと沢山の研究所を潰したいのだが、あまり最初に飛ばし過ぎると後から体力が持たなくなってきて、
最終的には目的を達成できなかった、なんてオチになり兼ねない。

それだけは絶対に避けたいので、彼女は余りにもひどい無茶だけは避けるようにしていた。
ただし、適度に無茶はしまくっているのであまり意味はないかもしれないが。
497 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:18:10.10 ID:US2bwjK/o

(ここから一番近いのは……、あそこか)

最初のターゲットは、今立っている位置からも視認できた。
美琴はその研究所を睨みつけると、視線を逸らさないまま歩き出す。

(残り何基かなんて、数える気も起きないけど)

目を逸らさない。
ざり、ざり、とスニーカーが小さな足音を刻んでいた。

(それでも、無限じゃない。諦めなければ、いつか必ず何らかの変化は起きるはず)

美琴が、ぱちぱちと小さな電撃を纏い始める。
まるで彼女の意志に呼応するようにして、青白い光が弾ける。

(だから、私は挫けたりなんかしない)

バチン。
彼女の近くにあった監視カメラが一つ、煙を上げて破壊された。
どんなに巧妙に隠されていても、彼女は一つも見逃さない。

(どんなに小さな変化でも良い。その綻びから、救いを見いだせるかもしれない)

バチン、バチン。
美琴が通った後にある電子機器が、次々と動作を停止していく。
能力ですべてを感知して、能力ですべてを無効化して、能力ですべてを破壊する。

(……必ず。見つけ出してみせる)

目の前には、研究所の扉。
その中からは、まだ人の気配がする。
恐らく美琴が第七学区の研究所ばかり狙って潰していたから、第十学区はまだ大丈夫だと高を括って避難していないのだろう。
彼女は、そうやって警戒されて第七学区内の研究所の警備を強化されていたら困るから、わざわざここまで来たのだ。

作戦は成功。
ゲリラにはゲリラの戦い方があるということだ。

「さあ。行くわよ、御坂美琴」

この研究所のセキュリティは、既にすべて美琴の支配下に置かれた。
準備は、万端だ。

「絶対に、成し遂げる為に」


498 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:18:41.93 ID:US2bwjK/o

―――――



轟音と共に、巨大なタンクが麦野に向かって撃ち出される。
しかし麦野は焦ることも驚くこともなく、ただ、タンクに向かって手を翳した。
まるで、片手で受け止めようとするかのように。

が、その途端。
彼女が触れた部分から、タンクがぼろぼろと崩れ出した。
内側から爆発でも起こったかのように。
そして完全にただの黒焦げたかけらと化したタンクは、粉々になって麦野の足元に散らばった。

(防がれ……、いや消し飛ばされた?)

麦野は服に付いた煤をさっとはらうと、そのまま流れるような動作で一方通行に人差し指を向けた。
その指先には、小さな光が。

「ッ!」

本能的に危険を感じ、一方通行は真上へと跳んで壁に張り付いているパイプを掴んだ。
一瞬遅れて、その真下で凄まじい破壊と爆煙が起こる。

(威力は超電磁砲以上か。『反射』が完全だったとしても、喰らったらただじゃ済まねェな)

一方通行は掴んだパイプと手近にあった適当な機械類を引き千切ると、それを麦野たちに向かって撃ち出した。
それを見て、すぐさま麦野はフレンダの拘束を能力で破壊する。

「あ、ありが……」

しかしフレンダが礼を言う暇もなく麦野は彼女の首根っこを掴み背後に放り投げた。
そして、手の中に光を発生させる。

「相変わらず、器用な真似をするわね」
499 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:19:13.30 ID:US2bwjK/o

手の中の光を盾のように展開し、自分の正面に翳す。
一方通行の飛ばした機械類は、それに触れた途端最初のタンクのようにぼろぼろになって砕け散った。

「けど、それもいつまで持つかしら」

一方通行が表情を歪める。
麦野の言葉は、的を得ていた。

彼が能力を使える時間には、制限がある。
しかも精神的負担によってか、以前よりもその制限時間は短くなってしまっていた。
長期戦は、一方通行に不利なのだ。

(……不味いな。このままじゃ負ける)

相性が悪い。
相手は暗部の人間。よって、恐らく接近戦はフレンダと同等かそれ以上だろう。
そんな人間に対して接近戦を挑むのは些か無謀だ。
先程のフレンダとの戦いと同じことになってしまいかねない。

よって、能力を駆使した遠距離攻撃を試みているのだが、その何れも当たらないか防がれる。
攻撃手段が、ないのだ。

(厄介な……)

しかもあの光線の破壊力。
たった一度でも掠ろうものなら、大ダメージは免れないだろう。

反射があるので先程から彼女が破壊しまくっている建材のように穴を空けられたりはしないだろうが、衝撃だけでも致命傷になりかねない。
……ここまで来ると、相性が悪いなんてレベルの話ではない。
彼女とは、戦うべきではない。
500 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:20:00.79 ID:US2bwjK/o

(癪だが、仕方ねェか)

一方通行は建材を抉り出すと、それを麦野の目の前の巨大なパイプに向かって投げ付けた。
途端、破れたパイプから大量の水蒸気が噴き出して彼女の視界を奪う。

(何? 目眩ましのつもり?)

水蒸気に巻き込まれないように後ろに下がりながら、麦野は怪訝な顔をする。
彼女には水蒸気を払う能力は無いので、自然に水蒸気が晴れるのを待たなければならないが。

(こんなの、すぐに晴れる。時間稼ぎにだってならないのに……)

すると、ゆっくりと水蒸気が晴れてきた。
水蒸気によって隔てられていた向こう側が露わになってくる、が。
そこに一方通行の姿は無かった。
ただ、最初に麦野が空けた大穴だけがそこに佇んでいる。

「……なるほどね。逃げたか」

腰に両手を当てながら、麦野は呆れたように溜め息をつく。
と、シャッターに空いた大きな穴から一人の少女がひょっこりと姿を現した。

「ごめんね。遅くなった」

「ん、滝壺」

黒い髪に、ピンクのジャージのズボンを履いた少女。
滝壺理后。
彼女は危うく穴に躓きそうになりながら部屋に入って来ると、のたのたと二人に近付いてきた。
501 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:20:53.52 ID:US2bwjK/o

「やっぱりあくせられーただった?」

「ええ。アンタが間違える訳ないでしょ」

「そっか」

けれど、滝壺は暗い顔で俯いた。
そんな彼女を見てか、麦野も複雑そうな顔をする。

「ったく。何でここなのかしらね」

「私が、もうちょっと早くここに来れば良かったね」

「仕方ないわよ。フレンダが通信を怠った所為で位置探索に『能力追跡』を使ったんだから。
 それに私は『原子崩し』の逆噴射でここまで飛ばして来たんだから、アンタが追い付ける訳ないでしょ」

「うん。ごめんね」

「そ、それどころじゃなくて通信忘れてた……ごめん……」

「良いのよ別に、責めてやしないわ。最終的にここを守れれば、何でも良いし」

麦野がひらりとスカートの裾を揺らしながら、一方通行の入って行った大穴に向き直る。
そして懐から透明なケースを取り出すと、少し逡巡してからそれを滝壺に投げて渡した。

「……悪いわね。一度だけお願い」

「一度だけじゃなくても良いよ」

「駄目よ。リーダー命令」

「……、リーダー命令なら聞かなきゃだね」
502 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:21:36.54 ID:US2bwjK/o

滝壺はやんわりと微笑むと、ケースから極少量の白い粉をふるい出した。
そしてそれを手の甲の上に乗せると、舌先でほんの少しだけ掬い上げる。
途端。
眠そうな目をしていた滝壺がかっと目を見開き、勢い良く顔を上げる。

「位置と大まかな進行方向だけで良いわ」

「ここから十一時の方角、絶対座標は2391,1990。進行方向は絶対座標を基点に八時の方角へ」

「チッ、やっぱり管制室か」

麦野は舌打ちすると、自分の開けた大穴に向かって歩き始めた。
フレンダと滝壺はその後について行こうとしたが、その直前で麦野が立ち止まってくるりと振り返る。

「ああ、アンタたちはついてこないで。ここで待機ね」

「な、何で!?」

「アンタたち、二人とも消耗してるでしょうが。アンタたちの歩調に合わせてたらアイツに追い付けない」

言い返せなくて、二人はぐっと言葉に詰まる。
麦野はそんな二人を見て小さく溜め息をつくと、ふと思い出したように口を開いた。

「あ、そうだ。滝壺、悪いけど念の為に管制室に先回りしてちょうだい。ゆっくりで良いから」

「管制室? ……どうして?」

滝壺が、こてんと首を傾げる。
一方通行は逃げながら管制室に向かっているので確かに急げば滝壺でも先回りできるが、当然ながら彼女は戦力にはなり得ない。
彼女を向かわせるくらいなら、まだフレンダを付けた方がマシだ。
503 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:22:12.56 ID:US2bwjK/o

「念には念を、ってね。私がアイツを止められなかったら、アンタがアイツを説得して。
 アンタなら少なくとも攻撃されることはないでしょ。本当なら絹旗が一番良いんだろうけど、今から呼び出したんじゃ間に合わないし」

「……分かった」

「む、麦野……」

「大丈夫よ。今のアイツには負ける気しないし。
 それから確認したいんだけど、フレンダは施設のあっちこっちに爆弾を仕掛けてあるのね?」

「へ? そうだけど……」

「じゃあ、導火線も張り巡らされてる訳か。それなら、フレンダはここから援護して。ああ、もちろん爆弾の位置も教えてね」

「う、うん。じゃあこれ」

フレンダは麦野に駆け寄ると、小さなメモ帳を彼女に手渡した。
麦野はそれをさらっと確認すると、人差し指をこめかみに当てながら何事かを考え込むかのように目を閉じる。
と、唐突に彼女は目を開いた。

「覚えた。ありがとね」

そう言って麦野はフレンダにメモ帳を突き返すと、振り返りもせずに行ってしまった。
フレンダと滝壺はその様子を不安そうに見つめていたが、麦野の姿が穴の中に消えてしまうとそれぞれ自分の仕事へと取り掛かっていった。


504 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/17(水) 23:23:16.15 ID:US2bwjK/o
投下終了、お疲れ様でした。
次回更新はまた一週間以内に。

ちなみに、このSSのむぎのんは一方さんの一つ上です。
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(香川県) [sage]:2011/08/17(水) 23:29:32.34 ID:5Kq2fDV/0

麦野サンハJKデスヨ
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 00:00:01.54 ID:l4+ynDEDO
乙!!
やっぱり流れからヒーローでない上条さんの展開は難しいな
これを見てると意外と動かし難いキャラだと痛感
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 02:18:00.72 ID:zFybbFTDO
乙乙ー

麦野さんじゅうななさいか
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/18(木) 17:14:45.79 ID:a5oa/M9IO
一方さんの一つ上と聞いて序列のことかと思ってしまった
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/08/19(金) 15:21:36.83 ID:GhbHQZsz0
むぎのん素敵
乙です
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/19(金) 18:01:11.24 ID:6I1m5tWKo
>>508
第零位か
オサレだな
511 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:29:45.39 ID:QLeyxKywo
毎回レスありがとうございます……!
いつも本当に読者さんなんていらっしゃるんだろうかと不安になっているので、本当にありがたいです。
あと一つ上なのは年齢のことです。紛らわしくてすみません。
具体的には一方さんが15〜16歳なので、むぎのんは16〜17歳ということになりますね。

という訳で、本日も粛々と投下して行きましょう。
512 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:30:40.92 ID:QLeyxKywo

(あンなのを相手にするのは流石に分が悪ィ。施設の破壊を優先する)

一方通行は適当なところで麦野の開けた穴から外れると、管制室を目指して走り出した。
この施設を破壊する前に、あそこにある実験関連データを完全に削除しなければならないのだ。

(仮に追ってきても、管制室まで逃げ切っちまえば無闇に破壊力の高すぎるあの光線は撃てねェ筈だ)

麦野の『原子崩し』は、非常に加減が難しい。
その特性上、破壊するものと破壊しないものを選ぶことができないのだ。

即ち、彼女は重要なデータの詰まった管制室では能力を使うことができない。
もし一方通行が彼女の攻撃を回避してしまったら、当たらなかった光線はそのまま管制室に突き刺さってしまうからだ。
つまり、管制室にさえ逃げ込んでしまえば後はこっちのもの、ということ。

(管制室はあっち……)

と、その時。
床に着地しようとした足から唐突に力が抜け、彼はがくんと膝をついてしまった。

(不味い、能力を使い過ぎたか? 力がもう……)

上手く発動しない能力を無理やりに使っているのに加えて、彼はもう何日も眠っていなかった。
最後に寝たのがいつなのかさえ、もう曖昧だ。
眠れなくてもせめて休憩くらいはしておくべきだったか、と今更ながらに後悔する。

(……、管制室はそォ遠くねェ。このまま突っ切る)

自分を叱咤しつつ、一方通行は一歩前へと踏み出そうとした、が。
不健康に青白い光線が、彼の髪を掠めた。

「!?」

一方通行は慌てて身を引くと、光線が途切れるのを待って一気に前へと跳ぶ。
じっとしていると当たってしまう可能性があるからだ。
513 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:31:30.69 ID:QLeyxKywo

(ランダムに迂回して移動してるってのに、どォしてここが分かった?)

そう考えている内にも、光線は次々と撃ち込まれてくる。
しかし、その何れも最初の一撃がまぐれだったかのように一方通行から逸れて着弾した。

(当てずっぽうか……? いや、それにしては最初の一撃が正確すぎる)

そもそも、一方通行がどの方向に逃げたのかを当てている時点で当てずっぽうとは考えにくい。
精密ではないが、確実に一方通行の居る範囲を当てて来ている。

(……来る)

首筋が、チリリと痺れるような感覚。
それに反応して一方通行は大きく跳ぶと、一瞬遅れて先程まで彼の居た場所に光線が撃ち込まれた。

(近付いて来てるな)

どんどん精度が高くなってきている。
光線が撃ち込まれる間隔も、狭まってきていた。
恐らく、既に音や気配でこちらの動きを察することができる程度には近づいてきているのだろう。

(ただ、行動パターンが読まれてる気がするのが懸念事項だな。
 ……つっても、ここは実験関連施設。その用心棒だから、そォいう資料が渡されていてもおかしくねェが)

そんなことを考えていると。
唐突に、床が直線状に火花を上げた。
その光景に見覚えがあった一方通行は、嫌な予感がして咄嗟に前へと転がる。
514 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:33:17.54 ID:QLeyxKywo

「ッ!」

それに一瞬遅れて、背後で複数の爆発が上がる。
フレンダの仕掛けた爆弾だろう。
着地に失敗して床に叩き付けられながらもそれから逃れることのできた一方通行は安堵したが、
顔を上げた先に今にも爆弾に点火しようとしている導火線を発見してぎょっとした。

そして、目の前で爆弾が爆発する。
立ち上がる猶予も無かった。

周囲はもうもうと立ち上がる爆煙に包まれ、一方通行はあっという間にそれに呑み込まれてしまう。
爆弾を回避できず、彼は沈黙してしまったかのように思われた。
しかし。
煙が晴れた時、そこには無傷の一方通行が立っていた。

(反射、間に合ったか……。立ち止まってたのが幸いするとはな)

服に僅かだけ付いた煤を払いながら、一方通行は皮肉気に息を吐いた。
だが、そうしている内にも気配はどんどん近付いてくる。
やはり、あちらは彼の位置を把握しているようだった。そうでなければ、一度見失った相手をここまで追って来ることはできない。

(……間違いねェな。読心能力か透視能力か、とにかく俺の位置を特定する能力を持つ奴が向こうにいる)

けれど、それが分かったところでどうすることもできない。
今更あそこに戻ってその能力者を倒そうとしたところで麦野に遭遇してしまっては元も子もないし、そんな余力も残っていない。
そもそも、初撃以後は攻撃の精度が各段に落ちたことから、恐らく麦野とは別行動をしているのだろう。
戻ったところで、その能力者に追い付ける可能性は低かった。

(どちらにしろ、今は逃げるしかねェってことか)

後手に回ることしかできない自分に辟易しつつも、一方通行は再び逃走を開始した。
滝壺も向っている、管制室へと。


515 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:36:04.12 ID:QLeyxKywo

―――――



(方向はこっちであってるはずだけど、一発も当らないなんてね)

自分で開けた穴を通り道としてくぐりながら、麦野は嘆息する。
片手に持った通信機は、フレンダと繋がっていた。

『麦野、どう?』

「今んとこ手応えなし。まあアイツは立体に動けるし、『一方通行』は感知能力でもあるから私の攻撃を察知してるんでしょうね」

『そっか……いぎっ!?』

突然妙な声を上げたフレンダに、麦野は溜め息をつく。
どうやら、麦野はその原因に心当たりがあるらしい。

「アンタ、骨折れてるでしょ」

『へ!? よ、よく分かったね……』

「そりゃあ、あんだけぎこちない動きしてたらね。
 そんなことよりあんまり無茶されて以降の任務に影響が出ても面倒くさいし、もう離脱しなさい」

『え、で、でも……』

「このまま行けばアイツに追い付けそうだから、もう加勢は必要ないでしょ。
 もし見失っても、管制室のちょっと前あたりで待ち伏せしてれば確実にぶつかるだろうし」

『そりゃそうだろうけど……』

「何よ、私がアイツに敵わないかもとか思ってるの?」

『そ、そういう訳じゃないよ! でも、弱体化してるからって甘く見たり油断したりしたら危ないってだけ!』
516 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:36:43.36 ID:QLeyxKywo

「そんなの私だって分かってるわよ。腐っても第一位なんだしね」

『でも、本当に気を付けてよね! 勝ちそうになったら油断するの、麦野の悪い癖だよ!』

「はいはい。……それより、滝壺の位置分かる?」

『ん、ちょっと待ってね』

通信機の向こうから、暫らく電子音と機械音だけが聞こえてきた。
恐らく、フレンダが滝壺と連絡を取っているのだろう。
麦野は足を進めながらも、じっとその音に耳を傾け続けていた。

『うーん……、まだ管制室まで掛かりそうだって。やっぱりだいぶ消耗しちゃってるみたい』

「そっか。まあ今日はもう二回も能力使っちゃったしね、無理ないか」

『……やっぱり、もうちょっと急いでって言った方が良い?』

「や、大丈夫。あっちも消耗してるみたいだから」

『へ?』

「一方通行の移動距離がどんどん縮まってるのよ。この分なら、私が攻撃してるだけで十分な時間稼ぎになるわ」

話しながら、麦野は一気に三発もの極太の光線を放つ。
凄まじい破壊音が向こうにも響いたのか、フレンダが小さく悲鳴を上げた。

「それに、滝壺はあくまで保険だし。駄目なら駄目でも構わないわ」

『なら良いんだけど……』

「それじゃ切るわよ。で、アンタはさっさと離脱すること。じゃあね」

『うん。頑張ってね』

その言葉を最後に、ぶつりと通信が切断される。
麦野は物言わなくなった通信機をぞんざいに放り投げると、先へと進む速度を上げた。

管制室まで、あと少し。


517 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:37:14.57 ID:QLeyxKywo

―――――



(攻撃が止ンだな)

静かになった廊下をひたひたと歩きながら、一方通行は訝しげな顔をする。
能力さえ使わなければ精神も体調も安定してくれるのか、そのお陰で体力はだいぶ回復させることができた。

(見逃そォって訳じゃねェだろォし、こっちの出方を伺ってンだろォな)

考えながら、一方通行は溜め息をつく。
つまりそれは、あちら側に彼を迎え撃つ準備があるということだからだ。

(……こっちの居場所を特定できる能力者がいたのは想定外だった。逃げたのは完全に裏目だったか)

しかし、だからと言って今更逃げ出すわけにはいかない。
今を逃してしまえば、恐らく次はもっと警備が強化されることになる筈だ。
現時点でさえこれだけ苦戦しているのに、これ以上何か対策をされようものなら手出しが出来なくなってしまう。

(つっても、あんな奴らとまともに戦って勝てる気はしねェな……)

言ってて情けなくなってくるが、多勢に無勢なのだから仕方がない。
せめて何か利用できるようなものがあればいいのだが、麦野のあの能力では普通の武器など通用しなさそうだ。
518 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:37:47.24 ID:QLeyxKywo

「?」

ふと。
一方通行は、足元に張られた白いテープに気が付いた。

(これはあの金髪の……?)

そう、フレンダの使っていた発火テープだ。
これだけでも鉄板を切断できる程の威力を持つという代物だが、彼女はこれを導火線として使っていた。

(こンなモンをあっちこっちに仕掛けてたのか)

厄介な、と思いながら一方通行は眉を顰める。
どうせだから剥がしてしまおうと思ってテープに手を掛けると、彼はふとあることに気が付いた。

(……ン? つゥ事は)

彼は、延々と続いている発火テープを辿ってゆく。
そうしてずっと歩いていくと、一方通行はやがて爆薬の仕込まれているのだろう人形のもとへと辿り着いた。

(やっぱり、そォか)

少女を模した人形を、拾い上げる。
ずっしりと重い感触を確かめながら、一方通行はその人形をまじまじと見つめていた。

「……使える、か?」


519 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:38:36.19 ID:QLeyxKywo

―――――



「うーん、ほんとに大丈夫かな」

麦野の指示通りに施設を出てキャンピングカーに戻ったフレンダは、シートに腰かけながらそんなことを呟いていた。
彼女たちを信用していない訳ではないのだが、相手はあの一方通行。
今は能力が不安定になっているとは言え、いったいどれだけの力を隠し持っているのか分からないのだ。

(そもそも第一位なんだし……。暴走でもされたら)

想像しかけて、彼女は身震いする。
自分だけの現実も能力の使い方や技術もかつてより遥かに劣化しているが、暴走なんてことになったらそんなことは関係ない。
それに不安定になっている以上、それは考えられない事ではないのだ。

(……結局、私はこうして待ってることしかできない訳だけど)

走行しているキャンピングカーの窓から、研究所の様子を窺う。
当然だが、こんな所から何かが見える筈もない。
ただ、時折聞こえてくる轟音は麦野の原子崩しによるものだろう。彼女の能力は、ちょっと派手過ぎるのが玉に瑕だ。

「……あ」

研究所を眺めながら、フレンダは非常に重要なことを思い出した。
そこかしこから立ち上る黒煙を目撃したからかもしれない。
それは、彼女の十八番である武器にも存在する共通点であったから。

そして彼女は、がたがたと指先を震わせながらこう呟いた。

「爆弾、回収すんの忘れてた……」

……しかし、時すでに遅し。
走り続けるキャンピングカーは、どんどん研究所から遠ざかっているのであった。


520 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:39:55.06 ID:QLeyxKywo

―――――



暗闇の向こうから、足音が聞こえてくる。
大きな支柱に寄り掛かりながらその音を聞いていた麦野は、やがて暗闇の向こうから白い影が滲み出してくるのを見て顔を上げた。

「やーっと来たか。随分な重役出勤ぶりね」

しかし一方通行が手に持っているものを見て、麦野は僅かに表情を変える。
それは、ぬいぐるみの形をした爆弾。
フレンダがこの研究所のそこかしこに配置していた筈のものだ。

(フ・レ・ン・ダーッ!! 後始末しないで離脱しやがったのか)

フレンダのドジは最早恒例となりつつあるが、今回ばかりは冗談では済まない。
麦野は額に青筋を浮かべながら、今からフレンダにどんなお仕置きをしてやろうかと思案する。

「……他の奴らは?」

周囲を軽く見回しながら、一方通行が尋ねる。
フレンダが何処かに隠れていることを警戒しているのだろうか。

「下がらせたわ。アンタ相手じゃ足手纏いになり兼ねないし」

麦野は素直に答える。
そして彼女は、不敵に微笑みながらこう続けた。

「ね、一方通行」

途端、一方通行の顔が強張る。
しかし予想はしていたのか、動揺するというようなことは無かった。

(まァ、バレるよな普通)
521 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:40:35.07 ID:QLeyxKywo

フレンダからの証言もあっただろうし、抑え目だったとは言えあれだけ能力を使ってしまったのだ。
仕方ないことではあるが、能力の概要を知られてしまったのは少々不都合か。

(だが、タイマン張るってンならこっちにとっても好都合!)

一方通行は爆弾人形をひとつ、麦野に向かって放り投げる。
そしてもう片方の手で鉄釘を一本掴むと、美琴が超電磁砲の時にコインを弾くのと同じ要領でそれを飛ばした。

(はぁーん、なるほど)

小さな鉄釘は、彼の能力によって莫大な力を加えられて銃弾の如き速さで人形に突き刺さる。
途端、麦野の目の前にまで迫っていた人形が起爆した。

けれど。

「力が落ちてる分を、フレンダの爆弾でカバーしようってか」

一方通行は、少なからず驚いた。
爆煙の向こうから、麦野の声。
そうして晴れていく煙の向こうに立つ彼女は、先程までと何ら変わらぬ様子だったから。

「でもそれじゃあ、自力では私に勝てないって白状してるようなものよ」

彼女の周囲には、透明な円盤のようなものが無数に展開していた。
恐らく、あれを盾にして爆発を防いだのだろう。

(あの能力、防御にも使えンのか。厄介だな)

一方通行は難しい顔をしながらも、二つ目の人形を宙に放り投げる。
それを見て、麦野は怪訝そうな顔をした。
522 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:41:03.36 ID:QLeyxKywo

(? 何度やっても同じだってことはあっちも分かってるはずなのに……)

そう思いながらも、麦野は爆弾を防ぐ為の盾を構成しようとする。
と、麦野は視界の端で一方通行が身動きしたのを捉えた。

(なるほど、爆発で身動きを封じた隙に回る込むつもりか。私をスルーして本丸に突っ込んでくる恐れもある)

それだけは何としても避けなくてはならない。
少なくとも、滝壺が辿り着くまでは一方通行を管制室に行かせる訳にはいかなかった。

(けどまあ、仕掛けてくる前に)

盾を構成する為に翳されていた麦野の手のひらが、放られた人形に向けられる。
その手の中には、不健康に白い光。

(撃ち落としてしまえば良いだけ!)

麦野の手から、光線が発射される。
その光線は人形を貫き、彼女のもとに辿り着く前に爆発する、筈だった。
しかし。

「!?」

まるで人形自身が意思を持っているような動きで、人形が光線を回避する。
無傷の人形は、依然として麦野に向かってきていた。

(何ッ……!?)

これには、流石の麦野も驚いた。
そうしている間にも、人形はぐるりと有り得ない曲線を描きながら彼女に接近してきている。
523 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:42:13.59 ID:QLeyxKywo

「何だ? 人形に何か仕込んで……」

言い掛けて、麦野は気付く。
風だ。
室内だというのに、風が吹いている。

(いや、アイツは無風状態の部屋の中じゃ大した風は起こせないはず……)

そして、はっとして一方通行の背後を見やる。
その向こうから、緩やかな自然の風が流れて来ていた。

(なるほどね、ここに来る前に施設を破壊しまくって風通しを良くしてくれたって訳か。ったく、こちとら必死で守ろうとしてるってのに!)

少しでも風があれば、それを増幅して人形を飛ばすことはそう難しくない。
いや、本当は相当に難しい芸当なのだろうが、一方通行の第一位としての演算能力はいまだ健在なのだ。
自分だけの現実(パーソナルリアリティ)は損傷しているものの、この程度は朝飯前らしい。

「相変わらず、厄介な奴ね」

麦野は半ば呆れながら、一度に複数の光線を撃ち出して人形を撃ち落とした。
流石に避けきれずに、人形は呆気なく爆発する。

「……数が少なけりゃ撃ち落とせるだろォが」

唐突に聞こえてきた一方通行の声に、麦野は少しぎくりとする。
人形の発した爆煙によって遮られていた視界が、開けた。

「手が回らないほど数があったらどォだろォなァ?」

一方通行の周囲、空中。
そこには、恐らく通路の陰に隠されていたのだろう夥しい数の人形が浮いていた。

「行くぞ、用心棒」

「……本っ当、どこまでも厄介ね。アンタって奴は」

麦野が、苦々しげにぎりりと歯を食い縛る。
けれど彼女は臆することなく、両手を目の前に差し出した。

「だけど。今回ばかりは譲れないわね」


524 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/21(日) 23:42:46.07 ID:QLeyxKywo
投下終了。お疲れ様でした。
次回はまた一週間以内に。
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/08/21(日) 23:43:42.11 ID:P4JeSqaio
ここで引きか……!

おつ!
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/22(月) 00:40:08.05 ID:5bZQDNaAO
展開上手いなあ
乙!!
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/08/22(月) 01:28:58.15 ID:AWUSP5XAO
大量のぬいぐるみを抱えた一方さん…

胸が熱くなるな>>1
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2011/08/22(月) 19:48:53.29 ID:BTfvVaPZo
麦野戦は最後まで美琴の台詞を一方さんに変えただけで終わるんかね
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/23(火) 00:28:27.31 ID:kAxLAhZDO
>>527
想像したら凄くシュールだ
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/08/23(火) 01:33:09.46 ID:8B1MCIiHo
アイテム怖ぇなぁ…乙!
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2011/08/23(火) 07:26:51.17 ID:pChDGNjIo
フレンダはやっぱりフレンだだったでござる
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/23(火) 13:36:04.00 ID:LfKH4KWBo
今のとこ配役変わってるのに超電磁砲の6巻を読んでるだけな感じだな
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/23(火) 13:36:38.92 ID:LfKH4KWBo
>>532
ミスった5巻だ
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2011/08/23(火) 13:50:10.72 ID:tu8fhRdF0
フレンダェ……
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/24(水) 21:48:58.01 ID:JBggEP/p0
>>532
アイテムに、依頼されたってだけではなく施設を守らなくちゃいけない理由があるっぽかったり、幾らかの差異はあるから、この後のオリジナル展開を際立たせる演出だとは思うけど。
続きが楽しみですな、マジで。
536 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:41:45.48 ID:MK5JSkuKo
超電磁砲を見ていない人も分かるように気を回しているのが裏目ってしまっているようですね。すみません。
まあ超電磁砲のアイテム戦の内容をなぞるのは今回までなので、どうか付き合って下さると嬉しいです。

ともあれ、投下開始しますね。
537 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:42:20.08 ID:MK5JSkuKo

中空を漂っていた人形たちが、一斉に麦野に襲い掛かる。
それに対して、麦野は差し出した両手から彼女の撃てる限りの数の光線を発射して迎え撃った。

しかし、それでも全ての人形を爆破させるには至らない。
彼女の能力は微調整が難しいし、的があまりにも小さく、そして多過ぎるのだ。
先程までとは打って変わって、麦野の方に分が悪い。

「チッ、小賢しい真似を……」

言いながら、麦野は絶え間なく光線を撃ち続ける。
けれどそれさえも避けて、いくつかの人形たちは麦野に接近していく。

(見たとこ、アイツの能力は弾幕を張れるよォなタイプじゃねェ。それなら……)

能力で身体能力を強化し、一方通行は壁を走る。
今は爆弾のお陰で麦野を翻弄できているが、それが切れたら自分に分が悪くなることを見越しての行動だ。
麦野から最も距離を取れる位置を保ちながら、彼は管制室を目指そうとしていた。
が。

「数で圧倒すれば押し切れる、とでも思ったか?」

その言葉と、ほぼ同時。
無数の小さな光線が、まるで部屋全体を串刺しにしようとするかのように襲い掛かった。

「ッ!?」

それが、小さく細い光線だったことが幸いした。
完全な反射には至らずとも、一方通行は光線を辛うじて弾くことができた。
多少のダメージは負ったものの、この程度ならば十分に耐えられる。
一方通行は足を止めると、部屋そのものを貫かんとする光線の嵐を見上げ、絶句した。
538 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:43:05.01 ID:MK5JSkuKo

「な……」

それはまさに、光線の雨と表現するのが相応しかった。
それほどの膨大な数の光線が、次々と人形を貫いていく。これではあと数分も持たないに違いなかった。

一方通行が一瞬茫然としたその隙に、麦野は小さなガラス板のようなものを懐から取り出す。
彼女は三角形を重ねたような文様が刻まれているガラス板を上方へと弾き飛ばすと、それに向かって光線を放った。
途端、ガラス板を通った光線は拡散して無数の細い光線となる。
先程の攻撃を何とか逃れていた人形たちが、またいくつか撃ち落とされてしまった。

「拡散支援半導体(シリコンバーン)。弱点に対策を講じるのは当然だろうが」

何枚もの拡散支援半導体をトランプのように広げて見せながら、麦野は淡く笑う。

「『アイテム』を舐めるなよ。クソガキが」

麦野が、また拡散支援半導体を宙に放った。
拡散支援半導体ごしに、無数の人形たちが飛来してくるのが見える。

(フレンダのバカの所為で一手間増えちまったが、今のアイツじゃ出来てこの程度だな)

拡散支援半導体に向けて光線を放ちながら、麦野は目を細めた。
それは、落胆だろうか。
それが何に対しての、何を思っての落胆なのかは彼女にも分からなかった。

「……と、残りはあと三体か」

もう必要ないと判断してか、麦野は持っていた拡散支援半導体をぞんざいに投げ捨てる。
その片手間に放った光線が、またいくつかの人形を破壊した。
539 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:43:36.66 ID:MK5JSkuKo

「どうした? まさかこの程度でもう打つ手なしなんて言うんじゃねえよなあ?」

人形たちの向こうに佇む一方通行は、俯いている。
しかし彼は俯いたままゆっくりと息を吸うと、意を決したように麦野に向かって駆け出した。

(捨て身の特攻か? くっだらねえ)

麦野が、一方通行の隣に一体だけ浮かんでいる人形を狙い撃とうとする。
しかしその前に、一方通行の方が釘を使って人形を爆発させた。

「オイオイ、しかも誤爆かよ。ほんっとお粗末……」

だが、麦野はそこで言葉を止めてしまう。
驚いたからだ。
既に全ての人形を爆発させたにも関わらず、もう一体の人形が黒煙の中から姿を現したから。

(何ッ!? どこから……)

けれど、麦野はすぐに気付く。
一方通行はすべての人形を飛ばしていた訳ではなかったのだ。
自分の身体を盾にして、もう一体を隠し持っていた。

(いや、まだ加害範囲には入ってない。落ち着けば十分撃ち落とせる……!)

人形の機動力は高いが、まだ距離はある。
拡散支援半導体は投げ捨ててしまったのでもうないが、集中して狙いを定めた上で複数の光線を放てば脅威ではない。

「……確かに、その状態でテメエは良くやった方さ」

不敵に笑いながら、麦野は人形に向かって手を翳した。
その手の中の光が放たれれば、この戦いは彼女の勝利にて終了する。

「残念だったなぁ? 一方通」


がこん。


540 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:44:05.71 ID:MK5JSkuKo

―――――



「……意外と騙しやすくて助かったな」

気を失って床に倒れている麦野を見下ろしながら、一方通行は小さな溜め息をついた。
戦いは、一方通行の勝利で終わっていた。

「人形は囮。
 爆煙に紛れて、能力を使って加速した俺が既にすぐそばまで接近してることに気付けなかったのが、オマエの唯一のミスだった」

麦野のそばには、一方通行の能力支配下から外れた人形が一体、転がっていた。
彼女は結局、この人形を撃ち落とすことさえできなかった。
その前に、一方通行が彼女の意識を奪ったからだ。

(……、管制室はこの先か)

一方通行は落ちていた人形から視線を外すと、管制室へと足を向ける。
途中、ちらりと麦野を振り返ったが、それだけだった。

541 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:44:34.57 ID:MK5JSkuKo

管制室に入ると、まず巨大なコンピュータのディスプレイが彼を出迎えた。
こんな状況でも稼働しているのか、ディスプレイは何かの計算結果やその過程をぽつぽつと映し出している。
一方通行はコンソールを操作して処理を中断させると、データベースを開いた。

(まずは内容の確認だな)

ディスプレイに映し出されたのは、夥しい数のファイル名。
普通ならそれを見ただけでも必要なデータの検索など諦めてしまいそうだったが、一方通行はそうしない。
この途方もない量のデータを、すべて調べるつもりでいた。

(っても、前の研究所で見たデータと同じ奴ばっかりだな。この辺は殆ど飛ばして大丈夫か)

本当にきちんと処理できているのかどうか疑わしいような速度で、一方通行はどんどん画面をスクロールさせていく。
暫らくそんなことを繰り返していると、すぐに調べるべきデータは残り数個にまでなってしまった。

(ン?)

すると。
データベースの、最下層。
その一番下に、一方通行は見たことのない動画ファイルを発見した。

「…………」

研究所の動画ファイルには、あまり良い思い出がない。
しかし、この状況ではそんな我儘も言っていられないだろう。

(何か、あるかもしれねェしな)

彼は少し躊躇ってから、恐る恐る動画ファイルをクリックした。
動画プレイヤーが立ち上がる。
そして少しのラグの後、動画が流れ始めた。
542 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:45:18.96 ID:MK5JSkuKo

「……は?」

しかし。
その映像を見て一方通行が初めて上げたのは、間抜けな声だった。
それ以外の反応を、返すことができなかった。
何故なら。


『やあやあお二人さん! こっち向いてー!』

『あァ?』

『ん? 今日は何やってんだ、お前』


それは、実験映像なんかではなかった。


『いや、さっきそこでよさ気なデジカメ見つけちゃったのよねー。だからちょーっと使ってみようかと思って』

『かっぱらってきたのか』

『そうとも言う』


そこに映っている人間は、二人。
一人は、一方通行。
一人は、垣根帝督。

当たり前だが、撮影をしている人間の姿は見えない。
しかし、一方通行はその声に聴き覚えがあった。

543 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:46:14.83 ID:MK5JSkuKo

『まー何でも良いけど。おっ、これ最新型じゃん。流石研究用』

『でしょでしょ? いやー良いもん見つけたわー』

『オマエ、後でどやされても知らねェぞ……』

『大丈夫だって、見つからないように盗ってきたし!』

『遂に盗ったって言いやがったぞコイツ』


垣根がカメラに近付いてくる。
その奥で、一方通行は呆れた顔をしながら二人の様子を眺めているようだった。


『つか、俺たちばっか撮ってて良いのかよ?』

『へ? 何で?』

『自分は撮んなくて良いのか?』

『あ、忘れてた』


画面ががたがたと揺れる。
恐らく、撮影者がカメラを動かしているのだろう。

そんな映像がしばらく続いた後、画面がぐるりと一回転する。
そして最初に映ったのは、白い額に掛かった金色の髪と青い帽子。
上手く自分を撮れていないようだ。

544 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:47:31.41 ID:MK5JSkuKo

『オイ貸せ、俺が撮ってやる』

『おおっ、ありがと! 垣根ってば気が利くねー』

『見え透いたお世辞は気持ち悪いだけだぞ』

『そんなこと言わないでよ。ほらっ、可愛く撮ってね!』

『はいはい』


コンソールがかちかちと音を立てる。
何事かと、一方通行は手元を見下ろした。
自分の指が震え、キーにぶつかっている音だった。


『撮るぞ。良いか?』

『おっけーおっけー』


画面が一気に引く。
撮影者の姿が映し出される。

そして、一方通行は確信した。
やっぱり、そうだった。
これは、彼が戦っていた、あの、

545 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:48:00.19 ID:MK5JSkuKo

『どうも! フレンダ=セイヴェルンでーす!』

『はいはい。他には?』

『えっ? えーと、暗部組織アイテムに所属してます! 無能力者です! 爆弾とか使って戦います!』

『ご趣味は?』

『鯖缶!!』

『そりゃ趣味じゃねェ。好物だ』


垣根が噴き出すのが聞こえた。
すると、画面外から誰かの足音が聞こえてくる。


『なになに、何してるの?』

『お、麦野。お前も自己紹介してみるか?』

『はあ?』


ぐるりと画面が回る。
今度は、茶色の長い髪を靡かせた少女が映し出された。


(…………俺、は、誰と)

546 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:48:35.74 ID:MK5JSkuKo

それは、彼がついさっきまで戦っていた少女だった。
この手で意識を奪った。
その少女が、画面の中では楽しそうに自分たちと会話していた。


『何で自己紹介なんかしてんだよ』

『ノリ』

『アホか』

『良いから良いから、麦野もやろうよ! 結構楽しいよこれ』

『はあ?』


一応不機嫌そうな声を出しているものの、麦野は満更でも無さそうだった。
彼女はカメラの正面に引っ張り出されると、暫らく照れたように髪をいじくりながらもフレンダと同じように自己紹介を始める。


『……えー、麦野沈利。超能力者、第四位。原子崩し』

『それで、アイテムのリーダーやってまーす!』

『フレンダが紹介してどうすンだよ』

『で、趣味は?』

『しゅっ、趣味ぃ!? そんなもんねえよバカ!!』

『麦野はー、こう見えて意外と可愛いぬいぐ』


ちゅどーん、と凄まじい爆音が轟いた。
一瞬画面を白い靄のようなものが覆ったのは、恐らく垣根が衝撃波からカメラを守っていたのだろう。

547 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:50:09.26 ID:MK5JSkuKo

『いい加減なこと言ってんじゃねえぞバカフレンダ!』

『ごごごごごごめんなさいいいい! 命だけは、命だけはあああ!!』

『フレンダも懲りねえなあ』

『あと麦野も鈍いよなァ』

『麦野が可愛いもの好きなことなんてみんな知ってるのにな』

『バレてないと思ってるのは本人だけだからな』


そこで、ぶつりと映像が途切れる。
あとは灰色の砂嵐が延々と流れているだけだった。

「……俺は」

その時。
こつん、と足音が響いた。

「ッ!?」

目を覚ました麦野が追って来たのかと思い、一方通行は驚いて振り返る。
しかし、そこに立っていたのは麦野ではなかった。
そこに居たのは、ここにいる筈のない人物。
いつも眠たそうにしていた瞳に今は違う光を灯した、黒い髪の少女。

「あくせられーた」

滝壺理后。
一方通行は言葉を失った。
何故、彼女がこんなところにいるのか。
548 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:50:38.62 ID:MK5JSkuKo

「オマ、エ、なンでここに……」

「……私も。アイテムの一員だから」

「アイ、テム……?」

先程の映像の中にも出てきた単語だった。
アイテム。
暗部組織。
滝壺が、その一員。

「……じゃあ、絹旗も」

「そう。きぬはたもアイテム。私と、むぎのと、きぬはたと、フレンダの、四人でアイテム」

「オマエと、アイツらが……」

一方通行が俯く。
部屋は暗く電気が落とされていたので、彼がどんな表情をしているのかは分からなかった。

「ねえ、あくせられーた」

言いながら、滝壺がゆっくりと歩いてくる。
一方通行は俯いたままだった。

「お願いがあるの」

目の前までやってきた滝壷が、一方通行の顔を覗き込む。
彼女は、悲しそうな悔しそうな、とても不思議な顔をしていた。
549 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:51:17.78 ID:MK5JSkuKo

「……あのね」

躊躇いがちに、滝壺が一方通行の手を取る。
包むように触れてくるその手は、とても暖かかった。


「この研究所を、壊さないで」


一方通行のてのひらが、強張ったのが分かった。
何か恐ろしいものでも見るような瞳で、滝壺を見る。

「……オマエは、何を」

「研究所を潰して回らないでほしいわけじゃないの。ここだけは、壊さないでほしいの」

「…………」

滝壺の瞳は、切実だった。
しかし一方通行は、理解できない、とでもいうような顔をしている。
そんな彼に対して、滝壺はやんわりと微笑んだ。
優しい顔だった。

「……あのね。ここは、私たちが初めて出会った場所なんだよ」

一方通行が目を見張る。
滝壺は寂しそうな苦しそうな顔をしながらも、話をすることをやめない。

「それでね、私たちはいつもここに集まって遊んでたんだ」
550 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:51:46.44 ID:MK5JSkuKo

彼女がぐるりと管制室を見渡す。
それにつられて、一方通行も周囲を見回してみた。

(……見覚えが、ある)

先程見た、映像の中。
じゃれあっている自分たちが立っていた場所。
それが、ここだった。
……もしかしたら、見覚えがある理由はそれだけではなかったのかもしれないけれど。

「だから、お願い。ここだけは壊さないで。ここではもう実験関連の研究もさせないし、データも削除させるようにするから。だから……」

この感情は、何だろう。
滝壺が切願する程に、胸の奥からせり上がってくる、これは。

……彼女の言葉を、聞き入れるべきだ。
研究もしないしデータも削除するというのなら、ここを破壊する理由なんてない。
けれど。

「ね、あくせられーた」

滝壺は、懐かしそうに愛おしそうに部屋を見渡している。
だから、彼女は気付かなかった。
一方通行が、爪が食い込むほど強く拳を握っていることに。

「……あくせられーた?」

何の反応もない彼を不思議に思い、滝壺が振り返る。
そして、彼女は息を飲んだ。
時間が止まってしまったかのように、思考が凍り付いた。
……彼が、固く握ったその拳を高く振り上げているのを見て。
551 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:52:22.19 ID:MK5JSkuKo

「え」

一方通行が、能力を使って本気で拳を叩き付けたりなんてしたら。
操作盤は粉々に砕かれ、中にあったデータは思い出の映像も含めてすべて破壊されてしまう。
それだけではない。
この部屋自体だって、きっとただでは済まない。
少なくともその一画は、崩れ落ちてしまうに違いなかった。

だから滝壺は、無駄だと分かっていてもそれを止めたくて彼に向かって手を伸ばした。
絶対に、この部屋だけは何としても守りたかったから。

「やめっ……」

がしゃん。
と。
音がした。

けれどそれは、滝壺が予想したよりもずっとずっと小さな音。
ただ、普通の拳が、操作盤に叩き付けられただけの音。

何も壊れたりなんてしなかった。
操作盤が、衝撃に少し音を鳴らしただけだった。
壊れたとするのなら、それは、

「……くそ」

叩き付けた一方通行の拳からは、血が滴っていた。
操作盤にぶつけた部分に、血が滲んでいる。
552 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:52:53.82 ID:MK5JSkuKo

彼は、何の能力も使っていなかった。
彼の身を守る為の反射さえ。
だから、この部屋は、思い出は、何も壊されたりなんてしなかった。

「畜生……」

血で真っ赤になっているてのひらを、更に強く握り締める。
そこで、滝壺は漸く気が付いた。

自分の言葉が、彼女が幸せで暖かだと信じていた思い出が、どれだけ彼を傷つけていたのかということに。

「ごめん、なさい」

思わず。
そう、口にした。
それしか、彼にしてやれることがないと思った。
他にどうするべきか、思いつかなかった。

「ごめんなさい」

声が震える。
自分が、こんな風に悲しむ資格なんてないのに。

彼をその深淵に突き落したのは、他でもない自分自身なのに。
いちばんつらくてかなしくてくるしいのは、彼なのに。

「ごめんなさい」

一方通行は、応えない。
ただ、無言で立ち尽くしている。
553 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:53:53.41 ID:MK5JSkuKo

「ごめん、」

「もういい」

滝壺が、びくりと肩を震わせて声を詰まらせる。
彼の声は、ひどく淀んでいた。

「……もういいンだ」

意味は分からなかったけれど、それはとても悲しい言葉のように思えた。
けれど滝壺は、それでも彼に掛ける言葉を見つけることができない。

彼女が言葉に詰まっている内に、一方通行が歩き出した。
滝壺の横を通って、出口へと。
何か言わなければならない気がして、相応しい言葉は見つからなかったけれど、それでも滝壺は言葉を絞り出した。

「あくせら、れーた」

名を、呼ぶ。
けれど、一方通行は振り返らない。

「弱くて、守れなくて、ごめんなさい」

暗闇の中へと消えて行った彼に、その言葉は届いただろうか。
滝壺は彼の足音が完全に聞こえなくなると、遂に耐え切れなくなってその場に崩れ落ちる。
スピーカーの吐き出す砂嵐の音だけが、部屋の中に響いていた。


554 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/08/25(木) 23:54:16.91 ID:MK5JSkuKo
投下終了。
次回投下はまた一週間以内に。
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/25(木) 23:56:26.56 ID:Xet3HOkto
乙!
仲良かったんだなぁ……
556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 00:22:23.06 ID:rNdElHIbo
せつねえ…
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/08/26(金) 00:26:27.33 ID:9glhvyzWo
乙……
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/08/26(金) 00:38:39.34 ID:GKj5zNNAO
誰か一方さんをくれよ…

乙…
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/08/26(金) 00:39:57.57 ID:GKj5zNNAO
誰か一方さんを助けてくれよ…

乙…
560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2011/08/26(金) 00:46:53.10 ID:Da1hT/g2o
欲しいのか助けてほしいのかどっちだよ
561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 01:33:57.75 ID:PTvOReRQ0
>>1

みんな仲良かったんだな……

記憶を失った一方さんと相対してみんなどう思ったんだろう……
562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2011/08/26(金) 02:30:01.62 ID:khuakP01o

友達との思い出を守るためにその友達と戦っていたって考えたら、なんかものすごく切なくなった。
木原くんも病理解析研究所以外どうでもいいって言ってるし、むぎのんも何が何でも守らなくちゃいけないって真剣に言ってることから、みんな一方さんが大好きだったんだなって思うと更にねぇ。
一方さんだけじゃなくてアイテムも木原くんも垣根も幸せになってほしい
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 04:11:49.28 ID:culc5dySO
ちくしょう……誰か幸せにしてやれよ…

乙…
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 06:18:02.93 ID:JzpYdBvDO
乙…

一方さんはちゃんと俺が幸せにするから心配するな
565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 07:42:37.61 ID:aa682cDIO
どっちもだよ言わせンな恥ずかしィ
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/08/26(金) 09:54:53.82 ID:+c9nv5jAO


画面が急にぼやけて見えなくなったと思ったら涙が滲んでいただけだった
ここには本当の悪人はいないんだな…
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/26(金) 23:37:04.10 ID:kfPd8xAb0
せつねえ……
打ち止めとかが隠れてる施設だったりするのかなぁ、と思ってたら、もっと直接的に切ない路線で攻めてきた。
今の一方さんに、かつてあった暖かな繋がり、てのはひたすらキツイよなぁ。
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/08/27(土) 23:36:14.72 ID:FlG++yuP0
今回のはやべーよ…

記憶喪失の原因はなんなんだ
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/08/29(月) 08:08:28.47 ID:9plSWAl6o
やっべえ再構成ものでここまでなんか来るもの初めてだわ
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/08/31(水) 10:59:15.72 ID:3NyWxaYLo


皆幸せにしてやってくれ・・・
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
571 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2011/08/31(水) 17:40:28.75 ID:FbXbOyTIo
どうもこんにちは、お久しぶりです。
ええと、実に申し訳ないのですけどレスの最後につく「自治スレッドで〜」というのがうざくてしょうがないので、
これが無くなるまでは投下は控えようと思います。
もしなかなか取れなかった場合は諦めるか、取れた時にそれまでに書いた分を一気に投下するかしようと思っております。

待って下さっている皆様には申し訳ないのですが、もう少々お待ちいただけると幸いです。
それでは。

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/31(水) 21:00:32.11 ID:ryTFnDX20
<<571
まってるぜ!
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/01(木) 13:53:52.97 ID:QAKOw5e40

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/02(金) 17:18:32.92 ID:3nawduZDO
了解、乙
ただウザくてもそれを書くのはどうかと思うけどな少し引いた
消えるまで投下は控えるとだけ書けばいいだろうに
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2011/09/02(金) 17:23:19.99 ID:0ucBSfgD0

気長に待つよ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/09/03(土) 13:01:47.74 ID:hIJO8sDAO
>>574
自分の書き込み読み直せ。わざわざ引いたとか書くなよ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/09/03(土) 14:29:51.41 ID:0onW8Xxzo
>>574
ブーメラン乙
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/03(土) 16:32:58.59 ID:a1fetUEDO
>>576スマン言い過ぎたな
自治スレを覗くと自分勝手な言い分が多くて苛ついてたんだ
引いたというところだけは撤回する。悪かった
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2011/09/05(月) 10:09:49.48 ID:capejMa10
下の告知文消えたっぽいな
>>1待ってるぜー
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国) [sage]:2011/09/06(火) 22:55:26.67 ID:InWq0Q7Q0
まだかな〜
楽しみにしてるよ!
581 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:01:27.91 ID:ofxQ8f55o
遅くなってしまいました、申し訳ありません!
いっちょ前にスランプなんてものに陥っていました。現在進行形ですが……。
そんな状態で書いたものなので出来は微妙なのですが、これ以上お待たせするのはあまりにも忍びないので投下しますね。
何だか申し訳ありません……。

では、はじめましょう。
582 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:01:55.22 ID:ofxQ8f55o

『一方通行ー、一方通行ー』

『今度は何だ……、またカメラか』

『ちょっと来て』

『何で』

『良いから』

『俺は自己紹介なンてしねェからな』

『んー、それも面白そうなんだけど。取り敢えず来て』

『今コーヒー飲んでる』

『それどころじゃないんだってば』

『じゃァ何なンだよ……』

『麦野と垣根が喧嘩してる。そろそろ第十一学区の一画が更地になりそう』

『それを早く言えェ!!』


画面が切り替わる。


『オラァ!! さっさとくたばれや第二位ィィイイイ!!』

『冷蔵庫のプリン食ったぐらいでそんなに怒るなよ! 器が小さいぞ第四位!!』
583 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:02:44.79 ID:ofxQ8f55o

『うるっせえ! 大体ちゃんと名前書いてあっただろうが!』

『確かに書いてあったけれども! 側面に書いてあるなんて普通気付かねえだろ蓋部分に書けよ!』

『書くスペースが無かったんだよ! 取り敢えず死ね!!』

麦野と垣根の大喧嘩を映していた画面が動き、すぐ傍に立っていたらしい一方通行を映し出す。
画面の中の一方通行は、何とも言えない微妙な顔をしていた。

『大体あんな感じ』

『くだらねェ……』

『勝手にプリン食べた垣根が悪いもん。一方通行だって楽しみにしてた缶コーヒー取られたら垣根ボコボコにするでしょ?』

『だろォな』

『でしょ?』

二人は勝手に共感しているが、そんなことをしている場合ではない。
こうしている間にも、どんどん第十一学区は更地へと変えられていっているのだ。

『……で、アイツらを止めりゃ良いンだな?』

『そうそう。じゃ、あとよろしく。上の方から許可は取ってあるから』

『上は何て?』

『『流石にやり過ぎだから思いっ切りお灸据えちゃって良いわよ』だって』

『了解』
584 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:03:12.74 ID:ofxQ8f55o

言葉と共に、凄まじい音が轟いた。
同時に、がしゃんという音がして画面が砂嵐に覆われる。恐らく、衝撃に煽られてフレンダがカメラを地面に落としてしまったのだろう。
地面に落ちた衝撃で、勝手に録画停止ボタンが押されてしまったのだ。

「……あの頃は」

一人、管制室で映像を眺めていた滝壺が、ぽつりと呟いた。
次の動画の自動再生が始まったのか、画面には再び彼女たちの姿が映し出される。

「楽しかったな」

画面の中の彼女たちは信じられないくらい楽しそうで幸せそうで、仲が良さそうにしていた。
映像の画質が若干悪くなっているのは、先程カメラを地面に落とした衝撃で内部が損傷してしまったからだろうか。

「戻れたら、良いのに」

無駄と分かっていてもそう切願してしまう彼女の頬には、幾筋もの涙の痕が残っていた。


585 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:03:49.09 ID:ofxQ8f55o

―――――



管制室からそう離れていない、研究所内の廊下。
一方通行に敗れ、そこに倒れていた麦野がゆっくりと目を覚ました。

「……?」

まだ寝惚けているのか、彼女の眼は虚ろだった。
しかし気絶する直前の記憶を思い出し、次々と現状を把握していくにつれ、彼女の表情は険しくなっていく。

「くそ。負けたか」

凭れ掛かっていた支柱から背中を離し、立ち上がる。
周囲を見回したが、先程の戦いによるもの以上の破壊が起こっている様子はなかった。

(滝壺は説得に成功したのか)

安堵すると同時に、胸には苦いものが残る。
つまり、一方通行は知ってしまったということだ。

「はあ。今回こそは勝てると思ったんだけどなあ」

勝ちが見えると油断してしまう癖は、どうも治ってくれそうにない。
今回だって、彼女がもっと油断せずに冷静に対応していれば勝てた勝負だった筈なのだ。
悔しい以上に、情けなかった。

「……畜生」

俯き、彼女は唇を噛み締める。
……と、彼女はそこで不思議なことに気が付いた。

(身体が……痛くない?)
586 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:04:23.82 ID:ofxQ8f55o

気絶させられたとき、結構な力で殴られたので暫らくは痛みに苦しむハメになるだろうと思っていたのだが、それがまったくない。
いや、そもそも彼女は気絶した時そのまま地面に倒れた筈。
にも関わらず、どうして自分は支柱に凭れ掛かって眠っていたのだろうか。

「……あの野郎」

けれど、麦野はすぐにその原因に思い当たった。
だからこそ、歯軋りする。
あの、素直じゃないくせにどうしようもなくお人好しなあの少年の姿を思い浮かべる。

(わざわざ能力まで使って、人の怪我を直すとはな)

本当なら、他人に能力を使う余裕なんてなかっただろうに。
少しでも体力を温存し、他の施設の破壊に充てたかっただろうに。

(……これくらいの傷、日常茶飯事だっての)

暗部で働く彼女たちは、当然ながら危険な任務に就くことが多い。
これよりももっと酷い怪我をしたことだって、数えきれないくらいたくさんある。

しかし、そんな状況の中にあったとしても、手を差し伸べてくれる他人なんて居なかった。
そして彼女たちも、そんな境遇に慣れ切ってしまっているというのに。

(ったく……)

恐らく、これは彼なりの罪滅ぼしのつもりなのだろう。
ただただ思い出を守ろうと必死になっていただけの彼女たちを、傷つけてしまったことに対する罪滅ぼし。

「馬鹿が」

悪態を吐きつつも、麦野の表情は複雑だった。
気味が悪いくらいちっとも痛まない身体を動かして、彼女は歩き始める。
彼女の胸には、苦いものだけが残された。


587 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:04:51.84 ID:ofxQ8f55o

―――――



「おっ」

特にやることがない……というよりも職務放棄したお陰で暇な垣根は、とある研究所でコーヒーを飲みながら寛いでいた。
我ながら暢気なものだと思うが、他にやりたいことも出来ることもないのだから仕方がない。
また、彼に率先して文句を言うような勇気のある研究員がこの研究所にいないことも彼にそういった行動を許している理由の一端であった。

「また減ってるな」

垣根が見ているのは、研究所の巨大ディスプレイに映し出されている学園都市の地図だった。
その地図の中には、ぽつぽつと明かりが灯っている部分がある。
しかし、点滅していたその中の一つがぽっと明かりを消してしまった。

「また1基、と」

明かりが灯っている部分は、すべて絶対能力進化計画に関する研究所の位置だった。
その明かりが消えてしまったということは、つまり。

「記念すべき50基目陥落か。第三位もよく頑張るもんだ」

この短期間にたった一人で、よくもこんなにたくさんの研究所を落としたものだ。
素直に称賛する。
けれど。

「……無駄に終わると思うけどなあ」
588 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:05:30.14 ID:ofxQ8f55o

垣根は、横目でちらりと何らかのやりとりをしている研究者を見やる。
手には分厚い書類、相手にしているのはスーツを着た如何にも重役と言った風貌の男たち。
恐らく、あれは。

「次は何基になるのかね」

自嘲のような笑みを浮かべ、垣根はまた一口コーヒーを啜る。
そんな彼のすぐ傍で、研究者はにこやかな顔でスーツの男たちと握手をしていた。
契約が成立したらしい。

「すぐに、アイツも思い知ることになるだろうな」

コーヒーの苦みが強くなった気がして、垣根は顔を顰める。
彼はピッチャーを引き寄せると、コーヒーにミルクを注ぐ。砂糖も探してみたが、見つからなかったので諦めた。

「……諦めるのか、諦めないのか」

ティースプーンでコーヒーをかき混ぜる。
くるくると、黒いコーヒーの中に渦巻いていた白が溶けていった。

「諦めなかった場合、どうなるのか。……頑張って貰いたいところだけどな」

ミルクティーのような色になってしまったコーヒーを口にする。
そして彼は、口に広がる苦味の原因がコーヒーの所為ではないことを知った。


589 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:06:05.06 ID:ofxQ8f55o

―――――



美琴の手から、PDAが滑り落ちた。
彼女の小さな手が、震えている。
全身から大量の汗が噴き出していた。

「なに、これ」

視線をのろのろと動かして、地面に落ちてしまったPDAの画面を見やる。
そこに映されていたのは、学園都市の地図だった。
先程まで垣根が見ていたものと、まったく同じもの。

……いや、少し違う。
地図上に点灯している明かりの数が、圧倒的に増えていた。

(何で? どうして? どうやってこんな短期間にこんな……)

自答し、しかしすぐに彼女は答えに辿り着いた。
何故なら彼女は、最初から知っていたから。
敵は、この学園都市そのものだということを。

(……学園都市が、全力であの実験を続けさせようとしている)

彼女は、改めて戦慄した。
学園都市の恐ろしさを、突き付けられた。

正直、なめていた、と思う。
ひとつの研究所を潰すだけでも、その被害額は凄まじいものになる。
だから100基も壊せば、あと半分頑張れば、流石に中止になるだろうと思った。
590 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:07:00.85 ID:ofxQ8f55o

けれどその見通しはあまりにも甘過ぎたということを、彼女は思い知らされる。
その程度では、この実験は止まらない。

だって、増えた研究所の数は、

「1000基も増やすなんて、どうかしてる」

それまでの研究所の数と合わせようとして……、彼女は辞めた。
絶望するだけだ。

こんなの、止められるわけがない。
彼女の中のネガティブな部分が、彼女にそう囁きかける。
でも、諦めたくない。
美琴は後ろ向きな考えを振り払うと、落としてしまったPDAを拾い上げた。

(……でも、これまでのやり方じゃ通用しない)

どれだけ研究所を潰しても、増やされるだけなら意味がない。
それに、1000基も潰している時間は無いのだ。
それまでに上層部が一方通行の調整が完了したと判断し、実験の再開を決定してしまう可能性があまりにも高い。

(どうしたら……)

美琴は必死に考えを巡らせる。
どうしたら、この狂った実験を止められる?
誰も幸せになれない、この残酷な実験を。
どうすれば。

「……あ」
591 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:07:31.76 ID:ofxQ8f55o

PDA上では、相変わらず赤いランプが煌々と輝いている。
異常な数の光。
満天の星空にも似た光景。
学園都市そのものが敵であるという証明の一つ。

「そうだ」

美琴が顔を上げる。
そして、空を見上げる。
学園都市は明るいから星はほとんど見えなかったが、それでも幾つか強い光を発している星が見えた。

「樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)だ」

そもそもが。
こんな狂った実験を発案したのは、樹形図の設計者なのだ。
ただの機械が、膨大な演算の末に生み出しただけの。

つまり、そこを逆手に取れば。
逆転の一手になり得るかもしれない。

(……でも)

空を見上げながら、彼女は身体が冷たくなっていくのを感じた。
夜風の所為だけではない。
彼女の身体の芯から、冷たくなっていくような。

(そこまで行ったら、もう戻ってこられない)

学園都市も、もう後には引けなくなる。
無論、彼女も。
もう二度と平穏な生活に戻ってくることは出来なくなってしまうだろう。
592 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:08:05.32 ID:ofxQ8f55o

けれどそこまで考えて、彼女ははっとした。
そして、自嘲する。

(一万人も死なせておいて……、あんなに沢山の人を傷つけておいて、私は今更何を言ってるんだろう)

既に死んでしまった、一万三十一人の妹達。
そして、そんな彼女たちを救うべく傷つきながら苦しみながら戦ってきた一方通行をあんなに傷つけて。
自分だけは、保身に走ろうだなんて。

(醜いな。私)

例えば、ここで怖気づいてすべてを投げ出してしまったとして。
そして元の平穏な生活に戻ったとして。

一体、御坂美琴に何が残るというのか。
きっと、一生後悔する。
後悔しながら、二度と心から笑えることなく生きていく。
……そんなの、死んでいるのと同じだ。

(もう、後には引かないって。諦めないって、誓ったんだから)

胸に手を当てて、俯く。
まるで、自分の心音を確かめるように。
自ら心に問うように。

(救うんだ)

そして、美琴は覚悟を決める。
すべてを捨て、すべてを失くし、それでも前に進み続ける覚悟を。
もう、彼女は迷わない。
593 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:08:36.35 ID:ofxQ8f55o

けれど。


「お姉様」


聞き慣れた声。
そして、もはや懐かしくさえなってしまった声が、背後から聞こえてきた。

「……黒子?」

恐る恐る、背後に振り返る。
その先には、恐れていた通りの、期待していた通りの、彼女の大切な後輩の姿があった。

「お姉様、こんな時間まで何処に行ってらしたんですの!? わたくしが一体どれだけ心配したと……」

「あ、う、えっと……ごめんね?」

上手い言葉が見つからず、曖昧な言葉で誤魔化す。
そんな彼女を見てか、白井ははあっと深い溜め息をついた。

「近頃は学校にも行ってらっしゃらないようですし。本当にどうなさったんですの?」

「うーん……、ちょっと野暮用でね。気にしないで」

「気にしないでって……無茶仰らないでくださいな。初春や佐天さんだってとても心配してるんですのよ?」

「あー、やっぱりそうだよねえ……」

例の情報の中身について初春は知らない筈だが、美琴の様子がおかしくなったのはそれからなので気にしてしまってもおかしくない。
そんな余裕はなかったとは言え、もう少し気を遣うべきだったかと今更ながら後悔する。
594 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:09:11.26 ID:ofxQ8f55o

「それで、今まで何をなさっていたんですの? 今日と言う今日こそ洗いざらい吐いてもらいますわよ!」

「うん、それ無理」

「即答速攻大否定ですの!?」

「それはそうと、私これからまだやることあるからもうちょっと帰るの遅くなるわー。ごめんねっ」

「ええっ!? で、でしたらお姉様、どうかこの黒子も連れて行って……」

「だめだめ、プライベートなんだから。それにそろそろ門限でしょ? 私は大丈夫だけど、黒子はそろそろ帰らないと寮監に大目玉喰らうわよ」

わざと軽い調子で、いつもと同じを装う。
どうせ白井にはお見通しだろうと分かっていても、美琴はそう振る舞わずにいられなかった。

「……あ、そうだ。黒子に一つ訊きたいことがあるんだけどさ」

「なっ、何ですの?」

唐突な言葉に、白井が狼狽える。
美琴はそんな彼女を見て弱々しい笑みを浮かべると、わざと白井から顔を背けた。

「もし……、もし私が学園都市に災難をもたらすようなことをしたら、どうする?」

白井は、きょとんとした顔をした。
そして少し考えてから、首を傾げつつこう返す。

「故障自販機からジュースを失敬していることですの? アレは辞められた方が……」

「アレは新入生の時に私の万札を呑んだ自販機だから良いのっ!!」
595 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:09:38.77 ID:ofxQ8f55o

思わずいつもと同じノリで返してしまった。
美琴は咳払いすると、すぐに元の真面目な調子に戻って言葉を続ける。

「……なんて言うのかな。もっと……、もっと学園都市の根幹に関わるものよ」

意味が分からないというように、白井は眉根を寄せる。
しかし彼女はゆっくりと目を閉じると、その言葉を胸の中で何度も反芻した。

「どういうおつもりでそのような事を仰るのか分かりかねますが……」

目を開き、美琴を見据える。
その眼差しは、とてもとても真っ直ぐだった。

「それがこの街の治安を脅かすなら、たとえお姉様が相手でも黒子のやることは変わりませんの」

……素直に。
強いな、と思った。

美琴は俯くと、白井には見えないようにそっと微笑む。
安心、した。
ただの言葉が、ここまで力強い響きを持つとは思わなかった。
596 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:10:12.30 ID:ofxQ8f55o

彼女は俯いたまま掌で顔を覆う。
そして、僅かに肩を揺らした。

「うぅ……、どんなにお姉様お姉様言ってても、やっぱり所詮はその程度の関係よね……」

必殺泣き真似だ。
しかし白井には効果抜群だったのか、彼女はぎょっとすると慌てて取り繕おうとする。

「ち、違いますの! お姉様がそのような事を万に一つもなさる筈がないと分かっているから黒子は安心して……!」

「ほんと?」

「本当ですの!」

そう熱弁する白井に、美琴は思わず吹き出してしまった。
そこでようやく美琴が泣き真似をしていたことに気が付いた白井は、怒ったような呆れたような顔をして美琴の背中をばしばしと叩く。

(良かった)

背中を叩く白井の手から逃れようとしながら、美琴は心から笑っていた。
こんな風にじゃれ合うのはいつ振りだろうと思いながら、それでも彼女の頭の片隅には妹達のことがこびりついて離れない。
だから。

(計画の中止と引き換えに黒子に捕まるなら、それも悪くない)

……こんなやりとりも、もう出来なくなってしまうかもしれないけれど。
それでも、もう彼女に迷いが生まれることは無かった。


597 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/07(水) 22:10:54.08 ID:ofxQ8f55o
投下終了、お疲れ様でした。
次回更新は未定です、ごめんなさい。
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) [sage]:2011/09/07(水) 22:35:05.73 ID:y3nWqh1AO
>>1

ていとくンコーヒー啜ってる場合じゃねぇよ…
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/07(水) 23:05:49.42 ID:C+JJBlkVo

今のとこ漫画の超電磁砲5〜6巻とほぼ同じ展開だが今後に期待している
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/08(木) 02:08:22.49 ID:/KeFRfPz0
超電磁砲の展開通りなら、スレタイ的にも上条さんが助けに来るのは美琴じゃなくて一方さんになるのか?
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/09/08(木) 03:40:31.85 ID:LqfnmYLjo
そげぶった後だけど上条さんに出番はあるのだろうかww
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/09/09(金) 02:20:49.29 ID:iYPyE0UAO


綺麗にまとまって大団円迎えてほしいけど
このままBadendになってもそれはそれで良いな、と思う俺がいる
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国) [sage]:2011/09/09(金) 23:37:01.48 ID:JmWsp6Bk0

ゆっくりでいいので、完結だけはしてほしい・・・
頑張ってください!
604 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:15:12.81 ID:xf7ohefFo
完結だけはさせたいです。何としても。
ですので、その辺りは安心して頂いて大丈夫だと思います。
か、上条さんはまだ出番ありますよ! きっと!

取り敢えず投下して行きますね。
605 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:15:39.99 ID:xf7ohefFo

Sプロセッサ社、脳神経応用分析所。
その一室で、一方通行は研究用コンピュータの画面をぼうっと見つめていた。

画面に映るのは、実験の映像。
ただ、ひたすらひたすら妹達が殺されていくだけの動画。
そんなものを、一方通行は焦点の合わない目でずっと眺めていた。
すると。

「Come now! なんてものを見ているの?」

不意に、背後から声。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはギョロっとした目が特徴的な少女が立っていた。

「……布束砥信」

「あら。私のことを知っていたのね」

白衣を着てはいるが、その下に着ているのはいつか見たのと同じ長点上機の制服だった。
一瞬何故こんなところにいるのか、と思ったが、すぐにその理由に思い当たる。

「妹達から聞いてたンだ」

「indeed.では、あの時既に気付いていた?」

「オマエが去った後で気付いた」

一方通行は布束から目を逸らし、目の前の画面に視線を戻す。
何号かの妹達が、また殺されるところだった。
それを見て布束は珍しくむっとした顔をすると、コンピュータの電源を根っこから引き抜いて無理矢理映像を中断させた。
606 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:16:08.07 ID:xf7ohefFo

「何しやがる」

「それはこちらの台詞よ。どうしてこんなものを見ているの」

「必要だからだ」

「why?」

布束は鋭い眼光を衰えさせぬまま、問う。
一方通行は臆さずに答えた。

「俺の記憶を補う為に」

布束が、ほんの一瞬だけ驚いた顔をした。
予想外の答えだったからだ。
しかし一方通行は構わずに言葉を続ける。

「今までは、記憶なンかどォでもイイと思っていた。けどそれじゃァ駄目だ。やっと気付いた」

「……どうして?」

「敵と味方を見分けられねェ。まずはそれをハッキリさせておかねェと話にならねェンだ」

引き抜かれたコードをコンセントに刺し直す。
そして電源ボタンを押すと、コンピュータのディスプレイに不可解な文字列が表示された。
どうやら無理な強制終了をしたお陰で、少しバグってしまったようだ。

「それに、別に殺されてるところを見てたわけじゃねェ」

「え?」
607 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:16:52.66 ID:xf7ohefFo

「実験開始前に、少し妹達と話してるだろォが。それを聞いてた」

一方通行がキーボードで何事かを打ち込むと、コンピュータは正常に起動し始めた。
暫らくのラグの後、デスクトップ画面が表示される。

「それなら、言ってくれれば良かったのに」

「今言っただろォが」

「……変わらないわね、本当に。けれど、その映像を見るのは辛いでしょう。良ければ編集してあげるけれど」

「いい。それに、それはオマエも同じことだ」

フォルダを開き動画ファイルを再生すると、確かに実験開始直前に僅かだけ一方通行と妹達が会話している時間があった。
その内容は、実験の直前とは思えぬほど平凡なもの。
妹達の中には、微笑んでいる者さえいた。
けれど、だからこそ、こんなものを見るのは辛い筈なのに。

(やはり、アイテムと何かあったのかしら)

病理解析研究所の一件は、布束の耳にも届いている。
もちろん、彼がアイテムと交戦したことも。

(不運が重なってしまったとは言え、この子もあの子たちも運が無いわね)

あの一件以来、滝壺の様子も少しおかしくなってしまったらしい。
しかし流石に彼女たちは『仕事』もあるので、いつまでもそんな調子ではいられない。
他のメンバーの気遣いもあり、彼女の方はもうだいぶ立ち直ったそうなのだが。

(こちらはかなり重症なようね)
608 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:17:24.49 ID:xf7ohefFo

布束は溜め息をつく。
何故なら。

「それなら、実験中のところは早送りしてしまっても構わないんじゃ?」

「……そォだな」

「…………」

一方通行は動画を止めない。
早送りもしない。
会話が終わり、実験が始まる。
先程まで楽しそうに彼と話していた妹達は、あっという間に殺された。

それはまるで、何かを再確認しようとしているかのように繰り返される。
じっと眺め続ける。

「それより」

「?」

「何か用があるンじゃねェのか。わざわざこンなところまで俺の様子を見る為だけに来たわけじゃねェだろ」

「ああ……」

言われて、ようやく布束は本来の目的を思い出した。
もちろん様子を見に来たというのもあるが、それは本来の目的のついでだったのだ。

「あなたを呼びに来たのよ。『調整』の為にね」
609 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:17:58.67 ID:xf7ohefFo

「調整だと?」

「ええ。実験の再開に向けて、あなたの体調を整えておく必要があるの。精神の不安定も投薬なんかである程度改善できるし」

一方通行はきっと布束を睨みつける。

「……実験は再開させねェ。必要ねェ」

「sure.だけど、一応フリだけはしておかないと。
 妹達の生殺与奪を握っているのはあちらなのだから、ご機嫌を取っておくに越したことはないわ」

「刺激するなってことか」

「そういうことね」

苦笑いしながら言う布束を見て、一方通行は舌打ちをしながらも立ち上がる。
何しろ、相手は何を仕出かすか分からない狂人どもだ。
少しでも怒らせようものなら、妹達の一人くらい簡単に殺しかねなかった。

「協力的で嬉しいわ」

「うるせェ。やることが山積みなンだ、さっさと終わらせるぞ」

一方通行は布束の方を見もせずにそう言うと、すたすたと歩いて行ってしまう。
布束はそれを見て僅かだけ表情を緩めると、その後をついて部屋を出て行った。


610 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:18:53.27 ID:xf7ohefFo

―――――



調整室。
その内部には、妹達調整用と思われる無数の培養器がずらりと並べられていた。
無論、その中には何も入っていない。
現存するすべての妹達は、既に調整を終えいつでも実験に投入できる状態にされているからだ。

そんな部屋の中で、一方通行は巨大なコンピュータ前の椅子に座らされていた。
傍では布束が無数のコードや薬剤の準備をしている。

「実験動物みてェだな」

ぺたぺたとコードを張られながら、一方通行がぼそりと呟く。
それを聞いた布束は少し意外そうな顔をした。

「知らなかったの?」

「……まァ、被験者と実験動物はほぼ同義か」

「Exactly.似たようなものよ」

そんなことを言われても、一方通行は無感動な瞳をしているだけだった。
横目でそれを見ながら、布束は薬剤を注射器に注入していく。

「注射は?」

「入院中に散々やられた」

「なら、問題ないわね」

淡々と言うと、布束は躊躇いなく一方通行の腕に注射器を突き刺した。
当の一方通行もそれに文句を言うことなく、ゆっくりと減っていく透明な液体をじっと見つめている。
611 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:19:50.91 ID:xf7ohefFo

「どれくらい掛かるンだ?」

「そんなに掛からないわ。少し辛抱して頂戴」

布束は注射し終わると、一方通行が繋がれているコードの先である機材の画面を覗き込む。
彼も真似して画面を覗き込んで見たが、専門用語なのかさっぱり内容を理解することができなかった。

「……やはり、自分だけの現実の損傷が激しいわね。能力はどの程度?」

「集中さえすりゃ反射はほぼ完璧に展開できる。出力は以前の半分以下」

「ただでさえ記憶喪失の所為で出力が落ちているのに……」

「それだけでも、実験の再開は絶望的なンじゃねェのか」

それは、希望的観測を含んだ言葉だった。
だが、布束はそれを一蹴する。

「まさか」

「……」

「あなたへの負荷を考えないのならば、能力を取り戻す方法なんていくらでもあるわ」

言いながら、布束が僅かに眉を顰める。
専門的なことは何も分からないが、それは少なくとも人道的な方法ではなさそうだ。
しかし、そう思いながらも一方通行はまるで他人事のように平然としていた。

「それに」
612 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:20:13.70 ID:xf7ohefFo

布束の言葉が続くとは思っていなかったので、一方通行は思わず視線を上げる。
すると、ちょうど彼女と目があった。

「あなたの記憶を取り戻す方法が、一つだけあるわ」

一方通行が、目を大きく見開いた。
そしてすぐに何かを言おうとしたが、それを布束に制される。

「あまり良い方法ではないわ」

「……どォいうことだ」

「以前の記憶を取り戻そうとすると、今の記憶は無くなってしまうのよ」

それだけ言うと、布束は彼から目を逸らして作業を再開した。
けれど、一方通行はじっと彼女を見つめ続けている。

「本来洗脳装置(テスタメント)はそういう使い方をするものではないから、融通が利かないの。
 一度、あなたの記憶を空白で上書きした後に……つまりもう一度記憶喪失にした後で、以前の記憶を更に上書きすることになるわ」

「空白で上書きしないまま以前の記憶を植え付けたらどォなる?」

「さあ? ただ、同一領域上に互換性の無い記憶を上書きすることになるから、記憶が混乱して最終的には人格が崩壊してしまうんじゃないかしら」

つまり、記憶を取り戻したいのなら今の記憶は絶対に失ってしまうことになる。
どちらか一方しか、選べない。

以前の記憶を取り戻したいという気持ちは、もちろんある。
ただ、今の記憶と引き換えにしてまで取り戻したいかと問われると、答えに迷う。
それに以前の記憶を取り戻すということは、即ち第一位の能力をほぼ完全に取り戻すということだ。
それが、実験の再開を加速させてしまうのではないかという不安もあった。
613 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:20:46.95 ID:xf7ohefFo

「別に、今すぐに答えを出さなくても良いわ。どちらにしろすぐには取り戻せないでしょうし」

「どォしてだ」

「あなたの記憶のある場所と言うのが……、少し厄介な場所なの。
 まあ、あなたが記憶を取り戻すという意思表示をすればすぐに返してくれるでしょうけれど」

「?」

意味は分からなかったが、どうせすぐに答えが出せるような問題ではないので一方通行はそれ以上深く考えなかった。
布束は相変わらず画面を覗き込んでいる。
彼女が機械に何事かを打ち込むと、コードが取り付けられている部分がぴりぴりと痺れた。
それが何だかむず痒くて、一方通行は僅かに身動ぎする。

「能力にしても、今すぐに取り戻す必要はないしね。実験の再開まではまだもう少し掛かるでしょうし」

「どれくらい掛かる予定なンだ」

「一月ほど、かしら。それだけあれば、こうした調整だけでもかなり能力を取り戻すことができる筈よ」

布束はポートフォリオに何事かを書き込むと、救急ワゴンの上で薬の調合を始める。
一方通行はそれをじっと眺めていたが、暫らくすると布束が彼の身体に張り付けられていた電極を外していってくれた。

「はい、終わったわ」

「ン」

「それから、この薬を毎日三回飲んで。一種類につき二錠ずつよ」
614 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:21:33.00 ID:xf7ohefFo

「面倒くせェ……」

「そう言わないで。妙な手段で無理やり能力を取り戻すことになるのは嫌でしょう? あなたの為なのよ」

「……分かったよ」

不満そうな表情を隠そうともしなかったが、一方通行はそれを素直に受け取った。
薬の入った袋の中身を見れば、かなりの種類の薬が入っている。
これでは薬だけで満腹になってしまいそうだ。
一方通行はげんなりしながら薬を袋の中に仕舞うと、ふと布束がじっと自分を見下ろしてきていることに気が付いた。

「あなたも、難儀な運命を背負ったものね」

「…………」

「他の研究者たちが言うには、あなたは相当な才能を持った能力者だそうだけれど。
 そんなあなたでも、通常の方法で絶対能力に到達するには二五〇年も掛かる。……絶対能力って、いったい何なのかしら」

「二五〇年、か」

口の中で、呟く。
、と。

「!」

一方通行が、がたんと音を立てて唐突に椅子から立ち上がる。
あまりにも突然の出来事だったので、流石に布束も驚いたようだった。

「どうしたの?」

「……いや。調整はこれで終わりなンだよな?」

「ええ。何か用事が?」

「そンなモンだ。ちょっと行ってくる」

それだけ言うと、一方通行はあっという間に調整室から出て行ってしまった。
それこそ、布束が声を掛ける隙もない程に。
残された彼女は茫然としながら、からからと開閉を繰り返す扉を見つめていた。

「……何だったのかしら」


615 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/12(月) 23:22:03.04 ID:xf7ohefFo
投下終了。
次回投下はまた未定です、すみません。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州・沖縄) [sage]:2011/09/12(月) 23:26:16.84 ID:PU4Fp66AO


打ち止めみたいにバックアップとっとくって方法は出来ないのか…
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2011/09/12(月) 23:46:44.85 ID:0BcSuUiZo
乙ー
一方通行にまた嫌な伏線が…

>>616
っていうかそれじゃないのか?
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/13(火) 00:31:18.23 ID:91aHov3Ao
>>1乙ー

次回が未定だろうと生存さえ確認できればいくらでも待ってます
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/09/13(火) 00:43:55.24 ID:VwAsRIlHo
こう言っちゃあれだが、今の記憶は日記として思い出に、でもいい気がするなー
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/13(火) 01:03:39.86 ID:3pKGnWvf0
乙です。
一方さん、今度は何に気付いたんだか。
最近一方さんは何かするたびに不幸になってる気がするぜぃ……。

記憶云々は、上条さんが絡んでくる伏線になったりするんかなぁ。
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/09/20(火) 23:01:16.60 ID:ePGYCPyAO

250年はどう関わってくるのかな?

次の更新も楽しみにしてるよ!
622 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:06:24.01 ID:F3zVuf3Co
えーと、間が空いてしまって大変申し訳ありません。
そしていつもレスありがとうございます。本当に励みになります。

では、投下して行きますね。
623 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:07:24.78 ID:F3zVuf3Co

とある研究者の資料室。

そこで、一方通行は山と積まれた資料を漁っていた。
ディスクだろうが紙媒体だろうが、関係ない。とにかく片っ端に、すべての資料の隅から隅までに目を通している。
彼の求めているものの在り処を、見つける為に。

(そォだ。施設を破壊して回ったンじゃ埒が明かねェ。今回みてェに、研究を引き継ぐ他の施設が現れるだけだ)

ファイルのページを捲りながら、一方通行はその内容を凄まじい速度で頭に叩き込む。
全てのページを見終わると、彼はまた新しいファイルを手に取った。

(だから、別の方法を探すしかねェンだ。もっと根本的に、この計画そのものの必要性を感じなくなるよォな……)

相手がこの実験に必要性を感じている内は、きっと計画を中止させることは出来ない。
何が何でも、それこそどんな手を使ってでも続けさせるだろう。
故に、強制的に計画を中止に追い込むのではなく、研究者たちが実験に必要性を感じなくなるようにする。
……例えば。

(代替案。妹達を殺さずに絶対能力になる方法を、提示する)

そのヒントは、計画の一番最初。
実験概要の項目に、既にあった。

(あの、二五〇年法。アレをなンとかして発展させられねェのか)

一方通行に通常のカリキュラムを施した場合、絶対能力に進化するのに二五〇年の月日を要する。
この方法は現実的ではない為、妹達を殺害して進化するという方法が編み出された。

(だが、確か寿命を克服したっつー論文を読ンだ記憶がある。絶対無理、って方法じゃねェ筈だ)
624 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:07:58.22 ID:F3zVuf3Co

けれどその時は大して興味が無かった事柄だったからか、流し読みしてしまったらしい。
記憶が曖昧だった。
あの論文をもっときちんと読んでおけば良かった、と後悔しても今更だ。
何処で見たかも忘れてしまったその論文を、彼は探し求める。

(それなりに重要な論文として扱われてたはずだから、必ずこの資料室にもある筈……)

ページを捲る。捲る。捲る。捲る。捲る。
そして。
一方通行は、とあるページに辿り着く。

(あっ、た……!)

彼は、遂に見つけ出した。
一筋の希望。
唯一の手掛かり。
寿命を克服したという医者の、論文。

(……機械を、開発……生命維持装置……? これを……、負の遺産、寿命、いや生命さえ……)

食い入るように論文に見入る。
そこには、彼の求めていることが全て記してあった。
その医者が開発したという生命維持装置によって引き延ばせる寿命は、実に一七〇〇年。
必要なのは二五〇年なのだから、十分すぎるほどだ。

(これさえあれば、いや、これを作った奴の協力を得られれば……。寿命に関するヒントだけでも構わねェ。筆者は……、)

そこで。
一方通行は、凍り付いた。

知っている人間の名前が、そこにあった。
彼も、美琴も、上条も、御坂妹も、よく知っている人物。
だからこそ、一方通行は驚愕した。
まさかあんな善良を絵に描いたような人間が、こんな神への冒涜とも言える研究を行っていたことに。

(……マジかよ)

筆者の名前に釘付けになってしまっている一方通行の、背後。
一人の男が、近付いて来ていた。
しかし、一方通行は気付かない。
そうしている内にも、その男はゆっくりと彼の背後へと迫っていた。
そして。
625 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:08:37.59 ID:F3zVuf3Co

「おいこらクソガキ、何勝手に人の資料漁ってやがる」

こすん、と。
それこそ、親が悪戯をした子にするように、軽く小突いただけ。
……だった、が。

「ッ!?」

一方通行は驚愕に目を見開き、後ずさる。
背後に立っていた木原数多から、距離を取るようにして。
まるで、唐突に現れた敵を警戒するかのように。

「…………」

「……あ、」

「チッ」

木原は舌打ちだけすると、一方通行に背を向けて部屋を出ようとした。
その後ろ姿に何か言葉を掛けようとしたが、何も出てこない。

何を言うべきなのか分からなかった。
記憶喪失の彼は、以前の自分が木原数多とどのような関係にあったのか知らなかったから。
しかし、そこに。

「おおっ、早速じゃれ合ってたのか? 久々だってのに流石は疑似親子だなー」

馬鹿みたいに明るい、垣根の声。
出入り口に現れた彼は、ちょうど木原の進路を遮る位置に立っていた。
だから木原も、部屋を出ようにも出ることができない。
626 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:09:08.22 ID:F3zVuf3Co

「……ん? あれ? 何か雰囲気おかしくねえ?」

「…………」

「……え?」

「あれ? なんか俺変なこと言ったのか? 俺の所為? これ俺の所為?」

今更になってようやく違和感に気付いた垣根が慌てだす。
すると木原は再び舌打ちをし、出入り口の前に立ち塞がっている垣根を押しのけようとした。

「おいクソガキ二号、そこ退け」

「あ、悪い」

垣根は素直に道を開けると、すたすたと歩いて行ってしまう木原を茫然と見送る。
未だに何が何だか分かっていないらしいが、もっと混乱しているのは一方通行の方だ。

「今の何だ? どうかしたのか?」

「……いや。それより……、アイツは誰なンだ?」

「誰ってお前……」

垣根は困ったように眉根を寄せて……、そこでやっと気が付いた。
二人の間で、認識と対応が食い違っていたのだ。

「ああ、そういうことか。おっさんらしくねえな」

「だから、アイツは誰なンだよ」
627 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:09:46.59 ID:F3zVuf3Co

「さっきも言っただろ。お前の親父……のような人。育ての親っつうの?」

「お……、親ァ?」

一方通行は自分の耳を疑った。
あの、顔に刺青を入れた如何にも怖そうな、しかもかつては彼を容赦なくぶん殴った研究者が自分の育ての親だと?
そんなことを考えていると、まるでそれを見通したかのように垣根はこう言った。

「ちなみにおっさんがお前をぶん殴ってるのはいつものことだったからな」

「……どンな親だよ」

「まあ厳しかったな。悪いことしたらすぐ拳骨だし。俺も良く鉄拳制裁に巻き込まれた。
 ああ、ちなみにおっさんがお前のぶん殴れるのはお前のことをよく知ってるからだそうだ。えーと、思考パターンを読んでるんだっけ?」

「それでどォやったら反射を破れるンだよ……」

「具体的には、反射膜に触れた瞬間に拳を引いてるらしい」

「……俺の反射は光だって無意識反射できるンだぞ? その反応速度に対応するとかどンな化物だよ」

「化物には違いねえな。何しろ、第一位と第二位を揃ってクソガキ扱いするような研究者だ」

言いながら、垣根は懐かしそうに笑った。
……しかしよくよく考えてみれば、木原もまた垣根と目的と同じくして――恐らくは一方通行の為に――行動していたのだ。
自分と垣根が親友だったように、木原ともそれに類する関係であったとしても何らおかしいことはない。

「で、お前何したの?」

「何って、なンだよ」
628 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:10:18.23 ID:F3zVuf3Co

「すっげ気まずそうにしてたじゃねえか。超珍しいぞ、おっさんのあの顔」

「……あー」

一方通行がばつが悪そうに目を逸らす。
すると、垣根は興味津々といった風に顔を寄せてきた。うざったいのだが、かつてはこれが普通だったのだろうか。

「なになに?」

「…………。頭小突かれて、すげェ怯えた顔した……、と思う」

「あーそれは傷つくわ。俺だったら死にたくなるわ」

「ついこの間まで平気で攻撃してた奴が何を」

「お前なあ……。ま、アレは事情が事情だから仕方なかったんだよ。それに、俺はそういう切り替えできる人間だから」

「……木原は?」

「そりゃできるだろうさ。大人だからな。
 ただ、あっちはお前が自分に関する事情も知ってると思ってただろうから予想外な反応をされてばつが悪くなったっていうアレだ」

「……やっぱり悪いことしたか」

「まあおっさんも不用意だったから、お前が全面的に悪いわけじゃないが。これ以上気まずくなる前に手は打っといた方が良いだろうな。
 こういうのってずるずる続くし」

やけに詳しいが、実体験をもとにしているのだろうか。
そんなことを思いつつも、藪蛇になりそうな気がしたので一方通行はあえて突っ込まなかった。
629 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:10:51.61 ID:F3zVuf3Co

「とは言え、次会った時にあっちが気にしてないようならそれで良いと思うぞ」

「ふゥン……」

「ところでお前、こんなところで何してたんだ? そんなに資料引っ繰り返して」

「あァ。実験を何とかする為の手掛かりを探してたンだ」

「手掛かりぃ? こんな所でか」

垣根が胡散臭そうに床に積まれているファイルを手に取る。
ここに収められている資料はすべてきちんとしたものである筈なのに、彼がどうしてそんな顔をするのか一方通行には分からなかった。
すると、垣根の方からその理由を教えてくれた。

「こんな資料室はおろか、書庫(バンク)や学園都市の最深部の情報を漁ったって何も見つからなかったんだぞ?」

「まァ、実験を止める方法はな」

「は? 実験を止める方法を探してるんじゃねえのかよ」

「……ひいては、そォするつもりだが」

「?」

垣根が首を傾げる。
一方通行はそんな彼を見て溜め息をつきつつも、二五〇年法について説明してやった。

「なるほどなあ。確かにそれはなかなか面白い方法だ」

「……試したのか?」
630 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:11:22.15 ID:F3zVuf3Co

「いや。ただ、……まあ、な」

歯切れの悪い言い方に、一方通行は眉根を寄せた。

「何だ?」

「具体的に、どうするつもりなんだよ? 二五〇年も生きられねえだろ、お前」

「それについては……、何とかできる、かもしれねェ」

「……それに、仮に寿命を何とかできたとして、だ。あのマッドサイエンティストどもがそんな時間の掛かる方法を許すと思うか?
 自分が生きてる内に結果が出ない方法なんかで納得してくれるとは思えねえな」

「それは……」

「それだけじゃねえ。お前、こんな下らねえことの為だけに二五〇年も生き続けるつもりなのか。意味分かってるのか?」

一方通行が言葉に詰まる。
それを見て、垣根は深く溜め息をついた。

「……マッドサイエンティストどもを丸め込む方法なら、俺も木原も一緒に考えてやれるさ」

垣根は床に積まれているファイルをひとつ手に取った。
そして適当にそれを捲りながら、言葉を続ける。

「ただし、流石の俺たちでも二五〇年は生きられねえぞ」

最後のページまで捲ってしまうと、垣根はファイルを本棚に仕舞う。
そして、床からまた一冊のファイルを拾い上げた。
631 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:11:50.36 ID:F3zVuf3Co

「いや、ぴったり二五〇年生きるって訳でもねえ。その後に絶対能力についていろいろ調べられるだろうし……。
 それに……、これはただの俺の想像だが、恐らく延長した二五〇年間、お前はまったく年を取らなくなるはずだ。
 今すぐ寿命を止めて二五〇年を経たのちに平均寿命の八〇歳まで生きたとして……、ざっと三一五年。……気が遠くなるな」

拾い上げたファイルを、今度は読みもせずに本棚に仕舞う。

「対して、俺たちが生きられる期間はあまりに短い。俺が今十七だから、お前と同じように八〇歳まで生きたとして残り六十三年だ。
 木原はもっと年食ってるから、お前と居られる時間は更に短い」

すとん、と小気味良い音を立ててファイルが本棚に仕舞われる。
一方通行はそれをじっと眺めていた。

「……それから、妹達もだな。アイツらは寿命の短いクローンだから、仮に生き延びることができたとしてもあと四〇年程度か?」

垣根も、一方通行を見つめ返す。

「お前は、あと二五二年も一人で生き続けるつもりなのか」

一方通行は、眉間に深い皺を刻んでいた。
しかし、彼としてもそういったことを考えていなかった訳では、無いだろう。
ただ、考えないようにしていた。
想像しただけで気が遠くなるような、胸が苦しくなってしまうような、そんな未来を。

「……仕方、ねェだろ。それしか方法がねェンだ。我儘なンて言ってられる状況じゃねェ」

「まあ、そりゃそうなんだが……」

「今更かもしれねェが。妹達の為なら、それくらいやってやる。むしろ、その程度で済むなら安いモンだ」

「お前な……。本当に分かってるのか? 死ぬより辛いかもしれねえぞ」

「構わねェよ」
632 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:12:30.39 ID:F3zVuf3Co

一方通行は手に持っていたファイルを、本棚に収めた。
垣根もそれに倣ってか、まだまだ床に放置されている大量のファイルを持ち上げて本棚に仕舞い始める。

「……なァ」

「何?」

「ここ、後任せてイイか?」

「ん? どっか行くのか?」

「あァ、寿命を何とかできるかも知れねェ奴のとこにな。交渉しなきゃなンねェし」

「それなら別に良いぞ。どうせお前のことだから断っても押し付けてくだろうし」

「……前の俺はそンなに傍若無人だったのか」

「今のお前は親友の俺がびっくりするほど丸くなってるよ」

垣根が苦笑いしながら言うと、一方通行は少しむっとした顔になった。
かつて傍若無人だったことと今丸くなっていること、どちらに対してそういった顔をしたのかは分からないけれど。

「ま、行くなら行って来い。早い方が良いだろ」

「そォだな。あと頼む」

「おお」

垣根が返事をするより早く、一方通行は部屋の出口へと駆けて行く。
そしてその扉を開こうとしたところで、彼は唐突にこちらを振り返った。
633 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:13:02.57 ID:F3zVuf3Co

「……それから」

「ん?」

「オマエ。……それ、不自然だぞ。作ってる感じがする」

垣根は一瞬きょとんとした顔をして、……ばつが悪そうに笑った。

……一方通行は、つまり。
わざと親しい風を装って、無理に『親友らしく』演じているのではないか、と。
そう指摘したのだ。
まるで、かつての絆を補おうとするかのように。

「ばれたか」

「前の俺は、そンなに鈍感な奴だったのか」

「……よく考えればそれもそうか。馬鹿なことしたな」

「別に。作ってるって分かってても、やりやすくはあった」

「そうかい」

垣根は情けない笑顔を浮かべると、出て行こうとする一方通行に向かって軽く手を振った。
一方通行もそれを横目で見ながら部屋を後にする。

……閉まりかけた扉の隙間から、ほんの少しだけ一方通行が手を振り返しているのが見えて、垣根は思わず笑ってしまった。


634 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/09/22(木) 22:13:45.61 ID:F3zVuf3Co
投下終了です、お疲れ様でした。
次回投下もまた遅くなってしまうと思います、すみません。

それでは、ここまでお付き合い下さってありがとうございました。
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/22(木) 23:01:14.56 ID:JtsIGOODO


なんか胸が痛ぇや………
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/09/22(木) 23:01:16.86 ID:Y5BE+OMEo
おつー
637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/09/22(木) 23:31:55.09 ID:0p+peILqo


これは切ないな。
ゆっくりでいいからぜひ完結まで頑張ってほしい
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/23(金) 00:34:58.52 ID:M8QWmS6q0

ここにきてあの人物が係わってくるとは。 他にもご無沙汰してるキャラは多いですが、そろそろ彼らのターンも望めそうな感じかな。 続き、のんびりお待ちすることにします。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/09/23(金) 00:41:32.54 ID:rhpnf1BDO


木原くン…
640 :moon :2011/09/27(火) 08:24:13.58 ID:n4606ywi0
それらはとめることのできないものだ!ヽ(〃▽〃 )ノ★ http://nn7.biz/image/show.cgi?20110506S004
641 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:19:29.73 ID:mplvooZ9o
遅れてしまって済みません。
投下します。
642 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:19:57.88 ID:mplvooZ9o

夕暮れの赤に染まった学園都市は、とても美しかった。

第七学区を一望できる高台に、美琴は立っている。
特に、何を見ているという訳ではない。
ただぼんやりとそこに立ち、赤く色づいた学園都市を眺めている。

彼女は緩やかな風に髪を靡かせながら暫らくそこに立ち尽くしていたが、やがて懐から携帯電話を取り出した。
表示されている時刻は、PM6:38。
待ち受け画面には、美琴が友人たちとふざけて撮った写真が映し出されている。

(……みんな、私の友達だったからって変な目で見られないと良いな)

それは、これから彼女が失うことになるものだった。
それから。

(あいつも)

上条当麻。
彼とももう、これで最後になってしまうのだろう。

……惜しいとは、思う。
それでもこうする道しか、もう彼女には残されていなかった。
だから。

(…………)

目元を拭う。
何を拭ったのかは、自分でもよく分からなかった。
643 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:20:32.66 ID:mplvooZ9o

『続きまして、週間天気です』

飛行船から、機械音声が聞こえてくる。
音がそこらじゅうに反響して、耳障りだった。

『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)によりますと、今週は……』

樹形図の設計者。
気象データ解析という建前で学園都市が打ち上げた人工衛星『おりひめT号』に搭載された、世界最高のスーパーコンピュータ。
月に一度、地球上のすべての空気の粒子の動きを完全に予測して一ヶ月分の天気をまとめて演算し、
他の日は学園都市に数多ある研究の予測演算に使われているという。
そして――――

「おっすー」

不意に背後から聞こえてきた声に、振り返る。
そこには、補習帰りといった様子の上条が立っていた。

「そっちも補習か? 御坂」

「ああ、アンタか」

つい先程まで彼のことを考えていたお陰で、一瞬ぎくりとしてしまったのは秘密だ。
コイツはどうせ鈍感だから、何にも気付いてなんかいないだろう。
いつもはイライラしてしまうようなコイツの悪いところではあるけれど、今だけはその鈍感さに感謝する。

「こんなとこで何してんだ?」

「んー……、別に何も。学園都市を眺めてるってとこかな」
644 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:21:00.19 ID:mplvooZ9o

「学園都市を、ねえ……」

言いながら、上条も手すりに近付いてくる。
いきなり隣に立ってきた彼に少しどきりとしてしまったのは、気のせいだと思いたい。

「おっ、良い眺めだな」

「で、でしょ? 今はちょうど夕暮れだしね」

「たまにはこうしてのんびりするのも良いなあ」

暢気に景色なんて眺めている上条を見ていると、これからしなければならないことなんて忘れてしまいそうだ。
特に何をしているという訳でもないのに、何故か楽しくて、そして平和だった。
これが最後なのだと、強く意識しているからかもしれない。

「……あ、そう言えばさ」

「ん?」

「最近、妹の方見掛けないよな。お前なんか知ってるか?」

「ああー……」

もちろん、心当たりはある。
けれどそれを彼に言う訳にはいかない。

「あの子、ああ見えて忙しいからね。アンタも知っての通り生い立ちが特殊だし。って、前もこんな話しなかったっけ?」

「えっ、そ、そうだっけ?」
645 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:21:30.93 ID:mplvooZ9o

「そうそう、あの子が忙しそうだなーって話。まあ適当に駄弁ってただけだし、覚えてなくても仕方ないけど」

上条が、ほっと胸を撫で下ろす。
学園都市を眺め続けている美琴はそれに気付かなかった。

「そう言えば、鈴科のことなんだけど……」

『八日は午前中は晴れ』

飛行船の機械音声。
再び聞こえてきた耳障りな音に、二人は空を見上げた。

『午後は十五時一〇分から五〇分までにわか雨が降りますので、この間は洗濯物を干すのは避け、外出する際は傘をご用意ください』

二人の真上を飛んでいた飛行船が、みるみる遠ざかって行く。
すると、飛行船を眺めていた美琴がぼそりと呟いた。

「――――私、あの飛行船って嫌いなのよね」

「あん? 何でだよ」

飛行船から美琴の方に向き直り、上条が不思議そうな顔をする。
彼からすれば、恐らく明日の天気を教えてくれる便利な代物でしかないのだろう。
アレに対する一般的な認識は、殆どそうだ。
それで、正しい。

けれど。
天気を完全に予報してくれる、便利なスーパーコンピュータ。
即ち、樹形図の設計者は。

二万人のクローンの製造と殺害を指示した超高度並列演算器(アブソリュートシミュレーター)でもあるのだ。

「機械が決めた政策に人間が従ってるからよ」

そう。
二度とあんなイカれた指示なんか出せないように、計画を改竄した上で破壊しなければならない。


646 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:22:01.69 ID:mplvooZ9o

―――――



「……アイツ、どうしたんだろ」

美琴と別れ、一人で帰路に着く上条は、ふとそう零した。
何となく感じた、という程度のものでしかなかったけれど。
只ならぬ雰囲気だった、と思う。

そこまでは、いくら鈍感な上条でも気付くことができた。
お陰で、鈴科のことについて訊きそびれてしまったのだから。

「俺たち、友達なんだよな?」

それは、間違いない筈だ。
最初に会ったとき、美琴自身がそう口にしたのだから。
そして先程のやり取りを見ても、そこそこ仲の良かった友達なのだろうと思える。

「友達なら、相談してくれれば良かったのに」

そこで、上条は漸く今まで考えていたことが全て口に出ていたことに気が付いた。
幸い周囲に人はいなかったが、妙にこっぱずかしい。

(何か話しにくいことなのかなー。やっぱり女の子だし……)

しかも年下だ。
その上自分は異性だし、流石に相談しにくいことだって山ほどあるだろうが。

(結構、思い詰めてる感じだったしなあ)

一人で抱え込んでいて大丈夫だろうか。
心配ではあるが、詳細が分からないし自分が首を突っ込んで良いことなのかも分からない以上、手の出しようがなかった。
647 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:22:38.41 ID:mplvooZ9o

(それから、鈴科。メルアドと電話番号を教えて貰ったのは良いけど、全然連絡付かねえし……)

やはり彼が想像した通り、喧嘩してしまったのか。
もしくは御坂妹のようによっぽど忙しいのか。
あるいは、上条のように携帯を壊してしまって、そのままになっているのか。

色々と想像はできるが、どれも直接鈴科という人物に会って確認してみないことには分からない。
せめて顔でも分かればいいのだが……。

(写真も前の携帯に入ってたんだろうなあ……。うう、やっぱりダメもとで通学路でも探してみようか)

確実に怪しまれることになるが、特徴くらいは訊いておくべきだったかもしれない。
上条もまた、それほどに追い詰められていた。
かつて友人だったらしい人間とこうまで連絡が付かないというのは、どうしても気持ちが悪い。
もしかしたら、鈴科の方でも何かあったのかもしれなかった。

(駄目だ。深みにハマっている……)

とは言え、誰かに相談できるような問題でもない。
上条は頭を抱えるが、そうしたところで何か名案が思い付くはずもなかった。

(やっぱり誰かに訊ければ楽なんだろうけど、それで記憶喪失がバレたら最悪だし……)

上条の懸念は、その一つのみに尽きた。
記憶喪失の露見。
それだけは、絶対に避けたい事態だった。

だからこそ彼はそのことについて臆病にならざるを得ない。
どんなリスクも避けるべきだった。
648 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:23:10.97 ID:mplvooZ9o

(……そうだよな、やっぱり駄目だ。根気強く電話していれば、いつかほとぼりが冷めた頃にでも返事だってしてくれる筈だし。きっと)

脳裏に浮かぶのは、白い少女の笑顔。
あの笑顔だけは、何としても守り抜かねばならなかった。
だからどんなに心苦しくても、他の全ては後回しにしなければならない。
何故なら、それが彼の最優先事項だからだ。

(っと、もうこんな時間か。早く帰らないとな)

ちらりと携帯で時間を確認してみたところ、美琴と話していたからかもうだいぶ遅い時間になってしまっているようだった。
家ではインデックスが待っている。早く帰らなければ。

(あんまり遅れると噛み付いてくるからってのもあるけど、可哀想だもんな)

インデックスはこの学園都市に来たばかりなので、友人も殆どいない。
最近は隣人である土御門の妹と仲良くしているようだったが、彼女はエリートのメイド故に忙しいらしくそこまで頻繁に会えるわけではない。
よって、インデックスのまともな話し相手は自分くらいしか居ないのだ。

(せめて友達でも作ってあげられれば良いんだが)

しかし立場上学校に通わせる訳にはいかないらしいし、そもそも上条にそんな経済力もない。
その上インデックスは立場上とても狙われやすいので、無闇に外を出歩かせるのもあまり良くないだろう。
何より学園都市はちょっと路地裏に入っただけで世紀末状態なので、そんな場所を何も知らないインデックスに歩かせるのは上条の心臓に悪かった。

(何とかしてやれないかね……)

溜め息をつきつつ、帰路を急ぐ。
夕陽が既に沈みかけていた。


649 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:23:45.90 ID:mplvooZ9o

―――――



バスが走っている。
その中の適当な席に座っている美琴は、ぼうっと外の景色を眺めていた。

『本日は学園都市観光バスをご利用いただき、誠にありがとうございます』

バスの中は人もまばらだった。
大覇星祭のような特別な期間以外に一般人が学園都市に観光に来るなんてことはまず無いので、観光客も圧倒的に少ないのだ。
美琴の隣の座席にも、誰も座っていなかった。

『当バスは第二十三学区宇宙開発エリア行きです』

だから美琴は、ゆっくりと物思いに耽ることができた。
色々な、本当に色々なことを考えていた。

『宇宙開発エリアはその名の通り宇宙産業を専門とする施設が多く集まり、最先端のロケット発射場を持つ学園都市宇宙センターです』

今までのこと、これからのこと。
そして、今まさに行おうとしていること。

『世界最高のスーパーコンピュータ『樹形図の設計者』との交信を行う情報送受信センターなどが……』

完全下校時刻が近かった。
その所為なのか道路には車が多かったが、バスは順調に走っている。
その、向かう先には。


650 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:24:16.79 ID:mplvooZ9o

―――――



「暫らく来ることができずに申し訳ありませんでした、とミサカは謝罪します」

段ボール箱の中の猫が、応えるようにしてにゃあと一声鳴いた。
御坂妹は猫のそばにしゃがみ込むと、手に持っていた菓子パンを猫のそばにそっと置く。

「他の妹達に餌やりは頼んでいたものの、自重しない個体が多いので少し心配していたのですよ、とミサカはイヌに呼び掛けます」

すると、イヌと呼ばれた子猫はそれに返事するようにして鳴いた。
この猫は彼女たち欠陥電気の放つ微弱な電磁波に怯えない賢い猫なのだが、それでも電磁波が苦手であることは変わらない。
だから御坂妹はイヌのことを思って、いつもその様子を観察するだけに留めていた。

「とは言え、ミサカはもうすぐここに来ることができなくなってしまうかもしれません、とミサカは正直に告白します」

イヌはじっと御坂妹を見つめている。
彼女はそれを見て微笑むと、少し躊躇ってから、イヌの頭を優しく撫でた。
イヌは少し驚いたようだったが、逃げたりはしなかった。

「あなたがミサカたちを見分けられないことを祈ります、とミサカはおかしな心配をします」

イヌはにゃあと鳴くだけで、分かってるのか分かっていないのかなんて判断しようが無い。
御坂妹はイヌから手を離すと、菓子パンの空き袋を段ボール箱の中から拾い上げた。
651 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:24:52.80 ID:mplvooZ9o

「短い間でしたがあなたと居られて楽しかったです、とミサカはイヌに感謝します」

「にぃ」

「ミサカが来なくなってもちゃんとご飯を食べるのですよ。元気でいてくださいね、とミサカはイヌの健勝を祈ります」

「みゃあ」

彼女の言葉が理解できたわけではないだろう。
しかし、イヌはその雰囲気から何かを感じ取ったのか、彼女を引き止めようとしているかのようにしきりに鳴いた。
いつもは大人しい猫なので御坂妹は少し驚いたが、再び淡く笑うとすっくと立ち上がった。

「それでは。運が良ければまた近い内に会いに来れるかもしれません、とミサカは別れの挨拶を口にします」

イヌはまだ鳴いている。
御坂妹は名残惜しく思いながらも、振り返ることなくその場を去る。

まだ、二度と会えなくなるわけではない。
今はまだ、きっと。


652 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:25:25.34 ID:mplvooZ9o

―――――



去って行くバスを見送る。
しかし美琴はすぐに踵を返すと、とある大きな施設の方へと歩き始めた。
バス停に書かれている駅名は、情報送受信センター。

樹形図の設計者と情報をやりとりする施設。
彼女の、最終目的地だった。

「おや」

不意に聞こえてきた声に、振り返る。
そこには、施設の清掃員らしい人の良さそうな男性が立っていた。

「こんな時間に学生さんとは珍しいねえ」

さっそく見つかってしまった。
が、こんなのは想定内。
美琴はにこりと愛想の良い笑みを浮かべると、男性の方に向き直った。

「はいっ、夏休みのレポートで今日中に調べておきたいことがあって」

「そりゃ勉強熱心だねえ、感心感心。
 でも、間違ってもフェンスの辺りに近寄っちゃ駄目だよ、立ち入り禁止の機密区域だから。警備ロボに囲まれちゃうからね」

言いながら、男性がフェンスの方を指差す。
そこは有刺鉄線が設置されているだけでなく、確かに無数の警備ロボが配置されてあった。
美琴はそれをちらりと見やると、男性に軽く会釈する。

「はい。気を付けます」
653 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:25:58.24 ID:mplvooZ9o

笑顔を維持したまま、清掃員の男性を見送った。
そして、男性の姿が完全に建物の中に消えて行った、瞬間。
美琴は振り返りざまに、電撃を放った。

電撃はフェンス周辺を巡回していた警備ロボに直撃し、途端に警備ロボは動作を停止してしまう。
美琴は故障してバチバチと音を立てている警備ロボのそばを素通りすると、一気にフェンスを越えた。
目指すのは、巨大なアンテナの設置された建物。

(樹形図の設計者情報送受信センター)

電撃を纏い、磁力を利用して壁を駆ける。
磁力で身体を引き寄せているのか、彼女は凄まじいスピードで走っていた。

(『樹形図の設計者』と定時交信を行う唯一の窓口)

壁を蹴った反動で足がじくじくと痛むが、気にしない。
時間を掛けていられない。
時間を掛ければ掛けるほど、見つかってしまう可能性が上がってしまう。

(ここからハッキングしてヤツに偽の予言を吐かせる)

その内容は、こうだ。

現在進行中の『絶対能力進化』計画に致命的なエラーを計測。
エラーは被験者『一方通行』の記憶喪失、および『一方通行』と『未元物質』が交戦した為に発生したものである。
修復は不可能であり、もはや『一方通行』の絶対能力者への進化は不可能である、と。

(これで、『樹形図の設計者』に頼り切っていた研究者たちはパニックに陥る筈。ことによると再演算を求めてくるかもしれない)
654 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:26:28.43 ID:mplvooZ9o

樹形図の設計者に代わる超高度並列演算器は存在しない。
学園都市に現存するコンピュータで再演算することは出来ない。
だから再演算をしようと思ったら、必ず再び樹形図の設計者を使うはずだ。

(だからそういう事態に備えて、『妹達』とは無関係な予言を吐くように『樹形図の設計者』を設定する)

ハッキングをはじめとする情報操作や改竄は彼女の得意とするところだ。
しかし、専門ではない。
彼女よりもっと優れたハッカーや技術者なんて、この学園都市にはもっとたくさんいる筈だ。あの、初春飾利のような。

(こんな小細工、いつかばれるだろうけど……)

美琴が、施設の近くに着地する。
それと同時に施設周辺を巡回していた最後の警備ロボを破壊し、動作を停止させた。
そして悠々と施設を見上げる彼女は、にやりと不敵な笑みを浮かべる。

(その前に計画を破綻に追い込んでみせる。どんな手を使ってでもね)


655 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/01(土) 21:28:19.05 ID:mplvooZ9o
投下終了。
美琴サイドは暫らく漫画沿いになると思います、ごめんなさい。
それから、次回投下は恐らくまた一週間前後に。
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/10/01(土) 21:42:53.05 ID:maW4t0hio
おつ!

おおまかな流れが漫画に沿われてると面倒ですよね
かといって漫画部分を省略すると、ここの展開は漫画とは違うってわかっちゃうし
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/01(土) 22:00:18.98 ID:dSUYwxa4o
>>1乙!

美琴の方はどうなることやら……うーむ。
しかし上条さんェ……
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/10/01(土) 22:17:15.00 ID:gqlKajmAO

やっぱり面白い

ここから上条がどう関わってくるんだろ?
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/02(日) 22:13:14.32 ID:jx/nXl3A0
上条さん、すっかり刷り込みされて…  今走り出さないと間に合わないかもだよ?  
というじれったい状況がこの先どう展開していくのか、期待。 乙!
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/03(月) 00:13:24.63 ID:d0M4EPnQ0
乙!
皆ハッピーエンド目指して頑張ってるんだよな……
上条さんェ
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国) [sage]:2011/10/03(月) 20:09:47.05 ID:0BWXI2In0

次の更新も期待!
662 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:40:36.85 ID:RwEDl+k7o
お待たせして申し訳ありません。
投下します。
663 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:41:06.87 ID:RwEDl+k7o

(おかしい)

無事に送受信センターへの侵入を果たした美琴は、しかし途轍もない違和感に襲われていた。
物陰に隠れて監視カメラの目を避けながら廊下を進む彼女の表情は、固い。

(人の気配がまったくない)

人どころか、施設内には警備ロボの姿さえ見えなかった。
文字通り、人っ子一人いない。
美琴は嫌な予感に囚われながらも、ゆっくりと歩を進めて扉の電子ロックを操作する。

(ここは学園都市の頭脳と交信できる最重要機密施設。なのにこれは……)

電子ロックはすぐに解除された。
ガコンと大きな音を立てて扉が開かれる。

(……上っ面だけ取り繕って、中は殆ど素通りじゃない)

警戒しながら、歩き進める。
やはり、誰もいない。
よくよく観察してみれば、監視カメラや赤外線センサーも作動していないものがちらほらあった。

(ハッキングなんか不可能だって高を括ってるの?)

もはやただの高級なダミーカメラと化した監視カメラを眺めながら、美琴は更に歩を進める。
そして最後の電子ロックを解除した彼女は、遂に交信室へと足を踏み入れた。
が。

(……心臓部の交信室までもぬけの殻、ね。機材は動いてるけど……)
664 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:41:38.86 ID:RwEDl+k7o

誰もいない交信室を、ゆっくりと見回す。
機材のディスプレイには何かの計算経過がひたすら表示され続けていたが、
誰もいないこの施設でそれが一体どれほどの意味を持つものなのか、彼女には分からなかった。

(逃げた? それとも罠?)

嫌な予感が過ぎるが、彼女はすぐにそれを自ら否定する。
無意味だからだ。

(いや、どちらにせよもっと他にやりようがあるはず。こんなところにまで踏み込ませるメリットはない)

何気なく、機材の操作盤に触れる。
そして。
彼女は驚愕した。

(ほ……こり……?)

思わず暫らく茫然としてしまったが、美琴はすぐに我に返るとポケットからハンカチを取り出す。
そしてそれで機材の表面を拭いてみると、かなりの量の埃がついてきた。

(これは……、どういうこと? こんなの、昨日今日で積もるような量じゃない。この施設はかなり前から放棄されている……?)

いくらなんでも、おかしすぎる。
最初に感じた嫌な予感が、胸の中にわだかまってどんどん大きくなっていくのを感じた。

(……腑に落ちない点はいくらでもあるけど、考えてる時間はない。今は陽動の手間が省けたと考えよう)

美琴は複雑な表情をしながらも、懐からPDAを取り出した。
そしてコードを機材の操作盤に繋げると、凄まじい速度で操作し始める。
しかし。

(……どういうこと?)

すぐに、美琴の表情が硬くなる。
画面に表示されたのは、思いもよらないメッセージだった。
665 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:42:07.31 ID:RwEDl+k7o

(今日の交信件数0件!? 『樹形図の設計者』への依頼は日に数百件はあるものじゃないの?)

PDAを操作し、メッセージを下に流す。
そこには無数の英文がずらりと並べられていた。

(いや、申請の方はどんどんここに送られて来てる。なのにそれが全然処理されてないんだ。昨日もその前もずっと……、いつから?)

まどろっこしくなって、彼女は能力を駆使して一気に深部へと潜る。
負担が掛かっているのかPDAが妙な音を立てていたが、美琴は気にすることなくハッキングを継続した。
……と、PDAから小さな電子音が発せられる。

(これは……!)

PDAの画面に表示されたのは、とある報告書だった。
提出先は、統括理事会。
美琴はごくりと固唾を飲みこむと、ゆっくりと画面をスクロールさせる。

(……消息不明の『樹形図の設計者』に関する最終報告)

その内容は、こうだった。

七月二十八日〇時二十二分、衛星軌道上より『樹形図の設計者』の姿が消失。
同日一時十五分、第一次捜索隊を派遣。
同日二十一時四十分、発見された残骸(レムナント)の一部を回収。



――分析の結果、『樹形図の設計者』は正体不明の高熱源体の直撃を受け、大破したものと判明――


666 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:42:36.40 ID:RwEDl+k7o

―――――



目の前に聳える、真白い病院を見据える。
幾度となく訪れた場所だというのに、こうして改めて見つめ直してみると不思議な威圧感を持っていた。
一方通行は門の前に立って軽く息を整えると、敷地内へと一歩踏み出す。

(ここに来るのも久しぶりだな)

風に揺られて、手に持った小さなメモがかさりと音を立てた。
そのメモには、例の資料の概要が走り書きされている。
そしてそこには、冥土帰しという名前も書かれてあった。
一方通行は確かめるようにそれを見つめると、再び病院へと目を向ける。

(……まさか、あの医者がな)

『寿命を克服する装置』を開発したのは、あの冥土帰しだったのだ。
最初は自分の目を疑ったが、噂に聞くあの医者の腕の良さを鑑みるならば有り得るような気もする。

ただ、そのような性格ではなかった筈であることが気に掛かったが、今はそのような事を気にしている場合ではない。
とにかく、その方法をヒントだけでも訊きに行かなければ。
恩人ではあるが、場合によっては手段など選んでいられない。

(ただ、どこまで話したモンかね……)

それ以前に、説得にも自信が無い。
妹達や実験のことにしても、まさか本当のことを包み隠さず話す訳にもいかないだろう。
今度は冥土帰しが妙な事件に巻き込まれかねないからだ。

(……、どォするか)

自動ドアが静かな音を立てて開く。
何となく待合室を見回してみれば、珍しく人が少ないようだった。
667 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:43:07.36 ID:RwEDl+k7o

ちょうど受付の前にも誰もいなかったので、一方通行は受付で冥土帰しの居場所を尋ね、教えられた場所へと足を向けた。
白い廊下を、黙々と歩き続ける。
途中、かつての自分の病室の前を通ったが、彼は気にも掛けなかった。

(この部屋だな)

そしてようやく立ち止まった彼の目の前に立ちはだかる扉には、診察室と書かれてあった。
一方通行は一応ノックをすると、返事を待ってから中へと入る。
入ってきた一方通行の顔を見た冥土帰しは、いつもと同じ落ち着いた表情で彼を迎えてくれた。
受付の看護師からの連絡を受けていたのだろうか、などと思いながら、一方通行は勧められた椅子に座る。

「久しぶりだね? 噂には聞いていたけれど、まさか君の方から訪ねてくるとは思わなかったよ」

一方通行の方に向き直った拍子に、椅子がぎしりと音を立てる。
冥土帰しの人の良さそうな笑みを眺めながら、一方通行はどう切り出すべきか迷って口を開きあぐねていた。

「まさか挨拶しに来たわけではないだろう? 何か用がある筈だ。言ってごらん?」

「……寿命を克服したと聞いた」

それを口にした途端、冥土帰しの表情が一瞬強張った。
触れられたくない話題だということには薄々感づいていた、けれど。
今は、なりふり構っている場合ではない。

「俺の寿命を延ばす必要がある。オマエが作ったとかいう装置を寄越すか、出来る限りでも寿命を延ばす方法を教えろ」

「……どうしたんだい、突然?」

「悪いが事情は話せねェ。何も訊かずに教えろ」
668 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:43:35.75 ID:RwEDl+k7o

殆ど睨みつけるようにして、冥土帰しを見据える。
しかし冥土帰しはすぐに落ち着いた表情を取り戻すと、少し沈んだ声でこう言った。

「悪いけど、あの装置を貸すことは出来ない」

「何故」

「アレはもう僕のものではないからね? 僕が好きに貸したりできるようなものではないんだ」

「……どォいうことだ」

「既に使っている人間が居る」

一方通行が少し意外そうな顔をした。
冥土帰しは、そんな彼の顔を見て自嘲するような微笑を浮かべる。

……寿命の克服、とは。
以前一方通行がそう考えたように、神への冒涜に他ならない。
にも関わらず、その方法を見つけ出しただけでなく、それを既に実践している人間が存在し、それを冥土帰しも黙認している。
そしてそれは、冥土帰し本人の協力なくしては為し得ないことの筈だ。

「だから、それを理解してくれると助かる」

「……装置が駄目だったことは分かった。同じものは造れねェのか」

「無理だね? 最初の一つ目を作った時に、装置を造る為の機材をすべて破壊してしまった。アレは、人が手を出して良い領域ではない」

「だったら、せめて寿命をなンとかする方法だけでも教えてくれ。一七〇〇年とは言わねェ、二五〇年ほど寿命を延ばせればそれで良い」
669 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:44:03.80 ID:RwEDl+k7o

「…………」

「今更躊躇うことがあるのか。既に寿命を延ばしてる人間がいるンだろ」

冥土帰しが過去の行いを後悔していることは、理解している。
そして、もう二度とそれに関わりたくないと思っていることも。

しかし冥土帰しはその方法を編み出してしまい、しかも彼が言うには既にそれを実践している人間が存在する。
それが、彼の本意ではなかったにせよ。
もう、今更だと言えてしまうのではないだろうか。

「理由は、どうしても言えないのかい?」

「……。言えねェ」

「君のことだから、自分本位な理由でそんなことを言っているのではないということは分かる。誰の為かも、言えないのかい?」

一方通行が、俯く。
冥土帰しに誠意を見せる為にも、言うべきだと、思う。
けれど。

その名前を出して良いのかどうか、彼には判断が付かなかった。
それに、それが本当に彼女の為になることなのかどうかも、分からない。

間違いなく彼女の命を救うことには繋がるだろうが、心優しい彼女に余計な重荷を背負わせてしまうことになるかもしれない。
隠そうとしても、相手は一万人弱。
隠し通せるような事でも、ないだろうから。
670 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:44:35.45 ID:RwEDl+k7o

けれど、それでも。
一方通行は、どうしても妹達の命を助けたかった。
そう、これは彼の我儘なのだ。
かつての自分と妹達が合意の上で行っていたことを、今の自分が覆そうとしている。
……今更なのは、どっちなのだろうか。

「…………、……だ」

「うん?」

「……御坂妹の命を救う為だ」

御坂妹の為、とは言わなかった。
言えなかった。
これはただの彼のエゴであって、恐らく彼女自身を、彼女の心を救うことには繋がらないだろうから、言えなかった。
けれど冥土帰しはそんな彼の意図を知ってか知らずか、厳しい顔をして一方通行を見つめている。

「そうか、もうそんなところまで……」

「……は?」

冥土帰しの発言の意図が掴めずに、一方通行が声を上げる。
そして、冥土帰しは信じられないことを口にした。

「実験のことは、僕も知っている」

自分の耳を疑った。
一方通行は何も言うことができなかった。
ただ茫然として、冥土帰しを見つめている。
671 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:45:08.00 ID:RwEDl+k7o

「……い、つから知ってたンだ?」

「最初からさ」

「最初……、から?」

「初めて君がこの病院に運ばれてきた時だね。目立つ容姿をしているからすぐに分かった。君が一方通行だとね」

一方通行が言葉を失う。
最初から。
けれど。
どこから、どこまで?

尋ねようと口を動かすが、言葉にならない。
すると、冥土帰しの方から口を開いてくれた。

「僕が直接実験に関わっていた訳ではないから、最初から詳細なことを知っていた訳じゃない。ただ、概要くらいは知っていた」

「どォして黙ってた」

「妹達に頼まれていたんだ。理由は……、今の君になら分かるね?」

「……それは、分かる。だが、オマエはただの医者じゃねェのか? どォして学園都市の暗部のことまで知ってンだ」

「ただの医者が、寿命を克服する方法を編み出したりはしないね?」

何度目かの沈黙が降りる。
しかし、冥土帰しがすぐにその沈黙を破った。

「僕は君よりもずっと深い闇の底を歩いてきた。少なくとも君よりは、この都市のことについて詳しいよ」
672 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:45:36.17 ID:RwEDl+k7o

一方通行は黙りこくっている。
もう、彼の中に渦巻いている感情を言葉にすることを諦めてしまったのかもしれなかった。

「君たちがどうしてこんなことになったのか、その顛末は妹達から聴いて知っている。同情するに値する境遇だとは思う」

「だったら……」

言いかけた一方通行を、冥土帰しが手で制する。
そして、彼はとても申し訳なさそうな顔をした。

「それは、できないんだ。君がどんな方法で妹達を助けようとしているのかは分からない。
 しかしそれに寿命の克服が不可欠というのなら、僕では力になれない」

「……力に、なれない?」

妙な言い方だと思った。
いや、言い回しとしては間違っていない。
もうこれ以上関わりたくない、だから協力したくない、という意味として言っているのだとしても通る言い回しだ。

ただ。
その口調が、表情が、自分のただの我儘で協力を拒んでいるのではないということを、何よりも雄弁に語っていた。

「……協力しようがないんだ。もう二度と、誰もあの領域に踏み込むことがないように、資料も薬剤も機材もすべて処分してしまった。
 あれからもう随分と時間も経ってしまったから、僕の頭の中にある情報だけではもうどうしようもないんだ」

「な……」

「本当に申し訳なく思う。今の僕では二五〇年分の寿命を延長するどころか 、一年だって寿命を伸ばすことはできないんだ」

冥土帰しは、本当に辛そうな顔をしていた。
だから、それが一方通行を諦めさせる為の方便でないことがよく分かった。
だからこそ。
673 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:46:07.93 ID:RwEDl+k7o

「……それは、……本当なのか」

「本当だ。ここまで事情を知っておいて、知らん顔なんてできないさ。誓っても良い」

……希望が、断たれた。
今度こそはと、思っていたのに。
他に、もう手はないのに。

「…………。装置は、一つだけ残ってるンだよな」

「その通りだが、無茶だ」

「どォしてそンなことが言える」

「あの装置の現在の所有者は、この学園都市の統括理事長アレイスター・クロウリーだ。そして、アレは彼にとって必要不可欠なもの。
 素直に渡してくれる筈がない」

「……っ、…………」

「分かっていると思うが、彼は力づくが罷り通るような相手じゃない。
 それどころか、万が一にでも怒らせようものなら妹達の命どころの話じゃなくなってしまう。分かるね?」

手詰まりだった。
打つ手が無い。
もう、諦めるしかない。
こんな、呆気なく。

「……他に、寿命を延長する方法に心当たりはあるか?」

「僕の知る限りでは、無い」

「…………、……そォか」

「すまないね。僕は何も出来なくて」

一方通行は、何も言わなかった。
ただ黙って、席を立つ。

「何処に行くんだい?」

「…………帰る」

「……そうか」

落胆したような声に、一方通行がちらりと冥土帰しを見やる。
しかし、それだけだった。
一方通行は振り返りもせずに、診察室を後にする。
扉の閉じる音だけが、虚しく響いた。

「……すまないね」


674 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/09(日) 22:46:36.00 ID:RwEDl+k7o
投下終了。
次回投下はまた一週間後くらいに。
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2011/10/09(日) 22:52:52.62 ID:PQ6QVoUCo

次も楽しみにしてます
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2011/10/09(日) 22:57:06.23 ID:ElcXy2RC0
おつ
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2011/10/09(日) 22:57:22.73 ID:Pl92RGlm0
おつ
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/10/09(日) 23:03:17.72 ID:JdoeP9RAO

ここから一方通行はどうするんだろ?
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2011/10/09(日) 23:32:08.14 ID:CM9sCV7wo
乙!
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/10(月) 00:43:16.04 ID:PWdnVahfo
ここまで落ち込んだ一方通行もあまり見ないな
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/10(月) 00:45:33.18 ID:95w6+XHSO
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/10(月) 16:18:21.15 ID:TtZo2qmSO
続きが気になる乙
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国地方) [sage]:2011/10/10(月) 23:09:54.76 ID:OGg88UGt0

☆さん…
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/10/12(水) 08:30:46.21 ID:8gHPn17co
すげえ乙
ためらわず乙
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/10/17(月) 18:48:02.86 ID:WoevlbeAO
今日くらいに来るかな〜
期待!
686 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:32:21.60 ID:WFkqhP5/o
遅れてしまいました、済みません。
投下していきますね。
687 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:33:01.47 ID:WFkqhP5/o

飛行機が飛んでいる。
爆音が頭上を駆け抜けていった。

(『樹形図の設計者』は大破)

だだっ広い第二十三学区の通路を、美琴がたった一人で歩いている。
周囲には、誰もいなかった。

(高熱原体の所属は不明)

空には、無数の飛行機雲が刻まれている。
飛行機が飛び立つ音が美琴の鼓膜を打つが、それが彼女の意識に入って来ることはなかった。

(本件に関わる報道は学園都市の統制下に)

美琴のポケットからは、壊れたPDAが顔を覗かせていた。
ディスプレイとキーボードを繋ぐコードが、だらしなく垂れ下がっている。

(残骸をすべて回収すべく緊急の……)

彼女が歩くたびに、ポケットからはみ出たコードがゆらゆらと揺れた。
割れてしまったディスプレイの欠片がひとつ、零れ落ちる。

(…………)

また飛行機が飛び立ったらしい。
後方から巻き起こった風が、彼女の体を揺らした。

(どうして)
688 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:33:31.34 ID:WFkqhP5/o

樹形図の設計者。
どうして壊れてしまったんだろう。
そんなに簡単に壊れるようなものではない筈なのに。
壊れてはいけない筈のものなのに。
壊れてはいけなかったのに。

敵対勢力に撃ち落とされた?
それともデブリによる事故?
どうしてだろう。

(アレ?)

そこで、彼女は首を傾げる。
ふわりと疑問が浮かぶ。

(それは問題じゃないんだっけ?)

じゃあ、何が問題だったんだっけ。
どうして壊れてはいけなかったんだっけ。

(ああ、そうだ)

かくりと空を見上げる。
そこには一筋の飛行機雲が刻まれているだけだった。

(問題は、計画を引っ繰り返す為の最後の一手が失われてしまったということ)

フェンスの足元に生える短い雑草が揺れる。
まだ夏だというのに、くすんだ黄緑色をしていた。
689 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:34:16.60 ID:WFkqhP5/o

(そして)

フェンスに何かが書かれている。
いや、掛けられている。
この周辺の案内図のようだった。

(『樹形図の設計者』が無くなろうと、実験は計画通り続けられるということ)

案内板の横を、通り過ぎ、ようとした。
しかし、そこで彼女は立ち止まる。
虚ろな目で、案内板を見やる。

(……そう言えば)

案内板の隅。
そこには、とある施設の名前が書かれてあった。

(この間調べた計画の引き継ぎ先の中に、このブロックの施設が一つあったっけ)

その名前を、じっと見つめている。
そして、やがて、美琴は、口角を釣り上げた奇妙な表情を形作った。



「あはは」


690 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:34:46.58 ID:WFkqhP5/o

爆音が轟いた。
施設が爆破された音だった。
建物自体が崩壊しかねない程の衝撃は、施設そのものを大きく揺らがせる。

研究室でいつも通りに仕事をしていた研究員たちは、その衝撃によっていとも簡単に吹き飛ばされた。
無数の悲鳴と怒号が飛び交う。
しかしその声は、すぐに沈黙に取って代わった。
粉塵の中に佇むその少女の姿を見た瞬間、恐ろしさに声を奪われてしまったのだ。

「例の……ッ!?」

誰かがやっとそれだけを絞り出した途端、研究員たちは魔法が解けたように一斉に逃げ出した。
けれど、電撃を纏うその少女はそんな人間になど見向きもしない。
彼女の濁った瞳は何も見てなんかいなかった。

(壊さなきゃ)

そうだ。
まだ終わった訳じゃない。

(諦めちゃ駄目だ)

単純なことだ。
ぜんぶ潰してしまえば良い。
今あるものも。
これから引き継ぐものも、ぜんぶ。


機材も資金も欲も野心も底を割って跡形もなくなるまで!

691 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:35:51.91 ID:WFkqhP5/o


(そうすれば、いつか――――)

――――『いつか』?
その『いつか』って、いつ?
それまでに実験が再開されない保証はあるの?
どれ程の時間が残されているのかも分からないのに?

(…………ッ!!)

自分自身が囁く声だった。
その声はとても冷静だった。
それは、ただの事実だった。
動かしようのない。

ぎりりと歯を食い縛る。
爪に血が滲むほど強く拳を握る。

「うるさいッ!!」

電撃を叩き付ける。
叩き付ける。
叩き付ける。
頑丈に作られている筈の建物が、砂の城のように崩れていく。

「ならどうすれば良いってのよ!?」

壁が、床が、まるで紙のように簡単に貫かれる。
窓も照明も割れ、ガラスが周囲に飛び散った。

「計画を! 今! すぐに中止に追い込む!」

粉塵が舞う。
瓦礫が舞う。
炎が舞う。

「どんな方法があるっていうのよッ!!」

壊す。
壊す。
壊す。

そこにはもう、壊れていないものなんてなかった。


692 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:36:21.40 ID:WFkqhP5/o

―――――



人通りの多い大通りを、御坂妹は一人で歩く。
こんなにも堂々と人通りのある道を歩くのは、本当に久しぶりだった。

(彼らと遊びに行った時以来かもしれません、とミサカは曖昧な記憶を辿ります)

道行く人が彼女の姿を見て振り返るが、気にしない。
彼らが見ているのは彼女ではないからだ。
彼女の姿に、彼女に良く似た別の人間の姿を見ているにすぎない。

(お姉さまは今頃何をしているのでしょうか……)

最後に会ったのはいつだっただろうか。
人伝に話は聞くものの、こうなってしまってからは一度も会っていない気がする。

しかし。
会うべきなのだろうか。
会わざるべきなのだろうか。
それが、彼女には分からなかった。

仮に会ったとして、どんな言葉を掛ければ良いのか、御坂妹には分からなかった。
美琴は今、とても傷ついている筈だから。
そしてそれは、彼女たちによって齎されたものだから。
今更どんな顔をして美琴に会えば良いのか、御坂妹には分からなかった。

(やはり最初は謝罪でしょうか、とミサカは思考を巡らせます)

考えて、一人で納得する。
それが良い。
巻き込んでしまってごめんなさいと、それは絶対に言わなければならない。
彼女たちが一目で良いから姉に会いたいと、言葉を交わしてみたいと、そんな欲を掻かなければこんなことにはならなかったのだから。
693 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:37:03.96 ID:WFkqhP5/o

(それから……)

、と。
建物の陰から現れた人影を見て、彼女は大きく目を見開いた。
そこに、居たからだ。
彼女の姉が。

「あ……」

声を掛けようとして、言葉に詰まる。
そうだ、謝らなければ。
なのに何故かそれは言葉にならなかった。
理由は明確だった。

「お、姉、さま?」

御坂妹はその姿を見て、最初、自分が人違いをしてしまったのかと思った。
それくらい、美琴は変わり果てていた。
髪は振り乱したようにぼさぼさで、瞳は虚ろ、目は窪み、その下にはくっきりと隈が出来ていた。

最初に見かけたのは後ろ姿だったので、気付かなかった。
彼女がこちらを振り返って、初めてそのことに気付いたのだ。

「……妹?」

殆ど呟くような声だったにも関わらず、美琴は自分の名前を呼ばれたことに気付いたようだった。
御坂妹の方を見ると、こちらに向かって歩いてくる。

「こんなところで何してるの?」
694 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:37:40.31 ID:WFkqhP5/o

声は嗄れていたが、口調はいつもと同じだった。
そのことに、御坂妹は安堵する。
やはり、彼女のお姉さまはお姉さまだった。

「あ、あの、とミサカは……」

「ん?」

「ええと……、申し訳ありませんでした、とミサカは謝罪します」

唐突に深々と頭を下げる御坂妹を見て、美琴は目を丸くした。
しかしすぐに、彼女はくしゃりと笑う。

「何をアンタが謝ることがあるのよ」

「その、巻き込んでしまったことを、謝罪しなければと……、ミサカは説明します」

「良いのよ、そんなの。半分は私が勝手に首突っ込んだようなもんなんだし」

「ですが……」

「そんな顔しないの。何も知らずに置いてけぼり食らうよりは、百倍マシだったと思ってるわ」

そう言う美琴の笑顔を見ながら、御坂妹はぐっと唇を噛み締める。
強く握ったスカートの裾がくしゃくしゃになってしまった。

「そんなことより、こんなところ歩いてるなんて珍しいわね。何処に行こうとしてたの?」

「あ……、その、彼の家に、とミサカは目的地を告げます」
695 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:38:12.71 ID:WFkqhP5/o

「彼?」

ほんの少しだけ思案して、しかし美琴はすぐに思い当たった。
彼女たちが彼と呼ぶ人物は、そう多くない。

「……一方通行のこと?」

「はい、とミサカは肯定します」

「そっか」

美琴は、曖昧に笑うだけだった。
しかし少しの間を置いて、躊躇いがちに口を開く。

「……あのさ」

「なんでしょうか、とミサカは問い返します」

「私もついて行っていいかな?」

意外な言葉に、御坂妹は珍しく驚いた顔をした。
けれど、彼女はすぐに答える。

「構いませんが……、突然どうしたのですか? とミサカは首を傾げます」

「ん……、ちょっと興味があるだけよ」

「そうですか。ではミサカについて来て下さい、とミサカは先行します」
696 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:38:47.44 ID:WFkqhP5/o

それだけ言うと、御坂妹は美琴に背を向けて歩き始めた。
美琴も、黙ってその後について歩いて行く。
通りすがった何人かが二人に奇異の目を向けてきたが、二人は構わずに歩き続けた。

そうして暫らく歩いていくと、御坂妹が路地裏に入った。
もちろん美琴もその後をついて行く。
そこからまた少し歩いたところで、唐突に御坂妹が足を止めた。
目の前には、学園都市では珍しい古びたアパートが聳え立っている。
どうやらここが目的地のようだ。

「ここです、とミサカは目の前の建物を指差します」

「……ここか」

お嬢様である美琴にはこうした建物が珍しいのか、彼女はじっとアパートを見つめている。
御坂妹はそれを横目で眺めながら、懐から真新しい鍵を取り出した。

「それは?」

「彼の家の鍵です、とミサカは淀みなく返答します」

「……どうしてアンタがそれを持ってるの?」

「……必要だったので。彼に隠れて複製させていただきました、とミサカは素直に白状します」

御坂妹は怒られることを覚悟していたが、美琴は以外にも小さく溜め息をついただけで何も言わなかった。
もう、怒る気力も残っていないのかもしれない。
やはり常と違う美琴の様子に御坂妹は目を伏せたが、すぐに顔を上げるとアパートの階段を登り始めた。
697 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:39:18.04 ID:WFkqhP5/o

「彼の部屋は203号室です、とミサカは部屋番号を告げます」

「……? どうしてそれを私に教えるの?」

「覚えておいてください、とミサカはお姉さまにお願いします」

意味が分からずに美琴は首を傾げたが、御坂妹はそれ以上何も言わなかった。
そしてやがて御坂妹は203という札の掛けられた部屋の前で立ち止まると、躊躇いもせずに鍵を回した。

「どうぞ、とミサカはお姉さまを促します」

他人の部屋だというのに、御坂妹はやけに慣れた様子だった。
もう何度も訪ねたのかも知れない。
美琴はほんの少しの罪悪感を感じながらも、御坂妹について部屋の中に入っていった。

「……殺風景、ね」

「彼はここを殆んど使わなかったようですから、とミサカは説明します」

生活感のまったく無い部屋だった。
寒々しい、とも言い換えられる。
もともとの彼の持ち物が殆んど無いというのもあるだろうが、引っ越してきてから何も手をつけていないのではと思ってしまうほどだった。

「アイツはここで寝泊りしてるんじゃないの?」

「いえ。現在は研究所の方で寝泊りしているはずです、とミサカは彼の現状を報告します」

「研究所? ……大丈夫なの?」
698 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:39:55.51 ID:WFkqhP5/o

「あそこは彼の敵ばかりというわけではないですから。それに、接触はしていませんが何人かの妹達もいます。
 上からの指示もありますし、少なくともここよりは快適なはずです、とミサカは研究所に対する誤解を解こうとします」

「そう……」

考えてみれば、あの布束砥信のような研究者もいるのだ。
他にはどんな研究者がいるのか美琴は知らなかったが、一人でも理解者がいるのならば独りでこんなところにいるよりかは気が楽になるはずだ。

「でも、アンタはどうしてこんな所に出入りしてるの? ……アイツに会いたい訳じゃないの?」

「今の彼がミサカに会っても、彼を傷つけるだけでしょう。ここの掃除に来ているだけです、とミサカは簡潔に答えます」

「掃除?」

「はい、とミサカは肯定します。
 見ての通りここには殆んど誰も出入りしていませんから、こうして定期的に掃除しておかないとあっという間に埃まみれになってしまうのです」

「…………」

周囲をよく見渡してみれば、確かにあちらこちらに薄い埃が積もっていた。
確かに、ここには誰も出入りしていないようだ。
美琴はこの部屋の寒々しさの正体はこれか、とぼんやりと納得した。

「それに、彼はミサカたちがこの部屋に出入りしていることに気付いていると思います、とミサカは推測します」

「えっ?」
699 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:40:18.36 ID:WFkqhP5/o

御坂妹の言葉に、美琴は素直に驚いた。
あの一方通行が、自分の部屋に妹達が不法侵入しているのを黙って見逃していると言うのか。
だから美琴は率直に質問した。

「気付いてるのに、何も言わないの?」

「……それどころではないようですから、とミサカは曖昧に答えます」

美琴は再び質問しようとして……、しかしすぐに口を閉ざした。
予想がついたからだ。
……それはつまり、彼も彼女と同じように戦っているということ。

「……そうなんだ」

「はい。ですが状況は芳しくないようです、とミサカは淡々と続けます」

その答えも想像通りだったが、美琴はその事実だけで少し元気付けられたような気がした。
少なくとも、自分は一人で戦っているのではないという事実に。

けれど。
美琴は御坂妹がひどく無感動な瞳で自分を見つめているのを見て、ぎくりとしてしまった。
……何となく、彼女が何を言わんとしているのか、悟ってしまったのだ。

「もう無駄なことはお辞め下さい、とミサカは率直な意見を述べます」

何の感情も込もっていない声だった。
しかし、ただ、彼女は真摯だった。
切実だった。
最初から自分の命のことなど諦めてしまっていて、だからこそ本気でもうこんなことは辞めて欲しいと思っている。
700 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:41:04.02 ID:WFkqhP5/o

「……何、を、馬鹿なことを言ってるの?」

「馬鹿なことをしてらっしゃるのはお姉さまの方です。
 どうして無駄だと分かり切っているのに往生際悪くこんなことを続けているのですか? とミサカは呆れた顔をします」

「無駄かどうかなんて、やってみなきゃ分からないじゃない」

「無駄なことです、とミサカは断言します。
 かつて、お姉さまよりも高位の超能力者が二人と第四位、『アイテム』という暗部組織、味方となってくれた大勢の研究者が
 力を合わせても駄目だったのですから」

そこで、美琴は遂に言葉に詰まってしまう。
彼女はまだやれることがある筈と、助けられる筈と思っているのに、言い返すことができなかった。

「やれることは全てやりました。全ての手を尽くしました。それでも駄目だったのです、とミサカは事実を告げます」

御坂妹はどこまでも冷静だった。
淡々としていた。

「ですから、お姉さま。これ以上辛い思いをなさる前に、ミサカたちのことは忘れて下さい。
 全ては時間が解決してくれる筈です、とミサカはお姉さまを諭します」

彼女は、本気で言っていた。
そういう瞳をしていた。
御坂妹の呆れさえ浮かばせた顔を見ながら、美琴は愕然とすることしかできなかった。


701 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/18(火) 23:42:57.57 ID:WFkqhP5/o
投下終了。
次回の投下は未定です、申し訳ありません。

就職活動の準備が始まったので、ちょっとSSを書くのがなかなか難しくなってきています。
今までよりもさらに投下が遅れてしまうと思いますが、ご容赦のほどをお願いします。
それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました。
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2011/10/18(火) 23:50:39.87 ID:AYKaVPxAO
乙!!就活大変だけど頑張れ!!

ついでに定期的に生存報告してくれたら嬉しいな!!
703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2011/10/19(水) 01:05:38.05 ID:posj+Jo80
乙!

美琴もそろそろきつそうだな…
就活がんばれ!更新はまったり待ってるよ。
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/19(水) 16:17:15.03 ID:E8OAS2Rco
>>1
これは確かにバッドエンドでもいいかもれしれないなあ。そんな流れだなあ。

まあ、就活がんばれ〜。定期的に製造報告してくれると嬉しい。
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/10/19(水) 21:11:26.55 ID:M20vPGrAO

ゆっくり次の更新を待ってますね!
しかしこれで一週間に一度の楽しみが減るな…
706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2011/10/21(金) 23:19:33.18 ID:RHfRnTbc0

続き待ち遠しいな
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2011/10/23(日) 01:39:46.06 ID:PyTKl0OU0
わたし、まーつーわ
いつまでも・・・
708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/26(水) 19:22:08.99 ID:v/xBEXmIO
いーつーわ
709 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:39:33.94 ID:iQYQdK4Go
お待たせして申し訳ありません。
とは言え、これからはもっと待たせてしまうことになると思いますが……

取り敢えず、いつもより短いですが投下しますね。
710 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:40:02.11 ID:iQYQdK4Go





夢を見た。
昔の夢だった。




711 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:40:36.73 ID:iQYQdK4Go

思えば、相当に恵まれた環境だったと思う。
たびたび怪しい実験に参加させられ、そのままずるずると暗部落ちまでして『スクール』という暗部組織のリーダーにまでなったものの、
幼少期は超電磁砲と変わらない程度に普通の環境の中で過ごした。
超能力者ということで多少敬遠されることはあったものの、持ち前のとっつきやすい性格のお陰で友達作りには苦労しなかった。

誰かが『超能力者は輪の中心に立つことはできても輪の中に入ることはできない』と言った通りに、
親友というものができたことはなかったけれど、それでも俺は満足していた。

超能力者の第一位、未元物質だったから。
この学園都市の頂点に立っているという自信が、何よりも俺を満たしていたのだ。


その時が来るまでは。


それは、正に青天の霹靂だった。
俺が中学に上がる直前のことだったか。
本当に唐突だった。

俺は第二位に降格させられたのだ。

理由は明白。
新しい第一位が現れたのだ。

納得がいかないと言って大暴れした挙句、俺はどさくさに紛れて新しい第一位についての資料を持ち出した。
新しい第一位とやらに、会いに行く為だ。
会って、文句の一つくらい付けてやろうと思った。
あるいは、あわよくば何とかしてそいつに打ち勝って、第一位に返り咲いてやろうと思ったのかもしれない。

聞けば、新しい第一位は十歳らしい。
俺より二つも年下だ。
上手くやれば勝てるかもしれない、なんて馬鹿なことを考えながら、俺は新しい第一位のいる研究所へと飛んで行った。

712 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:41:10.59 ID:iQYQdK4Go

新しい第一位は、すぐに見つかった。
研究所の隣の公園で遊んでいたのだ。
たった一人で。

「おまえ、なにしてんの?」

想像よりもずっと幼い少年だった。
とてもではないが、超能力者の第一位、学園都市の頂点なんかには見えなかった。

その小さい子供は、広い公園にたった一人でうずくまっていた。
手に木の枝を持っている。
それで、地面に何か書いていた。


俺は、自分以外の超能力者に会ったことはなかった。
時々話には聞くが、どいつもこいつもやりたい放題の人格破綻者らしい。
俺もそうだ。
普段は他の奴らに混ざって馬鹿やったりしているが、今日みたいに些細なことで大暴れして平気で周囲をめちゃくちゃにする。
流石に同級生の前では控えていたが、研究者たちの前ではお構いなしだった。

やりたい放題、わがままが許されるというのはとても気持ちの良いものだった。
そういうこともあったから、俺は楽しく生きて来れたのかもしれない。
面倒で胡散臭い実験に散々参加させられたが、そうしたわがままが許されることによって不満は相殺されていたのだ。
だから他の超能力者たちも、俺と同じようにみんな幸せな奴らばかりだと思っていた。


けれど、そんな幻想はあまりにも呆気なく打ち砕かれた。
だってそうだろう?
713 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:41:44.23 ID:iQYQdK4Go


こんな、地面に数式を書いて遊んでる子供を指して、幸福そうだなんて言えるわけがない。


「……誰?」

暫らくの間を置いて、小さな子供はようやく反応を示した。
初めて見た紅い瞳が虚ろに揺れている。

「なあ、」

だから、俺は。
確信したんだ。

「友達になってやろうか」

ああ、こいつと比べれば俺なんて全然マシな方だって。
こんな、この世の不幸を一身に背負ったような子供よりも、ずっと。

それは、第一位に対して感じた、優越感。
自分は第一位よりも恵まれているのだという、確信。
この甘美な優越感に比べれば、第一位の座なんて下らないものだ。
だって、俺は知ってしまったのだ。

第一位なんかよりも上の存在がいることを。
そして他でもない自分自身が、そこに立っている人間だということを。

「え……」

その紅い瞳が僅かに生気を取り戻したのを見て。
俺は、仄暗い感情が頭をもたげるのを感じた。


714 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:42:13.17 ID:iQYQdK4Go

―――――



「…………」

目覚めは最悪だった。
垣根が苛立ちに任せて頭をがしがしと掻き毟りながら時計を見やると、時刻は既に正午を回っていた。

(嫌な夢見た……)

思えば。
確かに一般に想像されるようなお綺麗な出会いなどではなかった。
そもそも、彼らにそんなものが似合おう筈もないが。

(胸糞悪)

けれど、そちらの方が自分たちらしいとも思えた。
悪意と欺瞞に満ち満ちた学園都市暗部に生きる人間には相応しい。

(……不幸、か)

そう言えば、一方通行の友人だったというあの少年も、そんな言葉を口癖にしていたと思う。
一方通行の監視ついでに観察してみれば、確かになかなかに不運な少年だった。
いつだったかに見た連続不幸イベントを目撃した際には思わず吹き出してしまった程度には。

けれど。
それでもまだ、垣根にしてみれば可愛いものだと思った。
本当に不幸な人間を知っていたから。
どれもこれもドジや笑い話で片づけられる程度の不幸など、垣根にとっては不幸と呼ぶのも烏滸がましい程度のものだった。

結局、あの時一方通行に対して抱いた印象は、未だに変わっていない。
……一度は変わったことがあったかもしれないが、今また彼は地獄の底へと叩き落とされた。
そこからは、もう、誰も救い出せない。
715 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:42:42.05 ID:iQYQdK4Go

(流石にもう諦めたかね)

昨日ちらりと一方通行を見かけたが、尋常ではない落ち込みようだった。
垣根がそう予想した通りに、駄目だったのだろう。

(まあ、装置の方はアレイスターが使ってるしなあ)

とは言え、一方通行とて装置の方をそのままどんと貸してもらえるとは思ってなかっただろう。
だからこそ、せめて方法だけでも、と言っていたのだ。
しかしその方法さえも教えて貰えなかったようだ。あのお人好しで有名な医者なことだから、何か事情があってのことだろうが。

(仕方ないか)

まったく期待していなかったかというと、嘘になる。
ただ、あれだけ手を尽くして駄目だったのだから、今度もどうせまた駄目だろう、という気持ちの方が強かった。
だから垣根は、一方通行のようにがっかりしたりはしなかった。

(……今更だしな)

そう言えば、昨日は御坂妹にも会った。
彼女は垣根を見つけるなりつかつかと歩み寄ってきて、唐突に

「お姉さまにもう無駄なことはしないようにと言ってきました、とミサカは報告します」

などと言ってきた。
どういうつもりなのかは知らないが、まああれは彼女なりの愚痴だったのだろう。
ついこの間まで敵対していた癖にそれが終わった途端にこれなのだから、やっぱり御坂妹という人間の考えはよく分からない。
確かに垣根は以前から何故か妹達の愚痴の吐き口のようになってはいたのだが。
716 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:43:12.64 ID:iQYQdK4Go

(多分、超電磁砲を諦めさせたってことなんだろうが)

その程度で簡単に諦めるような潔い女ではなかった筈だ。
……いや。
垣根よりも遥かに美琴について詳しい御坂妹があそこまで言ったのだから、何か確証があってのことかもしれない。
よっぽどこっ酷く拒絶したのか。

(ってーと昨日のアレは、そういうことか?)

今更、自分たちの命を惜しんでいる訳ではないだろう。
だとすると、拒絶したことによって美琴を傷つけたかもしれないことに対して罪悪感を抱いたのだろうか。

(アイツらも、難儀なモンだね)

溜め息をつきながら、ベッドから立ち上がる。
ふと耳を澄ましてみると、真昼間だというのに妙に静かだった。
いつもなら、超電磁砲が壊し回っている施設からの通信や信号のお陰で喧しいったらないのだが。
恐らく垣根がこんな時間まで眠りこけてしまったのも、これが原因だろう。

(……で、効果は覿面と)

くしゃくしゃになってしまった服を着替えながら、垣根は苦笑いする。
遂にこの無意味な努力の繰り返しが終わるのかと思うと、不思議な気持ちが込み上げてきた。
果たしてその感情を何と呼ぶのか、彼には最後まで分からなかったけれど。


717 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:43:42.54 ID:iQYQdK4Go

―――――



とあるビルの屋上。
その縁に、御坂妹は腰掛けていた。
手の中には、小さなPDA。
美琴と色違いのものだった。

まだ、彼女が美琴に接触する前。
まだ、彼女たちが幸せだった頃。

街で偶然見かけた美琴がPDAを持っているのを見かけて、どうしても同じものが欲しくて。
パソコン専門店の前で物欲しそうな顔をしていたら、一方通行が買ってくれたものだ。
残念ながらまったく同じものは無かったので色違いで妥協したのだが、それでもこれは彼女の宝物に相違ない。

(……そろそろ終わりのようですね、とミサカは冷静に分析します)

手の中のPDAを、愛おしげに撫でる。
彼女の宝物は、間もなく彼女の遺品になるだろう。

恐怖がまったく無い訳ではない。
ただ、それ以上の恐怖がその先に待っていることを知っていたから。
ここで、一足先に脱落させて貰おうというだけのこと。
彼女にとっては、本当にただそれだけのことだった。

(未練、は……)

無い訳ではない。
やりたいことは一通りやり尽くしてしまったけれど、それでも。

(果たしてミサカたち無しできちんとやっていけるのでしょうか、とミサカは今更ながら心配になります)
718 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:44:12.74 ID:iQYQdK4Go

妹達を失ったことによる悲しみは、かつて彼女がそう言った通りに時間が解決してくれるだろう。
どれだけの時間を掛けることになるかは、分からないが。
彼女は、そう楽観していた。
癒えることのない傷などないと、そう思っていた。
自身がクローンといういくらでも代えのきく存在であるということも、彼女が自分自身を軽んじる理由の一端だった。

(ミサカたちが言わなければろくに食事もしないような人でしたから。放って置くと死んでしまいそうですね、とミサカは回想します)

今の彼もそうなってしまうかどうかは、分からないが。
念には念を込めて、誰かに彼のことを頼んでおく必要があるだろう。
誰が適任か少し考えて、御坂妹は肩を竦めた。
どいつもこいつもきちんとした生活を送っていない奴らばかりだからだ。

(これは遺書でもしたためておく必要があるかもしれません、とミサカは溜め息をつきます)

遺書の書き方など洗脳装置では強制入力されなかったが、これまでも何人かの妹達が遺書を書いたことがあったので、書き方は知っていた。
まさか、そんなものを自分が書くことになるとは思わなかったが。
何か残してしまうと彼を苦しめることになってしまうと考えていたので、本当はそんなものを残すつもりは無かったのだ。

(まあ、ミサカの生きた証を残しておくというのも良いかもしれませんし、とミサカは自分本位な理由があることを認めます)
719 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:44:41.38 ID:iQYQdK4Go

一人で勝手に納得して、満足げに頷いた。
そして、さっそく遺書の内容でもまとめてみようとPDAを開く。
けれど慣れた手つきでメモ帳を開いたところで、ふといくつかのファイルが目に付いた。

(これは……)

ふと、彼女の眼差しが緩む。
懐かしいものを見つけた。
こうなってしまってからはPDAを触る暇なんて無かったので、こんなものがあることも忘れていた。

(懐かしいですね、とミサカは過去を振り返ります)

そこにあったのは、幸福だった頃には毎日つけていた日記のテキストファイル。
彼女がもはや忘れかけてしまっていた記憶の欠片だった。

(……少し、だけ)

まだ、もう少しだけ時間はある。
大丈夫。
彼女は改めて自分にそう確かめて、カーソルを真横に滑らせる。
そして、もう二度と開くことはないだろうと思ってた日記帳が、開かれた。


720 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/10/29(土) 13:46:29.62 ID:iQYQdK4Go
投下終了。
という訳で、次回からは過去回想です。
次回投下は未定。

ところで生存報告が欲しいとのことですが、どれくらいの頻度が良いんでしょうか?
週一だとちょっと多いような気もしますし、やはり二週間に一度くらい?
月一だとちょっと間が空き過ぎますしね。うーん。

なので、その辺のご意見を頂けると助かります。
では、ここまでお付き合い下さってありがとうございました。次回もどうぞよろしく。
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 14:15:04.68 ID:LuR41tKBo
乙です〜 次回も楽しみ。

生存報告については、大雑把でも次の投下予定を書いておいてくれれば問題ないかな。それを過ぎても無理そうな時に改めて報告する程度でいいと思うよ。
投下予定が未定なら、1月単位で多めに取っておけば良いと思う。投下が予定より早まって文句を言う奴はいないだろうしね。参考程度にどうぞ。
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 14:42:39.83 ID:qaSWEsRIo


ここまで読んでバッドエンドで終わった方がベストかもしれないって思った
それにしても原作以上に美琴が被害者だな
妹達の都合で妹達の存在知らされて、実験関係のごたごたに巻き込まれて、挙句は妹達に無駄な努力せず忘れてくれと言われるとか……
とりあえず優しい人だったとか本当はやりたくなかったとか抜きにしてあんな実験に関わった人間がただ救われて終わるなんて終わりにならないことを期待している
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/29(土) 19:44:39.46 ID:wS536/XIO
ツートップの対面が鳥肌過ぎてヤバい
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北陸地方) :2011/10/29(土) 20:03:26.36 ID:3NQ5NW+AO
垣根と一方通行の対面ってフルーツバスケットの夾と神楽の対面とまるっきり同じだよね?
725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北陸地方) [sage]:2011/10/29(土) 20:05:34.19 ID:3NQ5NW+AO
垣根と一方通行の対面する描写フルーツバスケットの夾と神楽の初対面とまるっきり同じだけど…フルバ読んでた?
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2011/10/29(土) 20:29:00.32 ID:Hh71cEEAO
乙でした
そういわれると一方通行ってホントに不幸だよな…

生存報告については>>721さんと同意見です!
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2011/10/29(土) 23:45:05.61 ID:H0FwHl3AO
乙!
バッドエンド支持派が多いのか…?ハッピーエンドが見たいのは少数派なのかな。
バッドエンドはあまりにも辛い。完全に幸せとは言えなくても、救いのある結末を望んでる
読むたびに>>1の書くキャラたちへの愛着が強くなってるので余計に
勝手な意見だけど。どんな展開でも最後まで見届けるけど。
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2011/10/30(日) 00:12:43.93 ID:MsyKJ3VUo
予想はよそう。要望もよそうってな
特に展開なんて他人に言われて最初に決めてたものと変えるとグダグダになるもんさ
どうしても読みたい話だったら自分で書けばいい。そうやって二次創作は増えてくもんだ
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/30(日) 00:53:34.80 ID:tqeQyNJjo
おつおつ
予想はしても書き込まなきゃいいだけさ
要望はさすがにせんがなw
1のやりたいようにやらかしちまえばいいのだから
730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/30(日) 09:46:43.23 ID:BTH4ZCr30
乙でした
生存報告については>>721さんに同意見です
外野の意見に惑わされず、書きたいように書いていってください
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/30(日) 12:03:51.08 ID:VcjAPdrIO
いや少し見ない間に進んだな。
>>1乙と言わざるをえない。

>>1のプロット通りにやってくれ
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/10/30(日) 16:35:26.02 ID:36a49nmD0

ずっとハッピーエンドだと思って読んでたが、普通にバッドエンドもありえるな…
先の展開がどうなるのかが中々見えなくてそれが逆に楽しみだ
どちらにしろ>>1が思う通りに書いて貰いたいな
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(大阪府) :2011/11/11(金) 01:22:10.26 ID:sm24LZ4C0
おいついた


はやく続きが見たいぜ
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 01:26:24.62 ID:JZYk9tcDO
>>733
まずはsageようぜ
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 09:48:22.54 ID:TSzWyF2DO
上がってたから気になって読んでみたらフルバの描写そのまんまパクってあるとか萎えた
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 15:00:03.78 ID:3k0NCsWzo
これと同じような出会い方のソレがいくつあるつもりで言ってるのかと。
チラ裏だが俺も小学生のころこんな出会い方をしたことあるよ。
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 15:35:28.36 ID:TSzWyF2DO
心情の描写からセリフまで全く同じなのによくそんなこと言えるな
フルバと違うのなんて喋ってる人物と背景の設定だくじゃん
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 15:36:00.93 ID:TSzWyF2DO
×だく
○だけ
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(長崎県) [sage]:2011/11/11(金) 16:20:03.51 ID:CSGmmNVMo
フルバってなんだ?
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 16:49:55.83 ID:ZSwi4QDlo
ぷんすかしてるのはわかったが、そんな皆知ってるのが当然みたいな言い方されても困る
指摘はもっと具体的に
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 17:08:08.44 ID:TSzWyF2DO
俺のレスに反射的にレスしたのはそっちじゃないかwwwwww
具体的なことは上で言われている方が2人もいますよ
とにかく何もかもが同じってこと
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(千葉県) [sage]:2011/11/11(金) 17:19:08.59 ID:dXEkdcX9o
セリフの書き出しとか該当箇所うp
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 17:35:48.31 ID:TSzWyF2DO
SS信者様ばっかや…
今手元にないけど要望あるなら明日にでもうpしてやるよ
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 17:42:55.58 ID:ZSwi4QDlo
>>725あたりか。成程、既出だったのは理解した
何か他のSSのタイトルのことかと思ったら、漫画か
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 18:46:13.77 ID:3k0NCsWzo
あーわかったごめん。確かにフルバ読み返したら似てたわ
似てたつうか同じだった。でも萎えるほど気になるもんなのかね
同じだったから萎えたのか。パクってるから(ほんとにぱくってるかどうかは知らんが)萎えたのか
なんにしろこの話はもうよそう。きっと30レス以上は同じようなこと繰り返して結局平行線なままだよ

パクッたことを良しとするつもりは毛頭ないが(上から目線でごめん)パクッたにしてもそうでないにしてもこの嫌な流れのままレス消費して終わりなんて嫌だな
>>1には最後まで続けて欲しいな
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 19:04:08.85 ID:TSzWyF2DO
SSなんてものでも自分の作品を発信していることに変わりはないんだから
人の創造したものを盗むなんて一番やっちゃいけないことだろう

やっちゃいけないことした割に、(ほんとにぱくってるかどうかは知らんが)なんてレスがついて、続きを書いてほしいとか言われる辺り本当に宗教みたいだな
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 20:35:37.78 ID:Xbigwx/To
いや、ぶっちゃけ二次創作って基板自体がそういうもんじゃね? って思うけど
これが商業で金取ってる創作ならその通りアウトだけど、趣味の範囲で明示暗示問わず無許可流用前提のものなんだし
まあ、各個人で許容範囲が違うのは確かだから、ID:TSzWyF2DOにとっては受け入れがたいっていうのも理解はするけど、
俺はそれとは基準違うから、続き書いて欲しいって思うよ。話として面白い展開してるし、>>1には期待してる
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 20:51:56.90 ID:TSzWyF2DO
二次創作とパクりは違うでしょ
設定を流用して自分で話作るならまだしも描写も台詞も丸パクりじゃ創作にすらなってない
金を取る取らないの問題じゃなく創作する側としてやっていいことと悪いことがあるって話

俺だってパクったんだからやめろなんて思ってないし言ってもない
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(千葉県) [sage]:2011/11/11(金) 20:57:13.71 ID:9WiABsSBo
一応パクがどの程度なのか気になる人のために該当シーンうpしておくよ
携帯で撮ったやつを適当にまとめただけだから見辛くて申し訳ない
比較対象は>>712-713

ttp://imepic.jp/20111111/744250

とりあえず>>1からこの件についてのコメントが欲しい
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 21:00:37.00 ID:Xbigwx/To
え? これだけ?
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/11(金) 21:12:38.75 ID:IjAOb4Qko
>>749
見たけど、これをパクりとは言えないと思う
暗い過去持ちの出会いシーンとしてありがちシチュだし、
ぶっちゃけ自分も別作品2次で似たような出会いシーン書いたことある
少なくともヲチ板のパクスレに持ち込んでもグレーにすらならない白判定レベル
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 21:13:16.32 ID:TSzWyF2DO
これだけ?ときたよwwwwww信者の言うことは本当どうしようもないな
もう何言っても無駄だろうし>>1を待つわ
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 21:15:30.46 ID:TSzWyF2DO
>>749
目玉焼きの絵描いてる件も頼む
数式描いてるところと完璧に重なる

連レスすまない
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 21:16:47.40 ID:TSzWyF2DO
ごめん良く見たら目玉焼きの件あったな
もしもしだから分からんかった
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 21:20:38.16 ID:Xbigwx/To
いや、大騒ぎしてるからどれほどのものかと思ってたら、凄い肩透かしだった
状況描写として参考にしたんだろうな、とまでは思うけど、正直ただの面倒くさい粘着にしか見えん
>>747で少しでも理解示したの取り消すわ
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/11(金) 22:50:56.08 ID:E8XQVhMD0
もっと過去を遡れば、元祖とも言える映像なり文章なりの作品があるんじゃないかと思う。
フルバを読んでいない自分でも、どこかで似たようなものを見た気がするんだから。  
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/11(金) 22:52:44.72 ID:UeIyv3tx0
たまにいるんだよなー
こういう被害妄想難癖野郎
精神病の一種だから荒らしの自覚がなく粘着質
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 23:08:31.86 ID:TSzWyF2DO
俺が粘着質で荒らしと見られても仕方ないことをしたのは謝る、ごめんなさい
でも禁書SSもフルーツバスケットも好きなこちらとしては>>1にはどういうつもりで書いたのか教えてほしいんだ

不愉快な気持ちにさせて本当にすまない
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/11(金) 23:10:01.45 ID:uGVDimkmo
すでに、偶然は認めない、絶対にパクってるって意味合いじゃねえか。なんだそれ。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 23:17:38.42 ID:IsxtHwHj0
>>1乙!
来てくれる限り待ってるよ
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 23:20:34.70 ID:j3Zwo3OTo
おいおいおい、すっごい楽しみにしてるスレなんだからこれで>>1のモチベ下がって更新速度低下とか最悪失踪とかマジ勘弁ですよ
パクリだなんだと一度気になったら言いたくなるのはわかるが……

まあなんだ、気にしすぎないで頑張ってくれな
ホント楽しみにしてるんで
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/11(金) 23:35:37.57 ID:+nyXCkK/o
1乙!
気になったならパクってるな、じゃなく、参考にした? って聞くべきだな
763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/12(土) 00:06:47.06 ID:2zst8F9k0
パクリとか…金も払わず読んでるだけの乞食が上から目線で物言うなよ…。

なんでこういう粘着って自分の知ってる世界が全ての基準みたいな考え方なん?

反論されたらすぐに信者乙wwだし…自分が知ってる作品に似てたら全部パクリなんだろうな
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/12(土) 00:32:59.74 ID:pZH6AF11o
ぶっちゃけ、こういう「ぼっちの子供に声かけた」出会いシーンの場合
ぼっち描写のために「一人遊びしてる」シーンになるし
一人遊びの内容も、砂場でロンリー砂いじりか、一人で落書きしてるか、無言でぶらんここいでるか
後はひたすらぼーっとしてるか、ほぼ4択しかないんだよ…

パクだと言ってる人は、「提言騒動」でググってみてほしい
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [sage]:2011/11/12(土) 00:34:16.93 ID:6hweKIS5o
投稿無かったのにレス増えすぎww
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(北海道) [sage]:2011/11/12(土) 08:36:02.40 ID:bpG4SE/4o
更新キター!とか思ったらお前らか
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(栃木県) [sage]:2011/11/12(土) 13:07:33.84 ID:vB5AplpYo
ID:TSzWyF2DO
正直もう来ないでほしい
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/12(土) 21:52:57.95 ID:SurKQo7oo
他行け
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(千葉県) :2011/11/13(日) 00:31:42.46 ID:iP8QZoNB0
物語のストーリー丸々パクリなのかと身構えてたら小ネタもいいところじゃねーか
コレってキャラが「だが断る」って言ったりすることと同程度の分かる人には分かるネタじゃないの?
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(千葉県) [sage]:2011/11/13(日) 00:33:50.64 ID:iP8QZoNB0
あースマンsage忘れた
これじゃ俺が荒らしだなROMるわ
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/13(日) 00:46:28.29 ID:ehXmU7DSO
投下きたのかと思ったら荒れてるだけだったwwww
このレベルのネタでパクリ認定されてたら何も書けねぇだろ
772 : ◆uQ8UYhhD6A [sage saga]:2011/11/13(日) 03:20:14.91 ID:+HU6nYyho
何だか知らない間に荒れててびっくりしました。
さしあたっては生存報告です。SSは全然書けてません。

パクリについては、二人の出会いはこの小説を書き始めた当時、
つまり一年以上前に考案したものなので自分でも参考にしたのかどうなのか忘れてしまいました。
ただ、フルバは読んだことあるのでもしかしたら当時参考にしたのかもしれません。

いつも適当に書いているので、もしかしたら他にもそういうことがあるかもしれません。
不快にさせてしまった皆様、本当に申し訳ありませんでした。

ただ、自分が今まで読んだ小説や漫画、果てはゲームやアニメなどをすべてチェックして設定や描写が被っているかどうか確認する、
なんてことは事実上不可能なので、以後もこのようなことがないという保証はできません。
ですので、これ以上このようなことがあるのが耐えられないということでしたらこれ以上このSSを読まない方が良いと思います。
いい加減なので、自分。

えーと、ということで自分が適当に書いているのが悪いので、sage忘れとか言い争いとかになって気になさっている方々は、
そこまでお気になさらなくて大丈夫です。
言い争いは悲しいですが、何らかの書き込みがあった方が自分は嬉しいです。
それでは、長々と申し訳ありませんでした。

773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(山陽) [sage]:2011/11/13(日) 04:08:32.78 ID:tdMw5GiAO
生存報告乙
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/13(日) 09:46:20.81 ID:44yymC2U0
生存報告乙
それでも俺は読むぜ
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(中部地方) [sage]:2011/11/13(日) 12:05:47.66 ID:wepo8152o
おつん
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/13(日) 12:05:53.43 ID:Qy2VfVmu0
大丈夫、そんなちょっと凹んでる>>1を私は応援してる
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関東・甲信越) [sage]:2011/11/16(水) 12:58:34.03 ID:bNyeyzaAO
なにこの錬金術なのでハガレンのパクりレベルの言い掛かり
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/16(水) 13:00:59.58 ID:Roc2Jvqao
混ぜっ返すなよ
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/17(木) 09:55:58.73 ID:mwuox+oDO
これだからauは…
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/26(土) 02:31:23.77 ID:+tfotHXV0
そんなことより更新待とうぜ
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(長屋) [sage]:2011/11/26(土) 11:38:46.80 ID:/wLD5ETlo
追い付いた
作者さん頑張ってくれー
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(不明なsoftbank) [sage]:2011/11/26(土) 13:36:28.40 ID:w5tYm7gHo
こうして>>1のやる気はそがれてゆくのか……
フルバってなんだろう、フルバーストとかそんなかなと思ったらフルーツバスケットなのな
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/11/28(月) 19:04:34.56 ID:03s0maN50
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) [sage]:2011/11/29(火) 17:21:17.30 ID:94cQ1JxL0
乙乙!
あんま気にするこたないさ
俺は続きをずっと楽しみに待ってるぞ
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(福井県) :2011/11/29(火) 19:51:44.09 ID:8Y3OS88D0
パクリでもいいけど参考にしたかもしれないとか忘れたとかいって逃げるのが気に食わない
描写とか・・・垣根の心情描写も神楽とまったく同じ
完全に自覚があってかいたはず
べつにネットのしかも掲示板に書き込んだものだし犯罪なわけじゃないんだから堂々と言えばいいのに
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [sage]:2011/11/29(火) 20:20:11.38 ID:jEqDGw410
>>735
もういいから
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 20:26:18.14 ID:E6zcgRQDO
自分でも覚えてないような作品の影響が出ることも、
印象的な表現が不意に筆に上ることも、
モノを書いてたらたまにはあるよ

自己主張するよりゆっくり更新待とうぜ
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/29(火) 20:26:29.66 ID:AsKE7MpFo
上げてるし便乗して荒らしたいだけのやつだろ
お前は今まで読んだ作品のすべての描写をもらさず覚えているのかとw
もっと本読んで類似シチュとパクリの違いを知ったほうがいい

この2人が実は子供の頃から知り合いでした的な出会いシーンも
相手の才能に嫉妬してるキャラが内心「こいつより自分は幸せだ」と思うシチュエーションも
似たようなのが手持ちの同人誌にジャンル色々で山ほどあるが、
それも全部フルバのパクリなんですね
フルバより昔の作品の2次にもあったけどそれもフルバのパクなんだ?
すごいねフルバの影響力は時空を超えるんだね
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 21:06:10.88 ID:TkErpSQoo
よくある設定だと思うしパクリだとは思わないけど
言い訳の仕方にえーっては思ったな
ツイッターとか見て>>1が嫌になってたからかもしれんが
790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(兵庫県) [sage]:2011/11/29(火) 21:18:16.81 ID:6TjG/qYoo
そういう人は読まなくて良いって>>1が言ってるんだから、素直に聞けばいいのに。
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(大阪府) [sage]:2011/11/29(火) 21:18:49.38 ID:KrN2mVxVo
プロでもセミプロでもなくアマチュアが書いたものだし
金を取ってるわけでもないんだからそこまで気にするものでもないと思うんだけど
せっかく色々なSSあるんだから
気に入らないならそっと閉じて他の作品見るのが精神衛生上いいと思うよ
どうしても気になるなら楽しみに待ってる人のことも考慮して
書きあげてから聞いたらいいんじゃない?

そんなわけで更新待ってるぜ


792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(四国) [sage]:2011/11/29(火) 22:04:47.52 ID:uV0NNv7AO
嫌なら見るなとは言わないけど、自分の主張に則した答えじゃないから納得出来ないっていうのは違うと思う。それじゃ反論の余地も無いし。
例えば>>1がフルーツバスケット読んだことなかったとしても、似た描写だからって言って結局騒がれた訳でしょ? そんなのいくらなんでもやってられないでしょう。
これがミステリー小説のトリックが被ったっていうならまだわかるけど、二次創作の、しかも他にいくらでも似たようなシチュエーションが出来る出逢いの描写で似通った点がある=パクリは流石に暴論に過ぎる。

作品の質を上げる指摘ならいくらでもして良いと思うけど、現状がそれに繋がっているとは思えない。言い訳がどうこう言ってるけど、>>1は覚えてないものを覚えてないって言っただけじゃないの? それですらうだうだ言われるんだからたまったもんじゃないわ。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区) [sage]:2011/11/29(火) 22:27:32.72 ID:W9zp9+TU0
そんなくだらないことはどうでもいいから更新待とうぜ
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 22:28:44.54 ID:E6zcgRQDO
よしみんな落ち着こうぜ
作者本人の所感は出てるんだし、
後は何を言っても平行線だよ

この話が好きだからこそ待機しようぜ
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/29(火) 22:36:07.33 ID:fZwSTjtAO
フルバはあれのパクリだけどな
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(不明なsoftbank) [sage]:2011/11/30(水) 02:21:58.40 ID:tn5LitDyo
丸パクだろうがなんだろうが、
趣味の範囲のSSなんか、面白けりゃ良いだけじゃん
そんなの気にしてたらキリねーよ
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/30(水) 11:05:17.72 ID:4AdaWNEIO
お前ら皆しつこい
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/30(水) 12:11:05.62 ID:WAdkd8sIO
ぎゃあぎゃあ
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [sage]:2011/11/30(水) 18:27:25.81 ID:bxFhsmMH0
更新きたと思ったのに
みんな静かに待とうぜ
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2011/11/30(水) 21:55:52.75 ID:icBYdanp0
ねちっこく発言するくらい、気にくわないのなら
読まなきゃいいんだよ
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage]:2011/11/30(水) 22:31:59.08 ID:94d5jCQDO
くだらないこと言わんで黙って更新待ってろよ
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(沖縄県) [sage]:2011/11/30(水) 22:38:52.19 ID:0+PoU9IG0
ちくわ大明神
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(広島県) :2011/12/01(木) 20:42:17.48 ID:cNPbeM0H0
おまえ等みんな そ げ ぶ
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(関西地方) [sage]:2011/12/01(木) 21:00:57.53 ID:vbz50dwP0
お前らパクリの話題だけで80レス近くとか自重汁
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都) :2011/12/01(木) 21:52:52.04 ID:VJyc1BuQ0
続きまってるぜ
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(京都府) [sage]:2011/12/03(土) 15:16:47.91 ID:5C3ZweU80
忙しいでしょうががんばって。楽しみにしています。
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(埼玉県) [sage]:2011/12/04(日) 22:48:24.58 ID:E83zKBNn0
素晴らしい作品をありがとうございます

楽しみにしております
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(九州) [sage]:2011/12/05(月) 21:29:08.90 ID:r/vqhNNAO
やっと追い付いた…
乙、このSS好きです
応援してますよ
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です) [sage saga]:2011/12/06(火) 01:24:29.95 ID:K3pAXekc0
前作からようやく追い付きました。就活もSSも頑張って下さい。応援してます。
810 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:06:10.83 ID:Nq8nMLBno
ありゃ、見ないうちにまた荒れちゃってたんですね。
何だか余計なことを言ってしまったようで。申し訳ありません。
うーん……、難しいですね。

ともあれ、よーやく一投下分が完成したので投下します。
長らくお待たせして申し訳ありません。
では、投下開始。
811 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:06:44.93 ID:Nq8nMLBno



約一年前。
Sプロセッサ社、脳神経応用分析所。


812 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:07:31.88 ID:Nq8nMLBno

―――――



「……アレが、例の妹達か」

「よく見えねえな」

「そりゃそォだ。人体のクローンなンつー国際法で禁止された技術、少しでも秘匿しておきたいだろォからな」

研究所の廊下で、二人の少年がそんな話をしている。
目の前には大きなウィンドウ。
その向こうに広がる大きな空間の中、様々な機材や構造物を隔てたずっと向こうに、大きな培養器が無数に並んでいた。

中には、何かがいる。
二人の居る位置からはそれが何なのかはっきりとは確認できなかったが、二人はそれが人間であることを知っていた。

「っても、たったあれだけなのか? 二万人ってーともっともの凄い数だったと思うんだが」

「あァ、ありゃあほンの一部だ。まァ他の場所にもこォいう製造施設はあるらしいが、殆どは既に製造完了してるらしい」

「なるほど。まあ、確かに一つの施設で二万人は無理があるからな」

先程から興味深そうにウィンドウの向こうを眺めている少年の名は、垣根。
そしてそれに淡々と答える少年の名前……いや、通称は一方通行という。

「にしても、わざわざ二万人も作る必要なんてあるのか? 戦うだけなんだろ?」

「何でも、それぞれに特別な調整が必要らしい。戦うたびに調整してたンじゃ時間掛かってしょうがねェンだと」

「ふーん。まあ、ただでさえ二万回も戦う訳だからなあ」

「そォいうことだ。しっかしそれでもクローンの単価十八万が二万体……研究者どもはよっぽど絶対能力とかいう代物にご執心らしい」
813 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:08:01.14 ID:Nq8nMLBno

ウィンドウの向こうを覗き込みながら、一方通行が皮肉気に言う。
垣根はそれを横目で見ながら少し考えた後、快活に笑った。

「でもま、お前だって絶対能力に興味あるんだろ? それにこれ受けたら後はもう自由の身じゃねえか」

「まァ……、そォなンだけどな」

「なんだよつれねえな。流石に二万回も戦うのは面倒臭いのか?」

「それもあるかもしれねェ」

どうにも歯切れの悪い言い方に、垣根が首を傾げる。
一体何がそんなに気に食わないのだろうか。

「何だよ、最終的に承諾したのはお前自身だろ?」

「そりゃそォだが。……どうにも、話がうますぎると思ってよ」

「うますぎるって、研究者にしてもそれだけの旨味があるんだから相応の見返りがあるのは普通だろ?」

「……そりゃそォだが」

やはり、一方通行の難しい顔をしたままだ。
垣根はそれを横目に見ながら少し考えて……、何故かニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「お前、さては……」

「ン?」

「妹達に一目惚れしたのか? まあ可愛いもんなあ素体!」

「ぶふっ!?」
814 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:08:46.57 ID:Nq8nMLBno

思いがけない垣根の言葉に、思わず吹き出してしまう。
そのまま一方通行が暫らく咳き込んでいる内にも、垣根はずらずらと戯言を並べ立て続けた。

「でもやっぱクローンは辞めといた方が良いと思うぜ? 寿命短いらしいし、人格も洗脳装置で画一化されてるらしいしさー。
 見た目が好みならオリジナルの方にしとけって!
 まー品行方正で人気者な常盤台の第三位とお前なんかが釣り合うとは思えないけどよ、やってみなくちゃ分からねえし!
 ああでも確かに好みの女と同じ顔した奴に攻撃するってのは結構キツ……」

「ヤメロ。ダマレ。それ以上言うとブッコロス」

一方通行にアイアンクローをかまされても、垣根はへらへらと笑ったままだ。
ただしあんまりやりすぎると酷い目に遭うということを彼は経験上非常によく知っていたので、それ以上無駄口を叩くのはやめたが。

「仕方ねえなあ、照れ屋なんだから」

「誰がだ! このまま潰されてェのか?」

「それはマジ勘弁。まあ確かに可愛い女の子を傷つけることに抵抗があるってのはよーく分かあいたたたたた」

「もォオマエホント黙ってろ」

頭蓋を思う存分締め付けてやった後、一方通行はようやく垣根を解放してやった。
垣根は暫らく蹲って変な唸り声を上げていたが、一方通行は素知らぬ顔だ。

「マジ……いてえ……ここまでするか? 普通……」

「オマエが妙なこと言うのが悪ィ」

「……案外図星なのか?」
815 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:09:19.65 ID:Nq8nMLBno

「何か言ったか?」

「あ? 気のせい気のせい」

垣根は適当にはぐらかすと、頭を抱えながらもすっくと立ち上がった。
一方通行も本気でやっていたわけではないとは言え、ここまで回復が早いのはひとえに彼の持つ能力の防御力のお陰だ。
こうして一方通行とじゃれ合うたびに、垣根は自分が第二位の超能力者であることに感謝する。

「はー……、じゃあ何がそんなに気に食わないってんだよ」

「さァな」

「やっぱりそれだよ。っても、どっちにしろもう承諾しちまったんだから後の祭りじゃねえか。妹達の製造、殆ど完了してるんだろ?」

「……それもそォか」

一方通行は小さく溜め息をついて、遠くに見える妹達の培養器から目を逸らす。
納得はしていないようだったが、硬かった表情が緩んだのを見て垣根は満足そうに笑った。

「で、実験っていつからなんだ?」

「製造の後に実験用の調整もあるからな。かなり先だ」

「ふーん。それまでは何かあるのか?」

「俺も何かしらの調整を受けるらしいが、まァいつもの実験よか遥かに楽だ。体調管理程度だしな」

「へー、羨ましい……。俺はまた来週あたり実験協力だとよ」

「またか。流石に第二位ともなると引っ張りだこだな」
816 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:10:04.78 ID:Nq8nMLBno

「第一位様に言われたくねえけどな」

「羨ましいのか」

「いや、全然」

一方通行の境遇をよく知っている垣根は、とうに第一位の座になど魅力を感じなくなっていた。
今となっては、何をあんなに執着していたのかよく分からない程だ。
どれだけ貴重で強力な能力だか何だか知らないが、徹底的に情報を秘匿されて研究所内に隔離するなど普通ではない。
大手を振ってとまでは行かないまでも、陽の下を歩けるだけ垣根は遥かに恵まれていると思っていた。

「じゃあ暫らくは引きこもり生活かー」

「近くのコンビニくらいまでは行ける」

「それも殆ど引きこもりだろ。大体それだってめちゃくちゃ監視付くじゃねえか」

「もォ慣れた」

「それはあんまり慣れない方が良いと思うぞ、異様な視線に無頓着になると奇襲に引っ掛かりやすく……ん?」

ふと、垣根が廊下の奥の方を振り返った。
一方通行もそちらの方に向き直ってみると、確かになんだか騒がしい。
……というか、その気配はどんどんこちらに近付いて来ていた。

「何だ? 侵入者?」

「まさか。ここ、どンだけ警備が厳重だと思ってンだ? それこそ超能力者級じゃねェと入れねェよ」
817 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:10:36.95 ID:Nq8nMLBno

「じゃ、内輪揉めか」

「そンなとこだろうな、くっだらね……」

言いかけて。
一方通行は不意に足にとんと軽い衝撃を感じた。

「?」

疑問に思って見下ろしてみれば、そこには青い毛布にくるまった小さい何かが引っ付いていた。
一方通行の足に。

「……なンだこの怪人チビ毛布」

「すげえネーミングセンスだなそれ」

「か、匿って欲しいの! ってミサカはミサカはお願いしてみたり!」

「……あァ?」

小さい毛布が喋った。
どうやら中には人間が入っているらしい、が。
どう見ても、小さい。
この研究所にいる最年少の人間は一方通行であるはずなのに、その毛布の塊は明らかに一〇歳児程度の大きさでしかなかった。
垣根は首を傾げながらも、毛布を見下ろしながらそれに声を掛けた。

「何? 迷子?」

「んー、似たようなものかも。とにかくここから出たいんだけど、ってミサカはミサカはミサカの目的を大暴露してみる」
818 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:11:17.46 ID:Nq8nMLBno

「出たいって……、ンなモンその辺の研究員に頼め。つゥか部外者立ち入り禁止だ」

「研究員さんに見つかったら捕まっちゃうんだってば、ってミサカはミサカは自らの複雑な立場を……」

「はァ? そりゃどォいう……」

「上位個体!!」

唐突に大きな声が聞こえてきて、途端に毛布は石みたいに凍り付いてしまった。
一方通行たちは声の聞こえてきた方向を振り返り……、驚いた。
そこには、他でもない一方通行がこれから二万回戦うはずの少女が立っていたのだ。

「上位個体、あなたという人は一体どれだけミサカたちの手を煩わせれば気が済むのですか、とミサカは上位個体を叱りつけます」

「うぐっ、な、何でよりにもよって10032号が……ってミサカはミサカは動揺を隠せなかったり……」

「……どういう展開だ? これ」

「知らン」

10032号と呼ばれた妹達は、毛布に向かってのっしのっしと歩いてくる。
それを見て恐れ慄いた毛布は一方通行の後ろに身を隠そうとしたが、その前に一方通行に毛布をふん捕まえられた。

「みぎゃー!? まさかの裏切り!? ってミサカはミサカは驚愕してみる!」

「いつ俺がオマエの仲間になったンだよ。つゥか何だこの毛布、この季節に暑っ苦しい」

「だ、だめー! これはミサカの旅の友(予定)なんだから……待って待ってほんとにほんとに駄目だってミサカはミサカはー!!」

毛布の抵抗も虚しく、その首根っこらしき場所を掴んだ一方通行はそのまま毛布を真上に持ち上げた。
819 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:11:50.50 ID:Nq8nMLBno

と。

呆気なく毛布を奪われた毛布の中身が露わになる。
……それというのが。

「……は?」

「え?」

「あー……、とミサカはやっちまったぜという雰囲気を醸し出します」

一糸纏わぬ姿の少女だった。
文字通り。
少女は暫らく硬直したのち、現実に立ち返って身体を少しでも隠すべく勢いよく蹲った。

「き、きゃああああああ!? ってミサカはミサカはミサカはミサカはああああ!」

しゃがむ勢いで茫然としている一方通行の手から毛布を奪い取り、少女は再び毛布をかぶり直す。
しかしショックから立ち直れないのか、毛布をかぶったまま彼女は動かなくなってしまった。微妙に震えている気もするが。

「……え? 何? その年で変態なの? 露出狂なの?」

「その発想はありませんでした、とミサカは少年の解釈に驚きを露わにします」

「いやだって……え?」

「近頃の親は子供に服も買ってやンねェのか」

「いやだから違います、とミサカは更にツッコミを入れます」

「あ、いたぞ!」
820 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:12:53.10 ID:Nq8nMLBno

そんなことをしている内に、廊下の奥からばたばたと何人もの研究員たちがやって来た。
彼らは一方通行たち……というよりも毛布の少女を取り囲むような陣形を取り始める。

「何の騒ぎだ?」

「お、お騒がせして申し訳ありません。妹達の制御装置が突如逃亡を図り……」

「制御装置?」

「そこの小さいののことです、とミサカは混乱している二人組に説明してやります」

言って妹達が指を指したのは、毛布の少女だ。
一方通行は眉を顰めながら研究員に尋ねる。

「制御装置ってことは、アンドロイドかなんかか。随分精密だな」

「いえ、クローンです。特殊な処理を施して他の妹達を統率できるようにしてあります」

「生きた制御装置ってことか? そりゃまた……」

そうは言うものの、垣根はあまり驚いた風ではない。
学園都市の最暗部で生きる彼にとっては、こうしたあまり人道的でない事柄は既に馴染んで久しいからだ。
そしてそれは、一方通行にとっても同じだろう。
いや、一方通行の方がそういうことをよく理解している筈だ。

「そ、そうですが」

「ふーん……」

「……み、ミサカはミサカは助けて欲しいの……」
821 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:13:25.56 ID:Nq8nMLBno

いつの間にか、毛布の少女は再び一方通行の後ろに隠れていた。
どうやら“制御装置”としての処遇は、彼女にとってあまり良いものではないらしい。

「……はァ」

一方通行は盛大に溜め息をつくと、少女と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
当然思いっ切り目が合ったが、少女は一方通行の恐ろしい赤い瞳を見ても驚いたり恐れたりせず、真っ直ぐに見つめてきた。

「おい、クソガキ」

「な、なあに、ってミサカはミサカは返事してみたり……」

「オマエ、どォして逃げてきた?」

「……培養器が嫌だから。あの中で、ずっと浮いてるだけなんてつまんない。ミサカも他の妹達みたいに歩いたり喋ったりしたいもん、ってミサカはミサカは頬を膨らませてみる」

「…………」

一方通行は不機嫌そうに眉根を寄せて、立ち上がる。
そしてその赤い瞳を向けられた研究員は、ぎくりとしたようだった。

「オイ」

「な、何でしょうか」

「こいつは常に培養器ン中にいねェと駄目なのか? そこの妹達は普通に出歩いてるが」

「……その、妹達の司令塔である最終信号は我々にとっても非常に重要なものですので、万が一にも逃亡したり誘拐される可能性を少しでも排除したいのです。
 何せ二万人の妹達を一度に操作することも可能ですから、悪用された際に甚大な被害が……」
822 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:14:51.00 ID:Nq8nMLBno

「だったら妹達の護衛でもなンでもつけりゃ良いじゃねェか。戦闘用に調整されてるし、数もありあまってンだろ」

「それは、その……」

研究員はまだ言いたいことがあるようだったが、一方通行の眼力に負けて何も言い出せないようだ。
しかし、このままではうやむやのまま少女が連れて行かれかねない。
どうしたものかと思っていると、唐突に研究員たちの後ろの方から女の声が聞こえてきた。

「良いじゃないの。そこまで言うんだったら彼にも責任を取って貰えば」

「は?」

言いながら研究員たちを分け入って進み出てきたのは、化粧っ気のない女研究員だった。
一方通行は今度はその女を睨みつけたが、女はまったく動じた様子が無い。

「どォいう意味だ」

「そのままの意味よ。あなたは最終信号……その子を自由に遊ばせてあげたいんでしょ?」

「あァ? そこまでは……」

「どっちにしろこのままじゃ納得いかないんだったら、あなたがその子の護衛をしてあげれば良いじゃない。第一位なんだから、実力は折り紙付きでしょ? ついでに第二位もいることだし」

「えっ俺も!?」

「でもまあお世話係までは流石に無理だろうから、そうね……10032号、最終信号のお世話係をお願いしても良い?」

「うっかり居合わせたばかりにとんでもない役目を押し付けられそうになってますがどうしましょう、とミサカは困惑します」
823 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:15:29.32 ID:Nq8nMLBno

10032号と呼ばれた妹達は渋い顔で一方通行を見ている。
一方通行はそれを無視すると、自分にしがみ付いている少女の方に目を向けた。
彼女は、縋るような目で彼を見つめている。

「……はァ」

わざとらしいくらいに盛大な溜め息をつき、一方通行は頭を掻く。
そして暫く考えてから、重々しく口を開いた。

「緊急時の護衛だけだからな」

「やった! ってミサカはミサカは大喜び!」

少女は青い毛布が捲れるのも気にせずに飛び上がって喜ぶ。
その向こうで妹達は非常に苦々しい顔をしていたが、観念したように遠い目で溜め息をついていた。
しかし、そこで漸く今までフリーズしていた研究員が声を上げた。

「そ、そんな勝手に……」

「良いじゃない、あの第一位が護衛してくれるんだったら培養器の中よりも遥かに安全だわ。培養器のある部屋に能力者が乗り込んできたら私たちじゃ対抗できないしね」

「うっ……」

その後も女研究員は適当に他の研究員を言い包めながら去って行ってしまった。
他の研究員たちも、彼女の言にも一理あると思ったのかこれからどうすべきか会議しに行くのか、ぞろぞろとその場を去って行く。
そうして後に残されたのは、一方通行たちと妹達だけだった。

それを見送った一方通行は小さく息を吐くと、ちょんちょんと肩をつつかれたので振り返る、と。
そこには非常にニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた垣根が立っていた。

「一方通行くんマジお人好し」

「垣根屋上」


824 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2011/12/08(木) 01:16:46.22 ID:Nq8nMLBno
投下終了。
次回投下は未定です。またお待たせしてしまうことになるとおもいます、申し訳ありません。
……正直に言わせてもらうと実は推敲していないので、変なところがあっても目を瞑って貰えると助かります。
では、また次回。
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(中部地方) [sage]:2011/12/08(木) 01:20:41.56 ID:3S+TL9j2o
きた!投下来た!これで勝つる!
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(千葉県) [sage]:2011/12/08(木) 02:16:34.78 ID:9hOI23h2o
おつおつ

こんな時期から妹達と接触あったんか
それじゃあ愛着も沸くよなあ…
827 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/08(木) 23:09:12.20 ID:ZhVqyOx90
おおお投下きてたー!
828 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/08(木) 23:17:25.51 ID:GbzfjqkOo

よかった…もう来ないかと思ってた
829 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/09(金) 00:22:22.05 ID:l0HODe0O0
追いついた
とりあえず乙
830 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/09(金) 15:23:21.59 ID:O1n09AC30
もう…もう…涙が…ああああああああああああああああああ
落としてあげられたよでもこのあと落とすんだろうわああああああん
畜生アレイスター許すまじ…


すいませんだいすきですでもハッピーエンドがいいですできれば…
831 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/10(土) 18:56:17.88 ID:T2qaRzXfo
新刊読んでふと来てみたら投下きてた!
頑張ってね
832 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/13(火) 00:41:35.71 ID:qs21/vMYo
833 :なやまた [なはりさきあち]:2011/12/17(土) 08:41:52.82 ID:p2uPeYDm0
らやまたなはさかあちまやわらはさ
834 :なやまた [なはりさきあち]:2011/12/17(土) 08:42:25.95 ID:p2uPeYDm0
らやまたなはさかあちまやわらはさ
835 :確かにこの頃から親交あれば愛着わくよな… <br> アクセラレータが可哀想に感じてきた [sage]:2011/12/18(日) 00:29:18.57 ID:ZjJFoGdAO
働き蜂
836 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 18:52:25.08 ID:IqBDTgy70
乙です!
837 :にゃぁ〜 :2011/12/27(火) 21:05:00.05 ID:hjnZGc3T0
おもしろいです。
がんばってください。
838 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2011/12/28(水) 01:19:14.63 ID:tOyFY5oAO
投下速度大分おちてるけど大丈夫かなぁ…
839 :SS速報でコミケ本が出るよ[BBS規制解除垢配布等々](本日土曜東R24b) [sage]:2012/01/01(日) 05:06:41.37 ID:u9rl4WjDO
年明け前から一気にここまで読んだ
投下ペース落ちてるみたいだが、のんびりでも是非とも完結させてくれ……
つらくて仕方ない
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県) [sage]:2012/01/06(金) 23:57:48.24 ID:fSM/qOKBo
そろそろきてー
841 :名無しNIPPER [sage]:2012/01/14(土) 15:58:27.44 ID:GzpbtvwAO
ほんとそろそろきて
待ってるよ
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2012/01/14(土) 16:19:30.57 ID:faukUWRq0
楽しみに待ってます
843 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) [sage]:2012/01/14(土) 23:23:30.88 ID:37nJhgq00
気長に待ってます
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/15(日) 00:33:43.73 ID:m1yJfE1w0
お前等はいい加減にしろ
黙って待て
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/01/24(火) 01:40:11.15 ID:WNKQuNQ10
やっと追いついたぁー
頑張れ1さん
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/01/24(火) 02:26:36.82 ID:+/Uu1CLh0
>>845
sageろそしてスレあがってるうううと期待して来たのに>>1じゃなかった俺に謝れ
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [hage]:2012/01/26(木) 23:38:49.89 ID:PkgZ/LO50
お前の期待なんて知らん
848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/01/27(金) 00:11:16.65 ID:v2TclRte0
これだからチベットは
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/06(月) 12:33:41.62 ID:UI+/hx6o0
生存報告欲しいな
もう2カ月たったのか……
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/06(月) 15:53:00.45 ID:c0sFIYvco
2ヶ月以上>>1がレスしないとスレ落ちするんだっけか

>>1生存報告してくれええええええ
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/02/09(木) 06:56:56.36 ID:1r6OURkm0
二ヶ月だと……
>>1 の更新楽しみにしてます頑張ってくださいっ
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/09(木) 07:44:54.35 ID:D9e1iIOEo
ローカルルール変わる前に立ったスレは3ヶ月だからまだセフセフ
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 14:00:03.47 ID:lJ+z+A5Wo
もう、こないんだよ
もう、だめなんだよ
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/10(金) 21:47:49.66 ID:bjhiN7eE0
失踪してしまわれたのか…?
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(四国) [sage]:2012/02/11(土) 17:10:12.94 ID:nr893MQAO
来ないかもしれないねー…。


最近ブクマして楽しみにしてたSSがどんどん減っていって悲しい。
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/02/12(日) 10:12:54.36 ID:3BlJ3aLEo
まだか
857 : [あ]:2012/02/12(日) 13:43:18.80 ID:bBETZXlj0
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2012/02/12(日) 23:52:13.95 ID:w+Us4/4Q0
失踪待ったなし!
859 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:48:40.24 ID:VVErNlmYo
長らくお待たせしてしまって誠に申し訳ありません。
生存報告とかすっかり忘れてました。ほんとすみません。

ともあれ、書き上がったので投下して行きますね。
相変わらず話が進んでませんが、ご容赦ください。
860 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:49:12.50 ID:VVErNlmYo

「ミサカは妹達の最終ロットとして製造されたの! 検体番号は20001号で、コードもまんま『打ち止め(ラストオーダー)』、ってミサカはミサカは自己紹介してみたり」

「へェー」

「このミサカはいわゆる妹達の司令塔的存在で、ミサカに特定の信号を入力して上位命令文に変換することによって
 全妹達に反抗不可能な絶対命令を下すことができるんだよ、ってミサカはミサカは説明してみる」

「ふーん」

「あ、でもイメージとしてはホストコンピュータよりもコンソールの方が近いかも。
 ミサカたちの脳波によって構成されているミサカネットワークに中心点っていうのは存在しなくて、
 ネットワークの中で特定の個体が『核』として存在することにはあんまり意味が無いの、ってミサカはミサカは講釈してみるんだけど……」

「そォなンだァ」

「…………」

「すげーなー」

「………………」

「それで?」

「……せっかくミサカが説明してあげてるのに全然聞いてないでしょ!? ってミサカはミサカは憤慨してみる! むっきー!!」

毛布の代わりに検査着を着せられた幼い少女、打ち止めは、両手をぶんぶんと振り回しながら怒りを露わにした。
が、机の対面に座っている一方通行と垣根は完全にスルーしている。
打ち止めの隣に座っている素体と同年齢程度の外見を持つクローンの少女も、器用に打ち止めの拳を回避しながら暢気に緑茶を啜っていた。
861 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:50:11.59 ID:VVErNlmYo

「ってもそんな専門的な話されても俺ら分かんねーもん」

「要するにアレだろ? 外見はチビだけど上司なンだろ?」

「大体あってるけど! 大体あってるけど! せっかく細かく解説してあげたのにそんなに短くまとめられると一抹の寂しさを感じるかも!
 ってミサカはミサカは自らの複雑な心情を吐露してみる!」

「で、そっちのでかい方は何なンだ?」

「ミサカはただのミサカです、とミサカは簡潔に自己紹介します」

「ただのミサカとか言われても分かンねェよ、オマエら二万人いるンだろォが。名前とかねェのか」

「いやー、二万人も居るからこそ逆に名前とか無理な相談なんじゃないのかなー、ってミサカはミサカは非常な現実を突き付けてみたり」

「でもオマエは名前あるじゃねェか」

「まあミサカは特別ですから、ってミサカはミサカは胸を張ってみる。そもそも下位個体は個性がないから別個の存在として考えることに意味はないし」

「個性? 無いのか?」

「ありません、とミサカは即答します。実験の為だけに作られたミサカには、個性や感情といった代物は不要ですから」

「その割には……」

一方通行と垣根の視線が下位個体と呼ばれた少女に集中する。
少女は表情こそ変えなかったものの、僅かに眉を動かしたような気がした。
862 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:50:32.65 ID:VVErNlmYo

「……何ですか、とミサカは物言いたげな二人に言葉を促します」

「んー……、いや、まあそうは言うけど意外と感情が見えるなあと」

「ミサカにはそのようなものは備えられていませんが、とミサカは首を傾げます」

「クローンっつっても人間は人間だからな。完全に無感情無個性って訳にはいかねェだろ」

「…………?」

尚、少女は眉を顰めて首を傾げている。

「まーそれは置いといて、何はともあれお前の呼称が必要だな。他の二万人とは違う名前が無いと流石に呼びにくい」

「名前ですか。その必要性を感じませんが、とミサカは切り捨てます」

「必要だろ。お前はチビの世話係で、こいつはチビの護衛係なんだから」

「…………………………そォいえばそォいうことになってたな」

「チビじゃないもん! 打ち止めだもん! ってミサカはミサカは必死に自己主張してみる!!」

先程まで大人しくしていた筈の打ち止めが再び暴れはじめた。
話が脱線に脱線を続けているので忘れかけていたが、そもそも打ち止めが自己紹介をしていたのはその為だったのだ。
これからそう短くない期間を付き合って行かなければならないのだから、まずお互いのことを知らなければならない。

「ったく、勢いに任せて余計なこと言うンじゃなかった……」

「その割には意外と満更でも無さそうだが」
863 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:51:00.86 ID:VVErNlmYo

「何か言ったか垣根くゥン?」

「いーえー何でも御座いませんよー」

「一番のとばっちりはこのミサカですがね、とミサカは溜め息をつきます」

「偶然その場にいたってだけで世話係を押し付けられたんだからね! ってミサカはミサカは下位個体の苦労を労ってみる!」

「というか下位個体、いつにもましてハイテンションですね、とミサカは早くも疲れてきました」

「そりゃーだってあの培養器生活から脱出できるんだからハイテンションにもなるってもんですよー、ってミサカはミサカはまだまだテンション上昇中!」

「これ以上上げてどォする」

「じゃねーよ、名前だよ名前。どうすんの?」

「一応識別番号は10032号ですが、とミサカは便宜上の名称を提示します」

「ホントに便宜上だね、ってミサカはミサカはもっと良い名称は無いものかと頭を悩ませてみたり〜」

「変な名前を付けられるよりかは数倍はマシです、とミサカは反論します」

「あー……、確かに」

「何故俺を見る」

「だってお前センス……」

「オマエだって人のこと言えンのか」
864 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:51:46.13 ID:VVErNlmYo

垣根の動きが停止する。
そして二人は数秒間互いに顔を見合わせると、同時に少女の方に向き直った。

「10032号で」

「俺らには名付け親なんて大役は果たせそうにないんで」

「了解しました、とミサカは頷きます」

「二人のセンスが気になるところだけどここは黙っておくのが賢い選択かも、ってミサカはミサカは口を噤んでみたり」

「賢明な判断だ」

一方通行がやけに真面目ぶった口調でそういうと、打ち止めはわざとらしく怖がって見せた。
そんな二人のやりとりを、垣根が意外そうに眺めている。

「打ち止めって意外と肝が据わってるよな」

「へ? 何で? ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

「ふっつー学園都市第一位っつったらもうちょっと恐れ戦くもんだぜ。こいつ見た目も怖いし」

「さらっと悪口挟みましたね、とミサカは気安すぎる第二位に呆れます」

「今更その程度気にしてらンねェけどな」

「んー、人の見た目で怖いとか怖くないってよく分からないかも。ミサカ、ちゃんと人の顔を見たのってあなたが初めてだったし。
 むしろそれくらい特徴があってくれると分かりやすくて助かるよー、ってミサカはミサカは素直に白状してみたり」

「あー、確かに分かりやすくはあるな」

「背が低くとも遠目でも一目で分かりますね、とミサカは白髪赤眼の有用性に感心します」

「……遠回しに馬鹿にしてねェか?」

「そんなことはありません、と言いつつミサカはさり気なく目を逸らします」

「お前も大した肝の据わりようだよ……」

言って、呆れたような瞳を向けてくる垣根と憮然とした一方通行を見て、ミサカ10032号は何だか不思議に心が揺れ動いた、気がした。
斯くして、奇妙な『最終信号護衛隊』は結成されたのであった。


865 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:52:12.07 ID:VVErNlmYo

―――――



……と、一息ついたのも束の間。
その三日後に、さっそく打ち止めが大騒ぎを始めた。

「外に行ってみたい! ってミサカはミサカは駄々を捏ねてみる!!」

そんな彼女の正面に立っているミサカ10032号は、ぐいぐい引っ張られるスカートを抑えながら小さく溜め息をついた。
下位個体である妹達ならいざ知らず、上位個体である打ち止めにはそのような調整はなされていない。
よって、打ち止めの要求はとてもではないが通る筈の無いものなのだ。

「あなたも理解しているでしょう。
 あなたはそのようなことができる身体ではありませんし、ミサカにそのような権限はありません、とミサカはばっさり切り捨てます」

「でもでもでも! 他のミサカたちは研修って言って外に出てるのにー! ミサカネットワークで色々流してくるのに!
 なんでミサカだけ外に出ちゃ駄目なのー! ってミサカはミサカは我儘を言ってみる!」

「そんなことをミサカに言われても困ります。研究員の方々に仰ってください、とミサカは突き放します」

「そんなの聞いてくれるわけないじゃん! ってミサカはミサカは既に実行して失敗した記憶を苦く思い返してみたり!」

「本当にやったんですか、流石の行動力ですね……とミサカは呆れを通り越して感心するしかありません」

「……何騒いでンだ?」

研究所の廊下のど真ん中で大騒ぎしている二人を見て、何処からか歩いて来た一方通行が不審者でも見るような視線を向けてきた。
すると一方通行に気付いた打ち止めが、期待に満ちた瞳を輝かせながら駆け寄ってくる。

「そうだ、あなたがいたら大丈夫だよ! 護衛だもん! ねっ10032号! ってミサカはミサカは一縷の希望に賭けてみる!」

「だからそもそもあなたにはそのような調整がされていないんですよ……、とミサカは諦めの悪い上位個体に辟易します」

「……何の話だ?」

「ミサカ外に出てみたいの! ってミサカはミサカは主張してみたり!」

打ち止めの言葉に、一方通行は眉を顰める。
そして彼女から僅かに目を逸らしながら、気まずそうに口を開いた。

「あァ……、そりゃ無理だ」

「なっ、何で? ってミサカはミサカはショックを受けつつも食い下がってみる」

「俺が外に出れねェからだ」
866 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:52:40.86 ID:VVErNlmYo

予想外の返答に、打ち止めはきょとんとした。
鉄面皮のミサカ10032号ですら、少し驚いたような顔をしている。

「あなたが? 出れないの? ってミサカはミサカは目を丸くしてみたり」

「あァ。なンでも機密保持の為だとか何とか」

「……機密保持、ですか、とミサカは繰り返します」

打ち止めに引っ張られてしわくちゃになったスカートの裾を整えながら、ミサカ10032号もこちらに歩いてくる。
一方通行は軽く頷くと、言葉を続けた。

「面倒臭ェことに、学園都市第一位ってのは学園都市の技術の結晶みてェなモンだからな。
 俺一人のデータをほンの少しでも持ち出されて解析されるだけで、学園都市にとっては大打撃なンだそォだ」

「でもあなたがそんな簡単に襲われたりなんかするようには見えないけど、ってミサカはミサカは素直な感想を述べてみる」

「そりゃァな、ンなことすりゃ即刻スクラップだ。ただ、どォも俺がその場に残した毛髪や皮膚片だけでもアウトらしい。基本マークされてるらしいしな」

「ふおお、第一位って苦労してるのね……、ってミサカはミサカは驚愕してみる」

「……ですが、毛髪や皮膚片程度ならあなたの能力でどうとでもなるのでは? とミサカは疑問を差し挟みます」

「そォだが、そこまで気ィ使ってまで外に出てェとも思わねェし、他にいくらでもデータを取る方法はあるからな。流石に全部は対策できねェ。
 それに、機密レベルの高い学区内なら割かし自由に行き来できる。……オマエが行きたいと思ってるよォな、人の多い学区には行けねェが」

「若いのに苦労してるのねー、ってミサカはミサカは年寄めいたことを言ってみたり」

「……とにかく、俺には無理だから外に行くなら護衛は垣根辺りに頼め。アイツは自由だから」

「…………、……?」

ふと違和感を感じて、疑問を口にしようとミサカ10032号が口を開きかける。
しかしその時、ちょうど背後から掛かった声に彼女の疑問は掻き消されてしまった。

「よーう、そんなとこでなにしてんの?」

「カキネ! ってミサカはミサカは期待のこもった目を向けてみたり!」

ぐりんとこちらを振り向くなりキラッキラした瞳を向けてくる打ち止めに、流石の垣根も嫌な予感を察したらしい。
即座に回れ右して逃亡を図ったが、一番近い位置にいた10032号にあっさり捕まってしまった。
867 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:53:11.27 ID:VVErNlmYo

「上位個体がいい加減五月蠅いので何とかしてください、とミサカは第二位に幼女の世話を押し付けます」

「外! 遊びに行きたい! ってミサカはミサカは再び主張してみる!」

「そ、外ぉ? そんな権限俺にねえって……」

「おーねーがーいー! ってミサカはミサカはー!」

体よく垣根に打ち止めを押し付けてきたミサカ10032号が、一仕事終えた顔で戻ってきた。
本人は無感情無個性を自称しているが、こうした感情の機微が伺えることから、やはり単に彼女たちが感情というものを理解していないだけのようだ。
一方通行はそんなことを適当に考えていたが、ふと先程の彼女の様子を思い出して口を開いた。

「そォいえばオマエ、さっき何か言い掛けてなかったか?」

「え? とミサカは先程の記憶を探ってみます」

「……その口癖面倒臭ェな」

「ミサカのアイデンティティです、とミサカは改める気が無いことを宣言します……というのは置いておきまして」

先程、確かに自分は何かを言い掛けていたような気がする。
が、垣根の登場と打ち止めの大騒ぎのお陰でそれが何なのかさっぱり分からなくなってしまったようだった。
彼女は傾げた首をまた反対方向に向け直すと、一方通行に向き直って眉根を寄せる。

「ミサカは何を言い掛けたのでしょう? とミサカは一方通行に問い掛けます」

「俺に訊くな」

「まあ忘れてしまったということは大したことのないことだったのでしょう、とミサカは結論付けます」

「それもそォか」

二人はそう考え直すと、再び垣根と打ち止めの大騒ぎに目を向ける。
騒がしいし鬱陶しいし面倒臭いが、こんな時間もそう悪くないものなのだということを、とミサカ10032号は初めて知った。


868 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:53:45.43 ID:VVErNlmYo

―――――



結論から言うと。
打ち止めの外出は、認められなかった。

垣根とミサカ10032号が同伴することを条件に、流石に見兼ねた一方通行が研究員と交渉してくれたりもしたが、それでも駄目だった。
ここまでやって駄目となると流石に打ち止めも諦めざるを得ないことを悟ったのか、現在では先程の大騒ぎが嘘のように意気消沈している。
これにはミサカ10032号も同情を禁じ得なかったが、第一位でも駄目だったことをただの一クローンである彼女がどうこうできる筈がない。
彼女はしょんぼりしている打ち止めを適当に慰めながら、あちこち交渉しまわってぐったりしている二人組を眺めていた。

「第一位と第二位の二人掛かりでも機密レベルの壁は高かった……」

「……しつこいようですが、上位個体は外部の環境に適応する為の調整が行われていませんからね、とミサカは繰り返します。
 外出を許可するということは即ちその為の調整を行わなければならないという訳ですが、あの研究員たちがそのような手間を割くとは思えません」

「……芳川あたりならなンとかなると思ったンだが」

「無理だろ、あいつにそんな権限ねえし。そもそも上位個体の大幅調整なんて一人で出来るようなもんじゃねえ」

「大きな機材を複数使いますから、こっそりやるのも難しいですしね、とミサカは冷静に分析します」

言いながら、ミサカ10032号はちらりと打ち止めに目を向ける。
打ち止めは机にべったりと上半身をつけて項垂れながら、ぼけっと壁を見つめていた。

「ミサカは……ミサカは……」

「あちらはあちらで重傷なようですしね、とミサカは頭が痛くなってきました」
869 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:54:17.91 ID:VVErNlmYo

「頑張れ世話係」

「護衛係もたまには働いてください、とミサカは不満を漏らします」

「まー研究所の中に引きこもってたんじゃ護衛っつってもやることないよな。基本安全だし」

「存外楽な仕事で助かってる」

「やることがないのでしたらミサカを手伝って下さい、とミサカは協力を要請します」

「つってもなァ」

一方通行も打ち止めを見やる。
打ち止めは机の上で上半身をごろごろと動かしながら拗ねていた。

「ガキの宥め方なンか知らねェぞ」

「ミサカだって知りません、とミサカは困り果てます」

「洗脳装置でそォいうのインストールされねェのかよ」

「実験に不要な知識ですので、とミサカは第一位の言葉を肯定します」

「詰まるところ、俺たちは誰一人としてガキ一人宥める方法も知らないってことだな」

三人はそれぞれ顔を見合わせると、はあっと盛大に溜め息をつく。
それが気になったのか、打ち止めが一瞬だけこちらに目をやったが、すぐに頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。


870 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/02/13(月) 20:55:24.29 ID:VVErNlmYo
中途半端ですが投下終了。
次回はここまで間が空かないようにしたいですが、あんまりあてにしないでください。
たぶん就活はここからが忙しいところだと思うので……

では、ここまでお付き合い下さってありがとうございました。
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/13(月) 21:05:37.45 ID:oCwG82EDO
乙、来てくれると信じてた!
相変わらず掛け合いがすごく良い

就活か……頑張ってください
スレ落ちない位に生存報告だけはお願い
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/13(月) 21:11:03.72 ID:I4pdq/uo0
よっしゃ続きキタコレ
完結させてくれりゃなんだっていいぜ
ただ確かに生存報告は欲しいな
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/02/13(月) 21:30:37.25 ID:9f1V2sgE0
就活ホントに大変ですよね。
がんばってください。
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/13(月) 21:35:21.33 ID:gj30POTf0
乙ですの

待ってたぜ!!
完結までがんばってください
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/13(月) 21:50:55.58 ID:sXkFTvuSO

来てくれた、ただそれだけで嬉しいです
876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/02/13(月) 23:43:27.38 ID:I5n2OoKJ0
乙!
週1くらいで一言生存報告してくれると嬉しい
それだけで俺たちは安心して>>1を待っていられるんだ…
877 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2012/02/27(月) 20:40:41.79 ID:0te+gZeQo
忘れないうちに生存報告です。
もう二週間経っちゃいましたが。時間が経つのは早いものですね……。
忙しくてSSは殆ど書けていません、申し訳ないです。
ですが何とか完結まで頑張りたいと思っているので気長に待っていただけると嬉しいです……
それでは、短いですがこれにて。
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/28(火) 02:26:40.38 ID:1l7YYapCo
前スレから一気読みしちまった
>>1
879 : ◆uQ8UYhhD6A [sage]:2012/03/16(金) 23:36:26.86 ID:NnsujoF6o
またしても間が空いてしまいましたがとりあえず生存報告。
日が経つのが早過ぎて怖いです。

それから、一気読みして下さった方はお疲れ様です。
このクソ長いのを読んで下さってありがとうございました。
では、失礼します。
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/19(月) 00:24:54.80 ID:MR0B+xhh0
生存報告乙
報告さえあれば待っていられる
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) [sage]:2012/03/20(火) 22:44:29.34 ID:T8Qfp4Fro
前スレから追いつきましたよっと
続き 楽しみにしてます
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(奈良県) [sage]:2012/03/24(土) 11:10:32.03 ID:jAg4N76s0
乙です!
やっと追いつけた…。

続き楽しみに待ってます
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/04/21(土) 12:29:33.31 ID:8N+/JVYR0
もう一か月か
884 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/04/24(火) 00:35:40.43 ID:JsxnDwzjo
またしても放置してしまって申し訳ありません!
面接ラッシュでした。落とされまくりました。挫けそうです。

ともあれ、そろそろ何も無いのも居た堪れないので本当に短くて申し訳ありませんが投下を。
いつもの三分の一くらいな上に暫らく書いていなかったので鈍っているかもしれませんが、どうぞ。
885 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/04/24(火) 00:36:15.97 ID:JsxnDwzjo

雨の降り続く、ある梅雨の夜。
その晩は一際雨脚が強く、うるさい雨音の所為でミサカ10032号がなかなか寝付くことができない程だった。
寝るタイミングを完全に逸してしまった彼女はがばりと布団から上体を起こすと、隣でぐっすりと寝入っている打ち止めを恨めしげに見つめる。

(このミサカが眠れずに苦しんでいるというのにこんなに気持ち良さそうに寝ているとは……、とミサカは上位個体に八つ当たりをします)

ミサカ10032号は打ち止めの傍まで寄ると、打ち止めのほっぺを突いたり抓ったりして遊び始める。
しかし打ち止めは本当に深い眠りに入ってしまっているのか、ちっとも目を覚ます気配が無かった。

(……目を覚ましたら覚ましたで五月蠅いので構いませんが、とミサカは自らの矛盾した行動を認めます)

一頻り打ち止めのほっぺで遊んで満足すると、彼女は再び立ち上がる。
すっかり眼が冴えてしまった。
このまま再び布団に入ったところで眠れはしないだろう。

(夜の散歩でもしてみましょう、とミサカは思い立ちました)

思い立ったが吉日、と言わんばかりに彼女は扉を開く。
真夜中であるにも関わらず昼間と変わらずに明るい廊下の光が目を刺したが、彼女は目を細めながらも外へと踏み出した。


886 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/04/24(火) 00:36:43.73 ID:JsxnDwzjo

―――――



(とは言え流石にこんな時間では誰もいませんね、とミサカは当然の結論を出します)

廊下に出て暫らくは目が眩んであまり周囲が見えていなかったが、暫らく歩いている内に目が慣れてきた。
しかし周りが見えるようになっても、歩いている人間など一人もいない。
廊下が明るいと言っても、こんな時間に起きているのは徹夜で研究室に籠っている研究者くらいのものだからだ。
ミサカ10032号には何の為に廊下の電気が付けっ放しになっているのか理解できなかったが、考えても無駄だと思いそんな疑問はすぐに忘れてしまった。

(この先の自販機で暖かいものでも飲めば少しは寝やすくなるでしょう、とミサカは就寝の算段を立てます……、?)

ポケットの中の小銭を確かめながら歩いていたミサカ10032号が、立ち止まる。
妙な音がしたからだ。

ずる、ずる、と。
何かを引き摺っているような、粘ついた液体が尾を引いているような、そんな音。
嫌な音だ、と彼女は思った。

(侵入者でしょうか、とミサカは推測を立てます)

ミサカ10032号は無論丸腰だが、相手がただの人間であるならそんなことはまるで問題にならない。
いや、強能力(レベル3)程度の能力者であったとしても彼女の前には手も足も出ないだろう。
超能力者の第一位、一方通行と戦闘を行う為に生産された軍用クローン。それが彼女たち妹達だからだ。

(この研究所のセキュリティは他の実験関連施設に比べて甘いですが、それでもセキュリティを破ったことには変わりない。
 警戒しておくのが賢明ですね、とミサカは慎重な行動を選択します)

ミサカ10032号は壁に背をぴったりとくっつけて、じりじりと廊下の三叉路へと近付いていく。
気取られないようにそろりそろりと身体を動かし、彼女はようやく廊下の向こう側を覗き見ることができた。
そこには。
887 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/04/24(火) 00:37:24.75 ID:JsxnDwzjo

(…………?)

ずるり、と音を立てて赤く染まった服の裾のようなものが、壁の向こうに消えて行った。
しかしその真っ赤な何かの中にかすかに残っていた白に、ミサカ10032号は見覚えがあるような気が、した。

(あれは……、)

「おい」

唐突に背後から掛けられた声に、ミサカ10032号は飛び上がりそうになるほど驚いた。
肩に置かれた手を咄嗟に払い除けて勢いよく振り返る。
と、そこには一方通行が立っていた。

「いてェ」

「も、申し訳ありません……、って『反射』はどうしたのですか、とミサカは疑問を差し挟みます」

「こォいうことがたまにあるから切ってンだよ。クソガキもタックルしてくるしな」

「それは……、お気遣いありがとうございますというか申し訳ありませんというか……、とミサカは言葉を選びます」

「別に、気にすンな。それよりオマエ、こンなとこで何してンだ?」

「あっ、とミサカは本来の目的を思い出します」

「もォその口調に突っ込まねェからな」

一方通行の言葉を無視して、ミサカ10032号は慌てて廊下の向こう側に駆け出した。
しかし、そこにはもう誰もいない。
ただ、先程『何か』が引き摺られていったと思われる床には、真っ赤な血が擦り付けられた痕がついていた。
888 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/04/24(火) 00:38:05.82 ID:JsxnDwzjo

「ミサカは最初、侵入者が現れたのだと考えました。ですがこれは、まさか……」

「あァ。垣根だな」

あまりにもあっさりと告げられた名前に、ミサカ10032号は一瞬茫然としてしまった。
だが彼女はすぐに我に帰ると、難しい顔をする。

「……怪我をしているのでしょうか、とミサカは推測します」

「いや、返り血だな。アイツはンなヘマ踏む真似しねェ」

「只ならぬ雰囲気のようでしたが、彼はああいうときはいつもこうなるのですか? とミサカは首を傾げます」

「あー……、まァ、怪我はしてないにしろ何かあったンだろォな」

それだけ言うと、一方通行はミサカ10032号の頭を軽く叩いて彼女の前を歩き始めた。
もしかして今のは頭を撫でられたのだろうか、とミサカ10032号は認識すると、前方を歩く一方通行に声を掛ける。

「今の彼はそっとしておいた方が良さそうでしたが、とミサカは判断を下します」

「良いンだよ、俺は。機嫌を損ねたところで天地が引っ繰り返ったって殺されやしねェよ」

「……そうですか、とミサカは取り敢えず納得しておきます」

それはつまり一歩間違えれば殺しに掛かられるくらいの状態であるということだが、ミサカ10032号は深くは追及しなかった。
一方通行は止めたって聞かないだろうし、その行動の動機も理解しようがなかったからだ。
洗脳装置で情報を強制入力され、研究所に軟禁されていると言っても過言ではない生活をしている彼女には、そうした機微を感じ取るだけの精神が発達していなかった。
意図的に、そうした成長をしないように調整されているのかもしれないが。

「それから、オマエは暫らく垣根に近付くなよ。他の研究員どもにも伝えておけ」

「何故ですか、とミサカは疑問を口にします」

「そこは気にすンな。触らぬ神に祟りなしって言うだろ、アレは天使だが」

「取り敢えず、了解しました。お気を付けて、とミサカは一方通行を見送ります」

「大きなお世話だ」

一方通行はそれだけ言うと、ミサカ10032号に背を向けて歩き出す。
ミサカ10032号は暫らくその背中を見つめていたが、研究員たちに一方通行の伝言を伝える、という任務を与えられたことを思い出してすぐに踵を返した。


889 : ◆uQ8UYhhD6A [saga]:2012/04/24(火) 00:39:25.24 ID:JsxnDwzjo
投下してみると本当に短かったですね……、逆に居た堪れなくなってしまいました。
申し訳ありませんが、本日の投下は以上です。
もはや見捨てられてしまっても仕方ないレベルですが、次回の投下も気長に待っていて下さると嬉しいです……。
それでは、これにて。
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/24(火) 01:28:12.26 ID:ig0iyUJe0
乙 次もよろしくです
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/24(火) 06:47:03.53 ID:eACWKaOKo
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/04/24(火) 21:35:48.97 ID:die3iJIbo
乙なノーネ
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage saga]:2012/04/24(火) 23:41:57.22 ID:GXWu66n80
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/15(火) 19:22:45.64 ID:E/D9OMGl0
俺はいつまででもまっているぜ
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/15(火) 19:27:45.64 ID:PTEd6GOeo
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/15(火) 22:45:33.97 ID:fgRXzsVo0
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/16(水) 19:57:47.19 ID:Nm374bCl0
898 :sage [sage]:2012/05/16(水) 20:05:41.05 ID:WM2RDOiy0
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/16(水) 20:35:35.38 ID:Et2SGU0bo
>>1
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/17(木) 08:12:40.13 ID:vS3JPAqy0
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/05/17(木) 08:20:00.26 ID:dcZgNB8E0
>>898>>900
あげんなksども!!
昨日今日と連続で(`・ω・´)wktk→(´・ω・`)ショボーンってなった俺の気持ちを考えてみろ(^言^)コンチクセウ
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/05/17(木) 08:25:47.06 ID:dcZgNB8E0
すまん>>898m(_ _)m
>>896>>897だった。半年romるわ。でもみんなマジでメ欄にsage入れてくれ頼むからorz
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/17(木) 09:07:20.50 ID:dCw86lKNo
これだからsage厨は
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/17(木) 12:40:33.71 ID:ZUkqqQj/o
あぁ
905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/17(日) 15:51:04.98 ID:fb3kiW0qo
>>902
くっせぇ

二ヶ月が目前ですね
906 :鹿児島 [sage]:2012/06/28(木) 17:58:01.02 ID:vD6bav9b0
せめて生存報告はしてほしいです……
907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/30(土) 17:54:43.49 ID:dRv+7bo90
これ積んだな
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/04(水) 17:16:12.21 ID:+KszAdA20
おいマジかよ
待つのは良いけど落とさんでくれ
909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 09:56:24.67 ID:SyzOt7yg0
さすがにもう続きは書かれないだろうな
欝エンドしか思い浮かばんが、どうなる予定だったのかねえ・・・
910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 19:18:05.03 ID:ax3Ma6Uu0
諦めるなよ!
信じるんだ!!
911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/07/22(日) 01:49:15.29 ID:76tPi53ao
ここまで期間が空くと絶望的か
912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/24(火) 16:04:03.83 ID:aEnOy3gj0
待ってるよー
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